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げんしけん二代目 〜非モテの虚構への耽溺! 非コミュのオタはいかに生くべきか!?

『げんしけん』&『ヨイコノミライ』 〜2大ぬるオタサークル漫画!
『トクサツガガガ』(TVドラマ版)総括 ~隠れ特オタ女子の生態! 40年後の「怪獣倶楽部~空想特撮青春記~」か!?
『怪獣倶楽部~空想特撮青春記~』に想う オタク第1世代よりも下の世代のオタはいかに生くべきか!?
『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』 ~連載8年目にして人気再燃の理由を探る!


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 オタクサークル漫画『げんしけん』(02年)が、2016年6月23日刊行の『けんしけん二代目の十一』で通巻20巻記念! とカコつけて……
 TVアニメ『げんしけん二代目』(13年)評をUP!


げんしけん二代目

(13年・げんしけん二代目製作委員会)
(文・久保達也)
(14年10月7日脱稿)


 都内の椎応(しいおう)大学にあるサークル・現代視覚文化研究会=略称・「げんしけん」で繰り広げられる「日常」=「オタ的青春」まっしぐら! を描く群像劇である。


 「視覚文化」とは言っても、その活動の中心として扱われているのは漫画とコスプレであり、しかも女性部員の大半の者が、BL(ボーイズ・ラブ。青少年同士の恋愛作品)に対する関心が非常に高いこと。
 そして、今年度の新入部員・波戸(はと)くんが、コスプレ以前に「女装」した美少年であること。
 ゆえに正直、文章化するには躊躇してしまうようなセリフや描写も散見される――実際、第11話の予告編では「ピー」を連発するほどだったし(笑)――。


 波戸と同じ新入部員であり、太っていてメガネをかけた、いつも地味な格好の昔ながらの女オタ・矢島。
 第2話では彼女の下宿で、新入女子部員全員(?)が宿泊した折り、女装姿で眠りこけた波戸のスカートを、彼はホントに男性なのか? と矢島がおずおずと赤面しながらこっそりめくろうとしたり!(笑)


 やはり新入部員で、いわゆる歴史マニアの女性こと「歴女(れきじょ)」でもあり――第9話の高校時代の友人と交わす「そもさん!」「せっぱ!」なんていう、いかにも「歴女」らしい禅問答での掛け声は、筆者の世代だとテレビアニメ『一休さん』(75年)で知ったものだが(笑)――、やたらと波戸をいじくり回す、コミュ力が高くて屈託のない、小柄でメガネの吉武(よしたけ)。
 第6話では、彼女の下宿のシャワー室で、着替えている波戸を吉武は覗こうとする!
 その吉武を必死で止めようとする矢島! それをおさえつける姉よりも背が高くて男装姿もばっちりハマる吉武の妹!
「デブの筋力なめんな〜!」
とこれを振り払い、吉武に飛びかかる矢島!(笑)


 最終回でも合宿として旅した甲府の温泉で、男湯を覗こうとする吉武! それだけにとどまらず、部長である小柄な荻上の胸を大柄な巨乳娘の大野と比較し、同じ彼氏がいるのにどうして!? などと、吉武は最悪のセクハラをやらかす始末(笑)。


 これらは完全に、立派な「犯罪」行為である(爆)。


 ほとんど変態としか言いようがない(笑)、サークルの空気を読めない長身の問題児の男子部員・朽木(くちき)が、やたらと美少女に見える波戸に抱きついて襲おうとしてはいつも痛い目にあったり、毎回要所要所でアメリカからの留学生である幼女のようなルックスでツインテールの無口な白人オタク女子部員のスーが入れる、実に的確な片言のツッコミが絶妙であるとか、こうしたドタバタを観ているだけでも、個人的にはかなり楽しめたものだ。
 いや、だからこそ、こうした痛い姿をさらけ出すに至るほど、彼らがBLや女装に執拗にこだわってしまう背景にある諸問題に対しては、決して目を背けずにはいられないのである。


 初期の回で矢島が
「ムダな美しさがまわりに迷惑をかける」(笑)
とか、
「人の劣等感あおりやがって!」
などと、やたらとやめさせようとしていたほど、波戸の女装の完成度は実に高いものであった。


 だが、そこはフィクション作品ゆえ、女装しているときの波戸はキレイで耽美的な少女漫画・BL漫画風の絵を描くのに、男でいるときの波戸が描く絵はほとんどシュールレアリズムで、萌えとは程遠い無骨で難解な現代美術風の世界だったりするのである(笑)。


 その理由・原因らしきものも描かれる。
 波戸は高校で所属していた美術部の、BL好きのちょっと颯爽とした姉御肌の先輩女子に憧れ、少しでも彼女の画風に近づきたいという想いを抱いていた。
 だが、ふとしたことで自身のBL好きが校内で広まって迫害されてしまったこと。
 そして、波戸の実の兄がその先輩女子と交際を始めてしまったこと――第10話では結婚が決まったことまでもが語られている!――。


 以来「げんしけん」に所属するまでの間に、波戸が女装するようになった細かな経緯については具体的には描かれてはいない。だが、先輩の技量に近づきたいと思うだけなのであれば、何も女装なんぞしなくても、絵を頑張るだけでよいのである。
 だが、先輩が兄のものとなってしまったことで、彼女を自分のものにはできないという絶望的で残酷な現実が確定してしまったタイミングで、いっそのこと先輩そのものになってしまおう、というフェティッシュな同一化願望が強く働いたのではあるまいか?
 波戸の女装バージョン(笑)は何種類か存在するのだが、その中心となるのは、実は髪型もメイクも憧れていた先輩の姿を踏襲したものであったのだ。
 波戸の行動が女装男子の典型例であるとは思われないし、抑揚あるドラマと感情移入できる人物をつくるためのキャラクラーの肉付けではあるのだろうが、中学までは柔道をやっており、何度も朽木に見事な投げ技をキメた(笑)ほどの波戸が、まさに「変身!」することとなった理由には、まさにそうした錯綜とした想いが感じられるのである。


 高校時代、恋愛に縁がなかったのは波戸ばかりではない。


 現在は部長に昇格し、「げんしけん」OBで漫画編集者となった初代主人公・笹原(ささはら)青年と交際する荻上(おぎうえ)。
――普段は標準語で話すのに、心の声はおもいっきりの東北弁という演出が、地方出身者の筆者としては実にリアルに感じられる。これに対し、漫画研究会の部長は普段からおもいっきりの関西弁だが(笑)――


 BLトーク以外では、歴女トークでひたすら盛り上がっているばかりだった吉武。


 ヤンキー風だったのにイラストは自分よりうまく、自分を
「(へ)たっぴ」
と呼んでいた高校生男子にほのかな想いを寄せていた矢島。
――「それってからかわれていただけじゃないの?」と部員たちにつっこまれた矢島が、クラス替えのあとに廊下で再会した際、彼が自分のことを「矢島」と本名で呼んでくれた、と弁明するさまはちょっと泣ける――


 見事なまでに、みんな「なんもなかった」のである。


 長年、いや、現在でもBLという世界自体は、失礼ながら正直なところ実感としては少々理解するのに苦しむ筆者ではあるが、3次元の世界で「なんもない」人間が、2次元の世界でこうした世界観に逃げこむ、いや、浸ってしまう傾向が強くなるのは必然ではないのだろうか?
 筆者みたいな、やはり「なんもない」(爆)人間がこれを批判できるはずもない。
 どう見てもモテるハズのない男性主人公が、美少女たちに囲まれてハーレム状態となる「非リアル」(笑)なアニメに逃げこむ男性オタクたちの行為と、本質的には何も変わらないはずなのである。
 なので、BL好きのオタ娘が「腐女子(ふじょし。腐っている女子)」と、自らを自虐的にジョークとユーモアも込めて自称するようになったのにもかかわらず、どうしてBL漫画もたしなむごくごく少数の男性オタクという意味での「腐男子」という新語が派生的に誕生する前に、オタク男子の方から積極的に道化(ピエロ)的に振る舞って自らを「腐男子」と自嘲的に自称してみせなかったのかが、今となっては筆者には少々不思議なくらいだが(笑)。



 その意味では、大学に近くて、「げんしけん」に立ち寄ることができるという理由だけで就職先を選ぶような(笑)、やはりメガネをかけ、常に倦怠感が漂う貧相な体つきのカマキリみたいな、まさに筆者をモデルにしたような(爆)OBの斑目(まだらめ)青年こそは立派な「腐男子」であり、筆者的には最も感情移入せずにはいられなかったキャラである。
 生涯オタであることを誓った(汗)ものの、就職して忙しい日々を過ごす中、たとえば3日間の開催日すべてに参加していたコミケに1日しか出られないなど、趣味に没頭してばかりもいられなくなり、悶々とする斑目の姿は、普段はオタらしいことが何もできずにいる社会人オタには共感せずにはいられないであろう。


 さらに加え、斑目には、「げんしけん」時代から片想いをしてきた春日部の存在があった。
 春日部はファッション&スイーツの非オタ・一般ピープルの女性であって、「げんしけん」に所属してはいたものの、交際していたイケメンオタクの高坂(こうさか)青年目当てで、彼のオタ趣味をやめさせようと(笑)部室に出入りしていたのが入部のキッカケであり、しかも、現在に至るまでオタ趣味には染まっていない、一般人の娘なのだ。
 そして高坂は、ノーメイクでも美少女キャラになれる(爆)ほどの美少年であり、就職したエロゲー(ム)メーカー(笑)では、彼をゲームのキャラとしてそのまま登場させているほどなのである。
 さらに、ふたりが交際を始めたのは、春日部から高坂に熱烈なアプローチをしたのが発端だったのだ。


 リア充どもであれば、こうした最悪の状況下であっても、高坂から春日部を奪うことを考えるのかもしれない。
 だが、我々のような人種からすれば、そんな「何やったって、勝てやしねえ」戦いに、挑むワケがないのは当たり前であり、そして、「負け犬気分は一生続く」のである(爆)。
 オタクの笹原の妹であるにもかかわらずギャル系であり、八王子でキャバ嬢をしている(爆)恵子から
「ちゃんと失恋できてない。いっぺんくらいちゃんとコクってみろ!」
とあおられようが、その後の精神的ダメージを考えれば、ちゃんと失恋する必要なんかない、と考える方が妥当である(笑)。


 かと言って、スーから
「新しい恋を見つけろ」(笑)
と言われようが、そんな気分にもさらさらなれず、春日部への想いをひきずっているしかない斑目の心情は、痛いほど理解できるのだ。


 どうにも手が届くハズのない娘ばかりを好きになる傾向が強かった者からすれば、大事に想うからこそ、自身がこんなふうなのだから、やはり「遠慮」をしておくのが正解かと思えるのだ。
 自身がイケメンだのスポーツ万能であれば手は届いたのかもしれず、そんな高嶺の花を好きになる自分が悪いのであり、斑目のように
「フラれんの前提の告白なんて意味あんのか?」
などと、悶々としていた若いころが実に懐かしく感じられたものである(笑)。


 だが、第11話で班目と同じくOBの春日部が大学の文化祭を訪れたことから、波戸と恵子の気を利かせたセッティングにより、斑目は春日部と「げんしけん」部室でふたりきりにされてしまい、意を決するしかない状況に追いこまれる!
 もちろん斑目は「好きだ」だの「つきあってくれ」だのと、フツーの告白をするハズがない(笑)。


 斑目が涙を流しながら叫んだ言葉は、
「あのとき君は鼻毛が出てた!」
である(爆)。


 初めて春日部を意識したあの日……それは文化祭で春日部の頭に猫耳をつけようとした、あのときの状況のことだった。
 当然春日部の返事は、
「高坂がいるからつきあえない」
である。


 だが、この場面には、斑目にとってはかなりの「救い」となる演出が、いくつもなされていたのであった。
 「鼻毛が出てた」などと、普通なら「フザけんな!」で終わってしまう(笑)ような、斑目の言葉の裏に秘められた想いをすぐに察し、
「でも、伝わったかな」
と返す春日部の姿は、並みの告白なんぞ期待してもしょうがないと思うほど、斑目のことを十分に理解している証であり、精一杯の気遣い・優しさも感じられるのだ。


 これは
「もし高坂がいなかったら?」
との斑目の問いに対する、
「そんな人生もあったかもね」
の答えにしてもそうであるし、涙を流しながら
「ずっと斑目を苦しめていたのかな」
に至っては……


 「終わった」のは確かである。
 だが、こうした春日部の描写が丁寧に積み重ねられているからこそ、恋は成就しなかったものの、斑目
「マジでスッキリした」
「本当に、楽しかったんだ」
なるセリフに、深い感動を与えることとなったのである!


 もっとも、これに至る前に、春日部が部員たちに斑目のことを散々罵倒したり、第12話で、斑目を気遣った部員たちが、高坂が出演するエロゲーのジャケットを再現する形で斑目を囲んで記念写真を撮ろうとしたら、斑目が女子部員のコスプレに文句をつけてみたり、といった描写を見ると、「素直じゃない」点では斑目と春日部はまさに「似た者どうし」であり、「そんな人生もあったかもね」という春日部のセリフにも、俄然真実味・説得力が感じられるというものである。
 実際後者の場面では、春日部は
「あ〜あ、嫌いだったころの斑目に戻っちゃった」
などと口にしているほどであり、少なくともその後は斑目に対し、春日部は悪感情を抱いてはいなかったことがこれで明白なのである。


 この事件の直後、斑目は勤務先を辞めてしまう!
 波戸は責任を感じ、部室に姿を見せなくなってしまうほどであったのだが、単に失恋ばかりではなく、以前より仕事が少なくなり、早帰りが増えたことで会社の将来に不安を感じたこと、卒業した人間がいつまでも大学のそばにいるのもよくないと考えるようになったことなど、斑目の退職は複合的な要因がからんだものだったのだ。


 リアルが充実していない人間は、常に「人生を変えたい」と考える。それには転職もそうだが、人生をいったん「リセット」し、しばらくして「リブート(再起動)」するのが最もてっとり早くて、理にかなっているとも思われる。筆者なんかはまさにその繰り返しである(爆)。
 そのための良い口実になるとでも考えたのか、斑目は波戸と恵子の計略にワザとはまって、告白して退職までして部室から遠ざかるために自爆したとする見方も可能なのである。
 晴れて無職となり、昼間から秋葉原を散策できる自由を選択した斑目の姿は、筆者には必ずしも誤っているとは思えないものがある。
 なぜなら、人生には個人が努力したらなんとかなるものもあるにはあるが、それ以上に個人の努力だけではどうにもできないものの方が圧倒的に多いと考えるからである。
 持って生まれた気質や性格、体質や体格、才能や体力の有無、能力の上限。
 最初はコミュ力がなくても人が近寄って来てナンパされたり話し掛けられることでコミュニケーションが自然に始まり経験値や自信を積められる人間もいれば、その逆に理不尽にも無視されたり遠ざけられたり蔑まれることでコミュニケーションの経験値を積みにくくなるどころか自信を奪われてしまう人間もいる。個人の努力を超えたところで、スタート地点までもが異なってしまう美醜などのルックスの格差!
 加えて、相手の意向や趣味嗜好に思想信条や好悪などもからんできて、それがどこまでも自分個人のそれとは異なっていれば、想いや努力は報われないどころか、それが相手にとってはストーカー的な迷惑ともなりうることがある。要は双方のニーズの「相性」の問題である。


 「恋愛」なんぞはその最たるものだが、我々のような「コミュニケーション不全者」からすれば、「就職」もその代表格である。
 第12話では、コスプレ大好き娘の大野が4年生の11月になっても内定がないにもかかわらず、いまだにコスプレしか頭にないことを部員たちがたしなめる場面がある。
 だが、大野はどうせ「就活」しても内定なんかもらえないのだから、コスプレしてるしかないのだと、あきらめと開き直り半々の様子で答える。


 これを現実逃避だと非難するのはたやすい。
 だが、この国の大半の企業が、「コミュ不全者」の入社を、あからさまに「拒絶」しているのは、厳然たる事実なのである(汗)。


 私事で恐縮だが、大学卒業を直前に控えながらも、まだ内定のない学生たちを、企業の人事担当者と見合いさせる「就活」イベントに仕事で関わったことがある。
 約100人前後の学生が集まったのだが、彼らは男子も女子も、オタクであり「コミュ不全者」でもある筆者の目で見てさえも、明らかにそれとわかってしまう者が大半であった。
 だが、受付カードを見ると、結構著名な大学出身であったり、資格を数多く持っているような、優秀かと思える者もいたのである。そして、女子の一部には、ルックス的にも平均以上に見える者も存在したのである。
 しかしながら、そうした若者たちが、「コミュニケーション不全」という理由だけで、大手企業ではふるいにかけられることもなく、まさに門前払いされてしまっているという厳しい現実を、いやと言うほど見せつけられたのである!


 これでは帰国子女であり、英会話の能力を誇る大野さえもが、「就活」なんか努力するだけムダだと考えるのも、「わかっちゃいるけどやめられねえ」とばかりに、コスプレにのめりこむのも必然である。


 我々のような者が「就活」で努力できることがあるとしたら、よほど「いい人」ばかりが揃っている会社を動物的なカンで見つけるか、「コミュ不全」であることがバレないよう、面接でせいぜい演技をするかくらいしかないのである! イヤだろうとも欺瞞だろうとも苦手だろうとも我慢してみんな気を張って演技して面接で頑張るのだ!(涙)――幸いにして欧米とは異なり今のところは日本ではなかなか正社員をクビにはできないのだから、入ってしまえばこっちのもの。食べていくためだと開き直って入社してからムリのない自分ができるペースの範囲でコミュ力を少しずつ身に付けていけば良いだけだ。つーか、「コミュ不全者」である正体なんて、ヘタすりゃ入社して数日でバレるのだけれど(爆)――
 パパのコネで銀行への就職が決まっている朽木のことが、うらやましい限りである(笑)。


 こうした局面でさえも、たとえば平成ウルトラマンシリーズやあまたの子供向けヒーローものに少年漫画などであれば大野に対し、「就活」を
「あきらめるな!」(爆)
などと説教することであろう。
 だが、本作ではそんな「浅い」展開にはならない。


 コスプレ好きが縁で大野と交際し、彼女の衣装の製作や写真撮影をしている「げんしけん」OBの田中は、大野の深い悩みを解決しようと、
「君のために磨いた技術を仕事にする!」
と宣言し、吉武たちは
「これってプロポーズ?」
と大騒ぎする――つーか、オタとしてはかっこよすぎやろコレ! 斑目とはエラい違いだ(爆)――。


 田中がコスプレ趣味で将来食っていけるのかどうかは、現時点ではまったくアテにならない話であり、これでは単なる気休めではないかという見方もあろう――実際それは本編でも語られている――。
 しかしながら、大野も「就活」などというムダ(?)な努力をするくらいであれば、サッサと田中と結婚して食わせてもらう、もしくは共同で趣味を活かして起業するという選択の方も、それなりに現実的ではないだろうか?


 これは気休めではなく、「希望」なのである。
 たとえ田中がコスプレで食っていけなかったとしても、好きで一緒になった大野のためなら、別の仕事でも情熱を持って努力していくことができるだろう。
 いや、笹原が編集者、高坂がエロゲーメーカーと、趣味を究めることで、現在の仕事につながっている実例も本作では描かれているのだ。田中や大野がコスプレを究めることで、そうした道が開ける可能性だって、十分に考えられるのである。


 その意味では、大野のコスプレを収録したCD−ROMを自ら手売りするという吉武の案も、「就活」なんかに比べりゃはるかに現実的かもしれない。
 もっとも撮影の過程で吉武が大野に一升瓶を飲ませたことで、ベロンベロンになった大野が田中の前で激エロポーズを繰り広げるさまには、やはり心配になってしまったが(爆)。


 女装、BL、コスプレという世界に陶酔する者たちの内面・深層心理に迫りつつも、陰鬱に描くのではなく、そうしたギャグに転化・昇華させてしまう手法は、まさに近年の平成ライダー作品をも彷彿とさせるものがある。
 いや、登場人物たちの人間関係の密度や互いに対する執着の度合いが、回を重ねるごとに変遷を遂げていき、それが作品のパワーや作品を駆動する原動力・エンジンと化している点では、それこそ往年の『仮面ライダー555(ファイズ)』(03年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20031102/p1)の男女の六角・七角関係(笑)や、『仮面ライダーフォーゼ』(11年)の卒業式や修学旅行の回――高校生主人公・弦太朗を女子高生・優希奈の魔手(?)から守る2号ライダー・仮面ライダーメテオの流星くんとか、完全にBLだろ!(爆)――と共通するところのある群像劇として完成されているかと思える。


 今回の一応の主人公格である波戸もまた、文化祭で部長の荻上との共作漫画を完成させることにより、今後はBL以外の普通の漫画も描いていこうと考えるようになる。
 そして、斑目の一件で心を痛めた波戸は、最終回で描かれた合宿に、男子の姿で現れた。
 「げんしけん」入部以降のことを振り返り、
「みんな変わっていくし、変わらなきゃいけないし」
と、女装するのをやめる覚悟を決めたかに見えた波戸に、斑目はやさしくこう語る。


斑目「君は立派なオタク。それは未来永劫変わらない」


 そして、宴会で女装に着替え直した波戸の姿に、あれほど嫌がっていたハズの矢島が、
「こっちの方がしっくりとくる」
と、素直に喜ぶさまが、なんとも胸を熱くさせるものがある!


 こうしたマイノリティが存在を受け入れられたり、互いの下宿を行き来したり、みんなでコミケに出かけたり、文化祭でOB含めて全員集合したり……といったコミュニティが描かれているのは、あまりに理想郷ではある。


 しかしながら、そうした体験を積み重ねることにより、「コミュニケーション不全者」であるオタであっても、世間一般でも応用できるような「コミュニケーション能力」も少しは身についていくのではないのか? と、本作を観て思えたものであった――実際、春日部や恵子などの一般人も部室に出入りしていたのだからなおさらである――。


 我々が努力せねばならないことがあるとしたら、それは、3次元であれ2次元であれネット上のコミュニティであれ掲示板であれ、暫定的でも多少の人間関係の齟齬はあっても「げんしけん」のような居場所や帰属意識の持てる場所を見つけたり、あるいは3次元やネット上に友人を見つけたり作ったりすることが困難で孤独・(ひとり)ボッチであったとしても、深夜アニメやオタク系映画鑑賞やオタク系イベント参加などの趣味で、その場凌ぎではあってもそのときだけは高揚やホッと息の付けるような楽しみを見つけ出し、多少の安心や安息や慰めを得て、厳しい現実や人間関係でヘコんでしまった精神を癒したり、心のバランスを回復する術を見つけることではないのだろうか?
 筆者が若かったころはそのようなことが非常に困難であり、またそのようなノウハウも電子ツールもなかったが、現在であれば現実世界にも「コミュ不全者」のオタの若者たちの居場所や慰謝となれるような一応の理想郷や娯楽が、少なからず存在するかと思えるのである。


(了)
(初出・オールジャンル同人誌『DEATH−VOLT』VOL.68(14年10月26日発行))



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