假面特攻隊の一寸先は闇!読みにくいブログ(笑)

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ウルトラマン80 49話「80最大のピンチ! 変身! 女ウルトラマン」 ~ユリアン登場

(YouTube『ウルトラマン80』配信・連動連載)
『ウルトラマン80』#47「魔のグローブ 落し物にご用心!!」 ~ダイナマイトボール攻撃が強烈!
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『ウルトラマン80』 総論 ~80総括・あのころ特撮評論は思春期(中二病・笑)だった!
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『ウルトラマン80』第49話『80最大のピンチ! 変身! 女ウルトラマン』 ~ユリアン登場

合体怪獣プラズマ 合体怪獣マイナズマ登場

(作・山浦弘靖 監督・宮坂清彦 特撮監督・高野宏一 放映日・81年3月18日)
(視聴率:関東10.2% 中部13.8% 関西14.0%)
(文・久保達也)
(2011年11月脱稿)


 『ウルトラマン80(エイティ)』(80年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/19971121/p1)もついに最終回の1本前。第43話『ウルトラの星から飛んで来た女戦士』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110219/p1)から登場した、その正体はウルトラマン一族の王女さま・ユリアンこと星涼子(ほし・りょうこ)隊員が、女ウルトラマンである巨人としての勇姿を初披露するイベント編でもある。


ナレーション「そのころ、夜12時になると正体不明の怪電波が乱れ飛ぶという現象が続いていた。この怪電波の正体を突きとめるべく、すでにUGMは動き出していた」


 その正体はウルトラマンエイティこと我らが主人公であり、防衛組織・UGMの隊員でもある矢的猛(やまと・たけし)。そして、ウルトラ一族の王女・ユリアンこと星涼子隊員。夜空を彼らふたりが搭乗してUGMの戦闘機・シルバーガルが飛行している。


 その機体の底部からは怪電波をキャッチするためのセンサーが迫り出してくる。しかし突如として乱気流が発生して、シルバーガルは強行着陸せざるを得ない事態に追い込まれる!


 機体底部から白いジェットを噴射して垂直着陸するシルバーガル。超低アングルでのカメラ位置によって、ジェットが地面でハネ返されて、上空へと舞い上がっていく様子までもが克明に映し出されている。


 その一帯で怪電波の調査を始めた矢的隊員と涼子隊員。


 だが、まもた突如として巻き起こるガケ崩れ!


 特撮ミニチュアのガケが崩れていく描写に続いて、彼らの正体はウルトラ一族であるという設定をここで有効活用して、常人離れした身体能力で高々とジャンプしたふたりの足元に、ガケが崩れていく映像をつないでいく……


 ところ変わって、防衛組織・UGMの司令室。


イトウチーフ(副隊長)「危ないところだったな」
矢的隊員「スイマセン。それで怪電波の内容はわかったんですか?」
イトウチーフ「ウン。くわしいことはわからんが、解読機によると怪獣から発信されたものに間違いない」
涼子隊員「やっぱり」
フジモリ隊員「しかし、エラいことになりましたね。受信ブラウン管がキャッチした発信場所は、東京周辺に合計14ヶ所。つまり14頭もの怪獣軍団が東京をねらってるってことに!」


 「受信ブラウン管」! 「ブラウン管」といえばアナログ時代の巨大真空管の底面に映像を表示させるテレビモニターである。
 しかし、ここでは「受信」といっていることから、1983年に稼働を開始して96年まで使用されていた、岐阜県神岡鉱山地下1000メートルに巨大空洞を穿(うが)ってその壁面全面に設置した、宇宙から飛来する素粒子・ニュートリノを感知するために「光電子増倍管」のごとき電球型のような感知器なのだろうか?


 そして、14頭もの怪獣軍団が東京をねらっているという発言も!


 初代『ウルトラマン』(66年)終盤の第37話『小さな英雄』では、酋長怪獣ジェロニモンがその神通力で復活させた60匹もの怪獣軍団が、初代ウルトラマンと防衛組織・科学特捜隊に復讐するために総攻撃をかけてくる! という作戦が、同じくジェロニモンの呪術で復活したものの人間の味方である人間大サイズの有効珍獣ピグモンが発する怪獣語の翻訳によって語られていた。
 『ウルトラマンタロウ』(73年)第40話『ウルトラ兄弟を超えてゆけ!』のオープニング主題歌の映像でも、通常は巻末にクレジットされるだけのその回のゲスト怪獣名が、「35大怪獣・宇宙人登場」編だからとばかりに主題歌の後半部分の尺数を使って延々とクレジットされたことがあった。


 これらのエピソードを幼いころに初視聴した際には、「いったいどんな展開になるのだろうか!?」と胸をトキめかせたものだった。
 実際には前者は地底怪獣テレスドン・彗星怪獣ドラコ・友好珍獣ピグモンの3体だけが呪力で再生されて再登場しただけであり、後者はバンクフィルムによる過去作品の名場面集にすぎなかったワケなのだが(笑)。


 もちろん、新造ではなく既存の着ぐるみの流用とはいえ、その容積が非常にカサばってしまう着ぐるみを何十体も運搬するのは時間的にも大変なので、バンやワゴンなどの自動車であれば倉庫と撮影所を何度も行き来しなければならない。あるいは、大きめなトラックを使ったとしても、相応の金額を要してレンタルしなければならない。
 特撮部分が天下の映画会社・東宝に下請けに出されるかたちで、映画用のかなり広大なステージで撮影されていた『ウルトラマンA(エース)』(72年)全話や『ウルトラマンタロウ』(73年)第29話までならばともかく、現実的には狭い特撮スタジオに怪獣の巨大な着ぐるみが数十体も入れられるワケがないのである(笑)。スーツアクターの人数に正比例して人件費も増えていくのだし……(汗)
 ということで、オイそれとは実現ができなかったウラ事情も、オトナになって「社会」や「経済」の仕組みが次第にわかってくると、自然と当時のスタッフたちの気苦労やカネ勘定も偲(しの)ばれてきて、ムチャなことは云えない気持ちになってくる――そのへんのところが偲ばれてこないような輩(やから)は、自身の世間知らずブリを恥じた方がよいと思うぞ・笑――


 とはいえ、そのへんは年長マニアにはともかくメインターゲットの子供たちには預かり知らないオトナの事情の話でもある。
 純真無垢な子供たちは、ホントに60匹もの怪獣軍団が登場するのかもしれない!? とワクワクしてしまったり、太陽系の各惑星でウルトラ5兄弟を各個撃破してきた暴君怪獣タイラントほどの強豪であるならば、末弟のウルトラマンタロウひとりだけでは倒せるハズがない! そんな弱い怪獣であるハズがない! そうであったらパワーバランス的にもオカシい!
 ならば、最後の力をふりしぼってウルトラ5兄弟がラストでは地球へ救援にやって来て、タロウのピンチにウルトラ6兄弟が共闘してタイラントをやっつける「勝利のカタルシス」が最後の最後に待っているのに違いない! と期待に胸をふくらませたものである……


 ウルトラ4兄弟の力を持った超強敵・異次元超人エースキラーを、ウルトラ5兄弟のエネルギーを結集したスペースQで倒してみせる! そういった展開には、しょせんは虚構の子供向け番組とはいえパワーバランス的に一応の「合理性」が感じられて、そこまでしなければ勝てなかった敵キャラの段違いの強豪ぶりと、それをも上回るヒーローたちの強さや奥の手の秘術といったものも感じられてきて、両者の魅力も引き立てて一粒で二度オイシいといった効果も出てくる。
 しかし、ラスボス級の敵キャラであるハズの巨大ヤプールや、ウルトラ5兄弟全員をブロンズ像に固めて一度は全滅させてしまったほどのヒッポリト星人が、ウルトラ兄弟の合体光線などではなく通常回と同じ最新ウルトラマンひとりの必殺光線一発だけで倒されてしまうのでは…… 強弱関係の辻ツマも合わないし、ヤプールやヒッポリトも最後の最後で並の怪獣レベルに零落してしまって、弱く見えてしまうのである(笑)。
 第2期ウルトラシリーズ擁護派としては忸怩(じくじ)たるものがあるのだが、そういうイベント編でのバトルの組み立て方の面では、第2期ウルトラシリーズには大きな弱点があったことは認めざるをえないのだ。


 先輩ヒーローが現役ヒーローとも共闘して、勝って勝って勝ちまくる! というような、良い意味でベタなヒーローの強さ・カッコよさ・勇ましさを前面に押し出して、子供も一般大衆も喜ぶようなサービス精神にはいささか欠けていた第2期ウルトラシリーズ。
 そういった点が、ヒーローが爽快に共闘して大活躍するイベント編や最終回を有していた、同時代の昭和の『仮面ライダー』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20140407/p1)シリーズや『キカイダー』シリーズに巨大ロボットアニメ『マジンガーZ』シリーズなどと比して、70年代前半の第2期ウルトラシリーズが人気面では後塵を拝してしまった一因でもあるだろう。
 まぁ、だからといって、そこで翌週から子供たちの全員が一斉にウルトラシリーズを卒業してしまうというようなことはなかったのだとしても(笑)、その求心力をゆるやかに減少させてしまうような下策ではあったのだ。


 ただまぁ、筆者個人に限定すれば、リアルタイムでの『タロウ』第40話の初視聴時には幼すぎて、そのような不満も浮かんでこずに、ホントウに嬉しかったものだけど(笑)。しかし、そのようなあまりにも私的で普遍性には欠けている個人的な体験だけで第2期ウルトラを擁護しようとすることには説得力がないのだし、かえって読者に反発をいだかせてしまって逆効果となってしまうことだろう。それに最低年齢層の幼児にだけ作品のターゲットを合わせてそれで良し! としてしまうような言説は、児童・小学生間でのウルトラシリーズの人気の復活については今後はこれを永遠に放棄する……という意味ともイコールに等しくなるので、厳に慎(つつし)むべきだろう。



イケダ「このことが公表されると、日本はじまって以来の一大怪獣パニックが起こりますよ!」
イトウ「まったくだ。なにしろ、いつどこからどうやって攻撃してくるか? 相手が14頭もいたんじゃ見当もつかんからな」
ユリ子「まぁ」


 UGM・気象班のユリ子隊員は、「まぁ」の一言だけで済ませている(笑)。


 UGM作戦室でのこの場面では、ユリ子は一同の手前でずっと花瓶(かびん)の花の手入れをしている。これはキリスト教の宗教改革で、マルチン・ルター(新教=プロテスタントの創始者)が、


「たとえ世界の週末が明日であっても、私は今日リンゴの木を植える」


 と云ったという故事にならったものだろうか?


――これは危機に際してはそれに抗うことも大事だが、もう何も打つ手がなかったり、他人を押しのけてでも自分だけが生き残ろうとする浅ましくて卑劣なふるまいをするくらいならば、ジタバタと取り乱して阿鼻叫喚するような見苦しいことはせずに、平常心と感謝の念で最期(さいご)の時を迎えよう! 真っ当な日常を送る平凡な生活者としてその日、一日のやるべき仕事をした上で、気高く従容として淡々と死に赴こう! というような意味合いの言葉である――


 まぁ、単純にシナリオ上にはユリ子の出番がなかったので、撮影現場での即興で出番を付け加えただけの処置や演技付けだったのかもしれないが(笑)。



 そこに入ってくるオオヤマキャップ(隊長)。


オオヤマ「いや、その心配は無用だ」
一同「はっ?」
オオヤマ「これを見てくれ。矢的隊員と星隊員が命懸けで録音してくれた怪電波の波長をくわしく分析してみたところ、波長の特徴から見て2種類に選別できることがわかってな」
矢的「2種類に?」
オオヤマ「ン。つまり怪獣は14頭ではなく、2頭ということになる」
イトウ「では、ほかの電波は我々を混乱させ、パニック状態にさせるための撹乱(かくらん)電波だったということに」
オオヤマ「そういうことだ」


 おもわず一同から安堵(あんど)の声が漏(も)れる。視聴者からは「なんだ、たったの2頭かよ」という失望の溜め息も漏れてくる(笑)。


オオヤマ「いやしかし、2頭だからといって油断はできんぞ。撹乱電波を使うからには、そうとう高度な頭脳を持った怪獣に間違いない」


 そうだ、油断してはいけない。しかも今回は「怪獣」とはいっても、相応の知性を持った「怪獣」が登場することが言明されるのだ。


イトウ「キャップ、広報のセラを呼んで、このことを公表した方が」
オオヤマ「いや、もう少し様子を見よう。怪獣のヤツ、仲間と連絡をとっている可能性が大だからな」
矢的「それじゃあ、今まではパニック防止のために伏せていた怪獣のことを」
オオヤマ「ウン。今度は一網打尽(いちもうだじん)にするまで、それまではたとえ地球防衛軍の一員のセラ隊員にもこのことだけは……」


イトウ「(小声で)キャップ」


セラ「どうかしたんですかぁ?」


 ウワサをすればナンとやら。劇中ではなんとも間(ま)が悪いことに、いやしかし、作劇的にはなんとも間が良い絶妙なタイミングで(笑)、ここでお約束で入室してきて、視聴者に対してはメタ的な「お笑い」を提供してくれる、相変わらずオイシい役回りを務めてくれる、デブっちょのコミックリリーフであるUGM広報班・セラ隊員である。


 一同はあわててデスクに広げていた資料を片付けて、


「アレ? ちょっと、なぜそれ?」


 と問いかけてくるセラに対してスットボケる。


 「そんなことより、オマエもう少しヤセろよ」とばかりに、セラの腹をつつくイトウチーフ役の大門正明のナチュラルな小芝居がまた実にウマい(笑)。


 矢的はUGM専用車・スカウターS7(エスセブン)でパトロールに出掛ける。そして、そこで旧知の間柄であるらしいツトム少年と出会った――演じる子役の見た目からすると中学生のような印象だ――。


 誕生祝いに父親から買ってもらったというラジオの組立セットを嬉しそうに広げているツトムは、将来はUGMの隊員になることを希望しており、そのためにはメカに強くならなくては……と考えていたのである。
 ラジオの組立セット。そう、70年代~80年前後にはミニ真空管やトランジスタやコイルといった素子のパーツを組み立てることで電気回路をつくって、簡易ラジオにするような子供向けのやや高額な玩具が実在しており、理系マニアの気がある少年たちはこのようなモノに執着していたことも思い出す。
 2010年に休刊となった今は亡き「学研(学習研究社)の科学と学習」(1946年~)――「1年の科学」や「6年の学習」といった月刊の学習雑誌――などの小学校高学年版にも、その客寄せとして新年度の4月号などには簡易ラジオ(鉱石ラジオ)のパーツが付録になっていたものである。


 その日の夜、自室でラジオを完成させるツトムくん。チューニングのダイヤルを回していると、天気予報の音声がスピーカーから聞こえてくる。
 それと同時に、階下からは「早く寝るように」と促してくる母親の声も聞こえてくる。こういうところはミリタリズム的な方向性でのリアリティーではないけど、所帯じみた方向性でのリアリティーではある――ただまぁ、所帯じみた方向性でのリアリティ―には「ハッ!」と視聴者を驚かすようなサプライズがないのだが・笑――。


 しかし、もう幼い子供でもないので、そうは簡単に寝れはしないツトムくん。「ロク」と名づけたポメラニアンらしき小型犬を抱き寄せて、ラジオを聞き続けている。


 やがて鳴り響く深夜12時の時報。時報が鳴るとともに、置き時計の方に注目するロクの姿も可愛い。


 当時の中高生や若者間では――マセた子供であれば小学校高学年の時分から小ナマイキにも背伸びをして――、ラジオの若者向け深夜番組を聴取することが大流行しており、それがステータスでもある時代であった。
 「ラジオの組立セット」に「ラジオの深夜放送」。これもまた今となっては往時の空気が偲ばれるアイテムでもある――80年代末期以降になると、「ラジオの組み立て」については「自作パソコン」へと変わっていくのだが――。


 本エピソードの脚本を担当した山浦弘靖(やまうら・ひろやす)先生としては、おそらくそういうところでも視聴者である子供たちに、時代の空気・風潮とも接点を持たせることでの感情移入の端緒とすることを意図した導入部だったのだろうし、それがムダな行為であったとも思わない。
 しかし、当時の子供たちがウルトラシリーズに何を期待していたのか? といえば、それは1978~80年にかけて児童漫画誌『コロコロコミック』で連載されていた内山まもる先生による名作漫画『ザ・ウルトラマン』や、かたおか哲治先生による『ウルトラ兄弟物語』のような、まさに大人気テレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』(74年・77年に総集編映画化・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20101207/p1)やSF洋画『スター・ウォーズ』(77年・78年日本公開・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200105/p1)を通過したあとの、大宇宙をまたにかけたウルトラ兄弟VS怪獣軍団との激闘を描くようなスペースオペラ的な作品であったことを思えば、このような試みもまた迂遠なものであったのかもしれない……



ラジオニュース「鈴木総理大臣は、アメリカのレーガン大統領と……」


 本エピソード放映当時の1981年3月の日本の総理大臣は鈴木善幸(すずき・ぜんこう)。アメリカの大統領は81年1月に就任したばかりのロナルド・レーガンであった。実際のニュース音声を流用したものだろうか? 今となっては時代の貴重な記録ともなっている。


ツトム「どっかでイイ音楽やってないかなぁ」


 ツトムがダイヤルを回していると、まるで金属音のような金切り声を思わせる奇妙な音声が鳴り響いてきた。その音声に過敏に反応して、ウナり声をあげて部屋のスミに隠れてしまって、それでも吠え続けているロク。それを不審に思っているツトムくん……


 翌日、地球防衛軍・極東エリアのUGM基地に矢的を訪ねてくるツトムくん。1520キロヘルツの周波数帯で受信されて2分くらいで聞こえなくなってしまった怪電波のことを、UGMならば何か情報をつかんでいるのではないのか? と考えた上での行為ではあった。だが……


矢的「ン、それよりツトムくん。このこと誰かに話したかい?」
ツトム「ん~ん」
矢的「お母さんやお父さんにもかい?」
ツトム「ウン、まだ話してないよ。だって夜中にラジオ聞いてるのがバレたら、叱られるだけだもん」
矢的「そうか、大丈夫。あの電波はなんでもないんだ。ただの放送局の試験電波さ」
ツトム「ホント?」
矢的「あぁ、だからもう気にしなくていい。それからこのことは誰にも云わないでおくんだよ」
ツトム「どうして?」
矢的「どうしてってその…… ヘンにウワサが広がったりすると、あとで面倒だからね。アッハッハッハ。いいね? ツトムくん、ねっ。じゃ、僕は仕事があるから。じゃ、またな」


 画面手前に駆けてきて左手に消えていく矢的隊員。その背後で怪訝(けげん)そうな顔をして矢的を見つめるツトムくんにカメラが寄っていく。奥行きと距離感のある演出が、ふたりの心の間に隔(へだ)たりが生じてしまったことを効果的に表現している。


 その夜、UGM敷地内の赤レンガ造りの建物の壁にもたれて考えごとをしている矢的の横顔が…… そこに現れる涼子の姿。


涼子「元気ないのね。どうかしたの?」
矢的「ウン。いくらキャップに口止めされてるからって、ツトムくんにウソをついたのが、どうも気になってね」
涼子「やさしいのね、猛さんって。でも、ウソといえば、わたしたち、もっと大きなウソをついてるじゃない?」
矢的「エッ!?」
涼子「わたしもあなたもホントウは地球人じゃない。ウルトラの星から来たウルトラの戦士だってこと」
矢的「そ、それは……」
涼子「わかってるわ。地球人を助けるためには、わたしたちが地球人の姿を借りなくてはいけない。そうでしょ?」


 無言でうなずく矢的。この場面はソフトフォーカスでややピントをボカして撮影することで、神秘的な印象を与えてウルトラ一族同士の特殊な会話であることが強調されている。


涼子「でも、わたしたち、いずれはこの地球を出ていくのね。この美しい星、すばらしい人たちのいる、この地球を……」
矢的「仕方がない。それが我々の宿命なんだ。だからこそ、地球人が自力で戦えるときが来るまで、僕か君のどちらかが最後まで戦って、戦い続けなくては…… いいね?」


 「ウソ」をキーワードに、隠密裏に怪獣撃滅作戦を運ぶためにツトムくんに対して吐いてみせた「ウソ」の話題からはじまって、大局を見た大義のためには仕方がなかった方便のための正当化はできる「ウソ」ではあっても、それで彼らの「後ろめたさ」が完全に解消されることもない、そんな二律背反した矢的と涼子の葛藤。
 しかして、人類たちが自助努力を放棄して他力本願の自堕落に陥らないためにも、人類が自助努力で解決ができるその日が来るまではウルトラマンである正体を隠さなければならない決意を新たにする矢的のセリフで締めくくられる、深遠な話題でもある会話の流れが実に見事である。


 バストショット中心の矢的と涼子の会話の場面には、第18話『魔の怪獣島へ飛べ!!(後編)』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20100829/p1)や、第43話『ウルトラの星から飛んで来た女戦士』、第47話「魔のグローブ 落とし物にご用心!!』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210224/p1)のクライマックスシーンも飾った、往年の名作テレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』の劇中音楽でも有名な川島和子のスキャットが印象的なM-17-2こと通称「無償の愛」も流されてムードを盛り上げている。


イトウ「おい、ふたりとも何してる。そろそろ怪電波が聞こえてくる時間だぞ」
矢的「スイマセン」


 ふたりのよいムードに水を差すかのように(笑)現れるイトウチーフ。


 夜12時が近づくことを知らせる、UGM作戦室のアナログ時計。放映当時の1980~81年当時にはすでに登場して売上的にも大ヒットしており、子供たちも腕時計としてハメはじめて、第46話『恐れていたレッドキングの復活宣言』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210223/p1)でもゲスト子役が魔法使い・マアジンに所望していた、当時は最先端の香りがしていたアイテムでもあるデジタル時計がここで登場しないのはナゼだ!? とあの時代の空気を知る人間ほどツッコミもしたくなる(汗)。
――しかして、数年後の80年代前中盤にはもう「デジタルの腕時計なぞは子供っぽくてダサい! シックなアナログの腕時計の方がオシャレである!」と若者間でも流行が切り替わってしまうのだが・笑――


 秒針が12時に近づいていくサマをカチカチと刻(きざ)んでいくことの切迫感。それを思えば、絵面的・演出的にはやはりアナログ時計こそがふさわしかったのだろう。


 12時の時報とともに場面は、UGM作戦室からツトムの部屋へと移動する。彼が聞いているラジオからは怪電波による音声が流れ出して、やはり飼い犬のロクが尋常ではないサマで吠え出す描写が挿入されることで、異常事態がまたもや出来(しゅったい)していることが示される。


涼子「別の怪電波が。まるで呼びかけに答えているようです」
フジモリ「キャップが云った通り、怪獣が仲間を呼び寄せる合図かもしれませんよ」
イトウ「矢的、発信場所はわかったか?」
矢的「はい、大方の見当は」
イトウ「どこだ?」
矢的「ポイント・S-3-9-7(エス・スリー・ナイン・セブン)」
イトウ「キャップ、奥多摩の仁王山(におうざん)付近です」
オオヤマ「よし、夜が明け次第、調査に向かってくれ」


 ここまで引用してきた通り、UGM隊員たちのやりとりは、そのすべてが怪獣の特性に関するものである。隊員たちやゲスト子役たちのヒューマンなやりとりよりも、初代『ウルトラマン』並みに「まずは怪獣ありき」の作劇に徹している。
 『80』第31話からの「児童ドラマ編」や、第43話からの「ユリアン編」は、云ってしまえば「怪獣もの」としては「変化球」ではあった。しかし、このエピソードでは、久々に本格的で重厚な怪獣ありきの「王道」ストーリーが展開されているのだ――「児童ドラマ路線」と「本格怪獣映画路線」との間に「王道」と「変化球」の区別はつけても、過剰な優劣をつける気はないので念のため――。


 本エピソードの脚本を担当した山浦弘靖は1980~81年当時には、リアルロボットアニメの祖である『機動戦士ガンダム』(79年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/19990801/p1)の富野善幸(とみの・よしゆき)監督が手掛けたリアルロボットアニメの第2号『伝説巨神イデオン』(80年)や、メインライターを務めていた人気アニメ『銀河鉄道999(スリーナイン)』(78~81年)とも並行して『80』を手掛けていた。
 氏は子供向けのヒーローものやロボットアニメや魔女っ子アニメなどを手掛ける以前からすでに、『七人の刑事』(61~69年)や『ザ・ガードマン』(65~71年)といった大人向けのテレビドラマなどでも活躍してきた御仁でもある。
――本作『80』放映終了後の1980年代になると、今度はティーンの少女向けレーベル・コバルト文庫『星子(せいこ)』シリーズなどでも人気を博する。実に多彩な引き出しを持っている方なのだ――


 第1期ウルトラシリーズでは、


・『ウルトラQ』(66年)第10話『地底超特急西へ』・第20話『海底原人ラゴン』・第27話『206便消滅す』(いずれも共作)
・『ウルトラセブン』(67年)第22話『人間牧場』・第36話『必殺の0.1秒』


 といった、「怪獣ありき」「怪獣との攻防劇中心」の作劇ではなく、かといって浪花節(なにわぶし)の人情ドラマでもない、ややクールでドライで怪獣よりも「SF性」や「怪奇性」の方を前面に押し出していた「変化球」の作品が多かったことと比較してみれば、本エピソードの基本骨格が怪獣との攻防劇になっているのは少々意外な感もある。


 もっとも、山浦氏は『80』では、


・矢的が四次元宇宙人バム星人によって4次元空間に迷いこんで、3次元世界への侵略のためにつくられた四次元ロボ獣メカギラスと戦う、第5話『まぼろしの街』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20100530/p1
・残酷怪獣ガモスを追っているL85星人ザッカルが登場した、第21話『永遠(とわ)に輝け!! 宇宙Gメン85』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20100919/p1
・宇宙探査船スペース7号がアメーバ怪獣アメーザに襲撃される事件にはじまる、第23話『SOS!! 宇宙アメーバの大侵略』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20101002/p1


 などといった、「まずは怪獣ありき」「まずは怪事件ありき」となっている、ワリと王道的な作品ばかりを執筆している。
 これは『80』という作品自体が、主人公が中学校の教師を兼任していたり、防衛組織の隊員たちよりもゲストたちの児童ドラマが優先されたり、最後にはウルトラの星の王女さまがレギュラーキャラとなった、ウルトラシリーズの中で考えれば「変化球」であったことから、その中での逆張りとして「変化球」を目指していたら、結果的に「王道」の「まずは怪獣ありき」「まずは怪事件ありき」になってしまった……ということなのかもしれない。
 あるいは氏にはそういった「変化球」を放ってみせるといった作劇意図もまるでなく、単に『80』の中にいつもの山浦脚本回を配置してみせると、相対的には「王道」に見えるだけ……といったことなのかもしれない(笑)。



ツトム「やっぱり普通の放送じゃない。矢的さんはボクになにか隠しているんだ。よ~し、ひとつ探ってみるか!」(指をパチッと鳴らす)


 部屋の天井から見下ろしているという奇抜なカメラアングルで、ツトムくんの部屋の全体を捉えることで、ラジオをかかえたツトムくんが横になっているベッドや机の位置、そして「べッドと戸棚の間のスキ間」に飼い犬・ロクが入りこんでいる様子(笑)までもが確認できる。


 しかし、「ベッドの下」ではなく「べッドと戸棚の間のスキ間」に飼い犬・ロクがいる。先の矢的との会話の中でツトムくんは、


「でも、ロクのヤツが。あぁ、ウチのイヌの名前さ。そのロクがすっごく怖がって、ベッドの下に隠れちゃってさぁ」


 と語っていたのだが…… ベッドの下だとこのカメラアングルの死角になるし、調達してきたベッドの下に小型犬でも入り込めるスペースがないならば、シナリオにあったシチュエーションの映像化も不可能なので、そこは視聴者の大勢にそういった疑問が浮上する前にテンポよくカットを切り替えてしまうのが「演出」というものであり「映像のマジック」でもあるのだ(笑)――広義では「洗脳」にも通じていく手法なのだが、しょせんはエンタメ作品なのだから固いことを云うのはよそう・爆――。



 翌朝、奥多摩の仁王山付近一帯を、戦闘機・シルバーガルで捜索するイトウチーフと矢的隊員。


イトウ「地上には別に変わったことはなさそうだな」
矢的「はぁ…… ちょっと待ってください!」
イトウ「どうした?」
矢的「左22度の山林がおかしな倒れ方を!」


 上空を飛行している戦闘機・シルバーガルからの俯瞰(ふかん。上から見下ろすこと)の構図で捉えられた特撮ミニチュアセット。特撮美術のスタッフたちが――おそらくは美大などから集めたバイトたちだろう・汗――いったんはていねいに植えたのだろうミニチュアの山林を、手間暇を掛けてていねいにそれらしく押し倒したのだろう。実にそれっぽく倒れているのがまた、さりげに絶妙な仕事ぶりである。


矢的「あの状態から見ると、地面の下を何か巨大な生物が移動したとしか思えませんが」
イトウ「ウン、ひとつ探りを入れてみるか? 地底ガス弾発射!」
矢的「了解!」


 地底ガス弾で吹っ飛ばされる岩山! って、付近に登山者などはいなかっただろうな?(笑)


矢的「怪獣が現れる気配はありませんね」
イトウ「すでにほかの場所に移動したかな?」
矢的「でも、仲間を待っているとしたら、ここから動かないと思いますが」
イトウ「よし、いったん基地へ戻ろう」
矢的「わかりました!」


 画面の手前から奥に旋回して去っていくシルバーガル。


 そのとき、地底で光る巨大な赤い目玉が!


 今はまだそれを覆い隠すかのように、周囲の岩が崩れていくサマも効果的である。


オオヤマ「すると、仁王山の山中に怪獣が潜んでいる可能性が強いワケだな」
矢的「はい」
イトウ「しかし、相手が地面の中では攻撃の加えようがありません。といって、おびき出そうにも有効な手立てが」


 いつの間にかUGM作戦室のそばにまで入りこんでいて、それを立ち聞きしているツトムくん。地球防衛軍・UGM基地のセキュリティはどうなっているのだ!? というツッコミの余地はある描写である(汗)。


 しかし、そういえばUGMは、地底に潜んでいる怪獣を攻撃するための地底ドリル戦車は保有していなかった。


・『ウルトラマンA(エース)』(72年)の防衛組織・TAC(タック)は、ダックビル
・『ウルトラマンタロウ』(73年)の防衛組織・ZAT(ザット)は、ベルミダーⅡ世
・『ウルトラマンレオ』(74年)の防衛組織・MAC(マック)は、マックモール


 いずれも1回こっきりの登場か、未登場で終わってしまっていたのだが、これは地底世界を特撮ミニチュアで表現したり、ドリルで地面を掘り進んでいくサマを見せるミニチュア特撮には非常に手間と時間がかかるとか、「特撮の見せ場」よりも「人間ドラマ重視」であったTBS側の橋本洋二プロデューサーにそもそも「地底特撮」をそろそろやって地底ドリル戦車にも活躍の見せ場を与えてあげよう! というような発想がみじんもなかったためだろう(笑)。


 スポンサーのホピー(現・バンダイ)側や、円谷プロ側で本作『80』の企画書を執筆したスタッフ側でも、防衛組織・UGMに宇宙戦艦であるスペースマミーを保有させれば、宇宙SF流行りの当今であれば玩具も売れるだろう! という正鵠を射ている発想はあったのだろうが、単純に地底ドリル戦車のことは失念していた…… といったところだろうか?(笑)
 ただし、当時の子供たちの感覚を代弁させてもらえば、あの宇宙SF大流行の時代であっても、地底ドリル戦車のようなメカも子供たちは大スキなのであって、その玩具を発売して劇中でも噛ませではなく勇ましく活躍させてあげれば、けっこう売れたと思うのだけれどもなぁ……


 ちなみに、かの内山まもる大先生は、『ウルトラマンタロウ』の映像本編では未登場に終わってしまったZATの潜水艦・アイアンフィッシュを、小学館『小学二年生』73年8月号掲載の『ウルトラマンタロウ』コミカライズ『怪獣墓場からの脱走者』ではクライマックスに登場させている!(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210124/p1
 このアイテアはもちろん小学館側の担当編集者側のアイデアだった可能性も高いので、すべてを内山先生ひとりの功績に帰することもまたフェア・公平ではないとは思うものの、こういうところが子供心を実によくわかっているとも思うのだ。
 そう、子役のゲストドラマもよいのだが、それよりも防衛組織のメカが噛ませや前座にとどまらずに、勇ましく颯爽と活躍することこそが子供たちが最も観たいものなのだ。



 待合室らしき場所で、ツトムくんが持ってきたラジオのスイッチを入れて、70年代末期から80年代の初めに大流行していたディスコ・ミュージックをバックに踊り出してしまう広報班・セラ隊員(笑)。
 それ自体は息抜きのコミカルシーンなのだが、窓外にはそんな愉快な場面とは明らかに相反している、白いヘルメットとカーキ色の隊員服を着用した地球防衛軍の隊員たちが通行人として何人も配されていることが、ミリタリズム的なリアル感も醸し出している。


 そこに現れるツトムくん。


セラ「ツトムくん、どこ行ってたんだ? 勝手にこの奥へ入ると叱られるぞ!」
ツトム「ヘヘ~、ちょっとトイレにね。さぁ~てと、帰るとするか」
セラ「はぁ? 矢的隊員に会いに来たんじゃないのか?」
ツトム「でも忙しそうだから。また来るよ。バァ~イ」


 UGM基地の建物から退出してきて、決意を新たにするツトムくん。


「仁王山に怪獣か! よ~し、ボクだってUGMの卵だぞ! この手で怪獣を見つけてやる!」


 まだ冬の季節なので茶色く染まった枯草をかきわけて、険(けわ)しい山道を登っていくツトムくん。突然飛び出してきた鳩に驚いてツトムが腰を抜かすと、ハズみでラジオのスイッチが入って流れ出してくる音楽。それは普及がはじまったばかりで当時は最先端の楽器であったシンセサイザーが奏(かな)でる電子音メロディーであり、これもまたいかにも80年代初頭である。


ツトム「そうだ! 怪獣のヤツ、電波を出してたっけ? だったら逆に、こっちから電波を送れば呼び出せるかもしれないぞ!」


 ラジオのアンテナを伸ばして、ダイヤルを回しはじめるツトムくん。


 その逆電波に刺激を受けたのか突如、起こった地割れから合体怪獣プラズマがその巨大な姿を現した!


 その出現場面は、地割れから出現するプラズマを俯瞰して背面から捉えるといった珍しいカメラアングルも試みられている。そのために全身が黄色くて無数の青くて長い蛇腹(じゃばら)状のトゲが生えているサマもよくわかる。
 長年の特撮マニア諸氏であれば、『ミラーマン』(71年・円谷プロ フジテレビ)第3話『消えた超特急』などに登場した怪獣ダークロンの体表を一瞬連想するかもしれない。ただしご承知の通り、正面から見たその姿は地球の動物とは似ても似つかぬモロに直立した二足歩行の異形(いぎょう)の怪獣ダークロンとはまるで異なり、いわゆる爬虫類や恐竜型の怪獣ではある。


 額の先端にあるドリル状の黄色いツノ、赤い目玉の下には、鋭いキバで埋まったクチが縦に3つ(!)もあるのだ――ウラ設定では「一度に牛を50頭も食べる」のだとか・笑―― 胸には一対の青いトゲを生やしており、全身の塗装もよく見てみると真っ黄色ではなく、黄色と黒のマダラ模様である。
 まさに、最終回近辺に登場すべき「最強怪獣」としての風格にあふれており、その鳴き声は初代『ウルトラマン』第32話『果てしなき逆襲』に登場した灼熱怪獣ザンボラーの声をかなりカン高くしたといった印象である。


 青空の下、オープン撮影の煽(あお)りで見上げたプラズマの姿にカブってくる、


「怪獣プラズマ」


 なる白い字幕も、ここではカッコよく見えてくる(笑)。


ツトム「で、で、出た~~~っ!!!」


 UGM作戦室で待機している矢的隊員に、ツトムくんの母親からツトムが家を出たきりで帰らないという電話が掛かってくる。ここには来ていないと告げる矢的だったが……


セラ「あれ? ツトムくんなら、さっき矢的隊員に会いに来て、すぐウチへ帰ったはずですよ」
矢的「なんだって!? まさか、僕たちの話を聞いたのでは……? キャップ、僕を仁王山に行かせてください。ツトムくんに何かあったら僕の責任です!」
オオヤマ「よし、行ってこい!」
イトウ「オレも行くぞ!」


 ツトムくんに向かって進撃してくる怪獣プラズマ!


 手前に木々を配置してそこに向かって進撃してくるプラズマと、ラジオをかかえて逃げているツトムくんを交錯させて、比較対象物との対比からプラズマがツトムくんにドンドン迫っていくサマが効果的に描かれる!


 ここでお約束で転倒してしまって(笑)、足を挫(くじ)いて動けなくなるツトムくん!


 ツトムくんのそんな姿を画面の下半分に、上半分には戦闘機・シルバーガルが画面手前に向かって飛行してくるサマを合成した特撮カットも!


矢的「チーフ、ツトムくんが! スカイダイブでツトムくんを助けに行きます! 援護お願いします!」
イトウ「よし!」


 シルバーガルのキャノピーが開いて、上空へと飛び出していく矢的隊員!


 もちろんミニチュアの人形なのだが、これまた操縦席に陣取るイトウチーフの人形も含めて、ヘルメットや隊員服の細部に至るまでもが、とても細かに塗装されている!――『ウルトラマンレオ』の某話では、同作の防衛組織・MAC隊員が撃墜された戦闘機から脱出する際に、「まっ黒け」の人形が飛び出してきたこともあったというのに・爆――


 パラシュートが開いて、地上へと降下していく矢的隊員。


 その間にもイトウチーフが、シルバーガルでプラズマに攻撃を仕掛け出す!


矢的「ツトムくん、大丈夫か!?」
ツトム「アッ、矢的さん!」
矢的「どうしてこんなところに来たんだ!?」
ツトム「だってボク、矢的さんに負けないUGMの隊員になろうと思って!」
矢的「ツトムくん、とにかくここから早く逃げるんだ! さぁ!」


 逃げようとする矢的とツトムくん。


 だが、プラズマが両腕を左右へ開いて前方へと突き出すや、額の黄色いドリル状のツノからムラサキ色の波状光線――ウラ設定では「プラス電撃光線」という名称――が発射!


 ふたりの行く手を阻(はば)むように前方の地面が陥没する!


 そして、残るもう1体の合体怪獣マイナズマまでもが出現してしまった!!


 この出現場面では、画面を対角線上で分けたかのように左下に俯瞰で捉えたロケ撮影の矢的とツトムを、右上には特撮ミニチュアセットの山林を配している。怪獣プラズマの光線を受けた山林が赤く明滅したあとに地面ごと陥没して、白い噴煙をあげながら怪獣マイナズマが地底からふたりの眼前に現れるサマを合成しており、今回最大の特撮カットでの見せ場である!


 やはりオープンで煽りで撮られた姿にカブってくる


「怪獣マイナズマ」


 なる白いテロップ!


 マイナズマはプラズマとは異なり、よく見るとクリクリとしたまるい目が可愛らしくて、腕や脚は茶色の体毛に覆われているのでタヌキの化けものといった趣もある(笑)。頭部にはプラズマと同様のドリル状のツノが一対ずつ生えている。クチのキバも鋭く長くて、腹部には短いトゲが一対ずつ生えている段々腹のような装甲になっている。『帰ってきたウルトラマン』(71年)第20話『怪獣は宇宙の流れ星』に登場した磁力怪獣マグネドンや『ウルトラマンA』第47話『山椒魚(さんしょううお)の呪い!』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20070324/p1)に登場した液汁超獣ハンザギランのように、背面には反り返った複数のツノで覆われてもいる。


ツトム「別の怪獣だ!」
矢的「アッ、アブナい!!」


 ミニチュアセットの山々を背景に、マイナズマのシッポが画面手前の木をカスめて迫ってくる!


 続いて、ツトムをかばう矢的を、黒と黄色のマダラ模様に覆われたオレンジ色の蛇腹部分に、同じくオレンジ色のトゲを生やした実物大(!)のマイナズマのシッポも襲ってくる!


 左肩を直撃されて苦しむ矢的!


 再会を喜びあうような怪獣プラズマとマイナズマ!


 山々を背景に、プラズマを画面の左奥、マイナズマを画面の右手前、その手前にはガケを配しており、奥行き・距離感・立体感に富んだカットとなっている。


 なお、今回は怪獣のスーツアクターとして、本作『80』ではシリーズ後半ではレギュラーでゲスト怪獣を演じてきた佐藤友弘と、第44話『激ファイト! 80vs(たい)ウルトラセブン』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110226/p1)で「妄想ウルトラセブン」を演じた渥美博の両名がクレジットされている。おそらく出番が多いプラズマの方を佐藤が、マイナズマを渥美が演じていたのではなかろうか?


オオヤマ「なに!? 2頭目の怪獣に矢的が!?」
イトウ「矢的のヤツ、かなりのケガをしている模様です!」
オオヤマ「よし、すぐ応援をやる! フジモリ・イケダ・星、出動!」
フジモリ・イケダ・涼子「了解!」


 画面の左奥には怪獣プラズマ、その手前には山林を配して、画面の左手から飛行してきた戦闘機・シルバーガルがプラズマへの攻撃をはじめる!


 白い噴煙が上がった様子を画面の右手前にいるマイナズマが振り返って、シルバーガルは画面右手へと消えていく、奥行きと立体感を見事に表現したベテラン・高野宏一による特撮演出も光っている。


 怪獣プラズマは両腕を前方に突き出して、左右に開くや胸の一対の青いトゲから白い波状光線を発射した!


 からくも逃れるシルバーガル!


 まるで変身ヒーローのように光線発射ポーズをバッチリと決める怪獣も珍しい。単なる野良怪獣ではなく、相応に「知性」も保持した怪獣としてのキャラ付け・演技付けといったところだろう。


 画面の手前に左肩を押さえて横たわっている矢的、奥からツトムくんが駆けてくる本編場面も、同様に奥行き感を強調することがコンセプトとおぼしき本話の特撮場面と連動させたワケでは毛頭ないだろうが(笑)、結果的に奥行きと距離感が強調されている。


ツトム「矢的さん、しっかり!」
矢的「大丈夫だ!」


 まるでそれを嘲笑(あざわら)うかのような怪獣プラズマの顔面がここでアップで映し出される!


 矢的、迫ってくる怪獣マイナズマに向かって、UGMの光線銃・ライザーガンを放った!


 やはりここでも画面の左奥にプラズマ、右手前にマイナズマという位置関係はそのままで、しかしその手前に山林を配することで画面に奥行きや立体感を与えている。そして、親分のプラズマを子分のマイナズマが守っているかのような、両者の関係性をも暗示してくる特撮演出。


矢的「ツトムくん、今のうちにあの岩穴に! 早く!」


 カメラに向かって狙撃している構図となった矢的。カメラの奥に向かって駆け出していくツトムくん。


 狙撃しながらもツトムを案じて、矢的が何度も後方を振り返っている演出も、もともと奥行きと距離感を強調している画面に相乗効果を発揮している。


 その右肩に銃撃が命中するも、それでも怯まずに進撃を続けてくるマイナズマ!


 自身の左肩の激痛に苦しみながらもツトムくんを守るために、ついに矢的は変身アイテム・ブライトスティックを高々と掲げた!


矢的「エイティ!!」


 ウルトラマンエイティ登場!!


 エイティは画面の右手前にいるマイナズマの背面をチョップ!


 反転して画面の左奥のプラズマにも突撃! 腹に蹴りも入れてつかみかかる!


 画面の右側に大きく映っているマイナズマが右の画面外に消えかかるや、エイティがプラズマを豪快に投げ飛ばす!


 いったん画面の右外へと消えかかったマイナズマが画面中央へと向き直す!


 画面の左奥からエイティが突進! マイナズマを画面の手前に投げ飛ばした!


 この場面は造型マニア的には、怪獣マイナズマの背面の複雑なディテールがよくわかるところがポイント(笑)。


 投げ飛ばされたマイナズマは山々を背景に画面手前の木々やガケをナメながら大地を転げ回る!


 いつもながらに冴えわたる車邦秀(くるま・くにひで)による、悪く云えばナチュラルというよりもワザとらしくて舞踏的な、良く云えばケレン味を強調している「擬闘」(アクション演出)もさることながら、賛否や個人の好みはあるだろうが、80年代以降のヒーローものにおけるアクション演出は、そして00年前後からは海外のアクション映画なども含めて、こういう歌舞伎的な「見得(みえ)」を強調して手足をキビキビと大きく振るってみせるようなオーバーアクションの方向へと振り切れていくのであった……


 イトウチーフが戦闘機・シルバーガルでプラズマを攻撃する場面でも、凝った特撮演出が見られる。画面手前のエイティの両脚が画面右へと外れていくや、画面の奥にいるプラズマの手前をシルバーガルが高速で画面右へと飛んでいき、プラズマの右肩あたりに被弾による噴煙が上がるという演出だ。この場面のプラズマの足元にも木々が配置されており、奥行きと立体感のある画面構成は徹底している。


 エイティは側転とバック転を連続させて、画面の左奥にいるプラズマにチョップ!


 画面の右手前からプラズマの背後に隠れるように移動してきたマイナズマにもキックを喰らわす!


 だが、プラズマから喉元に一撃を喰らったエイティは、背後からプラズマに羽交い締めにされて、マイナズマの突進も喰らって放り投げられる!


 矢的隊員の姿をしていたときにダメージを受けていた左肩をさらに痛めてしまうウルトラマンエイティ!


 プラズマはまたも両腕を前方に突き出して頭部のツノからムラサキ色の波状光線を発射!


 マイナズマもそれに応えるように両ヅノから青色の波状光線を発射した!――ウラ設定では「マイナス電撃光線」と呼称――


 「磁力」を表現するかのような「ブ~~ン」という異様な振動音が鳴り響く中で、怪獣プラズマと怪獣マイナズマは背中合わせの状態となって合体する!


ナレーション「2匹の怪獣がまるでプラスとマイナスの磁石が引き合うように合体するとは!? ウルトラマンエイティは意表を突かれた!」


 合体したプラズマの頭部のツノと胸の2本のトゲからムラサキ色の波状光線が発射される!


 それを腹部にマトモに喰らって、倒れ伏してしまうエイティ!


 勝利の雄叫びを上げるかのように両腕を挙げて、エイティに突進していく背中合わせに合体したプラズマとマイナズマ!


 そして、吹っ飛ばされてしまうエイティ!


 超ローアングルで手前の樹木越しに、宙から大地へ転がり落ちてくるエイティ頭部の映像!


 エイティはここでも左肩をかばうように起き上がることで、矢的隊員の姿であるときに受けたダメージをここでも念押ししており、エイティの着ぐるみに入っているスーツアクター・奈良光一の絶妙なダメージ演技がこれを補強する。


 エイティはついに両腕をL字型に組んで必殺技・サクシウム光線を発射する!


 だが、それにも怯まず、エイティへと突進してくる合体怪獣プラズマ&マイナズマ!!


 ここでも画面の手前に木々を、背景に山々を配して、画面の左側にサクシウム光線発射ポーズのウルトラマンエイティをその背面から捉えて、画面右奥から合体怪獣が突進してくる、奥行き感がある画面アングルを実現している!


 カットが切り替わって、画面の左端にエイティ、その右側に合体怪獣の姿を側面から大きく捉えられる。エイティのキックもかわして、ド突き倒したエイティを画面の手前にひざまづかせて、のしかかってくる合体怪獣の猛威も見事に表現されている!――ここでもエイティは左肩をかばっている!――


 エイティを援護しようと駆けつけてくる戦闘機・スカイハイヤーとエースフライヤー!


イケダ「アッ、エイティが危ない!」


 画面の左手前の小高い丘越しで、その奥に鎮座する合体怪獣の頭部のツノから、画面の右に位置しているエイティに向かってムラサキ色の波状光線が発射されてくる!


 またもたまらず吹っ飛ばされて、画面の右外へと消えていくエイティ!!


イトウ「フジモリ、ウルトラマンエイティを助けるんだ!」
フジモリ「了解!」


 画面の左奥にいる合体怪獣に向かって、フジモリ隊員が搭乗する戦闘機・スカイハイヤーは画面右上から高速で急襲!


 画面右にいたエイティがその間に手前の木々をジャンプして待避する!


 イケダ隊員が搭乗する戦闘機・エースフライヤーも合体怪獣に攻撃を加える!


 だが、マイナズマの両ヅノから発射された波状光線がエースフライヤーを、プラズマの頭部のツノと胸のトゲから発射された波状光線がスカイハイヤーを撃墜する!


 山々を背景に、画面手前の木々をナメながら、両機が静かに落ちていく様子をつなげていく……


 エイティ、全エネルギーを腹部のヘソ部分にあたるウルトラバックルに集中させて、第6話『星から来た少年』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20100606/p1)に登場したUFO怪獣アブドラールスや、第21話『永遠に輝け!! 宇宙Gメン85』に登場した残酷怪獣ガモスといった強敵を葬り去ってきた、無数の光のシャワーを浴びせるバックルビームを放った!


 だが、それによってついにエネルギーを使い果たして、エイティは大地へと倒れ伏してしまう!


 この場面でも画面右下の手前にはガケを、その上には木々を配して、地に伏せてしまったエイティがそれらの陰に隠れて姿が見えなくなることで、その深刻感をいや増す演出となっている。


 バックルビームを受けてさえビクともしない合体怪獣プラズマ&マイナズマは、再び本来のプラズマとマイナズマの個体に分離する!


 かろうじて撃墜された戦闘機から脱出していたフジモリとイケダの両隊員が無事を確かめあう。


イケダ「フジモリ隊員、ケガはないですか!?」
フジモリ「あぁ、大丈夫だ! イケダ、おまえこそ大丈夫か!?」
イケダ「大丈夫です! それにしてもスゴい怪獣ですね! まるで歯が立たないや!」


 この場面では、山上にいるふたりをかなり煽りのアングルで捉えている。仁王山での本編場面のこのふたりの出番はこのワンカットだけであることから、出番の多い矢的&ツトムくんとは異なり、このふたりは遠方ロケには参加していなかった可能性はある。実際には近場の小高い丘で超煽りで撮影しただけだったとしたら、それは本編演出の勝利でもある(笑)。


 胸の中央にある活動限界が迫ったことを示すカラータイマーが赤く点滅をはじめるも、エイティはかろうじて立ち上がりってマイナズマにつかみかかる!


 しかし、逆に両腕を押さえつけられて、背中にプラズマの一撃を喰らってしまう!


 まさに最終回の近辺でこそふさわしい、2大怪獣の襲来&その強敵ぶりとエイティの大ピンチではある。もちろんそれはメタ的には、サブタイトルにも謳(うた)われている、後述する女ウルトラマンことユリアンが助っ人参戦する劇中内での必然性をつくるためのものなのだが(笑)。


 エイティ、ひざまづいたところを怪獣マイナズマに吹っ飛ばされる!


ツトム「エイテ~ィ! 死なないで~~っっ!!」


 UGM専用車両・スカウターS7で駆けつける涼子!


 彼女の視線であろうアングルで、点滅しているエイティのカラータイマーへとカメラがズームする!


 エイティ、マイナズマのシッポの一撃でフラついたところを、プラズマに後ろから羽交い絞めにされて、マイナズマの方へと放り投げられる!


 さらにマイナズマにも吹っ飛ばされるエイティ!


涼子「このままではエイティが殺されてしまう! 早く、早く助けなくては…… エイティ~! しっかり! 今あたしが助けに行くわ!」
エイティ「いけない! 君まで変身してはダメだ!」
涼子「どうして!?」
エイティ「いま僕がやられても、君が新しいウルトラの戦士として戦うことができる! 万一ふたりともやられたら、地球はおしまいだ! 僕のことは構うな! いいか!?」
涼子「エイティ、あなたって人は……」


 エイティはユリアンともども討ち死にする万一の可能性を考えて、それならばここで自分だけならば死んでも構わない! と究極の自己犠牲を口にしてみせるのだ。それに感じ入ってしまうユリアンこと涼子隊員……


 第46話『恐れていたレッドキングの復活宣言』でも、両者による同様の場面が描かれている。どくろ怪獣レッドキング3代目に投げ飛ばされてカラータイマーも点滅をはじめたエイティを、涼子がウルトラの星から持参してきていたどんなケガや病気でも治してしまうというメディカルガンでエネルギーを補充しようとするのだが、エイティは即座にそれを断るというものだ。
 しかし、その意味するところは本エピソードとはやや異なる。死をも賭(と)した自己犠牲の賞揚ではなく、そこでは他人の助けに安易にすがらず苦戦はしていても自助努力でなんとか挽回してみせるエイティの姿を、ゲスト子役たちに見せようとするものであったからだ。


 今回はそのような相違にさらに加えて、涼子がその主観映像で、エイティのご尊顔に人間・地球人としての矢的の姿をオーバーラップさせていく……
 矢的と涼子はウルトラマンとしての姿の方が本体なのだから、リアルに考え出すとこの描写はオカシい。しかし、フィクションとは究極的にはリアリズムよりも象徴・寓意の方が優先する世界である。
 だから、ここではその正体であるウルトラマンとしての顔面ではなく、そういった繊細デリケートな情緒もおのずと表現ができたり、視聴者にその心情を想起もさせやすい、ナマ身の人間の役者さんの表情がある顔面をオーバーラップさせてみせるのが、ドキュメンタリーならぬフィクション作品としては正解の「演出」なのである!


 この場面では、第15話『悪魔博士の実験室』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20100808/p1)に登場した実験怪獣ミュー、第19話『はぐれ星爆破命令』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20100905/p1)に登場した惑星怪獣ガウス、第44話に登場した「妄想ウルトラセブン」など、悲劇的な側面を持った怪獣たちを描写する際に多用されてきた、前作『ザ★ウルトラマン』(79年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/19971117/p1)の名挿入歌『怪獣レクイエム』のインストゥルメンタル――歌を抜いた演奏のみの楽曲――が使用されており、涼子の恋情も入り交じっていたであろうその心情をエモーショナル豊かに盛り上げてもいる。


 涼子の視点であろう特撮カットで、画面の右側にミニチュアの樹木を大きく映して、その左側にはカラータイマーが点滅して大地に倒れ伏したままのエイティの苦悶の表情を映し出しているのも、エイティと涼子の双方の切実なる想いが痛切に伝わってくるかのようである。


エイティ「地球を、頼む! 頼むぞ!」
涼子「エイティ~~っ!!」


 そして今、涼子の想いがついに爆発する!


 西の空に傾きかけた太陽を背にして、小高い山の上に駆けあがった涼子が煽りで捉えられる。


 いったん振り上げてから振り降ろした右腕を、ふたたび宙へと高々と掲げる涼子!


涼子「ユリアン!!」


 変身時の掛け声だ! 涼子が右腕にハメていた変身アイテム・ブライトブレスレットがキラリと輝く!


 ここでお約束の様式美的な変身バンク映像が流される!


 あまたの白い星がまたたく中で、宙に突き上げた右腕をいったん振り降ろして、ヒジを曲げて構えている左腕と交差させるように大きく振り回したあと、ふたたび天高く大空へと掲げてみせるように、涼子はその正体でもあるウルトラの星の王女さま・ユリアンへと姿を変える!


 そして、地球上でははじめてその可憐な姿を現してみせたユリアン!


 古典的・原始的なアナログ手法だが、オープン撮影による冬の澄んだ青空をバックにして、頭部のアップからカメラが急降下していくかたちでの超煽り撮影で、その全身を見上げるようなアングルへと変化していくことで、その姿も20数倍へと巨大化したこともが示される!


イケダ「アッ、別のウルトラマンだ!」
イトウ「オッ!?」


 木々を画面の下部に配したその上で、ファイティングポーズをとったユリアンの姿を捉えたあと、カメラは次第に引いていき、手前の木々をナメながらプラズマ・マイナズマに立ち向かっていくユリアンの勇姿を長回しで捉える!


 マイナズマに左手でチョップを喰らわし、プラズマに左足で蹴りを入れてみせるユリアン!


 ユリアンはプラズマに抱きかかえ上げられるが、その体勢のままで突進してきたマイナズマに両脚でキック!


 ユリアンはプラズマを逆に投げ飛ばす!


 向かってきたマイナズマにも軽くジャンプして右手でチョップ! さらにマイナズマを投げ飛ばしてみせる!


 このシーンでは、画面右側のマイナズマに攻撃を加えるユリアンが側面から捉えられている。スロー再生で鑑賞していると女性特有の艶(なま)めかしい体型である曲線美もまた絶品である(笑)。


 ユリアンの着ぐるみに入っていた清田真妃は、第1話『ウルトラマン先生』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20100502/p1)~第8話『よみがえった伝説』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20100620/p1)と第27話『白い悪魔の恐怖』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20101030/p1)~第28話『渡り鳥怪獣の子守歌』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20101106/p1)でエイティのスーツアクターを務めていた赤坂順一と同様に、昭和の『仮面ライダー』第1期・第2期シリーズ(71~75年・79~81年)のアクションを担当していた、あの天下の「大野剣友会」に所属していた御仁だそうである。


 彼女は『仮面ライダーストロンガー』(75年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20201231/p1)でも、故・岡田京子が演じたレギュラーキャラ・岬ユリ子(みさき・ゆりこ)が変身する女仮面ライダーこと電波人間タックルの激しいアクション時の吹き替えも務めていたそうだ。副主題歌『きょうもたたかうストロンガー』が流れるエンディングで、鉄道の上の歩道橋で敵組織・ブラックサタンの戦闘員と戦っているタックルは清田が演じているらしい。そう思って観ていると、顔が岡田とは微妙に異なっている気もしてくるが、その情報がガセであった場合には、それもまた単なる思い込みだったということにはなるのだが(笑)。
 ちなみに通常のアクション時は、岡田京子自身が変身後のタックルも演じていたそうであり、それもそれでスゴい話だが、女性のアクション俳優やスーツアクターが極度に少なかった時代というものも偲ばれてくる(汗)。


――ちなみに赤坂順一の方は、本作と同時期に放映されていた『(新)仮面ライダー』(79年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210102/p1)や『仮面ライダースーパー1(ワン)』(80年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210822/p1)の各話の大野剣友会のメンバーのテロップでもよく見掛けるので悪の組織の戦闘員などを演じていたのではないかと推測するが(ウルトラマンエイティのスーツアクターとも序盤は兼任だったということか!?)、80年代末期から90年代初頭にかけては大人気であったジャニーズ事務所所属のアイドルグループ・光GENJI(ひかる・げんじ)のメンバー・赤坂晃(あかさか・あきら)の実兄だったという話もある。真偽のほどはいかに?――



 ユリアンの登場に奮起して、なんとか起き上がろうと試みるも、すぐに倒れてしまうウルトラマンエイティ。


 画面の右側にプラズマ、左側にマイナズマを、両者ともにその背面から捉えて、画面中央の奥にいるユリアンに2頭が突進していく!


 しかしユリアンは、その両腕で華麗に2頭の背中にダブル水平チョップで浴びせる!


 ユリアンはさらにマイナズマに蹴りを入れて、つかみかかってきたプラズマを豪快にも投げ飛ばす!


 『80』第40話『山からすもう小僧がやって来た』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110129/p1)からの新主題歌『がんばれウルトラマン80』の長めのイントロ楽曲もかかってきて、ここではユリアンが優勢であることを音響演出面でも補強する!


 スピーディーでアクロバティックなユリアンによるアクションの連続なのだが、惜しむらくはユリアンがまったくの「無言」で戦っていることである(汗)。ここはひとつ、涼子を演じた萩原佐代子(はぎわら・さよこ)の「ショワッ!」といった掛け声ボイスをアフレコ形式で入れてもらうか、彼女のボイスを加工してバンク音声としての掛け声を作ってほしかったものなのだが。


 しかしマイナズマも、両ヅノから青白いスジ状の光線を発射する!


 ユリアンは腹部にマトモに喰らって、両腕を上げたままでひざまづく!


 マイナズマに右足で蹴りを入れられ、プラズマに吹っ飛ばされて、大地に倒れ伏してしまうユリアン!


 ユリアンのピンチに、ついに倒れていたエイティもなんとか立ち上がった!


 画面の右側に配されているマイナズマにつかみかかるも、逆に勢いに押されて、左側にいるプラズマには背後から羽交い絞めにされてしまうユリアン!


 そこに突進をかけてくるマイナズマ!


 しかし、画面の右上からエイティがマイナズマにジャンピングキックを喰らわした!


 画面の手前に吹っ飛ばされてくるマイナズマ!


 ところどころに樹木が植えられたガケを手前にして、ロング(引き)の映像で捉えられた画面構成!


 ユリアン、プラズマの腹部に右手でチョップをカマして、つかみあげて投げ飛ばす!


 猛り狂っている形相のプラズマとマイナズマ!


 ユリアンは左手を差し出して、エイティを見つめる。


 体力がかろうじて復活してきたエイティを頼もしく思っていような演技でもあり、こうした細かな所作にこそ「演出」と「演技」の双方が集約されてくるのだ。


 ここでプラズマとマイナズマ、ふたたび背中合わせに合体する!


エイティ「敵はプラスとマイナスの力を合体させて何倍もの強さを持っている。我々も力を合わせて戦うんだ!」
ユリアン「いいわ、エイティ!」


 オープン撮影での澄み切った青空をバックにして、画面にはもちろん写らないトランポリンによるジャンプで、エイティが画面の右下から、ユリアンが左下から跳び上がって、両者の間には星がキラめいた!


 エイティとユリアンが組み合った特撮ミニチュアの人形が高速回転をはじめて、線画合成によって周囲に高速のウズも巻き起こって、そのまま合体怪獣プラズマ&マイナズマへと回転しながら突撃してく!


 「目には目を! 合体には合体を!」と云わんばかりの合体必殺技「ウルトラダブルパワー」が炸裂したのだ!!


――余談だが、幼児誌『てれびくん』の2008年度の1年間に連載された内山まもる大先生による漫画『ウルトラマンメビウス外伝 アーマードダークネス ジャッカル軍団大逆襲!!』(08年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210117/p1)でも、連載当時は最新のウルトラマンであったウルトラマンメビウスとユリアン王女がタッグを組んで、復活を遂げてウルトラの星へと襲撃してきた名悪役・ジャッカル大魔王に対してこの「ウルトラダブルパワー」での反撃を試みているので、ウルトラシリーズ全体を愛するマニアであれば必読である!――


 エイティとユリアンは高速回転体勢を解除して、大地へ華麗に着地する。


 しかし、その直後に、


「ウッ!」


 と声をあげて、エイティはひざまづいてしまうことで、彼が負っているダメージの甚大さも重ねて点描してみせる。


 その直後、合体怪獣プラズマ&マイナスマは大爆発を遂げて木っ端微塵に粉砕された!!


 エイティとユリアンが勝利したのだ!


 ひざまづいたエイティをいたわるように抱き起こしてみせるユリアンの女性らしい所作がまた、名演技でもある。


 エイティとユリアンは見つめ合って大きくうなずき、大空へと飛び去っていく。



ツトム「矢的さん、ゴメンね。ボクのためにケガさせてしまって。こんなことじゃボク、UGMの隊員にはなれそうもないな」
矢的「そんなことはないサ。君の勇気と向上心があれば将来、必ずいい隊員になれるとも」
ツトム「ホント? ホントにそう思う?」
矢的「ウン。その代わりにこれに懲(こ)りて、もう二度と出過ぎた危ないマネはしないこと」
ツトム「ウン」
矢的「夜はちゃ~んと早く寝ること」
ツトム「ウン」
矢的「いいね。約束するんだよ」
ツトム「はい!」(敬礼)
矢的「ン!」(敬礼)


 ツトムくんのような理系のラジオ少年が体育会系の戦闘員でもあるUGMにホントに入隊できるのかはともかく(笑)、まだまだ幼い子供たちをターゲットとする子供番組としてはこうでなくてはイケナイ!
 あるいは、現実世界でもいたいけで夢見がちな子供たちにその性格や運動神経などの適性で、ダメ出しなどをしてはイケナイ(汗)。子供たちには夢を見させて、しばらくはその方向性で努力をさせるべきなのだ。


 現実世界はイス取りゲームの世界でもあるから、その職業には向かなかったり、その専門職に就くには能力・胆力も足りないようならば、その夢をムリにでも実現させてしまうことは「悪」ですらある。
 しかし、そのような現実の厳しさを知るのは、思春期も後期になってから、そういった年齢層向けのスクールカースト問題などを扱っているようなライトノベルや深夜アニメなどで知っていけばよいようなことだろう(笑)。


 矢的のどこまでも暖かくて優しい眼差しが、ツトムくんの将来に期待を寄せていることを強く感じさせる。矢的を演じている長谷川初範(はせがわ・はつのり)の人柄もにじみ出ているのだろうが、実に清涼な場面に仕上がっている……


矢的「じゃあツトムくん、さよなら」
ツトム「さよなら」


 このカットでは、UGMの敷地内にあるという設定になっている階段の下にカメラを設置して、手前に駆けてくるツトムくん、その上で見送っている矢的を煽りで捉えるといった、ちょっぴり凝った魅惑的なアングルにもなっている。
 『ウルトラセブン』(67年)からウルトラシリーズの本編班や特撮班の助監督として参加し、前話である第48話『死神山のスピードランナー』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210228/p1)でついに監督に昇進した宮坂清彦(みやさか・きよひこ)監督による、凝ったカメラアングルも散見される本編部分もまた見どころ満載の本エピソードであった。



 先述した女声スキャットによる名BGM『無償の愛』が流される中で、山々の頭上に浮かぶ美しい夕日を見つめている矢的と涼子の後ろ姿のショットが捉えられる。


 ツトムくんに見せた優しい笑顔とは一転、これまでに見せたことがないような険(けわ)しい表情で涼子に語りかけてくる矢的隊員。


矢的「あのとき、どうして僕の云ったとおりにしなかったんだ?」
涼子「……」
矢的「僕たちふたりに万一のことがあったら、この地球がどうなるか、ウルトラの戦士の君ならよくわかってるだろ?」
涼子「……」
矢的「君、聞いてんのか?」


 涼子の左肩に強い調子で右手をやる矢的。


 それまで矢的に背を向けていた涼子が、ようやくここで矢的の方を振りかえる。


 しかし、その形相に思わずたじろいでしまう矢的。


 涙でいっぱいの大きな黒い瞳でジッと矢的を見つめてくる涼子。


 その表情はウルトラの星の王女・ユリアンでもUGMの見習い隊員・星涼子のものでもない、あくまでもひとりの女性としてのものであったのだ……


矢的「君……」
涼子「あたし、あたし地球人に生まれたかった!」


 張り裂けんばかりの心でそう語るのがやっとの涼子。矢的に背を向けて走り去ってしまう……


 言葉尻は「地球人に生まれたかった」というものである。しかし、それが意味しているものは、その発言内容を超えている。彼女は遠回しにウルトラマンエイティ=矢的猛に対して告白をしているのである。複雑な面持(おもも)ちで涼子の後ろ姿を見やるしかない矢的……



――そんな大人の関係にしてあったからこそ、エイティとユリアンの戦いの緊迫感があったと思います。最後に涼子が「地球人であればよかった」と泣いて走り去るあたりが、放送当時すごく意味ありげに感じて……。
「そこまでいくと、もう愛情の問題にまでたどりついちゃってるぐらいですよね(笑)。涼子はエイティの危機を救おうという一心で変身します。でも、それを戦いのあとでたしなめられる。矢的猛だって、涼子が助けてくれたことを感謝していないわけじゃないんです。だけど、彼は立場上それを言葉にできない。それは涼子にも理解できます。それでも自分はエイティを見捨てておけなかったという心の奥底の気持ちを前面に出せないつらさが、「地球人なら……」という言葉に出てしまった。エイティの使命と責任感にユリアンも同意して変身した。でも、その一方で捨てざるを得ない気持ちもあるということでの涙ですね。あそこでユリアンは、絶望して心を引き裂かれちゃったとも言えるでしょう。でも、同時に強くエイティにも惹(ひ)かれているんですよ。だから、「地球人ならよかった=あなたの前では女でいたかった」っていうことなんです。ちょっとアダルトなムードで押したかもしれないですが、これぐらいのものを出して、大人のドラマを感じてほしいなというところですね」

(タツミムック『検証・ウルトラシリーズ 君はウルトラマン80を愛しているか』(辰巳出版 06年2月5日発行・05年12月22日実売・ISBN:4777802124)脚本/山浦弘靖インタビュー)



 怪獣デザイン担当の特撮美術デザイナー・山口修(やまぐち・しゅう)が、教科書にも掲載されていることで誰でも知っている国宝の屏風(びょうぶ)画「風神雷神図」をモチーフにしたという、怪獣プラズマと怪獣マイナズマ。
 この2頭の圧倒的な強さを描いて、エイティを絶体絶命のピンチに追い詰めることで、涼子はついにユリアンへと変身せざるを得ないというシチュエーションを構築するのが、本エピソードが円谷プロ側のプロデューサーである円谷のぼる社長と満田かずほから与えられていたお題であったのだろう。



「学校の先生が主人公で、しかも防衛チームとも掛け持ちしているという設定でしたからね。僕がやった『ミラーマン』の鏡京太郎(かがみ・きょうたろう)もそうだったでしょ? カメラマンなんだけど、防衛チームにも首を突っ込んでいるという。それと似たムードがあって、取っつきやすい印象もあったように思います。僕はその「主人公が二足のわらじを履く」という設定は面白いと思ってましたよ。その方が俄然(がぜん)ドラマに緊張感が出ますよね。授業中に怪獣が出た、さぁ、主人公は先生の顔をするのか? 防衛チームの顔をするのか? という駆け引きのドラマを作ることができる。そういう緊張感とかカセがなにかしらあって、主人公を追いつめるというのは僕の好きな作劇のパターンなので、僕自身はやりやすそうだという感触がありましたね。まぁ、結果を見ると、その「二足のわらじ」のパターンは、僕の書いた話にはほぼ登場してないみたいですが(笑)」

(『君はウルトラマン80を愛しているか』脚本/山浦弘靖インタビュー)



 『80』の再評価を目指していたであろう同書籍『君はウルトラマン80を愛しているか』では、同書の目論見とは相反することに、『80』第1クールの「学校編」の設定に対して否定的な見解を示していたスタッフたちが実は圧倒的な大多数であった(汗)。
 しかし、その数少ない好意的な意見であることと、『ミラーマン』あるいは『ジャンボーグA(エース)』(73年)なども考えてみれば、怪獣攻撃を専門とする防衛組織がありながらも主人公はそれに所属していない民間人の青年ではあったという「なるほど!」と頷(うなず)ける指摘とともに、それによってまた独自の葛藤ドラマを生み出すこともできるという、眼が覚めるような指摘が実に批評的にも見事なので、山浦弘靖先生の発言を長々とここに引用させてもらった。


「緊張感とかカセがなにかしらあって、主人公を追いつめるという作劇のパターン」


 本話においては、それがドラマ面ではなくバトル面において……という感じではある。


 今回のエピソードでは、2大怪獣の猛威で負傷してしまった矢的ことエイティが見舞われる大ピンチに、主に特撮演出面でもひたすらに傾注(けいちゅう)することで、ツトムくんの挿話を除いてはよぶんなドラマはほぼ廃して、ひたすらに「怪獣との攻防劇」に徹していた。


 そして最後に、涼子がユリアンに変身する必然性と、ユリアンが地球と地球人のことを、そして何よりもエイティこと矢的に恋情を持ってしまって、その王女としての立場や地球防衛の公務との間で引き裂かれている想いを、30分尺の子供向け番組のワク内ではオブラートに包んで、


「地球人に生まれたかった」


 というセリフに集約してみせることで、第43話から蓄積されてきた「ユリアン」編の一連のドラマの帰結点としても、ここがクライマックスとなることで、最高の盛り上がりを見せている。


 まぁ、違う云い方をしてしまうと、矢的に対する涼子の淡い恋愛ドラマはここで一応のピリオドが打たれてしまったのではあるが……


 基本は男児向けの戦闘ヒーローの活躍を見せる番組であることを考えれば、それもまた致し方(いたしかた)がないことだし、むしろ適切なストーリーですらあったのかもしれない――年長マニアの観点からすれば、この恋情描写のクライマックスは最終回での最終バトルの直前などで挿入してほしいような類いのものだったと想ってしまうのだが――。


 しかし、続く『80』の最終回が取り組んでみせたのは、ウルトラシリーズの永遠にして宿命的な矛盾でもあり、それはまた古今東西のヒーローもの一般もハラんでいた、ヒーローといった存在に封建的忠誠心のように他力本願で依存することでスポイルもされてしまう、個人個人の自助努力といった近代的な自立精神との兼ね合いをどうのように付けていくのか!? といった深遠なる命題に迫っていくものでもあったのだ……



 ところで、星涼子がエイティを助けようと想ってユリアンへと変身した行為は、「地球防衛」のためではあるのだが、そのウラに隠されていたのは私的な「恋情」でもあった。それはイジワルに見てしまえば、単なる「私情」に過ぎなかったともいえるのだ。
 地球防衛を任務とする「ウルトラの戦士」や「UGMの隊員」としては、そうした個人的な感情におぼれてしまうことは失格なのかもしれない。
 しかし、そのような任務を持ってさえいなければ、大局のことや地球防衛の後任者を考慮することなく、目の前で苦しんでいる愛する人や親しい人をどうしても救いたいという気持ちも理解はできるのだ。戦略レベルでの大局としては間違ったことであっても、人間の人情とは良くも悪くもそのようなものなのだろう。


 さらに、本話のユリアン以上に踏み込んで、後年の『ウルトラマンダイナ』(97年)の最終回3部作である第50話『最終章Ⅱ 太陽系消滅』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/19971211/p1)のクライマックスにおいては、危機に陥った防衛組織・スーパーGUTS(ガッツ)の女性隊員ユミムラ・リョウを前にして、主人公アスカ・シン隊員が、


「オレは今、君だけを守りたい!」


 などと叫んでもみせるのだ。


 好いた女性ひとりの命と人類数十億の命を天秤にかけても、前者を採用する。


 紀元前からすでにある普遍的な哲学問題でもあり、2010年4月からNHK教育テレビでも放映された、個人主義や自由主義ではなくコミュニタリアニズム(共同体主義)という思想的なスタンスに立っているアメリカの政治哲学者マイケル・サンデル教授による『白熱教室』シリーズでも議題にされていた、いわゆる「トロッコ問題」のことでもある。あるいは、『新約聖書』でイエス・キリストが語った『99匹の羊と1匹の羊』の例え話でもよいだろう。


 「(愛する)君だけを守りたい!」というようなテーゼは、70年代にはあまり存在していなかったように記憶している。このようなテーゼは80年代以降の少年漫画あたりで勃興してきて、しかして90年代初頭には早くも特撮ジャンル作品でも『鳥人戦隊ジェットマン』(91年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110905/p1)でブラックコンドルこと結城凱(ゆうき・がい)による


「オレたちは戦士である前に人間だ! 男と女だ!!」


 なる名セリフで、早くも臨界点にも達しており、すでに特撮マニアたちはこの大命題に関して賛否両論による大激論を経験してはいるのだ。


 『ダイナ』放映当時の筆者はこういったテーゼに、80年代以降の日本の若者文化のような「公」よりも「私」、「公共心」よりも「私的快楽至上主義」にも通じていく「ミーイズム」や「エゴイズム」のクサみを感じとって猛烈な反発心を抱いて、そのように当時の特撮同人誌などにも寄稿をしたものである(笑)。


 基本的にはその考え方に変更はないものの、今では少々軟化はしており、愛する男女以外の他人であれば死んでも足蹴にしても構わないというのであれば論外にしても(汗)、そうでない範疇のものならば多少の私情や恋情は許してもよいのでは? と考えるようにはなっている。


――ただし、後部座席に乗せた尻軽そうな彼女が「イェイ、イェイ!」と片腕を振り回してアピールしながら、バイクのエンジンを駅前のロータリーなどでブイブイと吹かせている暴走族のバカそうなカップルも、主観的にはオレたちは全世界を敵に回してでも純粋な愛に生きているのだ! と思っているのだろうから(笑)、そのすべてを許容する気もないのだが――



 ところで本作『80』は、関東地区では第37話『怖(おそ)れていたバルタン星人の動物園作戦』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110108/p1)が10.8%を記録して以降、視聴率はずっと1桁の低空飛行を続けていた――それ以前に2桁の視聴率を記録したのは実にはるか前の第15話『悪魔博士の実験室』での11.6%である――。しかし、今回は2桁の10.2%を記録している。当初から関東よりも平均視聴率が3~4%は高かった中部・関西でも前話よりは微増している。


 これはサブタイトルに「変身! 女ウルトラマン」と大々的に謳って、それが新聞のラテ欄(ラジオ・テレビ欄)にも掲載されたことが功を奏したのだろう――いや、『80』はシリーズ途中から新聞のラテ欄では、サブタイトルではなく登場怪獣名だけが表記されていたような記憶もあるので、もしも間違っていたとしたらご容赦を願いたい・笑――。


 だが、残念ながらエイティとユリアンが共闘したのは本エピソードが最初で最後となった。続く第50話(最終回)『あっ! キリンも象も氷になった!!』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210315/p1)では、その作劇テーマ上の必然として、ユリアンどころかエイティのバトルすらもが描かれなかったためである……


 基本的には今でも男児向けである特撮ヒーロー作品や、大人向けのドラマである刑事ものであっても、時代の空気や実社会の反映として、かつてはヒロインの存在は基本的には「添えもの」であり、男性から見た「客体」としての存在に過ぎなかった。
 一応のエリート集団である防衛組織に入隊できたからには、そこに登場する女性隊員たちも優秀な女性であることには間違いないし、そのような有能描写もあるにはあったのだが、子供目線で見れば超人ヒーローには変身できない女性隊員なぞは、主人公と比すればはるかに格下の存在に映っていたのも事実なのだ。


 しかし、1972年には画期が訪れる。


 72年4月から放映が開始された『ウルトラマンA』では、TAC隊員・南夕子(みなみ・ゆうこ)が北斗星司(ほくと・せいじ)隊員と合体変身を遂げるダブル主人公として描かれたのだ。
 72年7月から放映が開始された、同じく円谷プロが製作した人間大サイズの集団ヒーロー『トリプルファイター』(72年・TBS)では、防衛チーム・SAT(サット)の隊員である早瀬ユリがオレンジファイターという戦闘超人に変身して戦っていた。
 72年10月から放映が開始されたタツノコプロ製作の大人気テレビアニメ『科学忍者隊ガッチャマン』でも、5人組のひとりであるG-3号には、女性レギュラー「白鳥(しらとり)のジュン」が変身を遂げていた。
 翌73年に放映された特撮ヒーロー『キカイダー01(ゼロワン)』のシリーズ後半では、当時のJAC(ジャパン・アクション・クラブ)の新星にして後年には大人気女優となる志穂美悦子(しほみ・えつこ)が演じる美少女・マリが変身する戦闘ヒロイン・ビジンダーが大活躍もしている。


 そして、変身する超人ヒロインの系譜は、


・『秘密戦隊ゴレンジャー』(75年)の、ペギー松山=モモレンジャー
・『仮面ライダーストロンガー』(75年)の、岬ユリ子=電波人間タックル
・『ザ・カゲスター』(76年・東映 NET→現テレビ朝日)の、風村鈴子=ベルスター
・『忍者キャプター』(76年・東映 東京12チャンネル→現テレビ東京)の、桜小路マリア(さくらこうじ・まりあ)→天堂美樹(てんどう・みき)=花忍(はなにん)キャプター3(スリー)の初代&2代目


 などなどで、70年代後半にはすでに定着していくのであった。


 巨大ロボットアニメでも、元祖『マジンガーZ』(72年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200119/p1)のシリーズ中盤の時点で、ヒロイン・弓さやかが女性型巨大ロボット・アフロダイA(エース)を操縦するようになる。
 「マジンガー」シリーズ第3作『UFO(ユーフォー)ロボ グレンダイザー』(75年)のシリーズ後半では早くもダブルヒロイン体制(!)で、主役ロボと合体する大型円盤型メカ2機に各々が搭乗していた。
 『マグネロボ ガ・キーン』(76年)でも、ヒロインがマグネマン・マイナスに変身して、主人公の青年ともども巨大ロボットを操縦していた。


 本稿を執筆した数ヶ月前に公開されたばかりである映画『ゴーカイジャー ゴセイジャー スーパー戦隊199(ひゃくきゅうじゅうきゅう)ヒーロー大決戦』(11年・東映・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20201108/p1)を観に行った際に、筆者は観客の中にウルトラシリーズの劇場版ではほとんど見かけなかった「女児」の姿がかなり目立っていることに気がついた。
 これらの現象を見るにつけても、この少子化の時代にパイを少しでも広げるためには、もちろんメインターゲットが男児であることは揺るがないにしても、女児層をもゲットする何らかの手立てが必要なようには思えるのだ。


 『スーパー戦隊199』を鑑賞するような女児たちは自宅でもスーパー戦隊シリーズを鑑賞していることだろう。そんな彼女たちが真っ当に成長してママになれば、自分の子供たちに


「ディズニーはオシャレだけど、特撮変身ヒーローものはダサくてオタクっぽいから、観ちゃダメ~」


 などと禁止するように成長してしまう可能性は低くなることだろう――そういった女性を現実にもファミレスなどで目撃してきたし、ネット上でも散見するのだ・爆――。どころか、自分も子供のころに観ていたからと特撮ヒーロー作品の視聴を容認して、もしくは自ら進んで観せてもくれることで、特撮ジャンルの延命に貢献してくれることまで考えておきたいのだ(笑)。



「ウルトラの母のほかにも、女性のウルトラ族を出してえ! 内山先生、おねがい!」(愛知県・IKさん)

(『コロコロコミック特別増刊号 ウルトラマンPART1』(小学館・78年7月24日発行・6月24日実売・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210110/p1)『コロコロウルトラファンプラザ』(読者投稿欄))



 70年代後半当時からすでに新たなウルトラヒロインの誕生を切望する声が女子児童からは上がっていたのだ――この読者投稿欄には女子中学生や女子高生の声もあったので、実は引用した投稿者の正体も女子児童ではない可能性もあるのだが、その場合にはご容赦を願いたい・笑――。


 このように散々に女性ウルトラマンの登場を待望するかのような発言をしておきながら、それを手のひら返しにする発言を次に続けてしまって恐縮なのだが、男児向けの戦闘ヒーロー作品に変身ヒロインを登場させる行為は、実は諸刃の剣(もろはのつるぎ)でもある。
 子供であっても男児にとっての女性はやはり異性なのであり、彼女ら戦闘ヒロインたちが颯爽と活躍している姿態や艶めかしい声にも微量の異性を感じて、それに惹かれつつも倒錯した背徳感も抱いてしまったり、それに対する気恥ずかしさや困惑から作品を遠ざけてしまうことも往々にしてあるからなのだ(笑)。


 当然のことながら、女性ウルトラマンを主役ヒーローに据えたウルトラシリーズの新作をつくれば、女児向けアニメ『美少女戦士セーラームーン』(92年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20041105/p1)や『プリキュア』シリーズ(04年~・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20201227/p1)のように女児層にもウケるのか!? といえば、顔出しのスカートひらひらな出で立ちではないので、そのようなことには絶対にならないだろうし、かといって、男児たちも気恥ずかしさのあまりにドン引きしてしまって視聴はしなくなるだろう(笑)。


 そうなると女性の変身ヒロインは、サブヒーローや2番手・3番手としてのポジション、もしくはシリーズの後半に登場させるなどのサジ加減も必要とはなるだろう。5人戦隊のうちの2人が変身ヒロインであるというパターンであれば、女性の変身ヒロインにも男児や男性スタッフから見た過度な「女性の美化」などの隠微な性的視線(笑)は自動的に薄まってはいくのだろうが……


 バトルフィールドが基本的には限定されない広大な野外でのロケ撮影を前提とした人間大サイズの変身ヒーローたちとは異なり、狭い特撮スタジオで戦わせざるをえない巨人ヒーローであるウルトラマンの場合には、先輩ウルトラマン大集合映画のようにテレビシリーズとは別に広大なるスタジオを借りてきて別個に撮影するというような金銭がかかる手法が、ひいては複数名のウルトラマンたちの中にひとりだけ女性ウルトラマンを加入させるキャラクターシフトがオイそれとは使えないのも厳然たる現実ではある。
 よって、シリーズ各作に必ず女性ウルトラマンを登場させるという手法も一歩間違えれば、メインターゲットの男児たちにとっては逆効果となりうるものだし、そこには実にムズカしい采配が要求されることだろう。しかし、女性ウルトラマンの登場を完全にゼロとしてしまうのではなく、何かしらの方策は打つべきではあって、スーパー戦隊シリーズは鑑賞しているような女児層の一部も取り込むことは、サブ的には今後も考えていった方がよい事項だとは思うのだ。



 ところで、ウルトラマンエイティが25年ぶりのゲスト出演を果たした『ウルトラマンメビウス』(06年)第41話『思い出の先生』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20070218/p1)が放映された際に、萩原佐代子は自身のブログで「自身も出演させてェ! 円谷プロさん!」(要約・笑)と記して、ネット上の巨大掲示板・2ちゃんねるなどでは局所的に話題になったものだった(笑)。
 もちろん、当の客演エピソードは『80』第1クールの「学校編」を主題に据えたものだったので、ここにユリアンまで登場させてしまうとドラマ的・テーマ的にもボヤけて破綻してしまうので、それは作劇術的には論外ではあった。加えて、この第41話が放映された2007年1月には、製作スケジュールを考えれば『メビウス』は最終回(第50話)(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20070505/p1)までの脚本はすべてとっくに完成しており、すでに最終回の撮影にも入っていたかもしれないくらいの時期だったから、ユリアン挿入の余地はなかったことだろう(汗)。


 とはいえ、ユリアン=星涼子役としての再演を望んでくれることは、ウルトラシリーズ全体を愛する特撮マニアとしてはこんなに嬉しいことはなかった。


 昨年2010年は『ウルトラマン80 30周年』と銘打って、円谷プロダクションも各種のイベントを仕掛けて、そこに長谷川初範と萩原佐代子も出演してくれていた――実態は円谷プロ主催ではなく、イベント会社側のマニア上がりの社員が持ち込んで実現させた企画だったのかもしれないが、細かいことは気にするな・笑――



 映画『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE(ザ・ムービー)』(09年・ワーナー・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20101224/p1)で、ユリアンはチラリと客演を果たしてはいた。
 しかし、『メビウス』以来の一連と2010年度の30周年イベントが稔りを結んだのだろう。映画『ウルトラマンゼロ THE MOVIE 超決戦!ベリアル銀河帝国』(10年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20111204/p1)では、エイティのボイスを再演した長谷川初範とともに30年ぶりにユリアンのボイスを萩原佐代子が担当することとなったのだ!


――登場してくれただけでも嬉しいのだが、ここでワガママも云わせてもらいたい。映画『ウルトラ銀河伝説』ではウルトラマンコスモスことムサシ隊員を演じた杉浦太陽が円谷プロに直談判の電話を入れたら、岡部副社長が歓迎して彼の出番を急遽つくってくれたそうである。ならば、長谷川と萩原の熊本県への遠方ロケ参加は困難だとしても、ウルトラ一族の長老・ウルトラマンキングの神通力で並行宇宙の壁を超えて同作の舞台となる惑星アヌーへと瞬間移動させてもらったことにでもして、ブルーバック撮影で現地にもチラリと合成登場して、クライマックスではダブル変身も披露! ラストバトルではウルトラマンゼロ・ミラーナイト・グレンファイヤー・ジャンボットの背後でエイティとユリアンも援護の光線射撃をしてほしかった!・笑――


 またまた話は変わるが、ユリアンのソフビ人形は、バンダイのソフビ人形『ウルトラヒーローシリーズ』でも88年12月に発売されている(ASIN:B003AMAOBU)。ただしこのソフビが男性みたいなマッチョな体型だったから、可愛らしい新造形で出し直してほしいのだ。


 余談だが、映画『ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟』(06年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20070128/p1)に登場した昭和のウルトラ6兄弟の着ぐるみも、その顔面が微量に小顔に新造型されていると思われる(?)。映画『ウルトラ銀河伝説』でもウルトラマンキングの着ぐるみはその全身とともに顔面が洗練されたかたちで新造型されていた。
 それならば、ユリアンももう少し可愛い小顔の顔面で新造型してくれないものなのだろうか? 『80』放映終了1~2年後の1982~83年は後年で云うところの「萌え」調のアニメ美少女キャラの顔面デザインが急速に確立した時期でもあった――当時の「大きなお友達」にも人気があった女児向けテレビアニメ『魔法のプリンセス ミンキーモモ』(82年)などがその嚆矢(こうし)――。その直後の84年に発売された本邦初のセル販売形式である特撮オリジナルビデオ『マイティレディ』では、早くも小っちゃなお鼻と小っちゃなオチョボ口に大きなお目々といった美少女アニメ調の小顔にデフォルメされた顔面マスクをしたレオタード地の変身巨大ヒロインが颯爽と登場して、年長マニアたちのスケベな視線を集めてもいた――ググってみると今でもシリーズ(ASIN:B00FOAMRKW)が細々と継続しているようだが・爆――。
 あんな感じの萌えキャラ的な小顔で、ユリアンの新しい着ぐるみもつくり直してほしいものである!(笑)



<こだわりコーナー>


*セラ隊員が所属する「広報班」という部署は、ウルトラシリーズの防衛組織ではUGMが初だと思っていた。しかし、『ウルトラセブン』第45話『円盤が来た』ですでに登場していたことについ最近気がついた(笑)。アマチュア天文家たちから多数寄せられた円盤群の目撃情報を、誤報だと思って業(ごう)を煮やした地球防衛軍の精鋭部隊・ウルトラ警備隊が、その手の通報対応を任せることにした部署が「広報班」だったのである。
 セラ隊員が初登場したのは、第13話『必殺! フォーメーション・ヤマト』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20100725/p1)からの「UGM編」に突入して間もない第15話『悪魔博士の実験室』でのことであり、こんなところにも『80』第13話~第30話までの通称「UGM編」が『セブン』の影響を如実に受けていたことがうかがえる…… と云いたいところだが、こんな1話ぽっきりの部署などは濃ゆいマニアでも覚えていないくらいだろうから、単なる偶然の一致だろう(笑)。


*「ユリアン編」に突入して以降は、矢的と涼子がシルバーガル、フジモリ隊員がスカイハイヤー、イケダ隊員が本来はイトウチーフの専用機であったエースフライヤーに搭乗するというパターンがほぼ定着している。矢的と涼子をいっしょに搭乗させているのは、『ウルトラマンレオ』での「ウルトラマンレオことおおとりゲン隊員」&「変身できなくなったウルトラセブンことモロボシダン隊長」という、ふたりの宇宙人(=ウルトラマン)パターンを久々に採用したことで、コクピット内という密室でのふたりのウルトラマン同士の会話をさせやすくする目論見もあったのではなかろうか? とはいえ、戦闘機内でのそのような会話も皆無に近いかたちで終わったが(汗)。


 ちなみに、イケダ隊員を演じた岡元八郎(おかもと・はちろう)――『80』当時は岡本達哉(おかもと・たつや)名義――は、UGM戦闘機の全種類に搭乗したことがある唯一の隊員であることが小さな自慢であるのだとか(笑)。
 薄汚れている筆者などはこの手の話を聞かされると、氏がCS放送・ファミリー劇場で放映された『ウルトラ情報局』にゲスト出演した際に同作の演出兼・放送作家を務めていた円谷プロ側の秋廣泰生氏あたりが入れ知恵してきたことを、ファンサービスで語っているのだろうとついつい考えてしまうのだが、しかしてそのような言動は必ずしも責められるべきことではないだろう。キマジメな人間が多い特撮マニア諸氏もこれくらいのリップサービスならば、むしろ積極的にしてみせるくらいの方がよいとも思うからだ(笑)。



「『80』は役者の歴史の中で、最高に好きな仕事でした! 昔から二枚目半~三枚目の観客が笑ってくれるものをやりたいと思って演じていましたが、イトウチーフやセラ隊員とギャグを演じる場面はほぼアドリブでした。イケダ隊員は僕の地(じ)そのままです。それをもっと思いっきりやりきればよかったなぁ……。それが唯一の後悔ですね」

(『フィギュア王』プレミアムシリーズ6『ウルトラソフビ超図鑑』(ワールドフォトプレス・10年7月15日発行・ISBN:4846528278)俳優/岡元八郎インタビュー)



 岡元氏は1955(昭和30)年3月16日生まれの第1期ウルトラシリーズ直撃世代であり、当然のことながら小学生時代に遭遇した初代『ウルトラマン』(66年)が好きだったそうである。『80』以外でも特撮ジャンル作品では、『がんばれ!! ロボコン』(74~77年・東映 NET)の劇場版『ロボコンの大冒険』(76年・東映)にキャプテンワルダーの役で出演しているほか、『大鉄人17(ワンセブン)』(77年・東映 毎日放送)、近年でも『超光戦士シャンゼリオン』(96年・東映 テレビ東京)や『超星艦隊セイザーX(エックス)』(05年・東宝 テレビ東京・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20060712/p1)などの特撮ヒーロー作品にもゲスト出演している。
 司会業も営んでいるそうだが、初めての司会の仕事はイトウチーフを演じた大門正明(だいもん・まさあき)氏の妹さんの結婚式だったそうである。特撮マニア的には『ウルトラマンA』第28話『さようなら夕子よ、月の妹よ』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20061111/p1)のロケ地でもある神奈川県箱根市の強羅(ごうら)地区で行われたお祭りで司会を務めた際に、ウルトラマンレオ&レオに変身するおおとりゲンを演じた真夏竜(まなつ・りゅう)に出演してもらったことを契機に、真夏氏が主宰している劇団「真夏座」(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20090426/p1)とも親交を深めているとのことだそうだ。ちなみに、『ウルトラマンメビウス』で防衛組織・GUYS(ガイズ)のイカルガ・ジョージ隊員を演じた渡辺大輔(わたなべ・だいすけ)も、岡元氏と同じ事務所の所属であった。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2012年号』(2011年12月29日発行)所収『ウルトラマン80』後半再評価・各話評より分載抜粋)


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『ウルトラマン80』第48話『死神山のスピードランナー』 ~妖怪怪獣の連綿たる系譜!

マラソン怪獣イダテンラン マラソン小僧・死神走太登場

(作・水沢又三郎 監督・宮坂清彦 特撮監督・高野宏一 放映日・81年3月11日)
(視聴率:関東8.6% 中部13.1% 関西12.2%)
(文・久保達也)
(2011年6月脱稿)


 「走ること」と「マラソン大会」を見るのが大好きで、別名・死神山こと中部山岳地方の大峯山(だいほうざん)で「足の神様」として崇(あが)められていたマラソン怪獣イダテンランが少年の姿へと化身した。
 彼がマラソン小僧としてひと騒ぎを起こしたあとに、それに目をつけた星雲中学校の吉田校長が「中学対抗マラソン大会」の選手としてスカウトをする。しかし、大会当日に吉田校長がライバル校の優勝候補に、猛犬をけしかけた行為がウラ目に出てしまう。実は大のイヌ嫌い(笑)だったイダテンランが、本来の巨大怪獣イダテンランの姿に戻ってしまったのだ!
 そして、ウルトラマンエイティと一戦を交えるも、おとなしく故郷の山へと帰っていく……



「私は例えば『(初代)ウルトラマン』(66年)ではジャミラっていう怪獣の話(第23話『故郷は地球』)が一番好きだったんですよ。宇宙飛行士が地球に帰れなくて置き去りにされて、ああいうかたちになってしまったという。悲哀があって、しかも社会に問題も投げかけてるようなところが好きだったんです。それを中山仁(なかやま・じん)さんや大門正明(だいもん・まさあき)さんが緊迫した表情で「マラソン小僧が――」とか言って(笑)。「これって私の知ってるウルトラシリーズと違う!」と思いましたね」

(タツミムック『検証・ウルトラシリーズ 君はウルトラマン80を愛しているか』(辰巳出版・06年2月5日発行・05年12月22日実売・ISBN:4777802124)星涼子役 萩原佐代子インタビュー)



 初代『ウルトラマン』の中でもいわゆるアンチテーゼ編の傑作である第23話『故郷は地球』をよりにもよって、ここでサラッと持ち出してくるとは…… これではまるで往年の第1期ウルトラシリーズ至上主義者たちの発言と変わりないではないか?(笑)


 萩原佐代子(はぎわら・さよこ)は1962年生まれであるから、世代的には初代『ウルトラマン』(66年)から『ウルトラマンA(エース)』(72年)あたりの作品のイメージが強いのかもしれない。あるいは女性なので、男子の兄弟でもいなければウルトラシリーズは視聴していなかったとも思われる。よって、後付けで後学のために鑑賞したウルトラシリーズや、ネット上で散見などした第1期ウルトラシリーズ至上主義かつアンチテーゼ編至上の特撮マニアたちの意見などで「特撮マニアの平均的な見解とはこういうものなのか……」と思い込んで、リップサービスしている面もあるのかもしれない。


 サービス業でもある役者さんたちは、それくらいの意識で発言をするのもむしろ望ましいくらいではある。しかし、我々評論オタクたちは、マニア間での空気・同調圧力に合わせてモノを云っているようでは失格なのである(笑)。


 とはいうものの、公的には萩原は幼少のころから特撮ヒーロー作品が大好きだったとも云っており、ウルトラシリーズや東映のスーパー戦隊シリーズをよく観ていたそうなので、それを信じるのであれば、やはり心の底からの本心からの発言なのかもしれない(爆)。ただまぁジャミラの回への感慨は我々同様、幼少期のものではなく思春期以降の再放送で鑑賞した際の感慨だろうが(笑)――スーパー戦隊の元祖『秘密戦隊ゴレンジャー』(75年)放映の時点でももう中学生だしなぁ・笑――。


 今回は本エピソードと似たような「妖怪」の怪獣を題材としていた、第40話『山からすもう小僧がやって来た』の脚本も担当されていた水沢又三郎の担当回でもある。


 第40話評(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110129/p1)でも詳述したことを一部、ここでも繰り返しておこう。


 水沢又三郎とは、大映テレビ製作の連続テレビドラマ『明日(あした)の刑事』(78年・TBS)や『噂の刑事トミーとマツ』(79年・TBS)や東映の刑事ドラマ『特捜最前線』(77~86年)などの大人向けテレビドラマでもすでに活躍されていた江連卓(えづれ・たかし)のペンネームであったことが、同人誌『江連卓 その脚本世界』(96年・本間豊隆)におけるご本人へのインタビューで判明している。
 『80』放映終了後の1980年代にはヒットメーカーとして、大映テレビ製作のテレビドラマ『不良少女とよばれて』(84年・TBS)・『青い瞳の聖ライフ』(84年・フジテレビ)・『少女が大人になる時 その細き道』(84年・TBS)・『乳兄弟(ちきょうだい)』(85年・TBS)・『ヤヌスの鏡』(85年・フジテレビ)・『このこ誰の子?』(86年・フジテレビ)・『プロゴルファー祈子(れいこ)』(87年・フジテレビ)などの大ヒット作のメインライターをほとんどひとりで全話を執筆する勢いで務めていた。
 特撮変身ヒーローものでも、『宇宙鉄人キョーダイン』(76年)や『(新)仮面ライダー』(79年・通称「スカイライダー」・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210102/p1)に参加して両作ともに途中からメインライターに昇格しており、東映作品では『仮面ライダースーパー1(ワン)』(80年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210822/p1)や『おもいっきり探偵団 覇悪怒組(はあどぐみ)』(87年)や『仮面ライダーBLACK RX』(88年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20001016/p1)のメインライターも務めている。


 水沢又三郎のペンネームは、氏が私淑する童話作家・宮沢賢治(みやざわ・けんじ)の作品『風の又三郎』(1934(昭和9)年)から取ったものだそうだ。


 『風の又三郎』といえば、本作『80』中盤までのメインライターでもあった阿井文瓶(あい・ぶんぺい)氏もまた、宮沢賢治に心酔(しんすい)していたそうである。第2期ウルトラシリーズ以降の作品群に対しても目配せしている特撮マニア諸氏であれば、ここで阿井文瓶がシナリオを担当していた『ウルトラマンタロウ』(73年)第32話『木枯し怪獣! 風の又三郎』のことも想起しただろう。
 このエピソードは、ボロボロのコウモリ傘で空を飛んで、木の葉を自在に操る超能力を持っており、レギュラーの白鳥健一(しらとり・けんいち)少年と仲良くなるも、木枯し怪獣グロンがウルトラマンタロウに倒されるや、風とともに去っていった不思議な少年・ドンちゃんを登場させており、『風の又三郎』に対するオマージュを全開にしたジュブナイル・ファンタジーとしての傑作に仕上がっていた。


 ただまぁ、このエピソードも子供の時分に視聴するよりも、大人(もしくは高校生以上)になってからはじめてその滋味がわかるような作品ではあるので、アンチテーゼ編や異色作やヒューマンなストーリーとなっている子供番組一般にいえることなのだが、良作ではあっても子供番組としては手放しで絶賛してもよいのかは悩むところもあるのだが……



 本エピソードのアラスジとしては、ほぼ先の第40話と同じである(笑)。


 ただし今回は、高校駅伝で走ることが夢だったのに、母の病気で家業の青果店を継ぐために、高校進学をアキラめねばならなくなってしまい、


「走ったってしょうがねぇよ……」


 などと自暴自棄に陥(おちい)っていた中学生の少年・辰巳正夫(たつみ・まさお)をゲスト主役に据えている。


・彼がマラソン大会に挑戦している姿と、実は病気で手術に臨(のぞ)んでいる母・和枝(かずえ)の姿をオーバーラップ
・我らが主人公にして防衛組織・UGMの隊員である矢的猛(やまと・たけし)が、正夫のコーチを買って出て柔軟体操を施(ほどこ)す姿
・大会当日には矢的がUGMのメンバーらとジープに乗ってメガホンで応援


 などなど、ほぼコメディ一辺倒であった第40話と比べるとドラマとしての厚みを若干(じゃっかん)持たせてはいる。


 本エピソードは、どことなく『80』第4話『大空より愛をこめて』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20100523/p1)にも似ているところがある。


 姉に結婚話が、父にも再婚話が舞いこんだことによって、


「世の中なんか、ブッ壊れてしまえばいいんだ!」


 などと腐(くさ)っていた、『80』第1クールで矢的が中学教師も兼任していた「学校編」では、彼が受け持つクラスのレギュラー生徒でもあったススムの境遇にも偶然だろうが似ているからなのだ――ちなみに、このススムのアダ名は「スーパー」。家業が青果店が大きくなった程度の、いわゆるパパママ・ストア(家族経営)であったスーパーマーケットにちなんでいた・笑――。



マラソン小僧「エイホッ、エイホッ、エイホッ、エイホッ、エイホッ……」


 マラソン時の掛け声と風が吹き抜けていく効果音(笑)とともに、颯爽と走り抜けていくマラソン小僧。


 彼の起こす突風でマラソン小僧の周囲を走る者たちが吹き飛ばされて土手から転げ落ちたり(!)、彼に挑戦しようとした陸上部と思われる学生たちも敵わなくてヘタりこんだってしまったりと、第40話に登場した「すもう小僧」と同様に本人には悪気(わるぎ)はないものの、人間社会では大迷惑となっている姿がコミカルに描かれていく。


 だが、黄色いハチマキを頭にシメめてはいるものの、全身が赤いボディタイツ・虎模様の毛皮のベスト・パンツ・サポーターをまとっているという彼のスタイル。それは、マラソン小僧というよりは、かつてフジテレビが『火曜ワイドスペシャル』の枠で、70年代後半から90年代にかけての月に1回、90分枠で放送していたコント番組『ドリフ大爆笑』(77~00年)の中で、ザ・ドリフターズのメンバー・いかりや長介(故人)・高木ブー・仲本工事が扮していた「カミナリさま」のコントのコスプレにそっくりなのである(笑)。


 その見てくれで視聴者を過度にシラケさせないために、そしてそのバカバカしさを中和させるためであろうか、マラソン小僧を演じるゲスト子役の小林聖和クンが、まさにジャニーズ・ジュニアもかくやと云わんばかりのけっこうなイケメンだったりするのだ。よって、そのギャップの激しさは、「笑い」へと見事に転化を遂げており、観ていてついつい笑みがこみ上げてきてしまう。まさに水と油である役どころとキャスティングの掛け合わせの勝利でもあるのだろう。


 そのキャラクターも、宮沢賢治の牧歌的な童話の世界から飛び出してきたというよりかは、吉田校長に死神山から来たマラソン小僧だからと「死神走太(しにがみ・そうた)」(!)などと悪趣味な名前を付けられたことに対して、


「死神走太か。カッコいい名前じゃん!」


 などとそのブラックユーモアなネーミングを余裕で喜んでいたりといった調子であり、まさにこれから盛んになる80年代的な「軽佻浮薄」なノリの先駆けを全編にわたって爆発させていたりもするワケで、エモーショナルな作風だった『木枯らし怪獣! 風の又三郎』などともまったく異なっており、第1期ウルトラシリーズ至上主義ともまた異なった文脈でならば、


「私の知ってるウルトラシリーズとは違う!」


 というツッコミ自体は、充分に成立のする余地はあるとも思われる(笑)。


 校長室で好物の山イモとダイコンをバリバリと喰っていたマラソン小僧は、その様子をのぞき見していた生徒たちに


「山ザル、山ザル、サル人間! お尻もお顔も真っ赤っか~!」


 などとバカにされてしまう。


 ジュブナイル・ファンタジーとはいえ、この場面に関してだけは妙にリアルではある。我々のような子供のころからオトナしくて目立たなかったオタク族たちとは異なり、一般的な元気な男の子たちはこういう差別心に満ち満ちた揶揄(やゆ)を平気でするからなぁ。人間一般とは邪悪な存在なのである(汗)。


 これに怒ったマラソン小僧はイダテンランの姿へと巨大化! 夜の大都会を走り回る!


 しかし、特に人間社会を破壊しようという意図ではなく、あたかも暴走族のように走り回ることでうっぷん晴らしをしているといった趣(おもむき)ではある。特撮ミニチュアセットの中を走るイダテンランの姿を真横からカメラが追いかけて、ローアングルのアップで撮られたビルや民家・歩道橋などがその足元で破壊されていくサマを交錯させる演出が、まさにそのことを的確に表現している。


 こういう描写は、往年の怪獣映画の名作『空の大怪獣ラドン』(56年・東宝)の特撮演出も彷彿(ほうふつ)とさせるものがある。この名作怪獣映画では、ただ大空を飛んでいるだけの翼竜・ラドンの下界で、巻き起こされた暴風によって民家の瓦屋根や自動車や電車が吹き飛ばされていくサマがアップで映し出されていくのである。たとえ悪意はなくとも、ただ生息して飛行したり走行したりといっただけで、怪獣は人間社会を徹底的に破壊してしまうということでもあるのだ。


 初期東宝特撮映画のマニアや第1期ウルトラシリーズ至上主義者たちが70~80年代にかつて好んで用いていたフレーズに「怪獣は大自然の象徴である」というものがあった。イダテンランは野生の生物ではなく妖怪とでもいった存在なのだが、人間世界の常識にはとらわれずに悪意なく行動したことがそのまま破壊活動にもなってしまうという意味では、イコールではなくとも近似した存在だとはいえるだろう。
――まぁメタ的に観れば、この手の作品での「怪獣による破壊描写」というノルマを果たすために、そしてそれによって「ウルトラマンが敵怪獣を排除してもよい」という理由を付けるための、これらの描写ではあるのだが・笑――


 これにより、悪意のない怪獣だから故郷の山へと戻そうとする穏健派の主人公・矢的隊員と、人間社会に危害を加える怪獣だから抹殺すべきだと主張する強硬派のイトウチーフ(副隊長)の、双方ともに理があるちょっとした対立劇をも生み出している。


・『帰ってきたウルトラマン』(71年)第13話『津波怪獣の恐怖 東京大ピンチ』~第14話『二大怪獣の恐怖 東京大竜巻』の前後編に登場した、津波怪獣シーモンス&竜巻怪獣シーゴラス夫妻
・『ウルトラマンタロウ』第4話『大海亀怪獣東京を襲う!』~第5話『親星子星一番星』の前後編に登場した、大亀怪獣キングトータス・クイントータス・ミニトータスの親子


 まさに「大自然の象徴」であった野生の怪獣たちをめぐって争われた、防衛組織の現場部隊とその上層部の対立図式までをもミクロなかたちで再現されているのだ。


 インドのヒンズー教由来で仏教とも神仏習合したうえで渡来した駿足(しゅんそく)の神さま「韋駄天(いだてん)」と、「RUN(ラン)」(「走る」という意味の英語)の単語を接合させたダジャレ的なB級ネーミングの通りに、イダテンランは側面から背面にかけては流れていくように、まさにつむじ風が走り抜けるイメージでナルトのような螺旋状のウズを巻いた模様が多数モールドされており、それが縄文時代の火焔土器のような模様となって背面の方に体積のボリュームが盛られているデザインとなっている。
 その顔面は小さくて可愛く、クリッとした離れた両眼に上向いた鼻の穴と、その風貌はどちらかといえば獅子舞などにも近いものがあるのだが、その手足は装飾が非常に簡略化されており、特にその両脚はヒーローや70年代の東映作品に登場していた敵の怪人たち並みに人間の脚のシルエットがそのまま出ているスタイルとなっている。


 この軽量化された両脚の着ぐるみによって、イダテンランは特撮スタジオの中で小走りに全力疾走してみせる!


 そして、本エピソードの後半でのエイティとのバトルでは、ジャンプしてエイティに飛びかかったり、エイティの周囲をグルグルと駆け回って巨大竜巻のような青い光学合成のウズを巻き起こして、エイティの動きを封じこめるといった軽快な技を披露することも可能となっている。両者の軽快なアクションは、それと同時に巨大感を相殺してしまうものでもあるので、両者の足元には土手やコンクリの堤防や自動車のミニチュアを用意して、その相殺を少しでも緩和をすることも忘れてはいない。


 本エピソードの性質上、バトルの尺がやや短いのは惜しまれるのだが、こういう軽量タイプの着ぐるみこそスピーディーで迫力のあるバトルを展開するのに最も適しているのは事実だろう。日本の怪獣映画の元祖『ゴジラ』(54年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190601/p1)がそうであり重厚な動きであったからと、スーツアクターの苦労やアクションの面白さを考えないで、怪獣の擬人化された動きも過度に否定して、ただひたすら重いだけで動きにくい怪獣のスーツを讃美するような風潮が1980~90年代の特撮マニア間ではたしかにあったのだ。
 しかし、『ウルトラギャラクシー大怪獣バトル』(07年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20080427/p1)で、主役の怪獣ゴモラをはじめとするあまたの怪獣たちが擬人化されたようなアクロバティックなアクションを披露してもケチを付けられるどころか、皆が喜んで絶賛しているように変化してしまった当今を見ていると、いつのまにか時代の方がはるかに先を行ってしまったようでもある(笑)。


 まぁ、『ゴジラ ファイナル・ウォーズ』(04年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20060304/p1)や『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE(ザ・ムービー)』(09年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20101224/p1)でのスピーディーでアクロバティックな着ぐるみワイヤーアクションを経過した現在、古典的な主張を繰り広げていた特撮マニアたちも今では高齢化して枯れてしまって少数派となってしまったか、筆者のように宗旨替えして変節を遂げてしまったか?(爆)


 ちなみにイダテンランの鳴き声は、初代『ウルトラマン』第11話『宇宙から来た暴れん坊』に登場した脳波怪獣ギャンゴや、同作の第22話『地上破壊工作』に登場した地底怪獣テレスドンなどに使用された定番のものを流用している。この鳴き声は第42話『さすが! 観音さまは強かった!』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110212/p1)に登場したムチ腕怪獣ズラスイマーでも使用されたばかりであり、1年間のシリーズ作品も後期になると定番の声の流用で済ませてしまうのは昭和ウルトラシリーズの悪しき伝統ではある(笑)。


 マイルドそうな「日本むかし話」路線であるのにもかかわらず、今回は夜の大都会を疾走するイダテンランを、


エイティ「イダテンラン、おまえは死神山に帰れ!」


 などと説得するために、前半Aパートの終盤で早くも矢的隊員はウルトラマンエイティに変身している。


 『80』にかぎらず、『ウルトラマンレオ』(74年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20090405/p1)を除いた昭和のウルトラシリーズでは主人公が各話で2回以上の変身をした例はほとんどなかったことから、その意味でも貴重な回ではある。


 そして、くだんのマラソン大会が開催されたのだが――マラソン小僧だけがゼッケンをつけてないぞ! などというツッコミはヤボだぞ(笑)――。


 当初は、


「くやしかったらオレを抜いて見ろ!」


 などと正夫を挑発していたマラソン小僧だが、必死で頑張っている正夫の姿に感動したのか、


「オレはおまえみたいなヤツに会うと嬉しくなってしまうのサ。……いっしょに走ろうゼ!」


 などと云って並んで走っているといった良いムードとなってしまう。しかし、それに業を煮やした吉田校長が、愛犬のシェパード――名前はドラゴン!・笑――に正夫の脚に噛みつくようにケシかけてくる! 実にヒドい行為なのだが(汗)、吉田校長演じる喜劇色豊かな梅津栄のコミカルな演技がそれを緩和して、あくまでも寸止めにされて過剰にイヤな感じになってしまうことは避けているあたりは、演出と役者さんの腕の見せどころでもある(笑)。


 かつて野犬に足首を噛まれたことがある経験から、大のイヌ嫌いなマラソン小僧が驚いて――おおげさな演技が絶品・笑――、本来のイダテンランの姿に巨大化してしまった!


 矢的隊員や星涼子(ほし・りょうこ)隊員、フジモリ隊員にイケダ隊員が搭乗しているジープを右手前に小さく配して、その背景にある土手の上の青空にイダテンランが出現する! という特撮合成カット。
 それもさることながら、画面の下側には林立する木々を高速でナメながら、走行しているイダテンランを真横から捉えたあとに、吉田校長と木村コーチの目線で画面手前に全力疾走してくるイダテンランの特撮カットも大迫力! たしかに、ただひたすらに高速で走って迫ってくる怪獣というのもメチャクチャ怖いよなぁ(笑)。


 これらの場面で再度、矢的はウルトラマンエイティに変身する!


 濃いオレンジ色の顔をアップに、頬(ほお)を風船状にふくらませる――息を吸いこんでタメている――といった凝ったギミックを披露したあとで、先に挙げた『木枯らし怪獣! 風の又三郎』にも登場した木枯し怪獣グロンもそうであったように、イダテンランは口から猛烈な突風を巻き起こして――突風は青い線画合成にて表現!――、木村コーチは川へと転落! 吉田校長は高い木の上で宙づり状態になってしまう!(笑)


 私立である星雲中学校の名声を高めて入学してくる生徒が増えることを期待して、マラソン小僧を利用した吉田校長のマイナスの精神エネルギー、というかマイナスの物理的な直接行為(笑)が、マラソン小僧を再度、怪獣化させてしまったのだ!


 イダテンランはその天然の行為が人間社会に危害を与えてしまう「大自然の象徴」(?)であるだけではなく、きちんとマイナスエネルギーを由来とする『80』怪獣としての要素も満たしていたのであったのだ!?(笑) ただし、大自然からのシャレにならない復讐ではなく、ちょっと懲らしめる程度で抑えているところが、陰欝(いんうつ)に陥(おちい)らなくて好印象でもある。


 そういう文脈においては、冒頭で紹介したインタビューの中で、ウルトラ一族の王女さま・ユリアンこと星涼子隊員役であった萩原佐代子が、


「中山仁さんや大門正明さんが緊迫した表情で「マラソン小僧が――」とか言って(笑)」


 などと、UGM司令室で隊員一同がイダテンランについて語っている場面は、たしかに今回のような作風のエピソードの中では妙に浮いて見えてしまう可能性もあるのだが、このシーンがなければ本エピソードにおけるUGMの登場余地もなくなってしまうのだ(笑)。


 前回の第47話『魔のグローブ 落し物にご用心!!』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210224/p1)では、オゾン層の破壊で滅亡したオリオン座のブレイアード星の逸話(いつわ)をつい語ってしまった涼子に、オオヤマキャップが不審感を抱いたことから、


「会議の最中、おとぎ話なんて不謹慎だよ!」


 などと矢的がすかさずゴマカしてみせる場面があったのだが、今回のようなマイルドな作風のエピソードでは、むしろイダテンランについて、隊員一同にコミカルに明るく論じさせた方がよかったのかもしれない。しかし、マジメに演じさせることでのギャップ的なオカシみといったものも確実にあることから、どちらがよかったのかについての判断はムズカしいところではあるのだが(汗)。


 ただし個人的には、同様にマイルドなコミカル編であった第39話『ボクは怪獣だ~い』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110122/p1)にも感じたことなのだが、妙に緊迫感があったり辛気臭(しんきくさ)かったりする場面は、この手の作風のエピソードにはふさわしくないようには思うのだ。もちろん過度に軽躁的に演じる必要もないのだが、第37話『怖(おそ)れていたバルタン星人の動物園作戦』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110108/p1)のように、隊員たちの描写も含めて適度にアッケラカンとしたノリで、演出や演技を付けていった方がよいように思えるのだが、いかがであろうか?


 第43話『ウルトラの星から飛んで来た女戦士』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110219/p1)で「ユリアン編」の開幕を描いていた水沢又三郎こと江連卓氏の脚本作品であるのにもかかわらず、矢的と涼子の関係をめぐるドラマが皆無に近いのも少々残念ではある。今回の涼子は、


「矢的、超能力を使うけど、いいわね!?」


 などと、星雲中学の校長室での吉田校長の悪だくみを矢的と盗聴する場面で唯一、ユリアンらしさを発揮するのみなのである。もっとも、この場面では光学合成などではなく、矢的と涼子が耳をピクピクと動かすさまをアップで捉えることによって、特撮合成なしで超感覚を発揮する様子を演出しており、それもまた見どころといえば見どころではある(笑)。


 それと今回の涼子は、髪型とメイクがこれまでとは微妙に異なっている。前回の第47話は傑作だったとは思うものの、イジワルに観てしまえば、自分はオモテに出ずに矢的に付き従っている、やや「かよわき古風な女性」というイメージも涼子に感じられたものであった。それと比すると、今回はどちらかといえば快活なイメージが感じられるのだ。


 本話の監督は宮坂清彦。『ウルトラセブン』(67年)以来、歴代ウルトラシリーズの特撮班や本編班に参加してきた助監督上がりの御仁だが、『80』も終盤を迎えるにあたっての花向けなのだろうか、このエピソードで監督デビューも飾ったのだった! 氏はその後、一般のテレビドラマや2時間ドラマなどの助監督や監督などでも活躍。ジャンル作品では『世界忍者戦ジライヤ』(88年)や『機動刑事ジバン』(89年)などにも助監督や監督として参加している。



 前回と同様にバトルシーンでは、『80』の第40話からの主題歌である『がんばれウルトラマン80』が流される――やはりこのマイルドな歌曲は本エピソードのようなマイルド路線の方がふさわしいのかもしれない?・笑――。


 エイティは両腕を手前に突き出して、オレンジ色のリング状の光線を連続して発射する「リングリング光線」で、イダテンランをマラソン小僧の姿へと戻した。


 第24話『裏切ったアンドロイドの星』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20101009/p1)では戦闘円盤ロボフォーに、第25話『美しきチャレンジャー』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20101016/p1)では変身怪獣アルゴンの円盤に対して、エイティはほぼ同じタイプの光線技に見えるイエローZレイを発射している。このイエローZレイはメカの計器類を狂わせる特性があると設定されていた――多分、『80』放映当時の設定ではないのだが、ナットクできる後付け設定ではある――。しかし、「リングリング光線」という非常に安直なネーミングがどうにもなぁ……(笑)



 正夫はマラソン大会で見事に優勝して、母・和枝の手術も無事に成功。マラソン小僧もおとなしく死神山へと帰っていく……


――生徒たちの安全を考えたら、怪獣が出現したら即座にマラソン大会なんて中止にすべきだろ! などとリアリズムで考えるのはヤボだぞ(笑)――


 『風の又三郎』のようなテイストか? というと、それは怪しいが(笑)、これはこれで爽やかな心地よい風が全編を吹き抜けているエピソードにはなっている。


ウルトラシリーズにおける「妖怪怪獣」たちの連綿たる系譜!


 ところで、先にも引用した、


「中山仁さんや大門正明さんが緊迫した表情で「マラソン小僧が――」とか言って(笑)。「これって私の知ってるウルトラシリーズと違う!」と思いましたね」


 などというユリアン=星涼子役こと萩原佐代子による発言は、正当なものだっただろうか?


 いやもちろんある程度までは正当なのだが(笑)、賢明なマニア諸氏であれば、歴代ウルトラシリーズには今回のイダテンランのような妖怪怪獣たちが連綿と登場してきたこともご承知のことだろう。


 『80』第42話『さすが! 観音さまは強かった!』評(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110212/p1)でも詳述させてもらったことを、ここでも繰り返そう。


 昭和ウルトラ怪獣には純粋な「生物」「動物」とは云いがたい、


●伝説怪獣ウー
●伝説怪人ナマハゲ
●邪神カイマ(邪神超獣カイマンダ)
●閻魔怪獣エンマーゴ
●臼怪獣モチロン
●三つ首怪獣ファイヤードラコ
●相撲怪獣ジヒビキラン
●マラソン怪獣イダテンラン


 といった、スピリチュアルな「妖怪」や「精霊」や「低級神」が、巨大化・実体化・物質化したような怪獣たちも多数登場してきた。広い意味では、


●怪獣酋長ジェロニモン
●地球先住民ノンマルトの使者である真市(しんいち)少年の霊(!)
●水牛怪獣オクスター
●牛神男(うしがみおとこ)
●天女アプラサ
●獅子舞超獣シシゴラン
●白い花の精


 庶民の信仰エネルギーで付喪神(つくもがみ)と化したのか、神仏が天上世界からチャネル(霊界通信)してきたのか、その両方・双方向からのものなのか、劇中で斬首されたウルトラマンタロウのナマ首を、読経が鳴り響く中でその神通力で元に戻してしまったお地蔵様(!)や、今回の巨大観音像などもコレらのカテゴリーに当てはまることだろう。


 70年代末期~90年前後のオタク第1世代によるSF至上主義の特撮論壇では、「SF」ならぬ「民話」的なエピソードや怪獣たちは否定的に扱われてきたものだ。しかし、実は怪獣のみならず宇宙人から怨霊・地霊・妖怪までもが実在している存在として扱われている、


 大宇宙 → ワールドワイドな世界各地 → ローカルな田舎


 までもが、串刺しに貫かれて同一世界での出来事だとされており(笑)、万物有魂のアニミズム的にすべての事象が全肯定されているウルトラシリーズの世界観に、「現実世界もかくあってほしい!」的な願望やワクワク感をいだいていた御仁や子供たちも実は多かったのではなかろうか?――往時のマニアたちはまだまだボキャ貧であり、それらの感慨をうまく言語化・理論化はできなかったのであろうが――。


 しかし、1990年代中盤にテレビで平成ウルトラシリーズが始まってみれば、この超自然的な怪獣や歴史時代の人霊の系譜も引き継がれていたのだ!


●宿那鬼(すくなおに)
●妖怪オビコ
●地帝大怪獣ミズノエリュウ
●童心妖怪ヤマワラワ
●戀鬼(れんき)
●錦田小十郎景竜(にしきだ・こじゅうろう・かげかつ)


 といった怪獣や英霊がワラワラと登場してきたのだ! そして、それらのキャラクターたちに対して、特撮マニアたちが「怪獣モノとしては堕落である!」「邪道である!」などといったような糾弾を繰り広げるということもまるでない。むしろウルトラシリーズの幅の広さとして、どころか傑作エピソードとして肯定されていたりもするのだ(笑)。


――個人的には、それならば昭和ウルトラの伝奇的なエピソード群に対しても、それまでの低評価を改めて自らの過ちも贖罪して、批評的に冷静でロジカルに再評価の光を改めて当てるべきであったと思う。しかし、なかなかそこまで論理の射程を伸ばすことができるような御仁は極少だったようではある(汗)――


 そういう意味では本エピソードは、ウルトラシリーズの本道とはいえないまでも、副流としては正統な路線でもあったのだ。


 第1世代の特撮ライターの中でも、ウルトラシリーズを「SF」として、あるいは「SF」のサブジャンルとして位置づけて持ち上げようとしてきた池田憲章(いけだ・のりあき)先生とは異なり、同じく第1世代の特撮ライターでも竹内博(酒井敏夫)先生は早くも第3次怪獣ブーム時代のウルトラシリーズ主題歌集であったLPレコード『ウルトラマン大百科!』(78年)のライナーノーツで、「ウルトラシリーズとは『SF』ではなく現代の『民話』といったところが本質だろう(大意)」といった趣旨のことを記していたと記憶している。
 妖怪怪獣が登場するエピソードに対して、我々が意外と違和感をおぼえないのは、潜在的にもこのような意識が働いていたからであり、竹内博先生がすでに編み出していたこのロジックが今でも擁護や正当化に使えるハズである。


 イダテンランやジヒビキラン、『ウルトラマンタロウ』第49話『歌え! 怪獣ビッグマッチ』に登場した歌好き怪獣オルフィなどは、ウルトラマンに倒されずに去っていった……
 ということは、昭和ウルトラシリーズの世界にはまだ彼らは存在しているハズである。だから、昭和ウルトラシリーズの25年ぶりの正統続編『ウルトラマンメビウス』(06年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20070506/p1)でも、イダテンランやジヒビキランやオルフィの後日談エピソードをつくってほしかったと思っていたのは筆者だけではないだろう!? みんなも白状してそう思っていた方々はここで挙手しなさい!(笑)



<こだわりコーナー>


*吉田校長を演じた梅津栄(うめづ・さかえ)は、


・初代『ウルトラマン』第13話『オイルSOS』で、タンクローリーが油獣ペスターに襲われる場面を目撃する酔った男
・『ウルトラセブン』第41話『水中からの挑戦』で、水棲怪人テペト星人に殺害される日本カッパクラブのメンバー・竹村
・『80』第26話『タイムトンネルの影武者たち』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20101023/p1)で、藤原源九郎(ふじわら・げんくろう)


 なども演じてきた昭和ウルトラシリーズ常連で、ルックス的にも喜劇調の演技を得意とする名バイプレイヤー(脇役)であった。ほかにも、


・『仮面ライダー』(71年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20140407/p1)第82話『怪人クラゲウルフ 恐怖のラッシュアワー』で、レギュラーのおやっさんこと立花藤兵衛(たちばな・とうべえ)の友人で、ゲルショッカー怪人クラゲウルフに乗り移られる中村
・『キカイダー01(ゼロワン)』(73年・東映 NET→現テレビ朝日)第22話『本日の特別授業は殺人訓練?!』では佐々木先生
・『仮面ライダーX(エックス)』(74年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20141005/p1)第27話『特集 5人ライダー勢ぞろい!!』で、GOD(ゴッド)怪人ネプチューンが化けた講談師
・『超神(ちょうじん)ビビューン』(76年・東映 NET)第15話『明日が見える? 命盗みの天眼鏡』で、妖怪カラステングの人間体
・『宇宙刑事ギャバン』(82年・東映 テレビ朝日)第18話『乙姫様コンテスト ハチャメチャ竜宮城』で、怪人アオガメダブラーの人間体である亀田博士


 などなど、東映ヒーロー作品にも数多く出演してきた御仁でもある。


 テレビ時代劇の悪役での出演は数知れず、『必殺仕掛人』(72年・松竹 朝日放送)第1話『仕掛けて仕損じなし』以来、『必殺』シリーズにも多数ゲスト出演しており、『必殺仕事人Ⅳ』~同『Ⅴ』(83~85年・松竹 朝日放送)では広目屋の玉助役でレギュラー出演していた――レギュラーである10代の青年である仕事人・西順之助を追いかけ回しているオカマのコミックリリーフ・キャラだった・笑――。


 長年の特撮マニアたちには、なんといっても『恐怖劇場アンバランス』(73年放映・69~70年製作・円谷プロ フジテレビ)第10話『サラリーマンの勲章』が印象深いだろう。家族も会社の地位も捨ててバーのホステスと新しい生活を始めようとするも、暗転する運命をたどることになる犬飼課長役で珍しく主演を務めていたからだ。出世競争なぞよりも一杯のコーヒーをゆっくりと味わう時間を楽しみたいと考える筆者としては、この作品にはおおいに共感せずにはいられなかった。もっとも、同作が製作された高度経済成長であればともかく、現在ではこうした生き方もさほど異端視されることもなく許容される時代になっているあたりは隔世の感がある。


*本文中ではふれられなかったほど出番も少なく、子役俳優であることからオープニングにもクレジットされてはいないが、各種のマニア向け書籍によれば、正夫の妹・道子を演じた子役は赤井祐子(あかい・ゆうこ)という名前であるらしい。若いころはこうした子役女優には一切興味がなかったのだが、それくらいの年頃の娘がいてもおかしくない年齢に達したせいか、よくぞこんなカワイイ娘を連れてきたものだと改めて感心してしまう(笑)。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2012年号』(2011年12月29日発行)所収『ウルトラマン80』後半再評価・各話評より分載抜粋)


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死神山のスピードランナー

ウルトラマン80 Vol.12(第45話~第47話) [レンタル落ち]
(上記の図版は#45~#47を収録したDVD。#45~47評ではこの図版を使用しなかった関係で、この#48評の方に配置・汗)
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ウルトラマン80 47話「魔のグローブ 落し物にご用心!!」 ~ダイナマイトボール攻撃が強烈!

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『ウルトラマン80』第47話『魔のグローブ 落し物にご用心!!』 ~ダイナマイトボール攻撃が強烈!

紫外線怪獣グロブスク登場

(作・石堂淑朗 監督・東絛昭平 特撮監督・佐川和夫 放映日・81年3月4日)
(視聴率:関東8.2% 中部12.0% 関西11.9%)
(文・久保達也)
(2011年6月脱稿)


 今回は珍しく防衛組織UGMの気象班・小坂ユリ子隊員とオオヤマキャップ(隊長)のカラみから物語がはじまる。


 ここ数日、太陽光線の中の「紫外線」の分量だけが減少を続けているという異常事態にユリ子が気づいたのである。


 夕焼け空の中に突如として浮かび上がった美しいオーロラを見上げる市民たち。そして、その隠した正体は我らがウルトラマンエイティこと主人公・矢的猛(やまと・たけし)隊員とウルトラ一族の王女さま・ユリアンこと星涼子(ほし・りょうこ)隊員。
 しかし、日が沈むとともに、そのオーロラもまた姿を消していった…… そのあとに起こる怪事件の前兆を端的に表現した、実に秀逸(しゅういつ)な導入部の演出である。


 少年野球チームでセンターを務める玉井正(たまい・ただし)。


・第41話『君はゼロ戦怪鳥を見たくないかい?』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110205/p1)のゲスト主役が「ゼロ戦おたく少年」、つまり「戦闘機」ネタだったから「武」の一文字を付けて「武夫(たけお)」
・第42話『さすが! 観音さまは強かった!』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110212/p1)のゲスト主役は、観音像に「願掛け」をするような信心深い少年だから、「信仰」の「信」の一文字を取ってきて「信夫(のぶお)」


 彼らに続いて、野球少年だからその名前に「玉」の一文字を入れるとは、実に『80』での石堂脚本回らしい漫画チックなネーミングである(笑)。


 彼は試合中にエラーをして、相手チームの打者にランニングホームランを与えてしまった。


「バカヤロ~~っ!!」
「なにやってんだよ~~!!」
「帰れ、もう~っ!!」


 とチームメイトからは猛烈な非難の嵐。


 正クンは手にしたグローブを見つめて、ゲンコツで殴って地面に叩きつけた!


正「クソっ! おまえが悪いんだ! おまえのせいだぞ~っ! クソ~っ!」


 叩きつけたグローブを足で強く踏みつけてしまう正クン。運動オンチの筆者としては、かつては正クンと同じように球技大会ではクラスの足を引っ張ることばかりやらかしていたために――もうそれだけで立派なイジメの対象となってしまう――、この場面には妙に感情移入をしてしまうのだ(笑)。


 そのままグラウンドにグローブを放置して帰ってしまう正クンだった。しかし、帰宅した正クンは、母・よし子にこっぴどく叱られてしまう。


 ちなみに、同じく石堂先生が脚本を執筆された第45話『バルタン星人の限りなきチャレンジ魂』のゲスト主役・山野正也(やまの・まさや)少年の母の名前も「よし子」であった。怪獣の出現理由のユニークさや、抱腹絶倒のセリフ漫才などのアイデアが光る石堂先生も、このあたりは安直だったりする(笑)。


よし子「あのグローブは3年間、ずっとアンタの左手の友だちだったのよ~! 4月から中学に行くアンタの小学校の最高の思い出の品じゃないの!?」


正「だってアイツのおかげでランニングホームラン喰らって、ぼくは最低守備賞をもらったんだぞ!」


よし子「そんなのグローブさんの責任じゃないでしょ! 正の守備がヘタだったからでしょ! ひろってらっしゃい! でないとウチに入れません!」


 「グローブさん」(爆)などと野球のグローブごときに敬称をつける一方で、「守備がヘタだったから」(爆)などと傷心する正クンにさらに追いうちをかけてしまうようなママ・よし子!
 実に正論なのだが、たとえ正論であってもそれが人の心を救ってみせるとはかぎらないのである(汗)。しかしだからと云って、グローブや他人のせいにする正クンのことをアリのままの姿で受けとめてあげればよい! というものでもないのがまたムズカしいところではある。それで世の中を甘く見てナメてしまって自堕落に走る子供たちも全員とはいわず一定数はいる以上は、時として「愛の鞭」としての叱責も必要なのである。そのあたりの「子育て」や「人間関係」における機微というものは「飴」と「鞭」、押したり引いたりの永遠の「綱引き」なのである(笑)。


 そして、そのやや強くてキツく出てくるママの姿はまた、同じく石堂先生が脚本を執筆された第41話『君はゼロ戦怪鳥を見たくないかい?』において、競技大会中に行方不明になってしまったゼロ戦のラジコン模型を必死で捜そうとするゲスト主役の同じく小学6年生・斉藤武夫(さいとう・たけお)クンの母親・美絵子(みえこ)が、


「もしゼロ戦がもう出てこないようでしたら、あなたのゴルフ棒も売ってください!」


 などとその旦那さんである秀夫を脅かしていたサマをも彷彿(ほうふつ)とさせるものがある(笑)。



 この回で美絵子が語っていた、古代中国の格言「玩物喪志(がんぶつそうし)」。


「物にこだわり過ぎると人間がダメになるってこと」


 という「物に執着しすぎることへの警鐘」と本エピソードでの「物を大切にしようという警鐘」は、真逆であり矛盾するものではあるけれど(笑)。


 両者をアウフヘーゲン、弁証法的に止揚をするならば、そのドチラであっても両極端はイケナイのだ! ということが「人の世の真実」ということになるのだろうけど、もちろん本エピソードや第41話『君はゼロ戦怪鳥を見たくないかい?』の作品テーマがそうであったということでもない。
 こういう複雑怪奇で矛盾に満ち満ちた、あーでもないこーでもないという、大局を見据えたようなお話は、「子供向け番組」や「道徳説話」などにはなじみにくい種類のものだから(笑)、また別の「物語」の形式ではない「評論」や「人生訓」などのかたちで言及すべきようなことなのだろう。




 やむなく「グローブさん」(笑)を取りに戻った正クンだが、なぜかなかなか見つからない。ここのシーンは野球のバットで落ち葉をカキわけて空を見上げて何度もタメ息をついたりと演出や演技も実に細かい。
 第45話『バルタン星人の限りなきチャレンジ魂』評(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110327/p1)でも引用させていただいた、書籍『君はウルトラマン80を愛しているか』(辰巳出版・06年2月5日発行・05年12月22日実売・ISBN:4777802124))で星涼子役の萩原佐代子(はぎはわ・さよこ)がインタビューで言及していた、子役に対しても決して容赦はせずに怒鳴っていたらしい東條監督の手厳しい演技指導の成果だろうか?(汗)


 木々の間から太陽の日差しが照りつける描写が、さりげなくその後の伏線ともなっている。


 やがて、めでたくグローブを発見した正クンだったが、


「こら、グローブ! ホントはボクは、おまえなんか許してないんだぞ! おまえを連れて帰らないと、ママがウチに入れてくれないから、仕方なしに連れて帰るんだぞ!」


 と、母のよし子同様に「グローブ」を擬人化して話し掛けている(笑)。


 このあと、正クンは危機に見舞われるのだが、終始こんなコミカルな調子なので、良い意味で本話は楽しい滑稽味の方が先に立ってしまうのだ。


 そのとき、空に美しいオーロラが輝いた!


 そして、そこから火の玉のような赤い物体が地上に接近!


 あたり一面がムラサキ色の光に染まって、赤い物体から白い波状光線がグローブに向かって発射された!


 脚本家や監督はそれぞれ異なってはいるものの、


・第33話『少年が作ってしまった怪獣』(作・阿井文瓶・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20101211/p1)で、ゲスト主役の健一少年が作った怪獣人形に憑依(ひょうい)して工作怪獣ガゼラと化し、城野エミ(じょうの・えみ)隊員に「怪獣の魂」と名づけられたナゾの発光体
・第38話『大空にひびけウルトラの父の声』(作・若槻文三・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110115/p1)で、中津山上空の雲海に潜んでおり、怪獣の絵が描かれていた凧(たこ)に取り憑いて心霊怪獣ゴースドンと化した「怪獣のオーラ」


 それらに近いイメージで、今回のナゾの赤い物体は描写されている。


 とはいえ、見た眼的には近いものがあっても、純物理的・純科学的な存在である「紫外線」による超常現象によって発生した今回の事件が、先の「怪獣の魂」や「怪獣のオーラ」と同等のものだとするのは、やや強弁にすぎるだろう。
 『80』第1クールの「学校編」の設定の消滅とともに、人間の負の感情によって発生するマイナスエネルギーという設定も一度は消滅してしまった。しかし、先の第33話や第38話の「怪獣の魂」や「怪獣のオーラ」は広い意味ではマイナスエネルギーだったとはいえるだろう。とはいえ、これらは人々に由来する負の感情によって発生したものではなく、元からあった悪の精神生命体・精神エネルギー・悪霊のようなものだろう。
 そういう意味では「学校編」におけるマイナスエネルギーとはイコールではないし、紫外線に至ってはムラサキ色の光よりも波長が少々短い単なる「光」でしかないのだからマイナスエネルギーですらなかったかもしれない(笑)。


 これは何も『80』という作品の設定的な不整合を批判しているのではない。むしろ思春期の少年の負の感情=「マイナスエネルギー」や、空中に浮遊している茫漠(ぼうばく)とした「マイナスエネルギー」と呼応しあって、自然と怪獣が実体化を果たすという設定の方に、「精神エネルギーの実体化」という概念自体が後年のジャンル作品のように一般化していなかった当時の視聴者たちは、ややムリを感じていたのも事実なのである。
 『80』序盤でのマイナスエネルギーがもっと明瞭ないかにもな異物であったり、明確な悪意を持った存在ではなかったところに、『80』は勧善懲悪活劇としては「弱み」を抱えてしまっていた。それならば、少年の負の感情に加えて「怪獣の魂」や「怪獣のオーラ」や「異次元人ヤプール」のような媒介物を通じて怪獣を出現させた方がまだムリはないのである。だから、マイナスエネルギーという設定にも通底していくような「怪獣の魂」や「怪獣のオーラ」といった存在を登場させて、ゆるやかに作品を変節させていく手法は、あくまでも結果論だが『80』という作品の「初志」をかえって貫徹させることにもつながったようにも見えるので、これはこれでよかったのではなかろうか?



 驚いて木の陰に隠れた正クンの眼前で、「グローブさん」(笑)は発光してムラサキ色の奇妙な物体へと変化を遂げた!


 それはグローブというよりかは、人間の手のひらを下に向けた状態の姿に、触角を生やして目と口も備えている。
 正クンのグローブは、紫外線怪獣グロブスクと化してしまったのだ!


グロブスク「ヒャハハハハハ!」


 UGM専用車・スカウターS7(エス・セブン)で紫外線の調査で巡回している矢的とユリ子。フロントガラスに映っている景色でわかるように、実際には市街地を走るスカウターS7の後部座席からの主観映像で、運転席の矢的と助手席のユリ子の会話の場面を捉えている。しかし、ユリ子の横顔はずっと映しだされてはいるものの、矢的の横顔はまったく映されていない。実際に運転しているのはUGMのヘルメットと隊員服を着用した吹き替えの人物であるようだ(?)。
 セリフをしゃべりながらの運転はやはり危険だし、当時の特撮ジャンル作品は基本、アフレコ(アフター・レコーディング)であとで声入れするからこその演出なのだろう――ハリウッドのアクション映画なども、走行する列車の上やクルマなどに録音技師まで搭乗させるのは危険だし、爆発やクルマのエンジン音や走行時の風切り音などで人間のセリフがうまく録音できないので、そこはアフレコだったりいっそ全編まるごとがアフレコだったりすることもあるそうで、アフレコという手法もけっこう一般的なものなのだ――。


 しかしながら、続いて車内のルームミラーに運転席の矢的の姿を映しだすことにより、矢的を演じる長谷川初範(はせがわ・はつのり)が実際に運転しているかのように錯覚させるハッタリ演出は見事である。ここのカットは実際には停車状態で撮られたものだと推測するので(笑)。


矢的「海水浴などで(肌を)焼きすぎると水ぶくれになる。あれが紫外線の作用だったね」


 ユリ子と紫外線について語る矢的の姿に続いて、


・画面中央に太陽を配して、そこから猛烈に紫外線が大地に降りそそいてくるかのようなイメージカット
・そして奇声を発して地面スレスレに宙を浮遊して、正クンを翻弄(ほんろう)してくるグロブスクの姿


 と、この両者の活動の「活発化」に関係性があることを明示している切り仮しのカットが、ベタだが映像作品というものの基本を押さえてもいる。


正「コラ! もういっぺん使ってやる! もうエラーするな!」


 野球でエラーしたことをいまだにグローブのせいにしている正クンが、ひざまづいてグロブスクにさわろうとするや猛烈な火花が飛び散った!


 正クンをカラかうかのように、奇声を発して宙を浮遊するグロブスク!


正「あっ、逃げるな! おまえに逃げられると、ボクは家に帰れなくなってしまう! あっ、待て!」


 グローブが怪獣化したことの方がふつうは「恐怖」になるハズなのに、正クンにとってはそんなことよりもウチに入れてもらえないことの方がよほど「恐怖」であるらしいことが、本話の滑稽味をいやます。しかし、奇声を発して宙を飛び回る「グローブさん」を連れて帰った方が、よけいに家に入れてもらえないのではなかろうか?(笑)


正「あっ! おまえ、グローブのくせにナマイキだぞっ!」


 落ちていた棒切れでグロブスクに殴りかかる正クン。


 激しく火花が飛び散って、やっと恐怖を感じたのか、助けを求めて叫びだす正クン!


 非常事態を察知した矢的隊員が現場に到着した!


 だが、グロブスクの姿を見た矢的は開口一番……


「ン? なんだ? 青いカニか?」


 まぁたしかに巨大怪獣ではないし、ただの浮遊する小型生物だから、ヨコ長なカニのような姿に見えたのだろう(笑)。こういうところで瞬間、ズラしを入れて「緩急」を付けてみせるのも石堂脚本の特徴である。


 ちなみに石堂先生は、


・『マグマ大使』(66年・ピープロ フジテレビ)第47話『電磁波怪獣カニックス 新宿に出現』~第48話『東照宮(とうしょうぐう)の危機・電磁波怪獣カニックス大暴れ』の前後編では、電磁波怪獣カニックス
・『帰ってきたウルトラマン』(71年)第23話『暗黒怪獣 星を吐け!』では、カニ座怪獣ザニカ
・『ウルトラマンタロウ』(73年)第7話『天国と地獄 島が動いた!』では、大ガニ怪獣ガンザ


 などのカニの怪獣を幾度か登場させている。ザニカのみならずカニックスも、『マグマ大使』のレギュラー敵である宇宙の帝王・ゴアが蟹座から呼び寄せた怪獣だった。そして、石堂先生自身が1932(昭和7)年7月17日生まれの蟹座だったりする(笑)。


正「カニじゃないよ。ぼくのグローブだよ。グローブに急にムラサキ色の光が入ってこうなったんだよ!」
矢的「ムラサキ?」


 それを聞いて直感したのか、グロブスクに計器を向けるユリ子。


ユリ子「大変です! このグローブは紫外線の固まりです!」


 樹木の上に跳び上がるグロブスク!


 一見マヌケなグロブスクの顔面の表情だが、やはり太陽から紫外線が放出されているイメージカットに続いて、それを吸収してエネルギーとしていることを象徴するかのように、グロブスクのギニョールを内部から空気で膨らませる演出は、お約束でもこうでなければダメである(笑)。


 グロブスクの目線から俯瞰(ふかん)して見下ろされている矢的隊員が、UGMの専用光線銃・ライザーガンで狙撃!


 両目を左右にギョロつかせるアップのあと、グロブスクは一同をあざ笑うかのように宙を舞って、木の茂みへと隠れるように姿を消してしまう……


矢的「あっ、消えた!」
正「グローブがないと家に入れてもらえない……」


 この両者の発言は噛み合っていないぞ!(汗) この期(ご)に及んでも、グロブスクの脅威よりもオウチに入れてもらえないと泣き出す、春からはもう中学生になるハズの意外と子供じみている正クン(笑)。


 このシーンに続く場面として、矢的とユリ子がよし子に事情を説明して、正を自宅に入れてくれるように説得する場面が撮影されたものの、尺の都合でカットされたのかもしれない。実際、このシーンに続く玉井家の食卓の場面は、父・太吉の以下のセリフからはじまるからだ――いやまぁ、脚本の段階で存在しなかった可能性もあるけれど・笑――。


太吉「フ~ン、UGMが正のために、幼稚園の子だって信用しないようなウソをついてくれたのか?」
正「ウソじゃないってば! グローブがオバケみたいに逃げてっちゃったんだよ!!」


 「幼稚園の子だって信用しないようなウソ」(爆)。たしかに怪獣や宇宙人が頻出するウルトラシリーズの世界の中でも、そのへんの野球のグローブが意志を持って逃げだしただなんて、幼稚園児でもなかなか信用しないだろう(笑)。


 お茶を入れながら、さらに正クンに追い討ちをかけてくる母・よし子。


よし子「はいはい、そのウソはホントじゃありませんねぇ」(笑)
正「知らない!」


 お茶碗のご飯をカキこんでいる正クン。お約束の家族団欒ではありながらも、ディスコミュニケーションは存在しており、しかして決定な決裂までには至っているワケではないところでの「和」と「不和」が常に同時にハラまれてもいる、人間関係の基本そのものといってもよい(笑)、よくあるホームドラマ描写ではある。


 やはり同じく石堂先生の脚本&東條監督の担当回であった、先の第42話『さすが! 観音さまは強かった!』のゲスト主役・岩水信夫(いわみず・のぶお)少年の一家の食事風景も彷彿とさせるものがある。


 ところで、今回のこの食事場面では終始、踏切が鳴る音と電車の走行音が流れている。先の正クンが母・よし子に玄関前で叱られている場面の直前に、踏切と小田急線の電車が走行するカットが比較的長目に挿入もされている。正クンとよし子の会話の前半部分でもやはり踏切と電車の走行音が流れて、玉井家が鉄道沿いにあることが表現されているのである。食事風景のみならず、このような細やかなインサート映像や効果音による演出によっても、所帯じみた生活臭が絶妙に醸(かも)しだされていくのだ。



オオヤマ「ブラックホールに吸いこまれると、その中の物凄い引力の作用で、地球もキャラメル1個くらいに縮むというから、紫外線がなにかのキッカケで凝り固まって、グラブ(グローブ)くらいの大きさになっても不思議はないんだなぁ」


 「紫外線」も人間に可視化できない波長の「光」のことだから、この発言に当時のウルトラシリーズファンの子供たちや特撮マニアたちであれば、『帰ってきたウルトラマン』第35話『残酷! 光怪獣プリズ魔』に登場した「光」そのものが凝縮して誕生した光怪獣プリズ魔(ひかりかいじゅう・プリズマ)のことをついつい連想しただろう。しかし、芸術的で非人間体型で半透明クリスタルの巨大オブジェのようだったプリズ魔と、もろに野球のグローブの姿をしているグロブスクでは、SF味においては天と地ほどの品位の違いは生じているのだが(笑)。


――余談だが、ジャンル作品で「光」が無条件に「善」だの「神」だのを意味するようになるのは、オカルト・キリスト教的な世界最終戦争(ハルマゲドン)のイメージが流布した80年代以降のことである。よって、70年代初頭のプリズ魔における「光」とは、価値中立的で単なる物理的な存在であり、そこに道徳的・宗教的な善なる「光」の意味はまだ込められていなかったあたり、良い悪いではなく「時代の空気」の違いといったものが忍ばれる――


 UGM司令室では続けてユリ子がパネルを使って、紫外線についての解説をはじめる。大気中の「オゾン層」が人体に有害な「紫外線」を食い止めており、「地球」を「人体」だと例えれば「オゾン層」は「日焼け止めのクリーム」みたいなもの。それが大気汚染で破壊されて、地球に降り注ぐ「紫外線」の量が増えている……うんぬん。ウ~ム、90年代以降に話題となった「オゾン層」の破壊のことが、今から30年も前に『80』ですでに議題とされていたとは……


 このシーンは同じく石堂先生が執筆されていた第36話『がんばれ! クワガタ越冬隊』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110101/p1)における、地表と上空の温度差が激しくなると太陽光線の屈折によって発生するといわれている「逆転現象」について、UGM司令室でパネル付きでレクチャーしていたユリ子の描写を踏襲している。疑似科学的な味わいを付与するのみならず、こういう科学的な説明をさせるのであれば気象班に所属しているユリ子が適任であり、それによって彼女に見せ場を与えることもできるというワケである。
 ここ数話は新ヒロイン・星涼子隊員にスポットを当ててきたが、そろそろユリ子にもスポットを当ててみせるのも、全話を通じて主要人物全員に見せ場を極力均等に与えるのが正しいとするならば、石堂先生がそこまでシリーズ全体のバランスを考えていたワケでは決してないだろうが(笑)、結果的にはそのような効果も発揮しているシーンではある。


 と、思いきや……


涼子「オリオン座にあるブレイアード星が、2万年前に滅びたのもそれでした。地球に劣(おと)らない、美しい星でしたけれども」


 怪訝(けげん)そうな顔つきで、鋭く涼子をニラみつけるオオヤマ……


オオヤマ「……なに?」


 作劇的にはワザとらしい域にも達しているが、『80』最終回(第50話)『あっ! キリンも象も氷になった!!』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210315/p1)への伏線は、もう張られ過ぎなくらい充分に張られてしまったのであった(笑)。


涼子「ゴメンなさい。今のは私が読んだ童話のお話……」
矢的「会議の最中、おとぎ話なんて不謹慎だよ!」
涼子「スイマセン……」


 ここですかさず機転を利かして涼子へのフォローを入れてみせることで、逆説的に矢的の有能さも際立ってくるのだが、本エピソード以降、『80』は完全に「ユリアン編」そのものといった内容になっていくのである。


 太陽由来の紫外線は太陽が沈むと急速に減少することから、徹夜の捜査を隊員たちに命じるオオヤマ。UGMの戦闘機・スカイハイヤー・シルバーガル、そしてスカウターS7が直ちに出動する!


 ここで流れてくる楽曲が、直前作であるテレビアニメシリーズ『ザ★ウルトラマン』(79年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200508/p1)の防衛組織・科学警備隊の戦闘機を描写するテーマ曲としてつくられて、『80』でもたびたび流用されてきた、特撮マニア間では「急降下のテーマ」(正式MナンバーはM27)として知られている高揚感あふれる名曲である。怪獣バトルの前座やヤラれ役にとどまりがちなウルトラシリーズの防衛組織でも、こういう適切な音楽演出があるとカッコよくて頼りがいがあるように見えてくるものなのである。


 同じく石堂&東條コンビであった第41話でも、ゲスト主役の武夫少年がゼロ戦怪鳥バレバドンの背中に乗って遊覧飛行をする場面に使用されている。仮にこの選曲にも監督が関わっていたのだとしたら、東條監督も気に入っていた名曲だったのかもしれない。


 スカウターS7で出動した矢的と涼子にイケダ隊員からの通信が入る。


イケダ「星隊員」
涼子「はい」
イケダ「童話の続き、話してくれませんか?」
矢的「これから市街地に入る。いったん交信を切る」


 オオッ、イケダ隊員までもが涼子の発言で、涼子が少し怪しいと思ってしまったのだろうか? いや、イケダ隊員のことだからそれほどの他意はなく、ちょっとだけ参考に話を聞いてみようかな? といった程度だったのだろうが(笑)。
 しかし、そこは「大爆発! 捨身の宇宙人ふたり」なのである――『ウルトラマンレオ』(74年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20090405/p1)第13話のサブタイトルであり、未熟なゲン隊員=ウルトラマンレオと老獪なダン隊長=ウルトラセブンとの、周囲には正体を隠さねばならない足枷がある中でのふたりの関係性描写の結果的な反復にもなっている! という程度の意味です・汗――。
 ここでまた涼子隊員にボロが出されないように、矢的が言い訳を付けて通信が切ってしまうという一連ともなることで、「ユリアン編」としての独自のドラマがここでもさりげに展開されているのだ。


矢的「我々ふたりが地球という名の星の人間でないことは、まだまだ知られない方がいい」
涼子「はい」
矢的「地球の人間がヘンに我々の力をアテにしはじめるのがいちばん怖いんだ」
涼子「はい、気をつけます」


 ウルトラシリーズや日本にかぎらず世界中のヒーローもので、主人公たちが正体を隠している理由でもある、ヒーローものがハラんでいる矛盾と核心に迫真してくるやりとりがここでは繰り広げられている!


 しかし、同じく石堂先生が担当された『80』最終回では、実際には地球の人間たちは、矢的が想定していたようなウルトラマンの力に依存するだけの弱々しい存在では決してなかったことが明かされる。それについては項を改めて語りたい……


 実景の朝日の描写に続いて、多摩川沿いをジャージ姿でジョギングしている本エピソードのゲスト主役でもある玉井一家の姿が描かれる――長年のウルトラシリーズのマニアであれば、『ウルトラマンレオ』最終回(第51話)『恐怖の円盤生物シリーズ! さようならレオ! 太陽への出発(たびだち)』Bパート冒頭のレオこと主人公・おおとりゲンとレギュラーの梅田トオル少年が、やはり朝の多摩川沿いをジョギングしていた場面を想起したことだろう・笑――。


 停車しているスカウターS7を土手の下からの煽(あお)りで画面に捉えて、その右手から玉井一家がジョギングしてくる。


 徹夜の捜索で疲れて、座席で眠りこけていた矢的と涼子の姿を見つけた正クンは、


「あっ、ガス中毒!」(笑)


 と叫んでみせる!


 ナンという不謹慎なガキであることか!? こういうさりげにプチ悪趣味な「笑い」のセンスがまぶしてくるのが、石堂脚本の特徴ではあり醍醐味でもあるのだが(笑)。


 木々の間からこぼれて地上に照射されている朝日の光という自然描写から、カメラがパン(横移動)して公園の中をジョギングしている玉井一家をロング(引き)の映像で捉えるという、なんとも爽やかな朝ならではの映像で、その悪趣味も緩和はされているのだが。


 しかし、本話においては、その爽やかな朝日の陽光はイコール紫外線の脅威そのものでもある。続いて地面に落ちているグローブにカメラがズームすることで、実は直後にこの一家が危機に見舞われることをも暗示しているダブル・ミーニング(二重の意味)が込められた演出でもあるのだ。


 遂に紛失していたグローブを見つけて、その左手にハメてみせる父・太吉。


 だが、グローブは太吉の左手に強い力で吸いついて、ハズれなくなってしまう!


 青空の中、強い陽射しが照りつける太陽の下で、グローブに強い力で引っ張られて、左手を高々と掲げて苦しんでいる太吉を煽りで捉えたカットと、画面中央に太陽を配して強烈な紫外線が地上に浴びせられていることを意味するイメージカットが交互にカットバックされて、危機感を煽りたてる! 苦悶(くもん)して七転八倒する太吉を演じる住吉道博のひとり芝居もまた見事である!


 遂にグローブは太吉の左手にハメられたままで、奇怪なグロブスクの姿へと変化を遂げる!


 太吉の主観映像からのアップで描写されたその姿のすぐ下に、太吉の左手首に巻かれた腕時計がきちんと映しだされていることがまた、日常生活と直結した世界でのリアルな恐怖感も醸しだしている。


 紫外線の固まりの存在をキャッチしたUGM司令室からの連絡を受けて、矢的と涼子は眼を覚まして現地へと急行する!


 その間にもグロブスクの文字通りの「魔手」が太吉を襲撃している!


・輝く太陽の下、太吉からの主観映像でのグロブスクのアップ!
・地面に横たわって必死でグロブスクをハズそうとする太吉の表情!
・太陽から膨大に紫外線が放出されているイメージカット!
・グロブスクの強い力に引きずられて、左手を挙げたかたちで立ち上がらざるを得なくなってしまう太吉を、太陽の下での煽りで捉えたカット!


 それらを細かく交錯させることで、絶妙な緊迫感を醸しだす!


 現地に到着した涼子が、その正体はウルトラマン一族の王女・ユリアンとしての超能力ゆえだろう、その右手の人差し指から赤い一条の光線を浴びせるや、グロブスクの動きはようやく止まった!


 グロブスクが光線を浴びて動きを止めるカットでは、よし子にその様子をしっかりと見られてしまっている(汗)。ふつうの人間ではないことがバレバレなツッコミの余地がある描写だから、ここはあまりウマい演出ではないだろう。しかし、一瞬のことだから何かの光線銃を撃ったのだと、よし子ママもきっと誤解をしたことだろう! と好意的に深読みしてあげようではないか!?(笑)


 この攻撃で太吉の左手からはハズれたものの、グロブスクは地面スレスレに浮遊して一同の許から飛び去っていく!


 画面右手に横たわる太吉の顔、左手に介抱するよし子、中央に正クンを捉えて、その手前にグロブスクの姿をローアングルで捉えた演出が絶妙な臨場感も醸しだしている!


涼子「ブレイアード星の話で知ってたの。紫外線の反対は赤外線でしょ。赤外線のビームにいちばん強く反応するのよ」
矢的「そうか、それでか」


 そう。このセリフはオゾン層が破壊されたブレイアード星でも、紫外線が結集して怪獣が誕生したことをも示唆するSF的なそれであったのだ!


 地面スレスレに浮遊するグロブスクを矢的と涼子の主観映像で背後から捉えて、それを追っている矢的と涼子を足元からバストアップへとズーム。振り返ったグロブスクをアップで捉えて、さらにドアップでグロブスクが左右に両目をギョロつかせている…… といった一連の描写はカメラアングルと編集が絶妙である。


 再度、グロブスクに赤外線光線を浴びせかける涼子。


矢的「待て! 今、ヤツは気が立ってる!」


 グロブスクは赤く発光して、その全身が白い光学合成に覆(おお)われるかたちで遂に巨大化した!


 その姿は大きく変貌を遂げており、もはやグローブがモチーフの怪獣とは思えない! 触角というよりかは二股に分かれている頭部は珊瑚(サンゴ)を思わせて、黄色い目が光っている紫色のブニョブニョとした全身は、


・初代『ウルトラマン』(66年)第17話『無限へのパスポート』に登場した四次元怪獣ブルトン
・『ウルトラセブン』(67年)第35話『月世界の戦慄』に登場した月怪獣ペテロ
・あるいは『ウルトラマンネクサス』(04年)の第1話~第4話(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20041108/p1)に登場したスペースビースト・ペドレオン


 などを彷彿とさせるブキミさを備えている!


 そのブキミさを強調するかのように、


・両目とその間にある穴
・赤いボツボツに覆われた腹
・サンゴ状の頭部


 それらがブニョブニョとうごめく様子を順にアップで映しだしていく。


 そして、画面下半分には本編ロケ映像の矢的と涼子を、その上半分には特撮セットのグロブスクを合成したカットにつなげるという一連の映像演出は、お約束でも実にカッコいい!


 甲高かった奇声が巨大化とともに腹の底から響き渡るような低い笑い声へと変わるのも実に効果的である!――この鳴き声は、『ウルトラマンタロウ』第2話『その時ウルトラの母は』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20071209/p1)~第3話『ウルトラの母はいつまでも』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20071216/p1)の前後編に登場した再生怪獣ライブキングの鳴き声、もとい笑い声(笑)を加工して使用したものらしい――


矢的「星くん!」
涼子「スイマセン。刺激しすぎました!」
矢的「これは君と僕の責任だよ」
涼子「はい……」


 美しい夕焼け空の中、黄色い目から紫色の波状光線を放って街を破壊するグロブスク。


 ……ってオイオイ。もう夕焼けの時刻ってことは、グロブスクは日中いっぱいずっと暴れ続けていたことになるのだろうか!? だとしたら、たしかに矢的と涼子の責任は重大だ!(笑)


 しかしそんなヤボなツッコミも、『80』では極めて珍しいあまりに美しすぎる今回の「夕焼け特撮」の前ではもうどうでもよくなってきてしまう。『ウルトラセブン』第8話『狙われた街』やオモテ向きは欠番の第12話『遊星より愛をこめて』、『帰ってきたウルトラマン』第32話『落日の決闘』や第37話『ウルトラマン夕陽(ゆうひ)に死す』などの特殊技術(特撮監督)を担当した大木淳による「夕焼け特撮」を彷彿とさせるものがあるからだ。



――『80』で組んでおられた特撮監督が佐川和夫さんなのですが、佐川さんについてお聞かせ下さい。
「『ウルトラQ』(66年)の時に円谷プロに入って、セットがあった美セン(東京美術センター・のちの東宝ビルト。引用者註:2007年に解体)に呼ばれたんです。で、オープンセットにフラッと近づいたら、「セット壊す気か、近寄るな、バカヤロー!」って怒鳴った人がいたの。それが当時カメラマンのチーフだった佐川和夫さん(笑)。実は佐川さんと僕とは大学の同級だったんだけど、むこうが先に業界に入って大活躍しているベテランでしょ。だからもう威厳たっぷりだったんです。佐川さんはやっぱりすごい人ですよ。特撮のことよくわかってるし、飛行機の飛びをやらせたら、あの人はピカ一。めざす絵を撮るために全然妥協しないんですよ。「こんな感じ」というアバウトな打ち合わせをしても、ラッシュで観ると予想を超えた何倍も凄い絵になってできている。何度も感心させられました。『80』の頃は打ち合わせしたらあとはもうお任せです。素晴らしい映画人ですよ」

(『タツミムック 検証・ウルトラシリーズ 君はウルトラマン80を愛しているか』(辰巳出版・06年2月5日発行・05年12月22日実売)監督 東條昭平インタビュー)



 セットの夕陽を画面左奥に捉えて、その手前に街灯を配するという距離感のある構図の中で、グロブスクが高々とジャンプして、ビルにのしかかってその巨体で押し潰す!


 真っ赤に染まった夕焼け空の中、地球防衛軍の戦闘機群が飛来してグロブスクに攻撃をかけるも、両目からの波状光線で次々に撃墜される!


 フジモリ隊員とイケダ隊員が搭乗するUGM戦闘機・シルバーガルが波状光線をからくも避ける!


 まさに東條監督が絶対的な信頼を寄せる佐川特撮監督の妥協のない、迫力ある飛行機特撮の連続である!


 そして、画面右手に樹木やビルを配して、中央に沈んでいく夕日を捉えたカット!


 それに続いて、画面左手奥に沈んでいく夕日、その下に鉄塔、右手前にビルや民家を配した奥行きのある構図の中で、グロブスクは夕日が沈むと同時に、その全身が白く覆われて消滅していく……


 太陽光に含まれている紫外線がなければ実体化ができないという怪獣の特性を実に的確に表現した描写でもある。


オオヤマ「結論は簡単だ。チャンスは日の沈んでいる間だ。いいか、今夜中に必ず捜しだせ! 出動!」
隊員一同「了解!」


 この場面にのみ広報班のセラの姿があるが、おそらくはほかに出番があったものの、尺の都合でカットされたのだろう。


 深夜の街を疾走するスカウターS7。


矢的「いくらヤツが動かないと云ってみても、東京は広すぎるよ」
涼子「西の方へ行って」
矢的「西? ヤツが潜んでいるところがわかるのかい?」
涼子「ええ。私すべての宇宙光線がキャッチできるの。西の方に紫外線の固まりがあるわ」


 山間部にたどり着いて、停車するスカウターS7。


矢的「ここか?」
涼子「ええ」


 正体は宇宙人・ウルトラマンエイティであることから超能力・ウルトラアイをつかって透視する矢的隊員。矢的の両目が星状に光って緑色の輪が発射される描写を繰り返したあと、半透明のグロブスクの姿が浮かぶ場面では、『ウルトラマンタロウ』のメインタイトルの中間部――同作主題歌のイントロが入る直前――でも使用されていた効果音が流れていることにも注目!


矢的「夜だし街から離れてる。君ひとりを観客に、君の代わりに力いっぱい戦うよ」
涼子「スイマセン。お願いします」


 それにしても矢的のこのセリフ、本エピソード前半での児童ドラマとは一転して、完全にオトナの男女間での演技となっている。


 涼子だけに見守られる中で、変身アイテム・ブライトスティックを高々と宙にかざす矢的!


矢的「エイティ!!」


 登場したウルトラマンエイティ、まるで拝むようなポーズで右手から水色の波状光線を発射!


 その光線を浴びた位置に幾つもの星がキラめいて、白い光学合成のかたちからグロブスクが実体化する!


 そして、なんと第40話『山からすもう小僧がやって来た』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110129/p1)から使用が開始された新オープニング主題歌『がんばれウルトラマン80』が今回はじめて劇中で流される!



――劇伴にはオープニング主題歌『ウルトラマン80』、そしてエンディング用の副主題歌『レッツ・ゴー・UGM』のアレンジ曲も多く含まれていますが。
「僕は作品で流用できない主題歌はダメだとずっと思っていました。これまでのウルトラシリーズでも、「主題歌をもっと先に作って、僕に時間をくれれば主題歌のアレンジ曲が用意できるよ」と毎回言っていたんですけど、実際問題、なかなかすぐには主題歌が決まらないわけでね。『帰マン』あたりではそれができなかった。ようやく実現できたのが『80』だったんですよ。やっぱり作品で表現しきれないことを主題歌が表現し、主題歌が表現しきれないことを作品が表現する。これで映像と音楽が一体になるわけですよ」

(『君はウルトラマン80を愛しているか』音楽 冬木透インタビュー)



 名構成の労作である『ウルトラセブン総音楽集』(87年・キングレコード・ASIN:B004P1Y8B2)のライナーノーツであったか、その解説書で担当ライター氏は「BGMと主題歌を同じ作曲家が担当していて音楽世界が統一されている点でも、『セブン』は素晴らしい」という趣旨の論を展開していた記憶がある。


 第1期ウルトラシリーズ至上主義者たちは、こういった論法でも第1期ウルトラの作品群を持ち上げて第2期以降のウルトラ作品を陰に貶(おとし)めてきたのであるが(笑)、当の冬木大先生はもっと柔軟で融通が利いていたのである。


・バック転を連続させて、右足でキック!
・側転のあと高々とジャンプして、グロブスクの頭部をキック!
・着地して低い姿勢のまま後転して、両足でキック!
・さらにチョップ! ひざ蹴りの連打!


 いつもながらのスピーディで豪快なウルトラマンエイティのアクションに、一見優しいメロディラインと歌い口の『がんばれウルトラマン80』は意外と違和感がない。冬木先生の持論を借りるならば「主題歌としては合格」ということになるのではなかろうか?


 『80』の戦闘シーンでは、登場ブリッジ曲であるM51はもちろんのこと、エイティ優勢の戦闘テーマ・M52、ピンチに陥るエイティのイメージ曲・M53、そして逆転からの勝利を飾るM2がシリーズを通して定番で使われるパターンが圧倒的であり、こうした変則的な音楽の使用は珍しい。


――ちなみに『80』のシリーズ後半では、冬木先生がやはり作曲された前作『ザ★ウルトラマン』のBGMでもある『交響詩 ザ★ウルトラマン』第四楽章『栄光への戦い』の『インベーダー軍団』と『勝利の闘い』(ASIN:B00005ENGI)なるブロックの単独録音版の流用が、エイティ劣勢と逆転勝利のBGMとして代用されるようになる――


 だが、それに呼応するかのごとく、怪獣の着ぐるみの造形面でも、擬闘(アクション監督)の車邦秀(くるま・くにひで)が担当したアクション演出面でも、変則的な試みがなされていくのだ。


 エイティのジャンピングキックを姿勢を低くしてカワしたグロブスクは、なんとその天地が逆になるのだ!


 サンゴ状の「二股」に分かれた頭の方を足にして動き回って、「五本指」状の足の方を頭にしてエイティの頭を押さえつけて、ド突きまくるのである!


 もっとも野球のグローブがモチーフの怪獣なのだから、本来ならば最初から「五指」の方が頭としてふさわしいのだが、やはりあとから「手首」の方が頭になるよりも、「五指」の方が頭になった方が絵的なインパクトは絶大だろう。


 そうかと思えばグロブスクは地面を這った状態で、エイティの攻撃から高速で逃げ回るのである! もちろんカメラの回転速度を変えて撮影しているのだが、周囲でムラサキ色の霧が立ち昇っている演出も実に効果的である。


 目には目を! グローブにはボールを! とばかりに、エイティはジャンプして夜闇の中で身体をまるめて、前転するかたちで回転をはじめる!


 ここからはエイティの回転姿勢とほぼ同一サイズに思える造形物に変わるのだが、相応の大きさから来る実在感も高いことからミニチュア的な軽量感はないのである!


 そして、空中を水平ヨコ方向にコマのようにスピンして大きく旋回しながらグロブスクに何度も何度も体当りをブチかます!!


 身体をまるめた状態のエイティの造形物の周囲に、高速で渦が回転するような線画を合成作画することによって、スピード感も高めつつ、エネルギーも込められているようなパワー感まで表現ができている!


 この一連の夜景の中での長尺の特撮シーンの豪快さはまさに必見! ムチャクチャに迫力もあってカッコよくて意外性もある、歴代ウルトラシリーズでも観たことがないような、空前絶後のカタルシスと驚きに満ち満ちた特撮アクション演出として仕上がっているからだ! ウルトラシリーズのまさに五指(笑)に入るベストバウトに挙げたいくらいである! ちなみに、このエイティの攻撃技は「ダイナマイトボール」と命名されている。


 かたおか徹治先生による名作漫画『ウルトラ兄弟物語』(78年)の第1話、過去の失敗のトラウマから異星の西部劇調の居酒屋で飲んだくれてヤサグレていた「新マン」こと「帰ってきたウルトラマン」が、地面スレスレで空中前転しながら滑空して必殺光線を乱発するローリング・スペシウムをも彷彿とさせる!
 ……と云いたいところだが、1939(昭和14)年生まれの当時41歳の佐川和夫特撮監督は、世代的にもこの小学生向けの漫画を読んでインスパイアされたという可能性は非常に低いだろう(笑)。


 ボール状から元の姿に戻ったエイティ、飛行状態でグロブスクに突撃をかけるが、その身体をスリ抜けてしまう!(合成もお見事!)


 グロブスクにカラみつかれて、全身に赤いイナズマのような電撃も走る!


 それを見かねた涼子が、やはり指先から先の赤外線光線をグロブスクに浴びせかける!


 全身に赤い電撃が走ったグロブスクは空へと逃れて、今度はエイティとの空中戦を展開!


 地上に墜落したグロブスクはエイティに抱え上げられて、ウルトラナックルで右腕のみでグルグルと回転させられ、地上に投げ捨てられる!


 エイティ、さらにグロブスクをつかみあげて、地上へと投げ捨てる!


 エイティ、両腕をL字型に拡げたポーズからいつものサクシウム光線を発射するのかと思いきや、胸の中央にあるカラータイマーが一瞬黄色く光って、その両腕をいったんクロスさせて、そのままいつものポーズに腕をスライドさせて三条の赤い光線を発射した! ウラ設定ではサクシウムエネルギーに赤外線を含ませたガッツパワー光線だ!――一部書籍では単に「サクシウム光線・Bタイプ」と命名されている。まぁ元はサクシウムエネルギーだからこれも間違いではないだろう。歴代ウルトラマンの技名のネーミングに別名があるのもむかしからのことである・笑――


 長年のウルトラシリーズのマニアであれば、『セブン』第47話『あなたはだあれ?』で、集団宇宙人フック星人にウルトラセブンが両腕をL字型にして放ったワイドショットの光線が三条に分かれるスリーワイドショットを思い出したことだろう(笑)。


 ちなみにウルトラセブンもその看板作品のシリーズ中盤からはさまざまな光線技のバリエーションが描かれてきた。予算の削減で特撮ミニチュアセットが満足に用意できなくなったり、人間ドラマの重視によって見た目がどんどん地味になっていったシリーズ中盤だが、逆にウルトラセブンは光線技のバリエーションが増えているのだ。


 視聴率と直接相対するプロデューサーはともかく、この時代の特撮現場の特撮監督たちが、少しでも年少の視聴者たちをつなぎ止めようと考えるような細やかな殊勝(しゅしょう)さがあったとはとても思えない(笑)。なので、単に映像的な実験をしてみたいという自身の子供っぽい欲望でさまざまな光線技をセブンに発射させてみた! といった程度での安直なノリだったのだろうと推測はする。


 しかしそれらの要望を、特撮監督の意向をはるかに超えたハイセンスなイメージで見事に映像化してみせていたのが、1950年代の東宝特撮映画の時代から「光線作画」を担当してきた飯塚定雄(いいづか・さだお)なのである。悪い意味で漫画的な大味のデタラメさはまるでなく、シャープでスマートでクールなセンスもあって、遠近感なども実に正確かつ未来的でカッコいい「光線」の数々が、作品の映像的な「品位」も上げていく!


・第29話『ひとりぼっちの地球人』で宇宙スパイ・プロテ星人に浴びせた、電磁波を含ませた黄色い波状光線・チェーンビーム!
・第36話『必殺の0.1秒』で催眠宇宙人ペガ星人の円盤を攻撃した、ニードル状の光線を続けざまに放つウルトラショット!
・第43話『第四惑星の悪夢』で第四惑星の地球攻撃用ロケットを全滅させた、飛行状態の両手から放つダブルビーム!


 小学校中高学年以降ならばともかく、子供なんてものは人間ドラマなぞはロクに理解していない。むしろこうした変則的に披露される実に多彩な光線技といったヒーローの万能性の方に妙にドキドキしたりワクワクしているだけだったりするものなのである。特撮変身ヒーローもののキモとはまさにコレなのである!(笑)


 そして、怪獣博士タイプの子供のみならず、子供たち一般はこういった必殺技とその名称や映像をすべてコレクション的に知っておきたい! 把握しておきたい! 手近にまとめておきたい! と痛切に願うものでもある。


 苦節20年。これらの光線技にはじめてネーミングが与えられたのは、放映から20年(!)も経った80年代末期の平日帯番組『ウルトラ怪獣大百科』(88年)や、『てれびくんデラックス ウルトラ戦士超技全書』(90年・小学館・ASIN:B00MTGGP70)に至ってのことであったのだ(笑)。



 ガッツパワー光線を浴びたグロブスクは全身が赤いイナズマ状の電撃に覆われて消滅していく。


 画面の左手前に立ち尽くしているエイティが、右奥の山の向こうに昇ってくる朝日を見つめてうなずく勝利の場面は実に美しい。


 地面に落ちているグローブをひろってジッと見つめる涼子。


 その涼子の後ろ姿を画面の右手前に配して、画面の左奥から矢的が朝霧が立ち昇っている中で、涼子に向かって笑顔で駆けてくる描写が爽やかである……


涼子「猛……」


 グローブをそっと猛に手渡す涼子。


涼子「勝ったのね」
矢的「ウン」


 勝利の、いや、決してそればかりではない矢的と涼子が互いをジッと見つめる笑顔が交互に映し出される……


 この一連では往年の名作テレビアニメ『宇宙戦艦ヤマト』(74年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20101207/p1)の劇中音楽でも有名な川島和子による哀愁を帯びたスキャット曲・M17-2が流れている。



・第18話『魔の怪獣島へ飛べ!!(後編)』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20100829/p1)においては、ゲスト主役の星沢子(ほし・さわこ)が自らの命を捧げることで蘇生したイトウチーフ(副隊長)が、彼女への想いを語るラストシーン
・第43話『ウルトラの星から飛んで来た女戦士』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110219/p1)では、愛する矢的を守るために城野エミ隊員が侵略星人ガルタン大王の剣に貫かれて殉職した事実に、オオヤマ・イトウ・フジモリが衝撃を受ける場面からラストシーンに至るまで


 『80』最終回に向けて、このふたりには男女間のロマンスの伏線も与えておこうという意図も、濃厚に感じられる本編演出でもある。


 この楽曲は『ウルトラマン80 ミュージック・コレクション』(日本コロムビア・96年8月31日発売・ASIN:B00005ENF5)では「無償の愛」なるタイトルがつけられたブロックに収録されていた。しかし、これまでの劇中での使用例も思えば、いわゆる単なる「無償の愛」ではないこともたしかである。


 矢的はグロブスクとの戦いに赴(おもむ)く直前、涼子にこう語っていた。


「君ひとりを観客に、君の代わりに力いっぱい戦うよ」


 これまで『80』では市街地、そうでなくとも市民やUGMが見守る中でのエイティVS怪獣の戦いが描かれてきた。だが今回、その戦いを見守っているのは涼子=ウルトラの星の王女・ユリアンのみなのである――いやまぁ人間大サイズの変身ヒーローが戦っている作品ではないので、おそらく誰かしらが目撃してUGMにも遅れて通報しただろうけど・笑――。


 怪獣グロブスクの誕生経緯はともかく、その巨大化の結果責任は、ウルトラ一族の一員であるユリアンにある。そして、その責任は同じウルトラ一族であるエイティが尻拭いをしてみせようというのが表向きの理由になっている。しかし、理由の字面はそうであっても、「君のためだけに戦う」という趣旨のセリフは、これは遠回しの「愛の告白」でもある。そうでなくても遠回しな「好意の表明」ではある。矢的ことエイティが内心で秘かに好意を持ちはじめていただろう涼子ことユリアン。その「愛するユリアンのために捧げた戦い」でもあったのだと……



矢的「(涼子の右肩を左手でポンとたたいて)さぁ、UGMに帰ろう」


 画面の奥にスカウターS7を配して、それに向かって駆けていく後ろ姿の矢的と涼子…… ロマンチックな風情も感じられる場面である。



 紺と白のジャージ姿で正クンが所属する少年野球チームで、ノックを務めている矢的、そしてあいかわらずの正クンの姿にかぶるラストナレーション。


「そうそう、いくら失敗しても腐(くさ)ったり、腹を立てたりしないことだ。怪獣たちは人間の心の乱れにつけこもうと、いつもねらってるんだからね。球(たま)が落ちるのはグローブのせいではない。君の練習が足りないからなんだ」


 しかし、ノックの打球をエラーしてズッコケている姿の正クンのカットで物語は締めくくられている(笑)。




 そう、「社会」や「周囲」の人々の方が悪い場合もたしかにあるだろう。しかし一方では、「個人」の方が悪い場合もある。そして、「個人」が悪いとはいえないが、「個人」の努力が足りていない場合もあるのだ。たいていの物事は、フェア・公平に考えれば「半々」なのである。だからまずは「社会」や「グローブ」(笑)のせいにはせずに、我が身自身のことを省(かえり)みてみることである。


 むろん「個人」の努力だけでもどうしようもない場合はある。その場合は、自分に才能がないと思えば潔(いさぎよ)くその道はアキラめて別の道に活路を見出すことも必要だ。しかしその上で、もしも「個人」の生存の上でも最低限は必要な事項だ! どうやら「社会」の方が間違っている! ということがあれば、「社会」に異議申し立てをすることにもはじめて正当性がやどるだろう。


 そして、「社会」をつくっているのもまた「個人」(であるひとりひとり)である。しかし、億人単位の「個人」の意志が集合したかたちで「社会」が構築されている以上は、「社会」もまた即座に一挙に変革しうるものでもない。中長期にわたっての交渉や会議などでの粘り強さが必要なのである――即座に変わらなければオカシい! それは理不尽だ! と考えてしまうことも理解はできるのだが、それは自身が独裁者と化してしまう道でもある・汗――。


 いくら他人や社会から邪険にされようとも「腐ったり腹を立てたりしないことだ」。社会運動や市民運動のようにヒステリックにガナったりする必要はないのだ。かといって、卑屈に押し黙ってしまう必要もない。相手を貶めて胸を透かせたいという「擦り切れた快・不快」といった程度の感情(劣情)に基づく「怒り」などは深く静かに沈潜させて蒸留させていき、「私憤」ではなく大勢の人間の状況をよくしたいという「義憤」「公憤」に洗練させた「瑞々(みずみず)しい喜怒哀楽」としての高次な感情へと置換してから言葉を発するべきなのだ。


 目的のためにならば少々のズルや抜け駆けも許されるということもあまりない。目的達成のためにもたとえ迂遠になろうとも正当な「手段」を採択し、お天道様に恥じないかたちにした上で、それからはじめて気高く戦うべきだろう。
 たとえその発端は正当な「怒り」であったとしても、「目的」のためにならば「手段」を選ばす、いくらでも礼節を欠いて口汚く論敵を罵倒してもよい! 他者を傷つけてもよい! 少々のズルをしてでも出し抜いてよい! という低劣な心理にそれは容易に堕落しうる。そのような自堕落を許すと、それはてきめんに自己を絶対化・正義化して、論敵どころか仲間内での内紛や内ゲバをも誘発するのだ。正しき者こそ強くあれ。正しき者こそ節度・抑制心も含めて心が強くあるべきなのだ。


「怪獣たちは人間の心の乱れにつけこもうと、いつもねらっているのだ」


 このセリフは、第36話『がんばれ! クワガタ越冬隊』評(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110101/p1)でも引用させてもらった、以下のインタビューでの石堂先生の発言にも通じている。



――石堂さんは雑誌『ドラマ』(映人社・93年9月号)の中で「悪人はあまり書いたことがない」とおっしゃっています。この感覚は石堂さんの怪獣像にも反映されているのでは?


「それはね、僕が大学でドイツ文学をやっていた時(引用者註・氏は東京大学文学部独文学科の出身)、ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテの悲劇『ファウスト』(1808年)を読んでね。あれにメフィストフェレスという悪魔が出てくるでしょう。このメフィストという「悪」とは何かということを、僕は論文のテーマに選んだんです。そこで導き出した結論は、メフィストはファウスト自身が呼び出したものであると。悪とは人間の外に客観的に存在するものじゃなくて、人間の内から呼び出されたものであるという。いわゆる世の中に「絶対悪」というのが最初からあって、それをやっつければOKという話じゃない。そういう感覚が、ウルトラマンを書いていた時にも確かにあったと思いますよ。怪獣も結局、人間が呼び出したものであると」


(引用者註・悪魔メフィストフェレスは、初代『ウルトラマン』第33話『禁じられた言葉』に登場した悪質宇宙人メフィラス星人のネーミングの語源。『ウルトラマンネクサス』に登場する最初のウルトラマン型の悪の超人・ダークファウストやふたり目の悪の超人・ダークメフィストの語源でもある)


(『君はウルトラマン80を愛しているか』脚本・石堂淑朗インタビュー)



 「個人の外に絶対悪というものがあるわけではない」「怪獣も結局は人間が呼び出したものである」。そう、「社会」の「悪」というものも、結局は個人個人が長年にわたって醸成してきたものなのである。


 この石堂先生のご持論が、単に『80』第1クール「学校編」の思春期真っ只中の中学生たちのミクロな負の感情といったマイナスエネルギーという狭い概念を超えていき、ゲーテの『ファウスト』にも通じていくような普遍的な概念にも昇華していったようにも見えるのは、『ウルトラマンA』においても人間の精神を試してくる悪魔としての異次元人ヤプールの描写を、同作のメインライター・市川森一(いちかわ・しんいち)が降板したあとでも最も色濃く継承していたのが石堂先生であったことを思えば、もちろん結果論であることは重々強調しておくけど、重ねて石堂先生を投入したことによる成果であったと思うのだ。



 ともまれ、「物を粗末に扱うな」「環境問題」などといった「道徳的テーマ」「社会派的テーマ」だけにとどまらず「児童ドラマ」も展開させて、SF的な存在のようでもイロモノでもある「怪獣グロブスク」(笑)、そして実に美しい「夕焼け特撮」に、特別な趣向を凝らした壮絶なる「特撮バトル」などなど、本話は見どころ満載のエピソードに仕上がった。それでいてラストは、最終展開への伏線としてエイティ=矢的とユリアン=涼子との「愛の告白」めいた情緒豊かなシーンまでもが描きこまれているといった密度の濃さ!


 そう、本エピソードは「ユリアン編」の中でのターニングポイントでもあり、矢的と涼子の関係性の変化とその急転までもがしっかりと描かれていたのであった……


 石堂・東條・佐川の最強トリオとしては『80』最後の作品となったが、文句なしの大傑作である。



<こだわりコーナー>


*正クンはグローブを自らの意志で捨てたのだから、サブタイトルの「落し物」はちょっと違うんじゃないかと思う(笑)。


*正の父・太吉を演じた住吉道博は、東映コメディ特撮の大人気番組『がんばれ!! ロボコン』(74~77年・東映 NET→現テレビ朝日)の第73話『ゲバリキュン!! どうかおいらを追い出して』~最終回(第118話)『メデタリヤ! ロボコン村は花ざかり』に至るまでの、主人公のロボコンが居候(いそうろう)をしていた小川家のパパ・太郎役でレギュラー出演していたことでもジャンルファンには有名。
 しかしさかのぼること、初代『ウルトラマン』(66年)第18話『遊星から来た兄弟』では、凶悪宇宙人ザラブ星人を科学特捜隊から引き取ろうとする宇宙局の局員も演じている――セリフは一言もないが・笑――。『怪奇大作戦』(68年・円谷プロ TBS)第13話『氷の死刑台』でも、人間を超低温の中で生かし続ける実験の末に冷凍人間を誕生させ、彼に殺されてしまう科学者・島村を演じていた。テレビ時代劇マニアには、『必殺』シリーズ第3作『助け人走る(たすけにん・はしる)』(73年)のシリーズ前半でのレギュラーの密偵・為吉(ためきち)役でも知られている。なお、以上の作品には「住吉正博」の名義で出演していて、現在ではこの芸名に戻しているようだ。


*CS放送・ファミリー劇場で放映された『ウルトラ情報局』2011年1月号にゲスト出演した小坂ユリ子隊員役の白坂紀子(しらさか・のりこ)のインタビューも紹介しておこう。『80』第1クールの「学校編」で桜ヶ岡中学校の事務員・ノンちゃん役に起用された際には、テレビドラマの出演ははじめてだったそうだ。「地のままでそのままやって」と云われたものの「こんなお姉さんがいたらいいなぁ」と生徒たちに親近感を持ってもらえるような人物像を演じるように心掛けていたそうである。
 「学校編」の設定が消滅したことでいったんレギュラーからハズれたものの再度、UGM・気象班の小坂ユリ子隊員役として起用された際には「エッ? そんなことあるのかな?」と本人が最も驚いたのだとか。もっとも彼女自身は「おてんば」なところがあり、どうせ防衛隊の隊員の制服を着るのならば、戦闘機に乗って戦うような役をやりたかったらしい(笑)。
 第36話『がんばれ! クワガタ越冬隊』や本話のように、隊員たちにレクチャーをする場面では、テレビの前の子供たちにも理解ができるように心掛けたそうだが、隊員を演じている俳優たちにジッと見詰められているので、かなり緊張してしまったとか。
 もしもユリ子が気象班ではなくUGMの新人戦闘隊員として参戦していたら『80』はどうなっていたであろうか? 城野エミ隊員とユリ子隊員が矢的をめぐって小さな火花を散らしているような描写が何度かあったことを思えば、『80』第10話『宇宙からの訪問者』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20100704/p1)でマドンナ教師・京子先生とゲストヒロイン・アルマが矢的をめぐって恋の火花を散らしていたようなラブコメが展開されたのかもしれない(笑)。


 主人公・矢的猛を演じた長谷川初範の印象に関しては「一生懸命なマジメな方」であり「矢的先生にピッタリ。とても素朴(そぼく)でいい方。あのとおりの方……」だったらしい。


 ご子息は幼稚園のころにはウルトラマンシリーズにかなりハマっていたそうである。レンタルビデオ店で『80』を借りて観せたら「なんでここにいるんだ!?」ととても驚くとともに「スゴい、スゴい!」と喜んだそうで、「やってよかった」という実感をはじめて得られたそうである。そして、ご子息がウルトラマン、夫の俳優・志垣太郎(しがき・たろう)が宇宙忍者バルタン星人を演じてよく親子で遊んでいたそうだ。ナンと志垣はそれだけでは飽き足らずに、どこで調達したのかバルタン星人のかぶりものまで入手。近所の公園でそれを着用してほかの子供たちと遊んでいたらしい(笑)。
 青春ドラマ『おれは男だ!』(71年・日本テレビ)の転校生・西条信太郎役や、『エイトマン』や『幻魔大戦』で知られる第1世代SF作家・平井和正の筆による不朽の名作学園SFを実写化した映画『狼の紋章』(73年・東宝)の高校生主人公である狼人間・犬神明(いぬがみ・あきら)役など、かつては二枚目俳優だった志垣だが、実際には80年代中盤の大人気バラエティ番組『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(85~96年)でのコミカルな吸血鬼ドラキュラのごとき扮装で子供たちを驚かせつつ笑わせてもいた「デビル志垣」のキャラの方がホントの地であったようである(笑)――志垣太郎はテレビ時代劇『水戸黄門』(69年~・東映 TBS)第13部(82年)の第10話『尾張名古屋の妖怪退治―尾張―』に徳川綱誠役でゲスト出演して白坂と共演、志垣が白坂に一目惚れしたことから猛アタックの末に結婚したらしい――


 これらのことから、白坂は「ウルトラマンは子供たちにとってすごく大きな存在」だと再認識したそうであり、「エイティは永遠に不滅のヒーローです!」と語っていた。


*本文で『ミラーマン』について少しふれたのでついでに書いておく。最近、『ミラーマン』放映当時のセルロイド製の「お面」――一見パチモンかと思うほど出来が悪いがきちんと版権シールが貼られている――や、学校給食用のナプキン――ミラーマンVS怪獣キティファイヤーのヘタな絵柄だがこちらも版権もの――のデッドストックをたったの数百円で入手する機会を得た。『ミラーマン』は玩具メーカー・ブルマァクが発売したソフビ人形の数々で大量の売れ残りが発生したことでも有名な作品だが(汗)、このようなデッドストックが安価で入手できたということがたまたまの出来事でなければ、それ以外の関連アイテムもあまり売れ行きは芳(かんば)しくはなかった可能性もある。これは喜ぶべきことではない。やはり制作費を出資してくれる玩具会社も儲かるような作品づくりをしないとダメだということなのである……


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2012年号』(2011年12月29日発行)所収『ウルトラマン80』後半再評価・各話評より分載抜粋)


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魔のグローブ 落し物にご用心!!

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『ウルトラマン80』第46話『恐れていたレッドキングの復活宣言』 ~人気怪獣・復活月間の総括!

どくろ怪獣レッドキング三代目 壷の精マアジン登場

(作・平野靖司 監督・東條昭平 特撮監督・佐川和夫 放映日・81年2月25日)
(視聴率:関東9.7% 中部12.9% 関西12.1%)
(文・久保達也)
(2011年4月脱稿)


「僕は「なにもわざわざ昔の怪獣を出すことないじゃん」って思ったんですけどね。この時は確かプロデューサーからレッドキングを出そうって話でした」


――ではレッドキングへの思い入れなどは特になく?
「この話に対しては思い入れはなかったですね。本来レッドキングは怪獣がたくさん出てくる島にいたじゃないですか」


――『(初代)ウルトラマン』(66年)第8話『怪獣無法地帯』の多々良島(たたらじま)ですね。
「そうそう。僕にとってのレッドキングはそういう怪獣なんですよ。この時は「とりあえず出せ」というから出したわけですよ。魔法使いが出すという設定だけど、要はなんだってよかったんです。これはもう、無理やり出すために考えた設定だったんです(笑)」


(『タツミムック 検証・ウルトラシリーズ 君はウルトラマン80を愛しているか』(辰巳出版・06年2月5日発行・05年12月22日実売・ISBN:4777802124)脚本/平野靖士インタビュー)



 当時の平野氏の「やる気のなさ」が伝わる発言だ(笑)。ウルトラマンシリーズを代表する大人気怪獣・レッドキングを出すためにムリやり設定された「壷(つぼ)の精・マアジン」による珍騒動が全編にわたって繰り広げられる今回のコミカル編。


 そして、あのシリアス寄りの演出で、時に社会派風味もあった東條監督による作品だったとはちょっとビックリだ(笑)。しかし、変身ヒーロー作品に市民権を勝ち取るために社会派テーマや陰欝(いんうつ)な人間ドラマを求めていた若いころをとうに相対化した中年マニアからすれば、なかなかどうして実に味わい深い楽しめる作品に仕上がっていると思える。


 静岡県裾野市(すそのし)にある「日本ランド スキー場」に家族でスキーに来ていた淳少年と妹のヨッコ――この場所は2011年現在では、「スノータウン Yeti(イエティ)」という名称に変わって、「富士急行」系のフジヤマリゾートが運営している(イエティは「雪男」の意味)――


 彼ら兄妹は偶然見つけたホラ穴の中で奇妙な「壷」を発見。ヨッコはそれを絵本の中で見た、なんでも願いをかなえてくれる魔神・マアジンが潜んでいる「壷」だと信じこんで、それを大事に持ち帰った。


正男少年「怪獣発見! 前方30メートル! 爆弾投下用意!」


 帰宅してからも「壷」を大事そうにかかえて外出するヨッコと出歩いていた淳少年。彼らはモロにイジメっ子風の少年たちである正男ら3人の悪ガキが乗る自転車から、スレ違いざまに爆竹(ばくちく!)の奇襲攻撃に襲われてしまった!(汗)


 それにしても、この正男少年はいかにもヤンチャそうに見える子役を使っていて、絶妙なキャスティングである。


 おそらく近くに飛行場があることを示すのに加えて、それ以上にこのシーンに太平洋戦争中の「空襲」のイメージも微量に付与するためだろう。この場面では、航空機が飛行する効果音が終始流されている。爆竹がハデに破裂する前後では、まさに悪ガキどものセリフ「爆弾投下用意!」の状況と見事にシンクロしていた!(笑)


 本エピソードのメインテーマではないが、ディテールに対する点描に、スタッフたちの太平洋戦争中の「空襲」体験を声高にガナったりはしないもののダブらせていく、ちょっとしたお遊びの演出は、『ウルトラマンタロウ』(73年)第39話『ウルトラ父子(おやこ)餅つき大作戦!』などでの空襲写真のインサートなどでも見られる。
 このようなトーリーではなく映像や音響面での演出はおそらく脚本上には記されておらず、本編監督なり音響担当者側のアドリブなのだろうと推測するのだが……



 冒頭のナレーションでも、妹のヨッコよりも実はスキーをすべるのがヘタである……と説明されているほど、メガネをかけた運動神経や体力には実に乏しい冴えない印象の淳少年。彼はまさに藤子・F・不二雄(ふじこ・エフ・ふじお)先生の名作漫画『ドラえもん』(69年~)に登場する小学生主人公・野比のび太(のび・のびた)クンを彷彿(ほうふつ)とさせるキャラクターである(笑)。


 そんなヒ弱そうな淳少年が、


「アイツら~!」


 とケンカをふっかけようとするや、妹のヨッコは


「お兄ちゃん、やめなさい。どうせ負けるんだから」


 と実に冷めた目で淳少年を制止している。


 絵本の中に描かれている「ファンタジー世界」の登場人物の実在を信じている、現実と虚構を混同したような素朴な少女なのかと思いきや…… そのような単純で記号的・ステレオタイプな脳内お花畑のポエム少女ではない。ヨッコは「現実世界」の世知辛(せちがら)い原理原則や、腕力や胆力では実に頼りない兄のこともわかっている、「夢見がち」と「現実的」の両面がある少女として多角的に描かれているのだ。


「バッカヤロ~~!!」


 負け犬の遠吠えのごとく(笑)、正男たちに叫ぶ淳少年に対して、振り向きざまに正男たちが、


「へへッ! ザマぁ見やがれ!!」


 などと声を揃えるさまは、個人的には30数年前の悪夢の日々を思い出してしまうほどの見事な演技であった(爆)。



 その後、淳少年は仲のよい友だちである少年・悟(さとる)や少女・ミエとともに、ヨッコのおとぎ話に付きあわされることになる。


 ヨッコが公園の水道で「壷」をきれいに洗ってあげて、


「アカサタ ナンナン マミムメモン!」(笑)


 と呪文を唱えるや、壷の中から白い煙が吹き上がった!


 作画合成の赤い渦の中から、なんと本当に絵本に描かれていた壺の妖精・マアジンが現れたのだ!!


 冒頭でヨッコが読んでいた絵本の中に描かれていた、実にファンタジックな世界は、雇われ外注デザイナーでなければ、本編美術班の誰かが描いたのだろうが、実に見事な出来映えである。


 そして、その絵本の世界に登場していた人物と同じ姿である、黒いシルクハットにウラ地が赤いマントといった、まさに「魔法使い」であるかのような、爪先の尖ったブーツ姿のマアジン。


 だが、マアジンを演じているコメディアン・横山あきおの個性が強く出すぎている(笑)。


・目の周囲が白
・その下が黄色
・頬(ほお)は青


 それらが赤で縁取(ふちど)りされているという、あまりにド派手なメイク!


 絵本の中のファンシーな「絵柄」だけの存在であれば「やさしい夢の存在」といった感じなのだ。しかし、3次元でコメディアンが演じると妙にナマ臭くなって滑稽味の方が浮上してきて正直、絵本の世界から飛び出してきたファンタジックなキャラクターだとはとうてい思えない。


 しかも、登場時には漫画の擬音のような「ボョョ~~ン!」などという効果音を流されてしまうと、これはもうテレビの前でズッコケるしかない(笑)。


 どうヒイキ目に見ても、「魔法使い」というよりは怪しい「大道芸人(だいどうげいにん)」にしか見えないマアジンに対して、ヨッコが驚きも恐れもせずに、


「マアジンさん、こんにちは」


 と律義に頭を下げた時点で、筆者は完全にトドメを刺されてしまった(爆)。


 ここで驚いてヨッコがマアジンから逃げ去ってしまうと、マアジンが魔法を使う余地がなくなったり、話が遠回りになりすぎてしまう。だから、ヨッコもそうとうの肝っ玉の持ち主か、やはりそこいらへんは物事の道理が単にわかっていない年齢相応の幼女だったのだ! といったことでナットクしようではないか!?


 もちろんそれと同時に、本エピソードはこれからリアリズムよりも不条理・喜劇の方が優先されていく作劇になりますよ~! といった視聴者に対する宣言も兼ねている。


 そんなひたすらにウサンくさい印象のマアジンではある。しかし、「大きな犬のぬいぐるみ」がほしいと願ったヨッコに、マアジンは手にしたステッキで、


「マアジン マアジン ポン!」


 と呪文を唱えて、ヨッコの願いをかなえてくれたのだ!


 願いをかなえる瞬間、ステッキの先端の周囲に七色の星がキラめく合成が実に安っぽいともいえるが、良い意味で低予算のご町内ファンタジー作品的な印象も与えてくれている。


 このステッキは、ひょっとして児童向け実写ドラマ『(新)コメットさん』(78年・国際放映 TBS)で、主人公のコメットさん役の当時のアイドル歌手・大場久美子(おおば・くみこ)が魔法を使用する際に使用していた小道具の流用ではないかと勝手に思っている(笑)。


 『ウルトラマン80(エイティ)』(80年)第7話『東京サイレント作戦』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20100613/p1)で騒音怪獣ノイズラーに襲撃される新幹線のミニチュアが、映画『新幹線大爆破』(75年・東映)で使用されたものを東映から借りていたという前例もある(だから破壊ができなかった・笑)。
――ちなみに、『新幹線大爆破』は単なるパニック映画だと思われがちなのだが、実はとても良いお話の名作だ。ただし「特撮映画」だと期待して観てはいけない!――



 『コメットさん』を製作した国際放映も、往年の今は亡き東宝の分派である映画会社「新東宝」の流れを組んでいる。東宝の撮影所などもある世田谷区の砧(きぬた)にあった会社だから、同じく東宝の分派のような存在である円谷プロのご近所さんである。円谷プロから移籍した熊谷健(くまがい・けん)プロデューサーとのコネで内々に借りてくることができたとか!?(笑)



イケダ隊員「キャップ(隊長)! 怪音波です!」


 同じころ、我らが防衛組織・UGMが怪しい音波の発信をキャッチした。


イトウチーフ(副隊長)「奇っ怪な波長だな。地球のものじゃない!」
フジモリ「じゃあ宇宙人!?」


 マアジンは300年もの長い間、「壷」の中に閉じこめられていたという設定以外は、その出自については劇中では一切語られずに、最後までナゾの存在として終わっている。だが、UGMの反応からすると、遠い過去にどこかの星から「壷」の中に閉じこめられた状態で宇宙に追放された存在だったという可能性も考えられる。
 まぁ、フワフワとしたファンタジックな存在なので、過去にはちょっとした「悪党」だった……というような設定を付与してしまうと微量に重たくなってしまう。そして、本話のカルみのあるテイストも失われてしまっただろうから、そこにはあえて突っ込んでいかないのが作劇の塩加減としては正解ではある。


 ただまぁ、『(旧)コメットさん』(67年・国際放映 TBS)のオープニング映像では、宇宙でイタズラばかり繰り返す主人公のコメットさん――演じたのは当時の人気歌手・九重佑三子(ここのえ・ゆみこ)――に、業(ごう)を煮やしたベーター星の先生が、


先生「おまえみたいな娘(こ)は地球へでも行ってしまえ!」


 とコメットさんをロケットに縛りつけて、地球へと追放してしまう様子が、作品の基本設定の紹介も兼ねて毎回のオープニング映像で描かれていた。こういう漫画チックでコミカルな映像で表現されていれば、マアジンがちょっとした「悪党」だったとしても、大丈夫だったのかもしれないが(笑)。


 300年も薄汚い「壷」の中に閉じこめられていたワリには、


「イヤでがすなぁ、このゴミ」


 などと街に散乱したゴミを嘆くくらいにはマアジンもモラリストではある。


 子供たちに街をきれいに掃除させて、そのご褒美として子供たちの願いをかなえてあげようという設定もまた面白い。


 後年の特撮作品でも隆盛を極めているエコロジー・テーマをもし仮に扱うのであれば、このように子供たちにも視覚的にわかりやすいかたちで描くべきだろう。


 ちなみに、ゴミの中にはコンビニエンス・ストア「セブンイレブン」のマークが入った「紙袋」があった! 当時はまだコンビニでもいわゆるビニールの「レジ袋」ではなく、こうした「紙袋」の方が主流だったっけかなぁ? ちなみに1980~81年当時、筆者の地元の三重県四日市市(よっかいちし)にはまだコンビニは一切存在しなかった(爆)。


(編註:日本でコンビニエンス・ストアが誕生したのは70年代前半のことである。そして、70年代中盤からすでに朝7時~夜11時まで営業する趣旨の「セブンイレブン」のテレビ・コーマシャルは散々に流されていたのだが、突如として雨後の竹の子のように急速に開店ラッシュとなって、しかも24時間営業となるのは、関東圏でも80年代後半になってからのことであった……)



 マアジンに願いをかなえてもらうために、淳たちは公園のゴミを片づけて、ミエは「新しい洋服」を、悟は当時まだ出始めたばかりの「デジタル腕時計」を願った。


 しかし、マアジンからミエにプレゼントされたのは、「お姫様のような白いドレス」! 悟にプレゼントされたのは「大きな柱時計」!


 やや時代感覚がズレていたり、明らかに間違ったかたちで願いをかなえてしまうのだ(笑)――あとできちんと「デジタル腕時計」を出し直すのだが――。


 これらの描写は単なるギャグとしての点描どまりの描写ではなく、のちにマアジンが大騒動を引き起こすことの伏線として立派に機能することとなる。



「ボクは“ラジカセ”と“自転車”と“ラジコン飛行機”と“マンガの本100冊”と“チョコレートパフェ”と“テストで100点とりたい”!」


 淳少年は矢継ぎ早に願いをまくしたてる!


 淳少年は常に満たされない不全感を胸の内に秘めている我々オタクの似姿でもある(爆)。ヒ弱な淳少年のキャラクターからして、外面はガツガツとしているようにはまったく見えないのに、その内面は少なくとも自分が好きなことに対しては貪欲(どんよく)である描写もなかなかにリアルだ(笑)。


 だが、マアジンの魔法は「願いごとはひとりにつき、ひとつしか叶えられない」のが原則であった!



 怪音波の探索で出動した、我らが主人公ことウルトラマンエイティである防衛組織・UGMの隊員である矢的猛(やまと・たけし)と、ウルトラ一族の王女さま・ユリアンこと星涼子(ほし・りょうこ)が搭乗するUGM専用車・スカウターS7(エスセブン)が接近してきたのを察知するやマアジンは、


「いや、大人には見つかりたくないデガス。大人はウソつきが多いデガスからね」


 と、淳少年の願いをかなえないままで、「壷」の中に姿を消してしまう!(笑)


 これもまた、番組のまだ序盤でマアジンの存在や正体が早くもバレてしまっては、あとはUGMとの攻防劇になってしまって、子供たちとの蜜月(みつげつ)の時間もそこで終わってしまうことを回避するための都合論ではある。ヒイてジラして引き延ばしていくこともドラマ一般では肝要なのだ(笑)。


 子供たちがマアジンに願いをかなえてもらうために、街中で掃除をすることが一大ブームとなった。


 そんな中で、パトロール中の矢的隊員と涼子隊員の眼前で、ひとりの少年が危険な場所に侵入して掃除を試みようとした末に落下してしまう!


 危うく少年を受けとめるのたが、その際に矢的隊員は足を負傷してしまった!


 涼子隊員は銃身が短い小型の白い銃のようなものを、矢的の足に向けて光線を当ててみせるが……


矢的「なんだい、それは?」
涼子「メディカルガンよ」
矢的「それは君の星(ウルトラの星)から持ってきたのかい?」
涼子「そう。これさえあれば、どんなケガでも病気でもヘッチャラよ」
矢的「だとしたら、もう使わない方がいいなぁ」
涼子「どうして?」
矢的「君は『郷に入れば郷に従え』って言葉を知っているかい?」
涼子「ええ。郷ひろみならテレビで見たけど」


 ♪ ア~チィ~チィ~、ア~チィ~、ってその「郷」と違うわいっ! 70~80年代の大人気アイドル・郷ひろみのことである(笑)。


矢的「(苦笑)わかってないなぁ。僕たちは今、地球で生活しているんだ。地球には地球のやり方があるってことだよ。さぁ、わかったら公園へ行こう」
涼子「ええ」


 やはりわかっていないような様子で考えこんでいる涼子。


 前話の第45話『バルタン星人の限りなきチャレンジ魂』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110327/p1)では、「バルタン星人」の存在と「児童ドラマ」の方を優先したのだろう、星涼子隊員の正体がウルトラ一族の王女さま・ユリアンゆえの世間知らずから来る超能力の発露で正体がバレそうになるお約束の「点描」はあっても、地球人との感覚のズレにともなう「懊悩」の心情描写まではなかった。


――ひょっとすると、シナリオ上では涼子はまだ登場しておらず、第43話『ウルトラの星から飛んで来た女戦士』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110219/p1)で殉職したUGMの城野エミ(じょうの・えみ)隊員のままだった可能性もある(爆)――


 しかし本話では、第44話『激ファイト! 80 VS(エイティ 対) ウルトラセブン』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110226/p1)に続いて、地球で正体を隠して生きていくための術(すべ)をよくわかっていない涼子=ユリアンに対して、地球では正体を隠して人間に合わせた生き方をすることを諭(さと)していく矢的=ウルトラマンエイティの姿が描かれている。
 『80』終盤の「ユリアン編」独自の特徴となるシリーズ・イン・シリーズのドラマをここで描けているばかりでなく、これまた本作の最終回近辺でのクライマックスへの伏線としての重要な役割を担(にな)っているのである。


 ただこのメディカルガンは、第43話『ウルトラの星から飛んで来た女戦士』において城野エミ隊員が殉職した際にも、涼子は看病で使用したのであろうか?(笑)



「石田えりさんが殉職して、私がUGMに入ったあとで、メディカルガンというのを出してきた回があったんですよ。「このガンさえあれば、どんなケガでも病気でもへっちゃらよ」みたいなことを、私は言いきっているんですね。じゃあ石田えりさんが亡くなった時、なぜそれを出さなかったのかと(笑)。あとでファンの方からもつっこまれましたよ(笑)。この回はまた東絛監督で、ゲスト主役の男の子がすごく怒鳴られてかわいそうで(笑)。こっちはこっちでスキーをするシーンもあって、(矢的猛役の)長谷川(初範)さんはスイスイできるんですけど、私は基本のボーゲンしかできなくて。うまく止まれなくて、もう顔なんかひきつってました」

(『君はウルトラマンエイティを愛しているか』星涼子役/萩原佐代子(はぎわら・さよこ)インタビュー)



 社会派の東絛監督が昭和のオヤジ的なドナりまくる演出をしていて、しかもダミ声だから何を云っているのかわからなくて、監督の意図を推測して演じていたという証言は、東映のスーパー戦隊シリーズの出演者インタビューでも散見される(笑)。子役に対しても、同様にドナっていたという行為はどうかとも思うけど(汗)。


 それはさておき、メディカルガンを第43話ではなぜ使わなかったのか?


 これはキツいところを突いてくる質問である。『80』という作品の根幹や、「ユリアン編」の屋台骨にも関わりかねない問題でもある。このような疑問をいだく御仁はややイジワルともいえる。しかし、それだけ作品のことを深くよく真剣に観ているのだともいえるのだ。
 ただし、その疑問をスタッフに対してではなく、シナリオに沿って演じているだけの役者さんに対してブツけるのには疑問だけど(笑)。


「あらゆる手を尽くしたけれど、ダメだったわ」


 第43話で侵略星人ガルタン大王を倒し、矢的が真っ先にエミのもとに駆けつけた際、涼子はそう語っていた。


 よって後付けだが、そこまでイジワルに見抜けてしまえる御仁たちであれば、さらにもっと論理の射程を伸ばして、映像化はされなかったものの、その「あらゆる手」の中にはきっとメディカルガンも含まれていたのだ! などともっと好意的に深読みしてみせてもよいのではなかろうか!?(笑)



正男「オメエら、いいもん持ってんじゃねぇか! その壷よこせよ!」


 マアジンの出現で再度、怪音波が発信されたことにより、矢的と涼子が向かう。


 ここで本エピソードのお題・課題であるウルトラシリーズの大人気怪獣・レッドキングをそろそろ尺のバランス的にも登場させなければならない。しかし、都市破壊を繰り広げる危険なレッドキングを召喚する役目は、この善良なるメインゲスト子役である兄妹たちには似つかわしくはないだろう。そこで先のイジメっ子たちに登場をお出ましを願うのだ(笑)。


 よって、公園で淳少年は正男たちに「壷」を奪われてしまうのだ! 必死に抵抗した淳少年であったが、


ヨッコ「お兄ちゃん、ケンカしたら負けるよ」


 という、ヨッコの実に冷静な説得はあまりにも大きかったのだ(笑)。



 淳から「壷」を強奪した正男たち3人の悪ガキは、とあるビルの屋上に登って、それぞれの願望を告白する。


正男「オレ、前からホンモノそっくりに動く、怪獣のオモチャがほしかったんだ!」


 ……それだったらオジサンは今でもほしいぞ(笑)。


正男の友人A「だったらオレ、エレキングがいいなぁ……」


 『ウルトラセブン』(67年)第3話『湖のひみつ』より、木曽谷(きぞだに)の吾妻湖(あづまこ)から出現した宇宙怪獣エレキングの姿がバンクフィルムで映し出される!


 ただし、本話でもオリジナルの鳴き声はかぶらず、前話である第44話『激ファイト! 80VSウルトラセブン』におけるウルトラセブンの紹介シーンと同様で、エレキングの鳴き声は『ウルトラマンタロウ』第28話『怪獣エレキング満月に吼(ほ)える!』に登場した月光怪獣・再生エレキングのものを使用していた(笑)。


正男の友人B「それよりさぁ。オレ、ウーがいいなぁ……」


 初代『ウルトラマン』第30話『まぼろしの雪山』より、飯田山(いいだやま)に出現して、「雪ん子」と呼ばれて村人たちから忌(い)み嫌われていた少女ユキに手を差しのべる伝説怪獣ウーの登場シーンが流される。
 こちらの流用映像にかぶるウーの鳴き声は、『ウルトラマン80』が放映されていた1980年前後のジャンル作品としては珍しく、きちんと過去シリーズでの初登場時と同じ鳴き声を使用している!


 オリジナルの怪獣の鳴き声が使用されないのは、なぜなのか? それは第1期ウルトラシリーズの音入れを担当していた東宝系の「キヌタ・ラボラトリー」がこの時点ですでに解散していたからだろう――厳密には73年に会社名を変更して機材専用会社となる――。
 基本的に「効果音」の類いは製作会社ではなく録音スタジオを経営する会社の所有物なのである。よって、録音スタジオが異なれば、同一シリーズでも流用は困難となる。
 同じ録音スタジオが担当していても、原典の作品が古いがために、それらの「効果音」が散逸してしまったり、倉庫のどこにあるのか誰にもわからなかったりして発掘しきれなければ、やはり流用は困難となってしまうことだろう。


 もちろん、録音スタジオ間でも効果音テープを有償無償で貸し借りするようなことも少しはあったことだろう。


 しかし、当時の長命シリーズ作品で過去作のオリジナルの怪獣の鳴き声が正しく使用されている場合は、原盤テープからではなく製作会社の所有物であるテレビ放映用のフィルムとセットになっている「MEテープ」――セリフ抜きの「MUSIC(BGM)&EFECT(効果音)専用の音声テープ――から、該当する怪獣の正しい鳴き声だけをダビングして、再音源化していたのだとも推測できる――今だと著作権法的にはグレーな行為だけど(汗)――。


 90年代以降のウルトラマンのアトラクションショーや新作シリーズにおいては、往年の人気怪獣が再登場する際には、原典と同じ正しい鳴き声が使用されている。これなども、この「MEテープ」、あるいは往時のレーザーディスクには必ず収録されていた「MEテープのみの音声」からの再音源化ではないかと思われるのだが……。




 しかし、怪獣エレキングに怪獣ウー。……ウ~ム、キミら少年たちの好みにケチをつける気はないが、キミたちは当時の第1期ウルトラシリーズ至上主義者の兄ちゃんたちに毒されているのではないのか!?


 この劇中の少年たちによる、第1期ウルトラシリーズの人気怪獣偏重は、当時の子供たちの「ウルトラ怪獣」に対する好みを正当に反映したものだったのだろうか?


 ちなみに、さらに後年の1988年12月26日(月)から30日(金)までの冬休み期間中の5日間、TBSローカルで朝10時からの90分枠の特番で、『おまたせ! 一挙大公開ウルトラマン大全集』なる番組が放送されたことがあった――筆者の出身地である中部地区でも少し遅れて放送されていた――。
 内容は連日、初代『ウルトラマン』から傑作選を2話ずつ放映して、最後にウルトラ兄弟の紹介や主題歌集などの企画モノとして構成されていた。


――この番組の「演出」は、『80』では第43話と第44話の特撮監督だった神澤信一(かみざわ・しんいち)。「ナレーション」を務めたのは、初代『マン』で科学特捜隊のムラマツキャップ(キャップ)を演じた故・小林昭二(こばやし・あきじ)であった!――


 その中の『ウルトラ怪獣ベストテン』という企画は、市井(しせい)の人々に最も好きなウルトラ怪獣を挙げてもらうというものであった。


 それで、保育園だか幼稚園に赴いて、そこの園児たち多数にインタビューした映像が流されたところ……


 驚くなかれ! 当時の第1期ウルトラシリーズ至上主義者たちには忌み嫌われていた「合体怪獣」という存在や「第2期ウルトラシリーズの怪獣」にして、『ウルトラマンタロウ』第40話『ウルトラ兄弟を超えてゆけ!』に登場していた、ウルトラシリーズの強敵怪獣たちの亡霊が「合体」したという設定の「暴君怪獣タイラント」を挙げた幼児が圧倒的多数だったのだ!


 この1988年度は、テレビ東京で平日夕方18時25分から放映されていた帯番組『ウルトラ怪獣大百科』が放映されていた年でもある。この番組でも7月20日(水)にタイラントが紹介されたことがあったので、その印象が鮮烈だったのだろうか? それとも園内の図書の中に『怪獣図鑑』などの書籍があって、そこに強敵怪獣として記述されていたことが「刷り込み」されていたのだろうか?(笑)


・竜巻怪獣シーゴラス
・異次元宇宙人イカルス星人
・宇宙大怪獣ベムスター
・殺し屋超獣バラバ
・液汁超獣ハンザギラン
・どくろ怪獣レッドキング
・大蟹超獣キングクラブ


 歴代ウルトラ怪獣の怨霊たちが合体、各々の部位が体表を彩(いろど)った意匠(いしょう)を持ち合わせて、ウルトラ5兄弟をもひとりずつ倒していく! といった戦歴を持った強敵怪獣!


 第1世代の特撮マニアたちが神格視してきた第1期ウルトラシリーズのデザイナー・成田亨(なりた・とおる)氏は、古代ギリシャ神話におけるライオン・ヤギ・毒蛇が合体した怪物キメラ(キマイラ)のような「合体怪獣」という存在を、後年の自著では怪獣デザインにおける「禁じ手」として否定的に語っていた。そして、そのことから、成田信者たちはその口マネをして、タイラントのような「合体怪獣」の存在は邪道であり低劣な存在であるとして罵倒的に語ってきたのだった(汗)。


 科学的にはまるで合理的ではないけど、オカルト的にはアリエそうではある、怪獣の怨念・怨霊が集積して誕生したという出自設定。その体表にそれらの怪獣の特徴的な意匠が浮かび上がったようなキャラクター。
 そういったキャラクターに対して我々もまた不思議と、各々の怪獣の霊的かつ物理的なパワーもやどっており、通常の怪獣の数倍もの強さがあるようにも感じられてきてしまうものだ!(笑)


 こういった感慨は、未開の原始人の「呪術的な感性」ではある。しかし、人間そのものに本能的に備わっている普遍的な情動ではあるのだろう。


 当の子供たちも、そして全員とはいわずとも多くの特撮マニアたちが、タイラントなどの合体怪獣にいだいてしまうような畏怖(いふ)の感慨。それはそんなところに理由があるのではなかろうか? 事実、近年のウルトラシリーズにかぎらない特撮変身ヒーロー作品にも、あまたの合体怪獣たちが登場しつづけてもいる。実に喜ばしいことである(笑)。


 このように後出しジャンケンでエラそうに語っている筆者であるが、『80』放映当時はすでに中学2年生であり当時、創刊されはじめたマニア向け書籍に実はすっかり洗脳されており(汗)、「ウルトラ怪獣といえば第1期ウルトラに登場したヤツらが最高であり、第2期ウルトラの怪獣などはカスである!」と思いこんでいた時期があるので、決して無罪ではないのだが(爆)。


 しかし、1970年代末期~1980年の第3次怪獣ブームであった当時、たとえばケイブンシャの児童向け文庫本『ウルトラマン大百科』(78年8月10日発行)や、小学館の幼児誌『てれびくん』・児童漫画誌『コロコロコミック』・学年誌のカラーグラビア記事などでは、全ウルトラシリーズが第1期や第2期の区別などはまるでなく、均等・平等に扱われてはいたものだ。


 それらの書籍をむさぼり読んでいた当時の子供たちの間では、もちろんそれぞれに好みはわかれただろうが、少なくとも金科玉条的な第1期ウルトラシリーズ至上主義に陥(おちい)っていた者は、マニア予備軍の小賢しいガキを除けば(笑)、ほとんどいなかったハズである。


 だから、正男の友人たちがそろって第1期ウルトラシリーズの怪獣ばかりを挙げるというのはどうにもなぁ(笑)。まぁ、このへんは脚本の平野氏の世代的な好みか、第1期ウルトラ至上主義者たちによるマニア向け書籍の影響を中途半端に受けてしまった円谷プロ側のプロデューサー・円谷のぼる社長や満田かずほ側からの平野へのオーダーだったのだろう!?




正男「エレキングもウーもイマイチだよ。それよりさぁ、レッドキング。これが一番さ!」


 おい、正男! おまえも第1期ウルトラシリーズ至上主義者か!?(笑)


 空き地の近くにあるビルの屋上で、呪文を唱えてマアジンを呼び寄せた正男は、ホンモノそっくりのレッドキングを出現させてくれることを願った。


 街中の子供たちの願いを叶えて、すっかり疲れきっていたマアジンは、


「レッドキング、出てこ~い。……ホンじゃ」


 と、投げやりに召喚の言葉を唱えるや…… 即座に「壷」へと戻ってしまった!(笑)


 まさに本話の脚本を担当していた平野氏の、本話に対する証言に匹敵するほどの「やる気のなさ」である(爆)。しかし、だからこそ、レッドキングが唐突ではあっても登場してくれて、その大暴れが見られるのであった(笑)。



 ……などと書きつつ、実は映像本編ではホンモノそっくりのレッドキングがなかなか現れてはこない(汗)。


 シビレを切らした正男は「壷」の中をのぞきこんで、


「オイ! レッドキングはどうしたんだよ!?」


 と催促する。「壷」の内側からの主観映像で、画面中央上方の穴の外から覗(のぞ)きこんでいる正男の顔を映している構図は、お約束なアリガチな映像なのだが、映像演出の基本を押さえることもまた大事なのである。このシーンであまりに意味がない、ヘンに凝ったシュールな映像を見せられても意味がないだろう(笑)。


 しかし、その映像に、


「ピィ、ガァァァァ~ ウゥゥゥゥ~ッ!!!」(擬音にするとこんな感じか?・笑)


 というレッドキングの鳴き声がカブってくる!!


 いつの間にか、近くのビルの横の空き地にレッドドキングが出現していたのだ!!


 この登場シーンでは、ちょっとハグらかしてワンクッションを置いてみせる、フェイント攻撃な変化球の展開が試みられていたのだ。


 そして、レッドキングの足から頭へと全身を映していき、正男たちが


「ホンモノだぁ~!!」


 と腰を抜かすというシークエンスのあたりはアリガチでベタな演出なのだが、逆にむしろ「こうあってしかるべき!」だといったコテコテへと変転を遂げていく演出もまたタマらない(笑)。


 相応の高さのビルの屋上にいる正男たちを、ニラミつけてくるレッドキングの首から上を、実景と合成した魅惑的な特撮カット!
 ニラみつけてくるレッドキングの顔面と、怯える正男たちをワンカットに収めてみたい! という、おそらく特撮演出側の都合論(笑)で、ビルの屋上をロケ地にしてレッドキングを召喚してみせたといったところなのかもしれない!?


・ミニチュアのビルを破壊するレッドキングの右横に、ビルの非常階段を駆け降りていく正男たちを合成した特撮カット!
・さらにはススキ一面の原っぱと、画面の手前にいる矢的隊員と涼子隊員のもとに駆けてくる正男たちの画面の上方には、ミニチュアセットで暴れ回っているレッドキングを合成!


 と、畳みかけるような合成カットの連続が、どこまで行っても合成ではあり「実物」には見えないものの(笑)、特撮作品における「本編」と「特撮」の両者を架橋してくれる醍醐味でもある!


 しかも、ススキ一面の原っぱのカットは、単純に画面の上の方が特撮ミニチュアセットで、画面の下の方を実景として、地平線の上下でスパッと分かれているような簡単な合成カットではない。
 画面の右上には実景の倉庫が配されており、そのすぐ後ろにはミニチュアのマンション風の建物が見えるようになっている。さらによく見てみると、レッドキングの足元を隠すようにその手前にまた実景がハメこまれているといった、実に芸コマな合成カットなのである!


 矢的と涼子は、UGMの光線銃・ライザーガンでレッドキングへの攻撃をはじめる!



 その間にも「壷」を奪いあっていた淳少年と正男だったが……


 ナンと! ハズみで「壷」が地面に落下して、割れてしまう!!


 もうマアジンを呼び出してレッドキングを消してもらうような、生ヌルいマイルドなオチへの出口はふさがれてしまったのだ! あとはウルトラマンと壮絶に戦って、レッドキングを退治してもらうしかなくなってしまったのだ!(笑)


 子供たちを安全な場所へと逃がそうとする涼子であったが、逃げ遅れたヨッコに巨大なレッドキングが迫ってくる!


 屋外での「自然光」のオープン撮影でのあおりで撮られたレッドキングの全身カット!


 シンプルでアリガチな手法ながらも、やはり屋内の特撮スタジオでの「照明器具」で擬似的に「白昼」を再現した場合の陰影とはまるで異なっている!


 屋外の実際の「空」を背景にした撮影は、スタジオ撮影した部分との違和感は発生してしまうものの、怪獣の巨大感・実在感・奥行き感を実に的確に表現できる演出なのだ!



 この特撮カットでは、本話に登場した通称・レッドキング3代目の体色が、初代『マン』第8話『怪獣無法地帯』に登場したレッドキング初代の白に近い黄色ではなく、第25話『怪彗星ツイフォン』に登場したレッドキング2代目のようなやや金色が混じった体色にも見えるようだ。
 正男の前にはじめて姿を現したときの全身カットでは、体表全身のジャバラ(蛇腹)模様の部分に、初代と同様に地の黄色の上を青で細くウスく彩色がされていることも確認ができる。



――レッドキングといえばウルトラ怪獣の代名詞ですが、これを作られたということで感慨などありましたか?
「嬉しかったのと、ちょうどこの時期、原口智生(はらぐち・ともお)くんを介して、初代のレッドキングを作った(故)高山良策(たかやま・りょうさく)さんとおつきあいさせて頂くようになって。昔のお話を聞かせて頂いたりとか、一緒に食事をさせて頂いたんです。そのタイミングにほぼ偶然『80』でレッドキングを作ったので、感慨深かったですね。高山さんにレッドキングを作ることになったとお話したら、「がんばりなさい」と言われて、そんなこともあって気持ち的にもかなり入れこんで作りました」

(『君はウルトラマン80を愛しているか』造形/若狭新一(わかさ・しんいち)インタビュー)



・『ウルトラマンマックス』(05年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20060311/p1)第5話『出現、怪獣島!』~第6話『爆撃、5秒前!』の前後編と、第36話『イジゲンセカイ』
・『ウルトラマンメビウス』(06年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20070506/p1)第42話『旧友の来訪』
・『ウルトラギャラクシー大怪獣バトル』(07年)第1話『怪獣無法惑星』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20080427/p1)・第7話『怪獣を呼ぶ石』・第11話『ウルトラマン』
・『ウルトラギャラクシー大怪獣バトル NEVER ENDING ODYSSEY(ネバー・エンディング・オデッセイ)』(08年)第10話『新たな戦いの地平で』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20100312/p1)と、第12話『グランデの挑戦』~第13話(最終回)『惑星崩壊』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20100331/p1


 21世紀に入ってからの近年のウルトラシリーズでは、ひんぱんに再登場を繰り返すようになったレッドキング。それらの中で使用されてきたレッドキングの着ぐるみは、初登場作品である初代『マン』第8話『怪獣無法地帯』に登場した初代レッドキングを完璧なまでに実に忠実に再現した、まさにレプリカといっても過言ではないほどの見事な出来映えではあった。


 近年のそれらと比較してしまうと、本話に登場したレッドキング3代目の着ぐるみは、今日的な観点で厳密に見れば、それほど初代のレッドキングとは似てはいない。


 眼球が異様に大きかった初代と比べて、白目の部分も明確に造形されている眼球はむしろ2代目を思わせるものである。全身のジャバラも黄色と青で塗装されているとはいえ、ロング(引き)の映像で見ると、全体的には茶褐色にも見えることで、これもまた2代目の特徴である。
 頭部の先端もややトガりすぎているように感じられる。何よりも首の部分が実に固そうで、微動だにしなさそうなあたりなどは、初代や2代目と比すると生物としては不自然な感じもしてきてしまう(笑)。


――レッドキング2代目は、一般ピープルには初代との区別が当然つかないだろうが、クチうるさい特撮マニア諸氏にはやや金色といったイメージが強いかとは思う。しかし、山岳を切り崩して初代『マン』の防衛組織であった科学特捜隊の前にはじめて姿を現した場面では、どちらかといえば茶褐色で塗装されているようにも見えてくる色彩でもあった!――


 だがそれでも、造形面に対するこだわりを見せはじめていた当時の年長の特撮マニアたちの厳しい視点で見てみても――といっても、この当時の特撮マニアの上限はまだ25歳くらいなのだが(笑)――、レッドキング3代目はそれまでのウルトラシリーズに登場してきた、着ぐるみを新造した復活怪獣たちの中でも、初代の着ぐるみの造形を忠実に復元しようとした存在だとして、ダントツの人気を誇っていたのだ。


 本話のレッドキングは、正男が「ホンモノそっくりのレッドキングがほしい」と願ったことで、マアジンが誤って「ホンモノのレッドキング」(笑)を出現させてしまったという設定であった。


 ただし、どこかヨソの南洋の土地から瞬間移動されてきた「ホンモノ」ではなくて、正男の頭の中でイメージされたレッドキングを実体化させたものだろう。よって、当然のことながら、正男の頭の中ではレッドキングの初代と2代目の印象がごっちゃになっていたことだろう。だから、このレッドキング3代目が初代と2代目のチャンポンであったのは、まさに正しかったのである!?――造形担当者が本話の意図をそこまで汲んで表現していたのかは別として(笑)――


ウルトラ怪獣たちの「2代目」「3代目」「再生」「改造」といった区別の始原はいつなのか!?


 現在では考えられないことだが、マニア上がり出身のライターたちが関わった商業誌が多数出版されるようになる1978~79年の第3次怪獣ブームより以前の、70年代中盤までに発行された怪獣図鑑や少年向け雑誌の怪獣特集などの出版物においては、レッドキングや宇宙忍者バルタン星人など複数回にわたって登場して、登場話数によっては明らかに着ぐるみが別ものである怪獣や宇宙人でも、「初代」「2代目」などと明確に区別されることなどはまったくなかった。


 1970年代に子供向けの一連の文庫本サイズのブ厚い『大百科』シリーズで当時の小学生たちの注目を集めていた、今は亡きケイブンシャ(勁文社)から1971年末に発売されて、100万部を超える大ベストセラーとなった『原色怪獣怪人大百科』。この『原色怪獣怪人大百科』においても、レッドキングは2代目の写真だけが、バルタン星人は初代の写真だけが掲載されたのみであったのだ。


――かの第1世代の特撮評論家・竹内博(たけうち・ひろし)が、小中学生時代に円谷作品のみならず、東宝や東映などの特撮映画に登場した怪獣たちをも百科事典形式にノートにまとめた「ゴールデンモンスター」なる資料が、『原色怪獣怪人大百科』の基となったそうだ――


 もっとも、初代『マン』第16話『科特隊宇宙へ』に登場したバルタン星人2代目などは、商品化権用の三面写真や雑誌掲載用のスチールなどが一切撮影されていなかったそうで、仮に掲載したいと思っていたとしても掲載のしようがなかったようである。
 円谷プロの社員でもあった特撮ライター・竹内博先生が、放映用フィルムのコマ焼きから、バルタン星人2代目などのポジフィルムやネガフィルムを逆につくって、ようやくその写真が書籍に掲載できるようになったのは、70年代末期の第3次怪獣ブーム以降のことだった。



 ところで、この『原色怪獣怪人大百科』は厳密には「書籍」ではなく、両面に16種の怪獣怪人を紹介した折込みのシートを24枚セットにした形式であった。しかし、怪獣映画の元祖『ゴジラ』(54年・東宝)に端を発して、当時の最新作『ミラーマン』(71年・円谷プロ フジテレビ)第1話『ミラーマン誕生』に登場した鋼鉄竜アイアンに至るまでの、製作会社の垣根(かきね)を越えて全370体もの怪獣・怪人・ヒーローが紹介されていた、当時としては実に画期的な出版物ではあったのだ。
 1972年末には第2巻、73年末には第3巻も発行されたが、74年末に先述した文庫本サイズの子供向け『大百科』シリーズの第1巻『全怪獣怪人大百科』として再構成されて、以降は翌年の新作に登場した怪獣・怪人を増補するかたちで「昭和〇〇年版」が発行されていき、1984年末に発行された「昭和60年版」まで毎年刊行され続けた大ロングセラーにもなっていく。


 しかし、あの竹内氏も1971年当時の時点では、マニアだから内心ではレッドキングやバルタン星人を初代・2代目などと区別する意識がきっとあったのだろうが、それを子供相手の商業誌でも展開するというところまでは踏み込めなかったのかもしれない。
 もちろん71年当時は、年長マニアによるサロンなどもない、ほぼ子供たちだけがジャンル作品を観ている時代であったから、顔面のマスクの形状や材質までもが異なる初代ウルトラマンのA・B・Cの3種類のマスクの区別さえもが、まだ一切されていないような時代ではあったのだが(笑)。


 70年代前半の第2期ウルトラシリーズの掲載権を独占していた小学館でさえも例外ではない。『帰ってきたウルトラマン』(71年)の放映当時に発行されて、90年代初めまで刊行され続けたロングセラーである子供向けハードカバー書籍『入門百科』シリーズの『ウルトラ怪獣入門』なども同様であった。
 『ウルトラセブン』第4話『マックス号応答せよ』に登場した反重力宇宙人ゴドラ星人や、第10話『怪しい隣人』に登場した異次元宇宙人イカルス星人は、平日夕方の5分番組『ウルトラファイト』(70年)の方に登場した、ヨレヨレのクタクタになった「ゴドラ」や、アトラクション用に新規に製作された「イカルス」の着ぐるみの写真で紹介されていたのだ。
――ちなみに、『ウルトラファイト』に登場する宇宙人たちは、「星人」名抜きでの「ゴドラ」や「イカルス」といった名称で実況中継されていた。、後年のマニア向け書籍でも、『ファイト』に登場した宇宙人たちを紹介する際にはそれを踏襲している(笑)――


 学年誌のさまざまなカラーグラビア企画に登場する際にもバルタン星人は、初代ではなく『ウルトラファイト』に登場したバルタンや、『帰ってきたウルトラマン』第41話『バルタン星人Jr(ジュニア)の復讐』に登場したバルタン星人ジュニアの写真が平気で使われていたものだ。
 初代『マン』第39話(最終回)『さらばウルトラマン』に登場した宇宙恐竜ゼットンも、初代の写真ではなく、『帰ってきた』第51話(最終回)『ウルトラ5つの誓い』に登場したゼットン2代目の写真で代用されることが多かったのであった。


 もっとも、これらの第1期ウルトラシリーズに登場した怪獣たちの写真は、1960年代後半の第1期ウルトラシリーズの掲載権を独占していた講談社側で大量に持っており、小学館側では第1期ウルトラに登場した怪獣たちのスチール写真をほとんど持っていなかったゆえの処置でもあった。だが、そんなことがまかり通ってしまうほどに、当時はおおらかな時代だったのである。


 そうした中で幼年期を過ごした者たちにとっては、家庭用ビデオなどもまだなく映像本編を度々反芻(はんすう)できるわけではなかったから、たまたま手近でふれた出版物の違いによって、怪獣たちに対するイメージも各人各様のものが形成されていった。


 バルタン星人といっても即座に初代をイメージしたワケではなく、『ファイト』版やバルタン星人ジュニアの方をイメージしていた者も相応にはいただろう(笑)。


 レッドキングの方は、2代目は初代の着ぐるみが第19話『悪魔はふたたび』に登場した発泡怪獣アボラスとして頭だけをスゲ変えた色替えとして改造されたあとに、また元のレッドキングの姿に戻されただけの着ぐるみであり、ほぼ同一の姿であったことから、バルタン星人やゼットンのようには個々人のイメージのバラつきはなかっただろうが。



 まったくの余談だが、2011年4月8日8時15分にNHK総合で放送された平日朝のワイドショー番組『あさイチ』にゲスト出演した俳優の村上弘明(むらかみ・ひろあき)に対して、視聴者たちから寄せられたFAXの中には、


「幼いころに夢中になっていた『(新)仮面ライダー』(79年)の主役の人が、村上さんだったなんて今まで全然気付きませんでした」


 などという、我々特撮マニアにとっては思わず仰天してしまうような意見もあった。一般層というのはやはりそんなものなのであることを、我々マニアは忘れてはいけないと思うのだ(笑)。


 そのようなワケで、本話で登場したレッドキング3代目は、当時の人々が思い描いていたレッドキングに対するイメージの最大公約数を満たしたかたちでは造形されている。しかし、書籍『君はウルトラマン80を愛しているか』で述べられていたような初代レッドキングの再現モデルであったかについては、今日的な後出しジャンケンの観点からは少々異なっているところもある――後年の若狭氏であれば、少なくとも目の部分は眼球を大きく造形したかとも思えるし――。


 たとえて云うならば、バンダイから発売中のソフビ人形『ウルトラ怪獣シリーズ』のレッドキングの顛末である。西暦2000年に金型が一新されて以降は、初代の「造形」と「彩色」を再現したかたちで発売され続けている。
 しかし、1983年に初発売された当初は、「造形」自体は初代を模したものではあったものの、「整形色」の方は「茶色」で、スプレーによる塗装は「金色」と、2代目としての「彩色」であって、初代と2代目が混合された姿として造形されていたのだ。


 もちろん、現在では年季の入った特撮マニアであれば、レッドキングといえば「初代派」もいれば「2代目派」もいて、両者の区別を付けられるマニアも相応にいることだろう。しかし、当時の草創期のマニアたちの欲求を満足させるという観点では、本話のレッドキング3代目も相応に充分な仕上がりとなっていたのだ。


 さらに個人的な見解に云わせてもらえば、多少いびつな感もあるレッドキング初代の全身のスタイルに比べれば、本話のレッドキング3代目の方がスタイルはよいように思う。
 正面から見た顔面の姿も、先述の『原色怪獣怪人大百科』をはじめとして、当時の怪獣図鑑でレッドキングを紹介する際には必ずといってよいほどに用いられていた「恐竜とキングコングの合いの子」というフレーズがまさにぴったりなのである。
 その凶暴な面構えなどは初代をはるかに陵駕していると云っても過言ではないほどなのだ――筆者からすると、初代の顔はややカワイめかと思えるので(笑)――


 とはいえ、それゆえに本話のレッドキング3代目を過剰に高く評価して、それまでに登場してきたウルトラ怪獣や宇宙人たちの2代目や3代目たちを、造形のショボさゆえに完全否定をするようなマニア諸氏の意見には同意しない。アレらはアレらで味があるのだ(笑)。


『ウルトラマンタロウ』の人気怪獣・復活月間と、学年誌での連動記事の画期性!


 小学館『小学三年生』73年12月号(11月3日頃実売)に掲載されていたカラーグラビア『ウルトラひみつ大作戦 帰ってきた最強怪獣』では、『ウルトラマンタロウ』における10月放映分の第3クール頭の歴代怪獣・復活月間であった、


・メフィラス星人2代目が登場した、第27話『出た! メフィラス星人だ!』
・再生エレキングが登場した、第28話『怪獣エレキング満月に吠える!』
・改造ベムスターと改造ヤプールが登場した、第29話『ベムスター復活! タロウ絶体絶命!』
・改造ベムスターと改造ヤプールと改造サボテンダーと改造ベロクロン二世が登場した、第30話『逆襲! 怪獣軍団』


 これらに登場した再生怪獣・改造超獣・2代目宇宙人登場編の大特集となっていた。


 そこでは「怪獣軍団ひみつ作戦会議」で選抜された最強怪獣たちの、「初代」と「2代目」の違いが図解で解説されていたものだ。


 先述した再生エレキングのツノが初代と比べて回転しなくなったのは、


「(変身怪人)ピット星人の指令を受けなくてもいいからだ」


 そうであり(笑)、


「まえのエレキングはしっぽが長すぎたので、少し短くして動きやすくした」


 という後付けの設定には、妙に合理的な説得力が感じられる(笑)。


 ただその一方で、


「性能はよくなったが、ピット星人があやつらないので本当はだめになった」


 っていうのは、意味わかんねぇぞ~っ!(笑)


 異次元超人・改造巨大ヤプールに関しては、


「ヤプールは、ウルトラマンA(エース)にさんざんやられたため、顔と頭がめちゃめちゃにこわされた。そこで、せい形手術で直した」


 ……のだそうである。初代というか同一個体の改造前と比べて、顔面と頭がかなり歪んでいることに、顔面にエースの光線の直撃を浴びたことがあったという劇中内での事実をきちんと踏襲しており、それに対する「整形手術」をしたという理由をつけたのである(笑)。


「やられた顔(額)のところは、とくべつな銀色の金ぞくをうえつけた。だが、Aとのたたかいで悪くなった頭はなおらなかった」


 ……「悪くなった頭は直らなかった」(爆)。いま読み返すと爆笑してしまうのだが、当時のいたいけな子供たちは、改造ヤプールがやや弱かったりアッサリと負けてしまった理由を、こういった一応の合理的な説明で「へぇ~、そうなんだ!」と納得していたのであったのだ(笑)。


 ちなみにレッドキングも、「怪獣軍団ひみつ作戦会議」で選抜される最強怪獣の候補にあがっていたそうだが、「頭がよくないから」という理由で外されたそうな(笑)。ちなみに宇宙ロボット・キングジョーは、策略星人ペダン星人に「つくるのに3年かかる」と云われてアキラめたらしい(爆)。


 いやぁ、ナンとも児童レベルでの知的好奇心(笑)をそそられる、実際の作品のバックヤードで繰り広げられていたというウラ側での物語の数々!


 単なる善VS悪との1話完結ルーティンのマンネリなド突き合いだけであれば、子供たちも飽きてきて次第に予定調和がバカバカしくなってしまい、それによって子供番組からの卒業も早まってしまうものである。だから、単純な1話完結だけが続いてしまう「つくり」だけでもイケナイのだ。


 しかし、各エピソードのウラ側に、中長期にわたって準備されてきた、悪い宇宙人たちによる2代目・再生・改造怪獣たちを繰り出してみせる地球侵略計画があったのだ! といったウラ設定を付与されるや、あら不思議! 作品はとたんに「地上での単発的な戦い」と「宇宙での長期的な攻防戦」といった「二重性」や適度な「複雑性」を帯びてくる。
 物語のスケールも「宇宙規模」に拡大していき、繰り返すけど、大人レベルではなく子供レベル(笑)でのワクワクとさせる「知的好奇心」を惹起して、子供たちの興味関心をより長期にわたって継続させていくものとなっていくのだ!


 このあたりはもちろん、円谷プロ側やTBS側が考案した設定ではない。あくまでも、小学館の学年誌の編集者たちによる後付け設定の功績なのである。しかし、その功績は非常に大なるものがあるのだ。彼ら学年誌の編集者たちがウルトラシリーズのスペースオペラ的な「SF」性を拡大していったこともまた、間違いがないところでもあるからだ。
――もちろん、それらは「ハイSF」ではなく「ロウSF」ではある。しかし、それを云うならば、かの『スター・ウォーズ』(77年・日本公開78年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200105/p1)だってドンパチ・戦闘モノである以上は、アシモフやクラーク作品などと比較すれば「ロウSF」なのである(笑)――


 ちなみにこの学年誌の企画には、その後の第3次怪獣ブーム時代には同じく小学館の『てれびくん』や『コロコロコミック』でウルトラシリーズの特集記事を担当していた安井ひさしが「協力」としてクレジットされている。
 氏が関わるようになったころから、こうした怪獣たちの種族内での「2代目」「3代目」などの違いが明確にされるようになっていったようでもある。やがて、70年代末期の第3次怪獣ブームの時代においては、各種の書籍でも「2代目」「3代目」などと表記される「公式設定」へと昇華されていくのだ。


 とはいえそれでも、第3次怪獣ブームの以前には、『ウルトラセブン』第48~49話(最終回)『史上最大の侵略』に登場したウルトラセブンそっくりの、シナリオ上では「M78星雲人」とされていたキャラクターなどは、この小学館の学年誌でさえまだ紹介されてはいなかった。その欠落を安井ひさしとともに活躍していた後年の編集者にして特撮ライター・金田益実(かねだ・ますみ)が指摘したことによって、第3次怪獣ブーム以降の書籍には「セブン上司」が掲載されるようになったのだそうだ。


 『てれびくん』1981年2~4月号に連載されていた居村眞二(いむら・しんじ)先生による『ウルトラマン80』コミカライズの最終章は、バルタン星人軍団VSウルトラ一族の大攻防戦を描く『ウルトラマン80 宇宙大戦争』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110107/p1)という連続ストーリーとなっていた。そして、この作品には早くもそうした2代目・3代目を識別していく「運動」の総決算的な趣もあった。この作品では、バルタン星人一族たちの各個体を、初代・2代目・ジュニア・5代目・『ウルトラファイト』版のバルタンのビジュアルで描き分けてもいたからだ!



「居村先生にウルトラシリーズのコミカライズをお願いする際、私はTV用脚本を簡略化したシノプシスを書いてお渡ししていました。大抵は脚本を作画家に渡し全てお任せすることが多いのですが、TVの脚本にはまんがになりにくい場面が少なくなく、アレンジを加えざるをえなかったのです。それが高じて『ウルトラ超伝説』第1部(引用者註:『てれびくん』81年5月号~86年3月号に長期連載されたウルトラ漫画)になると全編私のオリジナルということになります」

(『ウルトラマン80 宇宙大戦争 /ザ★ウルトラマン/ウルトラセブン』(居村眞二・ミリオン出版・04年11月16日発行・ISBN:4813020089)『アンヌへの憧憬で生まれた「三百年間の復讐」』安井尚武)



 おそらく安井ひさし先生のシノプシス自体に、バルタン星人初代・2代目・ジュニア・5代目の姿をしている……などと詳細な指定がなされており、写真資料とともに提供されていたのだろう(笑)。



 このような一連を、視聴者にはじめて意識させるキッカケとなったのが、ここまで言及してきた小学館『小学三年生』73年12月号に掲載されたカラーグラビア記事『ウルトラひみつ大作戦 帰ってきた最強怪獣』であったと個人的には捉えている。


 このグラビア記事は、映画『ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟』(06年・松竹・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20070128/p1)の入場者特典の一部として再録されることとなった。そしてそのキャプチャー画像がネット上にも流布している。それ以来、好意的なものではあっても、この記事は「ネタ」的に消費されているのが実態だ(笑)。
 それはそれでよい。しかし、実は同様に学年誌の編集者が生み出した「ウルトラ兄弟」なる設定に次いで、実は「ウルトラ史」における歴史的な画期であったのだ! とも私見をするのだ。


 個別の単発エピソードを超えて、悪の軍団による大いなる陰謀がそれらの物語のウラ側にはあったとする! そして、そのことで、ウルトラシリーズの「世界観」を宇宙規模に拡大させていく! それらは1975年度の『小学三年生』に連載された、大宇宙を舞台にウルトラ兄弟VSジャッカル軍団との戦いを描いた内山まもる大先生の名作漫画『ザ・ウルトラマン』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210110/p1)などにも通じていく、「世界観消費」のファーストバッターであったともいえる、歴史的にも非常に大きな意義があった記事であったと主張したい。




 さて、ヨッコの危機を救うために、矢的はレッドキングに敢然と立ち向かっていく!


 ミニチュアセットで画面手前に進撃してくるレッドキングの映像に、駆け出していく矢的をハメこんだ合成カットは、まさに「ザ・特撮!」といった感じである。


 その間に淳少年、そしてなんと正男がヨッコを救い出す!


 それまで徹底的に悪辣な姿ばかりが描かれていた正男ではあった。しかし、こうした善良な一面も描かれることで、正男も単なる記号的で一面的な悪者キャラクターではなくなっている。
 いかにイジメっ子でも他人の命を見捨てるような、そこまでの不快な悪人もそうそういないだろうというリアリティーも出てくることで気持ちも良くなるし、視聴者のナットク感も強くなるのだ。


 今まで自分のことをイジメてきた正男に対して、表面的には遺恨なく「オトナの態度」でお礼を云ってみせる淳少年! そして振り向いて、それを確認して笑顔を見せる矢的らの演出は、実にさわやかであった!



 だが、レッドキングの進撃はやまない!


 足許のアップでは電柱がスパークを起こし、踏み潰された数台の自動車が燃え上がる!


 マンション風の建物を怪力で破壊するレッドキング!


 思えばレッドキングは、初代『マン』第8話では多々良島、第25話では日本アルプスを舞台にして、他の怪獣たちや初代ウルトラマンと激闘を展開していたワケで、本格的な都市破壊は本話がはじめてであった!



 遂にUGMが出動!


 戦闘機・スカイハイヤー、そして戦闘機・シルバーガルがα(アルファ)とβ(ベータ)に分離した状態でレッドキングに攻撃をかける!


 淳少年ら子供たちがいた公園のミニチュアを画面の中央に配置し、その周囲には民家を中心とした多数の建造物、画面の奥にはビル群をバックとして、その手前で暴れているレッドキング!


 そのレッドキングに向かって、画面の右上手前から3機編隊で飛行するUGMメカという、実に奥行きと立体感のあるロング(引き)のカットもまた実にカッコいい!


 しかし、レッドキングの圧倒的な怪力により、UGMの戦闘機群は実にあっけなく撃墜されてしまう!


 それは少々残念である。これもまたレッドキングは他の怪獣とは異なる別格の強さを持っていると表現するための処置なのだろうが……



 矢的隊員は変身アイテム・ブライトスティックを高々と掲げた!


矢的「エイティ!!」


 ウルトラマンエイティが登場した!!


 画面の左にレッドキングを背面から捉えて、その手前には瓦屋根の民家、画面の右奥にエイティの勇姿。その手前には幾多の建造物を配置と、奥行きと立体感が強調された構図が徹底!


 画面の右からエイティがレッドキングを目掛けて宙返り!


 身をかがめたレッドキングの背中の上で転がったあと、着地したエイティはすぐさまレッドキングの腹に左足でキック!


 レッドキングに背負い投げをかけようとするエイティ!


――もちろん、初代ウルトラマンが初代レッドキングにトドメを刺した技も背負い投げであった! ちなみに本話の特撮監督・佐川和夫は、『80』第37話『怖(おそ)れていたバルタン星人の動物園作戦』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110108/p1)においても、初代『ウルトラマン』第2話『侵略者を撃て』で描かれた初代マンVSバルタン星人の空中戦を再現している!――


 だが、レッドキングは怪力で逆にエイティを抱えあげた!


 しかし、エイティは両足を大地に着けて、その反動を利用してレッドキングを投げつける!


 まさに畳みかけるようなスピーディでアクロバティックなアクションの連続!


 軽快なアクション演出といったものは、逆に被写体の巨大感や重厚感を相殺してしまいがちである。しかし、その被写体の手前には必ず民家や樹木などの比較対象物を配置することで、巨大感の相殺され具合いも緩和しているのだ!


 投げられたレッドキングは起き上がるや、怒りを体現するかのごとく両腕のこぶしを胸で太鼓のように激しく打ち鳴らした! これぞまさに「恐竜とキングコングの合いの子」ならではの仕草(しぐさ)である!(笑)


 エイティはレッドキング目掛けて、宙をジャンプして華麗にキック!


 なんとレッドキングは、態勢を低くしてこれをよけてみせる知能プレイを見せた!


 こういった場面でも、画面の手前に居並ぶ民家の屋根を、両脇には樹木を配置することを忘れない。


 着地したエイティの腹に、レッドキングは頭突きをカマす! さらに右手で、エイティの顔面にパンチもカマした!


 ここでは初代や2代目のごとく、ただひたすら怪力で押しまくるレッドキングの戦法が忠実に再現されている。


 だが、個人的には『80』第22話『惑星が並ぶ日 なにかが起こる』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20100926/p1)に登場した古代怪獣ゴモラⅡ(ツー)のように、初代ゴモラにはなかった手の甲からのミサイル攻撃、頭部のカブト状の両ヅノからは三日月状の光線、さらにはリング状の光線でエイティを締めあげるといった、単なる野生の野良怪獣ではなく超常的な新しい特殊能力も披露してほしかったような気がする。


 こんなことを主張してしまうと、「そんなものは邪道だ!」と批判されてしまいそうではある。でも、ちょっと待ってほしい。本話のレッドキングは正男が脳裏に思い描いたイメージを魔法で再現したものであると捉えれば、それもアリではないのかと思えるのだ。


 多くの子供たちが幼いころに怪獣の絵を描いていた際には、劇中では火炎や光線を吐かなかった純然たる野生の地球産の怪獣でも、超常能力を持つ怪獣や生物兵器である「超獣」との区別などはロクに付けていなかったろうから、目やツノや口などから劇中では描かれなかった「光線」や「火炎」を描き足していたのではなかろうか?――余談だが、亡くなったウチの祖母なども、恐竜は口から火を吐いていたのだと信じていたものだ(笑)――


 それに加えて「科学」ではなく「魔法」で出現した怪獣でもあるのだし、同族の別個体でもないのだから(?)、オリジナルとは少々異なった能力を披露してもギリギリでアリだったような気がしないでもないのだ。


 男児が思い描いている「怪獣」一般に対するイメージとはまさにそうしたものだろう。レッドキングが口から火炎を吐いたり、目から稲妻状の光線を発射すると正男が思いこんでいたとしても決して不思議ではないのだ。正男少年も初代マンとレッドキングとの戦いを直接に目撃していたワケではないのだし(笑)。


 その点では異論もあろうけど、『ウルトラマンマックス』に登場した、口から「岩石ミサイル」(!)を吐くという必殺技を与えられて、別名「装甲怪獣」として再設定されたレッドキングのリメイクも、作品世界が昭和ウルトラとはまた異なる世界だからスンナリと受け入れられたということもあったのだろうが、個人的には好ましいアレンジだったと思っている。


 ちなみに、ゴモラⅡが登場する『80』第22話でも、特撮監督を佐川氏が担当していたが、氏は初代『マン』第26~27話『怪獣殿下』前後編では特撮班のカメラマンとして初代ゴモラの大暴れをカメラにおさめていた。
 そしてこれが決定的なのだが、日タイ合作の映画『ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団』(74年・日本公開79年)では、「怪獣帝王」なる異名をつけられた怪獣念力(!)を披露して、ツノからは電撃を放ってみせるゴモラを頂点とする怪獣軍団を描いた作品の特撮監督も務めていたのだ!


 これも無機物が長年月を経たのちに意識や魂が生じてきて付喪神(つくもがみ)や妖怪と化すのと同じ原理で、ゴモラが長年月を経たのちに進化して高度な知能や神通力を持つに至ったという一応の「SF考証」(笑)を付与してみせればアリだとは考えるのだ。
 しかし、『80』第22話に登場したゴモラⅡ同様に、怪獣帝王ゴモラもまたミサイルや光線を発するのはオカシいだの、造形がマズいだの、鳴き声が違うだの違和感ばっかり……と、かつては批判が絶えないものだった(汗)。


 まぁ、今ではその世代の特撮マニアたちも枯れてしまって、考え方を変えてしまったヒトもいるようなので、ゴモラⅡや怪獣帝王を許してしまっている御仁もまた多いようなのだが(笑)。


――映画『ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団』は、東京都心では第3次怪獣ブームの頂点にあった79年のゴールデンウィークに公開された。しかし地方では、3月に先行公開されたテレビの再編集映画『ウルトラマン 実相寺昭雄監督作品』との同時上映作品であった。『80』放映中の80年12月31日正午にはTBS系でテレビ放映もされている。80年代~90年前後にはVHSビデオソフト化やレーザーディスク化もされていた。しかし、ウルトラシリーズの海外での商品化権をめぐるタイのチャイヨー・プロと円谷プロとの一連の訴訟問題のあおりを受けて、今ではDVD化は困難となっている。2011年4月7日にバンダイビジュアルから発売されたウルトラシリーズ劇場版DVD-BOX『ウルトラシリーズ45周年記念 メモリアルムービーコレクション 1966-1984』にも収録されることがなかった――



 さて、ひたすら怪力で押しまくるレッドキングは、エイティを豪快に投げ飛ばす!


 吹っ飛ばされても立ち上がったエイティは、レッドキングの足を踏みつける!


 悲鳴をあげるレッドキング!


 レッドキングはお返しとばかりにエイティの体を怪力で「ドン!」と押し飛ばす!


 吹っ飛ばされるエイティ!


 この一連でホンの数秒しか映らないが、淳たちがいた公園のテラスの屋根の下からの主観映像で、画面の奥にエイティとレッドキングを捉えて、その手前に公園を配置し、背景に並んでいる民家も捉えるといった、カッコいいアングルの特撮カットもまたイイ味を出している。


 レッドキングは大地に倒れたエイティを怪力で蹴りまくる!


 レッドキングに蹴られながら大地を転がっていくエイティ!


 画面の手前に並んでいる民家・電柱・街灯などをナメながら、このへんは1カットの長回しで撮られている。


 エイティは低い体勢のままでレッドキングに飛びかかる!


 しかし、レッドキングの長いシッポの一撃がエイティの顔面を強打する!


 シッポの動きをアップで捉えたカットが実に効果的!


 エイティはレッドキングの長いシッポをつかみあげる!


 しかし、すぐにふりほどかれて、レッドキングは両腕でエイティの顔面をハサみ打ちにする!


 さらに、エイティを投げ飛ばして、頭突きもカマす!


 またも吹っ飛ばされるエイティ!


 そしてレッドキングの大きく口を開けた凶暴な面構えがアップに!


 真っ赤に塗られた口の中や舌と同様に、歯ぐきも血塗られた赤でていねいに塗装されているのが目を引く。


 続いてエイティの左肩に、レッドキングの鋭い牙が「グサリッ!」と突き刺さる様子がアップに!


 この場面では「ブタっ鼻」に造形されている鼻が目を引く! 「ブタっ鼻」の称号は『80』版バルタン星人5代目よりもむしろレッドキング3代目の方がふさわしいだろう(笑)。


 レッドキングに左肩を噛みつかれて苦しむエイティ!


 画面の手前にはアパート風の建物、左にビル、右下には樹木、その上には近所に野球場かゴルフ場でもあるのか背が高いネットが張られているという立体感のある画面構図! 真横から撮られたカットのあと、別アングルで同じ被写体が撮られている!


 次には画面の中央からやや左寄りに両者が捉えられて、画面の左手前には電柱、その右にはリアルなブロック屏、さらにその右には先ほどのカットと同じアパートが!


 右の奥には同じビルが配置されて、右の端にはやはり野球場かゴルフ場の背が高いネットが!


 画面の左の電柱からはそのネットに向かって斜めに電線が張られているという、遠近感も実に的確に表現された構図である!



涼子「エイティ、しっかり!」


 「ユリアン編」に突入後、涼子がエイティに声援を送ったのは本話が実ははじめてである。けれど、メディカルガン同様に、視聴者には見えないところで声援を送っていたと解釈してあげるのが、作品に対する「愛」がある、しかして封建的な忠誠心のような「盲愛」ではなく「知性」もある「真のマニア」の在り方でもある(笑)。


 続いてレッドキングの目のアップ!


 黒い眼球が「ギョロッ!」と動くサマを見せたあと、レッドキングが豪快に画面手前にエイティを投げ飛ばしてきて、あわてた子供たちが逃げてくる本編場面をつなぐという編集は効果絶大!


 エイティの胸の中央にある円形ランプであるカラータイマーが活動限界が迫ったことを示す赤い点滅をはじめた!


涼子「いけない!」


 涼子、おもわずエイティにメディカルガンを向けるのだが……


ナレーション「涼子はメディカルガンで少しでもエイティのエネルギーを回復させようとした。だが、エイティはそれを断った。エイティは子供たちにラクをしてはいけないということを見せたかったのだ」


 涼子の主観カットで大地に倒れ伏したままのエイティが、メディカルガンでの援護を断るように首を振っており、その背後に迫ってくるレッドキングを捉えた画面構図も、「安易な救済の拒否」と「危機」の二重の意味が込められており、「ドラマ」と「特撮」の融合でもある!


 エイティはバック転でレッドキングに迫って、レッドキングをなんと3連発でブン投げる!


 ……ではなく(笑)、正面・斜め・真横の三方から撮られた絵を連続してつないでいるのだが、まさにここから「大逆転劇」になりますよ~という意味を込めた、念押し・ダメ押しの強調演出でもあるのだ。もちろん、今まさに3連発で投げたのだ! と誤解をするようなリテラシー(読解能力)の低い幼児もいるのだろうが、そこはまぁご愛敬であろう。


 さらにエイティは、初代マンが第8話でレッドキング初代に披露したようにジャイアントスイングをカマす!


 初代『マン』第8話では、ジャイアントスイングを多々良島の岩場での初代マンの全身を捉えるロングのカットで撮影されていた。本話では画面の手前に民家の屋根が、さらにその前を電線が伸びている奥で、エイティの上半身とエイティにつかまれて宙でスイングさせられているレッドキングが捉えられている。


 大地に叩きつけられるレッドキング!


 その手前には民家の屋根、右奥にはビルと、ここでも手を抜くことなく立体感のある構図が続いている。



 遂にエイティは、第18話『魔の怪獣島へ飛べ!(後編)』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20100829/p1)で吸血怪獣ギマイラを葬りさった、足先にエネルギーを集中して黄色く発光させて、相手に飛び蹴りを叩きこむ必殺技・ムーンサルトキックをレッドキングに放った!!


 この宙を飛びながらキックへと至る場面には、第18話の美麗なキックポーズでのバンクフィルムが流用されている。何度でも観返したくなるような美しい特撮映像であれば、バンク映像の流用でもドシドシやるべきなのだ!


 しかし、怪獣への直撃の瞬間はもちろん替えが効かないので新撮! ムーンサルトキックを喰らったレッドキングの胸がストロボ状に閃光を放つサマは実に美しい!


 ウルトラマンエイティは両腕をL字型に組んで必殺技のサクシウム光線も放った!!


 それを喰らったレッドキングはやはりストロボ状の閃光を発したあとに、全身が赤く発光して遂に大爆発を遂げていく!!


 今は亡き朝日ソノラマが発行していた特撮雑誌『宇宙船』Vol.6(81年4月30日発売)の『ウルトラマン80』放映終了特集において、この際に使用されたレッドキング爆破用のカポックを抱いている造形の若狭新一の写真が掲載されていたように記憶している。このカポックの出来がまさに着ぐるみをそのまま縮小したかのような見事な出来映えであったのだ。画面にはマトモに映らないものなのに、そこまで再現してみせる若狭氏は、やはり金銭を度外視した職人魂・芸術家気質といったものがあるのだろう。



涼子「これ、預けとくわ」


 メディカルガンを矢的に手渡そうとする涼子。


矢的「どうしたんだい? 急に」
涼子「これも「魔法の壷」みたいなもんでしょ。地球にも立派な医学があるし、あんまり便利なものがあると、人間はラクばっかりするみたいだから」
矢的「そうかい。じゃあ預かっとく」


 まさに先述の『ドラえもん』のような「道徳説話」的な教訓オチで、本話の物語は締めくくられている。


 レッドキングを登場させるために、ムリやり設定された魔法使いのマアジンが潜む「魔法の壷」と、同様に便利なウルトラの星の超科学の道具でもある「メディカルガン」を絶妙に対比させて、「児童ドラマ」と「涼子=ユリアンの成長物語」を両立させつつも、レッドキングの派手な大暴れとエイティとの白熱したバトルを展開していたのは見事である。平野氏は本話に対してはやる気がなかったとは発言しているが、なかなかどうして! 出来は悪くないどころか、むしろ良いとすら思えるのだ!


 放映から30年もの歳月が流れた。「魔法の壷」や「メディカルガン」とまではいかなくとも、我々は様々な便利なものを手に入れてきたものの、それでラクばかりするようになっている。その余暇で自己研鑽に励めばまだよいのだけれども、実際には自堕落になりがちである。
 いつの時代も紀元前のむかしでも常にこういったことは云われてきたのだろうが(笑)、それであっても普遍性があるメッセージではあるのだ。



 なーんて。そんな小学生の読書感想文のような、歯の浮くようなキレイごとの教訓めいた、テーマ主義的なクサいまとめ方で文章を締めくくるのは本意ではないので、やめておこう(笑)。


 教訓テーマがあってもよいのだが、それれはあくまでも二の次なのである。ヒーローと怪獣の大暴れに対する快感。これが特撮ジャンルの主眼であって、ドラマやテーマなぞは派生物なのである。


 便利な道具の登場で人々が徳性的には堕落することに警鐘を鳴らすのは、『80』放映当時の1980年前後のジャンル作品群にもよくあるネタではあったのだ――先に挙げた名作漫画『ドラえもん』などもその典型――。もっと云うなら、「文学」や「物語」の常套テーマですらある、陳腐な手垢のついたものですらあるのだ。


 それに「道徳」や「報道」などとは異なる「文学」「物語」というものの主眼とは、小学生の読者感想文に記すと先生にホメられるような道徳的な解題などではない。劇中の事件に対する「良し悪し」を論じるものでもまるでない(笑)。
 わかっているけどやめられない、道徳的にはホメられたものではないインモラルな心情へと陥ってしまうような、人間の愚かさに対する諦観。あるいは、そういった人物に対する野次馬根性。


 道徳には直結してこない、繊細で云わく云いがたい、さまざまな心情描写や、禅味・俳味などの面白みや可笑しみ。無常観・不条理感なども含めて、言語化・成文化・形象化してみせることが「評論」の目的なのだ! といった趣旨のことを、文芸評論家の故・江藤淳先生なども、夏目漱石の著作の文庫本などの解説に寄せているくらいだ。



 結局はマアジンに願いをかなえてもらえずに、ションボリとする淳少年であったが、そこに空から雪が舞ってきた!


 矢的はそれをマアジンから子供たちへの最後のプレゼントであると語ってみせた――まぁ、「優しいウソ」というやつですネ(汗)――。


 子供たちは、


「♪ゆ~きや、コンコン。アラレや、コンコン。降っては降っては、ズンズン積もる……」


 などと童謡を口ずさんで、輪になって踊り出した。そして、ギャグメーカーのイケダ隊員もその輪の中に加わってしまう(笑)。


 ラストシーンはあたり一面に雪が降り積もった、背景には山々がそびえる郊外の住宅街のミニチュアセットとなっており――公衆電話ボックスや雪だるまのミニチュアまである!――、清涼な印象を残して本話は幕となっていた……


『80』人気怪獣・復活月間の総括!


 第44話『劇ファイト! 80VSウルトラセブン』から3週連続で続いた人気ヒーロー・人気怪獣復活編は本話で終了となった。「ドラマ重視」ではなく「怪事件」や「イベント」重視、もっと云うなら「怪獣押し」のエピソードであった、初代『マン』におけるレッドキング初代や2代目の登場エピソードと比較すれば、不満を持たれる方々がいるのも当然のことだろう。


 だが、『80』ももうシリーズ後半どころか終盤戦である。あの『ウルトラマンネクサス』(04年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20041108/p1)よりもはるかにシビアでヘビーだったかもしれない『ウルトラマンレオ』(74年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20090405/p1)でさえも(爆)、第9話『宇宙にかける友情の橋』・第23話『ベッドから落ちたいたずら星人』・第32話『日本名作民話シリーズ! さようならかぐや姫 竹取り物語より』などのファンタジックな印象の作品もあったのに比べると、第3クール以降の「児童編」以降だけを振りかえってみても、『80』には意外とファンタジックな味わいのある作品が少なかったようには思える。なので、たまにはこういうテイストのエピソードがあってもよいのではなかろうか? そうしたエピソードに登場させる怪獣として、レッドキングが適任であったは別として(笑)。


 まぁ、スタッフ数十人を海辺や山間などの遠方ロケに泊まりがけで出かけさせるような予算はもう底をついていただろうから、多々良島や日本アルプスを舞台にできなかったというのが実情なのであろうが(笑)。



 本話は関東・中部・関西と全地区でわずかながらも視聴率は前話よりも上昇している。もちろん、前話ラストの予告編や新聞のラテ欄(ラジオ・テレビ欄)などでサブタイトルからして大々的に謳(うた)われていた、久々に再登場する人気怪獣・レッドキングに対する期待値の高さが影響したのだとは思われる。


 ただし、さかのぼること、『ウルトラマン80』第1話『ウルトラマン先生』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20100502/p1)が放映された80年4月2日(水)夜7時のちょうど2日後である、4月4日(金)夜7時には『(新)仮面ライダー(スカイライダー)』(79年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210102/p1)第27話『戦車と怪人二世部隊! 8人ライダー勢ぞろい』が放映されていた。
 そして、その翌週の第28話『8人ライダー友情の大特訓』とは前後編形式となっており、歴代仮面ライダー&スカイライダー VS 最強怪人グランバザーミーが率いる「2代目怪獣」ならぬ「怪人二世部隊」との決戦を描いていたのであった――グランバザーミーは個人的にはネオショッカー怪人の最高傑作!――。


 この第3クール巻頭の前後編を皮切りに、『スカイライダー』では第40話『追え隼人(はやと)! カッパの皿が空をとぶ』に至るまでの第3クールは、一部を除いてほぼ毎週が「変身前を演じる俳優さん」も含めてのゲスト出演を果たしている、歴代ライダー続々客演編が放映されており、当時の子供たちを熱狂の渦に巻き込んでいたのだった!


 『スカイライダー』では先輩ライダーが客演しているのに、なぜに『80』では先輩ウルトラ兄弟が客演しないのか!? そんな想いを抱いていた子供たちはきっと多かったことだろう。
 『80』の人気の低迷の原因を、円谷プロのスタッフは「学校編」の設定のせいだと思いこんで、消去法でそれを排除することで難局を乗りきろうとしたのだろうが、根本原因はそこではなかったのであった。


 テイストはマイルドでもドラマ性は一応は高かった「学校編」を継続しつつも、同時に月に1回程度は歴代のウルトラ兄弟を「変身前を演じる俳優」さんも含めて助っ人参戦させたり、人気怪獣再登場エピソードなどの娯楽編もシリーズ途中で随所に挟み込んでいくような加点法の発想!


 仮に各話の学園ドラマや児童ドラマが子供たちにはイマイチ楽しめなかったとしても、数話に1回は先輩ウルトラ兄弟客演編や人気怪獣再登場編などのイベント編で、戦闘の高揚感を味わえることがいずれはあるのだろうと潜在的に思わせられれば、そこで視聴を打ち切られることもなく、『80』はもっと視聴率が上向いていたのではなかろうか!? そこに思い至らなかったことこそが、『80』最大の悲劇であったとは思えるのだ。


 頑ななまでの「ウルトラ兄弟」という設定に対する間接的な否定は、先輩ウルトラ兄弟の客演を否定的に言及してみせた草創期のマニア向け書籍『ファンタスティックコレクションNo.10 空想特撮映像のすばらしき世界 ウルトラマンPART2』(朝日ソノラマ・78年12月1日発行)が、つくり手たちに与えた間接的な影響だったのだろう。
 とはいえ、ウルトラの父だけは再登場したものの、怪獣とのバトルを演じさせることはなかった。ウルトラセブンも登場はしたもののそれは偽者である「妄想ウルトラセブン」としてであった。そして、バルタン星人・レッドキングの再登場もまた…… 遅きに失した感も否めないのであった。



<こだわりコーナー>


*マアジンを演じた横山あきおは、マラリア星から来た「怪盗ラレロ」と彼を逮捕するために地球に来た同じマラリア星の「宇宙刑事ポポポ」が繰り広げる騒動を描いた連続テレビドラマ『怪盗ラレロ』(68年・東映 日本テレビ)にラレロ役で主演していたことがある。ジャンル作品には縁があるコメディアンなのだ。当時は青空あきおの名義で青空はるおと漫才コンビを組んでおり、相方の青空はるおがポポポを演じていた。
 なお、ラレロのコスチュームはシルクハットにマント姿と本話のマアジンにそっくりである。やはり、本編の現場スタッフ側の美術班や衣装班あたりの世代人である誰かのオマージュが入っていたのではなかろうか? なお、筆者個人は世代的にも『ラレロ』は未見である――慈善事業ではないのだから仕方がないのだが、東映ビデオも売上が見込める特撮ヒーローもの以外の作品はなかなか映像ソフト化してくれないので――。


 氏は我らが『ウルトラマンA』(72年)第40話『パンダを返して!』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20070204/p1)でも、宇宙超人スチール星人に自身のパンダコレクションをすべて盗まれてしまう薬局・パンダ堂の店主を演じている。ちなみに、72年末に発行された『原色怪獣怪人大百科 第2巻』には当時、上野動物園で飼育されることになったランランとカンカンによって巻き起こった一大パンダブームを反映して、なんとパンダの折り込みポスターが付録につけられていた(笑)。


 加えて、『ミラーマン』からミラーマンVS怪獣の特撮格闘場面だけを抜き焼きしたエピソードと、残存していた着ぐるみを用いて新規に野外で撮影されたエピソードで構成された平日夕方の5分番組『ミラーファイト』(74年・円谷プロ 東京12チャンネル→現テレビ東京)では、氏はナレーションも担当していた。
 その元祖でもある『ウルトラファイト』では、当時はTBSのスポーツアナだった山田二郎によって「スポーツ実況」風の解説がなされていたのだが、『ミラーファイト』における横山の語り口はいかにもノンビリとしており、実にトボケた感じのホノボノとした味わいが感じられたものである。第2次怪獣ブームも下火になった74年の作品ではあったが、関東地区では特撮巨大ヒーロー作品の新作がなかった70年代中盤にも何度か再放送がされたそうであり、当時の子供たちの特撮巨大ヒーローに対する渇きを癒やしていたそうだ。


・第1期ウルトラシリーズ最終作である『ウルトラセブン』と、第2期ウルトラシリーズのトップバッターである『帰ってきたウルトラマン』、その間に生じた空白期間に放映されていた『ウルトラファイト』
・本作『80』と『ウルトラマンティガ』(96年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/19961201/p1)の間の15年にもわたる空白期間に、テレビ東京で平日の夕方や早朝に放送された5分番組『ウルトラ怪獣大百科』(88年)~『ウルトラマンM730(エムナナサンマル) ウルトラマンランド』(96年)
・『ウルトラマンコスモス』(01年)と『ウルトラマンネクサス』(04年)の間の空白期を埋めていた、平日早朝の5分番組『ウルトラマンボーイのウルころ』(03年)


 30分の新作テレビシリーズの放映がなかった時期に、こうしたミニ番組の放送によって、新たな子供ファンの開拓に努めてきた当時の円谷の営業姿勢はもっと評価されてしかるべきだろう。


 これらの5分番組もまた、往年の書籍『全怪獣怪人大百科』のように「こんな怪獣や怪人が過去に存在したのか!?」といった、特撮ジャンル一般の旧作に対する基礎知識や興味を喚起させる役割を充分に果たしていたことは間違いないのだ。私事で恐縮だが、筆者なども『原色怪獣怪人大百科』で往年の東宝特撮映画『地球防衛軍』(57年・東宝)に登場したロボット怪獣モゲラの存在を知って、同作を観たくて観たくてたまらなくなったものだ。もちろん、家庭用ビデオデッキなどが世間に存在しなかった当時はその夢は叶わず、やむなく今は亡き玩具メーカー・ブルマァクから発売されていたモゲラのソフビ人形を祖母にせがんで買ってもらった経験がある。


 『ウルトラマンメビウス』放映終了以降、地上波での新作ウルトラマンのテレビ放映は、この項を執筆中の2011年春で早くも4年もの空白期間となっている。そろそろテレビ東京で抜き焼き再編集の5分番組などを放映すべきではなかろうか!?


*冒頭の日本ランドの場面で、場内のスピーカーから現実音楽として流れている歌謡曲は、当時の人気アイドル歌手・河合奈保子(かわい・なおこ)がヒットさせていた3枚目のシングル『愛してます』(日本コロムビア・80年12月10日発売)である。これは涼子の矢的に対する気持ちの今後の進展を象徴する曲として選ばれたのかもしれない。河合奈保子は1980年にデビューしたアイドル歌手たちの中でも、松田聖子(まつだ・せいこ)と人気を二分するほどの注目を集めていた(ただし、聖子ちゃんの方が人気は上だった)。


*本文で紹介した『(旧)コメットさん』は、家庭用ミシンの製造で有名だったブラザー工業の1社提供枠であったTBS月曜19時30分からの30分テレビドラマ枠『ブラザー劇場』(64~79年)において、1967年7月から68年12月まで1年半にもわたって放映されるほどの人気番組となった。
 しかし、67年10月から翌年3月までの半年間は真ウラで日本特撮株式会社が製作(実質的にはピー・プロダクションが製作)した、恐竜ネッシーを乗りこなす野生児・タケルを主人公とした特撮番組『怪獣王子』(67年 フジテレビ)が放映されており、さらに68年1月最終週からは水曜日19時30分枠から曜日を移動してきた東映特撮『ジャイアントロボ』(67年・東映 NET→現テレビ朝日)も真ウラで放映されるという時間帯衝突が起こっていた。その結果、『怪獣王子』は同じくピープロが製作した前番組である特撮巨大ヒーロー『マグマ大使』(66年・ピープロ フジテレビ)に比べて視聴率が激減してしまったそうだ。『怪獣王子』と『ジャイアントロボ』はともに68年3月期で2クールの放映を終了している。


 第1次怪獣ブームの実質的な「期間」については諸説ある。個人的には『ウルトラセブン』・『怪獣王子』・『ジャイアントロボ』が一斉にスタートした67年10月の時点ではすでに峠を越えていたのではなかったか? と、ウラ番組の『怪獣王子』と『ジャイアントロボ』よりも『コメットさん』の方が人気も視聴率も高かったように見える現象を見るかぎりでは、そう推測するのである。
 同じく『ブラザー劇場』枠で放映された『(新)コメットさん』も、1978年6月から79年9月までの1年3ヶ月ものロングランとなったことを考えると、こうしたご町内ファンタジー系の作品は、筆者の当時の印象でも70年代いっぱいまでは子供ウケもよかったように記憶している――しかしこれもまた80年代に入ると、当時のMANZAI大ブームと連動してもっとブラックで軽躁的なお笑いが突如として大流行して、こういう牧歌的なファンタジー作品が茶化されてしまうようになってしまって、そういった作品を一掃してしまったのであった(汗)――。


 だから、本話の『80』第46話のようなファンタジックな路線も、子供向け特撮ヒーロー活劇としては「王道」だとはいえなくても、必ずしも「邪道」だとまでは云いきれないのではなかろうか? ……などとロジックをもてあそびたいところなのだが、当の男児たちからすれば、「ウルトラマン」という作品の看板から受け取る戦闘的なイメージとは相反する、女児もゲストで登場するような女々しいノリには気恥ずかしさ&反発も覚えてしまいそうだから、ムズカしいところではあるのだろう(笑)。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2012年号』(2011年12月29日発行)所収『ウルトラマン80』後半再評価・各話評より分載抜粋)


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新型コロナ禍に揺れた2020年の日本を斜に構えて観る!

(文・T.SATO)
(2020年12月15日脱稿)


 一介のオタクごときがコロナ禍についてエラそうに語るのも気が引けるところではある。コロナで親族や知己を喪ったり、コロナ関連の経済不況により失職して経済苦に陥っている方々には衷心からお悔やみやご同情を申し上げたい。


 コロナ禍自体がまだ現在進行形で変遷を遂げており、最終審判者気取りでモノを申すのは控えるべきであろう。新たな知見が今後とも積み重なっていくであろうことを思えば、筆者も自身の考えに固執することなく柔軟にその見解を変えていきたいとも思う。
 もちろんその際には「過去の見解はこうであり現在の見解はこうである。見解を変えた理由は以下による」などと語ることにする。見解の変更という以上に、自身の過去の見解が誤っていたことが判明すれば、包み隠さずにそれを表明して、他人のせいにはせずに自身の不明を公然と恥じたいとも思う。


 もちろんアマチュア同人ライターでもある筆者としては、しょせんは趣味のことでもある以上は「公共」のことではなく「私事」に過ぎないともいえるので、コチラもやはり気が引けるのだけれども、同人誌即売会の開催に大きな影響が発生したことが思い出される。2020年3月からは同人誌即売会にかぎらず各種の巨大イベントが次々と中止を決定。ついには超巨大同人誌即売会であるコミックマーケットまでもが中止の憂き目にあってしまった。


 これを30数年前の昭和末期の昭和天皇の病状悪化に伴なって生じた各種イベントの「自粛」になぞらえて批判をする向きも多くはないが一部にあったものだ。しかし、この見解は妥当であろうか?
 各種イベントの「自粛」は日本固有のものではなく欧米でも日本に先立つ2月から発生したものである。ということは欧米での各種イベント「自粛」も日本の天皇制によるものなのであろうか?(笑)
 そんなバカげたことはない。筆者からすれば昭和末期の「自粛」とコロナ禍の「自粛」とは似て非なる、まるで異なるものである。コロナ禍の世界中で発生した「自粛」とは単に純粋に「防疫」的なものにすぎない。


 とはいえ、この世界規模でも生じた「自粛」に国家権力による「自由」や「個人」の抑圧を見る向きはある。たしかにその意見にも一理はあるのだ。
 が、そのような見解は、むしろ逆に「万人の自由」の称揚ではなく、「性格強者」や「経済強者」だけが最終勝利を収めていく「ミーイズム」や「エゴイズム」とも通底している「自由絶対主義」・「自由至上主義」・「新自由主義経済」にも通じていくモノでもある。
 そのロジックで行くならば、コロナに感染しても自粛せずに飲食店の店員を感染させて果ては自身もコロナ死した御仁や、確信犯で各所を出歩き立ち寄り先の飲食店や観光地を休業に追い込んだ迷惑系ユーチューバー、当局からの重ねての要請をブッチ切って公共交通機関で沖縄へ帰宅した陽性の女子高生らが、一番「自由」を行使しているからエラくて反体制・反権力で大正義! ということになってしまう。
 こんな「公共心」皆無の私利私欲な御仁をムダに持ち上げるようなバカけた論理ももちろんまったく成り立たないのだ。


 筆者個人は「自由」が無意味とはもちろん思わないまでも、「自由」を疑義を許さぬ宗教のように信奉・絶対視することには反対である。それこそが「近代」最大にして最後の宗教であり、諸悪の根源であるとすら考えてもいる。
 その伝で「自由」を「平等」や「博愛」とともに3大原理のひとつに据えた「近代」自体を「全否定」はしないまでも「相対視」はするべきだとも考える。それはつまりは以下のようなことである。
 人間はそれぞれが異なる「価値観」や「趣味嗜好」を持つ以上は、そもそも各人が単純に「自由」を無制限に発揮すれば、周囲や隣接している他人と手足や肩がぶつかって、そこに「不自由」が発生するのは必然でもあるのだと。自分がスキなものが他人のキライなものであることは往々にしてあるのだと。
 これを解決するのに、18世紀ドイツの哲学者・カントが唱えた、「『動物』的・『感情』的な好悪に基づく『自由』」ではなく、「『道徳』や『理性』的な義務に自らの意思で従う『自律』という名の『自由』」、あるいは古今東西の宗教や哲学が唱えてきた「抑制」や「節制」や「節度」こそが有効であるとすら考える。
 むろん奴隷のようにへりくだって他人・権力者・強者に対して卑屈にふるまえという域に達してもイケナイ。しかし万人がお互いに一歩だけ下がることによって――二歩以上は下がる必要はナイけれども――、逆説的に各々の周囲に自身の手足を障害物ナシに伸ばせて振り回せるだけのフリーハンドの空間を確保もできることで、かえって「自由」が達成されるというロジックでもある。


 まぁ直前に述べたようなロジックは、本を読んでついモノを考えてしまうような評論家気質のオタ連中にとっては自明のことでもあるだろう。
 しかし、毎度の上から目線で恐縮だけれども、「道徳」と云った瞬間にそれは戦前の「修身」に通じるものでもあるから全否定されねばならない、そのことを考慮も検討もしてはイケナイと云ってきたのが、日本の戦後のサヨクではある。
 ならば「修身」には陥らないかたちでのオルタナティブ(代替可能)な「道徳」教育を代案として提示すればよかったのだが、そのようなことをすることはしなかった――そんな風潮を悪い意味で小賢しく反映していたのが往年のコミックバンド・クレージーキャッツが歌った『学生節』(1963(昭和38)年)の3番の歌詞「道徳教育、こんにちは~」であり、個人的には実に浅知恵の社会派気取りの歌詞だとしか思えないので不快である――。
 とはいえ、現今のアメリカのみならず英仏独でも「マスクをしない自由」を訴えるデモが隆盛を極めているので、カント的な「自律」としての「自由」の概念は欧米の庶民大衆にも流布していないことがよくわかるのだが(笑)。


 ここまでは「自粛」と「自由」を「自律」の概念で架橋・調停できないのか? という論考である。
 しかし他方で「自粛」の必要性と同時に、「自粛」によって外出・外食が制限されることでの「経済活動」の大幅な縮減についても別個に独立して検討して、この両者を天秤にかけなければイケナイのも、アチラを立てればコチラが立たなくなる非ユークリッド空間でもある3次元、我々が住まう「この世」の日常・社会生活での厳然たる事実でもある。もちろん100かゼロかではない。60対40なりでの両立が図れるのであればそうであるべきだという話である。
 マスクや特に食事前の手指の手洗いを徹底することで感染リスクをゼロにはできないにしても減らすことが可能であるならば、そして食事中の飛沫感染が懸念されるのであれば、大会場での宴会を避ける個室での食事などで、外出・旅行・外食なども許可して、「観光業界」や「飲食業界」も同時に守っていくという方策も正しい。


 日本ではコロナでお亡くなりになった方が2020年には年間で3000人程度となった(2020年12月15日執筆時点)。
 対するに1990年代末期~2010年代初頭の年間自殺者数は毎年約3万人であった。しかし2012年からのアベノミクス効果で、以降は年間2万人に減少――アベノミクスが万能の理論だと云っているのではないので念のため。もちろんまったくのムダであったということもアリエナイのだけれども――。
 つまり、「経済苦境」が生じれば年に1万人くらいはそれで自死を選ぶのであろうことと比較考量すれば、そして今後数年は20世紀前半の世界大恐慌レベルの経済状況となることから、年間自殺者数がさらに2万人くらいは増加して4万人くらいまで上がってしまう可能性があるのならば、アメリカのように新型コロナで数十万人が死んだというのならばともかく、3000人と数万人の生命を苦渋の上で天秤にかければ、医療崩壊をさせない範疇で「GoToトラベル」や「GoToイート」なども駆使してそれらの業界に救いの手を差し伸べるのは正しいとすら思うのだ。
――毎度、無知な御仁はコレを日本独自の政策だと思っているようだが、EU諸国が先鞭を付けた政策であることの後追いであることも念のため――


 「GoToトラベル」よりも休業要請して保証金を払えばイイという意見もある。しかしコロナが完全に終息する見込みなどあるのだろうか? ナイだろう。
 「観光業界」の関連人口が約1000万人。「飲食業界」が約500万人。彼らに未来永劫、永遠に休業補償をするべきなのであろうか? コロナが下手をすると数年~数十年単位で終息しないことがあるならば、「飲食業界」や「観光業界」の完全復活はムズカしいことになってしまい、そこで就業する個々人に対しては別の業種への転換を促すしかなくなるだろう。そうなると、永遠に休業補償を与えるような政策にも現実性を感じない。


 ここで連想するのが2020年4月に決定した国民全員に対しての「一律10万円の支給」である。現在の日本人の人口は約1億3千万人。つまりコレにより総計13兆円が一挙に支出されたことになる。
 対するに日本の税収(歳入)は60兆円程度である。つまり税収の1/4がコレで消えたのだ(汗)。
 国民全員に国家が金銭を支給する「ベーシック・インカム」という制度についての議論がある。左派連中はいかにもこの制度が人道的にも優れた万能な制度のように喧伝している。
 しかし1人10万円を月1回支給すれば13兆円×12ヵ月で260兆円が必要なことになる。税収をはるかに超える支出を必要とするこの制度が実現するとはとても思えない。
――そこで「国家財政」と「家計」とは異なるものであり、国家には「貨幣」や「国債」発行の機能があり、「国債」を購入する主体が外国政府ではなく国内銀行であるならば単純な「債務」にはならずに「資産」ですらある……といった今流行りの「MMT理論」を反論に持ち出してくるのならば検討の余地はあるのだが、そーいう理論的なウラ打ちや補強を彼らがすることは今のところはナイのであった(汗)――


 しかし、コレだけコロナ禍による事態の推移が早いと、言論人であろうがSNS上でのアマチュア論壇であろうが、その場かぎりの曲学阿世で平気でその言説を翻している輩も見えてきてしまって実に興味深い。
 日本人の一斉「自粛」を批判して反旗を翻す意味でも20年3月下旬に箱根に行って少しでも「観光業界」を潤したと語っていた左派のコメンテーター・青木理(あおき・おさむ)ほかは、今では「GoToトラベル」を否定するのが流儀となっている――しかも批判をしたソバから「GoTo」を利用して旅行に行ったとも云っている(爆)――。
 彼らは20年春~初夏にかけては、「飲食業界」や「夜の業界」を主要な感染源と見なして「自粛」を求めることを、当初は「特定業種」に対する差別であり、営業自粛を求める声を「自粛警察」と呼んでいた。
 ならば、「観光業界」や「飲食業界」などの「特定業種」に自粛や休業を実質的に求める「GoTo」批判も「自粛警察」そのものでありダブルスタンダードだともいえるだろう。
 加えて、感染拡大を防ぐための「GoTo」批判と同様の純然たる「防疫」面から中国人観光客の流入制限を唱えた御仁たちをも「排他的ナショナリスト」だと罵倒していたこととの整合性もドー取るのであろうか?
――そーいえばフランスのマクロン大統領も当初は国境を閉ざすべきではナイと主張して、南隣りのイタリアからのコロナの流入をやすやすと許していた(「人道」と「防疫」を混同するとは愚かなり)――


 まぁもちろんシッカリと定まった立脚点があっての発言ではなく、単に時の政権をディスりたいだけの発言であることもわかる。
 20年2月末の幼稚園~小中高の「学校一斉休校」も時の政権が先に発動したから「無意味だ!」「強権発動だ!」とガナっているのに過ぎない。時の政権がノロノロとしていたならばその逆に「早く一斉休校にしろ!」「子供の生命と健康を守れ!」と叫んでいたのは間違いがないのだ。
 それが証拠にその1ヵ月強後には早くも馬脚を現わす。20年4月の上旬になると彼らは「早くロックダウンしろ!」「早く緊急事態宣言を発せよ!」と政権に「強権発動」を促すのだ(汗)。
 ここから察するに、時の政権が先に「緊急事態宣言」を発すれば、彼らはコレを「戦前への回帰につながる」という論法で反対したのに違いないのである。
 ただし、当方は時の政権への擁護もしない。野党やマスコミの反発を恐れて、むしろ逆に彼らの方が促すようになってきてから「緊急事態宣言」を発する、世間の声に「耳を傾けすぎる」政権の行為を高等戦術などではなく実に不甲斐ナイと思うのみである。


 20年3月になるや欧米ではロックダウンが始まり、北欧のスウェーデンを除く欧州諸国も学校を「一斉休校」にしたが、コレを自身に不都合と見てかサヨク連中は黙殺する。
 このスウェーデンの休校はナシという施策を愚策としてモーレツに批判した、初夏においては自国の施策を「K防疫」として世界標準モデルになったと豪語していた韓国はその点ではスジが通っている。日本でも「K防疫」を見習えと云っていた御仁はスウェーデンをも批判すべきであろう(笑)。
――個人的には給食も含む学校空間とは「3密」の典型ともいえるので、子供たちは無症状感染でもココを起点に同居家族への感染が広がっていると考えるのが科学的であるとは思うのだけど、コロナがエボラ出血熱ほどの致死性もナイ以上は、子供たちの集団生活体験の効用とも天秤をかければ、大変心苦しいのだけれども高齢の方々にはややリスクをかぶってもらうしかナイのかな? とも思ってはいる(汗)――


 要は彼らの発言にはシッカリとした立脚点などはナイ。その場かぎりの矛盾に満ち満ちた単なる「カウンター」や「反論」でしかなく、「政策」提言型のオルタナティブではないのである。まぁ今回のコロナで始まったことではないので驚きもしないのだけれども。
 いや、時の政権に迎合せずに常にその反論を張るのが「民主主義」なのだという意見もある。しかしコレは怪しい。多方向の陣営から「求心的」に上がってきた「政策」を突き合わせて「熟議」をしていくのが真の意味での「民主主義」のハズである。
 しかし、彼らがしていることは常に反対をする全否定であって、特に定見があるワケでもないのに物知りぶったり、したり顔で溜め息まじりに嘆いてみせて、「熟議」や「提言」からは逃走する「遠心的」で「無政府主義」的なふるまいであり、筆者には彼らの行為こそが「議会制民主主義」を破壊する行為であると見える。


 ある種の「赤勝て白勝て、巨人か阪神か」レベルで政治を見ている御仁はこのような行為に拍手喝采の念を覚えているのであろうが、特に「右」でも「左」でもなく個々の「政策」ごとに「是々非々」で判定をくだしているような御仁たちは、このような言説活動ではサヨク政党を支持・投票することはアリエナイことも指摘しておきたい。


 エッ? 何が何でも「自民党」を支持する岩盤支持層? 自民党員なんて100万人しかいないのだ。総人口の1億人で割れば1パーセントなのだから、そこが支持をすることで自民党政権が継続できていると思うのは浅はかである。
 もしも「左派」の立場に立つのだとしても、非・自民でありさえすれば小池百合子の「都民ファーストの会」や「希望の党」や「大阪維新の会」やかつての「みんなの党」などにも勝たせて、「自民党」を少しずつ弱らせて中長期で「左派陣営」を有利に持っていくという戦法もあってイイはずなのだが、それらが古典的な左派政党――ぶっちゃけ「社民党」や「共産党」――ではないことから、毎日・朝日・東京新聞は選挙時に彼らに対する大反対キャンペーンを展開して、「希望の党」や「大阪維新」は弱らせても結果的に「自民党」の圧勝を助けてしまっている。
 大局や中長期を見据えた展望がない短慮だとしか云いようがナイ。まぁ自分で自分たちの首をせいぜい絞めてくれ。彼らが一度滅びたところで、何でも反対ではなく政策提言型の健全な「オルタナ左翼」政党が誕生するかもしれないのだから。


 世田谷区やニューヨーク州で唱えられている全住民に対する「PCR検査万能論」も、1日あたりの検査可能数を小学生レベルの割り算で考えても、それが達成されるのには数年を要するのでは? 未開の原始人ではないのだし二次方程式や連立方程式を解くワケでもない小学生の「四則演算」レベルの話なのだから、もっと計量的に考えようヨ~、という話もしたかったのだけど毎度、文量が長くなりすぎてしまったので機会を改めたい。



 ……とはいえ、100年前のスペイン風邪も2年目の方が強毒化して若者の致死率も高くなったのだそうだから、そのような大前提が変わってしまうと上記の論法も相対化がされてしまう。その際には固執せずに、理由と釈明ととともに自説も弾力的に変容させていく所存である。


(了)
(初出・オールジャンル同人誌『DEATH-VOLT』VOL.86-PART2(2020年12月27日発行)所収)


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