假面特攻隊の一寸先は闇!読みにくいブログ(笑)

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ウルトラマンネオス1995年版 〜Wヒーローならテーマへの多角的アプローチが可! 防衛隊も巨大ロボを持て!


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来なかったウルトラ新世紀哀歌

蘇れネオス、立ち上がれ21、深い闇を越えて…

(文・彦坂彰俊)
 1994年11月23日(水)勤労感謝の日
 この日、読売新聞朝刊にとあるニュースが載せられた。扱いは非常に小さなものだったが、それでも僕の受けた“衝撃”は、「筆舌に尽くし難い」という表現すらあまりにアタリマエすぎると思えるほど大きかった。


 『新ウルトラマンが二人同時にデビュー!!』
 『ひとりはウルトラマン型、もうひとりはセブン型』


 さすがにTVシリーズ化のことについてまで言及されていなかったものの、なまじ情報が少ないだけにコチラの妄想はフル回転・勢いあまって300%(爆笑)。


 もし実現すれば、いままでありそうで実はなかった、
 “本格的ダブルヒーロー活劇”
 の誕生ではないか! スゴイ! スゴすぎる!!(笑)
 と、まぁ我ながら呆れるほどのハイテンションで続報を待つ日々であった(多少誇大な表現だけど)。
 ――ちなみに、この話題は同日の朝日新聞朝刊でも取り上げられていた(扱いそのものはこちらの方が断然よくて、実相寺昭雄監督や『ウルトラマン研究序説』執筆者などからコメントまで取ってきている)。察するにおそらくこの日がネオス&21プロジェクトのマスコミ公式発表だったのだろうと思われる。――


 そんなこんなで94年が暮れ、95年が明けて、
まもなく新ウルトラマンの名前が、


 “ウルトラマンネオス
 “ウルトラセブン21(ツーワン)”


 と判明。周辺の設定も次第に明らかになってきた。が、それとともに不安要素も一緒についてきた。
 対戦相手である重量級怪獣ドレンゲランはともかく、敵役の宇宙人・ザム星人が“ライバル”という位置付けには今一つパンチに欠けるキャラクターであること。
 なによりも、主役はあくまでもネオスで21は助っ人にすぎないということ。


 ……嗚呼なんてこった。これじゃキャラクターバランス滅茶苦茶だし、ファーストインパクトの強烈な魅力がかなり損なわれてしまうじゃないか!!
 ……………………………………ムダだとは思うけど。
 でも、みすみす失われてしまうかもしれない可能性を、黙って看過することには堪えられない。とりあえず言っておけば、なにかが変わるかもしれないし。
 TV化企画が難航しているらしいのも、考え方次第では好都合だぞ。いまのうちに言っちゃえ!!
 ということで草の根活動。ようするに投稿だ(笑)。


(’95年3月執筆・投書原稿)
 CM『ばっちしV』での勇姿もまぶしい(笑)、ウルトラニューフェイスの御二人(イマイチなじみにくいネーミングがナンだけど)。
 ただ昨年暮れのダブルデビュー情報があまりにもセンセーショナルだっただけに、「当面は営業活動に専念」てなオチには思わずガックリ。まぁ「よりイイモノ」をつくるための準備期間ということならば、我慢のしがいもあるってものだけど……。
 てなワケで(?)もしかしたらの新作シリーズに希望すること。
 防衛隊の超兵器に可変合体の巨大ロボを!!(爆笑)……ゴジラ映画に巨大ロボが登場しちゃうこの御時世、どうせやるなら原点回帰より痛快エンターテイメントでっせ。ハチャメチャだって、いーじゃん♪いーじゃん♪(具体的にメリットを挙げるならば、何よりもまず戦闘シーンにバリエーションが生まれるし、ある面では隊員の個性も打ち出しやすくなるはず)
 よく考えたら『電光超人グリッドマン』(93年)で既に巨大ロボ・ゴッドゼノン&ダイナドラゴンを輩出させている円谷プロ
 ここはひとつ、是非とも英断をのぞむ!!

(―没―)


(’95年6月執筆・投書原稿)
 TVシリーズ化企画もどうやら本格的に始動、今後の展開がおおいに気になるネオス&21。なんといっても絶えて久しかった純血国産シリーズ! それだけ『ウルトラ』というブランドの重責がかかるのも無理からぬことではあるけれど、そのこだわりがファーストアイデアの可能性・発展性をみすみす切り捨ててしまうようでは全く意味がない。特に今回の場合、ダブルデビューという企画の発端が既にして衝撃的かつ前衛的なのである。ならばこそ……。
 ここはひとつ、『T―ツイン―』でも『W―ダブル―』でもこの際『SS―スーパーズ―』でもいいから(爆笑)、是非とも、「ふたり主人公」のシリーズが見たい!!
 異なる主義・思想をもった二人のヒーロー、事件そのものに対して見せるリアクション・スタンスの相違、対立・葛藤あるいは相互理解……それはアクション設定のみならずキャラクタードラマとしての方向性をも提示するだろう。実際、キャラシフトだけでも様々なパターンが考えられるはずだ(明朗快活な正義漢と沈着冷静な理論家・熱血野郎と皮肉屋・あるいは防衛隊のクルーと無所属のアウトローなど)。
 なるほど、たしかにセンスオブワンダーやエポックメイキングとは縁遠い内容になるかもしれない。しかし、この際、純然たるヒーロードラマとしての魅力に目を向けてほしい。……胸がワクワクするでしょ? 見たいと思うでしょ? それがポイント♪(by高橋由美子
 ってなワケで、とりあえず21のランクを、助っ人でなく同格―タメ―に!!(笑)
 願わくば、ブランドよりも不変のエンターテイメント性に真摯な作品であらんことを……。

(―没―)


 どれもけっきょくボツってるのはナンだが(……)。自分の言いたかったことは、とりあえずこの二つの文章に凝縮されている。あとは各要素の詳述・補完である。
 クドイようだが、この企画の最大のセールスポイントは「ダブルヒーロー活躍の図」にこそある。両者ともに引けを取ることのない互角のキャラクター性を魅力的に描き出せなければ、その意義がないのだ。
 ……このことに、たとえば「どちらが主人公か判らなくなるため両者ともにヒーロー性が中途半端になり、けっきょくは失敗するのではないか」という危惧があったとしても、それを結果論的な言い訳には、少なくとも用いるべきでないだろう。
 多少の否定要素だけで、すでに見えかけている可能性・発展性のすべてに対して無自覚を決め込んではならない。それよりむしろ、設定を徹底的に活かしめるための基礎構造をシッカリ整備しておくことを考える方が重要である。


 そこでまず必要なのがネオス・21両者の個性を確立させること。(細々とした諸設定は、後から附いてくるもの・場合に応じて微調整を加えるべきものである)
 まぁ個人的なイメージにこだわるなら、


 ネオス=明朗・熱血・防衛隊
 21 =冷静・皮肉屋・アウトロー


 といきたいところなのだけど(笑)。とにかく、ここで二人に対極的なキャラクターを与えるのがポイントだ。
 それぞれの事件に対する関わり方・考え方の相違から生まれる対立・葛藤のドラマ。さらに踏み込んで言えば、ある局面ではネオスの行動の方がより正しく、別の局面では21の判断の方がより正しい、時にはどちらも同じ距離だけ正しくないかもしれない……。


 単なるキャラクタードラマの領域を越えて、個人の価値判断基準をするどく見据える段階まで達してしまってもいいだろう。


 この意味、作劇的な到達目標と言うべきは
 “ジンテーゼ”の体現にこそあるのだ。


 ――対立した二つの概念を総合する概念。作劇のレベルで言えばテーゼ・アンチテーゼ相半ばするテーマ主張。
 たとえば、『ウルトラマン』(66年)23話「故郷は地球」、『ウルトラセブン』(67年)26話「超兵器R1号」、同「ノンマルトの使者」といったアンチ急先鋒的な作品群の題材は、そのままの形で現在に当て嵌めるにはかなりキツイ。
 しかし、否定要素・肯定要素を異なる視点から改めて捉え直すような作劇ができるなら……。
 (『ウルトラマンティガ』(96年)28話「うたかたの…」(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19961204/p1)など、そのアンチテーゼ要素に拒否反応を起こす向きが意外に多かったあたりは健全でいいなと思う=笑=反面、実をいえば、このジンテーゼ指向の萌芽と認めるべき作品ではないかとも思うのだ)


 ネオス&21は、それをあくまでキャラクタードラマという形態から突き詰めることができたかもしれない企画だったという点で、まず惜しい。



 しかし実はもっと単純に、アクション設定のバリエーションが恐ろしいまでに充実するという一点において、もっとも想像力が駆り立てられるあたりが、この企画の真価と言えよう。ヒーロー側の状況設定のみ列挙しても


  ネオスのみ変身、21のみ変身
  ネオス巨大化・21等身大(またはその逆)
  ダブル巨大戦闘
  ダブル等身大戦闘


 と、これだけあるわけだし。
 さらに、必殺技をキメるのはどちらか、
 あるいは合体技かとか、
 対戦相手によっても、


  怪獣+宇宙人、怪獣複数、宇宙人複数、
  狂暴怪獣一体、極悪宇宙人一体


 思いつくだけでコレだけあるのだ。これらを単に組み合わせるだけでも、ゆうにワンシリーズ分のネタは供給できようというもの(笑)。
 (ストーリーの必然によっては変身するのは一人でも構わないし、必殺技は基本的にその回の主役にキメさせるとしても、手強い敵には最強合体技!!――ってあたりが一応のセオリーになるとは思うけど。)
 マジメな話、『ウルトラ』だって戦闘描写に凝ってもイイ。それができたかもしれない企画だったということでも、やはり惜しいと言わねばならない。


●ネオスVS巨大怪獣・21VS宇宙船内の等身大星人……てなアクション設定、燃えない?(笑)


 ネオス&21は辛うじてパイロットフィルムのなかにその雄姿をとどめはしたものの(ちなみに未見だが)、これはやはりTVシリーズでなければそのポテンシャルを十二分に活かしきれない企画であったことを、あらためて痛感してしまう。
 実際、テーマ性とエンターテイメント性の両方を、ここまで極端な形態を取りつつ同時に満たしてしまう可能性を持った企画もまれであろう。
 国産TVシリーズ制作の悲願は、幸いにも良心作・『ウルトラマンティガ』にて果たされるものの……。
 しかし、だがしかし。


 セブンコンプレックスはないけれど、
 来なかったウルトラ新世紀トラウマが強烈すぎるのだ。今はただ、この企画に対して過剰なまで入れ込んだ市井の一ファンがいたことをここに記すのみである。

(了)


(初出・特撮同人誌『假面特攻隊98年号』(97年12月28日発行))


妄想ウルトラマンネオス! 〜流産企画へ期待したこと

(文・T.SATO)
(95年夏執筆)
 さてさて、待望の国産新作ウルトラマン=『ウルトラマンネオス』の製作決定! まずはおめでとうございます。たいへんに期待しております。
 もうムズカしいことはともかくとして、見ていてとにかく歯切れがよく、楽しい大娯楽活劇に仕上がってくれれば……、と小生などは祈っております。
 あまり従来の路線にとらわれることなく、いかに斬新なことをやれるか、いかに今の子供たちにウケるものをやれるか、いかにサービス精神旺盛に作れるか、という方向で考える方がウマく製作できそうだし、90年代作品としての同時代性の点でもよいのでは? などと当方、不遜にも考えております。


 たとえば『ウルトラマンネオス』における、“ウルトラマンネオス”&“ウルトラセブン21(ツーワン)”の、2人ウルトラマン登場で気になるのは、防衛隊の相対的比重低下とやられ役のさらなる拍車化です(笑)。
 ……ここはひとつ、故・円谷皐(つぶらや・のぼる)会長の生前の発想に報いるべく、いっそ中盤から防衛隊は巨大ロボットを建造してみてはドーでしょう!(『ウルトラマンUSA』(87年・89年日本公開・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100821/p1)において、円谷会長は合体ロボを出そうとしていた)
 ただ、『電光超人グリッドマン』(93年)のサポートロボみたく、商業主義へのささやかな抵抗か(?)、平成の御代に『ウルトラセブン』(67年)のカプセル怪獣的な前座にとどまり、敵怪獣にトドメを刺せないようではイミがないけど……(作り手のこだわりが、キャラやメカの魅力、ストーリーの自由度を削ぐ消去法・貧乏症な方向でのものならば有害無益!)。
 数話に1回はロボットがトドメを! すると、防衛隊の役立たず感も解消。傍観者になりがちな隊員たちの人間ドラマも、クライマックスのバトルシーンまでひっぱれて、バトルと隊員ドラマの両立も可となります!
 ……まぁロボットは極論としても、いつもいつも防衛隊はやられっぱなしではなく4、5話に1回はトドメをキメるとかしてほしいものです。


 味方側が増員されると、敵怪獣が劣勢でかわいそう、だからやめよう……となるやもしれませんが。
 そこはそれ、マイナス発想ではなくプラス思考で……。
 敵側も、近年の合体ロボアニメ『絶対無敵ライジンオー』(91年)シリーズ(エルドランシリーズ)や、東映スーパー戦隊』シリーズみたく、その回のゲスト怪獣の他に、敵幹部のキャラを作って、巨大化させて戦わせてみたらドーでしょう? 1vs1ではワンパターンになりがちなバトルも、複数vs複数ならば無数のバリエーションが生じえます!
 敵幹部をうんぬんしたところで、ついでに云わせていただくと、敵たる悪の軍団も、今の時代の『ウルトラ』ならばアリでイイのではないでしょうか? それによって、クライマックスの怪獣プロレスシーンに、ヤラレ怪獣の他にライバル敵宇宙人または敵幹部宇宙人も参戦するシチュエーションが設定可能となります。
 あるいは、往年の円谷プロの巨大ヒーローもの『ジャンボーグA(エース)』(73年)のように、1クールごとに敵幹部が交替し、そのつど最後の大決戦があるとかに設定すれば、バトルものとしても大いに見せ場が作れて、盛り上がれるのでは!?


 また現在、まじめに『ウルトラマン』を作るとなると、宇宙の警察官たるウルトラの戦士が恒常的にローカルな地球に何故にとどまるのか、なぜに悪の尖兵や侵略怪獣でもない地球の自然でもある怪獣を倒してしまうのかの、作劇上での疑問が生じてこざるをえないと思います。このテの子供向けヒーローもの作品は、少々のムジュンは気にしなくてもよいともいえるのですけど、それでも若い作り手の方では、脳裏で若干そこに抵触してくるのを意識してしまわざるをえないと思います。
 少々といえどひっかかるものがあるならば、事前にこのジレンマを解消しておくにしくはありません。
 まさか、地球の怪獣を倒すために、宇宙からはるばるやってきたというのも、90年代ではナンですから、1年間のシリーズを通しての、宇宙からのレギュラー侵略者から地球を護る使命を帯びてやってきている、という設定にしておいて、この問題から回避しておくのが妥当なのでは?
 そして最終回では、レギュラー侵略者を倒す、大スケール・大バトル・大団円で決着が付き、勝利のカタルシスも保障するような……。


 むろん、レギュラー侵略者がまったくカラまない従来どおりの怪獣話がたくさんあってよいし、当方の考えとしましても、従来とは逆の方向で、ワンパターンな融通の効かない設定にしてみたり、それに金科玉条にしばられるつもりは毛頭なく(笑)、作品の幅が出ますから、そこはそれ臨機応変・融通無碍に、多彩なお話を作ればイイと思います。
 ただ、なによりもレギュラー悪がいたほうが、最終回も画面的に盛り上げやすいように思います。子供たちもホームドラマ的な子供たちへのメッセージよりかは、大バトル・大団円の方が見たいでしょうし……。またそーいう展開の方が子供にもわかりやすく、かつナットクもするでしょう。


 また、いわゆる怪獣ものとしては、既に初代『ウルトラマン』(66年)でパターンは出尽くしているともいえ、あとはそれの大なり小なり焼き直したらざるをえないのは宿命必然ともいえるわけですから、後続作品の差別化もまた必然。まったくちがった発想を持ってくるのもテではありましょう。
 たとえば、時代劇や武道もののように道場破りパターン、ネオスたちの強さを聞き付けて宇宙の武芸者が決闘をいどんでくるとか……。むろん人格をもっていてオトコとオトコの一騎打ちにしてほしく、またそれは第3勢力的だったり、悪の組織の傭兵だったり、旧友だったり、私怨だったり、純然たる技くらべであったり……。


 やはりこーいった作品は、基本設定からして戦いのドラマですし、センスオブワンダーやSF性よりも世界の命運をかけて戦うヒロイックなロマンこそを重視してほしいのです(中島梓の『わが心のフラッシュマン』(88年・91年にちくま文庫ISBN:448002591X)ではありませんが……)。
 また物語の元祖が、神話の英雄譚ならば、それこそが普遍的・根源的な物語の在り方ともいえないでしょうか?
 けっしてセンスオブワンダーやSF性を否定しているのではありません。しかし、このテの作品……にかぎらず活劇というものは、戦いのドラマであり、ヒロイックな高揚をもたらすものであることは否定ができないと思います。
 それを完全肯定してしまうわけではなく、危険性・ダークサイド・毒をもハラんだものであることを重々承知しつつ、そしてときどきはその危険性を指摘するストーリーも構築すべきであるとも思います。
 しかし、ただ単に悪いイミでの戦後民主主義的な「戦いは絶対悪である」的な価値観を、疑問を許さぬ絶対自明の大前提にして、ヒロイックなロマンを完全否定してしまいかねない論調には疑問を覚えます。アナタは『ウルトラマン』や活劇映画を観ていて、バトルシーンで高揚を覚えたことはないのか!? と。
 それなのに、「戦い」や「武力」を十把ひとからげに悪しきもの・おぞましきものとしてのみ定義して事足れりでタブー視・思考停止して、自らを良識的な立場寄りに属せしめた気になっているヤカラには偽善と欺瞞を感じます……。まずは、ヒロイックなロマンを前提としたうえで、センスオブワンダーなりSF性を描いてほしく思います。


 閑話休題。……まぁ道場破りパターンも、実は『ウルトラマンレオ』(74年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090405/p1)の怪獣アンタレス編に前例を求められ、あのエピソードも宇宙人であるレオこと主人公ゲンと同僚の防衛隊MAC(マック)隊員たちとのどちらにも一理ありしかもエピソードの最後まで互いに和解しない(!)軋轢・葛藤が、オトナになってから見返すと実に深くて面白いのですが、怪獣アンタレス自身には人間態(少年)があるのにも関わらず人間的人格がないからなぁ(笑)。
 『レオ』といえば、通り魔タイプの宇宙人がいますが、あのパターンも巨大化特撮バトル場面ならぬ本編部分でのアクション面強化に貢献できますし、当時は仮に好印象がなかった視聴者やマニアが多かったとしても、洗練して活用してみれば、また魅力的な場面設定になりうるのではないでしょうか? ――その意味では平成『ウルトラセブン』(94年)「地球星人の大地」も、個人的には本スジたるストーリーも味わい深くてとても面白かったのですが、さらに人間時・等身大時のメトロン星人との格闘場面も設定して、1時間の長丁場の中盤でも活劇としてアキさせない展開になっていた点は大いに評価できます―― 脇道に切り捨ててきたとおぼしき、『レオ』の通り魔宇宙人の設定にも可能性があったという……。
 キャラにしろ設定にしろドラマにしろ、一方をオトしめ他方をタテるとかはせず、全要素を魅力的にして、ヒーローものの集大成にして、今のチビッ子の心をつかまんことを!


 その他に……。話によっては、敵に人格を持たせて、ワンシーンではなく全編を通して(等身大時でも特撮巨大バトル時でも)、テレパシーを用いて会話をさせながら、ドラマ(&バトル)を展開するのはドーでしょうか?
 『ウルトラ』の新たなドラマパターンを構築することができますし! ジメッとしがちなゲスト子役のドラマではなく(それもまたアジがあるのですが)、主人公(ウルトラマン)自身が傍観者ではなくドラマに直結できて、バトルにカモフラージュさせることで、子供たちにも高度なドラマや高尚なテーマを伝達できることと思います。
 あるいは、『グリッドマン』における改造怪獣の頻発から察するに、製作費の問題があるとするならば、それを逆手にとって、安く作れるウェットスーツのスマートなヒューマノイド型のカッコいい敵宇宙人とか、それの2世・Jr・弟の復讐劇を創造すればよいでしょう。「設定や製作条件は拘束されるものではなく、活用するためにあるのだ!」というテーゼにも従えばなおさらのこと……。
 夏休みは、宇宙でのウルトラ戦士総登場の仮面劇にして、人間側の役者のギャラを浮かすとか(笑〜60年代までなら南洋の孤島にエキゾチズム・ロマンを感じられたろうけれど、開発が進んで未開の孤島・大陸がなくなった70年代以降ではムリですよ。南洋じゃなくて遠宇宙のドコかの星や小惑星ならば、まだロマンを感じられるのでは?)。
 シリーズ後半は、ウルトラ一族の宇宙規模のバトル(宇宙伝説やウルトラキー&ウルトラベルなどのウルトラ伝説。あるいは内山まもるマンガ版(ASIN:B000J8L868ISBN:4091941214ASIN:4575935514ASIN:4091402410ISBN:4091087183)の、宇宙にはジャッカル大魔王や宇宙海賊スペースパイレーツの他にもまだまだ恐ろしい大魔王がいるというような世界観)と平行して、地球での話が進むとか。
 そして最終展開では、第1期ライダー最終作『仮面ライダーストロンガー』(75年)終章みたく、先輩ウルトラ戦士が総登場! ……までは、今では多すぎるからやらなくてもイイけど(笑)、複数人は登場して画面的にも盛り上げて、ウルトラ戦士のドラマと地球人のドラマが大決着・大団円!
 もちろん、どちらかというと、比重的にもドラマのトリ的にも、地球人のドラマが優位に立つべきではあるけども……。
 過去、これを実現したのは、第3期『ウルトラ』作品TVアニメ『ザ☆ウルトラマン』(79年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19971117/p1)終章4部作と、
 学年誌連載の内山まもる版『ウルトラマンレオ』終章(06年にコンビニ漫画『ウルトラマンレオ完全復刻版』として再刊・asin:409108575Xhttp://d.hatena.ne.jp/katoku99/20061028/p1)の2作品のみ……
 (80年代前半に児童誌『てれびくん』で連載された居村真司の漫画『ウルトラ超伝説』(81年・82年に単行本化ASIN:B000J7LFBM・88・98年に大都社で復刊・ISBN:4886533647ISBN:4886531067)も名作だけれど、地球人がメインではない、超人たちのみのドラマなのでここでは別格にします)。


 これらによって逆に、従来パターンの話(いわゆフツーの怪獣もの……古代怪獣なり地底なり海底、火炎・冷凍怪獣なり)も、その存在と魅力が明快に対比され、クッキリと浮かびあがってくるかもしれません。
 配役には、東映メタルヒーローレスキューポリスシリーズ『特捜エクシードラフト』(92年)にドラフトレッダーで主演した、円谷プロ芸能部の影丸茂樹氏主演が予想されますが、W(ダブル)ウルトラということで、相棒にかわいい(?)リーゼント野郎の東映五星戦隊ダイレンジャー』(93年)で青の戦士テンマレンジャー・将児をつとめた羽村英クンみたいなタイプはいかが! 近年いそうで意外にいない、『ウルトラマンエース』(72年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070430/p1)主人公・北斗星児(ほくと・せいじ)のような、『マジンガーZ』(72年)主人公・兜甲児(かぶと・こうじ)のような、熱血バカキャラクター!(彼は『私が愛したウルトラセブン』(93年)にも出演していて縁があるし)
 彼ならば、作風を下品(笑)、もといアクティブにできるハズ! マニア間での一般評価はともかく、『ウルトラ』シリーズ最高のキャラクターシフトは、突っ走る北斗・押える南・怒鳴り突っ込む山中(笑――信じる南・疑う山中)の、『ウルトラマンエース』前半が最高と信じるボクは、彼のようなタイプをプッシュします。……熱血バカファイターがいないとドラマが走り出さないゼ。
 空想特撮だから、SFだからと高尚ぶらず、むろんホームドラマにもせず、煮え切らないものではなく、まずは見通しのよいシンプルでもツボを押えた感情ドラマを! その上で、プラスアルファなり、高尚な(笑)空想特撮なりセンスオブワンダーなりホームドラマなりアンチテーゼ編を!


 より完成度の高いアンチテーゼ編や社会派テーマの話を作るためにも、フツーの通常編を大切にすべきであると考えます。
 すなわち、フツーの回でレギュラーたちの人物像をしっかり確立して、シリーズも後半に至ってからテーマ編をやるのなら、そのレギュラー人物たちのテーマに対するリアクションも「いかにも」というムリのない、そらぞらしくない自然な説得力が出てきて、感情移入もできるという……。
 つまりは、レギュラーがテーマを自然に背負いこめるワケですが、そうではない段階でテーマ編をやると、そらぞらしくなると思うのです。
 特撮マニアによるアンチテーゼ編評価が確立した70年代末期以降に製作された、第3期『ウルトラ』シリーズの『ウルトラマン80(エイティ)』(80年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19971121/p1)あたりから、『ウルトラマングレート』(90年)、『ウルトラマンパワード』(93年)に至るまで、そーいうアンチテーゼ編を過剰に重視してしまい、基本設定やレギュラー人物たちを確立すべき初期編のうちから、アンチテーゼ編や異色作を作りたがってしまうような本末転倒な傾向があるように思います(過去にそーいうタイミングでの異色作を、自分も評価していた自己反省も込めて)。
 『80』初期編早々で怪獣親子を助けたり(それも絶対にダメだとはいわないけど)、『グレート』#3で少年が新たな生命に進化してしまったり(笑)、『パワード』に至っては怪獣レッドキングジャミラザンボラーゴモラ編と、シリーズの1/3近くがシメッぽいアンチテーゼじみた話になる始末。『ウルトラ』シリーズの本質・魅力は、本当にそんなアンチ編にしかなかったのでしょうか?
 本来、初期編なりシリーズ前半は、フォーマット、ヒーローの能力・強さや、レギュラーの性格こそを中心に描くべきなのに、そーいう王道・屋台骨を忘れている末端肥大な風潮はよろしくないと考えてます。
 今の若いスタッフたちが『ウルトラ』を作るなら、極端な話、現状では2、3年アンチテーゼ編をやらずに王道の話ばかりにしてほしい。そこまでやって初めてキチンとしたアンチテーゼ編ができるのではないかと……。
 それに、ボクもマニアですから、人一倍アンチテーゼ編やテーマ編が大スキなのですが、でも振り返ると子供のころ、ただ単に強い怪獣が出てくるだけの話にコーフンしたことや、ウルトラ兄弟共演回がスキだったことも、厳然たる事実でありまして……。そーいう感覚も忘れてはイケナイと思うのです。むしろ重視すべきでありましょう。
 思春期のティーンが大挙して観る番組ではないのだし、まずは幼児から小学生が観る番組なのですから……。


 もしドーしても、アンチテーゼ編をやりたいというのなら、オウム真理教による地下鉄サリン事件以後の今日、慎重であるべきでしょう。教祖の麻原はともかく信者は、イヤ麻原でさえもトータルではともかく一理はあるハズで、おそらく彼らは要するにこの世の中を不純であり、また自分たちは社会から疎外されていると見てとったのでありましょう。
 弱者や少数者の悲哀。脚本家・佐々木守市川森一上原正三の世界。ただ、それが弱者に留まっているうちは悲劇にもなるけれど、それ(弱者や被差別者)がスジを通して力(武力)をもって、現実社会に挑戦してきたときにはドーなるか? 被害まで及ぼしたときにはドーするか? 故なきことではなく一理二理はあっても、かといって彼らの行動は許されるのか? 70年代によくあった弱者にスポットを当てたドラマの限界も、今回の事件で筆者は感じました。ただもちろん一定の理はあるのだけれど……あくまでも一定程度のものでしかなかったという。
 その点にもっとも敏感に反応したのが、市川森一でしょう。自身の作品群に、ニーチェ云うところの弱者のルサンチマン(怨恨)的危険性の要素をかぎつけたからこそ、あのような言動――ヒーロー作品がオウムを産んだ――をしておられるのでありましょう(むろん現在でも弱者への同情・共感は有効です。しかし弱者であるがゆえに無謬の絶対正義であるなぞという言説は過ちですらあるといえるでしょう)。氏の言動は極論ではあり、そのままイコールに受け取るワケにはいきませんが、それだけショックを受けたということであり、誠実なヒトなのでもありましょう。氏が明晰に言語化して認識しているかはともかく、たとえアンチテーゼ編であっても、王道活劇の危険性やヒーローの正義の危険性を撃ったつもりが、実はアンチテーゼ編自体が弱者や被差別者であればどんな反撃をしてもよいという、別種のダークサイドを正当化する可能性があったという……。
 むしろ、オウム後の今日では、アンチ・アンチテーゼ編(正→反→合のジンテーゼ編?)が望まれます。


 ヒーローが悪をやっつけることや、防衛隊のミリタリーという要素もダークサイドをたしかにハラんではいます。
 しかし、物語は毒をハラんでいるから面白く、またひかれてしまうという説もあるくらいでして……(古代ギリシャの哲学者アリストテレスカタルシス理論。人間自体も毒をハラんでいるが、適度な〈←これ重要〉毒を含んだ物語によって、毒の瀉泄・浄化も果たされるという)。
 ドラマ編はドラマ編でしっかりと。アクション編はアクション編で徹底的に。
 冒頭、ウルトラ兄弟からウルトラサイン……凶悪怪獣が地球に逃亡したから倒してくれってのが出て、あとはそれをいかに倒すかというだけの娯楽編とか。
 あるいはクライマックスバトルで、宇宙に逃げた怪獣を外宇宙から救援に駆けつけたウルトラ戦士と協力してやっつけるとか(『ザ☆ウルトラマン』後半ではよくやってましたけど……。次作『ウルトラマン80』でやらないのが子供心に大いに不満だった・笑)。……これも理論武装すれば、『ウルトラセブン』の防衛隊ウルトラ警備隊の設定の活かし方を、ウルトラ一族の宇宙警備隊にまで拡大敷延したものだともいえますが。
 仮に、新マン(帰ってきたウルトラマン)が客演するなら、そのときは登場時に主題歌イントロがかかったり、ラストバトルではNG主題歌(!)のもと、新マンにハナをもたせてトドメも刺させるとか、燃える演出を! そーいうアクションのカタルシスが最終目的の話も、年に数本はあってもイイと思います(むろん全話をそーしろなどという、単細胞な主張ではないつもりです)。


 ……一介のトーシロが、ズラズラと個人的妄想を書きつらねてしまい大変恐縮です。すでに『ウルトラマンネオス』の企画内容は決定済でしょうから、貴重な時間をこのようなたわごとに費やさせてしまいまして誠に申し訳ございませんでした。ただ、願わくばこれらの提言の一部分でも……、あるいは『ネオス』以降の作品において叩き台的な一助にでもなれば……などと厚かましいことを考えております(汗)。
 なにはともあれ、『ネオス』の成功を陰ながらお祈りいたしております。
 このテの番組は、空想の番組なのですから、イマジネーションの消去法に陥らず、単純比較してはイケマセンが、メリケンの地でも『ウルトラマンパワード』より『パワーレンジャー』(93年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20080518/p1)の現状を覆し、子供番組の頂点に立ってほしいです。
 ……アッ、あとタイトルが『ウルトラマンネオス』だからって、ネオスばかりがトドメを刺さず、話によっては21がトドメを刺したり2人の合体光線だったりってのは最低限、実現してくれんことを(笑)。21だけ等身大で戦ったり、その逆をやったり。ネオスの最大身長200メートル巨大化も、字面だけの設定ではなくたまには本当に実現を。子供はそーいうことに大喜びしますョ。いや、ワタシはイイ歳こいて、もうそーいうことにはコーフンしませんけどネ……(←ホントかよ?・笑)。


(了)
(95年版『ウルトラマンネオス』に対して円谷プロファンクラブに投稿したもの(ボツ・笑)〜同人誌『假面特攻隊98年号』(97年12月28日発行)所収)


『假面特攻隊98年号』「ウルトラマンネオス」関係記事の縮小コピー収録一覧
・読売新聞 1994年11月23日(水) 30年目の新兄弟二人、来年デビュー
朝日新聞 1994年11月23日(水) 新ウルトラマン来年3月デビュー


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