假面特攻隊の一寸先は闇!読みにくいブログ(笑)

★★★特撮・アニメ・時代劇・サブカル思想をフォロー!(予定・汗)★★★ ~身辺雑記・小ネタ・ニュース速報の類いはありませんので、悪しからず!(笑)

ウルトラマンティガ1話「光を継ぐもの」〜15話「幻の疾走」 〜序盤合評1


『ウルトラマンティガ』評 〜全記事見出し一覧
『平成ウルトラ』シリーズ評 〜全記事見出し一覧
[ウルトラ] 〜全記事見出し一覧

ウルトラマンティガ 〜序盤評①

(文・T.SATO)
(1996年11〜12月執筆)

#1「光を継ぐもの」

(脚本・右田昌万 監督・松原信吾 特技監督・高野宏一)
(視聴率:関東8.6% 中部6.7% 関西7.0%)
 人物リアクションがギャグながら卓抜で、「リアル」というなら、リアルロボアニメやジブリアニメよりもコレだろう、のTVアニメ『ママはぽよぽよザウルス』(95年)が終了したのは痛いが、後番が『ウルトラ』だから許そう。


 日本の東北地方の見えないピラミッド(笑)は、このテのフィクション・ジャリ番のお約束だからまだイイとして、怪獣出現に際して非武装組織とはいえ迎撃に向かわず、遺跡である「ティガの巨人」像の復活を優先させる防衛隊、ティガに過剰にこだわる主人公ダイゴ等の人物リアクションの不自然が気になる(尺の都合でカットか?)。
 でも、したり顔で溜め息まじりに嘆いてみせる辛気クサい論法は好みでなし、今後の展開に期待。


 要は「リアリティ」「それらしさ」は、有名な格言「大ウソはイイが小ウソはイケナイ」に従えば、風景やディテールのそれよりも、事件や特殊状況に遭遇したときの登場人物の当然取りうる反応、いわば心的・精神的な感情の動きのリアリティに効いてくると私見する
 (そもそも発端の事件なり怪獣(巨大生物や宇宙人)自体が、どうあがいても非現実・非リアルな事象であるからネ)。


 むろんこの格言が人口に膾炙(かいしゃ)するおエライものだからとて、ドラマ論一般に使える万能なツール(道具)であると絶対視する気もないけれど。
 この格言と心的なリアリティを逆手に取って、フツーはありえない人物リアクションを描けば、ギャグ漫画や非リアルな不条理劇・喜劇一般を構築・作劇することもでき、またはそれらの作品を批評的に説明することの拡張にも、このツールは使用できると考える。


 のっけから脱線したが、そーいう小ムズカしい話はともかくとして。
 ……ところで、本作にもウルトラ兄弟出ねェの?
 『ウルトラマングレート』(90年)、いや『ウルトラマン80(エイティ)』(80年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19971121/p1)以降、そればっかじゃん。児童誌でアレだけ共演させときながら子供たちへの裏切りだ!(笑)
 ウルトラマンティガの危機にウルトラマングレートが参上、グレートは日本人に逆変身してて人間体が京本政樹とか! そーいうことやらないかなあ……。
 ウルトラ兄弟共演否定のムキもあるが、強者集結のカタルシスは『水滸伝』以来千年の王道パターンなのだ! バンダイが歴代戦士の人形を売るために横槍を入れることを切に望む(笑)。
 (以上、#1視聴時点で執筆)    



 満を持して登場……というよりも急遽製作決定とあいなった『ウルトラマンティガ』(96年)。
 もともとはウルトラマンネオスウルトラセブン21(ツーワン)という初のダブルウルトラヒーロー主役作品である『ウルラマンネオス』として進行していてマニア誌や幼児誌にも発表されていた企画が、なぜ『ウルトラマンティガ』に変更されたのか?


 マニア間に漏れ伝わるウワサが筆者の耳にも入ってくる。もちろん一次ソースに当たってシッカリ裏付けを取ったワケではないが(他の同人屋・マニアさまだって同様でしょうけど・笑)、総合すると以下のような事情が憶測される。
 円谷プロFC(ファンクラブ)会誌では、「『ネオス&21』応援箱」という番組アイデアや要望の募集コーナーが存在していた。
 しかし、96年3月ごろ(だったかな?)に自然消滅し、本コーナーに投稿していたヒト宛てに、『ネオス』はビデオや映画・TVスペシャルとして進行していく旨の書簡が配布された。要するにお流れである。


 各種の諸事情があったのだろうが、商業的な理由はひとつ想定できる。ソフビ人形が先行発売されていたウルトラマンネオスウルトラセブン21であったが、TV化が大幅に遅れたためにターゲットたる子供たちにすでにある程度流通しきっており、今さらでは商品展開上のメリットがウスいこと。
 よって、バンダイからの「新番組は新たなウルトラマンで行きたい」との要望により『ウルトラマンティガ』誕生とあいなった面もあるのではなかろうか?(東京のTBSから大阪のMBSへの変更の件はおいといて……)


 このような事実(?)について反発をおぼえる御仁もおられるであろう。
 しかし、人間の世が貨幣経済で成り立つのが必然である以上、商業主義をイタズラに否定するべきではなく、それで飯を喰っているヒトもいるわけで、今期の売り上げが減ればボーナスも減って人生計画に支障が生じるとか、マイホームの購入が夢のまた夢になってしまうとか、ローンが払えなくなってヤバい、手放そうか(笑)。
 そーいうヒトもいるかもしれないと気を巡らすと、マニアの純粋な願望(世間知らずともいう……。もっと世間にもまれろい!・笑)なんてものは無視をしても構わないだろう(暴言)。
 オモチャ業界の賃金体系とかは実際にドーなのかは知らんけど。
 

 さて本編だが、かなりの好印象、大健闘している感がある。少なくとも筆者はハマってる状態に近い……。


 作品評価ってーのはムズカしいもので、比較対象がテキトーでないかもしれないが。
 客観的(主観的?)には、『ウルトラマンティガ』初期編とで比較するなら、同時期の東映メタルヒーロー『BF(ビーファイター)カブト』(96年)の夏から秋にかけての先代BF客演編〜新BF・ビーファイターヤンマ登場編の方が、ドラマ的にも盛り上がってるしテンション高いとも思うのだけれども、やっぱり筆者は『ウルトラ』世代(笑)。


 ドラマやテーマの出来やテンションの高低ではなく、私的な感覚の次元で、16年ぶりのTV『ウルトラ』の復活に対して断然ワクワクしてしまうのだ。
 少なくとも90年代『ウルトラ』作品としては、ビデオ展開の『ウルトラマングレート』、『ウルトラマンパワード』(93年)の出来を早くも超えたと評することに異論をはさむヒトは少ないだろう
 (まぁ『グレート』は個人的にはスキなんですけど。映画『ウルトラQザ・ムービー 星の伝説』(90年)は論外・汗)。


 実は筆者は、『グレート』『パワード』の今ひとつのストーリーテリングを見て、このレベルのストーリー・ドラマしか現在のスタッフが作れないのなら、もっとイイ意味で話を単純化・図式化して、レギュラー敵とかを出してシンプルなカタルシスを得られる攻防話にし、その図式の上でキャラに肉付けをしたり、さらに若干のバリエーション・パターン破りにともなう感慨の妙をねらった方が、安全かつ作りやすいのでは? と考えていた。
 が、杞憂だった。ストーリーのレベルは及第点を楽々とクリアしている。

 
 ストーリーの問題は解決。すると次に気になることは、作り手がマニア上がりであるために、いわゆる異色作・アンチテーゼ編を作りたがるであろうことへの懸念である。


 筆者もマニアだから人一倍、人後に落ちないくらいアンチテーゼ編や社会派テーマ編の話がスキではある。
 しかし、それらはシリーズ後半にやるから光るのであって(しかもレギュラーの人物像がある程度定着したあとだから深刻なテーマに対するレギュラーのリアクションにそらぞらしくない自然な説得力がやどり感情移入できるのであって)、たとえば『ウルトラマン80』#4の段階で早くも怪獣退治のフォーマットをくずして怪獣親子を助けるとか、『ウルトラマングレート』#3でもゲスト少年が怪獣と融合(?)し、さらにはラストで新しい生命に進化して空へ飛んでいってしまうとか(笑)、『ウルトラマンパワード』に至っては怪獣レッドキングジャミラザンボラーゴモラと、シリーズの1/3近くがシメッぽいアンチテーゼじみた話になる現状はいかがなものだろうか?


 本来、初期編なりシリーズ前半は、ヒーローや防衛隊の設定や能力・強さ・頼もしさや、レギュラー陣の性格をこそ中心に描き、世界観を確立すべきなのに、そーいう王道・屋台骨を忘れている末端肥大な作劇を行う風潮はよろしくないと考える。
 こんな状況では、『ウルトラ』が復活してシリーズ化されたとしても2、3年はアンチテーゼ的な話はやらないほうがイイのでは? と思っていたくらいだ。


 ……で、『ティガ』本編なのだけど。筆者みたいなスレたマニアのさらに上を行く展開で一本取られたっていうか、気持ちよい不意討ちを喰わされたっていうか……(笑)。

#2「石の神話」

(脚本・右田昌万 監督・松原信吾 特技監督・高野宏一)
(視聴率:関東8.9% 中部6.3% 関西9.4%)
 後述。

#3「悪魔の預言(よげん)」

(脚本・小中千昭 監督・村石宏實 特技監督・神澤信一)
(視聴率:関東6.5% 中部5.2% 関西8.4%)
 ストーリーは面白い。
 多数のミニチュアが登場するビル街特撮もスゴい!
 白昼オープン撮影でのビルの連続爆破(『ウルトラマンネオス』のパイロットに登場したビルが次々と爆発。〜後日付記:このシーンはのちの『ウルトラマンメビウス』(06年)に至るまで平成ウルトラにおいてバンクとして流用されまくる)や、夜間のライトアップされたビル街での巨大バトルなど。


 しかし、展開がナゾの敵の正体におよび、地球の先住民(?)であることが判明。
 くだんのキリエル人(びと)が、自身の出自から堂々と正統性を主張し、ウルトラマンティガを糾弾するにいたっては
 「オイオイ、#3でヒーローを早くも相対化してドーすんだよ、ある程度確立したものに揺さぶりかけるから深みが出るのであって、何にもないうちに揺さぶってもあまり効果ないじゃんかョ」
 との危惧の念を抱く……。


 ところが、ラストの防衛隊・GUTS(ガッツ)のイルマ女性隊長の
 「私は信じてるわ! あなたが……私たちを守り導いてくれることを!」
 のセリフによって(?)、ティガは苦境を脱出。最終的にヒーローをしっかり立てるカタチ、魅力的に描こうというカタチでオチを付けてくれた! 大満足!


(後日付記:と筆者個人はこう感じていたのだが、多くのマニア連中は、そして多くの作り手自身も(たしか脚本家ご自身も?)、この根拠なくヒーローをイルマ隊長が信じたことが気に入らなかったようで……。
 合理的に考えればまさにその通り。
 なのだが、そのような感慨は、幼児の嗜好・心理を配慮していない、変身ものにかぎらず勧善懲悪、ヒーロー娯楽活劇作品の特性を考慮していない、70年代末期以来の当時にして15年一日の、80年代前半に早くもリアルロボアニメが陥った物語的袋小路を知らないか相対化できていない、マニアにしか眼が向いていないリアル・ハード・シリアス志向の弊にハマってしまっている視点にすぎない、と思うのだけれどもなあ……)


 つづいて、

#4「サ・ヨ・ナ・ラ地球」

(脚本・宮沢秀則 監督・村石宏實 特技監督・神澤信一)
(視聴率:関東6.5% 中部4.5% 関西6.0%)
 ……の宇宙飛行士&宇宙船ジュピター3号まるごと未知のエネルギー生命(?)によって怪獣化されてしまい、その対応に苦悩するシンジョウ隊員という話も、要するに初代『ウルトラマン』(66年)のジャミラの話、#23「故郷は地球」のパターンに過ぎない。
 あぁー、やっぱり脚本家はアンチテーゼ的テーマをやりたがってるのかと溜め息。


 展開が少々ちがってもバリエーションの範疇を出ないなら、しょせんプロワークならぬアマワークだなと失望したところだろう。
 真の解決に至らず、非情な現実に対する告発・問題提起で終わったジャミラ的な話を、こんな初期編でやるのはハナシとしては面白いけどひっかかるなぁ、と訝しんでいたら……。


 オオッ、これもテーマをじょじょにズラしていき、シンジョウも後半は職業人としての自覚のセリフをひとこと与えられて(これ重要)割り切り、怪獣と同化している宇宙飛行士たちの精神に働きかけてヒューマニズムが勝利する展開に持っていく!
 そーいうのも生々しい説得でやられるとベタになるのだが、そこはそれ、元は宇宙船である怪獣に対して、通信で家族の写真映像を送るというあたりのワンクッションの置きようもウマイ。


 ラスト、宇宙飛行士たちが光になり昇天していくのも 『ウルトラ』が文学的・ロマンチックなものを許容するイイ意味でユルい世界観だから許せるしナットクできる。
 平成『ゴジラ』や平成『ガメラ』の世界観では許されない(笑〜まぁ今後、世界観をじょじょにズラしていけばベツですよ)。


 光になるというのは、#1、2におけるウルトラマンの本体や主人公ダイゴ本人が光であると明言された世界観の前提を受けているから違和感がないということもあるのだろうが、安易に人間の姿に復活したら御都合主義のそしりは免れないだろうし、非常に妥当にして気持ちのよい終わり方だったと思う。


 あと、ヒューマニズムの勝利も、就学児童ならばともかく幼児にはイマイチ理解できないだろうから、光(=宇宙飛行士たち)が分離するかたちで怪獣自体は残存し、それに対してティガが必殺光線でトドメを刺し、キッチリ幼年層にもカタルシスを味あわせ、ヒーロー性をアピールしたことも製作者の健全なバランス感覚を感じさせてくれてうれしい。


 ……参りました(アッサリ)。かくして筆者は『ティガ』の軍門に降ったのでありやした。


 (本話の宇宙船ジュピター3号ならぬ、観測衛星ジュピター2号というと、『ウルトラマンエース』(72年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070430/p1)#45「大ピンチ! エースを救え!」(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070310/p1)を筆者などは思い出すが、該当話への間接的なオマージュ……という事実は残念ながらナイのだろうな、きっと・汗)


  


 むろん、『ティガ』に不満や気になる点がないワケではない。
 映像面のことは少し次元がちがうので後述するとして、ストーリーやドラマ面・キャラ設定などでは少々不満がある。


 これはゼイタクで倒錯した要望かもしれないが、もっと単純な攻防話も一方にあって然るべきではないのか。


 それとやはり主役たるダイゴの設定や描写が少なすぎること。
 そして、幼児にアピールするためにもウルトラマンティガ自身にもう少しハデハデなヒーロー性があってもバチは当たらないのではないかという点
 (大方の古典的な特撮マニアは、このジミさやストイックさに満足なのであろうが、そーいう見方はいまどきの商業作品として、あるいは幼児向け作品の評価法なり作劇術としてまちがっていると思うのだけどもなあ)。


 一応、両腕をL字型に組んで発射する必殺光線(名前がおぼえられない・笑。〜後日付記:ゼペリオン光線)発射直前に、腰の左右に拳をかまえてから両手を前面にX字型にクロスさせ、サッと左右に両腕を大きくVの字型に広げる2段階を要すタメのポーズを取ってはいる。
 けれど、むろん東映ヒーローほどにする必要はないが、変身直後〜登場時なども、おなじみの右拳の頭上上げポーズから構えのファイティングポーズになる途中で、ひとフリふたフリ両腕をブルンブルンさせるポーズを取るとかしてもイイんじゃない?
 それでカットを細かく割って、都度ズームで寄るとか。
 これくらい媚びても許されるでしょ。まぁ単純に筆者がそーいう演出がスキな通俗的な人間だから、こんなこと主張してるんですが(笑)。


 あとバトルBGMも、巨大ヒーローだからって重厚ぎみにせず、もっとアップテンポ曲でイイんじゃない?
 (#5以降、バトルシーンに主題歌やエンディング副主題歌を併用することで解決したけど)。


 #3と#4を肴(さかな)にアンチーゼ編主導の弊害を論じたが、以下は特にテーマや視聴尺度を設けずザックバランにカンタンな各話評などを。

#5「怪獣が出てきた日」

(脚本・小中千昭 監督・川崎郷太 特技監督・北浦嗣巳)
(視聴率:関東6.5% 中部6.7% 関西6.1%)
 原稿執筆時点(96年11月30日=#13放映日)での私見での最高のお気に入り!
 怪獣の出現〜進行、それを阻止せんとするGUTS。
 次々と意表を突いていく怪獣の生態と行動、その都度即座に対処作戦を展開していくムナカタ副隊長の知謀との丁々発止。


 この場合、ヘタなシメった人間ドラマは要らない。
 展開の妙で魅せていき、その線上でキャラの魅力(特にムナカタのやり手ぶり、上に立つものとして必要な剛腹ぶり)を散りばめていく手法が取られていることを指摘しておきたい。
 そーいう作劇も方法論のひとつにはあるのだと。


 あと、劇中にニュース映像ではなく、ワイドショー映像を流すところは痛快!
 ニュース映像挿入だったら、マニアなら新『ゴジラ』(84年)復活以前の10何年も前(後日付記:96年当時から見た10何年前・笑)から、だれでも一度以上は考えることだし、今さら何だかなーという感慨を抱くのだが(筆者がスレすぎてるせいかもしらんけど)。
 ……こいつぁまた一本取られたゼ!


 やはり白眉は、街のひとびとのインタビュー映像!
 あの無責任さが堪らなくイイ(笑)。現実でアレじゃあ善し悪し(価値判断)でいったらこまることだけど、フィクション内ではコレでイイのだ!?
 脚本の小中千昭(こなか・ちあき)氏は、「現代人の非常時に際しても発揮されてしまうバーチャル感覚」批判を込めようとしたのだとも思うが(?)、そんなにムズカしく考えなくても、むかしから「対岸の火事」という言葉もある。


 人間というものは、対岸の大災害に恐怖を感じつつ、被災者に憐(あわ)れみも抱きつつも、半面に不謹慎にもスペクタクルを楽しんだり高揚したりしてしまう心理を持っているものだ(だから怪獣映画やパニック映画などが成立するんだネ)。
 そしてそれは必ずしも悪いことばかりではなく、非常時における人間のバイタリティ・ポジティブさにもつながっていく。
 そう、江戸の庶民は「対岸の火事」が大スキだったのだ(…… ← 喧嘩と花火だろ・汗)。

#6「セカンド・コンタクト」

(脚本・小中千昭 監督・川崎郷太 特技監督・北浦嗣巳)
(視聴率:関東7.6% 中部6.2% 関西10.3%)
 平成ベムスターか平成ビーコンかという怪獣ガゾート登場。
 電波を食すという恐竜・生物型怪獣の常識を超越した、しかし電離層で独自に進化した生物、という擬似科学的な設定が広義のSFしてる
 (狭義のSFではないけど……。まぁ筆者は狭義のSFってスキじゃないけれど)。


 なんか、むかしアメリカのカール・セーガン博士の『COSMOS(コスモス)』(80年)という科学ドキュメント番組でやっていた木星大気圏の想像上の生物を思い出すな。


 前回#5の話は、怪獣の生態で意表を次々と突きまくったが、今回は作品のテーマ・ストーリーの展開・怪獣の生態の3つそれぞれで意表を突きまくる。
 怪獣の生態の奇想天外で魅せるのかと思いきや、ホリイ隊員の恩師が調査中に怪獣によって遭難させられることで復讐譚(ふくしゅうたん)の様相を見せ、かと思いきや怪獣の鳴き声が独自の言語であることが判明、復讐ではなく恩師の意志を継ぎ怪獣退治から怪獣コミュニケート話に展開。


 まぁ怪獣を助けてよしという話は、個人的には2クール以降、せめて1クール後半以降にまわして、この時期は番組の基本フォーマットを確立してほしい、子供たちにそれを伝授してほしいという考えがあるのだけれど……。
 現実は理論を凌駕する。理論・リクツはそれ自体が目的であってはならず、手段であり単なるモノサシにすぎないのだから、理論は現実によって常に洗い直されねばならない。
 よって、前段で述べてきた主張と少々ムジュンするが、豹変して……
 「面白いからコレでイイや(笑)」。
 ……君子にご用心、危うきに近寄らずといったところ(?)。


 と、思っていたら、共食いが習性である怪獣にとっての「友だち」という概念自体が、人間とは異なることが判明!
 ストーリーはさらなる変転を見せていく……。イヤァ脱帽です。
 ただフンイキ的・演出的には、#5と#3のドライでクールな感じがスキなので、個人的にはそちらに軍配をあげますが、この話も大スキな話になりました。


 そして、特筆すべきは本話における特撮。
 北浦嗣巳(きたうら・つぐみ)氏という方は寡聞にして存じあげませんでしたけれど、聞くところによると、日本テレビ東宝製作の唐沢寿明(からさわ・としあき)版『西遊記』(94年)で特撮監督をされていたとのこと。
 近年飛躍的にレベルアップを遂げたビデオ合成を駆使した、飛び人形を使わない着ぐるみによる実景背景の空中戦がスゴい! まだ若干の違和感があるものの、これだけやれば及第点以上!


 といっても、従来の飛び人形の空中戦なんて、今もむかしも違和感アリアリだったワケだし、そもそもセットでの怪獣バトル自体も、いや人間が中に入ることで体型が制限される着ぐるみ怪獣という存在自体が、やはり一般人には違和感があるのだし……。
 かつての石上三登志(いしがみ・みつとし)はじめ、SF第1世代(後日付記:60年前後生まれの草創期のTVや草創期の週刊マンガ誌で産湯を浸かったオタク第1世代にあらず。そのさらに10〜20年上のマニア系人種のこと)の批評家や作家なども、かつては散々にコレを批判・揶揄してきた。
 我々平均的な特撮マニアが、既成概念として「そーいうもんだから」で、CGやビデオ合成の不備よりも飛び人形の不備を意識しなくなっているだけだともいえる。
 そー考えれば、ビデオ合成の空中戦の違和感は、他の要素と比較しても突出したものではなくむしろ小さいものともいえるだろう。


 ……ウーム、サメた言い方になってるな。
 ありていに云えば、うれしくってコーフンして空中戦だけビデオで何回も見直してばかりいた! と、そーいうこと(笑)。


 しかし、この従来の発想からはブッ飛んだ空中戦演出は、失礼ながら御大(おんたい)・高野宏一特撮監督(正式には「特技監督」? 筆者はヘソ曲がりなので、あえて初期東宝・円谷至上主義者と差別化するために「特撮監督」とココで呼ぶ・笑)だったらば、やらなかったであろうと予想する。
 #1、2の高野トクサツもイイってヒトもいるけど、端々には新技術が投入されているものの、トータルイメージはセット(スタジオ)での旧態依然な怪獣バトルの域を出てないし。


 北浦氏にこそ、円谷プロの『電光超人グリッドマン』(93年)のような作品で、コンピューターワールド内でのバトルを斬新に演出してほしかった! と思うのは筆者だけか? とにかく北浦氏には期待大!

#7「地球に降りてきた男」

(脚本・宮沢秀則 監督・岡田寧 特技監督・高野宏一)
(視聴率:関東7.1% 中部8.1% 関西6.9%)
 平成ザラブ星人ことレギュラン星人が登場。
 予告編では、『ティガ』初の宇宙人の登場に狂喜したのだが……。個人的にはワースト2(ワースト1は#1)。
 初の宇宙人話なのに、宇宙人中心ではなく防衛隊・GUTSの紅一点・レナ隊員とその父(『仮面ライダーストロンガー』(75年)こと荒木しげる!)とのシメっぽい話にしてしまうとは。


 この話を人間ドラマの点で高く評価する知人もいるにはいる。筆者も話によっては怪獣(宇宙人)がレギュラー隊員たちの精神的葛藤・障壁や乗り越えるべきものの象徴としての意味しか与えられていないストーリーがあってもイイとは思っている。
 が、初の宇宙人話でそれをやってほしくなかったことが気になってスナオに見られなかった。以上。


 ラストのティガVSレギュラン星人の空中バトルは前回の北浦トクサツに刺激されたものではなかろうか?(高野カントク、ゴメンなさい)


 #1では違和感バクハツだったティガ・スカイタイプの必殺光線による怪獣爆発CG(ビデオ合成?)も、今回は細部がこなれてきていて、これならOK!
 (余談だが今さら発泡スチロールの怪獣模型爆発は見たくないゾ)


 なお一部で、この回のレナ隊員のハリツケ姿が話題になっている(笑)。


 (後日付記:怪獣爆発CGについては、あくまで『ティガ』#7の時点での感慨。『ティガ』中盤以降、『ウルトラマンガイア』(98年)までのいわゆる平成ウルトラ3部作の怪獣断末魔については、猛烈に出来のよいリアルな怪獣模型をピーカン晴天下のオープン撮影で、キレイに小出しに爆発させつづけて最後に大爆発! という見事なパターンになっていく。
 まあこの回の怪獣爆発CGも、#1に比すれば……、てな感慨が実は当時のホンネであって、キレイごとにして書いています・笑)

#8「ハロウィンの夜に」

(脚本・右田昌万 監督・岡田寧 特技監督・村石宏實)
(視聴率:関東8.6% 中部5.7% 関西7.7%)
 円谷プロ企画室所属(96年当時)にして、メインライターの右田昌万(みぎた・まさかず)氏脚本作品。
 円谷プロの『電光超人グリッドマン』(93年)がデビュー作のお方であるが、筆者が『グリッドマン』の最高ケッサクと目している#33「もうひとりの武史(たけし)」(まぁ『グリッド』らしい話ではなくアンチテーゼ編的異色作だけど)以来、氏には注目している。
 (後日付記:これも当時の話。たとえば『大戦隊ゴーグルファイブ』(82年)〜『地球戦隊ファイブマン』(90年)の長きに渡って、ほとんどひとりで全話近くを執筆していた曽田博久センセイでさえも、それ以前の初期「戦隊」、元祖『秘密戦隊ゴレンジャー』(75年)〜『太陽戦隊サンバルカン』(81年)においてサブライターとして参加していた時代には、いわゆる変化球狙い・アンチテーゼ編めいたエピソードを主に執筆していたように、この世界ではよくあるお話)


 日本テレビで放映された、氏の担当した平成『ウルトラセブン』(94年)2本「太陽エネルギー作戦」「地球星人の大地」もその評価は賛否両論だが、元々が政府広報にムリやりに喰い込んだタイアップ作品であるのだし、その範疇でそれなりにソツなくまとめていたと思う。
 平成『セブン』は、ドラマも過不足なく悪い意味でマニアックにも陥らず、1時間の長丁場をアキさせないがためか、本編でも中盤の随所随所で星人VS主人公モロボシ・ダンや防衛隊の等身大バトルを挿入するなど、バランス感覚に秀れた作品性と人となりを感じさせ筆者は好印象を抱いていた。
 (後日付記:とはいえ94年版の続編、セルビデオ展開の平成『ウルトラセブン』98年版では、スタッフが変更されたこともあってか、中盤にバトルも挟まず、ヘタなドラマを延々とやってくれていて幻滅・汗)


 で、まぁ氏が担当した『ティガ』#1は残念ながら買えなかったけど、#2「石の神話」はシンプルながらも設定紹介編として十分に条件を満たしていると感じていてスキだし、題材も怪獣とその神話的な特殊能力から起こる怪事件を中心にしていたので――超古代出自のウルトラマンと怪獣という作品世界のバックボーンにもマッチした、ギリシャ神話のメデューサのごとき、人間を石と化してしまうという、イイ意味でB級チックかつ神話的な四足怪獣!――、本話もそれなりに期待をしていた。


 結論からいうとかなりスキ。
 小中千昭脚本的なハード志向を、至上の基準にしてしまうと却下されてしまう話かもしれないが、第1期ウルトラのメインライター・金城哲夫(きんじょう・てつお)の、もはや生物とは云いがたい、妖怪に近い存在である伝説怪獣ウーや高原竜ヒドラに地球の先住民ノンマルトの使者の少年の霊(!)、第2期ウルトラでも伝説怪人ナマハゲやえんま怪獣エンマーゴといった伝奇的題材が大スキな筆者にとっては――脚本家・石堂叔朗(いしどう・としろう)ワールド、もしくはプロデューサー熊谷健(くまがい・けん)ワールドとでも称すべきか?――、これも『ウルトラ』なのだ。
 まぁ今回の話が#1だったらムッとするけど(笑)、この話数段階でならばテキトウな題材に思う。


 お話は、近年でもアニメ映画『劇場版 美少女戦士セーラームーンSuperS(スーパーズ)』(95年)とかでもやっていた「ハーメルンの笛吹き」パターンで、ヒーローものにはよくある話。
 子供が悪のターゲットになることから、近年ではこの話に「子供と大人」の対比、「子供の夢」などのテーマが加味されることが多い。
 95年のオウム真理教騒動以後の『セーラームーンSuperS』ではさすがに現実逃避の一面もある「子供の夢」を単純に美化することはなく、「子供の夢」のダークサイドも描き出し「大人になること」を肯定するという90年代後半に妥当なテーマの展開を見せていた。
 で、まぁ「大人」ってのはそもそも何なんだ!? という疑問も次に当然出てくるところ。そのあたり今後のさまざまな子供向けヒーロー作品でテーマ的深化を見せていくのではなかろうか?
 ちなみに、筆者は「大人」というものを「実体」ではなく単に「役割・振る舞い」と考えている。単なるチョット意識しての「振る舞い方」にすぎないものなのだが、でもそれは必要なものなのだと……。まちがってるかしら?(笑)


 本作は、上記したテーマにそれほど踏み込んだ話ではないが、ラストの「夢は見るだけでなく現実にブチ当たって実現すべきもの」という趣旨の隊員たちの談笑にスタッフ陣のイマ風な取り組みを見ることができる。


 ……なーんて。
 この話はそーいうシチ面倒クサい解釈で見るべき話ではないよな(笑)。
 魔法使いのいでたちの魔女のブキミさ、ラストの談笑やハロウィンの夜に怪物に仮装して捜査するGUTS隊員たちのユカイさ――『ウルトラマンタロウ』(73年)#38「ウルトラのクリスマスツリー」における防衛隊ZAT(ザット)隊員たち各人がマッチの火の中に夢を見るアットホームなシチュエーションを想起させる――、ダイゴとレナ隊員のほほえましいやりとり、そこにこそ真骨頂がある。


 強いて云えば、魔女を追跡するダイゴのシーンで、等身大の格闘が見たかったのと、抽象芸術みたいな巨大異次元人に変身せず、あの黒服の魔女の姿のまま巨大化してティガと戦っても筆者は許したゾ
 (『ジャンボーグA』(73年)#41〜42に登場する敵幹部の祖母・宇宙魔女ババラスか?・笑)。


(後日付記:「大人」がどうこうの記述についても、歴史的(?)な補足が必要。メジャー界隈や特撮ジャンル界隈ではないけれど、1990年前後〜90年代前半にかけての今でいうサブカル思想界隈では、それまで主流だった「子供のままでいい」言説から、当時30歳前後の批評家・浅羽通明(あさば・みちあき)や今ではBSマンガ夜話の司会としての活動の方が有名な大月隆寛(おおつき・たかひろ)らによって、「大人になれ(=無責任な万年野党体質ではなく、責任主体になれ!)」言説が流通したことがある。筆者もそれに理詰めで納得して(時代の空気に影響されて?)、かような記述をしたためた次第……)

#9「怪獣を待つ少女」

(脚本・小中千昭 監督・松原信吾 特技監督・北浦嗣巳)
(視聴率:関東8.6% 中部6.8% 関西9.0%)
 ついに怪獣をやっつけない回が登場。
 何百年も前に海底に落下した、宇宙船としての機能を持つ往年の怪獣タッコングやケンドロスのような丸っこい怪獣の引き上げを、同様に何百年も待ちつづける異星人美少女。
 彼女のペンダント(笛?)を手がかりにGUTSのコンピューターボーイ・ヤズミ隊員(ジャニーズJr.)が数百年分のデータを検索するツールが「アカシック・エンジン」。
 「アカシック」って……。小中千昭センセってそーとーなオカルトマニアですな(汗)。

#10「閉ざされた遊園地」

(脚本・右田昌万 監督・松原信吾 特技監督・北浦嗣巳)
(視聴率:関東9.2% 中部4.2% 関西9.1%)
 子供がゲストでイジメがテーマ。
 この話こそが、怪獣(宇宙人)が精神的葛藤・障壁や乗り越えるべきものの象徴としての意味しか与えられていないストーリー。
 これが#1だったら怒るけど(笑)、毎回でもこまるけどタマにはイイのでは?


 筆者は子供のころ、子役の出る話はスキではなかった。
 けど、マニア仲間・知人に聞くと積極的にそーいうのがスキだったとか、多少は気になったけどキミほどには気にしなかった等の意見をよく聞かされる。
 雨宮慶太カントクあたりの、仮面ライダーと子供のツーショットがキョーレツだったとかいう発言の記事を見ると、筆者の感慨は一理あるにしても極端でローカルなものに過ぎなかったのだな、という気がしている。
 筆者は、『仮面ライダー』(71年)初作の少年仮面ライダー隊とか、『イナズマン』(73年)の少年同盟とか、初代『ウルトラマン』の少年なのに科学特捜隊の特別隊員になってしまうホシノ君とかキライでしたから
 (ホシノ君はともかく、少年ライダー隊をキライだった世代人マニアに会ったことがないしなあ・笑)。


 でも、子役中心のドラマ『BD7 少年探偵団』(75年)や『がんばれ!! ロボコン』(74年)、『ケンちゃん』シリーズ(69〜82年)などは思い返すと大スキだったし、当時の子供たちにも強い支持を受けていたワケで……。
 従来の特撮評論の論法ではこの厳然たる事実をまったく説明できない。
 『ウルトラQ』(66年)#6「育てよ! カメ」、#15「カネゴンの繭」あたりも同様。
 子供は背伸びしたオトナっぽいものがスキだともいうが(筆者もかつてはそー主張していたが)、戦隊シリーズ第2弾『ジャッカー電撃隊』(77年)のあまりにシリアス・人間ドラマ志向の初期編を理解できなくて観なくなった経験もあるしなぁ。
 この点、特撮評論における新たな重層的論法の構築が望まれる。


 で、まぁまぁの出来なんですけど、イジメ問題をあつかった作品としては、やはり『仮面ライダーBLACK RX』(88年)#6「怪魔ET大暴れ」(脚本・江連卓(えづれ・たかし))と、東映メタルヒーローレスキューポリスシリーズ『特捜エクシードラフト』(92年)#35「見えない巨人」(脚本・扇澤延男(おうぎさわ・のぶを))の2本が燦然と輝く金字塔なのですな。

#11「闇へのレクイエム」 エボリュウ登場

(脚本・武上純希 監督&特技監督・神澤信一)
(視聴率:関東7.2% 中部5.2% 関西8.3%)
 本話よりサブタイトルの直下に怪獣名が小さく表記。できれば「○○怪獣」などの別名も表記してほしかったところ。
 (後日付記:『ウルトラマンガイア』(98年)サブタイトルにてようやっと実現)


 熱血だけど芯まで軽佻浮薄もしくは空回りしてて(汗)、フィクションとしては感情移入しにくい主人公をアニメ・特撮問わず(合体ロボアニメ『超獣機神(ちょうじゅうきしん)ダンクーガ』(85年)、特撮戦隊ヒーロー『電脳警察サイバーコップ』(88年)など)多く描いているという印象を、私的には抱かせる脚本家・武上純希(たけがみ・じゅんき)氏が初登板(評価している人ゴメン)。
 でも『劇場版 美少女戦士セーラームーンS(スーパー)』(94年)と同時上映だった(汗)、氏が脚本を担当したサッカーアニメ映画『蒼き伝説シュート!』(94年)は、原作を知らない筆者でも楽しめた大ケッサクなので、一方的に悪く見てるワケじゃないスよ。
 みんなもこのサッカーアニメ映画、機会あったら観てちょ。


 武上氏らしからぬ(だから偏見ってか?・笑)、ホリイ隊員の旧友にして淋しい孤独な科学者が、宇宙生物の細胞で自身を生体実験、怪獣化・人間化をくりかえすハードなストーリー。


 今回は怪獣自体がイコール人間なので、人間ドラマを深化させても怪獣の存在と遊離するという感覚はあまりない。
 ハッピーエンドともいえないラストも余韻があってよい。


 初期編では違和感がかなりあったCG・ビデオ合成も回を重ねる度にレベルアップ。CGによるGUTS戦闘機のバク転(?)や旋回感の表現を本話では成し遂げた。これはなかなかのもの、ミニチュアの吊りでは表現できないものだろう。

#12「深海からのSOS」 レイロンス登場

(脚本・兒玉宣久 監督&特技監督・神澤信一)
(視聴率:関東8.1% 中部6.0% 関西7.8%)
 深海怪獣がかわいい。サカナ型だが、よくいそうで意外にいない独自のシルエットを持つ怪獣ではなかろうか?
 怪獣の擬人化したコミカル演出も、これが#1なら怒るけど(こればっか・笑)タマにはイイと思う。
 まぁコミカルバトルも、初代『ウルトラマン』の怪獣ジラーズ、怪獣ギャンゴの時代からあったワケだし……。


 一応、怪獣には核廃棄物による突然変異という設定があるがバックボーンに留まり、話自体は超音波に魅かれる怪獣の生態とレナ隊員のイルカ好きに収斂していって好印象。


 そう、毎回テーマ話ばかり作られても、それもまた健全な作りではないのだ。また単純な攻防話をコンスタントに面白く執筆することこそ、かえって職業作家として案外にムズカしいことなのだから。


 ……本話の合い言葉は……、
 「レナ隊員の水着は#12だ! ジャ〜〜ン!(笑)」。


 (ヤボな後日付記:10年以上経つと、ほとんどのマニア読者にとっても、意味不明なクサった記述になってしまう典型的なギャグ表現。解説すると、ラストでイルカと泳ぐため、レナ隊員が隊員服を脱いで(!)水着姿をダイゴ隊員に披露するときに、「ジャ〜〜ン!」というセリフを発していたので、そのリフレイン・汗)

#13「人間採集」 レイビーク星人登場

(脚本・河崎 実&村石宏實 監督&特技監督・村石宏實)
(視聴率:関東8.1% 中部5.0% 関西7.3%)
 『√(ルート)ウルトラセブン』(78年)などの自主映画出身で(って観たことないけど・汗)、ビデオ『地球防衛少女イコちゃん』(87年・asin:B00005FPRS〜95年)などの河崎実(かわさき・みのる)カントクが脚本に参画。


 予告編でティガがウルトラセブンのごとく等身大でバトルしてるのを見て欣喜雀躍! 手の舞い足の踏むところを知らず状態!
 あぁー筆者は、この日を10何年待ちつづけてきたことか、20年くらいかな(←アホか)。


 セブンで可能なら他のウルトラ兄弟だって等身大で活躍できるハズ! と子供心に期待したのがなつかしい。
 ……イヤ、実は現在進行形で期待してた(笑。厳密にいうと『帰ってきたウルトラマン』(71年)#32で1回あるけどもアレはバトルしてないからネ)。


 肝心のお話自体は大したものではないけれど(批判・文句ではなく)、防衛隊GUTS&ティガの等身大化能力と等身大バトルを全編魅力的に見せることが今回の主眼なのであって、その点でアキさせずに見せてくれる。
 ここでは下品に哄笑する神秘性皆無の問答無用の悪い宇宙人(笑)として、レイビーク星人たちがイイ意味でヤラレ役の戦闘員・記号キャラ化されており、この話の主眼(防衛隊やウルトラマンのカッコよさ・頼もしさの描写)を考慮すれば30分ワクでは妥当な演出・描写といえるだろう。


 我々マニアが子供のころ、『ウルトラ』にハマったのはそのドラマよりも、ヒーローの特殊能力などの描写の魅力なのであり、そのイミでこのテの番組はソフトウェア面のみでなくハードウェア面にも評価を与えることが大切であろう。


 だからさぁ〜、子供のころ『ザ☆ウルトラマン』(79年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19971117/p1)#14「悪魔の星が来た!!」(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090803/p1)で、ウルトラマンジョーが宇宙空間に出て直射日光によって通常70メートルからMAX120メートルに巨大化した話って、ドラマ的テーマ的にイミないけどスゴくうれしくってさぁ〜。


 今後もときどきティガが等身大で活躍してバトルにバリエーションを付けてくれることを期待!
 ハイテクビルがのっとられて、その中でカベや床を自在に通り抜け、鏡の中に入り込み戦う等身大のティガと宇宙人。その特殊能力を見せることを主眼においた話なんてのを!
 もちろん重いテーマ編はテーマ編で中途半端にならずにやるときはテッテイ的にやられんことを。

#14「放たれた標的」 ムザン星人登場

(脚本・中崎一嘉&村石宏實 監督&特技監督・村石宏實)
(視聴率:関東9.9% 中部6.3% 関西7.8%)
 予告編の炎の中でけだるげに立ち上がるワイルドな出で立ちのスレンダー美少女が桂木亜沙美チャン(だよね?)だったとは。ワリとメジャーなコも使える予算があるのね
 (後日付記ツッコミ:全然メジャーじゃないですナ。単なるグラビアアイドルのコです・汗)。


 追われるものと追うものとで、善悪の構図が明確になって活劇としてイイ意味でわかりやすくて見やすい。
 通常編としては、話の構造としても、非常に順当な出来に思うのだが……。

#15「幻の疾走」

(原案・円谷一夫 脚本・武上純希 監督・川崎郷太 特技監督・高野宏一&川崎郷太)
(視聴率:関東7.4% 中部6.2% 関西8.2%)
 締め切りの都合で未見。
 予告編によると#6に登場した怪獣ガゾートが再登場。
 テーマは#6とはまったく関係がなく、怪獣の存在は『帰ってきたウルトラマン』的な「通りすがりの日常」(怪獣出現が日常になっている世界)での、人間ドラマが中心のようだ(?)。
 多分1年間50本のシリーズで、通常編としてそれもまた良し。



 あと、本文中に文脈上、触れられなかったことを以下に少々。
 怪獣は、初期編では特に、目ん玉が初代『ウルトラマン』に登場する怪獣ぽい、つぶらな黒目でイイですな(初代マン怪獣を特別視してるわけじゃないスよ)。
 テイストとしては初代『ウルトラマン』と『ウルトラマン80』の怪獣を足して割ったような。
 まぁストーリーのようにある程度、定量的・垂直的に解析できるものとはちがって、ルックスの評価は水平的な感性の次元に帰する面も大だからアレですが。
 個人的には#3に登場した、縄文土器チックな文様の人型怪人、炎魔人キリエロイドがスキ!(って同様多数のヒネりのない好みの表明か?・汗)


 あと、90年代の子供向けTV番組なのだから、近年の少年向け作品の成果を貪欲に吸収してもイイんじゃないスかねー。
 「週刊少年ジャンプ」漫画の『ドラゴンボール』(84年・86年にTVアニメ化)や、格闘TVゲーム的ノリ、フジテレビ木曜夜8時の『木曜の怪談』(95〜97年)に、テレビ朝日月曜夜8時の『イグアナの娘』や『闇のパープル・アイ』(共に96年)、(後日付記:90年代中盤の〜)日テレ土9(日本テレビ土曜夜9時)路線のジャンル系のアクションノリかつ、若者層に人気のありそうな若手役者のキャスティング……はムリにしてもそれに類する配役によるメジャー感や、連続もの的要素など。
 今のところ、ただの1話完結にすぎなくて、今時の子供番組としてはヒネリやヒキに弱いと思う。
 そのあたり、円谷プロは悪い意味でケッペキ症でもどかしいなぁ……。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊97年号』(96年12月30日発行)「ウルトラマンティガ」序盤合評⑥より抜粋)
(視聴率調査:森川由浩)


『假面特攻隊2007年号』「平成ウルトラ視聴率10年史」に『ウルトラマンティガ』全話視聴率表を収録
・全話視聴率:関東・中部・関西。各クール平均・全話平均視聴率


後日付記:

 世評高い『ウルトラマンティガ』だが視聴率は、前番組のTVアニメ『とんでぶーりん』(94年)、『ママはぽよぽよザウルスがお好き』(95年)の平均視聴率14%台から7%台に半減。
 当時の現行TV特撮と比較しても関東では、日曜朝の東映メタルヒーロービーファイターカブト』(96年)に視聴率面では劣っていたことは付記しておきたい。
 (『ティガ』は平均7.3%。『BFカブト』は平均8.9%。『戦隊シリーズ』はまだ金曜夕方最後の時代)
 2000年代中後盤の今、TVアニメの視聴率ベスト3、『サザエさん』(69年)・『クレヨンしんちゃん』(92年)・『ドラえもん』(79年)でさえも10%そこそこで、他の子供向けアニメは4〜6%程度の昨今から見ると、充分にうらやましい高視聴率にも見えるが(笑)。

さらなる後日付記(08年9月13日(土))

 インターネット上のフリー百科事典Wikipediaによれば、『ママぽよ』の平均視聴率は『ティガ』を若干上回る程度の7.8%とある。アニメ雑誌月刊ニュータイプ』に毎号掲載されていた視聴率表の立ち読み記憶でしたが、間違っていたようでスイマセンどうも。といっても、筆は折りませんけれど(汗)。


[関連記事]

ウルトラマンネオス』1995年版 〜Wヒーローならテーマへの多角的アプローチが可! 防衛隊も巨大ロボを持て!

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19971115/p1


[関連記事] 〜『ウルトラマンティガ』(96年)評

ウルトラマンティガ#1〜15評 〜序盤合評1

  (当該記事)

ウルトラマンティガ 〜前半寸評

  (後日UP予定!)

ウルトラマンティガ 〜後半寸評

  (後日UP予定!)

ウルトラマンティガ最終回 最終章三部作・#50「もっと高く!〜Take Me Higher!〜」・#51「暗黒の支配者」・#52「輝けるものたちへ」

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19961207/p1

ウルトラマンティガ 〜総評

  (後日UP予定!)

ウルトラマンティガ THE FINAL ODYSSEY(ファイナル・オデッセイ)(映画・2000年)

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19961209/p1

大決戦! 超ウルトラ8兄弟(映画・2008年) 〜ティガあっての新作だ!

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20101223/p1


[関連記事] 〜ウルトラシリーズ第1話!

ウルトラマンエース#1「輝け! ウルトラ五兄弟」

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060514/p1

ウルトラマンティガ#1「光を継ぐもの」

  (当該記事)

ウルトラマンダイナ#1「新たなる光(前編)」

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19971201/p1

ウルトラマンネクサス#1「Episode.01夜襲 ―ナイトレイド―」

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20041108/p1

ウルトラギャラクシー大怪獣バトル#1「怪獣無法惑星」 〜第1シリーズ序盤合評

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20080427/p1