(ファミリー劇場『ウルトラマンA』放映・連動連載!)
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『ウルトラマンエース』41話「冬の怪奇シリーズ 怪談! 獅子太鼓」 ~獅子舞が邪神の力で巨大超獣化! お正月のサービス編・第2弾!
(脚本・石堂淑朗 監督・鈴木俊継 特殊技術・川北紘一)
(文・久保達也)
「獅子舞いなんか、やめてしまえ!」
と酔っぱらいに投げ飛ばされてしまった、お正月の名物でもある獅子舞(しし・まい)の名人。
彼はどこかからひろってきた「邪神(じゃしん)カイマ」の御神体を祭壇に飾って、日本古来の伝統文化を邪険に扱う者たちを呪い続けた。
そして、物置き小屋にあった獅子舞の衣装を「超獣ごっこ」に使ってしまった息子の新太少年は、この邪神カイマさまの怒りをかってしまうのだ。まず、獅子舞の衣装がどうしても脱げなくなってしまう! 獅子舞名人でもある父親が脱がそうとすると、新太少年は痛がってしまう!(汗) そうして、巨大な獅子超獣シシゴランの姿へと変えられてしまうのだ!
さらに、カイマさまは獅子舞名人まで洗脳し、太鼓の連打でシシゴランを操らせる!
そればかりではなく、自らも邪神超獣カイマンダとして神社の境内(けいだい)で巨大化を果たして、東京の下町を徹底的に破壊する……
『帰ってきたウルトラマン』第43話『魔神月に咆(ほ)える』では、同じく「御神体」が巨大怪獣化した魔神怪獣コダイゴンが登場した。
『A』第16話『怪談・牛神男(うしがみおとこ)』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20060903/p1)では、肉牛の供養(くよう)の鼻ぐり塚から鼻輪を盗みだした罰当たりな若者が怪獣化した牛神超獣カウラが登場した。
第38話『復活! ウルトラの父』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20070121/p1)では、日本古来の神々を顧(かえり)みない日本人たちに制裁を加える伝説怪人ナマハゲが登場していた。
いずれも、1960年代の松竹ヌーベルバーグ(ニューウェーブの意味のフランス語)の映画群の脚本で名を上げた、この時点でもすでにベテランの脚本家であった石堂淑朗(いしどう・としろう)の作品であった。
だが、たったひとりの酔っぱらいにエラい目にあわされたくらいで、なんでここまで……と嘲笑する向きもあるかもしれない。
しかし、現実を見てみても、本話の獅子舞名人ほどの理由ではないが、いったいどれだけの怨恨に基づく大なり小なりの犯罪が起きていることか。
人の心の痛みというものは、それを制御できれば、弱者への同情や慈しみにも昇華ができていったり、ヒトの世の陰影にも理解を示せられるだけの度量の大きさへとつながっていくものだ。しかし、残念ながら、それができない御仁であれば、後年の『ウルトラマン80(エイティ)』(80年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/19971121/p1)でいうところの、いわゆる「マイナスエネルギー」になってしまうのである。
心の痛みを制御できる人間が一番エラいことは云うまでもないことだ。しかし…… 制御ができなかった人間はホメられたものではないかもしれないが、一概には断罪しがたいこともあったり、逆ギレや過剰防衛ではなければ、同情の余地がある場合があることもまた事実なのだ。これは同じく円谷特撮作品であった『怪奇大作戦』(68年)などでも描かれていた、人間の根源やその徳性といったものにも迫っていく重厚で普遍的なテーマに通じていくものではあるのだ。
とはいえ、本話がそのようなシチめんどうクサいテーマに迫っていったエピソードであったかは、また別の話なのだが(笑)。基本的には、肩の凝らない娯楽活劇編だったのではある。
怒りに燃える超獣シシゴランが下町で暴れ回る場面では、オープン撮影で下からあおって撮影したり、街を踏み潰すシシゴランの足のみを撮るなどしている。そして、本編ドラマ部分のロケ地とも連動させており(東京は荒川よりも東側になる江東区の「木場」(きば)であろうか?)、「材木」が膨大に立てかけて置かれてある下町の「材木置場」や、公園の「ジャングルジム」に至るまで、実に精密につくられたミニチュアセット群が迫力を増している。
本話も特撮シーンにおける東京下町の種々雑多なミニチュア造形物の精密さ、その数の膨大さ、それらをナメて横移動していく特撮演出のぜいたくさには目を見張る! もうコレだけの質&量のミニチュアを多数用意することは、90年代以降の日本特撮の商業規模においては不可能であるだろう。
超獣カイマンダの方も、背中に後光のような火まで放っている巨大な細い輪を背負っているばかりでなく、金色(!)の全身に「火炎」を肩取った意匠がデザインされているあたり、秀逸でカッコいい!
この邪神超獣カイマンダは、背中の輪の上半分が終始、燃えてもいるのだ! こんな怪獣は空前絶後であるのだ。とはいえ、第39話『セブンの命! エースの命!』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20070129/p1)に登場した火炎超獣ファイヤーモンスの長剣もエラい勢いで燃えていたものだ。それと比較すれば、カイマンダの火勢は安全な「弱火」みたいな感じではある。ただし、ガスの青い炎ではなく、ちゃんと赤く燃えているのであった。
このカイマンダも、いま見るとインドのバラモン教の神さまのような姿が、なかなかシュール(超現実的)な感じで、魅力的なのである。
この邪神カイマとは何ものなのであろうか? この時代の特撮作品のラフさの現われで、何も説明はなされていない。しかし、超獣シシゴランを出現させて、自らも巨大化して邪神超獣カイマとなってしまう! しかも、怪獣ではなく超獣であるのだ。
邪神カイマ自身は日本産、またはインド産(?)あたりの地球出自の超常的な「邪神」ではあったのだろう。そして、この邪神像それ自体がカイマであったのか? それとも、地獄・魔界などの異界にいた邪神カイマが、この邪神像を経由して現世に実体化したものでもあったのだろうか? 魔界に君臨していたのか? あるいは、高徳の法力を持つ高僧などによって、魔界に封印されていたのか? ムダに妄想は広がるのだ(笑)。
この巨大超獣化する前の異界にいる邪神カイマを、幻想的に怪しくとらえた映像演出もとても魅惑的であった。
しかし、超獣それ自体は異次元人ヤプールの専売特許だとすれば、やはり第23話のラストで一度は滅びた、シリーズ前半の宿敵でもあった異次元人ヤプールからも邪神カイマは何らかの干渉を受けており、あるいはヤプールの破片のパワーを得て強大化したことで、そのようにも超獣を出現させたり、自身も超獣として巨大化ができるような超能力を獲得したのだ! などと、小学生の時分からモヤモヤながらも勝手に好意的に独自な解釈をしてきた、怪獣博士タイプのご同慶は多いことであろう(笑)。
シシゴランの方も、この神社で子供たちと「だるまさんがころんだ」や「かくれんぼ」などをしていた、ウルトラの星が見えるという超常能力を持ったダン少年によって、その素体となった「獅子舞」の「獅子」が泣いているようにも見えると言及されていたのであった……
してみると、この「獅子舞」それ自体にも、付喪神(つくもがみ)やアニミズム的な「精霊」がそもそもやどってはおり、あるいは「魂」のようなものがすでにして芽生えてしまってもおり、そういったスピリチュアルなモノをも邪神カイマは増幅させたうえで、悪しきものへと変化(へんげ)させたのではなかろか?
そして、これらの「邪神」や「付喪神」などのオカルト的な存在までも肯定しているような超常的な設定にも、実にワクワクとさせられてしまうではないか!(……本話やシシゴランなどの公式設定でこそなかったものの・笑)
このシシゴランの方は、獅子舞が直立して二足歩行になったようなベタな姿ではある。しかし、ヘンにヒネらずに、そのものズバリのデザインであるのに、相応にはカッコよくて、なかなかに魅惑的な怪獣ではなかろうか?
シシゴランの目から発射される破壊フラッシュ!
カイマンダが口から吐き出す火炎放射!
我らが主人公青年の防衛隊・TAC(タック)の北斗隊員が、徹底的な爆発と炎に包まれる中でウルトラマンエースへと変身!!
主題歌のテレビサイズが流れる中で、エースが二大超獣と激闘を繰り広げる!
まず、カイマンダに炎を思わせるかのごとく、両手が赤く発光したフラッシュハンドの連続チョップ攻撃を浴びせる!
額のビームランプから発するパンチレーザーと、突き出した右腕のこぶしから放ったグリップビームの連続攻撃で、爆発四散!!
まさにカタルシス全開の特撮演出なのだ!!
とはいえ、カイマンダさえ倒せば、シシゴランも消滅して新太少年の姿に戻るのかと思いきや…… そういうご都合主義な展開にはならないのでもあった(汗)。
そして、このシシゴランに対しては、まだ新太少年がその中に閉じ込められているために、うかつに攻撃ができないのだ!
それをいいことに、シシゴランはエースに対して火炎攻撃の猛威を奮った!
シシゴランを操る怪しい太鼓の音を追ってきたTACは、先の獅子舞名人を追いつめた!
しかし、獅子舞名人も、操られているとはいえ、ただの人間であることから、どうにも手が出せない。
だが、竜隊長は獅子舞名人が何者かに操られていると迅速に判断し、TACガンで太鼓を破壊した!
すると、シシゴランは急速に弱体化!
エースは両手を赤く発光させたフラッシュハンドで立ち向かう!
そして、エースが両腕をL字型にして放った必殺技・メタリウム光線でシシゴランが倒されると、新太は無事な姿で戻ってきたのであった……
ラストシーンで、名人親子はTAC本部の司令室内で獅子舞を披露。今年1年間の魔除けを行うのであった。
ちなみに、この獅子舞名人を演じたのは、東宝特撮映画の常連俳優であった堺左千夫(さかい・さちお)であった。
伝統芸能が次々に失われ、実際の獅子舞にお目にかかることも難しい現代において、フィルムに記録されたこうした描写は、結果論だが、貴重な文化資料の趣があるのかもしれない。
とはいえ、そのことが本話の価値を高めるわけでは絶対にない。あくまでも、ヒーローVS怪獣とのバトルを描いた娯楽活劇作品として、面白いか否かで、この手のジャンル作品の優劣は測られるべきであるからなのだ。ツマらなかったのであれば、獅子舞に対する記録的な価値の一点でもって、本話を持ち上げるべきではないのだ。
しかし、1960年代までのジャンル作品は、外国への輸出に備えて、極力に無国籍であることが望ましいとされていた。それは、その当時においては正しい処置ではあったのだ。
けれども、文化多元主義が広まった欧米の人々の間でも、他国の各国の伝統文化もそれはそれとして受容されたり、エキゾチック(異国風味)な興味関心を引くものだとして重宝されるようにも変化してきている。なにせハリウッドで日本の芸者が主役の映画『SAYURI(さゆり』(05年)が製作されるようにまでなったご時世だからだ。実質的に日本を近代に導いた張本人ではあったものの、あえて前近代における礼節に殉じて自滅してみせた西郷隆盛による西南戦争を、鹿児島の薩摩ではなく、富士山の近辺に住まう渡辺謙(わたなべ・けん)が演じる、英語も堪能な甲冑姿のサムライ藩主に見立て直して描いてみせた、トム・クルーズ主演の映画『ラスト サムライ』(03年)なども記憶に新しいところなのだ。
その意味では、本話のようなエピソードは、あくまでも結果論ではあるのだが、今となっては海外でこそ受けそうなエピソードにもなりそうなのだ。クドいようだが、その一点でもって、本話を持ち上げようというワケではないものの……(笑)
<こだわりコーナー>
*前回の大村千吉(おおむら・せんきち)に続いて、本話では国産怪獣映画の元祖『ゴジラ』(54年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190601/p1)以来、東宝特撮映画の常連俳優であった堺左千夫(さかい・さちお)が獅子舞名人の役で出演している。氏は新聞記者など気のいい人の役が多かったが、今回は怨念にとりつかれた男を鬼気迫る表情で怪演しており、ちょっと珍しい役どころであった。
だが、同じく東宝特撮映画の常連だった山本廉(やまもと・れん)は、この1973年1月からスタートしたばかりの円谷プロの特撮巨大ヒーロー『ファイヤーマン』(73年)において、相変わらず怪獣の目撃者を演じていた(笑)。
*視聴率17.1%
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