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追悼、保守思想家・西部邁 ~近代に依拠しつつ近代を疑う

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 2020年1月21日は、2018年1月21日に逝去された保守思想家・西部邁(にしべ・すすむ)センセイの三回忌だからとカコつけて……。
 2年前に同人誌に執筆した保守思想家・西部邁の追悼文をアップ!


追悼、保守思想家・西部邁 ~近代に依拠しつつ近代を疑う

(文・T.SATO)
(2018年4月27日脱稿)


 我々オッサン世代には80~90年代に『朝まで生テレビ』で活躍した保守系言論人として知られる。


 60年安保の全学連リーダーを務めて、逮捕・収監もされた身でもあるけど、左翼も左翼カースト内では相手よりも上位に立とうと、少しでも異なる意見は「保守反動」と罵倒する風潮に、後年の左翼過激派同士の内ゲバ殺人を予感。
 「格差」の原因も「貧富」の差ではなく「虚栄心」に由来すると悟り、「マルクス主義」や「左翼思想」から離れて、「近経」(近代経済学)に学んで東大教授の職を得るも、人間をカネ・功利で動くとする「近経」にも疑問をいだいて、渉猟の末に「保守思想」へと到達する。


 88年、自身の思想とは異なるも、当時流行りの80年代ポストモダンの旗手・中沢新一を東大助教授に招かんとしたが――筆者のようなオタク人種にとっては、論壇誌で初めて怪獣映画『ゴジラ』論をやった御仁(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190601/p1)。オウム真理教に好意的であったことでは問題アリ(汗)――、教授会の人事政治でチャブ台返しにされ、中沢への仁義も通すかたちで職を辞す――筆者が西部氏を知ったのもこの事件――。


 以後、論壇で八面六臂の活躍を展開。


「『天皇制』批判なんて今では皆がチクチクとやっている。『戦後民主主義』の日本で、戦前の『天皇』に代わる、批判を許さぬ神聖不可侵のタブーは実は『大衆』だ」(大意)


との趣旨のポリシーにのっとり、「大衆の善性」と「民主主義」への懐疑を公然と提議する――ただし、貴族主義や専門バカの知識人も否定――。


 90年代後半、漫画家・小林よしのりに誘われ、「保守主義」ならぬ「自由主義」史観を標榜していた「新しい歴史教科書をつくる会」に遅れてイヤイヤ加入するも、メリケンの地での2001年の911同時多発テロで、同会が「親米保守」(=新自由主義)色を露わにするや、自説の「反米保守」(=新保守主義)に則り、コレを公然と批判。産経新聞・正論グループからは干されることとなる……。


 波乱に満ちた人生を送って、往時は大きな反発を招いた氏の言説を列挙してみよう。


 まずは80年代、疑義を許さぬ宗教のように君臨していた「戦後民主主義」を批判。
 「自由」は放縦・強欲・不平等に行き着き、「平等」も画一・同調圧力・不自由に流れ、そも「自由」と「平等」の2大概念は矛盾したモノであり、コレが両立して見えたのはフランス革命ロシア革命直前のような「絶対君主」と「平民」に二分されていた時代ゆえであって、「戦後民主主義」どころか「近代」の理念もまた新手の中世神学・ドクマ体系だと批判する。


 とはいえそれは、「近代」や「民主主義」の全面否定ではなく、「民主主義」を神のように崇めて恩着せがましくする神官のごとき輩への批判であって、民主的に決めようが誤まてることもあると自覚する謙虚な人々による「熟議」の「民主主義」ならばOKだとも語り、さらには「歴史上のすべての死者たちにも一票を与えよ」とも説いた――先人の英知も交えよという意味。と同時に「まだ見ぬ未来の人間たちにも一票を与えよ」とも説く――。


 沖縄県民にとっては不愉快な言説であろうが、「強制」ではなく「自発的」であれば、自己の命よりも尊いと思えた道徳・文化・他者を守るためには「命を捨てる」ことも時にアリでは? 己の命こそが至上ならば、他者を犠牲に延命せんとする卑劣漢を否定できないのでは? と、「生命至上主義」をも批判した。


 「社会主義」と「共産主義」が異なるように、「保守」と「右翼」も異なる。
 「右翼」は国粋・熱狂だが、フランス革命後の左翼独裁ギロチン政治の惨状を見て、「ヒトは理性的たらねばならないが、遂に理性に徹しきれず社会をデザイン・制御もしきれない」ことに気付いて、一見不合理でも実は合理的かもしれない「慣習」――悪習は除く――や「歴史」――自国史に限らない――に学んで、石橋を叩いて渡る「急進主義」ならぬ「漸進主義」こそが「保守」思想の起源であったことも明かす。


 こうなると、もはや「保守」ではなく「新々左翼」の観もあるのだが、「自由」「平等」「生命」「カネ」「技術」などを宗教的に盲信せず、さりとて否定もせずに、対となる「謙譲」「公平」「自己犠牲」「情実」「非合理」にもタコ足で接地して、そのどれかひとつに偏ることなく永遠の「振り子」運動で四方八方に平衡を取りつづけることこそ、人間&社会に「バランス感覚」&「成熟」をもたらすとも説いた。


 その延長線で、ヒト・モノ・カネの早すぎる移動、早すぎる社会変化は、雇用・共同体・家族の安定性を破壊するとし、80年代からドンキホーテ的に「新自由主義」も批判――当時は「新自由主義」の用語がまだ一般的ではなかったために、「ビジネス文明」批判と称していた――。
 「自由貿易」絶対主義も批判して、弱い産業は守りつつ滅びる産業には軟着陸をさせる適度な「保護貿易」も主張した。この主張は敗北すると判っていたそうだが、猖獗を極める「新自由主義」にせめてブレーキはかけたい存念であったという。


 よって、右は産経新聞から左は赤旗までもが大政翼賛で否定する、米のトランプ大統領や英のEU離脱には好意的である――奇しくも仏の歴史人口学者エマニュエル・トッドも同じ結論に至っており、関税ゼロ(TPP)の「自由貿易」絶対主義こそが購買力のある「中間層」を破壊して、適度な「保護貿易」こそ持続可能な社会&経済を実現すると主張する――。


 近年も東京MXで異端の落語家・立川談志(故人)のTV番組『談志・陳平の言いたい放だい』(04~08年)でレギュラーを務めて、談志の病欠後は西部氏の看板番組『西部邁ゼミナール』(08年~18年)に衣替え、そこで元気な姿を披露してきた。


 入水自殺については90年代から各所でほのめかしてきたので、氏の長年のファンとしては大きな驚きはナイ。
 社会や周囲に強いられた弱者・病者の自死ならば筆者も肯定はしないが、氏の場合、死神に取り憑かれた風な悲壮感はなく、明るいニヒリズムで従容として死に赴いた感がある。異論もあろうが、万事を根源から思索して体系化し直した大思想家でもあった。


(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.71(18年5月4日発行))


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#西部邁 #保守思想 #保守



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