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忍風戦隊ハリケンジャー 〜前半賛否合評1・ゴウライジャー!

スーパー戦隊シリーズ 〜全記事見出し一覧

忍風戦隊ハリケンジャー 〜前半評1

(文・久保達也)
(02年7月執筆)

果てしなき暴走?

 前作『百獣戦隊ガオレンジャー』(01年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20011113/p1)の「オモチャ箱ひっくり返し路線」――「これでもかっ!」と次々に新キャラ・新メカが登場し、それらが毎回縦横無尽に大暴れしてくれる見せ場重視の作品――を継承した『忍風(にんぷう)戦隊ハリケンジャー』(02年)。
 基本的にオモチャ大好きの私にはたまらない作品である。


 だが続々登場する新基軸に目を奪われるあまりに、こちらが半ば思考停止状態に陥り、作品に対して何でも無批判に受け入れてしまうことになりかねないのもまた事実。
 『ガオレンジャー』を視聴する私の姿勢はまさにそれであった。
 『ハリケンジャー』をそれに注意して観ていると、放映当時『ガオ』に対してあまり気にならなかった点が幾つか浮かんできたりするのだが、『ハリケンジャー』はそれをある程度改善し、『ガオ』の良さを受け継ぎつつも更に一歩進めた力作かと思う。


 ご覧になっていた方はご存じと思うが、『ガオレンジャー』も放映中の『ハリケンジャー』同様に、


・続々増えるパワーアニマルと巨大ロボ
・敵オルグ側の幹部交替劇
・6番目の新戦士ガオシルバー


 など、新キャラ続々登場のお楽しみに満ち溢れた作品であった。


 だが、もう一つ共通していたのが徹底したコミカル路線である。


 ガオレンジャーたちが闘いの最中であるにもかかわらず平気でカラオケに興じてみたり、敵幹部ツエツエとヤバイバの漫才コンビみたいなノリなどの一面を捉えて、彼らの闘いがともすれば遊んでいるようにしか見えない向きもあったかと思う。
 別にそれが欠点だとか、ましてや致命的欠陥などと批判するつもりは毛頭ない。


 だが惜しむらくはやはり勧善懲悪のヒーロー作品である以上、連中の暴走を止めてくれるような威厳のあるキャラがもっと存在してほしかったということなのである。
 振り返って考えるに、『ガオ』にはそうしたキャラはデュークオルグ・狼鬼(ロウキ)と最後の巨大ロボにして百獣の神・ガオゴッドくらいしか存在せず、しかも登場回はごく限られていた。


 本来ならばガオレンジャーの後見人である巫女(みこ)・テトムにこそその役回りを担ってほしかったところだ。
 が、彼女はそれどころかガオレンジャーと一緒になっておフザケに興じることが多く、劇場版の『百獣戦隊ガオレンジャー 火の山、吼(ほ)える』(01年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20011112/p1)では終始酔っぱらうという醜態を演じてしまった。


 従って敵幹部交替劇の前後等、何度か訪れたクライマックス的作品を除くと、『ガオレンジャー』は終始暴走しまくっていた作品との印象が一部の人々には強く残ることとなった。


 決してそれが悪いというわけではない。
 むしろそれが原動力となって、近年のシリーズでは合格点の視聴率を稼ぎ出したのだからやはり大成功であったとは思う。


 ただ子供たちにはそれで良かったとして、今後5年10年20年(いや100年?・笑)と作品を語り継いでいくマニアにとっては、もう少しプラスアルファの要素(シブいキャラやドラマ編やテーマ編など)があれば、少しは『ガオ』に対する印象も違うものになったと思うのだが。
 もちろん子供たちにとってそんなプラスアルファは関係ないことだ。
 だがチャイルディッシュな作品は、『ウルトラマンタロウ』(73年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20071202/p1)のように後年成長したシリアス指向のマニアによって、当時の子供人気を無視して酷評されがちなものだ。
 むしろ今の内にプラスアルファなどなくても、そのマイルドな良さ・方向性こそを積極的に評価しておかなければならない必要性も十分に承知してはおりますが、まあそれはそれとして……いいから続きを読みなさい(笑)。


 その点、スーパー戦隊シリーズ第3弾『バトルフィーバーJ』(79年)は非常に得をした作品だったように思う。


 実は最近本作のビデオを全話入手し、第24話『涙! ダイアン倒る』まで観た。
 ごく初期のスパイアクション風味の回を除いては、思ったよりチャイルディシュな作風で子供も頻繁に登場し、彼らの身辺で事件が発生することが多く、エゴス怪人もわりとコミカルに描かれており、同年の『(新)仮面ライダー』(79年)後半のコメディ路線に近いノリが感じられるのだ。


 バトルフィーバー隊も当時の「いまどきの若者」風で、ディスコや(スペース)インベーダーゲーム――当時喫茶店等に置かれて大流行したビデオゲームの始祖――に興じたりと遊び人集団の趣(おもむき)がある。
 基本的に本質的なところでは、近年のやや軽い戦隊集団と大差ないと思う。


 要するに『ガオレンジャー』で批判の矢面(やおもて)に立たされたコメディ路線・軽いヒーローたちの要素を『スーパー戦隊』の始祖に近き作品がすでに内包していたのであり、何も『ガオ』だけがとやかく云われる筋合いはないと思うのだ(笑)。


 そんな近年の『スーパー戦隊』と大して変わらない(?)印象の作品『バトルフィーバーJ』が、第1期ウルトラや東宝特撮映画に圧倒的に評価が集中し、東映ヒーローなんぞ軽んじられる風潮が強かった第3次怪獣ブームの渦中であるにも関わらず、特撮マニアから
 ――といっても当時はオタク第1世代(1960年前後生まれ)のマニアしか年齢的に同人活動や商業誌に進出しておらず、そのまた中のごく一部のマニアから(笑)――
 実はわりと高い評価を得ていて、同人ファンサークルまで作られたほどだったのだ!!


 それはナゼだろうか?


 70年代末期に日本初のマニア向け書籍があまた発行されて、年長マニアの存在が可視化され共同体や論壇らしきものも漠然と形成されていくさなか、しばらく途絶えていたミニチュアによる巨大特撮・巨大怪獣ものが、第3次怪獣ブームの時代において最も早い79年の2月に本作にてひさびさに復活を果たすことになり、先鋭的な特撮マニア諸氏の注目も集めていたこと。


 当時としては質の高かった特撮シーン(矢島信男・佐川和夫が担当)や、『組曲』として作られた渡辺宙明(わたなべ・みちあき)作曲の完成度の高い音楽――曲数不足や使いづらさのためか、同じく渡辺音楽の『イナズマン』(73年)や『秘密戦隊ゴレンジャー』(75年)、『超神(ちょうじん)ビビューン』(76年)等から音楽が大量に流用されている――等、マニア受けする要素は色々あったとは思う。


 そして本作は、ウルトラシリーズでいうところのアンテテーゼ編である佐々木守脚本・実相寺昭雄監督作品にも通じるものがある、などという持ち上げられ方までファンダムの一部ではされていたのだ!


 こう書くと誤解を招きそうではある。
 だが要は、本作における独特の若者像の描写や、等身大の敵怪人が


 「弟よ〜〜!」


 と叫ぶとそっくりの姿をした敵の巨大ロボ(笑)が登場するというシチュエーション、いささかムリがある作品の基本設定自体を、バトルフィーバー隊自身が鳥瞰(ちょうかん)・客観・メタ視したかのように、


 「また出やがった!」


 と叫ぶような要素が、まだ10代後半から20代前半であり、若くてボキャブラリーが貧困で批評論法も充実していなかったオタク第1世代の特撮マニアの一部にとっては、前代未聞の異色な描写でありハイブロウ・高尚に見えたということを、「佐々木・実相寺路線のようである」と例えて表現してみせていたのである
 (もちろん当時の子供たちの方は、本作を異色作だとかハイブロウだとかと思っていたわけはないのだが・笑)。



 だが、個人的には国防省の倉間鉄山(くらま・てつざん)将軍の存在が、当時の特撮マニア諸氏にはあまり意識されていなかったろうけれども、バトルフィーバー隊が無軌道に陥(おちい)ることのブレーキ・重石(おもし)として機能していたことも大きかったのではないかと思う。


 バトルフィーバー隊は80年代中盤〜90年前後のバブル期の軽薄・軽躁、お笑いコンビ・とんねるずの「イッキ! イッキ!」(お酒の一気飲みを囃(はや)すこと)のような強迫・脅迫的な明るいノリやテンション至上主義の若者像ではむろんない。
 が、70年安保の政治的な学生運動世代や、学生運動に敗れて政治活動に失望し私生活や恋人至上主義に走った70年代前中盤の湿っぽいフォークソング世代にやさしさ世代、またの別名・シラケ世代とも異なる。
 70年代末期のそろそろ80年代的な大衆消費享楽主義に走ろうとするもまだまだ節度と抑制もあった、当時の程良い感じに軽妙な、70年代末期〜80年代初頭当時の新進気鋭・大友克洋の漫画の主人公たちにも少し通じるような適度に乾いた若者像であったのだ。


 その遊び人的なスタイルも、さして意味もなく反抗・ツッパリそれ自体が自己目的化したような、野放図・放埒に流れたようなイヤミな感じのものではない。
 鉄山将軍に一喝されればウヘッと肩をすくめて申し訳なさそうにするのは、バトルフィーバー隊が物の道理を知らないのではなく、道理をわかった上でまだモラトリアム(執行猶予・青春期の延長)で遊んでいたい80年前後の若者たちであったからだ。


 そんな彼らがさらに鉄山将軍とワンセットで描写されることによって、バトルフィーバー隊の遊び人的なイヤミが脱臭されて、どちらかというとマジメで不器用で遊び人とは程遠いタイプである当時の年長の特撮マニアたちにとっても抵抗を感じなくなり、ゆえにこそ当時の現代的な若者像であり斬新な描写である、というような持ち上げられ方をしたのではなかろうか?



 鉄山将軍を演じた初老の東千代之介(あずま・ちよのすけ)は、長身痩身で背筋がいついかなるときもスッと伸びている印象がある東映時代劇の黄金時代の元・大スターだ。
 デビューした1954(昭和29)年には50本もの映画に出演したという大御所である。


 にもかかわらず、氏の本作における演技の姿勢は「子供番組だから」とバカにしたところがなく実に真摯なものであった(いや内心ではバカにしていたのかもしれないが・笑)。
 その凛とした演技は作品全体をピリッと引き締めるだけでなく、バトルフィーバー隊の若者的な脱線・放埒・暴走を食い止めることにも大いに貢献していたのである。


 国防省のおエライさんが子供たちの身の回りで起きるようなご町内レベルの事件を指して


 「エゴスの仕業(しわざ)だ」


 などと口走るのは一見すると滑稽に思えるのだが、これを東千代之介がやると異様なまでの説得力が感じられ、


 「バトルシャーク(母艦)、発進!」


 なんてセリフまでもがいちいち格調高いものに思えるから不思議なものである。


 『ガオレンジャー』のテトムにも、いや彼女でなくともこれくらい威厳のある存在が一人レギュラーで登場していれば、随分と『ガオレンジャー』の印象は違っていたように思うのだけれど(いや決して私はテトムが嫌いなわけではないですよ。大酒飲みの点を除いてはね・笑)。



 ただ当時、本作を評価した特撮マニア的には、紅一点のミス・アメリカの存在もやはり大きかったんだろうね。
 後にも先にも例のない太腿丸出しのハイレグレオタードのようなコスチュームを「斬新なスタイル」(そりゃ確かに斬新だわな・笑)と高く評価する向きも多かった。


 あれが他の戦隊同様に男女の区別も大して違わないようなデザインだったとしたら、『バトルフィーバーJ』も「相変わらずのV・S・O・P(ベリー・スペシャル・ワン・パターン)」などと酷評されたのでは? と思うと複雑な心境である
 (いや、これは正確な言い方ではないかな。当時の特撮マニアのほとんどは、初期「戦隊」は十把一絡げで、特撮雑誌「宇宙船」誌のライター氏による連載コラムなどでも「V・S・O・P」と揶揄されていたのだったから)。


 実際80年代前中盤の特撮マニアで「戦隊」といえば、ドラマ性やテーマ性などではなく、ミーハーでフェティッシュにスーパーヒロインという側面から語られることが多かったからねえ(笑)。



 さて本作『ハリケンジャー』について。


 主役の疾風(はやて)流の忍者、忍風戦隊ハリケンジャーことハリケンレッド・ハリケンブルー・ハリケンイエローの3人は今回も比較的軽目の当世風の若者たちである。
 第1話で襲撃にあった忍者学校からたまたま離れたところにいて助かったために間に合わせでハリケンジャーにされてしまっただけであり、迅雷(いかづち)流の戦隊・電光石火ゴウライジャーの霞一甲(かすみ・いっこう=カブトライジャー)いわく、「棚からぼた餅」式にヒーローになったわけで、闘いに背負うものは今一つ希薄である。
 対する宇宙忍群ジャカンジャの方も、毎回登場する宇宙忍者怪人はお笑い系の者が圧倒的であり、悪というよりは人騒がせな連中という趣が強い。


 だが本作の場合はそんなメインキャラの若者らしい暴走・逸脱を抑止すべく、『バトルフィーバーJ』の鉄山将軍的存在が随所にバランス良く配置されている。
 関西弁でしゃべるオバサンタイプの日向おぼろ博士と、その父・日向無限斎(ひなた・むげんさい)だ。
 そのため、全体的に見て『ガオ』ほどの暴走したイメージを現時点ではあまり感じず、かろうじて正統派の印象を与えることには成功しているかと思う。


 巻之一『風とニンジャ』で小動物・ハムスターの姿になってしまった日向無限斎は、前作『ガオ』の百獣の神・ガオゴッドの仮の姿である風太郎という少年の姿以上に一見すると頼りなく見えないこともない。
 が、人間体を演じていた西田健(にしだ・けん)によりそれこそ威厳のある声で喋ってくれる分、断然こちらの方が強みがある。

 対するジャカンジャは、1000の顔と2000の腕を持つムカデ型エイリアンという往年の大伴昌司(おおとも・しょうじ)ウルトラ怪獣図鑑的な設定(笑)の首領タウ・ザントがどっしりと重々しく構え、その配下には暗黒七本槍(ななほんやり)が揃っているという上下も明瞭でスケールの大きい大所帯の悪の集団である。


 今思えば『ガオ』のオルグは頭数や顔触れから考えてもこのような豪華さには遥かに欠けている。
 確かに敵幹部ツエツエとヤバイバは面白い奴だったけれども、やはり彼らを戒(いまし)めるもっと大きな存在が必要だったように思う。
 あるいは二人と敵対関係にあるような別のシリアス系で戦闘的な敵幹部も描かれていれば、悪側にギャグ描写がありつつも、もう少し悪の威厳も保てたのではないかという気はする。


 今回のジャカンジャにも元・宇宙コギャルという着ぐるみではなく顔出しのフラビージョなるコミカルな奴も存在し、当初は彼女だけが浮いて見えて仕方なかったのだけれど、バランス面を考えると一人くらいそんな奴がいても良いような心境にはなっている。
 彼女のおもいっきりの棒読みのセリフは、演じる山本梓(やまもと・あずさ)に云わせると


 「コギャル風にちゃんと演技している」


 のだそうで、決してセリフを読むのが下手なわけではないらしい(笑)。


 巻之二十『パンチと好敵手(ライバル)』では


 「女の恨みは恐ろしいのだっ!!」


 とばかりに同じく顔出しの女幹部ウェンディーヌとともに、一時はジャカンジャに参加した裏切り者のゴウライジャーを徹底的に痛めつけるほどの実力を備えており、今後の活躍に大いに期待したいところである(笑)。


 何と云っても『ハリケンジャー』をヒーローもの然とした作品たらしめているのは、底抜けに脳天気なハリケンジャーの3人とは対照的な、クール&シリアスの霞一甲・霞一鍬(いっしゅう)兄弟=電光石火ゴウライジャー(カブトライジャークワガライジャー)の圧倒的な存在感だろう。

 ハリケンジャーの鳥・イルカ・ライオン型のシノビマシンがCGで描かれているのに対し、カブトムシ・クワガタムシ型戦車のゴウライビートルとゴウライスタッグが迫力あるミニチュアで表現されているのも断然地に足が着いてる感があって見事な対比かと思う(笑)。


 彼らは宇宙忍群ジャカンジャも捜し求めているという「アレ」を手に入れるために、目的達成のためには手段を選ばぬ一筋縄ではいかない連中として当初は描かれ、彼らの動向は予断を許さないものとなっていた。


 ただやはり登場が少し早過ぎたかとは思う。
 今回ハリケンジャーが3人になったのもそれぞれの個性を明確に描くためだという話があった。
 が、それもまだ十分に成し得ない内の1クール中盤にゴウライジャーが登場してしまい、現在でもハリケンジャーと正式には和解していないとはいえ、共闘するのはもう少し先にしてほしかったように思う。
 まあ玩具が売れる夏休みを控え、6番目の新戦士・シュリケンジャーを登場させねばならない都合上、それまでにゴウライジャーの物語に一応の決着をつけねばならなかったのだろうけど。


 でも基本的には霞兄弟の二人の性格は相変わらずで、ハリケンジャーとは当分の間は反目を続けてくれそうだし、6番目の新戦士でも足りずに他の流派の忍者を登場させてくれるのでは? なんて期待もできるわけだ(笑)。
 ハリケンジャーが彼らを見習って少しでもシブ〜い忍者に成長してくれることを期待しましょう。



 と、ここまで書いたところで巻之二十一『仮面とナゾナゾ』を観てしまった。
 そう、観てしまったのだ! 原稿締切直前にこれを観たのはホントに幸か不幸か? さっきまで書いてきたことが全部覆されてしまいそうだ(笑)。


 幼体から成長した暗黒七本槍・三の槍マンマルバのあまりのカッコ良さにシビれていたのも束の間、


 「楽しくなければ悪じゃない! 愉快でなければ戦う意味がない!!」


 をモットーにし、ダジャレ連発のオヤジギャグを放って一人で豪快に笑い飛ばす暗黒七本槍・六の槍サタラクラのあまりに強烈なキャラにもう何もかもがブッ飛んでしまった。
 タウ・ザントもマンマルバも、いやゴウライジャーさえもすっかり影が薄い。


 現にサタラクラのナゾナゾに必死で考えを巡らす霞兄弟のキャラは完全に崩れ(笑)、もはやクールもシリアスもヘッタクレもない。
 こちらもサタラクラと一緒に


 「あ〜はっはっはっ」


 とひたすら笑っているしかなかった(笑)。


 このままでは奴の一人舞台になってしまうぞ。
 こうなったら奴の暴走を止めてしまえるだけのよほどカッコいい新キャラをバンバン出してもらわないと王道路線からどんどん脱線してしまうような気が……
 個人的には「たまにはそんなんもええで〜」とは思うのだが、特撮マニアの世間は到底許すまい(笑)。



 いやいや、まだ放映開始から半年しか経っていないのだから、現時点で作品の真価を問うのは早急に過ぎるというもの。
 「アレ」の正体もまだ判っていないし、6番目の新戦士・シュリケンジャーにも期待したいし、個人的には無限斎に終盤で西田健の姿に戻ってもらって霞兄弟の父親役・団時朗(だん・じろう)と一戦を交えてほしいし(笑)。
 これで『帰ってきたウルトラマン』(71年)のレギュラー・怪獣攻撃隊MAT(マット)隊員出身繋がりで、東映ヒーロー『キカイダー01(ゼロワン)』(73年)のゼロワンことイチローでもある池田駿介(いけだ・しゅんすけ)にも出てもらえると最高なのだが。
 今の東映ならホントにやりそうでコワイなあ(笑)。


 まあ月並みだが「お楽しみはこれからだ!」てなわけで幕とさせて頂く。


 最後になってホントに調子が狂ってしまった。
 サタラクラ、実に罪深い奴である(でもオレは大好きだぜ・笑)。


2002.7.14.



P.S.
 最後に余談を少々。ハリケンジャーの紅一点・ハリケンブルーのスーツアクター(正確にはアクトレスだが)は『電磁戦隊メガレンジャー』(97年)のメガピンク以来久々に女性・小野友紀(おの・ゆうき)が演じているとのこと。
 実は私、『ガオレンジャー』にはそのメガピンクを演じていた神尾直子氏がクレジットされていたことからガオホワイトはてっきり彼女が演じていると思い込んでいたのだが、実際は男だったらしい(笑)。
 ハリケンブルーは網タイツを着用していることからやはり男では具合が悪いのでしょう。
 顔出しのスーツをハリケンブルー・野乃七海(のの・ななみ)役の長澤奈央(ながさわ・なお)が着用することも多く、今回は久々の「ほんまもん」のヒロインであり、それこそフェティッシュな向きには往年のミス・アメリカ並みにポイント高いんじゃなかろうか?(笑)


 あと長澤奈央はこの2002年の夏、写真集とDVD(どちらもタイトルにごていねいにも『BLUE』が入っている。ビデオ『blue wonder』(ASIN:B00006AM23)、写真集『Happy Blue』(ISBN:4847027256))を出すそうだ。
 近年の特撮ヒロインは番組と並行してグラビア関係の仕事をしていることが多く、
・『未来戦隊タイムレンジャー』(00年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20001102/p1)のタイムピンク・ユウリ役・勝村美香
・同作の女敵幹部リラ役・久瑠あさ美
・『星獣戦隊ギンガマン』(98年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19981229/p1)のギンガピンク・サヤ役・宮澤寿梨
・同作の女敵幹部シェリンダ役・水谷ケイ
・『ウルトラマンダイナ』(97年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20091212/p1)の防衛組織スーパーGUTS(ガッツ)のマイ隊員役・山田まりや
・『ウルトラマンコスモス』(01年)の防衛組織チームEYES(アイズ)のアヤノ隊員役・鈴木繭菓(すずき・まゆか)
・『仮面ライダークウガ』(00年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090907/p1)のヒロイン沢渡桜子(さわたり・さくらこ)役・村田和美
 ……などもやはりそうだった。


 つまりその気になれば彼女たちの水着姿なんかいくらでも見られるわけであり、確実にオモチャが売れる夏休みには新キャラ続々登場の怒涛の新展開に費やした方が子供たちも喜ぶわけだ。
 東映が夏季の作品で大きなお友だちしか喜ばないようなヒロイン水着編をやらなくなったのはつまりそういうことなのではないか!?
 こんなことマジに考察してもしょうがないのですが(笑)。


 ちなみに夏の『ハリケンジャー』劇場版『忍風戦隊ハリケンジャー シュシュッとTHE MOVIE(ザ・ムービー)』(02年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20021112/p1)にはこれまたグラビアアイドル・チャイドル(子役女優)上がりの吉野紗香(よしの・さやか)が出るそうだ。
 例えオネエチャン目当てでも、作品のファン層が広がるのであれば目くじらを立てることもないでしょう
 (年末の怪獣映画『ゴジラ×メカゴジラ』(02年)はやはりグラビアアイドル上がりで女優に転身中の釈由美子(しゃく・ゆみこ)が主役だそうで・笑)。


(了)
(特撮同人誌『仮面特攻隊2003年準備号』(02年8月11日発行)〜『仮面特攻隊2003年号』(02年12月29日発行)所収『忍風戦隊ハリケンジャー』前半合評2より抜粋)


忍風戦隊ハリケンジャー 〜前半評2

(文・鷹矢凪弥寿士)

所感『忍風戦隊ハリケンジャー

 実は今個人的に一番楽しみにしているヒーロー番組が、この『忍風(にんぷう)戦隊ハリケンジャー』(02年・以下『ハリケン』)である。
 別にあてつけではないが前作『百獣戦隊ガオレンジャー』[01・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20011113/p1]の難点を悉(ことごと)く克服していると見える。いや、それを抜きにしても確かに面白い。


 やはり正義・悪問わず人物描写がしっかりしているからであろう。
 特に巻之七「雷とニンジャ」あたりから顕著になってきた疾風(はやて)流の戦隊ハリケンジャーと迅雷(いかづち)流の戦隊ゴウライジャーの軋轢(あつれき) → 共闘。
 この過程描写にじっくり時間がかけられ、しかもそれを通して各人の性格が浮き彫りにされているのが巧(たく)みである。


 有体に言ってしまえば“楽天VS悲壮”或(ある)いは“明朗VS深刻”という構図なのだが、下手な馴れ合いよりは逆説的に仲間意識の大切さを訴えていると感じられる。


 そんな構図にも巻之二十「パンチと好敵手(ライバル)」にて一応の区切りが着けられた。
 結果的にハリケンジャーの前向きな大胆さが、ゴウライジャーの重過ぎる拘泥(こうでい)を凌駕した形になるわけだ。
 が、ハリケンジャーにもこの葛藤は良い意味での緊張感を及ぼしたようだ。尤(もっと)も、その後も一同は常に一緒ではなく、着かず離れずの状態であることが却(かえ)って説得力を生んでいる。


 続いて日向(ひなた)おぼろ博士について。
 “スーパー戦隊シリーズ”三人目の女性司令官(格)キャラである。
 が、先達である『鳥人戦隊ジェットマン』[91]の地球防衛軍スカイフォース・小田切綾長官が時折見せた柔軟さと、『ガオレン』の巫女(みこ)・テトムが発揮した好奇心旺盛さとを程好くミックスしたイメージを湛(たた)えている。
 ただその分、先輩連と比べ「やる時はやる」という気概が今のところ不足している感じなのがちょっと惜しい。



 それを補うためにおぼろの父である日向無限斉=ハムスター館長がいるのだが――父のキャラを立てるため、父と差別化するために「やる時はやる」という気概をあえて減らしたのだろう――、配役がベテラン俳優・西田健(にしだ・けん)氏であることを慮外視しても、父娘ふたりの二段構えの後見役は絶妙のバランスと言えよう。


 悪側については、取敢えず可も無く不可も無しである。
 欲を言えば、折角(せっかく)の顔出し女性幹部二人態勢なのだから、享楽派のフラビージョと慎重派のウェンディーヌの対照性をもう少し強く打ち出しても良いのでは。


 その意味、巻之十九「大箱と風雷巨人」でついに敗れ倒れた敵幹部・チュウズーボに“花丸”を手向けてやる採点役の女幹部・フラビージョの姿は、ちょっと意外な面が覗(のぞ)き好印象を得られた。


 そして巻之二十一「仮面とナゾナゾ」より、成長した“暗黒三の槍”マンマルバに加え、飛び抜けた剽軽(ひょうきん)者である異色の敵幹部=“暗黒六の槍”サタラクラが登場、それぞれの変化が楽しみである。


 更に正義側にも第六の戦士“シュリケンジャー”参戦という情報があり、夏の劇場版『忍風戦隊ハリケンジャー シュシュッとTHE MOVIE』[02・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20021112/p1]公開と併せて、今後の展開に期待したい。

【2002/7/18】


(了)
(特撮同人誌『仮面特攻隊2003年準備号』(02年8月11日発行)〜『仮面特攻隊2003年号』(02年12月29日発行)所収『忍風戦隊ハリケンジャー』前半合評4より抜粋)


忍風戦隊ハリケンジャー 〜前半評3

(文・仙田 冷)

ぼたもちを食う資格

ハリケンジャーとゴウライジャーの対立の解消
ハリケンジャーの巨大ロボ・旋風神とゴウライジャーの巨大ロボ・轟雷神の合体である轟雷旋風神の出現
・敵幹部チュウズーボの戦死に新幹部サタラクラの登場


 と、新展開を迎えている本作。ここらで序盤を総括しておこう。


 一言で言うと、ハリケンジャーの未熟さが際立つが故に、微妙にフラストレーション(欲求不満)が溜まる展開だった。


 初期においては、面白いことは面白いのだが、ハリケンレッド・椎名鷹介(しいな・ようすけ)達がハリケンジャーとなった偶然の経緯や、おぼろが次々に開発する超兵器が、一種の「タナボタ」感をかもし出し、微妙な苛立ち(いらだち)も感じさせていた。
 この辺の気分は、前作『百獣戦隊ガオレンジャー』(01年)で感じたものに似ているかも知れない。


 それだけに、巻之二十「パンチと好敵手(ライバル)」におけるゴウライジャーのカブトライジャー・霞一甲(かすみ・いっこう)がハリケンジャーを評した「タナボタ(棚からぼた餅)」発言は実に至言である
 (余談だが同話では、一甲の意外な大人気なさも見所か)。



 で、ゴウライジャー登場後は、暫(しばら)くハリケンジャーが彼等にやり込められる展開が続き、見ていてストレスが溜まった。
 いささか無茶な矢継ぎ早の商品展開を逆手に取り、これまでタナボタ式に勝ち進んできたハリケンジャーの戦士としての資質と覚悟(一甲の言を借りれば「ぼたもちを食う資格」の有無)を問うという意味では、見事なシリーズ構成とも言える。
 が、それにしても1クール目の後半殆(ほとん)ど負けっぱなしというのはどうかと思う。
 だからこそ巻之十二「テッコツと父娘」におけるハリケンジャー側の作戦勝ちのカタルシスがあると言われればその通りなのだが。


 巻之十六「霧と予言装置」から巻之十八「父と兄弟の絆」にかけてのバトルフィールド三部作を経て、ハリケンジャーとゴウライジャーの対立関係は一応の解消を見た。
 だが、それが必ずしも和解とか共闘には結びつかないことに、安直な展開を極力廃そうとする姿勢が垣間見えて好感度が高い反面、微妙なもどかしさというか、プチストレスを感じるのも事実。


 何とかしてゴウライジャーと親しくなろうとする天真爛漫な鷹介が、妙に図々しく、或いは馴れ馴れしく見えて、そこにプチストレスのツボを押されてしまったりもしている。


 そんなこんなで、私にとっての本作は今のところ、面白くはあるが何か苛立つという、奇妙な感慨の作品になっている。
 まだ放送は半年以上残っているのだから、その間にハリケンジャーが「ぼたもちを食う資格」を手に入れてくれれば問題はないのだが。


(了)
(特撮同人誌『仮面特攻隊2003年準備号』(02年8月11日発行)〜『仮面特攻隊2003年号』(02年12月29日発行)所収『忍風戦隊ハリケンジャー』前半合評5より抜粋)


忍風戦隊ハリケンジャー 〜前半評4

(文・内山和正)

満足できぬナゼの気持ち?

 1997年度の『電磁戦隊メガレンジャー』以降、続いてきた武上純希氏と小林靖子さんが交互で『スーパー戦隊シリーズ』のメインライターを務める形式。
 だが『百獣戦隊ガオレンジャー』(2001)で子供受けする番組に「戦隊」が戻ったいま、小林さんにまたマニア受けする重い世界観をやられてしまったのでは個人的にはイヤだなと思っていた。


 そうしたら彼女が平成『仮面ライダー』シリーズ(https://katoku99.hatenablog.com/archive/category/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%BC)の方、『仮面ライダー龍騎(りゅうき)』(2002・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20021109/p1)へ行くという(現状ではそちらの方が合っていると思う)。
 しばらく特撮もののメインライターを離れていた宮下隼一(みやした・じゅんいち)氏が本年2002年の『忍風戦隊ハリケンジャー』の担当になったのでひとまずは安心し、あとはその子供番組・変身ヒーローものとしての内容面での可能性に賭けた。


 でも本当は、近年の山口亮太氏とか赤星政尚氏とか酒井直行氏とかサブライターをつとめてこられた方たちを昇進させて新鮮さを狙うとか、一時期の陰の功労者といわれ「戦隊」でのメインライター昇進をのぞまれながらも『仮面ライダークウガ』(2000・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20001111/p1)のメインをつとめたためにしばらく「戦隊」を離れておられた荒川稔久(あらかわ・なるひさ)氏(本作で「戦隊」復帰)の『クウガ』とはちがうタッチでのメイン担当を望みたかった。
 (後日編註:荒川氏は翌2003年度の『爆竜戦隊アバレンジャー』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20031113/p1)にて戦隊メインライターに初登板)


 結果的には近年めずらしいほど多くの脚本家が参加してしまい、それ自体はいいにしても誰がメインかわからなくなってしまったような状況は個人的には好ましいことではない。


 90年代中盤から製作費の関係で、俳優が演じる素顔の悪役がほとんど出なくなってしまった。
 その少ない素顔悪役の席を毎年お色気系の若い女性が占めているのが個人的には好ましくなかった。
 悪行を目的とせず、「戦隊」抹殺にのみ動く凛々しい女性戦士とか邪悪な幼女だとか無気味な老婆だとかもっと工夫があれば良いのだが、どうしても女性がひとりだけいるというのは「女がいると嬉しいぜ」的な発想になりがちだ。
 以前の東映側のプロデューサーはアダルトビデオマニアだとも言われていたので仕方ないかとあきらめていたが、プロデューサーが変わってからも踏襲されているのはつまらない。


――編註:ご存じの特撮マニアも多いとは思いますが、さかのぼること70〜80年代の特撮悪女ヒロインであれば、にっかつロマンポルノの出身者であったりしました。職業に貴賤はないともいいますが、ジャリ番組に出演してくれてしかも悪役を務めてくれる中堅どころの女優さんは、作り手の趣味やシャレもあったのでしょうが(笑)、今も昔もおのずと限られてくるところがあるのでしょう――


 女性を減らせということではなくて、「戦隊」側の女性戦士は『星獣戦隊ギンガマン』(98年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19981229/p1)以来ひとりの体制が5作品続いているが、そろそろ二人に戻してほしいと思う
 (三人以上でもいいが、メインターゲットの視聴者の男児たちや、そのママの主婦たちにとってはイヤだろうから・笑)。
 男性悪役もむかしは個性的な面々がドラマを面白くしてきたし、そのあたりをやりくりしてマンネリにせずいろいろなバリエーションで魅せてほしい……


 ここ数年そう思ってきたのだが、今年は悪側の女性が二人という変化球を持ってきた。
 ハリケンジャーをひさしぶりの三人組とし、残りの二人分をゴウライジャーという別個の戦隊としたことで、やがてともに戦うことになるまでの短期間だけとはいえ、ゴウライジャーというひさしぶりの素顔の男性悪役を誕生させたことは評価したい。


 忍者ものでありながら、前作『ガオレンジャー』の動物型メカ(精霊)・パワーアニマル人気を受けて、動物モチーフとされているハリケンジャーたち。
 ハリケンジャーのモチーフの動物が鳥・イルカ・ライオンと『超獣戦隊ライブマン』(1988)と同じなのからして、ゴウライジャーにはライブマンたち3人が救えなかった悪になってしまった旧友たちを救って、ともに戦っているイメージが投影されているのかもしれない。


 そう考えてみれば、頭脳面では劣っていても人間味豊かなライブマンたちと、頭脳面では優れていても人の心を捨てて敵組織・武装頭脳軍ボルトに入ってしまったケンプたちとの対立が、忍者として成長過程にあるハリケンジャーと能力に優れているものの善悪を充分に学べなかったゴウライジャーの争いに重ねあわせて見ることもできる。


 でも改心後のゴウライジャーの描き方が脚本家によってニュアンスが違うのは、それぞれに面白いとはいえ抵抗がある。



 館長がハムスターから人間の姿に戻れないのは、犬の姿から戻れないおなじく忍者ものの子供向け合体ロボットアニメ『元気爆発ガンバルガー』(1992 〜『絶対無敵ライジンオー』(1991)にはじまる合体ロボアニメ・エルドランシリーズ第2作)を意識したものだろうし(?)、多重に過去作品を取り入れた作品というところか。


 ハリケンジャーはフリーター・演歌歌手・介護士と表の職を持っている設定だが、職を持たせてしまったことは良かったのだろうか。
 たしかにいくらでもエピソードをつくれそうな職業ではある。
 しかしそれをやっていては忍(しのび)の任務を描けないため、割とはじめのころから職業人では兼務できそうもない潜入捜査をやってしまっている。
 こうなっては職業ものであることが宝の持ち腐れというか、邪魔になってしまって……
 ゴウライジャーのふたりが肉体労働で稼ぎジムで身体(からだ)をきたえているのは説得力があって良いのだけれど。


 幹部のうち二人がそれぞれ生物忍者怪人・メカ忍者怪人をあやつる設定ながら、どちらも動物モチーフのためあまり違いがないのも物足りない。
 片方の幹部が殉職し新幹部が登場したため、今後どうなるのかはもう少し見てみないとわからないが。


 趣向的には多くの取り柄(とりえ)を持ち、ドラマのレベル的にも『ガオレンジャー』より上だろうとは思う本作だが、ごく個人的には『ガオ』の興奮のあとでは気持ち良くのれず、好きにはなれない(嫌いでもないが)。
 『ガオ』をもう一年やろうとのテレビ局側からの誘いを東映がことわってプライドを通したらしいが私的にはもう一年やって欲しかったくらいだ(もちろんムリだとはわかっている)。


 今夏の劇場版『ハリケンジャー』である『忍風戦隊ハリケンジャー シュシュッとTHE MOVIE』(2002)は、東映メタルヒーロー重甲ビーファイター』(1995)ゲスト歴のある子役上がりの吉野紗香(よしの・さやか)さん。
 同時上映『劇場版 仮面ライダー龍騎 EPISODE FINAL』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20021104/p1)は、『燃えろ!! ロボコン』(1999)に美少女ロボット・ロビーナちゃん役でレギュラー出演していた加藤夏希(かとう・なつき)さんと、個人的にはまるでお里帰りのような新鮮味のないメインゲスト。


 去年の映画『百獣戦隊ガオレンジャー 火の山、吼(ほ)える』(2001・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20011112/p1)の元ジャニーズ光GENJI(ゲンジ)・大沢樹生(おおさわ・みきお)や、同時上映『劇場版 仮面ライダーアギト PROJECT G4』(2001・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20011104/p1)の小沢真珠(おざわ・まじゅ)みたいに、「この人がヒーローものに出るの!!」というような驚きが欲しかった。


(了)
(特撮同人誌『仮面特攻隊2003年準備号』(02年8月11日発行)〜『仮面特攻隊2003年号』(02年12月29日発行)所収『忍風戦隊ハリケンジャー』前半合評6より抜粋)


[関連記事] 〜『忍風戦隊ハリケンジャー

忍風戦隊ハリケンジャー 〜前半合評1

  (当該記事)

忍風戦隊ハリケンジャー 〜前半合評2

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忍風戦隊ハリケンジャー最終回 〜終了合評

  (近日中にUP予定!)