假面特攻隊の一寸先は闇!読みにくいブログ(笑)

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薔薇王の葬列・純潔のマリア・アルテ・平家物語・アンゴルモア 元寇合戦記・戦国BASARA ~薔薇戦争・百年戦争・ルネサンスなど、人間集団・戦争・宗教・芸術・栄枯盛衰・戦いでの潮目の変化(引き際)!

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[アニメ] ~全記事見出し一覧


 11年前の2012年に「薔薇戦争」の悪役であった英国王・リチャード3世の遺骨が発見された逸話を描いた映画『ロスト・キング 500年越しの運命』(22年)が2023年9月22日(金)から公開記念! とカコつけて……。このリチャード3世を美少年の主人公として描いた深夜アニメ『薔薇王の葬列』(22年)・『純潔のマリア』(15年)・『アルテ』(20年)・『平家物語』(22年)・『戦国BASARA(バサラ)』(09・10・14・18年)といった歴史に材を取ったアニメ評をアップ!


『薔薇王の葬列』『純潔のマリア』『アルテ』『平家物語』『アンゴルモア 元寇合戦記』『戦国BASARA』 ~薔薇戦争百年戦争ルネサンスなど、人間集団・戦争・宗教・芸術・栄枯盛衰・戦いでの潮目の変化(引き際)!

(文・T.SATO)

『薔薇王の葬列』

(2022年冬~春アニメ)
(2022年4月30日脱稿)


 英国における「薔薇戦争」を描いた作品である――日本における南北朝時代のようなモノだと思ってください(汗)――。時期的にはマンガ原作の深夜アニメ『純潔のマリア』(15年)が舞台としていた中世の英仏「百年戦争終結の直後。といっても、アルプス以南ではもうルネサンス期になっているけど。


 筆者個人の評価はシリーズ序盤はビミョー。シリーズ中盤以降はまぁまぁ面白いといったモノ。まず何よりも序盤がわかりにくい。


 いやもちろん、白薔薇ヨーク家vs赤薔薇ランカスター家といった大構造は説明されているのでわかる。しかし、それがねらいなのだとしても、あまりにポエミーで少女マンガ的な心象映像ばかりである。


 遠景からのお城なり、原野を乗馬で移動するなり、ドーバー海峡を渡ってフランスへ行く……といった移動ショットでも入れてくれればイイものを、そのへんがモノの見事にオミットされているのだ。それによって、地理的な位置関係がわかりにくいし、腰の据わりも実に悪くなっている。


 「内政」なり「財政」なりが議題にもならないあたりでは、世間的には安直展開だと思われがちな「西欧中世風・異世界ファンタジー」モノにも、今では負けているやもしれない(汗)。


 とはいえ、下々のブ男や庶民がいっさい登場せずに、美形の王侯貴族だけが登場して「好いた、ホレた」といった耽美的な世界をつづっていくのは、少女マンガが原作でもあった本作においては「この作品ではそうなっているのだ!」といった風に割り切れなくもない(?)。その範疇にて突き詰めていって、突き抜けてもくれれば、特化したモノでも相応に面白い作品に仕上がることもあるだろう。


 本作では、 世間一般的には醜い狡猾な「せむし男」であったハズだが、痩身色白かつ美少女のような小柄な美少年として造形された主人公・リチャードが、父・ヨーク公のことを助けられる強い騎士になりたいと願いつつも、身体は非力な女性であったりもする――両性具有であるのだ――。


 彼が森の中で出逢った温厚な羊飼いのイケメン長身青年の正体も、一般的には精神障害であったといわれていた敵のランカスター王ことヘンリー6世で(!)、敵陣営の首魁ではあったものの立場上の神輿(みこし)でしかなく、俗事をキラっている彼とは互いに素性を知らぬままで交流も深めていく……。


 青年にしか見えないヘンリー6世にはすでに青年になっている息子がいて(爆)、そんな息子の方もリチャードの正体が女性だと勘違いをしてホレ始めてしまう。


 そんなリチャード自身は父親・ヨーク公には可愛がられたものの、母親は父の手前ではイイ顔をしつつも、父の姿が見えなくなるやリチャードの両性具有を忌み嫌って「悪魔だ!」と罵り出すという悪辣なイジワルさ!


 このあたりもツマラなくはない。しかし、実に狭苦しい人間関係を描いているだけだともいえる。史劇としてもあまりにスケールが小さくて、個人的にもさほどに……といった感もあったのだ。



 面白くなってきたと思えたのは、父・ヨーク公の死後に王位を継承することになった利発な長兄エドワードに対して、「領地を返して」と妖艶な未亡人貴族が接近してくる件りである。


 逢瀬を重ねて結婚にまでコギつけるも、彼女の心は死した元夫にあって、その真意は復讐でもあるという(爆)。そして、それは先王以来のキレ者である腹心・忠臣の離反をも生んでいく……。といったあたりで俄然面白くなってきて、筆者の評価も急上昇!


 まぁ、主人公が両性具有で悩んでいるといったあたりだけで――メンタルは男ではあったものの――、トータルでの「物語としての巧拙」はさておき、一部からは「性的多様性」を描いたといった文脈「だけ」で高い評価を与えられてしまう昨今の風潮――いわゆる「クィア文学」賞揚――にはプチ反発もいだくのだ。


 そして、原作ありきのアニメだとはいえ、シリーズ序盤をもう少しだけ見晴らしのよい感じで構築ができなかったことについても惜しまれるのだ。
TVアニメ『薔薇王の葬列』オリジナルサウンドトラック

薔薇王の葬列
(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.82(22年5月8日発行))


純潔のマリア

(2015年冬アニメ評)
(2015年4月27日脱稿)


 純潔(じゅんけつ=処女)であり、聖母マリアと同じ名前であるのに、その正体は魔女! といった、その「存在」自体が不謹慎(?)な少女が主人公でもある作品。


 戦争のことが大キライな彼女が、中世末期の英仏百年戦争のフランスを舞台に――アルプスより南ではもうルネサンスの時代だけど(汗)――各地の戦場で異教(=キリスト教以外の宗教のこと)の巨大怪物たちをその魔法にて召喚! その都度、英仏両軍を驚愕させて退かせていた。


 まずは胸の谷間・両肩・背中のハダを露出させた現代風の黒革ボンテージを身にまとったSMの女王さまみたいな魔女像が西欧中世にあったのかヨ!? と一応はツッコミを入れてみる(笑)。だが、そこはあくまでも虚構作品。マンガ的な「絵」から入る「キャラ立て」であって、問題ナシだと私見したい。


 問題ナシではあるけれど(?)、ボリュームのある金髪ショートの主役魔女の少女は、お眼めがデカくても若干吊り目でややクセのあるキャラクターデザインではある。
 本作はオタク系というよりかはマニア系だともいえる月刊「アフタヌーン」誌の連載マンガが原作であった。それゆえに、当世風の「萌え媚び絵柄」の文脈を考慮していないのかもしれない。けれど、それはマーケティングやライト層の客引き的には吉と出るのか? 凶と出るのか?


 しかし、領主さまの伝令を務めている青少年クンに対しては、ちょっとテレたりしてみせるような性格的な「弱さ」や「ハニカミ」もこの魔女少女にはある。よって、我々のような弱いオタク男子にとってはそこが少々の取っつきやすさの救いにもなるのだけれども(笑)。


 その逆に、


●主人公少女の「使い魔」の分際であるのに、ナゼか彼女よりも年上で(笑)、主人公が処女であることをからかってもくる、極小の包帯水着(?)をまとった露出度大のナイスバディーで銀髪ロングの「淫魔」であるお姉ちゃん
●金髪巻き巻きドリルツインテールの「イギリス魔女」の美女
●そして、「フランス魔女組合」(笑)の年若い魔女たち数名……


 彼女らについては、キャラデザ的にもアクやクセは少なくて、吊り目でもなく端正ではあった。よって、我々萌えオタ的にも抵抗感はナイですよね?(笑)――結果的に、彼女らの中に混ざっていると、クセのある絵面の主役魔女少女がビジュアル的にも立ってくるのだ!?――


 以上は、いわゆるマンガ・アニメ的な虚構パートでのキャラデザ面でのお話である。



 だが、それ以外は、本格歴史モノの大作映画もかくや! といわんばかりの緻密な絵作りともなっている!


●貧しいけど慎(つつ)ましい、中世農民の衣服・住居・農耕・村落
●馬上のヨロイ騎士に率いられて、ヤリとタテを持った徴発歩兵と傭兵たちの行進


●従軍神父さんによる開戦直前のお説教や祈祷(きとう)
●弓矢の雨アラレ!
●刀剣での歩兵同士の乱戦!


●西欧中世社会の「典型」を象徴もしている、魔女マリアとは私的に関わってもいる貧しく慎ましい農家の家族たち
●善人ではあるものの、その時代相応の身分意識はあって、領地安堵のためには卑屈さや狡猾さといった政治的なふるまいもせざるをえない領主と、前述したその伝令をもっぱらとしている家臣の青少年クン
●傭兵たちと行動をともに随行していく、職業としての娼婦たち(汗)
●町の金髪青年である修道院長さまと少年修道士



 このテの作品の常としては、「よくお勉強しましたネ」的な内容で、「物語」としてはウマく昇華ができてはいない作品程度にとどまっているのに、扱っている「題材」や「ディテール面での歴史的な正確さ」だけで、作品のことをベタボメしてしまったり、『まおゆう魔王勇者』(13年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200126/p1)や『狼と香辛料』(08年)などもそうだったけど、「エラいヒトの学説を当てハメま評!」(笑)といった、「作劇面での巧拙」を論じずに「作品外での歴史蘊蓄(うんちく)」トークを得意げに披瀝するだけの本末転倒なプチインテリオタクが跋扈(ばっこ)しそうでもある(イヤミ・汗)。


 だが本作は、設定倒れや役割人物像だけの作品にも陥(おちい)ってはいない。主要人物各々の人生を紡ぎつつも、それぞれが対角線の関係でも複雑に交わっており、因縁&人間ドラマを織り成してもいく。


 そして、あまたの「反戦平和」のお気楽な作品群とも異なっているのだ。


 たとえ魔女マリアの善意からの行動ではあっても、「知恵のない直情的な戦争仲裁」によって、稼ぎにありつけなくなった傭兵たちは村々の略奪を開始する!


 フランスの勝利で海の彼方へと放逐(ほうちく)できたかもしれなかったのに、ヘンに情をかけたばかりにイギリス兵が復活してきて、彼らの反撃を招くことにもなってしまう!


 実は彼女の行為こそが戦争を長引かせている側面もあって、領主による庶民たちへの新たな徴兵まで発生してしまうといった逆説・皮肉までをも描いていくといった八方ふさがり……。



 そんなマリアの行為を、それぞれ異なる理由で見咎めてもくる、「地の教会」――地上・現世でのキリスト教会!――と「天の教会」――天上世界にいる大天使ミカエルに、天の父ことユダヤキリスト教的な一応の唯一絶対神かキリストか!?――。


 あげくの果てに、今や落ちぶれて森の奥へと逼塞(ひっそく)している、キリスト教普及以前の時代からあるゲルマン民族や先住ケルト民族の土着の神々までもが登場してくる!


 それら太古の神々もまた、マリアと抗争や禅問答を繰り広げて、


●「魔女マリアの行為の是非」
●「『秩序』と『自由』という、実は相矛盾している2大原理の相克」
●「全知全能かつ天地創造の唯一絶対神がいるのならば、不幸はナゼにあるのか?」


といった議題までもが輻輳(ふくそう)されていく。



 最終的には、魔女マリアは大天使ミカエルとも対決!!


 あぁ、「天」や「神」を「国家権力悪」に見立てて、「反体制」や「反権力」でありさえずれば、その内実の正否は何も問われずに即「正義」扱いだとされてしまって、「オレ、カッケェェェーー!」みたいな、それはそれで今ではあまりに陳腐凡庸どころか、害毒すらあるであろう善悪逆転観のオチなのかよ……と思いきや。


 「天」や「神」を「汚れキャラ」にするのでもなく、魔女マリアこそが道徳的な最終勝利者でもナイ、第三のオチがそこには待っていた!


 それまでの本作に登場してきた大人数キャラクターの「証人喚問」(!)の末に、彼女を――キリスト教新約聖書のイエスの発言的な意味での――「善き隣人」だと認めつつ、互いに妥協させる「大岡裁き」は、狡猾な大天使ミカエルの条件闘争での作戦勝ちだったとも見えなくはない。


 「戦争廃絶」を目指してきた彼女が、大空を超高速で雄飛して武具をも飛ばしてみせる「魔法」という戦略的機動力を失って、好いた男と結ばれて、身の丈のできる範囲で今後は理想を目指していくといったオチも、それまでのストーリー展開や彼女の言動とはやや不整合があるようにも思えて、多少腑に落ちないところもあった。


 しかし、ミクロでのアット・ホームな幸福もドコかで求めていた彼女が、ココで報われたようでもあって感涙してしまう……。



 エッ、魔女マリアと農民少女を除いて、神父さま・傭兵・娼婦・領主さま他ほとんどのキャラクターは、原作マンガには存在しない、深夜アニメ版のオリジナルキャラクターだったの!? ナ、ナンだってェェェーー!


 魔女マリアの純潔(=処女=魔力)を、傭兵にけしかけて奪おうとまでしてしまう青年修道院長クン!(爆) そんな彼もまた彼女への異端審問における


「何もしない神ならば、存在しないのと同じだ!!」


という魔女マリアの見事な反駁(はんばく)に啓発されて、


●「神の存在証明」を唱えた神学者トーマス・アキナス
●「理性による神の存在証明の不可能性」を唱えたオッカム
●「実在論」――「普遍」それ自体が天上世界だかに実体的なモノとしても実在するという説――と、「唯名論」――「普遍」とは名指しのための単なる名称・概念・言葉にすぎないという説――


といった、西欧中世の神学論争も経由して、


●「『普遍』よりも『認識』こそが、存在・実在・本体であるのだ」
●「事実などない。あるのは解釈だけだ」


といった、もっと後世の哲学者・デカルトニーチェのような「神の否定」の一歩手前にまで至ってしまう。


 しかし即座に、「神を否定しない範疇での『自由意志』」を肯定していた古代末期の異端教父・ペラギウスに先祖帰りをしてみせる! ……といった自問自答を、高速早口の60秒間でまくしたてて(笑)、エビ反りして知的恍惚に浸ってしまった青年修道院長クン!



 最終回では、そんな主人公魔女の反駁の影響によって(汗)、「天は地上に不干渉!」といった自説・理論体系を固めていったその青年修道院長クンの眼前に、大天使ミカエルがいきなりに別用(爆)にて降臨してくる!


 自説とは大いに矛盾してしまった超常現象に遭遇して、ミカエルによる魔女マリアについての質問についてもアタマに入らず、「アリエない!」と狂乱させてしまうイジワルな作劇もまたサイコー!(笑)



「より長大で歴史的な時間尺度の中では、大天使ミカエルもまた、いずれは消滅はせずとも『過去の遺物』と化して連鎖していくだけなのだ……」


といった趣旨のことを、欧州先住のゲルマン神話ケルト神話の神々であろう存在をして語らしめて、神々や宗教の存在を相対化しつつも完全否定ではなく条件付きでは肯定もしてみせているようでもある、作り手の思想的な達観もダテではない。


 2015年冬季のベストアニメだったと私見するけれども……。残念、円盤売上は爆死なのであった(汗)。
純潔のマリア

(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.64(15年5月2日発行))


『アルテ』

(2020年春アニメ)
(2020年8月11日脱稿)


 16世紀初頭のイタリア都市・フィレンツェが舞台。つまりはルネサンス期である。一般的には「古代」以来の自由が復活した時代とされているが、本作ではそこを転倒。女性にとってはまだまだ不自由な時代であったとも描くのだ。


 絵を描くことが大好きな、戦前戦中の広島県のすず様(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200308/p1)、もとい中堅貴族の金髪ロングの令嬢・アルテ。


 父はその絵を描く姿を喜んでいたけど、母はしかるべき男性と結婚するふつうの人生を望んでおり、彼女の趣味には理解を示さない。


 ある日、母親は彼女が描きためてきた絵画の数々を庭で燃やしてしまった! 絶望と悲嘆にくれる彼女。


 時は「絵画」と「彫刻」が隆盛を極めた時代。怒りを覚えた彼女は一念発起! 自宅を出奔して、都市各所にある絵画の工房を廻って自身を弟子に取ってくれと頼み込む。


 いかに開明的に思えるルネサンス期でも、女性など工房にはいない時代。はるか後年の300年近くあとのフランス革命でも「人民」の概念の中に「女性」は入っておらず、欧米でも女性に「参政権」が与えられたのは20世紀の前中盤のことなのだから仕方がナイのだ(笑)。


 女性であることが理由で画家になれないのならば……と長髪を切り落とし、ついには乳房まで切り落とそうとしたところで(汗)、救いの手が差し伸べられる。
 ひとり工房のダンディな親方・レオだ。彼は彼女を屋上のボロ家に住まわせて、弟子となるための試練を課す。


 ……といったところで、冒頭から実に面白くて惹きこまれる。まぁ、もっと引いた視点でシニカル(冷笑的)に見てしまえば、


●朝から晩まで「農作業」をしなければ喰えない庶民と比すれば、お絵描きなどの「趣味」に耽溺できるだなんて、やはりノンキなブルジョワだろ!?
●主人公に金髪美女を配するあたりもルッキズムだ。しっかりとしたリアルな時代考証のようでも主人公少女の服装の胸だけは微妙に強調されているからウソだろ!?


 ……といったツッコミも論理的には可能なのだ。しかし、そのへんを云い出したならば、たいていの物語・映像作品は成り立たない(笑)。筆者もアタマの片隅にはそれがありつつも、それをもってして作品を全否定しようとは思わない。


 作品は彼女が持ち前の不撓不屈さで「画家」として技量をミガいて頭角を現していくサマを、親方・レオが元は物乞い出身であったことや、工房のお得意さんでもある花魁(おいらん)もとい高級娼婦も登場させて、日本の花魁とも同様に話題を広くするためにも膨大な蔵書を保有しており、博識でもある彼女から刺激を受けていくサマなどとも並行して描いていく……。
 そして、彼女はヴェネツィアの貴族に気に入られて、画家ならぬ家庭教師としても彼の地へと旅立っていく。


 ……などと芸もなくアラスジを列挙する(汗)。美麗で精彩なフィレンツェの町並み。各所の工房の職人が動員されての「教会背景美術」の作成風景。しかして、丁稚奉公モノの王道といったストーリー展開。実に面白いのだ。


 本作の主演は、『モーレツ宇宙海賊(パイレーツ)』(12年)主演や、『Re:CREATORS(レクリエイターズ)』(17年)でも戦闘美少女系のメインヒロインなどを演じてきた小松未可子で、涼しげでも凜としたボイスが逆境に負けずに明るく立ち向かう姿にも合っている。


 原作はややマニアックな青年マンガ誌『月刊コミックゼノン』の連載マンガ。こんなマンガもあったとは……。感服なのである。
アルテ

アルテ VOL.1 [Blu-ray]
(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.77(20年8月15日発行))


平家物語

(2022年冬アニメ)
(2022年4月30日脱稿)


 武士の時代が到来する直前に栄華を極めたものの、没落していった武家である平家一族を、まるびて線も少ないシンプルな描線で描いた深夜アニメである。


 本来は日本の歴史における在り方的にも、国民的な叙事詩であったハズである『平家物語』。しかし今では、信長・秀吉・家康の戦国時代と幕末~維新の時代しか、一般ピープルには馴染みがないであろう。


 あるいは往時の人々も、琵琶法師や庶民による弾き語りなどを何度も聴かせられているうちに、悲劇的な各自の末路を熟知してしまったことで、何十回目かでの再聴では彼らの前半生の部分の拝聴においても、自然とその彼らの悲壮な末路を重ねてしまって、ますます「無常感」も強調されてきた……といったこともあったのだろうと思われる。


 その伝の応用であるか、本作では未来予知も可能であるオリジナルの少女キャラも登場して、平家一族とも同居する!


 彼女が答案用紙の答合わせ的に、平家一族個々人の未来や末期(まつご)を時に垣間見てしまうかたちも採ることによって、


●今では元気なこの少年が……
天皇に嫁ぐも、今でも不遇なこの少女が……
●ようやくに生まれた幼帝もまた、最後には壇ノ浦に没して……


といった未来が点描されることによって、歴史に疎(うと)い人間たちにも間口を拡げて、なおかつ興味を持たせることもできている。


 もちろん、すでにご存じの歴史マニアな御仁たちにとっても、「復習」かつ「無常感」をさらに強調するシーンとしても仕上がっているのだ。


 本作においては、平清盛(たいらのきよもり)の子供や孫たちも別に悪人ではない。むしろ、清盛とも異なる常識人であったり、傑物の父の不始末に奔走していたりもする(汗)。


 NHK大河ドラマ義経』(05年)では、幼き日の源義経(みなもとのよしつね)が清盛宅に身を寄せて平家の子供たちとも兄弟同様に育っていったといったオリジナルな描写が付与されていた。
――義経と弁慶が出逢った五条大橋は実は当時はまだ存在していなかったし(笑)、弁慶に至ってはその実在自体が疑わしいのだから(爆)、どうせフィクションなのだし適度なウソもOKだとは私見!――


 しかし、同作でののちの源平合戦では、その意味でドラマチックな「義兄弟対決」にもできて「宿命の対決」としても盛り上げることができたハズなのに! そういった過去のことは想起もされず、清盛の息子の兄弟たちもお団子状態でキャラクターの描き分けもできていなかっただけに、その15年越しでの筆者の溜飲も下がったのであった――ウソです。大河ドラマ平清盛』(12年)ですでにとっくに溜飲は下がっていました(笑)――。


 しかし、時代の総体としては「平家独裁」の時代ではあり、「禿児(かぶろ)」こと黒髪オカッパで赤服の少年密偵(私兵)たちによる横暴なども漏れなく描いていくことで、逆に庶民たちの禿児や平家への反発や恨みも描いて、のちに来たる彼らの没落の予兆ともしている。つまり、「信じれば夢は叶う」「不可能を可能にする」といった少年マンガ的な世界観ではさらさらないのだ(笑)。


 学術的には正しくても、教科書的な干からびた「人名や事象の羅列」であっては、よほどの歴史オタクの気がある子供でもなければ記憶に定着などしない。そういった意味でも、子供向けの『平家物語』や『忠臣蔵』や『太平記』(=鎌倉幕府滅亡~室町幕府成立を描いた軍記)などの簡略物語を、歴史の授業といわず義務教育である小中学校の国語の授業などでも1回くらいは教えた方がイイと個人的には考えてもいる。


 しかしおそらく、そーなると「日本スゴい!」の右傾化だ! なぞという反対運動が起きそうではある(笑)。いや、『平家物語』や『忠臣蔵』などは負けて滅びていく物語なのだから「日本スゴい!」とは真逆であろう。


 そうなると、「あー云えばこー云う」で、今度は「滅びの美学が危険だ」なぞと云われそうでもある。しかし、「ドーして独裁化して、ドコが反発されて、ドコで反逆の流れが起きて、ドコで没落していったのか?」などといった「旧・日本軍」や「戦前の日本」的な「失敗の本質」の研究といった冷徹な意味でも、『平家物語』などはもう少し一般化されてもイイ。


 時には「平家」主体で、時には「源氏」主体で――後者は源義経を主役として描いた『義経記(ぎけいき)』など――、対立する2大陣営を善悪二元論ではなく、それぞれの主観的な視点や立場から描いた文化多元主義は、実は日本の中世においてもすでに両立が達成されており……(掲載媒体の制限字数の都合で、以下略・笑)。
平家物語 アニメーションガイド

CONTINUE Vol.76
わたしたちが描いたアニメーション「平家物語」
(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.82(22年5月8日発行))


『アンゴルモア 元寇合戦記』

(2018年夏アニメ)
(2018年8月2日脱稿)


 鎌倉幕府御家人(ごけにん)崩れの不穏で不敵な主人公武士が、罪人たちとともに流刑(るけい)にあった先。そこは蒙古(もうこ=モンゴル)襲来目前で、前哨戦の地ともなった対馬(つしま)であった!


 かの地への海路、荒波に揉まれて泣き言を吐いた流人(るにん=流刑に処せられた罪人)の言を聞いて、それに情をかけて縄をほどいてやった甘っちょろいお役人さまの図にて本作は開幕する。


 情けはヒトのためならず! 隙を突いてそのお役人さまを殺害してしまう悪辣な罪人たち!!
 しかし、トーナメント演出! その罪人らよりもはるかに上回る高い戦闘力の持ち主だとして主人公を描いてみせた序盤で、彼のキャラを立ててみせているあたりで、導入部からしてカッコいいのだ!!


 しかも、その彼の流派とは「義経流(ぎけいりゅう)」。そんな流派が実在していたかは怪しいけど、読んで字のごとく、かの鎌倉幕府初代将軍・源頼朝(みなもとのよりとも)の弟にして夭折(ようせつ)の天才武将・義経(よしつね)の武術・兵法といったイミなので、何やら強そうではないか!?(笑)


 世はお公家さん主導の「国司・郡司の律令体制」から、鎌倉武士主導の「守護・地頭体制」へと移行して100年弱。対馬の老地頭やその郎党らは「やぁやぁ、我こそは!」を地で行く源平合戦のむかしのような老害ともなっており、軍議でも元寇襲来のウワサをナメてかかって、むかしの武勇談に花を咲かせている。


 対するに、本作のメインヒロインたる、老地頭の娘でもあり麗(うるわ)しくても気高そうなお嬢さまは、#1では老父とは真逆で、大軍の蒙古が高麗(こうらい=朝鮮)を出港したという情報に対して、内心では「過剰評価」でも「過小評価」でもない「正当評価」としての意味合いで正しく警戒もしている。


 そして、この対馬を守るために、外ヅラとしては実に高飛車・横柄(おうへい)にもふるまって、流人どもに対しても「座して死を待つのか!? 戦さで手柄を立てるのか!?」と迫って、戦さに備えてその陣に加えんとする!


 この気高きお嬢さまキャラについては、今は昔の『新機動戦記ガンダムW(ウイング)』(95年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19990805/p1)や『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』(15年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20191105/p1)などに登場した、天性の物怖じしない気高き王女さまキャラたちのことを、筆者のようなキモオタなどはつい想起もしてしまう(笑)。


 しかし本作のそれは、実は「演技」であって内心ではブルっている……としても描くのだ! #2においては、主人公を対馬や自身につなぎとめんと背伸びをして色仕掛けまでしてくるも、それが一枚上手(うわて)の相手(主人公武者)に対しては見透かされてしまって空転している描写などで「ギャップ萌え」をも喚起している(笑)。


 対馬での出来事とはまた別に、当時の一応の政治・軍事の中心でもある本家の鎌倉方も決して無策ではない。すでにかの地に物見(ものみ=スパイ)なども入っている。流人といえども主人公の剛毅(ごうき)さ&統帥(とうすい)の才を見込んで、「7日、持たせろ……」などと増援を約して、海の彼方の本土へと去っていく侍なども登場させることで、舞台背景も狭くはないのだ。


 そして、はじまる蒙古との戦い。


 スポーツや交渉事などとも同様に、物理的な戦力の優劣こそが勝敗の基本ではある。しかし、細部や局面においてはたしかに個人や現場のリーダーの才覚・覇気・勢い、人格力・カリスマ性、たとえ論理的には同じことを演説して鼓舞したのだとしても、声の大きさ・野太さ・スルドさ・頼もしさ、弁舌の勢いや抑揚! といったものでも、人々の動き方の勢いといったものは変わってくるものなのだ。
 それによって、相手を気圧(けお)することができて敵の怯(ひる)みをも生んで、局地戦での勝利や、戦場での潮目の変化をもたらすことにもなっていく。
 しかして、戦場の中を推し進みすぎてしまってもイケナイのだ。戦場での縦深があまりに行き過ぎて戦線が伸びきってしまうと補給・援軍・密度には乏しくなってしまう。かえって、位置的にも敵兵にも囲まれてしまう情勢となってしまうことで、相対的にも不利になる新たな潮目の変化も訪れてしまうのだ。


 そういったことを「空気」や「ハダ感覚」という名の「高速論理演算」にて瞬時に察知して、小さな勝利を勝ち取ったところでの成功体験にとどめて、適度なところで撤退してみせることで、そこまでの戦いを一応の「勝ち」として、次の戦闘に備えて鋭気を養っておくこともまた肝要なのであった。


――云うは易(やす)く、行なうは難(かた)し。切れ味のよい活舌・弁舌や、危機に際してパニくらないで物事を決断してみせる胆力に、勇猛果敢なファイティング・スピリッツとは最も縁遠い、筆者のような弱者男子であるオタクが「どのクチで云うのか?」といった話でもあるけれど(笑)――



 鎌倉中期の若き8代執権・北条時宗(ほうじょう・ときむね)or日蓮聖人を材とした歴代の作品群では、物語のヤマ場としても描かれる2度の蒙古襲来。


 その緒戦(しょせん)として、対馬壱岐(いき)といった島嶼(とうしょ)にも、蒙古軍&朝鮮・韓国のご先祖さまである高麗の軍が襲来しており、島民はほぼ皆殺しという大虐殺が繰り広げられていたことは、歴オタ(歴史オタク)の皆さまであればご存じのとおりなのだ。そんな逸話を知る身からすれば、7日後の増援でもますます無理ゲー(ム)で、先行きには絶望感しかないのだけど(汗)。



 映像表現面では「デジタル様さま」で終始、和紙のムラのようなモノやその紋様などもごくウスく画面にオーバーラップさせつづけることで、ある種の風情も醸せてはいる。しかし、その和紙の文様はカメラのヨコ移動などには追随していかないあたりで、少々の違和感もある(笑)。


 現代に至るまでも


「ムクリ(蒙古)、コクリ(高句麗)、鬼が来る」


といった、子供をたしなめる際の慣用句が一部の地方では残っているほどの、対馬におけるジェノサイド(大虐殺)。生き残った女たちは手のひらに穴を穿(うが)たれ、そこに通した縄にて数珠(ずじゅ)つなぎにされて、船の側面に吊され「人間の盾(たて)」とされることとなった。生き残った子供たちは奴隷として蒙古こと元朝に上納もされていた――日蓮聖人は古代の百済(くだら)の時代の故事の前例から、これらの残虐行為自体は高麗軍の方の仕業だったと断定していた(汗)――。


 ググってネタバレしない程度に、本作についてのWikipediaを斜め読みしてみた。すると、教科書にも出てくる、鎌倉時代の直前の平安時代における「刀伊の入寇(といのにゅうこう)」ネタまであった!


――平安時代の当時も、新羅(しらぎ)・高麗・女真(のちの金や清帝国)の海賊が日本に襲来していたのだ。日本も後年の倭寇などで決して無罪ではないのだが、そういうこともあったのだ(汗)。さらに古い時代の史料にあたってみると、どうも弥生時代のむかしから(!)モラルには欠けていたようである善良なる日韓の庶民たちは(笑)、不作や飢饉などになると中央政府の指示などはナシで、タフで逞しいことに座して死を待たずに互いに泥棒・略奪・殺戮し合ってきたようである(爆)。……エッ? 日韓にかぎらない!? 世界中のドコでも隣国や隣村との歴史や関係性なんてそんなモノだって!?――


 こういったあたりも、本作ではドコまで映像化ができるのか?


 筆者も好事家かつ人間が下世話にできている。よって、近隣諸国ではイザ知らず、日本の子供向けの教科書には残虐すぎるゆえに掲載はしにくい、あるいは敗戦国特有の周辺諸国への過剰な忖度(笑)もあってか言説化・映像化がしづらい、こーいう二重にネジくれたかたちで半ばタブー視されてきた歴史秘話については、不謹慎にも怖いモノ・残酷なモノ見たさもあって心惹かれてしまうのであった。


 そして、たとえそれ自体が歴史の大局においては些事ではあったとしても、二重三重にモツれた糸玉やゴルディアスの結び目をシンボウ強く解きほぐしていき、もろもろの「結ばれ方」を理解・ナットクしてみたくなってしまうのだ。


 元寇が襲来した対馬における、夜の山陰に隠れるも赤ん坊の泣き声で村人ごと発見されて全員が殺戮! 赤ん坊まで股裂きにされたなどの故事も描かれるのであろうか?(汗)


 別に旧・日本軍だけに特有ではなくって(?)、古今東西の戦時ではなくても、平時でも常に一定数(相当数?)は存在してしまう、軍事作戦の域を超えたかたちにて残虐行為に走れてしまうような、人格が品性下劣で他人に対する共感性にも乏しくて粗暴にできている一部の輩の存在(汗)。


 あるいは、泣き声で敵兵に見つけられないように泣く泣く赤ん坊の首を絞めたり、口をふさいで窒息死させてしまった母親の話など……。


 良し悪しや割り切ることができるのか!? といった話もまた別として、対馬にかぎらず先の大戦での沖縄での集団自決だけにはとどまらない、サンデル教授の「白熱教室」における、ひとりの命を救うのか!? 多数の命を救うために少数には犠牲になってもらうのか!?
 いわゆる「(暴走)トロッコ問題」と呼ばれる議論ばりに、瞬時に直観的に村人(多数)と赤ん坊(少数)の命を天秤にかけた末での母親の究極の苦渋の選択に対して――たとえそれが殺人であったとしても!――、後世の価値観における安全圏からの「後出しジャンケン」での全否定などは筆者はしたくない――もちろん、全肯定などもしないけど(汗)――。



 同様に、それが現代日本における民族差別・在日差別を誘発し、日本の排他的ナショナリズムに加担する一面があるからといって、750年もむかしの史実に対してさえも、微塵たりとも言及することすら許さない、あるいは「自粛」や「忖度」(笑)を強要しかねない良識派人権派・リベラルな向きに対しても、疑問を禁じえない。


 もちろん、彼らの「忖度」行為にも一理程度はあるのだ。しかし、物事を要素要素に微分化・細分化して、


●Aという要素は是
●Bという要素は非
●Cという要素には一長一短・善悪両面
●Dという要素は評者個人に知識・素養といった判断材料がないので、判断もできない


なぞとパターン分けして選り分けて考えることができずに、「赤勝て白勝て、巨人か阪神か」レベルの全肯定か全否定、「右」か「左」かのレッテル貼りだけをする輩は、失礼ながら筆者には、近代的・合理的な思考ができない未開の土人や原始人だとしか思えない(汗)。


 不倫やガールズバー通いをしていたことが発覚しても(笑)、敵対陣営の政治家に対してとは異なりダブルスタンダードでコレを擁護して恬として恥じない輩も同様なのである。もちろん、不倫やガールズバー通いなどは殺人強盗ほどの罪ではないので、むろん肯定はできないものの全否定などはしなくてもイイ。


 しかし、「不倫や援交まがいのことは肯定できないものの、彼女や彼の政治的スタンスにはまぁ同意なので、勘案の末に苦渋を飲んで、そこには反対するし肯定はしないけど、その政治主張の部分についてだけは賛同・応援していきたい!」、「これは特定の国家や民族といった生まれつきの属性それ自体への差別を正当化するものではさらさらない! しかし、ことこの局面における事象については批判されるべきである!」などといったように、瞬時にデリケートに腑分け・分解して物事を語ってくれれはイイのである。


 けれど、そこを未分化なままでモヤモヤとさせて忖度して一応は隠しきれたつもりになって語るから、日本人は総体としては愚劣なバカになってしまって、より高い次の精神的・思想的なステージ・境地へと昇っていかれないのだ! ……エッ? 欧米でも同様になっているって?(笑)


 そして、かえって彼らの複雑系での是々非々ではない、善悪二元論的でムリやりな擁護の態度に、矛盾・党派性・ダブルスタンダードを感じてしまって、不信・反発をいだかれることで、皮肉にもいわゆる「右傾化」なるモノもますます拍車がかかっていく。要はザル頭のいわゆる左派の側にも問題点&原因があったのだ(爆)。


 おそらく、そんな外野からの下馬評や議論とも無縁ではいられないであろう(?)本作ではある。しかし、もちろんそんなところは無視してもイイ。基本的には、アクション・サバイバル・ショッキング・オトコ気を見せることが主眼の良質なエンタメ作品として仕上がっていることは強調しておきたい。


 そのテーマ的なスパイスについては、浅くてウス味では面白くもないし、ヤリ過ぎで踏み越えてしまっても、ともに弛緩(しかん)してしまってダメなのである。


 寸止めのところでの臨界点、つまりはクレーターの狭いフチの上に爪先立ちで緊張感を持って屹立してみせる。
 そして、そこから内外を広く遠く見渡してみせるような、極限状況下での人間の愚かさ・おぞましさ・残酷さと同時に際立ってもくる、そんな中でも悪事や暴力にも染まらずに、しかして過度に気張らずに正しく気高くあらんとする姿!


 しかして、小さな悪事や殺傷行為は必要悪として犯してしまったとしても、苦渋・罪悪感・鎮魂の痛みとともにサバイブしてみせることのビター(苦味)さ! といったものまで同時に描くこともできれば、作品としての勝算も出てくるとは思うのだ。
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(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.72(18年8月11日発行))


戦国BASARA(バサラ)』~『学園BASARA』

(2009年春・2010年夏・2014年夏・2018年秋アニメ)
(2018年12月13日脱稿)


●バイクのマフラー(!)が側面に付いた愛馬に乗りながら「Are you ready?(アー・ユー・レディ?)」と英語まじりのセリフをホザきつつ、五指に3本、両手に6本もの日本刀(笑)を振るってみせる、青いヨロイのキザなイケメン青年の独眼竜・伊達政宗(だて・まさむね)!


●史実を無視してこの独眼竜のライバルとして設定された、赤いヨロイでヤリをふるうイケメン青年の真田幸村(さなだ・ゆきむら)!


●幸村の親方さまについては、父・真田昌幸(さなだ・まさゆき)のことをスッ飛ばして、コレはさすがにイケメンではなく恰幅のイイ父性キャラとして描かれてもいる武田信玄(たけだ・しんげん)!


 この幸村&信玄は臣下の関係であったというのに、互いにホンネの意見をブツけあえる親愛の情の表現として終始、少年マンガのように拳骨で殴り合った果てに豪快に笑いあう!(笑)



●信玄の永遠のライバル・上杉謙信(うえすぎ・けんしん)は、もちろん俗説に則(のっと)って低音ハスキーボイスな僧形の男装美女!


●もともと史実ではない「真田十勇士」からも、猿飛佐助(さるとび・さすけ)がクールな長身イケメンに改変されて登場!


徳川家康配下で、近年の大河ドラマでも藤岡弘高嶋政宏が演じていた、戦国最強とも称される武将・本多忠勝(ほんだ・ただかつ)は、カタパルトから発進して空を飛ぶ巨大ロボット(笑)で回転ドリル型のヤリが武器!


●ほとんど赤道直下の南国として描写された薩摩で、戦国時代ならぬ神話の時代のクマソタケルがごとき薩摩隼人(さつま・はやと)な南蛮の蛮族としても描かれる、九州を制覇した島津義弘(しまづ・よしひろ)!


●隻眼(せきがん=片目)の海賊にしか見えない、南国の土佐からはじまり四国を制覇したイケメン若造武将・長曾我部元親(ちょうそかべ・もとちか)!


●ソーラーシステム(笑)で戦場を焼き払って、山陽山陰を制したコレまたクールなイケメン・毛利元就(もうり・もとなり)!



 アニメ第1作(09年)での主敵は、次第に第六天魔王織田信長(おだ・のぶなが)へと収束して、戦国武将が共闘してコレに立ち向かう!


 第2作(10年)での主敵は、史実ではおサルさんに似ていても明るくおしゃべりな小男であった豊臣秀吉(とよとみ・ひでよし)が、『北斗の拳』の宿敵・ラオウのような寡黙な巨漢で、もはや本作における主要な武器であった「刀剣」ですらなく「拳骨」が武器(笑)。


 第3作(14年)でのラスボスは、秀吉亡きあとの配下のイケメン青年・石田三成(いしだ・みつなり)!



 史実どころか、活躍年代さえ数十年程度を無視して(笑)、同時代に共演できるハズもなかった戦国オールスターたちが大集合! 『寛永御前試合』で『アベンジャーズ』で『ジャスティス・リーグ』で『ウルトラ銀河伝説』で『スーパーヒーロー大戦』で『プリキュア オールスターズ』な強者集結のカタルシスをもたらしてくれたのが、本作『学園BASARA(バサラ)』(18年)の原典でもある『戦国BASARA』であったのだけど……。


 リアルでの「関ヶ原の戦い」ももちろん日本の各地域を制覇した戦国大名オールスターの大結集の頂上決戦ではあったものの、それらを材にしたフィクションにも顔を出してくる「歴史修正主義」の台頭を憂うのだ!?(笑)



 ……冗談はともかく、


●十字軍やトルコ帝国台頭の歴史的な評価が、キリスト教圏とイスラム教圏とで一致するワケもない。
モンゴル帝国の評価が、モンゴルと侵略された中露欧とで合致するワケもない。
古代ギリシャペルシャ戦争の評価が、西欧とイランで一致するワケもないのだ。


 そうである以上は、EUや日中韓などもムリに域内の歴史観を統一などさせずに、互いに異なったままで、どの歴史観も正しくてかつ同時に間違ってもおり、よって併存させる! といった方策が一番クレバーなのではなかろうか!?



 そもそも、ドコの国家や民間団体であろうとも国定教科書的な「歴史観」などを定めるべきではない!――韓国は昨年2017年から国定教科書になってしまったが、大丈夫なのであろうか?(汗)――
 「歴史観」なぞは、お国なりドコぞの民間の団体や在野であろうが学者などにキメてもらうようなものではない。個々人の読書体験から来る美学・哲学などでもあって、各個人ごとに構築して持てばイイものなのである。そして、あまたの異説も「言論の自由」や「試行錯誤の許容」として愚劣なモノも含めて流通させるべきであろう。


 「言説発表の禁止」や「言論媒体の廃刊」などはもっての他である。たとえ不毛であっても、あくまでも言論での応酬にとどめて、互いに支持者を募り合って、そして少数派になった方に対しても退場や首チョンパ切腹に社会的な抹殺などのトドメを刺してみせる必要などもナイのだ。


 ……といった態度を採ってみせるのが、真の意味での字義どおりの「リベラル」であって、


「私はあなたの意見には反対だ。だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」


と云ったフランス革命前夜の啓蒙主義の時代に活躍したフランスの作家・ヴォルテールの発言はドコへやら!? 近年ではナゼだかまったく忘れ去られてしまっている――実際には当人の発言ではなく、20世紀に入ってからの伝記が初出の発言であったそうだけど(笑)――


 「敵対言説」や「歴史観」をたとえタテマエではあっても最低限の尊重すらせずに、いきなりハナから言論封殺したがる昨今の日本や世界の風潮は実に嘆かわしい! 哲学者のニーチェ風に云うと、仮に「事実」はひとつであってそれを正確に認定ができたとしても、それに対する「解釈」は多様なのだ! いかに珍妙で愚劣な意見に思えたとしても、広義ではなく狭義での明らかな殺人教唆や暴力教唆でもなければ自由であるべきだし、あとはせいぜいが支持者の多寡を競い合うだけでイイのだ!


 ……といった議論は、おバカな本作にはなじまないのであった(笑)。



 CG技術の進歩で、数千数万の歩兵を見事に映像化! 「一騎当千」かつ「切った、張った」が「文学的表現」なぞではなく文字通りに映像化されて、太刀(たち)の一振りで数十・数百人もが突風に巻かれたように吹っ飛んでいく!(笑)


 このインチキ・アクションの爽快さのみならず、半分笑っちゃうけど半分はカッコいい、各自がその戦う動機をワザワザ口に出して暑苦しく絶叫しながら刀剣を交えて、しかしてその勝敗は「時の運」でもある「恨みっこナシ」! そして、巨悪に対しては遠回しでのツンデレな友情込みにて共闘してみせるといった群像劇!!


 同じくゲーム原作の深夜アニメ『艦隊これくしょん -艦これ-』(15年)・『刀剣乱舞』(16年)・『千銃士』(18年)だのは、敵味方のメリハリ、最後には爽快感をもたらすための「娯楽活劇」としての本作の作劇術を見習ってほしいものである――各キャラクターが戦っていることの動機付けの部分と、物理法則を無視したアクション演出の部分などで――。



 よって、本作の原典でもあるTVアニメ版『戦国BASARA』については私的には高く評価しているのだ。


 しかし……。21世紀の野郎オタにとっては、イケメンの男性キャラばかりの本作はハナから対象外であって、女性オタクだけが騒いでいたのであったとサ(笑)。



 そんな傑作シリーズの新作が、装いを新たに現代を舞台とした「学園パロディ」に姿を変えて登場した! と思いきや……。制作会社や製作委員会の延命や息継ぎのためとおぼしき、単なる安っぽいグダグダな低作画作品に成り果ててしまうとは……。


 コレはコレで、もう少しだけ予算&手間をかけていれば、B級なりに観られる作品にはなったとも思うのだけど。
戦国BASARA

戦国BASARA弐
戦国BASARA Judge End
学園BASARA
(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.73(18年12月29日発行))


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