假面特攻隊の一寸先は闇!読みにくいブログ(笑)

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ウルトラマンエース20話「青春の星 ふたりの星」 ~大人社会にも学生運動にも懐疑の視線を向ける青年!

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ウルトラマンエース』20話「青春の星 ふたりの星」 ~大人社会にも学生運動にも懐疑の視線を向ける青年!

(脚本・田口成光 監督・筧正典 特殊技術・佐川和夫)
(文・久保達也)


 我らが主人公である超獣攻撃隊・TAC(タック)の北斗隊員は、駿河湾上空を戦闘機・タックアローで夜間の定期パトロール中に、北極星から抜け出てきたかのように豪華客船が空を飛んでくるのを目撃した!


 この冒頭の高空から眼下に見下ろす夜間の駿河湾岸の特撮美術は、航空写真のようによくできている。『ウルトラマン80(エイティ)』(80年)第14話『テレポーテーション! パリから来た男』(脚本・阿井文瓶 監督・湯浅憲明 特撮監督・川北紘一 
http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20100801/p1)での1万メートル急降下シーンにおける高空から見下ろしたUGM基地(米軍厚木基地の飛行場・滑走路を模したもの)の美術の出来に匹敵している。



 『ウルトラマンA(エース)』の定番! 豪華客船の浮遊現象の通信を、またまた山中隊員が、


「北斗! おまえ、正気か!?」「そんなことはありえん!!」


となじってみせる。たしかに今回は超獣の目撃ではなく豪華客船だし(笑)、レーダーにも映ってないのでは仕方がない。


梶研究員「そういえば、今日は一日中かなり暑かったし、このへんには珍しいことですが、美川隊員の云った『蜃気楼』説が当っているような気がしますね」


 誤解やスレ違いがあったとしても、それなりの科学的な解釈で、梶研究員をはじめとするTAC隊員たちなりの北斗へのやさしいフォローにストーリーの展開が向かっていくのかと思いきや……


「北斗! おまえ、昼間の暑さでボケてたんじゃないのか!?」


 フォローをしてくれない山中隊員。そう来なくっちゃ! 待ってました! やはり、山中隊員はこうでなきゃイケナイ!(笑) ある意味、ムリに「蜃気楼」説を持ち出さずとも一番合理的な解釈かもしれない。いやぁ、山中隊員はホントウに目立ちまくるオイシい役回りである(笑)。


 そこですかさず、


「北斗隊員、たしか君はまだ夏休みを取ってなかったな」


と休暇を勧めてくる竜隊長。要はハッキリとそうだとは云わずとも、「休暇」も兼ねて客船事件のことを「調査」してもよいという含意がある、実に味わいのあるセリフなのだ。ここらあたりも本話のヒューマンな描写が光っている。それで、本話では赤いチェックのシャツや黒シャツに白いスーツを羽織った北斗隊員の私服姿も見られるのだ(笑)。


 北斗はモーターボートを操縦して気晴らし。もちろん、ついでに豪華客船の調査も忘れない。



 本話の舞台となる豪華客船・スカンジナビア号の正式名称は、ステラ・ポラリス(STELLA POLARIS)。「北極星」の意味だそうだ。そして、本話のゲストである篠田青年が北斗につけたあだ名も、この客船の日本語翻訳名を投影したのだろう「北斗星児(ほくと・せいじ)」ならぬ「北斗星」!



 子供がゲストに登場する話を多く書くという印象が強い田口成光(たぐち・しげみつ)の作品である。しかし、本話は意外にも同時期の学園青春ドラマ『飛び出せ! 青春』(72年)のような青春ドラマ的な色合いが強く、絶叫調のセリフや乱闘の場面がひんぱんに描かれている。


 現役の就航を終えて観光&ホテル施設となっている豪華客船・スカンジナビア号を動かして航海することを夢見て、もう2年も機関室で働いて白シャツが機械油で汚れている青年・篠田一郎。彼を演じているのは、次作『ウルトラマンタロウ』(73年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20071202/p1)で主役・東光太郎(ひがし・こうたろう)を演じることになる篠田三郎だ(今回は短髪)。だが本話では、どちらかと云えば特撮変身ヒーロー『シルバー仮面』(71年)にレギュラー出演していた春日三兄弟のひとり、ちょっと小生意気な春日光三(かすが・こうぞう)青年に近いイメージもある。『タロウ』を鑑賞後に再放送で本話を視聴すると、子供たちは東光太郎そっくりでも別人であるゲスト青年に困惑してしまったものだが、それはもう致し方(いたしかた)がない。ご愛敬として流そうではないか?(笑)



篠田「何をするんだ!(略) オレの旗を無断で降ろすヤツがあるか! この旗はな、オレの命なんだ!」


篠田「(希望に満ちた表情で)この船が動くとき、オレの旗を掲げて出発するんだ。(一変して北斗をニラみつけて)おまえなんかに旗を降ろされてたまるか!」


篠田「オレが大学を飛び出してきた気持ちが…… アンタなんかにはわかるもんか(慨嘆)。『自由だ』『解放だ』、みんな勝手なことばかりやりやがって…… 真実なんてどこにもありはしない。(憮然とした表情になって)いったい何を信じたらいいんだ、俺たちは……。バカやろおぉぉぉぉ!!!!!」


 満たされない気持ち、何らかの真実を求める気持ち。そして爆発する感情。


 凡百の作品の作劇や作品批評だと、当時の若者の煩悶の原因のすべてが「学生運動の敗退への挫折感」だとされがちである。しかし、「自由だ」「解放だ」とのたまっている同時代の学生運動の連中に対してさえも篠田が違和感を抱いていて、「実社会」にも「学生運動」にも共感を示していないどころか、双方で方向性は異なるもののそれぞれに偽善と欺瞞を感じ取って、それらとも異なる第3の道を模索しているさまが、実に本話の独自色だともいえるだろう。あるいは、当時の若者や学生たちのほとんどが実際には学生運動には関わっていたわけではないノンポリ(ノン・ポリシー)だったことを思えば(汗)、彼の苦悩のあり方こそが実は当時の若者の真の意味での典型・リアルそのものに近かったのかもしれないのだ!?
 「バカやろう!」と当時の若者たちが実際にも度々絶叫していたかは別として(笑)、彼らの心象風景としてはこのような気分はあったのであろう(いつの時代の若者にもあるものだとしても、特にこの時代には強かったであろう)。このような漠とした不満&怒りを抱えた描写を与えられた若者像や青春ドラマがさほど違和感もなくテレビを観ているお茶の間で大多数に受容されていたのが1970年代という時代だったのだ。しかし、80年代前半に入るや、このような若者描写は拒絶されるようになっていく。それについては後述しよう。



 北斗がスカンジナビア号の船内で発見した航海日誌は1969年のものであった。それを見て北斗は「オレがTACに入隊した年だ」と語っている。なんと! 本作『ウルトラマンA』第1話『輝け! ウルトラ五兄弟』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060514/p1)は1969年の物語だったのだ!?(汗)
 だが、『A』第9話『超獣10万匹! 奇襲計画』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060708/p1)と第11話『超獣は10人の女?』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060731/p1)に、放映当時の1972年当時のヒット歌謡曲が流れていたことを考えると、第1話から第9話の間に3年もの歳月が流れたことになるのだろうか?(笑)


 ただし、『A』第10話『決戦! エース対郷秀樹』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20060709/p1)に前作『帰ってきたウルトラマン』(71年)の坂田次郎少年と村野ルミ子が再登場し、しかも前作の防衛組織・MAT(マット)のファイルで「郷秀樹はゼットンとの戦いで戦死した」とまで語られていることを考えると、『帰ってきた』と『A』の時代が一部重複して同時進行だったという可能性もない。
 『帰ってきた』某話でもその劇中で時代を特定できるお墓の卒塔婆(そとうば)などがあったことから、『帰マン』の時代が1969年以前であることもまたアリエない(笑)。『A』の第1話の時代が1969年だとすると、1970年代初頭が舞台である『帰ってきた』の時代と矛盾が生じてきてしまう。よって、このへんは整合性の取りようがないので、ご愛敬として流しておくのが正解なのだろう(笑)。


 1969(昭和44)年といえば、東大安田講堂において学生運動している一部学生たちと機動隊との一大攻防戦が繰り広げられたほどに、全国的に学生運動の嵐が吹き荒れた年であった。そのあおりを受けてあまたの大学が閉鎖していたことを思えば、篠田はそのあおりを受けて大学が閉鎖、休学中の身の上のようにも見える。
 しかし本話が放映された1972年は、2月に起きた「浅間山荘事件」とそれに伴なう学生運動家や左翼過激派たちのメンバー間での内ゲバ、リンチ(私刑)大量殺人事件(爆)が発覚したことによって、それまで彼らに同情的であった世間や学生や若者たちは、学生運動や左翼過激派の活動に狂気を見て取って、彼らへの同情を急速に冷ましていった時期であった(汗)。
 篠田が大人の実社会のみならず学生運動に対しても懐疑の目線を向けているのは、そのような1972年という時代の風潮もあってのものだと推測するのだ。


 ところで、前掲のセリフは「TAC入隊」ではなく「俺が広島のパン屋に入社した年だ」ではいけなかったのだろうか?(笑) おそらくシナリオには「3年前」のセリフだけで、年号の指定まではなかったのではないか? しかし、本編美術班あるいは小道具班が気を効かして航海日誌の表紙に「今から3年前」だからと「1969」と入れたのではなかろうか? けれど、スカンジナビア号の最後の航海は本当に1969年なので、これに合わせたのかもしれない……


 もちろん当時のジャリ番は本話に限らず、各話単位のドラマツルギー的には非常に高度なものがあっても、こと70年代の特撮ヒーロー作品には「シリーズ構成」「SF考証」「作品内での時系列の厳密な整合性」などがなされてはいなかったので、そこはご愛嬌で流すべきなのだろう。そして、3年前だからこそ、


「最後の航海が今から3年前か。ちょうど俺がTACへ入隊したころだ。あいつが云うように、俺もこの船もその日から鎖につながれて…… 自由を失ってしまったんだろうか?」


といった、ある意味では北斗隊員らしからぬ、自己懐疑のセリフが生きてくることも事実なのだ。



篠田「オレはこの船が動く瞬間に賭けたんだ。その瞬間だけは絶対に真実だ。その日を信じて、オレはここにいるんだ!」


北斗「……その気持ちはオレにもわかるような気がする」


 船が鎖から解き放たれて漂流しだしたその瞬間だけは「解放」という名の「真実」がある。それはそうかもしれない。しかし逆に云うと、その直前に「拘束」されていたという状態があったからこその、「相対」的な「落差」を「解放」だと感じているだけなのかもしれない。「解放」された状態それ自体が恒常化してしまえば、それはすでに「日常」であって「解放感」なり「真実」を感じることもないのかもしれない。つまり、「解放」なり「真実」といった概念自体が「相対的」な移ろいやすいものであり、実はハッキリとした「実体」や「恒常性」などがない、「錯覚」に近いような茫漠とした概念なのかもしれないのだ(汗)。



篠田「(北斗の定時通信の報告内容を聞いて、冷めた口調で)『無事平穏』か。アンタにはやっぱりオレの気持ちはわからないよ……」


 本話は子供番組らしからぬ、まさに今流行りの「ディスコミュニケーション」テーマを扱っていたのだ。このへんは、奇しくも「怒れる若者像」だったものが「シラケ」が流行語となって冷めておとなしくなっていく70年代中後盤の若者像の「先取り」にも見えてきてしまうものでもあるのだ。


終戦直後である1945(昭和20)~1950(昭和25)年生まれで一部は学生運動に邁進した世代は「団塊の世代」と呼ばれ、その1世代下である1960(昭和35)年生まれの世代は「新人類世代(オタク第1世代)と呼ばれている。その両者の狭間にあった1955(昭和30)年前後生まれで1970年代中盤に青年の年齢に達した世代のことは「やさしさ世代(シラケ世代)」だとも呼ばれていた。本作の数年後に放映された青春ドラマ『俺たちの旅』にはじまる『俺たち』シリーズ(75~78年)などで描かれた、狂気に至る可能性がある社会運動などからは距離を置いてみせた70年代中盤の四畳半フォークソングが似合うような若者像がその典型でもあった)


 さらには、本作『ウルトラマンA』放映10年後の1980年代前半には、空前のお笑い(漫才)ブームが勃発する。そして、本話で描かれたような、この手の熱血描写や若者描写がクサいとされてお笑い・茶化し・冷やかしの対象となってしまう。
 そして、そこで歴史が終わってしまったワケではない。1990年前後のバブル期に向けて、小奇麗かつノリのよさを過剰に演じる空騒ぎ・躁状態のアクセルもドンドンとターボがかかっていく。そして、1990年代前半にバブル経済が崩壊するや、そこでまた若者文化は変遷を遂げる。ダボダボのズボンをはいてマッタリとした脱力系ラップなノリへと、さらに若者像も時代とともに様々な変遷を遂げていくことになっていくのだ。


 この手の若者風俗を描いた作品は、それが近過去のものだと、その古び方が妙に気恥ずかしかったりもする。しかし、近過去よりも前の過去の時代に過ぎ去っていってしまえば、不思議なことにフリーズドライされてしまうのか、古さはあってもそこに過剰に恥ずかしさやクサさは感じなくなってくるものなのだ。どころか改めて、そのエピソードが描いていた若者の普遍的な苦悩の方こそが浮かび上がってきて、むしろ抵抗感なく観れたりもするものだ。


 「がんじがらめ」だと感じられていた青春を送っており、だからこそ「自由」を希求している篠田青年にとっては、鎖でつながれているスカンジナビア号は彼と等しい存在として映ってもいる。しかし、そのスカンジナビア号を実際にも自由に海ならぬ空へと飛行させたのは大蝉(おおぜみ)超獣ゼミストラーであった!


 この大蝉超獣ゼミストラーは夏季放映回にふさわしく昆虫である蝉(せみ)がモチーフである。かなり大きな両耳と大きな醜い顔をしたシリーズ随一のやけくそなデザインと造形ともいえるのでフォローがむずかしい(笑)。体表の各所によく見ると樹木の枝が生えているあたりは面白いのだが。
 本話の怪獣はかなり極端な例なのだが、精巧な特撮美術(ミニチュア群)の中に造形が甘い怪獣が『A』のシリーズ中後盤になるとけっこういるという、シュール(超現実主義的)ともいえるミスマッチ。第2期ウルトラシリーズの特撮全般がダメだということは全然ないのだが、諸事情はあれども怪獣造形には欠点があったことも第2期ウルトラシリーズ派としても残念ながら認めざるをえない事実でもあるのだ。


 とはいえ、同時期の他社作品(東映ピープロピー・プロダクション)など)のゲスト敵怪人たちと比べて、『A』の超獣や第2期ウルトラシリーズの怪獣造形が特段に劣っていたかといえば、そうであったとも決していえない(その点では特撮ライター・小林晋一郎の怪獣デザイン論の「超獣低評価」、同時期の「ライダー怪人高評価」は恣意的な論理展開・価値判断に見えるので異論があるのだ)。むしろ、やはり当時においては同時期の特撮ジャンル中では最大級に金をかけた実験的なデザイン&造形の怪獣(超獣)たちではあったのだ。
 『A』初期編の超獣を担当していた村瀬継蔵(むらせ・けいぞう)が率いる工房・ツエニーが、その後の『A』でも継続して怪獣造形を担当していれば……という声もあるだろう。しかし、ツエニーはツエニーで結局、同時期に放映されていた東映の特撮変身ヒーロー『超人バロム・1(ワン)』(72年)に登場した、第1期ウルトラシリーズ的なハイブロウさとは程遠いヤケクソで即物的なデザイン&造形のドルゲ魔人というゲスト怪人たちを造っていたわけだ(でも、ドルゲ魔人も大好きだけど!・笑)。
 しかし、「芸術」では決してない、「特撮」というジャンクカルチャーの本質でもある「B級キワモノ」の良さ、「B級の怪獣怪人の良さ」といったものにも目を向けたいものなのだ。



 前話につづいて北斗と南が水中でエースに合体変身する! 前話である第19話『河童屋敷の謎』(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20061007/p1)での水中合体変身は吹き替え・スタントを使っていたが、前話と同時撮影とおぼしき本話の水中合体変身では、南夕子も含めて本人たちが演じているように見える。


 口から火炎を盛大に吐きまくるゼミストラーは、エースの必殺技・メタリウム光線を浴びて着ぐるみごと盛大に炎上(!)という豪快な最期を遂げた。……大人になるとガソリン代だけで本話はいくらの予算かかったのだろうか? などとよけいな気もまわしてしまうのだが(笑)。



 しかし、本来は「解放者」とでも呼ぶべき存在(本話では「船」)が、自身を最大の危機へと陥らせる! どころか、静岡県沼津市の住民にも大迷惑をかけることになるとは、なんたる皮肉であることか?


 「オレにとっては船の方が大事だ!」とあくまで「自由」を追求しようとする篠田青年であったが、北斗隊員に殴られたことにより、「自由」自体が万能の特効薬ではなく、自分の「自由」自体を野放図に解放していけば、それは単なる「放縦」となって他人の「自由」に抵触してしまう可能性! 自分にとっての「自由」が他人にとっての「抑圧」にもなりうる逆説! 「抑圧」どころが他人への「危害」や「生命の危機」にまで至ってしまうこともあるのだという皮肉にも作品は着地することになったのだ!
 この場合、「自由」とは「罪」を背負うことでもあり、「責任」や「罰」といった「制約」、「自由」とは真逆な「制約」をも伴うものでもあったのだ。「自由」もまた「解放」と同様に、その直前が「拘束」状態にあって、それがほどけていく瞬間の過程にだけ感じられる、確たる実態などはない相対的な「概念」であり「気分」のようなものにすぎないのかもしれないのだった……


 本話もまた大人になってから視聴した方が楽しめるエピソードだと思う。「大人の鑑賞に堪える作品」。そのことを手放しで絶賛するワケにはいかないし、メインターゲーットである子供たちに理解ができないストーリーを賞揚しすぎてもイケナイのだが、第2期ウルトラシリーズにもそんな作品はいくつも存在したのだ。そのサンプルとでも呼ぶべき作品であった。



<こだわりコーナー>


*篠田一郎なる役名は、篠田三郎が演じることに決まったからそう名付けられたのか? あるいは、元々シナリオで彼をイメージして名付けられていたから、篠田三郎のキャスティングが決定したのか? ウ〜ム、卵が先か? ニワトリが先か?(笑)


*我らが北斗星児こと高峰圭二、そして東光太郎こと篠田三郎は、翌年の『ウルトラマンタロウ』第33~34話のウルトラ6兄弟勢ぞろいの前後編でも共演を果たすことになる。
 さらにはるかな後年、テレビ時代劇『必殺スペシャル・新春 決定版! 大奥、春日野局(かすがののつぼね)の秘密 主水(もんど)、露天風呂で初仕事』(89年)でも、ゲストの仕事人(殺し屋)チームのメンバーとして共演を果たした! 篠田三郎はゲスト仕事人・人螢の五郎(ひとぼたるのごろう)、高峰圭二もゲスト仕事人・鉄トンボの弥助(てつとんどのやすけ)を演じたのだ。仮面ライダー8号ことスカイライダー(『(新)仮面ライダー』(79年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20210102/p1))を演じた村上弘明のレギュラー仕事人・鍛冶屋の政(かじやのまさ)と併せて、今は亡き必殺シリーズFC(ファンクラブ)「とらの会」では世代人が集う読者投稿欄でエース・タロウ・スカイライダーが共演! として話題になったものだ。


*視聴率15.3%


(了)
(初出・特撮同人誌『仮面特攻隊2006年号』(05年12月30日発行)『ウルトラマンA』再評価・全話評大特集より抜粋)



『假面特攻隊2007年号』「ウルトラマンA全話評」#20関係記事の縮小コピー収録一覧
静岡新聞 2006年1月30日(月) 客船「スカンジナビア号」 保存へ買い取り運動 GW三島など出資募る 1億5000万目標 〜客船スカンジナビア号保存へ買い取り運動開始



(編)後日付記:あのスカンジナビア号が故郷でもあるスウェーデンの会社に売却され、改修場所の上海に向けて曳航中の本年2006年9月2日午前2時ごろ、和歌山県串本沖にて深さ72メートルの海底に沈没! ウルトラシリーズファンには感慨深いものがある。こうして万物と我々が生きてきた時代は歴史と化していくのだ。合掌。


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