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GODZILLA(2014年版)賛否合評 ~長年にわたる「ゴジラ」言説の犠牲者か!?

『ゴジラ評論60年史』 ~50・60・70・80・90・00年代! 二転三転したゴジラ言説の変遷史!
『キングコング:髑髏島の巨神』 〜『GODZILLA』2014続編! 南海に怪獣多数登場! ゴジラ・ラドン・モスラ・ギドラの壁画も!
『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』 ~反核・恐怖・悪役ではない正義のゴジラが怪獣プロレスする良作!
『シン・ゴジラ』 ~震災・原発・安保法制! そも反戦反核作品か!? 世界情勢・理想の外交・徳義国家ニッポン!
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 2019年5月31日(金)から洋画『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』が公開記念! とカコつけて……。
 同作の前日談たる洋画『GODZILLA』(2014年版)評をアップ!


GODZILLA』(2014年版)賛否合評 ~長年にわたる「ゴジラ」言説の犠牲者か!?

(2014年7月25日(金)・封切)
(2014年7月下旬脱稿)

合評1・賛! ~『GODZILLA』(2014年版) ~復活ゴジラの原典リスペクト

(文・J.SATAKE)


 第1作公開から60年。ハリウッド版2本目の『GODZILLA』(14)が登場。
 日本の原子力発電所に勤務するジョーは、異常電磁波と巨大振動による事故によって目前で妻を失う。その悲しみと真の原因を明らかにしようと固執する父に対し、息子のフォードは自らの家族を持ち、米軍の爆発物処理の任務に当たっていた。


 再び頻発する振動。立ち入り禁止地区に潜入するジョーと反発しつつも同行したフォードは、放射性物質を喰らい成長する怪獣・ムートーに襲われる!! 
 ムートーを研究・管理しようとする組織・モナークの芹沢博士から秘密を明かされるフォード。1954年、巨大生物を発見した米軍は核実験と偽り攻撃を続けたが、その放射能物質でさらに強化した怪獣がいた。それがゴジラ! その同種に寄生し成長したのがムートーなのだ!


 日本を発ったムートーはその声に導かれるように現れたゴジラと激突!
 さらに復活したもう1体のムートーも襲来、ワイキキ・ホノルル・ラスベガス・サンフランシスコを次々と壊滅させてゆく……。
 果たして人類はムートーを倒せるのか。そしてムートーを追うゴジラは人類の救世主なのか……。


 原点である第1作の「核」に対する警鐘をしっかりと盛り込んだ点を評価したい。太古には放射性物質を糧に成長した生物が存在、それが人類の核兵器原発によって再び地上に現れるという説は、自然ですら管理できると驕り高ぶる人の愚かさに強烈なしっぺ返しを喰らわせる!
 さらに放射性物質で成長する3体をメガトン級の核ミサイルでなら撃退できるはず、と作戦を実行しようとする米軍。核廃棄物や核汚染の抜本的な解決もできないままその大きな力を行使する、なんと愚かしいことか……。


 広島に落とされた原爆で父を失ったという芹沢猪四郎博士も――このネーミングも原点に対するリスペクトが感じられる! ――人間と核の愚かさを知りつつ、ゴジラが自然の調和を保とうとする存在であって欲しいと願う複雑な心象を見せてくれた。ハリウッドでも活躍する渡辺謙氏の熱演が光る!!


 怪獣に対する人間として配されたもう一組、ジョーにフォードとその妻子。「誕生日」でクロスする2つの親子の幸せなシーンと対比して、家族が巻き込まれてゆく怪獣パニック映画としてもきちんとまとめられている。
 津波から逃げまどう大勢の人々、街を蹂躙する水流。渋滞して身動きがとれない車の列を俯瞰で捉える画など、スケールの大きなパニックシーンはやはりハリウッド流。


 自身が放つ電磁波で機械や電子機器を停止させてしまうという能力で、脆弱な現代文明のカウンターともなった強力な怪獣・ムートー。長い鉤爪の腕ともう一組の腕のような巨大な翼。核ミサイルを狡猾に奪ってゆく姿は人類の天敵だ。


 もう一方のゴジラ海上から見せる背中のヒレは鋭利に。野太い首と足が力強さを印象付ける。「怪獣」という言葉を世界に知らしめた彼のデザインを逸脱することなく生まれた本作の姿。オリジナルへの敬愛が感じられる。
 そして桟橋での軍との衝突が決して人類とは相入れない怪獣の宿命を示す。


 2体のムートーを相手にビルを破壊しながら争う姿は巨大な怪獣が立ち回る迫力のバトルシーンとなった! 口から放たれる破壊光線はメラメラと燃え上がる炎のイメージが強調されたもの。ゴジラが口を押し広げ至近距離から打ち込む炎で絶命するムートー!


 満身創痍で「狩り」を終え、海へ還るゴジラ。彼の行動原理は核の濫用を続ける人類には計り知れない……。
 自然環境・核兵器問題に対する警鐘、巨大怪獣の巻き起こすパニック・バトルアクション、二世代に渡る家族の交流ドラマ。新生ゴジラはマニアに向けてのリスペクトと、初見の人へのヒューマンパニックドラマを融合させた見応えある映画となった。


 日本のアニメ・特撮コンテンツの精神を継承したハリウッド映画は、巨大ロボVS巨大怪獣の攻防を描く昨年の『パシフィック・リム』(13・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20180613/p1)もあったが、本作は原点を継承しつつ新たな設定・物語を組み込んで、単なるモンスターパニックものには堕さなかった。
 『ゴジラ』のもうひとつの物語として多くの方に認められる作品だろう。


(了)


合評2・是々非々! ~『GODZILLA』(2014年版) 長年にわたる「ゴジラ」言説の犠牲者か!?

(文・T.SATO)


 物語の前半、なかなかゴジラが登場しない。フィリピンや日本で太古のナゾの巨大生物の痕跡が調査されていく。放射能がウンヌン云ってるし、初作が公開された1954年に伏線ぽくゴジラに対して原水爆実験を装った核攻撃がなされたような記録映像も流れるので、てっきりコレは水爆大怪獣ことゴジラの痕跡のことだと思っていたのだが……。
 なんと、別の昆虫型の6本脚の新怪獣を物語は追っていたのだった!


 南海の明るい大洋を、その巨大で複雑な形の背ビレだけを見せて、悠々と回遊していくゴジラ
 メリケンの地で、同じく背ビレを見せながら、巨大な吊り橋の下を通過していくゴジラ
 夜景のビル街で、瓦礫の土煙をもうもうとさせつつ、未知なる敵怪獣と激闘を繰り広げるゴジラ
 敵に組み付き、口から吐くゼロ距離の放射能火炎でトドメを刺すゴジラ。最後は海洋へと去っていく。


 こうやって、あとから印象的なビジュアルを抜き出してみると、たしかにゴジラ映画の映像の典型+αで、そこを意識的にも押さえたのだろう。
 でも物語前半で延々描かれる、ゴジラかと思いきやそれは新怪獣の予兆だった! とゆー展開のせいか、前述のビジュアルの印象も相殺されてしまったよーナ。


 いや別に新怪獣が出てきて対決モノになるのが必ずしも悪いとは思わないし、歓迎しないでもナイ。しかし、この作品に限って云えば、大々的には告知されはていなかった新怪獣の出現は、スカッとした意外性ではなく、比重的に腰の据わりの悪さをもたらしたよーナ。


 昆虫型新怪獣の猛威に襲われていくハワイ、アメリカ西海岸!
 そして日本のミレニアム・ゴジラシリーズのように、夜のビル街で土煙をもうもうとあげながら、ゴジラと新怪獣2体との攻防が繰り広げられ、新怪獣を倒したゴジラは海へと帰っていく。
 その姿は神々しく、人類の危機に現れた救世主のようにも見えるのであった……。


 物語中盤までゴジラが姿が見せない作品ほど高尚。ゴジラは単なる暴れまわるだけの怪獣ではない。その出自からも犠牲者であり反核反戦の隠喩なのだ。と同時に大自然の象徴・警鐘でもあるのだ。単なる犠牲者、弱くてもイケナイ。ゴジラは膝を屈しない強者・神であり脅威でもあるべきだ。
 たしかに1970年代末期~90年代前半までこーいう言説がさももっともらしく語られていましたネ――筆者も共犯者だったかもしれませんが(汗)――。
 これらの言説を取り込んだから、本作は今回のようなゴジラの立ち位置になったのだと私見。メンドくさいゴジラマニアを相手にして作り手たちもホントに大変で同情します(笑)。


 ぶっちゃけ、往年のそれらの理念は、イイ歳こいて怪獣映画を観ている自分たちを肯定するための理論武装であって、それによる多少の地位向上があったことも認めるけど、次には別の問題ももたらして、ゴジラ映画から娯楽活劇性を削いでしまった面も否めない。
 ゴジラ反核反戦・自然の象徴にも成りうるけど、それは後付けであって、もっと不謹慎な男の子のプリミティブ(原始的・幼児的)な暴力衝動の発散であり、巨大怪獣がガオガオほえながら、原野や街を闊歩しビル街をぶっ壊し、とはいえスプラッタみたいな残虐性は巧妙に回避され、倒してもいい敵怪獣は容赦なくやっつける、そんな幼児的な全能感・万能感、身体性の快楽を味あわせる装置なのだとも思う。ドラマやテーマはそのための言い訳にすぎず、そんな全能感に奉仕するように構築されるべきなのだ。


 本作を個人的にはダメダメだとは思わない。明らかなアラや破綻はないし退屈もしなかった。けど、心の底から面白かったかと問われると……。


 またまたオッサンの繰り言で恐縮だけど約35年前、怪獣だのアニメだのの子供向けの趣味とされていたモノを、当時の若者層が持ち上げて――往時はオタと一般ピープルがまだ未分化であった――、子供ながらに中高生やオトナになってもこのテの趣味を卒業しなくてもイイのかも!? と期待に胸をふくらませたものだ。折しもメリケンの地からも『スター・ウォーズ』(77年・78年に日本公開・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200105/p1)や映画版『スーパーマン』(78年・79年に日本公開・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20160911/p1)が黒船来航。ボクらの子供的な趣味の感性が勝利を収める! という束の間の祝祭感も味わった。
 折しも我らの『ウルトラマン』も800万ドルだかでアメリカでリメイクされるやも! あわよくば、日本の特撮やアニメが海の向こうでリメイクされてハクを付けて凱旋帰国し、その勢いで一挙に日本における文化カーストの上位にも食い込む! という、それはそれで舶来の権威で日本の権威を凌駕せんとする、植民地の民の奴隷根性みたいな思いに、当時のマニア連中は取り付かれていたようにも思うのだ。


 で、「来なかったアニメ新世紀」とか「日本特撮・冬の時代」とか、M君事件によるオタクバッシングなどの紆余曲折はあったけど、フランス革命ロシア革命みたいな画期があったとも思えないのに(笑)、30数年が経ってみればズルズルとゆるやかに往時の夢は実現した……ような気もしないでもない。
 往時に夢見た未来とはカナリ違った気もするし、もう少し志が高くて意識的に実現されるべき革命が、資本主義の論理でなんとなくこーなったあたりで、古い世代としては釈然としない感もある。とはいえ、往時唱えられていた「こーすれば日本特撮は復興する!」とされてきたあまたのテーゼの数々――怪獣や怪人はギャグやコミカルなどの世間に嗤われるような描き方ではなく、恐怖や脅威であるべきだという「怪獣恐怖論」の賞揚。ヒーローや怪獣の未知なる初邂逅の神秘性を重視する立場から「一回性」が賞揚されることで、続編やシリーズ作品にユニバース的な同一世界の作品群を否定する――も、必ずしも正しかったワケではないことも思えば、現今の状況でもイイのだろうとも思ったり(……複雑)。そして、それらのひとつとして今回のハリウッド版『ゴジラ』もあるワケだ。


 加えて、作品自体の罪ではナイけど、コチラが枯れてしまったせいか(笑)、ハリウッドでのリメイク自体も2度目のせいか、マニアだから語ろうと思えばいくらでも語れるのだけど、長年の蓄積だけで自動的に語れちゃってて、鑑賞前後での熱情自体はあまりナイのは筆者だけか?(汗)
 作品評価や好悪はヒトそれぞれ、そもそもゴジラマニアの尺度よりも売上の尺度の方が絶対かもしれないけど、それでも云うなら、本作がドコかスカッとせず(私見だけど)、ある意味ではハリウッド映画らしくないモヤッとした内容になったのは、日本のゴジラマニアが1970年代末期~90年代に延々とつむいできた「ゴジラ言説」のせいではなかろうか?(笑)
 それらがウスめられて海の向こうのマニア間でも普及しているから、こーいうモヤモヤとして善悪も曖昧模糊としたノリになったのではなかろうか? そーいうイミでは向こうのスタッフも悪い意味でよく「ゴジラ言説」を研究して、本作の内容や思想性にそれを取り入れてくれたと云うべきか?


 初期の「ゴジラ評論」では、子供向けに正義の味方と化した後期・昭和ゴジラを否定するために、ゴジラは悪でなければならないとされたが、そのうちにゴジラは善も悪も超越した強者であり膝を屈しない強者・神でなければならないということになった。
 そのへんのロジックの援用で、人類の脅威ともなる新怪獣が用意され、コレを倒す存在でありながら人類とは相容れないゴジラ像になったと推測するのは容易だろう。加えて、渡辺謙演じるセリザワ博士が勝手に根拠もなく思い入れて、ゴジラは自然界のバランスを戻すために現れた救世主なのかもしれないという仮説だが願望(笑)だかも述べる。


 その言説は作品批評やマニアによる愛情の吐露やジャンル作品を高尚に見せようとする手法(笑)としては大きく間違っているワケでもないけれど(汗)、劇中でもそのように語られてしまうと、チョットした肉付けの不足か逆に露骨すぎたのか、少し浮いている言説にも見えてしまう。
 加えて、平成ゴジラシリーズやミレニアムゴジラシリーズではよくあった、ゴジラを最後に撃退はしたけど死んではいなくて、ラストでゴジラが海中などでカッと眼を見開くなどの、それはそれでパターンと化した(笑)香辛料・スパイスの不足なども、本作に感じる物足りなさの理由であろうか? このへんもまた本作の弱点のようでもあり、逆にココらを重点的に攻めて肉付けして突破できれば、納得ができる作りになったような気もする。


 早くも続編の製作も決定。今度はラドンモスラキングギドラも登場するらしい(!?)。日本のゴジラシリーズの歴史とも同様、イイ意味で堕落して(笑)歴史を繰り返し、爽快な作品になることを期待したい。


(了)


合評3・否! ~『GODZILLA』(2014年版) ゴジラが来たりてホラを吹く(笑)

(文・久保達也)
(2014年7月30日脱稿)


 いきなりネタバレで申し訳ないが、むしろまだ観ていない人々が劇場でビックリしないためにも、今回だけは本当のところをハッキリさせて頂きたい。


 今回登場するゴジラは、実は「悪役」ではない。それどころか、「悪い怪獣」から人類を守る、「正義のヒーロー」なのである!


 ただし、印象としてはゴジラが悪役として描かれた映画『ゴジラ2000 ミレニアム』(99年・東宝)に近い。これに登場した宇宙怪獣オルガに、今回の敵怪獣ムートーがそっくりだったし(笑)、『ミレニアム』も中盤は本編も特撮もUFOと宇宙人ばっかりで、ゴジラのゴの字も出てこなかったし(笑)。
 だが、それでもまだ、ゴジラの登場場面が比較的多かった分だけ、マシだったのかもしれない。なんせ今回はゴジラが、全然出てこないんだもの……


 んなアホな! と思ったのは、筆者とて例外ではない(笑)。実際に劇場で鑑賞するまでは、そんなことは夢にも思わなかったのである!


・予告編で編集されていた都市破壊場面ではゴジラの姿は伏せられ、ムートーもいっさい登場しなかったこと。

・チラシなどの宣材では「1954年に東宝が製作・公開した日本の特撮怪獣映画の金字塔『ゴジラ』を、ハリウッドでリメイク」などと紹介され、ましてやそこには「最高の恐怖」「テーマはリアル」(爆)などというキャッチコピーが踊っていたこと。


アメリカでの試写会の席上にて、今回セリザワ博士を演じた渡辺謙(わたなべ・けん)が、「普通の怪獣映画じゃないところがいい」などと発言していたこと。


 以上のことから、筆者は今回の作品は、ゴジラの本家である日本でウケるために、つーか、口うるさい日本の怪獣マニアから批判されないために(笑)、『ゴジラ』第一作(54年・東宝)を最大限に尊重し、


・「反核」の象徴
・「恐怖」の対象
・「悪役」のゴジラ
ゴジラと戦うのは「人間」
・「怪獣プロレス」はやらない(笑)


 良くも悪くも、こうした70年代末期~80年代に特撮マニアが怪獣映画のあるべき姿として持ち上げてきた要素を満たしたゴジラが描かれるものだとばかり、思いこんでいたのである。


 そりゃあ、フタを開けたらビックリするわなぁ(笑)。
 予告編の破壊場面は、実際には全てムートーによるものであり、「最高の恐怖」として描かれる「悪役」の怪獣はゴジラではなく、ムートーの方であった(笑)。


 そして、ゴジラは「反核」の象徴どころか、54年頃にアメリカとソビエト連邦(現ロシア)が相次いで原水爆実験を行ったのは、なんとゴジラを倒すためだった、などと悪行を正当化しやがった(これがホントの爆!)。


 「普通の怪獣映画じゃない」どころか、おもいっきりのフツーの怪獣映画やんけ!(笑) つーか、あまりにもフツーすぎるやろ!(爆)
 アメリカをはじめ、世界各国で大ヒット! って、それはハリウッド・ブランドと巨大資本に物を言わせた大宣伝で集客して、かつ怪獣映画が「文化」として根づいていないから、こういうものでもおもしろく見えてしまうだけだろうに(笑)。


 結局公開直前まで、徹底した報道管制を敷いてしまうからこそ、こうした大きな誤解が生じてしまうワケで……
 ヤフーの映画レビューでは、ハッキリと「これは詐欺(さぎ)だ!」などと怒っている人がいた。だが、「詐欺」というのは、人をだました奴が「得」をする場合のことを言うのである。今回の「詐欺」(笑)の場合は、むしろ興行側の方が「損」をしているように思えてならないものがある。


 筆者は公開二日目に2D吹替版の初回を鑑賞したが、その客層は、映画『キカイダー REBOOT(リブート)』(14年・東映)と、ほとんど変わらなかった。つまり、圧倒的に「高齢層」が中心であり、筆者の隣の席の客なんかは、正直「おじいさん」(失礼)と呼ぶのがふさわしい年代の人だったくらいである。


 予告編や宣材の「詐欺」によって劇場に足を運んだのは、


・『ゴジラ』といえば第一作が最高傑作、いや、そもそもそれ以外は全部ダメ(爆)とまで考えている者も含む、第一作至上主義のマニアたち、
・宣伝では今回の作品がどんなものかはハッキリしないけど、世代的に怪獣映画を観て育ったため、せっかくの久々の新作だから観てみようか、と思った一般層の人々


だったかと思われる。これでは「高齢層」中心になるのも当然である。


 たとえばマニアでも、


・筆者のように70年代前半の子供向け興行「東宝チャンピオンまつり」の昭和ゴジラシリーズ後期の正義の味方のゴジラを幼少の頃に観た世代や、
・90年代前半に平成ゴジラシリーズを小中学生で観た世代にとっては、


 「怪獣対決」のない怪獣映画なんて、クリープを入れないコーヒーみたいなもんだ、と考えている者、もしくは表面ではそう思っていなくても無意識にはそう思っている者が中心であることだろう。


 そうした者にとっては、「怪獣対決」のない『ゴジラ』第一作至上主義やその作劇なんぞ、まさに目の上のタンコブみたいなものである(笑)。だから前宣伝のせいで、今回の作品が第一作のリメイクみたいなものだと思いこんでしまったら、大枚(たいまい)はたいてまで積極的に観に行くワケがないと思えるのである。
 筆者も先にあげた『キカイダー REBOOT』の上映前に流された予告編を観て、個人的には何ひとつワクワクさせるものを感じることができなかった。


 さらにチラシの「最高の恐怖」「テーマはリアル」という70~80年代の特撮マニアが散々『ゴジラ』映画の理想としてきて筆者も信じていた(汗)、しかし今やその有効性をスレたマニアからは疑問視されて久しいテーゼを今さら仰々しく掲げるセンスに至っては、頭をかかえずにはいられなかったものである(笑)。


 筆者はバンダイから「ムービーモンスターシリーズ」として、ムートーのソフビ人形が発売されることを知るに至るまで、今回の作品はゴジラが単独で登場する作品だとばかり思いこんでいたのである。ひょっとしたら、玩具の発売情報なんぞに疎(うと)いために、いまだにそう思いこんでいる人々も、少なからず存在するのではないのだろうか?
 筆者が私見するに、これではドッタンバッタン組んずほぐれつの「怪獣対決」が描かれるのなら観てみたいと考えるような、実は結構いるであろう潜在的なヤジ馬客層をシャットアウトしてしまっているワケであり、まさに「損失」以外の何ものでもないのである。


 なので、こういう手法がかつては通用した時代もあったが、今の時流には、公開直前までの情報管制はそぐわない、と個人的にはとらえている。
 ゴジラであれば、怪獣映画であれば、どのような作品であれ、絶対に観なければ気がすまない! という人間たちに対してはそれでもいいだろう。だが、世の中そういう人間ばかりではない。つーか、そんな連中は圧倒的少数派なのである(爆)。


 怪獣映画なんぞにまったく思い入れのない人々であれば、どんなものが出てきてどんなことをやるのか、前宣伝でまったくわからないようなものに、果たして大枚はたくようなことをするのか? ということなのである。
 そんなことをするくらいなら、安心確実なブランドである、スタジオジブリやディズニー、『ポケモン』の方を選ぶのではなかろうか――本当はここに戦隊&ライダーの劇場版も加えたいところなのであるが、どうやらこの2014年の夏も苦戦しているようなので……――。


 だから「恐怖」だの「リアル」だの「第一作の精神」だのと、旧態依然の古いマニアかせいぜい背伸び盛りの聞きかじり新参マニアにしか通用しない、抽象的な文句を並べたてるくらいなら、


ゴジラの姿を最初から公開して、昔は着ぐるみだったけど、今回はCGで自在に動くから迫力があるぞ! とか、
ゴジラのほかにもムートーという怪獣が、オスとメスの二種類出てくるぞ!


なんて調子で煽(あお)り文句で宣伝していれば、特撮といえば戦隊やライダーしか知らない若いマニアや子供たちに、多少なりともインパクトをもってアピールすることができたように思えてならないのだ。


 先に客層が「高齢層」中心であると書いたが、とにかく今回は、子供たちの姿が「皆無」に近いくらい少ない。上映後にたまたまトイレで出くわした中学生男子二人組のうちのひとりの発言が、まさにそれを象徴しているように思えたものだ。


「オレちっちゃい頃、『ゴジラ×(たい)メカゴジラ』(02年・東宝)観たハズなんだけど、全然覚えてねえんだよ」


 おそらく彼は当時3歳くらいであり、『ゴジラ×メカゴジラ』よりも、むしろ同時上映のアニメ『とっとこハム太郎』(00~13年)の劇場版(01~03年)が目当てだったのではなかろうか?
 ただでさえ興行成績が低迷していた00年代前半のミレニアムゴジラシリーズ(99~04年)の客層は、『ハム太郎』の併映により興行収入を一時的にアップさせるも、子供層については90年代前半の平成ゴジラシリーズ時代の客層であった小中学生ではなく、就学前の幼児が中心となっていた。先にあげた中学生のように当時はあまりにも小さすぎてゴジラのことを全然覚えていないか、『ハム太郎』だけを観て帰ってしまったかの、どちらかが大半であろうかと思われる――この当時は『ゴジラ』作品の冒頭、自衛隊の面々が残酷に蹴散らされていくシーンだけ観て、幼児の教育に悪いと思ったのかワラワラと退出していく親子連れがメチャクチャ大勢存在した!――。
 ミレニアムゴジラシリーズを観て新たなゴジラファンとなった子供たちは、数としてはたかが知れた程度にすぎないのではなかろうか? それを思えば、実質的なブランクは、映画『ゴジラ FINAL WARS(ファイナル・ウォーズ)』(04年・東宝http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060304/p1)でシリーズが打ち切られて以来の10年間にはとどまらないのではないのか?


 知人に聞いた話では、今回の作品は講談社『テレビマガジン』や小学館『てれびくん』でも一応は紹介されていたらしい。にもかかわらず、子供たちが全然観に来ないのである!
 テレビシリーズの新作が途絶えても、ウルトラシリーズの場合は映画の公開・アトラクションショー・児童誌連載・オリジナルビデオ作品リリースなど、一応はなんらかの動きが成されてきた。だから、たとえ商品的価値は凋落(ちょうらく)しようとも、その存在をかろうじて延命させることとなっている。


 だが、ゴジラの場合は10年間、本当に何もしなかったのである。これでは公開直前になって、あわてて事前情報が掲載されようが、子供たちの関心を惹(ひ)くハズもないのである。
 怪獣映画の未来は、もはや風前の灯火(ともしび)としか言いようがないほどの、危機的状況におかれているのではないのか? これを打開するにはどうすればよいのか、答えはひとつである。


 「怪獣対決」が観られると思って喜んだのも束(つか)の間(ま)、ハワイでのゴジラ対ムートーの対決はテレビ画面の中でしか描かれないわ、アメリカに上陸してやっと始まったと思ったら、突然画面が真っ黒になって別の場面に切り替わるわ――マジで上映トラブルかと思った・爆――…… だから今回は第一作至上主義者ばかりか、結局は「怪獣対決」至上主義者(笑)にとっても不満が残ってしまったワケで……


 こんなカン違い映画(笑)をこれ以上ハリウッドにつくらせないためにも、本家の東宝ゴジラを復活させ、毎年安っぽいつくりでも継続して公開するより道はないのである!
 そしてハリウッドは、日本の怪獣映画をもっと研究するのみならず、怪獣映画が「文化」として根づいている日本の怪獣マニアたちが、世界の中で「最高の恐怖」(爆)の存在であることを、肝に銘(めい)ずるべきである(笑)。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2015年準備号』(14年8月15日発行)~『仮面特攻隊2015年号』(14年12月28日発行)所収『GODZILLA』合評1~3より抜粋)
(合評2のみ、オールジャンルTV合評同人誌『SHOUT! VOL.62』(14年8月15日発行)所収『GODZILLA』評と合わせて再構成)


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(18年4月20日(金)・日本封切)

ガンダムvsメカゴジラ! 仮想現実に逃避するオタの心理描写が秀逸(涙)

(文・T.SATO)
(18年6月16日脱稿)


 クライマックスのラストバトルでは「ゴジラ」のテーマ楽曲が流れる中、 RX−78こと最初の『機動戦士ガンダム』(79年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19990801/p1) vs 昭和と21世紀のハイブリッド版みたいな「メカゴジラ」 との激闘がカナリの長尺を使って描かれる! コレに洋モノの巨大ロボットアニメ映画『アイアン・ジャイアント』(99年・日本公開00年)も参戦して混戦状態に!
 い、いったい、我々はドコの国のナニの映画を観ているのであろうか!? コレはハリウッド映画であり、天下のスピルバーグ監督作品でもあるというのに!


 ググってみると、本作の原作小説(11年・日本刊行14年)では、我らがオッサン世代には懐かしい東映特撮版『スパイダーマン』(78年)の巨大ロボ・レオパルドンが主人公の乗機で(!)、『ウルトラマン』(66年)、日本のロボットアニメからは、『勇者ライディーン』(75年)・『百獣王ゴライオン』(81年)・『超時空要塞マクロス』(82年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19990901/p1)の主役可変ロボことバルキリー・『マジンガーZ』(72年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20200119/p1)のゲスト敵ロボの女マジンガーことミネルバX(エックス)も参戦していたのだという……。この原作者、アタマがおかしい!?(笑)
 いやまぁこの情報過多の時代、海の向こうのオタ(の中の濃ゆい一部・笑)にもそーいうヤツらがいるってことですナ。もちろんそれが海の向こうのオタの平均値でみんながそーなのだとカン違いしちゃったらダメだけど。


 本映画中の仮想現実ゲーム世界には、『バットマン』(1939年)やその乗車・バットモービルやら、日本のアニメ映画『AKIRA』(88年)の金田バイクやら、『キングコング』(1933年)やら、『トランスフォーマー』(07年)やら、『マッドマックス』(79年)やら、『マッハGoGoGo』(67年)やら、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85年)の乗用車型タイムマシンやら、『グレムリン』(84年)やら、『ミュータント・タートルズ』(84年)やら、『シャイニング』(80年)やら、格闘TVゲーム『ストリートファイター』(87年)の必殺ワザ・波動拳やら、我が日本の往年の映画スター・三船敏郎(みふね・としろう)などなどなどが登場! どれだけの金銭を版権支払に費やしているのやら。さすがスピルバーグ&ハリウッドの資本力!(イヤミ) もうムチャクチャなオタク的妄想力の「スーパーヒーロー大戦」にして「寛永御前試合」にして「東映黄金期オールスター時代劇」にして「ジャスティス・リーグ」(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20171125/p1)にして「アベンジャーズ」(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190617/p1)な徹底的物量投入作戦!


我々オタには夢の世界! そこに入り浸るオタの姿は実に含蓄に満ち(涙)


 とはいえ、見せ場重視の姿勢は文芸映画ならぬ娯楽活劇作品の作劇手法としては賛成だけど、そーいうオタクネタの羅列・列挙だけでも娯楽活劇作品としてのケッサクが即座にできるワケでもないだろう。
 最も必要なのは、主人公の戦う動機と、倒しても良心が痛まないような小憎らしい悪党をいかに構築するかである。


 本作における主人公の戦う動機。それは酷薄な3次元世界からの現実逃避である(爆)。その憂さを晴らすために、あるいは現実世界では運動オンチで非モテのキモオタでコミュニケーション弱者でもあるショボい自分でも、オタク系同人界では筆1本でエラそうにジャンル系作品を論評してみせて悦に入る……。
 ちがった(笑)。インターネットに接続した特殊ゴーグルを経由して世界中の人々とつながったリアルな仮想現実ゲーム世界で、人間や動物としての限界をはるかに超えた筋力や跳躍力でジャンプして宙でその身をヒネりつつ遠方に着地して、レーシングカーを華麗なドライビングテクニックであやつってスリ抜けて先頭走者に立つことで、身体を自由自在に動かす全能感・万能感・達成感を味わって、生の充実や横溢や高揚も感じとり、不全感や劣等感や3次元の人間たちの殺伐とした言動に苛まれて疲弊した精神のバランスもハコ庭の世界においてだけは回復することができる。
 そして、仮想世界内にあまたあるゲーム群で、高得点を競い合い上位ランクへと上昇することで、ちょっとした自尊心をも満たすことができる。


 ウ〜ム。こーやって引いて客観化して距離を置いて眺めてみると、ハコ庭の中での背比べ・優越感競争のさもしい行為だなぁ。我ながら耳がイタくて胸もイタくて身に覚えがアリすぎる(爆)。
 しかし、生まれつき性格・体力・ルックスにも恵まれて、現実世界では何もしなくても肯定されてきたリア充な人間たちには想像もつかないだろうけど、それらに恵まれずハブられて生きてきた大多数の人間や特に我々オタク人種たちにとっては、まさにこのVR・仮想現実ゲーム世界こそが「実存」を仮託するのに足る世界なのではあるまいか?(汗)
 だって、我々オタク人種が虚構のフィクション作品やゲームに耽溺したり、あるいはそれの派生として論評・コメントしたり、二次創作に励んだり、イラストを描いたり、マッド動画を作ったりするのも、究極的にはハコ庭の世界で盆栽を育ててそれをキレイに整えて完成させ、同好の士の耳目を少々集めることで、そーいう「実存」的な手応えや歯ごたえに充実感や達成感を、一時的にではあっても擬似的に体感するためではないのかとも考えると(涙)、我々オタのあり方のストレートな延長線上には本作『レディ・プレイヤー1(ワン)』(18年)におけるVR世界もあると捉えざるをえないのだ。


 そして、このVR世界には今は亡き創業者が秘かに隠していた3大アイテムがあるという。加えて、この3大アイテムを集めた者には創業者の莫大な遺産を授与するのだともいう……。
 アレ? 日本のラノベ原作の大人気深夜アニメで、その続編である劇場版映画(17年)が人気アニメ『ラブライブ!』(13年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20150615/p1)の続編劇場版(15年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160709/p1)や『ガールズ&パンツァー』(12年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190622/p1)の続編劇場版(15年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190623/p1)の興行成績をたったの封切1ヶ月で上回った『ソードアート・オンライン』(02年・12年にTVアニメ化・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190928/p1)に、この設定は類似してはいまいか?(汗) あの作品の場合はまたまたブルース・リー主演のカンフー映画死亡遊戯』(78年)パターンで、VR世界の最上層にいるラスボスを倒すまでは3次元世界で昏睡状態にあるプレイヤーの意識がゲーム世界から脱出はできずに、場合によっては3次元でも死ぬというモノではあったけど。


 対するに、倒してもイイ憎々しげな悪党には、この「カネの成る木」でもあるVR世界を横取りしようとする大企業のキタナいオトナ(笑)を配置する。といっても、殺人・強盗もしそうな根っからの大悪人といった風情(ふぜい)ではナイ。フツーの娯楽活劇作品だと小悪党止まりのレベルといった、初老で痩身の頭髪がウスくなった神経質そうなハゲた白人オジサンにすぎないけれども。
 本作のように、世界全体の物理的な危機ではなく、あくまでもハコ庭のVR世界の危機を描くようなスケールの物語では、このくらいの塩梅のオジサンであるラスボスの方が、たしかにお似合いではあるのだろう。


 とはいえ、この映画で一番エラい! と筆者が個人的に思った試みは、VR世界に立体映像として出現して、いわゆる偽名・ペンネームを名乗るアバター(分身)キャラたちが、日本のアニメのキャラデザ的に少々誇張・デフォルメされたお目々パッチリの金髪イケメンキャラであることとの対比か、現実世界での当人たちについてはヘンに美化せず、我々キモオタの似姿でもある「腫れぼったい顔のブ男少年」や「顔面偏差値や体型には恵まれていない少女」であったり「いかにもな冴えないオッサン」として正しく描いていたことだ!(笑)
 VR世界の外の現実世界でもゲーム・プレイヤーである主人公少年少女が美男美女であった『ソードアート・オンライン』の原作者センセイは見習いなさい! ……エッ? そのへんのアンチテーゼを描いたのが、同じ原作者の手になるチビでデブでイジメられっコの少年が主人公であるAR(拡張現実)ネタの名作深夜アニメ『アクセル・ワールド』(09年・12年に深夜アニメ化)だって? そ、そーでしたネ。あの深夜アニメには筆者もTVに向かって土下座していました(平身低頭)。


「虚構」vs「現実」のテーマ的対比では際どいところもあるけれど(汗)


 加えて、安直な現実世界/仮想世界の二元論に陥って、20世紀末のTVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(95年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20110827/p1)の真の最終回を描いたアニメ映画『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを君に』(97年)ラストのように、


「『虚構』に耽溺するのではなく『現実』へ帰れ!」


なぞという一元的な結末に観客を導かなかったこともホメたたえておきたい……と云いたいところだけど、本作もまたその弊には少々ハマっていたところはやや惜しい(汗)。


 「現実に帰れ」という主張にももちろん理はある。しかし、それだけを過剰に云いつのると、結局は「仮想」「虚構」を全否定しているようにも見えてしまう。「仮想」「虚構」で救われたり、精神的な居場所を見つけたり、古くは文通やメル友とオンラインならぬオフ=3次元の世界でも逢ってみることで――いや、逢ってみなくても――、趣味も気も合う友人をゲットできたりもする「美点」をなかったことにするような取りこぼし感が大きくなって、的ハズれ・物足りなさで釈然としなくなってしまうのだ。
 私見では「虚構」と「現実」の対立案件――にかぎらないけど――の真実というモノは、二元論のうちのいずれか片方を採択するのではなく、四元論とでもいうべき、「現実」の良い面・悪い面、「仮想」「虚構」の良い面・悪い面、その4項のすべてをイーブンに把握することで、全的に包括的に物事の長短をカバーすることのように思われるのだ。


 何十年も付き合っているのに一度も顔を合わせて会ったことがない、TELでしゃべったこともなく、手紙やメールでしかやりとりしたことがないロートルな特撮評論同人屋たち……、もとい(笑)年齢も性別も異なる醜男醜女(ぶおとこ・しこめ)なゲームプレーヤーたちが、物語終盤では現実世界でも大集合!
 英知を尽くして3次元世界で身体を張って物理的・肉体的にも戦ってみせることになるストーリー展開は、VR世界での大活躍以上にある意味ではインチキなファンタジーである気もするけど、かくあってほしい・正義に勝ってほしい・道理や道義が通ってほしい・弱者もたまには勝ってほしい――現実は往々にしてそーではないのだから(笑)――という想いを見事に体現できており、勧善懲悪的な爽快感を得るのがフィクションの本義でもあるのだから、コレでイイのだと云うべきである!!


洋楽「JUMP」が意図的・無意図に体現していた「自由」の正体とは何ぞ!?


 本作もまた、今は昔の30年以上もむかしになってしまった新古典の80年代ジャンル作品のガジェット(小道具)もコレから大量に登場しますヨ〜というシンボリックな意味も込めてか、本誌読者の過半が生まれる前、往年の1984年の大ヒット曲、オッサン世代には懐かしい洋楽、80年代前半の開放感・自由感・高揚感・物質的豊かさの到来を予告するかのような、ヴァン・ヘイレンのアルバム『1984』に収録された世界的大ヒット曲「JUMP(ジャンプ)」で開幕する。
 全体主義的に国民を監視する管理社会な未来像を描いたディストピア小説『1984年』(1949年)とは真逆な、自由放任・規制緩和で消費享楽的な社会の到来を告げつつあった現実の1984年は、たしかに過渡期ゆえの錯覚か「自由と解放の明るい予感」に満ち満ちていたことを思い出す。戦後の重工業中心の高度経済成長と、70年代の石油ショック後の不景気を経て、再度訪れた豊かでオシャレなバブル経済への助走台に入ったあの時代。


 しかし、2〜3年して気付く。「自由」とは、狂騒・狂躁的なイッキ飲み強制ノリ笑いに通じる遊び人・ナンパ師的なコミュ力のある人間や、ルックスに恵まれた人間、虚栄心から髪型や服飾などにうつつを抜かす人間だけに果実を与えるのだと。そーいうモノが苦手であったり、そも関心がなかったり、飽食ではなく清貧や質素や、目立とう精神ではなく謙遜を旨とする人種たちは、ネクラやイケてない系として下方に押しやられてしまうのだと。
 控えめな人間に対する配慮やいたわりに欠けた躁的会話が若者間での標準となることで、ますます他人とのコミュニケーションにも乗り出せなくなり、適度な自信を持って成熟することが叶わなくなっていくことで、前代の年長世代には想像もできなかった過剰な劣等感やダメ意識までをも持たされる。そしてその原因を、若者間での新たなコミュニケーション作法を知らない浅薄な自称・識者が的ハズレにも、家族メンバーの減少・隣近所とのコミュニケーション不足・発達障害などのせいにしたりもする(笑)。


 「管理社会」も地獄だが、「自由」も別のイミでの地獄であったのだ。「自由」は必ず「放縦」に流れて「格差」「不平等」に行き着く。中高生の教室内での最低限の一体感もウスれて、イケてる系とイケてない系へと分化していき、今日的なスクールカーストの原初形態もこの時代に誕生する。
――ちなみに「平等」の方も必ず「画一」「抑圧」に流れて「不自由」に行き着くとも思う……。近代の2大理念である「自由」と「平等」は、実は相反する矛盾した概念であり両立はできないのだ!?(汗)――


 90年代以降、「J−POP」が若者文化間で隆盛して、それ以前の無用な「洋楽」コンプレックスも雲散霧消した。今では信じられないだろうが、かつては中高生以上の若者文化においては「洋楽」至上な音楽カーストがあって、植民地の民の奴隷根性(笑)が大いにまかりとおっていたのだ――往時はTVはともかくラジオや有線放送では洋楽がかかりまくっていたので、オタクな筆者でも「JUMP」は特に印象に残っている――。
 と同時に、「洋楽」ファンの中にも世代間闘争があって、荒々しいエレキギターよりもポップなシンセサイザーの音が目立つようになった「JUMP」に象徴される当時のロックを指して、


「近頃のロックは音がカルい! 堕落したのはシンセのせいだ! 抵抗ではなく大衆迎合になっている!」


なぞと、今は亡き、往時は発行部数が各誌ともに数十万部を誇っていたFMラジオ雑誌群での読者投稿欄にて問題提起があったことを懐かしくも思い出す――遠い目。まぁ筆者はロック至上主義者なんぞではナイので、イキがったりワルぶったりして周囲を威嚇・恫喝するなどの虚栄心が目的(?)のロックが堕落・変節しようが知ったこっちゃナイどころか、むしろカンゲイするけれど(笑)――(https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190915/p1)。


 そんな「JUMP」が流れる中、主人公少年が住まう3次元のスラムな地域の住宅は、ゴミ捨て場のような土地に、側面の位置も統一せずに素人がプレハブ住宅を乱雑に高層に積み重ねたような一角にあって、かつてはアメリカ人が日本人の家屋を指してそう呼んだ「ウサギ小屋」のような狭い家屋であり、DV=ドメスティック・バイオレンス家庭内暴力)な貧困家庭でもある。
 楽曲の80年代的な開放感とは正反対に、その光景は貧乏かつ閉塞感にあふれるモノなのだが、それが生まれついての平常運転である主人公少年にとっては、家族との不仲はともかく、貧困それ自体については特に不満に思っていないようにも見えるあたりで、「JUMP」も時代的な記憶&文脈とは切り離された純粋音楽として彼には聞こえているのやもしれない――あるいは、落ちきるところまで落ちきると、第1次世界大戦&第2次世界大戦の終戦直後の世界各国の焼跡闇市のようなアプレゲール(戦後無頼派)・漫画『AKIRA』・坂口安吾の『堕落論』的な自由さ・逞しさが、近未来のこの世界にも沸きあがっていたのであろうか?(以上は心にもないウソです。とてもそのようには見えません・汗)――


 「自由」の理念を「経済学」の理論に積極的に援用した80年代以降の新自由主義経済の進展で経済格差が拡がった末に行き着いた、古典小説『1984年』的な管理社会的ディストピアとも、現実世界での「1984年」以降の自由放縦で経済的には豊かでもイケてる/イケてない系やモテ/非モテの若者間格差が拡大したディストピアとも異なる、国民を良くも悪くも管理や監視をする気はない「消えた年金問題」(笑)を惹起する「小さな政府」による庶民放置プレイかつ、世も末の貧富の格差だけが超拡大した第3のタイプの新自由主義ディストピア社会が本作では描かれた。しかし、本映画はココには批判の目は向けない――間接的には風刺しているのやもしれないけど、その風刺力は一部のスレた人間にしか届かないであろう実に弱々しいモノである――。
 本作の作品世界における諸悪の根源は、この映画が切り取ったハコ庭VR世界のカメラアングルの外の世界にいるとも思うけど、そのへんを糾弾する役回りは本作のようなフィクションではなく、また別のジャーナリズムや言論人・思想家などによるノン・フィクションの方にこそ期待をすべきであるのだろう。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2018年初夏号』(18年6月17日発行)〜『仮面特攻隊2019年号』(18年12月29日発行)所収『レディ・プレイヤー1』合評2より抜粋)


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パシフィック・リム:アップライジング 〜巨大ロボ×巨大怪獣×ロリチビ少女×中国大企業×東京&富士山!

(2018年9月8日(土)UP)
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パシフィック・リム:アップライジング

(18年4月13日(金)・日本封切)

巨大ロボ×巨大怪獣×ロリチビ少女×中国大企業×東京&富士山!

(文・T.SATO)
(18年6月16日脱稿)


 巨大ロボット軍団vs巨大怪獣軍団の大抗争を描いた、環太平洋防衛軍こと『パシフィック・リム』(13年)の5年後の待望の続編で、前作の10年後の世界を描く。
 主人公はエピソード7こと『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(15年)やエピソード8こと『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』(17年)でも副主人公として活躍した少々ガタイのイイ黒人青年クンが演じており、日本語吹替版ではイケメンボイス声優・中村悠一がアテている。


 しかし、副主人公でもあるヒロインは、小学校高学年みたいなメカフェチの白人ロリチビ少女であるあたり、なんだか本作も日本のいびつなオタ向けアニメみたいではある。日本語吹替版では、彼女を実力派人気声優・早見沙織がアテていた。
 先の傑作アメコミ洋画『ブラックパンサー』(18年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20180607/p1)でも、ブラックパンサーの妹嬢は各種のコンピューターを自在に操る天才ロリ少女であったけど、ナンなのダこの怪しい符合は!? 巨大ロボットや巨大怪獣のことでは我らがニッポンを見習ってくれてもイイけれど、オタク男子好みの理系女(リケジョ)なロリ美少女嗜好については、世界の労働者諸君は見習わない方がイイとも思うゾ(笑)。


 巨大ロボット軍団の操縦士メンバーには、本邦ニッポンからも、我らがジャンル作品の雄・千葉真一のご子息であられる新田真剣佑(あらた・まっけんゆう)も参戦!
 世界市場・中国市場も意識してか、勃興する中国の巨大IT重工業を登場させて、往年の名作ビデオアニメ『マクロスプラス』(94年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19990904/p1)みたく、有人戦闘機(巨大ロボ)と無人戦闘機(巨大ロボ)のコンペティション・営業合戦みたいな話ともなり、クールビューティーな黒スーツに身をつつんだ美人で痩身の女社長が率いる中国企業とドローン(無人巨大ロボ)が、巨大怪獣以上にワルものの役回りになるのかと思いきや……。それとは別にラスボスがいて、女社長も実はいいヒトで、環太平洋防衛軍に最後は協力を惜しまない、今では莫大な収益を上げる中国市場を意識した(笑)展開ともなっていく。


 世界を動かすハイテク大企業の役回りを我らがニッポンが務めなくなったことに、マンハッタンを買収しまくっていたバブル期のニッポンを知るオッサンとしては隔世の感もいだく。
 しかし、ラストバトルでは、前作でも舞台としなかった本家・元祖である我らがニッポンの大東京の大都心&冬山の富士山のピーカン晴天下で、黒人青年クンと白人ロリ少女が並んで操縦する最後の1体の巨大ロボットvs敵巨大怪獣とが組んずほぐれつ超高速でゴロゴロ転がり背負い投げしたり振り回されつつ、ロケット噴射で超高空に飛翔して富士山の斜面に落下し、裂けた装甲のスキ間から外を覗きながら操縦する、ニッポンのオールドオタにはドコか既視感もあふれる実に暑苦しい超絶バトルが繰り広げられる!――富士山が背景だなんて、ゴジラ映画『怪獣大戦争』(68年)や『マジンガーZ』(72年)に昭和のあまたの東映特撮のオープニング映像みたいでもある――
 ニッポン人としては、葛飾北斎富嶽百景じゃあるまいに富士山はあんなに急峻な円錐じゃないヨ! 東京の目と鼻の数キロ程度の先に富士山が迫って見えるのはドーよ!? あんなに激しくバトルしたら富士山が山体崩壊しちゃって自然破壊だヨ! とツッコミもしたくなる(笑)。
 もちろんリアルな東京&富士山ではなく、世界の人々の脳内での最大公約数としてのニッポン&富士山イメージのあくまで虚構世界内における誇張・単純化されたかたちでの再現なのだから、小者的にウッキームッキーと反発せずに、そこはオトナの余裕ある態度で泰然自若に構えて笑って流そう。


元祖の前作と比すると本作はやはりイマイチか? その原因とは!?


 しかし、ウ~ム。出来についてはイマイチかなぁ。前作と比すると悪いイミで少々人間ドラマ寄りかもしれん。それに世界規模での切迫した危機感があった前作と比べれば、あくまでも戦後の局地戦にすぎないスケールの事件ではあったし。
 ではドーすればよかったのか? 前作と同じような攻防劇・総力戦を描けばよかったのか? いや、前作を超えるのは困難だから、あの世界の戦後を別の角度・側面から切り取って新鮮な物語を作ってみせるべきであったのか?
 おそらく発想としては、後者であったのだろうと私見する。そして、コレが連続TVドラマ展開としての前作の続編であったなら、こーいう少々ミニマムな人間ドラマやSF設定を積み重ねていった果てに帰着するストーリーは、むしろ単発映画でのそれよりも、視聴者にさらなる感慨を催すようにも思うのだ。
 しかし、しょせんは2時間尺の戦闘シーン主体の映画では、綿密でていねいな人間描写の「積み重ね」による手法が適しているとは思われない。むしろ印象的な「点描」での人間描写の手法の方が適していると思われる。
 ……なぞと思ってしまうのも、あくまでも前作の神懸かったテンション・高揚と無意識に比較してしまうからであって、コレが独立したオリジナルの単独作品であった場合は、本作はフツーに楽しく観られた作品であった可能性も高い(笑)。げに作品評価とはムズカしい。


巨大ロボvs巨大怪獣を描く元祖『パシフィック・リム』の設定&作劇をふりかえる!


 元祖の前作『パシフィック・リム』の設定も整理してみよう。
 異次元に通じた太平洋の海溝の底から、ぞくぞくと出現するKAIJUこと巨大怪獣。
 太平洋沿岸部の各国の諸都市は巨大怪獣に蹂躙・破壊され、巨大怪獣の侵入を防ぐために、日本の漫画『進撃の巨人』ばりに万里の長城で都市を囲って生活している。広大な太平洋もまた、日本の近未来海洋戦記漫画『蒼き鋼のアルペジオ』(共に09年・共に13年に深夜アニメ化・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190922/p1)みたく、巨大怪獣の勢海圏となって通交も途絶えている。
 そんな危機に敢然と立ち向かうのは、往年の変身ブーム時代の円谷プロ製作の特撮巨大ロボット『ジャンボーグA(エース)』(73年)やロボットアニメ『闘将ダイモス』(78年)に『機動武闘伝Gガンダム』(94年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/19990804/p1)みたく、機械と人間を接合し、搭乗者の突きや蹴りなどの動きと連動したかたちで巨大ロボットの手足身体も操ることができる、世界各国な無骨な二足歩行の巨大ロボット軍団!
 日本の往年のジャンル作品群の記憶に満ち満ちた設定&映像を、それらに影響を受けた海外のオタクたちが最高級のCG特撮を用いてハリウッドで再現した作品であった。


 クサれオタの筆者としては、奇しくも巨大怪獣vs巨大ロボット軍団の戦いを描いて、巨大ロボも2人1組で操縦していた、本映画をさかのぼることちょうど10年前の深夜アニメ、渡辺宙明センセイが楽曲を手掛けて串田アキラが主題歌を歌うことで、絶滅寸前のオールドオタクをねらいまくっていた快作『神魂合体ゴーダンナー!!』(03年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20040405/p1)との膨大な類似なども想起したモノだ。
 しかし、「萌え」や「美少女」に急速に特化しつつあった当時の若いアニメマニマ間では空気と化したマイナー作品でもあった。残念ながら日本の後代の若いオタたちも、『ゴーダンナー』なぞ振り返らないし、ジャンルの歴史に残った作品ではないので(筆者個人の評価はまぁまぁ高いけど)、『ゴーダンナー』が『パシフィック・リム』のアイデア・ソースであった可能性は低そうだ(涙)。
 ギリシャ神話のオルフェウスと日本神話のイザナギは、共に冥界下りでカミさんを取り戻しに行くけど、日本と彼の地の間に類似した神話がナイ以上は、独自に成立したと推測されるように、神ならぬ身の人間の想像力なんてのも無限ではない以上は、パクらなくても互いに似通ったモノを創造してしまうことも往々にしてあるのだろう。エジプトと中米のピラミッドの類似もしかりだ(笑)。


 要は前作は、ロボ&怪獣がビル街・海浜・浅海・深海で戦っているだけの作品で、あるいはいかに怪獣を倒すかの作戦だけを描いた攻防劇であり、その過程でイイ意味で申し訳程度に登場人物たちの人間像を描くような作品にすぎなかったワケである。しかしそれゆえに、原初的・プリミティブな起承転結は満たしていて、観客にも敵の怪獣を倒してメデタシメデタシのカタルシスを味あわせてくれる作品にはなっており、斯界(しかい)の評価も実に高くて、筆者個人の私的評価も高かった。


元祖の勝因は怪獣の「超獣」化!? 怪獣から小難しいテーマや悲劇性を剥奪したこと!?


 もちろん感情的な好悪だけを云うのは、評論オタクに悖(もと)る行為なので、多少分析チックなことも云わせてもらおう。前作は「怪獣」がイイ意味での「超獣」化、生物兵器化していたことが、作劇の勝因であったと思うのだ。
 往時のオタク第1世代のマニアたちの活動によって、昭和ウルトラシリーズや昭和ゴジラシリーズの堕落の歴史・変遷の象徴のようにも云われて、あるいは1960年代の第1次怪獣ブームまでの作品群を神聖視して、上の世代に粗製濫造だと思わせた1970年代の変身ブームや合体ロボットアニメブームに登場した怪獣怪人・敵ロボットを揶揄するために構築された論法がある。
 60年代までの初期東宝特撮怪獣や初期ウルトラ怪獣たちは、「恐怖」や「核兵器の隠喩」や「大自然の象徴」に「大自然からの警鐘」などのテーマ性を持っていた。しかし、70年代に入るや、東宝怪獣やウルトラ怪獣はテーマや命題を抱えた「生物」としてではなく、ヒーローに問答無用で倒されてもイイように、その同情すべきかわいそうな属性は剥奪され、打倒されるだけの無個性で「武器」や「技能」などの戦闘能力に特化した存在に堕(だ)したからこそ、特撮ジャンルは70年代以降に「冬の時代」を迎えたのであるウンヌンカンヌン(大意)という論法である。
 コレはコレで一理はあったのかもしれない。しかし、今度はそれと引き替えに、マニア世代が作り手側にまわった90年代中盤以降、本邦ジャンル作品は「怪獣」を倒すことに躊躇や罪悪感を過剰にいだくようになってしまった。大怪獣ゴジラだって、水爆による被害者なのである……といったロジックによってである。
 これはこれで誠意ある態度でもあるのだが、このロジックを徹底していくと、悪人にも恋人や家族や子供がいたかもしれないと悩むことになり、怪獣モノにかぎらず勧善懲悪の娯楽活劇作品の存在自体を自己否定しなければならなくなる(爆)。ハリウッドでリメイクされた両『GODZILLAゴジラ)』映画(98年・14年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190531/p1)とて、この弊からは完全には逃れることができなかった。


 しかし、『パシフィック・リム』に登場するKAIJUたちは、『ウルトラマンエース』(72年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070430/p1)に登場した「超獣」たち同様、異次元空間から来襲する侵略的外来種なのだ。多分、我々人類は今のところはちっとも悪くない――今後の追加設定いかんでは知らないが(笑)――。
 生物・動物ではあろうけど、我々炭素系生物とは異なり、古典SFではおなじみ懐かしのガラス・珪素(ケイソ)系生物であるから、ますます遠縁・疎遠でもある。人類とも共生できそうな愛玩動物的な愛嬌もナイ――怪獣各個の形態や得意能力に特化したデザイン的なカッコよさはあれど――。
 よって、罪悪感・同情・憐憫の余地なく、安心して心おきなく戦って、『進撃の巨人』同様に「相手を駆逐」してやる(笑)こともできるのだ。どころか、KAIJUたちには、戦い合った果てにドチラかが死んでしまっても恨みっコなしの古(いにしえ)の武人たちのような潔(いさぎよ)さ・爽快感までもが漂う。ナンという再発見であり再発明(笑)。


 もちろん、このような「相手を駆逐」してもイイ設定&作劇が特撮ジャンルの最終的な到達点であり、「怪獣」の存在にもそれなりの理や情を与えて、同情の余地や人類側へも反省の余地を求めるような作劇がまったくのムダであり寄り道であったのだと云いたいのでもナイ。それはそれでジャンルに純粋娯楽活劇的にはやや遅滞・停滞をもたらしたかもしれないが、同時にドラマ&テーマ的にはたしかに豊穣をもたらしたとも思うのだ。
 しかし、コレで3度目あたりであろうか?(笑) またまた少々煮詰まってきた感もある本邦ニッポンのジャンル作品――煮詰まってきたというのは、あくまでもフワッとした筆者の私見です(汗)――。コレを賦活化(ふかつか)するためにも、改めてキン肉バカな作品である元祖『パシフィック・リム』の設定&作劇については、我々も学ぶべきことが多いのではなかろうか?


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2018年初夏号』(18年6月17日発行)~『仮面特攻隊2019年号』(18年12月29日発行)所収『パシフィック・リム:アップライジング』合評2より抜粋)


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ヴァレリアン 千の惑星の救世主 〜多民族が「共生」ではなく「棲み分け」(笑)する未来像!

(2018年9月8日(土)UP)


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[特撮洋画] 〜全記事見出し一覧


ヴァレリアン 千の惑星の救世主

(18年3月30日(金)・日本封切)

極彩色の目くるめく映像! 多民族が「共生」ではなく「棲み分け」(笑)する未来像!

(文・T.SATO)
(18年6月16日脱稿)

米ソの有人衛星ドッキング〜宇宙ステーション建造〜常夏の南洋の惑星種族を描く導入部


 大繁栄を誇る星間文明の千の惑星を一挙に壊滅させるほどの大クライシスを、外患から救ってみせる超スケールのお話か……と思いきや。千の惑星の民が住まう多民族な超巨大宇宙ステーションに迫る小クライシスを、プロフェッショナルな特殊捜査官でもある少年少女コンビが内憂から救ってみせるというお話であった。


 本作の物語は1975年にはじまり、我々オッサン世代には懐かしい洋楽デビッド・ボウイの楽曲が流れる中、コレまた懐かしいアメリカのアポロ18号と旧ソ連ソユーズ19号の衛星軌道上でのドッキングと互いにハッチを開けて米ソの宇宙飛行士が笑顔で握手を交わす映像が描かれる。
 ここに80年代・90年代・21世紀を通じて、次々に世界各国の宇宙船がドッキングしていくことで仮想歴史と化して、東洋・中東・黒人などの人種・民族・文化の違いを超えた宇宙飛行士たちが次々と握手を交わしいき、ドッキングを重ねて人工衛星になった宇宙船群を中核に資材が運び込まれて、巨大な宇宙ステーションが建造されていくサマも描かれる。
 あまりにも巨大になった宇宙ステーションは自重による地球落下の危機を避けるためか、バーニアを噴かせて外宇宙へと大航海に乗り出す。その航海中にも次々と遭遇していく数十数百の宇宙人種族たち。彼らとも平和裡に後楽園ゆうえんちでボクと握手していく、これら一連の数分にわたる映像がすばらしい。
 もちろんコレは本作の主要舞台となる超巨大宇宙ステーションの成り立ちで、多民族が共生するエスニックな本作の世界観をも端的に映像で表現してみせる見事な導入部だ。


 凶暴・凶悪・侵略的な宇宙人はいなかったのかヨ!? 言語体系・メンタルからして意思疎通が困難な昨年の洋画『メッセージ』(16年・日本公開17年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20170516/p1)みたいな、初見では人類に吐き気さえ催させる巨大タコ型宇宙人もいなかったのかヨ!? 『新スター・トレック』(87年)の宿敵で、政治的な悪しき「全体主義」を象徴させていた集合生命の機械生命体・ボーグみたいな存在とも遭遇しなかったのかヨ!? 握手が友好を意味しない宇宙人はいなかったのかヨ!? というイジワルなツッコミを想起しないでもないけれど――手が粘液まみれの宇宙人はいたけど(笑)――。
 もちろんそのへんに脱線すると、本作はあまりに煩雑になるし、今までにも散々あったアリがちな侵略SFや異文化交流SFになってしまうので、しょせんはフィクションなのだから「この作品の世界観ではとりあえずはそーなっている」ということで割り切るのが粋(いき)というものだ。


 続けて、陽光まぶしく南洋の浜の真砂も美しい惑星に住まう、おそらく元はモーションキャプチャーであろうけど、人間のプロポーションよりも多頭身な3D−CGで描かれる牧歌的な宇宙人種族の老若男女たちが、簡素な竪穴住居に住まう平和で質素で高貴でもある日常と、その惑星のディズニーでピクサーで漫画チックなかわいらしい小生物に真珠(?)を食べさせると、その真珠が数十倍返しにもなって潮吹きされる、質量保存の法則に反した(笑)光景も描かれる。
 そこに近隣で勃発した宇宙戦争の余波により、撃沈された超巨大宇宙戦艦群がはるか超高空に小さくボンヤリ姿を現わし、破片もろとも幾艘もが爆煙の細い尾を引いて落下してきて、恐竜大絶滅的なカタストロフが訪れる。
 今落下してきたけど辛うじて無事であったモノか元からあったモノかは不明なれども宇宙戦艦の残骸に、辛うじて一部の住民は避難する。逃げ遅れた王女さま(?)はハッチの窓ガラス越しに人々と手と手を合わせるものの、そこにマッハの猛烈な爆風が押し寄せてきて……。
 という夢を見て、主人公少年がハッと目覚める(笑)。


 物語後半のキモとなっていく、小動物・亡国の民・王女さまの残留思念を伏線として披露する、第2の導入部もまた、別項でふれた同年早々のジャンル系邦画『牙狼〈GARO〉 神ノ牙―KAMINOKIBA―』(18年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20180601/p1)の世界観説明の第1の導入部と予知夢的な伏線の第2の導入部同様、作劇の基本に教科書的に忠実でもある――ベタともいう――。


 その後は展開が散漫だとの批判もあるようだ。エ〜、そうかなぁ。その後をストレートにヒネりなく描くと、この作品はエラく単調な作品になってしまうと思うけど。


極彩色の目くるめく映像! 多民族が「共生」ではなく「棲み分け」(笑)する未来像!


 前半の目玉は、違法取引されている危険な「エネルギー変換器」の奪取作戦中における超現実的な映像だ。主人公少年&少女は、さる惑星の地表にある巨大マーケットに赴く。一見すると砂漠に囲まれた閑散とした土地なのだが、特殊ゴーグルを付けるとVR(仮想現実)なのかAR(拡張現実)なのかもよく判らない、多分両者が入り交じった、膨大な宇宙人種族が行き交う猥雑な巨大バザールへと変わる。
 だけでなく、高層建築や地下階層にも潜入ができる。現実世界でのほぼ何もナイ広々とした平坦な土地や、売買や奪取した物品の現実化・物質化と、VR&ARとはツジツマが合っていないようにも思うので、電脳世界だけではなく、半ばは異次元、畳み込まれた拡張余剰空間を物理的にも往還しているようなデタラメさも少々感じるけれども……、今どきの作品だから、きっとSF考証のヒトがもっとらしく後付けしたウラ設定などもあるのだろう!?
 ここでゲットした「エネルギー変換器」というのが、小型犬やネコを入れるような堅牢なボックス檻であり、柵の中には先の亡国の「小動物」の最後の一匹がいた(笑)。


 後半の目玉は、「変換器」を届けた先の超巨大宇宙ステーション内での大騒動。宇宙ステーションの最古層に近い最深部で、実は原因不明の放射能汚染が発生しているという。そして、主人公少年&少女が護衛についた放射能問題専門の司令官がステーション内で拉致される! ナンとその不逞の犯人たちは先の「亡国の民」たちだ(汗)。
 ステーション内にはあまたあるらしい巨大空隙を縫って、高速戦闘機でチェイスするやら、その原理が筆者にはよくわからず元からダミーの壁だったのか超近代的な科学力ゆえなのか、途中から少女の遠隔アドバイスで主人公少年は徒手空拳でステーション内の隔壁を奥に上に下へと次々に自在にスリ抜けたり浮遊したり落下して、陰気な動力室やら、黄や青や緑などに彩られた極彩色のアミューズメント(?)空間やら、「多民族の共生」と云いつつもやっぱ「棲み分け」じゃんとシニカルな筆者なぞはツッコミもしたくなる(笑)多種多様な宇宙人種族ごとの居住ブロックやら、怪しいネオンに満ち満ちたオトナの歓楽街やらを横断したり縦断したりしていく、一連の超巨大宇宙ステーション内における東方見聞録的でエスニック・民族学的なCG特撮映像も実に見事だ。


 で、いろいろあって、追いついた少女と少年がついに辿り着いた先は、亡国の民が住まうステーション内の超巨大半円筒型の屋根に包まれた空洞空間。今回の一連の事象は主人公少年にやどっていた亡国の王女さまの残留思念の導きでもあったらしい!? そして、2時間ミステリドラマのラストのごとく、空洞空間に投影された立体映像で明かされた亡国の真相とは……。惑星近辺での使用を禁じられていた超兵器の使用を勝利に逸って起爆させた軍人司令が、先の司令官そのヒトであり、以後も司令官はその隠蔽に走っていた! といったところで、ナゾ解きドラマの方は終了。
 もちろん本作は推理ドラマでもないので、水戸黄門の葵の印籠にはヒレ伏す悪党も、暴れん坊将軍の葵の紋だと一瞬ヒレ伏しても逆切れして刃向かってくるパターンで(笑)、指令官は配下の多数の等身大ロボットともども、主人公男女と亡国の民の抹殺にかかってくる!
 しかして、組織の上層部は全員悪人だ! オトナはみんな汚い!(笑) みたいなマルクス主義的な安直な階級闘争図式はさすがに今の時代にアンフェアで単純にすぎると思ったか、組織全体が腐敗していて悪党であるということではなく、世界連邦の善なる特殊部隊もそこに突入してきて、悪の司令官相手にドンパチがはじまって、時限爆弾の解除も並行して描かれることで、クライマックスを作っていく……。


本作もそこまで酷評すべきではない水準作では!? 美男美女主人公の是非!?


 で、ググってみた。この作品もボロカスに酷評されているなぁ(汗)。キミたちは「スキとキライだけで、フツーがないの」か? 中間のなだらかな無限グラデーションのところを行きつ戻りつ是々非々で語るような技量はナイのかヨ(笑)。筆者も別に本作を大ケッサクだと強弁する気はないけれど、そこまで拙い底抜け凡作でもないでしょ。


 本作は線の細い繊細ナイーブさ&顔面にもあどけなさを残した白人美少年&白人美少女が主人公。白人美少年の方はマーベル社のアメコミ洋画『アメイジングスパイダーマン2』(14年)の親友にして敵にまわった怪人グリーンゴブリン、白人美少女の方もDC社のアメコミ悪党洋画『スーサイド・スクワッド』(16年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160912/p1)のラスボスの魔女エンチャントレス役かつ魔女に憑依される女考古学者役で出演していて、ジャンル的にも縁がある御仁のキャスティングといったところか?


 加えて、この白人美少年の方は登場早々から一応は職務中にも関わらず、白人美少女に軽薄なトーク口説き落とそうとしつづける。日本で云うなら80年代以降的、異能のジャンル脚本家・井上敏樹的なキャラでもある(汗)。
 対する美少女キャラもいわゆるイイ女ではあるけれど、コレが腰軽オンナであったりウブであったりマンザラでもないと男に対してイロ眼を使ったりするようであれば、男に媚びを売るイヤ〜ンな感じが微量に漂ってくるかもしれない。
 しかし、彼のナンパに動じるでもなく徹底無視するでもなく、当意即妙に言葉を返し冗談であしらい続けるあたりのクールでサバけた感じも、このテの男女コンビのキャラシフトのアリがちなお約束かもしれないけど、幼い愛くるしさも残る見た目とは反するのでポイントは高い。日本語吹き替え担当は、またまた登板した少々姐御ハダな美人ボイスの沢城(さわしろ)みゆき嬢。


 主人公が10代後半(?)のようにも見える美少年&美少女というあたりで、筆者のようなオタは日本のアニメやラノベっぽさも想起する。こんな若造たちが歴戦錬磨の特殊捜査官!? アニメ作品ならば実写作品と比して、良くも悪くもリアリティの喫水線が下がるので、この作品ではそーいうことになっていると無意識に割り切ってしまえるのだが、実写だと少々引っかかってしまう。
 いやもちろんそー感じてしまうのは、筆者がオッサンの年齢に達したからでもあるだろう。ここで初老のブサイクなオジサン・オバサンを主人公に据えてしまったなら(笑)、P・C、ポリティカル・コレクトネスで、「(左翼)政治的には正しい」のかもしれないけど、映画としては少々華に欠けてしまう。地味なオジサン・オバサンばかりの宇宙船クルーが登場したSF洋画『エイリアン:コヴェナント』(17年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20171104/p1)という作品も昨年あって、筆者のような映画慣れしたオッサンはそれでも実は多分OKではある。
 しかし、自分が年少だったころも振り返って思うに、漫画・アニメ・劇画的にルックスや性格が適度に誇張・単純化されたキャラがいなかったり、劇中内での視点人物たりうる成長過程の少年少女がいない作品だと、子供や青少年の観客にとっては感情移入がしづらいようにも思うので、本作の若年男女コンビもあながち間違いではないのだろう。


 さらにググってみると、本作は1967年から50年以上(!)も連載がつづいているフランスの人気SF漫画が原作で、2007年には下請けを日本のアニメ製作会社にしてTVアニメ化もされているようだ。であれば、少年少女向けなキャラシフトや若造なルックスは、出自的にも生誕地・フランスにあっては必然であったかもしれない!?
 とはいえ、多民族が平和裡に共生する世界観の一見リベラルな本作でも、大衆向けの通俗娯楽作品である以上は、主人公/脇役というカースト制度や、社会的身分制度が撤廃されてもなお残るイケメン/ブサメン、モテ/非モテカースト制度までをも撤廃したような、ウルトラ絶対平等の超モダンな未来像の作品までは達成ができなかったようである……。
 もちろんコレは冗談で、「(画面から浮かび上がって見える)主人公/(画面に埋没ぎみな)脇役」などの区別・濃淡を付ける作劇的な「制度」それ自体を、物語作品一般の根底から否定し尽くすことができるなぞとは、筆者もまったく思ってはいない。むしろ、この「制度」自体が人間の主観に映じる光景や、周囲のあまたの事物との距離の方位・高低・遠近感などにも抜きがたく根差している以上は、排他的差別の域に達しないかぎり、許容されてしかるべき必然・必要悪であるとすら思っている(……ンなオオゲサな話か?・笑)。


ジャンル系映画としての訴求力不足は、敵も味方も「ただの人間」であったことか!?


 本作はジャン・レノ主演の殺し屋映画『レオン』(94年)やSF映画『フィフス・エレメント』(97年)などを手掛けたフランス人監督リュック・ベッソンによるフランスの大作SF映画でもある。
 ただし、クリスチャン作家・故遠藤周作原作の洋画『沈黙―サイレンス―』(16年・日本公開17年)で、ポルトガル人宣教師が英語をしゃべっていたのと同様(?)、世界市場でも売るためにか、本作でも登場人物はフランス語ではなく英語をしゃべっていた(笑)。
 日本の特撮マニア的には、昭和〜平成の「仮面ライダー」や「スーパー戦隊」を手掛けてきた映像派の鬼才・故長石多可男カントクも私淑したカントクさんの作品でもある。スキューバ・ダイビングを扱ったベッソン監督の映画『グラン・ブルー』(88年)の、水平線が横切る青暗い星空と海面に小さくダイバーとイルカが戯れている姿が描かれた宣伝ポスター。『超光戦士シャンゼリオン』(96年)の主人公の探偵事務所や、『電磁戦隊メガレンジャー』(97年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20111121/p1)の高校生戦隊が集うデジタル研究会の部室の壁に、それが貼られていたことを思い出すロートルオタクもいるであろう。


 夢幻感あふれるカラフルで多彩な映像は実に凝っていてすばらしい。ただしSF映画的なハデなメカ戦や、ヒーロー映画的な異能のキン肉バトルはない。
 敵さんも味方も「宇宙人」や「未来人」や「超能力者」などの外敵や異形の超越キャラではなく、「ただの人間」である(笑)。
 直接的な怒りをぶつけて戦いを挑むべき相手が敵キャラだったのではなく、間接的な遺恨の相手の正体が上層部の上官であったと特殊捜査の過程で判明するあたり、コレはコレで物語のバリエーションのひとつとして充分にアリだとは思う。平常心で鑑賞する連続TVドラマシリーズの積み重ねや伏線の果ての終盤にコレを配置したら、卑劣な悪党に対する懲罰のカタルシスがもっと出て効果的だったとも思う。
 しかし、もう少し直情的で非日常的な高揚を大勢が手っ取り早く味わいたいであろう「映画」という媒体では、正義と悪との間接的な関係性が少々物足りなかったのかもしれない。本作に不足を感じる御仁の根っコを勝手におもんばかると、そんな感慨が働いているのではなかろうか?


 その点ではイッキに目的地に辿り着かず、超近代的な宇宙ステーション内にも存在する歓楽街やら暗黒街へと寄り道するくだりは、連続TVシリーズや連載漫画の一編としてならまだしも、2時間で完結させる映画媒体ではオミットした方がよかったか、ラスボス司令官とも通じているなり反発しているなりの感情的な接点や因縁を、たとえご都合主義でも世間が狭くても歓楽街や暗黒街のキャラたちにも持たせた方がよかったのかもしれない。ただまぁそのへんは筆者も後知恵の見解であり、まぁまぁタイクツせずに鑑賞することができたのも筆者にとっての事実である。


 ……エッ、主人公の少年(?)の役者さんの実年齢って30歳を過ぎてたの!?(爆)


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2018年初夏号』(18年6月17日発行)〜『仮面特攻隊2019年号』(18年12月29日発行)所収『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』合評2より抜粋)


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(2018年9月8日(土)UP)
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ガーディアンズ

(18年1月20日(土)・日本封切)

酷評のロシアのスーパーヒーロー集合映画を擁護する!

(文・T.SATO)
(18年6月16日脱稿)


 アメコミ洋画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(14年)シリーズではない。なんとロシアのスーパーヒーローチーム集結映画である。キャッチコピーも、


 「日本よ、これが露(ロシア)映画だ。」(笑)。


 コレはもちろんマーベル社系アメコミヒーロー大集合映画『アベンジャーズ』(12年)のキャッチコピー、「日本よ、これが映画だ。」のパクリではある。
 なのだが、このコピー自体が我らが日本特撮の快作映画『オーズ・電王・オールライダー レッツゴー仮面ライダー』(11年)のキャッチコピー、「世界よ、これが日本のヒーローだ!!」の本歌取りであったことを、みんな忘れているゾ。てか、そもそも知られてない?(汗)


 ヒーローとしては4人所帯。


・手の甲からカギ爪を出すX−MENのマッチョなオジサンキャラを少々想起させるヒゲ面のムサい中年は、念動力(磁力?)で石材や鉱物を自在に宙へ浮かせて飛ばし、拳と腕には膨大な瓦礫をまとって、ウルトラ怪獣・EX(イーエックス)レッドキングのように極太長と化した巨腕と巨拳で敵を殴りつける!


超人ハルクを連想させる科学者の兄ちゃんは、ゾアントロピー(獣人化現象)を起こすと、上半身の服がハダけてムキムキマッチョに膨張した裸体をさらし、顔面から両肩が獣毛におおわれたムクつけきクマさんと化して大暴れ!


・DC社のアメコミヒーロー・フラッシュそのまんまな、眼にも止まらぬ超高速で俊敏に移動できる東洋人(だよネ?)の青年は、鎌のような半月刀を二刀流で用いてバッサバッサと敵を斬り裂いていく!


ファンタスティック・フォーの紅一点キャラみたいなクールビューティー・痩身長身の白人美女は、水中をスイスイ泳いで透明人間にもなり、高い身体能力&戦闘力も誇る!


 映像&アクション面では、冒頭に『攻殻機動隊』などでも見たことあるような重厚感・金属感・実在感あふれるCG表現のミリタリックな多脚型戦車が登場して、ジャンル作品のお約束で車輪は超小さいのにインチキにも超高速で走行する!(笑)
 ロシアの各地を舞台に、山間の斜面の森林、ピーカン晴天下の白く乾いてヒビ割れた超広大で平坦な湖底、さらには屋内や屋外で、アクロバティックな超人アクションを戦闘員や強化兵や特殊車両を相手にバッタバッタと大披露!
 あげく、ラストバトルの舞台は、白昼のガラス張りの近代的な超高層のっぽビルで、ついにはそれが横倒しで倒れていくリアルなCG特撮も見せてくれる!


 はてさて、こーいう本作みたいな「メジャー感」というオーラがない作品は、往々にして最初から先入観で下に見られて、マニア間ではボロクソに叩いてもイイ映画として扱われがちだ。ググってみると、やはり本作はボロカスにCG特撮やアクションや演出がチャチで、粗や矛盾や飛躍があると酷評されている。
 たしかに、ハリウッドの大作アメコミ洋画は、カネ&手間をかけたCG特撮&アクロバティックなアクションという側面ではチャチさはナイ。
 しかし、筆者に云わせれば、アメコミ洋画もDC社作品であろうがマーベル社作品であろうが、日本特撮に負けじ劣らじ(笑)、カナリ粗や矛盾や飛躍や作劇的な瑕疵(かし)があったり、バランスやまとまりの悪い作品もあって玉石混淆だとも思うゾ。続編や連続シリーズ作品に至っては、前作での予告と本編に矛盾が生じている作品すらある。


 すでに今となっては、(特にマーベル社の)アメコミ洋画自体がブランド・権威、悪い意味での保守本流ヒエラルキーと化していて、観客やマニアの方でも虚心坦懐ではなくバイアスのかかった見方や思考停止に陥っている面もあるようにも思う。本作よりも面白くないアメコミ洋画だって、けっこうあったと思うのだが(汗)。


本作はドラマ性がウスいのか!? 出自設定的にはむしろ濃ゆいのでは!?


 本作にはドラマ性がウスいという批判もある。筆者個人はドラマ至上主義者ではないので、このテの娯楽活劇作品に辛気クサいドラマが必須だとは思わないけど、いやいやいや、本作にもドラマ性は一応はあったでしょ(笑)。
 そもそも彼らは、今から50年も前、前世紀の東西冷戦時代の旧ソ連の特殊機関で非人道的な遺伝子操作で改造されて誕生した、我らが日本の歴史的名作漫画『サイボーグ009(ゼロゼロナイン)』(64年)のような出自なのだ。加えて、不老もしくは長命の肉体となってしまって、その異形なる正体を隠すために、それぞれが他人と極力交わらず孤独に人里離れた土地に隠れ住んでいたり、サーカスの団員などの定住せずに各地を移ろうのがデフォルトな虚業の職業に就くことで糊口をしのいでいたり……。


 人前にあえて出ることや戦いなどは望んでいなかった彼らだが、冷戦終結から30年後に、50年も前の旧ソ連の「負の遺産」がよみがえり、新生ロシアに危機をもたらさんとする!
 その「負の遺産」とは、4人の産みの親でもある狂気の天才科学者! 彼は自身の肉体をも改造して、電気を操りハッキング攻撃をも可能とする悪の強敵超人と化していたのだ。この国家的危機に際して、ロシアの諜報機関のクールビューティーな姐御上官は、悪の超人に対抗できる因縁の前世紀の4人の超人を探し出していく……「父殺し」の物語が今始まる……といった導入部は、充分にドラマチックではあるまいか!?


 いやまぁアメコミ洋画のように、友人がほしかったからとか、給料が良さそうだったからとか、憧れのヒーローチームだったから加入した、みたいな脱臼した展開も充分アリではあるけれど。
 しかし、それらはもうアメコミ誕生以来の80年をかけて、あらゆるパターンをすでにヤリ尽くしてしまったジャンルの爛熟の果ての代物なのである。
 云うなればそれらの展開は、経済的ピークは過ぎて没落していく予感はあるも、日本でいうなら1980年代以降的な、まだまだ飽食で平和で徒花で高度大衆消費社会な先進国の民のゼイタクな実存上の悩みであったり、ナンちゃって的なメタや反則や楽屋オチねらいの浮き足立った展開なのである。
 よって、こーいうリアルな戦災の傷跡や圧制下の国家の民や貧困・飢餓・不幸・不遇や傷心にヒリヒリと苛まれて、懊悩する陰影のヒダヒダがあるヒーローの出自の方こそが、物語としては本来は王道・古典・普遍であったとは思うゾ。


 とはいえ、そのへんを本作は過剰に重苦しく描いていたワケでもなく、そこはやはり最終的には善と悪の超人たちのド突き合いのカッコよさ・暴力衝動の擬似的発散・爽快感の方をこそ優先するおバカな娯楽活劇作品ではある。
 あくまでもドラマ性は点描に留めて、サクサクと集結劇を進めて、その後の展開もカッタるくなりそうになる寸前になるや、敵さんが現れて脳みそキン肉なアクションにシフトするあたりも悪くない。
 むしろ、集結場面や人間ドラマ部分で空回りしてモタついたり、ウダウダ愁嘆場と化してしまうアメコミ洋画もままあることを思えば、本作の方がその点では拙(つたな)さは少ないようにも私見する。


本作の弱点。ラストバトルの尺がイマイチ短い! 突きや蹴りの一連が粘り足りない!(汗)


 とはいえ、個人的には大きな弱点に思えた点が一点。それはラストバトルの尺が短いことだ(笑)。
 ここを適度にクドくならない程度に粘って、敵vs味方の突きや蹴りの一挙手一投足をもう少しボリュームをもって描いてくれないと、先鋒や中堅の敵キャラとは異なるラスボスの強敵感、ラスボスとの最終バトルでの拮抗&苦戦、ついには大逆転といった爽快感・カタルシスが弱くなってしまうようにも思うのだ。
 このへんは脚本に描ききれるものではない、ドラマやテーマにも還元されない、撮影現場での本編監督とアクション監督の裁量やアイデアやこだわりになるのであろう。だが、こーいったところでの最後の一押しが、ラスボスの強敵感や憎々しげ感と、正義の超人たちのヒロイズムや凜々しさ、両者の力の図り合いや、善悪はいったん棚上げしたところでの双方の器量・度量の認め合いを際立たせ、ひいてはそれが観客の高揚や勧善懲悪感情を満たすことで、作品も彼ら登場人物たちの人物像も観客の心の中で完成・完結させることができるのだとも私見する。
 それを思えば、序盤〜中盤までのアクション演出の疾走感が、終盤ではもう一押しで失速してしまったようにも思えて惜しい。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2018年初夏号』(18年6月17日発行)〜『仮面特攻隊2019年号』(18年12月29日発行)所収『ガーディアンズ』評より抜粋)


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