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『誰も知らない志村けん-残してくれた最後のメッセージ-』 ~志村最後の新境地「志村どうぶつ園」創世秘話・志村の「素」と「家族」に迫った佳作ドラマ
(2020年8月22日、『24時間テレビ 愛は地球を救う43』枠内テレビドラマ)
「24時間テレビ43」ドラマ『誰も知らない志村けん-残してくれた最後のメッセージ-』
(文・田中雪麻呂)
(2020年8月25日脱稿)
「ドラマ」と「ドキュメント」と「音楽」を通して描く新機軸のヒューマン・ストーリー。
16年余りに渡って放送された大人気動物教養番組『天才! 志村どうぶつ園(日本テレビ系/)(2004~)』のディレクター・保科(ほしな 演・重岡大毅(しげおか だいき))の目から見たMC(司会)の志村けんの実像に迫る。ドラマ部分はランニングタイム90分強。
保科は二十代後半の設定。愛犬家として有名な大物喜劇俳優・志村を動物バラエティのMCに引っ張り出すべく尽力する。ジャニーズWESTの重岡の瑞々(みずみず)しい演技は好評を博した。
ドラマ開始から10分程してやっと志村けんが登場。演じるのは相川裕滋(あいかわ ゆうじ)。再現ドラマ風に顔をところどころライティング等で消して対象に寄せる手法だ。
保科は憧れのスターに自分たちの渾身の動物番組の企画を熱くプレゼンするが、志村はポツリとか細い声で
「面白くないよね。」
と一言。
4分半で交渉決裂し帰社する保科に、チーフプロデューサー役の柄本明が
「志村さんはスタッフが一生懸命考えてきたものに一方的にダメを出すような人じゃない。何か別の意味があるんじゃないのか?」
と助言する。
開始早々、面倒臭えな、志村(笑)。
志村の真意は、自身の「素の喋り(すのしゃべり)」が面白くないよという意味だったのでは? という仮説を立てた保科は、更に大胆に
「志村さんの『素の喋り』が見たいんです。志村さんのお家でのワンちゃんたちとのやり取りを、自撮りで撮って来てもらえませんか?」
と志村サイドに要望を出す。
保科の独断に、スタッフルーム全体が震え上がる。
ドラマでは触れていないが、志村はお昼の国民的バラエティ番組への出演を生放送で断ったり、高名なCM演出家のアドリブのダンスの要求に激怒したりと、「扱いにくい大御所」としてつとに有名だったから、これはリアルだった。
お笑いタレントのタカアンドトシの二人が中堅ディレクター役で出演。露骨に志村を煙たがる。
実人生で志村の飲み仲間だった肥後克広(ひご かつひろ。ダチョウ倶楽部)も本人役で出てきて、
「作り込んだコントこそ志村さんの持ち味。「素」(す)の志村けんを求める人がまだいるとは?」
と呆れてみせる。
志村の名前の大きさに対して、彼個人のタレントとしての不器用さ、ある種の奇人ぶりが巧みに描かれている。
私的なことだが、筆者は数年前に、志村と彼の先輩タレント・加藤茶がふたりでやっていた人気バラエティ番組『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ(TBS系/1986~1992)』のコント台本を十数冊譲ってもらえる幸運に恵まれた。それには同じ回で、準備稿や決定稿等、何種類もの台本が揃っているものもあった。
筆者はそれを何回も読み返すうち、あることに気がついた。志村けんの台詞部分の直しが夥(おびただ)しいのだ。志村の喋り方に合わせて、台本の台詞も変更されていく。中には手書きの直しをコピーしたものを、そのまま台本に糊付けしたものもあった。
志村は自身の著書でも、自分の口調を子飼いの放送作家に即時に書き留めさせたり、自分の喋り方や物の考え方を熟知している放送作家を私的にお抱えにしたりといったエピソードを披露している。番組では何気なく会話を交わしているように見えていたが、彼ほどそういうものをデリケートに捉えていた喜劇人はいないのではないか。
保科の提案は志村サイドになぜか受け入れられ、志村MCの動物番組は大評判。そのままレギュラー番組に昇格し、志村もMCの続投をなぜか快諾。そしてレギュラー化初の収録後にある事件が起こる。
強(したた)かに酔ったアイドルの相葉雅紀(あいば まさき)が宴席で、あろうことか志村の膝(ひざ)を枕に寝入ってしまったのである。
現在は国民的アイドルの「嵐」のメンバーである相葉だが、番組開始当初の16年前は彼はまだ何者でもなかった。慌てて相葉を起こそうとする保科たちを志村は静かに制して、
「こういうのを待ってたから。」
と謎の言葉を呟(つぶや)く。
この作品には、前出の柄本・タカアンドトシをはじめ、上島竜兵(うえしま りゅうへい。ダチョウ倶楽部)・土屋アンナ・原田泰造(はらだ たいぞう)ら志村ゆかりの芸能人が多数参加している。もちろん、故人の追悼のための特別出演だとは思うが、どうしても著名人が何かの役をやっていると目が散ってしまう。
相葉雅紀もあの有名な「膝枕(ひざまくら)事件」に本人役で出ているのだが、このひとに限っては目が散らないのが不思議でならない(笑)。理由は解らない。国民的な人気者とはそういうものなのかもしれない。
ドラマ開始から約1時間後、保科の幾つもの疑問は鮮やかに氷解してゆく。
「ドキュメント」部分として、志村の幼なじみの紳士のインタビューが挿入される。彼は教職に就いていた厳格な志村の父親について話をしていた。不慮の事故の後遺症で54才の若さで早逝したという。
突然、脇で控えていた紳士の奥様が、口を衝(つ)く感じで、
「(志村さんは)あの年齢で、番組(『志村どうぶつ園』)を成功させたかったのよ。」
と割って入った。
「ドラマ」部分のプロデューサー・保科が膝を打つ。志村がMCを引き受けた年齢は、奇しくも彼の父親の享年(きょうねん)であった。志村はその年齢で、芸能の世界に自分の「家族」を作りたかったのではないか?
しかし、彼のお笑いの舞台「志村魂(しむらこん)」の一座(いちざ)をはじめ、既に志村の「ファミリー」は幾つもある。何故、お笑い番組の「ファミリー」ではダメだったのか?
志村けんのお笑いは、彼が一代で築いたものではない。ザ・ドリフターズというグループがあり、志村はそこで修行し、ドリフの笑いを受け継いだかたちだ。もちろん志村けんの加入でドリフの笑いは飛躍的に変わったのだが、やはり「作り込んだその笑い」には生涯こだわっていた。
つまり、ドリフのメンバーとそれに属した人脈は、志村の中で決して「家族」にはなり得なかった。志村が対外的にいかに偉くなろうとそれは変わらなかった。折り目正しい彼は、そういうことは強く弁(わきま)えていたであろうし。
貴重映像として、志村けんが自分の「家族」である(当時)5頭の犬を自宅で自撮りしたものが流れた。志村がそういうことをするのは極めて異例だったという。
率直に言ってヒドい映像であった。
昼間、5頭の犬が主人の言うことを何も聞かないで傍若無人(ぼうじゃくぶじん)。障子紙はビリビリに破れ、壁には犬が原因で大穴が空いている。高そうな家具の足はどれも犬が囓(かじ)って、ボロボロである。
深夜に志村が帰宅する。既に横になっている犬たちを、主人は揺すって起こし、さんざん飲んで来たであろうに、更に晩酌をしてそれに付き合わせる。志村は目が完全に座っており、「TVに出てはいけない貌(かお)」になっている。
お風呂に犬の一匹を連れて入り、何故か自分の股間も自撮りする志村。寝床でも犬を抱いて横たわり、寝オチしたように彼は爆睡する。
ダメだこりゃ(笑)。
志村も、自分は世間一般でいう普通の「家庭」を作る才はないことは薄々気付いていたであろうとおぼしい。
しかし、『天才! 志村どうぶつ園』は多くの彼の「家族」を芸能畑で花開かせ、「作り込んだ笑い」ではない、「自宅を自撮り」したような、時に人目も気にせず「爆睡」してしまうような「素」を見せてしまう、新たな「ファミリー」を作る起点となった。
ベッキー・坂上忍(さかがみ しのぶ)・きゃりーぱみゅぱみゅ・DAIGO(ダイゴ)・森泉(もり いずみ)・振分親方(ふりわけ おあやかた=高見盛精彦(たかみさかり せいけん)元力士)、みんなそうだ。
番組は本(2020)年9月に閉園(終了)するが、志村の意思を継ぐ相葉雅紀がMCとなり、また動物番組が始まるらしい。
志村けんの夢と浪漫は、まだまだ終わらないのだ。
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