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仮面ライダーカブト 〜前半評 白倉+井上+田崎路線復活!?


『仮面ライダーディケイド』#16〜17「カブトの世界」編・評
『仮面ライダーカブト』 〜全記事見出し一覧
『仮面ライダー』シリーズ評 〜全記事見出し一覧
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『仮面ライダーカブト』 〜終了評 終戦の白倉ライダー〜ライダー達の相剋路線の終焉
 (↑:関東・中部・関西の全話平均・各クール平均・最高・最低視聴率は、『終了評』末尾に記載!)

   
(文・伏屋千晶)

GOD FORSAKEN RIDERS

 私事で恐縮ですけど、もう2年くらい昔の話になりますが、フリーライターのS.A.さんとお茶をご一緒する機会がありました。
 なにせS.A.さんといえば「必殺シリーズ オリジナル・サウンドトラック大全集」CD全16巻(96/キングレコード)の解説執筆にも参加された“必殺のオーソリティ”。
 ひとしきり必殺シリーズ談義で盛り上がっていたところ、「最近の仮面ライダー・シリーズの展開の様相は、必殺シリーズの末期段階と似てきたよね」という話になりました。


 即ち、三田村邦彦・中条きよし・村上弘明京本政樹ら〈イケメン俳優の起用=シリーズ第15弾『必殺仕事人』(79)〜『必殺仕事人Ⅴ(ファイブ)』(85)〉による女性ファン急増で慢性的に落ち込んでいた人気を回復、さらに『必殺仕切人』(84)と『必殺仕事人Ⅴ 激闘編』(85)では〈レギュラー仕事人の増員〉によりキャラクター間の緊張感をタイトにすると同時に、最大の見せ場である“殺し”の演出のスケール・アップを図った――
 という必殺シリーズの変遷の過程が、『仮面ライダークウガ』(00・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20001106/p1)以降のライダー・シリーズの方向性=[イケメンヒーロー → 群像劇(複数ライダー) → ライダー同士の対決]とピタッリ合致しているというコトです。
 (TVシリーズの人気の余勢を駆って劇場版が製作された点もソックリ/現時点(06年)で共に6作品)


 となると、イケメン仕事人ブームが沈静化した後、当時すでに年齢的に中年の域に達していた三浦友和氏を主役に迎えた『必殺仕事人Ⅴ 風雲竜虎編』(87)は、知名度の高い中堅俳優・細川茂樹氏をフィーチャーした『仮面ライダー響鬼(ヒビキ)』(05・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070106/p1)に対応するわけやね。
 また、最後の開き直り(やけクソ?)としか思えなかった『必殺剣劇人』(87)は、第1期白倉ライダー三部作(=『仮面ライダーアギト』(01・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20011108/p1)、『仮面ライダー龍騎』(02・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20021109/p1)、『仮面ライダー555ファイズ)』(03・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20031108/p1))の総括的なリファイン(焼き直し?)に『Sh15uya(シブヤフィフティーン)』(05)のテイストを加味した結果、何がナンだかよく分からなくなっちゃった『仮面ライダーカブト』(06)とオーバーラップするってか?


 ……でも、その後は?
 二枚目俳優の人気に依存して女性ファン向け路線へ転換することで一時的に視聴率を回復したものの、気まぐれな女性ファンに飽きられてソッポを向かれた途端に、ひとたまりもなく幕を閉じてしまった必殺シリーズと同じ運命を辿るとすると……? おお、怖い。


 ――新世紀ライダーの明日はどっちだ!


 (「平成ライダー」と聞くと、どうしても『仮面ライダーZO(ゼットオー)』(93)と『仮面ライダーJ』(94)を想起してしまうものですから、個人的に『クウガ』以降のシリーズは「新世紀ライダー」と呼びたい……ていうか、呼ばせて!)



 マクラが長くなりましたが、現在放映中の新世紀ライダー・シリーズ最新作『仮面ライダーカブト』は、「甲虫王者ムシキング」の人気に便乗しようという趣旨が露骨な番組企画の安易さと、モロに玩具っぽいキャラクターデザインの所為(せい)で、放送前の下馬評は最悪だったにも拘らず、意外にも(?)一般的な評判は良好らしい。
 前作『仮面ライダー響鬼』の最高視聴率が8%強であったのに対し、『カブト』はシリーズ半ばの6月末(#21)までに2回も“10%越え”を達成しているとの由(よし)。
 (前々作『仮面ライダー剣ブレイド)』(04・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20041101)以来、裏番組『ポケモン☆サンデー』(04〜)に小学生層の視聴者を奪われて、平均視聴率は7〜8%にダウン。爾後(じご)、「視聴率2桁(10%)突破」がスタッフ全員の悲願となっている模様)
 個人的には、相変わらず“ユルユル”で“ヌルヌル”なドラマ進行の迷走ぶりも快く、結構、毎週々々楽しみにして『カブト』を視聴しております。


 白倉伸一郎プロデューサー + 井上敏樹脚本コンビによる旧作品の「代表的なプロットのパッチワーク(寄集め)」&「お気に入りキャラクターのリサイクル(再利用)」に過ぎない“スカスカ”のストーリーも、かえって肩が凝らなくてイイや――と感じているような次第です。
 内面の脆弱さを殊更にアピールする“癒し系ヒーロー”が台頭している最近では珍しい「傲慢系」の主人公の生態(自身がヒーローであることを明確に自覚しており、常にそれらしく正々堂々と振る舞うように心掛けている)がミョーに新鮮に感じられて、そこはかとなく好感を抱いております。


 さすがに、料理・食材等に対しての蘊蓄(うんちく)をタレるお約束のシーンはうざったく感じられる時もありますが、料理オタクの翔一クン(=アギト)や、ウンチク王の黒岩省吾(=暗黒騎士ガウザー・『超光戦士シャンゼリオン』(96)のライバル)の面影を想起させてくれるので、ひそかに“懐かしがって”喜んでいます。
 (因み(ちなみ)に、浅田次郎の長編小説『王妃の館』(01/集英社)によると、料理とは〈至高の愛情表現〉なのだそうです)


 上述のように、草創期から隆盛期にかけての白倉+井上作品に登場した、愛しきキャラクター達を偲んでホクソ笑んでいる往時のファンはともかく、客観的なスタンスに立って冷静に見てみれば、さほど面白いとは思えない『カブト』が、久々に硬派のスピリットを回復した『轟轟戦隊ボウケンジャー』(06・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070108/p1)よりも一般的にウケている状況は、少なからず理解に苦しみます(私だけ?)。
 『ボウケンジャー』は、メカ&ロボの活躍を中心に据えた作劇に若干の難があるものの、近年の“なかよし戦隊”の常識を覆した「正統派ストロング・タイプ」に属する、[スーパー戦隊30作記念作品]の名に恥じない、堂々たる王道のヒーローであります。
 それに対して、『カブト』が[仮面ライダー生誕35周年記念作品]として相応しいコンテンツを具有している作品であるか否か――はヒジョーに怪しい?! 誰が考えてみたって、キャラクターのデザイン・コンセプトは「仮面ライダー」というよりもメタルヒーロー重甲ビーファイター』(95)に近いワケで……。


 なにより、『カブト』の致命的な欠点は、最大の見せ場となるべき〈クロック・アップ〉=高速戦闘シーンの映像表現が、とてつもなく“寒い”(さぶい) ことです。
 『ゴジラ FINAL WARS(ファイナルウォーズ)』(04・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060304/p1)&新作『キング・コング』(05)――日米怪獣王の両巨頭が最先端VFX技術により見事な高速戦闘を披露した後だけに、新ライダーが展開する高速戦にはそれなりに期するものがあったのですが……。
 (ところで、〈カブトムシ〉と〈高速運動〉にどういう関係があるの?/それを言ったら『仮面ライダーストロンガー』(75)での〈カブトムシ〉と〈電気〉の関係は、もっとナゾだ)


 期待を懸けていた田崎竜太監督は、角川ヘラルド映画との契約により『小さき勇者たち 〜GAMERA〜』(06・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060714/p1)のポスプロ(仕上げ)作業が終了して、映画が完成するまでは同社に拘束されていて、他社からのオファーを受けることができず、代わって、毎度お馴染みの“アーチスト志向”の旗頭・石田秀範監督が『カブト』のメイン監督に就任したと聞いて、ああ、こりゃダメだ……と。
 「ヒーロー対怪人」の戦闘アクションに全く興味のない石田監督にとって〈クロック・アップ〉の画像処理法などはあくまでも二の次の問題であるので、案の定、パイロット(#01〜#02)では、ナゼか〈東京タワー〉に偏執的な拘り(こだわり)を示す一方、肝心の高速戦は[ハイスピード撮影 + 露出オーバー + 平面的なCG処理による合成画面]という極めて凡庸な使い古された手法で表現されて、まるで創意工夫が感じられませんでした。


 これでは、田崎監督が基本パターンを案出した『仮面ライダー555ファイズ)』のアクセルフォームの高速移動の映像表現の方が遥かにシャープだったと思いますし、事実、田崎監督が、三次元的な高速ドリー(カメラの回り込み)を多用して撮影したOP(オープニング)の映像の方が、本編以上に緊張感に溢れ、カブト対ワーム(敵怪人)のアクション描写もバツグンに冴えています。
 (言はずもがな『カブト』OPの演出は田崎監督が担当/『アギト』前期OPと同様、主人公達の過去を暗示する断片的な映像をアクションの中に挿入した手法は、やはり秀逸です/主要キャスト紹介カット&ヒーローの活躍シーンを“適当に並べただけ”だった石田監督演出による『クウガ』『剣』『響鬼』のOPの画面構成と比べてみれば、両監督のセンスの差異は明白でしょう/殊に、ミュージシャンのPV風シチュエーションで撮影された『剣』前期OPはカン違いも甚だしい)


 結局、パイロットで石田監督が「高速戦」の新しいイメージと表現様式を確立できなかったがゆえに、田村直巳&長石多可男両監督も、第1クールではクロック・アップの映像表現には精彩を欠き、のみならず、#03での「加速状態での人命救助(ジェットコースターから落下した人間をキャッチして助けた)」と#04での「雨粒の球体化」は、物理学的には有り得ない初歩的な描写ミスを犯しており、恥の上塗りをしてしまいました。
 そもそも、クロック・アップは石ノ森章太郎先生の代表作『サイボーグ009』の「加速装置」に由来する設定であると確信しますが、『009』の作中では、加速中に他の固体(当然、人体を含む)に接触すると、摩擦熱と重力の反作用によって相当のダメージを与えてしまうので、加速装置の起動中には「決して人間と接触してはならない」という大原則が明示されていました。
 だから、たとえ目の前でジェットコースータから人間が落ちても、加速中は絶対に手をさしのべてはいけないのです。


 また、クロック・アップとは、時間経過及び物理運動を制御する機能ではありません。加速時に周囲の物体が静止しているように見えているのは、運動速度の相対効果による錯覚に過ぎません。ですから、落下運動中の“雨粒”は、「一本線状」に見えるのが正しく、球体(=静止状態)として表現するのはオカシイのです。
 恐らく、雨粒が球体化する描写は、学園バトル・ファンタジーの傑作『火山高』(01・韓国)のクライマックス[=豪雨の中での決闘]からパクったのだと思いますが、あちらの方は“気”(念動力?)で水滴を物理的に操っていたので、雨粒が球体化するのは表現の過ち(あやまち)ではありません。


 4月第2週放映の#11より『小さき勇者たち』を完成させた田崎竜太監督が晴れてカムバック。しかし、井上敏樹脚本による“第1クールのガス抜き”的なヌルいエピソードだったので、ちょいと期待ハズレ。
 若手の竹本昇監督や中沢祥次郎監督レベルの“ベタな”CGの使い方をしていたのには、いささか懸念。
 でも、桜吹雪の中でのクロック・アップ(#12)の描写はすこぶる格好よく、大いに満足!


 #10以前のクロック・アップの表現は「周囲の物体との相対速度」の物理的な表現に終始していたのに対し、#12では「映像美」を計算に入れて入念な画面設計をした上で撮影されており、非常に画期的な“見せ場”となっています。微速で舞い散る無数の桜の花びらの三次元表現は、完成度はともかく、純粋にイメージとして素晴らしい。
 なんにしろ、仮面ライダーカブト + 仮面ライダードレイクのダブルライダーの同時変身は素敵ですねぇ。
 続いて田崎監督がメガホンをとった#18では、[仮面ライダーカブト×仮面ライダーザビー×仮面ライダードレイクの三ツ巴戦]で3人の“時間差”クロック・アップ=
 [(1)ドレイクがザビーを狙ってライダーシューティング発射
 → (2)ザビーはクロック・アップして弾道から逃げ、ドレイクに襲いかかる
 → (3)次にクロック・アップしたカブトが、ドレイクのプラズマ弾をザビーに向かって蹴り返す
 → (4)ザビーはドレイクの体を盾にするが、ドレイクもクロック・アップして間一髪で身を躱(かわ)す
 → (5)ザビー被弾]
 を活写して、新たな表現(見せ方)の可能性を拡げました。やはり、田崎監督の存在は大きい。


 4月から7月にかけて4ヶ月間で田崎監督は6本(#11、12、17、18、21、22)も集中的に登板しており、個人的に嬉しいかぎりですが、なんとなく、奇抜なCG合成やダイナミックなカメラ・ワークを楽しんで撮っている気配があって、いまひとつ“真摯な”姿勢が感じられません。
 或いは、『劇場版 仮面ライダーカブト GOD SPEED LOVE(ゴッド・スピード・ラブ)』(06・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060820/p1)の撮影に専念している石田監督のピンチ・ヒッターとして、一時的に『カブト』に参加しているだけなのか? 映画完成後、8月以降の演出ローテーションがどうなるのか、気になるところ。


 田崎監督と同時に、脚本の井上敏樹氏も復帰。その健筆ぶりは衰えることなく、独自の作劇法は今や“普遍の様式美”の域に昇華して、東映作品のみならず国産特撮作品全般に多大な影響を与えております。
 映画『仮面ライダー THE FIRST』(05・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060316/p1)のショッカー要塞島での決戦の場で、劣勢の本郷猛(ほんごう・たけし)(仮面ライダー1号)を置き去りにして敵前逃亡した一文字隼人(いちもんじ・はやと)(仮面ライダー2号)が、実は本郷のことが大好きになっていた己の本心に気づいてサイクロンのハンドルを切る件(くだり)などは、『光戦隊マスクマン』(87)#39「復活! 謎のX1(エックスワン)マスク」と『鳥人戦隊ジェットマン』(91)#3「五つの力!」に続いて、都合3回目となる[同一シチュエーションの使い回し]でありまして、『マスクマン』では飛鳥リョオ(=X1マスク=マスクマンのプロトタイプ戦士)が、『ジェットマン』では結城凱(ゆうき・がい=ブラックコンドル)が、一文字ライダーとまったく同じ葛藤(かっとう)のプロセスを経て[一旦は仲間を見捨てて逃亡するも、翻意して戦列に復帰して終生の知己を得る一匹狼](俺はもう一人ぼっちじゃないんだ!)という、ブッちぎりの黄金パターンを演じています。
 ――鳴呼、これを井上敏樹脚本の「普遍の様式美」と言わずして、何としましょうか! クサイ、クサすぎる! だが、ここまでクサい台詞を書ける奴は只者ではない。


 前作の『響鬼』では途中からのリリーフ登板で、元来が白倉P(プロデューサー)作品とは「正反対」の作風をもつ高寺成紀(たかてら・しげのり)Pの作品だけに、前任者の目指したポジティブな世界観と折り合いをつけねばならなかったので、存分に筆が走り出す前に番組が終了してしまった様子でした。
 とはいえ、「三十六之巻 飢える朱鬼」&「三十七之巻 甦る雷」では、十八番の憎悪・復讐・裏切りの三大要素をコッテリ盛り込んで、仮面ライダー斬鬼ザンキ) × 仮面ライダー朱鬼(シュキ)の師弟相剋をハードボイルド・タッチで描破!
 ――死にゆく朱鬼の最後の一言「斬鬼、頼みがある。私の死に顔を、誰にも見られたくない」は、久々にシビレる台詞でありました。(もちろん、泣いた)


 そして、本作『カブト』に於いて、井上氏はメインライターの米村正二氏をさしおいて、第3のライダー・トンボモチーフの仮面ライダードレイク風間大介](かざま・だいすけ)と、第4のライダー・サソリモチーフの仮面ライダーサソード神代剣](かみしろ・つるぎ)の人物造型を担当――
 さあ、白倉ライダー復活の狼煙(のろし)をあげろ! ジジィ向けの懐メロ路線に陥った「ウルトラマン」をブッ潰せ! (♪ファイトの意味は 憎しみじゃない――だって? フザけんなよ、メビウス! おめえはコスモスか?! エ、オレ? 俺様は、神に見捨てられた男。不義理非人情を美徳とする白倉ライダー様だ!)


 女性(特に美女)と子供だけに優しい伊達男=風間大介に、世俗的な常識から逸脱した真性・お坊っちゃま=神代剣と、いずれも井上脚本ではお馴染みの(というか、ワン・パターンの?)正義よりも自分のことで精一杯といった風情の変わり者ばかり――この点、奇人変人大集合となった『仮面ライダー龍騎』との相似性を感じます。
 一方、従来は組織(ZECT・ゼクト)に縛られて中間管理職的な立場に甘んじていた岬花月(みさき・ゆづき)が、井上脚本の#11から自らの意志で能動的に活動し始めた点も注目に値します。
 但し、キャラクターのポジション的に『アギト』の小沢澄子に似てきちゃった観は否めません。やっぱり、ワン・パターンだ! (まあ「ワン・パターンな作劇法」も言い方を換えれば、「テーマにブレがなく、一貫性がある」ということですから、ここはひとつ、プラス志向で行きましょう)


 尚、[ドレイク]のネーミングは、dragonfly(とんぼ) + rake(放蕩者) = “DRAKE”ですが、本来、drakeは“雄あひる”という意味の単語なので、ちょっとヘン。
 剣を得物とする[サソード]は、サソリ+ソード(sword=刀剣)と、いたってストレートな命名。ついでながら[ザビー]は“THE BEE”なので本当は“ザ・ビー”と発音しなければおかしいのですが、それ以前にスズメバチがモチーフなのにbee(=ミツバチ)とは何ゴトぞ。
 クワガタのアナグラムとstagの語呂合わせにattack(=攻撃)の意を含ませた[ガタック]はケッサク。
 (一応、[カブト]は甲種武装戦斗員を縮めて“甲武斗”なのだという未確認情報も耳にしましたので、併せて紹介しておきます)


 5人目の最強(?)ライダー・クワガタモチーフのガタックが登場したところで、『劇場版 仮面ライダーカブト GOD SPEED LOVE』の撮影に突入。
 劇場版に新登場する3人のライダーは、ケタロス、ヘラクス、コーカサスと、世界のカブトムシ・ライダー大集合てな具合で、もう完全に「ビーファイター」を通り越して「ムシキング」ワールドと化しています。わけても、畏(おそ)れ多くも黄金に光り輝く幻の仮面ライダーコーカサスは、かの岡元次郎氏が演じますので要注目ですよ、みなさん。
 そして、お約束のカブト・パワーアップ・バージョンは劇場版で初披露された後、8月中旬からTVシリーズに登場する予定。その名も[ハイパー・カブト](仮称)には、なんでも“時間を巻き戻す”クロック・バック(仮称)なる新機能が備わっているらしい。
 「時間遡行」が可能というコトは、またしても『龍騎』最終話(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20021108/p1)のように……?


 ♪ OVER THE TIMES 時(いま)を越えて



 ところで関係筋によると、本作の企画段階では、カブトムシ(主役)、スズメバチ(敵役)、オニヤンマ(ある時は敵、又ある時は友)、クワガタムシ(相棒)をモチーフにした仮面ライダー“4人”が順次登場する予定だったそうです。
 シリーズ35周年記念のアニバーサリー作品だけに、デザイン・モチーフは「仮面ライダー」の原点である“昆虫”に統一され、夫々(それぞれ)に歴代ライダー(仮面ライダーストロンガー仮面ライダースーパー1(ワン)、仮面ライダーV3、仮面ライダークウガ)のイメージを踏襲したデザインになる筈だったそうですが、いざスーツが出来あがってみれば、カブトは“ストロンガー”というよりも“ショッカー怪人カブトロング”、ザビーは“スーパー1”というよりも“ドグマ怪人バチンガル”、ドレイクは“V3”というよりも“ウイングマン”、ガタックは“クウガ”というよりも“仮面ライダーG3−X”――といった体(てい)になってしまいました。(ナゼ?!)


 比較的早い段階で、天道総司(てんどう・そうじ=仮面ライダーカブト)と加賀美新(かがみ・あらた)の2人だけでは1年の長丁場を乗り切れん(企画時の設定では、ザビーとドレイクはあくまでワキ役扱いで、シリーズ前半はカブト単独、後半はカブト + ガタックのダブルライダー体制を展開する予定だったとか/なお、加賀美が仮面ライダーガタックになることは当初から決定済み)と判断され、レギュラー・ライダーの増員(倍増)計画が決定。サソリの尻尾をツノに見立てて頭頂部に配した意匠がショッカー怪人サソリトカゲスっぽい[サソード](“蠍”は昆虫じゃないけどね……)に加え、9月以降の第3クールで、更に3人の新しい仮面ライダーが参戦する模様――敵か? 味方か? 多分、両方?


 仄聞によれば、3人の新ライダーとは[バッタ型の双子ライダー](1号&2号?)と、カブトにとって不倶戴天の敵となる[黒いカブト]だって。(今後変更される可能性もあります)
 なんとまあ、ツボを押さえた手堅い設定でありましょうか! ひえぇっ、はやく見てぇ!


 目下のところ、TVシリーズに登場したライダーは1人も死んでいませんから、この調子でゆくと8人ライダーの群雄割拠・戦国時代に突入! 間違いなく、白倉Pは『龍騎』の「13人ライダーのバトルロワイヤル」の再現を目論んでいますね。
 (劇場版で、矢車想(やぐるま・そう)がスズメバチモチーフの仮面ライダーザビーの資格者に復帰している(?)との噂がチト気になりますが……)


 もともと、井上脚本の真骨頂とは、最初に緻密なプロットを立てるのではなく、無節操にキャラクターを動かしていくうちに、当初は予想もしなかった関係性が生まれて、そこから新たな物語が発展してゆくことにありますから、〈レギュラー・ライダーの増員〉は望むところでありましょう。
 こうして次第に増えてゆく登場人物達が各々(おのおの)に「一人歩き」をすることによって、複雑な人間関係(=対立、共闘、恋愛、裏切り、復讐)のネットワークが四方八方に拡散し、更に新しい「状況」を現出させるという一連の連鎖こそが、かつて一世を風靡した〈白倉ライダー〉のドラマツルギーの醍醐味の本質なのです。


 なぜ白倉ライダーが人気があるのかというと、単に伝統的なヒーローの道徳観念を覆したからではなく、実は道徳・規律と共に、その奥に潜んでいる「偽善」をも断固否定しているからなのです。
 但し、旧来の常識をブッ壊したラジカルな作劇手法と表層的にインモラルなイメージが先行して、「英雄」としての信念を忘れ、「強さ」(=暴力)と「対立」(=排他性)だけを強調しているように誤解されることも多いのも事実ですが……。


 「英雄」が英雄視されなくなった時代には、英雄と悪漢の対決は私的な闘争に堕し、その強さは「暴力」として認識され、悪を駆逐せんとする正義の努力も「排他的行為」としてリベラリスト達から指弾されかねない――というジレンマを顕現化させた『クウガ』は、ある意味で鋭い。
 しかし、主人公=五代雄介が発狂(人格崩壊?)の末に出奔し、自らが提議したテーマを完遂することなく幕を閉じた大団円(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090907/p1)には、今も懐疑の念を禁じ得ません。
 結果として、〈新しい仮面ライダー像〉を生み出すことができなかった『クウガ』は「保守反動」のレッテルを貼られて封印され、その後を受けた白倉ライダーは「反動」の「反動」だけれど、単に「保守」に回帰するのではないという、難しい立場に立たされました。


 そこで誕生したのが「模範的ヒーロー」を“裏返し”にした「一匹狼の自警団員」で、その目的は「自己犠牲」ではなく「自存自衛」、手段は辛辣で卑怯であるにせよ、結果がよければ、どんな鬼畜の所業も正当化され(The end justiφ’s the mean.)、そのコンセプトの下で酷薄非情の信条が確立され得る背景として、猖獗(しょうけつ)をきわめた世界観が呈示され、一切の善意が通用しない地獄に放たれたヒーロー達は流血の闘争を開始しました。


 「敵もまた仮面ライダー」という状況は、対立する二者の立場を〈正義=ヒーロー〉と〈悪=怪獣怪人〉とに区別することなく、互いの出自を“同等化”することによって、『クウガ』で非難された「正義の名の下に行われる排他的破壊行為」という事態を回避することに成功しています。
 つまり、主人公ライダーが敵役ライダーを倒しても、それは正義の味方が悪党を私刑に処したのではなく、あくまでも同等の立場にあるライダーとライダーが競い合った結果、「一方が死に、一方が生き残っただけ」の話だということに落着するのです。なんと巧妙な作劇術――ウマい!


 『クウガ』が提示したもう一つの問題=「仮面ライダーの機能・能力を“暴力”としてとらえるか、英雄に与えられた“特権”的超能力としてとらえるか?」に対しては、ライダーの力を得た者の「自制心」の問題として捉え、良くも悪くもベルトを手にした人間の資質次第で「正義のヒーロー」にも「極悪非道の大悪党」にもなれることを複数のライダーの存在によって明確に表現しています。
 だから、仮面ライダーがたくさん出てくるのは、何もスポンサーにおもねっているワケじゃないんだよ。(ホント?)
 高寺氏自身が解答を出せなかった『クウガ』の問題提議にあざやかにケリをつけてくれた白倉ライダーは、まだまだ今後も増殖し続けてゆくことでしょう。白倉ライダーのアイデンティティーを打ち砕くNEWヒーローが登場する其の日まで――。



 自分は何と神聖な、誇り高い使命を天から与えられていたのだろう。それが人類を永遠に生き永らえさせるための、尊い仕事であるとも知らずに。

『プリズンホテル 秋』
浅田次郎徳間書店/94年)


 [仮面ライダーに選ばれた男]・天道と[仮面ライダーになれなかった男]・加賀美の出会いで始まった物語は、#09〜#10で道を踏み外して仮面ライダーザビーの資格を失った矢車想の変身アイテム・ザビーゼクターを装着する資格を新たに獲得した(=意思のある(?)ザビーゼクターに新たに選ばれた)加賀美が、天道との対決を忌避して自らその資格を捨てたことで第一段階の決着を見ました。
 (ライダー同士の戦いを回避するには、ライダーであることを拒否するしかない――城戸真司(きど・しんじ)=仮面ライダー龍騎が1年かけても答えを見出せなかったこの難題に、即断で結論を出すことができた加賀美新はエラい?!)


 自分自身が「人間に擬態したワーム」であることに気づいていない仮面ライダーサソード神代剣の登場によって、またしても『仮面ライダーアギト』『仮面ライダーファイズ』のプロットの焼き直し[=非人ヒーローの悲哀/人類VS新人類]みたいになってきているのが気になりますが、今後は、例によって、行きあたりばったりのライダー同士の不毛な闘争が毎回のように繰り返され、グチャグチャの人間関係が極限まで煮詰まった果てにオール・ライダー大殺戮が始まることでしょう!?


 果たして、『カブト』は、第2期・白倉ライダー再興の魁(さきがけ)となれるのか? 


 ――ええッ、○○○と×××は血の繋がった兄妹なんだって? そ、そ、それじゃァ、やっぱり……(絶句)



P.S./7月中旬、早くも来年度の新番組企画がスタート。とりあえず次回作も「仮面ライダー」に決定したとの由。

(06年7月執筆)


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2007年準備号』(06年8月12日発行)〜『仮面特攻隊2007年号』(06年12月30日発行)所収「仮面ライダーカブト」合評1より抜粋)



[後日付記](07年1月・私信より)

 〔クロックアップ〕の基本設定・科学的考証(?)に関する誤認の件についてはフォローして頂きまして(編:同人誌版では付記の形式。弊ブログではコメント欄にて)、どうもお手数をかけました。
 ホント、最近は「てれびくん」「テレビマガジン」すら読まなくなってしまったもので、まったく勉強不足でした。“SF的な”フィクションは好きなのに、SFマインドの本質を把握できていない私には、相対性理論などはチンプンカンプンなもので……反省しております。(とはいえ、いずれにしても、高速運動時に通常空間の固体と接触すれば、摩擦は生じるワケでしょ?)
 ま、あの一節の趣旨は、クロックアップ時の〈映像処理法・映像演出〉に対する考察でしたから、堪忍してください。
 されど、たとえ反対意見や粗探しにしても読者様からのリアクションがあったというのは、書き手としては嬉しい限り。「どうせ、俺の書いた文章なんか、誰も真剣に読んでくれないんじゃないかなぁ」と、書くモチベーションが低下気味だったので素直に喜んでいます。やっぱ、読者様から何か反応が無いと張り合いがないですよね〜。


 ちなみに、SFマニアの友人に、クロックアップの描写の矛盾点の講釈を一席ぶったところ、
 「仮面ライダーやワームみたく荒唐無稽な代物が存在するナンセンスな世界観に於いて、アクチュアルな科学的検証をしてみても仕方ないだろ? 『ウルトラマン研究序説』(91・中経出版ISBN:4806105600・98・扶桑社文庫・ISBN:4594025501)でもあるまいし、下らない」
 と、けんもほろろに一蹴され、まるで相手にして貰えませんでした(笑)。キツかったなぁ……)


(編):(さらなる1年後の後日付記:08年2月10日)

 編集者自身も、『五星戦隊ダイレンジャー』(93年)キリンレンジャー・天時星・知(カズ)の得意ワザ“天時星・時間返し”とか、往年のTVアニメ『ポールのミラクル大作戦』(76年・タツノコプロ)での時間停止とか、マニア予備軍のイケすかないタイプのガキなら小学生のころから皆が思っていたであろう(笑)ジャンル作品の常套的な欠陥(?)……


 ――停止時間や遅滞時間の中でも行動の自由はあるのか? 動いたら、空気の分子にぶつかっちゃうんじゃネ?――


 ……なーんて、そんなことは、むかしからいつものことだし、球状雨粒だってその方が「絵」になるからの確信犯だろうし、今さらドーだってイイじゃん! 判っててあえてマジツッコミ、言及しないのが普通じゃネ!? ……と思っていたのは、キミとボクだけのヒミツだよ!(笑) 



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 (平成ライダーの関東・中部・関西の平均視聴率は各作品の「終了評」末尾に記載)