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百獣戦隊ガオレンジャーVSスーパー戦隊 〜赤星政尚・竹本昇、出世作! 「戦隊」批評の特殊性!


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(脚本・赤星政尚 監督・竹本昇 アクション監督・竹田道弘 特撮監督・佛田洋

百獣戦隊ガオレンジャーVSスーパー戦隊 〜合評1・ソフト視聴今昔事情

(文・森川由浩)
(01年7月執筆)
 「スーパー戦隊25作記念作品」*1とOP(オープニング)の冒頭にクレジットされ、四半世紀の歴史を記念する作品としての側面を強調している現行戦隊シリーズ百獣戦隊ガオレンジャー』(2001)だが、視聴率も「戦隊」が97年に日曜朝七時台に移動してからでは最高の数字を獲得、本年01年9月には劇場新作映画『百獣戦隊ガオレンジャー 火の山、吼(ほ)える』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20011112/p1)も公開されることとなり、好評を博している。


 そしてその映画公開の前に「25作記念」を飾るに相応(ふさわ)しいビデオ用新作映画が製作された。小生その新作の試写会に当選したので、ビデオ発売に先駆けて早速(さっそく)見てきた。
 そこで今回はこの新作Vシネマの感想などを綴(つづ)ってみたい。尚、これは資料なども特に無く、試写会で一度見た直後に書いたものなので、本文中でのキャラクターの科白(せりふ)やネーミング等に記憶違いや勘違いによる誤記がある場合はご了承戴きたい。



 闘いの中、強敵に敗れた現役戦士・ガオレンジャー達の前にかつての英雄が出現、歴戦の勇者達の伝説を語り、士気を高めるというのが大まかな内容である。
 が、その中に歴代戦隊OB俳優を何人か登場させ、再演させて結成した「ドリーム戦隊」の登場こそが最大のウリである。
 そしてそのリーダーは予想通り、「戦隊」「仮面ライダー」の東映ヒーロー両シリーズに跨(またが)る文字通り「日本一のヒーロー俳優」宮内洋演ずる『ジャッカー電撃隊』(77)の後半に登場した行動隊長・番場壮吉ことビッグ1(ワン)であるのは当然の選択であった。


 そのドリーム戦隊、他の面々は


 『電磁戦隊メガレンジャー』(97)から諸星高校を卒業した今村みく・メガピンク、
 『星獣戦隊ギンガマン』(98)よりギンガの森に帰ったゴウキ・ギンガブルー、
 『救急戦隊ゴーゴーV(ファイブ)』(99)から警官に戻り町の平和のため活躍する巽(たつみ)ダイモン・ゴーイエロー、
 『超獣戦隊ライブマン』(88)からは亡き親友たちの墓参りに現れた天宮勇介・レッドファルコン


 であった。


 敵との敗北の中、戦隊先輩戦士の伝説を知った現役戦士と、「ドリーム戦隊」の共闘が幕を開ける。



 強敵に敗北して失意に陥るガオレンジャーが、その失意を乗越えて再起するのは、特撮ヒーロー番組の定番作劇である。
 が、今回はその再起のプロセスで語られる「伝説」に見られる歴代戦隊作品のグラフィティ要素と、長期間に渡る多くのシリーズの中からごく一部とはいえ歴代戦隊ヒーローOB俳優の再演が実現した話題満載の作品でもあった。


 脚本の赤星政尚は、本書をお持ちの方なら大多数の読者が存在を知っていると思うが、同人誌活動を若くから行っておれ、東映メタルヒーロー超人機メタルダー』(87)と『キカイダー01(ゼロワン)』(73)の宿敵ロボ・ワルダーを登場させたオリジナルストーリーの創作本を作ったこともある。
 同人活動後、徳間書店の今は亡き月刊幼児誌「テレビランド」(73〜97)編集部で活躍。以後フリーになって各種ムック本、特に東映系作品ならアニメ、実写に跨り各書籍で東映ヒーローの魅力を地道に伝える活動を中心に行っているライターである。
 近年ではテレビアニメ『デビルマンレディー』(98)『THEビッグオー』(99)『破邪巨星G(グレート)ダンガイオー』(2001)等の脚本も担当、そして念願の「戦隊」シリーズへの参加が本作で実現した。


 マニア上がりの脚本家ということで、一部のディティールのみに拘(こだわ)った作劇になるのではというような心配が全く無かった訳ではない。
 が、本作については、幼き日にリアルタイムで見ていた作品から、「テレラン」編集部で仕事の題材として立ち会い接した作品、そして近年の作品と、一通りのシリーズを把握しているだけあって、過去のキャラクター設定も守られた上で描かれており、好感が持てた。


 特に天宮勇介がかつての仲間達の墓参に現れるシーンには涙が込み上げて来ることを禁じ得なかった。本作の一番の見せ場であるとすら断言してしまうくらいだ。こうしたところに作品世界を把握している者とそうでない者との差が出ることを痛感した。


 監督の竹本昇は、かつてはあの老舗「仮面ライダーFC(ファンクラブ)・不死鳥(フェニックス)」の会員で、会のオリジナルライダーによる自主映画も製作、『仮面ライダーBLACK(ブラック)』(87・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20001015/p2)放映中に小学館が主催した「仮面ライダーグランプリ」*2なる公募イベントでは、自主映画部門で特別賞を受賞した過去もある。
 そして実際に東映テレビ特撮の現場に助監督として参入、『激走戦隊カーレンジャー』(96)で監督デビューを飾り、現在「戦隊」の監督として活躍中。
 そして本作のプロトタイプとなる『未来戦隊タイムレンジャー』(2000・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20001102/p1)の実質最終回枠で『未来戦隊タイムレンジャースペシャル・25戦隊大集合』(2001)の脚本、監督を担当。
 準備万端といった状態で本作の製作に入ったのであった。


 ファン活動で実績を積み、業界デビューを果たしたという、正に「マニア上がり」「オタク世代」を代表する脚本家と監督によって誕生したのが本作である。



 失意に陥った戦士に先輩から語られる伝説は、本作では過去のライブフィルムで表現され、
 「女戦士の存在の重要さ」
 「戦士の剣技」
 「怪力とそこに秘めた優しさ」
 「苦難を乗越える勇気」
 と、五人それぞれのキャラの立場の違いを通して語られていくが、ヒロイン編こと「女戦士の存在」の七変化シーンの連発が少し長過ぎる嫌いがあった。


 確かに楽しめるのだが、試写会の観客の子どもは中半になると少し退屈していたようだ。作品数も多い故、また自分の知らない作品で、尚且つ変身した仮面の姿でなく、生身の人間のスタイルでバニーガールや花嫁になるシーンばかり連発されても、面白くないかも知れない。
 うがった見方をすれば、少し年長のファンに媚びてるなという印象を受けた。我々マニアの場合でも、こうしたシーンは過去にリリースされた、東映ビデオのヒロイングラフィティのビデオ(『スーパーヒロイン図鑑』(92年・ASIN:B00005GOZG〜01年にDVD化・ASIN:B00005NDGOASIN:B00005TOLQ )など)で何度も見ているだけに。


 それらの伝説を語るドリーム戦隊の人選だが、現役児童にもなじみのある近年の作品を中心に三人を選び、リーダーについては前述の通り。
 あと一人は少し懐かしめで、また親の世代にはロック歌手としての知名度が高い嶋大輔扮するレッドファルコンを加入させたが、これは嬉しかった。
 特に彼の活躍こそ、本作最大の見せ場だろう。現在放映中の『ウルトラマンコスモス』(2001)の隊長役が決まったから、その関連もあって実現したのではと推測する。
 ガオイエロー鷲尾岳(わしお がく)に闘志を戻させるため伝説を語るシーンでの、年輪を経て円熟味溢れる大人の演技には感激を覚えた。


 ただ個人的な意見を言わせてもらえば、天宮勇介が「死をも恐れぬ勇気」の大切さを語る時は『ライブマン』の第一話、二話に登場、胎内に新たなる命を宿した若い母親を庇って死んだ恩師・星博士のシーンを使って欲しかった気がする。「死をも恐れぬ勇気」で「弱き命を守る尊さ」を実によく表現している名シーンだからだ。
 実際に本編で使われたサポートロボ・コロンが勇介を庇って倒れるシーンも印象的だが、ここは東映ヒーロー西の横綱と称される伴大介演ずる星博士が見たかったというのが、小生の希望であった。


 伴大介で思い出したが、ある程度年長のファン、特に70年代前半の変身ブーム世代からは、ドリーム戦隊に2代目バトルコサック・神誠(じん まこと)を入れて欲しかったという意見も多かった。
 この伴大介は、『人造人間キカイダー』(72)の主役ジロー、『イナズマン』(73)の主役・渡五郎(わたり ごろう)、『忍者キャプター』(76)の主役・火忍キャプター7(セブン)・出雲大介(いずも だいすけ)、そして「戦隊」シリーズでは『バトルフィーバーJ』(79)の2代目バトルコサック・神誠といった歴代ヒーローを演じており、以後の他作品のゲスト出演等の実績を見ても、東映特撮テレビには無くてはならない人材である。


 特に神誠は、『キカイダー』時期にはなかった、伴の渋みや力強さ、円熟味が溢れ、個人的には伴ヒーローのベストとして挙げている。個人的には伴大介の再演による神誠は大変見たいと思わせられる。
 確かにビッグ1の宮内洋と、バトルコサックの伴大介を入れると、それだけで年長のマニアには「究極の戦隊」的に見えるだろう。


 ただここで嶋大輔と伴大介を並べると、伴は神誠ではなく星博士になってしまうのだ。
 そのマッチングもあったのかも知れない。それと二大ヒーロースターを並べたら、年長マニアにとっては他の若手が一層霞(かす)んでしまい、全体のバランスが取れなくなることは明白であるからだろう。



 そして士気を取戻した戦士達は再度集結、先輩戦士も変身、ドリーム戦隊が現れ、共に強敵怪人ラクシャーサに立向う。だが巨大化したラクシャーサにはパワーアニマル達の合体した巨大ロボ・ガオマッスルの攻撃が通用しない。
 そこに歴代戦隊の巨大空母やレッドマシン群が応援に駆け付ける。そしてガオライオン達パワーアニマルも現れた。巨大化したラクシャーサは戦隊ヒーローの猛攻を受け、再び等身大に戻る。
 そこへガオレンジャーの新必殺技「ガオレンジャーボール」が炸裂した!
 ラクシャーサを倒した後、士気を取戻してくれたドリーム戦隊の先輩達はどこかに消えていた。彼らは一体何者だったのだろうか? 本当の「ドリーム」(夢)だったのだろうか……?



 内容も単純明快にまとめ、過去の「戦隊」シリーズ25年の歴史も振り返れるという、単に言えば「楽しめる」作品ではあったと思う。
 「戦隊」シリーズ25周年に相応しい作品に仕上がったと言えば、ベタ褒めし過ぎだとの批判も受けるかも知れないが、自分としては満足だった。


 勿論(もちろん)現役ヒーローが中心になっており、その中での旧作ヒーローとの会話のシーン、そこで語られる伝説の数々。それらの劇中諸要素とのバランスが取れていた。それは児童層と、年長のファン・つまり「大きなおともだち」にとってのそれぞれの見せ場が両立していたということでもある。
 東映戦隊初のVシネマ『超力戦隊オーレンジャー オーレVS(たい)カクレンジャー』(96・ASIN:B00005HQDX)以後の新旧バトンタッチ共演作品「戦隊VS」シリーズ*3の積み重ねが、今回25作記念として大輪の花を咲かせた。それは地道に、「継続は力なり」を立証し得たということでもあるだろう。


付記:ソフト視聴今昔事情


 今回のVシネ中での過去のライブフィルムを見ながら、ノスタルジックな思いに浸った年長のファンや、初めて過去の作品にふれ、興味を持ち、未見の作品を無性に見てみたいと思ったファンも当然出て来ると思う。
 なら見ればいいのだが、これら旧作はテレビをつけてすぐに見れるだけのものではない。そこで、過去の旧作を見る手段と、その現状、そしてそれを取り巻く周辺事情を考えてみたいと思う。


 その方法は、
1.「ビデオ発売されているものを見る」
2.「再放送を見る」
 の二つに絞られる。


 まず、1.だが、余程品揃えのいいレンタル店に行かないと、希望の作品は置いていないことが多い。特撮作品は、洋画や邦画の人気作に比べればまだマイナーなジャンルでしかないのだ。
 また、全てのシリーズがビデオ発売されている訳ではなく、全くソフト化されていない作品も多々ある。特に25年、全25作もあるのだから、その量は膨大である。むしろソフト化されていない作品の方が実は多いくらいである。(01年当時)


 そこで東映戦隊シリーズの過去のビデオリリースを俯瞰すると、まず最初に「人気のある旧作中心発売」のパターンから始まり、やがて新規のユーザー開拓から生まれたスタイルで、近年の作品を中心にして、幼児を対象に置いた「廉価(れんか)版編集ビデオ」、この廉価版の成功による近年の作品によるマーケティングの成功と、やがて『鳥人戦隊ジェットマン』(91)の突然変異的なマニア人気により実現した「本放送終了直後に全話ビデオ発売」に変り、以後現在に至っている。


 これらの市販ソフトを全て入手しても、全シリーズの本編を見ることはできない。前述の通り量があまりにも多すぎるため、全ての話数のソフト化が追いつかないからである。
 東映ビデオも、作品によって実験的に発売を開始しても、最終回まで行かずに途中で中断したりしているものが多い。
 それを反映して、またファン世代の中心層の世代交替もあり、最近では80年代の「戦隊」のソフト化希望のリクエストが増えているそうだ。実際、その時期の「戦隊」のソフト化が一番遅れているからだ。


 それとこの1.を締め括る前に語らないとならない重要事項だが、市販されているソフトが永久にその店に残っているとも限らない。
 今や各種ジャンルのビデオソフトは毎月膨大な量が発売されている。そのため回転率の悪くなったものはテープごと中古ビデオとして販売され、店頭から消えることもある。そしてその空いたスペースに新発売されたソフトが並ぶのだ。いくら大型店舗だからといって安心できない。


 そして2.だが、これらソフト化されていない作品を、手軽に確実に見れるのが再放送である。
 関東地区なら15年くらい前(80年代中盤)まで、本放送終了直後には、テレビ朝日の場合最低一回は「戦隊」シリーズの再放送をやっていたが、1988年の『電撃戦隊チェンジマン』(85)の再放送を最後に消滅、残った再放送枠は「戦隊」から、シンエイ動画製作の藤子アニメに取って代わられてしまった。
 実写ヒーローものよりも、ギャグアニメの方が確実に視聴率が取れるからである。
 そして一時期、当時としては大ヒットした『恐竜戦隊ジュウレンジャー』(92)『五星(ごせい)戦隊ダイレンジャー』(93)を再放映したが、それを最後にまた「戦隊」の再放送は無くなってしまった。


 地方を見ても、80年代に入り、本放送アニメの夕方への放映枠移動のために、再放送枠が減少、80年代半ばにはそれに追い討ちをかけるかの如く片岡鶴太郎とんねるず司会でおニャン子クラブがブレイクした『夕やけニャンニャン』(85)という夕方5時台のバラエティー枠の大ヒット番組が誕生、夕方の再放送枠を駆逐していくのであった*4


 そして更に時が進み、情報番組、報道番組の枠拡大が進んだことも影響して、「穴埋め」的存在のプログラムである再放送は減少していく。情報・報道番組は確実に誰もが見、確実に視聴率が取れるため、本来のテレビのニーズにマッチしているからである。
 だから「戦隊」に限らず、あらゆる再放送枠が減少、結果として本放送を録画して保存するしか確実に過去の旧作を見れなくなったのである。


 だが昔からビデオデッキを持っていた者で、それら再放送を確実に全話録画保存している者は、余程の大金持ちか、当時既に大人になっていて、小遣いが自由に使える身の者くらいだろう。
 何故ならこの頃(80年代)はビデオデッキは1台が安くても10万円以上、生テープは一本で1000円以上もしたからである。
 こうした価格面の都合から、ビデオデッキが各家庭にようやく普及し出した80年代半ばの状況を見ると、特撮ファンでビデオデッキ所有者の多くはリアルタイムの「戦隊」を録画はしても、一度か二度見たらすぐに消してしまい、精々良くて気に入った話や初回と最終回のほんの数話分くらいしか残していない。


 そのためファン世界におけるこの時期の「戦隊」のビデオ録画の残存率が著しく低い。
 この頃真面目に全話録画して保存されている作品といえば、この頃よく行われていた再放送の初代『ウルトラマン』(66)や『ウルトラセブン』(67)といった、今でもビデオやDVDでいくらでも見れる作品が大多数なのである*5
 そしてその結果、彼らの多くは今になって「あの頃の本放送作品をもっと真面目に録画して保存しておくんだった」と後悔しているのである。そうした状況も、80年代「戦隊」のリクエスト急増を促(うなが)している。


 そんな状況を察知するかの如く、1998年に開局した東映直営のCS放送局・東映チャンネルが、2000年1月から『ジャッカー電撃隊』(77)を放映、好評を博し、それに刺激され視聴者からの「戦隊」放映リクエストが急増、ファンのコールに呼応して2001年2月から『電子戦隊デンジマン』(80)を放映開始、続けて8月から『太陽戦隊サンバルカン』(81)を放映、以後のシリーズを継続して放映する動きを見せている。
 「戦隊」は世代により支持する作品も多大な差を見せるので、一点集中型でなく、それぞれの作品にリクエストが分散する状況を見せており、東映チャンネルは確実に「戦隊」放映枠を設けたようである。以降時間はかかっても、各シリーズを確実に順次放映するようなので、今後の動向に期待しよう。


 ただCSは、受信機器を購入、設置してから受信契約をすませ、毎月受信料を払わないと見れない。金銭的に余裕のある人で無いとキツイものがある。
 なら駄目もとで地元の地上波のテレビ局に見たい作品をリクエストするしかないだろう。ハガキ一枚、Eメール一回でも数を重ねていくと実現するかも知れない。
 関東なら独立UHF局が沢山あるから、そこにしてみるのも手だろう。関東の独立UHF局はアニメ再放送枠が地上波にしては異例に多く、CS未加入者の羨望の眼差しを受けているし。


 あとはビデオコレクター仲間と知り合いになるという手段もあるが、条件が合わないと見せてもらえないことも多いし、自分のメリットにならないことには応じないファンも多い。
 80年代からいる古株のビデオコレクター達も皆大人だから仕事やプライベート等忙しいのだ。沢山のコレクションを有しても、それを再見したり、整理したりする時間はないのだ。
 それと逆に、見たい人の欲望に付け込んで高い手数料を取る者もいる。この手数料のことだが、ある人は「あなたはレンタルビデオ店に行ってただでビデオを見ますか。ちゃんとレンタル代払いますよね。それと同じですよ」と言い分を主張するコレクターがいる。
 それはその人の主張だし、小生は決して否定はしない。ただ、悪い言い方をすれば「ケチ」な依頼者の少しでも安く仕上げたいという気持ちも理解できるし、これは双方の言い分が判る。
 こうした取引の場合、応じてもらえなかった場合、素直に諦めて、次の機会を待つしかないというのが小生の考えだ。待っていれば、再放送やソフト発売も充分有り得る。


 他に年長のファンの中には、もうこうした「オタク世界」から引退している者も多々見られる。
 小生の長年来のマニアの知人・ビデオコレクターの中にも多く、興味がなくなったからいつの間にやら引退といった人もいて、「もうオタクはやめたから、何も持ってませんし、何にも応じられません」と返答があればまだいい方で、返事も何も来ないことだってしょっちゅうである。
 その応対に無理を強いることはできない。
 なぜなら、あくまで「コレクション」は、所有者個人のものであって、第三者が口出しできるものではないということだ。
 「そんなに見たいなら、なぜ本放送で録画しないんだ」なんてことを言われたこともあるが、その頃はビデオデッキを持っていなかったり、一台しかなくてあれもこれも録画できなかったから今はその録画テープを所有していないということもある。


 ファン社会の拡大と共に、世代間のライブラリーの密度の差、そしてその背景環境の差が目立ってきた。
 これは個人それぞれの次元であって、第三者が口出しできる問題ではないのである。人の録画している内容にあとから口出しする者がいるが、だったら再度「なぜ本放送で録画しないんだ」という返答が出て来て当然である。そんな口出しをするくらいなら、ビデオメーカーやテレビ局に自分の見たい番組をリクエストする方が前向きではるかに建設的である。
 自慢ではないが、小生も『柔道一直線』(69)や『キックの鬼』(70)の再放送リクエストをCS局にしたら、実際にスタートしたのだから。正に「Dream Come's True」である。ただこれは勿論小生以外のファンからの多数のリクエストもあってだというのは、当然認識しているが。


 最近コレクター間の礼儀を知らない人に閉口したことがあったので、多少愚痴めいた文体になってしまった。とはいえ、ビデオコレクター界の現状、特に「戦隊」シリーズに関することで色々思うことがあったため、それに関する雑感をここで綴らせてもらったことをお断りしておく。

(文中敬称略)


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2002年準備号』(01年8月発行)〜『仮面特攻隊2002年号』(01年12月30日発行)所収『百獣戦隊ガオレンジャーVSスーパー戦隊』合評1より抜粋)


百獣戦隊ガオレンジャーVSスーパー戦隊 〜合評2

(文・伏屋千晶)
 先日、講談社主催の『ガオレンジャーVSスーパー戦隊』試写会に行ってきましたが、期待に反して全然面白くありませんでした。
 唯一、レッドファルコンの登場シーンで、[矢野卓二]と[相川真理]の墓標の隣に[月形剣史][仙田ルイ]の墓標が並んでいたのは泣けました。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2002年準備号』(01年8月発行)〜『仮面特攻隊2002年号』(01年12月30日発行)所収『百獣戦隊ガオレンジャーVSスーパー戦隊』合評2より抜粋)


百獣戦隊ガオレンジャーVSスーパー戦隊 〜合評3・「戦隊」批評の特殊性! 25大戦隊、真の統一成る!

(文・いちせたか)
(01年11月執筆)

1.はじめに

 『スーパー戦隊Vシネマ』としては8作目のこの作品、試写会が開かれた上に夏にはビデオレンタルが開始されていたのでとっくに見た人も多いと思う。


 『戦隊』ファンの筆者としては喉から手が出るほど、いや喉から出た手に目が生えるほど(気持ち悪いな)見たい反面、ソフトが発売されたら自分が確実に買うことが分かっていてレンタルするのも何だかもったいなくてグッと我慢していた。
 3ヶ月余の長い辛抱の末、11月にめでたくDVD・ビデオソフトが発売されようやく見ることができたわけだが、筆者にとってもいろいろ感慨深い作品であった。
 今回遅まきながらではあるが感じたことを綴(つづ)ってみたいと思うが、『スーパー戦隊シリーズ』25周年の記念碑とも言える作品ゆえシリーズの歴史の一端にも触れつつ話を進めてみよう。


2.なんだかんだの25年

 さて、一口に25周年とは言うもののご存じの通りわが日本が誇る特撮キャラクターにはこれを超えるシリーズが『ゴジラ』・『ウルトラマン』・『仮面ライダー』と3つもある。
 『ゴジラ』は50周年まであと3年あるものの今年2001年は故・円谷英二氏の生誕100周年にあたる年でもあり、さらに同じ円谷氏の手がけた『ウルトラ』が『ウルトラQ』(66年)から数えて今年でめでたく35周年を迎えたこともあって、今年30周年を迎えた『ライダー』と共に皆で盛り上がっているのが現状だ。
 そこへさらに『戦隊』25周年も加わるのだから2001年はそれこそお祭り騒ぎのメモリアルイヤーと言ってもいい。実際全てのシリーズで最新作が製作されているのだからファンにとっては喜ばしい限りである。


 ただ『戦隊』の25周年は他の3つと違い必ずしも楽な道程ではなかった。
 いや、シリーズとしては他のどのシリーズよりも安定していたと言っていいのだが、要するに環境が整備されていなかったのだ。
 『戦隊』ビギナーへの配慮、というわけでもないが一応おさらいしてみよう。
 今回の作品もそうだが今現在における「『スーパー戦隊シリーズ』の第1作は『秘密戦隊ゴレンジャー』(75年)であり、最新作の『百獣戦隊ガオレンジャー』(01年)は第25作目にして25周年記念作品である」という公式見解が出せる体制が整ったのは、実はたかだか8年前(93年)のことである。
 それまでは現在シリーズ第3作にあたる『バトルフィーバーJ』(以下『BFJ』)(79年)を第1作とする『スーパー戦隊シリーズ』に、『ゴレンジャー』・及びそれに続く『ジャッカー電撃隊』(77年)は含まれておらず、またこの2作を姉妹作として捉えることも公式的にはほとんどなかった。
 もちろんこの2作だけが石ノ森章太郎原作であり『BFJ』以降はオリジナル企画であるとか、『ジャッカー』と『BFJ』の間に1年強のブランクがあり放映枠の違いもあるとか、『BFJ』以降巨大ロボットが登場するようになったとかいろいろ当時としての理由はあったのだが、『ゴレンジャー』から見ているファンとしては「どう見ても同一コンセプトによる作品にしか見えないのになぜ?」と釈然としないものを感じずにはいられなかった(もっとも東映ビデオなどは比較的早い時期から『ゴレンジャー』・『ジャッカー』を加えて『戦隊シリーズ』と呼んで名場面集や予告編集などのビデオソフトをリリースしていたのだが……)。


 従って『超獣戦隊ライブマン』(88年)で「スーパー戦隊シリーズ10周年記念」、『五星戦隊ダイレンジャー』(93年)で同様に「15周年」と謳(うた)われても、当初の違和感を捨て切れない古参のファンにはどこか空々しい響きに聞こえたものだった。
 しかしその『ダイレンジャー』開始から間もなく大きな変化が起こる。ここに来てこれまで切り離されてきた『ゴレンジャー』・『ジャッカー』と『スーパー戦隊シリーズ』が『超世紀全戦隊シリーズ』の名のもとに統合されたのだ。
 この名称自体は定着せずにやがて消えた(シリーズ名としてはいささか過剰装飾気味のせいだろうか? 当初から業界・マニア向け限定の営業的アピールだった?)が、ともあれここでようやく『戦隊』の大系が確立されたわけで長い間の胸のつかえがおりる思いがしたものだ。
 その後は東映ビデオのようにシンプルに『戦隊シリーズ』と呼ばれることもあったが結局は従来通りの『スーパー戦隊シリーズ』の呼称が正式に定着し現在に至るわけである。


3.戦隊進化論……の、ようなもの

 そんな混乱した経緯のせいかどうかは知らないが、『戦隊』は『ゴジラ』・『ウルトラ』・『ライダー』に比べ独特の進化を遂げてきた。
 前述したように『戦隊』の場合25年の歴史の中でのブランクは『ジャッカー』と『BFJ』の間の1年強のみ(厳密に言うとこのブランクの間にも後述する新作劇場用映画が公開されているのだが)、それ以外に作品が放映されていなかった期間はないのである。
 他のシリーズの場合は幾度となく終焉と再生を繰り返しながら時代を超えて続いてきたため、普段よく目にする『第2期ウルトラ』だの『平成ゴジラ』だのといった呼称で各時代ごとの作品群を便宜上分類することが可能なのだが『戦隊』の場合それができない。
 強いて言えば『宇宙船』最新号(Vol.98・01年)の「スーパー戦隊25周年特集」のように70年代や90年代といった年代でくくることもできなくはないが、それでもやはり明確にこの作品からこの作品までがこれこれ、と線を引くのは難しそうだ。


 そしてブランクがないということは安定していて喜ばしいことではあるが裏を返せば“復活”する必要がないということでもある。
 他のシリーズのように何度か迎えた休眠期間の間に旧作の研究や再評価が進み、その結果シリーズの復活に向けてファンがヒートアップ、やがて起こるリバイバルブームと共に新作が放映(公開)される……、『戦隊』は一度としてこうしたムーブメントを経験していない稀有(けう)なシリーズなのである。


 唯一のブランク後に登場した『BFJ』も、その前年に始まった『スパイダーマン』(78年)で試みられたマーベルコミックスアメリカンヒーローと東映の巨大ロボット特撮の融合を一歩進め、集団ヒーローの新たな方向性を探るべく企画されたものであって、そのコンセプトの根底に『ゴレンジャー』のノウハウを色濃く取り入れはしたものの必ずしも『ゴレンジャー』・『ジャッカー』よ再び、という性格のものではなかった。
 『ゴレンジャー』からペギー松山(=モモレンジャー)役の小牧りさ(『BFJ』当時はカタカナのリサ)氏が初代ミスアメリカのスーツアクトレス及びダイアン・マーチンの吹替声優として、さらに明日香健二(=ミドレンジャー)役の伊藤幸雄(同じく当時は武史)氏まで白石謙作(=初代バトルコサック)役で出演しているのに、である。
 そのあたりも前章で述べたようにこの2作品と『BFJ』以降の旧『スーパー戦隊シリーズ』が長く別々に扱われてきた理由の一つなのだろうが、実はここにもう一つ『戦隊』の特異性を示す重要な要素がある。



 それは、「『戦隊』は『ゴレンジャー』に束縛されないシリーズである」ということであり、これは『戦隊』に他のシリーズと決定的に違う進化をもたらした大きな要因の一つでもある。
 どういうことかというと、例えばある新作の『戦隊』作品を評論するとき、あえてそうする場合を除けば『ゴレンジャー』を引き合いに出して論を展開することはあまりないと思う。『戦隊』の新作は常に『ゴレンジャー』と比較され続けるものではないのである。


 だが他のシリーズではどうだろうか。『ゴジラ』なら第1作の『ゴジラ』(54年)、『ウルトラ』なら『ウルトラマン』(66年)や『ウルトラセブン』(67年)、『ライダー』なら最初の『仮面ライダー』(71年)や『仮面ライダーV3』(73年)といったシリーズの第1作や初期作品を中心とする旧作と、現在進行形の新作とを比較して論を進めるケースは決して珍しくはない。
 そしてシリーズが続き新作が作られる度にそうした論評がむしろ積極的に繰り返されてきたのだが、『戦隊』に関してだけはあまりそうしたことは行われてこなかった。


 これは『ゴレンジャー』がそれに値しない作品だったということではもちろんないだろう。
 実際問題として『戦隊』自体が今一つマイナーな扱いしか受けていなかった上に前述のようにリバイバルブームの影響がなかっために単純に特集が組まれたり評論されたりという機会が少なく、研究自体が進んでいなかったということもあるが、基本的に発言内容に制限のないファンダム(ファンクラブや同人誌)を別にすれば市販の出版物においてそうした視点で論が展開されたことは(皆無ではないだろうが)ほとんど無かったと言っていいと思う。



 そして他のシリーズが当初第1作のキャラクターや世界観を継承する形で続いていたのに対し(『ウルトラ』の場合『セブン』は最初『Q』・『マン』とは別世界の作品だったが後にどうなったかはご存じの通り。いったんくっついたくせにまた離れた(笑)からややこしいが)、『戦隊』の場合『ジャッカー』は元々『ゴレンジャー』と同一の世界観を持つ作品としては製作されず、以降の作品も基本的には旧作のキャラクターや世界観を引き継ぐ形態は取っていない(基本的にと言ったのはもちろん例外があるからだがそれについては後述する)。
 よく言われることだが『戦隊』は『スーパー戦隊シリーズ』であって『秘密戦隊ゴレンジャーシリーズ』ではないのだ。


 以前この「假特隊」で『ゴレンジャー』評を書かせてもらったときの記述と重複するが(編註:弊同人誌『假面特攻隊』9号『戦隊』特集(92年9月刊)。……ン、未刊になっている11号『戦隊』特集第3弾の『ゴレンジャー』全話評のことかな?・汗)、『ゴレンジャー』は“ゴレンジャー”の名を継承させることはなかった。『ゴレンジャー』から“戦隊”の2文字と5色の戦士がチームを組んで戦うという基本コンセプトだけを受け継いで(『BFJ』以降これにロボ戦の要素が加味されて)シリーズは発展してきたのである。
 だから他のシリーズに多々見られるようにシリーズ復活の度に原点回帰を狙ってみたり、逆にことさら以前と変えてみようとして冒険したりといった逡巡が『戦隊』には見られない。
 もちろん一作ごとに新しいものを作ろうとする生みの苦しみはあるものの、そこに『ゴレンジャー』やかつての人気作にとらわれたような影が無いのが『戦隊』のシリーズとしての個性なのだ。


 まあ冷静に見ればいかに『ゴレンジャー』と言えど特撮ファンやある特定の世代を除けば一般的知名度としては『ゴジラ』・『ウルトラ』・『ライダー』に譲るところはあるだろうとは思う(2001年現在)。
 各シリーズの始祖に留まらずそれぞれ怪獣映画・巨大変身ヒーロー・等身大変身ヒーローといったジャンルの開祖的作品でもあるこれらに比べれば、グループヒーローのエポックメーキングとは言え『ゴレンジャー』は『ライダー』の系譜に連なる作品だからである。


 ただ、だからと言って『ライダー』シリーズを語るのと同じ論法で『ゴレンジャー』を全て語り尽くすことは出来ないし、『戦隊』というシリーズだけに話を絞ればその始祖として後の典範(てんぱん)とすることに何の問題も無いと思うのだが、前述したように当初シリーズに含まれていなかった『ゴレンジャー』をおおっぴらに始祖と位置付け比較対象とすることにはやはり抵抗があったのだろうか。
 かと言って旧『スーパー戦隊シリーズ』第1作の『BFJ』を『ゴレンジャー』の代わりに持ち出すこともしていないのだ。
 明確な理由は今もってよく分からないが結果的に旧『スーパー戦隊シリーズ』は『ゴレンジャー』と比較される機会をほとんど得ないまま作品数を増やしていくことになる。
 そしてそれは『ゴレンジャー』・『ジャッカー』が統合された今も状況としてはあまり変わることがない。
 こうなると既に『戦隊』はその進化の過程において『ゴレンジャー』を初めとする旧作と比較評価するという方法論自体、必要としないシリーズになっているとは言えないだろうか?


 ただし誤解のないように言っておくが筆者は新旧の比較論がいけないとか、第1作の設定を受け継いで作られるシリーズがダメだなどと言うつもりはないし、『戦隊』以外のシリーズが嫌いなわけでもない。


 ただそうした流れの中で作られるシリーズには往々にして陥りやすい落とし穴があり、そこから抜け出せずに苦労することが多い中、『戦隊』は特異な形態で進化・継続してきたためにそれを経験せずに今まで来れたということ、そしてそれは我々が考えているより案外凄いこと、もっと声を上げて評価してもいいことなのではないかと思うのである。


4.『戦隊』ヒーロー競演の歴史

 さて、これまで述べたように『戦隊』は基本的に世界観を共有しない形で続いてきた。
 しかしだからといって新旧ヒーローの競演や世界観の共有が全く行われてこなかったわけではない。


 今回の作品以前に正式に競演作品と言えるのが、
 『ジャッカー』終了3ヶ月後の『東映まんがまつり』で上映された劇場版『ジャッカー電撃隊VSゴレンジャー』(78年)、
 『高速戦隊ターボレンジャー』(89年)の第1話『10大戦隊集合 頼むぞ!ターボレンジャー』、
 イベント上映用の3D映画『スーパー戦隊ワールド』(94年)、
 『超力戦隊オーレンジャー オーレVSカクレンジャー』(96年)以降毎年製作されているオリジナルビデオシリーズ(以下『VSシリーズ』)、
 そして記憶に新しい『未来戦隊タイムレンジャースペシャル スーパー戦隊大集合』(01年)、
 とまあこれだけある。


 これらはいずれもTVシリーズ本編とは直接ストーリー上の関係を持たない一度限りのイベント性の強い作品だが、ご存じのようにこれら以外に『戦隊』の中で過去にただ一度だけTVシリーズでも世界観を共有した作品がある。
 第4作『電子戦隊デンジマン』(80年)と第5作『太陽戦隊サンバルカン』(81年)である。


 ヘドリアン女王曽我町子氏)の連続出演に加え、『サンバルカン』第36話『エスパー』・第37話『日美子よ』の前後編ではデンジ星人の子孫をめぐるストーリーを展開して前作との連続性を強調。
 このときのゲストヒロイン北沢日美子(ひみこ)は前作にもゲスト出演した経験を持つ三原順子氏が演じて好評を博した(異様に簡潔なサブタイトルは東映特撮で一般的知名度の高い俳優がゲスト出演する際よく採られる措置で、新聞の番組欄に名前を載せるためとか)。


 まだ事前情報の豊富な時代ではなかったので三原氏の出演はそれはそれで嬉しかったのだが、当時のファンの中ではこの話にデンジマンのメンバーが1人も出ないことに不満の声もあった。
 今考えればそれもやむを得ない話だとは思うのだがデンジ星人の子孫が次々と狙われるストーリーだけにその不満も分からなくはない。
 余談だがあるファンジンでは「仮に日美子を桃井あきら(=デンジピンク)に変えてもこの話はできるはずだ」と熱弁をふるった人もいたことを一応書き留めておこう。いずれにしろ長い『戦隊』の歴史の中でも異色の試みで忘れがたい。


 その他の作品では堂々新旧ヒーローの競演が描かれファンを楽しませてくれる。
 『ジャッカーVSゴレンジャー』は『ジャッカー』の後日談だが豪華な悪役ゲスト陣に加え『ゴレンジャー』の素顔メンバーとしてはペギー松山が登場し華を添えている。
 何より当時のファンが驚愕したのは『ゴレンジャー』に留まらず、『仮面ライダー』シリーズや『人造人間キカイダー』(72年)まで同じ世界観に取り込んだことだ(世界各地でライダーやキカイダーが戦っている設定で映像が流れた)。


 今回『VSスーパー戦隊』の脚本を担当した赤星政尚氏は当初この作品のような世界観で書きたかったと雑誌インタビューで語っていたがもっともな話ではある。
 以前『ジャッカー』のビデオソフト第1巻に収録され見ることができたが画面サイズのトリミングがなされているのが残念だ(まあ最近はCSでもたまに放送しているようだからちゃんとした形で見られた人もいるだろう)。


 『10大戦隊集合』は放映リスト上は『ターボレンジャー』の第1話ということになってはいるが実際はプレスペシャルで、復活した暴魔百族と対峙するターボレンジャーのもとへバトルフィーバー〜ライブマンの10大戦隊が駆け付け、そこから名場面集へと繋がる構成。
 ターボレンジャーも含めて53人もの戦士が一同に会する様や、ピンクターボに初代スーパー戦隊として紹介されて進み出るフィーバー隊がそれなりの感慨を誘う(『BFJ』って旧『スーパー戦隊』では第1作なのになんだか扱い悪かったからね)ものの、本当に全員ただ出てきただけの上に名乗りの際適当に集めた声優(?)が全戦隊とも同じような声で極めて機械的に名乗るのがファンの神経を逆なでした。


 結局『ターボレンジャー』としての物語は次回また一から語られるので、この第1話は傑作選として発売された『ターボレンジャー』のビデオソフトにも収録されていない(ヒドイ話だ)。
 (編註:89年当時、バンダイの玩具系ビデオの方に収録……、という注釈を同人誌版には付けてしまいましたが、カン違いだったようです。未ソフト化。ただし東映チャンネルでは放映)


 『スーパー戦隊ワールド』は当時放映中の『忍者戦隊カクレンジャー』(94年)を中心に『10大戦隊集合』以降に登場したファイブマンダイレンジャーが登場する娯楽編。
 一応新作として4戦隊+カクレンジャーのアクションが見られるのに加え、今一度ブラックコンドル(『鳥人戦隊ジェットマン』・91年)の勇姿が見られるのはポイント高い(テレビ最終回での死亡は3年後だからギリギリセーフ……なのか?)。
 ただこれも今(2001年)のところソフト収録されていない(同時期に同じ目的で製作された3D映画『仮面ライダーワールド』(89年)はLDに収録されているのに……)。
 (後年、DVD『スーパー戦隊 THE MOVIE』VOL.4(04年・ASIN:B000228U2G)に収録)


 Vシネマ『VSシリーズ』については改めて説明する必要はないだろう。
 さてここまで紹介した作品で、イベント的解釈としては『BFJ』以降の作品は1本の糸で繋がれた。数学で言うところの『A=BかつB=CならばA=C』的な繋ぎ方ではあるが……


 (イベント的解釈とはどういうことかって? 常識的に考えたらやっぱりTVシリーズを踏まえての世界観の完全共有は無理。いくら『VSシリーズ』では違和感なく(?)共演できても、例えば月に敵の基地があって地球が戒厳令下にある『超力(ちょうりき)戦隊オーレンジャー』(95年)と、土星におでん屋がある(笑)『激走戦隊カーレンジャー』(96年)が同じ世界の話なわけないし。だから全戦隊を同一次元に置くにはイベント的な解釈が必要だということ)。



 だがそれでもまだ『ジャッカー』と『BFJ』の間が埋まらない。正式に『スーパー戦隊シリーズ』に統合された『ゴレンジャー』と『ジャッカー』だが、映像としてそれを実感させてくれる作品は20世紀中まだなかった
 (強いて言うなら東映からLDで発売され現在随時DVD化(01年・ASIN:B00005NDGOASIN:B00005TOLQ)されつつある『スーパーヒロイン図鑑 戦隊シリーズ編』(92年・ASIN:B00005GOZG)が小牧りさ氏を筆頭に歴代ヒロイン女優がナレーターを担当しているのが単なる名場面集に終わらず世界観の統一に一役買っていてマニアには嬉しかった。ダイアンをペギーが他人のふりして紹介しているのが面白かったけど。……声同じでしょうに)。



 年が明けて21世紀、遂にその溝が埋まるときがきた。『タイムレンジャースペシャル』である。
 25周年を記念して全戦隊を時系列順に追うという、タイムレンジャーならではの企画で、劇中で放映年が明示されるため虚実ない混ぜになった不思議な感覚の作品である。
 各戦隊に対するタイムレンジャーのリアクションが楽しく、総集編としてもいい出来だったが、技術的にも今回の『VSスーパー戦隊』の雛形的な面もあり注目すべき作品だった。
 そして前述の通り、ここで初めて『ゴレンジャー』から現行作品までが一つになった映像作品をこの目で見ることが出来たのだ。


 ……長かった……。しかし、ここまで持ち上げておいてぜいたくを言うようだがこれはやはり「よく出来た総集編」なのだ。
 ここまできたら見たい! 見たいぞ!  せっかくの25周年なのだ、どんな形であれ『ゴレンジャー』から現行作品までが一つになった世界の中で、新旧ヒーローが競演するストーリーを持った映像作品が!!!
 この『タイムレンジャースペシャル』のおかげで膨れ上がった筆者の願いは、思いの外あっさりとかなうことになるのだった……(笑)。


5.見よ、赤き隼と白い鳥人

 ここまでの筆者の拙文に辛抱強くお付き合い頂けたなら、この作品の第一報を目にしたときの筆者の驚喜の様が想像出来ると思うが、同時に複雑な思いもあった。
 『戦隊』でこれまで『ウルトラ』や『ライダー』に比べこうしたイベントが少なかったのは、前述した諸々の事情に加え集団ヒーローの性格上、単純に旧作の出演者を揃えることが難しかったからでもある。


 筆者もファンを自認する以上過去の出演者の去就もある程度までは把握している。もちろん現在も俳優として活躍している人も多いが、残念ながら既に芸能界から退かれた人や鬼籍に入られた人もいるのだ。
 それだけ25年の歳月は重く、登場人物が多いということなのだが、その中で果たしてどれだけの人が出演し懐かしい姿を見せてくれるのか……?


 そんな不安の中で明らかにされた今回登場の『戦隊』OB5人の顔ぶれは、ある意味予想通りではあったが多少の意外感もあった。


 まあ前述のような理由に加え並んだときに同じ色がかぶらないように配慮する必要もあるだろうから比較的近年の作品のメンバーが多いのは致し方ないが、マニア的に注目なのはやはり番場壮吉(=ビッグワン)役の宮内洋氏と、天宮勇介(=レッドファルコン)役の嶋大輔氏の出演だろう。
 もちろん知名度から言ってもファンへのアピール度から言っても申し分ない2人なのだが、ここでちょっとこの2人が出る意味を考えてみたい。
 「宮内・嶋両氏の出演した意味」ではなく「番場と勇介が登場する意味」を、である。


 と言っても劇中で彼らが果たした意味のことではない(それは作品を見れば分かる通りなので)。
 ここで本誌「假特隊」の前号(2002年準備号・夏コミ号)に掲載された森川由浩氏による本作評を思い出して頂きたい(お持ちでない方もご心配なく。それを読んでいないとこの先が分からないということはありません・編註:準備号の記事はすべて本誌に再録)のだが、氏が述べているようにこの作品を見て、あるいは先の『タイムレンジャースペシャル』などを見た人が過去の『戦隊』に興味を持ち、ビデオなど借りようかとレンタルショップに足を運んだとする。


 そして仮にその店が『戦隊』ファンにとっては夢のような空間で、過去リリースされたありとあらゆる戦隊ビデオが欠けることなく揃っていたとしよう。
 TVシリーズも劇場版も、あるいは再編集物の名場面集ビデオもあるし、もちろん『VSシリーズ』も完備されている。
 さあ、どれを借りようか? ワクワクしながら丹念に棚を見ていた彼はやがてふと気付くのだ。「あれ、何か足りない」と。


 そうなのだ。レンタル用も含めて過去リリースされた全てのビデオ・LDを集めても、ちゃんとストーリーがあるTVシリーズや劇場版が1本もビデオ化されていない、つまり名場面集でしかその姿を見ることの出来ない『戦隊』が25作品中3つある(2001年時点)。
 『大戦隊ゴーグルV(ファイブ)』(82年)・『地球戦隊ファイブマン』(90年)・そしてもう一つは何と『ライブマン』なのだ。


 理由についてはいろいろ考えられなくはないが、『ライブマン』と『ファイブマン』に関しては劇場版が製作されなかったことが大きい。
 何しろ『超電子バイオマン』(84年)〜『光戦隊マスクマン』(87年)まではTVシリーズこそビデオ化されていないが劇場版は見ることが出来る。
 そのわりにこの2作品の間の『ターボレンジャー』は劇場版もあるし前述のようにTVシリーズもソフトが出ているのだから東映ビデオのセレクトは適当でわけが分からない
 (『ゴーグルV』は……当時の児童にはともかくマニアの間で評価が低かったことが原因だろうなやっぱり……)。


 それにしても仮にも当時は10周年記念作品として製作され、知名度の高いキャストまで揃えた(当時は一番無名だった西村和彦氏(イエローライオン)がこれほど出世するとは……)『ライブマン』のこの冷遇ぶりは何なのだろうか?


 さて前号で森川氏はもう一つの作品視聴の可能性としてローカル局での再放送を挙げていたが、これがまたなかなか難しい。なぜかこの時期の『戦隊』作品は再放送されにくいのである。
 ハッキリした確証はないのだがたぶん放映時間・尺の問題ではないかと思う。


 昔から見ていたファンならご存じのように『戦隊』は『科学戦隊ダイナマン』(83年)の第9話以降放送時間が25分に短縮された。
 これはその後放送が土曜から金曜に移っても変わらず、結局『電磁戦隊メガレンジャー』(97年)第8話で現在の日曜朝に枠移動するまで続くことになるが、この間の作品、特に全話ビデオ化された『鳥人戦隊ジェットマン』(91年)以前の作品はとにかく見る機会が少ないのだ。


 それが必ずしも作品の人気やテレビ局の特撮番組に対する無理解などに起因しないという一例として、筆者の居住する関西地区の某ローカル局(編註:サンテレビかKBS京都です)では数年前まで平日の朝に東映特撮番組を再放送していたが、『ライダー』を除く70年代ヒーローのほとんどに加え、『メタルヒーローシリーズ』では『世界忍者戦ジライヤ』(88年)や『機動刑事ジバン』(89年)など、さらには『不思議コメディーシリーズ』に至るまでかなりの数の作品を放送したにも関わらず、『ダイナマン』以降の『戦隊』はついに一本も放送されなかった(『ゴレンジャー』〜『ゴーグルV』は放送あり)。


 30分の放送枠で25分の番組をやるにはCMを増やすか天気予報など5分の別番組を新たに設ける必要があるが、いずれも我々が思うほどそう簡単に出来ることではなく、この時期の『戦隊』が敬遠される理由の一つになっているのではないかと思う。
 もちろん森川氏が書かれていたようにテレビ朝日他では実際に25分作品の再放送が行われたことがあるのだから全部が全部この限りではないし他の理由もあるのだろうが、いずれにしろ本放送を録画していない限り『ライブマン』を見ることは容易ではなかったのである。


 そんな状況の中での天宮勇介の復活である。加えてスーツアクターも当時と同様新堀和男氏(『ゴレンジャー』、『BFJ』〜『ジェットマン』までの歴代レッドも担当!)が務めるというのだから、これはもう期待するなと言う方が無理である。
 嶋氏自身『ウルトラマンコスモス』(01年)のヒウラ隊長役でバリバリの現役(?)だから児童層にも馴染みがあるわけで、商売上はその意味でも勝算あってのキャスティングなのだろうが、我々『戦隊』ファンにとってはそんなことはどうでもいいのだ。
 勇介とレッドファルコンの新たな活躍が見られるのだから。


 多くの人が印象的な場面として挙げた勇介の初登場シーン。
 4つの墓碑名は矢野卓二(ブラックバイソン矢野鉄也の兄)と相川麻理(グリーンサイ相川純一の姉)、そして仙田ルイ(Dr.マゼンダ)と月形剣史(つきがた・けんじ。Dr.ケンプ――共に敵幹部)……。


 今更なんだが筆者は『ライブマン』の終わり方にもう一つ納得出来なかった人間である。
 敵の母艦ヅノーベースの爆発後、5人の前に落ちてきたガッシュ(敵幹部ロボ)の頭部が空中に映しだしたボルト(敵組織)の戦いの記録。それを見ながら苦い勝利を噛み締める5人……と、そこまではいいのだがそのままクレジットロールが上がってきて幕、っていうのがちょっと……。


 シーンとしてはいいけど長いドラマのラストシーンとしてはなんとなく尻切れトンボな気がしたのだ。
 各メンバーの思いみたいなものがあんまり伝わってこなかったし。
 だから今回このファーストシーンを見て、「ああ、エリートぶって最初は劣等生の勇介や丈をバカにしてたし、卓二や麻理を殺したボルトに参加して敵味方に分かれて戦った挙げ句、結局はビアスに利用されて無残な最期(さいご)を迎えた彼らだけれど、それでも勇介にとってはやっぱり友達なんだなあ」とか思えてけっこう感動してしまった。


 ヤバイバ(『ガオレンジャー』の敵幹部)が足蹴にして勇介の怒りを買ったのも剣史の墓だったし。
 何か心があの最終回まで飛んで、長い間のモヤモヤしたものがふっと晴れたような気がしたのだ。
 今回のこのシーンで自分の中の『ライブマン』が12年ぶりに完結したような気も……というのは言い過ぎだろうか?



 さてもう一人の目玉・番場壮吉。
 まあ宮内氏は『戦隊』でも『ゴレンジャー』の新命明(しんめい・あきら)(=アオレンジャー)に始まりこの番場、そして時代は下って『オーレンジャー』の三浦参謀長も演じているし、何より東映特撮ファンにとっては“神様”の一人なのだから今回の出演も当然と言えば当然だが、今回氏が再び番場を演じる意味はかなり大きい。


 と言うのも前章で述べたように晴れて同一シリーズに組み込まれた『ゴレンジャー』と『ジャッカー』だが、『タイムレンジャースペシャル』を除けばまだ映像作品として正式にこの2作品が統合された作品はないのである。
 つまり今回の作品に『ゴレンジャー』や『ジャッカー』のメンバーが登場して初めて、この2作品が名実共に『戦隊』の祖となれるのではないかと思うのだ。
 だからこそ今回の番場の再登場には、あの番場が再びというだけに留まらず、25の戦隊が真に一つとなるという重要な意義があるのである。


 「ジャッカー電撃隊行動隊長、番場壮吉。……よろしくゥ。」
 「……じゃっかぁ?」
 「……電撃隊ィ??」


 やっぱり一番再生回数多いよね、ここ。
 『ジャッカー』を知る人にとっては昔と変わらない番場のキメ台詞だが、今回のゲスト陣の中で、所属戦隊をハッキリ名乗ったのは番場だけだ。
 前述したような長年の歴史と今回の作品の意味を踏まえて見るとまた違った趣きが感じられるのではないだろうか?


 ところで『ジャッカー』という作品、これもまたある意味では不幸な作品である。
 前作の『ゴレンジャー』が偉大過ぎたこともあるのだろうが、設定的にはむしろ『ゴレンジャー』よりも石ノ森テイストの強い作品にも関わらず放映当時は人気が伸びなかった。途中で番場を登場させて回復を図るも1年間の放映を全う出来ずに終わってしまったし。
 『ジェットマン』より14年早くメンバー同士の恋愛も(全編を貫くタテ糸と言うほどではないけれど)描かれていたし、決して悪くない作風であることはファンなら知っているのだが……。
 まあビデオソフトが2本出てたので、ミリオンセラーシリーズ(ビデオソフト黎明期に発売された30分1万円もするソフト)で1話分発売されただけの『BFJ』よりはマシかと思っていたらLD化で先を越された(涙)。


 人それぞれの受け止め方はあるだろうがそんなこんなで筆者にとって今回の作品のキャスティングは、さしたる必然性もなくこれまで不遇をかこっていた『ジャッカー』と『ライブマン』に今一度光明が差し、なおかつ遂に25大戦隊の統一なる、という意味で大変嬉しく意義深い作品だったのである。


6.夢のひととき

 あとは印象的なところをつれづれに……。
 オープニング(以下OP)はガオレンジャー各メンバーそれぞれの活躍シーンに、そのメンバーと絡むドリーム戦隊メンバーのクレジットが出るのが芸コマ。
 でもいつものOPのキャスト紹介と、ドリーム戦隊メンバーそれぞれの作品のOPのキャスト紹介部分を編集したようなのも(今の容姿とギャップがあるのは承知の上で)見てみたかった気もする。

 
 ゲスト敵怪人ラクシャーサの声(飯塚昭三氏)はこれもやっぱりファンサービスだろう。そりゃこの人しかいないわな。
 再生オルグ(『ガオレンジャー』の敵怪人)もいっぱい出てきてかなり楽しめた。まあ可能ならば旧作の怪人とかも見てみたかったけれど、これは仕方ないか。


 総集編部分もありきたりな場面でなく、それでいてイイところはちゃんと選んでいて楽しい。
 回想の『剣の戦士』のところでいきなりチェンジドラゴン(『電撃戦隊チェンジマン』・85年)と敵幹部ブーバの落日の決闘シーンを持ってくるあたり鳥肌ものだし、その後のBGMがバルイーグル(『サンバルカン』)のテーマ(歌詞は空の戦士としてのものだがイントロが赤のリーダーとしては初の剣の戦士である二代目バルイーグル=飛羽高之(ひば・たかゆき)のテーマとして使われた)である『夢の翼を』(ASIN:B00005ENE0ASIN:B0000DJW7Y)だなんて凄いとしか……。
 選曲の宮葉勝行氏の仕事、見事です(竹本昇監督や脚本・赤星政尚氏の意向かしら?)。
 『女戦士』編での『セクシャル・レディ』(『バイオマン』・ASIN:B00005ENFCASIN:B0000UN3W2)と『青春サーキット』(『カーレンジャー』・ASIN:B00005J3RTASIN:B00005ENDVASIN:B0001DD21U)も良かった。


 ただ、女戦士の七変化はイマイチ。
 総集編部分での『おしおき三姉妹(シスターズ)』(『忍者戦隊カクレンジャー』第35話でニンジャホワイト・鶴姫を演じた広瀬仁美が『有限実行三姉妹(シスターズ)シュシュトリアン』(93年)出身であることからシュシュトリアン出演者がゲスト出演したパロディ話)は何か違うだろ、と思ったし(入れたい気持ちはよく分かるが)、ドラマ部分でも敵を翻弄するためと言うより逃げてただけなので(しかもあまり変装しないし)無理して入れなくてもよかったかも。
 おまけに七変化の本家の番場がいるのに「七変化は女戦士のたしなみ」と言われても……。



 映像的にはデジタル合成特有の質感に乏しい部分も多少はあったが、『タイムレンジャースペシャル』同様ライブフィルムに合成を加えるなどそれによる利点の方が多く見るべきところは多い。


 その白眉はやはりレッドメカ総出撃シーン。バンクフィルムから写真まで使ったというその攻撃シーンは圧巻の一言。
 ちゃんと画の流れとして繋がってるし、ターボGTの上昇した後にVRVマシン(『カーレンジャー』)・99(きゅうきゅう)マシン(『ゴーゴーV』)両マシンが画面を横切る合成シーンなんかマジで感動した。


 あ、そう言えばバンクとは言え新命や三浦参謀長も出てきたことになるんだなあ(こんなの並べてギャグにならないのはやはり宮内氏ならでは)。
 レッドファルコンへの変身で先の2回はバンクを使わず、なおかつ同様の合成処理を手抜きせずにしていたのもポイント高い。


 10人のバトルはもうドリーム戦隊が『ライブマン』OP曲をバックに戦うシーンで感動の涙。


 「ビッグワン・フィニッシュ!」


 などの新剣技もらしくて違和感なし。というか昔のヒーロー達にはこれくらい作ってあげないと映像表現的に見劣りしちゃうだろうし。
 残念なのはガオレンジャーとドリーム戦隊が協力した技が見られなかったことか。


 歴代レッドの名乗りは壮観(アカレンジャーのポーズが後期のJAC版でなく新堀氏が演じていたころの大野剣友会バージョンだったのが嬉しかった!)。
 旧作からの流用ボイスが元のBGMや効果音も混じっていて多少聞きづらい面はあったけどオリジナルの声を生かそうという姿勢はマル。
 ただ最後せっかくそれぞれの決めポーズで並んだシーン、もうちょっと寄りで撮ってあげても良かったのでは? なんかもの凄いロングショットでポーズを解くのがさみしかったので(笑)。


 あとは……、そうだ、ガオレンジャーの後見人・テトム嬢が気絶してるのはもったいないなあ。「キャ〜、何この人たち! カッコイイ〜!!」とか言ってはしゃぐのが見たかったぞ。


 それとやっぱり素顔での最後の別れみたいなシーンも欲しかった。テトムが気絶してたからって夢オチにはならないわけだし。


 例えば……、


 「本当に……ありがとうございました。」
 「もう大丈夫だな。」
 「はい。」
 「俺たち、大切なことをたくさん教えてもらって……。」
 「いいや……我々はほんのちょっとヒントを与えただけさ。」
 「君達が自分で気付いたんですよ。」
 「忘れんなよ! もしまた弱気になったら……、」
 「牛乳ですね、師匠!」
 「そうだッッ!!」
 「がんばってね。でも、無理はだめよ。」
 「ハイ!」
 「もう……会えないんですか?」
 「我々にもそれぞれの戦いが待っている。だがこれだけは忘れないでくれ。遠く離れていても、我々は同じ目的のために戦う仲間だということを。」
 「ハイ!!」
 「それじゃマドモアゼル、また会う日まで。」


 ガオホワイト・冴(さえ)にバラを渡す番場。と、その花がはじけ花びらが舞う。花霞が晴れたとき、既に5人の姿はない――。


 ……なんてのはどうかなあ。カッコつけすぎか。まあヒマな人はどれが誰の台詞のつもりか想像してみて。


7.終わりに

 最後にエンディング主題歌『燃えろ! スーパー戦隊魂!!』(ASIN:B00005NJMZ)について。
 一つの楽曲としては悪くないんだけどもう少し勢いというかノリというか……(メロディーよりリズム系の曲だし)、歌ったときにタイトル通り燃えられるかというと今ひとつ。


 ここは一つシリーズ初期の渡辺宙明(わたなべ・みちあき(ちゅうめい))先生にお願いしても良かったのでは?
 まあオリジナル作家にお願いしてもあの『11(イレブン)ライダー大讃歌』(ASIN:B00005ENBXASIN:B00012T31O)みたいにかったるい(暴言だ〜!)ものになってしまうこともあるのだが、やっぱりこういう歌って往年の『仮面ライダー讃歌』(ASIN:B00005ENBQASIN:B0000DJW7X)みたいに思わず「カッケー!!」(笑)って言いたくなるノリって必要だと思うので……。


 まあとにかく今回の作品、少なくともイベント作としては十分満足のいくものだった。長い間の悲願の一つが形になったことには違いないのだから。


 でも、もしまたこんな機会があるのなら、ワガママは承知でかなえて欲しい今一つの願いがある。
 それはアカレンジャー=海城剛(かいじょう・つよし)(誠直也(まこと・なおや)氏)の復活。


 やっぱり歴代ヒーロー集結となれば『ウルトラ』なら初代ウルトラマン、『ライダー』なら仮面ライダー1号=本郷猛が見たいように、筆者にとって『戦隊』のそれはやはり海城さんなのだ。


 でもって「♪バンバラバンバンバン……」(『ゴレンジャー』エンディング主題歌『秘密戦隊ゴレンジャー』・ASIN:B00005ENBLASIN:B0000DJW7YASIN:B000EAV7T4)をバックに


 「レッドビュート・クラッシュ!」(笑)


 とかやってくれたら言うことなしだけど……。東映様、なにとぞお願いします!


 あと懐かしどころの共演者には近年新『Gメン』で再びアクション俳優としても活躍中の春田純一氏なんかいかがかと。役は……人気なら星川竜(=ダイナブラック)だけど今回みたいに不遇な作品を救済するなら黒田官平(=ゴーグルブラック)か。
 でも今更星川の「ござる」を言わせるのは酷かな(笑)。


 女性は……さとう珠緒氏(=オーピンク)ならまだいける……というかやってくれるかな? ああ、まだまだファンの夢は尽きない……。

(2001.11.29 脱稿)


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2002年号』(01年12月30日発行)『百獣戦隊ガオレンジャー』後半合評7より抜粋)


[関連記事]

パワーレンジャーFOREVER RED(02年) 〜歴代パワレンレッド登場! 坂本浩一監督作品・戦隊を逆照射!

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20080518/p1

[関連記事] 〜『百獣戦隊ガオレンジャー

百獣戦隊ガオレンジャー 〜前半合評

  (近日中にUP予定!)

百獣戦隊ガオレンジャーVSスーパー戦隊 〜赤星政尚・竹本昇、出世作! 「戦隊」批評の特殊性!

  (当該記事)

百獣戦隊ガオレンジャー 〜後半合評・6人目ガオシルバー!

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20011113/p1

百獣戦隊ガオレンジャー最終回 〜終了合評

  (近日中にUP予定!)



百獣戦隊ガオレンジャーVSスーパー戦隊 [DVD]

百獣戦隊ガオレンジャーVSスーパー戦隊 [DVD]



スーパー戦隊シリーズ 〜全記事見出し一覧


*1:この「25作目」を巡る基準だが、今回ドリーム戦隊の一員となったレッドファルコンの登場した『超獣戦隊ライブマン』は、本放送当時「スーパー戦隊10周年記念作品」と銘打たれていた。この頃は版権収入を東映側に有利にするためか『バトルフィーバーJ』から数えて計算して、『秘密戦隊ゴレンジャー』(75)と『ジャッカー電撃隊』は別扱いにしていたためである。だから講談社の書籍「大全集」シリーズでも、別枠で出版され、『バトル』〜『ライブ』まででまとめた「スーパー戦隊大全集」(88・ISBN:4061784080)と、石ノ森章太郎石森章太郎)原作戦隊二作でまとめた「秘密戦隊ゴレンジャー大全集」(88・ISBN:4061784099)が刊行されている。このくくり方は「スーパー戦隊15周年記念作品」と銘打たれた『五星戦隊ダイレンジャー』まで続く。そして90年代中盤に入り、「スーパー戦隊」のカテゴリーは石ノ森戦隊二作も加えた扱いになり、現在は『ゴレンジャー』から通算する形になっている。

*2:1988年夏に原作漫画『仮面ライダーBlack』を連載していた小学館が主催した公募イベントで、自主映画だけでなく、模型、コスチューム、イラスト、漫画、小説等の分野で、「仮面ライダー」を扱ったものなら何でも可という形式のクリエイティブなコンペンション。「週刊少年サンデー」掲載の応募要綱には、漫画家の島本和彦江川達也らが描き下ろしイラストで「君のライダーを見せてくれ!」のコピーと共に読者にアピールしていたのが記憶に鮮明だ。

*3:この「戦隊VS」シリーズの原点が、東映まんがまつり公開の新作映画『ジャッカー電撃隊VS(たい)ゴレンジャー』(78)である。実写による別番組の競演編の元祖であり、尚且つ両作品の本放送終了後に製作、公開されたというのも型破りであるが。

*4:これによる結果の対比で面白いものがある。1985年当時の関東地区・テレビ朝日と福岡地区・九州朝日放送による「対夕ニャン」戦の結果だが、関東地区は、夕方五時台の特撮・アニメ再放送枠が(この時期特撮は『科学戦隊ダイナマン』(83)『超電子バイオマン』(84)を再放映)、『夕ニャン』に視聴率面で敗北したため、五時台の再放送から特撮がなくなり、『西部警察』(79)の再放送に切り替わった。逆に福岡地区では、『仮面ライダー』(71)の再放送が『夕ニャン』に圧勝、以後旧作の特撮再放送の定番枠として君臨したわけである。局としても「特撮は視聴率が取れる」という結果を出したから、特撮作品の希望が通りやすくなったのだろう。今思うに、テレ朝の「戦隊」再放送が『夕ニャン』に対して勝利を収めていれば、もう少し特撮枠も長く続いたのではと痛感させられる。話はずれるが、当時本放送されていた日本テレビ木曜夕方5時半の石ノ森章太郎原作の東映特撮ヒーロー『兄弟拳バイクロッサー』(85)も本当の強敵は『夕ニャン』だったのかも知れない。

*5:この頃は、「ファンタスティックコレクション」「宇宙船文庫」(朝日ソノラマ刊)の各書籍、バンダイのソフト人形やカプセル自販機の塩ビ人形、海洋堂ボークス等のガレージキット等の商品展開でも、ウルトラが中心で、書籍と本編を照らし合わせての作品研究や、各種模型製作の資料として地上波再放送のウルトラを録画、再生して楽しみ、活用していたファンが多い。そんな時に映像を丸ごと録画して保存できるビデオメディアは、これ以上のものはないくらい存在価値が大きかったのだ。