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ブレンパワード


『機動戦士ガンダム』シリーズ評 〜全記事見出し一覧

ブレンパワード』初期編感想

(文・T.SATO)
(98年7月執筆)
 『ブレンパワード』。英語表記を見ると、脳ミソ強化(笑)。スゴいタイトルだネ。富野カントクはやはりバカがキライで、頭のイイ奴(学力ということではなく)がスキ、ということなのか?(笑)
 ある学者一家が、深海海溝にあった超古代遺跡に依拠して、新宗教的組織オルファンを作り、世界中と小競り合いをしているらしい世界観。その一家から脱走した長男ユウが主人公で、新宗教への対抗組織に所属して、戦いつづけるストーリー。
 設定だけ一読すると、悪の組織からの脱走者『仮面ライダー』(71年)や『デビルマン』(72年)を想起させるが、富野アニメだから、そーいうヒロイックなところに帰結せず(残念)、人物相関図関係やらをネチネチグチュグチュやってます。
 で、自力で低空飛行する丸い円盤=プレートが変型して誕生する巨大ロボ(生き物?)を飼い慣らして、敵味方が攻防していると。



 歳を取ると時間が経つのが早い。思春期のころの7、8年前は“はるかむかし”という気がした。しかし、この歳になってからの7、8年前は、“つい最近”という気がしてしまう。しかし、それは錯誤である。若い世代にとってのこの7、8年の変化は大なるものがあるはずだ。同時にいわずもがな、年々歳々世代交代は進行し、新しいマニア世代が誕生していようこともまちがいない。
 そんな……たとえば10代前半のマニアにとって、そして90年代のマニア小僧にとって、はたまたポスト『新世紀エヴァンゲリオン』(95年)以降のマニア少年にとって、今でも富野由悠季(とみの・よしゆき)カントクという人間は大きな存在なのか?
 ……そのあたりフィールドワーク的関心をそそられるものの、ここではそれを正確に確かめる術(人脈)はない。しかし、少なくとも『エヴァ』の庵野秀明(あんの・ひであき)カントクよりも、関心比重の小さい存在と化していることは今やまちがいないであろう。
 ただし、このテの批評・感想系同人誌を手に取る人間は20歳以上の人間が多いと思われる。
 そんな世代にとっては、富野カントクの御名は大きな重みを持っている。ファースト『ガンダム』世代/『Z(ゼータ)ガンダム』世代でその感慨は異なるだろうが、いずれにとっても大きな存在だ。
 個人的には、筆者にとっての富野カントクは今では否定されるべき、批判されるべき存在である。
 しかし、それは逆説的には気になって仕方がない存在なのだという見方もできる。そしてその有りようは皮肉なことに、富野アニメで……あるいはロボットアニメ全般で主題にされてきた、『ロボット ≒ “父”(祖父or母)が作ったもの ≒ “父”』という図式……“父越え”を図ろうとする古典的な図式を、送り手と受け手に移し変えただけの、実は新奇性など何もないそれこそ古典的な企てにすぎないのかもしれない。だとしても、筆者は批判・発言は続けるが(笑)。
 ……で、本編の感想なのだが……。ウーン、コレはコレでもうイイのかもしれない。
 イヤもうどうでもイイです(笑)。良くも悪くも富野節が全開。世界観もキャラもお話もよく判らない……。
 いや、実は筆者もマニアだから、厳密に言えば判らないワケじゃないし、むしろ一応判るし、やりたいこともおおよそ見当が付かないでもないんだけれど(?)、これを一般のヒトにお薦めすることはできない……。
 たとえば『エヴァンゲリオン』ならば、一部限定条件付きではあろうが、一般のヒトにもまだ薦めることができたろう(異論承知)。個人的には作品評価の最優先基準をそこに置く……それがゆえに本作を、無条件で第三者にお薦めすることはできない。
 ただし、その基準から離れれば、興味深い描写にあふれている。ロボット(?)を“父”(母)ではなく“子”として扱っていること。背景美術が日本の昭和40年代的家屋や風景に田園。#4における、和風の室内に主人公・ユウの母(?)の着物。針灸で戦闘の疲れを癒すもうひとりの女主人公・ヒメ。ジイさんバアさん悪ガキ3人組などの3世代にわたる登場人物(父母の世代が欠けているのが何ともミエミエだ・笑)。あるいはオープニング楽曲の古代遺跡に、レギュラー(?)の一女性が神の名を唱えるなど信心深いこと……。
 これらは、ビジュアル的には逆説的なエキゾチズムをねらったものだろう。
 が、テーマ的には新宗教のような敵組織オルファンが世代断絶的革新(なんかヒトを滅ぼしDNAだけは残すとかチラッと云ってたなぁ)をもくろんでいるのと対置させる形で、19世紀イギリス保守主義的、80年代新保守主義的、あるいは60年安保の全学連から転向して保守派になった西部邁(にしべ・すすむ)センセ的な“伝統”――むろん天皇制とかではなく、西欧哲学の系譜にある理念的な伝統・保守主義。あるいはヒトの日々の地道な生活に根付いた、世代を越えて伝えていくべき価値がある、生き方や理念・精神性としての“伝統”であり、古いものはすべて良い、すべて固守すべきという、“伝統”というより“因習”を堅持する古代的部族社会ではないけれど、共同体を破壊し過剰な世代間断絶をも促進するスピード資本主義=新自由主義でもなく、意図的にブレーキをかけてスローな漸進主義を主張するもの(後日付記:01年の9.11テロ以降、親米保守(≒新自由主義)VS反米保守(≒新保守主義)の図式では、西部センセは後者の論客)――をシンボライズさせているんだろうなぁという予想は付く。この図式は面白い。
 むろんあくまで予想なんで、この図式が絶対のものとは断言しないけど。でもまぁ『機動戦士ガンダムF91』(91年)、『機動戦士V(ヴィクトリー)ガンダム』(93年)でも、同系図式をやってたし……。
 だが、このテの言い訳は、以前にも何度かしたと思うので毎号の読者には恐縮だが、頭の良い一部マニアがよくやる、身の丈の実感から離れて観念遊戯に堕したような深読み遊びは筆者の好みではない。
 また、図式があれば……構造が包含されていれば、ケッサクになるわけでもない。本編フィルム中でこの図式を、自然にドラマに溶け込めたカタチで、メインストリームなりサブラインなりで表出できるか? はたまた、この図式が二次的なものに比重ダウンしていったとしても、別の要素で物語を面白くできるのか? ……といったところで、作品は評価されてしかるべきだ。
 で、そーいう点も含めれば、#2以降はそれなりには、あくまでそれなりには(笑)、見やすく面白いと感じている。
 ただし、肝心要の#1が、悪いイミで80年代中盤の富野節全開で判りにくかったことがひっかかるし(劇中Aパート/Bパートだかで、1年の歳月が過ぎてしまうのもナンだかなぁ)、その意味では一部批評系アニメマニアには薦められても、一般マニア(←形容矛盾だネ)や一般ピープルには薦められない。
 ましてや現在のところ、ブレイクして一般層にアピールするとはとても思えない。ただ、あくまでそーいった限定ワクの中でではあるのだが、どうアガいてもマニアに過ぎない筆者をして(自嘲)、次回も見たいと思わせる程度には面白い作品に仕上がっていると云うことはできると思う。
 ……結論、これはカントクのねらいはともかく、結果的にはマニア向けの作品となっており、ボクもやはりマニアであったのだ(……凡庸なオチかな?)。


(了)
(初出・オールジャンル同人誌『きみこそ勇者 Vol.39』(98年8月12日発行))


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