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白魔女学園(正続) ~でんぱ組×坂本浩一×吉田玲子 アイドル集団を魅せつつも、病んデレ戦闘美少女活劇にも仕上げた良作!

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『白魔女学園』正続2編 ~でんぱ組×坂本浩一×吉田玲子 アイドル集団を魅せつつも、病んデレ戦闘美少女活劇にも仕上げた良作!

(文・久保達也)
(2015年12月7日脱稿)

『白魔女学園』(第1作) ―少女たちが壊れていく―


 東映テレビ朝日が製作し、2013年9月21日(土)から全世界に向けてニコニコ動画で有料ネット配信を開始した、各話が10分ほどである全10話からなる作品が『白魔女学園』である。
――と云っても、日本語版しか存在していない。大方のネット配信作品は全世界で鑑賞可能であることを思えば、「全世界ネット配信」なるコピーは「筑波山ガマの油売りの口上」のような営業マン的セールストークの類いである。それに対しては笑って流して、目クジラを立てる必要もないだろう(笑)――


 なお、ネット配信開始となった同日から、東京・新宿のシネコン・新宿バルト9(ナイン)でのみ、総尺130分を98分に編集した『白魔女学園 劇場版』も公開もされていた。



「傷ついた者だけが世界を救える。
 痛みを知る者だけが世界を正しく導ける」


 こんなアオリ文句でネット上で少女たちを勧誘し、生徒たちに「魔力」を覚醒させて「白魔女」へと至らせることにより、この世にあふれる傷ついた少女たちを救おうとするのが「白魔女学園」。


 学園の女子生徒たちを演じたのは、アイドルグループ「でんぱ組.inc(でんぱぐみ・インク)」のメンバーたちである。


 主人公の金髪ショートカットの美少女・女子高生である白鳥もが(しらとり・もが)役は、「でんぱ組.inc」の中心的な存在である最上もが(もがみ・もが)が演じている。これが縁となって、本作の坂本浩一(さかもと・こういち)監督が翌2014年にメイン監督を務めた『ウルトラマンギンガS(エス)』(14年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200404/p1)でも、敵の頭脳宇宙人チブル星人・エクセラーの配下である幹部で戦闘現場での指揮官でもあるアンドロイド少女・ワンゼロ役で起用されたのだろう。


 白鳥もがの妹・白鳥かすみ役は、2年後の『手裏剣(しゅりけん)戦隊ニンニンジャー』(15年)では「かすみ姉(ねえ)」こと百地霞(ももち・かすみ)=モモニンジャーに抜擢された、本作ではポニーテールではなく髪を降ろしているのでまだ幼く見える山谷花純(やまや・かすみ)。


 「白魔女学園」の生徒会のひとりである三雲杏(みくも・あん)役は、『特命戦隊ゴーバスターズ』(12年)で童顔の元気少女・宇佐見ヨーコ(うさみ・ようこ)=イエローバスターを演じた、本作ではオデコを黒髪で隠しているのでお上品で気高い超美少女にも見えてくる小宮有沙(こみや・ありさ)。


 かすみをいじめている70~80年代のようなスケバン女子高生役は、


・『獣拳戦隊ゲキレンジャー』(07年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20080817/p1)のゲキイエロー
・『炎神戦隊ゴーオンジャー』(08年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20080824/p1)のゴーオンイエロー
・『侍戦隊シンケンジャー』(09年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090712/p1)のシンケンピンク


の「中の人」など、JAE(ジャパン・アクション・エンタープライズ)時代にはスーパー戦隊シリーズ平成ライダーシリーズでスーツアクトレスとして活躍し、2015年現在は劇団BRATS(ブラッツ)に所属している人美早苗(ひとみ・さなえ)である。


 そんなワケで、自身が濃ゆい特撮マニアであり、近年の日本特撮の各作にも深く関与している坂本浩一監督の人脈&好みが存分に活(い)かされたキャスティングとなっていた。


 坂本監督のいつもの演出ではあるが、「Etude.(エチュード)1~5」こと前半の第1話~第5話では、「でんぱ組.inc」のメンバーをフェティッシュなアングルでとらえた映像もやたらと目立っている。


・白鳥もがが更衣室で着替える際に、ズリ下げられる制服スカートのファスナーや、白いブラごしにバストをアップで映したり
・白が崇高な色とされている学園で、白鳥もがが白い液体が入った浴槽で入浴していたり
・70~80年代に各局で放映されていた、アイドルたちが繰り広げる『オールスター紅白水泳大会』(70~86年・フジテレビ)や『新春オールスター水上大運動会』(79~86年・TBS)などを再現したかったとしか思えないほどに(笑)、白いビキニ姿をしてプールで泳いでいる生徒たちを、水中であらゆる方位から各パーツに執拗に迫ったり
・生徒たちに白い体操着姿でランニングや筋力トレーニングをさせたり――ここまでやるならば、今では滅びてしまった黒パンツのブルマー姿にしてほしかった(爆)――


 こんな調子で女子生徒たちの「魔力」を覚醒させるための数々のエチュード(訓練)場面が描かれていくのだ!


 しかも、スピード感にあふれるアクション演出に定評があった坂本監督なのに、これらのシーンにはスローモーション映像が多用されており、その背景では生徒たちのエクスタシー的な溜め息や吐息(といき)なども流されている始末……


 しかし、どうして昭和的な水泳・ランニング・筋トレなどのスポ根(スポーツ根性)の手法で、「魔力」が覚醒するのだろうか!?(笑)


 この手の作品に対しては云っても仕方がないヤボなツッコミなどはともかく、ここまでの説明だけだと、よほどの「でんぱ組.inc」のファンだけにしか楽しめないB級作品である……といった印象を抱かせてしまうかもしれない。しかし、これが実に面白くて飽きさせないのだ。グダグダとした弛緩(しかん)したテンポや演出にとどまってしまっているダメダメな作品では決してないのである。そして、


・最後のエチュードとして、ウサギの世話が生徒たちに課せられるのだが、そのウサギたちが何者かに惨殺されてしまう!
・生徒会のメンバーいわく「心を病んだ生徒たち」が檻(おり)の中に監禁されており、彼らがまさにゾンビのような姿で描かれて、白鳥もがたちに助けを求めてくる!


といった異常事態が連発されて、次第にホラーテイストが強くなっていくのだ……


 第5話のラストにて、それは決定的なものとなる!


菊田梨沙「これからここにいる皆さんに、殺し合っていただきます」


 全体主義的な軍事国家となった近未来の日本で、中学校の3年B組の生徒42人が孤島に送り込まれて、最後のひとりになるまでは生還が許されない殺し合いを強要されるといった作品内容で、各方面から物議を醸(かも)した小説を映画化した大ヒット作『バトル・ロワイアル』(00年・東映)の冒頭でも聞いたことがあるようなセリフである(笑)。


 殺し合いによって最後のひとりとして生き残った者こそが「白魔女」に成りうることが、はじめて生徒会メンバー・菊田梨沙(きくた・りさ。「でんぱ組」の相沢梨紗)の口から明かされたのだ。


 白鳥もがの仲間たちは「白魔女学園」に入学したことで、人生途上ではじめて友だちができた(爆)ことを喜んでいた。しかし、そんな非常識かつ非人道的な試練をくぐらなければならないのであれば「白魔女」になどなれなくてもいい! とこれを拒絶して、みんなで力を合わせて生徒会と戦おう! と決意する。


 だが、そんな彼女たちがイヤでも殺し合いをしなければならなくなる心境へと、次第に追いつめられていくストーリー展開がまた秀逸(しゅういつ)なのである!


 魔法の実在を信じてきた少女・小田巻瑛美(おだまき・えいみ。「でんぱ組」の成瀬瑛美)は、ニコニコ笑顔のハイテンションで、


「ハッピー プルプル ピープルン!」


なる呪文を唱えてみたり、お守りをつくったりするようなスピリチュアルな趣味を、同級生にも両親にも気味悪がられてきた。


 そんな瑛美に対して、このシーンまでいっさいのセリフが与えられずに無言で通してきた、口に風邪マスクを終始付けている生徒会所属の無口女子・菱餅ニゲラ(ひしもち・にげら)が過去を打ち明けてくるのだ。
 幼いころに好きだった女児向け魔法少女アニメを観ながら、その呪文をマネして唱えていたニゲラは、父から「うるさい!」と口元に深く傷が残ってしまうような暴力を受けていたのだった。そして、そのときの呪文こそがまさに当の「ハッピー プルプル ピープルン!」だったのである!


 そんな彼女の境遇に強く同情してしまった瑛美は、エチュードの過程でゲットできた魔法の杖(つえ)を振り回して、「ハッピー プルプル ピープルン!」と叫びながら、白鳥もがたちに襲いかかってくるのだ!


 白鳥もがたちのことを大スキだと語っていたハズの瑛美。彼女のあまりの豹変ぶりに驚愕している白鳥もがたちに、瑛美はこう云い放った!


「今も大スキよ! だから殺すんじゃない?! 大スキだから殺す! 大スキだから殺す! 大スキだから殺す! ……大事なことだから3回云いました!!」


 小林製薬の入れ歯の洗浄剤・タフデントのCMでタレント・みのもんたが発していたセリフ「大事なことだから2回云いました」が出自で、転じて近年のインターネット上での流行(はや)り言葉となった云い回しを、瑛美がオデコから流血しながら叫んでいる、狂気に満ちあふれた演技は絶品であり、一気に背筋が寒くなる!


――後日編註:瑛美を演じた成瀬瑛美は後年、女児向け魔法少女アニメ『スター☆トゥインクル プリキュア』(19年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20191107/p1)で、「キラ☆ヤバぁ~」が口癖であるテンション高い能天気な主人公魔法少女を演じることになる(笑)――


 「『心の傷』『痛み』こそが『白魔女』の力の源(みなもと)となる」。一見は他人の痛みにも寄り添って、共感・同情してみせているような崇高そうなテーゼではある。このような道徳的にもっともらしいことを教えられてきた「白魔女学園」の生徒たちだった。
 しかし、実は大切な仲間たちを自分たちの手で殺害することで(爆)、人生最大の「心の傷」と「痛み」を感じることこそが、「白魔女」へと変われる唯一の方法だったと判明するのだ!


 そして、塾を経営しているような頭のよい親の許に生まれたのにもかかわらず、学校の成績が悪かった塩見彩音(しおみ・あやね。「でんぱ組」の藤咲彩音)もまた、瑛美から逃れて隠れているうちに、自分にはもう逃げられる場所も戻れる場所もなかったことに気づいて瑛美を殺すことを決意する!(爆)
 瑛美の方でも乱暴に棚をひっくり返しながら彩音を捜す際に終始、コミカルな調子で呼びかけているさまが、余計に彼女の狂気&恐怖を感じさせてもくれる!


 棚をガラガラと崩して口から流血しながら、彩音エチュードでゲットした剣で大乱闘を開始するも、ついに瑛美の魔法によって灰色の石像のように固められて木っ端微塵に粉砕されてしまう!
――本作ではキャラが死亡する際のCG描写は、すべてこの「石像化の果ての粉砕」といった非現実的な映像表現で統一されており、これによって生々しい残酷さは寸止めで避けられている――


 いつも正論ばかりを主張していたことから友人ができなかったメガネっ娘・雪野未鈴(ゆきの・みりん。「でんぱ組」の古川未鈴)は、パニックに陥(おちい)ってしまって、三雲杏に殺し合いはイヤだと泣きつく!


 常にお嬢さま口調であり、生徒会メンバーの中では最も優しくしてくれたハズの杏だったが、


「なに、ボ~ッと突っ立ってんだよ!?」


などと、いつもの小宮有沙の勝気なキャラに戻って(爆)、瑛美と殺し合うようにケシかけてくる!


 未鈴の背を魔法の杖でシバきまくって羽交い絞めにして階段から突き落とした末に(!)――階段落ちを披露したのはもちろんスタントウーマンであろうが(汗)――、瑛美は魔力を使い果たして廃人となって固まってしまう!


 そして、この廃人化した姿こそが、先述した「心を病んだ生徒たち」の正体だったのである!


 あとは、白鳥もがと綿貫ねむ(わたぬき・ねむ。「でんぱ組」の夢眠ねむ(ゆめみ・ねむ))さえ殺せば「白魔女」になれるのだからと、


「あなた、かわいいわ。さ、わたしのために戦って……」


などと耳たぶにキスをして(爆)、杏は未鈴を白鳥もが&綿貫ねむのふたりに差し向ける!


 背中からCGによる多数の赤い糸を射出して攻撃してくる未鈴から綿貫ねむを救おうとしたことで、白鳥もがはここではじめて魔力が覚醒した!


未鈴「アタシは絶対、死にたくない! だからアンタが死んでよ!!」


 白鳥もがの首を絞めてくる未鈴を、綿貫ねむがエチュードで習得した火炎攻撃で焼き殺す!(爆)


 そして、ふたりは学園の外へと脱出する!


 その直後、焼き殺された未鈴のメガネを踏みつけて杏が舌打ちをするさまは、やっぱり童顔でも本来は勝気なのであろう小宮の……もとい、絶妙な怖さが出ていた(笑)。


 ここで、白鳥もがは綿貫ねむに対して、妹のかすみをいじめから守ってあげられなかったことを、今でも悔(く)やんでいることを告白しだす。


 しかし、そこに生徒会の3人が迫ってくる!


もが「ねむだけは、わたしが救う!」


 妹のかすみを守れなかった代償・償いとして、白鳥もがは綿貫ねむを守ろうとするのだ! 泣かせるではないか!?


 だが、当の綿貫ねむの方は生徒会メンバーと戦うのではなく、白鳥もがに火炎攻撃を浴びせて(!)、ヒザ蹴りを連発するなどして襲いかかってきた! 裏切ったのである!!(爆)


ねむ「わたしと戦うと、痛いよね!?」


 白鳥もがの額に紫色の鋭い「傷」がCGで浮かび上がってくる!


 白鳥もがは反撃! 綿貫ねむを突き飛ばした!


 倒れこんだ場所に生えていた鋭い樹木が、綿貫ねむの腹に突き刺さる!!(爆) 綿貫ねむは口から激しく吐血(とけつ)する!


 「子供向け番組」の特撮変身ヒーロー作品ではこうした残酷な演出を決してしない坂本監督だが、視聴ターゲットが「年長者」向けである本作のような作品では、明確にその演出を差別化している。もっともホラー系作品が苦手な筆者としては、今回のあまりの流血の多さは少々キツかったのだが(笑)。


 担任教師や義理の父からセクハラを受けつづけてきて、同級生や母からも汚いものを見るような目で見られてきた過去を、綿貫ねむは断末魔に白鳥もがに打ち明ける……


 「白魔女学園」に来た少女たちは、帰れるホームベースがなかったからこそ、殺し合いをするしかなかったのであった。



 本誌の前年号でもレビューした非合法の女性同士の格闘技=キャットファイトを描いた、同じく坂本が監督した映画『赤×ピンク(あか・ぴんく)』(14年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20220220/p1)もまた、桜庭一樹による原作付きの作品ではあるが、帰れる場所がない悩める女子たちの「駆け込み寺」としてキャットファイトを描いていた。


 本作はあくまでも「でんぱ組.inc」のメンバーたちを魅力的に見せるための作品であって、彼女らの熱演による「少女たちの可憐さ」「少女たちの色気」「少女たちの超常アクション」「少女たちの暴力(爆)」を作品自体の見せ場・ヤマ場・クライマックスとして描くことが主眼となっている。
 しかし、それらの「見せ場」もただ単に羅列するだけでは、逆説的だが作品自体の本来の目的すらもが達成されないものなのだ。作品自体も盛り上がらないのだ。
 「でんぱ組.inc」のメンバーたちを魅力的に見せたり「少女たちの超常アクション」が真に盛り上がって見えるようにするための方策。それは作品世界の中で彼女たちがどのような半生を通じて哀しい想いを募らせてきたのかについてを描いて、それを彼女たちの行動原理としても昇格させることで、クライマックスとなるヤマ場・アクション場面のための助走台とすることなのである。


 少女たち同士が戦い合うことの内的必然! そして、「ドラマ」の頂点シーンが「バトル」の頂点シーンとも合致すること! ここにおいて、クライマックスのアクションも単なる突きや蹴りといった段取り、物語の終了装置としてのお約束の蛇足タイムにはどどまらずに、視聴者の感情移入面においても「バトル」が盛り上がって感じられてくるようなシーンとして成立できるのだ!


 逆に云うなら、彼女たちの哀しくて実に重たい「人間ドラマ」を描くことだけが主眼の作品であったとしたならば、この作品自体も実はここまでは面白くはならなかったことだろう。やはり、ラストバトルを盛り上げるという「目的」のための「手段」に人間ドラマが節度を保ってとどまっているからこそ、エンタメ活劇としての爽快感・カタルシスも発生するのだ!



 「もがちゃんが白魔女になったらキレイだろうな」とつぶやいた綿貫ねむは、「キスして……」と白鳥もがにねだった。流血している綿貫ねむの唇(くちびる)と熱い口づけを交わす白鳥もが……


 『赤×ピンク』にもライトなレズシーンがあったものだ。しかし、本作でのこのキスシーンもまた、先にも言及した水泳・ランニング・筋トレなどのエチュード・シーンにはあったフェティッシュな演出とは異なり、まったくイヤらしさは感じられない。むしろこのシーンこそが、白鳥もが&綿貫ねむが戦いの果てに互いの「傷」と「痛み」を真の意味で共有できた瞬間なのである。
――しかし、この場面自体は「バトル」と「ドラマ」の融合ではない。「バトル」のあとに配置された「ドラマ」としてのクライマックスではある。けれど、この程度の偏差・バラツキであれば、そしてそれが作品にとっても効果的であるのならば、積極的に許容されてしかるべきだろう――


 白鳥もがは仲のよい仲間を自らの手で殺してしまったことで、人生最大の「心の痛み」をこの場面で味わった。その意味では皮肉にも「白魔女」となる資格を得てしまった。
 そして、白鳥もが&綿貫ねむの和解を象徴させるように、白鳥もがの背中にCGで白い羽根が生えてきて、まさに白鳥のイメージの白いミニスカドレスをまとって、羽ばたく白鳥をモチーフにしたカチューシャ(ヘアハンド)を頭に付けた「白魔女」がついに誕生する!


 けれど、そこに現れた「白魔女学園」のラスボスでもある生徒会長の正体はナンと! 白鳥もがに自殺を阻止されて以来、行方不明となっていた実の妹・かすみだったのである!!


 最大の敵が近しい肉親であったという展開。それは意外性もあって「重み」や「痛み」が観客たちにも感じられるものなのだ。もちろん古代ギリシャ演劇の時代からある古典的なネタでもあるから、それもそれでベタだといえばベタではある――むろん、ベタだからダメな作劇なのだというワケでもない――。
 しかし、やはり妹をいじめから守れなかったというトラウマ(心理的外傷)自体を作品世界上でも実体化・可視化させて、それに立ち向かっていくという主人公個人の心理的な命題を主眼に据えた物語として作劇していくためには、ここで自身の妹をラスボスとして登場させる作劇は、リアルではないかもしれないがドラマチックではあるだろう。筆者個人は決してドラマ至上主義者などではないのだが、それでもドラマ的・テーマ的な観点で見てみれば妥当な作劇ですらあるだろう!


 かすみが「白魔女学園」を開校したのは、傷ついた少女を増やすばかりの「痛み」に鈍感な世の中を変えて、清く正しい世界をつくるための「白百合(しろゆり)計画」を遂行するためだったと、自らの行動原理を明かしてみせる。
 この彼女の動機もまた、近年のラノベライトノベル)・アニメ・特撮・アメコミ洋画などのジャンル作品などではいくらでも見られるものだろう。「弱者」が虐(しいた)げられる世界を破壊し、新しい世界をつくりあげるためにも「強さ」を求めつづけた主人公青年が登場したアニメ『コードギアス 反逆のルルーシュ』(06年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20081005/p1)、駆紋戒斗(くもん・かいと)=仮面ライダーバロンが副主人公・ライバルとして登場した『仮面ライダー鎧武(ガイム)』(13年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20140303/p1)なども記憶に新しいところだ。


 歌は世につれ、世は歌につれ。ジャンル作品も90年代以降は全世界で問題視されている新自由主義経済的な弱肉強食に対しての批判的な論調を、悪役キャラクターの行動動機にも与えることで、敵キャラにも一理を持たせるという古来からある手法に、バリエーションをひとつ増やしてみせている。


 そして、「痛み」に敏感な「弱者」の目線で語られる物語のクライマックスとして、白鳥もがのフルヌード(!)の全身に、CGで紫色の多数の「傷」が描かれて、それをかすみたち生徒会に見せつける場面が圧巻である!――もちろん隠すべきところは隠してます――


 白鳥もがは他人の「痛み」に過剰に共感してしまうという、心理学の実際の用語でもある「エンパス」なる存在として設定されていた。そして、このクライマックスのシーンにおける全身にあった多数の「傷」が、ビジュアルとしても彼女が「エンパス」の人であり、キリストのように他人の「罪」や「痛み」をも背負って十字架上で死んでいくような崇高ささえも象徴させているのだ!


もが「わたしは今度こそ、あなたを救う!」


 梨沙が左太モモの刺青(しせい・入れ墨)から取り出して実体化させた拳銃――このへんはモロに「特撮」ジャンルっぽいシーン!――から発射された弾丸を、白鳥もがが彩音の剣でハジき飛ばしてから、即座にその剣で梨沙をブッた斬るさまは、実にカッコよくて華(はな)もある!


 杏が白いフリル付きのアンスコ(アンダースコート。スポーツ選手などが着用する、本来の下着を隠すための下着・笑)をまる出しにして、白鳥もがにハイキックを繰り出すのもまたしかり!


 ただ、ニゲラが制服ミニスカの下に履いているのが丈長(たけなが)でハダ色の露出がない黒いスパッツ(タイツ状のパンツ)だというのには…… いくらミニスカをヒラヒラさせていようが、正直これにはガッカリした(笑)。


 そして、白鳥もがと同様に「白魔女」と化したかすみが、「自分に尽くしてくれたあなたたちの死が(自分に)力を与える!」などと口にして、非情にも杏とニゲラをブッた斬ってしまうのだ!(爆)


 白鳥もがは「瑛美の魔法の杖」「未鈴の赤い糸」「ねむの火炎攻撃」を次々に繰り出して、かすみとラストバトルを展開していく!


もが「みんなの傷を背負っているからよ! かすみは自分の傷しか背負ってないじゃない!!」


 白鳥もがが繰り出している仲間たちのアイテムや必殺ワザの数々に、仲間が人生途上で背負ってきた「傷」を同時に象徴させることもできており、「バトル」の中でも「ドラマ」を視聴者に感じさせることができているのだ!


 もちろん、ラスボス少女の行動原理にも一理は持たせた。しかし、この手のエンタメ活劇作品は、最後にはラスボスが敗退して主人公が勝利しなければならない(笑)。
 そこで、「主人公が勝ってもよい! ラスボスは負けてもよかった!」と感じさせるような物語的な説得力を、最後にはストーリーにも付与しておかなければならない。


 しかし、単に物理的な戦力での優位や力押しだけで主人公が勝ってしまったことになると、そこには道義的な正当性がやや欠如してしまう。よって、勝利のカタルシスもやや減殺されてしまうのだ。
 それをさりげに調節するためにも、ラスボスには一理があっても道義的には弱点を、主人公には道義的なアドバンテージ(優位)を最後には与えなくてはならないのだ。


・ラスボスの妹少女が仲間ふたりを自身の道具・手ゴマとして扱って、その仲間の「痛み」は無視して最終的にはその「力」を吸収するために手にかけて殺害してしまうことで、自動的に醸し出されてきてしまう「道義的な劣位性」!
・主人公少女もまた仲間を殺害したかもしれないが、そこに正当防衛性は持たせることで、「罪」はあったのだとしてもそれを弱めて感じさせて、死んでいった仲間の「痛み」に共感しながら戦うことで醸し出されてくる「道義的な優位性」!


 ラスボス少女の行動原理は「私怨」や「私憤」にとどまっており、主人公少女のそれは「義憤」や「公憤」へと昇華されている……といった整理もできるだろう。


 むろんスレたマニア的には、ラスボス少女が最後に仲間ふたりを手にかけてしまうという、さりげに作劇的には高度なご都合主義(笑)がなかったならば、この作品は主人公少女に正当性を与えられずに空中分解してしまって、爽快感には乏しい凡作にとどまってしまった可能性まで想起してしまうのもホンネだ(汗)。
 しかし、逆に云うならば、古典的な子供向けヒーロー番組における絶対善vs絶対悪の戦いを描く作品もOKなのだが、そこにはたしかにさして「深み」はないのだろう。かといって、敵と味方が道義的にも完全にイーブン(対等)な作品にしてしまうと、「深み」は出せても問答無用で倒してもよい悪党にはならない。よって、たとえ敵を倒してみせてもカタルシスはあまり生じてこないだろう。
 そうなると、最後の最後で悪党には道義的には劣位に立ってもらうためのポカ・失点をしてもらう必要性が、この手のエンタメ活劇にはあるのだということにもなる(笑)。



 そのようなエンタメ活劇・物語一般の原理・法則にも基づいて、白い羽根を羽ばたかせて星空を舞うことで描かれてきた実の姉妹対決は、ついに白鳥もがが勝利することとなる!


 崩れ落ちたかすみを抱きしめながら、かすみに詫びる白鳥もが。


「あなたの居場所になれなくてゴメンね。もっと早くかすみの痛みをわかってやればよかった……」


 やはり、いわゆる「戦闘美少女」というものを看板に据えた作品ではあっても、女性を主人公に据えている以上は、敵を殲滅してメデタシめでたしで終わりになってしまう作品ではなく、敵をすでにやっつけてしまった以上は偽善であり欺瞞であるのだとしても(汗)、断末魔の敵キャラとも和解・包摂して許しや救いを与えてあげたことで、女性一般に対して期待されがちな「母性」や「安息」といったものをここに投影できることで、女性を主人公とした作品であることの必然性も出せている。
――ただし、中長期的にはフェミニズム陣営から、女性に対して「母性」や「安息」といった属性を求める作劇自体が弱者男性にとっての性的ファンタジーにすぎない! 前近代的な否定されるべき女性差別である! と認定されて糾弾されてしまう可能性も高いだろう…… もちろんそういった論難にも一理はあるのだが、筆者個人はそれゆえに「政治的には正しくない作品」の存在自体が社会的にも抹殺・封印されてしまうような動きがあれば、それに対しては否の立場を採るつもりである――



 本作の脚本を執筆した吉田玲子(よしだ・れいこ)は90年代からあまたの人気テレビアニメで活躍しており、2000年代中盤以降は深夜アニメにも参画。マニア層にも注目を集めたテレビアニメとしては、サーカスの少女を主人公とした女児向けアニメ『カレイドスター』(03年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20040408/p1)シリーズ、女性向け学園百合アニメ『マリア様がみてる』(04年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20040406/p1)シリーズ、天下の京都アニメーションがアニメ化した大ヒット美少女アニメけいおん!』(09年)シリーズや、美少女たちが戦車でドンパチを繰り広げるという一見おバカな世界観を描いたアニメ『ガールズ&パンツァー』(12年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190622/p1)などのあまたの作品のメインライターとしても知られている。


 本作のラストバトルが実の姉妹対決であったことは、近作の『ガルパン』とも共通しているが、実は主人公像も共通していたかもしれない。


 『ガルパン』の可憐な美少女主人公・西住みほ(にしずみ・みほ)は、「華道(かどう)」や「茶道(さどう)」などと同等の「戦車道(せんしゃどう・笑)」が乙女がたしなむ芸道とされているナンセンスな世界観において、試合中に川へと流されてしまった仲間の戦車を自身が助けたことが敗北へとつながったために「戦車道」自体がイヤになり、「戦車道」の授業(爆)がなかった大洗(おおあらい)女子学園へと転校してくるのが、その第1話であった。
 だが、その大洗女子学園でも「戦車道」の授業が当年度から行われることとなり、生徒会長たちからの強制的な勧誘に気弱な彼女は暗澹たる気持ちになってしまう。しかし、新たな学園生活で(ひとり)ボッチになってしまいそうなところをいっしょの昼食に誘ってくれたやさしいクラスメート2名(レギュラーキャラ)が、彼女の心中をとっさに察知し代弁してこれを拒否してくれたことに感激して、その恩に報いるためにも「戦車道」を歩むことを決意するというストーリー展開になっていたのだ。


 ……あんなにイヤがっていた「戦車道」を改めて選択し直すことになるのも、冷静に考えれば極めてデタラメな話なのだが(笑)、そこはキャラクターデザイン的にもポワポワとデフォルメされたリアリティーの基準線が低いコミカルでナンセンスな作品ゆえに過剰には気にならないのだ。


 勝ち負けを決めることがキライで控えめな少女なのに、個人の勝ち負けがハッキリとはしない集団競技だとはいえ勝負の世界を再び選択し直してしまうという、実は相当にムリがあるストーリー展開ではある。しかし、作品の看板的にも主人公少女に「戦車」を用いた競技をさせないと話にはならない作品なのであった(笑)。


 そこで、主人公少女が宿痾(しゅくあ)として抱えている「ボッチキャラ」だの「戦車道」といった自身のふたつの「痛み」に対して、友人たちが示してくれた「思いやり」を、大きな「恩」であると感し入らせることで、それに報いてみたくなる心情や、こんなにもやさしい人たちならば友人としていっしょに活動していきたい! といった気持ちを行動原理とさせることで、彼女の言動にも首尾一貫性を与えることはできており、それによって作品自体の背骨も強固なものとなっていた。


 もちろん、一般に弱者男子であるオタク男子にとっては、平均的な男子が購読している少年漫画に登場しそうな気が少々強い女子ヒロイン程度でもやや苦手だろうから……といったマーケティング的な分析も前提にあって、それでこういう癒し系のキャラクター造形にもなっていたのだろうが(笑)。


 ちなみに同作では、試合の勝敗だけでなく、他校との試合中に戦闘不能となった戦車の仲間たちに、


「大丈夫ですか? ケガはありませんか?」


などと、主人公少女がやさしく心配をする場面が多数描かれている。これなども他人の「傷」や「痛み」に対して、まさに真っ先に「エンパス」「共感」することができてしまうという、彼女の高潔(こうけつ)なる人格を描いていたというワケだ。
 もちろん、自身の心の中に溜め込んでネガティブな「傷」にまではなってしまわずに、あくまでもポジティブな「人徳」となって帰結していく……といったような根本からして大きな違いもあるのだが、作劇の根っ子の部分では似たようなことをやってはいたのだ。


 余談が長くなってしまって恐縮だが、決勝戦ではみほの姉である西住まほが主敵となっている。姉が所属する高校との決勝戦においても、仲間の戦車が川を渡る途中でエンスト(エンジン・ストップ)するという過去のトラウマが再現されるというイベントが発生したものの、みほは前進して勝利するよりも仲間を助けることを選んでいる。
 そして、実の姉妹対決で勝利したのは、何よりも「勝つ」ことを優先した姉のまほではなく、「傷」「痛み」に「共感」できる能力を持った妹のみほだったとしたことで、作品自体に道義的なカタルシスもつくっていたのだ!


 むろん、スポーツ競技なり実際の戦争においては、他人の「傷」や「痛み」に敏感である方が必ずしも勝利できるワケではない。むしろ負けてしまう可能性の方が高いだろう(笑)。
 それはそうなのだが、それではミもフタもないではないか? 現実世界では他人に対する共感性には乏しい人間や国家の方が勝利してしまうことの方が多いのだろう。しかし、そのことを多くの人々がイヤで理不尽に思うからこそ、そして道義的にも正しい方こそが悪に勝ってほしいという想いが多くの人々にあるからこそ、この手のジャンル作品では古今東西、正義の方が勝つ物語を描いてきたとも云えるのだ。


 繰り返しになるが、実際の戦いで勝てるのは道義的に正しい方ではない――かといって、道義的に間違っている方が常に勝てているワケでもない――。実は道義の有無は勝敗には関係がないのだ。ただ単に肉体的・物理的・軍事的・物量的に強い方が勝つだけなのだ。


 現実世界でも道義的に正しい方が勝つハズだ! などと精神主義・オカルト的になことを考えてしまうことは危険である。ファシズム勢力よりも自由主義勢力の方が正しいから勝ったのだ! などということもまったくないのだ。
 それは「神国・日本には神風が吹いて最終的には勝利する!」などといった戦前の軍国主義・日本を、ただ単に左翼側へと芸もなく反転させただけの単なる精神主義・オカルト的な思考にすぎないのだ。そのような物の見方は、たとえ看板には「左翼」を掲げていたのだとしても、その精神的な実態は戦前の日本の軍国主義者と同じなのである。こういう連中は多い。こういう輩にダマされたり付いていってはくれぐれもいけないのだ。


 象徴・寓意の方が優先する「物語世界」とは異なるものとしての「現実世界」である。だから、「現実世界」を分析するときには、「願望」(価値判断)と世知辛い「事実」とは厳に選り分けておかなければ、その情勢分析は無意味で使えないものへと堕してしまう(汗)。


 ただまぁ、それはそれとして、やや「現実逃避」が混入してしまっても、そこにもまた「小さな一歩」はあるのかもしれない。だから、リアルな政治や軍事としては正しくはなくても、正義や弱者にこそ勝ってほしい! 現実もかくあってほしい! という願望に「慰謝」を与えてみせるのが「物語」というものの機能のひとつでもあるのだ――むろんノン・テーマでただ単にひたすらに面白い! 爽快感がある! といった、ある意味では低俗な作品なども否定されるべきではないのだが――。



もが「みんなの傷を背負って生きていく。白魔女だから……」


 自分だけが傷ついている。自分だけが大変で苦しい。……などといった自己憐憫的な私憤オチにはせずに、自分と他人の双方の「傷」や「罪」を同時に背負ったかたちで、自分の人生を生きていく…… あるいは、弱者である他人の人生にも目配せをしていく……
 もちろんラストバトルのアクションにおけるカタルシスを確保するための作劇的な技巧だったとはいえ、テーマ的にはそういった「道義的」なところへと落とし込んだ吉田玲子の脚本にも敬服せずにはいられない。


 もっとも、どれだけ戦車が横転しようが破壊されようが、誰ひとりとして死ぬことがなかった『ガルパン』とは違って、本作では登場キャラのほとんどが救いを得られずに死んでしまっていたけれど(爆)。

2015.12.7.
白魔女学園
(了)


映画『白魔女学園 オワリトハジマリ』

(2015年12月11日脱稿)


 東映テレビ朝日の製作により、2013年9月21日にネット配信が開始された『白魔女学園』の続編となる映画『白魔女学園 オワリトハジマリ』が、2015年6月13日に劇場公開された。


 ただし、この日は不運にも、大人気アイドルアニメである、



・『ラブライブ!』第1期(13年・2013プロジェクトラブライブ!http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160330/p1
・『ラブライブ!』第2期(14年・2014プロジェクトラブライブ!http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160401/p1


の続編であり、公開から3週に渡って興行ランキング第1位を獲得するほどの大ヒットを記録した、


・映画『ラブライブ! The School Idol Movie(ザ・スクール・アイドル・ムービー)』(15年・2015プロジェクトラブライブ! ムービー・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160709/p1


が公開された日でもあった。我々オタクたちの注目はすべてそっちに持っていかれてしまった感がある。


 ミーハーな筆者なども、『ラブライブ!』のおかげでもはや3次元のアイドルグループには関心が持てなくなってしまっている(笑)。



 しかし本作は、なんのかんのと人間ドラマをやっているようでも結局のところ、坂本浩一(さかもと・こういち)監督はアイドルグループ「でんぱ組.inc(でんぱぐみ・インク)」のメンバーを使って「スーパー戦隊」や女児向けアニメ「プリキュア」をやりたかっただけだろう。


 クライマックスで、「でんぱ組」の全メンバー6人が「白魔女」へと変身する場面などは、


メガネっ娘の雪野未鈴(ゆきの・みりん)が、赤ブチメガネをハズすことで変身するのは、ウルトラアイを着眼して『ウルトラセブン』(67年)に変身したモロボシ・ダン隊員の逆パターン!
・コスプレ好きの塩見彩音(しおみ・あやね)の変身ポーズは、おもいっきり昭和の『仮面ライダー』(71年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20140407/p1)の1号ライダーのそれ!
・生徒会の菊田梨紗(きくた・りさ)の変身ポーズは、ウルトラセブンの必殺光線・ワイドショットやウルトラマンエースの必殺光線・メタリウム光線などの両腕をL字型にして発射する際のポーズ!


 きっと坂本監督が直々に変身ポーズを付けたのだろう(爆)。


 「でんぱ組.inc」の最上もが(もがみ・もが)が演じる主人公・白鳥もが(しらとり・もが)の妹・白鳥かすみ役で、


・『手裏剣(しゅりけん)戦隊ニンニンジャー』(15年)の百地霞(ももち・かすみ)=モモニンジャーを演じる山谷花純(やまや・かすみ)


が、前作に引き続いて出演している。


 だが、ジャンル系女優の出演は彼女ばかりではないのだ!


 もうひとりの「白魔女」である衣笠りな(きぬがさ・りな)役は、


・『ウルトラマンギンガS(エス)』(14年)では、地底世界の少女・サクヤ
・映画『赤×ピンク(あか・ぴんく)』(14年)では、21歳だが14歳に見えるOL(笑)にして地下女子格闘家・まゆ
・『仮面ライダーキバ』(08年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090215/p1)では、ヒロインの野村静香(のむら・しずか)
・実写版『美少女戦士セーラームーン』(03年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20041105/p1)では、セーラールナ


などを演じてきた小池里奈(こいけ・りな)。


 衣笠りなの親友・早川蘭(はやかわ・らん)役は、


・『海賊戦隊ゴーカイジャー』(11年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20111107/p1)で、ルカ・ミルフィ=ゴーカイイエロー


を演じた市道真央(いちみち・まお)。


 今回のラスボス・テラ役は、


・『獣電戦隊キョウリュウジャー』(13年)で、イアン・ヨークランド=キョウリュウブラック


を演じた斉藤秀翼(さいとう・しゅうすけ)。


 その配下・イグニス役は、


・『爆竜戦隊アバレンジャー』(03年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20110613/p1)で、三条幸人(さんじょう・ゆきと)=アバレブルー


を演じた冨田翔(とみた・しょう)。


 「白魔女」を敵視している「黒魔女」のひとりである立花美咲(たちばな・みさき)役は、


・『特命戦隊ゴーバスターズ』(12年)で、主人公側のメガネっ娘(こ)のオペレーター・仲村ミホ(なかむら・みほ)


を演じた西平風香(にしひら・ふうか)――『ゴーバスターズ』での役柄とのあまりのギャップには驚かされる!――。


 そして、本作のカギとなる女神・アクア役は、


・『キョウリュウジャー』で、敵組織・デーボス軍の幹部・キャンデリラの声とその人間体
・2015年現在では児童文化の頂点に立っている大人気アニメ『妖怪ウォッチ』(14年~)の主人公・天野景太(あまの・けいた)の声


などを演じている、実力派アイドル声優・戸松遙(とまつ・はるか)!


 こうなると、東映プロデューサー・白倉伸一郎(しらくら・しんいちろう)が、東映特撮ヒーローを演じた役者たちに次のステージを用意したい! と、低予算「Vシネマ」と「劇場公開」で展開していた「TOEI HERO NEXT(東映・ヒーロー・ネクスト)」ブランドと同じようなノリだよなぁ。


 『キョウリュウジャー』の主演俳優たちを起用して、坂本監督が担当した映画『俺たち賞金稼ぎ団』(14年)以降は、この企画も中断したままとなってしまったが、坂本監督がひとりだけで「TOEI HERO NEXT」の代用品を本作でやってみせているようなものではないか!?(笑)


 その『俺たち賞金稼ぎ団』もそうだったのだが、これは坂本監督の裁量の範疇ではなく脚本家側の範疇ではあるものの、


・クライマックスでの物理的&心理的な対決。つまりラストの「バトル」が最大限に盛り上げるための、そこに至るまでの各キャラの行動の基となる動機付けや境遇を、「人間ドラマ」自体を目的とするかたちで延々とカッタルく語るのではなく、あくまでもラストバトルに至るまでの助走台としての節度にとどめた点描(てんびょう)としておくことで、かえってラストでもその「人間ドラマ」が「バトル」と分離せずに引き立たせられる!


 といった作劇にもなっているのだ。


 そして、そうしたシナリオを与えられれば坂本監督は、


・「アクション」を主体とする流れの中に「人間描写」も点描のかたちで挿入
・細やかなカット割りや劇伴音楽の効果的な挿入により、テンポの良さ・リズム感を出していく


 これらお得意の演出が十全に機能することで、作品自体もますますテンションが上がっていくのだ。


 本作の脚本も前作に続いて、この2015年11月に公開されたばかりの深夜アニメ版の続編でもある映画『ガールズ&パンツァー 劇場版』(15年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190623/p1)が興行ランキングで初登場第2位を記録するほどの大ヒットとなっている、美少女たちが戦車でドンパチを繰り広げるアニメ『ガールズ&パンツァー』(12年)のメインライターも務めていた吉田玲子(よしだ・れいこ)が担当している。



 今回の一応の敵となる「黒魔女軍団」は、


「我、痛みを血肉(ちにく)とし、その身に力を宿さん」


とばかりに、「白魔女の魔力」を高めてそれを奪って「黒魔女の魔力」とふたつ合わせて強大なものとすることにより、下等な男たちがさまざまな理由で女性たちを虐(しいた)げてきたこの世界を破壊して、新しい世界を創造することをたくらんでいる。
――しかし、典型的なフェミニズムの理論(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200802/p1)を奉(ほう)じているような連中を、仮にも敵キャラに仕立て上げてしまっても大丈夫なのだろうか? まぁ、世間的にはマイナーな本作のことだから、連中の眼にとまるようなこともないのだろうが(笑)――


 「白魔女の魔力」を高めることとなるのは、前作の設定を継承して「傷」や「痛み」である。本作で、白鳥もがとダブル「白魔女」として活躍することになった衣笠りなは、いじめを苦にした自殺でバトミントン部の後輩を喪(うしな)っており、何もできなかったことに心を痛めていて、


「苦しんだり悲しんだりする人を見てると、自分も苦しくてツラい」


と、白鳥もがとも同様に、他人の「傷」や「痛み」に過度に共感してしまう能力を持った「エンパス」なる存在として設定されている。主人公の鏡像でもあるような人物を設定したことで、彼女を鏡として本作のテーマ面についても改めての再確認もさせる意味をも持たせているのだ。


 よって、


・この衣笠りなの魔力を高めようと思えば、冒頭で「白魔女」に変身して「黒魔女」たちの襲撃から衣笠りなを救ってくれた白鳥もがその人に「傷」と「痛み」を与えることで、その心痛に対して衣笠りなをおおいに共感させればよい
・白鳥もがに大きな「傷」と「痛み」を与えるには、前作で白鳥もがと「殺し合い」を演じることとなった「白魔女学園」の死んだ仲間たちを復活させて利用するのが最も効果的だ――これにより、でんぱ組メンバーも再出演させることができるし(笑)――


などと、「黒魔女」たちが衣笠りなを拘束して監禁し、彼女の眼前で白鳥もがを徹底的にリンチされるための作劇(汗)が、逆算的に導き出されてきたのだろう。


麻生聖子「スペシャルゲストの登場なんだな」


 黒魔女である麻生聖子(あそう・せいこ)が爬虫類みたいなパペットを右腕にハメて、その口をパクパクさせて語っているさまは、『烈車(れっしゃ)戦隊トッキュウジャー』(14年)で、戦隊の後見人でベテランコメディアン・関根勤(せきね・つとむ)が演じていた車掌さんとチケットくんの関係性を彷彿(ほうふつ)とさせる(笑)。


 ちなみに、聖子を演じた遠藤新菜(えんどう・にいな)は、集英社の女性向けファッション誌『non‐no(ノンノ)』の専属モデルだそうだ。


 黒魔女のリーダー・弟切すみれ(おとぎり・すみれ)を演じているのは鳥居みゆき(とりい・みゆき)。凛とした女王さま的な低音ボイスで、本作を演技力の方面から盛り立ててもいた。鳥居は近年では映像監督・劇団主宰・作家としての才能も発揮している黒髪長身の美形お笑いタレントでもある。


 「スペシャルゲストの登場なんだな」とのセリフに導かれて、前作で死亡していたハズである「白魔女学園」の仲間たちが「黒魔術」で復活を遂げて、白鳥もが&早川蘭の前に姿を現わす演出もまた盛り上がることこの上ない!


仲間たち「ねえ、なんでまだ生きてるの?」


 白鳥もがの両腕を縛りあげて、からかいながら「ズルい」などと罵(ののし)って「友だちだったのに……」などと涙を流しながら、徹底的に白鳥もがにリンチを加えてくる仲間たちに、白鳥もがはひたすらに「ゴメン……」と詫びながら、その「傷」と「痛み」が頂点に達していく!


 この凄惨なさまを見せつけられて、白鳥もがの「傷」と「痛み」の心情にエンパシー・共感性羞恥の域で感染・感情移入してしまった衣笠りなの「魔力」はますます高まることとなる。その象徴としてあふれ出てきた「涙」を、「黒魔女」の美咲と聖子が恍惚(こうこつ)とした表情で衣笠りなの両脇から頬伝(ほおづた)いに舌でナメ上げるといった、キレイに演出されてはいるものの淫靡(いんび)でもある描写で、美咲と聖子の「魔力」もまたパワーアップを遂げるのだ!


 そして、


「なにウジウジしてんの! アンタのそういうとこ、イラつくんだけど!!」


などと蘭に糾弾されてしまうほどに、主人公ヒロインであるのにもかかわらず決して戦闘的・威圧的ではない性格なので反撃をしようともせず、彼女がかなり弱々しいキャラであることが強調されているのは、もちろん白鳥もがが「傷」や「痛み」に共感する能力を持っている「エンパス」として設定されていたがゆえである。


 「白魔女学園」に入ったことで、はじめてできた友だちに対する良い意味での義理人情・恩情に突き動かされてしまうといったような主人公少女の動機付け。実はそれは先述した『ガルパン』第1話における女子高生主人公・西住みほ(にしずみ・みほ)に対するものとも、同じような作劇・肉付けの仕方であった。
 それが吉田の作家性なのだとは、彼女の作品を網羅して鑑賞したワケではない筆者は軽々には断言できない。しかし、自身が担当した近作における作劇をついつい意識的にか無意識にか応用してしまう! というようなことは、締め切りに追われているであろう売れっ子の職業作家としてはアリそうには思える(笑)――腐(くさ)しているワケでは決してないので念のため――。


 もちろん、「でんぱ組.inc」のファンになるようなアイドルオタクたちは、3次元世界で異性に相手にしてもらえないからこそ異性のアイドルに走るワケである(汗)。その意味では我々オタクや美少女アニメファンたちとも同類項ではあるのだ――両者間でのムダな近親憎悪も激しそうではあるけれど(笑)。もちろんアイドルオタク&アニメオタクの両刀使いもかなりの多数にわたっていることだろうが――。


 その意味で、80年代的にはよくあったような勝気なビキニアーマーの「戦闘美少女」や、一般の少年漫画に登場するような快活なヒロインなどについては、この手の「非現実的」な要素が入ったジャンル作品を特に好んで鑑賞するような「現実逃避」的なオタク諸氏からすると微量に苦手意識は持つであろうという、各製作会社や芸能事務所などのプロデューサー連中なども交えた高等計算だか本能的な直観だかによって(笑)、弱い男性オタクよりもさらに弱い、彼らの萌え感情や庇護欲の対象とも成りうるような「弱々しさ」が主人公少女・白鳥もがのキャラクター造形にも与えられていたと分析するのが妥当だろう。


 でもまぁ失礼ながら、アニメキャラでもない最上もが当人にも、彼女自身の計算ずくなどではなくスカウト経緯やパーソナリティー自体にそういうセンシティブかつナイーブそうな性格類型を感じてしまったりもする(汗)。そもそも、異性との出会いを求めてストリートに繰り出して遊んでいるようなアグレッシブなギャルと比べたら、今の時代にアイドルになってしまうような女子たちは比較的には弱めだろうし、今時のスクールカーストでは最底辺層には置かれなくてもトップ層にはなれないことだろう(爆)。


――坂本監督個人は、氏が担当してきた特撮変身ヒーローものや一般映画を観るかぎりでは、戦闘的で勝気なヒロインも好んでいるだろうことは明白なのだが(笑)――


 そして、そんな弱々しく見えてしまう白鳥もがに対して、さらなる「傷」と「痛み」が襲いかかる! 本作のカギとなるキャラクターである衣笠りなの魔力をさらにパワーアップさせるために、「黒魔女」たちは再び白鳥もがの仲間たちを出現させたのだ!
 加えて白鳥もがばかりか、衣笠りなの親友・蘭をも徹底的に痛めつけようとするのだ!


 白鳥もがが「やめて!!」と絶叫して魔力を発動したことで、仲間たちにかかっていた「黒魔術」が解けて皆が友だちだったころの姿と平常心に戻って、一安心だと観客に思わせたところで、


「これからは、ずっといっしょだよ……」


などと、「白魔女学園」にいたころの友達の印(しるし)でもあった、突き出した小指を重ね合わせた姿のままで、彼女たちはフリーズしてしまう! そして、「灰色の石像」と化して砂のように崩れ去ってしまうのだ!
 ナンという意地悪に過ぎる展開!! 白鳥もがの「傷」と「痛み」はさらに深いものとなってしまったのだ!


もが「また失った! わたしが殺した!!」


 このマイナス感情によって、白鳥もがが「白魔女」ではなく「黒魔女」と化してしまうサプライズもまた、彼女の「傷」と「痛み」の蓄積がストーリー展開のキーとなることが序盤で宣言されていたこともあってか、それらがこれまでのシーンで着実に積み上げられてきたことが有効に機能して、おおいに盛り上がる場面となっているのだ!


 白鳥もがの「傷」と「痛み」が絶頂に達したことで、その心情についつい共感してしまった衣笠りなもまた「白魔女」と化してしまう!
 衣笠りなが「黒魔女」化した白鳥もがを必死で抱擁までして説得した末に、浄化されて平常心に戻ったという意味を持たせているのだろうが、白鳥もがはウエディングドレス姿となってしまう(笑)。


 これらの一連の説得のために、ついに魔力を使い果たしてしまった衣笠りなは、


「もがさん。あなたが、もう誰も傷つかない世界にしてね……」


と云い残して、白鳥もがと蘭の眼前で消滅してしまう……


 さらに、監禁された白鳥もがと蘭を助けるなどしてきて、味方かと思わせてきたテラだったが、配下たちに「黒魔女」たちを始末させて、蘭の眼前で白鳥もがを連れ去ってしまうのだ!


 新しい世界をつくろうとしていた者たちがほかにも存在しており、その野望のためには「黒魔女」をも利用していたことが判明するという二重構造! 当面の敵よりも上位にさらなる強敵がいた! といった作劇自体もまた決して目新しいものではないのだが、本作においてはなかなかにあざやかなストーリー展開にはなっていた。


 ただし、目覚めた白鳥もがに対してテラが、


「さぁ、ふたりで誰も傷つくことのない、幸せな世界をつくろう……」


などとそそのかす場面に流れる、テラを演じる斉藤自らが歌唱する挿入歌『新世界創造計画』は、なにか「昭和」の「歌謡曲」みたいである(爆)。


もが「あたしが守りたかったのは、ただの小娘なの。ふつうの女の子だったの!」


 白鳥もがはテラの誘いを拒絶して、テラたちと戦うことを決意する! しかし、白鳥もががそう決意するまでの流れがまた秀逸なのであった。


 臨終間際の衣笠りなから、


「伝説の白魔女を目覚めさせて……」


と頼まれていた蘭は、自らの魔力をテラに悪用されるのを恐れて、魔力を封印したままで眠りつづけている「伝説の白魔女」にして「女神」であり「人類の始祖」(爆)でもあるらしきアクアを学園校舎の地下階で捜し当てて――なんでそんな近辺に封印されていたのだ!?(笑)――、あふれ出る「涙」を人差し指でアクアの下唇に塗りつけることでその眠りを解いたのであった。


 テラの野望から世界を救うために女神アクアを復活させることができる存在は、そのことを契機に「黒魔女」たちにねらわれて結果的には命を失うことにはなったものの、特殊能力を持った「白魔女」などではなく「ただの小娘」「ふつうの女の子」であって、しかもその「涙」だったのである!
――これにより、蘭もまた昭和の『仮面ライダー』シリーズにおけるライダーガールズ的な「人質要員」などではなく、ストーリーにも能動的に関わって役にも立っているキャラクターにも昇華ができている。そして、超人たちばかりではなく我々のような非力な凡人たちにもその存在意義はあったのだとした作劇にもなっているのだ!――


 これはガチのオタクでもあるアイドル・中川翔子(なかがわ・しょうこ)が主演した映画『ヌイグルマーZ(ゼット)』(14年)のクライマックスで、「ふつうの女の子」である女子高生・響子(きょうこ)がゾンビ軍団を無力化させて、中川が演じた主人公・鮎川夢子(あゆかわ・ゆめこ)を救ってみせたシーンとも通じている――ちなみに響子を演じていたのも、本作では蘭を演じていた市道真央であった!――。
 ただし、夢子が変身した戦闘ヒロイン・ヌイグルマーZは、街の人々がゾンビ軍団に惨殺(ざんさつ)されていようが、姪の響子の「心」を守ることの方を優先するという、おもいっきりの「君だけを守りたい」型で「公」よりも「私」を優先するスーパーヒロインだったために、個人的にはあまり共感できるものではなかったが(笑)。
 それに比べれば、赤の他人でもあるすべての「ただの小娘」「ふつうの女の子」たちの「傷」と「痛み」に対しても共感してみせる能力を持っていて、それを魔力に変えて悪と戦う「白魔女」の方が、やはり「公」のために戦うヒーローとしても成立しているのだ!


アクア「それでこそ、アクアを継ぐ者」


 白鳥もが&アクアがここで合体を遂げるのだ!!


――坂本監督が担当した映画『劇場版 ウルトラマンギンガS(エス) 超決戦! ウルトラ10勇士!!』(15年・松竹・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200404/p1)でも、ウルトラマンギンガとウルトラマンビクトリーが合体してウルトラマンギンガビクトリーなる新ヒーローが誕生していた。もちろん、坂本監督の意向ではなく玩具会社・バンダイ側の意向だろうが。加えて、往年の男女合体変身を描いていた『ウルトラマンA(エース)』(72年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070429/p1)やウルトラマンギンガビクトリーのように、もが&アクアが「ウルトラ~・タッチ!!」などと叫んでの変身まではさすがに披露はしなかった(笑)――


 女神アクアと合体した白鳥もがは、ふだんの金髪ショートカットから金髪ロングヘアの「白魔女」へと強化変身を遂げた!!


 これがまた実によく似合っており、個人的には白鳥もがには3次元でのアイドル活動でも、時々このロングヘアのウィッグをかぶって登場してほしいとさえ思ったほどだ!


もが「わたしはひとりじゃない。体に刻(きざ)まれた傷は、みんなとの絆(きずな)。みんな、わたしに力を!!」


 「響子との絆」しかなかったヌイグルマーZよりも、やっぱり「みんなとの絆」で戦ってみせるヒーローの方が道義的にも上だろうし、エンタメ活劇としても盛り上がること間違いなしだろう!


 そういえば、『ヌイグルマーZ』もまた、悪役も含めて登場キャラのほとんどが「傷」と「痛み」を背負っていた。しかし、それを観客のテンションも上げる「アクション」場面の中におけるセリフなどのかたちで点描させていれば、湿っぽくならずにカラッとできたたものを、アクション抜きでの「人間ドラマ」のパートだけで描いてしまったために、やや陰鬱(いんうつ)な印象が残ってしまっていた。


 そのクライマックスで、悪役の配下であるロリ系少女たちが「おっぱいビーム!」(笑)で街を破壊するようなナンセンスな描写をいかに挿入しようとも、やや湿っぽくなってしまった「人間ドラマ」のパートがもたらした空気感は完全には一掃できなかったようにも思うのだ。


 こうした「傷」と「痛み」、あるいはそれに伴う「(ひとり)ボッチ」テーマなどを扱った作品は、昨今の世知辛(せちがら)い世相を鑑(かんが)みれば、今後も続々と登場してくるだろうとは予想される。
 しかしむしろ、そーいうテーマをエンタメ活劇で扱うのであれば、観客側でのテンションも上がる「アクション」の中での「会話」などのかたちで、「ドラマ」や「テーマ」を点描させていった方がよいだろうとも思うのだ。
 いかにそのドラマやテーマが優れていても、そしてそれが道義的には正しかったとしても、いや正しければ正しいほどに鼻についてしまうこともあるものなのだ。


 そして、そういったクサみを脱臭するためにも今後のジャンル作品では、「アクション」場面でも会話劇を挿入することで「ドラマ」を継続させたり、やや抽象的で頭デッカチな高尚なテーマであればあるほどに「アクション」時の会話劇の中でこそ「テーマ」を語らせていった方がよいのではあるまいか!?



蘭「女の子たちが幸せになれる世界って、どんなんだろうね?」


 白鳥もがといっしょに本作中盤では「黒魔女」に監禁されてしまっていた蘭のセリフである。ラストでは、このセリフと係り結びとなるかたちで白鳥もがが、


「つくるわ。わたしが望む世界を……」


などと語らせていた。


 そう。他人任せであってはいけないのだ! お上(かみ)任せであってもいけないのだ! お上がパンとサーカスを与えてくれないからオカシいのだ! などと古代ローマ帝国末期の堕落した民のようなことを考えてもならないのだ!――よほどの困窮者や事情がある方々などは別として――。


 自分の人生は自分でつくっていかなければならない。自分たちの社会・世界も結局は自分たちでつくっていかなければならない。それこそが真の意味での民主主義でもあるのだ。
 しかし、自分という存在もまた、たとえば日本であれば1億分の1、世界であれば70億分の1といった塵芥(ちりあくた)な存在程度にすぎない。よって、「自分が望んだ世界」を即座につくりあげることもまた困難を極めるのだ。数十年数百年をかけて、場合によっては次世代へと託すために自分の考えを論理的な説得力を持った言葉へと置き換えて、無数の人々に対して気長に説得をしつづけていく必要すらあるだろう。
 ある意味では絶望的な戦いである。けれども、それであってもよいではないか? 自分以外の残りの1億人も無視して「自分が望む世界」が達成できたとしても、それは独裁者の行為であって全体主義に他ならないのだから。
 つまり、「他人が望む世界」と「自分が望む世界」は異なる場合がある。よって、「自分が望む世界」は「他人にとっては望ましくない世界」である場合もあるのだ。仮に「自分が望む世界」が実現できたとしても、それは「他人にとってのデストピア」である可能性もあるのだ。
 石橋を叩きつつ、「自分が望む世界」もまたホントウに正しかったのかについての点検も重ねながら、常に微調整も施して、「自分も他人も望む世界」を暴力革命などで一挙に変革するのではなく数十年、あるいは数百年をかけてつくっていく…… それこそが最も堅実な方法だろうと思うのだ。


 しかし、このような議題は1本のエンタメ活劇作品が扱うべき範疇をはるかに超えている(笑)。だから、そういったことは作品の外側で我々のような屁理屈オタクが、作品批評ともまた別個のものとして考えていくべき類いの事柄だろう。



 実は劇場公開されたバージョンも含めて、本作『オワリトハジマリ』には白鳥もがによる「わたしが望む世界」が計4パターンもマルチ・エンディングとして用意されていて、映像ソフトの方にはその4パターンすべてが収録されていた。それらについての解釈をしていく「知的遊戯」も面白いのだが、紙幅と時間の都合もあるし、未見の方々にそこまで明かしてしまうのもヤボではあるし、何よりも営業妨害に過ぎる気もしてきたので(笑)、あえて触れないでおこう。


 みんなの「傷」と「痛み」を背負い続けた白鳥もがが、戦いの果てに導き出した「わたしが望む世界」とはいったいどんな世界なのか? たまにはそうしたことにも想いを馳せて、「誰もが傷つかない世界」とは? あるいは、もちろんそんな世界はハナから実現不可能だとしても、少なくとも「誰もがなるべく傷つかないように、皆が努力をしているような世界」を目指すためにはどうすればよいのか? といった最大公約数について思考実験してみることも、決してムダではないだろう。

2015.12.11.
白魔女学園オワリトハジマリ公式ヴィジュアルブック (ホビージャパンMOOK 659)
劇場版 白魔女学園 オワリトハジマリ
(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2016年号』(15年12月30日発行)所収『白魔女学園』評より抜粋)


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katoku99.hatenablog.com

『女子ーズ』『非公認戦隊アキバレンジャー』『乾杯戦士アフターV(ファイブ)』『GAINAX Presents エアーズロック(感覚戦士ゴカンファイブ)』 ~戦隊パロディでも公私葛藤描写が光る!

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200223/p1

トクサツガガガ』(TVドラマ版)総括 ~隠れ特オタ女子の生態! 40年後の「怪獣倶楽部~空想特撮青春記~」か!?

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190530/p1

美少女戦士セーラームーン(実写版)』(03年)最終回 ~中後盤評 脚本家・小林靖子文化系女子か?

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20041105/p1

キューティーハニー(実写映画版)』(04年) ~女子の性格類型の細分化・『下妻物語』との共時性

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20041103/p1

ワンダーウーマン』(17年) ~フェミニズムの英雄か!? 単なるセックス・シンボルか!?

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20170911/p1

シンクロナイズドモンスター』(17年) ~「ドラマ」と「特撮」が、非モテ男女の痴話喧嘩で究極の一体化!(笑)

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20171113/p1


『女子高生の無駄づかい』『ちおちゃんの通学路』 ~カースト「中の下」の非・美少女が主役となれる時代!

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200301/p1

ヲタクに恋は難しい』 ~こんなのオタじゃない!? リア充オタの出現。オタの変質と解体(笑)

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200216/p1

あさがおと加瀬さん。』『やがて君になる』『citrus(シトラス)』 ~細分化する百合とは何ぞや!?

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20191208/p1

魔法使いの嫁』・『色づく世界の明日から』 ~魔法使い少女にコミュ力弱者のボッチ風味を加味した良作!

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20201129/p1

はじめてのギャル』『僕の彼女がマジメ過ぎるしょびっちな件』 ~オタの敵・ギャルやビッチのオタ向け作品での料理方法!

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20201220/p1

[関連記事] ~小宮有沙が『白魔女学園』の仇敵(?)だった「ラブライブ!」の一員になった!(笑)

ラブライブ!サンシャイン!!』 & 後日談劇場版『ラブライブ!サンシャイン!! Over the Rainbow』 ~沼津活況報告 & 元祖に負けじの良作と私見

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200628/p1

『LOGAN/ローガン』 ~老X-MEN映画に、活劇の教科書を見る! 殺ってもイイ悪党の造形法(笑)

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20170519/p1


[関連記事] ~坂本浩一監督作品

パワーレンジャーFOREVER RED』 ~坂本浩一監督作品・戦隊を逆照射!

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20080518/p1

『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説 THE MOVIE』(09年) ~岡部副社長電撃辞任賛否!

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20101224/p1

『赤×ピンク』(14年) ~桜庭一樹原作×坂本浩一監督 地下女子格闘技&女子の実存映画の良作!

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20220220/p1

『劇場版ウルトラマンギンガS 決戦!ウルトラ10勇士!!』(15年) ~第2期ウルトラの「特訓」「ドラマ性」「ヒーロー共演」「連続性」も再考せよ!

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200404/p1

ウルトラファイトオーブ』(17年)完結評 ~『オーブ』と『ジード』の間隙ほかを繋ぐ年代記的物語!

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20170603/p1

ウルトラマンジード』(17年)序盤評 ~クライシス・インパクト! 平行宇宙のひとつが壊滅&修復! その原理とは!?

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20170819/p1(当該記事)

『劇場版ウルトラマンジード つなくぜ!願い!!』(18年) ~新アイテムと新怪獣にも過去作との因縁付与で説得力!

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20180401/p1

『ウルトラギャラクシーファイト』(19年) ~パチンコ展開まで前史として肯定! 昭和~2010年代のウルトラマンたちを無数の設定因縁劇でつなぐ活劇佳品!

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200110/p1

ウルトラマントリガー』(21年)前半総括 ~『ティガ』らしさは看板だけ!? 後日談かつリメイク! 昭和・Z・ギャラファイともリンク!

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20211021/p1


[関連記事] ~吉田玲子脚本作品

カレイドスター 新たなる翼』(03年) ~女児向け・美少女アニメから真のアニメ評論を遠望! 作家性か?映画か?アニメか? 絵柄・スポ根・複数監督制!

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20040408/p1

マリア様がみてる』(04年) ~2004年冬アニメ『超変身コス∞プレイヤー』『ヒットをねらえ!』『LOVE♡LOVE?』『バーンアップ・スクランブル』『超重神グラヴィオン ツヴァイ』『みさきクロニクル ~ダイバージェンス・イヴ~』『光と水のダフネ』『MEZZO~メゾ~』『ふたりはプリキュア』評!

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20040406/p1

ガールズ&パンツァー』(12年) ~爽快活劇に至るためのお膳立てとしての設定&ドラマとは!?

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190622/p1

ガールズ&パンツァー 劇場版』(15年) ~爽快活劇の続編映画に相応しい物量戦&よそ行き映画の違和感回避策とは!?

  https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190623/p1



正続『白魔女学園』評! 坂本浩一監督映画・公開7周年記念!
#白魔女学園 #でんぱ組 #坂本浩一 #吉田玲子 #最上もが #山谷花純 #小池里奈 #小宮有沙



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