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仮面ライダー THE FIRST 〜原作・TV版初作の再生か?


『仮面ライダー』シリーズ評 〜全記事見出し一覧
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(05年11月5日封切)
(脚本・井上敏樹 監督・長石多可男 アクション監督・横山誠 VFXスーパーバイザー・小林真吾)

仮面ライダー THE FIRST 〜合評1

(文・T.SATO)
 TVゲーム『スーパーロボット大戦』で昭和の合体ロボットは知っていても、本編は見たことがないというマニア小僧が、今や多いようだ。


 特撮はアニメに比して作品数が少なく、シリーズものが多かったことから、時折の再放送特番やレンタルでの視聴が容易で、長らくあまりそういう現象はなかった。
 が、それでもさすがに21世紀の今日、ネットなどを見ると、平成『ライダー』は視聴しているが、昭和『ライダー』は存在や設定を知ってはいても、キチンと視聴をしたことがないというマニアの記述も見受けられる。


 年齢的にそれも仕方がないことだろう。筆者なども、生まれる前の作品で、しかもモノクロゆえに70年代以降に再放送がなかった60年代の特撮・アニメ作品は、マニアゆえに最低限のカタログ的知識はあっても、視聴をしていない作品が多々ある。それと相似形と考えれば、彼らを責めることはできない。


 だもんで、『仮面ライダー』のマニア史を言及しながら、本作『THE FIRST』にふれていく。マニア史あっての『FIRST』という色合いも濃いからだ。


 当然、なんのかんの云おうと『仮面ライダー』は基本的に子供向けの勧善懲悪作品である。
 後年、マニアによって大自然の使者だとも理論武装されたが、やはり前時代の古典的等身大覆面ヒーローとは一線を画した、バイクのメットや黒皮スーツを模したスタイルで自在にバイクを駆る、当時としては圧倒的にスタイリッシュな近代科学のヒーローであったがゆえに(ウルトラマンに比べればホコリっぽいにしても)、大人気を博したのだともいえる。
 作品内容も極論すれば、
 怪人「見たな〜、殺す〜。キュイー(奇声)!」
 被害者「ワ〜〜!(ブクブクブク〜泡になって消える・笑)」
 ライダー「出たな、ショッカー。トォ!」
 というようなシンプルプルプルな内容であって、コレがまた子供向けによかったのだともいえよう。
 よく云われる“改造人間の悲哀”も、全編あるいは旧1号ライダー編(#1〜13)に、あまねくチリばめられていたとは決していえない。実際には、#1にだけチラリと垣間見えるといっても華厳の滝ではない(笑)。


 しかし、現在における初期『仮面ライダー』のイメージは、もちろん頼れるカッコいいヒーローであるにしても、もう少しダーティーなイメージも混ざっている。
 すなわち、前段の“改造人間の悲哀”だ。
 この概念は、主に80年代前中盤に醸成された。


 ティーンまたは二十歳前後に達していて、善くも悪くもイイ歳をして、子供番組を卒業しなかった初期『仮面ライダー』世代が、作品および作品を嗜好する自分たちを正当化するために用いた理論武装
 それは、『仮面ライダー』に人間ドラマ性や社会派テーマ性をムリやりにでも発見して、それを拡大拡張してみせることであったのだ(……『ゴジラ』や『ウルトラマン』シリーズなどでも、前代にくりかえされてきたアノおなじみの光景です)。
 80年代前半には、今は亡きアニメ誌「アニメック」で、オタク第1世代の功労者・特撮評論家の池田憲章が「日本特撮映画史 SFヒーロー列伝」を連載していて、当時の批評マニアのケがある人種に大きな影響を与えていた。


 先達の努力には敬意を払っても払い切れないものがあるが、個人というより当時の時代的限界か、初作『仮面ライダー』(71年)を語るにおいても、素朴なアクションのカタルシスといった、今様に思想用語で云うなら身体性の快楽・愉悦といったことよりも、そこにマレにある改造人間の悲哀や、幹部交代劇においてわずかに存在するドラマ、ライダー生死不明のイベント編におけるおやっさんこと立花藤兵衛(たちばな・とうべえ)の心配・想いの吐露といった、いわゆる人間ドラマ的要素で作品を賞揚したものだ。
 かくて、当時の特撮誌や模型誌では、今回の『THE FIRST』のような、ハードでシリアスでリアルなオトナの視聴にも耐えうるアップトゥデートされた、敵味方ともに悲哀のドラマに満ちた、オレ旧1号な設定・物語・イラスト・造形物の投稿&記事が跳梁することとなる(そんな時代が、若い読者が生まれたころにはあったのです)。


 とはいえ、80年代末期には別の考え方も勃興してくる。この思潮は必ずしもメインストリームになったとはいえないが、傍流として着実に命脈は保ち、微量ではあるが勢力を増しつづけてはいる。
 それは、ハード&シリアス、テーマ&ドラマ至上主義を懐疑して、もっと表層的かつ根元的でもある、見てくれなり存在自体の、ヒーローの強さ・カッコよさに注目する考え方だ。
 この思想に着目した人種は、マニアの中でもスレすぎて2回転3回転したがゆえに再帰的に落着した者、ホントに素朴で幼稚な者の2種に分かたれるが、まぁそれはドーでもイイ(笑)。要は子供時代の自分は、テーマやドラマやリアリティではなく、強さやカッコよさやバトルのカタルシスにこそ魅かれたと見る立場のことである。
 ――チョット補足すると、前者は作品のテーマやドラマが判らない種族ではない。判っているし感度もあるが、あえて大衆・子供向け作品として、あるいは改めて思春期ならぬ幼児期の感慨を再理論化して批評をくだす立場である。ただ往々にして、ハード&シリアス主義者をそのテの内は見透かしてるョ(自身の過去の姿でもあるから)的に嗤う、偽悪的な態度が鼻につく問題もあるのだが(笑)――


 ゆえに92年に、原作者・石ノ森章太郎も深く関わったシリアス&リアル志向のVシネマ『真・仮面ライダー〜序章(プロローグ)〜』という、『ザ・フライ』(86年)的ハエ男で、クリーチャー的ゲロゲロモンスターな仮面ライダーが陰欝な物語で登場したとき、逆に「こんなの仮面ライダーじゃない!」という反応も現れた。もちろんかような思潮・理論先行の裁断ではなく、『真』の存在と作品鑑賞で実地に、はじめてリアル志向の限界に気づいた者もいた。
 そのことに、東映バンダイの全員といわずとも多くのスタッフも気付いたのだろう。
 そのあと、色々なライダーが登場し、様々な意匠も施されたが、現代の子供向けヒーローのカッコよさなり玩具的流行の仁義を守った上での、バランス取れたリアル系なりマニア向けなり主婦対策であったことは、前述までの文章でご理解いただけると思う(そこが円谷の『ウルトラ』シリーズとはちがうのだ。まぁ特撮マスコミだったらリアル信者は多そうだけど・汗)。


 さて、本作『THE FIRST』は……。そう、本格・リアル志向だとはいっても、決して『真』のように服を脱ぎハダカになって苦しみながら異形の者に変身する、一応の合理的存在ではないのだ。
 仮面ライダーのマスクをかぶり口顎カバーのクラッシャーを付けることで変身が完成するという一見リアル志向ではあるものの、顔から下の仮面ライダーのスーツはいつ着こんだのだ!? という映像描写になっている。
 いやコレはバカにしてツッコミしようというのではない。スーツを着こむシーンを入れて、まだるっこしくなったり、どこにスーツを隠し持っていた!? というスキをより浮上させ、ヒーロー性を欠如させる描写になるならコレでよい。というか、個人的にはコレでこそカッコいい!


 本当はヌルくて様式美な初作『ライダー』TV版。リアル志向の『真』。リアル志向をタテマエ・営業的ウリ文句として謳う本作は、実はTV版『ライダー』初作と『真』の中間地点のリアル度に位置するツクリとなっている。
 ではなぜリアル志向を謳うのか? それはカンタン。その方が未だリアル&シリアス志向が過半を占めるマニアなり大衆にキャッチーで流通するからである(笑)。
 なぜ原作に忠実なり、その初の映像化と謳うのかも、また同じ。コアなマニアならそのへん瞬時に見抜いて、客引き・宣伝だからとご愛嬌になるかと思いきや……。


 原作というか、原作ありきの映像化作品ではなく、今でいうメディアミックスの魁(さきがけ)だから、仮にここでは漫画版と呼称しよう。
 漫画版自体も、悪いとは云わないけど、石ノ森御大の漫画『サイボーグ009』に匹敵する名作であるワケもなく、特撮ヒーロー『人造人間キカイダー』(72年)の漫画版同様、基本的には少年ならぬ児童・幼児向け漫画だし、それらが児童にとっては衝撃的でも(それもマニア予備軍のケのあるコにとってだけかも……)、過剰に賞揚するのはちがうだろう(もちろん過剰にケナすのもちがうけど)。


 脱線したが、マジで信じてリアル・原点志向の作品を作る輩より、非リアル・コミカル・シニカルのよさも判っていて、あえて一見本格志向の本作を作ってみせるサバけたスタッフ陣には、ごく個人的には共感いだくのだ。
 だからリアル志向のマニアにはツッコミのスキある作品ではある。だが、変身ものの醍醐味は、飛躍・超越といったケレン味にもあると、意識して保持せずとも、漠然とでも価値尺度にしている人間なら、本作の在り方は許容範囲だろうし、むしろ好意をいだく要素ですらもあるだろう。


 飛躍・超越とは何か?


 絶体絶命のピンチ、吊り橋からついに墜落する風見志郎。ドボーン!
 と、次の瞬間にはポーズ決め時の効果音と高笑いとともに崖上にライダーV3の姿が!(いつ変身したんだ!?)
 あるいは、敵怪人の毒鱗粉に操られ、海に落とされるスカイライダーこと筑波洋。
 ナレーション「そのとき、○○怪人の毒が、潮(しお)で、洗い流された!」
 直後、海中で「変身!」。で、形勢逆転(イイのか!?)。
 氷点下のバナナの杭が胸に刺さり突っ伏す南光太郎(みなみ・こうたろう)。
 実は、強固な装甲のRXロボライダーに瞬間変身して難を逃れていたのだ!


 というようなことどもに象徴される(笑)、(好意的理屈付けも可能だけど)基本的にはご都合主義な、しかしヒーローの圧倒性・万能性・超越性を補強し、憧憬やカタルシスをもたらす要素のことである。
 コレこそが中核であるべきで、テーマ・ドラマ・人間的弱み・善悪の懐疑などはもちろんあってイイが、それらは作劇の従であり主であるべきではない(営業的にはともかく・笑)。それらは彩りなり一時的な脇道であるべきで、究極的には物語クライマックスのヒーローの活躍のカタルシス(広義も含む)にすべては集約すべきなのだ。
 この観点から、『仮面ライダー』や『○○』は、ただの娯楽活劇作品ではナイなぞという持ち上げ方など笑止千万。
 さような俗な論法が、我が国で一般大衆に受容される規模での、スカッとしたヒーロー娯楽活劇作品が作れない、ヘンに未熟なテーマ主義作品に堕させてしまう真因ともなっている。


 ……ではあるのだが。でもやっぱり本作は、敏腕・白倉伸一郎Pと異色脚本家・井上敏樹の作品だから、そーいう王道派の文脈に回収しきれるワケでもないのだナ。


 で、本作を子供が見て面白いか? という問題もある。
 が、少子化時代とはいえ数百万の子供を対象とする現役ヒーローと、その1/100の数万単位のマニア相手の『FIRST』の規模・パースペクティブを、キチンと捉えて、適正規模で劇場公開するあたり(作品を大切にしたからではなく、ビジネスライクな計算。元はVシネマ企画、DVD数千枚で元は取れるらしい)、本作に関しては子供のことを除外してもイイだろう。
 そこもまた、サブではなく会社の主作品映画として、マジで『ULTRAMAN』(04年)を興行にブツけてコケてる円谷プロとはちがうのだ。でも逆に『ULTRAMAN』(地元のシネコンでは夜間上映しかなかった・笑)規模の客入りは見込めたろうから、全国のシネコンでレイト上映してもよかったろうに……。



 以上のような歴史的経緯を追い、周辺要素をホメた上で、実作品にふれてみたかった次第。


 で、イイ感じじゃないですか? コレがTV版や漫画版のテイストの再生だとはゆめ思わないけど、現在世間に流布する哀愁に満ちた『仮面ライダー』像のリファイン版ではありえてる。


 理系学生のキマジメ誠実ストイック主人公・1号ライダー本郷猛を演ずる黄川田将也(きかわだ・まさや)クン。
 イイ男だなあ。マジメだけれどハナにかけたところが意識的にも無意識的にもなく、透明感チョットある彼が演じるから、水の結晶の研究がどーたらこーたら含めてイヤミがない。
 こないだ(05年秋)、土曜日にNHK朝の連続TV小説見てたらヒロインのお相手役でも出てるじゃん。と思ったら、実写版『美少女戦士セーラームーン』(03年)で、セーラージュピターこと木野まことチャンとイイ関係になるカラオケ店バイトの元基(もとき)兄さん役の彼だって!? あのときの三枚目入ってる役柄とちがうゆえかフシ穴ゆえにか(汗)、全然気付かなかったョ。


 2号ライダー一文字隼人(いちもんじ・はやと)は、『ウルトラマンガイア』(98年)の好敵手ウルトラマンアグルの高野八誠(たかの・はっせい)クン。完璧にイヤなイヤなイヤな奴でプレイボーイの敏樹キャラと化している(笑)。かつての大根芝居も、上手くなったネ〜(本作のセリフがしゃべりやすいものなのか?)。


 ヒロイン緑川あすかは、『3年B組金八先生4』(95年)の主役級、気高い決して頭下げない王女さま的キャラの美少女中学生役でデビューした小嶺麗奈(こみね・れな)。『新機動戦記ガンダムW(ウイング)』(95年)の王女リリーナ嬢を実写化するならこの娘で! と思ったものだけど、『金八』直後のTVドラマ『イグアナの娘』(96年)で髪をアップにした悪女役をやってから、器量のワリには損をしてるように思う。ひそかに応援してるのだが、『金八』時代のようにポニーテールで前髪降ろしてくれ!って、よけいなお世話だナ……。


 30分・1時間枠ドラマで、1年・半年・3カ月かける長編ドラマなら、ゆるやかな変化や交差のドラマも可能だが、わずか2時間なり90分の映画ではムリがある。
 だからキャラシフトや感情交差や出会いや魅かれる動機に翻心の必然性も作るために、最初から身近な人間関係や因縁・アイテムに特化するのも、作劇法としてよく判る。


 本作でなら1号とヒロインは、理系研究者の卵と雑誌の科学部の記者の関係での接点。
 傍系から出現し、怪人を目撃したヒロインを殺害する役目の2号は、ヒロインと感情的紐帯は本来ナイはずだけど、ヒロインの死んだ婚約者にクリソツというご都合主義をひとつ設けることで、発端を確保。
 三角関係の変転にもなぞらえる、ヒロインの1号への疑惑の深まりと2号への傾斜と、その反転。
 1号と2号の恋の鞘当て合戦。というか、1号は押されまくり、自分のことも判ってないというべきか(笑)。
 2号のプレイボーイぶりも、アレくらいじゃないと、90分ドラマでキャラが立たないし、対比や対立のドラマもやりにくいだろうから、個人的にはアレでOK。


 人間関係が狭い、キャラの行動原理が私的だとの指摘も正しいが、実のところマニアや大衆のみなさんが持ち上げるハリウッドの洋ものヒーロー大作もこんなものである。
 『スーパーマン』は、会社勤めしてる新聞社の同僚姉ちゃんを守ったり、『スパイダーマン』であれば幼なじみの同級生彼女をストーカー、もとい(笑)守るための要素も多いけど、それが気にならないのは、作劇のテクニックもあるかもしれないが、ドッチかっつーと観客やマニア連中が無意識に権威主義的に屈伏・盲従してるからだと見るのだが……。


 そして叙情的要素としては、水の結晶。翻心や純粋さの象徴として、物語のターニングポイントを後押し。
 そんなんで自我を取り戻したりするか!? というツッコミはまぁ正しいが、物語・作り物というのは、リアリズムより象徴・寓意が優先する世界である。あるいは逆に、リアルから出発するのではなく、何らかの感情的感慨を創出するため逆算して人間関係やドラマにアイテムを構築していくものなのだから、コレはコレでイイと思うゾ。
 なので筆者は、作劇的にも高い評価を下すのだ。


 とにかく作品というモノは、多彩な評価軸や要素があるので、敏樹キャラだからうんぬんはそれ単体として間違ってないかもしれないけど、それだけで判った気になるのではなく、X軸のみならず同時にY軸Z軸にも目配せして、多角的立体的にアクセスしようとしないのは、5年10年選手の批評オタクとしては情けないと思う。


 で、お待ち兼ねのアクション! コレも専門家に語ってほしいところだが……。
 いやぁスゴいんですよ! カッコいいんですよ! でもコレに関しては全然、昭和ライダーの古式ゆかしい大野剣友会の殺陣(たて)の再生ではないのですが、JAC(ジャパン・アクション・クラブ。現・JAE:ジャパンアクションエンタープライズ)的な舞踏的様式美でもなくって……。
 間断なくスピーディーに、低姿勢になってもアクロバティックに連発されつづける突きと蹴り!


 まぁマニア的には『仮面ライダーBLACK RX』(88年)#1、2のころに完成の域に達していて、コレが初ということではないのは強調したいけど、バイク同士の集団戦で、走行中のバイクから突きやパンチに蹴りをかますとか、あげくジャンプしてキックをかまし、また走行中のバイクに戻るとかの超人性・達人性のカッコよさ!
 血が騒ぎます。熱くなります。気持ちよくなります!
 やっぱり人間は暴力が大スキなんだネ!(ってもちろん最低限、正当性のある暴力の場合だけですから!・汗)。


 雨宮慶太(あめみや・けいた)カントクの『未来忍者 慶雲機忍外伝』(88年)で主演デビューした横山誠アクション監督は、今秋(05年秋)スタートの『牙狼(ガロ)』でも大活躍! 話はナイに等しいが、本作はアクションのカッコよさで、どれだけ作品の熱血温度があがっていることか。極端な話、ドラマやテーマがなくとも、アクション映像だけで、観客を作品に注視させることができるという、その典型! 実証例!


 まぁ『ライダーTHE FIRST』自体は、そーいう種類の作品ではなく、やはりドラマ主導の作品なので、特撮映像&アクション映像のカタルシスに貢献する従としてのドラマやテーマといった自説に、牽強付会して語るには適切な作品ではなかったが(笑)。それはそれとして、そーいうものとして、愛すべき作品ではあったと思うのだ。

(了)


(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2006年準備号3』(05年11月20日発行)〜『仮面特攻隊2006年号』(05年12月30日発行)所収『仮面ライダーTHE FIRST』合評2より抜粋)

仮面ライダー THE FIRST 〜合評2

(文・久保達也)
 劇場売りパンフ*1にもあるように『仮面ライダー』(71年)放映35周年を前に製作された本作は、当初は35周年を盛り上げるべく、昭和時代の仮面ライダーが総登場するお祭り的なオールスター映画の企画が発端だったらしい。
 ところが「原点回帰」の号令のもとに今回のような1号と2号を中心とした故・石ノ森章太郎の原作漫画や、TVシリーズ第一作の特に初期のイメージに近い作品へと方向転換したということだ。


 講談社『月刊マガジンZ』に好評連載中の村枝賢一仮面ライダーSPIRITS(スピリッツ)』(01年1月号〜・ISBN:4063490548)の映像化を熱望する(アニメでいいから!)筆者としてはこの事実を知ったときは「あ〜あ」とためいきをつくばかりであった。
 確か『ウルトラマンコスモスVSウルトラマンジャスティス THE FINAL BATTLE』(03年・松竹)も当初の企画はウルトラマンが総登場するお祭り的なオールスター映画の企画じゃなかったっけ? それが「大怪獣映画」どころか「大人類批判映画」(爆)へと方向転換したがために「それ見たことか!」とばかりにおもいっきり大コケしてしまったのである。


 まあそんなわけで個人的には本作に対してはな〜んも期待していなかった。ウルトラファンに第1期至上主義者が多く存在するのと同様、ライダーファンにも旧1号至上主義者が厳然と存在する。そんなコアなファンを喜ばせるだけの作品だろうと思いこんでいた。
 全国的にも上映館はきわめて少なく、案の定筆者の地元である三重県では上映がない。果たして名古屋までわざわざ足を運んだかどうか? 幸か不幸か、この夏転居した静岡では駅前の静岡ミラノで上映があることを知り、前売券を買いに行ったら窓口の女性のあまりの態度の悪さ*2に気分が悪くなり、「やっぱ観るのやめよかな」と思ったものだ(笑)。
 05年11月7日。当日は仕事が休みであったが昼・夕・夜と一日3回上映のある内あえて夜の回に行った。どうせ暗い作風だろうからおてんと様が出ている時間に観るのはふさわしくないだろうと考えたからだ*3。観客は筆者を含めたった8人。「それ見たことか!」


 だが上映が始まって間もなく、「まさか?」と耳を疑うようなお馴染みのメロディーが流れてきた。


 ♪せまる〜、ショッカー〜、じごくのぐんだ〜ん〜……


 子門真人が歌った主題歌『レッツゴー!! ライダーキック』である。まったく予想だにしなかった演出である。やはり映像作品における音楽の効果は絶大なものがある。これには思わずだらしなく椅子にもたれかけていた姿勢を正したものだ。


 幕開けに旧作の主題歌がかかるくらいだから、冒頭からしばらくはこれでもかと云うほどに旧作のエッセンスのオンパレードである。
 秘密組織ショッカーによって改造されたことにより思わぬ力を得たことに苦悩する本郷猛、婚約者である克彦を殺害され、たまたま現場に居た本郷を犯人と疑う緑川あすか(旧TVシリーズでは父親である緑川博士を殺したのが本郷だと疑う緑川ルリ子が登場)など、単なるリメイク的色合いが濃厚だったりする。


 だが克彦とそっくりの顔をした一文字隼人が登場するあたりから、物語は本郷と一文字の間で揺れ動くあすかといった昼メロかトレンディドラマの様相を見せ始める。
 筆者はそういう作品にまったく関心がないのだが、スパイダー(クモ型怪人)に襲われたあすかを1号ライダーが救い、サイクロンの後ろに乗せて夜の街を走行する場面はなかなかロマンチックに感じられたものだ。旧1号編でも本郷がルリ子を乗せてバイクを走らせたことはあったが、「仮面の男」が女性をサイクロンに乗せて走ったことはなかったのだ。
 この時点ではあすかは1号が本郷であることを知らないのだが、あすかの「なぜ私を助けたの?」との問いに、1号が「俺はただ、美しいものを守りたいだけだ」とだけ答えてサイクロンで走り去っていく場面は男の子だけではなく、女性にも十分に「カッコイイ!」と思わせるのではなかろうか。


 あすかはバット(コウモリ型怪人)にも襲われ、彼女を助けようと一文字が2号ライダーに変身したのを見て、スパイダーから自分を救ってくれたのが一文字であったのかと思ってしまうが、「オイオイ色が違うだろ!」というマニア的ツッコミはこの際ナシね。普通の女性にとっては1号も2号もスカイライダーもスーパー1(ワン)も全然区別つかないんだから(笑)。
 まあそのあとあすかの取り合いで1号と2号が戦うなどという唖然とする場面もあったが(笑)、本郷抹殺に失敗し、あすかを愛してしまったことから裏切り者としてショッカーに狙われるようになった一文字を本郷が救い、ショッカーにさらわれたあすかを助けるために二人が共闘するあたりからは「ダブルライダー」映画としての魅力が十分に輝いてくる。
 戦闘員にズラリと包囲された中で二人のライダーが「変身ポーズ」をバッチリと決め、「ダブルライダーキック」まで披露してくれるのには心の中で拍手喝采である。


 また本作には怪人が4体登場するが、井上敏樹の作品らしい妙にエキセントリックなバット、獲物を求めて街を徘徊するにはふさわしいタクシー運転手に変身しているスパイダーと、人間体もきわめて魅力的に描かれており、何を主張するわけでもなく、単に殺人を繰り返すだけの平成ライダー作品に登場する怪人たちとは一線を明確にしているのが嬉しいところだ。
 特にコブラとスネーク(共に蛇型の怪人)は前者が誰も見舞いに来てくれないことから自暴自棄気味の入院患者の少年、後者は自分も余命いくばくもないのに少年に献身的に尽くす重症患者の少女が延命をはかるためにショッカーに改造された悲劇的存在であり*4、単なるやられ役にとどまらず、怪人側にもちゃんとドラマが用意されたことは今回の大きな収穫であった。


 それにしても故・天本英世死神博士としてデジタル出演させてくれたり(欲をいうならゾル大佐や地獄大使も……)、改造人間が拒絶反応のために血液交換が必要(TVシリーズ第一作のゲルショッカー編では戦闘員が一定時間内にゲルパー液を服用しないと自爆を遂げる描写があった)であるなど、旧作を知るものなら思わずニヤリの「これだけははずせない!」ポイントを全編に散りばめているのには、多少脱線気味ではあっても「ちゃんとライダーしている」と好感をもったものだ。
 正直近年のライダー作品は作品そのものの評価は別として、あまりに基本ラインから外れていることに違和感をおぼえていたので。


 またあすかに「俺はただ、美しいものを守りたいだけだ」と語っていた本郷は、のちに学会の発表であすかに「先生の云う美しいものって何ですか?」と質問された際に「それは命です」と答えている。
 これこそが今回の「原点回帰」の賜物であろう。それの象徴として本郷が研究していた水の結晶が劇中何度もイメージ映像として描かれるのも幻想的であり、先のラブロマンス的要素も含めて女性にも支持されること受け合いであると思えるのだが。


 いずれにしても冒頭は怪奇・マニアックな描写が中心と思えば中盤ではトレンディドラマが描かれ、後半はカタルシスたっぷりの娯楽作品と、作風が劇中でそれこそ華麗に「変身!」を遂げており、観客を限定することなく幅広い層の支持を一応期待はできそうだ。
 デートムービーだけでなく、これなら自分に息子が居たら一緒に観に行きたい。少なくともそう思わせてくれる作品ではあった。


2005.11.14
(了)


(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2006年準備号3』(05年11月20日発行)〜『仮面特攻隊2006年号』(05年12月30日発行)所収『仮面ライダーTHE FIRST』合評1より抜粋)



『假面特攻隊2006年号』「仮面ライダーTHE FIRST」関係記事の縮小コピー収録一覧
・下野(しもつけ)新聞 2005年11月4日(金) くらすαアルファー「元祖!イマコレ」ヒーロー原点回帰 活躍と苦悩の物語 映画「仮面ライダー」 〜世代人記者の映画紹介
・読売新聞 1972年1月29日(土) 家庭欄「家庭」仮面ライダー人気の秘密 苦労せずパッと変身 うける早いアクション 〜大人気・学会が児童へドコに惹かれたかをアンケート・調査した女子大生いわく「見る側の子供に主体性が感じられない」「よく見てるけどショッカーに関してまるで知らない。何を見てるの?」(大意)
・読売新聞 1972年10月9日(月) 仮面ライダー過熱の童心 カード集め、中身ポイ 団地のゴミ箱、菓子の山 道徳心どうなる都教育庁が調査へ 〜スナック1袋20円につき1枚のカード・ラッキーカードで72枚収容のアルバム、児童評論家・阿部進は「押えても効果ない」6年前はオバQ・おそ松くん、その前は鉄腕アトムでこの種の遊びは周期的に現れる、今の子は本当の遊びを知らない、メンコのように生かして使う教育が必要。
 (自称・怪獣カバゴンこと阿部進は永井豪のマンガ『ハレンチ学園』(68〜72)を擁護したことでも有名な異色の教育評論家)


(表紙カット・信貴徳二)


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『仮面ライダー』シリーズ評 〜全記事見出し一覧
[特撮邦画] 〜全記事見出し一覧


*1:なんと価格は千円もするが、出演者やスタッフのインタビューは『仮面ライダー THE FIRST  VISUAL PREVIEW BOOK』(角川書店・定価税込580円)や、『ハイパーホビー』(徳間書店)05年11月号別冊付録の『仮面ライダー THE FIRST  BEGINNING BOOK』とほぼかぶっているのでそれらを所有している人はわざわざ購入する必要はない。なんて営業妨害で訴えられるか(笑)。

*2:とにかくまあ「私はオタクなんかと一切関わりたくないのよ!」と訴えているような態度であった。『ゴジラVSキングギドラ』(91年・東宝)を上映最終日の夜に新宿コマ劇場横の映画館(新宿コマ東宝)で観た際にも窓口の女性の態度がそんなふうであった。こういうのっていつまで経っても忘れられないんだよなあ……
 ただ05年11月に東京都町田市で16才の男子高校生が同じ高校に通う女子生徒を殺害した事件の報道なんかを見ていると、もう完全に「活発で社交的=善」「内向的でおとなしい=悪」の図式であり、こうした善悪二元論で人を判断する風潮は近年ますます強まりつつある。
 こうなると加害者である少年のように「何も悪いことをしていないのにバカにされた」と訴えたくもなるよなあ。少年の行動をいちいち「不可解」としているのも、あの年頃の男の子が好きな女の子の周囲をウロウロすることの一体どこがそんなに「不可解」なんだよ(自転車で10分ほど少女の周囲を回りつづけるのはともかく・笑)。
 まあ自分の母親をそれこそショッカーみたいに薬物の実験台にした化学大好き女子高生ともなるとさすがについていけそうもないが……

*3:筆者は平成ライダー作品を日曜の朝にリアルタイムで観たことがない。ああした作風の作品は個人的には深夜に楽しむのこそふさわしく、休日の朝は戦隊シリーズのような明るく楽しい作品こそふさわしいと考えるからである。

*4:少年と少女がデートを楽しむ場所は05年2月に名古屋に完成したパチンコ・ファッション・グルメ(昭和ラーメン博物館もある)・観覧車などが楽しめるアミューズメント施設である。
 だがそこは02年9月に閉館した名古屋東映を取り壊してできた跡地なのである。一体なんでまた東映ビデオの作品がそんな場所をロケ地に選んだのであろうか?(東映の経営?)
 ちなみに名古屋東映の最終上映作品となったのは『劇場版 仮面ライダー龍騎 EPISODE FINAL』と『忍風戦隊ハリケンジャー シュシュッとTHE MOVIE』の二本立て(02年・東映)であった。