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劇場版 仮面ライダー555 パラダイス・ロスト 〜賛否合評1


『仮面ライダー555』 〜全記事見出し一覧
『仮面ライダー』シリーズ評 〜全記事見出し一覧


(03年8月16日封切)
(脚本・井上敏樹 監督・田崎竜太 アクション監督・宮崎剛 特撮監督・佛田洋
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2004年準備号』(03年8月16日発行・速報折込みコピー)〜『仮面特攻隊2004年号』(03年12月29日発行)所収『劇場版 仮面ライダー555 パラダイス・ロスト』合評1・2より抜粋)

劇場版 仮面ライダー555 パラダイス・ロスト 〜評1

(文・T.SATO)
(03年8月執筆)


 公開中ですが、ネタバレしません(笑)。
 今回は途中のフェイント・小ネタもふれないよう、ふれるくらいなら逆に読者に少々のウソもつくつもりで(?)、作品感想文に挑戦!?
 03年8月11日(月)、1万人公募ロケ参加者の抽選試写会、花の銀座の「丸の内東映」の上層、古〜い東映本社ビルの、東映テレビ部もある7F、数十人収容のミニ試写室にて鑑賞。


 作品の賛否両論は毎度のこと。同伴氏の評価は、序盤は異世界インパクトでサイコウ、中〜後盤で盛り下がるとの由。だからその程度の作品かもしれない……。
 けど個人的には、去年に続きまた大傑作が見れてしまった幸福にひたっている(子供に見せたい作品かはさておき・笑)。
 昨02年の『劇場版 仮面ライダー龍騎 EPISODE FINAL』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20021104/p1)は、最終回先行映画化、13ライダーのバトルロワイアルの最終決着という大ネタ。なので、生き残りライダーの順列組合せマッチメイクやその人間関係を追うだけで、スジはできてしまう。
 しかし今年は、人類の過半が敵怪人に進化(?)した数年後というシチュエーションしかない! この中でどのような展開を構築するか、まさにスタッフ連の素の実力が試される。


 敵の総本山(?)スマートブレイン社の健在、都市で日常生活を送るのはすべて敵(?)怪人オルフェノクの人間態、旧来の人間は迫害され窮乏生活を、ある者はレジスタンス活動を、その中でも路線の対立が……。
 映画はゲリラ活動で開巻! 敵はオルフェノク! 人間とオルフェノクの人口形勢が逆転した日常風景の異世界旧人類が居住する焼跡闇市異世界へと幕を変えていく。
 導入部としては順調。でもそれらは、やはり舞台設定・背景装置に過ぎない。しかしスタッフはそれに足をすくわれることなく、展開をしたたかに料理していく。


 TV版レギュラー連の再登場。クリーニング屋からレジスタンスに転職(笑)したものの、ヒロイン真理&啓太郎の多少ワイルドでも基本は変わらないパーソナリティ。仮面ライダーカイザこと草加(くさか)もレジスタンスに参戦。
 そしてオルフェノク化しても人類を襲わず共存しようとする理念はそのままに再登場する木場・結花・海堂の3人……。そんな彼らレギュラー連の真摯な思いと相変わらずの人間関係・やりとりが、ドラマへの感情移入を改めて喚起する。


 レギュラー連中の適度な頭数の多さもよかったかもしれない。絶望的状況下でもまだつづいてる彼らのあやとり的人間関係。その複数の入り組む対角線の大所・局所の一本一本にやどるハリ&テンションが、単調化やお団子キャラ化も回避し、時に錯綜・行き違い・誤解・裏切りといったドラマ的起爆を、次なる展開をも惹起する。
 各種ネタ明かしやゲストとの葛藤には粘りがない。が、連続モノならぬ短編活劇で粘っても中途半端か冗漫だろうし、ならば遅滞ない今回の処置は次善かもしれない。


 ややもすると複数のブロック――レジスタンス〜主人公・巧(たくみ)&元チャイドル黒川芽以(天使ならぬ大人みたい)〜巧とレジスタンスと木場の相克〜埼玉アリーナ1万人公募ロケ――を寄木細工的に接着した観も本作にはなくはない(笑)。
 が、個人的にはレギュラー連中の複数感情ドラマがブロックをつないでギリギリ血を通わせていると見る。そのキモがなければ、オーラスが映像的にいかに凝っていてもシラケたことだろう。その前提あった上で……。


 1万人公募ロケの闘技場バトル! 帝王のベルトの蘊蓄はドコへやら(笑)、姫を救う騎士モノとしてラストの意匠は作劇される。555×帝王×巨大オルフェノクの超激闘!
 しかし、その映画的イベント・映像や表層的ヒロイックさに作品は良くも悪くも溺れない(3大監督(本編・特撮・アクション監督)連はともかく、むかしから井上敏樹脚本はバトルの組立に関心が多分ないし・笑)。


 TV以来の『555』の空気、巧の何者にも屈しない不遜なキャラは一貫してブレることなく、むしろそのスジを今回こそ貫き通した。毅然と立って、去っていく。まさに敏樹節の真骨頂。巧のキャラこそ本作を決着せしめたともいえるだろう。


(了)


劇場版 仮面ライダー555 パラダイス・ロスト 〜評2 「パラダイス・ロスト」所感

(文・あべけんすけ)
(03年8月執筆)
 試写を見て、この作品の制作バックボーンに横溢するその野心性、野放図ぶりに圧倒された。
 こんな感覚を味わえるのは久し振りだ。この映画「パラダイス・ロスト」は、01年「仮面ライダーアギト PROJECT G4」(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20011104/p1)の大ヒット以降恒例となった平成ライダーシリーズの劇場版第3作だが、前年度、前前年度とは明らかに映画としての立ち位置に変容が見られる。


 巧、真理らおなじみのキャラクターたちが、TVとは似て非なるパラレルなポジション、設定世界に身を委ねる。
 本作最大の特徴とも言えるこの試み自体は、同じ白倉=井上コンビによる「超光戦士シャンゼリオン」(96年)最終話の発展形と言え、真理を中心とした解放軍パルチザン主導のストーリーも、95年公開「人造人間ハカイダー」との相似が容易に指摘できる。だが、単にパラレルというだけならこれまでにも往年の「東映まんがまつり」の諸作に該当例があった。


 本作「パラダイス・ロスト」に顕著なのは、さながら劇中を暴走する廃バスや空中を縦横に飛び回るゲストの悪役ライダー・仮面ライダーサイガのように、どこに突っ走り着地するのか予測不能な不穏なムードが随所に感じられ(例えば一方的に終わる仮面ライダーサイガ 対 仮面ライダーカイザのシーンなど)、それらが物語全体に奇妙な活力を生み出している。
 バラックのオープンセット(素晴らしい出来ばえ!)はさながら戦後直後の焼け跡闇市を舞台にしたヤクザ映画「仁義なき戦い」(73年)トップシーンのようでもあり。
 違和感をあえて狙ったと思われる仮面舞踏会のシーン(「ハカイダー」におけるヒロイン・カオルの夢の下りを想起させる)も、あるいは江戸川乱歩の「黒蜥蜴(くろとかげ)」(1934年。62・68年に映画化。その後も度々TVドラマ化)的様式美として解釈するのが妥当なのかもしれない。


 別に今回のライダーは深作(欣二 ふかさく・きんじ。「仁義〜」「黒蜥蜴」68年版監督)テイストに満ちているなどと言うつもりもないが、別名「三角マーク」こと映画会社東映本来の持ち味である、ごった煮的な「活劇」への回帰志向のようなものが随所に感じ取れたのが個人的には興味深かった。
 クライマックスを彩る巨大なイベント空間、「10000人エキストラ」(私も参加してきました)のシーンも、文字通り終局の見世物小屋としてビジュアルが機能しており、この種の試みとしては十分合格点ではないだろうか。

 
 ひとつだけTVとの関連で不満を述べるとするなら、最終局面における木場勇治の扱いだろうか。TVシリーズの1話で示された通り、彼はオルフェノク側を代表するキャラクターであり「555」世界の一方の主役である。
 その意味で、満場のコールを受けて「変身」を遂げた木場がファイズと対峙する下りは正しく圧巻だ。


 だが、(巧との関係を含めた)その後の落とし所にもう一つ工夫が欲しかったように思う。あれでは明かされた巧の特性も、会場脱出のためのエクスキューズに過ぎないのではないか。
 もっともこの辺りは、今後TV本編のシリーズ展開に関わってくるフライング要素のため、あえてラフスケッチのまま出さざるを得なかったのかもしれないが。


 平成ライダーシリーズも継続して4年目となるが、その間に蓄積された膨大なノウハウを存分に活かし、現時点での一つの物量的解答を示したコンテンツ、それがこの「パラダイス・ロスト」だと思う。
 私としては木場、海堂、結花のトリオが格好良くて嬉しかった。


 またしても東映テレビ部の底力を感じさせる、とにかく必見の一作!


(了)


劇場版 仮面ライダー555 パラダイス・ロスト 〜評3

(文・黒鮫建武隊)
 面白かった。楽しかった。カッコよかった。


 続々と出現する強敵を打ち破っていくヒーロー、という図式は変身キャラクター物に限らず東映活劇映画全般に共通する手法。
 本映画もその王道にキッチリ則っており、好感が持てる。
 この図式にとって重要な「強敵の強敵たる所以」も明確。
 即ち「一万人のライダー部隊」ことライオトルパーはその圧倒的な数量で、仮面ライダーサイガは主人公に無い特殊(=飛行)能力で、エラスモテリウムオルフェノクは巨大な図体で、そして仮面ライダーオーガは変身する者自体の強さとドラマの盛り上がり方で、「強敵」であるという説得力を有しているのだ。
 なおかつ、サイガやエラスモテリウムオルフェノク仮面ライダーファイズとの戦闘以前に噛ませ役キャラクターと対戦し、その実力を観客に見せつけている。
 そうした強敵相手に、ヒーローいかに戦うか?! いやあ、王道ですなあ。



 この映画の面白さについての言及は他の寄稿者の方々に譲ることとして、この程度で終わりにしたい。本稿では他に書きたいことがあるのだ。


(1) その世界観

 全世界は人類の進化形『オルフェノク』によって支配されていた。

(映画巻頭の字幕より。)


 異形の者たちによって既に支配されている、という世界観はアニメ作品では『新造人間キャシャーン』(1973年・タツノコプロ)など多くの先例があるのだが、(国産の)実写特撮作品では非常に稀である。
 その設定に説得力を持たせるだけの画(え)を見せるのが極めて困難だ、ということは、誰しも容易に想像できよう。既存の作品でなんとか合格点に届いていそうなのは『SFドラマ 猿の軍団』(1974年・円谷プロ)の一作のみ、と言っても大過あるまいと思われる。


 その『猿の軍団』から29年を経て登場した『仮面ライダー555 パラダイス・ロスト』は、この手の世界観を持つ国産特撮作品としては、当分の間、「決定版」としてその地位を保ち続けるであろう高い完成度(高い説得力)を有していたと思われる。
 そのような作品を得ることが出来た歓びを、まずは明記しておきたい。


 例えば映画冒頭。スマートブレイン本社襲撃に失敗した人民解放軍が、社屋から転がり出て銃撃を続けるも劣勢。
 この時、「ゲリラVS怪人(オルフェノク)」の背景となっているのは、何の変哲もないオフィス街である。談笑する人、携帯電話で話しながら道を急ぐビジネスマン…。「激しい戦闘」と「オフィス街の日常」という異質な光景が、互いに関わらずに同居している映像を、開巻数分にして我々は目撃する。
 これこそ、「人民解放軍ごときが今さら何をしようと、その日常生活は微塵も揺るがない(オルフェノクの)世界」が既に確立している世界観を、どんな言葉よりも明確に語る映像であった。


 戦闘は続き、一組のカップルのテーブルがとばっちりを食って、その上のコーヒーが吹っ飛んでしまう。ムッとしたカップルは、立ち上がりながらオルフェノクの姿に変身する。年少の観客にも分かりやすい表現だ。
 更に仮面ライダーカイザが乱入すると、それまで眼前の戦闘とは無縁に日常生活を謳歌していた人々=オルフェノクたちが、急に狼狽して逃げ惑う。
 そこまで安定していた「日常」が、やっと「戦闘」側に巻き込まれるわけだが、なんだかカイザの方が怪人のようにも見える。
 いや、それで良いのだ。既に世界は逆転しており、(一応は)ヒーローの筈のカイザは、この世界では異形の殺人鬼でしかないのだから。こうした細かいカットの一つ一つが、本作の世界観を支えているのだ。


 人間の皮膚に模様が浮かび、続いて全身が一瞬にして怪人の姿に変わる。CG合成を活用した、オルフェノクの変身パターンである。
 テレビシリーズに準ずるこの変身パターンが、本映画では実に効果的に使われている。
 本作品に登場する人間の大半はオルフェノクであるわけだが、本当に怪人の姿で出てくるオルフェノクは(木場勇治たち三人を除けば)十体強。べらぼうに多いとは言えない。
 だが、時おり「皮膚に模様が浮かんでいる人間」を登場させておきさえすれば、「そこらじゅうの人間が皆、オルフェノクだ」と再認識させることは容易なのだ(通常の世界観とは違っているわけだから、たまに再認識させておかないと観客の生理的に辛いものがある)。
 これも一例を挙げておくと、大きな話題を呼んだ「一万人エキストラ」(筆者もその一人です)。その最初の方のカットで、この合成を施されているエキストラがいた。たったそれだけのことで、「ここにいる一万人は全員オルフェノクである」ということを、観客に改めて刷り込むことが出来るのである。


 前述した『猿の軍団』は、特殊メイクによって猿を表現していた。つまり、俳優の大半が猿のマスクをかぶっているわけだが、何と言っても30年も前の、しかもTVシリーズである。一人二人ではなく数十人を、毎回毎回猿に見せるのだから、あまり凝ったメイクが出来よう筈もない。結果として、現在の目からすると「少々キツイ」出来になっているのは否めない事実だ。
 筆者はCGよりも昔ながらのフィルム合成の方が好みに合う人間だが、今回の映画にCG合成は欠かせなかったと思うし、その使い方・効果の点でも充分であったと考える。


 なお、残存している人間たちの居住区域のセットなども、本作の世界観を支えるに足る出来であったことは、無論である。蛇足ながら付け加えておく。


(2) 「ライダーと怪人」の相対化

 第一作『仮面ライダー』(1971年・東映)を語る際によく言われる魅力の一つに、「仮面ライダーは本来、ショッカーの怪人バッタ男になる筈だった」という点が挙げられる。
 「改造人間の苦悩」にせよ「怪奇アクション」にせよ、仮面ライダーが怪人に近い(本質的には同種の)存在である、という前提があってのものだということは、容易に理解されよう。


 いや何、実のところそういう仮面ライダーは他に何人も居る。
 第五作『仮面ライダーストロンガー』(1975年・東映)でも、城茂はまぎれもなく奇械人(「きっかいじん」)になる為の改造手術を受けているのであって、ストロンガーは本来、「カブトムシ奇械人」とでも名乗るべき存在なのだ。
 ただ、1号ライダーの場合デザイン的にも、(旧1号時点での)色合いや造形的にも、ショッカー怪人にある程度近い印象があったことは事実であり(注1)、そこに起因する説得力を失念できないだろう。


 勿論(もちろん)、それだけが仮面ライダーのあるべき姿だ、等とムチャクチャを言うつもりは毛頭ない。
 本放映当時、2号ライダー編から見始めた筆者は「ライダーと怪人が同根だ」等と考えたことは無かった。設定的にも仮面ライダーXあたりは怪人と同根であろう筈もないが、だからと言ってライダーXが仮面ライダーとして邪道だなどという理屈は成り立たない。
 本来は「カブトムシ奇械人」だった筈のストロンガーについて「旧1号ライダーの正統なる後継者」という声を聞かないのも、ストロンガーが設定的には奇械人であれ、実際の描写はむしろライダーXなどと同様、怪人(奇械人)と明確に異なる点(=際立ったヒーロー性!)を魅力としているからである。



(注1) 本放映前、各種宣材に掲載された「ライダーと怪人が一緒に写っているスチール」を見て「どれが仮面ライダー?」と感じた、という類いの思い出を語るオールドファンは、少なくない。



 と、そこまで断った上で言えるのだが、『仮面ライダー555』は、「旧1号的な意味での、ライダーらしいライダーシリーズ」だと考える。
 それはTVシリーズにも充分あてはまる話であるのだが、特に今回の劇場版は、その印象が強烈だ。


 本作品はテレビシリーズとはパラレルであり、かつ時系列的にはテレビシリーズに該当する時代の数年後、という凝った設定ではあるが、各キャラクターの行く末は、ほぼテレビシリーズ前半2クールから見当のつく通りであったと言える。
 長田結花と海堂直也のカップルの運命。主人公・乾巧(いぬい・たくみ。以下、タッくん)と木場の、互いを理解した上での対決。そしてタッくんの正体……。


 テレビシリーズ初期から誰しも気がついていた(少なくとも筆者の周囲ではそうだった)通り、タッくんはオルフェノクだったわけである(注2)。
 一方の木場は、「オルフェノクとして生きる!」と宣言して仮面ライダーオーガに変身した。
 更に言えば、この映画ではライオトルーパー部隊にせよ、仮面ライダーサイガにせよ、およそ仮面ライダーっぽい外見を備えているのは、ことごとくオルフェノク側(と言うか、スマートブレイン社側)なのだ。
 中盤で退場してしまう仮面ライダーカイザを除外すると、唯一人間側に立っている仮面ライダーファイズである。そのファイズが実はオルフェノクだと言うんだから、「人間側の仮面ライダーVS敵側の怪人」という図式は、ここでは完全に崩れている。



(注2) 「タッくんがオルフェノクだ」という秘密は、テレビシリーズでは映画公開時まで伏せられていた。



 これは一つには前述した「オルフェノク支配下にある世界」という設定、即ち「世界観の逆転」の影響だし、また一つには「敵側もベルトを使って変身可能」というテレビシリーズの設定をうまく導入した、ということが言える。
 だが、筆者はここではむしろ「主人公もオルフェノクであり、敵も仮面ライダーである」という点自体に注目したい。即ち、「敵も味方も同根である」ということだ。


 劇中、園田真理は「人間とかオルフェノクとか、関係ない」という趣旨の発言を、二回している。敵も味方も同根であるなら、まさしくその通りだ。オルフェノクであってもタッくんは真理の味方だし、そのタッくんからベルトを強奪した水原は、人間であっても真理からすれば敵も同然である。
 「何であるか」に意味はない。「何をするのか(したいのか)」だけが重要なのだ。木場・結花・海堂が訴えても訴えても受け入れてもらえなかったこの主張は、(主として)真理のために戦うタッくんがオルフェノクであった、という時点で、少なくとも我々には受け入れられた。
 同時に、旧1号以来の仮面ライダースピリッツが本作にも受け継がれ脈々と流れていることが、ここにおいて確認されたのである。



 ……タッくんの受け継いだ「木場の理想」(人間とオルフェノクとの共存)は、どうなるのだろう。
 例によって「さあな」とか何とかで済ませるタッくんの台詞を、額面通りに受け取ってはいけない。テレビシリーズ初期で「自分には夢がない」等と語り、あまつさえ「夢」を否定するような言動をしていたタッくんだが、実のところ自分の夢を自覚していないだけだ、というのは、誰の目にも明白である。
 「おれには夢は無いけど、夢を守ることはできる」(第7・8話、台詞は大意)じゃねーよ、「夢を守りたい」というのがアンタの「夢」でしょーが(笑)。
 本映画にしたところで、「(救世主は)闇を切り裂き光をもたらす」という真理の「(これも一種の)夢」を大声で復唱させて、それを叶えるんだ! という思いをエネルギーに逆襲に持ち込んだタッくんなのである。


 なればこそ、筆者としては楽観している。タッくんなら必ずや、木場の理想・木場の夢を叶えるに違いないと。つまり、あれで充分、ハッピーエンドである。
 実は本映画の設定を知った時に、『人造人間ハカイダー』(1995年・東映)のラストを想起して、危惧を抱いていたのだ。エセ楽園を壊滅させて去るハカイダーにはしかし、その後をどうするんだ、というヴィジョンがまるで無かった。ハカイダーだから「破壊」するだけで良い訳だが、仮面ライダーに同じことをされても困るな……と余計な心配をしていたのである。ああ良かった。



 又もや蛇足ながら理屈を言えば、既に二千人強しか残存していない人類が、絶対数を回復させることは至難である。
 オルフェノクと戦い続ければその数は更に減る(出生によってそのスピードを上回ることは不可能)わけだし、戦わないにしても現状のままでは、座して絶滅を待つのみだろう。オルフェノクの目を盗んで生活するのでは、生存に充分な食糧や医療等を保持し続け得ない。人類絶滅を避けるには、オルフェノクの積極的な協力が不可欠だ。


 一方、オルフェノク側にもファイズに対抗できる持ち駒が既に無い。帝王のベルトは二つとも、その変身素体と共に消滅した。ベルトは再び作れるにせよ、それを着用できるだけの人材が残っているかどうか。
 旗色の明確な木場たちをダラダラと生かし続け、スマートレディの変身等という小細工まで弄したのも、要するにオーガのベルトを使いこなせるのが木場しかいなかったからであろう。
 この状況で仮にファイズオルフェノクを殺してまわったら、オルフェノク側としてはお手上げだ。オルフェノク予備軍である筈の人間も、残り二千人強しかいないのでは、皮肉なことに人員補充の見地からはほとんどアテに出来ない。


 共存か共倒れ。世界に残された道はその二本のみであろう。ファイズが頑張れば頑張るだけ、「共存」が近づくのだ。
 ただしここで、「弱いオルフェノクを殺しまくるファイズ」など見せられても嬉しくない。
 その辺は「タッくん頼んだよ」ということで、木場の理想・木場の夢を継いだこの時点で終了、という現行の判断は大正解だろう。頼みがいがあることは既に充分、観客に承知されているわけだし。


 こういうのを、「ハッピーエンド」と言うのであります。



追記
 佳境に突入しつつあるテレビシリーズだが、「タッくんがオルフェノクだ」という秘密は既に暴露されている。こちらは、どのような終幕を迎えるのだろうか。
 タッくん本人がオルフェノクである以上、彼以外のオルフェノクを全滅させて一件落着という、ライダーシリーズらしい終わり方が果たして“ハマる”ものかどうか、若干の疑問も無しとしない。一体どうなるものやら…。


 テレビシリーズと劇場版とがダイレクトに繋がる物語でないことは明白にされたわけであるが、たとえ形は違えど、劇場版がそうであったように、明日を信じられるような力強い終わり方を期待したい。
 それこそが、夢を信じられず、己を信じられずに悩んだタッくんの物語の終幕に相応(ふさわ)しいと、筆者は思うからである。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2004年号』(03年12月29日発行)『仮面ライダー555』劇場版&後半合評3より抜粋)


『假面特攻隊2004年号』「劇場版 仮面ライダー555 パラダイス・ロスト」関係記事の縮小コピー収録一覧
・日刊スポーツ 2003年5月26日(月) 仮面外ダー 8月公開劇場版に米国出身ピーター・ホー起用 〜大枠記事・白いライダー・仮面ライダーサイガのデザイン画を大きくフィーチャー!
朝日新聞 2003年8月15日(金) 封切前日のTV番組表・9:55〜10:30『気になる』仮面ライダー主役美少年に直撃。11:25〜『スクランブル』乾巧ライダー555生変身


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  (当該記事)

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