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仮面ライダージオウ最終回・総括 ~先輩続々変身のシリーズ後半・並行宇宙間の自世界ファーストな真相・平成ライダー集大成も達成!

『仮面ライダージオウ』序盤評 ~時間・歴史・時計。モチーフの徹底!
『仮面ライダージオウ』前半評 ~未来ライダー&過去ライダー続々登場!
『仮面ライダー平成ジェネレーションズFOREVER』 ~並行世界・時間跳躍・現実と虚構を重ねるメタフィクション、全部乗せ!
『劇場版 仮面ライダージオウ Over Quartzer』 ~平成ライダー・平成時代・歴史それ自体を相対化しつつも、番外ライダーまで含めて全肯定!
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『仮面ライダー』シリーズ評 ~全記事見出し一覧


仮面ライダージオウ』総括 ~先輩続々変身のシリーズ後半・並行宇宙間の自世界ファーストな真相・平成ライダー集大成も達成!

(文・久保達也)
(19年10月5日脱稿)

平成ライダー第20作『仮面ライダージオウ』前半を軽くおさらい!


 「平成」仮面ライダーシリーズの20作記念作品であり、かつ2019年5月1日の改元により、シリーズの最終作となった『仮面ライダージオウ』(18年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190126/p1)がついに大団円を迎えた。


 普通の男子高校生の主人公・常盤(ときわ)ソウゴ=仮面ライダージオウが西暦2068年の未来に「魔王」となって世界を支配するのを阻止するために、明光院(みょうこういん)ゲイツ仮面ライダーゲイツと仲間の美少女・ツクヨミが2018年の世界に来訪(らいほう)したところから『ジオウ』の世界ははじまった。


 本稿では便宜上(べんぎじょう)、


・第1クール=EP(エピソード)01『キングダム2068』~EP14『GO! GO! ゴースト2015』
・第2クール=EP15『バック・トウ・2068』~EP28『オレたちのゴール2019』
・第3クール=EP29『ブレイド・ジョーカー2019』~EP40『2017:グランド・クライマックス!』
・第4クール=EP41『2019:セカイ、リセット』~LAST(ラスト・第49話・最終回)『2019:アポカリプス』


として扱わせて頂くのであらかじめご了承願いたい。


 本作ではソウゴとは別の「時の王者」を擁立(ようりつ)して仮面ライダーの歴史を改変しようとたくらむ組織・タイムジャッカーが悪側として位置づけられ、第1クールではタイムジャッカーが過去の世界へと遡(さかのぼ)り、王者の候補として選んだ一般人と契約することでアナザーライダー(怪人)を誕生させていた。
 それにより、アナザーライダーの元となる歴代「平成」ライダーの主人公たちが仮面ライダーとしての記憶や能力を失ってしまう展開であり、毎回かつてのシリーズに登場したヒーローやヒロインがゲストで登場するのが最大のウリとなっていた。


 それが第2クールでは一転、第1クール末期からセミレギュラー的に登場していた『仮面ライダーディケイド』(09年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20090308/p1)の主人公・門矢士(かどや・つかさ)=仮面ライダーディケイド以外、歴代ライダーの客演は『仮面ライダー龍騎』(02年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20021102/p1)の主人公・城戸真司(きど・しんじ)=仮面ライダー龍騎のみにとどまった。
 代わって続々と登場したのは仮面ライダーシノビ・仮面ライダークイズ・仮面ライダーキカイといった未来の仮面ライダーであり、EP25『アナザージオウ2019』からEP28にはもうひとりのソウゴ的な存在=加古川飛流(かこがわ・ひりゅう)=アナザージオウが登場。
 戦いの中で心の変遷(へんせん)を遂(と)げ、ソウゴの「友達」となったゲイツはソウゴを倒して未来を変えるのではなく、ソウゴと協力して新たな未来をつくるのも悪くないと考えるようになり、ツクヨミを含めた主人公の少年少女たちはその結束(けっそく)を新たにする。


*みなさんお待ちかね! レジェンド平成ライダーふたたび!


 さて第3クールでは第1クールと同様に、以下のように歴代「平成」ライダーのヒーロー&ヒロインが毎回登場することとなった。


・EP29『ブレイド・ジョーカー!? 2019』&EP30『2019:トリニティはじめました!』→『仮面ライダー剣ブレイド)』(04年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20041101/p2)の主人公・剣崎一真(けんざき・かずま)=仮面ライダーブレイド、相川始(あいかわ・はじめ)=仮面ライダーカリス、ヒロイン・栗原天音(くりはら・あまね)
・EP31『2001:めざめろ、そのアギト!』&EP32『2001:アンノウンなキオク』→『仮面ライダーアギト』(01年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20011103/p1)の主人公・津上翔一(つがみ・しょういち)=仮面ライダーアギト、ヒロイン・風谷真魚(かざや・まな)、警視庁未確認生命体対策班G3(ジー・スリー)ユニット隊長・尾室隆弘(おむろ・たかひろ)
・EP33『2005:いわえ! ひびけ! とどろけ!』&EP34『2019:ヘイセイのオニ、レイワのオニ』→『仮面ライダー響鬼(ひびき)』(05年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20070106/p1)のトドロキ=仮面ライダー轟鬼(とどろき)、ヒビキ=仮面ライダー響鬼の弟子だった桐矢京介(きりや・きょうすけ)
・EP35『2008:ハツコイ、ウェイクアップ!』&EP36『2019:ハツコイ、ファイナリー!』→『仮面ライダーキバ』(08年)の主人公ライダー・仮面ライダーキバに仕(つか)えるアームズモンスターの次狼(じろう)=ガルル
・EP37『2006:ネクスト・レベル・カブト』&EP38『2019:カブトにえらばれしもの』→『仮面ライダーカブト』(06年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20060806/p1)に登場した加賀美新(かがみ・あらた)=仮面ライダーガタック矢車想(やぐるま・そう)=仮面ライダーキックホッパー影山瞬(かげやま・しゅん)=仮面ライダーパンチホッパー
・EP39『2001:デンライナー・クラッシュ!』&EP40『2019:グランド・クライマックス!』→『仮面ライダー電王』(07年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20080217/p1)の2号ライダー・桜井侑斗(さくらい・ゆうと)=仮面ライダーゼロノス、イマジン(怪人)のモモタロス、ウラタロス、キンタロスリュウタロス、デネブ


 さらにEP28のラストで姿を見せた『仮面ライダーディケイド』の2号ライダー・海東大樹(かいとう・だいき)=仮面ライダーディエンドが士とともに、第3クール以降セミレギュラー的に登場することとなった。
ただ、ゲストライダーたちの描き方は第1クールとは大幅に異なるものとなっていた。
 第1クールでは毎回ソウゴやゲイツツクヨミが、タイムマジーンなる時間移動能力を持つロボット型メカでかつて歴代ライダーたちが活躍した時代にタイムワープしていたが、第3クールでは歴代ライダーは2019年の世界にそのまま登場した。
 つまり、歴代ライダーたちの完全な後日談として描かれており、アナザーライダーが誕生するや、元のヒーローが仮面ライダーとしての能力や記憶を失う第1クールの基本設定もどこかに行ってしまい、歴代レジェンドライダー仮面ライダージオウ仮面ライダーゲイツ、本作のイケメンネタキャラ青年(笑)・ウォズが変身する仮面ライダーウォズらと夢の共闘を演じたのだ!


 EP29で始がかわいがっていた天音がすっかり大人の女に成長した今も始を慕(した)うさまが描かれ、天音がアナザーブレイドと化してジオウが攻撃を加えるや、「そのコに手を出すな」と始が現れたり!
 EP32でアギトがジオウと共闘する際、『アギト』前半のバトル場面に定番で使われた挿入歌(そうにゅうか)・『BELIEVE YOURSELF(ビリーブ・ユアセルフ)』が流れたり!
 EP34で京介がヒビキに認められた証(あかし)として仮面ライダー響鬼に変身、名実ともにヒビキを襲名したり!
 EP38で「オレは戦士だ!」と叫んだ加賀美のもとにカブトムシ型の小型メカ・カブトゼクターが現れ、それを使って加賀美が仮面ライダーカブトに変身してみたり!
 『ディケイド』ではライダーカードでサブライダーを中心に召喚していたディエンドが、『仮面ライダーW(ダブル)』(09年)の仮面ライダーアクセル、『仮面ライダーOOO(オーズ)』(10年)の仮面ライダーバース、『仮面ライダー鎧武(ガイム)』(13年)の仮面ライダーバロンなど、『ディケイド』以降の2号ライダーを召喚してみたり!


 なんだよ、最初からこうすりゃぁよかっただろ、第1クールもこんな感じでつくり直してくれよ!(爆) と思ったファンは、おそらくは筆者に限らず相当数にのぼったことだろう。
 毎回のように歴代レジェンド戦隊ヒーロー&ヒロインが登場したのに、皆変身能力を失っていたことで視聴者の一部、いや大半に(笑)プチストレスを与えていた『海賊(かいぞく)戦隊ゴーカイジャー』(11年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20111107/p1)もそうだったのだから。
 「平成」ライダーの第3クールといえば最終展開を前に縦軸となる要素に大きなうねりが生じたものだが、『ジオウ』の場合はあくまで20作記念の「お祭り」として、レジェンドライダー続々登場! を楽しむことこそが正しい見方だったかもしれない。
 ただ、歴代レジェンドライダー登場のイベント編を連続させながらも、『ジオウ』は決してそれだけで終わっていたばかりではなく、レギュラーキャラの出自や境遇・関係性などを歴代ヒーローと対比させたり同一視することで、そのキャラを掘り下げていたかと思えるのだ。


*『仮面ライダー剣』編~剣崎・始・天音の三角関係⇒ジオウトリニティ


 たとえばEP30では、いまだ過去の確執(かくしつ)にとらわれて争っている剣崎と始をウォズが愚(おろ)かだなどと批判するが、ソウゴは「それってウォズとゲイツもそうじゃん」と云い当ててしまう。
 2068年の世界でレジスタンスの隊長だったウォズの偽(いつわ)りの指示で危機に陥(おちい)って以来、ウォズとゲイツの関係性はその「過去」をひきずったままだったからだ。
 だがこの回ではゲイツがそんなウォズとの関係性に「オレはおまえが気に食わん。過去にこだわる自分も」とついに終止符を打ち、その証としてソウゴ・ゲイツ・ウォズが合体変身! を遂げた仮面ライダージオウトリニティが誕生するに至るのだ。
 そしてそればかりではなく、アナザーブレイドが剣崎=ブレイドと始=カリスの力を吸収した三位一体(さんみいったい)の巨大怪獣のような姿となったことが、三位一体のヒーロー・トリニティの誕生により説得力と必然性を与えていたかと思える。


 ゲイツとウォズがともに巨大な腕時計に変化し(笑)、それぞれジオウの右腕と左腕に合体、近年のウルトラマンシリーズで描かれているような主人公の意識空間では3人の中央に時計の文字盤があり、その長針が指す者が主導権をにぎる(爆)。
 以後トリニティの中で3人が云い争うさまがたびたび描かれるが、これは『超人バロム・1(ワン)』(72年・東映 よみうりテレビ)のダブル主人公でガキ大将の木戸猛(きど・たけし)と秀才少年の白鳥健太郎が合体変身したバロムワンの両目の中で、しょっちゅうケンカしていたのを彷彿(ほうふつ)とさせる。
 それを思えば、変身時の主人公の意識空間は決してニュージェネレーションウルトラマンで初めて描かれたワケではなく、70年代初頭の時点ですでに東映がやっていた(!)ことになるのだが。


*『仮面ライダーアギト』編~記憶喪失だった翔一⇒記憶喪失のツクヨミ


 また、レジスタンスとなる以前の記憶がいっさいなく、EP31で尾室をかばった際に突如(とつじょ)として時間停止能力を発動して以降、「本当の私は誰?」と悩んだツクヨミは、EP32で翔一とからめて描かれた。
 『アギト』のすべての発端(ほったん)となった客船・あかつき号の中で翔一はアギトとして覚醒(かくせい)するも、同時に本来の沢木哲也(さわき・てつや)としての記憶をすべて失ってしまい、ツクヨミと同じようにしばらくふさぎこんでいたのだ。
 それがある日目覚めたら、あまりにも良い天気だったことに悩むのが馬鹿馬鹿しくなって前向きに生きることを決意した翔一だけに、ツクヨミにとっての翔一は明るい太陽・澄みきった青空として演出されていたかに思えたものだ。
 今はフランス・パリのエッフェル塔の真下にある(笑)レストランのシェフとなっている翔一の料理に「おいしい」と笑顔を見せたツクヨミを、翔一が「その笑顔、みんなにも。君が君でいるから仲間になった」と励ます描写はその最たるものだろう。
 この回のクライマックスバトルではジオウトリニティにあわせるかたちでアギトまでもが三位一体のトリニティフォームと化す(!)が、これは決してバトルに華(はな)を添えるばかりではなく、ソウゴ・ゲイツツクヨミの絆(きずな)が深まったことの象徴と解釈すべきではあるまいか?


*『仮面ライダーキバ』編~キバに無関係なゲスト(笑)⇒主人公ソウゴ


 もっとも『キバ』のキャラとしては次狼=ガルルしか登場しないどころか、そもそも彼がいなくても立派に成立する(笑)EP35&36なんて例もあったが、まぁ箸(はし)休めとしてたまにはこんなのもいいのかと。
 初恋相手のセーラー服の女子高生・セーラさん(爆)が今では大悪党となっていることにソウゴが傷心する話だが、自分がそんな女になってしまったのは雨がずっと降っているせいと語ったセーラさんにソウゴが叫ぶ「ならオレが傘(かさ)になる!」はカッコよかったし、セーラさんが「傘はいらない。全人類の傘になれ」と告げて目を閉じる係り結びの妙もまた然(しか)りだ。
 ただ、宇宙の果てから何の前振りもなく唐突に仮面ライダーギンガなる、劇場版のラスボス的な強力な敵が登場するも、ジオウ・ゲイツ・ウォズのトリプルキックでアッサリと倒されてしまったり(笑)、そのギンガから力を得たウォズがギンガファイナリーと化し、宇宙の惑星と合体して変身したり、宇宙を背景に必殺技・「超キンガエクスプロージョン!」を放つのはいいが、それらのビジュアルは本編ドラマの流れとは分離していたような……
 まぁ、もうライダーへの復帰はあり得ないと思われていた、第1期で活躍した脚本家・井上敏樹(いのうえ・としき)の作家性バリバリの回といったところか(大爆)。


*『仮面ライダー電王』編~イマジン⇒ウォズ・ゲイツ・グランドジオウ


 あと『仮面ライダー電王』の場合はイマジンたちさえ揃えておけば、ぶっちゃけ『電王』として成立してしまう感があるのだが、EP39&40が久々に一般人のゲストを救うハートウォーミングな話をやることで『電王』の作風を再現していたのには好感をもった。
 モモタロスゲイツやウォズに憑依(ひょうい)する描写こそ、みんなが観たかったものだろうが、ジオウトリニティの意識空間にまで入ってくるとは(笑)。
 そのモモタロスからもらったウォッチでソウゴがすべてのレジェンドウォッチのコレクションを達成したことで、黄金に輝くグランドジオウウォッチが出現、仮面ライダーグランドジオウが誕生するに至る!
 歴代レジェンドライダー変身時の音声ガイダンスが連続して鳴り響く中、ソウゴと並び立つ20人の仮面ライダーが金のレリーフと化してソウゴの全身に装着されるさまは、ウォズが語ったようにまさに言葉は不要、ひたすらその瞬間を味わうよりほかはなかった!


 タイムトラベルや並行宇宙といった技巧SFを縦軸として、すでにキャラが確立された先輩ヒーローや時間軸が異なるヒーローたちの競演を描き、彼らが戦いの中で見せる人格・動機が連続することで化学反応を起こし、ドラマ性の高い群像劇へと昇華するに至る。
 『ジオウ』とはまさにそんな作劇ではなかったか?
 2019年5月の改元後初の仮面ライダーとして『仮面ライダーゼロワン』(19年)がスタートしたが、「新時代」ライダーが10作品を達成する際には、きっと『ジオウ』的なメモリアル作品が製作されることだろう。
 だがそれを10年も待つ(笑)のではなく、劇場版なり子供たちの長期の休み期間に特番を放映するなり、せめて年に一度くらいはこうした作劇を特撮ヒーロー作品の「未来」のために導入することはもはや必須条件ではあるまいか?


 マーベルコミックのヒーローたちが競演する映画『アベンジャーズ』(12年・アメリカ・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190617/p1)以来、ハリウッドでその続編やそれ以外のヒーロー競演ものがいまだ絶えることはない。
 劇場版でオールスター路線を描いてきた、かの女児向けアニメ『プリキュア』シリーズ(04年~・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20040406/p1)の15周年記念作品・『HUG(はぐ)っと! プリキュア』(18年)では、歴代全プリキュア55人が大集合(!)する前後編があったが、公式チャンネルでのアンコール配信を決める人気投票では第1位に輝いた。
 そうした成功例を思えば、2020年代の日本の特撮ヒーローも、やはり同じ方向性に舵(かじ)を切るべきではないのだろうか?


*シリーズ構成面では弱かった白倉ライダー。本作では充実した最終章!


 さて、最終章となる第4クールは従来の前後編形式ではなく、3話完結の話を3連続させる構成であり、それぞれを諸田敏(もろた・びん)・山口恭平(やまぐち・きょうへい)・柴崎貴行(しばさき・たかゆき)と、これまで「平成」ライダーを支えてきた代表的な監督たちが「有終の美」を飾っていた。


 『ジオウ』といえば、初期の『仮面ライダーアギト』や『仮面ライダー555(ファイズ)』(03年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20031102/p1)から『仮面ライダーディケイド』に至るまで、第1期「平成」ライダーの東映側のプロデューサーを務めた白倉伸一郎が久々に返り咲いたことでも話題を集めたものだ。
 ただ第1期の作品群に想い入れの強い古い世代の方々には申し訳ないのだが、白倉氏の作品は縦糸となる謎解き要素を強調した連続ドラマの印象が強かったものの、さんざん張った伏線の多くを回収できなかったり(笑)、結局解明されないままに終わる謎があったりと、実はシリーズ構成的には弱かったかと思える。
 もっともその行き当たりバッタリぶりは、まずは世間の注目を集めることを最優先した氏の確信犯かと個人的には推測する。グダグダに終わったとの声も多い『ディケイド』にしろ、従来のような1年間の放映ではなく、全31話というあまりに中途半端な話数ではキッチリと終われるハズもなく、結末を年末の映画『仮面ライダー×仮面ライダー W&ディケイド MOVIE大戦(ムービー・たいせん)2010』(09年・東映https://katoku99.hatenablog.com/entry/20101220/p1)に持ち越すなんぞ、完全にワザとやっていたのだ(爆)。
 人は氏を詐欺師(さぎし・笑)と呼ぶかもしれないが、作品自体の無責任ぶりはともかく、個人的には当時の氏の手法は営業戦略として高く評価しており、円谷プロこそこれを見習うべきかと思えるのだが。


 それから10年が経過し、まぁ企業コンプライアンスにうるさい昨今ならば当時の氏の詐欺的手法も通用しないのかもしれないが(汗)、『ジオウ』の最終章は同じ白倉氏でも先述した作品群の尻すぼみ状態とは異なり、その世界観を一気に拡大した全世界的・地球的な危機、強者集結によるカタルシスにあふれる大バトル、心暖まる大団円を描いていたのだ!
 「子供番組」としてそのようにビジュアル的には豪華でありつつも、やはり縦糸となる要素にはキッチリと決着がつけられており、年間を通してのシリーズ構成は綿密に行われていたかと思える。もっともこれは『ジオウ』に限らず、第2期「平成」ライダー全般にいえることかもしれないが。


 EP41『2019:セカイ、リセット』&EP42『2019:ミッシング・ワールド』&EP43『2019:ツクヨミ・コンフィデンシャル』では、ソウゴがグランドジオウと化したことへの対抗手段として、タイムジャッカーのリーダ-・スウォルツが第2クール終盤に登場した加古川飛流に力を与え、飛流が「魔王」となる歴史につくりかえられたことによるソウゴの混乱が描かれた。
 EP44『2019:アクアのよびごえ』&EP45『2019:エターナル・パーティ』&EP46『2019:オペレーション・ウォズ』では、後述するが2051年の世界から来た者がゲイツツクヨミを未来に連れ戻そうとしたことで、ふたりが深い葛藤(かっとう)を見せた。
 そしてEP47『2019:きえるウォッチ』&EP48『2068:オーマ・タイム』&LAST『2019:アポカリプス』では、歴代仮面ライダーの歴史が消滅したことで、彼らに倒されたハズの敵組織の怪人大軍団がいっせいに復活! 仮面ライダージオウゲイツ・ウォズ・ディケイド・ディエンドの最終決戦が展開された!
 それらの中で、まさに「青春群像劇」といっても過言ではない『ジオウ』の少年少女たちの物語が、完結を前に一気に加速していった。


*「お宝」争奪戦とシーソーバトルが中心、かつ群像劇でもある最終章!


 EP31を発端として描かれてきたツクヨミの出自をめぐる謎は、EP42からEP43にかけてスウォルツによって明かされた。
 ツクヨミは実はスウォルツの妹であり、彼らは時をつかさどる一族の末裔(まつえい)だった。一族の王位がツクヨミ=本名・アルピナに継承されることが決まったために、スウォルツは自身が王位を継承したいがためにアルピナの記憶を奪い、別の時間軸に追放したというのがその真実だったのだ。
 オーマジオウとは別の王者を擁立するのではなく、スウォルツ自らが王様になるために自分たちが利用されていたと知ったウールとオーラは彼のもとを離れ、反逆を企(くわだ)てるようになる。
 敵が味方に、味方が敵にと、登場キャラの立ち位置をシャッフルさせることでその群像劇を盛りあげてきた「平成」ライダーシリーズだが、スウォルツに時をあやつる力を奪われたオーラが、スウォルツに一時的に奪われていたグランドウォッチを「これであいつ倒せる?」とソウゴに手渡すほど、今回は敵組織が完全に決裂するに至っていた。


 ただそうした群像劇を充実させながらも、EP42以降に海東が再度姿を見せるようになり、飛流から時間書き換え能力を持つ時計を奪うもスウォルツに取り返されたり、その代わりに時間停止能力を与えられた海東がスウォルツに協力するふりをしてソウゴからグランドウォッチを奪うも、すぐにオーラに与えてみたりといった「お宝」争奪戦が描かれたように、あくまで「子供番組」「変身ヒーロー作品」としての魅力は決して忘れられてはいなかった。
 EP41からつづくかたちで仮面ライダークウガを召喚するグランドジオウVS仮面ライダービルドを召喚するオーマジオウにはじまり、飛流が変身したアナザージオウⅡ(ツー)によって次々に召喚されるアナザーライダーと正義側のライダーとのバトルが各所で並行して再三繰り返されていたのだ。
 時間が書き換えられたことで、いわゆる本来の意味での「戦場」と化した2019年の世界では迷彩の軍服姿(笑)でジオウを助けた士だったが、EP42でコンテナ埠頭(ふとう)でアナザービルドとアナザーカブトに襲われるツクヨミを銃撃と回し蹴りで救い、銃を指でクルクル回して腰にしまうと同時に、「通りがかりの仮面ライダーさ」とライダーカードをサッと示す、実にカタルシスあふれる描写は超絶にカッコよかった!


 なんといっても圧巻だったのはEP43のクライマックスで描かれた、レジェンドライダーに囲まれる飛流の像が庭園にある森の中の洋館のバルコニーで待ち受けるアナザーライダー軍団を前に、ソウゴ・ゲイツ・ウォズ・士が横並びで同時変身を遂げ、大乱戦を繰りひろげたことだろう。
 映画『平成仮面ライダー20作記念 仮面ライダー平成ジェネレーションズ FOREVER(フォーエヴァー)』(18年・東映https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190128/p1)に登場した巨大怪獣型のアナザークウガまでもが描かれたほどに、この一大バトルは『平成ジェネレーションズ』シリーズ(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20171229/p1)が確立する以前の2010年代中盤ごろのライダー映画よりも、はるかに映画的な百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の魅力にあふれていた。
 そしてこの大激戦の中で、スウォルツに時間停止能力を与えられたディエンドがディケイドの動きを止めたことでディケイドがスウォルツに力を奪われてしまい、その結果としてアナザーディケイドを誕生させるに至るほどに、海東=ディエンドの立ち位置をシャッフルさせ、正義側を決して優勢ばかりでは終わらせないシーソーバトルの妙技も実にあざやかだった。
 どうしてもグランドジオウ=ソウゴに勝てないと悩むアナザージオウⅡ=飛流に、ソウゴは「おまえが過去のことしか見てないからだ。オレは未来をつくるために戦う!」と叫び、20人のレジェンドライダーを背景に(!)必殺キックを放った!


 「おまえのせいでオレの人生はメチャクチャになった!」と叫ぶ飛流と、どこまでも「未来志向」のソウゴの関係性に、外交交渉で過去の話を出しては謝罪を迫るアジアの某(ぼう)国と、やたらと「未来志向」を口にする宰相(さいしょう)が支配するどこぞの国との悪化する一方の関係を彷彿とする向きもあるかもしれない。
 だが、ソウゴは先述した一大決戦の直前、「ごめん、傷つけたのならあやまるよ」と飛流に謝罪しており、相手国に挑発を繰り返すばかりで「悪いのは向こう」としていっさい謝罪しない、どこぞの国のボンクラ宰相よりもはるかに人間性が高いのだ(爆)。
 そして、「敵」に対してさえも優しい視線を向けるソウゴの姿は、次の章でさらに強調されることとなるのだ。


*宿敵タイムジャッカーとの関係性の変化。より良い「未来」のために…


 そしてEP44ではソウゴと「敵」の少年・ウールの関係性に劇的な変化がおとずれた。
 クジゴジ堂に助けを求めてきたオーラとウールをゲイツは追い返そうとするが、ソウゴは「いいじゃん。にぎやかで楽しいよ」と、あまりにも素直に受け入れてしまう。
 これには「僕たちは敵だろ」と当のウールが驚いてしまうが、ソウゴは人々を苦しめたことは許せないとしながらも、君たちなりに未来をつくろうとしていたのだからと、その動機については理解を示した。
 さらにゲイツには帰る未来があるが、スウォルツによって別の世界から連れてこられたウールたちには帰る場所がないからと、クジゴジ堂を「家」だと思ってもいいよと、ソウゴはウールを笑顔で励ますに至ったのだ。
 やはりどこぞの国の宰相はソウゴを見習うべきかと思えるのだが(大爆)。


 ソウゴのこうした博愛主義が、EP45で逆にゲイツとの関係に一時的に亀裂をもたらすこととなるのも、立ち位置シャッフルの一環として行われたものであり、最終展開をいっそう盛りあげることに貢献(こうけん)していた。
 EP44で現れたアナザードライブの正体がタイムジャッカーの少女・オーラだったことで――アナザードライブに変身するオーラは実は映画『劇場版 仮面ライダードライブ サプライズ・フューチャー』(15年・東映)に登場した、2015年と2035年のロイミュード(怪人)108が融合したパラドックスロイミュード(!)であり、ドライブとグランドジオウの合体キックで敗れた際に「108」のコアが破壊される徹底ぶり!――、ゲイツはウールに疑いをかけて追い出してしまうが、ウールは変わったとするソウゴに、ゲイツは人はそんな簡単には変わらない、どこまでいっても敵は敵だと主張する。
 これに対し、ソウゴは「どこまでも人が変わらないなら、より良い未来なんかつくれるわけがない!」と激アツに叫ぶのだ。


 敵も決して一枚岩ではなく、時にはウィンウィンの関係のために共闘を演じることもあったほどに、「平成」仮面ライダーではキャラの心の変遷や関係性の変化が繰り返し描かれてきたが、それは視聴者により良い未来に向かうための指針を示すためではなかったのか?
 EP44ではアナザードライブに苦戦していたジオウとゲイツを、「助けられっぱなしもシャクだからさ」とウールが救う場面があるが、EP45ではアナザードライブに襲われていたウールをゲイツが「おまえに助けられっぱなしもシャクだからな」と助けるに至っている。
 この係り結び的な会話がまた絶妙だが、ゲイツも、そしてウールも、より良い未来のために一歩前進したのだと解釈すべきところだろう。


 もっともこの時点ではゲイツは「その未来をおまえがこわした」――その前に「フッ」とためいきをつく演技がいい!――とソウゴを非難し、未来ならこれから変えられるとするソウゴに、「あの時代を生きたオレたちの気持ちがおまえにわかるか!」と叫ぶのだが、それが本心ではなかったことがEP46で明らかにされる。
 ダークライダーを生みだすためにスウォルツがつくりだしたアナザーワールド=失われた可能性の世界にゲイツは閉じこめられてしまうが、救出に行ったツクヨミとウォズの前で先述したソウゴとゲイツの会話場面が再現され、ゲイツはソウゴにそのつづきとして、オレはそんな未来から逃げてきた、オレはこの時代に生きることで、おまえといっしょに未来をつくりたい! と叫んだのだ。
 キャラを一面のみではなく、多面的に描いてきた「平成」ライダーだが、EP44からEP46はすでにキャラが完成していたゲイツとソウゴの絆を最終決戦を前にあらためて深めるために、その舞台装置としてアナザーワールドを考案し、そこから逆算してドラマを構築したのではなかろうか?
 EP45ではひとり生き残ろうとしたオーラにウールが命を奪われ、そのオーラもEP46でスウォルツに殺害され、タイムジャッカーはここで崩壊するが、同じEP46で並行して正義側のキャラが結束を固くするさまが描かれたのは対比が効いて実に効果的だった。


 アナザーワールドに閉じこめられたゲイツと救出に行ったウォズ、そして現実世界にいるソウゴが世界の壁を超えてジオウトリニティに合体変身を遂げ、アナザーワールドを破壊することに成功したのだ。
 これは古い世代からすると『ウルトラマンA(エース)』(72年)第14話『銀河に散った5つの星』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20060805/p1)で、ゴルゴダ星破壊に向かったロケットに乗る主人公の北斗星司(ほくと・せいじ)と防衛組織・TAC(タック)の基地にいるもうひとりの主人公・南夕子が、たがいにモニター上で手を合わせることでウルトラマンエースに合体変身を遂げたのを彷彿とさせる。
 EP45のラストからEP46にかけ、久々に登場した白ウォズが語ったように、これらは世界の壁を超えられるほどに強い、たがいを想う力を端的に表現したものだ。
 第2クールでは悪役として登場していた白ウォズをアナザーワールド=失われた可能性の世界にからめ、救世主=ゲイツを救うことが私の失われた可能性だとして正義側を助ける活躍をさせたり、ゲイツとウォズが共闘してダークライダー軍団と対決するのもまた然りだ。
 登場人物の関係性の変化・進展を変身前のキャラを演じる役者の芝居のみではなく、こうしたインパクトの強い派手なビジュアルで視聴者に伝えることこそ、「子供番組」の正攻法だろう。


*映画のゲストライダー、アクア・エタナーナル・G4・風魔らも出現!


 またEP44からEP46はソウゴ・ゲイツ・ウォズがそこに至るまでの過程を、以下の思わぬ特別ゲストが盛りあげたことも実に大きかった。


・映画『仮面ライダー×仮面ライダー フォーゼ&オーズ MOVIE大戦MEGA MAX(ムービー・たいせん・メガマックス)』(11年・東映)に登場した湊(みなと)ミハル=仮面ライダーアクア
・映画『仮面ライダーW FOREVER AtoZ(フォーエバー・エートゥーゼット)/運命のガイアメモリ』(10年・東映)に登場した大道克己(だいどう・かつみ)=仮面ライダーエターナル


 仮面ライダーエターナルの場合は大道=エターナルを主人公にしたオリジナルビデオ作品『仮面ライダーW RETURNS(リターンズ) 仮面ライダーエターナル』(東映ビデオ・11年7月21日発売)という動きもあったが、それ以外の劇場版に登場したオリジナルライダーは基本的に映画1回こっきりで終わることが圧倒的だったため、今回の快挙に狂喜したファンは多いことだろう。
 「キミはWに倒されたんだよね?」とWアーマーにチェンジしたジオウが、「さあ、おまえの罪を、数えろ!」ならぬ「さあ、おまえの罪を、教えて」とやらかしたのはコケそうになったが(笑)、そこですかさず『W』のバトルシーンで定番だったスウィングジャズ風の名曲BGMが流れたから帳消しとしておこう。
 またスウォルツがアナザーワールドから生みだしたダークライダーまでもが、映画『劇場版 仮面ライダーアギト PROJECT G4(プロジェクト・ジーフォー)』(01年・東映https://katoku99.hatenablog.com/entry/20011104/p1)に登場した仮面ライダーG4や、映画『劇場版 仮面ライダーエグゼイド トゥルー・エンディング』(17年・東映)に登場した仮面ライダー風魔(ふうま)など、劇場版のオリジナルライダーが揃えられたほどの徹底ぶりはまさに圧巻だった。


 特に西暦2051年の世界からツクヨミを未来に連れ戻そうとしたミハルは、ただでさえスウォルツから自身の妹だと聞かされたばかりのツクヨミを、君たちがいたらソウゴがオーマジオウになる未来が確定する、などと激しく動揺させてしまう。
 そして「ミハルは正しい」と、ゲイツに一度は未来に帰る決意をさせたものの、「この時代はもうオレたちの時代だ」と心の変遷をもたらすに至る重要な役回りとして描かれていたのは実にポイントが高かった。
 さらに先述した『フォーゼ&オーズ』で火野映司(ひの・えいじ)=仮面ライダーオーズとミハルが「みんなのあしたを守る」と約束したことでもらった「あしたのパンツ」を点描し、アナザーディケイドに敗れたミハルが「アルピナを、あしたへ……」とソウゴの腕の中でパンツに手が届かずに息絶えるに至るまで、彼の後日談としても満足のいく演出だった。
 ミハルの変身やアクアのバトルで巻きあがる水しぶきのCG演出を印象づけるために、都心の噴水広場に海浜公園、背景に風車が回る砂浜など徹底して水のある場所でロケされたのも効果的だったが、最後の変身でミハルの背景に自然の大波が高くわきあがる描写は実にカッコよかった!


*歴代ライダーの「並行世界」が混入! 『ビルド』終章との相似と相違


 さて先述したように、EP47では過去20年に渡って仮面ライダーに倒されてきた怪人たちが大量に復活することとなったが、その見せ方がまた絶品だった。
 冒頭でまず『仮面ライダービルド』(17年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20180513/p1)で日本を3つに分断した巨大な壁・スカイウォールが現れ、『ビルド』の怪人・スマッシュが人々を襲撃、ソウゴが世話になるクジゴジ堂でタワー状に飾られたビルドウォッチが黒く変色してしまう。
 そしてスマッシュを倒したゲイツとウォズの眼前で、『仮面ライダーW』の舞台・風都(ふうと)にそびえる巨大な風車塔・風都タワーや、『仮面ライダー鎧武』に登場した悪徳企業(笑)・ユグドラシル社のシンボル・ユグドラシルタワーが出現、同時にWウォッチと鎧武ウォッチが黒くなってしまうのだ。
 各作品ごとに差別化された個性豊かな怪人たちはもちろんだが、スカイウォール・風都タワー・ユグドラシルタワーといった、常に作品の背景にシンボル的に描かれてきたモニュメントこそ、実は怪人たち以上に各作品の世界観を端的に象徴するものだろう。
 これは仮面ライダーの歴史が消滅したことで時空が乱れ、世界中が大混乱するさまを表現するにふさわしい、実にスケール感にあふれる演出だった。


 スケールの拡大といえば、同じEP47で2058年の世界で少年時代のスウォルツがソウゴとツクヨミアルピナに語った、スウォルツたちの世界を守るための方法である。
 スウォルツはこの世界を守るためにほかの世界を全部滅ぼすと語るが、ひとつの世界につきひとりの仮面ライダーがいて、それらの世界を全部ひとつにまとめて滅ぼすとする解説映像では、宇宙で円形に並ぶ20個もの地球がひとつに合体するさまが描かれた。
 つまり、西暦2000年の仮面ライダークウガの世界から2018年の仮面ライダージオウの世界が同じ時間軸に並ぶ『ジオウ』の地球は、スウォルツによってそれぞれが別の時間軸に存在する20個の仮面ライダーの世界がひとつにまとめられて誕生したものだったのだ!
 それも主人公のソウゴが小学生のころにスウォルツに時空をあやつる力を与えられて以来、ライダーの世界を引き寄せる片棒をずっとかついでいたという(汗)。


 近年のウルトラマンスーパー戦隊もそうだが、ヒーロー競演となると必ず持ちだされる並行世界=パラレルワールドとは違い、『ジオウ』は完全につながったひとつの世界だと喜んでいただけに、なんだやっぱ別次元かよと、正直個人的にはプチ失望(笑)もしたものだ。
 ただ「平成」ライダー10作記念の『ディケイド』が、士の世界と別次元で並行するそれぞれの仮面ライダーが存在する9つの世界が融合して崩壊するのを防ぐために、士が各世界を旅してライダーたちを倒していたのを、やはり『ジオウ』も踏襲していたのだ、白倉Pの作品として終わったのだ(笑)と、これにはあらためて痛感させられた。


 また複数の地球のビジュアルからして、どうしても前作『ビルド』の終盤にて、桐生戦兎(きりゅう・せんと)=仮面ライダービルドが先述したスカイウォールのない並行世界=レギュラー悪の地球外生命体・エボルトに侵略されなかった世界と現実世界を融合させ、「新世界」をつくりあげて終わったのとモロかぶりの印象も受ける。
 だが新世界でかつての仲間たちや元の世界で犠牲になった人々も生きていて、全ての人々が平和に暮らしていたとはいえ、それを実現させた戦兎と万丈龍我(ばんじょう・りゅうが)= 仮面ライダークローズのことを誰ひとりとして記憶していないオチは、やはり彼らのこれまでの戦いが報(むく)われない悲壮感(ひそうかん)に包まれていた印象が強かった。
 これと比べると、スウォルツによって強引にひとつにまとめられた地球を元通りに20個の地球に分離させるビジュアルが示されたことが象徴するように、『ジオウ』の最終展開は並行世界の解釈を二転三転させることで、まさに知的遊戯としてのSFの楽しさを追求したかのように思えるのだ。
 同じふたつの地球のビジュアルが示され、同じように世界を救っていても、ふたつの地球をぶつけていた(笑)『ビルド』と、ふたつの地球の間に橋をかけ、ソウゴがいる世界からツクヨミのいる世界に何十憶という人々を渡らせて(爆)避難させる案が士によって示され、その作戦計画を一同が実行に移す『ジオウ』とでは、まったく印象が異なることは確かだろう。
 これはどちらがいい悪いということではなく、小学校中学年以上の子供なら理解可能な知的遊戯のバリエーションとして、『ビルド』と『ジオウ』とでは実は微妙な違いがあると気づく楽しさを知ってもらい、SFに親しんでもらうことこそ重要ではないのだろうか?


*ラスボスの妹だったツクヨミ嬢が最後に仮面ライダーツクヨミに変身!


 そしてスウォルツがいる世界=仮面ライダーがいない世界を仮面ライダーがいる世界にするために、そこにとらわれたツクヨミ仮面ライダーにしてしまった(笑)のも、先述した「希望の架(か)け橋」同様に『ジオウ』が『ビルド』に比べ、やや希望的観測が持てる最終展開だったといえるだろう。
 天女(てんにょ)の羽衣(はごろも)のような全身純白で清楚(せいそ)な衣装に包まれたツクヨミが変身した仮面ライダーツクヨミは白鳥のイメージが濃厚だが、白・黒・金を基調としたカラーで羽根のようなマントを翻(ひるがえ)す姿は、映画『劇場版 仮面ライダー龍騎 EPISODE FINAL(エピソード・ファイナル)』(02年・東映https://katoku99.hatenablog.com/entry/20021104/p1)に登場した女性ライダー・仮面ライダーファムのリメイク的デザインだった。
 もっともEP48がツクヨミの変身で終わり、LASTがそのつづきで始まった途端、仮面ライダーツクヨミはいきなり正義側のライダーたちの動きを止め、スウォルツのお役に立ちたいと語ったのだから、これのどこに希望的観測が持てるんだよ(笑)との声もあるかもしれない。
 だがここに至るまでに描き尽くされてきたツクヨミのキャラからすれば、これがスウォルツを油断させるための演技であろうことは大半の視聴者が気づいたであろうし、これを裏切りだと思ったのは劇中キャラだけではなかったのか?(爆)


 元々2068年の世界でオーマジオウに反抗するレジスタンスとして描かれ、ソウゴの世界でも銃を発砲したりタイムマジーンを操縦する勇ましい姿がめだった一方で、ソウゴの天然ボケやウォズの「祝え!」にあきれたツクヨミは、お笑いグループのザ・ドリフターズのリーダーだった故・いかりや長介みたく「ダメだこりゃ」(笑)とボヤいたりしたものだ。
 それが第3クール以降では自身の出自に葛藤することが増え、西暦2058年の世界で少年のころのスウォルツを狙撃できなかったりと女性らしさが強調されるようになり、周囲でも心の変遷や立ち位置シャッフルが多く描かれただけに、ツクヨミが最後の最後に裏切ったと思ってしまった視聴者も中にはいたのかな?
 これもまた並行世界の解釈を二転三転させてきたのと同様に、最後まで登場キャラの立ち位置をシャッフルさせることで視聴者の興味を持続させる、白倉Pらしい詐欺的手法だろう(笑)。
 ソウゴとツクヨミをアナザーディケイドの攻撃からかばった士が死亡(!)したと思ったら、海東がEP43のラストで飛流から奪った時間書き換えウォッチを使って生き返らせ、その副作用(笑)でアナザージオウⅡと化した海東がソウゴたちを襲うとかは、まさにこの二転三転の典型例なのだ。


*児童ならば楽しめる技巧SFが理解不能な幼児でも特撮だけで楽しめる


 だからこれまで述べてきたように、技巧的SFや群像劇としての要素だけでも『ジオウ』が充分におもしろかったのは確かだ。
 ただ、スーツアクターが演じる着ぐるみ怪人が大量に出てきたのみならず、空一面をCGで描かれたモンスター軍団が覆(おお)い尽くす地獄絵図が描かれるとか!
 仮面ライダーディケイドがアナザージオウⅡに対し、「ジオウにはジオウの力だ」とジオウのライダーカード(!)でジオウに変身し、グランドジオウと共闘するとか!
 2068年の世界に飛んだソウゴのもとに、2019年の世界からゲイツとウォズが時空を超えて合体、ジオウトリニティに変身する感動が再現されるとか!
 「どんなに歴史がこわされても、仮面ライダーはこわれない!」と叫んでグランドジオウに変身したソウゴが、各レジェンドライダーの最強フォームを一気に召還して再生怪人大軍団にぶつけるとか!
 これらがあったからこそ、技巧的SFや群像劇の魅力がまだ理解できないであろう、本来のターゲットである就学前の幼児や小学校低学年をおおいに喜ばせたのではないのだろうか?


仮面ライダーチェイサー! 映画ゲストの仮面ライダーマッハと連動!


 また、最終章の放映は例年夏に公開される劇場版の公開時期と重なっていたが、『仮面ライダードライブ』(14年)にスポットをあてた2019年度の夏映画『劇場版 仮面ライダージオウ Over Quartzer(オーヴァー・クォーツァー)』(19年・東映https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190804/p1)に世界観を完全にリンクさせた商業戦略も秀逸だった。
 先述したアナザードライブにつづき、EP47からEP48にかけては『ドライブ』の怪人・ロイミュードらとともに、『ドライブ』前半のレギュラー悪だったチェイス青年=魔進(マシン)チェイサーが復活した。
 夏映画で詩島剛(しじま・ごう)=仮面ライダーマッハから「友」を救おうとしていると聞かされたゲイツが剛の名をあげたり、ウォズが「この本によれば君も仮面ライダーだった」と語ったことで正義と悪の間で葛藤したチェイスは、仮面ライダーチェイサーではなく、魔進チェイサーの姿のままでアナザーディケイドからツクヨミをかばって絶命した。
 「おまえ、友がいるぞ。助けようとしている友が。おれたちも友だ」と云い聞かせるゲイツの腕の中で、「いいものだな……人間とは……」とチェイスがつぶやく描写は、『ドライブ』の最終展開で剛の腕の中でチェイス=ダチ(友)が絶命した場面の完全再現であり、映画とあわせて感動を倍増させた視聴者も多かったことだろう。


 この剛とチェイスの関係性をそのままソウゴとゲイツにスライドさせ、その感動をさらに増幅(ぞうふく)させた演出もまた大きかった。
 アナザーディケイドからジオウをかばったゲイツはソウゴの腕の中で、ソウゴにオーマジオウ=最高最善の魔王になれと呼びかけ、この時代に来て、おまえの「友」になれて「幸せ」だったとつぶやき、静かに目を閉じる……


 チェイス=「友」を失った剛がその意志を受け継ぎ、仮面ライダーチェイサーマッハと化したように、さっそくゲイツの想いに応えるかたちでソウゴの腰に黄金に輝くベルトが巻かれ、都心の広場に燃えたぎる巨大な時計の文字盤が出現、ソウゴがオーマジオウと化す!
 仲間のみならず、敵にさえ明るい笑顔と優しい言葉で向き合っていたソウゴが変身したオーマジオウが、ウォズに「祝えと云っている」と威圧(いあつ)感たっぷりに命令する声の演技がまた絶妙だが、周囲にライダーウォッチを結集させたオーマジオウが、巨大怪獣さえもパンチひとつで粉砕(ふんさい)してしまうほどに、怪人大軍団を圧倒する絶大なパワーを見せつけるさまは説得力にあふれるものだった。


 さらに『ジオウ』で特筆すべき点としては、EP47で仮面ライダーの力を失ったレジェンドウォッチを順一郎が陰ですべて修理し、LAST=最終回で最後の戦いに赴(おもむ)こうとするソウゴに、「君たちの大事な時計」をお盆にズラリと並べた状態で手渡したことだろう。
 EP39&EP40で時計みたいな電車=デンライナーさえも直した(笑)ことがその伏線であったが、科学者ではない時計屋さん=周辺キャラに全世界的な危機を救うに至るほどの大活躍をさせてしまう演出も実に好印象だった。
 EP48でソウゴが決戦を前に、クジゴジ堂の壁にズラリと並ぶ時計を感慨深くながめる描写も印象が強かったが、「元に戻ったように見えても、時計の針は未来にしか進まない」とのソウゴの深い言葉に至るまで、時計モチーフの仮面ライダーとして初志貫徹したのは称賛されるべきだろう。


*ライダージオウ=最高最善の魔王(笑)が最後に選択した世界とは!?


 そうしたみんなの力で世界を救ったソウゴは、ゲイツツクヨミたちがいない世界で王様になってもしかたがないと、2068年の自身=オーマジオウに対して「魔王」となることを拒絶する。
 そんなソウゴがみんなのいない世界を破壊して創造した「新世界」は、ゲイツツクヨミが同級生であるのみならず、敵だったウールがソウゴを「王様先輩」(笑)として慕(した)い、オーラが「悪い知らせ」(爆)としてみんなが遅刻寸前だと教えてくれる、ソウゴが「普通の高校生」として過ごす明るい学園生活だった。


 EP34で小学校の同級生として描かれたツトムや、EP45&46で久々に登場した高校の同級生・小和田など、決して単なる(ひとり)ボッチではなく、教室で話す相手はなんとかいたものの、「友」と呼べるまでの存在がいなかったソウゴの物語として、これは妥当(だとう)な帰結だったのではあるまいか?


 ソウゴに「楽しかったぞ、おまえに会えて」とつぶやいたのは、決してオーマジオウばかりではないだろう。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2019年初秋号』(19年10月6日発行)所収『仮面ライダージオウ』後半合評3より抜粋)


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平成スーパー戦隊30年史・序章 ~平成元(1989)年『高速戦隊ターボレンジャー』

『百獣戦隊ガオレンジャーVSスーパー戦隊』(01年) ~赤星政尚・竹本昇、出世作! 「戦隊」批評の特殊性!
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『平成スーパー戦隊30年史 ~序章』


(文・T.SATO)
(19年10月5日脱稿)


 「平成」などという区切りに究極的・絶対的な根拠などはなく、あくまでも日本列島に住む人間の慣習による便宜的なくくりにすぎない。だから、このような区切りなぞは無意味だともいえるのだけど、それを云い出したら「西暦」や「10年紀(ディケイド)」に「世紀」や「曜日」に「太陽暦」、「元旦」や「大晦日」を1年365日のいつの日にするか? 等々にも、とえあえずメタ(形而上)的・絶対的な根拠などはナイ。
 あくまでも便宜的なモノサシであり、「西暦」を使ったからといって西欧やキリスト教に奴隷的に屈服したワケではないし、「曜日」を使用したからといってユダヤ教イスラエルによるパレスチナへの蛮行に同意を示したことにもならないし、「太陽暦」を使用したからといって古代エジプトの太陽神・ラーに身も心も捧げているワケではナイ。元号・和暦だけは例外で、古今東西の歴史の中でも特段で邪悪極まりない天皇制に屈服・加担することにつながると思い込みたい御仁もいるのだろうけど(笑・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190825/p1)、まぁそのへんのご判断は読者個々人にお任せいたします。


 けれども、ここではあくまでも「平成元年」と「平成31年」を天皇制賛美ではなく、「元旦」と「大晦日」程度の重みで便宜的にくくらせていただく。その上でも自然と醸されてきてしまう、旧左翼のご本尊・マルクスの師匠の哲学者・ヘーゲルが云うところの「時代精神」とか、戦前の民俗学者柳田國男が「明治大正史 世相編」で大文字の歴史年表には載らなくてもその時代の理解に必要であると析出した「時代の空気・気分・風潮」のようなモノも浮かび上がらせてみたい。
 「10年紀」や「世紀」の変わり目、「5周年」や「10周年」などの、やはり人間や陸生の脊椎動物一般の片手の指がたまたま「5本」(笑)であったことから発達したに過ぎない「10進法」に起因する、生物進化の偶然に基づくだけのくくりとも等価の扱い、ムダな賛同や反発ヌキでのフラットな意味での「平成」というくくりで醸される、あの時代を生きた人間の脳裏に自然と醸される、この時期の本邦日本の特撮ジャンルを――ココでは「スーパー戦隊シリーズ」の特徴や二転三転した変遷を――、それにまつわる特撮マニア諸氏や時代ごとの子供たちの反応や言説もふりかえりつつ、つづってみたいと思う。


平成元年(1989年)『高速戦隊ターボレンジャー

直前5作品のシリアス大河戦隊から子供向けへと回帰!


 平成スーパー戦隊のトップバッターは、『高速戦隊ターボレンジャー』だ。「クルマ」・「高校生」・「妖精」・「暴魔百族」。本作の主成分はこの4要素である。


 しかして、コレらのフィジカル(物理的)な4要素の基底部分、あるいは4要素に覆いかぶさる作品世界の空気・フインキ・カラーとして、本作に対して「カジュアル」で「ポップ」で「ライト」な印象を受け取った、当時でもすでに大きなお友だちであったご同輩の特撮マニア・戦隊マニアは多かったのではなかろうか?


 それはナゼか? その直前のスーパー戦隊5作品『超電子バイオマン』(84年)・『電撃戦隊チェンジマン』(85年)・『超新星フラッシュマン』(86年)・『光(ひかり)戦隊マクスマン』(87年)・『超獣戦隊ライブマン』(88年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110919/p1)が、往時なりに子供向け番組のワク内での範疇で連続ドラマ性やテーマ性を重視して、敵怪人もそれ以前のスーパー戦隊作品に顕著であったギャグ怪人・コミカル怪人は鳴りを潜める「シリアス大河戦隊」とでも呼称すべき作品群だったからである。
 『バイオマン』~『ライブマン』で散見された、それ以前のスーパー戦隊と比すればていねいな戦隊メンバー集結劇、それまで一般人であったメンバーがいきなりの召集に対して戸惑い混乱し反発するサマ。話数をまたがって登場するゲストやイレギュラーキャラクター。
 それらは先行して70年代末期から商業誌レベルでも評価や研究が進んでいた国産特撮「ゴジラ」シリーズや「ウルトラマン」シリーズに「仮面ライダー」シリーズなどと比すると、シリーズ生誕年が遅くて各話のゲスト敵怪人のデザインにもコミカルな意匠が採用され、作品の体裁・パッケージがチャイルディッシュでもあったので、やや侮られていた「スーパー戦隊」を持ち上げるのにはとても好都合な要素でもあったのだ。


 ……まぁそれから35年ほども経ってしまった今となっては、そもそも成り立ちからして5人の5原色でカラフルなヒーローが活躍するチャイルディッシュな子供向け番組に、ティーンに達しても幼児期からの強烈な思い入れでこのテの番組に執着しているだけの人種たちが、スーパー戦隊シリーズにも「オトナの鑑賞に堪えうる」、ある程度のリアルさやシリアス性にドラマ性を望むなどというのは、トンデモなく「ナイものねだり」な行為であったとも、自己批判の意味での後出しジャンケンで総括できるようには思うのだけれども(笑)、それがあの時代のスーパー戦隊ファン、あるいは80年代のイケてる系の若者文化に参入できなかった、今で云う非モテのキモオタである戦隊シリーズも観るような特撮マニアの全員とはいわずとも多くが抱いていた望みであったと思う。


 その望みは『バイオマン』~『ライブマン』である程度までは果たされた。コレは自然発生的な事態ではなく、具体的には1982年の『大戦隊ゴーグルファイブ』からスーパー戦隊を担当するようになった東映鈴木武幸(すずき・たけゆき)プロデューサーの意向によるモノでもあったことが証言からも判明している。
 それすなわち、遡ること1970年代後半に当時としては連続ドラマ性やテーマ性が高い故・長浜忠夫カントクによる子供向けロボットアニメ『超電磁マシーン ボルテスV(ファイブ)』(77年)や『闘将ダイモス』(78年)などを氏が担当した際に、総集編映画『宇宙戦艦ヤマト』(77年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20101207/p1)の超特大ヒットで勃発した第1次アニメブームとも連動して、原・オタク族でもある当時の中高生の男女マニアたちに美形キャラ人気や敵味方に分かれた恋愛ドラマなども含めて大いにウケた際の手法の、特撮番組への流用でもあったからだ。


 しかし、シリアスなドラマ性やテーマ性を一応は達成したスーパー戦隊が実現して、それが5作品も続くと細部には不満がありつつも一旦の満足は果たされて、しかして漠然とした「飽き」が来ていたのも、往時のスーパー戦隊マニア諸氏にとっての事実だったかもしれない。そして、それは作り手たちにとっても同じであったのだろう。
 スーパー戦隊シリーズは平成元年(1989年)製作の本作『高速戦隊ターボレンジャー』において、シリアス性を改めて放棄して、5人の5色のスーパーヒーローが活躍するという「ポップ」なコンセプトに立ち帰り、子供向けであることのアドバンテージを再帰的に再発見・再評価をして、そこを押し進めてみせたようにも見えたのだ。


善悪二元論の再徹底」 人間や宇宙人ではなく魔族を敵とした新潮流!


 具体的にはドーいうことか? まずは、「善悪二元論の再徹底」である。
 たとえば、『バイオマン』の悪の軍団はロボットたちの反乱だと当初は位置付けされたが、中盤で実は敵首領・ドクターマンのみ元々は人間であり、自分で自身を改造した悲運で狂気のサイボーグ科学者であったことが判明したり、自分がナマ身の人間であったころに儲けた息子の少年を登場させて彼との絶叫問答をさせたり、ドクターマンもまた自身の息子にそっくりの後継者のロボットを製造したり、首領の正体が人間だと知ったロボット幹部たちも衝撃ととも疑念をいだいて首領の暗殺計画・クーデターを起こすなど、トータルでは「悪」ではあっても決して「絶対悪」ではなく、「悪」の側にも懊悩やドラマがあるというかたちで作品のドラマ性を高めていった。
 『チェンジマン」では終盤では敵幹部たちが敵首領に占領された星々の出身であり、いわば面従腹背であったことが明かされて、彼らがチェンジマンに順次味方するようになっていくサマが描かれた。『フラッシュマン』でも戦隊メンバー全員が幼少時に生き別れた両親を捜すというシメっぽいドラマ性が付与された。『マスクマン』では主人公・戦隊レッドの青年の生き別れた彼女が敵の女幹部となって目の前に立ちはだかりもする。『ライブマン』に至っては敵の幹部たちはかつての学友たちですらある!


 それらと比すると、『ターボレンジャー』の善悪のメンバーは複雑な内面やドラマを抱えてはおらずツルッとしていて、その内面に過剰な凹凸や屈託などは持ちあわせてはおらず、暑苦しくはナイけど素朴な正義感には満ちていて、つまりは悲壮なドラマ性を抱えてはいない――そーいう意味では改造人間とされたことの悲哀・哀愁も微量に込められていた昭和の『仮面ライダー』よりも前の1960年代以前の古典的な覆面ヒーローや少年ヒーローに立ち帰ったモノともいえるけど、そこへの回帰を意図したモノではないだろう(笑)――。
 2万年前の超古代から蘇った敵軍団である「暴魔百族」に至っては、そのネーミングに「魔」の字が付くことからも明らかな通り、とにかく生まれつきの「悪」なのだ。生まれついては「善」であったのに同情すべき事情があって途中から「悪」に転落したのである……などといったドラマ性なぞも付与されてはいない。


 正義の戦隊側も、往年の『電子戦隊デンジマン』(80年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20120205/p1)のように先祖がデンジ星人であったから……、『バイオマン』のように先祖がバイオ粒子を浴びたから……といった、物事の重大さがわかっていない子供にとっては「誇り」に思いたくなっても(笑)、リアルに考えれば生死に関わりカナリ重たくて逃げ出したくもなるような、本人たちの自由意志よりも宿命的な血の因縁を感じさせる伝奇的な理由で戦隊メンバーになったり、一部メンバーが戦隊メンバーになることを躊躇することで序盤の葛藤ドラマを構築するようなモノでもない。
 本作『ターボレンジャー』の5人は心根がキレイだからファンシーでポエミーな存在でもある羽を生やした小人の少女である「妖精」が見えるのであり、ゆえに戦隊メンバーになれる資格があり……というか、そのへんのリクツにはあまり深入りせず(笑~中盤回でそのへんの事情も少々明かされるけど)、この少女に象徴されている「大自然の精霊」、ひいては「大自然」、よってこの「地球」を守るためにも戦うゾ! とワリとさっさと決意を固めて、陰鬱に悩むことなく、この時期の「戦隊」特有の細かいカット割りによる映像、敵軍団の大襲撃&反撃によるアクションをテンポよく押し流していくことで、そそくさと初変身を果たして、誰に教わったワケでもないのに華麗に戦いだして武器も使いこなし必殺ワザで敵怪人を倒してみせている(笑)。
 コレにより、リアリズムのヒーローではなくヒーローの全能性・万能性、善悪の攻防を爽快感もある軽妙なバトルでサクサクと気持ちよく魅せていく作品であることも承知させていく。


 ドコまで作り手が意識したのかは不明だが、「戦隊ヒーロー個々人の名乗り」こそ、この時期の30分ワクならぬ25分ワク放映の時代ゆえにか省略はされたモノの、それはリアリズムを重視したからではなく(笑)、その代わりに「組み体操」のように戦隊5人が「人間タワー」を組んだ名乗りポーズ直後の多数の小型火花の同時爆発や、同じく戦隊4人が「人間タワー」を組んで残り1人がその中間の空隙から跳躍突撃をしたりといった、ポップで様式美的な名乗り映像にやはり様式美的なアクションは、本作がリアルな肉弾戦ではなく歌舞伎的で舞踏的なアクションを改めて意図的に狙ったことを感じさせるモノでもあったのだ。


爽やかさ! ~役者・ヒーロー・メカ・楽曲がブースト!


 そして、何よりも爽やかな作品世界の空気感である。
 コレは作り手たちが意図的に狙ったモノでもあるのだろうが、と当時に10代~20才前後の若者像の前代との大幅な変化、そして当時の時代の空気・風潮とも連動したモノでもあったろう。
 高度大衆消費社会に突入した80年代中盤の日本では、70年代における清貧でダウナーな成熟を旨とする四畳半フォークソング的な青春像は急速に過去のモノとなる大地殻変動があった。80年前後に勃発したMANZAIブームともあいまって若者間では躁病的・軽佻浮薄なコミュニケーションが突如として勃興し、老成や落ち着きはダサいとされることで、大学生や社会人になっても軽薄な高校生のようなルックスやメンタルにコミュニケーションを取り続けることが常態となっていくのだ。
――コレはそのまま21世紀の今日にも至っており、先進各国ドコでも同じだという説もあるのでコレが覆ることはなさそうでもあり、バンジージャンプなどの通過儀礼で人々が落ち着いたオトナになっていくような社会は過去のモノとなって、人類史の全体がそのようにも進んでいくようだ(汗)――


 卑近に云うなら、皆がシックなシャツ&Gパン姿でイケてる系とイケてない系の格差が過度に可視化されることがなかった70年代までとは異なり、安価でカジュアルな服飾品や若者向けの美容院も急速に普及することで、上中下で云うならば中以上の若者たちはポップな扮装をしながら都市的空間で戯れつづけることで人格形成をしていく時代となったのだ。
 たとえば、元祖『秘密戦隊ゴレンジャー』(75年)~『大戦隊ゴーグルファイブ』(82年)の戦隊メンバーたちは若者ではあっても、後代から見れば落ち着いてチャラチャラしておらず老成した雰囲気も醸し出している。あの時代の空気を子供ながらに吸っていた今ではオッサンである筆者の当時の若者に対する印象もコレであった。
 21世紀以降で云う「ウェ~~イ」、20世紀の80~90年代で云うところの「イェ~~イ」的な85年に大流行することで90年前後のバブル期のイケてる系の若者文化にまで定着していった「イッキ飲み強制ノリ」な、沈黙恐怖症でムダな言葉遊びも交えて躁病的なコミュニケーションを強迫してくる風潮についての分析は、脱線に過ぎてルサンチマン(怨念)も混じりそうなので、今回はふれない(笑)。


 しかして、そのようなポップでライトでデオドラント(無菌)な80年代中盤の若者文化の中でルックスや髪型に服飾も含めて成長・人格形成もしてきた世代人が――当時だと男子はモミアゲを短く三角に切った短髪が流行。上半身はダボッとした逆三角形で相対的に肩幅を広くご尊顔は小さく見せるブルゾンの上着!――、加えて幼少時から柔らかいモノを食べるようになって顔や顎が細面になった(?~笑)メンツが、はじめて主要キャストとしても登壇したのが本作『ターボレンジャー』であったと私見するのだ。
 レッドターボ・炎力(ほのお・りき)、ブラックターボ・山形大地、ブルーターボ・浜洋平、イエローターボ・日野俊介、ピンクターボ・森川はるな。
 力持ちタイプを一応は仮託されたとおぼしきブラックを除けば、良く云えばみんな爽やかでイヤミもなく素直な人柄が感じられるし、悪く云えばアクがないメンツだともいえる(笑)。イエローはやや三枚目、ブラックもカラーリングやネーミング的にも「気は優しくて力持ちキャラ」が割り振られそうなモノだけど、特に後者を演じる役者さんの声質自体が爽やかな早口という感じなので、結局は爽やかなのである(笑)。
 ピンクは可愛い系というよりもキレイ美人系に寄っていて、それを苦手に思ったマニアの御仁も当時いたそうだけど、筆者個人はバブル期流行のワンレン(ワンレングス)髪型で目鼻もキリッとした彼女のことは好ましく思っていたことも思い出す。見た目でのキャスティングで演技はできないのかというとそんなこともなく、特に媚びてはいないけどお姉さん的なナチュラルな滑舌で、爆風で吹っ飛ばされた際の悲鳴絶叫演技などは歴代戦隊ヒロイン俳優と比してもうまかった(笑)。


 以上は変身前の「中の人」に関する部分だが、同じようなことは変身後のヒーローの意匠についても云える。
 本作の戦隊ヒーローのデザインのメインモチーフは「クルマ」。つまり「自動車」である。戦隊ヒーロー5人のマスク頭頂部~額の部分のデザインは、「クルマ」のフロント部分のイメージとなっていて、両耳もメリこんだタイヤである。ボディーは「ターボ」をアルファベット表記にした際の先頭文字をあしらった大きな「T」字型――やや湾曲してユルい「Y」字型にも見える――の白抜きがボディー前面を占めており、白の配色部分が増えたことで、結果的に「高校生」の年代の若者が変身するのにふさわしい若々しさも感じさせるモノだ。


 そして、オープニング主題歌「高速戦隊ターボレンジャー」やエンディング主題歌「ジグザグ青春ロード」もまた歌詞や楽曲も含めて爽やかなのである――後者の曲名は80年代中後盤に活躍した「ZIG ZAG」という日本の人気ロックバンド名からも着想したのだろう――。
 それまでの「シリアス大河戦隊」のそれがやや重厚・悲壮で、コレは作り手たち昭和10~20年代生まれの世代の意向、もしくは作詞・作曲の外注著名音楽家諸氏も仕事にあたってシリーズの楽曲を視聴して「そーいうモノ」として製作したのであろうけど(汗)、良くも悪くも軽重浮薄でアゲアゲな80年代には似つかわしくない「生命を捨てても大義のために戦う自己犠牲や献身」を賞揚するようなノリが多かった(笑)。それらとは一線を画する爽やかな楽曲を可能とする才能の誕生といった音楽界側の世代交代もあったのであろう。筆者はココにも大きな時代の変化を見たとは云わずとも、今にして思えば感じていたとは思う。


 ココから戦隊シリーズや子供向け変身番組本来の魅力でもあるヒーローやメカロボについても語っていこう。
 戦隊ヒーロー5人が搭乗する巨大ロボに合体する前の巨大メカ群も、5台の巨大なスポーツ車・トラック・ジープ・バギー・ワゴンといった「クルマ」型メカとなっている。変身前のヒーローのモチーフや神秘のパワーの源が「動物」や「伝説獣」に「東洋的な禅」であっても、戦闘機や戦車にヘリコプターといった軍事的なメカに搭乗することで、やや不整合を感じさせていたそれまでのスーパー戦隊とは異なり、本作では初めて戦隊ヒーローと戦隊メカのモチーフが一致したことによるスッキリ感・整合感は大きかった。
 コレらが高速走行しながら合体してヒト型になった直後もローラースケート――当時の大人気男性アイドルユニットであるジャニーズ・光GENJIがもっぱらローラースケートしながら歌唱、子供たちもマネしていたことの影響でもあったのか?――のように両足部分のジープとバギーの車輪部分で高速走行しながら、両足を交互に繰り出して地面を滑走しつづけるビデオ合成の映像が、当時としてはとても絶大なインパクトがあったことを思い出す。
 往時のいつもの狭苦しくて安っぽい特撮ミニチュアセットとはいえ、スピード感・疾走感を強調した合体直前の巨大「クルマ」型メカの走行シーン。なおかつ従来は、戦隊巨大ロボのメカとしての重厚さを出すためか、赤・青・黄の3原色を使用しつつも青主体、または濃紺や黒主体で四角四面のデザインであったそれを、クルマをモチーフとしたことで戦隊巨大ロボの胸当てがレッドの搭乗する巨大スポーツ車型マシンのフロント・ボンネットに該当したことでアールヌーボー・流線型のまるみを帯びて、色彩も赤や白となることで、コレまたやや優雅で爽やかな印象をもたらしている。


 「クルマ」人気や「クルマ」に対する幻想が凋落した21世紀の今日の若い世代には信じがたいかもしれないが、戦後の高度経済成長期に急速に庶民に普及してステータスシンボルともなり、本作放映の89年当時のバブル経済時にも若者間では女性にモテるための神器でもあり、同時期にはラジコンのミニ4駆(みによんく)ブームもあって、子供たちにも大人気であった「クルマ」をモチーフとしたヒーローに巨大ロボ。そこにも勝機はあって、それは本作の戦隊巨大ロボことターボロボの超合金玩具が、それまでのスーパー戦隊史上で最高の54万個(!)の売上を誇ったことからも察せられる。


「クルマ」と「妖精」が水と油だが、その理由とは!?


 とはいえ、本作の2大要素である「クルマ」と「妖精」が水と油であるとの批判は当然成り立ちうる。当時のスーパー戦隊マニア諸氏の本作に対するツッコミどころもそこにあった。
――「生物」という意味の「バイオ』と相反する「超電子」なる語句を組み合わせた『超電子バイオマン』にも、すでに中高生の年齢に達していたマニア諸氏はプチ違和感を抱いていたモノである。今だったならばスーパー戦隊はそーいうB級なネーミングじゃなくっちゃ! と逆に賞揚されそうでもあるけれど(笑)――


 ただ、今にして思えば、そのような大きなお友だちによる『ターボレンジャー』に対するツッコミは、作り手たちもバカではないのだから、もちろん想定の範囲内ではあり、水と油だとわかっていてあえて「妖精」に象徴されるファンタジー要素を投入して、「クルマ」と複合させたといったところだろうとも憶測する。
 それすなわち、敵軍団側のモチーフには時流に沿った目新しい要素を投入したことである。歌は世に連れ世は歌に連れ。東映の変身ヒーロー番組にも時代とは超越した浮世離れした要素もあれば、時代の鏡像としての要素もある。「悪の組織」の存在自体は前者だともいえるけど、「悪の組織」の意匠・パッケージに限定すれば後者だともいえる。


 昭和の1970年代の「仮面ライダー」シリーズは、ナチの残党のような「悪の秘密結社」が地下世界・暗黒街で呪術的に暗躍して社会を裏面から操ったり搾取しようとするイメージがある。それが『イマズマン』(73年)や『ゴレンジャー』(75年)などの悪の組織はメカミリタリ的に戦闘機や戦車も保有する「軍隊」や「軍団」といったイメージとなり、その目的も「世界征服」となっていく。さらに80年代に入るや宇宙SFの隆盛とともに敵は外宇宙からの侵略者にスケールアップして「地球征服」のイメージとなっていく。
 それが80年代中後盤にさらなる変転を見せるのだ。それすなわち西欧中世風異世界ファンタジー風味のTVゲームや洋画などの隆盛である。無限に広がる大宇宙や宇宙戦艦に外惑星などよりも、剣と魔法の西欧中世風異世界の方に人々がエキゾチシズムを抱いてしまうような大地殻変動が先進各国で同時多発的に勃発したのだ。洋画で云うならば、宇宙SFの筆頭『スター・ウォーズ』旧3部作(77年・80年・83年)の番外編にして、大宇宙ではなく辺境惑星にて西欧中世風のローカルな生活を送る宇宙人種族を描いた『イウォーク・アドベンチャー』(84年・85年日本公開)の登場が画期としての象徴だ。


 ナゼにこのような大地殻変動が生じたのか? それは、宇宙に進出するロケットのように銀色の金属の輝きを放って眼で見てわかるような重工業な科学の発展がある程度までは行き着いて、一般家庭内にも炊飯器や電子レンジにラジカセ・オーディオコンポ・ビデオなどの電子インジケーター付きの家電製品がある程度まで普及したところで、それらに対する憧れの念が相対的に目減りして、その代わりに失われた田舎や大自然の方にこそ逆エキゾチシズム(異国趣味)を感じるような倒錯・価値転倒が起こったからではなかったか?
 前近代的で身分や職業が固定されることで不便をかこっても、それゆえにこそ会社員や工場労働者のような誰にでも代替可能な匿名の仕事・希薄な関係ではなく、記名性のある手仕事・職業で濃ゆい1対1の個人的な情緒・親しみ・付き合いも込みでのビジネス関係や人間関係などにも手触りや歯応えが感じられそうな中世社会に、人々が改めて再帰的・直観的に憧れを抱いたからではなかったか?


 それは中世のホントの姿ではない。本気で中世に回帰する気はなく、安全圏からイイところしか見ていない! というツッコミは正当ではあるけれど、高度化・複雑化された現代社会へのアンチテーゼ、その時代ごとに欠落しているモノ、その時代ごとの主流に対する傍流にカウンター・バランサーとしての憧れ&理想を見い出すのも、人間精神や時代精神といった歴史の常でもある。それが大宇宙やデオドラントなハイテク宇宙船から、少々不潔でも色や匂いや濃さといった「生の充実」も感じられる中世へと変転した……といったところが事の真相かとは思うのだ。


 この変遷にはもうひとつの要素もある。宇宙SFや『機動戦士ガンダム』(79年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/19990801/p1)に端を発する「善悪相対主義」的なリアルロボットアニメの大流行にやや飽きてきたところで、改めて「善悪」はホントウに相対的なのか? 相対化しようとしてもしきれずに最後に残る「善」や「悪」もあるのではないのか? といった疑念を作品化したような、「善」や「悪」を「仮面ライダー」と「ショッカー」のような小物ではなく、「宇宙創造の神」や「宇宙破壊の悪魔」といった「概念」の域にまでブローアップした作品群の隆盛である。
 日本で云うなら、「ハルマゲドン接近!」のキャッチコピーが懐かしい角川書店初のアニメ映画『幻魔大戦』(83年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20160521/p1)の大ヒットであり――原作漫画自体は映画を15年も遡る1967年が初出。リメイク小説版は79年が初出――、ココから聖書における黙示録・ハルマゲドン・世界最終戦争・神の軍団vs悪魔の軍団・天上世界vs地獄世界といったモチーフを主題としたマンガ・アニメも流行しだして、そーいうスケール雄大な設定に若者たちがワクワクするような風潮も勃興してきていたのだ。


 閑話休題。太古、人類は妖精とも共存・共闘して、暴魔百族を封印したが、文明が進むにつれて人類は自然と共生することを忘れて、次第に妖精を見ることもあたわなくなり、封印の力も弱まってしまったところで、現代に暴魔百族が復活した! ……と大設定されていた本作。そうなると、図式の対比的にも、正義のヒーローは高技術文明とは真逆の大自然・エデンに帰れ! と主張するヒーローを配置するのが作劇の教科書的には正解のハズである。
 しかして、スーパー戦隊は初期2作の石森章太郎デザインの時代はともかく、玩具会社・バンダイ側が主導する年間の販売計画も込みでの「クルマ」をメインモチーフとすることが当初から年間スケジュールで決定されている作品でもある。
 しかも、交通公共機関ならばまだ必要悪としての免罪符も得られそうなモノの、私的レジャーに供するだけの有害な排ガスを撒き散らす印象も強い「クルマ」を、本作ではドー位置付けるのか? その方策が市井の研究家・太宰博士が作ったという「無公害エンジン」(笑)である。
 そして、この博士に清い心ではなく科学の力で製造した「妖精グラス」という眼鏡の力で、最後の妖精少女・シーロンの姿を見ることができて会話もすることができるとした。そんな博士が作った「無公害エンジン」で稼働する巨大「クルマ」型メカやそれが合体した戦隊巨大ロボ・ターボロボだからこそ、ギリギリ作品世界を空中分解させずに手綱を引けている! といったところが、当時の作り手たちのねらいでもあったろうか?


 正直それでも「クルマ」と「妖精」の並立はやや苦しかったとは思うものの(笑)、30年後の今になって思うに、実は「無公害」エンジン実現による自然との共生という方策こそが、フィクションのみならず現実世界でも一番の最適解であったようにも思えなくもない。
 それはナゼか? 我々人類がごく少数の尊敬すべき御仁はともかくトータル総体としては前近代・中世・古代・原始人の生活にはとても戻れそうにはナイからだ(汗)。
――チョット前まではクーラーを使わずに節電を! と云っていたのに、今では適度にエアコンを使え! である。やはり地球の自然環境の保全よりも人間の生命・健康の方を優先するのである。仕方がナイやもしれないけれども、この選択により人類や我々日本人は底を割った……改めて自然破壊の方向へと舵を切ったのだ! という気がしないでもナイのだ――


 そうであれば、近々にはムリでも中長期では自然破壊型ではなく自然エネルギー活用型のテクノロジーを発展させることの方が、工業文明と大自然との「持続可能性」は高いのやもしれない。
 ……などという境地に筆者が30年前にすでに到達していたワケでは毛頭なく、後出しジャンケンの発言であることはくれぐれも付言しておく(笑)――いやまぁ地球に優しいテクノロジーでも、人類滅亡や自然破壊を単に先送りにしているだけであり、やはり根本解決ではナイのやもしれないけれども(爆)――。


「暴魔百族」は魔族だが、時流に合ったポップな悪でもあった!


 よって、本作の悪の組織は、秘密結社でもなければ軍隊でもなく、思想用語で云う「外部」としての宇宙からの侵略者でもなければ、「外部」の変型としての地底世界からの侵略者でもない。お仕事としての悪ではなく、属性としての悪、生まれつきの「悪魔」に近しい悪、「魔族」としての悪である「暴魔百族」なのだ。
 加えて、悪の組織の名称が初期戦隊以来の「漢字」の名称となったことに、表音ならぬ表意文字の「漢字」の方がカッコいい、あるいは旧来の「漢字」にこそ文化的ナショナリズムではなく再発見された逆エキゾチシズム(笑)を感じる倒錯した心性も、核戦争後の地球の荒野を舞台に拳法使いを「世紀末救世主」と名指してハルマゲドン・テーマもカラめつつ、その必殺拳法の数々の名称が「漢字」であった「週刊少年ジャンプ連載」の大ヒット作『北斗の拳』(83年・84年にTVアニメ化)などとも通底していくジャンルの風潮を懐かしくも思い出す。


 ちなみに同時期の『仮面ライダーBLACK RX』(88年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20001016/p1)も作品世界にファンタジー的な意匠を取り入れており、侵略者・クライシス帝国の出自を異次元(並行宇宙!)の地球とし、その世界を「怪魔界」(!)と呼称して、その世界には西欧中世風の人々や秘物もあってクライシス皇帝に西欧中世や妖精チックな庶民たちが蹂躙されているイメージなどが描かれていたが、「漢字」名称に「魔」の文字の採用など、コレも当時におけるジャンル作品全般の最先端をやや劣化したかたちになったとしても、東映変身ヒーロー番組なりに採用したモノでもあったのだ。


 とはいえ、子供番組である以上は、悪の軍団に過度にオドロオドロしい演出を施して、幼児を怖がらせすぎて退けてしまってもダメである。なので、「暴魔百族」も魔族ではあるのだが、幹部も戦闘員も敵怪人も一周まわってゲロゲロモンスターではなく寸止めに留めてポップでまるっこくて戯画化(ぎがか)している印象もある。
 スーパー戦隊ジャッカー電撃隊』(77年)のアイアンクロー、スーパー戦隊『バトルフィーバーJ』(79年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20120130/p1)のヘッダー指揮官、『科学戦隊ダイナマン』(83年)のカー将軍などのレギュラー敵幹部も演じてきた名優・石橋雅史(いしばし・まさし)が演じる敵幹部筆頭・暴魔博士レーダの後頭部は丸っこい貝のアンモナイトであり、姫暴魔ジャーミンも特に演技が怖いということもなく(笑)、かっとび暴魔ズルテンも七福神のような短足太鼓腹のユーモラスで笑顔な外見のコミックリリーフだ。


 敵の戦闘員軍団・ウーラー兵に至っては、南洋の酋長に率いられた未開の土人が仮面をカブり、簡単な衣を着せただけといった風体である。
 ただし、コレなどは今の観点ではなく30年前の風潮でも――TVにおける放送禁止用語の基準も1990年前後が一番キビしくて、本作放映前年の絵本『ちびくろサンボ』絶版運動の記憶も新しい時期――、筆者などはドコからか「差別的だ!」というクレームが付きそうで用心不足なのでは? などとヒヤヒヤしたモノだ。
 むろんコレはウーラー兵のモチーフに対しての全否定という意味ではないのだが、それを不快に思う部外者ならぬ当事者やその子孫が偏向したイデオロギーゆえではなく心底不快で差別だと思うのならば、それに抗するロジックもナイという意味でである。
 幸いにしてマンガ・アニメ的に記号化されたデザインであったウーラー兵を現実のソレとカブせる見方をする御仁はいなかったか、たとえいたとしてもその声を可視化できるインターネットなどの媒体もなかった時代ゆえか、ウーラー兵に対する危惧を筆者個人はマニア諸氏も議題にしていた光景を見たことがなかった――ネット世論全盛の今だと大変なことになりそうだけど。まぁそもそもこーいうデザインにすること自体が後年ではアリエナイよネ(汗)――。


 往年の『仮面ライダー』初作(71年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20140407/p1)のショッカー戦闘員だと記号的、中身は軽微な改造人間とはいえ、メンタルはナマ身の人間でもあるという二次創作が作れてしまうけど、ココまでマンガ・アニメ的に記号化してデザインされたウーラー兵だと人間的なメンタル・内面を抱えた二次創作がまったくの不可能とはいわないけど、好き者のアマチュア作家でさえもあまり創作意欲をそそられないのではあるまいか?
 とはいえコレはケナしているワケではナイ。むしろ活劇作品の作劇としては、そのように敵側の事情に斟酌・罪悪感なく撃退できる役回りである方が助かるし、それゆえにウーラー兵には近代的自我ならぬ恨みっこナシで果てる古武士のような潔さ・相応のカルい気高さ(笑)も感じられようというモノだ。


 このような再発見された記号性・幼児性をブローアップしてゲストの敵怪人のデザインにも積極的に反映していったのが、次作『地球戦隊ファイブマン』(90年)・『鳥人戦隊ジェットマン』(91年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110905/p1)・『恐竜戦隊ジュウレンジャー』(92年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20120220/p1)・『五星(ごせい)戦隊ダイレンジャー』(93年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20111010/p1)・『忍者戦隊カクレンジャー』(94年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20120109/p1)であり、それ以降のスーパー戦隊でも常態・定番となるのだが、それについては項を改めて語りたい。


善悪二元論」的な古典回帰でも、バトル演出はパターン破りを連発!


 とはいえ、「善悪二元論の再徹底」が押し進められても、各話のエピソードやアクション演出が1話完結のルーティン・ワークとしても先祖返りをしたということでもなかった。
 まず、各話の人間大サイズの敵怪人との攻防の果てに、人間大サイズの戦隊メンバーがトドメを刺すのに用いる必殺武器が、『電撃戦隊チェンジマン』(85年)以降はバズーカ砲型の武器であったのが、本作『ターボレンジャー』では第1クールは個人専用の5人の拳銃型銃器から発するレーザー光線の先端を敵怪人の頭上の中空で合体・光球状にしてから、そのままで突き落として爆発四散させる必殺ワザなのである!


 そして、毎度のバズーカ砲型の必殺兵器は第2クールから登場する。しかし、キチンと段取りは踏んで、劇中内での必要性・必然性は作っていく。
 まずは光線銃による必殺ワザが効かない! その次の回では機転を効かして、たまたま運送中であった爆薬を利用して敵怪人を爆砕する! そのまた次の回でようやくバズーカ砲型新兵器、「V(ブイ)ターボバズーカ」を登場させるのだ! 戦隊ヒーロー5人が担いだ白い大砲部分とは別に、宙から黒鉄色の中型エンジン部品が降下してきて合体! 大砲上後部にムキ出し空冷の内燃機関がブンブンと轟音を立てて駆動するというタメを経て、エネルギー砲を発射する一連の特撮バンク演出もカッコいい!
 コレらの必殺武器の交代劇は、人間ドラマ面や社会派テーマ性ではなく、敵怪人の形態や属性に基づく特殊能力や武器や戦闘能力に基づいて、それをどのように作戦や攻略などの知恵を働かせて立ち向かうのか? といった、娯楽活劇の本来あるべきゲーム的攻防の要素を改めて再発見してふくらませていったことによる作劇でもあった。


 それまでのスーパー戦隊、あるいは同時期の『宇宙刑事ギャバン』(82年)に端を発する東映メタルヒーローシリーズは、その第1話で持てる武器や武装にバイクや戦闘母艦に地底ドリルタンクまでをも総花的に見せてしまう傾向が強かった。ある種のヒーローの超越性・圧倒性・万能性をねらった描写でもあったのであろう。
 しかしコレには、その分、個々の武器やメカが均等に描かれてしまうことでそれらのメカの魅力が立たなくなり、かえって子供たちにも魅惑的に見えないのでは? それであれば、敵怪人の属性や事件の種類に応じて、今回はドリルメカで地中に行く! 別の回では戦闘母艦で月面に行く! といったように振り分けて、それを該当メカの初登場回にもして大いに盛り上げた方がオモチャも売れるのでは? なぞと、70年代前半の変身ブーム、特に昭和のウルトラシリーズでそのように演出された怪獣攻撃隊のメカ群を見て育ったような世代人には、そーいう不満もあったと思う。
――もちろん円谷メカは円谷メカ、東映メカは東映メカで割り切っていた特撮マニアも多かったことも公平を期するためには証言しておくけれども――


 本作の3年前の『フラッシュマン』に始まった戦隊2号ロボ登場編を除けば、2年前の『マスクマン』にて等身大時の必殺バズーカが2代目バズーカ兼・小型立ち乗り戦闘機のジェットカノンに交代する展開につづいて、本作で織り成された「Vターボバズーカ」登場に至る連作。
 東映ヒーローものの武器やメカはそーいう扱いであると疑問や不満を持たずに割り切れていた御仁であってもこの方がうれしいであろうと思える、新兵器や新武装の登場&必然を主軸に据えたイベント編であり、以降の東映ヒーローといおうかバンダイ提供のヒーロー作品は、イイ意味で新武器が漫然と登場するのではなく新兵器が魅力的に見えるようなイベント性&ドラマ性も高めたエピソードも込みでの作劇を伴なった方向へと舵を切っていく。


 東映ヒーローもので1年を通じて同じキャラクター玩具を売り続ける、あるいはせいぜい途中で2号ロボを出す……といったラフな販売計画が、もう少し細かく小出しに設定することで、子供たちにもインパクトを与えて、ひいては玩具も買いたいと思わせようと本格的に計算をしだしたのが、この『ターボレンジャー』であったのは間違いナイ。
 その理由は、この時期になると70年代変身ブーム世代が社会人になる時期とも重なって、玩具業界に就職した御仁がそれを知り、当時は商業主義や視聴率を悪とする素朴な連中がマニアの圧倒的大多数の時代でもあったので――ホントウだってばヨ!(笑)――、その彼が「本作(以降)の『戦隊』がオモチャに引き回されること必至!」と憤っていたのを、この数年後に本誌バックナンバーでその弟君が転記した記事を読んだことがあったからだ(笑)。


 筆者個人に限定して云えば、この玩具小出しのシリーズ構成に両手を上げて喜んでいた。
 いわく超マンネリで必殺ワザが一種しかナイので子供心に飽きてくるスーパー戦隊のバトルシーンが、パターン破りやバリエーションのサプライズ作劇にも目覚めたこと。
 コレにより、当時でも陳腐化していた個人装備の拳銃型光線銃が当初は魅力的で「使える武器」としても目に映じること。
 途中登場のバズーカ砲もシリーズ序盤で他に説明すべき基本設定も多い時期の登場ではなく、それの開発劇やその苦労や初登場時の衝撃やその強さに特化して作劇・演出できることで、右から左へのお約束の段取り劇ではなく、バズーカ砲自体をも魅力的にその登場の必然性も含めて――もちろん後付けだとしても――描くことができるからなのだ。


 つづく戦隊巨大ロボ2号・ターボラガーの登場は、2号ロボ自体がスーパー戦隊超新星フラッシュマン』(86年)で初登場して以来のすでに定番ではあったけど、コレに加えて1号ロボ&2号ロボが合体した超巨大ロボ・スーパーターボロボをも格納できる超々巨大な基地ロボ・要塞ロボとでも称すべきターボビルダーなる超々巨大ロボットをも投入!――両腕は前後に回転しても両足はスジ掘りのモールドだけで稼働しない(笑)。着ぐるみは作られず、大きめのミニチュアのみが製造された――
 コレが番組後半から終盤にかけての秋~クリスマス商戦時期における目玉商品ともなっていく。この試みも画期的であったと私見する。


 もちろん従来のスーパー戦隊でも、戦隊巨大ロボや巨大ロボに合体前の巨大マシンを格納できる空飛ぶ巨大戦艦や巨大母艦といったモノは登場していた。しかし、ヒト型をしていないメカである以上は感情移入・愛着の度合いはやや低まるし、関節を動かしてポーズを取ったり武器を持たせたりといったワクワク感と比すれば、プレイバリューも低いモノではあった。
――そーいえば、『マスクマン』の母艦の名称はターボ「レ」ンジャーならぬターボ「ラ」ンジャー。母艦に記されたアルファベット表記は「RANGER」で我らがターボレンジャーとも同一。2年前の母艦名ともカブっているやないけー! とやはり思ったけど、わかっていてもあえて語呂や語感のインパクトの方を重視! といったところが、ウルさ型のマニア向けならぬラフな大衆・子供向けの客商売の鉄則なんだろうネ(笑)――


 けれども、本作では戦闘母艦を一応の人型として垂直に直立させた形態にして顔面も設けた。そーするとアラ不思議。ミリタリズム的にはリアルじゃなくとも、万物霊性アニミズム的なヒーロー番組においては、そのヒト型メカの佇まいに感情移入、その意志や力感を勝手に自動的に読み取ってしまうのが、人間一般の習性・サガのようなのだ(笑)。
 「オモチャ売らんかな」と云ってしまえば、その通り。しかしコレにより、中ボスやラスボスとの戦闘を、いつものゲスト怪人を倒す際の通常戦力の戦隊ロボでは倒せない! 強いゾ、中ボスやラスボス! しかして、コチラにはまだ奥の手で虎の子の超巨大で強力な新兵器があったのダ! といったかたちで、対戦相手やバトルのスケール感にもムリなく変化を付けることが可能となったのだ。


 あぁ、中ボスやラスボスでさえ、いつもの戦隊巨大ロボの必殺剣による必殺ワザでアッサリと倒してしまい、あるいは取って付けたように必殺剣を投擲するだけでトドメを刺せてしまうことで、子供心にもガッカリしていた初期スーパー戦隊に対する不満がついにココで解消される日が来ようとは!
 この基地ロボ・ターボビルダーも相応に売れたためか、次作『地球戦隊ファイブマン』では序盤から実の兄弟姉妹でもある戦隊メンバーが起居する超巨大な宇宙船でもある要塞メカを登場させ、シリーズ後半ではコレを超巨大なヒト型ロボ形態にも変型させることで、いつものゲスト怪人に対しては通常戦力である戦隊巨大ロボを、強敵や中ボスやラスボスに対しては要塞基地ロボを投入することで、等身大バトル後のお約束・蛇足タイムと化していた戦隊巨大ロボ戦は、今回は1号ロボで倒すのか? 2号ロボで倒すのか? 1号&2号の再合体ロボで倒すのか? はたまた1号と2号の合体ワザで倒すのか? 要塞基地ロボで倒すのか? といった、先が予想できないワクワク感をもたらすカタルシス発生装置とも化していき、この『ファイブマン』で早くも一旦の頂点を迎えるのだが、コレについては項を改めて語りたい。


善悪二元論」を破る要素。暴魔と人間の混血・流れ暴魔ヤミマル!


 先に「善悪二元論の再徹底」を押し進めたと定義した本作だが、バトル・シークエンスの面ではバリエーション志向やパターン破りであったと述べた。ココに加えて、「善悪二元論の再徹底」を破る要素も投入されてはいる。ターボレンジャーたちのライバルともなるダークヒーロー・ヤミマルの登場だ。
 鈍重な着ぐるみではなく顔出しの長身スマートな役者さんがシブい低音ボイスで演じる彼は、「暴魔百族」ではなく「流れ暴魔」という別個の存在だと設定された。そして、組織に属さないフリーの魔族なのかと思いきや、初登場の数話後にその傷口から赤い血が伝って右手を通じて滴り落ちる描写によって、彼は「暴魔百族」ではなく人間に近しい存在でもあると描写して、ついには「暴魔」と「人間」の混血であったことが明かされることで、連続性もある新たなドラマを構築していくのだ。
 しかして、ガチでベタなカッコいいダークヒーロー演出が施されるだけではない。子供はともかく大きなお友だち目線で観れば「ナンちゃって感」あふれるイイ意味での失笑、プッと吹いてしまうような、劇中ではシリアスな事態ですけどメタ的にはココで笑ってください! といった描写の演出も多々埋め込まれていくのだ!


 その具体例はまず、流れ暴魔・ヤミマルが流れ者の高校転校生の渡り鳥、流しの不良・番長少年でもある学ラン姿(!)の2万才の青年(爆)、流星光(ながれぼし・ひかる)として、ブレザーが制服である主人公らの高校に転入してくるシーンだ。自己紹介シーンで背中を向けるや、その制服の背中には巨大な銀色の流れ星の刺繍が!(笑)
 そして、校内でもトラブルを起こしたり、戦隊メンバーたちに人間の姿をしたままでの校内決闘を申し込んだりすることで、TVドラマ『これが青春だ』(66年)などのあまたの往年の学園ドラマや、ナゼか高校生がパイロットを務めることが多かった70~80年代の合体ロボアニメ――もちろんメイン視聴者の子供たちの年齢に少しでも近づけるための処置だけど(笑)――、特に『ゲッターロボ』(74年)などでも幾度か観たことがあるような、敵のスパイがその正体を隠して学園に転校してきて交流を深めるタイプのドラマも構築。高校生を変身ヒーローに据えた本作が、改めて学園ドラマ的な要素の魅力を持っていたことも再確認させていく。


 極め付けは、音楽室でピアノを華麗に弾いていたかと思えば、鍵盤の上で逆立ちしてそのままで弾き続ける流星光の姿だ!! 遠巻きに見ていたミーハーな女子生徒どもはコレを観て「カッコいい!」と興奮し、一部は失神もする始末なのだ(爆笑)。
 ちなみにコレは、ケーハクで脊髄反射的な80年代中盤の風潮のそれゆえの反動か、他方で隆盛を極めていた昭和レトロ(懐古)ブーム――主にその時代の30年前に相当する昭和30年代への郷愁――に端を発して、TV草創期の1960年代~70年代までのTV番組を懐古する大流行で、よくネタにされたりチャカされて爆笑を取っていた、東映製作で劇画原作のスポコン(スポーツ根性)TVドラマ『柔道一直線』(69年)でライバルを演じた俳優・近藤正臣が、鍵盤の上に立って足の指で華麗にピアノを弾いていたシーンのパロディーでもあったことは、当時でもすでに大きなお友だちであったご同輩であればご承知の通りだろうが、後進のために改めて歴史証言をさせていただく(笑)。


 ちなみに、濃ゆいマニア諸氏はご承知の通り、本作は関東地方ではシリーズ中盤の秋の10月の改変期に、土曜夜6時から金曜夕方5時半へと時間帯変更の憂き目にあう。その時期のTV局のおエライさんの傾向によって、その局が報道を重視したりバラエティを重視したりといった変遷はよくあるモノだが、この時期のそれは報道重視のゆえで、『ターボレンジャー』の後釜は1時間ワクの報道番組『ザ・スクープ』であり、96年3月まで同ワクで放映されたあとは土曜深夜へ移動、土曜夕方へと出戻り、日曜夜や土曜午前へと時間帯移動を繰り返して2002年までレギュラー放送が続いたあとは、今でも日曜昼間に不定期で放映される「スーパー戦隊」同様の長寿番組と化している。


 このワク変更に合わせてか、暴魔百族の敵幹部連は時間帯変更間際の話数で徐々に撃退される最終回近辺のように盛り上がるイベント編の数々にて退場!
 代わりに流れ暴魔ヤミマルが彼とは「小指と小指が赤い糸で結ばれている(爆笑!)」女流れ暴魔キリカとともに主敵として君臨するサプライズで視聴者の興味関心を持続させる戦略を採る。
 それまで両脚を大きく開いて腰を低く落とした戦闘スタイルでカーキ色の土蜘蛛をモチーフに口出しアイ・マスク状の能面を着眼していた変身体も、光沢の入った赤くてスマートで硬化プラスチック(笑)なヨロイを着用した颯爽・直立とした姿へとパワーアップ! といったドラマチックなストーリー展開を見せることで、当時のマニア諸氏をも物語的に大いにコーフンさせていた。


高速戦隊ターボレンジャー』エトセトラ&トリビア


 当時の大きなお友だちが大いに気にしていた、本作のバトル面やドラマ面での変化球は、まずは家屋まるごとが巨大暴魔獣と化してしまう#8「空飛ぶジャーミンの家」。
 東映の名作刑事ドラマ『特捜最前線』(77年~86年)でも健筆をふるっておられた藤井邦夫がサブライターの立場から本作の基本設定を煮詰めて、本作序盤に登場して2万年間もの間、暴魔百族を封印するも人類による自然破壊でその力が弱まって、ついに没して夜空の星座となった聖獣ラキアの設定をフィーチャーして、暴魔百族の敵怪人の中にもラキアの人徳に心服していた者がいたと描いて、最後は戦隊巨大ロボもトドメを刺さずに宇宙に連れ運び、敵の巨大化怪人がラキアの星座の隣りで夜空の星となるパターン破りのインパクトが、ガチガチに番組フォーマットがパターン化されていた当時にあっては絶大であった#12「星になった暴魔獣」。
 同じく藤井邦夫が戦隊メンバー5人の女担任・山口センセイをフィーチャーした#17「子供になった先生」などがますは印象に残る。


 このイレギュラーキャラでもある山口センセイを演じたのは当時、人気が相応にあってTV番組にもよく出演していたファニーフェイスな長身タレント・高見恭子。往時は平日正午の1時間ワクのナマ放送の帯番組『新伍のお待ちどおさま』(85~90年)にも頻繁に出演しており、生来のヘソ曲がりで当時の大人気番組『笑っていいとも!』(82~14年)がキライでクダラナイと思っていた筆者なぞはコチラの方がはるかに面白いと思って在宅時には視聴していたのだが、高見は他局の番組なのに『ターボレンジャー』に出演できることを嬉しそうに宣伝。後日、同作を観た司会の俳優・山城新伍が「出る番組、選べよ」と苦言を呈していた(笑)。


 なお、本項を執筆するにあたり、アマゾン・プライム・ビデオのネット配信で本作を再視聴して、その各話のエンディングテロップも観ていると、「助監督」があの2010年代の第2期平成ライダーシリーズを支える諸田敏(もろた・さとし)カントク! 諸田カントクも30年前のこの時期にはまだ「助監督」のチーフだったということになる。



 『ターボレンジャー』について語るべき事項はまだあるのだが、締切の都合でココで一旦筆を置こう。
 『ターボレンジャー』の項目だけで随分な量となってしまったが、それは本作が戦隊シリーズ中でも作品として特段で優れていたからではナイ(汗)。筆者がこの時期のスーパー戦隊と日本のサブカル・若者文化に大きな変化があった時期だと見るからである。
 思い入れで云うならば、マニア間でも子供間でも不人気ながら、スレた戦隊マニア間ではカルト的な人気も誇る(?)次作『地球戦隊ファイブマン』のバトル面でのパターン破り連発の作劇を、戦隊シリーズ最高の到達点だと見ているのだが、次作以降は簡にして要でありながら、個々の作品にスポットを浴びせるというより、個々の作品を串刺しに貫いて共通しているその特徴や変遷を見ていく「スーパー戦隊」の通史を仕上げていく所存であり、年末の冬コミ号では完成版を披露したい所存である。
――平成10年分くらいで力尽きそうなので、30年分を3部作で3分割にするかもしれないけれど(笑)――


(協力・池田冨美彦)
(了)
(初出・『仮面特攻隊2019年初秋号』(19年10月6日発行)所収『平成スーパー戦隊30年史 ~序章』より抜粋)


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映画『ルパンレンジャーVSパトレンジャーVSキュウレンジャー』 ~イマ半か!? 近年のVS映画や往年の戦隊映画と比較考量!

(2019年5月3日(金・祝)・東映系公開)


(文・久保達也)
(19年6月6日脱稿)

東映ビデオの新たなブランド・「東映V CINEXT」


 2019年2月に惜(お)しまれつつも放映を終了した、スーパー戦隊シリーズ・『快盗戦隊ルパンレンジャーVS(ブイエス)警察戦隊パトレンジャー』(18年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190401/p1)と、その前作・『宇宙戦隊キュウレンジャー』(17年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20180310/p1)の世界観をクロスオーバーさせた映画『ルパンレンジャーVS(ブイエス)パトレンジャーVS(ブイエスキュウレンジャー』(19年・東映ビデオ)が、2019年5月3日から3週間の期間限定で公開された。


 本作は東映ビデオが1989年にオリジナルビデオ作品のレーベルとして立ち上げた「東映V CINEMA(ブイ・シネマ)」――2019年で30周年!――を、劇場公開と映像ソフトの発売で展開する新たなブランド・「東映V CINEXT(ブイ・シネクスト)」の一環として製作されたものである。
 「V CINEXT」の第1弾は、先述した『キュウレンジャー』と、かつてのスーパー戦隊メタルヒーローシリーズの世界観をクロスオーバーさせた映画『宇宙戦隊キュウレンジャーVSスペース・スクワッド』(18年・東映ビデオ)、第2弾は『仮面ライダービルド』(17年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20180513/p1)の2号ライダー・仮面ライダークローズを主役にした『ビルド NEW WORLD(ニュー・ワールド) 仮面ライダークローズ』(19年・東映ビデオ)であり、本作はその第3弾にあたる。
 ちなみに2019年秋公開予定の第4弾は、『仮面ライダービルド』の3号ライダー・仮面ライダーグリスが主役の映画『ビルド NEW WORLD 仮面ライダーグリス』(19年・東映ビデオ)であり、今回の上映後に流された予告編には、子供たちから歓声があがったものだ。


ウルトラマン映画より小さな興行規模(汗)


 この「V CINEXT」は、『スペース・スクワッド ギャバンVSデカレンジャー』(17年・東映ビデオ)や、『仮面ライダーエグゼイド』(16年)の続編三部作・『仮面ライダーエグゼイド トリロジー アナザー・エンディング』(18年・東映ビデオ)など、基本的にはオリジナルビデオ作品として製作されながらも、ハクをつけるためにごく一部の劇場で上映も行った興行形態を継承・発展させたものだが、その当時よりは若干(じゃっかん)劇場の数も増えたとはいえ、やはり興行の規模はかなり小さい。
 とにかく客が入らないとされているウルトラマン映画でさえ、最新映画『劇場版 ウルトラマンルーブ セレクト! 絆(きずな)のクリスタル』(19年・松竹・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190407/p1)の上映館は全国で160館ほどあったのだが、この『ルパンレンジャーVSパトレンジャーVSキュウレンジャー』の上映館は、全国でわずか40館弱、つまり、『劇場版ルーブ』の4分の1にも満たない劇場でしか上映されなかったのである。
 私見ではあるが、人気面では『ルーブ』は『ルパパト』や『キュウレンジャー』の4分の1にも満たないかと思われる(爆)。それを思えば、今回の『ルパンVSパトVSキュウ』の興行規模は、やはりあまりにもキャパが小さすぎたのだ。


 筆者はスーパー戦隊仮面ライダーの劇場版を、在住する静岡県静岡市の繁華街(はんかがい)にあるシネシティザートで鑑賞しているが、先述した「V CINEMA」の内、ここで上映されたのは『仮面ライダーエグゼイド トリロジー アナザー・エンディング』のみであり、『スペース・スクワッド ギャバンVSデカレンジャー』も、『宇宙戦隊キュウレンジャーVSスペース・スクワッド』も、『ビルド NEW WORLD 仮面ライダークローズ』も上映されず、今回の『ルパンVSパトVSキュウ』もまた然(しか)りであった。
 今回は公開がちょうどGW(ゴールデン・ウィーク)の最中、しかも、2019年は改元にともなう特別措置(そち)で10連休となったため、筆者は実家に帰省した際に、愛知県名古屋市の109シネマズ名古屋で観ようと思っていたのだが、なんと公開初日の5月3日から5日までは、1日5回の上映が、すべてネット予約のみで全席売り切れとなってしまったのだ!
 ただでさえ最も収容人員の少ないシアターが割り当てられたうえに、上映劇場のない近隣(きんりん)の岐阜県三重県のファンがそこに殺到することは充分に想定の範囲内だったのだが、109シネマズはネット予約の決済をクレジットカードでしか受け付けていないために、いつもニコニコ現金払い(笑)の主義でカードをいっさい持たない筆者は、どうすることもできなかったのである――ちなみに行きつけのシネシティザートは、ネット予約でも現金払いが可能なので本当に助かっている――。
 連休中に名古屋・栄のオアシス21――特撮オタのOLが主人公のドラマ・『トクサツガガガ』(19年・NHK・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190530/p1)を製作したNHK名古屋放送局のすぐ近くだ――で開催されたイベント・『ゴジラ・ウィーク・ナゴヤ』――あまりにも展示物が少ない、ショボいイベントだった(笑)――に行った5月4日に109シネマズに立ち寄り、すでに残りわずかとなっていた5月6日の初回の席をなんとかおさえることができたが、その時点でパンフレットも各種グッズもすべて売り切れであり、当日はかろうじて入場特典のシールをもらえたのみであった。
 そして、一部大きなお友達もいたとはいえ、あまりに小さなシアターを埋めつくした客のほとんどは、スーパー戦隊のメインターゲットである就学前の幼児を含む家族連れだったのだ。


 周知のとおり、スーパー戦隊の劇場版は2018年以降、それまで毎年1月中旬以降に公開されていた、放映終了間近の現行作品と前作の世界観をクロスオーバーさせ、2月にスタートする最新作のお披露目(ひろめ)の役割も兼ね備えた、いわゆる「VS」映画と、毎年3月下旬の春休みの時期に、仮面ライダーとコラボレーションするかたちで公開されてきた「スーパーヒーロー大戦(たいせん)」シリーズが廃止されてしまった。
 その結果、少なくともマニア間では人気も評価もきわめて高かったにもかかわらず、『ルパパト』の劇場作品は、放映中の2018年8月に公開された映画『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー en film(アン・フィルム)』(18年・東映)ただ1本のみとなってしまっていたのだ。
 これではファンの間で飢餓(きが)感が高まるのは必然であり、今回の『ルパンVSパトVSキュウ』に客がドッと押し寄せ、キャパオーバーとなることは充分に想定できたハズではないのか?


 いや、「V CINEXT」は、本来はスーパー戦隊仮面ライダーのコアなファンに向けた、大人向けのオリジナルビデオ作品のブランドなのですから、子供を連れて観に来られても困ります、なんて云い訳は通用しないだろう。
 『忍風(にんぷう)戦隊ハリケンジャー』(02年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20021110/p1)や『特捜戦隊デカレンジャー』(04年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20041112/p1)、『炎神(えんじん)戦隊ゴーオンジャー』(08年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20080824/p1)の「10年後」を描いたオリジナルビデオ作品=「10 YEARS AFTER(テン・イヤーズ・アフター)」シリーズは、まだ「V CINEXT」ブランドが立ち上がる前の発売だったため、本当にかぞえるほどの劇場でしか上映されなかったのだが、こうした旧作の続編に関しては、興行規模が小さいのも妥当(だとう)かと思える。
 メタルヒーローシリーズ・『宇宙刑事ギャバン』(82年・東映 テレビ朝日)の続編映画『宇宙刑事ギャバン THE MOVIE(ザ・ムービー)』(12年・東映)や、『人造人間キカイダー』(72年・東映 NET→現テレビ朝日)のリメイク映画『キカイダー REBOOT(リブート)』(14年・東映)を、仮面ライダースーパー戦隊の劇場版と同じ規模で興行しても、我々のような古い世代には魅力的に映っても、若い特撮マニアや子供たちを惹(ひ)きつけることはできず、前者はともかく、後者は大きくコケてしまったのだから(汗)。


 だが、そんな旧作とは違い、『ルパパト』や『キュウレンジャー』は、現在の特撮マニアの大半を占める若い世代や子供たちにとっては、最もなじみ深い作品であり、そんな彼らが夢中のスーパー戦隊の最新作・『騎士竜戦隊リュウソウジャー』(19年)の中で予告編を流されたら、熱心な視聴者ならば、誰だって観たいと思ってしまうのが必然であろう。
 一般層の家族連れにとっては、今回の『ルパンVSパトVSキュウ』が「V CINEXT」なる興行形態なんてことはいっさい関係なく、従来の「VS」映画が久々に復活した! という程度の認識でしかないだろうから、近年の作品をコラボする場合は、やはりそれ相応の興行規模にしなければ、本来なら観てくれるハズの客層を多数切り捨てることとなってしまい、むしろ損失の方が大きくなるのではなかろうか?
 実際少なくとも名古屋では大入り満員でも、ウルトラマン映画ですらランクインするミニシアターランキングでも圏外(けんがい)であり、ネットでググっても本作に対するコメントがブログやツイッターなどでもあまり出てこないほどであり、これでは口コミで客を呼ぶことも期待できないのである。


*「VS」映画としての達成度は?


 これは興行面ばかりでなく、内容面についても同じことがいえる。所詮(しょせん)は一部の熱心な視聴層に向けたファンムービーとして製作されてきた、従来のオリジナルビデオ作品であれば、リスペクトたっぷりのマニアックで内輪ウケの強い描写にあふれるばかりで、スーパー戦隊の大きな魅力であるハズの、合体ロボVS巨大怪人のバトルも描かれないほどに、ヒーローバトルのカタルシスに著(いちじる)しく欠ける内容であっても、個人的にはさほど問題視はしなかった――ホントにそうか?(笑)――。
 だが、あくまでハクをつけるために一部の劇場でのみ上映していたころに比べれば、「V CINEXT」の立ち上げにより、コアなマニア以外にも多くの目に触れることとなった以上、いくらオリジナルビデオ作品とはいえ、ファンムービーとしての要素を少々おさえてでも、スーパー戦隊の本来のメインターゲットである子供たちを、惹(ひ)いて離さない内容にシフトしていくべきかと思えるのだ。
 ルパンレンジャー、パトレンジャー、ルパンエックス=パトレンエックス、キュウレンジャー、そして意外や意外、『動物戦隊ジュウオウジャー』(16年)のジュウオウザワールド=門藤操(もんどう・みさお)までもが加わった、総勢20人(!)のスーパー戦隊が次々と名乗りをあげるクライマックスは確かに圧巻だったのだが、そこに至るまでの展開で、印象に残るアクション演出や特撮場面が、個人的にはあまりにも少なかったというのが正直な感想である。


 端的な例でいえば、『キュウレンジャー』のバランス=テンビンゴールド以外の、ガル=オオカミブルー、チャンプ=オウシブラック、ラプター283=ワシピンク、ショウ・ロンポー=リュウコマンダーといった着ぐるみキャラが、クライマックスまで出てこなかったのが、実に象徴的かと思えるのだ。
 顔出しの役者と違ってスーツアクターはスケジュール調整が難しいワケでもなく、声優はギャラも安くおさえられる(汗)のだから、これらの着ぐるみキャラを冒頭から頻繁(ひんぱん)に出すだけで、子供たちの反応はずいぶんと違うものになったかと思えるのだが、あえてそれをしなかったのは、やはり「V CINEXT」として、スタッフがやりたいことは別のところにあったと解釈すべきなのだろう。
 まぁ、そんな中でもサプライズで登場した『爆竜戦隊アバレンジャー』(03年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110613/p1)のマスコットキャラ怪人・ヤツデンワニは、今の若いマニア的にはリアルタイムで親しんだキャラであろうから、この演出は実に的確で好印象を持ったのだけれど。


*視聴対象の違いによる差別化演出とは?


 ただ、「V CINEXT」の第1弾として、『キュウレンジャー』のメインライターだった毛利亘宏(もうり・のぶひろ)が脚本を務め、坂本浩一監督がメガホンをとった『キュウレンジャーVSスペース・スクワッド』は、キュウレンジャーが二手にわかれて対立したり、先述した『宇宙刑事ギャバン』や『宇宙刑事シャイダー』(84年・東映 テレビ朝日)、『世界忍者戦ジライヤ』(88年・東映 テレビ朝日)といった、往年のメタルヒーローの二代目たちに加え、かつてのスーパー戦隊メタルヒーローシリーズの悪役たちまでもが登場したほど、サプライズ感満点だったし、それらの乱戦が繰り返される展開には、子供たちの反応もすこぶるよかったものだったが。
 ましてや2019年度は『騎士竜戦隊リュウソウジャー』が放映される前に、32組ものスーパー戦隊がトーナメント戦を繰りひろげた『4週連続スペシャル スーパー戦隊最強バトル!!』(19年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190406/p1)と題した、やはり坂本監督による前代未聞(ぜんだいみもん)のスペシャル企画が地上波で放映されただけに、やはり劇場版にはそれ以上のものを求めてしまうのが人情というものだろう(笑)。


 なお、坂本監督は『キュウレンジャー』の放映中に発売されたオリジナルビデオ作品・『宇宙戦隊キュウレンジャー Episode of(エピソード・オブ) スティンガー』(17年・東映ビデオ)も担当したが、これは坂本監督の作品とは思えないほどに、画面も作風もやたらと暗さがめだつ、少々陰鬱(いんうつ)な作品であり、かなり過激なバイオレンス描写も散見されたものだった。
 ただ、スティンガー=サソリオレンジがプロモーションビデオ風に歌う描写があったり、敵ヒロインとの悲恋(ひれん)が描かれたほどに、これはあくまでスティンガーのファンムービーとして、坂本監督が完全に振り切った演出によるものだったのだ。なんせ片手の指で足りるほどの劇場でしか上映はなかったのだから、子供の目線を意識する必要はなかったのである。
 これとは対照的に、「V CINEXT」として上映館の数が増えた『キュウレンジャーVSスペース・スクワッド』や、テレビ放映の『スーパー戦隊最強バトル!!』、つまり、多くの子供たちが目にする作品では、坂本監督は本来のオリジナルビデオ作品やネット配信ドラマ、深夜枠で放映されるドラマなどとは明確に差別化した、サービス精神旺盛(おうせい)な演出に徹するのだ。
 ちなみに『キュウレンジャーVSスペース・スクワッド』は、先述した過去のスーパー戦隊メタルヒーローシリーズの悪役たちの登場が、企画段階で一度はずされそうになったのだが、坂本監督の強い要望で残されることになったというエピソードが、『宇宙戦隊キュウレンジャー 公式完全読本』(ホビージャパン・18年9月20日発行)に記載されているが、観客や視聴者がこうしたヒーロー競演ものに求めている要素を完全に把握(はあく)した、坂本監督らしい話であるだろう。


 今回の『ルパンVSパトVSキュウ』の脚本を務めたのは、坂本監督とコンビを組んで、先述した『ギャバンVSデカレンジャー』や『スーパー戦隊最強バトル!!』を手がけた、大ベテランの荒川稔久(あらかわ・なるひさ)だが、氏は自身が深く関わった90年代から00年代の作品の続編や、それらに登場したヒーローたちの競演ものではリスペクトたっぷりの良い仕事をするにもかかわらず、『海賊戦隊ゴーカイジャー』(11年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20111107/p1)のメインライターを最後に、2010年代はスーパー戦隊を年に数本しか書かなくなったために、今回メインの戦隊にはモチベーションも愛着もわかなかったのか、ユルユル感が全体的にめだっていたが、これはいかにもマニアあがりならではの悪いクセではないのかと。
 いや、ルパンイエロー・パトレン3号・カメレオングリーン・ワシピンクが、クライマックスバトルで共闘する最中、「女子会」みたい(笑)であるとして、『ルパパト』のシェフ・宵町透真(よいまち・とおま)=ルパンブルーと、『キュウレンジャー』のシェフ・スパーダ=カジキイエローの料理を囲む「女子会」を夢想してしまう、なんてノリは、個人的にも大スキだし、母親層にもウケる描写かと思えるのだ。
 ただ、あれほど『ルパパト』で魅力的に描かれた登場キャラの良さが、今回の『ルパンVSパトVSキュウ』ではあまり感じられなかったというか、特にルパンイエロー=早見初美花(はやみ・うみか)とパトレン3号=明神(みょうじん)つかさの姿が、この「女子会」の場面くらいしか印象に残らないというのは……(笑)


*続編なら時系列を明確にすべし!


 もうひとつ本作で気になるのは、今回は時系列的には『ルパパト』が1年間に渡って放映された世界観の中の「どこか」で起きた事件という設定であり、『ルパパト』のいわゆる後日談ではないことだ。
 敵組織・ギャングラーが完全には壊滅することなく、いまだ残党の怪人が暴れつづけ、そのギャングラーからお宝のルパンコレクションを奪うために、それぞれの大事な人を取り戻したにもかかわらず、いまだに快盗をつづけるルパンレンジャーと、それを阻止しようとするパトレンジャーが、現在進行形で対立する図式を示すかたちで『ルパパト』は幕を閉じたのだから、その両者の関係性が、果たしてどのように進展・変化を遂(と)げているのか、多くの観客が観たかったのは、やはりその部分なのではあるまいか?
 これまでの慣例からしても、毎年6月になると2月に終了したスーパー戦隊の「その後」を描く続編的内容のオリジナルビデオ作品がリリースされてきただけに、これには肩透(す)かしを食らったとの感想も多いことだろう。


 また、近年では仮面ライダーの劇場版も、「第○話と第○話との間」に起きた出来事として、番外編ではなく、テレビシリーズと完全に連動する世界観であることを強調し、登場キャラやセリフ・描写などを共有する演出によって双方を関連づける手法により、視聴者を劇場へと誘導することに成功している。
 先述した『スペース・スクワッド ギャバンVSデカレンジャー』は、『宇宙戦隊キュウレンジャー』SPACE(スペース)18『緊急出動! スペースヒーロー!』放映の約1ヶ月後のリリースだったため、このSPACE18は宇宙刑事ギャバンと『特捜戦隊デカレンジャー』のメンバーがゲスト出演してキュウレンジャーと競演する、宣伝的意味合いを持つ内容となっていた。
 そして、『宇宙戦隊キュウレンジャーVSスペース・スクワッド』は、前作『ギャバンVSデカレンジャー』の続編であるばかりではなく、『キュウレンジャー』SPACE18の場面を回想として流用したり、セリフを再現することで、『キュウレンジャー』の正規の続編でもあることが強調されていたのだ。


 すでに放映を終了したシリーズの、それも時系列がハッキリしない「どこか」(笑)で起きた出来事だとか、『スペース・スクワッド』シリーズと関連づけて描かれてきた『キュウレンジャー』のメンバーがせっかくメインで登場するのに、往年のスーパー戦隊メタルヒーローとの競演が描かれないのでは、これまでの作品群とのつながりが非常に弱く感じられ、特に子供たちに対しては、スーパー戦隊を追いつづける興味・関心を薄くしてしまい、「子供番組」からの卒業を誘発するように思えるのだ。
 いっそのこと、『ルパパト』の「どこか」ではなく、放映中の『騎士竜戦隊リュウソウジャー』の「第○話と第○話との間」に起きた出来事であるとして、『ルパンVSパトVSキュウ』公開の前後に放映される回に、全員でなくてもいいから主なメンツをゲスト出演させるとか、『ルパンVSパトVSキュウ』にリュウソウジャーを出すことで、スーパー戦隊がすべてつながった「ひとつの世界」であることを、子供たちに示すべきではなかったか?


*今後の「VS」の興行をどうすべきか?


 今回の『ルパンVSパトVSキュウ』は、大変失礼ながら、従来ファミリー向けに公開されてきた映画・「VS」シリーズと、熱心なファンに向けて製作されてきた、スーパー戦隊のオリジナルビデオ作品という、これまでうまく住み分けができていた両者を、狭くて小さな家に無理やり同居させることの限界が露呈しているように思えたものだ。
 種々の事情により、「VS」シリーズをかつての興行規模で公開するのは困難であるのかもしれないが、それをオリジナルビデオ作品として製作し、かつ一応は多くの子供の目に触れるかたちで興行するのであれば、もう少し子供の目線を意識した、特撮やアクションを前面に押しだした作風にすべきではなかろうか?
 いや、「VS」シリーズは、2019年のGWの興行で30年ぶりにその名称が復活した『東映まんがまつり』(!)のメインプログラムに据(す)えることで、「V CINEXT」のように上映がない地域の子供たちを失望させることなく、日本中の子供たちに観てもらえるようにすべきだと、個人的には代案としてあげたいのである。


 東映動画(現・東映アニメーション)製作の長編アニメ映画と、実写のヒーロー作品やテレビアニメ数本をまとめて上映する、1960年代半ばから興行された東映の子供向け週間は、1969年夏以降、「東映まんがまつり」なる呼称が定着し、「昭和」の仮面ライダースーパー戦隊メタルヒーローなどの劇場版はそこで上映されていた。
 だが、元号が「平成」に入った翌年の1990年、この「東映まんがまつり」は「東映アニメフェア」と名称を変更して、東映動画製作のテレビアニメの劇場用新作のみを上映することとなり、以後特撮ヒーロー作品の劇場版は排除されたのだ。
 ゆえに『地球戦隊ファイブマン』(90年)、『鳥人戦隊ジェットマン』(91年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110905/p1)、『恐竜戦隊ジュウレンジャー』(92年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20120220/p1)の劇場版は、製作されずに終わってしまった。この当時は『高速戦隊ターボレンジャー』(89年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20191014/p1)が放映途中で従来の土曜18時から金曜17時30分へと「左遷(させん)」され、時間枠も30分から25分(!)に短縮となっていただけに、このリストラの連打は製作現場の士気にも強く影響したことかと思われる。
 世間がバブル景気で最も浮かれていた90年前後は、逆にスーパー戦隊が最も苦境に立たされていた時代だったのだが、これは筆者にとっては「平成」を実に象徴する事象であったように思える。89年夏に連続幼女誘拐殺人事件の犯人として逮捕された男が「特撮マニア」だったことも、これと決して無縁ではなかったのかもしれない。


 そして1993年、映画『仮面ライダーZO(ゼット・オー)』(93年・東映)と『五星(ごせい)戦隊ダイレンジャー』(93年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20111010/p1)・『特捜ロボ ジャンパーソン』(93年・東映 テレビ朝日)を併映した「東映スーパーヒーローフェア」なる興行が設けられ、1994年の映画『仮面ライダーJ(ジェイ)』(94年・東映)・『忍者戦隊カクレンジャー』(94年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20120109/p1)・『ブルースワット』(94年・東映 テレビ朝日)、1995年の映画『人造人間ハカイダー』(95年・東映)・『超力戦隊オーレンジャー』(95年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110926/p1)・『重甲ビーファイター』(95年・東映 テレビ朝日)と、以後3年に渡り、長編ヒーロー映画とスーパー戦隊メタルヒーローの劇場用新作を3本立てで上映するかたちでつづいたが、興行的な不振のためかそこで打ち切りとなり、映画『百獣戦隊ガオレンジャー 火の山、吼(ほ)える!』(01年・東映http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20011112/p1)で復活を遂(と)げるまで、90年代後半にはスーパー戦隊の劇場版は、いっさい製作されることはなかったのだ――ちなみに90年代後半といえば、当時の特撮マニアの間では平成ウルトラマン三部作(96~98年・https://katoku99.hatenablog.com/archive/category/%E5%B9%B3%E6%88%90%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%A9)や、怪獣映画・「平成」ガメラシリーズ(95~99年・角川大映)が大絶賛されていたころでもあり、スーパー戦隊はそれらよりも一段低いものとされ、「平成」仮面ライダーもまだ放映されてはいなかった――。


 現在の日本特撮におけるスーパー戦隊の立ち位置からすれば、この事実は若い世代には実に意外に思えるだろうが、「VS映画」、そして「スーパーヒーロー大戦」の「リストラ」を、筆者は「東映まんがまつり」から特撮ヒーロー作品が排除されたこととつい同一視してしまい、90年代と同様に、再度スーパー戦隊苦難の時代が到来するのではないのか? と、危惧(きぐ)するものがあるのだ。
 また、「東映スーパーヒーローフェア」すらも終了したことで、劇場での居場所を失った90年代後半のスーパー戦隊が、その代わりに住むことができたのがオリジナルビデオ作品だったのだが、『超力戦隊オーレンジャー オーレVS(たい)カクレンジャー』(96年・東映ビデオ)』から『百獣戦隊ガオレンジャーVS(たい)スーパー戦隊』(01年・東映ビデオ・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20011102/p1)に至るまで、『救急戦隊ゴーゴーファイブ 激突! 新たなる超戦士』(99年・東映ビデオ)を除き、それらはすべて現行のスーパー戦隊と前作のスーパー戦隊が競演する「VS」ものだったのであり、元々スーパー戦隊のオリジナルビデオは、決して一部の熱心なファンのみに向けられたものではなかったのだ。
 これらの経緯を振り返れば、今後のスーパー戦隊の劇場作品、そして「V CINEXT」が、スーパー戦隊を未来永劫(えいごう)存続させるために進むべき道は、すでに見えているのではなかろうか?


(了)
(初出・『仮面特攻隊2019年晩夏号』(19年8月25日発行)所収『ルパンレンジャーVSパトレンジャーVSキュウレンジャー』合評2より抜粋)


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『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー オリジナルプレミアムドラマ』 ~安易なネット配信の番外編だと侮るなかれ。TV正編のらしさ満載!

東映ビデオ・2019年2月6日発売)


(文・久保達也)
(19年5月12日脱稿)


 『快盗戦隊ルパンレンジャーVS(ブイエス)警察戦隊パトレンジャー』(18年)の劇場版・映画『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー en film(アン・フィルム)』(18年・東映)が公開された2018年8月4日、および翌週の8月11日に前後編形式で配信されたネットムービー、


・『快盗戦隊ルパンレンジャー+(プラス)警察戦隊パトレンジャー 究極の変合体!』(18年・au(エーユー)ビデオパス)


・『警察戦隊パトレンジャー Feat.(フィーチャリング) 快盗戦隊ルパンレンジャー もう一人(ひとり)のパトレン2号』(18年・東映特撮ファンクラブ)


の2本が映像ソフトとしてカップリングされ、『ルパパト』最終回のオンエアを直後に控えた2019年2月6日に東映ビデオから発売された。


 若い世代のマニアたちは、こうしたネットムービーをフツーに楽しんでいるのであろうが、「昭和」生まれのアナログ世代である筆者のような中年オヤジにはなじみがないものであり、正直登録や視聴の方法もいまだによくわかっていない(汗)。
 なので、今回の映像ソフトのリリース、しかも従来の東映ビデオのオリジナルビデオ作品とほぼ同じ60分強の収録時間の割にはかなりの低価格――ブルーレイが3800円、DVDは2800円。Amazon(アマゾン)で買えば25%オフ(笑)――のため、テレビシリーズの終了でいまだに『ルパパト』ロス(笑)に陥(おちい)っている筆者としては、手を出さずにはいられなかったのだ。


*『快盗戦隊ルパンレンジャー+警察戦隊パトレンジャー 究極の変合体!』


 敵組織・ギャングラーの磁力を武器にする怪人マグーダ・ポーンによって、ルパンレッドとパトレン1号が磁石のようにくっついて離れなくなったことで巻き起こる騒動を描いた、完全なドタバタコメディであり、テレビシリーズの『ルパパト』の魅力のひとつであった、多数のキャラのさまざまな思惑が複雑に交錯する群像劇といった趣(おもむき)とはほど遠い内容だ(笑)。
 だが、『ルパパト』を知らない人でさえも、前後編あわせて約30分のコレを観るだけで、おおよその雰囲気をつかむことができるのではないかと思えるほど、『ルパパト』の作風・世界観を絶妙なまでに凝縮(ぎょうしゅく)した、冴(さ)え渡る本編&アクション演出は実に秀逸(しゅういつ)である。


 導入部ではマグーダ・ポーンが戦闘員のポーダマンを従え、銀行強盗を働いているが、多数のシャンデリアに照らされた社交場のようなギャングラーのアジトにて、幹部怪人のデストラとゴーシュが、マグーダは先述した映画『en film』に登場した怪人・ウィルソンの指示でカネを集めているのだ、と語る場面があり、ラストではそのウィルソンまでもが登場するのだ。
 また、国際警察日本支部では高尾ノエル=パトレンエックス=ルパンエックスが、やはり『en film』にイギリスの名探偵として登場するも、その正体はウィルソンとコンビを組む怪人だったエルロック・ショルメが、近々来日するという情報をつかむ場面があり、本作が映画の前日譚(たん)であることを強調して集客につなげようとする演出は、さすがは商売上手の東映といったところか。
 ただ、映画でエルロックの人間態である名探偵を演じたお笑いコンビ・ココリコの田中直樹の姿は、ノエルが観るモニターでは口元しか映らず、これはギャラが発生するのを避けるためだろう(笑)。


 マグーダが暴れる銀行内に、テレビシリーズで定番だったスウィング・ジャズ風のテーマ音楽が流れる中、シルクハットにアイマスクを着用した快盗ファッションに身を包む、夜野魁利(やの・かいり)=ルパンレッド、宵町透真(よいまち・とおま)=ルパンブルー、早見初美花(はやみ・うみか)=ルパンイエローが現れ、3人が怪人に向けてひとことづつ放つ口元のみを、黒バックを背景にして順にアップで映しだし、魁利による「世間を騒がす怪盗さ」のキメゼリフと同時に、銃を構える3人の姿があらわになる華(はな)にあふれる演出。
 銃型の変身アイテム・VSチェンジャーを発砲して「快盗チェンジ!」と変身するや、各自がポーダマンを組み伏せながら名乗りをあげ、銀行を飛び出すやバック転・宙返り・足払いをはじめ、カンフーアクションの魅力をも兼ね備えたSF映画『マトリックス』(99年・アメリカ)で描かれたような、宙を大股(おおまた)開きで側転をかますといった映像表現をも彷彿(ほうふつ)とさせる、アクロバティックなアクションを繰りだすルパンレンジャー!
 こうしたエレガントかつスタイリッシュなカッコよさこそが、ルパンレンジャー最大の魅力であるだろう。
 専用車で駆けつけ、「警察チェンジ!」で変身したパトレンジャーもそこに乱入、商業施設の連絡通路で繰りひろげられるバトルを、カメラが上空から俯瞰(ふかん)しながら、そのまま階下でのバトルへとワンカットで移動、そこに発砲の残像や火花・炎の効果が描かれる、実に立体的で臨場感満点のアクション演出もまた然(しか)りだ。


 ここまではいつもの『ルパパト』のカッコよさが描かれるが、先述したようにマグーダの磁力光線を浴びたルパンレッドとパトレン1号は、背中合わせの状態で離れなくなってしまい、あとはコミカルモード全開となっていく。
 パトレン1号=朝加圭一郎(あさか・けいいちろう)=圭ちゃんが、「昭和」の名作刑事ドラマ・『太陽にほえろ!』(72~86年・東宝 日本テレビ)で、故・松田優作が演じたジーパン刑事の断末魔のように、「なんじゃぁこりゃぁ~~!!」と絶叫するさまを俯瞰してカメラが青空へとパン、そこにタイトルが挿入(そうにゅう)される演出は、コミカルさを強調しつつも、やはりいつもの『ルパパト』らしさをも感じさせてくれるものだろう。


 また、本作は時間軸的には先述した映画『en film』で、ウィルソンによって異世界へと幽閉された圭ちゃんと魁利が、一時休戦して共闘関係を組む前の話であり、ふたりの関係性は、テレビシリーズ第30話『ふたりは旅行中』で、夏休みの温泉旅行を装って隠密(おんみつ)捜査に出た圭ちゃんに、ノエルの依頼で同行した魁利が、ギャングラーの幹部怪人・ザミーゴによって行方不明となった兄・勝利と圭ちゃんを、次第に重ね合わせるようになる以前のものなのだ。
 したがって本作では魁利は圭ちゃんを「圭ちゃん」ではなく、終始「熱血おまわり」と呼んでおり、テレビシリーズ終盤にて兄弟のような関係へと至った魁利と圭ちゃんではなく、まだ完全に互いが敵意むきだしであり、離れようと必死になるさまが、より視聴者の笑いを誘うこととなっている。


 ルパンブルー&ルパンイエローと、パトレン2号&3号が双方からひっぱっても、ルパンレッドとパトレン1号を引き離すことができないほど、その磁力は強力であり、やむなくルパンブルーとルパンイエローはパトレン1号が背中にくっついたままのルパンレッドを、アジトのビストロ・ジュレへと連れ去ることに。
 ルパンレンジャーとしての正体を圭ちゃんに知られないために、透真と初美花によってさるぐつわに目隠し、耳にはヘッドホンまであてられた圭ちゃんは暴れまくるが、なんとか目隠しと口の束縛(そくばく)から解放された圭ちゃんは、「誰かいないかぁ~~!! ここに快盗がいるぞぉ~~!!」と絶叫する(笑)。
 近所に気づかれたらかなわんとばかりに、魁利は圭ちゃんを背負ったまま外に飛び出していくが、ギャングラー出現の通報で現地に急行する陽川咲也(ひかわ・さくや)=パトレン2号と明神(みょうじん)つかさ=パトレン3号を乗せた国際警察の専用車を見かけた圭ちゃんは、今度は逆に魁利を背負ったまま、そのあとを全速力で追いかけていく(爆)。
 ツンデレでややヤンキーチックな魁利、ひたすらアツ苦しい圭ちゃんと、まさに水と油であるふたりの体をはったコテコテ演技がサイコーに楽しいが、これがあるからこそ、マグーダがアジトとする廃工場に現れた、快盗姿の透真と初美花が、スポットライトを背景に銃を向けながら静かにマグーダに迫ったり、咲也とつかさが工場内に突撃してくるカッコよさが、より際(きわ)だつというものだ。


 廃工場で繰りひろげられるルパンレンジャーVSパトレンジャーVSギャングラーの乱戦模様がカッコいいだけに、そこに魁利を背負ったままの圭ちゃんがドタドタと割って入ってくるのは、完全に場違いという感すらある(笑)。
 それでも背中合わせのまま、共通するアイテムのVSチェンジャーで同時に変身をとげる魁利と圭ちゃんに、ルパンレッド&パトレン1号のスーツが装着されるカットはカッコいいのだが、やはり背中がくっついたままの両者がむやみやたらとギャングラー一味に発砲することで、工場内は炎の海に包まれてしまう。
 この場面自体はコミカルなのだが、CGではなく火薬を使用することで、ルパンレンジャー&パトレンジャーが最大の危機に陥(おちい)っている印象をも感じさせてくれる演出は秀逸だ。
 さらにブチギレたマグーダが再度磁力を発動させることにより、今度はルパンブルー・ルパンイエロー・パトレン2号・パトレン3号の4人がくっついてしまい、その変身も解除されてしまう!
 4人が「なんじゃぁこりゃぁ~~!!」と絶叫するさまを俯瞰して前編が終了となる、まさに係り結び的な演出も実に見事だ(笑)。


 自身もまだパトレン1号とくっついたままなのに、くっついた4人を「ちょ~笑える」と、現状認識ができていないばかりか、自身の無謀(むぼう)な行動が4人を危機に陥(おとしい)れたことをまるでわかっていないルパンレッド、そんなレッドを真剣にどやしつけるパトレン1号と、こんなコミカルな場面でも両者を対比的に描くことで、しっかりとキャラを掘り下げているのは、まさに『ルパパト』ならではのものだろう。
 おまえがでしゃばるから、いや、おまえが邪魔するからなどと、互いに責任を転嫁(てんか)する魁利と圭ちゃんに、すっかりあきれかえってしまったノエルは、今回は僕ひとりで解決すると主張するが、これに反発した魁利と圭ちゃんは、やはりくっついたままでマグーダのあとを追う。
 ここで一計を案じた魁利は、圭ちゃんを通りかかった建物の入り口の柱に縛(しば)らせ、VSビークルの推進力で自身をロープでひっぱりあげてもらうことで、見事圭ちゃんと分離することに成功する!
 VSビークルにひっぱられて空を舞う魁利を俯瞰する立体的なカットがまた実に臨場感にあふれているのだが、「ご協力、ありがちゅ~~」と去っていく魁利に、一瞬の間を置いたあと、「しまった……だまされたぁ~!!」と地団駄(じたんだ)を踏んでくやしがる圭ちゃんの姿が最高に笑えるものの、これはテレビシリーズ中盤くらいまでの魁利と圭ちゃんの関係性を、最大に象徴する描写だといえるだろう。


 そうしている間にも、透真・初美花・つかさには、最大の危機が迫っていた! 3人にくっついている咲也が、「トイレに行きたい」(笑)と云いだしたのだ。
 透真が咲也に「ここでしたら殺す」(爆)と冷徹に云い放つのが「らしさ」を感じられるだけに、その危機感がより強調されているのだが、4人を分離させるにはマグーダを倒さねばならないものの、周知のとおり、『ルパパト』ではギャングラー怪人を倒す前に、ルパンレンジャーが大事な人を取り戻すという願いをかなえるための、ルパンコレクションを怪人から回収せねばならず、それらを早急に解決せねば、咲也が透真・初美花・つかさを巻きこむかたちで小便をもらしてしまう、史上最大の危機(大爆)に見舞われるのだ!
 クライマックスバトルに緊迫感を与えるためとはいえ、もう、なんつーか……(笑)


 これとは一転、マグーダに孤軍奮闘するパトレンエックスのアクロバティックなアクションもさることながら、ポーダマンたちの発砲でロケ地のテラスの天井や壁に弾痕(だんこん)が、周囲に炎や火花が描かれるCG演出が華を添えてくれる。
 さらにVSビークルにロープでひっぱられながら魁利が空で変身、そのまま画面手前をかすめるように、ルパンレッドがターンしてすべりこみ、着地するやCGからスーツを着用したアクターに瞬時に切り替わっているのはあまりにもあざやか! レッドが指を慣らして名乗りをあげるのも実にカッコいい!
 もっともこれにつづいて咲也が「限界です!」と叫び、透真・初美花・つかさが画面3分割で悲鳴をあげたり、パトレン1号が縛られていた柱を両腕でかかえたまま、銃を構えてラストバトルの舞台に現れ、ルパンレッドが「火事場のバカ力かよ」(笑)とボヤいたりと、最後まで両極端な演出が交互に繰り返される展開となっている。
 だが、ノエルがパトレンエックスからルパンエックスにチェンジしてコレクションを奪い、ルパンレッドとパトレン1号が磁力でひき寄せられるのを利用して双方からマグーダに突撃、剣で斬りつけてとどめを刺すといった連携(れんけい)プレーが、実にあざやかだったことは確かだ。
 3人の活躍で透真・初美花・つかさ・咲也はようやく分離、咲也は全速力で外に駆けだしていくのだった(笑)。


 初美花に恋焦(こ)がれていた咲也が、ジュレを舞台にしたラストにて、「あの快盗の女の子、いい匂(にお)いがした」と発言、初美花が手がすべったとして咲也に水をぶっかけるに至るまで、全編ネットムービーというよりは、むしろ講談社『テレビマガジン』や小学館『てれびくん』といった幼年誌の愛読者全員サービスDVDのノリにかなり近い趣だ。
 ただ、ぶっちゃけドラマ的には極めてユルユルで、ひたすら見せ場を充実させた明るいノリの、本来の視聴層である子供たちこそが大喜びしそうなこうした作品が、ネットムービーとして配信され、それが大ウケしてしまう現状には、やはり古い世代としては、隔世の感をおぼえずにはいられないのである。


*『警察戦隊パトレンジャーFeat.快盗戦隊ルパンレンジャー もう一人のパトレン2号』


 さてこちらはテレビシリーズ第43話『帰ってきた男』&第44話『見つけた真実』に登場した、戦力部隊結成当時に国際警察に所属し、本来ならパトレン2号となるハズだった東雲悟(しののめ・さとる)について、前編の大半を使ってつかさが回想するかたちで語られ、後編では悟の後任としてパトレン2号となり、悟の想いを継承した咲也の奮闘ぶりが描かれる。
 タイトルに「Feat.」とあるように、実はこちらでは魁利・透真・初美花がいっさいルパンレンジャーに変身しないどころか、3人はジュレの買い出しの帰り道に、公園のベンチでひとりたたずむ圭ちゃんを見かける場面と、ラストシーンに登場するのみであり、完全にパトレンジャーが主役の話となっているのだ。
 当初製作側はルパンレンジャーの方が圧倒的に人気が出ると想定していたようだが、いざ放映が始まるや、子供たちの反応はともかく、「圭ちゃん」がネットのHOT(ホット)ワードと化したほど、少なくとも大人の視聴者の間では、パトレンジャーの方が断然人気を得ることとなった。
 『もう一人のパトレン2号』が製作され、ネットムービーとして配信された背景には、やはりパトレンジャーが想定外の人気を得たことが大きかったのではあるまいか?


 つかさの後輩である咲也が2号で、先輩のつかさが3号なのはナゼ? と、『ルパパト』の視聴者であれば誰もが疑問に思ったことであろうが、ノエルが咲也に異様に顔を近づけ、まじまじと見つめたうえでその疑問をぶつけ、咲也が困惑するところから本作は開幕する。
 そこにギャングラー出現の通報が入り、パトレンジャーは現地に急行するが、怪人の姿を見た途端、圭ちゃんはナゼか冷静さを失い、パトレン1号に変身して怪人に怒りをぶつけまくった。
 だが怪人にはかなわず、勝ち誇った笑いをあげて去っていく怪人の姿に、パトレン1号が絶叫して地面にこぶしをたたきつけるカットにタイトルが挿入される演出は、先述した『究極の変合体!』とは見事に差別化されており、これが本来のネットムービーらしい(?)、シリアスな路線であることを象徴している。
 また、『究極の変合体!』のロケ場面が終始ピーカンの青空の下(もと)で撮影されていたのに対し、『もう一人のパトレン2号』のロケ場面がほぼ曇天(どんてん)の空一色であるのも、単なる偶然とは思えないものがあり、やはり作風の違いを明確にする意図が感じられるのだ。


 圭ちゃんとつかさが怪人を既知の存在であるかのような態度だったことを不審がったノエルに、つかさは怪人を「因縁(いんねん)の敵」であるとして、苦い過去を語り聞かせる。
 戦力部隊として着任し、国際警察日本支部に黒のスーツ姿で集結する圭ちゃんとつかさだが、やや遅れてやってきた悟は、携帯音楽プレーヤーのヘッドホンを耳にあてていた。
 ここで悟が聴いていたのは、ドイツのバロック音楽の作曲家・バッハによる『管弦楽曲第3番ニ長調』の第2曲『アリア』を、やはりドイツのヴァイオリニストだったアウグスト・ウィルヘルミが編曲した『G(ジー)線上のアリア』だ。
 テレビドラマやCMでも多用される名曲なので、タイトルはわからなくとも、誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。


 先述したテレビシリーズ第43話&第44話では、既にギャングラーに殺されていた悟に怪人が化けたニセものが登場したが、キザとまではいかないまでも、ややきどった感じのエリート風情(ふぜい)だった悟のキャラには、エレガントな『G線上のアリア』は実にお似合いだ。
 そして、そんな名曲ですらも、「勤務中に音楽を聴くな!」と、悟にヘッドホンをはずさせる圭ちゃんは、『4週連続スペシャル スーパー戦隊最強バトル!!』(19年)で「きまじめチーム」(爆)に所属していたほど、ここでもそのきまじめぶりが如実(にょじつ)に表れている。
 こうした短いやりとりですらも、キャラたちの「らしさ」を描きつくした演出は、テレビシリーズの『ルパパト』の大きな魅力だったのだ。


 当時の国際警察にはまだパトレンジャーとしての装備がなかったため、圭ちゃんたちは変身することなく、生身でギャングラーと戦うことを強(し)いられており、戦闘員のポーダマンにさえかなわず、市民たちを逃がすのが精一杯だったのだ。
 ギャングラーを倒せない自分たちの非力さにいらだつ圭ちゃんに、悟は音楽でも聴いておちつけと、自身の携帯プレーヤーを手渡すが、圭ちゃんはそれを払いのけ、悟につかみかからんとする。
 そんな圭ちゃんを評して、悟はきまじめなのはいいところだが、それは危(あや)ういところでもある、とつかさに語るのだ。


 ギャングラーのアジトに潜入し、怪人ゾニック・リーに鉄パイプで殴りかかる圭ちゃんだが、怪人が武器として放つ超音波に襲われ、窮地(きゅうち)に立たされる。
 そこにヘッドホンを耳にあてた悟が、『G線上のアリア』を聴きながら駆けつけ、ゾニックに突撃して圭ちゃんを救う。
 悟は音楽を聴くことでゾニックの超音波を防いだのだが、ここで悟が圭ちゃんに、「勤務中だが許せ」と放つのがなんともイキである。
 だが、ゾニックの逆襲から圭ちゃんとつかさをかばった悟は、崩れてきた瓦礫(がれき)の下敷きとなり、重傷を負ってしまう。


 圭ちゃんとつかさの絶叫で前編は幕となるが、後編は神妙な面(おも)持ちで悟の病室の前でたたずむ、圭ちゃんの姿からはじまる。
 「悟の云うとおりだな」とつぶやいたつかさは、悟が以前、「きまじめな奴は自分をもきまじめに追いこむ。自分を見失うことにも気づかずに。それをサポートするのが、2号であるオレの役割だ」と語っていたことを圭ちゃんに告げ、悟の想いを無駄にするなと、悟の携帯プレーヤーを圭ちゃんに手渡し、背を向けて廊下の奥へと静かに立ち去っていく。
 テレビシリーズでもボソッとつぶやくように放ったひとことのみで、ズバッと核心をつくことが多かったつかさを象徴する描写となっているが、きまじめにすぎる圭ちゃんを決して否定することなく、あくまでリーダーとして立て、自身はサポート役に徹するとした悟の想いは、そんなつかさの静的なカッコよさによって、今回も圭ちゃんに充分に伝わったのだ。


 このときに手渡されたプレーヤーを、現在も圭ちゃんが大事に持っていること自体が感動的だが、悟を「幻(まぼろし)のパトレン2号」にしてしまった「因縁の敵」=ゾニックの出現に、公園のベンチでひとりたたずみ、悟が好きだった『G線上のアリア』を聴くことで、悟の想いを再びかみしめる圭ちゃんの姿は、ファンには涙なしでは見られないだろう。
 『究極の変合体!』におけるコミカルな絶叫演技もよかったが、テレビシリーズ終盤での魁利とのからみで顕著(けんちょ)に見られたような、誠実さ・実直さが強調された圭ちゃんの表情演技には、本作でもやはり人間的な厚みが感じられたのである。


 圭ちゃんが『G線上のアリア』を聴きながらゾニックの攻略法を考えている間にも、再度街でゾニックが暴れまわり、ヘッドホンを耳にあてたパトレン2号と3号が急行する。
 だが、体内の金庫にルパンコレクションを入れることでゾニックの超音波は以前より強力となり、2号と3号は変身を解除されてしまう!
 先輩のつかさをかばい、咲也はズタボロになりながらも、自分は先輩たちの想いを決してムダにすることなく、全力でサポートする! などと絶叫しながら、ゾニックに生身で立ち向かった。
 ゾニックに首を締められる咲也のカットで、咲也の主観でとらえられたゾニックの姿が次第にボヤけていく描写が、咲也の危機を絶妙なまでに描いており、これまた実に秀逸な演出だ。
 この場面はまだパトレンジャーの装備がなかったころの国際警察が、怪人と生身で戦っていたのと重ね合わせて描かれているようであり、咲也が先輩たちの想いをまさに体言して見せることで、ドラマ演出とアクション演出のクライマックスを融合させているのだ。
 遅れて駆けつけた圭ちゃんが、『G線上のアリア』を聴くことで編みだした、間逆の波形の音波をぶつけてゾニックの超音波を破壊するのもまた然りだ。


 「遅れてすまん。よくがんばったな」と、咲也の肩に手を置いて誉(ほ)め讃(たた)える圭ちゃん、ゾニックの攻撃で圭ちゃんが落としたVSチェンジャーを拾い、圭ちゃんに手渡す咲也の姿は、まさに理想的な先輩・後輩関係が端的に描かれているといえるだろう。
 パトレンジャーに変身後も、理想的な先輩・後輩関係はつづく。
 「援護を頼む」と、自身のVSチェンジャーを1号=圭ちゃんが2号=咲也に貸し与え、2号が二丁拳銃で1号をサポートする描写で、それぞれの銃から赤と緑のレーザーが発砲されるのは、その最大の象徴として機能しているのだ。
 「国際警察をなめるな!」との1号の合図で、1号・2号・3号が三方から剣で斬りつけることで、パトレンジャーは見事に「因縁の敵」を倒したが、それぞれの剣の残像が赤・緑・ピンクで表現されるなど、全編シリアスな展開ながらも、スーパー戦隊としての華が決して忘れられていない演出は好印象だった。


 ちなみに『究極の変合体!』とは異なり、こちらは先述した劇場版との直接的なつながりは描かれてはいないのだが、劇場版の公開と同時期に放映され、透真と咲也がエアロビクスのレオタード姿を披露した(爆)、テレビシリーズ第27話『言いなりダンシング』では、登場した怪人・ピョードルを、圭ちゃんとつかさがゾニックと見間違える場面がある。
 頭部から上半身にかけて球体をゴテゴテと飾りつけたピョードルの造形は、ゾニックの色を塗り直して若干(じゃっかん)の改造を加えたものだろうが(笑)、それでもネットムービーとつながりを持たせることで、視聴者を誘導しようとする戦略性の高さは評価されるべきだろう。


 それにしても、『究極の変合体!』と同様、こちらもラストの舞台はジュレの店内であり、今回の勝利を圭ちゃんから「頼りになる2号がサポートしてくれたおかげだ」と誉められた咲也が、圭ちゃんが咲也にそうしたように、初美花の肩に手をやる描写があり、咲也が初美花にホの字であることを強調して幕となるのは共通しているのだ。
 テレビシリーズの最終展開で初美花の正体がルパンイエローだと知った咲也は、「許されない愛」に葛藤(かっとう)することとなり、魁利と圭ちゃんの関係性の変化とともに、視聴者の涙を誘うこととなった。
 まだ何も知らずにはしゃいでいた、この当時の咲也の姿を今観ると、あらためて泣けるものがあるのは確かなのだ。


 だが、『もう一人のパトレン2号』は、これだけでは終わらない。
 透真がコーヒーポットを手に、ある客に「おかわりいかがでしょうか?」と勧めるが、その客は「代わりなら、もう大丈夫だ」と答える。
 初美花を相手に有頂天となった咲也を背景に、当初その客は口元しか映しだされないが、そこに流れるのは『G線上のアリア』なのだ……
 ヘッドホンを耳にあてたその客は、帰り際(ぎわ)に自身の想いを立派に継承した咲也の方を振り返って笑顔を見せ、ジュレの扉は静かに閉じられる。
 こんなにもエレガントでスタイリッシュな幕引きも、『ルパパト』のもうひとつの魅力を端的に凝縮したものだろう。


『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー オリジナルプレミアムドラマ』 ~総括!


 なお、どちらのネットムービーの脚本もテレビシリーズのメインライターを務めた香村純子(こうむら・じゅんこ)ではなく、『仮面ライダー響鬼(ひびき)』(05年)の前半や、『仮面ライダーウィザード』(12年)のメインライターをはじめ、シアターG(ジー)ロッソで開催されるスーパー戦隊のバトルステージの脚本をも多数手がけてきたきだつよしが担当した。
 いくら特撮作品の経験があるとはいえ、完全に相反する作風の両者を器用に描きわけるばかりか、テレビシリーズにはまったく参加してはいないにもかかわらず、『ルパパト』のキャラたちを忠実に描きつくした氏の手腕には、敬服せざるを得ないものがある。
 また、監督の葉山康一郎(はやま・こういちろう)は、スーパー戦隊で助監督を務めつづけ、2018年5月13日=母の日に東映特撮ファンクラブで配信されたネットムービー・『ヒーローママ☆リーグ』(18年)で監督デビューを飾っている。
 この『ヒーローママ☆リーグ』は、かつてスーパー戦隊に所属し、現在は母親となったヒロインたちが、再度地球と家庭の平和を守るために戦う内容であり、オリジナルビデオ作品『宇宙戦隊キュウレンジャーVSスペース・スクワッド』(18年・東映ビデオ)の敵・宇宙忍デモストが登場する、同作の前日譚でもあったのだが、これもロートルが集う本同人誌『假面特攻隊』ではレビュー対象から抜けてしまうこととなった(汗)。


 まぁ、『仮面ライダージオウ』(18年)のスピンオフとしてネットで配信された『RIDER TIME(ライダー・タイム) 仮面ライダー龍騎(りゅうき)』(19年)と『RIDER TIME 仮面ライダーシノビ』(19年)も、2019年秋ごろには東映ビデオから映像ソフトが発売されるかと思えるのだが、『ルパパト』のスピンオフとして初美花とつかさを主人公に据(す)え、『てれびくん』2018年8月号の応募者全員サービスDVDとして通販された『てれびくん超(ハイパー)バトルDVD 快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー ~GIRLFRIENDS ARMY(ガールフレンズ・アーミー)』(18年)は、それ以上に視聴の難易度が高い。
 なんせ6500円と、一般家庭の親が子供に買い与えるにはあまりに高額な、最初からマニアに売りつける気マンマン(笑)な価格設定だったことが大きいのだが、通販された2018年夏ごろに無料動画配信サイト・YouTube(ユーチューブ)に中国語の字幕入りのものがアップされているのを、筆者は勤務中(汗)に発見したのだが、あとで観ようと思って再生リストに保存したものの、仕事を終えて観ようとしたらすでに削除されてしまっていた(笑)。
 誰か買った人、いませんかね? コレの視聴がかなうまで、筆者の『ルパパト』ロスは終わらない……


(了)
(初出・『仮面特攻隊2019年晩夏号』(19年8月25日発行)所収『快盗戦隊ルパンレンジャーVS警察戦隊パトレンジャー オリジナルプレミアムドラマ』評より抜粋)


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キングレコード


(文・久保達也)
(2014年1月15日脱稿)


 異色の大傑作、クラスで(ひとり)ボッチに転落していく少年を描いたマンガ原作の深夜アニメ『惡の華』(13年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20151102/p1)で描かれた物語の1年前、中学1年生だった登場人物たちの「日常」について、原作者の押見修造自身がマンガのかたちで書き下ろしたエピソードを音声ドラマ化した「プロローグ」を収録している。


 「春日高男編」「仲村佐和編」「佐伯奈々子編」「山田・小島編」「木下・麻友編」「PTA編」(笑)の6トラックから構成されており、ボーナストラックとして、アニメ本編で使用された音源を集めた「仲村罵声集」(爆)、および「中二病座談会~キャストトーク~」も収められている。


「春日高男編」


 「春日高男編」では、自室でマンガに夢中になっていた冴えない主人公少年・春日高男(かすが・たかお)に、「中学生の時に読んで世界が変わった」と、父がボードレールの詩集『悪の華』(1857年・ISBN:400325371XISBN:4102174036ISBN:4087601978)を手渡すという、全ての「発端」となる場面が描かれる。
 「これ面白いの?」と半信半疑で読み始める高男であったが、「ご飯よ」と呼び続ける母の声が全く聞こえなくなるほどに、いきなり高男の世界は変わってしまう。
 学力的には優等生の奈々子でさえも、「やっぱり難しいよ」と理解できなかったほどなのだから、やはり高男は『悪の華』にすぐさま共感してしまうほどに、すでに現実世界に息苦しさを感じていたというところであろう。


「仲村佐和編」


 「仲村佐和編」では、「ハエが1匹、ハエが2匹……」と数えていた本作の悪のヒロイン、デブで眼鏡の荒(すさ)んだ中学生少女・仲村佐和(なかむら・さわ)のもとに、やはり父が夕食だと呼びに来るが、この時点ですでに佐和の部屋の扉には、


「はいるな クソムシ」


と書かれていたのである。


 父がこれを叱りつけると、佐和は父に


「おまえはハエを殺せるのか!」


と叫び、部屋を飛び出してしまう。


 そして佐和は高男と出くわし、高男に


「ウンチバエ!」(笑)


と叫んで去っていく。


 佐和の心の中では、この時点でこの街にあふれる「クソムシ」どもをできることなら「始末」してやりたいという想いが渦巻いていたということなのか?


 すでに佐和はそうとうヤバい境地に達していたのだが、こうなると、佐和の「小学生編」(笑)をどうしても観たい、と思わずにはいられなくなってしまう。


「佐伯奈々子編」


 「佐伯奈々子編」では、学校行事のマラソン大会で、本作の善のヒロインであるお上品な少女・奈々子が友人の木下亜衣・三宅麻友とともに、ブルマー姿で走る途中――麻友がハミパン状態になる描写がある(笑)――、高男が泣きそうな顔をして、草むらの中で何かを探している姿に出くわす。


「ほっときなよ、あんな奴」


と亜衣が制止するも――マジでこいつだけは……(笑)――、奈々子は亜衣と麻友を先に行かせ、高男の探しものを手伝うことになる。


高男「山田の野郎、ぶっ殺す! おれの魂を……」


 高男は、なんとマラソン大会で『悪の華』を読みながら走っていたのであり(爆)、それをからかった友人の山田が、高男から本をとりあげ、草むらの中に投げ捨ててしまったのである(笑)。


高男「なんて美しい……ふとももが……シャンプーのにおいが……」


 奈々子が本を一緒に探し、見つけてくれたことで以来、高男は奈々子に夢中になってしまうのだが、高男はこのとき、「ファム・ファタール」(運命の女)とつぶやいている。
 そもそも中学1年生でこんな言葉を知ってること自体、高男はやっぱただ者ではない。


「山田・小島編」


 主人公少年・高男の友人たちを描く「山田・小島編」では、山田の自宅で高男と小島がゲームで遊び、小島が帰ったあと、山田がいかにも中学生男子らしいトークで高男をいじり回す場面が描かれる。


山田「サセ子とかいねぇかな。2万円くらいでやらせてくんねぇかな?」(笑)


 拒絶反応を示す高男に、山田はいつもどうやって自慰をやってるかを尋ね、自分はエロ動画をおかずにしていて、このへんにノートパソコンを置いて……などとやらかし、あくまでも高男がどうやっているのかを、しつこく聞き出そうとする(笑)。


 本編では女子生徒たちが体育の時間にブルマー姿であり当初、筆者は原作者の押見が1981年生まれであることから、本作の時代設定を氏が中学生であった1994~96年頃だと考えていた。
 だが、よく観ると高男の自宅にあるテレビはワイドテレビであり、そこに映る漫才師がオフィス北野に所属する米粒写経というコンビがモデルであることから、今回ノートパソコンが描かれているのも当然であり、時代設定は明らかに現代なのである。
 つまり、『惡の華』という物語を成立させるために、すでに21世紀には教育現場で絶滅しているはずのブルマーが、あえて描かれているのである。


 それはそうだろう。もし奈々子の体操着が、現実世界で体育の時間に使用されている、色気も何もないハーパンであったなら、高男はそんなもん盗まなかったのでは? と考えざるを得ないのである。
 そもそも現代の中高生男子たちは、体育の時間に女子のあんな姿を見て、果たして欲情するのだろうか、という素朴な疑問もあるし、せめてアニメやゲームなどの「仮想世界」で描かれる学園生活くらいは、ブルマーを絶滅させるな! と思えてならないものがある(笑)。閑話休題


 それはともかく、奈々子の母を演じる土井美加(世代的には『超時空要塞マクロス』(82年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/19990901/p1)のヒロイン・早瀬未沙役が最も印象深い)は、この場面に対し、「中学生の男の子ってあんな話してるの!?」と驚いていたとか(笑)。


「木下・麻友編」


 善のヒロイン・佐伯奈々子の友人たちを描く「木下・麻友編」では、亜衣が初めてブラジャーを買うために麻友を近所のスーパーに付き添わせたところ、母の買い物についてきた高男と下着売場で出くわしてしまう。こんな「間の悪さ」も実に高男らしい。
 「なんでこんなとこいるの?」「盗撮とかしようとしてたんじゃないの!?」――ホントにマジでこいつだけは……(笑)――と、亜衣は徹底的に高男を疑う始末。


 そして、高男が持っていた『悪の華』の表紙を麻友が気味悪がり、高男が去ったあと、亜衣は


「ホント気持ち悪い! ああいう奴がエロい犯罪とかするんだよね!」


と、勝手に決めつけてしまう!


 やっぱマジでこいつだけは……(爆)


「PTA編」


 そして「PTA編」では、意外にも、高男の母と奈々子の母が、すでに仲の良い様子であることが描かれている。
 校内の作文コンクールで奈々子が入賞したこと、高男が気味の悪い本ばかり読んでいること、などの「日常」が、二人の主婦の間で延々と語られる。
 本編でもそうであったが、高男の母を演じる小林愛の、あまりにも生活感にあふれた演技によって、たとえ絵がなくとも、「井戸端会議」の情景が、見事なまでにありありと浮かんでくる。


 そこに佐和の父が現れ、二人と挨拶をかわす。


佐和の父「思春期って、本当に難しいですね」


 そう切り出した佐和の父は、佐和が学校のことを何も話してくれないため、娘がどう過ごしているのかわからないが、もし良ければ高男と奈々子にうちの佐和と仲良くしてほしい、と高男の母と奈々子の母に頭を下げる。
 ふたりは「うちの子でよければ。ねぇ」などと快諾するのだが……


 本編を観る限り、高男も奈々子も、この1年、佐和とはほとんど関わりがなかったように描かれている。つまり、ふたりの母は、佐和の父から受けた依頼を、息子や娘には一切話さなかったのだと、解釈せざるを得ないのである。
 すでに「問題児」として悪評が立っていたであろう佐和を、うちの子供に関わらせたくはない……親としては至極当然な反応ではあろうが、これがまた、佐和をますます「狂気」へと駆り立ててしまったのである。
 そうした生徒に救いの手を差し伸べようと、大人たちが真剣に考えてあげるのが、本来の「PTA」という場ではないのだろうか?


中二病座談会」


 本編の世界観と絶妙にリンクした、実に聴き応えのあるドラマCDであったが、巻末の「中二病座談会」(笑)がまた、まさに『惡の華』の世界観を、声優たちが現実世界ですでに築き上げてきたかのようなトークであふれていた。


・高男を演じた植田慎一郎は、中学時代すごくモテたいという願望から、「対女子用質疑応答マニュアル」を作っていたとか(爆)。
・山田を演じた松崎克俊は、人気者が中心のきらびやかなグループではなく、それに入れなかった、鬱屈したどんよりとしたグループ(笑)にいたらしいが、その陰のグループからも孤立しないため、特に興味もなかった洋楽を必死で聴いて話を合わせてたとか(笑)。
・小島を演じた浜添伸也は、自分がただ者ではないと思わせたかったがために、読んでも理解できないような小難しい本を常に携帯していたという、まさに高男のような中学生時代を送っていたとか(爆)。
・麻友を演じた原紗友里は、どのグループにも入れなかったことに対し、自分が仲間はずれなのではなく、自分が他の生徒を仲間はずれにしているのだ、と自身を慰めていたとか(笑)。


 あまりに痛い話が続出した末、奈々子を演じた中堅のアイドル声優日笠陽子が「人類はみな変態」(爆)と締めくくるのには、まさに『惡の華』を演じるにふさわしいメンバーたちかと思えた。


 それにしても、佐和を演じた伊瀬茉莉也(いせ・まりや)が、あまりに普通に可愛らしい声であるのには、「仲村罵声集」が直前に収録されていることもあり、仰天することしきりである――実際ルックスも到底、佐和とは結びつかないほどの可憐さである。ググってみると、女児向けアニメ『Yes! プリキュア5(ファイブ)』(07年)と続編『Yes! プリキュア5 GoGo(ゴーゴー)』(08年)で、小柄可愛い系のキンキン声で金髪ツインテールの黄色いプリキュアキュアレモネードも演じた御仁である――。あそこまで低音でドスのきいた声が演じられるとは見事というより他にない。


 筆者の天敵である(笑)亜衣を演じた上村彩子(うえむら・あやこ)もまた然りである――こちらもググってみると、アイドル集団・AKB48(エーケービー・フォーティエイト)の初期(第2期生・06年)メンバー出身だそうな――。


(了)
(初出・オールジャンル同人誌『DEATH-VOLT』VOL.67(14年4月13日発行))


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正解するカド ~40次元の超知性体が3次元に干渉する本格SFアニメ。高次元を材としたアニメが本作前後に4作も!

『劇場版 ソードアート・オンライン ―オーディナル・スケール―』 ~大人気の本作にノレない私的理由を記しつつ大ヒットのワケを分析!
『ID-0(アイ・ディー・ゼロ)』 ~谷口悟朗×黒田洋介×サンジゲン! 円盤売上爆死でも、宇宙SF・巨大ロボットアニメの良作だと私見!
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[アニメ] ~全記事見出し一覧


 2019年9月20日(金)からアニメ映画『HELLO WORLD(ハロー・ワールド)』が公開記念! とカコつけて……。
 『HELLO WORLD』の脚本・野崎まど(小説家)が手懸けた深夜アニメ『正解するカド』(17年)評をアップ!


正解するカド KADO: The Right Answer』 ~40次元の超知性体が3次元に干渉する本格SFアニメ。高次元を材としたアニメが本作前後に4作も! (『ヤマト2202』『ガンダムNT』『GODZILLA 星を喰う者』)

正解するカド』 ~合評1


(文・T.SATO)
(17年4月28日脱稿)


 今どき珍しい本格SFアニメが登場。
 ただしセル画ライクなCGアニメ。だけど、指摘されなきゃCGアニメだとはパッとは判らないほどのナチュラルさ(少なくとも筆者には・汗)。
 別項で加齢ゆえかSFに対する個人的な関心がウスれている……なぞと書き散らしてしまったけど撤回します。この作品はスゲェ!


 表面に複雑な幾何学模様を浮かばせてそれを常時変化させている、数キロ四方の超巨大で金属チックな輝きを放つ正立方体が宙空に突如出現! 羽田空港にゆっくりと垂直着陸して、離陸寸前の200名が搭乗した旅客機を内部に吸収してしまう!
 ただちに日本国政府が、首相・閣僚・霞ヶ関のお役人・科学者らも陣頭指揮を取って、対処にコレ努めるも徒労に終わる。
 万策尽きたかと思ったそのとき、旅客機に搭乗していた若手エリート外交官とナゾの青年が正立方体の上面のカドに出現して、人類に「ヒトよ……」と呼びかける……。


 未知なる存在に対して日本政府が対応するリアルシミュレーション、そして官房長官ゴジラ大好きの政治家・石破さん、首相も西暦2000年前後に活躍した故・小渕首相にソックリなので、ドーしたって昨年の怪獣映画『シン・ゴジラ』(16年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20160824/p1)を想起する。が、ググってみると本作の製作発表はそれを遡ること2015年11月(汗)。
 まぁ映画の神さまのイタズラか、本作放映開始の翌月2017年初夏には『メッセージ』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20170516/p1)という似たような趣向の巨大物体が出現するハリウッドのSF映画も公開されるしネ……。
――もっと云うなら、巨大円盤が飛来して、人類が地球もろとも高次な存在によって強制進化させられちゃう古典SF『幼年期の終り』(53年)という前例もありましたけど――


 とはいうものの#2以降、タバコ吹かしたバリバリなキャリアウーマンでベラんめい口調の姉御セリフをしゃべるマンガ・アニメ的な記号的キャラクターでも出てきたら、この作品のリアリティの階梯&品位はイッキに下がって台無しになるやもしれないから――いや別ジャンルの作品であれば、そーいう記号キャラもキライじゃないけれど(笑)――、#1の段階では様子見の判断保留でいたのだが……。#3まで視聴したけど、この作品はガチな異星人とのファースト・コンタクトもので、このままの路線で行くようだ!?


 しかも、異星人(?)は「宇宙の外」から来たというので、エリート外交官がそれを――「4次元」以上の空間という意味での――「高次元」世界から来た……と意訳・翻訳するものの、人間たちとコミュニケートしやすいようにヒトの姿を取っているナゾの青年は、それは正しくない翻訳だとのたまう(笑)。
 いやいやいや。3次元の「宇宙の外」なり、この「宇宙よりも上位の空間」があるのなら、それは充分「高次元」空間と呼んでもイイっしょ! というSFオタクや元・科学少年たちのツッコミの先を行く、あくまでも「既知」ではなく「不可知」なモノとして超存在を描写しようとするスレたセンスも本作は垣間見させてくれる!


 いやぁたしかに若いころにワクワクした「価値転倒」や「視点の拡大」といった知的快感をもたらすSFマインドって、こーいうモンだったような気がするねェ(遠い目)。


 んで、かつてのSFファンは――筆者も含めて――、


「自分が面白いと思った、あるいは感動したSF的興趣は普遍的なモノであり、ゆえに全人類(笑)も同じように面白いと思うに違いない!」


と素朴に思い込むような傾向があった。


 それはウラを返せば、SFや科学が理解できない人種に遭遇するや、「信じられない」「バカじゃねーの」とケーベツに走りがちな傾向のモノであったようにも思うのだ――筆者個人の経験を一般化するなってか?(汗)――。


 歳月を経て思う。SF的興趣に感度があるのは全人類の1~2割程度の恐怖奇形人間だけであると。しかもSFというジャンルは、日常生活では非論理的かつフワッとして感覚的な、例えば女のコとの即興の軽口会話などを苦手とする人種が、「世界」や「宇宙」の「縮図」を早分かりしてスゴロクでアガリになった気分になるための慰謝ツールに過ぎなかったのではないのかと(爆)。
 そうは思うものの、こんな作品を見せつけられてしまうと、我が体内のSFの血が騒ぎだす(笑)。


 もちろんショボいビジュアルやキャラデザでは本作の興趣は台無しになってしまうので、大作アニメにふさわしいビジュアルの高精細さが本作に説得力を与えていることも指摘しておかないと大変だ。


 と、ここまで書いておいてナニだけど、主人公が若手外交官であることからもわかる通り、本作はSFよりも外交交渉がメインになるような気配もある。まぁSF至上主義者ではナイので、面白ければドコの方向に行こうとイイけれど。


 しかし、70~80年代の宇宙SF全盛の時代ならばともかく、今季の覇権アニメになれる予感もまったくしないなぁ(笑)。


 エッ、あの女性役人のメインヒロインも、荘厳なオープニング主題歌の歌唱も、またまた『海賊戦隊ゴーカイジャー』(11年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20111107/p1)のゴーカイイエローことM・A・Oちゃんなの!?


(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.69(17年5月4日発行))


正解するカド』 ~合評2


(文・久保達也)
(2017年6月8日脱稿)


 羽田空港を飛び立とうとする旅客機の中で、


「ひさしぶりの海外ですね!」


とはしゃぐ、スーツ姿の後輩ビジネスマン(?)の花森に、


「目先の利益だけで相手を打ち負かすのではなく、双方に利益が得られるように交渉すべき」


などと、先輩の真藤(しんどう)が工業用地買収を成功する秘訣(ひけつ)について語る……


 何の予備知識もなしに第1話の冒頭を観て、これはイケメンの先輩後輩コンビを主人公にしたビジネスアニメ(笑)でも始めるつもりなのか? と思いきや……


 ふたりの眼前で、突然謎の巨大な立方体が空から姿を現し、やがて七色に輝く透明な不定型生物らしきものが機内に侵入! 乗客たちは次々にそれに飲みこまれ、遂に旅客機そのものが巨大な立方体に吸いこまれてしまう!


 これを観て筆者の脳裏(のうり)に浮かんだのは、羽田空港に着陸寸前の旅客機が、東京上空に現れた未知の空間に吸いこまれるところから物語が始まる『ウルトラQ』(66年)第27話『206便消滅す』である。
 つまり、かなり久々の直球ストレートな「SF」マインドにあふれた導入部を観ただけで、もう心が踊らずにはいられないものがあったのだ!
 古いタイプの特撮マニアたちが『ウルトラQ』を「SF」扱いする行為に対して、いやあれは「怪獣もの」で「SF」じゃないから、そのような論法は一見高尚なようでも「怪獣もの」よりも「SF」を上位に見立てて、「怪獣もの」を自立・独立した1ジャンルではなく「SF」の下位のサブカテゴリ―に隷属させてしまう行為でもある! と否定的な立場の筆者ではあるものの、やはりこういうノリを観て「SF」だ! 「SF」だ! と大騒ぎしたくなる気持ちは、確かに理解できなくもないのだなぁ(爆)。



 ただ、これだけではマニアたちがよく云うところの「既視感」バリバリの展開ということになるので、個人的に本作に対して目新しさを感じた点を少々。
 まず、本作のヒロインが、単に事件の傍観(ぼうかん)者となってしまいがちな普通のOLとかではなく、政府の危機管理センターに勤める、紺色ショートボブヘアの有能なキャリアウーマンであることだ。
 ここで注目したいのが、ヒロインが行方不明になった旅客機の乗客名簿を見て「真藤くん!?」と驚くことで、実は外務省のお役人である真藤とは旧知の間柄であることを端的に示すとともに、今後ふたりが恋人関係へと進展するであろうことを匂(にお)わせる、なかなか心憎い演出である。
 つまり、「真藤くん!?」とは叫んでも、「花森くん!?」とは叫ばないのだ。決して後輩の花森のことが、ヒロインにとってどうでもいいというワケではなく、本作ではあくまで二の次の存在ということなのだ(爆)。


 先述した『ウルトラQ』のヒロインで、主人公・万城目淳(まんじょうめ・じゅん)の一応の恋人として描かれた江戸川由利子(えどがわ・ゆりこ)に置き換えても、「淳ちゃん!?」とは叫んだだろうが、淳の後輩・戸川一平のことは案じつつも、そんな単なる友人に対しては「一平くん!?」とは叫ばなかったであろうから。
 まぁ女性とはそういう生きものなのだ、とのプチ主張も、やや垣間(かいま)見えるような気もするが(笑)。



 で、別の意味で女性のある種の残酷さを垣間(かいま)見せてくれるのが、謎の巨大立方体に旅客機が飲みこまれたことが明らかとなり、政府の対策会議が騒然となる中、国全体を揺るがすほどのこの危機的状況こそ、自身の探求心を最大に満たしてくれるものだとして、うれしくてしかたがないようにしか見えない女性科学者の存在である。
 リアル系のキャラが大半を占める中、パープル髪でやや萌(も)え度が感じられるメガネっ娘(こ)の科学者は、謎の立方体の解説を政府のお偉い方に得意げに早口でまくしたて、次から次へとメカを投入して立方体の壁を破る方法を現地で調査したあげく、陸上自衛隊朝霞駐屯地(あさか・ちゅうとんち)から戦車を出動させ、あまりにも気楽に


「撃っちゃってくださ~い」


などとのたまうのだ。


 もう旅客機の乗客の安全とか、立方体の中に潜む謎の存在からの反撃とか、な~んも考えてない(爆)。


 戦車の砲弾でさえも壁を突き破ることができず、それが跳ね返されてボトンと落ちる描写は、本来なら驚愕(きょうがく)すべきところなのであろうが、それすらも女科学者が


「神です~!」


と喜ぶさまは、もう単なるギャグにしか見えない(大爆)。


 ただ、その甲斐(かい)あって立方体のカド(角)に突然入り口ができ、階段を上がって中から真藤が出てくるのだが、それに続いて立方体の主が遂に姿を見せる!


 まさかタイトルの「カド」ってここからきてるのか? 「正解」も「政界」とかけあわせているような気もするし(笑)。


 もちろんセミの頭に両手がハサミという、初代『ウルトラマン』(66年)の代表的宇宙人・宇宙忍者バルタン星人みたいなのがいまどき出てくるハズもなく、髪も顔色も衣装もひたすら白いイケメン宇宙人が登場するのだが、そいつがまた日本政府に対し、「地球人よ」ではなく、「ヒトよ」と呼びかけるのだ!
 おまえだってヒューマノイドなんだから、立派に「ヒト」じゃねえかよ(爆)。


 いや、これがまた実に心憎いところで、こいつの正体は、おそらくは冒頭に出てきた透明な不定型生物であり、それが地球人とコンタクトしやすいように「ヒト」の姿に変身しているのだと思えるワケで、「ヒトよ」なる呼びかけこそが、その最大の証(あかし)なのだろう。


 しかし、こいつの名前が「ヤハクィザシュニナ」って……舌噛(か)んでまうやないか!(笑)


 そんなワケで、往年のハリウッドのSF映画『未知との遭遇(そうぐう)』(77年・日本公開78年)のような第1種接近遭遇――小学生のころ、このフレーズにはワクワクせずにはいられなかったものだ!――、ファースト・コンタクトものであり、地球人対宇宙人のハデなドンパチが繰り広げられるものではなさそうだ。
 むしろ日本政府対ヤハクィザシュニナによる、双方に利益が得られるような話し合い、つまり「交渉」が主軸に描かれるということが、冒頭の用地買収云々(うんぬん)なる真藤と花森のビジネス会話に伏線として描かれていたワケで、これまた実に心憎いものがあるのだ。


 まぁ、政界の群像劇となると、映画『シン・ゴジラ』(16年・東宝)をどうしても彷彿(ほうふつ)としてしまうワケで、そうなると既視感云々は拭(ぬぐ)えなくなってしまうのだが。
 そういや『シン・ゴジラ』にも、早口でまくしたてる理系女子が出てましたねえ。もっともあちらの場合は、終始無愛想(ぶあいそう)な表情をしてましたけど。まぁ、彼女も本当はゴジラが出現したのがうれしくてたまらなかったのを、隠すためだったんでしょうが(大爆)。


(了)
(初出・オールジャンル同人誌『DEATH-VOLT』VOL.78(17年6月18日発行))


後日付記:『正解するカド』中後盤評 ~「高次元」に材を取った、『宇宙戦艦ヤマト2202』・『機動戦士ガンダムNT』・『GODZILLA 星を喰う者』・『アントマン』!


(文・T.SATO)
(2019年9月27日執筆)


 とはいうものの#2以降、タバコ吹かしたバリバリなキャリアウーマンでベラんめい口調の姉御セリフをしゃべるマンガ・アニメ的な記号的キャラクターでも出てきたら、この作品のリアリティの階梯&品位はイッキに下がって台無しになるやもしれない……


 などと語ったそばから、いやすでに、「撃っちゃってくださ~い」「神です~!」とはしゃいでいる、パープル髪で萌え系のメガネっ娘の科学者であり、マンガ・アニメ的な記号キャラがいるじゃん(爆)。


 彼女に違和感をいだかずにスンナリと受け入れて、先の発言をしているあたり、当方がいかに記号的な美少女アニメに毒されてしまっているのかがよくわかる(汗)。


 それはさておき、宇宙人ならぬ高次元人との「外交交渉」が主軸となるのやも……という憶測は「勇み足」であったようだ。
 本作は高次元人がもたらすアイテム――永久機関(永久電力)や、高次元感覚や並行宇宙感覚の獲得による睡眠不要、重力・運動・物質の制御装置――への驚きや、超巨大立方体・カドの羽田空港から郊外への大移動などのスペクタクルが中盤の主眼となり、最終的には高次元人が主人公男性に恋慕(?)するような展開ともなっていく。


 この最後の高次元人が主人公男性といおうか、人間という低次な「知性体」の劣情も含んだ複雑怪奇な「情緒」のナゾに興味を覚えて傾注していく姿が、古典SF的な機械やロボットの反乱モノにも通じる「知性」よりも「感情」や「人間性」の賞揚という、既成感あふれるパターンに回収されてしまったともいえる。
 よって、そこに引っ掛かりを覚える御仁もいてイイとも思う。筆者個人もクールでドライなシミュレーションSFに徹することができなかったという感もある。


 けれども、出来上がった作品を擁護するならば、「情緒」賞揚や「人間」賛歌になりつつも、並行して高次元世界から見た大宇宙や地球の生命の歴史や、そこに高次元生命体がすでに宿っていた劇中内事実なども美麗な映像&音楽の力で描写しているので、テイストとしてはそんなにベタついて湿ったノリではなく、クールで乾いてハイブロウ(高尚)でスペクタクルな本作のカラーは維持できてもいて、ナマっちょろい感じには堕していない。
 よって、コレはコレで筆者にとっては、作品が空中分解してしまったというような酷評の感慨はいだいておらず、最善のオチではないにせよ次善としては許容範囲のオチでもあって、大スキという作品ではないけれどもキライでは決してナイという位置付けとなる。



 ジャンル作品の神様のイタズラか、4次元以上の高次の空間に住まう超越的存在が、我々が住まう3次元世界に干渉してくる作品がこの2017年には奇しくも2作品も本邦ジャンル作品には登場した。
 ハイブロウなSF深夜アニメの本作『正解するカド KADO: The Right Answer』に登場したヒト型の超生命体と、往年の超ヒットアニメのリメイク『宇宙戦艦ヤマト2202(ニーニーゼロニー) 愛の戦士たち』(共に17年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20181208/p1)に登場した美女・テレサのリブート版だ。


 前者においては、3次元世界はあくまでもタテ・ヨコ・高さという3乗(3次元)の広がりに基づいた集積回路&処理速度という物理的限界に知性体の脳ミソや計算機は束縛されているけど、「3次元世界」の37乗倍の広がり&処理速度を持つ世界から飛来したと超生命体が終盤で明かしたことから、彼らは3+37ということで「40次元」という超高位な高次元空間から飛来した存在であったと比定できる。
――古代ギリシャの哲学者・プラトンが唱える「イデアの世界(理念・メタ・天上世界・あの世)」=「本体」と、「この世(物質の世界)」=「影絵」の関係に例えれば、超生命体の本体は40次元の高次元空間にあって、『正解するカド』#1冒頭にて登場した不定形な生物も、40次元存在である40乗の広がりを持った超々立体の本体が3次元世界に単純化・平面化(3次元立体化)されて写った「影絵」であったといえる――


 後者においては、原典では「反物質」のヒト型生命体という設定で、しかして電荷が逆である「反物質」と「物質」が接触したら物理的に対消滅が発生して大爆発が生じてしまうのに、テレザート惑星は「物質」組成であり、そこに住まう知的生物・テレサが「反物質」であるのは、当地では惑星の「物質」素材由来(多分)であったハズの原始生命が「反物質」であるテレサにどのようにして進化ができたんだよ! という、往時でも筆者のような可愛くない科学少年であれば(笑)、少々ツッコミどころはあった設定ではあった――その一点の瑕疵(かし)をもって、『2202』の原典『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(78年)を全否定しているワケではないので念のため。むしろ傑作だと思ってます――。


 40年後のリメイク『2202』では、さすがにこの設定のままではムリがあると思ってだろう。知的生命体の高次な精神活動は脳ミソ以外にも、3次元的には超々ミクロの世界に折り畳まれているようにも解釈できる「高次元」空間とも通じている、波とも粒ともつかない超々ミクロの「量子」レベルのゆらぎや共鳴などの振動現象にも依拠して「意識」や「知的活動」が発生しているという、真偽は定かならず証明もできそうにない最新トンデモ科学仮説におそらくは則ったのであろう。
 その「量子」レベルの真理を技術化し、精神の力を物理的な力に変換するテクノロジーで近隣星域を支配して、やがて肉体を捨てて全テレザート星人が合体した集合知の精神生命体となり「高次元世界」の上方へと上り詰め、「高次元」からは低次の「3次元世界」の「時間」すら可視化して認識もできるがために、我らが「3次元宇宙」の過去~未来までをも見通せる超生命、劇中での文学的レトリックだと「この世」と「あの世」の狭間にいる超存在として定義され直すことで、筆者のようなウザすぎるマニアによるツッコミの隙を減らしている(笑)。


――ちなみに、アリ男ならぬアメコミ洋画『アントマン』(15年)&続編『アントマン&ワスプ』(18年)でも、ミクロ化できるスーパーヒーローの「ミクロ化」の部分をさらに推し進めて、それが超々ミクロな「量子」の域にまで達したことで、時間・空間・高次元の境界もあいまい・混在の極微な世界で四半世紀も前に行方不明になったヒロインの母親探しネタを一方に据えて、「量子」経由での精神活動への干渉という設定を用意することで、「夢でのお告げ」などの古典的な作劇を正当化している。今や「高次元」は「ナンでもあり」や「精神主義」をそれっぽく可能とするジャンル作品におけるマジックワード・万能兵器となったのだ(笑)――


 逆に3次元世界の側から4次元以上の高次元空間に精神が拡張していったのが、巨大ロボットアニメ「ガンダム」シリーズの1本たるアニメ映画『機動戦士ガンダムNT(ナラティブ)』(18年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20181209/p1)である。
 本作では死者の霊とも交流でき、物理法則を超えて隕石落としさえ防ぐまでに、後付けでインフレ・拡張していった「ニュータイプ」(新人類)の概念を、コレまた30年後の後付けの後付け(笑)で、過去作の該当シーンのバンクフィルムも多用して「何もかもすべて懐かしい」というロートル観客の「思い出補正」作用も援用しつつ、未知の金色ガンダムの影響で時間が局所的に逆行したかのごとき部品破損が発生する追加能力も作って、やはりニュータイプは「時が見える」ような時間・空間を超えた4次元以上の高次元世界にまで精神が上昇したがゆえの能力だと再定義。
 サイコフレームなるバイオコンピューター素子を封じた金属装置も技術者の思惑(おもわく)&理論を超えて、精神の力を物理的な力に変換する媒介となって、それが物理法則を超えた超常現象をも惹起。金色ガンダムの少女パイロットも「完全なるニュータイプ」として彼岸の彼方の高次元世界へと立ち去り、肉体を消失して思念だけでサイコフレーム経由にて金色ガンダムを操縦し、物理限界を超える亜光速で飛行可能とする!
――同時に高次元世界や思念だけの存在を劇中で肯定することで、死者の霊との交信にもSF的根拠を与えていた――



 平成になってからも、遺伝子操作をされた超生物や、日本を守る護国聖獣、あまたの星間文明を滅ぼしてきたギドラ属と呼ばれる宇宙怪獣種などなど、さまざまな新解釈でリメイクされつづけてきた金色の三つ首怪獣・キングギドラ
 フル3D-CGアニメ映画『GODZILLAゴジラ) 星を喰う者』(18年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20181123/p1)では、別名「高次元怪獣」という新設定でリマジネーションされている。我々が住まう3次元世界・3次元宇宙ではなく、「高次元宇宙」に出自を持つ怪獣!
 なるほど! そう来たか! たしかに我々が住まうこの3次元世界とは「水平」「パラレル」の関係にある「平行宇宙」に由来する怪獣では、いかにこの「宇宙」の「外部」から飛来した存在であったとしても、原理的には我々とも対等・平等の存在にはなってしまう。
 しかし、この「宇宙」にとっては同じく「外部」の関係にあるとはいえ、我らの「宇宙」や一連の「平行宇宙」の「上部」というべき、「垂直」「バーチカル」な4次元・5次元・6次元以上の、我々の3次元世界に対して優位に立つ「超空間」「高次元」の世界や宇宙に出自を持つ、神にも近しい超越的な存在としてキングギドラを描くのであれば、コレぞまさしく地球怪獣2~3体から10体を相手にまわして、一歩もヒケを取らなかった宇宙超怪獣キングギドラのもっとも現代的な解釈ではあり、ハイブロウなSF的リマジ版に昇格したともいえるだろう!


 で、『正解するカド』の高次元生命体や『2202』のテレサの域に達してしまった本作の我らがキングギドラ
 それは箱根上空の雲海に開いた、高次元空間に通じる3つの黒いワームホールから半ば無限(!)に伸びてくる、金色の竜の三つ首だけで描かれる。キングギドラの特徴的なボディーや両翼に2本のシッポや両脚は描かれない。
 そのギドラの三つ首がゴジラのボディーにカラみつき、そして噛み付きつづけるというかたちで怪獣バトルが描かれる。


 とはいえ、それだけではどのへんが高次元の怪獣としての特性であるのかサッパリとなってしまうので(笑)、周囲のリアクションの方でギドラの特異な属性を描写する。
 人間や宇宙人などの知的生命体・生物には視認が可能でも、センサーや計器などの機械にはまったく検知不能。どころか、ギドラの周囲の時間&空間はゆがんでいるらしく、ごくごく近い未来に起きる宇宙船内の区画の爆発や生存者ゼロの反応を、センサーや計器は先んじて検知して、それに管制室のオペレーターが驚愕するなどの描写を入れることで、知的・SF的なフック(引っかかり)としつつ、ギドラの超越的な属性&脅威も描写する。
 以上の前座を踏まえて、高次のギドラ側は低次のゴジラをカラめとって締め付けることができるのに、影絵のゴジラ側が理念のギドラ側に掴みかかろうとしてもスリ抜けてしまうという非対称な異種格闘技戦となる。


 げに、ジャンル作品の神様のイタズラである(笑)。


――高次元存在ではないけど、地球人よりも高次な宇宙人として登場し、犯罪の基となる「感情」を人類から消去しようとする銀河警察ハイジャス人が登場した子供向け合体ロボットアニメ『勇者警察ジェイデッカー』(94年)終盤、真のラスボスが3次元人(=我々のこと・笑)であった『勇者特急マイトガイン』(93年)、「知恵の実」を食させて人類を強制進化しようとする宇宙人が終盤に登場した国産ヒーローをメタ的に総括した深夜アニメ『サムライフラメンコ』(13年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190301/p1)、同じく「知恵の実」を食した異世界の知性体が進化の階梯を昇った「オーバーロード」なる存在がシリーズ後半の暫定的な上級・敵怪人となる『仮面ライダー鎧武(ガイム)』(13年)、地球人よりも高次な宇宙人種族である巨大ヒーロー・ウルトラマンの一族に、劇中では地球の知性体を「地球人」ではなくあくまでも「人間」と呼称させ、地球や人類の守護だけではなくその劣情も含めた「人間性」を学習することを新人ウルトラマンの任務とさせていた『ウルトラマンメビウス』(06年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20060625/p1)なども想起してみたり……――


 しかし、本作『正解するカド』の円盤売上は第1巻が500枚弱の爆死。600枚弱の同期2017年春の宇宙SFロボットアニメ『ID-O(アイ・ディー・ゼロ)』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190924/p1)の不人気同様、日本のロボットアニメやSFアニメの未来は暗い……(笑)。


(了)


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GODZILLAゴジラ) 星を喰う者』 ~高次元怪獣にリブートされた宇宙超怪獣キングギドラが登場! 「終焉の必然」と「生への執着」を高次元を媒介に是々非々で天秤にかける!

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機動戦士ガンダムNT(ナラティブ)』(18年) ~ニュータイプを精神が高次元世界に拡張した存在だと再定義! 時が見え、死者と交流、隕石落下を防ぎ、保守的家族像を賞揚の果てに消失したニュータイプ論を改めて辻褄合わせ!

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宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』#1~10(第一章~第三章) ~高次元存在にリブートされた美女テレサが登場! 戦争モノの本質とは!? 愛をも相対視する40年後のリメイク!

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[関連記事] ~SF洋画評

『メッセージ』 ~ヒトの精神が語彙・語順・文法に依拠するなら、異星人の超言語の取得で、世界認識も拡張するのか?

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『ゴースト・イン・ザ・シェル』 ~ヒトの精神は電気信号に還元できず、脳内化学物質での駆動では? 人格が代替可能なアニメ版/代替不能な実写版!

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エイリアン:コヴェナント』 ~エイリアンの起源問題・人造人間の知性問題は枝葉! 肝はスリル&サスペンス!

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ブレードランナー2049』 ~人造人間の脳内彼女(汗)を発端に、新主人公vs旧主人公へ帰着!

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猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)』 ~往年の『猿の惑星・征服』『最後の猿の惑星』再評価!

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アベンジャーズ/エンドゲーム』 ~タイムパラドックス&分岐並行宇宙解析!

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『蒼き鋼のアルペジオ ―アルス・ノヴァ―』 ~低劣な軍艦擬人化アニメに見えて、テーマ&萌えも両立した爽快活劇の傑作!

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『ID-0(アイ・ディー・ゼロ)』 ~谷口悟朗×黒田洋介×サンジゲン! 円盤売上爆死でも、宇宙SF・巨大ロボットアニメの良作だと私見

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190924/p1

『BanG Dream!(バンドリ!)』 ~「こんなのロックじゃない!」から30数年。和製「可愛いロック」の勝利!(笑)

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190915/p1

GODZILLA 決戦機動増殖都市』 ~地球人・X星人・ブラックホール第3惑星人・インファント島民 ゴジラvsメカゴジラ!?

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サムライフラメンコ』 ~ご町内⇒単独⇒戦隊⇒新旧ヒーロー大集合へとインフレ! ヒーロー&正義とは何か? を問うメタ・ヒーロー作品!

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劇場版ソードアート・オンライン―オーディナル・スケール― ~大人気作にノレない私的理由と、大ヒットのワケを分析!

『正解するカド』 ~40次元の超知性体が3次元に干渉する本格SFアニメ。高次元を材としたアニメが本作前後に4作も!
『蒼き鋼のアルペジオ ―アルス・ノヴァ―』 ~低劣な軍艦擬人化アニメに見えて、テーマ&萌えも両立した爽快活劇の傑作!
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[アニメ] ~全記事見出し一覧


 2019年9月20日(金)からアニメ映画『HELLO WORLD(ハロー・ワールド)』が公開記念! とカコつけて……。
 『HELLO WORLD』の伊藤智彦カントクが担当した深夜アニメ『ソードアート・オンライン』(12年・2期14年)の後日談アニメ映画『劇場版 ソードアート・オンライン ―オーディナル・スケール―』(17年)評をアップ!


『劇場版 ソードアート・オンライン ―オーディナル・スケール―』 ~大人気作にノレない私的理由と、大ヒットのワケを分析!

(2017年2月18日(土)公開


(文・T.SATO)
(2017年4月27日脱稿)


 西欧中世ファンタジー風の異世界ではなく、その趣向のバーチャルゲーム世界に閉じこめられた人々の右往左往を描く大人気ライトノベル原作(09年)で、ヒットも必至と見込まれたか予算も潤沢な2クールのヌルヌル動く高作画アニメが都合2期分、つまりは4クール分も作られた深夜アニメ『ソードアート・オンライン』(12年)――略称『SAO』――のさらなる続編が映画で登場。


 あまたの2週間限定公開の深夜アニメの総集編や、新作アニメの先行公開、玄人好みの劇場アニメが隆盛でも、それらの最終興行収入が1~2億のニッチ(隙間)な商売にすぎないのに、本作は人気深夜アニメ『魔法少女まどか☆マギカ』(11年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20120527/p1)・『ラブライブ!』(13年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20150615/p1)の続編映画『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編] 叛逆の物語』(13年)・『ラブライブ! The School Idol Movie』(15年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20160709/p1)をも上回る初動で、アッという間に興収が23億を突破!
 あの大人気深夜アニメ『ガールズ&パンツァー』(12年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190622/p1)の続編映画『ガールズ&パンツァー 劇場版』(15年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190623/p1)でさえ1年かけてようやっと24億に達したというのに(汗)。いかに本作が若いオタの圧倒的な支持を受けていたかがよくわかる。


 アニメの映像ソフトの1巻あたり数百・数千・数万枚といった露骨な売上差もそーだけど、こーいう現実を見せつけられると、数々のアニメの人気差やその動員規模が、ドングリの背比べではなく、十倍・百倍といった2桁規模の越えられない壁であることが残酷なまでに可視化されて、複雑な気持ちになる。
――付言するけど、筆者は売上と作品の質がイコールだ! なぞとは考えてはいないので、その点はくれぐれも念のため――



 で、今回の続編劇場版は、流行の機を見るに敏で、VR(仮想現実)ではなく昨今流行りの「ポケモンGO(ゴー)」みたいなAR(拡張現実)ゲーム。ヘッドギアの眼鏡越しに都心の特区を観るや、そこは異世界へと様変わり。そこでゲーマーたちは自らの身体を動かし、剣戟バトルを繰り広げる。
 ARにはノリ気でない主人公少年。顧客を奪われ閑散としてしまったVR世界。TV版での陰謀家が善人のように協力する意外感。


 ウ~ム。ファンの方々には申し訳ないけど、ダメダメではナイけど、個人的にはイマいちノれない。
 VRにおける手指だか脳内だかによるコントローラー操作による剣士としての強さと、ARにおける自らの運動神経&体力がモノをいう剣士としての強さは、別モノだろうと理性は訴えるものの、その部分のオカシさについては実はあまり気にならない。それは本作が実写ではなくやはりアニメだからであろう――くれぐれも云っておくけど、媒体の優劣をあげつらっているワケではない――。


 それよりも気になるのが、本作における主人公少年&アイドル声優戸松遥演じる細身でお上品でも豹のようにしなやかなメインヒロインの圧倒的で時にチートにも見える強さと、両者のベタベタしすぎてはいないけど盤石にすぎるカップルぶりである。原作は知らないが、この両者の描写&関係性が、個人的にはTV序盤から引っかかっている。


 多数が参加する大規模ネットゲームであるにも関わらず、3次元での素の人格も同様なのであろう、主人公は当初は誰ともチームを組まず、他人との雑談も苦手とおぼしき孤独なプレーヤーとして描かれる。メインヒロインも同様で当初は孤高のプレーヤーとしてツンケンしている。
 VR世界で次々起こるメインイベントと並行して、サブではそんな彼&彼女の「心の変遷」「接近」「集団適応」が描かれていくのかと思いきや……。


 まだ初期話数なのにふたりでともにVR世界のログハウスで過ごして仲良くなってしまう。その直前には、主人公は強者の余裕としてそのスキルを隠して中高生ゲーマーのチームに加わり、ヒロインもいつの間にやら別チームに所属して活躍する姿も描かれる。


 しかし、そこで主題となるのは、内向的な人種が既成集団にあとから参入する際の心理的な敷居の高さではなく、仲間の喪失や集団内部のイザコザである。
 このへんの「イベント」と「心理描写」の順番&優先順位が、筆者個人のドラマツルギー美学とは合わない(汗)。


 が、現実にはこの作品は大ヒットしている。となると自分には合わないと連呼するのも芸がナイ。


 そこで気付く。非日常や異世界を描く作品に心を躍らせ、そーいう状況が現実に招来すれば、ミジメな今の自分を解放して十全に能力も発揮し、全能感・万能感を味わえるに違いない! と若いころは妄想を逞しくしていたことに(笑)。
 若造にはリアルでていねいな段取りを踏んだ「心の変遷」よりも「超越への飛躍」が作品評価や好悪の尺度としては優先される。そんなトコではなかろうか?――違ってたらゴメンなさい(汗)――



 なので、同様に西欧中世風VR世界を描きつつも、車イス少女やクタビれたオッサンに性格異常の小学生など、ゲーマーたちの3次元での実像や屈託も描いていた深夜アニメ『.hack//SIGN(ドット・ハック・サイン)』(02年)の方が筆者にとっては良かったなぁ――古過ぎて若い子は知らない?――。
 近作でもゲームの世界に幽閉される同趣向の『灰と幻想のグリムガル』(16年)・『オーバーロード』(15年)は個人的には楽しめたのだけど――大急ぎでフォローしとくと、『SAO』原作者による別作品『アクセル・ワールド』(12年)は筆者も楽しめた――。


(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.69(17年5月4日発行))



#アニメ感想


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這いよれ!ニャル子さんF(ファイナルカウントダウン)』(15年・OVA先行公開)

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劇場版『エスカフローネ』(00年) ~いまさら「まったり」生きられない君へ……

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マクロスプラス MOVIE EDITION』(95年)

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超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』(84年) ~シリーズ概観&アニメ趣味が急速にダサいとされる80年代中盤の端境期

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結城友奈は勇者である―鷲尾須美の章― ~世評はともかく、コレ見よがしの段取りチックな鬱展開だと私見(汗)

『魔法少女まどか☆マギカ』最終回「わたしの、最高の友達」
『蒼き鋼のアルペジオ ―アルス・ノヴァ―』 ~低劣な軍艦擬人化アニメに見えて、テーマ&萌えも両立した爽快活劇の傑作!
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[アニメ] ~全記事見出し一覧


 2019年8月30日(金)からアニメ映画『映画 この素晴らしい世界に祝福を! 紅(くれない)伝説』が公開記念! とカコつけて……。
 『この素晴』の脚本・上江洲誠(うえず・まこと)が担当した深夜アニメ『結城友奈(ゆうき・ゆうな)は勇者である』(14年)の前日談深夜アニメの劇場先行公開『結城友奈は勇者である―鷲尾須美(わしお・すみ)の章―〈第1章〉「ともだち」』(17年)評をアップ!


結城友奈は勇者である―鷲尾須美の章―〈第1章〉「ともだち」』 ~世評はともかく、コレ見よがしの段取りチックな鬱展開だと私見(汗)


(文・T.SATO)
(2017年4月27日脱稿)


 オタ向け魔法少女アニメ『結城友奈は勇者である』(14年)の劇中内先輩チームの前日談を描く作品で、今秋2017年秋に放映予定の新作アニメ#1~2の先行公開。


 原典の『結城友奈~』は、中学の部活・勇者部(笑)に集う少女たちが、実は世界を救うために幻想的な異空間で不定形な巨大オブジェのような敵と戦っている勇者であるという設定で、今流行りの文化系部活モノ(?)という一点を除くと、異空間バトルといい鬱展開といい、誰もが思っただろうが、後進のクリエイターによる「ぼくのかんがえた最強の『魔法少女まどか☆マギカ』(11年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20120527/p1)」にしか見えなかった。


 むろん後発でも後出しゆえのアドバンテージや練り込んだテーマ&作劇があるのなら文句はナイけど、世評はともかく筆者には、コレ見よがしにシリアスぶって鬱展開を入れてみせ、ハイブロウに見せているだけの段取り芝居にしか見えなくて、個人的な評価は低い――本作を評価する方々には申し訳ございませんが――。
 なので、本作への思い入れはなく、評価する資格もナイのやもしれないけど、劇場へいそいそと出掛けるのであった(汗)。


 原典同様、カネ&手間をかけた美麗な作画&異空間の幻想的な背景美術で、先輩チームのスレてない小学生時代の姿とその初陣が描かれる。
 よって、本作の特色である鬱展開もない、標準的な魔法少女モノの#1の内容のようであり、個人的には本編よりかはチョットは面白いかも……と思ったりもするのだが。かといって、多幸感や特別な冴えやキレなども見当たらないようにも私見


 体裁的には#1なので、予備知識なしの鑑賞は可能。もちろん広く薄く一般層に向けた売り方ではなく、濃い少数のオタにパンフほかの関連商品も購入させて、少しでも費用を回収しようとするビジネスモデルではある。シネコンの普及で五社協定(笑)が崩れて久しい今だからこそ可能な商売だが、観客が困るワケでも破産するワケでもないのだから、こーいう展開もアリだろう。


・黒髪ロングを後ろで結んだマジメだけどすっトボケた和風主人公は、三森すずこがやや低音のお姉さん系ボイスで演じており安定のクオリティはマル。
・金髪のトロボケ少女は、花澤香菜が本作の絵柄に相応しいやや記号的な癒し系演技でそれも良し。
・体育会系少女が最近出てきたまだ十代声優の花守ゆみりで、アニメ映画『ガラスの花と壊す世界』(16年)主演でのロリロリした小声の乙女ボイスが個人的には耳に残っていたけど、ココではガラッ八な少年ぽいボイスを披露していて少々驚き。


 主人公少女が旧海軍の艦船について語りだすと実に暑苦しい国防少女なあたりは、いかにも野郎オタ向けギャグ描写で好みが分かれそうだが(汗)。


 単独評にする気もナイのでまとめて書くけど、同年2017年4月15日公開の〈第2章〉「たましい」では、このテのアニメにアリがちな楽屋オチ臭も多分に漂わせ、3人の幸福な夏休みの合宿光景が延々描かれる――元気すぎる体育会系少女に苦手意識を持っていたとマジメ系と天然系の2人が告白するあたりは良かった――。
 もちろんスレたマニア的には、この一連の描写自体がフラグ・伏線であり、対比として壮絶なバトルが最後に来るのが予想できるけど。


 ワ~、ヒドいヒドい。敵性生物(?)によるニードルの雨アラレ攻撃を浴びて、傷つき血しぶきが飛び口から吐血して3人が倒れていく。
 そんでひとりは弁慶の仁王立ちで死んじゃいます――本作の後日談のTV本編を観てれば、誰が死ぬかも判ってるでしょうが――。
 本作のファンじゃないので、ココで泣いたら負けと思ってますけど(笑)、ちょっとだけウルッと来ないでもなく、同時に悪趣味極まりナイとも思ったり。


(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.69(17年5月4日発行))



結城友奈は勇者である-鷲尾須美の章-Blu-ray
#アニメ感想


魔法少女まどか☆マギカ最終回「わたしの、最高の友達」 ~&2011年冬季アニメ『IS』『フリージング』『放浪息子』『フラクタル』!

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20120527/p1


[関連記事] ~上江洲誠脚本作品!

『蒼き鋼のアルペジオ ―アルス・ノヴァ―』 ~低劣な軍艦擬人化アニメに見えて、テーマ&萌えも両立した爽快活劇の傑作!

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190922/p1

陸上防衛隊まおちゃん』 ~2003年冬アニメ評! 『ストラトス・フォー』『ガンパレード・マーチ ~新たなる行軍歌~』『MOUSE[マウス]』『ぱにょぱにょ デ・ジ・キャラット』『朝霧の巫女』『らいむいろ戦奇譚

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20040402/p1


[関連記事] ~美少女メカミリタリアニメ評

ガールズ&パンツァー』(12年) ~爽快活劇に至るためのお膳立てとしての設定&ドラマとは!?

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190622/p1

ガールズ&パンツァー 劇場版』(15年) ~爽快活劇の続編映画に相応しい物量戦&よそ行き映画の違和感回避策とは!?

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190623/p1

ガールズ&パンツァー 最終章 第1話』 ~微妙。戦車バトルを減らしたキャラ中心の2期も並行させた方がよかった!?

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190624/p1

ストライクウィッチーズ OVA』#3「アルンヘムの橋」(14年)

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20150528/p1

ID-0 ~谷口悟朗×黒田洋介×サンジゲン! 円盤売上爆死でも、宇宙SF・巨大ロボットアニメの良作だと私見!

『蒼き鋼のアルペジオ ―アルス・ノヴァ―』 ~サンジゲン製作の3D-CGアニメ!
『BanG Dream!』 ~第2期以降はサンジゲン製作の3D-CGアニメ!
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[アニメ] ~全記事見出し一覧


 2019年9月13日(金)からアニメ映画『BanG Dream! FILM LIVE(バンドリ! フィルムライブ)』が公開記念! とカコつけて……。
 『BanG Dream! FILM LIVE』を手懸けた3D-CGアニメ製作会社サンジゲンが製作した深夜アニメ枠の巨大ロボットアニメ『ID-0(アイ・ディー・ゼロ)』(17年)評をアップ!


『ID-0』 ~谷口悟朗×黒田洋介×サンジゲン! 円盤売上爆死でも、宇宙SF・巨大ロボットアニメの良作だと私見


(文・T.SATO)
(2017年12月13日脱稿)


 遠未来の遠宇宙を舞台にした、原作なしの巨大ロボアニメ。といっても戦争状況を描く作品ではナイ。
 往年のOVA『おいら宇宙の炭鉱夫』(94年)みたいな、無骨なワケあり海賊まがいの家族的小集団が、陰謀で鉱石発掘中に宇宙に捨てられた学生少女を救ったことから、同業の大企業や惑星連合との抗争に巻き込まれ、マクロはこの世界の星間文明を成り立たせる超光速航法を可能とするオリハルコンもといオリハルト鉱石のヒミツ&危険性、ミクロは記憶喪失の主人公青年が自身の忌まわしき出自を探る物語をパラレルで進行させていく。


 かつては下請けCG屋で、今やセル画ライクでも手描きではない艦隊戦アニメ『蒼き鋼のアルペジオ ―アルス・ノヴァ―』(13年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190922/p1)や巨大ロボットアニメ『ブブキ・ブランキ』(16年)などを元請けで手掛けたサンジゲンが製作したフルCGアニメ。


 一応の本格SFモノだともいえるが、それだけではマニアックにすぎて絵的にも色気がないし、今のオタにはウケないとでも思ったか、


・学生のメインヒロインは頭はイイけど慌て者で、茶髪のボリュームもウスくてショートでデコ出しのキューピーちゃん髪型(?)のロリ系童顔少女
・海賊船まがいの宇宙船のオペレーターも小柄なウス青グレー髪のメガネっ娘
・オリハルト鉱石が人間化した少女などはハッキリとピンク髪の幼女!


に設定していて手ヌカりがナイ!?


 巨大ロボは人間搭乗型ではナイ。『攻殻機動隊』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20170510/p1)ライクに人間の精神活動も電気信号に還元できるのであれば、ロボの電脳にコピーして人間は休眠状態とし、ロボでの活動が終わるやその間の記憶を人間に戻して、活動中にロボが破壊されても人間は死ぬことなく、死の瞬間のトラウマを継承することもナイ。
 とはいえ、人間を休眠させずに巨大ロボと並行稼働も可だろとか、同一個人の精神データを多数の巨大ロボに同時コピーも可だろとのツッコミの余地はあるけれど、そこまで描くと煩雑だし、この作品の主題とは乖離するから、そこに頬かむりしたことは正解に思う。
 あと、巨大ロボの動きは人間そのもので巨大感はさしてナイけど、その世界観からいってもコレで正解ではあるだろう。


 無骨なメガネの学者風情のラスボスも登場して、この世界の高度文明を成り立たせる鉱石のヒミツと、記憶喪失かつ肉体も所在不明か消失してしまった主人公青年のヒミツも、お約束ご都合主義で同一のモノとして収斂していくけど、物語作品一般のウェルメイド符合感を醸すにはこのテに尽きる!(笑)


 その過程で明らかになる、主人公青年の記憶喪失以前の非人間的で、自身の妻子さえをもモルモットにするような冷徹・酷薄な人格。ラスボスこそが世界を守ろうとし、主人公青年の前世(?)こそが危険なマッド科学者の悪党じゃん! という逆立ちした展開となっていくのが、この作品の秀逸なところ。
 もちろんエンタメとしてのカタルシスも確保する都合上、ラスボスにもやはり改めて邪な面を持ってもらい、現在の主人公青年はかつてのマッド科学者とは連続しつつも、別モノの人格を育んだ独立した存在であるとも位置付けて、最後の対立構図を巨大ロボvs巨大ロボに持っていくことで、巨大ロボものとしての仁義も立ててみせている。


 監督はともに名作である『コードギアス 反逆のルルーシュ』(06年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20081005/p1)や『無限のリヴァイアス』(99年)の谷口悟朗。脚本も『リヴァイアス』や『機動戦士ガンダム00(ダブルオー)』(07年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100920/p1)などの黒田洋介で、今ではともにベテランだがその実力をいかんなく発揮したというのが筆者の認識。


 しかし、円盤の売上は600枚弱の爆死。500枚弱の同期2017年春のSFアニメ『正解するカド』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190929/p1)の不人気同様、日本のロボットアニメやSFアニメの未来は暗い……(汗)。


(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.70(17年12月30日発行))



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#アニメ感想 #ID_0


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パシフィック・リム:アップライジング』 ~巨大ロボ×巨大怪獣×ロリチビ少女×中国大企業×東京&富士山!

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ガールズ&パンツァー』(12年) ~爽快活劇に至るためのお膳立てとしての設定&ドラマとは!?

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ガールズ&パンツァー 劇場版』(15年) ~爽快活劇の続編映画に相応しい物量戦&よそ行き映画の違和感回避策とは!?

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ガールズ&パンツァー 最終章 第1話』 ~微妙。戦車バトルを減らしたキャラ中心の2期も並行させた方がよかった!?

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ストライクウィッチーズ OVA』#3「アルンヘムの橋」(14年)

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蒼き鋼のアルペジオ―アルス・ノヴァ― ~低劣な軍艦擬人化アニメに見えて、テーマ&萌えも両立した爽快活劇の傑作!

『ガールズ&パンツァー』 ~爽快活劇に至るためのお膳立てとしての設定&ドラマとは!?
『ストライクウィッチーズ 劇場版』
『BanG Dream!』 ~『アルペジオ』助監督の柿本広大カントク&サンジゲン製作作品!
『刀使ノ巫女』 ~『アルペジオ』助監督の柿本広大カントク作品!
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[アニメ] ~全記事見出し一覧


 2019年9月13日(金)からアニメ映画『BanG Dream! FILM LIVE(バンドリ! フィルムライブ)』が公開記念! とカコつけて……。
 2019年8月30日(金)からアニメ映画『映画 この素晴らしい世界に祝福を! 紅伝説』も公開記念! とカコつけて……。
 『この素晴』の脚本・上江洲誠(うえず・まこと)が担当し、『BanG Dream! FILM LIVE』を手懸けた3D-CGアニメ製作会社サンジゲンが製作した深夜アニメ『蒼(あお)き鋼(はがね)のアルペジオ ―ARS NOVA(アルス・ノヴァ)―』(13年)評をアップ!


『蒼き鋼のアルペジオ ―アルス・ノヴァ―』 ~低劣な軍艦擬人化アニメに見えて、テーマ&萌えも両立した爽快活劇の傑作!


(文・久保達也)
(2015年9月24日脱稿)


 西暦2039年、世界各地を謎の「霧」の大艦隊が襲撃! 地球の海は全て制圧されてしまう!


 「霧」を撃破するために開発された振動弾頭=人類最後の希望を量産するために、美少年・千早群像(ちはや・ぐんぞう)――って、確かに群像劇ではあるのだが(笑)――が艦長を務める潜水艦・イ号401は、「霧」の艦隊を次々と打ち破りながら一路アメリカへと進撃する!


 なんて物語のハズなのだが……

イオナ ~潜水艦・イ号401


群像「おまえはオレの船になれ」
イオナ「群像、私に乗って」


って、オイ!(笑)


 本作は一見、潜水艦VS大艦隊の海洋戦記SFに見える。後述するが、ラスボス的な存在のキャラ・コンゴウの描写にあるように、乾ききった融通の効かない形式主義官僚主義・管理社会を象徴するような「機械文明」・「機械生命体」のあり方を否定し、みずみずしい「人間性」を賞揚するテーマを誇る作品である。


 そんなふうに語るのが、いわゆる「作品評論」としては常識的なんだろうし、模範解答のように思われるが、果たして本当にそうなのであろうか?
 少なくとも筆者はそうは思わない。つーか、本作をそんなふうに楽しむのはもったいない。


 本作は東映変身ヒーロー作品の悪の軍団のごとく、毎回「霧」の大艦隊に所属する戦艦が攻めてくるのだが、その戦艦がメンタルモデルという、戦艦の化身・本体のような、「美少女」の姿とともに攻撃してくるのである!


タカオ ~重巡洋艦タカオ


 たとえば第2話『嵐の中へ』以降、登場する重巡洋艦タカオは、水色の髪のポニーテールでボディコン娘のメンタルモデルが、艦の甲板で両腕を宙に高々と掲げ、「エンゲージ!」――軍事用語では「交戦」という意味だが、日常的には「結婚」という意味である(笑)――と叫ぶや、彼女の周囲を赤いプラズマが走り、超重力砲をブッ放す!


 これは大海戦というよりはほとんどサイキックバトルであり、まさにスーパー戦隊の巨大メカ並みに、科学的考証もへったくれもない。
 先にあげたイ号401のメンタルモデルであり、銀色ロングストレートヘアのロリ少女で、機械的な口調のイオナなんぞは、普段着ている青いセーラー服をめくって腹を見せるや、潜水艦の艦首が開いて超重力砲を露出させるくらいだから(爆)。


「私はあなたの船」


だとか、


「私は船、艦長のもの」


だのと、群像を守れという命令にただ従っているだけとはいえ、当初から群像とのラブラブ描写が散見されるイオナ


 一方、401に敗れたことで、人間を乗せることによって強くなれると考えたタカオは群像に興味を示すが、その姿を見た途端に一目惚れ(笑)。


 以後、群像に対するタカオの妄想が時折描かれるが、そこには


「あくまでタカオ個人のイメージです。ご理解ください」


なんて字幕テロップが入り(爆)、第7話『硫黄島』では群像の似顔絵が描かれた抱き枕を、赤いランジェリー姿のタカオがベッドで抱きしめてみたり(笑)、第9話『決死の脱出行』では群像と握手したタカオが顔を赤らめたりもする。


ハルナ ~大戦艦ハルナ


 第3話『要塞港、横須賀』のラストで、横須賀をコンビで襲撃した大戦艦キリシマと大戦艦ハルナは、第4話『横須賀急襲』で合体を遂げるかっこいい描写があるが、やはり初期スーパー戦隊の巨大合体ロボット同様、その原理はまるでデタラメである(笑)。


 ハルナのメンタルモデルは黄色髪のツインテール娘であり、第5話『人ならざる者』でハルナを救った、先述した振動弾頭を開発した遺伝子操作で知能に特化して生まれたデザインチャイルドで茶髪ツインテールの幼女・刑部蒔絵(おさかべ・まきえ)に、


「国語辞典みたいな喋り方」(笑)


と形容されたほど普段は冷静沈着だが、口元まですっぽりと覆う大きすぎる軍服コートの下は黒のランジェリー姿であり、そのコートを脱がされるや


「シクシクシク」


などと一転して弱々しくなる(笑)。


 再びコートを着用するや、


「シャッキーン!」


と、機械的な口調に戻るが(笑)、第8話『人形の家』ではハルナを「ハルハル」と呼んで慕う蒔絵が、コートを何度も脱がせたり着せたりを繰り返し、


「シクシクシク」
「シャッキーン!」


と遊ぶ場面がある(爆)。


キリシマ ~大戦艦キリシマ


 ハルナとコンビを組むキリシマは第4話で401に敗れ、メンタルモデルの姿を失ってしまうが、第5話で刑部邸にあった、「よたろう」(笑)と名づけられたピンク色の小さなクマのぬいぐるみの姿を借りて以降、最終回『航路を拓く力』に至るまで、ずっとその姿のまま(笑)。


 第6話『ともだち』で用済みの蒔絵を処分しに来た兵士たちを相手に、小さなクマの姿で戦うキリシマは確かにかっこいいが(笑)、緑髪のショートアップで、右足がロングに左足がショートという非対称な青いパンツスタイルのキリシマは、個人的にはメンタルモデルの中で最も好みであり、その姿を見せたのが第3話と第4話のみというのは残念でならない(汗)。
 せめて毎回描かれた、異空間のテラスでメンタルモデル同志が紅茶を飲む(爆)場面では、元の姿に戻してほしかったように思える。


ヒュウガ ~大戦艦ヒュウガ


 第7話以降に登場する大戦艦ヒュウガのメンタルモデルは、茶髪のセミロングに片目だけの眼鏡をかけ、オレンジ色のタートルネックに白衣をまとった、一見知性的な娘に見えるが、これまたイオナのことを


イオナおねえさまぁ~!」


と狂信的に慕っており、イオナを押し倒して腰を振ってみたりする(爆)。



 この第7話から第8話にかけてはタカオがピンクのビキニ、イオナがオレンジのワンピースと、ともに水着姿のみならず、ハミ尻を披露していたりする(笑)。


 さらに第9話ではタカオとイオナが水着姿から通常のコスチュームへと戻る描写で、体を回転させて尻をアップで映しだしたり、ラスボス・コンゴウの砲撃に反撃するヒュウガの白衣を翻し、その尻を黒のミニスカごしに大映しにしたり。


 ちなみに第11話『姉妹』では、ヒュウガが四つん這いになって尻をプリプリさせるという悩殺描写もある(笑)。


 第4話で戦況を見るキリシマがおもいっきり尻を突き出している描写にしろ、オープニングのスーパー戦隊みたいな(笑)、メンタルモデルたちのキメカットにせよ、本作のスタッフには筆者同様、妙に尻フェチが多いと見える(笑)。
 こうした部分にばかり目が行ってしまうような筆者は、やはり不真面目で単なる変態なのであろうか?(爆)


 ただ、群像とイオナとタカオの三角関係(笑)とか、そこにイオナを慕うヒュウガが割りこんできて群像を敵視したり(笑)とか、ハルナ&キリシマがデザインチャイルドとはいえ人間である蒔絵と「ともだち」になる、などという中で描かれる、巨大戦艦のメンタルモデルである美少女キャラたちの喜怒哀楽の感情や、群像やイオナや蒔絵を守るためにメンタルモデルたちが健気に奮闘したりする姿こそがクライマックスとなり、それが徹底的に魅力的に見えるように、本作はドラマやテーマが構築されているように思えるのだ。


コミカル・三角関係・自己犠牲・身を引く愛も、すべては「萌え」に帰結する


タカオ「好きな人のために、好きなように生きる」


 第9話でラスボス・コンゴウが「沈め!!」と発砲した超重力砲に、


タカオ「愛は、沈まない!!!」(かっこよすぎ!)


とタンカを切ったタカオは、第10話『その身を捧ぐ』でイオナ=401の姉妹鑑(笑)である400と402に沈められた401を単身救出に行き、棺状のカプセルの中で眠る群像とイオナに、戦艦からダイヤモンド状の光を放出して蘇生させる「タカオ愛の奇跡!」を見せ、自身はメンタルモデルの姿を失ってしまうという、自己犠牲の精神を見せるのだ!


 勝ち気で色気過剰なタカオは、メンタルモデルの中では個人的には最も苦手なタイプではあるのだが(笑)、群像の生命維持装置となって寄り添うイオナの姿に、


タカオ「これじゃあ、入りこむ隙がないじゃない……」


と、身を引く覚悟をしつつ、「霧」にはあり得ないはずだった、タカオの滅私奉公には、素直に感動させられるものがあったのだ。
 タカオの色恋沙汰を描いてきたこれまでのコミカル演出も、すべてはこれをおおいに盛り上げるための布石であったと考えれば、がぜん納得がいくというものである。


「機械」よりも「人間性」 ~古い革袋に新しい酒を盛れ!


 「機械」よりも「人間性」を賞揚するという、一応の社会派テーマらしき要素も、メンタルモデルたちに対するキャラ萌えのための、お膳立て・言い訳なのであり、要は単なる背景・舞台装置として機能させているのにすぎないのだ。
 一見ドラマ・テーマも優れているように見えて、実はやっぱりキャラ萌えが主眼に描かれているという点では、かのアイドルアニメ『ラブライブ!』第1期(13年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160330/p1)などとまったく同じなのである(笑)。


 そもそも「機械文明」に対する警鐘や「人間性」の賞揚などというテーマ自体は、機械やロボットの反乱を描いたSFの草創期=大むかし(笑)の作品から散々繰り返されてきたものであり、新しいどころか実は古クサいものなのである。


 ただ、本稿執筆時に絶賛放映中である特撮変身ヒーロー『仮面ライダードライブ』(14年)でも、人間の感情を手に入れることで超進化を遂げようとするロイミュード=機械生命体が敵怪人として描かれていることを思えば、やはりこれは普遍的なものではあるのだろう。


 『ドライブ』の女敵幹部怪人・メディックが最初に手に入れた感情も、実は「ひたすら主人の愛を信じて尽くす心」であり、それが幹部怪人・ハートに対する感情のベースとなっていたことが終盤の展開で明かされたが、これなどはまさにイオナの群像に対するものと同じである。


 また、ロイミュードのダークヒーロー・魔進(マシン)チェイサーから『ドライブ』の3号ライダー・仮面ライダーチェイサーに新生を遂げたチェイス青年にとっては、やはり『ドライブ』のメインヒロイン・詩島霧子(しじま・きりこ)の存在が、メンタルモデルたちにとっての千早群像でありイオナであり蒔絵だったのである。
 『ドライブ』という作品も、結局は主人公・泊進ノ介(とまり・しんのすけ)と詩島霧子と機械生命体・チェイス青年を含めた三角関係の物語となってしまったが(笑)。


 そして、特殊能力の減退で模写していた人間としての姿を失い、「003」という番号の姿をした小さなコア(本体である部品?)だけの存在となった幹部怪人・ブレンは、まさに本作のキリシマそのものでもある(爆)。


コンゴウ ~大戦艦コンゴウ 最後はボッチアニメにも帰結する(感涙)


 メンタルモデルたちが次々と「霧」の大艦隊を離脱し、唯一の理解者であると思われた、赤いフリフリドレス姿で


「カーニバルだよ」


が口癖――タカオ曰く「お祭り女」(爆)――の天真爛漫な少女キャラ・マヤも、監視用の自我を持たない単なる人形であったことが発覚し、ラスボスのコンゴウはひとりぼっちとなる。


 『仮面ライダー』(71年)に例えるなら、ライダーどころか、怪人たちまでもが次々にショッカーを裏切ったことで、首領がただひとり取り残されたというところか(爆)。
 これもまた、あまたのハーレムもの美少女アニメや、『少年ジャンプ』連載漫画によくあるような、敵やライバルが味方になっていく文法の流用でもあり、まさにそれらのオイシいところ取りである。


 人間との交流で「霧」が変質したことにより、すべての原因が群像にあると考えたコンゴウは、大戦艦マヤと合体を遂げ、宙を飛ぶ巨大な要塞のような姿となり、あくまでも群像たちの抹殺をはかる!


イオナコンゴウは傷ついてる。心が」


 コンゴウが放つミサイルの大群の上を駆け抜け、物理接続=握手(笑)を交わすことに成功したイオナは、遂にラスボス・コンゴウに勝利する。


 金髪でパープルのドレス姿、赤い瞳に青い唇、ひたすら冷徹な口調だったはずの美女キャラ・コンゴウが、ひざを抱えてうずくまっているラストの姿は衝撃的であり、これもまた、ある意味「(ひとり)ボッチアニメ」の系譜ではないかと思えるほどである。


 そんなコンゴウを、イオナは強く抱きしめる!


イオナ「もう大丈夫。つながれば、わかりあえれば、友達になれる」


 メンタルモデルたちのキャラ萌えを主眼にしながらも、立派に「反戦」を描いてみせているのはお見事である。


 ちなみに第6話の冒頭では、蒔絵を生み出した刑部博士が、メンタルモデルやデザインチャイルドに起きた変化をこう語っている。


「どんな強力な兵器よりも、今おまえたちが育もうとしているその想いこそ、この世界を変えるのだろうと」


(了)
(初出・オールジャンル同人誌『DEATH-VOLT』VOL.72(15年10月4日発行))


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