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西遊記#3「夢の国」 〜今シリーズ最高傑作! 94年版や79年版の同系話など


「西遊記」全話評! 〜全記事見出し一覧


(映画『西遊記』公開記念!〜短期集中連載!)
(文・田中雪麻呂)

♯3『夢の国/〔再会、母よ! 夢かなう寺の怪〕』

 (脚本)坂元裕二(演出)澤田鎌作


 「この獏(ばく)ヤロウ! おめェが見せた夢は諦めたヤツが見る夢だ! そんな夢は夢じゃねェ!
 たとえ鬼になったって、たとえ神様仏様にブン殴られたってオレはおめェを許さねえ。さァ答えろ! 天国に行きてえか、地獄に行きてえか!」


 キャラバンは霧に包まれた豪奢な寺院[夢現寺(むげんじ)]に辿り着く。この寺では訪れる者全ての夢が叶うといわれ、住職の獏念(ばくねん/石井喧一)を頼って、多くの善男善女が合宿生活をしていた。眠りにつく八戒、悟浄の前にも果たして魅力的な夢や願いが実体化し、二人は旅への出立も忘れ、それらに心奪われる。


 無欲な三蔵の前には、幼時に死別した母親・恵泉(けいせん/伊藤蘭)が現れて「この母とここで一緒に暮らしてほしい」とかき口説く。三蔵はその母の姿をしたものが怪かしであると承知の上でそれを不憫に思い、その願いを聞き届ける。
 一方悟空は前日に昼寝をし過ぎて寺で眠らなかったために、夢からの幻惑は免れたものの、潜在的に思っていた“人間になりたい”という望みが顕在化してしまい、妖怪の超能力が全て失われてしまう。


 異変に気付き、師父のもとに馳せ参じる悟空だが、三蔵はキャラバンの解散を宣言してしまう。
 実は住職の獏念は、人間の(夢ではなく)“現実を喰べる”悪しき獏の化身であった。欲するものを幻惑によって与えられた者は努力することも挑戦することも忘れてしまう。自身の欲念の深淵に首まで浸かった人間は、その欲の皮によって夢現寺という名の牢獄を敢えて出ようとしなくなり、最後には心を失い、獏念に現実を喰い尽くされ、永遠に夢の中を漂い続けなければならないのだ……。


 怪かしの恵泉と楽しく時を過ごす三蔵だが、思い出の中の母親がかつて“仲間だけは絶対に裏切ってはならない”と躾けてくれたことが胸中をよぎり、三蔵は仲間である三弟子のために再び天竺出立を決意する。
 三蔵と悟空は力を合わせて、夢現寺の心臓部である大祭壇を破壊。全ての幻惑は雲散霧消し、人々は邪な誘惑を断ち切り、事無きを得る。



 シリーズ中最高傑作だと思う。自分の夢、つまり自身のダイレクトな欲望によって自らが苛まれるという仏教説話のような皮肉なテーマ性がまず面白く、『西遊記』の作品世界に合っている。
 余談だが、この『西遊記』ほど脚本家にとって難しい題材はないのではないか。
 ワルの妖怪がいて、難儀している村人に三蔵主従が肩入れし、悟空ら三弟子が華麗な殺陣でこれを撃破する。一応、冒険活劇の構成(コンストラクション)としてはその流れで事足りるのだが、それをそのままやっては、一般の伝奇もの、ヒーローもの、時代劇などの焼き直しになってしまう。第一、そこに妖怪が出てくる必然性がない。悪いヤツというのは人間にもいるわけで、悪人が敵役を代行できない理由が要るのである。


 そしてこのシリーズほど“現代性”と“前作”との差別化”を強く求められているドラマもないかと思う。
 94年に日本テレビで製作された同名ドラマでは、柴英三郎、田上雄、吉村ゆうといった気鋭の脚本家陣が“今様”の『西遊記』を描きあげた。


 釈迦如来(〈声〉美輪明宏)に反目する悪の権化・堤婆達多(だいばだった/〈声〉美輪・2役)率いる羅刹女(らせつじょ/余貴美子)、英竜(えいりゅう/高知東急)、艶竜(えんりゅう/寺田千穂)、兇竜(きょうりゅう/八名信夫)、玉竜(ぎょくりゅう/柳沢慎吾)一派の三蔵法師牧瀬里穂)一行の殲滅活動を縦糸に、孫悟空唐沢寿明)らが、悪辣な妖怪警察と戦ったり(♯5)、村人から妖怪視されている欧州系の異民族を救ったり(♯14)、偏った思想の人間が設えた“妖怪収容所”で苦しめられたり(♯15/所長役は今をときめく大杉漣!)といったダークでモダンなエピソードが多く作られた。
 当時(90年代)の風俗も多く取り入れられ、ジュリアナ・ギャル(♯3)、ブルセラショップにヘビメタ(♯4)とやり放題(笑)。


 シリーズ終盤は特に悲惨で、堤婆一味は互いに殺し合って自滅し、三蔵主従は天竺に何とか到達したものの、既に大雷音寺は内乱で跡形も無く(笑)、一行は散り散りに。八戒小倉久寛)悟浄(柄本明)は寺院や経文の燃えカスでボロ儲けを企み、悟空はレジスタンスに加わり、三蔵はマヤ(高橋かおり)なる娼婦と酒色に溺れる(笑)。


 日本を代表するような脚本家陣が描いても、結構ツラい結果(話の流れも、その話自体も)だったこの状況を見ても、如何にこの伝奇小説のオリジナル脚本化が難しいかが分かろうというものである。



 ♯3の論評に戻ろう。
 この回は全編サスペンス仕立ての中、人の心の危うさと強さ、人生の目的設定の意味、“こだわる”ことの価値など矢継ぎ早に問題を提起する傍ら、名敵役・獏念との(精神的なものを含めての)攻防戦をじっくりと描いていて、良い意味で少しも気が抜けない。


 金ピカの夢現寺が、実際は目晦(めくら)ましで廃墟のごとき外観であったり、捕らえた人間を逃さぬため、そして外界からの無用な干渉を避けるためにある種の結界(けっかい=修法を行って修行の妨げとなる者の侵入を防ぐこと)を張るなどオカルトとSF的趣向とが巧みに融合していて興味深い。


 過去の同名ドラマ『西遊記Ⅱ('79)』や『西遊記('94)』では、各キャラクターが宇宙空間にまで飛び出し、青い地球を背にして活動するカットが頻出したが、今様の孫悟空をアピールするにせよ、それは余りに邪道ではないかと筆者などは鼻白んだ覚えがある。
 やはり現代性を打ち出すには、オカルトなどの糖衣で包(くる)む必要があるのではないかと思う。


 因に、前出の『西遊記II』にも幽鬼将軍(ゆうきしょうぐん/八名信夫)なる夢を操る妖怪が登場(♯7「夢の妖怪幽鬼将軍〈脚本/ジェームス三木・山下六合雄〉」)した。
 人間の人生そのものを、夢を媒介にして食餌としていた獏念とは異なり、幽鬼将軍は三蔵(夏目雅子)の夢の中に直接入り込んでは、刃を振るって(夢の中の)彼を斬り刻んで苦しめ、安寧な睡眠を奪い、三蔵本体の衰弱死か心臓麻痺を引き起こさせて目的を達しようとする奸才の徒である。
 悟空(堺正章)が師父の夢の中に突入するも、逆に将軍の不死身の兵士達によって惨殺されてしまう。三蔵は悟空を生還させるべく、別の夢をみて悟空を登場させ、緊固呪を唱えて強引に彼を現世に呼び戻す。
 さて、戻って来たこの悟空は本物の悟空なのか? 違うとすれば何なのか? という“考えオチ”がラストである。


 イヤハヤ、夢が現(うつつ)か現が夢か。夢をモチーフとした文芸は面白い面白い。



【その他のゲスト】
近江谷太朗(獏念配下・円仙) 須永祥之(老子の配下) 田村圭生(足の不自由な若者) 稲田奈緒 塚田美津代 永井浩介 鳥越夕幾子 細井允貴

(了)
(特撮同人誌『仮面特攻隊2008年号』(07年12月30日発行予定)『西遊記』2006年版・全話評より抜粋)


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