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スーパー戦隊シリーズ終了! 果たして「戦隊」を「終了」「休止」にしてもよかったのか!? ゴジラ・ウルトラのごとく、90年代末期以降の長期中断はアダになる!?

(2026年2月8日(日)UP)
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スーパー戦隊シリーズ評 ~全記事見出し一覧


 栄光の「スーパー戦隊シリーズ」が終了! との報にカコつけて……。『スーパー戦隊シリーズ終了」についての動議をアップ!


『スーパー戦隊』シリーズ終了! 果たして「戦隊」を「終了」「休止」にしてもよかったのか!? ゴジラ・ウルトラのごとく、90年代末期以降の長期中断はアダになる!?

(文・久保達也)
(2025年12月13日・脱稿)

*「終了」「休止」に対する、おおいなる「違和感」!


 2025年10月30日、あの「スーパー戦隊」が『ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー』(25年)を最後に「50年」の歴史に終止符を打つとする「関係者」の証言が共同通信をはじめとする各報道機関によっていっせいに報じられ、戦隊ファンたちには「50年」のメモリアル気分を一気に吹き飛ばしてしまうほどの強い衝撃を与えた。


 それから1ヶ月近く経過した同年11月24日、東映は2017年10月以降、現在に至るまで「スーパー戦隊」が放映されているテレビ朝日系日曜朝9時30分の枠で、2026年度に『超宇宙刑事ギャバン インフィニティ』(26年)を放映すると発表した。その『超宇宙刑事ギャバン』は「赤い」ヒーローが活躍する新シリーズとして企画され、今後放映される作品群をクロスオーバーさせて多面的な展開をしていくとする『超次元英雄譚(たん) プロジェクトR.E.D.(レッド)』の第1弾とされている。


 さらに、同年11月30日に朝日新聞が有料会員限定記事として配信した『戦隊シリーズを放送終了にした理由 東映役員が明かす背景と次の挑戦』において、東映の上席執行役員・白倉伸一郎氏は記者の質問に対して、以下のように答えている。



――初代戦隊である『秘密戦隊ゴレンジャー』(1975年放送開始)から今年で戦隊は50周年。その記念作であるゴジュウジャーが来年で放送終了になることで、戦隊シリーズは終了してしまうのでしょうか。


 いえ、戦隊シリーズとしては終了とは思っていません。休止です。戦隊の放送枠(テレビ朝日系、日曜朝9時半)は新たなものに変わりますが、戦隊作品そのものはいずれ復活する可能性があります。発表前の10月から「戦隊終了」の報道が出て、ここまで反響があるのは想定外でした。戦隊がここまで愛される存在だったのかと、ありがたい思いです。ただいずれ復活するにしても、10年は間を置いた方がいいと私は考えています。


――その理由は。


 戦隊の限界が見えてきた。そこを打破すべくいろいろな工夫をしてきましたが、50周年という節目も迎え、根本的に考え直さないといけないという場所にきたのは確かです。


(以上、原文のまま)



 「関係者」って誰やねん!? と、「戦隊終了」は「フェイクニュース」とする向きも一部では見られたが、みんなが待っていた公式の発表では、「スーパー戦隊」は「終了」ではなく「いったん休止」とされていた。


 それに対してファンの間では安堵(あんど)の声が広まっているようだが、個人的にはむしろ違和感の方が強くなってしまった。この違和感は、「赤い」宇宙刑事ならギャバンじゃなくて『宇宙刑事シャリバン』(83年)だろ! などという、高齢層のファンなら誰もが入れたであろうツッコミ程度におさまるものではないのだ。


*「15年半」もの「休止」が許された時代!


 これは公式の発表前に、「戦隊終了」が最初に報じられた2025年10月末の時点でも各所で見られたが、「仮面ライダーやウルトラマンだって何度も休止や復活を繰り返して現在までつづいてきたのだから、戦隊もここらでいったん休んで充電してから復活させた方がいい」とする声があまりにも多い。


 だが、かつてなら許された「休止」も、現在では許されなくなっているのではないのか!?


 ウルトラマンシリーズは、『ウルトラマン80(エイティ)』(80年)の放映が終了した1981年3月から『ウルトラマンティガ』(96年)の放映が開始した1996年9月に至るまでの間、実に「15年半」にもわたって新作のテレビシリーズが途絶えた時期があった。にもかかわらず、それだけ長期にわたって新作が存在しなくとも「ウルトラマン」の人気や知名度、商品的価値は決して衰退することはなかったのだ。


 この空白期間に「昭和」のウルトラマンシリーズは全国各地で繰り返し再放送されていた。特に関東地区ではTBSが平日の早朝や夕方、夏休み期間の午前中などに積極的に再放送を行い、1990年代前半ごろまでは毎年、必ずシリーズのどれかが再放送される状況がつづいていた。


 そして、この当時は家庭用のビデオデッキが加速度的に一般家庭に普及した時代でもあり、「ウルトラマン」や「仮面ライダー」といった往年のヒーロー作品が続々ビデオソフト化されてレンタル店にも置かれたことで、それらの再放送が少なかった地域でもいつでも手軽に楽しめるようになった。講談社の『テレビマガジン』や小学館の『てれびくん』などの幼年誌もそれらと連動するように各種グラビア記事やコミカライズ作品を掲載し、バンダイからは『ウルトラヒーローシリーズ』『ウルトラ怪獣シリーズ』と称したソフビ人形をはじめとして、各種メカの合金玩具や防衛隊員の銃装備に至るまで、多岐にわたる玩具が継続して発売された。


 また、テレビシリーズの新作はなくとも、映画『ウルトラマンZOFFY(ゾフィー) ウルトラの戦士VS(ブイエス)大怪獣軍団』(84年・松竹)や映画『ウルトラマン物語(ストーリー)』(84年・松竹)、アニメ映画『ウルトラマンUSA(ユー・エス・エー)』(89年・東宝)に映画『ウルトラマンゼアス』(96年・松竹)などの劇場作品も、不定期ではあるが公開されていた。さらに、海外との合作『ウルトラマンG(グレート)』(90年・バンダイビジュアル)や『ウルトラマンパワード』(93年・バンダイビジュアル)がオリジナルビデオシリーズとしてリリースされ、これらは1995年に関東ローカルではあったが地上波で放映もされたのだ。


 たとえテレビシリーズの新作はなくとも「15年半」もの間、ウルトラマンは決して露出を絶やすことなく、世間では常に身近に存在していた。だからこそ、現在では中年層近くに成長しているであろうが、この当時にあらたなウルトラファンとなった人々が意外に多いのである。


 問題はむしろ、「昭和」から「平成」にかけて生じた空白よりも、「平成」以降に生じた空白の方なのだ。


*たった「数年」の「休止」が、命とりになる!


 先述した『ウルトラマンティガ』につづいて、『ウルトラマンダイナ』(97年)に『ウルトラマンガイア』(98年)と、「平成」に入って復活したウルトラマンは3年連続で放映されたあと、『ウルトラマンコスモス』(01年)の放映開始までに2年弱のブランクが生じた。そして、この期間にウルトラマンの存在を決定的に揺(ゆ)るがせてしまう大きな出来事があった。


 「ウルトラマン」と同様に、『仮面ライダーBLACK RX(ブラック・アールエックス)』(88年)の放映が終了した1989年9月から、実に「10年4ヶ月」にもわたって新作のテレビシリーズが途絶えていた「仮面ライダー」が、2000年1月30日に『仮面ライダークウガ』(00年)で完全復活を果たしたことだ。
 従来にはなかったハードでアダルトな作風で多くの大人たちのファンを獲得した『クウガ』につづき、『仮面ライダーアギト』(01年)は若い女性たちのみならず、メインターゲットの子供たちの母親層をもとりこにすることで「イケメンヒーローブーム」を巻き起こした。


 これらに対し、「怪獣保護」をテーマにした比較的ヌルい作風だった『コスモス』は劣勢となり、放映は1年半の長期となったものの、次作の『ウルトラマンネクサス』(04年)の放映開始までにまたしても2年間の空白が生じてしまった。
 そのあいだにも、『仮面ライダー龍騎(りゅうき)』(02年)に『仮面ライダー555(ファイズ)』(03年)と、「仮面ライダー」が快進撃をつづけたことで、「ウルトラマン」の影はすっかり薄くなってしまった。


 「平成」仮面ライダーのうわべだけをなぞって、平成ライダーには存在していたヒーロー単独での強さや、明るい映像に、女性層にも受けそうなオシャレなスポットなどを主人公たちの溜まり場・ホームベースにしてみせるような点などには無頓着な作品であった『ネクサス』が、視聴率的にも玩具の売り上げ的にも大惨敗となる以前のこの時期に、現在へと至る「ウルトラマン」の商品的価値の凋落(ちょうらく)はすでにはじまっていたと解釈した方がよいのかもしれない。


 『ネクサス』で再び復活した「ウルトラマン」は、『ウルトラマンマックス』(05年)、『ウルトラマンメビウス』(06年)と2年半のあいだに連続で放映されたあと、『新ウルトラマン列伝』(13年)の枠でわずか全11話が放映された『ウルトラマンギンガ』(13年)に至るまでのあいだ、新作のテレビ放映は「6年3ヶ月」にもわたって「休止」となってしまった。


 『ウルトラマン80』と『ウルトラマンティガ』の間に生じた「15年半」に比べれば半分にも満たない期間ではあるが、まさにこの「休止」こそがウルトラマンにトドメを刺したといっても過言ではないのかもしれない。


 『メビウス』と入れ違いで放映され、「愉快なキャラクター」たちによる「コミカルな作風」と「ハートウォーミングな物語」を見事に両立させて、子供にも大人にも大人気だった『仮面ライダー電王』(07年)。
 「平成」ライダー「10周年」でありながら、最終的には「平成」のみならず「昭和」のライダーたちをもコラボさせたことで、往年の世代をも熱狂させた『仮面ライダーディケイド』(09年)。


 往年の名作ドラマ『探偵物語』(79年・東映芸能ビデオ 日本テレビ)を彷彿(ほうふつ)とさせるハードボイルドならぬソフトボイルド(笑)な作風ながらも、玩具を売るための作劇も両立させつつ、実にカッコもよかった『仮面ライダーW(ダブル)』(09年)……


 「仮面ライダー」の勢いがとどまるところを知らない一方、当時の「ウルトラマン」は年に一度の割合で「劇場版」を公開するのにとどまっていた。


 映画『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE(ザ・ムービー)』(09年・ワーナー)では、昭和ウルトラマンたちの故郷・M78星雲のウルトラマンたちが大集合! 100体もの大怪獣軍団との決闘! 日本でもすでにレンタルビデオやCS放送などで放映されていた『パワーレンジャー』シリーズ(92年~)で、監督兼プロデューサーかつシリーズ構成職としても活躍していたことが知られていた、スーツアクターやアクション監督上がりでもあった坂本浩一監督の国内での初監督作品といった話題性もあってか、そこそこのヒットを記録した。


 だが、その『ウルトラ銀河伝説』にて、ウルトラセブンの息子として華々(はなばな)しくデビューしたハズのウルトラマンゼロを主役とした映画『ウルトラマンゼロ THE MOVIE 超決戦! ベリアル銀河帝国』(10年・松竹)は内容的にはおもしろかったものの、興行的には大惨敗となってしまっていた。
 筆者が観た静岡市の劇場では、公開初日の初回上映の客がたったの数十人しかいなかった(!)ことをいまだに鮮明に記憶しているが、前作『ウルトラ銀河伝説』から『ゼロ THE MOVIE』までに生じたわずか「1年」のあいだに、新作映画をバックアップするには必須であったハズの新作テレビシリーズや総集編番組などのシリーズを「休止」していたことが、その惨状を招いてしまったのだ。


 『ギンガ』以降、最新作の『ウルトラマンオメガ』(25年)に至るまで毎年、再編集番組を半年間はさむかたちではあったものの、「ウルトラマン」は「ニュージェネレーションウルトラマンシリーズ」として、「12年間」にもわたって放映を継続できてはいる。だが、その『オメガ』にもアシスタントプロデューサーとして撮影現場などにも参加していたものの、心身症で途中離脱したという話題でも知られた某氏は、2025年5月16日に自身の個人ブログに以下のように記していた。



「なまじ一般企業にいると、ニュージェネ作品群の知名度の無さに驚かされます。


 まだウルトラマンってテレビで放送してんの? 何チャンネルでやってんの? というレベル。


 確実に(パチンコ企業の)フィールズの傘下(さんか)に入った時点が分岐点(ぶんきてん)だったのかなとは思いますが、もう過去の勢いは完全に鳴りを潜めているのが現状でした。活気があまりない感じ」



 かつては、「15年半」も「休止」していたというのに、みんなが「ウルトラマン」を知っていたのに、今では「12年半」も放映しているのに「ウルトラマン」を知らない人々が多く存在する。


 そんな時代に「スーパー戦隊」を「10年以上」も「休止」させれば、将来的には誰も「戦隊」を知らなくなるのが必然ではないのか? ましてや『超次元英雄譚 プロジェクトR.E.D.』とやらが大人気となったのなら、それこそ「スーパー戦隊」は復活のしようがないのではあるまいか?


 ところで、先述した白倉氏のスーパー戦隊は「10年は間を置いた方がいい」なる発言における「10年」には、ふたつの意味があると考える。氏ほどの人物が何の根拠もなしに「10年」なる数字を提示するハズがないのだ。


 まず、1965年8月3日生まれの白倉氏は2025年12月現在で60歳であり、ひと昔前の一般企業であればすでに定年退職してもおかしくない年齢に達している。10年後の2035年には氏は70歳に達する。それでもまだ東映に籍は置いているかもしれないが、第一線からはすでに退(しりぞ)いている可能性がきわめて高いだろう。まぁ、そのあとは後進世代が自由にすればいいということなのだろう。


 そして、もうひとつは、「10年」も「休止」すれば、「時代の空気」も「スタッフの世代」も変わってしまって、必然的に従来のシリーズとはやや差別化された作品になる、ということである。「平成」仮面ライダーをはじめ、これまで氏が関わってきた長命シリーズの作品群には、意図はせずとも結果的にその「時代の空気」も実に的確に反映されていたことが伝わってくる。そんな白倉氏が語った「10年」には、あまりにも重みを感じずにはいられないのだ。


 しかし、この変化の速い時代で、子供向けの競合コンテンツも多い時代に、そして我々が幼少時にまず真っ先にその目を引きつけられた「キラキラとした光学合成」による「非日常」的な「特撮映像」なども、世間一般のテレビCMやゲームなどでも簡単に観られるようなってしまった今の世においては、「昭和」や「平成」の御世のように「ウルトラマン」や「仮面ライダー」のアドバンテージ(優位性)はゼロではないにしても減ってはおり、一度は卒業しても「懐かしさ」と「新鮮さ」といった矛盾するふたつの要素を両方ともに持って、幾度もの復活を遂げたようなことは、もう不可能なのではあるまいか!?


――むろん、それでも「キラキラ」とした非現実的な「特撮合成映像」や、奇抜で爽快感あふれる身軽でアクロバティックな「アクション」に、幼児の目を引き付けるような「異形の着ぐるみ」や「仮面のキャラクター」に「スーパーメカニック」などを前面に押しだしていくことは、「特撮」ジャンルのアイデンティティーとして、あるいは「子供向け番組」としても絶対の必須の要素ではあるのだけれども――


 たとえば、往時の年長の特撮マニア間では猛烈に酷評されてはいたものの、当時の小学生男児たちからは高い人気を獲得していた『平成ゴジラシリーズ』(89~95年)があった。しかし、『平成ゴジラシリーズ』が休止を迎えて、『ミレニアムゴジラシリーズ』(99~04年)で復活を果たしたものの、その間隙の時期に登場した『ポケットモンスター』(96年)や『遊☆戯☆王』(97年)にすっかり人気を奪われてしまったのだ。そして、子供間での「ゴジラ人気」はついに復活することはなかったのだ。


 映画『シン・ゴジラ』(16年)や映画『ゴジラ -1.0(マイナス・ワン)』(23年)の大ヒットそれ自体は喜ばしいことではある。しかし、あれらの作品は次代の特撮マニア予備軍をも相応のマス(大量・規模)でも産み出してくれるような、良い意味での適度な「B級感」をも伴ったような、子供間にも根付いていくような人気ではなかったのだ。


 そう考えると、今の時代に長命シリーズを休止させてしまうことは、シリーズの充電にはならずに、むしろかえって客商売としてはトドメを刺してしまうような行為なのではないだろうか!?


*ナゼにいまごろ、『宇宙刑事ギャバン』なのか!?


 さて、『プロジェクトR.E.D.』の第1弾として発表された『超宇宙刑事ギャバン インフィニティ』は、のちに「メタルヒーローシリーズ」の第1弾として位置づけられた『宇宙刑事ギャバン』(82年)の要素を継承しつつも、ゼロから世界観を構築した新作となるようだ。


 往年の『宇宙刑事ギャバン』は、かつて捜査中に行方不明となった宇宙刑事ボイサーと日本人女性とのあいだに生まれた混血児で、地球では母親の旧姓を使って一条寺烈(いちじょうじ・れつ)と名乗っていた主人公青年のギャバン=宇宙刑事ギャバンが、銀河連邦警察のコム長官によってボイサーの後任として地球に派遣され、地球征服をたくらむ宇宙犯罪組織マクーと戦う物語だった。


 撮影時に周囲の光景が映りこむほどに全身が銀色に輝くメッキのスーツで造形されたギャバン自体のカッコよさもさることながら、ふだんはコミカルで三枚目的なキャラクターではあるも、マクーとの戦いではアクロバティックにダイナミックなアクションを披露する烈を演じた大葉健二氏の存在が『ギャバン』では実に大きかった。


●クライマックスの必殺技・レーザーブレード
●電子星獣ドルに変型する超次元光速機ドルギラン
●あらゆる次元・空間への突入が可能なサイドカー・サイバリアン
●飛行能力を誇る高次元戦闘車ギャビオン
●小型ドリルタンクのスクーパー


など、さまざまな装備を誇るギャバンだった。しかし、その最大の魅力のひとつはギャバンに「蒸着(じょうちゃく)!」(変身)する前の烈による肉体派アクションだったといっても過言ではない。


 実際、第17話『走る時限爆弾! 白バイに乗った暗殺者』をはじめ、烈を演じる大葉氏のアクションを全編にわたって見せるために逆算して構築された脚本もいくつかあったほどなのだ。「昭和」の特撮ヒーロー作品を知らない若い世代に向けて、実は個人的に最もお勧めしたいと考えるのが、この『宇宙刑事ギャバン』なのである。


 それから時を経た2012年1月21日、この『ギャバン』をはじめとする「宇宙刑事シリーズ」の「30周年」を記念し、スーパー戦隊シリーズ第35作として当時放映されていた『海賊戦隊ゴーカイジャー』(11年)とコラボさせた映画『海賊戦隊ゴーカイジャーVS宇宙刑事ギャバン THE MOVIE』(12年・東映)が公開され、初日と2日目だけで興行収入が約1億6000万円、観客動員数約15万9000人を記録し、興行ランキング初登場第2位の大ヒットとなった。


 当時は『ギャバン』のリアルタイム世代が親となり、『ゴーカイジャー』が好きな子供とともに楽しむには絶好の企画だったからこそ、そこまでのヒットに至ったのだろう。


 同作の好評を受けて製作されたとおぼしき、同年10月20日に単独オリジナル作品として映画『宇宙刑事ギャバン THE MOVIE』(12年・東映)が公開された。ただし、初日から2日間の興行成績は興行収入が約7395万円、観客動員数が約5万9000人と、『海賊戦隊ゴーカイジャーVS宇宙刑事ギャバン』の半分以下の数字にとどまってしまった。


 『ゴーカイジャー』のような現行作品とのコラボで子供をも誘致するのならともかく、かつては大人気だった『ギャバン』ですらも、この当時にすでに単独では客を呼べなくなっていたのだ。


 その後、映画『仮面ライダー×スーパー戦隊×宇宙刑事 スーパーヒーロー大戦Z(たいせん・ゼット)』(13年・東映)を皮切りに、


●オリジナルビデオ作品『宇宙刑事シャリバン NEXT GENERATION(ネクスト・ジェネレーション)』(14年・東映ビデオ)
●オリジナルビデオ作品『宇宙刑事シャイダー NEXT GENERATION』(14年・東映ビデオ)
●映画『スペース・スクワッド ギャバンVSデカレンジャー』(17年・東映)
●映画『宇宙戦隊キュウレンジャーVSスペース・スクワッド』(18年・東映)


など、先述した『ギャバン THE MOVIE』にてコードネームの「ギャバン」を継承した主人公青年・十文字撃(じゅうもんじ・げき)=宇宙刑事ギャバンtypeG(タイプ・ジー)をはじめとする主要キャラらを、「仮面ライダー」や「スーパー戦隊」らとコラボさせた作品群が、何度かの「休止」をはさみつつも監督・坂本浩一と脚本・荒川稔久ほかのコンビで、足かけ5年間にわたって製作されてきた。


 『ギャバン THE MOVIE』の興行不振を教訓として、視聴者の記憶にまだ新しい「スーパー戦隊」作品のその後を描いた続編とカラめるかたちで、若い世代にギャバン・宇宙刑事・メタルヒーローを啓蒙(けいもう)したこれらは、実に意義深い作品群であった。


 ところで、現時点でギャバンが活躍する映像作品としては最後になっている『宇宙戦隊キュウレンジャーVSスペース・スクワッド』の公開は2018年6月30日である。2025年12月の時点で「7年半」もの「休止」が生じている。これは先述した『ウルトラマンメビウス』と『ウルトラマンギンガ』の間に生じた「休止」の「6年3ヶ月」をすでに上回っているのだ。



 ちなみに、『宇宙刑事ギャバン』の放映「40周年」だったハズの2022年度に、東映は続編や新作の放映、イベントなどの展開をほとんど何もしなかった。強(し)いてあげれば東映特撮YouTube Official(ユーチューブ・オフィシャル)でオリジナルの『ギャバン』を全話配信した程度だった。
 「40周年」のメモリアルイヤーですらも、『ギャバン』を世間に啓蒙しようとする動きを見せなかったのに、「戦隊」がダメだからと今になって唐突に『ギャバン』を引っぱりだしてくる節操のなさには閉口せずにはいられないのだ。


 あくまで、原典の『ギャバン』と世界観を共有していた『ギャバン THE MOVIE』や『スペース・スクワッド』などの「続編」として製作するのならともかく、それらからかなりの年月が経過した今、すべてを「リセット」して「ゼロ」から世界観を構築するという『超宇宙刑事ギャバン』に、果たして勝算はあるのだろうか?


 『ギャバン THE MOVIE』が公開された2012年の時点で、残念ながら『ギャバン』は単品ではすでに客が呼べないという厳しい現実が突きつけられているのだ。


 ここ3年ほどの「ウルトラマンシリーズ」を観ても、歴代ウルトラマンシリーズの怪獣たちを何度も再登場させながらも、歴代のウルトラマンたちが一切、客演しなくなってしまったことで、たとえ並行宇宙の関係にはあっても、地続きの世界観になっていた歴代ウルトラシリーズとは完全につながりを隔(へだ)ててしまっている。


 個人的に最も愚(おろ)かだと思えるのは、先述した映画『ウルトラマンゼロ THE MOVIE』にて「多次元宇宙=マルチバース」なる概念を生みだしたことで、その後の新作映画やテレビシリーズでは「昭和ウルトラマン」も「平成ウルトラマン」も「ニュージェネレーションウルトラマン」も、すべてのヒーローが無理なく共演可能となったにもかかわらず、『ウルトラマンブレーザー』(23年)以降はそれを廃してしまって、前作の主人公ウルトラマンとの共演すらも見られなくなってしまったことだ――ブレーザーは次作『アーク』にも客演したが、本物ではなく並行宇宙の別人のブレーザーであったことで、マニア層にも不満を残していた――。


 実際にも『ウルトラマンブレーザー』と『ウルトラマンアーク』(24年)は、それ以前の作品に比べて玩具の売り上げも落ちているのだ!――ちなみに、オタク第1世代などの高齢マニアはともかく、青年層~中年層(爆)間での特撮マニア人気のバロメーターにもなりうる、ネット上の無料動画配信サイト・YouTube上での各話の再生回数も、それまでの作品群に比べると半減しているのだ―― だからこそ、円谷プロも「戦隊終了」を「対岸の火事」として見ている場合ではないのだ。


 「戦隊」に代わる新しい枠が『超次元英雄譚』というのなら、それこそ『スペース・スクワッド』のような東映版『アベンジャーズ』として『超宇宙刑事ギャバン』を製作し、『スペース・スクワッド』のラストシーンで、宇宙の各地でも歴代メタルヒーローや歴代戦隊ヒーローが実は今でも悪と戦っていることが明かされていたように、往年の東映特撮ヒーローたちとの共闘を描くべきではなかろうか!! それこそが、「集団ヒーロー」であった「スーパー戦隊」の代替企画として最もふさわしいのではあるまいか!?


 その『超宇宙刑事ギャバン』が成功したのなら、その後、数年間は「宇宙刑事」をはじめとする「赤い」メタルヒーロー作品がつづくのかもしれない。


 あるいは、往年の「赤」い東映ヒーローとして世代的には真っ先に浮かんでしまう『快傑ズバット』(77年)をリメイクして、原典が視聴率が好調でも玩具が売れなかったから打ち切りとなった二の舞とならないよう、子供にも楽しめる作風にするとか(笑)。
 はたまた、『仮面ライダー響鬼(ヒビキ)』(05年)の当初の企画であった「赤」い『変身忍者 嵐』(72年)のリメイクを実現させ、今や完全に途絶えてしまった「時代劇ヒーロー」を復活させるとか。
 意外な「変化球」としては、『人造人間キカイダー』(72年)のリメイクで、全身が「赤」い「悪魔回路」ばかりの「キカイダー」を当初は悪のヒーローとして登場させ、人間たちとの出会いで「良心回路」がめばえて、次第に身体に「青」い部分が増えていき、第2クールに入るころには全身が「青」の正義のヒーローに生まれ変わるとか(笑)。


 いや、そんなことを年度が代わるたびに試行錯誤するのではなく、最初からそれらの東映の歴代ヒーローやそのリメイクヒーローを順次、小出しに登場させて、「戦隊」に代わる「集団ヒーロー」が登場できる世界観にすればよいのだ! 敵側についても、『スペース・スクワッド』におけるように、往年の「悪の組織」の幹部たちが結集した「連合軍」にすればスケール感の拡大にもつながるだろう。


 そうすれば、例年の夏休みに「仮面ライダー」と二本立てで公開される「劇場版」は、無理なく毎年「大集合系映画」とできるだろう!
――本来は、「ライダー映画」とも合体させて、1本の映画としてスッキリさせてほしいところではある。しかし、双方ともにテレビシリーズを撮影しながら、夏休みの「劇場版」のためだけに、2組の主役メンバーたちのスケジュールを調整することが難しいゆえの処置であることもよくわかるのだが――


*もはや「販促至上主義」を否定している場合ではない!


「『仮面ライダー』が革新路線なのに対して、『スーパー戦隊』は安定路線だと言われていますが、そんな流れに甘んじていると、安定どころか消滅するぞ、みたいな危機感は常に感じています。まだやれることがあるんじゃないか、もっとやれないか、今の作品を作っているプロデューサーには、まだまだ考えることがたくさんあると思います。等身大ヒーローという側面では、仮面ライダーとやっていることは変わらない。ではスーパー戦隊の独自要素は何かと考えると、それは『巨大ロボット』ではないかと。等身大ヒーローと巨大ロボットのハイブリッドこそスーパー戦隊の独自性なのですから、映像技術の面も含めて、いかに魅力的に見せることができるか、を考えてもらいたいんです」
(『スーパー戦隊50周年 東映・白倉伸一郎が見据(す)える未来 「ゴジュウジャー」に期待する“歴代戦隊の再定義”』シネマトゥディ 2025年3月30日配信記事・原文のまま表記)



 「昭和」の『バトルフィーバーJ(ジェイ)』(79年)以降、バンダイ(当時はポピー)は50年近くにもわたって、一貫して合体巨大ロボの合金玩具を「スーパー戦隊」の最大主力商品として発売しつづけてきた。


 「スーパー戦隊」を海外向けに翻案(ほんあん)した『パワーレンジャー』シリーズ(93年~)の玩具の版権が、バンダイ・アメリカから別の会社に取られてしまったことは当然、大きい。しかし、日本国内においても、「戦隊」の玩具が売れなくなってきたのは、「巨大ロボット」が売れなくなったということである。白倉氏が云うところの「スーパー戦隊の独自性」が、残念ながら世間や子供たちには受け入れられない時代になってしまったということなのだ。


 『獣電戦隊キョウリュウジャー』(13年)が玩具の売り上げで「戦隊」史上最高額を記録したということは、それからわずか10年ほどのあいだに「スーパー戦隊の独自性」のメソッド(手法)が次第に通用しなくなっていったのだろう。


 ちょうどその当時に再度の復活を果たした「ウルトラマン」も、「防衛組織」の「メカ玩具」が売れなくなったがために、ある意味では立派な「ウルトラマンの独自性」だったハズの「防衛組織」を近年では廃してしまっている。まぁ、「防衛組織」を出したらレギュラーの登場人物が増えてギャラが大変だとか、「防衛組織」の司令室のセットのためだけに映画会社の撮影スタジオを半年間もレンタルして、本編美術班が内装をつくって飾りつけもするので、そこで大きな予算がかかってしまう、といった理由も大きいのだろうけど(苦笑)。


 「スーパー戦隊の独自性」=「巨大ロボット」は、若者や子供間での「モービル(自動車などの乗りもの)幻想への減退」などとも連動していたのであろう。「巨大ロボット」の玩具がかなり高額であるとか、「巨大ロボット」への合体機構が幼児がパターン認識するには複雑になりすぎてきている、といったこともあるのだろう。少なくとも、2010年代後半以降には急速に売れなくなっていったようなのだ。



 いまさらになるのだけれど、たとえば「巨大ロボット」を登場させずに、戦隊ヒーロー&ヒロインが等身大のままで強化形態となって巨大怪人と戦うとか。あるいは、それこそ『ウルトラマンオメガ』の「メテオカイジュウ」や『星獣戦隊ギンガマン』(98年)の「星獣」たちのように着ぐるみの「味方の巨大怪獣」を戦わせたり、その「巨大怪獣」の能力や武器で戦隊ヒーロー&ヒロインがパワーアップするとか。過去のシリーズにも前例はあるものの、『忍者戦隊カクレンジャー』(94年)や『魔法戦隊マジレンジャー』(05年)のように戦隊ヒーロー自身が「メカロボ型の巨大戦士」に「2段変身」するとか。はたまた、5人の戦隊ヒーロー&ヒロインが合体して巨大ヒーローになるとか。


 同じ「構造改革」をするのなら、奇をてらった「設定」や「世界観」にするよりも、そういった「変身」や「怪獣」などの延長線上で「スーパー戦隊の独自性」を打ち出すべきではなかったか? いや、それらを今後の新作の「独自性」にすればよいであろう。



 しかし、筆者個人は中年と化しても、「戦隊」の合体巨大ロボがいまだに大好きである。ただ、00年代末期以降の「仮面ライダー」作品を観ていると、敵の等身大の怪人以外に、月に1回くらい(笑)、あるいは主にシリーズの序盤や主要な回などで時折りに、伏線もなく唐突に登場してくる巨大モンスターを、ライダーが「合体ロボット」も使わずに等身大のままで倒してしまう描写があるのだ!


●合体ロボットで巨大怪人と戦うスーパー戦隊。
●巨大な姿になって巨大怪獣と戦うウルトラマン。


 子供の目線でこれらを見比べたら、最も強そうに見えるヒーローは誰か? と考えれば断然、「仮面ライダー」に軍配があがるだろう。「ライダーひとり勝ち」の理由は、案外そんなところにもあるのかもしれない。



 先述したように、原典『宇宙刑事ギャバン』にはギャバンをサポートするカッコいいスーパーメカが多数登場していた。だが、「ウルトラマン」の「防衛メカ」や「スーパー戦隊」の「合体ロボ」が売れない時代に、『超宇宙刑事ギャバン』にそれらを登場させても売れないであろう。まぁ、「電子星獣ドル」だけは今でもウケるかもしれないけど。


 「ひとり勝ち」の「仮面ライダー」のバンダイの主力商品は、なんといっても「変身ベルト」をはじめとする「なりきり玩具」である。しかし、原典の『ギャバン』の変身は「蒸着!」と叫ぶのみであり、そもそも「変身アイテム」は存在しなかった。「ゼロ」から世界観を構築するようなので当然、今回の『ギャバン』には「変身アイテム」も用意されるのだろうけど、「各種メカ」や「巨大ロボ」も出せないような状況では、それだけではいささか心許(もと)ない。


 だからこそ、先述したように『超次元英雄譚』は最初から複数の「赤」いヒーローの共演ものとして製作し、それこそを「独自性」として強く打ち出すべきだと考えるのだ。


 製作費を回収できるだけの「売り上げ」が稼げなくなったがために、「スーパー戦隊」が実質的な「終了」に追いこまれるに至ったあまりに厳しすぎる現実は、「玩具の販促」なぞよりも「大人の鑑賞に耐えるドラマやテーマこそが第一」などといまだに主張している人々には、言葉は悪いがいいクスリになったことであろう。


 あんなにも楽しかった、おもしろかった「スーパー戦隊」を打ち切ってまで、『超次元英雄譚』などをやる以上は、この路線もまた「終了」「休止」に追いこまれたら「戦隊」も浮かばれまい。


 特撮ヒーロー番組の製作は、あくまで「ビジネス」である。それを抜きにして「特撮」を語るのは、もはや論外というべきだろう。

2025.12.13.


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2025年12月号』(25年12月30日発行)所収『スーパー戦隊・休止』評より抜粋)


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(文・久保達也)
(2025年4月25日・脱稿)

*『ブンブンジャー』が「爆上」を名乗ったのは!?


 スーパー戦隊シリーズ第49作『爆上(ばくあげ)戦隊ブンブンジャー』(24年)が2025年2月に1年間の放映を終了した。


 若い世代の間ではタイトルにある「爆上げ」を、たとえば「好きなアーティストのライブを観に行ってテンション爆上げぇ~~」といった調子で気分の高揚(こうよう)を示す際に使っているらしい。
 また、この「爆上げ」は「売り上げの金額や各種の相場が上昇する程度が激しい、上昇する速度が非常に速い」を意味する経済用語としての側面もある。「IT(アイティー)株が爆上げした」「ユーロ円の為替(かわせ)相場が爆上げした」といったように、「爆上げ」は商品やサービスの売り上げ金以外にも、株価・為替・先物・貴金属などの相場の急激な上昇を示す意味で広く用(もち)いられているようだ。


 公式でも「気分をブンブン、バクアゲしていく、大胆不敵で超前向きなヒーロー」と表明していたように、『ブンブンジャー』が「爆上」を冠したのは、『王様戦隊キングオージャー』(23年)・
『暴太郎(あばたろう)戦隊ドンブラザーズ』(22年)・『機界(きかい)戦隊ゼンカイジャー』(21年)といった、近年の「変化球」「異色作」とは異なり、製作側が久々の「王道」的な作風をめざしていたことの象徴だろう。


 それを別にしても、近年は関連玩具の売り上げ、ひいては子供たちの間での人気が低迷するスーパー戦隊がそのタイトルに「爆上」を冠したのはまさに必然でもあり、失地回復への意気ごみが強く表れていた。
 そして、玩具売り上げや子供人気の急激な上昇=速度の速さを悲願するからこそ、『ブンブンジャー』は「スピード」を象徴するレーシングカー=車をモチーフにしたのかと推測されるのだ。


*その見かけは、たしかに「爆上」だった!


 さて、車をモチーフにした歴代のスーパー戦隊としては『高速戦隊ターボレンジャー』(89年)・『激走戦隊カーレンジャー』(96年)・『炎神(えんじん)戦隊ゴーオンジャー』(08年)が過去に存在するものの、『ブンブンジャー』が第49作であることを思えば意外に少ない。
 そのヒーローデザインは当初から「タイヤ人間」(笑)として話題を呼んでいたほどに、頭部はタイヤのホイールをモチーフとしており、かの『それいけ! アンパンマン』(88年~)の主人公ヒーロー・アンパンマンの顔が「アンパンそのまんま」であるのと大差ない印象だった(爆)。


 そして、スーツの右肩には道路のタイヤ痕(こん)が共通して描かれ、各ヒーロー&ヒロインのパーソナルカラー以外は白とグレーで統一されており、頭部がハデにすぎることからすれば絶妙なバランスがとれたシンプルなデザインだ。


 特筆すべきは、そのスーツがまるでウルトラマンを思わせるような、スーツアクターの肉体へのフィット感が強い素材だったことだ。
 これが絶大なる効果を発揮し、ブンブンジャーがかかとにある小さなタイヤを駆使して高速移動やすべりこみで敵を攻撃する描写や、背の部分に一対(いっつい)描かれたタイヤが実体化して敵の攻撃を防御するシールドに変化したり、それを蹴(け)り飛ばして敵にぶつけるといったCGとあわせ、車モチーフの戦隊としてスピード感と説得力にあふれるアクション演出が楽しめたのは視聴者にとって最大の「爆上」だったであろう。


 シリーズ中盤以降の強化形態=チャンピオンブンブンジャーが、さまざまな車やタイヤが描かれたジャケットをはおるだけ(笑)だったのは、一見すると予算不足を思わせるものがあったのだが、実はそんな単純なものではなかった。
 ブンブンジャーは巨大ロボットに合体するメカとして「ブンブンカー」と称するさまざまな形態の車型の兵器を装備していたが、ジャケットに描かれたそれらのイラストに手で触れることで、それと同じ能力を等身大戦闘時に発揮できる描写はきわめて斬新(ざんしん)だった。
 また、背中に描かれたタイヤのイラストをほかのメンバーがたたくことでパワーが充填(じゅうてん)されたり、ふたりのメンバーがたがいに背のタイヤをたたきあって同時に必殺技を放つといったアクション演出は、各メンバーが主役となる回の本編演出のクライマックスと絶妙に融合しており、戦隊としての連帯感・一体感を最大限に表現していたのだ。


 従来のパワーアップとしての強化形態、たとえば胸部に頑丈(がんじょう)な装甲をつけたり、腕や脚部に強化パーツをつけたりするのは、たしかに見た目は強そうでカッコよかったのだが、スーツアクターからすれば動きにくくなり、「強化」どころか実はアクション演出の「弱体化」(笑)となる危険性もあった。
 それを改善するばかりでなく、ジャケットを着ただけでパワーアップを果たす演出は、子供のみならず大人にとっても手軽な「なりきりアイテム」として魅力的に見えることとなり、玩具には抵抗があってもアパレルならと、その購買層を広げる戦略としては絶妙であったと思えるのだ。


 ブンブンジャーと敵対する大宇宙侵略大走力団ハシリヤンの幹部や怪人などのデザインは、バクアゲ27(第27話)『甘くない選択』で自身のサイン会が敵の怪人に襲われた(笑)、漫画家の島本和彦先生が担当した。
 先述した『激走戦隊カーレンジャー』の敵組織・宇宙暴走族ボーゾックがまさに暴走族集団――ただし、その中にはまるでディズニーアニメのキャラを思わせるような、実にファンタジックなデザインワークも見られたのは素晴らしかった――だったのに対し、ハシリヤンは暴走族というよりは宇宙マフィアとでも形容すべき組織だった。
 幹部連中が基本的にはダークカラーに包まれた鋭角的なデザインでありつつも金髪だったり(笑)、アクセントとして赤・紫・ピンクなどを散りばめた妖(あや)しさは、まさにマフィアの象徴として機能していたのだ。


*まさかのキャラまで! レジェンドヒーロー続々登場!!


 さらに、視聴者を「爆上」させたのは、「スーパー戦隊50作記念」を前に、『ブンブンジャー』で往年のレジェンドヒーローが登場したことだ。


 バクアゲ12『爆上エンジン』では、そのタイトルどおり、車戦隊の先輩格である『炎神戦隊ゴーオンジャー』から江角走輔(えずみ・そうすけ)=ゴーオンレッドのみならず、乗りものと動物が融合した機械生命体・炎神であるスピードル・バスオン・ベアールV(ブイ)までもが登場!


 バクアゲ32『地獄の電車ごっこ』には、車ではない電車がモチーフだった『烈車(れっしゃ)戦隊トッキュウジャー』(14年)から虹野明(にじの・あきら)=トッキュウ6号と、ラストシーンのみではあったがライト=トッキュウ1号までもが登場した!


 そして、バクアゲ43『豪快なハンドル』には、かの怪獣映画『ゴジラ -1.0(マイナス・ワン)』(23年・東宝)にも出演した超売れっ子の若手俳優・山田裕貴(やまだ・ゆうき)氏が演じたことから、今後の客演は困難だろうと思われていた『海賊戦隊ゴーカイジャー』(11年)のジョー・ギブケン=ゴーカイブルーが登場した!!


 しかも、秀逸(しゅういつ)だったのは、彼らレジェンドの客演をその後の展開にも活(い)かした作劇がなされていたことだ。


 バクアゲ12で、にぎやかにしゃべりまくる炎神たちと出会ったことで、ブンブンジャーのリーダー格・範道大也(はんどう・たいや)=ブンレッドは先述した車型のメカ・ブンブンカーにAI(エーアイ)=人工知能を搭載するばかりか、スピードルのみが単独で客演したバクアゲ38『三下の誓い』ではビュンビュンマッハーロボの上半身にスピードルが「炎神合体!」したビュンビュンマッハーロボ・ゴーオンカスタムが登場した!


 バクアゲ32では、後述するが一時ブンブンジャーを離脱して生き方に悩んでいた振騎玄蕃(ぶれき・げんば)=ブンオレンジと同じオレンジの戦士で、『トッキュウジャー』では「死に場所」(笑)を探していた虹野明を絶妙にからませていた。


 つづくバクアゲ33『調達屋は譲らない』では、ビュンビュンマッハーロボの両腕・両足にトッキュウジャーの電車型メカ・レッシャーが「烈車合体!」したビュンビュンマッハーロボ・トッキュウカスタムが登場!


 さらに、最終展開でブンブンジャーを裏切っていた鳴田射士郎(めいた・いしろう)=ブンブルーに代わり、バクアゲ43ではジョーが大也に「おまえが相棒にしたいのはこいつだろ」と、ゴーカイブルーの姿からブンブルーの形をしたレンジャーキーを使って、ブンブルーへの「ゴーカイチェンジ!」をとげるばかりか、ゴーカイブルーがゴーカイガレオンキーを使うことでビュンビュンマッハーロボがゴーカイオー・ゴーカイカスタムへと「ゴーカイチェンジ!」を果たす!!


 レジェンドの客演を決して1回こっきりの特別サービスとして終わらせることなく、販促にも確実に結びつけるかたちで描いたことは、『ブンブンジャー』の特筆すべき長所だろう。


*存在の耐えられない「薄さ」!


 ここまで書いてきたように、絵的には一見「王道」にあふれていたかに見える『ブンブンジャー』だったが、その作風は最終的には「王道」とは云いがたいものがあったのだ。


 ところで、先述したように『ブンブンジャー』の車型メカ・ブンブンカーはAIを搭載されたハズなのだが、炎神たちのようににぎやかにしゃべくりまくるワケではない。同じく「車」をモチーフにした仮面ライダーだった『仮面ライダードライブ』(14年)の主人公側の装備・シフトカーのように、本編場面でミニカーの形で大挙登場してクラクションを鳴らしまくるワケでもない。
 クライマックスの巨大戦場面でロボに合体するまでは、ブンブンカーはブンブンジャーの本部内のガレージで単に置かれたままだった(笑)。これでは「仲間」どころか単なる「道具」にすぎないように見える。


 また、スーパー戦隊の新作がはじまるたびに、ネット上では戦隊メンバーの特定の誰それが嫌い、あるいは全員が嫌い(爆)などといった罵声(ばせい)であふれるのが恒例(こうれい)だが、ナゼか『ブンブンジャー』ではそうした現象がほとんど見られなかった。これは必ずしもよいことではないかもしれない。つまり、裏を返せば嫌いにもなれないほどに、各キャラクターの描き方がきわめて「薄い」ということではなかったのか?


 これこそが『ブンブンジャー』が「爆上」ではなく、「爆下がり」した主な要因だと考えられる。各キャラの出自・背景を謎めいた雰囲気でにおわせたわいには、掘り下げも積み重ねもなしに放置したままでは縦軸としてまともに機能するハズもなく、人物相関図がボヤけたままで連続活劇としても成立しない。これでは近年のウルトラマンシリーズと変わらないのではないのか?


 『ブンブンジャー』は公式では、


●バクアゲ1『届け屋のハンドル』からバクアゲ9『届け屋たちのハンドル』までを、「1st LAP(ファースト・ラップ)」
●バクアゲ10『ウキウキなミッション』からバクアゲ25『六輪の花火』までを、「2nd LAP(セカンド・ラップ)」
●バクアゲ26『宇宙の秘密』からバクアゲ35『碧(あお)き王者』までを、「3rd LAP(サード・ラップ)」
●バクアゲ36『夢へと走る道』から最終回(バクアゲ48)『君のハンドル』までを、「FINAL LAP(ファイナル・ラップ)」


として章分けし、それに呼応して敵組織ハシリヤンの幹部交代劇を描くことで新たな展開を見せていた。


 せっかくAIを搭載されたハズのブンブンカーが「道具」として終わったように、先述したような『ブンブンジャー』の問題・弱点は実は初期から見られたのだが、「3rd LAP」以降、つまりシリーズ後半以降にそれは顕著(けんちょ)となってしまった。


 バクアゲ26ではハシリヤンの新幹部・ディスレースが登場し、ブンブンジャーに圧倒的な強さを見せつける。しかし、それ以前は「お困りのようだね」と、メンバーが困っているときに最も必要なものを用意してくれる「調達屋」として飄々(ひょうひょう)としたキャラが描かれてきた玄蕃=ブンオレンジが、鬼気迫る様子でディスレースに怒りをぶつけるのだ。


 ここでディスレースは玄蕃の故郷の星を乗っ取り、彼の父親を宇宙刑務所に投獄(とうごく)した因縁(いんねん)の敵であり、玄蕃は実はゲンバード・デ・リバリー二世(笑)という名の「宇宙人」だったと明かされるのだ。


 リーダーである大也の過去に何か不幸な事件があったとにおわせたわりには、玄蕃が宇宙人かも? などといった伏線はそれまで何もなかったために、これには『ウルトラマンタイガ』(19年)の防衛組織の女性隊員が最終展開で唐突に実はアンドロイドだったと描いていたのを彷彿(ほうふつ)とさせた(笑)。


 それは百歩譲るとして、いや、譲りたくはないのだが(爆)、個人の復讐(ふくしゅう)に仲間を巻きこみたくはないとして、「3rd LAP」の大半で玄蕃はブンブンジャーを離脱するも、その中で先輩ヒーローの虹野明=トッキュウ6号との出会いまでをも描いたのに、その期間に玄蕃が得られた収穫や成長といったものがほとんど何もなかったのだ(汗)。


 こういう展開をやるのなら、『忍者戦隊カクレンジャー』(94年)第25話『新たなる出発(たびだち)!!』で一時離散することとなったカクレンジャーの各キャラを描くなかで、ジライヤ=ニンジャブラックが主役となった第28話『超大物・来日!!』~第29話『史上初の超対決(スーパーバトル)』で、ジライヤが父の仇(かたき)で育ての親・ガリを倒したように、玄蕃にディスレースを倒させるか、せめて投獄された父を見事に救出するくらいの活躍をさせるべきではなかったのか? 結局、みんなでディスレースを倒すのなら、いったいなんのためのブンブンジャー離脱だったのか? しかも、玄蕃が実は宇宙人だと明かしながらも、その宇宙人であることを活かした活躍が最終展開に至るまでほとんどない(笑)。


 むしろ、玄蕃の出自や背景は、宇宙を股(また)にかける「始末屋」であり、ハシリヤンにブンブンジャーの始末を依頼されながらも、たいした対立劇も描かれずに「6番目の戦士」となるも、クライマックスバトルでさえ別行動をとることが多かった焔先斗(ほむら・さきと)=ブンバイオレットにこそ背負わせた方が盛りあがったのではなかったのか? その先斗は両親が亡くなったのを機に10歳で宇宙に単身渡り、20年にもわたって地球を離れていたと語られるが、少年だった先斗がいったい何に絶望して地球を捨てたのか、「始末屋」に至るまでに宇宙でどのような経緯があったのかについては回想場面も何もない(笑)。


 これなら、『星獣戦隊ギンガマン』(98年)で宇宙海賊バルバンへの復讐と「ギンガの光」=おおいなる力を取り戻すためには手段を選ばない黒騎士ブルブラックがギンガマンと対立したり、バルバンの幹部同士の勢力争いといった縦軸を描きつつも、トマト嫌いのハヤテ=ギンガグリーンがそれを克服したり、ケンカをしていたヒカル=ギンガイエローとサヤ=ギンガピンクが仲直りしたら敵への勝利につながるといった、「子供目線」の話を両立させる作劇の方が、「6番目の戦士」を描くにはよほど優れていたのではあるまいか?


*あまりにも遅すぎる「実はそうでした」(笑)


 そればかりではない。「FINAL LAP」で本格的に始動することとなる4代目幹部=ラスボスであるワルイド・スピンドーは、バクアゲ34『夢を運ぶクルマ』で初登場した。
 それを機に、大也の相棒役として登場してきた機械生命体型宇宙人であり、ふだんは等身大でブンブンジャーのサポートを務め、巨大メカ戦では合体ロボットの素体として巨大化することも可能なブンドリオ・ブンデラスが、実はかつてハシリヤンでシステム開発をしていた裏切りキャラであり、スピンドーに狙われる因縁関係であるのが明かされた。これも伏線も何もなかった(苦笑)。


 スピンドーとブンドリオの因縁対決が本格的に描かれたのは、バクアゲ43以降に6週連続で描かれた最終展開だった。しかし、なにせその関係が明かされたのがその直前=もう終盤だったがために、これでは積み重ねのしようがなかったのだ。玄蕃にしろ、ブンドリオにしろ、そうした因縁関係は本来ならもっと早い段階で、『ブンブンジャー』でいうなら「2nd LAP」の初頭くらいには描くことで、シリーズ全体に大河ドラマ的なうねりを生みだすべきではなかったのか?


 いや、従来のスーパー戦隊作品ならそんなことはあたりまえのようにやってきたハズなのだが? 『機界戦隊ゼンカイジャー』にしろ『暴太郎戦隊ドンブラザーズ』にしろ『王様戦隊キングオージャー』にしろ、近年は奇をてらいすぎた設定や世界観が多かったスーパー戦隊だが、1990年代以降の作品に顕著(けんちょ)となった、縦軸がしっかりとした連続活劇とか、敵味方双方の思惑が複雑に入り乱れる群像劇といった、最大の魅力のひとつまでをも失っては本末転倒もいいところではないのか?


 そういえば、先斗=ブンバイオレットの口グセは「カオスだぜ!」だったが、「カオス」=「混沌(こんとん)」は近年の用法としては、いかにも雑然としてまとまりがない様子や、およそ関係がなさそうな要素が無作為に入り交じっている状況を指して表現されることが多いようだ。ちなみに、若者たちが「まじカオス」と用いる場合は、「理解に苦しむ」とか「狂気じみている」とのニュアンスを含んでいるらしい。まぁ、ある意味では『ブンブンジャー』はたしかに「カオス」なのかも?(爆)


*『ブンブンジャー』を「爆下げ」させた最大の張本人


 雑然としてまとまりがない、およそ関係がなさそうな要素が無作為に入り交じっている『ブンブンジャー』を最大に象徴するのが、ほぼ毎回「爆上だな」を口にする大也=ブンレッドだった。


 たとえば、『百獣戦隊ガオレンジャー』(01年)の「やる気マンマンだぜ!」とか、『手裏剣(しゅりけん)戦隊ニンニンジャー』(15年)の「燃えてきたぁ~!」とか、『宇宙戦隊キュウレンジャー』(17年)の「よっしゃ、ラッキ~!」とか、その字面(じづら)が「爆上」に通じるフレーズを元気に叫ぶレッドは、皆が熱血でどちらかといえば暑苦しいタイプだった。
 だが、大也は色白で低血圧かと思えるほどのダウナーな印象でやや覇気(はき)には欠けており、先述したレッドたちとは完全に相反するキャラだったのだ。しかも、元気に叫ぶのではなく、ボソッとつぶやくように「爆上だな」とやるのだから、もうそれだけで「爆下がり」にもなるだろう(笑)。


 まぁ、そうした色白低血圧キャラが大也のみならず、射士郎=ブンブルーや玄蕃=ブンオレンジにも共通していたことこそが、オタク層を中心とした視聴者に反感をもたれなかったがために、彼らを嫌いだとネット上で表明するような輩(やから)が少なかったのかとも思われる。彼らのようにブンブンジャー設立当時から在籍していたメンバーよりも、バクアゲ1で不本意な結婚式から逃れて婚約者のもとに届けられた志布戸未来(しふと・みら)=ブンピンクや、ブンブンジャーにあこがれていた警察官・阿久瀬錠(あくせ・じょう)=ブンブラックの方が熱血漢であるというキャラシフトは、個人的にはやや違和感をおぼえたのだが。


 それはともかくとして、大也は少年のころに近所で泣きわめく子供の声に気づきながらもそれを放置したことでその子供を死なせたとする回想が数回描かれていた。「子供番組」で視聴者の親からすれば刺激が強すぎるかと思われる「幼児虐待(ぎゃくたい)」を扱ったことの是非(ぜひ)は置いておくが、その悲劇を繰り返さないために大也は悲鳴をあげる子供を根絶するための仕組みをつくりたいと、自身の夢を劇中で明確に語っていた。
 敵組織のハシリヤンが地球侵略の手段として大規模な破壊活動を繰りひろげるのではなく、人々の悲鳴を集めてギャーソリンなるエネルギーに変える設定はここから逆算されたものと想定される。大也がハシリヤンと戦う動機としては、もうそれだけで充分だろう。


 だが、大也をそんな「慈善活動家」だけでとどめずに、「届け屋」だの「資産家」だの「野心家」だのとさまざまな属性を背負わせたように、およそ関係がなさそうな要素を無作為に入り交じらせたことが、大也を実にわかりにくい、ぶっちゃけ胡散(うさん)くさい(爆)キャラにしてしまったのだ。
 先述したように、大也の相棒として登場したブンドリオはハシリヤンの裏切りキャラだったのだが、それ以前はBBG(ビービージー)=ビッグバン・グランプリなる宇宙最大のレースを競うレーサーであり、地球に落下して大也と出会った際にそれを明かしたことで、大也は再びBBGに出場したいとするブンドリオの夢を応援し、自身も彼とともに出場するためのマシンとして数々のブンブンカーを開発する。


 ちょっと待て。大也の本当の「夢」はいったいどっちなんだ?(笑)


 困ったことに、「1st LAP」の終盤で大也はブンブンジャーのメカはあくまでBBGのために開発したのを戦闘に転用したものだと、よりにもよって途中加入組の未来と錠に告白し、大也の最優先事項はハシリヤンと戦うことではなく、ブンドリオとBBGに出場することだと知った新参者のふたりはおおいに反発する。


 「変身ヒーロー番組」の主人公が敵と戦うのを最優先事項としていないのは、やっぱダメでしょう(苦笑)。月並みかもしれないが、たとえばBBGで優勝したら願いがすべてかなえられるとして、大也が子供の悲鳴を根絶するためにBBGの出場をめざすのならば、その動機も説得力を得られたのではあるまいか?


 しかも、最終回では地球の子供たちの悲鳴を根絶するとしていた当初の「夢」を、ロクに関係性の変化も描いてこなかったのに、大也がナゼか信頼に値すると考えた先斗に「ブン投げ」(笑)したほどなのだから、やはり大也にとっては悲鳴を根絶するよりも、BBG出場の方が優先だったのだとダメ押しされたのだ。


 こうなると、口では子供の悲鳴をなくしたいとしながらも、たとえば大也が各地につくった児童施設の子供たちや職員から感謝されるといったような、大也が子供の悲鳴をなくすためにどのような活動をしてきたのかはいっさい描写されることがなかったのは、大也にとってそれが最優先事項ではなかったからだと、変な納得をしてしまうのだ。
 いや、大也の最優先事項であるハズのBBG自体が、全宇宙に住む者がその身分に関係なく出場が可能なレースだと語られるも、そのイメージシーンすらも何ひとつ描写されなかったのだ(大汗)。「車」モチーフの戦隊として、もはやこれは致命的な欠陥だろう。


*あまりにも徹底した「描写不足」!


 ちなみに、大也が先述したような子供の悲鳴をなくす活動をしてこられたのは、大也とは恩師(おんし)と生徒のような関係とされるハイテク企業の社長・内藤が与えた技術力があったからこそらしい。しかし、その恩師と生徒のような関係すらも回想の描写は何ひとつなかったのだ。
 内藤はバクアゲ11『少年がほしいもの』以降にセミレギュラーとして登場したが、バクアゲ26で何やら不穏(ふおん)な動きを示す姿が描かれるも、それ以降に大也との「恩師と生徒」のような関係性の変化すらも描かれないままに、最終展開で内藤は突然、大也の「敵」になっていた(爆)。
 せめて、内藤が大也に「届け屋」なる仕事の依頼を重ねるうちに、次第にその届け先や荷物に不審を抱(いだ)くようになった大也が調査を進め、内藤がハシリヤンの手先となっていた衝撃の事実に気づくなんて展開にできなかったのであろうか?


 先述したように、ハシリヤンは大規模な破壊活動を行うのではなく、ターゲットにした星の上流階級の住人と取引したり、庶民(しょみん)を洗脳することで内側から次第に侵略の魔の手を広げる戦法である。
 『海賊戦隊ゴーカイジャー』のように大多数の艦隊が地球を攻撃したり、『獣電戦隊キョウリュウジャー』(13年)のように大勢の戦闘員が世界各地で人々を襲撃するといったハデな描写はバクアゲ1の時点で見られることはなく、最終展開もまた然(しか)りだった。
 つまり、『ブンブンジャー』は敵の設定からすれば、絵的には最終展開でさえも地味になるのが必然だったのだから、それまでの掘り下げや積み重ねを最大限に活かすかたちでクライマックスを盛りあげるのが必要不可欠だったハズだ。それがほぼ何もなかったからこそ、最終展開が「爆下がり」になったのである。


 リアル云々(うんぬん)なんてことはあまり云いたくはないのだが、最終展開でハシリヤンが庶民を洗脳する手段としたのは、街中の街頭テレビでブンブンジャーは実は人類の敵だとする報道を流したことだった。
 ネット上で拡散するフェイクニュースへの対策として、その情報や言説が事実なのかどうかを調べ、正確な情報を共有する「ファクトチェック」と称する動きが人々の間で広がりを見せるご時世からすれば、そんな1回こっきりの報道くらいにいくら愚(おろ)かな庶民といえど、カンタンにだまされてしまうとは思えないものがある。


 それなら、『電磁戦隊メガレンジャー』(97年)の最終展開のように、メガレンジャーの正体が高校生だと知った敵組織が彼らが通う高校を襲撃したことで、担任教師や同級生が負傷したことから、生徒たちのみならず街の人々にまでメガレンジャーがいっせいに非難される描写の方がはるかに説得力があったものだ。
 そこまでいかなくとも、単純にニセブンブンジャーが人々を襲撃した方が、人々の悲鳴を集める意味でもはるかに効率がよかっただろうに(笑)。
 ブンブンジャーを応援する数少ない子供たちの声が人々の洗脳を解くに至るご都合主義はともかくとしても、地球的規模・全世界的規模の危機が最終展開でさえも味わえないのではカタルシスもあったものではない。


 結局、『ブンブンジャー』で最もキャラクターが存分に描かれていたのがブンブンジャーやハシリヤンの幹部ではなく、『激走戦隊カーレンジャー』で暴走皇帝エグゾスに利用されていたことを知って反旗(はんき)をひるがえし、カーレンジャーと共闘するに至った宇宙暴走族ボーゾックや、『仮面ライダードライブ』で仲間をさんざん使い捨てにしてきたラスボスのゴルドドライブと敵対するに至った敵組織・ロイミュードの幹部たちのように、「お笑い3人組」として描かれきたものの、最終展開でハシリヤンを抜けたサンシーター(三下)トリオのデコトラーデとイターシャにヤイヤイ・ヤルカーだったのは実に象徴的だろう。


 彼らや苦魔獣(くるまじゅう)と称するレギュラー怪人が終始にぎやかだったことで、シリーズ後半の展開がさほど陰鬱(いんうつ)には映らなかった功績は大きく、これこそがウルトラマンシリーズが見習うべき点である。


 ただ、たしかに彼らはコミカルに描かれたが、たとえば『カーレンジャー』のボーゾックの怪人が地球の特定の和菓子屋で売られる芋(いも)ようかんを食べると巨大化したのに、コンビニ売りの芋ようかんを食べると逆に体が縮小してしまう(爆)といったほどの突き抜けたギャグは見られなかった。


 そうしたものを毎回描きつつも、ボーゾックの女性幹部・ゾンネットのレッドレーサーへの片想いを発端(ほったん)として、実は彼女はある星から家出したお姫様であり、レッドや実の妹らの説得で改心してボーゾックを抜けるまでを描くなど、その縦軸は実はしっかりとしていたのだ。ポリス星からやってきた宇宙警察官として登場するも、レギュラーの少年キャラとのボケ・ツッコミが強く印象に残る(笑)、カーレンジャーの6人目に相当するようなシグナルマンも、その活躍場面では往年のメタルヒーローシリーズ・レスキューポリスのようなカッコよさが描かれていた。


 まぁ、そんな路線もたしかに「変化球」なのだから10年に一度くらいでいいかと思えるのだが、『高速戦隊ターボレンジャー』のシリーズ中盤で、人間と敵勢力・暴魔の混血児である流れ暴魔・ヤミマルやキリカが登場して以降、三つ巴(みつどもえ)の戦いが描かれるといった見ごたえあふれる因縁物語は、せめて3年に一度くらいは見せてもらいたいものだ。


 『ブンブンジャー』でメインライターを務めた冨岡淳広(とみおか・あつひろ)氏は、『ポケットモンスター』(97年)や『テニスの王子様』(01年)、『イナズマイレブン』(08年)に『ダンボール戦機』(11年)など、大人気となったテレビアニメを多数手がけてきた大ベテランだ。
 特撮作品は『ブンブンジャー』が初となったが、氏は1967年生まれで筆者とほぼ同世代であり、1970年代前半に起きた「変身ブーム」の直撃を受けたハズなのだ。それがむしろマイナスに作用したのか? やはりアニメと特撮とでは作劇の方法論が根本的に異なるのか? そんな「爆下げ」気分を「爆上げ」へと一気に転じてくれるような作風を、「スーパー戦隊第50作」には期待したい。

2025.4.25.


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2025年GW月号』(24年4月27日発行)所収『爆上戦隊ブンブンジャー』完結評より抜粋)


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スーパー戦隊シリーズ評 ~全記事見出し一覧
☆☆☆☆☆
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戦隊レッド 異世界で冒険者になる・かつて魔法少女と悪は敵対していた・魔法少女にあこがれて ~子供向け戦隊ヒーロー&魔法少女モノが盤石だからこその、年長マニア向けパロディ・変化球・善悪の混沌!

(2026年2月7日(土)UP)
『厨病激発ボーイ』『ド級編隊エグゼロス』『アクションヒロインチアフルーツ』『恋は世界征服のあとで』 ~スーパー戦隊&特撮ヒーロー・パロディの爛熟!
『非公認戦隊アキバレンジャー』『乾杯戦士アフターV』『女子ーズ』『エアーズロック』 ~戦隊パロディでも公私葛藤描写が光る!
☆☆☆☆☆
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[アニメ] ~全記事見出し一覧
[戦隊] ~全記事見出し一覧



 50年の歴史もの誇ったスーパー戦隊シリーズがナンと休止! とカコつけて……。深夜アニメ『戦隊レッド 異世界で冒険者になる』(25年)・『かつて魔法少女と悪は敵対していた。』(24年)・『魔法少女にあこがれて』(24年)評をアップ!


『戦隊レッド 異世界で冒険者になる』『かつて魔法少女と悪は敵対していた。』『魔法少女にあこがれて』 ~子供向け戦隊ヒーロー&魔法少女モノが盤石だからこその、年長マニア向けパロディ・変化球・善悪の混沌!

(文・T.SATO)

『戦隊レッド 異世界で冒険者になる』

(2025年冬アニメ)
(2025年6月24日脱稿)


 ナンと! 日本特撮の雄にして、齢50年を数える、5人組の原色ヒーローたちが活躍する子供向けスーパー戦隊シリーズの「戦隊レッド」が単独で異世界へと転生してしまう! といった作品なのであった。


 本作に登場する戦隊レッドは、2010年代~20年代において、世間一般的にもイメージされている、正義感が強くて熱血元気な少年にも近いような若造でもあった。それはそれで実に正しいのだ。


 しかして、元祖『秘密戦隊ゴレンジャー』(75年)世代のオジサン(爆)としては、いろいろと思うところもある。というか、ここぞとばかりに聞かれてもいないのに、うんちくトークを長々と脊髄反射的に長広舌をふるいたくもなってしまうものなのだ(老害どころか、ハラスメントそのものですかね?・笑)。


 『ゴレンジャー』も一応の原作マンガというのかメディアミックスとしての石森章太郎センセイのマンガ版における元祖戦隊レッドのアカレンジャーは、たしかに熱血青年ではあったかもしれない。しかし、実写作品においては、往時の団塊の世代の役者さんたちが今の観点から見れば老成していたり、あるはい5人ものヒーローが登場することから、未熟さや熱血さは若手メンバーの方に割り振って、リーダーには行動隊長として重厚感をも持たせようとしてキャスティングしたのであったか、むろん根っ子は熱くはあっても、軽々に暑苦しく絶叫するような役柄でもなかったのだ。今見ると、往時の戦隊レッドはけっこうムサいオッサンなのだ。


 この傾向は80年代前半までは続いていた。しかし、20代の若者たちがなかなか老成しない時代を反映してか、アニメなどでは70年代から存在していたものの、80年代中盤になるや、レッドも含めて未熟な若者たちが暑苦しく絶叫しまくる青春ドラマ・成長ドラマといった様相を「戦隊」は呈していくのだ。


 さらに、90年代前半に入るや、戦隊レッドはともかく、若手メンバーの方のメンタルが良くも悪くもほとんど子供(笑)といったキャラクターまで登場してくる。一時はサル顔の3枚目レッドの連投といったイイ意味での逆流もあったが、いわゆる漫画アニメ的な熱血青年や少年といった戦隊レッドがホントウに台頭してくるのは、意外にも21世紀以降のことであろう。そのうちに、その首に斜めチョップを入れたら折れてしまいそうな弱々しいレッドも登場!(笑) 戦隊レッド像も実に多彩を極めていくのだ。


 その意味で、本作の戦隊レッド少年は個人的には、あるいは戦隊ファンの誰が見ても、ファンタジックな赤い服飾面でも(性格面ではともかくとしても)、『魔進(マシン)戦隊キラメイジャー』(20年)のキラメイレッドの変身前の高校生主人公クンなどを想起させてくるのだ……。以上で、うんちくトークは終了(笑)。



 それで、本作それ自体の出来はどうであったのか? 異世界へと転移しても、少年は戦隊レッドへの変身は可能! 変身直後のその背中にはナゼだが爆炎も上がる!(笑) 武器も手中に出現させることが可能! 巨大動物メカを召喚し、合体巨大ロボを出現させることも可能であった!


 どころか、科学のようでも熱血ド根性で奇跡も惹起する。この異世界の文明は中世レベルであった。異能力も「魔法」しか知らない異界の人々は、戦隊レッドの源泉不明な未知なる力にカルチャーショックを受けまくる(笑)。


 シリーズの序盤はたしかに面白かった。もちろん、「子供向けスーパー戦隊」と「西欧中風異世界ファンタジー」といった、「水」と「油」の組合せであるギャップ劇の妙としての面白さではあった――とはいえ、本家「戦隊」の方でも、高度化した特撮技術によって、西欧中世風の異世界を舞台にしてしまった『王様戦隊キングオージャー』(23年)なる作品も登場してはいるものの(笑)――。


 しかし、やや出オチな作品でもあったような……。段々と息切れしてきて、シリーズの中盤以降はイマ半の「並み」「水準」の作品といった感になっていくような……。
TVアニメ『戦隊レッド 異世界で冒険者になる』オリジナル・サウンドトラック
TVアニメ『戦隊レッド 異世界で冒険者になる』オリジナル・サウンドトラック

(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.91(25年6月29日発行))


『かつて魔法少女と悪は敵対していた。』

(2024年夏アニメ)
(2024年12月23日脱稿)


 本作もまた、子供向けの変身ヒーローならぬ変身ヒロインこと正義の「魔法少女」vs「悪の軍団」といった、女児向けTVアニメの図式が、全日本人とはいわずとも大勢の人間に確固としたあるからこその、年長マニア・オタク向けの変化球作品でありパロディー作品でもあるのだ。


 とはいえ、絵柄はロリポップでもなく、野郎に媚びを売るような感じでもなくって、カナリお耽美臭が……意地悪に見てしまえば、良く云えば「はかなげ」、悪く云えば「覇気はなくって男性にモーションもかけないけれもど、ルックスには恵まれているので、放っておいても男が寄ってきてくれる!」、……あるいは、そういった在り方なり人生が希望! といった、ご当人のキャラなり作家センセイのウラ側に秘めている欲望の気配を感じなくもないのであった(笑)。


 いわゆる「悪」の軍団の幹部でもあるイケメン青年キャラもまた、男性オタクにではなく女性オタクにこそウケそうな、スマートではあっては女性をリードしてくれそうなキャラでもあった。そんなキャラクターたちによる正義vs悪の構図における、『ロミオとジュリエット』的なストーリーを予想させるワケではあるのだけれども……。


 ドーなのでしょうか!? 「弱者男性」ならぬ「弱者女子」にとっての都合のよい異性やストーリーを、それだとは悟られにくくした、21世紀の女子オタ向けの翻案版。あるいは、80年代の中後盤~90年代における中高生以上向けの一部の少女マンガ的な、70年代までの熱血であったりガチであったり暑苦しさもあった少女マンガが恥ずかしくなってしまったことによって、それらとは距離を置いて、テレ隠し的にやや淡泊かつナンちゃって感をひたすらに混入させていくようなノリの少女マンガ群の一部要素の、直系ではなく隔世遺伝的な感慨を覚えなくもない作品でもあるのだ。
 むろん、過去作の要素の一部に似た要素を持った作品があったからといって、そこを指摘してみせる程度では、その作品の本質を突いたことにもならないのだけれども。


 悪の幹部のイケメン青年クンが、マジメでビンボーで孤児院上がりでひとり暮らしで覇気も感じられない、魔法少女に変身できるという少女にホレてしまう……。そこの設定だけを取れば、劇的ではあるのだ。しかし、あえて意図的にそうしていることもわかるのだけれども、淡々としたストーリーが続いていく。


 それがこの作品のねらいであり個性でもあるのだろう。原作も4コマ漫画なのだそうで、そういったお手軽かつ淡泊な笑いをねらっていたのだろう。そして、30分アニメならぬ15分アニメでもあった。


 しかし、筆者個人にとってはややタイクツ(汗)。原作ファンからすれば、明後日な方向でのナイものねだりではあるのだろうけど、タイトルや基本設定からつい予想されてしまうドラマチックな物語との乖離がありすぎることもあってか、個人的な評価は低かったりはする(評価する方にはゴメンなさい・汗)。とはいえ、それは筆者にとってということであって、メインターゲットに的確にチューニングした作品だとは思う。


 まぁ、戦隊レッドと悪の軍団の女幹部が隠れてお付き合いをする深夜アニメ『恋は世界征服のあとで』(22年)などもありましたので、好事家諸氏は比較研究をしてください。


 ナンと! 本作の原作は本作とも同様に、「月刊ガンガン」系連載の『妖狐×僕SS(いぬぼくシークレットサービス)』の御仁でもあった。筆者の肌には合わなかったけれども、やはり逝去されたかのオタク女子の女優・神田沙也加などが同作にも好意を表明していたことを思い出す。原作者の逝去後、10年近くを経てのTVアニメ化であったことにもなる。
「かつて魔法少女と悪は敵対していた。」Music Collection
「かつて魔法少女と悪は敵対していた。」Music Collection

(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.90(24年12月29日発行))


『魔法少女にあこがれて』

(2024年冬アニメ)
(2024年4月25日脱稿)


 女児向けアニメ『セーラームーン』(92年)や『プリキュア』シリーズ(04年~)のような作品、ひいては虚構作品によって疑似的な全能感にひたることで――心理学的にはそれを「幼児的な全能感」ともいう(爆)――、キビしい現実世界で疲弊した自分に対して慰謝を与えている我々オタク……もといイケてない女子が主人公なのであった!


 しかし、いかにも人見知りで意志薄弱そうな、その代わりに内面では妄想や「エア友だちの友ちゃん」(笑)との対話を繰り広げていそうな、目つきが明後日でニヤけた表情でもある黒髪の地味子ちゃんは、可愛らしくはあっても意志的で颯爽としている魔法少女とは真逆な見た目でもある。


 そんな中学生になっても魔法少女アニメや変身&武器玩具に執着している彼女に、待望の日がやってきた! 『セラムン』の黒猫ルナもどきが降臨してきてスカウトされたのだ! しかし、変身したその姿は悪の女幹部であった! そして、彼女は趣味と実益を兼ねて、あこがれの魔法少女と戦うことで「ハァハァ」するのであった(笑)。


 いやぁ、実にクダラなくて面白い。むろん、コミカルな絵柄なのでギャグとしても成立しているが、本来の字義通りのソフトH(ヘンタイ)路線なのである。そして、本来あるべき同季の深夜アニメ『姫様“拷問”の時間です』(24年)がここにあった!?(~いや、なくてもよかったけど・笑)


 ナンと! 地味女子主人公と敵対する本作における正義の魔法少女たちは、SM的に縛られて吊るされたりして、悶えてもしまうのだ!(映像演出的にも明るいので、深刻さや淫靡さはさしてなく、笑ってしまうしかない描写なのだけど) そして、それを観て興奮している地味女子幹部。


 近代後期の先進各国では、誰でも「性的欲求」や「特殊性癖」を持っていることを「公」にはともかく「私」的な場では控えめにではあってもオープンにして、それを許容して笑いに変える流儀が可能になった。人類の全員とはいわずとも人間一般には性欲・飲酒欲・射幸心・名誉欲・破壊欲などがある以上は、小さく適度に発散させつづけた方がイイので、これは人類の進歩なのだ(笑)。
 それらを「絶対悪」として「ポリコレ」(直訳は「政治的に正しい」~汗)的に弾圧してしまうと、禁酒法時代のアルカポネのようにヤクザが肥え太る逆説(むろん、欲望を無制限に増幅させてもダメだ。しかし、たしかにOKとNGの線引きは曖昧・流動的なのだけど)。


 とはいえ、『姫様“拷問”の時間です』と比して、個人的にはその拷問は単調な感じがしない。何らかの作劇的な理由もあるハズだが、その理由がよくわからない……(それを単なる個人の好みには片づけたくはないけれども)。


 内容の方は、地味女子主人公が所属することになった悪の組織内での女幹部たちとの相克。魔法少女の3人たちとも、変身前は互いに正体を知らずに交流することになったり、イイ意味でのドラマチックなご都合主義で同級生にもなったりして、そのへんでも一応のドラマ性(笑)や対角線的な人間関係を構築できていることでも楽しく観られる。


 悪の軍団vs正義のヒーロー! といった、ある程度までは万人といわずとも大多数が共通認識している「型」のようなものが盤石にあるからこそ、本作のような変身ヒーローもののパロディーが近年では連綿と作られているのだ。
アニメ「魔法少女にあこがれて」公式ファンブック
アニメ「魔法少女にあこがれて」公式ファンブック

(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.88(24年5月5日発行))


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『戦隊レッド 異世界で冒険者になる』『かつて魔法少女と悪は敵対していた。』 ~子供向け戦隊ヒーロー&魔法少女モノが盤石だからこその、年長マニア向けパロディ・変化球・善悪の混沌!
#戦隊レッド異世界で冒険者になる #かつて魔法少女と悪は敵対していた



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王様戦隊キングオージャー総論 ~スキなところは受け入れて、キライなところはそっとしておく、棲み分け的な共生! 人&国に対する現実的な解!

(2025年12月7日(日)UP)
『獣電戦隊キョウリュウジャー』中盤~後半評 ~8・9・10人目の戦士! イベント編の質の高さ! 熱血活劇度も上昇! ついに10人戦隊が実現!
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 栄光の「スーパー戦隊シリーズ」が終了! との報にカコつけて……。『王様戦隊キングオージャー』(23年)評をアップ!


『王様戦隊キングオージャー』総論 ~スキなところは受け入れて、キライなところはそっとしておく、棲み分け的な共生! 人&国に対する現実的な解!

(文・久保達也)
(2024年3月30日・脱稿)

*「別世界」を見事に描き尽くした映像美!


 X(エックス)=旧・Twitter(ツイッター)で何度も「トレンド1位」を獲得したほどに、これまでスーパー戦隊をあまり観たことがない層にも注目され、若い世代を中心に絶大な支持を集めたスーパー戦隊シリーズ第47作『王様戦隊キングオージャー』(23年)がこのほど放映を終了した。


 今から2000年前、地帝国バグナラクとの戦いで人類を救った5人の英雄がいた。
 その英雄たちが王様となる5つの国がその星に生まれ、長きにわたって平和がつづいた。
 だが、バグナラクがよみがえったために現代の王様たちが長剣型の変身アイテム・オージャカリバーでキングオージャーへと変身し、国民を守るために戦うという世界観だった。


 先述したように『キングオージャー』が大人気を獲得したのは、東映が2023年1月、まさに『キングオージャー』製作のために用意したかのように、東映東京撮影所のテレビレギュラー番組用No.11ステージに縦5メートル、横30メートルのLED(エルイーディー)ウォールを備える日本最大のLEDスタジオを設置したことで、そのファンタジーな世界観を圧倒的な説得力で視覚化することに成功したのが大きいだろう。
 もちろん、従来のグリーンバック合成も使われてはいるが、被写体を3D(スリーディー)モデルなどでつくられた素材を背景にして合成なしでも撮影する技法が可能になったことで、舞台の地球ならぬ「チキュー」、つまり、別世界である5つの大国を実にリアルに、そしてファンタジックに描写したことが視聴者を驚愕(きょうがく)させたのだ。
 新型コロナウィルスの影響でロケを極力減らすために絵本の世界を舞台にしたとされる『仮面ライダーセイバー』(20年)の時点でこの技法が実現していたら、その映像美だけでも評価はもっと高まったかもしれない(汗)。


*実は「リアル」だった誇張キャラたち


 そのファンタジックな映像美を究極なまでに完成させたことが、そこに登場するキャラクターたちを現実世界とは異なる、かなり浮き世離れした人物として描くことを可能にしたといっても過言ではないだろう。


 児童養護園で育った本来は心優しい性格なのにヒーローごっこで悪役を演じたことが多かったために「オレ様が世界を制覇する!」が口グセで、両腕を大きく広げて「ナァ~~ハッハッハッハ!」と高笑いするのが定番だった、はじまりの国・シュゴッダムの国王の弟、ギラ・ハスティー=クワガタオージャー。
 スラム街で育った捨て子だったがパソコンの技術ひとつで国王にまでのしあがり、自国のみならず全世界的に技術革新をもたらしたテクノロジーの国・ンコソパ(笑)の王でありながらも、リーゼントスタイルのヤンキーで口も態度も悪いヤンマ・ガスト=トンボオージャー。
 最先端の医療技術を誇り、城が巨大な花びらに包まれているほどに美しい花が咲き乱れた国・イシャバーナの女王で自らも優秀な医師だが、美しいものを手にするためには国民の生活をも踏みにじってしまうほどの超ワガママ娘のヒメノ・ラン=カマキリオージャー。
 常に氷雪に包まれた、国民の大半が犯罪者(爆)の国・ゴッカンで世界の中立を守る国際裁判所の最高裁判長兼女王であり、常に右目に眼帯、口を黒いベールで覆ったクールビューティーでありながらも、実は白い雪男のモフモフとしたぬいぐるみを相手にひそかに会話しているオタク気質のボッチ女(笑)であるリタ・カニスカ=パピヨンオージャー。
 田園豊かで農業が盛んな食料自給率100パーセントを誇る国・トウフで日本的な城をかまえた元農民であるも、国を守るためには常にキツネとタヌキの化かし合いをかますほどの二枚舌で口が達者な快男児のカグラギ・ディボウスキ=ハチオージャー。


 「王様」としてリアルなキャラはひとりもいないが(笑)、先述したように映像的にファンタジックな世界観を達成できたからこそ、ここまでにブッ飛んだキャラたちをあまりにも誇張(こちょう)した演出で描き尽くすことが可能となったのだ。
 また、自国の利益を最優先する国ばかりのために地球がひとつにまとまらない現実世界の風刺・揶揄(やゆ)として、チキューが自分勝手な王様ばかりなのは実にリアルでもあり、真に説得力をもって描写されていたといえよう。
 21世紀以降のスーパー戦隊の序盤では5人ないし3人の初期メンバーがまとまらないのが常であったが、『キングオージャー』では「国境を越え、利害を排除し、敵を国同士が一丸となって倒すため」に5人の王様が完全にひとつになったのが実に第19話(!)『王様戦隊キングオージャー』だったのはその最大の象徴だ。


*史上「初」の昆虫モチーフ!


 ところで、『キングオージャー』のヒーロー&ヒロインはクワガタ・トンボ・カマキリ・チョウ・ハチ・クモなど昆虫をモチーフにしていたが、意外や意外、これはスーパー戦隊史上「初」のことであった。
 かつて『忍風戦隊ハリケンジャー』(02年)にカブトライジャーとクワガライジャー、『特命戦隊ゴーバスターズ』(12年)にビートバスターなど、カブトムシやクワガタムシをモチーフにしたヒーローが登場した例はあったが、これらはあくまで追加戦士の扱いだったのだ。
 これまでスーパー戦隊で昆虫がメインモチーフとして扱われなかったのは、やはりイナゴをモチーフにしたヒーローが起源となった仮面ライダーとの差別化のために意図的に避けられていた事情が大きいのだろう。


 各戦士にはそれぞれシュゴッド=守護神と呼ばれる昆虫型機械生命体の相棒が存在し、それらの合体パターンの違いで巨大合体ロボットのさまざまなバリエーションが描かれたことで従来の伝統はキッチリ守られた。
 特に第23話『シュゴッダムの動く城』(笑)ではシュゴッダムにそびえるコーカサスカブト城が変型を果たし、漆黒(しっこく)の超巨大ロボ・キングコーカサスカブトが誕生した。
 のちにはそれを含めた20体ものメカが全合体を果たして王者ロボ・ゴッドキングオージャーとなり、王や側近、民ら20人が操縦して戦うさまは実に圧巻だった。


 なお、王様が物語を主導し、かつヒーローに昆虫のギミックをもたせる題材自体は『獣電戦隊キョウリュウジャー』(13年)以来、実に10年ぶりにスーパー戦隊を担当することになった東映のプロデューサー・大森敬仁(おおもり・たかひと)氏が元々温めていた題材だったようだ。
 かなり久々にスーパー戦隊を担当することもあり、内容刷新の意味でもメインライターにはこれまであまりスーパー戦隊を観たことがないらしい若手の高野水登(たかの・みなと)氏を起用したらしい。
 だが、氏が描いた縦軸のしっかりとしたドラマは、実に従来のスーパー戦隊らしいものであり、視聴者の心をとらえて離さなかったのだ。


*「縦軸」がしっかりとした「人間ドラマ」の伝統!


 バグナラクの復活から世界を守るために5王国同盟を締結しようとした、いわばキングオージャー誕生の契機をつくったキャラでありながらも「民(たみ)は道具」とするシュゴッダムの冷酷な国王、ラクレス・ハスティー=オオクワガタオージャーが最終展開直前に至るまで「悪」として描かれ、ギラが彼に「反逆者」として死刑宣告されたのを発端(ほったん)に何度となく直接対決を繰り返したほどに因縁の兄弟対決が描かれたのは、縦軸として絶妙な盛りあがりを生みだすこととなった。
 「王」をめぐって因縁対決を繰り返す兄弟といえば、古くからの戦隊ファンとしては『恐竜戦隊ジュウレンジャー』(92年)のゲキ=ティラノレンジャーとブライ=ドラゴンレンジャーの王族兄弟が連想されるだろう。
 『ジュウレンジャー』もきわめてファンタジー色が強かった作品だったのであり、その意味では『キングオージャー』はそこで描かれた「王道」の物語を立派に継承したといっても過言ではない。


 ブライ=ドラゴンレンジャーは「6人目の戦士」としての初のレギュラーキャラであったが、『キングオージャー』の「6人目の戦士」もブライ同様にきわめて特殊な立ち位置のキャラとして描かれた。
 表情も語り口も常に穏やかであるも、「行間を読め」が口グセで(笑)その真意がなかなか読めないトリックスターだったジェラミー・ブラシエリ=スパイダークモノスは、2000年前に人類を救ったものの歴史の闇に葬られた6人目の英雄と、バグナラクのクモ型女性怪人との禁断の恋で生まれた子供だった。
 彼が人類とバグナラクの双方に味方するのはそのためだとのちに明かされたが、子供向けのヒーロー作品で主人公側と敵側の戦いをやめさせようとする中立的立場が描かれること自体がきわめて異例であり、これは近年の現実世界で敵対する国同士の間に入って和平交渉に務める国をも彷彿(ほうふつ)とさせたものだ。


 ジェラミー、そして、妹のスズメをラクレスと結婚させてまでその王座を失脚させたようとしたほどのカグラギによる、先述したがキツネとタヌキの化かし合いといったバグナラクやラクレスらとの腹の中のさぐり合いは、彼らの交渉・外交能力の高さ、その世渡り上手な長所を強烈に印象づけ、主人公のギラ以上にオイシイところをかっさらってしまっていた。
 現実世界の外交ではそううまくはいかないだろうが、少なくとも処世術としては我々オタ気質の人間たちはこれらをおおいに参考にすべきだろう(笑)。


 クワガタオージャー=ギラはカグラギがラクレスから奪った王冠・オージャクラウンでキングクワガタオージャーとなるが、クワガタオージャーがオージャクラウンを頭からかぶってパワーアップを果たすさまは、名実ともにギラが王様となり得たことが実にわかりやすく描写されていた。
 「レッド」がパワーアップで「ゴールド」の戦士と化すのもまた然(しか)りだ。


*『キングオージャー』、最大の「弱点」!


 さて、『キングオージャー』は第27話『宇蟲王(うちゅうおう)の到来』以降、「第二部」に突入することとなった。
 これはメインライターの高野氏がスーパー戦隊の過去作品について知識があまりなく、同じ悪役と1年間戦いつづける展開に「飽きてしまいそうだから」との氏の提案から生まれたシリーズ構成だったようだ。


 第26話『新王国の誕生』までの「第一部」のレギュラー悪・地帝国バグナラクが人類と戦っていたのは、2000年前に地球外生命体のダグデドが率いる宇蟲五道化(うちゅうごどうげ)がそれを引き起こしたのだとして、過去に数々の惑星を滅亡させてきた着ぐるみ怪人の組織があらたにレギュラー悪となり、従来のスーパー戦隊により近いフォーマットとなったのは確かだ。
 2023年で放映10周年を迎えた『獣電戦隊キョウリュウジャー』とのメモリアルコラボがなされた第32話『遭遇! キョウリュウ!』&第33話『シューゴー! キングとキョウリュウ』では、桐生(きりゅう)ダイゴ=キョウリュウレッドと空蝉丸(うつせみまる)=キョウリュウゴールド以外の『キョウリュウジャー』のヒーロー&ヒロイン役者の出演が実現し、往年のファンをおおいに喜ばせた。
 また、『キョウリュウジャー』のメインを務めた坂本浩一監督が担当したこの前後編は『キングオージャー』の通常回とは異なり、ほぼ全編でロケ撮影が行われたうえに大量の火薬を使用したことで、「チキュー」ではない「地球」が舞台なのだとして、別次元の世界を明確に視覚化することにも成功していた。


 そして、キングオージャーが別次元の「地球」に飛ばされている半年(笑)の間に「チキュー」の五大国は宇蟲五道化によって完全に支配されてしまい、王様たちが自国を取り戻すための戦いが描かれていく。
 さらに、第22話『シュゴッド大集合』でギラとの決闘裁判に敗れて谷底へと転落、生死不明となっていたラクレスが第34話『シュゴ仮面の逆襲』から再登場を果たす。
 ダグデドと結託したラクレスは再度シュゴッダムの王に復帰するばかりか、「暴虐(ぼうぎゃく)のラクレス」として宇蟲五道化の一員となり、再びキングオージャーと敵対する!


 こうした流れの中で王様たちや側近たちの出自、「神の怒り」の真相などが小出しに明らかにされていく、縦軸がしっかりとした連続活劇はまさに「大河ドラマ」であった。
 ただ、その一方で、ある側面では「スーパー戦隊」として実は失速していたのではないか? とする声も意外に散見される。
 特に「第二部」突入以降にそれが顕著(けんちょ)なため、その観点から「第二部」を検証してみたい。


 先述したキョウリュウジャーがゲストの第33話で『キョウリュウジャー』の主役メカ・獣電竜ガブティラにキングオージャーのシュゴッドたちが合体して誕生したキングキョウリュウジン以降、あらたな合体ロボは最終回(第50話)『俺様たちが世界を支配する』で、超巨大化したダグデドに致命傷を与えて宇宙空間に散った超絶怒濤(どとう)究極完全体キングオージャーに至るまで登場することはなかった。
 ちなみに、第33話の放映は2023年10月15日だったのだが、その2ヶ月後のクリスマスイブに至るまで、「スーパー戦隊」として最も肝要なハズの玩具の販促が『キングオージャー』では充分に行われなかったといっても過言ではないのだ。


 第35話『泣くなスカポンタヌキ』から第39話『ンコソパ頂上決戦』に至るまで、王様たちが自国を取り戻すための戦いが描かれていくが、ンコソパが第35話で奪還に失敗し、第39話でようやく取り戻した以外、イシャバーナもトウフもゴッカンもたったの一話完結であっさりと取り戻してしまう(笑)。
 しかも、それらの回は「国境を越え、利害を排除し、敵を国同士が一丸となって倒す」ためにキングオージャーが総力戦を演じるのではなく、あくまでそれぞれの国の王様を中心に描かれ、他国の王様たちはクライマックスバトルで不在だったりしたのだ。
 さらにいえば、国を取り戻すための戦いよりも王様や側近たちのキャラを掘り下げるための過去話の方が主軸を占めていた。
 ただでさえ、露出度の低い衣装に身を包み、右目と口元まで隠したボッチキャラのリタがフリフリドレス姿のアイドルと化した第38話『不動のアイドルデビュー』は若い世代のみならず中年オヤジの筆者ですらも大喜びしたが(笑)、果たしてこれらはメインターゲットの子供たちにどう映ったのであろうか?


 これらにつづき、第40話『我は王で王子なり』、第41話『宇宙を救う時』、第42話『ラクレス王の秘密』と3週連続で、ラクレスがダグデドと結託した真意、それを明かすことによるラクレスの立ち位置シャッフル、関係性の激変による王族兄弟の共闘を描いた物語は、「第一部」以来ギラとラクレスの兄弟を見届けてきた大半の視聴者におおいなる感動を与えたのは必至であり、実にすばらしい「人間ドラマ」だった。
 だが、第40話の冒頭で先述したキングキョウリュウジンが特に必然性もなしにギラを助けに登場した以外、これらの中で合体ロボによる巨大戦はゴッドキングオージャーの対戦が一度描かれたのみであり、第42話ではラクレスとギラ以外の王様は誰ひとりとして変身しなかった。
 ちなみに第42話の放映は2023年12月24日、クリスマスイブの当日だった。ラクレスの真実をこれまでの「人間ドラマ」の映像を用いて語る「総集編」を放映するには、あまりにも間が悪かったのではなかったか?
 従来のスーパー戦隊恒例の「総集編」みたく、ヒーローのカッコいい大活躍を中心に編集したのならまだしも。


*「ウルトラマン」に負けた「スーパー戦隊」……


 先述した『獣電戦隊キョウリュウジャー』放映終了時点だったバンダイナムコグループの2014年3月度の決算数値を見ると、「国内トイホビー売り上げ」中の「戦隊シリーズ」は144億円で過去最高額を記録していた。
 これをピークに「戦隊シリーズ」の売り上げは徐々に下降線をたどり、『快盗(かいとう)戦隊ルパンレンジャーVS(ブイエス)警察戦隊パトレンジャー』(18年)放映終了直後の2019年3月度の決算数値は60億円であり、過去最低値を記録してしまった。
 あまり語られてはいない事実だが、この『ルパパト』放映開始の数ヶ月後にバンダイが行った2018年度の「お子さまが好きなキャラクターに関する意識調査」のランキング結果では、『宇宙戦隊キュウレンジャー』(17年)が放映された2017年度にかろうじて第10位にランクインしていた「スーパー戦隊シリーズ」がまさかの圏外(けんがい)となってしまった。
 『ルパパト』も『キングオージャー』同様にネット上では話題にされることが多く、大人たちには大人気だったのだが。


 以降、つづく『騎士竜戦隊リュウソウジャー』(19年)の売り上げを示すバンダイの2020年3月度の「戦隊シリーズ」は『ルパパト』と同じく60億円、『魔進(マシン)戦隊キラメイジャー』(20年)終了後の2021年3月度の数値は45億でさらにガタ落ちしてしまった。
 ちなみに同時期に放映された『ウルトラマンZ(ゼット)』(20年)の売り上げを示す2021年3月度の「ウルトラマン」の国内トイホビーの数値は49億であり、玩具の売り上げでは「戦隊シリーズ」は半年しか放映されない「ウルトラマン」に逆転されてしまったのだ……


 この低迷ぶりに、もはや子供相手の商売は限界だと判断したのか、近年のスーパー戦隊は『機界戦隊ゼンカイジャー』(21年)、『暴太郎(あばたろう)戦隊ドンブラザーズ』(22年)、そして『キングオージャー』と、立てつづけに「変化球」を連打している。
 このところの物価高で子供に玩具を買い与える余裕のないファミリー層よりも、高額でも平気で玩具を買ってくれるのみならず、ネットで話題にしてくれて作品の注目度を高めてくれる若年層をターゲットにした方がはるかに確実だと、彼らにウケることを最優先した作品づくりは企業の目線からすれば当然の戦略だと充分に理解はできる。
 だが、2014年に「過去最高」の玩具売り上げを記録した「戦隊シリーズ」が、そのわずか5年後の2019年にナゼ「過去最低」の売り上げを記録するに至り、「お子さまが好きなキャラクター」のランキングでも「圏外」となってしまったのか、その根本的な要因をバンダイも東映もまともに分析したのであろうか?


 クリスマスイブを間近に控えた大事な時期に、合体ロボの巨大戦どころか戦隊ヒーロー&ヒロインのせいぞろいすら皆無(かいむ)の回さえあった『キングオージャー』とは異なり、「過去最高」の玩具売り上げを記録した『獣電戦隊キョウリュウジャー』の同時期の放映分では、ブレイブ39『せいぞろい! 10だいきょうりゅうパワー』で10人ものキョウリュウジャーが大集結、ブレイブ41『ヤナサンタ! デーボスせかいけっせん』&ブレイブ42『ワンダホー! せいぎのクリスマス』は世界各地に出現した巨大怪獣を相手にキョウリュウジャーたちが各種合体ロボットに分乗して戦う豪華絵巻だった。
 もちろん、それらのみで売り上げが「過去最高」に至ったワケではなく、あくまでその作風や世界観を象徴する例としてあげたのだが、そもそも『キョウリュウジャー』につづく作品群がそうした「スーパー戦隊」本来の魅力を維持できなかったことこそが、近年の長期低迷を招く要因となったのではあるまいか?


 「第1部」につづき、「第2部」でも描かれた『キングオージャー』の群像劇やキャラクタードラマに見ごたえがあったのは確かだ。
 ただ、それらは等身大変身ヒーローのアクションや巨大合体ロボットのバトル演出の中に点描する程度でも立派に両立できることは『キョウリュウジャー』がすでに証明していたのだ。
 なので、第40話から第42話の三部作はゴッドキングオージャーやキングキョウリュウジンの活躍をオマケ程度にとどめるのではなく、それらを強調する中で王族兄弟の因縁物語を点描する作劇の方が妥当(だとう)だったかと思える。


 あと、強(し)いてあげればたいした必然性もなしに第40話に桐生ダイゴの継承者・桐生ダイゴロウを登場させるくらいなら、第42話でラクレスとギラが和解したあとに登場させ、「チキュー」にはない「地球」のクリスマスを伝授することでラストに王様たちがラクレスの味方化を兼ねて祝うなんて絵にした方がよかったのではないのか?
 まぁ、『キングオージャー』に夢中になるような大人たちには「クリスマス」なんて無縁なのだろうけど(汗)。


 やはり「第1部」の終盤で年間の折り返し地点だった第25話『王と民の戦い』で、20体ものメカが全合体したゴッドキングオージャーに各国の王や側近、民ら20人が搭乗して出撃するという、特撮の見せ場としては最大のクライマックスをやってしまったのは、いささか配分を誤ったのではないかと思える。
 これを上回るインパクトを後半の「第2部」で描くのは到底困難だったろうし、先述したように第3クールは半ばくらいまでは王様と側近たちの関係性の変化を中心に描いていたのだから、その総決算として20人出撃をやった方がドラマとバトルを融合させる意味でもふさわしかったのではなかろうか?
 メインライターの高野氏の問題ではなく、そうしたシリーズ構成は大森プロデューサーやバンダイの担当者がキチンと伝達すべきだったろう。


 あと、細かな点をいうなら、5人の王が国際会議で集結するのにそれぞれの専用マシンを飛ばして会議の場に向かうような描写がなかったために、まるで王様たちがご近所からテクテク歩いて集会場に来たかのような印象が強く感じられたものだ(爆)。
 この点も販促の弱さを象徴しているが、「チキュー」ってどんだけ小さい星やねん? と思えたほどに、全世界が舞台の割には実はそのスケール感は乏(とぼ)しかったのではなかろうか?


*「民意」が望んだ「戦い」


 第49話『王はここにいる』で、「チキュー」を捨てて宇宙に避難するように王様たちから呼びかけられていた全世界の民衆が、王様の言いつけを聞かずに反逆者となって宇蟲五道化にいっせいに蜂起(ほうき)するさまは圧巻であり、最終展開としては確かにおおいに盛りあがる描写で感動した視聴者は多かったことだろう。
 ただ、個人的にはこの場面にまったく別の意味で感心した。


 かの太平洋戦争が「昭和」天皇の責任や旧日本軍の暴走以上に一般大衆の「民意」こそが最大の「戦犯」だったのをはじめ、古今東西ほとんどの戦争が「民意」によって支えられるのを実にリアルに描いていると。
 だからこそ、いつまで経ってもやめることができないのだ。
 今の日本人にしろ、敵基地攻撃能力の保有やアメリカが所持する核兵器の共有に賛成する一般大衆が多数存在する。
 近い将来に日本が他国と戦いはじめるとしたら、それは彼らの「民意」こそが原動力なのだ。


 また、ここに至るまでに立ち位置の変化が繰り返されたギラとラクレスに対し、シュゴッダムの大衆がそのときの情勢によって彼らを崇拝(すうはい)してみたり罵倒(ばとう)してみたりといった無責任ぶりが描かれてきたのも、そのリアルさに拍車をかけた。
 「国家総動員法」がなくとも勝手に団結してしまうような群衆心理こそが宇宙人の侵略以上の恐怖であり、その意味では個人的には民の蜂起場面は子供にはあまり見せたくないと感じるのだが。


*「スーパー戦隊の最高傑作」?


 リアルな特撮や大河ドラマ的な作風・世界観を指して『キングオージャー』を「スーパー戦隊の最高傑作」と賞賛する声が各所で散見される。


 ただ、「戦隊初」とされる二部構成に関しては2024年で放映30周年を迎えた『忍者戦隊カクレンジャー』(94年)が、比較的コミカルな作風だった第24話『あァ 一巻の終り』までを「第一部」、次第にシリアスな展開へとシフトしていった第25話『新たなる出発(たびだち)!!』以降を「第二部 青春激闘編」として構築することですでに実現していたのだ。


 また、一度は敵組織によって世界が支配されてしまう展開にしても、『超力戦隊オーレンジャー』(95年)の最終展開ではオーレンジャーが灼熱(しゃくねつ)地獄の魔空間に閉じこめられ、脱出するまでに経過した半年の間に地球が敵組織のマシン帝国バラノイアによって完全に制圧されるさまがすでに描かれていた。
 なお、この当時のミニチュア特撮は現在の観点からすればややチープな印象だったが、序盤でバラノイアの超巨大戦闘母艦・バラクティカが世界各国の都市を攻撃する場面や、小型戦闘艇(てい)・タコンパスと国際空軍の戦闘機による大空中戦などは実に迫力あふれる特撮だったことは特筆しておきたい。


 さらにあげれば、明確なリーダーが設定されていないとか、各キャラごとに因縁の深いキャラを配置し、彼らの関係性を中心に描くことでメンバー全員が変身しない回が存在したり、巨大ロボ戦が描かれない回があったりと、『キングオージャー』でパターン破りとして描かれたいくつかの要素も、『五星戦隊ダイレンジャー』(93年)ですでに実現されていた。


 『キングオージャー』のメインライター・高野氏がこの『ダイレンジャー』が放映された1993年生まれだが、現在の特撮マニアの過半を占める若い世代にとっては先述した作品群は生まれる前に放映されたか、あるいは生まれていても幼すぎて視聴していなかったり記憶に残ってはいないのだろう。
 だが、実はすでに30年前の時点でスーパー戦隊ではさまざまな意欲的な取り組みが行われていたのだ。
 『キングオージャー』を「最高傑作」として断じるのは、せめてそれらの片鱗(へんりん)のみを知ってからでも決して遅くはないのではなかろうか?
 再放送や映像ソフト化がなければ過去作品の視聴が困難だった我々が若かった時代とは異なり、今は各種サブスクで比較的に容易に視聴するのが可能なのだから。


*「ひとつ」を否定した『キングオージャー』


「無理にひとつになる必要はない。姿形、心、ひとつとして同じものはない。交わらないからおもしろい。好きなところは受け入れて、嫌いなところはそっとしておく。違う者同士、ともに生きればいい。手をつなぎ、力をあわせるのはいざというときだけでいい」


 これは最終回のラストで語られたジェラミーによるナレーションだ。
 まさにメインライターの高野氏の世代、つまり、現代の若者たちの対人関係での距離のとり方、ひいては各地域や各国家、国際関係のあり方までをも最大に象徴するものだろう。
 長年にわたって「みんないっしょでなければならない」としてきたもっと上の世代なら、これに異を唱(とな)える者も多いに違いない。
 だが、『キングオージャー』が若い特撮マニアたちの絶大な支持を集めたのは、このメッセージから逆算して構築されたキャラクターや世界観に共感するところが多々あったからこそではないのだろうか?

2024.3.30.


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2024年4月号』(24年4月28日発行)所収『王様戦隊キングオージャー』完結評より抜粋)


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(文・森川由浩)
(2011年12月・脱稿)


 『秘密戦隊ゴレンジャー』(75~77年)は大ヒットし、日本の特撮テレビ史上に名を残す一大ブランドとしてのネームバリューを確立した。しかし、1977年(昭和52年)3月、その2年間のロングランに幕を閉じた。


 だが、その大ヒットを受けて、第2弾的な存在の後継者を誕生させた。それが本項の本題となる『ジャッカー電撃隊』(77年)であった。


 本作誕生の背景には、これまで『ゴレンジャー』を放映してきた「NETテレビ」が、1977年(昭和52年)4月1日をもって、「テレビ朝日」に改名することになった動きが存在している。


 2011年現在では東映の専務を務めている鈴木武幸(すずき たけゆき)プロデューサーはこう語っている。



「NETがテレビ朝日になるというので、いろいろな番組が終わらされ、そして衣更えしていったんです。たとえば『特別機動捜査隊』(61~77年)なんかも『特捜最前線』(77~86年)というふうに」(*1)
(『宇宙船』(朝日ソノラマ刊)Vol.82『宇宙船談話室』 1996年)



 ちょうどこの1977年3月31日より2年前である1975年3月31日に、テレビ局の系列ネットワークの変更によって、大阪の「朝日放送」が東京の「TBS」系列から「NET」系列に切り替わった。大阪府民にもこの事態がようやく馴染んできたこの時期、このテレビ局名の改称はさらなる大きなセンセーションを巻き起こしていた。


 これには、1973年11月1日に放送免許条件が変更されて、本来「教育放送局」(*2)としてスタートを切った「NET」が実質的に「総合番組局」となったあとにも、「日本教育テレビ」名義の「NET」のままであったことが、すでに実態にそぐわなくなって久しかった名称であったために、局名を改称することになったいきさつがあった。


 1976年12月10日の臨時取締役会にて、「全国朝日放送株式会社」こと略称は「テレビ朝日」への改称のための定款(ていかん)の一部変更を行い、1977年1月14日の臨時株主総会にて、正式に新社名を承認されている。
 よって、「日本教育テレビ」こと略称「NETテレビ」は、1977年4月1日より「全国朝日放送株式会社」こと略称「テレビ朝日」に社名変更する運びになったのだ。


●『秘密戦隊ゴレンジャー』は、「テレビ局の放映ネットワークの腸捻転による改変」
●『ジャッカー電撃隊』は、「テレビ局の名称変更」


 この初期2大戦隊は、テレビ放送局の大きな歴史の節目で放映が開始されることになった。『ゴレンジャー』や『ジャッカー』のような、こうしたエポックメイキングな特撮変身ヒーローものもまた、時に社会の大きな変化や企業の意向によって偶然に誕生することもある、といった因縁を感じさせるものでもあるのだ。
 言い換えれば、作品内容だけでなく、特撮ジャンルや日本のテレビ放送の「歴史の節目」としても大きな意味合いを持った作品であったことの証(あかし)でもあったのだ。


 本項では、この『ジャッカー電撃隊』の作品の流れと展開とその結果を追って、「スーパー戦隊シリーズ」としての第二歩目を踏み出した、偉大なる名作の内実を解き明かしてみたい。


*1977年に放映された石森原作『ロボット110番』『大鉄人17』『快傑ズバット』『氷河戦士ガイスラッファー』の諸相!


 「非・改造人間」として「強化服」ヒーローのコンセプトを打ち出して、新時代のヒーローのフォーマットに昇格させたのが、前作『秘密戦隊ゴレンジャー』であった。
 しかし、その次作『ジャッカー電撃隊』は、『ゴレンジャー』同様にメンバー各自で異なる原色の姿をしているカラフルなビジュアルイメージは残しつつも、主人公の境遇に『仮面ライダー』シリーズ(71~75年)や『サイボーグ009(ゼロゼロナイン)』(64年~)などではおなじみであった「改造人間」=「サイボーグ」のコンセプトを再び置くことになった。


 『ゴレンジャー』との差別化ではあったろう。しかし、これによって、前作『ゴレンジャー』よりもハードで、たとえ子ども向けではあっても、比較的に年長の視聴者層を意識したシリアスな作品世界を打ち出せることにはなるのだ。
 しかし、2011年の現在に至るまで、「改造人間」のメンバーで構成された戦隊シリーズは、この『ジャッカー電撃隊』のみにはなってしまっている。



 本作『ジャッカー電撃隊』スタートと同時期の1977年2~4月にテレビ放映か開始された、「石森章太郎」の「原作」名義であった諸作品の諸要素を、比較のために検証してみよう(「石ノ森章太郎」へと改名したのは、これより10年ほどあとの1986年のことだ)。


 まずは、コミカルなギャグロボットものの新境地を開拓し、男女を問わず高い人気を獲得していた、ロボット学校ものであり、ロボットの寄宿先の家族とのホームドラマ・人間ドラマでもあった石森原作の『がんばれ!! ロボコン』(74~77年)も、やはり「テレビ朝日」への改称に伴って終了していた。
 その後番組として、「ロボットコメディ」に、黒字・赤字といった損得や商売としての「経済観念」「ビジネス色」なども、ソフトな子ども向けのギャグとして導入してみせた、テレビ朝日系放映の特撮コメディー『ロボット110番(ひゃくとおばん)』(77年)が登場している。


 やはり石森原作の、人間サイズでスマートな赤と青の2人の兄弟ロボットヒーローでもあった『宇宙鉄人キョーダイン』(76年)の後番組には、大阪の「毎日放送」(東京では「TBS」)にて放映された『大鉄人17(ワンセブン)』(77年)なる、重厚な「巨大ロボット」をメインに据えたテレビ特撮作品が登場した。


 東映制作の特撮戦隊ヒーロー『忍者キャプター』(76年 非・石森原作作品)の後番組としては、東京12チャンネル(現・テレビ東京)にて放映が開始された、石森原作の『快傑ズバット』(77年)もまた、「改造人間」ではなく『ゴレンジャー』から引き継がれた「強化服」の戦士であった。


 しかし、『サイボーグ009』のリメイクでもあった、連続テレビアニメの『氷河戦士ガイスラッガー』(77年)では、超古代文明出自の「サイバノイド」といった「造語」によって(サイバーとヒューマノイドとの合成語であろう)、新鮮なイメージで描かれ直された「改造人間」が登場していた。


 そして、本作『ジャッカー電撃隊』も、先にもふれたとおりで、主題歌の歌詞にも謳いこまれているように「サイボーグ」(改造人間)の「戦隊」になっていたのだ。


*『仮面ライダー』と『サイボーグ009』のハイブリッドでありつつも、「改造人間」テーマに原点回帰!


 「改造人間」のコンセプトは知ってのとおりで、『サイボーグ009』と『仮面ライダー』シリーズといった大先輩が存在している。


 「サイボーグ」なるカタカナ用語が、メカを内蔵した「改造人間」であることは、当時の子どもたちにも知られていた。それはモノクロアニメ版(68年)の再放送はもうなかったものの、カラーのアニメ映画版2作品(66・67年)の方は定期的に再放送がなされており、原作漫画(64年~)の単行本も秋田書店の「サンデーコミックス」レーベル(66年~)で、70年代後半当時でも増刷されていたからだ。
 玩具会社・タカラから発売された「変身サイボーグ1号」という30センチサイズで、ボディーが透明パーツかつ内部に銀メッキのメカが透けて見えている、8頭身のリアルな体形の人形の素体に、商品ごとにウルトラマンや仮面ライダーに当時の特撮ヒーローやアニメのロボットヒーローなどのナイロン製のスーツやマスクを着せるといった、男児向けの着せ替え人形も、そのテレビCMとともに72~74年にかけて大ヒットしていたこともあった。


 「集団ヒーロー」としての『サイボーグ009』と、「実写特撮」での「変身」するヒーローvs敵怪人ものとしての『仮面ライダー』。
 それら双方のハイブリッドでありながら、「非・改造人間」かつ「強化服」のヒーローとしてのコンセプトも打ち出していたのが、『秘密戦隊ゴレンジャー』ではあった。


 本作『ジャッカー電撃隊』では、『ゴレンジャー』のイメージを残しつつも、先にもふれたとおりで、主人公の境遇に「改造人間」のコンセプトを置くことによって、前作以上にハードで、やや年長の視聴者層を意識したストーリーを軸にしていた。
 言うならば、『仮面ライダー』と『サイボーグ009』のハイブリッドでありつつも、『ゴレンジャー』よりも元祖「石森サイボーグヒーロー」への「原点回帰」も目指した作品であったとの見解も下せるのだ。


*1977年に放映された石森作品のなかでも『ジャッカー電撃隊』が一番シリアス! その背景とは!?


 『ゴレンジャー』の放映2年目はコミカルなギャグ怪人が輩出していた。しかし、同作のシリーズ終盤のエピソード群では、実にハード路線な物語が輩出していく。
 長じて特撮マニアになって振り返ってみれば、スタッフ間では『ゴレンジャー』終盤での作業と並行して後番組『ジャッカー電撃隊』への移行の準備も並行していたことがわかるだろう。同作への企画準備・サンプルストーリー・シナリオの準備稿の執筆作業などによって、『ゴレンジャー』終盤は無意識のうちに、『ジャッカー』初期編の作風の影響を受けてしまっていた可能性もあるのだ。


 本作の2年前にも同様の事例があった。『キイハンター』(68~73年)の系譜を継いだ東映制作のアクションテレビドラマ『バーディー大作戦』(74年)がそれだ。当初はコミカル仕立ての明るいエピソードが多かった同作は、番組も終盤になってくると、ハード志向の物語へとじょじょにマイナーチェンジしていった。
 その最終回「バーディー真昼に死す」(脚本・小山内美江子 監督・佐藤肇)では、メンバーの伊吹裕二(演・谷隼人)と井口マリ(演・松岡きっこ)が、「子どもを救うために我が身を賭して、地雷の犠牲となってしまう」といった結末で、あまりにも衝撃的なフィナーレを迎えていたほどだ。
 これなども、後番組のシリアスな名作刑事ドラマ『Gメン‘75』(75~82年)への各スタッフの移行の準備期間が並行していたことも、一因ではなかったか? といった推察もできるのだ。



 実際にも、本作『ジャッカー電撃隊』はシリーズ前半に限定して言及すれば、児童向けヒーロー作品としては、ハード志向の作品に仕上がっている。


 同作の東映側のプロデューサー・吉川進はこう語る。



「続く『ジャッカー電撃隊』は、『ゴレンジャー』を抜こうとして考えられた企画で、前作とはがらっと内容を180度転回させてみました。スパイアクションの部分をぐんと強くして、さらに社会背景を物語世界に強く設定してみたんです。」
(『超世紀全戦隊大全集』(講談社刊)1993年)



〈ANIMEX 1200シリーズ〉 (38) ジャッカー電撃隊 MUSIC COLLECTION (限定盤)
〈ANIMEX 1200シリーズ〉 (38) ジャッカー電撃隊 MUSIC COLLECTION (限定盤)


*「ジャッカー電撃隊」のビジュアル・デザインコンセプト! &SF設定コンセプト!


 「ジャッカー電撃隊」の4人の変身ヒーローのビジュアルは、「ゴレンジャー」とも同様に「色」で区分けする要素が大きい。
 しかし今度は、モチーフに「トランプ」も起用していた。「スペードエース」「ダイヤジャック」「クローバーキング」「ハートクイン(クイーン)」といった、「トランプ」の「カード」の「図柄」と「数字」を意味するネーミングを据えていたのだ。


 この4人それぞれのエネルギー源も、自然界での超ミクロ・極微の世界ではたらいている「4つの力」から着想されたものだ。


●「重力」
●「電磁気力」
●「強い力」(核力)――「原子(核)」(元素)の構成要素である「陽子」や「中性子」を結合させる力。および、それらのさらなる構成要素である「クォーク」なる、物質の本当の最小単位でもあった「素粒子」同士を結合させている力。この「強い力」の派生形が「原子力」である――
●「弱い力」――「原子」の構成要素である、電荷的には中立の「中性子」から、「電子」(=マイナスの電荷を持っている。別名:ベータ線)を放出させて、この「中性子」をプラスの電荷を持った「陽子」へと変化させてしまい、「原子」(元素)の種類(=原子番号=陽子の数)までも変えてしまう力。いわゆる「ベータ崩壊」を起こす力――


 1970年代中盤に、日本でも一般に紹介されはじめたばかりの、当時の最先端の物理学の研究成果から来ていたのだ(おそらく、科学好きでもあった石森のアイデアだろう)。


 しかし、子ども向け番組ゆえに、わかりやすくアレンジされて、以下のとおりになっていた。


●「核(原子力)エネルギー」(「強い力」に該当)
●「電気エネルギー」(「電磁気力」の「電気」に該当)
●「磁力エネルギー」(「電磁気力」の「磁力」に該当)
●「重力エネルギー」


 いわゆる「弱い力」こと「ベータ崩壊」はオミットされていたが、「電気」や「磁力」と違って、我々の日常生活にはまったく関与してこない「力」なので、これもまた大衆向け娯楽作品としては実に妥当なアレンジだろう。


 これら「4つの力」も交えて、「ジャッカー電撃隊」のコンセプトは強調されているのだ。


 そして、先人である『ゴレンジャー』に見られたカラーリングでのシンプルでわかりやすいネーミングを廃して、前述した意味合いで、より年長児童向けのムードを強調したコンセプトを感じさせてもいるのだ。


 この「トランプ」のモチーフは、石森漫画が原作であり、はるか以前に『フラワーアクション 009ノ1(オーオーナインワン)』(69年)名義で1時間枠での実写テレビドラマ化もなされていた『009ノ1(ゼロゼロナイン・ワン)』(67年)(*3)にも共通するコンセプトであった。


 なお、余談ではあるが、『ジャッカー電撃隊』の関東地区での土曜夜7時30分枠と同時ネットワーク放映の地域では、前座の土曜夜7時枠にテレビアニメ『超合体魔術ロボ ギンガイザー』(77年)(制作・朝日放送、日本アニメーション・葦プロダクション)が放映されていた。
 同作もまた、正義側の3体のヒト型巨大ロボットと大型戦闘機が「トランプ」をモチーフにしていたのだ。さらに、主題歌の歌唱が「ささきいさお」といった共通点も存在している。奇(く)しくも、「トランプ」がモチーフのヒーロー番組が毎週土曜の夜7時台に2本連続で放送されるかたちとなっていたのだ。


 しかし、「ゴレンジャー」同様に、ひとりでは敵の怪人を倒すことができないために、「メンバー全員がそろうことで、初めて敵を倒せる」といったコンセプトは踏襲されていた。


 そして、「ジャッカー電撃隊」の必殺技は、サッカーやフットボールといったスポーツの要素をアクションや必殺技に組みこんだ「ゴレンジャー」とは違っていた。今度は4人が「円陣」を組んで敵を取り囲み、その敵におのおのの4種のエネルギーを同時にぶつけて、その衝撃で相手を倒すことができるという「ジャッカー・コバック」なる技であったのだ。


*「J・A・K・Q」の4文字で「ジャッカー」と読ませて、サブタイトルにも凝ったセンスの絶妙さ!


 番組のタイトルにも言及しておこう。「J・A・K・Q」のアルファベット4文字で、「ジャッカー」と読ませるセンスのことだ。


 実際に「ジャッカー」を英語で記すと「JACKER」になるので、「Q」の「文字」は存在しないことになる。


 しかし、「Q」の文字を使用した単語である「quatet」(カルテット=四重奏)」や「quintet」(クインテット=五重奏)の発音は、「カキクケコ」などの「カ」行になるのだ。古代においては「Q」の文字の発音は「ク」や「クー」であったという。その意味では、「K」と「Q」の発音でもある「ケー」や「ク」を転じさせて、「K」と「Q」の2文字で「ジャッカー」の「カー」だと読ませるあたりは、多少のムリはあっても、まったく根拠がないわけでもないのだ。


 その他に、本作の第1クール(初期12話分に相当)での各話のサブタイトルは、「カタカナ表記」ではあったが、「英単語」も用いていた。
 番組のメインタイトルとストーリーコンセプトとも相まって、同じく石森原作の東映特撮ヒーロー『人造人間キカイダー』(72年)の「機械」や、『イナズマン』(73年)の「稲妻」などに、原作漫画版『秘密戦隊ゴレンジャー』の防衛組織「イーグル」を「EGL」と表記させてカッコよさを演出していたのともまた違った、新たな地平のセンスの開花も見せていたのだ。石森作品特有のネーミングセンスは、やはりここでも際立っていたのだ。


 だが、「ジャッカー」の語句の直後には「電撃隊」なる語句が付いていた。「電撃戦隊」ではなかったことに、「パターン」のなかにあっても、「パターン化」の徹底については避けてもいる、「独自性」への模索も感じさせるところがあるのだ。


 実は本来、本作は企画の時点では、『電撃戦隊クロスボンガー』と命名されていたことが、本作『ジャッカー』についても扱っていた初のマニア向け書籍であった、往年の『秘密戦隊ゴレンジャー大全集』(88年)でも明らかにされている。このタイトルが実現していたなら、もっとあからさまに、良くも悪くも『ゴレンジャー』の呪縛にとらわれてしまったことだろう。しかし、実際にはこの『ジャッカー電撃隊』というメインタイトルへと落ち着いているのだった。
 ただし、もしもこの時点で、『電撃戦隊』と題されていれば、「戦隊シリーズ第2弾」的な扱いのキャッチコピーが、本作の時点ですでに出来あがっていたのかもしれないが。


 ちなみに、実際に“戦隊シリーズ”といった単語による概念で、『ゴレンジャー』以降のシリーズをひとくくりにするようになったのは、『電子戦隊デンジマン』(80年)あたりからであった。


 もちろん、“シリーズ”といった扱いになれば、過去作との類似点はあまり問題視はされないだろう。どころか、必要な要素だとして歓迎されたかもしれない。
 しかし、まだ“シリーズ”といった括りを潔(いさぎよ)しとはしない、一応の独立独歩の作品として立ち上げたかったのであれば、「『ゴレンジャー』の二番煎じ」的なイメージを払拭(ふっしょく)するためもに、あえて“戦隊”の語句を本作のメインタイトルには使用しなかったことも、想像には難くないのだ。


*4人のサイボーグであるレギュラー登場人物! 「心」に「悲哀」もやどした「改造人間戦士」!


*スペードエース・桜井五郎=丹波義隆


 ジャッカー電撃隊のリーダーヒーロー「スペードエース」こと桜井五郎役には、有名俳優・丹波哲郎(たんば てつろう)の実子である丹波義隆(たんば よしたか)が扮した。


 彼は前年度の『ゴレンジャー』でも、主人公・アカレンジャー役の候補であったそうだ。しかし、当人の意志で辞退をしていたそうだ。その後の2年間のうちに、彼はNHKテレビ小説(朝ドラ)『水色の時代』(75年)やテレビ時代劇『鬼平犯科帳(おにへい はんかちょう)』(75年・丹波哲郎主演版)での活躍で実力を付けてから、こうしてようやく主役の座を獲得することとなったのだ。
 しかし当初、丹波本人は本作への出演を「バイクの免許証」や「変身ポーズをとることが恥ずかしい」ことを理由にして、OKしなかったそうである。
 けれども、自身の役が搭乗する乗りものが「オートバイ」ではなく「自動車」であったこと、変身は基地のカプセルに入ってするもので変身ポーズがなかったこと、さらに、「視聴者年齢層を高校生まで広げたい」「基本的には“人間の物語”にしたいんだ」といったスタッフの意向もあってか、出演をOKしたとのことである。(Webサイト『HERO BOX』より)


 そのむかし、円谷プロの円谷一(つぶらや はじめ)監督が、『ウルトラセブン』(67年)のキリヤマ隊長役の中山昭二(なかやま しょうじ)に対して、番組開始前に「『(初代)ウルトラマン』のような作品を企画しているのだが、対象とする視聴者層を中高生にあげたいということで、なにかよい方法はないか」と相談を持ち込んだ逸話(いつわ)があった(『ウルトラマン大全集』(講談社刊・87年3月1日発行))。


 もちろん、ジャリ(子ども)向け番組として蔑(さげす)まれていたテレビ特撮作品への出演を口説くための「口八丁(くち はっちょう)」でもあっただろう。しかし、それと同時に、子ども向け番組でもヒットを出せれば、欲が出てきて、さらに少しでも上の世代の層にもアピールできるものを作って、自らが作っている作品もレベルアップをとげていきたいといった向上心が、やはり成人ではあるスタッフたちの脳裏には浮上してきてしまうものなのだろう。



 主人公ヒーロー「スペードエース」の戦闘時における決め口上(きめこうじょう)は、こうであった。


 第1話~第22話では、「ジャンプ一閃(いっせん)、赤い風! 唸って踊る、核の鞭(むち)!!」
 第23話~第35話では、「真っ赤に燃える正義の血潮(ちしお)! 悪を切り裂くアトム撃ち!!」


 他のヒーローメンバーも、決め口上のあとに、各自が使う武器の名前を叫ぶのが、定番となっていた。


*ダイヤジャック・東竜=伊東平山


 「ダイヤジャック」こと東竜(ひがし りゅう)役には、伊東平山(いとう へいざん)が扮する。


 伊東は本作以前に、東映の特撮変身ヒーロー『超神(ちょうじん)ビビューン』(76年)第23話にゲスト出演。『宇宙鉄人キョーダイン』(76年)の主役オーディションも受けていた過去があったそうだ。最近では、故郷・秋田の「街興(まちおこ)しヒーロー」である『山刀霊神(ながされいじん)アニアイザー』の企画・プロデュースを手がけていた。


 長髪が主流であった1970年代の若者男性にしては珍しく、メンバーの男性陣では唯一の短髪でもあった。前番組『ゴレンジャー』の主役・アカレンジャーこと海城剛(かいじょう つよし)役の誠直也(まこと なおや)が、シリーズの途中から髪を伸ばしだしたのとは対照的に終始、短髪のままのヘアスタイルであったことも印象的である。


 「ダイヤジャック」の決め口上は、


 第1話~第23話では、「スピード一番、青い星! ギラりギラギラ、電気剣!!」
 第24話~第35話「怒りのエレキで鍔(つば)鳴りさせて、守ってみせるぜ青い地球!!」


 であった。(ダイヤジャックのみ、第23話からではなく第24話から後期版の名乗りとなっていた)


*ハートクイン・カレン水木=ミッチー・ラブ


 唯一の変身ヒロイン「ハートクイン」ことカレン水木役は、ハーフのミッチー・ラブが扮した。


 彼女はJAC(ジャパン・アクション・クラブ 現ジャパン・アクション・エンタープライズ)に所属していた。先に、東映のアクションテレビドラマ『ザ・ボディガード』(74年)や『ザ・ゴリラ7(セブン)』(75年)へのゲスト出演や、“宣弘社版『プレイガール』”といった趣(おもむ)きを有していたテレビドラマ『コードナンバー108(いちまるはち) 7人(しちにん)のリブ』(76年)でもレギュラーで活躍し、東映の志穂美悦子(しほみ・えつこ)主演のアクション映画『女必殺拳』シリーズ(74~76年)にも出演していた若手アクション女優だった。


 当時、JAC内でも“第二の志穂美悦子”といった存在感を示し、メキメキその名を上げていた彼女だけに、まさにエース級の人材の投入でもあった。


 ファッションも、先輩のモモレンジャーことペギー松山同様に、赤い「ホットパンツ」と「ロングブーツ」に「素肌の太モモ」でその「脚線美」を強調。しかも、小顔の童顔的な愛くるしい顔立ちながらも、ハーフゆえに日本人よりも肉感的かつグラマラスな下半身のイメージが強調されていることが特徴であった。


 「ハートクイン」の決め口上は、


 第1話~第22話では、「ひらり一転、桃の花! 咲かせて散らす、磁力盾!!」
 第23話~第35話では、「娘18、涙を捨てて! 戦場(いくさば)に立つ、桃の花。可愛いわよ(ハートマーク)」


 であった。


*クローバーキング・大地文太=風戸祐介


 「クローバーキング」こと大地文太(だいち ぶんた)役には、ピープロダクション制作による『電人(でんじん)ザボーガー』(74年)のシリーズ後半から登場したライバル青年・秋月玄(あきづき げん)役が代表作であった風戸祐介(かざと ゆうすけ)(旧名・風戸拳(かざと けん))が抜擢された。


 ちなみに、風戸にはそのむかし、『仮面ライダーV3(ブイスリー)』(73年)主役の最終オーディションに宮内洋(みやうち ひろし)とともに残っていたというトリビアが存在している。その時は敗れたが、4年後に奇しくも宮内とは、この『ジャッカー電撃隊』のシリーズ後半で共演することになったのだ。


 なお、先の『ザボーガー』の主人公・大門豊(だいもん ゆたか)役は、その『V3』のシリーズ終盤にレギュラー出演していた仮面ライダー4号「ライダーマン」こと結城譲二(ゆうき じょうじ)役も務めていた故・山口暁(やまぐち あきら)であった。風戸祐介は『V3』の重要出演者たちとも縁があったのだ。こうした巡り合わせの奇遇にも、不思議な因縁を感じてしまうのだった。


 また、『ジャッカー』では唯一、「自動車」ではなく「オートバイ」を操縦するメンバーでもある。風戸は前述した『電人ザボーガー』の秋月玄役でも「マシーンホーク」というバイクを駆っていた。宿敵・大門豊とのバイク戦も見せていただけあって、「二輪車」の扱いも手馴れていた印象があった。


 『ジャッカー』のシリーズ当初は、大地文太が「一度は死んだ身」であったことと、「亡き妹への想い」といった暗い過去設定も手伝ってか、「やや活気のない印象」が「重力」も操る力持ちの「パワーファイター」らしくない印象を与えていた。
 しかし、シリーズ中盤からは若者らしい「明るさ」を前面に押し出している。ケンダマで遊んで、生花(いけばな)の心得まである意外性(第13話)や、後述するシリーズ後半の新メンバー・姫玉三郎(ひめ たまざぶろう)との掛け合いで、「ギャグメーカー」的な色合いを打ち出し、シリーズ前半と後半とでのイメージチェンジも顕著なキャラクターになっていたのだ。


 また、シリーズの初期編では「ベレー帽」を着用している。これは本作に入る前に、東映の時代劇映画『大奥 浮世風呂』(77年)で若い僧の役のために頭をまるめたあとだったので、「かつら」と「帽子」を着用していたとのことだそうだ。そのせいか、髪が伸びてきてからは「帽子」と「かつら」を使わなくなり、第8話より「自毛」で出演するようになったそうだ。



 「クローバーキング」の決め口上は、


 第1話~第22話「パンチ一撃、緑の火! 目から火の出る、重力パンチ!!」
 第23話~第35話「凄いパンチが唸(うな)りをあげりゃ! 緑の風が渦を巻く!!」


 であった。


*ジョーカー・鯨井大助=田中浩


 「ジャッカー電撃隊」を指揮する長官「ジョーカー」こと鯨井大助(くじらい だいすけ)役には、「わんぱくでもいい。たくましく育ってほしい」のセリフが有名な、1970年代にはひんぱんに放映されていた「丸大(まるだい)ハム」のテレビCMへの出演で高名だったベテラン俳優・田中浩(たなか ひろし)が配役された。
 田中は三船プロ出身。あの大俳優・三船敏郎(みふね としろう)の薫陶(くんとう)を受けて育った俳優である。それだけに、ハードなドラマをより重くまとめる重厚な存在感を示していた。


 とはいえ、やはり子ども向けヒーロー番組なので、原色の「黄色」い制服を着用していた鯨井長官であった。しかし、『ジャッカー』には「黄色」の戦士がいない。なので、前番組での『ゴレンジャー』の5色中の「黄色」のカラーリングが、この「ジョーカー」なる長官には配されていたのだろう。


 「ジョーカー」を演じる田中自身が一番気に入っているエピソードは、コミカルな色合いが強まってきた時期の第22話「赤い大逆転!! 自爆軍団を攻撃せよ」なのだそうだ。「ジョーカー」自身が敵の戦闘員・クライマーに変装して敵地に潜入するシチュエーションが、これまで演じたことのない役だけあって、印象に残っているのだそうだ。


 桜井五郎役の丹波義隆も、番組終了後も撮影所で田中に再会すると、田中のことを「隊長」と呼んでいたそうだ。役を超えた、そのような付き合いが続いていたこともまた、我々のような特撮マニアの心を打つのだった。



 また、「ジョーカー」が愛玩する小動物・ハムスターも、実は「サイボーグ」であったとされた。「路線変更」もあってか、第15話にてその素性が「ジョーカー」よって明かされ、以降は人間の言葉を話すようになる。


*我らは「科学特捜隊」! 「ジャッカー電撃隊」の組織構図!


 「ゴレンジャー」は国連が設立した国際秘密防衛機構「イーグル」(Earth Guard Leagueの略称)なる組織のメンバーによる選抜部隊だった。それに対して、「ジャッカー」の場合は、帰属する組織名がその名もズバリ「国際科学特捜隊」というのには、幼児層にはともかく、当時もう小学校の高学年になっていた筆者には驚かされた。


 知ってのとおりで、初代『ウルトラマン』(66年)のレギュラー防衛組織の名前である「科学特捜隊」の名前と同じなのだ。しかし、その語句の前に「国際」の語句が入ったことで、世界的な組織であることも明確にしていたのだ。



 この「科学特捜隊」なる名称の「復活」「再現」には、本作でも活躍したメインライター・上原正三(うえはら しょうぞう)のなかで、『ウルトラマン』という作品の存在の大きさはもちろん、その『ウルトラマン』の作品世界の確立に脚本面から貢献して、『ジャッカー』放映前年の1976年に事故死してしまった盟友であり、親友の脚本家・金城哲夫(きんじょう てつお)へのレクイエム(鎮魂)も感じてしまうのだ。


 この「国際科学特捜隊」の配下にある「ジャッカー電撃隊」は、「警察」の捜査にも顔を出せるのだ。しかも、一般の警察組織よりも上の階級であることを物語ってもいる描写が存在している。
 本作のメインライターの上原正三が過去に手がけた、劇画原作(69~79年)のアクションテレビドラマ『ワイルド7(セブン)』(72年)で、その白バイ警察集団のメンバーたちが一般の警察官たちより上の階級を有しており、その階級が「警視」でもあった作品を手がけていたことも手伝ってか、本作でもそうした職能を持たせた組織にしたのではなかろうか?


 そして、「ジャッカー」のメンバーは自身が「サイボーグ」であることを絶対の秘密にはしていないようなのだ。「ジャッカー」のメンバーが捜査中に、自らの肉体から捜査用の機械ツールを出すシーンがあったからだ。
 第5話では、組織内の科学班による、桜井の身体のメカニック・メンテナンスのシーンもあった。第9話では、後年の大俳優でJACの真田広之(さなだ ひろゆき)が演じた、兄を敵組織・クライムに殺されたゲストの勝也青年が、仇を取るためにカレン水木に自らのサイボーグ化を懇願する描写まであったほどだ。ということは、「ジャッカー」の存在も彼らが「サイボーグ」であることも知られているのだ。
 その意味では、同じ「改造人間」を題材にはしていても、『サイボーグ009』や『仮面ライダー』とも異なる、独自性あるドラマを展開できてもいたのだ。


 『仮面ライダー』シリーズでは、主人公が「改造人間」であることを民間人で知っていたのは、“おやっさん”こと立花藤兵衛(たちばな とうべぇ)(演・小林昭二)くらいであった。時代の変遷とともに「変身ヒーロー」や「改造人間」であることを秘匿(ひとく)してみせる必然性も少々薄れてきつつあった過渡期であったのだとも、後付けで捉えることもできるのかもしれない。
 事実、スーパー戦隊シリーズとしては、『ジャッカー』の次の作品となるシリーズ第3作『バトルフィーバーJ』(79年)では、ヒーローたちがその正体を子どもたちに明かしてしまう回なども登場してくるのだ。もちろん、本作『ジャッカー』の世界観においては、彼らは職業的には「警察官」にも準じた「公務員」でもあった。それゆえに、彼らが改造人間・サイボーグ戦士であることが半ば公認された世界観でもあったのだろうが。



 そして、『ゴレンジャー』では007(ゼロゼロセブン)・008・009といった女性隊員たちが登場していた。『ジャッカー』でも第15話より「ジョーカー」の秘書的な活動を行い、「ジャッカー」のメンバーたちをサポートもする、「国際科学警備隊」の女性隊員たち7号・8号・9号・10号といった存在も忘れてはならない。


 シリーズ後半にて行動隊長・番場壮吉(ばんば そうきち)こと「ビッグワン」が登場したあとにも、彼の「秘書」的なポストを確立している。しかし、お色気描写も何気に表現されていることも特徴になっていた。第24話「悪魔か? 天使か?! 不思議な笛吹き男」でのバニーガール姿、第31話「赤い衝撃! スパイは小学四年生」での神輿(みこし)ギャル姿、第32話「どっちが本もの?! 危うしビッグワン」でのレオタード姿などでそれらの要素が具体的に見られるのだ。


*4スーパーマシン + スカイ&ランドメカ・2 = 「スーパーカー」ブームの申し子たち!


 本作には、知ってのとおりで、主人公たちが乗用する「マシン」が、前番組の『ゴレンジャー』の「オートバイ」とは違って、四輪の「自動車」がメインとなることがポイントであった。


●イタリアのフィアット社のフィアット・X1/9(エックス・ワン・ナイン)を改造した「スペードマシーン」
●F2のレースカーをベースとした「マッハダイヤ」
●バギー車をベースとした「ハートバギー」
●カワサキのKH400を改造した、ジャッカー唯一のバイクである「オートクローバー」


 以上が、「ジャッカー電撃隊」のマシンだ。


 「自動車」をメインメカニックとして用いた理由には、当時の男児たちを席巻しつつあった「スーパーカー」の大ブーム(*4)の流行が大きく影響している。


 1977年当時の玩具界や子ども間での流行は、「スーパーカー」は変身ヒーローもの・合体ロボットもの以上に急速に脚光を浴びつつあったのだ。そのために、各社はいわゆる「ミニカー」のラインナップに力を入れている。しかし、そのなかでも特に最高速度が300キロだというイタリアのランボルギーニ社の「ランボルギーニ・カウンタック」の人気は、空気抵抗を極力減らした、車高も低くて扁平かつ直線的で未来的なフォルムであり、前面の左右の2つのヘッドライトは車体内からせり上がって、左右のドアも上方に向けて開扉するかたちになっている未来的なデザインともあいまって、トップ人気を獲得していた。


 この美的な感覚にあふれるスタイリングは、「自動車」というよりかは未来からやってきた「宇宙船」のようなフォルムであって、「自動車」というものの概念には収まらない、新鮮なビジュアルテイストを有するものであった。


 当時の日本車では、昭和40年代(1960年代後半~~1970年代前半)を代表する名車「トヨタ2000GT(にせん ジーティー)」くらいしか用いられていなかった「リトラクタブル(格納式)ヘッドライト」。車のドアは横に開くもので、決して上には開かないといった既成概念が強かったなかで、鳥の翼のようなフォルムの開き方の「ガルウィングドア」のシステム。
 それらは、それこそ合体ロボットの変形ギミックにも通ずる持ち味を醸し出し、いつしか子どもたちにも大人気を集める要素のひとつになっていたのだ。この70年代の欧米車の未来感にあふれたフォルムは、当時の日本車にはマネができないハイセンスなムードにあふれていただけに。


 特に「スペードマシーン」のベースとなった「フィアット・X1/9」は、当時のスーパーカーの特色であった「リトラクタブル・ヘッドライト」はもちろん、国産車では「トヨタ・S800(スポーツ・はっぴゃく)」くらいでしか見かけなかった「タルガ・トップ」――屋根の中央部の取り外しが自由で、天井がセミオープンになることが特色――といった、国産車には見られなかった個性を色濃く持った、ハイセンスさにあふれた「ライトウェイト・スポーツカー」(小型軽量スポーツカー)であった。小排気量(1600cc)(*5)ということも手伝って、「ポルシェ」や「フェラーリ」に比べて、リーズナブルな「スーパーカー」として人気を集めた車種でもあった。


 「ハードなドラマ」と、それを彩(いろど)る「スーパーカー」に見られる「自動車」の要素。映画の世界でも、スパイアクション映画『007』シリーズで、イギリスのスパイである主人公のジェームス・ボンドが搭乗していた、いわゆる「ボンドカー」などが、そのスタイリングだけでなく、ボンドの諜報活動を援護するメカニカルな「特殊能力」でもアピールしていたのだ。本作でもそうした色合いを強調しており、前作『ゴレンジャー』との違いを明確に打ち出していたのだ。


 そんなブームを反映している「スーパーカー」を使用していた本作ゆえに、時代を物語る「スーパーカー」エピソードが、『ジャッカー電撃隊』にも2本、存在している。第7話「8(エイト)スーパーカー!! 時速300キロ」(脚本・上原正三 監督・奥中惇夫)と第14話「オールスーパーカー!! 猛烈!! 大激走!!」(脚本&監督・平山公夫)がそれだ。


 特に第7話は、同年夏の「東映まんがまつり」でも35ミリフィルムにブローアップされて劇場公開されていたほどだ。ちょうどこの興行が終了後の77年8月に公開された、「スーパーカー」ブームの立役者でもある『週刊少年ジャンプ』連載の大人気漫画(75~79年)を実写化した東映制作の映画『サーキットの狼』(77年)の「予告編」的な印象も、当時の観客たちに与えることとなっていたのだ。


 それだけでなく、この2本のエピソードには、当時の「スーパーカー」ブーム時代の「スター」のように脚光を浴びていた、外国車の販売店の社長・切替徹(きりかえ とおる)と雅子夫人による、本人役としての出演も大きなトピックになっていた。


 この「スーパーカー」編では吉川進が、



「日本中のスーパーカー三十台を集めて決定版を作る。ブームの真っ最中なので視聴率アップにうってつけ」
(『週刊TVガイド』1977年5月27日号(東京ニュース通信社刊))



 とコメントしているのが、時代を物語っているのと、下降気味の視聴率を上げねば……といった焦燥感をも感じさせてくれる。


 ちなみに、劇中で登場した車種を列記すると、前者は、


●フェラーリ365GT4BB
●ランボルギーニ・ミウラ
●ランボルギーニ・ウラッコ
●マセラッティ・メラク
●ポルシェ930ターボ
●ロータス・ヨーロッパ


 後者では、


●フェラーリ365GT4BB
●ランボルギーニ・ミウラ
●ポルシェ930ターボ
●ポルシェ911カレラ
●ポルシェ911S
●マセラッティ・ボラ
●マセラッティ・メラク
●マセラッティ・カムシン
●BMW2002ターボ
●フィアット・X1/9


 以上が活躍していた。一部資料では、本話に登場した「フェラーリBB」を、「フェラーリ365」ならぬ「フェラーリ512BB」と記載している書籍もあった。しかし、ビデオで映像を見直したかぎりでは、テールランプの数や(「512」は左右計4灯、「365」は左右計6灯)、後輪前の通風孔がないことで(「512」は通風孔がある)、ここでは「フェラーリ365GT4BB」だったと判断して記載した。



 前作『ゴレンジャー』の「バリブルーン」に見られる飛行メカを継承した「スカイエース」と、「バリタンク」の後継車「ジャックタンク」の存在についても言及しよう。
 なによりも、主人公たちが変身するためのシステムマシンであった「強化カプセル」を輸送する機能を有しており、「ジャッカー電撃隊」というヒーローへの変身のための重要な基盤としての存在感は誇っていた。


 「ジャッカー」は一般的なヒーローたちのように、一定の「変身ポーズ」をとったり、「変身ベルト」や「変身ブレスレット」などのアイテムを使えばその場で変身できるシステムとは違って、この「強化カプセル」がないと変身ができないのだ。


 その基本設定ゆえに、独自の「リアリティ」を、そして、その「不自由さ」が生み出す「サスペンス」性も、この作品の持ち味にはなっており、シリーズの持つハードな色合いを強めていたのだ。


 「ジャックタンク」はその名が示すとおりで、「マッハダイヤ」同様に、「ダイヤジャック」のもう1台の愛車といった存在であった。しかし、見てのとおりで、デザイン的にも前番組『ゴレンジャー』の「バリタンク」をもろに継承した戦車でもあった。とはいえ、最終回では鯨井長官の誘拐された家族を救出する際に、敵地に乗り込むような大活躍も見せていた。


 また、「スカイエース」ではなく「ジャックタンク」が「強化カプセル」を輸送する手段として使われることも時折り見られた。さらに、「ロングハンド」なるメカを使って、「ハンドクライミング」と称する荒業(あらわざ)で、地上から一気にビルの屋上に登ることができるさまも、ミニチュア特撮で表現されていたのだ(第2話・第22話)。


*『ジャッカー電撃隊』の敵組織! 犯罪シンジケート「クライム」の暗躍!


 本作の敵組織である国際犯罪シンジケート(共同組織)である「クライム」も、前番組『ゴレンジャー』の「黒十字軍」とは違って、子ども向けのヒーロー特撮としては相応のリアリティを有する存在であった。
 人間社会に潜入してくる各話ゲストの「ボス」なる存在は、「改造人間」や「ロボット」ではなくふつうの「人間」なのだ。その「人間」が「デビルロボット」なる各話のゲスト敵怪人を刺客(しかく・しきゃく)として送り出してくるのだ。


 このシチュエーションは、本作のメインライター・上原正三が、東映特撮に初めて参加した『ロボット刑事』(73年)の犯罪組織「バドー」の敵怪人こと「バドーロボット」に通ずるイメージを感じさせる。
 「バドー」のロボットは、「バドー」から犯罪者にレンタルされて、そのレンタル料を組織の利益にするといった目的のために存在していた。そしてその設定が、「刑事ドラマ」としてのドラマ性を根底に持っていた、同作の作品世界のリアリティをも高めていたのだ。


 それゆえに、「リアルな犯罪捜査ドラマ」をコンセプトに打ち出していた本作でも、「クライム」は「バドー」的な組織として描かれてもいた。敵組織「クライム」の目的は、「兵器の開発」と世界に「騒擾(そうじょう)」を引き起こして、「新型兵器を売ること」にあったのだ。
 これはいわゆる「死の商人」としての行動でもあるのだ。こうした題材や社会問題意識においては先輩格であった、石森章太郎原作の大人気漫画『サイボーグ009』の色合いも、『ジャッカー』では顕著であったのだ。古参のマニア諸氏であればご存じだろう。『009』の敵組織「黒い幽霊団(ブラックゴースト)」なる存在も、「死の武器商人」であったからだ。



 シリーズの初期編では、


●デビルドリル
●デビルマイト
●デビルガン


といった、機械・武器・工具をモチーフにした、「機械怪物」こと「デビルロボット」なるロボット怪人と、


●デビルフラワー
●デビルスパイダー


などの動物型のロボット怪人が登場していた。


 それらのボディのカラーは金属の「銀色」が主体だ。そのために、「非情な戦闘機械」といったコンセプトも強く押し出されていた。本編ドラマ部分のハードさとも相まって、やはり上原がメインライターを務めていた往年の東映特撮ヒーロー『イナズマンF(フラッシュ)』(74年)の敵怪人である「デスパーロボット」や、同作のハードボイルドな作風にも通ずるムードを、視聴者にも色濃く提示していたのだ。


 しかし、シリーズの途中から、『ゴレンジャー』のゲスト怪人であった「野球仮面」の兄弟分的な「デビルボール」や「デビルバッター」といったユーモラスな要素を加味した「機械怪物」たちが登場してくる。
 『ゴレンジャー』の各話の敵怪人たちこといわゆる「仮面怪人」たちの、放映2年目におけるコンセプトを有するキャラクターたちへと回帰していくのだ。「デビルバッター」の声は、「野球仮面」に声を当てていた名声優・永井一郎が演じているあたり、そうした意図が配役も含めて濃厚にあったことがうかがえて、実に興味深いのだ。


 さらに、最終クールに登場した新たなヒーロー「ビッグワン」の登場以降は、これら「機械怪物」たちには、「アリンガム将軍」「クロコダクル総統」「テンタクルズ入道」「カマキリ大酋長」「コブラ大神官」といった「階級」や「称号」まで付くようになった。
 それらはまるで、『仮面ライダーストロンガー』(75年)の最終クールに登場した敵組織「デルザー軍団」に集った幹部級の強敵怪人たちこと、「参謀」「師団長」「少佐」「男爵」といった称号を持っていた「改造魔人」たちを彷彿(ほうふつ)とさせるのだ。
 こうした「語感」による処置などによって、敵の組織がピラミッド型にスケール感がアップされたことも手伝ってか、敵怪人たちも「ランクの高さ」を押し出して、ゴージャスな存在感を抱かせるようにもなっていく。


*敵組織クライムの幹部・アイアンクロー!


 「クライム」の幹部である「鉄の爪」こと「アイアンクロー」の存在についても、話を進めたい。演じる石橋雅史(いしばし まさし)は、俳優のみならず、空手の「極真会館」の「師範」の肩書きを有していた。JACにも空手の指導に来ていたほどの講師でもあった。特撮作品での客演はすでにあったものの、しかしレギュラー出演は本作が初めてではあった。
 後年の戦隊シリーズでも、『バトルフィーバーJ』のヘッダー指揮官や、『科学戦隊ダイナマン』(83年)のカー将軍、『高速戦隊ターボレンジャー』(89年)の暴魔博士レーダの役で、レギュラー出演している。


 石橋はこう回想する。



「私はこの種の番組では、『ジャッカー電撃隊』のアイアンクローを演じたのが一番最初だったと思います。」
(『スーパー戦隊大全集』(講談社刊)1988年)


「指令を出す立場なんだから、気位の高い人物として格調高く朗々と舞台調に振る舞うことで、別世界をつくってみようと」
(『キャラクター魂』Vol.5(辰巳出版刊) 2000年)



 前作の『ゴレンジャー』の「黒十字総統」は、演者の交代でシリーズの前半と後半とではそのキャラクター像に違いが生じていた。加えて、この石橋が演じた「アイアンクロー」のような「気高さ」は感じられなかったものだ。


 さらに「アイアンクロー」は、「鉄の爪」や「ステッキ」などの小道具を巧みに使っている。観る者を圧倒する大袈裟なほどの芝居がかったセリフ回しで、部下に命令を与えてもいる。そして、作戦に失敗した者を冷酷無比に処刑する。それらは「悪のトップ」にふさわしい重厚感と威圧感を持った演技であって、「クライム」の犯罪行動にそれなりのリアリティと重みも与えていたのだ。


 石橋はこうも語る。



「やはり、悪には悪の論理というか、彼らなりの美学をもっていなければ、子供だって興味をもって観てくれませんからね。ですから、私の演じた敵の幹部も、最期はみんな誇りをもって散っていきました。」
(『スーパー戦隊大全集』(講談社刊)1988年)


*敵組織クライムの首領・シャインの存在&設定の是非!


 そして、第23話より登場する「クライム」の真の支配者が「シャイン」であった。それまで組織内には登場していなかった敵の首領として、作品内に位置することとなった。
 それまでは、あくまでも「人間の犯罪者による組織」であるといった色合いであった「クライム」も、幼児層や小学校の低学年の子どもたちにはその独特の良さはやはり伝わってはおらず、超常的なパワーを持った「世界征服」や「地球侵略」ではない、要は「犯罪」を目的とした集団であっては、卑近な存在に思えていたのだろう。
 「宇宙からの侵略者」によって「地球人の犯罪者を取りまとめていた犯罪組織」であったといった図式に変更されていくのだ。


 宇宙的・SF的な視野での「設定」で、作品のスケールアップを図ったのだろう。たしかに当時の合体ロボットアニメも、その敵を「地球人」の悪人ではなく「宇宙人」にすることで、子どもたちにもスケール感を感じさせていた。しかし本作では、予算の都合もあったのだろう。映像的には「シャイン」の着ぐるみなどは造られずに「影絵」が登場するだけなので、その目論見がすべて成功していたとは言い難かった。


 地に足の付いた現実世界での「犯罪者」と、それを追う「国際科学特捜隊」といった、基本設定のドラマで始まった本作には、宇宙的なまでのスケールの拡大には不整合感があったと受け止める、小学校の高学年に達していた視聴者もいたことだろう。
 こうした「現実社会の悪」に近しい設定で始まった作品における、敵側のスケールアップについては、違和感を抱いてしまったというファンの思いを代弁するような記述を、のちに『ジャッカー』以外の作品評で筆者は見ている。



「『仮面ライダーストロンガー』のシリーズ後半になって、首領の正体が宇宙人だといわれてつまらなく感じたのは、私一人だけなのだろうか。」
(『ウルトラマン対仮面ライダー』(文藝春秋刊)1993年「暗黒より来たショッカー首領」より 文・池田憲章)



 これを『ジャッカー』に当てはめみせても、個人的には同意なのだ。



 最後に、「クライム」が破壊工作を行うときに乗車していた「黒い車」についての言及を行っておきたい。あれは何を隠そう、前番組『秘密戦隊ゴレンジャー』の「バリタンク」の屋根とマジックハンドを外して、車体を黒く塗っただけの代物であったのだ。
 黒塗りにして、悪役の自動車に流用するケースは、『ウルトラマンタロウ』(73年)の防衛組織・ZAT(ザット)のパトロール車両・ウルフ777(スリーセブン)を、同じく円谷プロ制作の特撮ヒーロー番組『プロレスの星 アステカイザー』(76年)の悪の組織ブラック・ミスト団の専用車にしていたケースとも同様であったといった、薀蓄(うんちく)を語りたくなる世代人の特撮マニア諸氏もいることだろう。


*監督陣! 『ジャッカー電撃隊』の演出をつかさどり、コンセプトを実体化させたるマエストロ!


 本作『ジャッカー電撃隊』では、第1話と第2話のいわゆる「パイロット編」の監督を、『仮面ライダー』第1作目(71年)や『ゴレンジャー』の第1話などでもおなじみだった竹本弘一(たけもと こういち)が担当した。


 第1話では「トランプ」をキーアイテムに、「ジョーカー」の席上で4枚のトランプをクルクルと回転させて、敵のロボット怪人「デビルキラー」の胸に一枚一枚のトランプが張り付く描写で、華麗なるカードアクションを披露。ややアダルティーなムードを強調したアクションドラマとしての洒落たムードを強く押し出すことで、作品世界を雰囲気や映像の面でも構築することに成功していた。


 また、後述する『ジャッカー』の最終第3クールから登場する新たな変身ヒーロー「ビッグワン」こと番場壮吉の初登場回も、竹本が担当していた。
 宮内洋の弁では、ひとりひとりにバラの花を投げるのは彼のアイデアで、オープニングも竹本のコンテによるものだったとのことである。(『TV BROS』2011年6月11日号(東京ニュース通信社刊))


 竹本は前作『ゴレンジャー』よりシフト(連投)して、本作『ジャッカー』のメイン監督としての存在を確固たるものとする。



 しかし、第3話と第4話を担当したる奥中惇夫(おくなか あつお)監督の登板で、『ジャッカー電撃隊』はさらなる飛躍を見せている。
 奥中は特撮作品だけでなく、『柔道一直線』(69年)・『刑事くん』(71年 1作目のみ)・『若い! 先生』(74年)などの青春ドラマにも多くの名作を残していた。予算オーバーもなんのその。入念な作りを身上とし、なによりも『仮面ライダーV3』で地上50メートルの煙突の上にヒーローを立たせた逸話は、特撮史において語り草となるほどのいわくつきの監督であった。
 戦隊シリーズには本作が初登板であり、以後は『太陽戦隊サンバルカン』(81年)でも活躍している。


 ところで、特に戦隊シリーズのマニア向けムックが初刊行となった1980年代後半から今(2011年)に至るまで、年長の初期戦隊マニア間では支持が強かった、『ジャッカー』第1クールのハード路線については、この竹本弘一と奥中惇夫のふたりだけで監督のローテーションを組まれていた。このふたりの志向性もあって、このようなハード路線の演出的な内実が支えられていたこともまた痛感させられてしまうのだ。


 その奥中は、シリーズ前半の時期の第2クールの頭までの登板であった。ハード路線の時期の『ジャッカー』を彩った名匠として、戦隊シリーズの歴史にその名を残したのだ。



 第11話「13(サーティーン)ジャックポット!! 燃えよ! 友情の炎」の回想シーンでの桜井五郎とゲストの旧友・若宮青年とのトレーニングや、このふたりでギターを弾いて、かの名歌曲『若者たち』(66年)――本来は同名のテレビドラマの主題歌――を歌う場面や、ラストシーンでの夕日をバックに明日への希望に燃える若宮とジャッカーの4人などについては、奥中にとっては手馴れた青春ドラマ的な演出の良さが際立ってもいた。
――ちなみに、この若宮を演じたのは、のちに『バトルフィーバーJ』(79年)で主人公・バトルジャパンこと伝正夫(でん まさお)を演じることになる谷岡弘規(たにおか こうき)であった――


 その奥中が抜けたあとのシリーズ中盤以降、特に「ビッグワン」の登場後は、『仮面ライダー』シリーズの監督で知られる山田稔や田口勝彦が途中参加してきて、彼らの活躍が増えていく。
 山田監督は『ジャッカー』の当時は、『大鉄人17』の方で活躍していた。しかし、『17』が1977年11月11日で終了して、『ジャッカー』の方にシフト。最終回を含むラスト3回分で、同作の物語世界を演出の方面から実に手堅く締めくくっていた。


 最終回の要塞島ロケ地に登場した、神奈川県は横須賀市沖の無人島・猿島(さるしま)は、昭和の特撮作品のロケ地としてはおなじみだ。この話を演出した山田は、『仮面ライダー』第9話と第80話などを筆頭に、前番組の『ゴレンジャー』などでも、この地を舞台にして何度も作品を撮っている。



 「助監督」についても言及しよう。


 『柔道一直線』(69年)や『仮面ライダー』第1作目以来、長らく「助監督」を務めてきた平山公夫は、『イナズマン』(73年)や『イナズマンF』(74年)に『仮面ライダーアマゾン』(74年)などでは、ペンネームも含めて「脚本」にもチャレンジしてきた。前年の『超神ビビューン』でついに「監督」デビューを果たした平山は、本作のシリーズ前半でも「助監督」を務めていた。しかし彼は、奥中惇夫が抜けたあとに「監督」としても活躍するようになる。


 他には、本作では東映ヒーロー作品には珍しく、ピープロ作品などで活躍してきた村石宏美(現・村石宏實 むらいし ひろちか)が参加していることも目に付く。
 村石は1980年代以降に頭角を現して、『電脳警察サイバーコップ』(88年)・『七星闘神(しちせいとうしん)ガイファード』(96年)・『超星神(ちょうせいしん)グランセイザー』(03年)などの東宝制作のテレビ特撮のメイン監督や、『ウルトラマンティガ』(96年)以降の円谷プロ制作の平成ウルトラマンシリーズなど、平成テレビ特撮の旗手となった人材である。
 村石は実は円谷プロの光学撮影スタッフ出身だった。同社を退社後に、大映テレビ制作のテレビドラマ『どんといこうぜ!』(69年)で「助監督」としての出発を飾っていた。以後は、自主映画『OH(オウ)! カオ』(73年)や、ピープロの『電人ザボーガー』で「監督」としての活躍を飾るようになった。
 この時期は再度、「助監督」として円谷プロの分派である日本現代企画制作の昼メロドラマ『赤とんぼ』(76年)などで活躍していたころである。風戸祐介とは『電人ザボーガー』以来の再会であったと思われる。


*ストーリーメイカー! 変幻自在の物語! 脚本家の布陣!


 本作のシナリオ陣は、前作『ゴレンジャー』より引き続いて上原正三・高久進(たかく すすむ)・新井光(あらい ひかる)・曽田博久(そだ ひろひさ)が続投。そこに、吉川進プロデュース作品ではおなじみの押川國秋(おしかわ くにあき)が参入している。


 前作以上にメインライター・上原の比重が高くなっている。実質の最終第3クールの10月第1週の1話目となる第23話「白い鳥人(ちょうじん)! ビッグワン」以降は、最終回までほぼひとりで独走の体制になっていた(第32話と第33話は除く)。


 曽田博久は第10話「11(イレブン)コレクション!! 幸福への招待」のみの参加である。高久進は新井光との合作で、先に挙げた第11話「13ジャックポット!! 燃えよ! 友情の炎」のみの参加であった。新井光も単独執筆は、第22話「赤い大逆転!! 自爆軍団を攻撃せよ」だけだ。
 ちなみに、監督の平山公夫も、自分が演出を担当した「スーパーカー」編でもある第14話でのみ、脚本家として登板している。


 こうしたハード路線の「刑事もの」であるならば、マニア的には必然的に名刑事ドラマ「Gメン75」などのメインライターも務めていた高久進の出番だったと考えてしまう。しかし上原正三は、『ロボット刑事』などはともかくとしても、いわゆる「刑事ドラマ」をまだ手掛けたことがなかったこともあってか、未開拓のジャンルに意欲を燃やすかのごとく、シリーズ前半ではひたすら「ハードな捜査路線」に徹した、実質的にはまさにいわゆる「刑事ドラマ」を描いていたことが、本作の脚本面での特徴でもあった。



 本作はシリーズ前半と後半で大きな「路線変更」があったことでもマニア間では有名である。しかし、古くは『快獣ブースカ』(66年)に始まり、この時代の上原が誇っていたもうひとつの代表作『がんばれ!! ロボコン』(74年)のコメディ路線でも名を馳せた上原だからこそ、まったく正反対の志向にイメージチェンジをしても、物語を巧みに構成できていたのだ。結果として、作品世界の「幅」を広げることに成功したとも言えるだろう。


 また、本作の特異なトピックとして、第32話「どっちが本もの?! 危うしビッグワン」のみ、同時期の『快傑ズバット』のメインライターを務めていた、後年の有名脚本家・長坂秀佳(ながさか しゅうけい)が執筆している。しかも、敵怪人・カメレアン大隊長がニセ番場壮吉に変装するといった、『ズバット』でも存在していた主人公とニセものとの対決シチュエーションをここでも描いていることが興味深い。


 なお、歴代の戦隊シリーズのなかでも、長坂が唯一手がけた戦隊シリーズがこの『ジャッカー』であった。


*4(フォー)アクション!! 切り札はJAC(ジャック)! 殺陣師とスーツアクター!


 「JAKQ」で「ジャッカー」と読ませる「ジャッカー電撃隊」。「JAC」で「ジャック」と読ませる「ジャパン・アクション・クラブ」。


 『ジャッカー電撃隊』のアクションは、『ゴレンジャー』のシリーズ終盤から担当を始めたJAC(現JAE ジャパン・アクション・エンタープライズ)が引き続いての登板となった。


 ヒーローのスーツアクター人選に目を向けると、主役ヒーローの「スペードエース」は、JACの春田三三夫(はるた みさお 現・春田純一)がシリーズの前半を担当。シリーズの後半ではJACの岡本美登(おかもと よしのり)が担当していた。
 「ダイヤジャック」は鈴木弘道。鈴木は『超神ビビューン』では超神バシャーンのスーツアクターを務めていた。
 「ハートクイン」は横山稔。横山も『ゴレンジャー』終盤でアクションがJACに変更された際には、変身ヒロイン「モモレンジャー」を担当していた。80年代には石森原作の東映特撮『星雲仮面マシンマン』(84年)や『兄弟拳バイクロッサー』(85年)のアクション監督も務めている。
 「クローバーキング」は古賀弘文の配役であった。古賀については後述するとしよう。


 春田三三夫は『ジャッカー』の直前には、『超神ビビューン』で主役ヒーロー・ビビューンのスーツアクターを演じていた。『ビビューン』が1977年3月で放映終了後、後番組がアニメ『氷河戦士ガイスラッガー』になったこともあってか、本作にシフトされたのだ。
 春田は、『超神ビビューン』のOP(オープニング)主題歌映像では、新宿の高層ビルを背景に華麗なる高層ダイブを披露! 本作でもその経験を活かしてか、優美なダイブを披露していた。


 春田の回想では、以下のとおりであった。



「ジャッカーでは、スペードエースを担当しました。でもちょっとけがをして、後半は岡本さんに代わってもらいました。治ってからは、岡本さんとエースをやったりビッグワンをやったりといった感じでした」
(『秘密戦隊ゴレンジャー大全集』(講談社刊)1988年)



 つまり、「ビッグワン」と「スペードエース」は、春田と岡本美登が交互に演じていたのだ。なお、岡本の方も、2011年に公開された映画『ゴーカイジャー ゴセイジャー スーパー戦隊199(ひゃくきゅうじゅうきゅう)ヒーロー大決戦』(11年)にて、34年ぶりに「ビッグワン」を演じていた。



 今でいう「アクション監督」のことである「殺陣師(たてし)」は、『ゴレンジャー』終盤に引き続いて、JACの山岡淳二(やまおか じゅんじ)が担当。大ヒットした『ゴレンジャー』のあとだけに、力の入れ具合は大きかったことだろう。


 『ジャッカー』の場合は、「クライム」の「デビルロボット」や「戦闘員」と戦いながら、「決めゼリフ」も発することが特色であった。その「決めゼリフ」と「アクション」とのシンクロ度合いが絶妙で、「見せ方」にも工夫がなされており、実に飽きさせなかった。
 さらに、名乗りポーズでの“止め”と対する“動き”のコントラストが強調され、メリハリのあるアクションの印象を強めた。


 必殺技の「ジャッカー・コバック」では、4人が円陣を組んで敵を取り囲み、実に細かいカット割りで、相手に各々のエネルギーを同時にぶつけて、やはり敵に四方から同時キックを浴びせるといったものだった。
 全員の息がピタリと合わないと撮影もNGになってしまうだろう、難易度の高いアクションであり、観る側にも強いインパクトを与えていた。
 しかし、実にカッコいいのだが、子どもたちのごっこ遊びに取り入れられるものではない。テンポやカット割りも当時としては細かすぎて、児童には浸透しにくくかったかもしれない。


 山岡は、『電子戦隊デンジマン』(80年)から『光(ひかり)戦隊マスクマン』(87年)の第5話までの「アクション監督」も務めている。80年代の戦隊シリーズのアクション演出の構築に多大なる貢献をしているのだ。
 その後は、東映メタルヒーローシリーズの『機動刑事ジバン』(89年)から『ブルースワット』(94年)までの「アクション監督」も担当。
 『超力(ちょうりき)戦隊オーレンジャー』(95年)から『激走戦隊カーレンジャー』(96年)の第25話までの「アクション監督」も務めて、アクション演出面で東映特撮に多大なる功績を残している。


*JACメンバーも実は顔出しで出演! 『ジャッカー』でのJAC人命艦!


 JACメンバーの顔出し出演も要チェックである。


 第1話での「ダイヤジャック」こと東竜(ひがし りゅう)を護送する刑事や、第21話で敵怪人・デビルバッターを監視する科特隊の隊員は、石森原作の東映特撮『アクマイザー3(スリー)』の主役ヒーロー・ザビタンや、後年の『仮面ライダーBLACK』(97年)の敵幹部・バラオムに、『仮面ライダーBLACK RX』(88年)の敵幹部・ジャーク将軍や、『重甲ビーファイター』(95年)の敵幹部・ギガロなどのスーツアクターを務めた高橋利道(たかはし としみち)が演じていた。
 『RX』の敵ロボット幹部・ガテゾーンや、先の『ビーファイター』の敵幹部・ギガロの声も、高橋は本職の声優も顔負けなくらいのウマさで、シブさと同時にスマートさをも感じさせるカッコいいボイスで演じている。


 第1話では、他にも春田三三夫と、後年の東映特撮『宇宙刑事シャリバン』(83年)の敵幹部・ガイラー将軍を顔出しで演じていた栗原敏(くりはら さとし)らが冒頭で襲撃される科学特捜隊の隊員役を演じていた。


 第9話での銀行ギャング役には、益田哲夫(ますだ てつお)が(OPには記載なし)、麻薬Gメン・西崎の役では先の栗原敏などが確認できる。
 益田は、東映特撮『人造人間キカイダー』(72年)のライバルヒーロー・ハカイダーのスーツアクターや、同じく東映特撮『正義のシンボル コンドールマン』(75年)の主役ヒーロー・コンドールマンのスーツアクターなども務めた。後楽園遊園地(現・東京ドームシティー)で開催されていた「戦隊ショー」でもヒーロー役の声優としておなじみだった。


 特に益田は、第29話でも攻撃された警備員役で登場。マニア的にはあの独特の声で明らかに本人だとわかるのだ。益田が声を担当してきた後楽園遊園地の「戦隊ショー」も観てきたような戦隊マニアの方ならば。


 なお、この『ジャッカー』でのJACメンバーは、翌年の東映版『スパイダーマン』(78年)でも活躍。


 特に「クローバーキング」を演じた古賀弘文は、あの独特のアクションを披露するスパイダーマン役に抜擢され、OP主題歌映像でのテロップでも「スパイダーマンアクション 古賀弘文」と役名入りで記載。破格の扱いに成長したことを物語っている。その翌年の『バトルフィーバーJ』でも戦隊ヒーロー・バトルコサックのスーツアクターを務めていた。


 なお、『スパイダーマン』のメインの「殺陣師」は、本作におけるJACの山岡淳二ではなく、東映特撮『ロボット刑事』(73年)の主役ヒーロー・ロボット刑事K(ケー)のスーツアクターで、『コンドールマン』以降は技斗(=殺陣師=アクション監督)も務めてきた金田治(かねだ おさむ)であった。
 金田は戦隊シリーズでは『バトルフィーバーJ』(79年)や、『宇宙刑事ギャバン』(82年)から『時空戦士スピルバン』(86年)までのメタルヒーローシリーズに、『仮面ライダーBLACK』(87年)と同『RX』(88年)、飛んで『仮面ライダークウガ』(00年)でもアクション監督を務めている。1996年には、JACの社長にまで登り詰めている。


*渡辺宙明の『ジャッカーサウンド』! アダルティックに! ディスコチックに!


 音楽も、『ゴレンジャー』に引き続いて、渡辺宙明(わたなべ ちゅうめい)が担当。前作以上に音楽の作風もドラマ同様に対象年齢を上げているのが特徴であった。特に女声スキャットや合いの手を効果的に活かしたBGMの存在は、イージーリスニング――音楽のジャンル名。クラシックとポップスの中間のような音楽――としても高い完成度を示し、何度リピート(再生)しても聴き続けたくなるような、快感あふれる仕上がりになっている。


 渡辺は、



「こちらには挿入歌、BGMとも前作よりも大人っぽいイメージをもってきてみたんですけど、いかがでしょうか。もらった主題歌、挿入歌の歌詞も大人っぽくなっていましたので、曲のイメージも楽に出ました」
(『秘密戦隊ゴレンジャー大全集』(講談社刊))



 などと回想。作品コンセプトが歌詞にも如実に反映されており、それを活かした楽曲作りが意識されていたことも、このインタビューで明白である。


 この1977年とは、若者間では「ディスコ・サウンド」の全盛期でもあった。若者が集って(アナログ)レコードに合わせて自由に踊る空間として、1960年代後半の「ゴーゴーハウス」の新時代版的なスポットとして「ディスコ」が脚光を浴びていたのだ。
 「ビージーズ」や「ヴィレッジ・ピープル」に「ドナ・サマー」らによるナンバー(楽曲)が、ヒットチャートにランクインしていた。こうした若者間での世界的な大流行下で、あの洋画『サタデー・ナイト・フィーバー』(77年 日本公開78年)が登場し、そのブームは頂点に達していく。


 渡辺も、



「「ディスコ調でいきたいな」と考えてました。だから“チクチクチクチクチク……”と、16ビートですよね。『ゴレンジャー』までは8ビート全盛だったので、今度は16ビートを中心にしていきたいと。」



 などと回想している。


 そして、ささきいさおは元来、1960年代にはロカビリー歌手であったために、こうしたサウンドが非常に合っていたのだろう。その主題歌についてこう語っている。



「その時の(OP曲の)演奏を聴いても、カラオケでなくても歌入りで聴いても、ギターのリズムなんか素晴らしい! ギターもベースもドラムもね、素晴らしい演奏してますね。戦隊シリーズの中では最高じゃないかと思う。ピアノを弾いてるのが松岡直也っていう人で、CDのブックレットには演奏者名が書かれてないですが。今は、こちらから頼んでもちょっと先方も遠慮してね、無理に頼めばやってくれるかもしれませんけど。いつだったか、その彼がスタジオを辞めた時に電話したら、「いやぁちょっと……。じゃぁ、僕の代わりなら誰々がいいだろう」ということまで言われたことありますけどね。」



 上記の発言は、レコーディングに参加していた「スタジオ・ミュージシャン」の顔ぶれも実力者であったことを物語っている。
 この時代の特撮作品のアルバムは、まだ児童向けの装丁で、「曲名」と「歌詞」に「ヒーローのスチル写真」がライナーを占める構成であった。参加ミュージシャンの名前まで記載されるのは、第3次怪獣ブームやアニメブームとの連動で年長マニア向けにアニメ・特撮のBGM集が発売され始めた1978年で、日本コロムビアより発売されたBGM集『エキセントリック・サウンド・オブ・スパイダーマン』(78年)からであった。



「(OP曲)の『ジャッカー電撃隊』はねぇ、まぁこれも中々上手くいった方だと思いますけどね。これもその当時の思い出話っていうのは、記憶にないんですが……。『ジャッカー~』の頃はディスコ全盛時代でね、まぁこの時、歌詞の指定は日本コロムビアさんの方で配分して、「歌手は佐々木功でやってくれ」という点も、もちろん「異議なし!」ということになりました。で、OPの“ヘイヘイヘヘイ♪”って、これもやっぱりロック的な16ビートのディスコ調ですよね。「つっこめ つっこめ つっこめ つっこめ」と4つもやったのは、この元の作詞にはないですよ。「つっこめ つっこめ つっこめ つっこめ、ヘイ!」と、これは調子がイイだろうと思ってやったんですよ。やっぱり即興性がないとダメですよね。」


「そうそう、付けて調子をつけるというか……。「そういう微妙なものが重要だな」と、今でも考えてますけどね。今段々そういう事がなくなっちゃって、今の戦隊物にしても、一連のヒーロー物にしても、そういう面白さを皆やらなくなったから、私には「もうちょっと前に戻した方がいい」という考えはあります。」



 ED(エンディング)主題歌曲『いつか、花は咲くだろう』については、以下のような感慨を語っている。 



「これは、特に印象がなく、まったく覚えてません。石ノ森先生はいい詞を書きますね。私は「新しく前向きに、今の音感に合ったものをやっておかないといけない。例え子供番組の歌でも、ヤングや大人も聴くんだから、今聴いても鑑賞に堪えうるような、後々までずっと聴いてもらえるような歌にしたい」という気持ちを持ってた。要するに「子供の歌でも子供っぽくしたくない」というのが、私の念願ですね。」
(Webサイト『HERO BOX』渡辺宙明インタビュー 2003年)



 本作の主題歌・挿入歌の大半が、前作『ゴレンジャー』同様に、ささきいさおの歌唱によるものだ。力強いヴォーカルは当然だが、ささきが俳優でもあるがゆえの演技がかった歌唱も見られ、アダルティックなドラマを色濃く彩る歌が多い。
 アニメ・特撮のシンガーとして歌手に返り咲いたささきが主題歌を担当すること自体が、77年当時のこの種の作品のセールスポイントにまで成長していた印象が強い。ささきが主題歌を歌唱した『宇宙戦艦ヤマト』(74年)と『秘密戦隊ゴレンジャー』(75年)のヒットがもたらした影響の大きさを顕著に物語るのだ。


 ささき以外の歌手についても言及しよう。


 「ハートクイン」のイメージソング『それが始まりだった』は、テレビアニメ『キューティーハニー』(73年)や同じくテレビアニメ『魔女っ子メグちゃん』(74年)で知られる前川陽子が歌唱。


 『クライムのテーマ』の歌は、「台詞(セリフ)」は「アイアンクロー」で、「コーラス」は「ザ・チャープス」と記載されている。しかし、楽曲を聴くかぎりでは、アイアンクロー役の石橋雅史ではないように思える。この『クライムのテーマ』は、作詞者がCDのライナーなどに記載されていないことも目に付く。渡辺宙明の弁では、



「これの作詞は、こおろぎ‘73の、もうやめた方が英語で付けられたのです」とある。
(『秘密戦隊ゴレンジャー大全集』(講談社刊)


 なお、作詞者の個人名は、この大著の記事でも明かされてはいなかった。


 「子どもの歌でも子どもっぽくしたくない」といった姿勢が、音楽にも滲み出している。重量感のあるメロディで、登場人物の「心情」や「心の痛み」を表現している楽曲が印象的である。『ジャッカー』のドラマのコンセプトを明確にしていたことが、その音楽世界もさらに確固たるものとしたと断言してもよいだろう。


 第23話「白い鳥人! ビッグワン」より登場したギャグメーカー・姫玉三郎のテーマ曲も印象的だ。しかし、あの曲は本来この作品のために制作された曲ではなかった。過去に渡辺宙明が手がけた東映のテレビドラマ『どっこい大作』(73年)の楽曲の流用であったのだ。ほんわかしたイメージで、ズッコケた玉三郎のキャラクターを色濃く描き出していた。


 『ジャッカー』音楽集のCDを聞いていて、「あの曲が入っていない!」と思われた向きもあるかと存じるが、こうした裏話が存在していたのだ。『ジャッカー』の音楽世界を完璧にしたいのなら、VAP(バップ)社発売の『どっこい大作』サントラCD(01年4月21日発売)をゲットすることをお勧めしたい。
 特に第21話「バラ色の野球時代!! クライムの強打者」と第31話「赤い衝撃! スパイは小学四年生」では、全編にわたって『大作』の楽曲の流用が目立つ。本来、ハード路線でスタートしたこの作品には、コミカルタッチの曲がなかった。だから、ヒーローものではなく青春の息吹やアットホームなイメージを表現している『大作』の楽曲が流用されたのだろう。


*『ジャッカー』の多彩なゲストスターの紳士録!


 前作『秘密戦隊ゴレンジャー』の敵組織「黒十字軍」は、「仮面怪人」の軍団としてのテイストを有していた。そのために、「総統」「怪人」「戦闘員」に至るまで、基本的には「仮面」の怪人集団といった印象が強かった。
 しかし、『ジャッカー』では、国際犯罪シンジケート「クライム」における各支部の「ボス」は、基本的にふつうの人間であることをポイントにしていた。よって、前作以上に多彩なゲスト俳優が顔をそろえていたのだ。


 その豪華さには目を見張るものがある。それも本作が意図していた大人のドラマを意識し、ベテラン俳優による重厚な悪役の演技が求められたゆえであろう。


 そのボス役には、

●増田順司(ますだ じゅんじ)(第1話・第2話)
●杉義一(すぎ ぎいち)(第3話・第4話)
●潮健児(うしお けんじ)(第5話)
●大村文武(おおむら ふみたけ)(第8話)
●高野真二(たかの しんじ)(第9話)
●三重街恒二(みえまち つねじ)(第10話)
●黒部進(くろべ すすむ)(第12話)
●きくち英一(きくち えいいち)(第14話)
●進千賀子(しん ちかこ)(第15話)
●八名信夫(やな のぶお)(第16話)
●河村弘二(かわむら こうじ)(第17話)
●中井啓輔(なかい けいすけ)(第19話)
●大前均(おおまえ ひとし)(第20話)


 といった面々が扮し、特に唯一の「女ボス」であった進千賀子の好演は印象的である。


 だが、路線変更もあり、20話を最後に個性的なボスの登場はなくなり、犯罪シンジケートとしてのドラマが薄れていくのであった。


 また、初期の2名を除き、担当地区の「地名」などはなく、OPでの表記もみな「クライムボス」で記載されている。


 「クライムボス」の面々のみならず、人間ドラマを強調することをコンセプトに謳ったこのシリーズは、ヒーローの友人・知人や、事件で出会ったゲストの人々の活躍も忘れられない。そのすべての紹介は誌面のスペースの都合もあって不可能だが、主要ゲスト的な扱いでそのキャラクターを演じた俳優諸氏を列記してみたい。


●オスマン・ユセフ 第1話(ロバート長官)

 国際科学特捜隊・ニューヨーク本部長官役である。特撮番組では『愛の戦士レインボーマン』(72年)や『太陽戦隊サンバルカン』(81年)などでおなじみの外人俳優。『大鉄人17』のハスラー教授こと、大月ウルフから直に伺った話だが、彼は通訳でもあったらしい。

●志穂美悦子 第3話(小野夏子)

 カレンの先輩・小野夏子役。今回はクライムにより弟を亡き者とされ、自責の念に駆られるが、復讐に燃える女拳士を好演。志穂美はすでに映画『女必殺拳』シリーズでアクション女優の代表選手として名を上げていた。しかし、ご存じのとおり、彼女は『キカイダー01』のシリーズ後半に登場した変身ヒロインであるビジンダー・マリが本格的なデビュー作なのである。さしずめ古巣のヒーロー番組への凱旋帰国とでも呼ぶべき活躍を見せていた。

●高橋健二(現・大葉健二) 第3話(小野隼人)

 前番組『ゴレンジャー』では、アクションがJACに交代した終盤の「アカレンジャー」のスーツアクターとしても活躍していた。今回は志穂美演じる小野夏子の弟・隼人(はやと)役で、空手選手権優勝のためにクライムに身売りし、現金輸送車を襲撃するが、クライムに埋め込まれた爆弾で爆死する役柄であった。

●夏樹陽子 第5話(小山純子)

 本作を代表する最大の知名度を誇る有名女優のゲスト。父を人質に取られ、テニスのコーチまで務めてくれた恩人・桜井五郎のカルテを奪い出し、非情の掟を愛する父のために破る悲劇のヒロイン。

●夏樹レナ 第6話(杏子(きょうこ)=デビルアマゾンの人間態)

 テレビドラマ『プレイガール』(69~76年)で知られる女優。モデルとしての活躍もあり、本作でもそのスレンダーなプロポーションを水着姿で披露している。2011年現在も舞台を中心に女優として活躍中。

●切替徹(きりかえ とおる) 第7話(切替徹)

 本人役で、雅子夫人とともにゲスト出演。当時は「スーパーカー」ブームのスター的な存在として知られていた。実際は俳優やタレントではなく、本業は外車ディーラーのオーナーといった人物であった(*6)。
 当時は歌手として『真っ赤なフェラーリ』なるレコードもリリースしていたため、芸能人として認識しているファンもいるかと思われる。

●真田宏之(さなだ ひろゆき)(現・真田広之) 第9話(中山勝也)

 子役出身で中学生時代にJACに入団。以後、地道に修行を積むなか、翌78年の東映のSF大作映画『宇宙からのメッセージ』に出演。その続編的テレビシリーズ『宇宙からのメッセージ 銀河大戦』(78年)で初主演を飾った。以後も数多くの映画で主演。1980年代のJACを支える。20代も後半に入って「脱アクション」とばかりに映画やテレビドラマで演技派へのイメージチェンジを図る。それが成功を収めて、海外進出も実現した。

●江見俊太郎(えみ しゅんたろう) 第10話(ヘンリー太田)

 終戦直後からの長い芸能生活を誇る大ベテラン。特撮作品のレギュラーこそないものの客演は多く、彼も変身ブーム時期を代表する名バイブレーヤー(脇役)であったことは間違いない。

●谷岡弘規(たにおか こうき) 第11話(若宮)

 主人公・桜井五郎の旧友で、青年科学者の若宮を好演。のちに『バトルフィーバーJ』(79年)にて、バトルジャパン・伝正夫(でん まさお)役で初主演を飾ることもあり、この回でのツーショットは戦隊シリーズ主役のバトンタッチシーンの意味合いも感じとることができる。
 元来、東宝出身の俳優で、大人気テレビドラマ『飛び出せ! 青春』(72年)のサッカー部・ゴールキーパーの谷岡二郎役や、舞台『屋根の上のバイオリン弾き』(76~82年 森繁久彌主演時期)で高名だ。

●望月賢一(香山浩介→藤堂新二) 第13話(岩崎竜一)

 師であるデザイナーの策略にはまって殺される若手デザイナー役を演じる。翌78年の『スパイダーマン』の主人公・山城拓也でヒーロー役に抜擢。以後、『電子戦隊デンジマン』(80年)や『超人機メタルダー』(87年)では一転して、悪のレギュラー幹部役でヒーローとは正反対の冷徹さを見せつけた。

●藤山律子 第14話(女性レーサー・マヤ)

 70年代の変身ブーム時期の悪役女優として世代人を中心に高い人気を誇る。本作ではフィアットやポルシェといったスーパーカーにも乗車。彼女得意のカードライビングテクニックを披露する。

●安藤聖一 第16話(リトルリーグのキャッチャー)、第31話(山本信太)

 『ジャッカー』の後番組『透明ドリちゃん』(78年)の主人公の弟・虎男や、『電子戦隊デンジマン』の大石源一で活躍の子役である。第16話「黒いベースボール!! 襲撃する魔球」はメインゲストではないが、第31話「赤い衝撃! スパイは小学四年生」では怪人とのからみも多いメインを張り、長丁場(ながちょうば)をこなす。

●安藤一人(あんどう かずひと) 第28話(西川イサム)

 当時、『小さなスーパーマン ガンバロン』(77年)でもヒーローに変身する子役の主役として好演。勇気あふれる正義の少年とは打って変わったいじめられっ子にトライ。杉義一が社長を務める東京放映に所属する俳優で、『ジャッカー』の後番組『透明ドリちゃん』、その後番組『宇宙からのメッセージ 銀河大戦』に立て続けに出演。2011年現在も地道に俳優業を続けるかたわら、川崎市で「安藤屋」という居酒屋を経営する。

●柿崎澄子(かきざき すみこ) 第30話(浜戸雪枝)

 戦時中の旧日本軍・浜戸特殊部隊隊長であった浜戸院長の孫娘役。後番組『透明ドリちゃん』で主演するが、以後も東映の吉川進プロデュースの東映ヒーロー番組の常連ゲストとして活躍。その一方で、大林宣彦(おおばやし のぶひこ)監督の映画などにも出演していた。


*『ジャッカー』のブック・パブリシティ! 出版展開をめぐって!


 前作『ゴレンジャー』同様、小学館と徳間書店が雑誌連載を行っていた。


 小学館では、前年1976年に創刊されたばかりの月刊児童誌『てれびくん』。同社の学年誌では、『めばえ』『よいこ』『幼稚園』『小学一年生』『小学二年生』のみでの掲載にとどまった。
 作品としては対象年齢を上げつつも、実際の学年誌での掲載は低学年のみの掲載で終わっているあたり、番組の企画意図が編集者側には伝わっていなかったのかもしれない。小学館の『少年サンデー』や「学年誌」を読むような、70年代前半の変身ブームを原体験に持った小学校の高学年以上の児童間では、こうした変身ヒーローものからそろそろ卒業、もしくはヒーローものに対する執着心が減っていたりで、この時期に残念ながら特撮ヒーローに対する高学年の児童間でのニーズが低下していたこともうかがえる。


 徳間書店では、月刊児童誌『テレビランド』(73~97年)での掲載だ。大ヒットした『ゴレンジャー』の後番組といった位置付けもあり、同時期の『大鉄人17』『快傑ズバット』に比べても、巻頭カラーグラビアなどで大きな扱いを受けていた。
 同社刊行の書籍『テレビランドワンパック』では、『ジャッカー電撃隊』が第18巻として発売されている。現物を見ていないのでなんとも言えないが、表紙を見るかぎりでは「ビッグワン」の掲載はなさそうで、シリーズ前半の4人編成時期の内容で終わっているようだ。


 他には「エルム」と「ひかりのくに出版」などの「絵本」の存在を確認している。
 エルムでは、『プレイブック』シリーズで、本作の「絵本」を刊行していた。しかし、ちょうどこの作品の放送時期に倒産してしまっている(『ジャッカー』の「絵本」は、本当に同社の末期であったようだ)。
 ひかりのくに出版刊行の「絵本」は、『忍者キャプター』のキャラクターデザインも担当した・漫画家・聖悠紀(ひじり ゆうき)がイラストを担当していた。彼の隠れたワークスを確認できる1冊となっている。


 なお、『ゴレンジャー』とは違って、石森章太郎の筆による「原作漫画」は存在していない。上記雑誌での漫画は石森プロの漫画家たちが担当していた。
 この時代は、天下の石森章太郎原作だとはいえ、テレビ作品の漫画連載は「児童誌」に集中。『ゴレンジャー』のように「週刊少年漫画誌」に掲載されることはなくなりつつあった。
 その分、「児童誌」での比率が高くなるのだが、この時期には特撮ヒーロー作品のなかには児童間でのブームを牽引するほどのヒット作がなく、「ロボットアニメ」や「スーパーカー」ブームの扱いの方で活性化させていた動きが誌面に顕著に見られる。


*トイコレクション! 玩具の『ジャッカー』ワールド!


 前番組『ゴレンジャー』同様に、玩具会社・ポピーより「ポピニカ」や「超合金」ブランドを中心に合金製のメカや人形などの各種玩具を、玩具会社・バンダイはプラモデルを発売していた。


 ミニサイズのソフビ(ソフトビニール)人形は、「ジャッカー」の4人が商品化されていた。しかし、指揮官の「ジョーカー」(サングラス着用時の顔立ちで商品化)、さらに「スペードマシーン」「マッハダイヤ」「ダイヤタンク」「スカイエース」の乗りもの類までソフビ化といった、前番組以上の展開が試みられていた。
 だが、最終第3クールの3ヶ月のみの活躍であった「ビッグワン」は商品化されることはなかった。


 しかし、乗りもの類は『ゴレンジャー』のメカ玩具同様に、プラスチック製の「車輪」が付属。「コロ走行」(手押しでの車輪走行)が可能といったギミックを有していた。翌78年、リバイバルブームで発売されたウルトラマンシリーズにも、戦闘機「ウルトラホーク1号」や車両「ポインター」などのソフビアイテムが発売されることとなり、人形型でないソフビアイテムの新境地を開拓している。


 なお、ブリスター入りのセット商品(透明プラスチックで製品を覆って、台紙に貼り付けた商品)で、「スペードエース」「スカイエース」「スペードマシーン」「マッハダイヤ」「ジャックタンク」のマシン類のソフビを中心にまとめた、『ジャッカー電撃隊 大出撃セット』なるアイテムも存在している。


 「超合金」では『DX(デラックス)スペードエース』を発売。「強化カプセル」に発光ギミックを内蔵。カプセルのフタには桜井五郎がモールド。フタを閉じると桜井の姿が映り、チャージアップ後にそれを開けると、カプセルに収納した「スペードエース」に変身! といった遊びが楽しめるアイテムであった。しかし、「ジャッカー」のメンバーの「超合金」化は「スペードエース」のみで、『ゴレンジャー』のように全戦士が発売されることはなかった。
 「ポピニカ」では、「スペードマシーン」「マッハダイヤ」「ハートバギー」「オートクローバー」「ジャックタンク」「スカイエース」の乗りもの類が発売されている。


 そして、『ジャッカー』の玩具アイテムで、最も特筆すべき存在のシリーズは、『ビクトラー』と銘打たれた「ヒーローのフィギュア」と「乗りもの」のスケールを統一して、「車」や「オートバイ」に実際に搭乗させて遊ぶことのできるプレイバリューを誇ったシリーズである。


 ヒーローの4人は、「強化カプセル」風の透明カプセルに収納されて「単品」で発売。前述の「自動車」や「バイク」のみならず、「ジャックタンク」や「スカイエース」にもフィギュアを搭乗させて遊べることが、セールスポイントとして打ち出されていたのだ。
 この『ビクトラー』。現物を見たことがある方ならおわかりのとおり、当時のタカラ(現・タカラトミー)から発売されていたミニ玩具『ミクロマン』シリーズ(74~80年)に範を得て、そのサイズ(約10センチ)から、両肩・両肘・両脚・両膝などの自由自在な関節可動ギミックまで、ほぼ同様の仕様で製作。テレビの特撮ヒーローであるのに、『ミクロマン』風のプレイワールドを実現させたシリーズでもあった。
 このシリーズは他には、翌年の東映のテレビアニメ『SF西遊記 スタージンガー』(78年)の『ビクトラー』を発売したのみで、このブランドは終了となってしまった。しかし、世代人には忘れられない名商品であった。


 『ジャッカー電撃隊 指令本部』なるアイテムも存在する。これは『ビクトラー』よりも一回り小振りな「ジャッカー」4人の「フィギュア」(各部関節も可動)と「強化カプセル」を、女児向け人形の「リカちゃんハウス」風の2階建てのオリジナルデザインでの「指令本部」名義の「秘密基地」をベースにセットした玩具であった。『ビクトラー』のシリーズではない。だが、レア度は『ビクトラー』以上に高く、今では入手困難なアイテムである。


 桜井五郎たちが変身前に着用する「ヘルメット」も、『ジャッカー電撃隊 隊員ヘルメット』と称して、『ゴレンジャー』同様に発売されて、子どもたちのごっこ遊びを彩った。なお、女性キャラクターであるハートクイン・カレン水木用も発売されていた。


 プラモデルは、バンダイよりゼンマイ走行の「スペードマシーン」「マッハダイヤ」の2点のみが発売された。つまり、『ゴレンジャー』時期に比べて非常に商品数が少ない。
 この時代はすでに「スーパーカー」ブームの絶頂期。バンダイも他メーカーに負けじとスーパーカーのプラモデルの方を商品化していた。映画会社・大映の怪獣映画『ガメラ』シリーズの商品化で有名な日東科学教材が、その火付け役であった『サーキットの狼』シリーズと銘打って(パッケージアートは、原作漫画家・池沢さとしの描き下ろし)、劇中に登場する「スーパーカー」多数を商品化して大ヒット。その影響もあってか、本作『ジャッカー』ではプラモ・アイテムが極端に少なかったのでは? と推測している。


 ちなみに、この1977年の男児間では、駄菓子屋などに置かれていたガチャガチャ(現・ガシャポン)にて購入できる、3センチサイズの「スーパーカー消しゴム」も大ヒット。学校の校庭や廊下などで、ひとさし指で弾いたり、当時は小学生の間でも普及しはじめていた安価なノック式の三菱鉛筆の黒いシャープペンシル・BOXY(ボクシイ)の側面のフックボタンを押すると、バネで後端のノックが元の位置に戻る威力を利用したレースなども大流行していたものだ。



 『ゴレンジャー』の時期には発売されていたミニサイズのヒーローフィギュアなどは、2011年現在、筆者は未確認である(実際にも発売されなかったのかもしれない)。



 この時期のポピーのヒーロー玩具の展開結果については、『トイジャーナル』(東京玩具人形問屋協同組合刊)1978年2月号に掲載された、ポピーの中西朗の発言に興味深いものがあるので、それを記載しよう。



「キャンディ・キャンディが予想以上に売れたお蔭で、当社としては前年より10%程度売上げが伸びました。しかし男児キャラクターだけに限れば3割程度は落ちてます。ただ主人公そのもの、超合金そのものは少しも落ちていません。個数的にも、ボルテスVは一昨年のコンバトラーVとほとんど同じです。では何がダメだったのかと言うと、ポピニカ関係が非常に伸び悩んだわけです」



 男児キャラクターもの、あるいは男児キャラクターものの「ヒーロー」ではなく、「スーパーメカ」の類が「スーパーカー」ブームには勝てなかったということの裏打ちになる証言でもあった。ヒト型の巨大ロボットやヒーローの合金製フィギュアのラインナップの『超合金』とは違って、『ポピニカ』ブランドはヒーローが搭乗する「車」や「オートバイ」や「飛行メカ」といった乗りものを軸にしたシリーズであった。それらについては、「スーパーカー」ブームの煽りを受けて、売上が伸びなかったのだ。


*ハードボイルド・サイボーグブルース! 『ジャッカー電撃隊』第1部・解説!


 ここからは、本作のドラマの展開それ自体についての言及に入りたい。


 先に説明しておく。こうしたテレビ作品の放映はふつう1クール=13話分(3ヶ月間。毎週放映)でひとつの単位となっている。


 しかし、本項では、物語の路線変更の兼ね合いの整理もあって、第1話~12話を「第1部」。第13話~22話を「第2部」。第23話~35話までを「第3部」としての「括(くく)り」で語らせていただこう。


 「第1部」の時期は、サブタイトルの付け方にもセンスの良さが光る。「数字」を「英語読み」させ、「カタカナ表記」の「外来語」を組み合わせることにより、一見して子ども番組とは思えないハイセンスなムードを目印として、さらに高い年齢層に訴求させようとする意図が見受けられるのだ。


 第1話「4(フォー)カード!! 切り札はJAKQ(ジャッカー)」(脚本・上原正三 監督・竹本弘一)では、主人公たちの過去に熾烈(しれつ)なものがあり、それを乗り越えて、また一度は死んだ命を蘇らせるための改造手術を用いる手段が明確で、ひとりひとりが違った境遇で「改造人間」の道に踏み出すプロセスを丹念に描いている。


 特に主人公・桜井五郎は、科学特捜隊・鯨井大助長官の要請を一度は断っていることに、


「親からもらった肉体を大事にしたいんです」


 との言葉に見られる、「改造人間」にはなりたくないといった心情が顕著であった。ゆえに、仕方なく一度は桜井の起用を諦める鯨井であった。


 東竜(ひがし りゅう)は元ボクサー。八百長(やおちょう)試合を強制されて国外へと逃亡。ラスベガスでハスラーをしていたところを、殺人騒動に巻き込まれて日本に逃げてきたところで逮捕。しかし、無実なのだ。「クライム」を相手にするのは無謀だと断るも、「見込み違いをしていたようだ」と言って挑発してきた鯨井長官の元にすぐに参上してサイボーグ化を承認し、鯨井とともに笑い声を上げあうのであった。


 父娘水いらずで夕食の外食を楽しんだあと、麻薬組織を一網打尽にされた「クライム」の復讐によって、帰宅途中のタクシーにトラックが突っ込んできたことで、父は殺され、自分も両腕を失った女刑事・カレン水木。鯨井に父の仇とばかりに自身の改造手術を懇願する。


 海洋学者を志すが、海底を探索中に酸欠状態となって死亡して、死体で帰ってきた大地文太。彼を甦らせるために、鯨井は改造手術に踏み切るのだった。


 こうして3人のサイボーグ戦士が誕生した。だが、最後のひとりが決まらない。そこへ桜井五郎が、鯨井の前にやってきた。彼は偶然にもカレンを救出したことがきっかけで考え直して、鯨井の依頼に応えることを決意したのだった。



 これらが第1話のAパートをフルに使って描かれていくのだ。桜井は鯨井の依頼を一度は断ったにもかかわらず、オリンピック選手としての「夢」を、「正義」のためにはかなぐり捨てて「改造人間」の道に踏み込むのだ。


 人間の利他的な「自己犠牲」の精神から来る「正義感」、「滅私奉公」精神を色濃く打ち出していることが、本作の特徴でもあった。『帰ってきたウルトラマン』(71年)第1話「怪獣総進撃」(脚本・上原正三 監督・本多猪四郎)で、少年と子犬をかばって一度は死んだ主人公青年・郷秀樹(ごう ひでき)にも通ずる、我が身を犠牲にまでしてみせる「正義感」が、ここでは少々違ったかたちで描かれてもいたのだ。


 また、父娘ともに「正義感」に燃える「刑事」でもあったカレン水木の境遇には、脚本家の上原正三の家庭環境が、父親と姉が双方ともに「警察官」であった実体険が反映されているとも看て取れるのだ。このキャラクターシフトは、彼がのちに手がけた『宇宙刑事ギャバン』(82年)のコム長官(演・西沢利明)とその娘のミミー(演・叶和貴子)でも生かされているようにも思えることが興味深い。



 以後、第2話「2(ツー)テンジャック!! 秘密工場を電撃せよ」(脚本・上原正三 監督・竹本弘一)では、ボクサー時代のトレーナー・山内の仇を取るために、勢いあまって敵の罠にはまってしまう東竜(ひがし りゅう)を描いた。


 第3話「5(ファイブ)フラッシュ!! ほえろパンサー」(脚本・上原正三 監督・奥中惇夫)では、カレンの先輩・小野夏子(演・志穂美悦子)が弟を「クライム」に殺され、復讐に燃えて一度は封印したヌンチャクを持って、敵地へと乗り込む展開を見せる。


 第4話「1(ワン)ジョーカー!! 完全犯罪の死角」(脚本・上原正三 監督・奥中惇夫)では、たまたま出会った少女に亡き妹の面影を見出すが、「クライム」の新兵器・レーザー砲の犠牲となって、怒りを燃やす大地文太の執念が物語の軸となった。


 第5話「3(スリー)スナップ!! 裏切りのバラード」(脚本・上原正三 監督・竹本弘一)では、父を人質に取られ、恋心を抱いていた桜井のカルテを盗み出す科特隊員の小山純子の悲しみを描く。


 第6話「9(ナイン)ポーカー!! 美女の罠」(脚本・押川國秋 監督・竹本弘一)では、東竜がギャンブラーとして「クライム」の女スパイに近づくため、トランプのポーカーでの賭けに挑み、アダルト色を強めた大人のドラマを確立する。


 第8話「6(シックス)ターゲット!! 爆発する花」(脚本・押川國秋 監督・奥中惇夫)では、カレンの友人とブティックの店長が殺害され、自責の念に駆られるカレンの苦悩を描いた。


 第9話「7(セブン)ストレート!! 地獄の必殺拳」(脚本・上原正三 監督・竹本弘一)では、カレンの知人で麻薬Gメンであった兄の仇を打つために、麻薬密売組織に潜入するゲストの真田広之演じる勝也青年の行動が軸になる。


 第10話「11(イレブン)コレクション!! 幸福への招待」(脚本・曽田博久 監督・竹本弘一)では、いつしか800億円の美術品の相続人となり、それゆえ「クライム」に付け狙われるゲストの太田美紀の境遇から、「真の幸せは、高額の金品ではない」ことを訴える。


 第11話「13(サーティーン)ジャックポット!! 燃えよ! 友情の炎」(脚本・上原正三 監督・奥中惇夫)では、欲に目の眩んだ上司の手により自分の研究をクライムに渡されたことがショックで、研究所を辞めた桜井の友人・若宮の苦悩と、それを励ます桜井の友情を見せていく。


 第12話「10(テン)ピラミッド!! 黄金仮面の迷路」(脚本・上原正三 監督・奥中惇夫)では、クライムの集中拷問を受けて記憶喪失になってしまった桜井の記憶を取り戻すために、カレンがサイボーグ化されるきっかけになった事件を再現することを提案し、児童向けヒーロー番組としては異質な、大人向けの「刑事ドラマ」的なシリアスな作劇が展開。ハードボイルドな仕上がりを見せていた。



 このハードな世界観に「一輪の華」を添える淡い純愛的な描写も見逃せない。第5話での桜井五郎と小山純子のテニスのレッスンシーン。第8話での東竜と太田美紀の空港での別れのやり取り。そして、第12話での記憶喪失になった桜井を案じ、何もできない自分を切なく思うカレンの気持ち……。戦いの中に芽生えた小さな愛めいた描写も、アダルト志向の物語をさらに強化していたのだ。


 そして、このシリーズでは、桜井五郎とカレン水木のロマンスが意識され、それが物語の中に存在している。このふたりの出会いこそが、「ジャッカー」というサイボーグ秘密部隊の設立の一因でもあったからだ。
 その後も何気に桜井とカレンがコンビで潜入捜査を行うことが多いのだ。これらが、いつしかふたりの愛の描写へと発展するイントロダクションであったことも、この項では言及しておきたい。この愛の描写は、後述する最終回手前の第34話で完成の域に達する。


 前述のようにハード志向で、特にジャッカーの知人やその家族が被害に遭ったり、殺人・麻薬密造・武器密売にからむといった「刑事ドラマ」的な内容の展開が多い。
 また、「ジャッカー」は地道な捜査を行い、そのプロセスの丹念さが人間描写につながってもいる。しかし、それらが結局、児童層には難解で、退屈なものとして受け取られてしまったうえに、企画で意図していた児童層より上の年齢層への波及もうまくいかなかったのだ。


 そんななかで、当時の「スーパーカー」ブームを意識した第7話「8(エイト)スーパーカー!! 超速300キロ」(脚本・上原正三 監督・奥中惇夫)については、本作のシリーズ前半においては珍しいゲスト子役の存在もあってか、逆に異色作に見えてしまう。
 なお、このエピソードのサブタイトルに見られる「時速300キロ」の語句は、「スーパーカー」ブームの主役であった「ランボルギーニ・カウンタック」の最高時速が300キロであり、「スーパーカー」のひとつの基準としてこの数値が世間にも認識されていたからかと思われる。


*『ジャッカー』の大きな「路線変更」! その「理由」と「背景」を検証する!


 こうしてスタートした『ジャッカー電撃隊』。


 『ジャッカー』は番組開始当初こそ、2桁の視聴率を獲得していた。しかし、そのアダルト志向のドラマが児童には難解であったのか、視聴率が下降してしまう。


 その理由の一因として、裏番組のTBS『クイズダービー』(76~92年)の躍進も作用していることは間違いない。小学校も中高学年にも上がると、本作『ジャッカー』にかぎらず、合体ロボットアニメなどから卒業してしまった御仁も出てくる。世代人でも『ジャッカー』中盤の時期になると、なんとはなしに『クイズダービー』の方を観始めていたと記憶する御仁も多いのだ。
 放送開始より1年以上が経過。すでに30%台(!)の高視聴率を獲得するまでに成長した超人気番組の裏という状況も、ネックになっていたと思われるのだ。


 さらに、他の裏番組に目を向けると、フジテレビがお笑い番組『欽ちゃんのドンとやってみよう!』(75~77年)を1977年3月でいったん休止するため、その名のとおり“代打”的なリリーフとして放映したバラエティ『がんばれ! ピンチヒッターショー』(77年)、日本テレビは『オールスター 親子で勝負!』(76年)を送り込んできていた。


 一方で、放映時間帯が土曜夜7時30分枠ではなく、夕方6時枠で『ジャッカー』が放映されていた関西地区ではどうであったろうか? それなりの高視聴率を期待するが、予想に反し東西での差はなかったのだ。


 土曜夕方6時枠で放映の関西地区では、毎日放送が料理番組『料理天国』(75~92年)、読売テレビは『爆笑三段跳び!』(76~78年)(関西ローカルのお笑いバラエティ)が放映されていた。関西テレビでは、フジテレビ・大映テレビ制作の『怪人二十面相』(77年)も土曜夕方6時枠で放映されていたのだ。
 奇しくも、1年半前の『ゴレンジャー』の裏番組には、日本テレビ・日本現代企画が制作した『少年探偵団(BD7)』(75年)が読売テレビに配されていたのと同様に、「戦隊」の裏番組には再度、江戸川乱歩原作の『少年探偵団』路線が激突するといった状況に陥(おちい)っていたのだ(*7)。


 小学生でも中高学年以上にでもなれば、どちらを採るかといえば、関西地区では『ジャッカー』でなく『二十面相』を取ったケースも多々あったかと思われる。この時代の小学校の図書室や学級文庫にも、江戸川乱歩の『少年探偵団』こと『怪人二十面相』シリーズ(1936~62年)は、まだまだ定番で人気もあった。世代人であれば、これらの作品のテレビドラマ化ともシンクロして、読みふけった記憶があるだろう。


*1977年の石森テレビ特撮の「路線変更」! 『大鉄人17』も! その功罪!


 この「路線変更」は、同時期の東映特撮作品でも見られる。当初は視聴者の対象年齢を高めに設定したのだが、視聴率面では及第点に達しなかったことから、内容を年少者向けに下げることの実行に踏み切るケースは他にもあったのだ。


 その代表作は『大鉄人17』だ。リアルロボットアニメの先駆け的な「ミリタリー色」と「巨大ロボットSF」との融合。そのなかでのヒーロー側の組織・レッドマフラー隊vs宿敵ブレイン党に見られる、欧米の戦争映画なみの密度を誇った「駆け引きドラマ」の面白さは、子ども向け番組とは思えぬ質の高さを提示していた。


 とはいえ、メインターゲットの子どもたちにとっては難解だったり地味であったりして、視聴率は低迷。第15話「ゴメス! 戦場に散る」を最後に、アダルト志向のミリタリードラマ路線は幕を閉じる。以後は翌週より登場した黒い学ラン姿の浪人生であるギャグメーカー・岩山鉄五郎(*8)の存在による、漫画チックな笑いの要素が目立つようになっていくのだ。


 さらに、本来の主役ロボット・17(ワンセブン)も、目の点滅だけで主人公との会話をしていたのが、子どもにもわかりやすくといった配慮も手伝い、人間の言葉を話せるようになる。
 それに、ホットパンツ姿の悪役女性キャラ・ピンクジャガーとブルージャガーによるお色気も交えていく。良く言えば、バラエティ性を強めた娯楽色豊かなイメージにモデルチェンジ。悪く言えば、本来のコンセプトを払拭してしまうような「梃(てこ)入れ」を選択して、シリーズ初期のドラマに心酔していた視聴者を突き放すような「路線変更」を実行してしまう結果を見せていたのだ。


 ただ、『17』の場合には、それ以上に裏番組で東映制作のテレビアニメ『キャンディ・キャンディ』(76~79年)がすでに女児層のなかでトップクラスの超大人気を獲得するほどの成長を見せていただけに、これには巡り合わせの不運の方が大きかっただろう。1977年3月にスタートした『17』は全35話、放映8ヶ月の77年11月に完結している。


 だが、本放送終了直後に、スポンサーのポピーの尽力で、年末年始商戦を乗り切るために、『17』は制作局の毎日放送を中心として各地で再放送(*9)を開始した。面白いことに、制作局であり主幹局の毎日放送でのオンエアは、本放送を超える視聴率(平均11.7% 最高15.9%)を獲得していたことには驚かされるのだ。


 その逆に、『快傑ズバット』は、これといった「路線変更」もなく、ひたすら“復讐劇”に徹することができていた。視聴率は当時の東京12チャンネル(現・テレビ東京)でもトップクラスの高い数字を獲得。視聴者も幼児よりは上の層、中高大学生にまで広がった。この時代には地方に系列局を持たなかった東京12チャンネルの規模の小ささといったハンディをものともしなかったのだ。しかし、視聴率はともかく、玩具が売れなかったといったことが災いし、半年と少々の放映期間である全32話で幕を閉じる結果となっていた(*10)。



 『ジャッカー』初期のハード路線終了により、番組の結果としての好成績を収められなかったことから、プロデューサーの吉川進は後年、



「変に対象年齢を上げて欲張った考え方はしない方が良いのです」



 石森プロのマネージャー(当時)・加藤昇も、



「二作目の企画で陥りやすい問題点、シリアスになりすぎたことを反省しています」


 メインライターの上原正三も、



「こちら側にも、計算外の暗さが、中盤までついてまわりましたね」



 とコメントしている。ハード路線の作風を支持する我々マニア連中とは裏腹に、これはこれでもっと大人の視線で、物事を大所高所から達観してみせていたのだ。
(いずれも、『秘密戦隊ゴレンジャー大全集』より)



 今思えば、実は『ゴレンジャー』も当初は、ある意味では『ジャッカー』初期編にも通じるようなハード路線ではあったのだ。だが、いつしかキレンジャーを中心としたコメディリリーフの活躍。ギャグ怪人の個性。必殺技・ゴレンジャーストームの意表をついた決め技など、予想もしない方向へと進んでいったのだ。
 それが結果的に視聴率を上げることにもなったのだ。「時代の主役」にも押し上げていった「路線変更」があったのだ。


 『ジャッカー』は、『ゴレンジャー』のシリーズ後半とは「差別化」させる意味合いもあって、ハード路線で放映を開始した。しかし、『ゴレンジャー』がそのシリーズ初期編でもまだ有していた“陽”“笑”の要素には大幅に欠けていた。それが決定的な違いであった。そして、それが当時の子どもの視聴者を遠ざける結果になった一因ではあったとやはり整理はできるのだ。


 吉川もこう回想している。



「しかし、『ゴレンジャー』の不思議なパンチ力に比べると地味な印象は否めませんで、視聴率的には苦しかったですね。」
(『超世紀全戦隊大全集』(講談社刊)1993年)


*よいこの友達 改造人間万才!! 変節する『ジャッカー電撃隊』第2部・解説!


 「路線変更」に乗り出した『ジャッカー電撃隊』の世界を検証してみよう。


 第13話より、「英語」(カタカナ表記)と「数字」を目印に構成されたサブタイトルは廃止された。『ゴレンジャー』に倣(なら)ったのか、「色名」をサブタイルに導入する(第14話のみ例外)。より児童層にはアピールするものとなり、物語の内容も年少者向けにストレートな「活劇」へと作風が変わった。


 サブタイトルへの「英語」の使用例は、その後の東映のメタルヒーローシリーズ『ブルースワット』(94年)で、初期のエピソードでの「サブタイトル」に「英語」を用いていたことを思い出す――しかも、画面では「カタカナ」表記だが、実はシナリオでは「英字」表記なのだ――。
 しかし結局、低年齢層向けへの路線変更によって、ふつうに日本語を使用した「サブタイル」へと変貌を遂げている。ここでも、当時の東映特撮マニアたちは「歴史は繰り返す」といった印象を受けていた。
――しかし、もう驚いたり、憤(いきどお)ってみせたり、といった激越な青クサい反応を見せるような東映特撮マニアはほぼいなかったと思われる。この時期になると、70年代東映ヒーロー世代も社会人になりだしたころなので、「そんなものだろう」と冷静に受けとめていたものだ――


 こういった児童向けヒーロー番組も、周期的に対象年齢を上げようとするアクションが行われてきた。しかし、なかなか思うようには行かないことの方が多かったのだ。



 「第2部」の開幕編ともいえる、第13話と第14話は、まだシリーズ初期のイメージでの「犯罪ドラマ」で物語が構築されている。


 しかし、第13話「青いキークイズ!! 密室殺人の謎・なぞ」(脚本・上原正三 監督・平山公夫)での「ファッション・ショー」のエピソードにおける、大地文太のヒッピー風の変装や、そのラストシーンにおける「ジャッカー」のメンバーがモデルに扮しての不慣れなファッションショーでのリアクションに見られるコミカルな描写などは、本作における事実上のマイナーチェンジの第一歩を感じさせている。


 第14話「オールスーパーカー!! 猛烈!! 大激走!!」(脚本・監督 平山公夫)では、「要人暗殺」と「秘宝捜索」を軸とした物語で、この回は「スーパーカー」編の2回目にも相当する。この「スーパーカー」を活かすためにも、必然的にスパイアクション的な要素が強くなったのだと思われる。
 なお、前回の「スーパーカー」編の第7話とは違って、児童ゲストがいないために、シリーズ初期編のイメージでの大人の人間ドラマ作劇には仕上がっていた。


 「児童ドラマ編」的な印象が強まるのが、第15話「真赤なオカルト!! 怪談・吸血鬼」(脚本・上原正三 監督・奥中惇夫)からであろう。


 『ジャッカー』の第1クールは「大人の世界」といった感が強い。「子ども」が物語に関わる話が少なかったからだ。それが、メインターゲットの児童層への親近感を意識してか、子役ゲストの回が増えていく。「ジャッカー」が「子どもたちのお兄さん」的なイメージに変化していくような印象を与えていくのだ。


 ちなみに、『ゴレンジャー』では児童層への接点的な存在として、少年キャラクターの加藤太郎(演・小沼宏之)が存在していた。しかし、『ジャッカー』では「レギュラーの子役キャラクター」がいない。そのために、より「大人の世界」といった感を強調していた。『仮面ライダー』でいう「旧1号編」(第1話~13話)のようなものだろう。


 だが、『ジャッカー』では「路線変更」後も子役のレギュラーを加えることはしなかった。ひたすら「大人のゲストキャラクター」を軸にしての「児童向けのドラマ」を描いていった。


 しかし、夏季放送分となる第2クールでは、いわゆる「夏の怪談シリーズ」も交えたことで、犯罪者のドラマを色濃く描いていた第1クールとの差が付いてきていた。


 この第2クールには、「野球」のエピソードが2本もあることも特徴だ。この1977年当時も、まだ子ども間でも「野球」の人気は高かった。2005年あたりまでと同様に、この時期は東京讀賣巨人軍の全試合がテレビで生中継されており、高視聴率を獲得するのが当たり前のことだったのだ。
 1977年当時は、巨人軍の選手であった王貞治(おう さだはる 現・福岡ソフトバンクホークス球団取締役会長)が、756本目のホームランで世界記録を更新した年でもあった。
 「野球どアホウ」の異名を持つ漫画家・水島新司(みずしま しんじ)による『ドカベン』(72年)・『一球さん』(75年)・『球道くん』(76年)といった野球漫画も各少年漫画誌で連載されていた。リトルリーグを舞台にしたアメリカ映画『がんばれ! ベアーズ』シリーズ(76~78年)のヒットにも見られる、「野球」関連のトピックが充実していたことも影響していたのだろう。
 2011年現在では、ワールドカップでの「なでしこジャパン」の優勝や、児童向けテレビアニメ『イナズマイレブンGO(ゴー)』(11年)などの影響で、サッカーが男児のなかで人気のスポーツである。しかし、1977年当時の男児層の間での「野球」人気は絶大であったのだ。


 その「野球編」である第16話「黒いベースボール!! 襲撃する魔球」(脚本・上原正三 監督・奥中惇夫)での特筆事項は、「鉄球」に変化した敵怪人「デビルボール」へのトドメとして、いつもの「ジャッカー・コバック」でなく、全員がバットを持って「鉄球」を叩いて、最後は「ジャッカーコバック・ホームラン」という荒業(あらわざ)を用いたことであった。子どもにもわかりやすく、そして思わず笑ってしまうような必殺技への回帰が、ここでは見られたのだ。


 第21話「バラ色の野球時代!! クライムの強打者」(脚本・上原正三 監督・竹本弘一)に登場した敵怪人「デビルバッター」は、野球に熱中しすぎて「クライム」を追放されて、ジャッカーに取り入る。しかし、しかしそれはウソであり、科学特捜隊本部の原子炉破壊の任務を執行するための作戦であったことが印象的であった。
 敵をあざむくための芝居の「コミカルな描写」から「悪事を行う描写」に至るまで、「デビルバッター」の声で常時出ずっぱり的な印象を与えており、『ゴレンジャー』にて敵怪人の「野球仮面」も演じた名声優“永井一郎オンステージ”的なストーリーでもあった。


 この時期のそれ以外の特徴では、30分枠の前半こと「Aパート」の冒頭から、変身した姿での「ジャッカー」の出演が増え、怪人との対決シーンも早い時刻で登場。児童層を引きつけるような作劇が試みられている。
 シリーズ当初での「人間パート」を極力増やし、「変身」は最後の3分程度にとどめるようなスタイルが、いつしか大幅な変化を遂げていたのであった。


 そんな『ジャッカー』の「第2部」的なこの時期も、第22話「赤い大逆転! 自爆軍団を攻撃せよ」(脚本・新井光 監督・竹本弘一)で一区切りとなった。
 このエピソードでは、敵の「クライムスクラップ軍団」の猛攻と、バリヤーに遮られて「スカイエース」や「ジャックタンク」が突破できない苦境に陥って、変身できない桜井たちの窮地を救うために、「ジョーカー」が戦闘員・クライマーの炊事兵に変装。トラックに積んだ野菜でカモフラージュ。敵のアジト内に「強化カプセル」を持ち込む大活躍を見せるのだ。


 そこで手荒な応対を受けた「ジョーカー」がクライマーに、


「ジャッカーに言いつけてやるから!」


 と、シリーズ屈指の名(迷)セリフ(?)を発して、観る者を大爆笑させるのであった。


*『ジャッカー電撃隊』第3部! 参上! 「白い超人」&「行動隊員・見習い」!?


 「第1部」と「第2部」とで色合いを変えてしまった『ジャッカー』に、さらに新メンバーが加入するといった「テコ入れ」が第23話より実行された。


 あとから参入するから、「後輩の新人戦士」や「アウトロー的な番外戦士」なのかと思いきや、そういった先入感には当てはまらない、斬新なコンセプトとキャラクターシフトを持ったキャラクターが登場するのだ。


 結果的に、本作『ジャッカー』の顔にまで躍進した新ヒーローになった、ジャッカー行動隊長・番場壮吉こと「ビッグワン」である。演じるのはご存じ、宮内洋(みやうち ひろし)であった。


 すでにヒーローたちを指揮する「隊長」として、「ジョーカー」こと鯨井大輔長官の存在があった。しかし、「ジョーカー」はニューヨーク本部の科学技術庁長官となったために日本支部を離れる設定で一時降板。その代役としてのシフトも兼ねていた。史上最強の「行動隊長」の存在は、大きなセールスポイントとなって、子どもたちの大注目を集めた。
 前述したように、『快傑ズバット』は視聴率が好調にもかかわらず、玩具の売り上げが振るわないために放映が「打ち切り」となって、その主演役者を『ジャッカー』に移動するかたちにてキャスティングしていたことが、後年になってからのマニア目線ではわかるのだ。


 実際、演じる宮内洋の回想でも、



「『快傑ズバット』が終わる。宮内洋のスケジュールが空く。だからテコ入れのために『ジャッカー電撃隊』に宮内を使う」(宮内としては使っていただく)
(『ヒーロー真髄』宮内洋著(風塵社刊)1998年)


 ともあったのだ。



 『ジャッカー電撃隊』の本来の主役は丹波義隆。宮内の師匠である丹波哲郎のご子息である。


 宮内自身は、



「「ギルくんの手助けができるのなら」ということでお受けしました。」
(『TV BROS』2011年6月11日号(東京ニュース通信社刊))



 と発言している。なお、この「ギルくん」というのは、宮内の話では、義隆の“よしたか”を“ぎりゅう”と読んで、略して“ギル”くんと呼んでいたことからくる愛称だ。


 「行動隊長」でもあるから、ジャッカーの4人よりは階級も上。さらに、「ビッグワン」の戦闘能力も同様に上といった、既成概念を覆す存在のニューヒーローでもあった。



 その「行動力」もズバ抜けている。あらゆる「戦法」、特に「変装術」に長けているのだ。往年の探偵映画『多羅尾伴内(たらお ばんない)』シリーズ(1946~60年)(*11)における、変装を得意とした主人公を想起させる活躍なのだ。
 すでに『多羅尾伴内』の「変装」からインスパイアされた、テレビ草創期の変身ヒーローテレビドラマ『七色仮面』(59年)や、テレビアニメ『キューティーハニー』(73年)などもあった。
 70年代の関東地区では、日曜夕方のお笑い番組『笑点』(66年)の前座の映画放映枠にて、この『多羅尾伴内』シリーズはよく放送されていたので、同作の同時代人ではなくても、70年代の世代人であればご記憶の方もいるだろう。


 そして、この当時の石森章太郎も、時代劇劇画『子連れ狼』(70~76年)などで有名な劇画の原作者・小池一夫の脚色で、『週刊少年マガジン』(講談社刊)1977年42号から新作漫画『七つの顔を持つ男 多羅尾伴内』の連載を開始していた。番場壮吉が「七変化」を得意とする設定には、そうした影響もあったことだろう。


 また、当時の大人気アイドルであるピンク・レディーのヒット曲『ウォンテッド』(77年9月5日リリース)にも、『多羅尾伴内』を意識したような「七変化」が、作詞家・阿久悠(あく ゆう)による歌詞で描かれていたのだ。我々のような当時の子どもたちには預かり知らぬことではあったが、長じてマニア化してくると、こういった昭和20~30年代(1945~1964年)のネタが、飛んで昭和50年代(1975年~)当時の大人たちにとっての「懐かし作品」にもなっており、そのリバイバルが求められていた「時代背景」も何気にわかってしまうのだ。


 そういえば、『快傑ズバット』も、小林旭(こばやし あきら)主演の日活制作の人気映画『渡り鳥』シリーズ(59~62年)から着想を得た作品でもあった。



 この番場壮吉こと「ビッグワン」の活躍は、『ジャッカー電撃隊』といった番組を、「4人のヒーロー」の番組ではなく、「1人のヒーローと4人の部下」の図式へと変化させてしまった。1人のヒーローが「ビッグワン」で、4人の部下が「ジャッカー」なのである。
 その大活躍もあって、「ビッグワン」は戦隊シリーズのなかでも、文字どおりの「至高」かつ「究極」のヒーローとして存在してしまう。


 後年、スーパー戦隊25作記念作のビデオ販売作品『百獣戦隊ガオレンジャーVS(たい)スーパー戦隊』(01年)でも、ドリーム戦隊(戦隊OBで編成)のリーダーとして「ビッグワン」は登場。その至高ぶりを発揮し、年長ファンにはもちろん、当時の“イケメンヒーローブーム”の若いマニア世代に対しても、演じる宮内洋の存在を刻印していたのだった。


 さらに、2011年の映画『スーパー戦隊199 ヒーロー大決戦』冒頭での「レジェンド大戦」のシーンでは、「アカレンジャー」と「ビッグワン」のふたりが、全戦隊の「2大隊長」的な存在として大活躍! 世代人や戦隊マニアにとっては納得の配置でもあった。石森原作の初期2戦隊の存在の大きさを、あらためて今の観客と若年マニアたちに知らしめたのだった。



 1992年の『恐竜戦隊ジュウレンジャー』以降のスーパー戦隊シリーズでは、シリーズ中盤から参入する新戦士の存在が、今では当然のようにデフォルト化。「戦隊」作品のシステム自体にインプットされているほどだが、今になって思えば、その記念すべき第1号でもあり、その演者が日本一のヒーロー俳優・宮内洋であったことこそが、「ビッグワン」の存在価値をよりいっそう大きく世に知らしめていたとも考えるのだ。


 白いコスチュームにマント姿のスタイルには、マニア目線ではデザイン原画版の『快傑ズバット』にも通ずるテイストを見出すことができる(*12)。こういったあたりも偶然ではあるが、映画の神さまの神意を感じさせなくもないビジュアルだったのかもしれない。
 白いカラーの戦隊ヒーローは、「色」の基本と言わんばかりに、他の「色」を圧倒する存在感を有していたことも何気に立証している。
 この時点では戦隊シリーズの2作目でしかなかったとはいえ、「戦隊」に「白」のカラーを用いた最初のヒーローであったことも野心的であった。結果的に、後年の戦隊シリーズが新たなデザインの試みをする場合に参照される典拠にもなっていたのだ。


 なお、彼の“壮吉”というネーミングと、「白ずくめの上下スーツ」に「帽子」のビジュアル、そして独特のダンディズムあふれる身のこなし方は、近年の『仮面ライダーW(ダブル)』(09年)の「前日談映画」などにゲストで登場していた「仮面ライダースカル」こと「鳴海壮吉」(なるみ そうきち 演・吉川晃司)にも、その面影と影響を見出すことができる。


 そして、この1977年9月3日には、巨人軍の王貞治が756本目のホームランといった世界記録も樹立していた。その偉業と背番号にちなんで「BIG1(ビッグワン)」と呼ばれていたことも忘れられない。
 『ジャッカー』の「ビッグワン」も、先に宮内が『快傑ズバット』で見せていた「日本一」の決め口上が、戦隊シリーズでさらにバージョンアップされて、派生したキャラクターでもあったことともシンクロしてくるのだ。


 『快傑ズバット』では、主人公・早川健(はやかわ けん)の無敵さ・不敵さがこの作品を見事に彩っており、そして演者・宮内洋の個性をいかんなく発揮させてもいた。その放映終了の直後に本作に登場した番場壮吉は、早川健をよりバージョンアップさせていたともいえ、戦隊シリーズの持っていた「器」の大きさと「世界観」の広がりとで、作品をいっそうスケールアップさせたともいえるだろう。


 なお、演じる宮内洋は、



「笑えるけどかっこいいというキャラクターにしてみたんです」



 と回想している。そう、1980年代中盤から90年代前半にかけては、こうした1970年代の特撮変身ヒーローものの映像や作劇的にチャチなところなどを、チャカして嘲笑的に笑うといった、テレビのバラエティー番組などが隆盛を極めていたことがあった。
 我々特撮マニアたちはそれに対して内心では「これらの作品にも、ドラマやテーマもある!」といった仕方で憤慨していたものだ。しかし、当の宮内自身が「カッコいい」だけでなく、当時から「笑える」ところもある、二面性を持った役作りであったことを明かしてもいるのだ。その意味でも、番場壮吉や「ビッグワン」は、どこかしらユーモアのセンスも兼ね備えていた宮内ヒーローの究極像でもあったのだ。



 「ビッグワン」といえば、初登場時のトリビアとして、福岡地区でのこんな秘話を披露したい。


 福岡で『ジャッカー電撃隊』は、関東と同時ネットの土曜夜7時半に九州朝日放送にて放映。『快傑ズバット』はフジテレビ系のテレビ西日本にて、土曜夕方6時で放送されていた。なお、当時の福岡にも東京12チャンネル系の放送局はなく、他系列のいずれかの放送局が同局のテレビ番組を放映といった状況であった。
 福岡地区での『ズバット』最終回の放映日は、1977年10月1日。そう、『ズバット』の最終回のあとにわずか1時間のブランクを空けただけで、宮内洋が今度は新ヒーロー「ビッグワン」に変身して登場するといった、類いまれなるミラクルが実現していたのだ!
 もちろん、単なるローカル放送ゆえの偶然ではある。しかし、いざこうしたケースがあると、作品にまつわる周辺情報や、本放映当時の地方在住の子どもたち共通の奇遇感にあふれた原体験の思い出にも密着した、楽しいトリビアへと変身するのだった。


 ただ、この「ビッグワン」は、最後の「第3部」こと最終第3クール目だけに登場したこともあってか、本放送当時は玩具化がなされていない(強(し)いて言えば、縁日(えんにち)などで売られるセルロイド製の「お面」くらいだ)。また、劇中でも「専用車」が登場しなかった。
 結果として、当時はもう当たり前になりつつあった玩具化とはシンクロしなかった特異なヒーローにもなっていた。もちろん、商品の準備と番組終了のサイクルもあって、玩具化の予定がなされたとしても、実際には間に合わないと判断されて、お流れになった可能性は高いことだろう。


*「ジャッカー」の炊事係・姫玉三郎を演じた落語家・林家源平!


 そして、番場壮吉のみならず、この『ジャッカー』第3部には、もうひとりの追加キャラクターが登場する。『ゴレンジャー』における「キレンジャー」的なギャグメーカーで、「ジャッカー」の炊事係・姫玉三郎(ひめ たまさぶろう)である。
 明らかに歌舞伎界を代表する、当時も有名であった女形(おんながた)の俳優であった五代目・坂東玉三郎(ばんどう たまさぶろう)を意識してのネーミングだったと思われる。この役を「昭和の爆笑王」の異名を持った有名落語家・林家三平(*13)の愛弟子・林家源平(はやしや げんぺい)が演じるのだ。ちなみに、彼の抜擢は、師匠の林家三平の推薦であるとのことらしい。


 玉三郎は変身こそしないが、「ジャッカー」における、『ゴレンジャー』の「キレンジャー」こと大岩大太(おおいわ だいた)的な存在であった。特に「クローバーキング」こと大地文太との掛け合いでそのキャラクターを発揮。「絣(かすり)の着物」と「下駄」のいでたちは、そのむかしに芸人・東京ぼん太が演じていたステレオタイプな「いなかっぺ」にも通じるムードで茶の間を沸かせた。


 本作での奮闘が認められてか、林家はのちに『電子戦隊デンジマン』(80年)・『宇宙刑事シャイダー』(84年)・『機動刑事ジバン』(89年)にゲスト出演。そして、『超人機メタルダー』(87年)ではメタルダーの相棒ロボット犬・スプリンガーの声をレギュラーで担当し、吉川進プロデュース作品を代表する名バイブレーヤーとして活躍することとなる。


*3(ラスト)クール! 炸裂ビッグ・ボンバー! 『ジャッカー電撃隊』第3部・解説!


 ここで言及した「ラストクール」とは、1977年10月から12月にかけての放映分であった、第23話から最終回である第35話までを意味する括りである。


 行動隊長・番場壮吉の登場後は、番場が『ジャッカー』の主役の座に収まった印象を視聴者に与えていた。変装の名人であるがゆえ、いつしか敵との変装合戦や、番場が「ジャッカー」を差し置いて、正面に出てくる活躍が増えてきたために、主役交代とのアナウンスなどなかったものの、事実上の主役交代の印象を与えてしまったのだ。


 その番場壮吉の活躍ぶりは、初登場の際にすでに顕著であった。ジャッカー本部の「ジョーカー」の椅子にふんぞり返って座っているのだ。何やらただものでない雰囲気が濃厚な登場の仕方でもあった。そして、これまでの宮内ヒーローにはあまり見られなかった、“陽”と“笑”の要素が随所に見られるのだ。


 番場壮吉といえば華麗な「七変化」が売り物だ。その描写を列記してみたい。


●第24話 奇術師
●第26話 クライマー(敵の戦闘員)
●第27話 明らかにナチス・ドイツのヒットラーを意識した総統への変装
●第28話 白髪の老科学者
●第30話 アラビア風の蛇使い(?)
●第31話 法被(はっぴ)姿の祭り人
●第32話 老婆・クライマー・カメレアン大隊長・巡査
●第33話 姫玉三郎(しかし、演じるのは林家源平ではなく、宮内洋があの着物と下駄を履いて演じている!)・謎のカウボーイ(見た目はほとんど早川健の夏服。ズボンの色が違うくらい)
●第35話 シャイン(声のみ?)


 そして、なによりも番場壮吉のパーソナリティを最大限に活かしたエピソードが、第29話「行くぞ七変化! 鉄の爪対ビッグワン」(脚本・長坂秀佳 監督・山田稔)であろう。
 番場がホテルのボーイ・片目のタクシー運転手・虚無僧(こむそう)・紙芝居屋・掃除夫に扮するのに対し、アイアンクローが蛇取り・美女・山伏・墓参りする老婆・保母(現・保育士)に扮するのだ。ただし、美女・老婆・保母については、さすがに演者の石橋雅史自身の扮装ではなかったが。前述した『多羅尾伴内』テイストが濃厚なエピソードでもあった。


 さらに、第32話「どっちが本もの?! 危うしビッグワン」(脚本・長坂秀佳 監督・竹本弘一)では、「カメレアン大隊長」が番場壮吉に変装。本家本元の番場壮吉との変装合戦を展開。敵がジャッカー本部にまで侵入してくる大攻防戦を展開する。


 また、劇中で披露されているギャグが、子どもの間でも話題になっていたテレビ・映画・ヒット曲などの流行をたくみに取り入れていたのも特徴だ。
 第28話「ぼくの秘密! ポケットの中の宇宙怪物」の「ハートクイン」と「クライマー」とのバトルシーンでは、77年10月に公開されて大ヒットしていた横溝正史(よこみぞ せいし)原作の名探偵・金田一耕助(きんだいち こうすけ)を描いた大作映画『八つ墓村(やつはかむら)』(77年)のキャッチコピーで、テレビのCMでも流されていた、


「祟りじゃ、祟りじゃ」


 といったパロディーのセリフを叫びながら、逃げまどう戦闘員の描写が存在している。


 第29話「行くぞ七変化! 鉄の爪対ビッグワン」では、銅像に変装していた「アイアンクロー」に、掃除夫姿の番場壮吉が水をかけるといった、明らかに『新春 スターかくし芸大会』(64~10年)での故・ハナ肇(はな はじめ)の名人芸へのオマージュが見られる。


 さらに、第30話「死を呼ぶ暗号! 猛毒コブラツイスト」では、


「電線に、コブラが3匹止まってた。それを猟師が鉄砲で撃ってさ」


 と当時の大人気のバラエティ番組『みごろ! たべごろ! 笑いごろ!』(76~78年)で放たれたヒット曲『電線音頭』の「スズメ」を「コブラ」にした替え歌を歌いながら踊り出す「コブラ大神官」。


 第31話「赤い衝撃! スパイは小学四年生」でも、当時の大人気アイドルで、2011年現在も再結成して活躍中のピンク・レディーの物マネをする「ハートクイン」(歌曲には『ウォンテッド』が流れる。ただしボディアクションは、77年6月リリースの『渚のシンドバッド』での「セクシー~♪ あなたはセクシー~♪」の歌詞の部分での振り付けであった、スカートより太ももを覗かせるマネが見られた)。


 この第31話のサブタイトルにも使われた“赤い衝撃”なる語句も、TBS・大映テレビ制作で、当時の大人気アイドル・山口百恵(やまぐち ももえ)主演の大人気テレビドラマ『赤い衝撃』(76年)が出典であろう。


 これらの描写には、見事なほどに“1977年”といった「時代」が濃厚に感じられるのだ。『ゴレンジャー』以上に「時代」を反映したギャグで挽回を試みたのだろう。
 当時を知らない人が見たら理解に苦しむだろうが、1977年当時に小学生以上であった人が今、これらのシーンを再見すると、タイムスリップしたような気分にさせられること請け合い(うけあい)である。


*『ジャッカー』の「路線変更」による、関東&関西での「視聴率」の大きな相違!


 「テコ入れ」を行なった上での「視聴率」についても言及する。


 実際には「ビッグワン」登場をもってしても、関東地区では期待したほど数字が上昇しなかったのだ。しかし、関西地区では放送時間帯が夕方6時台であったことが幸いしたのか、「ビッグワン」登場を境に急上昇を見せている。第24話以降は16%以下の回がない。遂には20%の大台に突入。シリーズ前半の倍以上の数字を獲得していたのだ!


 これで、“宮内洋が出れば、視聴率が上がる”といったジンクスを実現・立証することにもなったのだ。児童の間でも、無敵の白い超人「ビッグワン」は、演じる宮内洋の存在もあって、高い人気を獲得していた。


 しかし、この「ビッグワン」の登場で、見事にシリーズ前半のハードな犯罪ドラマは雲散霧消してしまうのだ。


 当時はさぞや特撮マニア間では不興を買っただろうと若い特撮マニア諸氏は推測されるかもしれない。しかし、この当時はそういったマニア的な言辞を弄するような、東映特撮作品も観ている年長の特撮マニアはまだほとんどいなかったのだ。
 1960年前後生まれのいわゆるオタク第1世代の原・オタクたちは、この時期には高校生から大学生の年齢に達してはいた。しかし、ごくごく一部を除いて、『ジャッカー電撃隊』も含めた東映特撮などを観ていなかったと思われる。
 中高生になっても東映特撮や戦隊シリーズを卒業せずに観続けるような、あるいは一度は卒業しても戻ってきたような特撮マニアが大挙として出現したのは、まさに1970年代前半の変身ブームで産湯をつかった世代が中高生に上がった1980年代に入ってからのことであったのだ。


 しかし、『ジャッカー電撃隊』を小学生時代にリアルタイムで視聴していた世代人の特撮マニアたちではあっても、同作の「ラストクール」の評価は概して低くはないのだ。やはり、この世代には原体験的にも熱烈な宮内洋ファンが多いためである。矛盾であるのかもしれないが、シリーズの第1クールともまた別のものだとして、この「ラストクール」の作風をそれはそれで支持する者が多かったりもするのだ。


*新たな「ジャッカー必殺武器・ビッグボンバー」!


 そして、「ビッグワン」の登場とともに、各話の敵怪人こと「侵略ロボット」打倒の必殺技ジャッカー・コバックが使われなくなった。「ジャッカー・コバック」ではやや「爽快感」や「力強さ」には欠けていたのか、「ビッグワン」にも必殺技に関わらせる必要もあってか、「大砲」型の武器を使う戦法が用いられることとなったのだ。その名は「ジャッカー必殺武器・ビッグボンバー」だ。


 「ビッグワン」の登場とともに、メンバーが各パーツを合体させ、完成した「大砲」に「ビッグワン」が「砲弾」を装填(そうてん)する。そして、彼の掛け声で敵怪人に対して「砲弾」が発射されるシステムとなったのだ。


 この「大砲」での攻撃といったシステムは、以後の戦隊シリーズではしばらく見られなくなった。しかし、時を隔(へだ)てて、玩具との連動での『電撃戦隊チェンジマン』(85年)の必殺武器「パワーバズーカ」で復活する。以後はこうした、パーツをメンバー各々が持ち寄って合体させて「大砲」型兵器が誕生させるパターンの先駆けにも位置するのだ。


 「ビッグボンバー」も最初のころは「砲弾」の爆撃だけによる攻撃であった。しかし、第29話「行くぞ七変化! 鉄の爪対ビッグワン」より、「砲弾」がそれぞれの敵怪人に合わせた形状に変化する。その変化した「砲弾」に対する「機械怪物」たちのリアクションが見せ場となって、前作『ゴレンジャー』の必殺技「ゴレンジャーハリケーン」への回帰もますます強く印象づけていた。


 そのバリエーションは下記に記す通りである。


●第29話 ビッグボンバー・蜘蛛の巣(くものす)攻め
●第30話 ビッグボンバー・アフリカ象
●第31話 ビッグボンバー・トウモロコシ
●第32話 ビッグボンバー・嘘つき退治(ヤットコで舌を引っこ抜く)
●第33話 ビッグボンバー・ビッグアロー
●第35話 ビッグボンバー・どぶねずみ


 本来ならば、各話の怪人の断末魔のセリフとシークエンスを再録したかったのだが、紙幅の都合で断念。


 ベストセレクトで記載するなら、第30話「死を呼ぶ暗号! 猛毒コブラツイスト」での「ビッグボンバー・アフリカ象」が一番印象的である。これは遊園地などのアトラクションで使用される「象の着ぐるみ」が落下してきて「コブラ大神官」に抱きついて、「コブラ大神官」が、


「アフリカ象、キラい~~!!」


 と絶叫しながら大爆発を起こして、断末魔を迎えるシークエンスなのだ。これは当時の『週刊少年チャンピオン』(秋田書店刊)連載の大人気漫画『がきデカ』(74~80年)でのお約束のギャグ「アフリカ像が好き!!」を意識したものであったのだ。このことは、絶大なる人気を誇るも下品かつ過激な描写でテレビアニメ化はできなかった、当時の『がきデカ』のムーブメントの大きさを物語ってもいるのだ(*14)。


 なお、最終回の1話前である第34話のみ、「ビッグボンバー」が使用されなかった。その理由は最終回についての解説で言及するので、ここでの紹介は避けよう。


*姫玉三郎の存在と活躍も、作品の「色」であり「味」!


 また、コミカルな色合いを強調する、姫玉三郎の存在と活躍も作品の「色」であり「味」にまで成長している。しかし、ジャッカーの新メンバーを目指しつつも、結局は「足手まとい」のキャラクターにとどまってしまった印象は否めない。だが、姫玉三郎の“お約束”と言わんばかりに、「ジャッカー」の活躍を邪魔(?)する描写も、いつしか本作のテンプレート(定型)に収まっていくのだ。


●第29話「行くぞ七変化! 鉄の爪対ビッグワン」では、ラーメンを自転車で戦闘現場に出前する。


●第30話「死を呼ぶ暗号! 猛毒コブラツイスト」では、玉三郎がジャングルの王者・ターザンのマネをして「ふんどし一丁」で登場するが、見事に敵をだまして、その隙に人質救出に成功する!


●第31話「赤い衝撃! スパイは小学四年生」では「釣り」を楽しんでいると、クライムのスパイ機械怪物「シャチラ汗(かん)」を釣り上げて、典型的ギャグメーカーを行くリアクションで、観る者を爆笑の世界に誘っている。


 しかし、これらのキャラ描写も、恐らく『人造人間キカイダー』での名ギャグメーカー・ハンペンこと服部半平(演・植田駿(うえだ しゅん))を意識していたのだろう。しかし、それを超えるキャラクターを想像しようとした製作者の意欲もしのばれるのだ。そのために、「落語家」といったお笑い界の人材を配役。新たなる血を特撮作品に投入する大英断に踏み切ったのだと思われる。


 今では当然になった、お笑いタレントや喜劇人のテレビ特撮への出演。しかも、レギュラーといった前例はこれまでにはなかったことだ。林家源平演じる姫玉三郎の歴史的な存在意義は非常に大きいのだ。



 さて、「ラストクール」といいつつ、「最終回」を含むラスト2本についての言及がないとの指摘もありそうだ。しかし、「最終回」については「章」を区切って、このあとにじっくり取り上げてみたい。


*最終回! さらばジャッカー! 「史上初」ずくめの名作となった完結編!


 本作で特に重要視されるべきエピソードは、やはり名作である「最終回」に尽きるだろう。


 前番組『秘密戦隊ゴレンジャー』では、2年間ものロングランだったとはいえ、その「最終回」は意外にも「1話完結」で終了したので、ボリューム不足に感じた子どもたちもいただろう。特に連続テレビシリーズの場合、「最終回」は物語の総決算とばかりに、すでに「前後編」で描かれることも多かったからだ。


 この『ジャッカー電撃隊』も、「最終回」は「前後編」形式で物語にピリオドを打つことになった。しかも、この時点でも、当時は平日夕方などにひんぱんにあった再放送などで、多くのテレビ特撮の「最終回」を観てきた子どもたちやマニア予備軍の子どもたちの度肝を抜くような「完結編」に仕上がっていたからだ。
 そして、今なお、年季の入った戦隊マニアや東映特撮ファンを中心に、多くのファンたちが同作の「最終回」に魅了させれられているのだ。


 シリーズ中盤よりの「路線変更」で物語のムードは大幅に変わっていた。しかし、物語の「締め」は『ジャッカー』第1クールのハード路線の作風へと回帰するのだ。しかも、戦隊シリーズのみならず、他のヒーロー作品でも見られなかったような大胆な試みが随所に見られるのだ。


 『ジャッカー電撃隊』のドラマ世界を高い水準で、また視聴者の期待を心地よく裏切って、見事に完結させようと尽力していたことが、中高生以上になってからの再鑑賞であれば再確認できるだろう。


 前編に相当する第34話「潜入! クライム要塞島」(脚本・上原正三 監督・山田稔)では、「クライム」の計画を阻止するべく、「スペードエース」の桜井五郎と「ハートクイン」のカレン水木が要塞島に潜入する。しかし、カレンが戦闘員・クライマーの銃撃で負傷をしてしまうのだ。
 単身、本拠地に乗り込もうとする桜井も、「囚(とら)われの身」となってしまう。「ビッグワン」はカレン救出のために島に現れるが、「アイアンクロー」の攻撃を受けてしまい、一時退却を余儀なくされる。
 その後、カレンは傷付きながらも桜井を助け出す。しかし、「クライマー」の追撃から逃げるなかで遂に意識を失ってしまう。桜井がカレンを目覚めさせようと絶叫するが、それを聞きつけて敵に発見され、最大のピンチを迎えるのだ。


*『ジャッカー』最終展開で描かれた、桜井とカレンの恋愛描写! その衝撃! 女子層までときめき!


 桜井とカレンのロマンスも、本作品の特徴であった。その最終展開での恋愛描写は当時としては衝撃的でもあった。この時期にすでに中高生に達していた女子特撮ファンからも、『ジャッカー』最終展開での桜井とカレンの描写にときめいていたといった話などを、後年の同人誌などで散見したものだ。はるか後年、『鳥人戦隊ジェットマン』(91年)でメンバー間の恋愛が描写されて話題となったが、その先駆けは実は『ジャッカー』でもあったのだ。実際に前作『ゴレンジャー』では、不思議とメンバー間のロマンスはまったく描かれなかっただけに、意外な感もあったほどだ。


 だが、『ジャッカー』が本来有していた、ややアダルトなドラマ性を彩る要素として、メンバー間での男女の愛を描くことは、避けては通れない道だったのかもしれない。これまでは断片的に描かれた、桜井とカレンの「ラブロマンス」がここでようやく明確に描かれて、それこそ、あの『ウルトラセブン』(67年)最終回もかくや? といった期待を抱かせてくれたのだ。


 思えば、『ウルトラセブン』でも、ウルトラセブンであるモロボシ・ダン隊員と友里アンヌ隊員がペアで活躍するシーンは多かったものだ。その愛のプロセスがいつしかシリーズ構成の中にシフトされ、些細な描写が最終回で大きな愛のドラマへと結実していったのだ。
 今になれば、『ジャッカー』の桜井五郎とカレン水木のカップルには、ダンとアンヌといった大先輩が存在していたことに気づかされる。上原正三も、「国際科学特捜隊」といった初代『ウルトラマン』の「科学特捜隊」を意識したような組織のネーミングを行いつつも、ヒーローとヒロインには『ウルトラセブン』のダンとアンヌを投影していたのかもしれない。


 また、桜井とカレンを見守るような、東竜と大地文太による冷やかすようなリアクションも、ふたりのロマンスを強調しているのだ。
 そういえば、『サイボーグ009』でも、009・島村ジョーと003・フランソワーズとの「ラブロマンス」が描かれていた。それだけに石森サイボーグ戦士ものの「王道」といった展開で、物語を締めくくろうとしていた可能性もある。



 本話では、窮地に陥る状況下で、お互いを励まし合うために、ギリシャのエーゲ海に思いを馳せて、ふたりが愛を確かめ合うシーンが、子ども向けの変身ものとは思えない「ラブロマンス」の「王道」を見せている。こういった描写こそが、本来あるべき『ジャッカー電撃隊』であったといった、スタッフの意志表示でもあったのかもしれない。
 また、こうした極限状況下での愛の確認としては、1979年版のテレビアニメ『サイボーグ009』(79年)の第37話「大森林からの脱出」(脚本・酒井あきよし 演出・鈴木行)での009と003を思い起こす世代人のジャンルファンもいることだろう。


 また、本話の特色は、桜井・カレン・東・大地の4人は変身せず、変身したのは番場壮吉こと「ビッグワン」のみであったことである。
 そう、本来のヒーローである「ジャッカー」の4人が変身することなく、ドラマが進行していく異色の展開となっていたのだ。当然5人そろって使用する必殺技「ビッグボンバー」はこの回では未使用となっていた。


 のちに、『仮面ライダー(スカイライダー)』(79年)の第34話「危うしスカイライダー! やって来たぞ風見志郎!!」で、本来の主人公である筑波洋(つくば ひろし 演・村上弘明)が劇中でスカイライダーに一度も変身せずに、ゲストの風見志郎(演・宮内洋)だけが仮面ライダーV3に変身したイレギュラーなケースもあった。
 しかし、実はこの『ジャッカー』第34話といった先達が存在していたのだ。しかも、宮内洋といった視聴率を取れる大人気俳優が共通のキーパーソンであった点に、こうした「掟破り」が実現したのだとの推測もできるだろう。


 それだけでなく、玩具を売る展開上、コスチューム姿の変身ヒーローの登場は最低限のお約束であったはずだ。しかし、この70年代後半当時は後年の80年代ほどには、番組に対するスポンサーの締め付けがなかったのか、または最終回前なので、「最後の最後」とばかりに前例のない作劇にも挑戦できたのかもしれない。


 敵側にも目を向けると、クライム幹部の「アイアンクロー」が、いつもの黒く大きな帽子を脱いで、スキンヘッドの頭部も露(あらわ)に、「戦士 鉄の爪」としての戦闘スタイルに変身するのも特徴であった。
 あの銀色の鱗(うろこ)状の模様のコスチュームは、東映の特撮時代劇『変身忍者 嵐』(72年)の主役ヒーロー・嵐の衣装の流用ではないかとの声もあるが、詳細は定かではない。


*『ジャッカー電撃隊』第35話(最終回)「大勝利! さらばジャッカー」!


 後編である第35話「大勝利! さらばジャッカー」(脚本・上原正三 監督・山田稔)はもちろん前話からの続きで、敵怪人「イカルス大王」と戦闘員「クライマー」の追跡隊に囲まれる桜井とカレンが描かれる。そこに、敵首領「シャイン」の声が轟(とどろ)いた。


 敵はその命令に従って本部に戻ろうとするが、それを制する声が聞こえてきた。その声の主もまた「シャイン」であった。実は最初の「シャイン」の声は、番場壮吉「ビッグワン」の敵をあざむく芝居であったのだ。
 その隙にジャッカー基地に戻った桜井とカレンだったが、カレンは「虫の息」で、死の一歩手前にあった。


 この事態に急遽、「ジョーカー」こと鯨井大助長官がニューヨークから日本に帰国してきた。しかし、「アイアンクロー」は卑劣な手段で鯨井の家族を人質に捕って、カレンの手術を妨害する。
 番場は最後の方法とばかりに、「ジャックタンク」で敵地に乗り込み、冷凍作戦で人質を凍結。その隙に救出する手段に踏み切った。
 救出してきた人質たちは解凍。鯨井はカレンの手術に乗り出した。手術は成功。ジャッカーの4人は要塞島に乗り込み、最後の決戦に挑んだ。


 一方、冷凍されていた「アイアンクロー」も甦ってしまうが、番場壮吉が「ビッグワン」に変身。そこへ要塞島を壊滅した「ジャッカー」も加勢。「ビッグボンバー・どぶねずみ」にてアイアンクローを倒すのだった。


 長く苦しい戦いはようやく終わろうとしていた。終わろうと……。
(完)



 シリーズ後半より登場したクライムの首領「シャイン」がこれまで「光」と「声」だけの表現であったことからか、その正体(?)が「最終回」で描かれる。しかし、それは透明のフードに覆われた「通信機」でしかなかった。この機械を通じて命令を行なっていたのだ。しかし、その本体は明かされないままで物語は終了している。
 物語のナゾを完全に明かしたうえでの終了を望む視聴者からすれば、この本来の首領の存在と結末が不明確な終わり方は、フラストレーション(欲求不満)がたまってしまうオチであったかもしれない。


 しかしその分、「アイアンクロー」の描写には時間が割かれている。自分に代わって「クライム」の指揮官に着任した怪人「イカルス大王」への憎悪や対抗心。そして、敵に背中を向けて退却した「イカルス大王」を処刑後、「シャイン」からは「太陽系のエンペラー」だと任命されたことで、「アイアンクロー」はあらためて「ジャッカー」打倒に燃えるのだ。


 だが、「シャイン」の正体が単なる「通信器」に過ぎなかったことと、「ビッグワン」から「お前は操り人形だったのさ!」との真実を、あろうことか宿敵から指摘されてしまうのだ。
 屈辱と怒りに苛まれたなかで、すべてをかなぐり捨てるように「ジャッカー」と戦う姿には、すべてを失って信じる者にも裏切られた男が、最後に自分自身の「誇り」だけで戦っているようにも見えるのだ。


 石橋本人の


「私の演じた敵の幹部も、最期はみんな誇りをもって散っていきました。」


 との発言が、「たしかにそのとおりであった」と痛感できる「アイアンクロー」の最期(さいご)であった。
 


 また、瀕死の重傷を負ったカレンの手術を、鯨井が敵に捕らえられてしまったためにできなくなるサスペンス描写まであって、桜井と番場が科学者でもある大地にそれを懇願するシーンも印象的であった。
 しかし、手術の失敗を恐れて、カレンを死なせたくないとばかりに手術に着手できなかった大地の描写は、サイボーグの「体」を持ちながらも、「心」は人間であるがゆえの弱さも描かれていたのだ。万能に見える「改造人間」ではあっても、仲間の命を失ってしまうことを恐れてしまう「人情」を持った「人間」でもあったといった、本作の根本のコンセプトをここで念押ししているのだ。


 前編の第34話では表現されていた「ラブロマンス」の描写が、後編である最終回の第35話では弱かったあたりは、前話を観ていたマニア視聴者や女子視聴者にとっては残念であったかもしれない。そういう意味では、第34話こそがシリーズを代表するエピソードでもある。最終回たる本話は、物語を完結させるうえでの設定回収編といった印象も少々抱いてしまうのだ。



 だが、まさかこの作品が有終の最終回を迎えてみせた本放送の時点では、思わぬかたちでの「さらなる展開」が待ち受けているとは、当時の子ども視聴者の側からは思いもしなかったことではあった……。


*『ジャッカー』終了! 今日の別れは、明日の飛躍への始まり! 1977年と1978年! 特撮・アニメの青年マニア文化の勃興!


 1977年(昭和52年)4月の放映開始から半年。時代の変化もあってか、すでに「アニメ > 実写特撮」といった図式が、視聴率などの数字でも立証されてきていた。1977年度の秋こと9~10月の新番組は、『アローエンブレム グランプリの鷹」・『超スーパーカー ガッタイガー』・『とびだせ! マシーン飛竜』・『激走 ルーベンカイザー』など、「スーパーカー」ブーム便乗したテレビアニメが4本も登場していた。実写ヒーローものの存在がさらに希薄になってきた時代でもあった。


 先に放映が開始されていた『快傑ズバット』と『大鉄人17』は終了。1977年度組に放映開始の作品のなかでは最後まで残っていた『ジャッカー』と『ロボット110番』も同年内で終了となってしまった。


 そんななかで、「ジャッカー」の異色のゲスト出演作が存在する。それは東映制作の児童向け特撮テレビドラマ『5年3組魔法組』(76年)第22話「遊園地は魔法でいっぱい!」(脚本・辻真先 監督・折田至)である。
 劇中、実在する「としまえん遊園地」の大魔術ショーに乱入した魔女ベルバラ(演・曽我町子)が、トランプのカードを「ジャッカー電撃隊」に変身させるイリュージョンを披露していることが、トピックとして挙げられるのだ。
 これは当時、同じテレビ朝日系の作品で、なおかつ知名度がそれなりにあった実写キャラクターは、「ジャッカー」であったゆえの登場であった。当時の視聴者たちを驚かせるサプライズとしての効果を上げたと思われる。



 本作の番組終了時期のキャラクター番組の流れも俯瞰(ふかん)してみたい。
 まず、巨大ロボットアニメでは、日本サンライズ(現・サンライズ)の躍進があった。元請けの東映の下請けとして制作された、玩具会社「ポピー」提供の『超電磁ロボ コン・バトラーV(ブイ)』(76年)の後番組として、『超電磁マシーン ボルテスV(ファイブ)』(77年)のヒットがあった。
 それに加えて、テレビ朝日系の名古屋テレビが制作し、スポンサーは玩具会社「ツクダオリジナル」の営業部長であった小松志千郎(こまつ せんしろう)が独立して1973年に興(おこ)した「クローバー」が収まり、あの富野喜幸(現・富野由悠季(とみの よしゆき))が「総監督」として執(と)り仕切った巨大ロボットアニメ『無敵超人ザンボット3(スリー)』が、1977年10月より登場。「クローバー」から「ポピー」=東映ラインへの挑戦が開始されたのだ。
 また、前年度の巨大ロボットアニメ『鋼鉄ジーグ』(75年)のヒットに引き続き、「磁石」と「球体関節」による斬新な合体ギミックを導入した、玩具会社「タカラ」と東映動画による「マグネモ」シリーズは、『マグネロボ ガ・キーン』(76年)と合体ロボットアニメ『超人戦隊バラタック』(77年)へと続いていった。しかし、ポップな絵柄とメタフィクション的なコミカルギャグなどで、年長の原・オタクの一部や原・女子オタクたちからは秘かに高い人気を誇ってもいた『バラタック』を最後に、この「マグネモ」シリーズのロボットアニメは終了となっている。



 その他、1977年度の展開で忘れてはならないことは、再放送と8月の映画公開で、アニメの対象年齢の上昇に拍車を掛けた『宇宙戦艦ヤマト』(74年)の「総集編映画」の大ヒットであった。


 この『ヤマト』の中高生から青年層にかけての大ヒットの影響で、別項の『秘密戦隊ゴレンジャー総論』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20250414/p1)でも言及したことの繰り返しになるが、月刊児童誌『テレビランド』の「別冊」名義での『別冊テレビランド』の扱いで、1977年には本邦初の青少年向けのアニメムックの歴史を築いて、子ども向けから若者向け、そして大人向けのアニメ本の端緒(たんしょ)を築いたマニア向けムックの新レーベル『ロマンアルバム』も誕生している(1986年までは精力的に70冊近くも発行し続けた)。
 それは当時の新旧のテレビアニメ作品を映画専門誌なみのバリューで扱い、ストーリーガイド・スタッフ人名録・関係者インタビューを掲載するといった構成にて編集。現在までに至るアニメ・特撮専門書籍の曙(あけぼの)として位置する、当時の青少年やマニア気質の子どもたちにも衝撃を与えた画期的なムックであった。
 この『ロマンアルバム』を母体にして、翌1978年には早くも中高生以上を読者対象として設定した、初のアニメ専門月刊誌『アニメージュ』が誕生することも、歴史上の重要なトピックなのである。


 そのかたわらで海外に目を向ければ、翌年の日本における「SFブーム」の火付け役となった『スター・ウォーズ』(77年)の本国・米国でのフィーバー振りで(日本では翌78年の夏に公開)、ジャンル作品の次なる時代へのイントロダクションがこの時期に萌芽(ほうが)を始めてはいたのだ。



 しかし、そんな国内での実写特撮ヒーロー低調期の77年10月に、玩具会社「トミー」と円谷プロが、今度は前年度の『恐竜探検隊ボーンフリー』(76年)に続いて、放送局を東京12チャンネルに変更して、「恐竜シリーズ第2弾」として、『恐竜大戦争アイゼンボーグ』(77年)を送り出している。


 さらに、この時期には、「第2次怪獣ブーム」の火付け役となり、「第2期ウルトラシリーズ」の玩具化でその名を轟かせた玩具会社「ブルマアク」の倒産といった大きな話題も存在する。
 ウルトラマンシリーズが『ウルトラマンレオ』でいったん終了後、社の中核となるヒット作には恵まれず、「スーパーカー」ブームにも乗り切れずに、提供作であった実写特撮『小さなスーパーマン ガンバロン』(77年)やテレビアニメ『合身戦隊メカンダーロボ』(77年)の放映途中で遂に倒産してしまったのだ。前者は再放送を挟みつつ放映打ち切りになった。後者も過去のフィルムを編集した形式で何とか放送をつないでいたが、観る側にも“刀尽き矢折れ”といった印象は免れなかった。


 こうして、当時のジャンル作品全体を俯瞰すると、『ゴレンジャー』以上に「時代の流行」を貪欲に取り入れていたことと、各作品ごとの「路線変更」ともあいまって、バラエティ豊かな作風を呈していた。しかし、後番組として同系列のシリーズ作品が継続しなかったことから、「期待した水準の結果に達せず」と判定されたと見なされて、それゆえにマニア間でも成功作として扱われてはいない作品群になっている。けれども、その試行錯誤のプロセスは翌年に見事に開花するのだ。



 新メンバー投入による「テコ入れ」を行い、多少なりとも視聴率を上げることにはなったとはいえ、裏番組の急成長ぶりなどには太刀打ちができなかった。
 また、東映以外の他社でも実写特撮ヒーロー番組の数は大幅に減少していき、『ジャッカー』終了直後の1978年1月からは円谷プロの『恐竜大戦争アイゼンボーグ』だけが残ることとなった(しかも、この作品も厳密には、恐竜(怪獣)とのバトルだけが「実写特撮」で、人間キャラクターのドラマ場面は「アニメ」であった)。
 つまり、純粋な実写特撮ヒーロー番組は『ジャッカー電撃隊』の終了で、ひとまず「消滅」となってしまったのだ。


 『ジャッカー』の後番組には、『コメットさん』(67年)・『それ行け! カッチン』(75年)などの児童向けジュブナイル・ヒロイン路線の継承者でもある、東映制作のテレビドラマ『透明ドリちゃん』(78年)がスタートしている。
 一方、『ロボコン』の後継者『ロボット110番』の次は、この時期にヒットしていたアメリカの子ども向け野球映画『がんばれ! ベアーズ』(76年)の日本版ともいうべき、東映制作の『がんばれ! レッドビッキーズ』(78年)が放映を開始。前年度の実写特撮キャラクター番組群の奮闘がウソであったかのように、東映実写児童向け番組の大幅な路線変更を決定づけるような変貌を遂げてしまっていた。


 特に男児層にとっては、正統派の特撮変身ヒーロー路線が消滅してしまって、「つまらないなぁ」といった印象をかかえていた時期でもあったと記憶される。


 このような状況下で、完結を迎えた『ジャッカー電撃隊』だったが、最終回において敵組織の壊滅・崩壊が明確には描かれなかったことが、単なる偶然であったかはさておき、思わぬ方向へと幸いするのだ。


*映画で描く「最終回」!? 史上初の「スーパー戦隊VSシリーズ」であった映画『ジャッカー電撃隊VSゴレンジャー』!


 それは、事実上の『ジャッカー電撃隊』の最終回としての位置づけもできる、78年3月に公開された異色の劇場映画『ジャッカー電撃隊VS(たい)ゴレンジャー』(78年)の登場であった。


 こう書き出すと、近作『仮面ライダーディケイド』(09年)が、「最終回」後の「映画」で「完結編」を製作したケース(*15)と同様かと解釈する若い特撮マニアもいるかもしれない。しかし、実際にはそのようなケースではなかった。当初は「映画で完結編を描く」といったアナウンスはされておらず、結果的に不意打ちのような映画化で、子どもたちの度肝を抜いていたのだ。
 だが、今となっては、事実上の「最終回」に位置する作品でもあったことは間違いではないから、本項ではこうした表現を用いてみた。


 この作品は、1978年の春休みの映画『東映まんがまつり』枠にて公開された劇場映画である。番組終了から3ヶ月弱のブランクを経ての登場ではあった。この時期に東映制作による実写ヒーロー番組が存在しなかったことも手伝っての登板であろう。
 さらに、1978年春季に放送中であった実写作品『透明ドリちゃん』や『がんばれ! レッドビッキーズ』の『まんがまつり』枠での劇場映画版は制作されなかったために、この78年春休みの『まんがまつり』興行のメインの「看板作品」としての存在を誇示することとなっていたのだ。


 実際、テレビシリーズ放映中には新作劇場映画が制作されなかった(*16)『ジャッカー電撃隊』における、事実上の初の映画化でもあり、『秘密戦隊ゴレンジャー』の劇場新作映画第2弾でもあった本作の存在は、大きなサプライズとして子どもたちに迎えられたのだった。


 なお、このときの興行は、『まんがまつり』史上初の“全作オリジナル新作”を実現した歴史的プログラムとなっている。以後はいつしかテレビシリーズのフィルムをブローアップした再放送のような上映は消滅。全作が新作である興行が基本となっていく。


*映画『ジャッカー電撃隊VSゴレンジャー』の概要&内実!


 『ジャッカー電撃隊VSゴレンジャー』の概要についても語ろう。


 「ジャッカー」の前に、死んだと思われていたクライムの「アイアンクロー」が登場! 世界各国で大暴れする「四天王軍団」と手を組んでリベンジを企てる。
 そこに突如として現れた謎の美女。彼女は「モモレンジャー」ことペギー松山だったのだ!
 「ジャッカー」に「ゴレンジャー」が加勢し、最後の強敵との対決が始まる。「四天王」は合体して「四天王ロボ」に変身。必殺技「ゴレンジャーハリケーン」と「ジャッカー・コバック」をはねのける! しかし、「ビッグワン」の登場によって、合体技「ゴレンジャーハリケーン・ビッグボンバー」で爆破される。
 一方、「アイアンクロー」は怪人「UFO船長」のUFOで逃走する。しかし、「ビッグワン」の策略で「鉄の爪」が偽物にすり変わっていて、リモコン操作でUFO内のスイッチを誤動作。UFOもろとも「アイアンクロー」は最期を迎えた。「ジャッカー」と「ゴレンジャー」の共同戦線が悪を倒したのであった。



 本作の目印となった「ジャッカー」と「ゴレンジャー」との共演についても言及しよう。「ジャッカー」は全メンバーが顔をそろえている。しかし、「ゴレンジャー」側に目を向ければ、実際に素顔を劇中で披露するのは「モモレンジャー」ことペギー松山のみであった。他のキャラクターは変身したヒーローへのアフレコと、ライブラリー音声の使用での共演であった。


 「アカレンジャー」こと海城剛を演じていた誠直也の声は、「5人そろって! ゴレンジャー!!」の名乗りや「レッドビュート!」などの特徴的なシーンでの掛け声のみ、ライブラリー音声であった。その他の声はJACのスーツアクター・高橋利道が新規に声を当てていた。そのために当然、違和感が生じてしまうのだが、これは致し方(いたしかた)がないことだろう。


 「アオレンジャー」こと新命明(しんめい あきら)役の宮内洋は、本作では『ジャッカー』側の番場壮吉としての登場であった。「アオレンジャー」役としてはアフレコのみの出演であったのが、少しもったいなく思う。できれば、番場壮吉と新命明の顔出しでの共演が見たかったのが、多くのファンの本音ではなかったろうか。
 実際にも、『ジャッカー』第32話での番場壮吉vsニセ番場壮吉戦や、『快傑ズバット』第17話でのニセ早川健vs本物の早川健の対決が「合成」で描かれていた前例もあった。往年の東映の特撮時代劇『仮面の忍者 赤影』(67年)などでも、忍法で変装した人物と本物を、別撮りしたフィルムを左右の真ん中に分けて簡易に「合成」させるような手法などもとっくに実現してはいた。つまり、技術的に当時の水準でも不可能ではなかったからだ(手間も予算も少々かかっただろうが)。
――こういったところでの当時の子供たちの無念が、後年の『百獣戦隊ガオレンジャーVSスーパー戦隊』にて、宮内が演じる後年の番場壮吉のみならず、共演でこそなかったもののバンクフィルムの再利用で、同じく宮内が演じるアオレンジャーに変身する前の新命明や、『超力戦隊オーレンジャー』の三浦参謀長まで、顔出しで登場させてしまう、マニア上がりのスタッフによる快挙にもつながっていくのだろう――


 その宮内が演じる番場壮吉が「釣り人」に変装して登場するのは、原作者・石森章太郎が自ら監督を務めた『仮面ライダー』の第84話「危うしライダー! イソギンジャガーの地獄罠」(脚本・石森章太郎 島田真之 監督・石森章太郎)にて、「釣り人」役で石森が俳優として活躍したことへのオマージュだったのかもしれない。


 また、姫玉三郎も出番は少ないが出演。『ジャッカー電撃隊』最終回としては、申し分ない幕引きになっていた。


*ジャッカー電撃隊・ゴレンジャーのみならず、仮面ライダー・キカイダーまで同一世界で共存している、ワールド・ワイドな世界観!


 だが、この映画がもっとも大きな特徴として有するコンセプトは、世界観それ自体が異なる存在でもあったはずの、他の石森原作の実写特撮ヒーローたちの活躍が、冒頭で語られるくだりである。


 「ジャッカー」本部の作戦室で、「ジョーカー」が部下たちに、「ゴレンジャー」がサハラ砂漠でサハラ軍団と! 「仮面ライダーV3」がヨーロッパで鉄面軍団と! 「人造人間キカイダー」がモンゴルで拳闘士軍団と! 「仮面ライダーアマゾン」が南米アマゾンで「十面鬼」と戦っている! といった、劇中内での世界規模での事実を、写真と地図上で明言しているのだ!


 今年2011年の春休みに公開された映画『オーズ 電王 オールライダー レッツゴー仮面ライダー』(11年)にて、人造人間キカイダー・キカイダー01(ゼロワン)・イナズマン・快傑ズバットが登場してきて、実際には『仮面ライダー』シリーズの映画であったのに、他作品のヒーローまでもが登場してくるサプライズは、世代人や年長のマニアたちはに大きな拍手で迎えられていた。あのような手法の「先駆け」が何を隠そう、この映画であったのだ。


 アメリカンコミックスのマーベルコミック社のヒーロー映画に見られるクロスオーバー・ワールドの東映版と言ってしまえばそれまでである。しかし、写真だけとはいえ、この映画の世界では「仮面ライダー」や「キカイダー」も実在しており、しかも悪の軍団と戦っているといった「世界観の広がり」を、見る者にも伝えるあたり、実に勇ましくて興奮させられる趣向であったのだ。各ヒーローの写真にシンクロして、各作の楽曲が流れるあたりも心憎い音楽演出であった。


 1973年の夏に、当時は好評放映中であった巨大ロボットアニメ『マジンガーZ』(72~74年)と、春に放映が終了したばかりの巨大ヒーローアニメ『デビルマン』(72年)の、永井豪原作の2大ヒーローが競演する映画『マジンガーZ対デビルマン』が制作されて、『東映まんがまつり』枠で公開されて、別世界観の作品のヒーロー同士のジョイントが話題となっていた。
 そして以後は、『グレートマジンガー対ゲッターロボ』(75年)・『グレートマジンガー対ゲッターロボG 空中大激突!!』(75年)・『UFOロボ グレンダイザー対グレートマジンガー』(76年)・『グレンダイザー ゲッターロボG グレートマジンガー 決戦!大海獣』(76年)などの「マジンガーシリーズ」の劇場新作を『東映まんがまつり』のメインプログラムに据えて、テレビでは不可能な他作品とのセッションものが定番となっていった。そのノウハウをようやく実写特撮でも生かそうとばかりに、ここで2大戦隊の共演映画が登場したのだった。
 そう。この映画こそが、現在に至るスーパー戦隊シリーズの名物年中行事となった『スーパー戦隊VS(バーサス)シリーズ』(*17)の始祖となるべき作品だったのだ。


*映画『ジャッカー電撃隊VSゴレンジャー』の悪役・列伝!


 この映画のゲスト悪役である「四天王軍団」は、「サハラ将軍」を天本英世(あまもと えいせい)、「鉄面男爵」に潮建志(うしお けんじ この時期は左記の漢字表記)、「UFO船長」は安藤三男(あんどう みつお)といった、東映特撮を代表していた「敵幹部」俳優の重鎮が一同に介している。
 前者のふたりについては、言うまでもなく『仮面ライダー』の「死神博士」と「地獄大使」の共演(*18)でもあったのだ。そこに、『キカイダー』の敵首領こと「プロフェッサー・ギル」・『イナズマンF』の敵首領こと「ガイゼル総統」・『ゴレンジャー』の敵首領こと「黒十字総統」で高名な安藤を加えた。さらに、「地獄拳士」役には今のJAE代表取締役社長の金田治も交えての豪華な顔ぶれで構成されていたのだ。


 その彼らが合体して誕生する「四天王ロボ」は、まるで『キカイダー01』(73年)の序盤に登場した、ハカイダー四人衆が合体して誕生した怪人・ガッタイダー的な存在の「究極怪人」であった。真の『ジャッカー』最終回を彩るにはふさわしい敵役でもあったのだ。


 なお、「四天王ロボ」の声は、飯塚昭三(いいづか しょうぞう)が担当していた。声の面でも、これまた変身ブーム時代の東映特撮悪役のオールスターキャストを実現していたのが、なんとも素晴らしいのだ。


 なお、殺陣師としての活躍がメインであった金田治の配役は意外な気がしなくもない。しかし、彼の回想では、以下のような事情があったらしい。



「あれは確か代役か、それとも演(や)る人がいなかったかで、殺陣師の僕に回されてきた役なんですよ」
(『ザ・スーツアクター』(ソニーマガジンズ社刊)1999年)



 実際、本作の殺陣師は、山岡淳二と金田治の連名で表記されている。本作では、金田が怪人として登場するシーンが、山岡の担当パートだったのでは? などと推測しているのだが。



 なお、当初は東映側の劇場用作品の一案として、『ジャッカー電撃隊 対 大鉄人17』といった企画もあったらしい(『秘密戦隊ゴレンジャー大全集』)。もしもこの企画が実現していたなら、等身大ヒーローと巨大ロボットとのジョイントが、翌年の『スパイダーマン』よりも先に描かれることになったのでは? と思わされる。


 本映画の東映側のプロデューサーには、吉川進と七条敬三のふたりの名がある。七条の登板は当初に予定されていた『大鉄人17』とのジョイントに由来していたのでは? などといった推測も可能だろう。彼は『17』側の担当プロデューサーでもあったからだ。


 また、この映画のOP(オープニング)のテーマ曲は、『ゴレンジャー』の後期ED(エンディング)主題歌『見よ! ゴレンジャー』で始まっており、途中から『ジャッカー』の挿入歌『J.A.K.Q 進めジャッカー』が続けて流れる構成となっていた。そして、新規の楽曲を使用することはなかった。だが、独自のインパクトは与えており、シリーズ正規の主題歌をオーソドックスに使うよりも、2大戦隊それぞれの個性を対比できるものに仕上がってもいた。


 他に特色といえば、劇中で夜空に「UFO」が発光しながら出現するシーンは、まさに日本では本作公開の1ヵ月前に公開されたばかりのSF洋画『未知との遭遇』(77年 日本公開78年)へのオマージュも感じさせるのだ。さらに、「スカイエース」と「UFO」の夜空での追跡シーンが、同年のGW(ゴールデンウィーク)に公開を控えていた東映の特撮SF映画『宇宙からのメッセージ』(78年)での宇宙船の飛行シーンも想起させる。それこそ、この1978年度を象徴する「宇宙SFブーム」の到来直前を意識したアクションが顕著なのだ。


 また、劇中でペギー松山の運転していた車が「ポルシェ911」であったことには、前年の「スーパーカー」ブームの名残も感じさせる。「モモレンジャー」と「ハートクイン」が「ツインマスクドヒロイン」とばかりに。アイドルデュオことピンク・レディーの大ヒット曲『UFO』(77年12月5日リリース)ネタを披露したりと、本作では今度は早くも1978年といった時代を色濃く匂わせる描写が作品を彩っている。時代の流行にも敏感な子どもたちにも何気にアピールすることが特徴になっていたのだ。


 なお、本作は、『ゴレンジャー』『ジャッカー』両作品で活躍した田口勝彦が監督している。『ジャッカー』の顔でもあった竹本弘一は『透明ドリちゃん』、奥中惇夫は『がんばれ! レッドビッキーズ』で活躍していたためか、1978年5月スタートの『スパイダーマン』に登板前の田口が抜擢されたのだと推測している。


*エピローグ! 「歴史の終わり」と「次なる始まり」! 1978年~80年にかけてのSFブーム&リバイバルブームの到来!


 実際、この映画の公開終了直後、1978年5月より東京12チャンネルで東映特撮版の『スパイダーマン』が、同年GWに公開された映画『宇宙からのメッセージ』の姉妹編であるテレビシリーズ『宇宙からのメッセージ 銀河大戦』(78年)が同年7月より放映を開始。再び東映特撮ヒーローが席巻する時代の到来を予感させていた。


 1978年は、特撮ヒーロー不在の空隙(くうげき)と、夏には『スター・ウォーズ』の日本公開が巻き起こしたSF大ブームが、そして児童誌『てれびくん』での大プッシュや各地での再放送の開始に付随して発生した『ウルトラマン』シリーズのリバイバルブームが、それにやや遅れるかたちで児童誌での雑誌展開とやはり再放送が火付け役となった『仮面ライダー』再燃ブームも勃発している。
 特撮ヒーローは1978年1月にはいったんは消滅したかのように見えていた。しかし、次なる復活のチャンスを逃しはしなかったのだ。


 だが、当時の児童誌での扱いは、本来は最も積極的にプロモーションされるべきリアルタイムのヒーローよりも、あろうことか「ウルトラマン」や「仮面ライダー」といったリバイバルのヒーローの扱いの方が大きかったことや、人気が高くなっていたことも、この時代を語るうえでは無視できない。なお、この年に吉川進は東映テレビ部企画営業第二部部長に就任している。


――ちなみに、特撮変身ヒーローものや特撮ジャンルそれ自体のホープといった文脈では当時は捉えられてはいなかったものの、民放の日本テレビが開局20周年記念と銘打って、1978年10月から日曜夜8時枠にて、新東宝の流れを汲んだ国際放送の制作で、特撮を円谷プロダクションに下請けに出すかたちで、1時間枠のテレビドラマ『西遊記』が大々的な宣伝とともに制作されて、一般層や子ども間でも大ヒットを達成している。翌秋には『西遊記Ⅱ』(79年)も放映されることになった。
 この1978年4月には、やはり来たる初夏公開の『スター・ウォーズ』を見越して、円谷プロは日本テレビの日曜夜7時の30分枠にて宇宙SFのテレビドラマ『スターウルフ』を放映。前年1977年12月にも、東宝が特撮SF映画『惑星大戦争』を公開している――


 さらに、その翌年の1979年には、中高生以上の女子マニア層を中心とした熱烈なファンからのコールと、スポンサーである「タカトク」の起死回生を目指して、そしてやはりリバイバルヒーローものの一環として、石森SF漫画の雄『サイボーグ009』も約10年ぶりのテレビアニメ化もなされている。
 当時はまだ「戦隊シリーズ」とは銘打たていなかったが、事実上の「戦隊シリーズ」再開の様相を呈していた『バトルフィーバーJ』も登場。テレビアニメではあったが、新作のウルトラシリーズ『ザ☆ウルトラマン』と、期待の新作『仮面ライダー』(スカイライダー)など、ブランドヒーローがこぞって復活してみせる盛況を見せてきた。
――ヒーローものではないが、テレビアニメ『ルパン三世』(71年)の再放送での人気の高まりに伴い『ルバン三世(PART2)』(77年)が、同じく女子高生のテニスを描いたテレビアニメ『エースをねらえ!』(73年)をリメイクした『新・エースをねらえ!』(79年)なども登場している。さらに、翌年の1980年には本邦初の国産テレビアニメ『鉄腕アトム』と『鉄人28号』(共に63年)のリメイクも登場している。これらも、そういった当時のリバイバル・ブームの一環なのであった――


 しかし、知ってのとおりで、『ウルトラマン』と『仮面ライダー』は再び眠りについてしまった。しかし、『バトルフィーバーJ』以降の「戦隊シリーズ」は、切れ目なく今日に至るまで放映されることとなった。来年2012年度も新たなる歴史を築く新作が登場することを期待したい。


*『ジャッカー電撃隊』の「特撮史」や「戦隊史」における、歴史的な存在意義&価値!


 この石森章太郎原作の戦隊2作品は、ウルトラシリーズに置き換えれば、それこそ『ウルトラQ』『ウルトラマン』『ウルトラセブン』といった、「第1期ウルトラシリーズ」に相当する位置付けの大きさを持った作品群であったと断言できるだろう。つまり、歴史の第一歩目でもあり、以後に続くシリーズの基盤・インフラストラクチャーとなった大きな存在なのである。
 それらの原点作品の幅の広さ・試みの数々が、『ウルトラマン』や『仮面ライダー』、そしてその他の特撮ヒーローにはない魅力を描き出し、当時は「単語」としての定形化はされてはいなかったものの、のちに“戦隊”ものといった概念で括られるヒーロー作品のテンプレートを構築したのだから。


 ただし、『ジャッカー電撃隊』それ自体は、あとに続く同路線作品への橋渡しを行うことができなかった。だが、1年強のブランクを超えて登場した『バトルフィーバーJ』が、今日に至るまでのシリーズ継続の第一歩を踏み出した。『ジャッカー』のシリーズ前半と後半とでの硬軟のさまざまな要素が、後年の「戦隊シリーズ」にも散りばめられたことによって、『ジャッカー』もまた単なる失敗作ではなかったことが立証されてもいる。つまり、その存在や試行錯誤もまた、非常に意義があるものであったのだといったことも、特撮マニア諸氏の周知のとおりでもあるのだ。


 そして何よりも、シリーズ前期のハード路線、シリーズ中期の児童ドラマ編、シリーズ後期のビッグワン編。正反対の作風にも見えるそれらが、個々に独自のファンを有し、放映期間としては3クール分と短命ではあったものの、カルト的な信者を有する作品としての地位をも獲得しているのだ。


 ここで筆者がつづった駄文を読むよりも、実際にDVDなどの映像ソフトや再放送などで――2011年現在では今ではほとんどCS放送に限定されるが――、もしも本作に触れることがあったのならば、今の自分個人の感性はもとより、1977年当時の世間のさまざまなブームやムーブメントにも関心を抱いて、特撮ジャンル作品といった観点だけでなく、テレビ番組・放送界・映画界・玩具界などといった観点からも俯瞰すれば――もちろん、単に“特撮”といった見方で鑑賞するだけでもよいのだが――、そこに映し出されてくる情報量は多くなる。より面白くなってきて、さまざまな要素について興味深く感じ取れるであろうことは間違いないとも思うのだ。


 1970年代末期の日本の特撮・アニメのマニア社会の勃興期から特撮作品を評価するうえで至上とされてきた「人間ドラマや脚本がすべて」といった風潮だけでは(それらも重要ではあるのだが)、テレビ番組やジャンル作品を語るうえでの視野を狭くしてしまう悪影響を感じずにはいられない。


 もしも機会があれば、かつてはオタク第1世代などからは蔑視されてきた「戦隊シリーズ」を通じて、これまでにはなかった視点や観点から、日本の特撮史を逆照射するかたちで、ジャンル作品を今後とも語っていければ幸いである。


脚注


*1
 なお、『特別機動捜査隊』の終了は、視聴率の下降も大きな理由であろう。番組開始当初の1961年当時は30%台、1970年代前半でも20%台を記録していたが、前年の1976年頃よりとうとう1桁に落ち込むことも多々見られ、16年の歴史に幕を閉じる結果となったのだ。


*2
 意外なように思えるかもしれないが、実は関西(大阪)の読売テレビ(日本テレビ系)も、開局当初は教育局であった。


*3
 石森章太郎の漫画『009ノ1』の実写化テレビドラマ『フラワーアクション009ノ1』(69年)は、原作漫画とは違って、メンバーがトランプのカードの種類で識別されている。
 もちろん、原作漫画のような改造人間ではない。当時、東映製作でヒットしていた『プレイガール』(69~76年)の二番煎じ的な印象を与えるようなお色気アクションイメージの番組に仕上がっている。のちに『仮面ライダー』を手がける竹本弘一・山田稔・田口勝彦といった演出陣が初めて手掛けた、石森漫画の映像化であったことは興味深い。
 実際にもこの布陣が、翌年に東京12チャンネルで放映されたテレビドラマ『江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎』(70年)にシフト。そういったプロセスを経て、『仮面ライダー』が誕生していたこともまた、歴史的な検証の観点から見ると味わい深いのだ。


*4
 池沢さとし(現・池沢早人師(いけざわ さとし))が、『週刊少年ジャンプ』(集英社刊)に連載した漫画『サーキットの狼』に端を発する外国製高級スポーツカーのブーム現象。それまで日本で知名度の低かったランボルギーニ・フェラーリ・ポルシェなどの欧州系メーカーの自動車が劇中で活躍。運転免許すら取れない年齢層の子どもにまで人気が波及した一大ブームであった。
 それに呼応するかたちで、「スーパーカー」の「プラモデル」や「ミニカー」のリリースが活発になったのはもとより、子ども相手の「スーパーカー」の撮影会が開催されて、ヒーロー不在の児童誌では巻頭グラビアや付録にまで扱っていたほどだ。
 さらに、東京12チャンネルでは、「スーパーカー」に材を求めた児童参加のクイズ番組『対決! スーパーカークイズ』(77年)(司会は山田隆夫・吉川桂子夫妻(のちに離婚)まで放映される現象を巻き起こした(後番組は同趣向の『対決! チャレンジクイズ』(78年))。
 トリビアとしては、吉川が産休に入って、その後任に『バトルフィーバーJ』のシリーズ後半にて変身ヒロイン・2代目ミスアメリカを演じる萩奈緒美(はぎ なおみ)が2代目アシスタントに抜擢。『マジンガーZ』の永井豪デザインによるオリジナルヒーロー・カウンタックマンなども同番組には登場していた。
 なお、このブームに便乗して、『アローエンブレム グランプリの鷹』(77年)・『激走! ルーベンカイザー』(77年)・『飛び出せ! マシーン飛竜』(77年)などの架空の自動車メーカーを舞台に、空想のレーシングカーを主役にしたカーレースアニメも放映されている。
 だが、当時の子どもたちが最も望んでいたのは、『サーキットの狼』のアニメ化であった。しかし、1977年8月公開の東映制作の実写映画(監督・山口和彦)と、1978年の正月休み企画のNHK・FMでのラジオドラマ版(タイトルは『ステレオ劇画シリーズ サーキットの狼』。脚本は佐々木守、主演はなんと風間杜夫!)だけに終わってしまって、やがて「スーパーカー」ブームも翌年の「ウルトラマン」と「仮面ライダー」のリバイバルブームに押しやられるようにして衰退していくのだった。


*5
 「スーパーカー」と称される車の排気量の大多数は、2000CC以上の3ナンバー車であっただけに、1600CCはどちらかといえば日本車の大衆車クラスのサイズといった印象があった。


*6
 切替徹は自動車メーカー・マツダ(旧・東洋工業)を退社後、1973年にカーショップディノを開店。現在はレーシングサービス・ディノ社長であり、フェラーリ・クラブ・ジャパン会長として、日本のモータリゼーション界に大きく貢献している人物だ。


*7
 日本テレビ・日本現代企画製作の『少年探偵団』(75年)は、関西でも東京と同様に土曜夜6時枠で放映。結果的に『ゴレンジャー』の裏番組に収まった。しかし、これは畠山麦(はたけやま ばく)の出演番組が重なることでもあった。畠山は「キレンジャー」役だが、『少年探偵団』のナレーターでもあったのだから。


*8
 『大鉄人17』の岩山鉄五郎は、水島新司原作でテレビアニメ化(77年)もされた野球漫画『野球狂の詩(うた)』(72~77年)の女性主人公投手・水原勇気(みずはら ゆうき)が所属していた架空のプロ野球チーム・東京メッツの老いぼれ投手・岩田鉄五郎の名前をもじったものだろう。ちなみに、77年に日活で制作された実写映画版の『野球狂の詩』での岩田鉄五郎は、翌78年には『宇宙からのメッセージ 銀河大戦』のナレーションも担当していた名優・小池朝雄が演じていた。
 『17』の岩山鉄五郎を演じた高品政広は、同じく水島新司原作の大人気野球漫画を東映で実写映画化した『ドカベン』(77年)(監督・鈴木則文)でも、口に葉っぱをくわえた大男・岩鬼正美(いわき まさみ)役を演じていた。それもあって、岩鬼そのままの学生服と高ゲタの出で立ちには、この70年代後半に全盛を極めていた水島新司の野球漫画の影響の大きさを如実に物語ってもいる。
 そういった野球漫画の実写映画化が、『ロボット110番』の後番組として翌1978年1月にスタートした東映制作の『がんばれ! レッドビッキーズ』の誕生にもリンクしてくるのが、今となっては興味深い。


*9
 『大鉄人17』は視聴率は振るわなかったが、玩具は、特に「超合金」の玩具は高い売り上げを記録している。とはいえ、「スーパーカー」ブームの時期にキャラクターヒーローものでは大健闘したものの、番組は年末年始(クリスマスと正月)の玩具商戦を前に打ち切りとなってしまう。
 しかし、ポピーがスポンサードして再放送を行い、それで商戦を乗り切る手段に踏み切り、翌年の3月末まで再放送が行われた。もちろん、制作の毎日放送を中心として、TBS系の各民放で最終回の翌週より再放送がスタートを切ったが、関東地方ではTBSでなく、東京12チャンネルにて毎週金曜17時からの再放送になっていた。
 なお、主要地域での放映時間帯を列記すると、毎日放送(大阪)では土曜17時(さすがに制作局だけあって、最終回の翌日の11月12日より再放映を開始)。中部日本放送(中部)では金曜17時25分(年内で終了)。山陽放送(岡山)では金曜17時。RKB毎日放送(福岡)では日曜6時30分といったあたりを筆者は確認している。


*10
 『快傑ズバット』のスポンサーはバンダイでなく、タカトクであった。後番組『飛び出せ! マシーン飛竜』も同様にタカトクであったが、同社は当時、『ヤッターマン』が大ヒット。そのノウハウを生かしての展開を目指すが、こちらはあいにくとヒットに至らなかった。


*11
 終戦直後、日本を占領中の連合国軍最高司令官総司令部(GHQ ゼネラル・ヘッド・クォーター)により、「時代劇」は「軍国主義」を煽り立てる危険があるので禁止するとの通達が出たことから、時代劇のチャンバラを拳銃による銃撃戦に置き換えることによる、“時代劇の現代劇への翻案”的なコンセプトで、時代劇の大スター・片岡千恵蔵(かたおか ちえぞう)を主役に配した探偵ものが誕生した。そのシリーズの主人公が多羅尾伴内(たらお ばんんない)といい、このシリーズは昭和20年代から30年代までの人気作品として好評を博した。


*12
 当時の『テレビマガジン』『テレビランド』などに『快傑ズバット』のファースト・プレビューがイラストで掲載されたとき、このヒーローは白いコスチュームに、黒いマントのビジュアルで構成されており、実際の映像で描かれたものとかなり違ったイメージになっていた。なお、色が「赤」になったのは、スポンサーサイドの要望だとか。(『テレビマガジンヒーロー大全集』(講談社刊)1986年)


*13
 現在の林家三平(旧名・林家いっ平)と林家正蔵(旧名・林家こぶ平)の父親でもある有名落語家。


*14
 山上たつひこ作『がきデカ』は、昭和50年代前半にロッテの菓子『ピタンキー』や、松下電器のラジカセ(ラジオとカセットテープレコーダーの一体機)『ナショナルマック』でCMキャラクターとしては使われていたが(実写のこまわりくんを演じたのは、『ザ・カゲスター』に出演した星純夫)、主人公が自分の性器をひんぱんに露出する過激な描写が災いしたのか、当時はテレビ化されなかった。
 それから約15年を経て、1989年(平成元年)にフジテレビ系・スタジオぎゃろっぷ制作でアニメ化されたが、さすがに時代から取り残されたのか話題にもならずに、半年ほどで終了。以後はソフト化にも恵まれずに忘れ去られようとしている。


*15
 『仮面ライダーディケイド』の最終回で、物語の結末が明確に明かされないかたちで幕を閉じ、その「結末は映画で披露」といった告知が、本編終了後にアナウンスされて、映画『仮面ライダー×仮面ライダー W&ディケイド MOVIE大戦2010』(09年)が制作・公開されたことを指す。


*16
 『ジャッカー電撃隊』は、テレビシリーズの第7話がブローアップ公開されたのみで、放送中に新作劇場映画は制作されていない。


*17
 東映の「Vシネマ」ブランドことビデオ販売作品『超力戦隊オーレンジャー オーレVS(たい)カクレンジャー』(95年)で口火を切った、東映戦隊シリーズの年中行事的な作品として、戦隊シリーズの年度ごとのバトンタッチ的な意味合いも含めた放映中の戦隊と前年度の戦隊との共演ムービーシリーズである。以後は2011年現在にに至るまで制作され続けている。2009年度作品『劇場版 炎神戦隊ゴーオンジャーVS(たい)ゲキレンジャー』(09年)より、『スーパー戦隊まつり』の副題を冠して、先に劇場で公開。2ヶ月後にDVD発売といったスケジュールに変更となった。


*18
 のちに『星雲仮面マシンマン』でも、第8話「野球少年の秘密」にて、天本英世(プロフェッサーK)と潮健児(バット男人間態)の共演が実現している。


(文中敬称略)


*:視聴率は、すべてビデオリサーチ社調査分で記載。
*:作品タイトル直後の放映・公開年度は、原則として下2桁で記載。



(了)
(初出・当該ブログ記事)



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