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ウルトラマンエース38話「復活! ウルトラの父」 ~孤児院のクリスマス・サンタ・ナマハゲ・南夕子!

『ウルトラマンエース』#27「奇跡! ウルトラの父」 ~ヒーロー客演&共闘はドーあるべきなのか!?
『ウルトラマン80』#38「大空にひびけ ウルトラの父の声」 〜イジメられっ子をかばってくれる少女はいるか?(笑)
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『ウルトラマンエース』38話「復活! ウルトラの父」 ~孤児院のクリスマス・サンタ・ナマハゲ・南夕子!

(脚本・石堂淑朗 監督・山際永三 特殊技術・高野宏一)
(ファミリー劇場『ウルトラマンA』放映・連動連載!)
(文・久保達也)


 クリスマスムード一色の渋谷の道玄坂でショッピングを楽しむ北斗隊員・ダン少年・その姉である香代子。彼らは養護施設を慰問するためにたくさんのプレゼントを買い込んでいたのだ。


 養護施設で子供たちが用意したささやかなクリスマスパーティを楽しむ3人だった。そして、施設の庭には巨大な「雪だるま」が置かれていた。


 しかし、その「雪だるま」が突然割れて、その中から雪超獣スノーギランが出現! フラッシュ光線を発して若い女の先生の目を失明させてしまった!


 冬でも雪がめったに降らない東京で、施設に「雪だるま」があるという状況にムリがあるのを判ってか、あるいは撮影の準備も大変のためであろうか、「雪だるま」は劇中でも「なんだ、発砲スチロールか」とすぐに判明しているのには、ある種のヒネったリアリティがある。しかし、それがまたフェイントで、実は結局はそこに等身大の超獣が潜んでいた! というのもウマいのだ。


 施設の明るく元気ではあっても乱暴(汗)な男の子たちが、この「雪だるま」を棒で叩きまくっていたり、木の上からホースで水を浴びせるイタズラをしていたりする光景も、ある意味で子供の真実(残酷さ!・汗)を表していて、長じてから再鑑賞すると実にリアリティがある(笑)。


 この施設のクリスマス会では、TACの隊員服に着替えてステージで紹介された北斗隊員は、子供たちに歓喜の声で迎えられる。しかし梅津ダン少年の方は紹介されても…… シ~~~ンと静寂になってしまう(笑)。劇中世界においては、無名の人間でもあるからして、「アンタ、誰? 何者?」といった具合なのである。このあたりのいったん外したギャグ描写が、石堂脚本の醍醐味でもある。いや、山際監督側での撮影現場でのアドリブ演出であったのかもしれないが(笑)。


 加えて、「施設の子供たちはけっこう明るく元気なんだ」などと、劇中人物たちが世間の偏見を取り除こうとする啓蒙(けいもう)的なセリフを発していたあたりも印象的だ。



 超獣スノーギランはクリスマスに浮かれた街をその両手や口から放った冷気で襲って、頭部からの閃光でも人々を次々に失明させていった。


 そして、それを操っていたのは秋田県の男鹿(おが)半島に古くから伝わる伝説怪人のナマハゲだったのだ! 出刃包丁を振り回し、


「日本古来の八百万(やおよろず)の神々を祀(まつ)らず、異国の神を崇(あが)める者たちを踏みつぶせ!!」
「西洋かぶれを踏みつぶせ!!」


と怪気炎をあげる……


 このナマハゲの声を演じたのは沢りつお。氏独特のしわがれ声とコミカルな味わいは、土俗的なキャラクターであるナマハゲにピッタリとマッチしている。


 若いころ、クリスマスにまったく良い想い出がなかった筆者のような人間からすれば、こんなに小気味のよい悪行はない。ナマハゲを応援したいくらいだ(笑)。


 冗談はともかく、子供だったころは、クリスマスといえば一大イベントだったはずだ。地域の子供会では公民館を利用して毎年クリスマス会が行われ、町内会が用意したケーキやゲームを楽しんだ。そして小学校低学年まではサンタクロースの存在を信じ、12月24日のクリスマス・イブの夜には枕元に靴下を用意してプレゼントを待っていたものだ。


 そんなささやかな楽しみを奪って良いはずがない!



 しかし、スノーギラン出現直後、ダン少年は窓の外の天空からあのサンタクロースが舞い降りてくるのを目撃した!(このシーンは特撮班担当のミニチュアだが……)


 このサンタクロースを演じたのは、『シルバー仮面』(71年)で、主人公の春日(かすが)兄妹たちに厄介者扱いされる、「嫌な嫌な嫌な奴」であった叔父の大原道男(おおはら・みちお)を演じた玉川伊佐男であった。氏は『シルバー』と同じく日本現代企画(円谷プロの分派)が手がけた『スーパーロボット レッドバロン』(73年)でもコメディリリーフの自転車刑事・熊野一平としてレギュラー出演。1922年生まれ(大正11年生まれ)なので、氏は当時50歳。2004年に逝去されている。


 なお、同じく『シルバー仮面』後半で少女・津山リカを演じていた北村佳子も、施設の子供たちの中のひとりとして出演している。しかし、この時代の作品の通例で、主要ゲストではなかったことから、オープニング映像にはクレジットされていない。


 主人公青年の北斗隊員は怪事件の直後であったことから、このサンタを犯人ではないかと思って怪しいとニラんだ。


 けれども、施設に超獣スノーギランが迫ってきた! 失明した先生を気遣って施設から避難しようとしない子供たち!


 年に1、2度はこの施設に寄っていたというレギュラー・梅津香代子の友人でもあったといった設定であった、失明してしまった施設の女先生を演じたのは、怪獣映画『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』(68年・大映)や『ガメラ対大魔獣ジャイガー』(70年・大映)と、大映の怪獣『ガメラ』シリーズに二度出演した経歴を持つ八代順子であった。のちに、東映特撮変身ヒーロー『イナズマンF(フラッシュ)』(74年)にも二度ゲスト出演を果たしている。


 失明してしまった彼女が、失明したがゆえにばかりとまではいえないものの、サンタクロースは「雪だるま」を届けた人の声とは違っており、また「このサンタクロースの人は、悪い人ではない」と「心眼」で喝破させているあたりもまた、ゲストキャラにも単なる足てまどいで被害者的な役回りだけではなく、人格的な高潔(こうけつ)さと華(はな)を持たせていて気持ちがよいのだ。


 してみると、この「雪だるま」を届けた人間とは誰なのか? ナマハゲひとりの所業ではなかったのではなかろうか? 第23話『逆転! ゾフィ只今参上』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20061012/p1)のラストで滅び去ったハズであった、シリーズ前半の宿敵・異次元人ヤプールの残党の変身した姿でもあったのか? それとも、ヤプール人かナマハゲに一時的に洗脳されてしまった単なる人間であったか? などと正解がないことをわかっていて、あえて妄想・知的遊戯を繰り広げるのも、特撮マニアの醍醐味なのである(笑)。



 失明した人々を指して「めくら」というセリフが何度も出てくる。1970年代後半以降は放送禁止用語になっている語句でもある。よって、再放送では音声カットの対象にもなっていた。同様に失明した人々が、両目尻から血が細く短く垂れている描写は、いかにも70年代の描写であって、今では最初から自粛する類いの描写だろう。
(編:映像ソフトでは「めくら」は音声カットはされていない。ちなみに、近年では、「放映当時の情勢を鑑みて~」などの注釈を入れるかたちで、音声カットはされなくなっている。2010年3月14日(日)の東京ローカルのUHF局・TOKYO MXでの本話の再放送でも、音声カットはされていなかった)



 そんな失明してしまった女先生を気遣っている、健気(けなげ)な子供たちの姿を見て、山中隊員はじめTAC(タック)の隊員たちがおとりになろうとする!


 そのときに、サンタは「待ちなさい!」と制止する!


 北斗隊員が超獣出現の報に接して施設から出撃するときにも、サンタは「北斗! ……くん」などと「呼び捨て」から「くん」付けに直しているあたりも、人物描写面ではポイントが高いのだ。北斗隊員にはサンタの正体が見抜けていなくても、サンタの方では北斗の正体(=ウルトラマンエース)を最初から見抜いていた! といった、サンタ(=ウルトラの父)側の方にこそ、その人格なり超能力なりの卓越性を持たせている作劇でもあったからだ。


 ダン少年が彼に「おじさんは、いい人なの? 悪い人なの?」と問いかける。


 サンタは「君は、どう思うかね?」と問い返し、施設の外に出て巨大化した!!


 巨大化したサンタを見上げて、ダン少年は、


「あっ、ウルトラの父だ!!」


と叫ぶ……


 この時点では、その姿はまだサンタクロースのままなのであった。「ウルトラの星」を見ることができる超能力を備えたダンだからこそ、その正体を知ることができたのであろう。だが、実はもうひとり、サンタの正体が見えていた人間がいた!


 足を負傷し、隊員たちに「私にかまわず、人々を助けるんだ!」と踏み留まっていた竜隊長もまた、サンタを見上げて、


「ウルトラの父だ!」


と叫んだのである! 救護班の人間が、


「あれはサンタクロースですよ。隊長、頭を打ちましたか?」


と否定する。コレがまた、ギャグにもなっているダブル・ミーニングで笑えるのだ!(笑) もちろん、周囲にいる我々のような凡人にしてみれば、ウルトラの父ではなく、巨人化したサンタクロースにしか見えなかったことだろう。そのようにウルトラの父も擬態していたハズだからだ。


 しかし、やはり竜隊長は「いや、ウルトラの父だ……」とつぶやいたのだった。



 第27話『奇跡! ウルトラの父』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20061105/p1)において、竜隊長は地獄星人ヒッポリト星人に父を殺された姉弟を親身になって世話をしていた。そして、ラストシーンでヒッポリト星人に倒されて「星」になったウルトラの父を姉弟とともに感慨深く見上げていた。


 本話で竜隊長には、サンタクロースの正体がウルトラの父だとわかってしまったという処置は、これを受けてのものだろう。


 つまり、ダン少年とも同様に竜隊長にはサンタクロースの正体が「ウルトラの父」だとわかってしまったという特権的な描写を与えてすらいたのだ。「ウルトラの星」を見ることできてしまうダン少年にも近しい、高潔なる精神を、竜隊長もまた持っていたことをも示唆していたのだ。


 脚本家は異なるものの(第27話の脚本は田口成光であった)、こうした背景をきちんと踏まえた、なかなかにうれしい配慮である。


 石堂氏はよく他人の脚本や設定を読まないと豪語している。それを真に受けている特撮マニアも多い。しかし、本心というよりかは、偽悪・韜晦(とうかい)としての物言いの側面も強いだろう。
 続く次回の第39話『セブンの命! エースの命!』(脚本・田口成光)(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20070129/p1)にて火炎超獣ファイヤーモンスを倒したTACの新兵器・シルバーシャークも、なんと石堂脚本回の第45話『大ピンチ! エースを救え!』でも投入されていた。最終的には使用されずに終わったが、原典の第39話とも同様に、本編美術班はTACのジープに2連装の砲口を持ったビーム兵器・シルバーシャークを搭載させるかたちで再登場もさせていたのだ。
 第47話『山椒魚の呪い!』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20070324/p1)のラストのナレーションにおいても、祖父を失ったゲスト子役の小百合(さゆり)が、竜隊長の姉の家に預けられたと説明されていた。これは第23話『逆転! ゾフィ只今参上』(脚本・真船禎)において、竜隊長は姉の家には甥がふたりいると語っていたことをキチンと踏襲してみせているのだ。
 第33話『あの気球船を撃て!』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20061218/p1)では、北斗隊員でさえ疑わなかった気球船について、吉村隊員だけが正しく懐疑の目を向けていた。これも第5話『大蟻超獣対ウルトラ兄弟』(脚本・上原正三)(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20060604/p1)においても、他のTAC隊員たちは怪事件を軽視していたのに、吉村のみが不審の目を向けていたようなキャラ設定をきちんと踏襲してもいるのだ。



 ちなみに、小学館の学習雑誌の当時の記事によれば、第27話で死んだはずのウルトラの父が生き返ったのは、光の国の科学者たちが胸の中央に装備するべきカラータイマーの、人工カラータイマーをつくって移植手術を施したからだそうである。この設定だと、光の国のウルトラ族は、生まれつきで、カラータイマーが胸に付いているということになるのだが、70年代後半になると、カラータイマーは宇宙警備隊の隊員になった者だけに装備されたものだと、設定が改変されていく(笑)。



 じょじょに吹雪を激しくしていく、冬の夜の都心の特撮バトルも本話の見どころである。


 北斗隊員は戦闘機からパラシュートで降下中! というパターン破りで、お決まりの変身ポーズを取って、ウルトラマンエースへと変身!!


 しかし、スノーギランは意外と強い! エースの必殺ワザ・メタリウム光線でさえも効かないのだ!


 第27話とも同様に、巨大化したサンタクロースは、その手を突きだした先から光線を発して、一度は超獣スノーギランに倒されたウルトラマンエースにエネルギーを注入した!


 エネルギーがチャージ(充電)されて復活したエースは、スノーギランに逆襲をかける!


 地団駄を踏んでくやしがるナマハゲ!


 すると、サンタクロースはマントを翻し、ついにウルトラの父としての正体を現した! すかさず、


「祟(たた)りをする神など、神ではない!」


といったセリフとともに、その両腕をL字型に組んで放つファザー光線(正式名称・ファザーショット)を発射した!!


 ナマハゲも最期(さいご)を迎える……


 エースが放った必殺のメタリウム光線で、スノーギランも爆発四散!!


 ……第27話でも、復活したウルトラ5兄弟が彼ら独自の必殺光線を一斉発射したり、あるいは5兄弟のエネルギーを合成した超必殺ワザ・スペースQを放ったりではなく、ウルトラの父にエネルギーを与えられたエースの決め技は、通常のメタリウム光線であった。ウ〜ム。ウルトラの父の超エネルギーの補充によって、もっとそれらしい別格の新光線ワザを放ってほしかったような気もする……


(2025年の後日編註:この際のメタリウム光線は、インターネット上のフリー百科事典「ピクシブ百科事典」や「アニヲタwiki(仮)」などの近年の説明では、スーパーメタリウム光線と命名されていた。そんなの放映当時も80年代末期の「てれびくんデラックス」『ウルトラ戦士超技全書』でも命名されていなかったよ~! Wikipediaにも記されていない。けれども、初戦では効かなかったのに、ウルトラの父からのエネルギー補充では倒せたということは、この光線にそのような命名を与える行為はなかなかにナイスかもしれない。視覚的にはいつものメタリウム光線と同じであるあたりで難はあるものの・笑)



 余談だが、劇中でナマハゲとナレーションは、「スノーギラン」を音を伸ばさず「スノギラン」と呼んでいる。同じくナレーションでは「雪超獣」ではなく「雪だるま超獣」と呼称していた。



 正直、最初からサンタクロースの正体はバレバレである。しかし、あえてさんざんにもったいぶっておいて、「ここぞ!」というときに、爽走とウルトラの父としての姿を見せるこの演出は、あまりに決まっていて実にカッコいいのだ!


 そして、本話のクリスマスプレゼントはこれだけでは終わらないのだ。人間サイズのサンタの姿に戻ったウルトラの父は、TACの隊員たちから失明した人々の目を元に戻せないかと相談を受ける。そこで、サンタが呼び寄せたのが、第28話『さようなら夕子よ、月の妹よ』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20061111/p1)で満月超獣ルナチクスを倒して、故郷の月(厳密には冥王星)に帰っていった南夕子であったのだ!


 夜空の天空から、夕子は白のロングドレスを身にまとって、トナカイが引くソリに乗って現れる!


 夕子が天空から失明した人々に手をかざすと、幻想的な眩(まばゆ)い光が発射され、人々の目が元に戻るなど、それらの演出は良い意味でSF科学風味ではなくロマンチック風味なのだ。


 TACの隊員服姿よりも個人的には今回の夕子の方が優しい微笑みが印象的で女性らしくて好きである。ただ、残念なのが、セリフが一言もないことであった。せめて「(北斗)星児さん、ただいま」くらいは云ってほしかったなぁ(笑)。


 子供たちが歌うクリスマスの聖歌『きよしこの夜』に見送られ、ウルトラの父は夕子とともにソリに乗って、宇宙へと帰っていった……



 クリスマス会にて子供たちが演じる「貧しい少女」や「サンタクロース」(実は悪い宇宙人の役・笑)にウルトラマンエースが次々登場してきて、観客の子供がスカートめくり(!)までしてしまう、デタラメで行き当たりばったりなストーリー展開の寸劇。


 お菓子をついばみながら、大笑いしつつ寸劇を鑑賞している子供たちの顔の、半ば醜いくらいに意図的に描写されているUP(アップ)映像の連続。


 「1972 クリスマス おめでとう」という看板の前で、『ウルトラマンエース』の主題歌まで合唱してしまう子供たち。


 しかし、幼児であればともかく、あるいは中年に達した大きなお友だちなどもともかく、児童=小学生男児たちが一番ツッコミを入れてくるというか、幻滅してしまうところでもあるだろうが(汗)、「♪ 今だ! 変身! 北斗と南〜~」という歌詞を歌ってしまっているのだ! それでは劇中世界では、ウルトラマンエースの正体が世間にもバレていることになってしまうではないか!?(笑)
 当然、撮影現場でもそのことについての議論をしたうえで、主題歌を歌唱させることに決着したのだとは思われる。しかし、もしもそうであったのであれば、その結論は誤りですらある(笑)。やっぱり、そこだけは2番目の歌詞「♪ 今だ! 変身! 嵐を呼んで〜~」、3番目の歌詞「♪ 今だ! 変身! 正義のヒーロー〜~」などに変えるなどして、ゴマカシてほしかったと、小学生時分の再放送以来、思っているところではあるのだ(笑)。


 しかし、そこを除けば、歳をとってから再鑑賞をすると、忘れていた何かを思い起こし、なんとも暖かい気持ちにさせてくれる名編でもある。


 やはり、本話は春・夏・秋ではなく、ぜひクリスマスの時期に観てほしい。『ウルトラマンタロウ』(73年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20071202/p1)第38話『ウルトラのクリスマスツリー』とともに、『ウルトラ』が贈る絶好のクリスマスプレゼントであろう。


 ただ、両作とも一応、表向きはクリスマスという題材を扱ったファンタジーでありながらも、ヒーロー作品本来のバトルのカタルシスは忘れられることなくキチンと押さえられていたのだ。これが『ウルトラマンマックス』(05年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20060311/p1)第26話『クリスマスのエリー』になると……(汗)



<こだわりコーナー>


*子供たちの寸劇の中で現在、バンダイから発売されている各種変身スーツのようなウルトラマンエースのコスプレをしている子供が登場している。しかし、筆者の記憶では当時そうした商品はまだ市販されていなかったと思う。今回のために本編美術班が製作したものであろうか?


*私事で恐縮だが、ある年のクリスマス・イブの夜、紙袋がゴソゴソいう音に思わず目を覚ますと、オヤジが枕元にプレゼントを置く姿を目撃してしまった(爆)。以来、サンタクロースの存在を信じていない筆者であるが、近頃は幼少のころから信じていない子供の方が圧倒的に多いようである。
 ただ、そうした迷信を信じさせてでも子供に夢を与えようとする大人たちを必ずしも否定することはないであろう。小さいころからリアル&ハード路線のヒーロー作品を観せられて、子供らしい夢も抱かずに妙に現実的に育てられることにより、想像力が欠如して成長してから弊害が生み出される場合も存在すると思われるからだ。


*視聴率20.8%


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2007年号』(06年12月30日発行)『ウルトラマンA』再評価・全話評大特集より抜粋)


ヤボな編註:


 「近頃は幼少のころから信じていない子供の方が圧倒的に多いようである」。そんなことないであろう。むしろ、増える一方だとも思われるからだ(笑)。


 サンタクロースによるプレゼントだと子供たちに信じ込ませる風習自体が、日本では第1期~第2期ウルトラシリーズが放映中であった1960〜70年代、昭和40年代以降の当時のニューファミリー層にボチボチ普及しだしたものだったとも思われるからだ。


 ちなみに、私事で恐縮だが、拙ブログ管理人の家庭では、両親にそんなシャレっ気なぞはなくって、編者もオモチャ屋の前で泣き喚いて玩具をせしめて「それじゃあ、コレがクリスマスプレゼントだからね!」などと説明をされていたものだし、科学少年でもあったので、日本家屋に巨大な煙突もないのにサンタクロースが忍び込めるワケがねーだろ! などと3才児のころからサンタの実在など信じずにきたものだ(笑)。
 小学校の中学年になっても、いまだにサンタクロースの実在を信じている一部の同級生に対しては、ホンキで軽蔑の念を禁じ得ないものだった。こんな輩が長じてからも怪しげな新興宗教にハマってしまうのであろう。その害毒はデカいであろうと……(爆) いや、もちろん、当人を目の前にして、そのことを指摘してみせるような胆力や残酷さなどもなかったのだけれども(笑)。


 しかし、年末のサンタやクリスマスの風習や、それに伴なうウキウキとするお祭り気分に、サンタクロースの物語それ自体などはとてもスキではあったのだ。仮にサンタが実在するとして、世界中の子供に一晩だけでプレゼントを配布してしまえるのならば、北極上空などに浮遊するサンタの国の街には数千人のサンタクロースなどがいて……(笑)、などといったセミ(不完全)・リアリズムなことをワクワクとしながら楽しく妄想を展開していたものであった。


 ライトノベルの大ヒット作品原作の深夜アニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』(06年)の真の#1(笑)冒頭におけるモノローグ・シーンなどでも典型的であるのだが、古典的なサンタクロースの逸話などはスキではあっても、サンタの実在なぞを信じていたことはない。しかし、アニメ・特撮などの「非日常」を扱ったフィクションについてはワクワクとさせられてスキである。どころか、UFO・四次元・幽霊といったものについては、子供のころには相応に確度が高いものだとして信じていたりもした。


 フィクション・作りものそれ自体は大スキではあっても、フィクションそれ自体をノン・フィクションこと実話だと誤認したことなどはない。ウソである。虚構のものではある。ウルトラマンも仮面ライダーも巨大怪獣やショッカー怪人なども実在などしない、フィクションではある、といったことは、やはり3才の時分に、筆者の周囲にそうしたものが存在する気配がカケラもないことで直感して、そのやや退屈な日常と現実に少々幻滅して残念にも思ったものだ(笑)。


 しかし、それでもジャンル作品を観ていたい! といった、ノリつつもそれと同時にシラケてもいたような人種たちが、全員とはいわずともオタクたちの過半・大勢でもあったと、筆者は人生途上で知り合ってきたオタクたちを観察したりインタビューをしてきた範疇では、そのようにも実感している。


 しかして、そういったサメているオタク予備軍の子供たちにかぎって、現実主義的に割り切ってこの現代社会に見事に適合していけるのかと思いきや……。そうでもなくって(爆)、思春期になっても青年期になってもオトナになってもついにはイイ歳になっても、いつまで経ってもフィクション・ジャンル作品からは卒業ができなかったりすることもまた事実なのではあった(笑)。



2022年・編集者付記:

 特撮ライター・白石雅彦の著書『「ウルトラマンA」の葛藤』(双葉社・22年7月3日発行)によって、『ウルトラマンエース』第38話『復活! ウルトラの父』における、孤児院での劇中劇のセリフは石堂脚本にはなく、同話を担当した山際永三(やまぎわ・えいぞう)監督が撮影台本に手書きで加筆したものであったことが判明した。よって、劇中劇の内容を安易に石堂の作家性の発露だとしてしまった過ちについてはお詫びをしておきたい。しかし、ややマジメな山際節というよりかは、フマジメな石堂節っぽくはあったのだと、見苦しくも言いワケをしておく(笑)――







ウルトラマンエース38話「復活! ウルトラの父」
『A』38話「復活! ウルトラの父」53周年評!~孤児院のクリスマス・サンタ・ナマハゲ・南夕子!
#ウルトラマンA #ウルトラマンA53周年 #ウルトラマンエース #ウルトラマンエース53周年 #ウルトラの父 #南夕子 #ナマハゲ #スノーギラン



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