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このアニメ・ノベライズがすごい!

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このアニメ・ノベライズがすごい!

 発行されたのが10月下旬〜末日のようなので、12月アタマの現在、店頭回転のサイクルが早い当今では、もう本屋に置いてないんじゃないかとも思うけど。
 どころかそもそも、毎度おなじみ(?)、やっぱり1万部も出ていない、ひょっとすると某『SFマガジン』並に(失礼)5000部程度の極少部数出版で、コミケの大人気エロ同人誌の発行部数にも劣っているんじゃないかとも思いつつ。


 加えて、アニメ作品そのものをガイドしたり批評するのではなく、アニメのノベライズ(小説化)作品を語ろうという、ニッチもニッチ、スキ間もスキ間の、カッシーニの間隙(かんげき)ねらい。
 どの程度のニーズなり、潜在ニーズがあるのかすらもが怪しい(汗)、むしろ一部のフリーライター・フリー編集者連中がギョーカイの一角を世渡りしていくために、出版社をダマくらかしたかのような企画(……一応ホメてます)
 もちろん出版社の方でも最低限は売れる、トントンとなる企画だと判断したから、GOサインが出たのだろうけれど。


 それが証拠に、表紙以外はカラーページがない!
 金銭のかかる既存の版権キャラクター図版や、アニメ本編のキャプチャー画像も一切使わない!
 著作権法的にグレーというか、おそらく慣例で無料使用が黙認されている(であろう)小説の表紙の小さなキャプチャー画像のみを図版に使用。


 逆に間違って大売れしてしまった場合、あとから各出版社や版権会社(制作委員会)から「いくらかよこせ!」と云われてしまうやもしれない(!? ……多分それはナイ)。


 ちょうど10年弱前、00年代前半に大ヒットして増刷を重ねて、弊ブログ主宰者もスケベ心で興味津々に読んだ『ライトノベル完全読本』シリーズ(04年・ISBN:4822217043)とか『ライトノベル☆めった斬り!』(04年・ISBN:4872339045)みたく、なんだか海のものとも山のものともつかないけど、今このジャンルが局所的に熱い!
 このジャンルが混沌としつつも、もろもろの策源地・震源地・中心地になっている。
 イビツであっても、クダラなくても、マンガ・アニメ的であっても、というかそれありきの文法や想像力に基づいた物語であっても、それをも自覚して確信犯であまたの物語が紡(つむ)がれていて、そこに玉石混交でも多彩な才能が集まっているらしい。
 各出版社も多弁症的に毎月何点ずつかの書籍を刊行しつづけていて、返本率も低くてビジネス的にも盛況らしい。


 であるからと、そこにスポットを当てて言語化してみせたり、空間的にも大状況をマッピング、整理してみせたりするような手腕。
 あるいは、今の若衆向けのライトノベルは読んでいないしあえて読む気もないけれど(笑)、ライトノベルと云われる以前の往年の70〜80年代ジュブナイルSFを読んでいた元オタクのオッサン連中に向けて、ヨコ眼で見てきて常に気配は感じていたライトノベル群をめぐる状況がドーなっているのか、自分らが読んでいたジュブナイルSFとライトノベルにどのようなつながりがあり変遷があり隔世遺伝があり断絶があるのか、ナンとなくでも大雑把にでも把握できるならしてみたい……というような潜在ニーズ。
 そんな隠れた需要をも掘り起こして喚起して、幅広く総ざらえして購買意欲に結びつけてみせるような、高くて開けた見晴らしのイイ視角。


 そーいうものが、今回のこの書籍『このアニメ・ノベライズがすごい!』にあるのかといえば……。
 まったくナイとも云わないけれど、まぁそんなにはナイ……乏しいかもしれない(汗)。


 『ライトノベル完全読本』や『ライトノベル☆めった斬り!』が増刷を重ねていた折り、ネット上のオタク論壇界隈の一部で叫ばれていた、


 「外部から注目されて、批評的な言辞を与えられるようになったら、そのジャンルは盛りを過ぎて衰亡期に入った証しだよ!」


 ……との当方にも一理も二理もあるようにも思えた、耳が痛いスルドい揶揄もナンのその、新鮮な輝きやウチワで楽しくやっているという風情は失せて、ビジネス化・システム化・ルーティン化はされてもライトノベル業界自体はいまだ盛況で。


 90年代前中盤にもあった、


 「ジブリ(映画)コケたら皆コケた」


 になるんじゃネ……。


 映画だけを作るんじゃなくて、TVシリーズも作ったり、他社作品の下請けもやって経済的な基盤も安定させた方がイイんじゃネ。
 とのごくごく一部のスレたマニア連中の危惧の予想もナンのその。
 アニメ業界の方も延命をつづけて、どころかジブリアニメは興行的な大ヒットを重ねて毎年、日本テレビ金曜ロードショー枠でくりかえし放映され、世代をまたいだ国民的な作品になっちゃって……


 (当方も含む)マニアの揶揄めいた未来予知は、なかなか当たらない(笑)。



 以上は脱線。閑話休題


 ライトノベルは……、あるいはゲームや一部マンガはご存じの通り、90年代末期以降は、メディアミックスの中心点となり、あまたのアニメの原作の供給源としての位置付けたりうる存在である。
 それと比すると、アニメ・ノベライズという存在は、やはりアニメ本編ありきの二次的派生物にすぎない面が大であるのは否めない。
 そこでもう世間の――オタク連中に限定した世間だが(笑)――エキサイティングなワクワクする関心を惹起するような世界ではアリエナイ。
 そのかぎりでは、この書籍は扱う題材においても、「勝負はあった!」……ともいえるワケだ。


 ただ、まぁ当方も商業的規模での勝ち負けだけを問題にしているワケでは毛頭ない。
 ある限定されたワクの中ではあっても、そこに何らかのスポットを当てて、不完全でも集成してみせたり、歴史化してみせることには、もちろんそれ相応の意義があるとは思う……。



 ……なにか、まわりクドくて、いつまで経っても、当方が本当に云いたかった本題には入っていませんが(汗)。


 このテの文字ばかりの書籍なりブログなりをあえて読むような人種は、当方も含めてヒネクレていたりケチをつけたがりだったり、イチイチ物事に反発したくなったりするようなイジワルな人種ばかりだと予測する
 ――ケナしてるワケではなくホメてますし、当方的には歯の浮くような毒にも薬にもならない言辞を述べ連ねる輩よりかは、そーいう人種たちの方により親近感を持ちますが(笑)――。


 だから、ベタに紹介したり語ったりすると、


 「なんとなく、イヤ〜ンな感じ」


 というプチ反発をいだかせるだろうからと、その批判のホコ先を先廻りしてやわらげようというヘタレた気持ちで、あえて確信犯で遠回しに書いてますけれど。


 要は、上記の書籍になぜだか間違って場違いにも、当方もまぎれこんでいます。


 ――って、だれもオレのことなんか気にしちゃいないのも判ってはいるけどサ(汗)――



 参加したというのもおこがましく、100冊紹介されているアニメ・ノベライズのうちの2冊だけを担当。
 コラム記事なんかもありますから、比率で云うなら書籍全体の1/50以下の存在。


 吹けば飛ぶような、溶けてなくなってしまうような、当方個人でなければ書けないというほどのモノでもない、コレを読んだ、見識と腕に覚えがある気鋭の読者が


 「こんなんだったら、オレの方がもっとうまく書けるのに〜〜。ムカツく〜〜」


 とのイラダチを感じられたら、多分その通りだとも思うので、


 「まことにもって、その通りでございます〜。ワタクシが悪うございました〜」


 と伏してお詫びを申し上げるしかないような存在で(汗)。



 ところで、ナンで卑賤な当方ごときが、この書籍に参加できているのか?

 その解答は、なんとも理不尽で非合理ではあるけれど、実力(筆力)ではさらさらない――少なくとも当方個人にかぎって云えば――。
 筆力なんぞは最低限度さえ満たしていればイイ(?)。


 むしろ、この書籍の編集主幹が、特撮(&アニメ&時代劇)の批評・感想系同人誌ライターあがりの連中で、彼らが連年あまた作ってきた同人誌に古くからコンスタントに参加してきた御仁……つまりは、残念ながらも大変ハズかしいことに、実力よりもそれ以上にコネ(クション)があったから……というトコロに、つまるところは尽きちゃったりもする。
 いや、ホントにそれ以外に理由が見当たらない(汗)。


 実際、当方が生息している、この狭〜い特撮評論同人誌界隈のムラ世間に仮に限定して考慮してみてさえ、この書籍に参加している御仁……もしくは当方と同等、同等以上に筆力と見識のある人間はいくらでもいると思う。
 いや、実際にたくさんいる。
 しかし、なにゆえに彼らがこの書籍に参加できていないのか?


 その理由はごくカンタン(多分)。
 それは単に、彼らとこの書籍の編集主幹の御仁たちが人間関係的に距離が遠かったから……ということに浜の真砂も尽きるだろう(?)。
 たとえば、過去に編集主幹グループの同人誌の表紙やカットを含めて文章投稿をしたことがあったのにも関わらず、主戦場をこの界隈の別の人間が主宰する同人誌として来たがために、ドーしても視界からハズれてお声がかからない……ということもあるかと思うのだ。


 いや、ホントに申し訳ないことをしたナ、損をさせちゃったナ、ワリを喰わせちゃったナ、と心の中で頭を垂れて詫びている友人も幾人かはいたりして(汗)。
 たとえば、当方ごときが主宰する同人誌に傾注してもらっていたからアレだけど、先方の同人誌に傾注していたのなら、当方の代わりにアナタがこの任にあったんじゃネ? というような。
 当方なんて、つくづく入れ替え可能・オルタナティブな存在にすぎないのであります(汗)。


 それこそ、司馬遼太郎センセが日露戦争を描いた歴史小説坂の上の雲』(72年)で描いたように、仮に主人公の秋山兄弟がいなかったとしても、そのポジションには誰か別の人間が納まって、似たような業績をあげていただろう……というようなモノで
 ――「例え」がデカすぎて、たかがオタの分際で我ながら何を云っているのやら――。



 ……キレイごと(?)を書き連ねておりますが。


 じゃあテメェが究極の自己犠牲で、飢えた虎の子どもに我が身を捧げて喰わせてあげる、お釈迦さまの何代か前の前世の「捨身虎児」の域にまで達して、自分の既得権益(?)を友人や名も知らぬ御仁やアンチに進んで当方が譲るまでのステージに達しているのかといえば……
 当方もそこまでは、心が広くて博愛精神にも満ちてはいなかったりもして。


 ワタクシも十二分に俗物です(……とっくに知ってたってか?・汗)。
 ……まぁもちろん、仲間内のオタクライター連中に対して、イヤミとしても云ってるんですけどネ!(爆)



 とはいえ、我ながらそんな抽象的なことよりも、もっとテメェ自身の目の前の現実のことを心配しろヨ! ってなツッコミもドコかから入りそう。
 いや実際にその通りで、下請け・孫請けの立場の分際であるのにも関わらず、(暫定ではあっても?)締め切りを何度も破りまくり、本来はノベライズ3本を紹介担当予定であったのに内1本はオトしてしまうという体たらく。


 関係各位の調整、まわりまわってドン詰まりの時期に急にお鉢がまわってきて、代理で執筆してくださることになったK氏には何と云ってお詫びと感謝の言葉を申し上げたらよいのやら……。
 月並みな言葉になってしまいますけど、足を向けて寝られないといった気持ちです。


 そんなワケで、もう今後、二度とお呼ばれ、お声掛かりがナイんじゃなかろうか?
 と、他人のことよりも、実はエゴイスティックなことに自分のことを心配してたりなんかして……



 ちなみに今回の書籍は、巻末でも注釈されている通り、今から6年前の2006年に洋泉社から発行された、企画の主幹は同じでメンツもだいたい同じライター陣が参加した『アニメノベライズの世界』(ISBN:4862480497)から1/4〜1/3くらい(?)を流用、改稿して再利用もしているとのこと。
 前回の書籍は70〜80年代の往年のアニメ・ノベライズ中心のガイド本で、今回は70年代の最古〜2012年の最新ノベライズまで発行年月順に並べて幅広く満遍なく……むしろ00年代の書籍が大半というトコロでちがいはありますが。


 別にミーハー万歳と思っているワケでもないけれども、前回の2006年版(?)については、


 「ウワァ〜、版権キャラクターが使えないのはわかるけど、リアルロボアニメ全盛の80年代ならばイザ知らず、今どきジミで色気のない、キャッチーさのカケラもない表紙だなァ〜。
 こーいう往年のウォーカーマシン(『戦闘メカ ザブングル』82年の脇役ロボット群)みたいなロボットに、マニア人種の多数がワクワクするような時代じゃ今はナイだろ……」


 と、内心では思っていたので(汗)、今回はオタの大多数派の若い世代にも目配せして(?)、店頭でも多少は目立てる華やかな「読書する美少女アニメ風キャラ」になっているのには個人的には好印象。


 表紙イラストを描かれたのは、来年2013年に第2期シーズンが放映されると告知された某・深夜アニメのカントクさん(第2期には残念ながら不参加)……だとのボカした情報だけ教えてもらっていましたが。
 フタを開けてみたら、ベテラン原画マン上がりの監督さんで、近年だとワリとビッグタイトルな深夜美少女アニメそらのおとしもの』(09年)とか『僕は友達が少ない』(11年)の斎藤久カントク!
 ――まぁ当方個人は、この2作品については初期数話で視聴を打ち切ったクチではありますが(汗)――


 また今回の書籍は、発行ギリギリまで『新・アニメノベライズの世界』という書名で進行していたハズ(カモフラージュ?)。
 それが誰の発案だか、出版社の担当編集者の思いつきだか知らねども、コレ見よがしな類似のヒット書籍群の書名にあやかって『このアニメ・ノベライズがすごい!』に変更してしまったアザトさ・したたかさは……、個人的にはスキだなぁ(笑)。
 まるで東映の平成仮面ライダーシリーズ(https://katoku99.hatenablog.com/archive/category/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%BC)のウソ付きプロデューサー・白倉伸一郎氏みたいだ!(ホメてます!)



 ただ、この2006年版の存在を、今回の企画に参加するまで、その存在すら当方は知らなかったのだけれども(汗)、それより何より前回のときには、なんで当方を誘ってくれなかったのか!?


 ウ〜ム、やはり対人パワーゲーム、ミクロ・ポリティクス、スクール・カーストもといサークル・カースト・ゲームがはたらいて……。
 当方の日々の所行から来る自業自得なのだろうか?


 ……考えないでおこう!(笑)



 先にふれた、大状況をマッピング、整理してみせたり、往年の70〜80年代ジュブナイルSFとライトノベルの歴史的変遷。高くて開けた見晴らしのイイ視角。
 そーいうセンスは、各コラム群にはそれなりにはあることは明記しておきたい。
 実際にコラム群は、ライター各氏の独自な見識や、あるいはイイ意味での年長オタの特権、今回の企画にあたって初めて調査したのではなく、単に時代の当事者としてのメモリ&インデックスの蓄積の発酵も発露していて、読みものとしても楽しい。
 アニメ誌やマニア向けムックにのみ収録されて単独で書籍化されていないノベライズ群や、往年の意外なベテランSF作家や近年のラノベ作家によるアニメ・ノベライズ作品などトリビアな情報も面白い。
 巻末の古今東西のアニメ・ノベライズ全(?)リストも、このリスト自体を読みものとして熟読する御仁は極少だろうけど、資料的価値や意義は高い。
 これを作成するのに費やした膨大な労力に思いを馳せると……。満腔からの敬意を表したいとも思います。



 さらに欲を云い出せば、往年や当今の人気ノベライズ作家諸氏や、引退陣も含めて各出版社の担当編集者へのインタビューもあれば、書籍としても総合的になるのだろうけれども。


 ただ、それをやりだすとおカネも手間もかかるだろうし。
 その分、ノベライズ紹介冊数が削られたら、当方ごとき泡沫ライターは真っ先にリストラの対象になるだろうし(笑)。


 ヘタに各出版社の担当者にインタビューなんぞをしたら、各出版社にノベライズ・ガイドの内容の事前チェックを求められて、批判的なことが書きづらくなってもイヤだしなぁ(汗)――現状だと多少は書いても許されたので――。



 ただ、本書籍では、今ではベテラン脚本家である川崎ヒロユキ先生がインタビューにて登場。
 ここは貴重な読みどころになっていると思う。


 当方的には90年代前中盤の、


・トミー提供の児童向け合体ロボアニメ『絶対無敵ライジンオー』にはじまるシリーズ第3弾、『熱血最強ゴウザウラー』(93年)のあまたの佳作群や3代目敵幹部・エンジン王との決着編
・タカラ提供の児童向け合体ロボアニメ「勇者」シリーズ第5弾、『勇者警察ジェイデッカー』(94年)のメインライター
・そして、当方個人は高く評価している『機動新世紀ガンダムX(エックス)』(96年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19990806/p1)のメインライター(全話脚本)


 以上がとても印象的で、アニメ・ノベライズの話にカコつけて、上記の作品群の話も聞けるのは貴重だと思う。
 この90年代前半の王道復古的、リアルロボ路線の物語的な行き詰まりから再発見された幼児性を自覚的に再構築して、良質なジュブナイルなり、敵をやっつけるカタルシスを主眼にしたヒーローロボット(スーパーロボット)本来の娯楽活劇作品を仕上げてみせていた時期の作品群。
 コレらは、ウンとスリ切れまくったマニア連中にはワリと高く評価されていたとは思うけど、一般マニア的にはほとんど注目を浴びておらず(汗)、95年に大ヒットした『新世紀エヴァンゲリオン』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110827/p1)がやはりリアルロボ路線的な文脈で大流通したこともあり、ネットの普及前夜ということも重なってかキチンと言語化されてジャンルの歴史の共通認識としては残らずに、エアポケットになってしまった感があるのは残念だ。


 ヒーローロボット再評価の機運が突如高まった時期に制作された『勇者王ガオガイガー』(97年)ばかりが、その再評価の文脈でニワカ連中に評価されて、たかだか数年の差なのに歴史が抹消されている事実に釈然としない思いをした同志たちもいたハズだ!(笑)
 ……などと娯楽活劇路線を賞揚しながらも、『勇者警察ジェイデッカー』はシリーズの変化球作品で、東映変身ヒーローもので云うならメタルヒーローレスキューポリスシリーズ(90〜92年)みたく悪の軍団が登場しないドラマ主体の作品だったり、その直続作品の川崎ヒロユキ先生メインの『黄金勇者ゴルドラン』(95年)はいくら前作の反動でもあまりにドラマ性がなさすぎだろ!(笑) と思っていたりもするのだが。



 脱線を重ねておりますが。


 ココまで過剰にへりくだってみせれば(オイ・汗)、当方やこの書籍を批判してみたくなる気勢も多少は削がれるのではないのかと……。
 そして逆に、この書籍の存在が少しは脳裏に残って(?)、本屋さんに入ることがあったならば戯れに探してみようか――デカい本屋さんにしかないとは思うけど――、発見したらパラパラ立ち読みくらいはしてみようか。
 そこまで云うのだったら、蓼食う虫も好き好きで試しに悪食(あくじき)してみようか、ツマラなかったらブックオフヤフオクで転売すればイイんだからアマゾンでポチッてみるかと思う、ゲテモノ・マイナー書籍好きの御仁も出てくるやもしれない!?


 自分だったら、手前ミソな鼻につく宣伝だったら、プチ反発して、きっと意地でも(?)購入しないだろうとも思うので(笑)。
 そーいう自分基準で、他人も同様に思うにちがいないと考えるのもナニだけど。
 むしろ、販促において、当方のふるまいが逆効果でしたら関係各位にゴメンなさいします(汗)。



 ここからは私事になるけど――前段もすべて私事か?(汗)――今回、紹介作業をするにあたって、事前に正直、アニメ・ノベライズ作品(の内容)については、もっとスカスカなアレなものかと思って、甘く見てナメくさっていたところもあったけど、実際に読んでみると先入観は見事に覆されやした。


 当方が担当したのは、『コードギアス 反逆のルルーシュ』(06年)と『マクロスF(フロンティア)』(08年)の2作品のノベライズだけ。
 なので、コレをもって昨今のアニメ・ノベライズを一般化する気は全然まったく毛頭ナイ。


 けれど、この2作に限定すれば、まず同じ――というのもおこがましいけれど――物書きオタクとして、彼らが非常にボキャブラリーが豊富で、流暢で達意の文章も書けているということ。
 ――何を喰ったら、こーいう文章が書けるようになるんでしょうか!? うらやましい〜〜!(汗)――


 一見、キャラクタードラマでありながらも――いやキャラクタードラマであってイイんだけれども――、それだけではないということ。
 そんじょそこらの社会派・正義派気取りの薄甘サヨク・オタなんぞに比較すると、それをハナにつく浮いたかたちで前面には出してないけれど、歴史・政治・経済の逆説・背理に満ち満ちた清濁併せ呑む機微に関する見識もハンパではないこと。


 『コードギアス』は、元々の作品自体がそーいう要素を含んだものだから、そーいうセンスがあると見込まれる作家を編集者の方が最初からセレクトしても不思議ではないけれど。
 第1期の20話に相当する、米英や新自由主義経済や帝国主義のマンガ的戯画である世界帝国ブリタニアに敗戦、占領されてしまった日本を去って中華連邦に亡命していた旧・枢木(くるるぎ)政権の官房長官が、日本再興をめざして進攻してくるキュウシュウ戦役編。
 その首謀者、澤崎・元官房長官への、ノベライズなりのちょっとしたフォローなんかはイイ例で。


 アニメ本編だと正副ライバル美少年主人公たちをカッコよく見せるための引き立て役・汚れ役として、イイところがなく終わってしまっていて、あれほど多面性に満ち満ちていたこの作品にしては物足りなくて、個人的には残念に思っていた点でもある。
 ――もちろん30分なり25分の尺の中で、物語や主要登場人物たちという大の虫を生かすために小の虫を殺す……という選択も、総合的に物語全体のバランスを考えれば、完成作品が間違っていたと思っているワケでもないけれど――


 中華の傀儡政権になってしまう危険性はあっても、それをも含めてあえて判っていて第一段階としてそれをして、雌伏の末に日本の自立を模索する道も選択肢としてはありうるハズ。
 だから、彼の行動にも一理や二理はあったハズで、そのへんの道理にも、本作のノベライズ作家はちょっと言及していて、小さいところではあるけれど溜飲が下がる。


 また、『コードギアス』アニメ本編を観ていると、あの作品における反体制ゲリラの連中はみんな民族派、というか国粋派=右派のように見える――まぁあの作品世界における歴史的経緯を考えれば、それが自然だし当然だけれどネ――。
 しかし、キュウシュウ戦役編の直前にあったとされて鎮圧された北陸はイシカワでのゲリラたちの争乱は、このノベライズ作品だと極左ゲリラによる仕業(しわざ)であったとされるのだ!(笑)
 ――まぁアニメ本編でもシナリオにはあっても尺の都合で描かれなかった箇所かもしれないので、ノベライズ作品の完全オリジナル発想とはいえないかもしれないが――


 仮に往年の20世紀中盤の左翼のように民族独立派ではあっても、国粋派=右派ではないならば、一見世界のドコの国・ドコの民族とも仲良くして……となれば美しいのだけれど、歴史的には左派も左派でそんなに美しい存在であるワケがないのを著者は見極めていて(笑)、実はブリタニアの代わりに中華連邦に入れ替わって占領されたがっている奴隷根性の持ち主かのようにも見える存在で、彼らの肝煎りで軍事援助も受けていて、実はその後の中華によるキュウシュウ進攻をカモフラージュするための捨てゴマ・陽道作戦でもあったとされるのだ!


 ウ〜ム、良くも悪くも、そーいうものであるということを、ノベライズ作家の先生サマはよくぞ判っていらっしゃる(汗)。



 『マクロスF』の方も、2012年夏季の深夜美少女アニメ戦国コレクション』の「サブタイトル協力」名義でさりげにノベライズ作家の先生サマが……(笑)。


 もとい、『マクロスF』の方も、一見ミーハーでその内実はシリアスな作品かと思いきや、最後はミーハーで漫画チックにオトす大バカ作品なのに――ホメてますし大スキですよ!――、こちらのノベライズもさりげに片鱗に政治・経済センスが光っているあたりも並みじゃない。


 敵対勢力・マクロスギャラクシー船団はサイボーグで人体インプラント新自由主義・競争経済バンバンザイ、大店法格差社会でスラムも出現するような世界として描くのはある程度、劇中にあった描写をふくらませて経済的なリクツ付けを与えたものではある。


 けれど、疑似ではあっても自然や農業を残した我らがマクロスフロンティア船団の方は、多少不便でお値段が割高になっても、スローフードでローカルな地元の商店街や、勤め人ではなく地元に根ざした中小自営業者・商店主を残して、顔見知りのローカル・セーフティネットな互助的コミュニティを意図的に残そうとしている社会でもあることを、行間に浮上させて対比の関係を作ってみせる。


 ……というような頭デッカチな抽象談義を、大上段に得意げに長々と語って、たとえ正論ではあっても浮いてしまっているようなヤボ天な愚も犯さない(笑)。
 それらは寸止めに留める。
 あくまで主眼は、そして読者大衆の関心も、そして物語一般というものは、美少年ライバル同士の相克や美男美女の三角関係の行く末であることを決して忘れない。
 作品のトータルバランスを崩さない範疇で、物語や人間ドラマや舞台設定のちょっとしたスパイスやビターな味付けとして、馴染ませるかたちでコレらを織り込んでみせているところが見事なのだ。
 マクロな天下国家からミクロな人情の機微に至るまで、わかっていらっしゃるスゴい御仁たちもいたもんだ……とつくづく感心。


 ホントウ、安いし品揃えがよいからって、メリケン新自由主義経済の先兵、大店法改正による進出第1号・大型玩具店トイザらスで大喜びで買いものしているオタどもは、当方に云わせれば新自由主義経済の加担者・共犯者、国賊ですよ。
 自分だけ常に無罪で清純な犠牲者である弱者で、損をしつづけている……なんつー自己認識イメージは片腹イタいわ。
 自分もまた無罪ではない。積極的にではないにしろ消極的には罪の加担者で、自分の手もまた血で汚れている……という認識のないまま、市民運動・社会運動をやっている連中たちの、自分らを正義だと信じて微塵も疑わない厚顔、精神の融通無碍さと絶えざる自己懐疑・自己反省・自己相対化を忘れた固着した態度と精神。


 よく考えて一票を投票しよう! みたいなことをシカツメらしく語っている話をよくよく聞いてみれば、国政の争点が児ポ法児童ポルノ禁止法)の一点にしかないような(笑)、TPPが何のことだかも判っちゃいない、それ喰えるの? とかホザいている、当方の周辺のオタどもに爪の垢でも煎じて飲ませてあげたいワ。


 なーんて、現実の世界ではダメダメ人間の半人前である当方が、こんなことをエラそうに語るのも目クソ鼻クソですナ(汗)。



 以上、書籍のガイドの方では語りたくても、紙幅の都合で語れなかった心残りを落ち葉拾いとして、ここに記させていただいた次第。



 最後に、この書籍に対して強(し)いて云いたいことを云わせていただくならば――この書籍にかぎったことでもないけれど――。
 編集主幹者たちの多少の勇み足になってもイイから、アニメ・ノベライズというジャンルに対して、もっと全体像というのかある種の史観(歴史観)のようなものを提示してほしかったというところか。


 もちろん完璧ではなくてもイイので、あるいは少々の異論や反発を買うかもしれない暫定版でもイイので、今後にこのジャンルを語る上でのある程度の共通の背骨というか土俵ともなりうるような叩き台。


 このジャンルがある時代に――というか70年代後半に――ドーいう性格類型の人種たちのドーいった欲望に支えられて――たとえば家庭用ビデオも普及していない時代に、子供向けからティーン向けに進歩した自分がスキなジャンル作品を、疑似的に文字媒体で追体験したいという、今から見るとナンとウブで純心だったのだろうという欲望から始まったのは、ある世代にとっては当たり前でも改めて言語化してみせて、腑に落としてほしいところ。


 それから、アニメ本編とは異なるアレンジをされた展開に対する困惑とナットクからはじまって、本編の補完であったり、パラレルワールドであったり、本編世界の一部をなす前日談なり後日談なり外伝であったりと、多様性と枝分かれを見せていった歴史叙述も鉄板ではあるけれど。
 このへんも大塚英志の『物語消費論』(89年)で、歌舞伎などとの対比で80年代にはすでに語られていたことではあっても。


 ついには制作側・出版社の方でもメディアミックスのビジネスの一環として最初から連動させた仕掛けを作るようになり、逆にアニメ・ノベライズにおける成果が本編に還流していくような現象。
 あるいは設定遊びや、虚構作品の異世界の中の広がりや歴史(偽史)というものの楽しさや、それへのマニア人種たちによる没入。
 あるいは、そーいったものに没入していく人種の長所短所両面のメンタリティや内的必然(笑)。
 ――本邦ジャンル作品にかぎらず、海の向こうでも『スター・ウォーズ』(77年)シリーズや『スタートレック』(66年)シリーズなどの作品世界&歴史のマニア間での流通の仕方も同じですしネ――


 ま、ここまでは本書籍でも類書においても言及があったやもしれない。


 あとは、ネットの発達における、アニメ・ノベライズにおいても例外ではない巨大匿名掲示板やコミュニティ、個人ブログや各種通販サイトにおけるユーザーレビューを行なえる場ができたことにおける、発売と同時に即時になされる、70〜80年代のノンビリしたマニアたちとは程遠い、スレたマニア連中による膨大でイジワルな毀誉褒貶の数々。
 そして、そーいったものが容易に(ネット上にて)活字化され、それが局所的にではあっても、世代をまたいだ同じような好事家連中の眼にふれることによって、批評・感想オタの気質がある人種たちが――むかしならば数年をかけて自身の論法を熟成していったであろうに――若くしてドンドン学習して速成で耳年増のスレたマニアにブースト・増幅されてしまっていくという現象――それが悪いということではなく――。


 ベタでも、70年代のノベライズの特徴とか、80年代や90年代や00年代それぞれに独自の特徴が存在するのならば、それを言語化して剔抉(てっけつ)するとか。


 そーいった、作品と消費者それぞれにある内側と外側、その変遷。
 それらの総合的な空間&歴史というものも語ってほしくも思うのだ。
 そーいうものがないと喰い足りないというか、取りこぼし感があるというか、腰の座りが悪いというか。


 そうした背骨があって初めて、各時代の個別のノベライズ作品のガイドも、幹との関係で有機的に意味を持ってくるようにも思うし、そーでなければ枝葉が枝葉のままで終わってしまうようにも思うのだ。



 またまた私事で恐縮だけれども、この書籍にもライターとして、『ガン×ソード』と『創聖のアクエリオン』(共に05年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20051021/p1)のガイドで参加している畏友・彦坂彰俊が、


 「あまたのマニア向け書籍での過去のシリーズ作品などの紹介において、商業誌だから多少キレイごとの紹介になるのが当たり前なのはわかる。
 ただ、それにしたって、「賛否両論だった」とか、「往時においては年長マニア間では不人気であったが、近年では再評価が進んでいる」とか、「世代交代で新たな評価を得ているようだ」。
 とかの一言なり行間で、そーいった多彩な何かを匂わすような記述が少しでも織り込まれていれば、それ自体が「歴史」という多様な変遷をはらんだ何物かを感じさせるのに……。


 その作品にかぎらず、あまたの古今の作品の好評&不評の現時点における評価も絶対的なものではなく、新たな読み直し・読み替えが可能なものである。
 そーいった変化していったという事実そのものや、その語り口の論法の変遷そのものが類推の参考になって、「物の見方」やジャンル作品の物語なり何なりの要素への「批評の仕方」の幅が広がって、異なる角度に立ててパッと眼の前が開けて新たな地平が見えてきて思わずナットク〜というような――個人の好悪といったものからは完全に解脱することはできないにしても――、物事を前後上下左右の角度から立体的でより正確に把握できるような見識・境地へと少しでも導いていける助走台になるものを……(大意)」


 という趣旨の発言をしていたが、当方は友人だからといってウチワ受け的に立てる気は全然まったく毛頭ないタイプなのだけれど、この件に関してはまったくの同感である。
 というか、上の引用文には、引用のフリして当方の意見もいくつか忍ばせてもらったが(笑)。
 ご当人は、自身が高く評価する往年の『マクロス7(セブン)』(94年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19990906/p1)が往時、特にシリーズ前半においてアレだけマニア連中に叩かれていたのに、評価が定まった今日においては、その結果の評価だけがポツンとあって、それはそれでイイにしても、その語り口にかつては当作が酷評にまみれていたという事実が語り継がれていないという「歴史」の欠落のようなものが、ジャンル全般にも生じていることが、それらの「歴史」をも包含したトータリティのあるものになっていない現状が気に喰わないご様子だ。



 まったくの微力ながらも、というか卑賤の身でナンではあるけれど、そーいったところで、当方も自分のできる範囲で――狭〜いハコ庭のいくつかで(汗)――ジャンルに対して何らかの道標べを付け加えていきたいナ、とは思っている次第ではあるけれど。
 影響力はまったくもってナイですが(汗)。


 でも、資料性さえあれば、批評性なんて不要だよ! ウザいよ! なんて思っている御仁もカナリ多いようなので。むしろ、そっちの方が多数派か?


 であれば、当方が思っているようなことどもは、


 「お呼びでない、お呼びでない、これまた失礼いたしました〜〜!」


(了)


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コードギアス 反逆のルルーシュR2 〜総括・粗もあったが奇天烈傑作!

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マクロスF 1話評! 〜先行放映版とも比較!

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