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この世界の(さらにいくつもの)片隅に ~意外に豊かでモダンな戦前!? 終戦の日の慟哭・太極旗・反戦映画ではない説をドー見る!?

『映画 聲の形』 ~希死念慮・感動ポルノ・レイプファンタジー寸前!? 大意欲作だが不満もあり
『シン・ゴジラ』 ~震災・原発・安保法制! そも反戦反核作品か!? 世界情勢・理想の外交・徳義国家ニッポン!
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 2019年12月20日(金)からアニメ映画『この世界の片隅に』の増補版『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』が公開記念! とカコつけて……。
 『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』(19年)評をアップ!


『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』 ~意外に豊かでモダンな戦前!? 終戦の日の慟哭・太極旗・反戦映画ではない説をドー見る!?


(文・T.SATO)
(2020年3月2日脱稿)


 2016年下期は『シン・ゴジラ』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20160824/p1)、『君の名は。』、『映画 聲(こえ)の形』(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190901/p1)とジャンル系作品が邦画の話題をさらったが――個人的にはここに感涙の大傑作アニメ映画『planetarian~星の人~』も末席に連ねさせたかったけど、マジメでもややオタッキーな作品でしたからネ(汗)――、年の瀬も迫った時期に公開された、戦前~戦中の広島の庶民を描いた大傑作『この世界の片隅に』でトドメを刺された感がある。しかも大資本と組んだ作品ではなく、クラウドファンディングで作られて、ロクに宣伝もされていないのに興行の上位にランクイン。


 良くも悪くも『君の名は。』が連日の満員で劇場に来ても同作を観られなかったデート層が、あるいは同作に感銘してアニメ映画も悪くないと思った一般層が、『聲の形』と『この世界の片隅に』にも流れて、もっと低興収で終わったであろうこの両作の興行を押し上げたのが、2016年の秋だったと私見する――ここでは各作に対する個々人の好悪や評価は置いといてくださいネ――。


 戦前~戦中における庶民のやや単調だけれども慎ましくて、小さな出来事に喜びを感じるような日常の炊事家事・洗濯掃除といった光景の細部をていねいに丹念にリアルに、しかして柔らかい描線のキャラデザ&淡い色彩の背景美術で追っていくことで、作品世界に没入させていくこの作品。もちろん終盤では戦争の影響が及んできて、配給やら昼夜を問わない空襲警報やら機銃掃射、焼夷弾攻撃も描かれるのだけど、爆心地が舞台ではないことで原爆それ自体は遠景として描かれて、後日に現地入りすることによってかえって異彩を放って、終戦の当日や戦後の混乱期をも駆け足で描いていく。


 そこに声高に登場人物の絶叫セリフで語ってしまうような明確な「反戦」テーマはない。もちろん好戦や軍国主義の肯定を謳うものでは毛頭ナイけれど、もっと猥雑で良くも悪くも日々をテキトーに、そして戦後の後出しジャンケン歴史観で見えにくくなってしまった、あるいは戦前/戦後といったあまりに善悪二元論でグラデーションを無視した二者択一な歴史観で黙殺されてしまったディテールをも描写し尽くすことで、あの時代のすべてといわずとも全的……というと語弊があるけど、俗世間に流通している定説・通説をイチイチ覆そうとしているようにも思える。


クリスマスも横文字もある意外と豊かな戦前に、モダンガールなる存在も!


 まずは元号抜きの「8年」として描かれる昭和8(1933)年の光景である。ここに描かれる地方都市のビル街にはネオンも灯り英語や外来語のコピーもおどる年末商戦・クリスマス商戦の光景は、まぁまぁ豊かさを感じさせるモノであり昭和中期(昭和30年代=1950年代後半~60年代前半)の光景とも大差はナイ。コレは戦前は暗黒の時代であり、敵性外来言語も禁止されて特高警察がにらみを効かせて庶民が息を潜めて生きていた……といったイメージとは異なるものである。しかし、歴史オタクの諸兄であればご存じの通り、昭和8年の経済水準は戦後の昭和32年と同じなのであり、コレは風景的にも正しい描写なのである。


 しかし、そんなモダンな描写の一方で、婚姻については保守的であるサマも描かれる。主人公少女のすずさんは、ある日、知らない男性とその父親が自宅に来訪しており、お見合いを所望されていることを、電話がない時代ゆえに外出先で口頭で知人から知らされる。もちろん逡巡の末に気恥ずかしくて、窓の外からそっと覗き込むだけで初見は終わるし彼女に否を唱える権利もあるのだけれども、さして大きな葛藤はナシに「まぁイイか」的に婚姻を決めて相手先へと嫁いでいく。
 左翼リベラルな立場からはこんな唯々諾々としたリアクションはアリエナイ、けしからん! 結婚強制社会を描いたスマホ漫画原作の『恋と嘘』(14年・17年に深夜アニメ化&実写映画化・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200202/p1)を見習え! という描写であろうけど、昭和の中後期生まれのオッサンである筆者の父母の世代である昭和10年前後生まれで昭和30年代に結婚したような世代、昭和中後期の都市近郊の新興住宅街に育った身である筆者のご近所のオジサン・オバサンたちの馴れ初めでも、同様に職場の近辺で見掛けて気に入った女性を世話焼き好きな親族主導で結婚も見据えた真剣交際を説きに行ったゆえといった話も時折、聞いたモノである。


――むろん1980年代以降だと成熟していない男性扱い、ヘタをするとストーカー扱いでキモがられて通報されてしまうような所業ではあり、女性の側も自分を高く見積もっていない御仁が多かったので「他にもっとイイ人がいるかも……」とは思わずに、現今の非モテ男女のように「これが運命のヒトかも……」と勝手に思い込んでくれたということも大いにアリそうではあるけれど(笑)――


 要はお見合い結婚でも幸福な家庭を築けることはあるだろうし、自由恋愛でも不幸な生活を送ることもある。後者にやや分があっても100かゼロかという絶対正義と絶対悪の関係ではナイということでもあるのだ。


 嫁ぎ先でのすずさんは、幸いにしてソコの姑さんが温厚であったことにより、前近代的な家父長制・イエ制度的な嫁イビリにはあったりはしない。しかし、市街の中核はともかく一般家庭に家電製品などはなく、朝から晩まで炊事家事・洗濯掃除・裁縫・井戸での水汲み・畑仕事に明け暮れている。ただし、そこでの奴隷的労働を糾弾するでもなく、かといってその逆張りで労働の喜びを賞揚するのでもなく(笑)、この作品はそんな情景は生活をするための当たり前の日常としての意味合いだけで描いていく。


 とはいえ、やはりそこに逆張りがまったくないワケでもなく、嫁ぎ先の義姉はそんな従順でトロトロボケボケしているすずさんを見くだしてもいる。彼女は当時流行りのモガなのだ。モガとはモダンガールの略であり、この略称も本来は当時の良くも悪くもマジメで潔癖な左翼運動家・マルクス主義者たちがブルジョワ的虚栄に溺れる人々を批判するために蔑称として作った用語で、今のネット用語で云うなら「ファッション&スイーツ、カッコ笑い」といった意味合いの用語であり、彼女らモガを自由の発露ではなく堕落の象徴と見なす往時のマルクス主義者たちの見解に個人的・感情的には大いに賛同するけれども、それもさて置こう(笑)。
 そう、あの時代の一角には、すでにモダンガールなる存在もいたのだ。そして、彼女は自力でヤサ男を見つけてきて結婚もした肉食女子でもあったのだ。戦前にだってそのような女性はいたのである――ついでに云うなら、嫁ぎ先の旦那が頼りなくて肌に合わないからと出戻ってきた坂本龍馬の姉・乙女姉さんみたいな例が江戸時代にすらあって……(以下略)――。


 しかし、あのオットリとした母と父がモガの彼女にこのような教育を施したとは思えない。というか、気質的にも似ていない(笑)。やはり両親の性格や教育とも無関係に発露する個人の性格というモノもあるのだろう。そして、皮肉にもそんな彼女が必ずしもモダンに公平にふるまうワケでもなく、好悪をムキダシにしてすずさんの不器用さや要領の悪さに対してキツく当たりもするのだ(汗)。


『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』で増量された男女間での不貞も香る機微!


 キツく当たるといえば、本作で追加(復活)された木造の小学校や机や椅子、シャープペンはなくナイフで鉛筆を削って学習する、スキマや木目の穴もチョクチョクある教室内での光景である。クラスでもアンタッチャブルと目されているヤンチャなガキがすずさんに対して攻撃的に当たってくる光景も、子供や人間一般の性格類型のバラつき偏差として実に示唆的ではある。
 コレと係り結びとなるかたちで、戦地に出征後に一時帰国したかつてのヤンチャくんがさすがに紳士にはなったモノのやや軽薄な感じで彼女の嫁ぎ先を訪ねてくる。迷惑がりながらも往時の同級生男子に距離感のないタメ口で接するすずさんに、マジメで温厚な旦那さんははじめてプチ嫉妬も覚えて、危険なことに離れの土蔵に泊めたヤンチャくんの許に「積もるむかし話もあるだろう」とすずさんを差し向ける複雑で矛盾した行動もこの増量によってより盛り上がったともいえるのだ――もちろん不貞行為は発生しそうで発生しない――。


 これと対になるかたちで追加(復活)増量されたのが、まだ空襲もない時期にすずさんが広島に趣いた際に道に迷ってさまよいこんだ遊郭で出会った女性で、この界隈の女性にかつて旦那さんがホレていた事実も発覚して、すずさんがそれを知って静かに嫉妬するシーンも実に味わい深いものがあった。
 初アニメ映画化の際には、この2編がカットされたことが原作ファンのお眼鏡には叶わなかったようである。それもわかるのだけど、2時間前後の映画でまとまりを良くするためには、この2編を本スジからの少々の脱線としてカットしたことも一概に間違っていたとは思われないのでビミョーなところではある。
 しかし、戦時下においても、人々はこのような男女間でのプチ嫉妬に突き動かされていたことを描くこと自体にも意義はあるのだろう。


――余談だけど、同様に戦時下でもヒトは動物的に静かなプチ色恋に邁進してしまうこともある情景を描いた実写映画に、今をときめく長谷川博己(はせがわ・ひろき)と二階堂ふみが主演で戦後70年記念で製作された、季刊『映画芸術』誌・編集長でも知られる脚本家・荒井晴彦が監督も務めた『この国の空』(15年)も本作と似たようなステロタイプでは捉えきれない当時の複雑な男女の心情へと踏み込んでいた――


終戦の日玉音放送で慟哭した当時の人々の心情を推測する……


 そして、終戦の日玉音放送。人々の多くは慟哭するものの、一部のヒトたちはアッサリと割り切って日々の仕事へと戻っていく。そして、特に意識が高かったワケでも特別に狂信的な軍国主義者でもなかったすずさんなのに、アッサリと終戦を迎えたことを憤って怒りの声をあげながらも泣き崩れる……。
 我々オッサン世代が子供時代を過ごした1970~80年代はNHK朝やTBSお昼の連続テレビドラマといったら、明治・大正・昭和を生きた女の一代記モノが定番であり、そこで近現代史を覚えたものである――でもまぁファッション&スイーツな連中には学校でいかに歴史を教えようともムダである(笑)。日本よりもはるかに歴史教育が盛んな韓国でさえ、K-POP女性歌手が歴史に無知を露呈して彼の国の民に叩かれまくっていたりするのがイイ例だ(爆)――。


 そのようなあまたのドラマで戦争が終わって平和が訪れて喜ばしいハズなのに、庶民大衆が泣き崩れている光景を観て、我々戦後的な価値観に良くも悪くも染まってしまった後続世代は子供ながらに奇異の念を覚えたモノであるのだけど、各作が揃ってこのように人々が泣き崩れた光景を描いたように、コレは圧倒的大多数にとっての歴史的な事実なのである。もっと云うなら将来への不安から家畜を屠殺したなんていう話までもがある。
 手塚治虫(てづか・おさむ)大先生のエッセイ漫画などでは、終戦の到来を喜び勇むような描写があり、それを価値判断として否定するものでもナイけれど、あくまでアレは特殊少数のインテリの感慨にすぎないのだ。それに歴史的に見れば敗戦国は戦勝国兵士に略奪・蹂躙されるのがフツーであって、当時のドイツのようにソ連兵により女性の過半がレイプされたり堕胎・自殺に追い込まれる可能性をも考慮していないあたりでやや浅い見識であったという、たとえ漫画の神さまとはいえ天皇化せず全否定もせずに相対化しつつマッピングもするような評価はあってもイイ気はする。
 よって、昭和10年代のガチな軍国主義教育を受けたいわゆる少国民世代はともかく、日本人の過半は洗脳的にベタに神国・日本を信じていたワケではないにせよ、淡々と国事に協力しようと励んでいたのに、それが報われなかったことが悔しくて悲しい、ウスウス敗戦することがわかっていても、実際にそれを突きつけられて足許の大地・価値観が揺らいでいくような虚しい想い、そして微量には来たるべき占領軍の横暴を恐れるといった感情が合算された末の人々の慟哭であった……と筆者は理解をする者である。
 そして、あのボケーっとして他人に対して害意を抱いたことがナイような善良なすずさんでさえも、良くも悪くも彼女なりに「お国のために」とフワッと意識下では気張ってはおり、それが貫徹されずに崩されたがゆえの怒りや失望や動揺の表出であったと解釈しているのだけど、この見解に固執するものではないので、異論があればもちろん受け付けたいとは思う。


 しかし、後世の価値判断はそれとして、終戦の日の光景のすべてを単純に手塚治虫――皆さんがおキライそうな読売新聞社長の渡邉恒雄(わたなべ・つねお)でもイイです(笑)――が感じたような解放の喜びの日として、たとえ善意や困惑からではあっても、後世の価値観で歴史修正(笑)をしているような論述や解説を近年では散見するようにもなった気がするので、このあたりは市井の一介のオタクにすぎない筆者ではあるけれども、それは良くも悪くも誤りだと指摘をしておきたい。


終戦の日に掲揚された太極旗(韓国国旗)をめぐっての論争について……


 そして終戦の日に、小さく写った街中に掲げられた太極旗――現在の韓国国旗――を見て、すずさんも事の半面を悟りつつ、自身の正義が手許から大空へと去っていき、自身の身体も朝鮮を含む外国の穀物でできていることと、しかして道義的な正義というよりも物理的な強者に屈してしまうことの理不尽と不甲斐なさを慨嘆するかのようなセリフも発しつつ、地面の側から泣き崩れた見事な表情演技のすずさんの顔を見上げるようなアングルで映像化して、ここが一旦のクライマックスともなって観客の感情を大いに揺さぶってもいく……。


 ところで、ここで一瞬写る太極旗が何を意味するかがネット論壇で論争になっていたことをご存じの読者もいるだろう。コレは日本の韓国併合の責任を問うものである。いや、コレから始まる三国人(朝鮮・台湾などの併合民)の一部過激派分子の横暴を示唆するモノだとする見解もある。かと思いきや、あの程度の描写では韓国併合の責任を問うモノにはなっていなくて生ヌルい、ゆえにこの作品は右派勢力に加担してしまう隙がある、国民的なヒット作となったのだから「あの時代」の諸相や広島を全的に描かなくてはイケナいと糾弾する見解までもがある。
 それぞれに一理はあると思し、各々が意見を表明するのはイイことだとも思うけど、すべてといわず全的に物事を描こうとすることは一作品・一映画だけでは困難なことなのだし、ナイものねだりだとも思う。やはり物語とは世界の一角を切り取ってその視角から眺めた程度で収まる程度のモノなのだろう。……という批判までをも原作漫画家センセイは先に見越していて、それゆえに『この世界の片隅に』というタイトルで最初から全力でエクスキューズをしていた可能性もあるけれど(笑)。


 ……などとエラそうに語ってきたけど、実は筆者は初見時にこのシーンに太極旗があることに気付いていなかった(爆)――どうぞリテラシー・読解能力不足を罵倒してやってください(汗)――。
 そうやって改めて考えてみるに、このシーンのセリフだけが、このナチュラルな作品においてはやや人工的で頭デッカチな説明セリフであり、浮いていたような気も改めて意識化されてきてしまう。
 他国の穀物うんぬんもそこに搾取的な意味あいを込めたいのであろうけど、良くも悪くも日韓併合による統治で皮肉にも農業生産が近代化されて米の生産量も倍増して日本への輸出で豊かになったどころか、国産米が押されていた話を思えば一概にはそうも云えない気もしてくる。


 むろん日韓併合自体が朝鮮・韓国の人々のプライドを傷付ける話ではあり、そこに常に一定の配慮や申し訳なさを持ちつづけることは必要だけれども、奴隷のようにへりくだって靴の底までナメるまでの必要はナイとも思うし、日本が併合しなければすでに大韓帝国皇帝が宮廷ではなくロシア大使館で政務を執っていたように代わりにロシアが併合していたのも間違いがない以上は、自身の所業を全肯定も全否定もしないお茶を濁した態度で処世をしつづけていくのがオトナの知恵だとも思うけど(汗)。


反戦映画ではナイからイイ」とする世評が意味するものとは!?


 そして、主人公家族は広島市街に住んでいるワケではないので、原爆の決定的な瞬間は描かれずに山向こうの「きのこ雲」として描写される。しかして、直接的な被爆被爆者は描かれないけれども、短身のすずさんよりもお姉さんじみている長身の妹さんの間接被爆による体調不良による実家での病床姿や、広島の焼け跡を数ヶ月が過ぎても行方不明の家族や恋人を探し求めて、そこで似た背格好の男女を見つける度に願望ゆえの錯覚で、そこかしこで「○○さん」「××さん」と人々が走り寄って呼びかけている夕焼けの光景には涙を禁じ得なくなってくる。


 本作は「反戦映画ではナイからイイ」とする世評が多い。筆者も正直この意見に同意する者ではあるけれど(汗)、やや言葉足らずで偽悪的な物言いなので、より正確に云うならば、


・「あからさまに声高に反戦を唱えるようなテーマ至上主義の作品ではないからイイ」
・「たとえ正しいテーマでも、それが上ずって空回りしていたり、押しつけがましければダメである」
・「静かに染み入って、内発的に反戦なり戦争を避けるための外交的な方策を考えようとなるモノならばともかく、左右が異なっただけに過ぎない『エラいヒトの意見に従いましょう!』レベルな言説だと、メタレベルでは右派とまったく一緒でしょ?」


という思想的な境地に、多くの日本人がようやく到達したからこその「反戦映画ではナイ」言説の隆盛だとも思えるのだ。


――かつて、妹尾河童(せのお・かっぱ)の小説『少年H(エッチ)』(97年)を左派が持ち上げるも、同じく左派であり我々の世代には児童向けTVドラマ『あばれはっちゃく』(79~85年)シリーズなどの原作でも有名な児童文学作家の山中恒(やまなか・ひさし)センセイが「戦後に明らかになったような後付け知識にあふれた少年が昭和10年代にいるワケがない!」と党派性に捕らわれずに一人一党の精神でコレを批判していたことをも思い出す――


 しかして、コレらの「反戦ではナイ」うんぬんをも、ベタで古典的な保守反動の右傾化やその兆候だと受け取って批判を連ねる御仁もいてナンともはやだけど、まぁそーいう左右にレンジの広い意見もあってこその全的、状況や言論の豊穣さだともいえるので、過剰にそれにケチを付ける気もナイのだが。


原作漫画家先生の真意は奈辺にあるのか、短編漫画『なぞなぞさん』を参照してみた


 それでは原作漫画家の真意は奈辺にあるのか? というところまで一般層は考える必要も義理もナイのだけれども、マニア的には考えたくなるのもわかる。
 作品の外での原作者の発言で答え合わせをするのは反則であり、ある作品について原作者の意図を離れた読み方をするのも自由であると筆者は考える者だけど、それでも云うなら10年ほど前の2009年に描かれた短編漫画『なぞなぞさん』(エッセイ&短編漫画集『平凡倶楽部』(10年)に収録)は参考になる。
 この作品は広島の被爆者を描いた『夕凪の街 桜の国』(04年)で名を上げた原作漫画家が、出版社や新聞社の才媛たちからインタビューを受けるも、この世的・実務的・実業的・中短期的には目端が効く仕事デキる系の女性でも、物事の二面性や多面性などの複雑系に対する粘り強い思考力には欠けている才女たちが、自身の複雑で曖昧で多義的で慎重な言動を、すべて単純化したキレイごとで小学生の感想文レベルの「戦争はイケナイと思いました」「広島は悲惨でした」という型にハマった言説として記事化して、戦前が正しいワケはナイにしても一理や同情すべき余地はあった的な言説を差し挟むと立ちどころに無視されてメモ化や記事化されない……といったエピソードを、原作漫画家の人柄もあるのだろう、決して糾弾調ではなく気張らずに静かに揶揄していくものでもあった。


 まぁ筆者個人も、左派的であろうが大文字のスローガンをためらいもなくロジック抜きに念仏のごとく唱えている輩は、右派的なスローガンを戦時中に唱えていた人種とメタレベルではまったく同じ危険な性格類型であり、T・P・Oが合わされば自分とは異なる意見の人間たちを魔女狩りするような人種なのだろうと考える者である。
 右派的なスローガンはとっくに賞味期限が切れた終わった思想だと認知されてはいても、左派的なスローガンは冷戦終結から30年が過ぎたのにいまだに終わったことにはなっていないから、それが個人がひとりで立つことを賞揚するのではなく左派方面からの全体主義――専門用語でファシズムならぬスターリニズムという――への加担にすぎない言説であったとしても、それに対する警戒感が一部であまりにウスすぎるあたりは個人的には気にかかる。


 昨2019年、アフガンの地で銃撃死された中村哲(なかむら・てつ)医師も、日露戦争での日本の勝利が彼の地の人々に勇気を与えたとか、タリバン占領下のアフガンの方が抜群に治安がよく、ブルカを脱がせることが女性の近代化だという言説を軽々に採用してはイケナイなどと、左派にとっては都合が悪い言説もしてきた一人一党の御仁であったように、この作品の原作漫画家・こうの史代(こうの・ふみよ)女史もまた尋常ではない見識の持ち主のようであり、個人的には敬服もしている――キワどい微妙なホンネは隠したりボヤかしたり匂わせたりもしているようではあるけれど(汗)――。


原爆投下は当時でもハーグ陸戦条約違反だったとの法論理が、未来における国際法の成熟、未来の戦争における民間人殺傷への抑止になりうるのでは!?


 ただまぁ、「真珠湾奇襲攻撃」があろうが「広島が軍都」であろうが、軍人や軍事施設に限定ではなく民間人をも殺傷する「空襲」や「機銃掃射」や「原爆投下」の類いはあってはならなかったという言説は、もっと活発になってもイイのではなかろうか?
――近年では左派の側でも社会学者・古谷有希子のように屈託なく原爆投下を正当化する御仁までもが出てきたけれども(汗)――


 モーゼの十戒ならぬ近代の法律は人間が取り決めたルール・フィクションにすぎないし――そのワリには王権神授説ならぬ民権神授説的な言説も、「神」や「天」といった仮想的で古代・中世的な存在を織り込んでいる時点で近代的ではナイように見えるのが子供のころから気に喰わなかったけど(笑)――、だからイザとなれば「人権宣言」の類いなどもしょせんは紙切れ1枚ではある。


 だとしても、すでに20世紀初頭の1907年の第2回万国平和会議で採択されて1910年に発効した国際法規「ハーグ陸戦条約」にあの時代でも各国は批准していたのであるからして……。
 そもそも「法律」とは「性悪説」を前提とはしていても、それを作れば全員とはいわず大勢はそれを守るだろうと想定している時点で、半分は「性善説」でもある性善性悪あい半ば拮抗したモノなのだし、個人的な好悪になりがちな裁定よりかは法律に基づいた裁定の方がよりマシなモノには決まってはいるのだ。


 そうである以上は、国際法に血肉を通わせてそれを遵守する、イイ意味での風潮・空気・同調圧力(笑)を神さま抜きでも国際社会が100年200年500年というスパンで醸成していくためにも、戦争が起きないに越したことはナイにしても「戦時国際法の存在自体が戦争を認めることになる!」なぞと堅苦しい原則論は述べずに、それでも戦争が起こってしまった場合のことまでをも想定して三重四重五重でセーフティネットを、「最悪」を「次悪」に留めるためにも戦争にもルールを作って、その法的論理で民間人を殺傷する「空襲」や「原爆投下」を「仕方がなかった」「戦争とはそーいうモノである」では済まさずに、当時においてもすでに「戦争犯罪」「戦時国際法違反」であったのだ! と人々は批判をすることで、未来に起きうる惨劇をも先回りして極力減らすべきなのである!
 使えない空理空論のキレイごとでいきなり「世界平和を!」とガナるのではなくって、そーいう地道な具体論の積み重ねにより、外堀を埋めていくかたちで国家よりも上位の調停理念や国際秩序を徐々に構築して、世界を安定・平和へと近付けていくべきなのである! と個人的には考えるものの、それはまぁ本作のようなフィクション作品の役目ではなく、学問やジャーナリズムの役目となるのだろう。


(了)
(初出・当該ブログ記事~オールジャンル同人誌『DEATH-VOLT』VOL.84(2020年3月8日発行)……に収録予定が、コロナ・ウイルス騒動による同人誌即売会自体の開催中止により発行時期未定・汗)


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  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190707/p1

機動戦士ガンダムUCユニコーン) episode7 虹の彼方に』(14年・OVA劇場先行公開)

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20160904/p1

たまこラブストーリー』(14年) ~親密な商店街にオタの居場所はあるか!?

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20160514/p1

宇宙戦艦ヤマト 復活篇』(09年) ~肯定評!

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20091011/p1

サマーウォーズ』(09年) ~話題作だがイマイチでは?

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20091011/p1

鉄人28号 白昼の残月』『河童のクゥと夏休み』『ミヨリの森』 ~2007年アニメ映画評

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20071014/p1

『劇場版 機動戦士Z(ゼータ)ガンダム -星を継ぐ者-』(05年) ~映画『Z』賛美・TV『Z』批判!

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20060325/p1

劇場版『エスカフローネ』(00年) ~いまさら「まったり」生きられない君へ……

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/19990912/p1

マクロスプラス MOVIE EDITION』(95年)

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/19990904/p1

超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』(84年) ~シリーズ概観&アニメ趣味が急速にダサいとされる80年代中盤の端境期

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/19990901/p1