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追悼、岸辺シロー ~『西遊記』での沙悟浄役での活躍回を振り返る!

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追悼、岸辺シロー ~『西遊記』での沙悟浄役での活躍回を振り返る!

(文・田中雪麻呂)
(2020年9月20日脱稿)

岸部シロー(きしべ シロー) ミュージシャン・俳優 2020年8月28日(金)逝去 享年71歳


 拡張型心筋症(心室が広がり、全身に必要量の血液を送り出すことができなくなる)による、急性心不全で亡くなる。


 昭和40年代生まれの筆者にとっては、TVに出ているのが、至極当然に思われたひと。


 日本テレビ系の朝のワイドショーの雛型(ひながた)となった『ルックルックこんにちは(1979~2001)』では、司会者(2代目)を担当(1984~98)。それも本当の意味での司会者である。岸部はスタジオにいて各コーナーへの進行をするだけで、自分の意見めいたものは一切言わなかったし、そういうことを公(おおやけ)に求められてもいなかった希有(けう)な存在であった。



 TV時代劇では杉良太郎(すぎ りょうたろう)が主演した人気番組『遠山の金さん(1975~77、79)』で、長身痩躯(ちょうしんそうく)・無能で居丈高(いたけだか)だが、どこか憎めない南町奉行所(みなみまち ぶぎょうしょ)の同心(どうしん=今でいう警察官)・赤目玄蕃(あかめ げんば)を好演。時代考証にはうるさい杉の作品には珍しく、丸眼鏡を掛け、江戸が舞台であるのに近畿方言を使うという、岸部の素(す)のキャラクターが生かされたものになっていた。


 因(ちな)みに、かつて岸部は1969年に当時トップ・スターだったグループ・サウンズ(ロック・グループ)「ザ・タイガース」にアイドルとして加入したとき、それまではアイドルにはタブーとされてきた「眼鏡」と「方言」を取り入れ、彼自身がムードメーカーになることに成功し、その後グループの音楽性を広げることにも貢献したことを付記しておく。


 岸部は共演者にも恵まれた。軽みのある短駆(たんく)な俳優・植田峻(うえだ しゅん)が、赤目の子分の御用聞き「花川戸の新八」を演じたことで、凸凹(でこぼこ)コンビのようになり、コミカルなシーンには欠かせぬ存在ともなっていた。同作は北町奉行所の名奉行(警察長官にして裁判官のようなもの)である遠山金四郎(杉)が、町人のなりをして市井(しせい)に潜入するのがお定まりの筋書きなのだが、赤目はいつも遠山を胡乱(うろん)に思い彼をつけ回す。当然、主役といつも絡む立ち位置であるため、大変な儲け役である。


 筆者が印象に残っているシーンは、いつものように新八とともに遠山を詮議(せんぎ)する赤目だが、その回は特に厳しく彼を追い詰める。遠山も逃げ道に窮(きゅう)する。どうするのかなと思って観ていたら、遠山が突然、奉行の威厳を以(もっ)て逆ギレし、赤目らはビビって逃げていく(笑)。身分制度が骨の髄(ずい)まで行き渡っていた江戸時代だからこそ、宜(むべ)なるかなと感じ入ったシーンであった。



 そして岸部シローといえば、やはり毎週日曜夜8時に放映されていた大ヒット番組『西遊記(1978~79)』と『西遊記II(ツー)』(1979~80)の沙悟浄(さ ごじょう)役にトドメをさすだろう。
 『西遊記』は日本テレビ開局25周年の企画として製作費10億円で全26話が放送された。特撮部分は「ウルトラマンシリーズ(1966~)」の円谷プロが担当し、当時から話題になっていた。孫悟空(そん ごくう)が堺正章(さかい まさあき)、猪八戒(ちょ はっかい)が西田敏行(にしだ としゆき)、釈迦如来(しゃか にょらい)に高峰三枝子(たかみね みえこ)など配役も豪華だった。
 岸部が沙悟浄役の候補に上がったのは、背の高い人(彼は身長187センチある)を探していたからだという。また、『遠山の金さん』の赤目玄蕃と同じく沙悟浄も関西弁を用いるが、これはそのようにプロデューサー側からお願いしたという。
(元・円谷プロ所属で当時は東宝系列の製作会社・国際放映側のプロデューサーとして関わっていた熊谷健(くまがい けん)の発言。『時代劇マガジン Vol.15』辰巳出版㈱/2007年1月5日発行より)


 もともと『西遊記』の企画自体は、大物俳優・若山富三郎(わかやま とみさぶろう)が持ち込んだものであり、孫悟空は若山がやり、三蔵法師(さんぞう ほうし)は歌舞伎役者の坂東玉三郎(ばんどう たまさぶろう)、八戒は力士の高見山大五郎(たかみやま だいごろう/当時)、沙悟浄は名優の仲代達矢(なかだい たつや)がイメージされていた。
 玉三郎にオファーしたところ受けてくれなかったため、その時点で若山メインの企画は流れたのだが、熊谷プロデューサーはその「躓(つまず)きの石」を翻案(ほんあん)し、「悟空と三蔵がふたりとも男というのは面白くない。宝塚歌劇のような中性的な女性、たとえば相良直美(さがら なおみ=ホームドラマもこなしたスター歌手)のような人はどうだろうか?」と、発想の大転換を試みた。
 結果、当時まだ新人の夏目雅子(なつめ まさこ)が三蔵役に起用される。夏目のデビュー作である平日昼の帯ドラマ『愛が見えますか(日本テレビ系/1976年放送)』に熊谷プロデューサーが関わっていたという縁(えにし)からである。


 ここで筆者は、「若山富三郎が改めてTVの企画として『西遊記』を製作したときの配役はどうなるか?」を妄想する。
 悟空は若山、八戒は山本麟一、沙悟浄草野大悟、釈迦如来清川虹子あたりか(笑)。三蔵法師は女性に演らせるという発想がないだろうから、若山の子分で一番中性的な高岡健二が演ったかもしれない(笑)。
 妄想終了、すいません。


 沙悟浄の前世(ぜんせ)が、天上界(てんじょうかい)の高官・捲簾大将(けんれん たいしょう)であることは、スキモノなら当然ご存知であろう。
 岸部も口髭(くちひげ)に冠(かんむり)姿で、捲簾の名前通り、天帝(天上界で最高位の貴人)の御前に掛かっている御簾(みす)を恭(うやうや)しく上げて見せていた。
 しかし『西遊記』の原作に当たると、本当に御簾を上げ下げする役目ではなく、それくらい天帝(原作では玉帝)のお側(そば)近くにいるという近衛兵(このえへい)の総大将の意味であるというからややこしい(笑)。


 TVドラマである本作『西遊記』では、天上界に召還(しょうかん)された孫悟空(堺)が御簾越しにいる天帝の素顔が見たくなり、御簾を上げようとするが、控えていた岸部演じる捲簾に阻止され、一触即発となる。悟空が捲簾に「ケッ! スダレの番人か!」と悪口を浴びせる場面は名シーンだけに印象的で、タチが悪いのだが(笑)。


 また、沙悟浄といえば河童(かっぱ=日本各地の水辺に棲む妖怪)というイメージが確立しているが、これは『西遊記』を扱ってきた日本の児童書のミステイクであるという。『西遊記』の原作を紐解けば、沙悟浄の外見は「藍色(あいいろ)の顔色で、光る丸い目玉を持った妖怪」としか書かれていない。河童の特徴である「頭のお皿」や「背中の甲羅」「指の間の水掻(か)き」「尖った嘴(くちばし)」などは全く記載されていないのだ。


 河童の好物は胡瓜(きゅうり)とされているが、ドラマの中で沙悟浄がそれを食べたりする場面も特にない。ドラマの放送後のバラエティー番組や番宣番組で、岸部シロー沙悟浄に因んで、胡瓜で誘き寄せられるというような演出は多くなされているので、混同している人も多いと思われるが。
 因みに、胡瓜はインド西北部のヒマラヤ山脈山麓地帯が原産地である。紀元前10世紀ごろには西アジアに定着、中国には6世紀に伝播(でんぱ)した。同じ頃に日本にも中国から胡瓜は伝わったということである。


 では、沙悟浄の苦手なものとは何か? #8で鱗青魔王(りんせい まおう/演・中尾彬)の虜(とりこ)にされ、ある生き物を使っての拷問の際に判明する。それは蛇(へび)である。演じる岸部シロー自身も爬虫類がキライで、「君たち(爬虫類)は何で存在しているの? と思うくらいに苦手です。」と、CS「ファミリー劇場」での『西遊記』放映宣伝特番で語っている。


 私的なことだが、後年筆者はこの#8の「悟空危うし! 鱗青魔王の逆襲」のシナリオを入手した。後年に『西遊記』の裏番組であるNHK大河ドラマなどを手掛けるほどに大出世する脚本担当のジェームス三木(みき)の悪ノリがヒドく、沙悟浄拷問のシーンはかなりハードに描かれ、沙悟浄の口や鼻の穴にも蛇が出たり入ったりする描写がある。勿論(もちろん)映像化された作品にはそれほどのシーンはないのだが、撮影当時この同じ台本を見た岸部の心中いかばかりであったろうか(笑)。


 捲簾大将は天上界の宝を壊してしまったため、天帝の怒りに触れて、地上の流砂河(りゅうさが)に堕(お)とされ、河の邪気によって妖怪に変じる、というのが原作のあらまし。日本の児童書の多くは主体が孫悟空であるために、沙悟浄の天上界での前世云々(うんぬん)をほぼ端折って、イキナリ悟空が流砂河で沙悟浄に対面するシーンから記載されているので、「水から出て来た妖怪」ということで「河童」になったのではないかという意見が大勢を占めているらしい。
 何(いず)れにせよ河童に扮した岸部シローのビジュアルが、少なからずこの「沙悟浄=河童」のイメージをさらに助勢したことは論を待たないだろう。



 岸部演じる沙悟浄の名場面は多い。


 まずは#3で、河童として孫悟空と初めて対峙したシーン。普段、土地神(とちがみ)を顎(あご)で使っているように、沙悟浄をこの大河の水先案内人に便利使いしようと、彼の住み処(すみか)に押し掛ける孫悟空沙悟浄は半笑いで「この猿が。」と受け流し、一転「不法侵入やぞ!」と悟空を組伏せ、凄味を効かせる。珍しく悟空が「この勝負は天竺(てんじく=インド)の旅から帰るまでお預けだ。」と泣きを入れることで、沙悟浄はそのままその取経(しゅきょう)の旅に加わる。


 #13では、自分の頭のお皿をいつも磨いていることが高じて、鏡磨きの技術を持つ沙悟浄は、殺人光線を使うワル妖怪に対向するべく、光線を跳ね返すポータブルなトーチカ(防御陣地)を作成する。
 #19では、移動する「幻の湖」を追うバッタ女王(演・緑魔子(みどり まこ))を助けるため、沙悟浄は水脈を辿って井戸を掘削(くっさく)し、見事水源を確保する。
 #16では変身能力で敵を撹乱させ、三蔵一行の勝機に結びつけた。



 恋愛関係も、一番派手なのが沙悟浄である。
 孫悟空プラトニック・ラブ専門であるし、三蔵法師は邪念による愛欲に苦しみ、猪八戒は多淫だが後を引かない。


 沙悟浄は、#5でワル妖怪の聖嬰大王(せいえい だいおう)の恋女房・其美(きび/演・服部妙子)に岡惚れしたのを皮切りに、#22では幽鬼の一族の三女・美宝(びほう/演・島本須美)に骨抜きにされたり、『西遊記II』の#10では河童の国・沙陥国(さかんこく)の姫君・翠玉(すいぎょく/演・山口美也子)を大魚妖怪から救い出し、ナイトぶりを見せたりと幅広い。
 『~II』の#1では、沙悟浄は取経の旅の途中に天上界に舞い戻り、貴人の婢(はしため)の悠明(ゆうみん/演・児島美ゆき(こじま みゆき))にウィンクひとつでモーションをかけ、婚約・結婚・天上界でのマイホーム購入までをハイ・スピードで成してしまう(笑)。


 『西遊記』の最終回では、最強妖怪の鉄砂大王(てっさだいおう/演・南利明)が、地獄を支配している冥府太閤(めいふ たいこう/演・牧よし子)とタッグを組んで一行の前に立ち塞がる。じわじわと締まっていく鉄の輪を首にかけられた三蔵法師。三弟子が外すべく尽力するが、成す術(すべ)がない。
 窮余の一策として沙悟浄が発案したのは、鉄砂を唯一溶かすことができる仙水壺(せんすいつぼ)を所有する滴水娘々(てきすい にゃんにゃん/演・丘ゆり子)を召還することであった。滴水娘々は河童族の一派で、沙悟浄の許嫁(いいなずけ)の醜女であった。用が済むや挨拶もそこそこに帰らされる滴水娘々。沙悟浄の酷薄な側面が垣間見られる。


 沙悟浄は恋愛に関していったい硬派なのか遊び人なのか純情なのか判然としない。より多面的であるということは、悩みの多い我々衆生(しゅじょう)に一番近い存在であるということなのであろうか?



 沙悟浄の父親と称する河童妖怪が出てきて、彼の存在そのものが揺らいだエピソードもあった。#7の「日照り妖怪の子守唄」である。これも脚本はあの悪ノリ大好きなジェームス三木である。
 村人から生け贄(いけにえ)として、決まって男の子どもを供出させては喰い殺していた日照り妖怪(演・桑山正一)を捕らえた孫悟空だが、実はそれが沙悟浄の実父であることが判明する。日照り妖怪によると、沙悟浄は由緒正しい河童の生まれだという。幼い頃に人間に誘拐され、その後に天上界に昇って捲簾大将になったのだろうか? いわば、前世の前世が河童だというのだ。
 天帝の近衛の総大将にまで上り詰めた男が、天から堕とされたとき、邪気のある大河に引き寄せられるように墜落し、先祖返りするようにまた河童に変じたのだろうか?



 岸部シロー氏が亡くなって、まだ二十五日ほどしか経っていない。黄泉(よみ)の国には、まだ立ち入ってはいないだろう。これから三途(さんず)の川を渡り、極楽往生されるのだろうが、川端では呉々(くれぐれ)も濡れないようにお気をつけ頂きたい。


 岸部はあるバラエティー番組で、


「河童の役を演っていたのですが、水に濡れたりするのが嫌で嫌で……。オープニングテーマで、僕が水辺から飛び上がってくる映像を、まあ逆回しで流すために、その高い所から水の中に僕が後ろ向きで飛び込まなきゃならなかったのですが、それも嫌で……。」


と、延々とコボしていて可笑(おか)しかったので。



 本物の天竺に抱かれた岸部シロー氏のご冥福を心よりお祈り致します。たくさん楽しませて下さって本当にありがとうございました。


(了)
(初出・当該ブログ記事~オールジャンル同人誌『DEATH-VOLT』VOL.86(2020年晩秋発行)所収予定)


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