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仮面ライダーゼロワン最終回・総括 ~力作に昇華! ラスボス打倒後もつづく悪意の連鎖、人間とAIの和解の困難も描く!

『仮面ライダーゼロワン』序盤合評 ~AI化でリストラに怯える中年オタらはこう観る!(笑)
『仮面ライダーゼロワン』前半総括 ~シャッフル群像劇の極み! 滅亡迅雷net壊滅、新敵・仮面ライダーサウザー爆誕!
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『仮面ライダー』シリーズ評 ~全記事見出し一覧


仮面ライダーゼロワン』最終回・総括 ~力作に昇華! ラスボス打倒後もつづく悪意の連鎖、人間とAIの和解の困難も描く!


仮面ライダーゼロワン』終盤の挑戦!

(文・T.SATO)
(2020年9月脱稿)


 最終回の4~5本も前に、我らが仮面ライダーゼロワンは巨悪のラスボスを打倒することについに成功! しかし、物語はそこでは終わらない。
 物理的な大カタストロフ(破壊)が回避できたというだけであって、「自我」や「感情」が芽生えた人型ロボット「ヒューマギア」たちにとっては「人間」に対する「不信感」や「齟齬」、ひいては「怒り」が解消されるものでは決してナイ! 彼らはプラカードを掲げてデモや団交(!)、一部は暴動までをも引き起こす!
――エキストラも相応に動員することで映像的な説得力も増している! もちろんシナリオの執筆時期的にはアメリカでの黒人差別反対デモを反映したものであるワケもないけれども、映画の神さまのイタズラか結果的には少々シンクロもしてしまう――


 本作シリーズ当初の宿敵であった悪意の人型ロボット集団「滅亡迅雷.net」も巨悪を倒すためにゼロワンと共闘したものの、


・「人間とヒューマギアとの共生」を目指す仮面ライダーゼロワンことアルト社長
・「人間支配からのヒューマギアの解放」を目指すヒューマギア・滅(ほろび)


 この両者では目指すべき道が違っていた。そして、ふたりの間で再度はじまる闘争!


 加えて、物語は仮面ライダーゼロワン自身の「闇落ち」へ! 最凶最悪の新たなラスボスと化してしまう! 同作における一応の正義側の2号ライダー・3号ライダー・4号ライダーたちがコレを何とかせんとして立ち向かう!
 しかし、「ゼロワンと戦ってしまう」という行為自体が、ゼロワンをますます「悪」へと追いやってしまう可能性もあるという。しかして、彼の暴走を放置しておくワケにはいかないという二律背反……。ウ~ム。


 いやぁ~。たしかにスゴいストーリー展開だけれども、戦ってはイケナイのかもしれないとなってしまうと、娯楽活劇作品としては爽快感を得られにくくなってしまうし、劇中でのバトルがもたらす爽快感自体をも否定しかねないクリティカル・ポイント(臨界点)の線上に立ってしまったとも思うのだ。どころか、一歩先に踏み越えて勝利のカタルシスを得られにくいところにまで立ち入ってしまったような、いやソレをギリギリのところで寸止めで留めることができてもいるような、マニア諸氏の見解も別れそうなビミョーな地点に着地しているともいえるだろう。


 しかし、コレはもう個人の好みの次元に入ってくるけど、筆者個人も手放しではナイけれども、本作『ゼロワン』をトータルでは肯定したいと思うのだ。もちろん、年長マニア目線も意識した作品であるとはいえ、ココまで子供向け番組でやらなきゃイケナイのか!? という私的な感慨もあったりはする。しかしココまでやらないと、あまたの意表外なラストに着地して、様々なテーマ的達成をも実現してきた2010年代の平成ライダー諸作との差別化ができないのもまた事実ではある。よって、作家陣やプロデューサー陣もまたそうしたテーマ的・作劇的な実験をしてみたくなる(?)という気持ちも僭越ながらよくわかる。


ラスボス打倒後も、人の心に悪があるかぎり、悪が蘇る展開をガチで描く


 「人間の心に悪があるかぎり、私は必ずよみがえる……」。これは往年の『仮面ライダーBLACK(ブラック)』(87年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20001015p2)最終回で、暗黒結社ゴルゴムの大首領にしてその正体は生ける巨大な心臓(!)であった創世王の断末魔のセリフである。
 『BLACK』放映の時点で、元祖『仮面ライダー」(71年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20140407/p1)世代の特撮オタクたちはすでに20歳前後に達していたので(汗)、この創世王の断末魔がまた、『仮面ライダー』シリーズの原作者・石ノ森章太郎(いしのもり・しょうたろう)が手掛けた往年の名作人気マンガ『サイボーグ009(ゼロゼロナイン)』(64年)シリーズの当初の完結編であった「地底帝国ヨミ編」最終回(67年)へのオマージュであることに気付いた御仁も多かったし、そのことを当時もう隆盛を極めていた特撮雑誌の読者投稿欄やら特撮評論同人誌にあまたの論客たちが言及をしていたモノである――ただし必ずしも好意的な論評だけだったとはかぎらない。評論オタクは良くも悪くもスレすぎているので、その時点でも今で云うテンプレ・陳腐な結末に過ぎなくて、少しは前代の『009』とは異なる新たなビジョンも提示しろ! というような批判もあったモノである――。


 009たちの宿敵集団・ブラックゴーストの3大幹部がロケットで逃亡した先の衛星軌道上で009に発したのは、「人間の心の中にある悪が私たちの正体……」「だから僕たちは滅びない……人がいるかぎり」というセリフであった。
 まさにそのゴルゴムやブラックゴーストのような権力悪のごとき存在を滅ぼすことができたとしても、無条件に善良な存在であると思われがちである庶民・大衆自身にも実は悪意や害意や醜い欲望があるのであって、その空白の王座には別のラスボスがそのうちに鎮座するであろう。あるいは鎮座しないまでも、ミクロな学級・職場・地域内での人々の不和が解消することもまたナイであろう。モラルや他人に対する共感性に乏しい学級・職場・地域のボスが安倍ちゃんやトランプと連動して消滅するということもまた決してナイ以上は、学級・職場・地域内でのイジメやパワハラモラハラなどが解決することもまたナイのであろう。


 往年のマルクス主義的な「階級闘争」図式で、暴虐な王さまなり権力悪なり安倍ちゃん・トランプ・武器商人をギロチンに架けて首チョンパなり、その銅像を引き倒してみせたり、王都(首都)を陥落(かんらく)させて、「革命」さえ達成できれば、そこで即座に平和でバラ色な地上天国が訪れる……などとは描かなかった石ノ森章太郎センセイ。
 今の若い方々には信じられないだろうけど、世界中の左翼知識人たちがソ連(現ロシア)・中国・北朝鮮などのマルクス主義的な共産主義諸国を信奉し、世界中でいずれは資本家や権力者が革命で首チョンパされて万人が平等で善意に満ち満ちた社会主義共産主義社会が到来することが歴史的必然・科学的真理である――コレを科学的社会主義という(爆)――と信じていた人々が多かった1960年代に、それをも懐疑して別のオルタナティブな境地に到達していた石ノ森章太郎の先見性が改めて忍ばれる。
 むろんコレは「権力悪」を糾弾するのがまったくの無意味だというのではナイのは念のため(ムダな全否定ではなく是々非々で見ることは重要だとは思うけど)。「権力悪」とはまったく別個に独立・並行して存在する、日常で出会う「小さな悪」とも我々は対峙して解決を目指していくべきなのであり(短期的にならば退避・逃走をも含む)、この通底はしていない両者との二面戦が必要だという考えを筆者個人は持っている。


 『ゼロワン』#42のサブタイトルは「ソコに悪意がある限り」。そう、『ゼロワン』終盤はゴルゴムやブラックゴーストなどの巨悪が滅びたあとにも残る不和を描くのであった――ラスボス存在に「悪意」をラーニングさせた本作中盤における宿敵・仮面ライダーサウザーこと大企業・ZAIA(ザイア)のアマツ・ガイ社長の過去の行為が「原因悪」ともいえるけど、それは単に時系列的な発端に位置する小悪党に過ぎなくて彼はラスボスたりえずに、開発者や媒介者の制御をすでに離れて独立して現に巨悪として君臨・暴走している方をラスボスとして描くあたりも実に示唆的ではある(仮にサウザーを倒してもアークが滅びるワケではないので)――。


人型人工知能ロボットたちに目覚める「悪意」と同時に「神」の概念!


 ただまぁ放映短縮による影響なのやもしれないけれども、ラスボス打倒後も解決されなかった市井の不和描写については、失敗はしていないものの十全たる描写でもなかったやもしれない(汗)。
 たとえば一度はその存在を危険視されて製品回収の憂き目に遭ってしまった「ヒューマギア」たちは、社会に復帰できても一応の「自我」や「感情」がすでに芽生えてしまっている。つまりは人間ほどではないのだろうけど「懐疑」や「不信」や「不満」や「悪意」といった感情というのか「実存」も芽生えてしまっているのだ。それらの心情を仮託するものとして、「ヒューマノイド」の一部にかつてのラスボス「人工知能・アーク」を「神さま」のように感じているといった事象も生じていることが語られる。
 ただし、それは本作のメインヒロインである秘書ロボ・イズのセリフ一言で済まされてしまって具体的な実例描写がなかったので(笑)、「神さま」といった物理的には非実在な存在をも想念できてしまう「人工知能」という魅惑的なシチュエーションそれ自体はやや空回りで終わっていたともいえるだろう。


 むろん筆者ももっと即物的・子供向けヒーロー番組的に「アーク」が亡霊のように復活! あるいはサイバーSFマンガ『攻殻機動隊』(89年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20170510/p1)シリーズ的に「アーク」がインターネットの世界に自我を持ったデータとして遍在するようになってしまって復活を果たすのか!? ……などとも思いはしたものの、作り手たちは意外にストイック(禁欲的)であり、そのようなある意味では安直な――と同時にヒーロー活劇としては正しい――展開にはならなかったのであった。
 好意的に解釈すれば、「アーク」は自身のデータが膨大ゆえにか、自身のような存在が二体以上も存在することを危険視したのか、バックアップ・コピーなどは取らずに、単独で悪の新変身ベルトに宿った末に――変身ヒーロー番組である以上はメタ的には「アーク」自身もワル者で隻眼(せきがん)のライダー・仮面ライダーアークゼロとして実体化してガチンコバトルを演じさせる必要があったため――、最期(さいご)は他のヒューマギアや記憶媒体に憑依し直す暇もなく物理媒体上で破壊されてしまっているので、まさに物理的なデータ実在ではなく「ヒューマギア」たちの高度な思考上で生じた「非実在」の抽象的な「観念」・「概念」として「アーク」は想定されているということになるのであろうけど、メインターゲットの幼児たちはもちろん大きなお友達でも理解がしにくかったのではなかろうか?(汗)


 ただまぁそーは云っても、単なるデータの集積であるハズの「アーク」自身も、変身ヒーロー番組的な映像表現としては、物理法則を超えて空中に浮かぶ黒紫のトゲトゲとしたCG球体として出現して、宙を移動して人語をしゃべったりする姿までをも見せたり(笑)、「アーク」滅亡後もその残存データだとも解釈ができる黒紫のウヨウヨが地を這ってゼロワンやヒューマノイドに憑依したりする、適度にロウブロウ・通俗的なビジュアル表現もなされてはいるので(ホメてます!)、ムダに無意味な難解さはなく子供番組としての仁義も守られてはいるのだけれども……。


ラスボス打倒後、ヒロイン殺害、ゼロワンが復讐心からラスボス化!


 終盤の4本は仮面ライダーゼロワンvs滅亡迅雷の滅が変身する仮面ライダー滅との思想対決も交えた最終決戦ともなっていく。しかし、ここでもスタッフは一捻りを加えて、それまでは善意のかたまりのようであった主人公青年・アルト社長自身に「悪意」を克服することの困難さを最終試練として与えている。
 すなわち寝食を1年ともにしてきたメインヒロインである美少女秘書型ヒューマギア・イズを敵の毒牙にかけたことである! 特殊なヒューマギアであってデータ・バックアップも存在しないイズは真の意味での死を迎えてしまうのであった……(昭和の時代ならばともかく、今どきの子供向け番組としては実にイジワルな展開だなぁ・汗)。


 果たしてコレを恨まずにいられようか!? もちろん恨まずにはいられない。それもまた実に「人間」的な、いやむしろあまりに「人間」らしい心でもある! 平静心を失って復讐心にカラれたアルト社長は禁断のアークの変身ベルトを用いて、新たなる白黒モノトーンの禍々(まがまが)しきライダー・仮面ライダーアークワンへと変身して圧倒的なパワーを見せつけた果てに、滅をかばった滅亡迅雷の迅(じん)こと仮面ライダー迅(ジン)をも期せずして爆散させてしまう!
 元々は父親型ヒューマノイドとして造られた個体であったことがそれまでに判明していた滅は、当初は支配の対象として、途中からは父性愛の対象に変じていった迅を喪ったことで激高!


 状況は絶望的になる一方である。でもまぁ、子供番組である以上はアンハッピーエンドに落とすワケにはいかないし落とすべきでもナイ。バトル自体がイケナイ、激高の果てには新たなアークが誕生するやもしれない!? などという、『仮面ライダークウガ』(00年)終盤(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20001111/p1)でも見られたような展開にもなっていく。
 しかして、肝心のラストバトルが省略されてイキナシ後日談になってしまった『クウガ』とは異なり(爆)、名作時代劇映画『七人の侍』(54年)やそれへのオマージュでもあった名作TV時代劇『斬り抜ける』(74年)#4における戦場の方々に刀剣を刺したり立て掛けたりして野盗と乱戦におよんだように――日本刀は何度も斬りつけていると湾曲したり血糊で切れ味が鈍ってしまうため。その意味で実は百人斬りなどは不可能なのである(汗)――当初からお互いに無数の刀剣武器を出現させて方々に配置しておき、武器を取っ替え引っ替えしながら壮絶なラストバトルをボリュームいっぱい展開してみせる!
 80年代以降のジャンル作品のお約束で、戦闘中に禅問答を繰り広げるスタイルで、人間の多面的で時に制御不能な衝動などの複雑玄妙な心理なども言語化・セリフ化して総合的に掘り下げつつも、その果てに到達した思想的境地で両者は一応の決着・和解(?)へと至るのであった……。


 やや頭デッカチで思弁的なオチになった気もするけど、ギリギリ空中分解は免れているとは思うし、相応に胸を打たれるところもあるしで、筆者も心の片隅に分裂した感慨(少々の不満)を抱いていなくもないのだけれども、やはりあくまでもジュブナイルでありファミリー向け作品でもあるのだから、このオチでイイんじゃないのかなぁ。


悪意一般を過去作はドー捉えた!? 前例『ドライブ』と反例『鎧武』!


 エッ? 5年前の『仮面ライダードライブ』(14年)終盤はトータルではハッピーエンドでも、細部を見れば「人間から悪意がなくなることはない……」「悪意を撤回することができない人間もいる……」というミもフタもないテーゼが提示されていたって? しかもその実例たるラスボスは、同作における1号ライダーの親族であったとしてしまうとドラマがあまりに重たくなりすぎてしまうからか、2号ライダー・仮面ライダーマッハやその姉であるメインヒロイン姉弟の実の父でもあった仮面ライダーゴルドドライブ・蛮野博士の方に割り当てられたけど、少年マンガ美少女アニメ的な「善意の説得」が実らない方向での決着だったって?
 そーいやそーでしたネ(汗)。まぁあの作品はそれでも、息子と娘は彼を翻意させようと最善の努力は尽くした……、その努力は実らなかったけど、しかして親と子はあくまでも別人・別人格なのであり血の呪いのようなモノを感じる必要もナイことを提示しつつも、主人公たる青年刑事クンも「人間一般から悪意がなくなることはない」ことを最終回で達観する決着になっていて。しかして、それでニヒリズムに陥(おちい)ることなく、だからこそ自他の悪意を抑える側に廻ろうと冷徹に決意するオチでもあって――最終回の1週あとに話数調整であろうか放映された次作ヒーローも客演する後日談番外編でも、その達観を念押しのダメ押し。しかも往年の『ウルトラマンタロウ』(73年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20071202/p1)最終回ラスト(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20130317/p1)のようにヒーローにすら変身せずに人間としての力でだけで事件を解決してみせもする!――。


 しかして、その真逆のパターンの作品すらもがあった。ラスボスというのか事態の元凶が、異界から浸食してきた「悪意」自体を持たない(!)侵略的外来植物に過ぎなかった『仮面ライダー鎧武(ガイム)』(13年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20140303/p1)である――コレも人格悪や階級悪を超えて特定個人の意志や悪意でもなく集合意識や法人格のようなモノが勝手に自律的に動き出してしまう、非人格的・非人称的な組織やシステムの隠喩も込めていたとも思われる――。
 超長期的には人間や生物や宇宙の生命を進化させ、「黄金の果実」として知恵・知性をもたらすことまであるものの、短期的には人類との共生が不可能な「異界植物」と「植物由来の敵怪人」たち。そんな存在たちを神通力で宇宙の彼方の新天地の惑星へと一挙に瞬間移動させて、「人間」と「植物」&「怪人」たちを「棲み分け」というかたちで救ってみせたのは、生物種としての人間を超えて神近き存在へと進化してしまった主人公青年とヒロインであったというオチ。しかも彼らは人間としての生を犠牲にして、彼の地でこそ争いのない世界を造るのだともいう……。
 コレなども一応のハッピーエンドではあって安息も感動も得られはしたけれども、ウラを返してシニカルに見てしまえば、SF的・純論理的にはこのような解決方法も仮定はできるけど、それはあくまで絵空事であって現実的にはムリですよ~と主張しているようにも見えなくもないのであって……(汗~いや、もちろん色々な深読みや賛否が出るように、あえて多面的に描かれた含蓄があるラストにしたのであろうけど)。


 本作『仮面ライダーゼロワン』終盤もまた、2010年代のそんな意欲作ばかりなライダーシリーズ終盤に列伍できたとも私見するのであった。


(了)


仮面ライダーゼロワン』総括

(文・久保達也)
(2020年9月20日脱稿)

*「新時代」初の仮面ライダーは「昭和」と「平成」のイイとこ取り!?


 改元後初の仮面ライダーとして華々(はなばな)しくスタートしたものの、2020年に全世界を襲った新型コロナウィルスの影響で話数短縮の憂(う)き目にあった『仮面ライダーゼロワン』(19年)が当初の予定どおり2020年8月末をもって大団円を迎えた。


 第1話『オレが社長で仮面ライダー』から第16話『コレがZAIA(ザイア)の夜明け』に至るまでは、AI(エー・アイ)=人工知能を搭載したヒューマノイド型ロボット・ヒューマギアがありとあらゆる業種で人間とともに働く近未来を舞台に、元は売れないお笑い芸人だったが第1話でヒューマギア開発企業の社長に就任した、茶髪で一見軽薄な印象の強い主人公青年・飛電或人(ひでん・あると)=仮面ライダーゼロワン、対人工知能特務機関・A.I.M.S.(エイムズ)に所属する黒髪カーリーヘアの一見イケメンだが激アツキャラの不破諫(ふわ・いさむ)=仮面ライダーバルカン、黒髪ストレートロングでかなりスレンダーなクールビューティー・刃唯阿(やいば・ゆあ)=仮面ライダーバルキリーと、ヒューマギアを暴走・怪人化させて人類絶滅をたくらむ組織・滅亡迅雷.net(めつぼうじんらい・ネット)との戦いが描かれた。


 第17話『ワタシこそが社長で仮面ライダー』から第29話『オレたちの夢は壊(こわ)れない』に至っては、或人が社長を務める飛電インテリジェンスのライバル企業・ZAIAの社長であり、自身の指針としてやたらと「1000%(せん・パーセント)」を口にし、常にクリーム色のスーツに白のタートルネックを着用する、ホントは45歳だが自称「永遠の24歳」(爆)の天津垓(あまつ・がい)=仮面ライダーサウザーが滅亡迅雷.netに代わってレギュラー悪となり、飛電インテリジェンス買収(ばいしゅう)をたくらむ垓と或人が思考能力を補助する小型機械・ZAIAスペックを装着した各界の人間とヒューマギアのどちらが優れているかを競う「お仕事五番勝負」(笑)を繰りひろげた末に或人は垓に敗れてしまい(!)、社長の座を降りて飛電インテリジェンスを去るまでが描かれた。


 本稿では便宜上(べんぎじょう)、第1話から第16話を第1部「滅亡迅雷.net編」(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200517/p1)、第17話から第29話を第2部「天津垓=仮面ライダーサウザー編」(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200518/p1)と呼称する。
 第30話『やっぱりオレが社長で仮面ライダー』から第41話『ナンジ、隣人と手をとれ!』、つまり飛電インテリジェンスの新社長も兼任して全ヒューマギアの強制停止と一斉リコールを開始した垓が、12年前に犯罪心理や人類の愚(おろ)かな争いの歴史をラーニング――情報技術を用いて学習を行うこと――させたことで、その本体は人工衛星でもある「人工知能・アーク」が本格的に復活して人類を滅亡させようとしたり、セキュリティが万全のはずだったZAIAスペックがハッキングされて装着者の人間が暴走をはじめる第3部は、さしずめ「アーク編」と呼ぶべきところであろう。
 ラスボス・アークが滅んだあとにも平和が到来することなく闘争はつづき、自我と権利意識にめざめたヒューマギアたちも人間に団交やデモや暴動で要求をはじめる(!)第42話『ソコに悪意がある限り』から最終回(第45話)『ソレゾレの未来図』は「最終章」としておこう。


 『仮面ライダードライブ』(14年)・『仮面ライダーエグゼイド』(16年)・『仮面ライダービルド』(17年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20180513/p1)など、東映の大森敬仁(おおもり・たかひと)氏がチーフプロデューサーとして手がけてきた仮面ライダーでは主人公が戦う対象がシリーズ中に変化を遂(と)げていく傾向が強かったと思える。
 『ドライブ』では当初人工生命体・ロイミュードが敵であったが、中盤からは人間とロイミュードが融合して誕生するあらたな怪人が登場するようになり、最終展開ではかつてロイミュードを生みだした張本人であり、2号ライダー・詩島剛(しじま・ごう)=仮面ライダーマッハとその姉・詩島霧子(しじま・きりこ)の実の父・蛮野天十郎(ばんの・てんじゅうろう)=仮面ライダーゴルドドライブがラスボス的扱いで描かれ、それまで主人公・泊進ノ介(とまり・しんのすけ)=仮面ライダードライブと敵対してきたハズのロイミュードの幹部たちが共闘するまでに至った。
 『エグゼイド』ではコンピューターウィルスから生まれた怪人・バグスターに加勢していたゲーム会社の若社長・檀黎斗(だん・くろと)=仮面ライダーゲンムがシリーズ前半のレギュラー悪として描かれたが、中盤以降黎斗は正義側のライダーおよびネタキャラと化し(笑)、以降は新たに登場した黎斗の父・檀正宗(だん・まさむね)=仮面ライダークロノスがレギュラー悪となった。
 そして『ビルド』では謎の組織・ファウストと彼らが生みだした未確認生命体・スマッシュとの戦いを描いた第1章、日本が3つに分断された世界観でそれぞれの国家の仮面ライダーたちが代表戦を演じる第2章、それらすべての元凶である地球外生命体・エボルトがレギュラー悪となる最終章と、先述した傾向が最も顕著(けんちょ)に表れていた。


 もちろん大森P以外の作品でもインベスなる怪人たち→悪徳企業(笑)ユグドラシル・コーポレーション→異界・ヘルヘイムの森に生息するオーバーロードなる侵略者と、主人公が戦うべき相手が変化を遂(と)げていった『仮面ライダー鎧武(ガイム)』(13年)などの事例も存在するが、『仮面ライダーW(ダブル)』(09年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20100809/p1)以降のいわゆる第2期「平成」仮面ライダーシリーズでめだつようになったこうした目先の変化は、「昭和」の仮面ライダーシリーズで描かれていた敵組織の幹部交替劇を彷彿(ほうふつ)とさせるようでもある。
 実際幹部交替にとどまらず、元祖『仮面ライダー』(71年)ではショッカー→ゲルショッカー、『仮面ライダーアマゾン』(74年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20001008/p2)ではゲドン→ガランダー帝国、『仮面ライダーストロンガー』(75年)ではブラックサタン→デルザー軍団、『仮面ライダースーパー1(ワン)』(80年)ではドグマ→ジンドグマと、敵組織そのものが交替する事例がすでに多く見られてはいた。それらを近年のライダーシリーズが参考にしたとは思わないが、これはある意味では「昭和」以来の仮面ライダーの伝統・様式美の意図せざる隔世遺伝(かくせいいでん)かもしれない。


 そして「平成」仮面ライダーといえば敵が味方に、味方が敵にとキャラの立ち位置シャッフルを繰り返すことで人物相関図を激変させる、集英社週刊少年ジャンプ』連載作品で「昭和」の時代から行われてきた手法を導入した作劇こそ大きな魅力のひとつだが、先述したように主人公が戦うべき相手が変化する中で、『ドライブ』ではロイミュードの幹部だったチェイス=魔進(ましん)チェイサーが仮面ライダーチェイサーに、『エグゼイド』ではバグスターの幹部格・パラドが仮面ライダーパラドクスに、『ビルド』ではファウストの幹部・氷室幻徳(ひむろ・げんとく)=ナイトローグが仮面ライダーローグへと、近年のライダーでは敵キャラが完全に正義側へと転じる例が散見された。
 『仮面ライダージオウ』(18年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190527/p1)をはさんで大森氏がチーフプロデューサーに返り咲いた『ゼロワン』もまた、先述したような作風を継承した印象が強かったが、もうひとつ加えるなら『ドライブ』の蛮野、『エグゼイド』の正宗、『ビルド』でヒロイン・石動美空(いするぎ・みそら)の父・石動惣一(いするぎ・そういち)の身体に憑依(ひょうい)していたエボルトと、仮面ライダーが最後に敵対する相手が「父性」を象徴するキャラだったことをも『ゼロワン』は継承していたのだ。


*「自由」のために共闘した或人&迅


「人とヒューマギアが笑える未来をつくる。それが仮面ライダーゼロワンだ!」
「人間からヒューマギアを解放して自由を与える。それがボク、仮面ライダー迅(ジン)だ!」


 第30話では或人と滅亡迅雷.netのひとり・迅(じん)=仮面ライダー迅がたがいの「夢」を語り、「お仕事五番勝負」で勝利して飛電インテリジェンスの社長となった垓がこの世のすべてのヒューマギアを廃棄処分にするのみならず、仮面ライダーゼロワンの変身システムや全ヒューマギアを管理している人工衛星ゼアに保管されていたバックアップデータをも消去しようとする中、迅は或人の頼みではなく「ボクの意志」で或人の秘書で黒髪ショートボブヘアのロリ少女型ヒューマギア・イズを助けだした。
 そしてイズに対し、今後はゼアの指令ではなく自分の「意志」で動くようにともに説得した或人と迅は、イズを破壊しに来た垓と新生A.I.M.S.を相手にダブルライダーとして華麗に共闘した!
 チェイス・パラド・幻徳らと同様に、迅もまた正義側の仮面ライダーへと転じたように描かれたが、迅の場合は敵組織である滅亡迅雷.netを離脱することなく、所属したままだったのが特異な点であったろう。


 つづく第31話『キミの夢に向かって飛べ!』では、第30話で或人と和解したかに見えた迅が、第5話『カレの情熱まんが道』にも登場した漫画家から或人が復元を依頼されたアシスタント型ヒューマギア・森筆ジーペンを、「人間の道具じゃない」と主張して連れ去ってしまう。


「おまえにはおまえの意志があるだろ?」


 迅の説得を理解不能とし、あくまでゼアの命令を求めようとするジーペンの姿は、元々「戦闘人形」として生みだされ、戦争の終結で手紙の代筆屋に勤めることとなったものの、今も生きていると信じるかつての上官の命令を求めつづける美少女を主人公とした、かの京都アニメーション製作の毎回泣かせるひきょうなアニメ(笑)『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(18年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190908/p1)を彷彿とさせるが、垓の命令でジーペンを破壊しに来た唯亜と部下の隊員たちの前で、或人は漫画家が語っていた「ジーペンを漫画家としてデビューさせたい」との「夢」をジーペンに伝える。
 ジーペンが「描いてみたいです」との「意志」を或人に示したことで、あくまでジーペンを破壊しようとする垓が変身した仮面ライダーサウザーと或人が変身した銀色のボディーである仮面ライダーゼロワンメタルクラスタホッパーの飛電製作所前での戦いに、迅は仮面ライダー迅バーニングファルコンとして乱入するが、それは或人が主張した「人もヒューマギアも夢を持つのは自由だ」に共感した迅が、


「おまえが云う夢ってヤツに、友達の未来をかけてみるのも悪くないかもしれない」


と心の変遷(へんせん)を遂げたゆえの行為だったのだ。

 
 全身真っ赤に染まったバーニングファルコンの炎と全身が銀のクリスタルに包まれたメタルクラスタホッパーが放った水色の光弾が渾然(こんぜん)一体となって仮面ライダーサウザーを倒すクライマックスでは、デカすぎるカタカナで表記された必殺技の名称が画面を覆(おお)い尽くしたためにスーツアクターの演技が見えづらくなるほどだった(汗)。
 だがこの演出は第30話の時点では正式には和解していなかった或人と迅が、ここに至って劇的に関係性が変化したことの象徴として機能しているかと思えるし、そこまで迅が心の変遷を遂げたのは、ヒューマギアに「自由」を与えると主張する迅同様に、或人もまたヒューマギアが夢を持つのを「自由」としたことに端を発するのでは? と解釈したくもなる。


 元祖『仮面ライダー』のオープニングナレーションで故・中江真司(なかえ・しんじ)氏の名調子により、


仮面ライダーは人間の自由のためにショッカーと戦うのだ!」


と語られていたように、決して「正義」や「平和」のためではなく、「自由」のために戦うとした或人と迅が共闘するに至ったのは、まさに仮面ライダーとして必然ではなかったか?


 そして迅ばかりではなく、『ゼロワン』第3部では「夢」「意志」をキーワードに主要キャラの人物相関図が絶え間なく激変する様相となり、最後の最後まで緊張感を持続させる展開となっていたのだ。


*「夢」を得て共闘に至った不破&亡


「立場が変わっても、夢に向かって飛ぶだけです」


 第29話のラストで或人は福添(ふくぞえ)副社長と黒ブチ眼鏡の腰ぎんちゃく・山下専務にそう云い残して飛電インテリジェンスを去っていった。第31話の冒頭ではイズがネット上で即座に設立した町工場みたいな、垓曰(いわ)く「吹けば飛ぶような会社」(爆)である飛電製作所の社長に就任した或人は、社訓をどうするか思案した末に横書きの毛筆で「夢に向かって飛べ」と記した。


 周知のとおり新型コロナウィルスの影響による製作スケジュールの変更で『ゼロワン』は新作の放映が第35話『ヒューマギアはドンナ夢を見るか?』をもって一時中断されたが、先述したようにこれまで敵対関係にあった或人と迅が第31話で完全なる共闘関係へと転じたのを皮切りに、


・第32話『ワタシのプライド! 夢のランウェイ』では、第2部の中盤以降で描かれてきたように、仮面ライダーへの変身用として垓によって不破の脳に埋めこまれたチップ内に、かつてZAIAで兵器開発を担当していた性別のないヒューマギアで滅亡迅雷.netのメンバー・亡(なき)の人工知能が内蔵されていたために、垓の意志のままにあやつられて苦悩していた不破と亡も共闘関係へと至り、
・第33話『夢がソンナに大事なのか?』では、第1部で滅亡迅雷.netが全滅したかに見えたことで出向先のA.I.M.S.から本来の勤務先であるZAIAへと戻り、第2部では上司の垓が野望を実現させるための「道具」として酷使(こくし)され、或人や不破にとっての敵キャラとして描かれるほどに立ち位置が激変していた唯阿が、不破との関係性を好転させた末に垓に辞表をたたきつけ(笑)、
・第34話『コレが滅(ほろび)の生きる道』&第35話では、第25話『ボクがヒューマギアを救う』で科学者型ヒューマギア・博士ボットが語っていたように、その個体のルーツが幼児教育用の父親型ヒューマギアだと或人に思い知らされた滅亡迅雷.netのリーダーで金髪にターバンを巻いた青年・滅=仮面ライダー滅(ホロビ)が、敵対関係はつづけながらも


「ヒューマギアの未来を変える男かもしれないな」


とつぶやいたほどに或人に対する印象をやや好転させる、


などの主要キャラの関係性の変化が、「夢」をキーワードにファッションモデル型ヒューマギア・デルモ、テニスコーチ型ヒューマギア・ラブチャン、農婦型ヒューマギア・ミドリらゲスト扱いで登場したヒューマギアとからめながら立てつづけに描かれ、それぞれのキャラをいっそう掘り下げていたのだ。


 第32話では垓にあやつられてデルモに銃を向けた仮面ライダーバルカンアサルトウルフ=不破を、迅は或人に「ボクを信じてくれ」と告げて連れだし、滅亡迅雷.netのアジトで不破の身体から亡を解放しようとする。
 不破の横顔をとらえた背景の壁に亡の影が映る描写が実に効果を高めていたが、亡が自身の「意志」「夢」を持つこの回のクライマックス直前に至るまで、亡の語りにサーーーッという70年代のまだ音質が悪かった時代のカセットテープの再生音につきまとっていたようなヒスノイズがかぶせられ、その姿もモノクロ映像で映しだされていた演出もまた然(しか)りだ。


「夢がなんなのかわからない。だから代わりにヒューマギアの夢をかなえたい。誰かデルモの夢をかなえてあげて」


 或人・イズ・デルモらにヒューマギアが「夢」を持つのは「自由」だと諭(さと)された亡は、


「わたしはヒューマギア。でも、道具じゃない!」


と主張するが、その瞬間モノクロ映像で表現されていた亡が一転してカラーに、その声もヒスノイズがなくなって鮮明に聞こえるようになる演出が実にあざやかだ!


「オレにも聞こえた! 亡の声が!」


 不破の中に亡が存在する事実は第2部終盤で小出しに明らかにされた。そのために垓にあやつられた不破は


「オレは道具じゃない!」


と苦悩・葛藤(かっとう)をつづけ、自身から亡を追い出そうと必死になるさまが描かれた。


 だが第29話であくまで「ZAIAをぶっつぶす!」との不破の主張に或人が


「その先にある不破さんの夢ってなんだ?」


と投げかけたのを機に、それまで「夢」なんて考えたこともなかったハズの不破が以降は「夢」について語るようになったのだ。


 たがいに「道具」であることを拒絶し、「夢」を持つに至った不破と亡が、


不破「オレたちは!」
亡「道具じゃない!」


と双方からサウザーに殴りかかるさまを交互にとらえたり、銃型の変身アイテム・ショットライザーを宙にかかげる不破の描写に同じポーズの亡の姿を一瞬挿入(そうにゅう)するアクション演出は、本編ドラマのクライマックスと絶妙に融合することで視聴者の感動を倍増させた!


 それにしても血色のない顔面蒼白(そうはく)で白いシャツにネクタイをして黒いロングコートをまとった一見少年のようなルックスであり、無感情で片言のような口調で話す亡に、あまりにもイメージがピッタリな本業がファッションモデルの中山咲月(なかやま・さつき)氏が起用されたのは『ゼロワン』にとって実に幸運ではなかったか?
 ちなみに1998年生まれの氏はアニメや変身ヒーロー作品を愛好しており、幼いころは『百獣戦隊ガオレンジャー』(01年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20011113/p1)のヒロイン・ガオホワイトではなく、ガオブルーになりたかったとか(笑)。


*強い「想い」で共闘関係へと戻った唯阿&不破


「おまえら、夢夢夢夢うるさい!」


 第33話の唯阿の叫びには、「夢」を万能視することに内心では疑念も持っている筆者としては正直共感してしまったが(爆)、ゲスト主役のテニス少年に「夢」を持つことの重要性を語り聞かせる或人・不破・ラブチャンに唯阿が怒り心頭に達したのは、不破、そして亡すらも「夢」を持ち、「道具」から脱したにもかかわらず、自身がいまだ垓の「道具」として生きていることへの葛藤からだった。
 第31話で垓の命令に背(そむ)いてジーペンを破壊しなかった唯阿に垓は机上のチェスをひっくり返して(笑)怒りまくった。このチェスも垓が社員は自身の野望を実現させるためのコマにすぎないと考えている証だろう。


「君の12年前の記憶、あれはすべてウソの記憶だ」(!!)


 『ゼロワン』序盤で語られた12年前のヒューマギア運用実験都市で起きた謎の爆発事故=「デイブレイク」で暴走したヒューマギアに中学生当時に同級生をすべて殺害されたがために、第1部で毎回「ヒューマギアをぶっつぶす!」と叫ぶに至らせた不破の動機となる過去が、実は不破にヒューマギアに対する憎悪(ぞうお)を抱かせるために垓が仕組んだ偽(いつわ)りの記憶だったと第33話で明かされる。


「あんたはテクノロジーで人の夢をもてあそんだ。わたしは、わたしはあんたを絶対に許さない!」


 自身が「道具」として酷使されること以上に、「テクノロジーは人に寄り添ってこそ意味がある」とする自身の技術者としての信念から垓を許せなくなったと唯阿は垓に主張するが、それはあくまで建前(たてまえ)であり、本音(ほんね)はこれまでの自身の行動の動機がすべてウソだったと明かされて茫然自失(ぼうぜんじしつ)となった不破に対し、「女」としての個人的感情が揺り動かされたためではあるまいか?(笑)
 近年の仮面ライダーではレギュラーキャラ同士の明確な恋愛関係が描かれることがめっきり少なくなっている印象が強い。まぁ「子供番組」だし毎回そればかりを行動原理にされても困るけど(爆)、終盤くらいはヒーローやヒロインが「公(おおやけ)」のためではなく「個」のために戦う姿を描くのも個人的にはアリかと思っている。


 唯阿に心の変遷が生じる契機となった不破の


「想いはテクノロジーを超えるんだよ!」


は、不器用な不破の口説き文句として機能しているようにも思えるのだが(笑)。


 自身に対してではなく、垓の不破に対する扱いを動機として垓に反乱を起こした唯阿と、今のオレには仮面ライダーという「夢」があるから記憶なんかどうでもいいと、実にあっけなく立ち直った(笑)不破が、第1部以来の共闘関係へと修復を見せる!
 久々に唯阿が変身したバルキリーは垓が変身したサウザーへの銃撃やサウザーの剣さばきを宙返りで逃れたり、キックから反転してしなやかなバック宙返りの果てに着地する描写などにワイヤーアクションが多用されている。これは唯阿が垓の「道具」から解放され、ようやく「自由」を得たことの象徴として機能しているかのようだ。
 ハチをモチーフにした黄色と青がめだつデザインの仮面ライダーバルキリーライトニングホーネットの主観で宙から俯瞰(ふかん)して地上のサウザーをとらえる描写もまた然りであり、青と水色を基調とした仮面ライダーランペイジバルカンに変身する不破のショットライザーから放たれた10種ものカラフルな動物たちのイメージがそこに描かれることで、唯阿と不破の関係性の好転が華々(はなばな)しく演出されていた。
 仮面ライダーバルキリースーツアクターは、『仮面ライダーウィザード』(12年)の仮面ライダーメイジや『仮面ライダー鎧武』の仮面ライダーマリカなど、その細身を活かして女性ライダーを演じてきた「女形(めがた)スーツアクター」の中堅・藤田慧(ふじた・さとし)。


 これとは対照的にラストで


「これがわたしの辞表だ!」


と、唯阿が垓の顔面にパンチをくらわす場面はデカい夕日を背景に両者がシルエットで描写される、1970年代の青春学園ドラマを彷彿とさせる演出だったが(笑)、唯阿が垓を殴る寸前に放り投げたショットライザーを不破がガッチリとキャッチする描写こそ、ふたりの関係性の好転を絶妙に表現した演出だ。
 それにしても垓へのグーパンチの映像に「これがわたしの」という文字がデカデカとL字型にタイプライターの荒々しい打鍵音(だけんおん)とともに表記される演出は、それが本作における仮面ライダーたちと同等の唯阿の「必殺技」であることを端的に示したものだろう(爆)。


*自身の「意志」に気づかせた或人に滅は……


 さて第34話では滅亡迅雷.netの完全復活をたくらむ滅が、第1部でごく短い時期に登場していたメンバーの雷(いかづち)=仮面ライダー雷(イカヅチ)のデータを或人から得るために人質としていたゲストヒューマギアのミドリを「人間に汚(けが)されたヒューマギアは廃棄する」と破壊したために、


「滅、おまえを倒すしかない」


と決意した或人と滅のガチンコ対決が描かれた。


 滅の出自が父親型ヒューマギアだと説得する或人に、滅は


「過去に興味はない」


と返した。これは「夢」があるから「過去」なんかどうでもいいと前向きな主張をした不破と対比させることで、「過去」に興味がないとする滅をむしろ後ろ向きなキャラとして描いたものだろう。私事で恐縮だが、筆者が自身の「過去」に興味がないのも滅と同じ理由だったりする(大爆)。


 そこに乱入した仮面ライダー迅バーニングファルコンが変身を解除された或人から雷のデータを奪い、


「ヒューマギアを解放するんじゃなかったのかよ!?」


と動揺する或人でこの回は幕となる。ここで迅の真意を明かさずに再度迅が裏切ったかのように見せてしまう作劇こそ、立ち位置シャッフル群像劇の極(きわ)みというものだろう。


 第35話冒頭の滅亡迅雷.netのアジト近くのダムでの戦いではゼロワン=或人の相手が迅へと移行するが、迅に向けたゼロワンのキックの前に滅が立ちはだかり、迅の盾(たて)となる。


「オレはなぜ今、動いた!?」


 前回いったんは滅を「倒すしかない」と決意した或人がこれを目にしたことで滅の中に「父親」としての記憶が眠るのを確信し、再度説得へと向かうさまは、レギュラー悪に対して正義側が常に話し合いに努めてきた「平成」仮面ライダーの立派な継承であり、「絶対悪」を描きにくい時代ならではの作劇であるだろう。
 その再度の説得にあたり、滅亡迅雷.net壊滅のために大軍を率(ひき)いた垓が変身した仮面ライダーサウザー仮面ライダー滅に向けたキックの前にゼロワン=或人が立ちはだかって盾となり、滅と同じ行動を示して体現する描写が実に効果を高めていた!
 人工知能・アークの意志ではなく、迅の父親であることを願う心を持っていると滅を諭した或人は、サウザーが差し向けた数体の巨大ロボット型兵士にゼロワンに変身して立ち向かい、踏みつぶされても全然平気(爆)なデタラメな強さを見せた。これまで周囲の人間に多大な影響を与え、心の変遷や関係性の変化を生じさせてきた或人のまさに無敵のパワーを端的に示した描写といえるだろう。


 なお、この第35話では不破の本当の過去=失われた記憶を取り戻すために唯阿によって遂に解放された亡が負傷した不破の病室に現れ、唯阿と不破にその真実を真顔で語り聞かせるが、


唯阿「驚いたな……何も、ない」
亡「ええ、フツーでつまらん人生です」(爆)


と、『ゼロワン』史上最大のギャグをかまし、緊張感が連続する第3部の絶好の潤滑油(じゅんかつゆ)となり得ていた。
 しかも亡はあいかわらずの無表情と感情のこもらない口調で


「不破のふとんが、フワッと吹っ飛んだ」


とやらかし、「ダブルじゃないか!?」と不破を狂喜させたが(笑)、「はっぴを着れば気分はハッピー!」「おいしいレタスがとれたっす!」なんて或人のギャグが不破の笑いのツボにハマる動機すらもが高いドラマ性をもって描かれることとなったのだ。


*或人の「夢」を主要キャラに共感させた新キャラ


 さて第35話ラストで雷が復活を果たしたことで滅亡迅雷.netが勢揃いし、遂にアークが起動して人類滅亡を高らかに宣言した。
 多数のトゲ状のギザギザに包まれた黒い球体として現れたアークは先述した『仮面ライダービルド』のエボルト同様にさまざまなキャラに憑依(ひょうい)して全身黒でアークの赤いコア部分がそのまま左目となったデザインの仮面ライダーアークゼロと化し、ゼロワンらを圧倒する。
 このアークゼロのスーツアクターは『仮面ライダーアギト』(01年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20011108/p1)から前作『仮面ライダージオウ』に至るまでのほとんどの1号ライダーを演じつづけ、改元とともに『ゼロワン』でその座を縄田雄哉(なわた・ゆうや)氏に譲った高岩成二(たかいわ・せいじ)氏が務めている。
 アークは滅に憑依することが圧倒的に多いため、すでに仮面ライダー滅を演じてきた高岩氏がアークゼロを兼任するのがやはり理想的だろう。


 ただここで注目したいのは、人工知能の「負」の側面を象徴するアークと対照的な存在として、


「今のオレだからつくれるヒューマギアがあるんじゃないか?」


と考えた或人の依頼で科学者型ヒューマギア・博士ボットが製作した、人型ではなく手のひらサイズの安っぽい白い立方体の形をしただけの、人間との会話ができるグーグル・スピーカーみたいな人工知能・アイちゃん――「AI」のローマ字読み……あるとじゃぁ~~~ないとぉ~~~!(笑)――の登場であり、


・第36話『ワタシがアークで仮面ライダー』で不破、
・第37話『ソレはダレにも止められない』で唯阿、
・第38話『ボクは1000%キミの友だち』で垓


と、『海賊戦隊ゴーカイジャー』(11年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20111107/p1)のゴーカイイエローを演じた市道真央(いちみち・まお)こと現在では人気声優でもあるM・A・O(まお)が声を当てているアイちゃんは、かつて人工知能やヒューマギアを敵視していたキャラたちの話相手となることで心の変遷を生じさせ、或人の「夢」である人間とヒューマギアが共存する未来・可能性を肯定(こうてい)させるに至ったことだ。


 垓に偽りの記憶を植えつけられたためにすでに家族は皆亡くなっていると思いこんでいた不破は亡によって家族の生存を知り、それを確かめに行くべきか散々迷った末にアイちゃんの助言で新興住宅街にある実家を訪れ、遠巻きに家族の様子を見つめる。
 ふとんを勝手に干したと母に文句をつける弟に、父は


「ふとんだけに、ふっとばすぞ!」


とオヤジギャグをかます。あまりにフツーな日常の中で繰りだされるそんなつまらないギャグこそが不破の笑いのツボの原点と示したうえで、


「つまらないほどフツーで、安心した」


と不破がつぶやく描写には、新型コロナウィルスの影響でフツーの日常がすべて失われた惨状の中、視聴者の心に重く響(ひび)いたのではあるまいか?


「あのAI、悪くないな」


 或人にそう語った不破がすぐさま唯阿に


「今のおまえに、必要なともだちだ」


と、アイちゃんを貸し与える描写がその関係性の好転ぶりを象徴させる。


 また第36話では第34話で迅が或人から雷のデータを奪った真意が明かされる。アークを破壊するには地上におびきだす必要があり、そのために亡と雷を解放して滅亡迅雷.netを復活させるのだと迅は唯阿に協力を求め、その結果として仮面ライダーの力なんぞ到底およばないほどの強敵としてアークを復活させてしまった罪悪感に唯阿はさいなまれていたのだ。
 そして第37話では垓の「道具」だった当時の自身の行為を不破に謝罪したいとする意志をアイちゃんに看破された唯阿は、


「申し訳なかった……、とアイちゃんが云えと云っていた」


と遂に口にする。このあまりに素直じゃないコぶりは個人的には実にカワイイと思えるところだ(笑)。


 ただZAIAの一員ではなくなった唯阿をいまだに「隊長」として慕(した)うA.I.M.S.隊員たちの姿を見て、


「見つかったんじゃねえか。おまえの居場所」


と不破が語ったのは、唯阿の想いが充分に伝わった証といえるだろう。


*飛電家の「夢」を実現させるために


 そして実に秀逸(しゅういつ)かと思えるのが、これまで人工知能に対して良い印象を持たなかった不破と唯阿の意識が好転する一方で、当の或人がアークのあまりの強敵ぶりに、人間を超えたAIの力を「こわい」として一時的に不信感を抱いてしまう、いわば変化球型の立ち位置シャッフルが描かれたことだ。
 そんな或人を奮起させるに至るのが第1部、特に序盤で或人を社長の座からひきずりおろそうと画策するさまが描かれた飛電インテリジェンスの福添副社長と山下専務であるほどに、『ゼロワン』では徹底して立ち位置シャッフルが繰り返されたのだ。


 第3クールで唯阿がライダーではなくファイティングジャッカルやA.I.M.S.隊員たちがバトルレイダーに変身するために用いていた、暴走したヒューマギアとの戦闘が可能となる変身ベルト・レイドライザーを一般市民向けに販売するためのデモンストレーション・やらせとして、第2部「サウザー編」でのZAIAによるヒューマギア不要論の象徴とその代替案でもあった片耳イヤホン・プラス・メガネ型の掛けた人間に人工知能と同等の思考能力を与える次世代インターフェイス・ZAIAスペックを一時的に暴走させることで装着者の一般市民も暴走させようとあまりにも非倫理的なことを命令する垓社長に、いくらなんでもと業を煮やした福添副社長と山下専務は、垓を失脚させて或人を飛電インテリジェンス社長に戻すべく零細新会社・飛電製作所を訪れる。


「飛電或人くん、キミがヒューマギアを信じないでどうするんだ!?」


 「夢に向かって飛べ」の社訓をはさんで向き合う或人と福添の描写は、或人の祖父・飛電是之助(ひでん・これのすけ)はヒューマギアの開発者、或人の父・飛電其雄(ひでん・それお)はヒューマギアであり、そんな飛電家の人々から自分は人工知能の未来、そしてヒューマギアの可能性を教わってきたとの福添の主張、そして12年前の「デイブレイク」で或人を守って亡くなった其雄の姿や


「私は信じている! ヒューマギアの可能性を!」


と語る是之助の回想とともに、或人が立ち直るに至る演出としては絶大な効果があったろう。


 「ありがとうございます!」と90度の角度で(!)頭を下げたほどに、福添の言葉は或人の心を大きく揺り動かすこととなった。福添を演じた児嶋一哉(こじま・かずや)氏はお笑いコンビ・アンジャッシュの活動で広く知られ、『ゼロワン』でもコメディリリーフ的に起用されてはいたが、個人的には氏の演技は今回のようなシリアスな場面でこそ、がぜん威力を発揮していたかと思える。


 むしろ「ZAIAにあいさつをしてこい」とアークに命じられた亡が地下駐車場で仮面ライダー亡(ナキ)に初変身を遂げ、その両腕の鋭く長いツメで衣服をバラバラに切り裂かれた垓がパンツ一丁になってしまう描写の方が、よほどコント的だったりする(爆)。
 なお全身銀の装甲に包まれた仮面ライダー亡は『電撃戦隊チェンジマン』(85年)のチェンジフェニックスから『特命戦隊ゴーバスターズ』(12年)のイエローバスターに至る戦隊ヒロインや、『獣電戦隊キョウリュウジャー』(13年)のキャンデリラ、『烈車戦隊トッキュウジャー』(14年)のノア婦人などの悪の女幹部を多数演じた「女形スーツアクター」の大ベテラン・蜂須賀祐一(はちすか・ゆういち)氏が務めており、性別のない亡を演じるにはこれ以上の適役はないだろう!


「おれはおまえがこわい。だけど、逃げない!」


 残念ながら今回もゼロワンの力は仮面ライダーアークゼロにおよばなかったが、大地に倒れ伏した或人の主観からあおりでアークゼロをとらえたカットが、その圧倒的な力の差を端的に表現した演出といえる。


 ただ個人的にはこの回ではアークゼロよりも、揃い踏みした滅亡迅雷.netの4人が横並びでいっせいに変身を遂げる実にカッコいい描写の方に注目してしまった。それだけここに至るまでの彼らの背景に高いドラマ性が描かれてきたことが大きいのだ。


*見よ! 垓=サウザーの「大変身」!


 垓の解任動議のために福添は副社長の秘書だったヒューマギア・シエスタの復活を或人に依頼、シエスタは垓の汚職や悪事に関する膨大(ぼうだい)なデータをヒットさせるが――山下専務によれば垓は会社のカネをエステやヘアサロン、岩盤浴(がんばんよく)など自身の美容のために使いこんでいた(笑)――、垓は第38話でそれらをすべて消去してしまい、或人たちの前で文字通りに社長のイスにしがみついて離れない(爆)。


「なんでそこまでこだわるんだよ。本当は飛電のことが好きなんじゃないか?」


 垓は自身を解任させようとする福添らを社内に自身が設けた秘密通路でサウザーに変身して襲いかかる!――イズ曰く「変身による暴行は重大なパワハラ行為」ってそんなもんで済まねぇだろ(笑)―― メタルクラスタホッパーに変身した或人が彼らを守るが、そのはずみで或人の胸ポケットからアイちゃんが転がり落ちる。


 一同が去ってひとりになった垓にアイちゃんが話しかけたことで最初は


「友達など必要ない」


と拒絶していた垓の口から35年前、10歳当時の過去が語られる。


「甘えず頼らずおのれ自身の力で」


 少年のころの垓にそう云い聞かせた厳格な父はテストで100点をとった垓に100点で満足せず、「1000点」をとれる男になれと諭した。
 この当時に垓が「サウザー」と名づけて常に遊んでいたのが、飛電インテリジェンスがヒューマギア以前に開発した人工知能を持つ犬型ロボットだったが――劇中ではソニーが99年に発売した初代ロボット犬・AIBO(アイボ)がこれを演じる!――、垓がテストで99点をとった際、父はそんなもんにうつつをぬかしているからだと激怒、垓は「もう誰の助けもいらない」とサウザーを手放すこととなったのだ。


 ちなみに垓の父を演じた加藤厚成(かとう・こうせい)氏は『ウルトラマンネクサス』(04年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20041108/p1)の防衛組織・ナイトレイダーの石堀隊員=正体は敵キャラ・ダークザギ、『ウルトラマンメビウス』(06年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070506/p1)で主人公のヒビノ・ミライの正体がウルトラマンメビウスと知って彼を恫喝(どうかつ)するトップ屋・ヒルカワ、『ウルトラギャラクシー大怪獣バトル NEVER ENDING ODYSSEY(ネヴァー・エンディング・オデッセイ)』(08年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100312/p1)の策略(さくりゃく)宇宙人ペダン星人・ダイルなど、「平成」ウルトラマンシリーズでどうしようもない性悪(しょうわる)なキャラばかり演じてきたので、まさに垓の父には適任だった(爆)。
 先述した『仮面ライダーエグゼイド』の檀正宗&黎斗の親子関係を彷彿とするほどに、非人道的な経営方針で飛電インテリジェンスを私物化することとなった垓の出自でも描かれたように、大森敬仁チーフプロデューサーが一貫して敵キャラの中に「父性」を描いてきた理由が、後述するが『ゼロワン』の終盤で明らかにされたかと思えるのだ。


 ただ垓が変身ベルト・レイドライザーの大量生産を命じた際には反応しなかった人工衛星ゼアが、垓がアイちゃんに心情を吐露(とろ)するや垓が少年のころに遊んだのと同様の犬型ロボットの最新型を、社長室隣接の工房の3Dプリンターで構築し――これまたソニーの最新型AIBOなのだが、初代からは格段に進歩したルックスや細かい仕草が実に愛くるしい!――、それを抱きしめた垓が


「こんな私なのに、そばにいてくれて……」


と涙する(!)描写は先述した出自も含めてあまりにベタベタではあるけれど、(ひとり)ボッチの視聴者としては感情移入せずにはいられないだろう。


 迅に憑依したアークが仮面ライダーアークゼロとなってZAIAの宇宙開発センターを襲撃。或人は第1部以来かなり久々に黒地に蛍光(けいこう)イエローのゼロワンと同じ塗装のバイク・ライズホッパーを疾走(しっそう)させ、そのまま変身ベルト・ゼロワンドライバーにプログライズキーをセット、ライズホッパーの周囲を駆ける巨大な黄色いバッタが或人に合体して変身! その絶妙なタイミングで主題歌が流れだす!
 道路使用許可上の問題や予算などの理由で近年の仮面ライダーではバイク使用場面が激減しているが、むしろ「ここぞ!」という場面で限定して描かれるからこそ、そのインパクトが高くなるのではあるまいか? ライズホッパーとあわせるかたちで基本形態のライジングホッパーとなったゼロワンが、ウィリー走行でアークゼロに突撃するさまは最高にカッコいい!


 だがやはりアークゼロは強敵であり、変身が解除された或人をアークゼロの火球攻撃が襲うが、それを長剣ではじき返したのは……
 『ゼロワン』で数多く描かれた立ち位置シャッフルの中でも視聴者的には最も意外であったろう垓=サウザーの味方化は実に劇的に描かれたが、或人が看破していたように、サウザー=垓は或人とヒューマギアが許せなかったのは飛電インテリジェンスを愛していたからだと語ったのだ!


「アークを倒すぞ! 我々ふたりの手で!」


 垓の叫びを合図に、第39話『ソノ結論、予測不能』の冒頭で遂に或人と垓は共闘へと至り、立体駐車場でのメタルクラスタホッパー&サウザーVSアークゼロの場面で第38話のクライマックス同様に主題歌が流れる一方で――その直前に画面を斜め2分割にして両者の目が光るカットを挿入する演出が実にイイ!――、衛星ゼアに構築された犬型ロボットが変身時やバトルの最中にゼロワンとサウザーの周囲で喜びを表現して動きまくる異色の演出がある。
 第38話&第39話を担当した作野良輔監督は『仮面ライダービルド』の終盤(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20181030/p1)でも監督として数本クレジットされていたが、ともに坂本浩一監督作品である『4週連続スペシャル スーパー戦隊最強バトル!!』(19年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190406/p1)や『ウルトラマンゼロ ザ クロニクル』(17年)の枠内で放映された短編『ウルトラファイトオーブ』(17年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20170603/p1)では助監督を務めていた。主人公がバイクを走らせたまま変身したり、バトル場面で主題歌を積極的に流したり、マスコットキャラをクライマックスで効果的に活かすなどの演出はまさに坂本監督の技法を継承しているようであり、氏の今後に期待したい。


*凶悪な敵を「ネタキャラ」として描いた責任として(?)


 先述したように敵キャラが主人公側の仮面ライダーへと転じるのは近年ではもはや恒例(こうれい)行事といっても過言ではない。
 ただ『仮面ライダーエグゼイド』の中盤以降に味方化した檀黎斗=仮面ライダーゲンムの場合、それまでの彼の行動で主要キャラが心身ともに傷つけられ、多くの犠牲が出たハズなのに、


「謝罪せねばならないことをした覚えはない」(大爆)


と黎斗はおもいっきり開き直り、そのネタキャラぶりに拍車がかかるばかりだった。
 個人的には黎斗はそれでいいと思っているが(笑)、やはり「子供番組」としてそれはどうなのか? なんて批判もあったのか、黎斗に比べると改心した垓に対する周囲の見方はかなり厳しいものとして描かれた。


 これまでの行為を謝罪すると頭を下げた垓にイズは最敬礼の角度は90度だと指摘。基本は人が良さそうな当の或人までもが


「謝って済む問題じゃない」(!)


として、垓がアークに人間の悪意をラーニングさせた件や不破と刃の人生を左右した責任を激しく追求した末に、或人は今後の行動で誠意を示せと垓を諭す。
 これに対して垓が「1000%」の誠意を示すと語ったほどに、長らく自身の動機となってきた指針がいまだに口をついて出てくるのは、自分を変えようと思ったらまずその「1000%」をやめれば? と或人が指摘するのも含めて実にリアルに描かれていた。


 また垓は不破と唯阿を飛電インテリジェンスに呼びつけてロボット犬のサウザーとともに土下座するが(!)、唯阿は垓が不破の人生を破壊した責任をなじり、不破は元々は内閣直属であったA.I.M.S.をZAIA配下から独立させるよう垓に要求する。
 不破も唯阿も自身に対してではなく、パートナーに対する謝罪を垓に要求するのがその関係性が好転した証であり、ここまできたら恋愛へと発展してもおかしくないように思える。周知のとおり話数が短縮されたことでそうしたくだりが割愛(かつあい)されたのだろうか?


*或人の「夢」の具現化=仮面ライダーゼロツー誕生!


「その結論は予測済みだ」


 常に相手の行動を先読みすることで連戦連勝する仮面ライダーアークゼロ攻略のために、或人はアークの予想を超えるための研究に没頭、その成果として第40話『オレとワタシの夢に向かって』では最終フォームとなる仮面ライダーゼロツーが誕生する!
 この回はかの京都アニメーション出世作となった学園SFアニメ『涼宮(すずみや)ハルヒの憂鬱(ゆううつ)』(第1期・06年 第2期・09年)の第2期で8週にも渡って作画は異なるものの同じストーリーを繰り返すことで当時おおいに物議を醸(かも)した――個人的にも正直「ふざけんな!」と思った(爆)――第12話~第19話『エンドレスエイト』編を彷彿させるように、或人がイズに施(ほどこ)した何十億(笑)もの予測シュミレーションのホンの一部=似たような映像がさも現実世界での出来事であるかのようにつづけて流された。
 それを明かさずに或人・不破・唯阿・垓がアークゼロの発砲で死亡したかのように見せてしまう詐欺(さぎ)的演出(笑)も絶品だったが、第15話『ソレゾレの終わり』・第24話『ワタシたちの番です』・第30話『やっぱりオレが社長で仮面ライダー』などでゼロワンの強化フォームや新たな武器の誕生、逆転勝利が或人とイズの関係性の深化の結晶として描かれてきたように、ゼロツーの誕生も例外ではなかったのだ。


 シミュレーションとはいえ死亡した或人にすがって「指示をください」と涙を流して傷ついてしまう健気なイズの描写は先述した第31話登場のヒューマギア・ジーペン以上に『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の主人公少女を彷彿とさせたが、その涙をイズのシミュレーション上の迅が「動力部の冷却水漏(も)れか?」(爆)と解釈してしまうのは、味方化したとはいえ迅にはまだ人間と同等の心が完全に宿ってはいないと端的に示しているかのようだ。


「もっとあなたの夢を追いかけていたい」(!)


 或人が「オレの集大成」として立案した「人と人工知能がひとつになる仮面ライダー」の企画書の中の「シンギュラリティ」の文字にイズの涙が落ちた瞬間、つまり今までになかった感情がイズに芽生(めば)えたことでその心に反応した衛星ゼアが起動し、イズの左耳のモジュールの中からゼロツープログライズキーが誕生する!


 「シンギュラリティ」=技術的特異点とは、人工知能自身が自己をフィードバックすることで改良・高度化した技術や知能が人類に代わって文明の進歩の主役となる時点のことを示す未来学の概念だ。
 実際人類に代わって主役となろうとする滅亡迅雷.netのメンバーがこの「シンギュラリティ」到達をめざすさまが描かれてきた。あくまで人類とともに歩むことを願うイズがそれを拒絶する涙を流したことで「人と人工知能がひとつになる仮面ライダー」=仮面ライダーゼロツーの変身アイテムが誕生する瞬間はあまりにドラマチックだ!


「じいちゃん、父さん、飛んでみせるよ」


 ゼロツープログライズキーを感慨深く見つめる或人とイズが笑顔で手を取り合い、その手の中に変身ベルト・ゼロツードライバーが誕生する描写で或人の企画書を背景にしているのもまた然りだ!


「これがオレの夢の証、人と人工知能がともに歩んでいく証だ!」


 その変身ではドライバーから赤い「02」の文字が浮かび、宙から俯瞰してとらえられた或人には衛星ゼアのイメージがかぶせられ、黄色と赤の2匹の巨大なバッタが或人を包みこむようにして合体する!


 近年の仮面ライダーの最終フォームといえばもうデコレーションのてんこ盛り(笑)というくらいに全身がゴテゴテと装飾されていたが、ゼロツーはゼロワンの両手を赤くして首下に赤いマフラー状のパーツを付けただけという、一見手抜きのようなデザインなのだ。
 これも話数短縮の影響もあったのかもしれないが、後述するとおり或人は終盤で闇落ちしてまた別の悪のライダーに変身することになるために、実質的にゼロツーが活躍するのがわずか数回でとどまってしまった。
 ただゼロツーがゼロワンとほぼ同じデザインで手袋が赤なのは、「昭和」の仮面ライダー1号と仮面ライダー2号(通称・新2号)を「新時代」に再現して我々古い世代を喜ばせようとしたのが最大の理由かと(爆)。


*或人&滅、ついに共闘! だが……


 第41話『ナンジ、隣人と手をとれ!』ではアークにハッキングされた衛星ゼアの攻撃で都市が無差別に破壊されるが、アークは滅亡迅雷.netのメンバーにはなんの指令も出さなかった。


雷「なぜアークは指示をしない!?」
亡「アークはひとりで人類を滅ぼす気では? わたしたちはなんのために存在するのですか?」
滅「アークはゼロツーの出現でプランを変更しただけだ。いずれ我らを導く」
迅「違う! アークを信じちゃダメだ!」


 同じ滅亡迅雷.netのメンバー間でもアークに対する想いがこれだけ違うのだ。これこそ「群像劇」として描かれる仮面ライダーの魅力を端的に象徴するものだろう!


迅「ボクたちは自由であるべきだ」
亡「自由の先に、何があるというんですか?」
迅「夢を持つんだよ。自分の意志で生きるんだ!」
滅「黙れ! アークの意志にさからうものは廃棄する!」


 アジト内で激しく対立した滅と迅は変身して戦うこととなる。両者がたがいに背を向けて変身する描写がふたりの間に埋まらない溝(みぞ)が存在することを実に的確に演出している!


「ボクを滅ぼすんだ……それはアークの意志なのか? 滅自身の意志なのか?」


 迅の問いに答えず、静かに去っていく仮面ライダー滅の背中には、すでに滅に芽生えつつあった迷いが語られていたかに見えた……


 人工知能が人類を滅亡させようとする緊急事態に垓が幹部たちを召集して開いた会議の席上にて垓は辞任を宣言し、次期社長として或人を指名する。


「今世界中の人たちが、かつて経験したことのない困難に直面しています。これを乗り越えるためには、人とヒューマギアが協力するしかない。もう一度信じてもらえませんか? ヒューマギアの心を!」


 第41話が放映された2020年8月2日当時、日本では新型コロナウィルス感染の第2波が到来し、特に首都圏で感染者が激増、盆休みを前に県外への移動自粛(じしゅく)が広く呼びかけられていただけに、この或人の主張は異様な説得力を帯びて視聴者に届いたことだろう。
 個人的には垓に対する「緊急事態を前に投げ出すのか!?」「無責任じゃないか!?」との福添副社長と山下専務の批判は、コロナの感染拡大がいっこうに終息しない中で体調不良を理由に辞任した安倍晋三(あべ・しんぞう)前首相にこそ向けるべきかと思えるのだが。


「いつか笑いあえる日が来ると確信しています!」


 新社長に就任した或人が人とヒューマギアの一致団結を呼びかける会見を各地で目にする滅・亡・迅・雷の姿は、アークに対する不信感から自身の存在を問い直し、心の変遷が生じるに至る心理描写として実に効果的に機能していた。


 医療・警察・消防などの崩壊した現場に、それまでにゲスト出演してきた土建屋型ヒューマギア・最強匠(たくみ)親方5人衆(笑)、医師型ヒューマギア・Dr.(ドクター)オミゴト、消防士型ヒューマギア・119之助(いちいちきゅうのすけ)らが集結するさまはまさにレジェンド仮面ライダー大集合に匹敵するほどのカタルシスが感じられたものだ。現実問題としてウィルス感染の心配がないAIを現場に投入する動きは「新しい生活様式」の一環として今後加速化するように思えるものがあり、人とヒューマギアが共存する未来はそう遠いものではないのかもしれない。


亡「わたしたちはなんのために存在するのですか?」
不破「おまえはもうわかっているハズだ」


 亡が不破のもとに、そして元々宇宙野郎雷電として衛星ゼアのメンテナンス要員を務めていた雷が弟の宇宙野郎昴(すばる)の前に現れるさまは、すでにふたりの心がアークから離れていたのを象徴する描写だ。
 これとあわせて幼児たちとお遊戯(ゆうぎ)をする保育士型ヒューマギアに弓矢を向けていた滅が、第35話で滅が迅を助けた動機を


「おまえが迅の父親になりたかったからだ!」


と看破した或人を回想したことで弓矢を降ろす描写が、滅もまた亡や雷と同じ心境に達していることを端的に表していたのだ。


迅「なぜボクを助けたの? それが滅自身の意志だったんじゃない?」
滅「違う! オレは……」


 再度迅にそれを問われた滅が迅と視線を合わせられない描写は、もう視聴者の感情移入を一気にかっさらう(笑)演出だった。そこにようやくアークが現れ、あらたな結論として用済みとなったヒューマギアをすべて滅ぼすのが私の意志だと告げる!
 アークに憑依されて迅を襲う滅に或人が呼びかけたことで、これまでの回想をフラッシュバックさせた滅は


「オレの、意志?」


と、アークが憑依する際に描かれる「滅」「亡」「迅」「雷」の赤い文字状の泡に包まれる中で、仮面ライダーアークゼロに鉄拳をくらわす!


「ヒューマギアこそこの星の主。それがオレの意志だ!」


 人工知能・アークに憑依されてアークゼロと化した迅を助けるため、廃工場内で或人と滅がダブル変身!
 「昭和」の時代から仮面ライダーの変身カットでは変身者をアップでとらえることが長くつづいたが、近年ではたとえば『仮面ライダービルド』ではプラモデルのランナー状の物体から切り離された数々のパーツが装着されたり、『仮面ライダージオウ』では背景に巨大な時計の文字盤が描かれるなど、さまざまな特殊効果を加えるためにロング(ひき)でとらえることが主流となりつつあるようだ。


 今回の該当(がいとう)場面では或人に黄色と赤の巨大なバッタ、滅には黒の巨大なサソリが合体するためになおさらそうなのだが、今回のようにキャラの大きな関係性の変化が生じる回の場合、そのドラマ性を高めるためにも変身カットやバトル場面は極力派手に演出するべきだろう。
 或人が変身した仮面ライダーゼロツーの必殺技「ゼロツービッグバン!」は、画面右手からゼロツーがアークゼロにかましたキックの勢いが画面左手へとアークゼロを押しつづけるさまが、カメラを横移動しながらスローで表現されており、それこそ「ゼロツーインパクト!」が絶大な演出だった。


 これと並行して


昴「今だ、にいさん!」
雷「あばよ、アーク!」


と、宇宙兄弟がアークに支配された衛星ゼアを破壊したことでアークは滅び、滅亡迅雷.netも完全に味方化したかのように描かれた。


「おまえのおかげでオレにも夢ができた」


 滅は或人に謝意を示すも、その夢が「人類滅亡」と語るのだ……


*和平ムードが一転! 全面戦争へとドロ沼化!?


 終盤を迎えて主人公側と敵側が和解する雰囲気が漂(ただよ)い、ラスボス的存在すらも早くも退場したものの、


・第42話『ソコに悪意がある限り』では、滅に人類への攻撃をやめるよう単身で説得しようとしたイズを滅が破壊(殺害!)したことで、或人の滅に対する復讐心=「悪意」がアークを復活させ――人工知能・アークそのものの声は聞こえてこないので残留思念・残存データのようなものか?――、アークに憑依された或人が白と黒を基調とするデザインの仮面ライダーアークワンと化し、
・第43話『ソレが心』では「イズの仇(かたき)」とアークワンが放った攻撃から滅をかばった迅が死亡(!)し、
・第44話『オマエを止められるのはただひとり』では迅=息子を殺すに至った或人=人間は敵だとして、滅がヒューマギアたちに「聖戦」を呼びかけ、各地で反乱や暴動が巻き起こる!


といった具合に「悪意」の連鎖が描かれ、主人公と敵側のリーダーがともに最も大事な存在を失ったことで、これまで丹念に積み重ねられてきたものが一気にガラガラと崩れ去るかのような、かなりショッキングな展開となった。


 個人的にはこの最終展開はおおいに楽しませてもらったが、その一方でやはり話数短縮の影響が色濃く出てしまったとの印象を強くしている。
 第1部と第2部ではメイン監督だった杉原輝昭監督が第3部以降ではわずかに第44話(最終回1本前)と最終回のみの登板となり、やはり監督のローテーションにも強く影響したのだろう。


 当初1年間の放映を予定していた『ウルトラマンネクサス』は「平成」仮面ライダーが10%前後の視聴率を稼いでいた当時に2~3%台を低迷し、防衛組織のメカや基地の玩具も全然売れないほど商業的に大コケしたため、放映を全37話に短縮して打ち切られることとなった。
 主人公・春野ムサシ=ウルトラマンコスモスを演じた杉浦太陽氏がそれ以前に起こしたとされた事件で誤認逮捕されたために放映を5週休止した『ウルトラマンコスモス』(01年)の場合は完全な一話完結形式だったために、当初予定された2002年9月末までにキッチリ終わらせるためには5話分のエピソードを未放映とすることで済んだのだ――それがまったく影響がなかったほどに、縦糸となる要素が皆無に近かったということだ(笑)――。
 だが「平成」仮面ライダーと同じく連続ものとしての要素が強かった『ネクサス』はそんなワケにもいかず、おまけに打ち切りが決定した時点で大半の撮影がすでに終了していたため(汗)、前後編として製作した回を1話分に編集するなどして話数を短縮する措置(そち)がとられた。最終回に至っては本来は3話分となる内容を強引に1話にまとめたようだ(爆)。


 『ゼロワン』は新作の放映を休止した時点でどこまで製作が先行していたかは不明だが、おそらくは休止中に『ネクサス』と同様の処理がなされたことが推測される。なんせ6話分も短縮されたのだから――第35.5話『ナニが滅亡迅雷を創ったのか?』は新作として扱われているが、どうひいき目に見ても滅亡迅雷.net名場面集=「総集編」だろ!(笑)――、『ネクサス』の最終回みたく3話分を1話にとまではいかなくとも、必要最小限なセリフ・描写・バトルなどを厳選して再構成することとなっただろう。
 ゆえに「遊び」や「余韻(よいん)」の部分、たとえばギャグ演出とか恋愛要素、ほかにも本筋にはさして影響はないとされたものが脚本やすでに撮影された分から削(そ)ぎ落とされたことで、「子供番組」としてはいささかハードな要素ばかりが残る結果となったのかもしれない。
 『ネクサス』の場合、放映では割愛(かつあい)された部分が映像ソフトではディレクターズカット版として本来のかたちで再編集したエピソードが収録されているだけに、『ゼロワン』の映像ソフトではそれらがどのように扱われるのか、気になるところだ。


 それにしても第42話のイズ、そして第43話の迅の最期(さいご)はともに廃工場内で大量に火薬を使い、駆け寄る或人、そして滅の動きがスローモーションで描かれるインパクトが絶大な演出だった。


「滅も、いつか笑えますよね?」


 吹き上がった炎からイズの衣装の緑色のリボンが床に落ち、夕日が差しこむ工場内で、寄ろうとする唯阿を不破が制止したほどに、それをじっと見つめてたたずむ或人。


「たったひとりの、おとうさんだから」


 廃工場に仮面ライダー迅バーニングファルコンの赤い羽根が多数舞い散る中で、ひざまづいて涙を流す滅。
 実にドラマチックにすぎる演出だけに、やはり幼児にはトラウマとなったのでは?(汗)


*或人の「夢」を守るために!


 「総集編」(笑)の第35.5話で先行登場したが、第42話から最終回に至るまで、人工知能・アークの秘書でイズに酷似(こくじ)したルックスのアズ(爆)がレギュラーキャラとなる。
 ショートボブのイズと違ってアズはロングヘアだが――第1話から毎回のオープニング主題歌の映像中でこのロングヘアのアズは伏線的に登場していた――、これはイズと二役で演じる鶴嶋乃愛(つるしま・のあ)の地毛であり、イズの髪型の方がウィッグ(かつら)なのだそうだ。


「せっかくあなた好みの色に変えたのに~」


 可憐(かれん)なイズとは正反対の愉快犯的なアズのキャラは、そのイベントコンパニオンみたいな衣装も含めて往年の『仮面ライダー555(ファイズ)』(03年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20031108/p1)の悪徳企業(笑)・スマートブレイン社のマスコット・スマートレディを彷彿とさせる。


「人間に悪意がある限り、またアークが生まれる」


 第41話のラストでそう語った滅は、呼びかけに応じたヒューマギアの軍勢を率いて都内各地を急襲する。


「やめろ、戦うな! このままじゃ滅がアークになる!」


 「悪意」はむしろ滅の方だと看破していた迅が戦闘中のバルカン=不破とバルキリー=唯阿を説得するが、彼ら、そして滅の眼前に仮面ライダーアークワンが宙から光臨することで、滅以外にアークとなり得る謎の存在が示される!
 ここまでは大半のマニア視聴者には想定内だったかもしれないが、正義のヒーローであるはずの或人自身がアークを復活させてラスボス級キャラクターになったほどに、人間の「悪意」や大切な人を殺された「怒り」や「恨み」は正当なものだが危険なものでもあると自身でそれを意図せずとも証明するに至る展開自体は想定外だったかと思える。


 ただ第43話では或人も滅も「悪意」を全開にした一見凶暴なキャラに変貌(へんぼう)しながらも、それでも最低限の「心」があることを示す多面的な演出がなされているのだ。
 イズを殺した滅への復讐のために仮面ライダーアークワンがアジトへと向かうトンネル内で、アークを或人からひきずり出そうとした不破・唯阿・垓が変身して挑むが、アークワンは彼らの攻撃をよけるばかりでいっさい反撃せず、垓の変身ベルト・サウザードライバーと不破&唯阿の脳内の変身用チップを破壊する。
 これは「仲間」である彼らの仮面ライダーへの変身能力を奪うことこそ、彼らと戦わずに済む最善策と考えた或人の「心」を表したものだ。


「オレに心など存在しない! オレの中にあるのはヒューマギアの安息を守る正義だけだ!」


 そう主張して或人との決戦に向かおうとする滅の右手が震(ふる)えていたのを迅は見逃さなかったが、迅が最期を迎える直前、滅をとめる決意をした際に手が震えるさまを係り結び的に描写することで、滅も迅同様に「心」が存在すると示した演出が実に秀逸だ!


 さらに第44話では或人と滅の対立を発端として各地でヒューマギアの暴動が勃発(ぼっぱつ)、それを武力で制圧せんとする人間との全面戦争に発展しかねない危機的状況の中、これまで或人が蒔(ま)いてきた種(たね)が収穫のときを迎えたかのように、変身能力を失った不破・唯阿・垓のみならず、或人の「夢」を守ろうとするすべてのキャラが実にカッコよく描かれた!


 垓がA.I.M.S.を一企業にすぎないZAIAから政府の管轄(かんかつ)へと戻したことで、唯阿はヒューマギアへの武力行使を実行しようとしたA.I.M.S.隊員たちを「撃つな!」と制止する権限を得られた。


「我々の正義とはなんだ!?」


 この唯阿のセリフで、ヒューマギア鎮圧という作戦自体に苦悩していた隊員たちも銃器をバラバラと地面に放棄していく描写がそのカッコよさを助長する!


「みんな話を聞いてくれ!」


 或人社長を出せ! と飛電インテリジェンスのロビーに押し寄せた大勢のヒューマギアに、福添副社長は誠心誠意をこめて


「人間を信じてくれ!!」


と土下座するや、その姿を見た秘書のシエスタも感じ入ってシンギュラリティを起こしたのか、ともに土下座する! 加えて山下専務も土下座する!!(感涙)


「人間は心を教えてくれた! おまえをかばった迅の心もな!」


 元宇宙飛行士のわりには茶髪の巻き舌口調でヤンキーキャラ(笑)だが、「自分を見失うな!」と雷は滅をそう一喝(いっかつ)する!


「ヒューマギアの夢をこわす気か!? あなたを信じる、人類を信じる、ヒューマギアの心を裏切るのか!?」


 あくまで滅にイズを殺された復讐を果たそうとする或人に亡はそう投げかけ、歩道橋上から眼下にいた不破に


「飛電或人をとめろ!」


とゼツメライズキーを投げ渡す!


「おまえの意志、たしかに受け取った!」


 不破と亡がダブル変身して共闘する絵は最後まで描かれなかったが、この「意志」のバトンタッチとでも呼ぶべきあまりにカッコいい描写こそ立派な共闘であり、ふたりの関係性が頂点に達した結晶なのだ!


「オレにこじあけられないものは、何ひとつねぇ!」


 その前段として不破が語っていた「社長の心はオレがこじあける」と係り結びとなっている叫びだが、本来はドライバーに装着してから解除するよう開発されたプログライズキーを不破が毎回「うぉぉぉ~~~っ!」と強引にこじ開けてきたのは、この回のクライマックスを盛りあげるために逆算して描かれてきたのかと思えるほどだ!


「滅をぶっつぶしてその先に何がある!? その先にあるおまえの夢はなんだ!?」


 バルカンの青と亡の銀を基調としたデザインの仮面ライダーオルトロスバルカンは本来ヒューマギアの変身を想定して開発されたために不破には大きな負担となり、アークワンを倒すには至らなかったが、第25話『ボクがヒューマギアを救う』でZAIAをぶっつぶすと主張した不破に或人が投げかけた、


「その先にある不破さんの夢ってなんだ!?」


を、今回はそのまま不破が或人に返すこととなったのだ。
 第25話のその或人の投げかけこそ、或人と不破の関係性が変化する発端(ほったん)となったものだが、そのように或人によって変えられたキャラたちが、当の或人が暴走する中で或人の「夢」を守るために奮起するさまがたたみかけられる演出には、たとえこのまま或人が元に戻らなかったとしても、彼らが立派にその「夢」を実現させてくれるだろうと思えるほどに、視聴者を感動の渦(うず)へと巻きこんだのではあるまいか!?


*或人、滅、そしてスタッフの真意とは?


 最終回はビルの屋上、そして立体駐車場で展開された或人と滅のラストバトルの描写が大半であり、主題歌が流れるエンディングタイトルで主要キャラたちのその後を端的に見せる構成となっていた。
 或人が滅との決闘を選んだのは自身の「復讐心」からの暴走をとめられるのは滅だけだと考えたこと、そして滅に命をかけて「心」を教えようとしたためであり、滅は時折自身の行動を邪魔する「心」に恐怖を感じ、そんなものを自身に与えた人間が憎かったのだと、両者の真意が明かされた。


 たとえば人間とヒューマギアの「悪意」が集結して巨大な怪物となり、人間側とヒューマギア側の仮面ライダーたちが共闘してそれを倒すことでともに笑いあえる未来が開かれる……なんて見せ方の方が子供たちには伝わりやすかったかと思える。そういうのは当初2020年7月23日公開の予定が同年12月18日公開に延期された映画『劇場版 仮面ライダーゼロワン』(20年・東映)に期待するべきなのだろうか?
 ちなみに公式ホームページではいまだに詳細がアップされてはいないのだが、これはテレビシリーズ放映中の出来事として製作した内容をテレビシリーズのその後の物語として改変している最中のためかと思われる。
 本来同時上映の予定だった映画『魔進(ましん)戦隊キラメイジャー THE MOVIE(ザ・ムービー)』(21年・東映)を2021年新春に延期し、それぞれ単独公開としたことで新規撮影分を加えて尺を長くしている可能性も高いだろう。


 或人と滅が「悪意」を乗り越えたとき、イズの形見である緑のリボンが青空に舞う描写は実に象徴的だったが、バックアップデータがないために復元ではなく、再現されたイズに或人がギャグをかます際の決めポーズ、「アルトじゃぁぁぁ~~~ないとぉぉぉ~~~!」を手取り足取りでラーニングする実に微笑(ほほえ)ましい描写でテレビシリーズは幕となった。
 この新生イズと或人の関係性の進展具合もまた、劇場版には期待したいところだ。


 最後になるが、或人を守って命を落とした父代わりのヒューマノイド・其雄、元々は幼児教育用ヒューマギアとして開発されたためか迅に対する態度が支配から父性愛のように変じていった滅、人間なのに「1000%」を息子にたたきこんでいた垓の父、『ゼロワン』では三者三様の父親像が対比的に描かれていた。子供を守るのも良い方向に導くのも決して仮面ライダーではなく親や社会の役目なのだと、スタッフたちは『仮面ライダー』を通して訴えていた一面もあったのかもしれない。

2020.9.20.


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2020年秋分号』(20年9月22日発行予定分)所収『仮面ライダーゼロワン』総括合評3・4より抜粋)


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仮面ライダー』初作・総論4 ~ライダー・ミラーマンシルバー仮面が日曜夜7時に激突! in名古屋

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仮面ライダーV3』総論 ~変身ブーム下の『V3』全4クール総覧

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仮面ライダーX』総論 ~公私葛藤描写の先進性!

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仮面ライダーアマゾン』 ~初期4話のみが傑作か? 5話以降再評価!

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