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仮面ライダーストロンガー総論 ~「ヒーロー」作品における「ダイナミズム」の研究

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 『仮面ライダーストロンガー』(75年)評を発掘アップ!


仮面ライダーストロンガー』総論 ~「ヒーロー」作品における「ダイナミズム」の研究

(文・JIN)
(2000年11月執筆)

[序] 俺は電気人間ストロンガー!!


「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ! 悪を倒せと俺を呼ぶ! 俺は正義の戦士! 仮面ライダーストロンガー!!」


 物心付いた頃から『ウルトラ』と『ライダー』の2大シリーズを中心に、数多くの特撮ヒーロー作品群を見続けてきた筆者としては、『仮面ライダーストロンガー』という作品が主眼に据えた「ヒーロー性」や「ダイナミズム」はジャンルの本質をも体現するものとして見逃せにできない。


 筆者ごときが改めて指摘するまでもなく、良くも悪くもさまざまな意味でまさに「日本の熱い時代」であった「70年代」。そしてその当時の世相を実に濃厚かつ見事なまでに反映している作品群。
 たとえ現在と比較して技術的には稚拙かつ拙劣であってもそれを補ってあまりあるものは実に多く、なかでも『ウルトラ』(第2期)と『ライダー』(第1期)こそはまさにその双璧。


 「ヒーロー番組ってのはアツクなるために見るんだぜ!」とは、筆者にとって長文系評論の大先輩であられ、心から尊敬する人物のひとりでもある特撮評論同人ライターの最高の名言ですが、その一言に対し「そのとおりだ!」と大きく相槌を打つ自分としても、まさに当時の『ライダー』こそはその最たるべき作品群。


 その「ヒーロー」としての「カッコよさ」を追求するにあたって「ご都合主義」と呼ばれるくらい、あるいはそれを最初から承知の上でストーリーやドラマの整合性をも無視、ないし度外視した実に大胆不敵なまでの「構成」の数々をも敢えて行なっていたということは、今年2000年に刊行された『仮面ライダー大研究 -よみがえるヒーロー!』(二見WAiWAi文庫・ISBN:457600543X)においてもさまざまに何度も指摘されている事実である。


 そしてここでより肝心なことは、それをして「良し」とするだけの「説得力」としての「パワー」がそこにおいて確かに存在していたということである。その属する「時代」の違い故か、特撮・アニメを問わず、最近の作品群がその「パワー」の不足を「理論」や「技術」でカバーせんとするかのような傾向と比較するにますます実感といった次第。


 もちろん『ライダー』とて、その「改造人間」という基本設定ひとつをとっても、第1作『仮面ライダー』(71年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20140407/p1)初期13話分の「旧1号ライダー編」(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20140501/p1)や『仮面ライダーV3(ブイスリー)』(73年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20140901/p1)終盤の4号ライダーこと「ライダーマン編」、そして『仮面ライダーX(エックス)』(74年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20141005/p1)初期8話分の長坂秀佳(ながさか・しゅうけい)脚本回などをはじめ、そのストーリーやドラマ面、そしてそこに内在するテーマ面においても、円谷プロをはじめとする他社作品群にも全く劣らぬ優れたものは数多く存在している。
 よってそのような部分においてもさらなる考察をさまざまに加え続けることにより、いわゆる「ライダーワールド」というものもより大きく立体的になっていくとも思われるというわけである。


 そこでこの実に貴重な機会において、現在の『仮面ライダークウガ』(2000年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20001111/p1)に至るまでの一連のシリーズにおいて「自分自身として最も気に入って」おり、またプロ・アマを問わず「評論」としても未だ指摘されざる未開の鉱脈に満ち溢れているといってもよい作品。
 特撮雑誌『宇宙船』Vol.30(1986年6月号)における『仮面ライダーアマゾン』特集によって、特にそのやや陰鬱でシリアスな初期4話が「旧1号編」に近しいものがあるとして(本当に「旧1号編」に近しかったのかについてはやや疑問もあるものの)再評価が非常に高まった直前作である異色作『仮面ライダーアマゾン』(74年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20141101/p1)の影に隠れてしまった感もあった、あの明朗で王道な路線に回帰した『仮面ライダーストロンガー』(75年)を一大傑作であったとしてここに取り上げてみたい。


 単に第1期シリーズの「最終作」ということのみならず、個人的に東映ヒーロー作品群における「様式性」や「ダイナミズム」としての「究極完成形」であると判断している本作。それら数々の描写を通してその「様式性」や「ダイナミズム」についてもさまざまな角度から考察していきたいという次第である。


 特に「ストロンガー大改造」や「7人ライダー大集合」などといった実に強烈なイベントの連続によって、多くのファンに絶大なるインパクトを与え続けた最終1クールこと第3クールの「デルザー軍団編」に比べ、今ひとつ論じられることの少ない前半2クールの「ブラックサタン編」の再評価について、ここでは大きなウエイトを与えてみたい。


 ある意味、本論最大の目的はそれである。


[1] ストロンガーとタックルの秘密


仮面ライダーストロンガー・城茂(じょう・しげる)は、自ら進んで改造手術を受けて電気人間となり、日本の平和と正義を守るため、世界征服を企む悪の組織・ブラックサタンを倒すべく、敢然と立ち上がった!」

(オープニング・ナレーションより)


 忽然とその姿を現わし、暗黒組織ブラックサタンが差し向けた同作におけるゲスト敵怪人・奇械人ガンガルの暗躍を阻止した謎の戦士、電気人間・仮面ライダーストロンガーと電波人間タックル。
 その素性は第1話「おれは電気人間ストロンガー!!」(脚本・伊上勝(いがみ・まさる)/監督・塚田正煕(つかだ・まさひろ))の時点においては全く明らかにされず、視聴者は突如として出現した「新たなるヒーロー」の姿に見入りつつ、「ビデオシグナル」をはじめとする各種の補助能力をも駆使しながら、最後には必殺の「電キック」で粉砕するその「強さ」と「活躍」に頼もしいヒーロー性を感じ、その「正体」に対しも関心を抱くこととなる。


 そして続く2話「ストロンガーとタックルの秘密!」(同)。奇械人オオカミンの作戦阻止に動く中、青年は分厚い自らの「黒手袋」を見つめつつ、「あの時のことは忘れない」とその過去を反芻する。また「あの姿はどこかで見たことがある」敵幹部・タイタンの命令を受けたブラックサタンの情報部もその極秘データからひとつの名前を引き出していた。


 城茂(じょう・しげる)。自ら改造人間となることをブラックサタンに志願した男。奇械人として最高の肉体を持っていた男。宣誓式において反旗を翻し、そのまま組織から脱出した男。


 いまさら改めて指摘することでもないが、本作『ストロンガー』の最大特色とは、今までの『ライダー』シリーズの「総決算」としてのカラーが著しく強いことである。
 その最大象徴というべき「7人ライダー」の完全集結において、それは最終的に完成されるわけだが、そのハシリとしては本作の主人公たる「城茂」のキャラクターならびに背景設定においてそれは早くも示され始めている。


 「悪の組織に改造された」ということについては『仮面ライダー』の1号ライダー「本郷猛(ほんごう・たけし)」や2号ライダー「一文字隼人(いちもんじ・はやと)」。「復讐」のために「自ら改造を志願した」ことにおいては3号ライダーこと『V3』の「風見志郎(かざみ・しろう)」といった具合に。


 もちろん他の例にも見られるように、それだけでは単に過去の複数設定の流用にしてエピゴーネン(亜流)に過ぎない。下手をすれば一種の縮小再生産になるだけである。
 だが本作の凄いところは、そうした過去作品の下地を敢えて採用しつつも、それらを複合的かつ巧みなまでにさまざまに組み合わせ、かつさらなるグレードアップを図っていることである。古今東西を問わず、ある種のリメイク性を伴う作品群において、この流用でもグレードアップといったところが、リメイク作やシリーズ後継作の成否や評価に関わる最大根幹の部分であるといってもいいだろう。


 そしてプロ商業誌・アマチュア同人誌を問わず、過去の研究本においても散々に指摘されたように、本作の最大の「象徴」といえるのが、その変身ギミックにして分厚い「黒手袋」に包まれた「コイルアーム」。2話や25話において示されたごとく、まさに「肉体に刻まれた刻印」にして「接触しただけで相手を感電死させてしまう」という「危険な腕」。
 アメコミヒーローの本格重厚志向的なリメイク洋画『バットマン』シリーズ2作品(89・92年)を代表とする「フリークス作品の旗手」ともいうべき、あのティム・バートン監督が洋画『シザーハンズ』(90年)でテーマ設定した「握手できない腕」の先駆ともいえるわけである。よってその先見性も非常に高い。実際『ゴジラ』をはじめ、日本の怪獣・ヒーロー作品群に対する造旨が恐ろしく深いとされるバートン監督だけに、ひょっとして本作『ストロンガー』そのものをモデルとしたのかも???


 ちなみに、こうした「肉体に刻まれた刻印」という設定について、かつて『仮面ライダー』初作15話(=2号ライダー編の第2話)において提示された一文字隼人の「外せぬベルト」という先例がある。初登場回の14話において素性の説明を一切せず、続くこの15話において「回想」のかたちで説明するという意味においても、このふたつのケースは実に似通っている。


 一文字隼人に城茂。奇しくも共に「陽性」のキャラクターとして少なくとも表面的には「影」やその内面心理を見せることのない両者である。
 その反面、「肉体に刻まれた刻印」を敢えて目に見える表面においてテレビ画面上で提示したことによって、内面における「影」の存在を実にさりげなく暗示させている男たち。
 だからこそまさに「そこ」において実に絶妙というか妥当なまでの「バランス感覚」というものを感じてしまうというわけである。まさに「映像作品」ならではの視覚的な妙味としか言いようがない。


(またこうした「視覚」的な「構図」の重視に基づく独特の「感覚」こそは、今後において後述していく、その他の面において数多く見られる本作の最大特徴といえるものであり、またこの本論最大の着眼点にしてテーマでもある!)


 そしてこうした日本版にしてライダー版、そして何よりもオリジナル版「エドワードの腕」(『シザーハンズ』)である「コイルアーム」と並ぶ、本作2大設定のもうひとつこそが「岬ユリ子」こと「電波人間タックル」。


 『仮面ライダー』シリーズと同じく漫画家・石ノ森章太郎原作の『サイボーグ009(ゼロゼロナイン)』(64年。68・79年にTVアニメ化。後日付記・01年にも再々TVアニメ化)の「フランソワーズ・アルヌール」(サイボーグ003)に続く「実写ヒーロー初の女性改造人間」として歴史に残るであろう、この実に画期的なキャラクター。
 その「ミサキ・ユリコ」という名前の語呂から考えても、恐らくは初代ライダーヒロインたる「緑川ルリ子」が相当に意識されていると思われるわけであり、その詳細については、またあとにおいて詳細に論じてみたい。


 そして、この時点において取り敢えず語っておきたいのが、実は本作の初期設定。そこにおいては、実は「岬ユリ子」は「茂の友人」である「沼田五郎」の「妹」であると設定されていたことである。
 『仮面ライダーX』における「水城姉妹(みずき・しまい)」に対する反響の前例も踏まえ、「子供番組に相応(ふさわ)しくない」と最終的に判断されたのか、結局は見送られてしまったこの設定。


 「明るさの中に暗さを隠し持つ」という茂の前身ならびに性格面の設定をも併せて考えた場合、ある意味「城茂」というキャラクターは、こうした図式において、あの「週刊少年ジャンプ」連載の北条司原作の大人気漫画『シティーハンター』シリーズ(85~91年)の青年主人公である「冴羽僚(さえば・りょう)」の前身ですらあったのではというわけである。
 当然、それぞれの「相棒」でもある「ヒロイン」との関係描写をはじめ、そのキャラクターについては「70年代」の抑えている茂と「80年代」の踏み込んでいる僚との間には大きな違いがある。そして、その決定的な「差異」の部分については、「肉体的に結ばれえない」という「改造人間」の設定をも併せて考えてみるとより含蓄の深いものがある。


 もちろんこれら全てはあくまで筆者の全く極私的な感想ないし推論に過ぎない。具体的なデータないし証拠のあまりに少ない現状からすれば、実証主義の原則として実に邪道にして僭越(せんえつ)の極みと断じられても致し方(いたしかた)のないところでもある。
 しかし後述していくように、こうしたいわば『少年ジャンプ』調の明朗な作風やキャラ描写は、単にこうした「茂」と「ユリ子」の諸設定に留まるだけでなく、他の諸設定においても見られ続けるわけである。


 そしてそれは本作におけるヒーロー作品としての「様式性」と「ダイナミズム」を語るにおいても欠かせぬ実に重要に部分でもある。
 そこでこうした「70年代」ならではの本作の『少年ジャンプ』調を飾るにおいても、この「ふたり」のドラマの最初の確立においても、ある「ひとりの男」の登場と存在が実に重要なポイントとなってくるのである。


[2] 一つ目タイタン! 最後の逆襲!!


「いかにもこの俺だ! 作戦に汚いも奇麗もあるか! 俺はおまえを倒すのに命を賭けている! だます奴が利口で、だまされる奴がバカなんだ!」

(13話「一ツ目タイタン! 最後の逆襲!!」より)


 ブラックサタン初代幹部である「一つ目タイタン」。その容姿は実にシンプルでスマート。そして性格は実にクールにしてダンディ。
 『仮面ライダーX』における名敵幹部「アポロガイスト」を思わせる「人間体からの変身」をはじめ、まさに今までの歴代敵幹部のさまざまな要素を加味した最終版にして決定版ともいうべきキャラクター。
 にも関わらず。彼に対する一般的な評価はあまりにも低い。不当なくらいに低い。そしてそれは後述するブラックサタン2代目幹部・シャドウとの人気の比較においても実に歴然としている。


 その理由はなぜか? いくつか考えることは容易に可能ではあるが、そのひとつとしては、数ある『ライダー』シリーズにおいても「1話から登場している幹部指揮官」はタイタンが実に初めてだということである。
(『アマゾン』における10人の敵幹部の集合体でもある敵首領「十面鬼」の場合は、『X』後半の一応の敵首領「キングダーク」の流れを受けた「首領と幹部の兼任」という変則パターンであり、タイタンのような中堅幹部ではない)


 『仮面ライダー』の敵幹部・ゾル大佐の登場が26話、『V3』の敵幹部・ドクトルG(ゲー)が13話、そして『X』の敵幹部・アポロガイストが8話といった具合に、それまでの『仮面ライダー』シリーズはシリーズ前半や初期編では各話ゲストの「敵怪人」のみで展開し、その時期においては新たなる「ヒーロー」の魅力と能力やその人物像の紹介を中心に行うというシリーズ構成を採ってきた。
 またそうした「タメ」の部分を冒頭に持つことによって、その後においてより強力な「敵幹部」の登場という一大イベントを迎えてきたことをも併せて見た場合、当然のごとく「ストロンガー」のキャラクター紹介に主軸を置いているシリーズ序盤においては、「タイタン」の方の描写については今ひとつになってしまったことは十分に考えられることである(これはのちの『仮面ライダー(新)』(79年・通称:スカイライダー)における敵幹部・ゼネラルモンスターや、『仮面ライダースーパー1(ワン)』(80年)の敵幹部・メガール将軍、そして『仮面ライダーブラックRX』(88年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20001016/p1)の敵軍団・クライシス帝国4大幹部にも相当すると思える部分でもある)。


 その「一つ目」をはじめとしたシンプル過ぎるデザインもあって、それまでの実に強烈な歴代幹部に比べてあまりにもスリムにしてスマート。そして機能的すぎることが強烈な印象を視聴者に対して与えにくいものとしたことも容易に考えられる。
 『X』のアポロガイストにも言えることなのだが、彼の設定やキャラクターにおいては実に「中途半端」と思える部分がひとつ存在する。すなわち、あの「ショッカー4大幹部」に代表される純然たる「怪人指揮官」なのか、『人造人間キカイダー』(72年)におけるサブロー=「ハカイダー」のような独立的性格の強い「ライバル」なのかが判然としないところである。正直、簡単に言い切ってしまっていいものなのかは悩むところなのだが、筆者としてはこうした部分がタイタンの今ひとつな印象の要因となっているとも思われるのだ。


 茂にとっての「敵味方不明」の「謎の紳士」という初期設定も、この時点においてはあまり効果的とはいえず、結局はその正体が10話において判明することになるも、一般的にはあくまで「それがどうした?」というレベルであり、ストーリー展開上の大勢としてはあまりにも印象が薄い。


 そしてこの時期における『ストロンガー』の視聴率が10パーセント台前半という当時としては低いものに留まってしまったことが結局、放送局側をして「シリーズ終了」の決定を下さしめた一因となったことも周知の通り。それら全ての意味において、この時期の停滞感についてはいろいろな意味で再検証してみるだけの必要と価値が当然にあるだろう。
 もしも『ライダー』が本作以降も、そのまま当時においてライダーシリーズ第6弾・第7弾と制作され続けていた場合に、果たして現在の我々が感じているような本作『ストロンガー』終盤のカタルシス以上のものが生み出しえたかという皮肉な観点も含めた上で。



 しかし! しかし! しかし! 実にしかしなのである! この第1クールにおける、それらのような実に地味な展開を受けつつも、それを見事なまでに収束し、のちの「ヒーロー」としての「ダイナミズム」の大爆発の先鞭(せんべん)をつけることとなる名編がようやく登場することとなる。
 そう! それこそが13話「一つ目タイタン! 最後の逆襲!!」(脚本・伊上勝/監督・内田一作(うちだ・いっさく))!


 ユリ子の兄・岬守(みさき・まもる)が生きている。唐突にもたらされた、その情報を受けて茂とユリ子が向かうは、かつて彼らが改造手術を受けた「悪魔山」。


 ふたりの接近に対し


「ライダーを倒せ! ライダーを倒せ! 仮面ライダーストロンガーを倒せ!!」


と燃え盛る「炎」の前で何度も叫び、奇械人エレキイカに鋭いまでの命令を下すタイタン!


 かつての名著『仮面ライダー大図鑑〈5〉』(バンダイ・92年・ISBN:4891892218)においても解説された、「(アマゾンの敵組織)ゲドン・ガランダーの凡神論と(Xライダーの敵組織)GOD(ゴッド)機関以前の超神論的考察が融合」した「唯物論と観念論を共存させる組織」としての「ブラックサタン」を象徴させる代表的な場面のあとで、マグマの能力を秘めた「改造火の玉人間」であるタイタン自身のさらなる強化手術も併せて挙行される。
 そして、やっとのことで助け出した守はエレキイカの変身した姿であり、守本人はすでに改造手術の失敗で殺されていたことを知るや(過去において殺された自らの友人のことも思い出してか)遂に大爆発するストロンガーの怒り!


「出てこいタイタン! おまえだな! こんな汚い手を考えついたのは!!」


 その呼びかけに応じるかのように出現するタイタン! 黒いマントを翻し、黒いスーツにガンベルト!


 元々東映ヒーロー作品においては「海に映えるヒーロー」という図式は実に多く、最大の本流たる『ライダー』シリーズにおいても、『仮面ライダー』3話を皮切りに同78・84・92話といった代表例をはじめ、その後のシリーズをも含めれば実に枚挙の暇もない。
 しかし悪の敵側において、ここまで海で見栄えのする存在はかつてないといってもいいだろう。「黒いライダースーツ」に「ガンベルト」。「白いマフラー」という「戦闘モード」の初披露。そこに「黒いマントを翻す」という最高のアクションをも加えた上での実に颯爽たる登場!


 もちろんこうした「海に映える悪役」という図式においては、「大幹部のベストエピソード」としての呼び声も高い『V3』30話における「ドクトルG」にも実に捨てがたいものがある。ただしこれもよく言われるように、Gの場合、人間体から怪人「カニレーザー」に「変身」してから急に失速してしまったような観がどうしても拭えない。それを併せて比較してみた場合、あの実に完璧なる「戦闘モード」の「悪のカリスマ」タイタンにはやはり到底及ばないこととなっているのである。
(ちなみに『ライダー』シリーズを除き、そうした「海に映える悪役」としての「変身」「非変身」における違いについては、あの『イナズマン』(73年)と続編『イナズマンF(フラッシュ)』(74年)の両最終回における敵首領「帝王バンバ」と「ガイゼル総統」がなんといっても双璧であるだろう)


 少なくとも筆者の知る限りにおいてタイタンは、のちの「週刊少年ジャンプ」連載の荒木比呂彦原作の大人気漫画『ジョジョの奇妙な冒険』(86年~)における伝説的名悪役「ディオ・ブランドー」と並ぶ「悪のダンディズム」を最高度に体現した存在となっているというわけである。


 それにトドメを刺した決定的な場面こそが本章の冒頭にて紹介した一連の台詞! 本質的な善悪や好悪の念はどうであれ、ここまでズバリかつハッキリ言われてしまうと逆に「スゲエ!」といった感じが最高に満点!
 ちなみに「さすがディオ! 俺たちの出来ないことをいとも簡単にやってくれる! そこにシビレル! 憧れる!」とは、『ジョジョ』(第一部)において少年時代のディオを称えた悪童たちの歓喜と賞賛の言葉だが、正直この場面を見直す度に私が咄嗟に憶えた感慨も実にこれと同じである。
 俗にいう「悪役人気」ないし「悪党人気」というものの本質の一部がまさにここにあるのではないのかというわけで、その「悪」としてのピカレスクな魅力に対して「カッコイイぜ! タイタン!」「最高だぜ! タイタン!」と心の中で叫んでしまうくらい。少なくとも個人的には「アポロガイスト」を完全に超えたといってもいいくらいのインパクトがあったというわけなのだ。
 またたった今、思いついたことなのだが、この悪徳感あふれる「だまされる奴がバカなんだ!」という台詞は、実は一点の曇りもない「俺は正義の戦士!」というストロンガーの定番名乗りとの対(つい)となることも意識していたものではなかっただろうか? もしも演出的な計算づくでの配置であるならば、まさに時代劇経験も豊富な脚本家・伊上勝氏ならではの「善」と「悪」との最高の「見得」の「切り合い」ともいえるのではないだろうか。


 プロ・アマを問わず、誰もが次に述べる2代目の敵幹部・シャドウに注目して、タイタンを顧(かえり)みないこともあって、「ならばタイタンは俺だけのものだ!」という「独占宣言」をも発してしまいたいくらいのものがあったというわけなのである!
 極めて個人的なことではあるが、実は一介の「素人同人ライター」として自分が最も「燃えてくる」というか「やり甲斐を感じる」というのが、実にこういうシチュエーションである。つまり「自分の買った誰も見向きもしない安値の株に千利休(せんのりきゅう)的にどれだけ多くの人を振り向かせ価値を付け加えることができるのか?」という意味であり、あたかも「仕手戦」に挑む「株屋」のごとき、最高のスリルというか高揚感というものを与えてくれるというわけなのだ!


 そして肝心の戦闘場面。
 ストロンガーの得意技・エレクトロファイヤーやエレクトロウォーターホールをものともせず、必殺の電キックすらも「キック返し」の空中キャッチによって軽く受け止め切り返してしまうタイタン!
 しかし、その勝ち誇った言葉から「高熱」耐性が持つ弱点のヒントを察知したストロンガーによって「冷水」の海に投げ込まれ、その急激な温度差によって敢えなく自爆!


 それまでの盛り上がりが異常なくらいであるだけに、正直いささか唐突かつ呆気ない観は否めない。


 しかし彼のドラマはここにおいて終わってしまったのではない。いや、むしろこれからが本当の始まりなのである。


 あの「ふたり目の男」の登場とともに。


[3] 謎の大幹部シャドウの出現!


仮面ライダーストロンガーとはおまえのことか?」

(14話「謎の大幹部シャドウの出現!」より)


 タイタンが倒れたあと、城茂の前に出現した「これまでと違う」新たな敵。フェンシング流の流麗な剣さばき。宙に舞う無数のトランプ。実に鮮やかなまでの白いコスチューム。
 そう。全『ライダー』シリーズ屈指の敵役としての評価も高い、あのブラックサタン2代目幹部「ジェネラル・シャドウ」の登場である!


 次週予告においても「その姿」は一切現われず、14話「謎の大幹部シャドウの出現!」(脚本・海堂肇(かいどう・はじめ)/監督・内田一作)本編において冒頭紹介の台詞とともに忽然と出現! 好奇心によってか、自分を横目で伺う戦闘員に対し、「態度が悪い」とトランプで首をアッサリとハネてしまうという場面なども実に強烈。
 『仮面ライダー』26話におけるゾル大佐の「服装の乱れは規律の乱れ」の発展型とさえいえるものがあるが、その実に「冷酷非情」なるキャラクターとして、オリジナルを遙かに超える絶大なインパクトを発揮している。
 また初登場の14話ラストにおいて早くも、「雇われ幹部」として大首領に対しても対等に近い言動を敢えて取る場面なども、ある意味でやはり初登場直後の死神博士の言動を思い出させてくれるものがある。


 前述したように、タイタンが「ディオ・ブランドー」であるとするならば、彼の場合、その実に流麗かつシャープな独特のキャラクター・シルエットも相まって、やはり「週刊少年ジャンプ」連載の寺沢武一原作の往年の大人気SFアクション漫画の名作『コブラ』シリーズ(78~84年・以降も媒体を変えて断続的に継続)において、その主人公をして「ヤンキースドジャースのようなもんさ」と言わしめた、あの宿敵にしてスマートな全身がクリスタルである名敵役「クリスタル・ボーイ」にも通じるイメージがあるのだ。
 「殺し屋であっても殺人狂ではない」「冷酷であっても残忍ではない」という表現なども、正にシャドウにこそ相応しい名台詞ではないか!?


 ただしこの初登場編の3話におけるシャドウについては、その「雇われ幹部」としての立場をはじめ、「トランプ」と「剣」に代表される武器なども含めた、基本設定の紹介にあくまでも徹した観が強く、まだまだ「本調子」とはいえない。もちろんそうしたキャラクター描写の数々、特に初登場の場面において、黄金のシャドウ剣の抜き身に巧みに太陽光が反射するといった、細かい演出の数々には実に素晴らしいまでのものがあるのだが。


 そう。シャドウの実に卓越したキャラクターは、ストロンガーと並ぶ「もうひとりのライバル」といってもいい、「あの男」の「復活」をもって、本格的な開始を見せ始めることとなるのである!


[4] 地底王国の魔王!!


「おまえが俺の代わりを努めていたシャドウか? だが俺が蘇った以上は用済みだな」
「フン。笑わせちゃいけないよ。ストロンガーを倒すために、俺はブラックサタンに力を貸しているんだ」

(17話「怪談 悪魔の復活祭」より)


 16話「吸血ブブンガー 悪魔のプレゼント!」ラストにおいて、ブラックサタン大首領がシャドウに語った「ストロンガーを恐怖のドン底に叩き込む恐るべき作戦」。それはストロンガーに一度倒されたタイタンを「呪いの棺(ひつぎ)」の儀式によって「一つ目タイタン」ならぬ「百目タイタン」として強化再生させること。
(シャドウ初登場回の14話において、早くも「タイタンの葬儀」のシチュエーションが登場していることからも、それは最初からの明らかな予定でもあったことは明白である)


 「一度退場した前幹部」が復活して「新幹部と競合する」という図式については、『仮面ライダー』61話における死神博士地獄大使、『V3』27・28話における復活4大幹部とドクトルGなどが過去の先例として実に印象深い。
 しかしそれらの過去例はあくまでも一種のイベント編であり、本作のタイタンとシャドウの場合こそ、そうした「新旧幹部の同時共存」がシリーズにおいて本格的に行なわれた初めてにして最高の例! 単独に活働していた時期においてはそれぞれに今ひとつといった観が否めなかったタイタンもシャドウも、ここではその魅力が初めて完全全開となっている!


 それらについては、なんといっても彼らふたりの実に対照的なキャラクターシフトの対置と配置による効果が大きい。劇中において何度も繰り返された「直系幹部」と「雇われ幹部」という立場の違いだけでなく、「黒」と「白」、「銃」と「剣」、「背広」と「ウエットスーツ」、「革靴」と「ブーツ」、「変身」と「非変身」といった具合に、その視覚的な対称感覚はまさに完全無欠にバッチリといったところ。


 特に初代幹部・タイタンの場合、復活直後において早くも、1号ライダー~7号ストロンガーまでの後見人を務めた「おやっさん」こと立花藤兵衛(たちばな・とうべえ)と変身ヒロイン・タックルことユリ子をして、地雷源の上をジープで走らせようとするなど、その残虐嗜虐ぶりは以前よりもハッキリとしたかたちを取ることとなるわけである。その残虐な性格はその後の展開においても随所に発揮。まさに「百目タイタン」こそは、全『ライダー』シリーズにおける最高の「凶悪」ではなかったか? といったくらいなわけである。
 これもまた、先にふれた『ジョジョ』第3部において、以前よりの「吸血鬼」としての能力に「スタンド・パワー」をも身に付け、より強力かつ残忍な「悪のカリスマ」としての究極復活を遂げた「ディオ・ブランドー」に通じるものがある。


 またそうした残虐嗜虐な「凶悪」ぶりも、その容姿をはじめまさに「正攻法」の「騎士道」といったものを容易に連想させる「シャドウ」との対比があってより引き立つものであり、いわゆる「ヤラレ役」たる毎回の「奇械人」、そして「調停役」ともいうべき「大首領」の存在も実に効果的に機能しているなど、その配置の妙味には実に卓越したまでのものがある。
 このような「タイタン」・「シャドウ」・「ゲスト奇械人」・「大首領」の「4構図」は、そのままヒーロー側における「茂」・「ユリ子」・「ゲストキャラクター」・「立花藤兵衛」の「4構図」に対してもオーバーラップしうるものとなっており、この『ストロンガー』第2クールにおける作劇の大幅な「安定」ならびに「ダイナミック」化においても、極めて大きな役割と機能を果たしているとも考えられるのだ!



 そして、このような「悪のダンディズム」に満ちた「黒と白のエクスタシー」の連続大爆発に呼応するかのように、それに対する我らが「正義の戦士」たるストロンガーも、その究極の「正義のヒロイズム」をフル全開!


 タイタンの復活回である17話「怪談 悪魔の復活祭」(脚本・伊上勝/監督・折田至(おりた・いたる))におけるコウモリ奇械人との第1ラウンド、夜の暗闇の戦いにおいて


「変身! ストロンガー!!」


と叫び、その輝くスパークの中、初使用の32話からのシリーズ後期の名エンディング主題歌「ストロンガーアクション」のインストゥルメンタル(歌抜き・演奏のみ)BGMをバックに、一気に朝焼けの太陽輝く早朝に場面を切り替える!


 咋今のさまざまな『ストロンガー』評に多く見られる、本人としては愛情表現のつもりでも、ボキャ貧でネタ的で冷笑的な「強引」だの「不自然」だのといった「不粋(ぶすい)」な「突っ込み」なんぞは一切合切クソくらえ! これこそ「暗闇を払い、この世に光をもたらす」という「ヒーロー」としての最高究極の構図である!


 まさに「文句があるか!?」といったところなわけで、こちらとしてはただただ「ハハアーッ! ごもっともですーー!」と完全平伏するしかない!(笑)


 しかもBパートにおける第2ラウンドにおいては、走行中の車の屋根の上において全体像での「変身!」ポーズをキメてしまうのだから、これもまた実にタマラナイのだ! ウワァー!!


 繰り返すようではあるが、それに触発されたように、百目タイタンとシャドウによる組織内ライバル関係も実にますますもってヒートアップ! その感動の念も含め、それら名場面・名展開の数々をひとつひとつ挙げて細かく説明していくことは、締切の都合でとても不可能であり、「とにかく見て確かめてくれ!」としかもはや語りようがない!
 特に19話「怪談 呪われた古城!」において、人間体でタイタンが吸っていた煙草を、クルクルと飛んできたシャドウのトランプが掻っ切る場面などは、まさにその最たる典型。その直後に指2本ですかさずキャッチし投げ返すタイタンのくだりも含め、「その互いの超人的な技量をさりげなく交錯させる」その「名人芸」という意味において、個人的に最も好きでシビれる場面でもある。



 そしてそうした「魂を介在しない悪」と「パトス(情念)を象徴する正義」の「勧善懲悪」な対立劇として、その最初の頂点を迎えることとなるのが、個人的には全『ライダー』シリーズのベストサブタイトルのひとつともなっている20話「恐怖の大砂漠! ふたりの藤兵衛!?」(脚本・伊上勝/監督・内田一作)である。


 百目タイタンからの挑戦状を受け、馬に股がって砂漠を進みゆくストロンガー。そのバックに流れるは名曲「僕らの兄貴 城茂」のインストBGM。遭遇して組み合うや一気に炸烈するのは「ストロンガーアクション」! 叙情味タップリにして実にメリハリの利いたBGM演出。そして「大砂漠」という実に効果的な舞台設定もあって「決闘」のムードが大満点。


 ジープに括り付けて茂・ユリ子・藤兵衛を引き摺り回し、強烈な太陽光線の降り注ぐ中で砂の中に埋めるといった、タイタンの残虐ぶりの発揮も、そのサディズム満点の高笑いとともに復活後においてはまさに頂点といった感じである。
 そして決戦。冒頭と同じく「僕らの兄貴 城茂」のインストBGMの響き渡る中、それまでのウップンを全て晴らすかのように、奇械人アリジゴクを徹底的に打ちのめし、遂に最後に必殺技・電キックで打ち砕くストロンガー!


 立花藤兵衛と瓜二つの立木博士(当然に故・小林昭二(こばやし・あきじ)氏の二役)の登場やその設定、そして「全く世話の焼ける奴」とボヤキながらもけっこう面倒見のよいシャドウの言動など、よくある「通常回」の一言では片付けられない実に盛り沢山な傑作編なのが、この20話なのである。


 この復活の17話から大決闘の20話までのシャドウとの対立劇の勃発・展開・頂点を描く展開は、全てメインライターの伊上勝氏の執筆によるものである。まさに「起・承・転・結」としての作劇的なリズムが明確に刻み込まれており、全『ライダー』史上においても最高屈指の好展開を発揮しているというわけなのだ。


 話数は戻るが、「一つ目タイタン」時代の決着編である10話から13話にいたる展開も実は伊上氏による4作連投。そうした視点から見直してみると、ブラックサタンの最高幹部怪人・デッドライオン以前は「最強の奇械人」である「クモ奇械人」のストーリー上の位置づけなど、「ストロンガー対タイタンの決戦」に至る、その過程としてのカラーがかなり強いことに改めて気づかされる。
 実際、伊上氏による連続担当編は、『仮面ライダー』の新敵組織「ゲルショッカー登場編」(78~81話)や6人の「ショッカーライダー編」(91~94話)の2大名編を皮切りに、以後は『X』の「アポロガイスト強化編」(13~16話)や「キングダーク登場編」(21~24話)、『アマゾン』の「ガランダー帝国登場編」(12~15話)といった具合であり、敵幹部や敵組織の交代劇や強化劇といったイベント性あふれる優れものが目白押しである。
 そしてそうした連続展開において最もロングレンジなのが『V3』における前作『仮面ライダー』の敵「4大幹部」復活に始まる「ドクトルG決戦編」。デストロンレインジャー作戦編やキバ男爵登場編をも、その前後にさらに配置しているという、そのストーリー的な妙味についてもまた改めて考察してみたいだけのものがある。


 この17~20話の「伊上勝4部作」の終了後、通常回色の強い一話を置いていよいよこの「三者」のドラマはその佳境に突入することとなる。それが22話「12時00分ライダー死刑!?」(脚本・鈴木生朗(すずき・いくろう)/監督・加島昭)・23話「地底王国の魔王!!」(同)の前後編!
 変幻自在の奇械人ケムンガの変身能力をはじめ、何重にも張り巡らされた百目タイタンの謀略により、遂にはケムンガの「繭」の中に封じ込められるストロンガー。以前のエレキイカと同様、ともに爆破しようと図るタイタン。



シャドウ「この繭の中にはライダーストロンガーもいるには違いないが、ケムンガーもいるはずだ。いっしょに殺す気かね?」
タイタン「それがどうした!? ブラックサタン大首領の至上命令とあらば、部下の命など物の数ではない!」
シャドウ「それがブラックサタンのやり方か?」
タイタン「何が悪い! 貴様、俺に手柄を立てられるのが悔しくて文句をつけに来たな」
シャドウ「まぁいい。今日は人の身。明日は我が身。気をつけることだな」



 あくまでもクールな台詞を投げかけるシャドウ。皮肉にもあまりに強靱な「繭」のためにストロンガーまるごとの爆破もできずに、遂にはタイタンの支配下にある数千メートルの地底世界にともに落とされるストロンガー。しかし電気エネルギーが発する高熱によってケムンガをドクガランとして孵化させることによってなんとか「繭」を内側から破ることに成功する。



シャドウ「ストロンガーは死んではいない。奴はおまえの手に負えるような男ではない」
タイタン「シャドウ、ならばおまえが正しいか俺が正しいか、その目で確かめてみろ」



 それぞれに鋭くにらみ合いつつ、降下用のコンテナに乗って地底世界に下りて行くシャドウとタイタン。
 地底に降下中の殺風景なコンテナの中、クラシック調の椅子に座って両足を組み、長キセルから煙を吹かせつつ実にユッタリとくつろぐかのようなタイタン。立ったまま壁に背をもたれさせつつ、愛用のトランプを絶えずシャッフルし続けるシャドウ。
 おお! これこそまさに互いの「キャラクター」というものを表現し切った最高のツーショット!(そしてこういった場面が続出し、繰り返して見直す度に新発見があるからこそ何十年経っても『ストロンガー』はやめられないのだ!)


 ジュール・ヴェルヌの古典SFの名作『地底旅行』(1864年)にも通じる地底世界の広大な風景。『イナズマンF』で敵組織・デスパー軍団が地底に建造した人工太陽に照らされた5万人都市「デスパーシティ」を思わせるかのようなフィルター処理の画面演出。そして決戦時に流れる歌入り主題歌の勇壮なる旋律! のちの『仮面ライダーブラックRX』3話「RX対風の騎士」と並ぶ「異世界で戦うライダー」とまさに双璧といえる最高究極の図式!
 特にドクガランとの最後の戦闘において「地底湖」の向こう側に「活火山」が合成されているショットなどは、前述した「異世界の戦い」というヴェルヌ調の感覚の決定版。歴代『ライダー』の中においても特に「絵になる」構図が抜きん出て多い本作の中でも、特に屈指の場面となっており、その「奥行」の深さや幻妙さもあって出来れば大画面においても見直してみたいものがある。
 実際、実に唐突に出てきたタイタンの「地底王国」の設定も併せて考えてみるに、もしかして本回は本当に「劇場公開」をも念頭に入れて制作されたのではなかったかと思えるフシもある。よって、ならばこそどうして当時の『東映まんがまつり』で上映してくれなかったのかとも思えるというわけであり、本作における興味深い個人的な関心のひとつともなっている。


 その壮大なる図式の中において遂にドクガランを倒し、百目タイタンの最後の挑戦をも受けることとなる我らがストロンガー! 以前よりも遙かに強化されているタイタンに対して前回以上に完全に圧倒されてしまう!
 何の追加装備もせずに湖の中から悠然と上がってくる戦闘モードの百目タイタン。それによって、以前の一つ目タイタン時代の決戦とは違い、なんらかの「耐水処理」がなされていることが視覚的にも明確化されているという演出が実に素晴らしい!(そして実に「これ」こそが「理屈重視」・「台詞重視」・「スピード重視」の最近の作品群においては決して見られない「視覚優先」の「感覚」にして「味」なのである!)


 しかし最初の決戦の時と同様、今回においても「俺のパワーは30倍だ!」という台詞から、「無理にエネルギーを入れているな?」と打倒のヒントを着想し、そのエネルギーの流出箇所を発見。その急所を瞬間的なダブルキックで打ち抜き、遂にはマグマの谷の中に突き落とす! それと同時に大崩壊を開始する地底世界。


 それはまさに「不死身の魔王」に相応しい、実に壮大なまでの「葬儀」の舞台ではなかったであろうか? 全『ライダー』シリーズ史上においても、「幹部」クラスの最期(さいご)にここまで壮大なスケールの舞台背景が与えられたことは、その後においても全く存在しない。その意味においても正にこれは「空前」にして「絶後」!
 それひとつを取ってみても、やはり「タイタン」ことに「百目タイタン」こそは、『ライダー』史上において特筆大書すべきキャラクターのひとりなのである!


「オレはタイタン 百の目タイタン
 ブラックサタンの 大魔王


 俺の破壊銃 ファイヤーボール
 ゆけ毒ガマ アリジゴク


 ストロンガーを 打ち倒し
 日本を変えるぞ 恐怖の国に


 ワァハハ ワァハハ ワァッハハァ
 ワァハハ ワァハハ ワァッハハァ」


(タイタン&シャドウ各々を主題とした挿入歌「ワッハッハ! 作るぞ恐怖の国を」に、勝手に3番目の歌を作詞してみました・汗)



 そしてこの23話で最も印象深いのが、最後に今度こそ完全に爆発四散してしまったタイタンの「目」の破片を、シャドウが「無言」で見つめる場面。もちろんシャドウは一言も喋らない。「仮面」の顔も当然に「無表情」のままだ。
 しかし、ここにおけるシャドウは「愚か者め……」などというヒーロー番組の悪役においてよくある「侮蔑(ぶべつ)」の念などよりも、むしろ「やはり昨日は人の身。今日は我が身だったか」「バカな奴だ」「さらばタイタンよ」とばかりの何らかの「惜別(せきべつ)」の念を感じさせるものがあるのだ(またそれは、その直前における茂の「タイタン。敵ながら大した奴だった」という台詞を受けた、その作劇的強調でもあるのだろう!)


 タイタンではなくシャドウがこの場でストロンガーとの最終決戦に臨んで敗退していたら、タイタンの場合、恐らくは完全無欠の「侮蔑」の念からの「愚か者め……」などとしか考えなかっただろうだけに、死してなお両者が対比される効果もまた絶妙!
 全くこれこそが実に「ジェネラル・シャドウ」なのである。そして本放送時以来、実に多くのファンが彼に多大な支持を寄せ続ける理由のひとつでもあるのだ!


 このようにしてタイタンが完全に姿を消したあとも戦いはさらに続き、そして唐突に終わる。


 あの「第三の男」の登場によって。


[5] 見た! 大首領の正体!!


「奇械人!」

(25話「死ぬな!! 電気椅子の城茂」における藤兵衛の台詞より)


 百目タイタンが完全に滅んだあと、ストロンガー打倒を改めて誓いつつ、自らを排斥するかのような不穏な言動を取り続ける大首領に対して不信の念を募らせていくシャドウ。
 その目の前に突如として出現したひとりの男。それは「ブラックサタン最高幹部」を自ら名乗る「デッドライオン」!


 24話「怪奇! 無人電車が走る!!」(脚本・鈴木生朗/監督・折田至)。25話「死ぬな!! 電気椅子の城茂」(脚本・鈴木生朗/監督・山崎大助)。そして26話「見た! 大首領の正体!!」(同)。それは実質的な「敵組織移行編」にして「デッドライオン3部作」ともいえる連続ストーリー。
 そして、そのストーリーの鍵を握っているキーこそが、なんといっても「彼」のキャラクター設定とその描写である。


 「雇われ幹部」のシャドウに政治的な引導を渡したあと、直属の奇械人アルマジロに作戦を命じてストロンガーと戦わせている最中、その現場から離れた藤兵衛とユリ子を襲撃するデッドライオン!
 ロープウェーの鉄塔の上に立って今にもケーブルを切断せんとするその姿を見て、反射的に本章冒頭紹介の台詞を叫ぶ藤兵衛!


 そう。ここにおいてデッドライオンは「百獣の王」たるライオンをモチーフにしていることとも相まって、まさに「最強最後の奇械人」として位置づけられていることが判明する。つまり大首領が「最も信頼していた幹部」がタイタンでもシャドウでもなく「最強の奇械人」であるデッドライオンであったことも同時に明確となるわけである。


 最終決戦において明かされたように、奇怪な昆虫「サタン虫(ちゅう)」の親玉でもあるブラックサタン大首領が、元々は人間であって「改造人間」に過ぎないタイタン以上に、「奇械人」であるデッドライオンをより信用できるというのも実に納得のいくところ。そしてそれを示す「お墨付き」こそがまさに「ブラックサタンの最高機密」たる「サタンのペンダント」というわけなのだ。


 ここにおいて、シャドウ登場以降の「三つ巴(みつどもえ)」のストーリー展開で、いつしか語られなくなっていた「奇械人」・「サタン虫」・「ブラックサタン」の3要素を貫く図式は最終的に完成するのだ。ここまで各種の要素と因果関係が、ストーリー上において明確かつ一環して貫徹された敵組織は他にないといってもいいだろう。
 それら全ての意味において、「謎の最後の最高幹部」・「最強にして最後の奇械人」としての「デッドライオン」の登場と存在。そしてキャラクターは実に重要かつ大きなものを持っている。


 しかし。そうした存在意義の解明はともかくとして、それにしてもデッドライオンの存在感は実に薄い。いかに登場回数が僅か「3回」でしかなかったにしても。
 もっとも別にデッドライオンに限ったことではないが、ヒーローものの敵組織の「最後の幹部」との戦いは、「首領との決戦」を控えていることもあってか、総じて「前座」としての実にアッサリとした扱いになってしまうことが多い。
 東映実写ヒーローにおいては『仮面ライダー』1作目のブラック将軍や『V3』のヨロイ元帥、そして『秘密戦隊ゴレンジャー』(75年)のゴールデン仮面大将軍や、『スカイライダー』の魔神提督などがその代表例。他社作品では巨大ロボットアニメ『勇者ライディーン』(75年)27話のダルダン提督や、円谷特撮『恐竜戦隊コセイドン』(78年)28話のガバン将軍などがその範疇に属するといえるだろう。


 そしてそうした「前座」としての扱いについての最たる部分は、なんといっても彼がいつのまにか劇中において説明されぬまま「消息不明」になってしまうことである。
 ストーリー展開などから推察するに、おそらくは『V3』最終回のヨロイ元帥のように、大首領に助けを求めつつもストロンガーに奪われたペンダントの奪還失敗をも合わせ「役立たずめ!」とばかりに「処刑」されてしまうといった場面などが撮影されていたものの、結局は尺の最終調整などによってカットされてしまったのではなかったかとも思われる。もしくは脚本段階においては書かれていたが撮影の時点においてオミットされたのか? それとも『仮面ライダー』81話におけるショッカー戦闘員のように新登場したデルザー軍団の改造魔人たちに嬲り殺しにされる場面などが設定されていたか? とにかく当初においては明確な最期が設定されていたであろうことだけは絶対に間違いないだろう。
 また本回を改めて見直して注目したのが、ハゲタカンやブブンガーといった「再生奇械人」たちの描写である。つまりストロンガーたちとの戦いにおいて、爆発することなく忽然と姿を消してしまい、その後に「サタン虫」が残るといった場面。大首領の正体と決戦における重要な伏線ともなっている場面なわけであるが、ひょっとしてこのあたりの部分において、デッドライオンの不可解な「失踪」の解明についてのヒントもあるのではないだろうか?


 いずれにしても、個人的には「謎の最後の最高幹部」・「最強最後の奇械人」として、ストロンガーとの正面切っての戦いの末に必殺の電キックを受け、かつての地獄大使のように「ブラックサタン! バンザーイ!!」などと言って派手に爆発四散する場面などが見たかったところで、むしろ彼としてもそれこそが本望ではなかっただろうか?


(後日編註:『週刊 仮面ライダー オフィシャルパーフェクトファイル』80号(2016年4月26日・デアゴスティーニ・ジャパン)の「プロダクションノート 仮面ライダーストロンガー」によると、シナリオではストロンガーの電キックで倒されていたそうである。しかし山崎大助監督の意向で台本が変更されてデッドライオンの最期はカット。同誌ではブラックサタン壊滅とデルザー軍団出現の2大イベントがある同話が、詰め込みすぎになるのを避けたためと推測している)


 ともあれ、そうした「最高幹部」のフェイドアウトとともに、遂にその姿を見せて登場する「大首領」。


「サタン虫? 大首領の正体はサタン虫だったのか!?」
「(前略)分かったか、ストロンガー。私は一族のサタン虫たちを奇械人や戦闘員たちの脳の中に送り込んで彼らを意のままに操ってきたのだ。今にサタン虫が全世界の人間たちを支配する時が来る。サタンの世界だ!」
「そうはさせん! 貴様こそ人間の敵だ!」


 神出鬼没の大首領に翻弄されるストロンガー。地上を経て再び地底に潜るも、迫り来る何者かの存在を感知する大首領。


「そうか。そうだったのか。奴らがもうここまで乗り込んで来ていたとは!」


 何かに追い立てられるかのように再び地上に現われた大首領の前に出現するストロンガー!
 その神出鬼没のパターンを読み、遂に後ろ蹴りの一撃を命中させる!
 逃がさぬばかりに続けざまに炸烈する電気技!
 断末魔の悲鳴を上げる悪魔に対して遂に炸烈する電キック!
 全身から火を吹いて消滅する大首領!
 それに呼応するかのように大爆発する秘密基地!


 勝利の勝鬨(かちどき)を高らかに上げるストロンガー! 遺恨深き戦いはようやくここに終わったのである!


 いや。まったく疾風怒濤の大展開!


 まさに! バトル! バトル! 大バトルの連続といったところ! 「サタンのペンダント」を巡って執拗に何度も繰り返される実にダイナミックな攻防戦の大連続!


 特に前述の22話あたりにおいて、顕著になり始めた「戦闘員をブチのめしながら一言ずつキメていく」という「名乗り」の演出パターン!
 25話Aパートにおける「曇り空の岩石地帯」。そして、26話Bパートにおける「太陽降り注ぐ荒野」。最高の舞台において、高らかに木霊(こだま)するは「ヒーロー」として最高究極の「宣言」!


「天が呼ぶ!」


 戦闘員が蹴られ飛ぶ。


「地が呼ぶ!」


 戦闘員が投げられ飛ぶ。


「人が呼ぶ!」


 戦闘員が殴られ飛ぶ。


「悪を倒せと!」


 戦闘員が蹴散らされる。


「俺を呼ぶ!」


 戦闘員が薙ぎ倒される。


「俺は正義の戦士!」


 正面に向き直る。


仮面ライダーストロンガー!!」


 右手を天高く差し上げる!


 そのバックに鳴り響くは、「ストロンガーアクション」! 「戦え! 七人ライダー」! そして「見よ!! 仮面ライダーストロンガー」!
 数々の電気技をも交えた激戦の末に決めるは、必殺の「電キック」!
 敵の「大爆発」に続いてピタリと決めるは、「勝利」のポーズ!


 おお! まさに! まさに! まさに!


 まさにここにおいて、本作『仮面ライダーストロンガー』の「王道」パターンは、その応用面の全ても含めて、ひとまずの「完成」を遂に迎えたのだ!



 そして。


「クーデターは見事に成功した。ブラックサタンの乗っ取りは終わった。これからいよいよ我らがこの地球を支配するのだ!」


 白いマントを初めてその身にまとい、今までにない一種の威厳にすら満ちた、実に悠然たる態度を初めて見せるジェネラル・シャドウ!
 そしてそれに呼応するかのように不気味な唸り声と金属音を響かせつつ出現する黒い影の一団!


「ブラックサタンは遂に大首領とともに滅びた。しかしさらに不気味な異様なものの姿が刻々と地球に迫りつつある。ブラックサタンより恐るべきものとは? ストロンガーの行く手はいっそう険しくなろうとしているのだ!」

(26話ラストナレーションより)


(いつの日か『ストロンガー』「デルザー軍団編」論につづく!)


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2001年号』(00年12月30日発行)所収『仮面ライダーシリーズ大特集』「仮面ライダーストロンガー」合評より抜粋)


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