假面特攻隊の一寸先は闇!読みにくいブログ(笑)

★★★特撮・アニメ・時代劇・サブカル思想をフォロー!(予定・汗)★★★ ~身辺雑記・小ネタ・ニュース速報の類いはありませんので、悪しからず!(笑)

ザ・ウルトラマン最終回 49話「ウルトラの星へ!! 第3部 U艦隊大激戦」

ファミリー劇場『ザ★ウルトラマン』放映「全話評」連動連載!)


ザ☆ウルトラマン#46「よみがえれムツミ」 〜終章の序章・名作
ザ☆ウルトラマン#47「ウルトラの星へ!! 第1部 女戦士の情報」
ザ☆ウルトラマン#48「ウルトラの星へ!! 第2部 前線基地撃滅」
『ザ☆ウルトラマン』全話評 〜全記事見出し一覧

引き続き、5月より『ウルトラマン80』全話評も連動連載!

#49『ウルトラの星へ!! 第3部

U(ウルトラ)艦隊大激戦』

(作・吉川惣司 演出・関田修 絵コンテ・斧谷稔
(視聴率:関東11.5% 中部10.8% 関西11.3%)


(文・内山和正)
(1997年執筆)


◎ウルトラ人たちは仮死状態になれば、どんな熱や圧力にでも耐えられ、神秘の物質ウルトラマインドさえあれば目覚められる。
 この能力を悪用したヘラーは、仮死状態のウルトラ人に爆弾を詰め、巨大戦闘艦ウルトリアを破壊しようとする。
 この設定は面白いがヒーロー側の切り札にも使ってほしかった。
ウルトラマンジョーニアスは仲間を助けるため、ヒカリ隊員の体から分離する。
 皆がヒカリをウルトラマンだと確信していたために、悲劇が起こるラストが盛り上がる。


※:製作No.49『ウルトラの星へ・第三部 壮烈!艦隊の激突(仮)』


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊98年号』(97年12月28日発行)『ザ☆ウルトラマン』特集・合評3より分載抜粋)


#49『ウルトラの星へ!! 第3部 U(ウルトラ)艦隊大激戦』

(文・T.SATO)
(2010年執筆・4月28日(水)書きかけUP・〜後日、後半部を加筆します・汗)


ナレーション「巨大戦闘艦ウルトリアは、ウルトラの女戦士・アミアの願いを受けて、土星の衛星にあるタイターン基地攻撃へと向かった。
 そして、ヒカリ、アミアとマルメは、敵基地内へと潜入した。


 そのとき、ヘラー軍団の地球総攻撃の大艦隊が、発進しようとしていた。
 ヒカリは、傷つきながらも、ウルトラマンに変身し、ウルトリアへ基地攻撃地点を知らせた。


 そのとき、土星の輪の中から、エレクとロト率いるウルトラ大艦隊が出現。
 ウルトリアとともに、タイターン基地総攻撃が開始された。
 激しい戦闘の末、タイターン基地は壊滅し、司令官ロイガーは死んだ。
 だが、その直前、捕えられていたアミアは、ロケットでU40(ユーフォーティ)に送られてしまった。




 それを追って、亜空間を超え、U40に向かうウルトリアとウルトラの大艦隊。
 決戦の時は、いよいよ近づきつつあった!」



 前話こと#48「ウルトラの星へ!! 第2部」(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100404/p1)の冒頭同様、本話冒頭にても前回のアラスジ紹介がなされる。
 (小型戦闘機スペースベータミー操縦席における、ウルトラ人の少女・アミアが肩をすくめて微笑んだ美麗なアップ画像もシッカリ再使用!)


 ウルトラの星・U40を占領したウルトラ人の反逆者・ヘラー軍団の太陽系方面・前線基地であり、本作の第4クールこと#39「ねらわれた巨大戦闘艦ウルトリア」(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100124/p1)〜前回#48までのレギュラー宿敵でもあった、ロイガー司令率(ひき)いるタイターン基地。
 前話では、ウルトラ軍の生き残りである数十の艦隊群と、今は地球防衛軍・極東ゾーン・科学警備隊が操艦する超古代にウルトラ人が南極大陸の地下深くに隠した巨大戦闘艦ウルトリアが協働することによって、ついにこれを陥落させることができた。
 これで後顧の憂いなく、敵のラスボスが支配するウルトラの星へと向かうことができる。


 そして本作では、終章4部作の第3部(本話)と第4部(次回最終回)の2本にわたって、ついに200万光年の彼方にあるウルトラの星を舞台に最終決戦が繰り広げられることとあいなるのだ!



 光速・時空間・物理法則の限界の壁を超えて、200万光年の彼方に跳躍・ジャンプして向かうために、3次元宇宙を逸脱して、この宇宙の外にある光の奔流うずまく「亜空間」を経由する「ワープ航法」を取って航行していく、勇ましき巨大戦闘艦ウルトリアとウルトラ軍のウルトラ戦艦群の連合軍。


 「亜空間」。そして正体不明の光の奔流。
 今ではすっかり手アカ(?)がついてしまったターム(専門用語)やイメージだが、当時〜80年代としては目新しい、SF的なキラキラ感・ワクワク感をいだかせてくれるマジックワード・魔法の言葉や映像であったことを思い出す。
 翌年度、厳密には本作終了2ヶ月後の80年5月より放映が開始される『機動戦士ガンダム』(79年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19990801/p1)の富野喜幸(とみの・よしゆき)カントクが放ったリアルロボアニメ『伝説巨神(でんせつきょじん)イデオン』(80年)においても、いわゆる「ワープ航法」の際に経由する3次元外の空間のことを「亜空間」と称していたことも、ロートルマニア的にはついでに想起もされてきて……。


 今にして漢字の語義的に考えるならば、「亜」は「亜熱帯」のように不完全なもの・準じるもの、「超」こそが字義通りの意味であるから、「超空間」が4次元以上の空間で、「亜空間」は3次元未満の2.5次元か?(笑)
 4次元以上の空間を経由することで3次元空間を反則ジャンプするのが本義であるならば、本来は「超空間」という用語の方がより適切かもしれない。
 大ヒットマンガ『ドラえもん』(69年〜)などで有名な藤子F不二雄先生のSF短編マンガなどでは、同種のシチュエーションにおいて、「超空間」という用語が用いられており、おそらくは氏の世代的にも50〜60年代舶来SF小説に準じたものなのであろうけど……。


 言葉の音の響きとかがカッコよくて目新しければ、それだけで浮き立ってくるのだし、科学論文じゃないのだから、物語的には「亜空間」でもイイんだよ!(笑)


 先にあげた『伝説巨神イデオン』においては、光速を超えるいわゆる「ワープ航法」を「ワープ」といわずに「DS(デス)ドライブ」と言い換えて、数年後のリアルロボアニメ『超時空要塞マクロス』(82年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/19990901/p1)でも「フォールド航法」と言い換えて、目新しさを出している。
 かような、意味する実態はほとんど同じでも、言葉を変えて新奇さ・異化作用を出したり、ビミョーに意味する概念をズラしたりする用法は、80年代中盤以降に宇宙SFや銀色に輝く金属や重厚長大カニック的なものにワクワクロマンをいだく感覚が人々からウスれて、剣と魔法のファンタジー的世界観の方に、オタクにかぎらず海の向こうのハリウッド映画なども含めて観客の嗜好が変転していった現在でも、SFからファンタジーに舞台を移して継承されていっているのは、読者のみなさまもご承知の通り。


 とはいえ、オタクジャンルにおいて「亜空間」という用語(造語?)を用いた作品としては、本作『ザ☆ウル』が初とは断言できないが、しかしてかなり早い時期の作品ではないかとも思われる。


 そして、ラストバトルで敵の故地に向かうことで、毎週における敵怪獣や敵ロボットとの1対1の抗争図式が、1対多や多対多、あるいはストーリーの舞台スケールが宇宙規模に拡大していく作品は、当時としては非常に珍しいことでもあった。
 もちろんこのような図式は、当時のジャンル作品にまったく前例がなかったワケではない。


 一応の本格志向である『宇宙戦艦ヤマト』(74年)を別格とすれば、タテマエは子供向けである合体ロボットアニメにおいては
 ――実は今でいう大きなお友だちや女性オタクも当時からたくさんついていて、アニメ誌が勃興するまでは幼児誌『てれびくん』などの作品ごとのモノクロ読者ページに、幼児に混じって中学生のお姉さんたちによる美形キャラの葉書イラストなどもけっこう掲載されていたものだが(笑)――、
 『UFO(ユーフォー)戦士ダイアポロン』(76年)、長浜忠夫カントク作品である『超電磁マシーン ボルテスⅤ(ファイブ)』(77年)の2例がそれだ。
 特に後者は、当時もっとも人気&視聴率があったメジャーな合体ロボアニメで、その最終展開においては正義側の要塞基地が巨大な宇宙戦艦に変型、ワープ航法を駆使して敵の母星に殴りこむという展開を見せていて、筆者も含む当時の少年少女をして衝撃と感動を与えしめていた。


 また、第2期ウルトラシリーズの最終作『ウルトラマンレオ』(74年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090405/p1)放映終了後の75年度の小学館学年誌『小学三年生』に『さよならウルトラ兄弟』として連載され、78年度には児童誌『コロコロコミック』にて改題されて再録され大人気を博した漫画『ザ・ウルトラマン』(もちろん本作であるTVアニメ『ザ☆ウルトラマン』とは別作品)などでは、ウルトラマンたちが宇宙規模で縦横無尽に活躍し300万光年彼方のウルトラの星さえ戦場となるような、スケール雄大なワクワク感を当時の子供たちに与えていた。


 逆に、当時の特撮もの・変身ものというと、スーパー戦隊シリーズ第3弾『バトルフィーバーJ』(79年)が放映されていた。
 もちろん現在の観点から見れば十二分に良作である本作。
 しかし、小学校高学年であり幼児でもなく大人でもない狭間の一瞬にいた筆者は、その80年代の強迫的なケーハク・軽躁文化の直前、70年代末期のC調でありつつも落ち着いた5人の小洒落(こじゃれ)た若者描写については感度がなく、同じく当時の一部年長マニアが注目した「(敵巨大ロボが)また出やがった!」などのワンパターンぶりへの作品内でのイイ意味で自虐的・軽妙な自己言及セリフなどにもまだまだ感度がなかった(汗)。


 そして、等身大の敵怪人が登場し、同型の(着ぐるみ流用・笑)の敵巨大ロボットも出現し、あげくの果てに戦闘パターンがほぼ毎回同じであるあたりには……。
 様式美として割り切って観ることができずに、『宇宙戦艦ヤマト』(74年・77年劇場公開)や『スター・ウォーズ』(77年・78年日本公開)の洗礼を浴びて、それらの作品を神格視していた今でいう中二病期だった筆者は、大いに『バトJ』に不審の念を覚えたものだった(笑)。


 あげく本作『ザ☆ウル』最終回をさかのぼること2ヶ月前の80年1月下旬に放映された『バトJ』最終回でも、どのような展開になりどうやってラスボスを倒すのかと思いきや。
 巨大ロボのいつもの必殺剣が今回効かないのはイイとして、直後にその剣をただ投げつけるだけで倒せた日には。


 ラスボスが並の敵巨大ロボに毛が生えた程度の強さしかないのかよ!? ……と(笑)。


 歳下のマニア連中に聞くと、そのことに不満を感じなかったとの声が圧倒的なので、まぁ今ではアレはアレでよかったのであろうし、子供向け番組の作りとして致命的だったワケではなかったのだ、との認識にはなっている。


 しかし、やはりそれまで怪人軍団を操っていた敵組織の中堅幹部や首領は、いつもの怪人よりも圧倒的に強くあってほしいと筆者は思う。
 特撮ジャンルにおいては、『仮面ライダー』(71年)初期作の最終回群は拍子抜けのテキトーな腰砕けであっても(それもスキですが・笑)、『仮面ライダーX(エックス)』(74年)最終回のキングダークや、『仮面ライダーストロンガー』(75年)最終回の岩石大首領のような、等身大ヒーローに対しての見た眼的にも巨大な敵、後者においてはそんなひとりのヒーローでは物理的にとても適いそうもない強大な敵に対して、番組の主役を張ったヒーローたちが一致団結して戦いを挑んで撃破する! というかたちにて、すでにその願望は果たされてはいた。


 このパターンは、『仮面ライダー(新)』(79年)最終回3部作を経由して、あまたの80年代以降の東映アニメ作品(『キン肉マン』(83年)や『ゲゲゲの鬼太郎(きたろう)』(85年)、『ドラゴンボール』(86年)に至るまで)のブローアップ版が「東映まんがまつり」のワク内にて映画館にかけられた際に、原作マンガを逸脱した勝手なオリジナル展開(笑)の、大スクリーン映えする超巨大な敵と戦って撃破する集団ヒーローたちという構図にて、今でも継承されている
 (多分……。TV放映された際のザッピング視聴程度での印象記憶です)。


 スーパー戦隊シリーズにおいても、商業的要請からであろうと2号ロボや要塞基地ロボが登場するようになった80年代末期から、ようやく通常回の敵巨大怪人を上回るサイズの彼らを操る上位の超巨大なラスボスを倒すという図式が採用されて、筆者の戦隊シリーズ最終回に対するバトルのスケール面での不満の溜飲も下がることとあいなった。
 (……80年代末期ならば、イイカゲン卒業しとけよ! というツッコミはおいといてください・汗)


 我らがウルトラシリーズの映画版においても近年では、平成ウルトラマンたちや昭和のウルトラ兄弟たちが協力して超巨大な敵怪獣を打倒するという、ウルトラ史に限定すれば本作『ザ☆ウルトラマン』#21「これがウルトラの星だ!! 第3部」(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090920/p1)での身長938メートルの超巨大怪獣バゴン戦が初である図式が、映画『ウルトラマンメビウスウルトラ兄弟』(06年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070128/p1)などに採用されつづけているのはご承知の通り。


 しかし、ウルトラにおいては、70年代後半にはじまるオタク第1世代(60年前後生まれ)による、かつての初期東宝特撮・第1期ウルトラ至上主義者たちによって、怪獣同士の集団・総力戦は作品の質的堕落であり、1対1の図式もまた堕落であるがまだマシで、怪獣が1体だけ登場して人間と攻防するのが至上とされていた時代(笑・そんな時代があったのです……)の風潮の残り香か、物語ラストにおいて超巨大怪獣が登場することをよしとしない見解は今でも多数散見する。


 いや、超巨大怪獣が登場すること自体が悪いワケではなく、それがワンパターンだから、それがCGだから、それが夜間や地底だから、という小賢(こざか)しいバリエーションも登場しているが、ホントウにそれはよくないことなのか?
 ワンパターンなのは通常の回でも同じことなのに(笑)。


 それではドーすればイイのか?
 そんなにムズカしい話ではない。消去法なり逆転の構図を論理的・理性的に仮想してみて、それと比較してみれば話はわかりやすい。


 そもそもヒーローが複数登場するお祭り映画なのに、いつもと同じ通常サイズの怪獣1体をよってたかってやっつける作品であったならばドーであろうか? と。
 コレでは、第2期ウルトラシリーズウルトラ兄弟勢ぞろい編やスーパー戦隊シリーズにかつてつきまとってきた、第1期ウルトラ至上主義者たちによる批判。
 つまりはヒーローたちによるリンチ説(笑)に抗(あらが)うことはできないということだ。


 いやリンチ説などタメにする批判であり、作品の本質・実態を反映していないという反論も成り立ちうる。しかし、物事は“より善である”/“より悪である”ということはあっても、存在や意見それ自体が“絶対正しい”もしくは“絶対間違っている”ことなど滅多にないのだから、彼らのリンチ説にも一割一分一厘の理がないワケでもない。


 そうであるなら、作り手もバカではないのだし、受け手であるマニア以上にあーでもないこーでもないと考えて製作しているのは自明の理
 (熟考の果てに製作してそれでも失敗することももちろんあるのだが、それはまた別のお話)。
 脇が甘くて隙を見せてしまって、往年のリンチ説による批判を今さらに許容・甘受するような、通常サイズの怪獣1体だけを登場させる作品を作るワケにはいかないのも当然のことだろう。
 イイ歳こいたマニア連中にはともかく、ジャンルの歴史をさして知らない数百万人の子供たちや、彼らと同数いるパパ・ママ層をTVの通常編とは異なるものとして、二段構え・三段構えで驚かせるには、複数怪獣や超巨大怪獣を登場させるのも、理の当然の然らしむるところである。


 もちろん長年のマニアとして、あるいは世代人としての個々人の好み・美意識はあろうけど、それを世間一般の子供たち、彼らのパパ・ママ層の好みや意外性のツボとを混同してはならない(自戒も込めて)。



 ……毎度、前置きが長いが、本話は従来の怪獣怪人番組と比べれば、多少は毛色を変えてハイブロウぶっているけれど、複数ヒーローや複数怪獣を、複数の宇宙艦隊群に代入しただけのものであるともいえる(複数ヒーローは登場しているが)。
 本作の敵首領・ヘラーは、異形(いぎょう)の存在ではないけれど、大軍団のトップではあるのだからスペシャル感を持つ複数怪獣や超巨大怪獣のバリエーションに近いともいえるだろう。


 これは決して本作を軽んじて罵倒しようとか、斬新ではないのだとケナしたいワケではなく、その点では本作はストイック(禁欲的)にヒーローなり怪獣なりを1体だけ登場させて作品的・文学的クオリティだけを上げようというものではさらさらなく、むしろイイ意味でオモチャ箱ひっくりかえし感覚の娯楽活劇の王道にも則(のっと)った作品であると主張したいのだ。


 なとと云いつつ、そうは云っても、むかしからよくある、イイ歳こいたマニア連中が子供向け番組を観ている自分と自身の趣味を正当化するために用いてきた論法、
 「ただの子供向け番組ではなく、オトナの鑑賞にも堪えうるこんなドラマやこんなテーマもあるんだゾ〜〜」
 というような(笑)、揶揄(やゆ)的に書いたが、コレのまさにイイ意味での成功例とも目される要素を、本作最終章4部作は多大にハラんではいて、しかもその試みは成功しており、娯楽活劇性の面からだけでは語れないのも事実ではあるのだが。


 しかして、現今のジャンル作品一般は、このテーマやドラマ性を重視するあまりに、娯楽活劇性を減じてしまったり、あるいは云っていることや主張していることは正しくても頭デッカチなだけではなはだ説得力に欠けていて、エンターテイメントとして失敗している作品が多数ある。
 ここに問題意識を持つならば、テーマやドラマ性を称揚する場合でも、テーマやドラマを扱った事実だけをもってして素朴にホメてはならないと思う。


 つまりはテーマやドラマを成立させるための、テーマやドラマ以前の段階の要素、それらに説得力をやどらせる技巧やバランスや配置にも、眼を向けるべきなのだ。
 あるいは、賢(さか)しらなテーマやドラマ性などなくとも、強大な敵に挑むヒロイズム・英雄的心情の高揚や、敵をやっつける素朴なカタルシス、ヒトの命がかかっていようが、古代からある軍記もの的な武力や知略を尽くした戦闘・攻防の一進一退の積み重ねの楽しさを、飽きることなく提示できる作家たちによる職人芸的バトル編についても、たとえそれが人道的に見れば不謹慎ではあろうとも、スポットをあてるべきなのだ。
 むしろ、今こそテーマやドラマがさしてないバトルストーリーをこそ確信犯で作るべきなのだ。
 ……などと、ジャンルの思春期・発展途上期の80年代ならイザ知らず、ジャンルが爛熟している90年代〜21世紀においては思うのだ。


 その観点からも本作を語るべきだと思いつつ、正直筆者の現在の技量では困難だとも思うので(笑)、筆を進めていくうちに、その試みが成功したならばコレ幸い、うまく行かなかったらご愛嬌ということで(汗)。



 亜空間を進む巨大戦闘艦ウルトリア。
 その窓外を、膨大な数の光の奔流が前方から後方へと超高速で通りすぎていく……。


ヒカリ「これが、亜空間か」


 地球防衛軍・極東ゾーン・科学警備隊のヒカリ隊員に合体・寄生しているウルトラマンジョーニアスは、ヒカリの内心に語り返す。


ジョーニアス「私たちに見えているのは、ただ、激しいエネルギーの流れだ」


ヒカリ「ジョーニアス、早くぼくらの秘密を明かしたい」


ジョーニアス「焦るなヒカリ。その時は近い」



 所変わって、コンピュータールーム。


トベ隊員「ほお〜〜、ヒカリがねぇ〜〜」


マルメ隊員「もちろんこれはオレの単なる勘さ。
 だが考えてみろ! ウルトラマンが現れたとき、ヒカリを見たものはだぁれもいないハズだ!
 (不機嫌に)オイ、聞いているのか?」


トベ隊員「(出力されたペーパーを手に取り)ああ、おまえの勘は当たってる」


マルメ隊員「(かすかに眉を動かし、静かに語尾上がりで)……あ?」


トベ隊員「ウルトラマン出現と、ヒカリの行動記録を計算したのサ。
 見ろ! コンピューターは、ふたりが同一人物である確率を、99.9999……」


マルメ隊員「(ペーパーを手にとって見入って)ほとんど100パーセントじゃねえか!
 でもホントウに、信じられるか? え? アイツがよォ」


トベ隊員「(さぁ〜と片手を拡げて口笛)」


 そこに、ゴンドウキャップ(隊長)からワープアウト、亜空間から脱してU40の目前に到着する旨(むね)の通信が入る。


トベ隊員「この答えはじきに出るサ!(ペーパーをひきちぎる!) 行くぞ!」


マルメ隊員「おう!」


 終章4部作の直前回である#46「よみがえれムツミ」(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100320/p1)では紅一点・ムツミ隊員が、#47(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100328/p1)ではゴンドウキャップが、前回#48ではマルメ隊員が、ヒカリ隊員の正体がウルトラマンであることを、確証はなくともそれとなく察知してきた。
 この騒動に関しては、今まで蚊帳の外に置かれてきたトベ隊員も、ついに本話たる#49の冒頭でこれを承知することとなったのだ。


 前回#48のラストでも、ワープ航法でウルトラの星・U40へと向かうことが決定した折、科学警備隊のマスコットロボット・ピグが、「(ウルトラマンも)U40まで来てくれるかナ?」と疑念を呈す。
 それに対して、ゴンドウもマルメもムツミも「安心しろ。きっと、ウルトラマンもいっしょだ!」「もちろんですよ、キャップ!」「わたしも、絶対にそうだと思います!」と明るく返してみせている。


 もう口にはハッキリと出さないまでも、「肝心なときにいつも戦闘現場にはいない(!)」ヒカリ隊員の無能ぶりが糾弾されることもなく、両者の幸福な共同戦線と正体明かし・和解に至るレッドカーペットの伏線が敷かれたとしか思えないほどに、多幸感にあふれた展開を視聴者にも予感させてきた。


 しかし、本作は本話ラストにてもう1回、イジワルな展開を試みることとなっていき、ここはその伏線でもあるのだが、その点については後述としたい……。



 亜空間の奔流の前方に、三次元宇宙の星空が拓(ひら)けてきて、ワープアウトするウルトラ大艦隊の連合軍!


 娯楽活劇的には、のっけからヘラー軍団の大艦隊VSウルトラ軍の大艦隊の壮大なテンション高い総力戦に突入してもイイのだが、それでは起伏や意外性がないためか、あるいはドラマやテーマも本話後半に展開するためにか、ここでバトルのシチュエーションにワンクッション。
 小さな手の内の探りあいやフェイクの小競り合いの一進一退のつるべ打ちで、徐々に事態をエスカレートさせていく。


 科学警備隊の面々が陣取るウルトリアの艦橋・司令室に、ウルトラ軍を率いる古代ギリシャ風の貫衣をまとったウルトラの戦士・エレクとロトがテレポート(瞬間移動)してきて、敵に気付かれないようガス状の宇宙空間物質の雲をはさんだU40からわずか1千万キロの地点にワープアウトしたことを告げる。
 (地球と太陽との距離が1億5千万キロで、月との距離が38万キロなのだから、1千万キロでも遠いともいえるが、宇宙規模で考えればわずかな距離だともいえ、太陽系規模で考えても近すぎず遠すぎずで、布陣を敷くには適切な距離だろう)


 しかし逆に云うなら、その程度の布陣と接近ルートは、当然のことながら敵軍も想定済だろう。
 (とはいえ、だからと云って、敵から丸見えの場所にワープアウトしても、時間稼ぎにはならないのだから、最善ではなくとも次善の策として、あるいは最悪ではなくとも次悪として、星間物質の雲をはさんだ場所にワープアウトをするのは、他に遮蔽物がないならば戦略的にもまちがってはいないだろう)


 星間物質の中には多数の古代ギリシャ風の貫衣をまとう仮死状態のウルトラ人たちが漂っていた。
 ウルトラ人たちは自らの意志で、自身を仮死状態にできるのだ。ヘラー軍の暴虐から身を守るために、仮死状態となったのであろう。
 マニュピレーターでウルトリア艦内に収容して、科学警備隊とエレク・ロトらは様子を観察するも、体内からは時を刻むカチカチ音が聞こえてくる……。時限爆弾!
 (ここだけアナクロ(時代錯誤)にもアナログなカチカチ秒針音が聞こえるのは都合論のご愛嬌。まったく音がしないとなると、作劇的にも正義側陣営が危険を気付けなくなっちゃうからネ・笑)


 間一髪で退避するや、仮死状態の死体群は爆発! ウルトリアの艦腹の装甲をブチ破る!
 乱暴な描写が許された70年代のジャンル作品では散見される、いわゆる人間爆弾であり、人道をハズれた敵の悪辣さ・残酷さを印象付ける描写にもなっている。
 (もちろん爆弾を埋め込まれた者のウエットな悲劇性が本話のメインテーマなぞではなく、あくまで乾いた途中経過での点描にすぎないのは念のため)


 その爆発の光を敵の合図だと正しく直観したエレクとロトは、自身のウルトラ軍戦艦へとテレポートでさっそく帰還!
 ゴンドウも即座に「戦闘用意!」の号令をかける!


 星間物質の雲に隠れていた整然と並んだ数百艦にもおよぼうというヘラー軍団の主力艦隊が姿をあらわす!
 土星の衛星タイターン基地の撃滅戦と同様に、5対1の戦力比があるとされる艦隊が、敵首領・ヘラー側近の発言に即するならば、射程距離に達するまでは待ったのか5分ののちに交戦状態に突入した!


 敵味方の無数の艦砲射撃が飛び交っていく!
 膨大な数の光線が短時間に糸を引いて明滅する!
 互いの砲弾・光線は百発百中ではないが、時に直撃され敵味方の戦艦が撃沈・大爆発を遂げていく!


 しかし、この光景をウルトラの星の地上で冷徹につぶさに見守っていた、#38「ウルトラ大戦争!! 巨大戦闘艦ウルトリア出撃」 (http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100123/p1)以来、ひさしぶりにその姿を現したヘラー軍団の首領・ヘラーの、決して驕(おご)らず冷静にして的確なセリフがまたふるっていて、個人的には放映当時の小学校高学年のときからシビれまくった!!


ヘラー「勝敗は数だけで決まるものではない。


 (毅然(きぜん)としたヘラーのふるまいにその場の空気が固まり、その意を受けたかヘラーが飼う足元に鎮座ましますパンサーが唸り声をあげる)
 (それを聞き、中堅幹部もかしこまって低頭する)


 ウルトラの戦士は、ひとり戦艦10隻分に相当する(!)。


 しかも我々は、ウルトラ最高の戦士・ジョーニアスと、はじめてあい対するのだ」


 このセリフで、ヘラーのキレ者ぶりを示すのと同時に、逆説的に正義のヒーロー側のウルトラ軍も、その潜在力は未知ながら拮抗するだけの戦力を持っていることが、改めて示唆される。
 そして、ウルトラマンたちはひとりで、宇宙戦艦10隻分にも相当する戦力があるというのだ!!


 このセリフがまた、宇宙戦艦と巨大変身ヒーローが同居する世界観をSF合理的なリクツにおいても補強して、と同時に、すでに未来科学な宇宙戦艦が存在するのに巨大ヒーロー・ウルトラマンまでもが劇中内にて存在する必然性を与えて、そのキャラも立ててくれていて、後付けであろうがキッチリカッチリとピースがハマったパスルのようなSFや推理もの的設定に対する知的コーフン・知的快感を与えてくれるのだ。


 それはたしかに近年の筆者個人が主張する、
 「特撮(やアクション)もののジャンルは、けっしてSFや文学のサブジャンルではない」
 というテーゼとはムジュンするものである。
 (関連記事:特撮意見4 特撮ジャンルの独自性・アイデンティティとは何か!? 〜SFや文学のサブジャンルではない特撮 http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060411/p1


 卑下でなく云うのだが、特撮ジャンルとは、もっと低俗で原初的でフィジカル(物理的・肉体的)なものである。
 眼に見えて映像でわかるスペクタルで珍奇な光景やアクションを見せてワクワクさせるものであり、だからこそ逆に人間の根源的な情動に訴えかける普遍的なジャンルにも昇華しうるのだ……
 (逆にSFや文学は、メタフィジカル(形而上(けいじじょう)な知的快感や文学的で高度な情動を喚起する)
 という筆者の近年の主張とは明らかにムジュンすることは自覚しているし、その自説を撤回したいワケでもない。
 (本作『ザ☆ウル』はアニメ作品ではあるが……。いや、アニメも似たようなものだ!?)


 しかし、そのテーゼを金科玉条に考えて形式主義官僚主義的に絶対視しているワケでも決してない。
 特撮ジャンルの中心・特質にはこのテーゼが存在し、かつまたそうであるべきだとは思いつつも、この中心・特質に奉仕して、あるいは必ずしも奉仕しなくとも、その個別の話やシチュエーションが何らかのプラスの方向での「面白い」という情動を全員といわず一定程度の視聴者に喚起するならば、そのような描写は許容されるべきだし、あるいはいっそ積極的に肯定されてもしかるべきだろう。


 要は、強いゾ、ウルトラマンたち!(それにあい対してきた怪獣たちも!)
 20世紀〜21世紀初頭には存在しえないオーバーテクノロジーである“宇宙戦艦”群も、もちろんデカくてスゴいワクワクさせてくれる存在ではあるゾ!
 でも、番組タイトルが『ウルトラマン』ナニガシという怪獣ヒーローものであるからといって、“宇宙戦艦”群を安直二元論で、悪なり役立たずなり下に位置付けしてしまうのも、露骨にすぎてフェア(公平)ではなくて、イヤ〜ンな感じだナ。
 せっかく登場した“宇宙戦艦”も立てつつ、それ以上に“ウルトラマン”にもヘリクツ付けて立ててもみせる、この二粒・二段構えでオイシイ感覚。
 この感覚こそが、本作の舞台設定においては、一番気持ちがイイはずだろう……ということなのだ。


 安直な善悪二元論な論法に陥りがちな論者・批評オタク連中にも、両者をともにプラスの存在だと捉えて、しかして足して2で割って毒にも薬にもならないキレイ事にするのでもなく、階段状に立体的に気持ちよく整理・配列・構築してみせる本作のような作劇を、自身が論述をする際の論法の構築法にもぜひとも参考にしてほしいものだ。



 前回のタイターン基地攻防戦につづいて、大艦隊戦に突入したヘラー軍VSウルトラ軍!
 そこに前回と同じく、DVDライナーに掲載された設定資料画によると、ウルトラ軍のウルトラ戦艦の三方に複眼レンズ型のレーザー発射口に代わって長大な4連装の砲口を備えたマイナーチェンジ版の旗艦(きかん・司令官の乗艦)“キング・オブ・ウルトラ”の前円部頂点の透明パーツに覆われた展望ルームに、古代ギリシャ風の貫衣で身をまとったエレク&ロト&5大戦士が集結。
 第20話「これがウルトラの星だ!! 第2部」(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20090914/p1)の美麗なバンクセル画を三度用いて、視聴者たる子供たちの期待にたがわず、(ウルトラ人なら全員がウルトラマンに変身できるとはいえ)ジョーニアスをのぞけば7人にかぎられるという巨大化変身できるエレク・ロト、そして5大戦士たちが星型の変身アイテム・ビームフラッシャーを右手に取って額に当てる!


 「ウルトラッ・チェーーンジッ!! …………ショワッ!!」


 ジャンプするや、宇宙空間に出現して、ウルトラ艦隊をバックに進軍していく7人のウルトラマン


 そう、いかに志の高いテーマがあろうと、高度なドラマがあろうとも、最終決戦はやっぱりにぎやかに、強者集結のカタルシスをもたらす総力戦で来なくっちゃ!!


 本話においては、当該記事を執筆するために何度もDVDを鑑賞していると、エレクやロトたちがヘラー軍戦艦相手にパンチやキックを繰り出すも、ブチ破ったり貫通したりはせず、必殺光線で撃破する映像も描かれないことだけが、敵戦艦や敵円盤を次々に粉砕していた#20や#21と比すれば少し残念にも思える。
 絵コンテ担当者は全体的にはよい仕事をしているとは思うが、逆に云うなら何度も見返していて、やっと気になる程度であるのだから、大きな欠点ではないだろう。


 7人のウルトラマンの登場で優勢になったのかと思いきや、まだ最終回ではないので(笑)、敵の反撃も描かれる!
 ウルトラの星の地表に構築された、名称は次回の最終回にて判明する、高い尖塔がいくつも屹立する直径数キロの範囲はあろうかという広大な“ヘラー・シティー”。
 その尖塔群が光り輝くや、都市全体から放射されたようにも見える、極太のレーザー熱線がはるかな宇宙空間に向かって発射される!


 その一条の熱線の直撃に包まれて、一瞬のうちにウルトラ軍の戦艦1隻が消滅・爆発を起こした!
 そして、次々と撃沈されていくウルトラ戦艦群!


 しかも、それは#20にて判明した、元は地球人と同等の姿形をした種族であったウルトラ人を、ウルトラヒューマノイドに進化させたという、物質であって物質ではない命の素・超物質ウルトラマインドを、ヘラー・シティー直下の地底深くに封印し、その膨大なエネルギーを極太の熱線に変換したものだというのだ!


 またもや、夏休み放映の#19〜21「これがウルトラの星だ!!」3部作における宇宙戦艦数千隻や、身長1キロにも達せんとする超巨大怪獣に、惑星規模の機械化惑星バデルスターや、その惑星が自身の重力を直接にウルトラの星へとぶつけてくる重力波攻撃!
 などなどの、ムチャクチャ壮大なSF妄想アイデア・妄想ビジュアルをコレでもか!? というほどに見せつけて、我々をワクワクさせてくれた吉川惣司(よしかわ・そうじ)脚本回は、最終回が迫っても容赦がない!



 とはいえ、ココから以降の展開が、作劇的にも絶妙で巧妙なところにして、本話の真骨頂だとも思う。
 と同時に、筆者個人のバトル至上主義的な論法に、必ずしもなじまなくなってしまうところでもあるのだが(笑)。


 本作最終章4部作のテーマとドラマを集約させるために、我らが主人公・ヒカリ隊員と科学警備隊の隊員たちにアミアや敵首領ヘラーら一同を一ヶ所に結集させる、イイ意味での都合論のためにか、宇宙的にして神話的な壮大な戦闘は、戦線の激化と拡大のために分裂を余儀なくされたこととして、U40上空の宇宙空間での大艦隊戦と、U40地表でのヘラー・シティー内での地ベタを這いずり回る肉弾戦・白兵戦の二者へと分離させ、後者の側に本作最終章4部作のドラマ&テーマを体現させるのだ!


(未完〜近日中につづきを加筆します・汗)


ザ☆ウルトラマン最終回 #50「ウルトラの星へ!! 完結編 平和への勝利」は、近日中にUP!

誰も待ってないでしょうが(笑)、ザ☆ウルトラマン最終回評は、本年2010年5〜6月に、4月度の日付記事中にUP予定です。

 (当該の「第3部」評の一部を削って、「最終回」評にまわすかも……)

同じく、誰にも訊かれてないのに書いとくと(汗)、10年前の『仮面特攻隊2000年号』「ウルトラマン80」大特集号の「80再評価・全話評!」の再録準備の方を、5月からのファミ劇放送と連動するために先行させます。
[関連記事]

特撮意見4 特撮ジャンルの独自性・アイデンティティとは何か!? 〜SFや文学のサブジャンルではない特撮

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060411/p1


[関連記事] 〜ウルトラシリーズ最終回評

ウルトラマンエース最終回「明日のエースは君だ!」

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070429/p1

ウルトラマンティガ最終回 最終章三部作 #50「もっと高く!〜Take Me Higher!〜」・#51「暗黒の支配者」・#52「輝けるものたちへ」

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20091211/p1

ウルトラマンダイナ最終回 最終章三部作 #49「最終章I 新たなる影」・#50「最終章II 太陽系消滅」・#51「最終章III 明日へ…」 〜賛否合評

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20091212/p1

ウルトラマンネクサス最終回 〜中後盤評 #37「Final Episode 絆 ―ネクサス―」

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060308/p1

ウルトラマンマックス最終回 〜終盤評 #33、34「ようこそ地球へ!」バルタン星人前後編

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060503/p1

ウルトラマンメビウス最終回 最終三部作 #48「皇帝の降臨」・#49「絶望の暗雲」・#50「心からの言葉」 〜ありがとう!

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20070505/p1

ウルトラギャラクシー大怪獣バトルNEO最終回 #12「グランデの挑戦」・#13「惑星崩壊」

  http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100331/p1



『ザ☆ウルトラマン』全話評 〜全記事見出し一覧

引き続き、5月より『ウルトラマン80』全話評も連動連載!