假面特攻隊の一寸先は闇!読みにくいブログ(笑)

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異世界食堂・異世界居酒屋のぶ・かくりよの宿飯 ~西欧風異世界×現代日本の食 その接合は成功しているか!?

『慎重勇者~この勇者が俺TUEEEくせに慎重すぎる~』『超人高校生たちは異世界でも余裕で生き抜くようです!』『本好きの下剋上 司書になるためには手段を選んでいられません』『私、能力は平均値でって言ったよね!』『旗揚!けものみち』 ~2019秋アニメ・異世界転移モノの奇抜作が大漁!
『異世界かるてっと』 ~原典『幼女戦記』・『映画 この素晴らしい世界に祝福を!-紅伝説-』・『Re:ゼロから始める異世界生活 氷結の絆』・『盾の勇者の成り上がり』・『劇場版 幼女戦記』評  ~グローバリズムよりもインターナショナリズムであるべきだ!
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 深夜アニメ『異世界食堂2』(21年)が放送中記念! とカコつけて…… 深夜アニメ『異世界食堂』(17年)・『かくりよの宿飯』(18年)・『異世界居酒屋~古都アイテーリアの居酒屋のぶ~』(18年)評をアップ!


異世界食堂』・『異世界居酒屋~古都アイテーリアの居酒屋のぶ~』・『かくりよの宿飯』 ~西欧風異世界×現代日本の食 その接合は成功しているか!?

(文・T.SATO)

異世界食堂

(2017年夏アニメ)
(2017年12月13日脱稿)


 毎週土曜日にだけさまざまな異世界に接続されるという、日本の某・商店街の雑居ビルの地下1階にある洋食屋さん。そこに集ってくるいろいろな種族の異世界人たちにも、ダンディーなボイスの諏訪部順一が演じているコックのソリッドなヒゲ面の親父さんは分け隔てなくビーフシチューやメンチカツにエビフライなどの庶民的な定番ランチをふるまって、異世界人たちも舌鼓を打っている……といった深夜アニメである。
 異世界人とのコミュニケーションには、設定では魔族でも見た目は金髪ミニツインテールでメイド服姿の人間にしか見えない美少女キャラ・アレッタ嬢が、空腹の果ての無銭飲食ゆえに雇われて給仕として働きだすというエピソードを序盤に配することで、作品に女っ気と華(はな)をも与えている。アレッタ嬢を演じるのはアイドル声優上坂すみれ(うえさか・すみれ)。
 そして、30分尺に前半Aパートと後半Bパートで2話を放映するというスタイル。


 私事で恐縮だが、職場の同僚の雑談などに耳をそばだてていると、ネット配信の深夜ドラマ『孤独のグルメ』(12年)や『深夜食堂』(09年)や『ワカコ酒』(15年――5分アニメ版より実写版の方が面白いと私見――)にハマっているという声が聞こえてくることがある。
 筆者もザッピング視聴をしていて、それらの作品に遭遇すると、明らかに低予算でゲストの数も少なく、ロケにもほとんど外出しないのに、それでも「食」や「客」の人生に焦点を当てていって味わい深く仕上げた作風に、ついつい見入ってしまったりすることがある。


 本作も原作者のアイデアか編集者の要望かは知らねども、それらのオタク向け異世界ファンタジー版といったところだ。くれぐれも云っておくけど、先行作のマネだと罵倒したいのではナイ。先行作から着想を得たミックス・アレンジであろうとも、面白ければそれでイイし、ツマラなければそれまでのことである。


 とはいえ、悪くはないけど、本作とよく似通っている『深夜食堂』あたりに本作が圧倒的に勝っているかというと……(以下略)。
「異世界食堂」1皿 [Blu-ray]

(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.70(17年12月30日発行))


かくりよの宿飯(やどめし)』

(2018年春アニメ)
(2018年4月27日脱稿)


 昨今プチ流行している、異世界で「食堂」やったり「居酒屋」やったりのオタク女子向け版であるらしい。


 野郎オタク的には、(ひとり)ぼっちアニメ『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(13年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20150403/p1)の女子高生サブヒロイン、「週刊少年ジャンプ」連載の人気ラブコメ漫画(11年)の深夜アニメ化『ニセコイ』(14年)や大ヒット・スマホゲーム『グランブルーファンタジー』(14年・17年に深夜アニメ化)のメインヒロインでもある人気声優・東山奈央(とうやま・なお)ちゃんが主演である。


 そんな彼女が主題歌も歌っており、媚びてはいないけど可愛くて、澄んでいるのに適度にくぐもってもいる(?)高音に、近年では適量な艶(つや)っ気もある倍音響きも加わってきた感じであり、本作でのプレーンな主人公女子大生役も実にイイ感じではある。
 おそらくはメインターゲットのオタク女子たちにも「男に過剰に媚びやがって!」とは反発されない範疇での、イヤミのない可愛らしさを体現したボイスに聞こえているのではなかろうか?


 内容はふたり暮らしをしてきた祖父の死で、実は祖父には多額の借金があったことが判明して(!)、そのカタとして鬼・天狗・雪女・九尾の狐などの日本妖怪たちが集う異世界・隔り世(かくりよ)の和風旅館にて丁稚奉公(でっちぼうこう)……もとい、離れを借りて「小料理屋」を開くことで、次第にその名も知られていく……。もとい、和服姿の若旦那や仲居さんらのイケメン美男妖怪たちに囲まれてウットリ?……といったもの。


 とはいえ、野郎オタクを置いてけぼりな作品でもなく、誰が見ても普遍的に楽しめる作りにはなっているとも私見する。
かくりよの宿飯 九 [Blu-ray]

かくりよの宿飯 一 [Blu-ray]
(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.71(18年5月4日発行))


異世界居酒屋~古都アイテーリアの居酒屋のぶ~』

(2018年秋アニメ)
(2018年12月26日脱稿)


 西欧中世ファンタジー風の異世界の古都に、現代日本の居酒屋がある……。というのか、京都のシャッター商店街にある居酒屋の入り口が異世界の古都につながってしまったので、やはり異世界人のお客さんが来店してしまう……。ナンだか設定的には昨17年夏の深夜アニメ『異世界食堂』とさして変わらないような作品に見えてしまうのだけど(笑)。


 ダンディーなボイスの杉田智和が演じている短髪オトコ前で元・板前の大将・のぶサンが、おでん・若鳥の唐揚げ・海鮮丼などをふるまって、西欧中世ファンタジー異世界人たちが舌鼓を打っている。
 給仕は異世界人ではなく現代日本人だが、アイドル声優三森すずこ(みもり・すずこ)が明るく元気で機転も利いていてコミュ力・胆力もある看板娘・千家しのぶ嬢役を務めることで、作品に女っ気と華をも与えている。
 そして、30分尺に前半Aパートと後半Bパートで2話を放映するというスタイル。……『異世界食堂』とあまりにもフォーマットが酷似しているのだけれども、イイのだろうか?(笑)



 『異世界食堂』同様に、近年多い小説投稿サイト発祥の作品で、商業誌にスカウトされてマンガ化や深夜アニメ化にまでコギつけたというパターン。他にも同サイトには、『異世界駅舎の喫茶店』なども控えているので、深夜アニメバブルの昨今、同工異曲の作品が今後、数年間は跋扈するのだろうとも予想する。


 こうなると、目利きかドーかもわからない、個人の好悪・相性での「当たり/ハズレ」もあるだろう商業誌の編集者に持ち込みするよりかは――目利きの編集者ほど、往々にして善人すぎてコミュ力もなくって、プレゼンで編集部内を説得できない御仁が多いとも仄聞するので(汗)――、小説投稿サイトなどで自力で人気を確保してから、商業媒体にスカウトされる戦略を取った方がクレバーかもしれない(笑)。


 とはいえ、本作もシニカルに見れば、実写深夜ドラマ『孤独のグルメ』(12年)・『深夜食堂』(09年)・『ワカコ酒』(15年)などを異世界ファンタジーに翻案したものでもある。『幕末グルメ ブシメシ!(武士飯)』(14年・17年に実写ドラマ化)とか『極道めし』(06年・11年に実写映画化・18年にBSドラマ化)とか『かくりよの宿飯』(15年・18年に深夜アニメ化)など、時代劇や青年誌マンガに少女小説まで拡張していけば、ネタ自体はもうそんなに斬新でもないのだろう。


 しかし、ネタの新旧と作品の質に比例関係があるワケでもない。よって、アリガチでも面白い作品ができるのであれば、それはそれでOKなのだけど……。


 ヤボなツッコミだろうが、筆者個人の乏しい経験でも、孫請けで入った世界的大企業の社員食堂で、外人さんが大量にランチを残している光景を目撃したこともあった。アフリカ奥地の少女と日本の「制服が似合う女子高生」大賞受賞(笑)の少女の人生を1週間だけ交換! 等々のバラエティ番組などを観ていても思うに、民族の食習慣ごとに食材の見た目・食感・味覚には超えがたい壁があるものなのだ。


 日本の洋食屋や居酒屋の料理に舌鼓を打つファンタジー異世界の異人種たちの姿ごときに、日本の食文化を誇るナショナリズムの高揚や右傾化を見たりはしないけど――そもそも和食じゃないし(笑)――、そのへんも考慮して、お客さんに食材や食感を拒否られた料理長が発奮! 彼らの舌に合うような料理を調理するなどの、大工さんの巧(たく)みのワザを描いている家屋改築ドキュメンタリー長寿番組『大改造!! 劇的ビフォーアフター』(02年~)的な作劇(笑)がないあたりについては物足りなくは思うのだ――「的ハズレ」で「ナイものねだり」な要望だったならばゴメンなさい(汗)――。
異世界居酒屋~古都アイテーリアの居酒屋のぶ~

https://r.gnavi.co.jp/nobu/episode/1/(番組公式ホームページで#1が無料配信中)
https://r.gnavi.co.jp/nobu/episode/2/(番組公式ホームページで#2も無料配信中)
(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.73(18年12月29日発行))


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攻殻機動隊 新劇場版 & ゴースト・イン・ザ・シェル(実写版) ~義体のサポート期間終了問題で新自由主義も批判!?

『正解するカド KADO: The Right Answer』(17年) ~40次元の超知性体が3次元に干渉する本格SFアニメ。高次元を材としたアニメが本作前後に4作も!
『機動戦士ガンダムNT』(18年) ~ニュータイプを精神が高次元世界に拡張した存在だと再定義! 時が見え、死者と交流、隕石落下を防ぎ、保守的家族像を賞揚の果てに消失したニュータイプ論を改めて辻褄合わせ!
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 サイバー(電脳)SFアニメ『攻殻機動隊』シリーズの新作にして3D-CGアニメ『攻殻機動隊SAC_2045』(20年)の総集編映画『攻殻機動隊SAC_2045 持続可能戦争』(21年)が21年11月12日(金)公開合わせで、往年の深夜アニメの大傑作『攻殻機動隊SAC』(02年)傑作選が再放送中記念! とカコつけて……
 アニメ映画『攻殻機動隊 新劇場版』(15年)評と「攻殻~」のハリウッド実写映画化作品『ゴースト・イン・ザ・シェル』(17年)評をアップ!


攻殻機動隊 新劇場版』・『ゴースト・イン・ザ・シェル(実写映画版)』 ~義体のサポート期間終了問題で新自由主義も批判!?

(文・T.SATO)

攻殻機動隊 新劇場版』 ~義体のサポート期間終了問題で新自由主義も批判!?

(2015年6月20日公開)
(2015年7月25日脱稿)


 近未来の日本。サイバーパンクで名作SF洋画『ブレードランナー』(82年)で東南アジア的なネオン看板の退廃都会を舞台として、義体のサイボーグ・コンピューターウイルス・ハッキング・破壊テロなどの特殊犯罪を地道に捜査したり盛大にドンパチしたりもする、メスゴリラもとい低音ボイスの美女姐ちゃんが率いている公安9課のワケありなオジさんサイボーグ刑事たち(一部はナマ身の人間刑事)による、ITリテラシーかついささか乱暴でゴーインな活躍を描いてきた『攻殻機動隊』シリーズの最新作。
 シリーズ25周年記念作だとのことだが、平成元年(1989年)に原作マンガがスタートしているから正しくは26周年だよネ(汗)。


 まぁまぁ面白かった。個人的には御大・押井守(おしい・まもる)カントクが手掛けた早くも20年も前となる最初のアニメ映像化作品でもある映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』(95年)やその続編映画『イノセンス』(04年)などの難解ぶりっ子作品なぞよりかは断然面白い。
 しかし、カントクを当時の新進気鋭・神山健治(かみやま・けんじ)に変えて製作された早くも10年強前の作品となる深夜アニメの大傑作『攻殻機動隊 S.A.C.(STAND ALONE COMPLEX)』(02・04年)シリーズよりかは劣るといったところか?


 哲学的な自問自答を繰り広げるばかりでドンパチはほとんどなかった押井守版と比すれば、「機動隊」というタイトルから連想されるドンパチ・アクションがあるだけでも一見さんの観客の期待を裏切らない作りだし(笑)。少々は難解でも一応の活劇エンタメにはなっている。


 本作は厳密には一昨年の2013年から順次、劇場公開されてきた60分尺の『攻殻機動隊 ARISE(アライズ)』シリーズ5本につづく「完結編」をそうだとは謳わずに公開した作品でもある(笑)。萌え美少女アニメ全盛の昨今、若いオタク間では『攻殻』などは終ワコンであろうし(汗)、この映画1本だけでもたしかに単独作としては充分に成立はしているので、間口を狭めてしまうタイトルの「完結編」ではなく、『新劇場版』だと銘打っているのは集客・興行面では正しことだとすら思うのだ(笑)。


 内容は『ARISE』~本作『新劇場版』まで含めての「メンバー集結」と「公安9課結成秘話」を描く『攻殻機動隊』の第0話ともなっている。まぁ細部を見ればそれまでのあまたの『攻殻機動隊』シリーズとの設定や辻褄が合わないのだけれども――そもそもアニメ映画版と深夜アニメ版の時点で不整合だったけど(笑)――。もちろん、それはおそらく確信犯での不整合だろうし、そこはパラレルワールドなりカントクさんによる作品世界のひとつの解釈・アレンジなり新訳なりでのご愛嬌でもイイのだろう。



 本作『新劇場版』の冒頭は、急進派の軍人に占拠された某国大使館の鎮圧! それはそれでアリガチな、「軍人こそが悪である!」と陰に陽に糾弾する作品なのかと思いきや……。それと同時に発生する総理大臣の爆殺事件!(汗) そして、攻殻機動隊こと公安9課による捜査の課程で判明していく「義体」利権。


 「新自由主義的」イノベーション(技術革新)で次々と新バージョンの「義体」の新製品を発売して経済を回転させていきたい「グローバル大企業」。しかし、軍事的・管理的な理由からもあまりに頻繁なる新製品への換装は避けることで、技術革新を停止とはいわずとも遅滞はさせておきたい「国家」と「軍」。「国」と「軍」の対「グローバル企業」との交渉での押されっぷり。つまり、今や「国」や「軍」よりも民間の「企業」の方が強いのだ(汗)。


 かたや一般庶民側でもある、障害などで身体の一部を「義体」に換装して暮らしている貧困層(汗)も、旧バージョンの「義体」の「サポート期間終了」に伴なって「生き腐れ」(爆)となる危機を迎えてしまっている……。


 生き馬の目を抜く競争社会を勝ち抜くため、新技術の研究・開発に人的・金銭的パワーを傾注するためにも、旧バージョンのサポートをやめたいGAFA(GoogleAppleFacebookAmazon)などのグローバルIT企業が宿痾的に抱えてしまう問題点のコレは風刺でもある。


 そして、対極・敵対・水と油の関係だとも思われがちな「官」と民間の「弱者」の利害がココでは奇遇にも一致して、強欲な「商人」だけがひとり勝ちをしている構図となっている。……オオッ、よくぞ判っていらっしゃる!


 20世紀の前中盤には想像もつかなかった、国境をラクラクと超えていく「グローバル経済」こそが、「過剰スピード・過剰変化の競争社会」をもたらして、バブル期のTV-CMでもあったような「♪ 24時間、戦えますか?」なブラック労働によって、人々を地域・家庭に関わらせる余暇をもなくしいき、地縁・血縁共同体や自治的共同体をも崩壊させている元凶なのである。


 そのワクチン・ブレーキ・必要悪としては、「国」や「地域」の権限をあえて若干強めて、あまりにも強くなりすぎてしまった「グローバル企業」とも拮抗させることで、国境・関税・移民の壁をも少々高くすることなのだ!――むろん断交・鎖国にまでは行かない範疇で――
 つまりは、「競争・経済至上主義」&「労働者の過剰流動性(=解雇規制緩和非正規労働者の増加)」を低めることなのだ! コレによって、「雇用」&「人心」を安定させることなのだ!


 一部のポジティブな超人はともかく、凡人は「雇用の不安定」・「高度な新産業への配置転換」などには即応などはできはしないし、心理的にも耐えられない! 新産業の雇用が旧産業の雇用を吸収するなぞはウソである。石炭火力の従事者がIT業界や再生可能エネルギー産業(太陽光・風力・地熱・バイオマス)へと配置転換できるなどとはとても思えない(汗)。変化は必要でもそのスピードは遅めるべきだし、場合によっては1世代を通じた変化とすべきなのである。


 そんな浮世離れしたことを考えてしまう一介のオタに過ぎない筆者も、「二元論」的な「善悪対立図式」ではなく、「正・反・合」などの「多層性」や、「入れ子の構造」・「三角構造」にもなっている、本作における錯綜している対立図式には好感を覚えた。ゆえに、旧態左翼な「階級闘争的なラスボス」や安倍ちゃん(笑)がいないという意味では、現実社会にも活劇エンタメ的なラスボスが実在していてソレと戦いたい! 現実社会でも巨悪と戦うヒロイズムに酔いしれたい! などという安直にして誤まてる単純図式の中で生きている方々には難解な作品に映じてしまっている可能性は高いだろう(汗)。
 ただまぁ、ラストに盛大なドンパチを持ってくることで、物語の「起承転結」感は出せているのでやはり難解な作りだということもナイとは思うけど。



 そんな現今の世界における「マクロな議題」とも直結している、全身が「義体」でもある女性主人公の「ミクロな出自」と「アイデンティティ」の問題。そして、その鏡像キャラクターともなりうる敵キャラとの対比も描いて、キャラクタードラマ的なメリハリをも出していたのが本作のキモであった……といった解題でOKであろうか?


 評論オタクのような人種にとっては、本作のようなハイブロウな作品の内容それ自体がよくわからなかった……と白状してしまうのは沽券に関わるモノだろう(笑)。
 しかし一方、相変わらずのお高く止まって取り澄ましてケムに巻いたような作りになっているともいえるので、「ボク、よくわかんなかったぁ~(笑)」などと正直に悪びれずに云ってみせるような感想こそが、庶民・大衆にとっては一番正しいモノのような気がしないでもないけれども(爆)。
 ただまぁ、筆者個人はやはり平均的な庶民・大衆ではさらさらなくって、貴族でもなければ穢多非人。空理空論をもてあそぶのが常とも化している屁理屈オタクのひとりなので、このような与太話が自然と自動的に浮かんでくる次第である(汗)。


 本作を含む『ARISE』シリーズよりも『S.A.C.』シリーズの方がフツーに面白かったと筆者個人も思うのだ。ただし、コレもスタッフの技量の差では毛頭なく、「60分枠・全5話」か「30分枠・全26話」かといった尺自体の問題にも起因するのだろう。
 『SAC』の方が30分枠・全26話という尺を余裕を持ってゼイタクに使っており、連続性がありつつも1話完結話もありきの内容ともなっていた。よって、ドーやってもムダに無意味なわかりにくさはないのである。
 しかし、『ARISE』は全5話しかないという宿命で、『SAC』とは違って各話に濃厚なドンパチのアクションも入れざるをえなくなっている。加えて、60分枠の間を持たせるため、複数の要素を並行してお話を作っているがゆえに、ドーしても少々の難解さ・煩雑さもまた生じてくるのだとも私見をするのだ。



 ところで、本作を上映している映画館には昨今のアニメ映画の鑑賞ではあまり見掛けなくなった旧型の中年男性オタクたちが多数を占めていた。東京でも郊外の東武練馬のシネコンの小さなハコでの上映開始直前に入館したのだが、あまりに静かなのでガラガラなのかと思いきや……。ふとスクリーン側の入口から見上げると、座席自体はあらかた埋まっていたのだ! しかし、私語はまったく聞こえてこず正座をして鎮座ましまして神妙なる態度を取って襟を正して鑑賞しようとしているかのような「静寂」があたりに立ち込めていたのであった(笑)。


 公安9課のレギュラーメンバーを演じていた声優陣を一新したことには批判もあるようだ。しかし、今や中堅の坂本真綾(さかもと・まあや)が本作ではドスの効いた低音姉御ボイスで演じる主人公・草薙素子(くさなぎ・もとこ)をはじめとして、個人的には「コレじゃない感」はなかった。オリジナル声優のイメージにもよく似せて演技をしていたとも思うのだ。



 ヤボを承知で、『攻殻』シリーズ自体の世界観にも一言しておこう。人間の精神も脳内電気信号であるならば、それらはデータ化してネット上にも放流できるのやもしれない。しかし、記憶・知識レベルのデータをいくら集積してもそれは単なる「静的な存在」である。ウイルス・プログラムとして実行されるレベルならばともかく、そこから「動的な知能」もしくは「人工知能」などが自動的・自然発生的に生成されてくるとはとても思えない。
 臓器のレベルでも「生存したい!」というような動物の本能にも根差しているようなリビドー(衝動)なり、アドレナリン・ホルモン・脳内麻薬物質がもたらす「快/不快」といった鼻の先のニンジンのようなモノが「目的意識」となって生物を駆動して、それら「快/不快」の原始的な情動がもたらす「目的意識」が幾重にも累乗かつ複雑怪奇に積み重なっていくことによって、ヒトの欲望や社会的な集団における美意識・価値観・道徳・宗教なども生じてくるのだろう。


 「不快」や「自己犠牲」をあえて採ることで、子供や家族や社会を守ろうとする、単なる「快/不快」とは真逆な行動を採るような不合理もたしかに人間には存在している。そして、それが人間を単なる動物ではない存在へと高めてもいる。
 しかし、それとて長期的な展望を見据えての、あえて子供や家族や社会に「快」をもたらすためのモノとしての「不快」の採択に過ぎないのやもしれないのだ。つまり、原初的な「快/不快」という原理からのリアクションとして派生・変形したモノにすぎない可能性もある以上は、一見は倫理的・道徳的な選択には思えても、動物的な「快/不快」からはまったくの独立自存して発生した、聖なる天上世界の神さまから与えられた十戒のような至純の情動でもないのだろう(汗)。


 つまり、「肉体」という器(臓器)ではなく、「快/不快」といった感情などが生じてきようもないだろう器(機械)などから、何らかの「目的」を持って高次な「価値判断」までできるような、動的な「生命」や「知能」が自動生成的に生じるとは、個人的にはとても思えないのだ。ゆえに筆者は、実は『攻殻』シリーズなどにおけるネット上での人工知能・誕生説などには、さして現実味を感じていないのもホンネである。


 しかし、そーいうことを云い出してしまうと、あまたのサイバーパンクSF作品の受容が却下されてしまうのもまた事実なので、ソコは特定ジャンルにおけるお約束・歌舞伎的な様式美(笑)だとして割り切ることにはしている。
攻殻機動隊 新劇場版 (レンタル版)

攻殻機動隊 ARISE border:1 & 2 DVD-BOX (2作品, Ghost Pain & Ghost Whispers) こうかくきどうたい アライズ 士郎正宗 アニメ [DVD] [Import] [PAL, 再生環境をご確認ください]
(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.65(15年8月14日発行))


『ゴースト・イン・ザ・シェル』(実写映画版)

(2017年4月7日(金)・日本封切)

ヒトの精神は電気信号に還元できず、脳内化学物質での駆動では? 人格が代替可能なアニメ版/代替不能な実写版!

(2017年6月17日脱稿)


 東南アジアチックなネオンに彩られた近未来都市を舞台に、脳ミソ以外の全身を義手・義足・義体で包んだサイボーグ美人刑事・草薙素子(くさなぎ・もとこ)率いる警察・公安9課のイカつい人間&サイボーグの面々の活躍を描く物語。
 1989年(平成元年)に「ヤングマガジン」に漫画『攻殻機動隊』が登場してから早くも30年弱(汗)。往時、誰が本作がついにはハリウッドで実写映画化される日が来ることを予想したであろうか?


 人間と機械と電脳空間(インターネット)が融合した近未来を描くSFジャンルを「サイバーパンク」と呼ぶ。今は懐かし30年以上前の1980年代に登場して一応SF小説ジャンルの最先端と目されるも、当時は若いハードSFマニアの間でだけ流行して、一般層にも流通していたとは云いがたいし――当時のヌルめの日本SFファンにとっても、往時は今では絶滅したエロバイオレンスな伝奇SF小説の絶頂期であった――、どころかオールドSFファンからもサイバーパンクは古典SF的な視点転倒や視点拡大などのワクワク感・知的快感をもたらすものではナイとして、敬遠されていたような気もする。
 などと他人事のように書いているが、筆者もはるけき昔の本誌読者の過半が生まれる前の1990年前後にお勉強として、サイバーパンク小説『ニューロマンサー』(84年)を「ハヤカワ文庫SF」で読もうとしたことがあるけれど……。この近未来の千葉市(笑)を舞台として、ピンジャックで端末と人間の脳ミソを直結させて、意識・精神を超高速で洋画『トロン』(82年)的な格子状の電脳空間に漂わせて戦い合って、負けたら脳ミソが焼けちゃいそうな世界観にリアリティを感じることがあまりできず、どころか索漠として刹那的で乾いた作風を優先するあまりに、登場人物の人となりの描写やキャラの描き分けをあまりしないものだから、誰が誰だか区別が付けづらくて、主観的にはツマラない小説でもドチラかといえば活字中毒なので最後までガマンして読み通すタイプの筆者としては珍しく、読了を断念した記憶がある――その10年後にも再読を試みたものの、まったく同じ感慨を抱いて、またも読了を断念――。コンピューターに強かったSF評論家ならぬベテラン特撮評論家の聖咲奇(ひじり・さき)センセイが当時、サイバーパンクはノリで読むものだ(大意)という趣旨の発言をしていたようにも思うけど……ゴメンなさい。筆者にはサイバーパンクは合いませんでした。


 日本におけるサイバーパンクものの嚆矢(こうし)は、今にして思えば士郎正宗の漫画『アップルシード』(85年)や『攻殻機動隊』(89年)であったワケで、そう考えると誇ってもイイことだけど、本家アメリカにそうそう遅れていたワケでもない。
 まぁ上記2作の初出時に、もう10代後半~20歳前後であったオッサンオタクの繰り言を云わせてもらえば、80年代初頭の「アニメ新世紀宣言」でジャンル作品を一般層にも広く鑑賞可能な普遍的なものにしていこうとする動きが、作者やマニアの方では先鋭的なことをしたつもりでも客観的にはタコツボ的なディテールフェチ・設定フェチ・可愛い女の子に対するフェティッシュな方向で小さく閉じて退嬰的になっていく流れが、まさに80年安保(笑)の挫折として感じられて、個人的にはあの時代はしごく不快であったものだ。よって、『アップルシード』や『攻殻機動隊』の作風や内容はそーいった風潮の悪い意味での象徴のようにも思えて、個人的には印象がよくなかった――じゃあ後年の美少女アニメも観ているテメェはドーなんだ!? と問われると窮すけど(汗)――。


 で、それから30年! いまだに、『アップルシード』や『攻殻機動隊』は命脈を保っており、何度もリメイクされ続けているワケで。ある意味では『攻殻機動隊』的な感性が勝利したともいえるワケであり、当時の筆者の不明を恥じるほかない。まぁ細かく云えば、『攻殻機動隊』も作品ごとにその内容やテイストはかなり異なるどころか、変節を重ねてきて万人向けにマイルドになってきたとも思うのだが。


 本作は直接的には、当時から評価も高い20数年前の95年版の押井守カントクのアニメ映画『ゴースト・イン・ザ・シェル 攻殻機動隊』のリメイク作品でもある。……ここでもまた実に私的な感想を述べさせてもらうけど、この95年版も、個人的には当時、「あぁ押井守もTVアニメ版『うる星(せい)やつら』(81年)での演出回やオリジナル回、映画版『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(84年)のころは実によかったなぁ。なのに、なんでこんなに頭デッカチで難解で思わせぶりっコな作品を作りやがって!」……と反発を覚えていたものである。
 よって、95年版リスペクトの今回の実写リメイク版の仕上がりにも不安があったのだが……。フツーにわかりやすいやないけ! いやまぁひょっとすると一般ピープルにとってはコレでもまだわかりにくい作品である可能性はあるけれど(汗)。


 間違っていたらご容赦願いたいのだが、95年版は筆者の記憶では最後は人間の脳ミソ内での精神活動も「電気信号」に還元できるのであれば、肉体を離れても電脳の海で生き続けることができるというビジョンの元で、ラストは草薙素子のゴースト(精神)が肉体・殻(シェル)から離脱して被疑者の電子生命と電脳空間で融合・合体して、新たな電子生命が誕生したらしい!? ……というオチになる。
 いかにリアリティを追求した作品とはいえ、所詮はフィクション作品に対してこのようなことを云うのはヤボではあるのだが、筆者個人は人間や動物や生物一般は、「記憶」などのデータ化できる静的な「電気信号」に還元できる要素だけではなく、「鼻の先のニンジン」に突進するような好悪や食欲の次元で「脳内化学物質」が分泌されて、そんな「物質」や「化学反応」を燃料として動的にエンジンを駆動させているのだから、前者の静的な「電気信号」だけで自発的に動き出せる生命や自我が誕生するとはとても思えないので、往年のあのオチにもリアリティを感じてはいない。
 ただまぁそんなことを云い出したら、このテのフィクション作品は何も楽しめなくなるので、同時にいつものことだと割り切ってもいるのだが(笑)。


 ところがドッコイ、本作はそんなムダに難解な展開にはならない! ドチラかと云えば、近年のリメイクアニメ映画『攻殻機動隊 ARISE(アライズ)』(13年)シリーズの最終作『攻殻機動隊 新劇場版』(15年)のごとき、メスゴリラもとい草薙素子刑事のアイデンティティーに関わる出自を探求する展開ともなっていく。
 草薙素子の出自は施設育ちであったり軍の特殊機関の出であったり、義体をまとった時期&理由も幼少時の事故なり病気なり胎児の時期であったりして、作品によって異なるのだが(笑)、本作のそれはたかだかホンの1年前のことであったらしいと明かされる!
 本作では草薙素子を欧米人が演じており、ここには異論もあるようだが――特に欧米側のオタクに!――、そこは東南アジア的でありながらも無国籍な近未来作品なのだから、日本臭をゼロにしろとは云わないけど、残しつつもウスめるためにも、個人的には欧米人起用は構わないようにも思ったものだけど……。ナンとビックリ! 公安9課の荒巻部長を演じた北野武ビートたけし)以外にも、日本人俳優として桃井かおりが、草薙素子の実の母親らしい重要な役回りで出演していたのであった!


 語彙などの知識量どころか、顔や姿が人種を超えて変わってしまったのに、このふたりは互いを他人ではないように感じて、草薙素子もおそらくかつての自宅である超高層アパートの狭い室内に招き入れられてお茶も饗応される。そして彼女との会話で、草薙素子の素体となったティーンの少女はどうにも手に負えない負けん気で勝気で不敵で胆力もある、仲間たちとデモもどきや夜遊びもする不良少女であったらしいことが明かされていく。


 往年の95年版では、人間の性格や人格やその境界は、人生途上の境遇や役回りでいくらでも変わったり交じわったり溶けあったりする程度の、代替可能で融通無碍な無我的なモノであるようなニュアンスも受ける。しかし本作の描写だと、人間とは「記憶」を喪失しようがその「人格」を喪失するような存在ではなく、「記憶」を失ってもなお残る、そのヒトの「性格」や「気質」や「胆力」のようなモノこそが、代替不能な人間個人のアイデンティティーの本質であるようにも描かれる。


 まぁドチラの人間観も個人的には正しいとは思うけど、ごくごく個人的には、後者の方にこそ若干の分があるようにも思える。まさにこの胆力のある不良少女ならば、現在の豪胆な草薙素子になっても不思議ではないと思う。そのかぎりではアイデンティティー、字義通りの自己同一性も保証されている。
 てなワケで、95年版よりも本作の方を筆者個人は評価するけど、それでもやっぱり本作は難解なマニア向けの作品でしたかネ。東京でも郊外の東武練馬のシネコンで鑑賞したけど、エンディングテロップが終わらないうちに観客は次々と立ち去っていくのでありました(汗)。
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(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2017年初夏号』(17年6月18日発行)~『仮面特攻隊2018年号』(17年12月30日発行)所収『ゴースト・イン・ザ・シェル』評より抜粋)


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仮面ライダー滅亡迅雷 ~改心した悪の人工知能ライダー4人が主役の小粒佳品な後日談!

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 2021年11月6日(土)深夜にNHK・BSプレミアムで放映された『全仮面ライダー大投票』で『仮面ライダーゼロワン』が作品部門10位にランクイン記念! 11月10日(水)に後日談・番外編のビデオ販売作品・第2弾『ゼロワン others 仮面ライダーバルカン&バルキリー』の映像ソフトも発売記念! とカコつけて…… 後日談・番外編の第1弾『ゼロワン others 仮面ライダー滅亡迅雷』(21年)評をアップ!


映画『ゼロワン others 仮面ライダー滅亡迅雷』 ~改心した悪の人工知能ライダー4人が主役の小粒佳品な後日談!

(2021年3月26日(金)公開・映像ソフト2021年7月14日(水)発売)


(文・久保達也)
(2021年4月8日脱稿)

*「仮面ライダー滅」と「仮面ライダー迅」の変身前も含めてのカッコよさ!


 レンタルビデオ大隆盛期の平成元年(1989年)に立ち上げられた東映ビデオ製作によるビデオ販売作品レーベル「東映V CINEMA(ブイ・シネマ)」。そのレーベル作品として製作されつつも、映画『宇宙戦隊キュウレンジャーVS(ブイエス)スペース・スクワッド』(18年・東映ビデオ)を皮切りに、小規模で期間限定だが劇場公開も行うスタイルのレーベルとして立ち上げられたのが、『東映V CINEXT(ブイ・シネクスト)』である。
 その最新作として、『仮面ライダーゼロワン』(19年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200517/p1)の後日談スピンオフ作品『ゼロワン others(アザーズ)』の第1弾『ゼロワン others 仮面ライダー滅亡迅雷(めつぼうじんらい)』が、2021年3月26日(金)から期間限定で全国55館の劇場で公開された。


 本作では、『ゼロワン』の終盤近くまで一応の敵組織として登場した「滅亡迅雷.net(ネット)」のメンバーである、


・滅(ほろび)=仮面ライダー滅(ホロビ)
・亡(なき)=仮面ライダー亡(ナキ)
・迅(じん)=仮面ライダー迅(ジン)
・雷(いかづち)=仮面ライダー雷(イカヅチ)


を主役に据えている!


 『ゼロワン』では「AI(エー・アイ)=人工知能」を搭載した人型ロボット=「ヒューマギア」がさまざまな業界で人間とともに働く近未来の世界を舞台としていた。そして、「滅亡迅雷.net」はそのヒューマギアを暴走・怪人化させて人類を滅亡させようとするサイバーテロリスト集団として描かれた。


 だが、「人間とヒューマギアがともに笑いあえる世界」の実現を夢見ている主人公の飛電或人(ひでん・あると)=仮面ライダーゼロワンの誠意に対して迅が、そして亡や雷も次第に「心」を動かされて、最終的に敵キャラから主人公側へと立ち位置がシャッフルをとげていった。
 人間に「悪意」があるかぎり=人類が存在するかぎり、ヒューマギアに安息の日が訪れることはないとして、最終回(第45話)『ソレゾレの未来図』でも最後のひとりとして或人と敵対していた滅も、「心」がめばえた末に或人と和解して、以後の滅は迅とともに世界の「悪意」を監視する立場で行動することとなる結末が描かれた。本作はその後日談としても描かれている。


 テレビシリーズで「滅亡迅雷.net」がアジトとしていた、12年前に「デイブレイク」と呼ばれるヒューマギアたちの大暴走事件が起きた、かつてのヒューマギア運用実験都市の地下を滅と迅が現在でも拠点としていることが、本作冒頭での実験都市の廃墟を俯瞰(ふかん)して描いたCGやテレビシリーズとも同一のセットを舞台にして示される。まず印象的なのが、


「悪意を監視するよりも、悪意が生まれないようにすればいいんじゃない?」(大意)


と、迅がアジトで滅に主張してみせる場面だ。


 迅は滅と会話しながらも終始、「鉢植えの花」を世話しており、次の場面では落葉が散見される森林にその「花」を持参する。そこには、迅の手で植えられたとおぼしき美しい「花」が散見されたのだ。


 個人的には迅のこの描写には、京都アニメーション製作の傑作アニメで、それこそ「滅亡迅雷.net」と同様に当初は人間的な「意志」や「心」をもたない「戦争」のための「道具」であった美少女主人公が手紙の代筆業をこなしていくうちに「愛」を知るに至った『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(18年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20211108/p1)に登場する人物たちの大半が、「花」の名をモチーフとしていたのを彷彿(ほうふつ)としてしまう。
 やはり「花」を愛でることで、ちょっとした心の安らぎまでをも得る……などといった美的な行為は、実務や有用性といったことなども重要なのだがそれをも超えた、衣食を足りてから礼節も知っていく人間といったものの「いたわり」や「おもんばかり」などにも通じていく「人間性」の発露でもあり、観客の方でも本能的にそういう演出意図を感知するからこその「花」の描写の挿入でもあっただろう。


 テレビシリーズ第30話『やっぱりオレが社長で仮面ライダー』~第31話『キミの夢に向かって飛べ!』にかけて、或人の秘書であり黒髪ショートのロリ系美少女型ヒューマギア・イズを、この第30話の当時は「滅亡迅雷.net」以上の強敵として君臨していた青年社長・天津垓(あまつ・がい)=『セロワン』における4号ライダー・仮面ライダーサウザーの手から助けだして、或人とともに


「これからは自分の意志で生きるべき」(大意)


などと説得していた当時、つまり或人に感化されてやや正義の味方寄りに傾倒していたころの迅の姿も、個人的には目に浮かぶ。


 迅は第16話『コレがZAIA(ザイア)の夜明け』でゼロワンに一度倒されている。そして、第25話『ボクがヒューマギアを救う』で復活をとげて以降は、以前のフード付の黒マントの衣装とは一転してストライプ付のスーツ姿となっており、今回もそれを踏襲していた。


「ヒューマギアを人類から解放して自由を与える。それがボク、仮面ライダー迅だ!」


 こう主張するようになって以来、迅はそのファションのみならず表情もかなり穏(おだ)やかとなっており、その甘いマスクには魅了されたものだが(笑)、人々の間に「悪意」が生まれないようにという彼の想いを象徴するかのように、せっせと「花」を育てている描写は実に迅らしくもあり、「いい絵」としても仕上がっていた。


 その場所で、迅は後述するがナゾの人物とその配下たちの襲撃を受ける。そこに滅が割って入り、その連中に対して所持していた武器である日本刀の切っ先を向けて


「迅に手を出すな!」(大意)


などとタンカを切る描写は、実に華(はな)がある。あぁ、いっそ女性に生まれていたなら、ここでキャーキャーと黄色い声援を上げることもできただろうに(爆)。


 滅はテレビシリーズの最終回(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200921/p1)までは、逆立てた金髪を束(たば)ねるようにバンダナを巻いていた。しかし、或人との和解後のラストカット、そして当初はテレビシリーズ終盤放映中の夏に公開予定であったものの新型コロナウィルスの影響で内容を「後日談」に改訂して公開された映画『劇場版 仮面ライダーゼロワン REAL×TIME(リアルタイム)』(20年・東映https://katoku99.hatenablog.com/entry/20211114/p1)では、そのバンダナをハズして、黒のボタンシャツと黒いパンツスタイルの上に、変身後の仮面ライダー滅スティングスコーピオンのカラーと合わせるかたちで紫色の羽織に和装の帯を締めた、まさに和洋折衷(わよう・せっちゅう)のスタイルとなって、左手には日本刀も所持していた。
 これはもう、「刀剣ファンタジー」もののゲームやアニメの登場キャラを、良い意味でまんまモチーフにした時流に合ったデザインだと云いきってもよいだろう。『ゼロワン』の後番組『仮面ライダーセイバー』(20年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20201025/p1)に至っては、もう番組そのものが「刀剣ファンタジー」であったりするのだが(笑)。


 仮面ライダーにかぎらずウルトラマンや近年はスーパー戦隊でもシリーズ中盤では恒例イベントとなったヒーローのタイプチェンジは、そのキャラの精神的な成長や心の変遷、主要登場キャラとの関係性の激変などの結果の象徴として、ドラマチックかつシンボリックに描かれるのが当たり前となっている――その意味ではまさにヒーローのタイプチェンジの原点となった「平成」ウルトラ3部作(96~98年)と比べても、単なる玩具販促的な目先の変化だけにはとどまらない高い「ドラマ性」が新たに加えられたともいえるだろう――。
 或人との関係性の変化で「心」がめばえて、「悪意」をもつ人類を滅ぼす側から「悪意」を監視する側に回った立ち位置のシャッフルを、滅のファッション演出も含めた変遷が象徴させてもいるのだから、これはもうカッコよく見えてくるのが当たり前なのだ!


*本来の主人公・或人が「不在」の1週間に起きていた物語!


 テレビシリーズではそんなドラマチックな展開が与えられてきた迅と滅にすっかりホレこんでしまった筆者としては、やはり本作が彼らの後日談として優れていると思えた点はいくつもあった。


 先述したナゾの人物たちと迅と滅は仮面ライダーに変身して戦うも、その力に圧倒されたあげくに迅が連れ去られてしまい、心配した亡と雷がひさびさにアジトに姿を見せてくる。


「仕事はいいのか?」(大意)


との滅の問いかけに、亡は上司の刃唯阿(やいば・ゆあ)=『セロワン』における女性が変身する3号ライダー・仮面ライダーバルキリーが許してくれたからだと答える。雷の方も重要なプロジェクトは弟の昴(すばる)に任せてきたと語ってみせている。


 亡はテレビシリーズ最終回のラストシーンで、対人工知能特務機関「A.I.M.S.(エイムズ)」の技術顧問(ぎじゅつ・こもん)として入隊する描写があった。先述した映画『REAL×TIME』では、当初はテレビシリーズ終盤にあった事件として脚本化されたものなのだが、新型コロナによる公開延期でテレビシリーズ最終回後の後日談として再構築されたことで、出番は少なかったものの唯阿をサポートするさまが追加撮影で点描されていた。亡の返答はこの『劇場版』での描写をさらに受けたものでもあり、カユいところに手が届く、しかも唯阿の温情・人間味をも間接的に意味させたセリフなのだった。


滅「大事にされているんだな……」
亡「理解ある人間たちのおかげです」


 『ゼロワン』のシリーズ中盤では、亡の人工知能が実は不破諫(ふわ・いさむ)=『ゼロワン』における2号ライダー・仮面ライダーバルカンの脳内に、先述した垓社長によってチップとして埋めこまれている(!)恐るべき事実が小出しに明らかにされていった。そこまで人間たちに非人間的な「道具」として扱われてきたAIであった亡だけに、「理解ある人間たちのおかげです」というセリフにはその感慨深さが充分に伝わるものがあった。
 もっとも、亡はテレビシリーズ・劇場版・本作と一貫してその無感情で機械的な口調はあまり変わってはいない。その無機質さこそが彼女の魅力であった亡が今さら笑顔ではずんだ声で人間に謝意を示すのはヤリすぎであり(笑)、むしろセリフでの感謝のみで感情表現としてはクールなキャラに少々柔らかさを出した程度が、ちょうどよいバランスの表現にもなる「演技」と「演出」なのだろう。


 亡と唯阿のやりとりを新撮の回想シーンとしては挿入せずとも、滅と亡の会話だけでも亡と唯阿、ひいては「ヒューマギア」と「人間」とが良好な関係性を築きつつあることを示唆(しさ)する演出は実に秀逸(しゅういつ)。ルックスと声が思春期の美少年のようでもあり、性別がない亡の設定にハマリすぎだった、亡を中性的にも見せつつ演じている黒髪ショートの女優・中山咲月(なかやま・さつき)の功績も実に大きい。


 一方の雷は、第14話『オレたち宇宙飛行士ブラザーズ!』で弟の昴とともに宇宙飛行士型ヒューマギアとしてゲストキャラのように登場するも、実は自身の意志とは関係なしに「滅亡迅雷.net」にデータを提供するようにプログラミングされていた存在だった。一度は怪人化してしまって仮面ライダーバルカンに倒されるも、第35話『ヒューマギアはドンナ夢を見るか?』で復元されるまでは画面上には登場しない。しかし、その間にも「滅亡迅雷.net」のメンバーとして存在が常に語られていたキャラである。
 宇宙事業センターに復帰した雷は、映画『REAL×TIME』では或人=仮面ライダーゼロワンの専用バイク・ライズホッパーを大型トレーラーで届けるだけのチョイ役にとどまっていた――亡とともに『劇場版』が「夏映画」として公開されていたならば、本来は出番すらなかったのだが、公開延期による内容改変で急遽登場したことで結果オーライ!――。


 本作はもしも迅の行方不明の件さえなければ、弟の昴と兄弟で「重要なプロジェクト」に参加したであろうほどに、雷が宇宙事業センターでの地位を確固たるものとしていることを、先の滅に対しての「重要なプロジェクトは弟の昴に任せてきた」というセリフは示してくれているのだ。


 ちなみに、雷の代理として「重要なプロジェクト」=「新型衛星WE′RE(ウィア)初号機打ち上げ計画」に参加することになった宇宙飛行士型ヒューマギアを顔出しで演じたのは、『ゼロワン』で1号ライダー・ゼロワンのスーツアクターを1年間務め上げた縄田雄哉(なわた・ゆうや)だそうだ!


 ヒューマギア事業の海外進出に向けて、衛星間通信を可能にする新型衛星のプロジェクトを立ち上げたのは、もちろんヒューマギアの開発者で飛電インテリジェンスを創業した故・飛電是之助(ひでん・これのすけ)から社長を継承した孫の或人である。彼は昴らとともに自ら新型衛星に乗りこんで1週間のミッションを遂行(すいこう)しているのだ。
 今回、テレビシリーズの主人公であった或人の登場は、この件を報じるニュースの中での「写真」のみだった(笑)。東映ビデオが以前から製作してきた『仮面ライダー』近作の後日談を描いたオリジナルビデオ作品では、テレビシリーズのサブキャラを主役とする意外性で、マニア層の興味関心を惹起する方針を取っており、基本的に主人公の1号ライダーはチョイ役にとどまっており、本編ドラマにも深く関与はしないし変身もしないというのが常となっている。
 それは本来のメインターゲットである子供層を対象とはしない高額なビデオ販売作品だからこそ可能な作劇ではあり、子供向け特撮変身ヒーロー作品としては本来あるべき姿ではないのだとしても、傍流としては許容されてしかるべきであり、その意味ではマニア向け市場もすっかり確立しきった日本の特撮ジャンルの成熟・多様さの現れだと取るべきだろう。


 もっとも、『仮面ライダーW(ダブル)』(09年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100809/p1)の2号ライダー・照井竜(てるい・りゅう)=仮面ライダーアクセルを主人公とした後日談として、「東映V CINEMA」時代のオリジナルビデオ作品『仮面ライダーW RETURNS(リターンズ) 仮面ライダーアクセル』(東映ビデオ・2011年4月21日発売)のクライマックスでは、『W』テレビシリーズ本編のダブル主人公の左翔太郎(ひだり・しょうたろう)とフィリップが当たり前のように仮面ライダーWに変身し、数種類のタイプチェンジまで披露していたのだ。
――同年7月21日には、その前年に公開された映画『仮面ライダーW FOREVER(フォーエヴァー) A to Z(エー・トゥー・ゼット) 運命のガイアメモリ』(10年・東映)の前日譚として、映画の新敵ライダー・仮面ライダーエターナルを主役に据えた『仮面ライダーW RETURNS 仮面ライダーエターナル』もリリースされていた――


 先駆けとなる番外ライダー主役作品がそんな快作だったから、テレビシリーズと比すればビデオ作品はかなりの低予算作品である以上は仕方がないことだろうが、個人的にはその後に続々とリリースされた仮面ライダーのスピンオフ作品でもチョイ役でもいいから1号もライダーに変身させて、2号や3号との共闘を願っていたものだ。


 だが、本作では内容的に1号ライダーを大活躍はさせづらい。なぜならば、「人間とヒューマギアがともに笑いあえる世界」の実現をめざした或人が今回の事件に関与できたのならば、ここで描かれた悲劇は未然に防ぐことができてしまったと思えるからであり、それではそもそもの今回の滅・亡・迅・雷が大活躍する作品自体が成立しなくなってしまうのだ(笑)。
 したがって、本作では或人が衛星軌道上を周回していて地球を不在にしていた1週間の間に起きた事件だったとして、テレビシリーズでもメインライターを務めた高橋悠也(たかはし・ゆうや)がストーリーを組み立てている。


*恐るべき強敵・仮面ライダーザイア!


 本作の悪役は先述した天津垓がかつて社長を務めていたZAIA(ザイア)エンタープライズのCEO(シー・イー・オー)=最高経営責任者であり、ロン毛にヒゲを生やした西洋人男性でやや中年太りの体型をしたリオン・アークランド=仮面ライダーザイアである。
 12年前の当時にはZAIAのプロジェクトリーダーだった垓によって人間の負の感情=「悪意」をラーニングさせられて、自らを宇宙に打ち上げて人類を滅亡させようとしたAI搭載の人工衛星・アークの名は、実はこのアークランドなる人物に由来していたというのが実に説得力にあふれる後付け設定だ(笑)。もちろんポッと出のそれまでに積み重ねられてきた作品世界とは縁もゆかりもない人物を強敵だと設定しても説得力には欠けるだろう。やはり劇中では綿密には描かれずとも、劇中世界での過去の大事件にも密接にカラんでいた存在だとして、10数年もの歳月を虎視眈々と生きてきた……と設定した方が、この手の後日談作品のキャラ造形としては実に適格でもあるだろう。


 そして、リオンにおおいなる「悪意」を感じたことで、テレビシリーズ終盤から映画『REAL×TIME』にかけてレギュラーとして登場していたAI衛星アークの使者として、或人の秘書を務めた美少女型ヒューマギア・イズの同型機ともいえるアズも再登場する。
 アズは全身黒を基調としつつも登場するたびにファッションを微妙に変えており、今回はレザーのロングコートの内側にカーテン状に見える赤い衣装を着用している。CEOの「秘書」としてのイメージなのだろうが、アズ役の鶴嶋乃亜(つるしま・のあ)はモデル出身でもあり、読売中高生新聞2020年6月5日(金)のインタビューでは自身が演じるキャラクターをプロデュースするつもりで演じていたというから、彼女自身が撮影現場の服飾担当者と相談しながらファッションの細部も決めているのだろう。
 ちなみに、氏が『REAL×TIME』で二役で演じた2代目イズは或人と同様に今回は残念ながら登場しなかったが、『REAL×TIME』で描かれたように仮面ライダーゼロツーに変身が可能になった2代目イズが登場していたら、やはり今回の悲劇を回避できてしまっただろうから、登場してはいけないのである(笑)。


 リオンはZAIAジャパンのサウザー課(笑)から持ち出してきた変身ベルト=サウザンドライバーで仮面ライダーザイアに変身する! 垓が仮面ライダーサウザーに変身する際には「Prezented by ZAIA(プレゼンテッド・バイ・ザイア)」なる音声ガイダンスがドライバーから流れていたのに対して、仮面ライダーザイアは変身完了時に自分でこのセリフを云っている(爆)。
 ゴールドを基調とした全身で目が紫だったサウザーのスーツを、全身黒に塗装してシルバーのラインを加えて目を赤くして若干(じゃっかん)の改造を加えただけのものがザイアのスーツであった。ついでに武器とする長剣・サウザンドジャッカーも模様を塗り替えるだけで流用している。もちろんビデオ販売作品は玩具販促とは無関係でバンダイからの予算も出ない低予算作品であるのでそーいうことになるのだ(笑)。


 ただ、それは大人の事情でやむなしとしても、垓の出番がZAIAジャパンの社内でリオンと配下の女兵士に痛めつけられ、ドライバーを奪われてしまう場面のみなのは少々残念だった。全体的にダーク寄りの作風だから、ここでこそ垓が「ネタキャラ」ぶりを発揮してもらうことで、一服の緊張緩和がほしかったのだが(笑)。


 ちなみに、東映特撮ファンクラブ限定で2021年4月11日(日)からネット配信されるオリジナル作品『仮面ライダーゲンムズ -ザ・プレジデンツ-』(21年)では、『仮面ライダーエグゼイド』(16年)に当初は敵キャラとして登場して中盤からはやはり味方化するも「ネタキャラ」(笑)へと転じた檀黎斗(だん・くろと)社長=仮面ライダーゲンムと垓社長=仮面ライダーサウザーとのガチンコ対決を描いている。
 この作品で垓社長が変身するサウザーはナゼか全身が黒であり(汗)、今さら塗装を元に戻せないとばかりに仮面ライダーザイアのスーツをそのまま流用しているようだ(汗)。
――後日編註:『ゲンムズ -ザ・プレジデンツ-』の撮影が本作『滅亡迅雷』の撮影とは並行になってしまったからだそうだ(笑)。この事実で、アップ用・アクション用の2種のスーツが用意されることが多い東映変身ヒーローなのに、サウザーには1種のみ、しかも予備のスーツもなかったことがわかるだろう(汗)――。


 まぁ、双方ともに「ネタキャラ」であり「社長」でもある登場人物を、作品のワクを超えて対決させてみせる、良い意味での「バカ」だとしかいいようがないマッチメイク企画=『仮面ライダーゲンムズ -ザ・プレジデンツ-』。その予告映像が、動画無料配信サイト・YouTube(ユーチューブ)で配信されるや再生回数がわずか2日で50万回(!)を超えたほどなのだから、やはりまずはドラマ的な必然性もなしに両雄を闘鶏・ポケットモンスター的に戦わせるという往年の『ウルトラファイト』(70年)のようなノリを大衆もマニア諸氏も結局は不謹慎にも望んでいるのであって(笑)、本作『滅亡迅雷』でも垓の「ネタキャラ」ぶりを楽しみにしていたお客はきっと多かったことだろうが、その点については少々物足りなかったのは否めないのだ(笑)。



 自身の「意志」をもたずに皆一様にモノクロの迷彩服を着用している兵士型のヒューマギア=ソルドを、リオンは大量生産して世界各国に売却して軍事ビジネスで圧倒的優位に立つというそのためだけに、ソルドが戦うべき相手として「滅亡迅雷.net」をマッチポンプで人類共通の敵=「必要悪」として再度仕立て上げようとする。
 テレビシリーズではあくまでも垓社長個人の人格の偏(かたよ)りから来る経営方針が問題だっただけで(笑)、ZAIA自体には悪徳企業という印象は希薄(きはく)だった。しかし、本作ではリオンが悪徳軍需企業のCEO=最高経営責任者のように描かれたために、ZAIAはつぶすべき立派な「組織悪」だとの印象が濃厚となって、相対的に観客の「滅亡迅雷.net」への同情・感情移入を誘わずにはいられない展開ともなりえていた。


*人類ではなくヒューマギアの「自由」を守る「仮面ライダー滅亡迅雷」!


 先述したように、迅は一度はゼロワンに倒されたあと、テレビシリーズ終盤にようやく画面に登場したZAIA本社開発部の与多垣(よたがき)ウィリアムソンによって復元されて、中盤以降にアークを倒すという目的で「滅亡迅雷.net」に再度合流していた。
 だが、実はリオンによって迅は兵士型のヒューマギア=ソルド開発のためのプロトタイプ=「ソルド0(ゼロ)」としても復元されていたことが、リオン自身の口から明らかにされるのだ!
 復元されて以降は、「ヒューマギアを人類から解放して自由を与える」と主張するようになっていった迅。しかし、その迅を利用して、まったく逆に一切の「自由」を与えられずに、人類の戦争の「道具」にすぎない存在であるソルドたちが大量に生み出されていたとは、なんたる皮肉な運命であろうか!?


 1971年4月3日に放映が開始されて、2021年で記念すべき「50周年」を迎えた『仮面ライダー』第1作(71年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20140407/p1)の各話冒頭のオープニング主題歌の最後に流れるナレーションでは、


仮面ライダーは人間の自由のために(敵組織)ショッカーと戦うのだ!」


と語られて、世界制覇をねらうショッカーのテクノロジーで改造人間にされた主人公青年の本郷猛(ほんごう・たけし)=仮面ライダー1号が、次々にショッカーが差し向けてくる怪人たちを倒す、基本設定を深読みしてしまえば、いわば「兄弟殺し」「親殺し」が描かれていた。
 ヒューマギアの「自由」を願っている迅を助けにリオンのアジトに滅・亡・雷が駆けつけて、4人が「変身!」してソルドたちを相手に「兄弟殺し」、リオンに「親殺し」を果たそうと繰り出される一大バトルは、まさに『仮面ライダー』の基本設定部分を忠実に継承した、シンプルな娯楽活劇作品としてはともかく、テーマ部分においては「原点回帰」と呼べる要素なのかもしれない。


 同じく『東映V CINEXT』のレーベルで製作された『仮面ライダージオウ』(18年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20191020/p1)のスピンオフ作品であり、同作の2号ライダーである明光院ゲイツみょうこういん・げいつ)=仮面ライダーゲイツを主役に据えていた映画『仮面ライダージオウ NEXT TIME(ネクスト・タイム) ゲイツ、マジェスティ』(2020年2月28日公開・映像ソフト2020年4月22日発売・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200426/p1)もそうだったが、本作の中盤のバトル場面は都心かと思われる鉄道沿線にある施設や広場を舞台としていた。
 しかも、今回は戦いに巻きこまれた宅配業者を滅が逃がしてやる描写まであり、人っ子ひとりいないような造成地や採石場が舞台ではなく(笑)、近未来に起こりうるかもしれない現実感・リアル感をも醸し出すアクション演出は実に好感がもてるものだ。
 これらの描写は、テレビシリーズの脚本にも参加して本作ではメガホンも執っていた筧昌也(かけひ・まさや)監督のアイデアによるものだそうだ。


 また、リオンの側近としての出番が多かった男性のソルドがオオカミ型、女性のソルドがサーベルタイガー型の怪人に変身するのみならず、その他大勢の雑魚(ザコ)ソルド(笑)たちも単なる戦闘員キャラではなく、皆がデザインが異なる、本作『セロワン』の敵怪人モチーフでもあった各種絶滅動物をモチーフにした怪人に変身するのが実にポイントが高く、白昼に都市部で展開される仮面ライダーとの大乱戦を華々(はなばな)しいものとしている。
 まぁ皆、実にあっけなく滅・亡・迅・雷に倒されてしまうので正直、戦闘員的な統一デザインでもいいだろ? とも思ったが(爆)。そもそも4人全員が変身してこうしたヒロイックなかたちで共闘するのは実は今回が初であり(!)、その必然性・説得力のためには相手がヒーローとは明らかに格下の戦闘員ではなく怪人クラスの敵キャラでなければ、4人の強さも描けないのだ!
 それにしても、テレビシリーズではその活躍が多く描かれた、紫のサソリをモチーフにした仮面ライダー滅スティングスコーピオン、赤い鷹(たか)をモチーフにした仮面ライダー迅バーニングファルコンはともかく、銀と黒を基調とした仮面ライダー亡や赤鬼を思わせる仮面ライダー雷は、先の『REAL×TIME』でも活躍がなかったために正直、忘れかけていたほどであり(汗)、今さらながらにテレビシリーズでもう少し出番がほしかったように思えてならない。


 その中盤のバトルの最中、迅の体に異変が起こり、それに呼応するかのように滅・亡・雷も次々に変身を解除されて、全員が一見死んだかのようにブッ倒れてしまう!
 まるで抜けガラと化したかのような4人の体から放出されたエネルギーから空中に変身ベルト「滅亡迅雷ドライバー」が生成される! それが3D(スリーディー)プリンターのような役割を果たし、空間で4人が合体した「仮面ライダー滅亡迅雷」が誕生する!!
 そのデザインは滅スティングスコーピオンとほぼ同系色の全身紫であり目も紫である。両肩の赤い装甲・右腕の装甲にあるサーベル・左腕の装甲にあるカギヅメが、それぞれ迅・雷・亡を象徴するパーツともなっている。しかし、やはりリーダー格の滅が主導しているイメージとして完成された姿のライダーだろう。
 なお、「仮面ライダー滅亡迅雷」のスーツアクターは先述したように、本作では宇宙飛行士型ヒューマギアも演じた縄田雄哉であり、そのアクションはテレビシリーズ終盤で「悪意」に満たされてしまった或人が変身したダークヒーロー・仮面ライダーアークワンを彷彿とさせるものだった。


 「滅亡迅雷.net」にとっても想定外だったこの変身は、リオンが迅を捕えている間に彼らを社会にとっての脅威・必要悪とすべく、なんらかのテクノロジーを加えたゆえのものだった! だが、そればかりではなく、「ヒューマギアを人類から解放して自由を与える」という想いが強いがために、皮肉にも迅が精神的にもリオンの思惑(おもわく)どおりにどんどん術中にハマっていく後半の実にイジワルな展開には、優秀たる作家は良い意味でサディスティックでなければならず、劇中人物に安易に救いを与えずにイジメ抜いてあげなければならないのだとも思わせてくれるものがあった(笑)。


*「滅亡迅雷.net」の「意志」のままに!


 本作の冒頭では人間たちに「悪意」が生まれないようにと「花」を育てていた迅が、一転してリオン=ZAIAとの徹底抗戦を主張するに至る心の変遷が絶妙である。迅の行動動機は兵士型ヒューマギア=ソルドたちを


「ボクたちの弟や妹だ!」


と考えるからこそであり、「ヒューマギアを人類から解放して自由を与える」という迅の主張を初志貫徹するためなのだ。


 実は先述した中盤のバトルが終わる際に、「滅亡迅雷.net」が「必要悪」となった以上は、もはや衛星アークの存在は不要だと主張しだしたリオンの凶弾でアズは死亡してしまう!――まぁ本作では「アークの使者」としてだけの存在だったので、本体である知能データの方はどこかにバックアップされており、次回作の第2弾『ゼロワン others 仮面ライダーバルカン&バルキリー』(2021年8月27日(金)公開・映像ソフト2021年11月10日(水)発売)にも姿を変えてシレッと再登場してくるのかもしれないが(爆)―― 本来は敵であるアズの亡骸(なきがら)をも迅は自身が育てた「花」が咲き乱れる庭園に埋葬してあげるのだ……
 「悪意」が生まれないようにと育てた「花」が咲いている場所に、「悪意」そのもの(汗)を葬(ほおむ)るに至ってしまう、「係り結び」としては実にあんまりなオチ。それは彼の内面にある優しさこそがかえって仇(あだ)となってしまう迅を端的に象徴しているとともに、リオンの「道具」として利用された意味では、アズをも「弟や妹たち」とつい同一視してしまう迅のさらなる優しさを描くことで、迅にリオンへの徹底抗戦を叫ばせる動機に説得力を倍増させているのだ。


 ちなみに、リオンはアズを処刑する際に、或人や滅、映画『REAL×TIME』のメイン悪役・エス仮面ライダーエデン(!)をも例に上げて、これまで世界は一時的には「悪意」に支配されたことがあるのの、優れた人格によって容易に乗り越えられてしまうような「悪意」では人類を滅ぼすことはできない。それよりも人類同士が「悪意」ではなく「正義」と「正義」をぶつけあってもらう=「戦争」の方がよほど有効だ……などと語ってみせていた。
 続編・後日談としてこれまでの流れを総括したうえで、リオンが導き出してみせたこの結論にはまさに一理も二理もある。アズや迅には気の毒だが、リオンが「悪意」ではなく「必要悪」にこだわる動機としては実に説得力にあふれるものなのだ。
 もちろん倒してもよい敵キャラを造形するための勧善懲悪作品として、そしてそれまでの『ゼロワン』シリーズに登場してきた敵キャラとの差別化として、彼の主張には自身の野望のためにはなんでもかんでも「道具」として酷使しようとするリオンの非人間性を如実(にょじつ)に表現もできており、迅がそれに対して徹底抗戦を主張する動機づけとしても立派に機能している。


 それにしても、亡を技術顧問として入隊させている唯阿が、「滅亡迅雷.net」が再度の人類の敵となることを必死で否定してみせる記者会見を開くのと同じ時間帯に、ZAIAに「宣戦布告」の動画を送りつけてみせる迅は一見あまりにも間が悪い。だが、そういった善意なキャラクター同士でも価値観や立場が異なればスレ違ってしまうこともあるのが、我々が住んでいる現実世界の日常にもあるキビしい現実でもあることを、戯画化(ぎがか)して写し絵として描いてみせるのがドラマというものの機能のひとつでもあり、観客にも「あるある」と思わせるものでもあるのだ。
 それらの事態を完全に見越していたかのように騒然となっている会見場にフラリと現れて、「滅亡迅雷.net」の脅威どころか「A.I.M.S.」不要論まで唱えて、国防庁にもソルドを売りつけようとする、リオンの戦闘面ではなく営業マン的・政治的なしたたかさには、「滅亡迅雷.net」でも到底かなわない「強敵」との印象をまざまざと見せつけてくれていた。


 だが、後半の展開をよく観れば、むしろ迅の方がリオンよりも一枚も二枚も上手(うわて)であったかたちでストーリーを進行させている。迅もまた決してリオンの手のひらの上で踊らされていたのではなく、「ヒューマギアを人類から解放して自由を与える」ために、あえて自らの「意志」で「必要悪」となることで、相手のゲームの盤上・土俵に乗って優利に戦おうとしたのだ!
 加えてこれは、昭和の『仮面ライダー』の原作者として名高い故・石ノ森章太郎(いしのもり・しょうたろう)のカラーというよりも、昭和のテレビシリーズ作品多数を手掛けてきた脚本家の故・伊上勝(いがみ・まさる)、東映のプロデューサーだった故・平山亨(ひらやま・とおる)の作品に顕著(けんちょ)だった主人公の滅私奉公(めっしほうこう)・自己犠牲の精神を継承したものだともいえるだろう。その意味で、迅は名実ともに立派な「仮面ライダー」になったともいえるだろう。


 迅に共感して「宣戦布告」に参加した亡と雷もまた然(しか)りだ。しかし、ただひとり滅だけはあくまでも「悪意」を監視する立場を捨てようとはせず、人類と再び争うことを拒絶する! ある意味での「絶対平和主義」に近い立場に滅を立たせるかたちで仁義を通すことで、ここで滅を他のキャラとは差別化して描くことでも、そのキャラを立ててみせている!
 「どうしてわかってくれないんだ!?」とばかりに迅が滅に必死で賛同を呼びかける場面は、涙が出るほどに感情移入をさせられた。


 本作で最も重要な、そして個人的に最も好きだと思えるのは、滅がついに迅の「意志」に賛同する場面である。


 迅の「宣戦布告」を知って、


「ずいぶんと物騒なことになってるな……」


と滅のもとに現れたのは、映画『REAL×TIME』では滅と共闘する描写までもがあった不破だ。


 迅が育てた「花」が咲き乱れる庭園=迅が「悪意」が生まれないようにと願った場所(!)にひとりたたずみ、表情に迷いを見せていた滅は不破に対して


「もし自分にとって大切な存在を傷つけられたら、おまえならどうする?」(大意)


と問いかける。


 不破はやはりというか、観客の期待どおりに――テレビシリーズ後半では不破も、垓社長と同様に半分は「ネタキャラ」と化していたので(笑)――


「決まってるさ。遠慮なくブッつぶす!」


と、定番ながらもそのキャラクター・個性を端的に象徴してみせるフレーズを炸裂させる。


 すると滅はこれまでにまったく見せたことのない微笑を浮かべて、


「悩む必要はなかったな……」


と、静かにその場を去っていく……


 ……そう。「遠慮なくブッつぶす!」という、『ゼロワン』では定番だったセリフで、滅の背中を押してあげることで、遠慮会釈容赦なく正義のライダーが悪の敵怪人を倒してみせるために「バトル」をせざるをえない状況を正当化しつつ構築もするのだ!


 つくづく娯楽活劇作品とは、非戦や不戦を主張する日本国憲法第9条や絶対平和主義の精神とはどうやっても相反してしまうものなのである(爆)。その端的な事実をさえ認めようとしないのは偽善であり欺瞞である。敗北を転進や玉砕、敗戦を終戦と云い換えてしまうような精神と、思想の左右は違えどメタレベルでは同じなのであって、将来においては過去とは違ったかたちでの、しかし同じような失敗を繰り返すことになるのだろう(汗)。
 といっても、無制限に暴力(戦闘)が肯定されるワケではもちろんない。どういう局面であれば、暴力(戦闘)による抵抗や懲罰や反撃や予防は許容されるのか? それらの厳密な定義についての熟議による検討は必要なのである。
 そして、道義的にも許されないと判断したからこそ、今回は滅もまた戦場へと向かうと判断したのだ……


 この不破の「ブッつぶす!」は、12年前に不破が通っていた中学校に暴走したヒューマギアたちが襲撃してきて同級生がすべて殺害されたというニセの記憶を垓社長に植えつけられて、ヒューマギアに対する不信と憎悪に燃えていた不破が、テレビシリーズ前半ではとにかく


「ヒューマギアをブッつぶす!」


と敵意ムキだしで叫んでいたように、不破が特殊機関のお仕事・職業としての「仮面ライダー」となった動機を象徴するセリフでもあった。


 ヒューマギアの存在と進歩を人類の「夢」だと主張する或人と当初は対立したものの、彼との長きにわたる交流による関係性の変化や、明白となった自身の過去の真相によって心の変遷をとげた不破は、「ブッつぶす!」相手がヒューマギアからアークへと変わったのだ。


 そして不破の「ブッつぶす!」は、今度は滅を真の「仮面ライダー」としての存在へと至らせる……


 テレビシリーズ第25話『ボクがヒューマギアを救う』でも語られたように滅の出自は、顔は若いのに白髪頭で何かヒラめくと頭部の電球がピカッと光る(笑)博士型ヒューマギア・博士ボットによって開発された幼児教育用ヒューマギアであった。そして、その名残(なごり)であったことがのちに明かされるのだが、『ゼロワン』序盤でも迅のことを「息子」扱いにしていたのだ。
――幼児教育用ヒューマギアであったという設定は、作劇的には後付けだったのだろうが実にウマい言い訳だ! もちろん序盤では迅のことを対等の存在ではなく、格下の見くだすべき存在・道具として扱っていた……といった感じではあったのだが(汗)――


 双方の思惑の違いから、滅と迅の関係性はシリーズ中でも二転三転していくが、最終的には人類の「悪意」を監視する立場となった滅のことを迅が「父さん」と呼ぶに至ったほどに、実質的な親子関係を構築できたと見てもよいだろう。


 もちろん滅の問いかけは、テレビシリーズの最終展開でいつしかめばえた「感情」に対する恐怖心のあまりに、滅が或人の秘書・イズを破壊し、それが或人が悪のライダー・仮面ライダーアークワンとして暴走する遠因ともなってしまい、そのアークワンの攻撃から滅をかばった迅が爆発四散してしまい、双方が互いに大切な存在を失ってしまった憎悪で「悪意」に呑(の)みこまれた或人VS滅の構図が、人類VSヒューマギアの全面戦争へと拡大しかねない事態を招いてしまったことに対する贖罪(しょくざい)の念から、リオンとの徹底抗戦に躊躇(ちゅうちょ)せざるをえない滅が胸の内を吐露させたものだった。


 不破の「ブッつぶす!」はそんな滅の内に秘められていた「父性」をREBOOT(リブート)=再起動させたといっても過言ではなく、「大切な存在」=迅を守るためにリオンを「ブッつぶす!」ことは決して誤りではないのだと、あらためて滅にラーニング=学習させることとなったのだ!
 幸か不幸か、少なくとも本作には登場しなかった或人が滅から同じ問いかけを受けたならば「ブッつぶす!」と答えたハズもなく(爆)、それがゆえに本作の場合には今回の事件は解決できずにバッドエンドで帰結してしまっていた可能性もあったのかもしれないが!?(汗)


 先述した中盤での「仮面ライダー滅亡迅雷」への合体変身は当人たちにとっては想定外のものだったが、終盤のクライマックスでは、滅・亡・迅・雷が「ヒューマギアの自由を守る!」という「意志」をひとつにしたかたちで自発的・意志的に変身してみせる!
 4人が手を取り合うや宙に4つの同一の「滅亡迅雷ドライバー」が浮かび上がる。これこそ彼らの「意志」がひとつとなったことを最大限に象徴する極めてドラマ性が高い演出だろう!
 また、「滅亡迅雷ドライバー」には紫地にサソリ・ピンク地にタカ・銀地にオオカミ・赤地にドードー――ドードーマダガスカル沖のモーリシャス島に生息していた絶滅鳥類――が中央の部分を取り巻くように装飾されており、もちろん悪い意味ではなく科学的・SF的にはちっともリアルではないのだが(笑)、まさに滅・迅・亡・雷の「意志」の結晶としてのシンボリックなドラマ性も感じられるデザインではあるのだ!



 全国的には公開されない地域も多く、映像ソフトで初めて目にする人々の方が多数では? と思われるために、あまりに衝撃的なラストについての言及は、今回は割愛しておきたい。
 まぁ、作品タイトルに『仮面ライダー』と銘打(めいう)たれている以上は、それこそ本編上映前に挿入されていた『V CINEXT』の次回作『魔進(マシン)戦隊キラメイジャーVSリュウソウジャー』(2021年4月29日公開・映像ソフト2021年8月4日発売)の予告編に対して純真にキャッキャと喜ぶような子供たちも親や祖父に連れられて一定数は来場していたのだが、おそらくは本作のラストはトラウマとなること必至だっただろう――女子ならば大泣きするようなオチだった(汗)――――。


 筆者が在住する静岡県静岡市では上映がなかったために、今回は県内の浜松市にある大手シネコン・TOHO(東宝)シネマズ浜松まで足を運んだ。春休みの時期とはいえ、近年の「仮面ライダー映画」の観客としてはあまり見かけなかった――「仮面ライダー放映40周年」の企画が連打されていたちょうど10年前の2011年前後の劇場には結構いた――、決してオタクっぽくはない中高生の男女の姿が多くて(!)、「滅亡迅雷.net」、そして『ゼロワン』の人気の高さを改めて実感させられた。


 自ら滅の背中を押してしまったがために再び「滅亡迅雷.net」と対決せざるをえなくなった不破が再度、唯阿とのコンビを組んで主役となる次回作『仮面ライダーバルカン&バルキリー』も実に楽しみだ。この調子で、垓が主役の『仮面ライダーサウザー』や2代目イズが主役の『仮面ライダーゼロツー』(!)も『ゼロワン others』として製作してほしいところである(笑)。

2020.4.8.


(了)
(初出・当該ブログ記事)


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 2021年11月6日(土)深夜にNHK・BSプレミアムで放映された『全仮面ライダー大投票』で16位(映画作品では上から3位)にランクイン記念! とカコつけて…… 『劇場版 仮面ライダーゼロワン REAL×TIME』(20年)合評をアップ!


『劇場版 仮面ライダーゼロワン REAL×TIME』 ~公開延期が幸いして見事な後日談の群像劇にも昇華!

東映系・2020年12月18日(金)公開)

『劇場版 仮面ライダーゼロワン REAL×TIME』合評1

(文・久保達也)
(2021年1月11日脱稿)

*テレビシリーズ中の出来事から完全な後日談へ!


 さて、『仮面ライダーゼロワン』テレビシリーズ(19年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200517/p1)のメインライター・高橋悠也(たかはし・ゆうや)や『ゼロワン』のメイン監督で本作でメガホンをとった杉原輝昭(すぎはら・てるあき)監督がパンフレットで語るところによれば、本作は本来の時系列としてはテレビシリーズ終盤の中で起きた1日の出来事として位置づけられていたようだ。
 それが一連のコロナ騒動で夏から冬の公開に延期されたことで、テレビシリーズの最終回から約3ヶ月後、つまり公開日とほぼ同時期の時系列となるテレビシリーズの続編・後日談へと変更された経緯がある。


 「楽園」を創造するために謎の男・エス仮面ライダーエデンが世界の滅亡を願う者たちを率(ひき)いて全世界でいっせいにテロ活動を開始、このおおいなる「悪意」に主人公側の仮面ライダーが立ち向かうといった大筋は、夏の公開を想定して準備されたものと比べても大きな変更はない。
 また、『REAL×TIME』のタイトルどおり、60分の間に起きた事件発生から解決までを、画面左下に逐一(ちくいち)残り時間や場所をテロップで表示させる、緊迫感と臨場感にあふれるタイムリミットサスペンスとする当初の作劇も継承されている。


 ただ『ゼロワン』の場合、当初の公開予定だった2020年7月18日(土)の翌日に放映された第39話『ソノ結論、予測不能』の前後と、8月に放映された最終展開とでは主要キャラを取り巻く状況があまりにも激変していたのだ。
 その最たるものは主人公・飛電或人(ひでん・あると)=仮面ライダーゼロワンの秘書を務める女性型ヒューマギア――AI(エーアイ)=人工知能を持つヒューマノイド型ロボット――=イズ、そして『ゼロワン』で一応の敵組織として描かれた「滅亡迅雷.net(めつぼうじんらい・ネット)」のリーダー格の青年・滅(ほろび)=仮面ライダー滅(ホロビ)の立ち位置である。


 2020年8月9日に放映された第42話『ソコに悪意がある限り』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200921/p1)でイズは滅によって破壊されてしまい、同年8月30日に放映された最終回(第45話)『ソレゾレの未来図』のラストでは復元不能なイズの代わりに或人がイズの姿を模したヒューマギアを機動させ、再度イズと名づけてラーニング(学習)するさまが描かれた。
 また、シリーズ中盤で主人公側の味方的キャラへと変貌をとげた「滅亡迅雷.net」の青年・迅(じん)=仮面ライダー迅(ジン)とは異なり、滅は最終回に至るまで敵キャラとして描かれていた。しかし、人間態として或人と殴り合う中で、或人の呼びかけによってシリーズ終盤には芽生えてきていた「心」を機動させたことで、ゼロワン=或人には倒されることなく、自身にとっての息子的な存在であった迅とともに人間の「悪意」を監視する立場となったのだ。


 つまり、この展開を前にした夏の公開であれば『REAL×TIME』に登場するイズは破壊される前のいわば「初代」だったのであり、滅はまだ味方化する前で主人公側の仮面ライダーと共闘するにせよ、エス仮面ライダーエデンなる邪魔な存在を排除するための映画限定の動機による行動として描かれたことだろう。
 それが公開延期で時系列がテレビシリーズの後日談へと変更されたことで、イズは「初代」ではなく「2代目」が、滅は敵キャラではなく完全なる「正義側のキャラ」として登場することとなったのだ。
 ただ、ケガの功名(こうみょう)ではないが、公開延期でやむなく生じたこの改変こそが、筆者としてはこの『REAL×TIME』を深い感動につつまれる傑作へと至らせる要因となったかと思えるのだ。


*「群像劇」から「お祭り映画」へ!


 人類滅亡を企(くわだ)てていた当時とは異なり、金髪を束(たば)ねていたバンダナをはずして、一見は和装かと思える黒の衣装に身を包んでいる、筆者が女子ならキャーキャー騒いでいたこと必至(爆)なほどに実にカッコよい姿へと変貌をとげた滅。
 エスの配下や信者たちが変身したグレーの強化スーツ姿の仮面ライダーアバドンの大群と都心のビル街で単身戦っていた本作の2号ライダーに相当する仮面ライダーランペイジバルカン=不破諫(ふわ・いさむ)をビルの屋上から俯瞰(ふかん=見下ろす)したアングルで、滅はその場に飛び降りながら仮面ライダー滅スティングスコーピオンへと変身! ランペイジバルカンに加勢してみせるカッコよさで、「味方キャラ」となったことを観客に強烈に印象づけていた!
 そればかりではない。或人のもとにエスから宣戦布告が送られてきた件を不破に伝令に来た2代目イズは、「社長命令」として或人が社長を務める企業・飛電インテリジェンスで待機するために即座に戻ろうとするが、そんな2代目イズに滅が声をかける。


「飛電或人のところに行かなくていいのか? それはおまえの意志か? それがおまえの心なのか?」


 単身でエスのもとに向かおうとした或人に、2代目イズは同行を主張するも、或人からは「ダメだ!!」と激しく拒絶されてしまう。それは初代のイズが滅に破壊されたように、


「もう大切なものを失いたくない!」


という或人の想いが動機だった……


 その初代イズを破壊した当人ではあるものの(汗)、或人によって文字どおりに「心」を動かされた滅が、今度は2代目イズに「心」の変遷(へんせん)を生じさせる!
 テレビシリーズ後半ではイズが自身の「心」のままに行動するに至っていく展開だった。それをなぞるかのように、破壊されたハズの初代イズのわずかに残っていた残留思念データに飛電が所有する人工衛星・ゼアの中で2代目イズが出会って、初代から或人と過ごした日々をラーニングされたことで生前の初代イズの夢が


「いつかヒューマギアが人間と笑いあえるようになれば……」


であったことを知って、その実現のために2代目イズはクライマックスで大活躍をするに至る!


 当初の予定どおりに2020年夏に公開されていたら、こうしたシークエンスは存在しなかったワケであり、たとえ話の大筋は同じでもその趣(おもむき)はかなり異なっていたかと思えるのだ。


 実は本作の或人は、先述した2号ライダーの不破や女性ライダーこと3号ライダーの刃唯阿(やいば・ゆあ)=仮面ライダーバルキリー、4号ライダーの天津垓(あまつ・がい)=仮面ライダーサウザーに滅や迅などと直接カラむ描写は皆無であり(!)、デバイスを介して通信するだけにとどまっている。


 本作は黒をベースにマスクや胸部・肩などに配された青いパーツに血管を思わせる赤い模様が施された敵キャラである仮面ライダーエデンと、テレビシリーズでは終盤のわずか数回程度の活躍にとどまった、ゼロワン同様に黒地に蛍光の黄色いパーツを中心にアンテナや胸元、手袋にアクセントとして赤が添えられた仮面ライダーゼロツーが真っ暗闇の中で戦うことで、エデンの赤いラインとゼロツーの蛍光パーツがインパクト絶大となる超カッコいいバトル演出で開幕する。
 そして、或人は円形コロシアムやエスがアジトとする教会でエス=エデンと対峙したり、エスの正体を知る謎のゲスト女性キャラ・遠野朱音(とおの・あかね)以外にはテロ攻撃で意識を失って現実世界から転送された人々しか存在しない、都心のような駅や地下街のある謎の異空間で朱音と対話したりと、クライマックスまではほぼ単独で行動している姿のみが描かれるのだ。


 ただ、80分弱の尺で60分間に起きた出来事をリアルタイムで描く形式である以上、それこそリアルに考えたら或人がほかのキャラとカラみようもないのは確かだ。
 或人がエスのアジトや異世界エスや朱音といったゲストの主要キャラを相手にし、不破・唯阿・垓・滅・迅が現実世界のそれぞれの持ち場でエスの配下や信者たちと戦った末に集結に至るさまを並行して描く演出は、タイムリミットサスペンスとしてはやはり正攻法であるだろう。


 まぁ、第3クール終盤でそれまでの強敵から「味方キャラ」へと転じた垓は、夏の公開だったらまだ「敵キャラ」だった可能性もある。いや、時期的に唯阿も「敵キャラ」として描かれたのかもしれない(笑)。
 だが、ヒューマギアを人類の「夢」とする或人の想いを守るために彼らが結束を固めるに至った最終展開のその後へと時系列が変更されたことで、本作は主要キャラのさまざまな思惑(おもわく)が複雑に交錯する「群像劇」ではなく、純粋に仮面ライダーの強者集結劇こそを「お祭り映画」として楽しめるようなつくりになった面もあったかと思えるのだ。
 だから、テレビシリーズの最終展開で「悪のAI」やその「悪意」に呑(の)まれて暴走してしまった或人が変身した仮面ライダーアークワンに、脳に埋めこまれていた変身用チップを破壊されて仮面ライダーに変身不能となったハズの不破と唯阿が本作では変身可能となっていたのを、「私が復元した」という垓のセリフ一言のみで済ませているのも正解だろう(笑)。


*人物相関図の完成型としてのバトルアクション!


 そういえば、「テレビシリーズが短縮されたことで浮いた予算を全部この映画で使ったのでは?」などというコメントをネット上で散見したものだが、その仮説に説得力を感じてしまうほどに本作はビジュアル面もあまりに豪華だった。


 特に唯阿が変身したネコ耳でオレンジと白を基調とした仮面ライダーバルキリーラッシングチーターが、本作序盤での湾岸の商業施設で披露したガン&バイクアクションにはドギモを抜かれた観客も多かったことだろう。
 テレビシリーズにつづいてバルキリーを演じたのは『仮面ライダーウィザード』(12年)の仮面ライダーメイジや『仮面ライダー鎧武(ガイム)』(13年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20140303/p1)の仮面ライダーマリカなどの女性ライダー以外にも、『仮面ライダーOOO(オーズ)』(10年)のメズールや『仮面ライダーフォーゼ』(11年)のヴァルゴ・ゾディアーツといった女性幹部怪人などの経験を重ねてきたスーツアクター・藤田彗(ふじた・さとし)だ。


 バルキリーがバイクをウイリー走行の状態で前輪を駆使して敵戦闘員キャラであるアバドンたちをなぎ倒したり、ワイヤーで吊られたバイクにまたがって銃をブッぱなすアクションは、まさにバイクに乗っているからこそ仮面ライダーなのだ! という筆者のような昭和ライダー世代にとってはうれしい絵であった!
 予算やロケでの規制やお役所への許諾の手間の都合でテレビシリーズでは仮面ライダーの危険なバイク走行場面がなかなか描かれない現状だけに、個人的にはこのバイクアクションを観られただけでも本作に満足した感があるほどだ。


 そればかりではない。まるで銃から発射された弾丸の主観で捉えたかのような(!)、カメラが自動車の開いた車窓を高速で通り抜けてバルキリーのバトルに迫っていく!
 そのバトルをカメラがカットを割らずに商業施設のバルコニーからの視点に移動しながら俯瞰して捉えてみせる!
 巨大怪獣や巨大メカ戦ではない等身大バトルを地上からのアオリで捉えて360度の全包囲から見せてみる!


 初のメイン監督を務めた『快盗戦隊ルパンレンジャーVS(ブイエス)警察戦隊パトレンジャー』(18年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190402/p1)でも存分に披露されていた杉原監督による小型カメラも縦横に動かすアクション演出が、仮面ライダーをよりカッコよく魅(み)せたといっても過言ではないだろう。


 そんなにカメラがローアングルで寄っていったらスーツアクターたちに蹴り飛ばされてしまいそう!? と心配をしてしまうほどにバトルアクションに肉迫・接写していくカットが多かった。小型カメラをケーブル上で移動させるケーブルカムなどの手法がこうした演出を可能にさせているようだ。
 あと、バルキリーの変身前である唯阿を演じる井桁弘恵(いげた・ひろえ)チャンが、バルキリーが工場の敷地内でバイクを疾走させる場面でカンフー映画の名優ブルース・リーのような奇声(笑)を上げていたのも場面のテンションを上げていた。


 私事で恐縮だが、このバルキリーのバトルステージとなっているヨットハーバーやレンガづくりの建築物やアーチ橋や観覧車などに妙に見覚えがあるなぁと思っていたら、なんとロケ地は筆者が松竹系のアニメ映画やウルトラマン映画の上映をいつも観に行っている静岡県静岡市シネコン・MOVIX清水(ムービックス・しみず)がある商業施設・エスパルスドリームプラザだったのだ!
 ライダー映画は市の中心部にあるシネシティザートで観ている筆者だが、これに気づいたことで2回目の鑑賞は聖地巡礼(笑)を兼ねてワザワザMOVIX清水にまで足を運んでしまった。付近を歩いてみると、このバトル場面は隣接する物流会社・アオキトランスの敷地内でも撮影されたようで、おそらくは晩夏から初秋の時期にロケされたのだろうけど、こんなに近くで撮影されていることを知っていたならば、ぜひバルキリーや唯阿チャンに会いたかったものである(笑)。


 さて、先述したように今回の『劇場版』ではバルカン=不破のバトルに「味方化」した滅が加勢する描写があった。テレビシリーズ中盤以降に主人公側の「味方キャラ」となった迅とバルカンの迷コンビぶりも描かれる。
 攻撃してきた敵側の戦闘機に仮面ライダーバルカンパンチングコングに変身して飛び移った不破はついウッカリ手を放してしまうが(笑)、その際ふだんの熱血キャラとはあまりに相反して「アッ……」と放つ、まるで女性の吐息のような短い悲鳴は、不破を演じていた岡田龍太郎のアイデアか杉原監督の演出によるものなのかはわからない。
 ただ、イザとなったときに表面化するこうした人間の意外な一面や滑稽みをさりげなく見せたりギャグとすることでキャラを多面的に描く意味でも、それこそ大事な彼女(笑)の危機とばかりに全身赤い炎をモチーフにした飛行能力を誇る仮面ライダー迅バーニングファルコンが八面六臂(はちめんろっぴ)で助けに来る大活躍を見せる意味でも、ここのコミカルさは実に効果的な演技だったと思えるのだ。


 先述したバルキリーのアクションとの差別化としてか、迅と戦闘機との追撃戦は両者が高速道路を上に下にと華麗に舞いながら超高速で画面手前に迫ってきて、さらに画面奥へと両者が都心のビル街の間を高速でスリ抜けていくさまがCGで描かれるが、その臨場感という一点ではバリキリーのアクション演出とも共通するものだ。
 さらに、迅に破壊された戦闘機が炎上しながら建物の屋上にいたバルカンに落下しそうになって、迅が「しょうがねぇなぁ~」などとボヤきながらバルカンを蹴り飛ばして(笑)自身が盾(たて)になる描写もかなりコミカルに描かれてはいたが、両者の関係性の劇的な変化を象徴させるドラマ性にあふれる演出となっていた。


 さて、テレビシリーズの最終展開では自身が経営していたZAIA(ザイア)エンタープライズの社長の座からサウザー課(笑)の課長へと降格してしまった垓=仮面ライダーサウザー。本作での垓はサウザーが武器にしていた長剣・サウザンドジャッカーを手に仮面ライダーに変身しないでナマ身で敵と戦うアクションまでをも披露している!
 テレビシリーズではそんな武器を使わなくともその「毒舌」や数々の「汚いやり口」が最大の必殺ワザ(爆)となっていた垓だけに、この華麗なる剣さばきはそれこそ垓の「変身!」ぶりを最も象徴する姿として演出されたのだろう。


 また、ラストシーンで不破・唯阿・滅・迅にかけたサウザー課への誘いの言葉を、全員から口をそろえて(笑)断られた垓は――コミカル演出だが彼らの関係性の好転を象徴しているこの演出は、ずっとテレビシリーズを見守ってきた観客からすれば実に感慨深い!――、完全なカメラ目線(笑)で観客に向かって「これから仲よくなればいい……」と語りかける。
 このセリフは垓を演じた桜木那智(さくらぎ・なち)によるアドリブだったそうだが、自身の野望のために翻弄(ほんろう)された不破・唯阿・滅・迅に対する贖罪(しょくざい)の念も感じられてくる垓ならではのセリフである。ふだんは周囲からは浮いてしまっている我々オタク……もとい控えめな性格類型の子供たちや悪事をヤラかしてムラ八分になってしまった子供たち(笑)に対する暖かなメッセージとしても解釈可能な実に秀逸(しゅういつ)なセリフになっているのではなかろうか?


*周辺キャラにも与えられたカッコいい見せ場!


 ところで、本作ではテレビシリーズでは悪役だった「滅亡迅雷.net」のメンバーのその後として、滅と迅以外にも亡(なき)=仮面ライダー亡(ナキ)と雷(いかづち)=仮面ライダー雷(イカヅチ)も登場した。亡を演じた中山咲月(なかやま・さつき)のパンフレット掲載のインタビューによれば、亡と雷は本作の公開延期で時系列が後日談へと変更されたことで、幸いにも出番がつくられたそうだ。そのようなウラ事情からしてともにごく短い出番にとどまってはいる。
 しかし、雷は宇宙野郎雷電としてオレンジ色の宇宙服姿で、クライマックスで或人のもとにゼロワンの専用バイクであり蛍光の黄色と黒を基調としたライズホッパーを大型トレーラーで届けに来るオイシいさまが描かれる!
 亡も日本政府直属の組織に返り咲いた対人工知能特務機関・A.I.M.S.(エイムズ)内での技術顧問(ぎじゅつ・こもん)としてテレビシリーズ最終回で入隊が描かれていた。そして、本作では隊長・唯阿の部下としてA.I.M.S.の専用車内にて解析の業務に励(はげ)んでいる!――その姿があまりにも場に馴染んでいるので最初は誰だかわからなかったほどだ(笑)――


 或人のメッセージを唯阿に伝令に来た飛電インテリジェンスの福添(ふくぞえ)副社長の女性秘書型ヒューマギア・シエスタまで再登場! 彼女も含めた『ゼロワン』ヒロイントリオの華麗なる競演までもが描かれたのだ!


 まぁ、厳密には亡には性別がないのでヒロインとは呼ぶべきではないのかもしれないが(笑)、テレビシリーズ終盤に至るまでにとてもではないが協調するハズもなかった「飛電インテリジェンス」・「A.I.M.S.」・「滅亡迅雷.net」の3陣営個々に所属している各ヒロインが手を取り合うさまは、単なるヒロインの競演にはとどまらないドラマ性の高まりを感じさせてくれるところだ。


 さらにいえば、垓の口癖「1000%(パーセント)」にカラめて引っぱりだされたのであろう、全裸で局部を盆で隠すだけの姿でコントを演じるピン芸人「アキラ100%」(笑)が演じるZAIAの常務取締役でZAIAのテクノロジーを外部に流出させた男に――あくまで個人的な見解だが、自分に子供がいたらアキラ100%の芸は見せたくない(笑)――、飛電の山下専務が云い放ってみせる


「我々は(或人)社長の夢と心中(しんじゅう)する覚悟がある!」


というセリフや、福添副社長の


「いつか(ヒューマギアと)笑いあえる未来が来ると信じている!」


と主張する描写はなかなかにカッコよかった!


 全世界を大混乱させている新型コロナウィルスなんぞに決して感謝するつもりはないのだが、本作の公開延期で完全なる後日談へと内容が変更されたからこそ、テレビシリーズの最終展開を踏まえたこれらの感動的な場面が描かれたのは確かなのだった。


*イズを「変身!」させたものは……


 その最たるものは、テレビシリーズ終盤で滅に破壊されて、


「いつか人間とヒューマギアが笑いあえる日が来るように……」


と或人に云い残して逝(い)った初代イズの願いを知った二代目イズが大活躍を見せるクライマックスだ。


 エスが世界を滅亡させるために使用する変身補助アイテムであるヘルライズ・プログライズキーを自ら使うことで世界の滅亡を防ごうとした或人は、全身黒に上半身が赤いギザ状の突起に覆われた仮面ライダーゼロワンヘルライジングホッパーへと変身! テレビシリーズ終盤同様に暴走状態となってしまう!
 自身が暴走してしまうことを予想もできていて、変身直前に仲間たちとのこれまでを回想した或人が、「みんな、ゴメン……」とつぶやきながらキーを変身ベルト・ゼロワンドライバーにセットする描写は、自己犠牲・滅私奉公の精神にあふれる或人らしさにあふれる演出だった。


 だが、そのヘルライジングホッパーに突撃して暴走を止めようとしたのはなんと仮面ライダーゼロツーだ! 或人が強化変身した姿だったゼロツーが或人がヘルライジングホッパーに変身中なのにナゼ!? とまずは観客を唖然(あぜん)とさせて、間髪入れずにその意外な正体を明かしてさらなる衝撃を与えてくる二段構えの作劇的技巧は実にあざやかだった。


 そして、ゼロツーに変身していたのは二代目イズだった! もし公開が延期されていなければこのクライマックスは果たしてどう描かれていたのだろうか? と想像せずにはいられない。
 テレビシリーズ第2クールの「お仕事五番勝負」(笑)でZAIAに敗れた飛電インテリジェンスが、垓が経営ずるZAIAに買収された直後に、初代イズは或人から、そして迅からも


「これからは(人工)衛星ゼアの指令ではなく、自分の意志で生きるんだ」(大意)


などと説得されていた。


 だが、その後も初代イズは最終展開に至るまで、自身の「意志」よりもあくまで飛電の社長・或人の忠実な秘書であろうとする、完全サポート的な立ち位置で描かれていた印象が強い。そんな初代イズが自らの「意志」で仮面ライダーに変身するなど、個人的にはちょっと想像がつかないものがあったのだ。


 或人の最大の夢である「人間とヒューマギアがともに笑いあえる世界」を秘書として願った初代イズの「意志」を実現させるためには、自身の「意志」のままに行動すべきだという滅の言葉から悟(さと)るところがあった二代目イズ。彼女は秘書としての裏方・サポート的な役回りにとどまらず、社長の或人と対等・平等である、ある意味での「人間」としての立場に立とうと決意したのだろう。繰り返しになるが、この感動的なクライマックスは初代イズが滅に破壊されたあとの物語として描かれたからこそ実現可能となったのだ。
 もちろん初代イズ自身が仮面ライダーへと変身してみせるも、それはそれでアリだったのかもしれない。ただ、「人間とヒューマギアがともに笑いあえる世界」を実現させるために、その初代イズの強い想いを「未来」に継承する存在としての二代目イズが描かれたことで、そのテーマにいっそうの深みが与えられた面もあったと思えるのだ。


 先述した数々のバトル場面のみならず、エスがアジトとしている教会で変身ポーズをキメる或人と二代目イズを周囲360度の全包囲から見せる杉原監督ならではの回転演出が、まさに阿吽(あうん)の呼吸で結ばれた両者の関係性をも強調する!


「変身!!」


 仮面ライダーゼロワン&仮面ライダーゼロツーの2大ライダー揃い踏みは、或人と二代目イズの関係性の進化としてのドラマ演出のみではない! ゼロツーのデザインが黒を基調に蛍光の黄色いパーツが施されたゼロワンのデザインの触覚や胸部・ベルトに赤いラインを、そして赤い手袋や両腕に太くて白いラインを添えたマイナーチェンジという印象のために、古い世代からすればどうしても「昭和」の仮面ライダー新1号と仮面ライダー新2号の通称「ダブルライダー」を彷彿(ほうふつ)としてしまう! まぁコレも確信犯の年配マニア転がしの演出であることはミエミエだ(笑)。


 それよりも驚かされたのはテレビシリーズ終盤、そしてこの『劇場版』の冒頭に登場した或人が変身したゼロツーと、クライマックスで二代目イズが変身したゼロツーが完全に差別化して描かれていたことだ。
 前者のゼロツーはゼロワンのスーツアクターを務めつづけた縄田雄哉(なわた・ゆうや)が兼任していたが、高身長でスリムボディーな氏が演じたゼロツーとは違い、二代目イズが変身したゼロツーはやや身長が低いトランジスターグラマー、つまりイズ同様の女性らしいややポッチャリとした可愛いらしい体型なのだ(笑)。
 おそらくはマスクは流用してスーツを新調、もしくは胸部や腰部にたっぷりと積めもの(爆)をして改修したのだろうけど、このイズが変身したゼロツーを超スレンダーで長身な唯阿が変身していた仮面ライダーバルキリースーツアクター・藤田彗が兼任していたのがまたビックリ!


 唯阿同様のクールビューティーバルキリーの演技とは異なり、イズが変身したゼロツーは登場直後から最後の「ダブルライダーキック!」に至るまで、両手を前で軽く組んで、頭を右に少し傾けるイズの定番ポーズをバトルの合間に何度となく披露するのがラブリー!(笑) 藤田のゼロツーは一般層の観客からしたら女性が演じていると信じこむほどの完成度の高い演技だった。
 個人的には或人が変身したゼロツーではなく、ややポッチャリ体型でイズの定番ポーズをキメるゼロツーのフィギュアがほしいところだ(爆)。


 ただ、いくらゼロツーの仕草がラブリーとはいえ、クライマックスバトルは決してコミカルに演出されていたワケではない。
 ゼロワンとゼロツーが宙に飛び上がって体にヒネリをきかせてキメる「ダブルライダーキック!」をはじめとするアクション演出は、いかにも『ゼロワン』らしいカッコよさにあふれていた。そして、


「おまえを止められるのは、オレたち(わたしたち)だ!!」


とのキメゼリフをゼロワンとゼロツーが叫ぶと同時に、テレビシリーズの主題歌『REAL×EYEZ(リアライズ)』が流れはじめる音楽演出も超絶にカッコよかった!


 00年代の第1期平成ライダーシリーズの時期を除いて昭和や第2期平成ライダーシリーズに至るまで、仮面ライダーシリーズではバトル場面で主題歌や挿入歌を流して盛り上げるのが定番演出だった。しかし、それが近年のライダー作品ではまたかなり少なくなってしまった印象を受けるのだが、それが残念でもある。
 ウルトラマンシリーズなども昭和の時代からクライマックスの戦闘シーンに主題歌をほとんど使っていないあたりはやや欠点に思える。この手の子供向けヒーローものや合体ロボットアニメなどは、昭和の時代の作品群のようにクライマックスの戦闘シーンでは勇ましい主題歌を使用してほしいものである。ただまぁ、東京スカパラダイスオーケストラが演奏・歌唱するラテン的・楽天的な管楽器の響きが印象的な最新作『仮面ライダーセイバー』(20年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20201025/p1)の主題歌はバトル場面では使いにくそうだが(笑)。


 さらに本作で秀逸なのは、タイムリミットサスペンスとしたことで異空間でのゼロワン&ゼロツー、現実世界でのバルカン・バルキリーサウザー・滅・迅と、同じ時間軸での異なる舞台で展開されたクライマックスバトルを並行してダブルで描いていることだ。
 先述した敵の戦闘機とのバトルでエラい目にあわされた不破と迅がフラつきながらも「遅れてスマン」と、かつての敵同士、人間とヒューマギア同士でありながらも肩を組んで助けあいながら(!)歩いてきたり、人類滅亡をたくらんでいたハズの滅が世界の滅亡を願っている敵集団に対して、


「この世はまだ捨てたもんじゃない」(!)


などと云い放って、5人横並びのスーパー戦隊状態で「同時変身」をキメるさまは、彼らの関係性の進化や心の変遷が凝縮された高いドラマ性をも感じずにはいられないヒーロー性演出であり、まさにそれらのテレビシリーズも通じての背景があってこそのカッコよさだったのだ!


仮面ライダーの真の魅力を描くための作劇的技巧!


 ところで、本作の悪役・エス=一色理人(いっしき・りひと)=仮面ライダーエデンは人工知能搭載型の医療用ナノマシンを開発する科学者だったという。しかし、十数年前に人工衛星のAIの暴走によって実験中だった同僚の彼女=先述した朱音が死亡してしまい、その朱音のための楽園を創造せんとして世界を滅ぼそうとしている。


 この人工衛星の暴走とは、もちろん『ゼロワン』の物語の発端(ほったん)となった、劇中世界の2007年12月に起きたという「デイブレイク」=人工衛星・アークにハッキングされてしまった旧型のヒューマギアが人類にいっせいに反乱を起こした事件のことだ。
 テレビシリーズとは縁もゆかりもない事象から事件が起きたのではなく、テレビシリーズの世界観とも密接なつながりのある「もうひとつの真実」を象徴している敵の設定は、『ゼロワン』のメインライターで本作も脚本を担当した高橋悠也ならではとウナらさられるものがあった。


 ただ「デイブレイク」が、垓によって人間の「悪意」をラーニングされたアークが引き起こした事件であったことを思えば、本作での医療用ナノマシンの暴走も元はといえば垓の責任が問われるべきだろう。
 だが、垓がエスや朱音に対して罪悪感を示すような描写はなく、誰も垓にそれを問うこともしない。むしろ、垓や福添副社長&山下専務らに情報流出を徹底的に追及されるアキラ100%演じる取締役の方が、必要以上に「悪」として描かれすぎているような気もする(笑)。


 コレは人によっては欠点だと捉えるかもしれない。個人的にも本作では垓が中心となってヒューマギアのみならずナノマシンに対する責任をもキッチリと果たすことで、いまだに垓のことを煙(けむ)たがる不破や唯阿、滅や迅にもようやく受け入れられることになる垓の姿を観たかったという想いもある。
 だが、そのような描写が尺の都合でカットされたのでなければ、本作ではあえてラスボスのエスを別世界に配置して現実世界にいる垓とはカラませないことで、垓にいわば当事者意識を与えない作劇にしたかと思えるのだ。


 エスがアジトとする教会は「デイブレイク」さえなかったら朱音と式を挙げたかったハズの場所だろう。エスがストライプのスーツの上に羽織る赤い裏地の白いマントも、式を進行させる牧師を彷彿させるかのようだ。特にエス仮面ライダーエデンへの変身は、血管のような赤いラインに包まれたエスの背後から女性の姿をした青いイメージがバックハグのようにおおいかぶさるという、やや淫靡(いんび)な描写なのだ!


 こうしたエスの背景・出自は観客の感情移入をおおいに誘うこと必至の設定である。しかし、それだけにヘタな演出をすれば必要以上に重苦しくて湿っぽい陰鬱(いんうつ)な作風となりかねない危険性もあったかと思える。
 だが、本作ではまったくそんな印象を感じなかったのは、近年の仮面ライダースーパー戦隊のテレビシリーズのように、ゲストキャラのドラマに必要以上に深入りすることなく、レギュラーキャラの関係性の変化や心の変遷の「象徴」でもある、仮面ライダーのタイプチェンジや新必殺ワザ・共闘などを描く方に重点を置いた作劇や演出によるところが大きいからだろう。


 ちなみに、エスを演じた著名な俳優・伊藤英明は『仮面ライダーストロンガー』(75年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20201231/p1)が放映された1975年生まれで、『(新)仮面ライダー』(79年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210102/p1)や『仮面ライダースーパー1(ワン)』(80年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210822/p1)をリアルタイムで観ていた世代であり、リップサービスでなければ、そのころの氏と同年齢になった息子さんといっしょに氏は『ゼロワン』をよく観ていたのだとか。
 氏は『ゼロワン』の仮面ライダーたちがさまざまな形態に変身することについて、「元をたどれば『スーパー1』の5色の手袋を交換することでさまざまな特殊能力を発揮する万能武器・ファイブハンドに行き着く」という趣旨のことをパンフ掲載のインタビューで語っていた。コレは実に正鵠を射ているスルドい指摘であり慧眼(けいがん)であるとすら思う。
 思えば、『ストロンガー』終盤にストロンガーがカブトムシのような触覚アンテナと胸のプロテクターに銀のラインが入る新スタイルに「チャージアップ!」で変化し、「超電ドリルキック!」を新必殺ワザとしたり、『(新)仮面ライダー』後半でスカイライダーが深緑から黄緑を基調とした新形態となり、「99の技」を披露するようになったのも、平成以降の変身ヒーローで頻出するようになった「タイプチェンジ」と同じだろう。


 まぁ、当時は「新たな改造手術」だとか、「8人ライダー友情の大特訓」を受けたとかで、主人公青年の「心」の成長それ自体の象徴としては描かれなかったものだった――科学的にはオカシいが、先輩ヒーローのワザや想いやエネルギーや武器が伝授されて、新人ヒーローの姿などが変化するというのはドラマチックではあるのだし、メンタルの成長ではなくボディーのパワーアップであり、せいぜいが友情の感得といったところではあっても、そのドラマ性を視覚化したシンボリックなものではあっただろう――。


 本作の本編ドラマの中心部分で「人間ドラマ」面を担当していた伊藤英明の指摘どおりに、昭和の時代にすでに描かれており、平成以降も進化をつづけた仮面ライダーどころかヒーロー一般の変身! さらなる強化変身! 身体性の拡張感から来る全能感や万能感といった快感! といった、人間も捕食をする動物である以上は本能的に持っている情動にして、子供ウケするどころか実はオトナたちにも潜在しているものの言語化はできていない、そんな動物の本能的な要素こそを、今後もヒーロー作品は強調して描いていくべきなのだろう。


*終わりなき「悪意」との戦い!


 個人的には「夏映画」としてはおおいに満足させられた今回の『劇場版』だった。しかし、公開1週目の興行成績(2020年12月21日発表 興行通信社調べ)は初登場第5位にとどまっている。
 アニメ映画『ハウルの動く城』(04年・東宝)やアニメ映画『君の名は。』(16年・東宝)の記録を抜いて、この時点で「10週連続の首位」(!)に輝いたアニメ映画『劇場版 鬼滅の刃(きめつのやいば) 無限列車編』(20年・東宝)や3DーCGアニメ映画『STAND BY ME(スタンド・バイ・ミー) ドラえもん 2(ツー)』(20年・東宝)、「週刊少年ジャンプ」連載漫画で深夜アニメ化もされた『約束のネバーランド』(19年)と同名の実写映画(20年・東宝)など――3作とも東宝配給で、あいかわらず東宝のひとり勝ち(苦笑)――、あまりに強敵映画が多い状況下ではいたしかたがないところだろうが、充分に健闘していたのではなかろうか?


 そして2020年12月22日、東映は来年2021年度の作品ラインナップを発表した。
 冒頭で挙げたように2021年2月20日公開の『スーパー戦隊MOVIEレンジャー2021』のほかに、特撮映画としては夏公開の『仮面ライダーセイバー』と『機界戦隊ゼンカイジャー』の劇場版2本立てと、年末公開の仮面ライダー映画が上がっている。
 つまり、本来ならば本作が公開された2020年末の公開となったであろう、毎年恒例の本来の『ゼロワン』と次作『仮面ライダーセイバー』との共演映画は公開延期ではなく、事実上の消滅となってしまったようだ……


 せめてもの救いは、通例であるライダーシリーズ各作の放映終了後に「後日談」や「番外編」を描いたオリジナルビデオ作品で展開される「東映 V CINEXT(ブイ・シネクスト)」のブランドで、2021年3月26日に『ゼロワン others(アザーズ) 仮面ライダー滅亡迅雷』(21年・東映ビデオ)が期間限定で公開されることである――映像ソフトは同年7月14日に発売――。テレビシリーズの話数短縮にとどまらずにテレビシリーズ終了後に恒例だった本来の正月映画で描かれたハズである新旧ライダー共演映画までもが中止の憂(う)き目にあった『ゼロワン』と『キラメイジャー』については、救済策としてさらなる続編の製作を願いたいところだ。この世から「悪意」が原理的にも消えることはないということは、ゼロワンたちの戦いにも終わりはないハズなのだから(笑)。


 ラインナップ発表会の席上にて、東映取締役の白倉伸一郎プロデューサーは「年末のライダー映画は『仮面ライダー』(71年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20140407/p1)50周年にふさわしい作品にしたい」と語っていた。
 だが、『仮面ライダー』50周年! の記念すべき2021年の1月8日、東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県に2度目の「緊急事態宣言」が発令された。『ゼロワン』や『キラメイジャー』のように、これが『セイバー』や『ゼンカイジャー』の製作や放映スケジュールに悪影響をおよぼすことが早くも懸念(けねん)されてならない。


 悪の組織よりもよほどタチが悪い新型コロナウィルスなんぞのために、「『仮面ライダー』50周年」に水を差されたら堪ったものではない。この緊急事態の終息を真剣に願うのならば、日本政府もマスゴミも庶民たちも、まずは「悪意」を捨てさることはできないにしても減らそうとする努力はすべきだろう。批判をしあうことはよいことなのだが、それがお上に対してだろうが下々の庶民に対してだろうが、没論理で提案抜きでの単なるヒステリックな悪口や呪詛(じゅそ)や人格批判に堕(だ)してしまってはいけないのだ。「みんなが笑いあえる未来」のためには、まずはそこからはじめるべきだろう。

2020.1.11..


(了)


『劇場版 仮面ライダーゼロワン REAL×TIME』合評2

(文・フラユシュ)


 TVシリーズの終盤をまだ観ていないので、一部判らない展開やキャラもいたが、まぁまぁ楽しめた。60分のリアルタイムサスペンス作品である。ちなみに、往年の円谷プロの特撮巨大ヒーロー『ミラーマン』(71年)第19話「危機一髪! S.G.M』も25分のリアルタイムサスペンスの佳作であった。あの作品同様に、本作も割とうまくいっていたと思う。
 特筆すべきは1995年のオウム真理教による毒ガステロ事件から四半世紀の時間が経った今だからこそできる「毒ガステロ」ネタ。スサまじいの一言。1990~94年に青年漫画誌『ヤングキング』に連載されていた柴田昌弘による『斎女伝説(ときめでんせつ)クラダルマ』も、本当にオウム真理教のような教団が超能力を持っていてテロを起こしたら……といったシュミレーション作品で、連載終了後に似たような事件が起きてしまってシャレにならないと思ったものだった。
 そんな20世紀のむかしを知っていると、遂にマンガやアニメではなく実写特撮でもチャチくはないスペクタクルな映像化ができるようになったことが実に感慨深い。最もメインターゲットの子供たちにとっては、オウム真理教事件などは遥かむかしの歴史の教科書に記されているような実感のない事件なのだろうが。
 そして、現代的なインターネット上で炎上騒ぎを起こす輩を敵に廻した展開はなかなかの見もの。ロボットと人間の融和テーマも頑張っていたし、やはり『仮面ライダーゼロワン』(19年)は各キャラが立っていて面白い。


(了)


『劇場版 仮面ライダーゼロワン REAL×TIME』合評3 ~【或人とイズの結末】

(文・戸島竹三)


 私事で恐縮だが、『仮面ライダー』の映画は『仮面ライダーJ』(94)以来の鑑賞。26年ぶりに劇場に駆けつけた理由は、主人公・或人とヒューマギアのヒロイン・イズとの結末に期待したからに他ならない。人間とロボット(的な存在)との恋愛は成就するのか?
 かつての石ノ森章太郎原作作品『人造人間キカイダー』(72)では明確に描き切れなかった、アンドロイドのジローと人間のミツコとの問題に答えが出るのでは? と考えたのだ。
 ライダーシリーズの劇場版ではそれなりの役者がキャスティングされるとはいえ、それでも驚いた伊藤英明が演じる敵役・エスとその恋人とのふたりも対比として描かれた或人とイズのゴールは、テレビシリーズでもおなじみのダジャレ漫才(笑)。
 「新イズ」に「旧イズ」の記憶が宿ったということで、まぁハッピーエンドではあるのだろうが、大人のマニア観客としては正直はぐらかされた感も拭えない。子供番組だしラブシーンはムリ。ましてや性愛問題を突き詰めて描くわけにもいかない。だとしても、もっとストレートな愛の叫びがほしかった! という意見は筆者がオッサンだからだろうか?


(了)
(初出・当該ブログ記事)


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ヴァイオレット・エヴァーガーデンTV・外伝・劇場版 ~大傑作なのだが、「泣かせのテクニック」も解剖してみたい!

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 日テレ『金曜ロードショー』にて2021年10月29日にTVアニメ版の総集編が! 11月5日には『外伝』が放映記念! とカコつけて…… アニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』TV版(18年)・『外伝』(19年)・『劇場版』(20年)評をアップ!


ヴァイオレット・エヴァーガーデン』TV・外伝・劇場版 ~大傑作なのだが、「泣かせのテクニック」も解剖してみたい!



ヴァイオレット・エヴァーガーデン』TVアニメ版

(文・T.SATO)
(2018年4月27日脱稿)


 第1次大戦直後の西欧に酷似した世界で、戦時には特殊兵として活躍したらしき、人情の機微には疎いけどオトナしげで健気な金髪美少女。その手袋をはぐと両手&両指はミガかれた金属の義手となっている。
 彼女は生き別れたイケメン上官の命に従って、戦後は上官の友人が起業した都心の洋館の郵便会社で、顧客の煩瑣な口述の要点を捉まえて美文名文に仕立て直してタイプライターで代筆する「自動手記人形」なる新興の職に就く。
――第1次大戦レベルの科学&医術なのに、あの義手の原理は? なぞとツッコミしてはイケナイ(笑)――


 そこでの同僚・顧客・仕事を通じて、戦争と戦場での軍隊式の事務的な報告や連絡しか知らなかった彼女が、軍隊以外の一般社会や一般常識、ヒトをダマして陥れるためのウソではなく思いやりや労(いたわ)り、否定・拒絶をするにしても婉曲に表現することでショックを和らげる、潤滑油としての優しいウソや物も云いようといった人情の機微を学ぶことで、リハビリ・成長していくサマを描きつつ、ゲスト顧客たちのちょっとイイお話や人生模様も綴っていくといった作品である。


 そーいう意味では、各話の展開の先は読めてしまうのだが、展開よりもその過程における登場人物たちの繊細な描写の秀逸さや普遍的な心情が堪らない。
 天下のアニメ製作会社・京都アニメショーンによる、髪の毛や服装の線も実に多い美麗な8頭身キャラと、西欧の石造りの街々の雑踏やのどかな田園風景の高精細な背景美術で、ここでマンガ的にフザケます! とかナンちゃってェ~頭ポリポリ……といったギャグには逃げない、実にマジメで端正な空気感を醸すことにも成功。
 彼女が美文名文を書けるようになるのが早すぎる気もするけど、そこは1クールアニメなので仕方がナイ(笑)。


 ある意味では国際政治の犠牲者かもしれないけど、戦後の平和を人々に実感させるために、某国の王子と別の国の王女を結ぶため、そしてそこに政略だけでなく、自分たちで選んだ主体的な愛もあるのだと感じさせて、その背中を押すために、主人公の金髪少女が王女の意を組んで恋文を代筆していく回も実によかった。王女役は『マクロスF(フロンティア)』(08年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20091122/p1)での少女ヒロイン役以来、少々キンキンと声に華がありすぎるせいか、もう少し弱そうな声質が望まれる美少女アニメ界にあっては役のゲットに恵まれなかった感もある中島愛(なかじま・めぐみ)がマリッジ・ブルーな儚げ少女の嫁ぐことへの不安を好演していた。


 病弱な娘を喪ってしまった湖畔に住む大劇作家。高山の大天文図書館での同業者の一斉投入による古文書の筆写などの良編も挟みつつ、戦時に生き別れた忠誠を尽くした上官の生死のナゾと、彼女自身の戦時の罪にも迫るかたちで物語のクライマックスも作っていく……。


 天下の京都アニメ作品も、『涼宮ハルヒの憂鬱』などの一連の石原立也カントクのラインは面白く、私見ながら『境界の彼方』の石立太一カントク作品はイマイチだと思ってきたけど、失礼ながら石立カントク作品で初めて面白かったと思った次第。
ヴァイオレット・エヴァーガーデン1 [Blu-ray]

ヴァイオレット・エヴァーガーデン1 [DVD]
(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.71(18年5月4日発行)所収)


ヴァイオレット・エヴァーガーデン外伝 -永遠と自動手記人形-』

(2019年9月6日(金)・松竹系公開)


(文・T.SATO)
(2019年12月15日脱稿)


 第1次大戦直後の西欧近代を模した異世界を舞台に、郵便会社で顧客の口述を美文名文に仕立て直してタイプライターで代筆する少女の成長を描いたTVアニメの続編の中編映画――来年2020年には長編映画の公開も控えている――。
 かの放火事件に見舞われた京都アニメ製作の作品だが、読者もご承知の通り、本作『外伝』の納品は事件の前日だったそうであり、無事に公開されたことが何よりでもある。


 高貴な家柄の娘たちが集う全寮制の女学校。容色・立ち居振る舞い・言葉遣いに秀でた子女たちの中でひとり、それらに恵まれず、人の輪にも加わらずに、世をスネたようなメガネ女子がいた。そこに彼女の行儀作法の指導役として、本作の主人公でもある金髪ロングで碧眼の控えめ美少女・ヴァイオレット嬢が派遣されてくる。今回の彼女の仕事は代筆屋ではないのだ。


 メガネ女子のお付きとして教室では後方で見守って、寮では生活を共にする、あまりにも完璧なヴァイオレット嬢の一挙手一投足に学友たちも見とれてしまう。しかし、それがまた同時に、彼女の劣等感をも刺激していくことにもなっていく……。


 そして明かされていく彼女の過去。彼女は良家の育ちではなく貧困の中で育っており、冬のある日に出会った幼女を妹のように大切にして、貧乏でも幸福な人生を送っていたのだ。しかし、彼女の実父がやんごとなき方だと判明して、幼女と引き裂かれて、高貴なお家の子女として養育されることになってしまったのだという!
 物語はこの子女と幼女の去就をめぐってさらなる変転を遂げていく。


 ウ~ム。フツーにイイお話で及第点ではあるし、特に拙(つたな)いところも全然ナイのだけれども、個人的にはTVアニメシリーズの方が密度感やドラマ感も高かったようには思うのだ――スイマセンけど、かの事件ゆえに加点をして観よう……などというような殊勝さは筆者にはナイもので(汗)――。もちろんこの評価は筆者個人のチョットした好悪に起因している可能性もあるのだし、トータルでは良作であることに異存はナイけれど。


 とはいえ、世をスネた感じのお姉さん子女は、百合アニメ『やがて君になる』(18年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20191208/p1)の黒髪ロングのお姉さんや、『響け!ユーフォニアム』(15年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160504/p1)の田中あすか副部長に、『動物戦隊ジュウオウジャー』(16年)の女敵幹部の声などが私的には印象に残る、アバズレや下品の域には達しないけど姉御ハダかつ颯爽としつつも女性らしさも欠如しないお姉さん声だと私見する寿美菜子(ことぶき・みなこ)。幼い妹を演じるのはチビチビの通称・子供先生(笑)こと悠木碧(ゆうき・あおい)。共に演技派を配しており、作品の品位がそこでも上がっている。
[公式楽譜] エイミー ピアノ(ソロ)/初級 ≪ヴァイオレット・エヴァーガーデン≫ (L SCORE)

(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.76(19年12月28日発行)所収)


『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン

(2020年9月18日(金)・松竹系公開)


(文・久保達也)
(2020年10月7日脱稿)

*二度の「延期」を乗り越えて……


 戦争の「道具」として日夜、戦いに明け暮れた14歳の美少女が戦争終結後に手紙の代筆屋の一員として勤める中で、かつての上官が最後に残した「愛してる」の意味をようやく理解できるに至るまでを描いていた、かの京都アニメーションが製作した不朽(ふきゅう)の名作深夜アニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(18年)の完結編となる劇場用長編アニメ映画が、二度に渡る公開延期を経てこのほどようやく公開された。


 当初は2020年1月10日に全世界で同時公開の予定だったが、周知のとおり2019年7月18日に京都アニメーションの社屋で発生した実に痛ましい放火殺人事件のために2020年4月24日公開に延期され、さらに同年に全世界を襲った新型コロナウィルス感染拡大の影響を受けて、公開が再度延期されることとなったのだ。
 先述した事件の3ヶ月後に行われた記者会見の席上にて京アニの社長・八田英明は、この『劇場版』を製作する中でスタッフたちが徐々に「心」を取り戻していければ、といった主旨を語っていただけに、まさに京アニの再起をかけた『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』が度重なる不幸に見舞われたのは痛恨の極みであっただろう。


 ただ大変失礼ながら、この『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』のような涙腺が崩壊すること必至のアニメ映画は、人々も感傷的な気分に浸(ひた)りがちな秋季にこそ観るのにふさわしい時期かと思えることを考えると、この9月に公開されたことも、せめてもの天の配剤であったかとも思えてくるのだ。


*「愛してる」を知りたくて


 テレビシリーズの『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は2018年1月から4月にかけ、TOKYO-MX(とうきょう・メトロポリタンテレビジョン)ほかで深夜枠で放映されていた。
 なお、このテレビシリーズを収録した映像ソフトの最終巻には「Extra Episode(エキストラ・エピソード)」として第4話と第5話の間に起きた出来事として描いた『きっと“愛”を知る日が来るのだろう』が収録されている。「Extra Episode」とも別に、今回の『劇場版』に先行して2019年9月6日に3週間の期間限定で公開されたアニメ映画『ヴァイオレット・エヴァーガーデン外伝 -永遠と自動手記人形-』は、「公開初日満足度ランキング」で第1位を獲得していた。


 本作は主人公少女の名をそのままタイトルとしており、彼女も含む登場人物の大半が花の名前をモチーフとして名づけられているのは、本作で描かれる数々の悲劇の発端(ほったん)となった「大陸戦争」との対極としての象徴的な意味合いが込めているのかと思われる。


 元々は孤児だった主人公少女は、かつての上官で陸軍特別攻撃部隊の隊長でありながら常に柔和(にゅうわ)な印象のギルベルト・ブーゲンビリア少佐から「花の女神」を意味する「ヴァイオレット」と名づけられ、戦争終結後にその後見人となった高貴な一族の奥方からその姓である「エヴァーガーデン」を頂くこととなったのだ。
 エヴァーガーデン=ever gardenは直訳すれば「常に庭園」となることから、「花の女神」と併せてやはり主人公の名前には反戦・平和の意味が込められていると解釈して相違ないだろう。


 先の大戦ではヴァイオレット嬢は「ひとりで一個分隊に匹敵する戦闘能力を誇る」――往年の「怪獣図鑑」における巨大怪獣の設定のようだ(汗)――という「人形」、つまり「心を持たない、ただの道具」として敵軍からも恐れられていたほどの猛者(もさ)だった。しかし、最終作戦中の負傷で両腕をなくして、そしてギルベルト少佐とも別離してしまうこととなってしまったのだ。


 重傷を負ってすでに覚悟を決めたかに見えたギルベルト少佐はヴァイオレット嬢に自身を捨てて逃げるように説得した末に、敵の砲撃から守るためにヴァイオレット嬢を突き飛ばして、自身は崩落した総本部の瓦礫の中に消えたのだ……


 テレビシリーズではこの回想が繰り返し描かれている。ギルベルト少佐の最後の言葉「愛してる」を当時は理解ができず、その意味を知ることを唯一の動機としてタイプライターでの代筆屋の一員として民間郵便会社での仕事をはじめたヴァイオレット嬢が、同僚や仕事の依頼主たちとの関係性の変化を重ねる中で「心」が芽生えて、さらにそれが変遷を遂げた末にようやく「愛してる」を少しは理解ができるようになるまでの過程を描くために、それは必要不可欠かつ効果的な演出でもあったろう。


 なお、第1話『「愛してる」と自動手記人形』の導入部では、ギルベルト少佐とともに市場を訪れたヴァイオレット嬢がギルベルト少佐の瞳と同じ色のエメラルドのブローチを見つけて、


「少佐の瞳と同じ色です。これを見たときの、こういうの……なんというのでしょう?」


などという疑問をギルベルト少佐に投げかけていた。


 シリーズ序盤ではまさに「人形」として無感情・無表情が徹底されていたヴァイオレット嬢だったが、このギルベルト少佐に対する自身の内にわいてきた心情に対する「疑問」は、ヴァイオレット嬢が「愛してる」という言葉の意味や実態をまだ理解はできていないことの端的な象徴としても機能していたのだ。


*ヴァイオレット嬢のキャラ造形についてのアレコレ


 そのギルベルト少佐の瞳と同じエメラルドのブローチを戦闘中も常に胸元に付けていたヴァイオレット嬢は、士官学校時代からのギルベルト少佐の親友であり、現在は民間郵便会社の社長を務めている赤茶色のギザギザヘアでやや軽薄な印象が強い――劇中でも女遊びがハデだとする証言や描写が多用されていた(笑)――クラウディア・ホッジンスに預けられて代筆屋の一員となって以降も、そのブローチを身に付けている。ギルベルト少佐がヴァイオレット嬢にとっては最も大事な存在でもあるシンボルとして、それはシリーズを通して描かれつづけていた。
 そんなロマンチックで乙女(おとめ)チックな描写の一方で、戦争で失った両腕の代わりとしてシルバーのメタリックな義手を装着したヴァイオレット嬢が、先述したエヴァーガーデン家の奥方からもらったという茶色の皮手袋を代筆時に口で指の部分をくわえてハズし、タイプライターのキーボードをせわしなく操作する描写は、さしずめアンドロイドかサイボーグといった趣(おもむき)であり、彼女の出自が「戦闘人形」であったことを視聴者に再認識させてくれている。


 なお、本作では代筆業を行う女性たちのことを「自動手記人形」=通称「ドール」と呼称しているが、これは劇中世界の歴史上、活版印刷やタイプライターといった人間の声を文字として書き起こす「機械」を、かつてそう呼んでいたことから転じさせたものだそうだ。
 今は亡きワープロ、そして現在は一部でカルト的な人気を誇っている小型携帯ワープロ・pomera(ポメラ)を常用している筆者のようなモノ書きオタクにとって、同じ属性を持った「ドール」たちのことが気にならないハズがない!?


 クラウディア社長がプレゼントとして用意した動物のぬいぐるみの中からヴァイオレット嬢は犬を選ぶ。その理由はギルベルト少佐の実の兄でヴァイオレット嬢の面倒をギルベルト少佐に押しつけた、紺色ロングヘアの左側を三つ編みにした海軍大佐のディートフリート・ブーゲンビリアがヴァイオレット嬢を指して「ギルベルトの犬」と語っていたからだという。ヴァイオレット嬢がイヤミや皮肉や反語としての語句や比喩などを理解ができていないことをも示している描写である(汗)。


 その犬のぬいぐるみは終盤まで時折り点描されることになるが、これがまったくかわいらしさが感じられない無表情な顔であり、ヴァイオレット嬢が回を重ねるごとにその表情が柔らかく変化させていくのと対比的に描かれることでその効果をより高めていた。


 ちなみに、和平反対派によって再度の戦闘が勃発してしまうシリーズ終盤の第11話『もう、誰も死なせたくない』・第12話(無題)・最終回(第13話)『自動手記人形と「愛してる」』では、すでに単なる「人形」ではなくなったヴァイオレット嬢が和平反対派と戦う場面が描かれていた。
 プロペラ機から飛び降りた勢いそのままに、雪山の斜面を高速で駆け抜けて敵をなぎ倒したり、走行する列車の屋根でいっさい武器を使わずに敵と格闘したり、義手が破壊されつつも鉄橋に仕掛けられた爆弾を間一髪で見事にハズす描写などは、とてもではないが人間ワザではない(爆)。


 本作はシリーズ全体としては先の大戦で大事な人を失った人々の人間模様を中心に描く、戦闘場面が少ない反戦作品といった印象が強いのだ。
 だが、それでも先に挙げたようなヴァイオレット嬢の超人的なアクションが、それまで描かれてきた群像劇のクライマックスとしてドラマ性もたっぷりに描かれてはおり、1980年代には隆盛を極めたものの、現在は完全に下火となった「戦闘美少女」モノの変化球的な作品としての一面も兼ね備えた作品だったともいえるだろう。


「お客様がお望みなら、どこでも駆けつけます。自動手記人形サービス、ヴァイオレット・エヴァーガーデンです」


 頭頂部でまとめあげた長い金色の髪、青い瞳、「戦闘人形」だったわりには筋肉質とは正反対の華奢(きゃしゃ)な体形から発せられる、常に敬語を使う抑揚のない語り口だが、芯の強さは感じられる凛とした声……


 ヴァイオレット嬢の声を演じる石川由依(いしかわ・ゆい)は


・大ヒットアニメ『進撃の巨人』シリーズ(13~20年)のメインヒロインであるミカサ・アッカーマン
・ロボットアニメ『ガンダムビルドファイターズ』(13~15年)のコウサカ・チナ
・子供向けアイドルアニメ『アイカツ!』(14~16年)の新条ひなき


などの、複数の人気シリーズに登場をつづけている当たり役をいくつも持っているほか、2020年1月からは『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の原作者・暁佳奈(あかつき・かな)の台本による朗読劇の公演も行っているそうだ――これもおそらくは今般のコロナの影響で中止になってしまった舞台も多いだろうが(汗)――。


 青い燕尾服(えんびふく)に白いロングのプリーツスカートといった、郵便会社の社員とは思えないようなドレッシーな衣装に身を包んでいるヴァイオレット嬢が、代筆の依頼人を訪問する際のごあいさつとして、先の口上(こうじょう)を読みあげながら、プリーツスカートの両サイドを軽くツマんでヒザを少々折って姿勢を低くし、軽く会釈(えしゃく)をするさまは実に優雅なレディーでもある。


 水着だか下着だかわからない着エロみたいなビキニアーマーなコスチューム姿のグラマラスでお色気過剰で活発なヒロインたちに今は昔の80年代のオタクたちはあこがれたものである。しかし、80年代後半以降は現実世界の少女たちもおしとやかにせずホンネや欲望を全開にしてもイイことになってきた。そして、そのように振る舞いだしてみると、実際には単なるワガママで私的快楽至上主義者で他人や弱者への共感性には乏しいビッチ的な「ギャル」となってしまう少女が多数出現して(汗)、弱いオタク男子などには眼もくれないどころか、平然と罵倒もしてくることが実態であっことがアリアリと判明してしまった(爆)。
 そういう快活な女子に対する幻想が破壊されたどころかヘイト(憎悪)が高まってきたこともあってか、90年代に入るとオタク間での「戦闘美少女」人気は急速に退潮していく。そして、女児向けアニメ『美少女戦士セーラームーン』(92年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20041105/p1)に登場したセーラーマーキュリーこと水野亜美や、巨大ロボットアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(95年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110827/p1)に登場したヒロイン・綾波レイ(あやなみ・れい)のような貧乳(汗)かつ控えめでおとなしげな美少女たちが大人気を博して、月刊アニメ誌『アニメージュ』などでも毎号の巻頭カラー見開きの人気投票ページでは数年間も連続でトップを飾るようにもなっていく。
 この傾向は基本的にはその後も21世紀の今日に至るまで変わってはおらず、ヴァイオレット嬢のような控えめで男性のことを値踏みはせずに、よその男性にも目移りしたりしなそうで、いつまでも尽くしてくれそうな、結果的にはオタク男子にとっても都合がよい女子像(汗)といったキャラクター造形もまた、本作が人気を博した理由の何割かを占めていた……という、やや後ろ暗い事情がある可能性はあったのかもしれない。


 まぁ本稿の主旨からは逸れてしまうのでそういう議題はまた別の機会にさせてもらうが、主人公の美少女が先述したようなキャラクターとして完成された時点で、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の成功の何割かも約束はされていたのだろう――主人公美少女が戦争終結後も「戦闘人形」を引きずりつつ、その性格も血気盛んなパワフル美少女であったならば、仮にまったく同一の脚本・ストーリー展開であったとしても、本作の風情や純愛風味は大幅に失われてしまったことであったろうし(笑)、視聴者の大きな感情移入を誘うこともなかったハズである(爆)――。


*テレビアニメ版『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』おさらい


 さて、クラウディアが社長を務める赤レンガづくりの郵便会社には、


・金髪ギザギザヘアにハイヒールブーツを履いており、基本的には誰に対してもタメ口で、昼休みには同僚の女性たちを昼食に誘っても全員に断られてしまう(笑)という軽薄な配達員の青年=ベネディクト・ブルー
・そのベネディクトと口論する場面がやたらと多くて、彼の前ではワザとクラウディアとイチャつく描写からも明らかなように、内心ではそのベネディクトに恋心を抱いてもいる、黒髪ロングヘアにそのグラマラスなボディーを赤のボディコンスーツでまとっている元・踊り子だが、その見た目に反した文章力から代筆の依頼ではトップの指名を誇っているカトレア・ボードレール――その姓は(ひとり)ボッチアニメ『惡の華(あくのはな)』(13年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20151102/p1)の文学少年主人公も敬愛していた詩人・ボードレールがモチーフだろう――
・グレーの髪のショートヘアにスレンダーでパンツスタイルの高身長娘であり、常にテンション高めで喜怒哀楽が激しく、序盤ではヴァイオレット嬢に対して冷淡な態度を見せていたアイリス・カナリー
・黄土色のショートボブヘアに丸メガネをかけた低身長キャラで、常に低血圧ボイスでしゃべっているおとなしい娘であり、最終回では先述したベネディクトのことを「好きな人」と語るに至ったエリカ・ブラウン


といった、レギュラーキャラクターである同僚社員たちが在籍している。


 青空をカモメが飛び交い、多くの船も行き交う美しい港町にある風情もある郵便会社――オープニング映像などでの港町の狭い路地を歩いている多数の通行人の間を、宙を舞う「手紙」が高速でスリ抜けていくというシンボリックな演出なども絶品!――。


 あるいは、依頼人が住んでいる山間部の田園風景などを舞台に、「ドール」や「自動手記人形」といった職業名にとどまらずに、まさにそのメンタルもお「人形」に過ぎなかったヴァイオレット嬢が「手紙」の代筆行為を重ねる中で次第に人間らしい感情が芽生えていき、主体的な心や意志なども持ちあわせるに至っていく過程が、同時に同僚やゲストキャラクターの心情なども実にていねいに掘り下げながら描かれていく作品として、今回の『劇場版』の前日談でもあるテレビアニメシリーズの方は仕上がっていたのだった。


「“愛してる”が、なぜわかるのですか?」(!)


 同僚のカトレア嬢が代筆した見事な恋文を見て「ドール」を志願する。しかし、心や感情面が不充分なためにヴァイオレット嬢は依頼人からクレームが来てしまうような手紙しか書けない。そんな彼女を辞めさせようとする同僚のアイリス嬢。けれども、自身も感情表現が苦手であり彼女の境遇と重ね合わせたエリカ嬢がヴァイオレット嬢のことをかばってみせる、第2話『戻って来ない』。


 カトレア嬢に参加を勧められた「ドール養成講座」でヴァイオレット嬢は、戦争で両親を失ってしまってその罪悪感からか退役後に飲んだくれてばかりの兄とふたりきりになってしまった少女・ルクリアから依頼されて、兄への


「生きて、来てくれだけでも、うれしいの」(大意)


といった感謝の気持ちを伝える手紙を代筆してみせる。その手紙を教師から評価されたヴァイオレット嬢が無事に「講座」を卒業できるようになるにまで至る、第3話『あなたが、良き自動手記人形になりますように』。


 「幼なじみに告白してふられたことから故郷を出て読み書きやタイピングを猛勉強した」とアイリス嬢に明かされて、そんな彼女のドールになった動機から「愛してる」とは「勇気のいる言葉」だと知ったヴァイオレット嬢が、そのアイリス嬢の両親への感謝を伝える手紙を代筆したことで、


「伝わったよ。いい手紙だったから……」


と、両者の関係性がやや好転していく契機となる、第4話『君は道具ではなく、その名が似合う人になるんだ』。



 国家間での政略結婚でかなりの年上の相手への公開恋文(!)の代筆を、自身とほぼ同年齢の王女さまから依頼されたヴァイオレット嬢が、相手国の王子さまからの返信の内容に不審を抱いた王女さまに、内々で直筆でのやりとりをさせた末に、お互いの気持ちも通じていって恋も成就(じょうじゅ)させるハッピーエンド……かと思いきや、ラストでヴァイオレット嬢が帰還してきた港にギルベルト少佐の兄であるディートフリート大佐が現れて、


「多くの命を奪ったその手で、人を結ぶ手紙を書くのか?」


と吐き捨てる、第5話『人を結ぶ手紙を書くのか?』。



「『恋愛』というのは、人をそんなふうなバカに貶(おとし)めてしまう……」


 戦争で行方不明となった恋しい夫を捜そうとする母親に置き去りにされてしまって以来、女性や恋愛に対して不信感を抱いていた天文台の写本課の青年・リオンが、写本の作業でペアを組んだヴァイオレット嬢と200年に一度だけ地球に来襲するアリー彗星(すいせい)を


「人生でたった一度きりの出会いなんだ!」


と重ね合わせて、またいつかいっしょに星空を見上げることを願うに至る、第6話『どこかの星空の下で』。



 幼い娘を病気で亡くして以来、山間部の自宅にこもって酒浸りの日々を送る戯曲家(ぎきょくか)・オスカーから子供向けの戯曲の代筆を依頼されたヴァイオレット嬢。


「この湖を渡ってみたい! いつかきっと見せてあげるね!」


という亡き娘の願い。娘の形見のフリル付きの水色の傘を手に、その驚異的な身体能力を活かしてスカートを翻(ひるがえ)しながら湖の上をピョンピョンとジャンプして、紅葉が舞い散る中での透明感あふれる湖面上で水没せずにホントウに渡ってみせて、亡き娘の願いを仮初めにでも実現させたことによってオスカーを感涙させてみせる、第7話『     』。
――サブタイトルがカギカッコで囲まれた「空白」として表記された回であり、ヴァイオレット嬢に強い影響を与えた劇中でのセリフをそのままサブタイトルにした例が多い本作の中では、この回のサブタイトルは後述するヴァイオレットの「絶句」を意味したものだろう――



 個人的には第7話のこのクライマックス描写はテレビシリーズの中でも最高の名場面だと思うほどだ。しかし、代筆業を重ねる中で大切な人を失っていくことは「寂しいこと」・「つらいこと」・「悲しいこと」だとようやく理解しはじめたヴァイオレット嬢は、それとともに自身が戦争中に「戦闘人形」としてその命を奪ってきた多くの人たちにも、それぞれに「大切な人」たちが存在していたであろうことに気づいて思い悩むようにもなっていく……。


 先述した第5話ラストのディートフリート大佐のセリフ「多くの命を奪ったその手で、人を結ぶ手紙を書くのか?」を契機に、自らの所業に対する罪悪感・自責の念が点描されてきたヴァイオレット嬢は、この第7話ではじめて依頼者の前で感情を発露させてしまい涙を見せるに至っている。
 シリーズ前半の展開のクライマックスとして、この描写はヴァイオレット嬢がもはや「道具」や「ドール」ではなくなったことを高いドラマ性たっぷりに表現した演出だったといえるだろう。


 第7話のラストで久々に再会したエヴァーガーデン夫人がヴァイオレット嬢に「立派になったわね」と声をかけたのも、その変貌ぶりを即座に感じとったゆえだろう。
 だが、ここで夫人が「ギルベルトも浮かばれるわね」などとよけいな一言を発してしまう(汗)。彼がどこかで生存していることを一縷の望みとして生きてきたヴァイオレット嬢は少佐がすでに死してしまっていたらしいことを知ってしまって強烈なショックを受けてしまい、同僚のエリカ嬢とアイリス嬢がはげましの手紙を書くまでに至ったほどに、長らく部屋に閉じこもってしまう……


「わたしは生きていて、いいのでしょうか?」(!)


 ほぼ全編に渡ってヴァイオレット嬢とギルベルト少佐との過去を描いていた第8話――この回はサブタイトル自体もない無題の回となっている――をはさんだ、主人公少女自身の名をサブタイトルとした第9話『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』では、「戦闘人形」として多くの命を奪ってきて、ギルベルト少佐も守れなかった罪悪感にさいなまれていたヴァイオレット嬢の問いかけに、クラウディア社長はこう答えていた。


「してきたことは消せない。でも、君が自動手記人形としてやってきたことも、消えないんだよ」


 過去のあやまちは決して許されることはないし、永遠に一生を通じて贖罪していくべき性質のものなのだが、その後に積み重ねてきたささやかなる善行もまた、過去のあやまちによって無かったことになってしまうワケでもない…… 実に人情味が感じられるクラウディア社長のこの暖かいセリフには、ヴァイオレット嬢のみならず過去に何らかのあやまちを犯していて、生きることの難しさに日々悩みつづけている視聴者に、生きていく力を少しでも与えてくれるメッセージとしても伝わったことだろう。


――ちなみに、この第8話と同様に、全編に戦闘場面が多かった第12話もサブタイトル自体が存在しない無題の回となっており、カギカッコだけは存在していた『     』と表記されていた第7話とは明確に差別化がされている――


 代筆業に復帰したヴァイオレット嬢は先述した第11話で若い兵士から、好意を寄せている幼なじみの女性と自身の両親宛てへの手紙の代筆依頼を受けて、内戦がつづいている激戦地へと向かう。しかし、重傷を負ってしまった依頼主は口述をするや息絶えてしまう……
 その手紙を配達して宛先にあった人々が深い悲しみに包まれた光景に遭遇したことから、ヴァイオレット嬢は


「もう、誰も死なせたくない……」


という想いを強くするに至っていく……


*「神回」となった感涙の第10話の感動ふたたび!


 さて、今回の『劇場版』の脚本は、テレビアニメ版のシリーズ構成(=メインライター)を務めたほか、


・『けいおん!』(09年)
・『ガールズ&パンツァー』(12年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190622/p1
・『たまこまーけっと』(13年)
・『弱虫ペダル』(13年)
・『チア男子!!』(16年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190603/p1
・『アルテ』(20年)
ジブリアニメ映画『猫の恩返し』(02年・東宝
京アニ映画『たまこラブストーリー』(14年・松竹・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20160514/p1
京アニ映画『映画 聲(こえ)の形』(16年・松竹・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190901/p1


など、筆者が個人的に好きな作品を挙げただけでも、これだけ該当するほどに、数多くの名作アニメを手掛けてきた吉田玲子(よしだ・れいこ)が担当している。


 そして、


・『涼宮ハルヒの憂鬱(ゆううつ)』(第1期・06年 第2期・09年)
・『らき☆すた』(07年)
・『中二病でも恋がしたい!』(12年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190904/p1


といった京都アニメ作品の絵コンテ・演出・原画などを手掛けてきて、京アニ製作の深夜アニメ『境界の彼方(きょうかいのかなた)』(13年)につづいて、本作のテレビアニメ版の監督を務めてきた石立太一(いしだて・たいち)が、今回の『劇場版』の監督も担っている。
 よって、今回の『劇場版』はテレビアニメ版の純然たる続編かつ完結編としても仕上がっている。しかし、この完結編を語るうえでどうしてもハズせないのが、先の吉田玲子も脚本を担当したテレビ版の第10話『愛する人は ずっと見守っている』の存在だ。


 長らく病床に伏しており自身の死期が近いことを悟っていた婦人・クラーラから、ヴァイオレット嬢は50通にものぼる手紙の代筆を依頼された。しかし、彼女の7歳の娘・アンは自分と母親との大事な時間を奪う存在としてヴァイオレット嬢を敵視して、代筆中にやたらと現れては母親に甘えるさまを見せる。
 代筆の合間に遊んでくれるヴァイオレット嬢に次第に打ち解けてきたアンは、母が手紙の相手が誰なのかを教えてくれないこと、自分よりも手紙を優先していることを不満に思っていたが、母がもう長くはないと悟るや狂乱のあまりに泣きじゃくってヴァイオレット嬢に想いをぶつける。


 母には自分との今の時間を最優先にしてほしいという願いから「手紙なんか届かなくていい!」と泣き叫ぶアンを、ヴァイオレット嬢は


「届かなくていい手紙なんて、ないのですよ……」


と諭(さと)して、1週間にもおよんだ代筆も済ませることができた。


 美しい田園風景を背景に喪服姿の人々がシルエットで描かれることでクラーラの逝去が表現されて、つづいて流れるエンディング映像では8歳→10歳→18歳→20歳と順々にアンの成長過程が描かれていく中で、


「アン、お誕生日おめでとう」


からはじまり、


「ナゾナゾや虫捕りはもう卒業したかしら?」
「もう立派なレディーね」
「20年も生きたのね。スゴいわ」


といったクラーラのメッセージがそれぞれにかぶさっていく……


 生まれたばかりの赤ん坊を夫とともに笑顔で見つめているアンのカットで、このエピソードは幕となっていた。


 先の大戦ですでに夫を亡くしており、自身もこの世を去ってしまえば、たったひとりで残されてしまうことになる娘のために、誕生祝いの手紙を50年分(!)も書きためて、アンの毎年の誕生日に届けてほしいと依頼したクラーラの娘への想い。


 そして、このアンを演じたほか、


・アイドルアニメ『アイカツ!』(12~16年)の主人公・星宮いちご
・ボッチアニメ『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(第1期・13年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20150403/p1 第2期・15年)のゲストキャラで、クラスで仲間ハズれにされていた女子小学生・鶴見留美(つるみ・るみ)
・異能バトルアニメ『文豪ストレイドッグス』(16~19年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160502/p1)の泉鏡花(いずみ・きょうか)
・Web(ウェブ)アニメ版『ULTRAMAN(ウルトラマン)』(19年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190528/p1)のメインヒロイン・佐山レナ


など、1999年生まれながらも3歳で劇団ひまわりに所属して小中学生のころから声優の仕事をしてきたというから、ある意味では大ベテランとなる諸星すみれ(もろぼし・すみれ)による「泣きの演技」!


 『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』はほぼ毎回が「泣けるアニメ」だったといっても過言ではないのだが、特にこの第10話はファンの間でも「神回(かみ・かい)」とされており、今回の『劇場版』公開を前に2020年4月から6月にかけてBS11(ビーエス・イレブン)にて行われた再放送でも、



京アニヴァイオレット・エヴァーガーデン』再放送でも涙腺崩壊の声続出“神回”第10話」

(『ORICON NEWS(オリコン・ニュース)』2020年6月4日配信)



といった見出しで報じられたほどに、作品に対する感動の声がTwitter(ツイッター)上でもトレンド入りするまでに至っていた。


 もちろんこの『劇場版』最大のクライマックスが、テレビシリーズでは最終回に至るまでその安否が不明なままで終わっていたギルベルト少佐とヴァイオレット嬢との「感動の再会」であったことはいうまでもない。
 ただ、先述したように視聴者から「神回」だと認定されたほどに本放送でも最も反響が大きかったであろう第10話の感動を再燃させて、その相乗効果で本作での「感動の再会」をおおいに盛りあげようとするねらいがスタッフたちには当然あったのだろうとは思えるし、それが「戦略」としても実に正しかった……と鑑賞後に実感させられる出来にも仕上がっていたのだ。映画が終わるとそそくさと席を立つことが多いドライな筆者でさえも、今回はその余韻に酔いしれてしまって、しばし席を離れられなかったほどなのだから。


 そのようなワケで、今回の『劇場版』はこの「神回」の「感動ふたたび」と主人公男女の「感動の再会」を連動させることで、観客の感動を「倍増」させるような作劇的技巧を存分に駆使した構造となっているのだ。


*ヴァイオレット&ドールたちが「レジェンド」に!


 今回の『劇場版』では今作限定の新キャラクターがプロローグと中盤のごく短い場面、そしてエピローグのみに登場する。医者で不在がちな母親に対して、家庭よりも仕事を優先しているとの不満を示している、10代半ばくらいかと思われる黒髪ショートでボブヘアのまじめそうな印象の少女キャラだ。この設定自体が先述したテレビ版の第10話のゲスト主役の少女・アンを彷彿(ほうふつ)とさせるのだが、この少女は『劇場版』の本編で描かれているヴァイオレット嬢の物語とは実は異なる時間軸を生きているのだ。


 つい先日に亡くなったばかりの祖母が長年大事にしていた箱から、少女は大量の手紙を発見する。それは祖母に対して毎年の誕生日になるとひいおばあさんから届けられていた手紙であって、その手紙を書いていたのはまだ読み書きも満足にできない人々が多かったむかしの時代に代筆業の仕事をしていた「自動手記人形」=通称「ドール」と呼ばれていた女性であったことを、この少女は両親から聞かされて育っていた。
 つまり、少女はあのアンの孫であり(!)、電話の普及ですでに手紙による郵便事業が斜陽となっていたこの時代には、ヴァイオレット嬢たち「ドール」が伝説=「レジェンド」の存在と化していたのだ!
 しかも、あの賑わっていた郵便会社の洋館は現在ではその栄光の歴史を伝承する寂れた博物館と化しており、ヴァイオレット嬢らの活躍当時に在籍していた金髪ロングヘアの受付嬢がそこの案内係を務めているとされていたのだ!――その受付嬢とアンの年齢から推定するに、この『劇場版』のエピローグはおそらくテレビシリーズから約60年後くらいの時代であろうか?――


 テレビ版の第10話のエンディングに用いられていたカットの数々やアンの母親・クラーラの朗読までもが流用されている。「開幕5分で泣いた」(!)という声すらあるのは、テレビアニメシリーズも観てきた観客たちにはそれらが「泣かせのテクニック」としておおいに威力を発揮していた証だろう。


 祖母に50年にも渡って届けられてきた手紙を読むことで、少女は祖母=アンに対する曾祖母=クラーラの想いを知って、母に対する意識に変化を生じさせていく。つまり、過去の時代におけるヴァイオレット嬢による代筆行為はアンのみならず、その子孫にまでも心の変遷や親子関係の変化をもたらすほどの偉業として描かれているのだ!


 また、両親から聞かされた話ではじめて「ドール」の存在を知ったこの少女は、テレビシリーズは未見で今回の『劇場版』ではじめて『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を知ることになった、一見(いちげん)さんの観客たちと同じ目線に立つキャラでもあるのだ。「ドール」の起源=ルーツを知るためにこの少女はこっそりと家を出て、かつてドールたちが活躍した地へと向かうことになる。これらの描写と展開は、初心者を『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の世界観へと誘導するには実にふさわしい導入部となりえていたと思うのだ。


*そう簡単には再会させない、実にイジワルな作劇(汗)


 さて、今回はヴァイオレット嬢とギルベルト少佐との再会を描くことになる物語とともに、ヴァイオレット嬢が新規に受けた代筆業の依頼も、もうひとつの大きな柱として描かれていた。
 手術を繰り返しても病状がいっこうによくならず、長びく入院生活から自身の死が近いことを悟った10代前半かと思われる少年が、自身とはかなり歳が離れた弟への手紙の代筆、そして自身が天国に行ったあとでの家族へのその手紙の配達をヴァイオレット嬢に依頼するのだ。
 これは先述したクラーラとアンの関係性の逆パターンでもあり、「神回」で使われた「泣かせのテクニック」をそのまま繰り返すのは安直なのでは? との批判もあるかもしれない。
 だが、もちろん単なる「感動ふたたび」だけで終わらせるハズもなく、後述するがこの少年の悲劇と連動してヴァイオレット嬢をいったんドン底に沈めてしまう作劇により、観客の涙腺も徹底的に破壊(笑)されることとなっていくのだ。


 両親と弟への代筆を終えて帰社しようとしたヴァイオレット嬢を呼びとめた少年は、もう一通の出したい手紙があると語った。それは元気だったころは常にいっしょに遊んでいたものの、現在の自分の姿を見せたくないがために見舞いに来るのを断ってきた友人に対してのものだった。
 いざ代筆をはじめようとするや、体調が急変して少年は倒れてしまい、友人への代筆はまた後日との約束として、ヴァイオレット嬢は少年からはじめて教わった「指切り」を義手でかわして、ひとまず病院をあとにする。


 それから何日と経(た)たないうちに、宛先不明の郵便物を送り主に返送する作業の中で、ギルベルト少佐と思わしき筆跡の手紙があるのを、士官学校時代からの親友ならではの感覚でクラウディア社長が発見する!
 ギルベルト少佐の現在の居場所は先の大戦で出兵した男たちが誰ひとりとして帰還せず(!)、女子供と年寄りばかりになってしまった風光明媚な自然の美しい島だったと判明し、クラウディア社長とヴァイオレット嬢はただちに船で現地へと向かった。
 ギルベルト少佐がどんな状況にあるのかわからないからとヴァイオレット嬢を待たせて、まずは自身が様子を見に行くクラウディア社長の気づかいからして泣かせるものがある。ヴァイオレット嬢はたまたま現れた子供たちから、この島で教師をしている男性がギルベルト少佐と同じく右目と右腕を失っていると聞かされる!
――おそらく瀬戸内海の小豆島(しょうどしま)を舞台に女教師と児童たちを通じて日本の戦中~戦後を描いた、名匠・木下恵介監督作品である名作邦画『二十四の瞳』(54年)へのオマージュでもあるのだろう――


 ここに至るまでにこの実に美しい島で農作業などを手伝っているナゾの男性の姿を、ベレー帽を深くかぶらせてその表情を半分だけは映してみせるなど、お約束でも「伏線」を点描していく「演出」が実に心憎い。作業小屋のような住居にこもって「ヴァイオレット嬢には会えない、会いたくない」と繰り返すギルベルト少佐がクラウディア社長にずっと背を向けたままで、ほとんどその表情を見せないのもまたしかりである。
 ヴァイオレット嬢を不幸にしたのは自分であり、彼女といると自身のあやまちを思い出して耐えられなくなる……といった罪悪感から会えないとするギルベルト少佐の主張をクラウディア社長から聞かされたヴァイオレット嬢は自分で直接会って確かめてみようとする。しかし、どれだけ扉(とびら)をたたいて面会を求めても、ギルベルト少佐はその心を閉ざすがごとくに決して扉を開けようとはしない。


「会いたいです! 会いたいです! 今のわたしは、少佐の気持ちが理解できるのです!」
「少佐にお目にかかれるまでここで待ちます!」


 突如として降りだした大粒の雨の中で、すっかり絶望してしまったヴァイオレット嬢は傾斜のある砂利道を、ひたすら「少佐!」と泣き叫びながら駆けだしていく……


 さんざんに期待感をあおっておいて主人公も観客もドーン! と一度は突き落としてみせるという演出は、「泣かせのテクニック」としては常套(じょうとう)かとは思える。物語をつくる人間という者には、すぐにハッピーエンドに持っていってしまうような単なる「善人的な人のよさ」ではなく、心を鬼にして登場人物たちにあえて試練や艱難辛苦(かんなんしんく)を幾度も幾度もサディスティックに与えてみせるような粘っこい「悪人的なイジワルさ」もまた必要だといったところなのだろう(汗)。
 ヴァイオレット嬢とクラウディア社長がこの島に到着して以降、空一面がドス黒い暗雲に包まれているという「背景美術演出」からすれば、ギルベルト少佐のヴァイオレット嬢に対するあまりに冷たい仕打ちもすでに暗示されていたのだといえるだろう。
 登場人物たちの心象風景や人物同士の関係性の変化を「気象」で表現する「演出」は本作のテレビシリーズの場合、第4話でかつて自分をふった幼なじみが会場に現れたことで取り乱したアイリス嬢が、故郷で開催されていた自身の誕生パーティーをぶちこわしてしまって、その晩に泣きながら幼なじみに対する想いを語るアイリス嬢にヴァイオレット嬢が両親に対する感謝の手紙を書くことを勧める場面でも見ることができる。このシーンの背景には雨が降っているのだ。そして、このシーンを「底」として、ここでのやりとりを契機にアイリス嬢がこれまでのヴァイオレット嬢に対する悪印象をやや好転させていくのだ。


 悲しい場面になると都合よく雨が降ってくる……などと批判する輩(やから)もそうはいないだろう。しかし、往時は東映製作の歌舞伎的・様式美的な時代劇映画と比較すれば「リアル」だと評価されていた天下の黒澤明監督も、自身の演出方法について言及して「悲しい場面には雨を降らせて、ハッピーな場面は快晴にする」といった主旨の発言をしていたりするほどである。実は映像作品一般とは究極的には「リアリズム」よりも「心象風景」の方が優先される世界だということでもあるのだ。


 ちなみにこの第4話では、アイリス嬢が最寄り駅を降りるやいきなり水たまりにハマったり、郵便会社がある都心と比べて蒸し暑い気候だと嘆(なげ)く描写などにより、元々雨が多い土地だとさりげなく示すことで、イジワルなマニア視聴者に対する予防線を張っているのかもしれないエクスキューズ描写なども見られた(笑)。


 都心のオフィス街・湾岸通りの市場・山間部の田園風景など、テレビシリーズの背景描写は「ピーカンの青空」や「夕焼け空」の印象が圧倒的であり、時間の経過を示す際には、それらに付随する「雲の流れ」や「日差し」「影」の変化を倍速撮影のように見せていく。本シリーズでは、厚くて重苦しい「暗雲」に覆われた空といえば大戦中の回想場面くらいでしか描かれなかった印象が強い。
 ちなみに、第11話の戦闘場面では背景は「雪雲の空」、第12話の戦闘場面は「ナイトシーン」だったが、第6話で描かれたようなオーロラまでもが輝く美しい「星空」ではなく、ただの「暗闇の空」だったことにも演出意図が感じられた。


 ここまでの話とは少々矛盾するが、テレビシリーズの作風自体も決して「陽性」というワケではなかった。しかし、とはいっても必要以上に「陰鬱(いんうつ)」には陥らないように、その明るい港湾都市の「背景美術描写」で爪先立ちのバランスを取っているかのように見受けられる「映像演出」なども施(ほどこ)されているようにも思われるのだ。


*華麗に変身したアイリス嬢の健闘もむなしく……


 失意に沈むヴァイオレット嬢を連れてクラウディア社長は寝床代わりに借りていた島の灯台へと訪れる。しかし、そこに先述した少年が危篤(きとく)になったとの無線連絡が入ってきてしまう!
 その少年の友人宛てへの手紙を代筆しないままにこの島に来ていたヴァイオレット嬢は、少年と「指切り」をしたからと、夜中であるにもかかわらず、ましてや船で3日もかかる距離なのに、これから代筆に向かわなければならないなどと強硬に主張して、クラウディア社長の説得にも耳を貸そうとしない……


 「愛してる」をくれた人との再会がかなわず、絶望の淵(ふち)に沈んでいたハズのヴァイオレット嬢が、私的なことを振り切って、事が事とはいえ職業倫理の方に邁進していこうとするさまも、「私事」よりも「公共心」といった感じではあるから好印象ではある。そして、そうでなければヴァイオレット嬢の観客に与える印象・お株もグッと下がってしまったことは間違いないだろう。事実、あまたの恋愛映画やジブリ製作のアニメ映画『おもいでぽろぽろ』(91年)などで、主人公の女性が男の方を優先して仕事を放棄してしまうような描写に、世の女性たちの一部は喝采を送ってもそこに違和感や反発を表明する意見が過去にも途切れなく発生してきた。それを考えれば、こういう描写も挿入しておくことは賢明に思えるのだ。


 つまり、一見するとギルベルト少佐との再会=「私」としての願望よりも、代筆依頼=「公」の使命の方を優先しているのだ。実際にテレビシリーズで描かれてきた代筆依頼に対しての彼女の実績からすれば、ヴァイオレット嬢の他人に対しての善良さ・仕事に対する責任感・使命感は折り紙つきといってよい。
 だが今回の場合、ヴァイオレット嬢はむしろ代筆依頼を口実(こうじつ)に、もはやギルベルト少佐との再会がほぼ絶望的となった今、この島にいるのが耐えられずに一刻も早く島を離れてしまいたいという、実はやはり「私」の想いを優先させたという側面もあったのではなかろうか?


 こうした女性ならではの良くも悪くも矛盾をハラんだ胸の内は我々オタク男子にとってはやや理解がしづらいものがあるかとも思える。事実、筆者もこの場面で、周囲の女性客たちからかなりの嗚咽(おえつ)がもれてきたことから、あの危篤状態に陥ってしまった少年への想いとも並行して、このにわかに認めがたい長年の夢でもあった「再会」が実は叶いそうにもない……というキビしい現実とギルベルト少佐からもついでに逃避してしまいたい! といった「二重性」を持った心情に気付かされたからだ。


 遠方の島にいるヴァイオレット嬢の到着はとてもでないけどムリであろうからと、郵便会社の同僚であるベネディクト青年が暴走させた自動車でアイリス嬢が少年の病室に急行する。しかし、すでに代筆のための聞き取りさえ困難なほどに少年の命は今まさに尽きようとしていた……
 テレビシリーズの序盤ではヴァイオレット嬢に対してかなりの悪態をついていたことで、ややトガった印象が強かったアイリス嬢。今回の『劇場版』ではショートヘアだった髪型は肩くらいまで伸びており、異世界ファンタジーものの主人公のような貴公子スタイルだったものがヴァイオレット嬢のような女性らしいロングスカート姿へとかなりの様変わりを見せている。特にその表情はテレビシリーズと比べると格段に穏やかな印象になっている。


「このままじゃ永遠の三番手だよ」


などと、カトレア嬢やヴァイオレット嬢に比べて依頼が少ないことを嘆いていた描写があったものの、その激変ぶりは宛名書きが主な仕事だったテレビシリーズのころとは異なり、その後のアイリス嬢が代筆の仕事を着実にこなして顧客からの人気や信頼も高めてきたことがうかがえる演出は、続編作品での登場人物のその後の成長を点描する手法としてはベタでお約束でも実に秀逸(しゅういつ)であった。
 また、電話の普及で郵便事業がやや低迷しはじめたことを嘆くアイリス嬢が、本作冒頭では電話器のことを「イケすかない機械」と蔑(さげす)んでいるシーンがあった。しかし、もはや代筆は困難だと判断したアイリス嬢が採った行動は、とっさの機転でその商売敵(しょうばい・がたき)である「イケすかない機械」の受話器を少年の口元に添えてあげて、友人への想いを伝えさせてあげることだったのだ! この「係り結び」的な活躍ぶりも、彼女が単に頑迷固陋なだけの人間ではなく、自身のポリシーには少々反してでも、大局を見据えてとっさに融通を効かせるだけの柔軟さはあることをも示していた、実にあざやかな演出だった。


「イケすかない機械もやるもんだね……」


 敵視してきたアイテムや人物に対してでも、一理があればその点についてはしっかりと認めて、賞賛まで送ってみせるというこの度量の大きさ……


 しかし、アイリス嬢が廊下で安堵すると同時に、病室からは少年の母親が泣き叫びだして、その声が響き渡ってきた…… 「ボクが天国に行ったら配達して……」という少年からの事前の依頼があったので、家族への手紙はこの病室でアイリス嬢から手渡される。


 「怒ったりイジワルしてゴメンね、ボクの分までお父さんお母さんに甘えて大事にしてね」といった趣旨の手紙を父に読み聞かされた幼い弟は泣きじゃくるのではなく、


「お兄たん、ありがとう!」


と、兄からの手紙に大喜びしてベッドの周囲で無邪気にハシャギまくる!


 まだ人間の死=大事な人を失う「寂しさ」・「つらさ」・「悲しさ」を理解できない時点で、兄と別れることとなったこの幼児には、ある意味ではこれまで描かれてきた依頼人以上の「悲劇性」も感じられるし、二律背反だがせめてもの「救い」といったものも同時に感じられてくる。しかし、兄の想いはそれが意味する深いところはわからなくても幼い弟にも伝わって、彼を喜ばすこともできたという事実も、観客に「感動」を覚えさせている。登場人物の「涙」を描かなくとも、観客を泣かせてしまうこともできるのだ…… それもまた「泣かせのテクニック」のひとつだろう。


 アイリス嬢からの無線でヴァイオレット嬢は少年の死を知った。併せて、少年からのヴァイオレット嬢に対する、


「大事な人に会えてよかったね……」


という労りのメッセージも聞かされる……


 自身が死の床に着いて肉体的苦痛にあえいでいるのにも関わらず、そのことはガマンして愚痴や本心を一言もコボさない。たとえ社交辞令であっても気づかい・心配りとして、ヴァイオレット嬢にやさしい言葉だけをかけてあげられる少年の高潔なる精神。それはヤセ我慢であり単なる偽善に過ぎないのかもしれない。
 しかし、他人をダマして陥れるためのウソであれば論外なのだが、「偽善」は「人の為に善い」とも書くのである。そんな偽善的な態度をあえてムリして取ることによって、自身の心を鋳型のような「型」にハメていくことでも、人間は自分自身の性格の偏りを矯正したり人格を向上させていくこともできるのである。
――ナチュラル・自然体でウソ偽りなくワガママに本心を、それが単なる「劣情」に過ぎなくても、それをホザいてホンネをサラしさえすれば、それが「正直」さの現れでもあり「正義」ですらあるのだ! などというカン違いをしている方々は、この少年の爪のアカでも煎じて飲んでほしいものである(汗)――


 そんな少年の高潔さが、これがまたヴァイオレット嬢と観客双方にとっての痛烈なる一撃となること必至の作劇ではある。もう一生分の涙を全部このシーンで流してしまうのではないのか? とさえ思えたものだった(笑)。


*「泣かせのテクニック」としての立ち位置シャッフル


 そんな人の生き死にがあった翌朝、もう一度ギルベルト少佐に対する最後の説得を試(こころ)みようと語ったクラウディア社長に、ヴァイオレット嬢はギルベルト少佐の無事が確認できただけでも満足であり、代筆がたまっているから早急に帰還したいと主張する。
 そう、リアルに現実世界での尺度を持ち出して考えれば、自分とはまた異なる価値観の考え方に基づいた相手の意向もあるのだからそれは尊重すべきなのだし、このあたりがさすがに引き際ではあるのだろう――フィクション・物語作品としては美しいハッピーエンドにならなくなるので、問題はあるのだが(汗)――。


 そんな物事の道理もわかってきている、あまりに健気(けなげ)にすぎるヴァイオレット嬢の姿にもまた泣けてきて、さすがにもうカンベンしてくれよ……と観客一同が思ってきたところに(笑)、そこはあくまでもフィクション・物語なので、事態を好転させてくれる救世主がようやっと現れる!
 ギルベルト少佐の実の兄・ディートフリート大佐がこの島に現れて、弟の無事生存を喜ぶどころか、ヴァイオレット嬢に会おうとさえしない弟をダメ押しで激しく責め立ててくれるのだ!


 テレビシリーズの最終回で、ヴァイオレット嬢はギルベルト少佐とディートフリート大佐の兄弟の母であるブーゲンビリア夫人にギルベルト少佐を守れなかったことを謝罪して、あなたのせいではないとして、夫人は暖かくそれを受け入れていた。
 今回の『劇場版』ではその夫人はすでに亡くなっている。彼女の毎月の「月命日」にお墓に花を供(そな)えてくれているナゾの人物の存在に気づいていたディートフリート大佐は、その正体がヴァイオレット嬢だったことをついに知る。


 テレビシリーズでは弟のギルベルト少佐が戦死したのはヴァイオレット嬢の責任だと恨むあまりに、代筆業をしていることにさえケチをつけてきたディートフリート大佐だった。しかし、


「おまえはギルベルトの分まで生きて、生きて、そして、死ね!」


と、最終回のラスト近くでヴァイオレット嬢に「最後の命令」をしたように、両者の関係性の好転の兆(きざ)しはすでに描かれてはいたのだ。


 テレビシリーズ最終展開では、すでに戦争の「道具」ではなくなるほどに成長していたヴァイオレット嬢は、この「最後の命令」に対しても、


「もう、命令はいりません!」(!)


などと実にイキに切り返していたものだった――この両者の関係性の好転を最も象徴させた点描&演出だっただろう――。


「なくしたものは大きいな。おまえも、オレも……」


 テレビシリーズではひたすら冷酷な上官とのイメージが強かったディートフリート大佐――もちろんギルベルト少佐を「いい人」として対比的に描くための作劇的処置ではあっただろう――。しかし、思い人の母の「月命日」にまで墓参(ぼさん)に訪れるほどの、ヴァイオレット嬢のギルベルト少佐に対する熱い想いを見せつけられてついに降参したのか、「廃棄処分をするブーゲンビリア家所有の小型船舶の中に幼いころのギルベルトが使っていた玩具や絵本が残っていたけどほしいか?」などとヴァイオレット嬢に声をかけるに至るほど、今回は「いい人」として描かれている。
 やはりシリーズ作品というものは、当初は「憎まれキャラ」だったとしても最後の方で「いい人キャラ」に変転させると、それもそれでベタではあるものの、それまでのイメージとの落差から実に魅惑的に見えてきてしまう……という観客側の心理を衒(てら)いなくねらっていくのも、普遍の王道作劇ではあるのだろう。


 「陸軍」への仕官が代々の慣習となっているブーゲンビリア家であるのに、ディートフリート大佐だけはただひとり「海軍」に仕官していたことも語られる。そして、そんな彼の人物像にも肉付けを与えて、当人というよりかは観客の側にある「悪人にもホントウは善人であってほしい」といったほのかな願望に対する「救い」を与えるためでもあろうのだろうが、その職業志望の「動機」となるものも今回の『劇場版』では回想シーンにて語られることになったのだ。


「これはウチの花だ……」


 少年だったころのディートフリート&ギルベルトの兄弟を、父は彼が所有する美しい花々が咲き乱れる庭園へと連れていった。しかし、ディートフリート少年はその眼下に多数の兵士が整列しているのを見る。父の真意が自身の権力を息子たちに誇示(こじ)することとともに、兄弟が進む道は「陸軍」しかない! ことを思い知らせるための園遊だったことにディートフリート少年は気づいて、それに反発して父を非難! 息子の言動にカッとなってディートフリート少年に鉄拳制裁をしようとする父! そんな父に対して、兄をかばおうとして割って入ったギルベルト少年が「ボクが陸軍に仕官するから!……」と止めに入ったことで、彼はその代わりに「海軍」に進むことになったという顛末だったのだ。つまり、ディートフリート大佐はギルベルト少佐の義侠心に対する幼少期からの借りがあったのだ……


 先述したように本作の大半の登場人物の名前は花の名前をモチーフにしていた。この回想場面を花々が咲き乱れる庭園としたのは、本シリーズでは当初は「憎まれキャラ」だったディートフリート大佐も根っからの「悪人キャラ」や「軍人キャラ」ではなく、元々は多数の部下を従えて悦に入るような虚栄心や権力にあこがれて、それにズブズブとハマっていくような俗物ではなく、そういった心性には反発を覚えるような潔癖な精神性もあったのだ……といったかたちで、改めての肉付けをして、そんな彼だからこそ生存していたギルベルト少佐に対しての最後の説得の一押しをさせるに足る作劇的資格を得るためでもあっただろう。


 そして改めて見てみると、ディートフリート大佐のキャラクターデザインも「軍人」というだけでなく、どことなく「芸術家肌」に近い線の細さも感じられるものにもなっていた。「陸軍」どころかそもそも「軍人」になること自体を拒絶していた過去が明らかにされたからだ。
 選択肢(せんたくし)の少なさゆえに、父に対するせめてもの反発として不本意ながらも「海軍」に仕官せざるをえなかったのがホントウのところであり、ディートフリート大佐を根っからの「軍人」や「悪人」ではないとして多面的に描いてみせたストーリー展開にも好印象を感じる。


 ヴァイオレット嬢どころか、長男なのに家督(かとく)までをも次男のギルベルト少佐に押しつけたがために、実は実家とも絶縁状態(爆)になってしまっていたというディートフリート大佐は、「そんな自分とは違って両親からかわいがられていたハズのおまえが、生存していたのに何故に墓参りにすら来ないのか!?」と、ヴァイオレット嬢が「月命日」には母の墓に顔を出している件を語ったうえで激しく弟を叱責してみせる! そして「今もなお、ギルベルトを『少佐』として慕(した)いつづけるヴァイオレット嬢に、なぜ会ってやらないのか!?」と畳み掛けていく……


 クラウディア社長に対しても語ったように、ギルベルト少佐は「ヴァイオレット嬢を不幸にしたのは彼女を戦争の『道具』として扱った自分だ!」と主張する! しかし、ディートフリート社長は「代筆屋に転じて以降のヴァイオレット嬢を見れば、おまえが彼女を『道具』として扱っていなかったのは明白だ!」と叫ぶ!


「君は道具ではなく、その名が似合う人になるんだ」
「君は生きて、自由になりなさい」


 このヴァイオレット嬢に対するギルベルト少佐のかつての「命令」自体にそのことは象徴的に表れていた。しかし、ギルベルト少佐を守れなかったヴァイオレット嬢を激しくなじり、多くの命を奪ったその手で人を結ぶ手紙を書くのか!? とまで揶揄(やゆ)をしたほどのディートフリート大佐だからこそ、代筆をはじめて以降のヴァイオレット嬢が次第に「道具」ではなくなっていく変貌ぶりにいち早く気づくことができたのも事実なのだろう。


 弟とヴァイオレット嬢を「結ぶ」ために、


「(実家の)跡目はオレが継ぐ!!」


との決意を叫んだほどのディートフリート大佐の激変ぶりにも、個人的には「泣かせのテクニック」を感じずにはいられなかったものだ……


*「愛してる」が「みちしるべ」


 ディートフリート大佐がこの島に現れた時点で、実はすでにヴァイオレット嬢はクラウディア社長とともにこの島から出港しようとしていた。ギルベルト少佐宛ての「最後の手紙」を書いたヴァイオレット嬢は、それをこの島の小学校の先生=ギルベルト少佐に渡してくれるようにひとりの少年に頼みこんで船へと乗りこむ。
 もうヴァイオレット嬢には会わない、このままこの島に永住するとの決意を断じて曲げないギルベルト少佐のもとに、その「最後の手紙」が届くことになる。
 これがまたヴァイオレット嬢に頼まれた少年が直接に手渡しに来るのではなく、この『劇場版』の前半で語られて島民にも重宝がられていた、ギルベルト少佐が島のブドウ農家用に手作りで製作した低地と崖の上をつないで荷物を運ぶリフト機に乗せられて、無言でこの手紙が斜面を上がってくる……といったあまりにドラマチックにすぎる描写なのである。こういうところで機転を利かせられて、こんなイキな計らいまでできてしまう子供などいるものか? などというヤボなツッコミを入れる前に、まずもって涙腺が刺激されてしまうのだ(笑)。


 これに気づいたディートフリート大佐に、「おまえにだ……」と手渡されたギルベルト少佐が手紙の封を開ける。すると、その手紙は、


「○○をありがとうございました」


という箇条書きばかりで一面が埋め尽くされていたのだ。そして、その最後の一文には……


「“愛してる”を、ありがとうございました」


 ……テレビシリーズ最終回のラストにて、和平条約の調印で平和が戻ったことで行われた、大空から手紙を飛ばす航空祭に向けて、ヴァイオレット嬢はギルベルト少佐に宛てた「最初の手紙」を書いている。


・ギルベルト少佐の最後の言葉「愛してる」が理解できず、それを知るために代筆屋の仕事をはじめたこと。
・大切な人を失うことが、まさに「寂しいこと」・「つらいこと」・「悲しいこと」であることだったと自分は知ったこと。
・そして、それらが自身のギルベルト少佐に対する想いとも同じであったということ……


といった趣旨であり、最後にはこう結ばれてもいた。


「最初はわかりませんでした。少佐のお気持ちが何ひとつわかりませんでした。でも今は、少しだけですが、感じることができるようになったのです」


 「最後の手紙」における「“愛してる”を、ありがとうございました」は、ギルベルト少佐の「愛してる」という言葉掛けがヴァイオレット嬢を戦争の「道具」から解放してくれたことに対する感謝の意味合いだけではない。
 ずっと慕いつづけてきたギルベルト少佐に面会を拒絶されたがゆえに、それをどうにもできない「寂しさ」・「つらさ」・「悲しさ」をイヤというほどに味わうこととなったヴァイオレット嬢は「少し」どころか、自分がギルベルト少佐のことを深く「愛してる」という厳然たる事実にようやく気づかされたのだということを、「最初の手紙」との係り結びとして解釈できるのだ。


 本作ではテレビシリーズの第4話と第5話の間に起きた出来事を描いたオリジナルビデオアニメが製作されていたが、そのタイトルは『きっと“愛”を知る日が来るのだろう』だった。そして、その日がついに訪れたのだ……


「良きドールとは、人が話している言葉の中から伝えたいホントウの心をすくいあげるもの」
「言葉には裏と表があるの。口に出したことがすべてじゃないのよ」


 前者は第3話に登場した「自動手記人形・育成講座」の厳格な女性教師・ローダンセ、後者はカトレア嬢がヴァイオレット嬢に云い聞かせていた手紙の代筆時の心得である。ヴァイオレット嬢は代筆どころか自身が書いた「最後の手紙」で、ストレートな愛の告白を文面には出さなくとも、ホントウの想いをギルベルト少佐に気づいてもらえるだけの能力をも、いつしか会得(えとく)していたということにもなるのだろう!
 ヴァイオレット嬢が自身のことを「愛してる」と悟ったギルベルト少佐は、もちろん彼もかつての上官の身でありながら彼女のことを秘かに好ましいと想っていたではあろうから、ひたすらにヴァイオレット嬢の名を叫びながら、断崖絶壁の急な斜面を猛烈な勢いで駆けおりていく!


♪あなたの声が みちしるべ


 ここでテレビシリーズのエンディングテーマであり、エリカ嬢の声以外にも、


・先述した『涼宮ハルヒの憂鬱』のサードヒロインで、水色ショートヘアにメガネをかけた低血圧ボイスで読書が好きな長門有希(ながと・ゆき)
・『らき☆すた』の岩崎みなみ
・『響(ひび)け! ユーフォニアム』(15年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20160504/p1)の中世古香織(なかせこ・かおり)


といった、京都アニメーション作品での活躍も目立っていた、ややクールで透明感のあるアンドロイド声ではありつつも伸びやかで華もある歌声の持ち主でもある実力歌唱派アイドル声優芽原実里(ちはら・みのり)が作詞と歌唱を担当していたアコースティックな名曲『みちしるべ』が間髪を入れずに流れはじめる。選曲演出面での「泣かせのテクニック」の発露でもあり、スレたマニアとしてはそのスタッフの意図自体もまたミエミエではあるものの、それでも心の琴線(きんせん)を揺さぶられてしまうのだ(笑)。


♪ひとりじゃない


 最後の最後に自分を追いかけてきてくれたギルベルト少佐の存在に気づいたヴァイオレット嬢が、船から海に飛びこむ瞬間のカットに「ひ~と~り~じゃ~、な~い~」の歌詞部分を絶妙にシンクロさせる演出に至っては神懸かりの域に達している!――もちろん歌曲ありきで絵コンテを切っていて、この歌詞のワビサビの部分に映像面でのクライマックスを持ってきているという処置もあるのだろう――
 本作の「愛してる」という言葉のもろもろにまつわることの帰結点としてのクライマックスを、「美しい夕焼けに染まる空」「透明感にあふれた海」といった背景描写とも渾然一体となって、この『みちしるべ』という楽曲が本作の最後を実にエモーショナルに盛り上げてみせていた……


「少佐が“愛してる”と云ってくれたことが、わたしが生きていく『みちしるべ』となりました」


 なお、この『劇場版』では芽原実里が声を演じたエリカ嬢はすでに郵便会社を退職しており、現在はテレビシリーズの第7話に登場した戯曲家・オスカーの弟子になったとして描かれていたために、冒頭とラスト近くにごく短く登場するのみなのだが、その分クライマックスでは芽原がおもいっきりの存在感を主張したといったところだ(笑)。


「今でも、君を愛している」


 ずっとヴァイオレット嬢を苦しめてきたという自責の念からか、ギルベルト少佐が想いの丈(たけ)を語りつづけるのに対して、全身ズブ濡れとなってせっかくの美少女も台なしというほどに髪も顔もクチャクチャとなってしまったヴァイオレット嬢の口からもれてくるのは、ひたすら荒い吐息のみだ……


 エピローグではプロローグに登場した母親と不仲の少女が、ヴァイオレット嬢とギルベルト少佐が再会を果たしたあの島で灯台や郵便局を訪問する。
 ギルベルト少佐との再会後、ヴァイオレット嬢はたまっていた手紙の代筆をすべて終えるや18歳で郵便会社を退職し、あの島に移住して当時は灯台の中にあったという郵便局で代筆業をつづけていたことが少女のモノローグで語られた。
 ヴァイオレット嬢とギルベルト少佐はその後にどうなったのか? などとあえて詳細を描かない演出こそ、「愛してる」ではじまり「愛してる」で終わった物語の余韻を味わい深いものとさせてくれているのだ。


「この切手はこの島でしか手に入らないんですよ」


 島の郵便局員が少女に説明してくれたその切手には、「愛してる」という言葉の意味を知りたくて代筆の仕事をはじめて、多くの人たちを結ぶことに生涯を捧げた伝説の女性の全身像が描かれていた。局員がその名を口にしようとするや、それをさえぎるように少女の方が伝説の女性の名を語る。


ヴァイオレット・エヴァーガーデン



 本作『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は全国153館で公開され、公開10日間で観客動員数56万6512人、興行収入8億1千万円を記録、公開第1週目の興行ランキングが第2位となるほどの大ヒットを飛ばしている。ちなみに、筆者が公開から10日後に鑑賞した静岡県静岡市のMOVIX清水(ムービックス・しみず)では各種グッズやパンフレットは完売し、入場者プレゼントすらも在庫切れであった。
 「バスタオルと替えの(風邪)マスクが必要」(笑)などとして「いま最も泣ける映画」との口コミがネット上で広がっているのもさることながら、これはやはり公開が二度も延期されたことでファンの間に飢餓感(きがかん)が高まっていたことも大きいのだろう。
 京都アニメーションにとってもまさに「起死回生」の作品になったかと思えるのだが、これだけの作品を見せつけられた以上は、個人的には同社はすでに立派に再生を果たしているようにも思えてきてしまうのだ――もちろん今後にあまたの放映や公開が予定されていた多数の作品群の延期や無期延期が見えないところで多数発生している……といったウワサも聞こえてくるけれど(汗)――。


*「もう、誰も死なせたくない」のだが……


 ところで本作のクライマックス直前の場面で、毛糸の帽子にメガネをかけた島の長老らしき高齢の男性が、一生をこの島で終えると主張するギルベルト少佐を「帰れるところがあるなら帰った方がいい」と諭したうえでこう語っている。


「あんただけが悪いんじゃない。戦えば豊かになると思っていた、ワシらみんなが悪いのかもしれない」(大意)


 いわゆる「一億総懺悔(いちおく・そうざんげ)」という考え方に通じる発言である。これはこれで最高責任者の罪を免責してしまう考え方であるとして、左翼方面からはかつては全面否定をされてきた考え方ではある。しかし、だからといって庶民の方はまったくの無罪であったといえるのだろうか?
 テレビシリーズで描かれた「大戦」は、大陸の南側にある国の豊富な地下資源をねらって北側の帝国が越境したのを発端として周辺諸国も参戦し、南北二派の間で4年もつづいたという。しかし、この長老の発言に象徴される観点こそ、「戦争」を捉えるうえでは逆説的でも実は最も重要なものだと個人的には考える。


 かの太平洋戦争の責任は決して昭和天皇A級戦犯、実際に戦闘した末端(まったん)の兵士たちばかりにあるのではない。戦地にいる兵士宛ての手紙を入れた慰問袋(いもんぶくろ)をつくったり、学徒動員によって軍需工場(ぐんじゅこうじょう)で兵器を製造したり、「本土決戦」「一億玉砕(いちおく・ぎょくさい)」に備えて竹槍訓練(たけやり・くんれん)をしていた当時の女学生たちだって、「戦争」を支援したという意味では、無罪ではなくその責任も相応程度にはあると考えるのが妥当ではなかろうか?


 あれから80年近くが経過した2020年、先の長老の


「ワシらみんなが悪い……」


が個人的には実に重く響くものがあるのだ。


 政治が悪いから国民が悪くなるのか? 国民が悪いから政治が悪くなるのか? 若いころの筆者は完全に前者の立場だった。だが、実際には我々国民の方がはるかに「悪」である場合もあるのではなかろうか?(汗)


 『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』のメインとして描かれたのはあくまでも美しいラブ・ストーリーであり、それに涙するのが正しい見方だろう。
 ただ、かつては「戦闘人形」として多くの命を奪ったハズのヴァイオレットが、大切な人を失うことは「寂しいこと」・「つらいこと」・「悲しいこと」だと理解した末にたどり着いた結論=「もう、誰も死なせたくない」を現実世界で願うならば、戦場へと駆り出された男たちが誰ひとりとして戻らずに、女子供と老人ばかりになってしまった島の長老が語った先の言葉にも真摯(しんし)に向き合うべきではあるまいか?
 この言葉が未来に継承されることなく、まるで他人事のように「戦争だから仕方がない」「自分は無力だから仕方がなかったのだ」「相手が怖そうだからイジメやパワハラをとめることができずに傍観するしかなかったのだ」といったことが将来においても繰り返されるのならば、そのときは日本政府ではなく、乳幼児を除く日本国民全員――もちろん筆者も含めて――を「戦犯」だと思うこととしたい。

2020.10.7.
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(初出・オールジャンル同人誌『DEATH-VOLT』VOL.86(2020年12月20日発行)所収)
(了)


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 巨大ロボットアニメ『交響詩篇エウレカセブン』のリメイク劇場版第3作『EUREKA/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』(21年)公開合わせで、リメイク劇場版第2作『ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』(18年)が30分枠4話形式にてBS11で放映中記念! および、一応(笑)の巨大ロボットアニメ『コードギアス 反逆のルルーシュ』(06年)も「15周年」と銘打ってTBS金曜深夜枠にて再放送中記念! とカコつけて……
 映画『ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』評と映画『コードギアス 復活のルルーシュ』(19年)評をアップ!


『ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』・『コードギアス 復活のルルーシュ』 ~00年代中葉の人気ロボアニメのリメイク&続編勃興の機運!

(文・T.SATO)

『ANEMONE(アネモネ)/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』

(2018年12月26日脱稿)


 巨大ロボットアニメ『蒼穹(そうきゅう)のファフナー』(04年)や『コードギアス 反逆のルルーシュ』(06年)に、歴史上の英雄を召喚し合ってバトルロイヤルする『Fate/stay night(フェイト/ステイナイト)』(06年)などの、10年経ってからでもリバイバルされて総集編映画や続編作品が製作される作品は、やはり当時においても相応に人気があったというべきで、延命にも成功した作品だとはいえるだろう。本作の原典でもある巨大ロボットアニメ『交響詩篇エウレカセブン』(05年)もそのひとつである。
――大英帝国占領下での日本独立を描いた『コードギアス』だけは神懸った大傑作だったとは思うけど、それ以外の作品に対しての個人的な評価はあまり高いモノではない。『ファフナー』と『エウレカ』に至っては90年代後半に一世を風靡したロボットアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(95年)モドキ・フォロワー・影響下の作品群から脱していないといった印象だったけど(汗)――


 同作は文明崩壊後の巨大植物が繁茂する世界で、背中にしょったボードに巨大ロボットが乗ることで、大空を波乗りサーフィンのように超高速で雄飛してバトルする巨大ロボットたちを描いた作品で、田舎町でくすぶっていた主人公少年が空から落ちてきた少女&巨大ロボットに遭遇し、巨大ロボットに搭乗して街を出て、反政府組織・月光ステイトに身を寄せて戦いに身を投じていくというストーリーであった。


 本作公開の1年前の昨2017年秋には、原典『エウレカセブン』のTVシリーズ序盤ならぬ、イキナシ中盤にて主人公少年が母艦を脱走して寄宿することになった夫妻との番外エピソード(#21~26!)だけをメインに据えていた(汗)、新規作画も少ない総集編映画『交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』が、その時系列を細切れにして何度も前後させる実にオシャレでハイブロウな(?)――単純にわかりにくい(笑)――編集が施されて公開されて不評をこうむっている(汗)。


 しかし、劇場版2作目の本作ではそれとは一転、ほとんどが新規作画で、原典のTVシリーズの映像も引用されてはいるものの、原典との整合性はまるでない。どころか、原典ではロングのピンク髪の美少女でも悪役ライバル・ポジションの巨大ロボットで、たびたび主人公少年とも交戦していたヒステリックなキチガイ美少女・アネモネが主人公!


 内容・ストーリー展開も原典たるTVアニメ版とはまるで異なっている(爆)。ピンク髪の美少女の境遇や性格(!)までもが異なっている(笑)。けれども、面白い!(個人的には・笑)。一応は1本のフィルム・映画としても成立しえていると思う。


 ……と思ってしまうのは、やはり筆者がジャンル作品に対する素養があるキモオタだからであろうか?
 原典のTVアニメ版とは並行宇宙の関係にある現代の東京の延長線上にある都市光景ともなっている本作が、ナゾの巨大植物が繁茂してその生態系が激変した原典世界での激戦による影響を受けてか、本作映画の現代世界の延長線にある劇中においてはエウレカエウレカセブン)と仮称される超巨大物体が出現しており、そのための災厄ですでに数十億人(!)もの人類が死亡したあとだとされている!


 少女アネモネも軍人であった亡き父の遺志を継いで地球を守るために超巨大物体に攻撃を仕掛けている正義のロボット乗りとして再設定。何度も物理攻撃やら精神攻撃やら電脳攻撃やらを仕掛けているその先の超巨大物体「エウレカセブン」の内部世界が、ナンとTVアニメ版の原典世界でもあるという超展開!――厳密にはTV版とも似て非なる世界だけれども――


 そして、超巨大物体・エウレカの真の正体は、原典のメインヒロインでもあった青緑色髪のベリーショートの少女・エウレカであって(爆)、彼女が愛情&絶望の狭間で死してしまった主人公少年を蘇らせるために並行世界に干渉していたゆえの事象で、自身も近親者である父を喪っているアネモネも困惑&同情をしつつの戦闘の果てに、エウレカを救い出してみせるというのが大雑把なストーリー――チョット違うかも?(笑)――。


 ただし、この展開だと少女エウレカはロボットアニメ『マクロスF(フロンティア)』(08年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20091122/p1)のヒロイン・ランカ嬢をはるかに上回る、意図せずとも大量殺人を惹起してしまっていた大罪人になってしまうんじゃね? などとも理性では思うし、実写作品だとそのへんのクサみや重みがもっと浮上してきてシャレにならなくなるようにも思うのだ。しかし、そこはアニメ媒体ゆえのリアリティーの喫水線の違いなのか、過剰には気にならない――あくまでも個人の主観です。気になるヒトにはご不興でしたらゴメンなさい(汗)――。


 原典とはストーリー展開どころか作品テーマの次元で全然違っているじゃねーか!? とも思いはする。けれども、実は筆者は原典作品のことを全然評価はしておらず(爆)、往時は何度かあった再放送を追っかけても都度都度タイクツで、中盤でいつも視聴を打ち切っていたくらいの不良視聴者なので、この改変自体は私的には抵抗がなく、むしろ積極的に賛成であったりもする(汗)。
劇場版 交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション 特典クリアファイル エウレカ&アネモネ

ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション(dアニメストア)
交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション アネモネ ノンスケール PVC&ABS製 塗装済み 完成品フィギュア
(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.73(18年12月29日発行))


後日付記:


 「往時は何度かあった再放送を追っかけても都度都度タイクツで、中盤でいつも視聴を打ち切っていた」。……やや偽悪的に執筆(汗)。厳密には最終的には1年間・全50話の最終回まで鑑賞済。トータルでは原典たるTVアニメ版もまぁまぁの良作だったとも思っている。
 ただし、最初の第1クールにおける覇気あるヤンチャな少年が地元の街を旅立っていくという展開が、良く云えばマンガ・アニメ・記号的ではなくナチュラル、悪く云えばツカミには弱くて思わせぶりでカッタルいという気が個人的にはしており、そのへんの感慨起因で第1クールいっぱいまで視聴をしたあたりで幾度か脱落しており、それで「中盤でいつも視聴を打ち切っていた」という記述とさせてもらっている。


 加えて、作品自体の罪ではないけど、この作品を擁護していた若きプチ・インテリ的なオタクの皆さまによる、文弱な(ハズだと思われる?)自分自身や我々オタク自身とはカナリ異なる、ややヤンキーでミエっぱりな少年に体育会系パワハラも横行している遊撃母船のメンツたちとの人格類型・性格類型面における断絶・亀裂とまではいかないにしても、我々オタとは相当に距離感があるどころか真逆ですらある荒々しい人間関係描写に対しての「華麗なるスルー感」(笑)なり、やや背伸びをした「わかったフリ感」「理解をしたフリ感」にも引っかかりを覚えている。
 いやまぁ、こーいう昭和チックで1980年代まではあったようなヤンキーDQN(ドキュン)的な上下関係がキビしい体育会系な人間関係が人間社会の全面を占めていたならばイヤだけど、片スミに局所的にであれば存在してもイイとは個人的には思うのだ――その中には入りたくはないけれど(笑)――。


 80年代のヤンキー的な若者が完全にはオトナになりきれずに歳を喰って反体制組織における年長の艦長級キャラとなり、やや理不尽に時に感情にも任せて部下や少年を怒鳴ったり殴りつけたりもしていて、しかしてそれをも時に引いた視点で相対化もしてみせている姉御キャラの冷めた視線などは本作独自のモノだとは思うのだ。
 しかし、そのへんの黒さにスポットを当てずに、「少年の成長」の部分だけを論じている論客たちを見ていると、「いやいや、我々のような口舌・文筆の輩である評論オタこそ、現実世界での人間関係で揉まれて人格形成したのではなく、脳内だけでの思弁を積み重ねて人格形成・思想形成をしてきており、『エウレカセブン』的なモテ趣味でもあるサーフィン&音楽青年たちの男女交流も込みでの延長線上としても描かれている劇中キャラクターたちとは最も縁遠い地点にいるワケで、ソコと自身との距離感を測ったり自分たちの未成熟さ、あるいはその成熟方法の違いに対しての目配せや距離感の表明なり自己相対視がナイような論考には、やや物足りなさを感じてしまうのだ……。


アニメ映画『コードギアス 復活のルルーシュ

(2019年4月27日脱稿)


 2006年と2008年の全2期で放映された当時の覇権アニメ『コードギアス 反逆のルルーシュ』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20081005/p1)。


 優勝劣敗の英米流「新自由主義」を戯画化した「大英帝国」モドキによる占領下で、「爆弾テロ」で抵抗を続ける「日本人」を描いて、当時の「イラク戦争」をも想起させた本作。良くも悪くも第2次大戦戦勝国では抵抗のシンボルにすらなる「ナショナリズム」が、敗戦国の日独などでは絶対悪とされたことで、本作でも大英帝国は敵役だけど、独立抵抗運動に「日の丸」を掲げることでキナ臭さも漂い、しかしてコレならタブーも正当化できるような背徳感もブレンド、作品の構図に安直な勧善懲悪ではない複雑性をも与えていた。


 極め付けは日本独立運動の首魁に収まる黒仮面の男の正体! それは母を殺され廃嫡されたことで父皇帝に復讐を誓う、東京の英国租界で正体を隠して暮らす、戦災で死んだハズの大英帝国第11皇子の少年主人公! 彼は天才的な戦略眼とナゾの少女に授与された制限ルール付きの超能力で大英帝国と対峙し、日本独立はダシにすぎない!


 まぁイラクやアフガンの地での反米レジスタンス、2~3世になってもチャイナタウンやコリアンタウンを維持できている中韓などの世界標準とは異なり、「ギブ・ミー・チョコレート!」と米兵に群がったり、空気を読んで過剰に同化したがる我が日本民族は、サヨクの分析とは真逆で世界で最も「ナショナリズム」が弱い卑屈な民だと私見する。大作映画『日本沈没』(73年)のラストで世界各地に散らばった亡国の日本人たちは、2~3世代で日本語&日本文化を消失、現地に同化するだろうから、爆弾テロで抵抗する日本人像はホントはリアルじゃないと思う(笑)。


 「ナショナリズム」の話かと思いきや、世界各国の亡命政権とも結んで――「グローバリズム」な「世界統一政府」ではない――「各国」の存在は残したままでの「インターナショナル」な「合集国」vs「大英帝国」、劇中内超能力の源泉たる心理学者・ユング的な全人類の「集合無意識世界」での「神」殺し(?)を経て、世界を平和目的で一致団結させるために自身は大悪党のフリ(!)をして、憎悪を一身に集めて殺されていく主人公! 真相は少数だけが知っている。まさに男子の本懐と云ったら今だと男女差別だが(汗)。



 個人的にも高く評価する大傑作の続編が、放映終了10年後に3本の総集編映画を経て登場。


 ちなみに、総集編1作目はTVアニメ版1期全25話の冒頭11話、成田山の攻防で弱小抗英組織が名を上げるまでのTV版通りの展開。
 2作目は1期中盤~2期全25話の中盤までを駆け足で展開。1期終盤~2期序盤はヤマ場とせずに、大英帝国皇族たちから見た辺境の事件として流していく。
 3作目は2期終盤をジックリ描くけど、尺の都合かオレンジ髪の長髪少女は延命。完成作品ではともかく脚本のト書きの公表で明かされた、死んだハズの少年主人公がラストで馬車の馭者として延命か? という描写は批判も多かったか馭者ナシに改変されている。


 その続編たる本作では、冒頭から精神が幼児退行した状態で少年主人公が早々に登場。先に超能力を授与した少女が未練で先の集合無意識世界から復活させたとした。


 あとは劇中世界のその後の平和な光景と、往時は敵味方に別れて戦った主要キャラが一同に介する結婚式の二次会(笑)を経て、主人公が目指した「弱者が虐げられない世界」の象徴でもあり、実は主人公少年の妹でもある車椅子で盲目の少女――だから廃嫡皇女でもあり、戦後は高官――が、超能力教団の残党に拉致されることで新たな紛争が勃発!
 かつては骨肉の争いを繰り広げた姉でもある元日本総督の皇女や、日本最後の総理の息子でありながら大英帝国内では名誉白人として体制内改革を目指した親友少年、日英混血少女らとも心ならずも共闘して、ベテラン・戸田恵子が演じる敵の女首領と中東チックな土地で大攻防戦を繰り広げる。


 ジャンルの歌舞伎的様式美と化した「時間ループ」要素も導入して、その能力を幾度も駆使する女首領とそれを見抜いてウラをかく知謀合戦をも描いていく。しかして策謀が成功するや狂的に高笑いする描写で、主人公少年を劇中内での絶対正義ではなく中2病としても描いている二重目線は、この続編映画でも健在だ(笑)。


 もちろん10年後のファンムービー、石原莞爾『世界最終戦論』(1940(昭和15)年)の域に達した原典終盤と比すれば実にミニマムな話に過ぎないけど、劇中内での世間では「世界制服を一時は達成して世間を震撼させた最悪の独裁者でもあるあの悪逆皇子」の復活ではない活躍としている。キレイに完結した大名作でもある原典を毀損(きそん)させずに、ファンサービス的なボーナス続編を構築するのならば、見事に妥当な落としどころのストーリーだったとは思えるのだ。


 ベタつかないけど、主人公少年に超能力を授与したクールな少女の不老不死にまつわる裡(うち)に秘めた孤独に寄り添って、主人公&少女が歴史の闇へと消えていくボーイ・ミーツ・ガール・アゲインのミクロな帰結も、本作のキャラクタードラマを完結させる「小さな救い」で良としたい。
コードギアス 復活のルルーシュ [Blu-ray]

(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.74(19年5月4日発行))


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ウルトラマントリガー』前半評1 ~『ティガ』らしさは看板だけ!? 後日談かつリメイク! 昭和・Z・ギャラファイともリンク!

(文・T.SATO)
(2021年10月20日脱稿)


 対外的・パブリシティ的には、往年の90年代後半にTV放映された平成ウルトラ3部作のトップバッターである『ウルトラマンティガ』(96年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19961201/p1)にリスペクト(尊敬)を捧げる……と謳(うた)われている本作『ウルトラマントリガー』(21年)。
 本作にかぎった話ではないのだが、往年の作品にリスペクトを捧げるために新作を製作する場合に、それは往年の作品の続編・後日談とするのか? リメイクとするのか? の二択となる。
 55年もの歴史を持つ長大なウルトラシリーズにおいても、その始原である1966年にスタートした『ウルトラQ』およびその後日談世界でもある初代『ウルトラマン』~『ウルトラマン80(エイティ)』(80年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210315/p1)までの同一世界を舞台とする通称「昭和ウルトラ」世界の四半世紀後の正統続編として製作された『ウルトラマンメビウス』(06年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060625/p1)の例があった。よって、コレに準じて本作『トリガー』もまた「平成ウルトラ」こと『ウルトラマンティガ』世界の四半世紀後の正統続編とする可能性が高いと予想した特撮マニア諸氏は多かったことだろう。


 本作『トリガー』#1の冒頭は地球ではない。火星である。主人公青年が火星の大地で花を咲かせる植物を育てている光景だ。火星。それは『ウルトラマンティガ』の7年後の世界を描いた『ティガ』の次作『ウルトラマンダイナ』(97年)#1(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19971201/p1)ほかの舞台にもなっており、ウルトラマンダイナもまた火星の大地で初登場を遂げていた。そして、その『ダイナ』終盤では、前作『ティガ』の主人公とヒロイン隊員が火星に移民しており、花を咲かせる植物を育てていることが明かされていた。つまり、この#1冒頭は『ダイナ』#1やその終盤へのオマージュでもあり、よって『ティガ』世界でもある『ダイナ』よりも未来の時間を舞台にしたという意味での『ティガ』後日談なのだろうとも思わせたのだった――実はソレはミスリード演出だったのだが――。


 しかし、『ダイナ』よりもさらにあとの時代の『ティガ』世界が点描された映画『ウルトラマンサーガ』(12年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20140113/p1)という作品も存在し、そこではウルトラマンダイナことアスカ青年が地球を救った「英雄」とされて「記念日」まで設けられるほどの有名人となっていたことが明かされた。
 本作『トリガー』では、今となってはベテラン俳優・宅間伸(たくま・しん)が演じる大財閥の会長がウルトラマンティガにだけ言及してウルトラマンダイナには一言も言及しなかったり英雄・アスカのことも言及していない。コレは幼児はともかく怪獣博士タイプの児童や我々のような「大きなお友達」にとっては少々違和感の募るものともなる。
 むろんこのテの変身ヒーロー番組にはよくあるラフさやポカ・ケアレスミスだとして笑って流してもイイものだし、子供向け番組としては致命的な弱点だとまではいえないのかもしれないが、とはいえ欠点や弱点には違いないので、そこは出来ればキチンとていねいに整合性を確保して作劇してほしいところではあったのだ――むろんソレもまたミスリード演出だったのだが――。


 よって、本作『トリガー』序盤では、『ティガ』アフターの物語世界なのか? 『ティガ』リメイクの物語世界なのか? そのあたりが判然とはしなかった。しかし、その「すぐには判然とはさせなかった」あたりもまた、作り手の高等戦術・引っかけ・ミスリード演出でもあったのだ。
 本作は「アフター」ではなく「リメイク」でもなく、しかして広義での「アフター」ではあり広義での「リメイク」でもあった。それを2009年末に公開された映画『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20101224/p1)にて導入された物理やSFにおける「並行宇宙」の概念の導入で、異なる作品世界であるハズだった「昭和ウルトラ」と「平成ウルトラ」が次元の壁を越境できるようになったことで両者の共演も可能となったことを、本作『トリガー』の作品世界の設定それ自体にもまた応用してみせるのだ。
 つまりは、『ティガ』世界に出自を持つ大財閥の会長がワームホール=次元の壁を越境してきて、3000万年前の超古代文明以来の歴史を持つ『ティガ』世界に酷似するも似て非なる歴史をたどっている本作『トリガー』世界で、来たるべき超古代文明由来の脅威に備えていたことが#9にて明かされるのだ!


 なるほど! ポッと出のゲストキャラとのウダウダ愁嘆場な人間ドラマなぞではなく、幼児にはともかく小学校中高学年以上の怪獣博士タイプの子供や大きなお友達にアピールする、「ヒーローや怪獣の属性や特殊能力それ自体」や「作品の世界観」それ自体で擬似SF的な興味関心を惹起・ナゾ解きともしてみせるコレらのストーリー展開はカンゲイすべき趣向ですらある。
 エッ、幼児には理解ができない手法だって? ソレはまぁそーなのだけど、幼児には意味不明でタイクツまでしそうな延々とした会話劇でのナゾ解きなどにはなっていない。大財閥の会長による作品世界のヒミツの開陳内容に合わせて、ごていねいにも原典『ティガ』に登場した戦闘機・ガッツウイングが飛行・落下する新撮の特撮シーンまでもが回想として挿入されることで、幼児であっても画面に惹きつけられるだろうから大丈夫。
 「昭和ウルトラ」の時代だって、児童の年齢に上がればともかく、幼児などは人間ドラマ部分やオトナ同士の会話なんぞはロクに理解もしておらず、奇抜な特撮映像の羅列やヒーローによる悪の成敗で発生するカタルシスの部分しか認知していなかったハズであるから、ソレらと同じことでもあるので、そーであるならばこーいった要素もドシドシと投入すべきであるだろう。


 もちろんこのナゾ解きについては、最終回間際まで引っ張ってしまうと、逆に大きなお友達であっても飽きてきてインパクトにも欠けてしまった『仮面ライダーアギト』(01年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20011108/p1)における「あかつき号事件」のような事態になってしまう可能性はある(笑)。よって、適度なところで打ち切って、シリーズの1/3程度の話数を消化したこのタイミングで明かしたこともまたウマかったとも思うのだ。


「定番セリフ・変身ポーズ」と「ウルトラマンシリーズ」 ~その長き抗争関係&歴史的な変遷!


「スマイル、スマイル!」


 #1では早々に、主人公青年・ケンゴにリアルでナチュラルなセリフではなく、前述のような楽天的でマンガ・アニメ的な定番とするのであろうセリフを吐かせている時点で、スレた特撮マニア的には、


「あぁもう、ちっとも『ティガ』っぽくはないじゃん……」


とも気が付いたことだろう。……コ、コレは昭和ウルトラシリーズ直系の続編だと謳(うた)いながらも、東映特撮などと比すればやや重厚で写実的なドラマ・演出・作風であった「昭和ウルトラ」とは真逆な、非リアルかつマンガ・アニメ的に誇張・極端化された登場人物たちが大声で絶叫しあってコミカルなギャグも披露していた『ウルトラマンメビウス』のパターンではないか!?(……良い意味で・笑)


 そして、主人公青年・ケンゴがウルトラマンに変身するシーンでも、バンク映像でコレ見よがしに各種属性を意味する小型パーツを変身アイテムにカチッとセットする玩具的なプレイバリューも延々と見せつけて、


「未来を築く、希望の光! ウルトラマン、トリガーーー!!!」


なぞとイチイチ定番セリフを叫んでみせて変身を遂げている。『仮面ライダーカブト』(06年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070211/p1)や『仮面ライダー電王』(07年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20080217/p1)から始まって平成ライダーシリーズではもはや定着した、当時からでも「非リアルだ!」なぞと反発されることなく「非リアルで半分笑ってしまうけど、それでも半分はカッコいい!」といったニュアンスで、特撮マニア間での全員とはいわずともほとんどに好意的に受容されることになった、変身直前や変身直後の半分ネタ・半分カッコいい的な定番名乗り。それらは2010年代のウルトラシリーズにもパクリ……もとい導入されて久しいけど、本作『トリガー』でも踏襲しているのだ。


 こーいう歌舞伎や定番時代劇『水戸黄門』の印籠や『遠山の金さん』の桜吹雪の入れ墨などの定型的な披露などは、「特撮ジャンルを大人の観賞にも堪えうるモノにしよう!」なぞと必死であったマニア社会草創期の70年代末期~90年代においては、非リアルだから否定・唾棄されるべき要素なのだ! などと、かつては全面的な否定をされていた時代もあったのだ。
 そのようなマニア言説によって、主人公青年がほとんど無言やちょっとした掛け声だけでウルトラマンに変身する初代『ウルトラマン』(66年)や『ウルトラセブン』(67年)や『帰ってきたウルトラマン』(71年)の変身シーンは高尚なモノとされてきた。
 そして、同時期の昭和の『仮面ライダー』(71年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20140407/p1)の変身ポーズの子供間での大流行を受けて、変身時にイチイチ大きく腕をふってみせるポーズを取って「ウルトラ、タッッチッッッ!」「タロウ~~~!!」「レオ~~~!!!」などと絶叫してみせる、『ウルトラマンエース』(72年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070429/p1)や『ウルトラマンタロウ』(73年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20071202/p1)に『ウルトラマンレオ』(74年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090405/p1)などの変身ポーズは幼稚で低劣で非リアルなモノとして、糾弾なりやや揶揄的に言及されていた時代も20世紀のむかしにはホントウにあったのだ(汗)。


 ゆえに、90年代後半の平成ウルトラ3部作でも、『ウルトラマンダイナ』(97年)と『ウルトラマンガイア』(98年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19981206/p1)は変身時に自身のヒーロー名を絶叫するものの『ウルトラマンティガ』(96年)においては、もっと云うなら原点回帰が至上とされていた時代の『ウルトラマングレート』(90年)と『ウルトラマンパワード』(93年)においても、変身時の変身ポーズや掛け声は基本的には廃されたのだった。よって、このあたりも『ティガ』っぽくは決してナイのだ。


 今や還暦に達した1960年前後生まれで、60年代後半に放映された初代『マン』や『セブン』の直撃を受けた、いわゆるオタク第1世代。彼らの一部が中高生になっても完全なる卒業ができずに『エース』や『タロウ』や『レオ』をヨコ目でチラ見していて、自身が学校や若者文化の中でうまく生きていけない不遇をカコつ心境とも無自覚に混交して(?)、それら70年代前半の第2期ウルトラシリーズに対して過剰に憎しみをブツけてしまって、その見解が70年代末期の本邦初の特撮マニア向け書籍で披瀝されてしまったのだという側面もあっただろう。まだまだジャンルの市民権も獲得されておらず、彼らも当時はほとんどが未成年の身であったことを思えば、そう思ってしまったことにもムリからぬところはあるとも思うので、ソレを過剰に責めようとも思わない。
 しかし、そこには新たなる別の問題もまた生じてしまっていた。本来ならば、それらの上の世代の見解に対して即座に真っ先に反発すべきであった、筆者のようなリアルタイムで『エース』や『タロウ』や『レオ』の変身シーンにまったく疑念を抱かずにスナオに「カッコいい!」と幼少期に楽しんでマネまでしていたハズのオタク第2世代のマニアたちのほとんども、先人による70年代末期のマニア向け書籍で陰に陽に披露されたソレらの見解に影響されて、第2期ウルトラシリーズを人身御供・足切り・売り渡しにするような否定的な見解を口マネにしてしまっていたからだ。ある意味ではオタク第1世代以上に罪が重たい唾棄すべき態度を70~80年代いっぱいは、あるいは20世紀いっぱいまで我らは採り続けていたのであった(爆)。


――70年代第2期ウルトラシリーズ擁護派の一部には、「自分たちは純真無垢なる被害者だ!(……ウラの声:必然的に自分は絶対正義となるから、論敵をその人格も含めていかに口汚く罵倒しようとも構わない! それは反体制・反権力でもあるから革命的正義なのだ!)」、「自分の内部に『悪』などない!(……ウラの声:自分の外側にだけ第1期ウルトラ至上主義者・安倍ちゃん・トランプ(笑)のような、ギロチン首チョンパで抹殺してもイイ『悪』がいるだけだ!)」ばりの主張をしていた、自省力・内省力にはいささか欠けていた御仁もいたけれど、「正義(?)の殺し屋」を描いていた往年のTV時代劇の前期『必殺』シリーズ風に云うならば、「いかに一理や理由があったとしても、我々オタク第2世代=第2期ウルトラ世代もまた口汚い批判に組したことがあって、その手を血で汚している以上は決して『無罪』ではアリエない。永遠に『原罪性』を抱えて『贖罪』しながら、完全には許されることがない一生を、今後も慎みながら生きていかねばならない」のだ(汗)――


2010年代以降の多士済々なウルトラマンシリーズの中での差別化としての「平成ウルトラ」の登用!


 で、そんな屈折した「原罪性」を抱えつつ(笑)、『ウルトラマントリガー』を観賞していると、『トリガー』も表層面では「スマイル、スマイル!」に象徴される2010年代のウルトラシリーズに特徴的な、子供番組としても実にふさわしい楽天的なイメージでパッケージはされている。しかし、それだけではなくイヤミやハナにつかないさりげない範疇でカナリ「屈折」させた作品構造・作品ギミックを持った作品であることもわかってくる――先に挙げた、本作が『ティガ』アフターであってアフターではなく、『ティガ』リメイクではなくてリメイクでもある、といったあたりもその象徴!――。


 まずは、ほとんどパーマネント(永久)キャラクターのシリーズと化した『仮面ライダー』シリーズや『戦隊』シリーズなども同様なのだが、シリーズである以上は何らかの大ワクでの「統一性」は必要。しかし、それだけでも子供たちには早々に飽きられてしまうので、各作ごとにキョーレツな「看板」「目印」ともなる小手先ではない「差別化」も必要となる。つまり「統一性」&「差別化」の相矛盾する要素を各作に投入することが必須となるのだ。


 ウルトラシリーズの場合は、銀色の鉄仮面マスクの巨大超人が登場して巨大怪獣と戦って腕から必殺光線を発射して撃破さえしてくれれば、シリーズとしての「統一性」はとりあえずは担保される。そして「差別化」の部分でも、


・山あいに近いローカルな校舎の周辺を舞台に、少人数の私服姿で牧歌的な男女高校生たちがミクロな怪獣事件を解決していく『ウルトラマンギンガ』(13年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200819/p1
・『ギンガ』の世界観での数年後に、地底の特殊鉱石をねらってきた宇宙人の侵略に対抗して、地底人種族の青年がウルトラマンビクトリーへと変身。怪獣攻撃隊に入隊したウルトラマンギンガに変身する主人公青年とも対立から和解・共闘へと至っていく『ウルトラマンギンガS(エス)』(14年)
・歴代ウルトラ怪獣の属性パワーを実体化して、さまざまな怪獣の鎧(よろい)を脱着しつつ、ウルトラマンゼロウルトラマンマックスウルトラマンビクトリー・ウルトラマンギンガ・ウルトラマンネクサスといった先輩ウルトラマンとの共演イベント目白押しであった『ウルトラマンX(エックス)』(15年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200405/p1
・さすらいの風来坊青年が「魔王獣」なる怪獣種族の一群やナゾのライバル青年を相手に、貧乏所帯な怪奇現象探索チームのメンバーと交わりつつ、歴代ウルトラマンの属性カードを収集。それを2枚ずつ混交させることでのタイプチェンジで戦う『ウルトラマンオーブ』(16年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20170415/p1
・悪の黒いウルトラマンことウルトラマンベリアルに造られた人造ウルトラマンである無邪気な主人公青年。6年前には劇中世界の大宇宙自体が崩壊。しかし、ウルトラ一族の長老・ウルトラマンキングが宇宙そのものと合体して修復、キングが「幼年期放射」なる周波数の電波となって拡散している世界で、闇落ちせずに正義に目覚めていく人造ウルトラマンを描いた『ウルトラマンジード』(17年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20170819/p1
・兄弟の青年がふたりのウルトラマンに変身して活躍し、妹や行方不明の母のナゾ解きもタテ糸に据えて、宿敵と闘う『ウルトラマンR/B(ルーブ)』(18年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20180826/p1
・M78星雲やU40(ユーフォーティ)にO50(オーフィフティ)といった出自の異なる3人のウルトラマンがひとりの地球人青年と合体。メイン格のウルトラマンは昭和の時代のウルトラマンタロウの息子でもあるとした『ウルトラマンタイガ』(19年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190811/p1
・地球人の怪獣攻撃隊がついに巨大ロボットを建造して、未熟な新人ウルトラマンとも共闘してみせる『ウルトラマンZ(ゼット)』(20年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200723/p1


といった作品群が製作されつづけており、似通った作品が1作たりともナイのだ。昭和の時代に4年間もシリーズが継続した70年代前半の第2期ウルトラシリーズもカナリ振り幅が広くて、各作が個性豊かなシリーズであったとは思うものの、2010年代のウルトラシリーズ8作品の方が今となってははるかに振り幅が広いだろう。正直、コレらの8作品とも明らかな差別化を果たせる魅力ある新作を思案するのは至難のワザだとも思うのだ。


 もちろんお題・企画の方は今どきは東映作品も含めて製作会社が単独で考案しているワケがなく、玩具会社の玩具コンセプトが主導であって、そこに各作の物語を後付けで合わせていくといった側面も強いだろう。
 ところで、2009年の映画『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説』にて「並行宇宙」を越境可能とするSF概念を導入したことで、「昭和ウルトラマン」と「平成ウルトラマン」の両者の共演が可能になった。コレに先立つ2006年の『ウルトラマンメビウス』からウルトラシリーズはその作品世界の主軸を再度「昭和ウルトラ」としたことで、「平成ウルトラ」が否定されたワケでは決してなくウルトラマンダイナ・ウルトラマンコスモスウルトラマンガイア・ウルトラマンアグルといった90年代後半~00年前後の平成ウルトラマンたちが『ウルトラ銀河伝説』・『ウルトラマンサーガ』・『劇場版ウルトラマンギンガS 決戦!ウルトラ10勇士!!』(15年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200404/p1)・ネット配信作品『ウルトラマンオーブ THE ORIGIN SAGA(ジ・オリジン・サーガ)』(16年)といった作品に主要ゲストやレギュラー格として再登場はしつづけてはいたものの、2010年代の新世代ウルトラシリースが最新ヒーローとして勃興してきたこととも相まって、


「新世代 > 昭和 > 平成」


といった大小関係での比率・配合成分での注目度合いとなるのもまた必然であり、90年代後半の「平成ウルトラ」3部作の影がややウスくなっていたのも事実なのだ。


 そうなると、たしかにこの90年代後半の「平成ウルトラ」にそろそろスポットを当ててみせることこそが、現在2021年時点では一番斬新かつフレッシュな感じもしてくるのだ。むろんメインターゲットである子供たちにとっては、「平成ウルトラ」なぞ自身が生まれるよりもはるか前の作品であるから、そのへんの事情なぞはドーでもイイことではあるだろう。しかし、それを云い出したら、2006年当時の子供たちにとっては特別に思い入れがあるワケでもなかった「昭和ウルトラ」を復活させた『ウルトラマンメビウス』だって同罪なのである(汗)。
 まぁもっと無限背進して云ってしまえば、小さな子供たちには「昭和ウルトラ」と「平成ウルトラ」の区別すら付いてはいないであろうから、そのへんでのマウント取りを10代の少年マニアあたりが「赤勝て、白勝て」レベルで云う程度であれば「その稚気は愛すべし」ではあっても、成人マニアがムキになって優劣を付けようとしだしたならば、あまりに小人物に過ぎて見苦しいことこの上ないであろう(笑)――むろん個人の好みといったモノが生じてしまうのは仕方がないことでもあるのだが、それを無自覚・無防備に発露してしまって、「平成ウルトラ」ヘイトだから『トリガー』もまたキライである……なぞというお友達内閣・お仲間擁護の意識の反転でしかない感情論的な物の見方は、フェアネス・公平さとは程遠いモノなのである――。


 それはともかく、スタッフ自身もマンネリには陥らないために、各作ごとに新鮮なお題や目先の設定の変化を与えることでの作劇モチベーションを上げることを求めていたりもするのだろう(笑)。そして、むろんメインターゲットは子供であるにしても、少子化の時代とはいえ数百万人はいる子供たちと比すれば、数万人程度しかいないであろうから比率としては小さいにしても、我々のような「大きなお友達」に高額玩具や映像ソフトなどを購入させることで少しでも売上額を向上させたり、子供たちのパパ・ママ層にも好意的に感じてもらって財布のヒモを少しでもユルめさせるためにも、四半世紀前に放映された「平成ウルトラ」に白羽の矢を立ててみせるのはビジネス的には正解ですらあると思うのだ――今のパパ・ママ層はもはや「昭和ウルトラ」世代ではナイので――


 そう。そろそろ今年あたりに、「平成ウルトラ」をお題に据えて、特にそのトップバッターであった『ウルトラマンティガ』を材に据えた新作『ウルトラマン』を作ってみよう! しかも、今年はちょうど『ウルトラマンティガ』25周年のアニバーサリー・イヤーでもあるのだし! といったところが、本作の企画の発端なのであろう。
――もちろん純粋なる作品愛ではない以上は不純といえば不純な動機である。加えて、時代の変化が早すぎて人々もますます飽きっぽくなっている時代なので、そのまた来年には「平成ウルトラ」ともまるで無関係な新作ウルトラが、「差別化」ビジネスとして登場するであろうことも、スレたご同輩たちにはアリアリと見えていることではあろうけど(笑)――


『ティガ』リメイクたりうるウルトラマン・戦闘機・空中母艦! リメイクたりえない変身道具&カートリッジ!


 そんなこんなで看板的には往年の『ウルトラマンティガ』を前面に押し出してはいる。しかし、主役ウルトラマンには商品点数を増やす意味でも往年のウルトラマンティガをそのままの姿で「帰ってきた」ことにさせるワケにもいかない以上は、そのネーミングは「ティガ」――ティガのタイプチェンジの3形態こと「3」を意味するマレー語・インドネシア語――とも語感が似た新たなウルトラマンとしての「トリガー」――拳銃の引きガネなどを意味する英語――として、ルックスも往年のティガの体色模様を二重線ならぬ微妙にアレンジした新ヒーローだとしてみせる。このへんの経緯はもちろん筆者個人の憶測でしかないけれど、特撮マニア間での最大公約数的な憶測でもあって、当たらじといえども遠からずな見立てでもあるだろう。


 とはいえ、1996年の『ウルトラマンティガ』という作品の体裁そのままでは、2021年においては復活させられない箇所も相応にはある。それは特に玩具コンセプトの部分においてでだ。
 昭和というか戦後の高度経済成長期~平成初頭のバブル期にかけては、今のようにマイクロチップブラックボックスナノテクノロジーな「目で見てわかならい科学」ではなく、「目で見てわかる科学」の成果である重厚長大産業で金属の銀色の輝きを放っているロケットなりコンビナートなり乗用車の普及などの延長・派生形として、「モービル(乗り物)幻想」なり「科学的SF志向」が大人たちにも子供たちにも強くあったものだ。おそらくそーいう時代の空気・気分とも無意識にマッチ・後押しされるかたちで、我々は怪獣攻撃隊の戦闘機や特殊メカ、あるいは合体ロボットアニメや宇宙SFなどにワクワクして執着していたのだとも思うのだ。


 しかしご承知の通り、近年ではウルトラシリーズに登場する怪獣攻撃隊の戦闘機の売上がよくないことは知られている。戦隊シリーズの巨大ロボも人型の姿をしているからかまだ辛うじて売れてはいるが、かつてほどの勢いはない。
 この現象の理由は、一般家庭の中に電子レンジ・エアコン・炊飯器にまで電子パネルのインジケーターが普及、スマホの画面に色とりどりのアプリ(ケーション)のアイコンが並んでいるのが日常となった現在では、「昭和の土俗的な日常」と「TVの中における科学的な計器や電飾が満載のコクピットや司令室」といった落差の大きさから来る「憧れ」が、ゼロにはなっていないにしても大幅に減じてしまったからだとも見る。つまり、作品自体の罪ではなく、作品の外側にある条件・環境の方が変わってしまったのだ。


 よって、本作『トリガー』でも、怪獣攻撃隊の戦闘機としては1種類の1機だけしか登場していない。そして、原典『ティガ』における怪獣攻撃隊の戦闘機・ガッツウイングが、現実世界の戦闘機にも近いややリアル寄りなフォルムを持っていたのと比すれば、『トリガー』における戦闘機・ガッツファルコンがロボットアニメ『超時空要塞マクロス』(82年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19990901/p1)シリーズに登場する可変戦闘機のように側後部が下部に回転して両脚のようになるあたりは実にカッコよくはあるものの、それは『ティガ』的なリアリズム寄りの方向性をねらったモノでは決してナイのだ。
 『ティガ』に登場した怪獣攻撃隊の宇宙戦艦アートデッセイ号とは似ても似つかぬ、往年の『ウルトラセブン』#11に登場したロボット東洋竜こと宇宙竜ナース型のメカ竜にも変型できるらしいメカメカしい空飛ぶ母艦・ナースデッセイ号に至っては、もう似通ったネーミングだけで原典『ティガ』との接点を持たせているだけに過ぎない(笑)。


 もちろんガッツファルコンやナースデッセイ号の存在をもってして『ティガ』の再生だ! あるいはその逆に『ティガ』とは異なる要素、フリだけのニセもの要素であるからリメイク・リマジン(リ・イマジン)たりえない! なぞという相反する2種の論法は論理的にはあってもイイ。
 しかし『ティガ』アンチが、ナースデッセイ号ごときを『ティガ』とも共通する要素(爆)だからこそ気に食わない! なぞという論法で批判をするのであれは、ソレはあまりに的ハズレな「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」といった、意図はしていなくとも「排他的ナショナリズム」にも通じている言動でもあるだろう。それでは「ナショナリズム」の部分に「昭和ウルトラ」「AKB48」「ラブライブ」を代入して、「平成ウルトラ」「モー娘」「アイドルマスター」を侮蔑するような、自分は排他的な右翼でないつもりでも実はメタレベルで精神の型としては排他的右翼とまったく変わらない、品性下劣な精神性とも同じになってしまう(笑)。


 2010年代においてよく売れているヒーロー系玩具は、2009年の『仮面ライダーW(ダブル)』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100809/p1)で始まった、カードやカプセルやメダルなどの収集型のサブアイテム多数と、それを開閉や音声などのプレイバリューもあるギミックを備えた変身アイテムにセット挿入する類いの玩具であった。コレが2016年の『ウルトラマンオーブ』以降にウルトラシリーズでも導入されて、様式美的な定番セリフとともに玩具のギミックを延々と見せつつ変身してみせるパターンが一般化している。
――そして、20世紀までとは異なり、メインターゲットの子供たちが喜ぶのであれば、我々大きなお友達もヤボを云うのはよそう! むしろソコで楽しまずにわざわざケチをつけてみせるのは子供番組卒業期の中二病的なメンタルだ! なぞと小バカにしてみせる、20世紀までとは真逆な風潮すら一般化するほどにマニア諸氏も成熟しているのだ――


 よって、本作『ウルトラマントリガー』でも主役ウルトラマンことトリガーは、変身アイテムの底部にカートリッジ(劇中ではハイパーキーと呼称)を差し込むことで変身することが商業的宿命ともなっている。体色が変わるタイプチェンジにあたっても、ティガのように自力で変転するのではなく、トリガーのインナースペース(体内・精神世界)にいる顔出しの主人公青年が、変身アイテムにそれ専用のカートリッジを差し込むことで、トリガーは赤色や紫色主体のモードにタイプチェンジを遂げている。


 こーいうあたりもまた、マニア上がりのスタッフたちが撮影現場で仕方なくノルマとして玩具的な変身アイテムを描写して、しかして変身ポーズは基本は取らせずに無言で変身させることで、第1期ウルトラシリーズへの回帰を図っている! なぞと当時の年長マニアたちの好評を博することができていた『ウルトラマンティガ』における変身シーンとは、まるで真逆で相反する様相を呈してもいるのだ。


『ティガ』的ではない玩具まるだし銃器にも変型する変身アイテムの疑似SF的な正当化の巧妙さ!


 とはいえ『トリガー』も、単に『ティガ』のリスペクトのようでも各要素を180度真逆にしただけだという、それはそれで芸のナイことをしているワケでも決してない。厳密には90度なり270度といった角度でヒネったアレンジにしてみせてもいるのだ。ソレが変身アイテムにいかにも玩具的なウルトラマンや怪獣の絵柄がプリントされた多数のカートリッジをハメることを、一応の『ティガ』的な『トリガー』世界の中で可能とするためのエクスキューズで擬似SF的な設定群のことである。
 ソレすなわち、ウルトラマントリガーに変身するためのアイテム自体は、劇中内でも超古代文明の遺物をモチーフにしたことが説明されている。しかし、ウルトラマンや怪獣の属性パワーを持ったカートリッジの方は遺物のレリーフだけでなく、地球怪獣や宇宙怪獣のデータなども基に怪獣攻撃隊の科学の力で製造したのだとするのだ!
 しかして、それだけだと怪獣攻撃隊にはヒーローの正体がバレていることにもなってしまう。『ウルトラマン』作品のみならず、邦洋も含めた変身ヒーローもの一般のアイデンティティだともいえる、一般人や怪獣攻撃隊がヒーローに安易に依存や依頼をしてこないようにするための作劇的直観的でもあった「ヒーローは正体を隠匿している」といったテーゼや「ヒーローの孤高さから来るヒロイズム」といった魅力には抵触してしまうことにもなるのだ。


 そこで『トリガー』が採った方策は……。劇中世界の大財閥の会長がその持てる資力と科学力で、内々に超古代文明由来の変身アイテムを製造したとする! そして、会長に養育されていた天才科学少年でもある隊員クンがあまたのカートリッジを製造したとする! そしてダメ押しで、主人公青年の秘めたる素質&運命を直観した会長が、#1中盤にて彼に変身アイテム&カートリッジを授与するのだ!
 つまりは、世人や怪獣攻撃隊の隊長や隊員たちは主人公青年がトリガーであることは知らない。しかし、会長と天才少年隊員クンだけはその正体を知っていて、そのサポートもすることで、「多数のサブアイテムを人間の科学技術での製造」としつつも「ヒーローの正体の隠匿」を両立させることが一応はできているのだ!


 ウルトラマントリガーのタイプチェンジにすら無関係な、怪獣属性のカートリッジの位置付けについてはドーするか? それについても、この変身アイテムを量産化した怪獣攻撃隊の一般装備(!)として、しかして変身には用いさせずに、銃型に変型させて怪獣カートリッジを差し込んだ銃器として使用することにしたのだ!


・古代怪獣ゴモラのカートリッジであれば、1966年の初代『ウルトラマン』初登場時の能力ではなく、はるか後年である2007年の『ウルトラギャラクシー大怪獣バトル』にて主役ヒーロー怪獣として登場したときの追加能力ではあるけれども「超振動波」を銃撃!
・宇宙怪獣エレキングのカートリッジであれば「電撃光線」を銃撃!
・宇宙恐竜ゼットンのカートリッジであれば「火球」を銃撃!
・潮吹き怪獣ガマクジラのカートリッジであれば「水流」を銃撃!


 こうすることによって、怪獣カートリッジの存在にも一応の理を持たせることができているのだ――まぁ本作にかぎった話ではないけど、近未来科学というよりかは遠未来科学、ほとんど魔法の域にも達しているのだが(笑)――。


 近年では仮面ライダーも主役ライダーは昭和以来の変身ベルトを常用するも、2号や3号ライダー以降の脇役ライダーたちは、あるいは戦隊ヒーローたちも、銃器にも変型が可能なプレイバリューのあるアイテムを変身道具として用いることが増えている。オトナや年長マニア目線で見れば非リアルでバカバカしいともいえる趣向なのだが、その価値観を背伸び盛りの小学校中高学年にはともかくメインターゲットである幼児層に適用してはゆめゆめならない。用意周到なマーケティング・リサーチや販売結果に伴なう幼児たちの趣味嗜好に応えたモノだからこそ、近年では変型ギミックが装備された変身アイテムが連発されているのであろうから。


前作ヒーロー&ライバルキャラもが同型変身アイテムを使用することで、商業性&SFドラマ性も両立!


 加えて、このカートリッジには前作ヒーロー・ウルトラマンゼットのタイプチェンジ各種までもが、あとで知ったことだが商品としてラインナップされていた(ナンでやねん!?・爆)。……そうか。それで本作『トリガー』でも早々にウルトラマンゼットが前後編で客演することにもなったのか!?(笑)
 もちろん近年のウルトラシリーズの中では子供間でも好評だった『ウルトラマンZ』人気にあやかった商品ラインナップであることは明白だ。このへんも玩具会社・バンダイ側の主導であって、コレによってウルトラマンゼットの客演を『トリガー』製作である円谷プロにも要求。今や円谷側のスタッフもそのへんでヘンに潔癖になって反発することなどもなく実にサバけたものである。
 科学少年隊員クンがウルトラマンゼットへの変身アイテムでもある故障したウルトラゼットライザーを解析して、ゼットのタイプチェンジ属性までをも秘めている各種カートリッジを製造! さらに、ゲストで登場した前作主人公・ハルキ青年もまた、トリガーへの変身アイテムの同型版を貸与どころか譲渡されて、それを使用してウルトラマンゼットへと変身! そして、その変身アイテムをもらって、『トリガー』世界の地球を去っていく!
 オオッ! なるほど! そう来たか! コレであれば、前作『Z』がスキでも『トリガー』はソレほどでもない……なぞという小ナマイキ、もとい気ムズカしいガキもゲットできて、彼らも本作の変身アイテムを購入して「変身ごっこ遊び」をしたくなるやもしれない!?


 かてて加えて、半年放映シリーズの折り返し地点でもある、2010年代のウルトラシリーズでは製作予算節減のための総集編回でありながら、単なる番外編ではなくメインストリームにも接点を持たせることが毎作恒例ともなっている#13(笑)では、本作のレギュラー悪でもある悪のウルトラマンこと「闇の3巨人」ともまた別の第3勢力として登場していた宇宙のお宝ハンター青年・イグニスが、ナースデッセイ号内にある科学少年隊員クンの研究室に無造作に置かれていた変身アイテムの製造途中の予備を失敬してしまう(汗)。
 その1話前の#12ラストでも、「闇の3巨人」とも別の「闇の巨人」であり、ウルトラマントリガーの3000万年前における姿でもあったトリガーダークをようやく撃破した際に爆発四散した残滓のエネルギーを、イグニスはその体内に吸収している光景が描かれた。今度はこのイグニスが予備の変身アイテムを使って新たなるトリガーダークへと変身して、トリガーに立ち向かってくるのだろう! たしかに強敵キャラクター・トリガーダークが2話ぽっきりしか登場しないのであれば、あまりにもモッタイないので、コレもまたカンゲイすべき趣向ではある!


――往年の『百獣戦隊ガオレンジャー』(01年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20011113/p1)でも、シリーズ途中で参加のスマートでカッコいい敵幹部・狼鬼(ロウキ)の中の人が改心して6人目の追加戦士・ガオシルバーへと転生を遂げている。しかし、狼鬼が退場したことで作品の活劇度・熱血度がややウスれてしまったのも事実だったので、個人的にはガオシルバーとはまた別に狼鬼は狼鬼として単独で残留思念が自我&実体を持ったことにでもして、シリーズを通じて今度はガオシルバーとの因縁・鏡像バトルを繰り広げてほしかったことのリベンジの実現がココに!?(笑)――


 玩具性のイイ意味での強調。しかして、理屈ヌキでのムリくりな割り込みでもなく、一応の児童レベルでの知的好奇心を惹起する擬似科学・擬似SF的なエクスキューズは付けることで、ウルトラマントリガーへの変身アイテムを使用したのにウルトラマンゼットへ変身できたことの説明&正当化までもができていたのだ。
 むろんヒーロー活劇とはヒーローが悪党をやっつける「肉体的カタルシス」を擬似体験することが主眼のジャンルではある。しかし、それと比すれば二次的なモノではあっても、こーいう虚構性や玩具性の高い要素にパズルのピースをハメるように擬似SF的な言い訳を付けることで、そしてソレがまたピタッとハマったときの一応の「知的カタルシス」もまた2番目として、幼児はともかく児童たちにはアピールするものでもあるだろう。だから、今後とも子供たちのジャンク知識収集癖、怪獣博士的な「知的快感」を惹起するためにも、このような趣向は大いに導入すべきだろう!――もちろん3番目としてならば濃厚な人間ドラマやテーマ主義作品もあってイイ――


――前作『ウルトラマンZ』でも宿敵キャラや第3勢力キャラが変身アイテムをコピーして怪獣に変身したり、近作『ウルトラマンR/B』でもヒーローが所有するのと同型の変身アイテムを使用してライバルキャラたちがダークヒーローや怪獣に変身している、やはり子供もマニアも喜びそうなカンゲイすべき趣向があったことを、ここでホメたたえてもおきたいが――


闇の3巨人の原典、映画『ウルトラマンティガ THE FINAL ODYSSEY』の当時におけるビミョーな評価(汗)


 話は戻るが、前作ヒーロー・ウルトラマンゼットとの早々の共演! このあたりもまた、「昭和ウルトラマン」の世界観とは決別して、執拗なまでに昭和のウルトラ兄弟とは共演させようとはしなかった『ウルトラマンティガ』とはやはり別モノの趣向であった――『ティガ』終盤における初代ウルトラマンとの客演編は、円谷プロ草創期を描くことを主眼とした番外編に過ぎないので正編とは云いがたい――。


 先に本作『トリガー』は、「昭和ウルトラ」世界の後日談でありつつもその作風や作劇自体は真逆であった『ウルトラマンメビウス』の方法論に近いと述べた。しかし、それもまた「ニア・イコール(近似値)」の意味ではあって、『メビウス』の手法とは「イコール」そのものでもなかった。
 つまり、フタを開けてみれば、「平成ウルトラ」や『ティガ』要素はさほどに強くなく、「昭和ウルトラ」世界出自のメトロン星人が怪獣攻撃隊の少年隊員として参画していたり、「昭和ウルトラ」世界出自の怪獣ギマイラまでもが早々に登場を果たしていたのだ。


 そして、「闇の3巨人」の存在である。ご承知の通り、この悪のウルトラマン3人衆は96年に放映が開始された原典『ティガ』に登場したキャラクターですらない。次作『ダイナ』も終了して2年ほどが経ってからの西暦2000年に公開された、『ティガ』と『ダイナ』の間の7年間の空白の時代を描いた映画『ウルトラマンティガ THE FINAL ODYSSEY』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19961209/p1)が初出である闇の3巨人をリメイクしたキャラクターなのである。


 当時を知らない年若い特撮マニア諸氏が、原典たるTV版『ティガ』とその後日談たる映画版『ティガ』をワンセットで同質なモノとして捉えて認識するのは仕方がないしムリからぬところもあるのだろう。しかし、当時の時代の空気を知っているロートル特撮オタクたちは覚えているハズだ。この映画版『ティガ』はその設定や内容が小出しに公表された時点で、そしてまた同作が公開後にも、特に熱烈なTV版『ティガ』ファンからは冷ややかな反応やプチ反発が上がっていたことを……。


 まず、TV版『ティガ』においてはカナリ不充分ではあっても終盤の#45「永遠の命」(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19961207/p1)にて、超古代文明が滅亡した理由が一応は明かされていた。そこでは超古代人類が快楽&怠惰に溺れたゆえに滅亡したとされたのだ。しかし、映画版『ティガ』ではその真相とはまったく直結してこないまるで別モノな設定、すなわち超古代文明を襲撃してきた超古代怪獣軍団を撃退した超古代ウルトラマン軍団の内部においても、闇に落ちた者がいて内紛劇が勃発したのだとされたのだ……。
 もちろんコレについても、知られざる秘史があったのだとして好意的に脳内解釈してあげることも可能だ。しかし、それはTV正編にもあった何らかの点描を後付けでも「伏線」として改めて見立て直すことによって、パズルのピースがピタリとハマった! というような「知的快感」などもまるでない、#45「永遠の命」で明かされた超古代人類が滅亡した一件よりも以前のことなのか? 以降のことなのか? それすらもが歴史年表的にも判然としてこない、ホントウにあまりにも取って付けた感が強くて、どころか不整合が生じたとすら感じられる描写であったあたりでプチ反発が広まったのだ。
 そして、『ティガ』世界におけるウルトラマンティガウルトラマンダイナといった、素体としては「光の巨人」としての属性しか持っていなかったハズである平成ウルトラマン像とも大幅にズレがあったことにも、当時のマニア諸氏は引っかかりを覚えていた。加えて、肝心のティガ自身も超古代においては「闇の巨人」であったという、やはりあまりにあんまりな追加設定にもプチ失望が広まった。
 コレはもう昭和の1970年代の「ウルトラ兄弟」の設定を「原点たる初代ウルトラマンウルトラセブンの神秘性を毀損するものだ」として、第1期ウルトラシリーズ至上主義者たちが批判していたことをも、はるかに超えてしまうくらいに振り幅がある平成ウルトラマン像の改変でもあったのだ(汗)。


 TV正編ではカルく一言で言及された程度で、詳細には説明されることがなかったが、超古代怪獣や宇宙人に襲撃されていた太古の地球における超古代文明を救った超古代のウルトラマンたちは、その後にその身体だけは巨石像として地球に残して、その本体である魂・精神・意識としての「光」は、「星の雲」という表現がなされた宇宙の彼方の星雲へと帰っていったとされていた――当時のマニア向け商業誌の各誌でも作品紹介的に説明されていた事項なので、TV正編での不明瞭な説明よりかは商業誌での説明のイメージが当時もう年長マニアであった世代人たちには強いかもしれない――。
 つまり、3000万年前のウルトラマンティガ自身の本体・意識はすでに宇宙の彼方へと去っており、その抜け殻であるティガの巨石像自体にティガ本人の意識はもうすでにないハズであるのだ。ティガという存在はある意味では巨大ロボットのようなモノであり、それに主人公青年たるダイゴ隊員が搭乗して操縦しているだけのモノであったハズなのだ。


 それが! 映画版『ティガ』における悪の女ウルトラマンことカミーラは、ティガをかつての恋人・ティガダーク本人だとして執拗にストーカーのようにして執着してみせる。……いや、現代のティガは抜け殻であって、その意識は現代人の主人公青年たるダイゴ隊員そのものなのであるから、そーいう不整合な描写はさすがにちょっと……(汗)。


 そーいう妄執的な恋情ドラマを展開するのだとしても、


①ティガ本来の本人である魂・意識でもある「光」がティガの身体に帰還してきて、無言でカミーラとも対峙なり拒絶(!)をしてみせる!
②カミーラは妄執で精神に異常を来しているので、ティガとダイゴが別人格であることがわからないほどに病んでいる!


などといったエクスキューズ描写が必要ではあっただろう――しかし、それであってもムリは生じてしまう。「闇の3巨人」自身も元は人間じみた卑小な感情からは解脱している「光の巨人」であったハズなのだ(多分)。実は太古において地球の超古代人類の人々と合体して、カミーラもティガダークもその人間の劣情や恋情によって悪影響を受けてしまったのだ! などといった、さらなる追加設定でもなければ言い訳がつかないモノなのだが、超古代のウルトラマンたちが人間と合体して地上に滞在していたというウラ設定もなかった以上は、この解釈もまたキビしいモノなのだ――


 そーいうワケで、清冽な雰囲気だったTV版『ティガ』正編とは空気感も含めてまるで別モノのややドロドロとしたものであり、超古代文明時代の歴史設定面では矛盾すらをも来たしてしまったビミョーなる評価を頂戴してしまったのが、当時の映画版『ティガ』であったのだ。
 なので、TV版『ティガ』と映画版『ティガ』をまとめて一枚岩のように『ティガ』的なるモノとして捉えている御仁も一部にはいるようだが、それもまた的ハズレではあるだろう。それは「平成ウルトラ」&「昭和ウルトラ」といった「東京」&「大阪」程度の相違でしかないモノを、地球の「北極」&「南極」や「極右」&「極左」のような二項対立・敵対図式で極端に捉えて、その片方を徹底的に撲滅せんとしてムダに戦いだしてしまうような(笑)、心理学でいうところの「認知の歪み」というモノだ。評論オタクを自認しないのだとしても未開の原始人ではないのだから、「昭和ウルトラ」・TV版『ティガ』・映画版『ティガ』といった3作品を直線上の両極端ではなく東京・名古屋・大阪の3地点に相当するモノとして測定したり、あるいは東経・北緯・西経・南緯のいずれの地点にマッピングするのが妥当であるのか? といったかたちで物事を認識できないようではマズいだろう(汗)。


 ただまぁ、映画版『ティガ』以前に、TV版『ティガ』単独だけで観た場合であっても問題がなくはなかった。そもそも超古代文明の実態やその滅亡の理由を小出しに明かしていくようなタテ糸・シリーズ構成が『ティガ』本編には存在しなかったからである。
 よって、#1で落下してきた隕石内から回収されて、超古代の巫女・ユザレからのメッセージを立体映像で投影する円錐型でハイテク金属製の「タイムカプセル」といったシリーズを通じたキーアイテムたりうる存在も忘れ去られて――マニア上がりの川崎郷太が脚本&監督を務めた#28「うたかたの…」(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19961204/p1)でだけ復習的に現物映像ヌキ(汗)でのセリフのみにて言及――、終盤では「タイムカプセル」もヌキにしてユザレの霊体だけが単独で出現してしまうなどで、統一感がないところもあったのだ。


原典たるTV版『ウルトラマンティガ』再論! 超古代怪獣と超古代文明は劇中で有効に活用されていたか!?


 四半世紀前に感じていた『ティガ』に対する少々の不満を愚痴ってみせるのも実に見苦しいことではあろうが(汗)、せっかくの機会なので少々語ってみせたい。『ティガ』において、作品の看板の一角を占めなければならなかったハズである「超古代怪獣」たちのことである。
 #1(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19961201/p1)では一挙に2種もが出現した「超古代怪獣」は、明らかにティガこと「光の巨人」像の破壊を意図的に目論んで日本に襲来していた。であれば、『ティガ』世界における「超古代怪獣」にカテゴライズされる怪獣たちは、通常の野良怪獣とは異なる独特の意図や特性を持った存在として描くべきであった。そして、#1以降も「超古代怪獣」種族を時折りは登場させて、それらには野良怪獣たちとは明瞭に異なる行動を取らせて、ネルフ本部の地下深くにある「リリス」を目指して襲撃してくる「使徒」怪獣よろしく、「タイムカプセル」や「光の巨人」目当てで防衛軍基地を目指して襲撃するパターンなどに統一する! そして、その行動パターンの徐々なる認知や「タイムカプセル」解読なども契機にして、「超古代文明」の実態や滅亡の真相も我らが「現代文明」が抱えている数々の難問との類似などでも風刺性を出しながら小出しにしていくべきだったのであり、そのようなストーリーであった方が『ティガ』という作品はもっと盛り上がったのではなかろうか?


 『ティガ』#23「恐竜たちの星」では、サイボーグとして改造された恐竜が登場した。太古の恐竜に対する人為的な改造の形跡! すわ3000万年前の超古代文明ネタとも関連させるエピソードが登場か!? と思いきや、かの超古代文明とはまったくの無縁の出来事として描かれてしまうどころか、たとえ結果的には無関係であっても、その可能性すら想起もされずに終わってしまうのだ……(遠い目・笑)。
 #23に先立つ#18「ゴルザの逆襲」では、#1で取り逃した超古代怪獣ゴルザが再登場を果たした回であった。が、ゴルザとの対決は同話でアッサリ決着してしまう……。ウ~ム。ゴルザを『ティガ』における特別格の怪獣扱いとして、このリベンジ戦でも「引き分け」で終わらせて、さらに幾度かの再戦を演じさせてあげてもよかったのではなかろうか? 2度目で決着が付いてしまうようではやや物足りないのだ。
――シリーズを通じて最低3度は対決してイイ勝負も演じてくれないと、強敵感なり好敵手感がイマイチ出せないという意味では、後年の『ウルトラマンメビウス』に登場した宇宙剣豪ザムシャー(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060928/p1)、あるいは『ティガ』以前に放映された『仮面ライダーブラックRX』(88年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20001016/p1)における前作『仮面ライダーブラック』(87年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20001015/p2)での悪の宿敵ライダー・シャドームーン復活編にも同じ問題点があるのだが(もちろん1回戦だけで終わってしまった場合と比すれば、2回戦でもやってくれた方がマシですよ。トリガーダークもコレに同じ)――


 そして、都合3種目の「超古代怪獣」が登場したのは、ズッとはるかに飛んでシリーズも3/4を消化してしまった#39「拝啓ウルトラマン様」に至ってのことだった。しかし、この回はゲストキャラによる人間ドラマ主導回であって、それはそれでイイとしても、そこに登場するのが「超古代怪獣」である必然性はない回であったのであり、その怪獣の特性や由来が主眼となることもなかったのであった(笑)。
 #44「影を継ぐもの」に登場した超古代狛犬怪獣ガーディーはいわゆる超古代怪獣ではなく、「光の巨人」に列する「光の巨犬」であろうからコレは除外とする――ティガやイーヴィルティガなどの巨人像とは異なり、巨犬像ことガーディーに超古代時代の意識が残っているあたりは設定的には不整合だが……カワイイから許す(笑)――。すると、あとは最終章3部作に登場した超古代尖兵怪獣ゾイガーのみとなる。そう、『ティガ』においては「超古代怪獣」というカテゴリーに当てはまる怪獣はたったの4種しか登場していなかったのだった(汗)。


 コレは次作『ダイナ』における#1~2のあとは第3クール後半にならないと登場しない「スフィア怪獣」や、「根源的破滅招来体怪獣」が結局あまり登場しない次々作『ガイア』にもいえる欠点である。むろんのこと全話に登場する全怪獣を「超古代怪獣」などに統一すべきだった! なぞという単調な主張をしているのではない。「魔王獣」というその作品独自の怪獣カテゴリーを登場させた『オーブ』や、宿敵が変身アイテムで怪獣に変身するのが基本であった『ルーブ』では、官僚主義的に硬直化したパターン化をさせずに時折りは野良怪獣も出現させていた。シリーズの「主敵」を異次元人ヤプールが繰り出す「超獣」としていた『ウルトラマンエース』における#7「怪獣対超獣対宇宙人」(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060618/p1)よろしく、ストーリーや登場怪獣のバリエーションにも変化を付けており、そういったパターン破り・柔軟さはむしろ子供の方こそ喜ぶようなモノだろう。
 しかし、シリーズの1/3くらいの話数は、その作品独自の「主敵」となるカテゴリーに含まれる怪獣を登場させることで、「超古代文明とは何か?」「人類の宇宙進出を妨害する銀球スフィアとは何か?」「根源的破滅招来体とは何か?」といった議題を小出しに並走させていくようなシリーズ構成にはなっていないことに対する批判は、特撮評論同人界などでは当時も少数ながらあったことは記録に残しておきたい。


 『ティガ』と同一世界の後日談作品である次作『ウルトラマンダイナ』でも、#10「禁断の地上絵」(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19971201/p1)では南米にある超古代文明遺跡ネタ、#14「月に眠る覇王」(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19971202/p1)でも月面上の超古代文明遺跡ネタが登場している。作品の世界観的にもソレらは前作『ティガ』に登場した3000万年前の超古代文明とも接点があるとして描いてあげた方が、当時の子供やマニア諸氏こそ狂喜したのではなかろうか?
 その意味で、地球ならぬ火星の大地にも3000万年前の超古代文明の遺跡があったとして描いた『トリガー』は、本来かくあるべき『ティガ』ならぬ『ダイナ』もココにある!(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19971204/p1) といった感もあるのだ(笑)。


――その伝で、本作『トリガー』では「超古代怪獣」ならぬ「~闇(やみ)怪獣」という、怪獣たちの「別名」によって本作独自の怪獣カテゴリーを作っているけど、シリーズも半分を消化した#13の時点で、原典『ティガ』とは異なりすでに4種もの「闇怪獣」が登場しているあたりもまた、児童レベルでの怪獣博士的な知的好奇心(笑)もくすぐってくるので好印象である――


 ……いやまぁ、超古代に飛来したウルトラマンたちが超古代怪獣&宇宙人の猛攻から辛うじて防衛を果たすも、甚大なる被害を受けた超古代文明は衰退していった……というような活劇チックでスケールのデカい真相が明かされるのかと思いきや、超古代怪獣や宇宙人の襲撃にはまったくふれずに、単に超古代の麻薬植物の快楽に溺れて超古代人類は自滅していった……なぞといった、TV版『ティガ』において明かされた真相もまたあまりに卑小で片手落ちに過ぎて、その時点ですでに落胆の念を覚えていたマニア諸氏もいたことも、歴史の片スミにひとつの証言として残させてもらいたい。


 そう。TV版『ティガ』本編にもその後日談たる映画版『ティガ』にも相応にスキや粗があるという評価は当時も少数ながらあるにはあったのだ。しかし、たしかに全員とはいわず当時の特撮マニアの大勢は、TV版『ティガ』本編については筆者が指摘してきたようなことどもは些事にすぎないとも見たようで、熱烈な絶賛を送っていたというのは事実ではある。
 けれど、映画版『ティガ』に対しては、酷評という域ではないにせよ冷ややかな評価を与えていたというのが、その当時にすでに子供ではなく成人マニアの年齢に達していたロートルな筆者による歴史証言となる。


『ティガ』の時代! 『激走戦隊カーレンジャー』『電磁戦隊メガレンジャー』『ビーファイターカブト』!


 付言させてもらえば、『ティガ』が放映された96~97年には、東映でもオタク第1世代が初めてメインプロデューサー&メインスタッフの中核を占めることができた時代で、東映の高寺成紀(たかてら・しげのり)プロデューサーによる『激走戦隊カーレンジャー』(96年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110521/p1)や、脚本家・荒川稔久(あらかわ・なるひさ)&小林靖子(こばやし・やすこ)も頭角を現してくる『電磁戦隊メガレンジャー』(97年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20111121/p1)、メタルヒーローシリーズでも『重甲ビーファイター』(95年)の続編『ビーファイターカブト』(96年)などが放映されていた。そして、CG・デジタル合成の投入も本格的に始まったことによる斬新な特撮映像、脇役やゲストキャラの再登場またはイレギュラーキャラ化、シリーズ前作の舞台設定をも包含した超古代(!)から続いているスケールの大きな因縁劇といった、タテ糸・連続ドラマ性なども『ティガ』以上に高い精度で達成されていた。
 当時の筆者個人の評価も、『ティガ』も悪くはないけど、それよりかは『カーレン』『メガレン』『BFカブト』の方が完成度は高いというモノであった。しかし、当時はまだまだ東映特撮は一切観賞しない東宝・円谷至上主義者が多数派の時代であったので、特撮評論同人界などではともかく商業誌レベルでは『ティガ』賛辞だけが幅を効かせており、『カーレン』『メガレン』『BFカブト』などの東映作品に対しては、論評・読者投稿などでも批評的・好意的な言辞が大々的に表明されることはなく、複雑な気持ちにさせられたモノであった。


 幾人かのゲストキャラが話数をまたいで再登場したことをもって、『ティガ』にはそれまでの日本特撮にはなかった「連続性」がある! なぞという論法も当時は流通していた。しかし、担当脚本家は異なっていても怪獣攻撃隊の隊長の幼い娘や(『帰ってきたウルトラマン』)、隊員の母君が(『ウルトラマンタロウ』)、話数をまたいで再登場する作劇などは、合体ロボットアニメの元祖『ゲッターロボ』(74年)なども含めて70年代前半からあった趣向ではあり、80年代にも『宇宙刑事シャリバン』(83年)やスーパー戦隊超電子バイオマン』(84年)に『電撃戦隊チェンジマン』(85年)といった作品群では、『ティガ』以上の連続大河ドラマをすでに達成すらしていた。
 その逆に、少数ながらいた『ティガ』批判派も絶賛派による論法自体をヘンに内面化して評価基準としてしまっており、「『ティガ』はハードでシリアスでリアルな作風だから子供向け作品としてはダメだ」とか「連続性があるから子供向け作品としてはダメだ」などという論陣なども張っていた――いやそんなに精巧な作りでもなく連続性にも欠如していた『ティガ』に対して、それもまた的ハズレな批判であるとしか思えなかったモノだけど――。
 そんな両極端な反応も見るにつけ、当時の「特撮評論」の未成熟、東宝&円谷と東映、60年代作品と70年代作品に対する論評の分断・亀裂を嘆いたモノである。……ひょっとすると、今でもあまり状況は変わっていないのかもしれないが(笑)。


ウルトラマントリガー』とは、本来かくあるべき『ウルトラマンティガ』だった!?


・火星にもあった超古代文明の遺跡や光の巨人像!
・昭和ウルトラ、もしくは平成ウルトラ3部作的な1話完結形式ではなく、キチンとしたタテ糸やシリーズ構成!
・ゲスト怪獣とは別のレギュラー悪の設定(悪の3大ウルトラマン!)
・レギュラー悪ともまた別の第3勢力キャラも配置!
・いかにも玩具的な変身サブアイテムや銃器を、劇中でムリなく登場させるためのエクスキューズ設定!
・タテ糸要素は映画版『ティガ』の反復だが、同作の弱点やツッコミどころに対する巧妙なるアレンジ!
・「超古代のティガダーク」と「現代人の主人公青年」とは別人だというある意味では致命的な弱点を、「超古代のトリガーダーク」の内面に生じた良心(魂)が輪廻転生した存在として「現代人の主人公青年」を設定したことでの回避!
・「超古代のトリガーダーク」の良心を呼び覚ました御仁自体が、超古代にタイムリープした「現代人の主人公青年」、つまりは「トリガーダークが転生した自分自身」だったとすることで、タイムパラドックスは発生せず、むしろタイムリープそれ自体が運命・必然だったようにも描いてみせるアクロバティックなSF作劇!


 筆者はある意味で、本来かくあるべきだった『ティガ』がここにある! という気もしているのだ(笑)


 いや、『ティガ』本編を否定したり傷つけたりもせず、オトナの態度でリメイクするのであれば、コレはもう原典ともパラレルワールドのかたちで接点を持たせた「後日談」であり「リメイク」でもあるとしてみせた『トリガー』の作り方には唸らせられるしかない。
 そして、単なるリメイクかと思わせてパラレルワールドな後日談でもあったという作りは、往年の名作深夜アニメ『ひぐらしのなく頃に』(06年)の完全リメイクかと思わせてパラレルワールドとしてのメタ後日談でもあり同作第5期(?)でもあった昨秋の深夜アニメ『ひぐらしのなく頃に 業』(20年)とも実は同じ作品構造になっているではないか!? ……と思ったら、同作も『トリガー』でメインライターを務めているハヤシナオキがシリーズ構成を務めていた(爆)。しかも、氏の正体は90年代末期~00年代にかけて「(美少女)泣きゲー(ム)」ジャンルを大いに勃興させた立役者のあの御仁であるらしい!?――「えいえんはあるよ。ここにあるよ」の作者さん!?――


――氏については『トリガー』のメイン監督も務める坂本カントクが招聘したそうだ。各種インタビューも閲覧するに、坂本カントクは自身の大好物だけを摂取している狭い御仁ではなく、アニメなどの隣接ジャンルのヒット作も意図的にお勉強として観賞するようにしているようだ。その万分の一にも満たない筆者ごときも、加齢に伴ないハシゴを徐々に外されていっている感があって(爆)、ある時期から意図的に隣接ジャンルも観賞するようにしているのだが、たしかにそこで得られた物の見方や批評尺度が、特撮作品批評のさらなる深掘りにも大いに重宝していたりもする――


 もちろん1996~97年時点における『ティガ』の視聴率・玩具売上高・マニア間での反響といった次元では、本作『トリガー』はそれらを超えることはできないであろう。しかし個人的には、純・作劇の技巧面だけで云ってしまえば、序盤こそ近作『ウルトラ』との比較でいえばややオトナしかったものの、本作『トリガー』はすでに原典『ティガ』を超えているどころかはるかに陵駕しているようにすら、少なくともシリーズの前半折り返し地点を終了した現段階では思うのだ。


『ティガ』をも超えて、星辰の世界で展開される『ウルトラギャラクシーファイト』ともリンケージ!


 そして、シリーズ後半戦の一発目となる#14は、予告編によるとナンと! 今や少数派の還暦前後の第1期ウルトラ世代などはともかくとしても、筆者なども含む現今の特撮マニア諸氏には熱烈なる賞賛を巻き起こしているネット配信作品『ウルトラギャラクシーファイト』シリーズ(19年~・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200110/p1)とも連動!
 同作における敵種族である黄金色の悪のヒーロー集団こと究極生命体=アブソリューティアンのひとりで、来年2022年に配信される同作の第3作目こと『ウルトラギャクシーファイト 運命の衝突』に登場することがすでに告知されていた、両耳から反り上がった猛牛のようなツノが生えているアブソリュートディアボロが先行して登場! 『トリガー』世界の地球に侵攻してきて、トリガーとも戦うというのだ!
 そして、その『ウルトラギャラクシーファイト』シリーズで大活躍している東南アジアのマレーシア向けの新ウルトラマンことウルトラマンリブットまでもが助っ人参戦! 映画『ウルトラマンゼロ THE MOVIE 決戦!ベリアル銀河帝国』(10年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20111204/p1)ではメインヒロイン・エメラナ姫を演じた今をときめく土屋太鳳(つちた・たお)ちゃんの弟で、近年の深夜アニメ『荒ぶる季節の乙女どもよ。』(19年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210411/p1)や『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』(20年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20150403/p1)に『さよなら私のクラマー』や『白い砂のアクアトープ』(共に21年)などではメイン格のレギュラー声優としてもその名をチョクチョクと見かける土屋神葉(つちや・しんば)クンが顔出し出演(!)して、リブットの人間態を演じるのだともいうのだ!


 こ、こ、こ、こんな個別単独の作品世界を越境して、並走して展開中のほかの現役シリーズとも関係性を持たせて、作品自体やシリーズ全体の世界観をもスケール雄大に拡大させてワクワクさせてくれるエピソードや特撮ジャンル作品を観られる日が現実に来ようとは!
 たしかにマニア諸氏も明瞭に言語化して意識できているかはともかくとしても、以前からぜひとも観てみたかった、各作が連結された作り方の趣向だけれども、まさかそれがよりにもよって、『ティガ』リスペクトを謳っている本作『トリガー』にて実現しようとは!


 本作『トリガー』はホントにどのへんが『ティガ』リスペクトなのであろうか? 『ティガ』リスペクトって営業的売り文句・タテマエでしかないのではなかろうか? カナリ突き放したクールな目線からの実にクレバーな再構築・プラス・アルファな作品だとしか思えないのだけれども(笑)。


 2020年代のウルトラシリーズのみならず日本の特撮ジャンルは、例えればアメコミ(アメリカンコミックス)ヒーローにおける、主役級のヒーローが個々に看板作品を持ちつつも巨悪に対しては結集して立ち向かう、マーベル社の映画『アベンジャーズ』(12年~・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190617/p1)やDC社の映画『ジャスティス・リーグ』(17年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20171125/p1)路線を目指すべきである!――DC社の悪党キャラが大集合してさらなる巨悪(笑)に立ち向かう映画『スーサイド・スクワッド』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160912/p1)などでも可―― それこそが「日本特撮の復興」もとい、さらなる「興隆」にもつながっていくのだ! といったことを微力ながらも主張していこうと考えていたのだが、現実の作品に先を越されてしまったではないか!?


――まぁ坂本カントクが関わった東映の新旧ヒーロー共演チーム名『スペース・スクワッド』(17年)は『スーサイド・スクワッド』(16年)、円谷の新旧ヒーロー共演チーム名「ウルトラ・リーグ」(20年)も『ジャスティス・リーグ』(17年)で、万人にミエミエのネーミングの引用だったけれどもネ(笑)――


 ホントは2010年代初頭に、歴代仮面ライダーと歴代スーパー戦隊を映画『仮面ライダー×スーパー戦隊 スーパーヒーロー大戦』(12年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20201115/p1)で共闘させて、その翌年には映画『宇宙刑事ギャバン THE MOVIE』(12年)において登場させた2代目宇宙刑事たち3人とも連結させるかたちで、映画『仮面ライダー×スーパー戦隊×宇宙刑事 スーパーヒーロー大戦Z(ゼット)』(13年)までをも実現させていた東映ヒーロー作品でこそ、『ライダー』『戦隊』各作のプロデューサーレベルではなく、その上位に立つ東映白倉伸一郎プロデューサーや塚田英明プロデューサーあたりがもっと計画的・総合的に仕切って『ライダー』『戦隊』各作の1クールに1回くらいは、70年代東映特撮におけるクールの変わり目にあったような再生怪人軍団が登場するイベント編の現代的アレンジとして2代目宇宙刑事が宇宙から、作品によっては並行宇宙を超えてくるかたちで客演!
 地球はライダーやスーパー戦隊が守っているが、宇宙では宇宙刑事たちがまた別の敵軍団とも戦っているのだ! などといった2層・3層・多層構造を持った数年長レベルでの「連続性」「シリーズ構成」によるヒキ・興味関心も作っていき、年1で公開される映画などではTVでも小出しに顔見せしていた巨悪の本格的な襲来に対して、すでに面識もあるライダー・戦隊・宇宙刑事たちが一致団結して立ち向かう! などといったフォーマットにして、大いに盛り上げてほしかったモノだったのだけど……。
――あまりにもその場かぎりで、先輩ヒーロー・リスペクトの欠如、TVとの連動性もないラフでテキトーな作りの東映ヒーロー大集合映画や、それとも真逆なヒーロー大集合要素がない映画『仮面ライダー1号』(16年)のような作品が無計画に乱発されたこともあってか、夏休み映画と正月映画はともかく、毎年春休み~ゴールデンウィークの時期に公開されていた白倉プロデュースのライダー×戦隊のヒーロー大集合映画路線だけは興行収入激減の末に消滅してしまったのはご承知の通りである(涙)――


 ここ10年ほど、2010年代のウルトラシリーズにおける中盤の総集編回の脚本を担当し、マニア諸氏も絶賛してきた『ウルトラゼロファイト』(12年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200314/p1)・『ウルトラファイトビクトリー』(15年)・『ウルトラファイトオーブ』(17年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20170603/p1)・『ウルトラギャラクシーファイト』シリーズ(19年~)や、『ウルトラマンタイガ』(19年)以降にTV本編と連動して無料動画配信サイト・YouTubeにて配信されるようになった、ウルトラシリーズ最新作をウルトラ一族の側から見たウラ側や番外編に前日談などを描いた「ボイスドラマ」でも脚本を担当している足木淳一郎。
 本作『トリガー』では先のハヤシナオキと連名で、ついに「シリーズ構成」の役職にまで昇格している。経歴を調べてみると82年生まれの円谷プロ所属で、毎年の年末年始に開催される「ウルトラヒーローズEXPO(エキスポ)」内にて上演されているTV正編の「前日談」や「後日談」に「秘史」といった位置付けのアトラクショーを「脚本」のみならず、その「演出」までをも手掛けているそうだ!――アトラクでの「前日談」や「後日談」なども明らかな矛盾が発生しないものはすべて、先の『ウルトラギャラクシーファイト』では正史として全肯定されて劇中のセリフでもその旨が言及されているそうナ――。よって、我々モノ書きオタクのような単なる文弱の輩(汗)とは異なり、ヒトさまにも号令できるコミュ力・胆力・交渉力などもあるのだろう。
 この世は結局は社風などではなく個人としての人間力・人格力がモノを云う。そうであれば、氏は今後は円谷プロ社内でもお偉いさんなりプロデューサー職などにも出世ができそうである。当時の現役ウルトラマンであったU40出身のウルトラマンタイタスやO50出身のウルトラマンフーマとは同族の先輩であるのに、世代人のみならず子供たちでも喜びそうなU40出身のウルトラマンジョーニアスやO50出身のウルトラマンルーブたちといった先輩戦士たちが助っ人参戦するイベント編が存在しなかった! などという『ウルトラマンタイガ』のような、いささかサービス精神には欠ける愚劣な作りの新作などは今度こそは回避して(笑)――同作をその一点をもって全否定をしているワケではないので念のため――、TVシリーズをネット配信作品やアトラクショーともどもヒーロー競演の『アベンジャーズ』的に連動させて盛り上げていくような作品を作っていくだけの才覚や手腕についても期待が持てそうだ。


 『ウルトラマン』TV最新作と続行中のネット配信作品『ウルトラギャラクシーファイト』とのあまりに理想的なスケール感もあふれるワクワクとさせる連動! ソコにこそ2020年代のウルトラの鉱脈があるようにも思うのだ。ウルトラシリーズの物語・人気・商業性のさらなる拡大と発展を祈念して、コレからもオタクの世界の片スミでひっそりと提言&論評をさせていただきたい。


(了)
(初出・当該ブログ記事)


ウルトラマントリガー』前半評2 『ティガ』回顧&『トリガー』#1~7評!

(文・中村達彦)

ウルトラマントリガー NEW GENERATION TIGA』視聴前の感慨 ~『ウルトラマンティガ』の時代

(2021年6月19日脱稿)


 2021年7月10日(土)、新しいウルトラマンストーリー、『ウルトラマントリガー』の物語が始まるという。1996年に放送された『ウルトラマンティガ』の続編なのか、スパークレンス(変身アイテム)やGUTS(ガッツ・防衛隊)やアートデッセイ号(戦闘母艦)など、『ウルトラマンティガ』から引用したネーミングの設定が公表されている。
 新しいウルトラマンのデザインとタイプチェンジの名前や色彩も、紫・赤・銀色のマルチタイプをはじめ、紫と銀色のスカイタイプ、赤と銀色のパワータイプとウルトラマンティガのデザイン・タイプチェンジ名を踏襲している。強いて言うなら胸部のアーマーのラインに金の模様が施されているのが大きな違いだ。
 『ティガ』の世界の未来ということだと、『ティガ』の次作『ウルトラマンダイナ』(1997年)の続きの時代ということにもなるのだが。


 前作『ウルトラマンZ(ゼット)』(2020年)に続いて坂本浩一監督らが今度はメインスタッフとして参加し、防衛チーム・GUTS-SELECT(ガッツ・セレクト)が活躍するとか、昭和ウルトラシリーズに登場したメトロン星人が隊員で加わるとか、『ウルトラセブン』(1967年)第11話に登場した悪の竜型メカこと宇宙竜ナースと『ティガ』の防衛隊の母艦アートデッセイ号を意識した巨大戦闘艇・ナースデッセイ号が登場するとの情報も伝えられてくる。
(かつては悪役として登場したメトロン星人だが、『ウルトラマンX(エックス)』(2015年)のファントン星人グルマン博士、『ウルトラマンジード』(2017年)のペガッサ星人ベガなど、近年のウルトラシリーズでも主人公をサポートしたり防衛隊の隊員となったレギュラー宇宙人は存在しており、このメトロン星人も同族別個体で、2014年の『ウルトラマンギンガS』では美少女アイドルの追っかけ(笑)をやっていたメトロン星人ジェイスが描かれている)


 それらを見聞きして「『ティガ』とはちょっと違うな」とも思う。『ウルトラマンティガ』にはそれまでのウルトラシリーズとは刷新された世界観でオリジナルの怪獣だけが登場する作品だった。それに今の時代に新しい『ウルトラマン』を作るにしても、前作『ウルトラマンZ』のような豪快なストーリーを想像していたのだが……。



 25年前に、『ウルトラマン80(エイティ)』(1980年)以来15年ぶりのTVで放映される新作『ウルトラマンティガ』がスタートすると聞いた時(その1996年は初代『ウルトラマン』誕生の30年周年でもあった)、筆者は半信半疑ではっきり言って期待していなかった。それまでにも新作『ウルトラマン』が作られるという話はあったが実現せず、1990年・93年に海外との合作で作られたビデオ作品の『ウルトラマングレート』や『ウルトラマンパワード』も個人的には面白くなかったからだ。
 この90年代前中盤当時でも、初期ウルトラシリーズの脚本家を論評した名著『怪獣使いと少年』(JICC出版局(現・宝島社)・93年・切通理作ISBN:4796606718)や、歴代ウルトラシリーズを等しく再評価した『ウルトラマン99の謎』(二見文庫・93年・青柳宇井郎・赤星政尚・ISBN:4576931180)などで、かつてのウルトラシリーズの面白さを再認識させられ、新作『ウルトラマン』を観たいという気持ちもあったのだが。


 1995年初夏には新作『ウルトラマンネオス』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210530/p1)の制作が進んでいるという発表が商業誌などでなされた。しかし当時、特撮ファンの心は3月に公開された平成『ガメラ』や10月からスタートした巨大ロボットアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(共に1995年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110827/p1)に行っており、新作『ウルトラマン』がTVでスタートすると聞いても「何を今さら」「どうせ路線変更とか打ち切りになるんだろう」と当時は思っていたのだ。


 翌1996年初夏。新作『ウルトラマン』は先の『ネオス』95年版とは異なり、ウルトラ一族の故郷・光の国やウルトラ兄弟が出てこないファーストコンタクトの話になることや、ティガという名前になることが公表された。しかし、ウルトラマンが用途に応じて色が変わること、ジャニーズのアイドルグループ・V6(ブイシックス)が主題歌を歌い、V6のメンバーの一人が主演すると聞いて、期待できない気持ちの方が後押しされた。


 それでも96年9月にスタートした第1話の土曜夕方6時からの本放映はリアルタイムでTVの前で視聴した。何だかんだで捨てきれない。心のどこかで子供の頃に見た初代『ウルトラマン』(1966年)や『ウルトラセブン』(1967年)の疑似SF的な面白さをまた見せてもらえるかもと思っていたからだ。
 超古代の巨大石像から目覚めるウルトラマンティガ。だが、久しぶりに観たウルトラマンストーリーの第1話は世界観やストーリーが説明不足でやはり期待外れだった。私事で恐縮だが翌日、都内で開催されたSFサークルの例会で、筆者を含めゴジラウルトラシリーズで産湯をつかって大人になってもそれらを横目で見てきたはずの誰もが『ティガ』について議題にしなかった。1時間経っても話が出ないから、サークル年長者のS氏が「どうして誰も『ウルトラマンティガ』の話をしないのかなー?」と話題を振っていた思い出がある。


 続いて第2話を観たが、第1話で出現した怪獣に備えるため武装が施されるようになる飛行メカ・ガッツウイングや、ティガに変身できる力に当惑する主人公・ダイゴ隊員の姿などが丁寧に描かれていた。
 次の第3話では、ティガが人類の味方か確言できない状況で「人類の味方だ」と言い切る、ウルトラシリーズ初の女性隊長イルマらの活躍が描かれる。
 またティガよりも優位な立場を主張する、ティガよりも太古から地球に先住していたらしい宇宙人・キリエル人(びと)が登場することで、ヒーローの正義がやや相対化される伝奇SF性が強調されていて、夜景のビル街でのキリエル人が変身巨大化した白黒モノトーンのキリエロイドとティガとのスマートな人間体型のキャラクター同士が敵味方で戦いあうさまが、この回から『ウルトラマンレオ』(1974年)でレオのスーツアクターを務めた二家本辰巳(にかもと・たつみ)がアクション監督に入ったこともあってか独特でカッコよかった。まさしく「こんなウルトラマンが観たかった!」が実現されたのだ。


(ちなみにイルマ隊長役の高樹澪(たかぎ・みお)は、1982年から数年間、NHK教育テレビで放送された土曜深夜の若者向け番組『YOU』に司会者のひとりとして出演していたことでも世代人には有名。同じくその番組の司会者であった河合美智子は、『ウルトラマンティガ』と同時期にスタートしたNHK朝の連続テレビ小説ふたりっ子』(1996年)にオーロラ輝子(てるこ)役で出演してブレイクしている)


 主人公ダイゴ役・長野博(ながの・ひろし)はV6での芸能活動のため、『ウルトラマンティガ』の序盤では出番が非常に少なかったが、その分イルマをはじめGUTSの隊員たちのドラマや世界観が深く掘り下げられた。ところどころで「?」の描写もあったが、回を重ねるごとにだんだんと面白くなっていった。
 スタッフは70年代からウルトラシリーズに関わった人から90年代に円谷プロ作品に参加した人まで玉石混交。『ウルトラマングレート』の企画や脚本に関わり、アメリカの作家・ラブクラフトが考案して後代のあまたのジャンル作品にも引用され続けている架空の体系・クトゥルフ神話やホラー・SFなどにもくわしい脚本家・小中千昭(こなか・ちあき)、独特の凝った映像センスを持っていてアメリカ留学の経験を持つ川崎郷太(かわさき・きょうた)監督などの名を意識するようになっていった。
 筆者は当時、先述したS氏とよく『ウルトラマンティガ』の話をしていたが、#22の脚本を執筆した人物にも注目した。その話では有名モダンホラー作家スティーブン・キングの作品を下敷きにしており、脇役メカや以前のエピソードのキャラクターの再使用、人間の闇や光をテーマにしていた。その脚本を執筆したのは長谷川圭一(はせがわ・けいいち)。#22のあとも『ティガ』で脚本を書き続けた。『ティガ』の撮影現場の美術班・装飾出身で、特撮やアニメのファンでもあるオタク上がりであった。脚本を執筆して円谷プロにも持ち込みを続けたが、撮影現場に新しい『ウルトラマン』の方向性を訴え、影のプロデューサーとも称されていたという。長谷川は以後も長く平成ウルトラシリーズを支え、TVアニメや平成仮面ライダーシリーズの脚本も手がけるようになる。


 97年2月、『ウルトラマンティガ』は半年ではなく1年間の放送となることが明らかになり、筆者は作品にいよいよハマった。いつしかV6の主題歌『TAKE ME HIGHER』も口ずさむようになっていた。
 その頃に放映されたシリーズの折り返し地点である#25は、半年で放映が終了すれば最終回になるエピソードであったと数年後の書籍で明かされているが、#3に登場したキリエロイドとの再対決の話となった。夜の都市でキリエロイドに苦戦するティガ。イルマ隊長は通信回線を開いて市民にティガに光を与えるように協力を呼びかける。人々からの電灯や乗用車のランプや懐中電灯などの光のエネルギーを得て復活、勝利を果たしたティガ。それをたたえる人々。
 同年3月、映画で『ウルトラマンゼアス2 超人大戦・光と影』が上映された。劇中ラスト、ゼアスと親しくなった少年や市民がゼアスに声援を送り、奮起したゼアスが勝利する。その時、『帰ってきたウルトラマン』(1971年)でウルトラマンこと郷秀樹(ごう・ひでき)隊員を演じた団次朗(だん・じろう)演じるニュースキャスターが「ウルトラマンが帰ってきました!」と言う台詞があったが、筆者は『ティガ』のことも指しているように思われた。


(ちなみに『ティガ』#25の脚本を執筆した小中千昭と、『ウルトラマンゼアス2』の小中和哉(こなか・かずや)監督は兄と弟で実の兄弟である。兄はシャープでクールなハイセンス志向、弟はマイルドで子役重視や美少女アイドル志向で、両者の芸風は真逆だった)


 『ティガ』のシリーズ後半では、昭和ウルトラでは考えられなかったアイデアが次々に映像化された。かつて初期ウルトラシリーズに参加した実相寺昭雄監督や脚本家・上原正三が参加したことも話題になった。そして、ティガを巡る様々な人々の思惑も映像化されて、過去のシリーズに劣らぬドラマを見せてくれた。
 ダイゴの同僚ヒロイン・レナ隊員とのドラマも、『ウルトラセブン』のダン隊員とアンヌ隊員を彷彿とさせるように描かれた。2人は序盤から友人であったが、ストーリーを重ねるごとに仲が進展していき、最終章3部作の1本目である第50話(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19961207/p1)では、空飛ぶ怪獣ゾイガーを追跡しながらレナはダイゴがティガであることを知っていることを打ち明ける姿も、屈指の名シーンであった。


 最終回も実写ウルトラシリーズで初めての3話構成となり、強敵怪獣ゾイガーとラスボス怪獣ガダノゾーアのために地球規模での大ピンチとなり、ティガも敗北して一度は石像と化す。GUTSをはじめ、今までティガに関わったゲストキャラたちが集まってティガを復活させようとするが、あと一歩で失敗。だが、その様子をTV中継で見守っていた世界中の子供たちの光でティガは復活、ガタノゾーアを打ち破る。
 当時、この終わらせ方にマニア間では賛辞とともに批判の声も相応にあった(批判の筆頭が怪獣絵師こと開田祐治画伯だ)。子供たちの力で復活させるより、頑張った大人たちの活躍でティガが復活するのが正しいのではというものだ。筆者個人は当時、子供たちによる復活でも良いと思った。しかし、何年かしてから大人たちの作戦による復活の方が良かったかもと考え直している(そういえば、昨2020年の『ウルトラマンZ』最終回(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210905/p1)でのハルキとヨウコの空中での自由落下中のドラマ会話とウルトラマンZへの変身シーンも、観ている最中はカッコ良かったが、あとで考えてみるとおかしいところが幾つもあった)。


 『ウルトラマンティガ』は1年の放送をまっとうした。視聴率は2桁に行かず、キャラクター商品も思ったほどには売れず、予算はオーバーしがちであったが、路線変更もなく、『ウルトラマン』や『ウルトラセブン』の香りがするSFドラマを見せてくれた。翌年の日本SF大会では星雲賞を受賞した(実は受賞自体やそのSFドラマの内実のSF性に対して整然と厳しい批判を唱えた人たちもいるにはいたのだが)。


 後年の小中千昭による脚本集『光を継ぐために ウルトラマンティガ』(洋泉社・2015年・ISBN:4800305896)や、自作を小説化した『ウルトラマンティガ 輝けるものたちヘ』(早川書房・2019年・ISBN:4152098686)もお薦めしたい。
 『ウルトラマンティガ』終了後、続編『ウルトラマンダイナ』が作られた。平成ウルトラシリーズは当時の特撮再ブームの一翼を担ったことは明らかである。2000年には平成ライダー第1作『仮面ライダークウガ』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20001111/p1)が放送されたが、超古代の遺跡から超人ヒーローが誕生するなど『ウルトラマンティガ』とも相通じている。


 V6解散のニュースも伝わる中、新たなるウルトラマンの物語のスタートが迫ってきている。『ウルトラマンティガ』同様の秀作となるかどうかだが、『ウルトラマントリガー』の物語をまずは観てみたい。


ウルトラマントリガー NEW GENERATION TIGA』#1~3 『ウルトラマンティガ』とも異なるストーリー展開。

(2021年8月14日脱稿)

1話「光を繋ぐもの」


 スタートした『ウルトラマントリガー』。その第1話「光を繋ぐもの」は、本作がオマージュを公言している『ウルトラマンティガ』(1996年)ではなく、その次作『ウルトラマンダイナ』(1997年)第1話がそうであったことを意識したのか火星を舞台にして始まる(『ダイナ』終盤でもティガことダイゴ隊員は火星に移住して植物を育てていることが明かされていた)。
 脚本は本作がウルトラシリーズ初参加でメインライターを務めるハヤシナオキ、監督は2009年からウルトラシリーズに参加し、本作には企画段階から関わった坂本浩一


 宇宙で長い眠りから目覚めた悪の女ウルトラマンである妖麗戦士カルミラ。かつて自分と戦ったウルトラマントリガーを求めて火星へと飛来。
 その火星は植民都市が建設され、若き植物学者マナカ・ケンゴが重金属成分の多い火星の土に合った花を育てるのに余念がなかった。彼は謎の巫女や巨人が現われる夢に悩まされていたが、良質の土を求めて超古代文明の遺跡がある場所へ向かった。


 奇しくもTPU(地球平和同盟)総監シズマ・ミツクニやケンゴの母親らも遺跡を訪れており、そこへ超古代闇怪獣ゴルバーが出現。攻撃を受けた際にケンゴはシールドを発生させて落石から自身を守る。その姿をシズマに見られて彼に自らの夢を語ったことから、アイテム・GUTSスパークレンスを託される。ケンゴは遺跡の下層に降りると、夢の中で見た巨人・ウルトラマンの石像があった。続いて人間サイズのカルミラが現われ、謎の巫女・ユザレも出現。
 ケンゴはカルミラの攻撃に晒されながら、脳裏に浮かんだイメージに導かれ、GUTSスパークレンスで巨人の石像と合体してウルトラマントリガーに変身!
 地上へと飛び出し、怪獣ゴルバーとカルミラに2対1で羽交い絞めにされるも、遺跡にあった巨大な剣・サークルアームズでゴルバーを倒して勝利する。戦いを終えたケンゴはシズマと共に地球へ行くことになった。



 第1話では火星に植民都市があると描写されて、人工雨を降らせるアナウンスが流れる。その人工雨は第1話後半のトリガーとカルミラの巨大超人同士の戦いでも降っていて、物語が「未来社会」であることを示しつつ、戦いを泥だらけで繰り広げることでの特別感もある特撮演出としても有効に機能していた。前作『ウルトラマンZ』(2020年)第1話(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200723/p1)でも、「巨大怪獣が以前から存在していた作品世界」を示すものとして、人々の携帯に一斉に「怪獣襲来」を報せる警報が鳴り響くシーンがあったが、『トリガー』でも第2話以降も「人類が火星にまで進出した未来社会」であることを示すようなSF的な台詞やシーンもあってほしい。
 地面に置いて上方を見上げるように広角で撮影できる超小型カメラの登場もあって、坂本監督は特撮アクションでもいろいろな角度から撮影している。CG合成で撮影スタジオの天井も大空に変えて、ミニチュアのビルもデジタル合成で大幅に数を増やしてカメラ手前を高速でヨコ移動させることで、スピード感と戦場の広大感を両立させており、長く特撮ヒーローアクションものを手がけてきた経験を活かしている。
 6年前に地球は怪獣に初めて襲われ、それに対抗するために対怪獣部隊・GUTS-SELECT(ガッツ・セレクト)が組織されたと説明されている。6年前に怪獣に襲われて『ティガ』の防衛隊・GUTSが設立されたというのならばまだわかるのだが、GUTSならぬGUTS-SELECTが設立されたとはどういうことなのか? この世界にGUTSは存在しなかったのか? それにしてはシズマ総監はウルトラマントリガーとウルトラマンティガとの姿の酷似の旨を口にしている。これはスタッフの単なるケアレスミスによるチョンボなのか? あるいは何らかのSF的な伏線なのか?
 作品の世界観を見せると共に、主人公以外のレギュラーの主要人物たちの性格も見せなければならないのが、連続TVドラマの第1話というものだが、この第1話は詰め込みすぎな感がある。


 主人公・ケンゴは「スマイル、スマイル」を口癖に、皆を笑顔にしたいという気持ちも語られた。その仕草やひたすら前向きで楽天的な気持ちは、近年のジャンル作品ではよくあるものであり、少年漫画も含めれば昔からあったものだが、前向きになれない我々オタクのような陰気な性格類型の人間や子供たちにとっては、押し付けっぽく感じられて苦手だったり反発を生むかも?(汗)


 シズマ役には俳優歴40年になり、往年の1984年版『ゴジラ』にも主要人物として出演し、近年では深夜ドラマ『勇者ヨシヒコ』(2011年~)シリーズのダンジョー役でも知られる宅麻伸(たくま・しん)。
 会ったばかりのケンゴにGUTSスパークレンスを渡すのは早すぎるとも思うが、ウルトラマンティガについて知っているなど謎が多い人物。謎はこれから明かされるのだろうか? 物穏やかな様子だが、怪獣メルバーに対してGUTSスパークレンスを銃器に変型させて戦う、いざとなれば勇敢な方である。しかしGUTSスパークレンスを変身アイテムでなく防衛隊の銃器としても使うとは。


 ケンゴの母・レイナ。演じる横山めぐみは大正時代の菊池寛の人気小説の映像化である大ヒット昼ドラ(マ)『真珠夫人』(2002年)の主人公役が有名だが、彼女も超古代文明の遺跡の発見者であり、ケンゴやシズマと交わす台詞でも何か秘密を匂わせているような……。


 悪の女ウルトラマンであるカルミラも、レギュラーとして今後もトリガーの敵役として立ち塞がる。このキャラクターは、『ティガ』と『ダイナ』の間の時代をあとから描いた映画『ウルトラマンティガ THE FINAL ODYSSEY』(2000年)における超古代の闇の3巨人のひとりであるカミーラのリメイクキャラであるが、これからトリガーとの超古代における因縁も描かれるのであろう。カルミラの声を演じる上坂すみれは声優歴がもう10年近くになり、大学のオタクサークルを描いた深夜アニメ『げんしけん二代目』(2013年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160623/p1)では声の出演とともに主題歌を担当したり、女児向けアニメ『プリキュア』シリーズ(2004年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20040406/p1)でも『スター☆トゥインクル プリキュア』(2019年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20191107/p1)で追加戦士・キュアコスモなども演じた人気声優。色っぽさと悪っぽさを出している(上坂は自身が演じた役を「さん付け」しているが、カルミラさんと呼んでいるのだろうか?)。


 今回登場した怪獣ゴルバーは『ティガ』第1話に登場した超古代怪獣ゴルザと超古代怪獣メルバの2体を掛け合わせた新怪獣だが、最初にオエライさんとはいえ人間に過ぎないミツクニに撃退されたり、トリガーとの再戦ではカルミラのキャラを立てるためだろうが、カルミラに盾にされてトリガーに倒されるなどパッとしないのは残念。


第2話「未来への飛翔」


 いつものアバンタイトルなしにOP(オープニング)から主題歌「Trigger」でスタート。ケンゴを含む隊員たちがパンチの強い主題歌に合わせて並列して歩いてくるシーンは、往年の人気刑事ドラマ『Gメン75』(1975年)などのOP映像を彷彿させる。


 冒頭、火星や母と離れてシズマと地球へ来たケンゴ。自らも入隊するGUTS-SELECTの面々に引き合わされる。
 隊長のタツミセイヤ、空飛ぶ母艦ナースデッセイ号のパイロット・サクマテッシン、無線戦闘機の女性パイロット・ナナセヒマリ、技術オペレーターのメトロン星人マルゥル、そしてシズマの娘であるユナ、技術開発担当のヒジリアキト。
 ユナのルックスに夢で見た巫女・ユザレをダブらせるケンゴ。そんなユナへの態度を苦々しく見つめ、彼を「ウザい」と言い放つアキト青年。


 そこに巨大怪獣が出現。暴れ回る吸血怪獣ギマイラ。ケンゴ・アキト・ユナは空中母艦ナースデッセイ号から地上に降りて市民の避難誘導を、ヒマリはナースデッセイ下部に吊るしてある飛行メカ・GUTSファルコンを遠隔操作して、ギマイラを迎撃する。
 ケンゴは隙を見て、GUTSスパークレンスでトリガーに変身! ゼベリオン光線でギマイラを仕留めるが、その後にカルミラ同様の闇の巨人である剛力闘士ダーゴンの攻撃を受けて敗北してしまう。
 トリガーから人間の姿に戻ったケンゴを叱責するアキト。実は彼がGUTSスパークレンスを造ったのであり、ケンゴがウルトラマントリガーであることも知っていたのだ。幼い頃にアキトを引き取り育てたシズマは、アキトにケンゴの力になってやってくれと頼む。


 その夜、ダーゴンとの再戦に挑もうとするケンゴに、GUTSスパークレンスの底の部分に挿入するGUTSハイパーキーを渡すアキト。その力でウルトラマントリガーは赤いパワータイプにタイプチェンジ! 力vs力! 戦いは街、水中と転じていくが、トリガーが持つ大型武器・サークルアームズはカギ爪に変化してダーゴンを締めあげる。爆発の中に消えていくダーゴン。
 戦いが終わったあと、大空へ飛び立っていくナースデッセイ号、そしてそれを見上げている謎の男……。



 第1話同様、脚本はハヤシナオキ、監督は坂本浩一。GUTS-SELECTの隊員たちの面々、それぞれの個性が描かれていた。
 GUTS-SELECTのメカの開発にあたっては天才的な才能を持つも、ユナやトリガーを巡ってはケンゴに敵愾心を持ってしまう精神年齢は10代後半の年齢相応であるアキト。第2話のラストではケンゴに笑みで応え、以後も彼には親しい同僚として接しているが、「自分はウルトラマンになれない」「何でケンゴが?」といった気持ちから、シリーズ途中で敵対したりするのだろうか? 地上ではギマイラをGUTSスパークレンスを銃形態に変型させて攻撃する勇敢な姿を見せているが。
(その姿や性格に立ち位置は、『ウルトラマンギンガ』(2013年)のライバル青年・一条寺友也(いちじょうじ・ともや)も彷彿とさせる。そういえばダーゴンも、友也が操縦していた巨大ロボット・ジャンナインに似ているような……)


 ヒロイン・ユナ隊員を巫女・ユザレとダブらせるケンゴだが、ユザレの髪や瞳の色は白なので、同じ役者が演じているとはいえ、いささか強引には思える。


 ヒマリ隊員はふだんは口数が少ないクールな女性だが、GUTSファルコンを操縦する時は性格が変わってしまう変わり種。
 初対面でケンゴに可愛いと言われてしまうメトロン星人の少年隊員であるマルゥル(声はM・A・O(マオ)こと市道真央。『海賊戦隊ゴーカイジャー』(2011年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20111107/p1)のゴーカイイエロー(顔出し)や、『宇宙戦隊キュウレンジャー』(2017年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20180310/p1)のワシピンク(声のみ)でおなじみ)。
 体を鍛えることを好むテッシン隊員。
 ヒマリやテッシンを演じる俳優さんは、以前にもウルトラシリーズにゲスト出演したことがある人たちである。


 そして、闇の巨人・ダーゴン。カルミラに逆さまの姿で眠っていたのを目覚めさせられたが、3000万年からずっとその逆さまの姿でいたのだろうか?(笑)


 ケンゴは火星から地球へ来た時、重力や大気が違うはずだが何ともなかったのか? それとも火星はテラフォーミング(人工的な地球化)や人工重力などで、地球と同じ大気組成や重力になっていたのか?
 ケンゴが火星で育てていた花・ルルイエも地球の日本上空で浮遊しているナースデッセイ号の艦内にまで持ってきている。このルルイエもまた映画『ウルトラマンティガ THE FINAL ODYSSEY』に登場した超古代文明の遺跡の名前であり、クトゥルフ神話を引用したホラーSF小説群や日本の漫画アニメなどにも登場する超古代都市の名前でもある。このルルイエも今後の伏線や最終展開での重要アイテムとなるのだろう。


 今までは有人飛行であったウルトラシリーズの飛行メカも、人力による遠隔操作で操られているとはいえナンと無人戦闘機であり、時代の流れを感じさせる。GUTSファルコンが任務を終えて帰還・収容されるシーンはこれまでのウルトラシリーズの防衛メカ同様、描かれていないのが残念(ウルトラマンが人間に逆変身するなど、そういうものこそ子供もマニアたちも見たがるシーンだと思うのだが)。GUTSファルコン発進時、BGMで昭和の第2期ウルトラシリーズのようなワンダバマーチが流れたのもカッコよかった。


 今回のゲスト怪獣ギマイラは、『ウルトラマン80』(1980年)や『ウルトラマンタイガ』(2019年)に登場した時には強敵怪獣だったが、悪のレギュラーキャラとなるダーゴンを立てるためとはいえ、ゴルバー同様にあっさりやられてダーゴンの引き立て役になったのは惜しい。


第3話「超古代の光と闇」


 ユナはケンゴの教育係になる。GUTS-SELECT隊員であると同時に高校へも通っているユナ。その着替えを取りにシズマ邸に降りてケンゴとアキトも同行するが、ユナをねらう謎の青年の出迎えを受ける。
 空中母艦ナースデッセイ号に帰還後、その正体は闇の戦士・ヒュドラムだとシズマ総監は推測するが、次にユナが高校へ通学した際、今度はそのヒュドラムが人間サイズのの姿で現われ、ユナを拘束して「エタニティコア」なるものがある場所を案内するように迫ってきた。
 だがユナを捕らえたヒュドラムは、そこへ駆けつけてきた先の謎の青年とは別人であった。誤解して謎の青年を撃つアキトからかばうためにユナは巫女・ユザレに無意識に変身して超能力を発揮する。謎の青年も宇宙一のトレジャーハンター・イグニスを名乗った。
 ヒュドラムは変形闇怪獣ガゾートを投入し、戦闘機・GUTSファルコンが迎え撃つ。ケンゴもウルトラマントリガーに変身するが、イグニスに変身する瞬間を見られて正体がバレてしまう。
 戦いの中でタツミ隊長はトリガーを味方と判断し、GUTS-SELECTによるトリガー援護を決断する。戦いの中でトリガーはスカイタイプに、サークルアームズも弓矢に変形し、放たれた光の矢はガゾートを撃破する!
 だがその直後、巨大化した闇の超人・ヒュドラムが襲いかかった。トリガーを救ったのはナースデッセイ号から放たれた砲撃・ナースキャノンであった。邪魔されたヒュドラムは激昂するが、カルミラやダーゴンに抑えられて退散する。シズマ総監はケンゴやアキトにユナを任せて、エタニティコア調査のために地上に降りるのであった。



 トレジャーハンターのイグニスは実は宇宙人で、闇の巨人・ヒュドラムとも因縁があった。最初はイグニスがヒュドラムの人間体かとミスリードさせられた人も多かったのでは? 西洋の海賊のようなコスチュームで軽いしゃべり方をしているし。演じる細貝圭は『海賊戦隊ゴーカイジャー』でも宇宙帝国ザンギャック公認の私掠船(海賊船)に乗るレギュラー敵であるバスコ・タ・ジョロキア役でシリーズ中盤から登場していた。イグニスとバスコは相通じるところが多い。バスコは軽口ながら最後まで悪役に徹したが、果たしてイグニスは?
 第3話も脚本はハヤシナオキ、監督は坂本浩一。序盤3話までは基本設定紹介編なので、今回も闇の3巨人のひとりにスポットが当てられている。ヒュドラムは普段は知的だが、陰険で様々な戦いを得意とし、実は怒らせると手がつけられない。カルミラやダーゴンより先に目が覚めていたというが……(ふたりを起こしてやれよ・笑)。


 また、カルミラ・ダーゴン・ヒュドラムとトリガーの超古代での関係も気になる。映画『ウルトラマンティガ THE FINAL ODYSSEY』では太古にティガは闇の3巨人の仲間であったとされたが、巫女・ユザレにより光落ちしたと語られていたので、本作でもそれに類似した展開となるのが妥当だろうが。
 GUTS-SELECTはトリガーを人類の味方と認識して援護したが、前もってタツミたちがトリガーの正体や行動動機を巡って話し合うなどの前段シーンがないために唐突で、同様のシークエンスであった『ウルトラマンティガ』#3のイルマ隊長による同様の発言と比べたら盛り上がっていないし、ドラマ的クライマクッスにはならずにサラッと流されて演出されている。
 サークルアームズを持って夕陽をバックにしたトリガースカイタイプ! GUTSファルコンの側部が両脚に変型して滑走するハイパーモードになってガゾートを攻撃! ナースキャノンを発射するナースデッセイ! とカッコいいシーンが相次いで撮られているのに、タツミ隊長が発言もヤマ場になっていなかったのは惜しい。今回登場した怪獣ガゾートも闇の巨人の引き立て役で、『ウルトラマンティガ』(1996年)でのガゾート登場回のように本来は成層圏で生息している特殊な生態も少しは描いてほしかった。
 あとケンゴは故郷の火星でも植物学者だったが、ユナは高校生でアキトも同年齢。互いにタメ口で話し合っているが、実はケンゴの方が年上だった(汗)。


 基本設定編が3話続いて、主要キャラや世界観が紹介されたが、これからどういうストーリーを見せてくれるのか? 既にシズマ総監やアキト隊員、闇の巨人の陣営とも異なる第3勢力となるお宝ハンター・イグニスもケンゴの正体がトリガーだと知ってしまったわけだ(同時にユナに巫女ユザレが憑依していることも)。『ウルトラマンティガ』は終盤までティガの正体がダイゴ隊員であることが周囲に知られていなかったこととは大違いであり、対外的には『ティガ』をリスペクト(尊敬)すると言いながら、実は『ティガ』とは異なるストーリー展開に持っていくことが明示された3本だった。


ウルトラマントリガー NEW GENERATION TIGA』#4~7 掘り下げられるキャラクター、そしてウルトラマンZとの共闘。

(2021年9月19日脱稿)

第4話「笑顔のために」


 第4話「笑顔のために」では、空中母艦・ナースデッセイ号内で居眠りをしてしまうコミカルなケンゴも描かれる。彼は地上に降りて超古代遺跡の発掘調査に携わるが、発掘作業員に交じって遺跡をまさぐるイグニスと出会う。その後、ナースデッセイに戻ったケンゴらを追ってイグニスも出現。ナースデッセイ内でGUTS-SELECT隊員たちを翻弄し、出土品を奪って逃亡するイグナスだが、出土品が発光して地底から怪獣が導かれてくる。
 実は古代地底獣オカグビラが出土品を追いかけていたのだ。ナースデッセイを出たイグ二スは、オカグビラに襲われる。その後、ケンゴがウルトラマントリガーに変身してオカグビラを牽制する。アキトはイグニスが混乱して手放してしまった出土品を発見して回収し、安全な場所へとオカグビラを誘導する。そしてトリガーはパワータイプに変身してオカグビラを倒した。



 本話はレギュラーや世界観を紹介する基本設定編ではなく、悪側のレギュラーである闇の3巨人とのドラマもなく、その分、怪獣の存在がじっくりと描かれていた。脚本は根元歳三、監督は武居正能。共に前作『ウルトラマンZ』(2020年)にも参加していた。
 初代『ウルトラマン』(1966年)に登場した深海怪獣グビラ。2012年の映画『ウルトラマンサーガ』での再登場以来、ウルトラシリーズには度々再登場しているが、今回のオカグビラは見た目はグビラと同じでも、地底でも生きられる亜種だと設定されている。空高くトリガーを放り投げて自らも空へと飛び、先端の回転ドリルのツノでトリガーを攻撃する特撮シーンは印象深い。
 ヒマリ隊員が操縦する戦闘機・GUTSファルコンで地底のオカグビラを地上に吊り上げる特撮シーンがあるが、ここにカブる人間ドラマ部分に対する演出は、オカグビラに引っかったイグニスにケンゴが「スマイル、スマイル」と呼びかけたり、ユナが前話で自分を「ゴクジョー(極上)」だとねらってくれたのに今回は出土品目当てで自身には目もくれないイグニスを睨みつけていたりするコミカル風味となっていて、思わず笑ってしまう。困難な状況に陥っても、余裕の笑みを失わない悪役のイグニス。GUTS-SELECTを翻弄したが、愛嬌もある憎めないキャラとなっている。
 注目すべきはアキト隊員で、ナースデッセイ号内で研究ばかりしているのではなく、地上でケンゴやユナと市民の避難や怪獣攻撃に力を尽くしていた。今回もオカグビラがねらう出土品の発見で頑張る姿が眼につく。あとナースデッセイには、GUTS-SELECTのメンバー以外に乗組員はいないようだ。


「特別総集編」2本


 続いて「特別総集編」が2本。シリーズ序盤に今時、レギュラーキャラが登場してメインストーリーとリンクする新撮シーンすらない総集編が続けて2本も放映されるとは、例年よりも製作が遅延しているのだろう(汗)。
 『ティガ』第21話に登場したマスコット小怪獣デバンをゲスト司会に、これまでの『トリガー』のストーリーを解説するパターン。ウルトラマントリガー以外の近年のウルトラマンや防衛チームも紹介しており、今後の『トリガー』の紹介や、ネット配信作品『ウルトラギャラクシーファイト 大いなる陰謀』(2020年)についてもふれられており、ただの総集編ではないので飽きさせない。


第5話「アキトの約束」


 破壊暴竜デスドラゴが出現、暴れ回る。実はデスドラゴは6年前にも現われた怪獣であった。アキトはケンゴらと市民を避難させるためにナースデッセイ号から地上に降りるが、命令を無視してデスドラゴを攻撃する。ケンゴはウルトラマントリガーに変身して怪獣の攻撃からアキトを守るが、デスドラゴには逃げられてしまう。
 タツミ隊長はアキトに謹慎を命じるが、ユナはケンゴに、6年前のデスドラゴ襲来でアキトはシズマに協力していた科学者であった両親を失ったことを語る。ケンゴはミツクニ邸で謹慎するアキトを訪ねるが、そこにデスドラゴが再び現われたとの報が。
 ケンゴとアキトは一足先に怪獣と向かい合っているユナと合流するが、ユナをねらって人間サイズにミクロ化した闇の巨人・ダーゴンが出現する。アキトはデスドラゴをケンゴに任せ、自分はユナを守るために走る。彼の脳裏には両親を亡くしてふさぐ自分に声をかけ手を差し伸べたユナとの初対面があった。
 ユナを追い詰めたダーゴンに、駆けつけたアキトが立ち向かう。ダーゴンはアキトを吹っ飛ばすが、直後にユナの平手打ち(!)を受ける。ダーゴンはその勇気に免じて引き上げていく。デスドラゴもトリガーのスカイタイプが放つ光の矢・ランバルトアローストライクで撃破された。



 第4話と同様、脚本は根元歳三、監督は武居正能。アキトの両親を亡くした過去やユナとの出会いが明かされた。しかし、あちこちで「?」な部分がある。
 まず、両親を殺した怪獣への復讐から我を失うアキトがケンゴに慰められ、その後、再戦で自らの復讐よりユナを守ることを選択したが、それが彼の成長を示すことになるのか? と問われれば今一ピンと来ない。アキトを慰める時、ケンゴは尊敬を表わす白いバラを示したが、普段のケンゴからは考えられない仕草でアキトも当惑している。当然、「ウザいんだよ」とも言われていたが(アマチュア同人誌で「ボーイズ・ラブ」のネタに使われそうだ)。
 ユナを追い詰めたダーゴンが引っぱたかれてその勇気に免じて退散した。一発殴られたぐらいで退散するとは「そんなアホな」。カルミラやヒュドラムだったらこうはいかなかっただろう。第一、なぜダーゴンだけが来たのだ。
 デスドラゴは6年前にも現われた地底怪獣で、堅実なデザインで青い稲妻を放つ頭部のツノが鹿のツノみたいで個性的。6年前の戦闘で片耳を失ったが、ずっと治らなかったのか? 初戦でトリガーに撃退された後、地底でカルミラにエネルギーを注がれ目が赤くなったが、再戦で具体的にどう強くなったかが描かれなかった(6年前の回想シーンで戦闘機・ガッツウイングがデスドラゴを攻撃するシーンがあったが、搭乗していたのはミツクニ?)。


第6話「一時間の悪魔」


 突然現れた巨大ロボット・惑星破壊神サタンデロス。そのバリヤーをウルトラマントリガーは突破できず、敗北を繰り返す。幸い動くのは1時間に限られているが、トリガーやGUTS-SELECTの攻撃を3度も弾き返す。
 そこへナースデッセイ号内に入って来たイグニスが協力を申し出る。その計画はバリヤーをナースデッセイの主砲で一時的に破ったところへ、GUTSファルコンに搭乗した自身が突入、バリヤー発生装置を爆破するというもの。タツミ隊長はその作戦を容れて、GUTS-SELECTは一丸となって準備する。
 その最中、イグニスはケンゴに彼がトリガーであることを知っていると告げる。作戦は順調に進むが、サタンデロスに止めを刺す前にヒュドラムが出現する。ユナは巫女・ユザレに変身して対する。
 ユナをねらうヒュドラムにトリガーが当たり、トリガースカイタイプのランバルト光弾が炸裂する。サタンデロスはナースデッセイとファルコンが撃破する。戦いが終わってGUTS-SELECTはイグニスを仲間と認めるが、実はイグニスはリシュリア星人であり、彼の同族はヒュドラムに殺されていたことが判明する。


 今回も脚本は根元歳三、監督は武居正能。
 強敵怪獣に第三勢力であるイグニスの協力を得て勝利する話だが、シリーズ全体の構成から言って少し早いような気もする。自分の住居のように#4同様、ナースデッセイに入ってくるイグニス。作戦途中に寝返るとか戦いが終わってから見返りを要求するのがこの手のキャラクターのパターンだが、意外にも味方のままで終わった。
 イグニスが宇宙人でヒュドラムに滅ぼされた種族の生き残り。そしてトリガーも、かつては闇の3巨人の仲間であったことが明かされた。今後どういうふうにドラマは動くだろうか?
 今回は巨大超人であるトリガーは勝機を与えるだけでトドメを刺さず、人間であるGUTS-SELECT隊員たちが自身たちの兵器の一斉照射だけで強敵サタンデロスを倒すパターン破りが気持ちよい。主役はウルトラマンだが、防衛隊がいつも単なる前座で戦闘機も撃墜されているだけでは子供にとっても残念なのだ。たまには防衛隊の強さ・有能さを見せて子供や視聴者も喜ばせるべきなのだ。チームが一丸となって作戦準備を進める姿もあり、強敵を倒した直後、手を取って喜ぶアキトとマルゥルの姿も爽やかである。
 イグニスにトリガーとしての正体を知っていると告げられたケンゴが、その会話で近くにいたユナにごまかすため、空を指さし「鳥が!」と言うシーンにも笑ってしまう。
 サタンデロスは『ウルトラマンタイガ』(2019年)に登場したロボット怪獣ギガデロスの量産化された機体をヒュドラムが改造したというウラ設定。でも前回も緒戦で怪獣デスドラゴを倒せず、今回に至っては3回戦もあったのに3戦とも勝てないとは、どうなっているんだトリガー!?


第7話「インター・ユニバース」


 突然、前作『ウルトラマンZ』に登場した防衛隊の巨大ロボット・キングジョーストレイジカスタムが都心に落下してくる。調査に赴いたケンゴ・アキト・ユナはその内部でウルトラマンZと合体しているナツカワハルキ青年と出会う。ハルキはキングジョーストレイジカスタムを奪って逃亡した宇宙海賊バロッサ星人4代目を追跡中、四次元怪獣プルトンの超能力に巻き込まれてこの並行世界の地球に来たのであった。
 ケンゴがウルトラマンであることに気付いたハルキは、ウルトラマンZに変身する時の異空間・インナースペースへケンゴとアキトを連れていき、Zと引き合わせる。変身アイテム・ゼットライザーは破壊されていたが、アキトがハルキ専用のGUTSスパークレンスとGUTSハイパーキーを作ってZに変身できるようにしてくれる。
 一方、バロッサ星人は海賊雛怪獣ベビーザンドリアス・ケダミャーを通訳兼相棒として彷徨(さまよ)うが、そこへハルキやアキトの会話を盗み聞きして事情を察したイグニスが絡み、その後バロッサ星人は巨大化。この騒動にケンゴはトリガーに、ハルキもGUTSスパークレンスの力でZに変身して、バロッサ星人に立ち向かう。共にこの世界へ来ていたZの武器であり自我を持っておしゃべりもする短剣・べリアロクも加勢して、2大ウルトラマンは星人を撃破した。



 脚本は小柳啓伍、監督は田口清隆。前作『ウルトラマンZ』にも関わったお二方である。
 ウルトラマントリガーとウルトラマンZが共闘する話で、1年前の『Z』では数作前のウルトラマンジードが先輩としてゲスト出演して、今回のウルトラマンZやハルキが新人だったので、その成長が感慨深い(『ウルトラマンZ』は毎年恒例の『劇場版』映画は今回作られなかったが、今年2021年の「日本SF大会」では「星雲賞メディア部門」を受賞した!)。


 ハルキはキングジョーストレイジカスタムを奪ったバロッサ星人を追っていたが、あれっ? ハルキは最終回ラストでZとともに地球を離れて宇宙へ旅立ったんじゃあなかったっけ? この話の冒頭では『Z』のヨウコ隊員が防衛隊の巨大ロボット・セブンガーでZと共に追いかけていたが、セブンガーは宇宙へ行けるようになったのか?
 怪獣プルトンの能力でトリガーがいる並行世界へ跳ばされてしまったハルキがケンゴと出会い、彼もウルトラマンだと直感するが、ハルキとケンゴも髪型も直情径行な性格も似ている(笑)。ウルトラマンZはハルキとZが別々の人格であり、ウルトラマントリガーはトリガー自体に人格はなくケンゴの人格そのものであるところは違うが、意気投合するのは微笑ましい。ケンゴはインナースペースでZとも会話する(ところでハルキはヨウコをインナースペースへと連れていき、Zと対面させたのだろうか?)。
 アキトの協力でハルキもGUTSスパークレンスで変身できることに。だが、GUTS-SELECTの超装備のみならず、故障した変身アイテム・セットライザーからウルトラ一族の超科学力も解析してしまうアキトはスゴすぎる。マルゥルも前話でイグニスの正体を知っていたり、キングジョーストレイジカスタムの基となったロボット怪獣キングジョーがペダン星人に造られているのを知っている。


 2大ヒーローの共闘話ながら、相変わらずヘンなしゃべり方をするZ(「ナイス・ツウー・ミー・ツウ」という英語も・笑)。アキトがハルキとケンゴに挟まれ2人の会話にうるさそうにしながら質問に答えるツンデレぶり。ケダミャーとイグニス、宇宙海賊とトレジャーハンターの口論。『ウルトラマンメビウス』(2006年)に登場した恵比須(えびす)さまの木像が巨大化しただけの怪獣コダイゴンジアザーが抱えていた「鯛(タイ)の木像」など、怪獣にまつわる様々な小道具。「鯛の木像」も原典同様「商売繁盛!」を連呼しながらトリガーを苦しめていた。バロッサ星人の戦い方も2大ウルトラマンを相手に早足で逃げ回っているように見えるなどいろいろと笑わせてくれる。


 今回、闇の巨人たちは遠くから静観するだけ。カルミラは前回の戦いで傷ついたヒュドラムをからかい、ダーゴンは何かブツブツ言っている。何か往年のTVアニメ『タイムボカン』(1975年)シリーズの3悪人である「悪玉トリオ」を連想してしまいそうだ。
 ケダミャーこと駄々っ子怪獣ザンドリアスは『ウルトラマン80』第4話(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100523/p1)で初登場。『ウルトラマンジード』以降は何度かウルトラシリーズに同族別個体という設定で登場している。声は声優の湯浅かえで。アニメ『怪獣娘(かいじゅうガールズ)~ウルトラ怪獣擬人化計画~』(2016年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210919/p1)でもザンドリアスの声を演じ、『ウルトラマンR/B(ルーブ)』(2018年)では宿敵であるウルトラマンオーブダークに変身する愛染マコト社長のドローン型秘書ロボット・ダーリンの声も演じていた。『ウルトラマンオーブ』(2016年)や『ウルトラマンZ』(2020年)でジャグラスジャグラーを演じた青柳尊哉(あおやぎ・たかや)と今年2021年に結婚したばかりである。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2021年秋分号』(21年9月26日発行)所収『ウルトラマントリガー』前半合評より抜粋)


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ウルトラマン80(エイティ)』(80年)#1「ウルトラマン先生」 ~矢的猛先生!

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『ザ☆ウルトラマン』(79年)#1「新しいヒーローの誕生!!」

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090505/p1

ウルトラマンタロウ』(73年)#1「ウルトラの母は太陽のように」

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20071202/p1

GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり・1期&2期  ~ネトウヨ作品か!? 左右双方に喧嘩か!? 異世界・異文化との外交・民政!

『慎重勇者~この勇者が俺TUEEEくせに慎重すぎる~』『超人高校生たちは異世界でも余裕で生き抜くようです!』『本好きの下剋上 司書になるためには手段を選んでいられません』『私、能力は平均値でって言ったよね!』『旗揚!けものみち』 ~2019秋アニメ・異世界転移モノの奇抜作が大漁!
『せいぜいがんばれ!魔法少女くるみ』『魔法少女 俺』『魔法少女特殊戦あすか』『魔法少女サイト』『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』……『まちカドまぞく』 ~爛熟・多様化・変化球、看板だけ「魔法少女」でも良作の数々!
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 アイドルアニメ『ラブライブ!』(13年)・『ラブライブ!サンシャイン』(16年)・『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』(20年)に続く、第4のグループ・Liella!(リエラ!)を描いている『ラブライブ!スーパースター!!』(21年)がNHK・Eテレにて放映中! 元祖『ラブライブ』の監督を務めた京極尚彦がシリーズ最新作『スーパースター!!』にも再登板記念! とカコつけて……(汗)。
 京極尚彦の監督作である深夜アニメ『GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』1期(15年)&2期(16年)評を今さらアップ!


『GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』1期&2期  ~ネトウヨ作品か!? 左右双方に喧嘩か!? 異世界・異文化との外交・民政!

(文・T.SATO)

『GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』第1期

(2015年夏アニメ)
(2015年8月12日脱稿)


 「GATE」は「ゲート」と読む(当たり前だけど、「門」のこと)。


 個人的には夏アニメの中では一番面白い!


 大ヒット作のアイドルアニメ『ラブライブ!』(13年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20150615/p1)で名を上げた京極尚彦がシリーズ監督を務めるライトノベル原作の深夜アニメ。劇場版『ラブライブ!』(15年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20160709/p1)の制作と並行して、こんな作品の各話演出をしたり絵コンテを切っていたのかヨ!?


 予備知識がなければ、タイトルからも往年の名作SF『戦国自衛隊』(71年・79年に実写映画化)における「戦国時代」を「ファンタジー異世界」へと翻案してドンパチするだけのモノだろう……と誰もがナメてかかると思う(笑)。
 が、#1のAパートはその真逆で、異世界ファンタジー風の西欧中世騎士ならぬ古代ペルシャ(イラン)の帝国の重装歩兵みたいな人間の軍隊が獣人部隊や翼竜ドラゴン部隊とともに、休日の銀座に出現! 巷は阿鼻叫喚の地獄と化す!――まぁもちろん直接的な殺傷描写はボカされますけども――


 一見、身過ぎ世過ぎで「趣味」のために「仕事」をしています! といった風で、実際そのようにもウソぶいている、同人誌即売会に行こうとしていた(笑)、ヌボーっとした多少チャランポランそーなアラサーのオタク自衛官。ココでそのまま見て見ぬフリをして、即売会に出掛けてしまったならばサイアクの男になってしまうが、物語の主人公たる者、さすがにそこまでヒドく描かれることはない(笑)。
 ヤルときゃヤルで、人々の誘導・救出に尽力し、ついには皇居の二重橋まで到達した彼の皇居警察への直談判と、姿は見せず電話越しでソレと想起させる聖断で、皇居内部への数千人の避難民誘導に成功する!


 ナ、ナンだってェェェェ~~~! 右にしろ左にしろ怪獣映画にしろ、皇居を描いたり陛下をにおわす描写を入れるのは、右からも左からもそれぞれ180度真逆の毀誉褒貶に晒されるワケで、エンタメではダブーにしといた方が無難じゃねーの!? 随分とキワドい火中の栗を拾いに行ったモンだよな、オイ。


 それから数ヶ月が経ったとされた#1のBパートでは、避難民救護の功績で不本意(笑)にも階級が特進してしまったオタク自衛官が、都内に出現して厳重にも封鎖中のGATE=「門」を超えて、偵察隊の中隊長(?)のひとりとして、異世界へと進撃することになる。
 その目的は……。異世界の人民との交渉! コレまたナンだってェェェ~~! 地味じゃん!(汗)
 しょせんはフィクションなのだからエンタメとして、異世界の古代風の大帝国とシミュレーションバトルだけすればイイんじゃないの? コレだから軍事を過剰に忌避する敗戦国・日本のフィクション作品は……ブツブツブツ。


 トコロが#2以降、非常に喰えない展開となっていく。異世界側の古代・中世レベルの帝国は、先の東京侵攻で自衛隊の近代兵器による返り討ちに合って、実はもうすでに6割もの戦力を失ったあとなのだともいう! リアルに考えたらもう戦争の勝敗は決している! 異世界側、負けてるじゃん!(汗)


 なのだけど、ココで帝国の王さまの非情な狡猾さが発動する。この王さまは、周辺諸国や属国・同盟国にこの大敗戦を知らしめてしまうと、彼らが離反して謀反(むほん)を起こされて攻め込まれてしまうことまで先読みし、いまだ何も真相を知らない諸国や属国から軍隊を徴用し、彼らもまた異世界側の「門」の周辺に駐屯している自衛隊の近代兵器に全敗させることで周辺国の国力を削いで、自国を相対的に再度、優位に立たせんとするのであった!
 案の定、彼らは自衛隊とドンパチして全滅! なんというポリティカル・フィクション! ヒドい、ヒドすぎる!(……一応、口ごもりながらもホメてます・汗)


 ただし、その後は大規模なドンパチはあまり起こらない。


自衛隊のメンツが異世界の森の中の村々の人々と友好的に交流して、井上靖歴史小説おろしや国酔夢譚』(66年・92年に映画化)のように現地人との交流でカタコトの異国語を覚えていったり
・空飛ぶ火を吐く巨大ドラゴンが復活して、怪獣と戦うのが我々の伝統だ! と叫んで自衛隊が戦ったり(笑)
・ドラゴンに村を焼かれた異世界の難民たちの縦列を誘導するハメに陥ったり
・先の周辺国の敗残兵たちが武装盗賊と化して、襲撃された地方の城塞都市を防衛する成り行きになったり
・城塞都市防御に成功して、貢ぎ物や奴隷を進呈されそうになって(←不正確・誇張表現・汗)、困惑して断ったり
・異国語には「人権」やら「人道」にあたる翻訳語どころか「概念」すらもがなかったり(笑)。


 時世がら、安倍政権や安保法制に自衛隊を結果的に擁護するネトウヨ・アニメだとの批判も当然ながら膨大に出ているし、そう云われるのも当然な面もあって議論百出だけれども。でもこの作品って、そーいった反応をも見越した炎上商法作品だよネ!?(笑)
 良くも悪くも、いやイイ意味で去勢された、70ウン年前の前期近代のナショナリズムの狂熱からは程遠い、脱臭された日本のお坊ちゃまでポストモダン自衛隊。まぁ戦後25年目にして作家・三島由紀夫が市ヶ谷で決起を促しても、すでに良くも悪くも応じずに彼にヤジを飛ばしていたような自衛隊ではありましたけど。


 対するに、アメリカさんや中国さんの彼の地への野望を点描もする。親米保守にもリベラル左翼にもケンカを売っていませんか?(汗)
 しかしコレが、100年前の帝国主義の時代であれば、異世界さんは我々の世界の西欧列強諸国の植民地と化し、大航海時代のスペインやポルトガルが相手であれば容赦なく滅ぼされていたであろうから、21世紀におけるスポイルされた日本との遭遇でひたすらよかったネ!?(笑)
GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり

GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり Blu-ray BOX 1<初回仕様版>
(了)
(初出・オールジャンル同人誌『DEATH-VOLT』VOL.71(15年8月14日発行))


『GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』第2期

(2016年冬アニメ)
(2016年4月29日脱稿)


 迫りくる異世界ファンタジー風の古代・中世レベルの騎馬軍団や歩兵や獣人に翼竜の大軍。一応の「専守防衛」の理念に基づき、異世界の駐屯地の境界線を侵犯されたところで、自衛隊は圧倒的な火力で一斉掃射!
 後日、敗残兵たちが武装盗賊と化して異世界の城砦都市を占拠する。そこにベトナム戦争(65~75年)を描いた名作洋画『地獄の黙示録』(79年)よろしく名楽曲「ワルキューレの騎行」をラジカセ(ラジオカセット)で鳴らして(!)、複数機のヘリコプターで急行して上空から盗賊を殲滅!
 異世界帝国による日本人女性拉致とその性奴隷化への報復と威嚇も兼ねて、無人元老院議事堂を空爆して、元老院から皇族へ圧力をかけさせる!


 心あるリベラルな方々からは非難されているコレらの描写だけれども……。スイマセン、筆者は人間が下世話に出来ていたらしく、コレらの描写に「やれやれ、もっとやれ! 悪いヤツらは懲らしめちゃってイイんだヨ!」的な爽快感を覚えてしまいました(汗)。


 ナンちゃって右派アニメかと思いきや、けっこうガチな右派アニメだったんですネ! 右派・左派ともに喧しい議論を繰り広げているけれども……。筆者もその仲間に入れさせてください!(笑)


 東京は銀座に出現した「門」やその先の異世界を国際管理ではなく日本の領土の延長と一時的に「法解釈」して進駐してみせたり、異世界人には判らない日本語の立看板(爆)による警告を無視して侵犯してきた異世界軍を専守防衛(笑)で反撃してみたり、職務中に「ワルキューレの騎行」を流すあたりなどは無理スジなところもあると思う。


 が、そこをていねいに描いていくと、ドンパチ(戦闘)にはなかなか至らない(笑)。だから政治的に正しいかはともかく適度なウソも入れて、作品自体のキモ・特質を早々に見せていく作劇はエンタメとしては正しいとすら思うのだ。


 しかし、大量破壊兵器がナイのにあると強弁したメリケン(爆)や、保守・右派よりも右であるルペン党首をはじめとする極右政党の支持率も数十%に達している欧州各国ならばともかく、先の東京都知事選でもネトウヨが猛プッシュしていた田母神(たもがみ)さんは主要4人中では桁が異なる得票数でのビリであり(爆)、あげくの果てに逮捕されちゃったりしている、サヨクによれば極右化している現代日本(笑)においては、良くも悪くも去勢されている戦後の日本人や官僚化した政治家たちが、「俺が責任を取るから!」と局所的な空爆を決断したり、王宮で日本人の女性拉致被害者を目にしてしまった女性自衛官が激高のあまりに帝国のバカ王子をタコ殴りにしてしまうような(痛快!)、法治の精神からは時に少々ハズれてみせるような気骨がある日本人がいるとはとても思われない(汗)。
 現実には欧米各国の多国籍軍の進駐をヨコ目に眺めて、その一部不逞分子が現地で乱暴狼藉を働いたとしても、良くも悪くも日本と自衛隊は指をくわえて見ているだけだろうしネ(汗)。


 とはいえ、だからこそ「政治的な判断」においては正しいかはともかくとして、「通俗的な情」の次元で「かくあってほしい」という「日本」と「自衛隊」を描いたともいえるのだ――万人にとっての「かくあってほしい」であったかはともかくとしても(笑)――。


 ただまぁ、そんな「政治的な願望」ですらもまた「言い訳」に過ぎなくて、ウェルメイドなカタルシスもある「活劇」を展開するために、子供向け・大衆向けの勧善懲悪活劇とは似て非なるも、やはり用意周到に「善玉」と「悪玉」が現代的に設定されているだけだという解釈を採るのであれば、コレらもまたよく出来た「活劇」向けの「舞台装置」ではあったのだともいえるだろう。


 そのへんは作り手も自覚的で、ノホホンとしたオタクでありながらも実は有能で、法的に灰色ならばソレを逆手に取って、麻生太郎モドキ(笑)ともなぜかパイプ(多分、オタク趣味つながりで・笑)があった彼は、次第に周囲から「伊丹なら……」「伊丹なら……」「伊丹なら……」と頼られるようにもなっていく。そこはたしかに「主人公補正」なのだが、「作りもの・フィクション・エンタメなのだから、それでも別にイイじゃん!」とも私的には思うのだ。……異論は認めます(汗)。


 作り手も1930~40年代の日中戦争や、現今のアフガン・イラク・シリアをモデルとしてしまえば、爽快なエンタメ活劇など作れないことは判っているハズだ。だから本作におけるその彼我の戦力差の恣意設定を、鬼の首を取ったかのように指摘して、本作を批判するのはヤボだとも思う。それじゃあ一応の主人公たる我らが自衛隊の無双にはならないじゃん。……まぁ自衛隊をチョットでも好意的に描くことそれ自体が気に喰わない。それをした瞬間に日本は即座に「軍国主義化」するという善意の懸念(笑)から、いろいろとリクツを紡いでいるのはわかるけど。


 自衛隊に「感謝」をすべきか? 自衛隊を「警戒」をすべきか? の「赤勝て、白勝て」の二択は愚問だとも思う。両方必要であって、その動向に応じて「名誉」を与えて「批判」を与えればイイだけだ。


 ただ、実際には本作は「自衛隊無双」ではなく、「戦争」状況でもなく、「未開」またはやや「後発」の地における理想の「PKO」活動やら「民政」と「民生」、清濁併せ呑む「外交交渉」、それにまつわるもろもろが主眼となっている。
 古代・中世レベルの異世界の外交官やら政治家(貴族や王族)側の常識からすれば、あまりに敵国に対して寛大にすぎる現代日本の甘ったるくて隙だらけな態度。横暴・抑圧的ではなく文化交流的な占領統治。その甘さが長期的には日本の敗亡を招くと忠告してくれる敗戦国の皇帝陛下。それに対しても、


「心得ている。我が世界の歴史も……」


などと返してみせる、物事が判っている青年外交官のお兄ちゃんもまたカッコいい! ……主人公じゃないのに!(笑)


 異世界帝国内の対日本「強硬派」である貴族たちの反発を避けるために、帝国内の「講和派」貴族の日本への亡命は認めないとした日本政府――コレを公に認めてしまうと、連動して「強硬派」と「講和派」との間でも政治的・軍事的な緊張も高まってしまうのが世の常、人間の人情の機微というモノでもあるためだ――。


 ところが! 「講和派」首魁の貴族夫妻が「強硬派」の手の者によって暗殺されてしまう! そして、面識はあったわずか12歳でツインテール髪でも聡明なロリ娘である先の良家子女が「日本大使館」へと単身で逃げてくる! ドーする青年外交官!?
 この場合、小池百合子モドキもとい外交トップに、たとえ人道には即してはいても国際政治・大局的には問題が生じてしまう「情に流された人道的な判断」をさせてしまったのであれば、筆者も含むスレたご同輩たちはさして本作をホメることはなかったことだろう。どころか、その知恵のなさ、風が吹けば桶屋が儲かる的な二手先・三手先を読めない「善良なる愚人」の行為として軽蔑したやもしれない(汗)。
 しかし、あくまでも外交トップではない、先の青年外交官にこの決断を迫らせる役回りを振るあたりも実に上手い! コレならば外交トップ、イコール日本の総意ではなく、一職員の突発的な行為だったという外交的エクスキューズもまだできるのだ!(笑)


 懊悩の末に「外交官」ではなく「人間」としての私情に走ってしまうこの決断は、ホントウにはリアルではないし正しくはないのかもしれないのだが、物語・フィクション・エンタメとしてはとても感動的だったし、この一連は滂沱の涙、大いに泣かせてくれたのであった……。


GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり Blu-ray BOX 2<初回仕様版>

(良家子女の亡命話である#19~20収録)
(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.67(16年8月13日発行))



後日付記:ちなみに、お役所の役職である「次官」とは、省庁側であるお役人のトップの意味である。「長官」は省庁出身者ではなく首相から任命される「大臣」がコレに当たる。歴史的にも「省庁・お役所」がまず先にあって、ソレらが独自に強大なる権力を握ってきたために、民主主義の時代になってからはお役所への牽制・コントロールの意味でも、国民に間接選挙で選ばれた首相なり大統領から任命される一応の民間の人間をお役所側のトップに「大臣」として据えるのが、西欧的な近代国民国家の典型的なシビリアン・コントロールとしてのシステムなのである。


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 名お笑いトリオ「レツゴー三匹」の最後の生き残りであらせられたリーダー・レツゴー正児が、2021年9月29日で早くも一周忌であることを偲びつつ、昨年2020年に執筆した「追悼、レツゴー正児」評をUP!


追悼、レツゴー正児 ~お笑いトリオ・レツゴー三匹のリーダー逝く 往年のドリフの大人気人形劇『飛べ!孫悟空』(77年)#23にもゲスト出演!

(文・田中雪麻呂)
(2020年10月6日脱稿)

レツゴー正児(れつごー しょうじ) お笑いタレント 俳優 エッセイスト 9月29日逝去 享年80歳


 お笑いトリオ「レツゴー三匹(れつごー さんびき)」のリーダー。関西の大手芸能社・松竹芸能(しょうちく げいのう)の元看板タレント。
 昭和から平成にかけて、舞台・TVバラエティー・時代劇、CMなど多くに出演。全国区の人気を得た。メンバーのレツゴーじゅん(脳出血で2014年に66歳で逝去)、レツゴー長作(ちょうさく。肺癌で2018年に74歳で逝去)に続いて、肺炎で逝去。


 両脇の


 「じゅんでーす。(じゅん)」
 「長作でーす。(長作)」


 に続いて、真ん中の正児が似てないモノマネで


 「三波春夫(みなみ はるお)でございます」


 と割って入り、じゅんと長作に同時に左右からビンタを食らう、という「自己紹介ギャグ」が一世を風靡(ふうび)した。


 三波春夫


 「お客様は神様でございます」


 のキャッチ・フレーズも(やはり似てないモノマネで)頻繁(ひんぱん)に漫才に挿入。三波春夫とは別次元で彼の持ちギャグのようになっていて不思議だった(笑)。三波春夫紅白歌合戦に31回も出場したほどの国民的演歌歌手である。


 正児の逝去で、松竹芸能のベテラン漫才師・横山ひろし(73歳)が述懐していたが、元々三波春夫のキャッチ・フレーズを使っていたのは、三波の興業にも参加していた横山のコンビだった。しかし、ある日突然、正児がそれを舞台で使っていて仰天(ぎょうてん)したそうである(笑)。


 「レツゴー三匹」の結成は1968(昭和43)年(その翌年という説もある)。個性的なトリオ名の由来は、名古屋にある焼き鳥屋の屋号の「三匹」。それに飛躍の意味を込めて「Let's Go」を付け足した。「レッツゴー」でなく「レツゴー」にして敢(あ)えて促音(そくおん)を抜いたのは、サインを書くときにラクだからという理由だった。


 よくステージで司会者などに、


 「レッツゴーなのか、レツゴーなのかどちらですか?」


 と質問されていたが、


 「どちらでも結構でございます。私どもがお客様のほうに合わせますので。」


 と正児がにこやかに余裕をもって返答していて、雰囲気を良くしていた(笑)。


 昭和のお笑い芸人には侠客(きょうかく=信義を持つヤクザ者)のような感性を持つひとが少なくなかったから、芸人の名前を出す序列を間違えたり、名前自体を間違えたりすることはもっての他であった。


 その中で


 「レッツゴーでもレツゴーでも、どっちゃ(どちら)でも宜(よろ)しい。」


 と泰然(たいぜん)としていた正児にはある種のショックを受けたし、強い魅力も感じた。


 「レッツゴー」は厳密に言えば誤用なのだが、「レッツゴー」名義のオフィシャル表記はかなり多く(販売されたシングル・レコードは殆んどがそうである・笑)、日本中に知られた有名人でありながら、こういう良い意味でアバウトな名前の使い方をしていたグループは前代未聞で、これからも現れないのではないか。


 レツゴー三匹の漫才の往年のスタイルは、挨拶ギャグにビンタが使われるが如(ごと)く身体(からだ)を張ったパワフルなものであった。何かの設定が与えられ、リーダーの正児がじゅんと長作に翻弄(ほんろう)されるパターンだ。


・舞台を大きく使い、そこを何度も往復させられる。
・二人が両脇で負荷をかけ、正児が気息奄々(きそくえんえん)となる。
・マラソンをするという試みで、正児が舞台はもとより、そこを降りて客席の通路までもを延々と走らされる。


 などがあった。


 お客の手(拍手)が来るまでずっと運動を続け、


 「拍手は要(い)らん。ゼニ(お金が)欲しい。」


 とコボしてみせ、笑いの駄目押しをするのも正児の十八番(オハコ)であった。


 こういう処(ところ)は木戸銭(きどせん=入場料)を払った客は全て「神様」と見なして、決して客席に降りて唄わなかった三波春夫とは異なるが(笑)。



 TV司会者としても有名だった昭和の俳優・山城新伍(やましろ しんご)に可愛がられ、彼がメインの80年代のバラエティー番組(主に山城司会の『笑アップ歌謡大作戦』シリーズ(1978~83年)などのテレビ朝日系)にトリオで出演し、人気を堅固なものとした。
 それらはアイドルや演歌歌手が大喜利(おおぎり)をするような番組なので(もちろん当時は放送作家が面白い回答を台本に書いて、タレントはそれを読み上げるだけ)、本職であるレツゴー三匹の立ち位置は微妙である。調整役であり、良きタイミングで笑いをキメなくてはいけないし、ムードメーカーの役割も期待される。
 正児が「ややウケ」の回答を出すと、じゅんが強く突っ込み、あるいは鼻で笑って見せ、長作がそれを見て楽しげに笑う、といったやり取りが良いサイクルを生み、彼らのキャスティングは大成功。番組は長く続いた。


 1980年前後の大漫才ブームのときには、後輩の漫才師の「流行り言葉」を少し変えて言ってみせたりして、笑いを獲(と)っていた。そういうことが下品に見えなかったし、そういうことをしても許されるのが三人のキャラクターだった。
 舞台育ちだから芸人のアクは強かったが、当たりがソフトだったから、アイドルと並んでも違和感がなかった。お笑い芸人が牛耳(ぎゅうじ)っている今の芸能界の地ならしをしたのはレツゴー三匹なのかもしれない。



 スターのドッキリ番組にもよく引っ掛かっていた(因(ちな)みに芸能人で最初にドッキリ番組に引っ掛かったのは軽演劇の伊東四朗である)。


 印象的だったのは、実在の温泉ホテルのテーマ・ソングをレコーディングしてほしいという偽りのオファーがトリオに来るというもの。すでにレツゴー三匹は歌手としても有名でレコードを何枚も出していたから、オファー自体は自然である。
 レコーディングを始めるも、ディレクター役の役者がボケ役のじゅんにばかりダメ出しをするという趣向(しゅこう)である。挙げ句に、歌詞に「裸と裸で」という一節があるのだが、そこの歌いかたがじゅんだけ卑猥(ひわい)だ何だのとイチャモンを付け始める(笑)。


 何度も唄わされるから、実在のホテルの名前も連呼される。タレントも番組もホテルもニッコリ。しかしその割(わり)を食うのが視聴者である。


 「♪さあさ おいでよ 心を洗おう いらっしゃいませ ニューアカオ あ、湯のまちホテルは そ~れ それそれ ニューアカオ」。


 筆者は数十年来、このコマーシャル・ソングのサビが耳について離れない(笑)。ホテルニューアカオは現在では熱海(あたみ)を代表する大リゾートホテルになっている。筆者のようなTV好きが吸い寄せられるように、未だに湯の町を訪れているのではないか。


 「♪そ~れ それそれ ニューアカオ」


 と唄いながら(笑)。


往年のドリフの大人気TV人形劇『飛べ! 孫悟空』(77年)#23でも、レツゴー三匹がゲスト出演して大活躍!


 レツゴー三匹が如何に芸達者だったかを確認するには良いテキストがある。
 昭和に国民的な人気を誇ったお笑いグループ、ザ・ドリフターズ主演で1年半ものロングランとなった大人気TV人形劇『ヤンマーファミリーアワー 飛べ! 孫悟空(1977年)』の#23「カッパからげてレッツゴー」にも、レツゴー三匹がトリオでゲスト出演しているのだ。
 『西遊記』のキャラクターに準(なぞら)えたザ・ドリフターズやゲストのタレントのそっくりの人形(コピーパピット)に彼ら本人が声をアテるという、当時でも斬新な企画だった。


 レツゴーの三人は、役名「すいちゅうかいぶつぶたい」として、


・正児は「カッパのショウジ」
・じゅんは「カエルのジュン」
・長作は「ナマズのチョウサク」


 なる大湖(たいこ)に巣食う水棲妖怪の声をアテた。演者と役名が同じだったのは、前述の「挨拶ギャグ」をさせるためである(笑)。

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 彼らは高座での爆笑漫才さながらに番組序盤の狂言廻しを見事に務め、本職のザ・ドリフターズを向こうに回して、ポンポンと小気味良い台詞やギャグの応酬をし、ドリフとコーラスまで競演して作品を大いに盛り上げた。


 ドリフのキャラクターと対峙(たいじ)したときには、やはり


 「じゃんでーす!」
 「長作でーす!」


 の挨拶ギャグをするのだが、正児の番になるや三波春夫の人形が突然現れて


 「三波春夫でございます」


 の台詞を先に言ってしまう(声を演じたのは昭和を代表する声帯模写の桜井長一郎)。


 スカされた正児は


 「ワシの立場がニャー(無い)じゃニャーか!」


 と何故か名古屋弁でひとりごちる(笑)。人形劇だからこそできたパロディの大傑作であるだろう。


 番組のクライマックスには


 「レッツゴー! 三匹ぃ~!」


 の掛け声で、三人は大空に飛翔、宇宙空間まで駆け昇り、彼らは彼ら一人一人の三つ首を持つ巨大スーパーロボットに変身する!


 もともと水棲妖怪らの巣食う水魔館(すいまかん)という古城が、アンテナに最新メカを装備した見た目のクラシックさとは相反する機械仕掛けの要塞である。深読みすれば、レツゴー三匹の古式然とした風貌の中に、モダンで前衛的な息吹きがあることを象徴したのでは? というのは、いちファンの勝手な妄想であろうか(笑)。



 筆者がレツゴー正児の最後の芸を見たのが、レツゴーじゅんの葬儀のときであったと思うから、もう6年も前だと思われる。
 TVのレポーターに囲み取材を受けていた正児はじゅんの死を悼(いた)み、芸人として更に頑張ると決意表明した後、講談(こうだん)の一場面のようなものを演じて見せた。
 それは立て板に水の至芸(しげい)で声にも艶(つや)があり、不勉強で見巧者(みごうしゃ)でもない筆者にもその凄さは感じ取れた。



 レツゴー正児はその頃から「レツゴー三匹 レツゴー正児の人がいて ぬくもりがあって 人がいて」というブログ記事を定期的にアップし始める。
 文才もあった正児がレツゴー三匹の半生を書き綴っていくというものである。読みものとして面白いだけでなく、芸能史の資料としても価値があるように思われた。
 ブログ記事の一角には、講演会や老人会にレツゴー正児を呼んで欲しいという営業の告知もあった。


 「大阪市内でしたら、自転車で駆け付けます。付き人も何も付けません。コンパクトに一人で参ります。楽しい講話を3分からお引き受けします。懐メロも唄いますよ。」


 と、庶民目線を鑑(かんが)みたPR文に、レツゴー正児の誠実さ、そしてある種の戦略家としての「凄み」も垣間見せる。


 一世を風靡したスター芸人にも関わらず、レツゴー正児は決して「センセイ」にならず、いつも大衆と共にあった。
 舞台に出れば、テンポは良し、口跡(こうせき)は良し。台本が書け、演出の目も確か。自己プロデュース能力も完璧(かんぺき)。世話好きで、慕う後輩芸人も多く、弟子への配慮も欠かさなかったという。



 昭和のTV文化を牽引(けんいん)した貴重な担い手がまたひとり、星になってしまった。あなたの話芸でもっともっと笑いたかった。


(了)
(初出・オールジャンル同人誌『DEATH-VOLT』VOL.86(2020年12月20日発行)所収)


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 ベテラン名声優・富田耕生が、2021年9月27日で早くも一周忌であることを偲びつつ、氏が演じた早乙女博士が登場する合体ロボットアニメの元祖『ゲッターロボ』(74年)シリーズ最新作でもある放映中の深夜アニメ『ゲッターロボ アーク』(21年)にも早乙女博士の亡霊(爆)が早乙女研究所内を徘徊中! とカコつけて、昨年2020年に執筆した「追悼、富田耕生」評をUP!


追悼、富田耕生 ~初代ドラえもん・早見団兵衛・ドクターヘル・早乙女博士・わしゃガエル・コナイゾー警部・改源の風神さん!

(文・田中雪麻呂)
(2020年10月7日脱稿)

富田耕生(とみた こうせい) 声優 2020年9月27日(日)逝去 享年84歳


 脳卒中(のうそっちゅう=脳内の出血や血液循環を原因とする疾患の総称)で亡くなる。


 筆者のような昭和40年代生まれは、ロボットアニメで、洋画の吹き替えでと、子守唄代わりにこの渋いローバリトンの声を聴いて育ってきたようなものだ。


 富田さんの訃報記事は、地方新聞・スポーツ新聞・ネット記事に至るすべてが、同氏が演じた役柄のトップに「初代ドラえもん役」を記していて実に意外だった。
フラワーリング ドラえもん 初期ドラえもん スマホリング デザインA キャラクター 落下防止 スタンド DR-S0021 約h5.5cm×w4cm、リング内径:約2cm

 テレビ朝日系で放送している同作品(1979年~)の前に、日本テレビ系でもTVアニメの『ドラえもん(1973年)』が製作されたこと自体は近年ではまぁまぁ知られている。しかし、再放送が殆(ほと)んどされなかったりと、多くのファンにとっては幻の作品となっている。


 現在の『ドラえもん』は安定した人気を誇るTVアニメで、年1で恒例の映画化もドル箱確実の国民的な作品である。しかし70年代前半には、まだ原作漫画『ドラえもん(1969年)』の単行本すら刊行されておらずマイナーコミック扱いで、TVアニメの製作自体を不安視する声も少なくなかったらしい。おまけに期首変わりの「つなぎ」の番組であり、その枠(わく)自体も日曜夜7時で裏番組がかの大ヒット番組『マジンガーZ(ゼット/1972年)』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200119/p1)であり(!)、苦戦を強いられる時間帯であった。


 富田さんは全2クール(26回)のうち半分の13話までのドラえもんの声を演じて降板されたそうだ。富田さんの起用は、同番組の演出部がドラえもんに「世話好きなおじさん」というイメージを持っていたことに起因したらしい。
 富田さんが降板させられたのは、のび太少年に対するドラえもんのイメージを「年上の召し使い」から「同列の友達」に上層部のスタッフが変えたかったためだという。その際も、最後まで演出部はその決定に反対したそうであるが。


 筆者はこういう部分を大変に興味深く感じる。


 原作漫画のドラえもんの最初期はでっぷりとしていて、いかにも年上の「おじさん」風だし、どこか悟ったような物言いをしており、のび太に未来の道具を貸してやってはどこかに出掛け、自滅(じめつ)するのび太の醜態(しゅうたい)を見ては「何やってんだ。」と最後に一言突っ込みを入れて、オチにする役どころである(笑)。「世話好きなおじさん」のキャラクターだと見た当時の演出部の眼力は間違ってはいない。


 その後に急にエキセントリックになったり暴力的になったりとスラップスティック度が増していくドラえもん像は、73年版の上層部のスタッフが感じていたのかもしれない「同列の友達」としての方向へと向かっていき、最初期の「世話好きなおじさん」とはかけ離れてくる。
 富田さん途中降板は、変わりゆくドラえもんのキャラクターの「過渡期(かとき)」に接したクリエイター達のイメージの相違に端を発しているのではないか?


 結果として、富田さんの降板後に視聴率が盛り返すどころか逆に下がってしまったそうで、この作品のデータを調査したジャーナリスト・安藤健二氏は「声優交代は、裏目に出たようだ。」とのコメントを出している。富田耕生の「ドラえもん」は一応正しかったのだ。



 「世話好きなおじさん」を巧演した富田さんだが、その双璧のキャラクターも演じた。


 日本の操縦型ロボットアニメの始祖(しそ)、『マジンガーZ』の敵役(かたきやく)の大ボスでマッドサイエンティストでもある「ドクター・ヘル」である。
アマダ/マジンガーZ トレーディングコレクション■ノーマルカード■79/キャラクターカード/ドクターヘル

 老齢だが(設定年齢70歳。72歳という説も)、タフネスそのものの悪役で頑健な肉体を持ち、自ら造り上げたサイボーグを指揮して大組織を立ち上げ、世界征服を企む。


 ヘルの名場面は多いが、筆者が印象的なのは#87「爆死!! 恐怖のピグマン子爵!!」で、自分の配下の幹部のサイボーグの一人・ピグマン子爵が謀反(むほん)を起こすも、マジンガーZの攻撃で謀反人は爆発四散。その首は五重塔の天辺(てっぺん)に刺さって晒し首(さらしくび)のようになる。


 「あんな奴は死んだ方がいいんです。」


 と溜飲(りゅういん)を下げる同僚のサイボーグたちだが、元配下の惨死をモニターで見やる当のヘルは言葉少なに、


 「いや……しかし…。」


 と口ごもる。


 こういう自分の身内には非情になりきれない「人間の業(ごう)」とでもいうべきものを、息遣いと僅かな台詞で表現していて、今見ると強く引き込まれる。



 永井豪(ながい ごう)原作のTVアニメと富田さんは相性がよく、セクシーなアンドロイド少女が活躍する『キューティーハニー(1973年)』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20041103/p1)ではヒロインをサポートする低身長でハゲ頭の早見団兵衛(はやみ だんべえ)役で、コメディリリーフながら武芸百般に秀(ひい)でて渋い台詞もハマるお爺さんのヒーローを好演。いわゆるスターシステムで、そのままのキャラデザと性格で『UFO(ユーフォー)ロボ グレンダイザー(1975年)』でもメインヒロインの父親・牧場団兵衛(まきば だんべえ)役を演じていた(笑)。


 同じく永井豪原作で、「非行(ひこう)妖怪」(笑)を退治する地獄からの「妖怪パトロール隊」を描いた『ドロロンえん魔くん(1973年)』では、たたみ返し(#4)とイヨマント(#18)という毛色の違うゲスト妖怪を、小手先でない高い技術で演じ分けていた。特にイヨマントはその熱演がそのまま感動に繋がり、「泣ける妖怪アニメ」としても有名なこの作品を代表する一本になっている。


 妖怪役で思い出したが、妖怪アニメの金字塔(きんじとう)である水木しげる原作のTVアニメ『ゲゲゲの鬼太郎(きたろう/2作目・1971年)』の#2「妖怪反物(たんもの)」の異国妖怪・チーは、富田さんの堂々たる台詞廻しが却って妖怪の底知れぬ恐ろしさを漂わせていて圧巻だった。



 あと、これは記憶が判然としていないのだが、1970年代半ばに富田耕生は「こまわり君」の声を演じていなかっただろうか?
 「こまわり君」とは1974年から「週刊少年チャンピオン(秋田書店刊)」に連載された大人気マンガ『がきデカ』の主人公で、奇抜なギャグや下ネタで毀誉褒貶(きよほうへん)が激しかった作品である。
がきデカ 1 (少年チャンピオン・コミックス)

 その頃、菓子メーカー・ロッテが、平板で円形のラムネ菓子を円柱形のプラスチック容器に詰め、動物を象(かたど)った頭部とシッポには吸盤(きゅうばん)を付けた「ピタンキー」という商品にして売り出した。ラムネ菓子で「口中の快楽」を味わいながら、吸盤を自(おの)が身体に吸い付かせて「触覚の快楽」も併せて楽しもう、というのがコンセプトである。70年代は狂っていた!(笑)


 そのピタンキーのTVコマーシャルに「こまわり君」が起用され、


 「気持ちええのじゅあ、ピタンキー!」


 などとメッセージを伝えていたのだが(笑)、それを筆者は富田耕生の声で覚えていたのである。


 Wikipediaを引くと、それは同じく『マジンガーZ』のギャグメーカーでありオンボロな巨大ロボ・ボスボロットも操縦したレギュラーキャラで憎めない不良青年・ボス役などで有名なベテラン声優である大竹宏(おおたけ ひろし)が担当したとなっているのだが、一方で「ピタンキー」のCMは「ダミ声」だったというネットの書き込みもあるので、スッキリしない(大竹宏はどちらかといえば高音系の「ダミ声?」を得意とする声優である)。ピタンキーを良くご存知の方、どうかご教授いただきたい!


 筆者には、富田耕生のCMといえば荘厳(そうごん)そのものというイメージしかないから、「こまわり君」でのCM出演が本当ならば意外なのだが。
 フルーツの缶詰め、パイプ用洗剤、そして我々の世代にはロボットアニメに出てくる秘密基地の子供用玩具(がんぐ)のCMなどで、重厚にねっとりとその綺麗な低音で商品を精緻(せいち)に描写していく富田さんの美声が忘れられない。



 TVアニメに話を戻そう。


 悪役からボケ役、ポイントの役からストーリーを廻す側の役まで、何でもこなせた富田さんは、ひとつの作品の中で重要な役を2つ、ないしは3つ同時に演じていたことも多かった。
 3機の戦闘機が3種類の巨大ロボットに合体変型する『ゲッターロボ』シリーズ(1974年~)や『UFOロボ グレンダイザー(1975年)』、『惑星ロボ ダンガードA(エース/1977年)』などがそれだ。
ゲッターロボ VOL.4 <完> [DVD]

 『ゲッターロボ』シリーズでは、ゲッターチームの後見人でもあるレギュラーでメインヒロイン・早乙女ミチルの父親でもある、豪快かつ下駄(!)を履いていることで博士なのに博士らしくないガラッパチな早乙女博士(さおとめ はかせ)役が、正義側の主要登場人物でもあったので世代人には富田耕生が演じたキャラクターとしては最も印象的だろう。
 同作ではシリーズ後半でレギュラー入りするコメディリリーフで、ゲッターチームのメンバーと同じ高校に通っている瓶底メガネの小柄な詰襟高校生・ジョーホー(情報)役も兼任。フツーに聞いているだけだと完全に別人の声になっていて、この二人が会話をするシーンすらあったのだ! 2役だけでも大変なのに、そこにはアドリブと思われるような台詞があったりと、正に才気のカタマリである。



 最近(?)の代表作といえば、やはりバラエティ番組『あっぱれさんま大先生(1988~2003年)』で、落書きのようなカエルのキャラが実写の明石家さんまと会話をする「わしゃガエル」役であろうか?
あっぱれさんま大先生 (ピアノ弾き語り)

 番組のエンディングで、さんまとカエルがその回の総括(そうかつ)をするのだが、実際はアドリブ合戦でお互いがお互いを笑わせようとするし、自分だけが気の利いたことを言おうとする(笑)。
 殆んどさんまが勝つのだが、何回かに一回はカエルが勝つこともあり、その時のさんまの悔しがる姿が可笑しかった。


 ある時などは意気揚々と帰っていくカエルに向かってさんまが


 「ホントにまあ、いいオッサンが。……丸刈り胡麻塩頭(ごましお あたま=黒髪に白髪が入り交じった頭)で。」


 と、キャラクターではなく、富田耕生の素のルックスについてイジっていて思わず吹いた。それ、コアな声優ファンしか笑ってないですから(笑)。


 ネットの情報だが、「わしゃガエル」の正式名称は「イコカモドロカ ワシャカエル」。明石家さんまの主演映画『いこかもどろか(1988)』のスタッフTシャツ用に、さんまが描いたカエルのイラストが元になっているとのこと。



 筆者の富田耕生作品のおススメは、大人気TVアニメ『ルパン三世(第2シーズン/1977年放送)』の#18「ブラックパンサー(脚本/金子裕)」。映画の『ピンクパンサー』シリーズ(1963年~)のクルーゾー警部(演/ピーター・セラーズ)とその使用人・ケイトー(演/バート・クウォーク)をそのままパロディでゲストキャラに設(しつら)えたもので、コナイゾー警部とハゲイトーが登場する(笑)。


 富田さんはもちろんコナイゾー警部役(笑)。生きた黒豹が宿るという伝説の宝石・ブラックパンサーを巡って、ルパン三世(声/山田康雄)・銭形警部(声/納谷悟朗)・コナイゾー警部の三つ巴(みつどもえ)の戦いとなる。
 コナイゾー警部は使用人のハゲイトー(東洋人)の空手の先生でもあり、隙があればハゲイトーはコナイゾーに奇襲攻撃をしてもよい契約になっているので、コナイゾーは敵だけでなく身内にも気が許せない(笑)。
 そうこうしているうちに、ハゲイトーが意図せずブラックパンサーヌーディスト・ビーチに運んでしまい、ストーリーの中盤以降はルパン以下、メインキャストのほぼ全員が裸体で活動するハメになる!(笑) 今や国民的女優の高畑淳子(たかはた あつこ)が端役(はやく)で声優を務めているのも見逃せない!


 聞きどころはズバリ、コナイゾー警部の台詞廻しである。役どころはブラックパンサーの案件はすべて解決してきた鬼警部ながら、女好きでケセラセラの洒脱な人間でもある。
 富田さんの重厚さからC調(おふざけ)までの振り幅がある芝居が入り交じり、次第に番組が「富田耕生劇場」の様相を呈してくる。あと、富田さんの語尾の千変万化。こんなに語尾で遊び、存在感を出す声優もいないだろう。



 あっ! 富田さんの大切なTV-CMを忘れていた! 「風神さん」だ! (キャラクター名/「改源」=かいげん。カイゲンファーマー株式会社)
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 「風神(ふうじん)」とは名前の通り、大きな袋を持った「風を司る神」であり、17世紀の日本の絵師・俵屋宗達(たわらや そうたつ)の作品で有名である。それをモチーフに楽しげなアニメーションの「風の神さま」を風邪薬のCMに設えたものである。


 「風邪、ひいてまんねん。ピンポーン!」


 という名台詞もあった。


 不定期に放送していて、冬季の風物詩(ふうぶつし)であったのに。


 今年の冬から、富田さんの冬の挨拶が聞けなくなるんだなぁ。寂しくて堪(たま)らない。


(了)
(初出・オールジャンル同人誌『DEATH-VOLT』VOL.86(2020年12月20日発行)所収)


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