(ファミリー劇場『ウルトラマンA』放映・連動連載!)
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『ウルトラマンエース』#32「ウルトラの星に祈りをこめて」 〜宇宙から来た超獣人間コオクス! 主人公の信用失墜! 美少年子役だからこそのギャップ!
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『ウルトラマンエース』33話「あの気球船を撃て!」 〜エースのお面をかぶった少年! 最終回の着想はここに!?
(脚本・石堂淑朗 監督・筧正典 特殊技術・佐川和夫)
(文・久保達也)
ウルトラマンエースのお面をかぶって、上級生のガキ大将にいじめられていた下級生たちを助けたりしていたヤンチャなダイスケ少年が、メイン子役としてゲスト出演しているエピソードである。すっかりウルトラマンエース気取りのダイスケ少年。彼と本作のレギュラー・ダン少年は、原っぱに気球が舞い降りてくるのを目撃する。
「超獣バッドバアロンだ!」
なんで、ダイスケ少年にそんなことがわかるのか!?(笑)
幼児のころはともかく、小学生に上がってからの鑑賞では、やや違和感を抱かせる描写でもある。しかし、オッサンの年齢になってくると、これはダイスケ少年がホンキで気球を超獣だと思ったのではなく、とりあえずテキトーに「ウルトラマンごっこ」の延長線上で、ノリで気球を超獣に見立てたのだろう……といったことはわかる。オッサンになってから、その趣旨が理解できる子供番組というのも、それはそれで問題があるのだが(笑)。
気球を操縦するのはヒッピー(1970年前後の若者風俗)風の若者のふたりであった。彼らに誘われて、空き地に集まってきた子供たちは気球に乗って、空中散歩を楽しむのであった。
しかし、気球に乗って帰ってきた子供たちは、ナゼかすっかりおとなしくなって大人の云うことを素直に聞くようになっていた。どころか、風船に乗れなかった子供たちも、お詫びとして渡された風船によって生気を吸われていくのだ。そして、ヤンチャであったダイスケ少年も、なんと勉強に励むようになっていた(笑)。
子供たちは謎の気球や風船にエネルギーを吸い取られて、子供らしい覇気を失って、老人同様と化していたのだ!
ダイスケ少年を、本作の防衛組織・TAC(タック)のメディカルセンターに連れていったダン少年の機転的な行為によって、恐ろしい事実が判明する! ダイスケには脳波が検出されなくなっていたのだ!(爆)
それはそれで、大局においてはそういう展開でもよいのだろう(笑)。しかし、さすがに「脳波がなくなっていた」(!)というのはやはりムリがあるだろう。せめて「脳波が微弱になっていた」……といった程度の描写やセリフであれば、良かったのではなかろうか?
このあたりのちょっとしたデリケートさの欠如が、幼児はともかく小学生や中高生にはSF的にイマイチだと思われてしまうところでもあるだろう。さらに、覇気を失ってしまえば、外遊びやイタズラなどはしなくなったとしても、だからといって勉学に励むことなどはなさそうにも思えるのだ(笑)。このあたりもテキトーで詰めが甘い設定でもある。勉強に励んでいるようには見えても、実は成績は向上していない! 形だけの勉強のフリでしかなかった! などといったエクスキューズがあればよかったのだが(笑)。
しかし、未来を担う子供たちが狙われるのは、第23話『逆転! ゾフィ只今参上』(脚本&監督・真船禎)(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20061012/p1)に通じるものではある。その意味では、本話はこの第23話からも着想されたものではなかろうか? 加えて、子供たちが狙われたという共通項から、やはり第23話のラストでウルトラマンエースに敗北して宇宙に散ったレギュラー敵・異次元人ヤプールの残党による作戦でもあったのだ! などと深読みなどしてみたくもなるのであった。
余談だが、最後にエースによって気球超獣バッドバアロンから救い出された子供たちが、風船(!)を手にして空から舞い戻ってくるイメージなども、第23話のラストシーンと共通しているのだ。
第31話『セブンからエースの手に』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20061204/p1)に登場した赤い風船を持った少女に続いて、またも風船なのであった。やはり、『ウルトラマンメビウス』(06年)第1話(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20060625/p1)の冒頭で、赤い風船を持っていた少女とは……!? いや、本作『ウルトラマンA』のそれらの描写へのオマージュであった可能性は非常に低そうではあるものの(笑)――
「気球船に乗った子供たちは素直になる」というウワサを聞いた母親たちが、「ぜひ我が子を気球に!」と要望をはじめる。各地での誘致運動の果てに、全国に気球が派遣されて、昼夜を問わずに運行されるようになるあたりがまた、長じてからの再鑑賞だと、相応の現実感を漂わせてもくる。
自分の子供を先に乗せようとする母親たちが、小競り合いを開始する。「気球! 気球! 気球!」などと書かれた「プラカード」を手にした母親たちが、気球誘致運動として大行進を開始する!
これらの描写がまた、子供のころはともかく長じてからの再鑑賞だとリアルにも見えてくるのだ(笑)。加えて、オトナ目線では「風刺性」まで感じられて、なおかつ同時に笑えてきてもしまうのであった。生活に余裕が出てきた1970年代は、市民運動が盛んに行われて、主婦も積極的に参加していたからなのだ。
ましてや、気球の正体が超獣であることが判明したのにもかかわらず、子供たちが気球に乗るのを止めようとしたTACを追い帰そうとする母親たちの図も!
彼女らを見ていると、テーマ的には、超獣の子供を育ててしまう母親が登場した、第24話『見よ! 真夜中の大変身』(脚本・平野一夫&真船偵 監督・真船偵)(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20061015/p1)などに通じるものも思わせる。
近年、親になる資格がない親が増えている可能性とも併せて、普遍のテーマが扱われているなと思ったりもする。自分のしつけを棚にあげて学校の責任を追求するのと同様に、子供を「気球」に教育させてどうするのだ!?(笑)
とはいえ、これを「詰め込み教育」的な「学校」や「塾」のような存在の誘致だけで考えてしまえば、批判的にもなるのだろう。しかし、はたらく母親たちにとっての託児所や保育園の誘致や、最低限の学力の確保のために放課後スクール・アフタースクールの必要性といった、21世紀的な観点までをも持ち出してしまえば、単なるママさんたちの横暴だとして断罪することもできなくなってくるのだが(汗)。
謎の気球船の存在を最初に捉えた際には、TACの北斗隊員と吉村隊員が調査に向かっていった。終始、気球のことを怪しむ発言をしている吉村隊員。その描写もまた実によいのだ。第5話『大蟻超獣対ウルトラ兄弟』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20060604/p1)においても、他のTAC隊員たちは怪事件を軽視していたのに、吉村のみが不審の目を向けていたようなキャラ設定をきちんと踏襲してもいるのだ。
まず、TAC基地の作戦室内で、紅一点の美川のり子隊員がレーダーで察知したものの「異様なもの」としか形容できなかった事象に、おそらくはその波形などから吉村隊員は「これは超獣だ」と断言してみせている――ちなみに、「TACの計器は『異様なもの』という曖昧な報告しかできない代物じゃないぞ」と竜隊長は語っていた。なので、やはり判断にはこまるような難解なデータとして出力されていた可能性もあるのだが、そうだとすればなおさらに、吉村隊員の有用さが光るといったところだろう――。
戦闘機・タックスペースで現地に向かった北斗と吉村隊員は、問題の気球に遭遇。ここでも吉村は観測機での結果から「小型の超獣が出すくらいのエネルギーだ」と一度は的確に指摘をしてみせるのだ。
石堂淑朗(いしどう・としろう)氏はよく他人の脚本や設定を読まないと豪語もしている。それを真に受けている特撮マニアも多い。しかし、本心というよりかは、偽悪・韜晦(とうかい)としての物言いの側面も強いだろう。
第27話『奇跡! ウルトラの父』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20061105/p1)のラストシーンで、ヒッポリト星人に倒されて夜空の星になった「ウルトラの父」を、竜隊長はゲストの姉弟とともに感慨深く見上げていた。この描写との「係り結び」として、石堂脚本の第38話『復活! ウルトラの父』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20070121/p1)では、ダン少年とも同様に竜隊長にはサンタクロースの正体が「ウルトラの父」だとわかってしまったという特権的な描写を与えてすらいるのだ。「ウルトラの星」を見ることできてしまうダン少年にも近しい、高潔(こうけつ)なる精神を、竜隊長もまた持っていたことをも示唆していたのだ。
第39話『セブンの命! エースの命!』にて火炎超獣ファイヤーモンスを倒したTACの新兵器・シルバーシャークも、なんと石堂脚本回の第45話『大ピンチ! エースを救え!』でも投入されている。最終的には使用されずに終わったが、原典の第39話とも同様に、本編美術班はTACのジープに2連装の砲口を持ったビーム兵器・シルバーシャークを搭載させるかたちで再登場もさせていたのだ。
第47話『山椒魚の呪い!』のラストのナレーションにおいても、祖父を失ったゲスト子役の小百合(さゆり)が、竜隊長の姉の家に預けられたと説明されていた。これは第23話『逆転! ゾフィ只今参上』において、竜隊長は姉の家には甥がふたりいると語っていたことをキチンと踏襲してみせているのだ。
閑話休題。しかし、吉村隊員のあくまでも理性的で合理的な分析に対して、本話の北斗は「なぁんだ、ただの気球じゃないか」と判断する。吉村の云うことに対してまるでウワの空であった。それどころか、「楽しそうだなぁ」などと子供時代の思い出話を長々と始めてしまう。「子供も小さな超獣だ」「計器の反応も子供たちの生気(精気)によるものだ」などと語っている(笑)。ひょっとすると、人間や子供の生気をTACの観測機も検知できるのかもしれない。しかし、フツーはそれは「文学的なレトリック」としての会話の潤滑油としての表現でもある(笑)。
「だいたいオレたちはねぇ、ちょっとヘンなことがあると、すぐに超獣と結びつけてしまう」などどのたまっている。それはそうかもしれないが、万が一のことを考えて、たとえムダ骨でも調査に励んでみせるのがプロのお仕事であろうに(笑)。だから、超獣退治の専門家にあるまじき態度でもある。
しかも、「ダイスケ少年が気球に乗ったあとにすっかりオトナしくなった」と伝えてきたダン少年の話にも耳を貸していない。それどころか、「ダンもそのバッドバアロンにやられた方がいいんじゃないか?」などと北斗隊員は冗談までのたまっているのだ(笑)
今回の北斗隊員はあまりに職務怠慢! 先の第23話をはじめとして、自分もいつも「信じてください!」などと、必死で訴えることが多かったのに…… まぁ、「自分に甘くて、他人に厳しい」というのは、どうしても人間の性(さが)といったものではあるのだけど……
「もし、あれが超獣だとしたら、子供たちは何も信用できないと言い出すぞ」と北斗は語っている。そう。これは子供たちには、何か無条件に楽しめたり夢中になれるものも必要なのだ、といったことを言外に主張していたのだ。
しかし、吉村隊員のその後の対応も良くはなかったのだ。北斗隊員による否定の勢いに押されて、流されてしまって、そこで調査を打ち切って、ふたりで基地へと帰投してしまったからなのだ。気が弱いぞ! オシに弱いぞ! 吉村隊員!(笑)
それがまた、我々のような凡人にもアリがちな顛末でもあるので、子供のころの視聴ではイヤな感じを抱いたものだが、長じてからの再鑑賞だと、良くも悪くもリアリティーを感じてしまうのだ。そういった描写や再鑑賞でのリアリティーが、子供番組としては正しい姿では必ずしもないとは思うものの。
たしかに、肉眼では子供にとっては「夢の乗りもの」にしか見えなかった「気球船」ごときが、まさか超獣であったなどとは思いにくいものでもあっただろう。いやもちろん視聴者側では、あるいは幼児はともかく児童の年齢にでも上がれば、この手のジャンル作品の常套(じょうとう)として、この「気球船」の正体は超獣である可能性が高いのだろうと思って鑑賞してはいるワケだけれども(笑)。
しかし、吉村はそれで完全に折れてしまったワケでもなかった。あとのシーンであらためて自説を主張し直すのだ。そして、こうも云う。「一見、味方のような顔した敵だって、いっぱいいるからな」。なんという、子供向け番組らしからぬ、人間不信にも通じてしまうような(笑)、含蓄もあるお言葉であることよ!
本話で気球を操縦していたヒッピー青年たちの正体は、不明のままで終わってしまっている。しかし、おそらく異次元人ヤプールの残党なのではなかろうか? あるいは、ヤプールに使役されていた悪い宇宙人なのではなかろうか? それとも、単なる地球人の青年ではあるのだが、ヤプールの残留思念に操られていたのだろうか? そういった正解のないことを延々と考え続けた方が、SF的には合理的で楽しいし、辻褄も合わせられるのだ(笑)。
気球は10倍の大きさへと膨れ上がる! しかし、子供たちが搭乗している以上は、TACの戦闘機では手出しができない! しかも、母親たちが、この状態を肯定しているので、TACの邪魔をしてくる!(笑)
子供を乗せた気球を攻撃できないTACとしては、気球をTAC基地まで誘導して、子供たちが搭乗している「ゴンドラを吊り下げているロープを切る。ゴンドラは網(あみ)で捕獲」する作戦を立案する! そして、気球を操縦している若者をなんとかしてみせる方法を画策する。そこで、ダン少年に白羽の矢が立つのであった!
このあたりもビミョーではある。ある意味では、かなり危険な任務を一般の小学生男子に対して、天下のTACが押し付けてしまってもいるからだ(笑)。北斗隊員に至ってはダン少年に対して「ウルトラの兄弟たちも見ている」うんぬんとウルトラ兄弟をダシにして説得にかかっている。そこに少々の引っかかりは感じはする。しかし、そこはまぁ子供向けヒーロー特撮番組でもあって、しかも『ウルトラマンA』第3クールのダン少年編の顔でもあって、そえゆえにまさにダン少年を活躍させるべきノルマといったものもあったのだろう(笑)。
しかし、今までの話数では、大きなことばかり口にしていた「ビッグマウス」の、しかも本話においても北斗相手にではなく、近隣の子供集団の仲間たち相手に「オレはウルトラ6番目の弟だぞ!」などと公言してしまってもいるダン少年が――そんなことを公言してしまっても良いのかよ!?(爆) まぁ、誰も信じないとは思うけど(笑)――、珍しくも「こわいよ……」などと不安げな表情を見せているのが印象的なのだ。
今のダン少年には、きっと天空に「ウルトラの星」が見えなくてなっていたことだろう(笑)。しかし、「こわいよ……」といった面を見せてしまって、しかもそのことを吐露してみせることもまた、凡人ではあっても常識人としては「君子、危うきに近寄らず」でもあるのだ。むやみやたらに無謀なことをすればよいものでもないことを思えば、こういったリアクションも時に必要なことではあったのだ。
とはいえ、ダン少年は無謀な作戦への参加を決断する!(笑) 麻酔銃でヒッピー青年たちを昏倒させるばかりか、特殊銃・V09で超獣を攻撃するのだ!(爆)
しかし、ダン少年が舵取りをして、TAC基地の網の上空まで来たものの、ゴンドラを吊り下げているロープが切れない!
戦闘機・タックスペースのレーザー光線で、ロープを焼き切ろうとするものの、そんな細いものに対して、そうはうまくはいかない!
ウカウカしているうちに、気球に穴が空いてしまって、子供たちを取り込んだままの状態で、気球は気球超獣バッドバアロンへと変化してしまった!
タックスペースは、超獣バッドバアロンが起こした突風で操縦不能になって墜落する!
機体から脱出してパラシュートで降下をしながら、北斗はウルトラマンエースへと変身!!(正体がバレちゃうよ~・笑)
しかし、やはり子供たちがいるので、思うようには攻撃できない!
と、そのワリには、中にいる子供たちにダメージを与えそうな、乱暴な攻撃もしていたりもするけれども(笑)。
最後には、光線技・ホリゾンタル(水平)ギロチンを放って、まずは超獣バッドバアロンを首チョンパ!!
続けざまに、バーチカル(垂直)ギロチンも放って、左右に真っ二つ!!
超獣の中には子供たちがいるハズなのに、大丈夫なのか!?(笑)
このあたりは、脚本というよりかは、特撮監督側の現場での采配の問題なのであろうが(汗)。
すると、体内に吸収されていた子供たちの精神エネルギーでもあろう、大量の赤い風船が飛び出してきた!
超獣バッドバアロンのなかに閉じ込められていた子供たちは、風船を手に持って地上へゆるりと無事に降下してくるのであった……
ちなみに、特撮ヒーロー作品にかぎらず、テレビドラマ一般は2話を1班体制でまとめ撮りをするものだ。本話での特撮バトルは、前話と同じセットを使用している。
本話のオチとしては、再びエースになりきったヤンチャなダイスケ少年が元気に遊び回る姿を描いてみせることで、めでたしメデタシといったものになっている。子供たちの心の隙間を描いた作品が多かった第2期ウルトラシリーズではあったが、「やはり子供は元気なのが一番!」という、子供向けヒーロー番組としてはよくある結論に落ち着いてしまってもいる。
こう記してしまうと、たしかに凡作・水準作なのである。しかし、それが悪いというワケでもない。そして、見逃せにできない美点もあったのだ。
原っぱに降下してきた「気球」に乗ろうと、真っ先に駆け出したダイスケ少年は、「一番乗りだ! シュワーッ」と駆け出してしまって、その過程で小さな女の子を転倒させてもしまうのだ(汗)。しかも、そのことには気付いていないようなのだ。
それに対して、「チェッ、女の子をコカして助けようともしないクセに、なにがウルトラマンエースだ!」などと、ダン少年が義侠心を持って非難をしている描写があったりもするのだ。
「ヒーローの条件」とは何か? それは、ガキ大将をやっつけるだけの胆力と腕力のみならず、周囲の人間や弱者への気配り・気遣いといったものも必要であることを、ここでは示唆してみせているのだ。
それでは、そのダイスケ少年は、単に記号的に粗暴なだけの存在として描かれていたのか? そんなこともないのだ。ご存じのとおりで、本話の冒頭では3人の小さな子をいじめていたガキ大将タイプのいじめっ子を、ウルトラキックやウルトラチョップ(笑)で撃退してみせているのだ! ダイスケ少年もまた、少々無神経なところや細やかさには欠けてはいたとしても、やはり義侠心を持った子供であったのだ! ガキ大将といじめられっ子の中間地点にポジショニングされるべき、ヤンチャな子供として描写されていたのだ。
こういったあたりは、一面的・記号的ではなく、多面的な描写になっていて、実に味わい深いのだ。それどころか、ちょっとした深みも出てきており、とてもよいのだ。
また、ウルトラマンのお面を付けた少年という設定で賢明な読者ならピンと来るだろう。「もし、あれが超獣だとしたら、子供たちは何も信用できないと言い出すぞ」といったセリフにもピンと来るだろう。こうした視点を、ややネジくれた方向性へと発展させていけば、第52話(最終回)『明日(あす)のエースは君だ!』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20070429/p1)にも通じていくものでもあるからだ。
おそらく、本話のシナリオなどにも着想を受けたうえで、ウルトラマンの「お面」を悪い意味でのキー・アイテムとしてみせたり、他者への「信頼」や「裏切り」に、それでもなお「寛容」の重要性をも訴える、本作「ウルトラマンA』の最終回が構築されていったのではないのかとも見るのであった。
<こだわりコーナー>
*下級生をいじめる上級生のガキ大将の母親こと「超獣ママゴン」を演じたのは、本話の放映後に、東宝製作の特撮変身ヒーロー『愛の戦士レインボーマン』(72年)で魔女イグアナ、同じく東宝の戦隊ヒーローもの『円盤戦争バンキッド』(76年)でもメンバーの溜まり場になっている副主役の少年の母親役であったレギュラー・宇崎とき枝(うざき・ときえ)を演じることになる塩沢とき。
1980年代中後盤には、コメディアン・小堺一機(こざかい・かずき)司会の平日午後1時からの大人気バラエティ番組『ライオンのいただきます』(84〜89年。「ライオン」はスポンサーの会社名)に大挙出演していた熟年女優たちによる、歯に衣(きぬ)着せぬユニークな言動から生じた「おばさんブーム」に乗って、その髪型を超巨大なハート型にも編み上げて大ブレイク! バラエティ番組にひんぱんに出演して人気を得ていた。最近、どうしているのだろうか?
そういえば、ダン少年を演じた梅津昭典も、『円盤戦争バンキッド』ではバンキッドオックスに変身する牛島一郎を演じて、塩沢ときと再共演を果たしている。(後日付記:塩沢とき氏は、2007年5月17日に胃がんで逝去された。合掌)
*視聴率20.7%
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