假面特攻隊の一寸先は闇!読みにくいブログ(笑)

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バットマンvsスーパーマン 〜日本のヒーロー「VS」「大集合」映画と比較!


『ワンダーウーマン』 〜フェミニズムの英雄か!? 単なるセックス・シンボルか!?
『ジャスティス・リーグ』 〜スーパーマン・バットマン・ワンダーウーマン共演作は、ヒーロー大集合映画の教科書たりえたか!?
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 スーパーマン映画『マン・オブ・スティール』(2013年)や今春の映画『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』(2016年)の直続・直系の世界観で、DCコミックスのヒーロー・バットマンやフラッシュも登場し、『バットマン』(1939年)の宿敵・ジョーカーをはじめとする悪役連中や『フラッシュ』(1940年)の悪党が徒党を組んで正義のために(?)大活躍する映画『スーサイド・スクワッド』(2016年)が9月10日に公開記念!


 ……とカコつけて(汗)、『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』評をUP!


バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』

(16年3月25日(金)・日本封切)

バットマンvsスーパーマン』 〜アメコミ2大古典ヒーロー対決映画! 日本のヒーローものの「VS」「大集合」映画と比較!

(文・T.SATO)
(16年4月30日脱稿)


 元祖アメコミヒーローのスーパーマンと、アメコミヒーロー第2号のバットマンが戦う! という夢のマッチメイクの大ネタ。
 本邦・日本においても、ヒーローVSヒーロー映画や、ヒーロー大集合映画、多数のヒーローが同一世界で共存・共闘しているという世界観の漫画やアニメ、『僕のヒーローアカデミア』(16年)、『ワンパンマン』や『コンクリート・レボルティオ〜超人幻想〜』(共に15年)に『サムライフラメンコ』(13年)や『タイガー&バニー』(11年)などの作品が連発されるようになって久しい。


 それらとの対比で、ヒーローVSヒーロー映画やヒーロー大集合映画における、作劇的な要素要素・パーツ・パーツの並べ方や組み立て方の技巧、つまりは理想の「作劇術」……などなどが、ついでに透けて見えてこないものだろうか? という観点で、話題の映画『バットマンvs(ブイエス)スーパーマン ジャスティスの誕生』を鑑賞してみたのだが……。


 その仕上がり・出来については、個人的には「ウ〜ム」といったところ。


 この作品をスキなヒト、評価するヒトには申し訳ないけれども、端的に云ってしまうと、個人的にはあまり面白くなくて、どころか次第にタイクツにもなっていた(汗)。
 コレだけの大ネタの作品を、こんなレベルの作品に留めてしまうだなんて……。


 もうノンキに、日米のヒーローVSヒーロー作品、ヒーロー大集合作品の比較論なんぞを、やってる場合じゃないゾ!
 僭越ながらこの作品を単独で論じて、その娯楽活劇映画としての作劇的な弱点と、そしてナゼにそのような作劇的隘路(あいろ)に陥ってしまったのかの原因についても分析してみたい。


「特撮演出」「アクション演出」の達成度!


 まずは、特撮映像やアクション演出。
 特撮映像・CG映像については、もちろんハリウッドの大作映画であるだけに、おカネもそーとーにかかっているとおぼしきで、チャチさはむろんナイ。
 15年前のワールド・トレード・センターへのハイジャック特攻である9.11をチョット想起させてしまう、冒頭の白昼の摩天楼上空で、雲を引いて落下してくるナゾの隕石群(?)と戦うスーパーマン
 そして、その足元では落下してくる高層ビルの残骸から徒歩で逃げまどう人々や、崩落してくる瓦礫を避けつつ黒塗り高級車で路地を縫って現場に急行するバットマンの変身前の中の人であるダンディな社長の一連のシーンなどの特撮映像&演出の仕上がりは、ソレ単独だけで云えば「さすがにハリウッド映画!」と喝采を送りたいくらいだ。


 ラストでは、夜の闇に包まれて瓦礫と化した湾岸地帯で、スーパーマンの今は亡き故郷・クリプトン星出自の超強敵の巨大怪物と、スーパーマンバットマンワンダーウーマンの3大アメコミ古典ヒーローが共闘して戦いを挑む!
 70〜80年代のハリウッド特撮映画であれば、フワッとした吊り(ワイヤー・ワーク)での飛行であったり、光線もシャープな細っこいもの(同語反復・汗)であった。
 それらと比すると、30〜40年後の今日におけるそれはデジタル合成で、かつ瞬時に初速から弾丸のように音を切って超高速で上昇して飛翔する!


 敵・味方が放つ光線の類いも、科学的・物理的・SF的なクールでシャープで透き通ったイメージの光跡ではなく、光線を放っているキャラクターの身長にも匹敵するまでにその幅が膨張したような極太のブットくて(同語反復・汗)、ドチラかとゆーと光線を放つキャラクターの心情の強さに比例しているとおぼしき精神主義的(笑)な力強くて迫力のある光線を放つ!
 それらの光線の直撃を喰らったヒーローや、巨大怪物のパンチを喰らったヒロインは、何キロメートルも後方にブッ飛ばされていき、接地してからも何百メートルも瓦礫の上をゴロゴロと高速で転がっていく!


 このへんのアクション演出は、当たり前だが70〜80年代の『スーパーマン』映画にはなかったもので、長足の進歩ではあるとは思う。それは認める。
 しかし、ヌルい一般ピープルならばともかく、日本のマニア・オタク人種がコレらのアクション描写を「さすが、ハリウッド!」なぞと両手をあげて無条件で賛美してしまうのは、「おフランスざます」的な「植民地の民の奴隷根性」というべきものであって、それは待ってほしいし、カンベンしてほしいとも思う。


 だって、極端に太ットい光線とか、殴り飛ばされたら何キロも後方に飛ばされて何百メートルもゴロゴロと高速で転がるなんて描写は、おそらく80年代後半以降に「週刊少年ジャンプ」連載の漫画『ドラゴンボール』の中盤あたりから始まって、漫画&アニメ&特撮ジャンル作品のアクション演出のテンプレートの域にまで普及して、今では……というかココ10数年間は女児向けTVアニメ『プリキュア』シリーズでも毎週のように繰り広げられているアクション演出だったよネ(笑)。


 そーいう意味では、トオの経ったマニアであれば、コレらのアクション演出は日本出自のものが芽吹いたものであるとわかるべきで、そのような歴史的な射程をもってコレらの描写を瞬時に全的に把握して、同時に要素要素に腑分けして認識できないようでは、いかがなものだろう!?
 「やっぱりハリウッド映画はスゴい! 日本の特撮映画はダメ!」みたいな、90年代以降には絶滅したけど80年代以前の若者文化には根深くあった「洋楽サイコー! 日本のポップスはダメ!」のリフレインみたいで――古い例え話でゴメン。ココに「アメコミ漫画」知識などを代入してもイイです(笑)――、スカした文化的カーストをドコか行間に構築するような論法には、個人的にはプチ反発を覚えないでもない。


 だからと云って、「日本の特撮映画、日本のジャンル作品、日本のオタク文化、サイコー!」、「ブラック(黒人)・イズ・ビューティフル」ならぬ「オタク・イズ・ビューティフル」、「オタク・エリート」などと夜郎自大に、プチナショナリスト・自民族優越主義・ジャンルナショナリストになろう! と呼びかけているワケでもないのだが(笑)。
 その中間で、もっと要素要素に分解して、「A」という面ではハリウッドが優れているけど、「B」という面では日本のオタクジャンル作品の方が優れていて、「C」という面ではドチラが優れているとも云えないとか、それも6対4なのか3対7なのか8対2なのか? みたいな計量的な測り方で、「増長」でも「卑下」でもない、自分や自国や嗜好ジャンルに対する「正当評価」としての適切な「自信」というものを、引き出すことができないものなのだろうか? とも思うのだ。
 以上は、映像・アクション演出方面にまつわる、個人的な感慨である。


2大ヒーロー対決ものとしての「作劇」の達成度!


 で、実はコッチの方を主眼に語りたかったのだが、「作劇」的な次元での問題点も指摘したい。


 第1の問題点。スーパーマンバットマンの直接対決がなかなか始まらない。直接バトルするシーンは、物語も後半以降に至ってからである! 遅い、遅すぎる!
 しかも、そこに至るまでのドラマ・テーマがヘンにマジメすぎるものだから、スーパーマンバットマンの世紀の戦いを、もっと無責任かつ不謹慎にも面白がることができない(笑)。
 いやもちろん、マジメなドラマやテーマがあってもイイのだけれども、それはやはり共演や対決や共闘させるための二次的な言い訳にすぎない。


 人間も他の動物や植物を捕食して食べる生物である以上は、根源的かつプリミティブ(原始的)な深層意識の情動の次元では「攻撃性」や「残虐性」の本能を持っており、「A」と「B」が戦ったらドチラが強いのかの成り行きをコーフンして見入ってしまうような、善悪はさておいた不謹慎な性向を持っているものである。
 もちろんそれが凄惨な殺し合いになって際ギワがなくなってしまっても人類は絶滅してしまうのであって、戦争にもルールを作ったり、武士道や騎士道を発達させたり、殺しは抜きのスポーツに留めたり、肉体も使わないゲームにしたり、言葉だけの悪口に留めたり、フィクションの世界での戦闘で代理的に発散するワケだけれども。


 そーいう観点からすると、スーパーマンバットマンの戦いへとサッサとなだれこんで、早々に迫力のあるカッコいい強者拮抗のバトルを見せてくれて、それを不謹慎にも無責任にも外野席からヤンヤヤンヤと指をさして筆者は楽しみたかったのだが。
 しかも、それを1回だけじゃなくて、物語の頭と中間とお尻に配置して3回戦くらいやってくれてもバチは当たらなかったのではあるまいか?(笑)
 もっと全編に渡って、スーパーマンVSバットマンのそれぞれの必殺ワザや必殺武器に特殊車両や飛行メカを披露して、それぞれの能力を存分に駆使した、丁々発止のチカラ比べ・得意ワザ比べ・知恵比べのバトルを繰り広げて、それを数回戦にわたって魅せるべきではなかったか!?


 第2の問題点。2大ヒーローそれぞれがそれぞれ異なる良さを出しつつ、気持ちよく大活躍してくれて頼もしさを感じさせ、スカッとさせてくれるようなカタルシスのあるアクションがない!
 もちろん全員とはいわずとも、たいていの人間には「良心」もあるから、理不尽な戦いや暴力での勝利には、「罪悪感」も生じてくるものだ。
 だから、その後ろめたさを減少させるためにも、敵には成敗されても仕方がないと思わせる「非道」や「加害」を行なわせ、味方には「正義の鉄槌」なり「復讐」やその代行を行なってもイイだけの「道理」なり「被害」を与えて、反撃まではじっとガマンをこうむらせる必要がある。
 そーいうワケで、全編が「道理」も「正義」もないヒーローVSヒーローの力比べ、理由なき暴力の行使であったのならば、一時的にはカタルシスを得られても、トータルでは後味は悪くなるだろう。


 そーいう観点から云うならば、物語の巻頭シーンは、


・摩天楼の上空で下界の人間の惨劇とは関係なく、天上の神々のごとき戦いを繰り広げるスーパーマンに対するバットマンの中の人の反発を描くシーン


 ではなく、


・いわんや冒頭・アバンタイトルにおけるバットマンの中の人の幼少時代の両親の死の寒々とした回想などの陰鬱な描写シーン


 などなどではなかった方がよかったかもしれない。


 それらの描写や展開は中盤以降にタネ明かし的に回す。そして、冒頭はテンプレでもスタンダードな2大ヒーローそれぞれのいかにもなフォーマット的な明朗な人助けシーンとか、爽快な悪人懲らしめシーンなどの大活躍を点描的に見せる。つまり最初に、両ヒーローの最低限のカッコよさや頼もしさから来る気持ちよさも描いてヒーロー性を担保して、それを観客にも印象付けておいた方がよかったのではあるまいか?
 そして、最初はそれぞれがそれぞれの存在を新聞なりTVで見て、悪を倒す一応の正義の味方であると最低限認め合ったり敬意を持ったりしている、といった描写がベタでも存在した方がよかったのではあるまいか?


 その上で、ある事件に対する対処の仕方をキッカケに、双方の価値観の齟齬から来る相互不信、方法論の違い、行き違い、誤解、そして互いに譲れない対決へと至る! という変心の過程があるような。
 ……というようなストーリー展開になったとしても、ちょっとカッタルくて重たいか?


 であれば、前言を翻すけれども、冒頭から不謹慎でも爽快かつカッコいいスーパーマンVSバットマンの丁々発止の応酬バトルを見せておいて、そこに至ってしまった辛気クサい理由やドラマは中盤以降で小出しに回想で挟んで見せていく……というような倒置法のストーリーテリングでもよかったかもしれない。


対決の動機となる「テーマ」は「公」VS「私」か!?


 で、筆者個人は結局ナニを云いたいのかと云えば、この作品はその映像の色彩設計も象徴するように、ちょっとクラすぎるのではないかと思うのだ。
 「クラい」という言葉が悪ければ、「マジメ」すぎると思うのだ。「マジメ」といって語弊があるならば、「マジメ」がカラ回り・カラ滑りしているというべきか?
 「マジメ」が「マジメ」なだけで終わっていて、爽快な娯楽活劇作品としては昇華されていないのだ。


 たしかに、それぞれのヒーローの在り方・戦い方・理念のプチ「ダークサイド」や、陰鬱なプチ「悩み」は描かれてはいる。それはそれで各ヒーローに単純な正義の味方には留まらない、人間的な苦悩・内面も持っている存在として、人物像に深みを出そうとしている狙いもわかる。その試みを一概には否定はしない。
 しかし、それがラストの大バトルに参戦するに至る「動機」として機能したり、「起承転結」における「転」や「結」としての、急転直下の「落差」としてのエッジが立つように機能しているワケでもない。


 彼らの「苦悩」や「疑問」も、根本的もしくは暫定的に解決したのではなく、双方の母親の名前がキーワードとなる、ごくごく個人的な「私情」もしくは「私怨」によって接点を持たせて、イジワルに云えば作劇的な「スリ替え」が行なわれて、それが動機となって「共闘」が実現するに至る。
 ウ〜ム。わかるんだけど、道義的に間違っているとも云わないけれど、破綻しているとも云わないけれども、少し苦しいなぁ。


 コレだと、個人的に見知った周囲の情実ある人間への危害から来た「発憤」「私憤」ではなく、それとは無関係の公的な事象に対する「義憤」「公憤」の側に立つ人間の立場がないというか、そーいう側の人間がグローバリズム(=アメリカニズム)の手先として中東や途上国諸国で「大の虫を生かすために小の虫を殺す」=「国家権力悪」に一度でも加担したことがある有罪のままの存在で終わっていて、スーパーマンの方が複雑性を持っておらず一面的に見えて、分が悪く見えてしまうのだ。
 アメリカ文化帝国主義に対するアメリカ人というかハリウッドの作り手たちによる自己批判、という社会派テーマもどきの意図もわかるけど、ベトナム戦争この方、SF洋画『アバター』(09年)に至るまで、その手法自体がもう手垢にまみれていてテンプレ化しているとも思うし。


 そういった問題意識があった上で、それでもスーパーマンのキャラを立てるのであれば、アメリカニズムを超える、より大きくて高くて広いスケールでの公正で公平で公共的な「正義」を彼が目指すのが、作劇の論理的必然という気が個人的にはするのだが。
 良くも悪くも左翼リベラル思想の宗教にも近いような呪縛なのか、国家権力を代案なしの没論理でも監視・批判さえしていれば、「俺、カッケェェーーー!!!」で事足れりで、よりマシな国家権力を構築して操縦する等々の、その先の展望がナイのだナ。
 まぁ日本の80年代以降の「公」よりも「私」を称揚する、「公」を主張した瞬間にそれは戦前の軍国主義に即座に通じる! というような、中間のグラデーションがない極論・暴論のミーイズム・エゴイズムの風潮に、ついにハリウッドも染まってしまいましたか?(笑)


 つまり、スーパーマンの方が天上=「公」から地上=「私」へ歩み寄っただけなのである。例えば、バットマンの方からもスーパーマンの必ずしもアメリカニズムには留まらない大局観からの行動に、全理を認めずとも一理は認めて歩み寄ったというようなストーリー展開はない。
 そーいうところにも、2大ヒーローがその価値観は異なるままでもイーブンで並び立つ、という気持ちのよさには至らない原因があるのではないのかなぁ? ナンとはなしになし崩し的に「私情・俗情との結託」だけでフワッと共闘しただけに見えなくもないのであった。


 そのような、性格や価値観の対比や接点、距離や接近、反発や和解といったストーリー展開のダイナミズムの妙こそが、このテの善VS悪には留まらない2大ヒーロー激突作品を、ウェルメイドな娯楽活劇作品として仕上げる「テクニック」であり「コツ」であり「職人芸的な技巧」として必要とされるものでもあると思う。
 しかるにこの作品は、展開の妙や最終的な気持ちのよさよりも、マジメなドラマやテーマをただヤリたいだけ、という感じがするのだ。


 それをカンゲイするような御仁もそれなりにいるのだろうけど、その気持ちも自身の若いころを振り返るとわからなくもないけれど、筆者にとってはそれがむしろ小賢しいというか浅知恵というかアザトいというか。鼻につくというか中二病的に見えると云おうか(笑)。
 そーいうドラマやテーマを入れてもイイけれども、このテの娯楽活劇作品にそれらを入れ過ぎると、その問題意識が仮に正しかったとしても、かえってダレてきたり浮いてきたりタイクツしてきたりもする。


 だから、もしコレらのドラマやテーマをやるにしても、もっと凝縮・圧縮して「点描」みたいなかたちで留めることはできなかったものなのか?
 云ってることは正しくても、そろそろカッタルくなりそうだナ……という地点にまで来たら、そこで唐突に事件や事故を起こして、バトルシーン・特撮ドンパチシーンに場面転換して展開をサクサクさせるとか、もう一方のヒーローが同時並行的に行なっている戦闘シーンに切り替えるとか(笑)。
 むしろそーすることによって、そのテーマやドラマも鼻につかずに印象の残ることもある。シニカル(冷笑的)に云えば、そのテーマやドラマが真のイミで突き詰められているワケでも決着が付いているワケでもないけれど、「深そうだ」とか「スゴそうだ」などと「錯覚」させることができたりもする。このテのジャンル作品におけるドラマやテーマ表現はそのテの「錯覚」の方向を狙うべきだと思うのだ(笑)。


日本の「2大ヒーロー対決もの」「ヒーロー大集合もの」と比較!


 そーいう点では、なかなか世間ではそーは見てはもらえないけど、「ブランド」志向や「権威主義」的な先入観を取っ払ってしまって純粋に観れば、特撮CGシーンの出来ではハリウッド作品が勝るにしても、00年代以降の日本のジャンル作品における作劇術もバカにしたものではないと思う――それ以前の作品はそーでもないかもしらんけど(汗)――。
 嘲笑(あざわら)ってくれても結構だが、例年の作品と比するとイマイチという気もするけど、映画『手裏剣戦隊ニンニンジャーVS(たい)トッキュウジャー THE MOVIE 忍者・イン・ワンダーランド』(16年)をはじめとする、2大戦隊が対決〜共闘する『スーパー戦隊VS』シリーズ映画の方が、映像面では見劣りしても、テイストはチャイルディッシュでも、純・娯楽活劇作品としての作劇術は優れていると思う。


 たとえば、70年代の第2期ウルトラシリーズにおいては、現役・最新ウルトラマンのピンチに先輩ウルトラマンが助っ人参戦しても、残念ながら最新ヒーローを立てようという配慮が悪いイミで強すぎたせいか、噛ませキャラクターや前座として、先輩ウルトラマンがボコボコにヤラれてしまって、当時の子供たちが見たかった強い先輩ウルトラマンの爽快感あるバトルを見ることができないことがままあった。
 しかるに、そのへんに不満を覚えた世代が長じて作り手にまわったせいであろうか、「2大スーパー戦隊VS」作品においては、先輩ヒーローたちの分を悪くして、相対的に最新ヒーローたちを立てるような作劇は決して行なわない。
 あくまでも、先輩ヒーローの強さ&頼もしさも描いた上で、後輩ヒーローに華を持たせて、両者をほぼイーブンか拮抗させる作りとなっている。


 それに何より、テンポがよくて展開がサクサクとしていて、タイクツさせずに気持ちよく見せている。
 ドラマやテーマも適度にあるけれど、それがダレてきそうになると、怪獣怪人がご都合主義にもヨコ入り的(笑)に出現して、1回戦だか2回戦だか3回戦目だかのバトルになだれこみ、ドラマやテーマよりかは2大戦隊10数名に新旧の複数敵幹部のキャラクター・人物像やリアクション芸の「さもありなん」「待ってました!」的な楽しさを見せる方向に、イイ意味で作劇の方向性が寄っている。
 途中で多少の苦難・困難があっても、予定調和のボリューム・尺もある歌舞伎的な様式美の大バトルで、勝利のカタルシスが半ば強制的にもたらされることで、仮に途中に重苦しさがあった場合でもそれらは最後には一掃されて、物語の決着感やまとまり感も強い。


 それではついでに、2大ヒーローVS作品ならぬ、ヒーロー大集合作品の場合ではドーか?
 映画『仮面ライダー×スーパー戦隊 スーパーヒーロー大戦』(12年)や映画『ゴーカイジャー ゴセイジャー スーパー戦隊199(ひゃくきゅうじゅうきゅう)ヒーロー大決戦』(11年)などの作品は、私見では多少モタついたり、シンプルにライダー&戦隊連合軍vs2大敵軍団! には収束せず、なぜだかBL(ボーイズ・ラブ)的に仮面ライダーディケイドVS仮面ライダーディエンドとのラストバトルになるような妙なヒネりがあったりして、それでイイのか!? という気もするけれど(笑)。


 女児向けアニメの『プリキュア オールスターズ DX(デラックス)』映画初期3作(09〜11年)だの、特撮マニア間でもほとんど鑑賞されていないとは思うけど映画『日本ローカルヒーロー大決戦』(15年)などは、まさにテイストはチャイルディッシュでも敵・味方の膨大な数十名にものぼるキャラクターを、ムダなドラマは抜きのシーソーバトルの攻防劇の中で、お団子にならないように数組ずつに分けて行動させて、たとえ点描であっても印象的にそのキャラクターが立つような見せ場やセリフも最低一言ずつは与えて、最後はラスボスとの最終決戦に収束させて大団円! といったさりげに十分に技巧的・職人芸的な作劇は、深みはないかもしれないが(笑)、気持ちのよい娯楽活劇作品として神懸った出来の大傑作に仕上がっているとすら私見する。


 が、まぁ映画は総合芸術である以上、そして特撮ジャンルとは「特撮映像」そのものを主眼とするジャンルである以上は、「ブランド」でもなく「権威主義」でもない視点から、日本特撮よりもハリウッドの大作ヒーロー映画のいくつかの作品群の方に軍配を上げる感性があってももちろんイイとは思う。
 けれども、筆者個人はこの映画『バットマンvsスーパーマン』からは、2大ヒーロー共演・激突・共闘映画としての理想の作劇術を見ることはできず、むしろ反面教師にすべき出来であり、かつ悪い例としての作劇術であったと結論している……(異論はもちろん認めます・笑)。


バットマンvsスーパーマン』エトセトラ


 他にも取って付けたようなワンダーウーマンの終盤からの登場とか、我々ロートル世代にとっては80年代末期のアサヒスーパードライのCMの印象も強い初老のジーン・ハックマン演じた悪役レックス・ルーサーが、若造の天才科学者かベンチャー企業の若手ヤリ手社長にリマジネーションされてしまってイイのか! とか――いやまぁ別にイイけれど(笑)――、何の説明もなくスーパーマンの故郷出自で同族の宿敵・ゾッド将軍の死体が出てくるけど、映画『スーパーマンII/冒険篇』(81年)なんてもう35年も前の大むかしの作品なのだから、一般ピープルには分からねーだろ! ……もとい、ゾッド将軍・リマジ版も登場する本作の前日談である『スーパーマン』の幾度目かのリメイク映画『マン・オブ・スティール』(13年)だって観客の全員が観ているワケじゃないのだから、一般ピープルには分からねーだろ! そこにセピア色の静止画でイイから回想の戦闘シーンを1カットでも挟んで観客に承知させろや! とか、クラい雰囲気の映画ではあってもスーパーマンの活躍シーンに往年の70〜80年代の映画版のジョン・ウィリアムズのテーマ楽曲でもカブせれば少しはその高揚感で作風を底上げできたかも……とか、しかしてバットマンの方に60年代の実写TVシリーズのコミカルなテーマ楽曲を使用したら台無しになったろう(笑)とか、いろいろとツッコミしたいトコロもあるけれど……。まぁそのへんは揚げ足取りの些事ではあります。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2016年GW号』(16年5月1日発行)〜『仮面特攻隊2017年号』(16年12月29日発行)所収『バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生』合評2より抜粋)


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