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仮面ライダーカブト 後半評 〜ドレイク風間大介&少女ゴンVS間宮麗奈! 〜再UP & DCDカブト編

仮面ライダーディケイド#7 〜タイムパラドックス解析!(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090308/p1

『仮面ライダー』シリーズ評 〜全記事見出し一覧


 『仮面ライダーディケイド』(09年)メインライター・會川昇(あいかわ・しょう)センセイのまさかの降板! という大スキャンダル。


 マニア世間で出回っていた公然のヒミツ(笑)である脚本家の後任は、今や平成ライダーではおなじみ米村正二センセイと、平成ライダーは初参加になるコレまた會川センセイとは似たような初期キャリアの、80年代末期〜90年代の特撮雑誌『宇宙船』誌の読者投稿欄担当ほかの編集者として活躍して、平成ウルトラや戦隊、フジテレビ深夜ノイタミナ枠のTVアニメ『図書館戦争』(08年)などの脚本家としてもおなじみ、『仮面ライダー龍騎』(02年)のころにも次の平成ライダーに喰いこもうとしているウワサなぞもあった古怒田健志(こぬた・けんじ)センセイ!


 會川センセイと同じ理由で、平成ライダーシリーズの重箱の隅を突っつく『ディケイド』の企画に古怒田センセイは合っているとは思うので、けっこうイイんじゃないですか?


 まぁSF的・テーマ的なヘリクツは一応あっても、基本はバトルで押していく番組だから、今後の各話単位の出来には不安はあまりなく、何とかなりそうには思う。
 もちろん肝心の終盤の大風呂敷の包み方には、大いに不安が募るけど(笑)。
 


 その古怒田センセイ初登板の『ディケイド』「カブトの世界」編。


 当然、TV正編『仮面ライダーカブト』(06年)でカブトこと天道総司(てんどう・そうじ)を演じた、今や飛ぶ鳥を落とす勢いで(つい先日、結婚してしまったから旬はもう過ぎた?)、ゴールデンタイムのTVドラマにもレギュラー入りするほどメジャーな存在になった水嶋ヒロご本人が登場するワケもなく。


 私事で恐縮だが昨夏、オモテの仕事での客先直帰の際に、何か映画でも観ようと上映時刻目当てにコンビニで雑誌「ぴあ」なぞを立ち読みしていたら、若者向け各種ヘアスタイルコーナーで、水嶋ヒロ(=仮面ライダーカブト)風だの、佐藤健(さとう・たける)(=仮面ライダー電王)風だのの文言が!!
 コイツら若者向け雑誌でロールモデル(見本)になれるほどの、ソレなりにメジャーな存在だったのかヨ!? と今さらながらに衝撃を受ける。


 いやはや平成ライダースタッフ陣のキャスティング能力の高さ・センスには驚くばかり
 (もちろん東映・TV局・広告代理店等の合議で決定していくのだろうけど、ひょっとして東映のプロデューサー・武部直美女史の男性を見る審美眼が決定打? 実は彼女こそが平成ライダーシリーズの一番の影の功労者だったりして!?・笑)
 


 人間に擬態して暗躍する宇宙から隕石にまぎれて来訪した敵怪人ワームに対抗する機動隊のような国家的(?)秘密組織ZECT(ゼクト)と、それに属する多数の隊員たちとエリートの仮面ライダー数名。
 そして、主人公は組織に所属しない一匹狼、彼らとは一線を画して行動する、出自も不明ながら同じ原理のシステムで変身できてしまう自由人・生活者の仮面ライダーカブト


 ……といった、なにかその設定を改めて言語化してみると、本作放映06年の前年05年に打ち切りの憂き目にあった『ウルトラマンネクサス』(04年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060308/p1)の基本設定にもどこかよく似ている本作『仮面ライダーカブト』。


 もちろんTV番組はひとりの意向ですべての企画と設定が決定されるものではないのは重々承知しているけど、東映白倉伸一郎プロデューサーが『ネクサス』を観て、「自分が作るならば、放映打ち切りにあわないよう、ハード&リアル&シリアス(笑)志向のマニア受けのみに留まらず、子供や女性層にもウケるようにも折衷しつつ、商業的・玩具的・作劇的な見栄えや見やすさも考慮すれば、こんな風に作るのに……」といった一面も『カブト』の初期着想のひとつにはあったのではなかろうか? とも個人的には愚考するのだが。


 まぁ『カブト』後半〜終盤も、翌年の『仮面ライダー電王』(07年)同様、余儀ない事情でメインヒロインの実質的な降板が発生して、シリーズ構成的には残念なところもあったけど……てゆーか、そんなことは毎年のことだし(笑)。
 つーか、大方のマニア的には、『カブト』は前半の方も評価は高くない?


 弊ブログ編集者としては、白倉P&井上脚本コンビの出世作超光戦士シャンゼリオン』(96年)的に、エキセントリックな方が主人公で常識人の方がサブという逆転キャラシフト。
 1クール目終盤などの、


 「加賀美! 友情を言い訳にして、俺を頼るな!」
 「天道、ようやくわかったよ……。俺とお前は友達じゃない!!」
 「そうだ、友達じゃない! 今度、ウチに遊びに来い。とびきりうまいものを食わせてやる!」


 というセリフの応酬。悪いイミでの日本的ムラ世間な、異論を云えない(異論を受け止められない)ベタベタした馴れ合い仲よしグループではない、価値観・美意識も異なったままの自立した個人同士が、接点を持っていく人間関係にはシビれるというか、心の底から共感・同意してしまうのだが……。
 自信満々、自意識過剰なエキセントリック・性格異常ライダーたちのぞくぞく登場もたまらない(一部、無意識過剰なヤツもいたけれど・笑)。



 『ディケイド』「カブト」編では、カブトこと最強の主人公がたびたび言及していた「おばあちゃん」がついに映像化!
 なんとそのお姿は、大ベテランの佐々木すみ江(ささき・すみえ)だったとは!(ってまぁパラレルワールドのおばあちゃんだから、『カブト』正編のおばあちゃんとはイコールな存在ではナイけれど・汗)
 編集者のようなオッサン世代的には、佐々木すみ江といえば、やはりTBS金曜ドラマ山田太一脚本の『ふぞろいの林檎たち』シリーズ(83・85・91・97年)の中井喜一演じる主人公青年のグチっぽい昔ながらの母ちゃん役にして、主人公の兄夫婦に対してはイヤミな姑(しゅうとめ)としてふるまっていたイメージがキョーレツだ。


 「カブト」編前編は、組織に属する副主人公青年とエリート隊員の仮面ライダーザビーに、組織に属さない仮面ライダーカブトの対比・対立を描いていた、『カブト』正編第1クール目を主にアレンジ。
 前者のふたりの役回りを矢車想(やぐるま・そう)ならぬ弟切ソウ(おとぎり・そう)のザビーに統一・集約し、後者のカブトの変身前は姿も現さない(笑)。しかして、食堂やってるおばあちゃんの孫のゲストヒロインの行方不明の兄が、TV正編とは異なり○○の方だった!? というオチ。


 個人的には、今まで放映分の『ディケイド』のエピソードで、空気やテンションがちょっと異なったりユルかったりしたのは、米村脚本の#8〜9「ブレイドの世界」編かナと思っているが(過剰に悪いとも思ってないけれど)、そのようなヤワなゆらいだ不安定な印象は「カブト」編前編からは受けなかった。
 世界観や作風にキャラがある程度、確立したあとに登板した利点はあるから、脚本家の力量を単純比較はできないものの。


 「カブト」編後編は、放っときゃイイのに(笑)、なんとTV本家の『カブト』のあのあまりにややこしい、なんだかよく判らないパッとしない後半をアレンジ。
 本家の後半も、妹の正体が○○で、敵怪人ワーム一族にも1999年の渋谷隕石落下以前に、同族なのか別種族なのかもTVだけで観てるとよく判らなかった、ネイティブなる分派の穏健派が存在することが判明。
 名前からしネイティブアメリカン(=インディアン)かノンマルト(『ウルトラセブン』(67年)#42)並みに人類以前の先住民族なのかと思いきや……、初作『仮面ライダー』(71年)が放映開始されたころのたかだか35年前に来訪したという拍子抜けトライブなので、そのネーミングは字義的にドーなのよ!? と思わずにはいられなかったものだが。


 そのアレンジ結果はほどよく整理されて、なおかつおばあちゃん&妹&カブトの家族の人情噺(にんじょうばなし)としても、昭和的な孤高の哀愁ただようヒーロー像としても美しく仕上がっていたと思う。


 ただまぁ本家『カブト』を観ていなかった視聴者は(あるいは観ていた視聴者でさえも・笑)、自分の正体がワームであることを自覚してなかったワーム人間が存在するのは何故? ワーム人間ならコピー元の人間もいたのでは? あるいは良いワームと悪いワームが何故いるの? カブトの変身を解きさえすれば、高速移動クロックアップもできなくなるんじゃないの?(人体にもタキオン粒子がみなぎっちゃったから?) 悪いワームを全滅させたあとでカブト捕獲作戦に使われたクロックダウンシステムを修復して電波を放射すれば、家族の許にカブトは帰ってくるんじゃないの? とのプチ疑問も生じるのではなかろうか?
 が、まぁそのへんの説明を30分番組でやるのは、理に勝ちすぎていてヤボだろうし、家族の許への帰還の喜びより、離れていても心は通じてる、そして旅立つロンリーヒーロー像! を描くことに主眼があったのだろうから、コレはコレでよいだろう。


 ラスト、おばあちゃんのおでん屋の許に戻る妹少女。演出&BGMともあいまって、実は彼女の正体も知っていてすべてを受け入れているおばあちゃんこと佐々木すみ江の無言の表情演技がすばらしく、思わず目頭が熱くなる。


 もちろん、もっとヒイて背進して捉え直してみせれば、その正体がワームであった○○とか、怪人打倒後にクロックアップ状態に戻ってしまうカブトとか、やはり本家『カブト』を観ていなかった視聴者や子供には(観ていた視聴者や子供でも)多少釈然とできない可能性もあるけれど、悪い敵怪人を倒してメデタシメデタシ、カブトは旅立って(?)しまったけれども近くにいるよ! というストーリーの大ワクのユルい認識で満足している視聴者もたくさんいるだろうから、それならば問題はナシだろう。
 ○○もワーム化してクロックアップ・高速移動すればカブトと同期できるとか、リクツはともかく絵的には美しくない、家族の絆テーマをボヤかすような、ヤボなツッコミはしないように(笑)。


 ウェルメイドな人情噺として落とすのは、子供向けかつ大衆娯楽作品としてはまったく正しいと思うし、ジャンル作品も基本的にはそれを目指すべきだと思うので、逆に云うと今までの白倉P&井上脚本路線の悪意と対立と性格異常者が拮抗する平成ライダー路線はヤリすぎな面も多々あったこととも思う。


 だが、『ディケイド』「カブトの世界」編のアレンジの絶妙さを称揚しつつも、ないものねだりで、理性の次元ではともかく個人の感覚・好悪の次元では、シリーズ構成面での弱点はともかく、本家のカブトこと自信満々オレ様キャラの天道総司や、性格異常な仮面ライダーザビー矢車想仮面ライダードレイク風間大介仮面ライダーサソード神代剣(かみしろ・つるぎ)のエキセントリックなワールドが、小生には性格的には肌に合う。
 本家『カブト』のあのイカレたキャラと世界が早くも懐かしい。いやまぁ「カブト」編後編にて、ライバルライダー・仮面ライダーディエンドがカードから召喚したエキセントリック系ライダー・仮面ライダーイクサの名護さん(?)の声で、自身を慰めたいと思いますが(笑)。



 『ディケイド』開始当初、『カブト』のウラ設定であるオールドSFなタキオン粒子――光よりも早い架空の素粒子相対性理論では光の速さこそが絶対普遍で、時間・空間の方が伸縮するので、光より早い素粒子は原理的には時間を逆行することも可能というアレ――を用いた加速装置クロックアップで、『ディケイド』終盤では、#1冒頭のライダー大戦の時点のメタ過去に遡(さかのぼ)って覗いたり、介入して歴史の改変・やり直しを行なうのかも!?
 などと妄想なぞをしたものだが、ハイパークロックアップは、あくまで時間の逆行のみで、パラレル世界のヨコ移動はできませんか、そーですか(汗)。


 事前にウワサが飛んでいた本話の敵怪人が、SMAP稲垣吾郎ちゃん主演の『仮面ライダーG』(09年)に登場したナントカワームのホントにホントの流用だったのにはご愛嬌。……視聴者をバカにしているゥ〜〜! などの中二病的なクレームがほとんど見当たらないあたり、皮肉ではなくイイ意味で特撮マニアも成熟したものだ。


 次回「響鬼(ヒビキ)の世界」編の予告を兼ねたラストのクロージングで、シメったソフトフォーカスのライトグリーンな深い森の中、悪役(?)レギュラーのナゾのオジサン・鳴滝が、仮面ライダー響鬼の変身アイテム・音叉(おんさ)を額の前で鳴らす。
 その直後、樹上には仮面ライダー響鬼の勇姿が!!(……仮面ライダー鳴滝鬼(ナルタキ)ですか?・汗) まぁそんなシーンはきっと次回の本編に欠片も存在しないハッタリのヒキなのでしょうが(!?)。



 というワケで、『仮面ライダーディケイド』(09年)に、仮面ライダーカブトが登場記念!
 どうせなら、『ディケイド』「カブト」編前編の主題歌映像の「一部」のみに、09年5月1日(金)公開の『劇場版 超・仮面ライダー電王&ディケイド NEOジェネレーションズ 鬼ヶ島の戦艦』の映像を挿入するだけでなく、主題歌前のアバンタイトルから主題歌を経由してその直後のスポンサー告知に至るまでの一連の映像「全部」を、まるまる映画の見せ場として宣伝的に羅列すればよかったのに!!


  ……とカコつけて(汗)、『仮面ライダーカブト』後半評を再UP!


仮面ライダーカブト 〜後半評 仮面ライダードレイク風間大介&少女ゴン VS 間宮麗奈

(文・伏屋千晶)
(06年11月執筆)

白倉ライダー血風録

* GO FOR BROKE!

 私が最も信頼するゴールデン・トリオ = [白倉伸一郎(プロデュース) + 井上敏樹(脚本) + 田崎竜太(監督)] の結束が崩れてから、はや2年――
 それからというものは、新しい「劇場版仮面ライダー」が封切られても、映画館まで足を運ぶ気が起こらなくなり、ディレクターズカット版DVDがリリースされるのを待って、レンタルで済ませている始末。


 ですが、今年06年の『仮面ライダーカブト』(06)は、久しぶりに“真性”の白倉ライダーだし、かの岡元次郎氏が劇場版オリジナルの新ライダー=〔仮面ライダーコーカサス〕を演じると聴いて、俄然(がぜん) 食指が動き出し、ついつい『劇場版 仮面ライダーカブト GOD SPEED LOVE (ゴッド・スピード・ラブ)』(06・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060820/p1)の上映館へ出向いてしまいました。


 で、その結果は……
 うぉ〜、つまんねー! なにしろ、“歴代ライダー中で最強(!!)”と大々的に喧伝されていた仮面ライダーコーカサス=岡元次郎の出番はめっちゃ少なかったし、それほど強くもなかった!
 第一、脚本の練り込みが不十分で、人間関係がよく分からん! 新ライダー3人各々(おのおの)のキャラクターも全然立っておらず、端役のTV版より引き続き登場する仮面ライダーザビー矢車想(やぐるま・そう) の方がカッコよく見えちゃうのは、どういうこっちゃい!
 おまけに、時間を巻き戻して全部チャラにしちゃうなんて、『仮面ライダー龍騎』(02)最終話(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20021108/p1)と同じオチやんか! クライマックスの舞台となる“天空の梯子(はしご)”のセットの造型もチープで映像的にスカスカだったし、これじゃ、まったく詐欺だ! 入場料返せー、バカヤロー!
 “児童向け娯楽活劇”のフォーマットを心の底ではバカにして見下している石田秀範監督の作品なんか、カネ払って観に行くべきじゃなかった!
 噫(ああ) 《白倉マジック》 もすっかり錆び付いたのぉ! ――後悔さきに立たず。
 (尚、“GOD SPEED LOVE”を翻訳すると、「恋愛成就祈願」。3単語の文字の中に“GOSPEL”=「福音」のスペルが隠れているのに気づきました?)


ドラゴンライダーの系譜

 米村正二(脚本) + 石田秀範(監督) の手による劇場版の出来が散々だった(敢えて詳細を語る気にもなりません)ので、TVシリーズの行く末も悲観していたのですが、どっこいマイ・フェイバリット・トリオ = 〔白倉 + 井上 + 田崎〕 が顔を揃えれば、やはり、一味違う。


 [田崎竜太]監督は、昨05年度下半期は『小さき勇者たち〜ガメラ〜』(06・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060714/p1)の撮影&ポスプロ作業に専念していた為に、『仮面ライダーカブト』の企画立ち上げにはタッチできなかったものの、『ガメラ』スタッフの年末年始休暇の合間をぬって『カブト』のタイトルバック(OP(オープニング))を演出した後、『ガメラ』が完成した06年3月から本格的に復帰。
 爾後(じご)、トンボモチーフの仮面ライダードレイク登場篇(#11〜12・ASIN:B000FVGPR6)、クワガタモチーフの仮面ライダーガタック登場篇(#21〜22・ASIN:B000I2JF0Q)、バッタモチーフの仮面ライダーダブルホッパー登場篇(#33〜34・ASIN:B000LC3QQW)と、新しいライダーたちの性格&位置付けを決定する重要なエピソードを担当し、演出ローテーションの主軸の座に返り咲いています。


 とりわけ、脚本の井上敏樹氏と組んだ一連の〔仮面ライダードレイク風間大介〕篇のエピソードは、シリーズのメイン・ストリームからは少し外れた“番外篇”的な扱いゆえに基本設定の“縛り”も少なくて、中途参加の田崎監督もノビノビと撮っている様子が窺えます。
 但し、それだけに、意図不明の実験的な演出、フザケたCG画像、過剰に凝り過ぎているカメラワーク、奇を衒(てら)ったカット割りなどが、少なからず鼻に付くこともありますが、恐らくは、白倉P(プロデューサー)が「他流試合(=『ガメラ』)を経た田崎監督がどれだけ腕を上げたか」を見極めようと、同監督の自由にさせているのかも知れません――勿論(もちろん)、来年07年度新番組の〔メイン監督〕のポストを委ねるために?



 因み(ちなみ)に、ドレイク=“drake”は“dragon”(ドラゴン)の古語表記に当たるそうで、勿論、モチーフとなった「トンボ」の“dragonfly”(ドラゴンフライ) に因んだネーミングなのでしょうが、[田崎“竜”太]監督が担当するキャラクターという含みもあったのではないでしょうか??
 そういえば、『仮面ライダーアギト』(01・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20080106/p1)と『龍騎』は、共に“龍”(竜)をモチーフにした仮面ライダーが主人公でした――今考えてみると意味シンです。(明確な説明が為されなかったアギトと仮面ライダーエクシードギルスの胸部中央の水晶体には“竜の逆鱗(げきりん)”という裏設定があったらしい)


 残念ながら、『仮面ライダー555(ファイズ)』(03・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20080120/p1)のスーツや武具・ファイズギアは、敵怪人オルフェノクの王=アークオルフェノク(イナゴ)の姿に似せて作られたモノなので、竜をモチーフとしていませんが、敵組織ラッキー・クローバーの“北崎”(=き田崎?)が“ドラゴン(竜)オルフェノク”だったのは、ハナシが出来過ぎていて、明白な作為を感じます。
 〈ドラゴンライダー〉への妙な拘り(こだわり)――それは、白倉ライダー99の謎(?)の一ツであります。(……バンダイ側の意向ですよ、てのは置いといて下さい)


* 無二の相棒

 井上 + 田崎 コンビによるドレイク篇は、06年11月末現在(本稿執筆時点)で8話分[#11、12、17、18、27、28、39、40]が放映されていますが、ドレイク=風間大介は、他のライダーたちほど主人公〔カブト=天道(日下部)総司〕や他のレギュラーメンバーとの因縁が深くないので、シリーズから独立したドレイクを主人公とする「連作」と見做すこともできます。
 と云うのも、風間大介と少女ゴンとの遣り取り(やりとり)だけでドラマが成立しており、その“ふたりぼっちの世界”に他の登場人物が踏み込むことができないからです。


 語彙(ごい)の少ない大介を少女ゴンが言葉を補ってフォローする、という井上脚本定番の反復パターンにより描出される両者の〈補完関係〉は「2人合わせて一人前」即ち(すなわち)「一心同体」の深い“絆”を的確に表現しています。
 つまり、ありふれた〈ヤサ男〉型キャラクターの類型に属する風間大介が、〈小姑(こじゅうとめ)〉キャラのゴンとコンビを組むことによって、ひと味違ったテイストに再生されているのです。
 脚本家・井上敏樹氏の人物造形テクニックは、相変わらず達者ですね。(劇場版の風間大介の印象が薄いのは、疑いもなくゴンが居なかったからです。石田監督は「風間大介のキャラ設定は、意図的にTVシリーズとは変えた」と仰ってますが、ホントに困ったカントクです)


 同じく、常套的な〈お坊っちゃま〉型に属する 〔仮面ライダーサソード(サソリモチーフ) = 神代剣(かみしろ・つるぎ)〕 もまた、〔じいや〕という貴重なパートナー(サポーター?)の存在のお陰で、“ワン・パターン”の謗り(そしり) を免れています。
 しかし、〈ボケ〉と〈ツッコミ〉の漫才コンビみたく、お互いに相手の存在を必要不可欠とする間柄だけに、もしも〈相方〉を失ったら、残された〈もう一方〉のアイデンティティもまた崩壊してしまう恐れがあります。


 それゆえ、記憶を取り戻して母親の許(もと)に帰ったゴンは(風間大介というキャラを生かすために)もう一度戻って来なければならかったのだし、じいやの出番が削られた後の神代剣のキャラはどんどんブッ壊れてゆくのです。


* 偽・兄弟ライダーの憂欝

 井上脚本の定番 = 〈ふたりぼっち〉の関係 ――時として排他的なまでに強固な結束に至る――を“学習”し、その極意を会得した(?) 米村正二氏が熟考の末に案出したのが 〔仮面ライダーキックホッパー〕 & 〔仮面ライダーパンチホッパー〕 = 通称、ダブルホッパーです。
 敢えて新キャラを登場させるのではなく、井上敏樹キャラである風間大介神代剣に比べて、いまひとつキャラが立っていなかった〔仮面ライダーザビー〕(スズメバチモチーフ)の資格者2人を、思いきってイメージ・チェンジ! ――お陰で、出世争いのライバルで、極めて険悪な関係にあった矢車想影山瞬が、なんと「義兄弟」(偽兄弟?)になっちゃいました。


 この大胆なイメチェン策(ほとんど別人!)の成否については、現段階では未だ明確な判断を下せませんが、ZECT(ゼクト) の中枢から外されたエリート矢車想(=キックホッパー)の〈いじけた落ちこぼれ〉への転落ぶりはあまりにも極端に過ぎて、著しく説得力に欠けているのは確かです。
 (なりふりかまわぬキャラクターシフト変更の強引さの裏に、〔人物造形〕の点で井上氏に劣る米村氏の切実な“焦り”が垣間見える……というのは、些か(いささか)意地悪なモノの見方でしょうか?)


 矢車想の急激な変節は、「面白ければ、なんでもアリ」のスローガンを掲げる白倉イズムの積極的な支持者であるこの私でも“いくらなんでも……”と呆れたくらいですから、演出を担当した田崎監督が、矢車の衣装から髪形まで全てを刷新して、まったく別のキャラクターに仕立てざるを得なかったのも、やむを得ないところですね。
 田崎監督の優れている点は、そういったエキセントリックな設定をも逆手にとって、プラスの要素に変換してしまうところです。恐らく、米村氏の脚本では、ダブルホッパーは“マジで格好いいアウトロー”として描写されていたと思われますが、同監督は、独自の解釈で、過去に登場した〔ネガティブ・ライダー〕の総決算的なパロディーとして具現化したのです。まさに英断でした。
 僻みっぽくて上昇志向が強くて陰険な影山瞬(=パンチホッパー)などは、そのタイプの演技(=嫌な嫌な嫌な奴)を生得のモノとする[山崎潤]氏〔『アギト』で北條透役/『ファイズ』で琢磨逸郎(=センチビードオルフェノク)役〕に演じて貰いたかったと思うのは、私だけではあるまい?


* 風来坊ライダー遊侠一匹

 〔仮面ライダードレイク〕・風間大介と少女ゴンとのロマンティックな関係も、下世話で現代的な解釈をすると〔女の子を連れ歩くニート〕になっちゃうそうで、殊に、小児性愛系のオタク層からのウケがイイらしい……あ〜あ、嫌ンなっちゃうなぁ!


 〔子連れの風来坊〕って、実は、往年のチャンバラ映画のヒーローの“鉄板(てっぱん)”パターンなんだよー!
 鞍馬天狗(くらまてんぐ)と杉作、丹下左膳(たんげさぜん)とチョビ安、拝一刀(おがみいっとう(『子連れ狼』)) と大五郎――って、聴いたことありません?
 要するに、(いかに悪党とはいえ)人間を何人も斬り殺す時代劇ヒーローのヒューマニティ(人間性)をアピールする方便として、〈子供を慈しむ父性愛〉が頻繁に活用された訳です。


 言わずもがな、『仮面ライダー』(71)を代表とする〔東映変身ヒーロー活劇〕のドラマツルギーは、昭和30年代に隆盛を極めた〔東映娯楽時代劇〕のフォーマットに準拠しています。
 その東映時代劇の中に昭和前期の大衆文学の大家・長谷川伸(はせがわ・しん)原作の『沓掛時次郎 遊侠一匹(くつかけときじろう ゆうきょういっぴき)』〔監督=加藤泰(かとう・たい)/主演=中村(萬屋錦之助よろずや・きんのすけ)/66年・ASIN:B000EMH5P2〕なる1本があります。


 詳細な経緯は失念しましたが、主人公=時次郎は、喧嘩で殺してしまった相手の息子を連れて旅をしており、父親の仇という異常な関係を越えて、少年は時次郎と心を通い合わせます。
 しかし、生来荒っぽい気性の時次郎は、相変わらず、喧嘩があれば平気で相手を斬り殺してしまいます。その都度、少年は“人殺しは止めて!”と時次郎に泣いて訴えますが……
 で、その後、いろいろと紆余曲折がありまして、ラストの喧嘩の場面での時次郎は、悪人どもの前に自分の刀を投げ捨て、「命はひとつきり、大事にしな!」とズバッと啖呵(たんか) を切って、少年と共に去ってゆきます。いよッ、カッコいい!
 この物語では、子供は時次郎の〈良心〉として機能し、子供と共生することで、時次郎は〈人間的成長〉を遂げています。此(こ)の、お互いに補完しあう時次郎(=ヒーロー) と子供の間柄は、風間大介とゴンのそれと酷似しています。


 ――以上を、「井上敏樹氏の作劇術は、その根本に於いて、アナクロな時代劇の古典を踏襲している」という事実の証左として、私は提示したく存じます。
 “喧嘩には滅法(めっぽう)強いが、掌を返したように女子供には優しい風来坊”――ウーン、こうして考えてみると、今風に“フェミニスト”なんて呼ばれるけれど、風間大介のキャラって、股旅(またたび)映画に出てくる渡世人ヒーローそのものやねぇ。
 ま、一歩間違えたら“女蕩し(おんなたらし)”になりかねないけど……(ゴンがいるから、大丈夫?)



 いつでも、どんな時でも、女子供や年寄りを泣かせちゃならねえ――それが、侠(オトコ) のアイデンティティーだ!

『プリズンホテル 冬』

* 殺し合う恋人たち

 ゴンが居なければドラマが成立しない風間大介だけに、ゴンとの「別れ」〔#17〜18・ASIN:B000HKDDX4〕と「再会」〔#27〜28・ASIN:B000J3FG4S〕を以て(もって)〔ドレイク篇〕は既に終了したような雰囲気もあったのですが、シリーズが最終決戦に突入する直前に“入魂の番外篇”を挿入する癖がある井上敏樹氏の筆により、今年06年もまた#39〜#40(ASIN:B000M5KBG6)に於いて「ドレイク・最終章」と称すべき、秀逸な名篇が生まれました。
 (最終回に向けて物語の収拾段階に入る第4クールでは、メイン・プロットに関係のない番外エピソードは作り難くなりますが、あらゆる要素が熟したこの時期にこそ、井上脚本の傑作が生まれる傾向があります。代表例は『龍騎』インペラー編(#41〜44)、『仮面ライダー響鬼(ヒビキ) 』(05・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20080203/p1)シュキ編(#36〜37)など)


 #39〜#40で描かれた 〔仮面ライダードレイク風間大介 × ウカワーム(敵怪人)=間宮麗奈(まみや・れな)〕 のストーリーは、井上脚本作品としては『光(ひかり)戦隊マスクマン』(87)#34「愛と殺意のブルース」、『地球戦隊ファイブマン』(90)#39「愛を下さい」、『超光戦士シャンゼリオン』(96)#6「ごめんね、ジロウ」(ASIN:B0001W8HXYASIN:B00008NB3W)の系統に属する《殺し合う恋人たち》の物語で、いずれも「怪物化した恋人的な存在の異性と戦い、殺す」という、闘争に呑(の)み込まれた男女の悲劇をメイン・プロットとします。
 基本的に〈アンチテーゼ篇〉を専門とする井上氏としては、“正義全能主義”を声高に唱えるヒーロー番組製作者たちに対して「正義の為ならば、ヒーローは恋人も殺すのか?」という痛烈な皮肉と批判の念を込めて書いたのでしょうが、一般的には〈ダークな恋愛ドラマ〉という側面が大いにウケて、メインライターを務めた『鳥人戦隊ジェットマン』(91・ASIN:B000803CG6)は“戦うトレンディードラマ”などと評されて話題になりました。
 恋人や友達、愛する者が怪物化して……云々というパターンのプロットは、ずっと昔から結構存在していたのですが、井上脚本の特徴は、怪物が「最も親しい者」の手によって殺される、という一点に尽きます(エグい!)。


 さすがに、井上氏がスーパー戦隊シリーズに初参加した『超新星フラッシュマン』(86)で2本目となる#27「ダイ友情のパンチ」では、獣戦士に改造されたリュウグリーンフラッシュ=ダイの親友)を殺さずに最後には元の姿に戻してハッピーエンドで締め括っていますが、その次に脚本を担当した#38「ジンが死ぬ日?!」では、レッドフラッシュ=ジンが、メス(敵)に操られた仲間のフラッシュマン4人に殺されかけています。
 何故に、それほどまでに〈恋人〉や〈友達〉同士が殺し合うシチュエーションに執着するのか?
 更に、同話のラストでは、ジンが「俺は憎む! 仲間に俺を殺させようとした奴等を憎む!(大意)」と、敵に対する“憎悪の念”をハッキリと明言して、「罪を憎んで人を憎まず」の精神に基づく、旧来のヒーロー番組の常識を一気に覆してしまいました。
 曰(いわ)く、許すな、生かすな、殺しましょう――と。



 「加賀美! 友情を言い訳にして、俺を頼るな!」
 「天道、漸く(ようやく)わかったよ……。俺とお前はトモダチじゃない」
 「そうだ、“友達”じゃない。今度、ウチに遊びに来い。とびきり旨(うま)い物を食わせてやる」


 ――時として、〈憎しみ〉を思いきりぶつけ合うことも人間には必要なことであるらしい……。井上敏樹とは実に“逆説的”な感性を持ってしまったヒトだったんですね。

* 神よ、私は新しい歌を

 『カブト』#40が、一連の《殺し合う恋人たち》系統の作品の中でも抜きん出ている理由は、やはり、田崎監督の演出手腕にあります。
 対峙する間宮麗奈と風間大介の間に割って入った矢車想が、麗奈=ウカワームの右手のハサミの一撃で吹っ飛ばされるカットも傑作でしたが、なんてったって本エピソードの白眉は、間宮麗奈がステージに立って、ドボルザーク交響曲第9番「新世界より」(ASIN:B000STC5JWASIN:B0006B9YUKアマゾン・ドット・コムにて視聴可)を高唱するシーンです。
 麗奈の歌声は、無気味とさえ思えるほど深い静寂な感じをたたえ、ある神秘的なものの出現を予感するように響き渡ります。果たせるかな、その美声に浄化されたのか、ワーム(敵怪人)になった後も“間宮麗奈”は歌い続けます。


  秘める心もつならば 穣(みの)る心あたえよう
  そっと、そっと 少しずつ
  明日の花を 咲かせよう


 場面は屋外に移り、大介と麗奈は「対決」の時を迎えました。何故、お前は歌い続けた? 途中でワームになった筈なのに――と詰問する大介に、顔を背ける麗奈。
 戦意を喪失している大介に、ウカワームは“戦え!”と迫ります。


 ここで注目すべき点は、ウカワームが、抵抗しない大介をなんとか変身させようとして、駆け寄って来たゴンを襲おうとするところです。ゴンを傷つけようとすれば、大介は変身して助けようとするだろう――ウカワームの素振りには、明らかに“大介に殺されたい”というニュアンスが感じらます。
 しかし、よく考えてみれば、過去作品で“怪物化”したヒロインたちと違って、間宮麗奈は“ワーム”の方が実体なのです。ウカワームの方が、擬態した人間(=麗奈)の記憶に肉体を乗っ取られようとしているのです。だから、状況は一層複雑なのです。
 麗奈の記憶と感情に同化して、ウカワームは大介に対して親愛の情を抱いてしまった。だが、それはワームにとっては、最も忌むべき、お悍(おぞ)ましいことだったので、ウカワームは動揺した――という解釈で、いいのかな?
 まあ、とにかく、ウカワームの内面はグチャグチャになっていた訳ですが(プロトカルチャー?)、相対する風間大介は“美女ならばワームでも構わない”ってヤツですから、結構、チグハグだったり? そもそも、ウカワームが本来、雄(オス)なのか、雌(メス)なのかが分からへんのやからして、ホンマに洒落にならん話ですワ。


* KILL IS LOVE


  時は待たず過ぎてゆく 悲しい時も止まらずに
  過ぎゆく日々刻(きざ)むなら 笑いあえる喜びを
  護(まも)り賜(たま)え此(こ)の世界 永久に続く幸せを
  しあわせを――


 美しい歌声・音楽をBGMにして激しい戦闘アクションを展開する所謂(いわゆる)“音楽と映像の対位法”と呼ばれる手法は、それほど珍しいものではありません。
 また、その場面にヒロインの顔のアップをオーバーラップさせるという程度の画像処理は、凡庸な演出家でも思い付く範疇のものでしょう。
 しかし、常套的な手段であるにも関わらず、間宮麗奈のバストショットをオーバーラップさせた ドレイク × ウカワーム の対決の場面の映像は、観る者の心を揺さぶる!
 エッジをグラデーション処理して切り抜いた麗奈の映像素材を、画面の“センター”ではなく“下手寄り”に配して合成した映像センスが冴えています。
 無論、間宮麗奈を演ずる〔三輪ひとみ〕氏の美貌も素晴らしい。風間大介に“何故、歌い続けた!”と詰め寄られた麗奈が答えに窮する場面での、三輪氏の眉間の皺(しわ)のクローズアップ(!!)には、戦慄するほどにシビレました。
 ホント、あんなに美しい“眉間の皺”は今まで見たことありませんよぉ――そして、その表情を“額から鼻まで”のクローズアップ・ショットで押さえた田崎監督、アンタは本当に逸材や! 三輪ひとみ氏の顔の造作の長所をよく心得ていらっしゃる。感心致しました。



 死にたい殺したいはきっと同義語だし、それは愛情と同質のものだ。根っこは同じなんじゃないか。発露の仕方が違うだけのような気がするんだよ。

邪魅の雫』(じゃみのしずく)


 最後まで歌いきった間宮麗奈の歓喜の表情が、いっさいの恩讐を越えて、生物としての業を浄化するかのように輝かしく映し出され、荘厳で力強い結尾をなして物語は幕を閉じました。文句なしの傑作です。



――おれの胸で眠れ。 


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2007年号』(06年12月30日発行)『仮面ライダーカブト』合評④より抜粋)


『假面特攻隊2007年号』「仮面ライダーカブト」関係記事の縮小コピー収録一覧
・読売新聞 2006年7月24日(月) TV欄読者投稿「放送塔」「今までなかった温かみ」 〜おばあちゃんの教えに温かみ・31歳パート女性
サンケイスポーツ 2006年6月20日(火) ヒーロー婚 タイムレンジャー・タイムピンク 仮面ライダーアギト・ギルス 1・17入籍 ただいま妊娠8ヶ月 ♥もうすぐパパとママにヘ〜ンシン♥ 〜友井雄亮(ともい・ゆうすけ)(26)と勝村美香(26)、映画『パセリ』(05)の主演(恋人役)で共演、撮影後に交際を深めて結婚。
(後日付記:残念ながら、08年6月に離婚したそうです・汗)


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