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仮面ライダーセイバー最終回・総括 ~文&武の根源、創作・物語とは何ぞや!? にも迫った逸品!

『劇場短編 仮面ライダーセイバー 不死鳥の剣士と破滅の本』 ~短編で戦闘だけ! そもドラマは必須なのか!?
『仮面ライダーセイバー』序盤評 ~作家が異世界で物語の力で剣闘するライダー群像劇!
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『仮面ライダー』シリーズ評 ~全記事見出し一覧


 映画『仮面ライダー ビヨンド・ジェネレーションズ』(21年)に仮面ライダーセイバーが客演記念! 8年後の後日談であるビデオ販売作品『仮面ライダーセイバー 深罪の三重奏(しんざいのトリオ)』(22年)が公開間近記念! ……とカコつけて、『仮面ライダーセイバー』(20年)総括をUP!――撮影機材も同じハイビジョンカメラであろう今となっては、映画とビデオ販売作品で何も違いはナイだろうという感じですけど(笑)――


仮面ライダーセイバー』最終回・総括 ~不評の同作を絶賛擁護する!

(文・T.SATO)
(2021年10月10日脱稿。2022年1月15日加筆)

仮面ライダーセイバー』総括 ~文&武の根源、創作・物語とは何ぞや!? にも迫った逸品!


 平成仮面ライダーシリーズからカウントすれば、ついに連続第22作目にも達した『仮面ライダーセイバー』(20年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20201025/p1)も無事に完結した。特撮マニア間での世評はやや低いようだが、筆者個人の総合的な評価はとても高い。


 本作の玩具面でのメインモチーフは「セイバー」の名の通りで「剣」。本作の作品世界に登場する多数の仮面ライダーたちも「剣士」として設定されて、全員がモノモノしい長刀のかたちをした極太の太刀(たち)を振り回す!


 玩具面でのサブモチーフとしては「本」となる。まぁ、要は90年代後半以降の『ポケットモンスター』(97年)や『遊☆戯☆王』(98年)にはじまる子供番組のメインストリームの作品群が初出で、今やすっかり定着したアイテムである「カード」や「カプセル」や「メダル」などに相当するミニアイテムが、本作ではプラスチック・カバーのカラフルな小型のハードカバーな「本」型ミニアイテムであったというワケだ――といってもパラパラとめくれる紙のページはナイのだけれども(笑)――。


 それらの「本」を仮面ライダーたちの変身ベルトの補助アイテムとしてベルトで「リード」、文字通りに「読み込み」させることで、ライダーへの「変身」に用いたり、それら「本」の数々である『ジャックと豆の木』・『三匹の子豚』・『ピーターパン』・『アラジンと魔法のランプ』・『猿飛佐助』・『ヘンゼルとグレーテル』・『ブレーメンの音楽隊』などといった「属性」に応じた小ワザや必殺ワザの数々を放ってみせている。


 すなわち、太っとい「豆の木」もといその「ツル」が敵怪人の方へと伸びていって弾き飛ばしたり、ペラペラした平面・2次元チックな絵本・アニメ調の絵柄のイタズラっ子チックな「三匹の子豚」が現実世界に出現(!)して敵を翻弄してみせたり、『ピーターパン』に登場する海賊フック船長の義手の「カギ爪」で攻撃してみたり、「ブレーメンのロックバンド」攻撃(笑)がはじまったりもするのだ。


 「ハリネズミ」だの「大ワシ」だの「地獄の番犬ケルベロス」だのの「本」たちは、「物語」形式の「本」ではない「生物」や「神獣」に過ぎなくて、作品の外側で公表されているウラ設定を見ないでいると、コンセプト的にはやや不統一なのでは!? ……とは思ったモノの、のちに「昆虫大百科」だの「海洋生物図鑑」だののナンでもアリ的な属性の「本」までもが登場したことで、物語形式ではない個別の生物や幻獣についての「本」の存在も認めざるをえなくなる(爆)。


 リアル&シリアス志向であった20年前の初期平成ライダーシリーズとはまさに真逆である、幼児には理解ができるとは思えない


「読破!」「重版!」「合併出版!」「3冊特装版!」


などの音声ガイダンスが響き出して、イイ意味で思わず笑ってしまう「イロモノ攻撃ワザ」が繰り広げられているのは、別に本作にかぎった話ではない。ここ10年ほどのいわゆる第2期平成ライダーシリーズの常套でもある。
 もちろんコレらの趣向も、昭和ライダーの変身ベルトの玩具にあった子供ウケするプレイバリューでもある、ベルトのバックルの風車が「光る! 回る!」というその延長線上、ホップ・ステップ・ジャンプ的な三段論法の先にある趣向だとも正当化はできるやもしれない(やや苦しい・汗)。


 それまでのストーリーや雰囲気とは遊離するかたちで、その場の空気を読まずに、それらの「本」のおおまかな内容


「とある(子ブタの)3兄弟が繰り広げるおウチを守る戦いの物語~」


などを変身ベルトの「音声ガイダンス」がクドクドしく説明まで始めてしまうのも例年のことだけど、ニギやかでしょうがない。もとい、日曜朝のファミリー向け番組として、たとえ辛気(しんき)クサくなりすぎたシリアスなストーリー展開があったとしても、コレで即座にコミカルに中和してくれてもいるのだ……――台無しにしているという意見があってもイイけれど(笑)――。



 そして、昨今の特撮マニアたちも、ソコにはケチをつけないどころか楽しんでいたりもする。おそらく今でも小学校中高学年くらいでマジメなマニア予備軍タイプの子供たちは、こーいう稚気あるオフザケ描写や玩具ギミックがイヤ~ンでそれで卒業してしまうのでは? とも思うのだ。
 しかし、若者文化にノレずにツマずいて幼少期に楽しんだ変身ヒーローものに退行(笑)してくる中高生のころになると、20世紀のように「本格リアル志向の特撮作品を作って、コレからジャンルの市民権を得よう!」などとムキになっていた時代は終わって久しいし――それもそれで仕方がなかった過渡期の時代ではあったのだ――、20世紀のむかしに夢見た未来とはカナリ異なるかたちにはなってしまったけど、特撮ジャンルもすでに相応に市民権は得ていて、その「世代」も万遍なく上の方はすでに「還暦」にまで達した目の上のタンコブ(汗)までいる時代なので、マニアになりたての中高生の若者でもそうそう気張ることなく、このテの稚気満々な描写も許せるどころか思わず笑ってしまいながら視聴している時代になっているとも推測するのだ。


 もちろんこの変身ベルトは、本作のライダーたちが「剣」をメインモチーフとしていることから、「剣」を収める「鞘(さや)」のイメージも兼ねており、ソコから抜刀して「剣」を振り回して一定のポーズを取ることでライダーへの変身も果たしている――ごていねいにもその際の音声ガイダンスは「♪ 抜刀ォ~!」(笑)――。


「剣」&「本」の止揚① 「剣士」にして「小説家」かつ「本屋さん」!


 「剣」と「本」。つまりは「武」と「文」。毎度このテの特撮変身ヒーローものお得意の水と油のモチーフではある。「車」と「宝石」の2大モチーフだった『魔進(マシン)戦隊キラメイジャー』(20年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200712/p1)並の無理難題である。
 しかし、そこは21世紀の東映特撮。「剣」を操ることになる主役の青年主人公の職業を「小説家」だとすることで、この両者に接点をナンとか持たせて、「剣豪」にして「文豪」だということにするのだ!――単なる番組のキャッチコピーで、本編中では「文豪」だとは称されてはいないけど――


 とはいえ、目に見えてわかる具体的な固形物を作ったりや売買したり制服を着用する職業などとは異なる、原稿用紙にペンを走らせて文字を連ねるだけの振る舞いである、視覚的にも仕事内容的にも抽象的・観念的な職業などは、児童はともかく幼児には理解ができるワケもない。あるいは理解ができたとしても絵的には地味である――だから、小説家が子供たちの憧れの職業になどなったことはない(汗)――。
 この小説家主人公も子供向け変身ヒーロー番組の宿命でカッコいい若者にせざるをえない以上は、昭和の時代の「文豪」のように和装をさせて、貫禄もあるかたちで座卓で執筆させるワケにもいかない。それでは子供たちの大勢にとっての憧憬対象たりうるカッコよさではなくなってしまうからだ(笑)。


 そこで、本作のスタッフが採った映像化の手法。それは小説家の主人公青年については、相応に細身で長身なカッコいい青年にしつつも、黒めの服装に黒いシルクハットを常に着帽させることで、そこらにいるフツーのカジュアルな普段着の若者たちとはちょっと違った風味を醸し出す。そして、本作のメインヒロインもこの小説家主人公の担当編集者として「原稿を催促」させることで、彼に常に付きまとうことの設定的必然性も出していく。
――もちろん『仮面ライダー』の歴史も永きにわたるので、いつまで経っても卒業できない我々は、黒いシルクハットに『仮面ライダーW(ダブル)』(09年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20100809/p1)における探偵主人公青年との類似を即座に連想してしまう。しかし、あの作品ももう10年以上も前の作品なのだから、比率でいえば極少数派にすぎない小姑的なマニアによる「酷似している!」イチャモンを気にする必要はナイだろう(笑)。大多数の子供たちやその父母層などの一般層、そして若年マニア層にとっては、服飾方面からの差別化・新鮮味にも成功していたとは思うのだ――


 そして、小説家主人公の住居自体がちょっと変わった「本屋」さん! 三面の壁の全体が背の高い「本棚」に囲まれているのだ! しかし、それだけでも弱いと思ったか、その「本屋」さんは近所の子供たちにも解放されていて「ヤイのヤイの」とニギやかですらあり、店内のスミには子供向けのガチャガチャ機器も数台ある。
――もちろん撮影の都合や、本作では多数のレギュラー仮面ライダーたちが集う場所ともなるので、近所の子供たちは序盤と最終回くらいにしか登場はしないのだが(汗)、児童はともかく幼児にとってのシリーズ序盤の「とっつきやすさ」につなげる趣向だろう――


 そして、その「本屋」の店内には、特に子供ウケもしそうな超巨大ジオラマを設置! そのスミには異世界風の急峻な「山」がそびえ立っており、その頂上の火口からはドライアイスの煙が垂れている。「樹木」も植えられて、ミニチュアの西欧中世風の「お城」や日本の近世の「お城」、やはり西欧風のミニ「ドラゴン」や「プテラノドン」が針金で刺されて飾られているかと思えば、ローカルな「駅舎」に「電車」までもが走行して鉄橋を渡っているデタラメさ(笑)。
 21世紀の「仮面ライダー」シリーズの人間ドラマ部分の内容は、児童はともかく幼児たちには理解ができない、やや高度なモノではあるだろう。しかし、10人前後のレギュラー人物たちがディスカッション劇を展開するようなシーンでも、この背景美術セットの力だけで子供たちの眼を画面に惹きつけてワクワクとさせ、アクションではない人間ドラマのシーンでもタイクツさせてしまうことを回避ができているとも思うのだ。
――それは、たとえば昭和のウルトラマンシリーズで、当時の子供たちの目を惹きつけてきた怪獣攻撃隊の近未来的な電飾満載の司令室とも、絶対値で見れば同等のモノだとも位置づけられるだろう――


 加えて、文字の「本」だけではなく、子供相手の「書店」として「絵本」、もっと云うなら「飛び出す絵本」が置いてあったり開いてみせるあたりは、我々ロートル世代的にはドーということもないけれど、自身の幼少期の記憶を振り返ってみても幼児たちには強くワクワクとアピールさせるモノだろう。


「剣」&「本」の止揚② 「ソード」「ロゴス」「ソードオブロゴス」!


 そして、本作における玩具のモチーフである「本」と「剣」に、少しでも劇中内での必然性を持たせるために、作品世界の基本設定・舞台設定自体にも「本」と「剣」それ自体を中核に据えてみせている。
 すなわち、映像本編では元ネタ・出典に対する明示はないものの、『旧約聖書』巻頭の「創世記」で唯一絶対神が天地を創造する最初に「光あれ!」と命じたことから、『新約聖書』の「ヨハネによる福音書」にてイエス・キリストの12弟子のひとりである使徒ヨハネがコレに言及して、「光」や「天地」が創造されるよりも前に「はじめに言葉(ロゴス)ありき」。つまりは「はじめに神さまによる命令の『言葉』、あるいは神さまとイコールなのやもしれない『言葉』(=ロゴス・論理・理性・真理・宇宙の法則)それ自体の方が先にあったのだ!」という名句を拡張してみせることで、作品世界を構築してみせてもいるのだ――ちなみに「ロゴス」とは元々はキリスト教の用語ではなく古代ギリシャ哲学の用語であり、その概念を成立間もない原始キリスト教側にて借用したものである――。


 そう、本作『セイバー』の物語世界それ自体が、ありとあらゆる万物の「言葉=ロゴス」の集積であった一冊の書物でもある「全知全能の書」だけが太古に無の中にポツンとまずあって、そこから世界や宇宙それ自体も創造(!)されたことが、小出しに明かされてもいく――劇中に登場するあまたの「本」型アイテムも、この「全知全能の書」がバラバラになって散逸したものの成れの果てだった! という成立理由もつけるのだ――。
 そして、その「全知全能の書」を「剣」をもって守護するために、聖剣に選ばれし「剣士」たちが集う「ソード オブ ロゴス」なる組織を設定して、ここに本作の「剣士」の別名でもある「仮面ライダー」たちの存立基盤を置いている――ナゼにそれを「仮面ライダー」と呼称するのかについては詮索するだけヤボである。ウス汚れている筆者なぞはそのへんは割り切りができてしまうけど(笑)――。
 そう、小説家主人公だけでなく大舞台の基本設定においても、「本」と「剣」に設定的必然性を持たせているあたりで、ココまでやってくれれば水と油の「本」と「剣」との並立にもムリが少なくなってくる! というモノなのである。


 小説家主人公が起居する舞台とはまた別に、本作の剣士たちでもある仮面ライダーたちが集っている、実は北極の地にあるという「ソードオブロゴス」の基地も設定! その外壁は白亜の石造りの西欧建築で、やはり室内の壁の3面には革表紙の「本」がギッシリと詰まった巨大な「本棚」に覆われた広間である――中世を除けば西欧建築の歴史とは古代ギリシャ建築&古代ローマ建築の意匠の配合比率の変化だけだよナ(笑)――。
 その広間の吹き抜けの2階部分の手すり越しには、「ソードオブロゴス」の北極支部こと「ノーザンベース」のトップである白衣の神秘的な年長女性! 我々オッサン世代には90年代後半に沖縄アクターズスクール出身の歌手として活躍したことが印象的である知念里奈(ちねん・りな)ちゃん演じるソフィアさまが、やはり2階にも多数収蔵されている本棚をバックに、ライトで照らされ鎮座ましまして仮面ライダーたちに指示やご宣託をくだしていくのだ。


「本」を守る「剣士」としての仮面ライダーたち。彼らの個性の出し方!


 そして、活躍する本作『セイバー』における10人前後もが登場する仮面ライダーたち。


・小説家の主役青年が変身するのが、「炎」&「ドラゴン」の剣士でもある赤い仮面ライダーセイバーこと神山飛羽真(かみやま・とうま)
・俗世(現実世界)ではなく「ソードオブロゴス」の世界だけで生きてきたらしい、「水」&「ライオン」の剣士でもある青い仮面ライダーブレイズこと、温厚で礼儀正しいオデコ出しの青年・新堂倫太郎(しんどう・りんたろう
・小説家主人公の子供時代の親友で「ソードオブロゴス」の一員でもある、「雷」&「アラジンと魔法のランプ(笑)」の剣士である黄色い仮面ライダーエスパーダこと、やはり温厚でも少し陰がある青年・富加宮賢人(ふかみや・けんと)


 一応はこの3人が本作のメインの仮面ライダーとなるのだが、#1ではメインの仮面ライダーセイバーだけが活躍!
 #1でも姿を見せて劇中世界の基本設定の説明役も兼ねていた青の剣士クンは、#1のラストで下半身をCGの青いライオンに変えて四足歩行で小説家の「本屋」さんに登場して、#2では仮面ライダーブイレズとしての活躍を見せる!
 黄色い雷の剣士クンも#2のラストで「本屋」さんに「空飛ぶ魔法のじゅうたん(笑)」に乗って登場。#3では本作における3号ライダー・仮面ライダーエスパーダとしての姿を見せるのか!? と思いきや、そこは変化球でそのお披露目は#4のラストまで引き延ばされて、#3では冒頭で宮沢賢治の名作児童文学『銀河鉄道の夜』(1934年)の物語をイメージCG映像も交えた小説家主人公とのコント寸劇(笑)のようにして、15年ぶりの再会で旧交を温める。


 ただまぁ、このテのコミカルなCG合成や背景美術セットの用意にも手間がかかるためか、「青いライオンの下半身」や「魔法のじゅうたん」に『トム・ソーヤの冒険』(1876年)など「世界名作文学のコント劇形式での再演」については、のちの回ではほとんど登場しないのはこのテの特撮ヒーローものの常ではあっても少々残念。ちなみに、この#3では、


・「土」&「亀」(古代中国神話の四聖獣である玄武=ゲンブ)の剣士で、変身前から極太長大剣を背負っており、それを変身ベルトにはせず「束(つか)」の部分に「本」をハメて変身する、本作における4号ライダーに相当する黒い仮面ライダーバスターこと、体育会系の豪快キャラでオジサンで子持ちでもある尾上亮(おがみ・りょう)


・悪側のナゾの3青年の集団の側に所属していて、「闇」の剣士でもある、作品の外では本作における7号ライダーとしてカウントされている、メタリックパープル色の仮面ライダーカリバーこと正体不明の人物


 以上の新ライダーが2名も参戦!――厳密には仮面ライダーカリバーは#1冒頭、小説家主人公の15年前の回想シーンから登場してはいるけれど―― バスターの方は往年の『仮面ライダーBLACK』(87年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20001015/p2)~映画『仮面ライダーJ』(94年)までの主役ライダーを演じてきた、ビール太り(笑)して久しい岡元次郎さんが演じている。今となってはこのバスターのような重厚な役どころはピッタリではあるだろう。


 そして、この悪のカリバー自体が「ソードオブロゴス」の年配戦士・バスターこと尾上や小説家主人公の親友青年・賢人とも因縁があることをほのめかし、賢人の父が「ソードオブロゴス」の15年前の裏切り者かつ悪のカリバーでもあり、カリバー再出現によって改めて悩み出した賢人をバスター・尾上が気を遣ってみせる描写も挿入して、主役ライダー以外の人物たちの世代間にまたがる相関図も描き出してみせていた。


 そして#4のラストで、1号ライダー・セイバー&2号ライダーブレイズがこのカリバーの猛攻で敗北しかけたところで、満を持して賢人クンが変身済である本作本来の3号ライダー・エスパーダが防いでみせるかたちで初登場!


・「風」&「真田忍者の猿飛佐助」の剣士である、5号ライダーに相当する緑色の仮面ライダー剣斬(けんざん)こと、やや小柄で童顔短髪系のヤンチャな少年・緋道蓮(あかみち・れん)
・「音」&「ヘンゼルとグレーテル(笑)」の剣士で、6号ライダーでもある赤紫(マゼンダ)色で顔のゴーグル部分がマンガでは大声を意味するトゲトゲの爆発吹き出し型(爆)になっている仮面ライダースラッシュこと、長髪を後ろで束ねた寡黙な青年・大秦寺哲雄(だいしんじ・てつお)


 前者の「ソードオブロゴス」の少年ライダーの方は#6にて登場。後者も#3から登場はしていたものの「ソードオブロゴス」の刀鍛冶(かたな・かじ)の専門要員か? と思いきや、#9で自身の変身用である聖剣がやっと直ったとかで突如として変身して、寡黙だったのにヒトが変わったように


「ヒャッハーーッ!」


とテンション高い甲高い奇声を発して、七色の五線譜に音符が浮かんだ攻撃ワザで戦い出す!
 ……単なるイカレたアブナいヒトじゃねーか!? まぁそれが作り手のねらいなのもわかります(笑)――やや脇役で彼独自のドラマをそんなに持っているワケではないし、仮にソレらを増量しても作品としては煩雑に過ぎてしまうので、こーいう漫画アニメ的・記号的・ネタキャラ的な方向性でキャラを立てておくのも正解だったと思うのだ――。


 コレら7人のライダーは、頭部から剣を思わせる長いトサカが伸びていることで――直立か前傾かの相違はあれど――、頭部以外のデザインコンセプトはバラバラでも、本作における仮面ライダーとしての一応の統一感を持たせることには成功している――ライダー剣斬のみ二刀流を反映して2本の小剣のようなトサカ――。


 そして、主役の赤いライダー・セイバーに至っては、#3で2号の青いライダー・ブレイズ所有の「ピーターパン」の「本」も使って、右半身は赤でも左半身が白から青に変わって左手に海賊フック船長のカギ爪(笑)を備えたタイプチェンジを披露!
 #4ではさらに3号の黄色いライダー・エスパーダに変身前の青年・賢人クンから預かった「ヤマアラシ」の「本」も加えた3冊の力で、胸から腹部の中央が黄色いラインで同じく黄色のシャープなヤマアラシの顔モドキも配置された、赤・青・黄の3原色となったタイプチェンジも目に掛ける!
――もちろんシリーズの中盤や後半にも本格的なパワーアップ劇を配さなければならない以上は、シリーズ序盤でのタイプチェンジなどはマイナーチェンジにすぎないモノなので、演出的にもドラマ的にも盛り上がり面では控えめでサラッと流されてはいる――


 さらに#8では、巨岩に刺さった抜けないハズの剣を抜いたことで「王」たる資格を得た、古代イギリス――厳密には北欧の海賊・ノルマン人が征服王朝を樹立する以前のケルト民族時代――の「アーサー王」伝説に依拠して、「アーサー王」の「本」の力でライダーセイバーがタイプチェンジをするや、アーサー王が使う大剣・エクスカリバーをも召喚!
――もちろん玩具っぽいデザインで色も濃い青だ。悪のライダーカリバーの方でもこのエクスカリバーを求めていたという接点は持たせたとはいえ、主役ライダーセイバーが専用で使う大剣に悪役ライダーカリバーの名の基となっている名称が冠されているあたりで少々違和感はあるけれど。でもまぁ、往年の人気深夜アニメ『Fate(フェイト)/stay night』(06年)シリーズのように、アーサー王(セイバー)を召喚したらその正体は実は金髪美少女剣士でメインヒロイン(爆)にもなってしまう! ほどのデタラメさと比すれば可愛いモノである(笑)――


 しかも、同型の大型エクスカリバーも中空に出現して――ご都合主義にもこーいう回にかぎって敵怪人も巨大化!――、さらにそれが変型して、モーションキャプチャーの人間クサい息づかいまである動作のCGで動く青い中型ロボット・キングオブアーサーまでもが出現してセイバーの挙動とも連動! さらには、ライダーセイバー自身を右手に持って剣としても振り回す!(爆笑!)


 仮面ライダーの本来のアイデンティティーであるハズだったバイクも、


「創刊! ディアゴスピーディー!」(笑)


の音声ガイダンスとともにセイバー専用2輪バイクが、ブレイズ&エスパーダ専用の3輪バイクも登場して、シリーズ序盤の#2や#5では、カネと手間をかけた出来のよいフル3D-CG映像で描かれた一種の異世界と化した崩壊途中の現実世界という設定であろうかビル街や高架の高速道路でのカーチェイスや、実景の白昼郊外ロードでのモーターバイクアクションなども見せてくれていた。
――このコロナ禍での緊急事態宣言で県境をまたいだロケが不可になった場合に備えての映像実験的な意味あいもあったのだろうが、幸いにしてそこまでキビしい規制がなされることもなかったので、最終的には背景が異世界となっているバトルが多用されることはなかった。まぁグリーンバック合成でも、質にこだわればCGチームの手間と負担は大きいだろうから、結果オーライといったところだろう――


序盤で仮面ライダー・タイプチェンジ・武器が多数登場することの是非!


 この#9までの時点で、都合7名もの仮面ライダーが登場して、中核の主役ライダーたちは色違いやパーツの装飾程度ではあってもマイナーチェンジを披露して、変型ロボットまでもが登場してしまう!
 コレをライダーの人数やタイプチェンジの数が多すぎる! あるいはこの人数ではあっても登場が早すぎる! と見るか否かはヒトそれぞれではあるのだろう――ググってみると、このあたりに現今の若い特撮マニア諸氏の批判が集まっているようではあるけれど――。


 しかし、このテのヒーローのマイナーチェンジなタイプの数の多さは、本作『セイバー』にかぎったことではないだろう。第2期平成ライダーシリーズのトップバッターこと10数年前の『仮面ライダーW』(09年)から、シリーズ序盤に主役ライダーのタイプチェンジが大量に登場するようにはなっていたハズだ。個人的には10年越しの今さらな批判であって、それを『セイバー』に特化した批判のようにしてしまうことにはアンフェアに思える。


 毎年1~2月にスタートであった2000~09年の第1期平成ライダーが、09年下期からは毎年9月スタートに変更となった第2期平成ライダーでは、最も玩具の売上高が上がる12月のクリスマス商戦合わせで、ソコまでに相応の数のキャラクター商品を登場させることが必須命題にはなっている――特撮ヒーローものにかぎらず、一般商品や食品なども含めて、同形商品の品数やバリエーションを無限といわず一定程度に増やせば、総合的な売上高は正比例ではなくても上がっていくことは、マーケティング的にも常識にはなっているので――。
 ウス汚れてしまった筆者なぞは、「商品販売スケジュール」=「ヒーローやタイプチェンジやアイテム登場タイミングのスケジュール」を大前提として、ソコに合わせてパズルのピースをハメるように、いかにしてソレらしい「物語」を構築していくか!? といったところが無意識レベルの大前提となってしまっているようであり(汗)、いつの間にやらその目線を血肉化して特撮変身ヒーロー作品を観てしまっていたようだ(笑)。


 しかしその観点からは、商業的ノルマを果たしつつも多数いる仮面ライダーたちを一度にいっぺんに初登場させたりはせずにバラけさせて各自にスポットを当てるかたちで初登場させたり、彼らのドラマや人物造形をややウス味でもまぁまぁうまくはコナしているとも私見はするのだ。
――ただ、その伝で云うならば、9月ならぬ10月スタートになっていた『仮面ライダー鎧武/ガイム』(13年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20140303/p1)~『仮面ライダーエグゼイド』(16年)の4作品は、9月からの4ヶ月間ならぬ10~12月の3ヶ月間にクリスマス商戦合わせでヒーローのタイプチェンジやアイテムをブッこんでいたことの方が、「仕方がナイけど、コレはさすがにキツいなぁ」と思っていたのも事実である。その4作品との比較で『セイバー』序盤などはむしろマシである、というのが筆者個人の判定なのだった――


 取って付けたような中型ロボットのゲットに至る道スジにおいても、『セイバー』世界におけるファンタジックな異世界「ワンダーランド」とも異なる、また別の「アヴァロン」なる閉鎖時空的なミニ異世界を経由させている。そして、そこには年明けに新たなる仮面ライダーとして活躍をはじめる、フードをまとったナゾの男も思わせぶりに登場! といったところで、ムリやりにでも諸々の要素に関係性やタテ糸を与えようとしているあたりも好印象ではあるのだ。


 ……今はむかしの80年代の東映特撮ヒーローものでこそ、こーいう凝った設定や作劇が観たかった! そうしてくれれば、当時のマニア向けTVアニメの後塵を拝することなどなかっただろうに! なぞと思ってしまう筆者は、きっと比較対象が今となっては30~40年も前の的ハズレとなってしまった勘違いの老害なのであろう。いやまぁ、一方でバイクやエクスカリバー変型ロボットがその後にほぼ再登場はしないあたりはドーなのヨ!? モッタイないヨ! とも思ってはいるけれど(笑)。


異世界ワンダーランド! 異世界への転移! 代替ブックへの転記!


 本作『セイバー』における映像的な目印。それはファンタジックな異世界「ワンダーワールド」である。毎回のオープニング主題歌映像の冒頭にも登場する、風光明媚でキレイな草原の上には青い大空が広がって、ワリと近い遠方には土岩肌もあらわな中国の桂林のような急峻な山々がそびえ立ち、中空には原理は不明なれどもあまたの大小の岩塊が浮遊する……。
 21世紀以降の異世界モノ深夜アニメや、『仮面ライダー鎧武』が最終章で転移した異世界(異星)もこんなビジュアルであったという意味ではテンプレだともいえるし、CG映像に対する目利きの方々にあってはキビしいことを云いそうである。しかし、70年代における合成ナシの東映特撮、新撮光学合成は各話で1カットだけだった80年代東映戦隊、巨大メカニック怪人を目玉に据えた年度だったので各話で光学合成(メカ怪人が放つ光線)が2カットに増量(笑)されていたスーパー戦隊超電子バイオマン』(84年)などの時代を通過してきたロートル・オタクとしては、こんなにも美麗で高精細なCG映像が観られるだけでも眼福なのだった。


 そして、本作では敵のゲスト怪人や敵幹部が所有する「白い本」をその手のひらで開くや、街の数百メートル四方の地表に同型で半透明の巨大な「白い本」が地ベタに置かれたかたちで出現! しかも、その「本」が見開き状態にパカッと開かれるやパラパラと高速でページがめくれていく映像がカブっていくと、その数百メートル四方が現実世界からは消失! その一角がまるまる「ワンダーランド」に転移してしまう!
――転移された一角からはその外側にある「ワンダーランド」の大地に出ていくことはできずに、その境い目には見えない壁があると設定。しかし、あたりには「ワンダーランド」同様にシャボン玉が多数浮遊していることで、異世界には転移していることを表現。ただし、その一角にある建物群の上層部などは褐色に腐りはじめていくことで危機感も煽っている!――
 さらに敵怪人が手許の「白い本」をめくるや、異世界転移した一角の上空には、見開きの相方ページに相当する、空から見下ろしたような建物の屋根や屋上を向けた街並みが、本を閉じられるように頭上に迫ってきてパタンと閉じるや、戦闘中のライダー&敵怪人はまた別の異世界――「ワンダーランド」内の別の場所?――へと転移する!


 そして、敵怪人によるそーいった行為自体が、敵幹部たちが集うアジトにある、ペンを持つ手の形をした中世チックな器具とも連動しており、こちらはプラスチックならぬ大判の革表紙である「アルターブック」なる本の白紙ページにナゾの文字が記されていく……。
――「アルター」は「Alter」。パソコンの左下スミにある「Alt(オルト)」キー=「オルタナティブ・キー」とも同じ。つまりは「オルタナティブ」(代替・二者択一・もう一つの~)という意味だろう。そういえば、往年の『仮面ライダー龍騎(りゅうき)』(02年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20021109/p1)にも擬似仮面ライダーとして「オルタナティブ」や「オルタナティブ・ゼロ」が登場していた――


本作のライダーたちの力の源泉とも同様な「本」の力で生まれる敵怪人!


 仮面ライダーシリーズにかぎらず、このテの特撮ヒーローものの一方の魅力でもある敵のゲスト怪人たちにも言及しておこう。平成ライダー初作の『仮面ライダークウガ』(00年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20001111/p1)と『仮面ライダー響鬼(ヒビキ)』(05年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070106/p1)といった東映の高寺成紀(たかてら・しげのり)プロデューサーが担当した2作品は除くものの、21世紀以降の仮面ライダーシリーズにおいてはヒーローと敵怪人が同根の存在であったり、同根ではなくとも同じか近縁のテクノロジーに基づく存在だとされてきた。コレにより「善悪の相対性」もしくは「正義」であっても一歩間違えれば容易に「闇落ち」してしまう可能性……といったテーマを、各作で濃淡はあれども設定面でもビジュアル面でも、特に2010年代の第2期平成ライダーシリーズでは玩具面でも感じさせる作りになっていた――その一点についてだけで云えば、昭和ライダーシリーズよりも平成ライダーシリーズの方が、実は石森章太郎の原作マンガに近い面も持っている――。


 本作でも動物や神話伝説に登場する怪物をモチーフとしたゲスト敵怪人たちが登場している。しかし、その出自もまた敵の3青年の集団が駆使する「本」=「アルターライドブック」だとすることで、正義の仮面ライダーたちとも一応は同等の存在だとしているのだ。
 しかし、設定的にはハイブロウでも実際に登場した敵怪人のモチーフはイイ意味で適度にB級であり、そーいう意味では東映特撮の伝統に準じているのだともいえる。すなわち「アリとキリギリス」の「本」からは大量のアリの怪人・アリメギド&キリギリスの怪人・キリギリスメギドが出現! 「みにくいアヒルの子」からはアヒル怪人ことアヒルメギドが出現! 「裸の王様」からは王様怪人こと王様メギドが出現!(←ナンなんだ、それは!?・笑)



 筆者のお気に入りは#3~4に登場した、トカゲの怪人かと思わせて両生類・サンショウウオの怪人であったベラベラとおしゃべりなハンザキメギド。いや、単体としてはカッコよくはない怪人なので思い入れはないけれど(爆)、名前がハンザキ(半裂き)、つまりは往年の『ウルトラマンエース』(72年)#47「山椒魚サンショウウオ)の呪い!』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070324/p1)に登場した四足歩行型の液汁超獣ハンザギラン――次作『ウルトラマンタロウ』(73年)#40ほかに登場しつづけている歴代ウルトラ怪獣の怨霊が合体した暴君怪獣タイラントhttp://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100211/p1)の背部になった!――と同じネーミングを継ぐ存在なので、妙に応援したくなったのだ(笑)。


 正義の仮面ライダー側のヒーローの頭数やタイプチェンジ、スーパー戦隊シリーズでも戦隊巨大ロボの頭数がインフレ化したことで、2010年代以降は両シリーズともに本来は各話ごとに登場するハズであるゲスト敵怪人の頭数を減らして、幹部級の敵怪人と話数をまたいで連戦させたり、何らかのSF的・伝奇的な理由をつけてゲスト敵怪人を再登場させたり、微改修して同族の別個体として再登場させる流儀が一般的にもなっている。
 本作『セイバー』でもシリーズ序盤でこそ、いわゆるゲスト敵怪人が登場はしたものの、シリーズ中盤以降は平成ライダーシリーズの定番であったライダー同士の仲間割れ&価値観の相違の延長線上として描かれるライダーvsライダー同士のバトルが主に描かれて――『仮面ライダーアギト』(01年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20011108/p1)や『仮面ライダー龍騎』(02年)で脚本家・井上敏樹が「発明」した手法!?――、ゲスト敵怪人が登場しない回も多くすることで、本作でも敵怪人を造形する予算をハブく処置が取られている。
 筆者個人はコレはコレでイイと思うし、それでも各話が相応に面白く出来ているので特に不満はない。本作のスタッフたちはもちろん意識はしていないだろうが、同様にシリーズ中盤以降はゲスト敵怪人があまり登場せずに、幹部怪人や強敵5大怪人と毎回毎回連戦しつづけた往年の東映ヒーロー『宇宙鉄人キョーダイン』(76年)を子供時代に不満がないどころか、むしろそれだけ強い怪人たちなのだ! と好意的に解釈して観賞していたことなどもロートル世代としては思い出す。


 とはいえ、#1に登場して撃退された西洋の泥人形巨人・ゴーレム由来ではあるも基本は人間サイズ(笑)であった敵怪人が、#3の冒頭で早くも再登場していたけれども、『仮面ライダー鎧武』シリーズ後半のように、3度でも4度でも同族の別個体怪人という位置付けで戦闘員的なザコキャラに堕していってもイイので、各怪人を幾度も再登場させてほしかったという気はする。


中盤で強化される敵怪人! 人間とも合体! 幹部級はぐれ怪人も活躍!


 年明け放映分の#17からは――厳密には年末最終放映回の#16ラストで――、「全知全能の書」の「目次」だけを一時召喚した余波の力によって、空中に「ワンダーランド」が目視できるようになってしまった一部の人間――夢見がちな文学的人間?――たちに対して、敵幹部が「新型アルターライドブック」を直接に埋め込んで人間自体を「メギド怪人」と化すことで、昭和のヒーローものでも平成ライダー各作でもあったような、シリーズ途中でパワーアップを遂げる敵怪人種族のパターンも展開!
――その初っ端の犠牲者は、メインヒロインの上司でもあるセミレギュラー女編集長で、往年の『ウルトラマンマックス』(05年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060311/p1)の女性隊員や近作『ウルトラマンジード』(17年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20170819/p1)ではウルトラマンゼロと合体した冴えないサラリーマンの優しい奥さん役も好演していた長谷部瞳! そうそう、文学なりお文化なりオタク趣味に親和性がある浮世離れした人間たちは、一歩間違えれば「メギド怪人」と化してしまうことをも風刺しているのだ!?(笑)――


 こーいう試みも好印象ではある。人間自体が敵怪人化してしまい、その怪人を倒してしまうとその人間も死んでしまう! という目先の変化付けは『仮面ライダードライブ』(14年)シリーズ後半などでもあったけど、『仮面ライダー』初作(71年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20140407/p1)シリーズ後半におけるショッカー怪人から2種の生物融合であるゲルショッカー怪人へ! 『地球戦隊ファイブマン』(90年)シリーズ中盤における銀河闘士から2種の生物融合である合身銀河闘士へ! といった子供心にもワクワクした展開の現代版でもあり、慣れてきたところで変化球を投入してみせる新鮮味があるではないか!? そして、コレによって街の一角がまるごと「ワンダーランド」に転移するような大掛かりなCG合成を省略もできることで、CGチームの負担も軽減ができているのだ(笑)。
 とはいえ、本作では新造のゲスト敵怪人は、カウントしてみると15体ほどしか登場していなかったのだが(汗)――それでも個人的には不満はないし、劇中でも不自然さはなかったとも私見――。


 話は前後するけど、旧来の東映特撮にたとえれば敵首領とゲスト敵怪人の中間に位置する幹部怪人クラスではあるものの、単独でも行動するようになっていく不気味カッコいい系で、ヤンキー(不良)のフテ腐れてカッタルげな体育座りのポーズも印象的な、その顔面が『仮面ライダー』初作の原型企画である「スカルマン」由来の骸骨モチーフかと思われるレギュラー敵怪人・デザストも、#4でカリバーが「本」から15年ぶりに封印を解くかたちにて登場!
 ゆえに年配戦士であるライダーバスター・尾上などとも因縁があるとして描かれるものの、その後も奇妙なポジションで悪の3青年幹部ともまた別のレギュラー敵キャラとして活躍して、『セイバー』シリーズ後半のストーリーの傍流で少年ライダー剣斬との奇妙な共生・因縁も紡(つむ)いでいくのはご存じの通りである。


剣士たちが離合集散! 価値観の多様性をも反映させたバトルロイヤル!


 さて、平成ライダーシリーズでは、3人のライダーが登場した第2作目の『仮面ライダーアギト』、そして13人の仮面ライダーが殺し合い(爆)をした第3作目の『仮面ライダー龍騎』以降、現代社会の価値観の多様化も風刺的に反映させるかたちで、複数の仮面ライダーが登場してバトルロイヤルをする作劇が見られて特撮マニアのみならず世間の一般層の注目も集めてきた。
 しかし、キャスティング予算を抑えたいという意図もあったか、『仮面ライダー電王』(07年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20080217/p1)~『仮面ライダーウィザード』(12年)までの6作品では、主要ライダーが2人しか登場しない作品がつづいて――主要ライダーが3人登場した『仮面ライダーディケイド』(09年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090308/p1)は除く――、そのことが個人的には残念ではあった。けれども、『仮面ライダー鎧武』(13年)以降は多数のライダー登場路線が復活しており、現代社会の価値観・人生観・美意識の多様性を多数のライダーたちが錯綜してバトルすることの行動原理にも反映させることが、今やデフォルト作劇ともなっている。


 本作でも期待にたがわず(?)、多数の仮面ライダー同士の対角線的バトルや不和が勃発! #9以降は黄色い3号ライダー・エスパーダこと賢人クンが、自身の父が組織の裏切り者かつ悪のライダーカリバーでもあることに悩んでますまず病んだり、ソードオブロコス内での人間関係も悪化していく。
 あげくの果てにナンとビックリ、カリバーの正体が今では賢人の父である先代ではなく、#1冒頭の15年前の回想シーンで先代・炎の剣士かつ先代セイバーとして登場して子供時代の小説家主人公を守ったゴツいオジサンこと上條さんだったと判明!


 #13でエスパーダはこの当代カリバーと対決するも敗北!(汗) 倒れたエスパーダこと賢人クンに仲間が駆け寄ってきて支え起こすものの、皆が熱演で泣きはらしているカナリ感動的なホロリとさせるシーンの中で、今際の際の言葉を残してナンと早くも死んでしまう!――しかも、その直後に黒雲となって消滅! カリバーの闇の力もあってか、死後の世界で地獄に落ちて「闇落ち」したらしい、カラーコンタクト(?)の瞳をカッと見開いた賢人クンの不気味な顔のアップ映像までもが映されて!――


 その後は賢人クンのリベンジだとばかりに、#15にて当代カリバーこと上條オジサンをついに打倒!――最後のトドメを刺したのはセイバーではなく、当代カリバー自身が#4で復活させた子飼いの幹部級ガイコツ怪人・デザストだったけど(汗)――
 しかし、当代ならぬ先代カリバーこと賢人の父・隼人(はやと)はやはり組織の裏切り者で、かつ上條オジサンとも親友関係にあり、上條自身が手に掛けてトドメを刺すも、隼人の裏切り行為自体が組織の中のまた別の人物が唆していた気配に気付いて、その真相を確かめるべく「闇の剣士」に身を落としたことと、真相解明の引き継ぎを今際の際に小説家主人公へ語る。そして、「ソードオブロゴス」自体への警戒をも呼びかけて事切れる……。


 闇に落ちたとはいえ、上條が15年前の親友闇落ちの真相を求めていた生きざまには一理があってスジも通っており、「ソードオブロゴス」への警戒を呼びかける遺言が一概にウソだとは思えなくなる小説家主人公――「上條の悩み」は「賢人の悩み」ともイコールであった……と静かに喝破させる慧眼のかたちで、いつもはハイテンションなギャグメーカーでもあるメインヒロインのキャラもココで立ててみせてもいた――。


 孤児なので「ソードオブロゴス」の中で純粋培養で育ってきたために、組織自体が親兄弟だとその正義を疑うことを微塵たりとも考えられない2号ライダーブレイズこと倫太郎。
 倫太郎ほど狂信的ではないものの、バスター尾上とスラッシュ大秦寺も、「ソードオブロゴス」の南極支部「サウザンベース」から来訪した黒衣のクールビューティーな美女幹部によって、「全知全能の書」の「目次」を見て「大いなる力」の一端にふれたセイバーが、その「大いなる力」を求めた先代カリバーと当代カリバーが組織を裏切ってしまった前例を根拠に、「小説家主人公も組織を裏切る可能性がある」などと吹き込まれて、「よもや……」との想いを募らせるようにもなっていく。


 そして、「ノーザンベース」の長・ソフィアが失踪したことで(実は拉致・幽閉!)、「サウザンベース」の指揮下に入らざるをえなくなった4人の剣士たちが、念のためとして小説家主人公に変身アイテムの譲渡を要求! しかして迷いながらも断ってみせる小説家主人公! そして、勃発するライダー同士のバトル! ……そう来なくっちゃ!(笑)


本作でもカッコよくて強いけど、イロモノ(笑)な追加ライダーが登場!


 ライダー同士のバトルでセイバーが絶体絶命となったところで、先のフードをかぶったナゾの青年が出現! その彼が一定の変身ポーズを取って抜刀するや、新たな仮面ライダーではなく「光の剣」と呼称される「長剣」だけが出現して(爆)、その「長剣」が宙を浮かんで4人ライダーとのさらなるシュール(超現実主義的・奇妙)なバトルを開始する!


 年明け後の初放映回である「光の剣」登場2話目では、70~80年代の小学館の各学年誌や児童マンガ誌『コロコロコミック』に連載されていたギャグ漫画『名たんていカゲマン』(75~85年)や東映特撮ヒーロー『ザ・カゲスター』(76年)のような「半透明でヒト型の黒い影」、3話目では「黒とグレーのヒト型実体」こと「闇」ではなく「光」が当たって生じた「影」だとする「シャドー」なるヒーローとしても活躍。飛んで6話目では彼本来の姿ではなく現代でのアメコミ(アメリカンコミック)に登場するヒーローの情報を「本」型アイテムに落とし込んで変身してみせる!(笑)


・「光」&「ヒーロー漫画(汗)」の剣士である、8号ライダー相当で金色メインのフルカラー七色印刷(爆)、頭部全体が七芒星になっている仮面ライダー最光(サイコー・笑)こと、当初はカッコいいけど次第に現世に1000年ぶりに復活したギャップで「天然ボケ」の役回り専任になる青年・ユーリ


 1000年前には「人間」であったものの、「闇の剣」と併せて乱用されることを恐れて「光の剣」自体に一体化して「人間」としての肉体を捨て去った彼だったが、小説家主人公が経営する「書店」の「本」を読破! この1000年間での人類の科学&文芸の進歩には驚嘆して、「世界」を守るという彼の使命に「世界とは人間が作っているモノだ!」と反駁してきた小説家主人公の発言に影響されて、守るべき「世界」の範囲と概念を拡張してみせる!
――物理学における「大宇宙とは知的生命体が観測できるようになるために作られているのだ = 大宇宙とは知的生命体が観測することで存在できているのだ」とするマユツバな学説「人間原理」とも通底させているのだろう――


 「最高だな!」「最高だろ!?」という定番ゼリフを与えて漫画アニメ的にキャラを立てられた彼ことユーリ青年は、当初は現代の「ヒーロー漫画」だけは主人公があまりにも悩みすぎていてドーなのか? というシブい感想を漏らしている。しかし、その数話後にはそのヒーローの姿を模した姿に変身してそのセリフまでをも口マネ(笑)することで、彼が現代社会の価値観および「むかしは強いヒーローがひとりいればよかったが……」などと今では彼もまた「悩める多様なヒーロー像」を認めたことをメタ的に同時に描いてもみせていた……。と思ったら、ソレもまた劇中「ヒーロー漫画」中のセリフのパクリであったという、メタにメタを重ねるギャグとする。
――いやまぁ、仮面ライダー最光に変身後もその顔面が、左腕甲に移動して巨大な盾になったり、右脚絆に移動してライダーキックを放ったりするデタラメさで、イロモノ以外のナニモノでもないライダーではあったけど(笑)――


 以降の基本は、小説家主人公&光の剣士・ユーリのコンビ vs サウザンベースのソードオブロゴスの配下になった4大ライダー剣士たち! の構図とはなる。しかし、


・人間と一体化した敵怪人を倒すことにためらう様子を見せないユーリと、あくまでも人間を救いたい小説家主人公との間での対立劇
・いきなりのバトルではなく、小説家主人公の「書店」を訪れてあくまでも対話での説得を試みようとする副主人公の青いライオンの剣士・倫太郎
・ライダーに変身して拳と拳ならぬ剣と剣を交えることで、光の剣士の真意を、あるいは小説家主人公の覚悟を確かめようとする刀鍛冶の大秦寺青年
・3号エスパーダこと亡き賢人を斬ったカリバーの発言を信じる小説家主人公など言語同断! 賢人が小説家主人公のことを我々とは違う意味で「強い」と云っていたことにも嫉妬するライダー剣斬こと蓮少年


 などなど、双方の陣営の内部でも温度差や対立劇を設定したり、陣営をまたがった点vs点を順次変えていく対角線としてのバトルとしたりもしている――さらにはそこに悪の3青年、および3青年とも別行動を取る幹部級怪人デザストも絡んで、三つ巴ならぬ四つ巴の抗争劇にも!――。


 とはいえ、そんな彼らでも敵怪人が街で暴れ出せば即座に休戦して戦場へと立ち向かうことで、双方ともに「私」ではなく「公」のために戦っているのだ! とは描写されるのだ――ただまぁ、悪人にはまったく見えない人間離れした事情通でもある光の剣士・ユーリが「今のソードオブロゴスに正義はない! 間違っているのは君たちだ!」と明言することで、作品世界の外側にいる我々視聴者にはドチラが正解かについては判明済だけど(笑)――


ヒーローvs怪獣怪人ならぬ、ヒーローvsヒーローの作劇・エンタメ的利点!


 ライダーvs敵怪人のバトルだけであれば、ナンというのか幼児でもライダーなり正義のヒーローの最終的な勝利が様式として確定していることは直感的にわかる。しかし、ライダーvsライダー同士との戦い! ともなれば、もちろん主役ライダーが最後に勝つのはわかってはいても、その度合いはややウスまって、怪人よりかは悪なり偽者なり同僚ライダーたちの方が強そうだから、予定調和感も少々ウスまり危機感の方が高まってくるというのも実感ではあるのだ。
 リアルに考えれば当事者同士は苦渋の極みで戦っているワケだから、このような鑑賞態度は「道義」的には「不謹慎」の極みではある。しかし、エンタメ活劇の視聴者にとってはこんなにもワクワクするシチュエーションはないのだ! もちろん「道義」とは人間にとっての大切なモノではある。このテのヒーローものはソレの重要性を訴えてもいる。しかし、エンタメ活劇とはやはり「道義」よりも「不謹慎」さの方こそが優先されるジャンルなのである(笑)。


 このへんの人情の機微を、昭和の『仮面ライダー』シリーズを立ち上げた東映の平山プロデューサーも、平成ライダー誕生以前の90年代には70年代初頭の『仮面ライダー』初作をサカナとして、「子供たちが最も観たいのはライダー(1号)vsライダー(2号)だ。ただし、片方が闇落ちしているとその片方は分が悪くなる。それを解消してイーブンにするには、双方ともに悪者にダマされているとすることだ。すると、片方だけがワリを喰っているプチ不快感はなくなり、エンタメ活劇としても楽しく観られるのだ……」といった論旨を、特撮雑誌『宇宙船』(号数失念)にて語っていた。そう、平成以降のライダー同士のバトルは、この平山の理論を奇しくも拡張させたモノだとの理論武装もできるのだ!


 しかし、刀鍛冶こと大秦寺スラッシュは剣を交えた末に小説家主人公のことを認めて、晴れ晴れとした表情で小説家&光の剣ことユーリの側につく。そして、その刀鍛冶のいわば「裏切り行為」をその度量の大きさで気持ちよく背中を押してみせる子連れ剣士の尾上さんことバスター……といった描写で、この両者のキャラを改めて肉付けもするのだ!
 義理堅くも危険なことにソードオブロゴスに残った尾上さんだが、美女幹部が刀鍛冶への批判をクチにすることについては許さず、小説家主人公の変身アイテムを奪還してくると息巻いて、改めてセイバーと対決! もちろんセイバーへの変身アイテム奪回は番組的にもムリだから(笑)、強化変身アイテム・エクスカリバーの「本」だけを奪回してみせていた。
 彼も内心ではソードオブロゴスと美女幹部への不信を抱きはじめたことを現わすために、小説家主人公がソードオブロゴスのトップ人物であるマスターロゴスに直談判するため「サウザンベース」へ連れていってくれ! と破格な申し出をしてきたことに対しては、万一のスパイの耳目を気にしてか表面的には激高して拒絶するも、その場に「サウザンベース」への「どこでもドア」たる「本」型アイテム「ブック・ゲート(本の門)」をワザと置いていくのも、それはそれでベタではあってもイキでイナセな描写で気持ちがよかった。


ヒーローの幾度もの強化に意味を付与! 敵味方の戦力バランスも変更!


 さてさて、80年代末期以降、少子化時代に対応するため、ひとりの子供に複数の玩具を購入させるためにも、変身ヒーローの多数のタイプチェンジや幾度ものパワーアップ劇は必須となっているのも、ご承知の通りである。
 本作でも主役ライダーセイバーの初パワーアップ形態であるセイバー・ドラゴニックナイトが#13にて初登場! もちろん多数のライダーが登場する作品であるために、その素体はセイバー本人だとわからせる必要があるためか、その意匠やシルエットはセイバーをまるまる踏襲してもいる。その上でナイト(騎士)の名にふさわしく、スマートかつマルみと光沢もある白銀メタリックな甲冑をまとって、ボディーや両腕には細くて赤いラインも入った姿ともなっている。
 #15ではセイバー基本形態のブレイブドラゴンと同じ名を持つ3D-CGによる「神獣ブレイブドラゴン」に搭乗して「目次録」がある異世界へと潜入して空中戦! 上條が変身した仮面ライダーカリバーを倒してみせるかたちで、そのカッコいいところをクリスマス商戦合わせ(笑)で魅せていた。


 第2のさらなるパワーアップ形態がセイバー・プリミティブドラゴンで、ちょうどシリーズの折り返し地点である#23で初登場。先のセイバー・ドラゴニックナイトと同じく、基本はセイバーの意匠やシルエットでも、その装飾パーツ部分を青白い白骨、その他を黒地にして骸骨・スケルトンに読み替えたデザインで、主役ヒーロー自身がダークヒーローになってしまうという変化球パターン。変身するやプリミティブ(原始的・野性的)の名の通りに変身者の理性や意識を奪って、ヤンキー粗暴犯的なコレ見よがしの威嚇・恫喝的な振る舞いで戦闘を開始する! なのだけど、我々マニアは近作『仮面ライダービルド』(17年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20180513/p1)の強化形態かつ暴走形態でもあった黒いビルドことビルド・ハザードフォームをついつい想起はするだろう(笑)――その類似が悪いというワケではなく――。


 もちろんそれはヒーローの宿敵や好敵手、あるいは悪者や偽者ヒーローの「不良性」や「ワル」の要素を、主役ヒーロー自身の要素にも投入・加味したものである。日本でも古くは敵種族・デーモン一族の1体と合体したマジメな青年が人間のために戦うも不良青年的な振る舞いにはなる不朽の名作マンガ『デビルマン』(72年)、近年でも闘争本能が強いレイブラッド星人の遺伝子を継いでいる主役の地球人青年が時に理性を失って暴走すると変身ヒーローの形態が色違いとなる『ウルトラギャラクシー大怪獣バトル』(07年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20080427/p1)、恐竜メダルの力で最強形態に変身すると暴走してしまう『仮面ライダーオーズ』(10年)、悪のウルトラマンであるウルトラマンベリアルの力を借りた姿にタイプチェンジすると暴走してしまう『ウルトラマンオーブ』(16年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20170415/p1)など。コレらが基本形態や最終形態ではさすがにヒイてしまうけど、中間の強化形態にすぎないというエクスキューズが脳裏の片スミにはあるならば、マジメでストイックな方々が多い特撮マニア諸氏でも安心して、「粗暴」で「乱暴」な戦い方でも「ワル」としてのカッコよさに浸れてしまう御仁は多いのではなかろうか?(笑)



 むろん玩具ノルマではあってもこんなにもキョレーツな暴走強化形態にパワーアップするからには、劇中でもそれに見合ったストーリーや段取りを用意しなければならない。本作ではその理由を「サウザンベース」の「禁書庫」に収められていた禍々(まがまが)しい革表紙の「禁書」が、従来の「本」側アイテムと比すればやや大型の「本」型アイテムに変型して、その中にセイバー基本形態用の赤いドラゴンの「本」型アイテムも合体収納、ソレをベルトにハメるという変化球によっても変身させるかたちを採っている。
 しかも、その「禁書」が書庫からやすやすと奪われてしまうと「サウザンベース」の面々がマヌケに見えてしまうことを避けるためにか、先にバスター尾上さんの助力で潜入してきた小説家主人公に、その正体を隠しているマスターロゴス御自らが直々に手引きして、「禁書庫」の出口に先に潜入させていた悪の3青年幹部のひとりとワザと鉢合わせ! そして、悶着の末に小説家主人公が、手にした「禁書」に操られるようにして暴走形態へと変身させている!


 そして、暴走形態に変身したあとは、むろんこのテの番組のお約束でムチャクチャに強い! 変身が解除されれば意識は戻るものの、コレにより新強化形態の暴走を止めるためにという名目で、各剣士間での和解は済みつつあるのにまだまだライダーvsライダーといった不謹慎な構図も継続できるのだ(笑)。つづけて#24と#25では作劇的パワーバランスを取るためか、「サウザンベース」およびそれともまた別の「第3勢力」それぞれにライダーが加勢する! それが、


・#24ラストでセイバー暴走を制止せんと出現した仮面ライダーカリバー3代目で、#25で早くも判明する#13でカリバー2代目に敗れて死んだハズの賢人クンの復活!
・#25では「サウザンベース」の美女幹部も、「煙」&「昆虫大百科(爆)」の剣士でもある、9号相当で白を基調に赤を混ぜた女仮面ライダーサーベラへと神代玲花(しんだい・れいか)が変身!


 このサーベラを演じる小柄なスーツアクトレス・宮澤雪による「前後180度大開脚」も披露してみせる優美かつ俊敏なアクション! バスター&スラッシュを圧倒していくアクション演出&特撮演出も実にすばらしい!


 この過程で「サウザンベース」は「ノーザンベース」とは異なり、大広間に人員多数がデジタル合成によって水増し(笑)整列させてある光景なども描写。壇上にはソードオブロゴスのトップであるマスターロゴスなる人物も配置して、彼が「サウザンベース」側に居住していたこともわからせることで、敵組織と物語のスケール感もアップさせていく。
――慇懃無礼なマスターロゴスの「中の人」は、『侍(さむらい)戦隊シンケンジャー』(09年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090712/p1)ではチャキチャキの江戸っ子キャラで、6人目の金色の「寿司」(爆)の戦士・シンケンゴールドでもあった相馬圭祐! かつてとはまるで異なる演技じゃねーか!? #25ではセイバー強化形態・ドラゴニックナイトへ変身直後に、セイバー再強化形態・プリミティブドラゴンへと無意識に強制変身してしまうことでハジき飛ばされてしまったドラゴニックナイトへの変身用「本」型アイテムを、ドサクサにまぎれてサーベラが回収することで、以降はドラゴニックナイトが登場しなくなるエクスキューズも一応はできていた(わかりにくい点描だったけど・笑)――


「齟齬の末の和解」&「物語の書換え」の果て、さらなる強化形態誕生!


 加えて、この暴走形態が登場したことで、この美女幹部が小説家主人公のことを「力を求める危険人物」だと副主人公の青い剣士こと倫太郎に唆してきたこととも奇しくも整合してしまう!
 そして、メインヒロインにもまた活躍の場が与えられる――文脈の都合であまりふれていないけど、ギャグメーカーも兼ねた彼女は各回でカナリ目立ってはいる(笑)――。青い剣士の倫太郎クンにマッチするいくつかの「本」型アイテムを無断で持ち出し、彼に渡すかたちでの接触を試みてしまうのだ! 小説家主人公に叱られますよ……とヒロイン相手にたしなめるや、ヒロインも彼がそんなことで叱るような小者・小人物ではないことを倫太郎も知ってるでしょ? と問い返す。倫太郎は小説家主人公とは実は戦いたくないホンネをヒロイン相手にコボし出す。あとから駆けつけた小説家主人公はそれらの話を盗み聞いてしまったことを恥じながらもその場へと出ていく……。


 倫太郎による改めての変身アイテム返却要望に対して、返答にはなっていないものの、彼は暴走形態への変身中に異世界・精神世界で寂しそうに涙を流している少年の姿を目撃していて、ナゼか異言語で書かれた禁書の内容を読めていた尾上の坊主頭なひとり息子クンによる「悪のドラゴンを助けてあげたい!」、幼少時に賢人と3人で過ごした白衣の少女も「助けてあげて!」と云っていた言葉も想起しつつ、実は自分はこの少年を救いたいのだ! と自身の心理を改めて整理をして絶叫してみせる!


「ムチャクチャですよ! (うしろを向いて)でも、そーいうところが飛羽真(とうま)クンらしくて、ボクは好きなんですけどネ!!」


と呆れつつもツンデレで絶叫する倫太郎!


「オレだってそーだよ! 倫太郎がいたからココまで戦って来れた! 仲間を信じる倫太郎だから、仲間を大切にする倫太郎だから!」


「アナタだってそーじゃないですか!?」


などという、リアルな写実というよりもコミカルなBGMまで流れ出す(笑)、#25での漫画アニメ的でも役者陣の「涙目」での熱演で演じられる一連のやりとり! コレはコレでベタでも、失笑させつつ同時に大いに泣かせてくれるダブルミーニングな名シーンにも仕上がったのだった!


 セイバー暴走形態の制御ももちろんテーマとなる。それは暴走形態への変身中に脳内で幾度も目撃する「涙を流している少年」こと「骨と化したドラゴン」との対話。そして、#27で明かされる「人間に同族たちを滅ばされてひとりボッチとなり『バッドエンド』(!)となってしまった子供ドラゴンの物語」(汗)――コレが近年の深夜アニメなどだと、凶暴なドラゴンの人間体はたいてい意外と性格がよい美少女なのだけど(笑)――。
 しかして、彼に深く同情しつつも、涙を流しながらの即興で、蛇足といえば蛇足な「同族たちが復活することはなかったけれども、天地の万物が彼の友だちとなったのだ……」(大意)という「後日談の物語」を語って慰める……。この一連がまたベタではあっても泣けてくるのだ! 「新たなる物語」の誕生! あるいは、既存の物語に新たなる後日談物語を書き加えることでの「物語の書き換え」!


 もちろんこの間にも、戦場でもよく沈思黙考をはじめてしまった(爆)という古代ギリシャの哲学者・ソクラテスよろしく、固まってしまったセイバー・プリミティブドラゴンに、新たな悪の「本」でパワーアップした3青年幹部のひとりの猛攻撃が迫るも、小説家主人公を助けるために仲間のライダーたちが、そして特に彼を信じると決めた青い剣士こと倫太郎ことライダーブレイズが防いでみせることで、彼らにも見せ場を与えてみせている!


 「骨ドラゴン」と和解した小説家主人公は新たなる「本」を現出させる。そして、セイバー・プリミティブドラゴンのボディーを赤とオレンジの暖色系に塗り替えるも、右胸・両下腕・両脚絆には骨ディテールを残した新たなる再々強化形態であるセイバー・エレメンタルドラゴンへと変身! 3青年幹部のひとりである強敵・レジエルを相手に回り込むように駆け足で接近していくサマをワイヤーアクションも駆使して宙を駆けたり空中前転なども披露させつつ、ついに撃破をしてみせることで、その強さを視聴者にも存分に見せつけるのであった!


ヒーロー強化形態に「未来の可変性」&「未来の決定性」の対比も反映!


 それら「新たなる物語」の誕生&「物語の書き換え」といった「未来の可変性」を、対照的に「闇の剣」の力で「確定した未来」の片鱗を垣間見ることができるようになってしまったカリバー3代目こと賢人クン、「全知全能の書」の内容にも通じている「歴史」や「未来」の確定! 「運命論」や「決定論」とも対比させつつ描き出していく……。


 「全知全能の書」には「歴史の最初~最後」までもが記されていることは、作品の外側から「語り部」として前回までのアラスジや基本設定を各話の冒頭で語ってみせている、ピエロ的な扮装をしたファンタジックな人物・タッセルによってもすでにフワッとは示されてはきていたのだ。
 ここで「全知全能の書」なぞというオオゲサな名称が生きてくる。そう、この宇宙の万物を創造したのみならず、この書には「歴史の最初~最後」までもが記述されている。つまりは『セイバー』の作品世界では「人間の歴史」どころか「宇宙の歴史」の「最初~最後」までもがすでにもう決まっているらしいのだ!


 そこで、マニア視聴者であれは思い起こすことであろう。先に先々代カリバーとなった上條オジサンはオオゲサにも「絶対的な力を手に入れて、普遍の『真理』を手にしてみせる!」なぞと豪語してみせたり、ある程度までは劇中世界の今後の「未来」を知っている素振りも見せつつ、「仲間を信じ、力を合わせていれば、『別の未来』もあったのかもしれない……」などと、「未来」の「可変性」についても思いを馳せて事切れていたことに!


 てなワケで、悪の3青年たる「メギド怪人」の首領たちも、堕落した「ソードオブロゴス」の長ことマスターロゴスの方でも追い求めている「全知全能の書」にも、ややネガティブな「宇宙の歴史の確定」=「運命論」といった意味合いを今度はまとわせていくのだ。
 しかして、それに抗って人間の「自由意志」および「想像力」で「新しい物語を作ろう」とする深夜アニメのスポンサー紹介でのKADOKAWA(旧・角川書店)のキャップコピー(笑)のような立ち位置に小説家主人公を置くことで彼のキャラも改めて立たせて、本作独自の「作品テーマ」も屹立させようとするスタッフの意図も立ち上がってくる。ここにおいて、主役ライダーの単なるお約束「物語の結末は、オレがキメる!!」なる決めゼリフもまた、別の異なる深い意味をもって輝き出すのだ!


 実に見事だとも思う。そして、その後のシリーズの展開を先回りして云ってしまえば、期待にたがわず本作シリーズ後半~終盤にかけても、このテーマをやや角度を変えつつ、ここでの展開を幾度も反復していくことで、作品テーマも強調されていくのだ。どころか、幾人かのラスボスもまた、太古より戦乱の絶えない愚劣な人間世界を新たにデザイン・書き換えせんとする者であったとしたり、太古においては「詩人」(!)であったとしたりして、強敵もまた「物語の結末は、ワタシがキメます……」などと主人公のアンチテーゼとしてテーマ的にも拮抗させる存在ともなっていく!


 ただまぁ、「運命論」と「自由論」では、往年の『ウルトラマンティガ』(96年)最終章3部作(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19961207/p1)などでも怪獣攻撃隊の女隊長が「ワタシ、運命なんて信じないことにしたワ!」(大意)などと語ったり、『機動戦士ガンダムSEED(シード)』(02年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060324/p1)シリーズのメイン巨大ロボ2体にデスティニーガンダムフリーダムガンダムの名が冠されて遺伝子工学決定論vs自由意志のメタファーがカブされつつも、「自由論」の方を賞揚することがミエミエでもあったりして、それもまた大昔はともかく近年のこのテのジャンル作品でのひとつのアリがちなパターンではあるのだ。


 本作でも大局的には「自由論」が勝利することはミエミエではある。しかし『セイバー』ではそこをもう一捻りして、「全知全能の書」には「単一直線としての歴史」ではなく、「全能」であるからには「可能性」や「分岐並行」した膨大で多様なる「複数線としての歴史」までもが先回りして網羅されていて、10万8千里の先まで飛んでもお釈迦さまの手のひらの上であるかのように記述されている……とするのであった!
 すなわち、ライダーカリバー3代目となった賢人は、自身が知っていた「未来」とは異なる「歴史」を小説家主人公が幾度か現出させて、それに驚いて彼に期待を寄せたくなったとしても、それでも膨大にある分岐した「未来」を見渡してみたら、やはりどの「未来」にも最後に破滅・バッドエンドが待っていることを再確認・落胆させて、まだまだ紆余曲折をたどらせることで、物語がミエミエの予定調和な単調さに落ち込んでしまうことを回避させてもいるのだ。
――過去に戻ることで歴史が分岐してしまうアメコミヒーロー大集合映画『アベンジャーズ/エンドゲーム』(19年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190617/p1)で、ヒーローのひとりであるドクター・ストレンジが1400万605個のマルチバース(分岐並行宇宙)を見た上で(笑)、そのうちの1個にだけあったラスボス打倒の勝機をツカんだ一連の逆用でもあるのだろう。来年2022年公開のドクター・ストレンジの主演第2作目の映画タイトルは『ドクター・ストレンジ/(イン・ザ・)マルチバース・オブ・マッドネス』。同作のほかにも『エンドゲーム』で幾つか誕生した分岐並行宇宙を舞台に連続TVドラマやネット配信ドラマが製作されているけど、アメコミヒーロー洋画も近年のウルトラシリーズやライダーシリーズに戦隊シリーズなどの日本の特撮ヒーロー作品同様に、舞台を並行宇宙サイズに拡大していくようである――


 もっと云ってしまうと、古代や中世のキリスト教神学においては、天地創造の唯一絶対神の「全知全能性」を強調するがあまりに、人間個々人が一見は「自由意志」を発揮しているようには見えても、それすらも全知の神さまはお見通しだという意味では「運命」は確定しているのだとする論調が正統であった。そこに、ルネサンス期や近世の哲学者・デカルトたちが「万物や動物は神さまが作った法則や物理法則に従うが、人間の理性だけは物理法則には従わない。自分で自分の在り方を決めることができるのだ!」といった主張をはじめたことで「近代」を後押ししたともされている。
 しかし、近年では人間の「精神活動」もまた結局は脳内電気信号や脳内化学物質による玉突きビリヤード的な純・物理運動の結果に過ぎないとも反証されてきている(汗)。ということは、『セイバー』における「運命」と「自由」を対比して「自由」の方を賞揚してみせる作劇は間違いで、メタレベルでは人間・生物・宇宙であろうが「未来」はすでに確定しているとする、いわゆる物理学でいう「ラプラスの悪魔」の概念が真の正解である可能性も実は高いのだ(爆)。
 けれど、それもまた我々の日常での生活実感とは大きく異なるのも事実だ。たとえ幻覚・錯覚であろうと主観的には人間には「自由」意志があるのだとしか思えないと感じる方がフツーだろう。近代社会の「刑罰」もまた「自由」&「責任」とのワンセットの概念になっている。よって、脳内物理運動を理由に個人の責任や刑罰を問えなくなると大変なことになってしまう(笑)。
 筆者個人もヒマがあると心の隙間に浮上してきてしまう虚無感・不全感から逃れるため、仮にすべてが究極的には無意味であったとしても(汗)、仮初の一時的な充実感・達成感を得て、小さな実績を少しずつ積み重ねて少々の自信とするため、ご臨終の床での後悔を少しでも減らすためにという後ろ向きな理由で、主観的にはコレは自分の「自由」意志だと思って、我と我が身を趣味活動ほかに追い立てているのであって(笑)、今後ともこの生き方を継続していくつもりである。よって神さま目線ではともかく、人間目線では不作為を正当化する害毒ともなりそうな不毛な神学論争は、我々のような浮世離れした奇人変人たちによる言葉遊び・知的遊戯にとどめておくのが無難だろう。


『セイバー』シリーズ後半も、執拗なまでに自己目的化(笑)したシャッフル群像劇を成功させていく!


 やや詳細に語りすぎて煩雑な論旨になってしまったので、以降は駆け足で語っていこう。
 『仮面ライダーセイバー』という作品のストーリーの大構造としては、まずは敵軍団を「本」から生まれるメギド怪人種族だとしたところからはじまって、次第に実は敵怪人を鎮圧する正義のヒーロー側の組織・ソードオブロゴス(の上層部)の方が怪しいとなっていき、それを体現する存在としてソードオブロゴスの長である当代マスターロゴスなる人物のねらいと品性下劣な本性を徐々に明らかにしていく。
 マスターロゴスを務める一族は不死でこそないものの、その一部は残っていた「全知全能の書」の力の余波で長命化。それゆえに、当代は愚かな歴史をつむいでいる人類に失望し、あるいはそれ以上に退屈もしており、新たな神として世界を滅ぼして作り替えれば人類も変われるのでは? などと考えてもいたとする――シリーズ途中からは荘厳な口調から狂喜の口調へと変わって、世界救済というよりかは全能感を満たして愉悦に浸りたい! という心情がミエミエといった感じで描かれることで、思想的にはごもっともでも人格的には悪として描かれることになるけど、のちに控える真のラスボスとの差別化としての漫画・アニメ・劇画的なキャラ立てとしては悪くはないと思うのだ――。


 #36以降は、このマスターロゴス自身も剣士ライダー全員の聖剣や多数の本を一度は強奪して天空の一所に集めて、「全知全能の書」そのものではないものの、ほぼそれに近い存在としての「本」を現出させることで、その力を使って、作品外では便宜的に12号ライダーとされている仮面ライダーソロモン(!)へと変身!
 剣士ライダー全員が束になっても叶わない圧倒的な強さを見せていく。さらに、世界各国の主要都市の上空にも巨大な「本」を出現させて宣戦布告! 各国同士の戦争もけしかけて、勝った者のみを生かす(爆)などとウソぶいてもみせていた。


 彼はまさにラスボス級の強さで描かれてはいるのだが、2010年代以降のライダー作品の通例で、彼はラスボスにはならないで終わってしまう(笑)。#40にてセイバー最終形態にしてメタリックブルーな色彩を採った仮面ライダークロスセイバーに敗北して、ラスボスの座をメギド怪人の長でもあったクールで無表情でニヤけた青年幹部・ストリウスへと譲ることになる。
 それまでとは異なりダミ声でしゃべりだした彼もまた、それまでに集めてきた「代替ブック」や「全知全能の書」の一部、現世とワンダーワールドを結ぶ少女の模造品の力などを用いて現出させた、「全知全能の書」に限りなく近い新たな「本」の力で、13号に相当する仮面ライダーストリウスへと変身する!――その顔面は「剣」モチーフではなく「開いた本」モチーフとなっていることでデザイン的にも別ラインの存在だとして差別化――


 このあたり、日本が東・北・西の3国に分かれて戦争している世界を舞台として、西都が主敵となるのか!? と思いきや、3国を渡り歩いていた小悪党チックなダークヒーローが超古代火星文明を滅ぼした宇宙生命体としての正体を現してラスボスと化した『仮面ライダービルド』(17年)。当初の主敵は作品内での5号ライダーにして黒いエグゼイドこと仮面ライダーゲンムだったのに途中で敗退して、ゲンムの父親がラスボスライダーと化した『仮面ライダーエグゼイド』(16年)。シリーズ途中では大企業が敵となるも、終盤では主人公自身がラスボス化して当初の主敵とも是々非々な決戦にモツれこんだ『仮面ライダーゼロワン』(19年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200921/p1)。それらの作品とは似て非なるも、二転三転するシリーズ構成という点では踏襲されており、「この次の展開はドーなってしまうのか?」といった興味関心でも視聴者を引っ張っており、観ていて飽きさせないのだ。
 しかも、綿密なシリーズ構成もできてはいるので、同じように二転三転する変転はあったとしても、行き当たりばったりで最後は尻すぼみといった弱点(汗)も抱えていた、往年の井上敏樹脚本作品群である『仮面ライダーアギト』(01年)や『仮面ライダー555(ファイズ)』(03年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20031108/p1)とは大違いでもあるのだ――いや、アレらの作品群も個人的にはスキだし、相応に評価もしてはいるのだけど(笑)――。


 この過程で、サウザンベースに鎮座していた当代マスターロゴスと女仮面ライダーサーベラとの間をつなぐ中間管理職として、サーベラこと神代玲花の兄でもある神代凌駕(しんだい・りょうが)が#28で登場して敵側を増員し、敵組織のヒエラルキー的スケール感も再強調! 第2クールでの剣士ライダーたちの内紛劇が徐々に和解へと向かって、少数名の例外を除いて改めて正義側の剣士ライダーたちがノーザンベース側に集結したのに伴なって、敵側のボリュームを増強する意味でもバランスが取れていた。
 この神代凌駕も#29では、「時」&「海洋生物図鑑」の剣士でもある、本作における10号ライダー相当の仮面ライダーデュランダルへと変身して、局所的な時間操作で瞬間移動に等しい超高速移動による攻撃も敢行して、正義側のライダーたちを圧倒してみせる!
 しかし、愚直・盲目的なまでに当主に仕える彼ではあっても、#35ではあまりにもな当代マスターロゴスの言動に不信感を覚えて、#36では正義側の剣士ライダーたちとも別個に、現当主に正統性がないと判断して反旗を翻してみせる! そして、正義側の剣士ともツンデレの関係で共闘するようにもなっていく……。
 もちろん小賢しい策も弄して悪事も重ねてきた神代兄妹。リアルに考えれば、カンタンにその罪が消えようハズもない。それで、彼ら兄妹の描写についてはリアリティーの階梯を下げることで、イイ意味で漫画・アニメ的な描写を与えられていく。兄にゾッコンでウットリとしてしまうコミカル演出が施されていく妹・玲花。#43ではギチギチに固まった直立姿勢から頭を下げて「このあいだは!!」などと大声でヒロインにお礼を述べようとするも、照れクサくてそれ以上の二の句が継げなくなる兄・凌駕といった具合に(笑)。


 このへんも、シリーズ前中盤ではアレだけの悪事を尽くしてきた仮面ライダーゲンム社長や仮面ライダーサウザー社長が、理性的に考えれば和解の余地もないほどの悪事を重ねてきた末に、シリーズ後半ではさらなる巨悪に対して共闘するための演出的クッションとしてコミカルな演技が与えられて、リアル度を下げた「ネタキャラ」と化すことで、ゼロにはならないまでも違和感を大幅に緩和して共闘のカタルシスの方を前面化させていた『仮面ライダーエグゼイド』や『仮面ライダーゼロワン』の踏襲でもあったのだ。
――細かく腑分けして云うならば、「リアル」と称されてきた平成ライダー初作『仮面ライダークウガ』の時代でも、悪役に対してではないけれどもレギュラーたちの溜まり場である喫茶店の店内で、黒背広姿の男客たちが一斉に同じ挙動をするようなアニメ的なギャグ演出の萌芽はすでにあった――


 さらに敵側には、本作第2クール序盤の放映中に公開された映画『劇場短編 仮面ライダーセイバー 不死鳥の剣士と破滅の本』(20年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20220109/p1)に登場したゲスト悪役であり、11号ライダーとしてカウントされている仮面ライダーファルシオンこと不死の剣士・バハトまでもが召喚されて、#34~38までの5話にわたって連投! 後付けだろうが、仮面ライダー最光こと光の剣士・ユーリ青年の1000年前における同僚の西欧騎士であったことも明かされる――ナゼに両者が日本人の相貌をしているのかについてはツッコむな!(笑)――。
 バハト亡きあとの#41でも、はぐれ幹部級怪人・デザストがこの仮面ライダーファルシオンへと変身するパターン破りも見せてくれていた。


 2号ライダーブレイズも、水ではなく氷の剣士だともいえる、白い長髪に白い体色で歌舞伎の連獅子をモチーフとした仮面ライダーブレイズ・タテガミ氷獣戦記へと強化変身! 過去に師匠を殺していた因縁の武闘派幹部怪人・ズオスを撃破してみせる!


 3代目カリバーこと賢人青年のナゾめいた行動も、世界を救ったセイバーこと幼いころからの親友である小説家主人公がこの世から消えてしまうという確定未来に耐えられないがゆえに、それであれば自身が世界を救うことと引き換えに消滅して小説家主人公を救おうとしていたことが判明! しかし、合理的な判断だったとはいえないものの、主人公補正(笑)で奇跡を重ねていく親友を信じて貫いていくことをついに決意! 闇の剣士・仮面ライダーカリバーから本来の雷の剣士・仮面ライダーエスパーダへと再変身を果たす!
 その空席を埋めるかたちで、あくまでも正義の心でノーザンベースの長である知念里奈もといソフィアさまも、剣士たちとのノーザンベースでの納涼大会で流しソーメンに喰らいつく!(笑) もとい4代目・仮面ライダーカリバーへと変身! 最終決戦では霊体として復活した初代カリバー上條さんと2代目カリバー隼人の助勢も受けるという、カユいところに手が届いて泣かせにもかかってくる全肯定的な徹底ぶりまでも!


 実質、ギリギリの最後まで正義側の剣士ライダーたちには合流せずに、サウザンベースからも離脱したあとは幹部級怪人・デザストと奇妙な交流&同道をつづけていた風の剣士ライダー・剣斬こと蓮少年については、やはり他のキャラとの差別化だろうが、「強さがすべてじゃない!」と云った小説家主人公や旧友・賢人の発言を、安易に認めさせることはなかった。亡き師匠の「強さこそがすべて!」だとの発言を延長していき、「強さの果てを見てみたい!」という想いを抱かせた末に、すべての剣士ライダーの剣術の祖でもあったという4賢神の復活洗脳体に対して、亡きデザストの剣術でもって打倒をすることで、後述する小説家主人公が進んだ理想主義的に過ぎる道とはまた別の異なる道スジも見せていくのであった……。


 強いて云うならば、1号ライダーセイバーこと小説家主人公、3号ライダーエスパーダこと賢人、ワンダーワールドと現世とをつなぐ存在かつワンダーワールド自体の人間化でもあった白衣の幼女――のちの成人女性キャラ化も役者さんの演技も含めてよかった――、この3人の幼少期からの人間関係が終盤のキーとなるのであれば、劇中主要人物の登場順序それ自体が作品世界の大構造にも微妙にシンボリックに影響してしまうのであるからして、子連れの4号ライダーバスターよりも3号こと賢人を先に変身させて、お披露目回では颯爽とヒロイックに大活躍をさせることで、印象の次元で作品世界のより強固な柱にしてほしかった気はするものの、まぁ些細な瑕瑾(かきん・欠点)で後出しジャンケンの指摘ではある。
――この3人のトライアングルからは漏れてしまった2号ライダー倫太郎&編集者ヒロインには淡い相愛関係を持たせていき、照れと不器用ゆえに前者が後者に告白できないところでギャグとするあたり、この過剰に重たくはならない適度なカルみが、よくある「愛さえあれば世界中を敵に廻してもイイ」といった感も漂ってくる独善性をも脱臭できていて、筆者個人は時にホロリとさせられつつも気持ちよく観られた――


武(身体的快楽)&文(精神的快楽)の根源に迫った『セイバー』総括!


 しかし正直、本作『セイバー』のテーマはシリーズ中盤で一度は描破されきってもいる。そして、テーマとしての正しさは、イコールで作品の質を保障するものでも連動するものでもない。端的に云えば、テーマがいかに正しくても作品として面白くなければアウトだし、テーマが政治的には正しくなくても作品としては面白ければ、それをそーいうものとして評価をすべきなのが作品批評でもあるのだ。


 そして、作り手たちも即座に物語をハッピーエンドに辿り着かせてしまうような(底の浅い)善人であってもならない! 主人公たちをイジメ抜いて艱難辛苦(かんなんしんく)を次々と与えつづけて、ヒイてジラして引き延ばすような意地の悪さ(笑)もなければならないのだ。短すぎず長すぎずの適度な手数の突きや蹴り! 一進一退のアクションの果てにこそ勝利が訪れなければカタルシスも生じてこないのだ。
 そして、その戦闘・バトルにできれば、登場人物たちの「行動原理」や「生きザマ」、あるいは登場人物個人をも超えた「思想性」をも体現させることで、それらの「大義」の象徴としての「バトル」や「勝利」として描けば、「ドラマ」と「テーマ」と「バトル」はついには一体化もしうるのだ!――いやまぁ、ありとあらゆるジャンル作品が常にドラマとテーマとバトルを一体化させている必要もないのだし、ドラマやテーマも必須ですらないことも強調しておくけど――


 『仮面ライダー鎧武』終盤でも侵略的外来植物に襲われて危険視された企業城下町が世界各国からミサイルを撃ち込まれてしまったり、『仮面ライダービルド』終盤でも外宇宙の惑星ひとつを破壊するだけの力をラスボスライダーが披露したものであった。
 本作でも仮面ライダーソロモンが世界各国に戦争をけしかけたり――結果的に各国はそれには乗らなかったが!――、世界主要都市の上空に出現させた「本」の力で世界を徐々に砂漠へと変えていく。
 真のラスボス・仮面ライダーストリウスを打倒はできたものの、その打倒とも無関係に世界終焉の「時」がまさに「今」であったようで、作品世界の端々に本のシミや虫食い穴のような黒い虚無が多数出現して、漆黒の闇と化していくクライシス描写なども見せてくれている。


 本作の放映ワクでの約30年前の作品である東映メタルヒーローレスキューポリスシリーズ第3作『特捜エクシードラフト』(92年)でも、その終盤では神と悪魔のハルマゲドン(最終戦争)に人類や異星人たちが巻き込まれていくといったストーリー展開であった。その構想だけは気宇壮大なのだけど、すでに初歩的なCGはあっても未発達であった時代なので、埼玉県寄居のアリゾナ州採石場・笑)で、サンクロース3人と黒いサンクロース3人が組体操のようなバトル(笑)をする表現にとどまっていたことを思えば、チャチなミニチュア特撮でもなく80年代以降のアニメ表現にも負けないスケール壮大なビジュアルをデジタル特撮で実現可能となった今は、筆者のようなロートル世代にとってはまさに夢の実現でもある――まぁ人類絶滅間近の地獄絵図なカタストロフ描写に喜びを感じるというのも「不謹慎」ではあるのだけれども、「特撮」や「物語」とは本質的に「不謹慎」さをハラんだジャンルでもあるのだ(汗)――。


 映像表現的にはまず、物理的な「本」が現世から半透明化して消えていく。そんな危機に対抗するためにヒロインにも改めて活躍場面を与えてみせる。彼女はネット経由での文字情報として「あなたには忘れられない物語がありますか?」と人々に問いかけるのだ! 返信が1通届いたところで、ストリウスによる英雄たちの美しい悪あがきで、世界の終焉を美しい「悲劇」として彩(いろど)ろうとした目論見は破れたものの、この作品世界ではこのタイミング・時点でこそが規定通りだったのであろう「世界の終焉」が今まさに訪れて、「虚無」の世界と化していく……。


 しかして、そこで終わったならば、子供向け・ファミリー層向け番組としては詐欺なので(笑)、#41あたりのラストで一般に募集していた子供たちや日本や海外のオタク視聴者(笑)数十数百名による「自分の好きな物語」を開陳する映像の果てに、世界は見事に復活を果たすことになる!
 事物を観測した人間による「記憶」さえあれば、その事物は実在できたり復活できたりするとした『仮面ライダー電王』やいくつかの平成ライダー作品や映画、小説家主人公が述べて光の剣士・ユーリも同意した「人間が世界を作っている」といった理屈、先にも述べた物理学における「人間原理」もSF的に拡大解釈(笑)するかたちで、小説家主人公の努力や力でも叶わなかった事象が今度は人々の力で実現するのであった!


 ……まぁ、この展開にノレなかったという諸氏に対しては、論理的に反駁できる自信もないのだけれども(汗)、筆者個人はこの展開を万全とは云わないまでも大いに気に入ったことは、世界の片スミに記録として残しておきたい。


 その前段である仮面ライダーセイバーvs仮面ライダーストリウスの戦いに付与された「物語」をめぐる禅問答も実によかったとも思うのだ。
 玩具販促番組として与えられた使命でもある「剣」と「本」。そして、主人公が「小説家」であるといった要素を活かすかたちで、見ようによっては陳腐凡庸なパターンの繰り返し、表層的な意匠・パッケージを変えているに過ぎないだけの存在だともいえる「物語」なぞというモノに――往年の人気マンガ『サルでも描けるまんが教室』(89年)でも引用されていた通り、「物語」には36通りしかパターンがないとする説すらあるのだ――、全員とはいわずとも大勢の人々は安らぎを与えられたり心躍らされたり、時にそれらを燃料として生きていったり、薪をくべられることによって同工異曲なのやもしれない「物語」を新たに紡いでいったりもする――つまり、すべての「物語」とは「二次創作」に過ぎないのかもしれないのだ!?――。
 それら「物語」にまつわるナゼや意義を、戦闘中の討論(笑)で問答させつつ、実に見事に「滂沱の涙」といった大団円へと到達させていく……。



 太古のむかしには詩人であって、小説家主人公と同様に言葉と物語を次々と紡いでみせていたというストリウスが達した境地。自分が自身の想像力で紡いでみせていたと思っていた「物語」のすべてが、イデアの世界(天上世界)なり「全知全能の書」にはすでに記されていたものであって、それが天啓のように降りてきていただけだったという絶望! 真の意味で新しいモノなどはない! 真の意味での独創性・想像力などもない! すべては意匠が少々異なるだけである! ……といった境地の方が、筆者も――作り手たち自身も?――理性の次元では正しいとすら思っていたりはする――逆に云えば、意匠が少々異なれば、それはもう「本質的」にはともかく「便宜的」には「新しいモノ」だとして扱ってもイイだろう――。


 たとえば本作『セイバー』も、スレたオッサンオタクとしては、すべての要素や描写に既視感はあったりもするのだ(爆)。しかし、たとえテンプレや王道でも、それでも面白くて感情移入・疑似体験をさせられる作品や、ツマラなくて味気のない作品といった相違が生じてくる。
 そうであれば、ネタの新旧それ自体は、作品の「面白さ」とは無関係とまでは云わないまでも主因ではないのではなかろうか? ネタの新旧以外、つまりは文芸批評用語で云うところの「ナラティブ」=「語り口」や「話運び」、作品を面白くするためのネタの効果的な並べ方や配置の仕方といったことへの注力にこそ、その作品の良し悪しを決定する主因があるのではなかろうか? そして、そこをこそ作品批評もエグっていくべきではなかろうか?
 本作『セイバー』の場合、それはノルマとして与えられた10数名の剣士や敵幹部たちをお団子状態にしないために、実に苦心惨憺としたのであろう各キャラの描き分け&配置の仕方のことであった。


 まぁ、「並べ方」や「配置」の仕方などど云ってしまうと、いかにも「物語」とはしょせんは人工物に過ぎないことが判明して反発する御仁もいるのやもしれない。しかし、その「並べ方」の推敲や精緻化の果てに、あたかも最初からそうであったかのように、その作品や登場人物たちにも血肉・生命が宿って感じられてくるようにもなるのだとも思うだ――とはいえ、そこにも個人の好みや見解の相違が入ってくるので、作品批評の決定打にはならないのだとしてもだ(笑)――。


 「物語とは?」「創作とはナンぞや?」「動物とは異なり、過剰な知性を持ってしまったヒトという種は、虚構・物語を必要としてしまうものなのか?」といった難題にも最終展開ではついにカスってもいく本作における、この自問自答的で思想的にも高次な境地は、昭和の時代のルーティンな特撮ヒーローものでは到達できなかったモノだろう。しかもそれは皮肉にも、玩具会社側から与えられた「剣」&「本」という2大お題目があったからこそ、大喜利的に到達ができた成果でもあったのだ。
 そう考えれば、玩具販促番組としての「運命」それ自体も決して忌まわしいことばかりではないのだし、その範疇にて作り手たちが「(集合)作家性」とでもいったかたちでテーマを「自由」に押し出していったことについても実に感慨深いモノがあるのであった……。


追伸:


 本作は近年の「仮面ライダー」作品としては珍しく脚本家の参加人数がやや多いものの、各話の内容にはブレがなく、個々の脚本家の作家性やクセといったモノも筆者個人は特に感じなかった――本作にかぎった話ではないのだが、ご尊名はクレジットされてはいなくとも、各話にメインライターなりプロデューサーによる手直しも相応に入っているとも推測する――。著名な音楽グループ・東京スカパラダイスオーケストラが演奏&歌唱する中南米的で明朗な主題歌や副主題歌の「歌詞」がシリーズ後半になればなるほど作品内容ともシンクロしてきて響き出してきたように、本作の世界観はもちろん放映期間の1年間を通じた、玩具販促スケジュールに合わせた大雑把なアラスジや作品テーマが、すでに放映開始前にメインライターやプロデューサーらによって企画書やメモのかたちで組み立てられて、関係各位に配布されてもいたのだろう――もちろん販促としてのヒーローの強化形態や追加ヒーロー登場回で披露される「新撮特撮」や「フル3D-CG」は、通常回のように1週間で製作できるモノではなく、その映像製作にも相応の長期間を要するモノではあるので、先に年間を通じた製作の段取りを決めておくための都合もあるためだ――。


 本作には劇中での宣伝テロップでも流されていた通り、各社のネット配信や映像ソフト収録用に、脇役ライダーや今は亡き先代師匠ライダーたちを主人公に据えたり、近作の正義ライダー&悪役ライダーとのコラボや対決も見せる短編の「外伝」作品も多数製作されていて、いずれもTV本編とは整合しない番外編などではなく「正編」の扱いともなっている。
 そして、それらの「外伝」のほとんどを、ウルトラマンシリーズの「外伝」作品の決定版だともいえるネット配信作品『ウルトラギャラクシーファイト』シリーズ(19年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200110/p1)、本作『セイバー』と同年度には『ウルトラマントリガー』(21年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20211021/p1)のメイン監督も務めている坂本浩一が手掛けてもいた!
 TV本編と比すれば安いギャラだろうに、マニアや怪獣博士タイプの子供たちは、このように虚構の作品世界を実在の世界でもあるかのように感じさせてくれる「外伝」といったものにも執着して、そんな彼らが数十年経っても虚構の世界で歴代ヒーローたちのその後に繰り返されている「戦いの物語」を妄想して、勇気や生への高揚を喚起させられてもいるといった人情の機微をよくぞわかっていらっしゃるのだ(笑)。ココを押さえずして、坂本浩一カントクのことを分かった気になってはイケナイ。
――逆に云ってしまうと、「その後は平和に暮らしましたとサ……」などというかたちで完全に終わってしまう物語なぞには、近代合理的な人間である以前に捕食する動物でもある以上は狩猟本能などもやはり残っている人間一般は、それまでの波乱万丈で血沸き肉躍る戦いや冒険の高揚を得られない日々の到来に対して、実は少々の失望をしている不謹慎さもあるのだ(汗)――


 小さなお友達向けではなく大きなお友達向けの趣向だけれども、「外伝」作品などでマニア視聴者の興味関心を囲い込んで、少しでもの小銭を稼ぐために映像ソフトの売上額などを高めることも、今後の日本特撮には必要なことであるだろう。むろん、無料配信どころか全世界的なインフラとも化しているYouTubeでの配信作品ではないので、これらの「外伝」を実際に鑑賞しているマニア諸氏は少ないのだろうが、今の時代は鑑賞した御仁によるお節介な解説や感想がネット上にはあふれかえってもいるので(笑)、それらの概要やエッセンスを把握するのも容易なのであるから、完全に閉じてしまった内輪ウケな試みでもないだろう。
 これらの「外伝」を観ていなければ、TV本編も楽しめないというモノでもないのだ。TV本編のシナリオなりシノプシスの方がやや先にありきで、「外伝」の方が後付け・二次創作的に脇役ライダーたちを肉付けしていったモノであることも、マニア的には推測もつくだろうし(笑)。その伝で成立過程は厳密に云えば不純なモノなのやもしれない。しかし、不純な動機からでも技巧的精緻や彫琢を極めた末に、ドロの中から蓮の花が咲くのだとお釈迦さまも云う通り、あたかも「全知全能の書」から降りてきたかのような物語を作ることも可能であろうことは、先にも述べてきた通りでもあるのだ。
 かくいうロートルオタクな筆者もまた、コレだけ本作『セイバー』をホメておきながら、あまたの深夜アニメの消化などに追われて、コレらの「外伝」作品を鑑賞していなかったりもするけれど(ダメじゃん・爆)、どのような媒体でも、しょせんは二次創作的な感性からの発現物であったのだとしても、だからこそ物語を紡ぎつづけていくことには賛同を表明したいのだ。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2021年秋号』(21年10月10日発行)所収『仮面ライダーセイバー』総括より抜粋。最終2章分と追伸のみ後日に加筆)


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