假面特攻隊の一寸先は闇!読みにくいブログ(笑)

★★★特撮・アニメ・時代劇・サブカル思想をフォロー!(予定・汗)★★★ ~身辺雑記・小ネタ・ニュース速報の類いはありません

からかい上手の高木さん・上野さんは不器用・宇崎ちゃんは遊びたい! ~女子の方からカマってくれるアニメ3本評!

『宇崎ちゃんは遊びたい!』 ~オタクvsフェミニズム論争史を炎上作品のアニメ化から俯瞰する!?(長文)
『女子高生の無駄づかい』『ちおちゃんの通学路』 ~カースト「中の下」の非・美少女が主役となれる時代!
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[アニメ] ~全記事見出し一覧


 いわゆる「高木さん系」の決定版!? 『イジらないで、長瀞(ながとろ)さん』(21年)が放映中記念! とカコつけて……
 「高木さん系」の深夜アニメ3作品、『からかい上手の高木さん』(18年)・『上野さんは不器用』(19年)・『宇崎ちゃんは遊びたい!』(20年)評をアップ!


 ……いや、『イジらないで、長瀞さん』#1はガチで他人や弱者に対する共感性には乏しい加虐的な性格類型の少女のリアルを描いていて(!)、コレは原作マンガ自体がそーなのか? アニメ化の際にリアルな「演出」で肉付けしたモノゆえなのか? 浅学にして知らないけど、もっと志の低いネタに走ったお約束反復ギャグ作品なのかと思いきや……。マジでスゴい。ノックアウトされてしまいました(汗)。


からかい上手の高木さん』『上野さんは不器用』『宇崎ちゃんは遊びたい!』 ~女子の方からカマってくれる、高木さん系アニメ3本評!

(文・T.SATO)

からかい上手の高木さん

(2018年冬アニメ評)
(2018年4月27日脱稿)


 落ち着いてるけど少々コケティッシュな、栗色の髪を真ん中分けしたセミロングの女子高生・高木さん。彼女が片ヒジをついて傾げた小首を片手に乗せて、隣席の男子生徒をジッと見ているビジュアルが印象的だ。


 シニカルに解剖すれば、ある種の男子どもが女である自分の眼差しにテレてくれることで、広いイミで間接的・限定的に男子を手玉に取ってプチ・コントロールできるワケだから、彼女は自分のルックスや女性性にも自信を持てて、オボコい男子よりも精神的には優位に立てるだろう。
 あぁ何という不平等。近代的で対等な個人の付き合いとは程遠い。実に嘆かわしい。日本に「近代」がやってくる日は遠い。……などと思いつつ、筆者もこんなコが相手なら屈服して溺れて靴の底までナメてみたい(オイ)。


 とはいえ、彼女にはクラスの中心で君臨するギャル娘ほどの強さやコミュ力はナイし、運悪く付き合った男がDV野郎だったら反撃できずに精神的に支配されてしまう程度の強さしかナイようにも思える(私見)。コレは彼女のことをバカにしているワケではない。強すぎずもせず弱すぎずもせず、ちょうどイイ塩梅だなぁと(笑)。


 ただし、キャラ造形はそれなりに秀逸でも、それだけで間が持つワケでもない。それ以外の面ではキャッチーさに欠けるようにも思えて、ワンアイデアだけの作品に留まっているとも私見。加えて、現在主流の萌え4コマの人畜無害な美少女キャラを愛するオタにもウケそうにはないけど、ニッチな鉱脈には思うので支持者は貢ぐべきだろう……と思っていたら。意外な爆死の「漫画タイムきらら」系の萌え4コマ原作の同季深夜の美少女アニメスロウスタート』をはるかに上回る6千枚超のヒットを記録!
DJCD「TVアニメ『からかい上手の高木さん』Presents からかい上手の高"橋"さんラジオ」

からかい上手の高木さんVol.1(初回生産限定版) [Blu-ray]
(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.71(18年5月4日発行))


『上野さんは不器用』

(2019年冬アニメ)
(2019年4月27日脱稿)


 ラブコメ・ギャグ作品とでもいうべきか?


 大雑把に云えば、内向的な性格に分類される我々オタに近しそうな人種が住まう「文化系部活」――ここでは理系の「科学部」――。その部室に、女の子2名とさわやか安全癒やし系の中性的なハスキーボイスの小柄でオボコい黒髪少年が集っている。
 そして、そこでコジらせた自問自答の自意識を、「私小説」テイストで見せるのではなく、「ドタバタ悲喜劇」テイストとして見せるような作品である。


 基本は痩身小柄なオレンジ色髪でツインテールの美少女だけど、性格は三枚目でスットコドッコイな荒々しい言動をする上野さん。彼女はこの少年クンに対して秘かに――公然と?(笑)――好意を持っていて、部室でさまざまな遠回しでクドクドしいモーション(誘惑)を顔を真っ赤にして掛けてくる。
 頭デッカチで俗っぽい知識だけはあるので、思春期の男のコであれば同年齢の異性のソコかしこに性的刺激を受けるであろうと計算して、あの手この手を繰り出しもする。


 しかし、主人公男女が片方の告白を受け容れて相思相愛となって結ばれてしまっては、それまでの接近・離反・誤解といった「綱引き」の妙味を眼目とするこのジャンルの物語は終焉を迎えてしまう(笑)。
 そこで、ラブコメ作品の連載を継続させるための永遠の歌舞伎的様式美・作劇的本能というのかご都合主義で(笑)、少年クンは異性からの誘惑には「鈍感」であったりもする。


 コレが陳腐化してきたところで、新たに勃興してきたのが、空気や他人の言動に鋭敏ではあっても「照れ屋さん」であり、加えてオトナの度量の大きさで異性を受け止めて包容するだけの器量がナイばかりか、パニくってしまうであろう自身の小心さ&動揺を隠すために、何も聞こえていないフリをして、耳に手をあて「エッ!? 何だって!?」とふるまう、いわゆる「ヘタレ難聴」パターンである。


――告白者の女性キャラの方も赤面して、「もう、恥ずかしいこと二度も云わせないでよネ!(プンプン!)」……となる可愛いサマを見せることで、視聴者に「萌え感情」をも惹起させるので、作劇的には一挙両得ではある(笑)――


 で、本作の眼目は、水面下では相思相愛である両者の接近模様を描くのではなく、オレンジ髪ツインテ少女の一人相撲の滑稽さで笑いを取ることにある。よって、少年クンは無垢なる天然で、気付かないフリや難聴のフリではなく先祖返りの「鈍感」としての描写で徹底されていて、それはそれで絶妙にイイ味を出している。


 てなワケで、


 オレンジ髪ツインテのモーション → 少年クンの鈍感ボケ → オレンジ髪ツインテ


 以上の「赤面自爆」の連発で、楽しく鑑賞することができる佳作である。


 主演は少女マンガの深夜アニメ化『3D彼女 リアルガール』(18年)主演や、昨2018年も『魔法少女サイト』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20201122/p1)・『異世界魔王と召喚少女の奴隷魔術』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20201206/p1)などで主要キャラを演じた新進のアイドル声優芹澤優


 イジワルに引いた視線で作品を観れば、このオレンジ髪ツインテ嬢が耳年増なだけで手足身体が棒(笑)の未成熟なキャラデザ(もしくはヒラメ的・平面的な身体)だから、この誘惑失敗ギャグが成り立つし、怒って殴ってきても非力そうだから安全に回収されるのであって、アイドルアニメ『ラブライブ!』シリーズ(13年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20150615/p1)やら近年の『響け! ユーフォニアム』(15年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160504/p1)などの京都アニメ作品のように、デッサン骨格・太モモに筋肉・躍動・バネも感じられるような性的・腕力的にも成熟した身体描写だったら、このギャグは成り立たないであろう。
TVアニメ『上野さんは不器用』オリジナル・サウンドトラック

上野さんは不器用
上野さんは不器用

上野さんは不器用

  • メディア: Prime Video
(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.74(19年5月4日発行))


『宇崎ちゃんは遊びたい!』

(2020年夏アニメ)
(2020年8月11日脱稿)


 低身長で銀髪ショートカットだけど八重歯に奇形的な超巨乳の少女・宇崎ちゃんが、無口で無愛想で(ひとり)ボッチ気味な長身の先輩青年クンに明るくウザったくチョッカイをかけてくるのがキモの深夜アニメである。
 ググってみると、元々はツイッター媒体で展開していた個人連載マンガが商業媒体にスカウトされて、ついに深夜アニメ化されるまでに至ったモノ。


 通常、マンガやアニメにおいては「銀髪」は影のウスさや意思の弱さや理知的なイメージを象徴させるモノであり、小ナマイキさを示す「八重歯」やお色気要員であることを示す「巨乳」といった記号とは組み合わせにならないハズだけど、この作品では「銀髪」なのに「八重歯」と「巨乳」を掛け合わせたキャラクターデザインともなっている。


 いや、だから「スゴい!」とか「斬新だ!」とか云う気もまったくナイけれど(笑)。でもまぁ「黒髪」や「赤髪」の美少女がオトコにチョッカイをかけてきたら、やや重たいオンナ臭がするやもしれないので、それをウスめるためには「銀髪」がちょうどイイのかもしれないネ――金髪の場合は華麗なオンナ臭が強まってサバサバ臭が出ないかも――。


 まぁ基本はおバカな作品なので(失礼)、そのへんを意識化・言語化・理論化してキャラデザしたともツユ思わないし、作者が本能的・直感的・フェティッシュにデザインしていったらこうなっただけだとは思うけど。


 いわゆる女子の方からコミュ力弱者や頼りない系の男子クンに声をかけたりチョッカイを出してきてくれてコミュニケーションが始まる『からかい上手の高木さん』(18年)の系列が近年流行っているけど、この作品も広い意味ではその類い。
 ググってみると……「高木さん系」という用語がすでにあり、同工異曲のマンガが数十本も出現している事実にブチ当たる(爆)。


 で、この作品を評価する方々にはスイマセン。筆者にはワンアイデアだけの出オチ作品、さしたる物語的膨らみもキャラ的膨らみもない作品に思えてイマイチです(汗)。
宇崎ちゃんは遊びたい! 1-5巻セット (ドラゴンコミックスエイジ)

(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.77(20年8月15日発行))


[関連記事]

2020年夏アニメ評! 『宇崎ちゃんは遊びたい!』 ~オタクvsフェミニズム論争史を炎上作品のアニメ化から俯瞰する!?(長編論文)

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2017年夏秋アニメ評! 『はじめてのギャル』『僕の彼女がマジメ過ぎるしょびっちな件』 ~オタの敵・ギャルやビッチのオタ向け作品での料理方法!

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『イジらないで、長瀞さん』放映中記念!
#からかい上手の高木さん #上野さんは不器用 #宇崎ちゃんは遊びたい



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7SEEDS・A.I.C.O. Incarnation ~NETFLIXお下がりアニメ2本評!

『ULTRAMAN』 ~等身大の初代ウルトラマン・セブン・エース型強化服vs等身大宇宙人! 高技術3D-CGに溺れない良質作劇! 歴代作品へのオマージュ満載!!
『天気の子』『薄暮』『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』 ~「天気の子」は凡作なのでは!? 2019年初夏アニメ映画評!
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 動画配信サービス・NETFLIX(ネットフリックス)にて先行配信されていたアニメが地上波にお下がりで、昨2020年末には『HERO MASK Part2』(19年)が一挙放映、21年冬アニメでも『7SEEDS(セブンシーズ)』2期(20年)が放映完結記念! とカコつけて……
 NETFLIXのお下がりアニメで昨2020年に放映された2本、『7SEEDS』1期(19年)と『A.I.C.O. Incarnation(アイコ インカーネーション)』(18年)評をアップ!


7SEEDS』『A.I.C.O. Incarnation』 ~NETFLIXお下がりアニメ2本評!

(文・T.SATO)

『7SEEDS(セブンシーズ)』

(2020年冬アニメ)
(2019年夏配信)
(2020年8月11日脱稿)


 2020年冬季の昆虫パニックもの(?)かつサバイバルものでもある深夜アニメ。


 アレ? 同時期に封切された同じく昆虫パニックもののアニメ映画『巨蟲列島(きょちゅうれっとう)』(20年)とネタがもろカブりやないけー! ……とは思ったモノのググってみると、本作『7SEEDS』の方は製作は先であり、実は昨2019年夏に世界的な動画配信サイト・Netflix(ネットフリックス)にて配信された作品の地上波へのお下がりなのであった(笑)。


 暗室でハッと眼が覚めた黒髪オカッパの少女が、扉から懐中電灯で照らしてきた姉御肌の女性に「沈みそうだから、早く来なさい!」と命令されて外に出るや、そこは夜の嵐の中で翻弄されている船舶! テント付きのボートに乗り移って漂着した先での無人島(?)で、襲いかかってくる巨大昆虫を相手に10人弱の青年男女がサバイバルを繰り広げていくといった内容である。


 そして、往年の名作SF洋画『猿の惑星』(68年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20171107/p1)パターンで、この世界は天体落下で人類が滅んだ世界であり、7人ずつ5チームに分けた若い男女が選抜、拉致されて日本各地で冷凍睡眠の果てに目覚めた終末世界なのであった……。


 通常、怪獣・怪人・ヒーローを題材とした作品では「アクション」がヤマ場となる。しかし、ゾンビものやパニックものといった作品群はそれらと比するとやや「人間ドラマ」寄りである。本作もいかにして敵の化け物を倒すのか? この世界はどうしてこうなってしまったのか? といった要素がありつつも、青年男女たちの極限状況下でのムキだしホンネの人間関係や性格悲喜劇といった要素の方も印象に残るモノとなっている。
 モラルがあるヤツ、モラルがウスいヤツ。しかしてモラルがウスいがゆえに他集団の悪意を察知できて、味方集団を窮地から救ってみせるような逆説劇まで描いてみせている。


 加えて、サバイバル作品なのに、チーム中でも一番体力的にも劣っていて気も弱そうでボッチ気味な黒髪オカッパ少女が主人公! よって、実際に戦っているのは周囲の男性キャラや先の姉御肌キャラであって、彼女は足手まといにもなっている。
 行軍中にコケたりすると、姉御肌の女リーダーに「ドジっ娘を演じて男に助けてもらおうと媚びるのはやめなさい!」(大意)などと糾弾されたりしてしまう。彼女はロリ可愛いけどそれをハナにかけたりはしていないし、単に素で意志薄弱でトロいだけなのに(爆)。


 とはいうものの、ストーリー展開以前のこーいう描写がフック・引っかかりとなって、視聴者の感情移入の端緒を作っていることも指摘しておきたい。


 ググってみると、原作は2001年スタートで、「別冊少女コミック」連載の長寿マンガだとのこと。少女マンガ!? たしかに絵柄的には少女マンガだけれども……。内容は本格的だし面白いしウェルメイド。


 よくよく原作マンガ家のご尊名を拝見してみると、文明崩壊後の遠い未来で『三国志』状態の争乱に陥った日本を舞台にした、本邦初のUHFアニメ(!)とも称されている深夜アニメ『LEGEND OF BASARA』(98年)の大ベテラン・田村由美であった!


(後日付記:21年冬アニメとしても放映された同作第2期も、7大チームの大群像劇といった体に変化していくけど、実に面白いストーリーテリングに滋味あふれる人間観やリアリティーショー的な人間関係シミュレーションにも仕上がっている! 余力があったら詳述してみたい……)
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(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.77(20年8月15日発行))


『A.I.C.O. Incarnation(アイコ インカーネイション)』

(2020年夏アニメ)
(2018年3月配信)
(2020年8月11日脱稿)


 近未来的な清潔な街の防壁の外側には、人外の化け物チックな人工生命たちがウヨウヨと跋扈して非常に危険であるらしい近未来の日本が舞台。
――ググってみると、街の外の世界すべてが怪物に埋め尽くされているワケではなく、北陸は黒部峡谷にだけ割拠しているようだけど、序盤の完成フィルムからはそうは感じ取れなかった(汗)。まぁ序盤でだけ誤認をさせようというフェイク演出やもしれないけど――


 リハビリしつつ病院から車イスで学校に通う15歳の可憐で健気な黒髪オカッパの制服女子高生・アイコちゃんから物語はスタート。


 その病院で少し陰があるけどストイックそう、かつハンサムな制服高校生少年クンとも一度ゴッツンコして、お姫様抱っこで助けてもらう。


 そして学校に転入してきたのは先のカレ! 驚きのあまりに、彼女は両脚で立ち上がれてしまう!(笑)


 安直といえば安直。だけれども、#1冒頭では人外との絶望的な超常バトルが描かれていたので、元からそーいう超常要素があると、あるいは美麗な作画・背景美術・演出が作品の品位を上げてくるのか、「アリエナイ!」「安っぽい!」といった感慨はあまり浮かんでこない。むしろ、「少女マンガの王道」&「囚われの姫君を助ける少年活劇の王道」、両者のイイとこ取りといった印象も醸してくるのだ。


 夕景の放課後、ふたりが部活動の「折り紙部」(笑)で紙ヒコーキを飛ばしているヒューマンな描写を挟んで、その後日に亡き家族を偲んでアイコちゃんが実家をひさしぶりに訪れるや、彼女を拉致しようと迫る悪いオトナたちの魔手が迫ってくる!


 危険を察知した高校生少年クンはアイコちゃんをまたまたお姫様抱っこで逆奪取! 未成年なのに無免許運転で住宅地を逃走して、壮絶作画(CG)によるカーチェイスのヤマ場でも魅せてくれる。


 制服高校生の兵士を描いた往年のラノベ原作深夜アニメ『フルメタル・パニック!』も一瞬想起させるけど、有刺鉄線を越えた先のスラム街に逃げ込むと敵は追ってこない。そこで出会ったムサいオジサン・オバサンたちに彼女は自身の身の真相を知らされる……。


 彼らに不意に鈍器で殴られてもビクともせず、殴打された彼女の顔面に青黒いヒビが細かく入ったモノのすぐに修復されていく映像がショッキング!――この時点では彼女はロボットなのかサイボーグなのかも判然としないけど、ホントウの身体を直すために人工生体ボディーに脳だけを移植した存在である……とあとの回では明かされる――


 とはいえ、彼女も彼女で少年クンやオジサンたちを信用しきれず――それもそうだ(汗)――、#2以降ではこのアジトを脱走するなど、ストーリー展開も撹乱させつつ物語を紡いでいくことで、#1と比すると#2以降はややツカミに欠ける気もするけど、ていねいに作品世界を見せていく。


 事故で死んだとばかりに思っていた家族の生存可能性、その家族が人外が巣喰っている土地の中心地にいることもほのめかされることで、彼女に「動機」&「目的」を与えていく作劇も実に手堅い。


 虚淵玄(うろぶち・げん)脚本の深夜枠の巨大ロボットアニメ『翠星(すいせい)のガルガンティア』(13年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20140928/p1)や、野崎まど脚本のSFアニメ『正解するカド』(17年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190929/p1)など、本格志向の作品を手掛けてきた村田和也が監督。


 ググってみると2年も前(2017年)にNetflixで配信されたアニメの地上波初放送作品であった。ググる過程で糞アニメだとの文言もまとめサイトのコメントでチラ見したけど(笑)、序盤を見るかぎりではハイソな映像に加えて語り口にも拙さはナイので、最終回までその出来を確認してみたい。
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(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.77(20年8月15日発行))


『A.I.C.O. Incarnation』 ~完結評

(2020年11月15日脱稿)


 病院でリハビリしながら車イスで学校に通う15歳の健気な黒髪オカッパの制服女子高生・アイコちゃんが主人公。彼女が住まう街と黒部峡谷との間には万里の長城があって、彼の地に住まう怪物たちから侵入を防いでくれる壁にもなっている。
 ナゾの転校生少年との出会いで彼女は歩行ができるようになり、自身を悪人の魔手から匿ってくれた郊外のスラムに住まうアウトロー集団との出会いで、彼女は生き別れた家族が怪物の住まう黒部峡谷の深奥部に生存している可能性を知らされる。
 三者三様の思惑を秘めて、彼らは怪物と戦いながら徐々に峡谷を突き進んでいき、途中の廃施設に残された資料やメンバーの述懐などから、この世界の真相と怪物(人工生命)が誕生した理由がヒロイン・アイコの過去にも密接にカラんだものであったことが明かされていく……。
 さらには怪物が最新技術の産物でもありうまく飼い慣らせば諸外国に対するアドバンテージになるけど一線を超えれば破却も辞さない、政府や官公庁のイザとなればドチラにでも転がすつもりの綱渡りポリティクスも描かれて……。


 世界規模での大配信サイト・NETFLIXに食い込んで製作したアニメでもあるから、高予算で作画も背景美術も高精細である。#1や序盤のツカミも強くて教科書的にも良くできている。
 平凡な日常とは無縁に生きてきたアウトローのプロ集団にも、無骨で頼もしいオジサンや姉御に未熟さを残すもプロではある10代の少年少女も配してキャラクターシフトも斜線交錯させて多角的にもしている。
 彼らがスケートのように大地や岸壁を失踪する強化スーツメカを駆って怪物たちとスピーディーなバトルを繰り広げることで、アクション面も充実させている。


 主人公少女は実は致命傷の重傷を負った身体を治療するために、脳以外は本人も気付いていない人工生体であることが判明。そして、本来の身体はやはり峡谷の中核に保存されているけど、彼女の脳や記憶をコピーしたホンモノと寸分違わぬ人造脳と接続するかたちで治療がなされているという。
 しかして人造脳とはいえ、すでに自我や実存まで持ってしまった存在をモデルとなった人間(主人公少女)を救うための犠牲・踏み台にしてもイイのか? という議題も浮上してきたところで、その真相をさらに二転三転させていく。


――巨大量子コンピューター内での膨大な計算で構築された現実世界の写し絵としての仮想世界内の人々が、自身も生きていると感じて独自の人生を歩みはじめた場合に、その自律的に変容していくデータの消去は倫理的にも許されることなのか!? という議題を提起した昨2019年秋のセル画ライクなCGアニメ映画『HELLO WORLD』とのテーマ的な相似もつい想起――。


 まぁまぁ面白いし充分に及第点ではあるけれども、コレは作品自体の罪ではナイことは重々強調しておくけど、ジャンル作品を膨大に観すぎてあまたの作劇パターンが見えてきてしまうスレたマニアであれば、二転三転の果てのオチが推測できないこともナイ。ただしまぁ、こんな物言いでは「自分語り」になってしまって、純然たる「作品批評」でもなくなってしまうけど(汗)。


 本作は大スジにしろオチにしろ妥当であり、水準以上の作品ではあると思う。しかし、シリーズ中盤以降はやや失速した印象も受けてしまう。おそらくチョットした肉付けとパワーと勢いが少々欠如していただけなのではあろうけど。
 もちろん本作にかぎらず序盤は神懸かった吸引力はあっても中盤以降でダメではないけどイマ半な感慨を抱かせる作品の方が多数派ではある。ケナしたくはない良心作だけれども、諸手を挙げてホメたり他人に自信を持って薦めるほどでもナイ。そんな作品に留まってしまったようにも思えて実に惜しい。
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(了)
(初出・オールジャンル同人誌『DEATH-VOLT』VOL.86(2020年12月20日発行)所収)


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 実力派・谷口悟朗監督による2021年冬の深夜アニメ『バック・アロウ』が2クール放映中! 同じく21年冬の深夜アニメ『スケートリーディング☆スターズ』の方は完結記念! とカコつけて……
 谷口悟朗監督によるアニメ4本、『純潔のマリア』(15年)・『revisions リヴィジョンズ』(19年)・『ID-O(アイディー・ゼロ)』(17年)・『コードギアス 復活のルルーシュ』(19年)評をアップ!


純潔のマリア』『リヴィジョンズ』『ID-O』『コードギアス 復活のルルーシュ』 ~谷口悟朗監督作品アニメ4本評!

(文・T.SATO)

純潔のマリア

(2015年冬アニメ評)
(2015年4月27日脱稿)


 純潔(処女)で聖母マリアと同じ名前なのに魔女! という存在自体が不謹慎(?)な少女が主人公。


 戦争が大キライな彼女が、中世末期の英仏百年戦争のフランスを舞台に――アルプスより南ではもうルネサンスの時代だけど(汗)――各地の戦場で異教(キリスト教以外)の巨大怪物たちをその魔法で召喚! その都度、英仏両軍を驚愕させて退かせる。


 まずは胸の谷間や両肩に背中を露出した現代風の黒革ボンテージを身にまとったSMの女王さまみたいな魔女像が中世にあるのかヨ!? と一応はツッコミ。だが、そこはあくまでも虚構作品。マンガ的な絵から入る「キャラ立て」であって、問題ナシだと私見したい。


 問題ナシではあるけれど(?)、ボリュームのある金髪ショートの主役魔女の少女は、お眼めがデカくても若干吊り目でややクセのあるキャラクターデザイン。
 本作はオタク系というよりかはマニア系といえる月刊「アフタヌーン」誌の連載マンガが原作である。それゆえに当世風の萌え媚び絵柄の文脈を考慮していないのは吉か凶か?
 しかし、領主様の伝令を務めている青少年クンに対しては、ちょっとテレたりしてみせる性格的な弱さやハニカミもあるので、我々のような弱いオタク男子的にはそこが少々の取っつきやすさの救いにもなるのだけれども(笑)。


 その逆に、


・主人公少女の「使い魔」なのにナゼか年上で(笑)、主人公が処女であることをからかう、極小の包帯水着(?)をまとった露出度大のナイスバディーで銀髪ロングの淫魔のお姉ちゃん
・金髪巻き巻きドリルツインテールのイギリス魔女の美女
・そして、フランス魔女組合の年若い魔女たち数名……


 彼女らはキャラデザ的にもアクやクセは少なく吊り目でもなく端正なので、我々萌えオタ的にも抵抗ナイよね?(笑)――結果的に彼女らの中ではクセのある絵面の主役魔女少女がビジュアル的にも立ってくる?――


 以上はいわゆるマンガ・アニメ的な虚構パートでのキャラデザ面でのお話。



 だがそれ以外は、本格歴史モノの大作映画もかくやといわんばかりの緻密な絵作り!


・貧しいけど慎ましい中世農民の衣服・住居・農耕・村落
・馬上のヨロイ騎士に率いられたヤリとタテを持った徴発歩兵と傭兵たちの行進


・従軍神父さんによる開戦直前のお説教や祈祷(きとう)
・弓矢の雨アラレ!
・刀剣での歩兵同士の乱戦!


・西欧中世社会の典型を象徴もしている、魔女マリアと私的に関わってもいる貧しく慎ましい農家の家族たち
・善人ではあるもその時代相応の身分意識はあり、領地安堵のためには政治的なふるまいもせざるをえない領主と、前述した伝令をもっぱらとしている家臣の青少年
・傭兵たちと行動をともにする娼婦たち
・町の金髪青年修道院長さまと少年修道士


 このテの作品の常で、「よくお勉強しましたネ」的な内容に留まって「物語」としてはウマく昇華ができていないのに、扱っている題材やディテール面での歴史的な正確さだけで作品をホメてしまったり、『まおゆう魔王勇者』(13年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200126/p1)や『狼と香辛料』(08年)などもそーだったけど、「エラいヒトの学説を当てハメま評!」(笑)みたいな、作劇面での巧拙を論じずに作品外の歴史蘊蓄トークを得意げに披瀝する本末転倒なプチインテリオタクが跋扈しそうでもある(汗)。


 だが本作は、設定倒れや役割人物像だけの作品にも陥ってはいない。主要人物各々の人生を紡ぎつつも、それぞれが対角線の関係でも交わって因縁&人間ドラマを織り成してもいく。


 そして、あまたの「反戦平和」のお気楽な作品群とも異なっているのだ。
 たとえ魔女マリアの善意からではあっても、知恵のない直情的な戦争仲裁で、稼ぎにありつけなかった傭兵たちは村々の略奪を開始する! フランスの勝利で海の彼方へ放逐できたかもしれないイギリス兵の反撃をも招く!
 実は彼女の行為が戦争を長引かせてもおり、領主による庶民たちへの新たな徴兵が発生している逆説・皮肉までをも描いていく八方ふさがり……。



 そんなマリアの行為を、それぞれ異なる理由で見咎めてくる「地の教会」――地上のキリスト教会――と「天の教会」――天上世界の大天使ミカエルに、天の父ことユダヤキリスト教的な一応の唯一絶対神!――。
 あげくの果てに、今や落ちぶれて森の奥に逼塞(ひっそく)している、キリスト教普及以前のゲルマン・ケルトの土着の神々までもが登場してきて、マリアと抗争や禅問答を繰り広げて、「マリアの行為の是非」、「秩序と自由という実は相矛盾している2大原理の相克」、「全知全能かつ天地創造絶対神がいるのならば、不幸はナゼにあるのか?」といった議題までもが輻輳(ふくそう)されていく。


 最終的には魔女マリアは大天使ミカエルとも対決!


 あぁ、「天」や「神」を「国家権力悪」に見立てて、「反体制」や「反権力」でありさえずれば、その内実の正否は何も問われずに即「正義」扱いとされて、「オレ、カッケェェェーー!」みたいな、それはそれで今ではあまりに陳腐凡庸で害毒もある善悪逆転観のオチかよ……と思いきや。


 「天」や「神」を汚れキャラにするのでもなく、魔女マリアこそが道徳的な最終勝利者でもナイ、第三のオチがそこには待っていた!


 それまで本作に登場してきた大人数キャラクターの証人喚問の末に、彼女を――キリスト教新約聖書的な意味での――「善き隣人」だと認めつつ、互いに妥協させる大岡裁きは、狡猾な大天使ミカエルの条件闘争での作戦勝ちだったとも見えなくはない。
 「戦争廃絶」をめざしてきた彼女が、大空を超高速で雄飛して武具をも飛ばしてみせる「魔法」という戦略的機動力を失って、好いた男と結ばれて身の丈のできる範囲で今後は理想をめざしていくというオチも、それまでのストーリー展開や彼女の言動とはやや不整合があるようにも思えて多少腑に落ちないところもある。しかし、ミクロでのアット・ホームな幸福もドコかで求めていた彼女がココで報われたようでもあって感涙……。



 エッ、魔女マリアと農民少女を除いて、神父さまや傭兵や娼婦や領主さま他ほとんどのキャラクターは、原作マンガには存在しない、深夜アニメ版のオリジナルキャラクターだったの!? ナ、ナンダッテェェェーー!


 魔女マリアの純潔(=魔力)を傭兵にけしかけて奪おうとした青年修道院長(爆)も、彼女への異端審問での「何もしない神ならば、存在しないのと同じだ!」という魔女マリアの反駁に啓発されて、「神の存在証明」を唱えた神学者トーマス・アキナス、「理性による神の存在証明の不可能性」を唱えたオッカム、「実在論」――「普遍」が実体として存在する――と「唯名論」――「普遍」とは名称・概念としての存在にすぎない――の神学論争も経由して、「普遍」よりも「認識」こそが存在・実在・本体であるのだと後世の哲学者・デカルトみたいな「神の否定」の一歩手前にまで至るも、「神を否定しない範疇での自由意志」を肯定した古代末期の異端教父・ペラギウスに先祖帰りする自問自答を早口60秒間でまくしたてて、エビ反りして知的恍惚に浸っていた青年修道院長クン。


 最終回、「天は地上に不干渉」という自説を固めたその青年修道院長クンの眼前に、大天使ミカエルが別用(爆)で降臨してくる。自説とは矛盾する超常現象に遭遇して「アリエナイ!」と狂乱させるイジワルな作劇もサイコー!(笑)



 「より長大で歴史的な時間尺度の中では、大天使ミカエルもまた、いずれは消滅はせずとも“過去の遺物”と化して連鎖していくだけだ……」という趣旨のことを、欧州先住のゲルマン・ケルト神話の神々であろう存在に語らせて、神々や宗教の存在を相対化しつつも条件付きで肯定もしてみせているようでもある、作り手の思想的な達観もダテではない。


 2015年冬季のベストアニメだと私見するけれども残念、円盤売上は爆死なのであった(汗)。
純潔のマリア

純潔のマリア

純潔のマリア

  • メディア: Prime Video
Philosophy of Dear World(アニメ盤)
Philosophy of Dear World(アニメ盤)

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  • アーティスト:ZAQ
  • 発売日: 2015/01/21
  • メディア: CD
(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.64(15年5月2日発行))


『revisions リヴィジョンズ』

(2019年冬アニメ)
(2019年4月27日脱稿)


 フジテレビ「ノイタミナ」枠に続く第2の深夜アニメ枠「+Ultra(プラス・ウルトラ)」の第2弾は、『無限のリヴァイアス』(99年)・『スクライド』(01年)・『プラネテス』(03年)・『ガン×ソード』(05年)・『コードギアス 反逆のルルーシュ』(06年)などの今やベテラン実力派監督・谷口悟朗が登板した。


 一応は巨大ロボットアニメに分類されるのだろうけど、楳図かずおの名作マンガ『漂流教室』(72年)やら名作深夜アニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない』(11年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20191103/p1)あたりの現代的な換骨奪胎版だともいえはする。しかし、筆者には「ヒーローになりたい正義感はあるけど、空気(文脈)が読めておらず虚栄心も満々(汗)なので独善的な行動を取るイタい熱血少年」を主人公に据えていたマンガ原作の巨大ロボットアニメ『鉄(くろがね)のラインバレル』(08年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20090322/p1)をキチンと上手に作ったバージョンに思えた(笑)。


 映像的には同季の2019年冬の深夜アニメ『バンドリ!(2期)』(19年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190915/p1)や『荒野のコトブキ飛行隊』(19年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20201101/p1)に、ちょい前の『シドニアの騎士』(14年)や『蒼き鋼のアルペジオ -アルス・ノヴァ-』(13年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190922/p1)と同様に、手書き作画ではなくセル画調のCGでキャラクターを動かしている。個々人の好みではあろうけど、筆者個人は本作も含むコレらの作品の人物芝居部分に過剰な違和感を抱いてはいない――アニメ業界を描いた深夜アニメ『SHIROBAKO』(14年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160103/p1)で若いアニメーターたちが心配したように、遂にアニメーター大失業時代も目前到来か!? と心配はするけれども(汗)――。


 小学生時代に仲良しグループで集団誘拐されて、未来人の戦闘美少女に救出されて、将来に待ち受ける災厄を警告されるも、高校生となって同世代の男女との身近な交友関係の中で「モテ」や「虚栄心」や「オイシい目」に会いたいなどという青春期特有の俗事にウツツを抜かしている友人たちは「アレは夢まぼろしであったのだ……」と、いつまでも子供時代の過去にこだわっている主人公青年をバカにしている。
 ここで通常の物語だと、「怪獣」や「幽霊」などの非現実的な存在をバカにする連中がイタい目を見て、信念を貫き通した方が劇中では正しかった! となるモノなのだけど、この作品は先にも述べた通り、そこにヒトひねりを加えている。
 「事実」面では彼の認識やこだわりが正しかったのだとしても、当の少年の「メンタル」面にはカナリ偏りや選民意識もあって問題アリ! と屋に屋を重ねる作劇でもあるあたりが実に面白いのだ――この少年の言動には、筆者なぞもオモテにこそ出さないけど内心では似たようなことを考えてもいるので(爆)、我が身を相対化されてしまって耳がイタいところもあるけれど(汗)――。


 かの未来人戦闘美少女とも再会を果たすも、その彼女は小学生時代に救出してくれた彼女よりも前の時点(!)での彼女らしくて(汗)、彼女は少年たちを知らないあたりで、ディスコミュニケーションなドラマも構築。


 渋谷駅周辺がまるまる荒野化した未来へ転移することで、渋谷区役所や警察署に自治会などのオッサンたちも大活躍! 彼らもスクランブル交差点に集っていた烏合の衆である庶民・大衆・愚民の皆さんや、ナゾの敵勢力に対して懸命に対処することで、物語の序盤では怪獣映画『シン・ゴジラ』(16年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160824/p1)的なリアル・シミュレーションの妙味も出せており、少年少女ばかりが活躍していて、往年の「大人は悪だ! (30歳以上は)信じるな!!」(笑)的な陳腐凡庸さはナイので、世界観や人間観も狭くない。
revisions リヴィジョンズ BD-BOX [Blu-ray]

(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.74(19年5月4日発行))


『ID-0(アイ・ディー・ゼロ)』 ~谷口悟朗×黒田洋介×サンジゲン! 円盤売上爆死でも、宇宙SF・巨大ロボットアニメの良作だと私見

(2017年12月13日脱稿)


 遠未来の遠宇宙を舞台にした、原作なしの巨大ロボアニメ。といっても戦争状況を描く作品ではナイ。
 往年のOVA『おいら宇宙の炭鉱夫』(94年)みたいな、無骨なワケあり海賊まがいの家族的小集団が、陰謀で鉱石発掘中に宇宙に捨てられた学生少女を救ったことから、同業の大企業や惑星連合との抗争に巻き込まれて、マクロはこの世界の星間文明を成り立たせる超光速航法を可能とするオリハルコンもといオリハルト鉱石のヒミツ&危険性、ミクロは記憶喪失の主人公青年が自身の忌まわしき出自を探る物語をパラレルで進行させていく。


 かつては下請けCG屋で、今やセル画ライクでも手描きではない艦隊戦アニメ『蒼き鋼のアルペジオ -アルス・ノヴァ-』(13年)や巨大ロボットアニメ『ブブキ・ブランキ』(16年)などを元請けで手掛けたサンジゲンが製作したフルCGアニメ。


 一応の本格SFモノだともいえるけど、それだけではマニアックにすぎて絵的にも色気がないし、今のオタにはウケないとでも思ったか、


・学生のメインヒロインは頭はイイけど慌て者で、茶髪のボリュームもウスくてショートでデコ出しのキューピーちゃん髪型(?)のロリ系童顔少女
・海賊船まがいの宇宙船のオペレーターも小柄なウス青グレー髪のメガネっ娘
・オリハルト鉱石が人間化した少女などはハッキリとピンク髪の幼女!


に設定していて手ヌカりがナイ!?


 巨大ロボットも人間搭乗型ではナイ。『攻殻機動隊』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20170510/p1)ライクに人間の精神活動も電気信号に還元できるのであれば、ロボットの電脳にコピーして人間は休眠状態とし、ロボでの活動が終わるやその間の記憶を人間に戻して、活動中にロボが破壊されても人間は死ぬことなく、死の瞬間のトラウマを継承することもナイ。
 とはいえ、人間を休眠させずに巨大ロボと並行稼働も可だろとか、同一個人の精神データを多数の巨大ロボに同時コピーも可だろとのツッコミの余地はあるけれど、そこまで描くと煩雑だし、この作品の主題とは乖離するから、そこに頬かむりしたことは正解には思うのだ。
 あと、巨大ロボの動きは人間そのもので巨大感はさしてナイけど、その世界観からいってもコレで正解ではあるだろう。


 無骨なメガネの学者風情のラスボスも登場して、この世界の高度文明を成り立たせる鉱石の「ヒミツ」と、記憶喪失かつ肉体も所在不明か消失してしまった主人公青年の「ヒミツ」も、イイ意味でのお約束かつご都合主義で実は「同一のヒミツ」であった! として収斂していくけど、物語作品一般のウェルメイドな符合感を醸すのにはこのテに尽きる!(笑)


 その過程で明らかになる、主人公青年の記憶喪失以前の非人間的で、自身の妻子さえをもモルモットにするような冷徹・酷薄極まりない人格。ラスボスこそが世界を守ろうとして、主人公青年の前世(?)こそが危険なマッド科学者の悪党じゃん! という逆立ちした展開となっていくのが、この作品の秀逸なところでもある。


 もちろんエンタメとしてのカタルシスも確保する都合上、ラスボスにもやはり改めて邪な面を持ってもらい、現在の主人公青年はかつてのマッド科学者とは連続しつつも、別人としての人格を育んだ独立した存在であるとも位置付けて、最後の対立構図を巨大ロボvs巨大ロボに持っていくことで、巨大ロボものとしての仁義も立ててみせている。


 監督はともに名作である『コードギアス 反逆のルルーシュ』(06年)や『無限のリヴァイアス』(99年)などを手懸けた谷口悟朗。脚本も『リヴァイアス』や『機動戦士ガンダム00(ダブルオー)』(07年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100920/p1)などの黒田洋介で、今ではともにベテランだけれど、その実力をいかんなく発揮したというのが筆者の認識。


 しかし、円盤第1巻の売上は600枚弱の爆死。500枚弱の同季2017年春の本格SFアニメ『正解するカド』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190929/p1)の不人気同様、日本のロボットアニメやSFアニメの未来は暗い……(笑)。
オリジナルアニメ『ID-0』OP主題歌「ID-0」(アニメ盤)

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  • アーティスト:佐咲紗花
  • 発売日: 2017/04/26
  • メディア: CD
ID-0 Blu-ray BOX 特装限定版

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  • 発売日: 2017/08/29
  • メディア: Blu-ray
(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.70(17年12月30日発行))


アニメ映画『コードギアス 復活のルルーシュ

(2019年4月27日脱稿)


 2006年と2008年の全2期で放映された当時の覇権アニメ『コードギアス 反逆のルルーシュ』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20081005/p1)。


 優勝劣敗の英米流「新自由主義」を戯画化した「大英帝国」モドキによる占領下で、「爆弾テロ」で抵抗を続ける「日本人」を描いて、当時の「イラク戦争」をも想起させた本作。良くも悪くも第2次大戦戦勝国では抵抗のシンボルにすらなる「ナショナリズム」が、敗戦国の日独などでは絶対悪とされたことで、本作でも大英帝国は敵役だけど、独立抵抗運動に「日の丸」を掲げることでキナ臭さも漂い、しかしてコレならタブーも正当化できるような背徳感もブレンド、作品の構図に安直な勧善懲悪ではない複雑性をも与えていた。


 極め付けは日本独立運動の首魁に収まる黒仮面の男の正体! それは母を殺され廃嫡されたことで父皇帝に復讐を誓う、東京の英国租界で正体を隠して暮らす、戦災で死んだハズの大英帝国第11皇子の少年主人公! 彼は天才的な戦略眼とナゾの少女に授与された制限ルール付きの超能力で大英帝国と対峙し、日本独立はダシにすぎない!


 まぁイラクやアフガンの地での反米レジスタンス、2~3世になってもチャイナタウンやコリアンタウンを維持できている中韓などの世界標準とは異なり、「ギブ・ミー・チョコレート!」と米兵に群がったり、空気を読んで過剰に同化したがる我が日本民族は、サヨクの分析とは真逆で世界で最も「ナショナリズム」が弱い卑屈な民だと私見する。大作映画『日本沈没』(73年)のラストで世界各地に散らばった亡国の日本人たちは、2~3世代で日本語&日本文化を消失、現地に同化するだろうから、爆弾テロで抵抗する日本人像はホントはリアルじゃないと思う(笑)。


 「ナショナリズム」の話かと思いきや、世界各国の亡命政権とも結んで――「グローバリズム」な「世界統一政府」ではない――「各国」の存在は残したままでの「インターナショナル」な「合集国」vs「大英帝国」、劇中内超能力の源泉たる心理学者・ユング的な全人類の「集合無意識世界」での「神」殺し(?)を経て、世界を平和目的で一致団結させるために自身は大悪党のフリ(!)をして、憎悪を一身に集めて殺されていく主人公! 真相は少数だけが知っている。まさに男子の本懐と云ったら今だと男女差別だが(汗)。



 個人的にも高く評価する大傑作の続編が、放映終了10年後に3本の総集編映画を経て登場。


 ちなみに、総集編1作目はTVアニメ版1期全25話の冒頭11話、成田山の攻防で弱小抗英組織が名を上げるまでのTV版通りの展開。
 2作目は1期中盤~2期全25話の中盤までを駆け足で展開。1期終盤~2期序盤はヤマ場とせずに、大英帝国皇族たちから見た辺境の事件として流していく。
 3作目は2期終盤をジックリ描くけど、尺の都合かオレンジ髪の長髪少女は延命。完成作品ではともかく脚本のト書きの公表で明かされた、死んだハズの少年主人公がラストで馬車の馭者として延命か? という描写は批判も多かったか馭者ナシに改変されている。


 その続編たる本作では、冒頭から精神が幼児退行した状態で少年主人公が早々に登場。先に超能力を授与した少女が未練で先の集合無意識世界から復活させたとした。


 あとは劇中世界のその後の平和な光景と、往時は敵味方に別れて戦った主要キャラが一同に介する結婚式の二次会(笑)を経て、主人公が目指した「弱者が虐げられない世界」の象徴でもあり、実は主人公少年の妹でもある車椅子で盲目の少女――だから廃嫡皇女でもあり、戦後は高官――が、超能力教団の残党に拉致されることで新たな紛争が勃発!
 かつては骨肉の争いを繰り広げた姉でもある元日本総督の皇女や、日本最後の総理の息子でありながら大英帝国内では名誉白人として体制内改革を目指した親友少年、日英混血少女らとも心ならずも共闘して、ベテラン・戸田恵子が演じる敵の女首領と中東チックな土地で大攻防戦を繰り広げる。


 ジャンルの歌舞伎的様式美と化した「時間ループ」要素も導入して、その能力を幾度も駆使する女首領とそれを見抜いてウラをかく知謀合戦をも描いていく。しかして策謀が成功するや狂的に高笑いする描写で、主人公少年を劇中内での絶対正義ではなく中2病としても描いている二重目線は、この続編映画でも健在だ(笑)。


 もちろん10年後のファンムービー、石原莞爾『世界最終戦論』(1940(昭和15)年)の域に達した原典終盤と比すれば実にミニマムな話に過ぎないけど、劇中内での世間では「世界制服を一時は達成して世間を震撼させた最悪の独裁者でもあるあの悪逆皇子」の復活ではない活躍としている。キレイに完結した大名作でもある原典を毀損(きそん)させずに、ファンサービス的なボーナス続編を構築するのならば、見事に妥当な落としどころのストーリーだったとは思えるのだ。


 ベタつかないけど、主人公少年に超能力を授与したクールな少女の不老不死にまつわる裡(うち)に秘めた孤独に寄り添って、主人公&少女が歴史の闇へと消えていくボーイ・ミーツ・ガール・アゲインのミクロな帰結も、本作のキャラクタードラマを完結させる「小さな救い」で良としたい。
コードギアス 復活のルルーシュ [Blu-ray]

(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.74(19年5月4日発行))


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#純潔のマリア #リヴィジョンズ #ID_0 #コードギアス #復活のルルーシュ #谷口悟朗



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ダンベル何キロ持てる?』 ~合評1

(19年・シルバーマンジム)
(2019年夏アニメ)
(文・久保達也)
(2019年10月20日脱稿)


 金髪で長いツインテールの髪型は女児向け変身ヒロインアニメ『美少女戦士セーラームーン』(92年~・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20041105/p1)の主人公・月野うさぎみたいではあるものの、肌も浅黒くて髪の毛も染めていてヤンキーチックで口が悪くて悪態をつくことが多いギャル風の女子高生・紗倉ひびき(さくら・ひびき)。
 彼女が級友から最近太ったことを指摘されてダイエットをしようと、入会金無料に釣られて近所にできたばかりのシルバーマンジムに入会する。しかし、そこはボディビルダーやプロの格闘家たちが多数在籍する筋肉モンスターたち(爆)の集会場だった……


 これとて一種のスポーツ根性モノではあるのだろうが、ジャンルとしては筋肉バカアニメ(笑)とでも位置づければよいのだろうか? ジムの会員たちによる筋肉をやたらとムキムキさせる描写は、筆者のような草食系(汗)からするとかなりキツいものがある。
 しかし、そんな異様(笑)な世界を舞台にしているからこそ、そこに登場する女子高生たちの生態がかえってリアルに見えるようにも思えるのだ。


 ひびきは同じく見学に来ていた、黒髪ロングで切れ長の涼しげな目元をしたルックスに加えて、文武両道で生徒会長、おまけにお金持ち(!)である、同じ高校に通う女子生徒・奏流院朱美(そうりゅういん・あけみ)に出くわしてしまう。


 そして、そこでわずかにかわした会話だけで


「やっぱ、こいつムリ」


と判断してしまう(笑)。


 不マジメそうなギャルとマジメそうな生徒会長。見るからに両極端な水と油ほどに違う朱美のことを、動物的なカンで「敵」だと認識するひびき。その感覚・好悪の情は、実は排他的ナショナリズムや人種差別にもホップ・ステップ・ジャンプ的には通じていくのも事実なのだが、彼らのモラルの欠如ゆえとはいえヤンキー(不良)やリア充(リアルで充実)連中を過度に敵視している我々のようなオタク人種とて大局で見れば同じではあり、お互いさまなのではなかろうか?(汗)


 ジムが実は筋肉モンスターたちがハードなトレーニングに励(はげ)む場所であったことに、ひびきはビビって帰ろうとする。


 しかし、そこにさわやかイケメンのトレーナー・街雄鳴造(まちお・なるぞう)が現れる。
――その顔面ルックスとは相反する筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)のマッチョな体型が、着ていたジャージが突然ビリビリに破れて彼の周囲で渦(うず)を巻くことで表現されている(爆)――


 すると、彼女は一転して、


「入会します!!」


となるのは、女子たちのホンネを描いた究極のリアリティー描写でもある(笑)。



 同じく朱美までもが鼻の下をのばしたことに、ひびきが心の声で、


「フツーの女ってワケか……」


とつぶやくのだ(爆)。


 そんな身も蓋もない多面的な人間描写や人物観察眼こそが、ひびきの級友や担任教師をはじめとして、その後、続々と入会することとなっていく女性キャラたちによる、決して陰鬱にはならないかたちでのトホホ(死語?)な群像劇をあくまでも喜劇的に盛りあげることとなっていくのだ。



「一生懸命がんばる人を、笑いはしない!!」


という街雄の言葉に、


「心までイケメン!」


とメロメロになってしまったひびきは、ひたすら筋肉道(笑)を歩むこととなる。


 ひびきや朱美がスポーツブラやスパッツといった格好でベンチプレスやスクワットなどに励む描写は、80年代に全盛を極めた投稿系雑誌、いや、現在なら立派な犯罪となる盗撮雑誌(汗)に掲載されたスポーツ少女たちのエロティシズムに夢中になった筆者としては、たしかにどストライク! ではある(爆)。


 こうしたものが世間でウケていることと、『ウルトラマンタイガ』(19年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190811/p1)に筋肉マッチョな2号ウルトラマンであるウルトラマンタイタスが登場することとなったのは、背景として決して無縁ではないのだろう(笑)。


 もっとも本編終了後にある街雄による筋トレ講座は、筆者的には全然実用性はないのだが(汗)。


(了)
(初出・オールジャンル同人誌『DEATH-VOLT』VOL.83(19年11月3日発行))


ダンベル何キロ持てる?』 ~合評2

(2019年夏アニメ)
(文・T.SATO)
(2019年8月3日脱稿)


 可愛い系のキャラデザに寄っているけど、金髪で浅黒い肌のギャルの女子高生が主人公。もちろん美化されてマイルド化された幻想のギャルであり、彼女こそがギャルの本質ダなぞとは思ってはイケナイ(笑)。


 買い喰い三昧で最近、体脂肪率や体重も増えて、ムチムチなワガママボディーと化しつつあることに気付いた彼女は減量のために近辺のジムに通うことを思いつくも、そこは肉体改造専門のガチなジム!


 無料の体験実習のみでやめておこうと思いきや、雨宮天(あまみや・そら)ちゃんが涼しげな声で演じる黒髪ロングの清楚な生徒会長がそこに通ってナイズバディーを維持しており、講師の青年も爽やかなイケメンだったから……というミーハーな理由で継続し、視聴者にボディービルのウンチクも語っていく深夜アニメである。


 筆者も深夜アニメの前後CMや通販番組などで、腹筋プルプルな器具を宣伝していると、つい条件反射で寝転がりながらもカルく腹筋を始めてしまうというタイプである(笑)――イイ鴨というかイザとなったら洗脳されやすいタイプなのやもしれない。しかし、読者や視聴者の情動を揺さぶるモノでもある「物語作品」全般が有する機能自体が、広い意味での「洗脳」ではあるのだ(爆)――。


 筆者もオタクのご多分に漏れず、特に虚弱体質でもないけれども、幼少時から女子と相撲や腕相撲をしても負けるくらいであり、筋力測定などでもクラスで最下位、運動神経にも恵まれず、それが長じてからでも劣等感となっている。
 ウン十年前の若き日にチャック・ウィルソン――という外人タレントがいたのです――の筋トレ本を読んで、人間は赤筋――腕力や瞬発力――と白筋――長距離走などの持久力――のいずれかに恵まれた2種に分かれており、個々人の肉体的素質で限界があることを知って絶望しつつも、マイナス100をマイナス50にすることは無意味じゃないと発奮し、湯船の中で10インチ防水BDプレイヤーで深夜アニメを観ながら太モモやふくらはぎを指で柔らかくほぐして、風呂上がりにはやはり深夜アニメを再生しながらウソ腕立て伏せ(汗)やカルい腹筋背筋も少数回、毎日最寄り駅から自宅まで30分を歩き――履き潰して硬化した靴ではなくクッション性が高い靴を履くことが肝要!――、それでも筋肉は付かなかったけど肩凝りはなくなった身ではある(笑)。


 太った貧困層(爆)などといった歴史上初の怠惰な存在が先進各国で跋扈している現在――原因は第1次産業(農業)の産品(食物)を安く買い叩ける経済構造!――、数年前の某少女みたいにアニメの専門学校に進学できないくらいで「相対的貧困ガー」なぞとホザいていないで、アニメグッズの購入をガマンして高卒後に1~2年バイトしてカネを貯めてから進学しろい!――筆者の周辺にもそーいうヤツが高校・大学・バイト先・職場の同僚などにも相応にいたけどもなぁ―― 日本でもイスラム教的に週に1回、断食の日でも設けて最貧国の民の苦境にも思いを馳せるべきである! くらいに思っていたりもするのだが――いやマジで(汗)――。


 むかしの左翼や日本赤軍は先進国に住むこと自体が、強い「ドル」や「円」などの経済圏の力で発展途上国の産品を搾取してしまう「ブルジョワ階級」に属しているのだと自らの「原罪」を恥じて、良くも悪くも国外に出て戦ったというのに、今のサヨクは堕落したよなぁ……。


 などというマジメな議題は本作にはなじまない(爆)。


 おなかを指でつまめて、各所がプルプル揺れるようにもなってきたワガママボディーの金髪ギャルちゃんに、そのままで痩せないでいてほしいと思っているのはココだけの内緒だ(笑)。
TVアニメ「ダンベル何キロ持てる?」OPテーマ「お願いマッスル」/EDテーマ「マッチョアネーム?」

(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.75(19年8月10日発行))


『推しが武道館いってくれたら死ぬ』 ~合評1

(2020年冬アニメ)
(文・T.SATO)
(2020年8月11日脱稿)


 『アイドルマスター』(11年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20150615/p1)・『ライライブ!』(13年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160330/p1)に始まるアイドルアニメの系譜に一応は入ると思う。多分(笑)。


 しかして、主人公はアイドルではない。ローカルアイドルグループの一員を推すようになったヤンキーチックな金髪女子である。彼女はOL稼業もやめて地元のパン工場で仕事をしながら、節約して服装もジャージ一本槍となり、全稼ぎを「推し」に貢ぎ続けていくのであった!



 推されているアイドル美少女がまたヤンキー女子とは対極的。極度に内気なコミュ力弱者で人前トークもロクにできない最下位人気というキャラ付け。そして始まる両者のディスコミュニケーションやスレ違い。


 ……ムチャクチャ面白い! 彼女とつるんでいるデブ眼鏡男子や痩せヤサ男子のサポーターも出てきて、そこでアイドルサポーターのオタクにアリがちなルックスや性格類型のリアリティーの担保も取ってはいるけど、良くも悪くも彼らが主人公であったならば絵的には華がナイし、性格劇的にも明朗には弾けなかったことであろう(汗)。


 しかし本作では、カラッとしたオトコらしい胆力もあるヤンキー女子が夕陽に向かって


「大スキだぁーーー!!」


などと叫んでいてもナゼだか許せてしまう――少々イタいけど(笑)――。


 夏の暑い日に行列したから汗かいてクサくなったという展開でもシャレとして寸止めとなるのである――コレが野郎キャラであった日にゃ(笑)――。


 異性と交友するのではなく、ひたすらにアイドルを追いかけて推していく彼らオタの日々。たしかに愚昧かもしれない。社会問題に関心を持て! ボランティア活動でもして貢献しろ! たしかにその批判は正論である。彼らは人間の在り方としては二流三流かもしれない。


 でも、殺人・強盗ほどの罪や悪でもナイだろう。別に安倍ちゃんやトランプが悪いワケではなく、3次元・この世というモノがもともと四苦八苦に満ち満ちた生きづらい世界、あるいは究極的には無意味で虚無の世界かもしれないのだ(爆)。だったら、死ぬまでのヒマつぶし・現実逃避として、何かに邁進したり熱中したりして心の空白を擬似的に埋めていくのも悪くはない!? むしろそれしかナイのだともいえるのだ!?(笑)


 それだけでは「搾取(さくしゅ)」されているだけダと云うなかれ。本作のアイドルたちも潤沢なブルジョワでは決してナイ。この世界の片隅で束の間の「居場所」や「充足感」を得るための活動。そしてそのための歌やダンスのレッスン。ローカルアイドルたちも(そして我々も)アイドルオタとメタレベルでは同じ存在にすぎないのだ。



 物語は次第にローカルアイドルたちにも焦点を当てていく。「虚栄心」・「成り行き」・「強烈な上昇志向」・「芸事の一種」。彼女らの動機も千差万別。メンバーたちの面倒見もよいセンター女子だけは完璧超人かと思いきや、彼女もまた別のアイドルグループではセンターの器でなかったことに対する劣等感があることも明かされて……。


 主演のヤンキー女子を演じるのは、昨19年の『ダンベル何キロ持てる?』がデビュー作で色黒のギャル少女で主演も果たしたハーフのファイルーズあい。テンション高くてブチ切れた演技も実にウマい(地に近い? この作品がナチュラルだから演じやすい?)。


 原作はベタなオタク系というよりかはややハイブロウなマニア系とおぼしき『月刊COMICリュウ』連載のマンガだそうである。アイドルを推すオタをヤンキー女子に置換することで明朗さや喜劇性をゲットしつつも、オタとアイドルたちの心的リアルにも迫っている。日本のマンガの裾野は実に広いネ。


(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.77(20年8月15日発行))


『推しが武道館いってくれたら死ぬ』 ~合評2

(木曜25時28分 TBS他)
(文・久保達也)
(2020年2月20日脱稿)


 桜の木の下で「ライブやるから来てください!」と通行人にビラを配る少女たちの姿に、何十匹目のドジョウか? と思いきや……


 たしかにこれはアイドルアニメの変化球だ。主人公はアイドルの一員ではない。それぞれの推(お)しのアイドルメンバーに熱をあげるアイドルオタの主観で物語が進行するのだ。


 ただ、主人公とともに7人組の地下アイドルグループを追いかける30代らしきデブメガネこそは典型的なオタの趣(おもむき)だが、主人公は金髪ポニーテールのモデル体型なのに、常にサーモンピンクのジャージ(笑)を着てガニマタ(!)で歩き、パン工場でバイトしている20歳のフリーター女子・えりなのだ。


 導入部でライブのビラをもらう際のえりはどこぞの大企業のOLかと思えるほどにカッチリとしたファッションだったが、そのライブで歌う茶髪セミロングの内気で人見知りな少女・市井舞奈(いちい・まいな)に手を振られ、


「あの日、君に殺されかかった」(笑)


ことから以来、えりは収入のすべてを舞奈につぎこむ日々を送っている。


 えりが常にジャージ姿なのは――ちなみにサーモンピンクは舞奈のメンバーカラーだ――、それこそ特撮ヒーロー作品の円盤やフィギュアを購入したいがために、毎日お弁当を持参したり会社の飲み会を拒否したりで節約の日々を送っている特撮オタのOLが主人公であるマンガ『トクサツガガガ』(実写ドラマが2019年にNHKで放映・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190530/p1)を彷彿(ほうふつ)とさせる。
 しかし、その主人公が職場の同僚に特撮好きを知られるのを恐れる隠れオタなのとは180度異なり、えりは舞奈好きを全開にさせているのだ。


 それがとにかくアツ苦しい。夕陽に向かって舞奈のことを


「愛してる~~~!!」


と絶叫したり(笑)、どちらの推しがカワイイかをめぐってデブメガネとムキになってケンカしたり、ライブで興奮しすぎて失神ではなく鼻血を出してブッ倒れたり(爆)という調子である。


 そのえりのアツ苦しさが内気で人見知りな舞奈から敬遠され、いわゆる「塩対応(しお・たいおう)」をされているどころか、えりのいささか度のすぎた熱狂ぶりはアイドルオタたちから舞奈をも敬遠させてしまい、メンバーの人気投票で舞奈が最下位とさせる悪影響すら及ぼしているほどなのだ(笑)。


 だが、えりはいざ舞奈を前にするとそのアツ苦しさとは真逆のなんともいじらしい姿を見せる。右手が鼻血で染まったために舞奈との握手を遠慮するのはまぁ当然だろうが(爆)、推しといっしょにチェキ――その場で写真がプリントされるインタスタントカメラ――が撮れる撮影会のために真夏の炎天下に早朝から行列していたものの、汗まみれで身体がクサくなったことを気にしたえりは、せっかくのツーショット撮影で舞奈に自分とは離れて撮ってくれるよう頼みこむのだ(汗)。


 自身の大切な存在を少々でも不快にはさせたくない! というえりの感情は、たとえアイドルオタではなくとも多くの視聴者を共感させたことだろう。


「好かれてなくても嫌われてなければいい」


というえりのセリフが実に象徴的だが、握手会にしろ撮影会にしろ常に真っ先に権利をゲットしているハズのえりが、実際の舞奈に対してはその独占欲をいっさい見せないどころか


「舞奈はみんなのものになってほしい」(笑)


とさえ語るほどに、彼女の性格が多面的に描かれることで、視聴者の感情移入を誘う効果をより高めているのだ。


 えりが決してただのアツ苦しい女オタではないことが舞奈にも充分伝わっている証(あかし)として、えりの腕だけが写ったツーショット(笑)のチェキに、楽屋で舞奈が


「明日こそ素直に想いを伝えたい」


と語るのには感動すらおぼえたほどで、あまりに痛いアイドルオタたちの生態描写の数々には、実は高いドラマ性とキャラクターの魂(たましい)が込められてもいたのだ。


 もっともエンディングテーマとして、2000年代前半に人気のあったモーニング娘。を擁する「ハロー! プロジェクト」の一員でもあった大人気アイドル・松浦亜弥(まつうら・あや)――今の若い層では知らない人の方が多いのでは?(大汗)――の名曲『桃色片想い』(02年)が使われているのは、本作がアイドルアニメの変化球だけではなく、女性同士の恋愛を描く「百合(ゆり)」モノ(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20191208/p1)の変化球でもあることを露呈(ろてい)させている。
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  • 発売日: 2020/05/20
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(了)
(初出・オールジャンル同人誌『DEATH-VOLT』VOL.84(20年3月8日発行予定→4月5日発行)


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Dr.STONE・手品先輩・彼方のアストラ・かつて神だった獣たちへ・炎炎ノ消防隊・荒ぶる季節の乙女どもよ。 ~2019年夏の漫画原作アニメ6本から世相を透かし見る!

『天気の子』『薄暮』『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』 ~「天気の子」は凡作なのでは!? 2019年初夏アニメ映画評!
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 2020年冬季の「週刊少年ジャンプ」連載マンガ原作の深夜アニメ『Dr.STONE』第2期が無事に完結記念! とカコつけて……
 2019年夏季の『Dr.STONE』第1期をはじめ、同季のマンガ原作の深夜アニメ『手品先輩』『彼方のアストラ』『かつて神だった獣たちへ』『炎炎ノ消防隊』『荒ぶる季節の乙女どもよ。』評をアップ!


Dr.STONE』『手品先輩』『彼方のアストラ』『かつて神だった獣たちへ』『炎炎ノ消防隊』『荒ぶる季節の乙女どもよ。』 ~2019年夏の漫画原作アニメ6本から世相を透かし見る!

(2019年夏アニメ)
(文・T.SATO)
(2019年8月3日脱稿)

『Dr.STONE(ドクター・ストーン)』


 ヤンキー(不良)が入っているけどヒトはイイ筋肉バカの男子高校生。彼には恋い焦がれる清純可憐な女子高生がいた。ついに彼女に告白せんと待ち合わせして、校庭の片隅の大樹の下に向かった彼だが、その刹那に世界に大異変が勃発! 世界中の全人類が突如として石像化してしまったのだ!!


 死ねない! 彼女に告白するまではアキラめきれない! とウスれる意識の中で念じつづけた彼は突然、石像化を免れて目覚める。そこは3700年後の大自然の世界へと帰った日本の地であった……。


 といったところでツカミはOK。登場人物はこーいう性格でこーいう境遇でこーいう行動原理で動いているという足場が定まって、視聴者にもそのことを承知せしめて感情移入も確保できれば、作劇や展開もフワフワとはせず、あとは彼らのリアクションを描くだけでも自然とストーリーが転がっていくというモノでもある。


 その筋肉バカ男子高校生に先行すること半年前には目覚めていた、冒頭でも登場していた彼の幼なじみの天才少年クンも再登場。しかし天才といっても、往年の少年マンガのごとく青白くて線の細いタイプではない。マンガ・アニメ的には「知性」なども意味する「白い髪の毛」なのだが、その髪を逆立ててもおり目付きも鋭く、粗野な筋肉バカ少年にも物怖じせずに、どころか上から目線での乱暴な言葉使いも発することができるキャラ立てともなっている。


 そんな不敵な天才少年クンは、「硝酸」等々の絶妙な配合で石像化した人間や動物たちを復活させることができることを知る。コウモリの糞尿で「硝酸」を作って、ブドウからは「アルコール」を作り、貝殻を砕いて「石灰」として農地にまいたり「モルタル」として壁に塗ったり「石鹸」としたりもするのだ。そんな彼の最終目的は、「科学の力」による「人類文明の復興」!!


 ヘタをすると読者側のリテラシー(読解能力)を要求してくる敷居の高いリクツっぽい作品に陥りかねない題材なのだけど、そこは良くも悪くも『週刊少年ジャンプ』連載マンガではある。淀んだところや判りにくさは毛頭なく、作品世界や各キャラの行動原理の見通し・見晴らしも実にイイ。


 スゲェ設定だなぁと思ってググってみたら、こっちの天才少年クンが主人公で先の筋肉バカ少年が副主人公であることを知る!(笑)


 むかしはカッコ悪くて人間味がないヤツ扱いをされてきた、


・学級委員や生徒会――『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~』(15年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190912/p1)――
・優等生――『五等分の花嫁』(17年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20201018/p1)――
・策士や軍師タイプ――『デスノート』(03年)・『コードギアス 反逆のルルーシュ』(06年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20081005/p1)――


などがクールでカッコいいと称される時代が到来して、クラスの隅っこにいるような性格類型の少年少女たちでも少しは生きやすくなった時代が到来したのであろうか? ……優等生や策士や天才少年クンといっても、弱々しい性格類型ではなく胆力もあるタイプに限定されているので、やはりその復権はムリなのかな?(笑)


 とはいえ、少年マンガの時代からではなく戦前の少年小説の時代からでも、主人公は「熱血漢」であってお勉強ができる優等生タイプは「脇役」や「悪役」であったとも仄聞をする。かの「不良性感度」の王さまのような存在でもある実録任侠映画の巨匠・深作欣二(ふかさく・きんじ)カントクも、自分は幼少時はお坊ちゃんタイプでそーいう少年小説を読んで劣等感にかられていて自分を変えたいと思っていた……なぞという証言が残っている(爆)。
 よって、この問題は歴史的にも根が深そうなので、クール系やダウナー系礼賛が定着するのかについては予断を許さないけど(笑)。


 3700年後の日本では、動物園から脱走したライオンも野生化していた(爆)。そこで、天才少年がその復活には警戒感を隠さなかった霊長類最強(笑)の高校生男子クンをやむにやまれず復活させることで、彼のパンチの一撃でライオンを撃退してみせる!――強すぎるだろ!(笑) まぁこのへんはイイ意味でのマンガ的な描写だが――


 このキャラクターを粗暴犯タイプの「悪党」にもすることもできただろうけど、それだと「小悪党」レベルに堕してしまうと思ってか、彼もまた天才少年と同様にクールで冷めた性格設定が与えられている。
 そして、その貧困境遇により人生途上で味わってきた被差別体験から、「文明」を旧来のかたちでそのままに復活させることには反対の立場を取っており、「道徳的モラル」の有無での選民思想、あるいは「エデンに帰れ」で原始の社会のままでもイイのでは!? などと主張して、かつて難病の妹のために貝殻を集めていた幼少時の彼をブチのめしてきた、今は石像化しているパワハラ漁師をパンチの一撃で粉砕してみせる!――この作品の世界観では実質的な殺人である!(汗)――



 そんな彼のシニカルな主張に、科学の力を信じる天才少年クンは首を肯(がえ)んじない。ウ~ム、終末世界でのサバイバルに留まらずに、そこでの闘争に思想性もカラめてくる作劇がお見事である。しかも片方をミーイズム的な絶対悪ではなく、一理も二理もある「悪」(?)だとするのもまたウマい。


 「悪事」を許容可能な猥雑さや些事と捉えて旧来の文明をそのままのかたちで肯定するのか? 「悪事」を許容不可能な格差や悪徳と捉えて旧来とは異なるオルタナティブな文明を再構築するのか? その判断は実にムズカしい――まぁ筆者個人は劇中内では相対的に「悪」だとされてしまった後者こと、霊長類最強少年クンの主張の方に分を感じるけれども(爆)――。
Dr.STONE


『手品先輩』


 「手品」などの一芸テクニックだけが出来ても、「ショーマンシップ」というのか「話術」というのか、人前で恥ずかしからずに物怖じもせず、面白オカシく振る舞えなきゃダメだ! という、身も蓋もない残酷さを突きつけてくる、我々コミュ力弱者にとっては実にイタい深夜アニメである(笑)。


 銀髪セミロングという、アニメではオトナしさや陰のウスさの象徴といったヘアーの色をした美少女が主人公。しかし、その表情はドコか宇宙に行ってしまっているようでもあり微妙にオカしい。そして、手品でウケを取りたい虚栄心もあるのだろうけど、それ以上にテレや羞恥心も強いようであって、その手品披露も吹っ切れてはいないので、観客も感嘆のツボがわからないので、ドッカン! ドッカン! とは沸かずに実に冷めた空気が漂ってもしまうのだ(汗)。


 そんな彼女だから、もちろん(ひとり)ボッチなのだろうけど、進級の季節に高校1年生の新入生男子クンをムリやりゴーインに手品部に勧誘することには成功する!? そして、彼を逃すまいと、ある意味では実に卑屈にふるまいつづける(笑)。


 その手品先輩が放つヘタくそな手品に対して、助手として付き合わされる下級生男子クンが実に的確なツッコミを入れ続けるのが、本作の基本パターンでもある。


 他愛のない作品なのだけれども面白い。ギャグとして面白いのに加えて、多分キャラ萌えも大きい。銀髪セミロングだから性格も性的にも奥手で清純なのだろうけど、首から下はナイスバディーどころかグラマー系ですらあり、青いガーディガンで隠しているとはいえ、いやカーディガンで締め付けているからこそその巨乳も際立つ。しかも自分でそのことに自覚がなくて、少年クンを気マズくさせてもいるのだ。
 なので、ギャグのみならず、彼女が身をよじる度に艶(なま)めかしさが漂ってきて眼の保養、ずっと観ていたくもなる(笑)。


 原作はまたまた『週刊少年マガジン』。ココまで多いということは、アニメ製作会社主導ではなく『マガジン』主導で、自社のマンガの売上UPのために計画的にアニメ化との連動を仕掛けているのであろうと憶測――そのへんの事情にくわしい方は教えてください(汗)――。
TVアニメ「手品先輩」 Blu-ray BOX

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『彼方のアストラ』


 未来の世界で、9人の男女高校生が小型宇宙船で林間学校ライクな体験実習として訪れた無人地球型惑星
 しかし、地表でくつろいだのも束の間、着陸していた小型宇宙船の近辺に強烈な光とともに数メートルサイズのシャボン玉型の小型ワームホールが出現! シャボン玉は拡大していき、彼らに迫ってきて、ひとりまたひとりと重たい宇宙服で全力で逃走する少年少女たちを消滅させていく……。彼らが目覚めるや、そこは大宇宙の大海原であったのだ!


 といったところで、#1冒頭の、近辺に惑星や宇宙船も見えない、上下左右も定かではない真空で無重力の大宇宙空間を、ブ厚くて重たそうな古典的な白い宇宙服を着用した少女が、空転しながら浮遊して焦燥&恐怖にカラれているシャレにならないサマは、このシーンからつながっている倒置法的な描写であったと視聴者にも気付かせる。


 まさに、本作の気分を象徴するロスト・イン・スペース(宇宙で迷子!)といった感じでツカミはOK!
 本作の英字タイトルも「アストラ ロスト・イン・スペース」であり、往年の海外SF-TVドラマ『ロスト・イン・スペース(宇宙家族ロビンソン)』(65年)のごとき宇宙での漂流モノでもある。近年では珍しいけど、既視感あふれる古典的なネタの作品ではあるのだ。


 ただしネタや革袋は古典でも、活躍する登場人物たちが現代っ子のメンタル&軽佻浮薄な若者会話の流儀であることから、主人公青年はその熱血リーダーぶりが周囲からは暑苦しがられていたり、ゆるふわなピンク髪の華のあるヒロインはアニメ的・アイドル的であったりすることで、先行作とはまるで別モノといったイメージも醸し出してくる。


 体験実習先の無人惑星から真空の大宇宙へ強制瞬間移動させられた彼らは、偶然なのか陰謀なのか近辺に無人の小型宇宙船アストラ号を発見! ナンとかそこに避難するも、地球からは5000光年の距離にあり、食料的にもそのままでは帰還ができないことが判明。
 万事窮す! かと思いきや、途中の地球型惑星を経由してその都度、食料を調達できれば帰還の目算が立つという! ということが判明することで、修学旅行気分の楽しい若者群像劇でもある宇宙冒険譚が観られそうである……


 と思ったそばから、この小型宇宙船の通信機がつい最近に破壊された痕跡を発見! 犯人はこの中にいる!? というミステリ要素までをも投入してくるのだ。なるほど! 本作はそんなSFとミステリ、両者の要素を複合した作品にしてしまうということか!? とますますこの作品への好意も募ってくる。


 若者が9人もいることで、親が教師でも片目を前髪で隠しているヒネくれた少年クンや、能登麻美子(のと・まみこ)かと思ったら早見沙織(はやみ・さおり)だったパターン(笑)で彼女がくぐもった声で演じている黒髪ロングの(ひとり)ボッチで実務では使えなさそうな長身大柄少女なども登場。特にポエミーな後者は我々文弱なオタク同様、アウトドアでのサバイバルにはもっとも不向きそうである(汗)。
 その反面、根拠もなく元気で楽天的なだけで画面賑やかし系の馬鹿ヒロインかと思わせたピンク髪の女子は、意外と頭が良くて理性的でもあるキャラだとも判明。


 少々のパターン破り程度で、ダイバーシティ(多様な人材)な深読み的肯定などはしないけど(汗)、このようなキャラクターシフトでどのようにお話を転がしていくのかについては、往年の少年少女たちによる宇宙漂流ものの名作アニメ『無限のリヴァイアス』(99年)などとの比較論も含めて個人的には見どころである。


 熱血主人公クンによる他人を決して見捨てずに救わんとする行動原理を、生来からのカラ元気だけではなく、小学生時代に遭難した折りに殉職してしまった引率教師の人格に求めているあたりも好印象――古い世代のオタとしては、『帰ってきたウルトラマン』(71年)と『ウルトラマンエース』(72年)の主人公たちの過去話なども思い出す――。


 監督は良作『ホワイトアルバム2』(13年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20191115/p1)・『がっこうぐらし!』(15年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20151006/p1)・『クズの本懐』(17年)など、2010年代の深夜アニメではよく見掛ける安藤正臣であり、同作は終盤まで演出面でも盤石な仕上がりになるかとも予想する。


 原作はWEBマンガ媒体『少年ジャンプ+(プラス)』。設定はややマニアックでもテイストはあくまで大衆向けであり、ウェルメイドな良作は現今でもまだまだあるのだと痛感もする。
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彼方のアストラ

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『かつて神だった獣たちへ』


 ナンと! たかだか150年ほど前のアメリ南北戦争の時代をモデルとした異世界ファンタジー
 車輪付きの大砲や銃剣を駆使して、古式ゆかしい軍隊と軍隊が激突するリアルな集団戦を延々描いていく冒頭を観ていると、このまま超常の力が関与しないリアルな南北戦争を不謹慎でも観ていたくなるくらいで、ツカミはOK!


 むろん本作のタイトルからも、超常の存在が登場するのはわかってはいる。本作におけるそれは獣人化するや高い戦闘能力を誇る「擬神兵」。膠着した戦線に彼らが投入されることで、局地戦の決着がついていく……。


 しかし、獣人への変身を重ねた「擬神兵」は将来、理性を失う副作用があることを能登麻美子演じる従軍美女博士は知っており、戦争終結直前、自身が作った「擬神兵部隊」を自分もろとも葬ろうと恋人でもある主人公隊長を「神殺しの弾丸」で苦渋の銃撃! それだけでも衝撃的なのだが、彼女の上を行く副隊長が今度は彼女を銃撃!!


 白いロングコートをまとったダンディーな青年主人公隊長さんはもちろん主人公なので死んではいない(笑)。数ヶ月後に病床で目覚めるや、南北戦争終結済だと知って、解散した「擬神兵部隊」の部下たちが彼らの故郷で凶暴な獣人と化す前に抹殺すべく、あるいはすでに獣人化していればそれをも抹殺すべく、各地を放浪することになる……。


 というワケで、各話の内容はだいたい同じともいえるけど(笑)、元々は善人であり各地で家族や自身の子供たちと西部開拓時代のように慎ましく古き良き暮らしをしていた彼らが、突如獣人化したり、バトル&問答の末に隊長の悲痛な銃弾で抹殺されていくサマが実にていねいに描かれているので、各話のゲスト擬神兵が最後に悲劇の落命を遂げる先の展開はミエミエでも、引き込まれて鑑賞してしまう。


 コレに孤児を育てる牧師でもあった擬神兵の娘さんが、隊長の人となりの正体を究明せんと付きまとうことで、本作の一応のメインヒロインともなる。かつての恋人である美人博士や副隊長も、シリーズ後半や終盤では話数を連続して強敵として立ち塞がるのであろう。それがミエミエだからダメだというのではなく、それをやってくれなきゃ伏線未回収の詐欺だとは思うので(笑)、個人的には本作に対して強烈なヒキを感じてはいないけれども、観れば楽しめそうではある。


 本作も最近多い「マガジン」系作品の深夜アニメ化だが、


・『進撃の巨人』(09年)
・『惡の華』(09年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20151102/p1
・『さんかれあ』(09年)
・『ふらいんぐうぃっち』(12年)
・『アルスラーン戦記』(13年)


などの――いずれも深夜アニメ化済でどれも良作!――、やや異端でマニアックだけれども寸止めで大衆向けには留まってもいる挑戦的な作品を放っている月刊『別冊少年マガジン』連載マンガが原作だそうである――ここに同季の深夜アニメ『荒ぶる季節の乙女どもよ。』(16年)も加わってしまうのだ(汗)――。


 アニメ化狙いも込みでの、かつ文芸センスもあるような優秀な編集者がいるのだとも改めて憶測する。
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炎炎ノ消防隊(えんえんのしょうぼうたい)』


 突如、市井(しせい)の人々の人体が自然発火を遂げて、「焔(ほむら)ビト」なる異形の存在へと変化! それを鎮火・鎮魂するのが本作の「炎炎ノ消防隊」である。


 オタク向け媒体出自ではなく『週刊少年マガジン』連載マンガの深夜アニメ化。よって、主人公少年もオタ向け媒体ならばもっと内向的で繊細ナイーブな造形になるのだろうけど、やや不良が入った不敵で自信満々なキャラデザ&人物造形ともなっている。


 この新入隊員の消防士少年クンは足のウラから火炎ジェットを噴射して、猛ダッシュで地面スレスレを飛行して敵に接近することも可能であり、マンガ・アニメ的な超絶アクションのカタルシスも担保している!


 常人ではなく、劇中では「第3世代」と呼ばれるミュータント(突然変異)であるらしい。「消防隊」にはもう少し低度の「炎」を操る「第2世代」や、無能力者でも体力・胆力・統率力のある男女の先輩たちがおり、古典的な世代間の群像劇といった骨太な様相も呈してはいる。しかし、一般の平均的な少年向けのマンガにしては、やや設定フェチでありマニアックに過ぎてもいる。
 そして、消防隊の中に人体発火の犠牲者の鎮魂の「祝詞(のりと)」をあげる聖職者のシスター少女もいるあたりは、昨秋の『ゴブリンスレイヤー』(18年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200209/p1)もとい異世界ファンタジーぽくもある。


 ヤンキー度が高い「マガジン」で、こんな非現実的な要素が強いマンガが連載されていることには、筆者のようなオールド世代にとっては隔世の感である。
 とはいえ、背景・風景自体は現代日本ではあり、秋葉原の東は台東区やその東の隅田川を挟んだ江東区の生活臭あふれるシックな色彩の「下町」や「町工場」を背景舞台とすることで、地に足が着いた感じも出せている。


 #1の冒頭では、読者諸氏もご承知の通りにクボ地にあるJR山手線・田端(たばた)駅のホームで発生した人体発火事件の現場に偶然居合わせた主人公少年クンが、その場に駆けつけてきた「消防隊」とも大迫力のアクション作画で共闘するサマでツカミはOK! #1の後半では、現場への本格出場も描いている。
 #2では同じく不敵なライバル少年が加入してきて、主人公少年や姉御先輩と競り合うことで彼ら双方のキャラを立てていく。そして、ライバル少年が使用している十字架状の武器を、


「焔ビトの遺族たちの前では見せるな! ヨソでは見せびらかして誇っているヤツもいるけど、少なくともウチのチームでは消防服の中に隠せ!」


と命じる隊長さんまで描写することで、チーム全員の性格・ポリシーや、作品全体の背骨を貫いているモラルも描きつつ、人体発火で家族を失った遺族の悲嘆に暮れるサマも描いていくことでニガ味も残している。
――こーいう重たい点描もあるのならば、たしかにフィクションとはいえバランスを取るためにも、「宗教的鎮魂」を専門とする少女キャラを設定して、一応その魂は救済されたことにするのもウマいと思う――


 しかして#3は、前日の京アニ放火殺人事件の煽りを受けて番組自体が差し替えに……(汗)。過剰な自粛だ! などと批判をする気はさらさらナイ。かの大ヒット怪獣映画『シン・ゴジラ』(16年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160824/p1)も、震災から5年が経ったからこそ適度な風刺性が出てくるのであって、震災同年~翌年あたりで封切しようものならばナマナマしくてシャレにもならずに不謹慎さが漂ったことであろうから。作品を評価するモノサシにも、残念ながら公開当時の空気や惨事からの距離感が否応もなく混入してしまうということだ。げに作品の絶対評価というモノはムズカしい(汗)。
炎炎ノ消防隊

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『荒ぶる季節の乙女どもよ。』


 高校の文芸部に所属する、美少女ではなくあまりパッともしていない、イケてない女子高生数人が主役の深夜アニメである。月刊『別冊少年マガジン』連載作品。
 だが、テロップで原作&脚本が『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(11年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20191103/p1)『心が叫びたがってるんだ。』(15年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20191104/p1)・『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』(15年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20191105/p1)などの実力派女性脚本家・岡田麿里(おかだ・まり)だと知ってビックリ。マンガ原作もやっていたのかヨ!?――彼女が自身を売り込んだのではなく、マガジン編集部が持ちかけたと憶測するけれど――


 とはいえ、色メガネをかけて「さすが岡田麿里!」なぞと感嘆しながら鑑賞する気は毛頭なく、彼女のピークは2010年代の前半でその後は凡作も多いんじゃネ? とも私見をしているので(汗)、フラットに個々の作品に対峙したい所存である。


 作品内容自体は、「弱者男子」にとっての都合がイイ「弱者女子」ではなく、ミーイズムや欲望に忠実で「性的にも奔放」な女子像でもなく、今までアリそうでも意外になかった「性に奥手」どころか恐怖感すら抱いている、なおかつ男性からはあまり異性の対象としては見てはもらえなさそうな冴えない女子たちが大集合!


 では、モテないことやスクールカースト劣位にあることに開き直ってアキラめて適度にオバサン化、あるいは元々そんなに繊細ナイーブなタイプじゃなかった娘を主役に据えた同季の深夜アニメ『女子高生の無駄づかい』(19年)や昨18年夏の『ちおちゃんの通学路』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200301/p1)などと比すると――もちろんアレらはギャグアニメなので単純比較はできないけれども――、そこまでバラドル(バラエティ・アイドル)的な三枚目や汚れキャラクターを演じるだけの演技力なり覇気もなく、ルックスはともかくメンタルの奥底は「夢見る乙女」なのに、見た目が伴わないので(爆)半ばはアキラめつつも半分はアキラめきれないからこそ、実存を「文学」に仮託しているといった感じがまぁまぁリアルでもある。


 いやまぁ、今時どころか80年代以降のそのテの女子たちは、古典的な「文学」などに走るのではなく、もう少しポップだけどイッキ飲み強制ノリなカラ騒ぎの域にも行かずに、少々抑えてコジらせた自意識や内面は投影ができそうなお文化的な「サブカル趣味」に走って、服装もギャルや媚び媚びしたフェミニンな方向性とはまた別の、第3の不思議ちゃん的ファッションな方向性でセルフ・プロデュースをキメそうではあるけれども。


 とはいえ、そのようなある意味ではリアルな描写に走ってしまうと、それもまた現実とカブりすぎることで、かえって微差が気になったりもするモノではある。それならば、イケてない地味な「文芸部」を舞台として、適度にアナクロ(時代錯誤)なファンタジーとすることでリアリティー問題も回避して、逆説的に本作独自の個性や風情を主張してみせたといったところだろうか?


 しかし、品性下劣な輩の俗っぽい「悪意」や「蔑視」などが存在しない、最低限の「品性」を兼ね備えた人種たちだけが集っている理想化・美化されたサンクチュアリな「文芸部」が描かれて、往年の百合アニメ『マリア様がみてる』(04年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20040406/p1)や近年の百合アニメ『やがて君になる』(18年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20191208/p1)的な


「街路樹をヌケると、そこには生徒会メンバーが集う別棟があった……」


みたいな空間が設定できれば、「お耽美」な世界が構築できるのだけれども……。


 実のところ、彼女たちには容赦のない「女子カースト」の蔑視の視線に常にさらされてもいるのだ。「文芸部」では先輩風を吹かせているメガネ女子が、教室の休み時間ではカースト最上位のギャルたちの性的会話に堪えきれずに抗議するも、邪険にされて引き下がってしまう一連なども描かれる。そして、そのことによって、この作品は「正義」や「道理」や「公共心」が通らずに、「私的快楽」・「虚栄心」の方が勝ってしまう「現実世界」の延長線上にあることもわかるのだ(汗)。


 「文芸部」の一女子が秘かに幼なじみ男子クンに好意を持つも、ダサい自分と釣り合わないとも思って半分アキラめているのに、母親に命じられて両親が旅行中の男子クン宅に食事のお裾分けをイヤイヤ持っていくあたりはイイ意味でのマンガ・アニメ的なフィクションだよなぁと微笑ましく思って観ていると……。彼女が目撃するのは男子クンが自室でAVを観ながら自慰にふけっている姿でもある(爆)。


 そこで、女子の方がエネルギッシュで華(はな)もある元気な性格で、一瞬はオドロいてもカラカラと笑い飛ばしながら精神的にも優位に立って男子クンをからかいにかかって、しかも男子クンの方も気が弱ければ、我らが愛すべきオタク男子向けラブコメともなるのだけれども……(笑)。
 奥手な彼女はガチでショックを受けてしまってその場を猛ダッシュで逃走!!――シャレにならない!(爆)――


 かように点描の次元では、それなりの良さや挑戦があるのだけれども、ストーリーの抑揚やツカミなどの面では少々弱いようには私見する。


 宣伝キービジュアルだけだと、お目々パッチリなワリとキラキラ女子たちに見えるけど、コレは半分詐欺の確信犯でもあり、本編では地味子ちゃんな絵柄でもある。キライじゃないけど、ペンライトを持ってアイドル的に応援したくなったり、キャラクターグッズを購入して買い支えたくなるような感じの作品ではさらさらナイ(笑)。


 しばらく様子見するけど、終盤にだけヤマ場があって#3や中盤にはヤマ場がナイようなプレーンな作りだと、堪え性のない現今のアニメファンに対するツカミも弱くなるのではなかろうか?(汗)
荒ぶる季節の乙女どもよ。Blu-ray 第四巻

(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.75(19年8月10日発行))


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2017年冬アニメ評! 『BanG Dream!バンドリ!)』 ~「こんなのロックじゃない!」から30数年。和製「可愛いロック」の勝利!(笑)

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2016~18年チア男女やマラソン部を描いたアニメの相似と相違! 『チア男子!!』『アニマエール』『風が強く吹いている』

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2016~17年アニメ評価! 『くまみこ』『ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?』『ネト充のススメ』 ~コミュ症女子を描いた3作品の成否は!?

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2016年夏アニメ評! 『ラブライブ!サンシャイン!!』 & 後日談映画『ラブライブ!サンシャイン!! Over the Rainbow』(19年) ~沼津活況報告 & 元祖に負けじの良作と私見

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2016年夏アニメ中間評! 『ももくり』『この美術部には問題がある!』『チア男子!!』『初恋モンスター』『Rewrite』『ReLIFE』『orange』

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160903/p1

2016年春アニメ評! 『迷家マヨイガ-』 ~現実世界からの脱走兵30人! 水島努×岡田麿里が組んでも不人気に終わった同作を絶賛擁護する!

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190630/p1

2016年春アニメ評! 『マクロスΔ(デルタ)』&『劇場版マクロスΔ 激情のワルキューレ』(18年) ~昨今のアイドルアニメを真正面から内破すべきだった!?

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2015年秋アニメ評! 『ワンパンマン』 ~ヒーロー大集合世界における最強ヒーローの倦怠・無欲・メタ正義・人格力!

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2015年秋アニメ評! 『コンクリート・レボルティオ~超人幻想~』 往年の国産ヒーローのアレンジ存在たちが番組を越境して共闘するメタ・ヒーロー作品だけれども…

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20190302/p1

2015年秋アニメ評! 『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』 ~長井龍雪岡田麿里でも「あの花」「ここさけ」とは似ても似つかぬ少年ギャング集団の成り上がり作品!

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2015年夏アニメ中間評! 『GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』『六花の勇者』『おくさまが生徒会長!』『干物妹!うまるちゃん』『実は私は』『下ネタという概念が存在しない退屈な世界

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2015年春アニメ評! 『響け!ユーフォニアム』 ~手放しの傑作か!?

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160504/p1

2015年冬アニメ評! 『SHIROBAKO』(後半第2クール) ~アニメ制作をめぐる大群像劇が感涙の着地!

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160103/p1


2014年秋アニメ評! 『SHIROBAKO』(前半第1クール) ~アニメ制作の舞台裏を描く大傑作爆誕

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20151202/p1

2014年秋アニメ評! 『クロスアンジュ 天使と竜の輪舞(ロンド) ~ガンダムSEEDの福田監督が放つ逆「アナ雪」! 女囚部隊に没落した元・王女が主役のロボットアニメの悪趣味快作!

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2014年秋アニメ評! 『ガンダム Gのレコンギスタ』 ~富野監督降臨。持続可能な中世的停滞を選択した遠未来。しかしその作劇的な出来栄えは?(富野信者は目を覚ませ・汗)

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2014年春アニメ評! 『ラブライブ!』(第2期)

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2013年秋アニメ評! 『WHITE ALBUM 2』 ~「冴えカノ」原作者が自ら手懸けた悲恋物語の埋もれた大傑作!

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2013年秋アニメ評! 『蒼き鋼のアルペジオ -アルス・ノヴァ-』 ~低劣な軍艦擬人化アニメに見えて、テーマ&萌えも両立した爽快活劇の傑作!

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2013年秋アニメ評! 『サムライフラメンコ』 ~ご町内⇒単身⇒戦隊⇒新旧ヒーロー大集合へとインフレ! ヒーロー&正義とは何か? を問うメタ・ヒーロー作品!

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2013年夏アニメ評! 『げんしけん二代目』 ~非モテの虚構への耽溺! 非コミュのオタはいかに生くべきか!?

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2013年春アニメ評! 『這いよれ!ニャル子さんW(ダブル)』

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2013年春アニメ評! 『惡の華』前日談「惡の蕾」ドラマCD ~深夜アニメ版の声優が演じるも、原作者が手掛けた前日談の逸品!

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2013年冬アニメ評! 『まおゆう魔王勇者』『AMNESIA(アムネシア)』『ささみさん@がんばらない』 ~異世界を近代化する爆乳魔王に、近代自体も相対化してほしい(笑)

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2013年冬アニメ評! 『ラブライブ!』(第1期)

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2013~14年3大アイドルアニメ評! 『ラブライブ!』『Wake Up,Girls!』『アイドルマスター

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2012年秋アニメ評! 『ガールズ&パンツァー』 ~爽快活劇に至るためのお膳立てとしての設定&ドラマとは!?

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2011年春アニメ評! 『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』 ~別離・喪失・齟齬・焦燥・後悔・煩悶の青春群像劇の傑作!

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2011年冬アニメ評! 『魔法少女まどか☆マギカ』最終回「わたしの、最高の友達」 ~&『フリージング』『放浪息子』『フラクタル

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2008年秋アニメ評! 『鉄(くろがね)のラインバレル』 ~正義が大好きキャラ総登場ロボアニメ・最終回!

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2008年春アニメ評! 『コードギアス 反逆のルルーシュR2』 ~総括・大英帝国占領下の日本独立!

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2008年春アニメ評! 『マクロスF(フロンティア)』(08年)#1「クロース・エンカウンター」 ~先行放映版とも比較!

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2008年春アニメ評! 『マクロスF(フロンティア)』最終回評! ~キワどい最終回を擁護!

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2008年冬アニメ評! 『墓場鬼太郎

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2007年秋アニメ評! 『機動戦士ガンダム00(ダブルオー)』 ~第1期・第2期・劇場版・総括!

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2007年秋アニメ評! 『GR ジャイアントロボ

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2007年春アニメ評! 『ゲゲゲの鬼太郎』2007年版

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2006年秋アニメ評! 『天保異聞 妖奇士(てんぽういぶん あやかしあやし)』

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2006年夏アニメ評! 『N・H・Kにようこそ!』

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2005年秋アニメ評! 『BLOOD+(ブラッド・プラス)』

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2005年春アニメ評! 『英国戀(こい)物語エマ』

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2005年春アニメ評! 『創聖のアクエリオン』 ~序盤寸評

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2004年秋アニメ評! 『機動戦士ガンダムSEED DESTINY(シード・デスティニー)』 ~完結! 肯定評!!

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2004年春アニメ評! 『鉄人28号』『花右京メイド隊』『美鳥の日々(みどりのひび)』『恋風(こいかぜ)』『天上天下

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2004年冬アニメ評! 『超変身コス∞プレイヤー』『ヒットをねらえ!』『LOVE♡LOVE?』『バーンアップ・スクランブル』『超重神グラヴィオン ツヴァイ』『みさきクロニクル ~ダイバージェンス・イヴ~』『光と水のダフネ』『MEZZO~メゾ~』『マリア様がみてる』『ふたりはプリキュア

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2003年秋アニメ評! 『カレイドスター 新たなる翼』 ~女児向け・美少女アニメから真のアニメ評論を遠望! 作家性か?映画か?アニメか? 絵柄・スポ根・複数監督制!

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2003年春アニメ評! 『妄想科学シリーズ ワンダバスタイル』『成恵(なるえ)の世界』『宇宙のステルヴィア』『ASTRO BOY 鉄腕アトム

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2003年冬アニメ評! 『ストラトス・フォー』『ガンパレード・マーチ ~新たなる行軍歌~』『MOUSE[マウス]』『ぱにょぱにょ デ・ジ・キャラット』『陸上防衛隊まおちゃん』『朝霧の巫女』『らいむいろ戦奇譚

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Dr.STONE』2期が完結とカコつけて。2019年夏の漫画原作アニメ6本評!
#DrSTONE #手品先輩 #彼方のアストラ #かつて神だった獣たちへ #炎炎ノ消防隊 #荒ぶる季節の乙女どもよ



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ノブナガ先生の幼な妻・胡蝶綺~若き信長~ 信長の正妻・濃姫が登場するアニメ2本他!

『天気の子』『薄暮』『青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ない』 ~「天気の子」は凡作なのでは!? 2019年初夏アニメ映画評!
『映画 プリキュアミラクルリープ みんなとの不思議な1日』 ~テーマ&風刺ではなく、戦闘&お話の組立て方に注目せよ!
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 出演者の不祥事トラブルによる放映開始遅延やコロナ禍による放映中断に見舞われながらも無事に完結したNHK大河ドラマ麒麟がくる』(20年)では沢尻エリカもとい川口春奈が、やはり同様にコロナ禍で撮影や放映が大幅に遅延したフジテレビの特番時代劇『桶狭間(おけはざま)』(21年)でも広瀬すずが、戦国大名織田信長の正妻である隣国・美濃(みの)から来た濃姫(のうひめ)こと帰蝶(きちょう)を演じた記念! とカコつけて……
 2019年に放映された濃姫が実質主役として登場する深夜アニメ2本『ノブナガ先生の幼な妻』『胡蝶綺 ~若き信長~』評ほかをアップ!


『ノブナガ先生の幼な妻』『胡蝶綺 ~若き信長~』 ~信長の正妻・濃姫が登場するアニメ2本他! 『織田シナモン信長』『超可動ガール1/6』『女子かう生』


『胡蝶綺 ~若き信長~』

(2019年夏アニメ)
(文・T.SATO)
(2019年8月3日脱稿)


 アニメの神様のイタズラか、前季につづいて戦国大名織田信長の正妻でもある胡蝶ならぬ帰蝶(きちょう)こと濃姫(のうひめ)が主要キャラとして登場する深夜アニメが連続して登場!


 前季の『ノブナガ先生の幼な妻』では、


「♪クルりんクルりんクルりん、パッ!」


とオープニングで回転ダンスを踊っていた、ポーカーフェースの無表情でも可愛いくて華のある赤い着物のロリロリした低頭身な萌えキャラ14歳で、子作りを迫ることをもっぱらのギャグとして(笑)、現代の信長の子孫宅に出現した幼女の帰蝶


 伊豆の北条早雲につづく戦国大名第2号(?)で隣国・美濃のマムシこと斎藤道三(さいとう・どうさん)の娘として、表向きは婚儀でも信長暗殺(!)という大命で遣わされた、本作のニヒルでクールで武術・忍術もたしなんでいる8頭身な成熟した美女の帰蝶


 このふたりはその解釈が真逆であるどころか、同一人物であるとはとても思えない(笑)。


 #1では帰蝶は登場せず、彼女の語りで、後世では魔王と称せられ、繊細な内面などナイ、思い立ったら即行動の旋風児と思われている信長も、そこまでキレている無礼な奇人変人ではなく、悩める文学青年的な内面も持ち合わせ、領内で麗しい娘を見掛けて眼だけでホレても、古代の雄略天皇のように催して草むらに連れ込んでヤっちゃったりはしない(爆)姿が描かれていく。


 信長の乳母の乳兄弟で、江戸期も子孫が大名として延命したお付きの池田恒興(いけだ・つねおき)とともに、領内の浮浪児集団に肩入れし、彼らが食べていけるように、父・織田信秀南蛮貿易の品々を港湾での輸送中、あるいは倉の中から掠め取る日々を送り、屋敷の隠し部屋にも南蛮の品々を溜め込んで、聖母像がかたどられたペンダントに理想の女性像を夢見る、夜はメガネ(!)をかけて読書に勤しむ知的・内省的・ロマンチックな姿も描かれる。


 信長は隣国・美濃の現・岐阜城――織田家が国盗りする前の斎藤家の時代なので当時の名称は稲葉山城――下にお忍びで出掛けて、帰途の国境で忍者姿の帰蝶と一戦!


 そして、輿入れしてきた正妻があのときの忍者だと知り、暗殺される恐怖にビビるサマも、パターン破りゆえでもあるけれども実に新鮮。覚悟を決めてホタルの舞う夜景を彼女に魅せることで心が通じ合う兆しとなるサマも少女漫画チックだけども悪くない。


 本作の帰蝶を演じるのは、ドチラかといえばいつもは繊細儚げボイスを披露することが多い印象が私的にはある花守ゆみりだが、本作では甘えたり媚びたりしないオトナの自立した女性をクールなボイスで演じている。


 ググってみると、メディアミックス展開もあるとはいえ、原作なしのアニメ主導のオリジナル作品であるようだ。それでいて、この作劇&作画クオリティの高さ!――それだけでも人気が出ないのが近年だけど、私的には応援したい――
胡蝶綺 ~若き信長~ 第二巻 [Blu-ray]
胡蝶綺 ~若き信長~ 帰蝶 デカキーホルダー

(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.75(19年8月10日発行))


『ふたばにめ!』

(2019年春アニメ)
(月曜24時 TOKYO‐MX他)
(文・久保達也)
(2019年5月27日脱稿)


 双葉社刊行のコミックを原作とした『超可動ガール1/6(ろくぶんのいち)』『女子かう生』『ノブナガ先生の幼(おさ)な妻(づま)』を、3本立てで放映する30分枠。『双葉社』の漫画の深夜アニメ化3本立てだから、その枠名も『ふたばにめ!』(笑)。


 30分ものを予算をかけて1本製作するよりも、低予算で短編を3本つくってセットにすることで、その全部とまではいかなくともひとつでも興味をもってもらえるなら儲けものであり、たしかに効率の良い商売の手法ではある。

『超可動ガール1/6』


 『超可動ガール1/6』は、ナマ身の女子に興味がなく「自分たちの価値観をフツーだと押しつけるな!」と合コンの誘いまで断ってしまう――おもいっきり共感(爆)――主人公青年が購入した、黄色髪のロングヘアで縦長の目をしたロリ顔にボディも手足もかなり華奢(きゃしゃ)である美少女フィギュア(!?)がメインヒロイン。


 実はこの美少女フィギュアは「巨人の星」(笑~地球のこと)に飛来した本物のスーパーヒロインであり、主人公青年がヒロインの股間に触れようとするや、主人公を敵だと認識して自己防衛モードを発動し、赤ビキニに装着された装甲からマシンガンをブッぱなしたりする。
 しかし、やがて主人公の人間性に惹(ひ)かれて、ひとつ屋根の下で夫婦のような生活を送るという、我々みたいな非モテのオタク男性にとってはまさに夢のようなお話となっている(笑)。


 在宅プログラマーらしい主人公青年は、前髪のみを部分的に茶色に染めており、デブではないが筋肉質な体型の強(し)いていうなら見た目はマッチョでミリタリー系のオタである。彼はアニメ・マンガ・ゲームが大好きなものの、美少女フィギュアにだけは手を出したら取り返しがつかないことになるとして、これまで自制をしてきたという。


 女性や美少女フィギュアへの欲望はあってもそれを抑え込んでいるという、それはそれでオタ間でも一定数はいそうな、真の意味での硬派かはともかく一応は「硬派(笑)」な彼の信念を見事に見事に体現した無骨な彼のキャラクターデザインと彼の態度や言動も、この作品をベタベタの自堕落に落ちてしまうことからギリギリで救ってみせている(笑)。
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  • 発売日: 2019/06/28
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『女子かう生』


 『女子かう生』は3人の女子高生の日常を描く正味数分の短編。原作が「吹き出し」をほぼ使っていない、つまり、登場キャラが明確なセリフをいっさい口にしないことを踏襲(とうしゅう)した無声アニメ(笑)である。


 とはいうものの、まったく声を発しないワケではなく、教室の机で大股開きで寝そべっている(汗)いまどきの女子高生に、友人のショートヘアのおとなしそうな低身長のコが近づくや、フトモモで首を締められて


「アワワワワ」


と苦しんだり、やはり友人のギスギス体型のメガネっコがいまどき女子高生の両足をつかみ、軽快にステップを踏みながら何度も開閉を繰り返した末に、いまさら股間が露出していることに


「ヒェ~~~ッ!」


と悲鳴をあげて教室を出ていったりなど、リアクションとして発せられる奇声や絶叫・笑い声などが、本作に出演する声優の仕事なのだ(笑)。


 まぁ、ある意味では最も声優の力量が試される仕事ではあるだろう。
女子かう生 [Blu-ray]

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『ノブナガ先生の幼な妻』


 『ノブナガ先生の幼な妻』は、戦国武将・織田信長の末裔(まつえい)であるも、ギャルゲー(美少女ゲーム)が大好きで彼女いない歴28年(笑)の中学教師・織田信永(ノブナガ・笑)が、西暦1549年からタイムスリップしてきた信長の妻・斎藤帰蝶(さいとう・きちょう)をはじめ、次々と現世で覚醒(かくせい)した信長に関係する娘たちに囲まれてハーレム状態になるという、これまた我々オタクにとっては夢のようなお話(笑)。


「さっそく子づくりをはじめましょう」


 などと信永の実家で赤い着物を脱ぎ捨てた帰蝶はまだ14歳。


 当時はともかく、現在は手を出したら確実に逮捕される(爆)だけに、信永は


「こういうことは好きな人とやるもんだ」


と諭(さと)すが、


「好きかどうかなんて関係ない。早くはじめましょう」


帰蝶はやる気マンマン(笑)。


 そんな世代間ギャップ(?)や、この現場を目撃した妹と母親が信永をヘンタイ呼ばわりするドタバタギャグは爆笑必至だが、黒髪ロングのストレートヘアでしっかりとしたクールな口調で話す帰蝶のキャラクターデザインが、「ジト目」であるのがまた絶妙(爆)。


 ただ、帰蝶が信長に嫁(とつ)ぐ直前の470年前の戦国時代の家屋とさして変わらないと思えるほどに、信永の実家は和室が中心で蔵(くら)などもある旧家(きゅうか)のたたずまいであることから、帰蝶がふとんの上で三つ指をつき、


「よろしくお願いします」


などと頭を下げる場面にも妙に説得力があり、帰蝶が時間を超えてきたことにしばらく気づかないのにもリアリティーが感じられたものだ。


 彼女は現代のコンクリ造りで再建された、中身は今では歴史博物館にすぎない山頂にある岐阜城にも登頂して、歳月の変化を実感する(笑)。



 なんとも楽しい3本立てを締めるのは、『超可動ガール』のヒロインによる、かの国民的アニメ『サザエさん』(69年~)の予告編をパクった視聴者とのジャンケン。


 「ジャン・ケン・ポン!」ではなく、「チッ・ケッ・タッ!」であるのが、あらためて萌(も)えさせてくれる(爆)。
ノブナガ先生の幼な妻 : 1 (アクションコミックス)
ノブナガ先生の幼な妻(dアニメストア)

(了)
(初出・オールジャンル同人誌『DEATH-VOLT』VOL.82(19年6月16日発行予定⇒8月1日発行))


『織田シナモン信長』

(2020年冬アニメ)
(土曜25時23分 テレビ東京他)
(文・久保達也)
(2020年2月20日脱稿)


 1582年=天正10年6月2日、家臣(かしん)・明智光秀(あけち・みつひで)が起こした謀反(むほん)により、戦国武将・織田信長(おだ・のぶなが)は


「来世は犬畜生(いぬ・ちくしょう)にでも堕(お)ちるか。それも一興か」


とつぶやき、京都・本能寺で炎の中に散った……


 その信長が現代ニッポンで本当に犬畜生として転生した世界観である(笑)。完全なギャグアニメではあるものの、現実世界ではヘタレだったオタがファンタジー世界でヒーローとなって活躍する異世界転生モノの逆パターンとして描かれた変化球といってよいだろう。


 本作は赤いスカーフを首に巻かれ、飼い主の女子高生に「シナモン」と名づけられた(笑)、元・信長の柴犬=織田シナモン信長が、名前が気にいらないだの飼い主の小娘がエラそうだのとボヤいている。その一方で、その小娘の両手を皿にして飲む水はかつて信長に仕(つか)えた千利休(せんのりきゅう)が立ててくれたお茶並みにウマいなどと至福にひたる(爆)などのモノローグを中心に進行していく。



 実はこの世界では信長だけではなく、数多くの戦国武将が犬として転生を遂(と)げているのだ。


フレンチ・ブルドッグの伊達(だて)ブー政宗(まさむね)
ポメラニアンの武田ラッキー信玄(しんげん)
ボルゾイの上杉ジュリアン謙信(けんしん)
ミニチュアダックスフンドの今川ギルバート義元(よしもと)
・トイプードルの黒田チャーリー官兵衛(かんべえ)
コーギーの真田(さなだ)マルタロウ幸村(ゆきむら)


 彼らが、飼い主たちが井戸端(いどばた)会議をしている間に公園の芝生(しばふ)で寝そべりつつ、信長を暗殺したのは本当に光秀なのか? と大激論を繰りひろげるさまは、たとえ姿は犬だろうが立派な群像劇である(笑)。


 エンディングクレジットを見ると、元・武将の犬を演じる声優たちは皆名前の一字が「犬」となっているが、正体はバレバレである(笑)。


織田信長堀内賢雄(ほりうち・けんゆう)
伊達政宗古川登志夫(ふるかわ・としお)
武田信玄玄田哲章(げんだ・てっしょう)
上杉謙信杉田智和(すぎた・ともかず)
今川義元櫻井孝宏(さくらい・たかひろ)
黒田官兵衛井上和彦
真田幸村鈴村健一


 大ベテラン声優と現在人気絶頂の声優たちによる布陣(ふじん)はまさに戦国武将並みの群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)状態である。彼らが実にノリノリで楽しく演じているさまが目に浮かぶほどに実に微笑(ほほえ)ましい好感度の高い仕上がりとなっている。


 もっともシナモン=信長は明智光秀のことを「今度会ったらブッ殺す!」などといまだに恨(うら)んでいる。しかし、その光秀はシマリスに転生しており(爆)、そのリスを飼っているのが光秀にソックリなイケメン大学生・三津秀人(みつ・ひでと)なのだ(笑)。


 「大好きだ~~!!」と叫んで抱きしめてくる光秀もとい・三津秀人(笑)に、果たして信長は復讐(ふくしゅう)を果たすのか? これは今後の展開から目を離さずにはいられないだろう(爆)。


 なお、エンディング映像と予告編には本作に登場するキャラのモデルであるかに見える犬たちが実写映像で登場する。個人的には実は犬より猫派なのだが、つい本編キャラとリンクさせてしまうほどにカワイイと思えてならない。
織田シナモン信長 Original Sound Track

(了)
(初出・オールジャンル同人誌『DEATH-VOLT』VOL.84(20年3月8日発行予定→4月5日発行)


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ウルトラマン80』第50話『あっ! キリンも象も氷になった!!』 ~実は屈指の大名作!

冷凍怪獣マーゴドン登場

(作・石堂淑朗 監督・満田かずほ 特撮監督・佐川和夫 81年3月25日放映)
(視聴率:関東11.3% 中部14.5% 関西14.7%)


(文・久保達也)
(2011年11月13日脱稿)


 本作における怪獣退治の専門組織・UGMが単独で怪獣を撃破! ウルトラマンが実質登場しない最終回! 最後の最後でこんなにも異色な、しかしてテーマ的には高度でもある名作エピソードが登場するとは!
 傑作認定には異存はない。しかしてそれは諸刃の剣(もろはのつるぎ)でもあるのだ。そしてこの最終回は、子供たちにも楽しめるエピソードであったのだろうか? この最終回の高邁(こうまい)さと問題点を腑分けして解析してみよう。



ナレーション「九州の南原市、今まさに春の真っ盛りであった。暖かい日差しを浴び、動物たちもノンビリとしていた」


 おそらく宮崎県あたりの都市をモデルにしたと思われる架空の都市のイメージシーンで導入部は幕を開ける。
 ミニチュアの田園都市を上空から「俯瞰(ふかん)」で見下ろしたあと、桜並木や一面の菜の花畑、海岸で戯(たわむ)れる家族の姿など、「春」をイメージさせるカットを連続させて、キリン・アシカ・鳩・ペンギンなどの実写映像の連発で近辺に「動物園」が存在することも、視聴者にイメージさせていく。


ナレーション「ところが、平和なこの町に、奇怪な事件が待っていた!」


 ビル群を背景にして、ロン毛にアゴひげを生やして派手な赤いネクタイが目立つ背広姿の胡散(うさん)クサさプンプンの紳士が歩く姿が、真横からバストアップで捉えられる。
 一瞬、まるでこの男が「奇怪な事件」を巻き起こすかのように視聴者を錯覚させる。しかしこのあと、この男は「被害者」となるので、別にごく普通の平凡なサラリーマンを描けばよいワケなのだが、そこはちょっとしたフェイク演出・兼サプライズ演出によって作品へのツカミとしているのだ。


 下から見上げた「煽(あお)り」で撮影されたミニチュアのビル街の上空から白い気体が静かに舞い降りてくる。
 胡散クサい紳士が首を傾(かし)げていると、周囲のビル群が次々に凍りついていった!


 画面手前の中央には街灯、その両端にヤシの木が画面の奥の方へと林立、その奥にはビル群という、奥行きを感じさせるミニチュアの街が、白い冷気を浴びて一瞬で凍っていく!
 この異常事態に伴ってサイレンの警報音が挿入され出すのがまた尋常ではない不穏感も醸(かも)し出していく。
 上空から俯瞰されたミニチュアセットが白い冷気を浴びてみるみる凍結していくサマを見せつけたあとに、水道やその下に置かれている洗面器の水が凍る描写をはさんで、水槽で泳いでいる金魚の映像を静止させて、水槽ごと金魚が白く凍結してしまうという表現。
 さらには動物園のライオン・キリン・象などが全身ツララで覆われた氷のオブジェと化した姿がミニチュアで描かれることで、瞬時に万物が凍結したことが示唆される……


・初代『ウルトラマン』(66年)第25話『怪彗星ツイフォン』に登場した冷凍怪獣ギガス
・『ウルトラセブン』(67年)第25話『零下140度の対決』に登場した凍結怪獣ガンダー
・『帰ってきたウルトラマン』(71年)第40話『冬の怪奇シリーズ まぼろしの雪女』に登場した雪女怪獣スノーゴン
・『ウルトラマンA(エース)』(72年)第42話『冬の怪奇シリーズ 神秘! 怪獣ウーの復活』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070209/p1)に登場した氷超獣アイスロン
・『ザ★ウルトラマン』(79年)第1話『新しいヒーローの誕生!!』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090505/p1)に登場した冷凍怪獣シーグラ


 それまでの昭和ウルトラシリーズにも、冷凍怪獣は登場してきた。


 上記はビル街のセットが組まれない山間部や平原などに登場した冷凍怪獣の例だが、


・『ウルトラQ』(66年)第14話『東京氷河期』に登場した冷凍怪獣ペギラ
・『帰ってきた』第39話『冬の怪奇シリーズ 20世紀の雪男』に登場した雪男星人バルダック星人
・『ウルトラマンタロウ』(73年)第36話『ひきょうもの! 花嫁は泣いた』に登場したねこ舌星人グロス


 など、都会を凍らせた冷凍怪獣の事例も存在してはいる。


 今回は最終回で、次回以降の撮影での都合を考慮する必要もないことからか、特撮スタジオの背景であるホリゾントの空の色もまさに「真冬の空」を思わせる「やや薄暗い青色」に塗られている――広大なホリゾントの全面をスプレーで塗装したり、また青空に塗り直して乾かすのにも数日は要することだろう・汗――。
 70年代初頭のフォークソング、70年代後半以降はニューミュージック、それ以降も日本の音楽シーンを牽引してきたシンガーソングライター・井上陽水(いのうえ・ようすい)初期のミリオンセラー歌曲(73年)ではないが、まさに「氷の世界」といったところだ。


オオヤマ「九州の南原市が突然の異常寒波に襲われた。小坂隊員」
ユリ子「はい」
オオヤマ「気象班としての意見は?」
ユリ子「原因はわかりません。ひょっとすると……」


・第36話『がんばれ! クワガタ越冬隊』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110101/p1)では大気の層の温度差によって生じる光の屈折である「逆転現象」
・第47話『魔のグローブ 落し物にご用心!!』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210224/p1)では「オゾン層


 科学的なレクチャーをする際には、石堂脚本回では小坂ユリ子隊員が気象班の面目躍如(めんぼくやくじょ)とばかりの活躍を見せることが多い。


イケダ「な~に。もし怪獣だったら、オレたちUGMが一発でなぁ、ポ~ン!! アハハハハ……」


 イケダ隊員はフジモリ隊員に頭突きをカマすポーズを見せて、それに対してフジモリ隊員はイケダ隊員の頭にゲンコツをカマすポーズを見せる。ノーテンキに爆笑するふたりだったが……


オオヤマ「イケダ! フジモリ! 軽々しい口を叩くな!」
イケダ「ハイ!」
フジモリ「はぁ……」


 返事の仕方ひとつを取っても、両者のキャラクターの描き分けをすることも忘れない(笑)。


オオヤマ「果たしてこれまで怪獣を倒してきたのは、本当に我々だっただろうか……? とにかく南原市に異常事態が起こっている。いつでも出動できるよう待機だ!」
一同「了解!」


 「これまで怪獣を倒してきたのは、本当に我々だっただろうか……?」。さりげにウルトラシリーズの根源的な問題点についてサラッと言及してみせている。
 そう、ウルトラシリーズで怪獣を倒してきたのは、怪獣攻撃を旨(むね)とする地球人による防衛組織ではなく、それは基本的には巨大超人である宇宙人・ウルトラマンが倒してきたのだ。そして、それはまた地球人による防衛組織の存在意義、ひいては地球人自身による努力自体は基本的には徒労であるどころかムダでさえあるのかもしれない……という疑問符は、幼児はともかく児童であれば誰もが脳裏には微量に浮かんでいて、時に口に出してさえいる(爆)根本矛盾ですらある。


 この一連の場面では、一同がそろっているUGM作戦室を螺旋状の階段の踊り場越しで捉えている。いつもとは異なった凝ったカメラアングルを採用することで、いつもの舞台でありながらも、いつもとは異なる深刻なムードを微量に生じさせる「異化作用」も発揮して、映像面でも画面への求心力を高めていく……
 続けて、UGM広報班のセラ隊員が司令室に入室してくる。その際、赤いランプが明滅している計器盤を画面の下手前に配して、それ越しの煽りで一同を捉えてみせるといった、さりげに凝ったカメラアングルの連発も!――一般に人々は赤ランプに警告的な意味を感じてしまうものなので、それが視聴者にも通常回とは異なる微量な不穏感をも増している――



「実は企画書を作っている段階から、全体の3分の1くらいは自分で監督したいと思っていたんだよね。ところが社内のプロデューサーはみんな手いっぱいの状態だったので、結局自分がやらざるを得なくなってしまった。それでも途中で監督できるだろうと思っていたんだけれど、番組が始まったらもう準備、準備で忙しくて。それで結局最終回になっちゃったわけ。最終回なら次の準備もないからね(笑)」

タツミムック『検証・ウルトラシリーズ 君はウルトラマン80を愛しているか』(辰巳出版・06年2月5日発行 05年12月22日実売・ISBN:4777802124)プロデューサー・監督 満田かずほインタビュー)



 本作『80』では円谷プロ側のプロデューサーを務めていた満田氏がウルトラシリーズを監督するのは、実に『ウルトラマンA』(72年)第1話『輝け! ウルトラ五兄弟』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060514/p1)~第2話『大超獣を越えてゆけ!』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060515/p1)を、筧正典(かけい・まさのり)監督と共同で担当して以来のことである。
 本来は監督出身である満田プロデューサーによる今回の本編演出は、久しぶりの登板で以前から試してみたかったのであろう奇抜なカメラアングルなど、実に本領発揮といった感もある。結果的にこの『80』最終回が氏の監督作としては最後のものになってしまったが……


セラ「南原市の住民はみんな避難したそうです」
オオヤマ「ン」


 作戦室から出ていくオオヤマキャップ。
 しかし、振り向きザマに矢的をジッと見つめることで、ふたりの間に緊張の時間が流れる!


矢的「(心の声)キャップは何かを心に決めているようだ。もしかしたら、ウルトラマンエイティの……」


 もちろんこのセリフは、「キャップはもしかしたらウルトラマンエイティの正体が僕(矢的)だと見抜いているのかもしれない……」という意味である。しかし、それを皆まで云わせないのがミソなのだ。そして、幼児はともかく児童であれば、その省略されて口にはしなかった発言が何であったのか? といった程度のことは容易に推測がつくだろう。
 劇中内ではこの時点ではあくまでも矢的の仮説にすぎない。しかも、その仮説もハッキリと言明されてしまっては、後々のストーリー展開もまたミエミエとなってしまって、ここでシラケさせてしまったことだろう。
 のちのストーリーの伏線として機能させつつも、ミエミエのストーリー展開にさせるワケにもいかない。その中間の微妙なあわいに位置させる塩加減とするためにも、このセリフの末尾は省略技法こそが望ましい……


 しかし、それだけでも視聴者に与える「印象」としてはやや弱くなってしまう。そのせいだろうか次のシーンでは、内心では自身の正体がウルトラマンエイティであることがオオヤマキャップにはバレている懸念を浮上させていた矢的のバストショットに対して、画面左右の両サイドから「UGM」のロゴが入った自動ドアが閉じてきて無情にもピシャッ! と閉まってしまうというプチ・ショッキング演出も!――シナリオではなく本編演出側での裁量だろうと憶測――
 矢的とオオヤマキャップの間に生じた小さな「距離感」が、そして本エピソード自体にも小さな「不穏感」を生じさせる演出でもある。これは別に両者の決定的な「決裂」や「対決」を描いているワケではない。
 しかし、「娯楽活劇作品」や「変身ヒーローもの」といった範疇を超えた「人間ドラマ」一般というものは、このような小さな「不和」や「不穏」にもスポットを当ててみせて、そこで人間同士の葛藤(かっとう)ドラマをつくって、視聴者にも何かを感じさせていくものでもあるのだ。



 そのころ、南原市に全身がフサフサとした白くて長い体毛で覆われた、古代に絶滅した寒冷地帯の象・マンモスが巨大変異化したような化け物と形容するのがピッタリな冷凍怪獣マーゴドンが出現していた!
 南原市を「氷の世界」にしたのは、細長い鼻から冷凍ガスを、全身からは白い冷気を噴出する、この怪獣の仕業(しわざ)だったのだ!


基地アナウンス「UGM、発進ゲートへ! UGM、発進ゲートへ!」


 点滅する赤い警報ランプがアップで撮られて、その赤い光に顔面が照らされているイトウチーフが、


「行くぞ!」


 とヘルメットを小脇に抱えたUGM隊員たちを先導して、基地内の通路を画面手前に進んでくるサマは、怪獣退治の専門家集団である彼らのカッコよさが、久々に引き出されてもおり、実にヒロイックな場面に仕上がっている。


 そして、本作『80』のシリーズ後半では長らく流用されてこなかった、戦闘機がズラっと並んでいてその中を作業用の車両も行き交っている様子までもが確認できる、地球防衛軍・極東エリア基地の広大な野外飛行場をガラス窓越しに眺望しながら、その手前には管制塔内でパネル操作をしながら通信もしているオペレーターたちを合成したバンクフィルムも久々に流される。
 そのバンクフィルムと、戦闘機シルバーガル・スカイハイヤー・エースフライヤーの発進場面、それら各機に搭乗するオオヤマと矢的・フジモリ・イケダ・イトウの姿を交錯させていくという、実にカッコいいワンダバ演出!


――公式設定か否か、企画書にも書かれていたか否かは不明だが、『80』放映開始当初の児童誌『てれびくん』には、この極東エリア基地は神奈川県厚木市(あつぎし)付近にあるというキャプションが付いていたと記憶する。
 いわゆる広大な飛行場を有している米軍厚木基地に措定(そてい)させているのだろうが、『80』の世界ではこの厚木基地が日本に返還されているのだろうか?(笑) 『80』第1クールの「学校編」の舞台を東京都世田谷区あたりだとすると、矢的が都心からUGM基地に移動するのにも1時間くらいはかかってしまいそうだが(汗)。余談になるが、厚木基地は実際には厚木市には存在していない。厚木市の東側の2つ隣の市町村に所在しているのだ・笑――



 シルバーガル1機・スカイハイヤー1機・エースフライヤー2機が4機編隊で飛行する!――それらを側面から撮影したカットでは、画面の手前に鉄塔や工場の煙突なども配置する――


・マーゴドンが長い鼻から冷凍ガスを吹きかける姿!
・凍りついたビルに合成で黒いヒビ割れが入る描写!
・爆発四散するビル!


 凍結した地面をスベるように(!)ビルへと突進していくマーゴドン!
 その画面の手前には、例によって「歩道橋」「電話ボックス」「民家」などのミニチュアも配置することで、対比としての「奥行き」と怪獣の「巨大感」もが強調されている。


 当のUGMが九州へと急行しようとしている間にも、マーゴドンは猛威を奮い続けている! といった時間の流れも感じさせており、いやがおうでも緊迫感を煽り立ててくる。


 画面の左奥にいるマーゴドン、その手前に広がる凍結した市街地、そこに画面の右手の方からスカイハイヤー・シルバーガルが飛行してくることで、UGMがようやく現地に到着したことも表現されている。


オオヤマ「全機攻撃!!」


 合図とともに、操縦悍が左に切られる描写のあと、4機が一斉に画面の手前に向かって、きれいに並んで降下していくサマも映し出される。


 第47話『魔のグローブ 落し物にご用心!!』評(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210224/p1)でもそのインタビューを引用させていただいたが、同話の監督を務めていた東條昭平(とうじょう・しょうへい)監督は、佐川和夫特撮監督のことを「飛行機の飛びをやらせたら、あの人はピカイチ」だと賞賛していた。
 佐川特撮監督がパイロット編の特撮を担当した『ウルトラマンA』(72年)第1話『輝け! ウルトラ五兄弟』や『ウルトラマンタロウ』(73年)第1話『ウルトラの母は太陽のように』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20071202/p1)でも、いわゆる戦闘機の「飛び特撮」が印象的だった。1960年代後半に製作された第1期ウルトラシリーズ至上主義の風潮が特撮マニア間では強かった20世紀のむかしでも、佐川特撮監督による気持ちのよい滑空表現を達成した戦闘機の特撮だけは、彼らの間でも実に評価が高かったことをも思い出す。


矢的「発射!!」


 オオヤマキャップが操縦するシルバーガルの後部座席で、マーゴドンに向けて攻撃ボタンを押す矢的隊員!


イケダ「発射!!」


 エースフライヤーに搭乗しているイケダ隊員も、マーゴドンに攻撃を加える!


イトウ「発射!!」


 イトウチーフが搭乗するもう1機のエースフライヤー! そのコクピットからの主観アングルでマーゴドンに迫っていくという特撮カットも描かれる!


 続けて、シルバーガルの操縦悍が右に切られる様子がアップで映し出されて、シルバーガルが右旋回していく描写、加えてマーゴドンに攻撃を仕掛けるといったカットの連続も!


フジモリ「発射!!」


 フジモリ隊員が搭乗するスカイハイヤーがマーゴドンを攻撃!


 だが、マーゴドンはUGMが浴びせる攻撃をすべて体内に吸収してしまうのだ!


 マーゴドンの着ぐるみから着火した火薬のフィルム撮影を逆回転させているだけの映像であるのは、当時の子供たちにもミエミエで、ややショボくはあるのだが(笑)。


 スカイハイヤーの操縦悍が上へと切られる描写がアップで映し出されたのに続いて、スカイハイヤーがマーゴドンの手前で急上昇!


フジモリ「これは驚いた!」


 マニアの視聴者もそう叫びたくなるほど(笑)、今回の満田かずほ監督による本編演出は、おそらく氏自身が少なくとも戦闘機特撮とのカットバックが必要となるシーンについてだけは、特撮カットも含めて「絵コンテ」を描いて、それに合う戦闘機カットを佐川和夫特撮監督に撮ってもらうように指示出ししていたのだと推測する。


 もちろんフジモリ隊員が驚いていたのは、本編と特撮を融合させた戦闘機特撮のことではなく、マーゴドンの特異な習性のことである。


イトウ「エネルギーを全部、吸っちまってるぞ!」


 ついにオオヤマキャップが決断をくだす!


オオヤマ「垂直降下して怪獣に接近するぞ!」
矢的「キャップ! それはちょっとムチャじゃありませんか!?」
オオヤマ「人間にはできないというのか!?」(!)
矢的「(心の声)やはりいつものオオヤマキャップとは、なにか違う!」


 「人間にはできないというのか!?」 それは学校でも習った文法用語で云うならば「反実仮想」の表現であり、「人間ではなく宇宙人にならばできるというのか!?」という意味をも言外には込めているのだ。


 シルバーガルが垂直降下していく様子が煽りで撮られて、機体底部の前方1ヶ所・後方2ヶ所から白いジェットが噴出して浮遊する。
 画面の左奥にはマーゴドンを配して、右手前にジェット噴出によって自由落下していく速度を低減させているシルバーガルが地上へと降下していく姿も捉えられる。
 そして、ここでも画面手前にはフェンスを配置することで、「遠近感」が強調されたカットとなっている。


オオヤマ「発射!!」


 地上からマーゴドンへの射撃をはじめるシルバーガル!


 だが、やはりマーゴドンはシルバーガルの攻撃をすべて吸収! 逆にシルバーガルに猛烈な吹雪を浴びせかけてきた!!


 吹雪の勢いに押されて、地表を回転しながら吹き飛ばされていくシルバーガル!


オオヤマ「緊急発進!!」
矢的「了解!!」


 オオヤマキャップが操縦悍を握りしめている姿が見えるシルバーガルのコクピットのキャノピー(風防ガラス)には、白いスプレーも吹きつけられて、空気中の水分が凍結して付着したサマも手を抜くことなくきちんと表現することで臨場感も高めている!
 通常は固定カメラで撮影されがちな戦闘機のコクピットが画面右へと流れていく様子も側面から捉えられている。カメラだけを移動させているのか、スタッフ総出でコクピットのセットも押して動かしているのかまでは不明だが(笑)。


 シルバーガルのアフターバーナー部分が光って、そこから離陸のためのジェットが噴射されていることが表現される!
 白い冷気と吹雪の中で、後方から迫ってくるマーゴドンの巨体の脅威! マジでそのご尊顔がコワく見えてくる(汗)。
 その手前を地上スレスレに画面手前に向かって飛行をはじめるシルバーガル!


 画面の右奥には小さなシルバーガルを後方から捉える。
 その左手前には意外にシッポが長く造形されていることがわかるマーゴドンの巨体を背面から撮影する。


 畳み掛けるようなカットの連続が、オオヤマキャップと矢的に迫っている危機を煽り立てる!


矢的「ダメです! スリップして飛び上がれません!」


 画面の奥にビル群を配した猛吹雪の中で、豪雪に埋もれた地表スレスレに手前を画面右へと滑走していくシルバーガル!
 マーゴドンがその長い鼻から冷凍ガスを放つサマを側面からアップで描写!
 シルバーガルの操縦悍を上方に引くサマがアップで捉えられる!
 アフターバーナーを光らせて、画面右へと進んでいくシルバーガルを右後方から描写!
 それに合わせて、オオヤマキャップが操縦するシルバーガルの実物大のコクピットが画面右へと移動していくかのように描写されていく!


 画面の左手前には民家、中央手前には電柱、その電柱からは画面右方に向かって電線も伸びており、その下にはところどころに樹木が植えられた屏が並行して配置されている、立体感ある配置での特撮ミニチュアセット。
 その中で、シルバーガルを追ってくるマーゴドンが画面中央の奥に背面から撮られている。
 背景も見えないほどに真っ白になったミニチュアセットの中で、雪に埋もれた地上をスリップするかのように画面の右側へと進んでいくシルバーガル!


 なおもシルバーガルに迫ってくるマーゴドンの表情が側面からのアップで映される!
 画面の左奥にいるマーゴドンが、その前をシルバーガルが画面手前に向かって進んでくる!
 もう何も見えないほどに、ミニチュアセットは白銀の世界となっている!


 シルバーガルの操縦悍を上に引くサマが再びアップになる!
 そしてシルバーガルのアフターバーナーが大きく光るサマがアップで映し出されることで、エンジンが最大出力でのジェットも噴射されていることを表現!


ナレーション「接近した怪獣を反動の壁にし(!)、シルバーガルはかろうじて脱出した!」


 画面左奥にマーゴドンを配したミニチュアセットの中から、シルバーガルが画面右上空へと急上昇を遂げていく!


 接近してきた怪獣自体を「反動」の壁とすることで、推進力を高めて脱出できたとするあたりもまた科学的なリアリティーを醸してくる。


 本編班による操縦席のカットと特撮班による特撮カットを歯切れ良く切り替えて、「本編」と「特撮」を一体化させていく一連は、緊迫感も最高に煽り立てており、本エピソードの特撮面での最大の見せ場だと云っても過言ではないだろう。


 ただし欲を云うならば、スカイハイヤーが設定では両翼と機首を折り畳んで「戦車」形態へと変型可能と設定されており、玩具もそのような変型機能を有しながらも、結局は劇中では未登場で終わっていたので、今回のようなシチュエーションでこそ「戦車」形態でのバトルを観たかった気もする――いかにも玩具的で非リアルではあっても、こういうところに子供たちも喜ぶものなので・笑――。


 無事に脱出に成功したシルバーガルに、イトウチーフが搭乗する戦闘機・エースフライヤーが左旋回しながら近づいてくる……


イトウ「キャップ、大丈夫ですか!?」
オオヤマ「大丈夫だ! いったん基地へ戻る。作戦の立て直しだ」
イトウ「了解!」


 画面の左に飛行するシルバーガル、右にイトウチーフが操縦するエースフライヤー、左手からイケダ隊員が搭乗するもう1機のエースフライヤー、右手からはスカイハイヤーも加わって、4機がそろって画面手前に向かって飛行してくる、実にカッコいい編隊飛行の特撮カットもここで披露されている。


 続けて、凍結したビル群や民家が立ち並んでいるミニチュアセットの左手前に、白い冷気ガスを吹き続けている怪獣マーゴドン!
 その上空の画面奥には飛行している4機編隊のUGM戦闘機!
 ここでも「奥行き」と「距離感」が強調された立体的な画面が「一幅の絵画」になっている感もある。


 暴れ続けるマーゴドン!


 その手前に配されている電柱から伸びている電線にまで、ツララがブラ下がっているあたりは(!)、たとえ特撮美術監督がクドクドと指示など出さなくても、特撮美術スタッフたちが最後にしてみせた自発的な頑張りだろうと思われる――おそらく彼らは美大美術大学)などから集めてきた凝り性な学生バイトたちなのでは?――。


ナレーション「冷凍怪獣はマーゴドンと名づけられ、UGMの総力をあげて、データが分析調査された。そして、その結果が出た」


 よくヌルい特撮マニアや怪獣映画世代の一般大衆が、怪獣に最初から名前がついているのはオカシい! そのへんの命名過程をていねいに描写した怪獣映画である平成『ガメラ』シリーズ(95~99年)はスゴい! なぞとのたまってきた。本エピソードにかぎった話ではないのだが、ウルトラシリーズでも時々、ゲスト怪獣に対する命名過程がていねいに描写されていたことは、賢明なる読者諸氏はご承知のことだろう。


 そしてここでまた、オオヤマキャップ・イトウチーフ・ユリ子隊員の姿が見えているUGM作戦室が、階段の踊り場から俯瞰で映し出されている。画面左手前から階段を降りてきた星涼子隊員の姿も捉えられるが、いったん見えなくなって、しばらくしてから作戦室内にその姿を現わすといった、アングルの外にもある空間の広がりも感じさせる、実に凝った構図による演出もなされている。


 「特撮」や「戦闘」といった見せ場でなくても、ちょっとしたアングルで、幼児やあるいは大人でも画面への求心力、ひいては作品への集中力を高めていくものなのだ。
 特撮ジャンルにかぎらず、映画やテレビドラマやアニメなどの映像作品全般の「本質」というものは、まさにこのさまざまな手練手管で――「映像」「会話劇」「ストーリー」「演出」「芝居」のもろもろで――、視聴者をまずは「画面」へと「吸引」していくことの絶え間のない連発、そして「画面」の中で生じている「時間」の「流れ」を局所的に切り取って引き延ばしたり、時に省略技法でちょっと先の時間へと飛ばすことでの「コンティニュイティー」、つまりは事物・被写体の「動き」や「流れ」や「継続」の一連のことでもあるのだ!


涼子「キャップ、最終データです」
オオヤマ「みんな」


 計器に目を向けていたフジモリ・イケダ・セラが振り返って、オオヤマキャップに歩み寄ろうとする。
 この3人の姿もまた、階段のフェンス越しに、踊り場からの主観で低位置にカメラを据えて撮られている。


オオヤマ「ああ、そのまま聞け。今度の怪獣は、地球のように炎のある暖かい星のエネルギーを片っ端から吸い取って冷凍にしてしまう、宇宙から来たスゴいヤツだ。一刻も早く怪獣を始末しなければ、日本はもちろん地球全体が確実に破滅して、暗黒の星になってしまう!」


 この場面でのオオヤマキャップは、ユリ子隊員の背面越しの画面奥にいるかたちで撮られており――そのまた右奥にはイケダとセラの姿がある――、その手前のデスク中央にはUGMの宇宙戦艦・スペースマミーの模型が置かれて、その左に置かれた地球儀を先のセリフとともに回してみせる様子がアップで撮られることで、「アングル」と「小芝居」の両者も両立させている。ただし、この地球儀自体は子供向けの市販の安っぽいものに見えてしまうのがタマにキズなのだが(笑)。


オオヤマ「これは私も予想だにしなかった、太陽系全体の破滅に結びつくかもしれん。万一そうなれば、それは皆、我々UGMの責任だ。我々はこれまで色々な怪獣と戦ってきた。しかし今度のヤツこそ最大で最後のものだと思う。ヤツに勝てば、もうUGMは無敵だ!」


 単なる「地球」規模での危機ではなく「太陽系」規模での危機! そのような言葉を使うことで、舞台それ自体は単なる九州の一地方都市ではあっても、最終回ひいては第3期ウルトラシリーズのいったんの終焉(しゅうえん)にもふさわしいスケールの大きさを、少しでも視聴者に感じさせようとしているのだ。


 太陽系規模での大カタストロフを描いた作品といえば、アーサー・C・クラークによる古典SF小説『太陽系最後の日』(1946年)などが想起される。
 日本のSF小説であれば、「東京」には改称されずに「江戸」という地名のままで維新を迎えて西暦1999年へと至った並行宇宙の地球に、「太陽系消滅」の流言飛語が飛んだ末に、全宇宙の破壊と消滅をもくろむ幻魔(げんま)一族が襲撃してきて地球も滅亡! 幻魔に対抗できる超能力者たちを播種によって増やすために江戸時代にタイムリープすることで、分岐並行宇宙を創造する『新幻魔大戦』(1971年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160521/p1)なども想起する。
――ここで誕生した並行宇宙が、先行する「週刊少年マガジン」連載の1967~68年を舞台とした漫画版『幻魔大戦』(1967年・79年に小説化)や、また別の歴史のやり直しによる分岐並行宇宙での1979年を舞台とする『真幻魔大戦』(79年)の世界の母胎となっている――


 ウルトラシリーズでも宇宙の星々をも食してしまうという超巨大怪獣である暗黒怪獣バキューモンといった存在が、本エピソードも担当した石堂淑朗(いしどう・としろう)先生の筆によって描かれたこともある。しかし、戦前生まれの世代一般に共通することなのだが、石堂先生にはやはりあまりSFセンスがなかったのだというべきか、あるいはそれを映像化してみせる同じく戦前生まれの特撮スタッフ側でのテクニックや映像イメージがやや貧困であったというべきか、設定相応にスケールが大きいストーリーやスペクタクルな特撮映像が達成できずに、いつもの必殺技・ウルトラブレスレットで打倒してしまうあたりで、肩すかしの感が否めなかったものではある……


 この暗黒怪獣バキューモンの現代的なアップ・トゥ・デート版が、同じように星々を喰らってしまうほどの超巨大天体がラスボスの正体であった、後年の平成ウルトラシリーズウルトラマンダイナ』(97年)の第49話、そのサブタイトルもそのものズバリである『最終章Ⅱ 太陽系消滅』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19971211/p1)に登場した、地球の直径の2倍のサイズ(!)を有する暗黒惑星グランスフィアだろう。
 その暗黒惑星グランスフィアも結局は、渾身の力を振り絞ったとはいえウルトラマンダイナのいつもの両腕を十字に組んで放つ必殺技・ソルジェント光線で倒してしまえるのには、昭和ウルトラ同様のパワーバランス的な疑問が個人的には生じたものだけど(笑)。



イケダ「いやぁ、最悪の場合はウルトラマンエイティに……」
セラ「そうそう、ウルトラマンエイティ様におすがりして……」


 怪獣退治の専門家としては職務放棄にも近しい不謹慎な発言だが、最終回でもその元からのキャラクターにふさわしく「笑い」をとろうとしてみせるふたり。手を合わせて頭を下げて拝んでいるポーズも含めて、息もピッタリの演技である(笑)。


オオヤマ「バカもん!!」


 モノスゴい剣幕に、おもわず抱き合ってしまうイケダとセラ(笑)。


オオヤマ「もうウルトラマンエイティは現われない!」


 鋭い目つきで矢的に視線をやるオオヤマキャップ!


 ギョッとしてオオヤマキャップと目を合わせる矢的!


オオヤマ「エイティの助けはいらない! 断固としてエイティの力を借りないで、怪獣をやっつける!」


 オオヤマキャップのただならぬ様子に、互いに見つめ合って再びオオヤマに目をやる、その正体はエイティでもある矢的隊員と同じくウルトラ一族の王女・ユリアンでもある涼子隊員。


フジモリ「キャップ、攻撃したエネルギーを吸収してすべて冷たくしてしまうんだから、手がつけられませんねぇ」
ユリ子「キャップ、冷たいものは原則として硬く、モロくなっています。その性質を利用した怪獣作戦はありませんか?」
イトウ「ウ~ン、硬くてモロいか。ウン、硬くてモロいのは、セラの頭ぐらいかな?」
セラ「硬いけどモロくはありません! ワァ~~~っ!!」


 石堂脚本回でのイトウチーフ像は、武張っていて頭脳派ではないゆえにムズカしい科学的な話などはできずに、その手の話になるとトンチンカンな発言をしたり、理解ができずに眠ってしまったりするボケキャラ(笑)、つまりは場面の緊張緩和の役回りを与えられることが多かった。
 しかしこのシーンでは、「天然としてのボケ」ではなく、オオヤマキャップの剣幕によって生じた張り詰めすぎてしまった「場の空気」を、彼が逆にメンバー全員への「気遣い」「心配り」として緩和してみせようとして、あえて「演技としてのボケ」や「三枚目」を演じてみせている……といったあたりで、おそらくはその意味するところは異なるのだ。


 この一連でも、階段の踊り場からの主観で、UGM隊員一同を捉えるアングルになっている。そのねらいは先にも指摘した通りだろう。


 そんな作戦会議をしている最中にも、南原市では猛威をふるっている強敵怪獣マーゴドン!
 立ち並んでいる街灯を手前に配して、画面の中央奥にあるビルに、マーゴドンは意外にもジャンプすることで、その巨体でのしかかってくる!
 その体重でたまらず崩れていくビルの手前にも歩道橋を配することで、常に対比物も配置して画面構成を片時も単調にはさせていない。


イトウ「キャップ、こないだパトロールのとき、古いビルを壊していましたね」


 首に巻いて下げる細い金属製の鎖(クサリ)がついたペンダントを示して、オオヤマキャップに語りかけてくるイトウチーフ。
 ピントをボカしたイトウチーフのご尊顔の手前で、振り子のように揺れているペンダントがアップでピントも合っていく。


オオヤマ「そうか、ビルを壊すアイツか!」


ナレーション「ビル取り壊し用の鉄の球(たま)を使って、ジャイアントボール作戦が開始された。鉄の球で怪獣を打ち砕く作戦だ」


 イトウチーフとイケダ隊員が搭乗するシルバーガルと、フジモリ隊員が搭乗するスカイハイヤーの2機が、左右からワイヤーで鉄の球を吊り下げて、南原市へと再出撃する!
 画面下の手前にある鉄塔や工場の煙突などを「鉄球」がカスめるように2機が飛行していくという画面構図もカッコいい。


 UGM作戦室でそれを固唾(かたず)を飲んで見守っているオオヤマキャップ・矢的・涼子・ユリ子・セラ。


オオヤマ「よし、次の揺れで行くぞ!」
イトウ「了解!!」
オオヤマ「よ~し、Go(ゴー)!!」


 ここでまた、操縦悍を上に引く描写がアップで撮られる!
 マーゴドン、シルバーガルとスカイハイヤーに冷凍ガスを浴びせかけてくる!


 しかし、ここでシルバーガルのワイヤーから、鉄球を吊り下げていた鎖がハズれてしまった!!


イトウ「しまった!!」


 冷凍ガスの猛威でたまらず地上へと落下していくシルバーガル!
 その手前に配されている鉄塔越しに落下していくことで、常に画面に変化を付けてやはり単調にはさせないようにしている工夫も見て取れる。


イトウ「脱出!!」
イケダ「了解!!」


 シルバーガルのキャノピーが開いて、細部までリアルに塗装されたイトウチーフとイケダ隊員の人形が脱出!
 パラシュートも開くが、なんとホリゾントに描かれた雲をバックにしてではなく、白煙で表現された雲の中を人形が降下していくという、歴代ウルトラシリーズであまた描写されてきた脱出描写ともまた異なる特撮カットも、最後の最後である最終回だからこそか見せてくれるのだ。


イトウ「キャップ、ワイヤーがハズれて失敗しました! 別のシルバーガルでもう一度トライしましょう!」
オオヤマ「よし、オレも行く!」


 しかし、UGMが苦戦している光景をモニターで目撃していた矢的と涼子が、勢いよく作戦室を飛び出していく!
 無言でふたりに視線を送るオオヤマキャップ……


 通路を駆けていく矢的と涼子。
 先の通路のシーンでは、画面手前に向かって走ってくるかたちでUGM隊員たちが描写されていたが、ここでは逆に画面奥へと駆けていく矢的と涼子の後ろ姿として表現されている。同じ出撃でも「先んじて進んでいく勇ましい出撃」と「あとから追いかけていって後方支援」するといった相違を演出面でも象徴させてみせたといったところか?


 UGMの赤レンガの外壁である建造物から出てきて、階段を駆け降りていく矢的と涼子!
 矢的が手にした変身アイテム・ブライトスティックがアップで映し出される!


矢的「エイティ!!」
オオヤマ「矢的!!」


 オオヤマキャップの突然の呼びかけによって、ウルトラマンエイティへの変身を阻止されてしまう矢的隊員!


 同じ階段を駆け降りてきたオオヤマキャップの姿に、ブライトスティックを手にしたまま背中に隠すしかない矢的であったが……


オオヤマ「これまでウルトラマンエイティにはずいぶん助けられた」


 それまでのウルトラマンエイティと怪獣たちとの決戦場面が回想として流れ出す……


・第1話『ウルトラマン先生』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100502/p1)より、青空を華麗に宙返りして、その勢いで月の輪怪獣クレッセントの胸めがけて両足で蹴りこんで、頭部にはチョップを見舞って、その両腕をL字型に組んで放つサクシウム光線でトドメを刺してみせるウルトラマンエイティ!


・第14話『テレポーテーション! パリから来た男』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100801/p1)より、両手から放つ光のカッター・ウルトラダブルアローでテレポート怪獣ザルドンの両肩や頭部のトゲを切断して、サクシウム光線を喰らわすウルトラマンエイティ!


・第18話『魔の怪獣島へ飛べ!!(後編)』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100829/p1)より、吸血怪獣ギマイラの首にムーンサルトキックを浴びせて、木っ端微塵(こっぱみじん)に粉砕するウルトラマンエイティ!


・第22話『惑星が並ぶ日 なにかが起こる』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100926/p1)より、古代怪獣ゴモラⅡのシッポをつかんでブン投げて、サクシウム光線で葬り去るウルトラマンエイティ!


・第37話『怖(おそ)れていたバルタン星人の動物園作戦』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110108/p1)より、宇宙忍者バルタン星人5代目の両足をつかんで宙に放り投げて、巨大戦闘母艦に激突させるウルトラマンエイティ!


・第46話『恐れていたレッドキングの復活宣言』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210223/p1)より、どくろ怪獣レッドキング3代目に背負い投げを喰らわして、サクシウム光線で爆発四散させるウルトラマンエイティ!


 クレッセント・ザルドン・ギマイラ。いずれも『80』では印象深い怪獣たちである。ゴモラⅡ・バルタン星人5代目・レッドキング3代目などは、歴代ウルトラシリーズでも人気が高かった復活怪獣たちの復活だが、『80』だけではなくウルトラシリーズのいったんの終焉をも象徴させることまで意図させるのであれば、復活怪獣たちのセレクトにも頷けるのだ。


 これらの一連の回想場面のバックに流れるのは、『交響詩 ザ★ウルトラマン』第四楽章『栄光への戦い』の最終ブロック『勝利の戦い』であり、『ウルトラマン80』でもそのシリーズ後半ではエイティ反撃~勝利の特撮シーンを彩った荘厳かつ勇ましさもある名楽曲でもある。


 この楽曲はもともとは、前作『ザ★ウルトラマン』(79年)の第19話~第21話『これがウルトラの星だ!!』3部作(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090914/p1)で、昭和ウルトラシリーズとはその世界観を異にする同作オリジナルのウルトラマンの故郷であるウルトラの星・U40(ユー・フォーティ)と、そこを舞台とする壮大なる敵味方の宇宙戦艦数千艘同士による宇宙大戦争を描くにあたって、荘厳なるBGMが必要と判断されたことで、追加録音用に作曲されたものであった。
 1960年前後生まれのいわゆるオタク第1世代が青年期に達した70年代後半。『ゴジラ』シリーズや『ウルトラ』シリーズや大人気テレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』(74年・77年に総集編映画化・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20101207/p1)、そしてあまたの旧作テレビアニメなどの再評価を目的とした本邦初の青年マニア向け書籍が雨後の竹の子のように発刊ラッシュを迎えて、それと並行して旧作や現行作品の特撮やテレビアニメの劇中BGMも「LPレコード」(A・B両面で約1時間分を収録)の形態で発売されるようになり、いずれも高い発行部数や売上枚数を博するようになっていた。特に『宇宙戦艦ヤマト』や『ウルトラ』シリーズなどは、フルオーケストラを用いた新録音の「交響詩」まで新録されるようになってヒットも相応にしていたのだ。
 この流れで大編成となる楽曲の制作費も回収できるとレコード会社側も踏んだのだろう。『ザ★ウルトラマン』でも、歴代ウルトラシリーズのBGMを手懸けてきた冬木透(ふゆき・とおる)先生によって『交響詩 ザ★ウルトラマン』が作曲されて、同作放映中の79年8月25日には早くも日本コロムビアから発売された2枚組のLPレコード『テレビ・オリジナルBGMコレクション 冬木透作品集』の2枚目のB面に収録されたのだった。


 ちなみに、このLPレコードの1枚目のA面には『ウルトラセブン』が、B面には『帰ってきたウルトラマン』が、2枚目のA面には『ウルトラマンA』のBGMが、冬木先生ご自身による構成(!)で「組曲」風に大胆に編集されて収録されていた。ライナーノーツの作品解説も、この2011年6月27日に逝去された特撮評論家・竹内博(たけうち・ひろし)が酒井敏夫(さかい・としお)のペンネームで手懸けたものだった。


 『交響詩 ザ★ウルトラマン』は、2006年9月20日にコロムビアミュージックエンタテインメントから発売された『ウルトラサウンド殿堂シリーズ(8) ザ★ウルトラマン』(ASIN:B000H30GT0)にもまるごと収録されているので、若いマニア諸氏には機会があればぜひとも聴いていただきいものである。ウルトラの星・U40出身の主人公ウルトラマンであるジョーニアス、そしてエレク・ロト・5大戦士ら8大ウルトラ戦士たちのモチーフが弦楽器によって力強いリズムで演奏されて、正義の勝利を高らかに歌いあげる『勝利の戦い』は、まさにこの一連を飾るにこそふさわしい。



オオヤマ「これまでのお礼を云うよ…… ウルトラマンエイティ」


 矢的の表情のアップが白黒反転のネガ写真状の映像で映し出されて、オオヤマの表情のアップとカットバックする! まさに矢的の衝撃の大きさを演技面だけではなく映像面でも補強したカットでもある。


 だが、その直後に意外なことに、矢的はにっこりと微笑(ほほえ)んだ。


矢的「やはり知ってたんですね。僕がウルトラマンエイティであることを……」
オオヤマ「ン。私とイトウチーフは知ってしまった…… と云ってもついこの間だがね。矢的、いや、ウルトラマンエイティ。君には感謝している」


 感慨深い表情でうなずく矢的。一触即発のコジレやシコリなどのプライドをめぐった対立劇などには発展せずに、互いに揺るぎのない真相へと到達した者が達する平静心の境地が、両者に安堵の念をもたらしたのかもしれない…… 「ずいぶん前」からではなく「ついこの間」に知った、といったところがまたリアリティーも醸すのだ。


オオヤマ「しかし、いつまでも宇宙人である君に力を貸してもらうことに悔(くや)しさもあった。地球はやっぱり地球人の手で守らねばならん」
矢的「でも広い意味では、地球人も宇宙人です!」


 「地球はやっぱり地球人の手で守らねばならん」。これは1960年代後半に放映された初代『ウルトラマン』の最終回と『ウルトラセブン』の最終回でも語られたセリフでもある。
 70年代前半に放映された第2期ウルトラシリーズの最終回でも、「地球人」をレギュラーキャラの「少年」に代入するかたちで変奏されて、ウルトラマンや主人公の青年には頼らずに少年が自立することを促すドラマが展開もされてきた。
 前作『ザ★ウルトラマン』の最終章4部作(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200508/p1)では、敵の軍団に占領されたウルトラの星を、ウルトラマンに頼らずに地球人自身が救ってみせるというマクロな大スジと並行して、ミクロではウルトラマンと合体している地球人青年・ヒカリ隊員の苦悩を、そんなストイックな彼にも微量に残っているウルトラマンへの依存心、そしてそれを断ち切って人間としての自力だけで戦ってみせる隊員たちの姿をまさに主眼に据えたストーリーが展開されていた。


 そして、本作『80』最終回もまた、ウルトラマンに頼ってしまうことがもたらす矛盾を晴らすために、この根源的な地点へと到達したのであった!



 「広い意味では、地球人も宇宙人です!」というセリフもまた、長年のウルトラシリーズのマニアとしては実に感慨深いものがある。


 宇宙人にも善悪双方の膨大な種族が存在するであろう可能性をまるで無視した、地球人以外の宇宙人はそのすべてが「一枚岩」(笑)であるかのように表現してきたウルトラシリーズや昭和のラフなつくりのアニメ・特撮を観てきた身としては、ここで「SF的・科学的にも正しい」宇宙人観が提示されたことには、今さらながらの「再発見」としての意外の念もおぼえるのだ。


 第1期ウルトラシリーズのメインライターであった金城哲夫(きんじょう・てつお)先生が手懸けた初代『ウルトラマン』第33話『禁じられた言葉』で、悪質宇宙人メフィラス星人初代ウルトラマンと一心同体で合体している防衛組織・科学特捜隊のハヤタ隊員に向かって、


「おまえは人間なのか!? 宇宙人なのか!?」


 という疑問符を投げかけていた。


 このセリフには、その是非はともかくとしても、ウルトラマンも宇宙人であるのならば地球人の味方をするのはオカシい! ウルトラマンは同じく宇宙人である我々メフィラス星人の味方をするべきだ! といった意味として捉えるのがふつうであろう。
 いや、メフィラス星人ウルトラマンは地球人から見たらば同じ「宇宙人」ではあるけど、メフィラス星人の立場から見ればメフィラス星人以外の地球人も含む全宇宙人のことが「宇宙人」だろうし、ウルトラ一族の立場から見ればウルトラ一族以外の地球人も含む全宇宙人のことを一括して「宇宙人」として呼称をするハズである。それはアメリカ人から見れば日本人もイギリス人も「外国人」であるのと同じリクツである(笑)。


 だから、メフィラス星人ウルトラマンが共闘して地球侵略に加担するような義理やリクツなど微塵もないではないか!? ……などと浴びるように「宇宙人」などの超常存在が登場する特撮ヒーローやテレビアニメを観てきて、「日本人至上主義」ならぬ「地球人至上主義」なども自然に相対化ができるようにリテラシー(読解能力)を向上させてきたオタク第1世代以降の子供たち、つまりは第1期ウルトラ世代のみならず第2期ウルトラや第3期ウルトラ世代も含む子供たちではあっても、こういったセリフには子供心にも小さな違和感をいだいたものである。
 第1期ウルトラシリーズの脚本陣の中では比較的に「SFセンス」があった金城哲夫先生にしてから、このように「SFセンス」的にはツッコミどころがあるセリフを吐かせてしまっていたのであり、まだまだそういった世代のスタッフたちがウルトラシリーズを手懸けていた時代ではあったのだ(汗)。


 ちなみに、本エピソードを執筆した石堂先生ご自身も、『帰ってきたウルトラマン』第36話『夜を蹴ちらせ』に登場させた吸血宇宙星人ドラキュラスに、


「裏切り者ウルトラマン。どうして人間の味方をする!? 我々宇宙人の味方をなぜしない!?」


 などと非難をさせている。本エピソードの10年前の石堂先生もまた、この1971年の時点では「地球人以外の宇宙人はみないっしょ!」といった感覚だったのである(笑)。


 しかし、おそらく石堂先生の小学生のご子息などから「地球人以外の宇宙人はみないっしょ!」などといった「宇宙人」観はオカシイ! といったツッコミでも入っていたのではなかろうか?(汗)
 裏返して「宇宙人はみないっしょ」であるならば、さらにそれを裏返してみせれば「広い意味では、地球人も宇宙人」といった「初歩SF」的な境地に、石堂先生や満田監督といったオジサン世代も、1981年の時点でようやく到達することができたのだ……といったところだろう。


 同作『帰ってきたウルトラマン』第51話(最終回)『ウルトラ5つの誓い』でも、触覚宇宙人バット星人がウルトラ兄弟たちのことを「宇宙の裏切り者」呼ばわりをしている。おそらく同じような宇宙人観から発したセリフだったのだ。70~80年代の日本のアニメ・特撮を牽引してきた脚本家・上原正三先生もまた例外ではなかったのである(笑)。


 その伝では70~80年代当時の子供たちの「SF観」の方がオジサン世代よりも勝っていたのが、あの時代でもあったのだ。


 もちろん脚本というものは、脚本家諸氏の一存だけで通るものではない。テレビ局や製作プロダクション側のプロデューサーの注文や意向でOKが出るものなのだ。よって…… プロデューサー諸氏も同罪だったのである(笑)。


――余談だが、上記で例示した『夜を蹴ちらせ』では、死んだ娘の死体に防腐処理を施して保存しているネクロフィリアな父親も登場。ウルトラ一族のようにその娘に宇宙人が合体していることを防衛組織・MAT(マット)の面々が非人道的だと非難することで、石堂先生が意識していたかはともかくとしてウルトラマンたちのことまで相対化がされている。そして、美女でもあるその娘に手を出そうと、自分の部屋へとお持ち帰りした青年も毒牙にかかって死んでしまう…… という実に子供番組らしからぬキワドい描写も存在しているのだ(爆)。
 帰ってきたウルトラマンことウルトラマンジャックウルトラマンレオがバラバラ殺人事件のように解体されてしまうエピソードなども石堂脚本回だったが、ミステリ小説の大家・江戸川乱歩のような猟奇的な描写もまた、後期の石堂脚本では失われてしまったものなのだが、前期の石堂脚本では見逃せにできない隠微な魅力でもあったのだ・笑――



矢的「でも広い意味では、地球人も宇宙人です!」


 本エピソードではそれまでずっと影が薄かったユリアンこと星涼子隊員が、ここでニッコリとうなずくのが実に効果的である。


 そう、宇宙に生きている「知性体」という意味では、地球に住んでいる「地球人」も、地球以外の惑星に住んでいる「宇宙人」も同じ「宇宙の人間」には相違ないのである。


 ここで流れてくるのが、『ウルトラマン80 ミュージックコレクション』(日本コロムビア・96年8月31日発売・ASIN:B00005ENF5)では『無償の愛』というタイトルで収録されていた、『宇宙戦艦ヤマト』の劇中音楽でも有名な川島和子による「安息」と「哀愁」の念をもよおさせるスキャットを奏(かな)でるM-17-2である。
 それがまた、このオオヤマキャップとの広い意味での「和解」と、ひいては正体がバレてしまったことでのオオヤマや地球との「別離」を予感もさせてくるのだ……


矢的「宇宙人同士、力を合わせて敵に向かうのは、当たり前じゃありませんか?」


オオヤマ「いや、君の方に事情があることも知ってしまった。ウルトラの星に戻らなければならんだろ。それに今度の戦いで君は傷ついてしまった」


 前話である第49話『80最大のピンチ! 変身! 女ウルトラマン』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210307/p1)における、合体怪獣プラズマ&マイナズマの2大怪獣に徹底的に痛めつけられるエイティの姿がここで回想として流される。先述の「勝利の戦い」の一連とは違って、こちらの方はモノクロ画像で処理されることで、先の勇壮さとは真逆であるダメージ感が強調されている。


オオヤマ「もう、エイティに変身しないでくれ…… オレは行くぞ!」


 ウルトラマンエイティによる助太刀を断って、南原市へと急行していくオオヤマキャップ。レンガ造りの建造物を背景にして、オオヤマキャップは矢的と涼子の許を離れて、画面の左方向へと走り去っていく……


 本エピソードを何度も観返していると、先の建造物の方へと戻っていくのが正解なのでは? などとヤボなことも思ってしまう(汗)。おそらくUGM戦闘機の発進ゲートへ向かうには画面の左方向へと走り去るのが近道なのだと好意的に脳内補完をしておきたい(笑)。


 手にした変身アイテムを見つめて立ちつくしている矢的隊員と、彼を見つめている涼子隊員。この両者をロング(引き)の映像で捉えて、画面手前にはチューリップをはじめとする「春」を象徴させる花々が植えられている花壇を配している。
 「氷の世界」に閉ざされた「南原市」。そして、「春」がもうすぐそこにまで来ている「UGM基地」。映像的にも対比させるあたりがまた、両者のエッジも立ってきてメリハリも付くというものなのである……


 もう1機のシルバーガルで、南原市に急行してきたオオヤマキャップ!


オオヤマ「ワイヤー・フック!」


 操縦悍の下側(!)からの煽りで見上げられた、またも臨場感あふれるカメラアングルで撮られたオオヤマキャップの映像!
 続いて、シルバーガルから吊り下げられていたワイヤーの先端が「鉄球」の鎖を引っかける様子をアップで捉えられる!
 さらに、ワイヤーの根元がシルバーガルの機体底部に格納されていくサマも煽りで撮られることで、いわば重たい「鉄球」を吊り下げながらの戦闘機2機での飛行バランスも考慮せざるをえない操縦における「綱引き」感覚も出せている。


オオヤマ「Go!!」


 画面左奥にはマーゴドン、左手前には立ち並んでいる民家、右手前にはビル群を配して、それらをカスめるように「鉄球」を前後に揺らしながら、マーゴドンへと向かっていくシルバーガルとスカイハイヤー


 だが……


ナレーション「肝心なとき、スカイハイヤーにトラブルが起こった!」


フジモリ「燃料がピンチです!」
オオヤマ「あと1分、もたないか!?」


 スカイハイヤーが地上へ降下していき、それに釣られてシルバーガルの機体も片側へと大きく傾いてしまう!


 特撮部分だけではなく、本編部分でもカメラを左へと大きく急激に傾けるかたちでコクピットにいるオオヤマキャップを撮影するという、「特撮」だともいえない超・原始的な手法でこのピンチは表現されているのだが、それとわかっても感情移入をさせて試聴を続けさせるだけの吸引力&緊迫感がたしかにある「演出」が達成されている。


 しかし、やがて機体が元の体勢へと戻った!


 オオヤマキャップの目に、見慣れない戦闘機の姿が映っている……


オオヤマ「なんだ、その赤いジェット機は!?」


 ここで流れてくる楽曲のイントロが、第1話~第39話までのエンディングに使用されてきた、軽快かつカッコいい副主題歌でもあった、そして『80』のシリーズ前半の「UGM」それ自体を象徴していたともいえる名歌曲『レッツ・ゴー・UGM』のインストゥルメンタル! ここで形勢が逆転したことを音楽演出面でも象徴させているのだ!


タジマ「オオヤマキャップ、おひさしぶりです! タジマです!」
ハラダハラダです! オーストラリアゾーンから駆けつけました!」
タジマ「燃料を空中給油します。安心してください」
ハラダ「キャップ、いいところでやってきたでしょ」


 第26話『タイムトンネルの影武者たち』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20101023/p1)をもって、何の説明もなし(汗)に降板していたハラダ・タジマ両隊員が最後の最後で頼りになるオイシい役回りで再登場を果たしたのだ! ついでに、彼らはUGMのオーストラリアゾーンに転任していたことがここで明らかにもされる!
――こういう補足設定的なセリフの挿入も、幼児はともかく児童たちにとっては、虚構作品なりにその作品世界にワールドワイドなウラ打ちを与えてくれるという意味でも実に重要なのだ。ちなみに、第6話『星から来た少年』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100606/p1)でも「オーストラリアUGM」の存在がすでに言及されているので、取って付けたような新設定や超展開ではない、既存の基本設定をも活かすかたちでの描写であることもサイコーである!・笑――


オオヤマ「ありがとう! ありがとう!!」


 心の底からの感謝の念が込められたオオヤマ演じる中山仁(なかやま・じん)のセリフ回しがまた真に迫っている!
 やはり操縦悍の下側からの煽りで撮られたオオヤマキャップは、右手を操縦悍から離して親指を立てて、ハラダ・タジマに感謝のサインを送る!(感涙)


 ちなみに、この赤い戦闘機はアメリカのダグラス社が開発して、1957年にアメリカ海軍に正式採用されたA-4Eスカイホーク攻撃機であるそうだ。



ナレーション「再びジャイアントボール作戦が開始された!」


オオヤマ「攻撃開始!!」


 画面手前には広がる市街地、左奥にはマーゴドンを配して、画面左手からはハラダ・タジマが搭乗するオーストラリアゾーンの赤い戦闘機が画面中央に向かって飛行して、マーゴドンに向かって左旋回することで注意も引きつける!
 右手上空にはジャイアントボールを吊り下げたシルバーガルとスカイハイヤーが控えている!



 続けて、画面左手前にマーゴドンを背面から捉えて、ビル群を背景に画面手前に向かって飛行してくる3機編隊も配置する!


 『80』では初である四つ足歩行タイプの怪獣であった怪獣マーゴドンだが、最後にプチ・サプライズ演出もなされる! その巨体を二足歩行型の怪獣のように立ち上がらせるのだ!
 側面から撮影されたマーゴドンの姿を見ると、その着ぐるみも最終回に登場する怪獣にふさわしく、かなり大きな造形であることもわかって、必然的に巨大感の表現も半端ない!


ハラダ「怪獣に、冷凍液をお見舞いします!」


 ハラダ・タジマの搭乗機が側面からアップで撮られることで、その機首には黄色いラインが塗装されていることも確認できる。
 続いて、機体底部のハッチが開いて、ジャイアントボール同様の「黒い球体」がマーゴドンに向かって投下されていくサマも煽りで撮影される!


 マーゴドンの頭上で「ベチャッ!」と破裂する冷凍液!


 たちまちのうちに全身が氷のオブジェと化すマーゴドン! やはり線画合成で黒いヒビ割れが入っていくことで、急速冷凍による物質や分子の収縮で、硬くてモロくなったサマが表現されていく!


 氷のオブジェと化したマーゴドンの背面からの姿を画面左手前に配して、カメラ側に向かって飛行してくる黒い鉄球を吊り下げているシルバーガル&スカイハイヤー


 続けて、この前後に揺らしていた鉄球による直撃も!!


 見事に盛大に砕け散っていくマーゴドンの断末魔が横から捉えられる!!


 おそらくは上下2パーツからなるマーゴドンの巨大なカポック自体に凍結したような装飾を施して、それをジャイアントボールが当たるタイミングで分割することで、粉砕を表現しているのであろうが、実に説得力にあふれる表現である! まさにガラスが粉々に砕け散るかのような効果音の使用も見事だ!


オオヤマ「やった!!」


 やはり煽りで撮られたオオヤマキャップ、今度は左手をこぶしにしてガッツポーズ!


矢的「やった! さぁ、みんなを迎えに行こう!!(喜)」
涼子「はい!!(悦)」


 地球人たちの勝利に、歓喜の表情で作戦室を飛び出していく矢的と涼子!


 ついにウルトラマン抜きでも、UGMは単独で強敵怪獣を倒してみせたのだ!!



ナレーション「南原市は春の陽(ひ)を浴びる、平和な町に戻った」


 白銀の世界と化していた南原市全景のミニチュアセットが元の姿へと戻っていく……
 木々の間から照りつけてくる太陽。水槽で泳ぎだした金魚。桜並木。菜の花畑。ペンギン・アシカ・キリン・象などの実写映像も続いていく……


 リアルに考え出したら、一部の植物などはちょっとした霜でも枯れてしまうものなのだし、特に動物などは凍死しているハズなのだが(爆)、子供向け番組なのだから、すべてが生き返ったという描写が穏当なところだろう(笑)。


 UGM基地の通路を凱旋(がいせん)してくる隊員たち。イケダが「もうエイティなんていらないっすね~」などと口走っている(笑)。


 自動ドアが開いて、UGM作戦室で一同を出迎えたのは……


一同「アッ!」
オオヤマ「城野(じょうの)…… 城野エミ」
アンドロイド・エミ「ハイ。私ハ、UGMノ科学班ガ作ッタ、城野えみノあんどろいどデス」
イトウ「アンドロイド」


 第43話『ウルトラの星から飛んで来た女戦士』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110219/p1)で侵略星人ガルタン大王から矢的をかばって殉職した城野エミ隊員を演じた石田えりも、久々に再出演を果たしてくれたのだ!


 死人のことを忘れられずに本人そっくりのロボットを作ってしまうことには倫理的には賛否がありそうだ。巨大ロボットアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(95年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110827/p1)では主人公の父親かつ司令官が自身の亡き妻のDNAから薄幸そうなクローンの少女・綾波レイをつくって、『ウルトラマンタロウ』第41話『幻の母は怪獣使い!』でも交通事故で妻を失った科学者が妻そっくりのアンドロイドを製造していたのだが、当然のことながらいずれも劇中では倫理的には肯定されてはいなかったのに……(汗)


 むろん最終回だから、降板した出演者たちにも感謝とねぎらいの意を表して、そして視聴者へのファンサービスも兼ねての、堅苦しい倫理的な議論は度外視したところで、数シーンだけでも登場させてあげよう……といったねらいなのだろう。そうなると、すでに死してしまった城野エミ隊員については、復活させるワケにもいかない以上はアンドロイドとして登場させるくらいしか手がないのだ(笑)。


 ただ、オオヤマキャップ・矢的・イトウチーフを出迎えるアンドロイド・エミが背面から撮られていて、全身ラメが入った銀色のタイトなスーツのために、石田えりのヒップラインもクッキリと浮かび上がっており…… 辛抱たまらんです(爆)。


ユリ子「はい。皆さんがいつまでも亡くなった城野隊員を懐かしく思われているので、私とセラさんがこっそり科学班に作っていただいたんですよ」


 まぁ、石田えりは途中から『80』のようなジャリ番組には出たくなくなっていたようだから、この一連はシナリオ上にはなくて、出演交渉でOKが出たところで撮影現場で急遽、満田監督が付け加えたものなのかもしれないが……


アンドロイド・エミ「ホンモノ同様、可愛ガッテクダサイ」


 発声回路にやや難があるという設定であるために、その話し声は機械的に加工されたものが使用されている――ひょっとしたら石田えり本人によるアフレコではなかったりして・爆――。
 ただ最後に、首をチョコッと傾けてニッコリと微笑むなど、当時の流行語で云えば「ブリっ子」的な仕草も見せて可愛らしさには満ちあふれている。


――1980年前後にはまだギャル的な女性像は台頭しておらず、女性アイドル歌手の「可愛らしさ」を模倣することが若い女性たちの間で急速に流行した時期だった。そうなるとインフレが発生して、それもまた演技であることが急速にバレてしまって(笑)、当時のアイドル歌手・松田聖子(まつだ・せいこ)やそれらを模倣した女性たちを揶揄(やゆ)するのに、「それらはアザトい演技であってしかも鼻につく!」というような否定的なニュアンスで「可愛い子ブリっ子」、略して「ブリっ子」なる新造語も誕生。若者間でも広く使用される用語となって、30年後の現在でも細々と残っている・笑――


 しかしこの銀色のタイトなスーツは、ゴジラ映画『メカゴジラの逆襲』(75年・東宝)において、ブラックホール第3惑星人によってサイボーグ少女にされてしまった悲劇のヒロイン・真船桂(まふね・かつら)のコスチュームにも似ているように思えるのだが、それの流用だろうか? 5~6年も前のこのスーツは果たして1981年初頭の時点でも残存していたことなどあるのだろうか?
 たしかに石田えりの体型に合わせたスーツもこの最終回のためだけに万円単位の予算をかけて新造したとも考えがたいので、衣装班が探してきたレンタル衣装だろうか? もしもサイボーグ少女・桂のコスチュームの流用であったのならば、『ウルトラマンレオ』(74年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090405/p1)のシリーズ中期から後期にかけての防衛組織・MAC(マック)の松木晴子(まつき・はるこ)隊員も演じた藍とも子(あい・ともこ)のスレンダーな体型に合わせていただろうこのコスチュームは、石田にとってはその巨乳が窮屈だったことだろう(爆)。


 ところで、このコスチュームのベルトのバックルにあるイナズマを模したマークだけは、どこかで見たような記憶があるのだが、思い出せない(汗)。



オオヤマ「いよいよお別れだな。ウルトラマンエイティ」


 矢的の肩に手を置くオオヤマキャップ。


一同「エェ~~ッッッ!?」


ナレーション「一同の驚きが消えないまま、ふたりのお別れパーティがささやかに行なわれていた」


 ここで上空から見ると「UGM」のアルファベット文字に見える基地全景のバンクカットが久々に入るのも嬉しい。


オオヤマ「これまで我々はいつもエイティの助けを借りてきた。我々はいつも弱かった。それは知らず知らずのうちに、エイティに頼ろうとする気持ちが、みんなの心のどこかにあったからだろう」


 フジモリ隊員とイケダ隊員が「あちゃ~っ」という表情をする(笑)。


オオヤマ「残念ながら私もそうだった」


 「なぁ~んだ」というような、安堵の表情を見せるフジモリとイケダ。これもまた弱さも持っている人間の偽らざる姿だろう。
 もちろん全面的に開き直って「弱さ」や「依存心」を手放しで肯定するワケにはいかない。目指すべき目標の「理想」としての人間像とはまた別に、一方では不完全な身である「現実」の人間像を自覚することも大切ではあるのだ。そしてその次には、この両者を架橋するための適切な直線・ロードマップを引いてみせることも必要になってくるのである……


オオヤマ「しかし、私はあるとき決心した。自分たちの手で戦い抜かねばならないんだ。それはウルトラマンエイティが怪獣との戦いで傷つき、さらにウルトラの星に事情ができて、星涼子隊員こと、このユリアンウルトラマンエイティを呼びに来たことがわかってしまったからだ。今、我々は怪獣に勝った。エイティの力を借りないで、地球最後かも知れぬ大怪獣をやっつけることができた。これで我々は胸を張ってウルトラマンエイティにさよならを云える。ふたりは今日かぎり、ウルトラの星に帰っていく……」
イトウ「どうしてもそうしなければならないのか?」
矢的「ええ。我々ふたりはいったんウルトラの星へ帰り、しばらく休養すると、また別の星に派遣されます」
涼子「私はホンの短い間でしたけれど、この美しい星・地球のことは、絶対に忘れません」


 泣き崩れてしまう気象班のユリ子隊員……


 ここではさりげに「また別の星に派遣されます」とも云っている。地球以外の別の惑星に住んでいる善良なる宇宙人たちをウルトラ一族が守っているという描写は、この当時までの映像本編でのウルトラシリーズではまだ存在はしていない。
 しかし、それにも関わらず、このような地球以外の星々をも守護しているウルトラ一族という設定に基づくセリフが与えられているのは、70年代前半の小学館の各学年誌での毎号のウルトラシリーズ特集記事で、ウルトラ兄弟たちの故郷であるM78星雲・ウルトラの星にある宇宙警備隊には、


・M25星雲支部
・SP5星雲支部
・LP372星雲
アンドロメダ星雲支部
ペルセウス座星雲支部
・銀河系星雲支部


 などの支部が存在するという設定に端を発している。このウラ設定を受けて、70年代末期の児童漫画誌コロコロコミック』やその『特別増刊号ウルトラマンPART1』~『PART4』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210110/p1)に掲載されて大人気を博してきたウルトラシリーズのオリジナル展開の漫画群が、地球以外の別の惑星種族をも守護しているウルトラ一族の姿といった、壮大なるSFビジョンをすでに描いていたからでもある。
――このへんも宇宙人の実在を信じていなさそうな石堂脚本上のセリフではなく(笑)、学年誌の特集記事の監修も務めてきた円谷プロ側の満田監督が脚本上に加筆した、もしくは撮影現場で即興で付け加えさせたセリフではなかろうか?――



矢的「いろんなことがいっぱいありました。みんなのことはいつまでも、忘れません!」
オオヤマ「今日の別れは永遠の別れでなく、また会うときの仮の別れのつもりでいてほしい。本当は…… 本当は…… ウルトラマンエイティにいつまでもいてほしかった……」


 手にしたグラスの酒を一気に飲み干して万感(ばんかん)胸に迫るといった表情のオオヤマキャップ。感無量といった面持ちの矢的隊員……


矢的「さよならは終わりではなく、新しい思い出のはじまりって云います。じゃあ、みんな、元気で!」
一同「乾杯!」


 どこまでも明るく元気に、一同と固く握手を交わしていく矢的。泣き崩れたままだったユリ子隊員を起こしてみせる優しさも忘れない……



「矢的猛は学校の先生だし、(『セブン』の主人公)モロボシ・ダンみたいにあんまり謎の人物っぽくはしたくなかったんですよ。明朗快活なイメージで(当時の人気タレント)太川陽介(たがわ・ようすけ)くんなんかを考えていた時期もありました。長谷川初範(はせがわ・はつのり)くんは、森光子(もり・みつこ)さんから「彼はいいわよ」って推薦があったんですよ。彼は『80』の前にTBSのドラマで森光子さんの息子役をレギュラーでやってたらしいんだよね。彼も森さんのところへ相談に行ったら「ぜひやりなさい」と言われたそうですよ」

(『君はウルトラマン80を愛しているか』満田かずほインタビュー)



 ちなみに、このインタビュー中のTBSのドラマとは、当時の人気ホームドラマ『熱愛一家・LOVE(ラブ)』(79年)である。ちなみに、長谷川のお相手役は当時の人気アイドルでもあり、のちに特撮ジャンルでは『特捜戦隊デカレンジャー』(04年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20041112/p1)で地球署エンジニア・白鳥スワン(しらとり・すわん)を演じることとなった石野真子(いしの・まこ)であった!


 あの大女優・森光子のお墨つきをもらったほどの長谷川氏の起用は、満田氏がねらった「明朗快活」なイメージを主人公・矢的猛にもたらし、ひいては『80』という作品自体にも良くも悪くもアクのない澄み渡った柔らかいイメージをももたらしていった……



ナレーション「ふたりは地球での思い出を胸に焼きつけるため、地球最後の一日をおもいっきり楽しむことにした。ウルトラマンエイティの物語は今終わろうとしている。だが我々のために、新しいウルトラマンがきっとやって来るに違いない。ウルトラの星がいつまでも輝き続けるかぎり……」


 『80』最終回のラストでは、通常回で流されるエンディング主題歌は流されずに、挿入歌が使用された……



♪ 熱い心の 燃える炎(ひ)が
  瞳に映って 輝いた
  自分が走る 道を馳(は)け
  空に向かって 呼んでいる
  遠い星から~ 来~た~ あいつ~~


  今~は~ 青い~ この~星で~~
  愛する 小さな 友のため
  心~を~燃やす~~ ああ~ あいつ~~



 そこに流されたのは、名曲『心を燃やすあいつ -矢的猛の歌-』であった。


 朝日ソノラマ『宇宙船』Vol.6(81年4月30日発行)に掲載された『ウルトラマン80放映終了特集』によると、満田監督自身が「ラストに流すのはあの曲にしようと決めていた」と語っている。この楽曲は作詞の才能もある満田監督自身が作詞を務めており、冬木先生が作曲、ぬまたこうじがその歌唱力でエモーショナルに朗々と歌い上げた、まさに名曲だ。


 70年代末期になってからのマニア向けの商売であるBGM集の発売以前に、70年代には特撮やテレビアニメの子供向けの挿入歌集が発売されるようにはなっており――劇中で使用されないことも多々あったが――、そういった音盤を一部の熱心なマニアたちも購入する文化はすでにあったことから、そういうものの一環としてレコード会社側の主導でこの歌曲もつくられたのだと思われる。
 もちろんこの歌曲は『80』放映当時に早々に録音されており、LPレコード『ウルトラマン80 テーマ音楽集』(日本コロムビア・80年6月10日発売・04年3月27日にCDで再発・ASIN:B0001A7VC4)のB面1曲目に収録される栄誉をすでに勝ち得てもいたのだ。
 その歌抜きのインストゥルメンタルは、『80』序盤のころからエンディングなどにその一部分が多用されてはいたものの、しかし歌入りの正規のバージョンはずっと未使用のままであった、知る人ぞ知る名曲にとどまってもいたのだ――第1期ウルトラシリーズ至上主義者のマニアたちは、よほどのBGMマニアや冬木先生の大ファンでもなければ『80』のBGM集などは購入していなかったので・汗――。


 結果論ではあるのだが、だからこそ最終回のラストシーンで使用されたことが、この歌曲をすでに知っていたごく少数のマニアたちにも、知らなかった大多数の視聴者たちにも、最終回にふさわしいスペシャル感と別格感、そして静かでも内に染み入ってくるような静かな感動を呼び起こすこととなっていく。


 きれいに咲き誇った桜並木を眺めたり、歩行者天国をアイスクリームをナメながら散策したり、遊園地でゴーカートや回転遊具などを楽しんだりと、「地球最後の一日」を満喫する矢的と涼子……
 海岸を並んで走るふたり。続いて照りつける太陽を背にして矢的と涼子がバストアップの煽りで捉えられて、陽光が波間でキラめいている海が描写されていく……


 変身アイテム・ブライトスティクを静かに海に向けてかざしてから、空へと掲げる矢的。
 同じく変身アイテム・ブライトブレスレットをはめた右腕を、ゆっくりと空へと掲げる涼子。
 ふたりの姿が青い光のウズに包まれてウルトラマンエイティの姿へ、そして女ウルトラマンことユリアンの姿へと巨大化していく……


 この静かなる変身シーンへの言及で、蘊蓄(うんちく)トークに走ってしまうことは、我ながらややヤボな行為ではあるのだが、変身ヒーローものにおける必殺技に次ぐ見せ場といえば「変身シーン」ではある。本作『80』では、


・矢的の姿が人間大サイズのウルトラマンエイティへと一度変身して、それから巨大化する第1クールで主に披露されたバージョン
・従来のウルトラマンたちのように、右腕を前方に大きくパースペクティブを強調して突き出したウルトラマンエイティのリアルな造形の人形が、様式美的な赤いウズの中からカメラに向かってくることで巨大化を表現していた第2クールから多用されるバージョン


 都合2種類の変身パターンが用いられてきたが、最終回ではパターン破りの意図と、そして何よりもこれから戦いに挑んでいくような勇ましさを演出するものではないことからだろう、バンクフィルムではなく新撮の映像となっている。
 子供、特にマニア予備軍の気がある怪獣博士タイプの子供というものは、こういうパターン破りのシーンにもカタルシスを感じて、特別に傾注してしまうものなのである(笑)。


 『ウルトラセブン』第9話『アンドロイド0(ゼロ)指令』・第25話『零下140度の対決』・第42話『ノンマルトの使者』・第48話『史上最大の侵略(前編)』と、『セブン』での満田監督回では戦いを終えたウルトラセブンが光のウズに包まれて人間の姿であるモロボシ・ダンへと戻っていく、実は子供たちも観たがっていた「逆変身」の描写も描かれていた――脚本上で執筆されていたものでなければ、満田自身にそういった子供っぽいセンスを実現してみせたい嗜好があったのだろう・笑――。
 『セブン』第4話『マックス号応答せよ』と第6話『ダーク・ゾーン』で、同作では以降に最も多用された変身アイテム・ウルトラアイを一度、カメラの前にワザとらしく様式美的に突き出して(笑)、それから着眼してみせる変身スタイルを編み出した満田監督が、『80』最終回限定となった変則的な変身パターンを、『セブン』の逆変身パターンである光のウズを想起させるイメージで、ウェットなこのシーンに実にふさわしく、コレ見よがしではなく静かに描いてもおり、「映像的な見せ場」と「ウェットなドラマ」が両者ともに控えめではありながらも静かには主張してみせているような、水と油の両立の成功といった感じがまた実に味わい深いものがあるのだ。



 互いに見つめ合って大きくうなずいたウルトラマンエイティとユリアンが今、大空の彼方へと飛翔する!


 宇宙のかなたにあるウルトラの星へと帰還していくエイティとユリアン歩行者天国や遊園地で戯れる矢的と涼子の姿。その両方の映像を交錯させていく……


 そして、通常回ではクレジットがなされない各技術パートのセカンド・サードの担当者名までをも網羅したドラムロール式のエンディングタイトルが下から上へと流されていくことで、このエピソードが通常回とは異なる別格のものである、まさに最終回であったことを実感させていく……



♪ 今~は~ 青い~ この~星で~~
  平和を愛する 皆のため
  心~を~燃やす~~ ああ~ あいつ~~



 地球で心を燃やし続けたアイツが、いま遠い星へと帰っていく。その先には輝き続けるM78星雲・ウルトラの星……


矢的「エイティ!!」


 矢的による力強い変身時の掛け声で、ウルトラマンエイティの物語は幕を閉じていく……



ウルトラマン80 Vol.13(第48話~第50話) [レンタル落ち]

ウルトラマン80』最終回 ~80年代における私的感慨の変遷!


――最終回『あっ! キリンも象も氷になった!!』もお書きになってますが、これは?
「ああ、地球を氷漬けにするヤツね。あれは僕自身のテーマ付けではなくて、ほとんど満っちゃん(満田監督)のアイデアだったと思う。(TBSの)プロデューサーの野村清(のむら・きよし)さんとTBS近くのおでん屋さんの2階で「もうおしまいだから金もねえや」って、安いおでん食ったっていう、それだけ覚えてる(笑)」

(『君はウルトラマン80を愛しているか』脚本 石堂淑朗インタビュー)



 先述した『宇宙船』Vol.6掲載の『80』終了特集でも、満田監督によって最終回製作にまつわる逸話が語られていた。
 本来、マーゴドンは南太平洋やアフリカ大陸を凍結させて――サブタイトルはそれに由来するものである――、太陽系の外惑星をも滅亡させた超怪獣として設定されており、スケールの大きな前後編で描く予定もあったのだそうだ。
 しかし、先の石堂先生の発言にもあるように「もうおしまいだからカネもねえや」と、主に予算上の都合(笑)で九州の南原市というミニマムな架空の都市を舞台にした話になったそうである。


 『ウルトラマン80』の再評価を期して、そのシリーズ後半の各話評をつづってきた筆者だが、実は筆者も放映当時、すでに中学2年生に達していた(汗)。そして、当時の特撮マニアたちのご多分に漏れず、大人向け・ハード・シリアス・リアル・SF志向な作品こそが、日本特撮を再興させるのだと信じきってもいた(笑)。
 そんな筆者にとっての『ウルトラマン80』のシリーズ前半とは、幼児期から鑑賞してきた作品の再鑑賞としての、いわゆる「思い出補正」も働かないためであったのだろう。やや物足りない想いで視聴を続けていた作品ではあったのだ。


 『ウルトラマン80』は、その第31話『怪獣の種(タネ)飛んだ』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20101127/p1)から「児童ドラマ編」へと突入する。このあたりで、筆者はついに『80』からリタイア・卒業してしまうのだ。その後はリアルタイムでは、バルタン星人5代目が登場することで気になった第37話『怖れていたバルタン星人の動物園作戦』と、「妄想ウルトラセブン」が登場した第44話『激ファイト! 80VS(たい)ウルトラセブン』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110226/p1)の2本しか視聴していなかったりするのだ(汗)。


 そんな筆者でも特撮マニアであるからには、『80』の最終回くらいは視聴しようと身構えてはいたのである。しかし…… 最終回にふさわしいシリアスな内容に仕上がるとはとても思えない『あっ! キリンも象も氷になった!!』なるサブタイトルを新聞のテレビ欄で見かけて……


「なんやこのフザケたサブタイトルは!? 仮にも最終回やろ! もっとマジメなタイトルを付けろや!」


 などとまだローティーンであった筆者を激怒させて、視聴をボイコットさせてしまったのである(笑)。


――本誌『仮面特攻隊2011年号』に掲載された森川由浩氏の調査による『ウルトラマン80』関東・中部・関西の全話視聴率表によれば、それまで比較的好調だった中部・関西地区においても、「児童編」がスタートした第31話あたりから明らかに視聴率の低落傾向がうかがえる。これは「児童編」の内容が特にどうこうといったことではなく、真ウラの時間帯で80年10月から故・手塚治虫(てづか・おさむ)先生の大人気・元祖テレビアニメ(63年)のリメイク『鉄腕アトム』(80年・手塚プロ 日本テレビ)がスタートした影響が大きいとも思われる――


 テレビの電波的には名古屋地区に在住していた筆者が、はじめて『ウルトラマン80』のシリーズ後半を視聴したのは、放映終了から2年が過ぎた1983年のことだった。
 この再放送は当初はTBS系列の中部日本放送が83年4月から毎週土曜朝6時45分の枠でスタートしたものだ。しかし、同年の夏休みに平日午前の朝10時から再放送がされていた『ウルトラセブン』――この夏休みには関東のTBSと関西の毎日放送でもバンダイ提供で早朝6時に再放送がされている。バンダイが放映枠を購入しての再放送であったか?――が夏休みの終了に伴なって、『80』が再放送中であった土曜朝6時45分枠に移動となったのだ。そして、その代わりに『80』再放送は平日朝6時へと押し出されるかたち(笑)となったものだった――名古屋地区での『80』再放送は2011年現在でも、このときの再放送が最後のものとなっている――。



 この80年代前半~中盤は家庭用ビデオデッキも急速に普及した時期だった。第43話『ウルトラの星から飛んで来た女戦士』~第46話『恐れていたレッドキングの復活宣言』に至るイベント編の連打が、ちょうど高校の修学旅行の4日間とバッティングしてしまったものの、『ウルトラセブン』の再放送を録画するために貯金をはたいて購入していたVHSビデオデッキの留守録機能を活用することで難を逃れたことも思い出す(笑)。
――ちなみに当時のビデオデッキは10数万円台であり、ビデオテープも1巻が3~4000千円もする高価なものだった。年々値下がりはしていき80年代後半には10万円を割って、80年代末期にはビデオテープも1000円前後にまで下落するのだが。90~00年代にかけても値下がりは毎年続いていき、最終的にはビデオテープは数百円台となって、機器もテープも国内ではなく東南アジアでの生産となっていく――


 そして、ついに『80』最終回を初視聴するときが来た。当時すでに高校2年生となっていた筆者は、これにおおいに感銘を受けたのだ。しばらくして再放送された『セブン』の最終回にも「ドラマ」の完成度では決して負けてはいない! と、その時点でも思ったくらいであった。おそらく第1期ウルトラシリーズ至上主義者であった中学2年生の時点でも、鑑賞さえしていれば感動したに相違ないと思ったくらいに……


 このときの『80』最終回に対する感銘が、筆者を第1期ウルトラシリーズ至上主義の呪縛から解き放って、第2期ウルトラシリーズと第3期ウルトラシリーズに対する再評価運動の道へと進めさせたのかもしれない。そして、それ以来、


・1989年にビクターから発売されたビデオソフトをレンタルビデオ店で借りての再視聴
・同じく1989年にハミングバードから発売されたレーザーディスクを購入しての再視聴


 数回の再視聴を重ねてきたが、その想いはいささかも揺らぐことはなかった。


 このレーザーディスクを手放して以降は、再視聴の機会もなかった『80』ではあった――1999年にもバンダイビジュアルからVHSビデオソフトがリリースされたのだが、筆者の生活圏ではどこのレンタル店にも置いていなかったので・汗――。


 しかし、『80』放映30周年を記念して、『ウルトラマン80 DVD30周年メモリアルBOXⅠ 熱血! 矢的先生編』(ASIN:B003E3X5OI)が2010年6月25日に、『メモリアルBOXⅡ 激闘! ウルトラマン80編』(ASIN:B003E4AZI6)が同年9月24日に、バンダイビジュアルから発売された。これによって、約17年ぶりに再視聴を果たすことができたのだ。


 前回の視聴からでもかなりのブランクが空いており、その間にずいぶんと年齢も重ねてしまって、筆者の特撮変身ヒーロー作品に対する考え方も真逆なまでの変遷を遂げてしまっていた(汗)。
 10代から30代初めころの「テーマ性&ドラマ性至上主義者」から、現在では幼少期のように「ヒーロー性&カタルシス至上主義者」へと「2段変身」または「逆変身」(笑)を遂げてしまった筆者だが、それでもこの「テーマ性&ドラマ性」を重視していた『80』最終回には今でもスナオに感動せずにはいられない……


ウルトラマン80』最終回に連なっている、歴代ウルトラシリーズ最終回のテーマ的な発展継承!


 思えばウルトラマンという巨大超人に頼ってしまう人間の「依存心」については、初代『ウルトラマン』第37話『小さな英雄』において、普段はギャグ・メーカーだった科学特捜隊のイデ隊員が、


ウルトラマンがいれば、科学特捜隊は必要ないと思うんだ……」


 などという悩みを、実は初代ウルトラマンに変身することを隠している主人公・ハヤタ隊員自身に打ち明けたことに端を発している――そういえば、同話も満田かずほの監督作であった――。


 「ウルトラマン」といった「超越的な存在」に頼ってしまって、人間たちが自助努力を放棄して、あるいはいっそ封建的な忠誠心のように依存してしまい、自堕落へと陥(おちい)ってしまう可能性。それは超人には変身しないマッチョな強者の人間を描いている一般のヒーローものにもハラまれている、いやそれどころかフィクションにかぎらず現実世界の人類全員が抱えてもいるような普遍的な問題ですらあるのだ。


 最終的には怪獣をウルトラマンが倒してしまうのであれば、人間たちによる怪獣退治の専門家集団である防衛組織の存在も不要である。そうであるならば、劇中内での防衛組織の隊員たちも、ウルトラマンに無意識的にではあっても依存してしまうという事態は人情的には仕方がないし、ある意味ではそれは究極のリアリティー描写でもある……
 この普遍的な問題は、レギュラーキャラである「防衛組織」を隊員たちを、レギュラーキャラである民間人の「少年」に代入してみせるかたちで、70年代前半に放映された第2期ウルトラシリーズにも変奏されていったのは、先にもふれた通りである。


・『ウルトラマンタロウ』最終回(第53話)『さらばタロウよ! ウルトラの母よ!』
・『ウルトラマンレオ』最終回(第51話)『恐怖の円盤生物シリーズ! さようならレオ! 太陽への出発(たびだち)』


 両作においては、ウルトラマンタロウに頼ろうとする白鳥健一(しらとり・けんいち)くんや、ウルトラマンレオに頼ろうとする梅田トオルくんの、依存的なメンタルが問題視されている。
 そして、タロウに変身する主人公・東光太郎(ひがし・こうたろう)が、あるいはレオに変身する主人公・おおとりゲンが、少年に自分の力だけで生きていくように諭(さと)すために、自らの正体も明かして最終決戦に臨んで、そして少年の許から去っていくという姿が描かれるかたちで、このテーマは貫通されてきた。


 70~90年代の特撮論壇では、第2期&第3期ウルトラシリーズには「テーマやドラマがない」などという誤解や偏見がまかり通っていたものだ(笑)。しかし、『タロウ』や『レオ』最終回は、まさに初代『マン』最終回や『セブン』最終回ではある意味では点描に過ぎなかったテーマを、ミニマムな少年ドラマに翻案した変奏ではあったのだ。


 『帰ってきたウルトラマン』最終回(第51話)『ウルトラ5つの誓い』においては、ウルトラの星を襲撃しようとする触角宇宙人バット星人が率いる連合艦隊を迎撃するために、地球を去っていったウルトラマンジャック=郷秀樹(ごう・ひでき)に向かって、レギュラーである坂田次郎(さかた・じろう)少年が叫んだ「ウルトラ5つの誓い」の中には、


「他人の力を頼りにしないこと!」


 なるものもあった。ラストシーンで伏線もなしに唐突に言及されるこの「ウルトラ5つの誓い」は、取って付けたような感は否めなかったものの、これもまさに「依存心」からの脱却を謳(うた)ったものではあったのだ。


 『帰ってきた』最終回の後日談として描かれた『ウルトラマンA』第10話『決戦! エース対郷秀樹』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060709/p1)で再登場した次郎少年は、兄のように慕(した)っていた郷秀樹に化けていた変身怪人アンチラ星人に立ち向かっていく勇気を見せている。これこそ次郎が「ウルトラ5つの誓い」を守り続けていた証(あかし)として、『帰ってきた』の最終回以上に見事に機能もしており、「依存心」から脱却して「自立」するというテーマは、シリーズを越えて見事に継承されたのだ。


 先にもふれたが、この「自立」テーマは、ウルトラマン側の事情を知ってしまって防衛組織の隊員たちが奮起をする姿で、『セブン』最終回を例えに出すならば、モロボシ・ダンにその正体を告白された防衛組織・ウルトラ警備隊の紅一点・アンヌ隊員から、


ウルトラセブンの正体は、あたしたちのダンだったのよ! M78星雲から派遣された平和の使者で、自分を犠牲にしてまでこの地球のために戦っているんだわ! でもこれが最後の戦いよ! ダンは自分の星に帰らなければならないの!」


 と聞かされたキリヤマ隊長が、双頭怪獣・改造パンドンに痛めつけられるセブンの姿を見て、


「行こう! 地球は我々人類、自らの手で守りぬかねばならないんだ!」


 と叫んで、3機に分離した戦闘機・ウルトラホーク1号とウルトラホーク3号の4機編隊というパターン破りの編成で――『80』最終回でのUGM戦闘機の異色な4機編隊もこれを踏襲したものか!?――、改造パンドンに総攻撃をかけるウルトラ警備隊の姿でもすでに点描はされている。


 『80』の最終回もまた、それまでのウルトラシリーズ最終回で繰り返して描かれてきたテーマ・ドラマの発展型ではあって、今にして思えば昭和のウルトラシリーズの総決算的な内容だったと総括もできるだろう。


ウルトラマン80』最終回 ~シリーズ共通の「依存心」問題! シリーズ独自の「マイナスエネルギー」問題!


 『80』はその放映開始の当初には、人間の心の「弱さ」「醜さ」が「マイナスエネルギー」となって怪獣を生み出したり怪獣に力を与えてしまうと設定されていた。やや牽強付会な深読みも云わせてもらえば、この「依存心」こそが広義の意味での最大の「マイナスエネルギー」であったとして位置づけしてみせてもよいのかもしれない。


 オオヤマキャップはマーゴドンについて、


「これは私も予想だにしなかった、太陽系全体の破滅に結びつくかもしれん。万一そうなれば、それは皆、我々UGMの責任だ。我々はこれまで色々な怪獣と戦ってきた。しかし今度のヤツこそ最大で最後のものだと思う。ヤツに勝てば、もうUGMは無敵だ!」


 と語っている。このセリフを深読みしてみせれば、「最大で最後」のマーゴドンを出現させたのは、「依存心」という名の最大の「マイナスエネルギー」を発散し続けたUGMであったとも解釈ができるのだ。そして、その「依存心」を打ち消すことができれば、怪獣が出現することもなくなる……


 高邁なる概念ではある。そして、その概念にはもちろん一理も二理もあるのだ。しかし、やや思弁的ではあり、放映当時の幼児や児童たちにとっては高度すぎるリテラシーを要求される概念ではあったかもしれない。
 このような思弁的・精神的な概念に基づく怪獣やモンスターの存在は、それ以前のジャンル作品ではSF映画の古典『禁断の惑星』(1956年)に登場した植民惑星に生息する、相手の無意識や潜在意識にあるイメージを実体化させる「イドの怪物」くらいしか筆者には思いつかない。


 しかし、『80』の放映が終了した1980年代以降は、マイナスエネルギーのごとき人間の負の精神が、ゲスト主役を怪物化させてしまい、ヒーローがこれと戦って元の人間の姿に戻してみせるといった作劇が徐々に一般化していく。そして、女児向けテレビアニメ『美少女戦士セーラームーン』(92~97年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20041105/p1)や『プリキュア』シリーズ(04年~・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20201227/p1)などではそのフォーマットがデフォルトともなっていき、各話のゲスト主役が負の精神を悪に利用されてそのまま同話の敵怪人や敵怪獣に化すことで「ドラマ」と「バトル」の一体化までをも成し遂げていくのだ…… その意味では、『80』におけるマイナスエネルギーの概念は早すぎたのかもしれず、そしてその劇中内での描写もこなれたものではなかったかもしれない。


 「立ち向かう人の心は鏡なり」という格言がある。これは「相手の態度や心は、実は自分自身の態度や心の反映でもあり反射でもあって、悪人に見えているその相手は、実は自分自身の醜い心の反映なのだから、相手を責める前にまずは自分の心を省(かえり)みなさい」というような意味である。
 哲学や宗教の方面では、これを「個人」VS「個人」ではなく「個人」VS「世界」の次元にまで拡張した「唯心論」や「独我論」という概念までもが存在する。つまり、相手の「人間」どころか「社会」や「世界」も、「個人(自分)」の心の反映であるのだと。これがもっと極端に行ってしまうと、「世界」には実は「自分」ひとりだけしか実在しておらず、「世界」のすべては「個人」の夢まぼろしの錯覚や幻想、あるいは「宇宙」全体自体を「(自分)個人」が実は創造しているのだ! ……というようなトンデモ概念にまで到達していくのだ――大人気ライトノベルの深夜アニメ化『涼宮ハルヒの憂鬱(ゆううつ)』(06年)の序盤みたいな話だが・笑――。


 これらの考え方は半分は正しいと思う。しかし、俗っぽく要約してしまえば、要は「心の持ちよう」という話であって、何事にも当てハマってすべての物事を即座に解決もできてしまうような万能の理論であるとはとても思えないのだ。


「ヤツに勝てば、もうUGMは無敵だ!」


 そう。逆に云うならば、ヤツに勝ってもまた別の怪獣が出現する可能性はあるのである。けれども、マーゴドンを倒してみせた人類は、もう怪獣に対しては過剰におびえる必要はないのだろう。


 しかし、人間の「心理的なマイナスエネルギー」や「物理的な自然破壊」によらずとも、人類側の事情とはまるで無関係に、純粋に野生の野良怪獣がおのずと冬眠から目覚めて復活してきたり、力押しの悪意ある宇宙人が通り魔的に侵略してくる可能性はあるということだ! 人類がその心を清く正しくして生きていったとしても、論理的には「マイナスエネルギー」には起因しない怪獣や宇宙人の猛威が再発することはありうるのだ!


 そしてそこでは、やはり弱き人間が超人ヒーローに依存してしまうという問題が再び浮上することになるだろう。仮に「マイナスエネルギー」の問題が解決できたとしても、危機に際しては「依存心」の問題が再発することはありうるのだ。よって、「依存心」の問題設定までもが色アセてしまうことはないのである。


ウルトラマン80』最終回 ~「ウルトラマン」と「防衛組織」の役割がハラんでいる矛盾への肉薄・解消・堂々巡り!


 実はそれに対する回答も、『80』の中ではすでに先回りして用意もされていた……


 石堂先生の脚本回である第37話で、UGM訪問の豆記者に選ばれた小林正行少年に、


「エイティはUGMが負けそうになると出現するけれど、どうしてですか?」


 とたずねられて、困りはてたイトウチーフがやや苦しまぎれ(笑)にこう語っている。


「わかった! あのね、UGMってのは“人事”で、エイティってのは“天命”なんだ。“天命”。そうなんだ、そういうことなんだ」


 矢的隊員もそれを子供向けに、以下のように翻訳して敷衍(ふえん)してみせている。


「それはねぇ、“人事を尽くして天命を待つ”。UGMだって、さっき君たちが見た通り、もう一所懸命なんだ。つまり、人間としてやれるだけのことをやって、あとは運を天に任す。戦いというものは、いや戦いだけではなく、私たちの生活全部がそうなのかもしれないね」


 たしかに我々の生活や人生はすべてそうなのだ。最初から運を天に任せて神風が吹くのを待とう! という甘い考えであってはダメなのである。まずは個人で、あるいは神さま頼みではなく人間個人が、人間たち自身が努力を重ねることが必要なのだ。あるいは、困窮している他人がいれば個人個人が助けてあげるべきなのだ。神さまやお国ごときの登場は順番的には最後でよいのだ。
 でなければ、人間は「易(やす)きに流れる」者でもあるので、古代ローマ帝国末期における外国人傭兵に頼って「パンとサーカス」を求めるだけの愚昧(ぐまい)なるローマ市民に容易に陥ってしまうのだ。そして、ガラガラ星人ならぬ蛮族・ゲルマン民族が大移動してきても、無抵抗のままでやすやすと滅亡させられてしまうようなブザマな仕儀とあいなってしまうのである(汗)。



オオヤマ「人間にはできないというのか!?」


 おもわず矢的=エイティをドキッ! とさせたほどの、最終回においては、強い口調で徴発でもしてみせるかのように叫んでみせたオオヤマキャップ。彼の言動はエイティに対する反発心では決してないのだ。


 同じく石堂先生の脚本回である第47話『魔のグローブ 落し物にご用心!!』では、オリオン座のブレイアード星の滅亡について語ってしまったことで、オオヤマキャップに不審に思われたユリアンこと涼子を、


「地球人がヘンに我々の力をアテにしはじめるのが一番コワいんだ」


 などと矢的がたしなめる描写があった。その正体がウルトラマンであることを隠さなければならない理由。それはまさに「自助努力」を放棄させてしまう「依存心」の問題なのである。地球人の「依存心」からの決別は、やはりウルトラシリーズの最終回ではその物語を完結させるにあたって選ばれるべきテーマだったのだ。


 しかし、「依存心」からの決別は、『セブン』最終回・『タロウ』最終回・『レオ』最終回でも、主人公青年たちが自らウルトラマンであることの正体を明かしたことが契機となっていた。だが、『80』最終回ではこの経緯の時系列が逆となる。主人公青年の正体がウルトラマンであることが周囲に薄々とバレていくかたちで、1話完結形式をも超えた小出しの連続ストーリー的な感覚も醸し出していくのだ。


 最終回でオオヤマキャップとイトウチーフが矢的と涼子の正体を知っていたという件も、決して唐突な取って付けたような描写ではなかった。
 第43話で「ユリアン編」に突入した、もうその次の回である第44話では、矢的とテレパシーで会話していた涼子に、


「なにをひとりで物想いにふけっている。テレパシーで通信でも送っているのか?」


 などとイトウチーフが語りかけたり、第47話のブレイアード星がオゾン層の破壊で紫外線怪獣が出現した逸話をうっかり口にしてしまうユリアンといった描写で、ある意味ではコレ見よがしのワザとらしいくらいのかたちで(笑)、再三に渡って伏線が張られてもきたのだ。


 第37話ではオオヤマキャップが、


「エイティはね、我々と口こそ聞かないけれど、我々の考えを皆知っている。その知り具合があまりにスゴいので、エイティはねぇ、普段はこのUGMの内部のどこかにひっそりと隠れているんじゃないかと疑うときさえあるくらいだ」


 とまで少年豆記者を相手に、あくまでも冗談としての合理的な推測を語っていたりもする。


 もちろんこの時点では最終回を念頭に置いていた伏線であったハズはないだろう。しかし、怪獣VSウルトラマンの戦いを描いている虚構世界の登場人物のメンタルや劇中内事象に対する合理的な解釈を推測してみせれば、防衛組織の有能な隊長がこのように仮説として推論を述べてみせることは、究極のリアリティー描写ではあったのだ。


 ウルトラの星にエイティとユリアンが帰らなければならない事情ができて、それをユリアンがエイティに知らせるためにやってきたという話も、第43話にてウルトラの星との全面戦争で王子を失ったガルタン大王がエイティの命をねらっていることをユリアンがエイティに知らせるためだけに地球に来訪していたので、それがウルトラの星への帰還命令も兼ねたものではなかったとすれば、やや矛盾にはなっている。
 しかしそれは、好意的に深読みしてあげれば脳内補完ができる程度の軽微な不備に過ぎない。前話である第49話では強敵2大怪獣とのバトルでダメージを負った姿を見せてもいるエイティなのだから、ウルトラの星へと帰還して休息をとる必要があったとは思えもするのだ。


 そんな彼らの事情までをも踏まえて、エイティとユリアンには安心してウルトラの星に帰ってもらうためにも、地球人だけで怪獣を倒そうという強い決意で戦場に臨んでいくオオヤマキャップの姿には、やはり感動をおぼえずにはいられない。


 しかし、物事というものは常に多面体の相貌を持つように、よほどの幼児や特定の狂信的なイデオロギーに染まっていないのならば、人間の心理もまた多面的な相貌を持っているのだ。そして、どれかひとつの面が「正解」かつ「正義」でもあり、それとは相反する他の面がすべて「不正解」であり「悪」ですらあるということもまた滅多にないのである。


 少年・人間・地球人・人類の総体にとってはウルトラマンに依存し続けることは、彼らの「成長」や「成熟」や「自立」にとっても望ましいことでは決してないだろう。しかし、ひとりの人間としてのオオヤマ個人にとっては、個人的な親交もある矢的個人、ひいてはウルトラマンエイティにはウルトラの星へと帰還してほしくはないのだ…… それもまた自身のポリシーとは相反するものであっても、偽らざる気持ちではあるだろう。


 お別れパーティーの席上において、


「本当は…… 本当は…… ウルトラマンエイティにいつまでもいてほしかった……」


 と、オオヤマキャップが相反する一方の本心を明かしている。


 真情あふれる一個人としのてセリフではある。しかし、イジワルに見てしまえば、この私的心情が即座にとはいわずとも、二段論法・三段論法的には「依存心」へとまた舞い戻ってしまう可能性も論理的にはあるのである。


 しょせん人間とはそんな小さな弱い存在なのであり、やはりウルトラマンの助けが時には必要なこともあるのかもしれない。「依存心」からの脱却をテーマにしながらも、この最終回からはまさに逆説的に、ウルトラマンの存在や互助的共同体や国家による福祉なども、消極的には最後の最後でジョーカー的に肯定できる論法もアクロバティックなロジックとしては導き出せるのかもしれない――やや牽強付会なのだが・汗――。
 しかし、それはもちろんこの最終回が、ひいては『80』という作品自体がそこまでの主張を込めていたのだ! というようなことでもさらさらない。そのようなことは作品の外側である現実世界で、我々自身が別途に個別に検討しなければならない、また別の問題設定ではあるのだろうが。


 それにしても、歴代ウルトラシリーズの最終回で、ここまで防衛組織の隊長がほとんど「主役級」の扱いで描かれた例はほかにない。ある意味でこの最終回の「テーマ」&「ドラマ」を一身に背負っていたのは、オオヤマキャップであったのだ。彼を演じたダンディーでクールでも内にある秘めた熱さも感じさせる中山仁の二重性がある熱演ぶりにはおもわず目頭(めがしら)を熱くさせるものがある。この最終回の「テーマ」&「ドラマ」性の完成度を実際に演技面から増強していたのは、ひとえに中山仁の迫真の演技力にあったとすらいえるのだ。



 オーストラリアゾーンに転任していたハラダ隊員とタジマ隊員、アンドロイド・エミと、シリーズの途中で姿を消してしまったキャラクターたちが一同に会したこともまた、イジワルに見てしまえば、「依存心」からの脱却をテーマとしているのに、そこでウルトラマンの代わりにハラダとタジマ隊員を代入してみせただけだろう!? というツッコミも論理的には可能ではある(汗)。
 しかし、年長マニアだけではなく子供たちであっても、変身ヒーロー番組がフィクションであることは重々承知の上で視聴はしているので(笑)、このような降板劇には残念な想いもしているものなのだ。そんな『80』をずっと見守ってきた視聴者たちに対して、ウルトラマンに頼るのではなく再登場した登場人物たちも含めての、あくまでも人間たちによる努力と奮戦の果てに強敵怪獣を倒してみせること!
 それは、最終回で描かれたテーマやドラマに、よりウラ打ちを与えていて、感動を深めることにも貢献しているとすら思えるのだ。


 CS放送・ファミリー劇場で放映されていた『ウルトラ情報局』(02~11年)では、2010年5月から2011年4月にかけて放映された『ウルトラマン80』の週1放映に合わせて『80』ゆかりのキャスト&スタッフを招いたトークが放映されていた。そして、番組自体の最終回でもある『2011年4月号』では、タジマ隊員を演じていた新田修平がゲスト出演を果たしていた――髪の毛は白くなられたが変わられてはいなかった。お元気そうでなによりだ――。氏は最終回について「みんなでつくったんだから、みんなで終わろうよという暖かさが感じられて嬉しかった」と語ってくれている。もちろん途中降板の真相については語られなかったが(笑)。



「新田くんは神経質というかB型っぽい男で、「なんてワガママな奴なんだ」みたいなね(笑)。一度、新田くんが「サングラスをかけたい」って言い出したことがあって、「何考えてんだ」ってスタッフに一喝されてました(笑)」


「撮影所のあった成城(せいじょう)付近で焼肉屋さんに行ったり、飲みに行ったり。そこで「なんでスタッフはあんなに俺たちをいじめるんだ」なんて不満を言い合ったりしてね(笑)」


(『君はウルトラマン80を愛しているか』長谷川初範インタビュー)



 現場では色々とあったのだろうが、そのようなことはオクビにも出さずに、黙って墓場まで持っていくのがダンディーなオトナの態度なのである。
 だから近年の、いつまで経っても思春期・青年期みたいな「見て見て! ワタシを見て!」といった虚栄心がまるだしで、自分のことを欠点も含めてすべてまるごとわかってもらって許してもらえないと気が済まない! それでないと救われない! といった不平不満を自己正当化するかのような風潮にはホントにもうウンザリなのである(笑)――もちろんかつての自分自身に対する反省や自戒も込めてではありますヨ・汗――。


ハラダ「キャップ、いいところでやってきたでしょ」


 もうこのカッコいい役回りとセリフに尽きるだろう――とはいえ、こういう作劇術を拡張していくと、ここに先輩ヒーローを代入していくことも可能となっていくのだ・笑――。


ウルトラマン80』最終回 ~本来の構想。南太平洋・アフリカ・太陽系外惑星も氷結する前後編であったなら!


 『80』放映終了から15年を経て復活した『ウルトラマンティガ』(96年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19961201/p1)~『ウルトラマンメビウス』(06年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070506/p1)に至る平成ウルトラシリーズ諸作品の最終回は、基本的には3部作として描かれることが通例となった。これは妥当な処置だろう。
 地球最大の危機に苦戦する防衛組織に、それまでの話数で登場してきたゲストキャラクターたちが何人も再登場して、一致団結して立ち向かっていく姿を描くことで、最終回にふさわしいスケールと盛り上がりも達成していたのだ。


 元々は本作『80』の最終回も前後編として企画されていたことが明らかにされている。そして、時代の証言者として云わせてもらば、当時の子供たちがウルトラシリーズや特撮変身ヒーロー作品に望んでいたものも、そのような通常回とは異なるスケールで描かれる前後編形式での最終回ではあったのだ。



 『80』最終回を賞賛ばかりしてきたが(笑)、ここで本来のターゲットであった幼児や小学生には、この最終回はどのように映っていたのか? というまた別の観点も提示して、その考察を深める必要があるだろう。
 先にも述べたように、筆者がこの最終回をはじめて視聴したのは高校2年のときであり、この時点ですでに本来のターゲットである年齢層ではなかったからだ。


 まずはなんと云っても、ウルトラマンエイティがマーゴドンと直接バトルを展開しなかったことが、低年齢層には物足りなく思えたことだろう。この欠点については、回想場面でそれまでの同作におけるバトルを挿入したり、ラストでは矢的と涼子のウルトラマンへの変身シーンを入れたりと、一応のフォローはなされてはいる。しかし、それであっても子供たちにとってはどうであっただろうか?
 年長の特撮マニア諸氏には肯定派が多かったようだが、変身後のヒーローが登場しなかったために、全国の就学前の幼児を不審がらせたり「大泣き」させてしまったという『仮面ライダークウガ』(00年)最終回(Episode49)『雄介』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20001111/p1)と同様の受容、つまりは一部の幼児たちを「大泣き」させてしまった可能性も『80』最終回にはたしかにあるのだ(爆)。


 「エンタメ性」を充分に確保ができているという前提で云うのだが、「テーマ性」や「ドラマ性」もそれはもちろん優れているのに越したことはないのである。しかし、それが行きすぎてしまって、本来の視聴者層である子供たちが「置いてきぼり」を喰らってしまうような難解な内容に仕上がってしまうこともまた問題ではあるのだ。


 その意味では、オオヤマキャップが、


「今度の怪獣は地球のように炎のある、暖かい星のエネルギーを片っ端から吸い取って冷凍にしてしまう、宇宙から来たスゴいヤツだ」


 などと説明されたマーゴドンだが、それならばワンカットだけでもよいので、南太平洋やアフリカ大陸、あるいは地球に襲来する前に太陽系の外惑星である土星や火星あたりを、全球凍結だとあまりに強くなりすぎてしまうので(笑)、その半球程度は氷結させてしまうような特撮映像を、そして宇宙空間でもUGMの宇宙戦艦スペースマミーと一戦を交えるような特撮カットを、やはり観てみたかった気はするのである。
――南原市のミニチュアをカメラ位置を変えて撮影して、これはオーストラリアのシドニーなのだ! などと云い張ってみせてもよかったのでは?・笑――



「『80』でもスペースマミーがあるじゃないですか。スポンサーだったポピーが「ぜひ毎回出してほしい」と言うんですけれど、例えば静岡県あたりで事件があって、こんなデカいので行くのはどうかな? と(笑)」

(『君はウルトラマン80を愛しているか』満田かずほインタビュー)



 残念! 『80』最終回に予算もあって前後編形式であれば、太陽系の外惑星も舞台となって、スペースマミーにも最後の見せ場があっただろうに!(笑)


 ドラマもテーマも理解ができる年長マニアからすれば、ウルトラマンの力を借りずに防衛組織・UGMの独力だけで、強敵怪獣を撃破してみせたことには実は快感もあるのだ。テーマ的には首尾一貫したものさえ感じてしまうのだ。
 しかし、そのへんのリテラシーにはまだ欠けていて、単純に善と悪との純粋パワーゲーム・力比べとして観ているような子供たちからすれば、いかに凍結させた怪獣とはいえ、超兵器ですらないただの鉄球で倒すような特撮怪獣バトルにカタルシスを感じることはできていたのであろうか? 怪獣も弱くてUGMも無策ですらあった! などと、むしろマニアではなく小生意気な小学生こそがツッコミを入れてきそうな気もする(笑)。


――ここでまた脱線して、腐れウルトラシリーズ・オタクとしての蘊蓄トークを(汗)。ご承知の通り、『ウルトラマンタロウ』第3話『ウルトラの母はいつまでも』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20071216p1)でも、防衛組織・ZAT(ザット)によるトゲのついた鉄球での「パンチ弾攻撃」で、凍結された液体大怪獣コスモリキッドが粉砕されている。タロウが直前に両腕を突き出して放った冷凍光線・ウルトラフリーザーでコスモリキッドを凍結させていたからこそ使えた攻撃ではあったのだが――



 初代『ウルトラマン』最終回(第39話)『さらばウルトラマン』では、初代ウルトラマンをも一度は絶命させた宇宙恐竜ゼットンを、岩本博士が開発した小型超兵器・無重力ペンシル弾を拳銃型の銃器の先端に付けただけの一発の銃撃によって、科学特捜隊が見事に粉砕してみせた。よって、『80』でもこのような近未来的な超兵器でマーゴドンを倒してみせた方がよかった可能性もあるのだ。
 ……などと云おうとしたのだが、幼少期の記憶を振り返らなくても、この最終回には「ゼットンに敗退した初代マンの落命」と「ウルトラ兄弟の長男・ゾフィー兄さんによる初代マンの召還」といった2大イメージしかないのも大方にとっての事実だろう。強敵怪獣ゼットン粉砕のことは取って付けたようなご都合主義ですらあり、鉛筆サイズの「ペンシル爆弾」の存在なぞは、幼少時には印象にすら残らなかったくらいだからだ(笑)。



 同話では、初代マンがゾフィーによって光の国へと召還されていく際に、科学特捜隊のムラマツキャップが、


「地球の平和は我々、科学特捜隊の手で守りぬいていこう」


 と語ってはおり、それはまさに正論ではあったのだ。しかし、これも取って付けたようなテーマ主義もどきなセリフに過ぎなくて、それまでのストーリー展開とも密接にカラんで心に響いてくるものではさらさらない(笑)。そういう比較論をしてみせれば、『80』最終回の方がテーマ面での提示においては成功しているといってもよいのだ。


 そうなると、超兵器の見てくれのサイズの問題なのかもしれない。後出しジャンケンの思いつきで云うのだが、ならばジャイアントボールなるただの鉄球(笑)ではなく、ここで凍結させたマーゴドンに待機していたスペースマミーが体当りして木っ端微塵に粉砕するようなハデな特撮映像があった方がよかった可能性もあるのかもしれない!?


 とはいえ、そこまで大掛かりな兵器での粉砕映像を観せられてしまうと、「小さな人間・一個人にでもできる範疇でのミニマムな努力を!」といったテーマ性がややウスれてもきてしまって、物量作戦・パワーゲームで勝てたようにも見えてくるので、やはり痛し痒しだよなぁ…… この問題は考え出すとキリがない!(笑)



 ここまでは、ウルトラマンに依存をせずに人間自身の知恵と勇気と力で怪獣を倒してみせる「テーマ性」での前提に立った上での考察であった。
 ここから以降は、それとは真逆な方向性から、『80』最終回が持っていた、また別の可能性についても思索を深めてみたい。


ウルトラマン80』最終回 ~同時期放映『スカイライダー』との比較! 先輩ヒーロー続々客演~最後は全員集合であったなら!


 本作『ウルトラマン80』と同時期に放映されていたことから、『80』各話評でも幾度か対比として挙げてきた『(新)仮面ライダー』(79年・通称「スカイライダー」・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210102/p1)のことである。


 『(新)仮面ライダー』では、


・第52話『洋(ひろし)の父が生きていた! 改造人間FX777(エフエックス・スリーセブン)とは?』
・第53話『魔神提督(まじんていとく)の最期(さいご)! そして大首領の正体は?』
・第54話『さらば筑波洋(つくば・ひろし)! 8人の勇士よ永遠に……』


 と、その最終回が3部作(!)として構築されていた。


 昭和の第1期ライダーシリーズ最終作である『仮面ライダーストロンガー』(75年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20201231/p1)の最終章が5部作(!)として構成された前例もすでにあったのだが、当時の1話完結型式が主流であった特撮変身ヒーロー作品では極めて異例な試みではあったのだ。そして、当時の子供たちも、そのスケールの大きなバトルに「これぞ観てみたかった最終回!」といったニュアンスで胸を熱くしていたのも事実なのだった。


 この最終回3部作を手懸けたのが、80年代には大映テレビ製作のテレビドラマ群であまたの大ヒット作品を手懸けることになる、名脚本家の江連卓(えづれ・たかし)である。


 氏はTBS側の野村清プロデューサーから「とにかく視聴率を上げてくれ!」というムチャな依頼で(笑)、本作『ウルトトラマン80』では、


・第40話『山からすもう小僧がやって来た』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110129/p1
・第43話『ウルトラの星から飛んで来た女戦士』
・第48話『死神山のスピードランナー』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210228/p1


 の都合3本の脚本を、水沢又三郎(みずさわ・またさぶろう)の名義で手懸けてもいる。


 氏は『(新)仮面ライダー』でもシリーズ後半からメインライターに昇格して、続く『仮面ライダースーパー1(ワン)』(80年)ではメインライターとして続投することになった。


 この最終回3部作では、敵組織・ネオショッカーに殺害されたと思われていた主人公・筑波洋の父親が生存している可能性が語られる。しかもその父親は改造人間ナンバー・FX777にされており、その正体が大幹部・魔神提督であるかもしれない可能性(!)に洋が葛藤するという極めて重たいプライベートドラマが描かれる。表層的な作風としてはむしろ「原点回帰」を意識した『(新)仮面ライダー』初期編のころに回帰したような仕上がりですらあるのだ。


 とはいえ、『仮面ライダー』第1作(71年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20140407/p1)の第1クールである通称「旧1号ライダー」編(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20140501/p1)に単純に回帰したワケでもない。『(新)仮面ライダー』第2クール目以降では姿を消してしまった、「原点回帰」と謳われながらも「旧1号」編らしさとは真逆な要素(笑)であった、スカイライダーの飛行能力・セイリングジャンプや愛用バイク・スカイターボで敵地を破壊する技・ライダーブレイクまでもが、久々に描かれてもいたからだ。
 このあたりはむしろ「原点回帰」ではなく「エンタメ性」の賞揚、つまりは「旧1号」編への回帰ではさらさらないのだが、路線変更前の『(新)仮面ライダー』シリーズ前半の要素も包含してシリーズ前半と後半の両者を架橋、両立もさせながら「全肯定」もしてみせる! といった作劇意図だろう。


 この3部作にはネオショッカーの新怪人は登場せず、昭和のライダーシリーズ終盤恒例の再生怪人軍団が登場することもなかった――3部作の1話目である第52話の冒頭では、これまでにスカイライダーに倒されてきた怪人たちの回想場面でバトル要素の補填はしていたが――。
 それまでの昭和ライダーシリーズの敵の大幹部たちとも同様に、ネオショッカーの初代大幹部・ゼネラルモンスターが第17話『やったぞ! G(ゼネラル)モンスターの最後』で怪人ヤモリジンとしての正体を現してスカイライダーとの最終決戦に臨んでいたのとも異なり、魔神提督はその最後に怪人の姿に変身することもなく、ドラマの比重が極めて高いものとなっているのだ。


 しかしながら、最終回3部作の第1部である第52話から、荒木しげるが演じた7号ライダー『仮面ライダーストロンガー』(75年)に変身する主人公・城茂(じょう・しげる)が登場する!
 第2部である第53話からは、佐々木剛(ささき・たけし)が演じた、『仮面ライダー』(71年)第14話『魔人サボテグロンの襲来』~第52話『おれの名は怪鳥人ギルガラスだ!』で、主人公を務めた仮面ライダー2号に変身していた一文字隼人(いちもんじ・はやと)も登場するのだ!
 そして、最終回である第54話では、ストロンガーと2号ライダー以外の世界中に散っていた仮面ライダーたちもその全員が日本へと集結! ネオショッカー大首領と8人ライダーが総力戦を繰り広げてみせるのだ!――おそらく予算の都合で、2号ライダーとストロンガー以外は変身前の俳優は登場させられずに、そのボイスも声優によるものではあったのだが――


 ネオショッカー大首領の正体は、


・『仮面ライダーX(エックス)』(74年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20141005/p1)第22話『恐怖の大巨人! キングダーク出現!!』~最終回(第35話)『さらばXライダー』に登場した敵組織・GOD(ゴッド)の大幹部「キングダーク」
・『仮面ライダーストロンガー』最終回(第39話)『さようなら! 栄光の7人ライダー!』に登場した、『ライダー』初作の敵組織・ショッカーから『ストロンガー』シリーズ前半の敵組織・ブラックサタンに至るまでの、歴代組織の真の黒幕であった「岩石大首領」


 などのように巨人サイズの存在だったのだが、しかしそれらともまた差別化はされており、大きな両翼を生やした巨大ドラゴン型の怪獣としての外見を持っていた。着ぐるみ以外にも実物大想定サイズの巨大な頭部や腕・足・シッポの造形物まで用意されて、それらと戦うかたちで8人ライダーが肉弾アクションも披露した。
 ネオショッカーのドクロ暗殺隊によって命を落としてしまった母親から大首領の急所が右足のウラにあることを聞かされていた洋=スカイライダーは、母の命を奪ったドクロ暗殺隊のボーガンで大首領の急所を撃つ!
 これに怒った大首領は東京上空で酸素破壊爆弾を爆発させようと大空に舞う! それを阻止するために8人ライダーたちはスカイライダーが重力低減装置を用いて発揮する飛行能力・セイリングジャンプも駆使して大首領の巨体を持ち上げて、大気圏外で大首領もろとも酸素破壊爆弾を爆発させて、大空の彼方に散っていく……


 本誌『仮面特攻隊2010年号』に掲載された森川由浩氏の調査による『(新)仮面ライダー』関東・中部・関西の全話視聴率表によればこの最終回は、関東では15.1%、関西でも20.8%、中部に至っては実に23.0%もの高視聴率を稼いでいたのである!
 この勢いはそのまま80年10月から放映が開始された次回作『仮面ライダースーパー1』へと波及して、1クール目の平均視聴率が、関東では13.9%、関西では19.8%、中部では20.5%と、その好調ぶりがハッキリと数字に表れている。
 その期間に該当する『80』3クール目の平均視聴率は、関東では8.4%、関西と中部は同じく11.1%に過ぎない。『スーパー1』のほぼ半分くらいの数字しか稼ぐことができていなかったのだ(汗)。


 続く81年1~3月相当の『スーパー1』2クール目の平均視聴率は、関東が12.8%、関西が19.4%、中部が18.6%と、1クール目に比べるとわずかに下がってはいるものの、同時期の『80』4クール目の平均視聴率が、関東が8.9%、関西が12.8%、中部が12.3%だったのに比べれば、やはり大きく上回ってはいたのである。
 これに対して『80』の最終回は、関東が11.3%、関西が14.7%、中部が14.5%に過ぎない。『ライダー』との差は歴然としているのだ。


 なぜこれほどまでに差がつけられてしまったのだろうか? 近年ではウルトラシリーズの商品的価値の凋落ぶりがよくささやかれるようにもなっている。しかし筆者としては、すでに30年も前からその兆候があったようにも思うのだ。


 『80』も『(新)仮面ライダー』も、その最終回はともにどちらかと云えばドラマ主導のストーリーとなっていた。しかしながら、後者の場合は歴代の仮面ライダーが全員集合して最終決戦に挑むという高いイベント性をも兼ね備えてはいたのである。


 『(新)仮面ライダー』では、


・第20話『2人(ふたり)の仮面ライダー もう1人(ひとり)はだれだ!』~第21話『ストロンガー登場! 2人ライダー対強敵2怪人』の前後編に、仮面ライダーストロンガー
・第23話『怪人ムササビ兄弟と2人のライダー』に、仮面ライダーV3(ブイスリー)!
・第26話『3人ライダー対ネオショッカーの学校要塞』に、ライダーマン仮面ライダーX!


 このように、2クール目の後半から歴代ライダーが度々ゲスト出演することによって、それまではやや低迷していた番組の人気が急上昇することとなったのだ。


 さらに3クール目の序盤である第27話『戦車と怪人二世部隊! 8人ライダー勢ぞろい』~第28話『8人ライダー友情の大特訓』の前後編、同時期に公開された映画『8人ライダーVS(たい)銀河王』(80年3月15日・『東映まんがまつり』枠内にて公開)では、当時の全ライダーである8人ライダーが大集結!
 そして、第31話『走れXライダー! 筑波洋よ死ぬな!!』以降、第40話『追え隼人! カッパの皿が空をとぶ』に至るまで、それまでは変身後の姿のみで、その声も劇団テアトル・エコーの声優たちが歴代ライダーの声を担当していたのとは異なり、歴代シリーズで主人公を演じてきた俳優ご本人たちまでもが次々とゲスト出演を果たして、変身ポーズまでをも披露するという、超イベント編がなんと「10週連続」で放映されたのだった!


 『(新)仮面ライダー』第29話以降の新エンディング主題歌も、そのものズバリの『輝け! 8人ライダー』とすることで、ここでも先輩ライダーの存在を前提としている作品自体の「世界観」を最大限に象徴させている。
――世代人であればご承知の通り、この名歌曲のイントロでDJ風の実にカッコいい英語での叫びを披露していたのは、80年代の土曜深夜に放映されていた洋楽番組『ベストヒットUSA』(81~89年)の司会で人気を博する小林克也(こばやし・かつや)であった――


 70年代~80年前後は、小学館学年誌・児童漫画誌コロコロコミック』・児童誌『てれびくん』で、ウルトラシリーズのウラ設定の大特集記事が大々的に組まれていたことはご承知のことだろう。
 しかし同時期には、講談社の『テレビマガジン』や徳間書店の『テレビランド』といった月刊幼児誌でも、毎号のようにカラーグラビアや別冊付録で「8人ライダー」の特集記事が組まれていたのだ。


 そう、「ウルトラ兄弟」たちのようにスカイライダーもまた、『(新)仮面ライダー』という作品の主人公でありながらも、先行する歴代ライダーシリーズの作品世界とも直結した広大なる「設定」と「世界観」を有した、単発の特撮ヒーロー作品とは一線を画している「格上」のヒーロー作品として、子供たちの目には映っていたのだ。
 しかも、それは『秘密戦隊ゴレンジャー』(75年)のような5人がそろわないと敵怪人を倒すことができない、個々では弱い「集団ヒーロー」とも異なっている。自身の看板作品を持っている「単体ヒーロー」たちが集った、「格上」の存在である「超・集団ヒーロー」といった風格をも醸していたのだ!


 そのような児童間での受容のされ方をも後押しとしつつ、歴代ライダーのゲスト出演を最大限のウリともすることで、『(新)仮面ライダー』は視聴率面=人気面でも成功したのであった……


 ひるがえって、ウルトラシリーズのマスコミ上での展開をおさらいしてみよう。小学館の『てれびくん』や各学年誌における『80』特集記事でも実は当時、歴代の「ウルトラ兄弟」たちはほぼ毎月登場してはいた。
 しかし、肝心の『80』という作品本編では、「ウルトラ兄弟」や「ウルトラファミリー」をまったくウリにすることはなかった。シリーズも終盤に至っていた第38話『大空にひびけウルトラの父の声』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110115/p1)で「ウルトラ兄弟」たちの義父である「ウルトラの父」がエイティこと主人公・矢的隊員が見た幻影のようなかたちで登場した程度である。第44話『激ファイト! 80VSウルトラセブン』に登場したウルトラセブンも偽者にすぎなかったのだ。これでは先輩ヒーロー客演のカタルシスには欠けようというものだ。


 『80』本編での先輩ヒーロー客演といった「イベント」面での弱さが、そしてそれを最終展開でも有効に活用してみせるような「シリーズ構成」的な発想の欠如が、その最終回を子供たちが単純に喜べるかたちで盛り上げることにおおいに水を差す結果となっているのだ。



――満田さんとしては、どのような最終回にしようと思われましたか?
「最終回は悲壮な終わり方ではなく、とりあえず用事ができたから、いったんウルトラの星へ帰るみたいな感じですよね。視聴者には、数年経ったらまたウルトラマンに会えるんだっていう期待感を持ってほしかった。当時は最終回といっても、2~3年もすればまた次のウルトラマンが製作できると思っていたんだよね。『セブン』の時なんかは、個人的にもこういうヒーローものは二度と作れない、本当にこれで終わりだぞと思ってやった。だけど『帰ってきたウルトラマン』が始まって4シリーズを製作できた。また同じように『ザ★ウル』から『80』になった。そういう流れがあったので、当時はこれで終わりだという気持ちが薄かったというのが正直なところです。そういう意味では僕たちの考えが甘かった、というのはありましたね」

(『君はウルトラマン80を愛しているか』満田かずほインタビュー)



 『ウルトラマン80』が終了して『ウルトラマンティガ』が製作されるまでの間に、2~3年どころか15年半もの長い空白期間が生まれてしまったのは、つまるところ、『80』本編で先輩ウルトラ兄弟たちがひんぱんに客演しなかったことに尽きるのではなかろうか?


ウルトラマン80』最終回 ~第2期ウルトラシリーズ各作の最終回でも欠如していたスケール感やヒーロー大集合要素!


 私事で恐縮だが、筆者は『帰ってきたウルトラマン』~『ウルトラマンレオ』に至る第2期ウルトラシリーズを、幼稚園児から小学校低学年にかけてリアルタイムで視聴してきたオジサンである。


・『帰ってきた』第18話『ウルトラセブン参上!』に客演したウルトラセブンへの興奮
・『帰ってきた』第38話『ウルトラの星 光る時』では、初代ウルトラマンマンとウルトラセブンがおのおのの主題歌に乗って、帰ってきたウルトラマンを救出するために登場して、変身前のハヤタ隊員とダン隊員の姿でも共演を果たした場面
・『ウルトラマンA』第5話『大蟻超獣対ウルトラ兄弟』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060604/p1)では、ウルトラ兄弟の長男・ゾフィーがエースの危機に駆けつける場面
・『ウルトラマンA』第14話『銀河に散った5つの星』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060805/p1)では、ゴルゴダ星で十字架に磔になっているウルトラ4兄弟をバックに繰り広げられる、ウルトラマンエースVS異次元超人エースキラー
・『ウルトラマンA』第27話『奇跡! ウルトラの父』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20061105/p1)では、地獄星人ヒッポリト星人に敗れたウルトラの父を兄弟たちが葬送する場面
・『ウルトラマンタロウ』第34話『ウルトラ6兄弟最後の日!』での、ウルトラ6兄弟VS極悪宇宙人テンペラー星人の白昼での決戦
・『ウルトラマンタロウ』第40話『ウルトラ兄弟を超えてゆけ!』では、オープニングに「35大怪獣・宇宙人」の名前がズラッと並んでいるのにワクワクして、当時の学年誌に「兄弟たちとの戦いで(暴君怪獣)タイラントは疲れているし、地球に来るまでにタロウはじっくりと作戦をたてることができるので、きっとタイラントに勝つだろう」と書かれていたこと(笑)


 しかしその半面、『帰ってきた』も『A』も『タロウ』も『レオ』も、どの最終回もリアルタイムで視聴した際の記憶はまったく残っていないのだ。
――『帰ってきた』最終回自体の記憶はないのだが、『帰ってきた』終盤に数週オンエアされた『A』の新番組予告編を観た記憶は残っていて、タイトルが変更前の『ウルトラA』だったことまで鮮明に憶えている。そこにはやはりウルトラ5兄弟が勢揃いしている姿があったのだが!――


 これらは筆者の極私的な感慨ではない。特に濃ゆい特撮マニアではなくとも、同世代の人間たちにも共通する最大公約数的な感慨なのだ。


 ここまでは、第2期ウルトラシリーズにおける先輩ヒーロー客演のイベント編の存在を賞揚してきた。しかし、賢明なる特撮マニア諸氏であればご存じの通り、第2期ウルトラシリーズでもイベント編は例外的なエピソードではあったのだ。
 基本的には第2期ウルトラシリーズは、TBS側のプロデューサーである橋本洋二の意向で、「SF性」や「娯楽活劇性」よりも「テーマ性」や「ドラマ性」を重視することが脚本家たちには要求されていた。それはそれで作品的な稔りにもつながったのは事実だ。1960年代以前や70年代後半以降のジャンル作品には見られない、独自のニガ味がある高度な「人間ドラマ」や「児童ドラマ」も達成されてはいたのだ。
 そして、筆者自身もそのようなエピソードの良さを「第2期ウルトラ再評価」と称して賞賛していたりもする。しかし、そこにはウラハラな気持ちもあるのだ。長じてからその「テーマ」や「ドラマ」の高度さがわかる子供向け番組なぞは、それ自体が矛盾であり失敗なのではないのかと……


 とはいえ、橋本プロデューサーの本意ではなかったとしても、第2期ウルトラシリーズではその各作のシリーズ中盤では高い「イベント性」を兼ね備えた先輩ヒーロー客演編が続出していた。そして、そのときの大興奮をよすがにして、当時の子供たちはまたその興奮を味わいたくて、ウルトラシリーズの通常編もガマンをして鑑賞していたのかもしれない。そういう意味においては結果的にはバランスが取れていたのかもしれないのだ(笑)。


 しかし、第2期ウルトラシリーズ各作の最終回に対して、当の子供たちはどう感じていたのであろうか? たしかに長じてから再鑑賞すると、そのテーマ性は高度なのである。レギュラーの少年キャラをドラマの中心に据えているために、そのテイストはややチャイルディッシュではある。幼児はともかく当の児童たちには、自分たちの年齢に近しいからこそ子役たちの演技が鼻についたりもするだろう。そんな「日常」的な所帯じみた同年代の子役たちよりも、ヒーロー・怪獣・スーパーメカ・原色の制服姿の隊員たち・天変地異・ビル破壊・大宇宙・爆発ドンパチ・大格闘! などといった「非日常」の映像こそをもっと見せてくれヨ! などとも想っていたことだろう。
 そんな彼らに対しては、第2期ウルトラシリーズ各作の最終回は大変残念ながらも訴えかけるところが少なかったのではあるまいか?


・『仮面ライダー』最終回(第98話)『ゲルショッカー全滅! 首領の最後!!』では、1号ライダー&2号ライダーのダブルライダーとゲルショッカー再生怪人軍団が決戦を繰り広げていた!
・『マジンガーZ』(72年・東映動画→現東映アニメーション フジテレビ・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200119/p1)最終回の先行上映版でもある劇場版『マジンガーZ対暗黒大将軍』(74年3月16日・『東映まんがまつり』枠内で公開)では、マジンガーZの危機に後番組『グレートマジンガー』(74年・東映動画 フジテレビ)が助っ人参戦してその圧倒的な強さも見せていた!


 両作ともにテーマらしいテーマはさほどない。通常回とは異なるスケールの敵の大軍団が押し寄せてきて苦境に陥るも、2大ヒーローが押し返してみせるカタルシスの実現が主眼となっているだけである(笑)。


欠損家庭を描いたのは第2期ウルトラだけにあらず! 70年代前半作品の特徴! しかしバトル&爽快な共演に徹した2大作品が勝者に!!


 もう少し細かく云わせてもらうと、第2期ウルトラシリーズに登場したレギュラー少年たちは、いずれも欠損家庭の子供たちであった。これは実は第2期ウルトラシリーズ特有のものではない。70年代前中盤の小学館の各学年誌などには、このようないわゆる『家なき子』や『母をたずねて三千里』パターンの連載読みものなどが必ずあったものなのだ。
 テレビアニメでも『昆虫物語みつばちハッチ』(70年)や『樫の木モック』(72年・『ピノキオ』のアレンジ)や『けろっこデメタン』(73年)などといった、70年代後半以降のモノサシで測れば子供向け番組としてはやや陰気で物悲しい番組(汗)が隆盛を極めてもいた。
 これらは純真無垢で牧歌的なテイストの作品が多かった1960年代の草創期テレビアニメの作品群ともまた異なるカラーを持っている。それはなぜなのだろうか? その理由を推測してみるに、おそらく草創期のテレビアニメや特撮をつくってきたスタッフたちの練度もこの時期にはちょうど高まってきており、そろそろ彼らも独自の「テーマ性」や「ドラマ性」、もっと云ってしまえば「作家性」とでもいうべきものを担当作品で前面に押し出してみたい! ……といった願望が発露されていたのではなかろうか?


 加えて、当時のつくり手たちは、昭和10~20年代生まれの世代が中心であった。つまりは太平洋戦争や終戦直後の焼跡闇市を体験、戦災孤児なども目撃してきた世代でもあったのだ。そんな彼らが長じて当時の子供たちに向けてつくった作品が欠損家庭ものや『家なき子』ものであったことは当然のことだったのかもしれない。
――たとえば梶原一騎原作の大人気テレビアニメ『タイガーマスク』(69~71年)の正体である伊達直人(だて・なおと)青年なども戦災孤児上がりであり、そんな彼がファイトマネーを孤児院に寄付しているといった描写がその端的なものだろう――


 とはいえ、そこに先の大戦の匂いをかすかに感じつつも、両親の庇護の許でヌクヌクと平穏な70年代の昭和元禄の時代を生きている当時の子供たちにとっては、それらは遠いむかしの歴史の1ページでもあったのだ(汗)。
――「平穏な70年代」などと記してしまったが、60年代を舞台にした映画『ALWAYS(オールウェイズ) 三丁目の夕日』(05年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20080316/p1)などにもいえることなのだが、70年代や60年代や昭和の時代を美化して回顧しているのもまた、当時はまだ子供であった世代たちであって、すでに当時はオトナであった世代の人間たちから見れば、いろいろな気苦労や不便や経済的貧困に対して不平をカコっていた時代であった可能性も高いのだが・汗――


 そして、70年代前半においては、第2期ウルトラシリーズも『みつばちハッチ』も『樫の木モック』も『けろっこデメタン』も相応には人気を集めつつも、当時の子供番組の覇者になったワケでもなかったのだった。
 30分尺の前半Aパートでも後半Bパートでも、ほぼノン・テーマで「戦闘」や「攻防」の楽しさをゲーム的に全編を通じて描くことに徹していた『仮面ライダー』シリーズと『マジンガーZ』シリーズ。この2大シリーズが結局はあの時代の王者に登り詰めていくのだ(笑)。



 だから、今後の特撮変身ヒーロー作品が進むべき道は、もっと「戦闘」色を強くして、そして長大なる全シリーズを全肯定して、時に先輩ヒーローも客演してみせる路線にこそ、活路があるのではなかろうか!?


 まぁ、本稿執筆時点でもある2011年11月現在でも、


・11年12月公開の映画『仮面ライダーフォーゼ×仮面ライダーオーズ MOVIE(ムービー)大戦 MEGAMAX(メガマックス)』には、昭和の7人ライダーが登場!
・12年1月公開の映画『海賊戦隊ゴーカイジャーVS(たい)宇宙刑事ギャバン』には、放映30周年を記念してかメタルヒーローの元祖『宇宙刑事ギャバン』(82年)が登場!
・12年3月公開の映画『ウルトラマンサーガ』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20140113/p1)でも、ウルトラマンゼロウルトラマンコスモスウルトラマンダイナ・昭和のウルトラ兄弟が登場!


 などなど、筆者が特に声高に叫ばなくても、すでにそうなっちゃっていますけど(笑)。


ウルトラマン80』最終回が提示した「依存心」の問題に対するひとつの解! ~25年後の正統続編『ウルトラマンメビウス』!


 先輩ヒーローが客演する「イベント編」の絶大なる効果についての考察をつづってきた。


 それでは、ナマ身では弱い個人としての人間たちがどうしても抱いてしまう超人や英雄たちへの「依存心」の問題については、どのようにして解決すべきなのであろうか?
 怪獣退治が専門である防衛組織が子供たちにも不要に思われないためにはどのようにして描写すればよいのであろうか? 昭和のライダーガールズたちがショッカーの人質要員(笑)にとどまらないためにはどうのように描写すればよかったのであろうか?


 これについても、ジャンル作品の歴史自体がまたもうすでに実に長大であったというべきか、そのようなことをマニア諸氏も、そしてマニア上がりでもある世代交代を遂げたスタッフ諸氏も、脳内の片スミで人生途上に延々と黙考を重ねてきたのに違いない。いかに我々は浮世離れした奇人変人・ヒマ人たちの集団であったことか?(笑)


 そのひとつが、『ウルトラマン80』の25年後の世界を舞台とする昭和ウルトラシリーズの直系続編として製作された、はるか後年の『ウルトラマンメビウス』である。
 同作では、怪獣に苦戦しがちな新米ウルトラマンであるウルトマンメビウスに、防衛組織・GUYS(ガイズ)が歴代シリーズの侵略宇宙人たちの円盤の残骸などを研究して構築したオーバーテクノロジーメテオールなる超絶科学技術を駆使して逆転のチャンスを与えて、それが勝利につながるといったパターンがひんぱんに描かれることとなったのだ。
 もちろんヒーローを活躍させる作品である以上は、ウルトラマンに対する「依存心」自体は完全に霧消したワケではない。それについては当然のことながら残ってはいるだろう。そして、それがなければ防衛組織の隊員たちはウルトラマンメビウスに即座にウルトラの星へ帰れ! と要求しなければスジも通らなくなる(笑)。
 しかし、防衛組織の隊員たちがそのカッコいい超テクノロジーを駆使して敵怪獣を翻弄してウルトラマンをもサポートする姿で、「防衛組織の無用論」や「ヒーローへの依存心」の問題は完全解決はしなくてもかなりの程度に緩和ができてはいるのだ。同作を観ていた子供たちは「メビウスさえいれば、GUYSなんていらないじゃん!」などとは云わなかったことだろう(笑)。


 ここに『80』最終回や歴代ウルトラシリーズが提示してきた「根本問題」に対する「ひとつの解答」があるともいえるのだ――あくまでも「ひとつの解答」であって、その他にもまだ見ぬ「オルタナティブな解答」がいくつもあることだろうが――。



 そして最後に……


 『80』最終回の最大にして最後の欠点。それは、『80』第1クールで展開されてきた、矢的隊員が中学校の教師も兼任していた「学校編」の存在を無視してしまったことであろう(汗)――その点では、同様に第1クールのみで描写されてきたセイリングジャンプやライダーブレイクを最終回3部作では復活させた『(新)仮面ライダー』はエラいのだ――。


 『80』「学校編」に格別な思い入れがないマニア諸氏でも夢想したことがある御仁は多いだろう。もしも「学校編」の設定があのままで続いていたならば、終業式や卒業式の日に桜ヶ岡中学校に怪獣が襲来してきて、生徒たちの目の前で矢的先生がエイティに変身! 怪獣を倒して最後のメッセージを生徒たちに託して去っていく……などという「オルタナティブな最終回」もありえたであろうにと……


 もちろん、これに関しても、ウルトラマンエイティが客演を遂げた『ウルトラマンメビウス』第41話『思い出の先生』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070218/p1)で、四半世紀後の最上級のフォローがなされたワケではあるので、個人的にはもう思い残すこともないのだが(笑)。



 蛇足として小さなツッコミも……


 今回の『80』最終回では、UGMによるジャイアントボール作戦が失敗しかけた際に、涼子が矢的とともに当然のように女ウルトラマンユリアンに変身しようとUGM作戦室を飛び出していく……


 前話である第49話のラストで、矢的が涼子に共倒れになることを避けるために変身を禁じていたというのに、矢的が涼子の変身を今回は認めているのはどうしてだろうか?
 それはもちろん、矢的ことエイティが涼子ことユリアンの戦闘能力の高さを認めたから、あるいは今回の怪獣マーゴドンが前回の怪獣プラズマ&マイナズマをも上回る強敵だから、もっと云うならその両方の理由で! といったところでユリアンの参戦を瞬時に容認してみせた…… といったところが、好意的な深読みによる模範解答といったところだろう(笑)。



<こだわりコーナー>


*「ラストで長谷川さんと新宿の街を歩くシーンで、なんだかすごく自分の本意ではない服を着せられているんですよね(笑)。もっと可愛い服を着たかったんですよ!」

(『君はウルトラマン80を愛しているか』星涼子役 萩原佐代子(はぎわら・さよこ)インタビュー)



 ラストで地球最後の一日を楽しむ矢的と涼子の場面では、矢的は赤いトレーナーに黒っぽいパンツ、涼子は白いトレーナーにピンクのスカートと、かなりラフなスタイルである。個人的にはこの際の涼子の格好は充分に可愛いと思えるのだが(笑)。
 『ウルトラ情報局』11年2月号にゲスト出演した際の萩原の衣装は、パープルのボディコン風ワンピースであり、丈もかなり短くて、その美脚からはフェロモンをプンプンと発散! そして10年10月9日(土)に東京・銀座の博品館(はくひんかん)劇場で開催された『ウルトラマン80 30周年記念★“奇跡の”ファン感謝祭! あっ、君も私も大人になった』(笑)にゲスト出演した際にも、やはり黒のボディコン風ミニワンピース姿であった。どうやら萩原はこうしたファッションの方がお好みのようである。


*矢的と涼子のお別れパーティの中で、多くの料理が置かれたテーブル中央の目立つ位置に、第39話『ボクは怪獣だ~い』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110122/p1)でも少年怪獣テツオンが食べていた、江崎グリコのチョコレート菓子『ポッキー』がワイングラスに入れて置かれている。グリコは当時のコマーシャルで「ポッキー・オン・ザ・ロック」と称して、『ポッキー』をワイングラスのお酒に浸(ひた)して食べるという、奇妙な食習慣を流行らせようとしていた(笑)。しかしながら、


「料理がいっぱいあって真ん中にチョコレートがある! そんなもんに誰が手を出すんだ!?」


 などと、80年12月30日にフジテレビで放送された、視聴率も32.6%(!)に達していた2時間特番である火曜ワイトスペシャル『THE MANZAI 5(ザ・マンザイ・ファイブ) グランプリ! 銀座博品館劇場から生中継!』で、当時は人気絶頂だった漫才コンビ・ツービートのビートたけしが格好のネタにしていたものだった。
 『80』最終回が放映されたのは、それから3ヶ月後のことである。同話に登場したポッキーはスポンサーの商品だから、おそらく無償で撮影用に提供してもらったものだろう(笑)。


 なお、まったくの余談になるが、『THE MANZAI 5』でツービートは、ほかのコマーシャルやテレビ番組に対してもツッコミを入れていた。たとえば長寿テレビ時代劇『水戸黄門(みと・こうもん)』(69~11年・東映 TBS)については、


「ヨボヨボのジジイが、全国なんか歩けるワケねえだろ!」
「娘、誘拐されても、お父っちゃん殺されても、『もうちょっと様子を見よう』なんてキタねぇなぁ~」
「さんざん人が殺されてから、『控え~控え~控え~~』なんて出てきやがって! はじめから出てこい! このクソジジイ!!」


 などと語って、爆笑を誘っていたのだ(笑)。


 まさにこの『80』と同じ1980年4月から放映が開始された特番『THE MANZAI』シリーズで空前の大漫才ブームが到来して、それが時代の転轍機ともなったのだ。
 先の『水戸黄門』をチャカしたのと同様の論法で、熱血青春学園ドラマの独特のパターンなども、「クサいもの」「オカシいもの」「笑い飛ばしてもよいもの」となっていく……(汗)


 70年代前半のフォークソング、70年代後半のニューミュージックと、70年代の若者文化は先行する明るい60年代の若者文化と比すると、ウラぶれた優しさやコジらせた自意識を歌うといった、ややダウナーで内省的な空気があったものである。我々のような内向的でマニア気質がある元祖オタク・タイプの少年や若者たちにとっては、そこに自身の存在も許容されているような救いも感じていたのだが……
 しかし、80年代にはそのような者たちを包摂してくれるような「青春」が訪れることはなかった。この時代に思春期・青年期を迎えた内向的な性格類型の者たちは時代に裏切られた気持ちにとらわれることになり(笑)、それは89年夏の幼女連続誘拐殺人事件の犯人の正体がいわゆるオタク青年であったことでトドメを刺されることになるのだが……(爆) それもまた余談ではあって、あの時代の空気の急激な変化についても、脱線的にふれてみたことについてはご容赦を願いたい。


2011.11.13.
(初出・当該ブログ記事)


仮面ライダー(新)』総論 ~スカイライダーの〈世界〉!

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ウルトラマンメビウス』#41「思い出の先生」 〜80客演!

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ウルトラマンエース』(72年)最終回「明日のエースは君だ!」 ~不評のシリーズ後半も実は含めた集大成!

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『ザ☆ウルトラマン』(79年)最終回 #47「ウルトラの星へ!! 第1部 女戦士の情報」

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100328/p1

『ザ☆ウルトラマン』(79年)最終回 #48「ウルトラの星へ!! 第2部 前線基地撃滅」

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100404/p1

『ザ☆ウルトラマン』(79年)最終回 #49「ウルトラの星へ!! 第3部 U(ウルトラ)艦隊大激戦」 ~大幅加筆!

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100411/p1

『ザ☆ウルトラマン』(79年)最終回 #50「ウルトラの星へ!! 完結編 平和への勝利」 ~40年目の『ザ☆ウル』総括!

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200508/p1

ウルトラマン80(エイティ)』(80年)最終回 #50「あっ! キリンも象も氷になった!!」 ~実は屈指の大名作!

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210315/p1(当該記事)



「あっ!キリンも象も氷になった!!」~実は屈指の大名作!
#ウルトラマン80 #ユリアン #矢的猛 #長谷川初範 #石堂淑朗 #満田かずほ #佐川和夫



『ウルトラマン80』全話評 ~全記事見出し一覧
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ウルトラマン80 49話「80最大のピンチ! 変身! 女ウルトラマン」 ~ユリアン登場

(YouTubeウルトラマン80』配信・連動連載)
『ウルトラマン80』#47「魔のグローブ 落し物にご用心!!」 ~ダイナマイトボール攻撃が強烈!
『ウルトラマン80』#48「死神山のスピードランナー」 ~妖怪怪獣の連綿たる系譜!
『ウルトラマン80』 総論 ~80総括・あのころ特撮評論は思春期(中二病・笑)だった!
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『ウルトラマン80』全話評 ~全記事見出し一覧


ウルトラマン80』第49話『80最大のピンチ! 変身! 女ウルトラマン』 ~ユリアン登場

合体怪獣プラズマ 合体怪獣マイナズマ登場

(作・山浦弘靖 監督・宮坂清彦 特撮監督・高野宏一 放映日・81年3月18日)
(視聴率:関東10.2% 中部13.8% 関西14.0%)


(文・久保達也)
(2011年11月脱稿)


 『ウルトラマン80(エイティ)』(80年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19971121/p1)もついに最終回の1本前。第43話『ウルトラの星から飛んで来た女戦士』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110219/p1)から登場した、その正体はウルトラマン一族の王女さま・ユリアンこと星涼子(ほし・りょうこ)隊員が、女ウルトラマンである巨人としての勇姿を初披露するイベント編でもある。


ナレーション「そのころ、夜12時になると正体不明の怪電波が乱れ飛ぶという現象が続いていた。この怪電波の正体を突きとめるべく、すでにUGMは動き出していた」


 その正体はウルトラマンエイティこと我らが主人公であり、防衛組織・UGMの隊員でもある矢的猛(やまと・たけし)。そして、ウルトラ一族の王女・ユリアンこと星涼子隊員。夜空を彼らふたりが搭乗してUGMの戦闘機・シルバーガルが飛行している。


 その機体の底部からは怪電波をキャッチするためのセンサーが迫り出してくる。しかし突如として乱気流が発生して、シルバーガルは強行着陸せざるを得ない事態に追い込まれる!


 機体底部から白いジェットを噴射して垂直着陸するシルバーガル。超低アングルでのカメラ位置によって、ジェットが地面でハネ返されて、上空へと舞い上がっていく様子までもが克明に映し出されている。


 その一帯で怪電波の調査を始めた矢的隊員と涼子隊員。


 だが、まもた突如として巻き起こるガケ崩れ!
 特撮ミニチュアのガケが崩れていく描写に続いて、彼らの正体はウルトラ一族であるという設定をここで有効活用して、常人離れした身体能力で高々とジャンプしたふたりの足元に、ガケが崩れていく映像をつないでいく……


 ところ変わって、防衛組織・UGMの司令室。


イトウチーフ(副隊長)「危ないところだったな」
矢的隊員「スイマセン。それで怪電波の内容はわかったんですか?」
イトウチーフ「ウン。くわしいことはわからんが、解読機によると怪獣から発信されたものに間違いない」
涼子隊員「やっぱり」
フジモリ隊員「しかし、エラいことになりましたね。受信ブラウン管がキャッチした発信場所は、東京周辺に合計14ヶ所。つまり14頭もの怪獣軍団が東京をねらってるってことに!」


 「受信ブラウン管」! 「ブラウン管」といえばアナログ時代の巨大真空管の底面に映像を表示させるテレビモニターである。
 しかし、ここでは「受信」といっていることから、1983年に稼働を開始して96年まで使用されていた、岐阜県神岡鉱山地下1000メートルに巨大空洞を穿(うが)ってその壁面全面に設置した、宇宙から飛来する素粒子ニュートリノを感知するために「光電子増倍管」のごとき電球型のような感知器なのだろうか?


 そして、14頭もの怪獣軍団が東京をねらっているという発言も!


 初代『ウルトラマン』(66年)終盤の第37話『小さな英雄』では、酋長怪獣ジェロニモンがその神通力で復活させた60匹もの怪獣軍団が、初代ウルトラマンと防衛組織・科学特捜隊に復讐するために総攻撃をかけてくる! という作戦が、同じくジェロニモンの呪術で復活したものの人間の味方である人間大サイズの有効珍獣ピグモンが発する怪獣語の翻訳によって語られていた。
 『ウルトラマンタロウ』(73年)第40話『ウルトラ兄弟を超えてゆけ!』のオープニング主題歌の映像でも、通常は巻末にクレジットされるだけのその回のゲスト怪獣名が、「35大怪獣・宇宙人登場」編だからとばかりに主題歌の後半部分の尺数を使って延々とクレジットされたことがあった。


 これらのエピソードを幼いころに初視聴した際には、「いったいどんな展開になるのだろうか!?」と胸をトキめかせたものだった。
 実際には前者は地底怪獣テレスドン・彗星怪獣ドラコ・友好珍獣ピグモンの3体だけが呪力で再生されて再登場しただけであり、後者はバンクフィルムによる過去作品の名場面集にすぎなかったワケなのだが(笑)。


 もちろん新造ではなく既存の着ぐるみの流用とはいえ、その容積が非常にカサばってしまう着ぐるみを何十体も運搬するのは時間的にも大変なので、バンやワゴンなどの自動車であれば倉庫と撮影所を何度も行き来しなければならない。あるいは、大きめなトラックを使ったとしても、相応の金額を要してレンタルしなければならない。
 特撮部分が天下の映画会社・東宝に下請けに出されるかたちで、映画用のかなり広大なステージで撮影されていた『ウルトラマンA(エース)』(72年)全話や『ウルトラマンタロウ』(73年)第29話までならばともかく、現実的には狭い特撮スタジオに怪獣の巨大な着ぐるみが数十体も入れられるワケがないのである(笑)。スーツアクターの人数に正比例して人件費も増えていくのだし……(汗)
 ということで、オイそれとは実現ができなかったウラ事情も、オトナになって「社会」や「経済」の仕組みが次第にわかってくると、自然と当時のスタッフたちの気苦労やカネ勘定も偲(しの)ばれてきて、ムチャなことは云えない気持ちになってくる――そのへんのところが偲ばれてこないような輩(やから)は、自身の世間知らずブリを恥じた方がよいと思うぞ・笑――


 とはいえ、そのへんは年長マニアにはともかくメインターゲットの子供たちには預かり知らないオトナの事情の話でもある。
 純真無垢な子供たちは、ホントに60匹もの怪獣軍団が登場するのかもしれない!? とワクワクしてしまったり、太陽系の各惑星でウルトラ5兄弟を各個撃破してきた暴君怪獣タイラントほどの強豪であるならば、末弟のウルトラマンタロウひとりだけでは倒せるハズがない! そんな弱い怪獣であるハズがない! そうであったらパワーバランス的にもオカシい!
 ならば、最後の力をふりしぼってウルトラ5兄弟がラストでは地球へ救援にやって来て、タロウのピンチにウルトラ6兄弟が共闘してタイラントをやっつける「勝利のカタルシス」が最後の最後に待っているのに違いない! と期待に胸をふくらませたものである……


 ウルトラ4兄弟の力を持った超強敵・異次元超人エースキラーを、ウルトラ5兄弟のエネルギーを結集したスペースQで倒してみせる! そういった展開には、しょせんは虚構の子供向け番組とはいえパワーバランス的に一応の「合理性」が感じられて、そこまでしなければ勝てなかった敵キャラの段違いの強豪ぶりと、それをも上回るヒーローたちの強さや奥の手の秘術といったものも感じられてきて、両者の魅力も引き立てて一粒で二度オイシいといった効果も出てくる。
 しかし、ラスボス級の敵キャラであるハズの巨大ヤプールや、ウルトラ5兄弟全員をブロンズ像に固めて一度は全滅させてしまったほどのヒッポリト星人が、ウルトラ兄弟の合体光線などではなく通常回と同じ最新ウルトラマンひとりの必殺光線一発だけで倒されてしまうのでは…… 強弱関係の辻ツマも合わないし、ヤプールやヒッポリトも最後の最後で並の怪獣レベルに零落してしまって、弱く見えてしまうのである(笑)。
 第2期ウルトラシリーズ擁護派としては忸怩(じくじ)たるものがあるのだが、そういうイベント編でのバトルの組み立て方の面では、第2期ウルトラシリーズには大きな弱点があったことは認めざるをえないのだ。


 先輩ヒーローが現役ヒーローとも共闘して、勝って勝って勝ちまくる! というような、良い意味でベタなヒーローの強さ・カッコよさ・勇ましさを前面に押し出して、子供も一般大衆も喜ぶようなサービス精神にはいささか欠けていた第2期ウルトラシリーズ
 そういった点が、ヒーローが爽快に共闘して大活躍するイベント編や最終回を有していた、同時代の昭和の『仮面ライダー』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20140407/p1)シリーズや『キカイダー』シリーズに巨大ロボットアニメ『マジンガーZ』シリーズなどと比して、70年代前半の第2期ウルトラシリーズが人気面では後塵を拝してしまった一因でもあるだろう。
 まぁ、だからといって、そこで翌週から子供たちの全員が一斉にウルトラシリーズを卒業してしまうというようなことはなかったのだとしても(笑)、その求心力をゆるやかに減少させてしまうような下策ではあったのだ。


 ただまぁ、筆者個人に限定すれば、リアルタイムでの『タロウ』第40話の初視聴時には幼すぎて、そのような不満も浮かんでこずに、ホントウに嬉しかったものだけど(笑)。しかし、そのようなあまりにも私的で普遍性には欠けている個人的な体験だけで第2期ウルトラを擁護しようとすることには説得力がないのだし、かえって読者に反発をいだかせてしまって逆効果となってしまうことだろう。それに最低年齢層の幼児にだけ作品のターゲットを合わせてそれで良し! としてしまうような言説は、児童・小学生間でのウルトラシリーズの人気の復活については今後はこれを永遠に放棄する……という意味ともイコールに等しくなるので、厳に慎(つつし)むべきだろう。



イケダ「このことが公表されると、日本はじまって以来の一大怪獣パニックが起こりますよ!」
イトウ「まったくだ。なにしろ、いつどこからどうやって攻撃してくるか? 相手が14頭もいたんじゃ見当もつかんからな」
ユリ子「まぁ」


 UGM・気象班のユリ子隊員は、「まぁ」の一言だけで済ませている(笑)。


 UGM作戦室でのこの場面では、ユリ子は一同の手前でずっと花瓶(かびん)の花の手入れをしている。これはキリスト教宗教改革で、マルチン・ルター(新教=プロテスタント創始者)が、


「たとえ世界の週末が明日であっても、私は今日リンゴの木を植える」


 と云ったという故事にならったものだろうか?


――これは危機に際してはそれに抗うことも大事だが、もう何も打つ手がなかったり、他人を押しのけてでも自分だけが生き残ろうとする浅ましくて卑劣なふるまいをするくらいならば、ジタバタと取り乱して阿鼻叫喚するような見苦しいことはせずに、平常心と感謝の念で最期(さいご)の時を迎えよう! 真っ当な日常を送る平凡な生活者としてその日、一日のやるべき仕事をした上で、気高く従容として淡々と死に赴こう! というような意味合いの言葉である――


 まぁ、単純にシナリオ上にはユリ子の出番がなかったので、撮影現場での即興で出番を付け加えただけの処置や演技付けだったのかもしれないが(笑)。



 そこに入ってくるオオヤマキャップ(隊長)。


オオヤマ「いや、その心配は無用だ」
一同「はっ?」
オオヤマ「これを見てくれ。矢的隊員と星隊員が命懸けで録音してくれた怪電波の波長をくわしく分析してみたところ、波長の特徴から見て2種類に選別できることがわかってな」
矢的「2種類に?」
オオヤマ「ン。つまり怪獣は14頭ではなく、2頭ということになる」
イトウ「では、ほかの電波は我々を混乱させ、パニック状態にさせるための撹乱(かくらん)電波だったということに」
オオヤマ「そういうことだ」


 おもわず一同から安堵(あんど)の声が漏(も)れる。視聴者からは「なんだ、たったの2頭かよ」という失望の溜め息も漏れてくる(笑)。


オオヤマ「いやしかし、2頭だからといって油断はできんぞ。撹乱電波を使うからには、そうとう高度な頭脳を持った怪獣に間違いない」


 そうだ、油断してはいけない。しかも今回は「怪獣」とはいっても、相応の知性を持った「怪獣」が登場することが言明されるのだ。


イトウ「キャップ、広報のセラを呼んで、このことを公表した方が」
オオヤマ「いや、もう少し様子を見よう。怪獣のヤツ、仲間と連絡をとっている可能性が大だからな」
矢的「それじゃあ、今まではパニック防止のために伏せていた怪獣のことを」
オオヤマ「ウン。今度は一網打尽(いちもうだじん)にするまで、それまではたとえ地球防衛軍の一員のセラ隊員にもこのことだけは……」


イトウ「(小声で)キャップ」


セラ「どうかしたんですかぁ?」


 ウワサをすればナンとやら。劇中ではなんとも間(ま)が悪いことに、いやしかし、作劇的にはなんとも間が良い絶妙なタイミングで(笑)、ここでお約束で入室してきて、視聴者に対してはメタ的な「お笑い」を提供してくれる、相変わらずオイシい役回りを務めてくれる、デブっちょのコミックリリーフであるUGM広報班・セラ隊員である。


 一同はあわててデスクに広げていた資料を片付けて、


「アレ? ちょっと、なぜそれ?」


 と問いかけてくるセラに対してスットボケる。


 「そんなことより、オマエもう少しヤセろよ」とばかりに、セラの腹をつつくイトウチーフ役の大門正明ナチュラルな小芝居がまた実にウマい(笑)。


 矢的はUGM専用車・スカウターS7(エスセブン)でパトロールに出掛ける。そして、そこで旧知の間柄であるらしいツトム少年と出会った――演じる子役の見た目からすると中学生のような印象だ――。


 誕生祝いに父親から買ってもらったというラジオの組立セットを嬉しそうに広げているツトムは、将来はUGMの隊員になることを希望しており、そのためにはメカに強くならなくては……と考えていたのである。
 ラジオの組立セット。そう、70年代~80年前後にはミニ真空管トランジスタやコイルといった素子のパーツを組み立てることで電気回路をつくって、簡易ラジオにするような子供向けのやや高額な玩具が実在しており、理系マニアの気がある少年たちはこのようなモノに執着していたことも思い出す。
 2010年に休刊となった今は亡き「学研(学習研究社)の科学と学習」(1946年~)――「1年の科学」や「6年の学習」といった月刊の学習雑誌――などの小学校高学年版にも、その客寄せとして新年度の4月号などには簡易ラジオ(鉱石ラジオ)のパーツが付録になっていたものである。


 その日の夜、自室でラジオを完成させるツトムくん。チューニングのダイヤルを回していると、天気予報の音声がスピーカーから聞こえてくる。
 それと同時に、階下からは「早く寝るように」と促してくる母親の声も聞こえてくる。こういうところはミリタリズム的な方向性でのリアリティーではないけど、所帯じみた方向性でのリアリティーではある――ただまぁ、所帯じみた方向性でのリアリティ―には「ハッ!」と視聴者を驚かすようなサプライズがないのだが・笑――。


 しかし、もう幼い子供でもないので、そうは簡単に寝れはしないツトムくん。「ロク」と名づけたポメラニアンらしき小型犬を抱き寄せて、ラジオを聞き続けている。


 やがて鳴り響く深夜12時の時報時報が鳴るとともに、置き時計の方に注目するロクの姿も可愛い。


 当時の中高生や若者間では――マセた子供であれば小学校高学年の時分から小ナマイキにも背伸びをして――、ラジオの若者向け深夜番組を聴取することが大流行しており、それがステータスでもある時代であった。
 「ラジオの組立セット」に「ラジオの深夜放送」。これもまた今となっては往時の空気が偲ばれるアイテムでもある――80年代末期以降になると、「ラジオの組み立て」については「自作パソコン」へと変わっていくのだが――。


 本エピソードの脚本を担当した山浦弘靖(やまうら・ひろやす)先生としては、おそらくそういうところでも視聴者である子供たちに、時代の空気・風潮とも接点を持たせることでの感情移入の端緒とすることを意図した導入部だったのだろうし、それがムダな行為であったとも思わない。
 しかし、当時の子供たちがウルトラシリーズに何を期待していたのか? といえば、それは1978~80年にかけて児童漫画誌コロコロコミック』で連載されていた内山まもる先生による名作漫画『ザ・ウルトラマン』や、かたおか哲治先生による『ウルトラ兄弟物語』のような、まさに大人気テレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』(74年・77年に総集編映画化・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20101207/p1)やSF洋画『スター・ウォーズ』(77年・78年日本公開・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200105/p1)を通過したあとの、大宇宙をまたにかけたウルトラ兄弟VS怪獣軍団との激闘を描くようなスペースオペラ的な作品であったことを思えば、このような試みもまた迂遠なものであったのかもしれない……



ラジオニュース「鈴木総理大臣は、アメリカのレーガン大統領と……」


 本エピソード放映当時の1981年3月の日本の総理大臣は鈴木善幸(すずき・ぜんこう)。アメリカの大統領は81年1月に就任したばかりのロナルド・レーガンであった。実際のニュース音声を流用したものだろうか? 今となっては時代の貴重な記録ともなっている。


ツトム「どっかでイイ音楽やってないかなぁ」


 ツトムがダイヤルを回していると、まるで金属音のような金切り声を思わせる奇妙な音声が鳴り響いてきた。その音声に過敏に反応して、ウナり声をあげて部屋のスミに隠れてしまって、それでも吠え続けているロク。それを不審に思っているツトムくん……


 翌日、地球防衛軍・極東エリアのUGM基地に矢的を訪ねてくるツトムくん。1520キロヘルツの周波数帯で受信されて2分くらいで聞こえなくなってしまった怪電波のことを、UGMならば何か情報をつかんでいるのではないのか? と考えた上での行為ではあった。だが……


矢的「ン、それよりツトムくん。このこと誰かに話したかい?」
ツトム「ん~ん」
矢的「お母さんやお父さんにもかい?」
ツトム「ウン、まだ話してないよ。だって夜中にラジオ聞いてるのがバレたら、叱られるだけだもん」
矢的「そうか、大丈夫。あの電波はなんでもないんだ。ただの放送局の試験電波さ」
ツトム「ホント?」
矢的「あぁ、だからもう気にしなくていい。それからこのことは誰にも云わないでおくんだよ」
ツトム「どうして?」
矢的「どうしてってその…… ヘンにウワサが広がったりすると、あとで面倒だからね。アッハッハッハ。いいね? ツトムくん、ねっ。じゃ、僕は仕事があるから。じゃ、またな」


 画面手前に駆けてきて左手に消えていく矢的隊員。その背後で怪訝(けげん)そうな顔をして矢的を見つめるツトムくんにカメラが寄っていく。奥行きと距離感のある演出が、ふたりの心の間に隔(へだ)たりが生じてしまったことを効果的に表現している。


 その夜、UGM敷地内の赤レンガ造りの建物の壁にもたれて考えごとをしている矢的の横顔が…… そこに現れる涼子の姿。


涼子「元気ないのね。どうかしたの?」
矢的「ウン。いくらキャップに口止めされてるからって、ツトムくんにウソをついたのが、どうも気になってね」
涼子「やさしいのね、猛さんって。でも、ウソといえば、わたしたち、もっと大きなウソをついてるじゃない?」
矢的「エッ!?」
涼子「わたしもあなたもホントウは地球人じゃない。ウルトラの星から来たウルトラの戦士だってこと」
矢的「そ、それは……」
涼子「わかってるわ。地球人を助けるためには、わたしたちが地球人の姿を借りなくてはいけない。そうでしょ?」


 無言でうなずく矢的。この場面はソフトフォーカスでややピントをボカして撮影することで、神秘的な印象を与えてウルトラ一族同士の特殊な会話であることが強調されている。


涼子「でも、わたしたち、いずれはこの地球を出ていくのね。この美しい星、すばらしい人たちのいる、この地球を……」
矢的「仕方がない。それが我々の宿命なんだ。だからこそ、地球人が自力で戦えるときが来るまで、僕か君のどちらかが最後まで戦って、戦い続けなくては…… いいね?」


 「ウソ」をキーワードに、隠密裏に怪獣撃滅作戦を運ぶためにツトムくんに対して吐いてみせた「ウソ」の話題からはじまって、大局を見た大義のためには仕方がなかった方便のための正当化はできる「ウソ」ではあっても、それで彼らの「後ろめたさ」が完全に解消されることもない、そんな二律背反した矢的と涼子の葛藤。
 しかして人類たちが自助努力を放棄して他力本願の自堕落に陥らないためにも、人類が自助努力で解決ができるその日が来るまではウルトラマンである正体を隠さなければならない決意を新たにする矢的のセリフで締めくくられる、深遠な話題でもある会話の流れが実に見事である。


 バストショット中心の矢的と涼子の会話の場面には、第18話『魔の怪獣島へ飛べ!!(後編)』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100829/p1)や、第43話『ウルトラの星から飛んで来た女戦士』、第47話「魔のグローブ 落とし物にご用心!!』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210224/p1)のクライマックスシーンも飾った、往年の名作テレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』の劇中音楽でも有名な川島和子のスキャットが印象的なM-17-2こと通称「無償の愛」も流されてムードを盛り上げている。


イトウ「おい、ふたりとも何してる。そろそろ怪電波が聞こえてくる時間だぞ」
矢的「スイマセン」


 ふたりのよいムードに水を差すかのように(笑)現れるイトウチーフ。


 夜12時が近づくことを知らせる、UGM作戦室のアナログ時計。放映当時の1980~81年当時にはすでに登場して売上的にも大ヒットしており、子供たちも腕時計としてハメはじめて、第46話『恐れていたレッドキングの復活宣言』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210223/p1)でもゲスト子役が魔法使い・マアジンに所望していた、当時は最先端の香りがしていたアイテムでもあるデジタル時計がここで登場しないのはナゼだ!? とあの時代の空気を知る人間ほどツッコミもしたくなる(汗)。
――しかして数年後の80年代前中盤にはもう「デジタルの腕時計なぞは子供っぽくてダサい! シックなアナログの腕時計の方がオシャレである!」と若者間でも流行が切り替わってしまうのだが・笑――


 秒針が12時に近づいていくサマをカチカチと刻(きざ)んでいくことの切迫感。それを思えば、絵面的・演出的にはやはりアナログ時計こそがふさわしかったのだろう。


 12時の時報とともに場面は、UGM作戦室からツトムの部屋へと移動する。彼が聞いているラジオからは怪電波による音声が流れ出して、やはり飼い犬のロクが尋常ではないサマで吠え出す描写が挿入されることで、異常事態がまたもや出来(しゅったい)していることが示される。


涼子「別の怪電波が。まるで呼びかけに答えているようです」
フジモリ「キャップが云った通り、怪獣が仲間を呼び寄せる合図かもしれませんよ」
イトウ「矢的、発信場所はわかったか?」
矢的「はい、大方の見当は」
イトウ「どこだ?」
矢的「ポイント・S-3-9-7(エス・スリー・ナイン・セブン)」
イトウ「キャップ、奥多摩の仁王山(におうざん)付近です」
オオヤマ「よし、夜が明け次第、調査に向かってくれ」


 ここまで引用してきた通り、UGM隊員たちのやりとりは、そのすべてが怪獣の特性に関するものである。隊員たちやゲスト子役たちのヒューマンなやりとりよりも、初代『ウルトラマン』並みに「まずは怪獣ありき」の作劇に徹している。
 『80』第31話からの「児童ドラマ編」や、第43話からの「ユリアン編」は、云ってしまえば「怪獣もの」としては「変化球」ではあった。しかし、このエピソードでは、久々に本格的で重厚な怪獣ありきの「王道」ストーリーが展開されているのだ――「児童ドラマ路線」と「本格怪獣映画路線」との間に「王道」と「変化球」の区別はつけても、過剰な優劣をつける気はないので念のため――。


 本エピソードの脚本を担当した山浦弘靖は1980~81年当時には、リアルロボットアニメの祖である『機動戦士ガンダム』(79年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19990801/p1)の富野善幸(とみの・よしゆき)監督が手掛けたリアルロボットアニメの第2号『伝説巨神イデオン』(80年)や、メインライターを務めていた人気アニメ『銀河鉄道999(スリーナイン)』(78~81年)とも並行して『80』を手掛けていた。
 氏は子供向けのヒーローものやロボットアニメや魔女っ子アニメなどを手掛ける以前からすでに、『七人の刑事』(61~69年)や『ザ・ガードマン』(65~71年)といった大人向けのテレビドラマなどでも活躍してきた御仁でもある。
――本作『80』放映終了後の1980年代になると、今度はティーンの少女向けレーベル・コバルト文庫『星子(せいこ)』シリーズなどでも人気を博する。実に多彩な引き出しを持っている方なのだ――


 第1期ウルトラシリーズでは、


・『ウルトラQ』(66年)第10話『地底超特急西へ』。第20話『海底原人ラゴン』・第27話『206便消滅す』(いずれも共作)
・『ウルトラセブン』(67年)第22話『人間牧場』・第36話『必殺の0.1秒』


 といった、「怪獣ありき」「怪獣との攻防劇中心」の作劇ではなく、かといって浪花節(なにわぶし)の人情ドラマでもない、ややクールでドライで怪獣よりも「SF性」や「怪奇性」の方を前面に押し出していた「変化球」の作品が多かったことと比較してみれば、本エピソードの基本骨格が怪獣との攻防劇になっているのは少々意外な感もある。


 もっとも、山浦氏は『80』では、


・矢的が四次元宇宙人バム星人によって4次元空間に迷いこんで、3次元世界への侵略のためにつくられた四次元ロボ獣メカギラスと戦う、第5話『まぼろしの街』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100530/p1
・残酷怪獣ガモスを追っているL85星人ザッカルが登場した、第21話『永遠(とわ)に輝け!! 宇宙Gメン85』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100919/p1
・宇宙探査船スペース7号がアメーバ怪獣アメーザに襲撃される事件にはじまる、第23話『SOS!! 宇宙アメーバの大侵略』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20101002/p1


 などといった、「まずは怪獣ありき」「まずは怪事件ありき」となっている、ワリと王道的な作品ばかりを執筆している。
 これは『80』という作品自体が、主人公が中学校の教師を兼任していたり、防衛組織の隊員たちよりもゲストたちの児童ドラマが優先されたり、最後にはウルトラの星の王女さまがレギュラーキャラとなった、ウルトラシリーズの中で考えれば「変化球」であったことから、その中での逆張りとして「変化球」を目指していたら、結果的に「王道」の「まずは怪獣ありき」「まずは怪事件ありき」になってしまった……ということなのかもしれない。
 あるいは氏にはそういった「変化球」を放ってみせるといった作劇意図もまるでなく、単に『80』の中にいつもの山浦脚本回を配置してみせると、相対的には「王道」に見えるだけ……といったことなのかもしれない(笑)。



ツトム「やっぱり普通の放送じゃない。矢的さんはボクになにか隠しているんだ。よ~し、ひとつ探ってみるか!」(指をパチッと鳴らす)


 部屋の天井から見下ろしているという奇抜なカメラアングルで、ツトムくんの部屋の全体を捉えることで、ラジオをかかえたツトムくんが横になっているベッドや机の位置、そして「べッドと戸棚の間のスキ間」に飼い犬・ロクが入りこんでいる様子(笑)までもが確認できる。


 しかし、「ベッドの下」ではなく「べッドと戸棚の間のスキ間」に飼い犬・ロクがいる。先の矢的との会話の中でツトムくんは、


「でも、ロクのヤツが。あぁ、ウチのイヌの名前さ。そのロクがすっごく怖がって、ベッドの下に隠れちゃってさぁ」


 と語っていたのだが…… ベッドの下だとこのカメラアングルの死角になるし、調達してきたベッドの下に小型犬でも入り込めるスペースがないならば、シナリオにあったシチュエーションの映像化も不可能なので、そこは視聴者の大勢にそういった疑問が浮上する前にテンポよくカットを切り替えてしまうのが「演出」というものであり「映像のマジック」でもあるのだ(笑)――広義では「洗脳」にも通じていく手法なのだが、しょせんはエンタメ作品なのだから固いことを云うのはよそう・爆――。



 翌朝、奥多摩の仁王山付近一帯を、戦闘機・シルバーガルで捜索するイトウチーフと矢的隊員。


イトウ「地上には別に変わったことはなさそうだな」
矢的「はぁ…… ちょっと待ってください!」
イトウ「どうした?」
矢的「左22度の山林がおかしな倒れ方を!」


 上空を飛行している戦闘機・シルバーガルからの俯瞰(ふかん。上から見下ろすこと)の構図で捉えられた特撮ミニチュアセット。特撮美術のスタッフたちが――おそらくは美大などから集めたバイトたちだろう・汗――いったんはていねいに植えたのだろうミニチュアの山林を、手間暇を掛けてていねいにそれらしく押し倒したのだろう。実にそれっぽく倒れているのがまた、さりげに絶妙な仕事ぶりである。


矢的「あの状態から見ると、地面の下を何か巨大な生物が移動したとしか思えませんが」
イトウ「ウン、ひとつ探りを入れてみるか? 地底ガス弾発射!」
矢的「了解!」


 地底ガス弾で吹っ飛ばされる岩山! って、付近に登山者などはいなかっただろうな?(笑)


矢的「怪獣が現れる気配はありませんね」
イトウ「すでにほかの場所に移動したかな?」
矢的「でも、仲間を待っているとしたら、ここから動かないと思いますが」
イトウ「よし、いったん基地へ戻ろう」
矢的「わかりました!」


 画面手前から奥に旋回して去っていくシルバーガル。


 そのとき、地底で光る巨大な赤い目玉が!
 今はまだそれを覆い隠すかのように、周囲の岩が崩れていくサマも効果的である。


オオヤマ「すると、仁王山の山中に怪獣が潜んでいる可能性が強いワケだな」
矢的「はい」
イトウ「しかし、相手が地面の中では攻撃の加えようがありません。といって、おびき出そうにも有効な手立てが」


 いつの間にかUGM作戦室のそばにまで入りこんでいて、それを立ち聞きしているツトムくん。地球防衛軍・UGM基地のセキュリティはどうなっているのだ!? というツッコミの余地はある描写である(汗)。


 しかし、そういえばUGMは、地底に潜んでいる怪獣を攻撃するための地底ドリル戦車は保有していなかった。


・『ウルトラマンA(エース)』(72年)の防衛組織・TAC(タック)は、ダックビル
・『ウルトラマンタロウ』(73年)の防衛組織・ZAT(ザット)は、ベルミダーⅡ世
・『ウルトラマンレオ』(74年)の防衛組織・MAC(マック)は、マックモール


 いずれも1回こっきりの登場か、未登場で終わってしまっていたのだが、これは地底世界を特撮ミニチュアで表現したり、ドリルで地面を掘り進んでいくサマを見せるミニチュア特撮には非常に手間と時間がかかるとか、「特撮の見せ場」よりも「人間ドラマ重視」であったTBS側の橋本洋二プロデューサーにそもそも「地底特撮」をそろそろやって地底ドリル戦車にも活躍の見せ場を与えてあげよう! というような発想がみじんもなかったためだろう(笑)。


 スポンサーのホピー(現・バンダイ)側や、円谷プロ側で本作『80』の企画書を執筆したスタッフ側でも、防衛組織・UGMに宇宙戦艦であるスペースマミーを保有させれば、宇宙SF流行りの当今であれば玩具も売れるだろう! という正鵠を射ている発想はあったのだろうが、単純に地底ドリル戦車のことは失念していた…… といったところだろうか?(笑)
 ただし、当時の子供たちの感覚を代弁させてもらえば、あの宇宙SF大流行の時代であっても、地底ドリル戦車のようなメカも子供たちは大スキなのであって、その玩具を発売して劇中でも噛ませではなく勇ましく活躍させてあげれば、けっこう売れたと思うのだけれどもなぁ……


 ちなみに、かの内山まもる大先生は、『ウルトラマンタロウ』の映像本編では未登場に終わってしまったZATの潜水艦・アイアンフィッシュを、小学館『小学二年生』73年8月号掲載の『ウルトラマンタロウ』コミカライズ『怪獣墓場からの脱走者』ではクライマックスに登場させている!(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210124/p1
 このアイテアはもちろん小学館側の担当編集者側のアイデアだった可能性も高いので、すべてを内山先生ひとりの功績に帰することもまたフェア・公平ではないとは思うものの、こういうところが子供心を実によくわかっているとも思うのだ。
 そう、子役のゲストドラマもよいのだが、それよりも防衛組織のメカが噛ませや前座にとどまらずに、勇ましく颯爽と活躍することこそが子供たちが最も観たいものなのだ。



 待合室らしき場所で、ツトムくんが持ってきたラジオのスイッチを入れて、70年代末期から80年代の初めに大流行していたディスコ・ミュージックをバックに踊り出してしまう広報班・セラ隊員(笑)。
 それ自体は息抜きのコミカルシーンなのだが、窓外にはそんな愉快な場面とは明らかに相反している、白いヘルメットとカーキ色の隊員服を着用した地球防衛軍の隊員たちが通行人として何人も配されていることが、ミリタリズム的なリアル感も醸し出している。


 そこに現れるツトムくん。


セラ「ツトムくん、どこ行ってたんだ? 勝手にこの奥へ入ると叱られるぞ!」
ツトム「ヘヘ~、ちょっとトイレにね。さぁ~てと、帰るとするか」
セラ「はぁ? 矢的隊員に会いに来たんじゃないのか?」
ツトム「でも忙しそうだから。また来るよ。バァ~イ」


 UGM基地の建物から退出してきて、決意を新たにするツトムくん。


「仁王山に怪獣か! よ~し、ボクだってUGMの卵だぞ! この手で怪獣を見つけてやる!」


 まだ冬の季節なので茶色く染まった枯草をかきわけて、険(けわ)しい山道を登っていくツトムくん。突然飛び出してきた鳩に驚いてツトムが腰を抜かすと、ハズみでラジオのスイッチが入って流れ出してくる音楽。それは普及がはじまったばかりで当時は最先端の楽器であったシンセサイザーが奏(かな)でる電子音メロディーであり、これもまたいかにも80年代初頭である。


ツトム「そうだ! 怪獣のヤツ、電波を出してたっけ? だったら逆に、こっちから電波を送れば呼び出せるかもしれないぞ!」


 ラジオのアンテナを伸ばして、ダイヤルを回しはじめるツトムくん。


 その逆電波に刺激を受けたのか突如、起こった地割れから合体怪獣プラズマがその巨大な姿を現した!


 その出現場面は、地割れから出現するプラズマを俯瞰して背面から捉えるといった珍しいカメラアングルも試みられている。そのために全身が黄色くて無数の青くて長い蛇腹(じゃばら)状のトゲが生えているサマもよくわかる。
 長年の特撮マニア諸氏であれば、『ミラーマン』(71年・円谷プロ フジテレビ)第3話『消えた超特急』などに登場した怪獣ダークロンの体表を一瞬連想するかもしれない。ただしご承知の通り、正面から見たその姿は地球の動物とは似ても似つかぬモロに直立した二足歩行の異形(いぎょう)の怪獣ダークロンとはまるで異なり、いわゆる爬虫類や恐竜型の怪獣ではある。


 額の先端にあるドリル状の黄色いツノ、赤い目玉の下には、鋭いキバで埋まったクチが縦に3つ(!)もあるのだ――ウラ設定では「一度に牛を50頭も食べる」のだとか・笑―― 胸には一対の青いトゲを生やしており、全身の塗装もよく見てみると真っ黄色ではなく、黄色と黒のマダラ模様である。
 まさに最終回近辺に登場すべき「最強怪獣」としての風格にあふれており、その鳴き声は初代『ウルトラマン』第32話『果てしなき逆襲』に登場した灼熱怪獣ザンボラーの声をかなりカン高くしたといった印象である。


 青空の下、オープン撮影の煽(あお)りで見上げたプラズマの姿にカブってくる、


「怪獣プラズマ」


 なる白い字幕も、ここではカッコよく見えてくる(笑)。


ツトム「で、で、出た~~~っ!!!」


 UGM作戦室で待機している矢的隊員に、ツトムくんの母親からツトムが家を出たきりで帰らないという電話が掛かってくる。ここには来ていないと告げる矢的だったが……


セラ「あれ? ツトムくんなら、さっき矢的隊員に会いに来て、すぐウチへ帰ったはずですよ」
矢的「なんだって!? まさか、僕たちの話を聞いたのでは……? キャップ、僕を仁王山に行かせてください。ツトムくんに何かあったら僕の責任です!」
オオヤマ「よし、行ってこい!」
イトウ「オレも行くぞ!」


 ツトムくんに向かって進撃してくる怪獣プラズマ!
 手前に木々を配置してそこに向かって進撃してくるプラズマと、ラジオをかかえて逃げているツトムくんを交錯させて、比較対象物との対比からプラズマがツトムくんにドンドン迫っていくサマが効果的に描かれる!
 ここでお約束で転倒してしまって(笑)、足を挫(くじ)いて動けなくなるツトムくん!


 ツトムくんのそんな姿を画面の下半分に、上半分には戦闘機・シルバーガルが画面手前に向かって飛行してくるサマを合成した特撮カットも!


矢的「チーフ、ツトムくんが! スカイダイブでツトムくんを助けに行きます! 援護お願いします!」
イトウ「よし!」


 シルバーガルのキャノピーが開いて、上空へと飛び出していく矢的隊員!
 もちろんミニチュアの人形なのだが、これまた操縦席に陣取るイトウチーフの人形も含めて、ヘルメットや隊員服の細部に至るまでもが、とても細かに塗装されている!――『ウルトラマンレオ』の某話では、同作の防衛組織・MAC隊員が撃墜された戦闘機から脱出する際に、「まっ黒け」の人形が飛び出してきたこともあったというのに・爆――


 パラシュートが開いて、地上へと降下していく矢的隊員。
 その間にもイトウチーフが、シルバーガルでプラズマに攻撃を仕掛け出す!


矢的「ツトムくん、大丈夫か!?」
ツトム「アッ、矢的さん!」
矢的「どうしてこんなところに来たんだ!?」
ツトム「だってボク、矢的さんに負けないUGMの隊員になろうと思って!」
矢的「ツトムくん、とにかくここから早く逃げるんだ! さぁ!」


 逃げようとする矢的とツトムくん。
 だが、プラズマが両腕を左右へ開いて前方へと突き出すや、額の黄色いドリル状のツノからムラサキ色の波状光線――ウラ設定では「プラス電撃光線」という名称――が発射されて、ふたりの行く手を阻(はば)むように前方の地面が陥没する!


 そして、残るもう1体の合体怪獣マイナズマまでもが出現してしまった!!


 この出現場面では、画面を対角線上で分けたかのように左下に俯瞰で捉えたロケ撮影の矢的とツトムを、右上には特撮ミニチュアセットの山林を配している。
 怪獣プラズマの光線を受けた山林が赤く明滅したあとに地面ごと陥没して、白い噴煙をあげながら怪獣マイナズマが地底からふたりの眼前に現れるサマを合成しており、今回最大の特撮カットでの見せ場である!


 やはりオープンで煽りで撮られた姿にカブってくる


「怪獣マイナズマ」


 なる白いテロップ!


 マイナズマはプラズマとは異なり、クリクリとしたまるい目が可愛らしくて、腕や脚は茶色の体毛に覆われているのでタヌキの化けものといった趣もある(笑)。
 頭部にはプラズマと同様のドリル状のツノが一対ずつ生えている。クチのキバも鋭く長くて、腹部には短いトゲが一対ずつ生えている段々腹のような装甲になっている。『帰ってきたウルトラマン』(71年)第20話『怪獣は宇宙の流れ星』に登場した磁力怪獣マグネドンや『ウルトラマンA』第47話『山椒魚(さんしょううお)の呪い!』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070324/p1)に登場した液汁超獣ハンザギランのように、背面には反り返った複数のツノで覆われてもいる。


ツトム「別の怪獣だ!」
矢的「アッ、アブナい!!」


 ミニチュアセットの山々を背景に、マイナズマのシッポが画面手前の木をカスめて迫ってくる!
 続いて、ツトムをかばう矢的を、黒と黄色のマダラ模様に覆われたオレンジ色の蛇腹部分に、同じくオレンジ色のトゲを生やした実物大(!)のマイナズマのシッポも襲ってくる!


 左肩を直撃されて苦しむ矢的!


 再会を喜びあうような怪獣プラズマとマイナズマ!
 山々を背景に、プラズマを画面の左奥、マイナズマを画面の右手前、その手前にはガケを配しており、奥行き・距離感・立体感に富んだカットとなっている。


 なお、今回は怪獣のスーツアクターとして、本作『80』ではシリーズ後半ではレギュラーでゲスト怪獣を演じてきた佐藤友弘と、第44話『激ファイト! 80vs(たい)ウルトラセブン』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110226/p1)で「妄想ウルトラセブン」を演じた渥美博の両名がクレジットされている。おそらく出番が多いプラズマの方を佐藤が、マイナズマを渥美が演じていたのではなかろうか?


オオヤマ「なに!? 2頭目の怪獣に矢的が!?」
イトウ「矢的のヤツ、かなりのケガをしている模様です!」
オオヤマ「よし、すぐ応援をやる! フジモリ・イケダ・星、出動!」
フジモリ・イケダ・涼子「了解!」


 画面の左奥には怪獣プラズマ、その手前には山林を配して、画面の左手から飛行してきた戦闘機・シルバーガルがプラズマへの攻撃をはじめる!
 白い噴煙が上がった様子を画面の右手前にいるマイナズマが振り返って、シルバーガルは画面右手へと消えていく、奥行きと立体感を見事に表現したベテラン・高野宏一による特撮演出も光っている。


 怪獣プラズマは両腕を前方に突き出して、左右に開くや胸の一対の青いトゲから白い波状光線を発射した!
 からくも逃れるシルバーガル!


 まるで変身ヒーローのように光線発射ポーズをバッチリと決める怪獣も珍しい。単なる野良怪獣ではなく、相応に「知性」も保持した怪獣としてのキャラ付け・演技付けといったところだろう。


 画面の手前に左肩を押さえて横たわっている矢的、奥からツトムくんが駆けてくる本編場面も、同様に奥行き感を強調することがコンセプトとおぼしき本話の特撮場面と連動させたワケでは毛頭ないだろうが(笑)、結果的に奥行きと距離感が強調されている。


ツトム「矢的さん、しっかり!」
矢的「大丈夫だ!」


 まるでそれを嘲笑(あざわら)うかのような怪獣プラズマの顔面がここでアップで映し出される!
 矢的、迫ってくる怪獣マイナズマに向かって、UGMの光線銃・ライザーガンを放った!


 やはりここでも画面の左奥にプラズマ、右手前にマイナズマという位置関係はそのままで、しかしその手前に山林を配することで画面に奥行きや立体感を与えている。
 そして、親分のプラズマを子分のマイナズマが守っているかのような、両者の関係性をも暗示してくる特撮演出。


矢的「ツトムくん、今のうちにあの岩穴に! 早く!」


 カメラに向かって狙撃している構図となった矢的。カメラの奥に向かって駆け出していくツトムくん。
 狙撃しながらもツトムを案じて、矢的が何度も後方を振り返っている演出も、もともと奥行きと距離感を強調している画面に相乗効果を発揮している。


 その右肩に銃撃が命中するも、それでも怯まずに進撃を続けてくるマイナズマ!
 自身の左肩の激痛に苦しみながらもツトムくんを守るために、ついに矢的は変身アイテム・ブライトスティックを高々と掲げた!


矢的「エイティ!!」


 ウルトラマンエイティ登場!!


 エイティは画面の右手前にいるマイナズマの背面をチョップ!
 反転して画面の左奥のプラズマにも突撃! 腹に蹴りも入れてつかみかかる!
 画面の右側に大きく映っているマイナズマが右の画面外に消えかかるや、エイティがプラズマを豪快に投げ飛ばす!


 いったん画面の右外へと消えかかったマイナズマが画面中央へと向き直す!
 画面の左奥からエイティが突進! マイナズマを画面の手前に投げ飛ばした!
 この場面は造型マニア的には、怪獣マイナズマの背面の複雑なディテールがよくわかるところがポイント(笑)。


 投げ飛ばされたマイナズマ、山々を背景に画面手前の木々やガケをナメながら大地を転げ回る!
 いつもながらに冴えわたる車邦秀(くるま・くにひで)による、悪く云えばナチュラルというよりもワザとらしくて舞踏的な、良く云えばケレン味を強調している「擬闘」(アクション演出)もさることながら、賛否や個人の好みはあるだろうが、80年代以降のヒーローものにおけるアクション演出は、そして00年前後からは海外のアクション映画なども含めて、こういう歌舞伎的な「見得(みえ)」を強調して手足をキビキビと大きく振るってみせるようなオーバーアクションの方向へと振り切れていくのであった……


 イトウチーフが戦闘機・シルバーガルでプラズマを攻撃する場面でも、凝った特撮演出が見られる。
 画面手前のエイティの両脚が画面右へと外れていくや、画面の奥にいるプラズマの手前をシルバーガルが高速で画面右へと飛んでいき、プラズマの右肩あたりに被弾による噴煙が上がるという演出だ。
 この場面のプラズマの足元にも木々が配置されており、奥行きと立体感のある画面構成は徹底している。


 エイティ、側転とバック転を連続させて、画面の左奥にいるプラズマにチョップ!
 画面の右手前からプラズマの背後に隠れるように移動してきたマイナズマにもキックを喰らわす!


 だが、プラズマから喉元に一撃を喰らったエイティは、背後からプラズマに羽交い締めにされて、マイナズマの突進も喰らって放り投げられる!


 矢的隊員の姿をしていたときにダメージを受けていた左肩をさらに痛めてしまうウルトラマンエイティ!


 プラズマ、またも両腕を前方に突き出して頭部のツノからムラサキ色の波状光線を発射!
 マイナズマもそれに応えるように両ヅノから青色の波状光線を発射した!――ウラ設定では「マイナス電撃光線」と呼称――


 「磁力」を表現するかのような「ブ~~ン」という異様な振動音が鳴り響く中で、怪獣プラズマと怪獣マイナズマは背中合わせの状態となって合体する!


ナレーション「2匹の怪獣がまるでプラスとマイナスの磁石が引き合うように合体するとは!? ウルトラマンエイティは意表を突かれた!」


 合体したプラズマの頭部のツノと胸の2本のトゲからムラサキ色の波状光線が発射される!
 それを腹部にマトモに喰らって、倒れ伏してしまうエイティ!


 勝利の雄叫びを上げるかのように両腕を挙げて、エイティに突進していく背中合わせに合体したプラズマとマイナズマ!
 そして、吹っ飛ばされてしまうエイティ!


 超ローアングルで手前の樹木越しに、宙から大地へ転がり落ちてくるエイティ頭部の映像!
 エイティはここでも左肩をかばうように起き上がることで、矢的隊員の姿であるときに受けたダメージをここでも念押ししており、エイティの着ぐるみに入っているスーツアクター・奈良光一の絶妙なダメージ演技がこれを補強する。


 エイティ、ついに両腕をL字型に組んで必殺技・サクシウム光線を発射する!
 だが、それにも怯まず、エイティへと突進してくる合体怪獣プラズマ&マイナズマ!!


 ここでも画面の手前に木々を、背景に山々を配して、画面の左側にサクシウム光線発射ポーズのウルトラマンエイティをその背面から捉えて、画面右奥から合体怪獣が突進してくる、奥行き感がある画面アングルを実現している!


 カットが切り替わって、画面の左端にエイティ、その右側に合体怪獣の姿を側面から大きく捉えられる。
 エイティのキックもかわして、ド突き倒したエイティを画面の手前にひざまづかせて、のしかかってくる合体怪獣の猛威も見事に表現されている!――ここでもエイティは左肩をかばっている!――


 エイティを援護しようと駆けつけてくる戦闘機・スカイハイヤーとエースフライヤー!


イケダ「アッ、エイティが危ない!」


 画面の左手前の小高い丘越しで、その奥に鎮座する合体怪獣の頭部のツノから、画面の右に位置しているエイティに向かってムラサキ色の波状光線が発射されてくる!
 またもたまらず吹っ飛ばされて、画面の右外へと消えていくエイティ!!


イトウ「フジモリ、ウルトラマンエイティを助けるんだ!」
フジモリ「了解!」


 画面左奥にいる合体怪獣に向かって、フジモリ隊員が搭乗する戦闘機・スカイハイヤーは画面右上から高速で急襲!
 画面右にいたエイティがその間に手前の木々をジャンプして待避する!
 イケダ隊員が搭乗する戦闘機・エースフライヤーも合体怪獣に攻撃を加える!


 だが、マイナズマの両ヅノから発射された波状光線がエースフライヤーを、プラズマの頭部のツノと胸のトゲから発射された波状光線がスカイハイヤーを撃墜する!


 山々を背景に、画面手前の木々をナメながら、両機が静かに落ちていく様子をつなげていく……


 エイティ、全エネルギーを腹部のヘソ部分にあたるウルトラバックルに集中させて、第6話『星から来た少年』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100606/p1)に登場したUFO怪獣アブドラールスや、第21話『永遠に輝け!! 宇宙Gメン85』に登場した残酷怪獣ガモスといった強敵を葬り去ってきた、無数の光のシャワーを浴びせるバックルビームを放った!


 だが、それによってついにエネルギーを使い果たして、エイティは大地へと倒れ伏してしまう!
 この場面でも画面右下の手前にはガケを、その上には木々を配して、地に伏せてしまったエイティがそれらの陰に隠れて姿が見えなくなることで、その深刻感をいや増す演出となっている。


 バックルビームを受けてさえビクともしない合体怪獣プラズマ&マイナズマは、再び本来のプラズマとマイナズマの個体に分離する!


 かろうじて撃墜された戦闘機から脱出していたフジモリとイケダの両隊員が無事を確かめあう。


イケダ「フジモリ隊員、ケガはないですか!?」
フジモリ「あぁ、大丈夫だ! イケダ、おまえこそ大丈夫か!?」
イケダ「大丈夫です! それにしてもスゴい怪獣ですね! まるで歯が立たないや!」


 この場面では、山上にいるふたりをかなり煽りのアングルで捉えている。仁王山での本編場面のこのふたりの出番はこのワンカットだけであることから、出番の多い矢的&ツトムくんとは異なり、このふたりは遠方ロケには参加していなかった可能性はある。実際には近場の小高い丘で超煽りで撮影しただけだったとしたら、それは本編演出の勝利でもある(笑)。


 胸の中央にある活動限界が迫ったことを示すカラータイマーが赤く点滅をはじめるも、エイティはかろうじて立ち上がりってマイナズマにつかみかかる!
 しかし、逆に両腕を押さえつけられて、背中にプラズマの一撃を喰らってしまう!


 まさに最終回の近辺でこそふさわしい、2大怪獣の襲来&その強敵ぶりとエイティの大ピンチではある。もちろんそれはメタ的には、サブタイトルにも謳(うた)われている、後述する女ウルトラマンことユリアンが助っ人参戦する劇中内での必然性をつくるためのものなのだが(笑)。


 エイティ、ひざまづいたところを怪獣マイナズマに吹っ飛ばされる!


ツトム「エイテ~ィ! 死なないで~~っっ!!」


 UGM専用車両・スカウターS7で駆けつける涼子!
 彼女の視線であろうアングルで、点滅しているエイティのカラータイマーへとカメラがズームする!


 エイティ、マイナズマのシッポの一撃でフラついたところを、プラズマに後ろから羽交い絞めにされて、マイナズマの方へと放り投げられる!
 さらにマイナズマにも吹っ飛ばされるエイティ!


涼子「このままではエイティが殺されてしまう! 早く、早く助けなくては…… エイティ~! しっかり! 今あたしが助けに行くわ!」
エイティ「いけない! 君まで変身してはダメだ!」
涼子「どうして!?」
エイティ「いま僕がやられても、君が新しいウルトラの戦士として戦うことができる! 万一ふたりともやられたら、地球はおしまいだ! 僕のことは構うな! いいか!?」
涼子「エイティ、あなたって人は……」


 エイティはユリアンともども討ち死にする万一の可能性を考えて、それならばここで自分だけならば死んでも構わない! と究極の自己犠牲を口にしてみせるのだ。それに感じ入ってしまうユリアンこと涼子隊員……


 第46話『恐れていたレッドキングの復活宣言』でも、両者による同様の場面が描かれている。どくろ怪獣レッドキング3代目に投げ飛ばされてカラータイマーも点滅をはじめたエイティを、涼子がウルトラの星から持参してきていたどんなケガや病気でも治してしまうというメディカルガンでエネルギーを補充しようとするのだが、エイティは即座にそれを断るというものだ。
 しかし、その意味するところは本エピソードとはやや異なる。死をも賭(と)した自己犠牲の賞揚ではなく、そこでは他人の助けに安易にすがらず苦戦はしていても自助努力でなんとか挽回してみせるエイティの姿を、ゲスト子役たちに見せようとするものであったからだ。


 今回はそのような相違にさらに加えて、涼子がその主観映像で、エイティのご尊顔に人間・地球人としての矢的の姿をオーバーラップさせていく……
 矢的と涼子はウルトラマンとしての姿の方が本体なのだから、リアルに考え出すとこの描写はオカシい。しかし、フィクションとは究極的にはリアリズムよりも象徴・寓意の方が優先する世界である。
 だから、ここではその正体であるウルトラマンとしての顔面ではなく、そういった繊細デリケートな情緒もおのずと表現ができたり、視聴者にその心情を想起もさせやすい、ナマ身の人間の役者さんの表情がある顔面をオーバーラップさせてみせるのが、ドキュメンタリーならぬフィクション作品としては正解の「演出」なのである……


 この場面では、第15話『悪魔博士の実験室』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100808/p1)に登場した実験怪獣ミュー、第19話『はぐれ星爆破命令』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100905/p1)に登場した惑星怪獣ガウス、第44話に登場した「妄想ウルトラセブン」など、悲劇的な側面を持った怪獣たちを描写する際に多用されてきた、前作『ザ★ウルトラマン』(79年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19971117/p1)の名挿入歌『怪獣レクイエム』のインストゥルメンタル――歌を抜いた演奏のみの楽曲――が使用されており、涼子の恋情も入り交じっていたであろうその心情をエモーショナル豊かに盛り上げてもいる。


 涼子の視点であろう特撮カットで、画面の右側にミニチュアの樹木を大きく映して、その左側にはカラータイマーが点滅して大地に倒れ伏したままのエイティの苦悶の表情を映し出しているのも、エイティと涼子の双方の切実なる想いが痛切に伝わってくるかのようである。


エイティ「地球を、頼む! 頼むぞ!」
涼子「エイティ~~っ!!」


 そして今、涼子の想いがついに爆発する!


 西の空に傾きかけた太陽を背にして、小高い山の上に駆けあがった涼子が煽りで捉えられる。
 いったん振り降ろした右腕を、ふたたび宙へと高々と掲げる涼子!


涼子「ユリアン!!」


 変身時の掛け声だ! 涼子が右腕にハメていた変身アイテム・ブライトブレスレットがキラリと輝く!


 ここでお約束の様式美的な変身バンク映像が流される!


 あまたの白い星がまたたく中で、宙に突き上げた右腕をいったん振り降ろして、ヒジを曲げて構えている左腕と交差させるように大きく振り回したあと、ふたたび天高く大空へと掲げてみせるように、涼子はその正体でもあるウルトラの星の王女さま・ユリアンへと姿を変える!


 そして、地球上でははじめてその可憐な姿を現してみせたユリアン
 古典的・原始的なアナログ手法だが、オープン撮影による冬の澄んだ青空をバックにして、頭部のアップからカメラが急降下していくかたちでの超煽り撮影で、その全身を見上げるようなアングルへと変化していくことで、その姿も20数倍へと巨大化したこともが示される!


イケダ「アッ、別のウルトラマンだ!」
イトウ「オッ!?」


 木々を画面の下部に配したその上で、ファイティングポーズをとったユリアンの姿を捉えたあと、カメラは次第に引いていき、手前の木々をナメながらプラズマ・マイナズマに立ち向かっていくユリアンの勇姿を長回しで捉える!


 マイナズマに左手でチョップを喰らわし、プラズマに左足で蹴りを入れてみせるユリアン
 ユリアン、プラズマに抱きかかえ上げられるが、その体勢のままで突進してきたマイナズマに両脚でキック!
 ユリアン、プラズマを逆に投げ飛ばす!
 向かってきたマイナズマにも軽くジャンプして右手でチョップ! さらにマイナズマを投げ飛ばしてみせる!


 このシーンでは、画面右側のマイナズマに攻撃を加えるユリアンが側面から捉えられている。スロー再生で鑑賞していると女性特有の艶(なま)めかしい体型である曲線美もまた絶品である(笑)。


 ユリアンの着ぐるみに入っていた清田真妃は、第1話『ウルトラマン先生』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100502/p1)~第8話『よみがえった伝説』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100620/p1)と第27話『白い悪魔の恐怖』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20101030/p1)~第28話『渡り鳥怪獣の子守歌』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20101106/p1)でエイティのスーツアクターを務めていた赤坂順一と同様に、昭和の『仮面ライダー』第1期・第2期シリーズ(71~75年・79~81年)のアクションを担当していた、あの天下の「大野剣友会」に所属していた御仁だそうである。
 彼女は『仮面ライダーストロンガー』(75年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20201231/p1)でも、故・岡田京子が演じたレギュラーキャラ・岬ユリ子(みさき・ゆりこ)が変身する女仮面ライダーこと電波人間タックルの激しいアクション時の吹き替えも務めていたそうだ。副主題歌『きょうもたたかうストロンガー』が流れるエンディングで、鉄道の上の歩道橋で敵組織・ブラックサタンの戦闘員と戦っているタックルは清田が演じているらしい。そう思って観ていると、顔が岡田とは微妙に異なっている気もしてくるが、その情報がガセであった場合には、それもまた単なる思い込みだったということにはなるのだが(笑)。
 ちなみに通常のアクション時は、岡田京子自身が変身後のタックルも演じていたそうであり、それもそれでスゴい話だが、女性のアクション俳優やスーツアクターが極度に少なかった時代というものも偲ばれてくる(汗)。


――ちなみに赤坂順一の方は、80年代末期から90年代初頭にかけては大人気であったジャニーズ事務所所属のアイドルグループ・光GENJI(ひかる・げんじ)のメンバー・赤坂晃(あかさか・あきら)の実兄だったという話もある。真偽のほどはいかに?――



 ユリアンの登場に奮起して、なんとか起き上がろうと試みるも、すぐに倒れてしまうウルトラマンエイティ。
 画面の右側にプラズマ、左側にマイナズマを、両者ともにその背面から捉えて、画面中央の奥にいるユリアンに2頭が突進するも、ユリアンはその両腕で華麗に2頭の背中にダブル水平チョップを浴びせる!


 ユリアン、さらにマイナズマに蹴りを入れて、つかみかかってきたプラズマを豪快にも投げ飛ばす!
 『80』第40話『山からすもう小僧がやって来た』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110129/p1)からの新主題歌『がんばれウルトラマン80』の長めのイントロ楽曲もかかってきて、ここではユリアンが優勢であることを音響演出面でも補強する!


 スピーディーでアクロバティックなユリアンによるアクションの連続なのだが、惜しむらくはユリアンがまったくの「無言」で戦っていることである(汗)。ここはひとつ、涼子を演じた萩原佐代子(はぎわら・さよこ)のボイスをアフレコ形式で入れてもらうか、彼女のボイスを加工してバンク音声としての掛け声を作ってほしかったものなのだが。


 しかしマイナズマも、両ヅノから青白いスジ状の光線を発射する!
 ユリアン、腹部にマトモに喰らって、両腕を上げたままでひざまづく!
 マイナズマに右足で蹴りを入れられ、プラズマに吹っ飛ばされて、大地に倒れ伏してしまうユリアン


 ユリアンのピンチに、ついに倒れていたエイティもなんとか立ち上がった!


 画面の右側に配されているマイナズマにつかみかかるも、逆に勢いに押されて、左側にいるプラズマには背後から羽交い絞めにされてしまうユリアン
 そこに突進をかけてくるマイナズマ!


 しかし、画面の右上からエイティがマイナズマにジャンピングキックを喰らわした!
 画面の手前に吹っ飛ばされてくるマイナズマ!
 ところどころに樹木が植えられたガケを手前にして、ロング(引き)の映像で捉えられた画面構成!


 ユリアン、プラズマの腹部に右手でチョップをカマして、つかみあげて投げ飛ばす!
 猛り狂っている形相のプラズマとマイナズマ!


 ユリアンは左手を差し出して、エイティを見つめる。
 体力がかろうじて復活してきたエイティを頼もしく思っていような演技でもあり、こうした細かな所作にこそ「演出」と「演技」の双方が集約されてくるのだ。


 ここでプラズマとマイナズマ、ふたたび背中合わせに合体する!


エイティ「敵はプラスとマイナスの力を合体させて何倍もの強さを持っている。我々も力を合わせて戦うんだ!」
ユリアン「いいわ、エイティ!」


 オープン撮影での澄み切った青空をバックにして、画面にはもちろん写らないトランポリンによるジャンプで、エイティが画面の右下から、ユリアンが左下から跳び上がって、両者の間には星がキラめいた!
 エイティとユリアンが組み合った特撮ミニチュアの人形が高速回転をはじめて、線画合成によって周囲に高速のウズも巻き起こって、そのまま合体怪獣プラズマ&マイナズマへと回転しながら突撃してく!
 「目には目を! 合体には合体を!」と云わんばかりの合体必殺技「ウルトラダブルパワー」が炸裂したのだ!!


――余談だが、幼児誌『てれびくん』の2008年度の1年間に連載された内山まもる大先生による漫画『ウルトラマンメビウス外伝 アーマードダークネス ジャッカル軍団大逆襲!!』(08年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210117/p1)でも、連載当時は最新のウルトラマンであったウルトラマンメビウスユリアン王女がタッグを組んで、復活を遂げてウルトラの星へと襲撃してきた名悪役・ジャッカル大魔王に対してこの「ウルトラダブルパワー」での反撃を試みているので、ウルトラシリーズ全体を愛するマニアであれば必読である!――


 エイティとユリアン、高速回転体勢を解除して、大地へ華麗に着地する。


 しかし、その直後に、


「ウッ!」


 と声をあげて、エイティはひざまづいてしまうことで、彼が負っているダメージの甚大さも重ねて点描してみせる。


 その直後、合体怪獣プラズマ&マイナスマは大爆発を遂げて木っ端微塵に粉砕された!! エイティとユリアンが勝利したのだ!


 ひざまづいたエイティをいたわるように抱き起こしてみせるユリアンの女性らしい所作がまた名演技でもある。


 エイティとユリアン、見つめ合って大きくうなずき、大空へと飛び去っていく。



ツトム「矢的さん、ゴメンね。ボクのためにケガさせてしまって。こんなことじゃボク、UGMの隊員にはなれそうもないな」
矢的「そんなことはないサ。君の勇気と向上心があれば将来、必ずいい隊員になれるとも」
ツトム「ホント? ホントにそう思う?」
矢的「ウン。その代わりにこれに懲(こ)りて、もう二度と出過ぎた危ないマネはしないこと」
ツトム「ウン」
矢的「夜はちゃ~んと早く寝ること」
ツトム「ウン」
矢的「いいね。約束するんだよ」
ツトム「はい!」(敬礼)
矢的「ン!」(敬礼)


 ツトムくんのような理系のラジオ少年が体育会系の戦闘員でもあるUGMにホントに入隊できるのかはともかく(笑)、まだまだ幼い子供たちをターゲットとする子供番組としてはこうでなくてはイケナイ!
 あるいは、現実世界でもいたいけで夢見がちな子供たちにその性格や運動神経などの適性で、ダメ出しなどをしてはイケナイ(笑)。子供たちには夢を見させて、しばらくはその方向性で努力をさせるべきなのだ(汗)。


 現実世界はイス取りゲームの世界でもあるから、その職業には向かなかったり、その専門職に就くには能力・胆力も足りないようならば、その夢をムリにでも実現させてしまうことは「悪」ですらある。
 しかし、そのような現実の厳しさを知るのは、思春期も後期になってから、そういった年齢層向けのスクールカースト問題などを扱っているようなライトノベルや深夜アニメなどで知っていけばよいようなことだろう(笑)。


 矢的のどこまでも暖かくて優しい眼差しが、ツトムくんの将来に期待を寄せていることを強く感じさせる。矢的を演じている長谷川初範(はせがわ・はつのり)の人柄もにじみ出ているのだろうが、実に清涼な場面に仕上がっている……


矢的「じゃあツトムくん、さよなら」
ツトム「さよなら」


 このカットでは、UGMの敷地内にあるという設定になっている階段の下にカメラを設置して、手前に駆けてくるツトムくん、その上で見送っている矢的を煽りで捉えるといった、ちょっぴり凝った魅惑的なアングルにもなっている。
 『ウルトラセブン』(67年)からウルトラシリーズの本編班や特撮班の助監督として参加し、前話である第48話『死神山のスピードランナー』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210228/p1)でついに監督に昇進した宮坂清彦(みやさか・きよひこ)監督による、凝ったカメラアングルも散見される本編部分もまた見どころ満載の本エピソードであった。



 先述した女声スキャットによる名BGM『無償の愛』が流される中で、山々の頭上に浮かぶ美しい夕日を見つめている矢的と涼子の後ろ姿のショットが捉えられる。


 ツトムくんに見せた優しい笑顔とは一転、これまでに見せたことがないような険(けわ)しい表情で涼子に語りかけてくる矢的隊員。


矢的「あのとき、どうして僕の云ったとおりにしなかったんだ?」
涼子「……」
矢的「僕たちふたりに万一のことがあったら、この地球がどうなるか、ウルトラの戦士の君ならよくわかってるだろ?」
涼子「……」
矢的「君、聞いてんのか?」


 涼子の左肩に強い調子で右手をやる矢的。


 それまで矢的に背を向けていた涼子が、ようやくここで矢的の方を振りかえる。
 が、その形相に思わずたじろいでしまう矢的。


 涙でいっぱいの大きな黒い瞳でジッと矢的を見つめてくる涼子。
 その表情はウルトラの星の王女・ユリアンでもUGMの見習い隊員・星涼子のものでもない、あくまでもひとりの女性としてのものであったのだ……


矢的「君……」
涼子「あたし、あたし地球人に生まれたかった!」


 張り裂けんばかりの心でそう語るのがやっとの涼子。矢的に背を向けて走り去ってしまう……


 言葉尻は「地球人に生まれたかった」というものである。しかし、それが意味しているものは、その発言内容を超えている。彼女は遠回しにウルトラマンエイティ=矢的猛に対して告白をしているのである。複雑な面持(おもも)ちで涼子の後ろ姿を見やるしかない矢的……



――そんな大人の関係にしてあったからこそ、エイティとユリアンの戦いの緊迫感があったと思います。最後に涼子が「地球人であればよかった」と泣いて走り去るあたりが、放送当時すごく意味ありげに感じて……。
「そこまでいくと、もう愛情の問題にまでたどりついちゃってるぐらいですよね(笑)。涼子はエイティの危機を救おうという一心で変身します。でも、それを戦いのあとでたしなめられる。矢的猛だって、涼子が助けてくれたことを感謝していないわけじゃないんです。だけど、彼は立場上それを言葉にできない。それは涼子にも理解できます。それでも自分はエイティを見捨てておけなかったという心の奥底の気持ちを前面に出せないつらさが、「地球人なら……」という言葉に出てしまった。エイティの使命と責任感にユリアンも同意して変身した。でも、その一方で捨てざるを得ない気持ちもあるということでの涙ですね。あそこでユリアンは、絶望して心を引き裂かれちゃったとも言えるでしょう。でも、同時に強くエイティにも惹(ひ)かれているんですよ。だから、「地球人ならよかった=あなたの前では女でいたかった」っていうことなんです。ちょっとアダルトなムードで押したかもしれないですが、これぐらいのものを出して、大人のドラマを感じてほしいなというところですね」

タツミムック『検証・ウルトラシリーズ 君はウルトラマン80を愛しているか』(辰巳出版 06年2月5日発行・05年12月22日実売・ISBN:4777802124)脚本/山浦弘靖インタビュー)



 怪獣デザイン担当の特撮美術デザイナー・山口修(やまぐち・しゅう)が、教科書にも掲載されていることで誰でも知っている国宝の屏風(びょうぶ)画「風神雷神図」をモチーフにしたという、怪獣プラズマと怪獣マイナズマ。
 この2頭の圧倒的な強さを描いて、エイティを絶体絶命のピンチに追い詰めることで、涼子はついにユリアンへと変身せざるを得ないというシチュエーションを構築するのが、本エピソードが円谷プロ側のプロデューサーである円谷のぼる社長と満田かずほから与えられていたお題であったのだろう。



「学校の先生が主人公で、しかも防衛チームとも掛け持ちしているという設定でしたからね。僕がやった『ミラーマン』の鏡京太郎(かがみ・きょうたろう)もそうだったでしょ? カメラマンなんだけど、防衛チームにも首を突っ込んでいるという。それと似たムードがあって、取っつきやすい印象もあったように思います。僕はその「主人公が二足のわらじを履く」という設定は面白いと思ってましたよ。その方が俄然(がぜん)ドラマに緊張感が出ますよね。授業中に怪獣が出た、さぁ、主人公は先生の顔をするのか? 防衛チームの顔をするのか? という駆け引きのドラマを作ることができる。そういう緊張感とかカセがなにかしらあって、主人公を追いつめるというのは僕の好きな作劇のパターンなので、僕自身はやりやすそうだという感触がありましたね。まぁ、結果を見ると、その「二足のわらじ」のパターンは、僕の書いた話にはほぼ登場してないみたいですが(笑)」

(『君はウルトラマン80を愛しているか』脚本/山浦弘靖インタビュー)



 『80』の再評価を目指していたであろう同書籍『君はウルトラマン80を愛しているか』では、同書の目論見とは相反することに、『80』第1クールの「学校編」の設定に対して否定的な見解を示していたスタッフたちが実は圧倒的な大多数であった(汗)。
 しかし、その数少ない好意的な意見であることと、『ミラーマン』あるいは『ジャンボーグA(エース)』(73年)なども考えてみれば、怪獣攻撃を専門とする防衛組織がありながらも主人公はそれに所属していない民間人の青年ではあったという「なるほど!」と頷(うなず)ける指摘とともに、それによってまた独自の葛藤ドラマを生み出すこともできるという、眼が覚めるような指摘が実に批評的にも見事なので、山浦弘靖先生の発言を長々とここに引用させてもらった。


「緊張感とかカセがなにかしらあって、主人公を追いつめるという作劇のパターン」


 本話においては、それがドラマ面ではなくバトル面において……という感じではある。


 今回のエピソードでは、2大怪獣の猛威で負傷してしまった矢的ことエイティが見舞われる大ピンチに、主に特撮演出面でもひたすらに傾注(けいちゅう)することで、ツトムくんの挿話を除いてはよぶんなドラマはほぼ廃して、ひたすらに「怪獣との攻防劇」に徹していた。


 そして最後に、涼子がユリアンに変身する必然性と、ユリアンが地球と地球人のことを、そして何よりもエイティこと矢的に恋情を持ってしまって、その王女としての立場や地球防衛の公務との間で引き裂かれている想いを、30分尺の子供向け番組のワク内ではオブラートに包んで、


「地球人に生まれたかった」


 というセリフに集約してみせることで、第43話から蓄積されてきた「ユリアン」編の一連のドラマの帰結点としても、ここがクライマックスとなることで、最高の盛り上がりを見せている。


 まぁ、違う云い方をしてしまうと、矢的に対する涼子の淡い恋愛ドラマはここで一応のピリオドが打たれてしまったのではあるが……


 基本は男児向けの戦闘ヒーローの活躍を見せる番組であることを考えれば、それもまた致し方(いたしかた)がないことだし、むしろ適切なストーリーですらあったのかもしれない――年長マニアの観点からすれば、この恋情描写のクライマックスは最終回での最終バトルの直前などで挿入してほしいような類いのものだったと想ってしまうのだが――。


 しかし、続く『80』の最終回が取り組んでみせたのは、ウルトラシリーズの永遠にして宿命的な矛盾でもあり、それはまた古今東西のヒーローもの一般もハラんでいた、ヒーローといった存在に封建的忠誠心のように他力本願で依存することでスポイルもされてしまう、個人個人の自助努力といった近代的な自立精神との兼ね合いをどうのように付けていくのか!? といった深遠なる命題に迫っていくものでもあったのだ……



 ところで、星涼子がエイティを助けようと想ってユリアンへと変身した行為は、「地球防衛」のためではあるのだが、そのウラに隠されていたのは私的な「恋情」でもあった。それはイジワルに見てしまえば、単なる「私情」に過ぎなかったともいえるのだ。
 地球防衛を任務とする「ウルトラの戦士」や「UGMの隊員」としては、そうした個人的な感情におぼれてしまうことは失格なのかもしれない。
 しかし、そのような任務を持ってさえいなければ、大局のことや地球防衛の後任者を考慮することなく、目の前で苦しんでいる愛する人や親しい人をどうしても救いたいという気持ちも理解はできるのだ。戦略レベルでの大局としては間違ったことであっても、人間の人情とは良くも悪くもそのようなものなのだろう。


 さらに本話のユリアン以上に踏み込んで、後年の『ウルトラマンダイナ』(97年)の最終回3部作である第50話『最終章Ⅱ 太陽系消滅』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19971211/p1)のクライマックスにおいては、危機に陥った防衛組織・スーパーGUTS(ガッツ)の女性隊員ユミムラ・リョウを前にして、主人公アスカ・シン隊員が、


「オレは今、君だけを守りたい!」


 などと叫んでもみせるのだ。


 好いた女性ひとりの命と人類数十億の命を天秤にかけても、前者を採用する。
 紀元前からすでにある普遍的な哲学問題でもあり、2010年4月からNHK教育テレビでも放映された、個人主義自由主義ではなくコミュニタリアニズム共同体主義)という思想的なスタンスに立っているアメリカの政治哲学者マイケル・サンデル教授による『白熱教室』シリーズでも議題にされていた、いわゆる「トロッコ問題」のことでもある。あるいは、『新約聖書』でイエス・キリストが語った『99匹の羊と1匹の羊』の例え話でもよいだろう。


 「(愛する)君だけを守りたい!」というようなテーゼは、70年代にはあまり存在していなかったように記憶している。このようなテーゼは80年代以降の少年漫画あたりで勃興してきて、しかして90年代初頭には早くも特撮ジャンル作品でも『鳥人戦隊ジェットマン』(91年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110905/p1)でブラックコンドルこと結城凱(ゆうき・がい)による


「オレたちは戦士である前に人間だ! 男と女だ!!」


 なる名セリフで、早くも臨界点にも達しており、すでに特撮マニアたちはこの大命題に関して賛否両論による大激論を経験してはいるのだ。


 『ダイナ』放映当時の筆者はこういったテーゼに、80年代以降の日本の若者文化のような「公」よりも「私」、「公共心」よりも「私的快楽至上主義」にも通じていく「ミーイズム」や「エゴイズム」のクサみを感じとって猛烈な反発心を抱いて、そのように当時の特撮同人誌などにも寄稿をしたものである(笑)。


 基本的にはその考え方に変更はないものの、今では少々軟化はしており、愛する男女以外の他人であれば死んでも足蹴にしても構わないというのであれば論外にしても(汗)、そうでない範疇のものならば多少の私情や恋情は許してもよいのでは? と考えるようにはなっている。
――ただし、後部座席に乗せた尻軽そうな彼女が「イェイ、イェイ!」と片腕を振り回してアピールしながら、バイクのエンジンを駅前のロータリーなどでブイブイと吹かせている暴走族のバカそうなカップルも、主観的にはオレたちは全世界を敵に回してでも純粋な愛に生きているのだ! と思っているのだろうから(笑)、そのすべてを許容する気もないのだが――



 ところで本作『80』は、関東地区では第37話『怖(おそ)れていたバルタン星人の動物園作戦』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110108/p1)が10.8%を記録して以降、視聴率はずっと1桁の低空飛行を続けていた――それ以前に2桁の視聴率を記録したのは実にはるか前の第15話『悪魔博士の実験室』での11.6%である――。
 しかし、今回は2桁の10.2%を記録している。当初から関東よりも平均視聴率が3~4%は高かった中部・関西でも前話よりは微増している。


 これはサブタイトルに「変身! 女ウルトラマン」と大々的に謳って、それが新聞のラテ欄(ラジオ・テレビ欄)にも掲載されたことが功を奏したのだろう――いや、『80』はシリーズ途中から新聞のラテ欄では、サブタイトルではなく登場怪獣名だけが表記されていたような記憶もあるので、もしも間違っていたとしたらご容赦を願いたい・笑――。


 だが、残念ながらエイティとユリアンが共闘したのは本エピソードが最初で最後となった。続く第50話(最終回)『あっ! キリンも象も氷になった!!』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210315/p1)では、その作劇テーマ上の必然として、ユリアンどころかエイティのバトルすらもが描かれなかったためである……


 基本的には今でも男児向けである特撮ヒーロー作品や、大人向けのドラマである刑事ものであっても、時代の空気や実社会の反映として、かつてはヒロインの存在は基本的には「添えもの」であり、男性から見た「客体」としての存在に過ぎなかった。
 一応のエリート集団である防衛組織に入隊できたからには、そこに登場する女性隊員たちも優秀な女性であることには間違いないし、そのような有能描写もあるにはあったのだが、子供目線で見れば超人ヒーローには変身できない女性隊員なぞは、主人公と比すればはるかに格下の存在に映っていたのも事実なのだ。


 しかし、1972年には画期が訪れる。
 72年4月から放映が開始された『ウルトラマンA』では、TAC隊員・南夕子(みなみ・ゆうこ)が北斗星司(ほくと・せいじ)隊員と合体変身を遂げるダブル主人公として描かれたのだ。
 72年7月から放映が開始された、同じく円谷プロが製作した人間大サイズの集団ヒーロー『トリプルファイター』(72年・TBS)では、防衛チーム・SAT(サット)の隊員である早瀬ユリがオレンジファイターという戦闘超人に変身して戦っていた。
 72年10月から放映が開始されたタツノコプロ製作の大人気テレビアニメ『科学忍者隊ガッチャマン』でも、5人組のひとりであるG-3号には、女性レギュラー「白鳥(しらとり)のジュン」が変身を遂げていた。
 翌73年に放映された特撮ヒーロー『キカイダー01(ゼロワン)』のシリーズ後半では、当時のJAC(ジャパン・アクション・クラブ)の新星にして後年には大人気女優となる志穂美悦子(しほみ・えつこ)が演じる美少女・マリが変身する戦闘ヒロイン・ビジンダーが大活躍もしている。


 そして、変身する超人ヒロインの系譜は、


・『秘密戦隊ゴレンジャー』(75年)の、ペギー松山=モモレンジャー
・『仮面ライダーストロンガー』(75年)の、岬ユリ子=電波人間タックル
・『ザ・カゲスター』(76年・東映 NET→現テレビ朝日)の、風村鈴子=ベルスター
・『忍者キャプター』(76年・東映 東京12チャンネル→現テレビ東京)の、桜小路マリア(さくらこうじ・まりあ)→天堂美樹(てんどう・みき)=花忍(はなにん)キャプター3(スリー)の初代&2代目


 などなどで、70年代後半にはすでに定着していくのであった。


 巨大ロボットアニメでも、元祖『マジンガーZ』(72年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200119/p1)のシリーズ中盤の時点で、ヒロイン・弓さやかが女性型巨大ロボット・アフロダイA(エース)を操縦するようになる。
 「マジンガー」シリーズ第3作『UFO(ユーフォー)ロボ グレンダイザー』(75年)のシリーズ後半では早くもダブルヒロイン体制(!)で、主役ロボと合体する大型円盤型メカ2機に各々が搭乗していた。
 『マグネロボ ガ・キーン』(76年)でも、ヒロインがマグネマン・マイナスに変身して、主人公の青年ともども巨大ロボットを操縦していた。


 本稿を執筆した数ヶ月前に公開されたばかりである映画『ゴーカイジャー ゴセイジャー スーパー戦隊199(ひゃくきゅうじゅうきゅう)ヒーロー大決戦』(11年・東映https://katoku99.hatenablog.com/entry/20201108/p1)を観に行った際に、筆者は観客の中にウルトラシリーズの劇場版ではほとんど見かけなかった「女児」の姿がかなり目立っていることに気がついた。
 これらの現象を見るにつけても、この少子化の時代にパイを少しでも広げるためには、もちろんメインターゲットが男児であることは揺るがないにしても、女児層をもゲットする何らかの手立てが必要なようには思えるのだ。


 『スーパー戦隊199』を鑑賞するような女児たちは自宅でもスーパー戦隊シリーズを鑑賞していることだろう。そんな彼女たちが真っ当に成長してママになれば、自分の子供たちに


「ディズニーはオシャレだけど、特撮変身ヒーローものはダサくてオタクっぽいから、観ちゃダメ~」


 などと禁止するように成長してしまう可能性は低くなることだろう――そういった女性を現実にもファミレスなどで目撃してきたし、ネット上でも散見するのだ・爆――。どころか、自分も子供のころに観ていたからと特撮ヒーロー作品の視聴を容認して、もしくは自ら進んで観せてもくれることで、特撮ジャンルの延命に貢献してくれることまで考えておきたいのだ(笑)。



ウルトラの母のほかにも、女性のウルトラ族を出してえ! 内山先生、おねがい!」(愛知県・IKさん)

(『コロコロコミック特別増刊号 ウルトラマンPART1』(小学館・78年7月24日発行・6月24日実売・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210110/p1)『コロコロウルトラファンプラザ』(読者投稿欄))



 70年代後半当時からすでに新たなウルトラヒロインの誕生を切望する声が女子児童からは上がっていたのだ――この読者投稿欄には女子中学生や女子高生の声もあったので、実は引用した投稿者の正体も女子児童ではない可能性もあるのだが、その場合にはご容赦を願いたい・笑――。


 このように散々に女性ウルトラマンの登場を待望するかのような発言をしておきながら、それを手のひら返しにする発言を次に続けてしまって恐縮なのだが、男児向けの戦闘ヒーロー作品に変身ヒロインを登場させる行為は、実は諸刃の剣(もろはのつるぎ)でもある。
 子供であっても男児にとっての女性はやはり異性なのであり、彼女ら戦闘ヒロインたちが颯爽と活躍している姿態や艶めかしい声にも微量の異性を感じて、それに惹かれつつも倒錯した背徳感も抱いてしまったり、それに対する気恥ずかしさや困惑から作品を遠ざけてしまうことも往々にしてあるからなのだ(笑)。


 当然のことながら、女性ウルトラマンを主役ヒーローに据えたウルトラシリーズの新作をつくれば、女児向けアニメ『美少女戦士セーラームーン』(92年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20041105/p1)や『プリキュア』シリーズ(04年~・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20201227/p1)のように女児層にもウケるのか!? といえば、顔出しのスカートひらひらな出で立ちではないので、そのようなことには絶対にならないだろうし、かといって、男児たちも気恥ずかしさのあまりにドン引きしてしまって視聴はしなくなるだろう(笑)。


 そうなると女性の変身ヒロインは、サブヒーローや2番手・3番手としてのポジション、もしくはシリーズの後半に登場させるなどのサジ加減も必要とはなるだろう。5人戦隊のうちの2人が変身ヒロインであるというパターンであれば、女性の変身ヒロインにも男児や男性スタッフから見た過度な「女性の美化」などの隠微な性的視線(笑)は自動的に薄まってはいくのだろうが……


 バトルフィールドが基本的には限定されない広大な野外でのロケ撮影を前提とした人間大サイズの変身ヒーローたちとは異なり、狭い特撮スタジオで戦わせざるをえない巨人ヒーローであるウルトラマンの場合には、先輩ウルトラマン大集合映画のようにテレビシリーズとは別に広大なるスタジオを借りてきて別個に撮影するというような金銭がかかる手法が、ひいては複数名のウルトラマンたちの中にひとりだけ女性ウルトラマンを加入させるキャラクターシフトがオイそれとは使えないのも厳然たる現実ではある。
 よって、シリーズ各作に必ず女性ウルトラマンを登場させるという手法も一歩間違えれば、メインターゲットの男児たちにとっては逆効果となりうるものだし、そこには実にムズカしい采配が要求されることだろう。
 しかし女性ウルトラマンの登場を完全にゼロとしてしまうのではなく、何かしらの方策は打つべきではあって、スーパー戦隊シリーズは鑑賞しているような女児層の一部も取り込むことは、サブ的には今後も考えていった方がよい事項だとは思うのだ。



 ところで、ウルトラマンエイティが25年ぶりのゲスト出演を果たした『ウルトラマンメビウス』(06年)第41話『思い出の先生』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070218/p1)が放映された際に、萩原佐代子は自身のブログで「自身も出演させてェ! 円谷プロさん!」(要約・笑)と記して、ネット上の巨大掲示板2ちゃんねるなどでは局所的に話題になったものだった(笑)。
 もちろん、当の客演エピソードは『80』第1クールの「学校編」を主題に据えたものだったので、ここにユリアンまで登場させてしまうとドラマ的・テーマ的にもボヤけて破綻してしまうので、それは作劇術的には論外ではあった。
 加えて、この第41話が放映された2007年1月には、製作スケジュールを考えれば『メビウス』は最終回(第50話)(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070505/p1)までの脚本はすべてとっくに完成しており、すでに最終回の撮影にも入っていたかもしれないくらいの時期だったから、ユリアン挿入の余地はなかったことだろう(汗)。


 とはいえ、ユリアン=星涼子役としての再演を望んでくれることは、ウルトラシリーズ全体を愛する特撮マニアとしてはこんなに嬉しいことはなかった。
 昨年2010年は『ウルトラマン80 30周年』と銘打って、円谷プロダクションも各種のイベントを仕掛けて、そこに長谷川初範萩原佐代子も出演してくれていた――実態は円谷プロ主催ではなく、イベント会社側のマニア上がりの社員が持ち込んで実現させた企画だったのかもしれないが、細かいことは気にするな・笑――



 映画『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE(ザ・ムービー)』(09年・ワーナー・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20101224/p1)でユリアンはチラリと客演を果たしてはいた。
 しかし、『メビウス』以来の一連と2010年度の30周年イベントが稔りを結んだのだろう。映画『ウルトラマンゼロ THE MOVIE 超決戦!ベリアル銀河帝国』(10年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20111204/p1)では、エイティのボイスを再演した長谷川初範とともに30年ぶりにユリアンのボイスを萩原佐代子が担当することとなったのだ!


――登場してくれただけでも嬉しいのだが、ここでワガママも云わせてもらいたい。映画『ウルトラ銀河伝説』ではウルトラマンコスモスことムサシ隊員を演じた杉浦太陽円谷プロに直談判の電話を入れたら、岡部副社長が歓迎して彼の出番を急遽つくってくれたそうである。
 ならば、長谷川と萩原の熊本県への遠方ロケ参加は困難だとしても、ウルトラ一族の長老・ウルトラマンキングの神通力で並行宇宙の壁を超えて同作の舞台となる惑星アヌーへと瞬間移動させてもらったことにでもして、ブルーバック撮影で現地にもチラリと合成登場して、クライマックスではダブル変身も披露! ラストバトルではウルトラマンゼロ・ミラーナイト・グレンファイヤー・ジャンボットの背後でエイティとユリアンも援護の光線射撃をしてほしかった!・笑――


 またまた話は変わるが、ユリアンのソフビ人形は、バンダイのソフビ人形『ウルトラヒーローシリーズ』でも88年12月に発売されている(ASIN:B003AMAOBU)。ただしこのソフビが男性みたいなマッチョな体型だったから、可愛らしい新造形で出し直してほしいのだ。


 余談だが、映画『ウルトラマンメビウスウルトラ兄弟』(06年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070128/p1)に登場した昭和のウルトラ6兄弟の着ぐるみも、その顔面が微量に小顔に新造型されていると思われる(?)。映画『ウルトラ銀河伝説』でもウルトラマンキングの着ぐるみはその全身とともに顔面が洗練されたかたちで新造型されていた。
 それならば、ユリアンももう少し可愛い小顔の顔面で新造型してくれないものなのだろうか? 『80』放映終了1~2年後の1982~83年は後年で云うところの「萌え」調のアニメ美少女キャラの顔面デザインが急速に確立した時期でもあった――当時の「大きなお友達」にも人気があった女児向けテレビアニメ『魔法のプリンセス ミンキーモモ』(82年)などがその嚆矢(こうし)――。その直後の84年に発売された本邦初のセル販売形式である特撮オリジナルビデオ『マイティレディ』では、早くも小っちゃなお鼻と小っちゃなオチョボ口に大きなお目々といった美少女アニメ調の小顔にデフォルメされた顔面マスクをしたレオタード地の変身巨大ヒロインが颯爽と登場して、年長マニアたちのスケベな視線を集めてもいた――ググってみると今でもシリーズ(ASIN:B00FOAMRKW)が細々と継続しているようだが・爆――。
 あんな感じの萌えキャラ的な小顔で、ユリアンの新しい着ぐるみもつくってほしいものである!(笑)



<こだわりコーナー>


*セラ隊員が所属する「広報班」という部署は、ウルトラシリーズの防衛組織ではUGMが初だと思っていた。しかし、『ウルトラセブン』第45話『円盤が来た』ですでに登場していたことについ最近気がついた(笑)。アマチュア天文家たちから多数寄せられた円盤群の目撃情報を、誤報だと思って業(ごう)を煮やした地球防衛軍の精鋭部隊・ウルトラ警備隊が、その手の通報対応を任せることにした部署が「広報班」だったのである。
 セラ隊員が初登場したのは、第13話『必殺! フォーメーション・ヤマト』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100725/p1)からの「UGM編」に突入して間もない第15話『悪魔博士の実験室』でのことであり、こんなところにも『80』第13話~第30話までの通称「UGM編」が『セブン』の影響を如実に受けていたことがうかがえる…… と云いたいところだが、こんな1話ぽっきりの部署などは濃ゆいマニアでも覚えていないくらいだろうから、単なる偶然の一致だろう(笑)。


*「ユリアン編」に突入して以降は、矢的と涼子がシルバーガル、フジモリ隊員がスカイハイヤー、イケダ隊員が本来はイトウチーフの専用機であったエースフライヤーに搭乗するというパターンがほぼ定着している。矢的と涼子をいっしょに搭乗させているのは、『ウルトラマンレオ』での「ウルトラマンレオことおおとりゲン隊員」&「変身できなくなったウルトラセブンことモロボシダン隊長」という、ふたりの宇宙人(=ウルトラマン)パターンを久々に採用したことで、コクピット内という密室でのふたりのウルトラマン同士の会話をさせやすくする目論見もあったのではなかろうか? とはいえ、戦闘機内でのそのような会話も皆無に近いかたちで終わったが(汗)。


 ちなみに、イケダ隊員を演じた岡元八郎(おかもと・はちろう)――『80』当時は岡本達哉(おかもと・たつや)名義――は、UGM戦闘機の全種類に搭乗したことがある唯一の隊員であることが小さな自慢であるのだとか(笑)。
 薄汚れている筆者などはこの手の話を聞かされると、氏がCS放送・ファミリー劇場で放映された『ウルトラ情報局』にゲスト出演した際に同作の演出兼・放送作家を務めていた円谷プロ側の秋廣泰生氏あたりが入れ知恵してきたことを、ファンサービスで語っているのだろうとついつい考えてしまうのだが、しかしてそのような言動は必ずしも責められるべきことではないだろう。キマジメな人間が多い特撮マニア諸氏もこれくらいのリップサービスならば、むしろ積極的にしてみせるくらいの方がよいとも思うからだ(笑)。



「『80』は役者の歴史の中で、最高に好きな仕事でした! 昔から二枚目半~三枚目の観客が笑ってくれるものをやりたいと思って演じていましたが、イトウチーフやセラ隊員とギャグを演じる場面はほぼアドリブでした。イケダ隊員は僕の地(じ)そのままです。それをもっと思いっきりやりきればよかったなぁ……。それが唯一の後悔ですね」

(『フィギュア王』プレミアムシリーズ6『ウルトラソフビ超図鑑』(ワールドフォトプレス・10年7月15日発行・ISBN:4846528278)俳優/岡元八郎インタビュー)



 岡元氏は1955(昭和30)年3月16日生まれの第1期ウルトラシリーズ直撃世代であり、当然のことながら小学生時代に遭遇した初代『ウルトラマン』(66年)が好きだったそうである。『80』以外でも特撮ジャンル作品では、『がんばれ!! ロボコン』(74~77年・東映 NET)の劇場版『ロボコンの大冒険』(76年・東映)にキャプテンワルダーの役で出演しているほか、『大鉄人17(ワンセブン)』(77年・東映 毎日放送)、近年でも『超光戦士シャンゼリオン』(96年・東映 テレビ東京)や『超星艦隊セイザーX(エックス)』(05年・東宝 テレビ東京http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060712/p1)などの特撮ヒーロー作品にもゲスト出演している。
 司会業も営んでいるそうだが、初めての司会の仕事はイトウチーフを演じた大門正明(だいもん・まさあき)氏の妹さんの結婚式だったそうである。特撮マニア的には『ウルトラマンA』第28話『さようなら夕子よ、月の妹よ』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20061111/p1)のロケ地でもある神奈川県箱根市の強羅(ごうら)地区で行われたお祭りで司会を務めた際に、ウルトラマンレオ&レオに変身するおおとりゲンを演じた真夏竜(まなつ・りゅう)に出演してもらったことを契機に、真夏氏が主宰している劇団「真夏座」(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090426/p1)とも親交を深めているとのことだそうだ。ちなみに、『ウルトラマンメビウス』で防衛組織・GUYS(ガイズ)のイカルガ・ジョージ隊員を演じた渡辺大輔(わたなべ・だいすけ)も、岡元氏と同じ事務所の所属であった。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2012年号』(2011年12月29日発行)所収『ウルトラマン80』後半再評価・各話評より分載抜粋)


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ウルトラマン80』#5「まぼろしの街」 ~良特撮回!

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ウルトラマン80』#21「永遠に輝け!! 宇宙Gメン85」 ~気象班・小坂ユリ子登場

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100919/p1

ウルトラマン80 48話「死神山のスピードランナー」 ~妖怪怪獣の連綿たる系譜!

(YouTubeウルトラマン80』配信・連動連載)
『ウルトラマン80』#46「恐れていたレッドキングの復活宣言」 ~人気怪獣・復活月間の総括!
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『ウルトラマン80』全話評 ~全記事見出し一覧


ウルトラマン80』第48話『死神山のスピードランナー』 ~妖怪怪獣の連綿たる系譜!

ラソン怪獣イダテンラン マラソン小僧・死神走太登場

(作・水沢又三郎 監督・宮坂清彦 特撮監督・高野宏一 放映日・81年3月11日)
(視聴率:関東8.6% 中部13.1% 関西12.2%)


(文・久保達也)
(2011年6月脱稿)


 「走ること」と「マラソン大会」を見るのが大好きで、別名・死神山こと中部山岳地方の大峯山(だいほうざん)で「足の神様」として崇(あが)められていたマラソン怪獣イダテンランが少年の姿へと化身した。
 彼がマラソン小僧としてひと騒ぎを起こしたあとに、それに目をつけた星雲中学校の吉田校長が「中学対抗マラソン大会」の選手としてスカウトをする。しかし、大会当日に吉田校長がライバル校の優勝候補に、猛犬をけしかけた行為がウラ目に出てしまう。実は大のイヌ嫌い(笑)だったイダテンランが、本来の巨大怪獣イダテンランの姿に戻ってしまったのだ!
 そして、ウルトラマンエイティと一戦を交えるも、おとなしく故郷の山へと帰っていく……



「私は例えば『(初代)ウルトラマン』(66年)ではジャミラっていう怪獣の話(第23話『故郷は地球』)が一番好きだったんですよ。宇宙飛行士が地球に帰れなくて置き去りにされて、ああいうかたちになってしまったという。悲哀があって、しかも社会に問題も投げかけてるようなところが好きだったんです。それを中山仁(なかやま・じん)さんや大門正明(だいもん・まさあき)さんが緊迫した表情で「マラソン小僧が――」とか言って(笑)。「これって私の知ってるウルトラシリーズと違う!」と思いましたね」

タツミムック『検証・ウルトラシリーズ 君はウルトラマン80を愛しているか』(辰巳出版・06年2月5日発行・05年12月22日実売・ISBN:4777802124)星涼子役 萩原佐代子インタビュー)



 初代『ウルトラマン』の中でもいわゆるアンチテーゼ編の傑作である第23話『故郷は地球』をよりにもよって、ここでサラッと持ち出してくるとは…… これではまるで往年の第1期ウルトラシリーズ至上主義者たちの発言と変わりないではないか?(笑)


 萩原佐代子(はぎわら・さよこ)は1962年生まれであるから、世代的には初代『ウルトラマン』(66年)から『ウルトラマンA(エース)』(72年)あたりの作品のイメージが強いのかもしれない。あるいは女性なので、男子の兄弟でもいなければウルトラシリーズは視聴していなかったとも思われる。
 よって、後付けで後学のために鑑賞したウルトラシリーズや、ネット上で散見などした第1期ウルトラシリーズ至上主義かつアンチテーゼ編至上の特撮マニアたちの意見などで「特撮マニアの平均的な見解とはこういうものなのか……」と思い込んで、リップサービスしている面もあるのかもしれない。


 サービス業でもある役者さんたちは、それくらいの意識で発言をするのもむしろ望ましいくらいではある。しかし、我々評論オタクたちは、マニア間での空気・同調圧力に合わせてモノを云っているようでは失格なのである(笑)。


 とは云うものの、公的には萩原は幼少のころから特撮ヒーロー作品が大好きだったとも云っており、ウルトラシリーズ東映スーパー戦隊シリーズをよく観ていたそうなので、それを信じるのであれば、やはり心の底からの本心からの発言なのかもしれない(爆)。ただまぁジャミラの回への感慨は我々同様、幼少期のものではなく思春期以降の再放送で鑑賞した際の感慨だろうが(笑)――スーパー戦隊の元祖『秘密戦隊ゴレンジャー』(75年)放映の時点でももう中学生だしなぁ・笑――。


 今回は本エピソードと似たような「妖怪」の怪獣を題材としていた、第40話『山からすもう小僧がやって来た』の脚本も担当されていた水沢又三郎の担当回でもある。


 第40話評(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110129/p1)でも詳述したことを一部、ここでも繰り返しておこう。
 水沢又三郎とは、大映テレビ製作の連続テレビドラマ『明日(あした)の刑事』(78年・TBS)や『噂の刑事トミーとマツ』(79年・TBS)や東映の刑事ドラマ『特捜最前線』(77~86年)などの大人向けテレビドラマでもすでに活躍されていた江連卓(えづれ・たかし)のペンネームであったことが、同人誌『江連卓 その脚本世界』(96年・本間豊隆)におけるご本人へのインタビューで判明している。
 『80』放映終了後の1980年代にはヒットメーカーとして、大映テレビ製作のテレビドラマ『不良少女とよばれて』(84年・TBS)・『青い瞳の聖ライフ』(84年・フジテレビ)・『少女が大人になる時 その細き道』(84年・TBS)・『乳兄弟(ちきょうだい)』(85年・TBS)・『ヤヌスの鏡』(85年・フジテレビ)・『このこ誰の子?』(86年・フジテレビ)・『プロゴルファー祈子(れいこ)』(87年・フジテレビ)などの大ヒット作のメインライターをほとんどひとりで全話を執筆する勢いで務めていた。
 特撮変身ヒーローものでも、『宇宙鉄人キョーダイン』(76年)や『(新)仮面ライダー』(79年・通称「スカイライダー」・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210102/p1)に参加して両作ともに途中からメインライターに昇格しており、東映作品では『仮面ライダースーパー1(ワン)』(80年)や『おもいっきり探偵団 覇悪怒組(はあどぐみ)』(87年)や『仮面ライダーBLACK RX』(88年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20001016/p1)のメインライターも務めている。


 水沢又三郎のペンネームは、氏が私淑する童話作家宮沢賢治(みやざわ・けんじ)の作品『風の又三郎』(1934(昭和9)年)から取ったものだそうだ。


 『風の又三郎』といえば、本作『80』中盤までのメインライターでもあった阿井文瓶(あい・ぶんぺい)氏もまた、宮沢賢治に心酔(しんすい)していたそうである。第2期ウルトラシリーズ以降の作品群に対しても目配せしている特撮マニア諸氏であれば、ここで阿井文瓶がシナリオを担当していた『ウルトラマンタロウ』(73年)第32話『木枯し怪獣! 風の又三郎』のことも想起しただろう。
 このエピソードは、ボロボロのコウモリ傘で空を飛んで、木の葉を自在に操る超能力を持っており、レギュラーの白鳥健一(しらとり・けんいち)少年と仲良くなるも、木枯し怪獣グロンがウルトラマンタロウに倒されるや、風とともに去っていった不思議な少年・ドンちゃんを登場させており、『風の又三郎』に対するオマージュを全開にしたジュブナイル・ファンタジーとしての傑作に仕上がっていた。


 ただまぁ、このエピソードも子供の時分に視聴するよりも、大人(もしくは高校生以上)になってからはじめてその滋味がわかるような作品ではあるので、アンチテーゼ編や異色作やヒューマンなストーリーとなっている子供番組一般にいえることなのだが、良作ではあっても子供番組としては手放しで絶賛してもよいのかは悩むところもあるのだが……



 本エピソードのアラスジとしては、ほぼ先の第40話と同じである(笑)。


 ただし今回は、高校駅伝で走ることが夢だったのに、母の病気で家業の青果店を継ぐために、高校進学をアキラめねばならなくなってしまい、


「走ったってしょうがねぇよ……」


 などと自暴自棄に陥(おちい)っていた中学生の少年・辰巳正夫(たつみ・まさお)をゲスト主役に据えている。


・彼がマラソン大会に挑戦している姿と、実は病気で手術に臨(のぞ)んでいる母・和枝(かずえ)の姿をオーバーラップ
・我らが主人公にして防衛組織・UGMの隊員である矢的猛(やまと・たけし)が、正夫のコーチを買って出て柔軟体操を施(ほどこ)す姿
・大会当日には矢的がUGMのメンバーらとジープに乗ってメガホンで応援


 などなど、ほぼコメディ一辺倒であった第40話と比べるとドラマとしての厚みを若干(じゃっかん)持たせてはいる。


 本エピソードは、どことなく『80』第4話『大空より愛をこめて』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100523/p1)にも似ているところがある。


 姉に結婚話が、父にも再婚話が舞いこんだことによって、


「世の中なんか、ブッ壊れてしまえばいいんだ!」


 などと腐(くさ)っていた、『80』第1クールで矢的が中学教師も兼任していた「学校編」では、彼が受け持つクラスのレギュラー生徒でもあったススムの境遇にも偶然だろうが似ているからなのだ――ちなみに、このススムのアダ名は「スーパー」。家業が青果店が大きくなった程度の、いわゆるパパママ・ストア(家族経営)であったスーパーマーケットにちなんでいた・笑――。



ラソン小僧「エイホッ、エイホッ、エイホッ、エイホッ、エイホッ……」


 マラソン時の掛け声と風が吹き抜けていく効果音(笑)とともに、颯爽と走り抜けていくマラソン小僧。


 彼の起こす突風でマラソン小僧の周囲を走る者たちが吹き飛ばされて土手から転げ落ちたり(!)、彼に挑戦しようとした陸上部と思われる学生たちも敵わなくてヘタりこんだってしまったりと、第40話に登場した「すもう小僧」と同様に本人には悪気(わるぎ)はないものの、人間社会では大迷惑となっている姿がコミカルに描かれていく。


 だが、黄色いハチマキを頭にシメめてはいるものの、全身が赤いボディタイツ・虎模様の毛皮のベスト・パンツ・サポーターをまとっているという彼のスタイル。
 それは、マラソン小僧というよりは、かつてフジテレビが『火曜ワイドスペシャル』の枠で、70年代後半から90年代にかけての月に1回、90分枠で放送していたコント番組『ドリフ大爆笑』(77~00年)の中で、ザ・ドリフターズのメンバー・いかりや長介(故人)・高木ブー仲本工事が扮していた「カミナリさま」のコントのコスプレにそっくりなのである(笑)。


 その見てくれで視聴者を過度にシラケさせないために、そしてそのバカバカしさを中和させるためであろうか、マラソン小僧を演じるゲスト子役の小林聖和クンが、まさにジャニーズ・ジュニアもかくやと云わんばかりのけっこうなイケメンだったりするのだ。
 よって、そのギャップの激しさは、「笑い」へと見事に転化を遂げており、観ていてついつい笑みがこみ上げてきてしまう。まさに水と油である役どころとキャスティングの掛け合わせの勝利でもあるのだろう。


 そのキャラクターも、宮沢賢治の牧歌的な童話の世界から飛び出してきたというよりかは、吉田校長に死神山から来たマラソン小僧だからと「死神走太(しにがみ・そうた)」(!)などと悪趣味な名前を付けられたことに対して、


「死神走太か。カッコいい名前じゃん!」


 などとそのブラックユーモアなネーミングを余裕で喜んでいたりといった調子であり、まさにこれから盛んになる80年代的な「軽佻浮薄」なノリの先駆けを全編にわたって爆発させていたりもするワケで、エモーショナルな作風だった『木枯らし怪獣! 風の又三郎』などともまったく異なっており、第1期ウルトラシリーズ至上主義ともまた異なった文脈でならば、


「私の知ってるウルトラシリーズとは違う!」


 というツッコミ自体は、充分に成立のする余地はあるとも思われる(笑)。


 校長室で好物の山イモとダイコンをバリバリと喰っていたマラソン小僧は、その様子をのぞき見していた生徒たちに


「山ザル、山ザル、サル人間! お尻もお顔も真っ赤っか~!」


 などとバカにされてしまう。


 ジュブナイル・ファンタジーとはいえ、この場面に関してだけは妙にリアルではある。我々のような子供のころからオトナしくて目立たなかったオタク族たちとは異なり、一般的な元気な男の子たちはこういう差別心に満ち満ちた揶揄(やゆ)を平気でするからなぁ。人間一般とは邪悪な存在なのである(汗)。


 これに怒ったマラソン小僧はイダテンランの姿へと巨大化! 夜の大都会を走り回る!
 しかし、特に人間社会を破壊しようという意図ではなく、あたかも暴走族のように走り回ることでうっぷん晴らしをしているといった趣(おもむき)ではある。特撮ミニチュアセットの中を走るイダテンランの姿を真横からカメラが追いかけて、ローアングルのアップで撮られたビルや民家・歩道橋などがその足元で破壊されていくサマを交錯させる演出が、まさにそのことを的確に表現している。


 こういう描写は、往年の怪獣映画の名作『空の大怪獣ラドン』(56年・東宝)の特撮演出も彷彿(ほうふつ)とさせるものがある。この名作怪獣映画では、ただ大空を飛んでいるだけの翼竜ラドンの下界で、巻き起こされた暴風によって民家の瓦屋根や自動車や電車が吹き飛ばされていくサマがアップで映し出されていくのである。
 たとえ悪意はなくとも、ただ生息して飛行したり走行したりといっただけで、怪獣は人間社会を徹底的に破壊してしまうということでもあるのだ。


 初期東宝特撮映画のマニアや第1期ウルトラシリーズ至上主義者たちが70~80年代にかつて好んで用いていたフレーズに「怪獣は大自然の象徴である」というものがあった。
 イダテンランは野生の生物ではなく妖怪とでもいった存在なのだが、人間世界の常識にはとらわれずに悪意なく行動したことがそのまま破壊活動にもなってしまうという意味では、イコールではなくとも近似した存在だとはいえるだろう。
――まぁメタ的に観れば、この手の作品での「怪獣による破壊描写」というノルマを果たすために、そしてそれによって「ウルトラマンが敵怪獣を排除してもよい」という理由を付けるための、これらの描写ではあるのだが・笑――


 これにより、悪意のない怪獣だから故郷の山へと戻そうとする穏健派の主人公・矢的隊員と、人間社会に危害を加える怪獣だから抹殺すべきだと主張する強硬派のイトウチーフ(副隊長)の、双方ともに理があるちょっとした対立劇をも生み出している。


・『帰ってきたウルトラマン』(71年)第13話『津波怪獣の恐怖 東京大ピンチ』~第14話『二大怪獣の恐怖 東京大竜巻』の前後編に登場した、津波怪獣シーモンス&竜巻怪獣シーゴラス夫妻
・『ウルトラマンタロウ』第4話『大海亀怪獣東京を襲う!』~第5話『親星子星一番星』の前後編に登場した、大亀怪獣キングトータス・クイントータス・ミニトータスの親子


 まさに「大自然の象徴」であった野生の怪獣たちをめぐって争われた、防衛組織の現場部隊とその上層部の対立図式までをもミクロなかたちで再現されているのだ。


 インドのヒンズー教由来で仏教とも神仏習合したうえで渡来した駿足(しゅんそく)の神さま「韋駄天(いだてん)」と、「RUN(ラン)」(「走る」という意味の英語)の単語を接合させたダジャレ的なB級ネーミングの通りに、イダテンランは側面から背面にかけては流れていくように、まさにつむじ風が走り抜けるイメージでナルトのような螺旋状のウズを巻いた模様が多数モールドされており、それが縄文時代火焔土器のような模様となって背面の方に体積のボリュームが盛られているデザインとなっている。
 その顔面は小さくて可愛く、クリッとした離れた両眼に上向いた鼻の穴と、その風貌はどちらかといえば獅子舞などにも近いものがあるのだが、その手足は装飾が非常に簡略化されており、特にその両脚はヒーローや70年代の東映作品に登場していた敵の怪人たち並みに人間の脚のシルエットがそのまま出ているスタイルとなっている。


 この軽量化された両脚の着ぐるみによって、イダテンランは特撮スタジオの中で小走りに全力疾走してみせる!
 そして、本エピソードの後半でのエイティとのバトルでは、ジャンプしてエイティに飛びかかったり、エイティの周囲をグルグルと駆け回って巨大竜巻のような青い光学合成のウズを巻き起こして、エイティの動きを封じこめるといった軽快な技を披露することも可能となっている。
 両者の軽快なアクションは、それと同時に巨大感を相殺してしまうものでもあるので、両者の足元には土手やコンクリの堤防や自動車のミニチュアを用意して、その相殺を少しでも緩和をすることも忘れてはいない。


 本エピソードの性質上、バトルの尺がやや短いのは惜しまれるのだが、こういう軽量タイプの着ぐるみこそスピーディーで迫力のあるバトルを展開するのに最も適しているのは事実だろう。
 日本の怪獣映画の元祖『ゴジラ』(54年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190601/p1)がそうであり重厚な動きであったからと、スーツアクターの苦労やアクションの面白さを考えないで、怪獣の擬人化された動きも過度に否定して、ただひたすら重いだけで動きにくい怪獣のスーツを讃美するような風潮が1980~90年代の特撮マニア間ではたしかにあったのだ。
 しかし、『ウルトラギャラクシー大怪獣バトル』(07年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20080427/p1)で、主役の怪獣ゴモラをはじめとするあまたの怪獣たちが擬人化されたようなアクロバティックなアクションを披露してもケチを付けられるどころか、皆が喜んで絶賛しているように変化してしまった当今を見ていると、いつのまにか時代の方がはるかに先を行ってしまったようでもある(笑)。


 まぁ、『ゴジラ ファイナル・ウォーズ』(04年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060304/p1)や『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE(ザ・ムービー)』(09年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20101224/p1)でのスピーディーでアクロバティックな着ぐるみワイヤーアクションを経過した現在、古典的な主張を繰り広げていた特撮マニアたちも今では高齢化して枯れてしまって少数派となってしまったか、筆者のように宗旨替えして変節を遂げてしまったか?(爆)


 ちなみにイダテンランの鳴き声は、初代『ウルトラマン』第11話『宇宙から来た暴れん坊』に登場した脳波怪獣ギャンゴや、同作の第22話『地上破壊工作』に登場した地底怪獣テレスドンなどに使用された定番のものを流用している。この鳴き声は第42話『さすが! 観音さまは強かった!』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110212/p1)に登場したムチ腕怪獣ズラスイマーでも使用されたばかりであり、1年間のシリーズ作品も後期になると定番の声の流用で済ませてしまうのは昭和ウルトラシリーズの悪しき伝統ではある(笑)。


 マイルドそうな「日本むかし話」路線であるのにもかかわらず、今回は夜の大都会を疾走するイダテンランを、


エイティ「イダテンラン、おまえは死神山に帰れ!」


 などと説得するために、前半Aパートの終盤で早くも矢的隊員はウルトラマンエイティに変身している。


 『80』にかぎらず、『ウルトラマンレオ』(74年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090405/p1)を除いた昭和のウルトラシリーズでは主人公が各話で2回以上の変身をした例はほとんどなかったことから、その意味でも貴重な回ではある。


 そして、くだんのマラソン大会が開催されたのだが――マラソン小僧だけがゼッケンをつけてないぞ! などというツッコミはヤボだぞ(笑)――。


 当初は、


「くやしかったらオレを抜いて見ろ!」


 などと正夫を挑発していたマラソン小僧だが、必死で頑張っている正夫の姿に感動したのか、


「オレはおまえみたいなヤツに会うと嬉しくなってしまうのサ。……いっしょに走ろうゼ!」


 などと云って並んで走っているといった良いムードとなってしまう。しかし、それに業を煮やした吉田校長が、愛犬のシェパード――名前はドラゴン!・笑――に正夫の脚に噛みつくようにケシかけてくる!
 実にヒドい行為なのだが(汗)、吉田校長演じる喜劇色豊かな梅津栄のコミカルな演技がそれを緩和して、あくまでも寸止めにされて過剰にイヤな感じになってしまうことは避けているあたりは、演出と役者さんの腕の見せどころでもある(笑)。


 かつて野犬に足首を噛まれたことがある経験から、大のイヌ嫌いなマラソン小僧が驚いて――おおげさな演技が絶品・笑――、本来のイダテンランの姿に巨大化してしまった!


 矢的隊員や星涼子(ほし・りょうこ)隊員、フジモリ隊員にイケダ隊員が搭乗しているジープを右手前に小さく配して、その背景にある土手の上の青空にイダテンランが出現する! という特撮合成カット。
 それもさることながら、画面の下側には林立する木々を高速でナメながら、走行しているイダテンランを真横から捉えたあとに、吉田校長と木村コーチの目線で画面手前に全力疾走してくるイダテンランの特撮カットも大迫力! たしかに、ただひたすらに高速で走って迫ってくる怪獣というのもメチャクチャ怖いよなぁ(笑)。


 これらの場面で再度、矢的はウルトラマンエイティに変身する!


 濃いオレンジ色の顔をアップに、頬(ほお)を風船状にふくらませる――息を吸いこんでタメている――といった凝ったギミックを披露したあとで、先に挙げた『木枯らし怪獣! 風の又三郎』にも登場した木枯し怪獣グロンもそうであったように、イダテンランは口から猛烈な突風を巻き起こして――突風は青い線画合成にて表現!――、木村コーチは川へと転落! 吉田校長は高い木の上で宙づり状態になってしまう!(笑)


 私立である星雲中学校の名声を高めて入学してくる生徒が増えることを期待して、マラソン小僧を利用した吉田校長のマイナスの精神エネルギー、というかマイナスの物理的な直接行為(笑)が、マラソン小僧を再度、怪獣化させてしまったのだ!
 イダテンランはその天然の行為が人間社会に危害を与えてしまう「大自然の象徴」(?)であるだけではなく、きちんとマイナスエネルギーを由来とする『80』怪獣としての要素も満たしていたのであったのだ!?(笑) ただし、大自然からのシャレにならない復讐ではなく、ちょっと懲らしめる程度で抑えているところが、陰欝(いんうつ)に陥(おちい)らなくて好印象でもある。


 そういう文脈においては、冒頭で紹介したインタビューの中で、ウルトラ一族の王女さま・ユリアンこと星涼子隊員役であった萩原佐代子が、


中山仁さんや大門正明さんが緊迫した表情で「マラソン小僧が――」とか言って(笑)」


 などと、UGM司令室で隊員一同がイダテンランについて語っている場面は、たしかに今回のような作風のエピソードの中では妙に浮いて見えてしまう可能性もあるのだが、このシーンがなければ本エピソードにおけるUGMの登場余地もなくなってしまうのだ(笑)。


 前回の第47話『魔のグローブ 落し物にご用心!!』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210224/p1)では、オゾン層の破壊で滅亡したオリオン座のブレイアード星の逸話(いつわ)をつい語ってしまった涼子に、オオヤマキャップが不審感を抱いたことから、


「会議の最中、おとぎ話なんて不謹慎だよ!」


 などと矢的がすかさずゴマカしてみせる場面があったのだが、今回のようなマイルドな作風のエピソードでは、むしろイダテンランについて、隊員一同にコミカルに明るく論じさせた方がよかったのかもしれない。
 しかし、マジメに演じさせることでのギャップ的なオカシみといったものも確実にあることから、どちらがよかったのかについての判断はムズカしいところではあるのだが(汗)。


 ただし個人的には、同様にマイルドなコミカル編であった第39話『ボクは怪獣だ~い』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110122/p1)にも感じたことなのだが、妙に緊迫感があったり辛気臭(しんきくさ)かったりする場面は、この手の作風のエピソードにはふさわしくないようには思うのだ。
 もちろん過度に軽躁的に演じる必要もないのだが、第37話『怖(おそ)れていたバルタン星人の動物園作戦』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110108/p1)のように、隊員たちの描写も含めて適度にアッケラカンとしたノリで、演出や演技を付けていった方がよいように思えるのだが、いかがであろうか?


 第43話『ウルトラの星から飛んで来た女戦士』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110219/p1)で「ユリアン編」の開幕を描いていた水沢又三郎こと江連卓氏の脚本作品であるのにもかかわらず、矢的と涼子の関係をめぐるドラマが皆無に近いのも少々残念ではある。今回の涼子は、


「矢的、超能力を使うけど、いいわね!?」


 などと、星雲中学の校長室での吉田校長の悪だくみを矢的と盗聴する場面で唯一、ユリアンらしさを発揮するのみなのである。
 もっともこの場面では光学合成などではなく、矢的と涼子が耳をピクピクと動かすさまをアップで捉えることによって、特撮合成なしで超感覚を発揮する様子を演出しており、それもまた見どころといえば見どころではある(笑)。


 それと今回の涼子は、髪型とメイクがこれまでとは微妙に異なっている。前回の第47話は傑作だったとは思うものの、イジワルに観てしまえば、自分はオモテに出ずに矢的に付き従っている、やや「かよわき古風な女性」というイメージも涼子に感じられたものであった。それと比すると、今回はどちらかといえば快活なイメージが感じられるのだ。


 今回の監督は宮坂清彦。『ウルトラセブン』(67年)以来、歴代ウルトラシリーズの特撮班や本編班に参加してきた助監督上がりの御仁だが、『80』も終盤を迎えるにあたっての花向けなのだろうか、このエピソードで監督デビューも飾ったのだった!
 氏はその後、一般のテレビドラマや2時間ドラマなどの助監督や監督などでも活躍。ジャンル作品では『世界忍者戦ジライヤ』(88年)や『機動刑事ジバン』(89年)などにも助監督や監督として参加している。



 前回と同様にバトルシーンでは、『80』の第40話からの主題歌である『がんばれウルトラマン80』が流される――やはりこのマイルドな歌曲は本エピソードのようなマイルド路線の方がふさわしいのかもしれない?・笑――。


 エイティは両腕を手前に突き出して、オレンジ色のリング状の光線を連続して発射する「リングリング光線」で、イダテンランをマラソン小僧の姿へと戻した。


 第24話『裏切ったアンドロイドの星』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20101009/p1)では戦闘円盤ロボフォーに、第25話『美しきチャレンジャー』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20101016/p1)では変身怪獣アルゴンの円盤に対して、エイティはほぼ同じタイプの光線技に見えるイエローZレイを発射している。このイエローZレイはメカの計器類を狂わせる特性があると設定されていた――多分、『80』放映当時の設定ではないのだが、ナットクできる後付け設定ではある――。
 しかし、「リングリング光線」という非常に安直なネーミングがどうにもなぁ……(笑)



 正夫はマラソン大会で見事に優勝して、母・和枝の手術も無事に成功。マラソン小僧もおとなしく死神山へと帰っていく……
――生徒たちの安全を考えたら、怪獣が出現したら即座にマラソン大会なんて中止にすべきだろ! などとリアリズムで考えるのはヤボだぞ(笑)――


 『風の又三郎』のようなテイストか? というと、それは怪しいが(笑)、これはこれで爽やかな心地よい風が全編を吹き抜けているエピソードにはなっている。


ウルトラシリーズにおける「妖怪怪獣」たちの連綿たる系譜!


 ところで、先にも引用した、


中山仁さんや大門正明さんが緊迫した表情で「マラソン小僧が――」とか言って(笑)。「これって私の知ってるウルトラシリーズと違う!」と思いましたね」


 などというユリアン=星涼子役こと萩原佐代子による発言は、正当なものだっただろうか?


 いやもちろんある程度までは正当なのだが(笑)、賢明なマニア諸氏であれば、歴代ウルトラシリーズには今回のイダテンランのような妖怪怪獣たちが連綿と登場してきたこともご承知のことだろう。


 『80』第42話『さすが! 観音さまは強かった!』評(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110212/p1)でも詳述させてもらったことを、ここでも繰り返そう。


 昭和ウルトラ怪獣には純粋な「生物」「動物」とは云いがたい、伝説怪獣ウー・伝説怪人ナマハゲ・邪神カイマ(邪神超獣カイマンダ)・閻魔怪獣エンマーゴ・臼怪獣モチロン・三つ首怪獣ファイヤードラコ・相撲怪獣ジヒビキラン、そして今回のマラソン怪獣イダテンランといった、スピリチュアルな「妖怪」や「精霊」や「低級神」が巨大化・実体化・物質化したような怪獣たちも多数登場してきた。
 広い意味では、怪獣酋長ジェロニモン・地球先住民ノンマルトの使者である真市(しんいち)少年の霊・水牛怪獣オクスター・牛神男(うしがみおとこ)・天女アプラサ・獅子舞超獣シシゴラン・白い花の精。
 庶民の信仰エネルギーで付喪神(つくもがみ)と化したのか天上世界の神仏がチャネル・通信してきたのかその両方なのか、劇中で斬首されたウルトラマンタロウのナマ首を読経が鳴り響く中でその神通力で元に戻してみせたお地蔵様(!)や、『80』第42話でエイティとともに光線を発した巨大観音像などもコレらのカテゴリーに当てはまると思う。
――第1期ウルトラシリーズ至上主義者たちがアンチテーゼ編の旗手として神格視してきた実相寺昭雄監督による、第2期ウルトラシリーズ作品である『ウルトラマンタロウ』のNG脚本『怪獣無常! 昇る朝日に跪(ひざまず)く』で、苦戦するウルトラマンタロウに大仏像がなぜだか立ち上がって加勢して、怪獣を海へと引きずって去っていくといったストーリーも同類項だろう――


 70年代末期~90年前後のオタク第1世代によるSF至上主義の特撮論壇では、「SF」ならぬ「民話」的なエピソードや怪獣たちは否定的に扱われてきたものである。しかし、実は怪獣のみならず宇宙人から怨霊・地霊・妖怪までもが実在している存在として扱われている、大宇宙 → ワールドワイドな世界各地 → ローカルな田舎までもが串刺しに貫かれて万物有魂のアニミズム的に全肯定されているウルトラシリーズの世界観に、「現実世界もかくあってほしい!」的な願望やワクワク感をいだいていた御仁も実は多かったのではなかろうか?――往時のマニアたちはまだまだボキャ貧であり、それらの感慨をうまく言語化・理論化はできなかったのであろうが――。


 しかし、平成ウルトラシリーズが始まってみれば、この超自然的な怪獣や歴史時代の人霊の系譜も引き継がれてはおり、宿那鬼(すくなおに)・妖怪オビコ・地帝大怪獣ミズノエリュウ・童心妖怪ヤマワラワ・戀鬼(れんき)・錦田小十郎景竜(にしきだ・こじゅうろう・かげかつ)などの怪獣や英霊がワラワラと登場してきた。
 そして、それらに対して特撮マニアたちが「怪獣ものとしては堕落である!」などというような糾弾を繰り広げるということもまるでない。むしろウルトラシリーズの幅の広さとして、どころか傑作エピソードとして肯定されていたりもするのだ(笑)。
――個人的には、それならば昭和ウルトラの伝奇的なエピソード群に対しても、それまでの低評価を改めて自らの過ちも贖罪して、批評的に冷静でロジカルに再評価の光を改めて当てるべきであったと思うけど、なかなかそこまで論理の射程を伸ばすことができるような御仁は極少だったようではある・汗――


 そういう意味では本エピソードは、ウルトラシリーズの本道とはいえないまでも、副流としては正統な路線でもあったのだ。
 第1世代の特撮ライターの中でも、ウルトラシリーズを「SF」として、あるいは「SF」のサブジャンルとして位置づけて持ち上げようとしてきた池田憲章(いけだ・けんしょう)先生とは異なり、同じく第1世代の特撮ライターでも竹内博(酒井敏夫)先生は早くも第3次怪獣ブーム時代のウルトラシリーズ主題歌集であったLPレコード『ウルトラマン大百科!』(78年)のライナーノーツで、「ウルトラシリーズとは『SF』ではなく現代の『民話』といったところが本質だろう(大意)」といった趣旨のことを記していたと記憶している。
 妖怪怪獣が登場するエピソードに対して、我々が意外と違和感をおぼえないのは、潜在的にもこのような意識が働いていたからであり、竹内博先生がすでに編み出していたこのロジックが今でも擁護や正当化に使えるハズである。


 イダテンランやジヒビキラン、『ウルトラマンタロウ』第49話『歌え! 怪獣ビッグマッチ』に登場した歌好き怪獣オルフィなどは、ウルトラマンに倒されずに去っていった……
 ということは、昭和ウルトラシリーズの世界にはまだ彼らは存在しているハズである。だから、昭和ウルトラシリーズの25年ぶりの正統続編『ウルトラマンメビウス』(06年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070506/p1)でも、イダテンランやジヒビキランやオルフィの後日談エピソードをつくってほしかったと思っていたのは筆者だけではないだろう!? みんなも白状してそう思っていた方々はここで挙手しなさい!(笑)



<こだわりコーナー>


*吉田校長を演じた梅津栄(うめづ・さかえ)は、


・初代『ウルトラマン』第13話『オイルSOS』で、タンクローリーが油獣ペスターに襲われる場面を目撃する酔った男
・『ウルトラセブン』第41話『水中からの挑戦』で、水棲怪人テペト星人に殺害される日本カッパクラブのメンバー・竹村
・『80』第26話『タイムトンネルの影武者たち』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20101023/p1)で、藤原源九郎(ふじわら・げんくろう)


 なども演じてきた昭和ウルトラシリーズ常連で、ルックス的にも喜劇調の演技を得意とする名バイプレイヤー(脇役)であった。ほかにも、


・『仮面ライダー』(71年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20140407/p1)第82話『怪人クラゲウルフ 恐怖のラッシュアワー』で、レギュラーのおやっさんこと立花藤兵衛(たちばな・とうべえ)の友人で、ゲルショッカー怪人クラゲウルフに乗り移られる中村
・『キカイダー01(ゼロワン)』(73年・東映 NET→現テレビ朝日)第22話『本日の特別授業は殺人訓練?!』では佐々木先生
・『仮面ライダーX(エックス)』(74年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20141005/p1)第27話『特集 5人ライダー勢ぞろい!!』で、GOD(ゴッド)怪人ネプチューンが化けた講談師
・『超神(ちょうじん)ビビューン』(76年・東映 NET)第15話『明日が見える? 命盗みの天眼鏡』で、妖怪カラステングの人間体
・『宇宙刑事ギャバン』(82年・東映 テレビ朝日)第18話『乙姫様コンテスト ハチャメチャ竜宮城』で、怪人アオガメダブラーの人間体である亀田博士


 などなど、東映ヒーロー作品にも数多く出演してきた御仁でもある。


 テレビ時代劇の悪役での出演は数知れず、『必殺仕掛人』(72年・松竹 朝日放送)第1話『仕掛けて仕損じなし』以来、『必殺』シリーズにも多数ゲスト出演しており、『必殺仕事人Ⅳ』~同『Ⅴ』(83~85年・松竹 朝日放送)では広目屋の玉助役でレギュラー出演していた――レギュラーである10代の青年である仕事人・西順之助を追いかけ回しているオカマのコミックリリーフ・キャラだった・笑――。


 長年の特撮マニアたちには、なんといっても『恐怖劇場アンバランス』(73年放映・69~70年製作・円谷プロ フジテレビ)第10話『サラリーマンの勲章』が印象深いだろう。家族も会社の地位も捨ててバーのホステスと新しい生活を始めようとするも、暗転する運命をたどることになる犬飼課長役で珍しく主演を務めていたからだ。出世競争なぞよりも一杯のコーヒーをゆっくりと味わう時間を楽しみたいと考える筆者としては、この作品にはおおいに共感せずにはいられなかった。もっとも同作が製作された高度経済成長であればともかく、現在ではこうした生き方もさほど異端視されることもなく許容される時代になっているあたりは隔世の感がある。


*本文中ではふれられなかったほど出番も少なく、子役俳優であることからオープニングにもクレジットされてはいないが、各種のマニア向け書籍によれば、正夫の妹・道子を演じた子役は赤井祐子(あかい・ゆうこ)という名前であるらしい。若いころはこうした子役女優には一切興味がなかったのだが、それくらいの年頃の娘がいてもおかしくない年齢に達したせいか、よくぞこんなカワイイ娘を連れてきたものだと改めて感心してしまう(笑)。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2012年号』(2011年12月29日発行)所収『ウルトラマン80』後半再評価・各話評より分載抜粋)


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ウルトラマン80 Vol.12(第45話~第47話) [レンタル落ち]

(上記の図版は#45~#47を収録したDVD。#45~47評ではこの図版を使用しなかった関係で、この#48評の方に配置・汗)
「死神山のスピードランナー」が配信中とカコつけて!
#ウルトラマン80 #ウルトラマンエイティ #江連卓



『ウルトラマン80』全話評 ~全記事見出し一覧
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ウルトラマン80 47話「魔のグローブ 落し物にご用心!!」 ~ダイナマイトボール攻撃が強烈!

(YouTubeウルトラマン80』配信・連動連載予定)
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『ウルトラマン80』全話評 ~全記事見出し一覧


ウルトラマン80』第47話『魔のグローブ 落し物にご用心!!』 ~ダイナマイトボール攻撃が強烈!

紫外線怪獣グロブスク登場

(作・石堂淑朗 監督・東絛昭平 特撮監督・佐川和夫 放映日・81年3月4日)
(視聴率:関東8.2% 中部12.0% 関西11.9%)


(文・久保達也)
(2011年6月脱稿)


 今回は珍しく防衛組織UGMの気象班・小坂ユリ子隊員とオオヤマキャップ(隊長)のカラみから物語がはじまる。
 ここ数日、太陽光線の中の「紫外線」の分量だけが減少を続けているという異常事態にユリ子が気づいたのである。


 夕焼け空の中に突如として浮かび上がった美しいオーロラを見上げる市民たち。そして、その隠した正体は我らがウルトラマンエイティこと主人公・矢的猛(やまと・たけし)隊員とウルトラ一族の王女さま・ユリアンこと星涼子(ほし・りょうこ)隊員。
 しかし、日が沈むとともに、そのオーロラもまた姿を消していった…… そのあとに起こる怪事件の前兆を端的に表現した、実に秀逸(しゅういつ)な導入部の演出である。


 少年野球チームでセンターを務める玉井正(たまい・ただし)。


・第41話『君はゼロ戦怪鳥を見たくないかい?』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110205/p1)のゲスト主役が「ゼロ戦おたく少年」、つまり「戦闘機」ネタだったから「武」の一文字を付けて「武夫(たけお)」
・第42話『さすが! 観音さまは強かった!』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110212/p1)のゲスト主役は、観音像に「願掛け」をするような信心深い少年だから、「信仰」の「信」の一文字を取ってきて「信夫(のぶお)」


 彼らに続いて、野球少年だからその名前に「玉」の一文字を入れるとは、実に『80』での石堂脚本回らしい漫画チックなネーミングである(笑)。


 彼は試合中にエラーをして、相手チームの打者にランニングホームランを与えてしまった。


「バカヤロ~~っ!!」
「なにやってんだよ~~!!」
「帰れ、もう~っ!!」


 とチームメイトからは猛烈な非難の嵐。


 正クンは手にしたグローブを見つめて、ゲンコツで殴って地面に叩きつけた!


正「クソっ! おまえが悪いんだ! おまえのせいだぞ~っ! クソ~っ!」


 叩きつけたグローブを足で強く踏みつけてしまう正クン。
 運動オンチの筆者としては、かつては正クンと同じように球技大会ではクラスの足を引っ張ることばかりやらかしていたために――もうそれだけで立派なイジメの対象となってしまう――、この場面には妙に感情移入をしてしまうのだ(笑)。


 そのままグラウンドにグローブを放置して帰ってしまう正クンだった。しかし、帰宅した正クンは、母・よし子にこっぴどく叱られてしまう。


 ちなみに、同じく石堂先生が脚本を執筆された第45話『バルタン星人の限りなきチャレンジ魂』のゲスト主役・山野正也(やまの・まさや)少年の母の名前も「よし子」であった。怪獣の出現理由のユニークさや、抱腹絶倒のセリフ漫才などのアイデアが光る石堂先生も、このあたりは安直だったりする(笑)。


よし子「あのグローブは3年間、ずっとアンタの左手の友だちだったのよ~! 4月から中学に行くアンタの小学校の最高の思い出の品じゃないの!?」


正「だってアイツのおかげでランニングホームラン喰らって、ぼくは最低守備賞をもらったんだぞ!」


よし子「そんなのグローブさんの責任じゃないでしょ! 正の守備がヘタだったからでしょ! ひろってらっしゃい! でないとウチに入れません!」


 「グローブさん」(爆)などと野球のグローブごときに敬称をつける一方で、「守備がヘタだったから」(爆)などと傷心する正クンにさらに追いうちをかけてしまうようなママ・よし子!
 実に正論なのだが、たとえ正論であってもそれが人の心を救ってみせるとはかぎらないのである(汗)。しかしだからと云って、グローブや他人のせいにする正クンのことをアリのままの姿で受けとめてあげればよい! というものでもないのがまたムズカしいところではある。それで世の中を甘く見てナメてしまって自堕落に走る子供たちも全員とはいわず一定数はいる以上は、時として「愛の鞭」としての叱責も必要なのである。
 そのあたりの「子育て」や「人間関係」における機微というものは「飴」と「鞭」、押したり引いたりの永遠の「綱引き」なのである(笑)。


 そして、そのやや強くてキツく出てくるママの姿はまた、同じく石堂先生が脚本を執筆された第41話『君はゼロ戦怪鳥を見たくないかい?』において、競技大会中に行方不明になってしまったゼロ戦のラジコン模型を必死で捜そうとするゲスト主役の同じく小学6年生・斉藤武夫(さいとう・たけお)クンの母親・美絵子(みえこ)が、


「もしゼロ戦がもう出てこないようでしたら、あなたのゴルフ棒も売ってください!」


 などとその旦那さんである秀夫を脅かしていたサマをも彷彿(ほうふつ)とさせるものがある(笑)。



 この回で美絵子が語っていた、古代中国の格言「玩物喪志(がんぶつそうし)」。


「物にこだわり過ぎると人間がダメになるってこと」


 という「物に執着しすぎることへの警鐘」と本エピソードでの「物を大切にしようという警鐘」は、真逆であり矛盾するものではあるけれど(笑)。


 両者をアウフヘーゲン、弁証法的に止揚をするならば、そのドチラであっても両極端はイケナイのだ! ということが「人の世の真実」ということになるのだろうけど、もちろん本エピソードや第41話『君はゼロ戦怪鳥を見たくないかい?』の作品テーマがそうであったということでもない。
 こういう複雑怪奇で矛盾に満ち満ちた、あーでもないこーでもないという、大局を見据えたようなお話は、「子供向け番組」や「道徳説話」などにはなじみにくい種類のものだから(笑)、また別の「物語」の形式ではない「評論」や「人生訓」などのかたちで言及すべきようなことなのだろう。




 やむなく「グローブさん」(笑)を取りに戻った正クンだが、なぜかなかなか見つからない。ここのシーンは野球のバットで落ち葉をカキわけて空を見上げて何度もタメ息をついたりと演出や演技も実に細かい。
 第45話『バルタン星人の限りなきチャレンジ魂』評(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110327/p1)でも引用させていただいた、書籍『君はウルトラマン80を愛しているか』(辰巳出版・06年2月5日発行・05年12月22日実売・ISBN:4777802124))で星涼子役の萩原佐代子(はぎはわ・さよこ)がインタビューで言及していた、子役に対しても決して容赦はせずに怒鳴っていたらしい東條監督の手厳しい演技指導の成果だろうか?(汗)


 木々の間から太陽の日差しが照りつける描写が、さりげなくその後の伏線ともなっている。


 やがて、めでたくグローブを発見した正クンだったが、


「こら、グローブ! ホントはボクは、おまえなんか許してないんだぞ! おまえを連れて帰らないと、ママがウチに入れてくれないから、仕方なしに連れて帰るんだぞ!」


 と、母のよし子同様に「グローブ」を擬人化して話し掛けている(笑)。


 このあと、正クンは危機に見舞われるのだが、終始こんなコミカルな調子なので、良い意味で本話は楽しい滑稽味の方が先に立ってしまうのだ。


 そのとき、空に美しいオーロラが輝いた!
 そして、そこから火の玉のような赤い物体が地上に接近!
 あたり一面がムラサキ色の光に染まって、赤い物体から白い波状光線がグローブに向かって発射された!


 脚本家や監督はそれぞれ異なってはいるものの、


・第33話『少年が作ってしまった怪獣』(作・阿井文瓶・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20101211/p1)で、ゲスト主役の健一少年が作った怪獣人形に憑依(ひょうい)して工作怪獣ガゼラと化し、城野エミ(じょうの・えみ)隊員に「怪獣の魂」と名づけられたナゾの発光体
・第38話『大空にひびけウルトラの父の声』(作・若槻文三http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110115/p1)で、中津山上空の雲海に潜んでおり、怪獣の絵が描かれていた凧(たこ)に取り憑いて心霊怪獣ゴースドンと化した「怪獣のオーラ」


 それらに近いイメージで、今回のナゾの赤い物体は描写されている。


 とはいえ、見た眼的には近いものがあっても、純物理的・純科学的な存在である「紫外線」による超常現象によって発生した今回の事件が、先の「怪獣の魂」や「怪獣のオーラ」と同等のものだとするのは、やや強弁にすぎるだろう。
 『80』第1クールの「学校編」の設定の消滅とともに、人間の負の感情によって発生するマイナスエネルギーという設定も一度は消滅してしまった。しかし、先の第33話や第38話の「怪獣の魂」や「怪獣のオーラ」は広い意味ではマイナスエネルギーだったとはいえるだろう。とはいえ、これらは人々に由来する負の感情によって発生したものではなく、元からあった悪の精神生命体・精神エネルギー・悪霊のようなものだろう。
 そういう意味では「学校編」におけるマイナスエネルギーとはイコールではないし、紫外線に至ってはムラサキ色の光よりも波長が少々短い単なる「光」でしかないのだからマイナスエネルギーですらなかったかもしれない(笑)。


 これは何も『80』という作品の設定的な不整合を批判しているのではない。むしろ思春期の少年の負の感情=「マイナスエネルギー」や、空中に浮遊している茫漠(ぼうばく)とした「マイナスエネルギー」と呼応しあって、自然と怪獣が実体化を果たすという設定の方に、「精神エネルギーの実体化」という概念自体が後年のジャンル作品のように一般化していなかった当時の視聴者たちは、ややムリを感じていたのも事実なのである。
 『80』序盤でのマイナスエネルギーがもっと明瞭ないかにもな異物であったり、明確な悪意を持った存在ではなかったところに、『80』は勧善懲悪活劇としては「弱み」を抱えてしまっていた。
 それならば、少年の負の感情に加えて「怪獣の魂」や「怪獣のオーラ」や「異次元人ヤプール」のような媒介物を通じて怪獣を出現させた方がまだムリはないのである。だから、マイナスエネルギーという設定にも通底していくような「怪獣の魂」や「怪獣のオーラ」といった存在を登場させて、ゆるやかに作品を変節させていく手法は、あくまでも結果論だが『80』という作品の「初志」をかえって貫徹させることにもつながったようにも見えるので、これはこれでよかったのではなかろうか?



 驚いて木の陰に隠れた正クンの眼前で、「グローブさん」(笑)は発光してムラサキ色の奇妙な物体へと変化を遂げた!


 それはグローブというよりかは、人間の手のひらを下に向けた状態の姿に、触角を生やして目と口も備えている。
 正クンのグローブは、紫外線怪獣グロブスクと化してしまったのだ!


グロブスク「ヒャハハハハハ!」


 UGM専用車・スカウターS7(エス・セブン)で紫外線の調査で巡回している矢的とユリ子。フロントガラスに映っている景色でわかるように、実際には市街地を走るスカウターS7の後部座席からの主観映像で、運転席の矢的と助手席のユリ子の会話の場面を捉えている。
 しかし、ユリ子の横顔はずっと映しだされてはいるものの、矢的の横顔はまったく映されていない。実際に運転しているのはUGMのヘルメットと隊員服を着用した吹き替えの人物であるようだ(?)。
 セリフをしゃべりながらの運転はやはり危険だし、当時の特撮ジャンル作品は基本、アフレコ(アフター・レコーディング)であとで声入れするからこその演出なのだろう。
――ハリウッドのアクション映画なども、走行する列車の上やクルマなどに録音技師まで搭乗させるのは危険だし、爆発やクルマのエンジン音や走行時の風切り音などで人間のセリフがうまく録音できないので、そこはアフレコだったりいっそ全編まるごとがアフレコだったりすることもあるそうで、アフレコという手法もけっこう一般的なものなのだ――。


 しかしながら、続いて車内のルームミラーに運転席の矢的の姿を映しだすことにより、矢的を演じる長谷川初範(はせがわ・はつのり)が実際に運転しているかのように錯覚させるハッタリ演出は見事である。ここのカットは実際には停車状態で撮られたものだと推測するので(笑)。


矢的「海水浴などで(肌を)焼きすぎると水ぶくれになる。あれが紫外線の作用だったね」


 ユリ子と紫外線について語る矢的の姿に続いて、


・画面中央に太陽を配して、そこから猛烈に紫外線が大地に降りそそいてくるかのようなイメージカット
・そして奇声を発して地面スレスレに宙を浮遊して、正クンを翻弄(ほんろう)してくるグロブスクの姿


 と、この両者の活動の「活発化」に関係性があることを明示している切り仮しのカットが、ベタだが映像作品というものの基本を押さえてもいる。


正「コラ! もういっぺん使ってやる! もうエラーするな!」


 野球でエラーしたことをいまだにグローブのせいにしている正クンが、ひざまづいてグロブスクにさわろうとするや猛烈な火花が飛び散った!


 正クンをカラかうかのように、奇声を発して宙を浮遊するグロブスク!


正「あっ、逃げるな! おまえに逃げられると、ボクは家に帰れなくなってしまう! あっ、待て!」


 グローブが怪獣化したことの方がふつうは「恐怖」になるハズなのに、正クンにとってはそんなことよりもウチに入れてもらえないことの方がよほど「恐怖」であるらしいことが、本話の滑稽味をいやます。
 しかし、奇声を発して宙を飛び回る「グローブさん」を連れて帰った方が、よけいに家に入れてもらえないのではなかろうか?(笑)


正「あっ! おまえ、グローブのくせにナマイキだぞっ!」


 落ちていた棒切れでグロブスクに殴りかかる正クン。
 激しく火花が飛び散って、やっと恐怖を感じたのか、助けを求めて叫びだす正クン!


 非常事態を察知した矢的隊員が現場に到着した!


 だが、グロブスクの姿を見た矢的は開口一番……


「ン? なんだ? 青いカニか?」


 まぁたしかに巨大怪獣ではないし、ただの浮遊する小型生物だから、ヨコ長なカニのような姿に見えたのだろう(笑)。こういうところで瞬間、ズラしを入れて「緩急」を付けてみせるのも石堂脚本の特徴である。


 ちなみに石堂先生は、


・『マグマ大使』(66年・ピープロ フジテレビ)第47話『電磁波怪獣カニックス 新宿に出現』~第48話『東照宮(とうしょうぐう)の危機・電磁波怪獣カニックス大暴れ』の前後編では、電磁波怪獣カニックス
・『帰ってきたウルトラマン』(71年)第23話『暗黒怪獣 星を吐け!』では、カニ座怪獣ザニカ
・『ウルトラマンタロウ』(73年)第7話『天国と地獄 島が動いた!』では、大ガニ怪獣ガンザ


 などのカニの怪獣を幾度か登場させている。ザニカのみならずカニックスも、『マグマ大使』のレギュラー敵である宇宙の帝王・ゴアが蟹座から呼び寄せた怪獣だった。そして、石堂先生自身が1932(昭和7)年7月17日生まれの蟹座だったりする(笑)。


正「カニじゃないよ。ぼくのグローブだよ。グローブに急にムラサキ色の光が入ってこうなったんだよ!」
矢的「ムラサキ?」


 それを聞いて直感したのか、グロブスクに計器を向けるユリ子。


ユリ子「大変です! このグローブは紫外線の固まりです!」


 樹木の上に跳び上がるグロブスク!


 一見マヌケなグロブスクの顔面の表情だが、やはり太陽から紫外線が放出されているイメージカットに続いて、それを吸収してエネルギーとしていることを象徴するかのように、グロブスクのギニョールを内部から空気で膨らませる演出は、お約束でもこうでなければダメである(笑)。


 グロブスクの目線から俯瞰(ふかん)して見下ろされている矢的隊員が、UGMの専用光線銃・ライザーガンで狙撃!
 両目を左右にギョロつかせるアップのあと、グロブスクは一同をあざ笑うかのように宙を舞って、木の茂みへと隠れるように姿を消してしまう……


矢的「あっ、消えた!」
正「グローブがないと家に入れてもらえない……」


 この両者の発言は噛み合っていないぞ!(汗) この期(ご)に及んでも、グロブスクの脅威よりもオウチに入れてもらえないと泣き出す、春からはもう中学生になるハズの意外と子供じみている正クン(笑)。


 このシーンに続く場面として、矢的とユリ子がよし子に事情を説明して、正を自宅に入れてくれるように説得する場面が撮影されたものの、尺の都合でカットされたのかもしれない。実際、このシーンに続く玉井家の食卓の場面は、父・太吉の以下のセリフからはじまるからだ――いやまぁ、脚本の段階で存在しなかった可能性もあるけれど・笑――。


太吉「フ~ン、UGMが正のために、幼稚園の子だって信用しないようなウソをついてくれたのか?」
正「ウソじゃないってば! グローブがオバケみたいに逃げてっちゃったんだよ!!」


 「幼稚園の子だって信用しないようなウソ」(爆)。たしかに怪獣や宇宙人が頻出するウルトラシリーズの世界の中でも、そのへんの野球のグローブが意志を持って逃げだしただなんて、幼稚園児でもなかなか信用しないだろう(笑)。


 お茶を入れながら、さらに正クンに追い討ちをかけてくる母・よし子。


よし子「はいはい、そのウソはホントじゃありませんねぇ」(笑)
正「知らない!」


 お茶碗のご飯をカキこんでいる正クン。お約束の家族団欒ではありながらも、ディスコミュニケーションは存在しており、しかして決定な決裂までには至っているワケではないところでの「和」と「不和」が常に同時にハラまれてもいる、人間関係の基本そのものといってもよい(笑)、よくあるホームドラマ描写ではある。


 やはり同じく石堂先生の脚本&東條監督の担当回であった、先の第42話『さすが! 観音さまは強かった!』のゲスト主役・岩水信夫(いわみず・のぶお)少年の一家の食事風景も彷彿とさせるものがある。


 ところで、今回のこの食事場面では終始、踏切が鳴る音と電車の走行音が流れている。先の正クンが母・よし子に玄関前で叱られている場面の直前に、踏切と小田急線の電車が走行するカットが比較的長目に挿入もされている。正クンとよし子の会話の前半部分でもやはり踏切と電車の走行音が流れて、玉井家が鉄道沿いにあることが表現されているのである。
 食事風景のみならず、このような細やかなインサート映像や効果音による演出によっても、所帯じみた生活臭が絶妙に醸(かも)しだされていくのだ。



オオヤマ「ブラックホールに吸いこまれると、その中の物凄い引力の作用で、地球もキャラメル1個くらいに縮むというから、紫外線がなにかのキッカケで凝り固まって、グラブ(グローブ)くらいの大きさになっても不思議はないんだなぁ」


 「紫外線」も人間に可視化できない波長の「光」のことだから、この発言に当時のウルトラシリーズファンの子供たちや特撮マニアたちであれば、『帰ってきたウルトラマン』第35話『残酷! 光怪獣プリズ魔』に登場した「光」そのものが凝縮して誕生した光怪獣プリズ魔(ひかりかいじゅう・プリズマ)のことをついつい連想しただろう。しかし、芸術的で非人間体型で半透明クリスタルの巨大オブジェのようだったプリズ魔と、もろに野球のグローブの姿をしているグロブスクでは、SF味においては天と地ほどの品位の違いは生じているのだが(笑)。


――余談だが、ジャンル作品で「光」が無条件に「善」だの「神」だのを意味するようになるのは、オカルト・キリスト教的な世界最終戦争(ハルマゲドン)のイメージが流布した80年代以降のことである。よって、70年代初頭のプリズ魔における「光」とは、価値中立的で単なる物理的な存在であり、そこに道徳的・宗教的な善なる「光」の意味はまだ込められていなかったあたり、良い悪いではなく「時代の空気」の違いといったものが忍ばれる――


 UGM司令室では続けてユリ子がパネルを使って、紫外線についての解説をはじめる。大気中の「オゾン層」が人体に有害な「紫外線」を食い止めており、「地球」を「人体」だと例えれば「オゾン層」は「日焼け止めのクリーム」みたいなもの。それが大気汚染で破壊されて、地球に降り注ぐ「紫外線」の量が増えている……うんぬん。
 ウ~ム、90年代以降に話題となった「オゾン層」の破壊のことが、今から30年も前に『80』ですでに議題とされていたとは……


 このシーンは同じく石堂先生が執筆されていた第36話『がんばれ! クワガタ越冬隊』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110101/p1)における、地表と上空の温度差が激しくなると太陽光線の屈折によって発生するといわれている「逆転現象」について、UGM司令室でパネル付きでレクチャーしていたユリ子の描写を踏襲している。疑似科学的な味わいを付与するのみならず、こういう科学的な説明をさせるのであれば気象班に所属しているユリ子が適任であり、それによって彼女に見せ場を与えることもできるというワケである。
 ここ数話は新ヒロイン・星涼子隊員にスポットを当ててきたが、そろそろユリ子にもスポットを当ててみせるのも、全話を通じて主要人物全員に見せ場を極力均等に与えるのが正しいとするならば、石堂先生がそこまでシリーズ全体のバランスを考えていたワケでは決してないだろうが(笑)、結果的にはそのような効果も発揮しているシーンではある。


 と、思いきや……


涼子「オリオン座にあるブレイアード星が、2万年前に滅びたのもそれでした。地球に劣(おと)らない、美しい星でしたけれども」


 怪訝(けげん)そうな顔つきで、鋭く涼子をニラみつけるオオヤマ……


オオヤマ「……なに?」


 作劇的にはワザとらしい域にも達しているが、『80』最終回(第50話)『あっ! キリンも象も氷になった!!』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210315/p1)への伏線は、もう張られ過ぎなくらい充分に張られてしまったのであった(笑)。


涼子「ゴメンなさい。今のは私が読んだ童話のお話……」
矢的「会議の最中、おとぎ話なんて不謹慎だよ!」
涼子「スイマセン……」


 ここですかさず機転を利かして涼子へのフォローを入れてみせることで、逆説的に矢的の有能さも際立ってくるのだが、本エピソード以降、『80』は完全に「ユリアン編」そのものといった内容になっていくのである。


 太陽由来の紫外線は太陽が沈むと急速に減少することから、徹夜の捜査を隊員たちに命じるオオヤマ。UGMの戦闘機・スカイハイヤー・シルバーガル、そしてスカウターS7が直ちに出動する!


 ここで流れてくる楽曲が、直前作であるテレビアニメシリーズ『ザ★ウルトラマン』(79年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200508/p1)の防衛組織・科学警備隊の戦闘機を描写するテーマ曲としてつくられて、『80』でもたびたび流用されてきた、特撮マニア間では「急降下のテーマ」(正式MナンバーはM27)として知られている高揚感あふれる名曲である。怪獣バトルの前座やヤラれ役にとどまりがちなウルトラシリーズの防衛組織でも、こういう適切な音楽演出があるとカッコよくて頼りがいがあるように見えてくるものなのである。


 同じく石堂&東條コンビであった第41話でも、ゲスト主役の武夫少年がゼロ戦怪鳥バレバドンの背中に乗って遊覧飛行をする場面に使用されている。仮にこの選曲にも監督が関わっていたのだとしたら、東條監督も気に入っていた名曲だったのかもしれない。


 スカウターS7で出動した矢的と涼子にイケダ隊員からの通信が入る。


イケダ「星隊員」
涼子「はい」
イケダ「童話の続き、話してくれませんか?」
矢的「これから市街地に入る。いったん交信を切る」


 オオッ、イケダ隊員までもが涼子の発言で、涼子が少し怪しいと思ってしまったのだろうか? いや、イケダ隊員のことだからそれほどの他意はなく、ちょっとだけ参考に話を聞いてみようかな? といった程度だったのだろうが(笑)。
 しかし、そこは「大爆発! 捨身の宇宙人ふたり」なのである――『ウルトラマンレオ』(74年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090405/p1)第13話のサブタイトルであり、未熟なゲン隊員=ウルトラマンレオと老獪なダン隊長=ウルトラセブンとの、周囲には正体を隠さねばならない足枷がある中でのふたりの関係性描写の結果的な反復にもなっている! という程度の意味です・汗――。
 ここでまた涼子隊員にボロが出されないように、矢的が言い訳を付けて通信が切ってしまうという一連ともなることで、「ユリアン編」としての独自のドラマがここでもさりげに展開されているのだ。


矢的「我々ふたりが地球という名の星の人間でないことは、まだまだ知られない方がいい」
涼子「はい」
矢的「地球の人間がヘンに我々の力をアテにしはじめるのがいちばん怖いんだ」
涼子「はい、気をつけます」


 ウルトラシリーズや日本にかぎらず世界中のヒーローもので、主人公たちが正体を隠している理由でもある、ヒーローものがハラんでいる矛盾と核心に迫真してくるやりとりがここでは繰り広げられている!


 しかし、同じく石堂先生が担当された『80』最終回では、実際には地球の人間たちは、矢的が想定していたようなウルトラマンの力に依存するだけの弱々しい存在では決してなかったことが明かされる。それについては項を改めて語りたい……


 実景の朝日の描写に続いて、多摩川沿いをジャージ姿でジョギングしている本エピソードのゲスト主役でもある玉井一家の姿が描かれる。
――長年のウルトラシリーズのマニアであれば、『ウルトラマンレオ』最終回(第51話)『恐怖の円盤生物シリーズ! さようならレオ! 太陽への出発(たびだち)』Bパート冒頭のレオこと主人公・おおとりゲンとレギュラーの梅田トオル少年が、やはり朝の多摩川沿いをジョギングしていた場面を想起したことだろう・笑――


 停車しているスカウターS7を土手の下からの煽(あお)りで画面に捉えて、その右手から玉井一家がジョギングしてくる。


 徹夜の捜索で疲れて、座席で眠りこけていた矢的と涼子の姿を見つけた正クンは、


「あっ、ガス中毒!」(笑)


 と叫んでみせる!


 ナンという不謹慎なガキであることか!? こういうさりげにプチ悪趣味な「笑い」のセンスがまぶしてくるのが、石堂脚本の特徴ではあり醍醐味でもあるのだが(笑)。


 木々の間からこぼれて地上に照射されている朝日の光という自然描写から、カメラがパン(横移動)して公園の中をジョギングしている玉井一家をロング(引き)の映像で捉えるという、なんとも爽やかな朝ならではの映像で、その悪趣味も緩和はされているのだが。


 しかし、本話においては、その爽やかな朝日の陽光はイコール紫外線の脅威そのものでもある。続いて地面に落ちているグローブにカメラがズームすることで、実は直後にこの一家が危機に見舞われることをも暗示しているダブル・ミーニング(二重の意味)が込められた演出でもあるのだ。


 遂に紛失していたグローブを見つけて、その左手にハメてみせる父・太吉。
 だが、グローブは太吉の左手に強い力で吸いついて、ハズれなくなってしまう!


 青空の中、強い陽射しが照りつける太陽の下で、グローブに強い力で引っ張られて、左手を高々と掲げて苦しんでいる太吉を煽りで捉えたカットと、画面中央に太陽を配して強烈な紫外線が地上に浴びせられていることを意味するイメージカットが交互にカットバックされて、危機感を煽りたてる!
 苦悶(くもん)して七転八倒する太吉を演じる住吉道博のひとり芝居もまた見事である!


 遂にグローブは太吉の左手にハメられたままで、奇怪なグロブスクの姿へと変化を遂げる!
 太吉の主観映像からのアップで描写されたその姿のすぐ下に、太吉の左手首に巻かれた腕時計がきちんと映しだされていることがまた、日常生活と直結した世界でのリアルな恐怖感も醸しだしている。


 紫外線の固まりの存在をキャッチしたUGM司令室からの連絡を受けて、矢的と涼子は眼を覚まして現地へと急行する!


 その間にもグロブスクの文字通りの「魔手」が太吉を襲撃している!


・輝く太陽の下、太吉からの主観映像でのグロブスクのアップ!
・地面に横たわって必死でグロブスクをハズそうとする太吉の表情!
・太陽から膨大に紫外線が放出されているイメージカット!
・グロブスクの強い力に引きずられて、左手を挙げたかたちで立ち上がらざるを得なくなってしまう太吉を、太陽の下での煽りで捉えたカット!


 それらを細かく交錯させることで、絶妙な緊迫感を醸しだす!


 現地に到着した涼子が、その正体はウルトラマン一族の王女・ユリアンとしての超能力ゆえだろう、その右手の人差し指から赤い一条の光線を浴びせるや、グロブスクの動きはようやく止まった!


 グロブスクが光線を浴びて動きを止めるカットでは、よし子にその様子をしっかりと見られてしまっている(汗)。ふつうの人間ではないことがバレバレなツッコミの余地がある描写だから、ここはあまりウマい演出ではないだろう。しかし、一瞬のことだから何かの光線銃を撃ったのだと、よし子ママもきっと誤解をしたことだろう! と好意的に深読みしてあげようではないか!?(笑)


 この攻撃で太吉の左手からはハズれたものの、グロブスクは地面スレスレに浮遊して一同の許から飛び去っていく!


 画面右手に横たわる太吉の顔、左手に介抱するよし子、中央に正クンを捉えて、その手前にグロブスクの姿をローアングルで捉えた演出が絶妙な臨場感も醸しだしている!


涼子「ブレイアード星の話で知ってたの。紫外線の反対は赤外線でしょ。赤外線のビームにいちばん強く反応するのよ」
矢的「そうか、それでか」


 そう。このセリフはオゾン層が破壊されたブレイアード星でも、紫外線が結集して怪獣が誕生したことをも示唆するSF的なそれであったのだ!


 地面スレスレに浮遊するグロブスクを矢的と涼子の主観映像で背後から捉えて、それを追っている矢的と涼子を足元からバストアップへとズーム。振り返ったグロブスクをアップで捉えて、さらにドアップでグロブスクが左右に両目をギョロつかせている…… といった一連の描写はカメラアングルと編集が絶妙である。


 再度、グロブスクに赤外線光線を浴びせかける涼子。


矢的「待て! 今、ヤツは気が立ってる!」


 グロブスクは赤く発光して、その全身が白い光学合成に覆(おお)われるかたちで遂に巨大化した!


 その姿は大きく変貌を遂げており、もはやグローブがモチーフの怪獣とは思えない! 触角というよりかは二股に分かれている頭部は珊瑚(サンゴ)を思わせて、黄色い目が光っている紫色のブニョブニョとした全身は、


・初代『ウルトラマン』(66年)第17話『無限へのパスポート』に登場した四次元怪獣ブルトン
・『ウルトラセブン』(67年)第35話『月世界の戦慄』に登場した月怪獣ペテロ
・あるいは『ウルトラマンネクサス』(04年)の第1話~第4話(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20041108/p1)に登場したスペースビースト・ペドレオン


 などを彷彿とさせるブキミさを備えている!


 そのブキミさを強調するかのように、


・両目とその間にある穴
・赤いボツボツに覆われた腹
・サンゴ状の頭部


 それらがブニョブニョとうごめく様子を順にアップで映しだしていく。
 そして、画面下半分には本編ロケ映像の矢的と涼子を、その上半分には特撮セットのグロブスクを合成したカットにつなげるという一連の映像演出は、お約束でも実にカッコいい!


 甲高かった奇声が巨大化とともに腹の底から響き渡るような低い笑い声へと変わるのも実に効果的である!――この鳴き声は、『ウルトラマンタロウ』第2話『その時ウルトラの母は』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20071209/p1)~第3話『ウルトラの母はいつまでも』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20071216/p1)の前後編に登場した再生怪獣ライブキングの鳴き声、もとい笑い声(笑)を加工して使用したものらしい――


矢的「星くん!」
涼子「スイマセン。刺激しすぎました!」
矢的「これは君と僕の責任だよ」
涼子「はい……」


 美しい夕焼け空の中、黄色い目から紫色の波状光線を放って街を破壊するグロブスク。
 ……ってオイオイ。もう夕焼けの時刻ってことは、グロブスクは日中いっぱいずっと暴れ続けていたことになるのだろうか!? だとしたら、たしかに矢的と涼子の責任は重大だ!(笑)


 しかしそんなヤボなツッコミも、『80』では極めて珍しいあまりに美しすぎる今回の「夕焼け特撮」の前ではもうどうでもよくなってきてしまう。『ウルトラセブン』第8話『狙われた街』やオモテ向きは欠番の第12話『遊星より愛をこめて』、『帰ってきたウルトラマン』第32話『落日の決闘』や第37話『ウルトラマン夕陽(ゆうひ)に死す』などの特殊技術(特撮監督)を担当した大木淳による「夕焼け特撮」を彷彿とさせるものがあるからだ。



――『80』で組んでおられた特撮監督が佐川和夫さんなのですが、佐川さんについてお聞かせ下さい。
「『ウルトラQ』(66年)の時に円谷プロに入って、セットがあった美セン(東京美術センター・のちの東宝ビルト。引用者註:2007年に解体)に呼ばれたんです。で、オープンセットにフラッと近づいたら、「セット壊す気か、近寄るな、バカヤロー!」って怒鳴った人がいたの。それが当時カメラマンのチーフだった佐川和夫さん(笑)。実は佐川さんと僕とは大学の同級だったんだけど、むこうが先に業界に入って大活躍しているベテランでしょ。だからもう威厳たっぷりだったんです。佐川さんはやっぱりすごい人ですよ。特撮のことよくわかってるし、飛行機の飛びをやらせたら、あの人はピカ一。めざす絵を撮るために全然妥協しないんですよ。「こんな感じ」というアバウトな打ち合わせをしても、ラッシュで観ると予想を超えた何倍も凄い絵になってできている。何度も感心させられました。『80』の頃は打ち合わせしたらあとはもうお任せです。素晴らしい映画人ですよ」

(『タツミムック 検証・ウルトラシリーズ 君はウルトラマン80を愛しているか』(辰巳出版・06年2月5日発行・05年12月22日実売)監督 東條昭平インタビュー)



 セットの夕陽を画面左奥に捉えて、その手前に街灯を配するという距離感のある構図の中で、グロブスクが高々とジャンプして、ビルにのしかかってその巨体で押し潰す!
 真っ赤に染まった夕焼け空の中、地球防衛軍の戦闘機群が飛来してグロブスクに攻撃をかけるも、両目からの波状光線で次々に撃墜される!
 フジモリ隊員とイケダ隊員が搭乗するUGM戦闘機・シルバーガルが波状光線をからくも避ける!
 まさに東條監督が絶対的な信頼を寄せる佐川特撮監督の妥協のない、迫力ある飛行機特撮の連続である!


 そして画面右手に樹木やビルを配して、中央に沈んでいく夕日を捉えたカット!
 それに続いて、画面左手奥に沈んでいく夕日、その下に鉄塔、右手前にビルや民家を配した奥行きのある構図の中で、グロブスクは夕日が沈むと同時に、その全身が白く覆われて消滅していく……
 太陽光に含まれている紫外線がなければ実体化ができないという怪獣の特性を実に的確に表現した描写でもある。


オオヤマ「結論は簡単だ。チャンスは日の沈んでいる間だ。いいか、今夜中に必ず捜しだせ! 出動!」
隊員一同「了解!」


 この場面にのみ広報班のセラの姿があるが、おそらくはほかに出番があったものの、尺の都合でカットされたのだろう。


 深夜の街を疾走するスカウターS7。


矢的「いくらヤツが動かないと云ってみても、東京は広すぎるよ」
涼子「西の方へ行って」
矢的「西? ヤツが潜んでいるところがわかるのかい?」
涼子「ええ。私すべての宇宙光線がキャッチできるの。西の方に紫外線の固まりがあるわ」


 山間部にたどり着いて、停車するスカウターS7。


矢的「ここか?」
涼子「ええ」


 正体は宇宙人・ウルトラマンエイティであることから超能力・ウルトラアイをつかって透視する矢的隊員。
 矢的の両目が星状に光って緑色の輪が発射される描写を繰り返したあと、半透明のグロブスクの姿が浮かぶ場面では、『ウルトラマンタロウ』のメインタイトルの中間部――同作主題歌のイントロが入る直前――でも使用されていた効果音が流れていることにも注目!


矢的「夜だし街から離れてる。君ひとりを観客に、君の代わりに力いっぱい戦うよ」
涼子「スイマセン。お願いします」


 それにしても矢的のこのセリフ、本エピソード前半での児童ドラマとは一転して、完全にオトナの男女間での演技となっている。


 涼子だけに見守られる中で、変身アイテム・ブライトスティックを高々と宙にかざす矢的!


矢的「エイティ!!」


 登場したウルトラマンエイティ、まるで拝むようなポーズで右手から水色の波状光線を発射!


 その光線を浴びた位置に幾つもの星がキラめいて、白い光学合成のかたちからグロブスクが実体化する!


 そして、なんと第40話『山からすもう小僧がやって来た』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110129/p1)から使用が開始された新オープニング主題歌『がんばれウルトラマン80』が今回はじめて劇中で流される!



――劇伴にはオープニング主題歌『ウルトラマン80』、そしてエンディング用の副主題歌『レッツ・ゴー・UGM』のアレンジ曲も多く含まれていますが。
「僕は作品で流用できない主題歌はダメだとずっと思っていました。これまでのウルトラシリーズでも、「主題歌をもっと先に作って、僕に時間をくれれば主題歌のアレンジ曲が用意できるよ」と毎回言っていたんですけど、実際問題、なかなかすぐには主題歌が決まらないわけでね。『帰マン』あたりではそれができなかった。ようやく実現できたのが『80』だったんですよ。やっぱり作品で表現しきれないことを主題歌が表現し、主題歌が表現しきれないことを作品が表現する。これで映像と音楽が一体になるわけですよ」

(『君はウルトラマン80を愛しているか』音楽 冬木透インタビュー)



 名構成の労作である『ウルトラセブン総音楽集』(87年・キングレコードASIN:B004P1Y8B2)のライナーノーツであったか、その解説書で担当ライター氏は「BGMと主題歌を同じ作曲家が担当していて音楽世界が統一されている点でも、『セブン』は素晴らしい」という趣旨の論を展開していた記憶がある。


 第1期ウルトラシリーズ至上主義者たちは、こういった論法でも第1期ウルトラの作品群を持ち上げて第2期以降のウルトラ作品を陰に貶(おとし)めてきたのであるが(笑)、当の冬木大先生はもっと柔軟で融通が利いていたのである。


・バック転を連続させて、右足でキック!
・側転のあと高々とジャンプして、グロブスクの頭部をキック!
・着地して低い姿勢のまま後転して、両足でキック!
・さらにチョップ! ひざ蹴りの連打!


 いつもながらのスピーディで豪快なウルトラマンエイティのアクションに、一見優しいメロディラインと歌い口の『がんばれウルトラマン80』は意外と違和感がない。冬木先生の持論を借りるならば「主題歌としては合格」ということになるのではなかろうか?


 『80』の戦闘シーンでは、登場ブリッジ曲であるM51はもちろんのこと、エイティ優勢の戦闘テーマ・M52、ピンチに陥るエイティのイメージ曲・M53、そして逆転からの勝利を飾るM2がシリーズを通して定番で使われるパターンが圧倒的であり、こうした変則的な音楽の使用は珍しい。
――ちなみに『80』のシリーズ後半では、冬木先生がやはり作曲された前作『ザ★ウルトラマン』のBGMでもある『交響詩 ザ★ウルトラマン』第四楽章『栄光への戦い』の『インベーダー軍団』と『勝利の闘い』(ASIN:B00005ENGI)なるブロックの単独録音版の流用が、エイティ劣勢と逆転勝利のBGMとして代用されるようになる――


 だが、それに呼応するかのごとく、怪獣の着ぐるみの造形面でも、擬闘(アクション監督)の車邦秀(くるま・くにひで)が担当したアクション演出面でも、変則的な試みがなされていくのだ。


 エイティのジャンピングキックを姿勢を低くしてカワしたグロブスクは、なんとその天地が逆になるのだ!
 サンゴ状の「二股」に分かれた頭の方を足にして動き回って、「五本指」状の足の方を頭にしてエイティの頭を押さえつけて、ド突きまくるのである!
 もっとも野球のグローブがモチーフの怪獣なのだから、本来ならば最初から「五指」の方が頭としてふさわしいのだが、やはりあとから「手首」の方が頭になるよりも、「五指」の方が頭になった方が絵的なインパクトは絶大だろう。


 そうかと思えばグロブスクは地面を這った状態で、エイティの攻撃から高速で逃げ回るのである! もちろんカメラの回転速度を変えて撮影しているのだが、周囲でムラサキ色の霧が立ち昇っている演出も実に効果的である。


 目には目を! グローブにはボールを! とばかりに、エイティはジャンプして夜闇の中で身体をまるめて、前転するかたちで回転をはじめる!
 ここからはエイティの回転姿勢とほぼ同一サイズに思える造形物に変わるのだが、相応の大きさから来る実在感も高いことからミニチュア的な軽量感はないのである!


 そして、空中を水平ヨコ方向にコマのようにスピンして大きく旋回しながらグロブスクに何度も何度も体当りをブチかます!!


 身体をまるめた状態のエイティの造形物の周囲に、高速で渦が回転するような線画を合成作画することによって、スピード感も高めつつ、エネルギーも込められているようなパワー感まで表現ができている!


 この一連の夜景の中での長尺の特撮シーンの豪快さはまさに必見! ムチャクチャに迫力もあってカッコよくて意外性もある、歴代ウルトラシリーズでも観たことがないような、空前絶後カタルシスと驚きに満ち満ちた特撮アクション演出として仕上がっているからだ!
 ウルトラシリーズのまさに五指(笑)に入るベストバウトに挙げたいくらいである! ちなみに、このエイティの攻撃技は「ダイナマイトボール」と命名されている。


 かたおか徹治先生による名作漫画『ウルトラ兄弟物語』(78年)の第1話、過去の失敗のトラウマから異星の西部劇調の居酒屋で飲んだくれてヤサグレていた「新マン」こと「帰ってきたウルトラマン」が、地面スレスレで空中前転しながら滑空して必殺光線を乱発するローリング・スペシウムをも彷彿とさせる!
 ……と云いたいところだが、1939(昭和14)年生まれの当時41歳の佐川和夫特撮監督は、世代的にもこの小学生向けの漫画を読んでインスパイアされたという可能性は非常に低いだろう(笑)。


 ボール状から元の姿に戻ったエイティ、飛行状態でグロブスクに突撃をかけるが、その身体をスリ抜けてしまう!(合成もお見事!)
 グロブスクにカラみつかれて、全身に赤いイナズマのような電撃も走る!


 それを見かねた涼子が、やはり指先から先の赤外線光線をグロブスクに浴びせかける!
 全身に赤い電撃が走ったグロブスクは空へと逃れて、今度はエイティとの空中戦を展開!


 地上に墜落したグロブスクはエイティに抱え上げられて、ウルトラナックルで右腕のみでグルグルと回転させられ、地上に投げ捨てられる!
 エイティ、さらにグロブスクをつかみあげて、地上へと投げ捨てる!


 エイティ、両腕をL字型に拡げたポーズからいつものサクシウム光線を発射するのかと思いきや、胸の中央にあるカラータイマーが一瞬黄色く光って、その両腕をいったんクロスさせて、そのままいつものポーズに腕をスライドさせて三条の赤い光線を発射した!
 ウラ設定ではサクシウムエネルギーに赤外線を含ませたガッツパワー光線だ!
――一部書籍では単に「サクシウム光線・Bタイプ」と命名されている。まぁ元はサクシウムエネルギーだからこれも間違いではないだろう。歴代ウルトラマンの技名のネーミングに別名があるのもむかしからのことである・笑――


 長年のウルトラシリーズのマニアであれば、『セブン』第47話『あなたはだあれ?』で、集団宇宙人フック星人にウルトラセブンが両腕をL字型にして放ったワイドショットの光線が三条に分かれるスリーワイドショットを思い出したことだろう(笑)。


 ちなみにウルトラセブンもその看板作品のシリーズ中盤からはさまざまな光線技のバリエーションが描かれてきた。
 予算の削減で特撮ミニチュアセットが満足に用意できなくなったり、人間ドラマの重視によって見た目がどんどん地味になっていったシリーズ中盤だが、逆にウルトラセブンは光線技のバリエーションが増えているのだ。


 視聴率と直接相対するプロデューサーはともかく、この時代の特撮現場の特撮監督たちが、少しでも年少の視聴者たちをつなぎ止めようと考えるような細やかな殊勝(しゅしょう)さがあったとはとても思えない(笑)。なので、単に映像的な実験をしてみたいという自身の子供っぽい欲望でさまざまな光線技をセブンに発射させてみた! といった程度での安直なノリだったのだろうと推測はする。


 しかしそれらの要望を、特撮監督の意向をはるかに超えたハイセンスなイメージで見事に映像化してみせていたのが、1950年代の東宝特撮映画の時代から「光線作画」を担当してきた飯塚定雄(いいづか・さだお)なのである。悪い意味で漫画的な大味のデタラメさはまるでなく、シャープでスマートでクールなセンスもあって、遠近感なども実に正確かつ未来的でカッコいい「光線」の数々が、作品の映像的な「品位」も上げていく!


・第29話『ひとりぼっちの地球人』で宇宙スパイ・プロテ星人に浴びせた、電磁波を含ませた黄色い波状光線・チェーンビーム!
・第36話『必殺の0.1秒』で催眠宇宙人ペガ星人の円盤を攻撃した、ニードル状の光線を続けざまに放つウルトラショット!
・第43話『第四惑星の悪夢』で第四惑星の地球攻撃用ロケットを全滅させた、飛行状態の両手から放つダブルビーム!


 小学校中高学年以降ならばともかく、子供なんてものは人間ドラマなぞはロクに理解していない。むしろこうした変則的に披露される実に多彩な光線技といったヒーローの万能性の方に妙にドキドキしたりワクワクしているだけだったりするものなのである。特撮変身ヒーローもののキモとはまさにコレなのである!(笑)


 そして、怪獣博士タイプの子供のみならず、子供たち一般はこういった必殺技とその名称や映像をすべてコレクション的に知っておきたい! 把握しておきたい! 手近にまとめておきたい! と痛切に願うものでもある。


 苦節20年。これらの光線技にはじめてネーミングが与えられたのは、放映から20年(!)も経った80年代末期の平日帯番組『ウルトラ怪獣大百科』(88年)や、『てれびくんデラックス ウルトラ戦士超技全書』(90年・小学館ASIN:B00MTGGP70)に至ってのことであったのだ(笑)。



 ガッツパワー光線を浴びたグロブスクは全身が赤いイナズマ状の電撃に覆われて消滅していく。
 画面の左手前に立ち尽くしているエイティが、右奥の山の向こうに昇ってくる朝日を見つめてうなずく勝利の場面は実に美しい。


 地面に落ちているグローブをひろってジッと見つめる涼子。
 その涼子の後ろ姿を画面の右手前に配して、画面の左奥から矢的が朝霧が立ち昇っている中で、涼子に向かって笑顔で駆けてくる描写が爽やかである……


涼子「猛……」


 グローブをそっと猛に手渡す涼子。


涼子「勝ったのね」
矢的「ウン」


 勝利の、いや、決してそればかりではない矢的と涼子が互いをジッと見つめる笑顔が交互に映し出される……


 この一連では往年の名作テレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』(74年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20101207/p1)の劇中音楽でも有名な川島和子による哀愁を帯びたスキャット曲・M17-2が流れている。



・第18話『魔の怪獣島へ飛べ!!(後編)』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100829/p1)においては、ゲスト主役の星沢子(ほし・さわこ)が自らの命を捧げることで蘇生したイトウチーフ(副隊長)が、彼女への想いを語るラストシーン
・第43話『ウルトラの星から飛んで来た女戦士』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110219/p1)では、愛する矢的を守るために城野エミ隊員が侵略星人ガルタン大王の剣に貫かれて殉職した事実に、オオヤマ・イトウ・フジモリが衝撃を受ける場面からラストシーンに至るまで


 『80』最終回に向けて、このふたりには男女間のロマンスの伏線も与えておこうという意図も、濃厚に感じられる本編演出でもある。


 この楽曲は『ウルトラマン80 ミュージック・コレクション』(日本コロムビア・96年8月31日発売・ASIN:B00005ENF5)では「無償の愛」なるタイトルがつけられたブロックに収録されていた。しかし、これまでの劇中での使用例も思えば、いわゆる単なる「無償の愛」ではないこともたしかである。


 矢的はグロブスクとの戦いに赴(おもむ)く直前、涼子にこう語っていた。


「君ひとりを観客に、君の代わりに力いっぱい戦うよ」


 これまで『80』では市街地、そうでなくとも市民やUGMが見守る中