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私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い! ~連載8年目にして人気再燃の理由を探る!

『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』『琴浦さん』 ~2013年3大ぼっちアニメ評
『惡の華』『ローゼンメイデン』『琴浦さん』『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』 ~2013年4大ぼっちアニメ評
『トクサツガガガ』(TVドラマ版)総括 ~隠れ特オタ女子の生態! 40年後の「怪獣倶楽部~空想特撮青春記~」か!?
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ボッチ漫画『私モテ』連載8年目にして人気再燃の理由を探る!


(文・T.SATO)
(19年5月25日脱稿)

私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』第1巻~第7巻


 今どき髪も染めてない――オッサンの筆者には全然OKだけど――、ボサボサではないもののキチンとセットされているとも云いがたい各所の先っぽがハネた黒髪。チビで痩身・貧弱なツルペタ体型。ヒザより下に垂らした改造してない長めの制服スカート。
 垂らした前髪の影からのぞく片目は気弱そうで覇気がなく、かつ濁ったヒトミが浮かび。無表情ではないけど顔色が悪くて乏しい表情。トドメは眼の下に少々クマ(笑)ができている!
 元々シャイな性格なのでコミュ力には恵まれず、そのことを本人も自覚しているので、他人――同級生や教師や店員――に語りかけられると、ますますドツボにハマって対人恐怖&滑舌の悪さで卑屈にシドロモドロ……。


 そんな女子高生・黒木智子こと通称・モコッチの高校でのトホホな(ひとり)ボッチ生活や、リア(ル)充(実)なクラスメートたちへの呪詛の数々に、彼女の同類でもある我々オタ――のそのまた一部――は「あるある」「そうそう」と共感しつつも、劣等感の傷口に塩をなすりつけられて痛みがジワリと拡がり「アアッッ!!」と絶叫したくなる思いにカラれながらも本作を愛読してきた(笑)。
 震災があった2011年に原作マンガの連載がスタートし、2013年夏季クールで深夜アニメ化も果たされた作品も、今年2019年で9年目。深夜アニメ化からでももう6年。2010年代のディケイド(10年紀)をまるまる駆け抜けてきたこととなる。


 そんな作品がここ2年ほどで再ブレイクを果たしているという。紙媒体の書籍の売上も深夜アニメ化を機に当時刊行済であった1~3巻(12年)が各巻25万部を達成したのをピークに5巻(13年)が13万部、6巻が11万部、7巻(共に14年)が8万部、8巻(15年)が6万部、飛んで11巻(17年)が3万部(汗)にまで落ち込んでいたというのに、感動の大傑作とも目されて個人的にも滂沱の涙を流しながら嗚咽にむせびつつ読み進めた――だからホントだってばヨ(笑)――12巻と13巻(共に18年)では4万部超えを達成して早々に増刷も決定したというのだ!
 「最盛期と比すれば少ないじゃん!」というなかれ。この売上に電子書籍は含まれてはいないという。この10年間で電子書籍が紙媒体の売上をはるかに上回り、近年のマンガ書籍の売上ランキングでも『私モテ』新刊が上位に頻出し、各サイトでも取り上げられて、アマゾンのユーザーレビュー数でも一般的な人気マンガをはるかに上回る数百もの絶賛コメントが奇跡の第12巻には寄せられていることを思えば、その売上はVの字回復を果たしていると見るのが妥当なのでは!?


 しかし、深夜アニメ化6年や連載9年程度では我々オッサン世代にはつい最近のことに思えてしまうけど、その感慨をストレートに出してしまうのは老害というヤツで(爆)、小学生が中高生や大学生に、中高生でも社会人に達してしまうほどの実に長い歳月が流れたことになる。よって、読者側の「世代交代」による作品の「再発見」が再ブレイクの主因なのであろう。
 だけど、その「再発見」の内実を腑分けしてみると、『私モテ』本来のオリジン・起源自体が評価されているワケでもないことがわかる。どころか、「ボッチもの」ではなく「百合もの」としてカテゴライズする向きさえある。加えて、初期の『私モテ』でさえもヘビーに過ぎて苦手意識を持ってしまい敬遠してきた古参のマンガ読みたちが、「ボッチもの」から少女たちの「群像劇」への華麗なる変身を遂げて以降の『私モテ』に改めて飛びついている事象も多々見受けられるのだ。


 つまりはもう古き良き(?)「ボッチもの」としての『私モテ』は存在しないのだ。なので、往年の『僕は友達が少ない』(09年・11年に深夜アニメ化)やあまたのボッチ作品とも同様に、「オマエ、友だちいるじゃん!」「クラスで級友たち(の一部)ともしゃべってるじゃん!」というツッコミも可能とはなっている。
 この変化に自身の変わらぬミジメでボッチな現状との乖離・彼我の差を鑑みて、『私モテ』に「裏切られた想い」をしている古参ファンもいるようだ。……わかる! その気持ちも実によくわかるし、正当なモノですらあるとも思う! だから、路線変更後の『私モテ』を罵るファンの気持ちもムゲにはしたくないし、むしろ尊重したいとすら思う――そーいう連中こそが最も実生活でも生きがたさ・生きにくさで苦しんでいるのであろうから――。
 そんな彼らに衷心・満腔からの共感・同情・共闘の意を示しつつ、そして初期『私モテ』も大スキな筆者ではあるものの、この華麗なる変身を遂げた「路線変更」後の『私モテ』は作品を延命させて、読者層をコア層からややライト層へと拡大、なおかつテーマ表現を高めることにも見事に成功したとも思う。


 それはやはり、ボッチ「あるある」ネタだけを延々と続けていくだけでもルーティン・ワークに過ぎるし――筆者個人はそれでもよかったのだけれども(笑)――、いささかネタが尽きてきたところもあったからではあるだろう。もちろんそのことに作者や編集者も気付いて確信犯で徐々に「路線変更」を試みてきていたとも思われる。
 たしかに、別の高校に進学して地味娘から美少女への高校デビューに成功するも、それをハナにかけない気立てのイイ少女のままでいる中学時代の旧友・ゆうちゃんや、3歳年下でかつてはモコッチに憧れるも中学に進学してモコッチのボッチな正体に気付いて(爆)それと悟らせずにモコッチの庇護者のようにふるまい出す従姉妹のキーちゃんは序盤からイレギュラー的には登場していた。


 しかし第5巻からは、主人公・モコッチの鏡像キャラともなりうる登場人物が投入される。それがモコッチと同様に、チビで痩身・貧弱なツルペタ体型の黒髪ショートの地味なメガネ女子・小宮山(こみやま)さんだ。モコッチとは別のクラスに在籍する図書委員でもあり、昼休みや放課後には図書室で司書を務めているあたりが「いかにも」な我々オタの近縁でもある人物造形。それによって、スクールカースト底辺キャラ同士で互いに心と心が通じ合って、傷をナメあう道化芝居の遠回しな自己憐憫ドラマが構築されるのか!? ……と思いきや、この作品は基本的にはややブラックな笑いを主眼とする作品なのである。よって、この両者は互いに底辺同士としてドチラがよりマシな境遇なのかをめぐって、そーした言葉を発することなく意地やミエを張り合うのであった(笑)。
 なお彼女は、先のゆうちゃんを介して中学時代はモコッチと3人でつるんでいた仲間でもあった――もちろん後付け設定――。しかし、小宮山さんはモコッチのことを覚えてはいても、クズなモコッチは小宮山さんのことはすっかり忘れていたという設定にする(爆)。ならば、小宮山さんはモコッチよりも少々マシなのかと思いきや、そーでもない。学校では地味娘でもその私服は痛々しい鎧った自意識を感じさせるパンクロックファッション(!)。そして奇遇にも、ボッチ作品『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(11年・13年に深夜アニメ化・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20150403/p1)とも同様に、オタクの聖地・幕張メッセがある海浜幕張駅周辺を舞台とした本作の地元プロ野球チーム・千葉ロッテマリーンズの大ファンでもあり、野球の話をするときだけは早口でまくし立てるというキャラ立てともする。かてて加えて、モコッチの弟でありながら異性にモテモテのサッカー部の好青年男子・智貴(ともき)クンに変態チックにご執心であるサマも描くことで、本作をルーティンに陥らせないための新たなギャグパターンもココにて放たれた(笑)。


 後続の巻では、智貴クンに恋慕する下級生ライバル女子生徒も登場。小宮山さんとモコッチの奇行に巻き込まれて、告白代わりに「智貴クンのオチンチンが見たいな」(汗)なるゲスな発言をさせられることでイレギュラーキャラ化。小宮山さんが智貴クンの姉(爆)でモコッチが智貴クンの恋人(爆爆)だと誤解したままのシチュエーションも継続させることで、以降は同様のディスコミュニケーション・ギャグが散発されるようにもなっていく。


 しかし、この時期の試みはいまだ「群像劇」としてのモノであったとはいえない。むろんのこと、モコッチのクラスメートたちに至ってはその内面・主観が描かれることすらなく、あくまでもモコッチ目線から見た風景・モブキャラとしての扱いに過ぎなかったのだ。時には休み時間はゲームに興じる学級カースト底辺のオタク男子たちの集団に混じれれば、女性免疫がないウブな男子だけが集うガラパゴス落差も利用して「オタ(ク)サー(クル)の姫」として君臨できるやも!? と妄想しつつも、同族嫌悪からの底辺競争、オタク男子たちよりもワタシの方がまだマシだ! というチンケな差別意識でモコッチが自尊心を満たそうとしているサマがまた、身に覚えがありすぎて泣けてくるのであった(笑)。

私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!(2) (ガンガンコミックスONLINE)
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私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』第8巻


 しかし、第8巻たる高校2年の秋を舞台とした京都への修学旅行編で、今思えば「路線変更」後のタネがまかれる。
 修学旅行での自由行動時にだけ許可される私服。外見なぞはその人間の本質ではナイとは思ってはいても、若者みながボタンシャツ&Gパンであった1970年代までとは異なり、1980年代中盤以降の高度大衆消費社会化で服飾も多様化、そこで差異化競争に励んでしまう先進各国の圧倒的大多数のファッション&スイーツなミーハー連中はそのような殊勝なことはツユほども思ってはおらず、そこでダサいカッコウをしようものなら何を弁明しようともさらなる劣位に置かれることは必定である(汗)。
 そこでモコッチも仕方なく近くのショッピングモールに買いものへ行くのだが……。時期が時期であるだけに同目的の母校の生徒や同級生らを見かけて気マズい居たたまれない気持ちになってしまい(爆)。


 新幹線で京都に行くのに、トイレから帰ってきたら自分が座っていた座席が仲良しグループたちに占拠されており(爆)。居場所がなくなったモコッチが車両と車両の間のデッキに向かい、そこで時間を潰そうとしたら他クラスの同族嫌悪の対象・小宮山さんとも遭遇し、小宮山さんもモコッチの現状を察するも、しかして自身の窮状を悟られまい・見下されまい、あるいはたとえ善意からのモノであっても憐れみの目で見られることは自身のプライドが許さない! とばかりに咄嗟にミエを張ってしまう(爆爆)。
 このあたりは、個人的には痛苦しくて物語的には大スキなシチュエーションでもあり含蓄にも富んでいるとは思うけど、本作においては既視感がある定番のシーンでもある。
 よって、やはり定番でアリすぎるがためか、修学旅行の班決めシーンは、モコッチ自身がドコの班にも誘ってもらえずミジメに間接的な人格否定をジワジワと宣告されていく拷問の1時間を回避するために、ズルして早退をすることでオミット!(笑)


 翌日に登校するや、モコッチが修学旅行で同班するメンバーが明らかとなる。しかも体育会系・女担任のお膳立てで、モコッチが班長にすらなっている(爆)。そして、クラスのアブれ者が集ったというその班のメンツとは?


・黒髪を左右二つ結びのオサゲにしたローテンションな無表情少女で、常にポケットに手をつっこんで明後日な方向を見やりながらイヤホンで音楽を聞いている、大人しげで劇中ではモコッチが「表情筋が10グラムくらいしかない」(笑)と評した田村ゆりちゃん!
 のちのち、この低血圧な田村ゆりちゃんがモコッチの新たな鏡像・正妻・百合・共依存の相手として、そしてオタ間でも大人気のキャラに昇格していくことをこの時点で誰が想像しえたであろうか!?


・そして、ズル休みの常習で、頭髪を金髪だか脱色だかにしつつも、根元は伸びた毛のせいで地毛の黒がのぞいており、ブスッとしていて「オラオラ」とオラついて時に手も出す狂犬のごときヤンキー少女・吉田さん!


・モコッチの中学時代の旧友・ゆうちゃん同様、ゆるふわなボブカットの髪型ではあるも多分、目鼻口は小さいサッパリとした顔つき、特にその両眼をマンガ的・記号的に縦長の直線で表現された女子高生・ウッチー!――モコッチの内心でのアダ名は「顔文字さん」(笑)。はるか後続刊で明かされた本名は内笑美莉(うち・えみり)――


 高2に進学してから修学旅行編に至るまで、この3人は劇中には登場したことすらなかったじゃん! というツッコミは可能ではあるけれど、そこはまぁマンガでありフィクションですから、それを云うのはヤボというモノ(笑)。
 中肉中背な新キャラ3人は、チビチビで醜くめに描かれるモコッチ(汗)と比すると大分格上感は漂う。そんなアブれ者の彼女らももう10代後半なのだから、せめてそこでオトナの態度を取って、表層的な社交辞令ではあっても、縁あってせっかく一時を同席・同宿するのだし、緊張緩和のためにも笑顔で互いを立てあう友好的な会話でもすればイイものを、そーいうことにそもそも関心がナイのか、あってもチョイ悪を気取ってクールにふるまっているのか、カースト劣位者と同席したり仲良くするのは家系の恥だとでも思っているのか(爆)、宿泊先のホテルの室内でも班ごとの独自行動でも当初は心が通じ合うこともなくほぼ無言。仲がよくてかつ多弁な連中のなかにアウェイで放り込まれる方がもっとイヤだけれども(汗)、コレはコレでキツいものがあるゾ(笑)。


 班決めからはじまるコレら修学旅行の一連、ウン十年前の筆者もほぼ同様の経験をしていた覚えがよみがえる。いや、大学のサークル旅行でも、社会人になってからの社員旅行でも。実は今も職場で……。し、死にたい(以下略・爆)。
 同じ母語をしゃべる日本人同士であってさえも、誰とでも友だちとなれるどころか、性格類型が異なればこんなにも分かり合えずに気も合わず、同席していること自体が息苦しいし、同じオタ同士が集うハズの同人サークルならぬ同人誌即売会自体が主宰する巨大打ち上げに参加することさえ気後れする御仁が多いのも、ある意味では当たり前の心理なのではあるのだろう。震災などでも無作為抽出避難ではなく気心の知れたご近所&共同体のまるごと避難の心理的・互助的優位性も、昨今では注目されている。
 やはり良くも悪くも無作為シャッフルの席替えや、外国人旅行者程度ならばともかく大量の外国人移民や難民とも共生していくことには困難を伴うのだとも思われる。ましてや街の周囲を高い塀で囲んで部外者が侵入できないようにゲットー化した高級住宅地に好んで住まうアメリカの民主党支持者どもが共和党トランプ大統領の移民制限や万里の長城建設に反対するという「オマエらが云うな!」的な矛盾&倫理的退廃も見るにつけ、自分がボランティア活動なり自宅に泊めて移民の面倒を見るだけの人間力コミュ力も微額のカンパをする気もナイくせに、底の浅いフワッとした感情的な理想論で無制限に移民・難民を入れるのが正義だ! なぞとホザいている輩に、筆者は理性&合理ではなく偽善&欺瞞、自身が正義の側に立っているという自己陶酔の匂いをプンプンと……。
 人間一般はそんなに博愛的に振る舞える存在でもナイのだから――かといって無闇に殺人強盗するほど荒んでいるワケでもないけれど――、天使と悪魔の間にある人間の「不完全性」をも前提に0か100かの極論の不毛な対立ではなく、単なる企業の雇用調整弁でもない物理的・制度的・人員的・社会保障費的にも対応可能な両極の中間にある現実的な人数をめぐって実務的な議論を。でないと、サヨク連中が理想郷のように持ち上げるも、実態は人種差別や経済格差が絶えずに完全雇用も日本以上に保証されていない欧米の二の舞になるゾ~(汗)。


 以上は長すぎる余談で、そんなマクロな議論はミクロな本作には馴染まない(笑)。基本的には他愛ないギャグ漫画でもあることを決して手放さない本作。モコッチは清水寺に行けば「ヤンキーは高いところが好きだから……」、金閣寺に行けば「ヤンキーはキンキラなものが好きだから……」とヤンキー少女・吉田さんに気を遣ったつもりで話しかけ、寝起きの悪い吉田さんを起こそうと布団をまさぐったら乳首をさわってしまい、逆鱗に触れた吉田さんに腹パンチや頬パンチを喰らうお約束反復ルーティンを構築することで新たなギャグ・パターンともする。モコッチと同じコミュ力弱者ではあろうけど、モコッチほどではない田村ゆりちゃんが見かねてこの両者を仲裁するルーティンも同時に構築。


 と同時に、ゆりちゃんはモコッチが対人会話スキル面では人情の機微がイマイチわかっていない、何がイキで何がヤボかのTPOもわきまえていない、知識はあっても知恵はない「バカ」(笑)であることも見抜く姿を通じて彼女の主観・内心も描くことで――読者が感じていることの代弁でもあるけれど――、本作で初めて本格的にモコッチ以外のキャラの内面・心情も描かれていく端緒ともなっていく。しかして稲荷神社で足を挫いたモコッチをヤンキー吉田さんがオンブして登頂に成功、モコッチ・吉田さん・田村ゆりちゃんの3人でキレイな夕陽を見つめさせることで、吉田さんのお株も上げていく。
 このシーンはクライマックス的な完結感も強い。よって、ヘタすると読者の続刊への興味をなくされてしまうことも恐れてか、修学旅行編の最終シーンとはしていない。戻った宿でウケ狙いでアダルトビデオを観ようとするモコッチのクズなふるまいの小挿話を経て、修学旅行編は8巻をまたがって9巻へもつづくことで、読者に対するヒキも作っており、商業的にもヌカリはない(笑)。


 なお、修学旅行編が連載されていた2015年前後に、京都アニメ製作の深夜アニメの中CMにて、中2病の眼帯少女を演じるアイドル声優内田真礼(うちだ・まあや)の声でやたらと宣伝されていた、実は宇治平等院の近隣にあることを数年前に旅先でグーグル先生に教えてもらった、「行きたくなるあのお店。京アニ、ショッ~プッ」(笑)への巡礼ももちろん果たされた!?


私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』第9巻


 第8巻で新キャラとしての軸足を定めたヤンキー少女・吉田さんと大人しげな田村ゆりちゃん。ただし、「顔文字さん」ことフェミニンなボブヘア髪型の新キャラ女子・ウッチーは、この時点ではたまたまアブれたからこの班にいるだけで、日中も夜間も仲良しがいる別の班と行動をともにして、モコッチのことは見下してもいる、やや脇役の悪役寄りの役回りを務めていたともいえる。
 しかし、修学旅行の最終宿泊先のふたり部屋ではモコッチと同室してTVのバラエティ番組でAかBかの二択で処女か否かを占う、その根拠も怪しげなコーナーで、ウッチーの選択が「処女」、モコッチの選択が「非処女」となったことで、モコッチがひとり勝手に精神的に優位に立って(笑)得意げなドヤ顔を浮かべて、それまでのキョドってドモっていた言動をひるがえし流暢に馴れ馴れしく見下したように「処女であることを恥じる必要はナイ」なぞという趣旨の的外れなアドバイスをさせることで(爆笑)、ウッチーだけを悪役とはせず、むしろモコッチの方がやっぱりオカシいという方向に持っていくあたりがこの作品の実にイイところでもある(笑)。
 加えて、バッグを間違って蹴飛ばして中身を散らかし、ウッチーのパンティーを手に取ってしまった光景を誤解されてしまったがために、それがのちのちウッチーがモコッチのことを同性愛者のストーカーだと勘違いするお約束反復ギャグともなっていく新たなネタもココにてまかれている。LGBT者であれば即座に弱者で正義で善人なのではなく、LGBT者でも一般ピープル同様にストーカーとなったり悪事を犯したりする可能性、相手の合意なしにレイプしてくる悪しきLGBT者も極少数はいるであろうという知見も開かせてくれる実に秀逸な描写でもある――ホントかよ?(汗)――


 修学旅行後はモコッチの生活にも小さな変化が訪れる。登校時の道中や下駄箱に教室で、ヤンキー吉田さんや田村ゆりちゃんが朝のあいさつをしてくれるのだ。キョドりながらもあいさつを返すモコッチ。さらに加えて、田村ゆりちゃんがモコッチを昼食の同伴にも誘ってくれる! 田村ゆりちゃん、マジ神・天使・女神さま!(笑)


 その昼食の相席に、明るい茶髪ショートと紺のセーターが印象的なソバカス顔の細やかな気遣いもできる少女・田中真子(たなか・まこ)ちゃんもココにて再登場! 先の8巻評では端折ったけど、同じ班になると決めていたのに、チビで短め前髪のソバージュヘアに三角型の髪留めが印象的な天真爛漫ワガママ八重歯ギャル・南さん――モコッチはキバ子と秘かにアダ名する(笑)――にゴーインに誘われて断れず、気分を害した田村ゆりちゃんとの仲がギクシャクするも修学旅行中に和解して、3日目の自由行動ではモコッチ・吉田さん・ゆりちゃんとも行動をともにした真子ちゃんだ。
 以降はモコッチ・ゆりちゃん・真子の3人で昼食を取り、スマホでLINEをしあうまでの仲となり、巻数を重ねるごとに重要人物と化していく――とはいえ、モコッチにとって当初はこの同席昼食ですら彼女らとの共通の話題がナイことで、微妙にプチ苦痛の時間であったりもするけれど(汗)――。


 ソバカス真子ちゃんはゆりちゃんと比すれば快活で交友関係も広いけど、実に常識人で性格弱者に対する気遣いもバッチリな娘。その描写はゆりちゃんが学校を病欠した折り、またまた「田村さん休みだからいっしょに昼食しよ!」と誘ってきた南さんことキバ子に押し切られ、モコッチをボッチ飯の境遇に1日だけ戻してしまって、昼食中にモコッチをチラ見しつづけることでその挙動を泣いていると誤解して(爆)、モーレツな罪悪感に打ち震えてしまう第11巻での描写で頂点を極める。
 良心の呵責に堪えきれずに、キバ子のモコッチへの悪口を聞かせまいともして、トイレの個室に押し込んでモコッチの両耳を押さえて涙目で顔面を近づけて、トドメに「私と友だちになって!」と謝罪してくるソバカス真子ちゃん! しかして、そこはギャグ漫画。文脈が理解できないのでモコッチはドン引き。ウッチーの被害妄想ギャグがモコッチにも援用されて、今度はモコッチが真子ちゃんのことを内心で「ガチレズさん」とアダ名するようにもなってしまう――昨今の情勢を考えるとLGBT差別になるやもしれんのに!?(汗)――。


 対するに、昼休みにボッチでも悲壮感や卑屈さなど微塵も感じさせずに、細々としたことは気にもせず中庭で堂々と昼寝しているヤンキー吉田さんとの絶妙な対比も、ボッチの身の処し方のひとつのモデルとしては実に示唆的でもある。


 9巻の後半は2年に一度の体育祭編。障害物競走に参加してブサメン男女にイケメン男女をゲットして来いと無理難題を出されたときの絶望感、騎馬戦メンバーを探す際の絶望感、といったおなじみの反復絶望ギャグを挟みつつ、その過程で弟・智貴クンをストーキングして写真を撮りまくる小宮山さんを体育祭運営本部に通報(!)するモコッチや、やはりアブれていた1年生の冴えない眼鏡のボッチ女子どもと成り行きで組まされたモコッチが智貴クンを慕う下級生女子と騎馬戦対決して、勝負に負けてもドサクサに紛れてさりげに痴女的にオッパイをさわることに執着するクズっぷりギャグも描かれる。


 特筆すべきは、のちのちにリア充ギャルグループとしてその個性や人格も描かれることになるギャル軍団とともに体育祭ではチアガールを務めているウッチーだ。
 体育館での練習場所にやはりボッチ飯(爆)を喰いにきて近辺からミニスカの下をのぞこうとしているのがミエミエなモコッチとも遭遇、ストーキングの恐怖に打ち震えるも、本番ではモコッチがミニ・ツインテール髪のブリッ子少女・ヒナちゃんやギャル軍団のチアガール姿を見続けていることに気付いて今度は嫉妬の炎をメラメラと燃やしだす!――オンナ心と秋の空ってムズカしいですネ(汗)―― ココにて今後はウッチーの方が逆にモコッチに執着していく倒錯ギャグのタネもまかれることとなったのだ(笑)。


私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』第10巻


 秋も深まり陽が暮れるのも早くなり冬が間近に迫ってくる寂寥感も遠景として、相変わらずの些事ギャグが描かれていく中で新たにフィーチャーされ出す人物がまた登場。
 それは本作序盤の高校1年生編から登場していて学級カースト上位グループに所属している、ミニ・ツインテール髪で制服の上から常にパーカーを羽織っているニコニコ笑顔が印象的な可愛い子ブリッ子タイプの根元陽菜(ねもと・ひな)ことヒナちゃんだ!――モコッチが内心アダ名している名称だと、往年の雑魚ロボこと量産型モビルスーツ「ジム」の後継機の名称も掛けたとおぼしき名字のアタマ2文字で「ネモ」(笑)――


 10巻の序盤で描かれる進路相談も兼ねた三者面談での女担任の発言で、モコッチは将来の進路をすでに定めて「声優」を目指しているクラスメートがいることを知る。
 各自の進路への悩みを軸に展開するこの第10巻では、体育会系・女担任が文学部演劇学科の資料をヒナちゃんの座席にドサッと持ってきて、廊下でヒナちゃんが女教師に「内緒にしてほしいって云いましたよネ」とお愛想の笑顔を浮かべつつ抗議したところを、人前では「声優」の語句は明かさないと云いつつも、その場でその語句を使ってしゃべっていることによって(爆)、偶然廊下に居合わせたモコッチが「声優」志望者はヒナのことだと知ってしまう!


 かてて加えて、母がお弁当を作ってくれなかったので、たまたま学食でボッチ飯を食していたら、座席が取れなかった同級のリア充グループがそのテーブルに乱入してきて、固まってしまうモコッチ(笑)。とはいえ、多少は場慣れしたのか、オズオズとチャラ男たちの問い掛けに答えてみせる成長も見せ、「帰宅したらナニしてるの?」との問い掛けに、同席しているヒナのことも意識して「ろ、録画したアニメ観てるかナ、ヘヘヘ」と遠慮がちに答えると、ヒナちゃんは「ふーーん」とウスい反応を返す。話の流れでクラスの誰が声優を目指しているのか? という話になるや、彼女はフリーズ&焦燥の度合いを高めていき、「ヒナだろ」とバレそうになるや慌てて否定にかかるのだ……。ナンと! リア充グループでよろしくやってるブリッ子少女のヒナちゃんは隠れオタでもあったのだ!!


 彼女の危機を察して、「リア充グループに所属していても苦労もあるんだナ……」と見かねたモコッチが「せ、声優、目指してるのはワ、ワタシかも……」と、同じく名作ボッチ作品『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』でも幾度か見たような、自分が汚れキャラクターを演じて自爆することで第三者を救ってみせるオトコ気があるところも見せつける! 平成初頭の幼女連続殺人事件のころほどではナイけれど、NHKでTVドラマ化(19年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190530/p1)もされた隠れオタ女子社会人を描いた漫画『トクサツガガガ』(14年)などとも同様に、オタであることをカミングアウトする行為は、劣位に置かれてイジられて笑いの対象とされる危険性が常に付きまとってもいる現実をも示唆する実に含蓄にあふれた描写でもある。


 しかして、オタ同士であることがわかってモコッチとヒナちゃんの心はツーカーで通じ合えることになるのか!? と思いきや……。放課後の暗がりの廊下で待ち構えていたヒナちゃんは「人前ではワタシとアニメの話をしないでネ」なぞとのたまりやがる(笑)。この一連や後続巻では、モコッチの好みは『進撃の屍』なる『進撃の巨人』(13年)&『甲鉄城のカバネリ』(16年)(共に荒木哲朗カントク作品)みたいな戦いや人死にがある作品や『まほいく(魔法少女育成計画)』(16年)&『魔法少女サイト』(18年)などのややエグくてダイナミックでスペクタクルなアニメなのに、ヒナちゃんは「私はあーいうのキライだから……」と全否定をしてみせて(爆)『まんがタイムきらら』系なマッタリほんわか「日常系」萌えアニメが大好物であることもカミングアウトしてくる。
 ジャンル内ジャンルが細分化した現在、同じアニメファン同士であっても容易に共闘できないあたりも実に今日的でもある。なお、修学旅行編の最後の宿泊でのふたり部屋で、モコッチがついつい見入ってしまった日常系の美少女アニメを、同室していたウッチーは「女同士でイチャイチャしてて気持ちワル!」とのたまっていたことも思い出す。女のコも一枚岩じゃないのだ(笑)。


 ……こう書いてくると人間ドラマ主導のマジメな巻であったと誤解されそうではある。しかし、中学生のころのように非日常的な高揚を期待して傭兵や武器商人になることを夢見る(笑)ほどには幼くない年齢に達したモコッチが、将来の職種像を描けずに専業主婦になる未来を想像するもゲーム三昧で育児放棄にいたる自分しか想起できないので、ニート(爆)になることを夢見るクズっぷりでギャグ描写も相変わらず絶好調!
 悪意はナイけど性格弱者の気持ちにやや無神経な、最近までボッチであったことをモロバレさせてしまう体育会系・女担任の三者面談での発言で、モコッチは羞恥にまみれて、母親にも心配されるブラックなギャグも炸裂。
 とはいえ、面談の順番を待つ間はキョロキョロとして落ち着かず、直前の女子生徒の面談を盗み聞きしようと壁に耳を付けてしまい母親に注意される、現国や歴史は得意でも精神年齢は幼稚園児並み(笑)でもあるモコッチは、やはり被害者なばかりではなくゲスな加害者でもあるあたり、物事を多面的に描いてみせる本作の面目躍如でもある。


 ラストでは小宮山さん・ゆうちゃんらと球場に出掛けて千葉ロッテマリーズと当時コラボ中でもあったボッチ作品『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』も登場。小宮山さんも作品を知っていて、モコッチに至っては原作ライトノベルを読んでいることも判明する(やっぱり! さもありなん!・笑)


私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』第11巻~第12巻


 季節は冬に突入して歳もまたいでいく。第11巻では来たる一旦のクライマックスへの助走台として、小宮山さんや彼女とモコッチの弟・智貴クンを取り合っている下級生女子、それに加えて従姉妹のキーちゃんなどの本作序盤から登場しているキャラが再登場する小挿話をいくつか挟んで、各々のキャラやギャグの芸風(笑)を再確認して改めての地固めもしていく。


 と同時に第12巻にまでまたがって、後日評する予定である第13巻以降で大きく花開いていく要素でもあるモコッチとギャル軍団との接触も描いて、周到にタネもまいておく。


 派手な顔した美人お姉さん系でギャル軍団の長とおぼしき加藤明日香さん。ココはご都合主義・ファンタジーだけれども、彼女は先の『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』などに登場するやや悪役寄りの公共心よりもミーイズム・私的快楽至上主義者としてのギャルではなく、常識もある正義の味方(笑)として理想化・美化もされた人格者としてのギャルであり、非モテ男子や大人しめ女子であれば彼女と対するのはやや気後れするであろうけど、その口調は下品なギャル言葉ではナイし他人の悪口なども決して云わない聖母のような年長者タイプとしても描かれる。
 席替えで加藤さんの真後ろの席に配されたモコッチは、好意の表明としてのメイクやネイルの実験台とされることで彼女と接点を作っていく――それを見かけて自身でも気付かずにモコッチへの偏愛を捧げはじめた「顔文字さん」ことウッチーがまたまた嫉妬の炎をメラメラと燃やすギャグも(笑)――。


 ギャル軍団のナンバー2も本格始動! 一見美人ならぬ可愛い系でもデコ出しチョンマゲ結びで気が強そうな岡田茜ちゃん。校舎ウラでモコッチがヤンキー吉田さんに文字通りに締め上げられている(爆)のを偶然見かけて、黙っておれずにモコッチを助けに向かってしまい、それを傍観していた田村ゆりの行為も許せない! と糾弾する、実は意外と常識人で正義感も強い人物としても描かれる――コレを機に茜ちゃんもその正体は奇人変人だと知ってしまったモコッチのことが気になって仕方がなくなってしまう(笑)――。彼女らをめぐるドラマについては、今回は見送る第13巻以降の評にて改めて語りたい。


 もちろんギャルの美化だけではない。それらと対比するかたちで、先のキバ子こと南さんはモラルに欠けており、やたらとテンション高くて元気でおしゃべりで、なおかつ無邪気にナチュラルに他人の悪口ばかりを云ってくる人物としても描かれる。
 おそらく休み時間の次の授業の特別教室への移動中なのであろう、田村ゆりちゃん・ソバカス真子ちゃんとともに階段を昇っていたモコッチは盛大にすっ転んで、女のコらしからぬいつもの「グエッッ!!」なる奇声を張り上げる。
 それを見て気の毒がるのではなく「ウケる~~!」と笑い飛ばしてしまう小さなイジメもOKな失礼千万の他人に対する共感性には乏しい残酷な南さん(爆)。対するにモコッチは、顔真っ赤にして「うっせ~キバ子。歯ぁ矯正すんゾ!」とつぶやく……。


 修学旅行の班決めでソバカス真子ちゃんを強奪したキバ子のことを快くは思っていなかったであろう、カラ元気と大人しめ同士で性格的にも気が合うハズがないであろう田村ゆりちゃんは、モコッチの当意即妙な形容&発言に虚を突かれてキョトンとするも、ツボに入ったのか溜飲が下がったのかコラえつつも声を出さずに笑い出す。「ゆりのそんな表情、見たことない」とモコッチに対するお株を上げる真子ちゃんの図で、ギャグ描写でありながらも彼女らの親交の深まりもダブル・ミーニングで積み重ねさせていくあたりも絶品だ。


 ゆりちゃんもまた単なるクールな女子なのかと思いきや、奇抜な形態の建築物をラブホテルだと見抜けない意外とウブなヤンキー吉田さんを気遣って、真相を明かそうとするモコッチをさえぎり、吉田さんの夢を壊さないように(笑)話を合わせてあげる女の子らしい優しい気遣いでポイントも上げてくる――まぁゆりちゃんもクールなようでも凡庸な女のコだよなとか、悪い意味での日本人の典型、ムラ世間的な毛づくろいコミュニケーションそのものじゃねーか!? というツッコミも可能ではあるけれど、この程度ならば許そうではないか!?(笑)――。


 モコッチの旧友・ゆうちゃんも彼氏と別れて髪の毛を切った姿で再登場を果たして、モコッチや小宮山さんともしばし歓談。陰に陽にすでに非処女であることがほのめかされる(爆)。コミュ力的にはモコッチや小宮山さんとも当初は大差がなかったハズなのに、ルックスや性的魅力に恵まれていたばかりに、オトコが寄ってきてコミュニケーションが始まり場数も踏めていく。文化的制度やマルクス主義的経済格差以前のもっと原初的でフェロモン・動物的でもある次元、本人の努力を超えた先天的な生物学的次元でも生じてしまう格差! 全人類を同一DNAのクローン人間にでもしなければ解決不能な不条理!
――もちろん筆者とて無罪ではない。モコッチよりは田村ゆりちゃんの方がそこはかとない色気があるし、恋人にしたい! お嫁さんにしたい! とも思ってしまうのだから(笑)。そうだ! 絶対平等の観点からひとりの男性がひとりの女性を独占することを禁止して、世の女性たちを差別せず等しく平等に愛することを義務付ければ、モコッチにもゆりちゃんにも!(以下略)――


 それらと順番は前後するも、本作序盤に登場した懐かしのキャラクターも再登場。かつての深夜アニメ版でも映像化された件り、高校1年の秋の文化祭にてやはり居場所がなくて孤独に校内をさすらっていたモコッチを気にかけてくれた柔和で快活でもある人格者の女生徒会長・今江さんだ。
 1対1ではなく複数キャラが同席する中での組み合わせやリアクションの相違で人物像が示される作劇が、ことココに至って増えてくるけど、常識的にはアリエないヤンキー吉田さんとボッチのモコッチが相合い傘で雨天を帰宅する光景に尋常ではないモノを感じて(笑)、それを見かけた生徒会長さんがいっしょの帰宅を申し出る。
 いつもの奇矯なボケとツッコミを披露するふたりを見るに及んで、ふたりの良好な関係性を察する生徒会長さんの慧眼ぶりがまたもポイント高い。クルマがハネた水しぶきを咄嗟に傘でバリアにして生徒会長さんをかばうヤンキー吉田さんも実にポイント高いのだ――「不良って得だよなぁ、ちょっとの善行でもポイントが上がるから……」とボヤいているモコッチは相変わらずのクズだけど(笑)。もちろん吉田さんも、物語の便宜で理想化・美化されたヤンキー像ではあることは付言はしておこう(汗)――


 コレが伏線となって、第12巻では卒業式後に校庭に集う卒業生たちの場へ、生徒会長さんに一言お礼を云おうと思ってオズオズと訪れたモコッチは、その人望で人だかりができているサマに気後れするも、それを察した吉田さんが首根っこをツカんで生徒会長さんに差し出すあたりから目頭が熱くなってくる。物陰で最後の会話を交わして抱きしめてくれることで、高1の文化祭で抱きしめてくれた動物の着ぐるみは生徒会長さんだったんだと気付くあたりで読者の涙腺も決壊する(多分)。帰り道でゆりちゃんや真子ちゃんがハンカチやティッシュを差し出してくれるあたりでのダメ押しといったら……。


 とはいえ、モコッチがクラスメート間でビミョーにお株を上げてくるエピソードも配していく。大雪で交通が乱れてヒトもまばらな静かな教室。聖なる白さ&大雪が騒音も吸収するのかホーリーな特別感を醸す日に授業は自習となり、ここでラノベやお文化系サブカルにも造詣があるモコッチの強みが活かされて、図書室で各自がモコッチの薦めた書籍を静かに読み始めるのだ!
 そーいえば、やはり深夜アニメ化もされた高1の夏祭り(花火大会)編でもモコッチは、早くも15年も前の2004年に10代の少女ふたりが芥川賞をダブル受賞をした折りのギャル系ではなく黒髪清楚系の方の処女作『インストール』の表紙を見て、「あの本、読んだことがある…」などと図書室でのたまっていたモノだ。


――余談だけど、筆者もミーハーなので当時、増刷もされた月刊『文藝春秋』に再録された黒髪清楚系の芥川賞受賞作『蹴りたい背中』は読んでいる。クラスでボッチ(!)の陸上部女子が異物としてのオタク男子と交流するも通じ合わないサマ(汗)を描いた作品で、ピアスを付けたワイルドでワルな香りがするオトコにセクシュアリティを感じるビッチなギャルの奔放な性を描いたもう片方の同時収録の受賞作『蛇にピアス』とは実に対照的であった。筆者の周囲の評論オタ間では、このミニスカギャル系と保守的ロングスカートの黒髪清楚系のふたりを当時放映が開始されたばかりの女児向けアニメになぞらえ『ふたりはプリキュア』(04年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20040406/p1)と呼び習わして、このふたりは同作序盤#8までのように絶対に気が合いそうにないと語り明かしたモノだ(笑)。後日ゴシップ誌でふたりの対談記事がアリそうでナイ理由は、黒髪清楚系の方が断っているからだと報じられる(たしかにカメラを意識して常に身を斜めによじったモデル立ちポーズでキメているギャル子作家ちゃんは怖いよ~・爆)――。


 そしてクライマックスは、終業式後のクラス打ち上げ。友だちが少なくて現場で浮いてしまうことを恐れるモコッチやゆりちゃんは参加を悩み、ヤンキー吉田さんはハッキリと「興味ねェよ!」とまでのたまう(汗)。
 ソバカス真子ちゃんに誘われ、モコッチや吉田さんが参加するなら……と答えたゆりちゃんはモコッチと吉田さんを誘って、答えを留保するふたりとともにゲームセンターで時間をつぶす。そして……。高1時代のクリスマス・クラス打ち上げでは集合場所近くまで赴むくも、浮かれる級友たちを遠方から見かけてそこに混じれる気がせず怖じ気づいて秘かにひとり淋しく撤収したモコッチも(涙)、今回はゆりちゃん・真子ちゃん・吉田さんと4人でテーブルを囲んでリラックスした時間をしばし過ごす。


 しかして、意表外の席替えターイム! 4人はバラバラとなってしまう(汗)。
 ゆりちゃんは天敵・キバ子の隣となり、キバ子は真後ろのソバカス真子と話し出す(爆)。モコッチはギャル軍団の長・加藤さんの隣りになり、最初は気後れするも加藤さんの気遣いとココ半年の訓練の成果かキョドりながらもナンとか周囲と会話を成立させる。ヤンキー吉田さんも悶着があったばかりの隣席の岡田茜ちゃんと会話を成立させている。
 モコッチと吉田さんを打ち上げに連れてきた立て役者なハズの田村ゆりちゃんのみ、そのコミュ力弱者ぶりがココに来て露呈して、浮いてしまって無言でヤリ過ごすのだ……(汗)。集団・喧噪の中での孤独。


 二次会のカラオケには行かずに、一次会だけでそそくさと帰途に就くゆりちゃん。それに目敏く気付いてあとを追うやさしい真子ちゃん。いつもの4人といたかったと静かにホンネを吐露していた信号待ちのゆりちゃんの隣に吉田さんが合流。
 一次会はナンとか凌げたけど二次会では多分浮くだろうと自らの分もわきまえて――増長でも卑下でもないところのモコッチの実に的確な自己評価!――、まだ寒くて人影もまばらで夜のとばりが下りた海浜幕張駅の高架上のホームにエスカレーターでしずしずと昇ってきたモコッチとも、「アッ!」と互いに目が合って合流を果たす。
 電車を一本ヤリ過ごして言葉少なにこの時間がしばし続けばと優しいダウナーな一体感にひたっている4人の姿には涙を禁じ得ない……。


 もちろん評論オタとしてイジワルにハシゴ外しをさせてもらえば、「コレが野郎キャラだったら、メソメソせずにシッカリしろヨ! と思ってしまうだろう」「女のコだから弱さをさらしても許されるし、百合的に美しくも感じられるのだ」などの男尊女卑的な通念とも無意識に結託したのがコレらの描写でもあり、「近代的な自立した個人」じゃないよネ? 西洋化ではないオルタナティブな近代を目指した明治時代の亜細亜主義の巨頭・頭山満玄洋社の総帥)の名言「ひとりでいても淋しくないヒトになれ」等々のツッコミや反駁も可能ではあるけれど(汗)、しょせんは社会評論ならぬ時代の俗情とも大いに結託した我らが愛する大衆娯楽エンタメなのだし、誰もがそこまで強くなれるワケでもないのだからコレでもイイじゃないか!?(笑)


 ある局面においてはモコッチよりも劣るゆりちゃんのコミュ力は、第13巻以降でクローズアップされて、その心理や表情もやや沈んで不安定となり、モコッチに対するプチ独占欲や依存も滲ませるカルい「病んデレ」とも化していき、オタク読者の萌え感情を大いに惹起していくことにもなるけれども、それはまた稿を改めて語りたい。


 この第12巻の最終章は、高校3年編の第1話でもあり、3度同じクラスとなったモコッチとヒナちゃんが自己紹介で互いをけしかける。モコッチはウケをねらった自己紹介でまたもスベってしまい寒い空気を招来してしまう。しかし、恥辱にまみれるもメンタル強度は以前よりも確実に高まっていることを自覚するモコッチ――彼女のはるかなる前走者として云わせてもらうと(笑)、それと引き換えに心のドコかの繊細で軟らかいところも確実に毀損していっているけど、実生活で生き抜くためにはそれも仕方がナイ!――。
 それを見て意を決したヒナちゃんも、声優志望を明るい表情&声色でカミングアウト! しかして自己紹介後は手が震えており「もしものときはボッチのやり方、教えてネ……」と静かに語りかけてもくる。次巻以降の展開への期待も大いに煽るドラマチックなヒキでバッチリだ。筆者も本作に一生、付いていく! と誓うのであった(笑)。


――とはいえ「物語」一般というモノは、「かくあってほしい」「道理や正義が通ってほしい」「往々にして現実はそーではないのだから……」という願望が託されたモノでもある。だから、実生活ではヘタに本作に影響されてオタであることをカミングアウトしたりはしない方がイイとも思うゾ(爆)――


(了)
(初出・オールジャンル同人誌『DEATH−VOLT』Vol.82(19年6月16日発行))


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