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スーパー戦隊シリーズ終了! 果たして「戦隊」を「終了」「休止」にしてもよかったのか!? ゴジラ・ウルトラのごとく、90年代末期以降の長期中断はアダになる!?

(2026年2月8日(日)UP)
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スーパー戦隊シリーズ評 ~全記事見出し一覧


 栄光の「スーパー戦隊シリーズ」が終了! との報にカコつけて……。『スーパー戦隊シリーズ終了」についての動議をアップ!


『スーパー戦隊』シリーズ終了! 果たして「戦隊」を「終了」「休止」にしてもよかったのか!? ゴジラ・ウルトラのごとく、90年代末期以降の長期中断はアダになる!?

(文・久保達也)
(2025年12月13日・脱稿)

*「終了」「休止」に対する、おおいなる「違和感」!


 2025年10月30日、あの「スーパー戦隊」が『ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー』(25年)を最後に「50年」の歴史に終止符を打つとする「関係者」の証言が共同通信をはじめとする各報道機関によっていっせいに報じられ、戦隊ファンたちには「50年」のメモリアル気分を一気に吹き飛ばしてしまうほどの強い衝撃を与えた。


 それから1ヶ月近く経過した同年11月24日、東映は2017年10月以降、現在に至るまで「スーパー戦隊」が放映されているテレビ朝日系日曜朝9時30分の枠で、2026年度に『超宇宙刑事ギャバン インフィニティ』(26年)を放映すると発表した。その『超宇宙刑事ギャバン』は「赤い」ヒーローが活躍する新シリーズとして企画され、今後放映される作品群をクロスオーバーさせて多面的な展開をしていくとする『超次元英雄譚(たん) プロジェクトR.E.D.(レッド)』の第1弾とされている。


 さらに、同年11月30日に朝日新聞が有料会員限定記事として配信した『戦隊シリーズを放送終了にした理由 東映役員が明かす背景と次の挑戦』において、東映の上席執行役員・白倉伸一郎氏は記者の質問に対して、以下のように答えている。



――初代戦隊である『秘密戦隊ゴレンジャー』(1975年放送開始)から今年で戦隊は50周年。その記念作であるゴジュウジャーが来年で放送終了になることで、戦隊シリーズは終了してしまうのでしょうか。


 いえ、戦隊シリーズとしては終了とは思っていません。休止です。戦隊の放送枠(テレビ朝日系、日曜朝9時半)は新たなものに変わりますが、戦隊作品そのものはいずれ復活する可能性があります。発表前の10月から「戦隊終了」の報道が出て、ここまで反響があるのは想定外でした。戦隊がここまで愛される存在だったのかと、ありがたい思いです。ただいずれ復活するにしても、10年は間を置いた方がいいと私は考えています。


――その理由は。


 戦隊の限界が見えてきた。そこを打破すべくいろいろな工夫をしてきましたが、50周年という節目も迎え、根本的に考え直さないといけないという場所にきたのは確かです。


(以上、原文のまま)



 「関係者」って誰やねん!? と、「戦隊終了」は「フェイクニュース」とする向きも一部では見られたが、みんなが待っていた公式の発表では、「スーパー戦隊」は「終了」ではなく「いったん休止」とされていた。


 それに対してファンの間では安堵(あんど)の声が広まっているようだが、個人的にはむしろ違和感の方が強くなってしまった。この違和感は、「赤い」宇宙刑事ならギャバンじゃなくて『宇宙刑事シャリバン』(83年)だろ! などという、高齢層のファンなら誰もが入れたであろうツッコミ程度におさまるものではないのだ。


*「15年半」もの「休止」が許された時代!


 これは公式の発表前に、「戦隊終了」が最初に報じられた2025年10月末の時点でも各所で見られたが、「仮面ライダーやウルトラマンだって何度も休止や復活を繰り返して現在までつづいてきたのだから、戦隊もここらでいったん休んで充電してから復活させた方がいい」とする声があまりにも多い。


 だが、かつてなら許された「休止」も、現在では許されなくなっているのではないのか!?


 ウルトラマンシリーズは、『ウルトラマン80(エイティ)』(80年)の放映が終了した1981年3月から『ウルトラマンティガ』(96年)の放映が開始した1996年9月に至るまでの間、実に「15年半」にもわたって新作のテレビシリーズが途絶えた時期があった。にもかかわらず、それだけ長期にわたって新作が存在しなくとも「ウルトラマン」の人気や知名度、商品的価値は決して衰退することはなかったのだ。


 この空白期間に「昭和」のウルトラマンシリーズは全国各地で繰り返し再放送されていた。特に関東地区ではTBSが平日の早朝や夕方、夏休み期間の午前中などに積極的に再放送を行い、1990年代前半ごろまでは毎年、必ずシリーズのどれかが再放送される状況がつづいていた。


 そして、この当時は家庭用のビデオデッキが加速度的に一般家庭に普及した時代でもあり、「ウルトラマン」や「仮面ライダー」といった往年のヒーロー作品が続々ビデオソフト化されてレンタル店にも置かれたことで、それらの再放送が少なかった地域でもいつでも手軽に楽しめるようになった。講談社の『テレビマガジン』や小学館の『てれびくん』などの幼年誌もそれらと連動するように各種グラビア記事やコミカライズ作品を掲載し、バンダイからは『ウルトラヒーローシリーズ』『ウルトラ怪獣シリーズ』と称したソフビ人形をはじめとして、各種メカの合金玩具や防衛隊員の銃装備に至るまで、多岐にわたる玩具が継続して発売された。


 また、テレビシリーズの新作はなくとも、映画『ウルトラマンZOFFY(ゾフィー) ウルトラの戦士VS(ブイエス)大怪獣軍団』(84年・松竹)や映画『ウルトラマン物語(ストーリー)』(84年・松竹)、アニメ映画『ウルトラマンUSA(ユー・エス・エー)』(89年・東宝)に映画『ウルトラマンゼアス』(96年・松竹)などの劇場作品も、不定期ではあるが公開されていた。さらに、海外との合作『ウルトラマンG(グレート)』(90年・バンダイビジュアル)や『ウルトラマンパワード』(93年・バンダイビジュアル)がオリジナルビデオシリーズとしてリリースされ、これらは1995年に関東ローカルではあったが地上波で放映もされたのだ。


 たとえテレビシリーズの新作はなくとも「15年半」もの間、ウルトラマンは決して露出を絶やすことなく、世間では常に身近に存在していた。だからこそ、現在では中年層近くに成長しているであろうが、この当時にあらたなウルトラファンとなった人々が意外に多いのである。


 問題はむしろ、「昭和」から「平成」にかけて生じた空白よりも、「平成」以降に生じた空白の方なのだ。


*たった「数年」の「休止」が、命とりになる!


 先述した『ウルトラマンティガ』につづいて、『ウルトラマンダイナ』(97年)に『ウルトラマンガイア』(98年)と、「平成」に入って復活したウルトラマンは3年連続で放映されたあと、『ウルトラマンコスモス』(01年)の放映開始までに2年弱のブランクが生じた。そして、この期間にウルトラマンの存在を決定的に揺(ゆ)るがせてしまう大きな出来事があった。


 「ウルトラマン」と同様に、『仮面ライダーBLACK RX(ブラック・アールエックス)』(88年)の放映が終了した1989年9月から、実に「10年4ヶ月」にもわたって新作のテレビシリーズが途絶えていた「仮面ライダー」が、2000年1月30日に『仮面ライダークウガ』(00年)で完全復活を果たしたことだ。
 従来にはなかったハードでアダルトな作風で多くの大人たちのファンを獲得した『クウガ』につづき、『仮面ライダーアギト』(01年)は若い女性たちのみならず、メインターゲットの子供たちの母親層をもとりこにすることで「イケメンヒーローブーム」を巻き起こした。


 これらに対し、「怪獣保護」をテーマにした比較的ヌルい作風だった『コスモス』は劣勢となり、放映は1年半の長期となったものの、次作の『ウルトラマンネクサス』(04年)の放映開始までにまたしても2年間の空白が生じてしまった。
 そのあいだにも、『仮面ライダー龍騎(りゅうき)』(02年)に『仮面ライダー555(ファイズ)』(03年)と、「仮面ライダー」が快進撃をつづけたことで、「ウルトラマン」の影はすっかり薄くなってしまった。


 「平成」仮面ライダーのうわべだけをなぞって、平成ライダーには存在していたヒーロー単独での強さや、明るい映像に、女性層にも受けそうなオシャレなスポットなどを主人公たちの溜まり場・ホームベースにしてみせるような点などには無頓着な作品であった『ネクサス』が、視聴率的にも玩具の売り上げ的にも大惨敗となる以前のこの時期に、現在へと至る「ウルトラマン」の商品的価値の凋落(ちょうらく)はすでにはじまっていたと解釈した方がよいのかもしれない。


 『ネクサス』で再び復活した「ウルトラマン」は、『ウルトラマンマックス』(05年)、『ウルトラマンメビウス』(06年)と2年半のあいだに連続で放映されたあと、『新ウルトラマン列伝』(13年)の枠でわずか全11話が放映された『ウルトラマンギンガ』(13年)に至るまでのあいだ、新作のテレビ放映は「6年3ヶ月」にもわたって「休止」となってしまった。


 『ウルトラマン80』と『ウルトラマンティガ』の間に生じた「15年半」に比べれば半分にも満たない期間ではあるが、まさにこの「休止」こそがウルトラマンにトドメを刺したといっても過言ではないのかもしれない。


 『メビウス』と入れ違いで放映され、「愉快なキャラクター」たちによる「コミカルな作風」と「ハートウォーミングな物語」を見事に両立させて、子供にも大人にも大人気だった『仮面ライダー電王』(07年)。
 「平成」ライダー「10周年」でありながら、最終的には「平成」のみならず「昭和」のライダーたちをもコラボさせたことで、往年の世代をも熱狂させた『仮面ライダーディケイド』(09年)。


 往年の名作ドラマ『探偵物語』(79年・東映芸能ビデオ 日本テレビ)を彷彿(ほうふつ)とさせるハードボイルドならぬソフトボイルド(笑)な作風ながらも、玩具を売るための作劇も両立させつつ、実にカッコもよかった『仮面ライダーW(ダブル)』(09年)……


 「仮面ライダー」の勢いがとどまるところを知らない一方、当時の「ウルトラマン」は年に一度の割合で「劇場版」を公開するのにとどまっていた。


 映画『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE(ザ・ムービー)』(09年・ワーナー)では、昭和ウルトラマンたちの故郷・M78星雲のウルトラマンたちが大集合! 100体もの大怪獣軍団との決闘! 日本でもすでにレンタルビデオやCS放送などで放映されていた『パワーレンジャー』シリーズ(92年~)で、監督兼プロデューサーかつシリーズ構成職としても活躍していたことが知られていた、スーツアクターやアクション監督上がりでもあった坂本浩一監督の国内での初監督作品といった話題性もあってか、そこそこのヒットを記録した。


 だが、その『ウルトラ銀河伝説』にて、ウルトラセブンの息子として華々(はなばな)しくデビューしたハズのウルトラマンゼロを主役とした映画『ウルトラマンゼロ THE MOVIE 超決戦! ベリアル銀河帝国』(10年・松竹)は内容的にはおもしろかったものの、興行的には大惨敗となってしまっていた。
 筆者が観た静岡市の劇場では、公開初日の初回上映の客がたったの数十人しかいなかった(!)ことをいまだに鮮明に記憶しているが、前作『ウルトラ銀河伝説』から『ゼロ THE MOVIE』までに生じたわずか「1年」のあいだに、新作映画をバックアップするには必須であったハズの新作テレビシリーズや総集編番組などのシリーズを「休止」していたことが、その惨状を招いてしまったのだ。


 『ギンガ』以降、最新作の『ウルトラマンオメガ』(25年)に至るまで毎年、再編集番組を半年間はさむかたちではあったものの、「ウルトラマン」は「ニュージェネレーションウルトラマンシリーズ」として、「12年間」にもわたって放映を継続できてはいる。だが、その『オメガ』にもアシスタントプロデューサーとして撮影現場などにも参加していたものの、心身症で途中離脱したという話題でも知られた某氏は、2025年5月16日に自身の個人ブログに以下のように記していた。



「なまじ一般企業にいると、ニュージェネ作品群の知名度の無さに驚かされます。


 まだウルトラマンってテレビで放送してんの? 何チャンネルでやってんの? というレベル。


 確実に(パチンコ企業の)フィールズの傘下(さんか)に入った時点が分岐点(ぶんきてん)だったのかなとは思いますが、もう過去の勢いは完全に鳴りを潜めているのが現状でした。活気があまりない感じ」



 かつては、「15年半」も「休止」していたというのに、みんなが「ウルトラマン」を知っていたのに、今では「12年半」も放映しているのに「ウルトラマン」を知らない人々が多く存在する。


 そんな時代に「スーパー戦隊」を「10年以上」も「休止」させれば、将来的には誰も「戦隊」を知らなくなるのが必然ではないのか? ましてや『超次元英雄譚 プロジェクトR.E.D.』とやらが大人気となったのなら、それこそ「スーパー戦隊」は復活のしようがないのではあるまいか?


 ところで、先述した白倉氏のスーパー戦隊は「10年は間を置いた方がいい」なる発言における「10年」には、ふたつの意味があると考える。氏ほどの人物が何の根拠もなしに「10年」なる数字を提示するハズがないのだ。


 まず、1965年8月3日生まれの白倉氏は2025年12月現在で60歳であり、ひと昔前の一般企業であればすでに定年退職してもおかしくない年齢に達している。10年後の2035年には氏は70歳に達する。それでもまだ東映に籍は置いているかもしれないが、第一線からはすでに退(しりぞ)いている可能性がきわめて高いだろう。まぁ、そのあとは後進世代が自由にすればいいということなのだろう。


 そして、もうひとつは、「10年」も「休止」すれば、「時代の空気」も「スタッフの世代」も変わってしまって、必然的に従来のシリーズとはやや差別化された作品になる、ということである。「平成」仮面ライダーをはじめ、これまで氏が関わってきた長命シリーズの作品群には、意図はせずとも結果的にその「時代の空気」も実に的確に反映されていたことが伝わってくる。そんな白倉氏が語った「10年」には、あまりにも重みを感じずにはいられないのだ。


 しかし、この変化の速い時代で、子供向けの競合コンテンツも多い時代に、そして我々が幼少時にまず真っ先にその目を引きつけられた「キラキラとした光学合成」による「非日常」的な「特撮映像」なども、世間一般のテレビCMやゲームなどでも簡単に観られるようなってしまった今の世においては、「昭和」や「平成」の御世のように「ウルトラマン」や「仮面ライダー」のアドバンテージ(優位性)はゼロではないにしても減ってはおり、一度は卒業しても「懐かしさ」と「新鮮さ」といった矛盾するふたつの要素を両方ともに持って、幾度もの復活を遂げたようなことは、もう不可能なのではあるまいか!?


――むろん、それでも「キラキラ」とした非現実的な「特撮合成映像」や、奇抜で爽快感あふれる身軽でアクロバティックな「アクション」に、幼児の目を引き付けるような「異形の着ぐるみ」や「仮面のキャラクター」に「スーパーメカニック」などを前面に押しだしていくことは、「特撮」ジャンルのアイデンティティーとして、あるいは「子供向け番組」としても絶対の必須の要素ではあるのだけれども――


 たとえば、往時の年長の特撮マニア間では猛烈に酷評されてはいたものの、当時の小学生男児たちからは高い人気を獲得していた『平成ゴジラシリーズ』(89~95年)があった。しかし、『平成ゴジラシリーズ』が休止を迎えて、『ミレニアムゴジラシリーズ』(99~04年)で復活を果たしたものの、その間隙の時期に登場した『ポケットモンスター』(96年)や『遊☆戯☆王』(97年)にすっかり人気を奪われてしまったのだ。そして、子供間での「ゴジラ人気」はついに復活することはなかったのだ。


 映画『シン・ゴジラ』(16年)や映画『ゴジラ -1.0(マイナス・ワン)』(23年)の大ヒットそれ自体は喜ばしいことではある。しかし、あれらの作品は次代の特撮マニア予備軍をも相応のマス(大量・規模)でも産み出してくれるような、良い意味での適度な「B級感」をも伴ったような、子供間にも根付いていくような人気ではなかったのだ。


 そう考えると、今の時代に長命シリーズを休止させてしまうことは、シリーズの充電にはならずに、むしろかえって客商売としてはトドメを刺してしまうような行為なのではないだろうか!?


*ナゼにいまごろ、『宇宙刑事ギャバン』なのか!?


 さて、『プロジェクトR.E.D.』の第1弾として発表された『超宇宙刑事ギャバン インフィニティ』は、のちに「メタルヒーローシリーズ」の第1弾として位置づけられた『宇宙刑事ギャバン』(82年)の要素を継承しつつも、ゼロから世界観を構築した新作となるようだ。


 往年の『宇宙刑事ギャバン』は、かつて捜査中に行方不明となった宇宙刑事ボイサーと日本人女性とのあいだに生まれた混血児で、地球では母親の旧姓を使って一条寺烈(いちじょうじ・れつ)と名乗っていた主人公青年のギャバン=宇宙刑事ギャバンが、銀河連邦警察のコム長官によってボイサーの後任として地球に派遣され、地球征服をたくらむ宇宙犯罪組織マクーと戦う物語だった。


 撮影時に周囲の光景が映りこむほどに全身が銀色に輝くメッキのスーツで造形されたギャバン自体のカッコよさもさることながら、ふだんはコミカルで三枚目的なキャラクターではあるも、マクーとの戦いではアクロバティックにダイナミックなアクションを披露する烈を演じた大葉健二氏の存在が『ギャバン』では実に大きかった。


●クライマックスの必殺技・レーザーブレード
●電子星獣ドルに変型する超次元光速機ドルギラン
●あらゆる次元・空間への突入が可能なサイドカー・サイバリアン
●飛行能力を誇る高次元戦闘車ギャビオン
●小型ドリルタンクのスクーパー


など、さまざまな装備を誇るギャバンだった。しかし、その最大の魅力のひとつはギャバンに「蒸着(じょうちゃく)!」(変身)する前の烈による肉体派アクションだったといっても過言ではない。


 実際、第17話『走る時限爆弾! 白バイに乗った暗殺者』をはじめ、烈を演じる大葉氏のアクションを全編にわたって見せるために逆算して構築された脚本もいくつかあったほどなのだ。「昭和」の特撮ヒーロー作品を知らない若い世代に向けて、実は個人的に最もお勧めしたいと考えるのが、この『宇宙刑事ギャバン』なのである。


 それから時を経た2012年1月21日、この『ギャバン』をはじめとする「宇宙刑事シリーズ」の「30周年」を記念し、スーパー戦隊シリーズ第35作として当時放映されていた『海賊戦隊ゴーカイジャー』(11年)とコラボさせた映画『海賊戦隊ゴーカイジャーVS宇宙刑事ギャバン THE MOVIE』(12年・東映)が公開され、初日と2日目だけで興行収入が約1億6000万円、観客動員数約15万9000人を記録し、興行ランキング初登場第2位の大ヒットとなった。


 当時は『ギャバン』のリアルタイム世代が親となり、『ゴーカイジャー』が好きな子供とともに楽しむには絶好の企画だったからこそ、そこまでのヒットに至ったのだろう。


 同作の好評を受けて製作されたとおぼしき、同年10月20日に単独オリジナル作品として映画『宇宙刑事ギャバン THE MOVIE』(12年・東映)が公開された。ただし、初日から2日間の興行成績は興行収入が約7395万円、観客動員数が約5万9000人と、『海賊戦隊ゴーカイジャーVS宇宙刑事ギャバン』の半分以下の数字にとどまってしまった。


 『ゴーカイジャー』のような現行作品とのコラボで子供をも誘致するのならともかく、かつては大人気だった『ギャバン』ですらも、この当時にすでに単独では客を呼べなくなっていたのだ。


 その後、映画『仮面ライダー×スーパー戦隊×宇宙刑事 スーパーヒーロー大戦Z(たいせん・ゼット)』(13年・東映)を皮切りに、


●オリジナルビデオ作品『宇宙刑事シャリバン NEXT GENERATION(ネクスト・ジェネレーション)』(14年・東映ビデオ)
●オリジナルビデオ作品『宇宙刑事シャイダー NEXT GENERATION』(14年・東映ビデオ)
●映画『スペース・スクワッド ギャバンVSデカレンジャー』(17年・東映)
●映画『宇宙戦隊キュウレンジャーVSスペース・スクワッド』(18年・東映)


など、先述した『ギャバン THE MOVIE』にてコードネームの「ギャバン」を継承した主人公青年・十文字撃(じゅうもんじ・げき)=宇宙刑事ギャバンtypeG(タイプ・ジー)をはじめとする主要キャラらを、「仮面ライダー」や「スーパー戦隊」らとコラボさせた作品群が、何度かの「休止」をはさみつつも監督・坂本浩一と脚本・荒川稔久ほかのコンビで、足かけ5年間にわたって製作されてきた。


 『ギャバン THE MOVIE』の興行不振を教訓として、視聴者の記憶にまだ新しい「スーパー戦隊」作品のその後を描いた続編とカラめるかたちで、若い世代にギャバン・宇宙刑事・メタルヒーローを啓蒙(けいもう)したこれらは、実に意義深い作品群であった。


 ところで、現時点でギャバンが活躍する映像作品としては最後になっている『宇宙戦隊キュウレンジャーVSスペース・スクワッド』の公開は2018年6月30日である。2025年12月の時点で「7年半」もの「休止」が生じている。これは先述した『ウルトラマンメビウス』と『ウルトラマンギンガ』の間に生じた「休止」の「6年3ヶ月」をすでに上回っているのだ。



 ちなみに、『宇宙刑事ギャバン』の放映「40周年」だったハズの2022年度に、東映は続編や新作の放映、イベントなどの展開をほとんど何もしなかった。強(し)いてあげれば東映特撮YouTube Official(ユーチューブ・オフィシャル)でオリジナルの『ギャバン』を全話配信した程度だった。
 「40周年」のメモリアルイヤーですらも、『ギャバン』を世間に啓蒙しようとする動きを見せなかったのに、「戦隊」がダメだからと今になって唐突に『ギャバン』を引っぱりだしてくる節操のなさには閉口せずにはいられないのだ。


 あくまで、原典の『ギャバン』と世界観を共有していた『ギャバン THE MOVIE』や『スペース・スクワッド』などの「続編」として製作するのならともかく、それらからかなりの年月が経過した今、すべてを「リセット」して「ゼロ」から世界観を構築するという『超宇宙刑事ギャバン』に、果たして勝算はあるのだろうか?


 『ギャバン THE MOVIE』が公開された2012年の時点で、残念ながら『ギャバン』は単品ではすでに客が呼べないという厳しい現実が突きつけられているのだ。


 ここ3年ほどの「ウルトラマンシリーズ」を観ても、歴代ウルトラマンシリーズの怪獣たちを何度も再登場させながらも、歴代のウルトラマンたちが一切、客演しなくなってしまったことで、たとえ並行宇宙の関係にはあっても、地続きの世界観になっていた歴代ウルトラシリーズとは完全につながりを隔(へだ)ててしまっている。


 個人的に最も愚(おろ)かだと思えるのは、先述した映画『ウルトラマンゼロ THE MOVIE』にて「多次元宇宙=マルチバース」なる概念を生みだしたことで、その後の新作映画やテレビシリーズでは「昭和ウルトラマン」も「平成ウルトラマン」も「ニュージェネレーションウルトラマン」も、すべてのヒーローが無理なく共演可能となったにもかかわらず、『ウルトラマンブレーザー』(23年)以降はそれを廃してしまって、前作の主人公ウルトラマンとの共演すらも見られなくなってしまったことだ――ブレーザーは次作『アーク』にも客演したが、本物ではなく並行宇宙の別人のブレーザーであったことで、マニア層にも不満を残していた――。


 実際にも『ウルトラマンブレーザー』と『ウルトラマンアーク』(24年)は、それ以前の作品に比べて玩具の売り上げも落ちているのだ!――ちなみに、オタク第1世代などの高齢マニアはともかく、青年層~中年層(爆)間での特撮マニア人気のバロメーターにもなりうる、ネット上の無料動画配信サイト・YouTube上での各話の再生回数も、それまでの作品群に比べると半減しているのだ―― だからこそ、円谷プロも「戦隊終了」を「対岸の火事」として見ている場合ではないのだ。


 「戦隊」に代わる新しい枠が『超次元英雄譚』というのなら、それこそ『スペース・スクワッド』のような東映版『アベンジャーズ』として『超宇宙刑事ギャバン』を製作し、『スペース・スクワッド』のラストシーンで、宇宙の各地でも歴代メタルヒーローや歴代戦隊ヒーローが実は今でも悪と戦っていることが明かされていたように、往年の東映特撮ヒーローたちとの共闘を描くべきではなかろうか!! それこそが、「集団ヒーロー」であった「スーパー戦隊」の代替企画として最もふさわしいのではあるまいか!?


 その『超宇宙刑事ギャバン』が成功したのなら、その後、数年間は「宇宙刑事」をはじめとする「赤い」メタルヒーロー作品がつづくのかもしれない。


 あるいは、往年の「赤」い東映ヒーローとして世代的には真っ先に浮かんでしまう『快傑ズバット』(77年)をリメイクして、原典が視聴率が好調でも玩具が売れなかったから打ち切りとなった二の舞とならないよう、子供にも楽しめる作風にするとか(笑)。
 はたまた、『仮面ライダー響鬼(ヒビキ)』(05年)の当初の企画であった「赤」い『変身忍者 嵐』(72年)のリメイクを実現させ、今や完全に途絶えてしまった「時代劇ヒーロー」を復活させるとか。
 意外な「変化球」としては、『人造人間キカイダー』(72年)のリメイクで、全身が「赤」い「悪魔回路」ばかりの「キカイダー」を当初は悪のヒーローとして登場させ、人間たちとの出会いで「良心回路」がめばえて、次第に身体に「青」い部分が増えていき、第2クールに入るころには全身が「青」の正義のヒーローに生まれ変わるとか(笑)。


 いや、そんなことを年度が代わるたびに試行錯誤するのではなく、最初からそれらの東映の歴代ヒーローやそのリメイクヒーローを順次、小出しに登場させて、「戦隊」に代わる「集団ヒーロー」が登場できる世界観にすればよいのだ! 敵側についても、『スペース・スクワッド』におけるように、往年の「悪の組織」の幹部たちが結集した「連合軍」にすればスケール感の拡大にもつながるだろう。


 そうすれば、例年の夏休みに「仮面ライダー」と二本立てで公開される「劇場版」は、無理なく毎年「大集合系映画」とできるだろう!
――本来は、「ライダー映画」とも合体させて、1本の映画としてスッキリさせてほしいところではある。しかし、双方ともにテレビシリーズを撮影しながら、夏休みの「劇場版」のためだけに、2組の主役メンバーたちのスケジュールを調整することが難しいゆえの処置であることもよくわかるのだが――


*もはや「販促至上主義」を否定している場合ではない!


「『仮面ライダー』が革新路線なのに対して、『スーパー戦隊』は安定路線だと言われていますが、そんな流れに甘んじていると、安定どころか消滅するぞ、みたいな危機感は常に感じています。まだやれることがあるんじゃないか、もっとやれないか、今の作品を作っているプロデューサーには、まだまだ考えることがたくさんあると思います。等身大ヒーローという側面では、仮面ライダーとやっていることは変わらない。ではスーパー戦隊の独自要素は何かと考えると、それは『巨大ロボット』ではないかと。等身大ヒーローと巨大ロボットのハイブリッドこそスーパー戦隊の独自性なのですから、映像技術の面も含めて、いかに魅力的に見せることができるか、を考えてもらいたいんです」
(『スーパー戦隊50周年 東映・白倉伸一郎が見据(す)える未来 「ゴジュウジャー」に期待する“歴代戦隊の再定義”』シネマトゥディ 2025年3月30日配信記事・原文のまま表記)



 「昭和」の『バトルフィーバーJ(ジェイ)』(79年)以降、バンダイ(当時はポピー)は50年近くにもわたって、一貫して合体巨大ロボの合金玩具を「スーパー戦隊」の最大主力商品として発売しつづけてきた。


 「スーパー戦隊」を海外向けに翻案(ほんあん)した『パワーレンジャー』シリーズ(93年~)の玩具の版権が、バンダイ・アメリカから別の会社に取られてしまったことは当然、大きい。しかし、日本国内においても、「戦隊」の玩具が売れなくなってきたのは、「巨大ロボット」が売れなくなったということである。白倉氏が云うところの「スーパー戦隊の独自性」が、残念ながら世間や子供たちには受け入れられない時代になってしまったということなのだ。


 『獣電戦隊キョウリュウジャー』(13年)が玩具の売り上げで「戦隊」史上最高額を記録したということは、それからわずか10年ほどのあいだに「スーパー戦隊の独自性」のメソッド(手法)が次第に通用しなくなっていったのだろう。


 ちょうどその当時に再度の復活を果たした「ウルトラマン」も、「防衛組織」の「メカ玩具」が売れなくなったがために、ある意味では立派な「ウルトラマンの独自性」だったハズの「防衛組織」を近年では廃してしまっている。まぁ、「防衛組織」を出したらレギュラーの登場人物が増えてギャラが大変だとか、「防衛組織」の司令室のセットのためだけに映画会社の撮影スタジオを半年間もレンタルして、本編美術班が内装をつくって飾りつけもするので、そこで大きな予算がかかってしまう、といった理由も大きいのだろうけど(苦笑)。


 「スーパー戦隊の独自性」=「巨大ロボット」は、若者や子供間での「モービル(自動車などの乗りもの)幻想への減退」などとも連動していたのであろう。「巨大ロボット」の玩具がかなり高額であるとか、「巨大ロボット」への合体機構が幼児がパターン認識するには複雑になりすぎてきている、といったこともあるのだろう。少なくとも、2010年代後半以降には急速に売れなくなっていったようなのだ。



 いまさらになるのだけれど、たとえば「巨大ロボット」を登場させずに、戦隊ヒーロー&ヒロインが等身大のままで強化形態となって巨大怪人と戦うとか。あるいは、それこそ『ウルトラマンオメガ』の「メテオカイジュウ」や『星獣戦隊ギンガマン』(98年)の「星獣」たちのように着ぐるみの「味方の巨大怪獣」を戦わせたり、その「巨大怪獣」の能力や武器で戦隊ヒーロー&ヒロインがパワーアップするとか。過去のシリーズにも前例はあるものの、『忍者戦隊カクレンジャー』(94年)や『魔法戦隊マジレンジャー』(05年)のように戦隊ヒーロー自身が「メカロボ型の巨大戦士」に「2段変身」するとか。はたまた、5人の戦隊ヒーロー&ヒロインが合体して巨大ヒーローになるとか。


 同じ「構造改革」をするのなら、奇をてらった「設定」や「世界観」にするよりも、そういった「変身」や「怪獣」などの延長線上で「スーパー戦隊の独自性」を打ち出すべきではなかったか? いや、それらを今後の新作の「独自性」にすればよいであろう。



 しかし、筆者個人は中年と化しても、「戦隊」の合体巨大ロボがいまだに大好きである。ただ、00年代末期以降の「仮面ライダー」作品を観ていると、敵の等身大の怪人以外に、月に1回くらい(笑)、あるいは主にシリーズの序盤や主要な回などで時折りに、伏線もなく唐突に登場してくる巨大モンスターを、ライダーが「合体ロボット」も使わずに等身大のままで倒してしまう描写があるのだ!


●合体ロボットで巨大怪人と戦うスーパー戦隊。
●巨大な姿になって巨大怪獣と戦うウルトラマン。


 子供の目線でこれらを見比べたら、最も強そうに見えるヒーローは誰か? と考えれば断然、「仮面ライダー」に軍配があがるだろう。「ライダーひとり勝ち」の理由は、案外そんなところにもあるのかもしれない。



 先述したように、原典『宇宙刑事ギャバン』にはギャバンをサポートするカッコいいスーパーメカが多数登場していた。だが、「ウルトラマン」の「防衛メカ」や「スーパー戦隊」の「合体ロボ」が売れない時代に、『超宇宙刑事ギャバン』にそれらを登場させても売れないであろう。まぁ、「電子星獣ドル」だけは今でもウケるかもしれないけど。


 「ひとり勝ち」の「仮面ライダー」のバンダイの主力商品は、なんといっても「変身ベルト」をはじめとする「なりきり玩具」である。しかし、原典の『ギャバン』の変身は「蒸着!」と叫ぶのみであり、そもそも「変身アイテム」は存在しなかった。「ゼロ」から世界観を構築するようなので当然、今回の『ギャバン』には「変身アイテム」も用意されるのだろうけど、「各種メカ」や「巨大ロボ」も出せないような状況では、それだけではいささか心許(もと)ない。


 だからこそ、先述したように『超次元英雄譚』は最初から複数の「赤」いヒーローの共演ものとして製作し、それこそを「独自性」として強く打ち出すべきだと考えるのだ。


 製作費を回収できるだけの「売り上げ」が稼げなくなったがために、「スーパー戦隊」が実質的な「終了」に追いこまれるに至ったあまりに厳しすぎる現実は、「玩具の販促」なぞよりも「大人の鑑賞に耐えるドラマやテーマこそが第一」などといまだに主張している人々には、言葉は悪いがいいクスリになったことであろう。


 あんなにも楽しかった、おもしろかった「スーパー戦隊」を打ち切ってまで、『超次元英雄譚』などをやる以上は、この路線もまた「終了」「休止」に追いこまれたら「戦隊」も浮かばれまい。


 特撮ヒーロー番組の製作は、あくまで「ビジネス」である。それを抜きにして「特撮」を語るのは、もはや論外というべきだろう。

2025.12.13.


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2025年12月号』(25年12月30日発行)所収『スーパー戦隊・休止』評より抜粋)


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1000T-564 スーパー戦隊50周年
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スーパー戦隊・終了を論じる! 「戦隊」を「休止」にしてよかったのか!? ゴジラ・ウルトラのごとく90年代末期以降の長期中断はアダになる!?
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