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機動戦士ガンダムSEED FREEDOM ~原典『SEED』&『DESTINY』も総括!

『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(15年) ~ニュータイプやレビル将軍も相対化! 安彦良和の枯淡の境地!
『機動戦士ガンダムNT』(18年) ~時が見え、死者と交流、隕石落下を防ぎ、保守的家族像を賞揚の果てに消失したニュータイプ論を改めて辻褄合わせ!
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 2024年1月26日(金)から『機動戦士ガンダムSEED(シード)』(02年)とその続編『機動戦士ガンダムSEED DESTINY(デスティニー)』(04年)の続編新作映画『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』(24年)が公開記念! 同年6月8日(土)から各種動画配信サイトで配信開始記念! とカコつけて……。『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』評をアップ!


機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』 ~原典『SEED』&『DESTINY』も総括!

(文・T.SATO)
(2024年5月18日脱稿)


 ナンと! いわゆるリアルロボットアニメの『機動戦士ガンダムSEED(シード)』(02年)とその続編『機動戦士ガンダムSEED DESTINY(デスティニー)』(04年)の続編新作映画が、20年もの歳月を経て公開! 往時、アレほどまでにガノタガンオタ・ガンダクオタク)諸氏に叩かれまくっていた作品であったハズなのに、歴代『ガンダム』映画の興行収入すら2倍~数倍ものスケールで陵駕して圧勝してしまった!


往時は「ガンダム」オタク諸氏には叩かれていた『SEED』! しかして、同時に若年層には高い人気を獲得!


 もちろん、『ガンダムSEED』シリーズは往時においても人気は高かったのだ。むろん、それは「週刊少年ジャンプ」連載マンガのTVアニメ化作品の域には全然達してはいない。70年代末期の『宇宙戦艦ヤマト』の大人気や80年代初頭のファースト『ガンダム』の大人気、あるいは90年代後半のリアルロボットアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(95年)の大人気とも比較にはならない。
 しかし、通勤電車のなかや特撮変身ヒーロー映画の試写会などで当時の歳若い女性オタクなどが『SEED』シリーズについて語っているサマを数度は見掛けたものだ。DVDも各巻の売上が10万枚を超えて総計で200万枚を超過しており(!)、プラモデルの売上も良好である情報も入ってきていた。そういった中堅規模での人気を獲得はできていたのだ。


 けれど! 今から思えばまだまだ草創期であったインターネットの世界では、『SEED』シリーズに対するオタク諸氏による肯定的な評価を見ることはほとんどなかった。クソ味噌のボロカスに罵倒調でケナされていたのだ(爆)。
 その批判の要点は2つに絞れる。要は本家の富野カントクが手掛けた作品ではなく、本家とは異なる世界を舞台としたいわゆる「アナザーガンダム」作品であったこと。そして、女子オタ層に媚びた大きなお目々がパッチリのややオボコい美少年キャラが複数名も登場。そして、主要キャラの少年ふたりは幼いころからの親友であって、因果の変転にて敵味方に別れて戦いあうことになってしまうという、往年のTVアニメ『天空戦記シュラト』(89年)や『仮面ライダーBLACK』(87年)に明治維新後の西郷隆盛vs大久保利通! といった鉄板(てっぱん)の悲劇パターンが陳腐でハナについて、さらにまたそれが女子オタ層にはウケていることが実に気に喰わない! といったところであっただろう。


 とはいえ、『SEED』放映前の数年間には、当時のアナザーガンダム最新作『機動新世紀ガンダムX(エックス)』(96年)がシリーズ最低作品として叩かれ続けていた。『X』放映の前年度に放映されていた『新機動戦記ガンダムW(ウイング)』(95年)もまた、『月刊アニメージュ』誌の巻頭カラーグラビア記事において「クマさん」ことアニメ系フリーライター小黒祐一郎までもが、その5人の美少年キャラが5体のガンダムに搭乗して活躍する設定それ自体がまた、「ガンダム作品であることを捨てて女子供に媚びた作品だ」(大意)として、商業誌なので遠回しではあったものの叩いていたほどなのだ。
 さらに云ってしまえば、当時はインターネットがなかったのでアーカイブ化されて後世にはあまり伝わらなかったものの、本家の富野カントクが手掛けた初作の続編『機動戦士Z(ゼータ)ガンダム』(85年)でさえも、往時は盛大に叩かれていたものだ。老害な筆者と同世代であるファースト『ガンダム』世代の御仁たちであれば覚えていることであろう(笑)。


 しかし! 本年2024年1月に封切された本作でもある映画『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM(フリーダム)』(24年)は5月になっても公開が継続されている。筆者も5月になってようやく観賞したのだが、シネコン内の中規模スクリーンとはいえ、座席がけっこう埋まっているほどの盛況! 知識ではなく実感としてあらためて驚いてしまう。すでにNHKのBSにて放映された『発表! 全ガンダム大投票』(18年)などでも、初作と『Z』に次ぐ第3位を獲得していたので、アタマではわかっていたことではあったものの、ファンや論者の世代交代が進んだことによって、『SEED』シリーズの高い評価&人気もついに確定したといったところであろう。


長命人気シリーズの宿命! ゴジラ・ウルトラ・ライダー・スターウォーズも、新作は常にほとんどマニアに叩かれてきた!(笑)


 長命シリーズにはアリがちな反応ではある。今では皆がスレてしまったり枯れてしまったので、奇抜な新作に対する批判が大幅に減じてしまったけれども、00年代前半あたりまでは「ゴジラ」も「ウルトラマン」も「仮面ライダー」も「ガンダム」も、新作が登場するたびに「こんなのゴジラじゃない!」「ウルトラマンじゃない!」「仮面ライダーとしては邪道だ!」といった、リベラルではない保守反動・反革命(笑)な批判がウズ巻いてもいたものだ。


 とはいえ、「慣れ」の要素も多分にあるのだろう。たとえば怪獣映画『シン・ゴジラ』(16年)においては、ゴジラがその容姿を幾度も変貌させていく。しかし、こういった変身描写をもっとむかしの90年代に実現していた場合に、たとえその特撮ビジュアルがチャチくはなくて精巧であったとしても、ゴジラマニアの大勢は激怒したのではなかろうか?(笑) それは90年代後半に蛾の怪獣・モスラが「飛び魚モスラ」や「鎧モスラ」に変身したことに対して、マニアの大勢が大いに反発していたことでも容易に推測がつくのだ(……今となっては、特にラスボス怪獣などについては、絵的・イベント的にも2段変身・3段変身くらいはしてくれないと物足りない、ナットクがいかないくらいになってはいるものの・笑)。
 映画『ゴジラ×コング 新たなる帝国』(24年)においては、ゴジラは人間のように両腕を大きく振って疾走してみせていた。しかし、これに対してはもう誰もケチを付けない。往年のハリウッド映画版『GODZILLA』(98年)ではゴジラがスピーディーに疾走していたことに対して、特撮マニアの大勢が「らしくない」として大ブーイングを飛ばしていたというのに!
 ナンという「ダブスタ糞オヤジ」(笑)な矛盾! ……つまりは、前例があることによって、我々もまたダブル・スタンダードながらも「それももうアリであろう」と受け容れてしまっているのだ(爆)。


 常なるシリーズ最新作に対する反発がテンプレ化・陳腐化していることそれ自体が、マニアの過半にも意識化されてしまった長命シリーズの域に至ると、そのシリーズではどんな作品が発表されようとも次第に驚かなくなってくる。「ガンダム」に「百合」の要素を導入した『機動戦士ガンダム 水星の魔女』(22・23年)なども、行くところに行けば叩かれているのではあろうけど、総体としては叩かれてはおらず、むしろカンゲイされていたくらいなのだ(笑)。


 とはいえ、その意味ではSF洋画『スター・ウォーズ』シリーズ(77年~)のマニアはまだ枯れてはいない。たとえば、70~80年代の3部作をさかのぼった前日談であった『スター・ウォーズ EPISODE 1』~同『3』(99~05年)についても、「こんなの『スター・ウォーズ』じゃないやい!」といった批判が巻き起こっていたものなのだ。
 しかし、世代交代は着実に進んでいく。子供時代に『1』~『3』をスナオに楽しんでいた下の世代に突き上げを喰らった映画評論タレント・ライムスター歌丸なども「同作群のことを悪く云いすぎた。自身も偏っていたのかもしれない」といった主旨で弁明したり、自己相対視をしていたりもする。
 かと思いきや、歴史は繰り返す! 今度は『1』~『3』の世代が、本家のルーカス監督が手掛けた『スター・ウォーズ』6部作までが「あるべき姿」であって、2010年代に公開されたディズニーへの譲渡後の「続3部作」こと「エピソード7~9」の作りや設定を酷評していたりもするのだ。たぶん、これも今から15~20年後にはおそらくは……(笑)。


 筆者個人はファースト『ガンダム』世代の老害オタクではある。しかし、TVシリーズであれば歴代作品すべてをほぼリアルタイムで観賞してきたキモオタでもある。その意味ではファースト世代の典型とは云いがたい。そして、当初はともかくある時期からは、玩具の販促番組としての側面も否定はしてこなかった。女子向け人気も否定はしてこなかった。さらに、それらのノルマを満たしたうえでなお、高いドラマ性やテーマ性を達成することも可能である! とも長年考えてきた。
 よって、筆者の個人的な『SEED』シリーズに対する評価は、実は同世代の大勢とも異なっており、往時から高かったりもするのだ(ご不興な方々にはゴメンなさいネ・汗)。
 その理由は、初作を除いた『Zガンダム』以降の本家・富野ガンダムには付きものであったムダに無意味な難解さや、新劇(=明治時代以降の近代演劇)調の「持って回ったセリフ廻し」が排されていることなど、マニア・オタク的な人種を超えて幼児にはともかく小学校の中学年以上であれば最低限は理解ができる作品として成立していたことだ。そして、女子層をもゲットすべく照れずに真っ正面から堂々と美少年キャラを前面に看板として押し出してもいたことだ。


女子人気をねらうことを肯定する! 女子人気をねらいつつ、高いテーマ性、そして商業性を同時に確保することの鼎立も可能であるハズだ!?


 後者の方向性での先駆者としては、『ガンダムW』がすでにあった。これは同作のカントクを務めた池田成(いけだ・まさし)が手掛けた、一応の美少年キャラが多数登場した『聖闘士星矢(セイント・セイヤ)』もどきで日本サンライズ製作の子供向けTVアニメ『鎧伝(よろいでん) サムライトルーパー』(88年)などにおける、大きなお姉さんオタクへの流通をもねらったところは確実にあったであろう。
 これを邪道であると批判する意見もあってイイ。しかし、往時のファースト『ガンダム』も女子ウケ人気は凄まじいものがあったのだ。本家の富野カントクが初監督を務めた往年のTVアニメ『海のトリトン』(72年)でもカントク自身がそういった女子人気があったことを認めているし、後年のTVアニメ『ターンエーガンダム』(99年)の美少年主人公についても、そのような女子ウケ人気をねらっていたとも公言している(……同作については、そういった女子人気は獲得できてはいないけど・汗)


 もちろん『W』もまた、女子くすぐりだけにとどまっていたワケではない。そこには、


●「戦争とは何ぞや?」
●「革命とテロリズムとの差異とは何ぞや?(……実に曖昧であって、勝てば官軍・負ければ賊軍といった側面も否めない!)」
●「独立戦争・革命戦争もまた、過剰防衛の攻撃的な戦争へとおちいってしまうこともありうる逆説!」
●「初作における『ニュータイプ』(=超能力を持った新人類)の唯物科学的な解釈だともいえる、当人に素質さえあれば戦術・戦略・政略、ひいては国際情勢の五手先・六手先の推移のシミュレーションや、複数の陣営&多数のプレイヤーのブラウン運動、自身の歩むべき道スジまでも、ビリヤードの玉突き的に見抜くことを補佐することができてしまえる『ゼロシステム』なる機械装置!(……ただし、赤勝て白勝て、巨人か阪神か、右翼か左翼か程度の2元論でしか物事が考えられないようなザル頭の御仁であれば、重負荷によって精神をヤラれてしまうともいう!・爆)」


 そういった高度なテーマをも、敵味方の陣営や各々の内部での二転三転する勢力交代劇などに巧妙に織り交ぜるかたちでストーリーを構築してみせていたのだ。


 本作『ガンダムSEED』もまた初作と同様に、地球と衛星軌道上に多数浮遊する宇宙植民コロニー間での紛争を題材としている。宇宙コロニーに住まっていた10代の少年少女たちが地球側の宇宙戦艦に避難して放浪することになり、そこでの10代の少年少女の集団にアリがちでも普遍的な人間模様や、偶然にも主役巨大ロボ・ガンダムを操縦してしまった主人公少年が、仲間を守るための成り行き上で戦いに身を投じていくあたりもまた、初作と同様なのであった。


 シリーズ作品が初作とは完全には同一の内容にはできない以上は差別化は当然である。しかし、歴代の後続シリーズが置き去りにしてきてしまった、10代の視聴者にとっては同世代である男女たちによる人間群像劇や、あるいはローティーンの視聴者たちから見えているチョイ歳上のお兄さん・お姉さんたちの世代による少々の不和も交えた性格群像劇やプチ大人びたやりとりへのあこがれ。それもまた初作の魅力のひとつではあったのだ。
 そのあたりを本作『SEED』においても再現してみせていたことについては、本来の主要ターゲットは10代・思春期の少年少女向けであるべき「TVアニメ」の作りとしては、もはやオッサンの筆者的には没入はしなかったものの「我が意を得たり」とは思ったものだ。


 むろん、少子化時代に商品の売上高を増やすためにも、味方側にもガンダムが複数機、敵側にも悪いガンダム(爆)が複数機は登場することが、メタ的・商業的な意味ではデフォルト(初期設定)にはなっていた。そのために、なぜに敵と味方で同じガンダムタイプの巨大ロボを使用しているのかについては、敵対陣営から強奪したという描写で言い訳も付けていた(笑)。しかし、カラーリングとしては敵側のガンダムは暗褐色にするなどして、映像的にもわかりにくさは回避ができている。
 劇中用語においては敵も味方組織も、たとえば『Zガンダム』における味方側が「エウーゴ」で敵側が「ティターンズ」など双方ともにカタカナ言葉にしてしまって、区別が瞬時には付きにくいといった煩雑さなどもない。味方側は漢語の「地球連合」で宇宙植民者側はカタカナ言葉かつ濁音の「ザフト」にすることで「一聴瞭然」ともさせていた。


 もちろん、今どきの青少年向け作品としては、それらの2者を善悪2元論的な存在だとして単純に扱うワケにもいかない。次第に両者を「どっちもどっち」的に相対化していった果てに、ここは軍事的にはリアルではなく、大本営の意向を無視して現場が暴走した旧・関東軍的な軍規違反だといった問題点はあるのだけれども(汗)、主人公たちが搭乗している母艦が「独立義勇軍」化することで、「地球」と「宇宙植民者」双方に対する倫理的な批判者としても昇華してみせていたりもしたのだ(……もちろん、厳密には日本+サウジもどきの中立国も設定しており、サブヒロインをここの出身にもすることで、さらに錯綜させている)。


新人類ならぬ、遺伝子操作ベビーvs一般人との図式がハラんでしまう複雑な入れ子の構造の秀逸さ!


 初作における「ニュータイプ」に相当する概念としては、「コーディネイター」なる存在を導入。字義的には「調整者」ではあっても、これは実はいわゆる「ルッキズム」「美容整形」(爆)の延長線上の存在ともなっていた。瞳や髪の色だの目鼻口のかたち、そして知力・運動神経なども遺伝子レベルで操作して誕生させたデザイナーベビーたちの成れの果てであり、彼らはすでに数世代を経ている存在たちでもあったと次第に明かしていく。そして、この設定によって、主要人物たちが見目麗しい美少年・美少女であったり、10代にして優れたロボット乗りとして活躍できているSF的な理由がたとえ後付けではあってもできているのと同時に、倫理的なヤバさをも感じさせていくようになっていくのだ。


 そう。本作における地球と宇宙植民者との争いの根源は、何十年にもわたって次第に増加してきた「コーディネイター」、そして「ナチュラル」と呼称されるようになった一般人との、双方がお互いを打倒すべき特権階級・上級国民(汗)として見立てることも可能な入れ子となった階級闘争。あるいは、お互いを蔑視・不気味視・排斥し合ってきたことの結果としての戦争だとしても描くのだ!


(……奇しくも、東西冷戦終結直後の世界的ベストセラー『歴史の終わり』で、「ソ連型のマルクス共産主義に対しての資本主義・自由主義の永世勝利」を宣言した日系人学者フランシス・フクヤマが自説を撤回して、今度は「行き過ぎた自由の乱用で、遺伝子操作された人間&一般人とのあいだでの不和が生じうる未来」を警告した『人間の終わり』なる書籍の邦訳が、『SEED』放映開始のちょうど前月に出版されていたりもする)



 本作が秀逸であったのは、この「コーディネイター」なる存在を古典SFのアシモフ&クラーク的な進化した「新人類」としては描かなかったことである(……『Z』以降の富野ガンダムにおける「ニュータイプ」の概念も同様ではあったけど)。
 彼らはたしかに知力・情報処理能力・反射神経などには多少は優れている。しかし、メンタル・喜怒哀楽・人間力・個人の性格・胆力のような部分では「ナチュラル」とも変わらない。その意味ではただの人間・ホモサピエンスではあるのだ。
 ゆえに、少年少女らしい恋情にも落ちてしまう。親しい友人や戦友が落命してしまえば、やはり感情的にも取り乱して敵対陣営に対して憎悪を覚えたりもする(……そこに付け込んで、自身の魅力で錯乱した主人公少年を一時的に籠絡、肉体関係(爆)まで結ばせてしまう悪女同級生まで登場していたあたりは現代的ではあったけど)。


 むろん、コーディネイターたる主人公少年がナチュラル側の地球に味方して、コーディネイター側たる宇宙側にも初作のライバル青年もどきのアイマスクの男が実はナチュラルだったとすることで、その作品の対立構図を単純にはしていない。


(……富野御大による90年前後からのニュータイプや宇宙植民それ自体に対してのややネガティブな言説に乗っかったのか、「ニュータイプ」を往年の「アニメ新世紀宣言」には傾倒したものの「80年安保」(笑)には挫折してしまったオタク第1~第2世代の「オタク的感性の肥大化のいびつさ」のメタファーともすることで、そして戦後15年(汗)の時代の若年世代でオールドタイプではあっても健全な少年主人公にニュータイプの操縦技量を陵駕させてしまうことでも、何事かを訴えていた『ガンダムX』といった前例もすでにあったけれども……)


敵味方の憎悪と復讐の増幅&連鎖描写の執拗さ! しかし! やはりイイ意味でのジュブナイルであった(笑)


 そして、敵味方の双方の陣営ともに、そういった戦友たちの落命描写が描かれていくことで、両方がイーブンに憎悪&復讐の念を募らせてもいく。
 まぁ、敵の顔が見えない近代的な海戦・空戦・機械戦においては、個別具体の敵兵に対しての憎しみはさほどには募らせないとする説もありはする。しかし、陸戦の歩兵や戦地・占領地となった地の庶民感情なども含めた「戦争一般」をフィクションに昇華させるのであれば、たしかにこういった憎悪描写・復讐感情はハズせない要素ではあったであろう。
 そして、ここまで見せられてしまうと、やはり憎しみが深まってしまった敵対陣営同士が和解を遂げて平和が到来することもまたほぼほぼ不可能だナ、といったことも思わされてしまうのだ(汗)。



 とはいえ、本作はやはり10代の少年少女向けのジュブナイルのエンタメ作品ではある。人類や人間一般に対する「絶望」でオトすワケにもいかない(笑)。シリーズ後半においてはアレほどまでに憎みあってきたライバル少年とも和解を成し遂げてみせている。
 そして、「もう誰も殺したくない!」という強い想いが最強のコーディネイターとしての能力を最大限に発動! ひとりイージス艦のようにガンダムの全身から一度に数十発ものビームを一斉発射して百発百中にできてしまえるようにもなっていく!
 しかして、暴れん坊将軍・吉宗の峰打ちか、SF西部劇『トライガン』のガンマン青年主人公か、銃撃百合アニメ『リコリス・リコイル』のごとく、誰をも殺さないように敵機の急所はハズしたかたちで「非殺生」を実現してしまうのでもあった!(……まぁ、自然落下して地面に激突してしまった敵ロボの操縦者はやはり死ぬだろうとは思ったものの・笑)


 ここから物語は一大戦争を集結させるためにヒロイックなフィクション・ワールドへも突入していく。これを是とするか? 非とするか? ……しかし、筆者個人は半分は思わず笑ってしまったものの、ウソ八百ではあっても実に爽快ではあった。「現実」的にはともかくとしても「SF論理」的な解決策としては合理的だとも思えたので、OKだとする立場なのだ(……と同時に、これをNGだとする見解もごもっともだとは思う。そして、そういった彼らを論破できないとも思ってはいる・汗)。


絶対平和主義・完全平和主義・非殺生は正しいのかもしれないが……


 とはいえ、先の『ガンダムW』においても、最終的には絶対平和主義・完全平和主義が賞揚されていたものだ。本作『SEED』においても非殺生が賞揚されていた。少年少女向け、あるいは一般大衆向けのエンタメ作品としては妥当な持っていき方ではあるだろう。しかしそれと同時に、この絶対平和主義や非殺生が個人的には隔靴掻痒・ムズがゆい感もあるところなのでもあった(爆)。


 もちろん、平和は大切なものであり目指すべき目標でもある。しかし、戦争それ自体を減らすことはまだ可能ではあっても、完全にゼロ・根絶することができるとまでは、さすがに筆者個人は思わない。
 大変に申し訳ないのだけれども、「自国が武装を放棄して友好的な態度をとれば、敵国や周辺諸国は攻めてこないのだ!」といった意見は、人間不信の筆者にはドーしても受け容れがたい。
(……「自国の軍備増強が他国への侵略につながる可能性がある」と主張したソバから、「他国の軍備増強にはそれがナイ」とするダブスタ糞オヤジな論理を持ち出す輩には、その知性を疑ってもしまう・笑)


 「国家権力にナメられたり弾圧されてしまう隙を与えないためには、デモやストライキをする側はもっと威圧的であってもイイ」とする、近年流行りの脱成長・共産主義者の見解にも一理程度はあるとは思うものの、一方ではそれは「軍事における抑止力」の肯定にも通底してしまうこともまた間違いがないのだ(汗)。
 「国家権力に対しての暴力は肯定するが、外国に対しての暴力(戦争)は肯定しない」といった反駁もまた想定内ではあるけれども、外国もまた国家権力そのものでもある以上は、筆者個人は外国の善性といったものにもあまり期待はしていない。


 かといって、戦争の主体たりうる近代国民国家を廃絶すれば、戦争は根絶できるのか? といえば、それもまた実に怪しい。全人類の半分とはいわずとも1/3くらいは、安倍ちゃん・トランプ・親の教育・社会の風潮によらずとも、幼児・子供も含めて法律・刑罰があるから悪事を犯さないだけの品性下劣な人間たちなのでもあるからして(笑)、あまたの西部劇や劇画『北斗の拳』に洋画『マッドマックス』のような各地域のジャイアンもどきが跋扈する無法地帯の世界が現出してしまうであろうと信じて疑わないのだ。
(……といって、そういった連中を『リコリス・リコイル』(22年)における某機関のように予防的に抹殺せよ! なぞといったことは思ってはいないので、くれぐれも念のため)


絶対平和主義・完全平和主義・非殺生のアンチテーゼ、『SEED』のアンチテーゼかとも思われた続編『DESTINY』!


 そういった自作に対するセルフ・ツッコミもスタッフ間の脳裏にはあったのであろう。『SEED』の続編『DESTINY』ではナンと! 前作における先の中立国での主役ガンダムによる戦闘の巻き添えで両親&妹を失ってしまった少年が新ガンダム乗りの主人公ともなっていた。そして、前作主人公に対して恨みさえ募らせてもいるのだ(汗)。腐れオタク的には怪獣映画『ガメラ3 邪神覚醒』(99年)や往年の『ウルトラマンタロウ』(73年)#38における怪獣災害孤児少女を思わせる設定でもある。


 そして、宇宙(ザフト)側の軍隊を舞台にして、前作のライバル少年を直属の上官(!)にも据えた、宇宙側が開発した新ガンダムに搭乗する少年を新主人公に据えた物語がつづられてもいく。


 同作の早々にて描かれる、地球と宇宙との和平を不服とした宇宙側の脱走兵たちによる超巨大な宇宙コロニー落とし作戦の成功(爆)を発端とする再度の開戦! 狂気の沙汰ではある。しかし、脱走兵たちの主観風景にカメラが向くや、かつて地球側の攻撃で家族や同胞が大量死にあったことへの行き場のない激しい悲しみの表情! これではもう、彼らがそういたしてしまったこともまたムリはないとも思わされてしまうのだ(汗)。


 個人的にはトータルでは肯定はするものの、ややキレイごとなオチには思えた『W』や前作『SEED』のアンチテーゼたりえてもいる。「復讐の連鎖を断ち切れ!」といったテーゼ。それは「正論」ではある。しかし、それで苦悶のなかにある人々の全員を救えるとはとても思えない。ついつい内心では復讐心・ルサンチマンをたぎらせてしまうような筆者、もとい庶民・大衆・愚民の皆さん(笑)をさすがに全肯定はしてくれなくてもイイのだけれども、そういった凡俗たちのどうしようもない怒り・憎しみ・俗情・劣情・屈託などのマイナス感情にも共感を示して寄り添ってもくれてこその、ちょっとした「救済」もまたあるものなのだ。そういった複雑デリケートな機微などにも一理は認めてくれるのか!? といった期待などもしていた。


 しかし、いかにリアルロボットアニメの端くれだとはいえ、毎週土曜の夕方6時ワクの作品としては重たすぎるネタではあった。扱い方を間違えれば、社会に対する無差別復讐テロの肯定にもなりかねない(汗)。よって、作品はこの問題提起に対して十全たる決着を与えていたとは云いがたい。
 最終回では新作主人公&彼の悲劇の戦友vs前作の主人公&彼の元ライバル少年、2vs2での巨大ロボット対決を通じた敗北(!)のかたちで、新主人公の想いは旧主人公によって最終的には否定されてしまうのであった……。
(そんな構図でイイのか!? といったオチではあったのだけど、チカラ技&勢いの展開&演出で押し切れてはいたとは私見している)


戦争の根源原因とは、「軍需産業」(武器)の存在ではない!? 人間それ自体の「遺伝子レベル」(本能)での「闘争本能」「利己的」「階級的性向」にこそある!?


 むろん、作品自体は多層構造を持っているので、同時に並行してファースト『ガンダム』でのライバル青年・シャアを演じた池田秀一が演じる、ナゾめいた黒髪長髪壮年イケメンの宇宙側の議長もまたカギとなるキャラとして描かれてもいた。終盤では「地球」側でも「宇宙」側でもない第3の陰の「軍需産業」が「戦争の原因」だと告発して、彼らを壊滅にも追い込んでみせている!


(……余談だが、同作にはもう一方の黒幕として、政治に食い込むことにも成功した急進的な「環境保護団体」も登場。コーディネイター生命倫理に反した存在だとして糾弾することで、その論理に一理はあっても「差別」に加担してしまってもいる逆説をも描いていく・汗)


 しかし、「戦争の根源」とは「軍需産業」にもまたなかったとして描くのだ。人間・生物自身に本能レベルで組み込まれている闘争本能・利己的・階級的性向にこそ根源があるとする。それらを遺伝子レベルで除去したうえで、平和な社会や個人の安定した人生をもデスティニー(運命)のレベルで保証・管理社会化することで、戦争をも根絶しようと主張しだすのだ。そして、それに反対する勢力に対しては「最後の戦争」(爆)を仕掛けてもいくのだ!


 これもまた、一理も二理もある主張ではある。しかし、「運命」よりも「自由」を賞揚する我らが近代市民社会における物語作品においては、この目論見は当然ながらに真のラスボス扱いとして否定もされていく……。



 とはいえ、「個人の(試行錯誤の)自由」を肯定してみせることは、原理的にはその「自由」そのものが、「自由と自由との相克」が「戦争」へと帰着してしまう可能性をも残してしまうということでもあるのだ。


 しかし他方では、生まれつきで肉体や精神が弱く生まれついてしまった人間や、イジメ・パワハラモラハラなどにも遭ってきて、そういった嗜虐的な人間たちを除外してほしいと願ってもいる厭世的なヒトたちにとっては、このデスティニー・プランがもたらす弱者に対する救済、そして議長の悲哀から来る想いもまた完全否定はできないものではなかろうか?


 加えて、議長の動機のひとつに


コーディネイター同士の婚姻は出生率が非常に低い。好いた女は子供がいる家庭がほしかったので、彼と結ばれる人生は選ばなかったのだ」


といった悲恋要素もまた、女々しくはあったものの心打たれたものである……。


 といったあたりで、筆者個人の『DESTINY』に対する総合的な評価も手放しではなかったものの実に高いのだ。しかし、もちろんバランスの悪さがあったことは認めるし、いわゆるガノタ諸氏の当時の評価は非常に低かったことも歴史的な事実としては記しておきたい。


20年後の続編映画『ガンダムSEED FREEDOM』寸評!


 その20年後の2時間尺の続編新作映画『FREEDOM』では、TVアニメ2作品・全100話を通じての複雑なテーマなどは描けようハズもない。よって、大傑作であったなどとも強弁する気もまたない。しかし、総花的なファンムービーとしてドラマの主軸を見失ってしまうことなく、戦闘シーンを必須とする巨大ロボットアニメ活劇としては、最低限の起承転結と終盤における勝利のカタルシスのノルマも満たしてはいる。


 たしかに原典『SEED』シリーズにも登場した宇宙コロニーレーザーもどきの超巨大兵器も再登場させて、映画の終盤では戦闘のスケールを大きくもしている。
(……まずは人体が発火してから器物の爆発が起きるので、電力をマイクロ波の周波数に変えて宇宙から地上に送電する太陽光発電の応用なのであろう。電子レンジもマイクロ波の電波で水の分子のみを高速振動させて熱するものなので。本シリーズの戦闘中のガンダムの小さな受信鏡にビームを当てるかたちでの充電も同じ原理であるのだろう……と思っていたのだけれども、あらためてWikiを参照してみると、相当にややこしいSF考証になっている・笑)


 しかし、本映画の舞台の基本は、東欧~中央アジア圏にて独立を果たした小王国による実に小さな紛争劇であった。そして、王国の親衛隊の巨大ロボ乗りの少年少女たちとの邂逅、男女間での三角関係、戦場での対決をデスティニー・プランの残滓も交えて描いてもいく。
(……相手の精神に干渉してきて思考を読んだり、幻覚を見せてくる敵が登場するあたりは『SEED』っぽくはないよなぁ……とは思ったものの、まぁ『ガンダム』ものとしてはアリなのかなとも・汗)


 『SEED』正編においては、当初は『マクロス』シリーズ的な天真爛漫なだけの白痴歌姫であるのかとも思わせておいて、実はその本性は理知的で政治的な判断やふるまいもできるメインヒロインであったラクス嬢と主人公少年との一応の相思相愛関係。相手が別の好ましい異性と会話をしているのを見掛けての気後れから来る疎隔感・プチ嫉妬・最終的な愛情確認……といったミクロなところへと決着していくあたりもまた、彼らがいまだに20歳前後の若者であって、『SEED』のドコに往時の女性ファンなり思春期のファンたちが関心を持っていたかを思えば、ストーリーの妥当な主軸ではあっただろう。


 メカロボ的には、『DESTINY』においてファースト『ガンダム』の敵ロボであったザクやグフにドムのバリエーションが名称もそのままに作品世界を超えて建造されていたことも継承しており、本映画においてもゲルググやギャンにシャア専用ズゴックもどきが主要メカとして登場。メカファンサービスにこれ務めてもおり、ロートルな筆者なぞも喜んでいた(笑)。


 続編『DESTINY』の新主人公少年が、『SEED』正編および本映画の主人公少年とも和解を遂げているどころか心酔すらしており、彼の部下として嬉々として働いているどころか彼に認めてもらいたがってもいるあたりは、個人的には彼にも救済が与えられたと感じられて肯定的に観ていたのだけど、賛否がありそうではある。しかし劇中では『DESTINY』のまだ2年後の世界ではあっても、作品の外側では20年もの歳月が流れたことによって(笑)、完成映像では描かれなかったところでの両者の和解もあったのであろうと好意的に脳内解釈もしてしまうのであった。


 しかし、ググってみると……。エッ!? 『DESTINY』本編最終回の3ヶ月弱後に後日談がTV放映されていたの!? そこで両者の和解もすでに描かれていたの!? 後年2013年のHDリマスター版ではこの最終回をさらに2話分に分けるかたちでの再製作もされていたの!?(結局は筆者もまたチェックの甘いぬるオタであって、エラそうに語る資格は本来はございませんでした~・汗)



 ファースト『ガンダム』の総集編映画の最終作『機動戦士ガンダムⅢ めぐりあい宇宙(そら)編』(82年)の「興行収入」をとっくに超えてみせた本作ではあったけど、215万人に対しての277万人! 「永遠に超えられない壁」だと思っていた同作を、「観客動員数」でもついに陵駕してしまった『ガンダム』映画が登場したのであった。メデタシめでたし。
 「アナザーガンダム」&「本家の歴史の隙間を埋めていくガンダム作品」の並存。玩具会社・バンダイアニメ製作会社サンライズの周到な延命マーケティングがありきとはいえ、今後もしばらくは多様な『ガンダム』作品&映画で楽しませてはくれそうだ。


(了)
(初出・オールジャンル同人誌『DEATH-VOLT』VOL.95(24年6月30日発行予定))


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ウルトラセブン ~上原正三サブライターに昇格。『セブン』後半の視聴率低落をどう見るか!?

(2024年4月21日(日)UP)
上原正三の生涯を通じた日本のTV特撮&TVアニメ史! 序章・1937(生誕)~1963年(26歳)
『ウルトラQ』21話「宇宙指令M774」 ~上原正三の生涯を通して見る『ウルトラQ』の来歴
初代『ウルトラマン』『快獣ブースカ』 ~上原正三の生涯を通して見る第1次怪獣ブームの前半
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ウルトラセブン』 ~上原正三サブライターに昇格。『セブン』後半の視聴率低落をどう見るか!?

(文・T.SATO)
(2021年7月脱稿)

上原正三の生涯をたどること = 日本のTV特撮&TVアニメの歩み!


1967年・上原30歳『ウルトラセブン


 『キャプテンウルトラ』が放映終了した1967(昭和42)年10月から、後番組として初代『マン』のフォーマットを踏襲しつつも、イギリスの大人気特撮人形劇『サンダーバート』(65年・日本放映66年)のメカ特撮にも影響されて、怪獣退治の専門家集団の基地や戦闘機のメカニック性をシャープに強調、敵も怪獣よりは侵略宇宙人主体、正義の巨大超人も銀色主体から赤色主体に変えた『ウルトラセブン』が放映をスタートする。


――ごく個人的には幼児期は「怪獣」と「宇宙人」の区別もロクに付かなかったので、『セブン』は宇宙人主体という意識もなかったけど(汗)――


 本作もシリーズ前半2クール26話分の平均視聴率は30.7%にも達している。



 この10月には、少年が腕時計型の通信機で命令することで稼働する巨大ロボットが巨大怪獣と戦う東映製作の特撮作品『ジャイアントロボ』がNET水曜夜7時30分枠でスタート。
 『マグマ大使』の後番組であるフジテレビ月曜夜7時30分枠でも日本特撮株式会社製作で恐竜ネッシーを乗りこなす野生児・タケルを主人公とした『怪獣王子』も放映が開始されている。しかし、68年正月最終週から『ジャイアントロボ』がウラ番組に移動してきて苦戦。それぞれ視聴率より製作事情で半年で放映を終了している。


 ちなみに、関東地方では70年代中盤まで毎年夏休みになると午前中に『ジャイアントロボ』を再放送していたが、先の『マグマ大使』『キャプテンウルトラ』『赤影』『怪獣王子』はカラー作品なのにほとんど再放送がなかったため、関東の70年代以降の世代人にとっては馴染みがウスい。
 8月からは日テレ火曜夜7時枠で宣弘社ヒーロー『光速エスパー』、NET木曜夜7時枠で東映『忍者ハットリくん+忍者怪獣ジッポウ』も放映。



 30歳に達した上原は『セブン』では12本も担当していて、実質的にはサブライターである。


 デパートで販売している玩具の戦車や飛行機が人々を襲撃してくる#9「アンドロイド0(ゼロ)指令」、地底世界でナソの超近代的地底都市と多数の人間サイズの巡回ロボットに遭遇する迷宮風味の#17「地底GO!GO!GO!」、巨大戦車の上部に四つ脚型の巨大恐竜が一体化されて走行してくる「恐竜戦車」が鮮烈な#28「700キロを突っ走れ!」、セブンがミクロ化して幻想的な人間の体内で宇宙細菌と戦う#31「悪魔の住む花」、偽ウルトラセブンと戦う#46「ダン対セブンの決闘」。


 筆者も『セブン』をリアルタイムで体験した世代ではないのだが、いずれのエピソードもビジュアル面で幼少期から印象深いエピソードではある。


1967年・『セブン』#17~モロボシ・ダンと薩摩次郎


 このうち#17は、セブンことモロボシ・ダン隊員が初代マンのように特定の地球人と合体したのではなく、登山中に仲間を救うために我が身を犠牲にした薩摩次郎青年を救った宇宙人ウルトラセブンが、彼の姿と魂をコピーした姿であって、あくまでもセブンが逆変身した姿であることが明かされたエピソードでもある。


 小学校中学年以上の特にマニア予備軍タイプの子供はこういうヒーローの出自にまつわるウラ設定的なエピソードに執着するものなので、大いに歓迎すべき趣向ではある。


――過半の幼児はダンそっくりの青年とセブンが別個に同一画面に収まっていることの意味をロクに理解できなかったやもしれないが(汗)。もちろん、幼児だけに合わせて製作しても、小学校中学年以上が早々に卒業してしまっては意味がない。「幼児」と「児童」の両者を永遠に二股にし続ける絶妙なシーソー感覚が子供番組の作劇には求められるのだ――


 ただし、2021年に発行されるも回収・絶版となってしまった『ウルトラマンの「正義」とは何か』(青弓社・21年5月26日発行)で、著者の花岡敬太郎が2015年に実施したというインタビューで上原は、



「あの回は(監督・円谷)一さんから出た案なんだよね。こういうのをやっておかないと、先に進めないよねっていう話でやったやつなんです。(中略)金城さんの意見ではないというか(中略)、『ウルトラマン』の場合ってさ、(中略)ハヤタなのかウルトラマンなのか、というところがボカされながらやっていたわけですよ。そこをもう少しキチンとしようと」



と発言している。


 花岡はウルトラシリーズのスタッフたちも何らかの社会派的な意識や作家性を持っていたことを肯定してはいる。しかし、それが婉曲的にはともかくストレートに作品に反映されたワケではないとする。
 『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋・92年7月1日発行)を著した佐藤健志(さとう・けんじ)やNHK『歴史秘話ヒストリア』(10年9月15日放映分)などの思想の左右双方からのアプローチともに、モロボシ・ダンのメンタルが宇宙人セブン本人であったことから金城論を組み立てていることに疑義を呈するための傍証として、上記を挙証したものではあるのだが。


 それはともかく、このように個別具体の作品から作家論を語ろうとしても、それが脚本家個人の作家性であるのか監督やプロデューサーの意向であったかの区別については、厳密にはムズカしいことには留意すべきだろう――そうであっても微量には浮上してくる漠とした脚本家の作家性が存在することをご同輩も感じていることとは思うのだが――。


1967年・『セブン』「宇宙人15+怪獣35」


 上原の『セブン』における未映像化作品は、70年代末期の第3次怪獣ブーム下での本邦初のアニメ・特撮などのマニア向けムックが出版ラッシュだった時代に、『てれびくん別冊② ウルトラセブン』(小学館・78年11月15日号・10月15日実売)で紹介されたことで古くから有名な、製作№43である未映像化作品「宇宙人15+怪獣35」がある――川崎高こと実相寺昭雄監督との共作。実際に製作されたのは#43「第四惑星の悪夢」――。


 『セブン』後期の円谷プロの財政事情的にもおおよそ実現できそうにない大作脚本なので、最初からボツ覚悟の企画だったと憶測するが、初代『マン』に登場したバルタン星人を追跡するセブンを導入部にセブンの子分である正義のイレギュラー怪獣・ウインダム&アギラとともに怪獣&宇宙人の大軍団に立ち向かうといったストーリーである。


 後知恵で思えば、往年の『怪獣大図鑑』(朝日ソノラマ・66年11月5日発行)に添付されていた金城哲夫作のソノシート(ミニ・アナログレコード)の音声ドラマ『なぐりこみバルタン連合軍』や『大怪獣戦 決戦!!ウルトラマン』などにおける、「数十体もの怪獣軍団vsウルトラマン」の映像化という発想なのだが、心躍るではないか!?


――バルタン星人の生みの親・飯島敏宏監督は、後年の単なる悪役としてのバルタンには否定的だが、この60年代末期の時点ですでにバルタンは悪の首領であった(笑)――


 ラストでセブンは苦戦するも、大怪獣ゴードに救われる。セブンをも救ってみせる正義の新怪獣が登場!


 冷静に考えると安直な結末なのだが、同作のアラスジ&正義の新怪獣登場! といった『てれびくん別冊②』での記述に対して、子供心に実にワクワクドキドキした第3次怪獣ブーム世代の御仁も多かったことだろう。


 上原のもう一方にも確実に存在している「娯楽志向」というべきか? そうではなく、単に子供が喜ぶツボがわかっていて、技巧的に同作をものしてみせたというべきか?


――こうしてみると、『セブン』は放映当時には、過去作『ウルトラQ』や初代『ウルトラマン』とは世界観を異にする作品世界であった、とする特撮マニアたちのまことしやかな見解もまた怪しい。セブンの故郷もまた初代マンと同じくM78星雲なのであって、『セブン』のカプセル怪獣たちにも当初は、『Q』や初代『マン』の人気怪獣・パゴスやレッドキングが予定されていたように、ことさらに『セブン』を『Q』や『マン』とは異なる世界の作品だとする意識は作り手たちにはなかったのではなかろうか?――


1967年・『セブン』橋本洋二&「300年間の復讐」


 時期は前後するが、『セブン』#13「V3(ブイスリー)から来た男」でTBS側のプロデューサーが交代。宇宙から来た魔法使いの少女がお手伝いさんとして居候する児童向け大人気TVドラマ『コメットさん』(67年)――先の『怪獣王子』、途中からは『ジャイアントロボ』も参戦して、3大番組がウラ番組同士で激突した月曜夜7時30分枠!――も並行して担当していた、1931(昭和6)年生まれの橋本洋二が後任である。



「「隊長は、出動としか言わないのですか?」 (中略)どんな怪獣を登場させるか、そんなことには腐心するが、隊長のセリフについて思いをめぐらせた記憶はない。(中着)虚を突かれた思いだった。(中略)シナリオは作家だけで作るものではない。プロデューサーも参加してまとめ上げて行くものだ。それが方針となった」



 自著『ウルトラマン島唄』で上原も、橋本への強烈な印象と同作の製作方針変更についてを記している。



 地球人と交流を図ろうとしたトーク星人兄妹が300年前の地球人(日本人)に妹を殺害されて森の奥の洋館に住まいながら復讐の機会を待っている、上原の『セブン』での未映像化脚本「300年間の復讐」は製作№23なので、橋本参入以降の作品である。橋本は同作にOKを出していたということだ。こういう情念やテーマ志向の作品もOKという空気が早々に醸成されていたということか?


――同作は実際には『セブン』#23「明日(あした)を捜せ」に変更されている。これは担当の野長瀬三摩地(のながせ・さまじ)監督の意向と、トーク星人の怨霊が実体化した「悪鬼」と洋館執事の「甲冑人間」の着ぐるみキャラを2体造形する予算がネックになったのだそうだ(甲冑人間の方は#27のボーグ星人に流用)――


 この「300年間の復讐」は、後年のマニア評論がイメージする上原論にピッタリ合致するようなエピソードではある。


 世代人はご存じだろうが、先の『てれびくん別冊②』でも「300年間の復讐」が紹介されており、同書刊行の翌月には、先の竹内博主宰の同人誌『怪獣倶楽部』(75年)上がりで、80年代には児童マンガ誌『コミックボンボン』で『プラモ狂四郎』や『SDガンダム』、児童誌『てれびくん』では『ウルトラ超伝説』のマンガ原作なども務めることになる編集者・安井ひさしの尽力によって、『てれびくん』連載の居村眞二(いむら・しんじ)作画によるウルトラシリーズ・アンソロジー漫画『決戦! ウルトラ兄弟』の一編(78年12月号・11月1日実売)として早くもマンガ化されている。
 私事で恐縮だが、筆者などもこの2冊の書籍で「300年間の復讐」に遭遇した世代だ。はるか後年の市川森一脚本で製作ウラ話でもあるNHKで放映された長時間・前後編ドラマ『私が愛したウルトラセブン』(93年)ではキャストを変えるかたちで実写化も果たされた。


1967年・『セブン』後半の低落をどう捉えるか?


 70年代末期の第3次怪獣ブーム時における本邦初の特撮マニア向けムックでの記述で、『セブン』は国産SF特撮最高傑作との評価を一度は確立する。


 しかし90年代末期に、『宇宙船』Vol.83~84(98年冬号・2月1日実売、98年春号・5月1日実売)にて先の金田益美がその連載「ウルトラゾーンの時代」第10回~第11回で、『セブン』放映当時は小学4~5年生であった氏の感慨を綿密に腑分けして、「『セブン』中盤をイマイチと感じていた(大意)」と実に頷けるかたちで語ることで、ちょっとした相対化も果たされることになった。


 この指摘はアマチュア特撮評論同人ライターたちのその後の『セブン』論議にもさりげに影響を及ぼし続けている。そう、『セブン』もシリーズ後半に入った第3クールの視聴率は30%を割り20%も割り込んで急落しており、実は後年の『帰ってきたウルトラマン』(71年)における特撮マニア間では評価が芳しくない最終第4クールにおける30%目前連発にも負けていたのだ。


 しかし、戦争なども含む万事の分析がそうなのだが、後年のマニア諸氏がその原因をひたすらに内部にだけ求めていくのはやや的ハズレに思える。まして『セブン』中盤の質が極端に低かったとか、『帰マン』第4クールが逆に質が高かった、というようなことは単純には云えない。


 『セブン』の視聴率の低落には、橋本参入によるドラマ性の増強ゆえの娯楽性の減少といった理由も微量にあるだろうが、そのドラマ性の増強も後年に長じてからの特撮マニア諸氏が顕微鏡的に拡大して観ればそうであったという程度で、70年代前半の第2期ウルトラシリーズにおける青春ドラマ性や日常ドラマ性の拡充とは比較にならない。


 『セブン』中盤よりも『帰マン』第4クールの方が所帯じみたものではあっても、そのドラマ性は高いくらいなのだ(笑)――とはいえ、『帰マン』第4クールも第3クールまでと比すれば悪い宇宙人が子分の怪獣を引き連れてくるパターンでドラマ性はやや減じている。善悪のメリハリは強化されて子供向け活劇としては望ましいともいえるのだが、同時期の『仮面ライダー』ほどの活劇性や善悪のメリハリがあったワケでもない――。
 再放送世代の筆者個人は子供時代に『セブン』中盤がイマイチだったと感じたり、ご近所や同級生も含めてそのように評し合った記憶は微塵もないのだが、デザイン・色彩面でキャッチーな怪獣・宇宙人の減少が、当時の幼児はともかく児童層の視線を引きつける力を微量に減じさせていたことはアリそうだ。しかし、それであっても視聴率の低落の幅が大きすぎる。



 よって、やはり作品の外側・時代の空気・子供間での流行といった漠としたモノの方が、原因としては大なのではなかろうか?


 『セブン』後半においては、当時の幼児はともかく児童層は怪獣モノにやや飽きており、68年正月に放映開始の『ゲゲゲの鬼太郎(きたろう)』や大映製作の特撮時代劇映画『妖怪百物語』『妖怪大戦争』(共に68年)などに象徴される「妖怪ブーム」、68年4月に放映開始の梶原一騎原作による人気野球マンガのTVアニメ化『巨人の星』による「スポ根ブーム」の方に目新しさを覚えて、目移りしていったという分析が妥当に思えるが、その時代の空気を知っている世代人に改めてご教授を願いたいところではある


――この68~69年は全国的に学生運動が盛り上がった時期でもあるのだが、むろん当時の牧歌的な子供たちとは無縁のものだろう――


 その大人気番組『巨人の星』も盛者必衰、放映開始3年後には第2次怪獣ブームの到来でピー・プロダクションが製作したウラ番組『スペクトルマン』(71年)に視聴率で抜かれる日が来るのだが。


 『帰マン』第4クールの高視聴率も、同時期の『仮面ライダー』初作での1号&2号ライダー夢の共演や『シルバー仮面』に『ミラーマン』(3作とも71年)の登場でヒートしていく子供間での「変身ブーム」の高揚との連動だと見たい。


(以下、順次アップ予定!)

1968年・上原31歳『怪奇大作戦

1968年・『怪奇』#16「かまいたち

1969年・上原32歳『柔道一直線

1969年・『青春にとび出せ!』『オレとシャム猫』『どんといこうぜ!』

1969~70年・『彦左と一心太助』『千葉周作 剣道まっしぐら』

1970年・上原33歳『チビラくん』『紅い稲妻』~『仮面ライダー』前夜


(初出・特撮同人誌『『仮面特攻隊2021年号』(21年8月15日発行)所収『上原正三・大特集』「上原正三の生涯を通じた日本のTV特撮&TVアニメ史① 1970年まで」評より抜粋)


ウルトラセブン』 ~上原正三・脚本回評

(文・犬原 人)

ウルトラセブン』第9話「アンドロイド0指令」


 「おもちゃじいさん」と呼ばれる怪人物が子供の世界に現れ、銃器や兵器などのオモチャをただで配って人気を博していた。しかしそのオモチャはホンモノと同じ殺傷力を持っており、夜になると本来の機能を発揮するという危険な代物だった。そして「おもちゃじいさん」……チブル星人は、オモチャをもらった子供たちを兵士として、午前0時にクーデターを起こさせる『アンドロイド0(ゼロ)指令』を発令するのだった……。



 ……「戦争を知らない子供たちが、銃器や戦車のオモチャで無邪気に遊んでいるのを見て、戦争を経験した上原氏が何を思っていたか?」と勘繰ることもできれば、「子供たちの世界に侵入して先兵に仕立て上げ、地球征服を図ろうとする侵略者」というパターンを確立し、『戦隊』や『宇宙刑事』につながる作風が確立された! と見立てることもできる話だ。


 チブル星人のタコやイカのような細い脚を生やした頭デッカチなデザインによって、アクションが地味であったことで、子供たちにとっては特段に印象が強い回ではなく、通常回としての印象だろう。


 この「ちぶる」が、ウチナーグチ……沖縄言葉で「おつむ(頭)」を意味することは、1970年末期のマニア向けムックなどで公表されて以来、特撮マニア諸氏や怪獣博士タイプの子供たちの人口にも膾炙(かいしゃ)してきたものだ。


 「見慣れた日常が夜になると豹変し、人間に牙を向ける」というコンセプトや、「オモチャが夜になると、人間に牙を向ける」というアニミズム的なコンセプトは、「見慣れたモノが牙を剥いたら怖いでしょ?」といって、日用品モチーフの敵怪人を続出させた、はるか後年の『仮面ライダースーパー1(ワン)』(1981・東映)シリーズ後半のジンドグマ編とも同じであり、メインライターの江連卓、もしくは東映の平山プロデューサーや阿部プロデューサーによって、やはり同じような発想から生まれたものだろう。


 発想としては、平日帯番組『キユーピー3分クッキング』(1962~)のオープニングテーマ曲としての方が有名な『おもちゃの兵隊のマーチ』(1897)なり、片足の兵隊人形とバレリーナ人形の悲恋を描いたアンデルセン童話の『スズの兵隊(ブリキの兵隊)』(1838)、チャイコフスキーのバレエ曲の原作童話『くるみ割り人形(とねずみの王様)』(1816)などとも同じなのであった。


 公的には偶像崇拝アニミズムを禁止してきたキリスト教の西欧社会でも、日本の戦後の童謡ヒット曲『おもちゃのチャチャチャ』(1959)の歌詞よろしく、夜に寝静まると兵隊人形やオモチャたちが生きて活動しているという、異教的・アニミズム的な発想は魅惑的であったということであり、これまた世界共通の発想なのだろう。だから、陳腐なのだ、上原氏の独創ではないからダメなのだ、といったことではない。普遍の王道なのだということだ。


 このアイデアは上原氏も気に入っていたらしく、団地(ロケ地は神奈川県横浜市の「たまプラーザ団地」)が夜になると宇宙人の居住区になってしまう『セブン』第47話「あなたは、だあれ?」、後述の『流星人間ゾーン』(1973・東宝)、『太陽戦隊サンバルカン』(1981・東映)第6話「機械の支配する家」でも、家電製品に征服される一般家庭として幾度か描かれている。


 『サンバルカン』のこの話は、ビックカメラヨドバシカメラといった家電量販店がテレビCМを始めた時期と放送が重なっており、のちに氏が自家薬籠中のものとする「社会風刺」的な作風にもつながっていく。


 もちろん、内的な必然性や血肉が感じられる「沖縄」テーマとは異なる、そういったワイドショー的な時事問題に関する「社会風刺」を「良し」と取るのか、やや「陳腐だ」と捉えるのか、といった賛否が特撮マニア間でも分かれてきたことは言うまでもないのだが、筆者個人はこれもまた「是」とする立場なのである。


ウルトラセブン』第17話「地底GO!GO!GO!」


 とある炭鉱で起きた落盤事故に不審な点があったことから、経営会社はウルトラ警備隊に調査と救助を連絡。
 そこでモロボシダン隊員=ウルトラセブン(演・森次晃嗣)が出会ったのは、かつて自分がまだ地球防衛の任ではなく、単なるM78星雲の恒点観測員340号だったときに、最初に出会った地球人・薩摩次郎(さつま・じろう。演・同)だった。
 ウルトラ警備隊の地底戦車・マグマライザーで救助に向かった隊員たちは、そこで異様なロボットばかりがうろつく、謎の地底都市に行きついてしまう。これが事故の原因だと判断したウルトラ警備隊は、薩摩次郎を救出してのち、地底都市を爆破した。



 ……ウルトラセブンが何の目的で地球に来たのか、いかにして彼はモロボシダンという人格を作ったのか、初めて語られたエピソード。異郷であるはずの地球に、宇宙人として乗り込んだ340号は、地球人としてのアイデンティティを打ち立てるために、登山家で仲間を救うために自らザイルを切って自己犠牲に殉じる覚悟でいた勇気ある青年・薩摩次郎をモデルにセブンの地球上での姿と性格でもあるモロボシダンという人格を作ったというのだ。


 迷宮のようでもある超近代的な都市内で、人間サイズのずんぐりむっくりして機械然とした動作で歩行するロボットたちとウルトラ警備隊の面々や等身大サイズのウルトラセブンがバトルするあたりも魅惑的だ。


 そして、最後の謎の地底都市の爆破。


 当時の作り手は深くは考えておらず、とりあえす事件の元凶を破壊することでの「決着感」を出しただけだったのかもしれない。我々も幼少時にはこの処置に疑問を感じなかったものである。
 しかし、クロージング・ナレーションでさらりと可能性に触れてはいるが、これが宇宙人の侵略基地ではなく地球の先住民の都市であれば、『ウルトラセブン』第42話「ノンマルトの使者」(脚本は同郷の金城哲夫)に匹敵する、ウルトラ警備隊や我々地球人の劇中内での絶対正義性を揺るがす暴挙(=文明殲滅)だったかもしれない、などとつい考えてしまうのも、子供視聴者ではないマニア視聴者の性(さが)だろう。


ウルトラセブン』第28話「700キロを突っ走れ!」


 高性能爆薬・スパイナーを地球防衛軍が開発し、研究所から実験場まで運ぶ命令がウルトラ警備隊に下された。キル星人の妨害が予想される中、ダンの発案で同時開催のラリーに紛れ込ませようという作戦が採られる。
 しかし、レーサー役のアマギ隊員(演・古谷 敏)は、子供の頃に体験した花火工場の爆発事故を思い出し、先に走行できなくなってしまう……。



 ……上原氏が『セブン』を語る際、最も印象に残っているというのがこのエピソードだそうだ。沖縄ではごく当たり前に爆薬やミサイル・化学兵器が公道を走るトラックによって運ばれていた事実によって、本話はそれらの投影・風刺だと見る向きも多い。それはともかく、戦争がごく当たり前に日常と併存している沖縄の人間にしか書けないシナリオとして、プロデューサーには評価された一編なのだそうだ。


 「風刺」としての側面から離れれば、ストーリーの主軸は、のちに上原が手掛けた『秘密戦隊ゴレンジャー』(1975)~『太陽戦隊サンバルカン』(1981)でも多用されたアイテム争奪戦や要人警護にまつわる、敵味方との攻防劇である。後年の『ウルトラマンエース』(1972)第11話「超獣は10人の女?」などもアイテム輸送の争奪戦だったが、本話がその原型だったともいえるのだ。


 実は風刺性やテーマ性などではなく、敵をあざむくにはまず味方から、といったゲーム的な要素も本話には強い。アマギ隊員のトラウマも戦争批判や米軍批判などではなく、近所の花火工場での爆発事故に伴うトラウマなのであった。そして、そのトラウマの解消が本話におけるドラマ性や人間性の表出といったところだ。


 子供の時分に観れば地味なエピソードであるともいえる。日本においては専任のカースタントがまだ確立されていなかったといったところなのか、スピード感あふれるカーアクション演出といった域には達していないあたりも、本話のゲーム的なスパイアクション風味が、映像作品としては結実しきれていないところだ。


 しかし、そんな地味な印象もまた、もう少し長じて物事が分かってきてからの小学校の中高学年以上での視聴時の感慨だろう。幼少時の本話に対する記憶は、本話のゲスト怪獣である「恐竜戦車」。こちらの存在感と、セブンとの大激闘に尽きる! 大方のマニア諸氏の幼児期の記憶でも、本話についてはこの巨大な「戦車」の上に備え付けられた四足歩行型の「恐竜」しかないといっても過言ではないのではなかろうか?


 実は製作費用の節約に伴い、この時期は当時の親会社・東宝からお下がりである特撮美術備品を利用することに伴う苦肉の策としての「恐竜戦車」であって、美術デザインを担当していた成田亨(なりた とおる)などは不本意であったそうだが……。


 上原脚本のそれまでの人間ドラマともある意味では分離したかたちで、特撮シーンそれ自体やゲスト怪獣それ自体が、単独して独立した見せ場にもなってしまう。そして、仮に「本編」ドラマ部分の脚本なり演出が不充分であったとしても、お腹いっぱいの充足感を与えてくれる。それこそが、「特撮」といったジャンルの全てではないにせよ、一方でのこのジャンルの特性・特質でもあるのだ。


 とはいえ、そのうえで上原脚本回としての作家性を無理やりにでも探って見出そうとすれば、第1話冒頭の「地球は狙われている」というナレーション(声・浦野 光)で始まり、「宇宙規模での戦時体制」になっていた『セブン』の世界観は、上原氏にとっての沖縄の現状の合わせ鏡になりうるものだったとは言えるかもしれない。


ウルトラセブン』第X話「300年間の復讐」(未映像化脚本)


 本作のヒロインであるウルトラ警備隊の友里アンヌ隊員(演・菱見百合子)が訓練中に音信不通となり、辿り着いた山荘で、トークと名乗る宇宙人に幽閉される。
 トークは300年前に地球に逃れついてきた、平和を愛する宇宙人だったが、戦国時代の日本で人々が殺気立っている中、その赤毛ゆえに鬼とみなされて、同胞を皆殺しにされてしまった。


 トークはアンヌを殺された妹・シシーと思い込み、300年間かけて作り上げた武器を手に、ふたりで地球人に復讐しようと話を持ちかける。結局、アンヌは救出され、トークもセブンに倒されるのだが、アンヌは一時でもトークと心を通わせた事実に気づき、一時の感傷に浸るのだった……。



 ……ある朝、目が覚めたら、マイノリティである自分の家を隣近所の顔見知りが、手に石や棒を持って包囲しているのではないか? という感覚。自分は最終的なところで絶対に折り合えない他人と共存していかなければならない。そしてともすれば、自分は圧倒的少数派として社会の主流からは外される。しかし、多数派はこともなげに少数派をヘイトし、ことあるごとに排除すべしと公言する……。
 私事で恐縮だが、見た目からして異なる外国人や被差別部落民ほどではないだろうが、筆者も日本ではマイノリティのキリスト教徒ゆえに、そういった感慨を共有している。


 しかし本話では、アンヌ隊員がトーク星人への同情の果てに、彼と共闘して多数派の地球人に対する復讐に加担したわけではなかった。


 さて、300年前ではないが、400年前の江戸時代の初期が上原氏の故郷・琉球王国薩摩藩が乗り込んできた時期だ(その意味で300年前は実はもう戦国時代ではなかったりする)。


 そういった歴史を踏まえれば、だからこれは平和主義者にして「まつろわぬ民」であるところの沖縄が、強者に蹂躙された怨念がそのままむき出しになった話だとは言えるわけで、そういった観点から本話は長年、マニア評論でも語られてきたことも事実なのだ。


 しかし、この関係を21世紀の日本と中国に置き換えてしまうことも可能だ。だから日本も憲法改正を、軍事力強化を! と叫ぶと作家・百田尚樹(ひゃくた・なおき)などの立場もまた、論理的には成り立ってしまうのが、今日的な観点から観た本話の弱点なのかもしれない。


 ちなみに、本編で映像化されることのなかったこの脚本だが、『セブン』シリーズ後半では脚本家陣のローテーションに参加した市川森一(いちかわ・しんいち)が、のちに番組制作当時を回想して執筆した長時間TVドラマ『私が愛したウルトラセブン』(1993・NHK)で、その一部が映像化されており、横浜の「放送ライブラリー」で閲覧することができる。



 なお、この脚本が執筆された背景として憶測されるのが、TV局側のプロデューサーとして、この時期の番組のスタッフに参入した橋本洋二の存在である。


 筑波大学(当時は「東京教育大学」)卒業後、ラジオ東京(TBSの前身)に入社し、ラジオドラマに始まり、『コメットさん』(1967・国際放映)や、後述する『柔道一直線』(1969・東映)などの児童向けドラマの制作に関わってきた。
 特撮マニアとしては、何よりも『帰ってきたウルトラマン』(1971)~『ウルトラマンレオ』(1974)の制作に深く関わって(実際には『タロウ』の前半までのようだが)、「第2期ウルトラシリーズ」のカラーを決定づけたことだ。
 その過程で、30分枠のTVドラマ『刑事くん』(1971~76)なども含めて、市川森一長坂秀佳・田口成光といった一流どころの脚本家を多数育てたことに大きな功績がある。


 後年のマニア間での呼称なのかもしれないが、これを「橋本学校」と呼称する向きも多い。上原氏はその次男坊的なポジションにいたのだ(ちなみに、長兄はラジオドラマの頃から関わってきた脚本家・佐々木 守)。


 戦争の苦難も知らず、何の問題意識も持たず、ぬくぬくと平和な中で裕福に暮らす、内向きな「現代っ子」(当時の子供たちを指した呼称)を批判する橋本の方針は、児童ドラマの作り手として、まず「子供たちに試練を与える」こと、そのために「テーマを掲げる」こと、そして何より「人間の情念を描く」ことにあった。たしかに人間ドラマ一般とはそういうものだろう。


 上原を「情念」の作家であったと評する向きも多い。それにはやや疑念もある。「情念」や「怨念」を大仰に「むき出し」にして叩きつけるような作家では決してない。やや「淡泊」だともいえなくもないからだ。しかし、「情念」がないわけでは決してない。その「情念」はもう少し抑えた感じで表出されてきたからこそ、鼻にはつかないものともなってきたのだ。
 『ウルトラQ』・初代『ウルトラマン』・『快獣ブースカ』・『ウルトラセブン』シリーズ前半の時期は基本、怪獣もの・SFもの・ホームコメディーに徹していた上原氏だった。けれど、そもそもは「沖縄」という「情念」がらみの社会派テーマで世に出ようとしていた人間だったのだ。


 上原氏にとって、この出会いは人生上の転轍機ともなっただろうことは、90年代以降のマニア評論でも衆目の一致として一般化している。自身の内的な必然性を子供向け番組のフィクションに巧妙に織り交ぜて表出してみせても、むしろそれを評価してくれる御仁に出会えた!……といったところだろうか?


 それと同時に、70年代前半の第2期ウルトラシリーズは、やや人間ドラマ的・テーマ的には重たくなりすぎてしまったり湿っぽくなってしまったきらいはあるものの……。
 そして、皮肉にも、当初は第2期ウルトラシリーズのメインライターを務めた上原は、東映特撮ヒーローものへと活躍の場を移すと、『ウルトラセブン』シリーズ後半やその次作『怪奇大作戦』に『帰ってきたウルトラマン』といった作品がまとっていた若干の重たさと暗さ、あるいはホームドラマ性などはやや脱臭した乾いたかたちで、刑事(『ロボット刑事』(1973)、荒野をさすらうロードムービー・西部劇的なヒーロー(『イナズマン』シリーズ)、職業としてのプロフェッショナルたちによるスパイアクション(『秘密戦隊ゴレンジャー』(1975)といった、その活劇性やヒーロー性のカタルシスの部分が人間ドラマ性やテーマ性の部分にも負けないバランスのとれた作品をものしていくのだ。


 こういったところにも、ドラマ性やテーマ性を重視しすぎたゆえにいったんの終焉を迎えてしまった第2期ウルトラシリーズと、70年代後半にも延命を果たしていく東映特撮ヒーローといった差が出ているのだともいえるだろう。



 しかしともあれ、過去に多くの特撮マニアたちも指摘してきたとおりで、橋本氏と上原氏のふたりのディスカッションから『300年間の復讐』が執筆された可能性は高いだろう。


 そして、この怨念の方向性が、『セブン』の次作であり、ヒーローや怪獣が登場しない、あくまでも人間たちが怪奇現象を地道に解決していく『怪奇大作戦』(1968)の設定や、実際の人間ドラマ重視編へも結実していく。


 「テーマがなくてもドラマは書ける!」と、橋本にひたすら反発した市川森一の意見にも一理はある。彼の意見も正しい。ノン・テーマの作品やナンセンスな作品にも相応の良さはある。


 実際には、橋本イズムがフィクション構築のうえでの全ての方法論ではない。しかし、いずれは橋本以外の誰かが同様の試みを特撮作品に対してほどこしただろうが、少なくともこの時点では橋本が先鞭をつけて、一度は本邦特撮ジャンル作品のドラマ性やテーマ性を底上げしたことも事実なのだ。


 むろん、その試みの全てが成功したわけではなく一長一短なのである。その負の部分を上原は早めに切り上げてしまった。そして、その負の部分を悪い意味でマジメに継承しすぎてしまったのが、第2期ウルトラシリーズや、橋本氏は直接は関わってはいなかったものの『ウルトラマンレオ』の重苦しさなのかもしれない……(それゆえに、長じてからの方が重たいカタルシスが感じられてカルト的な再評価を果たしたりもするわけだが、それは子供向け作品としては手放しで絶賛できることでもないだろう)。


 そして、『怪奇大作戦』は30分ドラマながらも作品の狙い的にも純然たる子供番組だとは言いがたい。よって、明朗な夢とロマンを謳(うた)うような作品ではなかったせいか、『ウルトラQ』『ウルトラマン』『ウルトラセブン』のメインライターを務めてきた円谷プロ企画文芸室長の金城哲夫も、そして市川森一も、『怪奇大作戦』ではほとんど出番がないかたちで終わっている。


(初出・特撮同人誌『『仮面特攻隊2021年号』(21年8月15日発行)所収『上原正三・大特集』「追悼・上原正三①」評より抜粋)


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初代ウルトラマン・快獣ブースカ ~上原正三の生涯を通して見る第1次怪獣ブームの前半

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初代『ウルトラマン』『快獣ブースカ』 ~上原正三の生涯を通して見る第1次怪獣ブームの前半!

(文・T.SATO)
(2021年7月脱稿)

上原正三の生涯をたどること = 日本のTV特撮&TVアニメの歩み!


1966年・上原29歳『ウルトラマン


 モノクロ作品であった『ウルトラQ』(66年)の後番組として、今度は民間人レギュラーを怪獣退治の専門家集団に変えて、そのうちのひとりの隊員を巨大宇宙人に変身させて怪獣と戦う、ヒーローものの体裁を採った初代『ウルトラマン』(66年)が同年7月から放映が開始されて、やはり平均視聴率36.8%の大人気を誇ることとなる。


 同7月には、フジテレビ月曜夜7時30分枠で手塚治虫マンガを特撮巨大ヒーローとしたピー・プロダクション製作の『マグマ大使』が、やはりカラー作品かつ2~4話で1エピソード完結形式による、地球の創造神・アースが造った金色のロケット人間・マグマ大使が宇宙の帝王・ゴアが呼び寄せた巨大怪獣と戦うフォーマットでスタート。


 こちらも視聴率30%を達成していたという記録があり、初代『マン』全39話を上回る全52話(続けて再放送12本)が放映されている。


 東映も4月からNET(現・テレビ朝日)木曜夜7時枠にて『忍者ハットリくん』実写版を放映。



 29歳となった上原は、初代『マン』では南洋の孤島を舞台に5大怪獣が登場するイベント編である#8「怪獣無法地帯」を金城との連名で担当。終盤の2大宇宙怪獣が登場して宇宙の惑星が舞台となる#38「宇宙船救助命令」の脚本も担当している。


 マニア諸氏はご承知のとおりで、初代『マン』の初期企画とは、#1のゲスト怪獣の名前にも流用された、正義の怪獣が活躍する放映前年65年の企画書『科学特捜隊ベムラー』である。


 この時点での「ベムラー ストーリー案集」では上原は、東宝ゴジラ映画に登場する黄金色の三つ首翼竜怪獣・キングギドラをモチーフにしたらしい「黄金怪鳥スバード」を提案。このプロットは『ベムラー』改め66年の年明けに上梓された正義の宇宙人が活躍する企画書『科学特捜隊レッドマン』の時期には「宇宙船救助命令」としてシナリオ化され、さらに『ウルトラマン』#38として大幅に改稿されて実現している。


 『レッドマン』では「怪獣用心棒」というエピソードも脚本化しており、先の『ウルトラマン 特撮の秘密百科』(勁文社(けいぶんしゃ)・90年6月19日発行)では「この時期の上原を象徴する娯楽脚本だ」と絶賛。
 同作は今は亡き月刊少年マンガ誌『ぼくら』で一峰大二(かずみね・だいじ)作画の連載マンガ『ウルトラマン』「怪獣ゴルダー」回としてマンガ化はされている――このゴルダーもまた黄金怪鳥のイメージ――。


 この『Q』『マン』の時期における未映像化も含む上原の作品は、いずれも新興ジャンル草創期に特有の、ジャンルのウリである「怪獣」そのものの存在や特性が主眼となっており、それとの攻防劇を主体とした娯楽性の高い作劇になっている。しかし、書き下ろしした作品数は少ない。


 先の特撮雑誌『宇宙船』Vol.76(96年春号・5月1日実売)「宇宙船談話室」でも、この時期を上原は「ペーペー」「山田正弘さんや、藤川桂介さんといった大家の原稿取り」「現場からここのところがおかしい、直してよと言って来る。それで、脚本家の先生のところに連絡すると「適当に直してください」とくる。それを我々文芸部が手を入れる。修繕屋と言ってましたよ(笑)」と語っている。


1966年・上原29歳『快獣ブースカ


 上原が本格的に活躍をはじめた作品は、初代『マン』と平行して同66年11月から日本テレビで水曜夜7時枠で放映された、円谷プロ製作でもカラーならぬモノクロ作品であった特撮ホームコメディー『快獣ブースカ』だろう。


 人語をしゃべり小学生レベルのメンタルを持ち、飛行・透明化・分身能力・光線発射などの能力も持っていて、ラーメンが大好きな人間サイズのミニ怪獣ブースカが、子供たちやご近所さんと騒動を巻き起こすご町内コメディーである。


 ブースカは「バラサ、バラサ」(喜)や「シオシオのパー」(嘆)などといった感情に応じた決まり文句を口にするが、『講談社オフィシャルファイルマガジン ウルトラマンVol.1 ウルトラQ』(05年8月25日発行)の「山田正弘インタビュー」によると、「プリプリのキリリンコ」(怒)は上原が産み出したようである。後年のマニア評論が強調するような社会派テーマ性や怨念ばかりではなく、上原には遊び心もあったのだ。


 70~80年代の初期特撮評論では、リアル&シリアス至上主義や「怪獣とは恐怖であらねばならない」怪獣恐怖論が賞揚されたために、『ブースカ』のような作品には批評的なスポットが当たらなかった。しかし、当時も相応に人気は集めており、全26話の予定が全47話に延長されている。
 対外的にそうだと謳(うた)うかはともかくとしても、前年65年にTBSの日曜夜7時30分枠で放映が開始されて大人気を博した藤子不二雄のマンガ(64年)のモノクロTVアニメ化作品『オバケのQ太郎』が視聴率30%を記録していたこと――業界では夜7時枠の『ウルトラQ』と併せて「恐怖のQQタイム」と称された――にあやかった企画でもあっただろう。


 上原は『ブースカ』では#20で初登板してから12本を担当。つまりシリーズ後半の半分を担当したから、実質はメインライターである。内8本は共作ではあるも、4本が後年の有名脚本家で1941(昭和16)年生まれの市川森一(いちかわ・しんいち)とのコンビであり、両者連名で最終回も執筆している。


 「怪獣迎撃モノ」に加えて、ある意味ではその真逆だともいえる異形のキャラが巻き起こす「コメディー」作品への挑戦。この時期の上原は学生時代の「社会派」の志とは真逆な方向に進んでいる。その作風を一度は「活劇」と「コメディー」の2極にも振り切ったのだとの総括もできる。



 ちなみに、プロデビューを果たさんと円谷プロに『ブースカ』のプロット5本を持ち込みし、そのうちの1本を上原が気に入ってくれたことがデビューにつながった旨を、月刊誌『ドラマ』№93(映人社・87年3月号)にて市川が語っている。
 はるか後年、80年前後のSF洋画ブームの折りにスピルバーグ監督による善良な宇宙人と少年との交流をファンタジックに描いた大ヒット映画『E.T.』(82年)が公開された際、上原は市川とふたりで同作を観賞したそうだが、市川は「「ET」なんて「快獣ブースカ」で掃いて捨てるぐらい作って」いて「ちょっと口惜しかった」と同誌で発言していた。



 この当時、円谷プロのスタッフは夜な夜な近くのスナックで交歓していたのは各種書籍で各スタッフが言及している。そこには打ち合わせ後のTBSの監督や外部スタッフも合流していた。
 午後8時半になると酔って他人にカラみ出す金城を避けるためにいっしょにトイレに行くフリをして中座したり、上原の結婚に夫婦で関わり当時~70年代初頭までは大ブームだったボーリングに深夜まで興じたり、映画館・有楽町マリオンの場所にあった今は亡き日劇(日本劇場)で開催された演歌歌手・都はるみのショーへ行くだけでなく彼女の名前を染めた浴衣を作っていっしょに銀座を練り歩こうとしたなどの、当時は親しく付き合っていた上原との俗っぽくも明るい若き日の逸話を、1934(昭和9)年生まれの名脚本家・藤川桂介がその自著『アニメ・特撮 ヒーロー誕生のとき』(ネスコ・文藝春秋・98年8月9日発行)にて言及している。


 藤川はのちの怪獣図鑑の第一人者・大伴昌司(おおとも・しょうじ)も在籍していた大学の放送研究会の先輩でもある飯島敏宏(いいじま・としひろ)監督の伝手で円谷プロ作品に関わることになったそうだ。なお、同著によると『ブースカ』の主題歌作詞は当時の円谷プロの支配人・市川利明(船橋三四)名義となっているが、実際には同氏の円谷プロ退職の印税でのご祝儀として、藤川が作詞したものだそうである。



 66年は10月から先の藤子マンガ原作『ハットリくん』の枠で、水木しげるマンガ原作の『悪魔くん』モノクロ実写版もスタート。


1967年・上原30歳・第1次怪獣ブームの時代


 初代『ウルトラマン』は67年4月上旬に全39話で放映終了。その後番組は変身巨大ヒーローは登場しないものの未来の宇宙を宇宙船でパトロールする宇宙服姿のキャプテンを主人公として、巨大怪獣や宇宙人も登場する東映製作のSF特撮『キャプテンウルトラ』が、円谷プロ製作の次作までのつなぎとして半年間放映されている。
 TBSと武田薬品は『Q』や『マン』と比して同作を視聴率的な成功作とは認めなかったようではあるけれど。


 上原も自著『金城哲夫 ウルトラマン島唄(しまうた)』(筑摩書房・99年10月25日発行)で、



「(中略)チャチイな、特撮」
「ま、予定通り半年で終わりだね」(中略)「キャプテンウルトラ」はミニチュアなど作り物の粗雑な面が目立った。視聴率四十%を突破して意気揚々たる円谷プロのスタッフからすれば、“わが敵にあらず”であった」



と語っている。


 たしかに上原の当時のオトナ目線での『キャプテンウルトラ』の特撮に対する感慨もごもっともだとはいえる――けれど、特撮ライター・金田益美(かねだ・ますみ)などは、『宇宙船』Vol.80(97年春号・5月1日実売)「ウルトラゾーンの時代」第7回で「(キャプテンウルトラが搭乗する宇宙船)シュピーゲル号の操演などは(初代『ウルトラマン』に登場する戦闘機)ジェットビートルを遙かに上回っていた」とも語っているが――。


 しかし、同作の平均視聴率も25.5%には達している。ゴジラよりもガメラ、ウルトラよりもライダー、といったややB級で泥クサくても、それゆえに味わいがあると感じる心性もまた、人々や子供の心の中には全員とはいわずとも相応にはあるものなのだ。先の『ブースカ』の平均視聴率が15%程度でも成功視されていたことを思えば、やはり同作も第1次怪獣ブームの一翼を担った偉大な作品ではあったのだ。


 東映はこの67年4月から関西テレビ(フジテレビ系)で水曜夜7時枠にて信長・秀吉の時代を舞台とした特撮時代劇の不朽の名作『仮面の忍者 赤影』もスタートさせ、1年間の放映期間をまっとうしている。やはり巨大怪獣も登場した同作もまた、第1次怪獣ブームを盛り上げた作品なのだ。


(以下、順次アップ予定!)

1967年・上原30歳『ウルトラセブン

1967年・『セブン』#17 ~モロボシダンと薩摩次郎

1967年・『セブン』「宇宙人15+怪獣35」

1967年・『セブン』橋本洋二&「300年間の復讐」

1967年・『セブン』後半の低落をどう捉えるか?

1968年・上原31歳『怪奇大作戦

1968年・『怪奇』#16「かまいたち

1969年・上原32歳『柔道一直線

1969年・『青春にとび出せ!』『オレとシャム猫』『どんといこうぜ!』

1969~70年・『彦左と一心太助』『千葉周作 剣道まっしぐら』

1970年・上原33歳『チビラくん』『紅い稲妻』~『仮面ライダー』前夜


(初出・特撮同人誌『『仮面特攻隊2021年号』(21年8月15日発行)所収『上原正三・大特集』「上原正三の生涯を通じた日本のTV特撮&TVアニメ史① 1970年まで」評より抜粋)


快獣ブースカ』42話「物体Xコロリン」

(文・犬原 人)


 快獣ブースカ(声・高橋和枝)たちが発行していた壁新聞『ブースカ新聞』が、『ドラえもん』(1969~1996)でいえば、スネ夫ジャイアンを足して2で割ったような敵役・メチャ太郎の発行した壁新聞『メチャ新聞』にスクープで負けてしまった。メチャ太郎は流星の写真を撮って「宇宙怪獣の襲来だ!」と騒ぎ立てていたのだ。


 ブースカの飼い主屯田大作(とんだ・だいさく……演・宮本智弘)は、負けた悔しさで特ダネを探すが、そこで新聞記事で鬼怒川(きぬがわ)の五十里湖(いかりこ)の水が一夜にして干上がったことを知る。
 ブースカの弟分で宇宙快獣のチャメゴン(声・堀 絢子(じゅんこ))は、メチャ太郎が撮ったあの流星は「コロリン」だったかもしれないよと発言した。


 チャメゴンが言うには、コロリンは水を吸って際限なく成長し、やがては何でも食べてしまう危険な生物だ。大作たちはスクープを撮るため、ブースカ、チャメゴン、そしてガールフレンドのミー子(演・中原純子)を連れて鬼怒川温泉に急行。現地で知り合ったSFマニアの宇 中人(う・ちゅうじん)と合流して、コロリン退治に乗り出す……。


(宇 中人は、在日中国人や韓国人としての本名なのか、SFマニアとしてのペンネームなのか、よくわからない怪人物だが、子供に渡すような名刺にそう書いているのだから、たぶん後者なのだろう)



 ……下町の発明少年・屯田大作が大怪獣を造ろうとしてイグアナに特殊飼料を食べさせたところ、その材料費が足りなかったために、特売の卵を使ってしまったので誕生してしまった、怪獣ならぬ「快獣」ブースカが繰り広げる、笑いとファンタジーに溢れた横丁喜劇。特撮キャラクターコメディの草分けと言っても過言ではない『ブースカ』(第1号は東映の実写版『忍者ハットリくん』(1966)だろうか? ……と思っていたら、同じ東映の『丸出だめ夫』(同)が控えていた)。
 上原氏は本作でもいかんなくその才能を開花させている。


 今回は鬼怒川・日光を舞台にした一大タイアップ編で、見せ場も特撮もふんだんに用意されている。自分がコロリンをやっつけるところを撮影しようとして、戦う前にわざわざセルフタイマーをセットするブースカのお茶目さや、宇宙に追放されたコロリンが放り込まれた太陽に、笑った顔がつけられているといったイメージの妙が光っている。


 このへんのナンセンス加減が、後年の『がんばれ!! ロボコン』(1974)や『秘密戦隊ゴレンジャー』(1975)の後半はもとより、1980年代の同じ『戦隊シリーズ』における曽田博久(そだ・ひろひさ)、そして何より同じく「東映不思議コメディ」シリーズと呼ばれる一群の作品(1982~1993)でブレイクする浦沢義雄(うらさわ・よしお)に隔世遺伝的に引き継がれているともいえよう。


(初出・特撮同人誌『『仮面特攻隊2021年号』(21年8月15日発行)所収『上原正三・大特集』「追悼・上原正三①」評より抜粋)


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ウルトラQ 21話「宇宙指令M774」 ~上原正三の生涯を通して見る『ウルトラQ』の来歴

(2024年4月21日(日)UP)
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ウルトラQ』21話「宇宙指令M774」 ~上原正三の生涯を通して見る『ウルトラQ』の来歴

(文・T.SATO)
(2021年7月脱稿)

上原正三の生涯をたどること = 日本のTV特撮&TVアニメの歩み!


1963年・上原26歳『ウルトラQ』始動


 脚本家・上原正三(うえはら・しょうぞう)26歳の年であるこの1963(昭和38)年4月に特撮製作会社である円谷プロが設立。1938(昭和13)年生まれの金城哲夫(きんじょう・てつお)も企画文芸部長として参加する。
 そして、同年には早くも円谷プロの創設者・円谷英二つぶらや・えいじ)の長男にして、TV局・TBSの社員で草創期のTV番組の演出家でもあった1931(昭和6)年生まれの円谷一つぶらや・はじめ)が中心となって、TVドラマシリーズ『UNBALANCE(アンバランス)』の企画が立ち上がっている。


 上原が27歳の年である翌1964(昭和39)年9月に同作は撮影を開始。東京オリンピックが開催された10月には体操競技での「ウルトラC」を受けて、タイトルが『ウルトラQ』に変更。
 おそらく12月に、初期製作5話分を観賞したTBS側の栫井巍(かこい・たかし)プロデューサー――演出家時代は飯島敏宏(いいじま・としひろ)監督の上司――の判断で、「SFアンソロジー」ではなく「怪獣」中心路線に変更されている。


 民間航空のセスナパイトロットとその助手に新聞社の女性カメラマンが行く先々で怪獣や怪奇現象に遭遇する『ウルトラQ』は、「単なる怪獣モノではなかった」という理論武装で持ち上げる向きも多い。


――しかし、第1世代の特撮ライター・竹内博などは自身が『Q』に多大なる影響を受けた世代だと公言しつつも、初代『マン』こそ普遍性がある傑作で、


「『ウルトラQ』は、現実問題として今見直して面白いかというと(中略)冷静な目で見れば(中略)半分くらい腐っているかもしれない」


とまで、自著『元祖怪獣少年の日本特撮映画研究四十年』(実業之日本社・01年12月21日発行)で語っているが――


 自身の幼少期の嗜好を振り返ってみても、子供たちが「SF」や「怪奇」に興味がないとは思わないが、やはりそれ以上に「ヒーロー」や「巨大怪獣」に興味を向けて執着していたことを思い出す。そう考えれば、栫井の英断こそが日本のTV特撮を隆盛に導いたとも私見するのだ。


 第2クールでは、第1クールに登場した怪獣ゴメス・ペギラ・トドラの再登場、怪獣ゴローが再登場して宇宙怪獣(ガラモン?)と戦うエピソード、パゴスvsケムール人vsガラモン、陸海空の5大怪獣トーナメントなども企画されている。コレらが実現していればさらに人気は沸騰しただろうと信じてやまない。


 この63年には、国産TVアニメ第1号『鉄腕(てつわん)アトム』や『鉄人28号』に『エイトマン』も放映。その後の数年にわたってアニメブームが訪れて、1960年前後生まれのいわゆる新人類世代(=オタク第1世代)の原体験ともなっている。
――しかし、1970年前後にTVは急速にカラー化されたために、これらのモノクロ作品は70年代にはもう再放送はされなかった。よって、オタク第2世代以降にとっては、これらの作品については馴染みがウスいことも事実だ――。


1964年・上原27歳『収骨』


 脚本家志望であれば「賞を獲れ」との円谷一の助言で同64年、上原は芸術祭一般公募部門に『収骨』で応募している。その内容は


「沖縄決戦でひとり息子をなくした北海道の母が沖縄に来ていろいろな人に逢う」


という内容だったそうだ。しかし、1937(昭和12)年の早生まれで上原と同学年である先実相寺昭雄(じっそうじ・あきお)監督の著書『夜ごとの円盤 怪獣夢幻館』(88年2月29日発行)収録「ウルトラマンを作った男――金城哲夫」(初出『潮(うしお)』82年6月号)での実相寺の聞き語りで上原は、



「(註:奨励)賞を貰(もら)ったけど、もうあんなの厭(いや)ですね。(中略)沖縄の現状を被害者の立場で訴えているのが耐えられなくってね。もっと加害者としての沖縄を書きたいと思っているんですよ。……だって今のままじゃひどく不毛でしょう。沖縄から生まれる被害者意識ドラマと内地から来る感情贖罪ドラマが、いつまでたっても平行線を辿ってしまうもの。(中略)それなら、盗みにかけちゃ天才的な奴らが米軍の貯蔵庫から落下傘を盗み出し、その糸をほぐして空罐を利用した三線(三味線のこと)を作り、歌や踊りを忘れなかったっていうようなドラマをやってほしいなあ」



とも語っている――東西冷戦真っ最中で左右双方の政治思想がまだまだ相対化されていなかった1982年の時点で、すでにココまでの左右を超越した境地に到達していたとは!――。


 ちなみに実相寺は同著で、当時の上原を「強靱な意志をおだやかな眼差しともの静かな物腰に包んだ」と評している。


 この64年は、子供向け実写スパイアクションのヒット作『忍者部隊 月光』も放映。


1965年・上原28歳『ウルトラQ』参画


 1965(昭和40)年1月に授賞式のために上京して円谷プロを訪れた上原は、金城の依頼でしばらくして円谷プロの社員となる。


 この65年の早い時期だと思われるが、「ウルトラQ プロット集」も上梓されている。


 編集プロダクション・タルカスの高橋和光が構成・編集、浅井和康・元山掌・早川優・大江春泥といったマニアの大家たちが執筆した『ウルトラマン 特撮の秘密百科』(勁文社(けいぶんしゃ)・90年6月19日発行)では、金城は同時期に『ウルトラQ』脚本№15「ペギラが来た!」の全面改訂で多忙であったために、同プロット集に収録された「クラゲモンの襲来」――未映像化作品「Oil S.O.S」のプロット――と『生きていた化石』――#24「ゴーガの像」のプロット――に、のちの準備稿の「イメージがストレートに表出」との見解から、この「プロット集」それ自体が上原によって執筆された可能性が高いと推測している。


――その後に進んだ研究や証言で、すでに真相が解明済であればご容赦を――


 上原の『ウルトラQ』における初脚本は、石油を吸収して成長するエイ型怪獣クラプトンが登場する上記の「Oil S.O.S」。上原が28歳である65年5月に同話は撮影が予定されていた。しかし、ロケ地である品川の出光石油(いでみつ・せきゆ)からのクレームで製作中止となっている。この怪獣クラプトンの造形物は同じく上原のデビュー作となった『ウルトラQ』#21「宇宙指令M774」に登場した怪獣ボスタングに改造された。


 特撮雑誌『宇宙船』Vol.76(96年春号・5月1日実売)「宇宙船談話室」での上原正三の発言によると、「宇宙指令M774」は同じく初監督を務めた1937(昭和12)年生まれである満田かずほ(みつた・かずほ)の親戚に自衛隊に在籍している御仁がいて、護衛艦を借りることが可能だとのことで執筆したシナリオだったそうである。
 先の怪獣クラプトンもはるか後年の映画『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE』(09年)に登場した百体怪獣ベリュドラを構成する1体ともなっている(笑)――



 日本の実写TVヒーロー第1号『月光仮面』の第2部「パラダイ王国の秘宝篇」(58年5月~)に端を発する武田薬品1社提供、日曜夜7時の「タケダアワー」枠で1966(昭和41)年正月から放映が開始された『ウルトラQ』は平均視聴率が32.4%を記録する大ヒット。


 1960年代には盆暮れに東宝ゴジラ映画や怪獣映画や特撮映画が公開されることで、すでに子供間では怪獣が人気を博していた。
 しかし、奇遇にも『Q』放映直前の65年11月には映画会社・大映製作の空飛ぶカメ型怪獣が大活躍する映画『大怪獣ガメラ』もヒット。即座に続編も決定して、早くも『Q』放映中の66年4月に『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』が特撮時代劇映画『大魔神』との2本立てで公開されてこちらもヒット。
 いわゆる「第1次怪獣ブーム」が沸騰していく。そして、翌67年に映画会社・日活が『大巨獣ガッパ』を、松竹が『宇宙大怪獣ギララ』を製作する端緒ともなった。これらの怪獣映画は関東地方では1970年代いっぱいまでは盆暮れや春休みなどにひんぱんにTVで放映されていたので、70年代世代にとっても馴染みが深い。


 『Q』では上原は、先の宇宙エイ・ボスタングが登場する#21「宇宙指令M774」と貝獣ゴーガが登場する#24「ゴーガの像」の2本の脚本を担当している。



(以下、順次アップ予定!)

1966年・上原29歳『ウルトラマン

1966年・上原29歳『快獣ブースカ

1967年・上原30歳・第1次怪獣ブームの時代

1967年・上原30歳『ウルトラセブン

1967年・『セブン』#17 ~モロボシダンと薩摩次郎

1967年・『セブン』「宇宙人15+怪獣35」

1967年・『セブン』橋本洋二&「300年間の復讐」

1967年・『セブン』後半の低落をどう捉えるか?

1968年・上原31歳『怪奇大作戦

1968年・『怪奇』#16「かまいたち

1969年・上原32歳『柔道一直線

1969年・『青春にとび出せ!』『オレとシャム猫』『どんといこうぜ!』

1969~70年・『彦左と一心太助』『千葉周作 剣道まっしぐら』

1970年・上原33歳『チビラくん』『紅い稲妻』~『仮面ライダー』前夜


(初出・特撮同人誌『『仮面特攻隊2021年号』(21年8月15日発行)所収『上原正三・大特集』「上原正三の生涯を通じた日本のTV特撮&TVアニメ史① 1970年まで」評より抜粋)


ウルトラQ』21話「宇宙指令M774」評

(文・犬原 人)


 毎朝新報のカメラマン・江戸川由利子(演・桜井浩子)は、夜のクルーズ船でしゃべる人形をひろう。「私の名はゼミ。ルパーツ星人です」という不気味なメッセージに、思わず捨ててしまう彼女だった。


 しかし、その数日後、彼女の友人で民間航空のパイロット・万城目淳(演・佐原健二)と戸川一平(演・西條康彦)が飛行中に失踪して、不気味な喫茶店に辿り着く。そこのジュークボックスを介して、同じ内容の警告……「宇宙指令M774」を聞かされる。
 地球侵略の手段として、キール星人が怪獣兵器ボスタングを地球に送り込んだというのがその内容だ。


 私の話が信用できないのであればと、ルパーツ星人……中央図書館の一条貴世美を名乗る彼女に、3人でコンタクトを取る。


 彼女の話を受け、由利子らは海上保安庁に4人で出向く。巡視船はボスタングに遭遇する。


 音に敏感なボスタングは巡視船を狙って突撃。巡視船はエンジンを切って難を逃れる。


 そのボスタングが偶然通りかかった貨客船を狙ったため、船長は再びエンジン音を出してボスタングを引き付ける(船長を演じた藤田 進は、『帰ってきたウルトラマン』(71年)でもМATの長官役として出演している)。


 ボスタングは飛来してきた救援隊(航空自衛隊?)の空爆を受けて爆発四散。地球の危機は回避された。



 ……地球はすでに地球人のあずかり知らぬところで、広大なる宇宙秩序に組み込まれてしまっているのだという、SF的な世界観が明らかになっていく作品である。


 しかし、やはり白眉はラストシーンだ。宇宙の平和を守るために地球に派遣されたルパーツ星人が、履いていたサンダルを見せびらかして、


「あなたの隣にいる人も、宇宙人かもしれませんよ」


と不気味に笑いかけるショットは、もちろん価値相対主義的なSFテイスト、すでに周囲の多数派が正体を隠した宇宙人であるかもしれない、という感慨を狙ったものだろう。


 たしかにああいう見せ方をされては、同じサンダルを履いたそこらじゅうの人々がみんな宇宙人に見えてしまう。そういった感慨をもよおすことが狙いではあっただろう。



 しかし、上原個人を「宇宙の平和を守るために地球に派遣されたルパーツ星人」、すでに「多数派になっている正体を隠した宇宙人」として捉えるのではなく、今となっては俗流で陳腐化した見方かもしれない「本土人から見れば沖縄人も宇宙人の側」であると捉えるのであれば、我々ヤマトンチューへの宣戦布告だとの見方もありうるのだろう。


 異邦人としてこの国で生きてやる! と決意していたと語っている沖縄出身の上原氏が、この特撮・SFジャンルならば自分の描きたいことを書けるという確信を得たかもしれないエピソードとして、我々マニア人種がそのようにも観てしまう作品には違いない。デビュー作には作家のすべてがすでに込められているという格言を、改めて思い出す。



 なお、ヤボではあるが、新聞記者のヒロイン・由利子はともかく、しがない民間パイロットの主人公・万城目と一平に、なぜルパーツ星人はそんな重要な指令を放ったのだろうか? もちろん、それは作品の主人公だからであるのだが……。


 本話にかぎった話ではないものの、こういったヤボともいえる疑問もまた一応は正当なものではある。単発作品であれば、気にならないのだが、週1のTVドラマで毎回、偶然にも怪事件に遭遇するようでは、そのような疑問が生じてしまうこともむべなるかな、なのだ。
 本放映当時にも、そういった一般視聴者の声があったことを、何かの書籍や同人誌でのモニター調査資料の再録記事などで目にした記憶がある(もちろん、メインターゲットの子供視聴者の声ではないのだが)。


 同作の連続ドラマとしての構造面での欠陥が、週1でも超常現象に遭遇しても不思議ではないレギュラーキャラクターの集団として、次作『ウルトラマン』(1966)の「科学特捜隊」なる組織を生み出していく。


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上原正三の生涯を通じた日本のTV特撮&TVアニメ史! 序章・1937(生誕)~1963年(26歳)

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(2021年7月脱稿)

上原正三の生涯をたどること = 日本のTV特撮&TVアニメの歩み!


 1970~80年代の日本のTV特撮やTVアニメで膨大な数の作品を産出してきた脚本家・上原正三が2020年1月2日に逝去された。


●1960年代後半の第1次怪獣ブーム時代における初代『ウルトラマン』に始まる、本邦日本特撮の雄・ウルトラシリーズ(66年~)などの円谷プロダクション製作の特撮作品。
●日本特撮のもう一方の雄である元祖『仮面ライダー』(71年)誕生時の企画会議にも関わり――その#1を執筆する予定もあった――、はるか後年の『仮面ライダーBLACK(ブラック)』(87年)や映画『仮面ライダーJ(ジェイ)』(94年)にも参画。
●1970年代前半の第2次怪獣ブーム時代における『シルバー仮面』(71年)や『スーパーロボット レッドバロン』(73年)に『スーパーロボット マッハバロン』(74年)などの宣弘社&日本現代企画(円谷プロの分派による会社)製作による巨大ヒーロー特撮。
●同じく70年代前半の第2次怪獣ブーム変じて「変身ブーム」となった時代における、マンガ家・石森章太郎(いしもり・しょうたろう)原作作品である『ロボット刑事』や『イナズマン』シリーズ(共に73年)などの東映等身大ヒーロー特撮。
●『鉄人タイガーセブン』(73年)や『電人ザボーガー』(74年)といったピー・プロダクション製作の等身大ヒーロー特撮。
●合体ロボットアニメの始祖であるマンガ家・永井豪原作の大ヒット作品『ゲッターロボ』(74年)シリーズや、人間搭乗型の巨大ロボットアニメの始祖である「マジンガーZ」(72年)と世界観を同じくするシリーズ第3作である『UFO(ユーフォー)ロボ グレンダイザー』(75年)に、東映オリジナル作品『大空魔竜(だいくうまりゅう)ガイキング』(76年)といった、東映動画(現・東映アニメーション)製作のロボットアニメの数々。
●変身ブーム(=第2次怪獣ブーム)が終了した70年代中盤においても、特撮ジャンル作品としては例外的に大ヒットを収めた元祖スーパー戦隊秘密戦隊ゴレンジャー』(75年)と着ぐるみのマスコット的なキャラクターを主役に据えたホームコメディー『がんばれ!! ロボコン』(74年)の大ヒット。
●70年代後半における青少年層での宇宙SFブームの到来やマンガ家・松本零士(まつもと・れいじ)のSF漫画ブームとも連動したことで実現した、幼児受けする変身ヒーローが登場しないことによって単なる勧善懲悪ではない作劇をついに達成して、大マンガ家・手塚治虫(てづか・おさむ)が設立した虫プロが73年に倒産したことで流れてきたスタッフが主導権をにぎっていたことでも知られる東映動画作品『宇宙海賊キャプテンハーロック』(78年)。
●劇画原作者・梶原一騎(かじわら・いっき)の人気劇画の実写TVドラマ化作品である『柔道一直線』(69年)や、女性監督の許での少年野球を描いた『がんばれ! レッドビッキーズ』(78年)シリーズや女子バレーボールを題材とした『燃えろアタック』(79年)などのスポ根(スポーツ根性)路線などの東映製作の人気TVドラマの数々。


 他にも、手塚治虫マンガの実写化企画が変遷した果てに実現した巨大ヒーロー特撮『サンダーマスク』(72年)や、日本特撮の本家本元でもある映画会社・東宝が製作することでゴジラキングギドラガイガンなどのゴジラ映画の怪獣も登場した巨大ヒーロー特撮『流星人間ゾーン』(73年)。
 昭和の『仮面ライダー』シリーズのアクションを担当した大野剣友会が原作・下請け製作も担当した等身大変身ヒーロー『UFO(ユーフォー)大戦争 戦え!レッドタイガー』(78年)。
 1960~70年代に家庭用縫製ミシンの製造で隆盛を極めていたブラザー工業1社提供のTBS30分TVドラマ枠「ブラザー劇場」(64~79年)においての現代劇作品と「講談」由来の時代劇作品への参画。
 80年前後からはじまるスーパー戦隊シリーズの再立ち上げや、『宇宙刑事ギャバン』(82年)にはじまるいわゆるメタルヒーローシリーズは云うに及ばずだろう。


 上原正三の軌跡をただ単に芸もなくなぞるだけでも、日本のTV特撮やTVアニメとその周辺ジャンルの歴史、ジャンル内ジャンルの誕生・分岐、そして同時代の大人気マンガ家、製作会社の監督や同僚の脚本家たち、TV局側の担当プロデューサーといった才人たちとのコラボ、各製作会社の栄枯盛衰、1960~80年代の日本の時代の空気、当時の子供間での流行の変遷といったものまでもが、大づかみで把握ができてしまうほどである。


上原正三の作風・作家性とは「沖縄」出自に起因するだけのものなのか!?


 もちろん、特定個人を「個人崇拝」のように持ち上げるのは筆者の好むところではないし、氏にとってもそれは決して本意ではないだろう。よって、上記の作品群のすべてを上原正三ひとりの業績とはしない。
 上原と同様に同時代に実に膨大な作品群を産出してきたジャンル系の脚本家としては、辻真先(つじ・まさき)や高久進(たかく・すすむ)や藤川桂介(ふじかわ・けいすけ)などもいる。
 しかし、辻はTVアニメ中心で特撮作品への参加は少なく、高久も東映作品が中心で円谷特撮にはほぼ参加はしていない。藤川も東映特撮への参加が少ない。
 そうなると、ウルトラ・ライダー・戦隊・ご町内コメディー特撮・合体ロボットアニメ・松本SFアニメ・スポ根モノといったビッグタイトルに始祖の立場で関わってメインライターまで務めた上原の業績をたどることで、期せずして大状況まで俯瞰(ふかん)ができてしまうのだ。


 むろん、企画段階から上原が相応に関わっていた作品もあれば、TV局のプロデューサーが主導権を握っていた作品、製作会社のプロデューサーが企画した作品、アニメ製作会社の演出陣が主導権を握っていた作品、そもそも上原が#1などの基本設定確立編を担当はしなかったものの途中参加のサブライターや実質メインライター、最終展開も担当して、職人芸的にその作品らしいエピソードを多数ものしてみせたこともある。



 それらの作品群を総合的・俯瞰的に振り返ってみて、改めて個人的には以下のようにも思う。


 70年代初頭までのウルトラシリーズを中心とした円谷特撮での担当脚本回でのイメージから、80年代初頭以降に付与されるラテン的・南洋の楽園的なイメージとしての「沖縄」ではなく、それ以前の辺境の地としての「沖縄」出自にその作家性の源泉を求める上原論が80~90年代以降に隆盛を極めていった。
 それもまた決して間違いではないのだが、しかしそのような「中心」と「周縁」間でのディスコミュニケーションというアングルだけでも、氏の担当作品のすべてを説明しきるのにはややムリがあるということだ。


 コレは決して上原への批判や先人による上原観への否定ではない。それらに相応の理を認めつつも、コレ見よがしの作家性の主張が強い作品群ばかりだったというワケでも決してなかったのである。


・「成長過程の悩める若者による甘酸っぱい青春ドラマ性」
・「荒野をさすらう哀愁あふれるヒーロー性」
・「悩める若者時代は卒業した洒脱なプロ集団による乾いたダマし合いのアイテム争奪戦や要人警護のスパイアクション」
・「複数のメカ怪獣や大要塞による物量攻防劇」
・「ホームコメディー」
・「少女ファンタジー
・「熱血スポ根」


 実に多彩で多種多様な作風の作品を産出してきた御仁でもあったのだ。そして、それこそが上原が真の意味で優れた作家であったことの証明ですらあったと思うのだ――もちろん、一方では多作な作家にアリガチな、自身の過去作に似たようなエピソードのリサイクルなども見られなくはないのだが――。


 90年代中盤には、「ボクも『水戸黄門』や『暴れん坊将軍』を書いてみたい」などといった、子供向け番組卒業後の先輩・伊上勝(いがみ・まさる)が前者に、後輩・曽田博久(そだ・ひろひさ)が後者に、宣弘社や東映のプロデューサー人脈で参加していたゆえだろう、上原を「反体制・反権力の人」と規定していたマニア評論にとってはやや不都合な、杓子定規な尺度によっては権力側のヒーローとされてしまうTV時代劇の執筆も希望したりするような発言をマニア誌でしている。


 どのような人間に対しても当たり前のことなのだが、上原もまたひとつのモノサシでは測りきることができない複雑な御仁であり、筆者個人の見解とは異なる相貌を見せた上原についても、本稿では包み隠さず言及していきたい。
――『水戸黄門』は筆者の誤認かもしれない。少なくとも特撮雑誌『宇宙船』Vol.17(84年冬号)「特集 上原正三」インタビューではTV時代劇『必殺』シリーズを書いてみたいと発言――


上原正三と70~80年世代の子供たちの成れの果てのマニアへの影響!


 とはいえ、70年代前半の変身ブームが原体験で、もうオジサンでもある、いわゆるオタク第2世代にあたるイイ歳のオタクたちにとっての上原正三の存在はあまりにも大きい。
 だいたい後年に同人ライターになったような連中間ではよく聞く共通体験として、幼少時においてもうすでにマニア予備軍であり、子供ながらに漢字も読めないのにTV番組のスタッフ・テロップなどもすべて眼に焼き付けておこうとしてきたようなご同輩たちにとっては、氏のご尊名こそが初めて意識したジャンル作品における製作スタッフ第1号でもあったのだ――小学校の低学年で習うような画数の少ない漢字の名前であったせいもあるだろう――。


 そして決定的なことは、80年代に至って上記の世代が思春期・青年期に達した際に再視聴にて再発見された『帰ってきたウルトラマン』(71年)#33「怪獣使いと少年」というアンチテーゼ編の絶大なるインパクトと寂寥感ゆえといったところもあるだろう。


 ……話はややヨコ道にそれるが、1980年前後の束の間、成長してオトナになってもこのテのジャンル作品を鑑賞しつづけてもイイ、そしてそのことで侮られることがない世の中が到来するのやも! と期待に打ち震えたものだ。しかし、すぐにこのテのジャンル作品に拘泥することは若者間でもダサいこと、クラいことだとされてしまった80年代前半の急激な時代変化がかつてあった――まぁ、同世代内部における、後年でいうイケてる系からのその指摘もまた正論ではあって、まさに正鵠を射たモノではあったけど(笑)――。


 巷間(こうかん)云われるところの「80年安保の挫折」というヤツである。


 その80年代からでも30数年が過ぎた2020年代の今日となっては、『帰ってきた』の「怪獣使いと少年」に対して、我々が思春期・青年期に感じた絶大なるインパクトもまた、「沖縄」や「弱者」などへの憐憫や共闘を純粋に意味していたワケでも決してなかったようにも思うのだ。


 単に80年代に勃興する軽躁・狂騒的な若者文化の中ではウマく生きていくことができずに「弱者」や「少数派」として日々をかこって不全感に苛まれていた我々オタク青年たちの「自分、かわいそ、かわいそ」(汗)といった「自己憐憫」の情もまた相当程度に混ざっていた不純なモノでもあったのだと……。
 むしろ、その不純物こそが主成分ですらあり、まさにその不純な気持ちが混交・ブーストされたモノであったのかもしれない……といった30数年後の後出しジャンケンによる自己相対視も可能なのである――鑑賞・批評している側の問題であって、作家や作品の罪ではないことは、くれぐれも念のため――。


 そのようなマニアによるジャンル評論史の変遷や、鑑賞しているマニアの側の発達年齢に応じた受け取り方の変遷、そのようなもろもろの実に感慨深い記憶の数々とともにある氏を偲びつつ、上原の業績を主線・背骨として日本におけるジャンルの歴史なども微力ながらもこの機会に振り返ってみたい。


1937~50年・上原正三・生誕~子供時代


 上原正三は沖縄出身で1937(昭和12)年2月6日生まれ――早生まれなので実質、1936(昭和11)年度の生まれとなる――。1941(昭和16)年から終戦である1945(昭和20)年の年度までの小学校が国民学校に改称されていた時代、いわゆる「少国民」世代や「疎開児童」の世代でもある。


 この昭和10年前後生まれから昭和10年代生まれの御仁たちは、オタク第2世代の両親たちの世代でもある。


 マンガ家であれば、1938(昭和13)年生まれの石森章太郎や1933(昭和8)年度生まれの藤子不二雄(ふじこ・ふじお)や1938(昭和13)年生まれの松本零士などのいわゆるトキワ荘世代。
 アニメ作家であれば、1941(昭和16)年生まれの宮崎駿(みやざき・はやお)や富野由悠季(とみの・よしゆき)。
 プロデューサーであれば、1935(昭和10)年生まれの東映の吉川進(よしわか・すすむ)やフジテレビの子供向け番組全般を担当していた別所孝治(べっしょ・たかはる)。
 ジャンル系の俳優としては、初代ウルトラマンことハヤタ隊員を演じた1939(昭和14)年生まれの黒部進(くろべ・すすむ)やウルトラセブンことモロボシダン隊員を演じた1943(昭和18)年生まれの森次晃嗣(もりつぐ・こうじ)だといえば、若い世代にとっての理解の補助線にもなるだろうか?


 上原の生年である1937(昭和12)年は日中戦争が勃発した年である。世界に眼を向ければ、その2年後の1939(昭和14)年には欧州でも第二次世界大戦が始まっている。さらにその2年後の1941(昭和16年)には日米間で太平洋戦争も開戦。
 オジサンオタクたちの父母の世代はちょうど上原と同世代にもなる。若いオタクたちにとっては祖父母の世代であろう時代に、500年前の南欧主導による大航海時代の北米・南米・アジア・アフリカ地域の植民地化、もしくは19世紀にはじまる欧州各国による帝国主義の時代の最終形として、日本を含む世界各国やその植民地が複雑に入り乱れて総力戦を展開した不幸な時代に、上原やその同世代の御仁たちは子供時代を過ごしたのであった……。


 沖縄では20万人、日本本土でも1日で10万人が死亡するような空襲や原爆、世界の各地でも戦災による大量死が発生した不幸な時代がたかだか75年ほど前にはあったということでもある。


――余談だが、一挙に世界平和が到来しない以上は、たとえ紙切れ1枚の条文であっても、1907年の第2回万国平和会議で採択した国際法規「ハーグ陸戦条約」に日本も含む当時の先進各国がすでに批准済だったのであるから、民間に被害がおよぶ攻撃一般は「戦時国際法違反」であったのだという批判で国際法に血肉をやどらし外堀を埋めていくかたちで世界平和に接近していく方法もあるのではなかろうか?
 しかし、1991年の湾岸戦争・2001年のアフガン紛争・2003年のイラク戦争では、第2次大戦・1950年代の朝鮮戦争・60~70年代のベトナム戦争のような一度に数万人が死傷するような大規模戦闘は回避されている(そのような事態があれば世界中、当事国であるアメリカでさえも「過剰攻撃だ!」として反戦運動が高まるからだろう)。
 その意味では人類社会は微々たるものではあっても前進しているのだとも思うのだ――


 上原自身も終戦前年の1944(昭和19)年である小学2年生時に、当時は日清戦争(1894年)で割譲されて日本の統治下にあった台湾へと一時避難後、沖縄へと戻る途中で、アメリカ潜水艦による魚雷攻撃によって疎開児童800人近くが犠牲となった「対馬丸(つしま・まる)事件」の一歩手前のような状況での漂流を家族で経験。鹿児島に漂着して熊本県での疎開生活を送ったことで、終戦の年度であり小学3年生時分であった1945(昭和20)年の主に4~6月にかけての「鉄の暴風」といわれた「沖縄戦」には遭遇せずに済んでいる。
 終戦の翌年である小学4年生に進級した1946(昭和21)年に帰郷。その後の小中学生時代は沖縄で過ごしたことになる――中学3年生時分が1951(昭和26)年度――。この間のアメリカ占領下にある沖縄でもタフに明るく米軍相手にイタズラもして生きてきた子供時代は、晩年の自伝的な小説『キジムナーkids(キッズ)』(17年)で推し量ることができるだろう。


1952~54年・上原正三・高校生時代


 氏の高校生時代が1952(昭和27)年度~54(昭和29)年度。1952年は前年に署名されたサンフランシスコ講和条約が発効して沖縄ほかを除く日本本土が独立を回復して、公職追放にあっていた日本特撮の父・円谷英二つぶらや・えいじ)が東宝に復帰。
 俗にいうチャンバラ禁止令も撤回されて時代劇が製作できるようになった年でもあり、1954年は云わずと知れた日本における怪獣映画の元祖『ゴジラ』が公開された年である。


 略歴によればこの高校生時代に、当時としては画期的な作りであった西部劇の名作『シェーン』(53年)に遭遇して感銘を受けたそうである。アメリカの西部開拓時代における先発の牧場主と後発の開拓農民との土地争いに、外界からの流れ者、民俗学でいうマレビト(希人)である異能のガンマンが事態に介入して去っていく……。上原が多感なころにヒーロー活劇に感銘を受けていたことは興味深くて示唆的である。


 超人や改造人間や宇宙人などのヒーローが勃興する以前における、ナマ身の人間ではあるが卓越者ではあったガンマンや剣豪などの西部劇や時代劇におけるヒーロー。我々オタクたちが執着している変身ヒーローの元祖とは彼らのことでもあるだろう。
 しかし、後代の幼少時の我々オタク世代は超人ならぬナマ身の人間に過ぎないガンマンや剣豪たちのことを憧憬対象としてのヒーローだとはあまり認識しなかったことも想起する。皮肉にも内外で西部劇や時代劇といったジャンルが衰退していった一因は、我々が愛する超人ヒーローの勃興にあったのではなかろうか?
――長じてから変身ヒーローの変化球や祖先としての西部劇や時代劇の再評価や研究に傾斜していく特撮マニアも相応にいるのだが、ある意味でそれはすでに手遅れの考古学や罪滅ぼしの鎮魂歌のようなものに過ぎないやもしれない――


 なお、この『シェーン』は、アメコミ(アメリカンコミック)ヒーローである『Xメン(エックスメン)』(63年)の洋画シリーズ(00年~)のパラレル番外「いきなり最終回」(汗)でもあった、一時は相応数が誕生していたミュータント(突然変異)が誕生しなくなり、絶滅寸前の危機にある老いて衰えたXメンたちを、トランプ大統領下のアメリカ風刺もカラめて描いたシブめのヒーロー洋画『LOGAN/ローガン』(17年)でも、そのストーリーの下敷きの一部とされて、劇中でも安宿の個室の中でのTV放映のかたちで引用されている。


1955~63年・上原正三・大学生~沖縄雌伏時代


 氏は大学進学率が全国的にも1割に満たないような時代に、浪人はしているので1956(昭和31)年度~59(昭和34)年度であろう。中央大学に進学して上京も果たしている。その意味では沖縄のみならず本土基準で考えても相当のインテリ・エリートではあって、当時の沖縄人や日本人の平均ではなかったかもしれない――沖縄人の平均ではないから沖縄の純粋な代弁者たりえない、などと云っているワケではないので念のため――。


 氏の在学中の1958(昭和33)年には、国産TVヒーロー第1号『月光仮面』がスタート。続けて、『月光仮面』を製作した広告代理店・宣弘社による『遊星王子』(58年)。『月光仮面』の後番組であった白装束姿や獣面のヒーロー『豹の眼(ジャガーのめ)』(59年)。『月光仮面』の原作者でもあり、映画脚本・歌謡曲の作詞家・政治評論家としても高名であった、1920(大正9)年生まれの川内康範(かわうち・こうはん)を東映でも原作者に据えたかたちで、シリーズ後半では後年1970(昭和45)年にJAC(ジャパン・アクション・クラブ)――現・JAE(ジャパンアクションエンタープライズ)――を設立する1939(昭和14)年生まれのアクション俳優・千葉真一(ちば・しんいち)が主演を務めていた『七色仮面』(59年)。同作と同じく千葉が主演していた後番組『アラーの使者』(60年)、川内の手を離れたさらなる後番組『ナショナルキッド』(60年)。


 実は『月光仮面』の前年1957(昭和32)年にも、アメリカン・コミックスの『スーパーマン』(38年)を模して、のちの名優・宇津井健(うつい・けん)が主演していた顔出しの宇宙人ヒーローではあったものの、映画『スーパージャイアンツ』シリーズ9作品(~59年)が大ヒットを飛ばしている。
 同57年には、名マンガ家・桑田次郎が描いた、仮面ライダーサイクロン号のようなバイクを駆って二丁拳銃で戦った、少年新聞記者が変装したアイマスクの覆面ヒーロー漫画『まぼろし探偵』も登場。59年にTVドラマ化、60年に映画化もされて、同作も相乗効果で大ヒット作となったそうだ。顔出しだがバイクを駆るヒーローとしては、『少年ジェット』(59年)もほぼ同時期に放映されて人気を博している。
 顔出しの超人ヒーローを含めるのであれば、人型ロボット『鉄腕アトム』実写版(59年)や、太古に海底に没した大陸の末裔である科学王国から来た『海底人8823(ハヤブサ)』(60年)なども放映されている。
 この1958~60年のわずか3年の間に、いわば「第1次TV特撮ヒーローブーム」とでもいったムーブメントがあったというべきであろう。世代的には、終戦直後(1945(昭和20)~50(昭和25)年)生まれの「団塊の世代」から、いわゆるオタク第1世代の一番上の層(1955(昭和30)年)までが、これらの作品の直撃世代といえるだろう。上原も手掛けた『ウルトラマンエース』(72年)の主人公青年・北斗を演じた1946(昭和21)年生まれの俳優・高峰圭二も、北斗が白いマフラーを巻いているのは『少年ジェット』からの着想でスタッフに直談判して実現したものだったと証言している。



 なお、大学受験での上京時に「沖縄差別があるので出自を隠してほしい」と叔父から依頼されたり、大学合格後の下宿への引っ越し時に「琉球人はお断り」と拒絶されたのはこのときのこととなる。


――補足をしておくと、80年代初頭になるや、享楽的な若者文化の隆盛とともに、水着美女を配した観光カタログやTV-CMなどとともに、沖縄には南洋の楽園的なイメージが少なくとも往時の若者たちに対しては上書きされることで、地位は相当に高くなっている。
 むしろこの時点では、タレントのタモリが平日正午のバラエティー番組『笑っていいとも!』(82年)で執拗にネタにしたことによって、埼玉をはじめとする北関東や東北地方などが、クラくてダサい位置におとしめられていった。そして、後年のようにそれを受けとめて機転を利かせて自虐的な笑いで返してみせるような流儀・振る舞い方もまだ確立できてはおらず、ただ卑屈な笑いで耐え忍ぶしかないような状況があった。
 筆者個人はそういった差別的なお笑いはキライではあったものの、内心ではどうであったかはわからないが、オモテ向きには当時の級友や若者たちのほとんどはそういったお笑いに爆笑をキメこんでおり、実に嘆かわしい時代が到来したものだと失望していたものだ――


 時折りしも60年安保を控えた時期だが、上原は学生運動には参加していなかったようであり、映画研究会のシナリオ部に所属。
 実相寺昭雄(じっそうじ・あきお)監督の著書『夜ごとの円盤 怪獣夢幻館』(88年2月29日発行)収録「ウルトラマンを作った男――金城哲夫」(初出『潮(うしお)』82年6月号)での実相寺の聞き語りでは、のちに初期『必殺』シリーズなどのあまたのTV時代劇の脚本家として活躍する国広威雄(くにひろ・たけお)主宰「おりじなる」の同人として、沖縄戦や米軍基地問題をテーマとした脚本を書きためていたとのこと。


――60年安保も国民的な運動なのだが、同年の衆院選では政府自民党が300議席目前を獲得。中高卒である機動隊の隊員たちにとっては自分たちこそ労働者、学生こそブルジョワだと感じていたという証言も残っていることから、複眼的に観る必要もあると思うのだが――


 大学卒業後に肺結核の療養で帰郷して、25歳である1962(昭和37)年に叔母の引きで、のちに第1期ウルトラシリーズのメインライターとしても大活躍する同郷の金城哲夫(きんじょう・てつお)と出逢う。金城の自主映画『吉屋チルー物語』の編集の最中で、のちに光学合成の第一人者になる中野稔(なかの・みのる)も同席していたそうだ。
 翌1963(昭和38)年にも金城プロデュースでお蔵入りとなったTV局・TBSでの放送を目指していた、沖縄が舞台である刑事モノのTV映画『沖縄物語』の制作進行・助監督も務めたとのことだ。



(以下、順次アップ予定!)


1963年・上原26歳『ウルトラQ』始動

1964年・上原27歳『収骨』

1965年・上原28歳『ウルトラQ』参画

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1966年・上原29歳『ウルトラマン

1966年・上原29歳『快獣ブースカ

1967年・上原30歳・第1次怪獣ブームの時代

1967年・上原30歳『ウルトラセブン

1967年・『セブン』#17~モロボシダンと薩摩次郎

1967年・『セブン』「宇宙人15+怪獣35」

1967年・『セブン』橋本洋二&「300年間の復讐」

1967年・『セブン』後半の低落をどう捉えるか?

1968年・上原31歳『怪奇大作戦

1968年・『怪奇』#16「かまいたち

1969年・上原32歳『柔道一直線

1969年・『青春にとび出せ!』『オレとシャム猫』『どんといこうぜ!』

1969~70年・『彦左と一心太助』『千葉周作 剣道まっしぐら』

1970年・上原33歳『チビラくん』『紅い稲妻』~『仮面ライダー』前夜


(初出・特撮同人誌『『仮面特攻隊2021年号』(21年8月15日発行)所収『上原正三・大特集』「上原正三の生涯を通じた日本のTV特撮&TVアニメ史① 1970年まで」より抜粋)


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