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破壊者ウルトラマン(大江健三郎) 〜『世界』73年5月号

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『世界』1973年5月号『破壊者ウルトラマン』(大江健三郎・現ノーベル文学賞受賞作家)書評

(文・T.SATO)
(03年12月執筆)
 大江健三郎を知らないヒトは、オタクの中でも、このような活字評論本(註:初出は同人誌)の読者にはいないだろう。……いや、多少はいそうだな(苦笑)。
 文学者だ。おそらく後世の中高生の日本の歴史の教科書には、昭和〜平成期を代表する文学者・作家のひとりとして、名前が掲載されて残っていくであろうという御仁。


 筆者も古今東西の文学に対しては、著名な作品のいくつかに対して、基礎教養として押さえておこう、くらいの邪心で読了しているくらいの知識しかないので、何かを語ろうとするのは、おこがましいのは重々承知している。
 それでもあえて、筆者個人の見解を云わせてもらえば、大江という名は残るだろうが、ドストエフスキートルストイとまでは云わないまでも、漱石夏目漱石)や太宰(太宰治)の作品群のように、作品自体が語り継がれていく長い生命力を持っているかどうかは……、ビミョーといったところ。


 そも文学も、近代初期には映画同様、不良が読むものとされ(笑)、かつてのマンガやアニメやジャンル作品のように敬意も払われなかった。世間から低俗と思われてる文学だけど、こんな人間修養・芸術性もあるんだゾと、高校の文学史に出てきた明治中期の坪内逍遙(つぼうち・しょうよう)も啓蒙書『小説神髄』(1885(明治18)年・asin:B000J97HN0)で力説せねばならなかったほどだ(笑〜同時期の英語圏でも同様。参考:文学者・亀井秀雄氏の「近代としての小説」(2019年現在、リンク切れ))(2019年現在ではこちらに移転・http://k-sekirei.la.coocan.jp/symposium/korea/shoyo_01.html)。
 それでも、一部の富裕で時間的に余裕がある、インテリ層とその予備軍(大学とか、旧制高校)の中でしか、実学ではない人文系統の学問や文学に対して、高尚なものであるらしい……という認識(風潮・流行?)はおこらず、その中でのみ敬意を払われ純粋培養されていたといってもよいだろう。
 朝晩、肉体労働しなければならない庶民であるならば、本格的読書や思索に傾ける時間など、あるワケもない。


 しかし、どこの国でも同様だろうが、身分制社会ならぬ近代社会においては、政府・民間のトップと云わず、ホワイトカラーの事務職や、マスコミ・映画産業などの知的生産をともなう業界には、世襲貴族ではなく(笑)、大学出身の一応のエリート層やそれに準じる層が、要職の多くを占めることになった。
 『ウルトラ』シリーズの技術屋連中はともかく、プロデューサーなど文系の背広組、脚本家などの文芸スタッフ、現場の監督や助監督といった連中も、そうした文学に対して大なり小なり敬意をはらう70年代前半あたりまで残っていた風潮の中心なり周縁にいた種族であることは、まちがいがない。だからこそ、当時は良心的文学者としての権威があった大江の発言に、重みがあったというべきだろう。


 もちろん読者もご存じの通り、学者や文学者にご意見番や時代の羅針盤の役割を期待する風潮は、学生の間においても、現在においては、ほぼなくなっている。
 その変化は70年代を通じて急速に起こり、80年くらいには、学者や文学者に敬意を払う風潮は壊滅している。
 日本がさらに裕福になり、中間層が増大、高度大衆消費社会化が進行すれば、その余暇を、読書や思索にではなく、レジャーや趣味にも傾注するようになる。社会運動や賃上げ闘争をしなければ生活苦におそわれる時代も去り、ほどほどに豊かな生活を送れる時代がおとずれる。
 もちろんその転換点の初期には、学者や文学者の多くが指し示した理想(ぶっちゃけ社会主義共産主義)が、かつてほど輝いて見えなくなったということもあったろう。


 しかしそれすら、後続世代には忘却どころか意識にすらのぼらなくなる。社会や政治に対して怒りを表明することでの自己確認ができなくなるならば、同世代内部での差異化競争によって、遊び人としてのスキルなり、映画・音楽・文学ならぬミステリやSFなどのサブカルチャーへのこだわりや知識や見識に、自己主張やアイデンティティの確保を見出していくのもまた、世の必然でもあるだろう。
 そーいった風潮を嘆く憂国の読者もいるやもしれない。しかしそれは自己矛盾だ。オタクというジャンル趣味へのこだわりを、アイデンティティのひとつとした我々も、しょせんはそのような歴史的・経済的産物でもあるからだ。
 ――江戸の元禄時代のように、局所的に消費文化が花開いて、遊び人こそ粋(いき)であるとするミクロ的な風潮など、古今東西、別に近代にかぎった話でもないようなのだが――
 自分たちの父母やその上の世代のように、TVがなかったら、マニア向け書籍がなかったなら(笑)、あるいは昼間、畑仕事を手伝わされ、井戸汲みしてたなら……、オタクにはならなかったことであろう。そーいうことですョ。



 大江の論文『破壊者ウルトラマン』(『世界』73年5月号)は、ちょうど端境期、知識人へ敬意を払う前時代の最後の灯火が輝いていた時期に発表された論文である。
 内容の紹介と検証はあとに、その影響力についても考察してみたい。筆者は先に、文系の背広組・脚本家・現場の監督や助監督といった連中――文学に対して大なり小なり敬意をはらう種族に対して、当論文は賛否いずれにしてもそれなりの影響を与えたろう、と云った。
 ではそれ以外の層に対しては、ドーだったか?


 あなたのお父さん・お母さんは、この論文を、そもそも岩波書店の『世界』なんつー論壇雑誌の存在を知っていましたか?(笑) まぁインテリな家庭はともかく、日本においても大学進学率が3割を超えない時代がつづき、筆者の父母なども大卒歴などクスリにしたくともない(笑)。
 よって、いかに現在にくらべて、敬意を払われていたとしても、インテリ層やその予備軍(原・オタクも含む)に対してしか影響力がなかったと見てもよいだろう。


 いまだにマルクス主義的な階級闘争図式(笑)を取り、自分を底辺や弱者や被害者に位置させれば、自動的に正義に属せると考える素朴な御仁が、大江などのハイソ層の人間が『破壊者ウルトラマン』などの批判文をものしたために、ジャンルが偏見と蔑視を見舞われたのだとする論を展開することがままあるが、それは愚論である。
 身分制社会ならぬ、近代資本主義社会では、そんな単純な図式で現実を説明できるワケがない。
 大江が発言しようが、被爆者団体が糾弾しようが、新聞の投稿欄で怪獣ものが非難されようが、PTAが騒ごうが、せいぜいシリーズ中の1エピソードが放映禁止になるくらいで、ジャンルが壊滅するどころか、番組1本も消滅したことが一度もなかったのも、他方での事実だからだ。


 これは世界的レベルで客観的に見廻した場合、諸外国には見られない特異な現象である。アメリカでは、50年代に日本同様、長編マンガ誕生の気運もあったものの、キリスト教会などの保守勢力の弾圧によってほぼ壊滅したと聞く。
 タテマエはともかく、階級社会がいまだ残るヨーロッパでも、日本製の暴力的アニメ(『マッハGoGoGo』(67年)とか・笑)が、70年代初頭において、父兄の反対にあい、放送禁止の憂き目にあっている。
 近年でも、欧米やアジアへ輸出されたあと、たかがアニメなのに裸のシーンや、『美少女戦士セーラームーン』(92年)の変身シーン(笑)がカットされたりストップモーションに改変されているのは有名な話。


 世界的視野で見た場合、キリスト教儒教などのモラルが相対的にユルい国。聖職者・教育者・文化人の権威や発言力が善くも悪くも相対的に低い国。それが日本という国だろう(もちろん、そのことにも善悪両面がある)。
 でなければ、世界で一番、このテのジャンクカルチャーが勃興したことの説明がつかない。


 よって、日本はジャンクカルチャーに対し、偏見の強い後進国であるとの見解も、かつての国内における文化人からの蔑視や、今ならイケてる系からの差別を、はねのけたいという意図からのものだとしても、悪いイミでの子供番組的(笑)二項対立に陥っているにすぎない。
 三分法・四分法・XYZ軸で八象限に時間軸といった多角的な尺度による、多層的・重層的な認識から、世界の中での東西南北どのポジションにどれくらいの重要度で、当問題が存在するのかを射程に捉えずに、自分のスキなジャンルが非難されて、悪いイミでの女子供的にウッキー! といった反応と大差ない言辞をつらねても、その稚気は愛すべしだが、評論的には、説得においても、ジャンル状況を好転せんがためでも、同士にすらツッコミされる右・左しかない安直二元論は逆効果ですらある
 ――この表現では、文章慣れしてない若い読者には判りづらいかな? 要は論争相手や抑圧者も絶対悪でなし、一理二理を認めて、でもトータルではコッチ側に理があるのでは? 的な、繊細デリケートな多面的物言いをしろってこと。ガナってても、大雑把すぎて取りこぼし感があったなら、誰もついてこないのは左翼運動の退潮でも判るでしょ――。



 ……そんな日本において、製作者にとっての真の脅威は、圧力団体ではなく、低視聴率による打ち切りだ。そう、大局においては、商業主義こそが強者だったのだ(笑)。
 そうした複合状況を最低限、捉えなければ、ジャンル批判に対して再反論をするにしろ、的ハズレや相互における認識ギャップが生じることになる。


 ジャンルファンの大勢は、自分たちこそ被害者・弱者であり、ジャンルを批判するオトナたちこそ抑圧者であると認識しがちである(その方が元気が出るからネ・笑)。
 しかし、大江や糾弾団体側の自己認識はどうか?
 自分たちは強者ではさらさらなく、放っておけば資本主義競争経済の波に飲まれてアッという間に淘汰される文学や政治・市民運動などに携わっている、やはり弱者という認識だったのではなかろうか? 敵対陣営に一矢を報いることすらも、なかなかに適わないというような……。
 そして、ジャンルファンは資本主義の犠牲者か、洗脳された人々なのだと。場合によっては、商業主義に与する我らジャンルファンこそ権力側の存在であるとすら思っているだろう――それもまた、パーフェクトな認識ではないにせよ、一面の真実ではあると思う――。


 そう。そこにこそ、両者の大きなギャップの原因がある。
 局面により弱者である自分も相対的抑圧者になりうるという発想。
 80年代以降ならばともかく、あの時代(70年代まで)の政治・市民運動に関わっていた人々にはそれがないらしい。
 だからこそ、彼らは自分らこそが抑圧者だとして糾弾されることが、想像の範疇外にあり、事態を冷静に認識することも困難にするのだろう。


 いや、それはフェアな批判ではないナ。我々ジャンルファンの大多数とて同じことなのだから……。
 この場合、ジャンル批判者・擁護者双方が、オトナの態度を取り、互いに「弱者」というヨロイ(笑)を脱ぎ、歩み寄れれば一番イイが、それが適わぬなら、いずれか一方が、自己を相対視しつつ、より高次な論理を構築して、説得力を高めて相手の心に届かせる努力をすべきである。
 そしてそれは、もうイイ歳の我々ジャンルファン側が取るべき態度でもあるだろう。
 相手が議論の土俵にのらないとしても、第三者・ギャラリーに、どちらの理論により理があるかを検証してもらったり、衆望・賛同を集めるかたちで、自分たちの立場や論理を啓蒙して支持を集めていく方法だってありうる。


 ところで、我々ジャンルファンもまた無垢であるとはいえない。ジャンル内部で、アニメファンはキャラクター・ミーハーだ、特撮ファンは幼稚だ、若いゲーム世代は理解できないとかの差別的・抑圧的ふるまいを(オトナは敵だ! とかの逆差別も含めて)散々にしてきたのだから
 ――さらに云うなら、差別がまったくのゼロであることがホントウにイイのか? 適度な差別やストレスがあることは、人格・思想形成にとってはイイことでは? という話もやりたいが、脱線なので、別の機会に――。



 ただし啓蒙活動も実際に実行していくとなると道は険しい。最近の各所での研究によって、あるいは本誌『假特隊』執筆者の分析においても、『ウルトラセブン』#12欠番問題において、糾弾活動の先鋒として、悪者・諸悪の根源視をされつつある“「ひばく怪獣」問題事務局”の井上澄夫(いのうえ・すみお)氏。


 本誌でも再録(註:同人誌版))した、『「被曝怪獣」問題――糾弾行動の中から――』(『月刊たいまつ16号』・70年12月15日)において、氏はこう述べる。


 「大マスコミ資本との格闘についやされたこの二カ月間は、そのまま自分たちにつきまとう無力感とのたたかいでもあった」、「ぼくたちは、こういった無関心の厚い壁(編註:被爆者差別を助長するといってもたかが怪獣、TVドラマ『ハレンチ学園』(70年)ならばともかくスペル星人にこだわって批判するのはおかしいというような反応)に対するイラ立ちやあせりを圧し殺して、潜在的な支持者を突っぱなさないように行動した」。


 立場や目的こそ違えども、現在の筆者にはその気持ちもよく判る
 ――余談だが、またヘソ曲がりを発揮すると、井上氏のような批判の立場も存在してイイと筆者は思っている。セブン#12糾弾団体“「ひばく怪獣」問題事務局”の母体となった、井上氏と必ずしも立場を同じにしているともいえない穏健派の長岡弘芳氏の「原爆文献を読む会」に、知行合一の立場から実践運動なき理念だけの組織であるという偽善や自己満足のにおいを感じての独走だったのだとすれば、氏の行動原理にも同意はしないがそのリクツ・論理のスジミチは了解できる。だから、子供番組の善悪世界観や階級闘争図式(笑)ではあるまいに、井上氏の当時およびこんにちにいたるまでの市民運動における全業績までもが、無意味だったのだと推論しかねない一部の方々の態度・価値判断はいかがなものだろうか?――。



 ……さて、やっと本題に入る。
 『破壊者ウルトラマン』という論文そのものについて語ってみたい。
 本特集(同人誌版『日本特撮評論史大特集』)において、大江のこの論を扱ったり、その一部の引用をしてみせるのは、学者やプチインテリオタクがよくやるように、ボクはこんな文献も読んでるんだョ〜ン。オシャレでしょ、お利口たんに見られたいでちゅ〜、といった狙いで行うものではない……(多分・笑)。


 この論文だが、まずその体裁が、大江の現在にも至る他の論文などとも同様――現在も大新聞の文化欄で、たまに世界の文学者との往復書簡連載などを行っているので――、明晰・明快、論理的に鋭利にしてブロックを積み重ねるように展開して、読了して眼の前がパッと開けて、別の知見・地平が広々とひろがり、マッピングされてナットク〜、というのには程遠い文章ではある。
 本多勝一が『日本語の作文技術』(76年・82年に朝日文庫asin:4022608080)で、大江を悪文の典型にあげたように、日本語の修錬の参考にはしない方がいいと筆者個人も思う(笑)。まぁそのことへの指摘は、もちろん『破壊者ウルトラマン』という論文の論旨への根源的批判にはならないのは筆者も承知。


 本論の再録も行うが(註:同人誌版のみ)、まず内容を独自に要約するならば、


①「子供大人」「大人子供」のような中途半端な人格・精神を持つ人間が作った「怪獣映画」などはいかがわしい。


②怪獣の出自は自然の生命だが一部、被爆者に対して差別的な発想のものが存在した(70年の『ウルトラセブン』#12欠番騒動を念頭に置いていることは明らか)。


③怪獣による都市破壊にある種のリアリティが発生したり、作り手に内的必然があるとすれば、近代戦争・核兵器・経済成長による自然破壊が、それをウラ打ちしている。


④中世の一市民の『日記』と、モンテーニュの記録の、畸形児・畸形動物についての引用。
 この箇所が周囲に聞くと、どうも理解されていないようだが、要は“怪獣もの”などの正常から逸脱した「狂った」ものに鈍感ではいられない、そこに時代象徴を見出さずにはおれない大江自身が、歴史に相似例の先人を発見して、論全体のバランスをこわしかねないほどに、本来の論旨が不分明になるほどにあまりに長く引用して、自己を廻りクドく正当化している。


⑤巨大ヒーローは科学の精である。


⑥人間側の怪獣攻撃隊は無力である。


⑦善人や悪人の科学者といった区別ではなく、科学や技術の進歩それ自体への根本的疑義の無さ。人間側や善人の科学者は、やはり科学の力に頼っている。


⑧ビルや民家の破壊の再建に、意識が向かない子供。それは都合の悪い箇所のカッティング編集によるものだ。


ベトナム人民に眼を向けず、ニクソン大統領と米兵の「名誉ある撤退」にカタルシスを感じる日本人が増加するなら、論理のリアリズム・自然の理性が、『ウルトラマン』をはじめとする怪獣番組によって破壊されたからだ。


 大江の論は、無理解なオトナによる意見だ! と全面否定をするか? いや全部はともかく一部には傾聴に値する意見も含まれていると取るか? 全肯定をするか?
 そのへんは各人の価値観によりけりだろうし、読者の判断にお任せいたしたい。
 もちろん無責任に公平を気取って、自分だけ高みに立って、こう云うのではない。筆者の見解は、最後に述べる。


 なお、本論文については、ずっと後年になって、特撮ライター・切通理作が反論を行っている。
 その代表的なものは、『お前がセカイを殺したいなら』(フィルムアート社・95年・asin:4845995433)所収の『光の国の「捨て子ザウルス」〜大江健三郎論』だろう。
 ところで、もしこの反論の論文を、我々ジャンルファンの抑圧者であった人間を批判してくれたから、敵の敵は味方だ! というような程度の認識でうれしくなったり、云わんや切通被爆二世であるからといった、彼の経験や行為や論理ではなく、先天的属性によって、論をオーケーとしてしまうような、さもしい精神から来たものならば、音楽家坂本龍一が大江のご子息の障害者・光さんの音楽を賞揚するのは差別であると指摘した(筆者個人には音楽の優劣を認識する能力はないが)のと同程度に、それもまた差別的である。
 ……もちろん切通自身は、被爆二世であることをウリにしている御仁ではないことは念押ししておきたいが。


 さて、この切通の論文は、大江の論文への根源的反論たりえたであろうか?
 筆者には、要約でいう、①と②のみに対してだけ、反論を行っているに過ぎないように見える。
 それも自分の得意な、共同体からの疎外論的な文脈……、たとえば毎度おなじみ、『ウルトラ』シリーズの作家たちは沖縄出身・クリスチャンなどのマイノリティであるから弱者や境界者にもスポットを当てていたのだ、とかいう類い(書きながら、思いついたことだが、この論法も将来において逆差別になる可能性もありそうだ。……ムズカしいものだなぁ・汗)。


 もうひとつは、これもよくある、相手の攻撃対象なり論法を逆手に取って、その欠点が当人にもあることを指摘して、彼人がその発言を行う資格があるのかを問う論法。
 切通は、被爆星人を“科学的・実証的な認識に立たぬことにおいて差別的”だとする大江の指摘に対して、逆に氏が小説中において、取材も調査もせずに空想だけで、朝鮮人・毛むくじゃらの黒人・肢体不自由児・死体洗い人を描いている矛盾を指摘してみせる。
 しかし、これは論争相手の人格や方法論への攻撃に過ぎず(むろんそれもアリ)、“科学的・実証的な認識に立たぬことにおいて差別的”であるという、非・人格、脱・人格の次元で独立屹立して存在している論法それ自体への、根源的な論破にはなっていない。ヒフティ・ヒフティとなる程度の反証を対置しただけといった印象だ。


 大江本人が、自身が云うところの「大人子供」に過ぎないというオチも、切通自身は(我々オタク族も)ドーよ? といったツッコミが容易に想起されてしまい、大江の作家論としては多少は有効でも、『破壊者ウルトラマン』の各種内容への有効な反論たりえていない……といったところが筆者の認識だ――児童文学への挑戦を考えていた大江が『ウルトラ』にライバル意識を抱いた云々(うんぬん)も、『ウルトラ』に身ビイキ過ぎる感。



 『破壊者ウルトラマン』に対する、ネット界隈も含めて各所で散見した特撮マニア諸兄のアリガチな大江批判にも一言しておこう。


・大江が指摘する『ウルトラマン』とは、73年の発表時期的に『帰ってきたウルトラマン』(71年)か『ウルトラマンエース』(72年)のことである……。


→ 70年代前半の関東地方の平日夕方6時は、ほとんど途切れなくくりかえし『ウルトラ』シリーズの再放送だったので、週1本の新作よりもむしろ週5本放映の旧作も含めたトータルイメージだろうネ。というかこんな局面でも、第1期ウルトラ(初代『ウルトラマン』(66年)、『ウルトラセブン』(67年))のみを擁護して、第2期以降のウルトラシリーズを生贄に差し出す第1期ウルトラ至上主義者の浅ましさ(笑)。


ウルトラマンは科学の精ではない。科学への疑問符も投げかけた……


→ でも大自然の使者でもないし、古典的覆面ヒーローでもない、人間より進化した文明の星から来た、金属の銀色の輝きを持つ航空機やロケットなどからも無意識に着想を得た科学文明時代に発想された近代的ヒーローだろうネ。仮面ライダーも、バイクのメットにスーツを模しメカ(バイク)を駆る近代科学のヒーローだけど)。


・70年代は怪獣映画一色ではなかった……


→ 60年代の方が怪獣映画の全盛期で70年代は怪獣映画冬の時代であったと云いたいのだろうけど、ここで云う「映画」は劇場公開のそれでなく、TV放映されたフィルム作品をむかしはすべて「TV映画」と呼んでいたように、TVの怪獣・変身もの全般のことを指すのであろうし、オトナから見れば怪獣も怪人もアニメの敵ロボットも怪獣だし、敵を孅滅する戦いモノなんじゃないの?(笑)。



 一番最後に、筆者個人の『破壊者ウルトラマン』に対する見解を述べて、結びとしたい。


 社会的・経済的には、かの論文が『ウルトラ』シリーズ続行に対して抑圧的に働いた事実はない。よってその方面での影響力はゼロカウントでイイと思う。
 この論文に意義があるとすれば我々、評論オタクや学者やモノ書きになってしまった『ウルトラ』世代にとっての知的玩具・遊戯物としてだろう(笑)。ジャンル作品の流通・継続に、あまり理論武装は必要ない。玩具の売上高が基本なのだから。


 ただ好事家の間の玩具に過ぎないと相対化しつつも、知的・評論的にはやはり見逃せにできない論考でもある。
 筆者個人は自身の要約でいうと、①には同意。ただし「大人子供」の想像力のいかがわしさを肯定的に捉えた上での逆の意味合いでの同意である。②は保留。③〜⑦(除く④)にもまぁ同意する。ただコレを以てジャンル自体の弱点とはしない。


 ⑧の都市破壊描写による子供の理性の破壊は回答するも愚か(笑)。
 都市が破壊されたままのジャンル作品と云えば、『機動戦士ガンダム』(79年)の富野喜幸カントクによる巨大ロボアニメ『無敵超人ザンボット3(スリー)』(77年)の例があるが、マニア(&その予備軍)受けの作品ともいえ、そののちのリアルロボアニメ路線の物語的衰弱の歴史も見るなら、時代劇のチャンバラに血糊が出ない様式美も軽視すべきではないだろう。


 ⑨の米大統領賛美は、大江個人のイデオロギーの問題に過ぎない。それを云うなら、旧共産圏に親和的であった氏もまた断罪される必要が生じる(別に筆者個人が断罪する気はないけれど……)。


 ただこれは、大江への賛同・反発ではないのだが、怪獣映画で育った世代のそのあとの30年間を、筆者なりに追うならば、切通が云うように怪獣映画をいつまでも卒業しない人種が多いともつゆ思わない。
 大方のオトコのコは思春期になると、キマジメ誠実ストイック変身ヒーローよりヤンキー不良・ロック音楽がカッコいいと思うようになるものだし(筆者個人はそーじゃなかったけど・笑)、会社でオタク話に興じる人間は見たことがない。
 03年現在、米軍によるイラク占領統治に疑問を持つ日本人が多いのを見ても、大江の懸念は杞憂だっただろう(?)。


 そして、怪獣映画から卒業できなかったマニア人種たちもまた、ジャンル作品を一生懸命に近代や戦後民主主義の理念に合致していることにしようとしてきた。
 だからイイのだというふうには、ネジくれた筆者は思わないけれど。この尺度が娯楽活劇作品から毒やアクションやカタルシスを奪ってきたことを思えば、別の尺度を提示していく必要もあると思う。それはまた適切な題材&誌面にて行なっていくつもりだ。



 大江は94年のノーベル文学賞受賞の記念講演において、「東京の消費文化の肥大と、世界的なサブカルチャ(原文ママ)の反映としての小説とはことなる、真面目な文学の創造を願う私たち」という一節を発した。
 これは文学にはシロウトの自分でも、村上春樹村上龍田中康夫山田詠美よしもとばななは無視するという意味だということはよく判る。怪獣映画や『ウルトラマン』などのより低位なサブカルチャー(笑)なら、なおさら現在の大江が相手にすることはないということだ。
 それはそれでイイし、氏が現在の国際情勢について思うところをさておいて、30年前の論文に対する我々の反論(?)に対して律儀に返答することが、日本の文化状況にとって益することであるともさすがに思わない(笑)。
 こちらはこちらで、個別の案件に対する論に反論を対置し、くりかえしになるが、どちらに理があったかをギャラリーに問えばいいだけのことだろう。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2004年号』(03年12月29日発行)『日本特撮評論史』大特集「破壊者ウルトラマン」書評より抜粋)


『假面特攻隊2004年号』「破壊者ウルトラマン」関係記事の縮小コピー収録一覧
・『世界』(岩波書店)1973年5月号 大江健三郎連載『状況へ 4』「破壊者ウルトラマン」 〜全文採録
※:同記事は翌74年に書籍化、『状況へ』(大江健三郎岩波書店)に再録。
 『状況から』(小田実岩波書店)と並んで、当時の大学の生協では、山積みになっていたそうな。時代を感じます。


※:『假面特攻隊2004年号』第2刷(2004年2月吉日発行)での当該記事補足

 ベトナム戦争小田実(おだ・まこと)を知らない若い読者が多かったので説明。……といっても、筆者も物心がついたときには、ベトナム戦争は終わっていたけれど(汗)。
 小田はベトナム反戦運動ベ平連”(ベトナムに平和を!市民連合)を組織した御仁。
 ベトナム戦争での南北ベトナム対立は、冷戦下(1945〜91年)での米ソ(アメリカ・ソ連(現ロシア))の2大国の代理戦争の側面を持つ。75年に北ベトナム勝利・アメリカ敗北で終結ベトナム戦争の派生事項やそのあとは……。
 隣国カンボジアは国内での北ベトナム勢力の活動を放置。それを好ましからずのアメリカは、軍人によるクーデターを支援、王政を打倒する。しかし王政派と共産主義ゲリラが共闘、中国も後押しして、皮肉にも共産主義国家が70年代後半、ガンボジアに樹立されてしまう。
 同国家は、中国での60〜70年代に隆盛を極めた文化大革命を急進化した原始共産制をめざし、学校・病院・貨幣・近代的知識・都市の放棄を行い、原始共産制とは対極に位置することになる知識人を筆頭に国民を100万人規模で虐殺する。
 共産圏同士のベトナムカンボジアの間でも抗争が勃発。カンボジア侵攻に対する制裁として79年、中国はベトナムに侵攻する。これも背景は56年のスターリン批判(初期ソ連の指導者批判)以来のそれへの見解の相違から来る中ソ(中国・ソ連)亀裂による代理戦争の側面を持つ(ベトナムソ連カンボジアは中国寄り)。
 同年の中東では、ベトナム戦争と相似形である、ソ連によるアフガニスタン侵攻が勃発(ソ連寄りだったアフガンでの共産革命ならぬイスラム革命を阻止するため)。
 これらの事態に対し、共産圏を平和勢力としていた日本の左翼は、有効な反戦運動を組織できなかった。
 ……だからと云って、後出しジャンケンで彼らの往時の反戦運動や当時の正義感を冷笑する気はない。後進の我々もいずれ歴史の検証にさらされる。だからニヒれというのではなく、自らの足場で誠意は尽くすべきだろう。後世、逆賊・旧思想・旧体制・敗者になったとしても、新撰組・白虎隊・三国志水滸伝のように……は、我々オタク族はやはりなれないか(笑)。


『假面特攻隊2004年号』「日本特撮評論史」大特集(特集主幹・旗手稔)記事一覧

・①「日本特撮評論史――『特撮評論』25年の歩み」(文・旗手稔)
・②「『吸血鬼だらけの宇宙船 怪奇・SF映画論』(77年)書評 〜初期特撮評論が依拠/反発したSF評論の境地を、特撮評論は超ええたか?」(文・旗手稔)
・③「『“ひばく怪獣”問題資料集』(71年)書評」(文・旗手稔)
・④「同人誌『スペル星より愛をこめて』(82年)、『被爆星人の逆襲』(85年)書評」(文・旗手稔)
・⑤「セブン#12を30年間追う男・森直彦氏の行動&著述の軌跡」(文・久保達也)
・⑥「セブン#12を30年間追う男・森直彦氏への感慨や異論など」(文・久保達也)
・⑦「『世界』73年5月号『破壊者ウルトラマン』(大江健三郎・現ノーベル文学賞受賞作家)書評」(文・T.SATO)
・⑧「『シナリオ』74年8月号『我が青春のウルトラマンタロウ』(『タロウ』助監督・内海文三(現推理作家・打海文三))書評」(文・旗手稔、T.SATO)
・⑨「特撮評論同人界での第2期ウルトラ再評価の歴史概観」(文・T.SATO)
・⑩「ファンタスティックコレクション№2『空想特撮映像のすばらしき世界 ウルトラマン』(78年)、№5『特撮映像の巨星 ゴジラ』(78年)書評 〜本邦初の特撮マニア向けムック」(文・旗手稔)
・⑪「『月刊OUT(アウト)』79年4月号円谷プロ特集・書評」(文・旗手稔)
・⑫「『すばらしき特撮映像の世界』(79年)書評 〜初期特撮評論成立」(文・旗手稔)
・⑬「『わが心のフラッシュマン』(88年・中島梓)書評」(文・旗手稔)
・⑭「『怪獣使いと少年』(93年・切通理作)書評」(文・旗手稔)
・⑮「『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(92年・佐藤健志)書評」(文・旗手稔)
・⑯「『さらば愛しきゴジラよ』(93年・佐藤健志)書評」(文・旗手稔)
・⑰「『金城哲夫ウルトラマン島唄』(99年・上原正三)書評」(文・旗手稔)
・⑱「『宇宙船』Vol.106・03年5月号YEAR BOOK・2002年回顧・書評」(文・旗手稔)
・⑲「2003年特撮書籍評・02〜03年特撮書評」(文・有志による合評)
・⑳「『新現実』Vol.2書評 〜メディア作品における死生観」(文・フラユシュ)
・21「イケメン特撮ブーム概観 〜ミニレアム特撮状況評」(文・T.SATO)

過去号『假面特攻隊2003年号』での『04年号』「日本特撮評論史」関連記事一覧

・「『世界SF映画大鑑』(69年・大伴昌司・キネマ旬報社asin:4873761913)書評 〜「本編と特撮の一体化理論」の誕生」(文・旗手稔)
※:それはSF映画だけを擁護し、特撮・怪獣映画を下に置くための理論という成り立ちを持っていた。
・「『大特撮 日本特撮映画史』(79年・コロッサス・有文社・asin:B000J8INIE)書評 〜「特撮映画≠怪獣映画」論」(文・旗手稔)
※:SF界からの特撮・怪獣映画蔑視。SFではなくSFのサブジャンルでもない「特撮ジャンル」と「特撮評論」の誕生!
・「『元祖怪獣少年の日本特撮映画研究四十年』(01年・竹内博実業之日本社asin:4408394831)書評 〜書評と著者評とファン活動の未来」(文・T.SATO)

過去号『假面特攻隊2001年号』での『04年号』「日本特撮評論史」関連記事一覧

・「『仮面ライダー』批評20年史検証」(文・森川由浩)

『假面特攻隊2004年号』「ピー・プロダクション作品小特集」での「日本特撮評論史」関連記事一覧

・「ピープロ作品 批評・商品・状況史」(文・森川由浩)


『假面特攻隊2004年号』「日本特撮評論史」大特集・関係記事の縮小コピー収録一覧

・『ニューウェイブ世代の ゴジラ宣言』(85年・JICC出版局(現・宝島社))(構成・文 町山智浩
※:表紙採録&『ゴジラ』復活運動の80年代前半の時代背景を解説
 「ただ一つ言いたいのは、怪獣映画は読ませるものではなく、体感させるものであるということだ」(町山智浩
 個人的には、80年代の特撮本のベストに入れたい一冊。町山智浩の「ゴジラ映画30年史」は、当時のマニアの「ゴジラ」観を知る上で貴重な文章。 
 「筒井康隆の擬似イベントSFを思わせるような、ブラック・コメディの傑作だが、これ以降の怪獣映画が「恐怖」を失った原因ともされる作品である」(『キングコング対ゴジラ』)
 「怪獣どうしが闘う場所を、広大な空地にしてしまったのがこの映画の罪である」(『モスラ対ゴジラ』)
 「ゴジラシリーズ最低の内容である。福田純監督にとって映画作りは、生計の手段でしかないのだろうか。その彼が、この映画ではシナリオまで書いているのだから頭が痛い」(『ゴジラ対メガロ』)

(抜粋:旗手稔)


※:『ニューウェイブ〜』という物言いが、80年代前半を感じさせる(笑)。
 『キング・コング』(33年)リメイク版(76年)公開以来、取沙汰されてきた『ゴジラ』復活。70年代後半から開始されるオタク第1世代による、(恐怖・悪役としての)『ゴジラ』復活運動ともあいまって、84年末には新作『ゴジラ』がついに封切り。社会人年齢に達していた各界の『ゴジラ』世代が、その思いを語る時代が到来する。
 なお、当時のジャンル評論は、前世代によるジャンル批判に対抗するための論理を、当時の映画評論(や社会批評)の流儀に則(のっと)り、社会派・テーマ主義・リアリズム等(一応の独自性(?)としては怪獣恐怖論)に依拠しており――「世間からクダラナイ、子供向けと思われている作品だけど、こんな高尚なテーマや心理描写があるんだゾ」というような(笑)――、60年代後半〜70年代にかけての、娯楽志向・子供向け・悪役から正義の味方に転進していった後続の『ゴジラ』映画群は下等であるとして断罪されていた。スタッフの評価も、前期コンビ本多猪四郎(本編監督)/円谷英二(特撮監督)=“善”、後期コンビ福田純(本編監督)/中野昭慶(特撮監督)=“悪”という素朴な二元論が取られていた時代である。初期『ウルトラ』シリーズをのぞく変身ヒーロー作品や合体ロボットアニメも、その文脈によって下に位置づけられていた(今もあまり変わってないかな・笑)。
 ……オタク第1世代により低評価をこうむったジャンル作品も、社会派・テーマ主義・リアリズム等の文脈に合致した作品やエピソードであれば、80年代前半からスポットがあたりはじめる。
 その文脈に合致しない、70年代の子供向け「東宝チャンピオン祭り」時代の『ゴジラ』映画群や、チープでチャイルディッシュ、アクション主体、テーマやドラマ・内面よりも娯楽性・奇想・職人芸のストーリーテリング、あるいは不条理コメディの、過去および当時の作品群に、“良さ”を見つけて、批評的に言語化する、あるいは好意を表明しようとする試みが表面化しはじめるのは、それらを原体験に主食(笑)として成長してきた一世代下のマニアが勃興する80年代末期〜90年代だろう。ただし残念ながら、オタク第1世代の固定観念を覆したとまではいえない。マニアの価値観の多様化といったところだ。
 90年代以降においては、マニアの評価の高低と大衆・子供レベルでの興行・視聴率の高低に解離が発生する新事態も見られるようになる。興行的に大ヒットした90年代の平成『ゴジラ』映画群は、その作劇において70年代後期以降、成立していく初期特撮評論の文脈に影響されつつも、ズレを見せていき、あるいはチープであったりして(老舗特撮雑誌『宇宙船』誌には平成『ゴジラ』肯定派の若い編集者・読者が集結するも)、初期特撮評論の影響下にあるマニアの大多数には評判が悪かった。……なお、編集者個人はこの亀裂に、特撮評論の新たな鉱脈を見ている。
 00年代の今日では、90年代の平成『ゴジラ』映画で子供時代を過ごした特撮ライターも商業誌に登場した。


・『宝島』84年10月号「特集 ゴジラが来る!」(取材・文・構成 町山智浩
 「ゴジラ・カルチャークラブ」見開き2頁・「宣言「われらゴジラ・フリークス」」見開き2頁
 〜文化人やゴジラ世代のコメント頁を採録
※:特撮ライター・聖咲奇竹内博の写真が入れ替わっている。中沢新一浅田彰も。いかにも84年。ポストモダンニューアカ(デミズム)な顔ぶれです。


朝日新聞 1967年4月1日(土) 怪獣よ生れ変れ 道は十分に開けよう 太古の姿借りながら変ぼう 〜文化欄・大枠記事・怪獣ブームに評論家の賛否
※:文中で是々非々の発言をする文芸評論家の花田清輝氏は、映画やラジオドラマ、演劇など、当時新興の大衆側の文芸に、スポットを当ててきた批評家の大家としても有名。日本共産党系の『新日本文学』編集長も務めたが、旧来のプロレタリア文学陣営の不興を買い解任、のちに日共(日本共産党)からも除名。ちなみに、『新日本文学』は04年末の廃刊が03年に決定した。
 以下、旗手稔引用
 「彼は、いわゆる、人間が描けている、とか、情感が豊かである、とか、嘆きや祈りがこもっている、といった言葉で賞賛されるような作品を嘲笑痛罵してやまず、逆に、かわいた非情な眼で社会の変革のプログラムを見通していると思われるような作品を支持してやまなかった」
 (佐藤忠男/「花田清輝 追悼」『映画評論』1974年12月号掲載)


朝日新聞 1967年7月18日(火) 「波」怪獣は上出来なのに・・・・ 〜『Q』→『マン』→『キャプテンウルトラ』、段々空疎で好戦的に。
赤旗 1967年5月11日(木) 『怪獣ブーム』と怪獣映画<上> 石子順 ブームに乗った商業主義か 現実の不安感と無力感から 〜大枠長文記事
赤旗 1967年5月12日(金) 『怪獣ブーム』と怪獣映画<下> 石子順 残虐さへの怒りをマヒさす すなおな創造力をそこなう 「対米協力」や自衛隊を美化 政治的な風刺に怪獣を逆用 
※:当時の左翼の怪獣映画観が忍ばれる。なお執筆者の石子順氏は、日本共産党系を中心に、ジャンル系文化を当今に至るまで論じている。その功罪(主に罪)は、『現代マンガの全体像』(呉智英・86年・97年に双葉文庫asin:4575710903)に詳しい。
 後日付記:呉智英(くれ・ともふさ)の石子順への否定的見解については、大塚英志が『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』(05年・角川書店asin:4047100196)で反論を述べている。


赤旗 1967年5月12日(金) 読者投稿欄「読者からの手紙」映画「ガメラとギャオス」を見て 〜『ガメラ対ギャオス』の内容が右寄り・福島県男性


・映画雑誌『キネマ旬報』誌掲載の東宝特撮怪獣映画批評。
 『ゴジラ』(1954年・昭和29年)、『空の大怪獣ラドン』(1956年・昭和31年)、『地球防衛軍』(1957年・昭和32年)、『大怪獣バラン』(1958年・昭和33年)、『宇宙大戦争』(1959年・昭和34年)、『モスラ』(1961年・昭和36年)、『世界大戦争』(1961年・昭和36年)、『妖星ゴラス』(1962年・昭和37年)、『海底軍艦』(1963年・昭和38年)、『フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン)』(1965年・昭和40年)、『惑星大戦争』(1977年・昭和52年)
※:今は亡き大井武蔵野館(名画座)にて販売していた封切時の『キネマ旬報』の批評の抜粋コピーより採録。ただし、石上三登志(いしがみ・みつとし)氏担当の『ゴジラ』『ラドン』『バラン』評は、『日本映画作品全集』(キネマ旬報社・1973年11月20日第1刷発行)より抜粋したものだと判明。
※:文中で言及される日本SFの始祖のひとり、海野十三は、(うんの・じゅうざ)または(うんの・じゅうぞう)と読む。
※:『モスラ』『世界大戦争』評を担当した福田定良氏は、大学教員(哲学科)兼大衆文化研究家。「主体」の確立を目指す戦後民主主義の立場から「人間」を語るというスタイル。(のち大学教授。02年の追悼記事では、「日常生活を掘り下げ、対話や体験をもとに哲学することを提唱した」。氏の仕事としては傍流の(?)『新選組の哲学』(新人物往来者・74年・86年に中公文庫・asin:4122013518)は、新選組マニア間に抱腹絶倒の名著として受容されている模様)
 『ラドン』評を担当した荒正人(あら・まさひと)氏を調査すると、花田清輝吉本隆明埴谷雄高(はにや・ゆたか)らなどと文壇で論争を繰り広げていた文芸批評家であることがわかる。日本SFの父・福島正美は、荒正人に傾倒していたという。……特撮同人誌『ゴジラガゼット』15号(04年1月3日発行)「『80年代特撮』の論理と心理」(旗手稔)参照。
 昭和30年代の『キネマ旬報』では、「空想特撮映画」の講評はいわゆる「進歩的」(左翼)な知識人が担当していたようです。


※:怪獣映画(やTVマンガ)で成長したオタク第1世代が勃興する80年前後まで、ジャンル作品の映画批評は、前世代のSFプロパーに属する石上三登志氏(39年(昭和14年)生まれ。初作『ゴジラ』にはリアルタイムで接するも否定的。60年代より活躍)、遅れて同年生まれの小野耕世(おの・こうせい)氏(初『ゴジ』を神格視するも後続シリーズには否定的)の二氏によって、主に担当されてきた(他に戦争映画批評で有名な増淵健氏なども担当)。
 それらの否定的(?)評価に飽き足らないオタク第1世代が、自分たちが産湯を漬かった愛する初期東宝特撮を、円谷英二本多猪四郎神格化や、当時の映画批評のまだ主流であった娯楽性よりもテーマ性・社会性重視の文脈を援用して、好意的に塗り替えていくのに成功、圧倒的なマスをほこるその下の怪獣マニア世代にも多大な影響を与えていくのが、善くも悪くも初期特撮評論史の道程ともいえるだろう(結果的にではあるが、前世代人らの手による批評との断絶にも成功)。
 21世紀初頭の現在、オタク第1世代以前の特撮評論にもスポットを当て、当時の作品および作品批評について――作品批評の根底の一部を規定する観客の価値観自体や時代風潮・時代精神についても――、相対化すべき箇所は相対化し、または一概に見逃せにできない卓見・指摘には大いに耳を傾け、オタク第1世代の批評のありかたが彼らへの反駁であったこと、さらに90年代に至ってようやく特撮マニアの間で隆盛してくるテーマ性より娯楽性重視の論法も射程に入れつつ、通時的に特撮評論の歴史を捉えて、多角的考察を試みることは、ジャンル全体をメタ的に捉え直していく絶好の契機にもなるであろう。


中日新聞 2002年5月21日(火) 「文 芸 人」キャンパス探訪 巨大ゴジラ日米を席巻――ピーター・ミュソッフ 予言的で不気味な現実 〜文化欄大枠記事・川崎市岡本太郎美術館での「ゴジラの時代展」連動で、『ゴジラとは何か』(98年・講談社ISBN:4062065398)の著者が、アメリカにおけるゴジラが意味する文化表象の変遷を解説。中流階級の主流文化に飽き足らない層のシンボルだが、主流文化にとっては「異質な外敵」のシンボルにも。


・『“ひばく怪獣”問題資料集――被爆者差別の固定化を許さないために』(71年・原爆文献を読む会・asin:B000J9OJ5E
 表紙〜目次〜はじめに〜新聞記事以外の雑誌媒体での主要意見記事〜おわりに〜編集後記〜奥付を採録
※:事件に関する新聞・雑誌記事を、有志が収集、資料集として刊行するのは、むかしからよくあること。ジャンル関連では、89年のM君事件時にJICC出版局(現・宝島社)が当時刊行していた岩波書店的なブックレット(小冊子)形式で、資料集を刊行(『幼女連続殺人事件を読む―全資料・宮崎勤はどう語られたか?』・89年・ISBN:4880636835)。98年のポケモン事件でも、今では『BSマンガ夜話』(96年〜)でおなじみ大月隆寛が若手ライターを集めて『ポケモンの魔力』(98年・毎日新聞社asin:4620312185)を発行している。


朝日新聞 2003年7月27日(日) 社会面訃報欄・田川時彦さん 〜東京都原爆被害者団体協議会会長、7月25日、胆管がんで逝去。74歳。『“ひばく怪獣”問題資料集』「おわりに」を執筆。


・『歩きつづけるという流儀――反戦・反侵略の思想』(井上澄夫・82年・晶文社asin:4794936761) 〜表紙&奥付&著者紹介を採録。セブン#12糾弾団体“「ひばく怪獣」問題事務局”の代表にして急先鋒者による著書。
朝日新聞 2003年12月22日(月) イラク派遣反対募金1400万円に 意見広告運動に反響 決定者が行って/教え子の隊員心配 〜井上澄夫氏の近況(当該は『04年号』第2刷にのみ掲載)


・『原爆文学史』(長岡弘芳・73年・風媒社・asin:B000J97DQG) 〜表紙を採録
・『原爆文献を読む』(長岡弘芳・82年・三一書房asin:B000J7MRYQ) 〜表紙&長岡弘芳氏主宰の「原爆文献を読む会」から“「ひばく怪獣」問題事務局”が独走していく経緯とおぼしき箇所(P.208〜209)を採録(初出『サバイバル』4号(79年5月)
毎日新聞 1989年8月15日(火) 社会面訃報欄・原爆資料収集・・・・評論家の長岡さんが自殺 〜長岡弘芳。8月14日、病苦で首吊り自殺。57歳。
・『原爆文献研究家・長岡弘芳さんのこと』(89年・森直彦)
※:長岡氏の寄贈により誕生した「原爆小文庫」等の原爆文献の所蔵図書館(森直彦氏確認分) 都立の多摩・中央・日比谷・西東京市の下保谷(04年現在では、下保谷から同市のひばりが丘図書館に移設)・国立市の中央館や公民館図書室


・『記録集・スペル星人問題とは何か・〜遊星より愛をひっこめて〜』(86年5月23日発行 91年3月10日改訂新版発行・森直彦) 〜表紙&本文(除く参照文献・略年表・奥付)を採録
・『希求』№19(日朝民衆史研究会・87年5月30日発行)「私の人生を決めた100冊の本 第1回 2冊の資料集―「狭山差別裁判第2(3)集」(asin:B000J9NZB8)と「“ひばく怪獣”問題資料集」(松戸達九=森直彦) 〜全文採録
・『スペル星人復権に向けて』(90年8月27日発行・森直彦) 〜表紙&本文1頁目を採録


・コピーミニコミ流行神(ハヤリガミ)』№54(浅羽通明・91年6月1日発行)「ウルトラセブン欠番12話という物語が大切な世代のこと」 〜全文採録
※:用語解説「解同」:(被差別)部落解放同盟の略称。
※:用語解説「中核」:中核派革命的共産主義者同盟全国委員会の通称。往年の学生運動の成れの果て、新左翼の過激派。
※:森氏の文体は、実際には故・富沢雅彦(特撮アニメファンジン『PUFF(ぱふ)』代表でプロライターとしても活躍し、通の間で人気を博した御仁。86年に逝去)に似ていない。浅羽が森を富沢の影響下にあると勘違いしたための錯覚と思われる。


・『世界』(岩波書店)1973年5月号 大江健三郎連載『状況へ 4』「破壊者ウルトラマン」 〜全文採録
・『シナリオ』1974年8月号 第3回新人評論賞最終審査発表 入選なし・選外佳作「我が青春のウルトラマンタロウ」(「タロウ」助監督・内海文三(現推理作家・打海文三・当時25歳)) 〜全文採録
※:内海文三(うちうみ・ぶんぞう)のペンネームの由来は、日本近代文学の祖・二葉亭四迷(ふたばてい・しめい)の『浮雲(うきぐも)』(1887(明治20)年・asin:4003100719)の主人公からと思われる。要は漱石や太宰の小説の主人公や、ジャンル作品でいえば『機動戦士ガンダム』(79年)の主役アムロや『美少女戦士セーラームーン』(92年)のセーラーマーキュリー水野亜美、『新世紀エヴァンゲリオン』(95年)の主役・碇シンジ、最近であれば小説『NHKにようこそ!』(02年・asin:4048733397)などの、内向的でイジイジした主人公の日本における元祖キャラ(笑〜もちろん諸外国にもヘルマン・ヘッセの『車輪の下』(1906年asin:4003243528)やドストエフスキーの『地下室の手記』(1864年asin:4102010092)など同類型のキャラは存在しますけれども)。


・『月刊OUT(アウト)』1979年4月号(みのり書房) 円谷プロ特集 〜表紙採録
※:『OUT』は77年の創刊号においては、いわゆるサブカル誌としてスタート。2号でTVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』(74年)の特集を行い(劇場公開は同年77年8月)、ジャンル作品を商業誌レベルではじめて特集し、潜在していた原・オタク族に多大なインパクトを与えた。
 以後、ジャンル作品中心に雑誌の編集方針はシフト。ちなみに、『アニメージュ』等のアニメ専門雑誌の創刊は翌78年。80年ごろまではファンもジャンル雑誌もアニメ・特撮未分化の状態で、『OUT』79年4月号などはその一例。同誌がさらに一発芸・ウケ狙い(?)のジャンルファンによる投稿雑誌に変貌していくのは82〜84年ごろだったか? 私事で恐縮だが、草創期ジャンルの市民権獲得・啓蒙運動の色彩もあった初期のジャンルファン活動が、消費・お遊び・たわむれ・チャカし・原萌えともいえる美少女イラストさえ描いていればそれで幸せェ〜♥的なノリに急速に変貌していったことに、朴念仁だった(笑)ローティーンの編集者は失望・幻滅を覚えた。一方で直前の上の世代との差別化、他方でマニア向けジャンルが日常化した編集者より歳下の世代にとっても、ジャンルがたわむれの対象になるのは時代的必然だったのだと今になっては思う。歳下の物書きオタク連中に聞くと、文章執筆の発端や修練の第一歩が『OUT』投稿であったというのはよく聞く話。変貌後の『OUT』にも、大きな意義があったのだと、遅まきながら現在では認めざるをえず、認識を改めている(通常、アウシタンと呼ばれる種族はこの時代以降の読者のことだろう)。『OUT』は95年に休刊。間髪おかず後継雑誌『MEGU』(青磁ビブロス)が創刊するも、97年に休刊。


・月刊マンガ少年別冊『すばらしき特撮映像の世界』(79年6月15日発行・朝日ソノラマ) 〜表紙採録
※:翌80年創刊の特撮雑誌『宇宙船』の前身。古書店では2000〜3000円のプレミアがついている。『宇宙船』Vol.90(99年)に掲載された村山実・元編集長の発言によると、この別冊は「売れなかった」とのこと……。
・『宝島30(サーティ)』1995年10月号 『切通理作への反論』(鶴見済) 〜全文採録
※:切通理作(きりどおし・りさく)の『完全自殺マニュアル』(93年・太田出版asin:4872331265)批判&その著者・鶴見済(つるみ・わたる)は「子供」「いじめられっ子の被害者意識」説に対して、それは切通自身の中高生時代の投影にすぎないと鶴見が反論
朝日新聞 2001年6月26日(火) Eメール時評 批評家 切通理作 覚悟足りぬ「不健全」規制
※:往年の批判対象『完全自殺マニュアル』を、東京都が不健全図書類指定対象とすることに反対表明
朝日新聞 2003年7月23日(水) 文化は誰のもの 第1部 著作権の狭間で2 対立する表現とビジネス 保護と利用
※:著作権強化によるデメリットで、自身の著作『特撮黙示録1995‐2001』(02年・太田出版asin:487233678X)での写真掲載許諾をめぐって切通がコメント。


・『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(佐藤健志・92年・文藝春秋asin:4163466606) 〜表紙採録(『04年号』初版のみ)
・特撮雑誌『宇宙船』Vol.63(93年) 〜92年のジャンル関連作品推薦で、宇宙船編集部・古怒田健志(こぬた・けんじ。現脚本家)が『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』を推薦・小枠記事・全文採録
・特撮雑誌『宇宙船』Vol.67(94年) 『「ゴジラ論」10年の呪縛を解く。』(古怒田健志) 〜『さらば愛しきゴジラよ』&初期ファンダム以来の初作『ゴジラ』至上主義を批判・大枠記事・全文採録
※:採録文中の佐藤健志(さとう・けんじ)の著作が賛否両論との記述には意見が割れるだろう。編集者(=当ブログ編集者)の感慨では、反響は大でも反発(感情的)がもっぱら。理由は初作『ゴジラ』至上主義への反発ではなく、特撮マニアが(マニア出現以前の映画評論家も)行なってきた、「近代」や「戦後民主主義」の理念(自由・平等・平和など)にジャンル作品を合致させ、擁護せんとする試みに、佐藤健志が真っ向から反したからだと見る。特撮ライターのヤマダ・マサミは『ゴジラ博物館――世界初のゴジラアイテム40年史』(94年・アスペクト社・asin:4893662953)から、佐藤の著作を除外(そこまでやったら、保守反動反革命(笑)であれば抹消してもよいというスターリニズムの幣に陥っていて個人的には賛同できないが・汗)。マニアの世代交代や意識変化は実際にあったのだとしても翌95年、平成『ガメラ』が封切、マニア間で好意を以て迎えられ、平成『ゴジラ』バッシングが表面化したことから、その論理はともかく、趨勢分析においても、本論考には勇み足があったかもしれない。


・『さらば愛しきゴジラよ』(佐藤健志・93年・読売新聞社asin:4643930802) 〜表紙採録
・『幻滅の時代の夜明け』(佐藤健志・96年・新潮社・asin:4103767022) 〜著書紹介採録
・読売新聞 1972年6月7日(水) 新商売 飛び出す アクション・ディレクター “殺陣師とは違う” 草分けの高橋さん 夢は日本の007 〜我らがカシラこと高橋一俊氏、『柔道一直線』『仮面ライダー』『変身忍者 嵐』『超人バロム・1(ワン)』担当 アクション監督は殺陣師(たてし)とちがい企画段階から番組に参加
・読売新聞 1972年6月7日(水) TV欄読者投稿「放送塔」“キック”に注意を 〜ライダーキック注意は字幕ではなく識字できない幼児のために番組の最後にでも一言セリフを要望。母が言うより主役が言う方が子供には効果的。30歳主婦。


※:『仮面特攻隊2004年号』「日本特撮評論史」大特集は残部僅少。まんだらけ中野店に残り2部のみ。早い者勝ちで。まんだらけでのネット通販も可

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