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ウルトラマンR/B中盤評 ~宿敵ウルトラマンオーブダークノワールブラックシュバルツ(笑)に見る特撮マニアの価値観の大地殻変動!?

(2019年12月1日(日)UP)
『ウルトラマンR/B』序盤評 ~ユルい作風。その玩具性・名乗りの是非。ウルトラ史上最強の空中戦特撮!
『劇場版ウルトラマンR/B セレクト!絆のクリスタル』 ~小粒良品で好きだが、新世代ウルトラマン総登場映画も観たい!
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ウルトラマンR/B(ルーブ)』中盤評 ~宿敵ウルトラマンオーブダークノワールブラックシュバルツ(笑)に見る特撮マニアの価値観の大地殻変動!?


ウルトラマンR/B』中盤合評1 ~『ウルトラマンR/B』の「ヤベーやつ」(笑)

(文・久保達也)
(18年10月28日脱稿)

*「ネタキャラ」としての敵・悪役キャラ


 今、ネット界隈(かいわい)では「円谷のヤベーやつ四天王(してんのう)」が、HOT(ホット)ワードと化している。


 その「四天王」とは


・『ウルトラマンオーブ』(16年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20170415/p1)のジャグラス・ジャグラー
・『ウルトラマンジード』(17年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20180213/p1)の伏井出(ふくいで)ケイ=ストルム星人
・『SSSS.GRIDMAN(グリッドマン)』(18年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190529/p1)の新条(しんじょう)アカネ


 そして、『ウルトラマンR/B(ルーブ)』(18年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20180826/p1)の愛染(あいぜん)マコトなのだ。


 宇宙開発や新エネルギーの研究で名高いアイゼンテック社の社長であり、舞台となる綾香(あやか)市のセレブであるも、常に全身白のスーツに身を包み、


「愛と善意の伝道師、愛染マコトです!」


と、両手でハートをかたちづくる愛染は、先述したジャグラーや伏井出とは異なり、序盤から「ネタキャラ」として描かれていた。


 もっともこの「ネタキャラ」なる造語は、本来は「脇役(わきやく)以下の、ストーリーにからまないお笑い要員」を指す言葉だったのだが、最近はその用法に若干(じゃっかん)変化が生(しょう)じているのだ。


 近年では『仮面ライダーエグゼイド』(16年)に登場した檀黎斗(だん・くろと)=仮面ライダーゲンムが「ネタキャラ」の代表例であり、当初はクールな二枚目としての悪役だったのが、役者のノリノリ演技がおもわぬ化学反応を起こしたことで、後半ではほぼ毎回、「わ~た~し~は神だぁぁぁ~~~っ!!!」と叫ぶような、完全な「お笑い要員」と化していた(笑)。


 つまり、脇役以下どころか、主人公と敵対する主要キャラであり、本人はきわめてまじめにやっているにもかかわらず、それが視聴者からすれば「お笑い」にしか見えないような、黎斗やジャグラー、伏井出のような、エキセントリックなキャラこそが、現在では「ネタキャラ」として位置づけられているのだ。


 ちなみに新条アカネのことを、この檀黎斗の「ネタキャラ」ぶりと、『仮面ライダー龍騎(りゅうき)』(02年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20021109/p1)に登場した、「イライラすんだよ」という理由だけで多くの人間を暴行・殺害した浅倉威(あさくら・たけし)=仮面ライダー王蛇(おうじゃ)を、足して2で割ったような女だと、ツイッターでつぶやいていた人がいたが、これ以上にふさわしい表現はない(爆)。


 それだけ「円谷のヤベーやつ四天王」(笑)は、皆キャラが立っているということになるのだが、たとえばジャグラーは『オーブ』のヒロイン・夢野ナオミに「夜明けのコーヒーを飲もう」と誘い、伏井出は常にカフェできどって紅茶をたしなみ、アカネは廊下を歩きながらストローでトマトジュースをすすり、スマホ歩きの担任教師とぶつかったために、それが床に血のようにしたたり落ちる(爆)など、その好物が設定されていたのが、キャラを掘り下げることにおおいに貢献(こうけん)していたかと思えるのだ。


 愛染の場合、それは抹茶(まっちゃ)をたててすすることだったのだが(笑)、その和風テイストを統一する手法として、毎回毛筆で短冊(たんざく)に格言をしたためる描写が演出されたことがまた大きかった。
 なんせ毎年夏に恒例(こうれい)で開催される『ウルトラマンフェスティバル』の2018年度の会場では、劇中で披露されたものも含めた、愛染の格言をまとめた日めくりカレンダー・「愛染マコトのお言葉」(笑)が販売されたほどだったのだ。


・蝶(ちょう)のように舞い、泣きっ面(つら)に蜂(はち)
・一男(いちなん)蹴(け)って、また次男(じなん)
・他人のファンタジーで相撲(すもう)をとる
・腹が減ってはフィクサーができぬ


 愛染のキャラを象徴するものを抜粋(ばっすい)してみたが、最後の格言にある「フィクサー」とは、企業の営利活動における意志決定の際に、正規の手続きを経(へ)ずに決定に対して影響を与える手段・人脈をもつ人物のことであり、まさに愛染そのものを指しているといえるだろう。


 ちなみに


「浦島の父がいる。浦島の母がいる。そして太郎がここにいる」


と、『ウルトラマンタロウ』(73年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20071202/p1)の主題歌の歌詞をパロったものまであるのだが、作詞した故・阿久悠(あく・ゆう)の関係者には、ちゃんと話が通ってんだろうな(笑)。


 この「愛染マコトのお言葉」は、80年代後半から90年代末期にかけてプロテニスプレーヤーとして活躍し、現在はスポーツキャスター兼タレントである、元祖「テニスの王子様」(笑)・松岡修造(まつおか・しゅうぞう)の格言をまとめた「日めくり まいにち、修造!」(14年・PHP研究所)以降、不定期で新版が発行されている日めくりカレンダーを彷彿(ほうふつ)とさせる。いや、これの完全なパクリだろう(笑)。
 松岡氏も本人はいたってまじめなんだろうが、その時代錯誤(さくご)的な熱血コメントが、視聴者には「お笑い」として映ってしまう、いわば現実世界の「ネタキャラ」として世間では受容されているのだ。
――氏が現役だった80年代の時点で、「熱血」は現在以上に嘲笑(ちょうしょう)の対象となっていたのだから――


 シャツに大きな汗ジミができるほど、社長室でエクササイズに励(はげ)んだり、アクロバティックとまではいかないものの、軽い身のこなしでオーバーアクションを繰りだしながらセリフを放つ愛染のキャラは、この松岡氏をモデルにしているようにも思えるのだ。


ウルトラマンオーブダークノワールブラックシュバルツ!


 これだけなら愛染の立ち位置はご近所の「ヘンなオジサン」、つまり、「モブキャラ」本来の意味である「ストーリーにからまないお笑い要員」ですんでいたのだが、第4話『光のウイニングボール』でどくろ怪獣レッドキングを召還(しょうかん)する姿が描かれたことで、かなり早い段階で愛染は敵・悪役キャラであると、視聴者に示されることとなった。
 そして第8話『世界中がオレを待っている』にて、兄弟ウルトラマンの主人公・湊(みなと)カツミ=ウルトラマンロッソと、湊イサミ=ウルトラマンブルがついにそれを知ることとなり、兄弟にとってはちょっと「ヘンなオジサン」だが「いい人」だったハズの愛染との関係性に、大きな変化が生じることとなったのだ。


 これまで社長室のモニターでウルトラ兄弟の戦いを観て、セレブなのに貧乏ゆすり(笑)をしながら文句をつけていた愛染は、「昭和」の時代に小学館学年誌が恒例(こうれい)でウルトラ兄弟の成績比較を特集記事にしていたように(笑)、ひそかに湊兄弟の成績表をつけていた。


 それは兄弟の「日常」「戦闘中」「戦闘後」について項目ごとに、たとえば「戦闘中」では、


・人間や飛行機を手に持つときは、力加減に気をつける
・変身後は私語を慎(つつし)む
・簡単に敵を倒さず、適度にピンチを迎える
・夕陽をバックに戦うときは気合いを入れる
・流血などの残酷な倒し方は控える


など、まさに「昭和」の時代からのウルトラマンシリーズのお約束(笑)について、湊兄弟を「よい」「まあまあ」「だめ」の3段階で評価したものだったのだ。


 ちなみに「戦闘後」の項目の中には、


「変身解除後は、さわやかに手を振りながら帰ってくる」


なんてのもあった(爆)。


 愛染のあまりに辛辣(しんらつ)な評価では、兄弟ともに「よい」がひとつもなく、カツミに向けた所見は


「弟と違って頭はキレるようだが、私生活を優先しすぎだ! ヒーローの自覚を持て!」


というものだった。


 近年「公(おおやけ)」よりも、「個」を優先しているかに見えるヒーローがめだつことに、愛染も業(ごう)を煮やしていたのだ(笑)。


 自分たちをウルトラマンだと知っている愛染を不審がった湊兄弟に、愛染は


「そう! 私は人間ではない。だが、おまえらより高い市民税いっぱい払ってるぞ~!」(爆)


と叫び、ウルトラマンオーブの変身アイテムに酷似(こくじ)したオーブリングNEO(ネオ)で、


「絆(きずな)の力、お借りします!」


と、オーブの変身時の掛け声をパクってウルトラマンに変身する!


 ウルトラマンオーブの本来の姿・オーブオリジンに酷似したデザインながらも、両目や額(ひたい)の縦長のクリスタル部分に、カラータイマーが赤いウルトラマンは、


ウルトラマンオーブダークノワールブラックシュバルツ!」(笑)


と名乗り、オーブオリジンの剣状の武器・オーブカリバーと同じ形状のオーブダークカリバーを振りかざし、ウルトラマンロッソとウルトラマンブルを、すさまじいまでの説教攻撃(笑)で徹底的に痛めつけたのだ!


 第5話『さよならイカロス』で、空を飛ぶことにあこがれる女子大生とイサミがいい関係になったことをうらやんだかと思えば、第6話『宿敵! あねご必殺拳』で、湊兄弟が幼いころから「コマねえ」と呼んで慕(した)っていた元・婦人警官の小牧(こまき)カオルが、メカロボット怪獣メカゴモラの体内にとらえられ、イサミ=ブルが攻撃できなかった件を、


「敵を倒すか、仲間を救うか、ウルトラマンにはよくあるシチュエーションだ。それを2週間もグズグズ悩みやがって! まぁ繊細(せんさい)でいらっしゃること!」


と、オーブダーク(以下略・笑)は兄弟のウルトラマンとしての姿勢にこと細(こま)かにツッコミを入れるのだが、愛染のセリフに連動したスーツアクター・石川真之介(いしかわ・しんのすけ)の演技の、まぁ芸コマでいらっしゃること!(笑)


「あ~ぁ、汚れちゃった」


と、湖で手を洗っていたところを背後から攻撃したロッソにブチギレたオーブダークは、


「名乗りの最中と変身の途中で攻撃するのは言語道断(ごんごどうだん)! ルール違反なんだぞぉ~!」


と、ウルトラマンに限らず、仮面ライダースーパー戦隊をはじめ、すべてのヒーロー作品に共通するお約束を破ったロッソに、両腕をクロスして「×(ばつ)」を示した(笑)。


 そして……


「最近のウルトラマンはベラベラしゃべりすぎだ! 神秘性がなくなる!」


 いや、アンタも充分しゃべりすぎなのだが(爆)。


 ウルトラマンとしては前代未聞(ぜんだいみもん)のトンデモ演出がなされた、この第8話が放映された2018年8月25日付で、愛染を演じる深水元基(ふかみ・もとき)が


「わたくし、ついに! ウルトラマンオーブダークノワールブラックシュバルツになりました!」


と、ウルトラマンの顔を象(かたど)った白い化粧用のパックを顔面に貼りつけた(笑)氏の画像入りでつぶやいたツイッターに、3000を超える数の「いいね!」が寄せられたのをはじめ、しばらくの間は個人ブログやツイッターに、この回をネタにした書きこみがあふれることとなった。


 そればかりではない。無料の動画配信サイト・YouTube(ユーチューブ)の円谷チャンネルでは、各話の予告編に監督のコメントをつけた約4分前後の映像を配信しているが、ほかの話の再生回数が5万~7万回であるのに対し、この第8話のものはなんと48万回と、異様なまでに突出しているのだ!
 良くも悪くも、第8話のトンデモ演出が、少なくともネット界隈で注目を集めたことだけは確かなのである。


*愛染の説教は、かつての我々の主張か?


 ところで第8話で描かれたオーブダークの説教について、各ブログやツイッターでは、「愛染マコトの考えに共感しちまった」などと、「よくぞ云ってくれた!」的なコメントが一定数見られたものだ。


 いまだにウルトラといえば『ウルトラQ(キュー)』(66年)・『ウルトラマン』(66年)・『ウルトラセブン』(67年)に限るとする、第1期ウルトラ至上主義者や「昭和」ウルトラ至上主義者や、『ウルトラマンティガ』(96年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/19961201/p1)・『ウルトラマンダイナ』(97年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/19971215/p1)・『ウルトラマンガイア』(98年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/19981206/p1)の「平成」ウルトラ三部作至上主義者などからすれば、愛染が痛烈に批判したような、『ウルトラマンギンガ』(13年)以降のニュージェネレーションウルトラマンシリーズに顕著(けんちょ)に見られる特徴は、やはり欠陥(けっかん)として映るのであろうから。


 だが、彼らはそれこそ愛染並みの、大きなカン違いをしているのだ(笑)。


「オレは夕陽の風来坊(ふうらいぼう)! とぉ~っ!」


だの、


ウルトラマンさん! ティガさん!」(笑)


だの、その後もオーブダークに変身するたび、『ウルトラマンオーブ』で主人公のクレナイ・ガイを演じた石黒英雄(いしぐろ・ひでお)のモノマネをしていたほどに――これがまた異様に似てた(笑)――、愛染がオーブに心酔(しんすい)していたことからすれば、『R/B』の世界観は、かつてウルトラマンオーブが地球を守っていた世界と同一線上にあるのか、愛染もまた次元を超えた並行宇宙でオーブの活躍を目撃したのだろう。


 オーブの勇姿が目に焼きついたことで、愛染の中では「ウルトラマンはオーブのようであるべきだ!」といった、確固たる信念が渦(うず)巻くこととなり、それにそぐわないウルトラマンロッソとウルトラマンブルは、「断じてウルトラマンではない!」と、愛染は批判するに至ったのだ。


 だが、それは


「第2期ウルトラマンシリーズにはドラマやテーマがない!」


と批判した第1期ウルトラ至上主義者や、


「平成ウルトラ三部作はドラマやテーマを優先するあまりに、ヒーローものとしてのカタルシスに欠ける!」


などと批判した、かつての筆者を含む「昭和」ウルトラ至上主義者と同じ姿ではないのだろうか?


 そして、愛染は近年のウルトラマンの姿勢を批判しながらも、それが大きな矛盾(むじゅん)をはらんでいることに、まったく気づいてはいないのだ。
 「最近のウルトラマンはベラベラしゃべりすぎだ!」とか、「ヒーローが悩むな!」などの愛染の主張は、実は愛染が心酔する『ウルトラマンオーブ』にもおおいにあてはまることなのである(笑)。


 特に後者については、オーブがかつて北欧――ロシアにしか見えないが(笑)――で活躍していたころに、光ノ魔王獣マガゼットンとの戦いに巻きこまれた金髪女性・ナターシャを救えなかった自責の念から、オーブ=ガイはヒロインのナオミがナターシャの子孫であることが判明するまで、その件をずっとひきずっていたほどであり、先述したイサミの「2週間もグズグズ悩みやがって!」どころではなかったのだ。


 これもまた、たとえば『ウルトラマン』や『ウルトラセブン』のバトル場面でも擬人化した演出がいくつかあったにもかかわらず、『ウルトラマンタロウ』で散見されたそうした演出ばかりを


「完全に幼児向け」


としてあげつらったり、


「平成ウルトラ三部作をドラマ・テーマ至上主義にすぎる」


と批判しながらも、ドラマ・テーマ至上主義の原点かもしれない『帰ってきたウルトラマン』(71年)の特に初期編に見られた「人間ドラマ」偏重(へんちょう)の作風には口をつぐむ、といったように、自分が好きな作品に関しては都合の悪いことにフタをしたり、「なかったこと」にしていた、かつての我々の姿そのものではないのだろうか!?(汗)


 『R/B』第8話の演出は、決して近年のウルトラマンに批判的な人々の主張を代弁していたワケではなく、むしろ愛染のように


ウルトラマンはこうあるべきだ!」


と頑(かたく)なに主張し、それに該当しないウルトラマンを断じて認めない者たちが、それこそ


「ヤベーやつ」


であり、いかに滑稽(こっけい)であるかを皮肉っていたのではないのだろうか?


 まぁ、第8話もまた、


「最近のウルトラマンは変身にかける時間が長すぎる! いつまでも変身アイテムを長々と映してんじゃない!」


などとは愛染は主張しないワケであり、最も都合の悪いことにはしっかりとフタをしているのだが(爆)。


 もっともそれ以前の問題として、愛染にこんなメタ的なネタを平気でやらせてしまうような、『R/B』のあまりにコミカルな作風自体が問題なのだ、とする声が一部にあるのはたしかだ。
 これはウルトラマンに限らず、先述した『仮面ライダーエグゼイド』や『仮面ライダービルド』(17年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20181030/p1)など、近年の仮面ライダーで顕著に見られるようになったコミカル演出を「ふざけすぎだ!」と批判する声は、やはりいまだに根強いものがある。


 ただ、巨大掲示板・5ちゃんねるの『エグゼイド』や『ビルド』のアンチスレを見ると、むしろコミカル演出自体を問題視する声は少数派であり、「世界観やドラマの展開がシリアスなのに、その流れをさえぎるかたちで唐突にギャグが描かれるのが問題」とする意見が散見されるのだ。


 個人的には決してそれらに賛同するワケではないのだが、その中には


「『ウルトラマンタロウ』は主人公が怪獣の背中に飛び乗ったり、防衛組織・ZAT(ザット)の隊員たちがさんざんフザケたりと、ユルい世界観であることが序盤でしっかりと示されていたため、後半でギャグ系の怪獣が頻繁(ひんぱん)に登場しても問題はない」


とするような、かつて『タロウ』のコミカル演出が


「人間側の不必要なドタバタ」


などと批判された時代に比べれば、はるかに成熟した主張も見受けられるのである。


 ちなみに、


「『R/B』を『仮面ライダー電王』(07年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20080217/p1)と同じタイプであり、コミカルだが本筋は結構まじめだよ」


と評する声もあったのだ。


 そうした観点でとらえるならば、本編ドラマが明るく空騒ぎな作風であるのみならず、序盤の時点でウルトラマンロッソとウルトラマンブルが、本編で描かれる湊兄弟によるボケとツッコミのかけあい漫才と連動するかたちで、軽妙で擬人化したアクションに徹していた『R/B』では、たとえどんなギャグが描かれたとしても決して違和感がないほどの世界観が、すでに充分に築(きず)きあげられていたのではあるまいか?


 第11話『アイゼン狂騒曲』で、ロッソとブルを背後から襲おうとした宇宙悪魔ベゼルブ――ネット配信された『ウルトラマンオーブ THE ORIGIN SAGA(ジ・オリジン・サーガ)』(16年)に登場した――に、ロッソとブルが「昭和」の漫才トリオみたく、双方から肘鉄(ひじてつ)を食らわせてベゼルブをコケさせた描写こそ(笑)、『R/B』の世界観を端的に象徴する演出だったように筆者には思えるのだ。


*「ネタキャラ」戦略のおおいなる可能性


 さて、愛染は第11話から登場した青い瞳の謎の美少女・美剣(みつるぎ)サキにより、精神寄生体チェレーザを分離させられて自我を取り戻すこととなった。
 同時にアイゼンテック社の社長の座をサキに奪われたがために、第16話『この瞬間が絆』を最後に、急にサッパリとした憑き物(つきもの)が落ちたような顔になって、自転車で「世界一周の旅に出る」(笑)として退場となってしまった。


 ウルトラマンの力を求めて地球に来訪したガス状の生命体・チェレーザが、15年前に愛染に憑依(ひょうい)した際の回想では、本来の愛染は父が経営していた町工場・愛染鉄工で働いていた、さえない工員だったのであり、先に述べてきたような「ネタキャラ」としての素質は、あくまでチェレーザのものだった。つまり、ウルトラマンオーブにあこがれていたのは愛染ではなく、チェレーザだったということになるのだ。


 これは先述した『仮面ライダービルド』の敵・地球外生命体エボルトも、火星探検の宇宙飛行士だった石動惣一(いするぎ・そういち)に憑依していたものの、あの「ちゃお~♪」(笑)をはじめとするハイテンションキャラが石動ではなく、エボルトのキャラだったことと相似(そうじ)している。まぁ、偶然なんだろうけど。



「古き友は云った」


として、毎回歴史上の偉人の格言を引用して語ったり、


「今の女子高生の間ではこんなのが流行(はや)っているのか」


と、ビルの屋上で怪獣を背景にして自身の姿をスマホで自撮り(笑)したりなど、サキも愛染並みに、完全に「ネタキャラ」として描かれてはいる。


 だが、ハロウィンの特別編として描かれた第17話『みんなが友だち』に愛染が登場しなかったことに、おおいなる喪失(そうしつ)感をおぼえてしまったのは、決して筆者だけではないだろう。


 実際愛染が退場した第16話の放映直後から、ネットではそれを惜しむ声があふれ、中には


「『R/B』観るモチベーションの半分くらいが愛染だったのにどうしてくれる」


とか、


「オーブダークが出てこないと番組を薄味と感じてしまう」


なんてものまであり、愛染が「ネタキャラ」としてライト層の間でいかに注目を集めていたかが、うかがい知れるというものだ。


 おそらくは視聴者のこうした反応は製作側としては狙いどおりであり、世界一周から帰ってきた愛染が、最終展開で改心したチェレーザに再度憑依され、今度こそ市民のために戦うウルトラマンとして、ロッソ&ブルの兄弟と共闘することでおおいに盛りあげるのではないのか? と、個人的には予想するのだが。


 邪道(じゃどう)との見方もあるだろうが、特撮といえば「仮面ライダー」と「スーパー戦隊」しか知らず、「ウルトラマンってナニそれ?」といった感じだったライト層の間でも、ようやくウルトラマンが流通することとなったのは、「ヤベーやつ」として彼らの注目を集めるほどの「ネタキャラ」を出すようになった、この数年の作品群の功績が大きいかと思えるのだ。


 『仮面ライダージオウ』(18年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20191020/p1)で「20作品」を達成した「平成」仮面ライダーシリーズの悪役の大半が「ヤベーやつ」だった(笑)ことを考えても、将来的な展望を見据(す)えた戦略として、「ネタキャラ」としての敵・悪役の登場は、やはりアリなのではなかろうか?


(了)


ウルトラマンR/B』中盤合評2 ~ウルトラマンオーブダーク・ノワールブラックシュバルツ(笑)登場!

(文・T.SATO)
(18年11月4日脱稿)


「同級生とイイ雰囲気になるとか……。ちょっとイイ話なんか要らないんだヨ!」(#5のことを指す・笑)


「知り合いのことで2週間もグズグズ悩みやがって!」(#6~7)


「野球にかまけて出動が遅れたナ!」(#4を指す)


「デザインが気に入らん! なんだぁ、その猫耳ィ」(ウルトラマンロッソの頭頂の2本ヅノを指す)


「名乗りの最中と変身の途中で攻撃するのは言語道断! ルール違反なんだぞォ!!」(まさに現状を指す・笑)


「最近のウルトラマンはベラベラしゃべりすぎだ! 神秘性がなくなる!!」(爆笑)


 前々作『ウルトラマンオーブ』(16年)後半に登場したウルトラマンオーブの実は本来の姿・オーブオリジンを模して黒くした悪のウルトラマンウルトラマンオーブダーク・ノワールブラックシュバルツ(笑)が、我らが兄弟主人公ヒーローたる2本ヅノの赤いウルトラマンロッソと1本ヅノの青いウルトラマンブルに対して語る語る!


 序盤の4話分はユルユルのスカスカ、悪い意味でのルーティン・バトルのマイルドな作品という印象で、ヒロイズム的なバトルの高揚や吸引力にはいささか欠けるかなぁ……。


 兄弟主人公の弟クンのキャラの肉付けもするためか、鳥のような機械のツバサで空を飛ばんとする健気なリケジョ(理系女)ゲストを弟クンにカラませて、はじめて本格的にウエットな人間ドラマも導入した#5「さよならイカロス」。
 いわゆる「イイお話」なのだけど、こーいうのは幼児にはわからないやもしれないし、あるいは理解ができても気恥ずかしかったりもするモノだから、そのエピソードの存在を全否定はしないにしても、もっとシリーズ後半の回に廻した方が良くなくネ?


 つづく#6「宿敵! あねご必殺拳」も、兄弟主人公を幼少時から見守っていた元・婦警さんで、世界中を放浪していた70年代ヒッピー風衣装の姉御(あねご)ゲストとのユカイで軽妙なやりとりはよかった。
 しかし、ラストにおけるゲスト怪獣・メカゴモラの体内に幽閉された姉御をめぐって、メカゴモラを倒すべきか否かの逡巡&決断の一連には、姉御との兄弟の幼少時の回想シーンまで流して、オッサン目線では滂沱の涙を流していたのはココだけのヒミツだけど(汗)、シメっぽいお話を気恥ずかしく思ってしまうであろう男児を遠ざけてしまうやもしれない問題は残るよネ?


 さらには#7「ヒーロー失格」で、前話ラストで助かった姉御が病院に入院中という設定で予想外の連続登板!
 イジワルに見れば子供向けヒーロー番組ではアリガチ・ご都合主義的なヒーローのピンポイント必殺光線(笑)で助かってメデタシメデタシだったオチにセルフ・ツッコミ、その天文学的確率の偶然・奇跡に弟クンを改めて恐怖させ、弟クンがウルトラマンに変身することに躊躇する姿を描くことで、平成ライダー戦隊シリーズのはるかに後塵を拝したとはいえ、「点」と「点」での取って付けたような連続性ではなく、「線」になっている連続ドラマ性がついにウルトラシリーズでも実現したのはイイ。
 けれどもその連続ドラマ性も、ヒーローや怪獣の特徴やら弱点、世界観設定それ自体に焦点を当てた一進一退・シーソーバトルの話数をまたいだ攻防劇・逆転劇、あるいはナゾ解きといった、子供たちが喜ぶであろう「活劇面での高揚」や「“世界”や“事件”に対するちょっと不思議なミステリ感・ワクワク感」をもたらす「連続性」ではなく、中学生以上にならないと理解ができないような人間ドラマ面での「連続性」であって……。


 なぞと筆者も、七面倒クサいことをグダグダと思い連ねていたのだけれど(笑)。


 #7では自らが怪獣に変身、#8「世界中がオレを待っている」ではついに悪のウルトラマンにも変身した愛染マコト社長自身が、筆者のようなスレたマニア諸氏の想いも先廻りして、あまりに端的な短文で的を射た、しかも「笑い」も取れる語彙選び・言葉使いで、先のように#4「ウイニングボール」~#7「ヒーロー失格」を一挙に見事に「批評」的に総括してしまったのであった!!


 しかも、それは本作の#4~7の総括どころではない! 2010年代のウルトラシリーズを、いやウルトラシリーズ50年間の紆余曲折を、ウルトラ「評論」40年間の歴史の二転三転も踏まえて、総括してしまってもいる!! そのあたりについては後述していこう。


ウルトラマンオーブダーク退場! 女子高生が敵ボスに昇格!(笑)


 しかし、本作は個人的には「化けた」と思う。というか、今どきの作品であるから、当初からそのようなシリーズ構成であったのであろう。まんまとしてヤラれたのであった……(気持ちのイイ敗北感です)


 今どき悪い意味で珍しい、ルーティンバトルな1話完結の序盤。しかして、舞台となる企業城下町のユカイな白背広スーツ姿の愛染マコト社長は、レギュラーでも本スジにはカラまないコミックリリーフの立場かと思いきや……。
 社長自身が「怪獣メダル」から怪獣を召喚しているらしき描写が点描され、それが確信に変わり、自身もウルトラマンたちと同型の変身アイテムを保持しており、それを使って#1に登場した因縁の怪獣グルジオボーンへと変身! 続けて悪のウルトラマンへも変身!!


 そして#8~12に至って、悪のウルトラマンウルトラマンオーブダークとの激闘が数回戦にも渡って繰り広げられ、と同時に#10~12には今春の映画『劇場版ウルトラマンジード つなぐぜ!願い!!』(18年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20180401/p1)に登場したばかりの四足歩行怪獣のイイもの獅子聖獣・クグルシーサーの着ぐるみを改造とおぼしき白毛が特徴的な豪烈暴獣ホロボロスも相手とする正義2体vs悪2体とのバトルとなった。


 並行して#11からは、黒い服装に身を包んだ美少女が登場。


 彼女にもマンガ・アニメ・記号的な誇張・極端化されたキャラ付けがなされて、毎回毎回、


「古き友は云った。~~」


と学識豊かにも、古人の名言を引用してみせる。


 彼女の場合、最低でも1300歳だから、実際にオスカー・ワイルドシェイクスピア徳川家康とも友人であったのだろうけど(笑)。
――「石橋に当たって砕けろ」「云わぬがお花畑」「蝶のように舞い、泣きっ面に蜂」(笑)などとインチキ格言を毎週のように述べていた愛染マコト社長とはエラいインテリジェンスの違いだが、広いイミでは似たようなモノである(爆)――


 そして、愛染マコト社長の退場後には、まさかの彼女が敵ボスキャラへと昇格! 大企業・アイゼンテックの次期社長の座まで奪ってしまう!


主人公の妹が非実在青少年! 敵の女子高生もウルトラ何十番目かの妹だった!?


 加えて、主人公兄弟の妹である、元気で可憐なアサヒ嬢にも話数をまたいだナゾを与える。
 たしかに当初から、江戸時代の武家でもあるまいに、家族に対しても敬語――相手との距離感が少々ある言葉――でしゃべっているあたりに「ナゼ?」というプチ疑問も生じてはいた。けれど、語尾に何でも「~ですゥ」「~にょ」(笑)などを付与するマンガ・アニメ的な記号的キャラ付けか? という程度で好意的に解釈もしていたのだ。


 しかし、ナンと! この常に敬語で発言すること自体も伏線であったらしくて、主人公家族のアルバムに彼女の幼少時の写真が一切ナイことで、またまたナゾ解きのドラマも構築していく。
 と同時に、捏造された記憶や存在であったとしても、アソコまで親愛な関係になれば、すでに彼ら彼女らはまごうことなき家族でもあり、人間ドラマ的にはソコに感動的にオトしていくことも眼に見えてはいるのだけれども……。
 まず間違いなく、今の彼女にその自覚はなくて表層的にはアーパーな女子高生(笑)ではあったとしても、彼女もまたその真の正体は超越的な存在なのであろうけど、どのようなSFギミックでそれを解明していくのか興味は尽きないところだ。


 そして明かされる、黒服の美少女こと、暫定的に名付けた美剣サキ(みつるぎ・サキ)こと、略してツルちゃん(略しすぎだろ・笑)のヒミツ!
 彼女は今のウルトラマンロッソ&ウルトラマンブルではなく、1300年前の先代ウルトラマンロッソ&ウルトラマンブルの妹であり、往時は#1に登場した怪獣クルジオボーンでもあったのだ!――クルジオボーンそのものであったのか? それとも怪獣メダルの力を使ってクルジオボーンに変身していただけであったのか?――


 そして、彼女の真の目的は、1300年周期で再来する強敵怪獣を打倒することであり、そのためには地球をまるごと道連れに粉砕することも辞さないことを、TVでの中継を通じて全世界に告知もする!


 ……もちろん、子供向けジュブナイルである以上、そんなアンハッピーエンドなオチになるワケもなく、すでに兄弟主人公の妹・アサヒとのコミュニケーション・ドラマで、彼女自身に自覚はなくても軟化している描写も与えられている以上は、それを伏線としてラストの大カタストロフを回避するための説得ドラマも構築されていくのであろう。



 このように「怪獣」以外の要素で連続ドラマを構築していく流れになると、「怪獣」の魅力が減退するやもとの危惧もごもっとも。
 だが、本作にかぎらず2010年代のウルトラシリーズは、むしろプリプリとした「密度感」のあるナゾ解き連続ドラマ空間に「怪獣」が置かれることで、出自や境遇や怪獣にも五分の魂などの同情すべき事情(笑)などのムズカしいことは考えずに、純粋に「怪獣」としてその属性や特徴を駆使して戦うことで、むしろ生き生きとしているようにも個人的には感じられる。


 加えて、ギチギチの形式主義官僚主義的な融通の効かない作劇で、本作に登場するすべての怪獣が「怪獣メダル」から召喚されていたワケでは決してなく、地底に眠っていた古代怪獣のゴモラの復活であったり、愛染マコト社長――というより寄生していた宇宙人――が密かに建造していたロボット怪獣キングジョーであったりなどのバリエーションも付けているあたりも好印象だ。


 そして、兄弟ウルトラマンふたりが合体、番組タイトルを名乗る3本ヅノの進化形態・ウルトラマンルーブも登場! 颯爽とした活躍を見せる。


 主人公家族で行方不明になっていた母親を、00年代グラドル上がりの往時のブログの女王眞鍋かをりが演じることも近ごろ公表されたが、この母親がどのように本作終盤にて作品の終結装置として機能するのかも含めて、ラストスパートを見守る前に、愛染マコト社長の再登板も期待したいので、社長の格言集を最後に振り返りたい(笑)。


「デザインが気に入らん! なんだぁ、その猫耳ィ」(笑)


 まず、「デザインが気に入らん! なんだぁ、その猫耳ィ」という発言は、70年代後半~00年前後においてマニア論壇では主流であった、


「70年代前半の昭和の第2期ウルトラシリーズウルトラマンたち――ウルトラマンエース(72年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20070430/p1)やウルトラマンレオ(74年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20090405/p1)――の複雑なデザインやゴテゴテした意匠が、いかにも低年齢の子供向けであるから“悪”である。
 いわんや頭部両側面に「ツノ」が生えている――ウルトラの父(72年)やウルトラマンタロウ(73年)――なぞはもっての他!
 対するに、60年代後半の第1期ウルトラシリーズ初代ウルトラマン(66年)やウルトラセブン(67年)のシンプルなデザインは“正義”である!」


 という論法を踏まえたモノである。


 このマニア論壇の論法が本編にも逆照射されて、80年代~00年前後のウルトラマンのデザインは非常にシンプルなものとなる――ウルトラマンエイティ(80年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/19971121/p1)・ウルトラマングレート(90年)・ウルトラマンパワード(93年)――。


 仮面ライダーシリーズに対する当時のマニア論壇&作り手側も同様で、仮面ライダーブラック(87年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20001015/p2)・仮面ライダーZO(ゼットオー)(93年)・仮面ライダーJ(94年)のデザインがコレにパラレルで該当するであろう。


 「突起物」などは絶対悪のタブーとされ、その逆張りのデザイン思想から、頭部の一部を細かいミゾのように削るという方策が採られて、それを快挙と持ち上げる論法まで今度は現れるようになる――ウルトラマンティガ(96年)・ウルトラマンガイア(98年)――。


 しかし、このマニア論壇における論法の宗教的な域にまで達したドグマ(教条主義)が、作り手側や玩具会社のデザイナー側でも否定といわず相対視はされてきたのであろう。00年代中盤においては、歴代ウルトラマンが一挙に並んだときに映える・差別化ができるという理由で、


・「ツノ」ではないけど背中に超長方形のパネル状の羽が生えたウルトラマンノア
・「複雑」で流線的な頭部&体表模様のウルトラマンネクサス(共に04年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20060308/p1


が登場。


 続けて従来は赤であった体表を青くして、両肩や両耳に「ツノ」のような小さな「突起物」もあるウルトラマンヒカリ(06年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20060910/p1)も登場する。


 そして、ついに禁断を破って、余計な「突起物」の最たるモノともいえる2つの「突起」を頭頂部に持ち、それが分離して刀やブーメランにもなり、青と赤のボディーカラーも併せ持つウルトラマンゼロ(09年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20101224/p1)が登場!
 ゼロはさらに先輩のウルトラマンダイナやウルトラマンコスモスとも合体して、ウルトラマンレオのような複雑なフラクタル曲線による複数の「突起」を頭頂部に冠したウルトラマンサーガ(12年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20140113/p1)にもタイプチェンジ!


 以降は、


・ネーミングの由来「V」の字を額やスネなどの体表の各所にかたどって、右腕を往年の人気怪獣の巨腕やシッポに換装できるウルトラマンビクトリー(14年)
・同じく「X」の字をかたどり、各種の怪獣型ヨロイまで装着できるウルトラマンエックス(15年)
・ついにはウルトラマンタロウの力を借りることで、頭部にアレほど否定されていた「両ヅノ」を生やしたウルトラマンオーブ(16年)の一形態・バーンマイト
ウルトラの父の力を借りることで、同様に「両ヅノ」を生やしたウルトラマンジード(17年)の強化形態・マグニフィセント


までもが登場する!


 そして、本作『ウルトラマンR/B(ルーブ)』(18年)においては、ついにウルトラマンロッソが「猫耳」(笑)となるのであった。


――以上の流れもまた、日本むかし話の主人公たちをモチーフに、桃から生まれた『桃太郎』の「真っ二つに割れた桃」(笑)を顔面のモチーフとしていた仮面ライダー電王(07年)や、コウモリを両眼の意匠とした仮面ライダーキバ(08年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20080225/p1)に、バーコード(爆)をモチーフとした仮面ライダーディケイド(09年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20090308/p1)などを皮切りに、イロモノ要素も適度にブレンドされて自由過ぎるデザインを持つに至った平成仮面ライダーたちのデザイン史ともパラレルだともいえるだろう――


 70年代末期~00年前後にこのようなデザイン的な冒険をしようモノなら、あるべきドグマに反するものとして、子供はともかく年長者のマニア論壇からはほぼ全員総出の猛反発の火の手があがったことであろう。
 しかし現在では、筆者の観測する範囲ではそのような光景はほとんど見られない。いたとしても極々少数派の絶滅寸前種族であり、むしろ保護対象に値する存在であるかもしれない。


 客観的に見れば、コレは特撮マニアの価値観の大地殻変動コペルニクス的転回とでもいうべき事態である。
 なのだが、この転回は、5年・10年・15年という長期スパンでの漸進的(ぜんしんてき)なオズオズ・ユルユルとした変化であったために、扇動家がいてフランス革命ロシア革命が成就したのではなく、いや扇動家もいたやもしれないけどさして影響力は発揮できずに遠吠えの空振りで(笑)、マニアの側もナンとなく消極的に時流に飼い慣らされてしまって、強固な「理論」もヌキにフワッとした「今ではそれもイイよね」程度の「空気」で事後承認をしているだけ、というのが事の真相なのやもしれない。


 まぁそれでもイイのかもしれないけれども、筆者のようなロートル評論オタクは「むかしはむかし。今は今」「長いモノには巻かれろ」で、何の「総括」や「自己反省」もナシに昨日と今日とで主張を180度逆に変えてしまい、恬として恥じない自堕落な態度は、戦前~戦後に突如急変した往時の大多数の日本人の姿を再び見るようでもあって、あまり気分のイイものではない。


 「むかし」の原理主義的なデザイン論の方が間違っていて、あるいは誤りであるとはいえないにしても未熟なデザイン思想であったから、「今」の多彩で自由なデザイン論の方が正しいと気付いて、それゆえに乗り換えたのか?
 しかし、その場合でも、「今」の正しい方に乗り換えること自体はイイとして、「むかし」の間違っていた見解に加担していた自分をどのように「総括」するのか?
 オレは戦前の政府にダマされていただけの無垢な被害者だからまったくの「無罪」なのだ! と居直るのか?


 「主犯」ではなく「従犯」ではあるけれど、そこに加担したという意味では小なりとはいえども自分の意志による選択・決定はあったワケだから、自分もB・C級ではあっても「戦犯」ではあったと客観視・自己規定をして、そのかぎりでは懺悔・反省をすると云うのであれば、ヒトとしてのスジも通ると思われるのだけど……。


 とはいえ、シンプルなデザインこそ糾弾されるべき「絶対悪」であり、複雑で玩具チックなデザインこそが「正義」である! という逆立ち論法もまた正しいといえるのか?
 単にそれでは、それまでにあった論法を単純にひっくり返しただけに過ぎず、対立項に対する排他的・敵対的なメンタルという点では共通ではないのか?
 ……というような疑問なり、自己懐疑・自己相対視も次には浮上するであろう――まぁ浮上しないヒトもいるのだろうけれど(笑)――。


 つまり、シンプルなデザインにも良さがあり、複雑であったり玩具チックなデザインにも良さがある。


 あるいは4分法で、


①シンプルなデザインで良いもの。
②シンプルなデザインだけど悪いもの。
③複雑なデザインで良いもの。
④複雑なデザインだけど悪いもの。


……というように、さらにていねいに選り分けて腑分けしていけば、我々が無意識に日々直観的に感じているであろう、デザインに対する感慨の複雑な実態のそのヒダヒダにも、より正確に接近していくようにも思われる。


 というワケで、今の時代の特撮マニアの大勢は、前近代的・宗教的・原理主義的で偏狭なドグマは持たずに、シンプルなモノでも複雑なモノでもイイものはイイ、シンプルなモノでも複雑なモノでもイマイチなものはイマイチ、という判断ができるように近代的・合理的・理性的な思考をするように成熟したのだとも私見する。


 そう、大マスコミとネットニュース、ドッチが正義でドッチが悪という2元論ではなく、それぞれに真実のニュースを流すこともあれば、それぞれがフェイクや誤報も流すことがある、というように4分法で考えるという行為こそが、理性的な思考法なのだ(話がズレてます・笑)。


「最近のウルトラマンはベラベラしゃべりすぎだ! 神秘性がなくなる!!」


 「最近のウルトラマンはベラベラしゃべりすぎだ! 神秘性がなくなる!!」(笑)という発言も同様である。


 コレは70年代後半~90年代中盤においてマニア論壇では主流であった、


「昭和の第1期ウルトラシリーズにおけるウルトラマンたちには完成された神秘性があったから“善”である。
 対するに昭和の第2期ウルトラシリーズにおけるウルトラマンたちからは神秘性がウスれて、兄弟やファミリーといった矮小な擬人化まで推進されたから“悪”である」


 という論法を淵源(えんげん)に持つものである。


 メンドいので結論を先に云えば(笑)、神秘性を強調したウルトラマンにも良さがあり、人間クサさや未熟さを強調したウルトラマンにも良さがある。
 しかし、神秘性を強調しすぎてスベってしまったウルトラマンもいれば、未熟さが「弱さ」の域に達して子供の憧れたりえなかったウルトラマンもいる。そんなところであるだろう。


 とはいえ、「神秘性」の有無という尺度で、歴代ウルトラマンたちをそんなにスッパリと2元論でカテゴライズできるものでもない。
 いかに人間クサくて未熟で弱いウルトラマンが過去にいたとしても、人間ではなく超人や宇宙人である以上は、「神秘性」が皆無になるワケでもない。
 その逆に、神に近い「神秘性」を強調していたとしても、天地創造の神さまそのものではなくヒト型の形をしている超人である以上は、ヒトとしての属性が醸されてくるモノだ――少々の喜怒哀楽とか、敵対怪獣に対して優勢か劣勢かで見せる余裕や切迫感などの感情――。


 つまりは、オール・オア・ナッシングの2元論ではなく、「神秘性」の濃淡のなだらかなグラデーションのドコに位置するのか?
 「神秘性」と「人間性」が100か0ではなく、このウルトラマンの場合は90:10であり、そのウルトラマンの場合は20:80であり、あのウルトラマンの場合は60:40である……というように、特撮マニアの大勢がそこまで意識的に考えているかといったら、それも怪しいけれども(笑)、そちらの複雑系の方向性で漠とでも思考ができるように変化してきたのではないのかなぁ……。そうであることを祈りたいものだ。


 要は作品によって、


ウルトラマンを人間から見て「神秘的」で不可知の圧倒的な超越者として描くことでもたらされる「SF的な感慨」を主軸にすえてもイイし、
ウルトラマンを人間から見ても「人間的」に描くことでもたらされる「人情味」や「青春・成長ドラマ性」や「滑稽味」にも良さがある


ということなのだ――後者の近年での好例が、ウルトラマンゼロとDAIGO演じるタイガ隊員との関係であり、ウルトラマンゼロと冴えないサラリーマン・伊賀栗レイトとの関係でもある(笑)――。


 ……まぁ完全なるフィフティ・フィフティというのもウソくさくて、6:4とか4:6の微差もあるハズなので、時流に沿っていたり、長寿シリーズの後継作としては、後者の方にやや分があるようにも思うけど。


 次に、


「名乗りの最中と変身の途中で攻撃するのは言語道断! ルール違反なんだぞォ!!」


うんぬんという発言も……。


 このあたりの話も、賢明な読者諸氏にはこのあとに筆者が書こうとしている論旨の予想がつくやもしれないけれども(笑)、時間の都合でここで筆を置こう(オイ・汗)。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2018年秋号』(18年11月4日発行)~『仮面特攻隊2019年号』(18年12月29日発行)所収『ウルトラマンR/B』中盤合評5・6より抜粋)


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