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マクロス7 〜序盤&中盤評


マクロスF最終回「アナタノオト」 〜キワどい最終回を擁護!
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(文・T.SATO)

マクロス7 〜序盤評・晩秋にTV評!

(94年11月執筆)
 『マクロス』と聞いては世代人の血が騒がずにはいられない。
 アニメから足を洗って7、8年(後日付記:94年当時の話)。
 ここ2年ほどで急速に復活してきたものの(後日付記:それからさらに14年・汗)、仮にいまだにアニメ視聴者に復帰していなかったとしても、『ガンダム』『マクロス』の看板がついてりゃ、出来はどーあれ、とりあえずはチェックを入れていたであろうことはまちがいなし!(笑)


 とはいっても、筆者も海千山千(うみせんやません)だし、観る前に過剰にウキウキワクワクしたり、ツマラなかったら過剰にののしるほどアオくはないけれど。


 さてさて、『マクロス7(セブン)』本編。
 もとより初作『超時空要塞マクロス』(82年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19990901/p1)より12年もたった今、かつてのマニアの思い入れも適度にウスれある程度、自由に世界観を改変したりズラしたりするのは構わないと思うし、それによって面白いドラマができるのならばむしろカンゲイだ。


 特に今回、設定面で好感を持つのは、敵エイリアンが生体エナジーともいうべき『マクロス』らしからぬ、いやリアルロボットものらしからぬ、一般的には非科学的・非物質的(?)なものを奪取せんとする連中であることだ。
 これはもう女児向けTVアニメ『美少女戦士セーラームーン』(92年)の敵種族と大差がない(笑)。


 そしてこれは、90年代に『マクロス』を復活させるにあたって正しい選択であったと筆者は捉えているのだ。


 10年前ならいざ知らず、異種文明との遭遇によるカルチャーショック・テーマなぞというSFチックなテーマは、マニアもスレた現在ではそんなにカウンターカルチャーな衝撃力を持ちえない。


 『マクロス7』でも前作を上回り、すでに地球圏を遠く離れて外宇宙を航行中という大設定があるけれど、そんなものは90年代においてはセンスオブワンダーなワクワク感を呼びさましやしない。
 ファースト『マクロス』において反重力エンジンを始動させたら艦体を突きやぶってエンジンだけが飛んでいってしまったという初期編の描写に、そんなに濃くもなくてもSFマニアなら心の奥底でさもありなんと思っていたシチュエーションが、さりげなく映像化された痛快さ・センスオブワンダーさで拍手喝采できたある意味ウブな時代は、スレたSFマニアだけでなく一般のアニメファンにとってでさえも(?)とうに過ぎ去ったものなのだ。


 だから、ベタな意味、狭義の意味でのSFをねらわないこの作品の方向性は正しいと思う。
 また本作の敵陣営の設定は、この作品がSF性より精神主義的なテーマ(たとえば熱血パワーが奇跡をおこし世界を救うとか・笑)というアリガチだけれど、普遍的なエンターティメント指向寄りにシフトしたことを同時に示しているのだろう。


 そして何より見た目に単純明快な、今後における展開はともかく、第一印象としては明快な“悪”、あるいは“悪事”の設定と描写は、日曜朝11時という時間帯に放映されるのにふさわしい、小さなお友だち(笑)にもわかりやすくさせるための、タコツボマニア向けだけではないバランス感覚も感じられてよいのだ。
 余談だが、昨年の『機動戦士V(ヴィクトリー)ガンダム』(93年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19990803/p1)の敵陣営・ザンスカール帝国も、ウラ設定や思想的なバックボーンはともかく、ビジュアル的にはいかにも“悪”! もしくは“敵”・“帝国”! というところが個人的にはよかった。


 それはけっして視聴者への媚びではない。
 青クサい、あるイミ素朴な80年代前半的なリアル指向を卒業した幅広いターゲットに向けての大人の態度、大人の余裕ある態度でもあるのだ。
 表面的には若干媚びて間口を広げてみせても、作品テーマは変化ない。そーいうことは充分可能であるというのが筆者の持論でもある。
 芸術至上なりディテール妥協なしが、無意味なわかりにくさで間口を狭めたり、そんな作劇をする我のみ潔し(きよし)といったハナにつくキリキリギスギスしたものであるのなら、そんなものに真にエポックメイキング(時代を作る)なパワーなどハラまれようハズがないのだ。


 さてさて、改めて今度こそ、『マクロス7』本編。
 PART2ものは正編に匹敵するべきだ、などという期待がなかったせいもあるかもしれないが、ほどほどのテンションを維持しつづけていると私見する。
 #1は制作者にとってもかなり実験的なものがあったと思うが(歌いっぱなし・汗)、まっこんなものかナと(悪印象じゃないゾ)。
 BGMは一切なし(#2以降も)。
 主人公たちのロックバンドのネーミングも、Fire Bomberファイアーボンバー)という、テレずヒネらず奇をてらわないベタベタ真っ正面なネーミング!(笑)


 ただし作品世界の雰囲気・カラーの提示、スタッフの思惑(おもわく)以上に、潜在的な部分で方向性を規定し展開を牽引していく、力作によくある不可視な雰囲気パワーの獲得には見事に成功していたと思う。


 ただ、残念なのはナゾの敵側のメカのフォルム・外見が、われらが可変戦闘機バルキリーとそんなに大差がないこと。画面上のメリハリというか戦闘シーンが若干わかりにくい。
 この点に関してはファースト『マクロス』における敵・味方のメカデザイン・カラーリングの対比の明快さに劣ってしまったといわざるをえないであろう。
 ……と思っていたら、某話において別の惑星に向かった開拓船団のバルキリーに酷似しているとかいないとか。なにかの伏線なのかナぁ? というか敵は異星人ではない?


 現在、初期8話くらいまでの視聴。
 シリーズ展開自体はスローで、バンクカットも多用して(笑)、今のところ市井(しせい)のバンドメンバー少数だけをじっくりと描く。
 一応のバンド歌姫・ミレーヌは14歳のワガママ娘だから、一応成人男性である主人公バサラとマジメな恋愛があるとは思えないが、キーボードの色黒無骨な兄ちゃん(オジサン?)や、ドラムの無口な長身姐ちゃんも、パッと見はロッカーでも頼りになりそな常識人っぽくて好印象。


 そして毎回ラストになると、なぜか空襲(笑)があって、われらがナゾの主人公“熱気バサラ”が、ドコからカッサらったのか、新型バルキリーこと名前もベタなファイアーバルキリー(!)にて出撃!
 しかも人型に変型するや、特撮戦隊もの電脳警察サイバーコップ』(88年・東宝)の主役ヒーロー・ジュピターみたいな、機能的には意味がない目鼻口が付いていて(笑)、バリキリーの伝統と狭苦しいメカフェチマニアのこだわりを踏みにじるかのような、リアルロボというよりヒーローロボ(スーパーロボ)みたいな真っ赤っかな出で立ちで……。


 「オレの歌を聞けーーー!!!」


 の号令一下、操縦桿を兼ねたエレキを奏でながら、宇宙の戦場をかけめぐり、敵味方の弾幕の雨をアクロバティックに避けながら、歌いまくるワンパターンな展開をココまでひっぱるのは面白い。


 結果的にここまで執拗にやられると、しかも武器を使わず戦闘もせずにストイックに“歌”だけで行動されると、今風チャランポランな若者像の安易な転写を超えた(あるいはそれを含みつつも物語的プラスアルファのある)キャラクターの心意気に興味を抱かされざるをえない。
 なんなんだ、コイツは(笑)。


 敵エイリアンによる艦内潜入ドラキュラもどきの暗躍描写も面白い。


 ……まったくの余談だが、それにくらべてもっとシンプルな舞台・スジ立て・キャラの女児向け(?)TVアニメ『魔法騎士(マジックナイト)レイアース』(94年)が、ムズカしくはないのに明快さとカタルシスに欠くのは何事だ!(笑)
 このテのアニメにこそ子供番組的王道を突っ走ってほしいのに……。余談終わり。


 『マクロス7』には多大な期待(大傑作になるとか)もしない代わりに、ほどほど以上には楽しませてくれそうだナという予感がある。
 ……というかけっこう気に入っている(笑)。そんなワケで今後ともあたたかく見守っていくつもりだ。


(了)
(初出・オールジャンル同人誌『きみこそ勇者』号数失念(94年12月発行)投稿文「晩秋にTV評(94年秋季番組評)①」より抜粋)


(後日付記:「敵エイリアン」と記述していますが、最終的には「エイリアン」ではなかったことが劇中で判明していくのはご存じの通りです。
 「プロトデビルン」(コレまたハイブロウさの欠片もない通俗チックなネーミング・笑)は別として……)


マクロス7 〜中盤寸評

(95年4月頃執筆)
 往年のリアルロボアニメ信者の筆者も、今そのテの作品をやっても決して革命的ではないし、マニアだけがウケる独り善がり作品なら、ガキ向けの方がエエやんけ(笑)と思うクチ。


 そんなスレた筆者にも好印象の『マクロス7』。
 制作者の意図は不明だが『美少女戦士セーラームーン』のごとく精神エナジーを奪う幼児にもわかる悪事(笑)、そこから推測されるSF性より熱血が世界を救うという、より普遍的なテーマへの傾斜、無意味な複雑さではなく市井のバンドメンバー少数の人格・心理をじっくり描く点に、タコツボマニア向けではない健全さを感じたのだ。


 その上でよく見ると、作品前半では主人公バサラの歌は敵に効果がなく、人々がたまに認めてくれても、それは彼の“歌”そのものではなく“体を張った行動”の方だったりするイジワルな作劇。
 バサラと歌姫ミレーヌが、劇中内での初作『マクロス』の映画化(笑)において主役連中を演じるも、撮影中に敵陣営の攻撃に遭遇して、あのバサラがラストに自身の無力を、ミンメイ・アタックをもフィクションではないか?(大意) とつい吐露するエピソードがあったりするという、“歌で平和を”というより“歌で敵を驚かし殲滅しただけかもしれない”という、初作歌姫ミンメイと初作そのものに対する疑義&否定的観点の導入までをもしているのにはビックリ。


 しかしいろいろあって、あげくの果てにシリーズのターニングポイント回では、巨大怪獣(プロトデビルン)に対して、Dr.チバ発明による胡散(うさん)クサい設定の“歌エネルギー”(笑)もて一機にて対峙するファイアーバルキリーと我らが熱気バサラという荒唐無稽な熱い図も登場!
 リアルというよりドラマチックというべきシチュエーションだが、物語一般の在り方の根源の方まで考えればフィクションはかくあってしかるべし!


 時代的・アニメ史的なインパクトはともかく、初作は各話単位の出来のバラツキが激しかった気もするし、平均点では『7』の方が高いのでは?
 初作における「マクロス」世界の人類の原文明・プロトカルチャーの設定もここに来て出てきたが、できれば設定の種明しで結びとするのではなく、バサラたちの情念がラストを導くことを期待する。


(了)
(初出・失念。直上とは別の同人誌か、アニメ誌の読者欄に投稿した文(もちろん未掲載)だったかと記憶・汗)


(後日付記:というワケで、『マクロス7』に対する筆者の最終的な評価はかなり高いです)


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