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「電波男」&「嫌オタク流」&「萌え萌えジャパン」


★嫌オタク流・批判!★ 〜80年代・フジテレビ・お笑い・ヤンキー・スクールカースト!(長編論文)
[オタク] 〜全記事見出し一覧


(文・T.SATO)
(06年12月執筆)
 「オタク作品」論から「オタク」論へ。より正確には「オタク人格」論へ。……そりゃ当然の流れだろ。


 90年代00年代的なギャルは一切登場せず、ドチラかといえば80年代的なキャピキャピぶりっコ系女のコが多数登場して、でも先行するアニメでも見たような、スピンオフ出演かよ! 的な作品が多数を占めてるアニメ界。
 もちろんそのお約束の範疇でも、高度な物語と低次な物語があるのは筆者も知ってるし、そこに言葉を与えていくのが、我々批評・感想オタクの役目でもあるだろう。


 しかして、女性アニメキャラのビジュアルや性格類型が、傍から見れば畸形的な進化ゆえ、その独自の媚薬のにおいもするパッケージだけに、一般ピープルがヒイているこの厳然たる断崖絶壁な断絶・亀裂の事実もあるワケで……。


 その前では、そこで繰り広げられる物語(ドラマやテーマ)の優劣以前に、そんなビジュアルや女性キャラがスキな自分、乙女チック(?)なかわいさが判ってしまう繊細ナイーブなボク(笑)、そこに好意を感じたり、それに感情の基層を刺激・駆動されて、視聴や消費をしつづけてしまうオマエって、オレっていったい何!? ってな自己相対視や自己懐疑に意識が行くのは、そりゃ当然ではあるだろう。……逆に云うとそれがないヤツはバカだ!


 もちろん逆にこの風潮が行き過ぎて、作品論を語るべきトコで過剰な自己言及なり、そのまた逆の作品外の事象や世相・風俗に別ジャンルのサブカル知識や、学問の権威に屈伏してエラいヒトの学説を当てはめま評(笑)なコトやられすぎてもカンベンではある。
 でも、作品とそれを観てる自分という二者の手綱をシッカリ握って、そこを起点に自己言及や作品外の事象へ砲丸投げしても、周回軌道をめぐって元いた場所(作品自体と、他人や権威でなく自分がどう感じたか)に着地するならオッケーだとは思うけど。


 そーいう点では、クセや偏向はあっても、それに目配せしたり、あるいはズバリそれを指摘する書籍が散見されるようになったのはジャンルも成熟したな、とも思う。今から15年前のジャンル作品の謎本ブームのころとは隔世の感だ。


 で、そのものズバリを指摘するのが本田透の『電波男』(05年・三才ブックスasin:4861990025)と、『嫌オタク流』(06年・太田出版asin:4778310012)の二著だろう。
 両者のスタンスは真逆だが共に程々に売れて、しかも共に反発もデカかったあたり、オタク連中も活字を読む人種がいるんだなぁと一安心。まぁでも大多数のヌルいオタクは、そのテのことにも関心ナイいわゆる「動物化」した連中であることも判っちゃいるけどサ。


 モチ二著ともにトンデモ本ともいえるのだが、『NHK日曜討論会』よりも『朝まで生テレビ』に『TVタックル』(笑)。クソマジメにやったらココまで流通しないって。だから偽悪や悪フザケ、ブラックユーモアも含めてイチイチ反発しないで、これくらいは受けとめてほしいもんだけどナ。


 『電波男』は現実がいかにルックスや性格のカーストに貫かれ、女性はその価値観に洗脳されていて(そこまでは正しい)、革命原理として二次元女性のすばらしさを説く本(…)。
 まぁ書名を電波にしてるくらいだから彼がヒトラーなワケねーだろう(笑)。読ませる芸として一級だし、論の補強の引用からも読書量が半端じゃない(オレよりも読書量がある・爆)。


 『嫌オタク流』は、『電波男』への批判かつオタ批判だが、ココまで来ると愉快痛快。コレが自虐的に笑えないヒトとはお友だちに……なーんてヒトそれぞれですナ。 ちなみに『電波』は30代独身女性に結婚できてない自分のイタさを認めろと宣言する『負け犬の遠吠え』(03年・講談社asin:4062755300)でオタ男が異性の対象になってないこと(笑)への批判の本でもある。


 かくして一著では叶わずとも、『電波男』『嫌オタク流』『負け犬の遠吠え』の三著によって、ジャンケンポン的に世界は統べられた!?


 で、筆者もブラック・イズ・ビューティフルならぬオタク・イズ・ビューティフルには賛同しないし、下請けならぬ孫請け仕事でチョット商業誌に名前が乗ったくらいで自我が肥大して、他人に云ってもらうならともかく自分で吹聴、自慢したくて仕方がない本誌ライター陣多数(ハハハハ・註:初出は同人誌)には、謙譲の美徳はドコへ行ったと嘆いているひとりだが、そんな事態を改善するヒントになるのが堀田純司の『萌え萌えジャパン』(05年・講談社asin:4063646351)。


 メイド・抱き枕・等身大美少女フィギュア・ギャルゲーその道のトップへの取材集。
 彼らはいかに自分自身がイタイことを、近所で幼女誘拐があれば真っ先に疑われるであろう居住空間に棲まうことも自覚して、あえて判っていてやっていて、その上で過剰な見栄競争にも陥らずに趣味人たちとまったり交流してるあたりがすばらしい(まあ著者が美化して、もしくは良質なオタはかくあれかしとの願望を込めた描写なのかもしれないけれど)。
 もちろん一方で自分の趣味に適度な誇りを持ってもイイのだが、それと同量の自己客観視ができている精神で自分にブレーキもかけつづけること。我々のような異常者の趣味人にはそーいうダブルバインドな均衡の態度を取りつづけるところに、オタクなりの節度や品位や倫理がやどると切に思うのであった。
 ……ン、本書に登場している抱き枕大王って、オレの前職の元同期じゃん(爆)。


(了)
(初出・オールジャンル同人誌『SHOUT!』VOL.41(06年12月30日発行))


[関連記事] 〜弊ブログ別ライターによる『嫌オタク流』徹底批判!

嫌オタク流』私評 〜80年代・フジテレビ・お笑い・ヤンキー・スクールカースト!(長編論文)

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20061118/p1



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