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ウルトラマンティガ THE FINAL ODYSSEY


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(00年3月11日封切)
興行収入・6億円)
(脚本・長谷川圭一 監督&特技監督・村石宏實)

極私的『劇場版ウルトラマンティガ』論 ――「ヒロイックファンタジー」から「スペースオデッセイ」へ――

(文・JIN)


 「外界から隔離された謎の島」
 「封印から解き放たれた太古の悪魔」
 「世界の危機に立ち向かう宿命の男」
 「そうした男を見守り続ける決意の女」....


 なんと絵に書いたような「ヒロイックファンタジー」の世界!


 『ウルトラマンティガ』という作品自体、元々、最初のTVシリーズ(96年)からして「ヒロイックファンタジー」としての性格もある作品である。
 それを最初にアピールした設定こそが、誕生編たる1話「光を継ぐもの」(脚本・右田昌万 監督・松原信吾 特技監督・高野宏一・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19961201/p1)における「ティガの神像」であることはいまさら言うまでもない。*1


 設定的にそれを受けての本作であるが、今までの二つの映画作品が「複数ウルトラマンの同時共演」を最大の基本目的とし、それに準ずる形でその設定とドラマを構築しているのと同様、本作の場合、「映画作品としての『ティガ』」の実現にある。


 そしてスタッフが着目した部分こそが、TVシリーズの1・2話における「ティガの復活」において提示された「ダイゴが光になる」という設定。
 つまり「超古代人類の勇者のDNAを継承する者」という「宿命性」の設定である。


 周知のように、この「宿命性」の設定は、「どうしておまえがウルトラマンなんだ?」というテーマの44話、イーヴィルティガ編「影を継ぐもの」などの諸編を経て、最終的に「誰もが光になれる」という「一般性」への物語へと拡散開放されいくわけである。



 過去のヒーロー作品群においては、「一般性」のストーリーとして始まりながらも途中から「宿命性」を強めていくことがむしろ自然であったことを考えてみれば、これは実に画期的なことである。
 ある意味『ティガ』の真に革新たるべき特筆部分は正にここにあるといってもよいわけだ。*2


 その意味でこうした宿命性の設定に基づくドラマやストーリーの再登場ないし復活は、TVシリーズのテーマの逆行という否定的な観点で語ることも実に容易である。


 ただし、それはそれとしても本作における「太古よりの宿縁」によるという設定については、やはり非常に魅力的な多くのものがあることは否めない。
 冒頭に掲載してみた各事項以外の部分をも含め、あの説明不要の女児向けTVアニメ『美少女戦士セーラームーン』(第一作・92年)の超過去・前世などの「宿命性」にも通じるものがあるといっても決して過言ではない。


 「ヒロイックファンタジー」として正に最高の舞台設定であるといってもいいのだ。
 そしてそうした宿命性重視の傾向は、特にTVシリーズの3話「悪魔の預言(よげん)」以来、続編『ウルトラマンダイナ』(97年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19971209/p1)にまで続く地球平和連合TPCワールド(『ティガ』〜『ダイナ』)における「語り部」的な位置づけを与えられていた、イルマ女性隊長においても実に顕著である。


 別役者が演じていたTVシリーズに対して、「一人二役」の形を取ったことによって、ダイゴと同様、「超古代人・地球星警備団団長ユザレの系譜を引く者」としての設定がより明確なものとなり、正に初代『ウルトラマン』(66年)7話「バラージの青い石」(脚本・南川竜&金城哲夫 監督・野長瀬三摩地 特技監督・高野宏一)における古代からある中東の町バラージに住む超能力を持つ謎の女性「チャータム」により近いイメージに位置づけが施されることとなったわけである。
 御都合主義との解釈もあるだろうが、この場合、キャラクターの持つ整合性や必然性として、むしろこれは「画竜点睛」というべきものであろう。


 ともあれシリーズ全体の必然や流れからしても、いわゆる「ヒロイックファンタジー」としての一面の『ティガ』のドラマはここにおいて遂に完成した。



 となれば次にファンが望むのは当然に映画版『ウルトラマンダイナ』。
 TV版最終回で「スターゲイトに消えて帰還しなかった主人公アスカ」の「その後」をはじめ、「どうしてアスカがダイナに選ばれたのか?」などといったTVシリーズ時点の「謎の解明」をも含めた「完結編」であってほしい。
 恐らく大方のファンにとっても『ティガ』以上にその実現が待たれているはずである。


 また「平成ウルトラ三部作」の中でも特に『ダイナ』を推す自分としても、「ヒロイックファンタジー」としての『ティガ』と同様、「スペースオデッセイ」としての『ダイナ』のドラマの最終完成については大いに期待したい。


 その意味において、今回において注目だったのが、後の防衛隊・スーパーGUTS(ガッツ)メンバーの客演場面。
 「これがGUTS最後の作戦や!」というホリイ隊員の劇中台詞にも見られたように、TVシリーズ以来の疑問であった「GUTSからスーパーGUTSへの組織再編」劇を描くにあたってもこれ以上の舞台設定は無かったはずである。


 『ダイナ』に登場する大型宇宙ステーション・クラーコフの開発を匂わせる劇中台詞の登場もあって、今回、大型母艦アードデッセイは壮絶な轟沈を遂げるのではなかったかと思ってしまったくらいだった。
 (実際、大画面において大写しにされたアートデッセイの発進場面は本作のハイライトの一つと言ってもいい。)


 それと最後のラスト場面。
 自分としては、ダイゴやレナと同様に私服ないし現在の部署の制服に身を固めたGUTSメンバーの前に、新たに結成されたばかりにして新制服を着用したスーパーGUTSが挨拶に加わるという場面などが見たかったわけで、その画面登場時には名曲「テイク・オフ!! スーパーGUTS」(ASIN:B00005GO7OASIN:B00005GO5J)のワンダバ・イントロがかかるといった演出などもあれば最高だったかというところである。


 もちろん、単に役者のスケジュールの関係だったのかもしれないが、その意味で少々残念だったのがラストにおけるアスカとダイゴの一瞬の遭遇場面。
 慌てているとはいえ、いかにも品行方正な無言の「敬礼」などよりも、むしろ「カッコイイ〜」などといったミーハーな台詞の一つもアスカが吐いてくれればより「それらしい」感じが出たんじゃなかったかなというわけだ。


 つまり単なるその場限りの「ファンサービス」というだけでなく、次なる作品に向けての積極的な「布石」というものをも感じさせて欲しかったわけであり、かなりマニアックなことを承知で敢えて拘わってみたという次第。
 とにかく「完結編」としての「劇場版ダイナ」の実現を望んで止まないこの頃。
 その成否を含め、松竹や円谷プロなどの今後の動きに注目し続けていきたいところである。


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2001年準備号』(00年8月13日発行)「ウルトラマンティガ」映画評より抜粋)


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*1:もちろん、その設定の前身が栄光の初代『ウルトラマン』7話「バラージの青い石」におけるウルトラマンの姿をしていた数千年前の「ノアの神の像」の設定であり、俗に第一期ウルトラ至上主義者といわれる層の主張する「神格的ウルトラマン」の原イメージであることも間違いないところである。
 同じく『ウルトラマン』19話「悪魔はふたたび」を思わせるかのような超古代からの「タイムカプセル」の設定の併用もそうしたイメージを高めることに大きな役割を果たしているといえる。
 それらの設定を土台にした上で『ウルトラセブン』(67年)にも通じるかのような「硬質感の高いドラマ」を組み合わせたことによって、いわゆる第一期至上主義層からも実に高いまでの支持を受けることともなったといえるわけである。
 (ちなみに私個人としては「第一期」だの「第二期」だのといった区分などはその優劣論争も含めて余りにも無意味にして不毛であるとしか思えない。ただし説明上の区分として話が通りやすいということで使用しただけの話である。)

*2:ちなみに「一般性」のヒーローとして始まりながらも次第に「宿命性」のドラマを高めていった例としては、『電子戦隊デンジマン』(80年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20120205/p1)や『宇宙刑事シャリバン』(83年)といった上原正三脚本作品群がなんといっても代表的。これらの伝説的作品群については説明的に付け加えられるものは何も無いといってもいい。
 ただし個人的には、そうした設定的な「宿命性」の設定を随所に暗示させつつも、「子供」ならではの視点を中心に、内容的にはシリーズ前作『絶対無敵ライジンオー』(91年)以上に「一般性」のドラマを追求完成させた、子供向け合体ロボットアニメ『元気爆発ガンバルガー』(92年)を第一に推したい。
 実際、暗黒魔王ゴクアークとの決戦を描く最終回一本前の46話「おれたちは元気爆発!」(脚本・金巻兼一 演出&コンテ・河本昇悟 作画監督・藁谷均・ASIN:B000EBDFK2ASIN:B0002UA3TQ)において、町の人々が「光」(!)となって最終合体ロボ・グレートガンバルガーを合体させる展開などは、正にTV版『ティガ』最終回を先取りしているといっても過言ではないのだ!