假面特攻隊の一寸先は闇!読みにくいブログ(笑)

★★★特撮・アニメ・時代劇・サブカル思想をフォロー!(予定・汗)★★★ ~身辺雑記・小ネタ・ニュース速報の類いはありません

宇宙戦艦ヤマト論 ~ヤマトと70年代後半と僕らの戦後民主主義(笑)

機動戦士ガンダム ~初作劇場版3部作・来なかったアニメ新世紀・80年安保!
超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか ~アニメ趣味が急速にダサいとされる80年代中盤の端境期
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 往年のTVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』の実写リメイクこと、映画『SPACE BATTLESHIP ヤマト』公開記念!


 ……とカコつけて(汗)、アニメジャンルにおける歴史的作品『宇宙戦艦ヤマト』評を今さら発掘UP!

明日日付で、昨2009年公開の『宇宙戦艦ヤマト 復活編』 〜肯定論もUP!

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20101208/p1


ヤマトと80年安保と僕らの戦後民主主義(笑)

(文・T.SATO)
(2003年11月2日〜4日執筆。2010年12月改訂)


 「無限に広がる大宇宙……。
  静寂な光に満ちた世界。死んでいく星もあれば、生まれてくる星もある……」


 「エンジン注入100%完了」
 「エネルギー120%完了」 
 「補助エンジンスタート! エンジン出力100、200、300、600……
  波動エンジン回路接続!!」


 「波動砲安全装置解除!」
 「安全装置解除。セーフティ・ロック・ゼロ。圧力発射点へ上昇中。あと、0.2。
  最終セーフティ、解除。圧力限界へ」
 「ターゲット・スコープ、オープン! 電映クロス明度20!」
 「タキオン粒子出力上昇!」
 「発射10秒前!  対ショック、対閃光防御!」
 「5、4、3、2、1、0……
  発射!!!」



 “大宇宙”だの“太陽系”だののビジュアルやワードを、重低音での効果音コミで云われると、スケール雄大・深遠のワクワク感を……。


 何やらそれっぽい、軍事・SF的なターム(専門用語)が、超近代的なメカニックやらコンソールパネルに機関室をバックに次々に連呼されていくと、エンジン音だか機械音だかも徐々に高まっていく“タメ”のシーンに、猛烈なカッコよさを感じてテンションを上げ……。


 敵味方の戦闘機・艦船が入り乱れて砲撃の火線飛び交う宇宙空間での戦闘シーンには、大コーフンしてカタルシス(爽快感)に陶酔し……。


 そして、“愛”だの“ロマン”だの、日常では当時あまり使われなかった(?)“言葉”を耳にするだけで、もう充分おごそかなロマンを感じていられた(笑)、純朴なあの時代。


 好事家や先達が何度も語っていることは重々承知しているけど、重複してしまうことも承知で、愚昧なる筆者も何かを吐き出して恥を重ねんと、一筆したためたいと思います。



 で、70年代後半の『宇宙戦艦ヤマト』ブームってェのは、……もっと拡大して70年代後半〜80年代前半の、アニメ・SF・特撮ブームというのは、そのムーブメントの中心であった当時のティーンエイジャーが中心となって勃興させたものでした。


 その当時から今に至るまでも、オタク向け書籍やサブカル誌などでその世代の連中自身がしょっちゅう語っている通り、彼らは1960年前後生まれのいわゆるオタク第1世代。


 本年2003年(本稿執筆当時)がTV各局が喧伝している通り50周年ですから、1953(昭和28)年が日本におけるTVの放映開始年。
 TV放映開始から10年後の1963(昭和38)年には、本邦初の国産TVアニメ『鉄腕アトム』の放映も開始。
 そのあと、あまたの子供向けTVアニメ・特撮作品が勃興し、隆盛を極めるのはご承知の通り。


 マンガ界に眼を向ければ、彼らが誕生した1960年前後にやはり月刊少年マンガ誌から週刊少年マンガ誌へという大地殻変動があり、彼らオタク第1世代はそーいうマンガ&TVの新しい波の影響の下に、いわゆるジャンク・フードならぬジャンク・カルチャーを主食(笑)として成長し、ジャンル作品も彼らの成長に連れて高度化していったと……。


 それで、TVアニメ放映開始から10年も行かない、たかだか8年目ほどで『ルパン三世』(71年)、『科学忍者隊ガッチャマン』(72年)、『海のトリトン』(72年)などの当時としてはハイブロウな、子供たちの中でも相対的に高齢層をねらったTVアニメも早くも登場。
 アニメなどというジャンク・カルチャーに携わるスタッフたちの練度の高まりか、スタッフたちの作家性や冒険心に野心&主張&実存の発露だかが、小学校高学年から中学生に達していた原・オタク族(学校の40人学級の中ではひとり孤立してたか、たかだが数人規模かもしらんけど)に、得体の知れない衝撃&感動を走らせています。


 つまり、オタク第1世代がティーンに成長した70年代。
 もちろん彼らの全員ではなかろうけれど、文化系と云うべきか原・オタク族というべきか、世間的には幼児向けとされているTVマンガのようなサブカルチャーを卒業できずに執着するようなトライブ(種族)が、表面化はせずとも深く静かに潜在するようになっていったというワケです。


 TVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』(74年)放映を挟んでさらに数年、もう上は高校・大学生に達していた世代の彼らは、1977(昭和52)年の雑誌『OUT(アウト)』第2号の『宇宙戦艦ヤマト』特集で、商業誌で歴史上はじめてTVアニメなどという分際のものがマニアックな視点から取り扱われていることに震撼し……。


 ……もう皆まで云うな! 講釈されなくとも、実体験として知っとるわい! てなツッコミが来そうなところで寸止めにいたしますが……(汗)。



 エー、ココからが本題です。
 今回は、執筆者たるワタクシめの独自の足位置、もしくは事象に対する独自な視角を明瞭に定めて、あるいはオタク第1世代とは世代的に少しく異なる立ち位置を自覚して、『ヤマト』ブームに対してちがった角度から光を当てて、まったく異なった何物かを!
 ……ではなくて(笑)、チョッピリ異なった相貌を浮かび上がらせることはできないか? との目論見をいだきつつ、筆を進めてみたいと思います。


 異なる世代間では、たとえ同じ対象を見ていても、そこに見えている事象&背景の角度は異なっていることがありえます。
 あるいはそれを見ている人間側の個々人の生い立ち・経験の種類、あるいは性格・価値観・美意識が異なっていたならば、たとえまったく同じ角度から見えた風景であっても、異なった価値判断が下されるということもままあります。


 大局についての感慨はほぼ同様であっても、細部の感触になればなるほど、それに対する感慨・価値判断の相違は、ついに同世代人であっても個々人ごとで異なってくるものかと予想します。



 ……まわりくどく書いていますが、要は何を云いたいのかというと、筆者は劇場版『宇宙戦艦ヤマト』(77年)、同じく劇場版『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(78年)公開の大ブームの渦中、まだ小学校中学年でありました。
 つまり、当時ミドルティーン・ハイティーンに達していたオタク第1世代の、約10年弱ほど歳下の世代だということになります。


 物心ついた1970年代初頭においては、すでにしてモノクロテレビではなくカラーテレビ受像器であった世代であり、70年代前半の第2次怪獣ブームとか変身ブームといった大ムーブメントを原体験に持つ世代でもあります。
 アポロ11号の月面着陸もリアルタイムでは知らず(むろん子供向け図鑑では承知の介)、70年大阪万博も知らず、学園紛争も知らず(TVで数回は見たかな?)、ベトナム戦争も知らず(1975年の戦争終結を報じるNET(現・テレビ朝日)の今は亡き平日短時間帯番組『世界こどもニュース』でベトナム戦争の存在をはじめて知りました・汗)、第1次石油ショック(73年)もガキんちょすぎてわかっておらず、『日本沈没』のTV版(74年)は幼稚園でもブームになりましたので観ましたが、書籍「ノストラダムスの大予言」なんて70年代後半の『パート2』出版あたりのTVの『○曜スペシャル』などで知ったかと思います……(笑)。
 まぁそーいう、70年代前半の小学生を主人公にしたマンガ『ちびまる子ちゃん』世代よりも若干下の、70年代後半に小学生時代をすごした世代ということになるワケです。


 さらに筆者より4、5歳下の世代になると、ブームが終焉していたこととも相まって、『ヤマト』体験自体がマス(世代の集団)としては完全に喪失してしまうワケですが……。


 こう書いていくと、上の世代から見れば、チョットどころかまるでちがう種族なんじゃないの? という認識をされてしまう可能性も重々承知するほどには、筆者も歳を喰ったせいで、自分の立場も一応は客観視できているつもりです。


 たしかに60年代モノクロTVジャンル作品については、自分の生まれ育った時代の作品だとはもちろん思えず、70年代以降カラー化が進んだせいでこれらの作品は再放送もされなかったことから馴染みはウスいです。
 しかし、まだまだジャンル作品が80年代以降ほどには細分化していなかった70年代においては、第2期『ウルトラ』シリーズ(71年〜)やら第1期『仮面ライダー』シリーズ(71年〜)に、『マジンガーZ』(72年)やら『ゲッターロボ』(74年)やら『勇者ライディーン』(75年)やら『超電磁ロボ コン・バトラーV』(76年)に、そして狂乱のアニメブームのファーストバッター・劇場版『宇宙戦艦ヤマト』(77年)から、劇場版『機動戦士ガンダム』(81年)等々に至るまでの流れについては、リアルタイムで体感してきて、多少は異なる視角であろうが一応は同じ風景を見てきたハズですし――筆者よりさらに下の世代とはそこがちがう――、70〜80年代前半という時代の当事者としての参加意識も持ってはいます。
 よって、オタク第1世代はスミっこの末席の方にでも、ゆるやかなグラデーションの階調の果てに色合いはそーとー異なっているだろうからオイラの世代を同一視してくれなくてもイイけれど、ギリギリ接点はあるものとして広い意味での仲間にカウントしておいてくれ!(笑)



 リアルタイムでは、一般的・平均的な子供たちや少年少女に見向きもされなかったというTVアニメ版『宇宙戦艦ヤマト』(74年)。
 本作が70年代後半においては、マニアのケがある少年少女のみならず、ティーンのほぼ全体、学級のほぼ全員に、あげくの果てには小学生にまで受容されていたというのは、歴史的な事実です。


 よくアリガチな、世代間の共通体験のみの共感・一体感の確認だけに終わって閉じてしまうモノではなく(それはそれで意義はあるにしても……)、同世代・同趣向の人間ならばみんながこのようにオレと同じ感慨をいだいているハズだ! とかの、いわゆる他者(笑)や外部(笑)がない、自他の区別がない意見とかでもなく、悪い意味での日本的ムラ世間の空気・同調圧力で意識的にしろ無意識にしろ身近な周囲に合わせてしまった意見とかでもさらさらないような、『ヤマト』についてのプラス・アルファをもしも筆者にも語れるとするならば、上下世代とのちがいや同世代内でもヨコ方向の視角のズレを認識しつつも、そこに留まらずに架橋してみようとする試みかな? などと不遜にも考えます。



 それで、ようやっと『宇宙戦艦ヤマト』という個別具体の作品に即した本題に入ります。
 まず、小学校中学年の段階で、なんで『ヤマト』なんかを観るんだョ? それにホントウに内容を理解していたのかョ? という、直接問われたことは一度もないのですが、オタク第1世代ならばおそらくいだくであろう下の世代に対する疑問に、頼まれてもいないのに回答したいと思います。


 まず、『宇宙戦艦ヤマト』という作品をドコで知ったのか?
 74年の日曜夜7時半に放映されていた本放送自体はチャンネルをザッピングした際に、遭遇したようなかすかな記憶もありますが、当時はまだ今のようにバラエティ・お笑い番組がこんなにもバッコする前なので、当然のことながら健全な良い子や健全な子持ちの一般家庭であれば視聴習慣になっていたであろう高視聴率番組、ウラ番組のカルピス名作劇場アルプスの少女ハイジ』(74年)を当方も視聴しておりました。


 『ヤマト』との次の遭遇タイミングとしては再放送。
 関東地方であったという76年1月夕方の再放送(資料によるとなんと平均視聴率25%!)については観た記憶も、放送されていた記憶自体もありません。
 筆者個人がまだ小学校低学年であったから、相対的に単純なヒーローものや子供向けアニメ作品にしか関心がなかったのであろうとも自己分析いたしますが、クラスの中で『ヤマト』が話題にのぼったという記憶もないことから、我がクラスメイトで『ヤマト』を視聴していた人間はゼロに近い極小であったのだろうと推測いたします。


 そして肝心要の77年7の月、つまり劇場公開8月直前の再放送(平均視聴率30%!)。コレが筆者の『ヤマト』に対するファースト・コンタクトでありました。
 このときは小学校中学年のクラスメートたちも、男女ともにほぼ全員が鑑賞していたと記憶しています。クラスの中でも大いに話題となりました。


 ……なにゆえに、彼らは『ヤマト』再放送を観はじめたのか?
 何だかんだと当方も日本人的ムラ世間にあらがおうとしつつも、気が弱いゆえに流されて生きている凡俗の身ですから、子供ながらに周囲の「空気」を目配せしつつのヨコ並びでの反応であったのか?
 いや、日本にかぎらず世界中のドコであっても、ファッションやら何やらの流行の発生は、なんとなく……という「空気」によるあくまで非合理なものに起因するのだろうと私見しますが、とにかくその時代の空気を、次に流行するものを、子供たちなりに敏感に嗅覚・察知して、『ヤマト』に殺到したのであろうということはまちがいがありません。


 ただ筆者もふくめて、クラスメイトたちもみんなが#1から観ていて、大きな話題になっていましたから、事前に新聞夕刊の劇場版『ヤマト』の宣伝広告などを何度か見て、何だかよくはわからないけど、変身ヒーローでも合体ロボットでもない宇宙戦艦(!)という存在がカッコいい! 新しい! スゴそうだ! ……とかナントカ思ったのではないかとも思います。
 多少あやふやですが、記憶の古層を丹念に探ると、少なくとも筆者個人に関してはそーだったのだと思います。


 まぁ関東地方の70年代の民放の平日夕方というのは子供番組の再放送専門ワクでしたから、子供たち自身に視聴習慣があったということもあるのでしょうが。
 でもそーすると76年1月の再放送はなんで気が付かなかったのかがナゾになる(笑〜日の入りの早い冬季なので、自宅に帰宅している時刻であることはまちがいないですが、おそらくは『ヤマト』には眼もくれず、他局のウラ番組の再放送を視聴していたのでありましょう)。



 そして、『ヤマト』を初視聴した感想ですが……。
 衝撃! カルチャーショック!! のまさにひとことでした(ふたことか?・汗)


 もちろん、低学年ならともかく小学校中学年ともなれば、『ヤマト』の基本設定・作品内容を一応は充分に理解していました。
 小学校の教室では習わないけれど、当時の子供たちの必読書、学研まんが・ひみつシリーズ『宇宙のひみつ』などでたいていのオトコのコたちは知っていた、太陽系だの、惑星だの、恒星だの、この世で一番速いのは光で、光年の距離がドーコーだのの……。
 それらのタームが連呼される未来世界。


 放射能汚染で海が干上がってしまい遊星爆弾が次々落下しつづける末期の赤茶けた荒野と化した地球。
 当時の変身ヒーローものや合体ロボットものでは見たこともない艦隊戦。
 巨大ヒーローや合体ロボットものではアッという間に全滅しがちな味方側の戦闘機が、最終的にはやられるにしてもその過程においては一進一退して一矢報いたりして善戦をすること。
 射撃・銃撃の反動や、爆発シーンの火炎や煙の描写のリアルさ。
 1話完結の勧善懲悪ものではない、連続ものとしてのストーリー。


 とにかくコレはスゴいと。本格的であると。子供だましではないゾと……
 (もちろんオッサンになった今の観点から見れば、虚構作品に耽溺する行為自体が広い意味ではやはり子供っぽいことですが、それはおいといて)。


 主人公・古代進(こだい・すすむ)とヒロイン森雪(もり・ゆき)の関係ももちろん理解していたワケで、当時のジャンル作品としては圧倒的にふみこんだ男女関係に(今見たらフツーというかウブな関係ですが・笑)、そして最終展開における“愛”という言葉の連呼に、気恥ずかしさと同時に若干の崇高さをも感じていたとは思います。
 まぁ70年代後半の小学生のオトコのコたちはその感慨をスナオには口にせず、彼らの男女関係自体を、特に最終回における密着や抱擁をネタとしてテレ隠しでヒヤかしていたりもしたのですが、逆に云うならばそれらの人情の機微を一応は充分にわかっていたということでもありますネ。



 かくして『ヤマト』は、我が同世代である小学生にも受容されました(小学校の低学年はまた別だろうとも思いますけれど……)。


 ただ、この77年の大ブームの時点においては、そこに作品それ自体の価値以上のプラス・アルファ……つまり、作品を受容しているアニメファンなり、同世代全体にとってのある種のムーブメント・社会運動であるというような付加価値を付けて、『ヤマト』を認識したり称揚したりするというような行為は、筆者個人にはまだなかったとは思います。
 そりゃまぁまだ小学生のガキでしたから、基本的にはただの消費者ですし、自分のスキなものを理論武装して擁護しようという知恵もおよびません。


 ただ、筆者のように子供のころから、いわゆる怪獣博士のケがあったり、ウルトラマンたちの身長・体重・飛行速度などのスペックに執着し、ウルトラマンの光線ワザのすべての種類&名前&光線の形や色や発射時の身振りのポーズが知りたいとか記録したいと思ったり(笑)、この超合金のオモチャは何年何月何日に買ったか暗記してたり、再放送で『ゲッターロボ』は全何話あるのか? とカレンダーにナンバリングしてサブタイトルをノートに記したり、登場怪獣・敵ロボットを全体知りたいと思ったり、果てはジャンル作品のはじめやおわりの歌の全カット映像を把握したい欲望とか、漢字もパーペキに読めないのに字幕を一字一句見逃すまい、映画を観に行ってもエンドロールのスタッフ字幕までをも全部見届けないと気が済まないとか思っていたりするようなガキは(我ながら神経質で細かい、と同時に人間としては大らかさに欠ける器量は小さそうなイヤ〜ンなガキだなぁ)、幼心に自分がフツーじゃないことを漠然とは認識しているものでして……。


 でも、子供のオトコのコの世界は日本にかぎらず古今東西、動物やおサルさんの集団と変わりありませんから(笑)、腕力なかったり運動神経がニブかったりすると、学級カーストの下の方に行ってしまうワケで、そこにアイデンティティの不安が多少はあったりもするワケです
 (ところで、成績のイイ子がスクールカースト上層にいるという、一部ではあるのでしょうが周囲に聞いても極小そうな伝説は、なぜ一般論のように流布するのでしょ? 堅物のガリ勉タイプはたいていキラわれ者なのに・汗)。



 そんな性格類型のガキ(要は後年、オタクになるようなタイプ)は、おなじころ近所の本屋さんで子供向けの文庫本サイズ豆百科に留まらない、B5サイズだかA4サイズの大判のティーン向けに作られたTVアニメや特撮作品を単独であつかった書籍がボチボチと出始めて、深甚な衝撃を受けちゃったりもするワケです
 (旧『ルパン三世』のムックなどがもっとも初期に出版されたというあいまいな記憶もありますが、ネット上では確認できず……。『OUT』の『ヤマト』特集号の方は、実は個人的には記憶になし)。


 そこにはキャラ紹介やら、オープニング主題歌の全カットの採録とか、全話放映リストなどなどが!
 子供心に明瞭に言語化せずとも、自分と同じ嗜好・欲望・感性のもろもろが商業誌のかたちで出現しはじめた! と、胸が熱くなったことを思い出します。


 そして、そのマニアアックな形式を備えるかたちで成熟しはじめたジャンルに(といってもまだまだ当時は青クサいジャンルの在り方でしたが)、今いる学級カーストとはオルタナティブ(代替可能)な別の道、別の生きスジが開かれたような心持ちがして、そこに帰属意識をいだくようになっていき(今にして思えば、それもまた別種のロクでもないカーストか?・汗)、アイデンティティの一端をそのジャンルへのこだわりや知識への自負にゆだねていくようになっていきます(今にして思えば決してホメられたもんじゃないですが・笑)。


 ま、このへんの出来事への感慨は、そのケのある人種・性格類型の方々にとっては、統計的調査を行なったワケでもないのに一般化してナンですが、筆者の乏しい交友範囲の中から推量するに、おそらく世代を超越して70年代後半に同時多発的に一斉に体験したことではなかったか? とも憶測いたします。
 ……ついでに云うなら、ジャンルの市民権獲得運動といったマジメな色彩もあったムーブメントの中心たるチョイ上のオタク世代に対する無邪気なあこがれは、82年くらいまでは個人的には持ってたなぁ
 (筆者が中学生のころまで。そのころ、かわいい女のコのイラストさえ描いていればそれだけでシアワセェ〜 的な、アニメ誌の投稿欄のミーハー・内向きな変貌に幻滅しだす・笑)


 で、翌78年は、『未知との遭遇』やら『スター・ウォーズ』やらの宇宙・SF洋画の超大作映画も公開されて大ヒットを記録します。
 当時としては、それまでの作品とは段違いでクオリティが高い、ミニチュアや合成だとわかってはいても本物にしか見えなかった(汗)最高級の特撮やら合成やら未来メカに、多大なビジュアルショックを受けまくって(68年公開の映画『2001年宇宙の旅』の高度な特撮は世代的に知らないですから……)、さらにあまたのアニメ誌・マニア誌が創刊されるにおよんで、続編映画『さらば宇宙戦艦ヤマト』に当時の中高生やら大学生やらが駆けつけて、前作を倍する社会現象を起こすに至っては……。


 自分のスキなジャンル作品が市民権を得る! ジャンル趣味を卒業しなくてもイイ! 自分の趣味・嗜好がそのままで認められる世の中がやってくる!――ボキャブラリーはもっと貧困でしたし、ジャンル作品という呼称も90年代以降に普及する用語ですが――と、子供心にも思ったことはたしかです。
 その一点では、オタク第1世代の過半と変わらないだろうとも思います。



 ただ、オタク第1世代とは異なる点ももちろんあります。
 オタク第1世代の全員がそーであったとは思わないのですが、いわゆるオタク・エリート(便宜的にこの用語を使用します)のヒトたちが見立てていたように、当時のブームを自分たち世代にとってのお祭り、つまりは60〜70年の学園紛争に乗り遅れてしまった世代による、それに匹敵する狂騒のお祭りである……というふうにはさすがに捉えてはいなかった、ということです。
 そりゃそーだ。70年代後半の小学生は、60年安保も70年安保も知りませんでしたから(笑)。


 このような認識もふまえて、当時の新聞記事・映画雑誌などを読んでみると、実に興味深いものがあります。
 記事には『ヤマト』の観客は10代が圧倒的多数だが、20代はごく少なくSFやメカに関心がある人間が見る程度という旨(むね)の記事があります(40代以上にも好印象との記載アリ。また70年代は50代以上が徴兵世代であったこともわかる・汗)。
 そう、当時のアニメファンの上限は10代だったということです。つまり20代のジャンルファンは、いわゆるSFファン(SF小説ファン・洋もの中心)であったのだろうと推測ができます。


 このころまでの映画雑誌『キネマ旬報』で、特撮・SF・アニメなどのジャンル映画をもっぱら担当していた第1世代より上の世代の小野耕世センセが、SFジャンルの知的コーフン・洋もの的ウィット(機知)ではない、SFは背景装置に留めた悲壮な浪花節(なにわぶし)ドラマ(笑)の『ヤマト』に冷淡な批評を残したのも、氏の出自から来る人格形成・思想・嗜好を考えれば充分に了承ができることです。


 だだし、だからといって、彼ら上の世代(当時の20~30代)の原・オタク族が我々とは縁もゆかりもない別人種であったとはいえません。
 77〜78年をさかのぼること10年前の60年代末期には、学生運動をやっている連中(オタク第1世代の10歳強上、終戦直後の昭和20年代前中盤に生まれたいわゆる“団塊の世代”、2003年現在ではもう定年間近の世代。~後日付記:2010年現在ではすでに大量に定年・汗)が一方で週刊少年マンガ誌を片手にしていることがわかって、世の良識あるオトナたちを嘆かせたことがありました。


 何のことはない。当時の10代の若者間で発生したアニメ・ブームは、それらの10年遅れたかたちに過ぎなかったのでありました。この70年代後半においては、マンガを読む世代はもう30代にまで達しています。
 それから四半世紀(註:2003年時点)が経ったから彼らの御歳はもう……。
 小泉首相が原作マンガ版『鉄腕アトム』世代で、小沢一郎は壮年マンガ誌『ビッグコミック』定期購読者で(後日付記:麻生総理はハッキリとオールマイティなマンガマニアで・笑)、幼児化・サブカル化がなしくずしに進行する現代ニッポンなのでした。
 我々の感性がある程度の勝利をおさめた(?)ところで、ふと立ち止まって冷静に帰ってみると、矛盾・自家撞着を承知の上で云うならば、日本は大丈夫なのかと改めて不安になってみたりして(汗)。


 それらの事象からさらに類推するならば、アニメやマンガどころか、映画というメディアが輸入されたとき、あるいは近代文学・近代演劇が誕生したときにも、それらを享受する層と、それらを受け入れがたいと拒絶する直前の世代とのジェネレーション・ギャップはやはりあったのでありましょう(もちろん同世代内部でのちがいも当然あったのだろうナ)。


 ちなみに戦後マンガ、手塚治虫(てづか・おさむ)以降の世代のマンガに対するマンガ評論が、商業誌レベルで出現するのもこの70年代。60年代の名作マンガが文庫本として再刊されるのも70年代中盤。
 そーいった風潮をはじめとするもろもろに影響されて、SF・ミステリ・アニメなどのサブカルチャーのサークルが大学・高校に勃興し、80年前後にピークを迎えたとも巷間云われています。
 この一連のムーブメントを、作家の橋本治などは“80年安保”と呼称します
 ――むろん、日米安保とは無関係。しかし60年安保・70年安保も、今や(註:やはり2003年当時・汗)道路公団と戦う男の評論家の猪瀬直樹センセなどによれば、政治運動であるというのはタテマエ・名目だけであって、本質的・実存的にはその世代のアイデンティティ確認運動であったとする説もあるからなぁ……もちろん心理的なものにだけ起因するとも片付けられませんけれど――。



 ……閑話休題
 あと、やっぱり我々こといわゆるオタク第2世代は当時まだ児童でしたから(笑)、『ヤマト』は『ヤマト』として捉えつつも、それ以外の変身ヒーローや合体ロボットものが完全に色アセてしまって、キライになってしまうということもなかったとはいえます。


 ……なーんて、オタク第1世代だって一枚岩ではないから、当時の合体ロボものだってよく観られていたのは有名ですネ。
 当時はアニメ誌がまだまだ本格的には創刊されてはいませんでしたから、元祖マニアのお姉ちゃん(中高生)たちは、やはり創刊間もない幼児誌『てれびくん』のモノクロページのファンクラブコーナー(?)などにイラストを投稿してファン意識を満たしていたケースもありました。
 子供たちのイラストにまじって、姉ちゃんたちによる敵美形キャラのイラスト投稿がナゼかけっこうあったりして、当時は訝(いぶか)しんだものでした。中高生にもなって観てるのか!? と。……今となってはオマエが云うな! 的にセルフツッコミする身分ですが(笑)。


 そうそう、忘れちゃイケナイのが、『ヤマト』の各種宇宙戦艦群の100円プラモデルの大流行!
 (『さらばヤマト』の時期ですが。小学生男子たちはみんな『さらばヤマト』の敵味方の各種の宇宙戦艦・宇宙戦闘機の名称を暗記していたものです)



 ただ下記の事項は、さすがに前世代との共有体験にはあまりならないでしょう。
 70年代後半は都合3回目のウルトラ怪獣ブームも児童間に招来していたのでしたが、『ウルトラマンエース』(72年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070430/p1)再放送で、この宇宙のウラにあるマイナス宇宙(!・反物質宇宙ではなく)にあるゴルゴダ星に突入するため、怪獣攻撃チームが超光速ミサイル(!)を繰り出したり、あげくの果てにウルトラマンエース自身が光の速さを超えてみせたり……(!)。
 『ヤマト』以前の作品であるのにも関わらず、こんなことまでやっていたのか!? と当時のガキんちょどもを改めて驚嘆させたものでした。
 ――リアルタイムでの幼児期の鑑賞ではそのへんのSF的要素の機微まではわからず。脚本は手塚治虫世代の今やワイドショーのコメンテーター(最近はやってないか?)・市川森一(いちかわ・しんいち)センセ。ウルトラ兄弟が十字架にかかっちゃう前後編話です(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060803/p1http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060805/p1)――


 また、当時のガキ向けの山勝(やまかつ)のペーパーコレクションという怪獣カードに、『ウルトラマンタロウ』(73年・・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20071202/p1)が300万光年彼方のウルトラの国へ奇跡の鐘・ウルトラベルを取りに帰るシーンの万華鏡のような光学合成バリバリの飛行カットに、「タロウワープ」という名称が与えられていたりすると(後付けだろうけど・笑)、これもまた物理法則の限界を超えて超光速で飛行することを『ヤマト』のようにワープと称するに何の異存もなく、むしろウルトラ兄弟たちもワープが可能なのであり、「ウルトラ」もまたSF(笑)なのだ! 「スゲェ〜!」と狂喜したものでした。
 (もちろん当時の少年であった筆者がそー思ったということであって、現在の筆者は貶める意味でなく云うのですが、「ウルトラマン」は広義のSFではあっても、狭義のSFではないと考えております)
 (関連記事:特撮意見4 〜SFや文学のサブジャンルではない特撮:・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060411/p1


 それと当時は、創刊間もない児童誌『コロコロコミック』連載の『ドラえもん』のマンガにまで、『スター・ウォーズ』を模したストーリーが登場して、ガキんちょどもをワクワクさせたものでした。
 (後日付記:手塚治虫センセイや石森章太郎センセイなども『スター・ウォーズ』もどきや影響作品をやっているそうで……)
 『ヤマト』や『スター・ウォーズ』で同時多発した、超近代的宇宙戦艦や艦隊戦による宇宙戦争という発想は、その他にもまだまだあまたのジャンル作品に影響をおよぼします。
 合体ロボアニメ『超電磁マシーン ボルテスV(ファイブ)』(77年。故・長浜忠男カントクによる名作アニメ)の終盤において、味方側の要塞基地がまるまる超巨大戦艦に変貌して、ワープ航法で敵本星に殴り込みをかけ……。
 『コロコロコミック』でのウルトラ兄弟たちが活躍するあまたのマンガでも、宇宙をまたにかけて兄弟たちが共闘し、宇宙戦艦も多数登場する宇宙戦争のビジュアルが展開されたりもして、当時のガキんちょどもに大インパクトを与えて……。
 翌79年に復活した第3期『ウルトラ』シリーズ第1弾のTVアニメ『ザ☆ウルトラマン』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100430/p1)では虫プロ出身の吉川惣司(よしかわ・そうじ)センセが超古代からの因縁がある宿敵との宇宙艦隊数千隻によるバトルを描いたり(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090914/p1http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090920/p1)、やはり終盤では宇宙戦艦で敵地に向かうという展開になりました(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100328/p1)。
 ……余談ですが、現今の子供たちに中堅人気の2年つづいたSD(スーパー・デフォルメ)調のただ単にマルいだけの主人公キャラ・カービィが活躍するTVアニメ『星のカービィ』(01年)においても、超古代の宇宙規模の戦いをバックボーンに持ち、最終展開においては宇宙戦艦が登場して敵本星に突入した模様。さすがは、吉川惣司カントク!(笑)



 こーいう派生事項は、大マスコミレベルにおいては、特にオタク第1世代からの時代証言からは、すっぽりとヌケ落ちているので、この誌面を借りて紹介しておきたいと思います。
 ちなみに、それらが『ヤマト』や『スター・ウォーズ』のパクリであることは子供心に当然わかってはいましたが……。
 でもそれを悪いことだとは思わなかったなぁ。むしろよくぞここまでやってくれた! と大カンゲイしたものでした(笑)。


 ただし、上の世代から見たならば(もしもこれらの低年齢層向け作品を観ていたならば)……、やはりパクリにしか見えなかったのかも?
 しかし、宇宙戦艦や宇宙戦争モノばかりが、ひとり勝ちしていたワケでは決してなく、『ヤマト』と同じく松本零士(まつもと・れいじ)センセ原作のTVアニメ『宇宙海賊キャプテンハーロック』(78年)などは……。
 松本零士至上主義者は歴史を正しく語りたくないかもしれませんが当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだったウラ番組『飛べ! 孫悟空』というドリフによる人形劇に、少なくとも学校のクラスの中での視聴率においては圧倒的に負けていたことは、時代の一面として紹介しておきたいと思います(筆者も『飛べ! 孫悟空』が大スキで毎週観てました)。やはり70年代においては、ケンちゃんカトちゃんザ・ドリフターズは強かった(笑)。
 ちなみに同78年秋には、TVに『銀河鉄道999(スリーナイン)』『宇宙戦艦ヤマト2』が登場したことも、記憶には新しくないですが……。



 時計の針を78年の夏に戻して、話題を再度『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』にいたします。
 ドコに評価基準を置くかで、この作品がケッサクであるのか、問題作であるのかの、価値判断は異なってくることでしょう。
 しかし、一概に断定できない場合には、ムリに統一固定見解をこさえずに複数の視点を用意して、相互に矛盾しあう複数の評価を並立させてしまってもイイのではないではないかとも思います。


 まずは、当時鑑賞した一般的な『ヤマト』ファン、アニメファンの最大公約数的な評価ですが……。
 たとえ、まだマニア全般の構成員が若くてウブだったのだとしても、日本の近現代史に対する歴史認識が幼かったのだとしても(?)、本作ラストにおけるあまたの戦死や特攻で、ファンの感涙をふりしぼり、すすり泣きや嗚咽が漏れ、目頭をハンカチで押さえて、ラストには嵐のような拍手が……(笑……ってチャカしちゃイケナイね)。
 拍手が鳴りやまなかったのは、厳然たる歴史的事実です――もっと幼い小学生だと、ウェットな感性がまだ未発達ですから、そこまで涙腺は刺激されなかった可能性もありますが――。
 そーいうひとつの観点に立つのであれば、本作はスナオに大ケッサクであった! という評価もあってしかるべきだし、それでイイのでは? 恥じることもないのでは? とも思います。


 ジャンル作品の評論集『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(92年・文藝春秋ISBN:4163466606)の著者の佐藤健志(さとう・けんじ)センセの元カノだけでなく(元カノの話が実話か戯曲かはさておき・笑)、今ではベテラン女優の黒木瞳(!)までもが数年前の大新聞で、私のスキな映画に『さらばヤマト』をあげていたくらいでもありますし……。
 ――天下の大女優が小洒落た洋画ではなく、よりにもよって『ヤマト』かよ! としばし絶句しましたが……。まぁそーいう世代で誠実なお方なんだナと見直して、少しうれしく面映ゆく、でも少しくイタかった(笑)――。



 コアなマニアや、当時でもファンクラブに入ってしまったり、アニメ研究会に属してしまうような、批評的な方面では積極的なアニメファン(悪く云えば、物事をイロイロ考えずにはいられない重症のオタク・笑)にとっては、夏の劇場版『さらばヤマト』を完結編と謳(うた)っていたのにも関わらず、『さらばヤマト』を再構成したTVアニメシリーズ『宇宙戦艦ヤマト2』が早くも秋には登場したことにとまどいを隠せなかったり、それはオッケーでもさらなる続編である翌年夏のテレビ特番『宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち』(79年)が登場したことには大いに幻滅したとの感慨は、世間でもよく語られている通りです。


 ただ、そーいう発言能力&文才などの情報発信力があるエリートマニアの感慨が、絶対的であったり、当時の大多数の者の感慨であったのかというと……、必ずしもそーではなかったのではなかろうか? とも愚考します。



 一例として挙げるなら、オタク第1世代のサブカル・ライター竹熊健太郎(たけくま・けんたろう。青年マンガ誌「ビッグコミックスピリッツ」連載の『サルまんサルでも描けるまんが教室)』(89年・ISBN:4091790518ISBN:4091790097)原作で有名)センセは、しばしばご自身が書く文章で、たとえば『新世紀エヴァンゲリオン』(95年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20220306/p1)の庵野秀明(あんの・ひであき)カントクへのインタビュー本『スキゾ・エヴァンゲリオン』&『パラノ・エヴァンゲリオン』(共に97年・太田出版ISBN:4872333152ISBN:4872333160)――90年代後半に今は懐かし80年代中盤のポストモダン(フランス現代思想)の流行り言葉をタイトルにするあたりイタイんですけど(笑)――や、インターネット上でならば『TINAMIX』などでの連載やインタビューで、オタク第1世代による70年代後半の『ヤマト』ブームの感慨を何回もつづっています。
 とても参考になり、興味深いものなので、読者のみなさまにもご一読をおすすめしたいと思います。


 ただ、それを読むたびに、コレは必ずしも当時のマニアの最大公約数ではないのではないか? ……という感慨も禁じえないのです。
 いや、一般ピープルからマニア人種に向かっての成長、マニア的気質がある自分の性格類型に対する成長過程における自覚……ということについては異論がないし、そこまでは当時の世代のオタク人種の生い立ちにも相当通じるところがあるのだろうとは思います。
 しかし、そのあとの成長・老成のスピードがあまりにも早すぎます。だからコレをもってしてオタク第1世代の典型といえるのかドーかはカナリの疑問が……(笑)


 具体的に云うならば、一般的には『ヤマト』という作品が内在する思想性への疑問や、ファン側の熱気が急速にサメていったという現象は、『さらばヤマト』ではなくて、『ヤマト2』もしくは『新たなる旅立ち』の製作をもってして決定的となった……というのが大方の認識ではなかったかと思います。


 ところがドッコイ竹熊氏は、先駆者としてTV版『ヤマト』に対する本放送の時代からの熱狂的なファンであったというのに、第1作で完結したハズの『ヤマト』の続編が作られる……
 続編というのは『2』のことではなくて、『さらばヤマト』が製作発表されたその時点において、もうすでにシラケておられたというのです!
 もちろんこの感慨は、竹熊氏たったひとりだけのものというワケではなく、同様にTV版『ヤマト』の時代からの熱狂的ファンであり竹熊氏とも同年齢である『エヴァンゲリオン』の庵野カントクも、まったく同種の発言をインタビューにてしています。


 ここで、自分たちが一応は存分に楽しんだ『さらばヤマト』をケナされたから、ウッキー・ムッキー的に感情的な反発を彼らにしたいのではありません。いくら当方が小人物であったとしても、そこまで小者ではありません(笑)。


 彼らの『さらばヤマト』に対する非常にサメた感慨は……、要は先駆者にアリガチな「ラーメンは屋台にかぎる!」という心境なのでしょう。先物買い指向であってメジャー化してしまうとサメてしまうとゆーような(←そうなのか?・笑)。
 オタキング岡田斗司夫氏も同種の発言をしていたよーな気がしますが、出典に対する記憶が不鮮明なのでまちがっていたらゴメンなさい。


 彼らは、『さらばヤマト』をコーフンのるつぼと化した劇場で鑑賞するも、自分たちのグループだけはラストシーンにおけるご都合主義や破綻に対して冷笑を浴びせていたとかいないとか……。
 それはそれで、あの時代にそこまでの認識をしていたというのはスゴいな、とも思いますけれど。


 ちなみに、当時まだ小学生であった筆者の立ち位置は、もちろん彼らとは当然のことながら異なります。
 しかし、齢(よわい)を重ねてスレたマニアになってしまった現在では、彼らのそーいった感慨もアリだな、とも思ってます。
 だから、『さらばヤマト』をスキな御仁が護教的・宗教的な信念にかられて、彼らに感情的に反発したり批判したりするのはちがうだろ! てなふーにも感じます
 (くりかえしになりますが、もちろん筆者の現時点での『さらばヤマト』に対する評価は、竹熊センセや庵野カントクらの当時の評価ともまたちがってはいます)。


 まぁ破綻うんぬんを云い出せば、彼らによる90年代作品――竹熊センセのマンガ原作『週刊ヤングサンデー』連載の『チャイルド★プラネット』(95年・ISBN:4091517218)やら、庵野の『エヴァンゲリオン』だって、大いに破綻してるじゃん、とも云えるしサ(笑)。


 さらに竹熊センセの証言は、当時の大アニメブームへの落胆としても語られます。
 明らかにクオリティの低い作品が高視聴率を獲得し、ストーリーや製作スタッフではなく、キャラクターに大騒ぎし、セル画を得意気に見せる女性ミーハーファンの登場したことに!


 今でもまったく同じ問題をかかえている! と共感をつのらせる御仁もいることでしょうが、筆者のように80〜90年代を通り抜け、メカと美少女どころか、美少女アニメがひとり勝ちの21世紀初頭にまでたどりついてしまったスレたマニアから見るならば、
 「何ヌルいこと云ってんだ! アニメにかぎらずTVドラマや映画、どころか江戸時代の歌舞伎やら、古代ギリシャ演劇の時代から、常に一般大衆は役者のことしか見てなくて、ウラ方の脚本家やら演出家とかを気にする方が絶滅寸前種族の異常者なんだョ!」
 とのツッコミもしたくなりますが(笑)。


 (後日付記:ちょっとアンフェアな表記でした。竹熊氏も当時のミーハーへの反発を若さゆえ……と自己相対視されておられます。ただし、『さらばヤマト』をはじめとする70年代後半のアニメに対する自己の感慨&評価については相対化されておられないようですので、そこには異議を唱えたいと思います)


 で、竹熊センセのような当時のケッペキなハイエンド・ユーザーにはガマンがならなかった『ルパン三世(新)』(77年)などの作品群を、氏の当時の基準ではミーハー・愚民に該当してしまうであろうワタクシ、一応はマニアではあるもののそのヒエラルキーの中では最低年齢層カーストに位置している小学生のガキんちょだった筆者はドー思っていたかってェーと……。
 『ルパン三世(新)』も、『宇宙戦艦ヤマト2』も、充分に享受・享楽していたのでありました!!(笑)


 ついでに云うなら、一度は完結したハズの『ヤマト』に、続編が製作されたことで、オタク第1世代がもう絶対的に裏切られたことにようやっと気付いたTV長編『宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち』に対しては……。
 彼らの世代にとっては、とても評価の低い『新たなる旅立ち』(本作以降の続編は全て評価が低いともいえますが・汗)。
 当時もう小学校高学年にまで達していた筆者も、「エッ、なんで続編が……?」と、訝しみはしました。
 しかし、「ま、そーいうものか……」とアッサリ受けとめ、それ以上に新作が鑑賞できることの方がスナオにうれしいと思うほどに大バカの、竹熊センセが呼称するミーハー大衆の典型であり一員なのでもありました(笑)。


 かくして『新たなる旅立ち』は、25%もの高視聴率を記録します! ……コレが当時の愚民どもの現実のパワーだ!!
 で、筆者の当時の鑑賞の印象も、決してお世辞ではなく、たとえ正統なる『ヤマト』ファンにケナされようがキチガイあつかいされようが、偽らざる本心を云わせてもらえれば……。
 「おなかイッパイ、満足したなぁ」と(笑)。とても面白くて、楽しめたのでした。
 新米の未成熟キャラの登場。レギュラーキャラの成長。両者の対比。宿敵デスラー総統や救世の美女スターシャら旧友キャラの再登場に、新たなる敵の出現。
 そして、スターシャが住まうイスカンダル星の漂流と、星まるごとの自然ワープ(!)という大ワザのアイデア


 当時の小学校のクラスメートたちの反応も、軒並みすこぶるよかったことを思い出します。
 友人たちの反応と筆者個人の感慨とで同じだったものについて印象に残っているのは、やはりイスカンダル星の自然ワープ。
 高速飛行をすることでワープまでをも惹起してしまうことを、さもありなん、SF的だと思ったものでしたが……。今思うとムチャだわな(笑)。
 実を云うと、1990年ごろのNHK・BS2での再鑑賞でも、当時の好印象は変わらなかったし、この原稿を書くために、改めて観直してみても本作に対する好印象は変わらない。……筆者の眼は曇っているかしら?



 してみると、自分個人の当時の『新たなる旅立ち』、あるいは新『ルパン』などに好意的な感慨をいだいた厳然たる事実に対して、ジャンル内での著名人なり一応の権威が否定したからとムラ世間的な空気・同調圧力に屈してコレを否定するというような行為を避けんとするならば、竹熊センセとはまた異なる立場を必然的に取らざるをえなくなるのです。
 そう、ミーハー・愚民(便宜的な呼称であり、実態も字義とイコールではありませんが)の立場に積極的に立つのです!?
 むろん、単にミーハー・感性に居直るだけでなく、理論武装も行なってそれらの作品群を擁護する必要もあるでしょう。
 純文学ならぬ大衆文学の文脈で云うならば、大衆・国民レベルで愛されているのは、旧『ルパン』ではなくたとえヌルくても新『ルパン』の方なのだ! ……とか何とか。



 『新たなる旅立ち』ではなく『さらばヤマト』の話を、本論では本当はしたかったのでありました。
 筆者が『新たなる旅立ち』に対して前述したようなスタンスを取るならば、『さらばヤマト』に対しても同様のスタンスを取らざるをえなくなります。
 しかも、『さらばヤマト』に関しては、2つの対立する見方どころか、3つあるいは4つ以上の立場が併存するかもしれません。



 (1)公開当時、大カンドウした大多数の観客の感慨(オタク第1世代の当時の平均像)。
 (2)竹熊・庵野のように、TV版『ヤマト』の元祖ファンだが、『さらばヤマト』公開当時すでにサメていたオタクの超エリートの感慨。
 (3)『2』『新たなる旅立ち』などの『さらばヤマト』のリメイク&続編登場により眼が覚めた(?)ファンで、あとからその矛先を『さらばヤマト』にまで広げた超が付かない程度のオタクエリート(笑)の感慨。



 筆者個人はドコにも属さないと自分では勝手に思っていたりして、我れひとりのみ高みに立とうとして結局は失敗してしまうという典型的なパターンなのですが(汗)、強(し)いて云うならかつては(3)に分類できたかとは思います(?)。


 では、(1)〜(3)の中でもっとも多数派なのはどれであるのか?
 時に、『ヤマト』ファン界隈などでは、現在では(3)が多いと断じている記述を見ることもありますが……。
 しかし、私見ではありますがそんなこともないでしょう。やっぱりマニアまで行かない一般ピープル、卒業した元マニアでもそんなに濃くはないサイレント・マジョリティは、(1)ではないかと思います。
 けれど、『さらばヤマト』で完全に完結していればよかったのに……とゆー類いの……。


 ただし、評論同人界に限定するならば、(3)の人種がもっとも多いということはあるでしょう。
 (2)については、まちがいなく極小の存在だと思われます(笑)。


 くりかえしになりますが、ミーハー愚作(自虐の呼称)の『新たなる旅立ち』を肯定する筆者としては、同じくオタクエリートにとっての政治思想的問題作『さらばヤマト』を手のひらを返したかのように安直に反転させて完全否定してしまうのも、何かちがうよナぁ……とも考えています。
 TVアニメ版『2』に対する価値判断についても同様です。『さらばヤマト』に対する是々非々の価値判断と同じ態度を取って、両者の細部に安直な天と地ほどの優劣を付けたくないと思います。


 ……で、ここからが本論のさらなる本題。『さらばヤマト』のテーマ談義となり、しかも既存に百出している論議への異論・反論なども織り込むという予定だったのですが……。
 残念無念。単なる私事を書き連ねて恐縮ではありますが、すでにして同人誌の原稿募集締め切りを数日も超過している……(汗)。
 コレ以上の遅延はムリだろうと判断し――つーか、もう掲載されないかな?――尻切れトンボなのですが、今後における本誌の増刷なり、何か別の媒体において発表の機会があればと祈念しつつ……。
 いったん筆をおきたいと思います。推敲も不充分なのが心残り。



 ……でも、チョット癪だから、本論の本来の構想・構成を少し箇条書きに記します。



・特攻して果てた『さらばヤマト』と帰還した『2』とで、自己犠牲・特攻の描写は本当に対極に位置したといえるのか?


・『2』でも古代は特攻を決意している。特攻にならなかったのは製作者たちの神の手や、救世の美女テレサひとりだけでの特攻という結果論でしかない。


・「若者は生き残らなければならない」、というのは一応のカッコ付きの正論ではあっても、戦場で誰が死ぬのかに年齢は無関係・無差別であるとも考えると……。あるいは年齢にかぎらず生命に優劣はなく平等であるとも考えると……。
 あえてイジワルに見るならば、オトナや老人であれば死んでもよいとのツッコミも可能な、弱点もある価値観ともいえる。


・正論(?)に基づいた『2』において、無事帰還を果たしたラストは、その思想的是非・価値判断は別として、『さらばヤマト』ラストの物語とテンションに勝てたといえるのか?


・『さらばヤマト』においても、特攻はしたかもしれないが、総員バンザイ突撃の玉砕であったワケでもない。生き残って語り継ぐ人間たちにも劇中でその理を与えている。


・自己犠牲、特攻の思想的是非の観点からの『ヤマト』という作品の見直しは、ファンの成長の証だともいえるが、それすらももっと高い次元(?)から見れば、戦後民主主義というローカルな一時代のモノサシに基づいたものにすぎないという可能性の指摘
 (日本の戦後民主主義古今東西の哲学・思想をも上回る至上至高・最強の、人類の歴史上における世界の人民が見習うべき到達点であり、これ以上の思想的進歩は人類にアリエナイというのならばともかく・笑)。


・自己犠牲、特攻は善ではないにしろ、絶対悪であるともいえないのではないか? 特攻は犬死にで、レジスタンスや革命での死ならば上等か?
 遺書に見る先の太平洋戦争での特攻隊員たちはキチガイではなくむしろインテリであるという事実。特攻隊とイスラム自爆テロの共通点と相違点(……ホントかよ!?)。


松本零士御大の「人を喰ってでも生き延びろ」メッセージも、特攻的な自己犠牲と同様に一長一短、過ぎたるは及ばざるがごとし。
 そのメッセージが、他人をおしのけ他者の生命を犠牲にしてでもズル賢くミーイズム・自己中心主義・エゴイスティックに延命するようなものに陥ってしまったのなら害毒・悪影響もはなはだしい。
 要は、赤勝て白勝て巨人か阪神かレベルでの、ドチラかの価値観の方が圧倒的に正しいといったものではない。


・続編製作の是非。というよりウス汚れてしまった筆者による続編製作・商業主義の肯定。「スーパーマン、死す!」「ゴジラ、死す!」
 往時の西崎義展プロデューサーによる続編製作はダメで、国内・海外でのリメイク・続編流行りの昨今に放つ松本零士御大の続編ならばオッケーとのたまう御仁の、自己相対視のない恣意的なダブルスタンダードへの疑義。


戦後民主主義最大のイデオローグとも一部で云われる――筆者はそーは思わないが(笑)――吉本隆明センセ(作家の吉本ばななのパパですョ)による78年公開当時の『映画芸術』誌に発表された『さらばヤマト』(少年少女観客のすすり泣きする感性を、自身が立脚する「大衆の原像」論の立場から、むやみに否定せずにすくいあげんとする)肯定論から、21世紀初頭の今日に我々が学べること。



 などなど……。


 こんな感じの構想でありやした。


(了)
(初出・同人誌『宇宙戦艦ヤマト再入門百科~29年目の復習~』・03年11月23日発行)


後日付記:


 大文字の歴史記録からは残りにくい、ある種の時代の空気や気分(時代精神)のようなものを抽出したいというのが本稿の僭越な目論見で、必ずしも成功してはおりませんが(汗)。


 先方にとってもよけいなことをエッセイ的につい書いてしまうのですが、特撮評論同人界の畏友・先達であり、アニメ業界の一角でもお仕事をされている、強いて云うならオタク第1.5世代とでもいうべき――別に世代論ですべてが説明できるとも思っておりませんが。とはいえ人間は生まれ育った時代にも色濃く影響を受けているのはまちがいがないと、歳を取れば取るほど思う(笑)――同人ライター・あべけんすけ氏が、自身が発行するコピー同人誌『ゴジラガゼット』誌の昨2009年12月発行の号において『宇宙戦艦ヤマト』特集を行なっており、TV版初作(74年)〜『宇宙戦艦ヤマト完結編』(83年)までの作品を(もちろん『復活篇』(09年)にもふれておられますが)、自身の劇場行列&映画館での同胞との鑑賞体験の記憶&感慨を見事に緻密に言語化されておられました。


 正直、先にやられてしまった! しかも、より高度なかたちでやられてしまった! と地団駄を踏んでいたりするのですが(笑)。


 初々しい観客が集う初作劇場版の様子から、『ガンダム』『イデオン』『マクロス』などが登場してアッという間に古びたものとされていった松本アニメや『ヤマト』を、『完結編』封切初日早朝の劇場につどったスレたマニアたちがネタとして嘲笑する様子や(汗)、はたまた別の日の劇場では同じ『完結編』に対してまったく異なる反応が見られてすすり泣きさえ聞こえたとの、大変に興味深い多様な時代の証言とそれに対するあべ氏なりの価値判断が語られております。


 そのテのことに関心のある好事家・研究家の方々には、年末冬コミ2日目なり来年以降のコミケの特撮ジャンルにてぜひとも当該誌のご購入をおすすめしたいと思います。……よけいなことをするな! と怒られちゃいそうですが(汗)。って、そもそも先方は冬コミに当選してるのか?


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