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宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち #1〜10 〜戦争モノの本質とは!? 愛をも相対視する40年後のリメイク!

2018秋アニメ『GODZILLA 星を喰う者』 〜「終焉の必然」と「生への執着」を高次元を媒介に是々非々で天秤にかける!
2018秋アニメ『SSSS.GRIDMAN』 〜リアルというよりナチュラル! 脚本より演出主導の作品!
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2018秋アニメ『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち 第一章「嚆矢編」』 〜キナ臭い主張を期待したい(爆)
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宇宙戦艦ヤマト2202(ニーニーゼロニー) 愛の戦士たち #1〜10(第一章〜第三章) 〜戦争モノの本質とは!? 愛をも相対視する40年後のリメイク!


(文・T.SATO)
(18年12月2日脱稿)


 善良でリベラルな皆さまには大変に申し訳ございませんけど、こーいう巨大ロボットとか宇宙戦艦――怪獣怪人やヒーローでも可――が出てきてドンパチする作品は、いかに劇中で「戦争は悲惨だ」「平和は大切だ」「軍拡に反対だ」と唱えても、それは言い訳に過ぎなくて、メインディッシュは巨大な存在や物体それ自体への驚きや畏敬の念、そしてそれらが重厚に動き出したり歩を進めたり宙に浮かんだりといったことに対する感嘆の想い、もっと云えばそれらが複数・数十・数百と登場したり、同等・拮抗する敵の巨大物体も登場させ、カッコよくて迫力のある戦闘シーンを、そして一進一退の果てにたとえ一時はピンチになったとしても最終的には勝利を納めることで、カタルシス・爽快感を視聴者にもたらすことが主眼のジャンルであると思う。
 結局のところは、そーいう巨大物体の登場・始動・物量・戦闘・一進一退・勝利! といった一連の運動、その運動の永遠の連続体でできている。


 無限に広がる大宇宙で、重厚感のある地球艦隊が進撃、旧敵・ガミラス艦隊と対峙し、両者が90度向きを変えるやそれは連合艦隊で、その先には新敵・白色彗星ガトランティス帝国の大艦隊!
 緒戦は快勝。新敵の後衛に十字架状に聳えていた小惑星が前倒しになるや、岩塊が剥離して超巨大な大戦艦が現れて劣勢に。そこに旧敵はもちろん地球軍も下っ端は知らなかった最新戦艦アンドロメダが投入されて形勢は再度逆転! 満身創痍の大戦艦は地球に自爆特攻を試みて再度大ピンチ! ドッグに停泊中のヤマトが寸前で主砲を上空へ発射して撃破するシーソーバトル!


 あるいは、太陽系第11番惑星近辺に現れた、数万艘にもおよぶ新敵・ガトランティス先遣隊の宇宙戦艦群の偉容、それらがトグロを巻いて巨大コイル状磁場を発生させ超巨大レーザーを発射するスケール感&絶望感!――と同時に不謹慎だけれども、それらに感じるカッコよさ(笑)――


 ただまぁたしかに戦争モノは、思想的・情緒的には危険な面もあるし、正常な人間であれば正当防衛ではない無制限な力の行使には良心が痛んでくるモノだ――幼稚園〜学校〜職場やお笑い番組のイジメ芸を屈託なく楽しむ同級生たちを思い返すに、他人をキズつけても良心がさほどに痛まない加虐的な人間の方が実は人類の多数派かもしれんけど(汗)――。
 そこで、爽快感のあるカッコいい戦闘シーンを担保するためにも各種の合理的な言い訳や、言い訳できなければ逡巡をそのまま劇中キャラに代弁させ、設定的なツッカエ棒を無数に配置することでワク組を作リ、その中での許容される戦闘行為を追求せんとする。


 あるいは、戦争した国家・民族同士の完全なる和解は困難、軍拡への一部の疑念も当然と見れば、それをメインにせずとも脇役や風景の点描として挿入することで、物事の多面性や多層性も出していく。
 本作であればそれは、満場のアンドロメダ出航式で艦首前の巨大クス玉が割れる直前に小さく数秒写る、画面の外から投げつけられた生卵が船体に命中して割れる描写であり、前作『宇宙戦艦ヤマト2199』(12年)において旧敵が落とした膨大な遊星爆弾で家族や友人を喪った遺族がペンキで落書きしたのであろう「ガミ公、出ていけ!」を自走掃除機メカが消していく、シーンとシーンの短い繋ぎであったりする――各自のリテラシー(読解能力)にも依拠するので、作り手が込めた意図は過半の視聴者には伝わっていない気もするけれど(汗)――。


 本作の原典、映画『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(78年)封切当時はともかく、コレに「FINAL」のあとの「FOREVER」や「超電王」みたく(笑)、『ヤマト』の続編が製作されるや、40年前のまだ上限が十代の少年少女であったウブなアニメファンは、後年のマニアたちのように「商売とはそーいうモノ、続編やリメイクは当たり前」とは割り切れずに怒り狂い、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いで、当初は反発していた上の世代の左翼映画人による「特攻賛美」だの「ヤマト再出航は軍規違反」だのの批判を今度は口マネして(冷笑)、「バスに乗り遅れるな」とばかりに隆盛してきた『機動戦士ガンダム』(79年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19990801/p1)に鞍替え、鵜の目鷹の目で『ヤマト』の欠点を粗探ししたモノだ――筆者もその典型だったやもしれないが(後悔)――。


 往時の作り手たちは、単に無理解で官僚的・抑圧的な上層部に対するサヨク的な反権力のイミで現場のヤマト独断出航を描いたのやもしれない。しかし、先の大戦でも抑制的な大本営を無視して現地の関東軍が暴走したことで日中戦争はドロ沼化したワケであり、階級闘争的に常に上層部は悪であり現場が正義であるワケでもない。
 40年後のリメイク『2202』は、そこにも返歌でヤマト再出航は、軍のシビリアンコントール(文民統制)、現場が上層部を無視した二重の意味での悪事、すなわち反乱であり鎮圧すべき事項として、再出航に銃殺も厭わない特殊部隊を乱入させ、原典では主人公・古代青年vs土方(ひじかた)艦長であった対決を古代vs山南(やまなみ)艦長――原典の次々作『ヤマトよ永遠(とわ)に』(80年)でヤマト3代目艦長に昇進する御仁――に変えて、ヤマトvsアンドロメダ小惑星帯での正面衝突スレスレの対向スレ違いチキンレースとしても見せ場を作る――出航直後で波動エンジンが本調子ではないからビームが当たっても衝撃を和らげる波動防壁(バリア)が使えないとの言い訳で、『2199』では略された小惑星の岩塊でその身をまとうヤマトもココにて再現!―――。


 とはいえ、永遠の反乱者であり地球に追われる立場であっても本作の主題が散漫になるので、ナンと! 地球防衛軍の上層部を飛び越えて、星間伝説の女神・テレサの秘密を知りたいガミラス大使&地球連邦大統領とで玉虫色の政治決着! ヤマト反乱の嫌疑は突如晴れたことにする――その旨をヤマトに事務的に伝える藤堂司令の口の端がニヤッとするサマで、法的・職業人としてのオモテ向きはともかく道義面では彼がヤマトに同情的であったことも示唆する(笑)――。


 重ねて、軍人としてそれが軍規違反とわかってはいても再出航に踏み切る動機付けの補強として、女神・テレサによるヤマト乗員に絞った超指向性テレパスや、その際に乗員が目撃する亡き家族や恩人による後押し、近代的な軍隊以前に船乗りは救難者を必ず助ける古例を持ち出し、目的地・テレザート星への最短進路からはハズれていようが、敵手に落ちた第11番惑星に取り残された民間人&軍人の救出作戦決断へも紐付けしていく。
 一応はヒューマニズムの称揚でもあり、成功したから結果オーライではあるけど、絶対平和主義者の皆さんは外交交渉によらず特殊部隊に頼った犠牲を伴う強引な奪還行為を批判しなくちゃイケナイ(爆)。
 などと云う筆者自身は、ドイツ1国ならともかく独ソ不可侵条約後の2ヶ国が相手だと、かの国と相互扶助の同盟も結んでいたのにポーランドを見捨てた英仏みたいなモノで、世界平和と自国平和とを天秤にかけて自国が勝てるなら助けるし、自国領土に惨禍がおよぶなら苦渋を飲んで見捨てるやも……というヘタレた立場で、軍規うんぬんではなくパワー・ポリティクスの観点からヤマト再出航を全肯定はしないけど(汗)。そーいう煩瑣な諸々は別にするなら、せめて虚構作品の中だけでも「道義」が通って勝利もしてほしいという諸氏の願いもよくわかる。


 後出しじゃんけんリメイクの利点で、旧敵・ガミラスやその被征服民にイスカンダルや地球人らすべては、往年の『宇宙戦艦ヤマト完結編』(83年)を原典とする星間文明の始祖・超古代アクエリアス文明の末裔で、その中から覇権を目指す文明が出現した場合にそれを滅ぼすための安全装置でもあり、生殖機能を廃しクローンで代を重ねる戦闘に特化した生体爆弾でもある強化人間種族として新敵・ガトランティスを再定義――ロートル的には『マクロス』初作(82年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19990901/p1)の敵・ゼントラーディー人をも想起――。しかも、その本来の役目を逸脱した新敵・ズォーダー大帝の究極の目的も、すべての知性体から苦痛を取り除かんとする大いなる「愛」(慈悲?)であるとする!――映画の神様のイタズラか、同季公開のあのCGアニメ映画(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20181123/p1)ともネタがカブっているゾ(汗)――。


 やはり40年後のリメイク。愛がすべてを救うと考えるお花畑な人間は今や評論界隈には少ないと思うし、愛こそが好悪という差別や遠近をもたらし、愛する異性や子供を救うため、生き返らせるためには、同僚の命や国家や世界や自身の魂すら悪魔に売ってでも! ミーイズムや国家利権だけではなく、「愛」もまた争いや裏切りに戦火も産み出す逆説&背理までをも描いていく。
 3隻のうちの1隻だけを救ってやると悪魔・メフィストフェレスのごとく精神感応で主人公青年を試してくる大帝は、愛する女性が乗る1隻を指してくるとタカをくくったが、土俵自体をズラすことでゲーム不成立に持ち込む作劇は反則と取るべきかクレバーと取るべきか?――まぁ永遠に決着が付かない、双方に理がある二択だけれども――


 とはいえ、一般的な「愛」は私情として否定して、冷徹な思考ができると豪語するガトランティス軍人たちも、機械ではない有機生命体である以上は、自身や同族のクローンの息子たちや赤ん坊に向ける眼差しや笑顔に涙は「愛」そのものにしか見えないあたりで、敵種族側にも感動のドラマを構築していく――一方で武器の「修理」という概念がなかったり、ヤマトに敗北して武士の情けで助命してもらっても、恩に着るどころか侮辱と受け取って逆恨みしているあたりで、武士道や騎士道が通じず地球人とは解り合えない異質な異文化メンタルもカナリ強調――。
 てなワケで、劇場公開版でいうなら『第3章』までに相当する#10までの出来やテーマ的達成度は神懸かっているとすら私見する。なのだけど、劇中でアレだけ主人公青年が苦悩して、意見具申した土方艦長も第11番惑星に左遷されたのにナニだけど、たった3年での波動砲艦隊建造やそれを可能とする時間断層――前作ラストで持ち帰った「空間」にやどる極微の量子レベルで刻まれた永遠に残る記憶(波動?)を基に地球を再生したコスモリバースシステムの副産物による時間流の速度が異なる地下空間――のアドバンテージ喪失&乱用を恐れてヒタ隠しにする地球政府の決定に、心がウス汚れている筆者なぞはついつい賛同してしまうのであった(爆)。
――ウルトラ一族の科学者でもあるウルトラマンヒカリ(06年)が造った「命」を持ってきたウルトラ兄弟の長兄・ゾフィー兄さんが、宇宙恐竜ゼットンに敗れた初代ウルトラマンをその最終回(67年)で復活させたのはイイけれど、その「命」の技術の開示をめぐってバット星人連合艦隊がウルトラの星を攻めてきたために、帰ってきたウルトラマンは最終回(72年)で故郷に帰ったのだという、35年後の後付けウラ設定みたいな戦乱の再来を恐れるのだ(笑)――


(了)
(初出・オールジャンル同人誌『DEATH-VOLT』VOL.81(18年12月29日発行))


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(2018年12月8日(土)UP)


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SSSS.GRIDMAN 〜リアルというよりナチュラル! 脚本より演出主導の作品!


(文・T.SATO)
(18年11月25日脱稿)

「リアル」というより「ナチュラル」な『SSSS.GRIDMAN』


 イイ意味で云うけれど、個人的にはとてもよく出来ている学生制作による自主映画を観ているような感じだ。


 「ストーリー」や「ドラマ」や「セリフ」などの「話運び」の方で魅せるというよりも、それ以上に「映像」そのものの方で魅せている。そして、「映像」がもたらす「雰囲気」・「情緒」の方で、その作品世界の独特の「空気感」も作っている。
 加えて、映像のカット割りのタイミングがもたらす「間」とか「テンポ」や「リズム」のようなモノで、視聴者を乗せていき、それが「流れ」や「時間感覚」のようなモノも作って、それ自体がまた次のシーンへの「引き」・「興味関心の惹起」ともなっていくようなノリである。


 ギラギラとした気怠い真夏の青い空。そこにミンミンとカブるセミの鳴き声。夏休みなのか放課後なのか人影もまばらな、日なたと日かげの陰影も濃ゆい教室の中を、画面の下半分が埋まるくらいに、おそらく最後尾の座席の机の表面をナメて撮っているかのような映像――そこに「円谷プロダクション」のロゴマークも入って――。
 質の悪いザラザラしたコンクリで舗装されている校舎か体育館のウラ。そこに乱雑に並んでいるスニーカー。校舎の屋上から見下ろしているから小さく見えるとおぼしき校門。校門と校舎の間を部活動の準備のためか荷物を運ぶジャージや体操服を着用した生徒らの点々とした姿。
 さらに、それらの主観映像の主とおぼしき、校舎の屋上の手スリに両腕でもたれている、薄紫色のサラサラ髪のショートカットの美少女のアンニュイ(倦怠)な表情のアップ。
 次いで、超ロング(引き)映像になって小さく全身が写る彼女の後ろ姿に、閑散・荒涼とした屋上の床面がやはり画面下半分を占めるように写り、そこにメインタイトル「SSSS.GRIDMAN」の文字がタイトルロゴとは異なる細いゴシックな書体でそっと入ってくる……。


 「リアル」というよりも「ナチュラル」。巻頭以降も、コレ見よがしのリアリズムというより、自然さを心掛けたような描写&演出が施されていく。
 いや、自然さといっても、そこで起きている事象は「プチ・異変」の数々ではあり、いかにもこのテのジュブナイル作品のプレーンで少々オボコくてチョロい感じもする、性格良さげな赤髪の少年がふと目覚めるや、そこは特にオシャレでもない小さな古い喫茶店、兼自宅も兼ねるリビングだかのソファーの上だ。
 サバサバした感じの黒髪セミロングの同級生女子に「30分も寝入っていた」と云われ、その寝ぼけ眼(まなこ)に「顔を洗え」とも云われて洗面所で洗顔していると、自身に記憶がないことに気づく。
 同級生女子の特に心配している風でもない母君に「頭打ってるかもしれないから、病院に連れてってあげたら(大意)」と云われて、夕焼けの戸外に出たら、あたりは一面の重たい霧に低く覆われ、空には下から見上げたらそー見えるであろう、頭〜首〜胸部の一連がアーチ型に屈曲した、背中にはトゲトゲが生えている二足歩行の巨大怪獣の姿が巨大な雲海ともつかず遠方に身じろぎもせずに屹立している。
 しかも、赤髪の少年だけはそれに驚愕するけど、黒髪の少女はそれに少しも気付かない。


 古クサい言葉で云うなら、若造たちには「終わりなき日常」に思えるやもしれない単調な光景を――実際には有限のモラトリアム期間にすぎないけれども――、気怠くて退屈な「真夏」に象徴させている。
 しかして現実・リアル世界での充実感ではなく、現実の中での「非・現実感」(≒プチ異変)、ワタシがワタシでない感じ、ひいてはワタシが十全ではない感、我が人生ドラマにおける主人公ではなく、自身が他人や世界の命運ドラマの中における脇役・モブキャラでしかないような、ヤル瀬なさや寄る辺のない感じも本作序盤は醸し出している。
 それは現実生活ではなく、趣味の世界や非日常的な虚構作品に一時的に耽溺・没入することで擬似的な充足感を得たり、外の世界を知って外部への細長い道スジの光明が開かれたような錯覚もし、束の間の慰謝を得ていたころにも通じる、我々のような人種がかつて抱えていたあの感慨だ(笑)。


 対するに、翌日の学校生活における登校〜授業前〜昼食〜昼休みの喧噪風景には「非・現実感」はあまりナイ。ナチュラルな現実そのものだ。ベタベタとバック・ハグで密着しながら雑談している女生徒たち。教室内で少々の危険を承知でバレーのボールを弄んでいるのが、男子ならぬ女子の3名というあたりも今どきのリアルだが。お弁当を持参しなかった赤髪の主人公少年は隣の席に座る、冒頭の校舎の屋上では気怠げでも教室ではニコニコ笑顔をふりまく美少女にラップにピッチリ包まれた学食のアメリカンドッグ風の新品パンを恵んでもらうも、そのパンに女生徒たちのバレーボールが直撃し!
 日常の風物に闖入する一瞬の亀裂。皆が一瞬固まってしまった光景に、そこに入ってくる音質の悪い校内放送も含めて、「しまった」「マズい」「ヤバい」感をブーストさせていく。
 実のところ、本作はそんな「あるある」的な「日常」・「現実」の描写と、少々の「非・現実的」的なシーンの羅列だけで、基本は組成されている。


ナチュラル」ではなく「ケレン味」たっぷりなグリッドマンvs巨大怪獣!


 そして、本作の各話の毎回の後半は、お約束としてそんな「日常」の町々に突如として地震のような振動が襲ってきて、巨大怪獣が出現!
 それに対抗するため、なぜか同級生の黒髪セミロング女子の喫茶店に売り物(爆)として置いてあった、1980年代チックな年代モノのパソコンの画面から呼びかけてきた超人・グリッドマンと赤髪の少年主人公とが合体して、TVアニメ『超電動ロボ 鉄人28号FX』(92年)が出現!(笑)――ロリの反対語であるショタ・コン(正太郎コンプレックス)の語源ともなった少年探偵・金田正太郎の成れの果てがクタびれた親父となって、親子で新旧の鉄人28号2体を操縦する作品――
 もとい、その玩具金型を微改修して流用したのでカラーリングはともかくデザインは酷似していた、電脳世界で戦うTV特撮『電光超人グリッドマン』(93年)のそのまた四半世紀後のリメイクヒーローが意表外にも巨大ヒーローとなって出現!(入り組んだ出自だナ・汗)


 下から見上げたアングルで、電柱や電線越しに透かし見える怪獣やヒーローの巨大感をアピール。人間目線で前方だけ見ても、街角や路地の先の車両の数々や自転車越しに巨大怪獣やヒーローの足下のアップだけを見せることで、異形の存在たちの巨大感をアピールするような映像を、アングルも含めて実にスタイリッシュにセンスよく精妙に描いている。
 そこにナゼか、それまでの静的な演出とは実に対照的な、子供番組チックで勇ましいけれども爽やかでもある主題感が鳴り響くことで、スペクタクルでヒロイックなカッコよさ&戦闘の高揚感もいや増している。


 しかして、怪獣やヒーローの描写も、第1世代の特撮オタクたちが賞揚してきたような、1960年代以前のオールド特撮映画的なリアルさや重厚さや鈍重さだけが強調されているワケでもない。
 それが証拠に、#1の巨大怪獣こそ口から迫力ある火球や細長い火線を吐くので古典的な生物怪獣ではあるけれど、#2の白くて無機質な巨大怪獣は腹部からレーザーを発していて、『マジンガーZ』の機械獣にはじまる巨大ロボアニメの敵メカや『ウルトラマンエース』(共に72年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070430/p1)の敵怪獣「超獣」シリーズの類いのメカ獣やサイボーグ怪獣の発想だし、#3で登場した銀髪の小学生男子が変身した巨大怪獣がレギュラーでライバルのポジションに定着するあたりも、80〜90年代以降に常態化してきた特撮ジャンルの追加文法でもある。


 グリッドマンも電脳世界から現実世界にリアライズするときには、空中から出現して宙返りしながらその身をヒネりつつ降下して、巨大怪獣の首元に迫力のキックをかます
 コレは1970年代前半の『仮面ライダー』(71年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20140407/p1)初作を端緒とする等身大の変身ヒーローの社会的大ブームに影響されて、70年代以降の特撮巨大ヒーローも、その登場シーンでは宙高くジャンプして空中で前転したり、ヒネり回転も入れてそのまま降下してキックをキメたり、側転やバク転の連発も披露することで、巨大感&軽快感を両立させんと試みていたことの踏襲でもある。
――ウルトラシリーズでいうなら、『帰ってきたウルトラマン』(71年)中盤〜『ウルトラマンティガ』(96年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19961201/p1)。当時のマニア論壇の主流による第2期ウルトラ批判やそれに付随して第2期ウルトラのアクション演出も否定された影響もあってか、『ウルトラマンダイナ』(97年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19971215/p1)以降はコレが廃されたのだが、特撮評論同人界ではすでに80年代末期には始まっていた第2期ウルトラ再評価の論調の影響下にあった筆者としては、それは実に浅知恵な行為に思えて残念なことではあったけど――。


 ロートルな筆者個人の幼少時の記憶のヒダヒダを丹念に甦らせてみるに、昭和の仮面ライダーや第2期ウルトラマンたちのトランポリン・ジャンプや実景の青空を背景とした空中回転にワケもわからず高揚して夢にまで見たり、齢3歳にして自身も押し入れの下に布団を重ねて敷いてデングリ返ししながら落下してコレを再現したモノである(爆)。いま批評的な言葉でそれをレッテルするなら、それは身体を自由自在に動かすことで状況もリードできるような「身体性の快楽・拡張感・万能感」のことであったとわかる。
 我々も近代的・合理的な「人間」である以前に、非合理的な「動物」でもある以上は、個々人で濃淡はあれども老若男女でこのような「狩猟本能」・「アクションの快楽」とでも称すべき情動は良くも悪くも無くならないであろうから、そんなプリミティブ(原始的)な本能にも基づくアクション映画や娯楽活劇作品が滅びることもナイであろう――ゆえに怪獣との共生などもっての他!?――。その伝でも、グリッドマンウルトラマンが空中でその身をヒネって急降下の勢いで怪獣にキックをかますアクション演出にも大いに賛同するけれど(笑)。作り手たちの意図はともかく、それは結果的には特撮ジャンルにおける1960年代以前の古典古代の理念に立ち返っただけのモノでもナイ、1970年代以降の要素もブレンドされたものであったことは指摘しておきたい。
 そして、一進一退の攻防のあとに、必殺ワザで巨大怪獣にトドメを刺すグリッドマン! 爆発四散する巨大怪獣!!


「現実的な世界」での「非現実感」=オタク人種の「不全感」「不能感」


 ……ココでそのまま平穏なる日常生活の世界に戻ってしまったならば、純然たる子供向け作品としてはその方がOKでも、幼い子供たちが観るワケもない(笑)深夜アニメ作品としては少々物足りなくはなる。
 ゆえに、巨大ヒーローvs巨大怪獣というスペクタクルなバトルを本作最大の見せ場としつつも、それ以外の要素でも話数をまたいで次回へのヒキとするようなナゾを本作では散りばめる。少年が記憶喪失になっている理由に意味はあるのか? 記憶を失う前の彼には何かがあったのか?
 #1で巨大怪獣の火球が直撃して、校舎が崩壊! バレーボールを弄んでいた少女も閃光の中で蒸発・落命したハズであったが、翌日には校舎はかつてのように存在し、巨大怪獣出現の報も世間的には存在しなかったどころか、人々からもその記憶自体が消失していた。それはナゼなのか?
 それでは落命した同級生たちも蘇ったのかと思いきや、最初から存在しなかった、または数年も前に別の事件で死んだことになっていて(!)、落命した同級生たちのことは「グリッドマン同盟(笑)」となった赤髪主人公と眼鏡男子クンに先のセミロングの女子高生しか覚えていないという不可思議感。
 この状況下で彼らはどのようにサバイバルしつつ、この世界のナゾの根源に迫っていけるのか!? という、なかなかに思春期の少年少女たち――の中でも不全感(≒非現実感)に苛まれた中2病のケがある人種たち――を、あるいは彼らの成れの果てでもある我々大きなお友だちをもワクワクさせて、各話単位ではなく作品世界全体への話数もまたいだ持続的な興味・関心を惹起させる作りにも本作はたしかになっている。


『GRIDMAN』におけるアニメ的美少女の描き方の特異性!?


 もちろんフィクション・虚構作品である以上、いかにリアリズムやナチュラリズム(自然主義)を狙っても、ドコまで行ってもウソ八百ではある。
 しかし以下のことは、それぞれのジャンルの主眼とするところの違いなので、批判・否定ではナイことを重々強調しておくけど、あまたの美少女アニメに登場する美少女たちが、弱者男子にとっての都合がイイ、客体としての女子像であるのに比すると、本作における女子キャラ描写は、弱者男子から見た懐柔可能そうな記号的で様式美的な作った可愛さやツンデレやキャッキャウフフではない。
 女子側も男子を選り好みする主体性は持っていて、頼りない男子であれば下に見て値踏みしてきそうなイヤ〜ンなナマっぽさがある。それなりに魅惑的ではあるけれど、白いカーデガンのポッケに両手を終始突っ込んでいる、プチちょいワル的な方向にも振れている黒髪セミロング女子なんて、オタ向け萌えアニメであったらビミョーにアウト寄りではなかろうか?


 さらに、筆者のようなウス汚れた人間は、#1においてもこの少年&少女との関係は? 黒髪少女宅で寝入っていたということは、赤髪少年&黒髪少女は親しくて気安いイイ関係なのか? それとも、少年はこの少女に恋の告白でもして、その際の過度な緊張や返答いかんで、ショックのあまりに昏倒でもしていたのか? なぞと邪推もしてしまったが……。
 しかし、記憶喪失になった赤髪少年もその旨を質問したら、「同級生だけど、今日はじめて喋ったくらいの仲だよ(大意)」「記憶喪失のフリだったら最悪だかんね」とのたまわれてしまい、翌日も教室でこの少年が少女に挨拶したり多少話しかけたりでもしてみたら、廊下で少女に少々メーワクげに「距離感の遠近・間合いに気を付けて(大意)」なぞと、少々拒絶ぎみにあしらわれてしまう始末(爆)。
――まぁ記憶喪失になる直前、このふたりに何かがあって、それがこの世界の成り立ちの根源とも関わっている、今では滅びた懐かしの「セカイ系」な世界観である方がドラマチックではあるので、伏線である可能性も高いけど。……原典の世界とも通じているのであれば、劇中の「現実世界」自体も中二病の誰かが作ったハコ庭のよく出来た「電脳世界」である可能性も高いとも思われて(汗)――。


 そして、今どきの……というか、21世紀以降の若者たちの、ネット上の巨大掲示板2ちゃんねる」での00年代初頭出自の用語や言い回しの、もう出典がドコにあったのかも、より若い世代たちは気にすることもなく、すっかり日常会話の日本語としても定着してしまった、意思疎通のためというより戯れや時間つぶしに群れるためのツッコミやハシゴ外し的な言葉遊びの数々。
 加えて、「早(はや)」「遅(おそ)」「(むかしのパソコンって)怖(こわ)」「(なに、この男子2名とのグリッドマン同盟って)気持ちワルッ」「(知らないコの名を連呼してて)ヤバいんですけど〜〜〜」などの、良くも悪くもバブル期以降、女子たちのホンネや欲望も解放された果ての、あんまり優しくなくて相手をプチ侮辱する域にも達している女子らの言動の数々も(笑)――個人的には「ホンネ」や「自由」の過ぎたる賞揚は、人類が数千年をかけて構築してきた人間社会・人間関係面における礼節やデリカシー、たとえウソであっても人間同士は対等・平等だというフリをして互いに尊重するふるまい方の流儀をプチ毀損する行為だとも思うけど。脱線に過ぎるので本稿では端折りますが(汗)――。
 それらを、アニメではアリガチなオンマイク――指向性の高い、マイクを向けた方向の音だけをひろうマイク――によるクッキリとした音声ではなく、オフマイク――指向性の低い、周囲の音も広くひろい、音源も遠くに聴こえるマイク――的な抑えた録音(または加工音声)とすることで、音声演出面でもナチュラルさ・ドキュメンタリーっぽさ・よく出来た学生の自主映画っぽさ、といった本作独特の個性を補強もできている。


「脚本」主導ではなく、「映像」&「演出」主導の『GRIDMAN』!


 てなワケで、ストーリーやドラマやセリフなどの脚本主導ではなく、本作は映像や演出主導の作品ではあり、おそらくはその主導権は本作のカントクである雨宮哲(あめみや・あきら)の方にあって、脚本家の立場は失礼を承知で云えば、カントクの口述筆記のようなポジションで、絵コンテやアフレコの段階でもそーとーに改変されているのではなかろうか?(むろん憶測ですヨ・汗)
 本作は今時のジャンル作品としては非常に珍しく、通常はメイン脚本家が務める「シリーズ構成」という役職がないのも、その証左だと見る。おそらく、全話を通じたストーリー構成自体は雨宮自身が考案しており、それに沿ったかたちで脚本家はリライトや肉付けに整理の役回りを務めていると邪推する――まぁ『機動戦士ガンダム』(79年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19990801/p1)シリーズで有名な富野カントク作品も、脚本陣は詳細な「富野メモ」をリライトする立場であったし、『仮面ライダークウガ』(00年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20001111/p1)&『仮面ライダー響鬼(ヒビキ)』(05年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070106/p1)を担当した元・東映の高寺プロデューサー作品も後年脚本家が語ったところでは高寺Pの口述筆記の立場であったとのたまっているくらいだから、そのような制作体制も特にアニメの場合には実は多々あるのではないのかと――。
 本作の脚本家は、20数年前の平成ウルトラの一発目『ウルトラマンティガ』(96年)では本編美術チーフを務め、自身の脚本をプロデューサーに売り込むことで同作で脚本家デビューも果たし、早くも次作『ウルトラマンダイナ』(97年)ではメインライターを務めた長谷川圭一。正直、氏の作風の幅は少々狭いようにも感じていたけど、三条陸(さんじょう・りく)がメインライターを務めた『仮面ライダーW(ダブル)』(09年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100809/p1)や『仮面ライダーフォーゼ』(11年)でサブライターを務めたことで、かつては否定していたとおぼしき非リアルやギャグにコミカルも許容するようになって、その芸風も一皮ムケたようにも感じてはいる。しかし、本作『SSSS.グリッドマン』に対しては個人的には長谷川らしさ・長谷川の作家性のようなモノを感じない。


みんなのアイドル・新条アカネちゃんを中二病でも解析したい!(笑)


 さて、本作の真の主人公(爆)であり、劇中でも教室のマドンナらしくて、読者のみなさんもゾッコン(笑)の、本作冒頭でも真っ先に登場していた薄紫色のサラサラ髪のショートカットの美少女・新条アカネちゃん!
 #1ではニコニコ笑顔で愛想のいい、同性ウケも悪くなく、女生徒たちとも休み時間によろしく談笑もできる、フツーにコミュ力もある少女に見えたけど……。実は原典たる『電光超人グリッドマン』における悪役、黒縁メガネのオタク中学生・武史(タケシ)くんのポジション! 原典同様に悪のドラえもん(笑)の超常パワーを借りて、彫刻ナイフならぬすぐに刃が折れそうなカッターナイフ1本(!)だけで、汚部屋の自室で彫琢していた人形サイズの「ぼくのかんがえたさいきょうのかいじゅう」を現実世界に巨大怪獣としてリアライズさせていたことが#2にて判明する。
 彼女が不快に思った人間を、怪獣災害で抹殺できたことを知るや自室で、
 「よしっ! よしっ! 死んだーっ! きゃははははっ!!」
 と叫び狂う。廊下でぶつかった高校の担任教師が謝罪しないで去っていった些事にも、周囲でヒトが見ていないと知るや、無言のまま狂気の域にまで達した正義(?)の怒りを燃やしていることを示す、巨大ロボアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(95年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110827/p1)でも観たことがあるような、画面の中央が膨らみその逆に画面の周囲は後退して広角が狭い範囲に縮まって見える、玄関扉の覗き窓に多用される魚眼レンズがごとき映像で、瞬間湯沸かし器的に沸騰した怒気をハラんだ表情を伴って、彼女の顔のアップが写されるあたり、映像演出も含めて実にキョーレツである――『エヴァ』および本作の魚眼レンズ映像の元ネタは、ロートルオタならご存じ、第2期ウルトラシリーズの映像派の鬼才・真船禎(まふね・ただし)カントクが多用した魚眼レンズ演出へのオマージュでもあるだろう――。


 教室では同性や異性にアレだけ猫をカブれるだけのコミュ力もあって、ルックスにも恵まれているので侮られることもなく、チョロい男子であれば自身の可愛い仕草で操縦もできるであろうことを知っている彼女が、アレだけ心根を強者のゴーマンの方向性ではなく、その逆の弱者のルサンチマン(怨恨)の方向性でコジらせていることは、リアルに考えれば不自然ではあるけれど。
 かといって新条アカネのポジションに、ルックスには恵まれていない『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』(11年・13年に深夜アニメ化・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20150403/p1)の主人公女子高生・黒木智子ことモコッチや、『惡の華』(09年・13年に深夜アニメ化・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20151102/p1)のデブでブスの悪女中学生のようなキャラを代入してしまったら、今度はこの作品自体が重たくなりすぎて、救いや遊びの余地もなくなってくるのも事実だろう。原典の武史クンみたいな戯画化されたオタ男子を登場させても、それはそれで作品にイロケや華が欠けてくるし、ネット民たちもオタク男子への差別にも通じるゥ! と怒り狂って黙っちゃいなかろうし、そしてその見解も半分は正しいし。
 てなワケで、昭和のウルトラ怪獣にもくわしい、今の可愛いルックスの新条アカネちゃんで良かったと筆者も思います(笑)。


 まぁアカネちゃんの「(特撮作品の)本当の主役は(ヒーローではなく)怪獣」という発言は、往年の第1世代特撮オタクたちによる発言に起源を持つもので、本心からそー思っているのならば、別にそれでもイイけれど、「通」を気取って、怪獣とはよりマイナーで弱者で被害者でまつろわぬモノや反体制・反権力や不良性感度の象徴で……それらの知られざるレアを発見できるオレのセンスって最高! といった他のマニアとの差別化・優位化や自己アピール・虚栄心・また別の世界でのカースト向上に基づく発言であるのなら……。ムラムラと筆者も闘争心を刺激され、「ウソつくな! マウンティング合戦するな! そりゃ怪獣・怪人・悪役も魅力的ではあるけれど、平均的な幼児や庶民大衆の大多数は、比較考量すれば、怪獣よりヒーローの方が好きに決まってるだろ!!」と猛烈に論破をしたくなったりして――我ながら非実在の特オタ女子高生ごときを相手にオトナげない(汗)――。

追伸

 赤髪少年主人公のユウタと黒髪セミロング少女の六花(リッカ)。原典の往時の幻の続編企画に由来するネーミングだとのことだが、奇しくも大ヒット深夜アニメ『中二病でも恋がしたい!』(12年)の主人公&ヒロインの名前とも同じである(前者の漢字表記は違うけど)。小動物的な眼帯少女の六花を演じた「まれいたそ」ことアイドル声優内田真礼(うちだ・まあや)――特オタ的には顔出しでレギュラー出演した深夜特撮『非公認戦隊アキバレンジャー』(12年)の幸ウスそうな白衣の戦隊後見人、兼カフェ店長・葉加瀬博世(はかせ・ひろよ)――が本作のエンディング主題歌を歌唱しているのも、電脳世界を通じた因縁、悪のドラえもんによる因果律のハッキング改変に違いない!?(笑)


(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2018年晩秋号』(18年11月25日発行)〜『仮面特攻隊2019年号』(18年12月29日発行)所収『SSSS.GRIDMAN』合評1より抜粋)


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GODZILLA 星を喰う者 〜「終焉の必然」と「生への執着」を高次元を媒介に是々非々で天秤にかける!

(2018年12月8日(土)UP)


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GODZILLA 星を喰う者 〜「終焉の必然」と「生への執着」を高次元を媒介に是々非々で天秤にかける!

(18年11月9日(金)・封切)


(文・T.SATO)
(18年11月25日脱稿)

GODZILLA 星を喰う者』の意表外な着地点!


 映画『GODZILLAゴジラ) 星を喰う者』(18年)封切をもって、2万年後の生態系が激変した地球――というか天下の険である箱根――を舞台としたフルCGアニメ映画『GODZILLA』3部作もついに完結。


 今回のビジュアル的な目玉は、東宝怪獣のスター・三つ首の黄金竜である宇宙超怪獣キングギドラ
 昭和の「ゴジラ」シリーズにおいては、5000年前に太陽系第2惑星・金星の先進文明を滅ぼした、宇宙を周回する超怪獣であったと初登場時に説明されている。
 往年の1960年代の東宝怪獣映画では、のちの「ウルトラマン」シリーズや「仮面ライダー」シリーズのように、ヤラれた怪獣・怪人は爆発四散してしまうという文法がまだ誕生していなかったために(笑)、敗北や引き分けした怪獣たちは、海や宇宙へと逃げ帰っていった。
 昭和のキングギドラも宇宙へと去っていったという描写が功を奏して、以降も木星の第13番衛星・X星に住まうX星人や、アステロイドベルト(小惑星帯)に住まうキラアク星人、M宇宙ハンター星雲人、ガロガバラン星人などに使役され、1970年代前半の東宝怪獣映画やTV特撮の巨大ヒーロー『流星人間ゾーン』(73年)などに至る作品群にまる10年間、散発的に出演しつづけ、地球怪獣を複数体相手にしてもヒケを取らない超強敵の宇宙怪獣として、親玉宇宙人が滅ぼされてもキングギドラ自身は生き残って去っていくことと、その鮮烈なルックスとも併せて、世代人には非常に強い印象を放っている。


 平成になってからも、遺伝子操作をされた超生物や、日本を守る護国聖獣、あまたの星間文明を滅ぼしてきたギドラ属と呼ばれる宇宙怪獣種などなど、さまざまな新解釈でリメイクされつづけてきたキングギドラ
 本作では、別名「高次元怪獣」という新設定でリマジネーションされている。我々が住まう3次元世界・3次元宇宙ではなく、「高次元宇宙」に出自を持つ怪獣!
 なるほど! そう来たか! たしかに我々が住まうこの3次元世界とは「水平」「パラレル」の関係にある「平行宇宙」に由来する怪獣では、いかにこの「宇宙」の「外部」から飛来した存在であったとしても、原理的には我々とも対等・平等の存在にはなってしまう。
 しかし、この「宇宙」にとっては同じく「外部」の関係にあるとはいえ、我らの「宇宙」や一連の「平行宇宙」の「上部」というべき、「垂直」「バーチカル」な4次元・5次元・6次元以上の、我々の3次元世界に対して優位に立つ「超空間」「高次元」の世界や宇宙に出自を持つ、神にも近しい超越的な存在としてキングギドラを描くのであれば、コレぞまさしく地球怪獣2〜3体から10体を相手にまわして、一歩もヒケを取らなかった宇宙超怪獣キングギドラのもっとも現代的な解釈ではあり、ハイブロウなSF的リマジ版に昇格したともいえるだろう!


改変されたキングギドラに、高次元に出自を持つキャラたちを想起する!


 とはいえ、筆者のようなキモオタとしては、同じように4次元以上の高次の空間に住まう超存在が、我々が住まう3次元世界に干渉してくると聞くと、近年でもハイブロウなSF深夜アニメ『正解するカド KADO:The Right Answer』に登場したヒト型の超生命体や、往年の超ヒットアニメのリメイク『宇宙戦艦ヤマト2202(ニーニーゼロニー) 愛の戦士たち』(共に17年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20181208/p1)に登場した美女・テレサのリマジン設定も想起してしまう。


 前者においては、3次元世界はあくまでもタテ・ヨコ・高さという3乗(3次元)の広がりに基づいた集積回路&処理速度という物理的限界に知性体の脳ミソや計算機は束縛されているけど、「3次元世界」の37乗倍の広がり&処理速度を持つ世界から飛来したと超生命体が終盤で明かしたことから、彼らは3+37ということで「40次元」という超高位な高次元空間から飛来した存在であったと比定できる。
――古代ギリシャの哲学者・プラトンの「イデアの世界(理念・メタ・天上の世界)」=「本体」と「この世(物質の世界)」=「影絵」の関係に例えれば、超生命体の本体は40次元の空間にあって、『正解するカド』#1にて登場した不定形な生物は、40次元存在である40乗の広がりを持った超々立体の本体が3次元世界に単純化・平面化(3次元立体化)されて写った「影絵」であったといえる――


 後者においては、原典では「反物質」のヒト型生命体という設定で、しかして電荷が逆である「反物質」と「物質」が接触したら物理的に大爆発が生じるのに、テレザート惑星は「物質」組成であり、そこに住まう知的生物・テレサが「反物質」であるのは、当地では惑星の「物質」素材由来(多分)であったハズの原始生命が「反物質」であるテレサにどのようにして進化ができたんだよ! という、往時でも筆者のような可愛くない科学少年であれば(笑)、少々ツッコミどころはあった設定ではあった――その一点の瑕疵(かし)をもって、『2202』の原典『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(78年)を全否定しているワケではないので念のため。むしろ傑作だと思ってます――。


 『2202』では、さすがにこの設定のままではムリがあると思ってだろう。知的生命体の高次な精神活動は脳ミソ以外にも、3次元的には超々ミクロの世界に折り畳まれているようにも解釈できる「高次元」空間とも通じている、波とも粒ともつかない超々ミクロの「量子」レベルのゆらぎや共鳴などの振動現象にも依拠して「意識」や「知的活動」が発生しているという、真偽は定かならず証明もできそうにない最新トンデモ科学仮説におそらくは則ったのであろう。
 その「量子」レベルの真理を技術化し、精神の力を物理的な力に変換するテクノロジーで近隣星域を支配して、やがて肉体を捨てて全テレザート星人が合体した集合知の精神生命体となり「高次元世界」の上方へと上り詰め、「高次元」からは低次の「3次元世界」の「時間」すら可視化して認識もできるがために、我らが「3次元宇宙」の過去〜未来までをも見通せる超生命、劇中での文学的レトリックだと「この世」と「あの世」の狭間にいる超存在として定義され直すことで、筆者のようなウザすぎるマニアによるツッコミの隙を減らしている(笑)。
――ちなみに、アリ男ならぬアメコミ洋画『アントマン』(15年)&続編『アントマン&ワスプ』(18年)でも、ミクロ化できるスーパーヒーローの「ミクロ化」の部分をさらに推し進めて、それが超々ミクロな「量子」の域にまで達したことで、時間・空間・高次元の境界もあいまい・混在の極微な世界で四半世紀も前に行方不明になったヒロインの母親探しネタを一方に据えて、「量子」経由での精神活動への干渉という設定を用意することで、「夢でのお告げ」などの古典的な作劇を正当化している(笑)。今や「高次元」は「ナンでもあり」や「精神主義」をそれっぽく可能とするジャンル作品におけるマジックワード・万能兵器となったのだ――


高次元怪獣キングギドラvs3次元怪獣ゴジラとの非対称な異種格闘!


 で、『正解するカド』の高次元生命体や『2202』のテレサの域に達してしまった本作の我らがキングギドラ
 それは箱根上空の雲海に開いた、高次元空間に通じる3つの黒いワームホールから半ば無限(!)に伸びてくる、金色の竜の三つ首だけで描かれる。キングギドラの特徴的なボディーや両翼に2本のシッポや両脚は描かれない。
 そのギドラの三つ首がゴジラのボディーにカラみつき、そして噛み付きつづけるというかたちで怪獣バトルが描かれる。
 ややヒネったかたちのバトルだともいえるけど、前作『GODZILLA 決戦起動増殖都市』(18年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20180518/p1)の方が、初作『GODZILLA 怪獣惑星』(17年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20171122/p1)冒頭で早々に大破されたメカゴジラのリベンジか!? と思わせて、メカゴジラの組成物である自律型ナノメタルが2万年を経て周辺の鉱物や金属を取り込んで進化した、メカ怪獣の姿をしてはいない超巨大メカ要塞であったことで、やや物足りなさもあったのだが――まぁ作風的にも客層的にもベタに迫らず、ハイブロウでマニアックな方向でハズしてくるだろうと大方の観客も予想していただろうから、大きな不満はナイけれど――、本作ではそのへんの不満を少しだけ解消してくれている。


 とはいえ、それだけではどのへんが高次元の怪獣としての特性であるのかサッパリとなってしまうので(笑)、周囲のリアクションの方でギドラの特異な属性を描写する。
 人間や宇宙人などの知的生命体には視認が可能でも、センサーや計器などの機械にはまったく検知不能。どころか、ギドラの周囲の時間&空間はゆがんでいるらしく、ごくごく近い未来に起きる宇宙船内の区画の爆発や生存者ゼロの反応を、センサーや計器は先んじて検知して、それに管制室のオペレーターが驚愕するなどの描写を入れることで、知的・SF的なフック(引っかかり)としつつ、ギドラの超越的な属性&脅威も描写する。
 以上の前座を踏まえて、高次のギドラ側は低次のゴジラをカラめとって締め付けることができるのに、影絵のゴジラ側が理念のギドラ側に掴みかかろうとしてもスリ抜けてしまうという非対称な異種格闘技戦となる!


地球人・X星人・ブラックホール惑星人・インファント島民の4分法図式


 今回の高次元怪獣ギドラを召喚したのは、昭和のゴジラシリーズでもキングギドラを召喚していたX星人をモデルとした宇宙人種族エクシフたちであり、本作においては端的には金髪イケメン神官・メトフィエスの仕業(しわざ)であった。
 フルCGアニメ版『GODZILLA』シリーズには、4つの星間種族が登場している。


・我らが地球人。
・かつて怪獣キングギドラを召喚したX星人をモチーフとした宇宙人種族であるエクシフ。
・かつて怪獣メカゴジラを操ったブラックホール第3惑星人をモチーフとした宇宙人種族であるビルサルド。
・かつて怪獣モスラとともにあった南洋のインファント島民をモチーフとした我らが人類の2万年後の末裔・フツア族。


 子供・大衆向けではなく、ハイブロウなマニア向け作品ではあるので――まぁ『ラブライブ!』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160709/p1)やら『ガールズ&パンツァー』の劇場版と比すれば興行規模は小さくても、ほとんど単館公開のようなアート系邦画と比すれば、はるかに大きなマーケットを持っているあたり、オタクジャンルも成熟したものだとも思うけど――、ヒーローや一般的な娯楽活劇作品とは異なり、本作では単純な2元論の善vs悪という図式は採用されてはいない。上記に挙げたように4分法とでも称すべき思想図式が採用されている。


 しかも、その4分法の中でも、それぞれは記号的・類型的な描き分けがなされているワケでもない。
 たとえば、ブラックホール第3惑星人は、メカゴジラのごとき存在に通じる「メカ」や「科学」に「工学」を信奉するから、「体育会」系とは真逆の単調でステロタイプな「理系」! という性格付けはなされていない。
 ダブル・ミーニングで複数の成分がブレンドされて、「非人間」的な「合理主義」の行き着く先でもある「弱肉強食」「適者生存」「優生思想」を経て、非常にマッチョで熱血で武闘派でもある。つまりは、『工学部』+『体育系』。


 X星人も、ブラックホール惑星人とは対照的に「宗教」を信奉する種族であるから、「技術」とは縁遠い種族という陳腐凡庸な性格属性は付与されてはいない。彼らも宇宙に進出するほどに科学を進歩させた宇宙人種族である以上、「宗教」を信奉するとはいっても、それは地球のフツア族のアニミズム的な「原始宗教」ではない。「ゲマトリア演算」なる「数学的」な帰結に伴う「文明」や「生物種」に「星々」や「大宇宙」自体の「終焉の必然」に基づいた「高等宗教」なのである。ということで、『宗教』+『理系』(実験ではなく理論物理学の方)。


 よって、娯楽活劇作品やミステリ・推理ドラマのように、X星人が「ガハハハハッ!」と下品に哄笑しながら、悪魔の本性を見せるような作劇にはなっていない。だって、たしかに超・達観した神のごとき高次な地点に立てば、X星人の云うことが一番正しいのかもしれないのだもの。
 とはいえ、政治は「生きづらさ」という主観を救えない(笑)ばりに、その「終焉」を人工的に早めてしまうことで、この苦痛・四苦八苦に満ち満ちた「現実世界」に苦悩する知的生命体の宿痾も、各種星間文明の末期段階に至ったら解消させてあげよう! ギドラに供物(くもつ)として捧げよう! という深謀遠慮に至っては……。
 というあたりで、前回のメカゴジラティーvsゴジラとの攻防で敗北して以来、落胆していた主人公・ハルオ青年の物語が、対ゴジラから対X星人に変えて改めてはじまる……といった整理が、本作のドラマパートだったとはいえよう。


終焉待望の善悪二面性。生存待望の善悪二面性。両者を天秤にかけても…


 しかし、2元論ではなく4分法だか8分法の図式を採用した本作では、ハルオ青年の決意もたちまち足を引っ張られて相対化されてしまう。「戦う」「抗う」ということの善悪2面性。知的生命体が快適な生存圏――基本的人権や、健康で文化的な生活の保証――を目指して「戦う」「抗う」という行為自体が、文明を発展させるとともに、自然を収奪・破壊し、いずれは禁断の原子力兵器を発明させ、それが宇宙の各所の星間文明の末期に巨大怪獣を出現させることに究極的には通じていくことでもあるのなら? ハルオ青年の「戦い」もX星人の手のひらの内であり、ハルオ青年の不屈の英雄的なワルあがきもまた、それをも見越した「必然の悲哀」と見切って、それでも青年神官が彼を小バカにするでもなく真剣に愛している高次なネジくれた心理・愛情が見えてしまうのだ。
 ここにハルオ青年の「戦い」は暫定的なものとなり、ホンキになれない「戦い」、自己懐疑や文明懐疑を常にハラんだ「戦い」ともなっていく……。ハイブロウではあるけれど、ココまでヤってしまうと、敵の打倒に執着する動機付けや、敵を倒すことから来る勝利のカタルシス! といった方向には単純には行かなくなるので、娯楽活劇作品としては痛し痒しではある。しかし、とても高い思想的な境地を持つに至った作品であることを認めるにやぶさかではない。


 とはいえ、あまりにも達観しすぎてしまうと、現実世界での目前の卑小な悪事や不幸も、究極的には時とともに流れ去っていくものだから……と見過ごしてしまう陥穽・不徳にもハマりかねないのも一方の事実ではある。であるならば、神ならぬ凡人たる我々は、たとえ卑小な世界の出来事であっても、個々人ごとになんらかのスジや節、義理人情をまっとうして生きるべきなのかもしれない。


 ギドラ撃退後の原始に戻った地球で、ハルオ青年も自身の思想の有限性や危険性をわかりつつも、自分の生き方にスジを通すため、死んでいった同僚たちに顔向けできるように責任を取るイミでも、小説&TVドラマ&映画『永遠の0(ゼロ)』のモデルとされた幾人かの充分に欧米モダナイズされた特攻隊の上官たちのように、ゴジラに対して非合理的な自爆特攻を行なうことで、自身の人生にも責任&決着をつける!
 それは憎しみや戦闘意欲に満ち満ちた自身が存在することで、「憎しみ」という概念を当面は知らないフツア族たちに絶え間ない戦争や高技術文明への歴史を築かせないための行為でもあったろう……。
――チョット異なるし卑近な例えにもなるけど、特撮マニア的には、あとで恋敵とわかった相手(主人公)に教えてもらったキックボクシング技を、あえて使わずに試合に負けてみせることで、自身の生き方にスジを通すゲスト青年を描いてみせた『帰ってきたウルトラマン』(71年)#27「この一発で地獄へ行け!」なども想起してみたり――


 ……というところで、一旦の幕となり、エンドクレジット後に、英雄・ハルオ青年と中型飛行ロボ・ヴァルチャーを模したとおぼしき模型をフツア族が祭って楽しく祭事を行なっている光景で幕となる。そう、フツア族も恐らくは、数千年後に「ヒーロー」や「戦い」や「技術」や「快適な生活」の信奉の果てに高技術文明を発展させ、我らが人類やX星にブラックホール第3惑星とも同じ結末をたどる可能性を示唆しているのだ。やはり、大局では一番正しかったのはX星人の青年神官であったのだ(爆)。


 なお、本作におけるゴジラは、マニアによる40年もの間のゴジラ評論で散々に論じられてきた、核の脅威のメタファーだの、大自然の(突然変異としての)警鐘だの、破壊の権化だとのいった、今では陳腐化した論法の存在ではないモノとしても規定されている。
 ゴジラ原子力怪獣の出現は、星間文明の末期における知的生命体の所業の必然とされ、どころか人類(知的生命体)はゴジラを産み出すために文明を構築した触媒にすぎなかったのだ! という逆立ち・逆転した論法が案出されている――で、結局はゴジラも、最終的には「惑星」や「宇宙」の終焉に呑み込まれてしまうのだけれども――。
 ウ〜ム。80〜00年代の「ゴジラ論壇」というか「ゴジラ神学論争」みたいな時代に、このゴジラ観をブツけたら、神であるゴジラを相対化・冒涜するものとして、大反発が起こったのではあるまいか? まぁ今では世代的にみんな枯れてしまっているので、右耳から左耳へと通りすぎていくだけであろうけど(笑)。


 で、筆者個人も最後の方で、ハルオ青年の相対的には小さな大義も持ち上げてみせた。けれども、我ながらそれは本心なのであろうか? 自分の人生を主人公としては生きておらず、他人の人生やジャンル作品に社会情勢を手のひらの上に乗せて論評することで、現実生活ではミジメな自分を忘れて、神の視点に立った気になって悦に入り、精神のバランスをかろうじて取っているような我々評論オタクという人種は――勝手に一般化するなってか?――、やはり本作の主人公・ハルオ青年のような存在ではなく、はるかにX星人の青年神官に近しい存在であると思わざるをえないのだ。
 以(もっ)て瞑すべし。伏して拝むがいい、黄金の終焉を(笑)。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2018年晩秋号』(18年11月25日発行)〜『仮面特攻隊2019年号』(18年12月29日発行)所収『GODZILLA 星を喰う者』合評1より抜粋)


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仮面ライダービルド最終回・総括 〜三国志・火星・宇宙・平行宇宙へ拡大する離合集散・二重人格劇!


『仮面ライダービルド』戦争編・総括 〜北都が東都へ武力侵攻をドー観る!?
『仮面ライダー平成ジェネレーションズFINAL ビルド&エグゼイド withレジェンドライダー』 〜ヒーロー大集合映画の教科書がついに降臨か!?
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『仮面ライダー』シリーズ評 〜全記事見出し一覧


仮面ライダービルド』総括 〜三国志・火星・宇宙・平行宇宙へ拡大する離合集散・二重人格劇!

(文・T.SATO)
(18年10月28日脱稿)


 IQ600(?)の天才物理学者でもあるトッポい青年。その青年はナゾの組織に拉致され陰鬱な手術台の上で改造されたらしい……という『仮面ライダー』初作(71年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20140407/p1)の設定を想起させる、今どきの変身ヒーローものとしてはやや陰鬱な映像でスタートして、ナゾの組織・ファウストが繰り出すスマッシュ怪人との人知れずの暗闘を描く、非常にミクロな世界を舞台に開幕した平成仮面ライダーシリーズ第19弾『仮面ライダービルド』(17年)。
 赤い発光ガスを放出する超常的な万里の長城の出現により、3国に分断されてしまった日本という舞台設定は、当初は遠景にすぎなかったけれども、第2クールでは北朝鮮社会主義諸国を想起させる「北都」国の大軍が我らが「東都」国へ軍事進行! 首都にまで攻め込まれる「戦争」状況を描く。
 しかし、アメリカ的な新自由主義経済や帝国主義も想起させる「西都」国が、手薄となった「北都」国の首都に電撃進行してコレを陥落。今度は「西都」国が「東都」国を攻めてくる!
 その「西都」国でも政変が起き、シリーズ序盤から顔を見せ、3国ともウラでつながっていた『仮面ライダーストロンガー』(75年)の敵組織ブラックサタンの幹部タイタンもとい、往時タイタン役であった濱田晃が演じる巨大財閥・難波(なんば)重工の和装の杖をついた老会長が「西都」国の首相を暗殺! 超常の力で顔面を変えて成り代わる!
 すべては日本を3分割する万里の長城を突如出現させた、超常パワーを有する火星の超古代文明由来の「パンドラボックス」を奪取して軍事兵器に転用し、日本を統一してその勢いで世界に覇を競うためだ。


 中盤では戦争状態は継続するも、超古代の火星の気高き王妃の霊が黒髪ショートのメインヒロインに憑依している驚天動地の事態も発覚! 王妃はメインヒロインの両瞳を緑色に光らせて精神を一時的に乗っ取り、地球における火星文明崩壊の再来を警告する。と同時に本作におけるラスボス・エボルトは外宇宙に出自を持つことも明らかとなる。
 本作の2号ライダー・仮面ライダークローズに至っては、胎児の時分に肉体・DNAのレベルで外宇宙の生命体と融合、ラスボスと同根の存在であったことまでもが判明! 第1クールではメインヒロインの父であり、正義の味方たちの年長の後見人、昭和ライダーにおける「おやっさん」ポジションであった喫茶店の飄々としたマスターが、ライダーたちの特訓やパワーアップに協力していたのも、真の理由は2号ライダークローズの悪の本性を覚醒させることにもあったとする!


 物語のスケールも一挙に「宇宙」規模にまで拡大。ついにその正体を現し、本来の力も取り戻しつつあるラスボスは空間跳躍・ワープして、宇宙の彼方の太陽系外惑星へと仮面ライダーたちを拉致。そこの住民をブラックホールで惑星まるごと滅ぼす光景を見せつけもする! ラスボスは「東都」国の首都上空でもミニブラックホールを出現させ、人々は都市の瓦礫とともに阿鼻叫喚の悲鳴をあげながら宙に吹き上げられ、漆黒の闇へと吸い込まれていく!
 東映メタルヒーローレスキューポリスシリーズ第3作『特捜エクシードラフト』(92年)終盤では、神と悪魔の最終決戦・ハルマゲドンが描かれるも、その映像は埼玉県寄居のアリゾナ州(爆)で、赤いサンタクロースと黒いサンタクロースが細かいカット割りで3人ずつ「組み体操」バトルをしているビジュアルであったことを思うと(笑)、異星文明や「東都」でのカタストロフを視聴者にチャチな映像で幻滅させて作品外の現実=日常に引き戻すことなく、物語に没入させたままで危機感・絶望感・圧倒的強敵感も実現できるようになった、ここ四半世紀の特撮CGデジタル映像のエボル=進化には改めて隔世の感もいだく。


 終盤では、昨年末の正月映画で、世界観が異なる本作『仮面ライダービルド』世界と直前作『仮面ライダーエグゼイド』(16年)以前の第2期平成ライダーシリーズ(09年〜)の世界を連結させるために導入された「平行宇宙」=パラレル・ワールドの概念までをも投入。別の世界の「地球」をこの「地球」にブツけて、ここ20年ほどの時間も含めて「歴史改変」することで、無敵のラスボスを消滅させる秘策とする。
 コレは次作『仮面ライダージオウ』(18年)が、歴代平成ライダーシリーズ20作品を個々の独立した別世界ではなく、1本の歴史時間軸上にある同一世界(?)だとする設定にインスパイアされて着想されたアイデアで、出来れば『ジオウ』ともリンクさせられれば……との欲張った意図もあったのであろうか?


 ……そして、時間がいったん巻き戻った上でヤリ直しされたのか、オルタナティブ(代替可能)な別の歴史をたどった「新世界」のイマがココに出現! 人々は「旧世界」での3国分断&惨劇をもはや覚えてはいない。非業の死や野望の果ての死を遂げた人々も、ヒーローや怪人などが存在しない平和な社会で現実的な人生を送っている。仮面ライダービルドや仮面ライダークローズに変身する運命をたどらなかったふたりの青年も別の人生を生きていた。
 しかし、「旧世界」での激闘の記憶を持ち越した、いや「旧世界」からその肉体まるごと「新世界」にたどりつき、「歴史改変」をまぬがれ「時空の常識」からは逸脱して、「新世界」で別の人生を送っていた「自分」とも分岐・独立した「特異点」とでもいうべき青年が淋しくひとり。いや、にぎやかにふたり……。といったところで、物語は幕を閉じる。


――ご存じ「特異点」とは物理学の用語で、ブラックホールの内部など、通常の物理法則が通用しなくなる特異な地点を指す。『仮面ライダー電王』(07年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20080217/p1)の主人公がそう呼ばれたのが記憶に新しいが、ロートルオタであれば『超時空要塞マクロス』初作(82年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19990901/p1)の後番組にして、あまたの平行世界の地球が「超時空振動爆弾」の影響で混在してしまった世界を描くリアルロボアニメ『超時空世紀オーガス』(83年)のキーパーソンたる主人公青年も劇中でそう呼称されていたことを想起するであろう――


 ……本作『仮面ライダービルド』#1を視聴した時点で、だれがこのような二転三転の果てに世界観もエスカレーション、インフレーションしていくシリーズ構成を予想しえたであろうか!?
 当初の本作は、『仮面ライダー』初作第1クールのいわゆる「旧1号ライダー編」(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20140601/p1)や『仮面ライダーBLACK』(87年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20001015/p1)序盤のミクロでクールな「夜」の映像的雰囲気にも通じるモノがあるとする声も一部では仄聞したほどであったが、結局はそれとは真逆のマクロな方向で、昭和ライダーシリーズをも含む全『仮面ライダー』シリーズ史上最大の広大な時間的・空間的スケールを誇る作品世界に着地した。


「戦争編」再総括 〜政変劇&個人の懊悩劇。強者に抗う弱者の力も暴走する逆説!


 一方で、第2クール中盤〜第3クール序盤のいわゆる『ビルド』「戦争編」(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20180513/p1)では、大状況の主導権は各国の政治家たちに握られ、「北都」国の女性首相や「西都」国の壮年首相に「難波重工」の老会長らが繰り出す老獪な権謀術数や奇策に奇襲や外交的な角逐で、戦争の趨勢やストーリーの行く先が決まり、仮面ライダーたちはそれに翻弄されるしかなく、そのことに悩みまくる存在としても描かれた。
 コレらのあまりに高踏な描写の子供向けヒーロー番組としての是非はともかく、ある意味ではコレはリアルな現実そのもののメタファーでもある。トオのたったマニア視聴者は「そうそう、世の中って、あるいは一個人の営為なんて、そんな程度、1億分の1だよネ。世界や社会はたしかにそーなっているよネ!」的な滋味や寓話的リアリティ、ニガい共感もさせてくれる、悪をやっつける明朗なカタルシスとはまた異なる「重たいカタルシス」を味合わせてもくれた。


 昨年末の正月映画『仮面ライダー平成ジェネレーションズFINAL ビルド&エグゼイド withレジェンドライダー』(17年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20171229/p1)においては、仮面ライダービルドこと桐生戦兎(きりゅう・せんと)クンをはじめ、第2期平成ライダー各作の主人公(1号ライダー)たち、仮面ライダーエグゼイド(16年)・仮面ライダーゴースト(15年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160222/p1)・仮面ライダー鎧武(ガイム)(13年)・仮面ライダーフォーゼ(11年)・仮面ライダーオーズ(10年)の変身前の中のヒトらが、底抜けの善人ぶり・熱血ぶり・博愛ぶりで巨悪に立ち向かう熱い姿も描かれた。
 そして地球崩壊の危機が迫っていて、巨悪を倒すという大目的もあるのに、目的地に向かう通りすがりに危難に遭っている弱者を見かける度、天秤の秤で大小を計らずに迷うことなく彼らに手を差し伸べていく姿の連発が、美談としても叙述されていく。
 『ビルド』世界の2号ライダー・仮面ライダークローズこと博愛精神や公共心には少々欠けるキライのあるプチ・ヤンキーの万丈龍我(ばんじょう・りゅうが)クンは、その光景に「見返りもないのにナゼにそこまで……」と疑問を浮上させつつも、彼らに大いに感化されていく姿をドラマ面での1本のタテ糸としていた。
――「大の虫を生かすために小の虫は犠牲にする」ではないけれど、大災害や大事故の場合には救える命を優先し、軽傷者や救命が困難な重篤者への治療は優先順位を下げ、マンパワーをその分、救命可能な重傷者に回すことで結果的に救える人間の数をもっと増やせるという、ある意味では命の選別・優生思想であり「平等」の理念に反するやもしれない「トリアージ」の概念が先進各国で勃興し、日本においても10年前の08年の秋葉原通り魔事件(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20080617/p1)の現場でそのような救命処置がなされてからも久しい昨今、先輩ライダーたちのその態度もホントウに正しいのか? というイジワルなツッコミも可能ではあるけれど(汗)。「99匹の子羊」の生命を救うべき「政治」として正しいかはともかく、子供や大衆たちに観せる「1匹の子羊」の生命・心をも救わんとする「説話」「文学」としては、このような博愛精神の称揚は十全ではなくともまぁ正しいとは思う――


 しかし、この「戦争編」では、仮面ライダーの超人的な力をもってしても、広大な戦場のすべての人々を救うことなどできはせず、通りすがりに見かけた弱者を助けるのがせいぜいであるとする「無力感」の象徴として、その意味合いを反転させて描かれる(爆)。
 この事態に、スマッシュ怪人と戦いながら「東都」国の諜報機関とも一戦を構えていた彼は、当初は「北都」と「東都」の「戦争」に軍事兵器として加担させられることは拒む。しかし、「東都」首都の惨状や傷つき落命していく犠牲者を前にして仕方なく、緊急救命行為として「東都」側と連動してこの戦争に加担していくことになる。
 そしてこの加担行為には、記憶喪失の身である自分の前身が、実はライダーや怪人自体を生み出した「悪魔の科学者」であり、この戦争の発端にも関わったかもしれない不安、アイデンティティ・クライシスと、それでも科学が大スキであり科学的真理と科学がもたらす希望を信じたい、科学の成果であるハズの「ライダーシステム」の「正義」もついでに証明したいという、純真&邪心&自己逃避とが入り交じったような情動&動機にも基づいていた。


 多くの人々や弱者を守るためには、たしかに逆説的に自身が強くなる必要はある。しかしその力を制御できずに発揮してしまったり、力の発揮の万能感に陶酔して自己懐疑や自己点検を怠ってしまえば、無関係な周囲にも意図せざる甚大な被害を惹起してしまう恐れもある。コレは大は戦争にかぎらず、文明の利器、どころか個々人の腕力やナイフに包丁、小は口舌や我々キモオタ同人のペンや文筆(汗)に至るまで、太古から普遍的に万物を串刺しにして遍在するアポリア――相反する真逆の2つの答えが同時に得られてしまう難問――ではある。
 本作においても、ワリとベタに可視的に、禁断のアイテム・ハザードトリガーを変身ベルトに追加挿入することで、全身が黒色に変化しただけ……といったあたりがシンボリックな意味でもミエミエ(笑)な仮面ライダービルド・ハザードフォームに強化変身。
 この形態に長時間、変身していると自我を失い、狂戦士(パーサーカー)と化してしまう危険性が指摘され、数度目の使用後には実際に、「北都」の仮面ライダーにして本作における3号こと金色のライダー・仮面ライダーグリスの子分の3バカ不良たちが変身する強化スマッシュ怪人のひとりを必殺ワザ・ライダーキックで蹴り殺してしまうことで、戦地での軍事行動とはいえ、その正体はひとりの人間である存在を殺めてしまったことに主人公は恐怖して、人格崩壊の危機に陥らせてしまう作劇を行なった。


 正直、筆者個人としては本作「戦争編」こそが、


・マクロなポリティカル・フィクション(政治劇)
・ミクロな個人の懊悩ドラマ
・それらの中間レイヤー(層)での、「東都」首相の実子にして、諜報機関ファウストの長としての独断で、首相も知らない不要な汚れ仕事もするダンディなヒゲ面の壮年所長・氷室幻徳の野望&政治的没落、首相による解任と「西都」への亡命劇


 なども含めて一番見応えはあった。


 しかし、あくまで過剰な会話劇ではなく細かいカット割りや場面割りにアクションが中心であったとしても、小学校中学年以上であればともかく、絵的にハデでヒーローにも変身する若者たちではなく、地味なオッサン・オバサンらによる絵柄的には変化に乏しい「戦争編」の怒濤の展開は、幼児や小学校低学年が観たらドーであったろうか? 今思えば、あまり面白くはなかったであろうかと危惧はする(笑)。
――3号ライダー・グリスが出現、2号ライダー・クローズが強化形態クローズチャージに変身、「戦争編」終盤ではCGで上空へウサギのようにピョンピョン跳ねつつパーツを徐々に装着していくハデな変身シーンの赤い強化形態ビルド・ラビットラビットフォームや青い強化形態ビルド・タンクタンクフォームが登場するなど、子供ウケしそうなキャッチーなイベントや映像も節目節目にあったとはいえ――。
 それに、このようなハイブロウな描写も、仮にスレたマニアだけがお客さまであったとしても、せいぜい1クールが限度であって、それ以上は反復となりアキてきて、「ニガみもあるカタルシス」も含めて爽快感が欠如していく可能性は高い。


 そのあたりの危険性に先回りをして網も張ったのか、「北都」国vs「東都」国の勝敗は、そして「西都」国vs「東都」国の決着も、各国の仮面ライダーや疑似ライダーたちが代表選手としてリングで決着をつける協定が政治的に合意されたことにして、子供向けヒーロー番組における「仮面ライダー」という存在に、改めて劇中内における特権性・超越性を付与していく(そこだけは非リアルではあるけれど・笑)。
――まぁこのへんも、勝敗を無視して軍事侵攻が継続されたり、そも密室バトルとされることで勝敗がネジ曲げられて世間に伝えられ、ヒーローの強さやその強化形態の初登場回としては特撮&アクションのカタルシスが全開になっていたとしても、ドラマ・テーマ的にはビターな一筋縄ではいかないダブル・ミーニングの技巧的作劇が連発されたけど――


最終「エボルト編」総括 〜火星・宇宙・平行宇宙。7大ライダーの離合集散!


 『ビルド』のシリーズ後半戦では、国家vs国家の戦争状況だけではなく、改めてレギュラーの登場人物たち、主に複数いるあまたの仮面ライダーへの変身者たちの活躍にもフィーチャー。
 強化変身の果てに戦争の戦局すら左右する、戦術レベルから戦略レベル、あるいは政略レベルにまで達した仮面ライダーたちや、その亜種の疑似ライダーとでもいうべきスマートなダークヒーローたちが、「パンドラボックス」の争奪をめぐって、拳や蹴りを交えつつする会話や討論(笑)で、彼ら自身の背負った出自・動機・美学・哲学・テーマをブツけあう作劇に帰着する。


・「東都」の仮面ライダービルド&仮面ライダークローズ!
・「北都」の仮面ライダーグリスは亡国の民となり、遺恨は残しながらも、仕方なくビルド&クローズと共闘!
・「東都」から亡命したヒゲ面の貴公子が、「西都」でまさかの再起を果たして、故郷に復讐を誓う仮面ライダーローグに昇格!


 本作には序盤から、仮面ライダーもどきのスマートなダークヒーローとして、黒いコウモリ男型のナイトローグと、赤いコブラ男型のブラッドスタークも登場していた。


・前者はファウスト所長から亡命貴公子に没落の果て、前述した4号ライダーこと仮面ライダーローグに転生!
・後者もライダーの最強の敵は悪のライダー! あるいは技術的オリジンは実はコチラ! というパターンで、その正体は地球外生命体であったエボルトが仮面ライダーエボルへと変身!


・さらには、もうひとりの仮面ライダービルドも出現! その正体は、我らが主人公・桐生戦兎クンの前身、葛城巧(かつらぎ・たくみ)青年の死んだハズの実父の科学者! 本来、実父が装着するために製造された変身スーツだから、マッチングも抜群でむしろ強いのだと設定する。
――シリーズ後半では登場しなくなっていた、左右半身が赤と青のビルド基本形態・ラビットタンクフォーム等々の姿を取ることで、強化形態の姿で終始登場するようになっていた現役ビルドとの描き分けもバッチリ!――


・4号ライダーこと仮面ライダーローグのマイナーチェンジ(着ぐるみ微改修版)である仮面ライダーマッドローグまでもが登場! やや取って付けた感があるけれど、ラスボスライダー・エボルと同型の赤い変身ベルトを用いて変身することで(!)、その番外ヒーロー的な存在感の弱さはカバーする。
 変身者は「東都」ではヒゲの貴公子・幻徳のクールな秘書であり、シリーズ前半では人身御供として幻徳に狙撃され、高い橋から落下して退場するも、その正体は難波重工に忠誠を誓うスパイでもあった眼鏡の青年・内海のリベンジ!


 『ビルド』後半は、都合7人のカラフルな仮面ライダーたちが順列組合せマッチメイクで激突、かつ目まぐるしく離合集散・叛服常無しで動く、個々人のブラウン運動の意外性の連発もねらった方向性に作劇の舵を切る。
 云うなれば、紀元後の「三国志」を紀元前の「春秋五覇」や「戦国七雄」に変えただけで、作品構造的には実は「戦争編」と大差ナイともいえるけど、抗争の主体を国家法人からカラフルな変身ヒーローに変えるだけでも、子供たちには共闘・離反・鞍替え・再共闘などのシャッフル群像劇が随分とパターン認識しやすくなったのではあるまいか?(笑)


・寝食をともにすることで和解していく3号ライダーグリスと、1号ライダービルド&2号ライダークローズ。
・4号ライダーローグvs3人のライダー。
・3号ライダーグリスを離反させるため、彼の故郷の「北都」の人々を人質に取る「西都」、ひいては「難波重工」の悪辣さ。
・その卑劣な手段にいくらなんでもついていけず、「西都」を裏切り、人質を解放してしまう4号ライダーローグ。
・父である「東都」首相の目前での死により、本格的に改心した貴公子ローグ
・貴公子ローグと3人のライダーとのギクシャクした関係。
・実は世間知らずで生活力もなかった貴公子ローグを、その奇矯な言動&各話で異なる格言(?)が書かれたTシャツを内心の声代わりに指さす代弁で、ギャップ笑いのキャラにジョブチェンジ!――ローグ変身時に鳴り響くスリラー映画のごとき「女性の悲鳴」の音響効果も、ボケに対するツッコミに意味合いを変えて多用される(笑)――
・そのコント劇の果てに、ヒゲ(ローグ)とジャガイモ(グリス)が、そして正義側レギュラーたちとも和解。
・DNA的にはラスボスと半分同根であると知らされた2号ライダーの懊悩――いや脳ミソ筋肉だから、あまり懊悩していなかった?(汗)――
・生きていた実父はもうひとりの仮面ライダービルドに変身するも、ラスボスライダー・エボルと組んで、主人公たちの前に立ちはだかる!


 コレらの離合集散劇に、玩具販促による新キャラ続々登場も、あたかも劇中内では必然性があったかのごとく、後付けのリクツも込みで、巧妙なパズルのように当てハメていく。
 強敵の出現! 押されるヒーロー大ピンチ! しかして、決してアキらめない頑張りや人々の善意に応援(笑)やテクノロジーが後押しして、ヒーローは新たなる強化形態に再変身して大逆転!
 敵側にもこの作劇的法則は適用され、地球外生命体であるラスボスも、その超常的な特殊能力で1号ライダービルドや2号ライダークローズに次々と憑依!
 その肉体を乗っ取り、頭部だけ1号ライダービルドのマスクをかぶった仮面ライダーエボルや、頭部だけ2号ライダークローズのマスクをかぶった仮面ライダーエボル、そしてついには赤色ではなく白色の仮面ライダーエボル・究極形態へと次々にタイプチェンジしていくことで、ビジュアル的にも変化をつけつつ、一進一退の攻防劇と、新キャラ加勢や強化形態を登場させる物語内での必然性を作っていく。


 この展開に応じるかたちで、4号ライダー加勢や、2号ライダーの新強化形態・クローズマグマ、さらにはグレートクローズ、3号ライダー強化形態・グリスブリザードに、1号ライダービルドも通常の2本の属性成分液体ボトルではなく全60本ものボトルを全身と顔面(笑)に装着した白い最強形態・ジーニアス(天才・笑)フォームへと変身することで、絶体絶命のピンチを脱する大逆転劇のいくつもの連発(笑)にも「設定」的な説得力を与えている。
 シリアスで息詰まる展開でありながら、仮面ライダー各々への変身時の背景には、おそらくは佛田洋特撮監督による悪ノリ絵コンテであろう、オトナ目線では少々笑ってしまうナンセンスな溶鉱炉やらブリザードやらを出現させ、前後から変身者を仮面ライダー型の鋳型にハメる派手派手なバンク映像ならぬ3D−CGの映像データを、さまざまなアングルやアップに引きの実景映像へと合成することで、あるイミではこのテの作品のキモ・本質でもある、子供やマニアに大衆たちも実は望んでいるであろうスペクタクルな光景や、全能感・万能感・身体拡張・変身願望のカタルシスを擬似的に満たす、子供番組的なケレン味についてもバッチリ!


――そのむかし、メインヒロインが作ってくれた料理をバクバク食べたら強化形態に変身しちゃった仮面ライダーアギト(01年)や、特にイベント編でも強敵相手でもない通常回なのに子分の西洋3大モンスターもどきを召喚合体して強化変身しちゃった仮面ライダーキバ(08年)などの、異形のキャラクターたちによる愛憎激突劇やその動機の延長線上としてのバトルには関心があっても、ヒーローの玩具性や純粋パワーゲームにはまるで関心がナイとおぼしき井上敏樹脚本作品というモノもあってだなぁ。ゴホッ、ゴホッ(汗)――


最強の敵もライダー! マスター=スターク=エボル=エボルトの変転劇の妙!


 スーパー戦隊シリーズでは『動物戦隊ジュウオウジャー』(15年)、平成仮面ライダーシリーズでも『仮面ライダー鎧武/ガイム』(13年)あたりから、合体巨大ロボットのバリエーション、ヒーローの頭数や特にその形態変化がまたまた膨大に増えた。そのことによる、着ぐるみ予算の増大対策としてか、敵のゲスト怪人の数が顕著に減らされることになる。
 その代わりにゲスト怪人は、00年代後半以降のウルトラマンシリーズのゲスト怪獣たちとも同様、同族の別個体や上級戦闘員、再生怪人としてリサイクルされたり、新造着ぐるみの幹部級怪人が強敵として数話〜約1クールに渡って前線で連戦する作劇を導入したりした。そして等身大戦ではレギュラー敵幹部と抗争、巨大戦では再生巨大化怪人をやっつけるなどで、各話単位における必殺ワザ披露による敵をやっつけるカタルシスは担保して、予算不足をクレバーなパターン破り作劇などでカバーする工夫もなされてきた。


 第2期平成ライダーシリーズでもここ数作の終盤では、長期にわたって登場する新造着ぐるみの幹部級怪人のポジションに、悪の仮面ライダーを配置! 第1期平成ライダーシリーズの劇場版ではすでに多用されていたけど、ヒーローの最強の敵は、見た眼的にも少々劣位にあり道義的にも悪の存在であろうと思われやすいやや格下の怪獣・怪人ではなく、ヒーローとも拮抗するかそれを上回るやもしれないと一瞬錯覚させる同族的なカッコいいダークヒーローパターンを投入。
 『仮面ライダー鎧武』最終回では既存スーツの微改造とおぼしき仮面ライダー邪武が登場したが、その次作『仮面ライダードライブ』からは同作2号ライダーの実父でもある新造スーツの金色の仮面ライダーゴルドドライブ、1作飛んで直前作『仮面ライダーエグゼイド』では同作5号ライダーの実父でもあるメタリックグリーンの仮面ライダークロノスが登場して、複数のライダーが束になっても叶わない強敵ぶりをシリーズ後半では延々と披露した。
 本作でも同趣向で、この役回りを先にも言及したメインヒロインの実父(?)でもある仮面ライダーエボルが務めて、新造のゲスト怪人を登場させられない代わりに、シリーズ後半をバトル面でもスケール面でも心情面でも大いに盛り上げてくれた。


 このラスボスライダー・エボルであり、地球外生命体・エボルトでもあった存在の描写も二転三転を極めていく。シリーズ前半では赤いダークヒーロー・ブラッドスタークでもあった彼の正体は、序盤では正義の味方のファンキーで愉快な後見人であり、昭和ライダーでいう「おやっさん」ポジションで、メインヒロインの実父でもある喫茶店のマスターであった! と第1クール終盤では明かしておいて(笑)、第3クール序盤ではさらなるヒネりを入れ込んで、マスターはエボルトに憑依されていただけであった! と二段構えで攻めてくる。終盤では本来の万能に近き超常能力も回復、マスターとは分離して、独力で具現化・物質化・肉体化することで、マスターの姿を擬態して行動するようにもなる。


 筆者個人も第2クールの「戦争編」時点では、マスターの悪行はパワーファイターではなく小賢しい小悪党レベルで、各勢力のウラを行き来して操るだけのトリックスター的な存在なのだから、正義の味方を鍛えるために悪を演じている「偽悪」やも……なぞと穿った予想もしていたのだけれども。
 それらは我々のような年長キモオタに対するミスリード描写であったようで(汗)、正義の味方の仮面ライダー側のパワーアップ劇でさえ、彼の遠大な文明崩壊計画のための一助であり、一連のすべては彼の手の平の上のことであったとして、ラスボスへと次第に昇格していく……。


 それでも憑依したマスターの記憶を用いてだろう、実父としてメインヒロインに接したり、記憶喪失であった戦兎青年や龍我青年との同居生活で、疑似家族を演じているうちに情が移り、ホンキで心配したりウルッとしたこともある……なぞと泣きつくメインヒロインを前に、済まなさそうに真相を告白したりする多面性もある心理描写をラスボスごときにも与えている。
 その果てに、この複雑怪奇で矛盾した繊細でもあり破滅的でもあるメンタルを持つ地球人に興味・関心を持ったことで学習し――そこまでは『ウルトラマンメビウス』(06年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070506/p1)において再定義された昭和のウルトラ兄弟が地球人(劇中ではあえて「人間」と呼称)を守護する二次的な目的=「ヒューマニズム・人間心理の学習による自らの精神の向上・人格の陶冶(とうや)」と同じだけど――、本来の宿願であり彼にとっての至上の快楽であるハズの「惑星文明の破壊」を棚上げにして、「全人類の支配」に関心が移ったかのようなことも難波老会長を相手にウソぶく。


 それもこれも作品外のことを云えば、なんでそれだけの超パワーがあるのに、ライダーや人類をさっさと滅ぼさずに遊戯のように戦っているのか?(笑) という年長視聴者や小賢しい小学校高学年以上のガキんちょどものジャンル作品への実に正当・合理的なツッコミに対する予防線ではある。ヒイてジラして半年なり1年をもたせていることへのいくつかの設定的回答を先回りして提示して、しかもそれら回答群をも煮詰めて派生・自生・積層するかたちで、後付けでも辻褄が合うストーリーを構築していこうという、作家の作劇的な都合や技巧でもある。
 しかし、それゆえにウェルメイドで面白い作品ができるのであれば、そんな賢(さか)しらな作為(さくい)こそがまさに創作のキモなのだと云っても過言ではナイであろう。


――60本ある成分液体ボトルなども同様で、「ウサギ」だの「戦車」だの「ゴリラ」だの「掃除機」だの「海賊」だの「列車」だの「UFO」といった稚気満々なそれらの成分は、個人的にはその脈絡のないセレクトに理由付けなどなくても、このテの番組ではいつものことなのだから、USBメモリ型の「地球の記憶=ガイアメモリ」(笑)のようなモノだと、視聴者の側で勝手に割り切ってもよかったのだけれども……。それでも一応の合理的・暫定的なリクツがナイよりかはあった方がイイとはいえるので、それらはメインヒロインの幼少時の落書きに依拠していたと終盤で回想映像込みで語らせて、そこから後付けでも父娘ドラマやラスボスの陰謀劇を当てハメていくのもうまい……とは思うモノの、このあたりの描写は少々取って付けたような感もあったかナ?(汗)――


 地球外生命体であるラスボスも人間性の何たるかを多少理解したことで、女児向け・マニア向けの魔法少女アニメのごとく、少女の母性や博愛精神で魔性や悪の存在をも癒やして和解せんとする方向に転じることも論理的にはアリだったやもしれないけれども……。本作は基本は男児向けの戦闘ヒーローという節をまっとうして(?)、ヒト型に変異したネウロイがより上位のネウロイに抹殺されることで、異種コミュニケーションではなくイイ意味で頭の悪い勧善懲悪バトルに舞い戻る戦闘美少女アニメストライクウィッチーズ2』(10年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20150527/p1)#1冒頭のパターンで、和解の可能性は放棄して巨悪を倒すカタルシスを目指す方向性に収束していくのも、娯楽活劇作品としては正しい選択だとも思う。


メインヒロイン。そして難波チルドレンであったサブキャラたちの描写の達成度!


 かわいいけどプチ・アンニュイ(気怠げ)でもあるメインヒロインには、全60本中の20本が「東都」にだけ不完全なかたちで存在していた属性成分ボトルを、科学の力か超常の力で浄化(復元?)する特殊能力を持たせて、実父の正体への困惑や、10年前の3国分断勃発の現場に居合わせたことへの因縁でもドラマを構築していく。
 『ウルトラマンギンガS(エス)』(14年)ではメインヒロインの女性隊員であった女優さん演じるサブヒロインも、フリーのジャーナリストだと思わせて、第1クールで早くも難波重工・老会長の子飼いのスパイであったとし、しかして改心して正義側について、それでも「戦争編」終盤ではやはりまだ幼少時からの洗脳が解けておらず正義側を裏切るのやも……と思わせておいてから、二重スパイとして情報収集を行なったことにして、ビルドにパワーアップ&勝機をもたらす。


 第1クールでは「東都」の貴公子・幻徳のクールな秘書であり、幻徳にコマ扱いされて降板するも、先に身を寄せていた「西都」であとから亡命してきた貴公子を土下座させ、嗜虐的な喜悦の表情をしながら靴の底で踏みにじった眼鏡の青年・内海もまた、幼少時からの集団寄宿舎生活で育った身寄りのない難波チルドレンとして老会長の薫陶を受けて育った者と設定し、サブヒロインとも同窓であったとする。
 エボルトによる老会長殺害を目前にして驚愕しつつも、長いものには巻かれろで、老会長の形見となった杖をヒザで折り、狂喜の表情でエボルトに忠誠を誓ったと思わせて……。


 さらには昨年末の正月映画の敵のテクノロジーを援用したとの設定によるカラーリングの塗り替え(笑)で流用された「西都」の疑似ライダー2人組――古い世代には東映特撮『キカイダー01(ゼロワン)』(73年)に登場した2人組の敵怪人ライジーン・プラス&マイナスを想起する――の鷲尾風と雷の兄弟もまた、難波チルドレンであって……。


 このへんの一連の展開も、設定的には実に劇的・ドラマチックではあったけど、後付けでもヨコ方向での人間関係、サブヒロイン・内海・鷲尾兄弟との敵と味方に分かれたあとも、同じ釜のメシを喰った仲としての精神的紐帯があるような描写・肉付けがもう少しだけほしかったところではある。
 老会長にアレだけ忠誠を誓うからには、恐怖や圧政による洗脳や面従だけではない、老会長にも老獪な喰えない悪党としての面だけではなく、自分の手足にせんとする野望と同時に、ひとりの人間としては幼き子供たちに自然に情も移っていたからこそ、死したあとも内海らは忠誠を尽くしたのだというような回想シーンの挿入を、事前に入れるとネタバレになるのなら、内海のエボルトへの突如の反逆の渦中や失敗においてフラッシュバックさせてもよかったのではあるまいか? エボルトのメインヒロインに対するアンビバレント・二律背反な情とパラレルで、老会長と幼少時の難波チルドレンらの冷徹だけではない心温まる交情シーンも描いて、多面的にしてほしかったようにも思うのだ。
 ただまぁここまで至れり尽くせりの作品の場合、脚本では描かれ撮影もされていたけど、尺の都合でサブキャラたちのドラマは往々にしてカットの真っ先の対象にはなりそうなので、コレらの弱点の真相はそーいうことやもしれないけれども。


 エボルトと分離したマスターが終始、意識不明で入院したまま役立たずであり、そのまま歴史改変後の「新世界」に移行してしまったのもモッタイなかったが――同じ顔面のキャラがふたりも登場すると、幼児が理解できずに混乱すると思って自粛したのであろうか?――。


明かされた新人格・桐生戦兎=旧人格・葛城巧。二重人格が内面で問答する対話劇!


 本作の文芸面での特記事項は、やはりシリーズ後半〜終盤においては、節目節目で主人公・桐生戦兎クンとは顔面からして異なる前身、若き天才科学者・葛城巧青年の人格も脳内で蘇ってきて、二重人格のように心象風景映像内にて彼との対話・問答もはじめるところであろう。
 ムチャの域には達していないけど明朗で正義感も行動力もある桐生戦兎に対して、ややシニカルでクールで大人しげで行動力に欠けるキライもある葛城巧。
 約25年を生きてきた葛城巧としての蓄積と、その上澄み(?)としての記憶喪失後の1年間で新たな第2の人格を構築した桐生戦兎。その素体はあくまでも葛城巧なのだから、場合によっては桐生戦兎は否定され、葛城巧に回収されるのが本来はヒトとして正しいのだともいえる。
 しかして、四半世紀の間の自分の弱さやムラ世間的シガラミ・思い込み・言動パターンの蓄積を「記憶喪失」でご破算・リセットしたことで、打算や自己保身ナシに公平・公明正大にジャッジしてふるまうと、対外的な行動力にはやや欠けるハズのシニカルな葛城巧もまた正義のヒトとして身体が動くのだ……あるいは行動できるのやもしれない……行動できたらイイなという願望も仮託した(笑)という点においては、後付けでも非常に含蓄もある肉付けであったとも思える。
 そして、「非合理的」な「仲間」や「熱血」よりも「合理的」な「科学」だけを信じるなどとブっていたシニカルな葛城巧も、前者の重要性も賞揚するホットな桐生戦兎の言動に一理があることを認めた果てに、「非合理」の力も加えてビルド最終形態・ジーニアスフォームへと進化する! そうなると、後天的な桐生戦兎としての人格もまた自立・独立したものとして劇中では単純に否定はできなくなってくる。
 そこで本作が最後に取った方策は? 現実に実現可能かはともかく、両者を同時に肯定・両立・並存させる平行宇宙由来のSF的な解決策を、ラスボス打倒の秘策にカラめて提示してみせることで決着させるのであった……。


 #1冒頭では冤罪と思われたプチヤンキー青年・万丈龍我の頼みで情にホダされ一瞬の逡巡の末につい助けて、バイクのうしろに乗せて逃走してしまったがために、「東都」国に追われる身となってしまった我らが桐生戦兎。合理的・理性的な物理学の徒でありながらも、不穏なものを直感したのか司法の手には委ねず、それ以上に正義のヒーローにとっては必須でもある、困ったヒトを放ってはおけないヒトの良さをも体現したキャラ描写。それはシリーズ後半での二重人格による自問自答劇の果てに、「仲間」や「熱血」などの「非合理」の力も認めた戦兎クンと葛城巧の図とも係り結びになったともいえる。


 まぁ戦兎クンの明朗な人格や行動が周囲に許容されたのは、そして自身もそのようにふるまえたのは、実はエボルトに顔面をおバカなイケメンミュージシャン青年・佐藤太郎(死亡・笑)に変えられたためではなかったか?(汗) と、万年・葛城巧でもある筆者なぞは一方でシニカルにも考えてしまうのだけど。イケメンに宿る無意識の自信と適度な自己愛、戦兎クン自身も自己分析・自己言及してみせたエエカッコしいの「自意識過剰なヒーロー」(笑)。それが彼の行動の背中を押しているならば……。エボルトの最大の誤算は、戦兎クンをブサメンに変えなかったことやもしれない(爆)。いやまぁ恵まれた属性・大いなる力を、慢心や自己のためではなく、彼のように他者・社会・公共のために使うのであれば責められるべきことでもないけれど。
――作り手たちは未見であろうけど、古くはTVアニメ『エスパー魔美』(87年)、00年代前半のアニメ映画『クレヨンしんちゃん』シリーズ、『カッパのクゥと夏休み』(07年)、葛飾北斎の娘を主役に据えた『百日紅さるすべり) 〜Miss HOKUSAI〜』(15年)などの原恵一カントクが手掛けたマイナーアニメ映画『カラフル』(10年)において、自殺した少年に憑依(?)した記憶喪失の少年が、しがらみのない他人ゆえに距離を置いて自殺少年の弱さをも突き放して観察、同情しつつも一面においては否定的にジャッジした果てに、それは自身の前世(?)でもあった! と引っ繰り返す展開における「前世」を「来世」に代入した相似も個人的には想起してみたり――


『ビルド』から80・90・00・10年代の東映特撮の変遷を振り返る!


 『獣電戦隊キョウリュウジャー』(13年)の三条陸、前作『仮面ライダーエグゼイド』(16年)の高橋悠也と、80年代の上原正三や曽田博久のようにひとりで1年間全話や劇場版をも担当してしまう、旺盛な筆力もある脚本家たちが近年では連続して現れた。全話といわず過半の話数をひとりで執筆してしまうライターも含めれば、その人数はもっと増えるだろう。
 いきなり立候補してヒーロー番組に初参加した一般のTVドラマ畑出自の武藤将吾もまた、本作『仮面ライダービルド』(17年)では全話と劇場版の脚本を手掛けてみせてくれた。
 しかも80年代の1話完結ルーティンバトルの時代とは異なり、いずれも連続長編ドラマ性や二転三転する展開と伏線&その回収などを骨格に持つ作品群でもある。
 平成ライダーシリーズだけを基準にしてみても、『仮面ライダーアギト』(01年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20011108/p1)や『仮面ライダー555(ファイズ)』(03年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20031108/p1)に『仮面ライダーキバ』(08年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20080225/p1)など、井上敏樹がほぼ全話を担当した前例もあるにはあり、一応の連続ドラマ性もあったとはいえるのだが、氏の脚本の通例でやや行き当たりばったりの感があり、その最終展開も誤解を恐れずに云えば少々腰砕けで、大スケール・大バトル・大団円といった感じでの完結の仕方ではなかったとも思う。
 そう思えば、80年代・90年代・00年代・10年代という長期スパンで見たときに、東映特撮も確実に進歩を遂げているどころか、すでに別種のモノに変わり果ててもいる(笑)。
 ロートルオタとしては、90年代における東映特撮批評は、ルーティンバトルなりに戦闘の楽しさ・パターン破りの快楽を増大させるためにも、集団ヒーロー中のその話数における主役が名乗りのセンターになって音頭を取ったり、等身大での必殺ワザや、巨大ロボを操縦してメインコクピットで必殺剣を放ったりすれば、作品に感情的な背骨が一本通ってカタルシスも増大する! という次元で語っていれば済んだ時代と比すれば、東映特撮批評も思えば遠くへ来たものだとも思っている――こうすれば良くなるという不満を提言に変えたものではなく、優れた作品がいかように優れていたかを跡付け・腑分けする行為となってしまった(笑)――。


 と、ここまでホメてきてナニだけど、個人的には「医療」と「ゲーム」という水と油のバカげた題材を見事に神懸かったドラマチックさに昇華した前作『仮面ライダーエグゼイド』と比すると、ホンの少々だが劣っていたようには思う。本作のアンチの立場も主にここに立脚して顕微鏡的視点をブースト――アンフェアとも云う――しているとも推測するけど、おそらく『エグゼイド』の直前作として『ビルド』が放映されていれば、このような少々の物足りなさや欠点の発見とその顕微鏡的拡大という感慨はもたらさなかったのではあるまいか?
 昨年末のビルド&エグゼイド共演映画では、『ビルド』と『エグゼイド』の力量ある2大脚本家がタッグを組んで、第2期平成ライダーシリーズ全体をも全肯定した神傑作(かみ・けっさく)エンタメが仕上がった。
 それと比すると、今年2018年の年末のライダー共演映画が『ジオウ』&『ビルド』メインとアナウンスされずに、来夏の映画を待たずに全平成ライダーが客演、脚本も『ジオウ』メインライターの下山健人ひとりだというあたりで、『ビルド』最終回(歴史改変)後の後日談を「平行宇宙SF」&「時間跳躍SF」の2本立てでギミック的に組合せて、「なるほど、そう来るか!」と思わせる知的・SF的サプライズもスパイスとなっているようなヒーロー共演アクションに至る段取りを観てみたい! とドコかで思っていた身には、そこが焦点になりそうもなくて少々残念ではあるけれど(笑)。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2019年号』(18年12月28日発行)所収『仮面ライダービルド』完結・合評1より抜粋)


『假面特攻隊2019年号』「仮面ライダービルド」総括関係記事の縮小コピー収録一覧
・日刊スポーツ 2018年7月27日(金) 仮面ライダーの夏 犬飼貴丈(「劇場版 仮面ライダービルド Be The One」「快盗戦隊ルパンレンジャーvs警察戦隊パトレンジャー」 en film」完成披露イベント)
東京新聞 2018年5月19日(土) 筆洗(「仮面ライダービルド」から科学技術の軍事利用を考える)


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宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち 第一章「嚆矢編」 〜キナ臭い主張を期待したい(爆)


2018秋アニメ『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』#1〜10(第一章〜第三章) 〜戦争モノの本質とは!? 愛をも相対視する40年後のリメイク!
2018秋アニメ『GODZILLA 星を喰う者』 〜「終焉の必然」と「生への執着」を高次元を媒介に是々非々で天秤にかける!
2018秋アニメ『機動戦士ガンダムNT』 〜時が見え、死者と交流、隕石落下を防ぎ、保守的家族像を賞揚の果てに消失したニュータイプ論を改めて辻褄合わせ!
『宇宙戦艦ヤマト』論 〜ヤマトと70年代後半と僕らの戦後民主主義
『宇宙戦艦ヤマト復活編』 〜肯定論!
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[アニメ] 〜全記事見出し一覧


 アニメ映画『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち 第一章「嚆矢編」』(17年)にあたる、TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』(18年)#1〜2が放映記念! とカコつけて……(本日は#3の放映ですけれど・汗)。


宇宙戦艦ヤマト2202(ニーニーゼロニー) 愛の戦士たち 第一章「嚆矢編(こうしへん)」 〜キナ臭い主張を期待したい(爆)

(17年2月25日(土)・封切)


(文・T.SATO)
(17年4月27日脱稿)


 本誌読者の過半が生まれる前、約40年前の1978年夏の第1次アニメブーム時に大ヒットし、当時まだ上限が20歳前後だったティーン中心のアニメファンたちの涙を振り絞った映画『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』とそのTVお下がり版『宇宙戦艦ヤマト2』(共に78年)のリメイク版が公開。


 その第一章は『ヤマト2』初期話数のリメイクなのだけど、それだけだとツカミが弱いからか、冒頭からカネと手間をかけたドンパチを配置。遠宇宙での地球艦隊&ガミラス艦隊の数百数千艘におよぶ連合艦隊VS白色彗星ガトランティス艦隊との大海戦を描く。一進一退の攻防の末、小惑星に偽装されていたガトランティスの超巨大な大戦艦が出現して形勢は不利に。そこに地球軍の現場はもちろんガミラス全軍は一切知らなかった、地球防衛軍の起死回生の切り札・新造戦艦アンドロメダが投入されて、超兵器・拡散波動砲の一撃で敵軍を蹴散らす! さらにワープして地球に自爆特攻しようとした満身創痍の敵艦1艘を、軍命ナシに(笑)機転を利かした主人公の戦艦が追いかけて、地球に繋留中のヤマトと連携して撃破する!


 この美麗かつ迫力ある戦闘シーンには酔わせられる。いやぁ「ボクたちは敵と争う前に愛し合わなければならなかったんだ!」なんてウソだよね。あるいは事後の言い訳だよね。ボクたちはカッコいい戦闘シーンが、ひいては戦争が大スキなんだよネ!(爆)


 本誌ライター陣とは異なり、原典第1作のリメイクである前作『ヤマト2199』に対する筆者の評価は高い――ただしその良さは、『ヤマト』初作という盤石な型があった上でのディテールUPの良さであって、もうマニア間でも忘却されている巨大ロボアニメ『ラーゼフォン』(02年)の出来も見るに、メカデザイナー上がりの出渕カントクの素の手腕については疑念あり――。しかし、異星のオーバーテクノロジーである艦首の波動砲をラストで封印する展開は、その意図は判るものの、悪い意味で日本的な偽善クサい空想的な平和主義という感じで、イイ感じはしなかった――加えて出渕らオタク第1世代は重度の『ヤマト』初作至上主義であり、続編どころか続編のリメイクすら封じるかのごとき作劇は、小学生時代に『ヤマト2』もフツーに楽しみ、その続編のTV長編『新たなる旅立ち』にも狂喜した筆者としてはプチ反発も覚える――。


 ところで続編が作られる以上、ヤマトの目玉である波動砲を発射しないワケにもいくまい!? となれば、積極的ではなくとも消極的には波動砲――軍備や核の隠喩!――の封印を解かねばなるまい。その過程で新スタッフがキナ臭い主張を行間に込めてくれたなら! なぞと筆者は秘かに思っていたのだが(笑)。しかし、大勢の理解は得られそうもないし、この第一章を観たかぎりでも、ヤマト乗員たちはアンドロメダ波動砲に反対しているので、人類の手に余る超兵器への懐疑とその慎重な運用といったあたりに着地するのだろう。まぁ大勢向けを狙うエンタメとしてはそれが順当な作りではある。


 若干のキナ臭さの投入こそ『ヤマト』原作者の故・西崎義展プロデューサーの国粋的な本音に報いる道ではないかと思うけど(笑)、本作では「この宇宙には愛が必要だ」と豪語する白色彗星のズォーダー大帝の方に西崎Pが投影されているようだ(汗)。


 当時はともかく今から見ると、『さらばヤマト』でヤマトが上層部を無視して、現場の独断で助けを求める異星へと旅立つ展開は、近代の軍隊にあるまじき行為ではあった――もちろん本作『2202』では冒頭の独断行動に対して軍上層からキツいお咎めがあり、主人公青年・古代進がオトナの態度で神妙に拝聴する姿も描かれる――。だからあくまでも例えばではあるのだが、ポストモダン=近代の次の時代における軍隊とゲリラとの非対称的な戦争では、現場での即応性・自由裁量制が求められて……などといった現代的な言い訳が、ヤマト再出撃にはほしいところ。だが、このへんは前作終盤のコスモリバースシステム起因か死したハズの沖田艦長の残留思念と、神田沙也加が声をアテている異星の美女・テレサによるターゲットを絞った超指向性テレパスによるヤマト乗員への招命で、オカルト的にヤマト再出撃の動機を担保するようでもある。まぁこのへんも苦肉の策ではあるだろう。


 チベット人のごとき僧侶星人の大虐殺も描かれたが、それで腐れオタとして妄想するのが、先ごろ自衛隊の撤退が決まったスーダンなどのPKOネタ、無法地帯を国際社会は見捨ててイイのか? あるいは見捨てられたと絶望する現地民ネタの寓話化である。などと書きつつ、そんな方向へと本作が進むとは筆者も思ってはいない(笑)。21世紀型の戦争でなくても、戦艦モチーフにふさわしい日米太平洋戦史のトレース&アレンジでも何でもイイので、ウェルメイドな娯楽活劇作品を作ってくれればそれでOKだ。


(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.69(17年5月4日発行))


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ウルトラマンルーブ』序盤総括 〜ユルい作風。その玩具性・名乗りの是非。ウルトラ史上最強の空中戦特撮!

(文・T.SATO)
(18年8月10日脱稿)


 今年2018年度の『ウルトラマンR/B(ルーブ)』では、途中からの増員やライバル・悪役ポジションではなく、最初からほぼ対等・拮抗した正義のコンビのダブル・ウルトラマン体制!
 加えて、カードやカプセルならぬ、今度はメダル!――劇中ではクリスタルと呼称―― 漢字の「火」をかたどったウルトラマンタロウのメダルを変身アイテムに装着するや、頭頂部が上に向かって末広がりの「W」字型となる2本ヅノの赤いウルトラマン・ロッソに変身! 片や漢字の「水」をかたどったウルトラマンギンガのメダルを装着するや、垂直1本ヅノの青いウルトラマン・ブルに変身!
 彼らのツノには炎が燃え盛っているような模様を付けることで、ツノを色彩的にも少々強調するようなアクセントも加えられている。
 頭部の違いで両者の違いを強調したので、やや頭部が大ブリになったことを目立たなくするためか、胸筋や背面の肩甲骨の部分には赤銅や青銅のメタリックな硬質パーツをまとう。両肩の腕側にも銀色の硬質な肩パット(?)をまとうことで、上半身にたくましい厚み&肩幅を少々増やして、一昨年の『ウルトラマンオーブ』(16年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20170415/p1)同様、腹部から下の下半身は、膨張色ではなくシルバー&黒のカラーリングとして色彩的に締まった印象も与えることで、バランスを取っている。


 この赤と青は基本的には固定なのかと思いきや、メダルを交換して変身することで、赤い2本ヅノ・ロッソは青に、青い1本ヅノ・ブルも赤にカラーチェンジできることで少々ヤヤこしい(笑)。だからこそ、区別を付けやすくするためにも、2本ヅノ&1本ヅノのコンビにしてみせたといったところなのだろうが。
 #5では新たな漢字の「風」をかたどったウルトラマンティガのメダルで紫色のウルトラマンにも変身! なんだか漢字の文字がそのままモチーフにもなるなんて、『侍(さむらい)戦隊シンケンジャー』(09年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090712/p1)を想起させるけど。


 今回のウルトラマンのタイプチェンジは、古代ギリシャで唱えられた物質の根源であるエレメント(四元素)、「火」「水」「風」「土」がモチーフというワケだ。物質の元素(原子)は90種以上もあって、「火」や「水」や「風」は根源単位じゃないよ、それらは「水素」や「酸素」やらが化合したモノだよ〜と判明して久しい現在では、SFというよりオカルト的なインチキ設定だが、細かいことは気にするナ。宇宙に機関車が飛ぶような古式ゆかしい風情があるじゃないか!?
 この調子で色違いのウルトラマンに再変身することで商品数を増やしたり、この地上・物質世界ではなく宇宙・天上界・高次元世界を組成する元素であるフィフス・エレメント(第5の元素)の強化形態ウルトラマンが出てきたり、最終的には2人がウルトラタッチ(笑)で合体変身して1人となったかたちの最強形態ウルトラマンなども登場するのであろう――ネット上にはすでに玩具業界情報バレで、3本ヅノの全身銀ピカのウルトラマンがリークされてるネ(汗)。


「まとうは火!」「水!」〜ヒーローの唐突な名乗りをドー考えるか!?


 変身シーンは、メダルをバックル(?)にハメたあとで、大リーグボール養成ギブスか、胸筋&腕を鍛えるエキスパンダーがごとく、左右両方から3回連続して引っ張ることで変身できる、玩具のプレイバリュー性を強調して見せるモノともなっている。
 そして、2010年代の平成ライダー同様、あるいは少年マンガ的に歌舞伎的様式美を優先して、毎回のお決まりの啖呵は、「まとうは火! 紅蓮(ぐれん)の炎!」「まとうは水! 紺碧(こんぺき)の海!」などの文語的・劇画的な仰々しいセリフを吐かせる。
 編集者としての後出しジャンケンの反則だけど、本誌ライター陣の投稿なども見るに、いまだにナゼにそのようなセリフを天然に吐けるのかを疑問視する声もあるようだ。


 たしかに純然たる物理的・科学的・唯物論的な、70〜80年代までの改造人間・強化服タイプの特撮ヒーローならばオカしい。しかし、コレもまた剣と魔法の西欧中世風ファンタジーが勃興した80年代後半以降、神秘・魔術・大自然の精霊・神的パワーに根拠を持つヒーローや合体巨大ロボット(笑)が勃興した以降であれば、説明は付くであろう。
 神のごとき知性や意思を持つ高次で神秘のパワーが、初登場のヒーローたちをして、「俺は太陽の子! この世のすべて、生きる者すべてを守る! 仮面ライダーBLACK! RX!!(88年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20001016/p1)」、「大地の使者! (絶対無敵)ライジンオー!!(91年)」などのセリフを吐かせしめて――「大地」の精霊がナゼに「機械」の合体ロボを生み出したのか? というツッコミはさておき(笑)――、それまで知りもせず練習したこともない必殺ワザも、本能的に繰り出させているのだ! という解釈もできようというモノだ。
 そしてそれにより、ある意味ではヒーローの本質そのモノだともいえる、非・常識的な「圧倒性」「超越性」「善性」「神聖性」「正統性」のような、抽象的・シンボリックなモノまでをも純化して抽出ができたり、その正反対のエレメント(要素)を敵側に付与することで、単なる出自設定を超えて作品自体の道徳的テーマにまで昇華できたりもする。
 1990年前後にもまた、そのようなことを可能にする設定的発明、ジャンルに何度目だかのエポックメイキングやパラダイム・シフトがあったのだと私見するが、本作における変身時や変身後の「名乗り」もまた、そのようなモノの延長線上として筆者は捉えるのだ。

 一方で、そのようなことをリアリズムの観点から過剰に気にするのは、イイ歳こいてこのテの子供向け作品を鑑賞している自分を正当化するため、そしてジャンルの市民権を得るための理論武装として、作品に過剰にリアリティーや社会派テーマを求めた、第1〜第2世代オタク特有かつマニア論壇草創期の中2病的な時代の産物だったかとも思われる。
 とはいえ、そのようにリアリズムの観点から見て、弱点や矛盾と思われる箇所に、幼児はともかくジャンル番組卒業期の子供たちまで幻滅してしまい、卒業を早めてしまうようであれば、それはやはり見逃せにできない欠点ではあるのだろう。よって、そのへんに対する自己言及やエクスキューズに設定的な補強を、劇中でも施(ほどこ)すこと自体は許容されてしかるべきである。小池都知事も昨2017年に云っていた正・反・合のアウフヘーベン弁証法的発展)というヤツである。


 実際このへんには、ジャンル作品でもすでに手当てが行なわれていて久しい。女児向けアニメ『プリキュア』シリーズ(04年〜・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20040406/p1)の#1などを鑑賞していると数作に1回程度、変身後に自分のヒロイン名をナチュラルに堂々と名乗ったり、必殺ワザ名を叫んだりしたあとで、「アレ、なんでアタシ、こんなことしゃべってるんだろう?」的なセリフを吐かせていたりする印象がある――もちろんコレは神秘のパワーが本能的にプリキュアたちに云わせているのだ! ということの逆説的な設定説明でもある――。
 こーいう描写でナットクを与えられることで、卒業を回避してマニア予備軍になってくれるガキもいることであろうから(笑)、必要悪として矛盾をスルーするのではなく、そーいう言い訳まがいなセリフも適度に散りばめておいてから、安心して全力でヒロイズムに走る方が、リアリズム&歌舞伎的様式美の両立としてもクレバーだとは思うのだ。


 まぁムズカしいことはともかく、初期にはアレほどリアル指向であった平成ライダーシリーズも、『仮面ライダーカブト』(06年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070211/p1)や『仮面ライダー電王』(07年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20080217/p1)あたりから、子供やマニアたちに「待ってました!」「そー来なくっちゃ!」的なお約束反復ネタで、カッコいいけど半分笑っちゃう、みんなでマネして半笑いしてみせるコミュニケーション・ツールとしての「名乗り」や「決めゼリフ」などの燃料を投下していて、もはや大方のマニアもみんなスレていて、あからさまな矛盾は論外にしても、少々オカしい程度であればご愛嬌的に楽しむ、絶叫上映会などでは反復唱和する!(笑) という共犯関係になって久しいとも思う。


主人公のホームベースは欠損家庭!〜往年の特撮作品で欠損家庭が描かれたのはナゼか?


 本作のふたりのウルトラマンは、リサイクルショップ(?)を経営している家族と同居している、青年の兄弟として設定した。ここに元気で可憐な女子高生の妹と、頼りないパパさんを設定することで、人間ドラマ部分の舞台も集約化。ホームドラマとしてのテイストも本作には付与するようだ。
 パパさんを演じる山崎銀之丞は、我々ロートル世代には『3年B組金八先生』第5シリーズ(99年)以降の熱血空回り教師役で知られており、前年度の『宇宙戦隊キュウレンジャー』(17年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20180310/p1)終盤で主人公・シシレッドの生き別れの父親にして異星の王さまとしても好演したばかりだが、やはりその特撮体験あっての抜擢であろうと推測。
 とはいえ、母親には15年も前に失踪したという設定を与えて、ノーテンキなばかりではなく、ややドラマチックな要素も付与してはいる。レギュラーやゲストに欠損家庭を設定すると聞くと、ロートル世代的には70年代前半の第2期ウルトラシリーズや、同時代の子供向けアニメ・児童向けドラマ・学年誌などの「家なき子」モノなどを連想してしまう。
 明朗な60年代とも、やさしさ&落ち着きの70年代後半とも異なる、陰があったり荒々しさがあったりするドラマやテーマが70年代前半のアニメ&特撮で隆盛を極めたのは、後知恵で思うに何かそのような時代の空気の反映もあったのであろう。
――70年安保の学生運動の終焉や、日本のアニメ・特撮が草創期を過ぎてスタッフ連も習熟の果てにドラマ面やテーマ面でも一歩先に進めてみたかった、あるいは60年代に高度経済成長をいったんは遂げたので、それと比すると70年代は相対的に裕福で、まだまだ良くも悪くもミーイズムが弱く離婚率も低くて終身雇用で、実際には当時は欠損家庭は少なかったハズなのに、戦中派の作り手たちは終戦直後の焼跡闇市における両親や片親のいない浮浪児たちの存在を目撃や仄聞してきた世代の責務として、その実存的・文学的・内的必然として、子供向け作品群にその残滓をぜひとも焼き付けておきたかった……などなどの諸々の総合として――


欠損家庭を高いドラマ性で描くなら、活劇性も増量すべきだった70年代第2期ウルトラ!


 とはいえ、アニメと実写の媒体の違いゆえでもあろうけど、実写で欠損家庭の物語を描いた第2期ウルトラシリーズなどは、そのドラマ性の高さを後年に認めるにやぶさかではないけれど、幼少時にはやや作風が重たくシミったれて感じられ、それゆえにドラマ性はかなり抑えて攻防劇に徹したことで大ヒットを記録した、同時期の昭和の『仮面ライダー』シリーズや『マジンガーZ』シリーズの後塵を拝した面は否めない。
 コレは何も二者択一で、一方を全肯定して他方を全否定しようというのではない。しかし、もう少し巧妙に、往時も月刊学年誌で連載されていた第2期ウルトラシリーズのコミカライズ作品群のごとく、月1くらいでカラッとしたイベント編・攻防編・先輩ウルトラ兄弟客演編を配置して、子供たちのプリミティブ(原始的)な暴力衝動やヒロイズムを刺激・発散させつつ、残りの話数でニガ味の残る欠損家庭の子供たちを描くような心情ドラマを配置する、巧妙なシリーズ構成を達成できていれば……。


 ウルトラマンレオのピンチに、直前作のウルトラマンタロウや、変身不能になっていたモロボシ・ダン隊長がウルトラの父の力で一時的にウルトラセブンに変身して助けたり!
 アンチラ星人が化けていたニセ郷秀樹の前にホンモノの郷秀樹が出現、ウルトラマンジャックに変身してウルトラマンエースと共闘したり!
 ウルトラ兄弟の長男・ゾフィー兄さんやウルトラセブンが宇宙から湖水を蒸発させたり、宇宙で怪獣を元の動物に戻したり、臨死体験時に励ましに登場(笑)するだけでなく、その回では地球でエースと共闘したり!
 ラスボス級キャラの異次元超人・巨大ヤプール登場回では、ヒーローひとりでは倒せないほどの強敵として描くためにも、エースを異次元に召喚してくれたゾフィー兄さんもそのまま共闘してくれたり!
 ウルトラ5兄弟をブロンズ像化して全滅させたほどのヒッポリト星人ならば、復活したエースのいつものメタリウム光線一発で倒せてしまったら凡敵に見えてしまうので、かつて強敵・エースキラーを撃破した、ウルトラ5兄弟全員のエネルギーを結集した超必殺ワザ・スペースQを再使用して倒したり!
 各作品の最終回は、昭和の『仮面ライダー』各作の終盤がごとく前後編や3部作で、世界規模での再生怪獣軍団vsウルトラ兄弟の総力戦を描いてくれたなら!


 このように殺陣(たて)・アクションがカッコよくなるように特撮怪獣バトル演出面も気を使っていれば、娯楽活劇作品としてのカタルシス面でも、人間ドラマとしての味わいの面でもバランスが取れて、往時の第2期ウルトラも特撮の中では№2、アニメも含めれば№3の上位メジャーの域にはあったけど、それら2トップの人気にさらに肉薄・拮抗することができたようにも思えるのだ。
 もっと云うなら、禍福(善悪)はあざなえる縄のごとし、人間万事塞翁が馬(じんかん・ばんじ・さいおうがうま)で、そのようなヒロイズムの高揚・カタルシス・爽快感の記憶をたどって、世代人の長じてからの追体験・再鑑賞意欲を惹起することで、「意外にも第2期ウルトラにも人間ドラマがある!」「いや、第2期ウルトラにこそ、過剰なまでに濃厚な人間ドラマがあったのだ!」という「再発見」にかかずりあう特撮マニアの規模も大なるモノとなり、マニア第1世代による第2期ウルトラ酷評をくつがえす再評価の波も、もっと早くに進んだかもしれないとも思うので……。


重苦しすぎるドラマが子供や視聴者を遠ざけるなら、コミカル演出や演技にも一理あり!


 そのような反省があったということでもなかろうし、80年代以降、あるいは往年の『宇宙刑事ギャバン』(82年)に登場した民間人側のレギュラー、『3年B組金八先生』(79年)シリーズの大森巡査役で知られる鈴木正幸演じる、UFO専門のルポライター・大山小次郎のやたらと明るくテンションが高い演技(笑)なども発端とするのであろうけど、その成れの果て(?)としての『ウルトラマンR/B』でも、近年の平成ライダースーパー戦隊同様、人間ドラマ部分の演技プランは喜劇的なトーンで統一されている。
 たしかに、クールで乾いたSFドラマ性ではなく、重たいシメっぽい人間ドラマがイヤ〜ンなニガ味や気恥ずかしさを与えて、子供たちを引かせてしまうことはある。しかし他方で、『帰ってきたウルトラマン』(71年)の怠け怪獣ヤメタランス編や『ウルトラマンタロウ』(73年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20071202/p1)のギャグ怪獣回でのハイテンションなコミカル演技を、SF的ワクワク感を毀損する子供をバカにしたモノと取るような、子供番組卒業期の小賢しいマニア予備軍の筆者(笑)、もとい子供たちの感性もたしかにかつて存在したのも事実ではあるのだ。
 このへんの問題は固定的・絶対的な正解があるモノではないのだろう。ある一定の幅の中でのグラデーション下にあるヘビー〜ライトはすべてセーフになりうるし、しかしてその幅からハズれてしまった、あまりにヘビーに過ぎたり、その逆に上滑りしたライトな域に達したモノは、両方ともにアウトになるのであろう。そこに個人の好みやキャパシティー・守備範囲のちがいまで加わることで、さらにヤヤこしくなる。


 その前提の上で云うのだが、筆者個人は90年代以降、あるいは21世紀以降の子供番組の作り方としては、第2期ウルトラ的な重たい児童向けドラマのトーンではなく、コメディ的なトーンでディレクションしていった方がベターであろうと考える。
――まぁ今だからこそ、そのようにも思うけど、ごくごく個人的な感慨を云わせてもらえば、『宇宙刑事ギャバン』における大山小次郎こと鈴木正幸のハイテンションなコミカル演技などは、それが狂騒・狂躁的な80年代の到来と、シットリとして優しかった70年代への決別のようにも思えて、筆者個人はイヤでイヤでたまらなかったモノだけど(笑)。
 加えて云うなら、幼少時はともかく、思春期以降の再視聴では、第2期ウルトラにおけるニガ味もある児童ドラマ群のことが筆者も大スキだ。しかし、あれをそのまま80年代以降の特撮作品に導入してもドン引きされるであろうから、うまくマイルドに寸止めして、視聴者に伝達するような手法がないのかを漫然と考えつづけてもいる――


 とはいえ、『母をたずねて三千里』的な要素は、過剰にシメっぽくならないようにするためにか点描に近いけれども、本作にかぎらず『特命戦隊ゴーバスターズ』(12年)や『ウルトラマンX(エックス)』(15年)などにも導入されてはおり、80年代〜90年代初頭のバブル期のように、ダウナーな要素が過剰に忌避される、ネアカ至上で狂躁的な時代もまた終わって久しいようではあるけれど。


兄弟主人公を共に「熱血」として描く試みは、成功か!? 失敗か!? 一長一短か!?


 主人公である青年兄弟ふたりについても、もう少しふれてみたい。フツーはコンビ・バディー(相棒)ものだと、ふたりの差別化・描き分けのために、日本の往年の変身ヒーローものでも、古くは『超人バロム・1(ワン)』(72年)、それを模したとおぼしき新しめのところでも『仮面ライダーW(ダブル)』(09年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100809/p1)、あるいは女児向けアニメ『ふたりはプリキュア』(04年)のように、「熱血漢」と「沈着冷静」の2者としての性格設定を与えるものだ。
 しかし、このキャラクターシフトは、前者の猪突猛進が物語を引っ張り、戦闘においても先陣を切る行動隊長の役回りとなるために、後者がやや分が悪く見えるのも事実だ――21世紀以降の子供向けならぬ思春期・青年期以降向けのジャンル作品だと、熱血漢よりもクールな軍師・策士タイプである頭脳派のキャラクターの方をカッコよく描く『デスノート』(03年)・『コードギアス 反逆のルルーシュ』(06年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20081005/p1)・『アルドノア・ゼロ』(14年)みたいな作品も登場してはいるけれど――。


 本作についても、青い私服を着ている「弟」が頭脳派だという設定をドコかで読んだので、そのテの陥穽にハマった作品でもあるか? と思いつつ、フタを開けてみたのだが……。
 パソコンを操って分析担当! みたいなこともしているけど、しょせんはその程度であって(笑)、あとは兄に負けじ劣らじフツーに熱血青年でもあった――いかにも「弟」的な「甘ったるさ」はアリつつも――。
 コレならば、「兄」の方が強くて颯爽としてカッコよくて、「弟」の方が地味で少々弱いから子供人気の面では劣る……なぞという事態には陥りにくそうだ。ソコまで先回りして計算した上での、このキャラシフトであったかは怪しいけれども、結果オーライというべきであろうか?
 もちろん何事も一長一短なので、ふたりの性格的・思想的描き分けという面ではたしかに弱くはなるけれど、総合的に比較考量すれば、頭脳派の「弟」がサブ扱いとして少々ワリを喰うデメリットと、「弟」も熱血漢であり「兄」とほぼ対等どころか「頭脳派」の長所も付与されることで、「兄」とも拮抗すらするメリットがあるので、本作における「弟」も「兄」同様に熱血として描くという手法は成功に思える。


怪獣紳士録 〜乙一&田口清隆再登板! 鳥型怪獣とのウルトラ史上最強の空中戦特撮!


 毎回登場するゲスト怪獣は、2010年代の低予算ウルトラシリーズの通例に則り、#1は新作ソフビ怪獣人形とも連動した新造着ぐるみ怪獣で、黒と溶けた鉄のような赤が印象的な蛇腹のグルジオボーンが登場。ボーンというから骨がモチーフだ(笑)。
 #2以降は既存の着ぐるみ怪獣の使い回しで、ウルトラマンエックスとも戦ったブラックキングが#2に、同じくエックスと戦ったガーゴルゴンが#3に、歴代ウルトラマンとも戦ったレッドキングが#4に登場して活躍する。
 2010年代ウルトラも観続けているマニアであれば特筆すべきが、#5に登場した鳥型怪獣グエバッサーであろう。『ウルトラマンオーブ』における敵の怪獣種族=魔王獣のうちの1体・マガバッサーの色の塗り替えにすぎないのだが、禍々(まがまが)しいダークな青と黒の色彩を白に塗り替えるや、あら不思議。フォルムは同じなのに随分と優美に見えるよなぁ。ぜひとも『ウルトラ怪獣擬人化計画』で華麗に女体化してほしいモノだ(すでにしてる?)。


 そのマガバッサーならぬグエバッサーが登場した#5では、脚本に前作『ウルトラマンジード』(17年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20170819/p1)でメインライターを務めた作家の乙一(おついち)こと安達寛高が登板! いやぁ本業がある御仁だから、『ジード』1作こっきりの登板かと思っていたので、またお声掛けしてさらに書いてくれるというのが実に意外。
 お話の方はメインライターが設定紹介編をやるならば、サブやゲストのライターは設定の補強や傍流の肉付け、ゲストを主体にするなどのパターン。「弟」の方の人物像を肉付けするために、彼の大学生活で知り合った、キャンパスでも翼型パーツを付けて鳥人間コンテストのように空を長時間にわたって飛ぼうとして失敗しつづけている、男に媚び媚びとイロ目を使いそうにない、いかにもマジメそうな小柄で黒髪ショートの健気そうな、美人というより可愛い系寄りの理系女(リケジョ)とカラませる。
 まだシリーズ序盤なので、このテのシットリとしたドラマ編はもう少しあとの回にまわした方がイイようにも思ったけれども、単独作品としての評価は高得点を与えてもよいくらいの面白さであったとは私見する。


 彼女が在籍する大学の雑然とした研究室には、19世紀の先人・リリエンタールが作ったようなハングライダーの巨大骨格模型が吊されているのをはじめ、様々な小物で飾られており、実にそれらしい映像的説得力まで醸され、本編美術班のがんばりにも驚かされる。恒久的なスタジオセットも用意されず、屋内部分は東京郊外・多摩地方の廃校の小学校しか登場しなかった(笑)、2010年代ウルトラシリーズの1発目『ウルトラマンギンガ』(13年)のころと比すればエラい予算のアップだ。
――もちろんリアルに考えれば、彼女のあの装備では空気力学的にも空を飛べることはナイのだけど、そこはサブタイトルでも謳われるギリシャ神話のイカロスと掛ければ、役者さんが自力で力強く羽ばたいてもみせるあの姿に、彼女のがんばり&シンボリックなロマンも込められるというモノだ――


 こーいう人間ドラマ主導の回だと、特撮シーンは惰性の段取りになりがちで、もちろん#1や最終回にイベント編ではない通常回では、そのようなお約束のルーティン段取りに留まった特撮怪獣バトル回があってもイイのだけれども……。
 そこは特撮自主映画監督上がりで、本話の本編演出のみならず特撮演出も担当している田口清隆! 先にゲットした「風」のメダルの力でウルトラマンがはじめてカラーチェンジして初活躍する回でもあるからだろう。特撮部分も実に力が入っている!
 手前に「妹」とゲストのリケジョが小さくたたずむ引きの実景(コレも特撮セット?)の小高い芝生の斜面越しの奥に、特撮セット内にも用意した、またまた緑の斜面越しにいる鳥型怪獣を合成し、それが固定したアングルでの合成ならばドーということもナイけれど、カメラがヨコ(円周?)移動をはじめても、実景(?)+特撮セットのヨコ移動合成もズレたりせずにナチュラルに維持されつづけていくという、それが遠景・奥の方はいつものスタジオ内の特撮ミニチュアセットであることはバレバレでも、それでも映像的サプライズやカッコよさを感じさせてみせる特撮演出の妙!


 強風が吹きすさぶ曇天下、「弟」が変身して青い姿のウルトラマンブルに変身するや、そのまま横を通り過ぎていくウルトラマンをカメラの首振りで追っかけるのかと思いきや、地面に沿って全身を水平にピンと伸ばして超低空飛行を開始したウルトラマンの背中や後頭部を、遠近感豊かにカメラは付かず離れずで追跡!
 さらにはカットを割らずにそのままウルトラマンの主観視線の映像となって、空中に浮遊する鳥型怪獣グエバッサーに猛迫して、ウルトラマンの右手や左手だけが写っている図でパンチやチョップを繰り出す絵が!
 またまたカットを割らずに、空中で組み合って戦いつづけているウルトラマンとグエバッサーの頭部やバストショットを捉えた巨大感あふれるドUP映像のままで、彼らの周囲を高速で360度グルグルと回り続けるカットまで!
 グエバッサーが超高速で逃げ出して、その姿がケシ粒のように瞬時に小さくなっても、すぐに追いかけて追いつくウルトラマン
 実際にはカットも割って、CGなどでシーンがつながっているかのように加工しているとは思うけど(?)、いずれにしても、こんなにカッコよくてスピーディーでなおかつ力強くて迫力もある空中戦の特撮演出は観たことナイ! 歴代ウルトラシリーズ史上、最強の特撮空中戦が誕生したか!?


怪獣を召喚するアイゼンテック社長が、ウルトラマンオーブハモニカ曲を口笛で披露!?


 本作は『ウルトラマンギンガ』や『仮面ライダーW』などとも同様、一地方都市を舞台とする――その地名がベタにも、綾香市(あやかし。旧名は妖奇村(あやかむら)・笑)。怪獣の「怪」の読みでもあると思えば、ベタでも由緒は正しい!――。そして、企業城下町でもあるというあたりで『仮面ライダー鎧武/ガイム』(13年)も想起する。
 その城下町を牛耳っているワケでもないけど、富み栄えさせているのは、ハイテク大企業「アイゼンテック」!(旧名は町工場の愛染鉄工・笑)
 実は往時のサウジアラビアで大人気であったという円谷プロ製作の、本編人間ドラマ部分はセル画アニメで描いた男女合体変身の特撮ヒーロー『恐竜大戦争アイゼンボーグ』(77年)が、オイルマネーで昨2017年末に当時の声優さんまで起用して新作映像が製作されたことにあやかったネーミングでもあろうか?(笑)


 両手の指でハートマークをかたどってみせたりする――プリキュアの名乗りポーズか!?(笑)――この企業の社長さんが、やたらとハイテンションでガナっているような演技を披露するところで、『仮面ライダー000/オーズ』(10年)の宇梶剛士演じた鴻上財団会長も想起させるが、白いスーツをまとった長身のアイゼンテック社長・愛染マコトのお芝居がかった軽妙なコミカル演技にはつい笑ってしまう――先にもふれたヘビー&ライトと個人の好み問題にも抵触するので、戯画的な演技が不愉快なヒトには申し訳ないけれども――。
 彼は初老の域には達していないけど、壮年のオッサンにすぎるので、若者ヒーローと拮抗する悪党には当初、見えなかったのだが……。ナンと彼は、怪獣メダルを所有しており、ヒーロー側と同じ変身アイテムを、テンション高く「アン・ドゥ・トロワ」を3回連呼しながらエキスパンドもして(笑)、怪獣を召喚していることが判明!
 #5のラストでは、一昨年度の『ウルトラマンオーブ』の風来坊主人公のトレードマークでもある黒い革ジャンをキツそう(爆)に羽織りつつ、やはり風来坊のトレードマークであったハーモニカ曲まで口笛で披露! ウルトラマンオーブのメダルもなでている姿で俄然、作品世界に対する興味・関心も惹起されてきた!


 正直、イイ意味でユルめな作風の2010年代のウルトラシリーズの中でも、本作は格段に輪をかけてユルい牧歌的な香りが序盤では漂っていた。しかし、やはりこのテのヒーローものは、基本は戦闘モノなのだから、もう少しアグレッシブ(攻撃的)な要素や、タテ糸の要素を想起させるライバル的なキャラとの攻防要素、ひたすら並クラスの怪獣とのルーティンバトルではなく中ボスやラスボス怪獣なども適宜(てきぎ)登場させる起伏も付けてほしいよなぁとも正直思っていたので、この趣向には大賛成だ。コレからも本作を注視していきたい気持ちにさせられた。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2019年準備号』(18年8月11日発行)所収『ウルトラマンR/B』序盤合評7より抜粋)


『假面特攻隊2019年準備号』「ウルトラマンR/B」関係記事の縮小コピー収録一覧
・各話視聴率:関東・中部・関西。各クール平均・全話平均視聴率
・スポーツ報知 2018年4月25日(水) 7・7から「ウルトラマンR/B」 シリーズ初!!兄弟で変身 円谷プロ勝訴 ウルトラマン著作物 海外利用権巡り訴訟
産経新聞 2018年7月1日(日) 週刊番組ガイド 家族の絆描くウルトラマン 小池亮介 平田雄也 (役者表記の順は写真の左右並びに準じたもの)
西日本新聞 2018年7月16日(月) 次の連載随筆 かいじゅうタイムズ 小説家 乙一さん 23日から ――筆者の言葉――
西日本新聞 2018年7月24日(火) かいじゅうタイムズ2 ウルトラマンジードの話
西日本新聞 2018年7月31日(火) かいじゅうタイムズ7 Tシャツの話 (『R/B』#5の裏話)
・デーリー東北 2018年7月24日(火) 爆笑問題がウルフェスPR セブンが小声で暑いと漏らす?


ウルトラマンR/B』各話平均視聴率:関東1.4%(#1〜4)・中部1.5%(#1のみ)・関西0.9%(#1のみ)
おはスタ』2018年7月6日(金)「ウルトラマンR/B登場」視聴率:関東0.6%・中部0.6%・関西0.2%
ウルトラマンオーブ THE CHRONICLE』全26話平均視聴率:関東1.2%・中部0.9%・関西0.8%


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[特撮洋画] 〜全記事見出し一覧


デッドプール2

(18年6月1日(金)・日本封切)

デッドプール2 〜合評1

(文・くらげ)
(18年6月15日脱稿)


 『X-MEN(2000〜)』ユニバース最大のヒット作になってしまった『デッドプール(2016)』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160705/p)。2作目も大ヒット中で興収ツートップは確定のようです。スピンオフの邪道ヒーローにトップの座を持ってかれて、本家『X-MEN』メンバーは複雑な心境じゃないでしょうか。監督は前作のティム・ミラーが降板し、キアヌ・リーブス主演のアクション映画『ジョン・ウィック(2014)』のデヴィッド・リーチに交替してます。
 続編はいきなりデッドプール=ウェイド・ウィルソン(ライアン・レイノルズ)が自殺する場面からスタートします。不死身なので自殺してもどうせ死なないんですが、何をそこまで落ち込んでるかと言うと……


【WARNING】ここから完全なネタバレですが、これに触れないと先に進まないので、観てない人は読み飛ばして下さい。


 前作から2年後、麻薬の売人やマフィアの殺し屋として活躍するデッドプールは、恋人ヴァネッサ(モリーナ・バッカリン)と誕生日を祝い、子供の名前を考える幸福な日々でした。しかし好事魔多し、突然の賊の襲撃でヴァネッサはあっさりと殺されてしまいます。
 始まって10分くらいだしどうせシャレでしょ? と思って観てるとどうやらそうではないようです。まあ『スパイダーマン』あたりのヒロインなら死んでもどうってことないんですが(←おい)、ヴァネッサはデッドプールという歪なパズルに唯一合うピースだと前作でさんざん描いてるので、まさか2作目で殺すとは思いません。こうなると「あんないい女二度と出会えないだろうに」と我が事のようにデッドプールに同情してしまいます。


 唯一の心の支えを失ったデッドプールは絶望し、自宅に山ほどの可燃物を持ち込んで火をつけ、バラバラに吹っ飛びますが死にません。死後の世界でヴァネッサの元へ行こうとすると透明な壁に阻まれ現世に戻されてしまいます。不死身のヒーローの悲劇ですね。失意のデッドプールを慰めるため(というか放っておくと何するか分からないので)、X-MENのコロッサス(声・ステファン・カピチッチ)やネガソニックティーンエイジ・ウォーヘッド(ブリアナ・ヒルデブランド)がX-MEN加入を勧めます。
 色々あってX-MEN見習いとして働き始めるデッドプールですが、初仕事でミュータントの孤児院で暴れていたラッセル少年(ジュリアン・デニソン)に同情し、職員を射殺して逮捕されてしまいます。
 何故かこの少年が未来から来た殺し屋、ケーブル(ジョシュ・ブローリン)に狙われていて、デッドプールが奮闘することになります。無宿渡世のヤクザ者が子供を押し付けられるのは『男はつらいよ』『座頭市』の時代から定番ですね。


 デッドプールラッセルはミュータント刑務所「アイスボックス」に収監され、特殊な首輪で超能力を封じられます。デッドプールはヒーリング能力を失ってガン患者に戻ってしまい、これでやっと死ねる、ヴァネッサの元へ行けるとか思ってるところへ、武装したケーブルが襲って来て刑務所は大混乱になります。
 何故ケーブルがラッセルを狙うかというと、ラッセルは未来では“ファイヤーフィスト”を名乗る悪のミュータントになっていて、ケーブルの家族を殺した仇だったのです。成長して手に負えなくなる前に殺そうとするケーブルに対し、デッドプールラッセルを正しい方向へ導くべきだと考えます。ヴァネッサの幻影に励まされ、ラッセルも自分も「いい人間」になれるはずと奮闘するデッドプールが、R指定の血まみれコメディとは思えない感動を呼びます。


 デッドプールラッセル救出とケーブル打倒のためミュータントを集め、チーム「Xフォース」を結成しますが、即席チームにしては豪華なメンバーが集まります。透明人間“バニッシャー”は透明なので見えませんがブラッド・ピットが演ってます。一瞬だけ姿が見えるので見逃さないように。何を間違えたか普通の人間の中年親父“ピーター”も面接に来ますが、やる気を買ってこれも採用します。Xフォースは移送中を狙って上空からパラシュート降下し、ラッセルを奪還しようとしますが、パラシュートが強風に煽られ着地前に全員死亡します(笑)。ただ一人「運のいい」ミュータント“ドミノ”(ザジー・ビーツ)だけが生き残ります。運がいい超人ってジャンプ漫画『とっても!ラッキーマン(1993)』みたいですね。


 何の役にも立たなかったXフォースですが、ドミノの活躍でラッセル救出には成功します。ところが護送車から怪力のミュータント“ジャガーノート”が現れて、デッドプールの前に立ち塞がります。力ではジャガーノートに勝てないデッドプールは、あっさり真っ二つに引き裂かれます。
 それでも死なないデッドプールは切り口から赤ちゃんみたいな下半身が生えてきて再生しますが、3頭身のデッドプールのよちよち歩きが気持ち悪いです。ちぎれた下半身の方はどうなったんでしょう。
 そっちもデッドプールが生えて来て、プラナリアみたいにデッドプールが増殖したらイヤだなあと思ったんですが(笑)、逃走したラッセルはジャガーノートと共に孤児院へと向かい、自分を虐待した理事長(エディ・マーサン)に復讐を果そうとします。


 クライマックスは理事長を殺そうとするラッセルと、それを止めるデッドプール達が入り乱れての戦いですが、敵を倒す戦いじゃなく未来の悪人が最初に手を汚すのを止めようとする戦いなのが面白いですね。
 ケーブルもデッドプールに賛同し、協力してラッセルの最初の殺人を止めることになります。コロッサスやネガソニックX-MENも参戦し、ジャガーノートと派手なバトルを繰り広げます。今回ネガソニックの恋人の“ユキオ”が登場するんですが、これを日本の若手女優・忽那汐里(くつなしおり)が演っていて、一瞬だけの登場かと思ったら電撃を操るミュータントとして派手に活躍します。
 というか主役のデッドプールの戦い方が一番地味ですね。日本刀と拳銃ですから。それでもラッセルの未来のために命を懸けるデッドプールにはグッと来ます。デッドプールの誠意が少年の運命を変えた瞬間、ケーブルの運命もまた変わるのが感動的で、こんな映画なのに泣きましたね。


 今回おふざけ要素は控えめに感じましたが、デッドプールの「第4の壁を破る」能力は健在で、スクリーンの中から観客に話しかけたり脚本に文句を付けたりします。ケーブル役のジョシュ・ブローリンに「サノス」(『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー(2018)』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20180619/p1)のラスボス)と呼びかけたりして。デッドプールの場合内輪ネタじゃなく「自分の世界がフィクションだと認識できる」超能力なんですよね。
 予告編だとスタン・リー(原作者)に対して「黙れ! スタン・リー!」とツッコむギャグがありましたが、本編には無くて残念でした。『アナと雪の女王(2013)』の曲が「愛のイェントル」のパクリなんてネタも、バーブラ・ストライサンドジョシュ・ブローリンの義理の母なんて芸能情報も知っておくと味わいが増すでしょう。そんなデッドプールでも「この映画、『ターミネーター(1984)』にそっくりだな」とは言わなかったですね(笑)。


 この映画に限ってはエンドタイトルの途中で帰らない方がいいです。映画の内容をひっくり返す大どんでん返しがありますから。本家『X-MEN フューチャー&パスト(2014)』も真っ青の反則技で、映画の内容ついでに主演のライアン・レイノルズ黒歴史までひっくり返しますよ。


(了)


デッドプール2 〜合評2

(文・T.SATO)
(18年6月16日脱稿)


 前半は少々カッタるい。後半は人情ドラマとしても盛り上がる。
 悪人にも一分の魂、ロクデナシのC調おしゃべりヒーロー・デッドプールが、施設で虐待されて育ったデブのイケてない、ミュータント(突然変異)能力が発現した白人少年を闇落ちから救うため、イイひとになってしまうあたり、このテはもう続編では使えなくなってしまったゾ!(笑)
 まぁ後先考えずにヤリきってしまうのも、良作を作るためのひとつのテではあるだろう。前作の方が僅差で面白かったような気もするけれど(汗)。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2018年初夏号』(18年6月17日発行)〜『仮面特攻隊2019年号』(18年12月29日発行)所収『デッドプール2』合評1&2より抜粋)


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デッドプール』 〜X-MENも客演! 私的快楽優先のヒーローは、日本でも80年代以降は珍しからず!

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デッドプール2』 〜軟派C調破天荒ヒーロー改心!? デッドプールvsターミネーター(笑)

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ガーディアンズ』 〜酷評のロシアのスーパーヒーロー集合映画を擁護する!

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ブラックパンサー』 〜アメコミ黒人ヒーロー映画で傑作だが、新型のPC・黒人搾取でもあるか!?

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『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』 〜多民族が「共生」ではなく「棲み分け」(笑)する未来像!

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パシフィック・リム:アップライジング』 〜巨大ロボ×巨大怪獣×ロリチビ少女×中国大企業×東京&富士山!

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『レディ・プレイヤー1』 〜ガンダムvsメカゴジラ! 仮想現実に逃避するオタの心理描写が秀逸(涙)

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アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』賛否合評 〜もはやブランド・権威ゆえ、思考停止で高評価・深読みされてやしないか!?

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GODZILLA 決戦機動増殖都市』 〜地球人・X星人・ブラックホール第3惑星人・インファント島民 ゴジラvsメカゴジラ!?

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スパイダーマン:ホームカミング』 〜クイズ研究会(?)に所属する文化系スパイダーマンの弱者友人たち(汗)

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マイティ・ソー バトルロイヤル』 〜新敵出現で宿敵の悪神が正義に協力!(笑) 欧米も実は神仏習合だ!?

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アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』賛否合評 〜もはやブランド・権威ゆえ、思考停止で高評価・深読みされてやしないか!?

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ワンダーウーマン』 〜フェミニズムの英雄か!? 単なるセックス・シンボルか!?

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バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』 〜日本のヒーロー「VS」「大集合」映画と比較!

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160911/p1

スーサイド・スクワッド』 〜アメコミ悪党大集合。世評は酷評だが佳作だと私見

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160912/p1

GODZILLA 決戦機動増殖都市 〜地球人・X星人・ブラックホール第3惑星人・インファント島民 ゴジラvsメカゴジラ!?

(2018年9月12日(水)UP)


『シン・ゴジラ』 〜震災・原発・安保法制! そも反戦反核作品か!? 世界情勢・理想の外交・徳義国家ニッポン!
『ゴジラ FINAL WARS』 〜特撮アクション&本編アクション見せまくり究極作登場! JAC的なるものの勝利!
『GODZILLA 怪獣惑星』 〜『シン・ゴジラ』との相似と相違!
『GODZILLA 星を喰う者』 〜「終焉の必然」と「生への執着」を高次元を媒介に是々非々で天秤にかける!
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GODZILLA 決戦機動増殖都市

(18年5月18日(金)・封切)

GODZILLA 決戦機動増殖都市 〜合評1

(文・T.SATO)
(18年6月16日脱稿)


 21世紀前半に怪獣軍団に蹂躙されて、人類は2大異星人種族の助力を得るも、それでもゴジラをはじめとする怪獣たちを撃滅することはできず、外宇宙へと脱出した。
 しかし、生存に適した地球型惑星を見つけることはできず、過酷な船内生活に倦(う)んだ人々は地球帰還を決断する。
 ウラシマ効果で2万年が過ぎた地球。しかし、そこはゴジラ型生物で生態系が激変した地球であった!


 ……といったCGアニメ表現だからこそ可能な、SF仕立ての『ゴジラ』映画3部作の第2章『決戦機動増殖都市』――SF風『ゴジラ』といえば、もう40年近くもむかしに特撮雑誌『スターログ』日本版(79年)で、『ア・スペース・ゴジラ』という絵物語の連載があってですネェ(ゴホッ、ゴホッ)――。
 アニメ製作は元は下請けCG屋で、近年ではメカも人物も(ほぼ)フルCGの宇宙SF深夜アニメ『シドニアの騎士』(14年)の製作で、好事家を驚かせたポリゴン・ピクチュアズであり、スタッフもだいたいスライドしており、絵柄的にも『シドニア』の延長線上のモノ。


 もちろん怪獣映画『シン・ゴジラ』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160824/p1)級の超特大ヒットなぞを、物事の細分化が進展した果ての21世紀に住まう今の東宝の若手プロデューサー陣がねらうワケもなく、大衆ではなくニッチなハイブロウマニア層をねらっているとの発言をドコかでも眼にしたけど、まさに本作はそのようなクールでシリアスな方向性で構築されている。
 20世紀のSFアニメ全盛の時代とは異なり、21世紀の萌えアニメ全盛の時代に、アニメのゴジラ映画で今の若いオタが釣れるのだろうか? と思いきや……。『シン・ゴジラ』の余波に、脚本・シリーズ構成が『魔法少女まどか☆マギカ』(11年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20120527/p1)の虚淵ブランドで、イケメンボイスの人気声優の登板もあってか、劇場にはけっこう若いオタが来てますナ。
 2014年のハリウッド版『GODZILLA』では、客層が50代メインという感じだったので、よかったよかった。まぁ両作ともに子供の観客は見当たらなかったけど(爆)。


 生き残りの人類から進化したのか、別種の昆虫などから進化したのか、東宝怪獣映画『モスラ』(61年)シリーズで、モスラを崇めるインファント島の民のような(改変された)自然と共生する部族が2万年後の箱根に住まっていたり、それとの対比でかつてメカゴジラを建造したマッチョなブラックホール第3惑星人の超科学技術・合理主義・富国強兵志向もウキボリとなって、自然志向と科学志向の両者の相容れない価値観の相克と、その狭間で揺れる地球人や宗教的・瞑想的な価値観で生きるX(エックス)星人との多様な対比も描かれたりはする。


 地上に上陸した部隊の地球人たちも、厭戦派・主戦派に分かれており、復讐の対象であるゴジラを打倒せんとするネバギバな主人公青年のハルオは後者であり、その不屈の闘志にブラックホール第3惑星人も共感を示していたのだが、ゴジラに勝つためにはメカ(=ナノ・メタル)との融合も辞さない第3惑星人にはハルオが拒否を示すサマを、ゴジラとの最終ロボットバトル中に描くことで、バトルとドラマのクライマックスも同時に持ってくる。
 筆者のようなヒネくれた人間には、別に当人――第3惑星人や地球人のメインヒロイン――が承知の上で行なうなら、TVシリーズ最終回のあと、外宇宙から新たに飛来した金属生命体との戦争で、最後には意思疎通が不能なハズの金属生命体とも融合して戦争を終結してみせた主人公を描いた『劇場版 機動戦士ガンダム00(ダブルオー) ―A Waking of the Trailblazer―』(10年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100920/p1)みたいなオチもあってイイとも思うけど(笑)。
 もちろん、それはシニカルなあえてするツッコミで、本作では人間とメカとの融合が「一線を超えた非人間性の象徴」として描かれる。まぁそのへんはSF物語のバリエーションのひとつとして、相対化して受け止めさせてもらおう。


 しかし基本的にはそれらの対比・対立劇は本作を高尚っぽく見せるための言い訳であり、前作では空飛ぶバイク型メカ群vs50メートル級ゴジラとの激闘を描いたけど、本作では高速で空を飛ぶ中型ロボット数機&メカメカ都市vs300メートル級の超ゴジラとの大激闘をメインに描いていく。
 メカゴジラをキチンと登場させた同時期公開の洋画『レディ・プレイヤー1(ワン)』(18年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20180616/p1)の方がエラいともいえるけど、まぁ本作の設定・作風からして、たとえ登場しなかったとしても不思議じゃなかったし、予想や期待をハズしてくるだろうと、大衆はともかくスレたマニア層であれば、鑑賞途中で想起されてくるので、この試みを手放しでは絶賛はしないけど、まイっか! といったところか?(異論は受け付けます・笑)
 筆者個人が最上級で理想とする作劇ではないし、大スキという作品でもないけれど、むろん自分の好み以外の作品は身体が受け付けないというほどにはケツの穴が小さくはないつもりなので、本シリーズもそーいう中間ポジションにおいては楽しめたし肯定もしておきたい。


 この第2章の脚本は、クレジットの順番的にも実質的には虚淵ではなく、『シドニアの騎士』でもメインライターを務めて、『ブギーポップは笑わない』(00年)・『キノの旅』(03年)・『魍魎の匣(もうりょうのはこ)』(08年)・『夏目友人帳』(08年)シリーズなどのハイブロウ系アニメばかりを手掛ける印象がある村井さだゆきの筆によるものだと思われる。特撮マニア的には『ウルトラマンダイナ』(97年)の怪作である#38、実相寺昭雄カントク担当回「怪獣戯曲」(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19971209/p1)の衒学的で頭デッカチな脚本が印象に残るが、併映作品の短編アニメ映画『ウルトラニャン』(97年)の脚本家でもあった(笑)。


(了)


GODZILLA 決戦機動増殖都市 〜合評2

(文・仙田 冷)
(18年6月12日脱稿)


 見ての感想だが、かなり『魔法少女まどか☆マギカ』(11年、以下『まどマギ』)の要素が入っているなというのが、正直な印象である。
 例えば、目的を果たすために犠牲が出るのは、それが合理的なものである限り許容するというビルサルドのスタンスは、まどマギのキュゥべぇことインキュベーターを思わせる。実態をろくに説明せずに結果だけを押しつけるあたりも何だか似ている。
 一時はビルサルドの思想に共鳴するも、真相を知って恐怖の悲鳴を上げることになるヒロイン・ユウコは、何だか魔法少女の一人・美樹さやかを思い出させる。さやかもまた、奇跡を願って魔法少女になるも、やがて実態を知り、絶望に沈むキャラだった。そのプロセスをもうちょっと急激にやると、今回の映画のようなことになる感じか。
 まあそれを言ったら、ゴジラまどマギのクライマックスに現れた大魔女・ワルプルギスの夜で、それに憎悪を燃やすハルオは魔法少女暁美ほむらのポジションか。しかしながら、この事態を救済するはずの鹿目まどかにあたる存在は、未だに姿を見せない。今回本格的に活躍したフツアの双子の少女・マイナとミアナなのか、それとももっと別の誰かなのか。いずれにしても結論は、11月公開予定の第3部で出るはずである。


 今回のバトルは、ゴジラ対メカゴジラという触れ込みだったが、ふたを開けてみれば、全長300メートルのゴジラ・アース対メカゴジラをベースに構築された要塞都市という異種戦であった。特定の何かを迎撃するために要塞都市を構築するというところで、『新世紀エヴァンゲリオン』(95年)または『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』(07年)シリーズ(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110827/p1)の第3新東京市を思い出した向きは多かろうと思う。
 怪獣同士のガチバトルを期待した向きには、外されてしまった感じもあるのではないかと想像する。私などは、ちょっとばかり意外な成り行きで、これはこれで面白いと思った方であるが。三部作の2話目にはよくあることで、物語の発端とクライマックスとの間に挟まれて、中だるみとは言わないまでも、どうしてもつなぎっぽい感じになるのは仕方のないところか。ハルオの作戦も、基本的には第1部『GODZILLA 怪獣惑星』(17年)での対ゴジラ作戦のブローアップヴァージョンだし、そういう意味では新鮮味はないかも知れない。
 でも、伏線の張り方は面白かった。
 クライマックスで戦闘メカ・ヴァルチャーに乗った3人のうち、なぜハルオだけがナノメタルによる浸食を免れたのか。その前振りとなるのが、フツアの民と出会ったビルサルドが、フツアが自分たちのナノメタルを加工して武器にしていることに気づく場面である。つまり、なぜ日常的にナノメタルに触れているフツアの人々が、ナノメタルの浸食を免れているのか、ということ。それに回答を提示するのが、途中で提示される、フツアの村で傷の手当を受けた人間が、メカゴジラシティに入ったとたんに、ハルオも含めて、軒並み体調を崩しているという事実。フツアの民がまとう鱗粉は、ナノメタルと相性が悪いというか、何らかの相互作用があるのではないか、というわけである。
 それで思い出したのが『怪奇大作戦』(68年・円谷プロ)の第2話「人喰い蛾」。動物を溶かして消化する作用を持つ細菌・チラス菌を植え付けた蛾を使っての殺人を描いた話だが、こう思った人は少なくないのではあるまいか。チラス菌を植え付けられた蛾は溶けないのか? と。劇中ではその辺、特に説明はなかったが、個人的には蛾の鱗粉が、チラス菌に対して防御作用を持つのではないかと想像している。フツアの鱗粉も、ナノメタルに対してそういう作用があったのではという話である。
 実はもう一つ、面白い伏線だと思った部分があったはずなのだが、どこだったのか思い出せない。いずれこの原稿も、改稿する機会があると思うので、その時までには思い出しておこうと思う。


 さて本作、第3部『GODZILLA 星を喰う者』(18年)への布石もいろいろちりばめられている。
 まずフツアの双子少女は、どう見てもモスラ出現のフラグだ。X星人をもじってエクシフ、ブラックホール第三惑星人をもじってビルサルドであるように、フツアというのも多分関連する何かのもじりなのだろう。彼女たちはやっぱり、ザ・ピーナッツやコスモスのように、あの歌を歌うのだろうか。てゆーか、ここまで旧作のネタを取り込んでおいて、今さら歌わないなんて言われたら、その方が嘘だ。
 また本作のラストでは、エクシフの文明を滅ぼした怪獣が「ギドラ」と呼称されていることが明かされる。となれば当然、キングギドラの登場も予想される。実際、次回予告の一枚絵では、幾何学的に絡み合った3本の龍の首が描かれている。何だかその絡み具合が、三浦健太郎氏のダークファンタジーマンガ『ベルセルク』(白泉社ヤングアニマル連載)において、「贄(にえ)」(悪魔に捧げられた生け贄と思えばいいかと)とされた者につけられるマーキングと似ているのは、果たして故意か偶然か。
 ゴジラモスラキングギドラ……あれ、この並びは、金子修介監督の『ゴジラモスラキングギドラ 大怪獣総攻撃』(01年)と同じじゃないか。これでバラゴンが出てくれば完璧なのだが、まあそこまではないだろう。いずれにせよ第3部は、いよいよ本当に「大怪獣総攻撃」になりそうだ。そこにハルオたち人類勢がどう絡むのか。ビルサルドとの信頼関係には、今回の件でひびが入ったことは容易に想像できる。まさか今度はエクシフとも一悶着起こすんじゃあるまいなという不安もある。ハルオは、エクシフのメトフィエスとは仲がいいみたいだから、よほどのことがなければそういうことにはなるまいが。
 泣いても笑っても、物語はいよいよ次で完結する。いったいどんな結末を迎えるのか、楽しみに待つとしよう。


(了)


GODZILLA 決戦機動増殖都市 〜合評3

(文・久保達也)
(18年5月27日脱稿)

*見よ! メカゴジラの超進化!


 前作のアニメ映画『GODZILLAゴジラ) 怪獣惑星』(17年・東宝http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20171122/p1)のラストで、身長300メートル・体重10万トンの超巨大ゴジラの襲撃で全滅したかに見えた人類だったが、主要キャラは全員ちゃんと生きていた(笑)。


 各種宣材のキービジュアルにあったように、今回の『GODZILLA 決戦機動増殖都市』(18年・東宝)最大のウリは、映画『ゴジラ対メカゴジラ』(74年・東宝)以来、往年の東宝怪獣映画・ゴジラシリーズに再三に渡って登場し、「昭和」から「平成」にかけ、世の男子たちをワクワクさせてきたロボット怪獣メカゴジラ対怪獣王ゴジラの決戦絵巻だ。
 果たしてアニメで描かれるメカゴジラとは、いったいどんな姿なのか? と、大半の観客、いや、少なくとも筆者の興味の中心はそれだったのだが、今回は実にいいかたちで裏切られたといった感が強い。


 ゴジラのデザインをベースに、全身シルバーに光る装甲で武装したメカゴジラは、再登場を繰り返すたびにそのデザインを変化させていったが、今回登場したのはまさにその究極体である。
 前作『GODZILLA 怪獣惑星』に登場した、本来は惑星開発用の掘削(くっさく)機能を持つ重機を兵器に転用したパワードスーツが、ロボットアニメ『機動戦士ガンダム』シリーズ(79年〜・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19990801/p1)のモビルスーツだとするなら、今回のメカゴジラはロボットアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズ(95年〜)の主役メカ・エヴァンゲリオンだと云っても過言ではない。
 いや、実際異様にヒョロ長い腕と足をした、全体的に超スリムなボディは、誰がどう見てもエヴァンゲリオンだし(笑)、巨大な鳥のような翼で宙を高速で舞い、ゴジラに奇襲攻撃をかけるさまは、まさに「蝶(ちょう)のように舞い、蜂(はち)のように刺す」という表現がピッタリとくるものがある。
 実はこの兵器はメカゴジラではなく、ハゲタカ=猛禽類(もうきんるい)を意味するヴァルチャーと名づけられているのだ。かのアメコミヒーロー・スパイダーマンの長年の宿敵にも同名の怪物がいるほどなので、ベタではあるものの、戦闘メカにはふさわしい、力強いネーミングと云えるだろう。
 もっとも翼で宙を高速で舞う姿からすれば、メカゴジラと云うよりは、映画『空の大怪獣ラドン』(56年・東宝)の主役怪獣を戦闘メカにアレンジした、メカラドンと呼ぶ方がふさわしいかも(笑)。


 おいおい、これでは肩すかしだ、拍子(ひょうし)抜けだ、詐欺(さぎ)だ、と怒る熱心なゴジラファンもいるかもしれないが、このヴァルチャー登場の経緯にはうならされるを得ないのだ。
 前作の冒頭で描かれた、西暦1999年から2048年に至る怪獣たちと人類との半世紀にもおよぶ激闘史の中で、2036年に母星を捨てて地球に来訪した種族・ビルサルドが、ゴジラ対抗兵器としてメカゴジラを開発するも、2046年に基地ごとゴジラに破壊されたことが、ほんのわずかだが映像でも説明されていた。
 このとき破壊されたメカゴジラの残骸(ざんがい)を構成する自立思考金属体・ナノメタルが、ごく一部の人類が生存可能な星を求めて地球を離れていた20年=地球時間で2万年(!)の間に増殖を遂げ、メカゴジラシティなる、巨大な金属からなるコンビナートのような都市を形成するに至っていたのだ。
 メカゴジラ自体は劇中には登場しないものの、このメカゴジラシティがメカゴジラの残骸から形成されていることに説得力を持たせるため、逆算するかたちで先述したヴァルチャーと同じく腕や足が細く、背から尾にかけてゴジラのようなヒレが多数並ぶ、全体的にシャープな印象のメカゴジラも、製作の過程でデザインされている――プレミアムバンダイ限定でソフビ人形を売るという目的も大きいだろうが(笑)――。


 そもそもビルサルドは先述した『ゴジラ対メカゴジラ』にメカゴジラで地球を侵略する悪役として登場したブラックホール第3惑星人がモチーフであり、そのビルサルドのメカゴジラ建造プラントがあった場所、つまり現在の機動増殖都市は、かつての富士山麓(さんろく)にあることが今回語られるのだ。
 そう、映画『怪獣総進撃』(68年・東宝)で、宇宙超怪獣キングギドラ対地球怪獣連合軍の決戦場となったのをはじめ、映画『ゴジラモスラキングギドラ 大怪獣総攻撃』(01年・東宝)の時代に至るまで、幾度(いくど)となく怪獣たちが活躍する舞台として描かれた、あの富士山麓なのだ!
 往年のゴジラファンの心の琴線(きんせん)に触れるキーワードを巧妙に散りばめつつも、それらをそのままリメイクするのではなく、時代に受け入れられやすいかたちで昇華させていることこそ、メカゴジラのみならず、ゴジラシリーズ自体の超進化と云っても過言ではないのだ。


*萌え系キャラに転生した「小美人」


 それは前作のラストで、主人公のハルオ・サカキを超巨大ゴジラの襲撃から助けた存在としてチラッとだけ描かれた、今回主に前半で活躍するエキゾチックな美少女キャラについても同様だ。
 ハルオを助けたミアナと、双子の姉・マイナの姉妹は、映画『モスラ』(61年・東宝)から映画『GODZILLA FINAL WARS(ゴジラ・ファイナル・ウォーズ)』(04年・東宝http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060304/p1)に至るまで、巨大蛾(が)怪獣モスラを呼び寄せる存在として登場しつづけた、インファント島の小美人をモチーフとしたものだ。
 『恋のバカンス』『ウナセラディ東京』『恋のフーガ』などのヒット曲で人気絶頂だった双子デュオのザ・ピーナッツを小美人に起用することに成功した『モスラ』『モスラ対ゴジラ』(64年・東宝)『三大怪獣地球最大の決戦』(64年・東宝)。
 そして、現在はすっかりメジャーな女優と化し、アニメ映画『コクリコ坂から』(11年・東宝)や『君の名は。』(16年・東宝)をはじめ、声優としての実績もある長澤(ながさわ)まさみが小美人を演じた映画『ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS』(03年・東宝)『GODZILLA FINAL WARS』に至るまで、小美人は20歳前後の女優たちによって演じられてきたものだった。
 ちなみに映画『ゴジラVSモスラ』(92年・東宝)では、当時『愛がとまらない』『淋(さび)しい熱帯魚』などのヒット曲を連発していたアイドルデュオ・ウインクを小美人に起用する案もあったが、残念ながら流れてしまった。


 だが、今回登場したミアナとマイナの姉妹は、従来描かれてきた小美人の系譜を継承しつつも、萌(も)え系の美少女キャラとなったのだ。
 そしてポイントとなるのが、従来の小美人は身長が30センチ(!)だったのが、今回は身長145センチと、人類の少女と同じ姿に改変されたことである。
 大人に近い年齢の女性たちが演じてきた小美人の身長を、人間大にしたのと反比例するかのようにキャラが低年齢化したのだが、身長30センチのキャラよりも、観客の感情移入を容易にするためでもあったのだろう。
 そしてその狙いは、かなり的(まと)を得ていたのだ。


 たとえば地底王国の洞窟(どうくつ)に築(きず)かれた祭壇場で、巨大な卵や謎の文字が描かれた壁画に手をかざしたミアナとマイナが、「卵をたたえよ、大地の闇こそ、フツアの憩(いこ)い……」などと、従来の小美人のように精神感応(かんのう)=テレパシーで呪文(じゅもん)を唱(とな)えつづける場面だ。
 水色とグレーの中間色のショートボブヘアで、前髪部分をモスラが翼を閉じたような形状に整(ととの)えた、ハルオを助けたやさしいミアナはややタレ目、ハルオの仲間たちを敵と認識して攻撃をかけてきた姉のマイナはややツリ目と、一応の差別化がはかられた双子の美少女キャラの、気高(けだか)さと神秘性を強調した演出は、筆者の萌え感情を呼び起こさずにはいられなかった(笑)。
 ミアナがハルオの名前をうまく呼ぶことができず、「は……る……おい」と呼んでしまう場面の、「おい」もまた然(しか)りだ(爆)。


 ミアナとマイナの呪文の中で、「フツアの神もゴジラに敗れ、今や卵を残すのみ」とあるように、ミアナとマイナをはじめとする人型種族・フツア族は、モスラを神として崇(あが)めていることが明確に描かれながらも、メカゴジラ同様、モスラも今回は登場しない。
 だが、フツア族は人型の種族でありながらも、単なる人類の生き残りではなく、昆虫の遺伝子を持つ突然変異体として設定されており、モスラの必殺技であった鱗粉(りんぷん)を発したり、モスラの巨大な羽根と同様の模様が、褐色(かっしょく)の肌の全身に細かく描かれていることで、たとえモスラは登場しなくとも、往年のインファント島の原住民以上に、モスラと因縁(いんねん)が強い種族として描くことに成功しているのだ。
 もっともフツア族の長老のキャラクターデザインは、初期モスラ作品に登場したインファント島の長老そのまんまという感が強いのだが(笑)。
 また、先述した『モスラ』で小美人が発する声として製作された、ハモンドオルガンで演奏されたメロディを彷彿(ほうふつ)とさせる音楽が、洞窟の一連の場面で流れていたことも相乗効果を高めていたように思える――なお、『モスラ』の音楽を手がけた故・古関裕而(こせき・ゆうじ)は、先述した『君の名は。』の元ネタ(?)となった純愛映画『君の名は』(54年・東宝)の音楽も担当していた――。
 そして、小美人を身長30センチではなく、身長145センチの小さな美人として描いたのは、主要キャラに心の変遷(へんせん)を生みだし、それらの関係性に大きな変化を与えるためでもあったのだ。


*「群像劇」で魅せるゴジラ映画


 特に目立ったのが、ハルオのおさななじみであり、ハルオにあこがれる後輩女性として描かれながらも、前作『怪獣惑星』ではキャラの味付けがやや薄いと思えたユウコ・タニの躍進ぶりだ。
 先述した「は……る……おい」(笑)をはじめ、ミアナがハルオと親しくしていることに、ユウコは「なによあれ」と、露骨に不快感を示すのだが、もしミアナが従来の小美人のように身長30センチのキャラとして描かれていたならば、ユウコがこのような感情を呼び起こすことはなかったに相違ない。
 この直後、ハルオがミアナの呼びかけで難を逃れたのと同じ場所で、映画『ゴジラVSビオランテ』(89年・東宝)に登場したバイオ怪獣ビオランテの触手を彷彿とさせる捕食植物にユウコが襲われるのがのちの伏線となっているのだが、これについては後述する。


 前作でゴジラ討伐作戦に同胞たちを巻きこむこととなったハルオだが、ゴジラを倒したとは云え多くの犠牲者を出したことを悔(く)いたり、代わって現れた超巨大ゴジラを本当に倒すことができるのか? と悩んだりと、前作では決して見せなかった面が今回は描かれる。
 前作と比べると出番はかなり少ないが、母星を怪獣に滅ぼされて地球に来訪した宗教国家の種族・エクシフのメトフィエスが隊員たちの心を癒(いや)す集会にハルオがフラリと現れ、メトフィエスが「めずらしいね」とつぶやく場面が、まさに象徴的に機能しているのだ。
 ゴジラに復讐(ふくしゅう)の炎を燃やす一方だったハズが、いつしか救いを求めるようになっていたハルオに、ユウコは「どこまでも先輩についていきます」とハルオを励(はげ)ますのみならず、自分の方からハルオにディープキスをかましてしまう!
 ミアナとマイナの姉妹が地球連合の動きを監視しているのを承知のうえで、ユウコはミアナに見せつけるために強硬な手段に出たとしか思えない(笑)。おそらくフツア族にはないであろう習慣を物陰から目撃していたミアナが、案の定、ビクっ! とした動きを見せるのがまたカワイイ(爆)。


 さらにユウコはおそるべき変化を見せる。
 ゴジラ打倒のために、ビルサルドは部隊全員がナノメタルと同化し、メカゴジラシティの一部となるべきだと主張する。ハルオをはじめ、人類は猛反発するが、ユウコはビルサルドの主張に同調してしまうのだ!
 原始時代のような生活を営むフツア族を、科学の最先端をいくビルサルドが露骨に見下す描写が何度もあるのだが――フツア族が矢じりやナイフにナノメタルを使用するのを見たことから、ビルサルドが近辺にかつての基地があることを確信するのも良い伏線となっている――、ユウコもまた、ミアナに対する個人的な反発に端を発するかたちで、フツア族を蔑視(べっし)するビルサルドに同意しているかのように見受けられるのだ。
 どちらかと云えば端正な顔つきをしたメインヒロインであるにもかかわらず、ここまでイヤ〜ンな(笑)女を極めてしまうユウコは、脚本の虚淵玄(うろぶち・げん)がメインライターを務めた『仮面ライダー鎧武(ガイム)』(13年)に登場した湊燿子(みなと・ようこ)=仮面ライダーマリカをどことなく彷彿としてしまうのだが、この10年間勢いがとまらない、ユウコ役の花澤香菜(はなざわ・かな)の演技には要注目だ。
 「また花澤かよ」などと云ってる場合ではない。個人的に花澤のカエル顔は好みだし(爆)。


 ゴジラを倒すにはゴジラを超える存在にならねばならず、そのためには肉体も感情も不要だと主張するビルサルド、人間であることを捨ててゴジラに勝っても価値はないと主張するハルオ、激情に突き動かされるままに、ヴァルチャー搭乗を決意するユウコと、フツア族やメカゴジラシティとの出会いを機に、主要キャラが心の変遷をとげ、立ち位置をシャッフルさせていく展開は、『鎧武』のみならず、まさに「平成」仮面ライダー最大の魅力である群像劇を彷彿とさせる!
 そして迎える衝撃の結末……
 「感情を持つことが人類の最大の弱点」(大意)なるビルサルドの主張が、クライマックスで最大の説得力をもって響くこととなり、ユウコはゴジラ攻撃の中で絶体絶命の危機に陥(おちい)り、ユウコを救いたいがために、感情を捨てられなかったハルオは、最大の目的だったハズの、ゴジラ打倒が困難となってしまう……
 ゴジラに復讐の炎を燃やしていたにもかかわらず、前作ではハルオがその感情を終始押し殺していたのは、まさに確信犯的な演出だったと云うよりほかにない。
 それにしても、自身の目的を果たすために周囲の人間を巻きこんできた、本来は「巻きこみ型」の主人公が、いつしか周囲に翻弄(ほんろう)されてしまう「巻きこまれ型」のキャラに転じてしまうとは!?


 地球の存亡をかけた大人たちの陰謀(いんぼう)に巻きこまれてしまう『仮面ライダー鎧武』の若者たちをはじめ、「平成」、いや、「昭和」の仮面ライダーの主人公たちも、圧倒的に「巻きこまれ型」が多い。放映中の『仮面ライダービルド』(17年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20180513/p1)もまた然(しか)りだ。
 アイドルグループやバンドを結成したいがために、周囲の生徒たちを巻きこんでしまう、アイドルアニメ『ラブライブ!』(13年〜・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160330/p1)やバンドアニメ(?)『BanG Dream(バンドリ)!』(17年〜)の女子高生主人公のような「巻きこみ型」は、仮面ライダーシリーズでは「この学校の全員と友達になる男だ!」として、仮面ライダー部を結成したヤンキー高校生・如月弦太朗(きさらぎ・げんたろう)を主人公にした『仮面ライダーフォーゼ』(11年)が希有(けう)な例ではなかったか?
 その意味では、今回ハルオが「巻きこまれ型」へと転じたのは、2018年11月公開予定の最終作・『GODZILLA 星を喰(く)う者』で、ハルオがついに超巨大ゴジラを倒す真のヒーローへと至る成長過程として描かれたのかと見るべきかもしれない――「巻きこみ型」の弦太朗はヒーローではないと主張しているワケではないので誤解なきように!――。
 そして、「平成」仮面ライダーが、登場キャラを一面ばかりではなく、常に多面的に描いているように、ハルオもまた決して一枚岩ではいかない存在として描くことで、観客の感情移入を増幅させる効果を発揮しているのだ。


 従来のゴジラ映画の常として、肝心の主役であるハズのゴジラが、なかなか出てこないという不満があったものだ。
 だが、ハルオの苦悩、ユウコの激情、ビルサルドの合理主義、エクシフの心の救済といった、それまで描かれてきた知的生命体の営みをあざ笑うかのように、超巨大ゴジラがクライマックスでのみ、破壊の限りを尽くすさまが存分に描かれるからこそ、怪獣王ゴジラとしての尊厳が保たれるのではないのか? と思えたほど、今回の群像劇は実に魅力的に描かれており、「平成」ライダーを彷彿とさせる作風は、今後の展望を考えるならば正しいのではなかろうか?
 筆者は静岡県静岡市のシネシティザートで公開2週目の土曜日のレイトショーを鑑賞したが、観客は20〜30代の若い層が圧倒的であり、ハルオ役の宮野真守(みやの・まもる)、メトフィエス役の櫻井孝宏(さくらい・たかひろ)ら、声優目当てとおぼしき女性客の姿もかなり見られたものだ。
 ハリウッド版『GODZILLA』(14年・東宝)の観客層が、「メインは50代の方だった――実際そうだった(爆)――」ことから、若い層を獲得するためにアニメ版のゴジラを構想した東宝の戦略は、結果的に正しかったことが実証されたと云っても過言ではないだろう。
 まぁ、だからと云って、筆者を含めた中高年の観客が皆無(かいむ)に近くなるほどまでに(汗)、切り捨ててもよいのか? という問題もあるのだが、つづく最終作・『GODZILLA 星を喰う者』には、モスラメカゴジラときたら、古い世代にはたまらないハズのアイツが、ついに帰ってきますよ!
 そう、サイボーグ怪獣ガイガンです、って違う!(笑)


2018.5.27.
(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2018年初夏号』(18年6月17日発行)〜『仮面特攻隊2019年号』(18年12月29日発行)所収『GODZILLA 決戦機動増殖都市』評3〜5より抜粋)


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アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー

(18年4月27日(金)・日本封切)

アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー 〜合評1

(文・くらげ)
(18年6月15日脱稿)


 『アベンジャーズ(2012)』第3作にしていよいよ最強の敵“サノス”の登場です。やはり強敵が出ないとヒーローものっぽくないですよね。監督はシリーズ常連のアンソニー&ジョーのルッソ兄弟。かなり詰め込み気味の内容ですが、2時間半の長丁場をまったく飽きさせずに見せます。あらすじを紹介するだけでも一苦労ですが最後までお付き合い下さい。登場キャラも多すぎるのでキャスト名は割愛です。自分で調べて下さい(笑)。


 さて考えてみるとこれまでアベンジャーズに登場のヴィラン(悪役)はチタウリとかウルトロンとか、数ばかり多くてヒーロー総出で戦うには地味な敵でした。ヒーローを活躍させるにはひとり強力な悪役を出すのが手っ取り早いですが、どうしても話が安易になります。
 悪のラスボスがいてそいつさえ倒せば万事解決という物語はビンラディンあたりで終わって、さすがに能天気なアメリカ人にも通用しなくなってるんですね。でも今はアメリカ大統領が悪のラスボスですけどね(笑)。


 そんな時代に登場するサノスは古き良きというか、人格と目的を持つ悪役らしい悪役です。原作ではメジャーなヴィランも、知らない人が見ればプロレスラーみたいなオッサンで、こんな青白いハゲ親父がアベンジャーズのラスボス? とガッカリする人も多いでしょう。彼の目的は「宇宙の生命の半分を消滅させる」ことで、そのために宇宙に6つある“インフィニティ・ストーン”を集めています。
 唐突な新アイテム登場がネタに詰まった漫画のテコ入れみたいですが、すでに6つのうち5つは過去作のパワーアイテムとして登場してるんですね。『マイティ・ソー(2011)』の弟神ロキの杖とか、アベンジャーズの一員ヴィジョンの額の宝石とか。1つ1つがすでに強力なアイテムですが、6つ集めると指一つ鳴らすだけで宇宙を終わらせることができます。てっきり比喩的な表現と思えばそうじゃなかったことが分かるんですが。


 今回の物語は宇宙から始まります。『マイティ・ソー バトルロイヤル(2017)』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20171116/p1)からの続きですが、アスガルドから地球へ向かう宇宙船にソーとロキとハルクが乗っていてソーは何故か片目です。『バトルロイヤル』を観なかった自分には何のことやら分かりません。この宇宙船がサノスの襲撃を受けます。サノスはソーやハルクさえパワーで軽く圧倒し“四次元キューブ”に形を変えた【スペース・ストーン】を奪います。
 サノスの左手のガントレットにはすでに【パワー・ストーン】が嵌められていて、これは『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー(2014)』に登場したザンダー星が滅ぼされたことを意味します。ハルクは間一髪地球へと転送されるんですが、ロキは奇策及ばずサノスに殺されます。
 ロキには死んだと見せかけて生き返った前科があるのでみんないまいち本気にしません。「でも今度はダメなんじゃないの?」なんてやり取りが笑います。地球に転送されたハルクは、ドクターストレンジの下にたどり着き、協力を仰ぎます。


 いっぽう地球ではアイアンマンとペッパーがデートを楽しむ平和な日々です。『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ(2016)』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160701/p1)の内紛でアベンジャーズは解散状態で、アイアンマンとキャプテンアメリカに至っては口も聞かない状態が続いています。
 そんなアイアンマンのもとにハルクとストレンジが現れ、地球に危機が迫っていることを警告します。間もなくニューヨークに現れるのがサノスの部下のエボニー・マウで、ドクターストレンジの首飾りに埋め込まれた“アガモットの目”こと【タイム・ストーン】を奪いに来ます。
 これにストレンジおよびアイアンマン&スパイダーマンの師弟コンビが立ち向かうわけですが(ハルクは変身できなくて見物だけ)このエボニー・マウが絵に描いたような参謀キャラで「愚かな地球人よ。サノス様に勝てると思うのか?」みたいな感じがいいです。
 頭脳派っぽい癖にやたら強くて、指一本動かさずニューヨークを破壊していきます。普通の映画ならこの戦闘だけでクライマックスですよ。ストレンジの首飾りには呪文がかかっていて外せないと分かったエボニー・マウは首飾りごとストレンジを拉致し、アイアンマン&スパイダーマンはストレンジを追って宇宙船に潜入し、サノスの故郷、惑星タイタンへと向かうことになります。


 舞台が宇宙ということで主役級の活躍を見せるのが“ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー”の面々で、同じマーベル出身ながらなかなかアベンジャーズの一員と思えないメンバーですが、サノスとの因縁が物語で重要な意味を持つことになります。ガモーラとネビュラが実はサノスの娘とか、ドラックスがタイタン人に家族を殺されたとか、ちょっとした裏設定と思えばおもいっきり伏線だったんですね。
 まあ『ガーディアンズ…』は宇宙の果ての物語にスターロード一人が地球人なのが面白かったんですが、アベンジャーズと共闘したことで一気にレア感が薄れます。彼らは宇宙を漂流中のソーを助けたことでインフィニティ・ストーンの争奪戦に巻き込まれていきます。


 ソーは武器であるムジョルニアを失っていて(これもバトルロイヤルの中の事件らしい)新しい武器が必要と考えたソーは、ガーディアンズのロケットとグルートをお供に武器作りの達人、ドワーフのエイトリの住む惑星ニダベリアへと赴きます。
 エイトリは小人役者のピーター・ディンクレッジが演じますが、小人なのに身長10メートルくらいの巨人なので小さいのか大きいのか分かりません。サノスはインフィニティ・ストーンを嵌め込むガントレットをエイトリに作らせたんですが、エイトリだけを残して他のドワーフは殺してしまったんですね。ソーは失意のエイトリにサノスへの復讐を誓い、新たな武器である石斧“ストームブレイカー”を完成させます。


 この間にも【リアリティ・ストーン】を巡ってガーディアンズとサノスが惑星ノーウェアで鉢合わせしたり、エボニー・マウが宇宙船から放り出されたり、サノスがネビュラを拷問したり、【ソウル・ストーン】を探しにサノスとガモーラが惑星ヴォーミアに行ったり色々あるんですが(そろそろ面倒くさくなってきた)、クライマックスはアベンジャーズが地球チームと宇宙チームに分かれてサノス軍と激闘を繰り広げることになります。


 地球で戦場になるのは『ブラックパンサー(2018)』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20180607/p1)のティ・チャラ国王が治めるワカンダ国で、アイアンマンマーク2のウォーマシンが黒人ヒーローのネットワークを使って(かどうか分かりませんが)ワカンダ国王テイ・チャラ=ブラックパンサーの協力を仰ぎます。開国早々自国を戦場にされるのも迷惑な話ですが、テイ・チャラは快諾します。ワカンダで生きていたウインターソルジャーことバッキー・バーンズもアベンジャーズに復帰し、キャプテンアメリカとの旧交を温めます。
 そこへサノスの大軍勢が現れ、地球に残ったインフィニティ・ストーンを巡る激しい戦闘が始まります。今回ハルクは冒頭でサノスにのされたのがよほど応えたらしく後半はまったく変身できません。そこでスターク社から改良版の「ハルクバスター(巨大アイアンマン)」を借りて変身前のブルース・バナー博士のままで戦います。ハルクバスターで戦うハルクはシュールで面白いんですが、最後はハルクバスターをぶち破ってハルク復活! という場面が見たかったですね。ソーも新兵器ストームブレイカーを携えてワカンダの地に駆けつけます。


 同じ頃惑星タイタンではアイアンマン、スパイダーマン、ストレンジ、スターロードがサノスを相手に凄まじい戦いを繰り広げています。すでにインフィニティ・ストーンを4つ持ったサノスのパワーは強力で、タイタンの月を瞬時に砕いて無数の隕石を降らせるとかとんでもない攻撃をして来ます。
 アイアンマンとスパイダーマンのスーツはナノテクで瞬時に装着したり自己修復したりができるようになったんですが、何かありがたみが薄れましたね。産業用ロボットでガチャガチャ部品をくっつけていくアイアンマンのリアリティが好きだったんですが。
 ナノテク仕様の新規スパイダースーツは背中から6本の触手が出て自由自在に動くのが目玉ですが、ヒーローというより悪役っぽくて、ライミ版『スパイダーマン2(2004)』のドクター・オクトパスみたいでした。
 健闘空しくサノスにナノテクスーツを破壊され、いまにも殺されようとするアイアンマンの助命と引き換えに、ストレンジは【タイム・ストーン】を渡してしまいます。『ドクター・ストレンジ(2016・日本公開2017)』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20170504/p1)を観た人なら“アガモットの目”と呼ばれた【タイム・ストーン】がどれほど強力なアイテムか知ってると思いますが、あれがサノスの手に渡るわけです。


 5つのインフィニティ・ストーンを手に入れたサノスにとって数万光年の宇宙を越えるなど造作もありません。あっという間に地球へとワープしたサノスは最後の1個【マインド・ストーン】を持つヴィジョンに迫ります。これを奪われたら今度こそ最後とアベンジャーズのメンバーがサノスを止めようと立ちふさがりますが、すでに5個のストーンを持つサノスの敵ではなく、一人ずつ殴り倒されて行きます。
 勝ち目はないと悟ったヴィジョンはスカーレットウィッチに命の源である【マインド・ストーン】を破壊させ、ヴィジョンは死にますが、サノスは【タイム・ストーン】で時間を巻き戻し、何事もなかったようにヴィジョンを生き返らせると、額の【マインド・ストーン】をもぎ取ります。
 ヴィジョンは二度殺されます。悲劇を悲しむ暇もなく、6つのストーンをガントレットに収めたサノスが指をパチンと鳴らした後で何が起こるかは自分の目で確かめて下さい。色んなヒーローものがありますが、これだけバッドエンドに終わる作品は少ないでしょう。


 とはいえ、この映画の主役は最初からサノスなんですね。『インフィニティ・ウォー』はアベンジャーズにとってはバッドエンドでも、さまざまな障害を乗り越えて6つの宝を集めるサノスの旅が成就する物語であるわけです。
 そもそもどうしてサノスが生命の数を半分にしようと思ったか。力を誇示する暴虐なら皆殺しでいいわけですが、サノスは半分にこだわります。サノスはこれまでも色んな惑星で知的生命体を半分に間引くということをやっていて、それが滅びゆく惑星を回復させると確信を得ています。
 まずその星の住民を種族や身分に関係なく二つの集団に分け、そのうちの一つを皆殺しにする。例外を設けずランダムに半数を消滅させるわけで、特定の種族を根絶やしにする地球流のジェノサイドとは違うわけです。何にせよバランスを保つために半分殺すなんて許されるはずもなく、だからこそサノスは悪役なわけですけど。


 宇宙のバランスを望んでもサノス一人の力では限界がある。そこで万能の願望機たるインフィニティ・ストーンに目を付けるわけです。人気アニメ『Fate/Zero(2011)』の衛宮切嗣ですよ。天秤の重い方を残して半分ずつ減らしていくという。サノスも昔は純粋だったんでしょうね。「僕はね、正義の味方になりたかったんだ」って。インフィニティ・ストーンは実際に願いを叶えるので聖杯よりも良心的です(笑)。
 この映画がアベンジャーズでなく、美しい空を見上げる満足げな表情のサノスで終わるのは、生命の数が半分になり宇宙のバランスが回復された暗示なんでしょう。「人間の数が半分になったら いくつの森が焼かれずにすむだろうか」(これは違う漫画のセリフ)。
 ヒーロー側から見れば後味の悪い物語が、悪役の視点で捉えるとまた違った物に見えます。


 徒党を組んでイヤイヤ地球を守るアベンジャーズのモチベーションは、宇宙全体を視野に入れるサノスに最初から負けています。最大の難関【ソウル・ストーン】を手にするため「愛する者を代償にせよ」との試練を与えられ、葛藤の末に愛娘を手にかけるサノスなんてほとんどギリシャ悲劇で、悲しみを乗り越えて力を手にする神話的なドラマが、ヒーローでなく悪の側に用意されることでも主役がサノスの側であることは明らかです。
 考えてみるとインフィニティ・ストーンが発動すればサノスの部下も半分は消滅なわけで、それを承知の上でサノスに従う部下たちも宇宙のバランスを考える立派な人たちなのかも。
 ちなみにサノスの演者というかCGの素材になってるのがジョシュ・ブローリンで、2018年6月現在公開中の『X-MEN』シリーズの一篇『デッドプール2(2018)』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20180625/p1)でも“ケーブル”役をやってます。同じマーベルのアベンジャーズX-MENのかけもちで敵役やってるわけで、ごっちゃにならないか心配です。


 しかしアベンジャーズの中でも比較的良心的なメンバーが消滅し、もめ事の種ばかり生き残るのは、つまりは世の中そういうものってことでしょうか。生き残ると予想された新規参入組が全滅し、マーベル参入直後のスパイディまで消滅とは。トビー・マグワイヤ版もアンドリュー・ガーフィールド版も打ち切られ、ようやくマーベルに帰還すればあっさり消滅と、スパイディの受難は続きます。
 スパイダーマンの有名悪役を主役に据える公開を控えた映画『ヴェノム(2018)』は主役不在のヴィランになるんでしょうか。普通に考えれば『ドクター・ストレンジ2』も『ブラックパンサー2』もできないわけですが、ディズニーが大ヒットとなったブラックパンサーを手離すとも思えませんしね。来年の『アベンジャーズ4』はインフィニティ・ストーンをサノスから取り返して、消滅したメンバーを蘇らせる『ドラゴンボール』な展開になるんでしょうか。


 ちなみにいつものようにエンドロール後にオマケがありまして、いつものあの人が「マザファッカ」を半分しか言えずに消滅するんですが、この時に現れるエンブレムが“キャプテン・マーベル”のものだそうです。壊滅状態のアベンジャーズがどうやって立ち直るのか、次作での展開に期待しましょう。


(了)


超大作だが、出来が悪いと私見。もはやブランド・権威ゆえ、思考停止で高評価・深読みされてやしないか!?

(文・T.SATO)
(18年6月16日脱稿)


 アメコミ洋画としては大ヒットを記録した本作。しかし、本作をスキな方々には申し訳ないけど、個人的にはツマラなかった(汗)。
 毎春の仮面ライダースーパー戦隊が共闘する『スーパーヒーロー大戦』映画の出来が悪い部類を観たあとのような感慨を個人的にはいだいた。


 絵的にチャチなところはもちろんナイ。しかし、AとBが戦う! CとDの気が合う同士が共闘! EとFの仲が悪い同士も共闘! というようなことは本作でも一応はやっていたかもしれないが、そのへんの楽しさがまずはあまり盛り上がってはいなかったように私見する。
 最終的には本作の宇宙から来た強敵に歴代ヒーローたちが敗退していくにしても、そこに至る過程では歴代ヒーローたちも充分に強いんだゾ! カッコいいんだゾ! 善戦したのだゾ! というところを見せてくれないと。


 いやまぁ2時間半の尺があっても、あまりに膨大なキャラを描くためには尺が足りなかっただろうけど、アリがちでも敵の先兵や戦闘員を設定して、まずはそれらを蹴散らすことで、ヒーローたちの壮快な強さ・カッコよさ・頼もしさ・いかにもな人となりを現わすセリフなどを補充するようなことは必要じゃネ? ラスボスの強さを描いたり、ヒーローの苦戦や敗退を描くのは、そのような助走台があった上であるべきでは?
 あと敗退するにしても、一部ヒーローたちにはもっと一矢は報いたみたいな変化球も必要だったのでは? なにか予定調和でヒーローが次々と負けていったり、消えていったようにも思えて……。
 ヒーローたちの半数が消滅してしまって、来年の「『アベンジャーズ4』につづく!」となるラストも、このあとドーなる!? というような圧倒的な絶望感・焦燥感はなく、あまりに淡々としていやしまいか?(汗)
 ちょっとしたアクション演出に挟まれるべき人間描写、会心の一撃が決まった際の余裕の笑みや、ワザが効かなかったり劣勢になった際の焦りの表情の切り取りとか、そーした細部の短い描写の欠如ゆえに、戦闘シーンも物語もメリハリが欠如して観えてしまうのか?


 『アベンジャーズ』初作(12年)ラストでもすでに登場していて、ついに登板した本作のラスボスは、CGでボリュームアップされたキン肉モリモリのマッチョな長身大男であり、いかにも強そうでワルそうではある――先のDC社のアメコミヒーロー大集合映画『ジャスティス・リーグ』(17年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20171125/p1)の宇宙から来たラスボスのマッチョな長身大男と、その悪事に吉川英治の戦前の時代小説『鳴門秘帖』(1927年)などにはじまるアイテム争奪戦をカラめたあたりも、イメージがまるカブりだけど――。
 ただし、単なる悪ではなく往年の8号ライダー・スカイライダーこと『仮面ライダー(新)』(79年)のネオショッカーのごとく、全宇宙の知的生命体を半数に減らすことを目的としているあたりで、即物的で粗暴な問答無用の悪党ではなくなってしまう。
 あげく、日本のヒーロー特撮で云うなら、異形の脚本家・井上敏樹パターンで、世界規模の戦いなのに敵も味方も因縁や旧知があったりして、本作で云うなら宇宙人種族でもあるラスボスの大男は、おバカなアメコミ宇宙人ヒーロー集団『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(14年)の顔面緑塗りのメインヒロインや、その映画第2作『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』(17年)では敵対して殺し合った青塗りの妹とは、原典通りではあるのだろうけど、親子関係でもあるという!
 いやまぁ「父殺し」や「兄弟殺し」は、聖書やギリシャ神話の時代からの普遍の物語構造ともいえるけど、少し世間が狭い感じもするなぁ。


 単純比較はしちゃイケナイかもしれないけど、直前に放たれた大傑作『ブラックパンサー』(18年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20180607/p1)や、『マイティ・ソー バトルロイヤル』(17年)・『スパイダーマン:ホームカミング』(17年)(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20170901/p1)・『ドクター・ストレンジ』(16年・日本公開17年)などの、人間ドラマ部分での情緒・激情がラストバトルにもそのままなだれこむことで感情的にも盛り上がる作りの、娯楽活劇としては理想型の快作群の作劇と比すれば、本作は劣っているとも私見
 石を投げられる覚悟で云えば、世評は低いようである(汗)DC社のアメコミヒーロー大集合映画『ジャスティス・リーグ』の少々小粒良品でもまとまってはいた作りの方を、筆者個人は高く評価する。
 このテのオールスター映画では、「ていねいな人間ドラマの積み重ね」などは不要。メインキャラを立てるために最後は敗退するにしても、それまでの展開で各々のキャラにオイシいところや「らしい」ところを印象的に気持ちよく見せる「点描」の羅列を主眼にした作劇にすべきだとも思う。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2018年初夏号』(18年6月17日発行)〜『仮面特攻隊2019年号』(18年12月29日発行)所収『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』合評1・2より抜粋)


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デッドプール2』 〜軟派C調破天荒ヒーロー改心!? デッドプールvsターミネーター(笑)

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20180625/p1

レディ・プレイヤー1 〜ガンダムvsメカゴジラ! 仮想現実に逃避するオタの心理描写が秀逸(涙)

(2018年9月8日(土)UP)


『パシフィック・リム:アップライジング』 〜巨大ロボ×巨大怪獣×ロリチビ少女×中国大企業×東京&富士山!
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レディ・プレイヤー1

(18年4月20日(金)・日本封切)

ガンダムvsメカゴジラ! 仮想現実に逃避するオタの心理描写が秀逸(涙)

(文・T.SATO)
(18年6月16日脱稿)


 クライマックスのラストバトルでは、「ゴジラ」のテーマ楽曲が流れる中、 RX−78こと最初の『機動戦士ガンダム』(79年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19990801/p1) vs 昭和と21世紀のハイブリッド版みたいな「メカゴジラ」 との激闘がカナリの長尺(!)を使って描かれる! コレに洋モノの巨大ロボットアニメ映画『アイアン・ジャイアント』(99年・日本公開00年)も参戦して混戦状態に!
 い、いったい、我々はドコの国のナニの映画を観ているのであろうか!? コレはハリウッド映画であり、天下のスピルバーグ監督作品でもあるというのに……。


 ググってみると、本作の原作小説(11年・日本刊行14年)では、我らがオッサン世代には懐かしい東映特撮版『スパイダーマン』(78年)の巨大ロボ・レオパルドンが主人公の乗機で(!)、『ウルトラマン』(66年)、日本のロボットアニメからは、『勇者ライディーン』(75年)・『百獣王ゴライオン』(81年)・『超時空要塞マクロス』(82年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19990901/p1)の主役可変ロボことバルキリー・『マジンガーZ』(72年)のゲスト敵ロボの女マジンガーことミネルバX(エックス)も参戦していたのだという……。この原作者、アタマがおかしい!?(笑)
 いやまぁこの情報過多の時代、海の向こうのオタ(の中の濃ゆい一部・笑)にも、そーいうヤツらがいるってことですナ。もちろんそれが海の向こうのオタの平均値で、みんながそーなのだとカン違いしちゃったらダメだけど。


 本映画中の仮想現実ゲーム世界には、バットマンやその乗車・バットモービルやら、日本のアニメ映画『AKIRA』(88年)の金田バイクやら、キングコングやら、トランスフォーマーやら、マッドマックスやら、マッハGoGoGoやら、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85年)の車両型タイムマシンやら、グレムリンやら、ミュータント・タートルズやら、シャイニングやら、波動拳やら、三船敏郎などなどなどが登場! どれだけの金銭を版権支払に費やしているのやら。さすが、スピルバーグ&ハリウッドの資本力!(イヤミ) もうムチャクチャなオタク的妄想力の「スーパーヒーロー大戦」にして「寛永御前試合」にして「東映黄金期オールスター時代劇」にして「ジャスティス・リーグ」にして「アベンジャーズ」な徹底的物量投入作戦!


我々オタには夢の世界! そこに入り浸るオタの姿は実に含蓄に満ち(涙)


 とはいえ、見せ場重視の姿勢は、文芸映画ならぬ娯楽活劇作品の作劇手法としては賛成だけど、そーいうオタクネタの羅列・列挙だけでも、娯楽活劇作品としてのケッサクが即座にできるワケでもないだろう。
 最も必要なのは、主人公の戦う動機と、倒しても良心が痛まないような小憎らしい悪党を、いかに構築するかだ。


 本作における主人公の戦う動機。それは、酷薄な3次元世界からの現実逃避である(爆)。その憂さを晴らすために、あるいは現実世界では運動オンチで非モテのキモオタでコミュニケーション弱者でもあるショボい自分でも、オタク系同人界では筆1本でエラそうにジャンル系作品を論評してみせて悦に入る……。
 ちがった(笑)。インターネットに接続した特殊ゴーグルを経由して、世界中の人々とつながったリアルな仮想現実ゲーム世界で、人間や動物としての限界をはるかに超えた筋力や跳躍力でジャンプして宙でその身をヒネりつつ遠方に着地して、レーシングカーを華麗なドライビングテクニックであやつってスリ抜けて先頭走者に立つことで、身体を自由自在に動かす全能感・万能感・達成感を味わって、生の充実や横溢や高揚も感じとり、不全感や劣等感や3次元の人間たちの殺伐とした言動に苛まれて疲弊した精神のバランスもハコ庭の世界では回復することができる。
 そして、仮想世界内にあまたあるゲーム群で、高得点を競い合い、上位ランクへと上昇することで、ちょっとした自尊心も満たすことができる。


 ウ〜ム。こーやって、引いて客観化して距離を置いて眺めてみると、ハコ庭の中での背比べ・優越感競争のさもしい行為だなぁ。我ながら耳がイタくて、胸もイタくて、身に覚えがアリすぎる(爆)。
 しかし、生まれつき性格・体力・ルックスにも恵まれて、現実世界では何もしなくても肯定されてきたリア充な人間たちには想像もつかないだろうけど、それらに恵まれずハブられて生きてきた大多数の人間や特に我々オタク人種たちにとっては、まさにこのVR・仮想現実ゲーム世界こそが、実存を仮託するに足る世界なのではあるまいか?(汗)
 だって、我々オタク人種が虚構のフィクション作品やゲームに耽溺したり、あるいはそれの派生として論評・コメントしたり、二次創作に励んだり、イラストを描いたり、マッド動画を作ったりするのも、究極的にはハコ庭の世界で盆栽を育ててそれをキレイに整えて完成させて、同好の士の耳目を少々集めることで、そーいう実存的な手応えや歯ごたえに充実感や達成感を、一時的にではあっても擬似的に体感するためではないのかとも考えると(涙)、我々オタのあり方のストレートな延長線上には、本作『レディ・プレイヤー1(ワン)』(18年)におけるVR世界もあると捉えざるをえないのだ。


 そして、このVR世界には、今は亡き創業者が秘かに隠していた3大アイテムがあるという。加えて、この3大アイテムを集めた者には、創業者の莫大な遺産を授与するのだともいう……。
 アレ? 日本のラノベ原作の深夜アニメで、その続編である劇場版映画(17年)が人気アニメ『ラブライブ!』(13年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20150615/p1)の続編劇場版(15年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160709/p1)や『ガールズ&パンツァー』の続編劇場版(15年)の興行成績をたったの封切1ヶ月で上回った大人気作品『ソードアート・オンライン』(02年・12年にTVアニメ化)に、この設定は類似していないか?(汗) あの作品の場合はまたまたブルース・リー主演のカンフー映画死亡遊戯』(78年)パターンでVR世界の最上層にいるラスボスを倒すまでは、3次元世界では昏睡状態にあるプレイヤーの意識がゲーム世界からの脱出はできずに、場合によっては3次元でも死ぬというモノではあったけど。


 対するに、倒してもイイ憎々しげな悪党には、この「カネの成る木」でもあるVR世界を横取りしようとする大企業のキタナいオトナ(笑)を配置する。といっても、殺人・強盗をしそうな根っからの大悪人といった感じではナイ。フツーの娯楽活劇作品だと小悪党のレベルではある、初老で痩身の頭髪がウスくなった神経質そうなハゲた白人オジサンにすぎないけれど。
 本作のように、世界全体の物理的な危機ではなく、あくまでもハコ庭のVR世界の危機を描くようなスケールの物語では、このくらいの塩梅のオジサンであるラスボスが、たしかにお似合いではあるだろう。


 とはいえ、この映画で一番エラい! と筆者が個人的に思った試みは、VR世界に立体映像として出現して、いわゆる偽名・ペンネームを名乗るアバター(分身)キャラたちが、日本のアニメのキャラデザ的に少々誇張・デフォルメされたお目々パッチリの金髪イケメンキャラであることとの対比か、現実世界での当人たちについてはヘンに美化せず、我々キモオタの似姿でもある「腫れぼったい顔のブ男少年」や「顔面偏差値や体型には恵まれていない少女」であったり「いかにもな冴えないオッサン」として正しく描いたことであった!
 3次元でも主人公たちが美男美女であった『ソードアート・オンライン』の原作者センセイは見習いなさい! ……エッ? そのへんのアンチテーゼを描いたのが、同じ原作者の手になるチビでデブでイジメられっコの少年が主人公であるAR(拡張現実)ネタの名作深夜アニメ『アクセル・ワールド』(09年・12年に深夜アニメ化)だって? そ、そーでしたネ。あの深夜アニメには筆者個人もTVに向かって土下座していました(平身低頭)。


「虚構」vs「現実」のテーマ的対比では際どいところもあるけれど(汗)


 加えて、安直な現実世界/仮想世界の二元論に陥って、20世紀末のTVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(95年)の真の最終回を描いたアニメ映画『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを君に』(97年)ラストのように、『「虚構」に耽溺するのではなく「現実」へ帰れ!』なぞという一元的な結末に観客を導かなかったこともホメたたえておきたい……と云いたいところだけど、本作もまたその弊には少々ハマっていたかナ?(汗)
 「現実に帰れ」という主張にももちろん理はある。しかし、それだけを過剰に云いつのると、結局は「仮想」「虚構」を全否定しているようにも見えてしまうし、「仮想」「虚構」で救われたり、精神的な居場所を見つけたり、古くは文通やメル友とオンラインならぬオフ=3次元の世界でも逢ってみることで――いや、逢ってみなくても――、趣味も気も合う友人をゲットできたりもする美点をなかったことにするような取りこぼしが多くなって、的ハズれ・物足りなさで釈然としなくなってしまうモノだ。
 私見では本案件――にかぎらないけど――の真実は、二元論のうちのいずれか片方を採択するのではなく、四元論とでもいうべき、「現実」の良い面・悪い面、「仮想」「虚構」の良い面・悪い面、その4項のすべてをイーブンに肯定することで、全的に包括的に物事の長短をカバーすることのように思われる。


 何十年も付き合っているのに一度も顔を合わせて会ったことがない、TELでしゃべったこともなく、手紙やメールでしかやりとりしたことがないロートルな特撮評論同人屋たち……、もとい(笑)年齢も性別も異なる醜男醜女(ぶおとこ・しこめ)なゲームプレーヤーたちが、物語終盤では現実世界でも大集合!
 英知を尽くして3次元世界でも身体を張って物理的に戦ってみせることになるストーリー展開は、VR世界での大活躍以上にある意味ではインチキなファンタジーである気もするけど、かくあってほしい・正義に勝ってほしい・道理や道義が通ってほしい・弱者もたまには勝ってほしい――現実は往々にしてそーではないのだし(笑)――という想いを体現して、勧善懲悪的な爽快感を得るのがフィクションの本義でもあるのだから、コレでイイのだろう!!


洋楽「JUMP」が意図的・無意図に体現していた「自由」の正体とは何ぞ!?


 本作もまた、今は昔の30年以上も前になってしまった新古典の80年代のジャンル作品のガジェット(小道具)も大量に登場しますヨ〜というシンボリックな意味も込めてか、本誌読者の過半が生まれる前、往年の1984年の大ヒット曲、オッサン世代には懐かしい洋楽、80年代前半の開放感・自由感・高揚感・物質的豊かさを象徴するかのような、ヴァン・ヘイレンのアルバム『1984』に収録された世界的大ヒット曲「JUMP(ジャンプ)」で開幕する。
 全体主義的に国民を監視する管理社会な未来像を描いたディストピア小説『1984年』(1949年)とは真逆な、自由放任・規制緩和で消費享楽的な社会の到来を告げつつあった現実の1984年は、たしかに過渡期の錯覚ゆえか「自由と解放の明るい予感」に満ち満ちていたと私見する。戦後の重工業中心の高度経済成長と、70年代の石油ショック後の不景気を経て、再度訪れた豊かでオシャレなバブル経済への助走台に入った時代。


 しかし、2〜3年して気付く。「自由」とは、狂騒・狂躁的なイッキ飲み強制ノリ笑いに通じる遊び人・ナンパ師的なコミュ力のある人間や、ルックスに恵まれた人間、虚栄心から髪型や服飾などにうつつを抜かす人間だけに果実を与えるのだと。そーいうモノが苦手であったり、そも関心がなかったり、飽食ではなく清貧や質素や、目立とう精神ではなく謙遜を旨とする人種たちは、ネクラやイケてない系として下方に押しやられるのだと。
 控えめな人間に対する配慮やいたわりに欠けた躁的会話が若者間での標準となることで、ますます他人とのコミュニケーションにも乗り出せなくなり、適度な自信を持って成熟することが叶わなくなっていくことで、前代の年長世代には想像もできなかった過剰な劣等感やダメ意識までをも持たされる。そしてその原因を、若者間での作法を知らない浅薄な自称識者が的ハズレにも、家族メンバーの減少・隣近所とのコミュ不足・発達障害などのせいにしたりする(笑)。


 「管理社会」も地獄だが、「自由」も別のイミで地獄であったのだ。「自由」は必ず「放縦」に流れて「格差」「不平等」に行き着く。中高生の教室内での最低限の一体感もウスれて、イケてる系とイケてない系へと分化していき、今日的なスクールカーストの原初形態もこの時代に誕生する。
――ちなみに「平等」の方も必ず「画一」「抑圧」に流れて「不自由」に行き着くとも思う……。近代の2大理念である「自由」と「平等」は実は両立しないのだ?(汗)――


 90年代以降、J−POPが若者文化間で隆盛して、それ以前の無用な洋楽コンプレックスも雲散霧消した。今では信じられないだろうが、かつては中高生以上の若者文化においては、洋楽至上な植民地の民の奴隷根性(笑)がまかりとおっていたモノだ――往時はTVはともかくラジオや有線放送では洋楽がかかりまくっていたので、オタクな筆者でも「JUMP」は特に印象に残っている――。
 と同時に、洋楽ファンの中にも世代間闘争があって、荒々しいエレキギターよりもポップなシンセサイザーの音が目立つようになった「JUMP」に象徴される当時のロックを指して、「近頃のロックは音がカルい! 堕落したのはシンセのせいだ! 抵抗ではなく大衆迎合になっている!」なぞと、今は亡き往時は発行部数が各誌とも数十万部を誇ったFMラジオ雑誌群での読者投稿欄にて問題提起があったことを懐かしくも思い出す――遠い目。まぁ筆者はロック至上主義者なんぞではナイので、イキがったりワルぶったりして周囲を威嚇・恫喝するなどの虚栄心が目的(?)のロックが堕落・変節しようが知ったこっちゃナイどころか、むしろカンゲイするけれど(笑)――。


 そんな「JUMP」が流れる中、主人公少年が住まう3次元のスラムな地域の住居は、ゴミ捨て場のような土地に、側面の位置も統一せずに、素人がプレハブ住宅を乱雑に高層に積み重ねたような一角にあり、かつてはアメリカ人が日本人の家屋を指してそう呼んだウサギ小屋で、DV=ドメスティック・バイオレンス家庭内暴力)な貧困家庭でもある。
 楽曲の80年代的な開放感とは正反対に、その光景は貧困かつ閉塞感にあふれるモノだが、それが生まれついての平常運転である主人公少年にとっては、家族との不仲はともかく、貧困それ自体については特に不満に思っていないようにも見えるあたり、「JUMP」も時代的な記憶&文脈とは切り離された純粋音楽として彼には聞こえているのやもしれない――あるいは、落ちきるところまで落ちきると、第1次&2次大戦の終戦直後の世界各国の焼跡闇市のようなアプレゲール(戦後無頼派)・漫画『AKIRA』・坂口安吾の『堕落論』的な自由さ・逞しさが、近未来のこの世界にも沸いていたのであろうか?(そーは見えなかったけれども・汗)――


 「自由」の理念を「経済学」の理論に積極的に援用した、80年代以降の新自由主義経済の進展で、経済格差が拡がった末に行き着いた、古典小説『1984年』的な管理社会とも、リアル「1984年」以降の自由放縦イケてる/イケてない系格差社会とも異なる、全体主義・監視社会的な管理やケアなどとは程遠い、ザルザルな「消えた年金問題(笑)」の「小さな政府」による庶民放置プレイで、世も末の経済格差な第3のタイプのディストピア社会が本作では描かれた。しかし、本映画はココには批判の目は向けない――間接的には風刺しているのやもしれないけど、その風刺力は一部のスレた人間にしか届かないであろう実に弱いモノだ――。
 本作の作品世界における諸悪の根源は、この映画が切り取ったハコ庭VR世界のカメラアングルの外の世界にいるとも思うけど、まぁそのへんを糾弾する役目は、本作のようなフィクションではなく、また別のジャーナリズムや思想家・言論人などによるノン・フィクションの方に期待すべきであるだろう。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2018年初夏号』(18年6月17日発行)〜『仮面特攻隊2019年号』(18年12月29日発行)所収『レディ・プレイヤー1』合評2より抜粋)


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