假面特攻隊の一寸先は闇!読みにくいブログ(笑)

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劇場版SHIROBAKO ~TV版の反復で「らしさ」を出しつつ、あがきつづける群像劇!

『SHIROBAKO』(前半第1クール) ~アニメ制作の舞台裏を描く大傑作爆誕!
『SHIROBAKO』(後半第2クール) ~アニメ制作をめぐる大群像劇が感涙の着地!
『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』 ~意外に豊かでモダンな戦前!? 終戦の日の慟哭・太極旗・反戦映画ではない説をドー見る!?
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[アニメ] ~全記事見出し一覧


『劇場版「SHIROBAKO」』 ~TV版の反復で「らしさ」を出しつつ、あがきつづける群像劇!


『劇場版「SHIROBAKO」』合評1 ~TV版の反復で「らしさ」を出しつつ、今度こそ宮森が主役!

(文・田中雪麻呂)
(2020年3月6日脱稿)


 本作映画の封切り初日である2/29は、新型コロナウィルスの猛威に、日本全土が影響を受けていた。


 前日には、安倍首相は全国一斉の学生の休校を要請。働く保護者が休むことによる休業手当についても言及した。また、感染者が全国最多となっていた北海道の知事が、週末の外出を控えるように異例の要請。
 飛沫感染が原因とのことで、ありとあらゆる店舗から「マスク」があっという間に売り切れ、欠品が続いていた。トイレットペーパー、キッチンペーパーがなくなるというデマに踊らされ、それら紙製品も店頭から消えていた。
 各地の終業式、卒業式はもとより、各地のイベント、エンタメが続々と中止、または人数を絞っての一部開催が粛々と行われた。夢の国である各地のディズニーの施設すら一時閉園した。休日の観光地はどこも閑散としていた。


 筆者は、そのような時節に、封切りのアニメ映画を都会の映画館まで行って、わざわざ観賞して来たのだ。「映画観(えいがみ)の決死隊(けっしたい)」である。
 世の中を舐(な)めている。御上(おかみ)の言うことを聞かない。反乱分子だ。もしこれで感染したら、世の中の爪弾きである。ハリツケにされても文句は言えない(笑)。


 朝方から家を出て、中部地方の某政令指定都市の私鉄の大きな駅から、歩いて10分のシネ・コンに、1時間位前に到着。第3回目の上映回の切符を買おうとするも、チケットの残りは一席!
 いやホント舐めてたぜ。『SHIROBAKO』人気恐るべし(笑)。この厳戒体制の中、お昼の全119席は一時間も前に完売御礼。アニメの未来は明るいぜ!


 物語の時間軸は、TVシリーズの4年後。しかし、2020年2月末日只中のリアルなタイミングかといえば、そうではない。もう少し先の未来。
 舞台は、アニメ製作界隈の景気が落ち込み、深夜アニメの本数も削られてきたという「もしも」の世界である。その中で、TVシリーズでのアニメ制作会社のメンツの「今」が訥々(とつとつ)と語られる。


 進行主任からプロデューサーのひとりに昇格した宮森あおい(声、木村珠莉)を中心に、誠実にアニメ制作者たちの日常を追う。
 契約上のゴタゴタで、途中まで制作して頓挫(とんざ)した作品があるらしい。そのために制作会社のトップは変わり、その影響か、フリーに流れたスタッフもいる。
 しかし、クダを巻きつつ、ブーたれながらも、宮森らは、真摯に日々の仕事を勤め、「リアルか? けれんか?」といった表現者たちの葛藤にも苦しんでいる。


 TVシリーズでは、トラブルメーカーだった高梨太郎(声、吉野裕行)や平岡大輔(声、小林裕介)だが、本編ではホド良い香辛料。ああ、全てがみんな懐かしい(笑)。


 なかなか(劇場版としての)物語が始まらない。
 言葉を替えれば(TVシリーズ未見のファンに)親切な筋回しだ。総集編仕立てにしないところも感心した。劇場版でそれをやられるとチープになる。


 なかなか始まらない。宮森が、一線を退いた元トップに強い働きかけをされるシーンがひとつの契機になる。 
 それで宮森の心が劇的に動き、彼女の心象風景の象徴である、2体の縫いぐるみが立体化して、3人で唄って踊るミュージカル・シーンへと繋がっていく。過去に宮森が憧れたアニメのキャラ、手掛けたアニメのキャラ、ワンカット出ただけのような見切れのキャラまで、ありとあらゆる造形物も加わり、彼らの異世界に3人を誘(いざな)い、融通無碍(ゆうづうむげ)のアニメの世界にどっぷり浸からせる。宮森は陶酔する。
 ファンの思いがある限り、新旧かかわらずアニメキャラは不滅だ、という哲学がある。


 その後、題名と封切日しか決まっていない劇場版アニメを僅かな日程で製作しなくてはならぬ「枷(かせ)」を得て、宮森らのドラマはやっと動き始める。
 それは、年輩の葛城メーカープロデューサー(声、こぶしのぶゆき)の不手際によるものである。宮森ら若手は、前記の頓挫した作品を手直しして、この劇場版作品に生かせないかと尽力する。
 プロジェクトには、チームリーダーが必要だ。宮森は気心の知れたアニメ監督の木下誠一(声、檜山修之)を訪ねるが、彼は仕事もプライベートもどん底で、生けるシカバネであった(笑)。
 宮森は、この木下のオジサンをなだめすかして、モンブラン的な物も与えつつ、物心両面で彼の精神力を仕事モードにまで立ち上げる。


 ようやく軌道に乗る劇場版製作。しかし、版権の一部を握る業界ゴロが横車を押し、作品の帰属が危ぶまれてしまう!
 するとあーで、うれしや新キャラ登場! 葛城が連れてきた、クールビューティー女史、宮井楓(声、佐倉綾音)。彼女は宮森と共に、業界ゴロの巣窟(そうくつ)に女二人で堂々乗り込む。
 いつしかお洒落なビルは、畳を敷き詰めた江戸城本丸のように姿を変え、胡乱(うろん)な武芸者、忍者集団が凄みを利かす時代劇の趣に。
 宮森らも和服姿でドス(短刀)を握った女侠客(おんなきょうかく)姿に変貌!
 藤純子が主演した東映映画の『緋牡丹博徒(ひぼたんばくと)シリーズ(´68~)』みたいだ!(笑)


 悪の首魁(しゅかい)のいる次の間に至る、長い長い距離を、宮森、宮井は乱刃をくぐり抜け、忍の者の体術をかわし、仕掛け畳(畳の落とし穴)のトラップをクリアしていく!
 宮井はその流れのまま、首魁の法的齟齬(そご)を糾弾! 片肌脱いでこの件は落着(らくちゃく)を見る。
 セオリーで云うと、「昭和残侠伝シリーズ(´65~)」の高倉健が宮井、助っ人の宮森が池部良なのか(笑)。


 事ほど左様に、「宮森が主役!」を訴えている映画である。


 オープニングの前口上では、宮森が作品世界をリードして来たような(ウソの・笑)紹介をしてるし、前半は徹底して年輩スタッフをフォロー、サポートする描写が、すなわち宮森のキャラとしている。
 業界ゴロへの殴り込みなど、正にTVシリーズで、木下誠一監督が『第三飛行少女隊』原作者にしたことと同じで、このスタッフにしては幅がない。否、それでも同じ訴えかけで、なぞりたかったのか?


 木下の扱いを見てもそれは明快だ。「もうカントクはイジらなくていいからね~。」というスタッフ間の共通認識が、画面から透けて見える(笑)。
 木下の歩みを追わなくとも、劇中の作品制作の歩みそのものが彼のものだ、とスタッフにその気付きがあったのではないか。


 パンフレットに至っては更にロコツだ。木下の画像がほぼない(笑)。
 新キャラの佐倉綾音なんか、堀川Pとたっぷり4ページで対談だぜ! 佐倉演じる宮井の役どころなんか、前述の殴り込みシーンの宮森の付き添いだけだ! それだけ! それだけなのに!(笑)
 「宮森を主役に!」はこの映画を貫く、強固な背骨だ。


 TVシリーズで、地味ながら作品を硬質なものとしていたベテラン脚本家、舞茸しめじ(声、興津和幸)が、メインキャストとされる弟子筋の今井みどり(声、大和田仁美)とキャッチ・ボールをしつつ、彼女の意見を真摯に聴くシーンは、ベタだが微笑ましい。
 大ラス前にもかかわらず、「モノ作り」に未だにこだわっている。それも、「伝える、というのは分かりやすさを優先するか否か」みたいな大枠なことを論じている。
 じ、地味だなぁ(笑)。
 作品制作の要件はキャリアだけにあらず、または目新しさだけにあらずという哲学がある。


 映画のクライマックスはノスタルジーでも会話劇でもない。(劇中で)制作したアニメーションの出来栄えを以て、おカネを払って観に来た、数多(あまた)のスキモノたちの御機嫌を伺う。


 それは圧倒的だ。


 天馬が引っ張る空中母艦に、多数の避難民が詰め込まれて虚空を全速前進している。
 巨大な人工要塞から逃亡する最中(さなか)である。
 完全武装の兵隊の大編隊が追っ手である。
 追いつ追われつのカットバック!


 そこに5体のヒーローが現れる。ヒューマノイド型をはじめ、ウサギ、トリ、大型哺乳類、ブリキの塊に手足が付いたようなものまで、種々雑多。
 母艦を逃がす時(とき)を稼ぐために、ヒーローたちは大編隊に肉弾戦で立ち向かっていく!


 彼らは一歩も退かない。腕っぷしも強い、強すぎる。
 無数の編隊の戦闘員を、薙ぎ倒す、乗り越える彼ら。毛むくじゃらの腕が、トリの羽が、アーム状のウデが、あり得ない方向に動き、敵を殴り飛ばし、活路を開いていく。
 母艦を駆る美少女もヒーローたちに心を残しながらも、編隊からの爆撃を避け、避難民を労(いたわ)りつつ、戦場(いくさば)を走り抜けていく。


 引っ張る天馬にも自我がある。人語を解し、タメ語で喋る。命を賭(と)してひた走る。
 遂に、哺乳類が、トリが敵陣の渦の中に沈み、見えなくなる。


 だが、ウサギは、イケメンのヒューマノイドは諦めの色さえ微塵も出さぬ。
 「強行突破して船ぶんどって脱出すんぜ!」。メイン所(どころ)、意気軒昂(いきけんこう)のまま、テーマ曲盛り上がって……。



 筆者はアニメ趣味については外野の人間だが、アニメーションの凄さはよーく分かった。
 ただ、上映時間2時間弱、119名満タンの観客が息を詰めて観賞する中、只の一度すらクスリ、とも笑いが起きなかったが。
 アニメファンは真面目かッ(笑)。


(了)


『劇場版「SHIROBAKO」』合評2 ~中間道標も定まる着地点を探しつつ、あがきつづける群像劇!

(文・久保達也)
(2020年3月29日脱稿)

*テレビシリーズ版『SHIROBAKO』の魅力とは?


 上山(かみのやま)高校アニメーション同好会に所属していた5人の美少女たちが、念願のアニメ業界で制作進行・アニメーター・声優・3DCGクリエイター・脚本家の卵として悪戦苦闘する姿を中心に、大多数のキャラが登場する一大群像劇としてアニメ業界の内幕を描き、2014年10月から2015年3月にかけて2クール全24話が放映された『SHIROBAKO(シロバコ)』(14年・P.A.WORKS‐ピーエーワークス‐)の続編が劇場アニメとして2020年2月29日に公開された。


 なお「SHIROBAKO」=白箱とは製作会社が局に納品する白い箱に入ったビデオテープを指す業界用語である。


 テレビシリーズの第1クール(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20151202/p1)では常に明朗快活な元気娘でプリン色――キャラクター原案を担当したぽんかん⑧氏はツイッターで「半人前の感を出したくて、髪がどちらにも染まっていないプリンちゃんにしました」と語っている――のショートボブヘアにジャケット姿がよく似合う主人公・宮森あおい――以下、職場での愛称「みゃーもり」と記載する――が、入社した武蔵野アニメーションで同社7年ぶりの元請け作品『えくそだすっ!』の制作進行として、全然絵コンテを進めてくれないデブメガネの木下誠一監督が登場キャラの性格や最終回のラストを変えたいと突然主張したり、部署間の対立やスタッフの離脱などに翻弄(ほんろう)されて多忙な日々を過ごす中、アニメ同好会のかつての仲間たちも念願だったアニメ業界で理想と現実のギャップに苦悩を重ねつつ、夢を追い求める姿が点描されていった。


 第2クール(http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160103/p1)では連載中の人気漫画『第三飛行少女隊』のテレビアニメ化権を武蔵野アニメーションが獲得し、みゃーもりは入社2年目にして制作デスクに抜擢(ばってき)される一方、新入社員の女子2名の教育係も任(まか)され、あいかわらずの多忙な日々を送ることになる。
 そんな中、アニメ同好会のかつての仲間や同僚たちが将来の目標を明確に見据(す)えてそれぞれの職務をこなしているのに対し、「アニメとアニメをつくる人々が好きだから……」との漠然(ばくぜん)とした動機しかないみゃーもりは思い悩むようになるが、



「やりたいことなんてない。これから見つけられるかどうかもわからない。でも、みんながやりたいことがあるなら、それを援護することはできる!」
――これは『第三飛行少女隊』の主人公少女・アリアのセリフでもあり、本編と劇中劇の主人公の心情を重ね合わせて描くことで視聴者の感情移入を高めていたのだ――



と、まさに『仮面ライダー555(ファイズ)』(03年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20031102/p1)で主人公の乾巧(いぬい・たくみ)=仮面ライダーファイズが放った名セリフ、


「オレには夢がない。でも、夢を守ることはできる!」


と同じく「夢の守り人」としての着地点を見いだすことで、みゃーもりは今後もアニメをつくりつづけることを決意した。
 展開的にもビジュアル的にもさまざまな魅力にあふれた『SHIROBAKO』であったが、個人的には『SHIROBAKO』の魅力とは以下の3点に集約されているように思われる。


*【1】アニメ業界だけにとどまらない「普遍性」


 アニメ業界の内幕を描く作品である以上、『SHIROBAKO』では作画・演出・背景・音響・仕上げ・撮影といった各パートの仕事ぶりがこと細かく描写されていた。


 また第6話『イデポン宮森 発動篇』にて、金髪モヒカン頭で常に軽口をたたいてばかりで全然仕事をしていないように見える(笑)制作進行の高梨太郎(たかなし・たろう)の伝達のマズさで対立することとなってしまった作画監督の遠藤亮介(えんどう・りょうすけ)と3D監督の下柳雄一郎(しもやなぎ・ゆういちろう)が、『伝説巨大ロボット イデポン』展――往年のリアルロボットアニメ『伝説巨神イデオン』(80年・日本サンライズ→現サンライズ 東京12チャンネル→現テレビ東京)が元ネタ――でバッタリ出くわし、『イデポン』の魅力を語り合う内にすっかり意気投合してたがいの仕事を認め合うこととなる展開は、アニメ好きの人間には共感せずにはいられなかったことだろう。
――なお動画無料配信サイト・YouTube(ユーチューブ)ではこの第6話の該当場面に元ネタの『伝説巨神イデオン』の絵や音楽を重ねた動画が流れており、筆者のような古い世代にとってはより共感できる仕様となっている(笑)――


 だが、『SHIROBAKO』はいわゆる「業界モノ」として、決してアニメ好きの人間だけにしか楽しめない作品ではなかったのだ。


 たとえば第1クール後半で、


・みゃーもりを「おいちゃん先輩」と呼ぶ濃い緑髪のショートヘアでトレーナーにパンツスタイルのラフな格好のボーイッシュな後輩・藤堂美沙(とうどう・みさ)が大手CG製作会社に入社するも、アニメの仕事が全然ないためにむしろ夢から遠のいたと苦悩する姿
・制作デスクで先述した木下監督同様にデブだがアツ苦しさは感じられない本田豊(ほんだ・ゆたか)が「ケーキ職人になりたい」とみゃーもりに語る描写
・そして全然絵コンテが進まないために本田によって監獄(かんごく)部屋の牢(ろう)に閉じこめられ、大好物の唐揚げを「1枚描いたら1個あげます」と本田に脅(おど)され(爆)、牢の中で頭をかかえて転げ回るなさけない木下監督


が並行して描かれる展開がある。


 だが、やがてアニメをつくる夢に向かって美沙はCG製作会社を退職して弱小会社のスタジオカナブンに移籍、木下監督は全身からオーラを発して(笑)すさまじい勢いで絵コンテを完成させ、本田も『えくそだすっ!』の完成を機に退職して本当にケーキ職人となる(!)に至った。


「たどりつきたい場所がハッキリすると、やるべきことが見えてくるんだな」


との本田の言葉を実証するために、決してひとりのキャラに限定するのではなく、「たどりつきたい場所」=着地点が見つかった美沙・木下監督・本田の行動を重ね合わせて描くことで今「やるべきこと」を示した演出は、日々「やるべきこと」に葛藤(かっとう)するすべての勤め人に多大な説得力をもって伝わったのではあるまいか?


 この「たどりつきたい場所」=着地点が見えたことで停滞していた状況が一気に動きだす展開は、第2クール終盤=最終展開でも繰り返し描かれ、大きな感動を呼び起こすこととなった。



「僕たちの毎日もアリアたちと同じなんです。どんなつらい状況でも仲間がいるから戦えるんです。だからアリアには絶対に飛んでほしい。仲間を信じて!」



 『第三飛行少女隊』の最終回をつくりなおせ! と命じてきた原作者で常に和服姿の人間嫌い(笑)な野亀(のがめ)を、シリーズを通してダメなデブとして描かれてきた木下監督が西部劇のガンマンスタイル(爆)で単身説得するこの場面はお世辞抜きで最高にカッコいいものがあったのだが、戦意を喪失(そうしつ)したアリアに再び戦闘機で飛ぶ動機を与えようとして「たどりつきたい場所」=着地点が見えた野亀と木下監督が合意の握手をかわしたことで、戦死したキャサリンの妹・ルーシーがアリアが守るべき存在としてあらたに生みだされるに至ったのだ。


 そしてアニメ同好会で声優志望だった赤髪ロングヘアを頭頂部で丸くまとめた美少女で、仲間たちと比べてただひとり出遅れていた感の強かった坂木しずかがついにそのルーシー役を獲得、


「今わたし、少しだけ、夢に近づきました!」


とのしずかの境遇と重なったルーシーのセリフに、アフレコ現場で台本で顔を隠して涙を流しつづけるみゃーもりの描写は、『SHIROBAKO』最大の泣ける場面だといってよいだろう。


 コミュニケーション能力ゼロ(大爆)の筆者としてはチームワークなる言葉は最も敬遠したいものではあるのだが、みゃーもりの先輩の制作進行で金髪ツインテールの矢野エリカが「アニメはひとりでつくっているんじゃない。チームワークなんだよ」(大意)とパニクっていたみゃーもりを叱咤激励(しった・げきれい)したように、組織がチームワークを機動させる原動力とは、『SHIROBAKO』で繰り返し描かれた「たどりつきたい場所」=着地点を明確に定めることではないかと思えるのだ。


*【2】大多数のキャラを多面的に描く演出技法


 『SHIROBAKO』ではアニメ製作に関わるほぼ全セクションの人間たちが描かれたため、登場キャラクターが膨大(ぼうだい)な数にのぼった。
 だがその誰もがモブキャラに陥(おちい)ることなく、ほぼすべてのキャラに見せ場・活躍の場が与えられるのみならず、かつ多面的に描かれていたことは驚嘆(きょうたん)に値する。


 個人的に特に印象深いのは、第2クールで戦力補充として追加採用されたものの、終始ぶっきらぼうで悪態をつきまくるベージュのギザギザヘアでメガネをかけた色白の制作進行・平岡大輔(ひらおか・だいすけ)が、先述したややトラブルメーカー的な太郎と関係性が生まれたことで心の変遷(へんせん)を遂(と)げ、敵対していたみゃーもりに協力的になっていく展開である。


 平岡がドヤ顔で連れてきたアニメーターが全然使えないと、フリーの演出家で長身でメガネをかけた円(まどか)が罵倒(ばとう)したことで平岡と大ゲンカとなり、はずみで飛んできたタップ――動画用紙を重ねるための道具――で危うくケガをしそうになったハズの太郎が、社内で浮きまくっていた平岡を勝手に「バディ」だの「大ちゃん」などと呼び、酒の席へと連れ出していく。


 なお、太郎めがけて飛んできたタップを定規ではじき飛ばした(!)のは、黒髪ショートカットで常に左目が髪に隠れている(笑)クールビューティな総務の興津由佳(おきつ・ゆか)だが、総務の女性社員すらにも漫画・アニメ的に誇張された見せ場とはいえ、こんなにカッコいい見せ場を与えてしまう演出こそ、『SHIROBAKO』を最も象徴するものだろう。
 ちなみに先述した第6話で遠藤と下柳が『イデポン』展で出くわしたのも、その最終日に双方に招待券を裏で渡した興津女史の計略であり、動的なカッコよさと静的なカッコよさの両方が描かれていたのだ!


 あやうく「被害者」になりかけたのに「加害者」になりかねなかった平岡に太郎が声をかけたのは、それだけ太郎が普段から何も考えていないとか、自身も浮いているから仲間がほしかったのだと解釈することは充分に可能だろう。


 だが酒が入ったことで、かつての職場で周囲に散々翻弄されていく内に仕事に対する情熱を見失ったなどとようやく語りだした平岡が、


「オレはバカだった」


とつぶやいたのに対し、太郎は


「大ちゃんはバカじゃないよ」


と涙を流し、あまりにも意外な「いい人」ぶりを発揮したのだ。


 同じ第21話『クオリティを人質にすんな』で平岡と専門学校時代に同期だったエリカが、まじめでリーダーシップもあり、常にやる気にあふれていた平岡の過去や、そんなまじめな人ほど現実とのギャップで傷つきやすいから、今の平岡を責められない……などとみゃーもりに語る描写もあることから、個人的には平岡と太郎の酒席の場面は、先述したしずかの演技にみゃーもりが涙を流す場面に次ぐ『SHIROBAKO』の泣き演出だと思えるほどだ。


 また平岡と太郎の酒席描写と並行して、おだやかな印象の子持ち主婦で動画検査の堂本知恵美(どうもと・ちえみ)と茶髪ショートボブでメガネをかけた色指定の新川奈緒(しんかわ・なお)が、おでんの屋台で太郎の悪口で盛りあがっているさまが同時に描かれたことで、そんなネタにされるほどの太郎が見せた意外にすぎる一面がより強調される効果を発揮していたのも実に秀逸(しゅういつ)だった。


 さらにこれと前後して、声優だけでは食べていけないしずかがバイトする居酒屋で、しずか以外の同好会の4人が関わる『第三飛行少女隊』の話題になり、そのオーディションに落ちたとしずかが話したために場が気まずい雰囲気となるも、明るく気丈(きじょう)に振る舞っていたしずかが、帰宅してテレビで現役女子高生声優が学業との両立が大変だのと語るのを観て、缶チューハイをチビチビと飲みながら「代われ代われ……」とボヤく姿までもが並行して多面的に描かれていた。


 「たどりつきたい場所」をキーワードに美沙・木下監督・本田の行動を第1クール後半で並行して描いた演出もそうだったが、この技法が第2クール後半では「酒」をキーアイテムに平岡・太郎・女子社員たち・しずかの内面をひきだすことで、各キャラをいっそう掘り下げていたのだ。


 また第20話『がんばりマスタング!』では、エリカがアニメ製作に関わる人間を


「どうしようもないカスゴミばかり」(汗)


と語るものの、


「でも、基本的にみんな善人だからいっか」


と結論づけていたが、これは第21話で平岡と太郎が実は「善人」であることが明かされる、さりげない伏線ではなかったのか? と今は思えるのである。


*【3】「まじめ」を賞賛し、「不まじめ」を倒すカタルシス


 アニメ同好会の5人の美少女たちの中では最もまじめで几帳面(きちょうめん)で内向的な娘として描かれている、黒髪の両端を前で結(ゆ)わえたアンニュイで低血圧っぽい安原絵麻(やすはら・えま)は原画担当としてみゃーもりと同じく武蔵野アニメーションに所属していたが、第1クール中盤でフリーの女性の作画監督・瀬川美里から、「絵はそこそこうまいが次の行程である動画を意識していない」と指摘されたことでスランプに陥(おちい)ってしまう。


 試行錯誤を重ねても個人的に納得できる絵にならず、鉛筆の芯(しん)が折れるさまを心が折れる象徴として描いた演出に、おもわず絵麻ちゃんを「守ってあげたい!」と感じた視聴者は多かったことだろう。


 そんな努力家の絵麻ちゃんをすぐ隣の席で暖かく見守っていた最古参の初老のアニメーター・杉江茂や、総作画監督補で黒髪ショートヘアに丸メガネの井口祐未(いぐち・ゆみ)、そしてかつてはメガネにTシャツにジーンズ姿だったものの、周囲に翻弄されつづけたことで自分を守るための「武装」服として常にゴスロリファッションとなった(笑)総作画監督の小笠原綸子(おがさわら・りんこ)らの助言や後押しを受け、絵麻ちゃんが第2クール後半で作画監督補佐へと大抜擢される流れは、近年では嘲笑(ちょうしょう)すらされることが多い「まじめ」「努力」「勤勉」が報(むく)われた結果として、おおいなる共感を呼ぶ展開となっていた。


「つらい時期のない職業なんてありません。ですからあとは、どれだけ自分ががんばれるかです」


 ゴスロリ姿の綸子サンがみゃーもり・絵麻ちゃん・井口を自身のオアシスとしてバッティングセンター(爆)に連れ出したあとに喫茶店で3人に語った言葉や、


「やりたいことをやりつづけた。気がついたらこの歳(とし)になっていた」


と、みゃーもりに語った丸刈り頭にメガネの武蔵野アニメーションの丸川社長、


「つづけないと仕事っておもしろくならないからさ」


と、みゃーもりの声で怪獣の声をつくった初老の音響効果マン・河野が語った言葉など、まじめに努力を重ねてきたからこそ現在の自分があるとする諸先輩方の主張はまさに「まじめ」を賞賛するものとして、要領がいいだけの奴が得をすることが多いと思える近年の風潮(ふうちょう)に警鐘(けいしょう)を鳴らすものだとさえ思えたほどだ。


 それを最大に象徴したのが、第2クールで『第三飛行少女隊』の連載誌を発行する夜鷹(よたか・笑)書房の編集者として登場した


「変な話ぃ~」


が口グセの、金髪で首のネックレスが見えるように常に上着をはだけた格好で着用しているのが象徴的な、原作の野亀と武蔵野アニメーションの間の立場にありながらプライベートを優先することで『第三飛行少女隊』の製作スケジュールを大幅に遅延(ちえん)させる諸悪の根源となった、超チャラ男の茶沢が完全な悪役として描かれたことだろう。


 第1クールで絵麻ちゃんを気分転換に緑が美しい場所へと連れ出したりして励ましていた先輩の井口が、綸子サンからキャラクターデザインに推薦(すいせん)されながらも、茶沢が原作者の野亀の意向をまともに伝えないために生みの苦しみに葛藤(かっとう)する描写は、第1クールでの絵麻ちゃんの苦悩が反復して描かれたものであり、実にいい加減な茶沢と対比的に描かれることで効果を高めていたがそれだけではない。


 第16話『ちゃぶ台返し』では、屋上で腰に手を当ててお尻をプリプリするメチャクチャ変な「エンゼル体操」(爆)をしていた絵麻ちゃんが、すっかり意気消沈してタバコを吸うために上がってきた井口とハチ合わせしてあわてふためくが、「これを踊ると肩の力が軽くなるから」と井口とともに「エンゼル体操」を踊り、本当に軽くなったと井口から感謝される描写がある。


 励ましてくれた先輩に恩返しをする絵麻ちゃんの「いい子」ぶりをも対比的に描くことで、みゃーもりと似た元気娘の井口すらをも苦悩させるに至った茶沢の悪辣(あくらつ)ぶりをより強調することとなっていたのだ。


 先述したように最終展開で木下監督と和解の握手をかわした野亀はこれまでの経緯をようやく知ることとなり、茶沢を


「変な話ではないっ!」(笑)


と一喝(いっかつ)し、茶沢は夜鷹書房の幹部から野亀の担当をハズされるに至ったが、いい加減な人間が「悪」として倒されるカタルシスは、現実世界で茶沢みたいな奴に散々翻弄された視聴者的にはまさに溜飲(りゅういん)が下がったと歓声をあげた者も多かったことだろう。


*わずか「4年」の間に激変してしまったアニメ業界!


 さて今回の劇場版では先述してきたテレビシリーズの流れが冒頭で3等身のディフォルメキャラによって描かれ、テレビシリーズでみゃーもりが苦境に立たされると現れた白いツキノワグマのぬいぐるみ・ロロと、海賊(かいぞく)ファッションの少女人形・ミムジーが解説することで、劇場版ではじめて『SHIROBAKO』を観ることとなる観客にも配慮されていたのには好感がもてた。


 今回の「2019年4月」との時代設定はテレビシリーズの放映が終了した2015年3月からちょうど「4年後」であり、テレビシリーズの時系列はまさに現実世界とリンクしたものであったことが明らかとなる。


 もっとも設定では1993年生まれのみゃーもりが2歳のころに、かのロボットアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(95年~)が元ネタの『新世代アヴァンギャルドン』(笑)が放映されたことが、第12話『えくそだす・クリスマス』で『エヴァ』の監督として著名(ちょめい)な庵野秀明(あんの・ひであき)氏をそのままモチーフにした菅野光明(かんの・みつあき)監督自身の口から語られていたことを思えば、テレビシリーズの時点でそれは明確にされていたのだが。
――なお菅野監督は今回の劇場版でもセリフなしでたった数秒だけ登場しているが、個人的にはごく短いカットでいいから庵野監督に「特別出演」を依頼して菅野の声を演じさせてほしかった(爆)――


 導入部はテレビシリーズ第1話『明日に向かって、えくそだすっ!』の冒頭場面と同じく、夜の道路で信号待ちをする武蔵野アニメーションの白い軽自動車が描かれることからはじまっている。
 テレビの第1話ではカーラジオから流れるアニメの情報番組の男女のDJが「4年前」当時のアニメバブルについて、録画と視聴が追いつかなくてやむなく観れずに消す番組すらあるなどと語ったあとに『えくそだすっ!』のノリのいい主題歌が流れはじめ、それにあわせて運転するみゃーもりが軽自動車を爆走させ、他社の制作進行の男性・富ヶ谷(とみがや)の車と華麗にデッドヒートを展開し、瀬川宅の駐車場を奪い取るさまが描かれていた。


 それが今回はカーラジオではアニメバブルがはじけてしまい、放映本数の激減や円盤の売り上げがサッパリなどと語られ、「4年前」と同じく他社の車と並んで信号待ちをしていた武蔵野アニメーションの軽自動車はエンストを起こして置き去りにされてしまい、やっと動きだしたと思ったらそこに流れたアニメ『限界集落過疎(かそ)娘』(笑)の主題歌で1970年代に流行したフォークソングや洋楽のカントリーミュージックみたいなダウナーな曲『仕方ないのでやれやれ』(!)にのって超安全運転で進むのだ。


 テレビ第1話と同じシチュエーションを描くことで、4年の間にアニメ業界と武蔵野アニメーションを取り巻く環境が激変してしまったことを端的に示した演出は実に秀逸だが、衝撃はこれだけでは終わらなかった。


 社に着いた軽自動車から降りてきたのはみゃーもりではなく、「4年前」にみゃーもりが指導していた黒髪ロングヘアで四角いメガネをかけた佐藤沙羅(さとう・さら)であり、当のみゃーもりは事務用のイスを3つ並べた上で寝袋にくるまり、だらしなく寝そべっていたのだ!


 まるでみゃーもりがアニメ製作の最前線から降りているかのような初登場場面には、元気娘のみゃーもりを知る人間からは驚きの声が漏(も)れたかと思うが、現在製作中の『第三飛行少女隊』の2期がはじまる時間だと佐藤に起こされたみゃーもりが仲間と一緒にそれを観ようと入った部屋では、お手製のカレーを社員に振る舞う丸川社長をはじめ、みんながワイワイガヤガヤとみゃーもりが来るのを待っていた……
 だが、かつてはあたりまえだったそんな日常は実はみゃーもりが見た幻想にすぎなかった。


 「みんないなくなりました」と『仕方ないのでやれやれ』の歌詞が暗示していたが、そこにいたのは佐藤以外は先述した円・堂本・新川と今回初登場の新人男性の5人だけ!


 しかもテレビに映しだされた『第三飛行少女隊』の2期は、武蔵野アニメーションが元請けだった第1期とは大幅に異なり、エロ描写ばかりが目立つ作風へと激変してしまっていた!
 かつて円が全然使えねぇアニメーターばかりだと激怒していた下請けのスタジオタイタニックが第2期では元請けとなり、武蔵野アニメーションの方が下請けへと回ってしまうおそるべき下克上(げこくじょう)!


 テレビシリーズでは元気娘のみゃーもりを象徴するように青空が広がる背景描写が多かった印象が強いのだが、今回の劇場版では全体的に夜の場面が妙に多いように感じられる。
 まるでピーカンの青空のもとでヒーローが戦う印象が強い『ウルトラマンタロウ』(73年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20071202/p1)から、くすんだ曇天(どんてん)のもとでヒーローが苦戦する『ウルトラマンレオ』(74年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20090405/p1)へと作風が激変したかのように、今回と「4年前」との意図的な対比は徹底されているのだ(笑)。


 みゃーもりの自宅の部屋が乱雑に散らかっている描写(!)や、かつてしずかがバイトしていた居酒屋に久々にアニメ同好会のメンバーが集まることとなるも、店に入る前にさえない表情を無理矢理笑顔にさせるみゃーもりの姿。


 そして既婚者の姉から電話で


「好きなことを仕事にしてていいわね」


と云われてみゃーもりはムッとしたにもかかわらず、念願だったケーキ職人として充実した日々を過ごす本田に対し、おもわず姉から云われた言葉がそのまま出そうになってハッとして口をおさえるみゃーもり……


 みゃーもりの主人公像さえもが常に明るくさわやかだった『タロウ』の主人公・東光太郎(ひがし・こうたろう)=ウルトラマンタロウから、怪獣や宇宙人の攻撃よりも防衛組織・MAC(マック)の同僚隊員たちから精神的に痛めつけらる印象が強く(爆)、鬼隊長のモロボシ・ダンウルトラセブンの地獄の特訓(笑)などで常に切迫していたおおとりゲン=ウルトラマンレオへと変化したかのようだ(汗)。


 ただテレビシリーズ第2クールのオープニング映像では、雨の中暗い表情で傘(かさ)をさして歩いていたしずかが、いつしか雨がやんだ空から差した一条の光を見上げて笑顔になる描写があり、キャラの心象風景を天気の変化や自然現象で見せる演出が今回の劇場版でも徹底されているといえるだろう。


 武蔵野アニメーションの社員の大半が離散してしまったのは、正式な契約をかわす前の口約束で元請けとして受注したアニメ『タイムヒポポタマス』が製作も佳境に入ったころに中止せざるを得なくなり、倒産の危機(!)に陥(おちい)ったことが発端(ほったん)だった。


 その責任をとるかたちで丸川は社長を退(しりぞ)き、常に探偵みたいな帽子をかぶる麻雀(マージャン)好きなイケメンのラインプロデューサー・渡辺が社長の座に就(つ)いたのだが、渡辺は社長のクセに「会社にいるのが嫌いだから」(笑……えない!)と、雨の中みゃーもりを本田が勤めるケーキ屋へと連れ出す。


 渡辺が劇場用アニメの企画書をみゃーもりに提示するや、いつの間にか外の雨がやんでいるのは、先述したテレビシリーズ第2クールオープニングのしずかのように、このところパッとしなかったみゃーもりの心に、ようやく一条の光が差したことを示しているのだ。


*みゃーもりの危機を助けに来る「仲間」たち!


 とはいっても現在の武蔵野アニメーションの弱小体制では到底劇場用アニメを製作できる能力はない。みゃーもりは協力を求めて東奔西走(とうほんせいそう)することとなるが、それに応(こた)えてかつての「仲間」たちが続々と帰ってくる!


 まるで、同じく水島努(みずしま・つとむ)監督が手掛けたアニメ映画『ガールズ&パンツァー 劇場版』(15年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190623/p1)ラストで主人公集団である大洗(おおあらい)女子学園チームのピンチにかつて対戦したあまたの高校の戦車群が助っ人に来たように……、あるいは悪の組織をつぶすために世界各地に散った歴代仮面ライダーたちが最新ヒーローの危機に日本へと駆けつけた「昭和」の仮面ライダーシリーズを彷彿(ほうふつ)とさせるかのような「強者集結」のカタルシスが描かれることで、前半のやや陰鬱(いんうつ)なムードは一気に打ち破られ、本来の陽性でカラっとした『SHIROBAKO』らしい作風も帰ってくるのだ!


 その効果を高めることとなったのは、かつての仲間たちが「4年前」と良い意味でほとんど変わらない姿で描かれたことだろう。


 作画監督を依頼された絵麻ちゃんは依頼主のみゃーもりが高校時代からの友人であるにもかかわらず、


「謹(つつし)んでお受け致します」


と、ちゃんと敬語を使って応じる「常識人」ぶりがいかにも絵麻ちゃんらしい!


 対照的に太郎はあいかわらずみゃーもりに軽口をたたくどころかみゃーもりを足代わりに使い、途中でバスを待っていた平岡に声をかけて乗せてしまう(笑)お調子者ぶりを発揮する。


 その平岡はテレビの最終展開でようやく見せた「いい人」ぶりにさらに磨(みが)きがかかり、みゃーもりに


「ムサニ――武蔵野アニメーションの俗称――、うまく回るといいな」


と声をかけるほどであり、太郎との良好な「バディ」ぶりが現在でもつづいていることにも安堵(あんど)させられた。


 『タイムヒポポタマス』の製作中止にいまだに意気消沈したまま、自室でひざをかかえてうずくまっていた木下監督は、本田の特製モンブランによってみゃーもりの監督依頼を引き受け(笑)、再度絵コンテが描けなくなって監獄部屋に閉じこめられるとエリカから


モンブランと唐揚げ弁当のためにがんばりましょう」(爆)


と励まされるなど、テレビシリーズ第1クールと同じくダメなデブへと戻っているのも実に喜ばしい(笑)。


 ただし、


「少しうまくいったかと思うと、すぐまたダメになってしまう」


と自身の人生を振り返る木下監督の言葉には、まさにそのとおりの半生(大汗)だった筆者的には感情移入せずにはいられなかったものだ。


 ちなみにケーキ職人となった本田は戦線に復帰することはなかったものの、第2クールで激ヤセして木下監督から「裏切り者!」(笑)扱いされたほどにスリムだった体型が、「4年後」の今回再びデブへと戻っているのはなかなかリアルに感じられるだけではなく、本来の『SHIROBAKO』「らしさ」を描くための確信犯的な演出ととらえるべきだろう。


 唯一(ゆいいつ)ゴスロリ様の綸子サンは協力依頼に来たみゃーもりに赤いジャージ姿(!)でランニングしている姿を見られてしまい、


「違うの! これは違うの!」(爆)


とあわてふためくなど、常に沈着(ちんちゃく)冷静だったテレビシリーズとは異なる姿を披露しているが、これもまたランニングがジャージ姿なのだからバッティングセンターもゴスロリじゃなくてジャージで行けばいいだろ! と、熱心なファンにツッコミを入れさせようとした確信犯的な演出かと(大爆)。


*遠藤・その妻・瀬川サンは実は三角関係か!?


 あいかわらずといえば、先述したようにテレビシリーズ第1クールでCG班から「エフェクトに作画はいらない」と云われたと思いこんで激高した遠藤が、『タイムヒポポタムス』の製作中止に机をおもいっきりたたきつけて


「クソがっ!」


と叫んで以降、まったく仕事をせずに(!)ゲームセンターでブラブラする日々を過ごしていることである。


 それを知った先輩の瀬川サンが遠藤と対戦型の格闘ゲームで対決しながら――これを描くことで取っ組み合いの代わりとしている(笑)――、


「そのくやしさをなんで新しい仕事にぶつけないのよ!」


などと怒鳴る内に、家計を妻・麻佑美(まゆみ)のパート勤めのみに頼る遠藤を瀬川サンが非難するや、


「ウチのことに口出しするな!」


と遠藤は再度激高し、ふたりは完全に決裂してしまう。


 もちろん社会人として考えるなら、遠藤の姿勢は決してホメられたものではないだろう。


 だが井口が


「男子はこういうとき折れやすいのかな?」


と、やや同情の姿勢を示していたように、劇場版『SHIROBAKO』公開の3日前(!)の2020年2月26日に安倍晋三(あべ・しんぞう)首相が新型コロナウイルス感染防止のために大規模イベントの自粛(じしゅく)を要請、その結果声優の公開初日舞台挨拶(あいさつ)が中止となったことに激高し、何もやる気がしなくなった(汗)筆者としては、心が折れやすい遠藤には感情移入せずにはいられないものがあるのだ。
――個人的にはあの自粛要請は国が国民の命を守る責任を完全に放棄(ほうき)し、地方自治体や民間企業、各家庭に至るまで丸投げした安倍政権お得意の「自己責任」論の一環でしかなく、それこそいい加減で無責任な姿勢が周囲を大混乱させるに至った先述した茶沢同様の「悪」だと考えている――


 そして瀬川サン自身が


「遠藤くんのこと、傷つけちゃったかも……」


とみゃーもりの前で机に泣き伏す多面的な描写により、かなり激しいバトル場面を描きながらも決して遠藤だけが一方的に悪いのではなく、双方に理があるとした演出にはおおいに好感がもてるところだ。


 それにしても、今回の遠藤と瀬川サンの激しいバトルを観るにつけ、筆者的には瀬川サンが遠藤を単なる後輩として叱(しか)りつけているだけとは思えないものがあったのだ。
 テレビシリーズでは明確に描かれてはいなかったが、設定では遠藤の妻・麻佑美は瀬川サンの後輩として作画をしていた過去があり、今回の劇場版では


「遠藤くんのすごさを知っているから」


と遠藤の仕事ぶりを評価することでそれが示されている――まぁ、結婚してもなお夫を「遠藤くん」と呼ぶほどに、アニメでは定番の「都合のいい女」なのだが(爆)――。


 ひょっとしたら瀬川サンは遠藤の元カノだったものの、遠藤があまりに気の強い瀬川サンに嫌気がさし、「都合のいい女」である麻佑美へと走ったことで、瀬川サンは遠藤に対して恨み節(うらみぶし)を全開にさせているのではないのだろうか!?


 テレビシリーズ第2クールのオープニング映像で、ベランダでタバコを吸っていた遠藤が突然瀬川サンが現れたことに驚いてタバコを落っことす描写があったことも、それをにおわせているように思えてならないのだが……
――なおテレビシリーズでは遠藤以外にも渡辺や井口らが喫煙者として描かれており、子供番組どころか大人向けのドラマでさえ喫煙場面が御法度(ごはっと)となっている現状を嘆(なげ)かわしく思う喫煙者の筆者としては、この点でも『SHIROBAKO』にはおおいに好感をもったものだ――


 まぁ、アニメ映画『冴(さ)えない彼女(ヒロイン)の育てかた Fine(フィーネ)』(19年・アニプレックスhttps://katoku99.hatenablog.com/entry/20191122/p1)のメインヒロイン・加藤恵(かとう・めぐみ)ですらも、主人公の安芸倫也(あき・ともや)にとって都合のいいだけの2次元の女から3次元の女へと成長したことを思えば、麻佑美がいまだに


「遠藤くんといるだけで幸せ」(笑)


と語るほどに、遠藤にとっての「都合のいい女」であることに軽い違和感があったのは事実だ。


 だが、スーパーのレジ打ちの激務の象徴として(!)ツメが欠けているために缶ビールが開けられない麻佑美に代わってそれを開けてあげる遠藤の描写により、たとえ働いてはいなくとも遠藤が「善人」だとした演出には、鬼の筆者も先述したエリカのごとく「基本的に善人だからいっか」となってしまう(笑)。


 そして瀬川サンに代わって資料集めを名目に水族館に遠藤を連れ出した下柳の説得に当初は浮かない顔をしていた遠藤が、今回のメカデザインは遠藤にこそふさわしいとの下柳の呼びかけにようやく応じる流れは、先述したテレビシリーズ第6話で『イデポン』を機にたがいを認めあう仲となったふたりの関係性の変化を知る者としては、その最大の成果としてあの感動がよみがえらずにはいられなかったことだろう。


 ついでにテレビシリーズの描写で深読みさせてもらうなら、第2クール後半で平岡が運転する車の助手席でエリカが


「たまにいるよね。何十年もずっと夢から覚めてない人。私そういう人が好き」


とつぶやくのも、当時はすでに「夢から覚めた人」であるかに見えた平岡に対し、エリカが逆説的に告白をかましたのか!? と個人的には思えるのだが……


*美少女たちの成長ぶりとあいかわらずぶり


 「4年前」に杉江や井口らにその実力を認められた絵麻ちゃんは現在はフリーの作画監督として活躍しており、テレビシリーズ第2クールにてこげ茶髪のパーマがかかったショートヘアで人と話すのが大の苦手なために絵麻ちゃんが通訳をしたり(笑)、技術的な指導もしていた原画担当の久乃木愛(くのぎ・あい)といっしょに暮らす姿が描かれる。
 これは人に話しかけられるとパニックに陥る愛を放っておけないと絵麻ちゃんが愛に同居を提言したかと解釈できる描写であり、絵麻ちゃんのあいかわらずの「いい子」ぶりが的確に表現されているといえるだろう。
 欲を云うなら先述した肩の力が軽くなる「エンゼル体操」を、絵麻ちゃんが愛に伝授する描写を入れてほしかったところだが(笑)。


 美沙は現在でもスタジオカナブンに在籍しており、リーダーとして後輩たちをバリバリ指導する頼もしさが描かれているが、その熱意がいささか空回りして後輩男子からウザがられているのが実にリアルだ。
 また前半で作業がうまくできずに悩んでいた後輩女子に、後半で美沙が自身が担当していた仕事をとられてしまうという、美沙の立場を考えたら感情移入せずにはいられない描写があるが、一度は傷心するものの後輩の成長ぶりを自身の喜びとして素直に受け入れるに至った美沙もまた、立派に成長したといえるだろう。


 「4年前」はまだ女子大生で同好会メンバーの中では最年少の紺髪ポニーテールで、文化系なのに語尾を「っす」と体育会系のノリで話す(笑)今井みどりはテレビシリーズではみゃーもりが製作に必要な資料収集に協力し、社内で「ディーゼルさん」なる愛称で呼ばれるほどに注目を集めたことが、中年でベレー帽にメガネでヒゲをはやした脚本家・舞茸(まいたけ)しめじとの縁が生まれる契機となった。
 現在ではテレビシリーズを全話執筆(!)するほどの新進気鋭の脚本家として活躍し、脚本づくりに悩む舞茸に助言を与える姿までもが描かれているが、これを机の上ではなく、「君ならどうする?」と問いかけた舞茸にみどりが


「私だったら……」


と変化球ではなくストレートの球(たま)を投げこむという、まさに文字通りの「会話のキャッチボール」で描かれているのが秀逸であり、これまた実に『SHIROBAKO』らしい!


 テレビシリーズでは「師匠(ししょう)」とあおぐ舞茸に「弟子(でし)はとらん」と断られていたみどりだが、「弟子」どころか舞茸に


「商売仇(がたき)だ」(!)


とまで云わせてしまったみどりは、今回は絵麻ちゃんや美沙に比べるとかなり優遇されているかと思えるが、ひょっとしたらこれはテレビ版のシリーズ構成と劇場版の脚本を担当した横手美智子(よこて・みちこ)氏の自伝なのか?


 もっとも横手氏は往年のリアルロボットアニメ『機動警察パトレイバー』(89年・サンライズ 日本テレビ)のシリーズ構成などで著名なベテラン脚本家・伊藤和典(いとう・かずのり)氏の「一番弟子」だったりするのだが。


 さてテレビシリーズの最終展開で視聴者の大半を泣かせることとなったしずか――同好会のメンバーは「ずかちゃん」だの「ずかちゃん先輩」だのと呼んでいるが、個人的にはどうにもその響(ひび)きがかわいくない(笑)と思えるので「しずか」で通させていただく――は、そのルックスを買われて現在ではテレビ番組のリポーターや写真集の出版などで活躍するものの、肝心の声優の仕事にはいまだ恵まれてはいない。


 テレビシリーズではベテラン声優・縦尾(たてお)まり――世代人的には往年のリアルロボットアニメ『戦闘メカ ザブングル』(82年・日本サンライズ 名古屋テレビ)のヒロイン・エルチが印象深い横尾まり氏が声を演じた――から「自信と覚悟が足りない」と指摘されたしずかだが、今回は縦尾がいきなり仕掛けた主婦同士の会話の即興(そっきょう)芝居に器用にアドリブを駆使(くし)して見事に応じる成長ぶりを見せてくれる。
 縦尾が主宰(しゅさい)する劇団でしずかがレッスンをしていると思えるごく短いイメージカットがテレビシリーズにあったことから、これはその賜物(たまもの)だともいえるだろう。


 また声優のオーディションを見学に来ていた舞茸が「あ、ルーシーだ」としずかの演技からインスピレーションを感じ、


「枠や限界を決めるのはよくないね」


と、舞茸は停滞していた脚本づくりが進むに至ったが、「枠や限界」を定めていたために仕事がうまくいかなかったのは舞茸のみならずしずか自身でもあったという、テレビシリーズでも再三描かれた二重構造によってキャラを深く掘り下げたり、観客に対するメッセージをより強調する演出は実にあざやかだ!


 舞茸が脚本を完成させた劇場用アニメ『空中強襲揚陸(ようりく)鑑 SIVA(シバ)』のヒロイン・アルテ役にはしずかが抜擢され、テレビシリーズ同様にそのひたむきな努力が報われるに至ったが、それをあざ笑うかのように劇場版でも実に不まじめな奴が「悪」として登場する!


*みゃーもりの「たどりつくべき場所」=着地点とは?


 渡辺が持ってきた『空中強襲揚陸鑑 SIVA』は、「げ~ぺ~う~」なる製作会社が元請けだったものの、製作途中で投げ出したために浮いていた企画だった。
 2020年2月の公開に向けて製作も佳境に入ったころ、茶沢みたいな金髪でチャラチャラとした風貌(ふうぼう)のげ~ぺ~う~の社長が作品の権利をいまごろになって主張したため、『SIVA』は公開中止の危機に見舞われる。


 みゃーもりの脳裏(のうり)に『タイムヒポポタマス』製作を断念した当時の光景が浮かび、すでに雪が舞い散る季節となった中、みゃーもりは夜の公園のブランコに座りこんで絶望の涙を流す……
 テレビシリーズではひたすら元気娘だったみゃーもりが、今回の劇場版では泣く場面が2回もある。


 1回目は武蔵野アニメーションの社長を退いた丸川が経営する飲食店にみゃーもりが立ち寄る前半の場面である。
 その店の名前は「ベソベソ」。これは幼かったころのみゃーもりが再放送で観て大好きだったアニメで、武蔵野アニメーションの前身・武蔵野動画が製作した『山はりねずみアンデスチャッキー』に登場する「泣き虫」のカエル・ベソベソの名に由来しているのだ。


 もうこれだけで今回のみゃーもりに泣きが多いことに説得力が感じられるのだが、「4年前」当時に自社作品のオンエアを仲間たちと観る際に毎回丸川が夜食として用意してくれたカレーがカウンターに出される。
 そのカレーのトロ~リとした質感はスクリーンから今にも良い香りが漂(ただよ)ってきそうなほどなのだが、セリフや表情演技ばかりではなく、こうした小道具的なものすらをも泣き演出の効果を最大に高めるために駆使(くし)しているのは特筆に値する。


 2回目の公園での泣き場面では『タイムヒポポタマス』製作中止当時の回想のあと、みゃーもりの脳裏に


「ムサニだからな」
「やっぱムサニはダメだな」


などと業界関係者たちの声がリフレインすることで、みゃーもりの涙が絶大な愛社精神ゆえのものであるのを強調する演出になり得ていたかと思える――テレビシリーズでも武蔵野アニメーションは通称で「ムサニ」と呼ばれていたが、劇場版のこの場面で「ムサニ」が侮蔑(ぶべつ)的に使われていたことから、今回は正式な社名で統一させて頂く――。


 ただここではみゃーもりの頭上に現れたロロとミムジーが「せーの!」とハリセンでみゃーもりの頭をはたくことで(笑)必要以上に湿っぽさを持続させない演出がなされており、これまた実に『SHIROBAKO』らしいといえるだろう。
 それでもロロとミムジーを振り返った際のみゃーもりの真っ赤に泣きはらした表情は、これまでまったく見せたことのない「か弱さ」がにじみ出ており、みゃーもりというよりむしろ絵麻ちゃんっぽさを感じてしまうほどに尋常(じんじょう)ではない様子がしっかりと表現されている。


 ロロはみゃーもりにプロデューサーとして最も大切なことは何か? と問いかけた末に、それは作品を完成させること、そしてたくさんのお客さんに観てもらうことだと語った。
 つまり、それがみゃーもりの「たどりつくべき場所」=着地点であるのを示すことで、今「やるべきこと」をみゃーもりに考えさせたのだ!


 キャラを動かすために「着地点」を動機として設定するのはテレビシリーズでも再三用いられた手法だが、作品を完成させるため、多くの客に観てもらうためにみゃーもりが今「やるべきこと」として導いた結論は、テレビシリーズ最終展開の木下監督同様、「殴りこみ」であった(爆)。


「日常」に乱入する「非日常」のカタルシス


 テレビシリーズで『えくそだすっ!』『第三飛行少女隊』を武蔵野アニメーションとともに製作していた木下監督みたいなアツ苦しいデブメガネ(笑)のウエスタンエンタテインメントのメーカープロデューサー・葛城剛太郎(かつらぎ・ごうたろう)の部下で、茶髪ロングヘアのお姉さんっぽい雰囲気のアシスタントプロデューサー・宮井楓(みやい・かえで)が今回新キャラとして登場し、前半では打ち合わせのあとにみゃーもりに


「軽くごはん、どうですか?」


と誘ったあげくに、深夜まで何軒もハシゴして双方がベロンベロンに酔っぱらう(笑)。


 新キャラとしては意外に出番が少ない印象の楓だが、最大の見せ場は、


荻窪(おぎくぼ)で杯(さかずき)をかわしたこと、忘れたんですか?」――該当場面で荻窪の駅ビル・LUMINE(ルミネ)をモチーフにした建築物がしっかりと描かれている――


と、みゃーもりの殴りこみに同行するクライマックスである。


 木下監督は西部劇のガンマンスタイルだったが、みゃーもりは青、楓は赤の和服姿であり、しんしんと雪が降り積もる中、番傘(ばんがさ)を手にふたりが歩く江戸の街はさながらテレビ時代劇『必殺』シリーズ(72年~・松竹 朝日放送)が撮影された京都映画の美術セットのようだ!


 木下監督は野亀との面会を阻止しようとする夜鷹書房の社員たちを


「波動腹!」
「竜巻旋風(せんぷう)腹!」(爆)


で吹っ飛ばしていたが、みゃーもりと楓は刀で襲いかかるげ~ぺ~う~一家の子分たちを短刀でバッサバッサと斬り倒し、忍者たちがボタンで操作する(笑)畳(たたみ)の落とし穴を颯爽(さっそう)と飛び越え、げ~ぺ~う~一家の親分のもとへと向かっていく!


 アニメ業界の内幕を描く本来はドキュメンタリー的な内容であるハズの『SHIROBAKO』が立派なエンタメ作品となっていたのは、日常の世界に突然割りこむこうした非日常的な幻想場面や『えくそだすっ!』『第三飛行少女隊』などの劇中劇の完成度の高さゆえのものだろう。


 なので、みゃーもりとロロ&ミムジーを中心に、これまで武蔵野アニメーションが手がけたアニメキャラが総出演した、まるでアイドルアニメ『ラブライブ!』シリーズ(13年~・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20150615/p1)みたいなミュージカルシーンが、ネット上で「尺が長すぎる」とする声が多いのには個人的には心外だ。


 テレビシリーズ第19話『釣れますか?』では丸川に武蔵野動画に連れられたみゃーもりが、武蔵野動画の社員たちが将来の夢を語るさまを『山はりねずみアンデスチャッキー』のキャラによる幻想のかたちで目にする描写があり、しかもこの回のエンディングでは映像・歌曲ともに『アンデスチャッキー』のオープニングが使用されており、今回のミュージカルシーンにそれを彷彿(ほうふつ)とした筆者は、これまた『SHIROBAKO』らしいと思ったものだったが。


 むしろあそこまで多くのキャラを道連れにして長々と歌うことで自身を鼓舞(こぶ)せねばならないほどに、みゃーもりは追いつめられていたのではないのか!? と解釈すべきところだろう。


 正式に契約をかわす前の口約束で『タイムヒポポタマス』を製作したがために傾いてしまった武蔵野アニメーションが、ラストで契約書を武器に勝利する係り結び的な大逆転劇も、みゃーもりと楓のバトルアクションがあったからこそカッコいい場面となったのだ。
 コレそのままやってたらメチャメチャ地味だぞ(笑)。


 それにしても、みゃーもりが


「ようござんすね」


と右の袖(そで)をまくって表れた刺青(いれずみ)が、『SIVA』の主人公でウサギを擬人化したキャラ・ヘドウィックというのが……おあとがよろしいようで。


*「着地点」のためにみゃーもりが最後にとった行動とは?


 公開3週間前。ダビングが終了して『SIVA』は無事完成したが、木下監督のどこか物足りなさそうな表情をみゃーもりは見逃してはいなかった。


 社に戻った木下監督はかつて丸川前社長がつくってくれたカレーを再現するが、みゃーもりに


「どっか違うんだよねぇ~」


とボヤく。


 それはカレーのことなのか!? 『SIVA』のことなのか!? と、みゃーもりがすかさず木下監督を問いつめる描写は、先述した舞茸とみどりのキャッチボール場面を彷彿とさせるものがあるが、


「後ろを振り返っている場合じゃない。前に前に君たちは進まなきゃ」


と丸川からかけられた言葉で、みゃーもりがカレーを食べながら涙を流した場面と絶妙な係り結びになるかたちで、みゃーもりは前に前に進むのだ!


 みゃーもりが仲間たちを集め、『SIVA』のラストシーンのつくり直しを進言したのに対し、木下監督はもういいから、満足してるからなどと遠慮するが、ここであの太郎が絶妙なツッコミを入れる!


「監督の満足じゃないっすよ、観客の満足っすよ!」


 テレビシリーズでは演出の円が常にタブレット端末を手にネットで作品がどう評価されているかを気にかける描写があったが、それ以外では作品に対する視聴者の目線が描かれることはほぼなかったのだ。
――以前木下監督が製作したギャグアニメ『ぷるんぷるん天国』の公式サイトには、罵詈雑言(ばりぞうごん)が多数書きこまれたと語られていたが(笑)――


 だが、今回の劇場版ではみゃーもりがプロデューサーとして作品を完成させるだけではなく、多数の客に観てもらうために観客の満足度を高めることこそが「たどりつくべき場所」であるとの結論に達するのを示し、製作側のみならず視聴者・観客の目線がはじめて意識されるクライマックスとなったことで、より観客の感情移入を高めたかと思える。
 ともすれば監督やプロデューサーの自己満足にしか見えない作品も多い中、アニメ業界の内幕を描く『SHIROBAKO』の「たどりつくべき場所」とは、やはりそこではなかったか?


*『SHIROBAKO』とは「あがきつづける」物語だった……


「どんどんドーナツど~んといこう!」


 『SIVA』公開初日、アニメ同好会出身の5人の美少女たちが劇場に集結し、夢見ていたあのころの「ドーナツの誓い」を小声で繰り返す。
 スクリーンに向かって突き出されたドーナツの穴を通して上映がはじまる演出は、「あのころ」の5人がドーナツを通して見ていた遠い夢がついに実現する瞬間であるかのような、『SHIROBAKO』ファン的には実に感慨深いものだった。


 圧倒的大多数の軍勢に攻撃されながらも、独裁者に虐(しいた)げられる市民たちを逃がすため、少人数で一大バトルを繰りひろげる主人公キャラたち。


 ヒロインのアルテや市民たちを逃がすことには成功するものの、主人公少年・ラウルとウサギを擬人化したキャラ・ヘドウィックは多数の軍勢に取り囲まれ、その姿が次第に見えなくなる……


 みゃーもりの進言でつくり直された『SIVA』のラストシーンは映像的には迫力あふれる仕上がりとなったものの、実に悲壮感にあふれる結末となっている。


 丸川に『SIVA』ってどんな内容なの? と問われたみゃーもりは、主人公が「あがきつづける物語」だと答えている。まさに斜陽となった現在の武蔵野アニメーションをそのまま投影した物語ではあるだろう。


 だが、しずかが声を演じるアルテの


「今日と同じ明日はない」
「だからどうしてあきらめるの?」
「まだ見ぬ故郷、明日をめざして」(大意)


とのセリフは、決して武蔵野アニメーションに対してだけのものではない。


 エンドロールのあとの朝礼場面では、武蔵野アニメーションのホワイトボードに『第三飛行少女隊3』(!)をはじめ、多数の作品がラインナップされており、あがきつづけた結果として同社が見事に再生を果たしたことが示されていた。
 テレビシリーズも含め、『SHIROBAKO』とは主人公たちがあがきつづけたからこそ報われる物語だったかと思える。我々もそれに習い、日々あがきつづけるべきではないのだろうか?


 『ガールズ&パンツァー』(12年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190622/p1)、『げんしけん 二代目』(13年・http://d.hatena.ne.jp/katoku99/20160623/p1)、『SHIROBAKO』、『迷家マヨイガー』(16年・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190630/p1)、『荒野のコトブキ飛行隊』(19年)と、個人的に2010年代は水島努監督による一大群像劇アニメに魅了されつづけてきた。


 みゃーもりとロロ&ミムジーが夜道を歩くラストシーンでは、みゃーもりたちが高校のアニメ同好会時代に製作した自主アニメ『神仏混淆 七福陣(しんぶつこんこう・しちふくじん)』のキャラたちが乗る宝船が、美しい満月を「着地点」とするかのように夜空に浮かんでいる。
 導入部もそうだったが、これもテレビシリーズ最終回(第24話)『遠すぎた納品』のラストシーンで5人の美少女たちが


「どんどんドーナツど~んといこう!」


と手にしたドーナツから放たれた5色の光が夜空に結集するや『七福陣』の宝船となり――まさにスーパー戦隊のノリだ(爆)――、夜空を飛行していたのと意図的に合わせることで、みゃーもりたちの「着地点」はあくまで『神仏混淆 七福陣』であり、その完全版の一般公開に向けてみゃーもりたちがあがきつづける『SHIROBAKO』完結編(!)があることを、水島監督は示唆(しさ)しているのかと思えるのだ。


 まぁ、『ガールズ&パンツァー 最終章』(17年~・https://katoku99.hatenablog.com/entry/20190624/p1)――劇場上映されているが、正確にはオリジナルビデオアニメである――の次の回もいつになるかわからない(汗)ほど監督はご多忙ではあるのだろうが、リアル『SHIROBAKO』にならない程度に(笑)無理のないかたちでぜひお願いできればと切望する。


2020.3.29.
(了)
(初出・当該ブログ記事)


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